千恋*万花 〜桜の約束〜 (紅葉555)
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一章 朝武の呪い編
1話 始まり


望み叶わず散っていった者がいた

己の宿命に戦い散っていった者がいた

信じる家族に未来を託して、散っていった者がいた

破壊と創造の繰り返しが続く歴史

生と死の繰り返しで見えてくる未来

数多の悲しみがあった

数多の死があった

そしていま・・・二つの最後の希望がこの地に降りたった


 

 冬も終わりを告げ、暖かい日差しが差し込み出す季節。俺、竹内蓮太は春休みを利用して旅行に行っていた。

 

 この孤児院の外、それに県外ともなると中々外に出ることがなかった為、コツコツと何年か前からお金を貯めて外に出ることにしたのだ。

 

 そう、孤児。世話になっているおじさんの話によると、当時赤ん坊だった俺は雨の降る夜にこの孤児院の玄関に置かれていたらしい。そこを助けてもらい、色々と対応をしてもらったが、結局引き取り手や実親も見つからずに、ここで育ててもらった。

 

 それと、孤児院には色んな子がいたが、皆それぞれが独立や、新たな家族の元へと向かっていった。元々院内の皆とはそんなに仲良くはなかったけれど、喧嘩もする程じゃなかった為、1人。また1人と院を出て行くにつれて寂しさもあった。

 

 それから俺は昔から霊感が強く、色んな霊が見えた。と言っても頻繁に見かける訳じゃないが、その大体が皆が想像するような半透明だったり、なんかめちゃくちゃグロかったりするんだけど。中には霊にもいい奴がいて、話せば多分成仏してくれたんじゃないかなと思う奴もいた。

 

 そんなこともあり、周りからは気味悪がられてたけど、それでも受け入れてくれる人はいて、近くの学園に通いながらそんな優しい人達の下でアルバイトをさせてもらい、小遣いを稼いでいた。

 

 そしてそのお金がそれなりに溜まり、気分転換に初旅行に行くことにしたのだが……

 

 まぁ旅行といっても海外に出る訳ではなく、できるだけ安くできて学生の持ち合わせれる金額の範囲での国内での旅行だ。

 

 それでも、せっかく旅行に行くのだから普段味わえない雰囲気を味わいたくて、良い場所がないかと少し調べたら、なかなか良さそうな場所を見つけることが出来た。ちょっと移動が面倒くさいけど。

 

 その場所が穂織。結局たいして調べることはしなかったが、なんか和な感じが良くて印象が良かったのと、観光客にもそれなりに人気だったから行くことを決意したけど…

 

 まさか交通手段があんなに無いとは思わなかった。おまけになんか、いぬつき…?がどうのこうの言われたし、まぁ、 そんなに気にしてないわけだけども。

 

 とにかく、どこに何があるかわっかんねぇんだよなぁ〜。宿を取るのも浮かれ過ぎてて忘れてたし。やっぱりもっと調べるべきだったなぁ。

 

 …にしてもやけに人が多いな、なんか今日あるのかな?

 

 と辺りをキョロキョロしていると、声をかけられた。

 

 女性「あの…どうかされました?」

 

 綺麗な人だ、最初に思ったのはそれだった。ていうかそれしかなかった。こんな綺麗な人もいるんだなぁ

 

 蓮太「………」

 

 女性「あのぅ…わたしの顔を何かついてます?」

 

 蓮太「あぁいえ、ぼーっとしてしまって…すんません」

 

 思わず見とれてしまった。このままではダメだな、せっかく現地の人と話せたんだ、色々聞いとくか。

 

 蓮太「それにしても、やけに人が多いッスね?今日って何か祭りみたいなのが行われてるんスか?」

 

 女性「え?春祭りのためにいらしたんではないんですか?」

 

 蓮太「知らなかった…ッスね…、まぁなんか楽しそうな行事が行われてる時に来れてラッキーだったかな?まぁ、祭りどころか宿すらまだ決めてないんですけど…」

 

 女性「それは…大変ですね。でもそうゆうことなら近くにいい所がありますよ?志那都荘って所があるんですけど、どうします?」

 

 これだけの観光客だ、正直そう上手く宿を取れるか分からないけど行くだけ行ってみるか。

 

 蓮太「向かってみようと思います。場所はどの辺ですかね?」

 

 そうして俺はその志那都荘とやらに向かっていった。

 

 

 女将「それでしたら先程ちょうど1部屋キャンセルになって部屋がありまして、大丈夫ですよ」

 

 おぉ…、行動してみるものだな。

 

 早速向かって話をしてみた所、都合よく1部屋空いていたのでそこを借りることにした。

 

 蓮太「ありがとうございます。そういえば、今春祭り?をやっているって聞いたんですが春祭りってなんなんです?俺、さっぱり分からなくて」

 

 そう尋ねてみたところ、女将は丁寧に春祭りについて教えてくれた。

 申し訳ないけど意外と話が長くて、要所要所しか覚えれなかったんだけど、要するに、

 数百年前の戦国時代に穂織に妖怪?大名?どっちだっけ?が攻めてきて負けそうになってるのを叢雨丸って刀のおかげで勝利した。それを祝う祭りらしい。

 

 あと巫女姫様が舞を奉納するってたな。岩から刀を抜くイベントもあるみたいだし、俺も行ってみるか。

 

 

 そして歩くこと十数分。

 

 

 

 蓮太「立派な神社だなぁ〜、ほぉ〜」

 

 なんて言葉を漏らしながら意外と人がいなかった神社の中に入っていく。

 てかおかしくない?祭り行事のイベント会場なのに誰もいないっておかしくない?

 

 と思っていたら神社の中に人影が見える。とりあえず話を聞こうと中へ進むと、話し声が聞こえてきた。

 

 ?「ちょっ、お前っ、俺に押し付けようとすんな! こっちくんな! 俺は関係ない!」

 

 ?「いやいやいや! 言ったじゃないか! 固くてビクともしやしないって言ったじゃないか!」

 

 そんな感じの叫び声が複数回聞こえた後、さっきのお姉さんと見たことない2人がそそくさと飛び出ていった。

 

 不思議に思いながら中へ入ると、

 

 

 

 あれ…?

 

 

 蓮太「刀折れてね?」

 

 

 目の前の光景から漂うやっちまった感。岩から刀は抜けてはいるものの、その刀身は物の見事に2つになっていた。

 

 それを眺める同じくらいの歳の涙目の青年。

 これが俺と将臣の最初の出会いだった。

 

 

 青年「…?どちら様で…す…。もしかしてもうお金を支払わないと行けないんですか!?待ってください!これは事故で!まずは一旦話をしましょう!地下は嫌だァァァァ!ペリカも嫌だァァ!」

 

 ジタバタと暴れる青年。

 

 蓮太「いや違うから!そんな黒い服きてないでしょ!グラサンつけてないでしょ!」

 

 結構切羽詰まってんな…とりあえず…。

 

 蓮太「あー、えっと…とりあえずその刀って、やっぱり例のイベントのあれ?」

 

 青年はすごい勢いで頭の下げる。

 

 青年「ごめんなさい!楽しみでしたよね!わざわざこんな所まで来てもらってるのに、俺が真っ二つにしてしまってごめんなさい!」

 

 明らかに動揺してるところを見ると当たりみたいだ。まぁ不幸中の幸いと言うべきか他の観光客が誰もいなくて、あの3人と俺以外は折れてることを知らないのがまだ救いだな。これなら予備でもなんでも、代わりの物を用意してまたやり直せる。祭りのメインイベントを中断なんか出来ないだろうし。

 

 蓮太「俺は別にいいんだけど、それ…神主の人には…?」

 

 青年「祖父ちゃんがこのイベントの関係者で、俺が刀を折るところを見たあと、大人しくしていろ。とだけ言われて奥の方に…」

 

 蓮太「ご愁傷さまです…」

 

 きっと彼はその祖父さんに対して物凄い恐怖を覚えているのだろう。あれだけ動揺していたのに今はその恐怖からか物凄い静かになっている。

 

 今はイベントが出来ないのならと青年に背を向け、その場を立ち去ろうとしたら不思議な声が上の方から聞こえた。

 

 ?「そなたが吾輩のご主人か?」



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2話 翠の幽霊

 ?「そなたが吾輩のご主人か?」

 

 背後から聞こえてきた声。ふと振り返る。

 

 見慣れたような見慣れないようなそんな光景。でもそれは今まで見た事のない程美しく、綺麗な娘があの青年に話しかけていた。………浮いているけど。

 けれどあの青年はその姿に気づいていないようだ。続けてその娘は語りかける。

 

 ?「こっちだ、こっち」

 

 青年は声につられるように顔を上げると。

 

 青年「ん…うぉっ!?」

 

 ?「うむ、その反応ちゃんと見えておるし、聞こえておるな」

 

 青年「浮いて…、ひっ!…幽霊!?!?」

 

 まぁそんな反応になるよな、俺も最初はすっげぇ驚いたし。てか気絶したし。

 血だらけの幽霊見た時は叫ぶことすら出来なかったわ。

 

 ?「違うっ!吾輩は幽霊ではない!」

 

 いやおもっきし幽霊やがな。

 

 ムラサメ「吾輩の名はムラサメ。 『叢雨丸』の管理者………まぁ『叢雨丸』の魂みたいなモノじゃ」

 

 実質幽霊じゃん。

 

 青年「…じゃあ、刀を折った俺に、ま、まさか…復讐とか…するのか…?」

 

 ムラサメ「だから!吾輩は幽霊ではないと言っておるだろう!」

 

 もう幽霊でいいじゃん。すっげぇ頑なに否定するなぁ。

 まぁとりあえず引き返して話しかけとくか。

 

 蓮太「それで、幽霊のムラサメさん。さっきご主人って言ってたけど、そのご主人がその刀折ってたけど大丈夫なのか?」

 

 流れるように会話に入ると、目の前の幽霊は凄く驚いた。

 

 ムラサメ「だから幽霊ではない!……。ん…?お主、吾輩が見えておるのか…?」

 

 蓮太「見えてる」

 

 ムラサメ「なんと…、だが何故…。叢雨丸に選ばれたのは間違いなくご主人…2人選ばれた…?いやでも…」

 

 ムラサメ「ブツブツ…」

 

 何やらブツブツ呟き始めた。そりゃあ幽霊見える人なんてそんなにいないと思うけど、そんなに驚くことなのだろうか?俺以外にもこの人見えてるし。

 

 青年「あの…あなたも見えるんですか?あの幽霊…」

 

 蓮太「まぁ…はい。見えます。昔から霊感はそこそこあって」

 

 ムラサメ「お主っ!名はなんと申す?それと吾輩は幽霊ではない!」

 

 幽霊絡みになると絶対突っかかるんだ。この娘面白いな。

 

 蓮太「そういえばまだ自己紹介をしてなかった…か、俺は蓮太。竹内蓮太。こんなのが見えるのも何かの縁かな?君もよろしく」

 

 隣にいる青年に手を向ける。青年はそれに答えるようにやや戸惑いつつ握手をしてくれた。ついでに隣でこんなものとは何だ!と声が聞こえた。

 

 将臣「俺は有地将臣です。幽霊なんて今まで見たことないからまだ混乱してますけど」

 

 蓮太「敬語じゃなくていいよ。俺も止めるから。そんでさっきから驚いてどうしたんだ?ムラサメさん」

 

 ムラサメ「驚くに決まっておる!ちょっと霊感が強いだけで吾輩が見えるなど普通は有り得ん!確かに一部の者には吾輩を見ることが出来るがそれでも叢雨丸に選ばれておらぬのに普通の人間に姿が見えるなど…」

 

 将臣「ごめん。ムラサメ、話を戻すけどさっき叢雨丸に選ばれたって言ってたけど、刀を折る事がそうなのか?」

 

 そう言って折れた刀を見せる。

 にしても見事に折れてるな。

 

 ムラサメ「いきなり呼び捨てか…ご主人」

 

 将臣「………ムラサメちゃん?」

 

 ムラサメ「それはそれで威厳がないが…まっ、よかろう。それで叢雨丸のことであったな、刀を折ることがそうだった訳では無い」

 

 ムラサメ「大体、叢雨丸は刀身が折れたところで何も問題は無い。この程度すぐに元に戻る」

 

 蓮太「いやこんなに見事に折れてるのに?」

 

 将臣「ごめんなさい」

 

 ムラサメ「まぁ百聞は一見にしかずとも言う。証明した方が早いであろう」

 

 そう言ってムラサメは目を閉じる… そうすると折れた刀が淡い光を放ち、ムラサメの手元へと浮いていく。

 そしてムラサメの手元へとたどり着くや否や、強い光を放った。

 

 蓮太「くっ…!」

 将臣「うわっ…!」

 

 思わず口に出してしまうほどの眩しい光。某ハンターゲームの閃光玉みたいな感覚がした。あの火竜はこんな感覚を毎回味わってたのか…

 でもそんな強い光とは裏腹に、何かに守られているような、包まれているような感覚もした。

 そして光が弱まり、視界が元に戻っていった。

 

 ムラサメ「ほれこの通りだ」

 

 刀を見ると折れていた刀が何事も無かったかのように元に戻っている。

 

 将臣「まさか、本当に…?」

 

 蓮太「………」

 

 ムラサメ「とまぁご覧の通りだ。少しは落ち着いたか?」

 

 そう言ってムラサメはゆっくり降りてくる。

 

 ムラサメ「…よっと」

 

 ムラサメ「では改めて、吾輩の名はムラサメ、この刀『叢雨丸』の管理者であり、同時に神力を司る者である」

 

 蓮太、将臣「神力…?」

 

 頭の上に?が出てきた気がした。てか多分出てた。

 

 将臣「もっと詳しくお願いできないか?」

 

 ムラサメ「ふむ、よいか?まず、叢雨丸は神力を宿らせ、妖力に対抗する刀だ」

 

 ムラサメ「だが、ただの鉄に宿すのは至難の業。そこで必要になったのが“人の魂‘’だ」

 

 ムラサメ「神力を魂に、その魂を刀に、そうやって神刀と成すのが叢雨丸。そしてその魂こそが吾輩なのであ〜る」

 

 それなら幽霊扱いで良い気がしたが黙っておこう。

 

 将臣「であ〜るって…それなら、ムラサメちゃんは叢雨丸の為に人柱になったのか?」

 

 ムラサメ「うむ。その認識で問題ない」

 

 将臣「じゃあムラサメちゃんは…やっぱり…!」

 

 蓮太「ゆうれ…」

 

 ムラサメ「だから違う!幽霊ではない!吾輩は叢雨丸の管理者!いわば神使なのだ!」

 

 せめてちゃんと言いたかったなぁ…

 でも…そうか。もし、今の姿がその人柱になった時のままで変わってないのなら、この娘は…。

 

 ムラサメ「幽霊などと、そっ、そそそそそそそんな根拠の無い存在と一緒にするなっ」

 

 この幼さで人柱にならなきゃいけなかった理由でもあるのだろうか…?

 俺は、聞けなかった。

 

 将臣「こんな綺麗なブーメラン初めて見た!」

 

 蓮太「とりあえず要約すると、なんやかんやあって神様の使いとして魂だけの存在となった…。これで合ってる?」

 

 ムラサメ「まぁ、そういう認識で問題ない」

 

 蓮太「なるほど…、…ん?実体が無いなら、刀は触れないんじゃないか?」

 

 ムラサメ「うむ。吾輩は魂だけの存在。それ故現世に干渉ができん。吾輩では使い手になることは不可能だ」

 

 ムラサメ「そこで必要となるのが叢雨丸の使い手、ご主人だ」

 

 とムラサメが将臣を見る。

 ってことはやっぱり幽霊じゃん…

 

 将臣「つまり…俺か」

 

 ムラサメ「叢雨丸は選ばれた者にだけ扱うことが出来る。そして吾輩も見えるようになり、会話もできるようになるというわけだ」

 

 …ん?

 

 将臣「じゃあ、普通の…他の人には、ムラサメちゃんは見えないし、声も聞こえないのか?」

 

 ムラサメ「うむ。例外はあるが…叢雨丸に触れずして、しかも直接関係の無い人間とこうして対話が出来るのが不思議なのだ」

 

 やっぱり異端なのか、自分でも何故かはわかってないんだが、霊感があるって程度じゃあ普通は見えないのか…。まぁ、今考えても仕方ないんだけど…。

 

 ムラサメ「ついでに言うと、いくらご主人でも吾輩に触れることはできんぞ」

 

 将臣「そうなのか?こんなにハッキリ見えているのに」

 

 ムラサメ「触れようとしてもすり抜ける。こういう風にな」

 

 そう言ってムラサメが叢雨丸の柄に手を伸ばし出す。するとその手は叢雨丸を掴むことなく、その奥へとすり抜けていった。

 

 ムラサメ「なんならご主人も試してみるか?ほれほれ、どこからでも構わんぞ」

 

 そう言って胸を張るムラサメ、いやまぁ張る胸は………やめておこう。

 

 将臣「え?本当にいいのか?本当に試すぞ?」

 

 ムラサメ「構わぬと言っておる」

 

 ゆっくりと腕を伸ばしていく将臣。てかあいつどこすり抜けようとしてんだよ。ポインター胸に当ててるだろ、あれ。

 

 そして伸ばされた腕はムラサメをすり抜ける直前で「止まった」。

 

 …………?「止まった」?

 

 ムラサメ「……………………」

 

 将臣「あれ…?」

 

 ムラサメに伸ばされた手元をよく見ると、服が少し凹んでいた。

 

 蓮太「あらら、これは…」

 

 将臣「か、硬い……っ!?」

 

 あ、あいつ今かなり失礼な事言いやがった。

 

 ムラサメ「あっ……ひっ………ごひゅっ、ごしゅっ….しゅひゅしゅ…」

 

 みるみるうちにムラサメの顔が赤く染っていく。

 

 将臣「あの…これって…」

 

 ムラサメ「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」

 

 ムラサメは叫ぶのと同時に咄嗟に両腕を前にやり、将臣を「突き飛ばした」。

 

 将臣「うわっ! てぇぇっ!」

 

 倒れた将臣を気にすることなくムラサメは自分の両腕を見ていた。

 

 ムラサメ「あ、あれ…?すり抜けない…?」

 

 蓮太「そこそこ派手にやらかしたが、大丈夫か?」

 

 倒れた将臣に手をさし伸ばす。俺の手を借り立ち上がるや否や、

 

 将臣「な、何するんだよ!」

 

 と叫んだ。いや今のは流石に…

 

 ムラサメ「ごごごごご主人が吾輩の胸を触るからではないか!」

 

 将臣「なっ!!胸!?さっきのが胸!?初めて女の子の胸に触ってしまった……」

 

 将臣「なんか思ってたのと違う……硬い…」

 

 蓮太「お前今すっげぇ失礼なこと言ってるぞ」

 

 なんとか平和に終わらせたいが、まぁ当の本人がこの言葉を聞き逃すはずなく…

 

 ムラサメ「ぬわぁっ、なにおぅ!?わわわわ吾輩を愚弄するかっ!?」

 

 ほらぁ、反応したぁ…

 

 将臣「いやっ!今のは口がすべって本音が…」

 

 蓮太「いや!追い討ちかけてどうするんだよ!?」

 

 ムラサメ「キシャーーーーーー!!!!!!」

 

 ムラサメがアニメみたいな見たことない顔してる。かなり怒ってるんだろうなぁ…もう…

 

 蓮太「謝っとけって…乙女心は多分繊細なんだぞ?知らんけど」

 

 将臣「あ、あぁ…わかった…とりあえずそうしよう…」

 

 そんな俺たちの会話を遮るようにムラサメが将臣に襲いかかる。

 

 将臣「うわ!?ごめんなさい!俺が悪かった!」

 

 将臣「ロリっ娘万歳!ペッタンサイコー!まな板イェーイッ!」

 

 蓮太「だから火に油を注ぐなーー!!!!!」

 

 ムラサメ「謝るフリして喧嘩を売っておるのだな!!!表に出ろぉ!ご主人!!」

 

 ムラサメ「だっ、大体硬いのは骨だ!ご、ご主人は吾輩の胸の上から骨をゴリゴリしておったのだ!」

 

 そういいつつもムラサメは片手を胸に当てていた。

 

 ムラサメ「触られた……触られてしまった……ぐぬぬぬ………!」

 

 蓮太「ほら、将臣」

 

 そう言って俺は将臣を前へ押す。

 

 将臣「すみません。本当にごめんなさい。胸を触って申し訳ありませんでした」

 

 将臣「でも、話と違ったじゃないか、すり抜けるはずなんだろ?」

 

 蓮太「まぁそれはそうだな、なんで触る場所に胸を選んだかはさておき、すり抜けると思っていたからこそ、あんなことしたんだからな」

 

 ムラサメ「それに、吾輩が突き飛ばせたのもおかしい」

 

 ムラサメは再び叢雨丸に手を伸ばすが、当たり前のようにすり抜ける。

 

 蓮太「叢雨丸に選ばれたから…?」

 

 ムラサメ「いや、そんなはずはないのだが……」

 

 そう言って考え込もうとするムラサメ。けれど何やらソワソワして落ち着きがない。まぁ無理もないか。

 

 ?「何を騒いでいる」

 

 突然、奥の方から声が聞こえてきた。



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3話 刀

 ?「何を騒いでいる」

 

 奥の方から声がした。そこには少し見上げる程に身長の高い老人がいた。

 

 将臣「じっ、祖父ちゃん!」

 

 なんかルフィみたいな言い方だったな。愛ある拳は防ぐ術なし!とか言われそう。

 

 祖父ちゃん「……?なんだか話し声がすると思ったが、この方は?」

 

 蓮太「こんにちは。ただのイベント目当ての客ですよ。刀を抜くためにここへ来たら、既に折られていて。それから俺たち「2人で」話してたんです」

 

 わざとカマをかけてみる。ムラサメを疑っているわけじゃないけど、理由もわからず特別な幽霊を見ることのできるのが気になっていたから。にしても敬語が難しい!できるだけちゃんと喋ろう…。

 

 将臣「……」

 

 祖父ちゃん「そうか、それは申し訳なかった。刀はこいつが折って…」

 

 途中で将臣の祖父さんが、完全に元に戻っている叢雨丸を見て目を見開いた。

 

 祖父ちゃん「む!?刀身が…!?」

 

 祖父ちゃん「これは、どうした!?」

 

 将臣「いや、その、なんて説明すればいいか…」

 

 将臣は言葉に詰まっているのかあたふたしている。確かに説明しづらいよな、幽霊が戻したなんて。

 

 将臣「刀の精霊が、も、元に戻してくれた……なんてこと言っても、怒らない?」

 

 祖父ちゃん「それはムラサメ様のことか?」

 

 蓮太「知ってるんスか?」

 

 え?ムラサメってその魂の存在は周知の事実なの?

 

 祖父ちゃん「ワシは話だけだがな。見える方から話だけは聞いている」

 

 …その人がムラサメの言う例外なのか。

 

 将臣「他の人にも見えてるのか?」

 

 蓮太「俺以外に例外はあるって言ってただろ?多分その人だろう」

 

 祖父ちゃん「む?こちらの方もムラサメ様が見えているのか?」

 

 蓮太「はい。先程は嘘をつきました、申し訳ありません。刀の魂と対話できていたなんていきなり言えなかったもので」

 

 そうして俺は改めて自己紹介をした、この人の名は鞍馬玄十郎というらしい。そしてこれまでの会話を軽く説明する。霊感が強いこと、叢雨丸に触れてもないのにムラサメと話ができること。だがその答えはやはり返ってこなかったが、一応この場にいて欲しいとの事だった。

 

 玄十郎「それでだ、叢雨丸の件だが……担い手になった以上、将臣。お前には責任を取ってもらうことになった」

 

 将臣「せき…責任…」

 

 まぁ刀は戻ったとはいえ、今のままじゃイベントはできないな。偽物作れば誤魔化すくらいはできるだろうが…。

 

 玄十郎「お前をウチでは預かれなくなった」

 

 その言葉を聞いた将臣がものすごく慌てだす。

 

 将臣「まさか、け、刑務所!?」

 

 蓮太「刑務所かぁ、1050年地下行きよりマシなんじゃない?」

 

 将臣「どっちもいやだよ!?」

 

 その様子を見た玄十郎さんが少し笑っていた。

 

 玄十郎「そういう責任ではない」

 

 玄十郎「まずはお前に紹介したい方がいる」

 

 その時、玄十郎さんの後ろから、いかにも神主らしき人がこちらに来ていた。

 

 安晴「初めまして、有地将臣君とそのお友達かな?僕は朝武安晴、健実神社の神主です」

 

 蓮太「初めまして、竹内蓮太です」

 

 一礼した後、将臣の方へ顔を向ける。

 

 将臣「あ、はい、初めまして。この度はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」

 

 安晴「いや、むしろこちらこそ申し訳ない。将臣君には、これから迷惑をかけてしまうと思うんだ」

 

 将臣「それは……俺がしたことですから。できる限りの事はさせていただきます」

 

 安晴「それなんだけどね、将臣君」

 

 安晴「芳乃、入って来なさい」

 

 その言葉の後、扉が開いてその奥から出てきたのは一

 

 将臣「あ、あれ…?さっきの巫女さん…?」

 

 ………誰?って思ったけどそりゃそうか。俺は舞を見に行ってないんだから。

 ………にしても俺さっきから空気だなぁ…なんか寂しい。

 

 芳乃「初めまして、朝武芳乃です」

 

 将臣「初めまして、有地将臣です」

 

 将臣に挨拶をした後、俺の方へ体を向けぺこりと一礼する。

 

 芳乃「そちらの方も初めまして、朝武芳乃です」

 

 蓮太「ん…?あぁ、初めまして、竹内蓮太です」

 

 多分気のせいだと思うけど空気がピリピリしてる気がする。警戒されてんのかな。

 まぁ確かに俺は関係ないし、見たところ2人も知り合いって訳じゃなさそうだが。

 

 芳乃「あの、叢雨丸をぬいたっていうのは、本当なんですか?」

 

 将臣「あ、うん。抜いたというか……折ったんだけど」

 

 あっ、そこ正直に言うのね。刀戻ってるから抜いたで良かったと思うけど。

 

 芳乃「間違いないんですか?」

 

 将臣、蓮太「…………?」

 

 将臣の方ではなく明後日の方に顔を向け問いかける。

 その視線の先には何も無い空間………ではなくムラサメがいた。

 

 芳乃「本当なんですか、ムラサメ様」

 

 ムラサメ「ん?間違いないぞ?目の前の者が、吾輩のご主人だ」

 

 この人もムラサメが見えるのか。以外とみんなそこそこ見えてるんじゃないのか?もう3人目だけど。

 

 将臣「朝武さんも、ムラサメちゃんが見えるの?」

 

 芳乃「ムラサメ…ちゃん…?」

 

 ムラサメ「吾輩のご主人だからな、それくらいは許したのだ」

 

 将臣「やっぱり、会話してるし見えてるんだよね?」

 

 ムラサメ「芳乃は吾輩と会話できる人間の1人だ。ご主人のように叢雨丸に選ばれたわけではないがな」

 

 蓮太「それって、巫女だからか? もしそうなら関係性の強い安晴さんも?」

 

 安晴「いや、僕には見えないんだ。入り婿だからね。あくまで直系の者じゃないと--」

 

 芳乃「お父さんっ、そういうことは言わなくていいです!」

 

 話を遮られてしまった。でもそんなに怒ることか?俺はともかく将臣は刀に選ばれたわけだから、詳細は知ってても……って俺がいるから出来ないのかも…?

 …一応いてくれって言われたけど、どっかタイミングのいい所で帰ろうかな。

 

 芳乃「ムラサメ様も」

 

 ムラサメ「そうはいうが…吾輩のご主人になった以上は…」

 

 芳乃「大丈夫です。私が何とかしますから」

 

 安晴さんとムラサメが肩を落とす。いかにも、やれやれって感じだ。将臣も今の話について聞きたそうだったが、このやり取りを見てやめたようだ。

 

 安晴「それと、蓮太君はムラサメ様の事が見えているのかい?」

 

 やべ…捕まった。話は気になるんだけど、この空気感がもう嫌なんだよなぁ…

 

 蓮太「まぁ、はい。見えてるし声も聞こえてますよ。理由は一切分からないですけど」

 

 安晴「そう…か、叢雨丸について心当たりは何かあるかな?家族が昔ここに住んでたとか、些細なことでもいいんだ」

 

 どことなく真剣な様子の安晴さん。まぁ安晴さんだけじゃなく、俺と将臣以外は初めから真剣な感じなんだが。

 

 蓮太「いや、それは無いんじゃないスかね?俺、ずっと孤児院で育ったもので、親の素性とか全く知らないんスよ。全く関わりがないとは断言できませんが、可能性は低いかと」

 

 安晴「それは辛いことを聞いたね、申し訳ない」

 

 頭を下げられる。まぁ俺は気にしてないけど、この手の話にこの雰囲気は付き物だな、もう慣れた。

 

 蓮太「気にしてないんで大丈夫ですよ。まぁそんな感じだから多分俺だけ完全に部外者なんスよね。そろそろ宿にも戻りたいですし、俺はこの辺で」

 

 そう言って立ち去ろうとしたら、安晴さんが多分悩みながら、俺の方をじって見ていた。

 

 蓮太「あっ、ここでの話は他言しないので大丈夫ですよ。周りに俺の言葉が信用されるかは別として、ここでの話は黙っておきます」

 

 まぁ少しでもこの話を人には聞かれたくないだろう。幽霊話やら刀が抜けたとか話が広がると色々面倒くさそうだ。

 

 安晴「いや、そうじゃないんだ。ちょっと待っててくれないかい?蓮太君に見せたいものがあるんだ」

 

 そう言って奥の方へ戻っていく安晴さん。結局帰ることが出来なかった。まぁ別にここに居るのが嫌じゃないんだが…、どうもこのピリピリした空気が…

 

 蓮太「そういや将臣。日本刀ってどれくらい重たいんだ?ちょっと持たせてくれよ」

 

 将臣「いや…、俺ももっと重たい物だと思ってたんだけど、以外とものすごく軽いんだよ。ほら」

 

 そう言って鞘に収めて渡してくる。見た目は本当にただの日本刀なんだよなぁ。

 

 蓮太「じゃあ遠慮なく………うわぁっ!?」

 

 俺が刀に触れた瞬間、静電気が走るような感覚とともに手が弾かれた。

 周りのみんなもそれを見て驚く。

 

 蓮太「痛てぇ…何?静電気か?」

 

 もう一度触ってみる。2度目は特に何も無かったが……

 

 将臣「ね?軽いだろう?」

 

 ずっしりとした重み、持つだけなら問題ないが、これを振り回すとなるとかなりしんどいんじゃないか?

 

 蓮太「いや…かなり重たいぞ…これ」

 

 そう言って刀を返す。やっぱり叢雨丸って本物なんだな。

 

 蓮太「叢雨丸に選ばれてるから、なんか不思議な力で将臣が覆われてるんじゃないのか?俺には普通に扱えなさそうだ」

 

 将臣「そうなのか。確かに刀を抜いた時もみんな言ってた様な感じはしなかったかも」

 

 そんな話をしていると安晴さんが何か細長い包物をもって帰ってきた。

 

 安晴「これを蓮太君に持ってみてもらいたいんだ」

 

 そうしてその細長い包物を解くと、もう一振の刀が出てきた。

 

 安晴「これは叢雨丸とは違って神聖な蔵の中で保管されてたものでね。言うなればもうひとつの神刀、名前は語り継がれなかったんだけど、この穂織の地にとって叢雨丸と同じくらい大切なものなんだよ。といっても知っている人はほぼいないけどね」

 

 安晴さんの両手に乗せられている名もない刀。見た目は叢雨丸と大差ないように見えるが、俺は惹き付けられるように見入っていた。

 

 安晴「1度、手に取ってくれないかな?」

 

 蓮太「わかり…ました」

 

 俺は腕を伸ばし刀を持つ。その時、刀が蒼く光出し形が変わっていく。

 強い光とともに形状がどんどんかわっていき、気が付くと叢雨丸と変わらない大きさだった刀が、俺の身の丈程の長さの蒼い大太刀へと変わっていた。

 

 蓮太「なん…だよ、この刀…!」

 

 一同「!?」

 

 俺だけじゃない。この場にいる全員が驚いていた。

 

 芳乃「これは…!?」

 

 安晴「…蓮太君も、この刀に選ばれた者だったのかもね」

 

 蓮太「どういう事なんですか!?」

 

 もう訳が分からない。ただ確かなのはこの刀となんかこう…魂が繋がってるような、心が刀の中に少し移ったような、そんな感覚。でもムラサメみたいに幽霊が見えたりはしない。

 

 安晴「この刀はね、数百年…いやそれよりも前かもしれない。大昔にこの当時の穂織を地を救った刀と言われているんだ。残された書物にはこう書かれていたよ」

 

 

 安晴「鬼切の刀…って」



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4話 「鬼」そして「婚約」

「鬼」それははるか昔人間と共存していたと言われる一族。

 当時の関係性は互いに助け合う程に仲が良かった。伝説上によくある見た目ではなく、もっと人間に近い生き物だった。ただ、人間とは違い身体能力も高く、鬼が生み出す文明は人間よりも先に進んでいた。しかし鬼達はその数が少なく当時のこの穂織の地域しか存在しなかった。

 そこで、人間に生きるための食や土地の共有を申し出て、その礼に人間達に鬼達の技術を提供するという契が結ばれる。

 それからは鬼、人、共に長い間協力していたのだが。

 

 ある日鬼たちが突然人間たちを襲い殺し始める。ありとあらゆるものを強奪、数多くの人を虐殺。約束を破棄したとみなした人間達が鬼と対峙するも、力の差は歴然。このまま死にゆくのかと絶望する中、一人の男が1匹の鬼から武器を奪い初めて鬼を討伐する。男の勢いを止めることができずそのまま鬼たちは全滅。

 人間達が勝利を収めこの戦いは終息した。

 そして勝利の鍵となったその武器を魔を払う神刀とし、影に隠れて受け継がれていくことになる。

 

 ・・・

 

 ・・

 

 ・

 

 

 蓮太「鬼…」

 

 その出来事を知り、片手に握った大太刀を見る。とりあえず思ったのは身の丈ほどの大きさなのに有り得ないほど軽いこと。普通なら片手でこの刀を持つことは絶対に不可能だろう。

 

 それともうひとつ。恐らく魔を払う力を持っているのは間違いないと思った。この刀を持っていると不思議な力に守られている様な気がした。あの話の内容とは裏腹に暖かかった。

 

 芳乃「そんな話があったなんて」

 

 ムラサメ「吾輩も知らんかったのう。吾輩が人であるときも鬼なんてもの存在してなかったからな」

 

 蓮太「でもこの刀に選ばれたって…というか、何故この刀を俺に?」

 

 そもそも何で俺にこの刀を持たせようと思ったんだろう。

 

 安晴「僕も驚いたよ。本当にただの思いつきだったんだ、蓮太君は叢雨丸に選ばれていないのにムラサメ様が見える。それには何かほかの理由があると思ったんだ」

 

 安晴「蔵の中でその刀を取り出した時は既に少し蒼く光っていてね、僕が触ると光は消えたんだけど…」

 

 将臣「蓮太が持つと反応した…」

 

 蓮太「……」

 

 刀を見ていると安晴さんが俺達に語りかける。

 

 安晴「そしてこれからが本題になるんだけど。これはもう蓮太君にも迷惑をかけることになると思う。申し訳ないが、聞いてくれないかい?」

 

 蓮太「……分かりました」

 

 そしてあの2人にとって衝撃な事が発せられる。

 

 安晴「まず、叢雨丸を抜いてしまった以上、将臣君をこのまま帰すわけにはいかない」

 

 安晴「それは、芳乃も理解しているね?」

 

 芳乃「はい…分かります…」

 

 渋々といった感じがめっちゃ出てる。以外と感情が出やすいのかな?もっとクールな人だと思ったけれど。

 

 安晴「将臣君も、責任を取ってくれるんだよね?」

 

 将臣「は、はいっ。俺に出来ることなら」

 

 これで改めて地下行きとかだったら面白いのになぁ。

 

 安晴「理解が得られて嬉しいよ。じゃあ叢雨丸を抜いた責任として」

 

 安晴「結婚してもらいたい」

 

 その瞬間、辺りの空気が一瞬で変わった。とてつもなく静かで、すっごい怖い。てか、え?将臣と結婚?安晴さんが?いやいやいやいや。え?

 

 将臣「………結婚って、誰とですか?」

 

 安晴「僕の娘と」

 

 なんだ良かった…まさか禁断の境地に立ち入ったのかと思った…。娘さんなら、まだ話はわか…る…。

 ん?娘?娘さんって…。

 

 芳乃「……んん?お父さんの娘?」

 

 安晴「そう」

 

 将臣「結婚…ですか」

 

 将臣、芳乃「…………」

 

 そして無言のままでしばらくたった後。

 

 将臣、芳乃「けっこんんんんんんんんんん!?!?!?」

 

 2人がすごく驚いていた。てか将臣の真横に居るせいでめっちゃ耳が痛い。

 確かに驚くけど、まさか叫ぶとは…

 

 将臣「け、結婚って…!」

 

 将臣「男の権利は半分になるのに義務は2倍になるという、あと結婚ですか!?」

 

 ひっでぇ解釈の仕方だな。でもそうなのかも…?いや、ちょっとわかんないな。

 

 ムラサメ「ひどく偏った結婚観だな……ご主人」

 

 玄十郎「都子の家は、そんなに不仲だったのか……?」

 

 安晴「権利と義務については知らないけど…多分、その結婚じゃないかな?」

 

 将臣の事がある意味心配になってきたよ…

 

 芳乃「お、お父さん?一体何を……ど、どういうことなの?」

 

 あ、結婚の事は朝武さん知らなかったのね。ってよく考えたらさっき叫んでたか。

 

 安晴「芳乃もついさっき、将臣君をこのまま帰すわけにはいかないことに理解を示してくれたじゃないか」

 

 芳乃「それは、確かにそうだけど……でもだからって」

 

 安晴「必要な事だと思うんだよ。特に今の芳乃には」

 

 芳乃「意味がわからない!」

 

 安晴「親の心子知らずってやつかな」

 

 芳乃「全然違います!」

 

 お、おぅ…まぁ確かにわけは分からないな。

 

 安晴「それから蓮太君も、その刀に選ばれた以上は僕達と共に暮らして欲しい。その刀は朝武家に代々受け継がれたものなんだけど、刀に選ばれたとはいえ、おいそれと渡す訳にも帰すわけにもいかなくてね。謎を解くためにも…ダメだろうか?」

 

 蓮太「俺は別に大丈夫ですけど、いいんスか?いきなり家族2人増えることになりますし、気が引けるというか…」

 

 安晴「僕達は大丈夫だよ。むしろお願いしてるのはこちらの方だしね」

 

 蓮太「はぁ…まぁ…院の方の許可が下りればですけど」

 

 といっても多分全然問題なく事が進むだろうけど。

 

 安晴「じゃあ僕からも連絡をさせてもらうよ。とにかくこれからよろしくお願いするね、蓮太君」

 

 安晴「将臣君も、そういうことでよろしくお願いできるかな?」

 

 安晴「あっ、僕としては婚約者の事は蓮太君とでも大歓迎だよ」

 

 そう言って玄十郎さんとスタスタと歩いていく安晴さん、多分もう保護者同士で話は終わってるんだろうなぁ…。

 

 芳乃「ちょっと待って、お父さん!」

 

 後を追っかける朝武さん。それを眺める将臣。もうパニック状態だな。

 

 将臣「えっ」

 

 将臣「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 こうして将臣の声が響き渡り、俺の初旅行は1日で終わったのだった。



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5話 忍者

 蓮太「んー…ぅん…」

 

 目が覚めると、そこは知らない天井だった。辺りを見回すと少し離れたところに叢雨丸と蒼い刀が置いてあり、その横で将臣が寝ている。そうか、ここは朝武さんの家か。

 

 結局あの後、院の方に連絡したらなんかすんなり承諾を貰えた。どうもこの穂織の巫女姫様はそれなりに有名らしく、じいちゃんには十分信頼できる人だったんだろう。詳しいことは知らないけど、昔も似たようなことがあったしな。あいつの時もこんな感じだった…っけ?あのやんちゃだったやつ今何してるんだろうな。

 

 まぁこれからここに世話になるんだ、失礼はないようにしないとな。

 時間を確認すると5時過ぎ、まだ陽の光もあまり差していない時間だ。

 起きてしまったのはしょうがないと、俺は飲み物を飲みに台所へと向かった。

 

 部屋からでると既に居間に明かりがついていた。誰か起きているんだろうか?

 そう思いつつ襖を開けると、誰もなかったが台所の方から音がする。

 

 そして台所へ入ると、黒髪の女の人が洗い物をしていた。

 

 蓮太「誰…っ!?」

 

 問いかけようとするとその人は目の前から消えた。その瞬間何故か俺は咄嗟にしゃがんでいた。

 しかしバランスを崩しそのまま尻もちを着く。その隙をそのまま付かれ、黒髪の女性に左腕を背中に回されて押し倒された。そのまま残りの手足を拘束されて、クナイを喉元に当てられていた。

 

 黒髪の女性「どちら様でしょうか?返答によっては…帰すわけには行きません」

 

 クナイが音を立て少し動く。下手な返答をしたり唯一触られてない左腕を動かしても喉笛を切られそうだ。第一、背中と床に挟まれている分動くのに時間がかかる。…しかし左足だけ拘束が甘い、隙をつければ蹴り飛ばすとはいかなくても怯ませるくらいならできるかもしれない。

 

 ………いやよく考えれば、洗い物をするような人だからこの家の人なのかも?

 もしこの家の人なら不審者は俺の方…。一応ある程度正直に伝えてみるか…、ダメだった時は………

 いや、刃物(?)を突きつけられてるんだ、正当防衛だろう。

 

 蓮太「昨晩から朝武家にお世話になってる人ッスよ…。あんたが誰か知らないけど、俺からしたらこんな物を持ち歩いてる奴の方が十分怪しいんだけど」

 

 相手の行動を集中して見る。この体制なら狙える所は脇腹…か…。

 怯みさえしてくれれば、左腕で追撃ができる。顔が近いから片目に指でも入れて潰せば……って相手は女の子だぞ!そうじゃなくても追撃じゃなくて距離をとる方が優先だろう!できるだけ相手を傷つけないように…穏便に…

 

 黒髪の女性「昨晩…から………」

 

 その声が聞こえると同時に女性の顔が青ざめていく…。

 

 黒髪の女性「もももももももしかして!有地様でしょうか!?あっ…!竹内様ですか!?」

 

 そう言って拘束を解き、起き上がらせてくれた。反応的に多分怪しい人では無いのだろう。名前を知っていたし、敬称もついてたから。

 

 蓮太「ありがとう。竹内の方ですね、竹内蓮太。知ってたんスか?」

 

 名前を言い終えると女性はすごい勢いで頭をさげた。

 

 黒髪の女性「ももも申し訳ありません!竹内様の事はお話には伺っていましたがまさか同居していらっしゃるとは!」

 

 何度も何度も頭を下げられる。いや…色々気になるところはあるけど、そこまでする必要ないのに…。俺も悪いこと思ってたし…。

 

 蓮太「いや、全然気にしてないから大丈夫。それよりも…君は?」

 

 茉子「ワタシは常陸茉子といいます…。訳あって朝武家の皆様に仕えさせて頂いてますが…この度の失礼な行動の数々本当に申し訳ありませんでした!」

 

 蓮太「いや、もういいって。別に気にしてないから、そりゃいきなり知らない男が家にいたら誰でも驚くよ」

 

 そんな話をしていると安晴さんがいつの間にか起きていた。

 

 安晴「どうしたんだい?こんな朝早くから。何かあったのかな?」

 

 蓮太「あー、いや大したことではないですよ。ただこの人とは初めて会って、どちら様か分からなかったもので、ちょっと話してただけです」

 

 安晴「そういえば、蓮太君と将臣君には茉子君の事を説明してなかったね。すまない」

 

 安晴「細かいことは将臣君も起きてからでいいかな?どの道今日君たちに紹介するつもりだったんだよ」

 

 蓮太「はい。俺は構いませんよ。二人一緒の方が都合がいいでしょうしね」

 

 そうして安晴さんと挨拶をして常陸さんの所へいく。

 

 蓮太「所でなにか手伝うことはある?時間をもてあましてて…」

 

 茉子「気にしないでいただいて大丈夫ですよ。殆どは終わらせてありますから」

 

 殆どはって…何時から来てるんだよ…まぁ何をしたかもわかんないし、昨日のうちに出来ることはあったのかもしれないけどさ。

 

 蓮太「そう?でもなにか手伝えることがあるなら言ってくれたら手伝うから」

 

 茉子「お気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます」

 

 そう言って笑う常陸さん。さっきはわりと怖かったけど、多分普段はいい人なのかな?異常なくらい素早くて強そうだけど。

 そういえば宿から引き取った荷物をまだ整理してなかったな、とりあえず部屋に戻るか。

 

 そうして俺は自分の部屋に戻り、朝食までの時間を部屋で過ごした。

 

 

 

 …………

 ……

 …

 

 

 

 荷物の整理が終わる頃、外は既に明るくなっている時間だった。将臣も少し前に起きてたし、ムラサメもちゃん起きて…ムラサメって寝るのかな?なんかその辺のことを将臣と話してたような…。

 まぁとりあえずはいいか、とりあえず朝武さんとだけ会ってないし居間の方に顔を出すか。

 

 

 

 所が…

 

 居間に着くと、将臣がぶっ倒れていた。そして現場ににいるのは朝の2人。

 

 蓮太「………殺人事件か…」

 

 茉子「違います!確かに事故はありましたが…、殺人なんてしていません!」

 

 蓮太「あ、やっぱり常陸さんなのね、これ…」

 

 そう言って動かない将臣に指を指す。ていうか俺みたいにあんな時間に出会ったならならともかく、普通の朝の時間に出会って何をしたらこんな状態になるんだ?

 

 茉子「えっと…それは、あのですね…。あは」

 

 蓮太「今誤魔化したね、まぁ別にいいんだけどさ。将臣も二度寝できて眠気スッキリでしょ」

 

 そんな話の中、将臣が起き上がる。なんか首を摩ってるけど痛むのか…?

 

 蓮太「改めておはよう将臣。俺が言えた口じゃないけど、朝から何やらかしたの?」

 

 将臣「おはよう…。確か…洗濯物を洗おうと思ったら、行先は例えようもない絶景だったような気がして幸せを噛み締めてたら意識が…」

 

 茉子「申し訳ありません!申し訳ありません!本当に申し訳ありませんでした!」

 

 …………………洗濯物……脱衣場……………要するに覗きか?しかも常陸さんが謝ってるからラッキースケベの。

 

 将臣「いや、むしろ…ありがとうございました?」

 

 今のセリフ絶対そうだ!ちょっと羨ましいな。

 

 茉子「あ、あは……そういうことでお礼を言われるのってちょっぴり微妙ですね」

 

 安晴「将臣君も早起きだったんだね。申し訳ない、もう少し寝ていると思ってたから」

 

 安晴「とりあえず、改めて僕から紹介するよ」

 

 そういって常陸さんの方を向く。

 

 安晴「こちら、叢雨丸を抜いた有地将臣君。昨日からこの家で暮らしてもらっているんだ」

 

 将臣「有地将臣です。よろしくお願いします」

 

 安晴「そしてその隣が竹内蓮太君。昨日連絡した通りもう一方の刀に選ばれた人だよ。蓮太君も昨日からここで暮らしてもらってる」

 

 蓮太「竹内蓮太です。これからよろしくお願いします」

 

 とぺこりと頭をさげる。連絡してたのにあんなことが起きたって事は刀の方しか言ってないのかな…?

 

 安晴「そしてこちら、常陸茉子さん。芳乃と同じ年齢の幼馴染でね、昔から仲良くしてもらっているんだ」

 

 茉子「常陸茉子です。よろしくお願いいたします」

 

 安晴「妻に先立たれて、本来なら僕が何とかすべきなんだろうけど、家事は苦手で。いや、情けない」

 

 安晴「我が家はもはや、茉子君がいないと成り立たないんだよ」

 

 なるほどね…じゃあ常陸さんは朝武家の人たちにとって家族同然なのかな。

 

 茉子「お気になさらないでください、楽しんでやってますから」

 

 安晴「茉子君の家は、ずっと朝武家に仕えてくれているんだよ。もっとも、本来は家事ではなく護衛なんだけどね」

 

 将臣「護衛…ですか?」

 

 そういえば、あの時も仕えてるって言ってたな。

 

 茉子「常陸家は代々、忍として影から巫女姫様をお守りしてきたんです」

 

 茉子「とはいえ、常日頃から護衛が必要というような危ない世の中ではありません。ですから、普段は家事を」

 

 将臣、蓮太「だからクナイを…なるほど」

 

 将臣、蓮太「なるほど?」

 

 今の俺たちすっごい阿呆っぽかっただろうなぁ…。

 ってそれは置いといて、そうかぁ…姫に刀に幽霊、その次は忍ときたか。もうそろそろ鬼とか出そうだな…ははっ。

 

 将臣「そういえば扉を開けた時に丸太が転がってたけど、あれも?」

 

 茉子「変わり身の術ですね。ワタシ、忍者ですから」

 

 変わり身の術って…その話が本当なら是非教えて欲しいな。螺旋丸とか。

 

 将臣「忍者……… 花蝶扇って知ってます?」

 

 蓮太「そりゃ、ユニークで魅力がある必殺技だな」

 

 茉子「残念ながら、扇子を隠し持てるほどのおっぱいではありませんので」

 

 茉子「忍者というのは冗談や嘘で言っているわけではありませんよ。ワタシの家はそういう家なんです」

 

 将臣「いや嘘って思ってる訳じゃないけど」

 

 まぁ戸惑う気持ちは分かるよ、将臣の場合は俺のさっきの言葉に加えて結婚まであるしな。お互いに刀については全くわかんないんだけど。

 そんな時将臣が感慨深そうに多分思い出に浸っていた。

 

 将臣「俺の人生、たった1日で随分とユーモラスになったもんだなぁ…」

 

 まぁ確かに、180度はひっくり返ったな。生活も変わったし。

 俺も最初は軽い旅行だったのになぁ…問題もまだ山積みだ。これから何が起こるかもわからないし、色んなことが謎だらけだし。

 

 蓮太「たしかに…全くだ」

 

 

 今考えても分からないことだらけだから…

 

 

 

 

 朝ごはん食べたい。



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6話 穂織と「イヌツキ」

 それから俺たちは、全員が揃った後朝食をとっていた。

 

 将臣「……」

 

 芳乃「……」

 

 蓮太「……」

 

 空気重いわっ!なんで誰も喋んないの?え?ちょっとまって、普段からこんな感じなの!?せっかく美味しいご飯食べれてるのに…そんでもって安晴様?常陸様?なんでずっと様子を見てるの?流石にこの空気の中話しかけれねぇよ!あれか?食事中は一切喋らないタイプの家庭なのか?違うと願いたい…!

 しかも巫女姫様はずっとピリピリしてるし…。誰かこの状況を打破してくれぇ…!

 

 将臣「あの、朝武さん」

 

 将臣もこの空気を変えたかったのか朝武さんに話しかける。

 けどっ!正直そこは1番の鬼門だと思うぞ!頑張れ勇者よ!

 

 芳乃「……なんですか?」

 

 将臣「ムラサメちゃんは?」

 

 芳乃「散歩だそうです」

 

 将臣「そうか」

 

 

 …ほらぁ、やっぱりそこは難易度が高いって…もう諦めるしかないんかな…

 でもあんまりにもツンツンしすぎじゃない?なにか失礼なことでもした…か?

 

 将臣「……」

 

 芳乃「……」

 

 ここは…俺が挑戦してみるか…。将臣もあの鬼門の突破を試みたんだ!ここで引下がる訳には…!まぁ案外将臣が怒らせただけって可能性もあるしな。気楽に…気楽に…

 

 蓮太「あの…朝武さん」

 

 芳乃「…なんですか?」

 

 蓮太「巫女の…仕事ってどんな事やるもんなの?」

 

 芳乃「掃除や事務作業など色々です」

 

 蓮太「…そうなのか」

 

 

 俺もかいっ!

 なんていうか、突っぱねられてるよなぁ。男嫌いなのか?いや…でもそんな感じじゃないよな…。嫌いっていうより拒絶かなぁ。

 

 蓮太「将臣。作戦タイムだ」

 

 小声で将臣に声をかけ、少し後ろを向いて肩を組む。

 

 蓮太「なに?あれ。なんか悪いこと俺たちしたのか?すっげぇ空気重たいんですけど」

 

 将臣「俺だってわかんないさ、朝にも結婚の事は上手くやり過ごそうって言われたし…」

 

 蓮太「え?なに?一体何やらかしたの?てか遠回しに振られてるじゃん」

 

 将臣「うぐぅ」

 

 茉子「…あの、御二方は何か芳乃様に嫌われるようなことを?」

 

 多分常陸さんも不思議に思ったんだろう。…ということはやっぱり俺たち2人にだけなのか。

 

 将臣「いや、そんなことをした覚えはない」

 

 蓮太「あくまで覚えがないってだけだけどね」

 

 安晴「2人には悪いところはないよ。芳乃が一方的に認めないと言い張っているからね」

 

 茉子「芳乃様らしいと言えば芳乃様らしいんですけどね」

 

 横で安晴さんがため息をついている。いや…一方的に突っぱねられてる俺たちの立場よ…。一緒に暮らしていく中でこれからずっとこの関係はまずいと思うんだが….

 

 将臣「あ、あの…」

 

 芳乃「ご馳走様でした」

 

 朝武さんが将臣の言葉を遮って立ち上がる。そして食器を運び…

 

 芳乃「私は舞の練習をしていますので何かあれば呼んでください」

 

 将臣の努力虚しくそれだけ言い残し、出て行ってしまった。

 

 これは流石に居心地が悪い…。うーむ。どうしたものか…。

 

 

 

 それから俺と将臣は境内の掃除をしていた。まぁ俺は居心地悪いし、やること無くて何となく始めたんだけど。

 

 将臣「うーん。帰りたい」

 

 将臣がため息を吐く。そりゃあれだけの塩対応をされればそう思ってしまうだろう。人によっては腹を立ててしまう態度だしな。

 

 ムラサメ「寝起きの時よりも、さらにやつれたように見えるな、ご主人」

 

 いつの間にかムラサメがいた。随分と長い散歩だったな、と思いながら俺は自分の場所のゴミをまとめて移動する。

 

 蓮太「寝起きの様子は知らないけど、もしそうなら精神的な疲れだろうな」

 

 あの朝食の後、昼食までもあの空気だったからな…

 将臣が頑張って話しかけてみるものの会話のキャッチボールをしてくれていない。俺も何度かは話しかけてはみたが依然変わらなかった。あれじゃ会話のドッジボールだ。

 

 ムラサメ「芳乃も悪い奴ではないのだが、少々頑固だからのう」

 

 ムラサメ「二人に対する嫌悪ではないのだ、あまり気を悪くするな」

 

 つっても、もう正直お手上げだ。

 

 将臣「あそこまで邪険にされると、さすがにね」

 

 ムラサメ「まだ一日であろう?帰りたいなどと言わず、せめて

 もう少し様子を見てやって欲しい」

 

 蓮太「まぁ確かにそうではあるな、折れるにはちょっと早くないか?」

 

 将臣「ん?ああ、さっきのため息は別の話」

 

 ん?以外とそんなに気にしてなかったのか?余計な心配だったかな。って俺も人の心配できるほどでも無いんだけど。

 

 蓮太「じゃあ、なんだったんだ?」

 

 将臣「俺が悲しんでるのはテレビのチャンネルが少ないこと」

 

 蓮太「あぁー……」

 

 確かに見てみると半年くらい遅れてるものが放送されてるイメージだな。見たことない番組もあったし、あれ多分独自の番組じゃないか?

 

 ムラサメ「なんだ…呆れたぞ。真面目に心配した吾輩がバカみたいではないか」

 

 将臣「勘違いさせるつもりはなかったけど、朝武さんとは…ほら、まだ会ったばかりだから」

 

 蓮太「まっ、普通に考えて喜ばれる方が可笑しいわな。俺は別に超絶イケメンでもないし」

 

 俺もと言いながら笑う将臣。

 

 将臣「俺たちは初めて会った見ず知らずの人間。そんな男といきなり結婚しろって言われて喜ぶ方が変だよ」

 

 まぁむしろ下手すりゃ結婚詐欺を疑うレベルかもな。

 

 ムラサメ「ご主人は嫌では無いのか?」

 

 蓮太「それは気になるところだな」

 

 将臣「別に彼女がいるわけでもないから。頑なに拒否するほどの理由は見当たらない」

 

 なるほどねぇ…、まぁその辺は俺がとやかく言える立場でもないか。俺も彼女いないし。

 

 それから暫く将臣は何か考えていた。そしてムラサメに…

 

 将臣「なぁ、一つ教えてくれないか?『叢雨丸』って、なんだ?」

 

 蓮太「なんだって、刀じゃないのか?」

 

 思わず俺が答えてしまった。まぁムラサメも理解出来てない顔だったが。

 

 将臣「いやそうだけど、どう考えても変だろ。叢雨丸を抜いたからいきなり結婚なんて話」

 

 将臣「しかも蓮太もそうだけど、一緒に暮らすように、って」

 

 まぁこうして落ち着いて考えてみたら変だな。何か理由があるのかも…

 

 蓮太「ムラサメなんて不思議な存在も見えるしな」

 

 蓮太「俺はあの変な刀、将臣は全て『叢雨丸』を抜いたことがきっかけだな」

 

 ムラサメ「それは…」

 

 ムラサメが話しずらそうに戸惑っている。ということは、何かしらの理由があってムラサメはそれを知っているのか…?だとすると……

 

 将臣「ムラサメちゃんはきっと事情を知ってる。その秘密を知りたい」

 

 そう迫られ、ムラサメは悩んではいたが…

 

 ムラサメ「すまぬ、吾輩はご主人にも蓮太にも、ちゃんと説明すべきだと思っているのだがな」

 

 その言葉を聞いて確信した。口止めされているんだ恐らく…。

 

 蓮太「朝武さんから…って事なんじゃないの?」

 

 俺たち二人が刀を手にしたあの日、たしか一言朝武さんがムラサメに注意をしていた。言わなくていいです。…的なことを

 

 ムラサメ「まぁ…そうだな、芳乃が反対しておる。今朝もその件で釘を刺されたところだ」

 

 ムラサメ「安晴も説得をしておるはずだ。もう少し、時間をくれぬか?」

 

 将臣「……なら仕方ない」

 

 蓮太「以外とあっさり引くんだな」

 

 もうちょっと気になるもんだと思ってたけど、よく考えたら選択肢は待つしかないのか。

 

 女性「あの、すみません」

 

 将臣「はっ、はい!」

 

 いつの間にか、将臣の後ろに女性が立っていた。とても不安そうな表情を浮かべて。

 

 女性「今二人ともずっと上を見て話していましたよね?途中で会話を聞いてしまったんですが、二人の会話が所々おかしかったので…」

 

 しまった!見られるだけならまだ誤魔化せるけど、会話を聞かれたら不自然になってしまってたのかも!

 

 将臣「あっ、いやっ、今のは……」

 

 将臣「俺たち、たまに電波が届いて妙な幻覚が見える、持病でして」

 

 思わずスパンッ!っと背中を叩いてしまった。そんな病気があるか!つか俺も巻き込むな!

 

 女性「持病…ですか…?」

 

 めちゃくちゃ怪しい言い訳だぞ!?…って思うけど、なんか雰囲気が…

 

 将臣「ええ。まあ…幽霊みたいなのが見えたりするんです。あまり気にしないでください」

 

 横でムラサメが幽霊扱いを受けたことに抗議している。ぷくーっと頬を膨らませて。

 

 女性「あの!その幽霊は、どんな霊ですか!?」

 

 めっちゃ食いついてくるじゃん。何かわけアリか?さっき二人って言われたし、もう俺も持病でいいや。

 

 蓮太「髪の長い女の子ッスね、両サイドの髪を紐でくくった」

 

 女性「そ、そうですか…よかった…」

 

 何だこの人、幽霊でも探しているのか?

 

 女性「あの!5歳の男の子を見ませんでしたか!?髪は短くて青いTシャツを着ているんですが」

 

 将臣、蓮太「男の子?」

 

 将臣が目線でムラサメに確認する。ムラサメも見ていないらしい。

 

 蓮太「いや…この辺りでは見かけていませんね」

 

 女性「そうですか…やっぱりお義母さんの言う通りだったのかも…」

 

 女性「きっとこれは祟りです!あの子はきっと祟のせいで…ッ」

 

 おいおい…いくらなんでも祟りって動揺しすぎだろ…そりゃ息子が居なくなったら不安にもなるだろうが…

 

 将臣「ちょっと落ち着いてください」

 

 将臣「何があったんですか?手伝えることがあるなら俺達も手伝いますから」

 

 今俺達って言ったな、まぁ手伝うのは構わないんだけど。

 

 女性「す、すみません。子供がいなくなって……ずっと探しているんですが」

 

 やっぱり迷子か…祟りって…自分の注意不足をまず疑うべきなんじゃないのか?とも思うがその話はまず息子さんを見つけてからだな。

 

 蓮太「この付近なんスか?居なくなったのは」

 

 女性「ここにくる途中に一人で走り出してしまって…」

 

 女性「もちろん私も追いかけたんです!でも見つからなくて…一人で先に着いてたのかとも思ったんですが…」

 

 はぁ………まぁいいか。

 

 蓮太「少なくとも境内では見かけてませんよ」

 

 女性「やっぱり…イヌツキになんて連れてくるんじゃなかった……」

 

 将臣「…」

 

 将臣「落ち着いてください。祟りなんてありませんから、ただ迷子になっているだけですよ」

 

 偉いな、将臣は。イヌツキ…たしかネット口コミとか、そんな噂も聞いていたな。

 正直俺は頭にきたけど。

 

 女性「でも探したんです!ちゃんと探したんですよ!?」

 

 必死になっているのは分かるが、そんな考え方をしてはいけないだろう。そんなことを言ってはいけないだろう。一人の親としても、人としても。

 

 将臣「お子さんが道に迷ったりしてる可能性もあります。俺達も手伝いますから、特徴をもっと教えてください」

 

 気乗りはしないが、子供の方が心配だ。急ぐか。

 

 蓮太「警察には?」

 

 女性「いえ、すぐに見つかると思っていたので……そ、そうですね…連絡しておきます」

 

 蓮太「俺達は俺達で探そう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 



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7話 未知との遭遇

 あれから俺たちは二手に分かれて消えた男の子を探していた。

 

 蓮太「名前は、龍成。5歳で髪は短め、青いTシャツとハーフパンツ…だったな」

 

 俺はスマホの画面に写った龍成君の顔を見ながら探す。服装は違えど、顔が知りたかったから写メを送ってもらったが……やはり見つからない。

 

 境内は将臣が探してくれているから俺は外周を探していた。というかそもそも、ちゃんとここまで一人で来れているのか?近くまでは一緒だったとはいえ必ず来ているとは…、まぁ、この辺は広いからな、もう少し探してみよう。

 

 ……………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 気がつくと辺りはオレンジ色に照らされすっかり夕刻の時間になっていた。あの母親からもまだ連絡が来ていないところを考えるとまだ見つかっていないのだろう。

 

 蓮太「少し離れて聞き込みをしてみるか、このままじゃあ夜になってしまう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 蓮太「ダメかっ!誰も見ていないのか!」

 

 色々な人に聞き込みをしたが、龍成君を見た人は一人もいなかった。でも嘘をつかれているようなことは無いと思う。人によっては探すのを手伝ったりしてもらっているから、多分本当に見かけていないんだろう。

 

 となると、この方向には来てない…のか…?でもあと探していない所は……

 そういえば、建実神社の近くに山があったな…。確か続く道もあったような…

 

 そう考えていると人探しを手伝ってもらってた人が近寄ってきた。

 

 優しい人「だめですね…どこを探しても見つかりません…。そちらの方はどうでした?」

 

 蓮太「こっちもだめッスね…でももしかしたら入れ違いとかの可能性もありますから、もう少しだけ協力して貰えませんか?自分ももう一回探し回ってみますから」

 

 優しい人「探すのは問題ありません。是非協力させてください。でももう日が暮れます、山の中だけは入らないようにしてくださいね。危険ですので」

 

 蓮太「…わかりました。それでは、お願いします!」

 

 俺はそういって走り出した。確かに危ないのは危ないが、もし龍成君が入ってしまってた場合……、とにかく将臣と一回話してみるか、境内にいるはずだ。

 

 そう思っていたが、境内には将臣の姿は見当たらなかった。

 

 蓮太「どこいったんだ?って多分見つからなくて探索範囲を広げたんだろうけど。連絡は……来てないな。てことはまだ見つかってないのか…」

 

 ……考える。もう夕方の時間も終わりそうで、辺りはほぼ暗くなりつつある。一か八か賭けるような感じだけど、完全に暗くなる前までならもう少し時間はある。

 

 ……そうと決まれば!

 俺は山の中へ走り出していった。

 

 

 蓮太「龍成くーーん!!!いたら返事をしてくれーーーー!」

 

 叫びながらペースを落として歩く。声が届くように。

 っといっても山の中になんて入るかな…?そら男の子たるもの、幼い時は山の中の大冒険に憧れはするが…

 

 実際に入ると恐怖心の方が勝つと思う。けれど…、一応もう少し奥の方に行ってみるか。

 

 そう思っていた時。

 

 山の中に凄く大きな音が響いた。なんかこう…重たいものを思い切り叩きつけたような音。とにかく不自然だった。

 俺は気づいたらなんとなく、本当になんとなく山の奥へ走って行っていた。

 

 蓮太「はぁ…はぁ…」

 

 山の中、しかもそこそこ長い坂道が続いているせいでかなりキツい…。辺りはもう完全に暗く、今夜は月がよく見えるおかげで明かりがあり、辛うじて前が見える程度。

 

 少し走ると広い範囲月明かりが照らしている場所に将臣が突っ立っていた。しかしその前には黒い塊が…。なんだ…?あの塊…。

 

 そう思った瞬間、塊は将臣に向かって攻撃した。部分的に伸びてきた何かを鞭のようにしならせ、将臣に向かって叩きつける。

 

 将臣「あぶねぇっ…!!!」

 

 ギリギリのところで横へ転がり、何とか回避する将臣。しかし将臣も焦っているのか、すぐに逃げ出さない。その恐怖心は表情で理解出来た。

 

 怖い…。今近づいたら俺も狙われるかもしれない。怪我じゃ済まないかもしれない…。けど……助けなきゃ……何ができるか分からないけど、隙を作れれば…!

 

 そう思って、黒い塊の横になるように回り込み一気にそいつに向かって走る。

 何が効くかもわからない。相手が何かもわからない。けれど、さっきの叩きつけで地面が軽く凹んでいるから、触れるはず…!

 

 黒い塊の近くまできて顔のようなものがあることに気づいた。相手はまだ俺に気づいていない。いける!

 そう思って俺は黒い塊に向かって飛びかかる。

 

 蓮太「うおぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 飛び出した瞬間黒い塊はこちらを向いたがそのまま塊の顔を蹴る。その瞬間、あの塊に当たった足が薄く蒼く光った気がした。

 そしてあの黒い塊は、意外と全体をよろめかせ、大きく怯んだ。俺は急いで将臣の所へ行き、

 

 蓮太、将臣「「逃げるぞ!!」」

 

 と二人して言って走り出した。

 二人で急な坂道を一気に下っていく。足場が悪くて足が滑ったりしていたが構わず走り抜けた。

 それでもいつの間にかあの黒い塊は俺たちを追いかけてきていた。

 

 一心不乱に逃げ回る中、不意に背後から襲い掛かった一撃が、将臣の右肩をかすめた。

 

 将臣「ぐあっ!!!」

 

 余程のダメージだったのか、その攻撃の直後に将臣が体のバランスを大きく崩す。そして気がつけば将臣の体は前のめりになり、中を浮いていた。

 そのまま地面に叩きつけられ、そのまま地面と木に激しくぶつかりながら転がっていく。

 

 蓮太「将臣っ!!!!」

 

 助けようともっとスピードを上げようとした瞬間、右足に激しい痛みが伝わってきた。

 そのまま俺もバランスを崩し倒れていくなか最後に視界に映ったのは、黒い塊から伸びてきた何か。

 

 蓮太「やばっ………!」

 

 そのまま俺も転がり落ちていく。体の至る所が激しくぶつかり、何も考えられなくなる。

 

 最後に激しい衝撃を、叩きつけられ………

 

 蓮太「ごぁっ…………!!!」

 

 

 意識を失った。



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8話 獣耳

 ? 「この子は………この子だけは……」

 

 誰だ? 

 

 なんの声だ? 

 

 ここはどこだ? 

 

 ? 「生きて………! きっと…………………た…せ…な………ま……!」

 

 何を言っているんだ? 

 

 何がなにやら分からないうちに蒼い光が俺を包む。それは泣きそうなくらい暖かかった。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 目が覚めると見慣れたような見慣れないような部屋、ここは………朝武さんの家の借りている部屋…か。

 

 起き上がろうとすると、一瞬右足に激痛が走る。そして痛みが収まったかと思えば、焼かれているような持続する痛みが。まぁこっち方が耐えられるレベルだからマシか。

 

 そうか…確か…、山の中で黒い塊と遭遇して、将臣と逃げて……怪我して………

 

 ………? その先が分からない。何があったんだ…………? 

 

 とりあえずは将臣が起きるまでは待っとこうか。あいつなら、なにか覚えてるかもしれない。

 

 そう思って痛みを我慢して立ち上がり、俺は居間へ向かった。

 

 ていうかそのままにしておいたけど、今朝武さんが将臣の掛け布団に倒れるような感じで寝てた……。いつの間にそんなに仲が良くなったんだ? 

 

 

 襖をあけ、中に入り、俺は座ってテレビを見ていた。

 

 蓮太「今何時なんだろう…………ってもう昼過ぎじゃないか。参ったな…」

 

 こんな時間まで寝ていたのは随分と久しぶりだ。朝早くに起きて、外を眺めるのが俺の一日のちょっとした楽しみだったんだが…しょうがないか。まさか昼まで寝てるとは……。

 

 そんな話をしているとムラサメがいつの間にか横にいた。

 

 ムラサメ「もう動いてもよいのか? というより動けるのだな」

 

 蓮太「ムラサメ…、おはよう……は可笑しいかな? まぁ痛みは無いことは無いけど歩けないほどじゃないしな、生活する分には問題ないと思う」

 

 ムラサメ「そうか、医者の方も目が覚めれば問題ないと言っていたからな、問題がないなら良いのだ」

 

 そう言って俺の周りをフワフワ浮いてジロジロ見てくる。

 

 蓮太「そっか。じゃあその医者に一言礼を言っとかなきゃな」

 

 ムラサメ「芳乃にも言うことを忘れるでないぞ」

 

 蓮太「朝武さん? やっぱりああやって寝てたのは俺たち、助けられたのか?」

 

 そんな理由でもないとあんな力尽きたように寝ないだろう、一応そのままにしておいたんだが、仲良くなったんじゃないのか。

 

 ムラサメ「芳乃が徹夜で二人の看病をしていた。吾輩に任せろと言ったんだが、何しろ頑固だからな」

 

 蓮太「ちゃんと朝武さんにも礼を言っとかないとな。にしても随分な処置だな、包帯だらけだ」

 

 身体中に包帯が所々巻かれている。仕方がないことだが、動きにくい。

 

 ムラサメ「ご主人もそうだが、傷自体は沢山ある。しかし骨折はしていないと言っておった」

 

 ムラサメ「それでも……みんな心配しておったのだぞ」

 

 蓮太「………ありがとう。ムラサメ」

 

 そう言った時、襖がスーーっと開けられる。中に入ってきたのは常陸さんだった。

 

 茉子「竹内様…」

 

 蓮太「おはよう。ってもう昼過ぎてたけどね」

 

 笑いながら言葉を返すが、常陸さんはポカンとした表情のままだった。

 

 蓮太「どうかした? やっぱりおはようじゃなかった…?」

 

 茉子「いえ…何事も無かったかのようにのんびりされていて…、ちょっと拍子抜けといいますか…」

 

 茉子「怪我の方は大丈夫ですか?」

 

 蓮太「動いても我慢出来るレベルだよ。問題ない」

 

 そういって軽く腕を動かしてみせる、実際にこの程度なら全然問題なかった。

 

 茉子「そんは無理をせず、診察はちゃんと受けてください。何かあればすぐに連絡を、と仰っていましたから」

 

 蓮太「そうだな、いざと言う時はちゃんと見てもらうよ」

 

 そんな時、隣の部屋から将臣の悲痛な声が一言聞こえた。

 

 ムラサメ「ご主人も目が覚めたようだな。ちょっと行ってくるぞ」

 

 ムラサメはそう言い残し部屋の方へ向かっていった。

 

 蓮太「将臣も意識が戻ったみたいだな。一瞬声を張る元気があるなら、問題ないだろ」

 

 そうですねと少し笑う常陸さん。その表情は本当に安堵していてありがたく思った。

 

 茉子「でも本当に良かったです。お二人共意識を取り戻されて……きっとムラサメ様もひと安心できたと思われますよ」

 

 ん……? ムラサメ様も…? 

 

 蓮太「…? 常陸さんもムラサメが見えるんだ?」

 

 茉子「はい。と言っても、ムラサメ様が見えるのは有地様と竹内様を除いたら、ワタシと芳乃様だけですが」

 

 以外と見える人の集まりなのな、この家は。

 

 蓮太「とりあえず俺達も将臣の所に行こうか。安心するのはそれからで」

 

 そうして部屋の襖を開けると将臣はやはり意識が戻っていて、割と普通な感じだったから少し驚いた。

 

 蓮太「おはよう、将臣。どう気分は?」

 

 将臣「おはよう。とくに問題ないかな、少しズキズキ痛むくらいで、大丈夫だよ」

 

 茉子「おはようございます、有地様。やっぱり拍子抜けです…。お二人共あの怪我の後にも関わらず、のんびりしておられているんですね」

 

 安心したのか、やっと完全に気を抜けれたみたいだ。まぁお互い無事なら良かった。

 

 茉子「ムラサメ様もこれでようやく安心できたのではありませんか?」

 

 将臣「え? 常陸さんもムラサメちゃんのことが見えるの?」

 

 この辺の反応もほぼ同じなんだな、でもそりゃあ気になることではあるか。

 

 蓮太「見えてるんだってさ、でも俺たち以外の人は常陸さんと朝武さんしか見えないんだって」

 

 へぇ…と呟く将臣。よく体を見ると右肩に集中して包帯が巻かれている。あの時も随分と痛そうだったもんな。

 

 にしても、あの山の中は危な………、そういえば…………!? 

 

 蓮太「龍成君はどうなったんだ!? 見つかったのか!?」

 

 元々は龍成君を探しに山の中に入ったんだ。見つかっていないならすぐに探さないと…! 

 

 将臣「そうだ! 俺たちは龍成君をっ…!」

 

 茉子「安心してください。警察が見つけて、ちゃんとお母さんの元に戻られましたよ」

 

 そうか…、なら良かった…。あの母親に言いたいことはあったけど、まぁいいか。

 

 ムラサメ「二人にも感謝をしておったぞ」

 

 ムラサメ「というか、あの時はご主人は意識があったから伝えたのだが……覚えておらんのか?」

 

 将臣「言われたような気はするけど、あの時は意識が朦朧としてたから……夢か何かかと」

 

 ムラサメ「ボロボロの二人を見つけた時、夢だと思いたかったのは吾輩の方だ」

 

 俺達を見つけてくれたのはムラサメだったのか。山の中なのになんで見つけられたのはわからないけど、助かった。

 

 蓮太「ムラサメが見つけて、助けてくれたのか。ありがとう」

 

 将臣「みんなにも迷惑もかけた、ごめんな」

 

 二人で感謝と謝罪を贈って笑う。

 

 ムラサメ「それなのだが……」

 

 蓮太「…ん?」

 

 ムラサメ「すまぬ! 迷惑をかけたのは吾輩の方なのだ!」

 

 ムラサメが申し訳なさそうに謝ってくる。そして続けて…

 

 ムラサメ「吾輩がちゃんと、『山に入るな』と、先に忠告しておくべきだった………」

 

 将臣「いや、ムラサメちゃんが謝る必要はないと思うけど……」

 

 ピンときた。山の中での出来事はまだ伝えていない。転んだ? とか山の中での出来事も心配されない。怪我はきっと本心で心配してくれていたんだろう。けれど、怪我の経緯を誰も聞かない。不自然に肩や足を俺達は怪我しているのに。

 

 蓮太「多分だけど、知ってるんじゃないか? あの黒い塊のこと…………。二人とも」

 

 将臣が一瞬驚くが、恐らく同じ考えになったんだろう。すぐにムラサメの方に顔を向ける。

 

 ムラサメ「それなのだが…」

 

 その時、将臣の近くが、もぞもぞ動く。

 

 芳乃「ん………んぅ…………」

 

 そして、そのもぞもぞは、むくりと起き上がった。

 

 芳乃「んむぅ………ぅぅー……お、おはよう、ございます………」

 

 将臣「おはよう、朝武さん」

 

 蓮太「おはようさん」

 

 そして朦朧としていたであろう意識が戻って……

 

 芳乃「ぁ………有地さん……竹内さん………」

 

 芳乃「有地さん! 竹内さんっ!」

 

 将臣、蓮太「「はっ! はい!?」」

 

 びっくりした…急に叫ばれると流石に驚く…

 

 芳乃「二人とも、起きて大丈夫なんですか!? 怪我はどうですか!? 有地さん! ガーゼ替えますか? 包帯緩んでませんか? 竹内さん! 立ってますけど傷口が開いたりしてませんか!?」

 

 朝武さんがものすごい勢いでまくしたててる。普段は見せないその姿に、将臣は思わず身体をのけ反らせる。

 

 将臣「ーつッ!?!?」

 

 将臣の顔が反応する。多分変な体制になったせいで右肩が傷んだんだろう。その瞬間。

 

 芳乃「右肩、痛むんですか!? ちょ、ちょっと見せてください!」

 

 いやまぁ…今のは……まぁ仕方なかったんじゃないかな。しょうがないさ、うん。

 

 将臣「あ、えっと、今のは変な体制になったせいで、見せても特に-」

 

 将臣は距離を保とうとするが、朝武さんはガンガン詰め寄っていく。そして将臣の右肩に触れた瞬間。

 

 

 ピョコン

 

 

 そう聞こえた気がした。

 

 そう思ってしまうようなとんでもない変化が起きた。

 

 将臣「………………………ん?」

 

 将臣もきっと見えているんだろう。………あれが。

 

 芳乃「…? どうかしましたか?」

 

 蓮太「どうかしたというか………」

 

 将臣は目の前の光景が信じられないのか、頬を叩いて目を開き直し確認する。

 

 表情が変わってない。多分見えているんだろう。あの『ケモ耳』が

 

 芳乃「有地さん? 大丈夫ですか?」

 

 本人は気づいてないのか? やっぱり俺がおかしいのか…? でも将臣も多分見えてるよな…あの反応。

 

 将臣「大丈夫じゃないかも」

 

 将臣はあの耳を指さす。言葉は出てなかったけど。

 

 蓮太「俺にも見えるぞ、将臣。凄い可愛いけど、絶対あり得ない物だろ…?」

 

 将臣「うん…」

 

 芳乃「あり得ない物……」

 

 そうして朝武さんは少しだけぽかんとした表情で固まっていたが、すぐに目を見開く。

 

 芳乃「っ!?!?!?」

 

 慌ててアレを押さえつける。………もう手遅れだと思うけど。ちょっとはみ出してるし。

 

 芳乃「こっ、こここここれは違います! 違うんです! 有地さんの見間違いです! き、きっと頭を強く打ったのでしょう! 幻覚がー」

 

 将臣「…じゃあ何で頭を抑えてるの?」

 

 芳乃「あっ!? うぅ……っ、は、嵌められた…」

 

 蓮太「俺は可愛いと思うよ。うんうん。そんな時もあるさ」

 

 まぁ思い切り自爆してたけどな。

 

 ムラサメ「一応ツッコミを入れておくが蓮太のは勘違いだぞ」

 

 ムラサメ「おそらく、原因はご主人右肩に触れたことであろう。祟り神の穢れに触れた部分だからな」

 

 将臣「祟り神……穢れ……あと、その獣耳……」

 

 将臣は不思議そうな顔で朝武さんを見る。いや俺もそうなんだけど。

 

 ムラサメ「やはり、蓮太にも、ご主人にも見えるか」

 

 将臣「みんなにだって見えてるんだろ?」

 

 ムラサメ「ここにおる者はな、吾輩が見える人間は、この耳も見ることができる」

 

 蓮太「つまり、普通は見えない」

 

 ムラサメ「今はまだな。だが、このまま放置し続けておると、誰にでも見えるようになる」

 

 ……とりあえず分かったのは朝武さんと……というより、あの耳と黒い塊は関係ある。そしてこの場にいる人は俺と将臣以外は周知の事実……ってことか。

 

 それに多分、あの『蒼い刀』と『叢雨丸』も。

 

 少しの間、沈黙が続く。それを破ったのは常陸さんだった。

 

 茉子「芳乃様、やはりちゃんと説明をされるべきではないでしょうか?」

 

 安晴「僕も、そう思うよ」

 

 いつの間にか安晴さんも後ろにいた。てかいつから居たんだろう。全然気づかなかった。

 

 芳乃「お父さん…でも…」

 

 安晴「将臣君にも、蓮太君にも影響がある事は、今回のことでハッキリした」

 

 安晴「少なくとも、二人にも関わることぐらいは説明が必要だよ、芳乃」

 

 ……………

 

 芳乃「わかりました。でも必要なことだけです。それを約束してください」

 

 安晴「分かったよ。約束しよう」

 

 

 …この日、この出来事が俺達二人の運命を大きく変えるきっかけになった。

 



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9話 祟り神

 お茶が美味い。体の芯から温まる飲み物は好物だ。恐らくこの話は驚きの連続になるだろう。

 

 心を落ち着かせる。

 

 そして全員が居間に揃ったところで安晴さんが話を切り出した。

 

 安晴「まず始めに。今回のことは自体を甘く見ていた僕たちの油断だ。本当に申し訳ない」

 

 頭を下げられる。大人に頭を下げられるってどうにも慣れないな…。

 

 将臣「いや…いきなり山には化け物がいるとか言われても、絶対信じてなかったと思いますから」

 

 安晴「それでもせめて忠告ぐらいはしておくべきだった」

 

 安晴「日が暮れたら、山には絶対立ち入らないように、と」

 

 蓮太「…そうですね。まぁ多分忠告をされても、中に入って行ったと思いますけど」

 

 事実俺はあの優しい人に忠告を受けていたからな。その上であの山の中に入ったんだ。だから俺は完全に自己責任。将臣の場合はわからないけど。

 

 蓮太「アレは…何なんスか? とてもじゃないけど生き物には見えなかったんですけど」

 

 安晴「その前に二人は穂織の土地に伝わる伝承を知ってるかな?」

 

 将臣「……妖怪にそそのかされた大名が攻め込んできて、返り討ちになった、という話ですよね?」

 

 あぁー…確かそんなんだったな。

 

 安晴「そう。そして妖を退治したのが将臣君が抜いた叢雨丸。アレは本物の特別な刀なんだ。…わかるかな?」

 

 将臣をこくりと頷く。まぁムラサメが見えるからその辺は信じるしかないわな。

 

 

 …………………ん? 待てよ…………て事は………! 

 

 蓮太「叢雨丸が本物なのなら…、退治された方も本物…。つまり実在したって事なんじゃないのか……? 妖は」

 

 将臣「あっ………」

 

 言われるまで今まで思いつきもしなかった、片方が本当に存在するものなのに……

 

 将臣「つまり伝承は、全部本当なんですか?」

 

 安晴「いや…事実と違う部分はあるんだけど……、今は、その認識で問題ないよ」

 

 安晴「とにかく叢雨丸の力で妖に打ち勝った。たけど今際の際に妖は呪詛を残した」

 

 蓮太「……黒い塊か」

 

 あの山の中の黒い塊。怨念みたいなものか? ずいぶんと長い間呪ってるんだな。

 

 安晴「そう。僕らはアレを祟り神と呼んでいる」

 

 将臣「そんなの危ないじゃないですか。ここは観光地なのに」

 

 蓮太「無差別に襲う訳じゃ無いんじゃないか? もしそうならこの付近に住んでいる人達は今の生活は間違いなく出来ないだろう。将臣も言ったみたいにここは観光地。被害者もかなり多くなるだろうし」

 

 安晴さんは頷く。当たってる…って事で良いんだよな? 少なくとも無差別じゃないってことは。

 

 安晴「蓮太君の言う通り、無差別に襲わない。襲われるのは妖に強く恨まれている者が対象になる」

 

 安晴「芳乃の不可思議な耳は、妖に憎まれているものに対する呪詛の現れなんだ」

 

 蓮太「じゃあ祟り神の狙いは朝武さんスか?」

 

 朝武さんは無言だったが静かに首を縦に振る。

 

 将臣「じゃあ………」

 

 安晴「朝武の家はね、伝承にある戦に勝利した家の直系なんだよ」

 

 将臣「でもそれなら、関係のない俺は……」

 

 将臣は言葉の途中で気がついたみたいだ。自分が叢雨丸の使い手に選ばれたことに。

 

 将臣「襲われたのは、叢雨丸の使い手…だから…」

 

 蓮太「だろうな。事実最初に襲われていたのは将臣だ。俺は襲われた訳じゃなくて、狙いの将臣を殺すのに邪魔だったから………とかか? 流石に相手の考えはわからないけど」

 

 どうだろう? 蒼いあの刀も朝武家が絡んでいるし、一概にそうとは言えないけど。

 

 将臣「じゃあ、俺にもあの耳が生えたりするんですか?」

 

 流石に…と言って安晴さんは否定する。どうも朝武家の直系にのみ生えるらしい。

 

 将臣「でも……それってつまり、イヌツキって呼ばれる原因は本当にあったってことですか?」

 

 安晴「そういうことになるね」

 

 そんな中ムラサメが重い口を開く。

 

 ムラサメ「まず始めに、当時の朝武の姫に耳が生えた。最初は吾輩ぐらいにしか見えなかった」

 

 ムラサメ「だが、時間が経つと誰にでも見えるようになり、噂が広まったのだ」

 

 ムラサメ「朝武の姫は獣の耳が生える、呪われた姫………だとな」

 

 呪い…………ねぇ…………。

 

 将臣「それがイヌツキの原因」

 

 ムラサメ「それだけでは無い」

 

 ムラサメの声がどんどん大きくなっていく。それだけこの事実の重さが彼女の中で…いや彼女達の中で、大きいものなんだろう。

 

 ムラサメ「耳が誰にでも見えるようになるように、祟り神も放置しておると、穢れを溜め込んで強力になってしまう」

 

 ムラサメ「そうして強力になった祟り神が、この穂織の地で暴れ回ったこともある」

 

 ムラサメ「山が崩れ、大きな被害を生み、死者も大勢出た」

 

 それが噂の原因か……。なるほど、呪われた姫が住まう呪われた土地、まさに祟りだな。

 

 

 安晴「その様子だと、ムラサメ様から説明があったのかな?」

 

 将臣「安晴さんはムラサメが…」

 

 安晴「見えない。僕は入り婿だからね。だから呪詛の影響は受けていない」

 

 …………そうか。

 

 蓮太「だったら、呪いを受けているのはこの中だと、朝武芳乃さんだけ…か…」

 

 芳乃「………」

 

 俺は、朝武さんの顔を見ることが出来なかった。

 

 安晴「けれど、基本的に山に入らなければ襲ってこない。それも、夜の間だけだ」

 

 安晴「昼の間は山にも入れるよ、けれど、放置して強力になってしまうと、その限りではない」

 

 安晴「だから祟り神が穢れを溜め込む前に、代々朝武の姫が穢れを祓っているんだよ」

 

 将臣「それじゃあ、今は朝武さんが?」

 

 だろうな…

 

それに代々朝武家に受け継がれてきたあの蒼い刀も同様に穢れを祓う力が備わってそうだな。わざわざ安晴さんも選ばれたって言ってたし。

 

 安晴「芳乃の神楽舞を見たことはない?」

 

 蓮太「俺は無いです」

 

 俺はタイミングが悪くて舞を見に行けなかったからな、先に旅館の方に行ったから。

 

 将臣「この前の祭りの時に…」

 

 安晴「あれは穢れ祓いの儀式なんだよ。舞を奉納することで、土地の穢れをはらっている」

 

 安晴「でも、舞の奉納だけでは、全てを祓うことはできないんだ」

 

 ムラサメ「その場合は、直接穢れを祓って対処する必要がある」

 

 直接って……まさか……、

 

 芳乃「お二人は気にしないでください。これは朝武の……いえ、私の問題です」

 

 朝武さんの表情は強い顔だった、何かを決意したような、強い顔。

 

 いや…何となくわかる…きっと……。

 

 芳乃「お父さんが言った通り、山に入ったりしなければ、危険が及ぶことはないはずです」

 

 芳乃「祟りは私が何とかしますから」

 

 蓮太「それで俺達と距離をとっていたのか」

 

 芳乃「今すぐ解決、とまではいかないかもしれません。しばらくは不自由を強いることになってしまい、申し訳ないと思います」

 

 芳乃「ですが、絶対に何とかしますから。私に任せてください」

 

 俺は何も答えなかった。

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 

 話が終わり、みんな散り散りにどこかへ行ってしまった。

 

 俺はとりあえず家を出て、境内で神社を眺める。

 

 あの話が今俺たちに伝えられる最小限のこと。それだけでもことの大きさが少しわかった気がした。

 

 いったいどれだけ長い間朝武の人は呪いに苦しんだんだろう。俺なんかじゃ想像もできない。

 

 蒼い刀……。鬼を斬った刀…伝えられた話と随分と内容が違うが、アレも祟り神を斬ることが出来るんだろうか? 

 

 もし力になれるんだったら………アレと互角以上に戦うには骨が折れそうだな。決して楽でもないだろう。

 

 ………

 

 茉子「竹内様?」

 

 不意に後ろの方から声がした。……ん〜…様ってなんか嫌だなぁ…。

 

 蓮太「あぁ、常陸さん」

 

 茉子「何故、こんな所に?」

 

 蓮太「まぁとくに理由はないんだけど、何となく落ち着いて考え事ができるから」

 

 俺もなんでここに来たのか分からないんだよな…、気づいたらここまで歩いてたし。

 

 蓮太「それよりも……、様って付けて呼ぶの他のに変えられないか?」

 

 俺は婚約者じゃない…………よな? グレーゾーンだよな? 

 

 それからなんやかんや話をして、呼び方を変えてくれることになった。

 どうでもいい世間話だったけど、今の俺にはちょうど良かった。

 

 それでもあの話が頭から離れず、会話が止まってしまう。

 

 蓮太「あの…さ…」

 

 茉子「はい、何でしょう」

 

 言おうとして思いとどまる。まだハッキリと決めていないのに話すのはまずかったな…。

 

 蓮太「いや…なんでもない」

 

 茉子「………」

 

 不思議そうに顔を見られる。まぁそうだわな、申し訳なかった。何か適当な話を…と思った時、常陸さんの方が先に話しだした。

 

 茉子「突然ですが竹内さん、気分転換にワタシとデートしませんか?」

 

 

 ……………………え?



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10話 買い物デート?

 それから俺は、いや、俺達は二人で買い物に行っていた。

 

 正直デートの言葉に惑わされていたが、現実は俺みたいなやつは急に恋なんか始まらない。ははっ…。

 

 とまぁ、買い物といっても俺は常陸さんの横で歩いているだけなんだが、まぁせっかく気を使ってもらったんだ、一旦考る事を止めよう。

 

 茉子「でも、婚約者がいる身でありながら、気軽にデートするなんて、いけないことですよ?」

 

 蓮太「いや俺は違うから、そういうのは将臣に言ってあげてくれ」

 

 確かに安晴さんは俺でもいいって言っていたけど、あくまで正式な婚約者(仮)は将臣だ。…もうこれ仮なのかどうなのかわかんねぇな。正式な仮ってなんだよ。

 

 そう言いながら歩いていると、常陸さんは が次々に店の人達から話しかけられる。ていうかさっき食材が二人分多いだけで朝武さんは体調の心配をされてたな…まぁそれだけ慕われてる……って事でいいのかな?

 

 茉子「すみません。お待たせしました」

 

 蓮太「何か俺も持つよ、流石に手ぶらは気が引けるから」

 

 さっきから二人でいるのに全部の荷物を常陸さんが持っている。流石にこれは我ながらダメだろ。

 

 茉子「いえ、竹内さんは怪我をしているんですから、そんなことはさせられません」

 

 蓮太「といっても一番酷いのは右足だから、しかももう普通に歩けるくらいだから問題ないんだが」

 

 まぁ普通に歩けるって言ってもそこそこ痛みは我慢してる。でも朝ほどの痛みでもないし、もっと我慢すれば走ることだって出来ると思う。

 

 茉子「それにこの程度、大したことありません。ちゃんと鍛えてるんですよ?ワタシ、なにせ忍者ですから」

 

 ……自己主張が激しい忍者ですね。

 

 蓮太「影に隠れてこその忍者じゃ?」

 

 茉子「仰る通りです、ですが本職は護衛ですから」

 

 護衛……ねぇ………

 

 蓮太「祟り神から?」

 

 一応周りに人があんまりいないのを確認してから話す。

 

 茉子「今はそうですね。昔は諜報なども行っていたそうですが。流石に時代が違いすぎますね」

 

 蓮太「常陸さん……というより、二人は怖くないのか?」

 

 少し勇気を出してみる。ダメだな、せっかくの気分転換なのに気になってしまった。

 

 茉子「さっき言いかけたのはそれですか?」

 

 ………少し頷き返事を待つ。

 

 茉子「一族の務めですから。仮に逃げたとしても、呪詛が解けるわけではありません。むしろ、被害は甚大になるだけです」

 

 …そうだな。

 

 茉子「ここに暮らしている人、ここを訪れる人、ここが故郷の人…その方々への影響は計り知れません」

 

 蓮太「……」

 

 蓮太「確かに…今日あった店の人達も朝武さんを気にしていたな、随分と慕われてるんだな」

 

 茉子「朝武は元々穂織を治めていた御家ですから、今でも土地の代表者のような立場ですよ」

 

 茉子「それになんのかんの言っても田舎ですから。病院や神社は、他とは比べられないくらい大事にされるんですよ」

 

 茉子「特にこの穂織の住人ですと……近くの町に頼っても、上手くいかないことが多いですからね」

 

 多分、イヌツキの噂のことだろう。周りからは邪険に思われてるんだったな…。自分たちで何とかするしかないのか…。

 

 蓮太「まぁ、その信頼も朝武さん本人や安晴さんの人の良さからでた結果なんだろ?今回の事故で何となく分かったよ。二人ともやっぱり優しくて、いい人なんだな。特に朝武さんの方は」

 

 茉子「そうなんです!とっても可愛いらしくて優しいお方なんですよ」

 

 蓮太「あの感じだと、責任感が人一倍強いんだろうしな。なんでも一人で抱え込んでしまうタイプっぽいし」

 

 茉子「そうなんですよねぇ。そこも可愛いといえば可愛いんですが………安晴様もよく心配をされています」

 

 ……そこがネックなんだよなぁ………俺はもう覚悟は決めたけど、その難関をどう突破するか、難儀だなぁ…。

 

 茉子「さっ、買い物も終わりましたし、戻りましょうか」

 

 二人で帰りながらどうするもんかと考える。でも全然良い案が浮かんでこない。常陸さん曰く、朝武さんは神社で舞の練習をしてるみたいだから、とりあえず素直に言ってみるか。呪を解くのを手伝わせてくれって。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 だめだった!!!!!

 

 それなりに前より仲良く話すことは出来たけど、あの話になるとキッパリと断れらた!まぁそうなるとは思ってたけどさぁ…。

 

 どうにか協力したいんだが、如何せん受け入れてくれない。どうしようもなくてとりあえず居間でお茶をズビズビ飲んでたら、将臣が帰ってきた。

 

 蓮太「おかえり、どこいってたんだ?」

 

 将臣「ちょっとね、ムラサメちゃんと話してて、俺もみんなの力になりたかったんだけど…朝武さんから断られた」

 

 将臣も同じ考えなのか。ってそりゃみんなが頑張ってるのに俺たちだけのほほんとしてられないよな。

 

 将臣「蓮太も断られたらしいね、朝武さんが言ってた。さっきも竹内さんにも同じこと言われたって」

 

 蓮太「まぁね」

 

 ……朝武さんの気持ちはわからなくもない。あの人の中では俺たちを巻き込んでしまって自分の事でこれ以上迷惑をかけたくないのだろう。

 

 うーむ……。

 

 

 そうして時間が経って夜になり、朝武さんと常陸さんの服装がガラッと変わっていた。

 

 将臣「…どうしたの、その格好?」

 

 茉子「忍び装束です。ワタシの正装なんですよ?これ」

 

 常陸さんは額当てを付けており、動きやすさを重視してるのかな?かなりの軽装になっていてザ・忍者って感じの見た目になっていた。

 あ、ザ・ニンジャじゃないよ?蜘蛛糸縛りの術とかあっちじゃないからね。

 

 蓮太「でも結構目立つと思うけど?」

 

 事実この姿で外を歩けば視線は釘付けだろうな、胸のところとか。

 

 茉子「そうですか?でもこれ、先祖伝来の由緒正しき服装なんですが」

 

 将臣「儀礼的な意味もあったりするの?」

 

 茉子「はい。清められているので、霊的な加護もあるんです」

 

 へぇ〜。やっぱそういうのはあるんだな。朝武さんも巫女服着ているし、そういうのも大事なんだろう。

 

 巫女服と忍者装束………………やめろ。煩悩に負けるな。俺。

 

 芳乃「それでは、行ってきます」

 

 安晴「うん。いってらっしゃい。気をつけて」

 

 茉子「いってまいります」

 

 安晴「申し訳ないけど、芳乃の事をよろしく…」

 

 安晴さん、かなり不安そうな顔だな。まぁ無理もないか、慣れた雰囲気だけど彼女達は命を懸けて戦いに行くんだから。

 

 ふと頭によぎるあの瞬間。祟り神と戦う……。

 

 力になれない自分が悔しい。

 

 そんな時安晴さんが俺達の方に来た。

 

 安晴「本当なら……」

 

 安晴「本当なら娘を見送るのではなく、僕が何とかすべきなんだろうけどね」

 

 表情が暗い。なんとも例えようがない雰囲気。

 

 安晴「普段の舞は芳乃に任せ、祟り神は僕が。と思ったこともあったんだよ」

 

 安晴「でも…そのための力が僕にはなかった」

 

 安晴さんの拳に力が入る。それだけで安晴さんの心情が伝わってくる。

 

 蓮太、将臣「………」

 

 安晴「失敗どころか、無茶をしてしまって、全治二ヶ月の怪我。あの時は余計な心配をかけてしまった」

 

 蓮太「常陸さんにはその……対峙できる力が?」

 

 安晴「芳乃よりは弱いらしいけど、僕よりはあるそうだ」

 

 なるほど…それで二人で…。

 

 将臣「……あ、あのっ」

 

 将臣が決死の思いで声をかける。

 

 将臣「俺達を婚約者にしたのって………あの……その……」

 

 将臣「叢雨丸を使って穢れを祓う手伝いをして欲しいってことなんですか?」

 

 ………俺は黙ってるしかなかった。俺達って所が気になったけど、ちゃちゃを入れる雰囲気ではないだろう。

 

 安晴「………そうか……確かにそう思われても仕方ないか」

 

 返答を待つ。

 

 安晴「勘違いをさせて本当に申し訳ない。僕は決して、そんなつもりで結婚のお願いをしたわけではないんだ」

 

 安晴「僕自身、祟り神の危険は十分わかっている。二人を巻き込もうなんて事は決して思っていなかった」

 

 将臣「じゃあ…」

 

 将臣の言葉が詰まる。

 

 安晴「祟り神が穂織の外に出現しないなんてことはないかもしれない」

 

 安晴「万が一に二人がこの土地を離れてその先で祟り神が現れた時。誰も事情を知らない、誰も祓えないじゃ被害は大きくなっていく」

 

 理由は分かった。まだ推測の話であって俺が絶対に狙われないって訳じゃないし、確かに言われてみるとその通りだ。でも。

 

 蓮太「でも結婚の事まで持ち出す理由はないんじゃないっスか?俺が口を挟むべきではないと自分でも思うっスけど」

 

 安晴「それは、なんというか…」

 

 安晴さんは意を決した様に話す。その目はとても辛そうだった。

 

 安晴「芳乃は昔からしっかりした子でね、自分の状況をしっかりと理解していたんだと思う」

 

 安晴「芳乃が無邪気に遊んだり、笑っている姿を見たのは……本当に幼い頃だけなんだ」

 

 安晴「あの子の母からお務めを引き継いでからは、特に余裕がなくなった」

 

 ………………

 

 安晴「そうなる前に何とか出来れば…よかったんだけどね……。僕ではもうダメなんだ」

 

 安晴「……あの子に必要なのは、同年代の友人との触れ合いだと思うんだよ」

 

 将臣「そのために…俺たちを?」

 

 ……まぁ何を言っても俺はもう、朝武家の一員だからな、院には今更戻れないし、文句もないけど。

 

 安晴「叢雨丸の使い手は、祟り神に狙われる。ここにいてもらう理由はさっき言った通りだ」

 

 ……

 

 蓮太「でも普通に紹介しても親しい友達にはまず慣れない…。朝武さんの性格的にも……きっと、彼女は今までみたいに人を寄せ付けない様に接するだろうから。ってことか…」

 

 安晴「うん。強引でもなんでも、無理矢理新しい関係が築ければと……期待していたんだ」

 

 安晴「将臣君も蓮太君も玄十郎さんや孤児院の方々から信頼できる子だと言われていたんだ」

 

 安晴「でも…流石に見通しが悪かったかな…」

 

 将臣「見通しが悪いというか……、婚約者っていう慣れない関係が、更に距離を作ってしまったのでは?」

 

 …なるほどね、大体事情は分かった。まぁ確かに婚約者は聞きなれないな、言った本人もやりすぎたかなって顔してるし。

 

 安晴「でも…放っておいたらずっとあの調子だから……これくらいの刺激じゃないと……」

 

 蓮太「常陸さんでは?」

 

 仲がいいっていうなら常陸さんが一番適任なんじゃないか?

 

 安晴「茉子君はとてもいい子だよ、とてもよくしてくれている。お務めだけの中ではないと、僕でもわかる…だけどね……、対等の友人とは……言い難いかな」

 

 将臣「それは……そうかも」

 

 安晴「朝武の家は穂織では特別視されている。他の人たちも芳乃を巫女姫様と呼ぶ。全員がね」

 

 安晴「そうして慕われる度にあの子はこの土地を任されている、と背負っているんじゃないかと思うんだ」

 

 安晴「だからこそ、土地の関わりが薄い、君たち二人に頼みたかった」

 

 蓮太、将臣「………」

 

 何も返せなかった。俺は何も知らなかった。この明るい街の裏には決して知られることのない深い深い闇があった。

 

 安晴「無茶で勝手なお願いをして、申し訳ない」

 

 安晴「でも、二人にこうしてほしいってお願いは本当にないんだ」

 

 安晴「できれば仲良くして欲しいけど…それくらいだよ。……押し付けて申し訳ないが、何卒、娘を宜しくお願いします」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺たちは自分達の部屋に戻った。

 

 二人して黙っているけど、多分将臣も似たようなことを考えていると思う。

 

 安晴さんの心情を考えるとやっぱり思う。心のどこかに期待はあるんじゃないか…と。

 

 そんな中、将臣がいつの間にかいたムラサメに話しかける。

 

 将臣「ムラサメちゃんはさ、人柱にされたんだよな?」

 

 ムラサメ「それは少し違う、吾輩は自らの意思で叢雨丸の管理者になった」

 

 将臣「な、なんで!?必要だったからか!?」

 

 周りからされた訳ではなかったのか…、自分の意思で…?

 

 ムラサメ「……吾輩は、流行り病にかかっておった。何人も何人も、同じ病で死んでおったよ。……吾輩も恐らく早晩死んでおったであろうな」

 

 ムラサメ「吾輩の命で皆が救われるのなら……、と望んで管理者になった。だから二人とは状況が全然違う」

 

 ……………自分の…意思で。

 

 将臣と目が合う。

 

 将臣「あのさ……二人とも…、俺真剣なんて握るの初めて。昔は剣道もやってたんだけど、竹刀は2年近く触れてもない」

 

 将臣「そんな俺でも役に立てることはあるのかな?」

 

 俺も言葉を続ける。

 

 蓮太「俺だってそうさ、あんな大太刀触ったことない。ある人に憧れて蹴りだけは自己流で鍛えていたけど、実際に役に立ったことはあまりない」

 

 蓮太「そんな俺でもみんなの支えになれるのか?」

 

 ムラサメ「何とも言えんな。祟り神が危険なのは二人とも身に染みておろう」

 

 ムラサメ「及び腰や二の足を踏むくらいならば、行かぬ方が良いと思うが……」

 

 ……やはり邪魔になるだろうか…?

 

 

 ………馬鹿か俺は…。今更何を迷ってるんだ…。一度決めたじゃないか…!みんな…!みんな頑張ってる…!

 自分の運命と戦ってる!事情を知らない人…お世話になってる人…大切な人…護りたい人…そんな人の為に、無理して全部背中に背負って歯を噛み締めて戦ってる…!

 

 将臣「あー!もうダメだ!」

 

 将臣が勢いよく立ち上がる。

 

 ムラサメ「行くのか」

 

 将臣「行くよ。行くしかないだろ、この状況」

 

 また将臣と目が合う。そうして俺も立ち上がり、黙って蒼い刀を手に取る。

 

 ムラサメ「……つまりは、二人とも……見栄だな」

 

 分かってるさ、そんなくだらないもの必要ないって。でも、ここまでの事を知って、家で大人しくも出来ない。

 

 ここは引いてちゃダメだ…!

 

 蓮太、将臣「「ここで見栄を張らなくちゃ、男じゃない!」」

 

 ムラサメは少し笑っていた。

 

 ムラサメ「男の動機としては十分だ。見栄が大事な時もあるものだぞ」

 

 そうして部屋を出る時、ふと思った。

 

 蓮太「そう言えばこの刀の名前が必要だな」

 

 いつまでも名前が無いなんて不便だしな。

 

 将臣「何をこんな時に…」

 

 蓮太「ちょっと待ってくれよ……名前……なまえ……ナマエ……」

 

 刀を見る。蒼く綺麗な刀身に様々な模様がある。まるで山を流れる川のように。

 

 蓮太「決めた…」

 

 そうして俺達は歩き出す。祟り神と戦うために。

 

 蓮太「名前は……………『山河慟哭』」

 



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11話 お祓い

 俺たち三人は二人のあとを追って山の中を歩いていた。

 

 今夜も山の中は暗い。月明かりに大分助けられている。

 

 にしても気が抜けない…。この暗い山道の中、どこから祟り神がでるか分からない。気分はまるでバイオハザードだ。

 めちゃめちゃ怖い。

 

 蓮太「………」

 

 でも…………

 

 将臣「………」

 

 なんいうか……

 

 俺たちが落ち着いていられるのは、理由がある。

 

 ムラサメ「ごごごごご主人?な、なぜそんなに黙っておるのだ?れれれ蓮太?ななな何か話をせんか」

 

 ムラサメがめっっっっっちゃ怖がってるからね。

 

 蓮太、将臣「…………」

 

 ムラサメ「こ、こらぁ!二人とも、なぜ無視するのだぁ!」

 

 ムラサメは将臣のフードを両手で掴み、声と身体を震わせる。

 ある意味かなり助かってはいるんだが…。

 

 将臣「怖いのか?」

 

 ムラサメ「な、ななななな何を言うのだ、ご主人。こっ怖いわけがなかろう!」

 

 そうかと流す将臣。そして二人がしばらく黙る。すると突然ー

 

 将臣「わっっ!!!!」

 

 ムラサメ「ピャャァァァァーーー!!!」

 

 将臣がムラサメを大声で驚かせる。こいつ性格悪いなぁと思いながらもそのやり取りを見て笑ってしまった。さっきまでの緊張が嘘みたいだ。

 

 蓮太「ははっ。ビックリしすぎだっ」

 

 将臣「やっぱり怖いんじゃないか」

 

 ムラサメ「笑うなー!それにバカを言うでない!わっ吾輩は普通だ!歌だって歌えてしまうほどだぞ!」

 

 歌う時点で怖がってるじゃんかと思った時ムラサメが震える声で歌い始めた。

 

 ムラサメ「かぁごめ、かごめ。かーごのなかの鳥はー。いーついーつでやる」

 

 将臣「チョイスを考えろよ!今その歌は怖いわ!」

 

 ムラサメ「ご主人も怖いのか?」

 

 俺はつい横でケラケラ笑ってしまう。この二人面白いな。

 

 将臣「横で笑ってる場合かっ」

 

 蓮太「まぁ俺も普通にさっきまで怖がってたけどお前ら二人が面白くて」

 

 にしても幽霊が暗い山道を怖がるって珍しい……というかもう面白い。そういえば最初にあった時も幽霊話になると態度が変わってたな。

 

 将臣「それよりも、このまま真っ直ぐ進んでいいのか?」

 

 ムラサメ「うむ、大丈夫だ」

 

 蓮太「そっか…」

 

 改めて俺の刀……山河慟哭を強く握る。本当に何なんだろうこの刀は…握るだけで力が湧くみたいだ。

 

 ムラサメ「緊張しておるか?」

 

 将臣「俺たちは昨日襲われたばかりだしな」

 

 ムラサメ「大丈夫だ。吾輩が付いておる。お主ら各々、特別な刀に選ばれたのだ。もっと自分を信じろ」

 

 将臣「自分ほど信用できない存在はいないものだぞ!」

 

 おいおい……

 

 ムラサメ「なぜご主人は、そんな悲観的な考えなのか……」

 

 ……いてっ!!

 

 歩いていると右足に痛みが走り、思わず止まってしまった。

 

 将臣「どうした?」

 

 蓮太「ちょっと右足が…な、テーピングを巻き直すから先に行っててくれ」

 

 一応持ってきておいてよかった…。今できる最善の治療をしておこう。

 

 ムラサメ「だが、こんな所に一人で置いて先へは行けん」

 

 蓮太「大丈夫だ、すぐ終わる。元々走れるくらいには痛みは引いていたから」

 

 蓮太「それにまだ山に入ったばかりだ、危険になれば引き返せる」

 

 将臣「けど…」

 

 蓮太「バカ!何のために山の中に入ったんだ、早く合流してこい。そんなに渋るところでもないだろ?」

 

 まぁよく考えれば別に待ってくれてもいいんだけど、こんなことをしてる間に先に行った二人が既に戦闘中とかだったら………

 

 将臣「分かった…、先に行くけど、直ぐに来てくれよ」

 

 ムラサメは納得してなかったが、将臣が連れていった。俺は靴を脱ぎテーピングを巻き直す。

 

 ………意外と難しいな。

 

 

 *

 

 …蓮太と別れてしばらくした後、前方に二つの人影が見えてきた。

 

 芳乃「あ、有地さん?」

 

 茉子「来てしまわれたんですか……」

 

 俺がその場所に現れた時、二人ともすごく驚いた表情を浮かべて俺を見ていた。

 

 芳乃「ど、どうしているんですか!山には入らないようにって言ったのに!」

 

 将臣「だってこれは俺たちも深く関わってしまった事だから」

 

 茉子「俺たちって…竹内さんも来てらっしゃるんですか…?」

 

 将臣「さっきまで一緒に行動してた、今は山の入口近くで休んでるけど」

 

 その言葉を聞いて更に驚く二人。

 

 芳乃「戻ってください!それがお二人のためです!」

 

 将臣「それを言われて帰るようなら、そもそも来ないってば。蓮太も遅れて直ぐに来ると思うよ」

 

 茉子「一人でですか!?」

 

 芳乃「ぐぅ……」

 

 凄い睨みつけられる。朝武さん、怖いよ。

 

 だが俺も、今さら引くつもりはない。真正面からその視線と対峙する。

 

 茉子「芳乃様、こうなってしまった以上、仕方ないと思います」

 

 茉子「有地さんはもう来てしまいました。帰る途中で祟り神に襲われる可能性もあります」

 

 茉子「それに竹内さんが既にこちらへ向かっているとすれば、ここは後退、もしくはここでしばらく待機してまず合流するのが最善では?」

 

 将臣「テーピングを巻き直していただけだから、直ぐに後を追ってきているはず。もうすぐ来ると思うよ」

 

 朝武さんが頭を抱える。変な唸り声を上げて。

 

 芳乃「そっ、れは………ぐぅ……、うにゅぅぅ………!」

 

 ムラサメ「叢雨丸に選ばれたのは、決して偶然ではない。意味があるはずだ。それは蓮太も同様。だから吾輩はこの二人がおった方がいいと思うのだ」

 

 ムラサメちゃんが後押ししてくれる。本当に信じてくれているんだな。

 

 芳乃「もう知りません!勝手にすればいいです」

 

 芳乃「でも絶対に大人しくしていてください!」

 

 それは結局どっちなんだろう。ま、無駄に揚げ足を取ることもないか。

 

 ムラサメ「ではご主人、叢雨丸を抜け」

 

 将臣「あぁ」

 

 布を解き、鞘から抜き放つ。

 

 ………思ったよりも重いな……初めて持った時もこんな感じだったっけ?竹刀とはやっぱり全然違う……。

 

 そこで俺の正面に立ったムラサメちゃんが目を閉じた。

 

 それから、淡い光がムラサメちゃんの身体を包んでいく。

 

 一瞬爆発的に光が輝きだし、思わず目をしばたたかせる。

 

 気付くと目の前にいたはずのムラサメちゃんの姿はなく、代わりに美しい刃の存在感が増しているように思えた。

 

 将臣「これが……神力を宿した状態…」

 

 ムラサメ『そういうことだ』

 

 ムラサメちゃんの姿はないが刀の方から声が聞こえる。

 

 ……なんかもうこれも普通に思えてきた。

 

 ムラサメ『神力を宿した叢雨丸は、霊的な存在を斬る。祟り神もそれにあたる』

 

 ムラサメ『そこに技術は必要ない。安心しろ。と言っても、流石に峰打ちでは無理だがな』

 

 ムラサメ『むしろ重要なのはご主人の気合いだと思え。臆するな』

 

 将臣「わ、わかった」

 

 芳乃「ここに来てしまったものは仕方ありません。ですが有地さんー」

 

 !?!?

 

 その時、背筋が凍るような、嫌な感じがした。

 

 芳乃「祟り神の穢れは私が祓います………にゃぁ!?!?」

 

 咄嗟に身体が動いて、俺は朝武さんの身体を押しのける。

 

 直後、前に突き出した叢雨丸に、衝撃が襲いかかった。

 

 将臣「ッ!?」

 

 それは細長い触手だった。その先にはあの黒い塊。

 

 見ただけで、心がざわつく…。

 

 い、いや!さっき言われたばかりじゃないか!臆するなって!

 

 将臣「こ、この…!」

 

 俺が叫ぶりよも早く祟り神が動いた…!まずい…!避けきれない…!

 

 将臣「ぐぁっ!」

 

 斜め後ろから、ズドンと衝撃が走る。だがこれは祟り神の攻撃じゃない。

 

 将臣「朝武さんっ!?」

 

 ギリギリのところで髪の毛をかすめて、触手が通り過ぎる。

 

 将臣「あ、あっぶなっ!?」

 

 芳乃「下がってください!ここは私が!」

 

 将臣「待って!危ない!」

 

 朝武さんは俺と入れ替わって立ち塞がろうとする。

 

 俺は巫女服の袖を咄嗟に掴んで無理矢理引き倒した。

 

 芳乃「にゃっぷっ!」

 

 再び触手が頭上を通り過ぎる。横を見ると木の幹が削り取られている。こんなもの食らったら怪我じゃ済まない。

 

 すぐさま俺は身体を起こす。

 

 芳乃「ダメですっ!」

 

 朝武さんが飛びかかってきて二人して地面に転がり回る。だがあの触手は執拗なまでに迫り続ける。

 

 追撃で襲ってきたもう一本の触手が迫ってくる…、この体制は逃げられない…!やばい…!

 

 

 

 キンッ…!!

 

 

 

 そう思った時、俺達の前に常陸さんが立ち塞がり、鋭い動きでクナイが振るわれる。

 

 あんなにリーチが短い武器で常陸さんは次々に触手を弾き返す。

 

 将臣「す、すごい…」

 

 茉子「今のうちに下がって!!!」

 

 その言葉で我に返った俺と朝武さんは、急いで距離をとる。それを確認した常陸さんも打ち合いをやめてすぐさま後ろに下がった。同時に…

 

 将臣、芳乃「「何をするんですか!?」」

 

 芳乃「なっ、それは私の台詞ですっ!怪我をしたらどうするんですか!?」

 

 将臣「危なかったのは朝武さんも!あんな真っ直ぐ突っ込んだりして!」

 

 そう言いながら全力で喧嘩をする。俺だって攻撃を上手く躱す気だったのに!

 

 茉子「お二人共…、じゃれ合うのは、時と場合を選んでいただけないでしょうか?」

 

 将臣、芳乃「「でもっ!!」」

 

 その時祟り神の触手が襲いかかった。まずい!完全に常陸さんの死角じゃないのか!?

 そう思って咄嗟に刀を捨て、二人を掴み思いっきり後ろへジャンプする。祟り神の攻撃を避けることに精一杯で上手く着地ができず三人で地面に転がる。

 

 まだ体制が整っていない中、祟り神の触手が追撃をしてくる。

 

 茉子「しまっ……!」

 

 

 

 その時、蒼い光と共に祟り神の触手が弾き返されていた。

 

 

 *

 

 

 蓮太「間一髪………!!」



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12話 初戦闘

 ギリギリのところだった…。もう少し遅れていたら誰か負傷者が出ていたかもしれない…。間に合ってよかった。

 

 にしても…もう戦闘中だったとは…今度から応急処置の練習しとこう。

 

 あの祟り神の一撃を弾いてから攻撃されることはなく、睨み合いが続いている。今のうちに…。

 

 蓮太「三人ともひとまず体制を整えてくれ」

 

 茉子「ありがとうございます。助かりました」

 

 各々立ち上がって武器を構えるが、叢雨丸が祟り神に対し左側…つまり俺達から見て右側の少し離れたところに落ちている。あれはどうにかしないとまずいな…。

 

 蓮太「いや、無事ならよかった。にしてもビックリしたよ、すごい音が響いたと思って走ってきたら二人は向かい合って何か言い合ってるし、常陸さんはすげえ強いし」

 

 声を出しながらも俺は祟り神から目を離さないように武器を構えて睨みつける。

 

 茉子「その話は後でしましょう。言いたいことは終わってからで」

 

 常陸さんも俺の隣でクナイを構える。さて……どうするか…。

 確か、祓う力そのものの強さ順は……朝武さんと叢雨丸…その次に常陸さん……だったかな?山河慟哭はわかんないけど、叢雨丸と常陸さんの中間くらい……かな。

 

 現段階の勝利の鍵は朝武さんの鉾鈴…保険で叢雨丸も拾っておきたいな…

 

 蓮太「常陸さん…あの祟り神の右半分の攻撃…任せてもいいかな?左半分くらいなら俺でも何とかなると思うから」

 

 茉子「それは構いませんが…何故わざわざそのような事を…?」

 

 蓮太「二人で突っ込もう」

 

 三人が驚く。まるで無茶だと言わんばかりに。

 

 将臣「それはダメだ!真正面からなんて危なすぎる!」

 

 蓮太「誰も突っ走って行くなんて言ってないだろ!俺と常陸さんで真っ直ぐ突っ込んでは行くけど、しばらくしたら左右で二手に別れよう。その際に、朝武さんは俺の方に、将臣は常陸さんの方に俺達のすぐ後ろを走ってくれ」

 

 芳乃「わ、分かりました…」

 

 さっきみたいな事があったからか、朝武さんは素直に作戦に賛同してくれた。今はありがたい。

 

 茉子「成程…それで有地さんに叢雨丸を拾ってもらうんでですね。しかし…狙いを一つに絞って来た時は…」

 

 蓮太「その時は狙われてない奴が、直ぐに奇襲って事で……じゃあ次の合図で行こう」

 

 多分二手に別れた後、俺の方に……いや朝武さんの方に狙いを定めるはず……そこの攻撃さえ乗り切れば…常陸さんの事だ、攻撃されて5秒もあれば加勢してくれるだろう。将臣のケースもあるが……その場合は直接斬るしかない…。

 

 俺のチームと常陸さんのチームで縦に並ぶ……、俺は右手首をスナップさせ、カウントを始めた。

 

 蓮太「3……2……1……0ッ!!」

 

 俺の合図で四人が一斉に走る。そして祟り神は触手を出して迎撃体制に入る。しばらく進み、叢雨丸と横並びになれるところで二手に別れる。俺達は左側から回り込むように。常陸さん達は叢雨丸の方に。

 

 将臣「もう少し……!」

 

 あと少しで将臣が叢雨丸に届く……その時、祟り神は朝武さんじゃなく、将臣を狙い、触手を3本伸ばす。

 

 蓮太「そっちかっ!!」

 

 将臣と触手の間に常陸さんが現れ、触手を弾いていくが、4本、5本と数を増やして次第に完璧に弾き返せなくなっていく。

 

 俺はコースを変えて祟り神に突っ込んでいく、まだこっちを見ていない。もう少しだけ耐えてくれ…!

 

 将臣「よしっ!拾えたっ!」

 

 叢雨丸を手にした将臣が触手に対して攻撃をする。二人戦えるようになり、何とか攻撃を流すが常陸さんの息が切れている。体力の消耗が激しいのだろう。

 

 蓮太「それをやめろぉぉぉ!」

 

 俺は祟り神に向かって勢いを乗せて水平斬りを一撃食らわせる。そのまま全力でジャンプして祟り神の脳天を目指して山河慟哭を頭上に構える。

 祟り神は少し怯んで攻撃を止めていた。そのチャンスを見逃さず、朝武さんと将臣が左右から走ってくるのが見えた。

 

 蓮太「ブレイバーッ!!」

 

 そのまま祟り神の脳天へ斬撃を叩き込む。確かに一撃食らわせたが、それでも祟り神は体制を崩さない。かなりの大振りをしてしまって、着地をしてから身体が硬直してしまい、その隙を突かれ俺は、祟り神の攻撃をくらい数メートル吹き飛ばされる。

 

 蓮太「ぐはッッッ!!」

 

 が祟り神が俺を攻撃している隙に、朝武さんが鉾鈴を祟り神に思い切り突き刺す。すると祟り神は身体をよろめかせ、隙を見せた。そこを見逃さず、将臣が叢雨丸で叩き切る。

 

 将臣「はぁぁぁぁ!!!!」

 

 その攻撃が決め手となり、祟り神の身体は真っ二つに別れて消えていった。

 

 祟り神が消える時に一枚の桜色の葉が宙に舞っていた。

 

 将臣「蓮太っ!」

 

 俺は何とか立ち上がり、改めて確認する。

 

 蓮太「やっと、終わったか……」

 

 気付けば常陸さんも朝武さんもそばに来てくれていた。

 

 茉子「竹内さん!」

 

 芳乃「大丈夫ですか!?無理はしなくていいですから、まずは怪我の具合を見せてください!」

 

 そう言って朝武さんは身体中を見る。

 

 吹き飛ばされた時の攻撃はギリギリ山河慟哭を盾にできたからマシなんだが……

 途中から薄々感じていたけど、右足がかなり痛い…。結構無理な動きをしたからな…。正直アドレナリン様々だった。

 

 芳乃「右足がッ!ひとまずあの木に寄りかかって座ってください!」

 

 それから俺達は少し休憩をすることにした。朝武さんが右足の応急処置をしてくれて、他二人がそれを眺めている。

 

 蓮太「将臣は肩は大丈夫なのか?」

 

 将臣「俺は大丈夫。叢雨丸は斬ること自体に力は必要ないらしいから。無理な動きはあんまりしてないんだ」

 

 そうか…、ならいいんだけど。

 

 茉子「竹内さんの場合何をするにしても負荷が掛かる片足ですからね。あんなに派手な動きをしていたらこんなことにもなりますよ。無茶をしすぎです」

 

 蓮太「はい…。仰る通りです…。でもあの時はこんなこと気にする場合じゃなかったから…」

 

 そう言っていると、応急処置が完了し、朝武さんが顔を上げる。

 

 芳乃「そういう意味じゃありません!何で山の中に入ってきたんですか!私入らないようにと言いましたよね!」

 

 顔を上げた朝武さんの目は少し涙目になっていた。……少し朝武さんの気持ちが伝わってきた気がした。

 

 茉子「まぁまぁ、芳乃様、ここで話すのもなんですから、一旦山を下りませんか?」

 

 常陸さんの言葉に返事をして、朝武さんは立ち上がる。こりゃ後で謝らなきゃいけないかもな。

 

 茉子「大丈夫ですか?立ち上がれますか?」

 

 そう言って手を伸ばしてくれる。その手を掴み、俺は立ち上がって山河慟哭を手にする。

 

 将臣「じゃあとりあえず帰ろうか」

 

 蓮太「そうだな」

 

 

 こうして、俺達の祟り神との初陣は勝利に終わった。



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13話 協力

 あれから、山を下りて服を着替えた朝武さんが、不機嫌そうに俺達の前に立っていた。…遂に来たか、この状況…。

 

 芳乃「それで?」

 

 うぇ?どゆこと?

 

 将臣「えぇ〜…っと…」

 

 俺達が困惑していると朝武さんが言葉を言い直す。

 

 芳乃「ですから、どうしてこんな無茶をしたんですか。『来ないで』と言ったはずなのに」

 

 将臣「それは…悩んだよ。言われた通りに行かない方がいいんじゃないかとも思った」

 

 芳乃「だったら…!」

 

 将臣「でも、できなかったんだ」

 

 朝武さんの言葉を遮るように続けて話す将臣。ここはしばらく黙っておくか。

 

 芳乃「どうしてですか?」

 

 将臣「それは…この際、穂織に留まるのはいいよ。ここが嫌いってわけじゃないから」

 

 将臣「祟り神は怖いけど…こうなった以上、どうしようもない。不満だってあるけど、俺のためでもあることなんだ。我慢するのも仕方ない」

 

 将臣「でも、それでもさ、恥知らずにはなりたくないんだ」

 

 芳乃「恥知らず…ですか?」

 

 ………

 

 将臣「危険なことを全部押し付けて、安全なところから応援して、祟りが治まるのを待つなんて……俺はしたくない」

 

 将臣「同じ屋根の下で一緒に暮らすんだ。顔を合わせる度に負い目を感じるなんてのは、ゴメンだよ」

 

 芳乃「……」

 

 将臣の覚悟を聞き、朝武さんは無言で目を逸らしている。

 

 芳乃「竹内さんは…?」

 

 不意に俺に話を振られてくる。

 

 蓮太「俺は……」

 

 蓮太「まぁ、恩返しみたいなものかな。この間も怪我した時助けてもらったし。それに…」

 

 蓮太「勝手な話なんだけど、俺はもう、みんなとは友達だと思ってる。まぁ朝武さんの場合はもう家族でもあるんだけど…、それで、この土地でできた初めての友達が命を懸けて戦ってる」

 

 真剣な眼差しで朝武さんを見る。朝武さんは目を逸らすまいと向き合ってくれた。

 

 蓮太「理不尽な運命の中にありながら、弱音を吐かずに人知れず戦ってる。自分のため…家族のため…穂織のため…。本当に立派だと思った。だから微力ながらも力になりたいって思ったんだ」

 

 蓮太「それに同情なんてしていない。ただ…今まで辛かったと思う。色んな人の大きなものを、その小さい背中で数多く背負ってきて、文句も言わず…逃げもせず…。常陸さんとたった二人で…」

 

 蓮太「どうかその大量に背負った重石を少しでいい…俺と将臣にも背負わせてくれないだろうか?一つずつ、一つずつ分けて一緒に最後まで歩かせてくれ」

 

 

 俺が気持ちを言い終わると朝武さんはまだ無言になって考える。どう捉えられてもこれが今の俺の気持ち…それでもダメなら…。

 

 将臣「だから…手伝わせてくれないだろうか?」

 

 芳乃「でも……やっぱり今後は家で大人しくしているべきです、危険です」

 

 将臣「いや、手伝う。危険だとわかっていることを、押し付けるわけにはいかない」

 

 芳乃「強情な人たちですね、頭硬すぎです」

 

 将臣「朝武さんには負けるよ」

 

 あー……この流れは………

 

 芳乃「そっ、そんなことありません!どう考えても有地さんのほうが強情です!石頭ですよ!」

 

 将臣「いいや、頑固なのは朝武さんだよ。普通今の流れは『しょうがないですね』って折れるところだよ。意地っ張りだなぁ」

 

 芳乃「なぁ、なんですかその失礼な言い方!意地を張っているのは有地さんです!さっきの理由だって、結局は意地ってことじゃないですか!」

 

 芳乃「やっぱり有地さんは家で大人しくしていてください!」

 

 ……え?俺はOKってこと…?

 

 将臣「なんで俺だけなんですか!お断りします。ぜーったいに手伝いますー」

 

 芳乃「子供ですか!」

 

 将臣「どっちが!」

 

 そんな会話の横で常陸さんとムラサメがなんか話してる。

 

 ムラサメ「やれやれ…どっちも子供だのう」

 

 蓮太「いやあれは止めた方がいいだろ」

 

 茉子「仲がいいのは良いことですよ。とはいえ…」

 

 茉子「お祓いの最中、祟り神を前にしてじゃれ合うのは止めていただきたいのですが」

 

 なに…?そんなことしてたの?あの二人。

 

 将臣「あ……はい……ごめんなさい」

 

 芳乃「わ、わたしも…ごめんなさい」

 

 茉子「分かっていただければ、いいです」

 

 俺も人のことは言えないかもだけど、結構緊張感なかったのかな?常陸さんがいなかったら大怪我だったかもな。

 

 ムラサメ「にしても、久々の憑依でちょっと疲れた」

 

 将臣「ムラサメちゃんでも疲れるのか?」

 

 ムラサメ「気力を消費するというか…なんかこう、精神的に疲れるのだ」

 

 蓮太「あぁ、それは何となくわかる。俺も祟り神を斬る度になんだろ…心が削られる感じ…っていうか、MPを斬る度に消費するような感じなんだよ。りりょくのつえみたいな」

 

 だから正直早く休みたい…。

 

 将臣「それって蓮太は寝ればいいとして、ムラサメちゃんの場合休めばどうにかなるのか?眠る必要は無いって前に言っていたけど」

 

 ムラサメ「普通にしておれば、とも言ったはずだぞ?今回のような場合は、流石に吾輩も休む」

 

 ムラサメ「まぁ何か用事があったら吾輩のことを強く念じろ。そうすれば吾輩に届く」

 

 わかったと返事をする将臣。こいつ消えた瞬間に呼んだりしないよな…?

 

 ムラサメ「ではな、皆の衆」

 

 そう言ってスーッとゆっくりムラサメは消えていった。もうただの幽霊だな。

 

 茉子「さてと。では他に用件がなければ、ワタシも戻ろうと思うのですが」

 

 芳乃「あ、うん。ありがとう。もう大丈夫だから、おやすみなさい」

 

 将臣「おやすみ」

 

 茉子「はい。おやすみなさい」

 

 そう言って玄関へ向かう常陸さん。…そうだな。

 

 蓮太「せめて近くまで送っていくよ」

 

 そう言って俺は、居間にあの二人を残して出ていった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺は常陸さんと夜道を二人で歩いていた。

 

 茉子「わざとですね?芳乃様と有地さんを二人っきりにさせたのは」

 

 蓮太「まぁ意図的だけど、送っていかなきゃとも思ったのも事実。あの二人はまずもっとお互いを知ることが大事なんじゃないかって。………俺もか」

 

 茉子「そうですよ。でもまぁ二人の仲がもっと縮まることは喜ばしいことではありますね」

 

 っていうか常陸さんはあの家に住んでるんじゃなかったんだな。夜は見かけないと思ったらそういう事だったのか。

 

 茉子「それに、竹内さんも足を痛めてしまってますから、無理して送って頂かなくても結構ですよ」

 

 蓮太「歩く分には大丈夫だって。歩けないほどだったら今頃山の中でぶっ倒れてるよ」

 

 そうして歩いていると、目の前に自動販売機がある。バカにしてるわけじゃないけど、こういうのはちゃんとあるんだな。

 

 茉子「………喉が乾きましたし、飲み物を買って少しそこのベンチに座りませんか?」

 

 ……?俺は別にいいけど常陸さんは疲れたりしてないのか…?

 

 蓮太「気を使ってくれてる?それなら別に無理して付き合ってくれなくてもいいよ?」

 

 茉子「いいえ、本当にちょっとした休憩ですよ」

 

 ……

 

 茉子「どちらにしますか?」

 

 俺を先に座らせると常陸さんはそそくさと飲み物を買ってきてくれた。

 

 蓮太「コーヒーで」

 

 俺は常陸さんから缶コーヒーを受け取り、お礼を言う。常陸さんは返事をすると俺の横に並んで座った。

 

 蓮太「あっ、ごめん。財布を持ってきてない……!部屋に置いたままだ!」

 

 祟り神と戦った後だから部屋に置いていたのをすっかり忘れていた。女の子に奢ってもらうのはちょっと格好悪いな…

 

 茉子「いいんですよ、ワタシから誘ったことでもありますし。何よりピンチの時ワタシ達を助けてくれましたし。これでおあいこにしましょう」

 

 蓮太「そう言ってくれるとありがたいよ」

 

 そう言ってコーヒーを口に含む。うん…そこそこ美味い。

 

 茉子「改めて、ありがとうございます。あの時、助けていただいて」

 

 常陸さんもお茶を一口飲んで、こっちを向く。

 

 蓮太「別にいいって、偶然みたいなものだし、慌てて走ってただ乱暴に刀を振るっただけだし」

 

 茉子「それでも、格好良かったですよ?」

 

 ニコッと笑う常陸さん、くっそぉ…改めて見ると可愛い。

 …ってバカか!とりあえず一旦落ち着いて……コーヒーを…

 

 茉子「その後の『ブレイバー』もなかなかのものでしたね」

 

 蓮太「ブーーーーッッ!!」

 

 思わず吹き出してしまった。あれノリで言ったけど今になって思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしい!!

 

 茉子「あは。どうしたんですかぁ?ワタシは格好良かったと思いますよ?『ブレイバー』って」

 

 蓮太「繰り返さないでくれ!恥ずかしいから!」

 

 慌てて口の周りを綺麗に拭いて落ち着きを取り戻す。こうなってしまったものはしょうがないし。

 

 茉子「それはそれとして、あの場面でワタシ達に指揮を取ってくれたのは助かりました。本来であれば、ワタシか芳乃様がまとめるべきだったのですが。一瞬ワタシも油断してしまい、動揺してましたから…」

 

 蓮太「その割には落ち着いていなかったか?俺なんかがしゃしゃり出る場面じゃなかったって後悔してたくらいだけど」

 

 確か常陸さんはずっと冷静だったと思うけど…

 

 茉子「いえ、あの場でみんなを統率して上手く連携して祟り神を祓えたのは、直ぐにワタシ達をまとめてくれた竹内さんと、強力な叢雨丸を扱える有地さんのおかげです。ですからワタシとしては有地さんと竹内さんのお二人が協力してくれることには賛成なんですよ?危ないのは事実ですが」

 

 茉子「お二人共、予想以上に運動能力も高かったので、驚きましたよ」

 

 蓮太「いやいや、それを言うなら常陸さんの方だろう。かなり素早いし、冷静に殆どの攻撃を弾くし、一人でも打ち合えてたことに驚きだよ」

 

 慌てて走ってる時に見えていたんだけど、次々にあの触手を捌いていく姿には驚いた。

 

 茉子「ワタシは忍者ですので。と言っても最後の方はギリギリでしたが…」

 

 蓮太「仕方ないさ、俺の無茶な作戦も悪かったし、あの数の攻撃を無傷で弾いていたのがビックリだ」

 

 蓮太「まっ、これからはそんなことにならないように俺ももっと頑張るから、常陸さんもこれからよろしく」

 

 そう言って俺達は握手をする。何となく、この時に初めて仲間に入れて貰えた気がした。

 

 茉子「はい。これからもよろしくお願いします」

 

 そうして俺達は立ち上がり、ゴミ箱にゴミを捨てる。

 

 茉子「あ、ここまでで大丈夫ですよ。家はもうすぐそこなので」

 

 蓮太「そう?ならそろそろ戻るよ。あの二人ももう寝る頃だろうし、じゃあお疲れ様。そんでおやすみ」

 

 茉子「はい。お見送りありがとうございます。おやすみなさい」

 

 そう言って俺は手を振り来た道をもどる。少し歩くと後ろから声をかけられた。

 

 茉子「竹内さん!」

 

 蓮太「どしたの?」

 

 振り返って常陸さんを見る。まだそれほど離れてないから叫ばなくてもまだ声が聞こえる距離だった。

 

 茉子「ワタシ、頼りにしてますから!」

 

 そう言った常陸さんは少し前と雰囲気が変わっていた気がした。

 

 蓮太「俺もだ!任せてくれ!」

 

 そう言って笑い合う俺達。その後、常陸さんは笑ったまま奥へ歩いていった。

 

 俺はまた歩み始めて再び誓う。

 

 この呪いを絶対に解いてやる……と。



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14話 呪詛とお見合いと制服

 将臣「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 将臣が勢いよく叢雨丸を振り下ろすが、祟り神にギリギリのところで躱され、そのまま木の幹にぶち当てる。

 

 将臣「痛っ…!」

 

 祟り神はその隙を逃さない。直ぐさま怯んだ将臣を攻撃する。

 

 茉子「危ないっ!」

 

 将臣に迫る一撃を常陸さんが弾く。続けて俺と朝武さんが祟り神に向かって走っていた。

 

 蓮太「もう一撃…!」

 

 スピードを乗せた一撃が祟り神にバッサリ入る。祟り神は大きく怯み、こちらに敵意を向けていた。その背後に一つの影が。

 

 芳乃「はぁぁぁ!」

 

 朝武さんの一撃が決まり、泥のような身体が崩れ、桜色の葉が舞っていくと同時に、祟り神は消えていった。

 

 ……あれから、約一週間程経っている。俺と将臣にとっては二回目のお祓い。

 

 あの二人が喧嘩してないだけ、前回よりもマシだろうな…

 

 …………にしても常陸さん強いな…。祟り神に対して決め手がないとはいえ、唯一攻守共にこなせるから、俺達の要なんだよな…。俺もあれくらい…は無理かもだけどせめて自分の身くらいは守れるようにならないと。

 

 茉子「お疲れ様です皆さん」

 

 芳乃「茉子も、お疲れ様」

 

 芳乃「有地さんと竹内さんも、お疲れ様です」

 

 そう言って安堵している顔を見せる朝武さん。多少は力になれてるのかな…?

 

 蓮太「うん。三人ともお疲れ様」

 

 将臣「あ、うん。お疲れ様」

 

 そうやって無事、お祓いを終えた俺達はそのまま家へ帰宅した。てか、将臣刀を変な当て方をしてたけど、手は痛くないんかな…?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺は帰宅してから風呂に入って考える。

 

 今は祟り神を祓う事で精一杯だが、根本的なことを解決しないとこの問題は終わらないんじゃないか?

 

 帰宅してから聞いた事だけど、祟り神は祓っても祓っても何度も出てくるらしい、どうやら呪詛そのものの強さは尋常じゃないらしい。

 

 そもそも俺が入っている湯も、この穂織地の温泉から引っ張っているものらしいけど、その温泉は元々穢れを落とす為に土地の神から与えられたもの……

 それでも呪詛が衰えない理由がある……。

 

 ムラサメは理由があるならその逆、呪詛を解く方法もあるはず…とは言ってたが、現状を見ればわかる通り、情報は何も無い。探すにしても雲を掴むような話だ。

 

 …そこを解決するためにも力をつけなきゃな。俺の予想が合ってたら、剣術よりも心力…祓う力を強くしないと…。

 

 俺の刀…山河慟哭は斬る度に精神が削られるような感覚がする。恐らく、俺の内部にあるMPみたいな何か…「心の力」って呼ぶか…。

 その心の力を消費して、その消費した分だけ斬りつけた相手にダメージを与えるってシステムだと思う。

 

 今はただ闇雲に刀を振り回しているだけだ。とりあえず毎日できるだけ山河慟哭を持つようにしよう。一応真剣に素振りとかもしておくか。やってみたい技もあるし。

 

 ……長風呂になってしまったな、今日はさっさと寝るか。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「……んぁ…?ふぁぁ〜……」

 

 不意に目が覚めた、アラームもまだ鳴ってない時間だ…今何時なんだ…?

 時間を確認すると4時………

 

 蓮太「……早すぎだろ」

 

 とはいっても起きてしまったものはしょうがない…と立ち上がって背伸びをする。

 

 最初こそは将臣と同じ部屋だったが、改めてお祓いに協力することになったあの日、安晴さんが部屋を一つの貸してくれた。どうやら空いた時間に少しずつ片付けてくれていたらしくて、遅れて申し訳ないと謝られた。

 

 俺が借りる部屋なのだから俺がするべきだったと言ったんだが、これ以上迷惑を掛けられないと言われてしまった。それが安晴さんの人の良さなんだろうけど…、凄く申し訳ない気持ちになる。結局ありがたく使わせてもらってるわけだから、力になれるようにいっそう努力しなければ。

 

 早速心の力のコントロールの練習をしたいけど、今無駄に消費して今晩必要になった時が目も当てられない。ひとまず素振りをして刀に慣れるか。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 あれから、時間が経ち日も昇ってみんなも起き上がった頃、俺は風呂で汗を流しておろし立ての新しい制服に着替えて居間へ向かった。

 

 安晴「よく似合っているよ、二人とも」

 

 将臣と横並びになり、制服を見せる。

 

 将臣「ありがとうございます。でも、こういう制服を着るのは初めてなんですけど、どこか間違えていたりしませんか?今までずっと学ランだったもので」

 

 蓮太「確かに不安ではあるよな」

 

 そう言いながら自分の服装を確認する。

 

 安晴「どこも間違えていないよ。いやー懐かしいね。僕もその制服を着て通ったんだ」

 

 安晴「むしろ僕は学ランを着たことがなくてね」

 

 蓮太「安晴さんはずっと穂織にいたんスか?」

 

 安晴「一応大学で外に出たよ。神主の勉強をするために」

 

 将臣「それって…その頃にはもう、神社を次ぐことが決まっていたんですか?」

 

 うわー、すっげぇリア充だったんだな……見た目もまだまだ若いし、悔しい。

 

 安晴「そうだね。秋穂……あの子の母親なんだけど、秋穂とは幼馴染だったんだ。中学に上がる頃には、お互いを意識してたかな?少なくとも僕はそうだったよ」

 

 安晴「朝武の家は知っての通り由緒正しい上に、事情が事情だから、血筋を残すことが肝要だと考えられているんだ」

 

 蓮太「まぁ…確かに」

 

 安晴「だから朝武の家では、芳乃くらいの歳になると婚約者がいて当然なんだ。卒業と同時に子供を産んで育てる巫女姫も少なくない」

 

 だとすると安晴さん達夫婦は遅めな方…だったのかな?流石に三十代では無いと思う…。いや、見た目は凄く若いんだけど。

 

 安晴「芳乃にだって、既にお見合いの話もあるんだよ、実は」

 

 将臣「そうなんですか?」

 

 安晴「とはいえ、芳乃はあの性格だ。全部断ってはいたんだけど、話が絶えることはなくてね。…正直に言うとそういう部分を利用して、婚約者にすることを納得させたんだよ。申し訳ない」

 

 将臣「いえ。別に謝ってもらうようなことじゃありませんから」

 

 将臣は特に気にする様子もない。へぇ〜えらい余裕があるな。

 

 安晴「それだけじゃないよ、お祓いの事も…。本当にありがとう。将臣君、蓮太君」

 

 深く頭を下げられる。参ったな…。

 

 蓮太「あの…顔を上げてください。俺達が勝手にやってる事ですから」

 

 将臣「あ、あの…話は変わるんですが…」

 

 言葉を詰まらせながら、将臣が言いづらそうに話しかける。

 

 将臣「呪詛について気になることがあるんです…」

 

 安晴「なんだろう?」

 

 呪詛…?何か思いついたのか…?

 

 将臣「呪詛についての説明の時、朝武さんが『不必要なことまで話さなくていい』って言ってましたよね?その事が少し気になって…」

 

 あぁ….そういえばそんなこと言ってたな。まぁ、確かに気にはなるけど。

 

 安晴「それは…うん、色々あったんだ。祟りが始まってからもう数百年は経つからね」

 

 困って顔で誤魔化すように笑う安晴さん。その表情から察するに、俺達は踏み込まない方がいい領域だろう。

 

 蓮太「将臣」

 

 将臣「あ、いや…、やっぱりいいです、申し訳ありませんでした」

 

 安晴「こちらこそ、申し訳ない」

 

 そんなやや気まずい雰囲気の中、段々と大きくなる足音が聞こえてきた。

 

 茉子「すみません、遅くなってしまいました」

 

 芳乃「お待たせして申し訳ありません」

 

 ここにいなかった二人が居間に入っきた。初めて見る二人の制服姿に思わず言葉を失ってしまう。

 

 蓮太、将臣「……………」

 

 茉子「お二人共どうかしました?そんなにボーっとされて」

 

 蓮太、将臣「「可愛い…」」

 

 思わず声が漏れてしまう、いや…本当にヤバいぞ…これは…

 

 茉子「……っ!!」

 

 芳乃「な、な、な、なにを…………」

 

 将臣「あ、いや、変な意味じゃなくて……やっぱり二人とも雰囲気が違うなー、って」

 

 蓮太「将臣!」

 

 俺は名前を呼んで いつかのように肩を組んで後ろを振り向く。

 

 蓮太「白と黒どっちが好みだ?いや、どっちの色も素敵なんだが…!」

 

 将臣「あれだろ?色が似合うとかじゃなく…だろ?あくまで、好みな色だろ?」

 

 こいつ下着の色とか思ってないよな…?まぁ多分伝わってるだろ。

 

 蓮太「それでいいから!どっちだ?俺は黒が好みなんだが」

 

 後ろから「あは」って聞こえた気がした。

 

 将臣「…………白」

 

 後ろからさらに大きな声で「あは」って聞こえた。

 

 蓮太「へぇ〜、その心は?」

 

 将臣「いつもの和の雰囲気も似合ってるんだけど、やっぱり制服は洋物っぽいからいつもと違って見える。そして何より髪型がポニーテールになってる!Good、大変よろしい」

 

 蓮太「わかる!わかるぞ!髪型一つで女の子は無限大に可愛くなるよな!」

 

 将臣「蓮太は?黒色を推しているけど」

 

 蓮太「うむ、よくぞ聞いてくれた。前半は将臣と同意見なんだが、やはり!一番のポイントは、あのなんとも言えないスパッツだろ!あれは反則だ!」

 

 茉子「ぜ、全部聞こえてるんですけどね」

 

 特に小声で話してなかったせいでまるっきり聞かれている。まぁ別にいいんだけど。振り返ると顔を赤く染めた二人の天使がいた。

 

 ……俺もういつでも死んでもいいや!

 

 茉子「あ、あは……よもや、うら若き乙女の制服姿にドキドキですかぁ?…意外なご趣味……」

 

 顔を赤くしながら笑う常陸さん、ヤバいぞ…これは……死んでしまうかも!俺が!

 

 将臣「い、いや、俺はポニテ萌えの方で」

 

 スパンッと背中をぶっ叩く。うん。ちょっとした照れ隠し。

 

 茉子「なるほど、有地さんはそちらでしたか。なかなかいいご趣味をお持ちのようで」

 

 将臣「いえいえ、常陸さんの方こそ」

 

 将臣、茉子「「ふっふっふ……」」

 

 横で朝武さんが真っ赤になってる。……こっちも可愛いな。

 

 蓮太「本人の前でその話はしない方がいいと思うぞー」

 

 芳乃「どの口が言ってるんですか。さっきの、聞こえてましたよ…」

 

 茉子「…………」

 

 芳乃「な、なに……?その何か言いたそうな目は」

 

 茉子「いいえ、なんでもありませんよ。さっ、そろそろ行きましょうか」

 

 そう言って玄関の方へ歩いていく。今日から学園かー、やっぱり転校初日は緊張してくるな。…って一人じゃないだけマシか。

 

 芳乃「行ってきます」

 

 将臣「い、いってきます」

 

 将臣はちょっとぎこちないな、ちょっと恥ずかしさもあるんだろう。

 

 茉子「いってまいります」

 

 蓮太「行ってきます」

 

 安晴「はい、行ってらっしゃい」

 

 そうして俺達は外へ出る。ここできた友達と4人で。



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15話 初めての学院へ

 将臣「学院ってまだ歩くんだっけ?」

 

 家を出て俺達はここの学院、鵜茅学院へと向かっていた。にしてもこの約一週間で足の怪我が、ほぼ完治して良かった。問題なく祟り神とも対峙できるし…

 

 何より山の中も学院への道も上り坂があると、怪我をした状態で進みたくない。

 

 茉子「いえ、そこの坂を上ればすぐですよ」

 

 将臣「結構山に近いけど、大丈夫なのかな?祟り神は」

 

 確かに山からは近い、もし昼間にも祟り神が発生などしていたら……想像もしたくないな。

 

 蓮太「関わる可能性が高いのは夜間だけだろ?よっぽどの事がない限りは問題ないんじゃないのか?」

 

 芳乃「今までに問題は起きていません。夜になる前に戻れば大丈夫だと思います」

 

 まぁそれでも職員の人や部活動などがあればその人たちも、安全とは言い難いが…そんな人達は疲れも溜まって真っ直ぐ帰宅するだろう。

 

 芳乃「ですから、放課後はすぐに帰るようにして下さい」

 

 茉子「もし、何か用事で残る必要ができた時などは、教えてくださいね」

 

 わかったと俺達は返事をする。その頃にはもう鵜茅学院に着いていた。

 

 将臣「これが……鵜茅学院…」

 

 蓮太「全然学院って感じがしないな」

 

 なんて言うんだろう…学院ってよりも道場って感じ。

 

 ムラサメ「元は武道館で、剣術道場が使っていたのだが、徐々に門下生もいなくなってな」

 

 ……?

 

 ムラサメ「建物自体は立派な物じゃから、内部を改装して、今の学院となったわけだ」

 

 ……説明してくれるのは有難いんだけどいつから居たんだ?ぺったんいつの間に!?ってオーバーリアクションしたくなってきた………やめとこう。

 

 青年「よう!おはよう!」

 

 どこかで見たことがあるような青年が挨拶をしに来た。

 

 少女「おはよう、お兄ちゃん」

 

 ……誰?

 

 将臣「おはよう、二人とも」

 

 三人で将臣の怪我のことについて話している。これ、あれだな?俺だけ初めましてってパターンだな?

 

 少女「あわっ、挨拶が遅れてごめんなさい。おはようございます、巫女姫様、常陸先輩」

 

 おはようございますと挨拶をする二人。やっぱり顔見知りか…

 

 少女「おはようございます、竹内先輩!」

 

 蓮太「え…?」

 

 なんで俺の事を知ってるんだ?初対面だよな…?いやどこかで見た気はするけど…挨拶をしていたなら相手を忘れるなんて相当失礼だぞ……

 

 将臣「蓮太のこと、知ってたのか?」

 

 少女「大体のことはお爺ちゃんから聞いてるよ。叢雨丸のことと、もう一つの御神刀のことも、というわけで」

 

 改めて少女と対面する。

 

 小春「鞍馬小春です。学年は違いますがよろしくお願いします。竹内先輩!」

 

 蓮太「あ、竹内蓮太です。これからよろしく」

 

 鞍馬って事は玄十郎さんの孫…?だとしたらさっき言ってたことも合点がいくし、多分そうなんだろう。

 

 小春「廉兄もちゃんと挨拶しなよ!」

 

 年下なのにしっかりしてるんだなぁ、まぁあの人の孫ともなればそうなるのかな?将臣は……

 

 廉兄「わかってるって!…俺もじいちゃんから大体のことは聞いてるから、名前くらいは知ってるけど、まぁ一応な」

 

 廉太郎「鞍馬廉太郎、同じクラスだからよろしくな、蓮太でいいだろ?」

 

 蓮太「あぁ、呼び方はなんでもいいよ、よろしく廉太郎」

 

 名前が似すぎだろ、漢字は違っても半分は呼び方が被ってるぞ…

 

 蓮太「にしてもやっぱり俺だけが初めましてだったんだな」

 

 芳乃「玄十郎さんには普段からお世話になってますから」

 

 茉子「それに学年のクラスは一つだけで、全学年合わせても100人もいません。」

 

 流石にあれだな、ここにきてちょっと田舎感が出てきたな。

 

 廉太郎「しかも、そのクラスメイトの顔ぶれはずーっと同じ。子供の頃からの友達も多い」

 

 蓮太「おいおい…その中に俺が入るスペースあるのか…?不安になってくるんだが…」

 

 将臣「そこに関しては俺も同じだから、このメンバーと知り合いってだけで、状況はお互いあまり変わらないって」

 

 廉太郎「それよりも…」

 

 両手で俺と将臣の肩に手を回し、声を潜めて顔を寄せてくる廉太郎。

 

 廉太郎「新婚の甘い同棲生活はどうよ?」

 

 将臣「お前、婚約のこと知ってるのか。あと、同棲じゃなくて同居だから」

 

 蓮太「というか俺はその新婚すら合ってないしな」

 

 流れで家に泊めてもらってるだけで、俺は婚約者じゃない…と思う。俺はハッキリ言われてない……よな?

 

 廉太郎「そうなのか?でも安晴さんとじいちゃんは俺たちに婚約者が二人……って言ってたぞ?」

 

 蓮太「は!?なんだと!?」

 

 うっそだろ…じゃあ安晴さんの中では俺達は三角関係みたいになってるのか?それでいいのかよ、親としては。

 

 将臣「というか…噂とかになってたりするのか?」

 

 廉太郎「まさか、巫女姫様の婚約なんて話になれば町中が騒ぎ立てるって。だから知ってるのは俺と小春……あと芦花姉くらいじゃないか?」

 

 蓮太「また知らない人が出てきたな。」

 

 廉太郎「まぁなんかのタイミングで会うこともあるさ、街中の甘味処で働いてるから、今度行くか?」

 

 甘味処……まぁ町の雰囲気に合わせてるのかな?特に気にしなくてもいいか。

 

 蓮太「機会があればな、そんときは頼む」

 

 廉太郎「で!どうなのよ!新婚生活の方は!」

 

 …ブレないな。

 

 将臣「あー………色々大変だな。家族じゃない人と一緒に暮らすっていうのは」

 

 蓮太「生傷も絶えないしな」

 

 わざとに言ってみる、面白そうだから。

 

 廉太郎「生傷って……背中に爪痕?それとも肩に歯型とか?あっ首元に不自然な赤い腫れ物が!?ひゅ〜、やる〜!」

 

 将臣「…………」

 

 あれ?予想よりも全然慌てないな?

 

 廉太郎「何、反応が鈍いな。」

 

 将臣「血縁者から下ネタ言われると、すっごい微妙な気分になって」

 

 蓮太「まぁ真面目に返すと夢見る甘々生活とは程遠いよ」

 

 最近やっと普通に話せるようになったしな…

 

 廉太郎「あ、そうなの?」

 

 そんな時、後ろの方から呼びかけられる。

 

 小春「三人ともー!いつまでそんな所で内緒話してるのー?遅刻しちゃうよー!」

 

 茉子「そうですね、お二人はまず職員室に行かなければなりませんし、早く移動した方がいいと思います」

 

 芳乃「職員室まで案内しますよ」

 

 そうして中に入ろうとすると、校舎の方から誰か歩いてくる。

 

 女性「あなた達が有地将臣君と、竹内蓮太君ね」

 

 将臣「あっ、はい、そうです」

 

 誰だろう?多分教員の人かな?

 

 女性「よかった、遅いから道に迷ってたりしてるのかと思ったけど、みんなと話してただけなのね」

 

 比奈美「初めまして!あなた達の担任になる中条比奈美です」

 

 蓮太「よろしくお願いします」

 

 将臣も続けて頭を下げる。割と優しそうな人で良かった。

 

 比奈美「はい、よろしくお願いします」

 

 将臣「お手数をお掛けしてすみません」

 

 わざわざ出迎えてくれたんだ、将臣が一言謝ると大丈夫と言ってくれた。

 

 比奈美「それじゃあ、簡単な手続きと確認もありますから、今から職員室に一緒に来てください」

 

 蓮太「分かりました」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 初めて入る教室、その教壇前に俺と将臣は立ち、クラスの人に挨拶をしていた。

 

 将臣「今日からお世話になります、有地将臣です。ここには家の事情で引っ越してきました。以前はー」

 

 当たり障りのない挨拶だな…まぁそんなもんか。俺もなにか言うことを考えとけばよかったかなー。幽霊のことは……言わなくてもいいか。

 

 なんて思っていると将臣の挨拶が終わり多少あった質問も返答し終える。

 

 比奈美「じゃあ竹内君も、お願いします。」

 

 まだ何も考えてなかったんだけどな…、集中しすぎて将臣が何を言ってたか途中から聞いてなかったし…まぁ、なんでもいいか。

 

 蓮太「初めまして、竹内蓮太っていいます。俺も事情があってここに引っ越して、わからないことだらけなんで色々と教えてもらうと嬉しいッス」

 

 みんなが黙って話を聞いている。もうこれ以上言うことねぇよ…

 

 蓮太「あの…自己紹介って何言うべきか思いつかなくて…なけりゃ別にないでいいんスけど、質問してもらった方が助かり…ます」

 

 そう言うと何人か手を挙げてくれた。先生がその人を名前で呼ぶ。

 

 女性「竹内君は何か趣味とかあるの?」

 

 趣味…そうか趣味か!そういうことを言えばよかったんだ!緊張してるのかな?全然思いつかなかった。

 

 蓮太「趣味…と言えるか微妙だけど、料理は好きッスね。好きってだけで美味いかどうかは別だけど」

 

 常陸さんが「へぇ〜」って顔をしてる、あれ?みんなに言ってなかったっけ?

 

 続いてクラスの男が手を挙げる。

 

 男性「前居た家では何してたの?」

 

 前…孤児院の事は言うべきかどうか悩んだけど、隠したい訳でもないし言うことにした。

 

 蓮太「ここに来る前は、孤児院で暮らしてて、普通だったかな?あ、別に変な風に思わなくてもいいから!別に重い話でもなんでもないし」

 

 男性「同じ蓮でも廉と違ってカッコイイけど、名前の由来は聞いたことある?」

 

 廉太郎が「うるせぇよ!」と言ってクラス中が笑顔になる。なんだ、いいクラスじゃないか。

 

 蓮太「いや…たしか…俺は拾い子らしいんだけどその時には俺を包んでいたタオルに蓮太って書かれていたらしい。廉と違ってカッコイイらしいから気に入ってるけどね」

 

 そう言って暗くならないように振る舞う、俺は気にしてないんだけど、やっぱり気にする人も出てくると思うからな。

 

 比奈美「はい!では改めて二人ともよろしくお願いしますね。席は…有地君は…」

 

 廉太郎「俺の後ろでいいんじゃないですかー?」

 

 見てみると丁度、廉太郎の後ろが空いている。

 

 比奈美「じゃあ有地君はあそこね、それなら竹内君も朝一緒に話していた人の近くがいいわね….」

 

 ……それって朝武さんか常陸さんしかいないじゃないか。二人の方を見てみると……うん。常陸さんの後ろの方が空いている。

 

 というかこのクラスは人数が少ないからか席の並びに法則性がない。列にはなっているが男女共にバラバラだ。

 

 比奈美「じゃあ竹内君は常陸さんの後ろで決まりね。」

 

 それから俺達は決められた席に歩いていく、ていうかよく見ると将臣とは真隣じゃないか。近すぎだろ。

 

 席に座るや否や、先生が話し始める。

 

 比奈美「はい!それではHRを始めます!」

 

 そうして俺の新しい学生生活は始まった。



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16話 朝武と駒川

 朝のHRの後、今日は始業式の為移動して先生方の話を聞く。どこにでもある普通の事。それも何事もなく終わり、再び教室に戻る。と言っても「明日からよろしく」という軽い挨拶をするだけだった。

 

 話が終わってみんなが次々に帰りだす中、俺と将臣は教室に残るように言われた。

 

 蓮太「俺達さっそく何かやらかしたのか?」

 

 将臣「いや何もしてないだろ。転校の手続きで残りがあったとかじゃない?」

 

 んー…可能性は無くはないけど…。まぁ、考えても仕方ないか。

 

 芳乃「先生の要件に何か心当たりは?」

 

 蓮太「全くない。一番可能性が高いのがさっき将臣が言った手続きの残り…かなぁ…」

 

 将臣「時間はかからないって言ってたから、すぐに終わるとは思うけど…って別に待ってもらわなくても、道も覚えたから先に帰っててもいいよ?」

 

 俺達二人はまだしも、朝武さんと常陸さん、ムラサメまで残っている。……ムラサメが残るっておかしいか。

 

 芳乃「急ぎの用事もありません、それに先生の要件も少し気になりますから」

 

 そう言いながら、ただ待ち続ける……

 

 ……

 

 蓮太「ミントソーダのその先に〜♪雨雲を…」

 

 茉子「なんの歌なんですか?その歌」

 

 突然ガラッと扉が開いた。

 

 比奈美「すみません。遅くなりました」

 

 白衣の人「待たせてしまったようで、申し訳ない」

 

 中条先生が誰か連れてきた。…誰?白衣を着てるし……化学系の先生?保険室の先生?

 

 芳乃「みづはさん」

 

 茉子「お二人に用事というのはみづはさんだったんですか」

 

 いやふっつ〜に話してるじゃん。もうこの二人が知らない人なんているのか…?

 

 みづは「初めまして、有地君、竹内君。私は駒川みづは、この町で開業医を営んでいるものだ」

 

 芳乃「お二人が山で怪我をした時に診察してくれたのが、みづはさんです」

 

 そうだったのか、そういえばあの時、医者にお礼を…みたいな話をムラサメとした気がする。

 

 将臣「その節はどうもお世話になりました」

 

 俺と二人で頭を下げる。その後横から中条先生が「世話になったことが?」と聞いてきたから適当にはぐらかす。そして少し会話した後、中条先生は教室から出ていった。

 

 茉子「みづはさんは、挨拶のためにわざわざこちらに?」

 

 みづは「芳乃様の確認もね、有地君が叢雨丸を抜いたことによる影響は、何かあったりしますか?」

 

 芳乃「特には、私自身はいつもと何も変わりません」

 

 そう言って二人で話している。叢雨丸の影響?そんなものもあるのか?

 

 そんなことを考えながら二人の話を聞いてると、どうやら俺達は学院の用事のついでらしい。話を聞く限りは怪我そのものはそんなに大きくなかったみたいだし、それはそれでよしだな。

 

 みづは「それじゃあ有地君と竹内君は保健室まで一緒に来てくれるかな?」

 

 蓮太「はい」

 

 そうして俺たちは立ち上がる。

 

 将臣「二人は先に帰っててもいいよ?」

 

 ムラサメ「二人には吾輩がついておこう」

 

 憑く方じゃね?

 

 芳乃「そういうことなら…」

 

 茉子「そうさせてもらいましょうか」

 

 芳乃「わかっているとは思いますが、夜の山には近づかないで下さいね?」

 

 朝武さんに重々注意される。

 

 将臣「わかってるって、俺も怪我なんてしたくないし」

 

 芳乃「ならいいです」

 

 ……何となくこの二人は距離が近くなったよな。良い事だ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 蓮太「随分と信頼されてるんですね」

 

 みづは「ん?あぁ、芳乃様と常陸さん?昔からの付き合いだからね」

 

 将臣「そんなに?」

 

 みづは「私の家は代々医者なんだ。昔は朝武家のお抱えだったそうだよ」

 

 へぇ〜なんかこう…相変わらずだな。こういうパターンの人が多い気がする…

 …そうでも無いかも?

 

 みづは「今でもウチから誰か一人は医者になるように親から言われて芳乃様の主治医になる」

 

 将臣「それは穢れも含めて……ですよね?」

 

 みづは「勿論。穢れに関する知識と資料も、先祖代々引き継がれているんだ」

 

 ……気になるな…見せて欲しい…俺が見て解決出来るくらいなら既に他の人が呪詛を終わらせてるだろうけど。

 

 そんな話をしながら保健室でまず将臣の右肩を見てもらう。それから他の部分も見てもらい、それが終わると俺も身体を診察してもらう。

 

 将臣の怪我は完治していたが、案の定2回目のお祓いの時に手首を痛めていたらしい。俺の怪我も一度悪化したのも関わらずほぼ完治と言える状況だった。みづはさんは治りの速さに驚いていたが、特に不思議がることもなかった。

 

 にしても将臣はみづはさんとさっきから二人で話しているけど何話してるんだろ?聞いても「ちょっとね」って言われて教えてくれねぇし。運動がどうとか聞こえたけど…?

 

 ムラサメ「蓮太、ご主人は何を聞いておるのだ?」

 

 ムラサメがフワフワとこちらに近づいてくる。

 

 蓮太「俺もわからない。運動がどう…とか言ってたけど、身体を動かしたいんじゃないのか?あとで本人に聞いてみたら?」

 

 ムラサメ「ふむ、まぁ別によいのだが」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ムラサメ「戻ったぞ」

 

 あれから特に用事もなく、家に帰ることにした俺達。ムラサメに続けて俺も声を出す。

 

 蓮太「ただいま」

 

 将臣「た、ただいま…」

 

 まだ将臣はちょっとぎこちないな。

 

 茉子「はい、おかえりなさい」

 

 俺達が声をかけると常陸さんがわざわざ出迎えてくれた。

 

 茉子「お二人共、身体の調子はどうでしたか?」

 

 将臣「問題ないって言ってもらえた」

 

 蓮太「あ、俺もね」

 

 そう言ってスタスタ歩く、喉が渇いた…お茶が飲みたい。

 

 茉子「それは何よりです」

 

 ムラサメ「芳乃は…舞の練習か?」

 

 常陸さんは、はいと返事をしてお茶を淹れてくれた。……そんなに俺ってわかりやすかったか?偶然…?いやでも、一つしか無いし…

 

 将臣「朝武さんは…休むことなく毎日練習してるんだよね?」

 

 茉子「はい、と言っても病気の時などはさすがに休まれますが……体調管理には気を付けていらっしゃいますから、滅多にあることではありませんね」

 

 将臣「……辛いとか、そんな風に思うことは…」

 

 蓮太「ないだろうな」

 

 お茶を飲みながら返事をする。あの人のことだ、それはほぼないだろう。

 

 ムラサメ「芳乃はそういう性格ではないな」

 

 茉子「ですねぇ…皆さんご存知の通り、とっても意地っ張りですから」

 

 蓮太「……」

 

 ジーッと常陸さんを見てみる。

 

 茉子「あっ、今の一言はどうか御内密に。怒られてしまいます」

 

 そう言ってニコっと笑う常陸さん。

 

 将臣「告げ口はしないよ、っとそれよりも、ちょっと出かけてきます。夕食までには戻るつもりです」

 

 ムラサメ「どこに行くのだ?ご主人」

 

 将臣「祖父ちゃんに用事があってな」

 

 そう言って将臣は出かけて行った。俺も着替えて境内の方に向かうか。

 

 俺もその場を後にして部屋へ向かう。そして着替えた後、山河慟哭を手に持ち境内へと向かった。

 

 今の時間人は……いないな。これなら周りを気にせず集中できるだろう。そうして俺は山河慟哭を胸の前にやり、立てるように構え、目を閉じる。

 

 こうして刀を持つだけでも力が少し流れているのがわかる。俺はこの流れる力の量をコントロールしなきゃいけない。

 

 もっと…もっと深く集中しろ……

 

 感覚は海の底へと沈んでいく感覚……わかる……身体を流れる血液のように心の力の感覚はある。さらに意識を集中させるが………

 

 ……だめだ、何も変わらない。

 

 俺の考えでは力を放出するイメージなんだが、中々イメージ通りにいかない。

 とにかくもう一度だ…!

 

 さっきと同じ構えでもう一度心に意識をもっていく。

 

 そんなことの繰り返し、気付けば夕暮れまで繰り返していた。

 

 蓮太「だめか……っ!」

 

 全然進捗がない。何度試して見ても目に見えての成長がない。気付けば俺の体は汗だくになっていた。

 

 蓮太「それだけ疲れたって事か…もしくは焦っているのか…」

 

 つい口に出してしまう。けど諦めてられない。そろそろ夕飯の時間だ、体を拭いて夜またチャレンジしよう。

 

 ………………

 

 そして夜。何度も何度も繰り返す。けれど山河慟哭に変化はない。けれどまだ諦めずにもう一度意識を深く集中させる。

 

「……う……ん」

 

 ……?

 

「……うち…ん」

 

 芳乃「竹内さん」

 

 そう聞こえたので咄嗟に目を開ける。気付けば真横に朝武さんがいた。

 

 蓮太「うぉっ!?ビックリした…全然気付かなかった…」

 

 芳乃「相当集中していたんですね、何度か呼び掛けたんですよ?」

 

 ああ…そういえばなんか聞こえた気がする。

 

 蓮太「それはごめん…それで何か用が?」

 

 芳乃「いえ、用があるわけでは…ただ、先程からずっとなにかしていたのかが気になって」

 

 あっ、はたから見たら刀もって突っ立ってる人か…見られてたらまずいな。

 

 芳乃「それで、何をなさっていたんですか?」

 

 蓮太「ちょっとね、前にも確か説明はしたけど、憑依の時にムラサメが気疲れするって言ってたの覚えてる?」

 

 確か、最初のお祓いの時だったな。

 

 芳乃「はい、その時竹内さんも疲れがあるって言ってましたよね?」

 

 蓮太「そう、多分だけど俺は…というか『山河慟哭』…この刀の名前なんだけど、こいつが祟り神を斬った時に大きく怯んだり、全然怯まなかったりムラが出るんだけど、その原因は俺の祓う力の差だと思ったんだ」

 

 蓮太「斬る度に俺の祓う力…「心の力」って呼んでるんだけど、それが減っていっているのがわかるんだ。だから、その心の力を使って祟り神にダメージを与えているなら分量をコントロールできるようにならないといけないと思って」

 

 ちょっと長い説明になったけど朝武さんは真剣に話を聞いてくれた。

 

 芳乃「それで先程から剣に集中していたんですね」

 

 蓮太「でも全く進捗がなくて…どうしたもんかと…俺のイメージは体から放出するって感じなんだけど全然上手くいかないんだよなぁ」

 

 しばらく無言が続いたが、朝武さんが口を開く。

 

 芳乃「具体的には私にはわからないんですけど、一点に集中するのはどうでしょうか?剣だけに集中してみるんです!」

 

 山河慟哭だけに…?

 

 ……そうか、それは試してなかったな……体全体じゃなくて刀のみに…

 

 蓮太「やってみるよ、それは盲点だった!」

 

 すぐさま立ち上がり山河慟哭を構える。意識を刀に……心の中にある力を……一気に………刀へ押し出す…!!!

 

 その瞬間、山河慟哭が薄く光り始めた。

 

 芳乃「竹内さん!」

 

 蓮太「やった……!」

 

 まだまだ全然力を送れていないと思うが、意識して心の力を使うことに成功した。

 

 そうして朝武さんから離れて、誰もいないところで思いっきり刀を振る、すると振るった場所が太刀筋をなぞるように蒼い光を残して光って数秒後に消えた。

 

 蓮太「ありがとう!朝武さん!おかげで一歩進めた!」

 

 芳乃「わ、私は特別なことはしてないです!ただ思ったことを口にしてみただけで、これは竹内さんの力ですよ」

 

 蓮太「それでも大きなヒントをくれた、だからありがとう。これから俺、刀をもっと上手く使いこなして力になれるように頑張るから!」

 

 そういって二人で喜ぶ。まだまだ全然コントロールは出来てないけど大きな一歩を踏み出せた!初日でここまで出来れば上出来だろう!それに、朝武さんが一緒に喜んでくれるのが嬉しかった。いつの間にかこんな笑顔を見せてくれるようになってくれたのが心地よかった。

 



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17話 隠し事

 次の日…

 

 昨日の夜、初めて心の力を山河慟哭に自分の意思で送れた事を喜んではいたが…まずは何時でもそれができるようにならないとな。

 

 そう思い、今日は朝っぱらから試しに練習してみることにした。まだ将臣達は起きていない時間、といっても常陸さんは既にいるんだが。

 

 居間で一人、試しに右拳に意識を集中してみる。昨日のように拳一点に力を送る……。するとかなり薄いが拳が蒼く光だす。

 

 蓮太「よしっ!ちゃんと出来てる!」

 

 嬉しくて思わず声が出る。というかそういえば、最初に祟り神を蹴った時にこんな感じで蒼く光ってたな…あの時は無意識に成功してたのか…

 

 茉子「こんな朝早くから練習ですか?」

 

 常陸さんが二つの湯のみを持ってこっちへ来た。

 

 蓮太「まぁ…ね、もっとみんなの役に立ちたいから」

 

 茉子「もうすでに頼りになっていますけど…これからはもっと期待できるんですね!」

 

 そう言って常陸さんは隣に座る。

 

 蓮太「そのプレッシャーのかけ方はどうかと思うぞー」

 

 茉子「あは、そんなつもりはないですよ〜。本当に頼りにはしてるんですよ?」

 

 蓮太「まぁ応えれるように頑張りはするけどさ」

 

 それはそうと………将臣の部屋から騒ぎ声がする。

 

 蓮太「それよりもなんか将臣の部屋が騒がしくないか?」

 

 茉子「確かに…そうですね。ちょっと様子を見てきましょうか」

 

 そう言って常陸さんが立ち上がる。

 

 蓮太「俺も行くよ」

 

 二人で将臣の部屋の前へ行く、この声は…ムラサメも居るのか?

 

 茉子「有地さん?ムラサメ様?どうかしたんですか?さっきから騒がしいようですが…?」

 

 ムラサメ「ご主人が起こして欲しいと言った癖に、なかなか起きんのだ」

 

 部屋の中から聞こえてくる。将臣がこの時間に起きようとするなんてどうしたんだろう?

 

 茉子「そうなんですか?では、ワタシも協力いたしましょう!」

 

 蓮太「じゃあ俺も手を貸すぞー」

 

 俺はそう言って襖を開けようとする。

 

 将臣「え?いや、起きてる、起きてる!起きてるから入ってきちゃダメー!!!!!」

 

 茉子「失礼します!」

 

 蓮太「入るぞー」

 

 そうして中に入ると……目も当てられない状況だった。

 

 横になっている将臣の腹にムラサメが押し倒すように乗っている。ここまではまだ良い…。問題なのは将臣の腰付近がテントを張っている所だ。体制的にムラサメはまだ気付いていないようだが、きっと常陸さんは真っ先に見つけたであろう。

 

 蓮太「将臣……お前…………」

 

 茉子「失礼致しました。ワタシは何も拝見しておりませんので。どうぞ、ごゆっくり」

 

 蓮太「後でシーツを洗わなきゃな、常陸さん、そん時は手伝うよ」

 

 将臣「ちょっと待って!違う!そんなんじゃないって!」

 

 そんなやり取りを聞いてムラサメがニヤっと笑う。

 

 ムラサメ「なんだご主人、もしや吾輩に欲情しておったのか?“幼刀”だ“ぺったんだ”と言いつつも……やはり若い男よの〜」

 

 …心做しかムラサメが上機嫌な気がする。アレだろうか?女の魅力というか、プライド的なところが認められて嬉しいのか?大体将臣にバカにされてたし。

 

 将臣「ちーがーいーまーすー!これは朝の生理現象ですー!というか、これは蓮太も経験があるだろ!?」

 

 蓮太「いや女の子に朝から押し倒されて勃起して目覚めるなんて経験ねぇよ」

 

 いやこんな経験普通しないって、エロゲじゃあるまいし。

 

 将臣「いや、だから違うって!頼むから話を聞いてーーーー!!!」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「なるほど、先程の情事……あ、いえ、事情は把握しました」

 

 なかなか良い性格してるな。

 

 将臣「今、わざと間違えましたよね?」

 

 茉子「いーえー。ちょっぴり噛んだだけですよー」

 

 まぁ大体の事情は聞いたけど、要するに不可抗力だと。んー…ま、いいんじゃね?元気なのは良い事だ。

 

 将臣「本当に俺にそういう趣味はありませんから。宣言しますが、俺はぺったんよりもプルンプルンの方が好きです」

 

 茉子「む、胸を張って性癖を告白されましても……」

 

 蓮太「あと、後ろの奴から呪われても知らないからな」

 

 フラフラ浮いている緑色の幽霊がプルプル震えている。拳を握りしめて…

 

 ムラサメ「ぶちのめすぞ、ご主人!」

 

 こりゃ一旦話を逸らした方がいいかな…?

 

 蓮太「んな事よりも、将臣はこんな朝早くからどうしたんだ?」

 

 将臣「それは……あー……、ほらここって景色が綺麗じゃないか!早朝の景色も見てみたいなぁ〜って」

 

 嘘だな。なんか隠してる。まぁ別に深く詮索する気は無いけどさ。

 

 将臣「だから、今からちょっと散歩に行ってきます」

 

 茉子「何でしたら、先に朝ごはんを作りましょうか?」

 

 大丈夫だよ、と言って将臣は行ってしまった。

 

 蓮太「俺も部屋に戻ってるよ」

 

 …………

 

 

 自分の部屋で山河慟哭を手に取り、心の力を送ってみる。あの時と同じくかなり薄く光り始めるが……量をコントロール出来ない…、いや、そんな簡単には出来ないだろうとは思ってるけど…

 

 蓮太「一日でも早く使いこなしたいな…」

 

 しかし、実際のところ力をずっと送り続けているとかなり疲れてくる。精神はそれほど疲れはしないんだが、身体の方が少しずつ悲鳴をあげる。というか実際、動いてない状態でこれなんだ。祟り神との対峙中にこの力を使っていたらスタミナ切れの方が早そうだ…

 

 夕方は練習の前にトレーニングしとくか……オーバーワークには気をつけないと……

 

 そしてなんだかんだで時間は過ぎ……いつも通りの朝食の時間。学院での授業、そして放課後になり…

 

 将臣「ちょっと行ってきます」

 

 また将臣はどこかへ行く。

 

 今この場には俺しかいないから気兼ねなく出ていけたであろう将臣を見送って、俺も外へ出る。

 

 蓮太「とりあえず走ってスタミナの向上をしてみよう。」

 

 そうして俺は走り出した。できるだけ人のいない道を選んではいるつもりだが、如何せん土地勘がまだない。結局知っている道を優先して選んでしまう。

 まぁ別に人の迷惑にならなきゃいいか。

 

 そんなこんなで途中で休憩を挟みながら、走り始めて一時間くらい経った時、偶然公民館の前を走っていた。

 

 蓮太「はぁ…はぁ…こんな所まで々来てたのか…」

 

 公民館は朝武さんの家からそこそこ距離があったと思うが…、なんてことを思っていると、中で誰かが何かやっている

 

 あれは………玄十郎さんと…将臣…?玄十郎さんは声でわかるんだが…もう片方は多分将臣だろう。横にムラサメが居るから。

 

 中を覗いてみると二人が竹刀でバチバチ打ち合っている。と言うより背の低い方が一方的にボコられてる。

 

 蓮太「なるほどね…じゃあ多分朝もこういうことか…」

 

 形は違えど考えることは同じって事だな。ったく…頼もしい奴だ。

 

 俺は気合いを入れ直し、また走って朝武さんの家へと向かった。

 

 ………………

 

 また次の日…今日は俺は玄関前…外で中から人が出てくるのを待っていた。

 

 いつもアイツが家から出る時間に合わせて近くに寄ると、やはり家から一人出てきた。

 

 蓮太「よう」

 

 将臣「蓮太…こんなところで何やってるんだ?」

 

 不思議そうにこっちを見てくる。まぁ、別に隠しててもしょうがない。

 

 蓮太「昨日公民館のまえを偶然通ってな、玄十郎さんとムラサメが見えたんだよ。後玄十郎さんにボコボコにされていた人が一人ね」

 

 将臣「え…あっ…」

 

 蓮太「大丈夫だって、別にいちいち言いふらしたりする気は無いからさ。でも、体力は俺も上げたいから朝のトレーニングだけ付き合わせて貰えないか?」

 

 将臣「俺は別にいいんだけど祖父ちゃんに聞いてみないと…なんとも言えないな、俺も頼んでいる立場だし」

 

 蓮太「じゃあ、まずは会いに行かなきゃな」

 

 そう言って俺達はジョギングで体を温めつつ学院へ向かった。

 

 そして…

 

 玄十郎「どうした?竹内君まで」

 

 俺は思っていたことを素直に話す。このままではいけないこと、体力をつけたいこと等、俺の気持ちと共に素直に伝えた。

 

 玄十郎「竹内君の意思はわかった。しかしこの意味はわかっているのか?」

 

 蓮太「やめる気は無いですよ、引き下がる気もないです。放課後は他に優先するべき事があるので将臣と共に参加するのは難しいですが、その場の気分で決めたわけじゃないです。」

 

 玄十郎さんはなんとも言えない圧を放っていたが、そんなものは気にしない。祟り神の方がよっぽど恐ろしい。あれに勝てるように、呪いを解くためにもっと自分を磨かなければいけないから、真っ直ぐに玄十郎さんを見る。

 

 玄十郎「意思は固いようだな、その心意気や良し。ではこれから朝の鍛錬は二人で行うことにする。」

 

 蓮太「よろしくお願いいたします」

 

 そう言って一礼する。その後すぐさま朝の鍛錬とやらが始まった。

 

 

 それから実際に経験してみて驚いたのが、将臣とはやっている事は全く同じなんだが、俺達でトレーニングする量が違う、つまり俺達一人一人に合わせたトレーニングだった。

 

 それは頑張ればギリギリ手が届きそうな、今の俺には一歩遠い内容で絶妙にバランスが良い。よく考えられている。

 

 流石に楽々とは言わないが少し無理をすれば毎日達成出来る難易度で意外にも楽しい。

 

 ……将臣は結構一日の目標を達成できなくてトレーニングが終わるとぶっ倒れているんだけど。

 

 そうして俺はこのトレーニング…基、朝の鍛錬が日課になり、放課後は心の力のコントロールの練習、この生活を続けていった。

 



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18話 譲れない好み

 あの日から数日後……

 

 将臣「すみません、お待たせしてしまって」

 

 今は朝食の時間、いつもなら全員が揃っているんだが、何日か前から将臣が少しずつ遅れてくるようになった。

 

 原因はあの鍛錬。今の俺達の身体に見合った鍛錬をしているはずなんだが、俺と将臣とで終了時間に差が開き始めていた。俺も難なくこなしているわけではないが、将臣にとってはかなりキツいものらしい。放課後にどんな事をしているのかは具体的には知らないが、日に日に将臣に疲れの色が出てくる。

 

 蓮太「いいよ、別に。仕方ないさ」

 

 将臣「悪い」

 

 そんなやり取りの中みんな朝食をとり始める。

 

 芳乃「最近、起きてくるのが遅いですね。どうしたんですか?」

 

 将臣「それは、ちょっと……寝坊、かな…?」

 

 別にわざわざ隠さなくてもいいんじゃないかとも思ったが……まぁ、将臣にも何かあるんだろう。でもこういう隠し事して後々面倒事にならなきゃいいけど。

 

 茉子「寝坊…?」

 

 ……こりゃ常陸さんには怪しまれたかな?俺達が起きる頃には基本的に常陸さんは既に家に来てるしな。

 

 芳乃「夜更かしでもしてるんですか?」

 

 ……あーあ、せっかく朝武さんと少しは打ち明けてきたかな?って思ってたのに、こりゃそこそこ怒ってるな。

 

 将臣「んー……まぁ色々とね…ははは」

 

 芳乃「気の緩みは怪我の元です。良くないと思います」

 

 蓮太「はは…そりゃそうだ」

 

 といっても、俺も人の事ばかり言ってられない。心身共に疲れが溜まっていく一方で、授業中などは全然集中出来ない。将臣もそうなんだが、二人して寝かけるような状態だ。

 

 芳乃「竹内さんもですよ、学院での態度を改めるべきだと思います」

 

 蓮太「はい…ごもっともでございます」

 

 芳乃「お祓いには無理に付き合うことはありません。私としては大人しくしておいて欲しいぐらいなんですから」

 

 まぁ、その件に関してはそうだろうな、その姿勢というか、意見は全然変わってないし。突き放されても行く気だけど。

 

 将臣「……返す言葉もない」

 

 まぁまぁと、朝武さんを宥める常陸さん、んー…多分、少し気づかれてはいるかな…?家にいるとはいえ、俺も将臣もできるだけ顔を合わせないようにしてるけど…気配みたいなのでバレてそう。

 

 茉子「そうそう。皆さん目玉焼きの焼き加減はどうしましょうか?」

 

 芳乃、蓮太、将臣「「「あ、半熟で」」」

 

 思わず笑ってしまう、こんな息の合い方あるかよ。

 

 二人は半熟の良さについて楽しそうに話す。その時の朝武さんは笑っていた。

 

 安晴「固めも好きだけどな〜、僕は。白身はパリッとしてるのが好きだよ」

 

 将臣「俺も固めが嫌いってわけではないですよ、でもやっぱり」

 

 芳乃「好みは半熟!」

 

 だよねっ!と意気投合する二人。もうこいつら本当に結婚したらいいのに。

 

 茉子「調味料の方は…どうされますか?」

 

 将臣「それはもちろん」

 

 芳乃「ソース!」

 将臣「醤油!」

 

 …

 

 タイミングは合ってたんだけど、言ってることは相反する。

 

 将臣「……醤油でしょう?」

 

 芳乃「……ソースですよね?」

 

 将臣「醤油!」

 

 芳乃「ソース!」

 

 そして戦いの火蓋が切られ、醤油は邪道だなんだと、ソースの方が邪道だともう見慣れた口喧嘩が始まる。マジで結婚すればいいのに。

 

 茉子「またですか…、お二人共、そういう趣味は全然合いませんねぇ」

 

 蓮太「それに加えてどっちも絶対折れないからな、別にどっちでもいいと思うんだが…」

 

 横から良くないっ!っと二人から怒られたけど、特に気にしない。

 

 茉子「竹内さんはどちらの方が好みなんですか?」

 

 蓮太「俺はどっちも好きだよ?その時の気分で変えてる。というか揉める原因は、もしかしたら卵なんじゃないか?」

 

 安晴「でも…卵の他にも、おにぎりの具、うどんとそばの好み、カレーの甘口辛口……もしかして、二人は合わないのかな?」

 

 蓮太「まぁ、なんとかなるんじゃないスか?」

 

 そして三人で朝武さんと将臣の方を見る。まだ喧嘩してる最中だ。

 

 芳乃「ぐぬぬぬぬぬぅ」

 

 将臣「ぐぎぎぎぎぎぃ」

 

 いや、ぐぎぎぎぎぎぃってなんだよ…絶対言いにくいだろ。

 

 安晴「二人とも落ち着きなさい。好みなんて人それぞれでいいんだ。かくいう僕は、目玉焼きに練乳をかけるのが好きでね」

 

 芳乃「それはない」

 茉子「それはないですねぇ」

 将臣「それはないです」

 蓮太「美味しいですよね」

 

 ………

 

 芳乃「え?」

 茉子「…え?」

 将臣「え?」

 蓮太「…え?」

 

 みんなしてジト目で俺を見ないでくれよ!?え?は?それって異端なの?

 

 安晴「蓮太君はわかってくれるかい!?ずーっと二人に理解して貰えなくて寂しかったんだよ!」

 

 蓮太「俺は甘いものが大好物なんで…とりあえず何でもかんでも甘いものを付け加えたことはありますね」

 

 芳乃「えぇ……」

 将臣「えぇ……」

 

 安晴「というか、本当は仲がいいんじゃないの?」

 

 ……………

 

 ………

 

 ……

 

 

 そして朝の登校中、足取りが重い…毎日トレーニングをやっいるせいでこの上り坂がかなりキツい…。将臣も同じような雰囲気だ。でも、慣れるまでの辛抱だ…!気合い入れないと!

 

 芳乃「………」

 

 そしてそれから時間も過ぎ去り…気づけばもう最後の授業が終わっていた。クラスのみんなが各々帰りだす。

 

 蓮太「今日も行くのか?」

 

 将臣に話しかける。げっそりしてる気がするけど…

 

 将臣「毎日しないとな…この呪いが解けるまでは続けるつもりだよ」

 

 蓮太「でもお前……まぁ、多少の無理は構わないが限度があるからな。オーバーワークだけは気をつけとけよ?」

 

 そんな時常陸さんが横から歩いてくる。……聞かれてないよな…?

 

 茉子「有地さん、今日はどうされるんですか?」

 

 将臣「ちょっと遅くなるかも、あっでも、夜には帰るから」

 

 茉子「そうですか、分かりました」

 

 …よく見ると常陸さんの後ろに朝武さんもいる。

 

 芳乃「ここ数日、放課後はいつもどこかに行っていますよね?何をしているんですか?」

 

 将臣「えっ、いや、別に大したことじゃないから…気にしないで!」

 

 はぐらかし方が絶妙に下手くそだな、……もし何か聞かれた時はフォロー入れとくか。

 

 将臣「それじゃあ俺はここで」

 

 そう言って将臣は逃げるように教室を出た。

 

 茉子「芳乃様、竹内さん、それでは帰りましょうか」

 

 芳乃「……あやしい…」

 

 朝武さんがボソッと口にしたのが聞こえた……大丈夫なのか…?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして帰宅した後、いつものように部屋で山河慟哭に心の力を送る。練習を始めた時はかなり薄くしか光らなかったが、今はやや強く光るようにまでなった。といっても、やや強く光らせると体力の消耗が激しい。力を送るだけでこれなんだ、実践の中で使うと、しばらくまともに動けなくなるだろう。

 

 ……後で試しにあの技をやってみるか…。

 

 それから時間が経ち、山河慟哭を手に誰もいないのを確認して境内へ向かう。

 

 

 

 …その時誰かが俺を見ているのような気がした。

 

 

 



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19話 穂織の町の案内人

 夜の境内で一人、山河慟哭を持ち心を落ち着かせる。

 

 まずはほんの少しだけ、心の力を刀に送る。そして、蒼く薄く光りだす刀を確認して、何も無い空間へ斬りかかる。

 

 これだけでもそれなりに疲れる。が、実際はもっともっと最低限この状態で動き回らなきればいけない。

 

 そして、試してみたいあの技の為に、今送ることの出来る全ての心の力を刀に集中させる。すると、またやや強く光りだした。

 

 そのまま身体を回転させ、思いっきりまた何も無い空間を斬る。一回、二回、三回、と……、三回斬りつけた後、その空間にはひとつの文字が出来上がっていた。

 

 蓮太「よしっ…できる……」

 

 できはしたが……一気にまともに立てなくなり、その場に膝を着く。汗の量もかなり多い…今のままじゃあ実践にはとても使えない。

 

 ??「…大丈夫ですか?」

 

 不意に声をかけられる…。あれ…?誰かいたのか?知らない人だったらマズイ…!

 

 急いで顔を上げると、常陸さんが手を差し伸べてくれていた。

 

 蓮太「ひ、常陸さんか…ありがとう」

 

 そう言って立ち上がる。足下が少しふらついてるけど。

 

 茉子「ひとまず、あちらで休みましょうか」

 

 近くにある適当に座れそうな場所で常陸さんと二人で座る。……何か持ってるな、どこかに行くつもりだったのか?

 

 蓮太「それで、どうしたの?こんな時間に」

 

 茉子「どうした、ではありませんよ?そんな状態になるまで、こんな夜更けに一人で毎日刀を振るうなんて、心配にもなります」

 

 ……?

 

 蓮太「毎日って…いつも気付いてたのか?」

 

 茉子「はい。ここで数日前から毎日素振りをしてますよね?いつもヘトヘトになるまで帰ってこられないので、勝手ながらつけさせてもらってました」

 

 蓮太「恥ずかしいところを見られたな…」

 

 そりゃこんな場所で刀をブンブン振り回してたらいつか誰かにバレるとは思ってたけど、こんなに早くバレてたとは。一応神社からは見えないように離れてたんだけどなぁ…

 

 茉子「そんなことはないと思いますけど…、芳乃様の為にそこまでしてくれている事自体は、ワタシとしてもとても嬉しいですよ?」

 

 茉子「ただ、流石に1人は危険です。ですから、これからはワタシも一緒に付き合わせて貰います」

 

 ……え?

 

 蓮太「ちょっと待ってくれ!わざわざ常陸さんが付き合ってくれる必要は無い!わかったから、もうしないから!」

 

 こんな事に付き合わせて怪我でもさせたらたまったもんじゃない!

 …将臣みたいにどこか見えないところでするか…

 

 茉子「ジー……」

 

 そんな目で見ないでくれよ…

 

 蓮太「な、なに…?」

 

 茉子「場所を変えて一人でやるつもりですね?」

 

 蓮太「そっ、そんなこと…ありましぇんよ…?」

 

 茉子「……あは。嘘をつくのが下手すぎですよ」

 

 なんでバレたんだ!?なんかこの人もう怖いわ!

 でも…この場をやり過ごしたとしても、一度こうしてバレてるから場所を変えても無意味だろうな…

 

 蓮太「わかったよ…でも少し離れてからにしてくれよ…?」

 

 茉子「承知しましたが…今日はもう止めた方が良いのではありませんか?さっきのあの技でかなりお疲れのようでしたし」

 

 確かにもう無理かも…まぁ、あの技は最終手段かな…

 

 蓮太「そう…だな、次からは声をかけるから、タイミングが合えばよろしく頼むよ」

 

 茉子「はい!お任せ下さい!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして次の日の朝、いつものようにトレーニング…基、鍛錬をこなして先に家に戻る。将臣も遅れて到着し、朝食の時間。

 

 安晴「本当に大丈夫かい?今日も遅かったけど……眠れない理由があるんじゃないのかい?」

 

 まぁ、流石に心配になるレベルだよな。元々はちゃんと朝起きてたんだから。

 

 将臣「そんなことは無いので、大丈夫です。気にしないでください」

 

 安晴「そうは言うけどね…」

 

「気にするな」じゃなくて嘘でもいいから言い訳を考えた方がいいと思うんだが…

 

 将臣「申し訳ありません。そ、それよりも食事にしましょう」

 

 芳乃「……………」

 

 それから朝食を食べ終わり、各々動き出す。

 

 安晴「それじゃあ僕は神社に戻る。芳乃ら言っていた通り頼むよ」

 

 芳乃「わかってる」

 

 そう言って安晴さんは立ち去る。何かあるんだろうか?

 

 将臣「今日は何かあるの?」

 

 芳乃「神社で仕事の手伝いをする事になっているんです」

 

 休みの日まで大変だな…

 

 将臣「人手はいる?」

 

 芳乃「いえ、手伝いと言っても、社務所でお守りやおみくじなんかを売っているだけですから」

 

 将臣「わかった、必要だったらいつでも言って」

 

 蓮太「俺も声をかけてくれたら手伝うから」

 

 芳乃「ありがとうございます」

 

 そう言った朝武さんは少し微笑んでいたような気がした。

 

 将臣「でもそっか…神社の手伝いがあるなら、無理だな…」

 

 芳乃「何かあるんですか?」

 

 将臣「実は案内を頼まれてるんだ」

 

 案内?俺達もここに来てそんなに……って将臣は知ってるかもな、祖父ちゃんの玄十郎さんがここに住んでるくらいだし。

 

 茉子「案内と言いますと…もしや、有地さんのご友人が会いに来られるんですか?」

 

 将臣「いや、そうじゃなくて…祖父ちゃんの旅館で新しい人を雇うんだ。その人を迎えに行って、旅館までの案内を頼まれてる」

 

 蓮太「へぇ〜…、でもそれなら別に一人でも問題なんじゃないのか?旅館の場所なら将臣も知ってるじゃないか」

 

 将臣「それが、相手が女の子なんだよ」

 

 あー、なるほどね。何となく心情を察したわ。

 

 蓮太「それで相手を襲ってしまいそうで不安だから、一緒に来て欲しいんだってさ、常陸さん」

 

 将臣「違うわっ!そんな怖いこと言うなよ!大体、俺にそんなに度胸はないっ!」

 

 蓮太「……人の胸を触ったり、脱衣所で裸を見たりしてるのに?」

 

 将臣「……………ないっ!」

 

 …まぁいいけどさ。

 

 茉子「ワタシは夕方くらいまででしたら大丈夫ですよ?」

 

 将臣「本当に!?すごく助かるよ!蓮太も空いてるなら来て欲しいんだけど、どう?」

 

 蓮太「予定は無いから別にいいけど詳細は?」

 

 将臣「あぁ、まだ言ってなかった、三時には旅館に連れて行くように言われてる。俺が案内するのはそこまでの予定だから」

 

 意外と時間が空くな…急ぐよりはマシか。

 

 茉子「でしたら大丈夫です」

 

 蓮太「俺もいくよ」

 

 将臣「ありがとう」

 

 それから常陸さんは洗濯を終わらせに行った。将臣も部屋に戻って行ったな…流石に今日は鍛錬はなかったか。

 暇だな…

 

 

 ………数時間後

 

 

 茉子「竹内さん」

 

 あれからしばらく経って常陸さんがこっちへ来た。

 

 蓮太「どしたの?」

 

 茉子「いえ、ワタシは準備が出来ましたので何時頃に出発されるのかと思いまして」

 

 時刻を見ればまだ余裕があるが、約束の時間に近い。

 

 蓮太「あ〜、将臣に聞いてみようか」

 

 そうして俺は将臣に確認しに行く。流石に準備は終わってると思うが、聞いてみないことには分からないな。

 

 蓮太「将臣ー、俺たちは準備できてるけど…どうする?」

 

 将臣「悪いっ!ちょっと旅館に用ができて先にそっちに行くことになったんだ。集合時間には間に合うように行くから現地で合流しよう」

 

 蓮太「用?何かあるなら手伝おうか?」

 

 なんの用なんだ?

 

 将臣「いや、俺だけで十分らしい。万が一待ち合わせに遅れても困るから二人は確実に行けるようにしてて!多分俺も間に合うと思うけど」

 

 蓮太「まぁ、そういう事ならいいけどさ。先に行ってるけど必要なら連絡しろよ?」

 

 将臣「ああ、わかった。じゃあごめんけど頼んだ!」

 

 そう言って将臣は出ていってしまった。

 

 茉子「有地さんはどうされたんですか?」

 

 蓮太「先に旅館に用があるんだって、人手も将臣だけで足りるらしいから、待ち合わせに遅れないように俺たち先に行っとけってさ」

 

 茉子「なんの用事か気になりますが…そうですね、待ち合わせに遅れてはいけませんから…ワタシ達で先に行きましょうか。有地さんは時間には間に合いそうなんですか?」

 

 蓮太「そこは問題ないらしいよ。…じゃあ行こうか」

 

 

 ……そういえば待ち合わせの人って、どんな人なんだろう?女性ってことしかわかってない気がする。

 

 将臣に聞いておけばよかった……後で連絡してみるか。



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20話 常陸さんとのときめくデート?

 結局将臣に電話して具体的な特徴を聞きながら、常陸さんと二人で町中を歩く。

 

 蓮太「わかった。わざわざごめんな、ありがとう」

 

 そして俺は電話を切ってスマホをバッグに入れる。

 

 茉子「それで、案内するのはどんな人なんですか?」

 

 蓮太「将臣に聞いたら、俺達と同い年で、女の子。名前は…レナ・リヒテナウアーさんってさ」

 

 蓮太「昔から日本に憧れを持ってて、留学が夢だったんだって、しかも穂織に来ることを本人が強く望んだんだってさ」

 

 というか外見に関しては全然わかってないままなんだが…、本人が知らないからしょうがないんだけど…

 

 茉子「珍しいですね。観光ではなく、留学を望むなんて……、あれ?でもその人新しい従業員なんですよね?」

 

 蓮太「まぁ…働きながら通うんじゃない?」

 

 茉子「もしそうなら、ワタシ達と同じクラスですね」

 

 そうだな…遅かれ早かれ出会うんであれば早く仲良くなるに越したことはないか。

 

 蓮太「少しでも早く馴染めるように、俺達がまず仲良くならなきゃな。その人は日本が好きみたいだし、聞きたいことも沢山あるんじゃないかな」

 

 茉子「では、よい印象を持ってもらうようにしないといけませんね」

 

 蓮太「となると………なんかいい場所ある……?案内をするって言っても、どっちかと言うと俺も案内されたい側の人間だから…」

 

 まだこっちに来てそんなに経ってないからな…最近馴染めてきたくらいだし。

 

 茉子「そうですね……やはりここは、美味しい物がいいんじゃないでしょうか?」

 

 蓮太「美味しい物か………………、常陸さんのお勧めってある?」

 

 そういえば俺ってここに来て外食をしてないな…甘味処…?も行ってみたいし…他にも探せば色々ありそうだが…如何せん知らなすぎる。

 

 茉子「そうですね……んー……あっ、そうだ!」

 

 茉子「まだ少し時間もありますから、ちょっと行ってみましょうか?」

 

 どこかいい所があるみたいだ、候補の一つとして確認しに行ってみるか。

 

 

 そうして連れていかれた場所は………

 

 

 茉子「じゃーん!鮎の塩焼きですよ〜!」

 

 鮎の塩焼きを売ってる店でした。まぁでも、この大きさなら軽く食べることが出来るし、ありっちゃありかも?

 

 香りは…うん。グリルでなら何度か焼いたことはあるけど、これは炭火か…雰囲気が出てこれはありじゃないか?悪くない。

 

 蓮太「こんな店があったんだな」

 

 茉子「美味しいって評判なんですよ、ここの鮎。……あ、指に付いちゃった。」

 

 指を舐めながらこっちに視線を送る常陸さん。………その上目遣いは、反則です…!エロ可愛い……!

 

 蓮太「………」

 

 茉子「……お気に召しませんか?」

 

 蓮太「いや…そんな事ないさ、それじゃあ頂きます」

 

 一旦今のは忘れよう。………多分忘れられないけど。

 

 蓮太「…はむ」

 

 …美味い。皮はほろ苦いが、鮎料理らしく身は柔らかい。そして何より身が引き締まってる。脂身も控えめで…塩加減もベストだ…これは天然の鮎じゃないか?いやでも…一年中売るならとてもじゃないが天然の鮎を使い続けるなんて無理だ……養殖の鮎でここまで美味く出来るものなのか………ともかくこれだけの物があの値段なのか…!

 

 蓮太「こりゃ…美味いな…」

 

 茉子「でしょう?」

 

 蓮太「一瞬、天然物かと勘違いした程だ…、飼育段階で何か工夫があるのか…調理方法も気になるな…この味を再現するには………」

 

 茉子「多分、お塩にもこだわりがあるんだと思いますよ」

 

 ……うん、確かにそうかも…この味は覚えておこう。

 

 蓮太「にしても鮎なんて売ってるんだな。やっぱり観光客に受けがいいのか?」

 

 茉子「みたいですよ?町中を歩いていると度々食べられている方をお見かけします」

 

 茉子「それに、定番の温泉卵なんかはコンビニなんかでも買えますからね」

 

 蓮太「そうだな…でもそれを差し引いてもこれは美味いよ」

 

 これは外国の方からしたらたまらないかもな…日本が好きな人なら特に。

 

 茉子「そんなに美味しそうに食べてくれると、紹介したワタシも嬉しいです」

 

 思わず夢中になってもぐもぐ食べてしまう。いや本当に美味しい!

 

 茉子「あ、ジッとしてくださいね」

 

 蓮太「ん?」

 

 何故か俺の口元に指を伸ばした常陸さん。その指は撫でられるように口角の辺に触れられた。

 

 茉子「皮がついてましたよ?」

 

 いつもの「あは」ではなくて「ふふっ」と笑う常陸さん。

 

 蓮太「え?あっ、あり…がとう」

 

 なんか、こういうのって恥ずかしいな……、顔赤くなってないかな…?

 

 茉子「…こうしていると、デートのことを思い出しますね」

 

 蓮太「デートって…?」

 

 茉子「ひどーい!忘れちゃったんですか!? 最初の頃にしたじゃないですかー」

 

 最初の頃って……初めて祟り神と対峙するために山に入った日のことか…?

 

 蓮太「いやあれってただ買い物をしただけでしょ?」

 

 茉子「よく考えてみてく下さい。親類でもない男女が一緒に夕飯のお買い物……、ある意味では、デートよりも色っぽくありませんか?」

 

 蓮太「まぁ……付き合いたて…もしくは新婚生活みたいだ…」

 

 そんな甘々なもんじゃなかったけどな、俺はあの時怪我もしてたし。

 

 茉子「ほらぁ〜。もしかしてワタシ達、実は凄いことをしちゃったんじゃないですか?」

 

 蓮太「夕飯の買い物を二人でして、こうしてデートっぽい雰囲気で並んで食べ物食べてるし…確かに凄いことしちゃってるかもね。恋人みたい」

 

 つっても、今回はこうなったのは偶然だけどさ。

 

 茉子「それでは……『あーん』なんてしてみますかぁ?」

 

 蓮太「………鮎で?なんか雰囲気壊さない?」

 

 茉子「そんなことありませんよ。だって、例えば………隙あり♪」

 

 蓮太「あっ!」

 

 常陸さんが急に髪をかきあげて、身を乗り出してきた。そしてそのまま俺の串焼きを一口食べてしまう。

 

 茉子「あむ……ん…」

 

 もぐもぐと噛んで飲み込んだ後、またあの上目遣いでこっちを見る。

 

 茉子「ほら、こういうのって、ドキッとしません?」

 

 蓮太「えっ、あっ、………」

 

 あまりに急にこんなことをされて戸惑ってしまう。事実ドキッとしたんだけど。

 

 茉子「あは……してるんですねぇ?」

 

 いたずらっ子すぎるだろ…!可愛いその行動に惑わされ、思わず息を飲んでしまう。

 

 茉子「ふふっ、殿方とこうして並ぶなんて、まるでマンガみたい……。まさかワタシがこんな風に過ごすなんて、思っていませんでした」

 

 蓮太「なんで?常陸さんは可愛いから、こんなことを経験していてもおかしくないと思うけど…」

 

 茉子「…っ!か、可愛いだなんて、そんな、ご機嫌取りはしなくていいです」

 

 そう言って照れながら、常陸さんは自分の鮎を一口食べる。可愛いのは本心なんだけどなぁ。

 

 茉子「それに、ワタシは子供の頃から訓練を受けてましたから」

 

 蓮太「あぁ、忍者の」

 

 茉子「はい。それと芳乃様にお仕えをしていますから、同年代の殿方とは関わりがなくて……」

 

 茉子「こんな風に同年代の殿方と二人っきりだなんて、竹内さんが初めてなんですよ?」

 

 ふーん。別に常陸さんに同情する訳じゃないけど…そういうきっかけすらなかったのか…、……よし。

 

 蓮太「……ちょっとそっちへ寄ってもいい?」

 

 茉子「え……?構いませんが…どうかされました?」

 

 俺は肩が着くくらい常陸さんに密着して、そのまま常陸さんの鮎を一口食べる。

 

 蓮太「はむ……」

 

 茉子「…っ!?な、な、何を…!」

 

 蓮太「…さっきの仕返し?」

 

 そう言って顔を上げる。すると自分でも驚くぐらい常陸さんとの顔が近かった。

 

 蓮太「ドキッとしただろ?」

 

 常陸さんの顔が赤くなる。まさか自分もされるだなんて思ってもなかったんだろう。そんな所も可愛く思う。俺も赤くなってるだろうから人のことは言えないけど。

 

 蓮太「さっきのもマンガみたいって言ってたし、こういう経験も初めてじゃない?」

 

 茉子「あっ、あれは、少女マンガにあったシチュエーションで…」

 

 まぁ予想はついてたけど、何となく少しでもこういう気分を味わって貰いたくて思い切ってやってみたけど……大丈夫だよな…?多分。

 

 蓮太「男からってのはシチュエーションとしてあるかは分からないけど、なかなか刺激的だろ?」

 

 茉子「は、はい…そうですね。ワタシは恋愛経験なんてありませんから…ドキッとしてしまいました。」

 

 そう言ってニコッと笑う俺達。良かった…嫌われては無さそうだな…でも調子に乗らないようにしないとな。

 

 茉子「ワタシよりも、竹内さんはどうなんです?都会は異性交遊も盛んだと聞きますが…」

 

 蓮太「そんなのは何処だろうと人によるもんじゃない?俺もどっちかって言うとバイト三昧で彼女なんて出来るような余裕は無かったし」

 

 茉子「…ちなみに竹内さんは、ココと都会…元の場所だったら、やっぱり前に住んでいた所の方がいいですか?」

 

 蓮太「んーーー……」

 

 前の所も前の所で、悪くは無いんだけど、寂しくはあったな。みんな引き取られたり、独り立ちして行ったりして、最終的には一人だったし。バイトで外に出てる方が多かったな。

 

 なんだろ…そういえば、誰かを好きになったりとかないな…。あの場所はみんな家族だと思ってたけど、それぞれ出ていって新しい家族を持っていったし。そういう意味では、俺って本当の意味の家族は居ないのか。

 

 蓮太「ここに来てなかったら、朝武さんとか常陸さんみたいな女の子に出会えなかったから、ここの方がいいかもね」

 

 そう言ってはぐらかした。

 ……心の奥底では、まだ信用できて無いのかもな……。

 

 茉子「不純な動機ですねぇ。やーらしー」

 

 蓮太「そうかもね、やらしー奴だ」

 

 茉子「でも、ここでの暮らしが嫌々ながらでないのなら、ワタシとしても嬉しいです」

 

 蓮太「嫌なんかじゃないさ、慣れない所もまだ多いけどね」

 

 そう言って鮎の塩焼きを平らげる。

 

 茉子「では、もし呪詛が解けたら、どうするんですか?」

 

 蓮太「もし……」

 

 俺の場合はあの刀。『山河慟哭』の件がまだ残ってるからな…。まぁ別にもうそんなに気にはなってないんだけど、なんか不思議なんだよなぁ。あの刀を持っていると、なんか安心するんだよ。……おかしいな。

 

 蓮太「まぁ、気になることは沢山あるけど、正直目の前のことで手一杯でまだあまり考えてないかな……?常陸さんは?」

 

 茉子「ワタシ…ですか?」

 

 常陸さんはキョトンとしてる。

 

 蓮太「もし呪詛が解けたとしたら、したいことがあるんじゃないのか?」

 

 茉子「ワタシは……………内緒です」

 

 蓮太「ちゃんとしたいことはあるんだ?」

 

 茉子「それは、乙女の秘密ですよー」

 

 そう言って常陸さんも鮎を食べ終わる。

 

 茉子「さ、そろそろ時間も近いですよ?早く行きましょう!」

 

 蓮太「……そうだな」

 

 内緒って言われると気になるんだが…まぁ、プライベートな事だ、無理して聞くことでもない…か。

 

 改めて時間を見る。この時間だと…少し早く着くな。ま、遅れるより良いだろ。

 

 そう思って常陸さんと二人で待ち合わせ場所へと向かった。



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21話 ようこそ穂織の町へ

 そして約束の時間には少し早かったが、俺と常陸さんは待ち合わせ場所で辺りを見回す。

 

 茉子「それらしい方は見当たりませんね」

 

 蓮太「そうだな、まぁ、時間も少し早いしもう少し待ってみようか」

 

 そしてその後、将臣と合流。そんなに慌てた様子じゃなかったから、仕事絡みの用事ではなかったのかな?

 

 そんなこんなで三人で待っていると、坂の方から綺麗な叫び声が聞こえてくる。

 

 ?「はわーーー!どいてくださーーーい!!」

 

 振り返ると、誰かがこちらに向かって急接近してくる。

 

 金髪の人「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 将臣「うわあああああぁぁ!?」

 

 金髪の女性と将臣が激しくぶつかる……あの……。

 

 金髪の人「あいったぁ〜……」

 

 将臣「んぐ…」

 

 まだ二人とも目を開けていないのか…?とんでもない事になってるんだが…。

 

 将臣「…あれ?」

 

 思ったほど…って感じなのか、一瞬将臣の気の抜けた声が聞こえる。そして金髪の女性のおっぱいを揉んでる。あいつ馬鹿なの?いや多分揉んでることすらわかってないんだろうけど。

 

 将臣「…………っ!?」

 

 あっ、気づいた。

 

 将臣「ごっ、ごめん!」

 

 それでも金髪の人はそんなことを気にしてないのか、気づいてないのか、そのことに触れもしなかった。

 

 金髪の人「わたしの方こそ、すみません!ヘーキですか?怪我などしてませんか?」

 

 将臣「大丈夫、怪我はしてない」

 

 ある意味ではしてるんだけどね。

 

 金髪の人「良かったぁ」

 

 将臣「そっちこそ大丈夫?」

 

 金髪の人「ヘーキです」

 

 将臣は慌てて飛び退いて、金髪の人に手を貸す。

 

 金髪の人「ありがとうございます。よいこらせ」

 

 ……よいこらせ?

 

 茉子「有地さん大丈夫ですか?結構派手にぶつかってましたが……」

 

 蓮太「大丈夫、大丈夫。どうせおっぱいしか見てないから」

 

 周りには聞こえないように小声で伝える。

 

 茉子「確かに事故とはいえ少し揉んでいましたね」

 

 将臣「……心以外どこも痛くないから大丈夫。」

 

 そう言って将臣は身体を動かし確認している。あれだけ動ければ本当に問題ないだろう。

 

 金髪の人「誠に申し訳ないでした」

 

 将臣「もういいってば。あと、ありがとうございました」

 

 蓮太「おいこら」

 

 将臣の肩をビシッと叩く。

 

 金髪の人「ありがとう…?ありがとう、とはこういう時にも使うのですか?」

 

 蓮太「あぁ、気にしないで大丈夫だから、今のは合ってるけど間違ってる」

 

 金髪の人「日本語は難しいであります…」

 

 改めてよく見るとかなり大きなキャリーケースを持ってきてた。穂織にはいない金髪だし、日本語も上手なんだけど、微妙にぎこちないし……この人って…?

 

 茉子「気をつけないといけませんよ?今回は無事だったからよかったものの」

 

 金髪の人「先程は坂道で荷物に勢いが付いて止まらなくなりまして…自分でもびっくりしたのであります」

 

 ……「あります」が気になる……

 

 茉子「確かに大きな荷物ですね。お一人で観光ですか?」

 

 金髪の人「日本には一人で来ました。でも、観光ではなく、留学のためでありまして」

 

 あっ、この人だ。

 

 将臣「人違いだったらごめん。もしかして、レナ・リヒテナウアーさんじゃない?」

 

 レナ「は、はい…そうでありますが…」

 

 蓮太「やっぱりそうか」

 

 レナ「なにゆえ…わたしの名前をご存知なので…?」

 

 あっ、そうか。向こうからしたら何故か名前を知ってる不審者だ。

 

 レナ「もしや……人さらい!?神隠しですか!?」

 

 蓮太「そうだよ」

 

 茉子「ナチュラルに嘘をつくのはいけませんよ…?」

 

 将臣「違うからね!?蓮太も変な事言うなよ!というか、神隠しは誘拐じゃない」

 

 不安そうな顔でこっちを見られる。そろそろちゃんと言っとかなきゃいけないな。

 

 レナ「そ、それでは一体…?」

 

 将臣「はじめまして、俺は有地将臣といいます。俺はリヒテナウアーさんを志那都荘まで案内を頼まれてたんだ」

 

 茉子「ワタシは常陸茉子と言います。今日は案内のお手伝いに」

 

 蓮太「俺は竹内蓮太。鮎の塩焼きを食べに…」

 

 横からベシッと軽く叩かれる。叩かれるっていっても、ちょっと押すくらいの強さだけど。

 

 蓮太「案内のお手伝いにきたのであります」

 

 レナ「そうなのですか?助かります、ありがとうございます!」

 

 ぺこりと頭を下げる。釣られて俺も頭を下げてしまう。

 

 レナ「おぅ、大変失礼しました。改めまして、レナ・リヒテナウアーであります。以後、お見知りおきを」

 

 茉子「もう着いていらしたんですね。でも、どうして坂の上から?」

 

 将臣「待ち合わせの場所とは全然違うよね?」

 

 レナ「少し早めに着いたので、観光をしていたのですが……道に迷ってしまいまして、気付くと待ち合わせの時間が近くて、慌てて走り回ってた次第であります」

 

 まぁ…これは、あるあるなのか?

 

 蓮太「そんで、そのまま将臣にロングホーントレインをしたと」

 

 茉子「それは一人ではできませんね。勢いがついてしまっただけでしょう?」

 

 レナ「あぅ……本当に、申し訳ないでした」

 

 蓮太「あ、責めてるわけじゃないから」

 

 将臣「それ俺の台詞だけどね」

 

 それなら逆に俺達……将臣とぶつかったのは他の人とぶつかるよりマシだったかもな。

 

 将臣「それで、今からどうしようか?」

 

 時間を見ると……三時までにはまだ余裕があるな。

 

 レナ「あの…希望を言ってもよろしいのでしょうか?」

 

 茉子「もちろんです。行きたい場所はありますか?」

 

 レナ「実は…わたし、ずっと走り回っていたせいで…昼食もまだでありまして、大変お腹が空きましたぁぁ〜〜!!」

 

 蓮太「ははっ、それじゃあどっかで食べようか」

 

 といっても昼食としてならいくら女の子でも、鮎の塩焼きは物足りなくないか?

 

 茉子「何か食べたい物はありますか?」

 

 レナ「スシ!テンプラ!焼き鳥!」

 

 お、おう…何故そのラインナップに焼き鳥が入ってるんだ…?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 結局、リヒテナウアーさんの希望の店を探した結果、寿司屋に入ることにした。

 

 茉子「ここでしたらリーズナブルですから、沢山食べても大丈夫ですよ」

 

 レナ「にぎりのセット、ワサビアリアリでお願いします!」

 

 俺もなにか食べようかな……壁に書かれている品は…おいなり…とびっこ…スジコ…甘エビ……ん〜……。レナさんと同じでいいや。

 

 蓮太「あ、俺も同じのを」

 

 将臣「蓮太も食べるのかよ」

 

 蓮太「いや、せっかく来たし、みんなも少し食べるかなーって」

 

 まぁ、別に食べなきゃ俺が食べるけど。

 

 レナ「おっすし〜♪おっすし〜♪お寿司か食べられるなんて感謝感電飴あられですよ〜」

 

 蓮太「それ大災害になってるから、その世界はもう滅茶苦茶だよ」

 

 将臣「惜しい感じで間違えてるなぁ」

 

 茉子「リヒテナウアーさんは、どうしてわざわざ日本に留学に?」

 

 レナ「昔から日本が大好きでありましたので。あ、レナでヘーキですよ?」

 

 へぇ〜日本が好きって言われるのはなんかちょっと嬉しいな。

 

 将臣「でもなんで東京とかじゃなくて、わざわざ穂織に?」

 

 レナ「それはですねー、わたしのgreatーgreatーgrandfatherが、穂織を訪れたことがあるのですよ」

 

 蓮太「え?それってかなり昔にってことでしょ?」

 

 レナ「はい。わたしのお祖父ちゃんが、日本の話を沢山聞いたそうです。それをまた子供に伝えて…、ですので、一族郎党みんな日本が好きですよ!」

 

 茉子「それで、レナさんも興味を持ってここに?」

 

 レナ「はい!穂織では留学生の体制が整っておらず……旅館の見習いで頼み込んで、ようやく留学ができました!」

 

 へぇ〜…。その家族の人達とも話してみたいなぁ。にしてもそんなに穂織に来たかったのか…ここの人間じゃないにしても、ちょっと嬉しい気持ちになるな。

 などと思いながらしばらく話していると、頼んでいたにぎりのセットがきた。

 

 レナ「わお!おっすし〜!おっすし〜!」

 

 見るからに喜んでいるレナさんを横目に俺は醤油をつけて一口食べる。

 

 ……そういえば、レナさんはこの量のワサビを食べても大丈夫なのか?俺は耐えれているが……

 

 それともう一つ気になったのが、レナさんが箸の使い方がかなり上手な事。あれって俺よりも上手いんじゃないか?普通の持ち方で俺食べれないし…

 

 レナ「では、いただきます」

 

 まずレナさんが食べたのは……玉子か、あれは問題ないだろう。

 

 ちなみに常陸さんと将臣ににぎりを食べるか聞いたところ、満腹だと言われたので俺がパクパク食べている。結構ギリギリだけど。

 

 レナ「あーん…んっ、んん〜!ほんのり甘くて美味しいです!」

 

 茉子「喜んでもらえてよかった」

 

 レナ「ありがとうございます、マコ!」

 

 そんで眩しい笑顔のまま、レナさんが次に選んだものは雲丹の軍艦巻き。そういう系から食べたらワサビ系が残っていくけど…

 

 レナ「これも美味しいですね!これはなんという魚ですか?」

 

 将臣「それは魚じゃなくて雲丹だね、英語だとなんて言うんだっけ?UNI?」

 

 茉子「確か……シーアーチン?」

 

 蓮太「合ってるよ、sea urchinだね」

 

 レナ「おー!聞いたことがあります。イタリアの方でも食べられていますね!」

 

 蓮太「あっちの方はパスタとか、調理されて出る事がメジャーじゃないかな?こうやって握りとして食べる人は食べるだろうけど、やっぱりこれは日本ならではの食べ方だよ」

 

 レナさんは本当に美味しそうににぎりを食べる。なんかそれを見てるだけでも嬉しくなるな…別に俺が作ったわけじゃないけど。

 

 レナ「これは知っていますよ!イカですね!」

 

 そう言ってイカを口にするレナさん。とうとうきたか…運命の瞬間…!

 

 レナ「あーん………っん!?!?」

 

 さっきまでの笑顔が消え去り、レナさんの顔が固まる。そしてみるみるうちに顔が赤くなっていき、少し涙さえも流れ始めた。

 

 レナ「とても、おいひぃ、れす………」

 

 将臣「全然美味しそうには見えないけど…」

 

 茉子「もしかしてワサビ、ダメでした?」

 

 横でパクパク食べる俺。気づけばもう無くなってしまった。

 

 蓮太「……やっぱり?」

 

 何となく予想はしてたけど、ワサビありありだからな…レナさんが頼んだのって。

 

 レナ「へ、ヘーキれす…」

 

 将臣「いや、泣いてるよね?」

 

 レナ「これは心の汗ですので…気に、しないで下さい……うう……」

 

 ……泣いてる。

 

 蓮太「心の汗だったのか…それじゃあせっかく美味しいって言ってくれてたしこれも食べてみてよ。きっと美味しいよ?」

 

 そう言ってまだ使ってない常陸さんの箸を使って、まぐろを取る俺。

 

 蓮太「ほら、あーん」

 

 将臣「おま、何やってんだよ!」

 

 なんかわちゃわちゃしてるけど…まぁ、わざとなんだけどね、まだイクラとかもあるけど、ワサビの反応をもうちょっと見てみたい。

 

 蓮太「右手がプルプル震えて食べれないだろうから、食べさせてあげようかと……レナさん、食べる?」

 

 問いかけるとコクンと頷くレナさん。おぉー、美味しいと言った手前、引くに引けないんだろうか?

 

 蓮太「はい、あーん」

 

 レナ「……あむ」

 

 そうして更にまぐろを…基ワサビを口に入れる。

 

 レナ「んむっ!?うぐぐぐぐ……」

 

 椅子に座ったまま足をパタパタ動かし悶えるレナさん。……面白いし、可愛い。

 そうして飲み込んだのか、涙を流しながら、

 

 レナ「美味しい、のでありますぅ…」

 

 蓮太「それは良かった!」

 

 茉子「意地悪な人ですね…。レナさん、ワサビ抜きを頼み直した方が良いのでは?」

 

 将臣「ほら、無理をせずに…じゃないと横の人からまた食べさせられるよ?残りは俺達が食べとくから」

 

 蓮太「そんな人聞きの悪い…俺はレナさんの為にこうして食べさせてあげたのに」

 

 茉子「楽しんでましたよね?」

 

 蓮太「そんなこと、ないであります」

 

 まぁでも、この調子だと全部は確かに食べられないかもな。これはこれで楽しいんだけど、頼み直した方がいいだろう。てかいうかもう将臣が頼み直してるし。

 

 将臣「ほら交換しよう?レナさん」

 

 レナ「うー…すみません…」

 

 ──────

 

 そんなこんなで、騒がしくなってしまったけど、無事お寿司も食べられて、レナさんは満足した様子だった。他にもやりたいことはあったみたいだが…流石に時間がもうあまりない。といってもこれからはここで暮らすんだ、また今度に、次は朝武さんとかも誘ってみんなで楽しもう。

 そして向かう先は、志那都荘。俺が初日に泊まる予定だった宿だった。

 

 将臣「ここが志那都荘だよ」

 

 レナ「とても素敵でありますね!」

 

 目を輝かせるレナさん、こういう反応を見ていると本当に楽しみにしてたんだなと思う。

 

 将臣「ちょっとまってて、人を呼んでくるから」

 

 そんなに待つことも無く、将臣は直ぐにあの女将の人を連れてきた。

 

 心子「はじめまして。志那都荘の女将、猪谷心子といいます」

 

 改めて見るとあれだな、作法というか、一つ一つの動きが綺麗だな。俺には到底出来そうにないなぁ。

 

 レナ「レナ・リヒテナウアーです。今日からお世話になります、モトコさん」

 

 心子「旅館では女将と呼んでください」

 

 レナ「はい、わかりました。オカミ」

 

 そんな時奥の方から渋い声が聞こえる。

 

 玄十郎「ん?ああ、もう来ていたのか、将臣」

 

 将臣「ああ、うん。今案内をし終わったんだ。こちらが、レナ・リヒテナウアーさん」

 

 玄十郎「鞍馬玄十郎だ、宜しく頼む」

 

 こっちは丁寧さは女将程ないが、堂々としているせいか、迫力があるな。

 

 心子「こちらは、志那都荘の大旦那さんです」

 

 レナ「レナ・リヒテナウアーであります。よろしくお願い致します」

 

 レナさんもさっきから普通に挨拶出来てるな、敬語もギリギリ使えてるし、ここまで覚えるのは大変だっただろうに。

 

 レナ「それからマサオミ、マコ、レンタ。案内をしてくれてありがとうございました。厚く怨霊申し上げます」

 

 将臣「凄い絶妙な間違え方だ」

 

 蓮太「大丈夫、ぶった斬るかr」

 

 喋っている途中で常陸さんに肩をまた軽く叩かれる。

 

 レナ「……?」

 

 茉子「お気になさらず、今後ともよろしくお願いしますね」

 

 レナ「はい!こちらこそ!」

 

 それから将臣は玄十郎さんに用があるみたいで案内はここで終了となった。せっかくだから常陸さんの買い物にも付き合うことになったが、さっきのうっかりした発言の事で重々注意されてしまった。

 

……気を付けとかないとな…。

 



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22話 ようこそ穂織の学院へ

そして夜……俺は横で座っている常陸さんと一緒に境内に出ていた。

 

蓮太「ふっ!……はっ!」

 

心の力を山河慟哭に送り続けながら素振りを続ける。素振りといってもあくまで、実践を意識しながらだ。

 

蓮太「………はぁっ!!」

 

渾身の一撃を振るって、刀の動きをピタッと止める。心の力を送るのを一旦止め、少し休憩する。改めて下を向くと尋常じゃない量の汗をかいていた。

 

蓮太「はぁ……!はぁ…!」

 

息もかなり上がっている、なんだかんだでもう一時間以上こうしているから流石に疲れが酷い。

 

茉子「大丈夫ですか?飲み物を用意してますから、一旦座りましょう?」

 

蓮太「はぁ…、そうするよ…」

 

俺は常陸さんの横に座って刀を置く、すると直ぐに常陸さんはペットボトルに入れていた麦茶を渡してくれた。

 

蓮太「ありがとう。……んっ…んっ…んっ………くぁ〜…!」

 

渡された麦茶を一気に飲み干す。最初はちょっと抵抗があったけど、こうしてくれるのは正直ありがたい。マネージャー的な人がいてくれると嬉しくも思う。

 

茉子「かなり長時間維持できるんですね?もうかれこれ一時間以上心の力を送り続けてますよ?」

 

一応、常陸さんにも思っていることは伝えることにした。心の力の事。その扱い方の事。他にも伝えてないことは伝えてある。将臣のことに関しては一応黙っているけど。

 

蓮太「まぁ実際はもっと激しく動く可能性もあるし、まだまだこの量を送ったところで祟り神にダメージが通るかも分からないから、少しでも有効に使いたいんだよね」

 

持続力はそれなりに付いてきたんだが、まだまだ力を送った時の光の強さはかなり薄い。けど、あの大技をする時以外はこのレベルじゃないと、意識が刀に集中して正直まともに動ききれない。

 

茉子「…話は逸れるんですけど、竹内さんってマンガやゲームが好きなんですか?」

 

蓮太「好きだけど…どうして?」

 

茉子「先程から動きを見ていたのですが、やたらとあの金髪のソルジャーに動きが似ているなぁ〜と思いまして」

 

まぁ、ブレイバーの時点で察せられてたのかも?

 

蓮太「そう…だな…正直意識はしてる。実際今できる最高の攻撃もその人の技だし…使えるかどうかはわかんないけど…」

 

茉子「そうですねぇ…確かに他の動きの時よりも、あの時は山河慟哭の光もやや強いですが…ちょっとリスクが大き過ぎますね」

 

蓮太「そうなんだよ、もっと沢山の力を早くコントロールできるようにならないと……」

 

それでも前よりかは成長出来てるのかな?出来てたらいいな…

 

茉子「焦る気持ちも分かりますが、急ぎすぎて中途半端になるより、一歩一歩を確実にしていきましょう?ワタシはずっと付き合いますから」

 

蓮太「ありがとう……。俺、もうちょっと頑張ってみるよ」

 

茉子「はい!」

 

そうして俺はもうしばらく心の力の練習をした。

 

………

 

……

 

 

 

芳乃「………」

 

次の日の朝、なんだか今日はいつも以上に空気が重い気がする。将臣…早くこい……!

 

安晴「まだ寝てるのかな?」

 

茉子「どうでしょう?流石にもう起きていらっしゃると思いますが…」

 

蓮太「あ、きた」

 

ドタドタと急いで来ているのか大きい足音が聞こえてきた。

 

将臣「すみません!遅くなりました」

 

安晴「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。まだ遅刻するような時間じゃないからね」

 

将臣「でも、お待たせしてしまって…本当に申し訳ありません」

 

つっても、もうそろそろ限界だと思うけどな…。後でどっか二人で話せる時間を作って話してみるか…。

 

芳乃「今日も…ですか?」

 

将臣「あ…本当にゴメン」

 

芳乃「別に謝ってもらう必要はありませんが。ここの所、多いですよね」

 

かと言って朝武さんを説得するには、それなりの理由が必要だろうし…。でもこのままだと、どんどん距離が開いていく一方だし…。

 

将臣「……すみません」

 

芳乃「別に謝ってもらう必要はありませんが」

 

将臣「………」

 

もう手遅れかなー…。

 

茉子「はい、どうぞ。朝食です」

 

こんな時の常陸さんは本当に助かるな…なんだかんだ笑顔でいてくれてるし。

結局ほぼ無言の朝食になったんだけどさ。

 

そして学院へ向かって朝のHRの時間。あっ、そうか、今日はレナさんが来るんだ。

 

レナ「レナ・リヒテナウアーと申します。気軽にレナって呼んでください!」

 

そして自己紹介を続ける。

 

レナ「子供の頃から日本に来るのが憧れでした!いたらぬところも多々ありましょうが、よろしくお願い致します!」

 

流石レナさんだな、元気が良くて良い挨拶だ。俺の時はこんなんじゃなかったからな…、それから俺達に気がついて目が合う。小さく手を振ってきたので、軽く振り返す。

 

レナ「フフっ」

 

この感じなら、みんなも良くしてくれるだろう。

 

比奈実「リヒテナウアーさんは、旅館で働きながら留学をしているそうです。困っていることがあれば、ちゃんと力を貸してあげてくださいね」

 

レナ「よろしくお願い致します!」

 

生徒「ここでの生活はどう?」

 

お?早速このクラス特有質問コーナーが始まった。レナさんコミュニケーション力高いからなー。

 

レナ「日本の部屋はタタリが素晴らしく、お世話になる宿にはオンネンも湧いていて、とても素敵で楽しいです!」

 

生徒「祟りに……怨念…?」

 

レナ「はい!とっても気持ちいいですよ。気になる方は、志那都荘に泊まりに来て下さいませ!」

 

蓮太「はいはいはーーーーい!確かに「畳」の香りが素晴らしく!「温泉」も湧いているから泊まるには最高だよね!!!」

 

何言ってんだよ!物凄い最悪な言い間違えだぞ!?あまりにも放置できないから教壇前まで飛び出してきちまったよ!!

 

生徒「あ、ああ!そういう事ね…。びっくりした。」

 

レナ「……?」

 

蓮太「レナさんはもうちょっと発音を良くしような?タタリじゃなくてタタミね。」

 

レナ「タタキ……?」

 

蓮太「とりあえず自己紹介を続けてくれ……話はその後にしよう。」

 

タタリよりはまだマシかな……

 

レナ「日本語は拙いかもしれませんが、ちゃんと勉強していきますので、よろしくお願い致します!」

 

っとそろそろ席に戻っておこう…思わず出てきてしまったけど普通に恥ずかしいし。

 

というかなんだかんだでレナさんは秒でクラスのみんなと馴染み始めた。やっぱりあれだな、コミュ力は半端ないな。もう一躍人気者じゃん、俺達はそんなに話しかけられないのに。

 

比奈実「はーい。質問はそこまで。他に気になることは休み時間にしてください」

 

そんなこんなで朝から騒がしくなったが、今日も授業が始まった。

 

………

 

……

 

 

そして休み時間になると、レナさんは常陸さんの方へ、当然常陸さんの横には朝武さんがいる訳で……クラスの女子もその三人を囲むように集まっていく。

 

ちなみに俺はなんとも言えない雰囲気に負けて将臣の近くに移動していた。

 

将臣「俺たちとは偉い違いだな」

 

蓮太「そりゃそうだろ…俺達があんな風にされるなんてことない。どんな美男子だよ」

 

……レナさんは改めてみんなに挨拶をしているけど…そうか、あの時は朝武さんはいなかったのか。仲良くなれると………いや、あの雰囲気だから俺達が心配することなんてないだろう。

 

そう思っていたんだが、朝武さんとレナさんが挨拶をしながら握手をした時、ビリッとしたのか、お互いの手が弾かれた。

 

あれって……山河慟哭を初めて触った時に、似ているような……?多分ただの静電気だろうけど。2回目の握手はちゃんと出来てるし。

 

それからレナさん達は仲良く話す、そんな光景を横目に将臣と話す。

 

蓮太「将臣、そろそろ何か言い訳を考えとかないと、朝武さんに嫌われるぞ?」

 

将臣「朝武さんって、朝の事か…。でも適当な嘘は吐きたくないんだよ」

 

蓮太「かと言って、ずっとこのままって訳にもいかないだろ?呪詛が解けるまで続けるつもりなのなら、数年かかるかもしれないし、それ以上かもしれない。もはやバレるのは時間の問題じゃないか?」

 

将臣「でも確かに迷惑はかけてしまってるし……ちゃんと考えておくよ」

 

蓮太「一応、俺に言ってくれたら口裏は合わせとくから」

 

将臣「助かる」

 

そんな話をしていると、またあの集まりからタタリやら、オンネンやら聞こえてくる。

 

蓮太「俺達もあっちに行こうか?」

 

将臣「大丈夫なのか?凄く行きずらいんだけど」

 

蓮太「悪いことないだろ」

 

それからレナさん達の輪に近づいていく。

 

蓮太「さっきも言ったけど畳と温泉ね」

 

生徒「竹内くんもレナさんの事知ってるの?さっき仲良さそうだったけど」

 

蓮太「俺と将臣も常陸さんと一緒に案内の時に居たからな、その時に寿司も食べたんだよ」

 

レナ「はい!あの時のお寿司も美味しかったです!」

 

生徒「へー、そうなんだ。レナちゃんってワサビは大丈夫なの?」

 

あの時は面白かったなぁ〜。ちょっと意地悪が過ぎた気がするけど…。

 

レナ「うっ……ワサビィ………。ワサビぐらい…へっちゃらですとも!」

 

茉子「トラウマを植え付けさせてどうするんですか?ちゃんと謝った方がよろしいかと」

 

蓮太「トラウマなんかにはなってないさ!ねぇ?レナさん?ワサビなんてチャラヘッチャラだよね!」

 

レナ「はい!……へっちゃらですとも…」

 

話すだけで涙目になってるんだけど。

 

将臣「そういえばあの時、蓮太にあーんってして貰ってたね」

 

茉子「あ、それはワタシも気になりました」

 

レナ「……はえ?」

 

なんか、ポカンとし始めたぞ…?

 

芳乃「そんなことをしたんですか?竹内さん」

 

蓮太「いやだって、ワサビを食べて腕とかプルプル震えていたから、食べれないだろうなーって」

 

将臣「完全に遊んでたよな?」

 

茉子「完全に遊んでましたね。あの時の笑顔はいたずらっ子の笑みでした」

 

レナ「はわ…はわはわ…!」

 

あ、レナさんの顔が赤くなってきてる。まぁ、今思えばだいぶ恥ずかしいことをしたと思うけど……常陸さんのせい、なのか、常陸さんのお陰なのか、そんなに気にしてなかったな。

 

蓮太「レナさん、ちょっと」

 

そう言ってレナさんの耳元に顔を近づける。

 

蓮太「大丈夫、あれはただの心配性から生まれた事故みたいなものだ。これからワサビ抜きで食べればあんな事にはならないし、俺も気をつけるよ。だからゴメンね?恥ずかしがるようなことして…」

 

レナ「あっ…そう…なのですね。ご心配をお掛けしまして申し訳ありませんでした。」

 

将臣「何言ったか知らないけど、上手く言いくるめたな」

 

生徒「と言うか…竹内くんって結構大胆なんだね、ちょっと驚いたよ」

 

そうか?自分ではそんなイメージはないんだけど…

 

茉子「確かに、大胆な所はありますね…」

 

芳乃「茉子…?」

 

茉子「なんでもないですよー?」

 

 

キーンコーン

 

 

タイミングを見計らったようにチャイムがなった。クラスのみんなが各々席に戻り始める。

 

……大胆さなら常陸さんの方が上じゃね…?



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23話 甘い甘いハプニング

 静かな教室の中、比奈実先生が黒板に字を書きながら日本史の授業をしている。

 

 いつもと変わらない雰囲気、静かにノートを取り、必要なことを頭に入れる。

 

 ただ、唯一そのいつもと違う事があって……

 

 レナ「ほぉ〜〜!ふむふむ…!」

 

 近くの席のレナさんがもう、目を輝かせている。………そんなに楽しいのだろうか…?俺は正直苦痛で仕方ないんだが…。

 

 とはいっても流石に授業を疎かには出来ない。眠たいのを必死に我慢して、話に集中しなきゃ……。こんな事も集中出来なきゃ、もっと難しい心の力に集中する事も出来ないだろう。

 

 将臣「ふぁっ、ああぁぁ〜〜」

 

 なんか隣から聞こえてくるんですけど…!こっちだって眠たいのを我慢してるのにー!……あいつは耐えれなかったか…。もう若干ウトウトしてやがる。

 

 比奈実「有地くん」

 

 ………

 

 比奈実「有地将臣君!」

 

 将臣「はっ、はい!」

 

 比奈実「調子が悪いんですか?」

 

 あ〜あ…そりゃあんだけデカい欠伸してたらバレるわ…。

 

 将臣「いえ、そんなことはないです」

 

 比奈実「でしたら授業には集中するように」

 

 将臣「はい、すみません」

 

 よほど眠たいのか、授業が再開しても顔を叩いたりして意識を保とうとする将臣。

 

 ……こりゃまた朝武さんからお叱りを受けるかもな…。

 

 芳乃「…………」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして昼休みの時間。将臣はレナさんと廉太郎の三人で話している。俺もどっかで弁当を食べようかな。

 

 茉子「竹内さん」

 

 ふと常陸さんに声を掛けられた。どうしたんだろ?

 

 蓮太「ん?どうかした?」

 

 茉子「いえ、大した用事ではないのですが、竹内さんは誰かと昼食のご予定はありますか?」

 

 蓮太「いや、別にないよ?適当に外にでも出て食べようかと思ってた所」

 

 茉子「でしたらワタシ達とご一緒しませんか?」

 

 そう言う常陸さんの横にはいつものように朝武さんが、ここは一緒に飯でも食べながら話して、軽く詮索してみるか…。

 

 蓮太「俺はいいけど……朝武さんは大丈夫?」

 

 芳乃「はい。大丈夫です。嫌なんてことはありませんよ」

 

 そうして俺達は三人で机を合わせ昼食を摂る。

 

 芳乃「………」

 

 茉子「芳乃様?どうされたんです?」

 

 芳乃「……有地さんのこと」

 

 心の中でギクッ!っとした。バレてるのか……?

 

 茉子「もしや、嫉妬《ジェラシー》ですかぁ?」

 

 蓮太「常陸さん楽しそうだね」

 

 茉子「あは」

 

 そっちの方向に持っていこうとしてくれて正直助かるな、まぁでも…朝武さんの事だから……

 

 芳乃「そうじゃなくて……、最近の有地さんは、本当にダラけ過ぎだと思う。寝坊したり、居眠りしたり……」

 

 だろうな。そうなると思ったよ。でもまぁ、バレてる訳じゃなさそうだな。

 

 芳乃「こんな調子のままなら、お祓いの時に危険だと思う」

 

 蓮太「俺はその辺は人のことは言えないから…なんとも…」

 

 芳乃「でも、竹内さんは少し心配だった時もありましたけど、今はしっかりしてるじゃないですか」

 

 蓮太「そう思って貰えるように、装ってるだけだって」

 

 正直、将臣が偶然注意されただけで、俺も危なかったからな…

 

 茉子「んー……確かに、危険かもしれませんね。“こんな調子のままなら”ですが」

 

 蓮太「それって…」

 

 芳乃「どういう意味?」

 

 茉子「いえいえ、なにか理由があるのでは?と思っただけですよ」

 

 常陸さんの場合は俺の事を知ってるからな…有地さんも、もしかして…ぐらいには思ってるかも?下手な事は言わない方がいいか。

 

 芳乃「だから、朝は寝坊で放課後は遊びに言ってるんでしょう?本人がそう言っていたじゃない」

 

 茉子「それも鵜呑みにしていいものか……。有地さんも頑固なところがありますからね」

 

 蓮太「なにか隠し事をしてるって言いたいのか?」

 

 常陸さんが俺を見てニヤッと笑う。なんか嫌な予感がする…。

 

 茉子「そういう可能性もあるかもしれないっと思っただけですよ」

 

 と言ったタイミングで朝武さんが弁当を食べ終わり、暫く話した後、教室を出ていった。あれかな?トイレ的なやつかな。

 

 蓮太「常陸さん、頼むから夜のことは秘密にしてくれよ?色々と後が面倒くさそうだからさ…」

 

 茉子「大丈夫です。それは心得ていますので。ですが、竹内さんは有地さんのことを何か知っているんじゃないですか?」

 

 ……一応隠しておくか。

 

 蓮太「いや、俺も知らないんだって。大体、知っていたら朝武さんと将臣の中が悪くなりそうだし、どうにかすると思う」

 

 茉子「本当ですかー?」

 

 常陸さんがジト目で見てくる。嘘ついてごめん。

 

 蓮太「本当だって…」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして放課後…レナさんは早速クラスの女の子達から遊びに誘われたりしてるが、今日も旅館の仕事があるらしい。と言うか基本毎日あるみたいだ。

 

 レナ「おたっしゃで〜!」

 

 そう言ってバタバタと出ていった。まぁ、レナさんらしいっちゃ、らしいけど。

 

 そんな時、ふと将臣が教室から出るのが目に入った。……?その先の廊下に立っているのは…朝武さん…?

 

 茉子「竹内さん」

 

 そんな二人を見ているといつの間にか横にいた常陸さんに話しかけられる。

 

 蓮太「なんか昼にも似たような事があったような…?んで、どしたの?」

 

 茉子「ちょっとこちらに…」

 

 そう言って廊下方面の窓枠の下に隠れるように2人でしゃがむ……。そして常陸さんが窓を音を立てずに少しだけ開ける。

 

 いや、窓のすぐ向こう側には朝武さんと将臣がいるんだけど!?

 

 芳乃「有地さん」

 

 将臣「ん?朝武さん。どうかした?」

 

 芳乃「授業中、居眠りをしていましたよね?」

 

 あ〜あ…お叱りモードだ。と言うか…少ししか開けてない窓で二人で聞いてるせいで体がかなり密着してるんだけど……!他のみんなはさっさと教室から出ていってるから誰もいないんだけど…!こんな状態で集中出来るか…!

 

 いや…!これもトレーニングだ…!いかなる状況でも、ひとつの事に集中出来るようにするトレーニング……!

 

 …いい匂いがする。

 

 将臣「あ……はい、してました……」

 

 芳乃「それに最近は朝も遅いようです。眠れない理由でもあるんですか?」

 

 将臣「それは……別に眠れない理由はないよ、よく眠れてる」

 

 まぁ、そりゃ毎日グッスリだろうよ。………かなりいい匂いがする。

 

 将臣「ゴメン。これからは気を付ける。言葉だけじゃなくて、態度で示すから」

 

 芳乃「……体調が悪い時は無理しない方がいいと思います。お祓いが危険な事は、有地さんはわかっていると思いますが」

 

 将臣「う、うん、ゴメン……」

 

 朝武さんなりの優しさなのかもな、もちろん普段の生活もしっかりと、と言いたいところもあると思うけど。あんな危険なことを今までずっと経験してきたんだから、危ない目にあって欲しくないからこその心配…か…。

 

 …めっちゃいい匂いがする。

 

 芳乃「……こちらこそすみません。少しきつく言いすぎたかもしれません…」

 

 将臣「いや、本当の事だから」

 

 俺も若干耳が痛いな…お祓いのせいにしてだらけたくはないし…

 

 蓮太「朝武さんなりの優しさなんだね」

 

 気付かれないように、常陸さんの耳元で喋りかける。

 

 茉子「…っ!そ、そうですね、芳乃様はなかなか外に出しませんが、本当は心から優しい方なんですよ?」

 

 一瞬常陸さんがビクッとしたような…?あっ、耳弱い人なのかな…?

 その時

 

 芳乃「んっ…!」

 

 将臣「と、朝武さん?」

 

 なんか急に艶めかしい声が聞こえたような…?

 

 芳乃「ぃぃっ、んんっ……や、やだ、こんな…ところでぇ……」

 

 ……え?

 

 芳乃「ぅあっ!あっ、んんっ……んんん………ッ」

 

 え!?何やってんの?学院の中なんですけど!?というか二人はもうそんな仲だったの!?なに吐息を激しくしてんの!?

 

 芳乃「あっ、あっ、んんんんーーーーッッ!!」

 

 え?え?フィニッシュ…!?

 

 そう思って隙間から覗いてみると、朝武さんの頭から耳が生えていた。

 

 蓮太「あっ、ケモ耳…」

 

 突然の出来事に将臣も困惑している様子だ、ってそりゃそうか、あんなの若い男に聞かせる声じゃないぞ?

 

 ま、何はともあれ…

 

 蓮太「今夜はお祓いだね、常陸さん」

 

 そうやって一応少し耳元から離れて声をかける。

 

 茉子「あっ、……ッ!」

 

 常陸さんの顔がやや赤くなってる。えぇ…この距離でもダメなの…?

 

 茉子「そ、そうみたいです……ひゃあ!」

 

 耳元で話しかけたせいか、常陸さんは立ち上がる時に身をプルプル震わせていて、上手く立ち上がれずにそのまま俺を押し倒すように派手に倒れてきた。

 

 蓮太「…え?う、うわぁ!!」

 

 倒れてくる常陸さんを咄嗟に抱きしめてそのまま勢いよく地面に強く身体を打った。ついでに頭も少し…。

 

 蓮太「……痛っ……!」

 

 意外にも痛みが強くて、意図せずに強く常陸さんを抱きしめてしまう。

 

 茉子「だっ、大丈夫ですか!?竹内さん!」

 

 蓮太「大丈夫…大丈夫、常陸さん軽いから…」

 

 そして目を開けると、常陸さんと唇が重なるくらい顔が近かった、そしてその奥の方には俺達を見下す、ケモ耳の生えた巫女姫様とその婚約者様が……

 

 芳乃「派手な音がしたと思ったら…何してるんですか……?」

 

 茉子「芳乃様!?これは違います!不慮の事故でして!」

 

 みるみるうちに常陸さんの顔が真っ赤に染まっていく。多分俺も…。

 

 将臣「でも教室の中にはさっきから誰の姿も見えなかったよね?もしかして…」

 

 芳乃「盗み聞きしてたんですね」

 

 茉子、蓮太「「は、はい…そうです…」」

 

 将臣「あえて抱き合ってるのは聞かないことにしとくよ」

 

 蓮太「あ、これは愛を育もうと……」

 

 茉子「違います!そんなことはしようとしてません!」

 

 俺も誤魔化すための必死の冗談だったんだが…もはや冗談に思われてないかもな…

 

 芳乃「ともかく、今夜はお祓いに行きますから…先に帰ってますね…」

 

 茉子「芳乃様!話を聞いて下さーい!!」

 

 そんなこんなで、お祓いに行くまでの間、二人の誤解を解く事になってしまった。

 



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24話 成長と疑い

 暗い山道の中、冷たい風が吹き抜ける。その風に葉は揺られ、俺達の不安を煽るかのように音を立てる。

 

 カサカサ……

 

 今回で三回目のお祓い、慣れたとは言わないが、それでもどうしても緊張感が抜ける…。

 

 ムラサメ「ひょわぁぁ!なにか音がしたぁっ!?」

 

 将臣「風で枝葉が揺れただけだろう、きっと」

 

 ムラサメ「そうか…ならばいいのだが…」

 

 ちなみにこのやり取りも三回目だ。まぁ、緊張して動けなくなっても困るし、これくらいはいいか。

 

 ムラサメ「とぉりゃんせ…とぉりゃんせ…」

 

 いや、歌のチョイスよ…

 

 蓮太「にしても、結構歩いたけど…見つからないな…」

 

 芳乃「油断だけはしないで下さい。何時どこから現れるかわかりませんから」

 

 蓮太「わかってるよ、そういう事はあの二人に伝えてくれ」

 

 そう言って将臣の方を見ると何故か叢雨丸にムラサメがもう憑依していた。

 

 蓮太「戦闘準備が整いすぎだろ」

 

 将臣「いや、ムラサメちゃんが怖いって言うから…」

 

 そんな他愛もない話をしていた時、薮をかき分ける音が響いた…

 

 徐々に近づいてきている…

 

 茉子「この音は……来ましたね」

 

 常陸さんのセリフを聞いて一斉にみんな武器を構える。

 

 芳乃「わかってる…。皆さん気を引き締めて下さい」

 

 将臣「うん」

 

 蓮太「あぁ」

 

 目の前の薮を注意しながら、山河慟哭に心の力を送り込む…。するといつも通りかなり薄く山河慟哭は光出した。

 

 音がする方に将臣が切っ先を向けて躙り寄る…

 

 芳乃「決して油断はしないように、お願いしますね」

 

 ジリジリと寄っていく将臣…おかしい…以前の将臣ならそんなことはしなかったはず……やっぱり心のどこかで自信がついたのか、強気な行動をしている気がする。何が起きてもいいようにしないと…!

 

 まだ祟り神と対峙するのは三回目なんだ…!相手をまだ知り尽くしていない…!今日も単調な動きであって欲しいが…

 

 そんな期待を裏切るように、祟り神は見たことの無い動きを見せて現れた。

 

 将臣「とっ、跳ん…!?」

 

 薮をかき分けずに跳び越えて、真っ直ぐに将臣目掛けて祟り神が襲いかかる。

 

 蓮太「くそっ…!」

 

 最初に距離が開いた分、即座に詰める。朝武さんと常陸さんは俺よりも更に遠くて間に合いそうにない…!

 

 茉子「有地さん!!」

 

 芳乃「逃げてっ!!」

 

 明らかに混乱する場面、恐らく将臣も頭の中は大混乱だろう。しかし、身体が反射的に動くように将臣は逆に距離を詰めて行った。

 

 将臣が触手とすれ違うようにして前へ跳ぶ、しかし、それを読んでいたかの用に将臣の上空から三本の触手が更に襲いかかる。

 

 蓮太「将臣っ!!気にせず進めっ!!!」

 

 返事はなかったが、将臣は俺の言葉を信じて触手ではなく、祟り神に標的を向ける。

 

 蓮太「ラピットチェイン……!」

 

 蒼く光る刀の刃を上向きに構え、将臣をぶち抜かして触手に対して攻撃をする。

 

 蓮太「斬り崩す!!」

 

 一撃目……!一本目の触手は傷つくことなくただ弾かれた。

 

 二撃目……!二本目の触手は切り落としは出来なかったが、血のような黒い何かを噴出しながら、弾き飛ばした。

 

 三撃目……!三本目の触手は完全に切り離し、切り裂かれた触手はボトン!と地面に落ちた。

 

 茉子「あ、あれは……!」

 

 蓮太「行けっ!」

 

 将臣は勢いを殺さず手首を返し、そのまま斜め上から祟り神をぶった斬った。

 

 将臣「いやああぁぁぁぁッ!!!!」

 

 気合いの入った声と共に、祟り神に対して思いっきり叢雨丸を振り切る。かなり鋭い一刀が祟り神に入る。

 

 が、祟り神は消えない。ほぼ動かなくなってはいるが、消滅はまだしていない。

 

 直ぐ様俺は祟り神に急接近して、いつかのように祟り神を足蹴にして祟り神を飛び越えつつ、山河慟哭を頭上に構える。

 

 蓮太「ブレイバーッ!」

 

 そのまま祟り神の脳天へ思いっきり山河慟哭を斬りつける。

 

 あの時のように油断はしまいと、斬りつけた後、しっかりと着地して直ぐに後ろへステップして刀を構える。

 

 注意深く見つめたその先で、泥は静かに霧散して桜色の葉を舞い散らせて消えて行った。

 

 将臣「………」

 

 蓮太「………」

 

 そして再び辺りが静寂に包まれた。

 

 蓮太「終わったな…」

 

 将臣は戸惑いを隠せない様子、意外とあっさり…って感じなんだろう…。

 

 蓮太「意外とあっさり…とでも思った?」

 

 将臣「あ、うん。拍子抜けというか…なんというか…」

 

 蓮太「そこそこ危なかったけどな、祟り神の触手が一本だけなら将臣だけでも何とかなったかもだけど、上の方から来た三本はかなりやばかったぞ?」

 

 将臣「あ、そうか…ありがとう」

 

 蓮太「気にすんな、将臣もありがとう。信じてくれて」

 

 あの追撃の触手を斬る時、完全に信用してくれて真っ直ぐに走ってくれたからな……。普通出来ないって…

 

 将臣「蓮太なら大丈夫だからな」

 

 蓮太「怪我がなくて良かった」

 

 というか俺、祟り神を踏み台にしたけど……って、掛けた右足が薄く蒼く光ってる……?無意識の内に心の力を右足に送ってたのか…?

 

 将臣「今ので、ちゃんと祓えてるんだよな?ムラサメ」

 

 ムラサメ『安心しろ、ちゃんと祓えておる。二人とも、見事だったぞ』

 

 蓮太「ありがとう」

 

 まぁ、上手くはいったのか…?危ないところもあったけど結果としては出来過ぎなくらいか…

 

 将臣と不意に目が合い、お互いに右手を挙げる。

 

 将臣、蓮太「「…よしっ!!」」

 

 そのままハイタッチをする。自分たちの力で無事に終わらせれたことが嬉しくなってテンションが上がってしまう。

 

 まぁ…同じことをやれって言われた時は、もう無理かもしれないけど…

 

 結果は最高の形で終わる事が出来た。

 

 もっともっと鍛えて、今よりも強くならなきゃな…!心の力もそうだけど身体の動きももっと良くしていこう…!

 

 後は…呪詛を解く方法…か…

 

 将臣「なにか…落ちてる?」

 

 将臣がなにか拾っているが、それを問いかける前に朝武さんと常陸さんが寄ってきた。

 

 芳乃「有地さん…竹内さん…」

 

 その声に反応して俺達二人は振り返る。

 

 将臣「え?あ、はい、なんでしょう?」

 

 芳乃「大丈夫なんですか?どこか怪我は…?」

 

 将臣「大丈夫だよ、どこも怪我してない」

 

 芳乃「それなら…いいんですが…」

 

 でも俺は、流石にちょっと疲れたからその辺の木に寄りかかって座る。

 

 心の力を山河慟哭に込めながらあんだけアグレッシブに動いたからかなりキツイ…。無意識の内に右足にも込めてたし。

 

 蓮太「ふぅ……」

 

 芳乃「それでも…何してるんですか!もう!あんな風に先走るなんて!」

 

 蓮太「俺を責めないでくれよ…あのままだと危なかったのは将臣だぞ?」

 

 将臣「あ、いや、予想外の動きにビックリして。気付いたら身体が動いてて………そんなに危なっかしく見えたかな…?」

 

 芳乃「そういうわけではありませんが…」

 

 茉子「先程の動きは、今までのドタバタしたものに比べると、随分安定して見えましたね」

 

 確かにドタバタだったな…将臣も、俺も。

 

 茉子「有地さんは剣道の経験があるんですか?抜き胴に似た動きに見えましたが…」

 

 常陸さーん、俺にも触れてくれないと、周りから怪しまれると思うんですけどー……。

 

 将臣「一応、祖父ちゃんの影響もあって子供の頃に」

 

 茉子「そういえば、玄十郎さんはかなりの高段者でしたね。では、有地さんも?」

 

 まぁいいか、どうせいつかバレることだし、俺の事は言われたらその時に正直に言うか。

 

 将臣「いや全然。ドタバタな動きを見てたらわかるでしょ?」

 

 そして問題発言が…

 

 将臣「ここ数年は竹刀だって握らず、トレーニングしてなかったんだから」

 

 蓮太「馬鹿っ……!」

 

 茉子「『してなかった』……ですか……?」

 

 将臣「……」

 

 はぁ〜……自分で墓穴掘ってどうすんだよ…、こりゃバレたな。

 

 将臣「ま……まあまあ、細かいことは気にしないでいいじゃない」

 

 蓮太「そろそろ戻るか」

 

 そう言って立ち上がる。家に帰るまでにその事について何も聞かれなかったけど……多分バレてるしもう将臣の件も聞かれたら言おうかな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「お疲れ様でした」

 

 将臣「お疲れ様」

 

 蓮太「お疲れ」

 

 将臣「それじゃあ俺はもう休むよ」

 

 そう言って部屋に行こうとする将臣をムラサメが注意する。

 

 ムラサメ「ご主人!寝る前にちゃんと湯浴みをして、穢れを洗い流すのだぞ」

 

 将臣「わかってるよ」

 

 将臣「あの…ごめんけど…」

 

 そう言って俺達に訴えかける。

 

 芳乃「構いません、先にお風呂を使っていただいて」

 

 将臣「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ふぁ……あああ〜〜……」

 

 ムラサメ「やれやれ、湯殿の中で居眠りをせぬように、見ておいてやるか」

 

 蓮太「俺も話し相手になるよ、ムラサメ」

 

 そう言って三人で風呂へ向かう。

 

 

 〜Another View〜

 

 茉子「それでは芳乃様、ワタシも失礼致します」

 

 芳乃「……あ〜や〜し〜い〜」

 

 茉子「はい?」

 

 芳乃「ぜーったいに怪しい!」

 

 芳乃「茉子の物わかりがよすぎる。それに、二人で怪しい会話までしてし、竹内さんもあの時『馬鹿っ……!』って言ってた」

 

 茉子「………」

 

 芳乃「なにか私に秘密にしている事があるんじゃないの?三人だけ通じあってるみたいだった」

 

 茉子「あは…やはり嫉妬《ジェラシー》ですねぇ?気になっているんですねぇ?」

 

 芳乃「だからそういうのじゃないってば!違う、違うけど…気にはなる…」

 

 芳乃「二人のことでなにか知ってるんでしょう?」

 

 茉子「いえ、本当に知りませんよ。ですが、ワタシの予想が当たっていたなら、思い当たることが少しありまして」

 

 芳乃「それってどんなこと…?」

 

 茉子「んー…そうですね……では明日、早起きをしてみましょうか?」

 

 芳乃「…早起き?」

 

 



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25話 友達

今回は少し長めです。


 蓮太「ふぁ〜〜………眠い……」

 

 次の日の朝、疲れがまだ全然取れてない中、いつもの朝のトレーニング……鍛錬の為に早起きをする。

 

 蓮太「着替えないと……」

 

 まだ頭がぼけーっとしているけれど、準備してたら目も覚めるだろう。

 

 着替えを済ませて居間に顔を出すと、いつもは大体見かける常陸さんの姿がない。

 

 蓮太「あれ…?珍しいこともあるもんだな」

 

 寝坊とか…?いやいや、常陸さんに限ってそれは……多分ないと思う。って俺が気にしてもしょうがないか…とりあえず顔を洗ったりして、荷物を持って将臣を待つか…

 

 

 それから俺と将臣とムラサメの三人でいつもの行き道をジョギングで走る。

 

 何か…いつもと違う違和感がある気がする…なんというか背中がむず痒い。

 

 将臣「…なぁ、蓮太」

 

 将臣が小声で話しかけてきた。

 

 蓮太「どしたよ」

 

 将臣「何か変じゃない…?」

 

 蓮太「多分だけど、言いたいことは分かる。なんかこう…ムズムズするよな」

 

 将臣「やっぱり蓮太も?」

 

 蓮太「つーことは、この違和感は気のせいじゃないのね」

 

 なんだろう…?誰かに付けられてる…?いや、そんな理由が無いし…

 

 将臣「……!!」

 

 将臣がバッ!っと勢いよく後ろを振り返る。

 

 将臣「……」

 

 蓮太「どうだった?」

 

 将臣「いや、何も無い…」

 

 ムラサメ「そんなに後ろが気になるのか?二人とも」

 

 将臣「なんか…妙な気配が…」

 

 本物の幽霊だったりしてなー…朝っぱらからそんな物見たくないな…

 

 将臣「今背後に誰かいたように思ったんだけど……?」

 

 ムラサメ「まっ、ましゃか幽霊とか言い出すつもりか?」

 

 急にオドオドしだすムラサメ、霊が絡むとすぐにこれだもんな。

 

 蓮太「ムラサメってほんっとそういう所が可愛いよな」

 

 ムラサメ「ッ!?きゅ、急に何を言い出すのだ!吾輩が、か、可愛いなど…」

 

 あ、顔が赤くなった。

 

 蓮太「嘘を言ったつもりはないけど、もう怖くないだろ?」

 

 ムラサメ「ま、まぁ確かに怖さは吹き飛んだが…」

 

 蓮太「あっ、そういえば俺ってガチモンの幽霊を見たことあるんだよね…大体見つける時ってこんな風に人気の無い道を通っている時なんだけど……」

 

 ムラサメ「れれれ蓮太?何を言っておるのだ?」

 

 蓮太「いるわけない…そんなわけない…って思ってやり過ごそうとする時に、急に見えたりするんだよね…」

 

 ムラサメ「…つ、つまり…」

 

 ムラサメが息を飲むようにして、怖くなったのか前を向いて振り向かなくなった。

 

 チャンスだ…!そう思った俺は、徐々にムラサメの近くまで寄ってムラサメの真後ろでいきなり…

 

 蓮太「わっ!!!!!!!」

 

 ムラサメ「ぴゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 物凄い勢いでムラサメが前へ飛んでいく。その様子を見て思わず爆笑してしまう。

 

 ムラサメ「わざとだな!?わざとにあんな話をして吾輩を怖がらせたな!」

 

 蓮太「きっ、気を…!紛らわそうと……!ははっ!」

 

 ムラサメ「笑っておるではないかーー!!」

 

 そんなやり取りをしながら、将臣の方を見るとまだ後ろを気にしていたようだ。

 

 将臣「でも気配は本当に……」

 

 ムラサメ「……え?」

 

 将臣「いや、やっぱりなんでもない」

 

 そう言って俺達二人は先へ進む。

 

 ムラサメ「お、おい!微妙な反応のままにするな!余計気になるではないか!」

 

 将臣、蓮太「…………」

 

 ムラサメ「無視をするでない!二人とも〜〜〜!!!」

 

 そんなことがありながらも、何事もなく玄十郎さんの所へ着いた。

 

 将臣、蓮太「「おはようございます」」

 

 玄十郎「ふむ。その態度からすると、昨日は上手くいったようだな」

 

 将臣「これも祖父ちゃんのおかげだよ、ちょっと危険なところもあったけど、身体が反射的に動いたんだ。今までの鍛錬のおかげだと思う」

 

 確かに、あれに対しての反応は凄かったな…放課後はどんな鍛錬をしてるんだろ?

 

 玄十郎「ちゃんと意味があったのならよかった。だがな、勘違いしてはいけないのは…」

 

 将臣「『たまたま今回は決まっただけで、別に強くなったわけじゃない』だろ?」

 

 蓮太「一歩ぐらいは進んでると思うけどな」

 

 将臣「まあ、それでも大きく前進したわけじゃないからさ、その事は俺が一番わかってる」

 

 蓮太「調子に乗っているわけじゃないけど、前に進んでるって思わないと俺はモチベーションが続かないのさ」

 

 気を抜くつもりもないしね。

 

 玄十郎「驕っていないのならばいい。では今日も始めるか」

 

 蓮太「よっしゃ!!」

 

 将臣「よろしくお願いします」

 

 

 俺達はもっと、もっと前に進まなきゃいけないんだ!先ゆく二人に少しでも追いつけるように…!

 

 …………

 Another View

 

 茉子「という事情のようですね」

 

 芳乃「最近、放課後が遅いのも、こういう鍛錬をしてるから?」

 

 茉子「だと思います。むしろ、放課後の方がよりハードな鍛錬なのではないでしょうか」

 

 芳乃「…………」

 

 茉子「それと、ここだけの話なんですが、放課後…というよりも夕食後の夜、竹内さんも竹内さんなりの鍛錬をしていらっしゃるんですよ」

 

 芳乃「どうして…いつから、こんなことをしてたんだろう…?」

 

 茉子「それはやはり、力不足を感じたからだと思いますが」

 

 茉子「そして、おそらく有地さんは、芳乃様のお姿も」

 

 芳乃「…え?私?」

 

 茉子「有地さんは芳乃様の奉納や練習、そういった姿に感化されたのではありませんか?竹内さんは奉納や練習中のお姿をご覧になられたことが少ないと思いますので…一人で行動する方ですから」

 

 芳乃「………」

 

 茉子「朝も寝坊ではなく、先ほどの鍛錬が押したりすることが多いのではないかと。といっても竹内さんの方が早く達成出来るので、ワタシ達に怪しまれないように、竹内さんだけ先に帰って来てるのではないでしょうか?」

 

 茉子「とはいえ…授業中の居眠りは言い訳のしようがないと思いますが…竹内さんも危ない様子でしたしね…」

 

 茉子「それでも、もう少し様子を見てもいいんじゃないてしょうか?」

 

 芳乃「なによ、それ…そんなの…そんなの…」

 

 ………………

 

 そして俺は朝の鍛錬を終えて、いつものように暫く将臣の様子を見る。今日は遅れることなく順調に鍛錬の課題をこなしていく将臣。そしてついに…

 

 将臣「終わったぁ!!」

 

 蓮太「やったじゃんか!いつもよりかなり早いぞ!」

 

 将臣「かなり…キツイけどね…!これくらいこなせるようにならないと…!昨日の蓮太みたいな動きはできないから」

 

 蓮太「俺ももっと頑張らないとな!」

 

 そうしていつもと違い俺達が二人で朝の鍛錬を終えて、朝武家に戻ると…

 

 芳乃「誠に申し訳ありませんっ!」

 

 土下座が俺達を出迎えた。………なんで?

 

 蓮太「将臣…お前何させてんだよ」

 

 将臣「何もしてねぇよ!あらぬ疑いをかけるな!」

 

 蓮太「でも…なんで?」

 

 芳乃「勝手にダラけているとか決めつけたりして、大変失礼なことを言いました。申し訳ありません!」

 

 …?あぁ、そう言えば昨日の放課後、廊下で将臣にそんなこと言ってたな!じゃあやっぱり将臣関連の問題じゃないか!

 

 蓮太「とりあえず、横に座るか…」

 

 将臣「待て、この状況で俺を見捨てないでくれ、頼むから」

 

 将臣にガッチリ腕を掴まれる。いやだって俺が土下座される理由がないし…

 

 蓮太「これは結局将臣の問題じゃないか、最初から素直に言っとけばよかったんだ。自己責任、自己責任」

 

 それでも将臣は腕を離さない。

 

 将臣「あの……よくわからないけど、とにかく頭を上げてくれないかな?」

 

 芳乃「………」

 

 こっちはこっちで全然顔を上げないし…というよりも、これ完全にバレてるだろ。なんでアイツは気付かないんだよ。

 

 将臣「あの…なにこれ?急にどうしたの?」

 

 困り果てた顔をする将臣。いや俺も困ってはいるんだけどさ。

 

 茉子「寝坊したり、居眠りをしたりで、気が緩んでいると芳乃様が注意しましたよね」

 

 将臣「朝武さんの注意は当然で、謝られることじゃ……ましてや土下座なんて………むしろ俺が謝るべきことだよ」

 

 蓮太「確かに土下座させる婚約者なんて最低だよね」

 

 将臣「違っ…くないけど!そういう意味じゃなくて!結局は自分の不注意なんだから、俺が悪いよ」

 

 茉子「でも、それにはちゃんと理由がありましたよね?」

 

 あっ、完全にバレてる。……てことは朝のあの気配は常陸さんと朝武さん…?…………………有り得る。

 

 将臣「り、理由って……え?もしかして…」

 

 将臣「朝だけでなく、放課後も鍛錬をされているんですよね?竹内さんみたいに」

 

 蓮太「えっちょ!おい!」

 

 急に裏切られたんだけど!秘密にって……もういいか、面倒くさそうだから秘密にしたかっただけで、今の状況は十分面倒くさくなってるから。

 

 将臣「そうなんだ。それで蓮太は放課後の方は断りを入れたのか」

 

 蓮太「まぁな、って言っても将臣みたいな実践の動きじゃなくて、心の力…前に一回説明しただろ?気力みたいな……って、あれのコントロールの練習をしてた」

 

 将臣「………」

 

 将臣が秘密にしたがってた理由って俺とは違うからな、俺はもう別にいいけど、将臣は恥ずかしいのかも?影の努力って露見すると結構恥ずかしいもんな…

 

 将臣「それにしたって、結局は自分の管理が甘かったってだけだよ」

 

 蓮太「はい。仰る通りでございます。耳が痛いです」

 

 茉子「そうだとしても、何も知らずに決めつけてしまったことを、申し訳なく思っているんです」

 

 将臣「そう言われても…」

 

 そろそろ腕を離して欲しいなぁ……

 

 ムラサメ「本当に頭が固いのう…もうちょっと融通をきかせてもよかろうに」

 

 茉子「そこが芳乃様の長所であり、短所でもあるところでしょうか」

 

 まぁ、基本的に朝武さんは真面目過ぎるからな。これはこれで朝武さん良さ…だな。

 

 蓮太「さて、どうするよ?婚約者様」

 

 将臣「その状況は蓮太も変わらないからな?とにかく腕は離すから、見捨てないでくれ」

 

 ずっと将臣に掴まれていた腕がやっと離れる。見捨てるなって、俺はあんまり関係ないし…後婚約者なの?俺って。

 

 将臣「本当に頭を上げてもらえないかな?全然気にしなくてもいいから」

 

 芳乃「そんなわけにはいきません」

 

 まだ頭を上げない朝武さん、

 

 将臣「朝武さんが言ったことは正しいと思う。ダラけるのはよくない。そういう気の緩みが大怪我に繋がるんだ。俺の事を心配してくれたわけだし、謝る必要なんて全くないよ。…だからこれからもよろしく」

 

 将臣「ってことじゃ……ダメですか?」

 

 芳乃「ダメです」

 

 秒で拒否したな。こりゃまた…もう…

 

 芳乃「有地さんにも、竹内さんにも何も知らずに勝手に決めつけてしまったことの償いは何でもしますので」

 

 ……?俺ってなにか言われたっけ?

 

 蓮太「え?俺も?」

 

 将臣「ほら、最初の頃俺たち二人が注意されたじゃないか。学院の態度が…って」

 

 ああ!あれか!いや別にあんなの気にしなくてもいいのに。

 

 蓮太「いや気にしなくてもいいんだけど…朝武さんはそうはいかないんだよな…というか償いってなにを?」

 

 芳乃「なんでもします…!」

 

 そんな大袈裟な…

 

 芳乃「目玉焼きには醤油と言われれば……醤油をかけます。涙を呑んで、そ、ソースを……封印……しますっ!!それぐらいの覚悟です!」

 

 軽いな!結構安上がりな覚悟に笑ってしまう。

 

 蓮太「………くくっ…!」

 

 頑張れ!堪えろ俺!朝武さんは真剣なんだ…!

 

 芳乃「卵焼きの砂糖だって、封印してもいいと思っていますっ」

 

 蓮太「だから…安上がりだって…!くくっ…!」

 

 将臣「え〜と…とりあえず頼むから顔を上げて?肩書きだけって話だけど、婚約者じゃないか。さっき蓮太も言ってたけど、婚約者に土下座させるなんてロクでもない。だから…」

 

 まだ頭をあげない朝武さん。一旦深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 将臣「……はぁぁぁ。償いとか言われてもなぁ……」

 

 蓮太「常陸さん、これはどうしたら?」

 

 茉子「…芳乃様がこうなってしまうと、テコでも動かないと思います」

 

 将臣「そんな…」

 

 そんな時ムラサメがフワフワと浮かんでこちらに来る。

 

 ムラサメ「こうなったら、ご主人が命令を下すのが一番早いのではないか?蓮太はその気がないようだし」

 

 蓮太「じゃ、そゆことで」

 

 将臣「……………………………」

 

 ムラサメ「なにかエロいことを考えている顔だ」

 蓮太「なんかエロいことを考えてる顔だな」

 

 将臣「バッカ!お前ら!そんな失礼なことほんのちょっぴり一瞬しか考えてない!」

 

 いや考えてたのかよ…まぁ、『なんでも』なんて言われたら男はみんなそうなるか。

 

 ムラサメ「ほれみろ、やはり考えておったではないか」

 

 将臣「大体、変なことを言ったら、常陸さんが止めるでしょう?」

 

 茉子「あは」

 

 え?何?常陸さんがめっちゃ怖い…!なんかオーラが見えるって…やばいよやばいよ。

 

 将臣「……はぁ…。わかった。だったら一つ、お願いがある。そのためにもまず頭を上げて。俺とちゃんと話をしよう?」

 

 芳乃「……。分かりました」

 

 やっと朝武さんの頭が上がる。ずっと額を畳に付けていたせいかちょっとだけ跡が残ってる。可愛いな。

 

 芳乃「それで、あの…具体的なお願い事とは?」

 

 将臣「あー……ちょっと恥ずかしいんだけど…」

 

 ムラサメ、蓮太「「恥ずかしい願いなのか?」」

 

 将臣「茶化すな。ちょっと気恥ずかしいってだけだよ」

 

 茉子「………」

 

 オーラが……

 

 蓮太「常陸さん、多分大丈夫だから、その闇の…病みの?オーラしまってしまって」

 

 そして改めてこの場にいる全員が二人に集中する。

 

 芳乃「お願いとは、一体何でしょうか?」

 

 将臣「その…俺を、というより、俺達を認めてくれないだろうか?」

 

 芳乃「……?認めるって……こ、婚約者……の事ですか?」

 

 ……何となく、将臣の言いたいことは分かった。これは確かにそうかも。

 

 そう思って俺は将臣の横に正座する。

 

 蓮太「なるほどね。確かにそうだ」

 

 将臣「まぁ…それをも含めて…かな?前に一度言ったよね?『お互いに押し付けられただけ、上手くやり過ごしましょう』って」

 

 そういえばそんなこと将臣から聞いてたな。

 

 茉子「まぁ、そんなことを言ったんですか?」

 

 ムラサメ「それはもう冷たい表情で、突き放すようにな」

 

 芳乃「そ、そこまで冷たい言い方はしてませんっ」

 

 茉子「芳乃様……」

 

 なんとも言えない空気。朝武さんが責められるのは違うだろう。多分みんな責めてるつもりは無いんだろうけど。

 

 蓮太「俺が言えた義理でもないけど仕方ないよ、あの時は俺達はまだお祓いに関わってなかった。多分俺達を危険な目にあわせないように、関わらせないようにしたかったんだろ?朝武さんは優しいから」

 

 蓮太「今はわかる。朝武さんと仲良くなったらその事に巻き込まれるのは必然。だから俺達と距離をとったんだろ?」

 

 芳乃「………」

 

 将臣「でも、もうそんな気遣いは必要ない。だからもう少し仲良く……せめて普通の友達ぐらいになりたいなって」

 

 芳乃「今は…普通じゃないですか?」

 

 蓮太「この程度で土下座だなんて、普通じゃない。というか友達に土下座なんか必要ない」

 

 将臣「そうだな、だからこういうのは無しにしよう。変な遠慮とか止めて友達になりたい。それで一緒に呪詛を解こうよ」

 

 確かに、俺達はまだお互いを知らなさ過ぎる。これからはもっと親しくなって笑っていきたい。

 

 蓮太「まぁ、そういう訳で…」

 

 将臣、蓮太「「呪詛を解く方法を、俺達と一緒に探してください」」

 

 芳乃「それって……結局、今までと変わらないと思いますが…?」

 

 蓮太「全然違うさ、これを承諾してくれたら、晴れて俺達は友達だ。そうじゃなくても俺は友達とも、家族とも思ってるけどな」

 

 朝武さんは少し無言になって意を決したように口を開く。

 

 芳乃「そうですね…邪険な雰囲気ですと、疲れますから…」

 

 ムラサメ「芳乃がそれを言うのか?邪険な雰囲気にしていたのは一方的に芳乃の方だったと思うのだがな」

 

 芳乃「ムラサメ様ぁ!?」

 

 茉子「むしろ御二方は頑張って話しかけてましたよね?」

 

 追い討ちが凄いな、この二人。

 

 芳乃「茉子まで!?」

 

 将臣「まぁまぁ、それよりもこれからのことだよ。俺の…俺達のお願い、どうだろう?」

 

 蓮太「………」

 

 じっと朝武さんを見る。信じてるから。

 

 芳乃「こ、今後とも…よろしくお願いします」

 

 蓮太「よしっ!」

 

 将臣「ありがとう!」

 

 まだまだ朝武さんの態度は堅いけど、これからはもっと柔らかくなるだろう。そうなるように俺も頑張らないと!

 

 ムラサメ「とはいえ、まだ堅いのう。もっと親しげな方がよいのでないか?」

 

 芳乃「親しく……」

 

 ムラサメ「とりあえず、その丁寧な口調をもう少し軽くしてみるのはどうじゃ?」

 

 芳乃「…何卒よしなに?」

 

 ムラサメ「それではさらに堅くなっただけであろう」

 

 うーん…と頭を悩ませる朝武さん。こういう事には慣れてないんだろうな。

 

 茉子「もっと軽く、可愛らしく、親しげに」

 

 ムラサメ「若者が使うような言葉があるだろう?」

 

 芳乃「若者ですか……」

 

 さて、なんと言うか……

 

 芳乃「可愛らしく…軽く…親しげに…可愛らしく…軽く…親しげに…」

 

 芳乃「ヨ……ヨロピク、お願いします」

 

 一同「………」

 

 ヨロピク……ヨロピク……

 

 蓮太「はははっ!!!」

 ムラサメ「ププー!」

 

 芳乃「……っ!?」

 

 予想外の言葉に思わず笑ってしまう、普段の朝武さんとのギャップが凄い!

 

 将臣「ヨロピクって?」

 

 茉子「“よろしく”をちょっぴり甘えた感じにした、芳乃様なりの努力の表れだと思いますが」

 

 ムラサメ「吾輩は久しぶりに聞いたぞ…!うぷぷっ」

 

 蓮太「よろっ、ヨロピク…!ははは!」

 

 芳乃「………」

 

 もうとてつもなく恥ずかしいんだろうな、朝武さんが顔を真っ赤にして俯いている。

 

 将臣「俺も言った方がいいのかな?」

 

 茉子「芳乃様が踏み込んだ分、有地さんも歩み寄った方がいいのでは?」

 

 将臣「そっか…、これからもヨロピク、朝武さん」

 

 茉子「ワタシからもヨロピクお願いします。芳乃様」

 

 蓮太「よっ、ヨロピク…!朝武しゃん…!」

 

 笑いで上手く喋れない…!やばい!ツボにハマった…!

 

 芳乃「うぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 ムラサメ「笑った吾輩が言うのもなんだが…止めてやれ、本気で泣いておるぞ?それは」

 

 蓮太「ははっ!はははは!」

 

 こうして俺達の関係は改めて始まったのだった。



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26話 魔法の言葉?流行りの挨拶

 朝のあの件から時間が経ち、今はもう夜。俺はいつもの様に心の力のコントロールの練習をしていた。

 

 その横には常陸さんと朝武さんがスマホに顔を覗かせている。

 

 …わざわざ外で何してるんだ?

 

 気にせず俺は離れたところで心の力を山河慟哭に送りつつ刀を振るう。

 

 芳乃「これが、都会の挨拶なの…?」

 

 茉子「ワタシもわかりませんが、この「ラビー」という方はそうだと書いていますね」

 

 芳乃「えー…っと…。あっ、追加で返事が…『自分は学校の先輩方に挨拶する時は、いつもこう言っています。手の位置や……」

 

 なんかを音読してるんだけど途中から聞こえないな……。って!そんなことよりも刀に集中だ…!

 

 周りの声に気を取られないようにしていると、気付けばいい時間になっていた。そろそろ寝るか…

 

 蓮太「常陸さん…ってあれ?朝武さんはもう寝たのか?」

 

 もう終わろうと、常陸さんの所へ行くと、最初は居たはずの朝武さんの姿がない。

 

 茉子「芳乃様なら先程…と言いますか、一時間ほど前に部屋へ戻られましたよ?竹内さんにも声をかけていたんですが、かなり集中していた様子でしたので…やはり気付かれてませんでしたか?」

 

「どうぞ」と飲み物をくれる常陸さん。

 

 蓮太「ありがとう。そうだったのか…全然気づいてなかった。悪いことしたな…」

 

 茉子「仕方ありませんよ、今日はもう終わられるんですか?」

 

 蓮太「あぁ…今日はもうやめとこうと思う」

 

 明日は学院もあるし、ここらが止め時だろう。

 

 …にしてもさっきから常陸さんがやたらとニコニコしている。何かいい事でもあったのだろうか?

 

 蓮太「あの…なんかいい事でもあった?えらい上機嫌じゃない?」

 

 茉子「明日になれば分かりますよ〜」

 

 蓮太「明日?」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 次の日の朝、俺と将臣はいつもの様に早起きをして鍛錬の準備をする。ふと時間の見ると少し時間に余裕があった。

 

 将臣「時間に余裕があるけど、どうする?」

 

 蓮太「ん〜…、時間通りに行こう、お茶でも飲むか?」

 

 将臣「それなら貰うよ」

 

 いやー、こういうのんびりする時間ってなんだか懐かしいなぁ…。これも呪詛が解けるまでお預けか…マジで頑張らないと…

 

 二人でお茶を飲みながらゆっくりしてると、朝武さんがトイレの方から出てきた。

 

 芳乃「……んん…」

 

 将臣「おはよう、朝武さん」

 

 蓮太「おはようさん」

 

 ……寝起き感が半端ないな。髪もちょっとぼさついてて、服もちょっと崩れてるし…

 

 芳乃「んにゅ……おはようございます……」

 

 蓮太「見るからに寝起きだな、お茶でも飲む?飲むなら淹れるけど?」

 

 芳乃「ぅっ……んぅー……た、竹内さん…?有地さんも……」

 

 朝武さんは俺達に気づいた瞬間、自分の頬を叩いた。

 

 気を引き締めたかったのかな?

 

 芳乃「うむぅ…ひはい………」

 

 痛いって言えてないよー…?そんなことまでしなくても…。

 

 芳乃「おはようございます。有地さん、竹内さん」

 

 将臣「だから堅いってば。頬っぺたを叩くまで気合いを入れなくても…」

 

 蓮太「紅葉マーク付いてるけど大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です」と答える朝武さん。でも朝武さんの目には少し涙が溜まってる気がしますけど…。

 

 芳乃「それに、安心してください。昨日ちゃんと調べたんです。友達の挨拶を」

 

 将臣「は、はぁ…そうなんだ?」

 

 挨拶を調べるって…どういうこと?とは思ったけど、多分昨日の夜のあれの事かな?

 

 芳乃「コホン。いきますよ?」

 

 そう言って一度深呼吸をして、朝武さんはこっちを向く。

 

 蓮太「ど、どうぞ…」

 

 芳乃「有地さん、竹内さん、ちゃろー☆」

 

 将臣、蓮太「…………」

 

 ちゃ、ちゃろー?なんか一瞬朝武さんの周りに星が飛んでた気もしたけど…そんなピースした手を顔まで近づけて……いや…可愛いんだけど…

 

 芳乃「……です……」

 

 将臣「ちゃ……ちゃろー……?」

 

 蓮太「ちゃろー!」

 

 将臣は不思議そうにぎこちなく、俺はとりあえず元気よく。各々の「ちゃろー」を返した……が……おそらく考えてる事は同じだろう。

 

 

 ちゃろー☆って何だ!?!?

 

 

「チャオ」と「ハロー」を混ぜたのか…?

 

 将臣「そ、そういうの……流行ってるの?」

 

 芳乃「都会ではこんな感じって知恵袋で出てきたのに……違うんですか?」

 

 不思議に思ってささっと調べてみる。ちゃろー☆っと……

 

 例の知恵袋は…多分これかな?なになに……『自分は学校の先輩方に挨拶する時は、いつもこう言っています。手の位置や声の出し方等はその場の流れですけどね』

 

 …なんだ?このギャルっぽい人?姿を見たわけじゃないけど、なんかすごい人もいるんだな…世の中って。大体これってこの人が言ってるだけで、流行ってるって訳じゃ……あっ、でも意外と「ちゃろー☆」って使われてるんだ?他の返事も「ちゃろー☆」を推してる…

 

 いやまて、これってネット民が協力して遊んでるだけなんじゃないの…?

 

 蓮太「ど、どうなんだろう……?少なくとも俺は始めたて聞いたな、『ちゃろー』って挨拶…」

 

 将臣「俺も…聞いたことはない…かな…?『ちゃろー』は…」

 

 芳乃「ぅっ……ぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁんっ!」

 

 耳まで赤くしてその場に踞る朝武さん。

 

 あぁ…きっと物凄く恥ずかしいんだろうな…

 

 芳乃「見ないで!こんな私を見ないで下さいっ!」

 

 芳乃「もう嫌ですっ!普通ってなんですか?友達ってなんですか?若さってなんですかぁ〜!?」

 

 将臣「振り向かないこと……ではなくて! 正解なんてないから、無理しなくていいんだってば」

 

 これはこれで、朝武さんが一所懸命に考えた結果なんだろうな。結果は空振りだったけど、こんなに俺達との友達関係について考えてくれてるのが、なんだか嬉しい。

 

 蓮太「そうそう、ありのままでいいんだって」

 

 芳乃「うぅ…すみません…なんと言うか…、私は今までに、その…普通のと、友達と呼べるような人はいなくて…どうしていいのか本当にわからなくて…」

 

 まぁ確かに説明しろと言われたら戸惑うけどさ…

 

 将臣「とりあえず、土下座はなし、頬っぺたを叩いて気合を入れるのもなし、普段通り…常陸さんと話すような感じでいいんだけど…」

 

 そういえば朝武さんって常陸さんと話す時は言葉を崩してるな…

 

 芳乃「そ、それじゃあ……おはようございます…有地さん」

 

 将臣「おはよう、朝武さん」

 

 今度はこちらに朝武さんは振り向く。

 

 芳乃「お、おはようございます…竹内さん…」

 

 蓮太「うん。おはよう」

 

 これからだ…俺達が仲良くなるのは…やっと、本当の意味で友達になれる。

 

 この絆を大事にしたい。

 

 そう思った時、なんだか身体を優しく包まれるような感覚がした。

 

 なんだろ…?少し心が満たされていく様な感じだ……まぁ、それだけ嬉しいってことだろう。

 

 将臣「さて…と…、とりあえず俺もトイレに…」

 

 芳乃「そうで……えっ!?ま、待って下さいっ!」

 

 シュバッと朝武さんがトイレの前に立ち塞がる。

 

 将臣「えっと……そこをどいて欲しいんだけど…?」

 

 芳乃「それは出来ませんっ」

 

 将臣「それは…何故に?」

 

 あっ、将臣が左右に揺れだした…少しキツイんだな…

 

 芳乃「だって…それは…その…ですね…わ、私が…使用したばかりなので…」

 

 将臣「う、うん……?」

 

 あっ、揺れるペースが早くなった。

 

 芳乃「うぅ…もうっ!どうしてわかってくれないんですか!少し時間をおいて欲しいんです!」

 

 蓮太「なるほどねぇ」

 

 将臣「いや…あの…」

 

 危ない将臣をあえて放置して話を続ける。

 

 蓮太「今回は大丈夫だったけど、もしかしたら音とかもこれから聞こえるかもだから、注意しとかないといけないな」

 

 芳乃「そう…ですね…音の装置…買っとかないと……」

 

 将臣「朝武さんの言いたいことはわかりました…。でも無理!こっちももうギリギリなんです!」

 

 あっ、内股になった。

 

 それから久しぶりに言い合いが始まる。トイレ入れたくない人と、早くトイレに入りたい人で。

 

 そんな中、将臣は足を震わせるレベルで我慢している。真面目に大丈夫なのか?

 

 ムラサメ「朝っぱらから何をやっておるのやら……」

 

 茉子「昨日の今日で、そんな濃いプレイをなさっているとは…有地さんはドMだったのですね」

 

 蓮太「ほらあれだよ、射精管理ならぬ……」

 

 茉子「排尿管理とでも名付けますか。なんともマニアックなプレイですねぇ〜」

 

 ムラサメ「芳乃とご主人にとって、これが普通の友人関係か……おそるべし……」

 

 芳乃「ちがーーう!!」

 

 将臣「漏れるぅぅぅぅぅぅッッ!!」

 

 あっ、将臣が崩れた。

 

 蓮太「あっ、そういえば挨拶がまだだったな」

 

 崩れた将臣に背を向けてムラサメと常陸さんの方に顔を向ける。

 

 蓮太「常陸さん、ムラサメ、ちゃろー☆」

 

 芳乃「ぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁんっ!」

 

 さっきの事を思い出したのかトイレの前で踞る朝武さん。

 

 将臣「漏れっ…!!ああぁぁぁぁ!!」

 

 ムラサメ「やれやれ……」

 

 

 

 改めて…同居って楽しいな!



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27話 綺麗な欠片

 茉子「てっきりお二人がそういうプレイをなさっているものだとばっかり……」

 

 将臣「しませんよ!そもそもトイレを管理されるとか嫌過ぎます!」

 

 あれからなんとか排尿管理プレイ?も終わり、必死に誤解を解く二人。

 

 蓮太「まぁ、実際気をつけないといけない所ではあるよな」

 

 俺は気にしないけど、他の人たちはそういう訳にはいかんだろうし。

 

 芳乃「とりあえず、音の装置を取り寄せておいて、茉子」

 

 さっきも言ってたけど音の装置って何なんだ?

 

 茉子「わかりました」

 

 よくわかんないけど、一緒に暮らすってことを前向きに考えいてくれる…って事でいいよな?

 

 蓮太「つっても正直こうやって異性の人と同居って難しいよな」

 

 芳乃「そうですよね、気を遣わなければいけないことが沢山あります」

 

 改めて考えるとなかなか面倒くさいのかも…?

 

 茉子「トイレにお風呂、あとお洗濯……あー、そうです。有地さんにお返ししておきたい物が」

 

 なんかカバンの中をガサゴソ漁ってるけど…常陸さん、将臣になんか借りてたのか?

 

 茉子「ああ、ありましたありました。これです」

 

 そう言ってカバンの中から取り出したものはハンカチだった……いや、何かを包んでいるのか…。微妙な膨らみがある。中を開くと…

 

 蓮太「なにこれ?」

 

 ハンカチの中から出てきたものは透明で綺麗な何かの欠片だった。

 

 茉子「これ、有地さんのズボンから出てきたんです。洗濯の時に気づいたんですよ」

 

 芳乃「なんですか?それ」

 

 なんだこれ…?どっかで拾ったのか?

 

 茉子「小さな何かの欠片で…ただの石かもと思ったんですが、念の為に確認した方がいいと思いまして」

 

 将臣「あー……お祓いの時に拾ったんだ」

 

 ……にしても何の変哲もない石ころなのに…なんだろ?触ってみたくなる。

 

 茉子「勝手に捨てないでよかった。お返ししておきますね」

 

 芳乃「有地さんには、そういう石を集める趣味が?」

 

 将臣「いや、そんなことは無いんだけど……」

 

 まじまじとその石を見る…本当になんだろう…?

 

 ムラサメ「ん?んん?んんん?」

 

 ムラサメが急に石ころを見つめる。

 

 蓮太「どうしたの」

 

 ムラサメ「いや、大したことでは無いのだが…その石から妙な気配を感じてな…」

 

 将臣「妙なって……まさか、危ない気配?」

 

 茉子「持ってる人間を呪ってしまうような…?」

 

 芳乃「まさかそんな…」

 

 俺は何も感じないけど…ムラサメが何かの気配を感じ取るって事は…何かありそうだな、この石…

 

 って俺が何も感じないのは当たり前か…人より霊感が強いくらいだし…

 

 ムラサメ「この欠片自体に大した力はない。それは間違いないのだが…」

 

 芳乃「何か、他に気になることが?」

 

 ムラサメ「少し…ご主人の気配に似ているような…」

 

 将臣に…?どういう事だ…?

 

 蓮太「でも確かに何かがあるのかもな、それを拾ったタイミングと場所が気になる…。お祓いの日に拾ったらしいし、ムラサメも何かの気配を感じ取れるのなら……祟り神に関係する可能性も…」

 

 将臣「そんなこと言われたら気になるな…。ともかくどうすればいい?もし関係があるなら捨てるのはまずいけど…このままって訳には……」

 

 どうする……か……現状俺達じゃあどうしようも……

 

 ……ん?まてよ…?

 

 蓮太「なぁ、みづはさんなら何か知ってるんじゃないか?」

 

 知識で言ったらおそらくあの人よりも資料を持ってる人はいないんじゃないか?現状を打破できる可能性が一番高い気がする。

 

 茉子「そうですね、ソレがいいと思います」

 

 芳乃「確かに…他に適した人はいないと思いますよ」

 

 …やっぱりみんなもそう思うのか。こういうことはみづはさんに頼るしかないな。

 

 ムラサメ「うむ、それに駒川の一族は元を正せば陰陽師だったと聞いたことがある」

 

 将臣、蓮太「「陰陽師?」」

 

 陰陽師と言えば…

 

 蓮太「悪霊退散!悪霊退散!怨霊、モノノ怪、困った〜時は」

 

 茉子「それは多分皆さん分からないと思いますよ…」

 

 将臣「ドーマンセーマン!ドーマンセーマン!」

 

 茉子「有地さんは知ってらっしゃるんですね…」

 

 芳乃「それは、歌…ですか?」

 

 凄い困惑してる朝武さん。というか逆に常陸さんは知ってるんだ?

 

 茉子「そんなゲームやアニメのようなものではありません。祈祷や占術に長けた人達のことです」

 

 芳乃「確か……朝武が神主業を行うようになる際にも、色々アドバイスをしてくれたそうです」

 

 ムラサメ「武家の台頭に伴い呪いが廃れ、陰陽師から医者に鞍替えしたらしい」

 

 ムラサメ「その後、穢れや呪詛に関する調査のために朝武のお抱えにされたのだ。この欠片についても、何か知っておるかもしれん」

 

 なんかえらい詳しいな…そんなサクサク言われても…

 

 将臣「ムラサメちゃんよりも?」

 

 ムラサメ「吾輩は呪に対して特別な知識はない。むしろ長年研究しておる駒川の方が知識を持っておる」

 

 蓮太「ふーん…じゃ今からでも行ってみるか。な?将臣」

 

 将臣「そうだな、呪詛に関わる事なら一刻も早く動いておきたい」

 

 っても可能性としては十分低いと思うけどなぁ…試してみないことには何も変わらないけど。

 

 芳乃「私も一緒について行きたいです……お願いします」

 

 茉子「ワタシも。なんだか気になります」

 

 ……まぁ気になるのはしょうがないか、朝武さんに至っては……いや、こう思うのは止めておこう。

 

 蓮太「よし、行こう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺達は学院に連絡を入れてから、駒川さんの診療所に向かった。

 

 みづは「それは確かに気になるね」

 

 将臣の説明をひとしきり聞いた駒川さんは、軽く頷いて見せた。

 

「ちょっといい?」と言って指で欠片を掴み、様々な角度から欠片を観察する。

 

 みづは「見た目は……水晶のように見えるね。特に変わった点は見当たらないけど……この欠片に対して、有地君は何か感じたりする?」

 

 将臣「感じるって言うほどじゃないんですが……気になります…。なんかこう…ずっと傍に持っておきたくなるような…」

 

 ずっと持っておきたくなるのと、将臣に似た気配……ねぇ………

 

 全然わかんねぇ。

 

 みづは「芳乃様と常陸さんは?」

 

 茉子「ワタシは…何も、小さいけど綺麗だと思います…そんな感想しか」

 

 芳乃「私も特には…」

 

 蓮太「朝武さんは実際に触ってみたら変わるんじゃないか?」

 

 確か、朝武さんはあの欠片に触ってなかったはず…常陸さんは何もなさそうだったけど。

 

 芳乃「は、はい…やってみます」

 

 朝武さんが、みづはさんの手の平の上に乗った欠片に手を伸ばす。

 

 そして指で掴んだ瞬間…

 

 芳乃「きゃっ!」

 

 静電気の発生とも言えるような現象が起きた。

 

 茉子「よ、芳乃様!?どうされました!?」

 

 みづは「なにかありましたか!?」

 

 ……?みづはさんは何ともないのか?ああなったのは朝武さんだけ…?

 

 ………絶対何かある…!

 

 芳乃「い、いえ、すみません。ちょっとビリッとしただけです」

 

 そう言って改めて欠片を掴み上げる朝武さん。

 

 ちょっと待てよ……今の流れ、どっかで見たことあるような……

 

 芳乃「……綺麗ですね。それくらいしか…」

 

 朝武さんの不思議そうな表情は変わらない。

 

 ムラサメ「祟り神の影響を受けた欠片ならば、耳が生えるやも思ったが……反応なしか…」

 

 芳乃「祟り神とは関係が…」

 

 何かを言いかけた朝武さんと俺の目が合う。

 

 芳乃「竹内さんは何かあるんじゃないですか?不思議な力を持っていますし」

 

 そういえば俺も欠片には触ってなかったな…どれ、試しに…

 

 蓮太「ちょっと失礼…」

 

 朝武さんの手にある欠片に触れると……

 

 バチッと欠片が飛んでいった。

 

 蓮太「は…?」

 

 一同「……え?」

 

 俺はもう一度床に転がった欠片を触ってみる。

 

 すると触れた瞬間に、またバジかれるように欠片が飛んでいった。

 

 蓮太「触れない…んだけど…?」

 

 これは静電気なんてものじゃない……しかも朝武さんと違って、二回目も触れなかった…

 

 蓮太「朝武さん」

 

 芳乃「は、はい?何でしょうか…?」

 

 蓮太「ちょっと手を繋いでみていい?何となくだけど」

 

 これで俺が朝武さんに触れた瞬間に手が弾かれたら……どうなるんだ?まぁ、試すくらいはいいだろう。

 

 芳乃「はい……どうですか?」

 

 何も無く朝武さんと手を繋げた。別に弾かれることはなく……けど、なんだろう…力が流れてくるような…?

 

 目を瞑って朝武さんの手に意識を集中させる…。

 

 朝武さんの中にある何かが自分の手に流れ込む感覚…段々手が熱くなってきて、思わず手を離してしまった。

 

 蓮太「…くっ…!」

 

 目を開くと繋いでいた左手が蒼白く光っている。

 

 茉子「これって……」

 

 蓮太「朝武さんの力だ…何となくわかる…優しく包んでくれるような優しい感じがする…」

 

 そう言って左手から意識を逸らすと、散るようにして綺麗な光とともに消えていった。

 

 将臣「な、何だったんだ?今の…」

 

 蓮太「欠片が弾かれた事は、全然わかんないけど…。多分…朝武さんの内側にある力…祟り神を祓っている時に使う力を貰ったんじゃないかな?」

 

 ムラサメ「不思議な事ばかりだが、吾輩の想像通りなら…」

 

 何かわかったのか…?

 

 ムラサメ「芳乃に耳が生えなかったのは、反応しない程度のものだったのだろう。蓮太の方はすまぬが吾輩にも分からぬ。ただ、力を持った者からその力を借りることが出来るようだな」

 

 本当に不思議な事ばかりだな…俺って。

 

 ムラサメ「先程の蓮太の左手からは完全に芳乃から感じる気配と同じだった。だから少なからずその事は間違ってはいないだろう」

 

 蓮太「…………」

 

 現状で分からないことが多すぎる…頭が混乱しそうだ…

 

 蓮太「とりあえず、今俺達が考えても仕方ない、だからみづはさん。些細なことでも大丈夫ですから、この欠片を調べて貰えませんか?」

 

 みづは「もちろん、最善は尽くすつもりだよ。時間はかかると思うけど、可能な限り調べてみよう」

 

 みづは「その為にもどんなことでもいいから、何か思ったことはないかな?」

 

 思ったこと…か…

 

 芳乃「そうですね…強いて言うなら…、なんだか安心できるかもしれません。安堵…と言うほどではありませんが」

 

 みづは「安心……」

 

 茉子「ワタシの方は本当に何も感じません。芳乃様の気持ちは、有地さんが感じたものと……少し似ているかもしれませんね」

 

 でも当の本人達は、本当に些細なことらしい。漠然としすぎて例えることも難しいんだろう。

 

 蓮太「俺は……なんだろう?なんか…嫌いだ。理由はないんだけど…なんか苦手」

 

 みづは「………………」

 

 何か思い当たることがあるのか、考え込んでいるみづはさん。俺もちょっと漠然としすぎたな々

 

 みづは「わかった。とにかくこれは、私の方で預からせてもらって構わないね?」

 

 将臣「もちろん。そのために持ってきたんですから」

 

 みづは「それじゃあ、まずはこれが普通の鉱石か調べ……、ってそういえば拾った時、落ちていたのはこれだけ?他に気になるものはなかった?」

 

 将臣「え?あー…どうでしょう?何となく拾っただけですから…」

 

 将臣「何か気になることでも?」

 

 うーん…多分……

 

 蓮太「他に同じものがある?とかじゃないか?見るからに何かの欠片なのは確実なんだ。だったら欠け落ちた元がある可能性が高い」

 

 みづは「そういうことだ。この欠片が一つという保証もないからね。色々と疑問はあるから、せめてその付近だけでも調べてみた方がいいかと思ってね」

 

 といっても山の中の場所なんて覚えて……

 

 茉子「ワタシ、覚えていますよ。この前祓った場所ですよね?今から確認してきましょうか?」

 

 嘘だろ?

 

 みづは「いや、場所さえわかれば私が…」

 

 ムラサメ「吾輩が行こう」

 

 芳乃「ムラサメ様がですか?」

 

 みづは「…?」

 

 あ、そうか、ムラサメは気配を感じとれるんだ。

 

 ムラサメ「アレだけ小さな欠片だ。場所を限定しても見つけるのは用意ではあるまい。だが吾輩ならば、気配を感じこることが出来る」

 

 将臣「それは確かにそうだけど…」

 

 蓮太「将臣、ここはムラサメに任せよう。おそらくムラサメが一番うってつけだ」

 

 将臣「…………。それじゃあ……悪いけど頼めるか?」

 

 ムラサメ「うむ」

 

 蓮太「頼りにしてる」

 

 ニコッと笑うムラサメの笑顔が眩しい。頼りにしてるのは本当なんだけどさ…

 

 将臣「あっ、でも夜には帰ってこいよ?心配だから」

 

 ムラサメ「ご主人の方こそ、勝手に危ないことをするでないぞ」

 

 そう言ってムラサメの姿が消える。もう見慣れてきたな。

 

 みづは「……ムラサメ様が何か意見を?」

 

 ……あ、そうか。完全にこっちは放置してた…

 

 将臣「いえ、欠片の件で山に向かったところです」

 

 蓮太「常陸さんの代わりに探しに行ってくれました」

 

 みづは「そ、そうなんだ…全然姿が見えないから、皆幽霊と話してるみたいだったよ。ちょっと怖かったよ…」

 

 まぁ幽霊で間違ってないだろう、本人が聞いたら怒られそうだが…

 

 みづは「でもムラサメ様が調べてくれるならありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう。私も資料の洗い直しに専念できるからね」

 

 将臣「資料……」

 

 みづは「学生は学生の本分を果たしなさい、もう授業が始まってる時間だよ」

 

 茉子「はい、わかりました」

 

 芳乃「それでは失礼します」

 

 ぺこりと一礼する二人、将臣はまだなにか要件がありそうだった。その場から動こうとしない。

 

 芳乃「有地さん?」

 

 将臣「ゴメン。先に行っててくれないかな?ちょっと駒川さんに用事があって…すぐに俺も行くから」

 

 芳乃「そうですか…わかりました」

 

 まぁ、用事は後で聞けばいいか…多分資料の事だろう…さっきボソッと言ってたし。

 

 蓮太「じゃあ、よろしくお願いします」

 

 首を傾ける二人とともに、俺達はそのまま将臣を残して、診療所から立ち去った。

 

 



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28話 化け物

今回は短めです。申し訳ありません。


 昔から思う事がある。俺って一体何なんだろう…?何で周りと違うんだろう?幽霊が見える事を嬉しくなんて思ったことも無い。こんなことが出来たって人よりいいことなんて一つもない。

 

 周りと同じが良かった。普通に家族が欲しくて、霊なんて見えなくて、当たり前のようにいろんな友達がいて。

 

 そんな当然が欲しかった。

 

 今だってそうだ。不思議な事を皆で体験してるのに、また俺だけ違う。俺だけが何も分からない。何も分かってない。前例がない。情報がない。

 

さっきのあの欠片の件の時から思い始めた。

 

 俺だけが明らかに他の友達と全然違う。まるで化け物みたいだ。

 

 俺だけが…。

 

 芳乃「竹内さん?」

 

 我に返ると朝武さんが顔を覗き込むように俺を見ていた。

 

 蓮太「え…?どうしたの?」

 

 芳乃「いえ、診療所を出てからしばらくボーッとされてたので…何かあったんですか?」

 

 朝武さんは強いな、最初の頃もそうだ、全部一人で抱え込もうとして…、相当辛かっただろうに。誰かに縋りたかっただろうに。

 

 俺は…………

 

 蓮太「何も無いよ、ごめん。将臣を待つんでしょ?悪いけど先に学院に行っとくね」

 

 芳乃「竹内さん?」

 

 蓮太「ごめん」

 

 友達なんて言っておきながら、やっぱり心の奥底では信用出来てない自分がいる。怖いんだ。自分だけ普通の人間じゃないみたいで…。祟り神の件もそうだ。俺だけ心の力…自分の力で…武器を使わずに対峙できる。なんで?朝武さんでも出来ないのに…。

 

 考えれば考えるほど怖い。本当に人間なのか……?

 

 茉子「…………」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 学院の授業中もまともに集中出来ずに時間が経つ、気づけば昼になっていた。考えたくなくても考えてしまう。

 

 なんで心の力なんて物が俺にはあるのか…

 

 山河慟哭に関することもまだ全て分かってない。

 

 ムラサメが見える理由も…

 

 何なんだ……一体……。

 

 将臣「蓮太!」

 

 左の方から声がする。気づけば将臣がすぐ側まで来ていた。

 

 蓮太「何?どうした?」

 

 将臣「どうしたじゃないって、さっきから言ってるだろ?昼食を皆で食べようと思ってるから、蓮太もどうだ?って…聞いてなかったのか?」

 

 みんなで……か。

 

 蓮太「ごめん、ちょっと他に用があるから、今日は難しいんだ。悪い」

 

 将臣「用事?」

 

 蓮太「別に大したことじゃないよ、じゃあそういうことで、なんか言われたらみんなにもごめんって言ってて」

 

 俺は弁当箱を持って教室から逃げるように立ち去った。

 

 茉子「…………」

 

 

 そうして学院のすぐ裏にある山の中へ少し入って、近くを流れている川の近くに座り込む。

 

 鳥の鳴き声や川のせせらぎを聞きながら、ボーッと空を見上げる。

 

 そういえばここに来る前は大体一人だったな…

 

 周りの人から良くはしてもらってたけど、心を許せるような人はいなかった気がする。

 

 大人はもちろん、仲が良かった子供たちはみんな早い段階で院を出ていったからな。

 

 あれ…?一人ってこんなに辛かったっけ…?

 

 ここに来てからは、常に誰かと一緒だったからな。やっとみんなと仲良くなれてきたのに、俺自身が………

 

 そんな時腹の虫が鳴る。どんな時でも腹は減る。ってか…

 

 俺は弁当箱を開けて常陸さんが作ってくれた弁当を食べる。

 

 今では作ってもらうのが当たり前になったけど、こんな事も自分でやってたな…懐かしい。

 

 一度チラッと朝にキッチンを見た時がある。朝武さんと常陸さん、将臣と俺の分で微妙に中身の味付けや量が違う。量は見ただけで分かるが、味付けは香りが変わるからな。

 

 そんな些細な気遣いでさえも俺にとっては新鮮なものだった。

 

 一口…また一口と弁当を食べてると、涙が出そうになる。

 

 なんでこんな化け物に優しくしてくれるんだろう…

 

 俺は学院に戻る気になれなくて、そのまま山でしばらく時間を潰した。

 

 ………………

 Another View

 

 芳乃「竹内さん、心做しか元気がなさそうでしたけど…どうしたんでしょう?」

 

 茉子「確かに、診療所を出てから若干顔色も変わってましたね」

 

 将臣「さっきも用事があるからって一緒に弁当を食べるのを断られたんだよ」

 

 芳乃「心配です…」

 

 茉子「そうですね………よし、ここは…」

 

 …………………

 

 

 結局1時間遅れで戻ると案の定かなり怒られてしまった。そのまま帰ろうかとも思ったが、安晴さんに迷惑はかけられない。

 

 それから授業を受けてみるもののもはや何も感じなくなった。クラスの中で俺だけが別の生き物のように感じる。

 

 一刻も早く出ていきたい。

 

 

 そして放課後一目散に教室から出ていき、人目のないところを目指してふらふら町を歩き回る。

 

 見渡せば家族で手を繋いで歩いている人とかも目に入る。俺がどんなに求めても手に入らないもの。

 

 蓮太「いいな…」

 

 思わず声が出てしまう。家族が欲しいのもあるけど、一人でいいから心の底から信じることの出来る人が欲しい。

 

 俺はその光景から逃げるように行ったことのない場所へと歩みを進めた。

 

 そしてたどり着いた所は山とは違うちょっとした広さがある高台。

 

 穂織の町を見渡すことが出来る絶景の場所だった。その高台の真ん中には樹齢何千年かありそうな程のデカい大木がある。

 

 俺はそこから穂織の町を見渡して座り込む。

 

 蓮太「この町に…いていいんだろうか…」

 

 町だけじゃない、俺を必要としてくれてる人はいるんだろうか…。

 

 お祓いも元々は朝武さんと常陸さんの二人で何とかなってたし。

 

 何のために生きているんだろう。

 

 俯きながらそんな事を思う……

 

 必要としてくれてる人……か………

 

 何故か最初に思い浮かんだのは常陸さんだった。

 

 なんでかな?一番話すタイミングが多かったからかな…?

 

 確かにこの穂織にきてなんだかんだで常陸さんと一緒にいる事が多かった気がする。

 

 買い物の時、お祓いの時、その後二人で家に送った時、鮎の塩焼きを食べた時、案内をした時、夜のトレーニングの時、他にも基本的には常陸さんと一緒にいることが多かった。

 

 俺にとって……常陸さんと一緒にいるのが普通になりつつあったのかもな…。

 

 ダメだ……押しつぶされそうだ。辛い……苦しい……助けてほしい……!!

 

 蓮太「常陸さん…………!」

 

 意味もなく呼んでしまう。そこにいる訳でもないのに。無意識に求めてしまう。

 

 

 

 会いたい…

 

 

 

 泣いてしまいそうだ…。

 

 そんな時、誰かが隣に座った気がした。聞こえてきたその声は今、俺にとって最も聞きたかった声だった。

 

 茉子「大丈夫ですか?竹内さん。こんな所で何をしているんですか?」

 

 

 

 



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29話 伸ばした手の先

諸事情につき、今回も短めです。


 茉子「大丈夫ですか?竹内さん。こんな所で何をしているんですか?」

 

 聞き慣れた声、求めていた声、安心する声。

 

 俺は顔を上げて確認する。

 

 隣には常陸さんが座っていた。

 

 蓮太「ひ、常陸さん…?なんで…」

 

 茉子「竹内さんが、なんだか元気がなさそうだったので…ついて来ちゃいました」

 

 そう言ってニッコリと笑う常陸さん。その笑顔ですら心にくる…。

 

 蓮太「そう…かな?って…もう今更だな…」

 

 茉子「何か、あったんですか?」

 

 蓮太「いや………」

 

 躊躇ってしまう。やっぱり常陸さんにも信用出来てないんだろうか……

 

 色々と思う事はある。俺が普通じゃないって事とか、分かってない謎とか、信じることの出来る人が欲しい事とか…

 

 言ってしまいたい…吐き出してしまいたい…。でも……

 

 嫌われたら…?離れてしまったら…?そう考えると怖い…。やっと、友達になれたのに、また一人になりたくない…!

 

 蓮太「………………!」

 

 俺は何も言えなかった。こんなにも独りになる事が怖かったなんて…

 

 ダメだな…せっかく常陸さんが来てくれたのに…結局は…俺が信用出来てない…

 

 自分が情けなくて…悔しくて…手が震えてしまう…

 

 茉子「………大丈夫ですよ」

 

 右手が何かに包まれるような感覚。

 

 常陸さんがしっかりと俺の右手の上に左手を重ねてくれていた。

 

「大丈夫」

 

 この言葉がどれだけの人を救ってきたのだろう。

 

 常陸さんは多分まだ理由を分かってないと思う。けれどあの「大丈夫」の意味は……一緒にいてくれるという事だろうか…?

 

 何があっても友達でいてくれるということだろうか?

 

 俺は右手を返し、常陸さんと手を繋ぐ。

 

 握り返してくれた常陸さんの手は暖かかった。

 

 蓮太「俺……どうしたらいいんだろう…?」

 

 きっと、俺の力のこと等を聞いても意味は無いだろう。

 

 そんな事は俺自身が一番分かってる。聞きたいのはそんな事じゃないのも…

 

 蓮太「俺…自分が友達だ、なんて言っておきながら…相談一つも出来ない……ごめん……」

 

 茉子「無理をしなくても大丈夫ですよ。ただ…一つだけ…」

 

 その言葉を言い放つと共に、常陸さんは動き始めた。

 

 しっかりと俺と手を繋いだまま…

 

 そして急に頭を引き寄せられ、視界が暗くなる。

 

暖かい……本当に優しく……

 

 俺は常陸さんに抱きしめられていた。

 

 茉子「ワタシは、ワタシ達は、ずっと竹内さんの友達で、仲間です」

 

 友達

 

 仲間

 

 その言葉を聞いて、感情が昂って遂に静かに涙を流してしまう。

 

 蓮太「………………………不安だった」

 

 茉子「…はい」

 

 そっと優しく頭を撫でられる。

 

 蓮太「……………なんで俺だけ周りの人と違うんだろうって思ってた…」

 

 茉子「…………はい」

 

 蓮太「幽霊なんか見たくなかった…家族も普通にいて欲しかった…一人でもいいから、友達が欲しかった……」

 

 蓮太「普通が……欲しかった……」

 

 茉子「……はい」

 

 手を離して俺も抱きつく。常陸さんは更に強く、優しく、抱きしめてくれた。

 

 蓮太「この穂織に来ても変わらない、俺だけが違った…俺だけ何もわからない…謎だらけで、自分が気味が悪い…!」

 

 遂に言ってしまった。

 

 蓮太「自分が怖い……!」

 

 茉子「それが…竹内さんの本心なんですね…」

 

 コクリと頷く。

 

 茉子「やっと、言ってくれましたね……」

 

 茉子「確かに、竹内さんは不思議な人です」

 

 やっぱり……怖い……けど、しっかりと聞かなきゃ…逃げちゃダメだ…!

 

 茉子「ワタシは昔の竹内さんの事もまだあんまりわかりませんが、ここに来てからは変わったこともあったんじゃないでしょうか?」

 

 茉子「不思議なことが起きていたとしても、「例え」竹内さんが普通じゃなかったとしても、竹内さんは一人ではないじゃないですか」

 

 茉子「もう、仲間ならいますよ。友達ならいますよ」

 

 茉子「ワタシ達は、離れませんよ」

 

 蓮太「でも!俺は化け物だ!!なんでムラサメがみえる!?なんで心の力なんてものがある!?」

 

 蓮太「こんなの……人間じゃない…!」

 

 強く言ってしまった。せっかく常陸さんが受け止めてくれたのに…

 

 茉子「普通です!」

 

 常陸さんは勢いよく立ち上がって叫ぶ。思わず俺は顔を上げた。

 

 茉子「ワタシもムラサメ様は見えます!叢雨丸の使い手だっています!呪われた巫女姫だっています!その二人もムラサメ様を見ることが出来ます!他にもワタシ達には色んなありえない事があります!」

 

 茉子「それに、心の力ならワタシ達にもあります」

 

 茉子「ワタシ達は…!ワタシは…!竹内さんの事を信じてますから」

 

 茉子「だから…そんな風に自分をいじめないでください…」

 

 真っ直ぐな瞳で見つめられる。

 

 蓮太「…じゃあ…、俺はここにいていいんですか…?」

 

 茉子「はい」

 

 蓮太「俺は……一人じゃないんですか…?」

 

 茉子「はい…!」

 

 蓮太「俺は……常陸さんにとって、友達なんですか…?」

 

 茉子「はい!」

 

 本当に…なんて優しい人なんだろう…俺はこんな友達をもてたことに感謝しなくちゃいけない…

 

 

 

 

 

 

 「──」になってしまいそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「ありがとう………」

 

 俺はそう言って立ち上がる。

 

 蓮太「これから…頑張る、みんなの役に立てるように、友達の為に…」

 

 茉子「いつでも、悩んでいた時は相談してください。何があっても、ワタシは味方ですから」

 

 俺は涙を拭いて笑顔で返事を返す。

 

 蓮太「ありがとう…」

 

 今までは俺が信じきれてなかっただけだった。こんなに素晴らしい友達がすぐ側にいたのに、気づきもしなかった。

 

 これからは、俺が……!!

 

 蓮太「帰ろうか」

 

 茉子「そうですね、夕食の準備をしなくちゃ」

 

 蓮太「俺も手伝うよ、料理は好きなんだ」

 

 常陸さんはそっと手を伸ばしてくれる。俺はその手をとり、二人で家へ帰る。

 

 

 

 再び繋がれた手は、とても暖かかった。

 



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30話 家族を繋ぐ料理

 蓮太「今日って夕飯は何にするんだ?」

 

 二人で夕陽が差し込む道を歩きながら、常陸さんに話しかける。

 

 俺達の後ろにできる影は手先が繋がっていた。

 

 茉子「そうですね……何かリクエストはありますか?」

 

 蓮太「リクエスト……か……食べたい物は特にないけど…家にはどんな食材が?」

 

 茉子「実は今日、買い出しに出かける予定であんまりないんですよね…あは…」

 

 蓮太「あっ、ごめん…俺のせいか…じゃあやっぱり夕食作りを手伝うよ。何を作る?」

 

 茉子「うーーん……そうですね…………」

 

 そう言いつつ歩くが、結局これといったものが決まらずに店が続いている道まで来てしまった。

 

 適当に二人でキョロキョロしているとなんだか大きい包み物を店前にドカンと置いてあるのを見つけた。

 

 蓮太「常陸さん、アレ…なんだろ?」

 

 茉子「何やら大きい包み物が置かれてますね、あのお店は…魚屋さんですよ?何かあったんでしょうか?」

 

 蓮太「ちょっと行ってみようよ」

 

 近づけば近づくほどかなり大きい包物だ。その存在感は一際目立っている。

 

 蓮太「なぁ、おっちゃん!この大きい包物…何なんだ?」

 

 魚屋「おっ!?茉子ちゃん…と、もしかして…彼氏か!いいねぇ!気になるかい?こいつァスゲェぞ!かなりのレア物だ!」

 

 彼氏って言葉を聞いて常陸さんが顔を赤くして慌てて手を離した。

 

 茉子「ちっ、ちがっ!そ、そんなのじゃないです!か、か、彼氏だなんて…」

 

 顔を赤くして顔を逸らす常陸さん。可愛い…。というか恥ずかしがるのは凄く今更だと思うんだけど……とてつもなく人には見せられないことしてたし…

 

あと…俺のためにごめんなさい…。

 

 蓮太「いいから早く見せてくれよっ!」

 

 俺も恥ずかしくなって慌てて話を逸らす。

 

 魚屋「わかったから!わかったから!これをみてチビんなよ!?そらっ!」

 

 開かれた布の中身は数十cmなんてくだらない、特大サイズの魚だった……

 

 いや…これって……

 

 蓮太「こ、こいつは………『エレファント本マグロ』じゃないか!」

 

 茉子「お、大きい…。1…いや1.5mはありますね…」

 

 まさかこんな魚の実物を見ることが出来るなんて…!

 

 魚屋「でけぇつっても、この魚の中じゃあ小せぇ方なんだがな」

 

 蓮太「いや、こんな魚…滅多に見かけれるもんじゃない。どうやってここに?」

 

 魚屋「俺は色々とツテがあってな!レア物を取ることができたら、仲間内で順番に売りさばいてたんだ。そんでもって俺の番の時に、こいつが手に入ったってことさ」

 

 茉子「じゃあ、このお魚は売り物なんですか?」

 

 魚屋「おうよ!買うかい?茉子ちゃん?」

 

 いや…調理してみたい…!心の底からワクワクする…!値段は……

 

 ぐっ……!結構いい値段するな…だけど…朝武さんや将臣にも悪いことしたしな…こいつで夕飯を作ってやるか!

 

 蓮太「いや!俺が買う!売ってくれ!」

 

 茉子「だ、大丈夫なんですか?色々と気にするところがあると思うんですが…」

 

 蓮太「任せてくれって!さっきのお礼も兼ねて、俺が調理するから!全部は…無理だけど」

 

 茉子「竹内さん…目が輝いてますよ…?まあ、竹内さんが元気になってくれて、ワタシは嬉しいですからいいんですけどね」

 

 蓮太「よし!買うよ!金は置いとくぞ?」

 

 魚屋「おう!どうする?このデカさだから…ここで切るか?」

 

 さて……どんな料理にしようか…

 

 そうだな……

 

 蓮太「いや!丸ごと貰う!」

 

 魚屋「おっしゃ!ちょっと待ってな!」

 

 そう言って魚屋のおっちゃんはこのマグロを包んでくれている。

 

 茉子「買ってしまいましたね…。こんなに大きなお魚を買ってしまって、大丈夫なんですか?」

 

 蓮太「まぁ、朝武さん家なら何とかなるだろ。それに、タイミングが合った時に他のみんなも誘って一緒に食べたりしたい」

 

 茉子「竹内さん……」

 

 常陸さんは嬉しそうににっこりと笑っていた。

 

 茉子「では皆さんにそう話してみましょうか!その時はワタシも手伝いますから!」

 

 蓮太「あぁ!その時は一緒に美味い物を作ろう!でも…今日は俺に任せてくれよ?朝武さんにも将臣にも俺の作った飯を食べて欲しいし……」

 

 そう言ってる時に常陸さんと目が合う。

 

 茉子「?どうしました?」

 

 蓮太「常陸さんには助けて貰ってばかりだから、俺的には一番に食べて欲しいのは常陸さんなんだけどね」

 

 今、俺に出来る恩返しはこれくらいしか思い浮かばないから、一所懸命に頑張ろう!

 

 茉子「あ、あは。なんだかそう言われると照れますね……ですが、流石に今から全部の作業を任せてしまっては大変でしょう?このお魚を使う所は竹内さんにお任せしますから、その他はワタシが手伝いますよ」

 

 蓮太「ま、まぁ…ね、お願いする…。けど、楽しみにしててくれ!」

 

 それから俺達は他に色々と足りない物を買って家に帰った。

 

 蓮太「ただいま〜っと…」

 

 流石にこれだけの大きさのマグロとなると家の中での移動がしにくいな……

 

 至る所で柱や壁に当てそうになる。

 

 安晴「どうしたんだい?その大きな魚」

 

 居間に入ったところで、安晴さんに声をかけられた。

 

 蓮太「この魚を見た時に、どうしても調理してみたくなって…思わず買っちゃったんスよ。今から常陸さんと作りますからもう少し待っててください」

 

 安晴「急がなくてもいいよ?ゆっくりでも大丈夫だからね?」

 

 蓮太「ありがとうございます」

 

 台所に着いたところでとりあえずドンッと大きめの板の上に置く。

 

 茉子「流石にいつも使っているまな板じゃあ、大きさが足りませんからね」

 

 蓮太「しょうがないさ、よし!じゃあ早速作ろうか」

 

 茉子「はい!」

 

 

 *

 

 俺はスマホの画面に映されているある人からの文章に驚いて、それが真実なのかを確かめるために、物陰から蓮太と常陸さんをじーっと見ている。

 

 朝武さんと一緒に…。

 

 将臣「ねぇ、朝武さん。正直どう思う?」

 

 芳乃「私もよく分かりませんが…先程の様子からして…茉子が竹内さんを元気にしたのは確実だと思います。いつものように…いえ、いつもより笑ってらっしゃるので」

 

 将臣「でも………」

 

 廉太郎から送られてきた文章は要約したらこうだった。

 

『蓮太と常陸さんが手を繋いで町中を歩いているらしい!!!』

 

 将臣「手を繋いで歩くって程に見えない……かなぁ……」

 

 芳乃「わ、私も、茉子が異性と手を繋いでいる所なんて見たことがないですから…気になるんですが……見たところは……」

 

 その時、常陸さんが作った味噌汁の味を確認してもらいたかったのか、小皿に少し移した汁を「フー」息をふきかけて冷まして、蓮太に飲ませていた。

 

 芳乃「可能性は…あるんじゃないでしょうか…?」

 

 将臣「もはや、あの大きい魚よりも二人の距離感の方が気になるよね」

 

 確かに今日の蓮太はなんか変だったから心配だったけど…すっかり元に戻ってるっぽいし……しかも戻ってるのは放課後にしばらく消えてから……

 

 うむ……

 

 将臣「やっぱり…付き合っているのかな?」

 

 芳乃「も、もしそうなら、何かお祝いとかした方が良いんでしょうか!?」

 

 将臣「いや…そんなことは……どうだろう?」

 

 物とかを渡すほど大袈裟にしなくてもいいと思うけど、一言くらいは祝ってあげたいよな…

 

 芳乃「それにしても、あんなに楽しそうな顔をする茉子、初めて見たかもしれません…」

 

 将臣「そうなの?」

 

 芳乃「はい。真実はどうであれ、二人がとても仲がいいのは揺るぎない事実なのかもしれませんね」

 

 将臣「確かに…そうかも。蓮太も凄い笑ってるし。何よりも二人とも本当に楽しそうだ」

 

 その時、俺のお腹が軽く鳴った。

 

 芳乃「ふふっ、有地さん、お腹が鳴ってますよ?」

 

 将臣「こんな風に聞かれると恥ずかしい……って、常陸さんが箸とか配り始めたからもうすぐできるんじゃない?」

 

 芳乃「そうですね、手伝いましょうか」

 

 将臣「そうだね」

 

 楽しそうな二人を見ている朝武さんは、本当に嬉しそうだった。

 

 

 *

 

 よしっ!こんなもんだろう!思い切って輪切りにしてみたぞ!

 

 味も……多分大丈夫なはず…!小さいのを別に作って一応食べてはみたけど、問題はなかった。

 

 常陸さんは……あぁ、今箸とかコップとかを配ってるのか、じゃあ俺が人数分に分けるか。

 

 ご飯と……味噌汁と……ポテトサラダと……これは…ベジタブルオムレツか!いい感じに和と洋が混ざりあってるな。

 

 茉子「これ、テーブルの方に持っていきますね」

 

 気づけば常陸さんがこっちに戻っていた。

 

 蓮太「あぁ、お願い」

 

 そうしてテーブルの上には俺と常陸さんで作った夕飯達が並べられる。

 

 そして並んで座っている将臣と朝武さんは何故かやたらと仲良さそうに笑っていた。

 

 蓮太「…?将臣と朝武さんなんかいい事でもあったのか?随分機嫌が良さそうだけど」

 

 芳乃「そうですね、いい事はありましたよ?」

 

 将臣「まぁ、気にしないでくれ。こっちの話だから」

 

 蓮太「?まぁいいけどさ」

 

 そうして全ての食べ物を配り終わり、俺と常陸さんも並んで座る。

 

 安晴「にしても凄い料理だね…特にこの大きい魚の切り身…なんて料理なんだい?」

 

 蓮太「一応ステーキみたいな感じじゃなくて…ムニエルっぽくしてみたんスけど…そうだな…」

 

 調べればネットに先に作った人がいそうだけど、まぁめんどくさいしいいか…

 

 蓮太「まぁ、適当に『マグロの豪快輪切りソテー』って感じですかね」

 

 安晴「成程、蓮太君らしいユニークな料理名だね」

 

 茉子「さぁ、冷めちゃわないうちに食べましょう」

 

 蓮太「そうだな、それじゃあ……」

 

 俺達は全員で手を合わせる。

 

 全員「いただきます!」

 



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31話 夜の月の下で

 全員「いただきます!」

 

 みんなが各々夕食を食べ始める。大丈夫だよ…な…?失敗してないと思うけど…。やっぱり食べてもらうとなると、不安になるな…

 

 そう思いながら俺もまず自分で作ったマグロ料理を一口食べる。

 

 うん…いつも通り…というか昔と同じ感じで作れてる…。

 

 でもあくまで俺にとっての普通だから、みんなからしたら…

 

 いや、だって常陸さんの作ってくれる料理美味しいもん!怖くもなるわ!

 

 って…自分に言ってもしょうがないか…。

 

 チラッと周りを見渡してみる。

 

 蓮太「どう……かな…?口に合う…?」

 

 芳乃「……」

 

 すっげぇ怖ぇ!なに?返事くらいしてくれよォ!

 

 茉子「竹内さん…正直に言います…」

 

 常陸さんが一旦箸を止めて俺の方を見てくる。

 

 蓮太「は、はい……」

 

 茉子「すっっごく、美味しいです!こんなに美味しい物を作れるなんて凄いです!」

 

 お、美味しい…?

 

 将臣「蓮太って自己紹介の時に得意なんじゃなくて好きなだけって言ってたけど、こんなに料理が上手だったんだな。常陸さんに負けてないくらい美味しいよ」

 

 芳乃「はい、そうですね!こんなに美味しい料理を作れるんですから、もっと自信を持ってもいいと思います」

 

 蓮太「ほ、本当!?よかったぁ…不安だったんだ…」

 

 茉子「ワタシじゃあこんなに美味しい料理は作れませんよ!凄いです!」

 

 蓮太「それは大袈裟だろ!常陸さんには勝てないって」

 

 安晴「茉子君の料理もかなり美味しいけど…蓮太君の料理も凄い美味しいよ。こんな特技があったなんて、ビックリしたなぁ」

 

 自信がなかっただけにそこまで言われると嬉しいな…!

 

 芳乃「でも、どうしてこんなに料理が上手なんですか?ここに来る前は頻繁にしてたんですか?」

 

 蓮太「まぁ、憧れてる人がいて…その人の真似をしてたんだ。タバコは苦手で真似出来ないけど…」

 

 将臣「そう言えば、独学で蹴りも練習してたって言ってたね」

 

 蓮太「あはは…まぁ…役に立ったことはあんまりないんだけどな…」

 

 強いて言うなら……初めて祟り神を見た時くらいじゃないかな…?あの時も役に立ったとは…言い難いけど。

 

 茉子「料理…タバコ…蹴り………あは。」

 

 蓮太「な、なに…?常陸さん」

 

 茉子「いえいえー、なんでもありませんよ?」

 

 その小悪魔的な微笑みは何なんだよ……

 

 蓮太「絶対嘘だ…」

 

 茉子「嘘なんて言ってませんよー、髪は金髪にしないんですか?」

 

 蓮太「常陸さぁん!」

 

「あは」と笑う常陸さん。絶対わざとだ!本当にイタズラ好きなんだから…

 

 将臣「あぁ〜!成程ね!黒いスーツは着ないの?」

 

 蓮太「着ねぇよ!将臣もバカにしてんなぁ!」

 

 なんだよ!みんなしてもう…!

 

 芳乃「…?結局どなたの事なんですか?」

 

 みんなじゃなかったわ。

 

 茉子「もしかしたら、竹内さんは女好きなのかも知れませんねぇ…」

 

 蓮太「いやっ…!」

 

 芳乃「女好き?そ、そうだったんですか…?」

 

 蓮太「だから違っ…!」

 

 将臣「実はナンパとかしまくってたり…」

 

 蓮太「だから、違うってーー!!」

 

 みんなして俺をバカにしやがって…!

 

 でも…、こんな風に笑いあえて、凄く楽しい。いや、Mだから…とかじゃないんだが。

 

 くだらない話しで笑えるのがすごく楽しい。さっきまでの俺じゃあ考えられなかっただろうな。

 

 この友達を大切にしたい。

 

 大切にしたいからこそ、呪詛を解きたい。

 

 そのために全力を尽くす…!

 

 かと言ってバカにされるのは嫌だけどな!

 

 安晴「いやー、賑やかな食卓で、楽しいね」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 蓮太「…ったく」

 

 俺はみんなとの夕食の食べてから、後片付けを終わらせて、いつものように境内に来ていた。

 

 上をむくと、おびただしい数の綺麗な星が。その中に混ざるように、綺麗な丸の形をした月が穂織を淡く照らしている。

 

 蓮太「今日は満月か…」

 

 何気なく月を見ていると、その下の神社の屋根の上に、一人座り込んでいる影が。

 

 俺はその影が気になって、神社の方へと歩みを進めた。

 

 蓮太「あれは…ムラサメ…?」

 

 何やってるんだ?あんな所で…、何かひとりごとを言っているようだが…ここからじゃ何を言っているか聞き取れない。

 

 確か…ハシゴが近くに……あ、あったあった。

 

 ハシゴを立てて俺は神社の上へと登る。

 

 …バチとか当たらないだろうか…?まぁ、いいか。

 

 蓮太「ムラサメ?何やってんだ?こんな所で」

 

 ムラサメ「ん?蓮太の方こそ何故屋根の上にいるのだ?」

 

 蓮太「いや、外に出てきたらムラサメがいるのを見かけたから、何してんのかなーって」

 

 ムラサメ「大した事ではない。ただこうして月を眺めていただけだ」

 

 ふーん…ムラサメってそういう事が好きなのか?

 

 蓮太「そうなのか、じゃあ俺も隣に失礼するぞ」

 

 ムラサメ「なんじゃ?蓮太も月を眺めるか?」

 

 蓮太「まぁ、別に理由はないけど…なんとなくムラサメと話がしたいなーって」

 

 ムラサメ「まぁ、なんでも良いが…しょうがないのう。吾輩が付き合ってやろう」

 

 そんなこんなで、ムラサメと二人で並んで夜空を見上げる。俺は寝転がってるんだけど。

 

 ムラサメ「それにしても蓮太は料理が得意なのだな。吾輩、意外と思ったぞ」

 

 蓮太「んぁ?なんで知ってるんだ?見てたのか?」

 

 ムラサメ「まあな、偶然食卓の様子が目に入ったのじゃよ」

 

 そうか………

 

 ムラサメ「茉子とも楽しそうにしておったしな、手まで繋ぎおって」

 

 蓮太「は!?なんで知ってるんだよ!」

 

 驚いた!なんでなんだ!?そんなに長い間手を繋いではなかったはずだけど……というか、言われたらすっごい恥ずかしいな!

 

 ムラサメ「吾輩、あの高台にある大木の上におったからな」

 

 蓮太「え………嘘……だろ……?」

 

 あの時にムラサメもいた…!?そ、それって……

 

 ムラサメ「安心しろ、吾輩は空気を読んで途中で席を外したからな、ただ…戻ってきた時に、蓮太と茉子が手を繋いで歩いていったから…と、とにかく愚弄するつもりは無いぞ?おめでとう」

 

 蓮太「違う!最後の「おめでとう」は勘違いだ!俺と常陸さんは付き合ったりはしてない!」

 

 ムラサメ「そうなのか?なら、何故あの時手を…?」

 

 蓮太「あれは…!その…」

 

 言いづらくて言葉が詰まる。でも……

 

 ムラサメ「なんだ?何か言えない事でもしておったのか?」

 

 ムラサメが横でニヤニヤ笑っている。んー…この勘違いはまず間違いなく正さないといけないな。

 

 流石に全部は恥ずかしくて言えないけど…ムラサメなら大丈夫だろう。『仲間』だから…

 

 蓮太「そんなんじゃない!けど……、誰にも言うなよ?」

 

 ムラサメ「お、おぉ…何やら真剣な表情だな…安心しろ、他言はしない」

 

 蓮太「俺って、その…なんていうか…異端じゃないか…?将臣と違って、ムラサメが見える理由も分からないし、鬼切の刀…『山河慟哭』の件も全くわかってないし…」

 

 蓮太「色々と考えていってる中で、俺、ちょっとダメになってて…、そんな俺を常陸さんが助けてくれたんだ。それで…多分、あれは常陸さんの優しさなんだと思う。実際に手を繋いでくれて、安心したし…」

 

 ムラサメ「ふむ…まあ、手を繋いでいたのはそれで納得するとしてだ。確かに…蓮太は謎が多いな…」

 

 そうなんだよな…気持ち的にはもう大丈夫なんだけど、問題そのものはまだ解決してないんだよな…

 

 蓮太「うん。わからないことだらけなんだ。けど、そんな事、深く気にしなくていいってことがわかったから、まずは呪詛を解きたいんだ。このことに関わるみんなをまずは自由にしたい」

 

 蓮太「それと…ムラサメの事は……俺は友達と思ってるから」

 

 ムラサメ「吾輩が…友達…?そうか…友達…か」

 

 何やらムラサメが急に嬉しそうに笑った。その笑顔を見て俺もつられて笑ってしまう。

 

 ムラサメ「吾輩を友達だ、なんて呼ぶとは、蓮太ぐらいじゃぞ?まあ?吾輩は寛大な心を持ち合わせておるから、それでも良いがな!」

 

 蓮太「じゃあ、俺達は仲間でもあって、友達だな」

 

 ムラサメ「うむ、良かろう!」

 

 それから俺達はしばらく話し合った。どうでもいい事とか、呪詛の事とか、穂織の町のこととか。

 

 最初にムラサメを見た時は、どこか寂しそうだったが…気のせいだったのかな…?

 

 茉子「竹内さーん?と…ムラサメ様?そんな所で何をしていらっしゃるんですか?」

 

 蓮太「あれ?常陸さん?どうしたんだ?」

 

 茉子「どうした、じゃありませんよ。今晩は鍛錬しないんですか?」

 

 あ…、やっべ…、ムラサメと話すのに夢中ですっかり忘れてた…

 

 蓮太「するよ!すぐ下りるから待ってくれ」

 

 そう言ってムラサメの方へ近づく。

 

 蓮太「ほら、ムラサメも下りよう?1人でいるより誰かといた方が楽しいと思うぞ?」

 

 ムラサメ「なんだ?せっかく茉子と二人きりになれるのに、吾輩も誘うのか?」

 

 蓮太「いやだから、そんなんじゃないって!」

 

 こりゃしばらく、いじられそうだな…

 

 蓮太「ムラサメにも一緒にいて欲しいんだ。二人きりだと絶対バカにされるから」

 

 ムラサメ「わはは、バレておったか」

 

 蓮太「バレるも何もずっと馬鹿にしてるじゃないか…」

 

 そんなこんなで、今日は常陸さんとムラサメと俺の三人で心の力のコントロールの鍛錬をする。

 

 ムラサメ「ではまず、その心の力とやらを込めてみよ」

 

 蓮太「あぁ…」

 

 俺は山河慟哭を構えて意識を集中させる。もう力を込めるだけなら、前とは違いスっと出来るようになった。

 

 だけど今日は何かが違った。

 

 茉子「あれ…?いつもよりも光が濃くないですか?色も微妙に違うような…?」

 

 ムラサメ「そうなのか?吾輩、普段をあまり見ていないからのう」

 

 蓮太「いや…少し違う…なんだろ…?優しく包まれるような…ちょっと例えづらいんだけど…」

 

 この感覚は……どこかで感じた事がある気がする……

 

 蓮太「それに、多分少しだけ今までよりも心が楽な気がする」

 

 そう言って二人から離れて山河慟哭を振るう。ある技を試したくて。

 

 蓮太「今なら出来るかも…」

 

 まずは回転しながら、突くように突進する。

 

 そして足を着いた瞬間に回転斬りを二回。

 

 その反動を使ってそのまま斬り上げつつ、自身もジャンプする。

 

 そのまま兜割りのようにジャンプ斬り。

 

 そして片手で前を突き、そのまま空高く目掛けて思いっきりジャンプして派手に斬り上げる。

 

 最後に斬り上げた場所は蒼白い光が真縦に登るように光っていた。

 

 蓮太「はぁ…はぁ……!」

 

 出来た……けど……もう一つのあの技よりも、疲れが凄い…!!立ち上がれない…!

 

 茉子「大丈夫ですか!?一旦あちらのベンチに座りましょう?ほら、肩を貸してください」

 

 蓮太「あ、ありがとう…」

 

 ムラサメ「今のは……」

 

 そうして俺達はベンチに座って休んでいた。常陸さんが飲み物をバッグから出してくれる。

 

 そしてそれをがぶ飲み。

 

 蓮太「ふぅー…、ごめんな常陸さん」

 

 茉子「いえ、それよりもいきなりあんなに激しく動くだなんて、コントロールの鍛錬ではなかったんですか?」

 

 蓮太「あ、いや…元々やってみたいことはあって…なんか出来そうだったから…つい…」

 

 茉子「無茶ですよ!まだ凶斬りも出来ていませんし」

 

 蓮太「えっ!?いやっ!!そ、そんなことしてませんよ!?」

 

 常陸さんってなんでも知ってるよな…なんか恥ずかしいわ…

 

 茉子「今更ですよー、最初の頃ににブレイバーって言ってましたからね。察しはついてます」

 

 蓮太「あはは…それも…そうか…」

 

 ムラサメ「それよりも蓮太、今のはなんだ?」

 

 え!?ムラサメまで!?

 

 蓮太「あっ、あれは…ゲームのキャラの真似で…」

 

 ムラサメ「そういう意味ではない、あの最後の光が出た時、妙な感覚がしてな…」

 

 茉子「妙な感覚…ですか?」

 

 ムラサメ「うむ…なんだか、芳乃の気配に似ておったような……」

 

 朝武さんに?なんでだ…?



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32話 呪詛

 俺の技が…というか、心の力が…朝武さんに似てる…?

 

 蓮太「朝武さんみたいって…」

 

 ムラサメ「気のせいなのかもしれんがな、なんとなく、似てた様な気がしたのだ」

 

 うーん…そうなのか…?

 

 とりあえずもう一度、山河慟哭に心の力を込める。

 

 茉子「あれ…?先程のように蒼白くありませんね…いつもと同じ、蒼色です」

 

 確かにさっきとは全然違うな…

 

 蓮太「色もそうだけど、感覚も違う…さっきのはなんか…こう…優しく包まれてるような感じがしたけど…今回は全くない」

 

 茉子「包まれてるような感じ…ですか…」

 

 蓮太「朝武さんの力を感じた時と同じだ…!」

 

 今気づいた!あの時に感じた事だ!

 

 ムラサメ「あの時に蓮太の身体に流れた芳乃の力を使ったのかもしれんな…何気に凄い能力だぞ?これは」

 

 蓮太「朝武さんのあの力をずっと身体に留めてたのか…、なぁ、常陸さん」

 

 茉子「はい?何でしょう」

 

 蓮太「手を出してもらっていい?」

 

 茉子「はい、大丈夫ですが…」

 

 俺は常陸さんの手を握る。そのまま目を瞑って意識を常陸さんの手に集中させる。

 

 茉子「あっ…」

 

 常陸さんの手に集中するが、朝武さんの時みたいに力が流れてくる感じがしない。

 

 そういえば、祟り神を祓う力は朝武さんとムラサメが強くて、常陸さんはそんなに強くないって言ってたな…

 

 俺のコントロールが下手なのもあるけど、まさかかけらも感じることが出来ないとは…

 

 ムラサメ「どうだ?何か感じたか?」

 

 蓮太「いや、ダメだ。手を繋いだだけで力が流れてきたのは朝武さんの力が強すぎだからなのか?」

 

 ムラサメ「どうだろうな…可能性は無くはないが…断言はできんな」

 

 ん〜…そう言えばあの時以外で一度あの優しい感覚を感じたことがあるような…いつだったかな…

 

 蓮太「後で将臣でも確認してみるか…」

 

 ……

 

 にしても、常陸さんの手って意外と柔らかいな…忍者の修行してたとか言ってたから、もっとゴツゴツしてるのかと思ったけど…全然そんな事ないし…

 

 ぷにぷに

 

 繋いでいた時はそんな事思わなかったけど、今改めて握るとやっぱり女の子の手なんだなぁ…

 

 茉子「た、竹内さん?」

 

 ぷにぷに

 

 柔らかいだけじゃなくてスラッとして綺麗だし、俺の手とは全然違うな。

 

 茉子「竹内さん!」

 

 蓮太「ん?」

 

 茉子「そんなにぷにぷにされると…困りますよ…」

 

 蓮太「あっ、ごめん。なんか夢中になってた!」

 

 女の子にいきなりこんなことしたりしたらそりゃ困惑するわな…気をつけないと。

 

 ムラサメ「蓮太もご主人のようにムッツリだな…」

 

 蓮太「よくムッツリなんて言葉知ってるな」

 

 ムラサメ「それよりも……いつまで手を繋いでおるのだ?」

 

 蓮太「え?あっ!悪い!」

 

 俺は慌てて繋いでいた手を離し、ポケットの中に突っ込む。

 

 茉子「いえ、手を繋ぐのはワタシは大丈夫なんですが…竹内さんは大胆というかなんというか…」

 

 いやだから、恥じらうのは遅いって。

 

 ムラサメ「もう本当に恋人になったらどうなのだ?」

 

 何言ってんだ?この幼刀。

 

 茉子「ワタシなんかが、お付き合いする相手だなんて恐れ多いですよ。それに竹内さんには芳乃様がいらっしゃいますよ?」

 

 ムラサメ「おお!そうであったな、芳乃の婚約者の一人だったな!」

 

 蓮太「というか今の状況って俺と将臣で朝武さんを取り合ってるって事なんだけど大丈夫なのかね…」

 

 心配じゃなくてそこそこ嬉しそうに言ってたからな…安晴さん…。まぁあの事情を聞いたら気持ちはわからなくもないけど…

 

 茉子「良いじゃないですか〜、マンガではよくありますよ?一人の女性を求めて激しくぶつかる二人…!二人はそれぞれその女性にアプローチするんですが…」

 

 蓮太、ムラサメ「ジィーー」

 

 茉子「そ、そんな分かりやすく「ジィーー」なんて言わないでください!」

 

 蓮太「まぁ、少女マンガにはよくなるもの…なのか?女性目線だったらその状況って嫌なんじゃないのか?」

 

 だって、結婚相手を半強制的に決められてるわけだし…

 

 茉子「でも、芳乃様の場合は強制ではありませんから…」

 

 蓮太「常陸さんならどうなの?」

 

 茉子「ワ、ワタシですか!?ワタシは…想像ができませんね、ワタシが芳乃様の立場だったらなんて…」

 

 ふーん…

 

 ムラサメ「それよりも、良いのか?もう夜も遅い時間だが…明日も学院へ行くのだろ?寝なくて大丈夫なのか?」

 

 茉子「そうですね!もう今日は切り上げましょう」

 

 蓮太「ん?あ、あぁ、そうだな、今日もありがとう。助かったよ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「将臣、いるか?」

 

 あの後、俺は診療所の件を聞くために将臣の部屋に来ていた。

 

 将臣「あー、今開けるよ」

 

 蓮太「よっ」

 

 将臣の部屋に入ると机の上に無造作に置かれた紙やノートがあった。

 

 蓮太「なんなんだ?これ」

 

 将臣「呪詛に関する資料だよ、駒川さんに借りてきたんだ。ちょうど蓮太にも見てもらいたかったんだ…タイミングよかったよ」

 

 やっぱり資料を借りてきたのか…どれ…

 

 将臣「あっ、このことは他言無用で頼む」

 

 蓮太「わかったよ」

 

 そうして俺がまず手に取ったのは、少しボロボロの紙束だった。

 

 これは…春祭りのこと…か?

 

 いや、違うな…こんな話じゃなかったはず…

 

 紙に書いてあることは聞いていた話と大分違っていた。

 

 まず、朝武の家には昔、二人の跡継ぎがいたこと。長男と次男で性格が真反対だった。要は長男は自分勝手な人。次男はしっかり者ってところ。

 

 二人の内、どちらが跡を継ぐか…となれば、まぁ弟の方になるかな…この書かれている通りに。

 

 長男の方は…そもそもつき従う家臣の数が少なくて、反乱すら起こせなかった。

 

 そんな時に長男を唆してきたのが、隣国…

 

 それでそのまま、謀反を起こして…って感じか。

 

 要は跡目争いなんだな。

 

 というか…妖が出てこないじゃないか…叢雨丸も。

 

 蓮太「将臣、この春祭りの事ってどういう事なんだ?妖や叢雨丸がでてこないけど」

 

 将臣「あぁ、それ、俺も駒川さんに聞いたんだ。えっと、確か…」

 

 資料を読むのを止めて将臣がこっちを向く。

 

 将臣「まず、呪詛って蓮太は知ってる?」

 

 蓮太「まぁ大体なら…恨んでいるやつとか、特定の人…を?人達…を?不幸になるように呪う…とかそんなニュアンスだろ?」

 

 将臣「うん。大体はあってる。それでその呪詛は動物を犠牲にすることが多いらしい。」

 

 動物…?

 

 将臣「その長男は暴力的な人だったらしくて、動物を傷つけることにも罪悪感なんて感じてなかったんだってさ」

 

 ……ん?

 

 蓮太「それじゃあ…妖って…、朝武の長男がやった呪詛が原因なのか!?」

 

 将臣「だと思う。そう言ってた。事実、当時は実際に少し呪詛が発生してたらしい。だけど、それに留まらず朝武の家だけじゃなく、穂織全体に穢れを振りまくくらいに大事になっていった」

 

 将臣「それで当時の朝武は土地神様から叢雨丸を授かって、呪詛に打ち勝ち、隣国との争いにも勝利した…」

 

 蓮太「でも現代まで呪詛は消えることなく、今も朝武さんに…って事か」

 

 なんだか、凄いはた迷惑な話だな…

 

 蓮太「それで…肝心の呪詛の内容は聞いたのか?」

 

 将臣「いや、それを今読んでたんだ。ほらこのノートだよ」

 

 ふむ………

 

 将臣の隣に並んで一つのノートを見る。これは…さっきの話の続きか…?

 

 当時の呪詛は、朝武個人じゃなくて、穂織の全てに厄災をもたらした…

 

 ムラサメの言っていた流行り病もその中の一つなのか…

 

 土砂災害などを始めとして、立て続きに起こる不幸…弱り切ったところに攻めてくる隣国…まさに最悪な状況。

 

 そして次男は祈りながらも夢を見る。とある刀の存在。それで呪詛に打ち勝つ方法。そのための「犠牲」

 

 そして選ばれたのが「体が丈夫ではなかった農民の娘」

 

 蓮太「………ムラサメ…」

 

 将臣はページをめくる。その指先は少し震えていた。

 

 その少女が人柱になり、朝武は神刀『叢雨丸』を手に入れる。

 

 そしてそのまま…勝利。

 

 その際に長男も、次男の手によって討たれる。

 

『これが血の繋がった親のする事か 弟のする事か この怨みは必ず晴らす どれだけかかろうともだ 忘れるな 末代まで呪ってくれる 全て滅ぼしてやる』

 

 残されたのは呪いの言葉。

 

 それは言葉だけではなく本当に呪詛として残ってしまった。

 

 山に祟り神を生み、朝武芳乃という少女に獣耳という呪詛の証。

 

 あの耳から考えて、犠牲になった動物は犬。犬の動物霊を用いた呪詛。

 

 獣は、いわゆる犬神であると考えられ、その力は予想以上に強力なものだった。

 

 憑き物落としは一通り試したものの、呪詛が弱まる様子はなく、今も代々巫女姫が穢れを祓い続けている。

 

 なんだろう…この違和感…

 

 何かが…うーん……

 

 ムラサメ「二人して唸ってどうしたのだ?」

 

 気付けばムラサメが部屋の中にいた。

 

 あっ、そう言えば…

 

 蓮太「そういや、あの欠片の方はどうだった?悪いけど、聞くのを思いっきり忘れてた」

 

 探し物を頼んでおいて悪い事をしたな…

 

 ムラサメ「いや、それらしいものは見つからなんだ…色々探し回ったのだがな…」

 

 将臣「他には存在しないってことなのかな」

 

 蓮太「それか、あの欠片が特別大きいだけで、他のがもっと小さいだけなのかも…?」

 

 ムラサメ「あれよりも…小さいとなると吾輩じゃあ見つけるのは困難だな…」

 

 まぁそもそもあれもかなり小さい方だったからな…

 

 ムラサメ「だが、探したのはほんの一部だ、どうせご主人たちが学院に行っておる間は吾輩は暇だから、これからも探すつもりだ」

 

 蓮太「そうか…悪いな」

 

 そんな話をしている時、襖の方から声がする。

 

 芳乃「あの…有地さん…いますか?」



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33話 朝武の呪い

 芳乃「有地さん…いますか?」

 

 襖の方から朝武さんの声が聞こえる。

 

 将臣「朝武さん?どうぞ」

 

 朝武さん?将臣に何か用があるのか?もしかして邪魔になるかも…

 

 芳乃「失礼します。あ、ムラサメ様と竹内さん…ここにいらしてたんですね。おかえりなさい」

 

 蓮太「うん、ただいま」

 

 芳乃「先程竹内さんの部屋に行ったんですが、誰もいなかったのはそういうことだったんですね……所で山の方はどうでしたか?ムラサメ様」

 

 ムラサメ「残念だが、成果はなかった。明日はもう少し範囲を広げるつもりだ」

 

 芳乃「わかりました。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

 そう言って朝武さんは、俺達が見ていたノートをじっと見つめていた。

 

 将臣「どうかした?朝武さん」

 

 芳乃「このノートは…二人で…?」

 

 蓮太「うん」

 

 少し何かを考えている、朝武さん。再びノートを見つめると。何かを決心するように俺たちの方を見た。

 

 芳乃「あの…有地さん。竹内さん」

 

 将臣「何?」

 

 俺も朝武さんの方を見る。

 

 芳乃「少し、時間を頂けませんか?話したい事があります」

 

 将臣「それはもちろん構わないけど…なに?真剣な話?」

 

 蓮太「空気を読め、空気を…。じゃ、一旦机の上を片付けるから、その後でいいか?」

 

 芳乃「はい、後程全てお話します。では、後で私の部屋でいいですか?」

 

 将臣「わ、わかった」

 

「ありがとうございます」と言い残して、朝武さんは部屋から出ていった。あのピリピリしてる雰囲気は久しぶりだな…

 

 ムラサメ「何やらピリピリしておったな」

 

 将臣「やっぱり、そうおもうか?」

 

 ムラサメ「吾輩がおらぬ間に、怒らせるようなことでもしたのか?」

 

 将臣「いや、心当たりはないんだけど…」

 

 蓮太「多分、俺と将臣にとっては重要なことだと思う」

 

 二人の会話に割って入る。

 

 将臣「どうしてそう思うんだ?」

 

 蓮太「ノートをみる朝武さん目…なんとなく、辛そうでもあったし…勇気を振り絞った感じだった気がする」

 

 あれは多分、ノートの中身を知ってたんだと思う。

 

 蓮太「だから、きっと俺たちにとって聞かなきゃいけない事だよ。仲間として」

 

 ムラサメ「では吾輩は少し休むとするかの」

 

 将臣「え?一緒に来てくれないの?」

 

 ムラサメ「呼ばれたのはあくまで、ご主人と蓮太であろう。その二人にのみ来て欲しいということではないのか?」

 

 将臣「それは…そうかも…」

 

 それから俺達は、そこそこある資料を片付けて、朝武さんの部屋に向かった。

 

 将臣「……」

 

 なんか将臣が部屋の前で深呼吸し始めた。

 

 将臣「スー…ハー…」

 

 蓮太「いや、早く開けろよ」

 

 将臣「緊張するじゃないか!女の子の部屋だぞ?」

 

 蓮太「いや童貞か」

 

 将臣「うっさいな!どどどど童貞ちゃうわ!」

 

 ま、人のことは言えないんだけど。

 

 蓮太「はよはよ」

 

 将臣「分かってるって!…ん、オホンっ!」

 

 将臣「と、朝武さん。今、大丈夫?」

 

 なんか…たどたどしいな…まぁ将臣らしいっちゃらしいか。

 

 芳乃「はい、どうぞ」

 

 その声を聞いてやっと将臣が襖を開ける。朝武さんの部屋は予想通りと言うかなんというか、世に言う乙女チックな部屋ではなかった。

 

 将臣「お、おじゃまします…」

 

 蓮太「入るね」

 

 パッと見はさっきみたいな感想しか出てこなかったけど、よく見ると小物などが綺麗に置かれたりしていた。それに俺達の部屋とは違って何故かいい匂いもする。

 

 …て変態か。

 

 芳乃「すみません、お呼び立てをして…お二人とお話がしたくて」

 

 将臣「それは構わないんだけど…珍しいね、どうしたの?」

 

 芳乃「…呪詛の話です。資料を借りたんですよね」

 

 将臣「え!?」

 

 蓮太「……あたりか」

 

 やっぱりそうか…大方の予想はついてたけど…やっぱりノートのことを知ってたのか?

 

 芳乃「みづはさんから、謝られました。呪詛に関する資料を勝手に渡したと」

 

 将臣「…あー…」

 

 なんだ?何も言ってなかったのか?

 

 将臣「ごめん!勝手に調べるような真似をして…」

 

 将臣は頭を下げる。

 

 蓮太「俺も謝る。結果的に俺も勝手に覗いたわけだし…ごめん」

 

 芳乃「え?い、いえ、違うんです。怒っているわけではありませんから、頭をあげてください」

 

 蓮太「そうなのか?」

 

 芳乃「そうではなくて、むしろちゃんと説明をしなければと、思っていたんです」

 

 芳乃「私はずっと隠し事をしていて…それはお二人も気付いていましたよね」

 

 まぁ、最初の方はあからさまだったしな

 

 将臣「それはまあ、でも、知る必要がなかったってことなんでしょう?」

 

 芳乃「それは、少し違います。私が、知られたくなかっただけです」

 

 蓮太「……」

 

 芳乃「正直に言えば、知ってもらう必要があるのか今も少し迷っています」

 

 芳乃「でも有地さんと竹内さんは言ってくれました、『一緒に呪詛を解こう』って。私はそれを受け入れました。だから…」

 

 芳乃「だから、ちゃんと言いたいんです。自己満足みたいなものなんですが…聞いて貰えますか…?」

 

 辛くないんだろうか…。俺はそんなことを思っていた。

 

 呪詛に関わる問題の話は朝武さんからしたら、精神をすり減らすような事になるだろう。

 

 俺が知っているだけでも朝武さん個人は今まで長い間、呪詛に苦しんできたんだ。言いたくないことの一つも、思い出したくないことの一つもあるだろう。

 

 しかし、彼女は伝えたいと言う。

 

 それは心からの信頼を感じる答えに思った。

 

 蓮太「言ってくれ」

 

 将臣「はい、もちろん」

 

 将臣は背筋を伸ばし適当な場所に座って、朝武さんの言葉を待つ。

 

 俺は窓際に行って壁に背をつけて座った。

 

 窓を開けて振り返ると、綺麗な星空が広がっている。

 

 朝武さんは意を決するように語る。

 

 芳乃「まず、お二人はみづはさんの資料を目に通りましたか?」

 

 蓮太「まぁ、大雑把には」

 

 芳乃「では、何か疑問に思うことはありませんでしたか?」

 

 将臣「少し思うことはある…。死してなお残った強い怨みの呪詛が祟り神を生む、これはわかる…でも耳は?呪われた証…って言ってるけど、本当にそれだけなのか…って…」

 

 蓮太「確かに、変だな…死んでも残るくらい強い怨みが、耳を生やす事だけ…」

 

 そこで言葉を間違えたことに気がついた。今の台詞は言うべきではない。

 

 朝武さんからしたら「だけ」って訳じゃないんだ。

 

 蓮太「ごめん、言葉を間違えた。他の現象が起きてもおかしくないと思う、それと…代々の「巫女姫」ってのが気になる」

 

 必ずしも女の子が産まれてくる保証なんて何処にもない。ただ…明らかにそれを前提に書かれていた気がした。

 

 将臣「それは俺も思ってた。男の子が産まれてきたら「巫女姫」じゃなくなるな…って」

 

 芳乃「産まれませんよ、男の子は」

 

 蓮太「な…!?」

 

 芳乃「朝武の家に、男の子は産まれてません。ここ数百年、一人たりとも」

 

 将臣「一人たりともって…」

 

 まさか…それって……!

 

 芳乃「駒川家には家系図も詳細に記されているんですが、それらは資料には含まれていませんよね?」

 

 将臣「うん、戦と、呪詛の事だけだった」

 

 芳乃「きっと…私の口から言った方がいいと思ったんです。みづはさんも」

 

 恐ろしい呪いだ…もし俺の予想が当たっているのなら…

 

 芳乃「お二人の疑問に思った通りです。強力な呪詛の力が、耳という形をなして現れただけで、呪いの効果は他にあります」

 

 蓮太「男の子が産まれない呪い……朝武家を断絶させる為の…血筋を絶やす為の呪い……」

 

 芳乃「………はい」

 

 蓮太「それとプラスするなら、多分姉妹もいないんじゃない…?朝武さんのお母さんも、多分代々のご先祖さまも」

 

 芳乃「……」

 

 朝武さんは少し俯いた。けれどその目は悲しい目ではなく、決意の目だった。

 

 芳乃「…それは本当に偶然なのかもしれません。二人目を産もうとする人が少なくて…母親の身体がもたないんです」

 

 芳乃「朝武は早死の家系なんです。一番長く生きた人でも50歳程度。私のお母さんは、少し前に他界しました」

 

 …………

 

 芳乃「とは言え、子供を産まずに亡くなった方はいません。私も健康に問題はありませんから、すぐにどうこうなることはないと思います」

 

 将臣「…そっか…」

 

 朝武さんは笑っていた。その笑顔の裏には……きっと……

 

 芳乃「私は、この呪いを解かなくてはいけないんです。じゃないと…」

 

 芳乃「……」

 

 ……その顔はどうしたんだよ。とても寂しそうな…辛そうな…悲しそうな顔。

 

 さっきの笑顔で隠しきれてないじゃないか…

 

 蓮太「大丈夫、今のは聞こえてない。とにかく…これが隠していたこと…か」

 

 今までの行動を思い返すと、俺は少し無神経だったのかもしれない。

 

 ただ…後悔はしない。今後ろを振り向くと、きっと前に進めない。この女性をずっと苦しめることになる。

 

 蓮太「おかしいかもしれないけど、ありがとう。正直に向き合ってくれて…俺と将臣は変わらないから…安心してくれ」

 

 将臣「……そうだね、変に気を遣うのは違う。俺達は友達だから。だから…ありがとう、話してくれて」

 

 そう言って将臣は立ち上がる。

 

 将臣「うん、やる気が出てきた…頑張らないと」

 

 蓮太「フッ…」

 

 俺も立ち上がる。同情なんてする気は無いけど…芽生えてくる感情もある。

 

 芳乃「あ、あの…」

 

 将臣「勘違いしないで、呪詛は俺の事でもあるんだ、それに…」

 

 将臣「友達を大切に思うのは、普通のことだよ。むしろ、それこそが友達だ」

 

 いいこと言うじゃねぇか…こいつ。

 

 蓮太「そういうこと、さっきも言ったろ?俺達は何も変わらない。友達が困ってるなら俺達は助ける。だから困った時は朝武さんが助けてくれ」

 

 そう言って朝武さんの肩に手を置く。

 

 芳乃「はい…すみません。ちょっと…被害妄想が強かったかもしれません…」

 

 将臣「そうだよ、目的は変わらない。…俺達みんなで一緒に呪詛を解こう」

 

 芳乃「はい…!」

 

 朝武さんは笑っていた。さっきみたいな感情を隠す笑顔じゃなくて、信頼してくれている笑顔。

 

 ムラサメにも前言われた事がある。

 

 叢雨丸に選ばれた将臣だから出来ること。

 

 山河慟哭に選ばれた俺だから出来ること。

 

 これからはもっと頑張らなきゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 あの笑顔を守るためにも…

 



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34話 息抜きの休日

 蓮太「くぅぁ〜〜……!」

 

 いつもの部屋で目が覚めて、身体を起き上がらせる。

 

 欠伸と背伸びを同時に行い、ふと窓の外を見る。

 

 いい感じに日差しが刺してきて眩しいな…

 

 それから俺は毎度の如く、将臣を待って、二人揃ってから学院前に移動する。

 

 もうすっかりこのルーティンにも慣れたな…

 

 いつもの場所につくと、玄十郎さんとその横に廉太郎もいた。

 

 将臣「今日もよろしくお願いします」

 

 廉太郎「うわー……本当にトレーニングしてるのかよ、二人とも」

 

 蓮太「何やってんだ?こんなところで…あ、おはようさん」

 

 明らかに気だるそうにしてんなー…玄十郎さんに無理やり…かな…?

 

 廉太郎「おう、おはよう。そりゃ祖父ちゃんから、将臣が剣道の練習を再開した事と、朝のトレーニングには蓮太も参加してるってことを聞かされてさ、こりゃ確認するしかないってことで」

 

 将臣「わざわざそのためだけに?こんな時間から?」

 

 廉太郎「半分はな、残りの半分は…強制だ…」

 

 玄十郎「お前もたるんでいる。毎日とは言わんが、たまには朝の鍛錬に参加しろ」

 

 廉太郎「おかげでいい迷惑だよ……せっかく今日は休みだってのに」

 

 なんつーか事情を知らないとはいえ、俺らとの温度差が凄いな…でっけぇ欠伸までしてるし。

 

 廉太郎「つか、何のために練習なんて再開したんだ?」

 

 将臣「ん?それは、まあ……健康のため?みたいな?毎日ダラダラしてるのもよくないからさ」

 

 廉太郎「にしては、かなりハードなメニューだと思うけどな…これって、蓮太も?」

 

 蓮太「朝の間だけだ、さっき自分で言ってたろ?剣道の方は参加していない」

 

 まぁ、身体を動かすだけじゃなく、実戦形式の鍛錬もしなきゃとは思ってるんだが…

 

 廉太郎「あ、そっか…にしても…なんだよ午後のトレーニング。切り返しに1時間とか、健康のためってレベルじゃないぞ?」

 

 へぇ〜やっぱりそんなこともしてたのか…そりゃあんなに咄嗟に動けるわけだ。

 

 将臣「あー…あれな。あれに関しては…俺も吐きそうになったり、死にそうになったり、泣きそうになったりしてる」

 

 廉太郎「相変わらず、祖父ちゃんはスパルタなんだなぁ」

 

 玄十郎「三人とも、いつまでグダグダ言っているんだ。そろそろ始めるぞ」

 

 将臣「はい!」

 廉太郎「はい」

 蓮太「よし!」

 

 それから廉太郎は将臣の方のメニューに参加していた。

 

 まぁ…俺の方は多分無理だろうし……

 

 次々と玄十郎さんが、廉太郎を注意する声が響き渡り、今日の鍛錬は結構賑やかだった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 玄十郎「では、今日はこれまで」

 

 廉太郎「は、はぁ、はぁあ、ありがとう……ございましたはぁ、はぁ」

 

 やばいぞ…廉太郎が限界を超えそうな感じだ。足元もふらついてる。

 

 蓮太「大丈夫か?お前」

 

 廉太郎「もうダメ、マジ無理ぃ……目の前がチカチカしてきたぁ…お前ら、よくこんなメニューを毎日こなしてるなぁ」

 

 将臣「少しは身体も慣れてきた。それでも祖父ちゃんには、全然勝てないんだけどな、一本もまともに打ち込めない」

 

 蓮太「将臣は動作がわかりやすいからじゃないか?」

 

 祟り神との戦闘中も大体予想通りに動くしな。

 

 廉太郎「にしても、今日が休みでよかった…平日だったら学院をサボってたね」

 

 蓮太「廉太郎!ほらっ!」

 

 廉太郎に向かってペットボトルの水を投げる。そのまま廉太郎は綺麗にキャッチして中身をがぶ飲みしていた。

 

 将臣「さて、終わったことだし一旦帰るか」

 

 廉太郎「そういや、お前ら今日はどうしてる?」

 

 将臣「午後からは祖父ちゃんのトレーニング。それ以外は特に用事はない」

 

 蓮太「俺は…まぁ、急ぎの用事はないな。多分夜にするだろうし」

 

 流石に昼間から腕光らせたり、あのでっかい刀を振り回す訳にはいかないからな。

 

 廉太郎「うげっ、お前はまだやるのかよ…たまには休んだ方がいいんじゃないの?毎日ハードなことしてたら、逆に体を壊すぞ?」

 

 玄十郎「そうだな…そんな日があってもいいかもしれんな」

 

 お?珍しいな…玄十郎さんもそんなこと言うのか。

 

 玄十郎「今日は足さばきと素振りだけで軽めに終わらせてもいいかもしれん」

 

 廉太郎「それでも足さばきと素振りはするんだ…」

 

 蓮太「そりゃお前、基礎はしっかり続けてこそしっかりとした土台になるんだぞ?」

 

 やってない俺が言うのもあれだけど。

 

 玄十郎「その通りだ。一日でも無駄にはできん」

 

 廉太郎「ま、とりあえず、それじゃあお前ら、遊びにいかないか?祖父ちゃんの許しもでたことだしよ」

 

 蓮太「遊ぶって…どこだよ?」

 

 廉太郎「決めてないけど、午後は俺も暇を持て余してるから…とりあえず、後で田心屋に集合ってら事でどうだ?」

 

 どこだよ…そこ。

 

 蓮太「田心屋?」

 

 将臣「ほら、前に行きたいって言ってただろ?穂織にある、甘味処だよ」

 

 蓮太「あぁ〜!言った言った!なに?甘い物でも奢ってくれんの?」

 

 廉太郎「常陸さんとの関係を教えてくれるならいいぞ?」

 

 なんで常陸さんが出てくるんだ?

 

 蓮太「友達」

 

 廉太郎「本当に?」

 

 蓮太「友達」

 

 廉太郎「その表情からして、多分マジなんだろうな……んー…やっぱり噂はただの噂か…」

 

 噂…?何のことだ?

 

 蓮太「それよりも言ったから奢れよ?」

 

 廉太郎「そんな面白くもない話で奢るかっての」

 

 なんだよ…、まぁでも甘味処……田心屋かぁ…!楽しみだなぁ!

 

 将臣「まぁ、わかった。じゃあ後で芦花姉の店に集合だな?」

 

 玄十郎「そうだ…そういうことなら、一つ頼みがあるんだが」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 将臣「ちょっといいかな?」

 

 俺と将臣は朝の鍛錬終了後に家にいる二人に声をかけていた。

 

 茉子「はい?なんでしょう?」

 

 芳乃「何かお困りごとですか?」

 

 将臣「いや、二人の今日の予定を聞きたくて」

 

 ま、声をかけるって言っても完全に将臣に丸投げしているんだけどね。

 

 ちなみに俺は座布団を敷いて、ゆっくりとお茶をズビズビ飲んでるだけ。

 

 茉子「お掃除もお洗濯も終わっていますから、昼食と洗濯物の取り込み。それから……夕食の準備ですね」

 

 芳乃「私はいつも通り、舞の奉納をして……あとは勉強ぐらいでしょうか」

 

 朝武さんってちゃんと勉強してんのか…!抜け目がないな…すげぇ…

 

 ずびずび……

 

 将臣「もしよければ遊びに行かない?実は今日、廉太郎から誘われてて…」

 

 茉子「それって竹内さんもなんですか?…って、どうしたんですか?そんな油断しきった顔をして…」

 

 蓮太「いや、お茶が美味しくてつい…、っと、俺も誘われてるよ?良い機会だし穂織の町を歩くのも悪くないかな〜って。どう?一緒に」

 

 いや〜…このまったりした雰囲気ってなんか好きなんだよなぁ…

 

 芳乃「私たちも…ですか?」

 

 将臣「そうそう。たまには息抜きでもどう?」

 

 ムラサメ「良い案だと吾輩は思うぞ?芳乃も茉子も、誰かと遊びに行くことなどなかったであろう?」

 

 あっ、ムラサメもいたんだ。というか、ほぼ天井に張り付くような感じで居られても、気づかないって…もっと普通に浮いとけばいいのに…

 

 茉子「ですが…お邪魔になりませんか?」

 

 蓮太「ならないならない。一緒に来て欲しいから誘ってるんだって」

 

 芳乃「別に……構いません。それくらいでしたら」

 

 …?朝武さんの反応がなんかちょっと戸惑ってるような…?

 

 将臣「ありがとう。急に言い出してゴメン」

 

 芳乃「気にしないで下さい。お互いのことを知り合うって約束ですから」

 

 ……気のせいだったのかな?嬉しそうな雰囲気は出てる…

 

 茉子「そうですよね。ヨロピクな仲ですからね」

 

 芳乃「ぃぃやああああぁぁぁぁ!それはもう止めてぇぇぇぇ!」

 

 ほんっと常陸さんっていい性格してるよなぁ…いたずらっ子というかなんというか…。ちゃんと謝った方がいいんじゃないか…?

 

 蓮太「じゃ、準備が出来たら出発って事で」

 

 そうだな……一応何があってもいいようにお金だけおろしておくか…使うかどうかわかんないけど。

 

 Another View

 

 ………………

 

 茉子「すみません、芳乃様。ちゃんと謝りますから、そんなに怒らないで下さい…!」

 

 芳乃「別に怒っているわけじゃない…」

 

 茉子「本当ですか?でもさっきから口を閉ざしたままではないですか?」

 

 芳乃「それは…だって………友達と遊びに行くなんてどうすればいいの?遊びに行くなんて初めてで、すごく緊張する……心臓がドキドキしてきた……せ、正装とかした方がいいの?」

 

 茉子「そのままの服で大丈夫です。遊びに行くだけなんですから」

 

 芳乃「でっ、でも!せめて新しい服とか用意した方がいいんじゃ…!」

 

 茉子「そこまでする必要はありませんってば」

 

 芳乃「でも……せっかく誘ってもらったのに、失礼をしたら誘ってくれた有地さん達にまで迷惑をかけちゃう……」

 

 茉子「…。考え過ぎですよ。そんなに硬くなる必要はありません。こういうのは自然体、気負ったりしない方がいいですよ?」

 

 芳乃「それが一番難しい。本当に、どうしよう……」

 

 茉子「……」

 

 芳乃「な、なに…?」

 

 茉子「いーえー、そんな風に悩む芳乃様は初めてのように思えたので」

 

 芳乃「面白がってないで助けてー!」

 

 茉子「ですから、気負わなくていいんですよー」

 

 ………………

 

 そして俺達は五人?で安晴さんのいる境内へ向かっていた。

 

 芳乃「それじゃあお父さん、ちょっと出かけてきます」

 

 安晴「ああ、行ってらっしゃい」

 

 なんだか心做しか嬉しそうだな…安晴さん。

 

 ムラサメ「さて、吾輩は探索に行ってくる」

 

 芳乃「申し訳ありません。ムラサメ様に任せっぱなしで…」

 

 ムラサメ「気にするな。大体、芳乃は張り詰めすぎなのだ。いい機会だ、今日はゆっくり休め」

 

 でも確かに気は引ける…か、肝心なことは丸投げしてる訳だし……後でなんかしてやるかな…やって欲しいことの一つもあるだろう…

 

 ムラサメ「吾輩に謝るよりも、まず年相応の思い出を作れ。それぐらいしてもいいのだぞ」

 

 芳乃「……」

 

 でもまぁ、確かに友達と遊ぶことすらした事がないのか…それなら、いつかこの五人で酒でも飲みながらゆっくり話をしてみたいな…。多分凄く楽しいと思う。

 

 まぁ…俺は酒にはかなり弱いんだけど……

 

 ムラサメ「それに吾輩は嬉しいのだ。ご主人が現れるまでは、見ておることしか出来なかったからな!吾輩でもやれることがあるというのは、悪い気分ではない。まあ、任せておけ!」

 

 芳乃「……ありがとうございます」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「それで、どこで待ち合わせを?」

 

 俺達は家を出てある場所へと向かっていた。

 

 蓮太「廉太郎と合流する前に、志那都荘に行くんだ」

 

 芳乃「それって…」

 

 将臣「もう一人誘いたくて」

 

 そうして志那都荘に着くと、レナさんが鼻歌を歌いながら上機嫌に掃除をしていた。

 

 レナ「〜〜〜♪」

 

 将臣「レナさん!」

 

 レナ「おー?マサオミ?それにレンタ、ヨシノとマコまで!どうしたのですか?大旦那さんに御用ですか?」

 

 将臣「いや、今日は祖父ちゃんじゃなくてレナさんに用事があって」

 

 といっても、朝武さんと常陸さんとは違って急に誘っても、正直厳しいんじゃ……って、よく考えたら玄十郎さんから許可は貰ってたんだった。

 

 レナ「わたしですか?申し訳ないです、ただいま仕事中ですゆえ、あまり時間はありませんが」

 

 …?

 

 蓮太「あれ?玄十郎さんから話を聞いてないのか?」

 

 レナ「何を…でありましょう?」

 

 あ、聞いてないなこりゃ。

 

 将臣「レナさんは午後から休みになるらしいよ」

 

 レナ「…?初耳ですが……そう言えば、ここの掃除が終わったあとのことは何も聞いていませんね…」

 

 心子「リヒテナウアーさん、掃除は終わりましたか?」

 

 あ、女将さんだ。

 

 レナ「女将。はい、終わりましたのでございます」

 

 蓮太「レナさん、語尾が変だよー」

 

 レナ「お、おぅ…申し訳ないでした」

 

 まぁ、俺は良いんだけど、旅館で働くとなれば…その辺は正さないといけなさそうだし…

 

 心子「…。これからも日本語の勉強は続けましょう」

 

 やっぱりね…でもまぁ、あと一歩って感じだし、何とかなるだろ?多分。

 

 将臣「あの…猪谷さん」

 

 心子「大旦那さんから、話は伺っております。ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、リヒテナウアーさんのことを、よろしくお願いします」

 

 将臣「はい、大丈夫です」

 

「ゆっくりと休んでください」と言い残して、女将さんは志那都荘の中へ戻っていく。

 

 レナ「お休みですか…予想外ですね」

 

 蓮太「まぁ、そんな訳で…どう?一緒に遊びにでもいかないか?」

 

 レナ「そういう事であればわたし、お願いがあるのですが…」

 

 どうしたんだ?小っ恥ずかしそうに朝武さんの方を見て…

 

 芳乃「はい、なんでしょう?」

 蓮太「ん?どうした?」

 

 レナ「わたし、ヨシノが着ているような服を着てみたい!折角、穂織に来たのですから」

 

 あぁ〜なるほどね、そりゃ確かに…そうかも?

 

 芳乃「わかりました。では服を買いに行きましょうか」

 

 レナ「感謝乱撃雛あられ!!それでは着替えてまいりますので、少々お待ちくださいませーー!!」

 

 ドタドタとレナさんも志那都荘に戻っていく。

 

 ツッコミを入れる暇すらなかったな…それと…

 

 蓮太「そうだなー…確かに俺もそんな和風の服は欲しいかも…?良いのがあれば買おうかな…」

 

 茉子「それでしたらワタシもお手伝い致しますよー?」

 

 蓮太「そう?ありがとう。ついでにちょっと俺も探してみよっと…」

 

 そうしてレナさんも合流後、田心屋に向かう前に少し寄り道をした。

 



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35話 休日の思い出 前編

 

 賑やかな町並みを俺達は五人で歩く。

 

 こうして見渡すと、意外と色んな店があるもんだ…。まぁ、観光地だし、それなりには店も揃ってないと成り立たないよな。

 

 芳乃「服はこちらのお店で売ってますよ」

 

 レナ「おー!これです!こういうのが欲しかったのですよー!」

 

 どれどれ……おっ、男性用も売ってた。よかったぁ…別の店を探すのもめんどくさかったからな、良いのがあればここで買おうか…なけりゃ諦めるけど。

 

 レナ「豪に入れば豪に従います!」

 

 蓮太「それだとオーストラリアになるぞ?」

 

 茉子「まぁまぁ、では早速入りましょうか」

 

 高額じゃなけりゃいいんだが…

 

 蓮太「将臣は入らないのか?」

 

 レナ「マサオミも一緒に探しましょう!」

 

 将臣「え?あ、ああ…わかったよ。でも俺ってそんなセンスが無いから…」

 

 蓮太「バカ!そんなのは朝武さんと常陸さんに丸投げしてりゃいいんだよ。とりあえず良いと思うのを選んだら判断してくれるって」

 

 かく言う俺もそんなセンスは全く無いからな!

 

 茉子「それはそれで問題があるような…」

 

 芳乃「とにかく入りましょう?有地さん」

 

 将臣「う、うん」

 

 店の中に入ると、着物の様な服から、和と洋を見事に合わせたものまでそこそこの品揃えがあった。

 

 蓮太「意外と種類が多いんだな…こんだけあれば、何か気に入るものが一つくらいあるかも…」

 

 そんなことを呟きながら一人でそそくさと中へ進んでいく。

 

 将臣「何一人で進んでるんだよ、俺達もいるのに」

 

 蓮太「え?あ、ごめん。服を見てたらつい…」

 

 茉子「竹内さんは一人で行動することが多いですからねぇ」

 

 蓮太「まぁ、実際一人の方が多かったしな…ていうか将臣はレナさんの服を選ぶのを手伝わなくてもいいのか?さっき誘われていたじゃないか」

 

 将臣「あっちの方は後で行くよ、ほら女の子ばっかりでちょっと気まずいし」

 

 …確かに比率は男の方が少ないな、たった一人だけだけど。でも…そんな気まずいもんかな?

 

 蓮太「ま、俺も後で一応行くけどさ……っと…へぇー…こんなジャッケット風にアレンジされたものもあるのか…なかなかいいかも?」

 

 茉子「竹内さんは洋物寄りの方が好みなんですか?」

 

 蓮太「そうかも?カーディガン風とか、羽織る系が好きかなー…そんで、帽子が嫌い」

 

 茉子「羽織れる物ですか……そうですね…」

 

 そう言いながらカチャカチャと服を探す常陸さんを横目に俺も辺りをよく見渡してみる。

 

 将臣「ちなみに色とか希望はあるの?」

 

 蓮太「色は…まぁ、服に似合ってれば別にいいけど…明るすぎない深い色がいいかなー………こんな紺色みたいな」

 

 手に取ったのはジャケット風の紺色の服。この色がいいわけじゃないけど、こんな感じの暗めの服がいいかな…

 

 将臣「うーん…それならこれでいいんじゃないの?」

 

 蓮太「いや適当すぎだろ!もうちょい悩もうぜ?どうせ時間はかかると思うから」

 

 茉子「女の子のお買い物にその物言いは聞き捨てなりませんねぇー」

 

 あ、やべ…そういやここにも女の子がいた。

 

 蓮太「冗談冗談、文句があるわけじゃないから」

 

 茉子「どうですかねー…あっ、要望とは違いますけど、こんなのはどうです?夏用でこれから着れますし、このカーキ色が凄く可愛いと思うんですけど」

 

 常陸さんが手にしたのはカーキ色の薄手で和風のカーディガンだった。袖の先の方に紺色の模様があって中々いい感じだ。夏も近いし、割とこれを買うのはありなんじゃないか…?

 

 蓮太「へぇ…いい感じかも?普通のシャツの上に来ても変じゃなさそうだし…うん。悪くないかな」

 

 将臣「試しに着てみたら?そこに試着室…ってわざわざ行かなくてもいいか」

 

 蓮太「そうだな…ちょっと着てみるよ」

 

 そうして俺は今着ている上着を脱いで常陸さんが持っているカーディガンと交換して試着してみる。

 

 蓮太「よっと…、どう?変じゃない?」

 

 将臣「おぉ〜意外と蓮太って結構服を上手く着こなすよな…割と普通に似合ってる」

 

 茉子「そうですね!中に着ている白色の服とも上手く合っていますし、似合ってますよ!」

 

 お、おう…?意外と想像よりも褒めてくれた。上着を変えただけなのに?

 

 蓮太「へぇ〜…まぁ、着てみた感じは悪くないかな?これは候補その1かな」

 

 そんなこんなで途中でレナさんの方にも行きながら服を探していたらいつの間にやら1時間程度かかっていた。

 

 蓮太「うーん。色々いいのを見つけたけど、やっぱり最初のあのカーキ色のヤツがいいかなー」

 

 他にも将臣や、常陸さんが選んでくれた服の中で気に入らなかったものがあったわけじゃないけど、なぜだか最初のやつが一番いいと思ったんだよな。

 

 将臣「じゃあそれを買うのか?」

 

 蓮太「うん。そうしようと思ってる」

 

 それから俺はレジに並んで、最初に選んでもらった服を買って、将臣と二人で店の前で待つ。

 

 蓮太「レナさんの方は、結局どうしたんだろう?」

 

 将臣「さぁ?どうだろう?最後の方は、『楽しみにしててください』って言われて三人で決めてたからな…」

 

 何気なく後ろを振り返ると、レナさん達もレジに並んでいた。

 

 なんだ、もう決まったのか。意外と早かったな。

 

 蓮太「じゃあ言葉通り、楽しみにしてるか」

 

 なんて話していると後ろの方から元気な声で話しかけられる。

 

 レナ「じゃんじゃかじゃーん!お着替え完了でありますよ!」

 

 先程とはガラリと変わった服に着替えていて、それに合わせて髪型も変更している。うん。可愛い…!金髪でも和服って似合うんだな…まぁ、白ベースの洋っぽさも混ざっているんだけど、それにしても似合う。

 

 レナ「どうですか?レンタ、マサオミ、変ではありませんか?」

 

 蓮太「全然変じゃないよ、よく似合ってる!」

 

 将臣「うん、本当によく似合ってる、可愛いよ」

 

 スタイルがいいのもあって本当に綺麗だな…レナさんって大体の服は似合うんじゃないのか…?

 

 レナ「おー!ありがとうございます!褒めてもらえて嬉しいのですよ、ふふふ」

 

 将臣「………」

 

 蓮太「なーに無言になってんすかぁ〜?」

 

 将臣「う、うるさいな!そりゃ無言にもなるだろ!」

 

 蓮太「婚約者というものがありながら…やれやれ…」

 

 将臣「だから!それは蓮太も同じだっての!」

 

 そんなことで言い合いをしながら、横目でチラリとレナさんの方を見る。

 

 凄く楽しそうに笑っていて、本当にその服を着たかったんだな、思った。

 

 芳乃「それでは、田心屋に行きましょうか」

 

 レナ「タゴリヤ?」

 

 ははっ…!反応が俺とあんまり変わんねぇや!

 

 茉子「甘味処です。デザートなどを食べるお店ですよ」

 

 デザートと言う言葉を聞いて、レナさんの顔がパァーっとさらに笑顔になる。

 

 レナ「デザート!それは素晴らしい〜!」

 

 蓮太「そこに関しては俺も楽しみなんだよ!早く行こう?」

 

 将臣「わかったから!背中を押すなって!すぐそこだからさ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 将臣「こんにちは〜」

 

 小春「あ、お兄ちゃん!いらっしゃいませー」

 

 あれは……確か玄十郎さんところの…小春ちゃん…だっけ?

 

 将臣「あれ?小春?ここで何してんだ?しかもその服…」

 

 小春「変かな?どこかおかしい…というか、似合わない?」

 

 将臣「いや、よく似合ってはいるんだけど」

 

 小春「本当?嘘ついてない?」

 

 えっとね…話すのは良いんだけど、流石に入口で立ち話されたら後ろがつっかえてるんだけど…

 

 将臣「そんなことで嘘なんかつかないって。ところで…廉太郎は来てる?」

 

 小春「廉兄?お兄ちゃん、廉兄と約束?」

 

 というかさっきから気になってることがあるんだが…

 

 将臣「ああ。みんなで一緒に…」

 

 芳乃、茉子、蓮太『……ジー……』

 

 将臣「な、なに?変な目で俺を見たりして」

 

 あ、多分これは朝武さんも常陸さんも同じこと思ってるな。

 

 芳乃「……お兄ちゃん?お二人は……従兄妹ですよね?」

 

 茉子「以前からずっと思っていたのですが……有地さんは、そっちの趣味をお持ちで?」

 

 やっぱりな。

 

 レナ「そっちの趣味…?」

 

 蓮太「あのな…将臣。確かにもっと俺達は親しく…って話にはなったけどさ、流石に性癖をさらけ出し過ぎじゃないかな…?ムラサメの時しかり…小春ちゃんのことしかり…」

 

 茉子「まさか、有地さんに妹萌えのご趣味がおありとは」

 

 レナ「おー!シスコーンでありますか!」

 

 将臣「違うっ!!」

 

 お?反応が早いぞ?さては……言われ慣れてるのか…?

 

 芳乃「大丈夫です、友達ですからね。……受け入れる努力はします」

 

 レナ「よくわかりませんが……わたしもお兄ちゃんと呼んだ方がよいですか?それとも、お兄様?」

 

 将臣「まって!違うって!小春は昔からそう呼んでるだけで、俺が望んだわけじゃない!」

 

 えーー…?そうなのか?なんか怪しいと思うけどな…?

 

 小春「お兄ちゃん、何を慌て…て…。って!巫女姫様!?常陸先輩に竹内先輩!?レナ先輩まで!」

 

 あっ、今気づいたのね。

 

 蓮太「よっ。久しぶり」

 

 芳乃「こんにちは」

 

 茉子「お邪魔します」

 

 レナ「デザートを食べに来ましたよ!コハル!」

 

 小春ちゃんがすごい勢いでペコペコ頭を下げてる。可愛いんだけど…なんか変な感じだな…そんなに改まらなくてもいいのに。

 

 ?「いらっしゃいませ、お客様」

 

 奥の方からもう一人の定員さんが来た……

 

 あれ…?この綺麗な人、どこかで見たような…?

 

 将臣「芦花姉」

 

 芦花姉「小春ちゃん、今は仕事中でしょう?まずはご案内」

 

 どこだっけ…?うーーん…思い出せない。

 

 小春「あ、そうでした…!」

 

 改めて定員モードになった小春ちゃんが俺達に接客してくれる。

 

 小春「大変失礼致しました。こちらにどうぞ」

 

 そして俺達は案内された席に座る。

 

 芦花姉「本日はご来店いただき、誠にありがとうございます。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

 

 芳乃「ありがとうございます」

 

 将臣「あー、えっと…とりあえず。こちら、この店を営んでいる馬庭芦花さん」

 

 芦花「よろしくお願い致します」

 

 見れば見るほどとこかで……。まぁ、思い出せないのは仕方ないし、向こうも何も反応無しだし、もういいか。

 

 将臣「説明はいらないと思うけど、こちら、朝武芳乃さん…それで…」

 

 そんな感じで合コンみたいなノリで将臣が次々にみんなを紹介していく。

 

 これいる?

 

 俺を含めて一通りの挨拶か終わった後、馬庭さんと小春ちゃんが、メニューを二枚手渡してくれた。

 

 お礼を言って受け取ったメニューを広げる朝武さん。俺もラインナップが気になったので身体を寄せて朝武さんと二人でメニューの中身を見る。

 

 芳乃「お団子…………白玉ぜんざい……………ぱふぇぇぇぇぇ!」

 蓮太「………あんみつ………………あいすに…ぱふぇぇぇぇぇ!」

 

 一同『………』

 

 小春「もしかして…巫女姫様と竹内先輩って、甘い物が好きな人?」

 

 芦花「いや、もしかしなくても、甘い物好きでしょう、あの顔は」

 

 うわぁぁぁ!よく見ると他にも色々あるな!流石甘い物専門店だ!どれがいいかな…!

 

 芦花「でも意外。巫女姫様があんな顔をされるなんて、失礼だけど、確かに可愛い♪」

 

 小春「竹内先輩も普段はちょっと格好いい顔してるけど、あんな顔もするんだね」

 

 芳乃「どうしよう……どれを食べればいいんでしょう、お団子……白玉……うぅ〜…、悩むぅ…!」

 

 蓮太「朝武さん!プリンもあるぞ!コレ見てくれよ!美味しそうじゃない!?俺はプリンにしよっと!」

 

 メニューにもオススメって書いてあるし、これは絶対美味しいだろ!というかみんなはメニューを開きっぱなしで一体何を話してるんだろ?まぁ、いいか。

 

 芳乃「プリンッ!確かに美味しそうですね!私もプリンがいいです!」

 

 レナ「すみませーん!注文よいですかー?」

 

 小春「はーい。少々お待ち下さい」

 

 そういえば飲み物を決めてなかったな……うーん…

 

 芦花「お客様、ご注文は如何致しましょうか?」

 

 お?向こうの席のグループももう頼んでいるのか。

 

 小春「ご注文は如何致しましょう?」

 

 蓮太「あ、小春ちゃん。えっとね…俺達は…」

 

 そうして各々が食べたいものを頼んで、来るのを待つ時間。一番この時間が楽しみなんだよな!

 

 レナ「抹茶パフェ♪抹茶パフェ♪」

 

 蓮太「プリンか〜!こっちに来てから食べるのは初めてだな!待ち遠しい〜!」

 

 芳乃「プリンなんて久しぶりです!しかもコンビニじゃないプリンは初めてかも…ふふ、楽しみ〜!」

 

 もっと他のも食べたいけど、また何度も来れば良いだけだしな!そのうちメニュー全制覇したいかも?

 

 将臣「あっちのグループ、キャラ崩壊してない?」

 

 茉子「まあ、それだけ楽しみだったんですよ、きっと。可愛らしくていいじゃないですか〜」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芦花「お待たせしました、和紅茶とグリーンティーにプリンでございます」

 

 茉子「…!いい香りですね〜」

 

 将臣「確かに」

 

 向こうのグループもプリンを頼んだのか?やっぱオススメって書かれてたら頼みたくもなるか〜

 

 小春「お待たせ致しました。こちら、抹茶パフェでございます」

 

 レナ「ヒャッハー!」

 

 おぉう!?なんか急にレナさんが世紀末になってるくね!?

 

 小春「こちら、ほうじ茶ラテと和紅茶、それとプリンでございます」

 

 芳乃「ありがとうございます」

 

 蓮太「ありがとう」

 

 そして配られたプリンを改めて見る。机の上に器を置いた瞬間、プルンっと揺れてとても美味しそうだ!甘くていい香りもする!

 

 芳乃「はぁぁ……プリン…!」

 蓮太「ほぁぁ……プリンッ!」

 

 芳乃「それでは、いざ。いただきます」

 

 蓮太「いただきます」

 

 俺達二人は合掌をした後、スプーンで綺麗な卵色のカスタードを持ち上げて、一口。

 

 ……ぱく。

 

 芳乃「あ……む。んっ……んんーーーっ!」

 

 朝武さんは腕を振って美味しさを露わにする。いやでも、その気持ちはわかるぞ!かなり美味しい!

 

 芳乃「はぅふぁ〜……美味しい…!とっても美味しいです!」

 

 蓮太「う、美味い…!これは凄く美味しいよ!」

 

 小春「ありがとうございます!」

 

 芳乃「えっと、えっとですね、なんというか、こう……甘くて……上手く言えないんですが…!とにかく美味しいと思います!」

 

 蓮太「なんていうかな?甘くて、口の中で噛む度に甘さが暴れ回るみたいで、なんて言うんだろう……美味しい!」

 

 我ながら語彙力が完全に無くなってるな…!そうなってしまうくらい美味しいんだ!仕方ない!

 

 将臣「どう美味しいのかさっぱりだね、あれだけ喜んでいるんだから本心なんだろうけど」

 

 茉子「でも、確かに美味しいですよ?このプリン…作り方が気になりますね」

 

 天国に行きそうな気持ちを抑えながらレナさんの方を見る。いや、よく見ると抹茶パフェもかなり美味しそうだな!

 

 レナ「んんーーーーー!ファッキンアメージング…!!」

 

 蓮太「アメージングアメージング!」

 

 レナ「パフェ美味しいですね!とっても優しい甘さで、もう腰砕けですよぉ」

 

 将臣「なんで畳や温泉が言えないのに、腰砕けなんて言葉知ってるんだろう?」

 

 レナ「ハァー…美味しいです…」

 芳乃「はぁ………美味しいぃ……」

 蓮太「幸せぇ…」

 

 そんなことをしていると、入口の方に人影が…

 

 廉太郎「この和気あいあいとした雰囲気は一体……レナさんと常陸さんに巫女姫様まで…どういうことだ…?」

 

 顔が緩みきった俺達三人の席ではなく、さっきから恐らく、こっちにツッコミを入れながら世間話をしているであろう、将臣と常陸さんの席で廉太郎が今日の説明を聞いている。

 

 その途中で1番大きいテーブル席が空いたので、全員でそこに移動してから話の続きをする。

 

 廉太郎「とりあえず…今日はこの六人で…ってこと?」

 

 将臣「ああ、問題ないだろ?」

 

 廉太郎「そりゃもちろん!」

 

 まぁ、こいつが否定するとは全く思ってなかったけどな。

 

 茉子「ありがとうございます」

 

 芳乃「すみません、突然お邪魔してしまって」

 

 廉太郎「いえいえ、むしろ嬉しい限りですよー。それにレナちゃんも、その服初めて見るけど可愛いよ、ヤバいよ!あ、もちろんいい意味でね」

 

 それから廉太郎がレナさんのことを褒めまくる。こいつ褒め慣れてるな?あれか、普段からナンパとか割と結構するタイプだな?褒めるのが止まらないもん。

 

 廉太郎「いや〜、今日は楽しい一日になりそうだ!」

 

 蓮太「じゃあ、その楽しい一日にするために、早く移動しそうぜ?」

 

 廉太郎「そうだな…時間がもったいないか!」

 

 そう言って会計を済ませて、お礼を言って俺達は店を出る。

 

 将臣「そういえば、蓮太って結構口調が変わるよな?なんで?」

 

 蓮太「ん…?気にしたことは無いんだけど、その日のノリと気分?」

 

 将臣「なんだよ、それ」

 

 蓮太「まぁ、そんなことよりも、今日はこれから何をするだ?」

 

 とりあえずみんなで歩きながら、目的を決める。

 

 まだ決まってないけど、何をするのか楽しみだ。

 

 

 

 

 …甘味処。また今度行こうっと…

 



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36話 休日の思い出 中編

 甘味処を出て、俺達六人は宛もなくとりあえず歩いていた。

 

 将臣「それで、結局どうしようか?」

 

 芳乃「今日は暑いですから……人混みは避けた方がいいかもしれませんね」

 

 確かに今日は結構暑い…しかもこの人数だから余計に暑く感じる。

 

 廉太郎「そうだな……あっ、久々に山で釣りでもするか?」

 

 将臣「え?山に入るのか?」

 

 廉太郎「温泉があるから川の水温も高めで、この時期でも魚が釣れるんだ。むしろ夏になると魚の数が少なくなるんだよ。将臣も久しぶりだろ?」

 

 将臣「確かに気にはなるけど…」

 

 あぁ…多分将臣は祟り神のことを気にしているのか。でも昼間から夕方にかけては大丈夫なんじゃなかったっけ?

 

 そんなことを考えていると後ろから朝武さんが小声で喋りかけてきた。

 

 芳乃「(日頃からちゃんと舞を奉納してます。日が落ちる前に戻れば問題はないはずです)」

 

 蓮太「(穢れの力が増すのは夜からなんだろ?)」

 

 芳乃「(はい。お昼に入ったことはありますが、一度も遭遇したことはありません)」

 

 俺はチラッと朝武さんの頭を見る。

 

 蓮太「(耳の方も反応無しっぽいし…問題はないんじゃないか?)」

 

 将臣「(一応、叢雨丸を持っていった方がいいかな?)」

 

 あ…そうか、山の中ならムラサメとも出会いやすいかもしれないのか。

 

 茉子「(そうですね。何もないと思いますが、一応)」

 

 芳乃「(私も念のために鉾鈴を持っていこうかな?)」

 

 将臣「釣りで構わないんだけど、忘れ物をしたから、一度取りに戻らせてくれ」

 

 俺は山河慟哭を…持って行けねぇよなぁ…あんな大太刀…。どうしよう…?いざとなれば心の力があるから、身を守るくらいは出来ると思うけど…

 

 廉太郎「あ、そうだ。だったら巫女姫様」

 

 芳乃「はい?なんですか?」

 

 廉太郎「バケツを貸してくれません?あと…のこぎりか、鉈があれば一緒に」

 

 そんな事を話している廉太郎に聞こえないように少し離れて、常陸さんに声をかける。

 

 蓮太「常陸さん、クナイって何個か持ってる?」

 

 茉子「え?はい、複数個は持っていますが…そんなに多くは持っていませんよ?」

 

 蓮太「一つでいいから、山の中にいる間だけ貸してくれない?流石に手ぶらじゃ心許なくて…」

 

 使い慣れていないとしても、何も持っていないよりは幾分かマシだろう。

 

 茉子「それは、大丈夫なんですが…とても危険なものですよ?」

 

 蓮太「大丈夫、遊んだりとかするわけじゃないから。一応、念の為だ」

 

 茉子「わかりました…ですが、本当に気をつけてくださいね?」

 

 蓮太「あぁ、わかってるって。ありがとう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺達は一応、最低限の準備だけして山の中に入った。

 

 ちょっと、緊張するな…最初に祟り神と出会ったのはこの道だったし…

 

 まぁ、今回はみんなもいるから、大丈夫だと思うけど…二人を守りながら…はきついな。

 

 廉太郎「レナちゃんの地元って釣りはするの?」

 

 レナ「はい、男の人はよくしていましたよ。大きければ1mぐらいの魚が釣れてました」

 

 廉太郎「へぇ〜、そりゃ凄い!」

 

 将臣「ところでお前、道具は持ってきてるのか?」

 

 そういや、廉太郎が持ってるのってどう考えても竿じゃないよな…小型の道具入れみたいな箱だけだし。もしかして、現地調達?

 

 廉太郎「針と糸はちゃんと用意してきた」

 

 茉子「竿はどうするんですか?」

 

 廉太郎「ふふふ…それはもちろん、ここに…」

 

 茉子「あ『自前のサオならここに』なんて下ネタは止めて下さいね。流石に引きますから」

 

 ………流石にこれだけの女の子の前でそんなことを言わないだろ…

 

 蓮太「いや…むしろ、そんなことを思いつく常陸さんの方が…」

 

 廉太郎「……」

 

 え?嘘だろ?なんでそんなしょぼくれた顔してんの?アイツ!?

 

 将臣「っておい!なんだその無言は!まさか本当に言うつもりだったのか!?」

 

 芳乃「自前のサオ?」

 

 レナ「SAOとはどういう意味でありますか?」

 

 茉子「芳乃様とレナさんはお気になさらず」

 

 あんなニコニコ顔でよく即座に対応できるな…常陸さん。廉太郎の方は…将臣がなんか言ってるし、大丈夫だろう。

 

 蓮太「そういう物があるんだよ。あんまり気にしないで」

 

 正直には言えないからな…

 

 芳乃「そういうの……仲間外れみたいで気になるんだけど……」

 

 レナ「そうですよ、ヨシノの言う通りです」

 

 この二人には伝えない方がいいだろう。勘づかない時点で多分その辺には無垢なんだろうし。

 

 蓮太「というか、本当に竿はどうするんだ?」

 

 そもそも、自前のサオは全部で三つしかないけど。

 

 廉太郎「現地調達」

 

 将臣「……」

 

 さっきの流れからだから、余計に下ネタにも聞こえなくもないな。

 

 廉太郎「いや、本当にそんな意味じゃなくて!鉈を借りたのはその為だって!」

 

 芳乃「鉈で釣りをするんですか?」

 

 いや、可愛い過ぎか。

 

 廉太郎「そうじゃなくて。ちょっと待ってて下さいね」

 

 そう言って廉太郎は道を外れて、ガサガサと藪の奥へと入っていく。何やら激しい音を立てて、10分ほど時間が過ぎると、手頃なサイズの竹を担いだ廉太郎が戻ってきた。

 

 廉太郎「あとは竹の先に釣り糸を括り付けて、針を結んで……ほい、完成っと」

 

 レナ「おー、とても簡単ですね。これがSAO。日本ではこうやって釣りをするのですか?」

 

 蓮太「いやいや、流石にちゃんとした物もあるよ?」

 

 廉太郎「そうそう、お遊び程度で別に道具にこだわっていないから、これで十分」

 

 でも、こんなもので釣れるのかは疑問だな…ボロのつりざおじゃないか。

 

 将臣「これって…大丈夫なのか?」

 

 廉太郎「心配するな。こんなお手製でも、俺は山女魚とか釣った事があるぞ?」

 

 蓮太「お?それは期待できるな」

 

 将臣「そうじゃなくて、勝手に竹を取ったり、川で釣りをしたり…」

 

 あ、そっか、この山も誰かの所有物だとしたら…というか、お祓いの時はどうしてるんだろう?なんか特別な許可とかがいるのか?

 

 廉太郎「平気平気、穂織に住む人間には解放されてるからな」

 

 蓮太「へぇ〜」

 

 まぁ、問題があるんだったら最初から提案すらしないか。その場合朝武さんと常陸さんも賛成はしなかっただろう。

 

 茉子「商売として魚を売るような規模になると問題ですが、個人の趣味の範疇であれば」

 

 廉太郎「釣りにタケノコ掘り、山菜摘み。さすがにマツタケは生えてないけどな」

 

 芳乃「ここは朝武の所有地ですから、気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 あ、そうなのか。ならお祓いの時とか全然、許可うんぬんの話じゃないな。

 

 将臣「……朝武さんの家ってお金持ち?」

 

 芳乃「そんなことはありません。しがない田舎の神社ですから。どこのご家庭でも山の一つや二つは持っているものですよ」

 

 いや可愛い笑顔で言ってるけど、中々えぐいぞ?山を持ってるのが普通なんて。

 

 廉太郎「祖父ちゃんだって山を持ってるぞ?なんか…椎茸とか育ててた。でも別に金持ちってわけじゃないだろ?」

 

 将臣「マジで?」

 蓮太「マジか」

 

 廉太郎「田舎なんてそんなもんだよ。所詮二束三文の土地だからな」

 

 あー、そうか…。よくよく考えたら、穂織は外の人からしたら結構不便だし、買おうと思う人もあんまりいないのかも。そもそも祟り神問題があるし…その辺は安晴さんがどうにかしそうだな。

 

 将臣「そんなもんか」

 

 廉太郎「さて、と。釣竿も用意できたことだし、川まで下りますか」

 

 下りるのはいいんだが…結構足場が悪いんだよな…俺は未だにまだ慣れてないよ…女性陣は意外とサクサク進んでくし、まぁ、あの二人は普通なのかもしれないけど。

 

 芳乃「私、釣りなんて初めてです!」

 

 息も切らさずによく、喋れるもんだ。

 

 レナ「わたしはお父さんと何度かしたことがあります」

 

 周りの男の人もしてるって言ってたし、何度かは経験があるのかもな。

 

 茉子「ワタシは…釣りは初めてかもしれません」

 

 へぇ。常陸さんも。というか、常陸さんは釣りよりもクナイを投げたりとかした方が早そう。

 

 将臣「ちょっと意外。常陸さんはサバイバル訓練とかやってるもんだとばっかり」

 

 茉子「クナイで仕留めたり、つかみ取りをすることはあったのですが…」

 

 蓮太「いやどう考えてもそっちの方が難易度が高いから。ていうかそっちの方が俺らは経験がないから」

 

 綺麗に予想通りで逆にビックリするわ。常陸さんはぶっちゃけ常識がズレてるからな…そんな考えに近くなったのは俺もズレ始めたんだろうか?

 

 …っと。川に着いたな。……ん?あっ、なんでもないや。

 

 レナ「おー……思っていたよりも、浅くて狭い川ですね。魚はちゃんといるのですか?」

 

 蓮太「俺も一瞬はそう思ったけどほら、あそことか影が見えるから多分所々にいるんじゃないか?」

 

 レナ「わお、本当ですね!」

 

 廉太郎「気つけてね、一応、子供が溺れるくらいの深さはあるから、だよな?将臣」

 

 なんだ?あいつ溺れたことでもあるのか?

 

 将臣「……また古い話を持ち出しやがって」

 

 茉子「溺れたことがあるんですか?有地さん?」

 

 廉太郎「小学校に上がった頃かな?川で遊んでいたら、足がつったとかで溺れちゃってさ、子供でも普通に足がつく場所だったんだけどね」

 

 ま、あるあるなのかも?足がつく場所なのに焦ってそれどころじゃなくなって、より危険に……ってのは結構聞く話だもんな。俺が聞いたのは海の場合なんだけど。

 

 芳乃「だ、大丈夫だったんですか?」

 

 廉太郎「芦花姉が一緒にいてくれて、なんとか。正直俺と小春だけだったら助けれてなかった可能性もあったんだよ」

 

 こいつら兄妹って本当に仲がいいんだろうな、しょっちゅう小春ちゃんと喧嘩してるし。そっちの方が気になったわ。

 

 廉太郎「確か…前歯を折ったんだ。んで、折った前歯や川底の石を水と一緒に飲み込んで、さらにパニックになって…あの時は本当に大変だったな、あはは」

 

 蓮太「だっせー、はは」

 

 将臣「お前ら、笑ってるけどな?本人からすると、本当に死ぬかと思ったんだぞ」

 

 蓮太「それじゃ、経験を生かしてもう溺れるなよ?」

 

 将臣「わかってるよ」

 

 明らかに将臣が拗ねてるな。って、昔の黒歴史を出されたらそりゃ嫌か。

 

 廉太郎「そんな拗ねるなって。男が拗ねても可愛くないぞ?ほら、スカンポ食うか?」

 

 将臣「お、懐かしいな」

 

 スカンポ…って、イタドリの事か?

 

 芳乃「スカンポ?」

 

 将臣「知らないの?」

 

 茉子「正式にはイタドリというんですよ」

 

 将臣「イタドリ…初耳だ」

 

 蓮太「いや逆に知らないのかよ」

 

 スカンポなんて言う方が珍しいと思ったんだが…

 

 廉太郎「この竹みたいな植物のこと。中が空洞で折るとポンッて音がするんだ」

 

 芳乃「確かによく見かけはしますが…食べられるんですか?……美味しいんですか…?」

 

 将臣「酸っぱいだけだから、正直微妙…かな?でも何故か妙に癖になって…」

 

 レナ「ほうほう……」

 

 芳乃「……ジー……」

 

 いや、あの二人めちゃくちゃ食べたそうにしてる!?

 

 将臣「……食べてみる?」

 

 そんなこんなで、将臣と廉太郎がレナさんと朝武さんにイタドリの皮をむいて食べ方のレクチャーをした後に、女性二人が一口。

 

 あまりにもの酸っぱさに、二人とも口をしぼめて、身を震わせていた。

 

 芳乃「しゅっぱっ!?しゅっぱい!」

 

 レナ「おぉぅ!?これは……ワサビほどではありませんが、なかなかキますね……」

 

 ……ていうか…

 

 蓮太「なぁ、常陸さん。アレって生のままだとシュウ酸が入っててまずくなかったっけ?」

 

 茉子「確かにそうですが…入っていたのは微量なので過剰に摂取しなければ、問題ないかと」

 

 蓮太「まぁ、そんなもんか…調理する時もまず、酸味を抜くからな」

 

 そんな話をしながら四人の方を向くと、いつの間にか男性陣もイタドリを食べていた。

 

 芳乃「本当に生で食べるんですか?こんなにしゅっぱいのに…」

 

 廉太郎「そもそもスカンポって料理出来るのかな?塩をかけるくらいなら聞いたことがあるけど」

 

 蓮太「普通に出来るぞ?炒め物とかにするのが、オーソドックスかな」

 

 茉子「あと、天ぷらなども美味しいですよ」

 

 蓮太「そうそう、アク抜きもしっかりやれば、味噌汁の具とか、煮物にもいけるな」

 

 あー、そんな話をしていたらなんか食べたくなってくるな…

 

 将臣「へー、そうなんだ?というか、基本料理のことは常陸さんと蓮太に聞いたらなんでも答えてくれそうだな」

 

 蓮太「逆にいつも生なのか?」

 

 将臣「うん、俺らはおやつ感覚で食べてたから」

 

 芳乃「こんなに酸っぱいのに…?」

 

 まだ言ってるよ、この巫女姫様。って、レナさんもそう言いたそうな顔してる。

 

 茉子「ちなみに、その酸味はシュウ酸なので、身体にあまりよくないのはご存知ですか?」

 

 将臣、廉太郎、芳乃、レナ『…えっ!?』

 

 いや、全員知らないのかよっ!!

 

 蓮太「自分が食べてるものくらい調べろよ!ははっ!」

 

 将臣「い、いや!笑ってる場合じゃなくて!もう食べちゃったけど!?」

 

 蓮太「はははっ!面白いなぁ…!」

 

 あの四人が声を揃えたのが結構ツボにハマった…!

 

 茉子「といっても、食べ過ぎるのが禁物という程度で気にするほどではありませんよ?あは」

 

 芳乃「脅かさないで、もうっ」

 

 常陸さんのセリフで一斉にみんなが安堵した表情を浮かべる。

 

 茉子「申し訳ありませんでした。もし、気になるのでしたら、今晩にでも作ってみましょうか?」

 

 蓮太「あ、そんときは俺も手伝うよ。昨日のあのマグロもまだ残っているしね」

 

 芳乃「私、食べてみたい……」

 

 レナ「わたしも。板長にお願いしたら、作ってくれるでしょうか…?」

 

 廉太郎「シゲさんなら、作ってくれるんじゃない?」

 

 あー、その辺になると俺は話についていけないわ。

 

 茉子「どうせですから…他にも山菜を集めて、今夜の夕食に使いましょうか」

 

 こっちを見ながら常陸さんが話している。

 

 …え?まって、俺は山菜摘みコース?

 

 廉太郎「そういうことなら釣った魚も持って帰ればいいよ。多分、何匹かは釣れると思うから」

 

 蓮太「あ、あぁ…期待はしてる…」

 

 釣り……あの、のんびり待つ時間が俺は好きなんだけど…

 

 芳乃「あの、私は釣りをしてみたいのですが……いいですか?」

 

 レナ「わたしも、日本の釣りをしたいです!竹の釣竿に興味ビンビンであります!!」

 

 いや、その言い方よ…

 

 廉太郎「若干下ネタに聞こえなくもないな」

 

 将臣、蓮太「「やめろ」」

 

 廉太郎「お前らはどうする?」

 

 えっと…「釣り」か「山菜摘み」かもしくは「単独行動」とかしてもいいかも?欠片探しをムラサメに任せっきりだし…

 

 将臣「俺は釣りの気分かな、蓮太は?」

 

 んー…ムラサメは楽しんでこいって言ってたし。やっぱりここは…!

 

 蓮太「あぁ、俺も釣……」

 

 茉子「私達は山菜摘みに行こうと思います!竹内さんも夕食作りを手伝ってくれると仰っていただいたので!」

 

 !?!?!?!?

 

 え?ちょっ!俺の意見は!?というかその理由だと、何をしても変わらないと思うんだけど!?

 

 廉太郎「そうなのか、じゃあ俺達は釣りだな。将臣、お前は誰と釣る?」

 

 いや、助け舟!出せよーー!!!この状況で俺が「いや、俺は釣りがしたいんだよね〜」とか言えるわけないだろ!

 

 助けて欲しくて将臣の方をちらっとみる。すると将臣は俺を見て少し笑っていた。

 

 あいつ!さっきの仕返ししやがったぁぁぁ!!!!!

 

 茉子「じゃあ私達も行きましょうか!」

 

 常陸さんに手を引っ張られて俺達は川から離れていく、将臣は見えなくなる最後の時まで、小さく俺に手を振っていた。

 

 あのやろう…!

 

 

 

 あいつの夕食だけ、生のイタドリ入れてやる…!



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37話 休日の思い出 後編

 山の中、鳥たちが鳴き、風が優しく通り抜け、綺麗な空気が漂っている。

 

 こんな時こそ、釣りがしたかったなぁ…

 

 といっても、もう常陸さんと山菜を集めるって決まったし、また今度でいいか。

 

 蓮太「それで、具体的にはどんなのを集める?」

 

 茉子「そうですね…ふきのとう、タラの芽、ワラビにゼンマイ……他にもヤマウドや、行者ニンニク……もあると嬉しいですね」

 

 蓮太「なに?今日の夕食は天ぷらにでもするのか?」

 

 茉子「候補としては、そう考えていますね」

 

 というか、行者ニンニクなんてあるのか?この山…北海道の特産じゃなかったっけ?

 

 蓮太「天ぷらにするなら……ヨモギとかユキノシタもいけるか…」

 

 茉子「料理の事は竹内さんって、本当に頼りになりますね……っと、そういえば…一応忠告ですが、トリカブトなどには気をつけてくださいね?」

 

 蓮太「大丈夫、香りですぐにわかるから。それとヨモギとの判別方法も一応知ってるし…問題ないよ。細心の注意はするけどね」

 

 茉子「あは…こういう事には竹内さんはあまり引っかかりませんね。この山ではトリカブトを見つけたことはありませんから、ご安心ください」

 

 まぁ、慢心はしないように心掛けるか。危ない物をみんなに食べさせる負けにはいかないし。

 

 蓮太「はは、大丈夫だよ。一応全部確認していくから」

 

 茉子「はい、約束ですからね?それでは」

 

 そう言って俺とは別方向へ進んでいく常陸さん。てか別れるなら俺が連れてこられた理由は…?あれかな?他の人だったら野草を見分けられないだろうから…とか?

 

 茉子「〜〜〜♪」

 

 なんかえらい上機嫌だな、常陸さん。しかも手慣れた感じでひょいひょい拾ってってるし…

 

 俺も適当に集めるか。

 

 ピヨピヨ

 

 …ん?なんの音だ?

 

 ピヨピヨ

 

 常陸さんの鼻歌に交じってなにか……これって、鳥の鳴き声?

 

 蓮太「雛鳥…?」

 

 茉子「こっちの方から聞こえてきますよ?」

 

 常陸さんも気になったらしい。俺は常陸さんが移動した先に歩みを進める。

 

 その先にある藪の中をかき分けると、パタパタと小さな羽を動かしている雛鳥がいた。

 

 茉子「どうやら巣から落ちてしまったみたいですね」

 

 蓮太「でも、この藪がクッションになって幸い怪我とかはないみたいだな…親鳥が近くにいたら俺達を警戒するだろうし、そっとしておこう」

 

 茉子「可哀想なので…ワタシが巣に戻してきます」

 

 蓮太「え?」

 

 いや、確かこういう事は人間が下手に手を出さない方が…いいんじゃなかったっけ?

 

 いやでも…可哀想なのはわかるんだが…

 

 とか思っている間に、常陸さんが優しく雛鳥を両手ですくう。

 

 蓮太「あっ、手袋もしないで…」

 

 とか言ってる間に、常陸さんは木を蹴るようにして、まるで駆けるように登ってしまった。

 

 蓮太「いや、もはや人間業じゃねぇよ…」

 

 ついそんな言葉がポロリと出てしまう。あんな動きNARUTOでしか見たことないぞ…?

 

 でも、あの動きは覚えていたらいつか使えるかも?完全にマネは出来なくても二歩三歩ならそれっぽい動きは出来そう…

 

 茉子「もう落ちちゃダメですよ」

 

 常陸さんは優しく巣に雛鳥を戻す。

 

 茉子「これでよし」

 

 蓮太「よくそんな風に登れるね」

 

 茉子「ワタシ、忍者ですからね、コレぐらいはお茶の子さいさい。軽い物ですよ、ふふふ」

 

 うん。それはわかったから、早く下りた方がいいんじゃないの?いつまでもそこに居たら、親鳥が帰らなくなるんじゃないかな?

 

 茉子「ところで、竹内さん」

 

 蓮太「ん?なに?」

 

 茉子「ミイラ取りがミイラになるって、ご存知ですか?」

 

 蓮太「あぁ、知ってるけど……って…まさか…」

 

 え?嘘でしょ?だって…自分から登ったんだぞ!?

 

 茉子「ふっ、ふふっ……ふふふふふぁぁぁぁぁぁぁぁ高いっ……!めっちゃ高い……っ!」

 

 蓮太「常陸さんって…高所恐怖症…?」

 

 茉子「は、はい…実は、そうなんですぅ」

 

 めっちゃ声が震えてますけど!?じゃあなんで登ったんだよ!?

 

 茉子「恥ずかしながら、高いところはどうにも苦手でぇぇ……ひぃん!?」

 

 蓮太「自分から進んで登って行ったよな…?」

 

 茉子「だって〜…雛が落ちたままだと可哀想じゃないですかぁ…」

 

 いや…だから、って…俺の説明を聞いてなかったもんな…まぁ、助けることは常陸さんの優しさなんだろうけど…触れないでやるか。

 

 蓮太「だとしても俺が登るって方法もあったんだが…」

 

 茉子「そんな、危ないですよ」

 

 蓮太「常陸さんが登る方が危ないって…」

 

 茉子「うぅぅ……大変申し訳ありません……登るのは簡単なのですが、下りるのが大変困難でして…」

 

 よく見ると常陸さんの足がガタガタ震えている。むぅ…結構本格的にまずいな…

 

 一応落ちてきても受け止めれるように、というか俺がクッションになるように常陸さんの真下に行く。

 

 蓮太「危ないから無理はしないでくれよ?まずは少しでいいから落ち着いて」

 

 茉子「は、はいぃぃ……すみません…」

 

 必死に木にしがみついている常陸さん。どうするかな…まさかこの状態のままハシゴを取りに戻る訳にはいかないし……

 

 茉子「……あばばばばばばばばばばばばばばばば……」

 

 …そもそもここを離れること自体が無理だな。あんな状態の常陸さんを放置はできない。

 

 俺が登ることは出来るんだが…流石に常陸さんを抱えて下りるだなんて、無理だしな……

 

 蓮太「なにか忍術とかないの?」

 

 茉子「に、忍術?」

 

 蓮太「ほら、最初にキッチンで出会った時に消えるように移動したじゃないか」

 

 茉子「あ、あれは身代わりの術で丸太で相手を驚かせてその隙に相手の死角に入る技で、竹内さんの死角に入って消えたように見せかけただけです!身体を入れ替えているわけではないんです!」

 

 あ、アレって変わり身の術なんだ?いや、マジの忍者じゃん。

 

 …ん?あの時って丸太なんかなかったような…準備してなかったのかな…?俺の記憶違いか…?

 

 茉子「ですから、驚いてくれない祟り神にも役に立たなくて…」

 

 そんなマンガみたいな技なのにもったいねぇー…!

 

 蓮太「んー…じゃあ、道具は?なにか縄とか…ないの?」

 

 茉子「縄……縄!あります!縄でしたら、鉤縄が!」

 

 なんでそんなもんがあるんだよ。

 

 蓮太「じゃあその縄を使おう……出来る?」

 

 茉子「そ、それなら多分、出来ると思います!」

 

 そうして常陸さんは身体のあちこちを探す。

 

 茉子「クナイじゃない、鎖分銅でもない、手甲鉤でもない、撒菱でもない、丸太でもない!」

 

 テンパって常陸さんは、あれでもないこれでもないと、色んな道具を放り投げていく。

 

 蓮太「うわっ!危ねぇ!ちょっ…!ちょっと常陸さん!?俺は真下にいるからそんなポイポイ道具を放り投げないで!!」

 

 蓮太「映画のドラえもんかっ!!!!」

 

 つーかこれだけの物を何処にしまってたんだよ!?

 

 丸太なんて簡単に取り出せるものじゃないだろ!?ていうか、鎖分銅でも代用できただろ!

 

 茉子「あわわ…!すみません!すみません!慌ててしまって…」

 

 蓮太「いや、とりあえずは大丈夫だから、見つけたならゆっくり下りてきて!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「は、はぁ…はぁ……はぁ………」

 

 なんとか木から下りてきた常陸さんは、その場にペタンと座り込んで荒い息を整えていた。

 

 蓮太「高い所が苦手なら正直に言ってくれりゃよかったのに…」

 

 茉子「ご迷惑をおかけして…本当にすみませんでした…」

 

 でも、まさか高い所が苦手とは……意外な弱点もあるものだな。

 

 蓮太「今度からは、別に遠慮とかしなくても俺を頼ってもいいから。期待に応えれるかはあまり自信ないけど…」

 

 茉子「あは、竹内さんは十分頼りになってますよ」

 

 いや、俺は何もしてないような…?

 

 茉子「竹内さんのおかげですよ。はしゃぐ…とまではありませんが、純粋に楽しそうな芳乃様を久しぶりに見ました。ですから…ありがとうございます」

 

 蓮太「それは俺じゃなくて、みんなのおかげだ。それに、俺は大した事はしてない」

 

 茉子「ワタシは、楽しいですよ…?」

 

 ま、ある意味俺も楽しめはしたかな。

 

 蓮太「ありがとう、それじゃ、山菜摘みを再開するか」

 

 茉子「は、はい。そうしたいのはやまやまなのですが………腰が…抜けてしまいまして……」

 

 蓮太「……」

 

 だから、ずっと座ったままだったのか。

 

 茉子「すみません…」

 

 蓮太「いや、謝らなくてもいいんだけど……そうだな…」

 

 このまま無理やり身体を動かさせる訳にはいかないしな…

 

 蓮太「肩を貸すから目の前の木の影で休もうか、この距離ならなんとか歩けるだろ?」

 

 茉子「も、申し訳ありません…」

 

 そうして俺たちは木により掛けれる場所に移動して、常陸さんを座らせる。

 

 それから俺も常陸さんの隣に座った。

 

 常陸さんの方を見ると、顔を赤くして俯いている。まぁ、あれは恥ずかしい事かもな。

 

 茉子「本当、すみません。このことは、今晩の夕飯で返させていただきますから…」

 

 蓮太「いや俺も一緒に作るよ?別に気にしなくてもいいって」

 

 それから俺たちはしばらくの間、二人で雑談して時間を過ごした。

 

 蓮太「そういえば、変わり身の術って死ぬくらい練習したら俺にでも出来るのかな?」

 

 茉子「どうでしょう…かなり難易度の高い技ですから…短期間で会得するのはかなり難しいかと…」

 

 蓮太「やっぱりそうだよな…でも俺も使ってみたいなぁ」

 

 せっかく忍者が身近にいるんだから、技のひとつくらい教えてほしいけど…流石に無理かな?

 

 そんなことを思いながら、俺は借りているクナイを取り出してみる。

 

 …そういえば、俺の心の力って何にでも送れるのかな?ちょっと試してみようっと…

 

 そうして俺はクナイに意識を集中させる…するとクナイはかなり薄く、蒼色の光を纏い始めた。

 

 あっ、ムラサメの力とは違って俺の力は何にでも送れるのね。

 

 茉子「竹内さん、もう大丈夫ですから、山菜集めを続けましょう?」

 

 蓮太「ん?もういいの?って結構時間が経ったな」

 

 茉子「はい、お陰様ですっかり回復しました!本当に申し訳ありませんでした」

 

 蓮太「いいって、それじゃっ、続きを始めるか…」

 

 んー…一応常陸さんの近くで集めとくか。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺達は空がオレンジ色になる前に、山を下りた。

 

 短い時間だったけど、十分に楽しむことはできたな。山の中にいる間も特に祟り神みたいな問題は無かったし…良かった。

 

 しかし驚いたのは、釣りチームが獲得した魚の量だった。

 

 全員分ってなると少し足りないけど、廉太郎は要らないらしいから俺達とレナさんで分けることになった。元々家のある残りを考えるとかなり大量だ。

 

 レナ「今日は本当にありがとうございました!とても楽しかったです!可愛い服を買って、釣りをして魚まで手に入れて」

 

 将臣「いや、俺も楽しかったよ」

 

 芳乃「はい、私も楽しかったですよ」

 

 茉子「美味しそうな夕食も手に入ったことですしね」

 

 蓮太「まさか高所…」

 

 俺がまだ喋っている途中で視界に入っていた常陸さんと目が合う。

 

 茉子「……」

 

 怖いって!その笑顔マジで怖い!!わかった!言わないから!

 

 蓮太「俺も楽しかった、またみんなで遊びに行きたいな」

 

 芳乃「はい!次も是非!」

 

 そう言って別れの挨拶を済まし、レナさんが帰っていく。

 

 ちなみに廉太郎が送っていこうかと誘ってたけど、見事に断られていた。

 

 茉子「それではワタシ達も帰りましょうか」

 

 芳乃「今日は楽しかったです。鞍馬君。また機会があれば遊びましょう?」

 

 将臣「じゃあな」

 

 そして歩き出す三人、その後ろ姿を俺と廉太郎で並んでみていた。

 

 廉太郎「やっぱ、全然脈がなさそうだな……」

 

 蓮太「今日のメンバーは難易度が高いと思うぞ?」

 

 廉太郎「やっぱりそうか…はぁ……。俺も帰ろ」

 

 蓮太「まぁ、お疲れさん。またな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「ただいまー」

 

 茉子「ただいま戻りました」

 

 そして夕暮れ時になる頃、俺達は朝武さん家に着いた。

 

 安晴「お帰り、夕食の方は大丈夫かな?もし大変なら出前とか、たまには外食をしようか?」

 

 茉子「いえ、大丈夫ですよ。今日は山菜を摘んで、お魚も釣ってきましたから」

 

 芳乃「このお魚、私が釣ったの。元気いっぱいだったから身も引き締まって美味しいと思う」

 

 へぇ〜そういえば、釣りの詳細を聞いてなかったけど…朝武さんはちゃんと釣れたのか。

 

 安晴「へぇ〜、それは楽しみだ。今日は、楽しかったかい?」

 

 芳乃「ええ、とっても!」

 

 満面の笑みで答える朝武さん。よほど楽しくて、その余韻なのか、まだ若干テンションが高い。

 

 そういや、常陸さんが久しぶりに楽しそうにしてる姿を見たって言ってたな。

 

 これからも、もっと笑っていて欲しいな。

 

 茉子「さて。ワタシも下拵えをしないと」

 

 蓮太「ん〜…。ちゃっちゃと作るか」

 

 俺は歩き始めるよりも先に、つい背伸びをしてしまう。楽しかったけど、そこそこ疲れたからな…

 

 安晴「将臣君、蓮太君」

 

 …ん?

 

 将臣「はい?なんですか?」

 

 安晴「あの子のあんな顔は、久々に見たような気がするよ。本当にありがとう」

 

 将臣「いえ、お礼を言われるようなことでは無いですよ」

 

 蓮太「俺達も純粋に楽しんでいただけッスから」

 

 みんな久しぶりに見たって言ってるな。……これからもあの笑顔を沢山見れるように頑張るか。

 

 安晴「そうか……うん。あの子と一緒にいて、そう思ってもらえるなら僕としても嬉しいよ」

 

 茉子「竹内さーん!」

 

 キッチンの方から俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

 安晴「茉子君が呼んでいるね、足止めしてしまって申し訳ない」

 

 蓮太「いいッスよ、じゃ、朝武さんの口に合うように、頑張りますかっ!」

 

 それから俺はキッチンへ向かって手を洗い、常陸さんと夕食作りを始める。

 

 リズム良く音を奏でて、二人で並んで次から次へと作業を進める。

 

 蓮太「天ぷらにするのはこっちの方に置いておくから、任せていい?」

 

 茉子「はい、大丈夫ですよ。竹内さんは何をお作りに?」

 

 蓮太「ちょっと試したいものがあって…炒め物にする分も残しておくから」

 

 えっと…昨日のエレファント本マグロは…お、やっぱりまだまだ全然いけるな!じゃあこいつは…頭だけ残して、活け造りにするとして…

 

 将臣達が釣ってきた魚もいるのか…そうだな…野草と混ぜて、味噌汁にするのもありだな…

 

 となると…天ぷら…野草炒め…刺身…味噌汁…ちょっと多いかな…?あっ、刺身に盛り付けるように野草のパスタを付け加えるか!

 

 あっ、でも釣った魚がメインの料理があった方がいいな…

 

 蓮太「常陸さん、魚の下処理は終わってる?」

 

 茉子「はい、そっちの方は終わっていますよ」

 

 蓮太「結構量が多いけど…どうする?流石に魚がメインの品がないとって思うんだけど…」

 

 茉子「確かに多いですが…有地さんは沢山食べられるのでもう1品程度であれば問題ないんじゃないですか?」

 

 蓮太「そうか…じゃあ甘露煮を作ってみるか…」

 

 そうして出来上がった大量の料理を並べてみんなで食べる。

 

 俺がこっそり、将臣の分だけイタドリを生にしていたこともあって、みんなで笑いながら楽しい夕食の時間になった。

 

 最初の頃と比べると雰囲気が全然違うな……こっちの方が楽しくて好きだけどさ。

 

 料理も美味しいって言って貰えると、俺も嬉しいし。

 

 食事中、ふと朝武さんと目が合う。ニコッと笑ってくれるその笑顔を見て、俺はこうして笑っているのが当たり前になるようにしなきゃ…と思った。



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38話 重なる疑問

 次の日の朝、俺はいつものように将臣と朝の鍛錬に向かって毎日の日課をこなしていく。

 

 そして久しぶりに俺の方が早く目標まで終わらせて、将臣よりも先に帰ることになった。

 

 そういえば、朝武さん達にバレてからはこうして一人で帰るのは久しぶりだな…別に俺は待ってても良かったんだが…

 

 なんか将臣が他にも用事があるとかなんとかで、待たなくてもいいって言われたんだが…

 

 まぁいいか。

 

 今日は久しぶりのゆっくり出来る日曜日だ…帰って何をしようか?

 

 まずは昨日の晩飯の反省だな…甘露煮の制作時間を短縮しすぎた…。かなり妥協したからな…もっとほかの料理にするべきだった。

 

 まだまだ、一流コックにはなれないな…

 

 それから朝武さんの家に着いて、しばらくの間、居間でぼけ〜っとテレビを見ていた。

 

 アナウンサー「ただ今日本中で人気の若者の、注目を浴びている場所をご存知でしょうか?おそらく、日本の観光地で一番を名乗ってもおかしくは無いその人気の場所、その名は「アクア・エデン」っ!」

 

 蓮太「ふぁ〜〜……」

 

 朝の疲れからか、不覚にも大きな欠伸をしてしまう。いかんな…

 

 芳乃「お疲れのようですね」

 

 蓮太「あ、いや、疲れてはいるけど、今のはちょっと気が抜けてて…」

 

 芳乃「そういえば、有地さんとは一緒ではなかったんですか?」

 

 蓮太「あぁ、なんか他に用事があるとか言ってたよ」

 

 そんな風に二人で話していると、家事が一段落ついたのか、常陸さんもテーブルの前に座って俺たちの会話に参戦する。三人で雑談をしていると、しばらくしたら将臣とムラサメが戻ってきた。

 

 蓮太「あ、おかえり、何してたんだ?」

 

 将臣「ただいま、昨日の夜にムラサメと話してて、これを取りに行ってたんだ」

 

 そう言って将臣が取り出したのはあの例の欠片。

 

 茉子「これって!?」

 

 芳乃「あの欠片ですよね!?」

 

 どっからどう見ても、やっぱりあの欠片だ。取りに行ったって事は先に見つけたヤツと同じものでは無いだろう。

 

 …やっぱり複数個あったのか。

 

 ムラサメ「同じ欠片ではないぞ。一つだけだが、新しく見つけることができたのだ」

 

 蓮太「この事、みづはさんには?」

 

 将臣「もう連絡してる。そしたら、この前渡した欠片の事で話があるから、夕方以降に来て欲しいって」

 

 芳乃「何か、わかったんでしょうか?」

 

 ここに来て怒涛の進展だな。

 

 将臣「本人は期待しないでって言ってたよ。あくまで途中経過だってさ」

 

 茉子「どんなお話なのか、気になりますね」

 

 蓮太「つっても、予想出来ないからな…」

 

 些細なことでも何か一つが判明すれば、それはとても大きな一歩になるだろう。どんな結果であれ、進展には違いないんだ。

 

 ただでさえ、正体不明の欠片。想像なんてしたところで…意味の無い事か。

 

 ムラサメ「直接聞くしかあるまい、ここで考えても仕方ないぞ」

 

 蓮太「そうだな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 と言っても心の底では気になってしょうがない…それを誤魔化すかのように、誰もいない境内で、普段はしない筋トレをしていた。

 

 蓮太「98……99……100……!」

 

 欠片の事が気になってしょうがないのは、将臣も似たような雰囲気だった。

 

 いつもよりも早めに午後の鍛錬に向かって夕方の件もあり、早めに家に帰ってきていた。

 

 見かける度にずっとソワソワしているのがわかる。

 

 将臣「筋トレなんて、普段やってたのか?」

 

 ただひたすらに筋トレをしていると、いつの間にか将臣が近くにいた。

 

 蓮太「お前と一緒、何かしてないと落ち着かないんだよ」

 

 将臣「蓮太もか。あの欠片の事だろ?俺も今日、祖父ちゃんに気が散漫してるって怒られたよ…」

 

 蓮太「ま、しょうがないだろ、事が事なんだ」

 

 俺達にとっては、この先の人生を左右する様な物…の可能性もある。

 

 将臣「そういえば、神社の入口が開いているけど…誰かがいるのか?」

 

 神社の入口…?あぁ、それならさっき…

 

 蓮太「さっき、朝武さんが入って行ってたな…舞の練習でもしてるんじゃないか?」

 

 将臣「そうか、邪魔しちゃ悪いかな…」

 

 蓮太「行ってこいよ、途中で話しかけたりしなけりゃ問題ないだろ」

 

 将臣「……」

 

 将臣が神社の中に行ったら、一旦身体を激しく動かしてみようかな…

 

 将臣「じゃあ行ってくるよ」

 

 蓮太「おう、頑張れよ」

 

 俺は神社へ向かう将臣を見送って、目を瞑ってイメージする。

 

 思い浮かべるのは祟り神。イメージの祟り神の攻撃をひたすら避ける。

 

 ちなみに人間サイズのカマキリとかは絶対勝てないから無理。

 

 イメージの祟り神と戦う事数時間…神社の中から出てきた将臣達は、そろそろ診療所に行こうかと準備していた。

 

 俺も一旦汗を拭くために部屋を戻ろうとした時に気づいたのは、朝武さんに獣耳が生えていたこと。

 

 蓮太「今夜はお祓いか…」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺達は、診療所に向かっているんだが…

 

 将臣「だめだ…出てくれない」

 

 みづはさんが、電話に出ない。もう3回目なんだが…

 

 蓮太「どうしたんだろうな」

 

 芳乃「まだ往診の途中なのかも…?」

 

 将臣「ここまで来たんだ、とにかく行ってみよう」

 

 そう言って暗くなってきている道を歩いていく俺達。その前方から人影がこっちに向かってきている。

 

 レナ「…おや?マサオミ?」

 

 その影の正体はレナさんだった。

 

 レナ「ヨシノとマコも、レンタも一緒で、どこかにお出かけですか?」

 

 将臣「ちょっとね」

 

 芳乃「レナさんはどうしたんですか?」

 

 もう辺りはそこそこ暗くて、道を歩く人もあまりいない。まぁ、何人かはすれ違ったけど………そんな中出なきればいけない用事でもあったのだろうか?

 

 レナ「届け物を終わらせまして、今から帰るところなのでありますよ」

 

 ムラサメ「ご主人達の知り合いか?」

 

 …?あ、そうか。ムラサメは初めて会うのか。

 

 将臣がバレないように小声でムラサメに説明をする。こうムラサメが見えない人の前で話すのはやめた方がいいと思うんだが…

 

 レナ「ところでヨシノ……わたしも質問よろしいでしょうか?」

 

 芳乃「はい、なんですか?」

 

 レナ「どうして…ケモミミを頭に付けているのですか?」

 

 芳乃「……………………………え?」

 

 !?

 

 レナ「その耳です。どうしてそんな物をつけて、出歩いているのでしょうか?」

 

 は!?獣耳が見えてる!?まさか…!まだそんなに時間は経っていないはずだぞ!?

 

 芳乃「なっ、何で!?!?!?」

 

 将臣「レ、レナさん、もしかして見えてる?」

 

 レナ「?ヨシノが付けている耳のことでありますか?もちろん見えておりますよー。全然隠れていないじゃないですかー」

 

 完全に見えてる!いや…!そんな…!

 

 茉子「そ、そんな……まさか、もう誰でも見えるほど強力に!?」

 

 芳乃「そんなっ、それじゃあ私は……今まで他の人に見える状態で歩き回って……?」

 

 蓮太「いやっ、それはおかしくないか!?」

 

 時間がそんなにまだ経っていないじゃないか?あれから数十分程度だぞ!?

 

 ムラサメ「蓮太の言う通りだ、いくらなんでも早すぎる」

 

 将臣「ここまで何人かすれ違ったけど、そんな視線を送ってた人はいなかった」

 

 そうだ…普通は気になってまず見るだろう。それに“イヌツキ”なんて呼ばれている場所で、ケモミミなんか付けていたら注目をされないわけが無い。

 

 しかもそれが巫女姫様ならなおさら。

 

 レナ「あと、その子はどちら様でしょうか?どなたかの妹さんですか?」

 

 蓮太「…は?」

 

 レナ「とても可愛らしい少女でありますね」

 

 俺は焦って勢いよく振り返る。この場所にいる人で少女なんて呼ばれる見た目なのは一人しかいない!

 

 ムラサメ「………」

 

 レナ「………」

 

 ま……まさか……

 

 レナ「シカトされてしまうと、ちょっと傷ついてしまいますですよ〜……」

 

 ムラサメ「妹とは……もしや、吾輩のことか?」

 

 レナ「わたし、レナ・リヒテナウアーと申します。初めまして」

 

 そう自己紹介するレナさんの視線は、完全にムラサメに向かっている。

 

 なんで…そんなことが………って、よく考えたら俺も見えてるのはおかしいんだけど!

 

 レナ「よろしければ、お名前を教えて貰えませんか?」

 

 ムラサメ「ム、ムラサメ……だ」

 

 レナ「ムラサメ?わお!素敵なお名前でありますね!」

 

 ムラサメ「う、うむ……ありがとう。れな・りひてにゃうわーもいい名前だと思うぞ?」

 

 ………普通に会話してるな。俺達はこんなに焦っているのに…。いやムラサメも若干たどたどしいんだけど。

 

 レナ「ありがとうございます。でもリヒテナウアーです。猫ではありませんよ」

 

 ムラサメ「りひてなうあー?」

 

 レナ「はい。でも、気軽にレナと呼んで下さいね」

 

 どういう事だ…?

 

 蓮太「完璧に会話しているな…」

 

 茉子「は………はい」

 

 将臣「どういう事なんだ…?」

 

 茉子「ムラサメ様が見えていることは、間違いありませんね。理由はさっぱりわかりませんが……」

 

 なんか親近感が湧くな、理由がわからずムラサメが見えるってところに。

 

 蓮太「まぁ、多分朝武さんの耳が見えるのも、多分ムラサメが見えるレナさんだけ……と思うよ」

 

 芳乃「他の人には見えていない……」

 

 将臣「確かにそうだね、そう考えるのが自然かも」

 

 芳乃「良かった…」

 

 いや、その代わり別の問題が発生したんだが…

 

 茉子「問題は、レナさんが見てしまったことですね」

 

 んー……

 

 蓮太「一旦話を聞いてもらうしかないんじゃないか?みづはさんのところで」

 

 他の人に見られても言われても困る。

 

 芳乃、茉子、将臣、蓮太『…………』

 

 俺達は意気投合したように一斉にレナさんを見る。

 

 レナ「な、なんでしょうか?そんなに見つめられると、困るのですが…」

 

 茉子「レナさん、誠に恐縮なのですが、このままワタシ達と一緒に来て下さい」

 

 常陸さんがレナさんの左腕を掴む。

 

 レナ「はい?キョウシュクとは一体……?」

 

 芳乃「申し訳ありませんが、お付き合い下さい」

 

 レナ「え?え?なんですか?神隠しでありますか?わたし、仕事に戻らねばならないのでありますが…」

 

 朝武さんがレナさんの右腕を掴む。

 

 将臣「祖父ちゃんには連絡しておくから」

 

 レナ「え?どういう事なのですか!?」

 

 将臣がレナさんの前に立ち塞がる。

 

 蓮太「ほら前に一度言ったでしょ?神隠し……つまり……誘拐だよ………」

 

 茉子「それは、違います」

 

 こんな状況でも冷静にツッコミを入れる常陸さん。さすがッス。

 

 レナ「ちょ、ちょっとお待ちを〜〜〜!!」

 

 結局レナさんは、朝武さんと常陸さんに拘束され、半ば強引に診療所に向かうことになった。

 

 そんな中、三人の後ろを歩いている将臣が、ムラサメに話しかける。

 

 将臣「今のってどういう事なんだ?」

 

 ムラサメ「いや……吾輩にも何が何やら。ただ、あの者からは妙な気配を感じる…」

 

 蓮太「妙な気配って…?」

 

 ムラサメ「例の欠片の気配に、どこか似ておる……不思議な気配なのだ……」

 

 あの欠片に…?もうわけわかんねぇな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 レナ「ここは…?」

 

 芳乃「私がよくお世話になっている、お医者様の診療所です」

 

 そうして俺達はみづはさんの診療所に着いた…けど…

 

 レナ「は、はぁ…どうしてこのような場所に?」

 

 茉子「そのお医者様に相談があるのですが、レナさんも一緒にいて欲しいんです」

 

 将臣「俺からもお願い、祖父ちゃんにはもう連絡は入れてあるから」

 

 レナさんは俺達の真剣な雰囲気を感じとったのか、協力してくれた。

 

 レナ「わかりました。みなさん、面白半分ではなさそうなので」

 

 茉子「若干1名、一瞬だけ面白半分でしたけどね」

 

 蓮太「俺はいつでも、真剣だっての」

 

 将臣「それじゃあ…」

 

 そう言って将臣は診療所の扉に手をかける。

 

 もう暗くなっているにも関わらず、扉は抵抗することなく開いた。

 

 将臣「あれ…?鍵があいてる?」

 

 芳乃「出かけているわけではないようですね」

 

 将臣「田舎は鍵をかけない…とか?」

 

 蓮太「アホか、流石に不用心すぎる。俺達も鍵はかけてるだろ?観光客も沢山来てるんだ。その辺はしっかりしてるはず」

 

 そもそも医療器具なんて盗まれたりしたら、大変なことになる。

 

 将臣「そうか……とりあえず、ごめんくださーい」

 

 ゆっくりと扉を開けて呼びかける。

 

 だが、返事はない。

 

 おかしい………何だか嫌な予感がする……

 

 まるで冷気でも漏れ出ているように背筋が凍る…

 

 ふと朝武さんの方を見ると、朝武さんの様子がおかしい。

 

 蓮太「朝武さん……?」

 

 芳乃「あ、あの……なにか、変です…」

 

 茉子「芳乃様?」

 

 芳乃「さっきから耳が……頭の耳が、ピリピリして……」

 

 耳が……?

 

 レナ「……っ!」

 

 茉子「レナさん?どうかしたんですか?」

 

 今度はレナさんが何やら額を抑えている。

 

 レナ「いえ、大したことではないのですが……少し…頭痛が……」

 

 茉子「頭痛…?」

 

 俺が何かを感じるだけじゃない…レナさんに朝武さんまで…

 

 まてよ……朝武さんの「耳」が反応している………!?

 

 蓮太、将臣「……まさかっ!?」

 

 それが頭に過った瞬間、俺と将臣は弾けるように飛び出し、土足のまま診療所の奥に向かった。

 

 ムラサメ「あっ、二人とも!」

 

 嫌な予感がする…!耳が反応してるってことは……!この建物の中には…!!

 

 そうして俺達は一番奥の部屋にたどり着くが、部屋に入るためのドアが何かに引っかかっているのか、開かない。

 

 将臣「クソっ!」

 

 将臣がドアをドンドンと叩くが扉はピクリとも動かない。

 

 そうやってもたもたしていると他のみんなも走って追いついてくる。

 

 蓮太「どけっ!将臣っ!」

 

 俺は出来るだけ扉から離れて腰を低くする。

 

 将臣が扉から離れたのを確認して、勢いをつけて扉に向かって走る。

 

 猛進……!

 

 蓮太「猪鍋シュートっ!!」

 

 俺は思いっきり助走をつけて、部屋の扉を蹴り破る。

 

 そして俺達が見た光景は信じられないものだった。

 

 将臣「なっ!?」

 

 芳乃「なんですか!?これは!」

 



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39話 激闘

 

 芳乃「なんですか!?これは!」

 

 ドアを蹴破った先の部屋は酷い状態だった。

 

 本棚が壊され、物は散らばり、壁も床も傷だらけ。

 

 明らかに誰かに……いや、何かに荒らされた後だった。

 

 ムラサメ「不用意に中に入るでない!ご主……にゃっぷっ!」

 

 その有様に呆然と立ち尽くす将臣に、ムラサメが後ろからぶつかる。

 

 本当に偶然だった。

 

 ムラサメがぶつかった衝撃で将臣が前のめりになった頭上を、黒い塊が通り過ぎた。

 

 将臣「うわっ!」

 

 将臣は驚いて咄嗟に声を出す。

 

 蓮太「な、なんで……ここに……」

 

 将臣の頭上を通った塊は俺たちの前に立ち尽くす。間違いない…見間違えなどするわけが無い…!

 

 蓮太「祟り神が……っ!」

 

 ムラサメ「山を下りてきたのか!?そんな……バカな……!」

 

 蓮太「考えるのは後だっ!!!!」

 

 俺は咄嗟に、右肩の辺りに手を伸ばして山河慟哭を掴もうとする。

 

 しかし手を伸ばした先には何も無く、手のひらに爪が食い込む。

 

 しまった…!!刀は家に……!

 

 背筋が凍る…武器がないという状況…

 

 将臣もそれを理解したのか、ただ呆然と立ち尽くすしか出来ていなかった。

 

 そんな状況の中、祟り神は遠慮なく触手を勢いよく伸ばしてきて……

 

 

 

 

 

 

 死…!

 

 

 

 

 

 

 茉子「…ッ!!!」

 

 素早く割って入ってきた常陸さんが触手を弾く。

 

 茉子「怪我はありませんか!?」

 

 その声を聞いて俺はハッと我を取り戻す。

 

 蓮太「問題ない!気を抜いてしまってごめんっ!」

 

 俺はそのまま将臣を後ろへ引っ張って行く。

 

 レナ「な、何でありますか…?あれは……い、生き物…?」

 

 芳乃「近寄っては危険です…!」

 

 茉子「みなさんは下がって!」

 

 祟り神の前に常陸さんが一人で立ち尽くす。

 

 ムラサメ「ここは引くのだ!叢雨丸か神具を取りに戻るしかない!」

 

 芳乃「でも!祟り神をこのままにしておくわけには!」

 

 ムラサメ「ここにいても祓えぬであろう!」

 

 芳乃「それはそうですが…!」

 

 クソっ!取りに戻るにも、全力で走っても少し時間がかかる…!

 

 茉子「ここはワタシが時間を……!!!」

 

 再び攻めてくる触手を常陸さんは正確に弾き返す。しかし、そこでいつもと違う、予想外の事が起きた。

 

 いつもとは違って狭い部屋の中で戦うせいで、弾いた触手はあちこちに暴れ回り、無数の数の触手が様々な物を壊していく。

 

 茉子「ッ!?!?」

 

 四方八方から壊れた物の破片や触手が常陸さん目掛けて飛んでいく。

 

 蓮太「常陸さんッ!!!!!」

 

 俺は考えるよりも先に常陸さんに飛びかかり、しっかりと抱きしめて床に転がり込んだ。

 

 後ろを確認するとさっきまで常陸さんがいた場所で、様々な物が激しくぶつかり合い、凄まじい音が響く。

 

 蓮太「怪我は!?」

 

 祟り神を見失わないようにしながら、一瞬、常陸さんの状態を確認する。

 

 茉子「も、問題ありません…、大丈夫です!」

 

 やっぱり一人で時間稼ぎだなんて無茶だ…!自信はないけど…俺も残るしかない…!

 

 そう思っていた時、懐に入れておいた物があったことを思い出した…

 

 蓮太「常陸さん、俺達でどうにかするしかないみたいだ…」

 

 茉子「武器もないのにですか!?危険です!」

 

 蓮太「実は一応あるんだよね…忘れ物がさ…」

 

 そう言って俺はクナイを一つ手に取り、逆手に持って構える。

 

 茉子「それは……昨日の…!しかし近距離での運用は…!」

 

 常陸さんの言葉を遮るように、祟り神が触手を勢いよく伸ばしてくる。

 

 二人でそれぞれ祟り神の攻撃を躱していき、また入口付近に戻る。

 

 蓮太「はぁ…!はぁ…!大丈夫、俺は元々、近距離特化だったから…」

 

 また祟り神が触手を数本伸ばしてくる。今は俺達の後ろにみんながいるからこの攻撃は避けちゃだめだ!

 

 蓮太「ふっ!!」

 

 左手に掴んでいるクナイに心の力を少しだけ送り、体を回転させながら触手を弾き、その流れのまま、右足に心の力を込めてもう一本の触手を蹴り飛ばす。

 

 しかし、慣れない事をしたせいで、途中でバランスを崩して、床に倒れてしまう。残った一本の触手が俺を目掛けて襲ってくる。

 

 茉子「ッ!」

 

 その攻撃をまた常陸さんに守ってもらった。

 

 やっぱり難しいな……!足なら足だけで動いた方が戦いやすそうだ…!

 

 蓮太「ありがとう…!」

 

 そんなグダグダな動きをしている俺達に、というよりも俺の前にいる常陸さんに向かって祟り神が触手を二本だしてその触手で挟むようにしながら突進してきた。

 

 まずい…!触手を弾いても体当たりされてしまう!その場から離れて躱したら、後ろにいる皆が攻撃をされてしまう…!かといって何もしなけりゃ常陸さんが怪我をしてしまう…!

 

 蓮太「常陸さんっ!ジャンプして本体を狙って!!!」

 

 俺の声を聞いた常陸さんが、咄嗟にやや前に行くようにジャンプして、祟り神に対してクナイで斬りつけようとする。そして常陸さんが祟り神の触手に挟まれる直前…

 

 蓮太「……ハッ!!」

 

 俺は勢いよく前転して両足に心の力を送り、股を開いて内側から逆に外に押し出すように左右の足で祟り神の触手の薙ぎ払いを止める。

 

 そのまま常陸さんがクナイで祟り神の顔を攻撃する。そして祟り神が少し怯んだところを見逃さずに右足にありったけの心の力を送りこむ。

 

 蓮太「腹肉(フランシェ)シュートッ!!」

 

 祟り神の腹を目掛けて思いっきり蹴りを入れる。

 

 すると祟り神は苦しむように叫びながら、奥にある壁まで吹き飛ばされ、衝突する。

 

 蓮太「はぁ、はぁ……」

 

 なんか想像以上の威力が出たぞ……?試したことなんて今まで無かったけど………まさか…心の力を身体の一部に送り込むとその部分だけ、身体能力が上がるのか…?

 

 蓮太「…うわっ…!」

 

 心の力を一度に使いすぎたせいか、足元がふらついてくる。今ので祓えて…

 

 なんて思っていると、祟り神がまだ動けると言わんばかりに起き上がってくる。

 

 やっぱりまだ無理か…

 

 茉子「大丈夫ですか!?竹内さん!」

 

 蓮太「あぁ、まだいける」

 

 震える足を気合いで止めて、すぐに戦闘態勢を整える。

 

 すると祟り神は、再び無数の触手を出して無造作に暴れ回させる。

 

 蓮太「くそっ…」

 

 あちこちから攻めてくる触手を避けるだけで精一杯だ…!

 

 徐々に完全に避けきれなくなっていって、少しずつ攻撃が掠るようになってくる。

 

 それでもがむしゃらに攻撃を避け続けているといつの間にか常陸さんと横に並ぶように祟り神の前に立っていた。

 

 そんな時に腰辺りを狙って触手が二本薙ぎ払ってくる。

 

 それを咄嗟にジャンプをして俺達は躱す。しかし、暴れ回る触手が天井を壊して瓦礫が落ちてくる。その衝撃で埃が舞って前が全く見えなくなった。

 

 茉子「視界が……ッ!!」

 

 焦りの混じった常陸さんの声が聞こえてきた瞬間、その埃が切り裂かれた。

 

 切り裂かれた隙間から見えてきたのは黒い触手。

 

 俺達は空中にいるせいで咄嗟に躱すことが出来ずに、まともに攻撃を食らって壁まで吹き飛ばされる。

 

 茉子「…あぐっ!!!」

 

 蓮太「ごほぁっ!!!」

 

 凄まじい衝撃とともに激しい痛みに襲われる。

 

 一瞬意識が無くなりかけた…!身体中を駆け回る痛みのせいで何も考えられない…!

 

 茉子「……ぅっ……げほっ…!げほっ…!」

 

 常陸さん………ッ!!まだ……生きて……!

 

 まともに立ち上がれない状態で床を這いずって、俺は常陸さんの元に近寄る。

 

 蓮太「ひ……たち……………さ……ん……」

 

 ダメだ…………意識が………………………

 

 *

 

 将臣「蓮太っ!!!!常陸さんっ!!!!」

 

 祟り神の攻撃を食らって吹き飛ばされた二人が動かない…

 

 俺は急いで倒れた二人の元へ向かう。

 

 芳乃「茉子!竹内さんっ!しっかりしてください!返事をしてくださいっ!」

 

 ムラサメ「ご主人!茉子と蓮太をつれて一旦引くしかない!」

 

 将臣「けど!祟り神が外に出て、暴れるかもしれない!ここで何とかしないと!と、とにかくレナさんだけでも逃げて!」

 

 非常にまずい…!主戦力の二人が気を失って、俺と朝武さんは武器がない…!かといって取りに戻る時間もない…!

 

 レナ「ふぇぁ!?な、なにがなにやら…!」

 

 先に動いたのは祟り神だ。

 

 勢いよく伸ばされた触手の先は……

 

 レナ「ひゃっ!?」

 

 …なんで!?俺や朝武さんじゃなく、レナさんに!?

 

 将臣「くそっ!」

 

 俺はレナさんと触手の間に急いで立ちはだかる。だが、構わずに振るわれた触手によって、俺の身体が床に叩き付けられた。

 

 将臣「か……はッッ!?」

 

 まずい…!マズイ…!早く逃げないと……でも…目の前がクラクラして身体が……

 

 芳乃「有地さんっ!」

 

 動けない俺に朝武さんが飛びついてきて、祟り神から引き離す。

 

 その時、目の前で床板が叩き割れる。こんなのを頭にくらってたら……

 

 将臣「あ、ありがとう……朝武さん…」

 

 芳乃「それより!」

 

 朝武さんの視線の先は、タイミングを図るかのように触手がうねっていた。だがその狙いは倒れた俺ではなく…

 

 レナ「はわわ!!」

 

 将臣「レナさん!」

 

 その時、ムラサメちゃんが突然叫び出す。

 

 ムラサメ「全員目を閉じるのだ!」

 

 パンッ!と手を打ちつけると同時に、ムラサメちゃんが強い光を放った。

 

 視界を奪うほどの光に、さすがの祟り神もたじろいだのか、距離をとってこちらの様子を窺っている。

 

 その隙に、俺達は後ろに下がって更に距離をとった。

 

 将臣「今のは?」

 

 ムラサメ「吾輩き宿る神力を無理矢理散らしたのだ」

 

 レナ「あれが何かはわかりませぬが、逃げた方がいいです!危ないですよ!」

 

 将臣「いや…この状況で背中を見せる方が逆に危ない気がする…!」

 

 全員で逃げても今や確実に生き延びれる保証はない…!

 

 将臣「朝武さん、レナさんと一緒に倒れた二人をつれて逃げて」

 

 芳乃「そんな!有地さんを一人残していくなんてっ!」

 

 将臣「けど、このまま祟り神を外に出すわけにはいかないよ!」

 

 芳乃「ムラサメ様のさっきの力では、祓うことはできないんですか!?」

 

 ムラサメ「すまんが…目くらましが精一杯だ」

 

 何かせめて、ムラサメちゃんの力を得られる武器があれば…!

 

 なにか…なにかないか…!

 

 そう思って辺りを見渡しても、常陸さんのクナイと同じくらいの木片しかない。

 

 これじゃあ刀の代わりにはならない…!

 

 せめて蓮太みたいに…………いや…そうか…!

 

 将臣「ムラサメちゃん!ほんの一瞬でもいいからムラサメちゃんの力を強引に俺の身体に宿らせれないか!?」

 

 ムラサメ「い、いや……それは……」

 

 将臣「出来るんだな!?だったら!!」

 

 ムラサメ「し、しかしだな……」

 

 将臣「…ッ!?」

 

 しまった…!話に気を取られて、祟り神の方への意識が薄れてた!

 

 祟り神は触手を使って攻撃してくる。それを俺は回避できずに…

 

 将臣「ぐぅ…………ッ!?」

 

 ムラサメ「ご主人!!」

 

 左腕に走る灼熱のような痛み……こんなの、そう何度も耐えていられない…!

 

 将臣「ムラサメちゃん!!」

 

 ムラサメ「聞け!人の肉体に神力を宿すなど負担が大きすぎる!だから吾輩もこうなっておるのだ!」

 

 将臣「じゃあ他に現状を打開できるアイデアがあるか!?」

 

 ムラサメ「だ、だが!それにしたって多少時間が……」

 

 芳乃「わっ、私にでも少しぐらいなら!やぁぁぁぁ!!」

 

 落ちていた木材を拾い、朝武さんは祟り神に投げつけた。

 

 レナ「え?え?あ、えぇぇいっ!」

 

 わけがわからぬままのレナさんも、真似をするように一緒になって木材を投げつける。でも、相手からすれば大したことはないだろう。

 

 しかし、反射的に動くように祟り神は全ての木片をやや苦しそうに弾き飛ばす。

 

 ……ん?あの祟り神の腹の辺り…何だか蒼く光って……!……そうか!!

 

 ムラサメ「ええい!痛むからな!覚悟しろ、ご主人!!」

 

 この隙を無駄にすることなく、ムラサメちゃんが俺の顔を引っ掴んだ。

 

 そして………

 

 将臣「…!?」

 

 ムラサメ「んっ、んん……」

 

 予想外の出来事に一瞬頭が真っ白になった。俺とムラサメちゃんの唇が重なる。

 

 柔らかで暖かい感触……女の子は、唇まで柔らかいのか…

 

 って、そんなことを思っている場合じゃないだろ!

 

 なんて思っていると…

 

 将臣「ッ!?」

 

 不意に、触れ合う唇から熱が流れ込んできた。

 

 いや……そんなもんじゃ済まない…!熱湯を流し込まれたように、身体の奥から熱が上がってくる!

 

 このままじゃ、火傷しそうだ…!!

 

 思わず身震えるが、ムラサメちゃんの力が思ったよりも強く、決して離さない。

 

 次第に熱は苦痛に変わり、身体全体に広がって、全身が火傷をしたような感覚が俺を襲う。

 

 特に右腕が…酷い!例えようもない今まで味わったことの無いとてつもない激痛が走る!

 

 ムラサメ「んんっ……ぷぁ!」

 

 ついにムラサメちゃんの唇が、俺から離れた。

 

 その時、祟り神の触手が朝武さんの前方に振るわれる。

 

 芳乃「きゃあっ!」

 

 レナ「ヨシノッ!」

 

 当たりはしなかったが、朝武さんはその場に尻もちをつく。

 

 その隙をついて、祟り神はレナさんを狙って…

 

 レナ「ひっ!?」

 

 将臣「待てっ、この…!」

 

 イメージするのは蓮太の動き…!今なら蓮太の言っていた事が少しわかる気がする。右足に力を込めて、レナさんに突進する祟り神の横から思いっきり蹴りをぶちかますっ!

 

 一瞬、祟り神が宙に浮き、勢いよく床に倒れた。

 

 だが、横倒れになった身体は、すぐさま元の形に戻る。

 

 なんつー、奴なんだよ…ったく…!

 

 起き上がったと思えばすぐに祟り神は触手を使って攻撃をしてきた。

 

 将臣「!?」

 

 咄嗟に俺はそれを躱す。

 

 なんか、反応速度も今までよりも速い気がする!……というか、激しい痛みがあるにも関わらず、驚くほど身体が軽い。

 

 これなら……!

 

 将臣「このぉぉぉぉぉぉおおっ!!」

 

 たたみかけるように、今度は右拳で、思いっきり祟り神の腹を殴りつけた。

 

 その拳が、本当に泥でも殴りつけたように、ドプンッと祟り神の身体の中に沈む。すると、祟り神が苦しみ悶えるように、のたうちまわった。

 

やっぱり…!蓮太の蹴りはかなり効いていたんだ!!

 

 将臣「大人しくしろぉッ!」

 

 激しく暴れる祟り神を、無理矢理抑え込むように、俺は右腕を更に奥まで押し込む。

 

 祟り神は断末魔のように大きく震えると、俺の目の前で黒い霧のように四散していき、桜色の葉が窓から夜空へ舞い上がった。

 

 レナ「………」

 

 将臣「やった……のか…?」

 

 芳乃「本当に…祓えたんですね……」

 

 ムラサメ「ご主人!すぐに神力を剥がさねば!」

 

 そして、慌てて飛んできたムラサメちゃんに、再び口づけをされる。

 

 今度は身体から熱を吸い出されるような感覚…みるみるうちに身体中の火傷のような熱が引いていくが、痛みは一向に引かない。

 

 むしろ、熱が吸い出されるのに比例して、痛みはどんどん増している。

 

 ムラサメ「んんぅぅぅぅ………ぷぁっ!」

 

 唇が離れた瞬間、右腕に鋭い痛みが走る。あまりもの痛みに右腕に目を向けると、俺の右腕は真っ黒だった。

 

 まるで、祟り神の泥がまとわりついているような…………

 

 そしてそれは突然、動き始めた。

 

 将臣「なっ!?」

 

 そのまま泥は俺の身体にまとわりついてくる。

 

 将臣「うわぁ!!!」

 

 薄れていく意識の中、何かが聞こえた気がした。

 

 ムラサメ「どうしたのだ!?ご主人!身体が痛むのか!?」

 

 芳乃「有地さん!?しっかりしてください!有地さんっ!」

 

 レナ「マサオミ!?衛生兵、衛生兵はどこですかー!?」

 

 三人が声をかけてくれている中、俺は返事すら出来ずに、意識を失った。

 

 *

 



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40話 激闘の後…

 

 ここは……どこだ…?

 

 俺は見たことの無い平原の中にいた。目の前にはなにやら、変な服を着ている人が、泣きながらこちらに向かって刀を向けている。

 

 何故だろう、この人の目は殺意に満ちていない…止めたいけどどうしようも無い、そんな目をしている気がする。

 

 あれ…?首が動かない……自分の意思で体を動かせない……というか、これは、俺の身体じゃない…

 

 そして、急に視線が下へ向く。その先には見慣れない刀が落ちていた。

 

 勝手に右腕がその刀を掴むと、刀は形を変えて、山河慟哭と同じくらいの大きさに変化した。

 

 ただ山河慟哭と違うのは「色」。今手に取ったのは、朱色だった。

 

 そして視点は目の前の人の方へ行き……そのまま………

 

 俺は刀で喉を斬られた。

 

 蓮太「………っ!!痛っ…」

 

 俺は突然の出来事にガバッと起き上がった。

 

 それと同時にわき腹辺りと後頭部から痛みが伝わる…

 

 痛みが収まってから、ゆっくりと辺りを見回す。

 

 蓮太「あれ……?俺……」

 

 目が覚めるとそこは将臣の部屋だった。横を見ると、将臣が寝ている。

 

 祟り神はどうなったんだ…?あの後ちゃんと祓えたのか…?あの夢はなんだったんだ…?

 

 ムラサメ「蓮太……」

 

 将臣が寝ている方向と逆の方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 蓮太「ムラサメ…?」

 

 ムラサメ「よかった…!目が覚めたのか…!!」

 

 横にいるムラサメの表情は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

 

 蓮太「どうしたんだ?そんな泣き出しそうな顔をして…」

 

 ムラサメ「ど、どうしたとはなんだ!わ…吾輩は…心配しておったのだぞ!!」

 

 何が起きていたかは俺にはわからないけど、自分のことを心配してくれていたのが嬉しくて…ムラサメの頭を撫でようとする……が……

 

 そこには何も存在しないと突きつけられるように、俺の右腕がムラサメの頭をすり抜ける。

 

 そうか……俺は、触れないんだった。

 

 蓮太「ごめんな、ムラサメ。俺じゃお礼に、頭を撫でることも出来ない…」

 

 

 …

 

 

 ムラサメ「よい…生きてくれているだけで、それだけでよい…」

 

 しかしまだムラサメは、心の底から安心は出来ていないんだろう。俺は意識を取り戻したが、将臣はまだ寝たままなんだから。

 

 隣で寝ている将臣は手当はされているが、所々怪我をしている。特に目立つ怪我は左腕だった。

 

 そうか…俺が気絶してしまったから…………

 

 蓮太「なぁ、ムラサメ…俺が気絶した後……」

 

 と言ったところで将臣が悪い夢から覚めたかのように飛び起きる。

 

 将臣は起き上がらせて暫く黙って考え込むと、唐突に痛みを思い出したからのように右腕を抑える。見たところは左腕の方が重症だと思うんだが…

 

 将臣「イテテ……なんだろう、この痛み……穢れに触れたからかな…?」

 

 穢れに触れた…?まさか…祟り神に直接…!?

 

 ムラサメ「ご主人……」

 

 ムラサメがそう呟く。あぁ、そうか、ムラサメからしたらやっと安心出来るわけだ。

 

 将臣「ムラサメちゃん?それに、蓮太も…」

 

 ムラサメ「ご主人ーーーー!」

 

 キョトンとしている将臣に向かって、感情が爆発したかのようにムラサメが飛びついていく。

 

 将臣「うわっ!?ちょ、待った待った!」

 

 将臣「あだだだだだだだだだ!!」

 

 嬉しいのはわかるが……怪我人相手にその抱きしめ方は苦痛じゃないか…?

 

 でも、なんだか羨ましいような、なんだろう…この気持ち…

 

 ムラサメ「ちゃんと起きたのだな!ご主人、心配したのだぞ!蓮太もちゃんと目が覚めて…よかった……よかったぁ…」

 

 将臣「ストップ、ストップ!心配をかけたのは悪かったけど痛いって!は、離れて!」

 

 ムラサメ「おっと、す…すまぬ」

 

 慌てて将臣から少し離れるムラサメ。その顔には少しだけ涙が流れた跡が残っていた。

 

 将臣「それよりも、他のみんなは!?」

 

 ムラサメ「心配はいらん、無事だ。この通り蓮太も、それに茉子も命に別状はない」

 

 蓮太「それだ!俺が気絶したあとって何があったんだ?」

 

 ムラサメ「ああ…そうか、蓮太は知らないんだったな、あの後…」

 

 そうして俺は、気絶した後のことをムラサメと将臣から聞いた。

 

 ムラサメ「それで、ご主人がこのような状態になっているわけだ」

 

 将臣「まあ、でも、みんなが無事ならよかったよ…」

 

 ムラサメ「人の心配をしておる場合か、ご主人が一番危なかったのだ」

 

 蓮太「そうなのか?」

 

 ムラサメ「うむ、身体だけではない。ご主人は、さっき言った通り無理矢理神力をその身に宿らせた。その影響は魂にまで及ぶのだ」

 

 身体に宿らせた力は、魂にまで…

 

 ムラサメ「医者が問題ないと診断しても……そのまま目が覚めない可能性もあった」

 

 将臣「そんなに…!?え…?俺達は何日寝ていたんだ?」

 

 ムラサメ「あれから、もう2日経った。もしこのまま目覚めなかったらと思うと…吾輩は……」

 

 そう言いながら、ムラサメは声を震わせている。…本当に不安だったんだな。

 

 蓮太「2日、か…」

 

 将臣「でも、大丈夫だから。ちゃんと俺達は生きてる。ほらっ」

 

 将臣は身体を軽く動かして元気アピールをする。そんなに動いてはいないんだけど。

 

 蓮太「痛みはそんなにないのか?俺は結構頭が…」

 

 ムラサメ「医者がみるには、蓮太は頭の打ちどころが少し悪かったようだ。ご主人とは違って怪我で意識を失っておるから、最初は蓮太がかなり危ない状態だったのだぞ?」

 

 蓮太「そ、そうだったのか…」

 

 ムラサメ「今までは茉子と芳乃が暇があれば二人に付きっきりで看病をしておった。茉子の方は自身も怪我をしておるにもかかわらず、ずっと二人を…特に蓮太を心配しておったぞ」

 

 常陸さんと朝武さんが……

 

 蓮太「…後で礼を言っとかないとな」

 

 話を聞いた限りの予想だと、朝武さんとレナさんは怪我をしてなさそうだな。常陸さんは…多分俺よりはマシなんだろう……

 

 蓮太「将臣の方は?」

 

 将臣「俺は左腕はそれほどでもないんだけど、右腕が結構…ね」

 

 ムラサメ「それは神力を宿した影響だろうな」

 

 将臣「つまりはあの出来事は夢なんかじゃ無かったんだな」

 

 夢…か、確かにそう思いたくなるよな。みづはさんのところに行ったら祟り神がいて…将臣が神力を宿してもらって、なんとか祓った。

 

 蓮太「そういえば、みづはさんは!?」

 

 ムラサメ「あの時は吾輩も気づかなかったが、部屋の隅の方で倒れていた。大した怪我もしておらんかったから、今日も診療所で仕事をしておるよ」

 

 蓮太「そうか、よかった…」

 

 ムラサメ「よかったのはお主ら二人の方だ。本当に、無事に目覚めてくれて…」

 

 将臣「神力を宿さなきゃ、被害はこの程度じゃすまなかったんだ。だから、ムラサメちゃんが気に病む必要はない。本当に助かったよ」

 

 ムラサメ「二度はせぬからな!あのようなこと。本当に危険なのだ、人の肉体に神力を無理矢理流し込むなど………」

 

 …ん?

 

 ムラサメ「無理矢理……流し………込む………………」

 

 どうしたんだ?急にムラサメの顔が赤くなってきたけど…

 

 そうして徐々にムラサメが俺達から……というより、将臣から遠ざかって部屋の隅の方で縮こまっていた。

 

 ムラサメ「ととととととにかく、アレは今回限りだからな!ご主人!」

 

 ん?本当になんだ?急に…

 

 ムラサメ「ご主人の身体に負担がかかることでもあるし……せ、接吻など……」

 

 接吻…?

 

 蓮太「え…?接吻って、どういうこと?」

 

 将臣「いや、多分絶対にしなきゃいけないことだったんだと思うんだけど、その…神力を送って貰うときに、ムラサメと……キス…して…」

 

 あーー……なるほど…そういえば、魂の干渉に最も適した場所はキスってなんかの本で昔見たことがあるな…

 

 将臣「…………」

 

 ムラサメ「………」

 

 キス……したのか……

 

 ムラサメ「な、何故黙るのだぁ、ご主人」

 

 蓮太「いや、ムラサメだって遠くに行ってるけどね」

 

 ムラサメ「そ、それは……ほれ…近くで正面から向き合うと、ははは恥ずかしいではないか!」

 

 ムラサメ「吾輩、あのようなことをしたのは…ご主人が初めてだったのだぞ!」

 

 あ、そうなんだ……何とも可愛らしい。

 

 将臣「俺だって初めてだったんだぞ!」

 

 あら、全然可愛らしくない。

 

 ムラサメ「男が威張るでないっ!吾輩は数百年守ってきたのだ!ご主人のよりも価値があるのだ!びんてーじなのだ!」

 

 蓮太「よく、そんな言葉を知ってるね」

 

 将臣「なんでも寝かせりゃいいってもんでもないだろ!」

 

 蓮太「まぁ、男のよりも女の子の方が価値は高いと思うぞ」

 

 そんな事を言いながら将臣を落ち着かせていると、ムラサメがそのキスシーンを思い浮かべたのか、恥ずかしさのあまりか、顔を隠し始めた。

 

 ムラサメ「〜〜〜〜〜〜〜〜………ッッ!」

 

 こういっちゃ悪いけどムラサメって意外と女の子だよな。将臣と最初事故った時もこんな感じだったし…

 

 ムラサメ「吾輩、皆を呼んでくるっ!」

 

 蓮太「あ、逃げた」

 

 そう言って将臣の方を見ると将臣も恥ずかしくなってきたのか、深呼吸をしていた。

 

 キスってそんなに恥ずかしくなるもんなの…?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「本当に…目覚めてくれてよかった…」

 

 芳乃「よかった……本当によかったです……」

 

 そうして二人が吐いた息は、心の底から安心しているものだった。

 

 蓮太「心配をかけてごめん」

 

 将臣「俺も、ごめんね。でも大丈夫。手はちょっと不便だけど、大げさにするほどじゃないよ」

 

 蓮太「俺達よりも、みづはさんは大丈夫なんっスか?」

 

 みづは「少し青あざができた程度だ。君たちに比べれば軽い物だよ」

 

 あの激しい戦いの中、青あざで済んだのか…奇跡だな…

 

 みづは「竹内君の怪我の方は外傷は実はそんなに酷くない。元々、ちゃんと目が覚めてくれれば、怪我自体はしっかりと治るような物だったんだ」

 

 蓮太「そうなんスね、そりゃよかった」

 

 みづは「有地くんの方も左腕の裂傷は見た目ほど酷くはない、他の部分も問題はないはずだ」

 

 将臣「そうだったんですね、よかった」

 

 みづはさんも見た目は全然怪我をして無さそうだし…気遣ってくれたわけでもなさそうだな…

 

 みづは「ただし、右腕に関しては……申し訳ないが私には判断しかねない」

 

 ムラサメ「神力はすでに回収してある。少なくともこれ以上悪化することはあるまい」

 

 将臣「そうか…それならよかった」

 

 今俺たちが生きているのはみんなのおかげだな…

 

 安晴「なんにしろ、よかった。知らせを聞いた時は本当に肝が冷えたよ」

 

 蓮太「本当にご迷惑をお掛けしました…申し訳ないっス」

 

 安晴「いや、いいんだ。こうして話すことが出来ているんだから」

 

 一瞬、安晴さんはいつものように笑ってくれた。でもその顔はすぐに引き締まる。

 

 安晴「それで、一体何があったんだい?」

 

 将臣「話はまだ…?」

 

 安晴「さわりだけは聞いたんだけど、細かいことは二人が目覚めてからと思って…ゆっくりと話しているような、精神的な余裕がなくてね」

 

 確かにそうなるかもな…このメンバーで怪我をしていないのは朝武さんだけだ。俺も常陸さんも将臣も気絶。そんな状態で家に帰ってきたら誰だって焦るだろう。

 

 蓮太「俺も説明できる程は詳しくなくて…むしろ、俺も聞きたいくらいで…」

 

 みづは「ではまず、祟り神についてから話をしよう。順序的にはそれが一番いいと思う」

 

 そういってみづはさんが話を切り出す。

 

 安晴「祟り神が山を下りて来たというのは…間違いないのかい?」

 

 みづは「いえ、それは違います」

 

 芳乃「え?で、でも私達は、この目でちゃんと見ましたよ?」

 

 確かにそうだ、じゃ無ければこの怪我もなかったことになる。

 

 みづは「勿論幻なんかじゃない、だが、山から下りて来たわけでもないんだ」

 

 みづは「あの祟り神は、私の診療所で発生したものだ」

 

 ムラサメ、蓮太「「バカな!?」」

 

 俺達は声を揃えて驚く。その時に、身体を勢いよく前のめりにしてしまって痛みが電流のように走った。

 

 蓮太「痛っ…」

 

 茉子「大丈夫ですか!?無理をしないでください」

 

 そう言って俺の横に来て、肩を貸してくれる常陸さん。動きがいつもと少し違う事から、常陸さんも痛みが出てこないように、最小限の動きで行動しているんだろう。

 

 蓮太「ごめん、常陸さん」

 

 俺は常陸さんと壁に寄りかかって、話を聞く。

 

 ムラサメ「そのようなこと、前例がないぞ!?」

 

 安晴「祟り神が診療所で……ど、どうしてそんなことに…?突然そんなことが起こるだなんてありえない。なにか理由が…」

 

 みづは「ええ。その理由が、これです」

 

 そう言ってみづはさんが取り出したのはあの小さな欠片だった。

 

 将臣「俺が山で拾った欠片ですね」

 

 みづは「この欠片は意識を失った有地君が握りしめていたんだ」

 

 将臣が……?

 

 将臣「本当ですか?」

 

 みづは「覚えてない?」

 

 将臣「あの時は本当に無我夢中だったので…」

 

 芳乃「それはつまり……祟り神の一部ということですか…?」

 

 みづは「一部なんてものじゃない。祟り神を発生させる核、いわば心臓の様なものだ」

 

 ………!?これが、祟り神の核だって!?

 

 茉子「その欠片が!?ま、間違いないんですか!?」

 

 みづは「この目で見たよ。この欠片が黒く染るところを……そして、泥のようなものが溢れ出し、祟り神となったんだ」

 

 有り得る……!将臣が見つけたのは山の中。しかもお祓いが終わった直後だった…!

 

 安晴「それは、一体…?」

 

 みづは「呪詛で怨みの力を使役する場合、怨みを宿す憑代を用いることがあります」

 

 蓮太「じゃあそれは…!」

 

 みづは「そう、おそらくこれは、呪詛に用いられた憑代の欠片……だと思う」

 

 みづは「呪詛を返された事で、憑代も砕けて散らばったのではないかと……こんなに小さな欠片では大きな力は発揮しないからね」

 

 みづは「だから、穢れを溜めて、祟り神という身体を作り上げた………と考えてます」

 

 そんな……この欠片が今までの祟り神の元だったなんて…

 

 安晴「欠片を祓えば祟り神はもう発生しないのかな?」

 

 みづは「残念ながら……もしそうであれば、祟り神になることもなかったはずです。この欠片は一度、祓われているんですから」

 

 安晴「ああ、そうか……」

 

 みづは「呪詛を解く鍵は、穢れを祓うことではなく、宿している怨みにあるはずです」

 

 怨み………そんなこと言われても……

 

 将臣「あの、質問があります」

 

 将臣…?どうしたんだ?

 

 将臣「欠片が宿した怨みを夢で見る……なんてことは、あるんでしょうか?」

 

 夢…!俺も見たけど、あの夢は呪いなんて感じはしなかったし…

 

 みづは「その話、詳しく」

 

 そうして将臣が言ったことは、穢れに飲み込まれるような幻覚を見た事、そして俺とはまた違った夢を見ていたことだった。

 

 それは不思議な、苦痛を訴えるような、返せという思い。

 

 いやらしい笑みを浮かべた男に斬られた夢、そして異様な現実感。

 

 そんな夢だったらしい。

 

 将臣「あれが偶然だったのか気になって」

 

 みづは「どうだろう……祟り神と接触したことは以前にもあったはずだ。欠片を持ってきたのも有地君。なのに今回だけ…」

 

 茉子「もし本当にそうなら“返せ”と怒っていた部分が重要になりそうですね」

 

 蓮太「返せ…………か…」

 

 頭をフル回転させて考える。何か今まででヒントはなかったか………?

 

 思い出せ………思い出せ………………!

 

 蓮太「……………………」

 

 茉子「竹内さん?どうかしましたか?」

 

 俺がいきなり俯いたせいか、常陸さんが心配して手を重ねてくれる。

 

 蓮太「大丈夫、ちょっと考えてるだけだから…」

 

 考えろ…………!

 

(“返せ”と怒っていた部分が重要になりそうですね)

(祟り神と接触したことは以前にもあったはずだ)

(昨日の夜にムラサメと話してて、これを取りに行ってたんだ)

(呪詛を返された事で、憑代も砕けて散らばったのではないかと……)

 

 散らばった…?返せ…?元々の形があった…?

 

 欠片は全て山の中……

 

 呪詛を解くには、宿している怨みを…

 

 返せ…集める……?元の形に…!?

 

 蓮太「みづはさんっ!それを一旦貸してください!」



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41話 目標

 俺は一つのある答えに辿り着いた。思わず身体をまた前のめりに動かして、痛みが身体中に走る。

 

 蓮太「いででで…!」

 

 みづは「何に対して焦っているのかはわからないけど、身体をあまり動かさない方がいいよ」

 

 蓮太「す、すんません…とにかく!その欠片を一旦俺に…」

 

 その時に思い出す。俺はこの欠片に触ることが出来るのか…?

 

 いや、多分触れないだろう。きっとまた、俺は………

 

 蓮太「やっぱり、その欠片はみづはさんが持ってても大丈夫です」

 

 茉子「…………」

 

 蓮太「将臣、昨日持ってた欠片は?」

 

 将臣「あ、た、確か…昨日来てた服のポケットの中に…」

 

 蓮太「よし、取りに行こう」

 

 そうして俺達は居間のテーブルをみんなで囲うようにして、二つの欠片をみつめる。

 

 蓮太「誰でもいい、誰がこの欠片を近くに置いてみてほしい」

 

 将臣「わかった、近くに動かせばいいんだな?」

 

 将臣が二つの欠片を近づけると、驚くべきことが…予想通りのことが起きた。

 

 今は誰も触れていないのに、欠片がカタカタと震えて更に近づき始める。

 

 将臣「な、これは…」

 

 そしてついに二つの欠片が触れ合うと、その瞬間に激しい光を放つ。

 

 その後、テーブルを確認すると、欠片はちゃんとあった。

 

 さっきとは違って、少し大きい欠片が一つだけ。

 

 蓮太「ビンゴ…」

 

 ムラサメ「欠片が一つになった……だと……っ!?」

 

 みづは「そういう事か…成程ね」

 

 将臣「…え?これは…一体?」

 

 やっぱりそうか…欠片は一つに…元の形に戻りたがってる…!

 

 みづは「私も、預かっていた欠片で似たようなことをしていたんだよあの日に説明したかったのは実はその事でね」

 

 蓮太「似たようなこと…?」

 

 あの日っていうのは……診療所に祟り神がいた日か…

 

 みづは「そう、私は欠片を調べるために、試しに削ってみたんだ、だけど…削れなかった。いや、削ればするんだが…すぐに元の欠片に戻ってしまうんだ」

 

 みづは「途中でもしや…とも思っていたけど…竹内君も同じ結論が出ていたみたいだったから…任せていたけど、確信したことがあるよ」

 

 蓮太「俺もそうですね、考え方は違えど、きっと答えは同じはず」

 

 俺が思ったのは偶然なのかもしれないけど…

 

 蓮太「憑代は一つに戻りたがってる。それがコイツの願い…」

 みづは「憑代は一つに戻りたがってる。それが、憑代の願いだ」

 

 将臣「それって…もしかして、その願いを叶えることが出来れば……」

 

 芳乃「呪いが……解ける…?」

 

 ……簡単には頷けない。今俺たちがしているのは可能性の話。ぬか喜びをさせる可能性だってある。

 

 蓮太「………少なくとも今、この現状を打破するキッカケにはなるはず」

 

 みづは「そうだね、欠片が散り散りになった事が、祟り神の発生に関係しているはずだから」

 

 安晴「それは、どういうことかな?」

 

 みづは「考えてみたんです……あの時祟り神が発生したこと。そして、私が襲われたこと」

 

 みづはさんが襲われた理由………考えつくのは一つしかない。きっとあの欠片を…

 

 蓮太「直接手を出したから………」

 

 みづは「…私もそう思う。祟り神が普通に発生しただけなら、まずこの家に向かったはずです」

 

 確かにと安晴さんは頷く。

 

 みづは「思うに、憑代を砕かれたことに対する怒りの表れ。一種のプレッシャーが祟り神ではないかと」

 

 蓮太「成程…怒りまでは考察出来ませんでしたが…大まかは一緒ですね。それを踏まえると……欠片を一つにする事で、怒りは治まるのかも…」

 

 蓮太「ただ……それなら、一つ違うことがある…俺達は多分、勘違いしていたんだ…」

 

 みづは「……おそらく、呪詛は長男ではなく、利用された犬神の意思だったのかも…」

 

 これなら…筋は通る。

 

 ムラサメ「であれば、憑代を手厚く祀りあげ、犬神の魂を慰撫して鎮めることができれば…」

 

 将臣「魂を鎮める…か」

 

 みづは「ムラサメ様?なんて仰っているの?」

 

 将臣「憑代は手厚く祀りあげて、魂を鎮めた方がいいんじゃないかって」

 

 安晴「とにかく必要なことは、欠片を集めることか」

 

 ムラサメ「それについてだが……おそらくレナは、欠片と何かしらの関係がある」

 

 そこでふと思い出す。初めて朝武さんと出会った時、握手が弾かれたこと。そして、朝武さんは初めて欠片を触った時、弾かれたこと。祟り神の近くにいた時、朝武さんとレナさんが異常をきたしていたこと。

 

 ムラサメが見えていたこと。

 

 茉子「レナさんが?」

 

 ムラサメ「祟り神はレナを狙っておった。そこにも何か理由があるはず。それに吾輩も見えていた」

 

 蓮太「まずはその確認が必要だな」

 

 またレナさんが狙われる可能性もある。急ぐに越したことはない。

 

 時間を確認すると、午後の三時過ぎ。今日は平日だから…

 

 将臣「この時間だと、レナさんは学院かな?」

 

 蓮太「だろうな…今から登校するにしても……すぐに帰ることになるな」

 

 芳乃「レナさんでしたら、お見舞いに来るそうですよ」

 

 蓮太「え?そうなの?」

 

 芳乃「はい。メールで連絡がありました。あと、鞍馬君と妹さんもいらっしゃるそうです」

 

 あー……まぁ、二日もずっと寝てたら、心配にもなる…か?そんな人がいてくれるって、嬉しいな。

 

 茉子「すれ違いになってもなんですから、こちらで待っていた方がいいかもしれませんね」

 

 みづは「そちらは任せるよ、今日は大人しくしているようにね」

 

 みづは「また明日の朝に診察をしに来るから、もし何か火急の事態になったら、いつでも遠慮なく電話して」

 

 将臣「わかりました」

 

 みづは「それじゃあ、また明日」

 

 そう言って玄関の方へ移動するみづはさん、しかし何かを思い出して足を止める。

 

 みづは「ああ、そうそう、常陸さん」

 

 茉子「はい?」

 

 みづは「布団から出るなとは言わないけど、なるべく安静にしてること」

 

 蓮太「そんなになんですか?」

 

 確かにあまりにも違和感がなかったから忘れかけてたけど、常陸さんも怪我人だったな。

 

 茉子「みづはさんはお医者様ですから、大げさに仰っているだけですよ」

 

 蓮太「いや、でも…あまり無理はしないで安静にしてた方が…」

 

 茉子「ワタシは大丈夫ですから、気にせずに何でもドンとお任せ下さい!」

 

 と、自信満々に自分の胸をドンッと叩く常陸さん。

 

 茉子「ーッッ!?」

 

 茉子「……ぅっ……くぅぅ……!」

 

 茉子「を、をまかせくらはぃ…」

 

 蓮太「ほら、言わんこっちゃない…すでに涙目じゃないか」

 

 俺は常陸さんの傍に近寄って顔を覗く。うん。目がウルウルしてる。

 

 みづは「……痛みがなくなるまで無理に動いたりしないようにね。医者の指示に従わないと怪我が長引くよ」

 

 茉子「はぃ………」

 

 蓮太「…ったく、ばーか」

 

 そう言って、常陸さんの額を指でトンっと軽く叩く。

 

 茉子「あたっ…」

 

 蓮太「俺も人の事は言えないけど、出来るだけ安静にな、可能な限りは家事も手伝うから、最小限で済まそう」

 

 茉子「……………はい!」

 

 常陸さんは笑っていた。

 

 将臣「なんかあの二人…やっぱりいい感じだね」

 

 芳乃「あの噂は…実は…」

 

 蓮太「はいそこー!違うから!俺達はそんな関係じゃないって…」

 

 将臣「だってさ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺と将臣が部屋で大人しくしていること数十分…

 

 襖の方から声が聞こえてきた。

 

 小春「竹内先輩、お兄ちゃん、起きてる?」

 

 廉太郎「入るぞー」

 

 がらがらっと開いた襖から人が入ってくる。

 

 廉太郎「お、なんだ、ちゃんと起きてるじゃないか」

 

 小春「無理はしなくてもいいんだよ?寝てなくて大丈夫?」

 

 蓮太「問題ないよ」

 

 レナ「よかった……二人ともちゃんと起きたのですね……」

 

 将臣「心配かけてゴメン、レナさん」

 

 レナさんもいたのか…しかし…この二人がいる時にあの話は出来ないな…

 

 廉太郎「にしても、お前こっちに来てから怪我ばっかりだな」

 

 小春「倒れた本棚の下敷きになったって聞いたけど…」

 

 そうか、そういう話になっているのか…

 

 将臣「本棚…」

 

 一瞬キョトンとした将臣と、俺と、レナさんの視線が合う。

 

 多分これで伝わっただろう。

 

 将臣「なんか運悪く巻き込まれてな」

 

 廉太郎「二人とも?」

 

 蓮太「二人とも」

 

 怪しいか…?診療所は結構デカい棚があるし……誤魔化せそうではあるけどな。

 

 小春「して欲しいことがあったら、何でも言ってね!お兄ちゃん」

 

 蓮太「いいなぁーお兄ちゃん」

 

 小春「た、竹内先輩もですよ!?何でも言ってください」

 

 蓮太「じゃあもうちょっとフランクな感じで呼んでよ」

 

 あんまり堅すぎるのは嫌なんだよな…

 

 小春「フランク…」

 

 蓮太「そうだな…お兄ちゃんと廉兄だろ…?………蓮太でいいや」

 

 小春「呼び捨てになんて出来ませんよ!」

 

 蓮太「まぁ考えといてよ」

 

 うぅ〜と悩む小春ちゃんを横目にレナさんが何かを差し出してくる。

 

 レナ「これ、お見舞いのプリンです。大旦那さんから任されました」

 

 将臣「ありがとう、祖父ちゃんには、そのうち挨拶に行くとは思うけど、よろしく言っといて」

 

 レナ「はい、お任せ下さい」

 

 小春「はい、これは私からのお見舞いね、中身はビワだから、皆さんでどーぞ」

 

 将臣「気を遣ってもらって悪いな」

 

 小春「蓮先輩も、どーぞ」

 

 蓮先輩……うん、いいんじゃないか?距離が縮まった気がする。

 

 蓮太「ありがとう、小春ちゃん」

 

 廉太郎「で、最後に俺のお見舞いだ」

 

 ………アイツ何持ってんだ?紙袋…?

 

 将臣「廉太郎まで?小春と一緒でよかったのに」

 

 廉太郎「まぁまぁ、そう言うな。二人分ちゃんとあるから」

 

 そう言って俺達に茶色い紙袋を押し付けてくる廉太郎。

 

 ……なんで中身が見えなくされているんだ?

 

 受け取った後に思ったことはそれだった。あとなんか妙にずっしりしてて食べ物ではない……と思う。

 

 あとめっちゃニヤニヤしてる。

 

 …一応確認は後にしておこう。

 

 小春「それで調子はどうなの?」

 

 将臣「今日は大人しくしておくようにってさ」

 

 蓮太「でも、明日からは普通に動けるから大丈夫」

 

 レナ「それは何よりでありますね」

 

 そろそろこの「あります」にも慣れてきたな。

 

 廉太郎「でも、ビビったぞ?怪我人の将臣と蓮太だけじゃなく、巫女姫様と常陸さんまで休むんだから」

 

 そう言えばあの二人はなんて理由で休んでいるんだろう?常陸さんは怪我してるから…ともかく話を合わせておかないと…

 

 廉太郎「さっき話した感じだと、元気そうで安心したけどさ」

 

 将臣「常陸さんも怪我をしたけど、朝武さんは看病のために休んだだけだろうからな」

 

 小春「でも本棚が倒れるなんて…一体何があったの?」

 

 廉太郎「地震が起きたわけでもないのに」

 

 あーーーっと……

 

 将臣「そりゃあ…まぁ…」

 

 レナ「………」

 

 まさか正直に説明する訳にはな…レナさんもそう言われているのか、口を開こうとしない。

 

 蓮太「正直…突然のことすぎて、俺は覚えていないんだ…多分将臣もそうじゃないか?」

 

 将臣「そうなんだよ!何かのキッカケはあったと思うんだけど…」

 

 小春「お兄ちゃんと蓮先輩…お祓いをしてもらった方がいいんじゃない?」

 

 蓮太「まぁ、お祓いをしている立……ば………」

 

 襖の方から何やら嫌な視線を感じる。

 

 この感覚は…あれだ。前にも二度経験がある。

 

 蓮太「あ、あは…本当にしてもらった方がいいかもなー!運が悪い事ばっかりだ」

 

 廉太郎「必要ないって、巫女姫様と一緒に暮らすなんて幸運に恵まれてるんだから、プラマイ0になっただけって」

 

 そんなふうに考えられる君が羨ましいよ。

 

 将臣「そういうことにしておこう」

 

 そんなふうに俺達はしばらく和気あいあいと話していた。

 

 お見舞いって初めてされたけど……友達って良いな。



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42話 増えた友達

 蓮太「というかレナさんはここにいて大丈夫なのか?旅館の仕事があったんじゃない?」

 

 気がつけばもう夕暮れ時、日が落ち始めている。

 

 レナ「ヘーキですよ。むしろ今日は大旦那さんに言われてますので」

 

 小春「お祖父ちゃんに?」

 

 レナ「怪我人が多くて大変でしょうから、 今日は家事のお手伝いをするように、と、ですので!何かあればお任せですよ!」

 

 そして居間にて…

 

 芳乃「家事のお手伝いですか?」

 

 レナ「はい。わたしの今日のお仕事なのです。是非、お手伝いをさせてください」

 

 芳乃「お客様にそんなことさせる訳にはいきませんよ」

 

 まぁ当然の反応だわな。そりゃそうだ。

 

 レナ「ですが、普段はマコが家事全般をしていると聞きました。そんなマコが怪我をしていては大変でしょう?例えば……御飯など」

 

 芳乃「それは…」

 

 茉子「料理くらいでしたら大丈夫ですよ」

 蓮太「料理ぐらいなら問題ないぞ?」

 

 芳乃「絶対ダメ。二人はなるべく安静にするように言われているんだから」

 

 別に大げさだと思うけどなぁ…そりゃあ激しく身体を動かしたりすればまずいと思うけど…

 

 レナ「おぅ…息がピッタリでありますね。ともかく、ここはわたしにおまかせを」

 

 芳乃「ですが…迷惑をかけるわけにはいきません。今日は私が頑張ります」

 

 蓮太「…………朝武さんって料理出来るの?」

 

 朝武さんがキッチンに立っているところを見たことがないんだけど…

 

 芳乃「基本くらいは知っていますとも」

 

 レナ「日本では料理の基本を『さしすせそ』で言いますよね?」

 

 蓮太「お?そりゃいい問題だな!朝武さん、この『さしすせそ』って何を意味しているかわかる?」

 

 芳乃「もっ、もちろん知っていますよ!砂糖・塩・お酢・せ、せ…せ……」

 

『せ』で止まってるやないかーーい。

 

 芳乃「背油……と、ソース?」

 

 蓮太「あははははっ!!!」

 

 せっ!背油とソース…!!!なんじゃそりゃ…!!

 

 将臣「……味付けが濃そうだなぁ……」

 

 蓮太「はははは!!」

 

 廉太郎「『せ』と『そ』は醤油とソースだよ」

 

 蓮太「お前も半分違うわっ!ははは!」

 

 将臣「笑いすぎだって…」

 

 ソースはまだわかる…背油って…!面白いなぁ!

 

 小春「お醤油とお味噌」

 

 廉太郎「あれ?そうだっけ?」

 

 俺は一旦落ち着いてから、話を続ける。

 

 蓮太「まっ、まぁ確かに間違えやすい二つだけどな」

 

 芳乃「ぅー、…………確かに、正直に言いますとあまりお料理の経験はありません。でも…こんな時くらい役に立ちたいんです!」

 

 こんな時くらいって、いつもいつも頼りっぱなしじゃね?俺達って。

 

 レナ「んー!ヨシノは可愛らしい人ですね!では……その気持ちを汲んで、手慣れた人と一緒に作るのがよさそうですね」

 

 将臣「俺も一応簡単なものなら作れるけど…」

 

 芳乃「ダメですよ、有地さん。腕を使わないように言われてるんですから」

 

 まぁ…怪我が一番酷い将臣に頼むくらいなら最初から常陸さんに頼んでいるだろうしな。

 

 廉太郎「そんなになのか?」

 

 将臣「動かせないわけじゃない。酷使はするなと言われているだけだ」

 

 小春「それでもダメだよ、お兄ちゃん。包丁とか持たれると心配だもん」

 

 んー…口には出さないけど、横にいる巫女姫様も危なくないかな?小春ちゃん。

 

 廉太郎「しゃーない。ここはいっちょ俺が一肌脱ぎますか」

 

 蓮太「廉太郎って料理出来たんだな」

 

 廉太郎「もちろんよ。今時料理くらい出来ないと女にモテないからな」

 

 意外だ…!割と何でも出来ないタイプだと思ってたが…やっぱりあれだな、決めつけはよくないな。それにしても…

 

 蓮太「理由が不純だな」

 

 将臣「『さしすせそ』を間違えてたのに?」

 

 廉太郎「俺は頭よりも身体で覚えるタイプなの。知識じゃなくて実践派なの。とまあ、少なくとも小春よりは上手いぜ?」

 

 ………あぁ、何となく察してきたかも……コイツアレだ、玄十郎さんの所で叩き込まれただけだ。知識なくして独学じゃ無理だ。

 

 小春「むっ……なにさ、わざわざ引き合いに出さなくてもいいじゃない!」

 

 そして小春ちゃんの方が…ってのは当たってるんかい。

 

 小春「廉兄なんて、旅館のお手伝いでお客さんの前には出せないから、厨房に回されていただけでしょう」

 

 将臣「ありそうな話だ」

 

 …やっぱりか。

 

 廉太郎「何にしろ、基本はシゲさんに叩き込まれてるってことだ」

 

 小春「私だってお姉ちゃんの所で働き始めてから、お料理の勉強してるもん!昔よりは、少しくらいは力になれるよ」

 

 う、う〜ん…ここは頼るべきか……いや、慣れていないんなら、危ないし…

 

 けど数をこなさなきゃ上達はしないし…

 

 いや、でも小春ちゃん…大丈夫…か?

 

 将臣「本当に大丈夫なのか?」

 

 小春「ちょっとお兄ちゃん!」

 

 将臣も心配してたのか……でも、レナさんもいる事だし、チャンスではあるか。

 

 蓮太「大丈夫、ちゃんと信じてるから。な?」

 

 小春「はい!任せてください!」

 

 廉太郎「ほー。じゃあその実力を見せてもらおうか」

 

 小春「いいよ!それくらい!あっ…でも……、やっぱりご迷惑でしょうか?」

 

 そう小春ちゃんは朝武さんに伝える。朝武さんは頑固だからな…気持ちはわからなくもないが、たまには…頼ってもいいんじゃないかなーって。

 

 茉子「芳乃様、意固地になり過ぎるのも失礼になると思いますが」

 

 芳乃「……わかりました。ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 蓮太「決まりだな、楽しみにしてるよ」

 

 小春「はい!」

 廉太郎「頑張りますか!」

 

 おおー、さすが兄妹。息ぴったりじゃん。

 

 レナ「ですが、流石にこの人数は多いかもしれませんねぇ」

 

 あれ…?レナさんも…って、確かにキッチンに四人は多いか…

 

 レナ「では、私は別のお手伝いをしましょう」

 

 将臣「別って?」

 

 レナ「もちろん!マサオミの寝床のサービスですよ〜。わたし、こう見えても床上手なのですよ!ふっふっふっ」

 

 将臣「え!?」

 

 小春「床っ!?」

 

 廉太郎「上手!?」

 

 一瞬で場の空気がガラリと変わる……

 

 茉子「あら……まぁ……」

 

 芳乃「……ッ!」

 

 レナ「それだけは女将にも褒められるくらいですよ」

 

 蓮太「女将にも褒められる!?」

 

 って……多分レナさん。意味わかってないな…?こりゃ。

 

 廉太郎「やっぱ海外はすげぇんだなー!」

 

 てか本当にそうならあの旅館は何させてんだよ…

 

 レナ「ずっと寝たいたのなら、お布団を干してシーツも変えた方がよいですよね?」

 

 蓮太「やっぱりね、絶対そうだと思った。…確かにそれはそうだな、二日間ずっと使ってたってことだもんな」

 

 レナ「レンタの方もしっかりしておきますので!お二人が気持ちよく眠れるように整えますので、お任せ下さい。自信あります!」

 

 蓮太「ごめんな、よろしく」

 

 廉太郎「なんだ、床上手ってそういうことか…」

 

 いやなんであからさまにガッカリしてんだよ!?他の人達とは明らかに反応が違うぞ!?

 

 小春「あー、ビックリした…」

 

 というか女子の皆様、意味がわかっていらっしゃったのですね。

 

 レナ「……?わたし、変なことを言いましたか?」

 

 将臣「いや、まぁ…その…」

 

 芳乃「さ、さぁ!その話は置いておいて、夕食の準備を始めましょう?」

 

 茉子「はい、そうですね」

 

 あ、話の流れを変えた。多分朝武さんも小っ恥ずかしいんだろうな。

 

 芳乃「もしよろしければ、皆さんも一緒に夕食を食べていきませんか?」

 

 小春「そのお誘いは、もの凄く光栄で嬉しいんですが……もう家で用意されていると思いますから、今回は申し訳ありません!」

 

 芳乃「そうですね…申し訳ありません」

 

 蓮太「じゃあさ!機会があればまたこうして集まろうぜ?そんときはみんなで飯でも食べよう」

 

 どうせなら俺がみんなに作ってやりたいしな!

 

 廉太郎「おう!それなら全然大丈夫だ!それに、なんなら、お昼のお弁当とかでも、全然OKだし」

 

 レナ「あのー、わたしはお言葉に甘えてもよろしいですか?」

 

 芳乃「ぁ、はい!もちろんですよ」

 

 レナ「ありがとうございます!頑張って働きますので!……さてと、では早速!」

 

 そんな時、俺は将臣に小声で話しかける。

 

 蓮太「(将臣、今からが、チャンスじゃないか?あの話のこと)」

 

 将臣「(俺もそう思ってた、ちょっとなんとかして聞いてみるよ)」

 

 …せっかく関係者だけでレナさんと話ができそうなんだ、上手くこのチャンスを使うか。

 

 蓮太「将臣も手伝った方がいいんじゃないか?何処に直すとか、具体的なことは将臣がいないとわからないだろ?」

 

 将臣「確かにそうだな、レナさん、俺も一緒に手伝うよ。掃除とかもついでにしたいし」

 

 レナ「その気持ちはありがたいのですが、無理をしてはいけませんよ?」

 

 将臣「邪魔はしないようにするから」

 

 そう言ってレナさんと将臣は部屋から出ていった。

 

 廉太郎「それじゃあ、俺達も始めますか」

 

 小春「うん!巫女姫様も、行きましょう?」

 

 芳乃「は、はい。よろしくお願いします」

 

 料理班もキッチンの方へ向かって行く。居間にいるのはは俺と常陸さんだけになってしまった。

 

 茉子「竹内さん、先程の話は…」

 

 蓮太「うん。将臣にちょっと聞いてもらってる。何かわかればいいんだけどな」

 

 …でも、今回の件はレナさんを巻き込む形になっちゃったし、俺からもそこは謝った方がいいかな…

 

 蓮太「やっぱり俺も行ってくるよ、レナさんには迷惑をかけてしまってるし、俺からも謝りたい」

 

 茉子「それでしたらワタシも行きます。芳乃様の分まで伝えたいですから」

 

 蓮太「それじゃあ行こうか」

 

 そうして俺達は将臣とレナさんを探しに居間を後にした。



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43話 親友、そして新たな力

 

 蓮太「さて、と…あの二人はどこにいるかな…」

 

 俺と常陸さんは少し部屋の周りを歩き回る。

 

 茉子「そんなに遠くへは行っていないと思いますが…」

 

 うーん…流石に家の中で話はしてないのかな…将臣の部屋にもいなかったし…外か?

 

 茉子「あっ、竹内さん、見つけましたよ」

 

 蓮太「え?どこだ?」

 

 茉子「あそこです、ほら、あの境内へ行く道のところです」

 

 あ、ほんとだ、あんな所まで行っていたのか…結構部屋から遠いぞ?

 

 蓮太「よし、じゃあ行ってみようか」

 

 そうして俺達は将臣とレナさんがいる所まで進む。

 

 このT字になってる廊下を曲がれば……

 

 そう思った時、何故か俺は歩みを止めた。

 

 二人の会話が聞こえてくる。

 

 レナ「はい、決して他言は致しませんのでご安心ください」

 

 将臣「危険な事に巻き込んでしまって……本当にゴメン」

 

 ふと思う。あんな危険な目にあって、これからも友達でいてくれるのだろうか?一緒に遊んでくれるんだろうか?

 

 どんな形であれ、下手すれば死んでしまうような事に直面したのは事実。おそらく、ある程度のことを説明をされているだろう。祟り神や、呪い、必要なら、叢雨丸や俺の事も…

 

 距離を置かれるかもしれない。レナさんは優しい人だ。それは分かる。けど、人の優しさにも限度はある。俺だって最初から霊感なんて無くて、何もない普通の人だったら、いきなりムラサメなんて見た瞬間に逃げるか離れると思う。

 

 その答えを聞きたくて…聞きたくなくて…俺は一歩が踏み込めなかった。

 

 レナ「ヘーキですよ。別にイタズラで巻き込まれたわけでもなし、事故です」

 

 レナ「わたしは、レンタやマコ、マサオミの元気な顔が見られて嬉しいですよ」

 

 蓮太「…………」

 

 言葉はありがたいんだけど、心の底では何を思っているのかがわからない。人なんてそんなもの。

 

 腹の底ではどんな顔をしているのかはわからない。

 

 だから信用ができない。

 

 そう思うと………いや、止めておこう。このままじゃあ誰も信じることができなくなる。

 

 将臣「それで……もう一つ聞いて欲しい話があるんだ」

 

 レナ「……わかりました」

 

 廊下の角で躊躇っている俺を不思議に思ったのか、後ろから話しかけられる。

 

 茉子「どうしたんです……か……」

 

 常陸さんは唯一、俺の弱い所を知っている人だ。だから察する事ができたんだろう。

 

 今の俺の心境に。

 

 常陸さんも心の奥底ではどう思っているかわからない。面倒くさい奴なんて思われてるかもしれない。まぁ、事実面倒くさい奴なんだけど。自分でも分かってる、でもしょうがないじゃないか。

 

 それだけ、本当に意味であまり信用をしたことがないんだから。

 

 今思えば不思議だ……

 

 多分、俺が信用できてる人は、朝武さんだけ。

 

 ……あれ?

 

 将臣「じゃあ説明する前に……ムラサメちゃん」

 

 レナ「あわっ!?いたのですか、ビックリしました」

 

 ムラサメ「廉太郎や小春がいる前で呼びかけられるとよくないのでな。姿を消しておったのだ」

 

 レナ「な、なるほど」

 

 将臣「いくつかまだ確証のないことも多いけど、聞いて欲しいんだ」

 

 答えは…わからない。

 

 必死にその場から逃げ出したい気持ちを殺して俺も話を聞く。

 

 逃げられないから、逃げちゃいけないと思うから。

 

 レナ「はい…」

 

 それから将臣はレナさんに呪いについて、欠片について判明したことを始めに、全てのことを語っていった。

 

 レナ「事情は把握致しました。とにかく、そのために不思議な石が必要と言うことですね」

 

 レナ「そして…わたしもその石に関係があると」

 

 将臣「俺達はそう考えている。心当たりはないかな?こういう欠片なんだけど」

 

 おそらく、将臣が欠片を実際に見せたのだろう。それを見たであろうレナさんが息を飲んでいた。

 

 レナ「…………」

 

 当たり…だな。

 

 将臣「やっぱり…あるんだ?」

 

 レナ「少々お待ちください」

 

 そこで二人の会話が少しの間止まる。

 

 そのタイミングで俺は、常陸さんと一緒にいたことを思い出した、

 

 蓮太「あ、ゴメン常陸さん。俺からレナさんに伝えておくから、戻っててもいいよ」

 

 茉子「……お断りさせていただきます」

 

 あら…断られた。気分的には一人がいいんだけどな。

 

 蓮太「大丈夫って、ちゃんと言っておくから」

 

 茉子「そうではなくて、こういう時こそ一緒にいます」

 

 …………嬉しいんだけど…なんでだろう。

 

 一度信じたはずなのに。救ってもらったはずなのに。相手が本当はどう思っているかじゃない。俺が心の底から信用が……

 

 蓮太「ありがとう…」

 

 できていない。

 

 レナ「おそらく、コレではないかと」

 

 ムラサメ「うむ、気配は弱いが欠片の一部で間違いなさそうだ」

 

 コレってことは……欠片を持ってる…?レナさんはどこかのタイミングで拾ったのか?いやでも、山の中でなんて…………

 

 …遊びに行った日?

 

 将臣「それは山の中で拾ったの?」

 

 レナ「いえ、拾った物ではありません。コレはわたしの家に代々受け継がれてきた物なのです」

 

 将臣「受け継がれた……って、例のご先祖から?」

 

 あぁ…確か、レナさんの先祖の誰かは一度穂織に来ているんだったな。

 

 レナ「はい。わたしはお祖父ちゃんから譲ってもらいました」

 

 ムラサメ「そうか、初めて見た時に感じた妙な気配は、この欠片が原因であったか」

 

 レナ「子供の頃からずっと持っていて、日本に来る時もお守り代わりに持ってきていたのです」

 

 レナ「お祖父ちゃんは、もう……日本には、来られませんので……」

 

 どこか、懐かしそうで、悲しそうな声。

 

 だからこそ、その欠片がレナさんにとって、とても…とても大切な物なんだと思う。

 

 色々な思い出が詰まっているものなんだろう。

 

 蓮太「お祖父ちゃんは、もう来られない………か………」

 

 俺達は今、人の思い出を、大切な物を奪おうとしている。

 

 でも、俺達は…俺達には、その欠片が必要なんだ。人を救うには、誰かが犠牲にならなければいけないのだろうか。

 

 将臣「……………」

 

 将臣「レナさんにとって大切な物なのに、こんなことを言うのは不躾で、とても失礼だと思う。それでも……どうかお願いします。その欠片を譲って下さい」

 

 レナ「………」

 

 こんなことを将臣に任せる形にしてしまった俺も、申し訳なく思う。

 

 将臣「大切な思い出が詰まっていることはわかっているつもりだ。だけど……どうか、お願いします」

 

 レナ「頭を上げて下さい、マサオミ。構いませんよ」

 

 将臣「俺の頭でよければいくらでも下げます」

 

 レナ「あのですね、構いませんと…」

 

 将臣「条件があるなら何でもしますから」

 

 その言葉を聞いたレナさんの声が急に元気になる。

 

 レナ「おー!何でもして頂けるのですか?それはとてもいいことを聞きましたね」

 

 …え?

 

 将臣「あ、あれ?」

 

 今のって……欠片をくれるのか…?

 

 将臣「い、いいの?本当に?」

 

 ムラサメ「大切な物であろう?そんなに簡単に決めてしまってよいのか?」

 

 レナ「構いません。だってマサオミやヨシノには必要なのでしょう?」

 

 将臣「だ、だって、形見なんでしょう?お祖父ちゃんの…」

 

 レナ「え…?」

 

 将臣「え?」

 

 え?

 

 レナ「お祖父ちゃん生きておりますが」

 

 将臣「で、でもさっき、もう日本には来れないって」

 

 レナ「元気ではあるのですが、もう高齢ですので膝や腰を悪くして。旅行は難しいだけですよ」

 

 将臣「そ、そうなんだ…」

 

 なんだ…こっちの勘違いか…それならよかったんだけど…

 

 大切な物には変わりないんじゃないのか…?

 

 レナ「形見ではありませんので、ご安心ください。心配してくれてるのはありがく思いますが、そう念押ししないで下さい。思わず考えが変わってしまいそうです」

 

 ムラサメ「……すまぬな」

 

 レナさん……優しいな。

 

 レナ「確かにこれは大切な物です。このような事情がなければ頼まれても譲らなかったと思います」

 

 レナ「ですがマサオミは、日本でできた最初の友人です。あの時、マサオミやマコとレンタに案内をされて楽しかったです。嬉しかったです」

 

 レナ「それにヨシノもいい人で、学院で一緒にお弁当を食べるのも楽しいです」

 

 ……レナさん…

 

 レナ「毎日が凄く充実していて、満喫しています。みんな大切な友人です!」

 

 レナ「おー!それからムラサメちゃんも、大切な友人の一人です!そんな友人のためなら、むしろ譲らないと怒られてしまいますよ」

 

 本当に優しい人だ。レナさんって。このままここで隠れているのが申し訳なくなってくる。

 

 そんな時に、不意に常陸さんの目が合う。

 

 茉子「行きますか?」

 

 優しく声をかけてくれる常陸さん。その時に思い出す。

 

(ワタシ達は、離れませんよ)

 

 また、俺だけが逃げてた…か。

 

 蓮太「あぁ、行こう」

 

 意を決して俺は角を曲がって進む。その時に向かい合わせになったレナさんと視線がぶつかる。

 

 レナ「レンタ…?マコまで…どうしたのですか?」

 

 蓮太「ごめんレナさん、話しかけるタイミングを逃して…盗み聞き…みたいな形になったんだけど…レナさんの言葉を聞いてたんだ…」

 

 将臣「蓮太と常陸さん…来てたのか」

 

 蓮太「あぁ。俺からも謝りたくて」

 

 茉子「レナさん、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。芳乃様の分まで、頭を下げさせて頂きます」

 

 俺もレナさんに方へ姿勢を正し、頭を下げる。

 

 蓮太「本当に巻き込んでごめん。そしてありがとう。友達って言ってくれて。本当に…!」

 

 がすぐに頭を上げる。感謝の気持ちを表すのは頭を長く下げることじゃない、レナさんの気持ちを汲んで、一刻も早く呪いを解く事だと思うから。

 

 レナ「いえいえ、問題ないですよ、それに…」

 

 チラッとレナさんが将臣の方を見る。

 

 レナ「お譲りすれば、“何でも”してくれるのですよね、マサオミ?」

 

 将臣「うっ………」

 

 そして少しの間、将臣が黙りこくって…遂に覚悟を決めたように叫ぶ。

 

 将臣「お、男に二言はない!」

 

 レナ「おお!ではわたし、日本の伝統芸能が見たいです!」

 

 蓮太「伝統芸能?」

 

 茉子「えぇと…歌舞伎ですとか、能…?」

 

 でもこの場で出来ることってなくないか…?

 

 レナ「ハラキリー♪」

 

 蓮太「任せた将臣」

 

 将臣「それは芸じゃない!」

 

 レナ「あははー。冗談ですよー」

 

 まぁ確かに本気だったら将臣が死んじゃうからね。

 

 レナ「本当のお願いはですね………わたしとこれからも友達でいて下さい」

 

 蓮太「…………」

 

 友達…

 

 レナ「おおっと!わたしは軽い女ではありませんのでらただの友人ではいけません!」

 

 レナ「親友でなければいけませんよ?それがお譲りする条件てす。さぁ、どうしますか?」

 

 そんな事、決まっている。将臣だけで済ますものか。ここにいるみんな。きっとここにいない朝武さんも、答えは一つだろう。

 

 前を見るとレナさんが笑っている。本当に……なんて人だ…

 

 将臣「…わかった。その条件、飲むよ」

 

 蓮太「待った!将臣だけで済まさせないぞ?俺達もその条件に追加してもらうからな」

 

 茉子「はい、そうですよ?芳乃様もワタシも、その中に入れさせてもらいますから」

 

 レナ「はい!ありがとうございます!」

 

 レナさんの明るい笑顔につい俺達も笑ってしまう。

 

 将臣「ありがとう。これからもよろしくね」

 

 茉子「ワタシからも、よろしくお願いします」

 

 レナ「はい、よろしくお願いします!」

 

 俺も改めて、一歩前に出てレナさんと握手をする。

 

 蓮太「俺からも、よろしく、レナさん」

 

 レナ「はい!」

 

 その瞬間、俺の心が満たされる感覚。優しく包まれるような感覚がした。

 

 この感じは…!あの時と……!

 

 心から溢れんばかりの、気持ちが湧いてくる。

 

 茉子「どうしたんですか?竹内さん」

 

 蓮太「いや…大丈夫。多分成長できた気がする」

 

 茉子「…?」

 

 握手していた手を離すと、俺達は笑い合う。その中、レナさんの手から将臣に欠片が渡される。

 

 レナ「でも、ソレが祟り神の原因だったとは…わたしの家では、そんな危険な話はなかったのですが…運が良かったのでしょうか?」

 

 ムラサメ「お守りとして大事にされておったことで、魂を慰撫しておったのだ。ゆえに祟り神は発生しなかった」

 

 蓮太「まさに奇跡だな。優しい奇跡だ」

 

 将臣「じゃあムラサメちゃんが見えるのは?」

 

 確かに……何で見えるんだ?

 

 ムラサメ「子供の時から欠片を傍に置いておったから、霊的な波に敏感になっておるのだろう」

 

 将臣「なるほど」

 

 …ますます俺がムラサメのことを見えるのがわからなくなってきたな。呪いに関する物が幼い頃からあった訳でもないし……

 

 レナ「では、欠片を渡してしまったら、もうムラサメちゃんが見えなくなってしまうのでしょうか?」

 

 ムラサメ「いずれはそうなる可能性もある。だが、手放した直後からということはあるまい」

 

 レナ「そうですか、よかった…ムラサメちゃんも大切な友人ですので」

 

 ムラサメ「お、おう……そう言われると、何やら照れるのう」

 

 ……よかったな、ムラサメ。

 

 将臣「とにかくレナさん、ありがたく使われてもらうよ」

 

 レナ「はい」

 

 将臣は一言断りを入れてから、二つの欠片を近づける。するとあの時同様、激しい光を放ち、光が消える頃には一つになった欠片がより大きくなっていた。

 

 レナ「おー……本当に、一つになりましたね」

 

 レナ「少しはマサオミとヨシノの役に立てたみたいでよかったです」

 

 将臣「少しどころじゃない、本当に助かったよ、ありがとう!レナさん」

 

 レナ「いえいえ、約束は守ってくださいね」

 

 茉子「そこはお任せを!ワタシ達にとっても、レナさんは大切な友達ですよ」

 

 レナ「はい!」

 

 これでまた、一歩前進だな。まだ先は長いと思うけど…これからも頑張らねぇと…!

 

 レナ「では、戻って掃除を致しましょう。早くしないと、お布団が干せなくなってしまいますので」

 

 茉子「あ、ワタシもお手伝いをしますよ。無茶はしませんので一緒にお掃除をしましょう」

 

 それから俺達は将臣の部屋へ移動する。その道中、俺は溢れんばかりの心の力を右手に送ってみる。

 

 力が込められた右手は輝色に光っていた。

 



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44話 天国

 

 レナ「〜〜♪」

 

 鼻歌を歌いながら将臣のシーツを整えるレナさん。手早いのに、ピシッと綺麗。

 

 もうまともにこの道で働けるんじゃないだろうか。

 

 将臣「本当に凄いね」

 

 レナ「これが旅館で働いた成果ですよ」

 

 まだこっちに来てそんなに時間も経っていないのに…元々飲み込みが早い方なのかな?

 

 レナ「これからは、レナ・床上手・リヒテナウアーとお呼びください、ふっふっふ」

 

 蓮太「その呼び方は抵抗があるな…」

 

 将臣「床上手ってそういう意味じゃないからね」

 

 レナ「そうなのですか?では、どういう意味でありましょう?」

 

 将臣「そりゃあ……」

 

 それから俺たちは黙りこくってしまう。

 

 いや絶対俺は言わないからな!

 

 茉子「ワタシ達の口からはちょっと……あは…」

 

 将臣「後で猪谷さんにでも聞いてみてよ…」

 

 蓮太「あと、外では絶対に言わないようにね」

 

 レナさんは少しポカンとしている様子…まぁこんな曖昧な説明をされたら困るっちゃ困るよな。

 

 レナ「はぁ…かしこまりました…」

 

 そんなことを話している間にレナさんは作業を……って常陸さんも終わってる!?

 

 いや、レナさんもなかなか凄いけど、常陸さんのスペックが高すぎだろ!?

 

 レナ「さて、軽く拭き掃除もしたいのですが」

 

 茉子「そうですね、軽くでしたらワタシも動けますし、手伝いますよ」

 

 蓮太「じゃあちょっと待ってて、俺達で準備くらいしてくるから」

 

 そう言って俺は将臣の肩を軽く叩いて呼びかける。

 

 蓮太「ほら、いくぞ」

 

 将臣「何もしないのもあれだしな」

 

 そうして俺達は部屋を出て、洗面所に向かった。

 

 *

 

 茉子「では、お二人が戻られる前に、片付けをしてしまいましょうか」

 

 レナ「はい!…っと、マサオミとレンタは…みんなのお見舞いを放ったままにして…」

 

 ワタシはお見舞いの一つの茶色の紙袋が気になって、持ち上げてみる。

 

 茉子「?この茶色の紙袋は何なのでしょうか?」

 

 レナ「それは…レンタロウのお見舞いでありますよ」

 

 レナ「わたしのお見舞いのプリンなどであった場合は冷やした方がいいと思いますので、確認をしてみましょう」

 

 確かに食べ物の類だと、そうしないと困りますね、気は進みませんが…確認しておかないと。

 

 茉子「えっと…袋に名前が書いていますね…ワタシが持っているのは……竹内さんへの物ですね。一体何が入っているんでしょう?食べ物では………」

 

 レナ「…?どうしたのでありますか?」

 

 袋の中身は隙間がないくらいの本が入っていました。

 

 茉子「本が入っていました」

 

 確かに、じっと安静にしているのも大変でしょうしね。納得です。

 

 レナ「それでしたら、冷やす必要はなさそうですね。わたしもマサオミの宛名の紙袋の中身を確認しましたが、同じく本でした」

 

 茉子「じゃあこれはテーブルの上に……」

 

 袋の口を閉じテーブルの上に置こうと持ち上げたそのとき、バリッと袋の底が破けてしまいました。

 

 そして、ドサドサと中の本が畳の上に…

 

 茉子「ああ!やってしまい…まし……た………」

 

 畳の上に広がった本。

 

 その表紙にはドドーンと女性の体が。

 

 茉子「ッ!こ…これは…」

 

 レナ「あわーーー!?なにこれ過激な裸!?いやー!れれれれれ、レンタってば、なんて本を!?」

 

 そして今度はその本を見て慌てたレナさんが有地さんの分の紙袋をテーブルから落としてしまいました。

 

 元々散らばっていた本の上に更に過激な本が散らばっていって、気づけばエロ本だらけになってしまいました。

 

 レナ「ままままマシャオミも!?なななななんと…!」

 

 レナ「い、いえ…これはレンタロウのお見舞い。持っていたのはレンタロウでしたね…」

 

 茉子「は、はい、そうですよ!それに有地さんも竹内さんも殿方なんですから、こういう本を読んでしまうのも、きっと普通ですよ」

 

 竹内さんはそういうことには無関心…とまではいいませんが、そんなに興味が無い方だと思っていたので、これは意外…ですね…

 

 レナ「こ、こんな格好…恥ずかしくないんでしょうか?」

 

 そしてレナさんは何かをブツブツと呟きながら、一つの本を手に取って考え込みます。

 

 茉子「レナさん…?」

 

 レナ「はわっ!?違っ!違いますよマコ!知識として、少しは知っておかねばと思っただけでありまして!」

 

 でも…確かに気にはなります。一応それなりには性についての知識は持ち合わせているつもりではありますが……

 

 茉子「ワっワタシも!い、一応ですね!か、確認を……」

 

 ワタシも気になって一冊手に取ってみます。

 

 レナ「ドキドキ……」

 

 茉子「で、では…参ります…」

 

 そうして二人でアダルトな本を開いて、中身をまじまじと見ます。

 

 適当にめくったページで最初に出てきたのは、裸の女性が数人で写っていました。

 

 レナ「ふぉぉぉぉぉぉぉ……はだっ、はだっ、はだだだだだだだかっ!?」

 

 *

 

 蓮太「しょうがないとはいえ、ちょっと時間をかけてしまったな」

 

 将臣「でも意外だったな、まさか、廉太郎がメインの料理が普通に美味かったのは」

 

 俺達は洗面所に行く途中、小春ちゃんに捕まって味見をさせてもらっていた。

 

 そこで驚いたのは、普通に美味かったこと。切られていた材料達を見てみると結構ぎこちない形が殆どで、朝武さんが包丁を持っていたことから、それらは朝武さんが切ったんだろう。

 

 綺麗な形とは言えない姿に改造された材料をみて可愛く思ってしまった。

 

 蓮太「それはあれだろ、朝武さんと小春ちゃんパワーだろ」

 

 将臣「なんだそりゃ」

 

 そんな会話をしていると、もう将臣の部屋の前まで来ていた。

 

 そして俺は扉を開けて…

 

 将臣「遅くなってゴメン、レナさん、常陸さん。持ってきた…よ…」

 

 将臣「ってどうしたの!?レナさん!?な、なんで突然倒れているの!?」

 

 は!?倒れている!?どういう事だ?常陸さんも一緒にはず…!

 

 ってなんか常陸さんも顔を赤くしてボケーっとしてるし!?

 

 蓮太「え!?常陸さんも、どうしたんだ!?」

 

 レナ「はっ、はだきゃ……おとことおんなのはだきゃが……しぇっくしゅ………」

 

 茉子「………………………………」

 

 蓮太「なんか喋れよっ!」

 

 俺が常陸さんに近寄った時に見えたのは見覚えのない本。ふとその本を手に取ってみる。

 

 蓮太「これって……エロ本じゃねぇか!」

 

 よく見ると床にそこそこの数が散らばっている。

 

 将臣「え、エロ本…?な、なんでこんな所にエロ本が!?」

 

 アイエエエエ! エロ本!? エロ本ナンデ!?

 

 将臣「お、俺のじゃないぞ!この表紙に見覚えがないし!」

 

 蓮太「いや、見覚えがあるのが部屋のどこかにあるのかよ!?って俺のでもないからな!」

 

 蓮太「って…その紙袋!これって廉太郎がお見舞いで持ってきたやつじゃないのか!?」

 

 よく見ると二つの紙袋がその辺に落ちている。

 

 将臣「ありがとう!廉太郎!!」

 

 蓮太「言っとる場合かーー!」

 

 確かに助かるけども!そうじゃないだろ!

 

 蓮太「とりあえず、将臣はエロ本を隠して!その間にタオルを冷やして、助けを呼んでくるから」

 

 将臣「わ、わかった!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして、なんやかんやありながら鞍馬兄妹が帰った後、みんなで夕食を食べて、レナさんは風呂まで入ることになり、女性陣4人はただいま入浴中。

 

 風呂場の方から、楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 なんて言っているのかはわかんないんだけど。

 

 将臣「…なんか楽しそうだな」

 

 蓮太「いい事じゃないか、大目に見てやれ」

 

 将臣「別に嫌ってわけじゃないって、ただ、どんな話をしているのかなーって」

 

 まぁ確かに、女同士の裸の付き合い……気になる。

 

 蓮太「………出陣するか?」

 

 将臣「馬鹿言え!そんなことしたら常陸さんに気づかれるに決まってるだろ!」

 

 蓮太「やってみないとわかんないだろ?それとも…気にならないのか?」

 

 将臣「…………そりゃあ、気になるけど…」

 

 蓮太「よしっ!行くぞ!」

 

 そう言って将臣を無理やり説得させて、脱衣場の前に忍び寄る俺達。

 

 蓮太「いいか…ここからは戦場だ。ミス一つで命がないと思え」

 

 将臣「そんなリスクを背負ってまで覗かなきゃいけないのかよ」

 

 蓮太「ばか!その先には楽園が待ってるんだぞ!男なら行くしかないだろ!」

 

 そうしてドアノブに手をかけた瞬間、なんか妙な気配がした。

 

 なんだろう…なんか扉の先に、魔王がいるような…

 

 まさかな…

 

 蓮太「いざ!楽園へ…!」

 

 そろーりと扉を開ける。脱衣場にはまだ誰も上がって来ていない。よし!

 

 賑やかな声もずっと聞こえたままだ。

 

 蓮太「将臣!洗濯カゴの中身を拝見させてもらおう」

 

 将臣「もう立派な犯罪者だな…」

 

 蓮太「お前もだけどな」

 

 俺達は音を立てずに忍び歩くそして、カゴの場所まで歩いて中を見るともう素敵な色のカラフルな肌着達が!

 

 将臣「……っ!」

 

俺の隣で思わず息を飲む将臣。

 

 蓮太「天国に行きそうだよな!」

 

 そこで違和感に気づいた。そういえば、さっきから常陸さんの声が浴場の方から聞こえなくない…か…?

 

 茉子「なら、天国へ行ってみますか?」

 

 蓮太「あっ…」

 

 そこで俺は、祟り神よりも怖い人間を見た。

 

正直そこから先はあまり覚えていない。

 

気づくと俺達は居間で仲良くテーブルの前に座っていた。

 

腫れ上がった顔を手当しながら。



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45話 あれから

 

 蓮太「…………」

 

 将臣「…………」

 

 顔が痛い。とてつもなく痛い。

 

 やっぱり調子に乗ってあんなことをするんじゃなかった。

 

 蓮太「やっぱりやめときゃよかったな」

 

 将臣「俺は最初に止めたぞ?…結局同行したんだけどさ…」

 

 蓮太「下着を見るんじゃなくて、どうせバレるなら彼女達の裸体を覗くべきだった」

 

 将臣「そっちかよ!全然反省してないじゃん!」

 

 結局あの後、『二度はありませんよ…?』と言われてこの顔の怪我だけで済んだんだけど…

 

 常陸さんって怪我人だよな…?一瞬で負けたんだけど。

 

 蓮太「でもまぁ、脱衣場に忍び込んでこの程度で済んだのはむしろ、ラッキーじゃないか?」

 

 将臣「その代わりに大事な何かを失ったけどね」

 

 蓮太「まぁいいじゃないか!こういうことも、何年後かには思い出話になるだろ」

 

 将臣「蓮太って凄い前向きなんだな」

 

 そうかな?前向きだ、なんて思ったことはないけど……楽しくなるように考えた方が得した気分になるだけなんだよなぁ…

 

 将臣「………」

 

 そんな中、将臣がポケットからあの欠片を取り出す。

 

 蓮太「やっと、目標が決まったな」

 

 将臣「うん。やっとだ…でも、この欠片をどれだけの量を集めなきゃいけないんだろう」

 

 今将臣が手にしている欠片は、最初の欠片よりも2倍くらいサイズが違う。

 

 けど、あくまで最初のサイズの2倍。結果的には全然大きくない。

 

 蓮太「まぁ、少なくとも2、3個とかじゃないだろうな」

 

 少しは大きくなったとはいえ、欠片は欠片。恐らく相当な数を集めなきゃいけないだろうけど…

 

 蓮太「今それを考えても仕方ないさ、今まで漠然としかしてなかった目標がハッキリしたんだ。俺達は今を突っ走るだけだ」

 

 将臣「そうだな…とにかく今は、一つでも多く欠片を集めることだな!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 別の日、俺達は山に入って地面を睨みながら歩いていた。

 

 芳乃「どうですか、見つかりましたか?」

 

 将臣「うん。あったよ」

 

 俺は全くわからないけど、なんか将臣は近くに欠片があると違和感を感じるらしい。

 

 茉子「よかった」

 

 蓮太「まぁ、まずは目当ての物かの確認からだ、な?将臣」

 

 将臣「ああ、ちょっと待ってて」

 

 そうして将臣はポケットから、大きくなった欠片を取り出す。

 

 最初に将臣が見つけた欠片から始まって、ムラサメが見つけた欠片、そしてレナさんから貰った欠片。

 

 最後にレナさんから貰った欠片を合わせてから、もう三週間が経った。

 

 あれから、ムラサメが必死に山の中を探し回って見つけてくれた欠片がもう二つ。

 

 他にもお祓いをして、祟り神の消えた場所から回収した欠片が二つ。

 

 合計七つの欠片が、一つの憑代に戻っていた。

 

 ……というか、前々から気になっていたんだけど、祟り神を祓った時にでてくるあの『桜色の葉』ってなんなんだろ?

 

 みんなは何も反応してなかったし、見えていないの……か?多分そんなことないと思うんだけど。

 

 なんて考えていると将臣が今見つけたばかりの欠片を近づける。

 

 そして毎度の如く、光を放ちながら、吸収されるように憑代と結びつく。その憑代はまたほんの少し大きくなっていた。

 

 将臣「流石に、大きさの変化が少しづつになってきたな……」

 

 茉子「でも変化をちゃんと感じられるのは、嬉しいですね」

 

 芳乃「最初はほんの小さな欠片でしたからね」

 

 …実際今の憑代の大きさは最早欠片とは呼べない大きさにはなっている。最初のように大きな変化こそ今は感じないが、進歩はしているだろう。

 

 蓮太「まぁ、コツコツやってくしかないさ」

 

 将臣「そうだな」

 

 芳乃「ムラサメ様、他にはもう見当たりませんか?」

 

 朝武さんの質問に、ムラサメは首を横に振る。

 

 ムラサメ「…残念ながら。効率よく見つけられるとよいのだが……しらみつぶしに当たるしかなくてな」

 

 将臣「仕方ないよ。他に代案も思いつかないんだから」

 

 蓮太「むしろほぼノーヒントで探せと言ってる俺達が無理難題を言ってるんだ。そんな中でよく見つけたよ」

 

 ムラサメだって大変なはずだ。欠片は近くにないと気配を感じることも出来ないらしいし、探しているものは小さい石ころだし。本当によく見つけれたな。

 

 将臣「押し付けちゃってゴメンな」

 

 ムラサメ「少しずつでも前進しておるのだ。その役に立てるのなら、吾輩も嬉しいぞ」

 

 蓮太「…ありがとう」

 

 芳乃「ありがとうございます」

 

 なんつーか…みんないい人だよな、穂織にいる人達って。最近思うようになった。この町で生まれて育ちたかったなって。

 

 ムラサメ「そ、そんな真面目な顔でそんなことを言うでない!お………面はゆいではないか……、ほれ!日が沈まぬうちに山を下りるぞ」

 

 将臣「はいはい」

 

 多分照れているのかな?面はゆいなんて言葉を普段使わないから全然意味がわかんねぇ…

 

 そうして歩き出す俺達だが…なんか将臣の様子が…?

 

 おかしいと思った時、急に将臣が後ろを振り返る。

 

 蓮太「どうした?」

 

 将臣「いや、なんか…呼ばれたような気がして」

 

 呼ばれた…?

 

 茉子「声なんて、聞こえませんでしたよ?」

 

 将臣「いや、俺も実際に誰かの声が聞こえたわけじゃないんだけどね」

 

 欠片を見つけた時と同じような感覚…って事か?いや、にしては反応がおかしいな。もしそうなら迷わずに欠片を探しに行くだろう。

 

 将臣「……ッ」

 

 そんなことを思っていると、将臣が若干フラつく。すぐに将臣の肩を持ち、話しかける

 

 蓮太「将臣?どうした?」

 

 将臣「ちょっと眩暈が…」

 

 芳乃「体調が優れませんか?」

 

 将臣「いや、朝のトレーニングも普通にできたし、特に熱っぽいってこともないんだけど」

 

 その時、突如朝武さんに変化が…

 

 芳乃「んぃっ……ぅぁっ……はっ…」

 

 朝武さんは突然身体を震わせ始める。

 

 茉子「芳乃様?」

 

 そこへすかさず朝武さんのそばに近づく常陸さん。

 

 将臣「これって、もしかして?」

 

 蓮太「あぁ…今夜、だろうな」

 

 ブルっと、大きく身体を震わせた朝武さん。その頭にピョコッと、まだ耳が生えた。

 

 芳乃「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 ムラサメ「大丈夫か?芳乃」

 

 芳乃「はい……身体が変な感じになるのは、耳が出る瞬間だけですから」

 

 にしても変なタイミングだな…将臣が何かを感じてすぐにこれ…か…

 

 蓮太「とにかくすぐに山を下りよう。今、この場にいるのは危険だ」

 

 ……

 

 そうして俺達は山を下り、夜になってから出直すことになったのだが…

 

 授業中…朝の山での出来事を考える。

 

 朝武さんの耳は祟り神発生の証。いつもは将臣には反応がないのに、何故か今回に限って将臣も違和感を感じた。

 

 しかも朝武さんよりも早く。

 

 蓮太「うーん…わかんねぇな…」

 

 考えてもわかんないんだけど、何故か考えてしまう。いつもとは違う、イレギュラーな事に不安や可能性を感じているんだろう。

 

 俺は授業が終わってからも、一人考えながら学院の建物前を歩く。

 

 あの憑代がキーなのか…?いや、将臣は元々かなり近くにいけば、欠片に反応さえもした…

 

 蓮太「………」

 

 茉子「竹内さん、どうかしたんですか?」

 

 気付けば俺の後ろに常陸さんがいた。

 

 蓮太「ん?あぁ、いや別に」

 

 茉子「山が……気になるのですか?授業中も山のことが気になっていたようですし」

 

 蓮太「あ、バレてた?」

 

 茉子「もちろんです。ワタシ、忍者ですから。ダメですよ?授業にはちゃんと集中しないと」

 

 よく常陸さんは……って正直気にはなっているんだけどって感じかな?朝武さんと常陸さんからしたら、もはや日常の一部と化してそうだし。

 

 蓮太「わかっちゃいるんだけどな…」

 

 というか、その件に関しては将臣にも当てはまるような…?

 

 茉子「そんなに気にするなんて…何か大きな危険でも感じられたのですか!?」

 

 蓮太「や、そういうことじゃないです。何かあったとかじゃなくて…朝の将臣の事とか、今も祟り神が発生している状況だとか、気を付けないとって考えていただけ」

 

 茉子「でしたら、いいんですが…」

 

 というよりも、なんか常陸さんの方が…?

 

 蓮太「ていうか、常陸さんの方がどうかしたのか?なんかいつもよりは元気がないような…」

 

 茉子「そうですか?自分では意識してないんですが…。やっぱり心配なんです。ワタシは怪我のせいで、今は大人しくしている事しかできませんから」

 

 みづはさんの言った通り、常陸さんの負った怪我は結構長引いていた。正直動き回る常陸さんを止めることができなかった。

 

 蓮太「まぁ気持ちは分かる」

 

 細かいことは違えど、俺も最初はそんな風な理由だったからな。

 

 ちなみに俺は完治とまではいかないが、普通に生活は出来るくらいには回復していた。だから今、朝武家の家事は俺がメインでこなしている。部分的にだけ常陸さんに任せているけど。

 

 特定の洗濯物とか。

 

 蓮太「俺に任せろ!って言いたいところだけど、俺も完治はしていないからな…あの頭が硬い二人が俺の出陣を許してくれるかどうか…」

 

 茉子「竹内さんがお祓いに行かれるのなら、ワタシも…!」

 

 蓮太「だーから、安静にしてろっての。責任を感じたりもする所があるかもしれないけど、なんもかんも一人で背負わなくてもいいんだって。その為に俺達がいるんだから……ちっとは信用してくれ」

 

 んー…、そうだ。

 

 蓮太「だから、約束。お互いに完治するまでは、ちゃんと休養をすること。な?俺も多分お祓いに参加できないから」

 

 こう言えば流石の常陸さんももう無理はしないだろう。

 

 茉子「………わかりました。約束です」

 

 そうして常陸さんが、しょうがないといった様子で笑みを浮かべたそのとき、頭上から声がした。

 

 人の声ではなかったけど。

 

 子猫「にゃぁ〜〜」

 

 蓮太「んあ?」

 

 茉子「猫…ですね?」

 

 俺達が揃って見上げると、木の上に猫がいる。

 

 木の上って言っても全然高くない位置。俺ならジャンプすれば届きそうだから…2メートル半くらいか…?

 

 茉子「どうやら下りられなくなってしまったみたいですね」

 

 蓮太「ん〜…、このままにはできない…か」

 

 でも、ジャンプするのは簡単だけど、その衝撃や反動で枝が揺れたり、折れたりした時が危ないな。

 

 さて、と…どうしたものか。

 

 茉子「ワタシにお任せ下さい!」

 

 

 あ、

 

 

 蓮太「いや待て!常陸さんって高所恐怖症だろ!?」

 

 茉子「それは確かにそうですが、今回は大丈夫だと思います!流石に2メートル程度なら、ワタシでも」

 

 …………大丈夫…なの…か?

 

 そりゃあ、大した高さではないが…高所恐怖症の人はこの高さでもいざ登ってみたら……なんてことは珍しくはないと思うんだが…

 

 茉子「第一、竹内さんは今どうしたものかと悩んでいたでしょう?その間に子猫が落ちたりなんかしたら」

 

 蓮太「いや、それを言われたら…」

 

 茉子「それにですね、竹内さんは自分を信用して欲しいと言いました。」

 

 蓮太「はい」

 

 茉子「でしたらその分、ワタシのことも信用して欲しいものですよ?」

 

 その言い方はずるいわぁ…それを言われたら何も言い返せないじゃん。

 

 蓮太「はぁ……わかった。とりあえず常陸さんにお任せするけど…無理はしないようにな?」

 

 茉子「はい!」

 

 胸を張って答えた常陸さん。まぁ、本人がああ言ってたし…この前よりも高さは低いし…なんとかなるか。

 

 とその瞬間、木の幹を蹴るようにして、ササッとあっさり登ってしまう。

 

 …………相変わらず、人間離れしてるな。だってほぼ垂直だぞ?

 

 なんて思っているうちに子猫のいる枝まで登った常陸さん。

 

 茉子「いっ、いいい今、下ろしてあげますからね」

 

 常陸さんは優しく………いや、震えた声で子猫に話しかける。

 

 茉子「た、高い……微妙に…高い……!」

 

 やっぱりそうなるのかよ!?

 

 つっても、もう今更声をかける方が危険…か?とにかく、すぐにフォローが出来るように、近くまで移動しておくか…

 

 着地は俺でも問題ないくらいの高さなんだが…あの様子だからな。

 

 茉子「大人しく、大人しくしていて下さい。るーるるるるる………るーるるるるる」

 

 あんたが大人しくしてくれ。

 

 子猫「にゃあぁぁ〜」

 

 茉子「ひぃ!?逃げないでぇ!動かさないでぇ!揺らさないでぇ!離れないでぇ!」

 

 姿勢を低くして、猫と同じ目線になって必死に手を伸ばす常陸さん。

 

 …………危なっかしいな。

 

 茉子「あと少し…もう少し……」

 

 頼りない枝の上で、ググッと手を伸ばす常陸さん。そして……

 

 子猫「にゃあ!」

 

 茉子「あ、やった!子猫確保!」

 

 そしてそのまま、確保した子猫が暴れ回る。

 

 子猫「にゃ!にゃあ!にゃにゃ!」

 

 茉子「あ、待って!ダメ!暴れないで、お願いですから!!」

 

 茉子「あばばばばばば揺れる!揺れる!!」

 

 助けた猫のせいで激しく木の枝が揺れる。

 

 蓮太「え!?ちょっ!」

 

 茉子「あっ!きゃっ、きゃあああっ!?」

 

 蓮太「ッ!?」

 

 慌てる常陸さんの半身が、枝から外れる。

 

 そして、そのまま重力に引かれた常陸さんと子猫が一緒に落ちてきて…

 

 蓮太「くっ……!」

 



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46話 意外な一面

 茉子「あっ!きゃっ、きゃあああっ!?」

 

 暴れる子猫を抱きながら、バランスを崩した常陸さんが落ちてくる。

 

 蓮太「くっ……!」

 

 両腕を通して、足腰にまで激しい衝撃が走る。

 

 特に腰に至ってはピギっとなんとも言えない痛みが発生している。

 

 それでもギリギリ受け止めることが出来たのは、コソッと身体全身にほんの少しだけ心の力を送っていたからだろう。

 

 そして何よりも、枝の高さがそれほど高くなかった事が幸いした。

 

 …にしてもこんくらいの高さでこの衝撃か……心の力がなかったら、怪我が長引いてたな…

 

 蓮太「無事か…?常陸さん」

 

 俺が声をかけると、恐怖で閉じられていた目蓋がゆっくりと開かれる。

 

 茉子「…え?あれ?ワタシは一体…?」

 

 子猫「にゃあ〜」

 

 キョトンとした常陸さんの顔、そんで呑気に鳴いているこの子猫。どっちも怪我はしてなさそうだな。

 

 蓮太「大丈夫か?どっか痛い所とかはないか?」

 

 茉子「あ、はい…いえ、へ、平気です。痛みなんてどこにもありません」

 

 蓮太「ならよし」

 

 子猫「にゃん」

 

 まるでお礼を言うように、俺に1回だけ鳴いた後に、子猫は常陸さんの懐から飛び降りて、どこかへ行ってしまった。

 

 茉子「あ……行っちゃった」

 

 蓮太「まぁ、あんだけ普通に走れるなら、怪我とかもないんだろうから、問題ないだろ」

 

 茉子「そうですね、当初の目的は果たせたんですから。でも…ワタシ、枝から落ちてしまったような気がするんですが…」

 

 ん…?何が起こったのかがわかってないのか?

 

 蓮太「落ちたぞ?子猫と一緒に、スルッと」

 

 茉子「でも痛くない…?」

 

 そう言って首を傾げる常陸さん。それからようやく、自分の状況を見る余裕が出来たのか、俺に抱きかかえられている状況に気づく。

 

 茉子「ッ!?!?」

 

 茉子「あのっ、あのっ!こ、こ、これっていわゆるお姫様抱っこ…というものでは?」

 

 蓮太「まぁ……そうなるな」

 

 こうして背中から受け止めたということは、落ちていたならろくな受け身も取れなかった可能性が高い。

 

 …準備しておいてよかった。

 

 蓮太「常陸さんが子猫と一緒に落ちてきたから、咄嗟に……だから本当によかった。怪我がなくて」

 

 茉子「ッッッ!」

 

 目を見開いて、顔を真っ赤にする常陸さん。

 

 おぉ…こんな風に照れる常陸さんって結構レアだな。

 

 そして次の瞬間、隠すように真っ赤な顔を両手で覆ってしまった。

 

 茉子「すみませんっ!すみませんっ!お恥ずかしい所を!」

 

 蓮太「いや、それは別にいいんだけど……大丈夫か?」

 

 茉子「は、はい!問題ありません…」

 

 蓮太「一応聞くけど……それって別に苦痛の顔を隠しているわけじゃ…ないよな?」

 

 茉子「もっ!もちろんどこかが痛むという事はありませんので…」

 

 いつもよりも弱々しい口調で、その手をのける。

 

 その下からはビックリするくらい顔を赤くして、絶対に顔を合わせようとしない常陸さんが現れた。

 

 茉子「力……強いんですね…」

 

 蓮太「あーー…まぁ色々理由があって……将臣と一緒に鍛えているってのもあるのかな?それに常陸さん、軽いし」

 

 流石に心の力を使ってパワーアップしました…なんて言えないよな。

 

 といっても心の力を使ったのは受け止めた瞬間だけで、受け止めてからはずっと普通の状態だから、常陸さんが軽いのは嘘じゃないんだけど。

 

 茉子「まさか、こんな風にお姫様抱っこをされる日が来るなんて思っていませんでした」

 

 蓮太「俺もまさか、実際にこんなことをすることになるとは思ってなかったな」

 

 茉子「マンガで見たことはありましたが……本当にこんな体制に……意外と安定しているものなんですね」

 

 …まぁ落としちゃいけないって思ってたから、だいぶ踏ん張ったからな。

 

 蓮太「もしかして、マンガを見て憧れていた、とか?」

 

 茉子「憧れ…と言うほどではありませんが、その……どんな感じなんだろうって思ってはいました」

 

 蓮太「ふーん……んで、実際どんな感じ?」

 

 茉子「竹内さん……思っていたより…力強い…」

 

 蓮太「…??ありがとうございます?」

 

 あれ?俺って感想を聞いたよな?

 

 茉子「あ、いや、その、今のはつい言葉を漏らしてしまっただけで…」

 

 茉子「その……その……!も、申し訳ありません!」

 

 なんでこんなに謝られるんだ?しかもまた顔を隠しているし。

 

 なんかいつもと全然違うな…また違う可愛い一面を見てしまった。

 

 そもそもお姫様抱っこってそんなに恥ずかしいものなのか…?俺は全く何も思わないんだけど…俺の心がおかしいのか、常陸さんが乙女過ぎるのか。

 

 蓮太「……こういうのって苦手?」

 

 茉子「……………みたいです……こんな風に殿方に抱きかかえられるなんて……は、初めてで……すごくドキドキしています…」

 

 蓮太「男が苦手?ってわけではないか、別にそんな雰囲気は最初からなかったし…」

 

 茉子「はい。特に苦手意識や嫌悪感を持っているわけではありません」

 

 茉子「ただっ、そのっ、なんと言えばいいのやら……と、とにかく恥ずかしくってッ!」

 

 んー…こういう男の人とのコミュニケーションが苦手なのか…?でも鮎を一緒に食べた時は余裕綽々って感じだったような…?

 

 茉子「あのっ、もう十分です!身体に痛みもありませんから、おろして下さい!」

 

 蓮太「ん?それはいいけど、また前みたいに腰が抜けたりはしてない?」

 

 茉子「腰はおそらく大丈夫なんですが、その…緊張とドキドキで身体が上手く動かなくて…」

 

 蓮太「ふーん……じゃあ、ゆっくりおろすぞ?」

 

 茉子「はい……よろしくお願いします」

 

 俺はゆっくりと常陸さんが足をつけるようにおろすと、特に何も無く、普通に常陸さんは何歩か歩けていた。

 

 前回みたいに腰が抜けて……なんてことはなさそうか。

 

 蓮太「ごめんな、なんかずっと抱きかかえたままで」

 

 茉子「いえ、元はと言えば、ワタシのせいですから」

 

 ……?なんかちょっとだけいつもよりも微妙に距離が離れているような…?

 

 蓮太「そりゃあ……まぁ、怖いんならこれからは俺に任せろって」

 

 茉子「はい…、申し訳ありません。た、竹内さんの方こそ、大丈夫でしょうか?どこか身体に異常は?」

 

 俺は多分問題は無い…と思うんだけど……。わかんねぇな、腰とか一瞬激痛が走ったし。

 

 そう言われて俺は身体のあちこちを動かしてみる……別に違和感は全くないな。

 

 蓮太「うん。問題ない」

 

 茉子「そうですか、よかった…」

 

 蓮太「ま、お互い怪我がなくてよかったな」

 

 茉子「本当に申し訳ありませんでした。まさか、受け止めてもらうだなんて……お姫様抱っこ……〜〜〜ッッッ」

 

 茉子「し、失礼します!」

 

 そう言って、一瞬で逃げる常陸さん。

 

 蓮太「うわ……すっげぇ速い」

 

 本当に怪我はしてないんだろう……一番気になっていた祟り神からの怪我の影響もなさそうだ。

 

 にしても………

 

 蓮太「軽かったな」

 

 なんかわからないけど、軽かった。あと柔らかかった。

 

 常陸さんも女の子なんだなぁ……めっちゃ恥ずかしがってたし。

 

 お姫様抱っこ…ってそんなに恥ずかしいものなのか?

 

 俺にはわかんねぇけど、とりあえず……

 

 蓮太「常陸さん、可愛かったな…」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 その夜。

 

 茉子「そわそわ……おろおろ……あたふた……はわはわ……」

 

 案の定、俺と常陸さんはお家でお留守番でした。

 

 蓮太「いや、心配しすぎだって…ちょっとは落ち着けよ…」

 

 茉子「よ、芳乃様にもしもの事があったら……はわはわ…」

 

 さっきからずっとこの調子だ、いや気持ちはわからんでもないよ?けど一応連絡手段もあるんだし、将臣も付いているんだし、元々は二人だったんだから大丈夫と思うけど……

 

 早くあいつら帰ってこないかな…

 

 と思っていた時、玄関の方から声がする。

 

 将臣「ただいまー」

 

 蓮太「おう、おか…」

 茉子「芳乃様!!有地さん!ムラサメ様も!」

 

 常陸さんに言葉を遮られた。おかえりくらい言わせて欲しかったかな!?

 

 茉子「ちゃんと無事に戻ってきてくれたんですね!よかった…よかったぁ……」

 

 心底ホッとしたような息を吐く常陸さん。

 

 なんか今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だ…

 

 芳乃「だから心配しすぎだってば」

 

 茉子「だって……どうにもこうにも落ち着かないんです。待つだけなんて…」

 

 芳乃「有地さんやムラサメ様もいるんだから平気よ」

 

 …!驚いた。朝武さんからそんな言葉を聞くなんて…最初の頃から随分変わったな…

 

 ムラサメ「芳乃とご主人も、ちゃんと連携が取れるようになってきたしな」

 

 茉子「わかってはいても、どうしても気になってしまうんです……本当、心臓に悪いです」

 

 蓮太「まぁそれも今回が最後だろう。明日の診察でそのサポーターも取れる予定なんだろ?」

 

 茉子「はい、一応。もう治ってるのに…」

 

 芳乃「みづはさんの言うことは聞かなきゃダメ!」

 

 ……いつもと立場が逆転してないか?朝武さんは妹…的な雰囲気だったような?

 

 茉子「それはわかっているんですが…」

 

 蓮太「まぁ、気持ちを汲んでやってくれ朝武さん。心配をしていたのは俺も一緒だしさ。…っと、後、憑代の方はどうだった?」

 

 将臣「ああ、この通り、ちゃんと見つかった」

 

 将臣はおそらく今拾ってきたであろう欠片を取り出す。

 

 茉子「……。ちょっといいですか?」

 

 将臣「どうぞ」

 

 ひょいっと摘み上げて、中を覗き込む常陸さん。俺はそれが出来ないんだよなぁ。

 

 茉子「この白い靄……少し濃くなっている気もしますね」

 

 ……そうか?ここからじゃ全然見えない。

 

 茉子「そういえば、こうして憑代が集まると……気配も変わったりするものなんですか?」

 

 ムラサメ「うむ、気配は強まっておる。以前は間近でなければわからなかったが、今は多少距離があっても感じられる」

 

 なるほどね…逆に言えば、それだけこの憑代も危険な物に変わっていってるわけだ。

 

 茉子「でしたら、もしかして…芳乃様や有地さん、竹内さんも感じ方に変化があるんでしょうか?」

 

 将臣「どうかな々元からハッキリと感じていたわけじゃないから」

 

 ………そういえば。

 

 蓮太「将臣、お前今日俺達と山へ行った時、呼ばれたような気がするとか言ってたよな?」

 

 将臣「実際に声が聞こえたわけじゃないから、あくまで“気がする”だけだぞ?」

 

 蓮太「それって、祟り神から……とかじゃないか?」

 

 ムラサメ「うむ、吾輩もそれを考えておった。あの時、芳乃の耳も同時に反応をしたしな」

 

 蓮太「偶然って言葉では片付けたくはないよな」

 

 一応結構考えた結果なんだけど…それくらいしか思いつかなかったんだよな。

 

 将臣「手元に憑代があるから…かな?」

 

 茉子「今ここで、確認してみてはいかがですか?」

 

 そうして将臣は常陸さんから憑代の欠片を返してもらい、その手にギュッと握りしめる。

 

 ……

 

 俺達は黙って将臣の反応を待つ。

 

 暫く将臣はずっと目を閉じたままで……1分くらい後だっただろうか、ようやく将臣が目を開ける。

 

 蓮太「どうだった?」

 

 将臣「なんか一瞬、憑代が熱くなって……不思議な光が見えた……………気がしないでもないような」

 

 ムラサメ「煮え切らんのう」

 

 大分曖昧だな…

 

 将臣「本当に些細な感じだったんだ」

 

 そう言って改めて憑代を確認する。

 

 が…特に変化は見当たらない。

 

 蓮太「なら次は朝武さん、いってみっか」

 

 そう言って俺は無意識に、憑代を手に取ろうとする。

 

 すると憑代に触れた瞬間、触るなと言わんばかりにバチッと弾かれた。

 

 蓮太「ってぇなぁ…もう…」

 

 ムラサメ「蓮太も特に変化はないのう」

 

 蓮太「そもそも触れないってどういう事なんだよ…」

 

 なんなんだろうな、ほんと…まるで俺に憑代を寄せ付けないように身体が勝手に弾いてるみたいだ。

 

 将臣「まぁ、とにかく、次は朝武さんだよ」

 

 ムラサメ「以前、憑代に触れた時はどうであった?」

 

 芳乃「えっと、確か……安心できたと答えたように思うんですが…」

 

 茉子「診療所ではビリッとしてませんでしたか?」

 

 芳乃「ぅっ。ビリッとするのは……ちょっと怖い…」

 

 あぁ、わかる。静電気とかめっちゃ嫌だもんな。うんうん。

 

 芳乃「こういう度胸試しみたいなのは苦手なのですが…」

 

 怯えながら、オズオズと指を伸ばす朝武さん。

 

 芳乃「んっ………んんんーーーーーーー……」

 

 朝武さんは人差し指を伸ばすものの、身体は距離を保とうとするように思いっきりそらしていた。

 

 蓮太「(なんか可愛いな)」

 

 将臣「(ああいう所は本当に可愛いよね)」

 

 そして、とうとうその指の先が憑代に触れて……

 

 将臣「どう?」

 

 芳乃「あ……普通です、特に何もありません。はぁ……よかった」

 

 心から安堵した表情を浮かべる朝武さん。

 

 将臣「そうか」

 

 芳乃「むっ、なんだか残念そうじゃありませんか?」

 

 ムスッとやや不貞腐れる朝武さん。なんでこの子っていちいち可愛いんだろう。

 

 将臣「ああいやゴメン、今のは言い方が悪かったと思う、ごめんなさい」

 

 芳乃「もう……本当に怖いんですからね」

 

 そしてビリッとしないことに安心したのか、朝武さんはそのまま欠片を手に取った。

 

 そして手の平に包みながら、祈るように静かに目を閉じる。

 

 そして、将臣と同じく1分くらいした後、朝武さんの目がゆっくりと開いた。

 

 芳乃「私も特には何も…」

 

 ムラサメ「そうか……まぁ、変化がないというのは順調の証なのかもしれん」

 

 茉子「確かにそうかもしれませんね。欠片を集めて、怒りが鎮まってきているのかも」

 

 そして将臣は憑代を朝武さんから返してもらい、大切にしまい込む。

 

 ちなみに将臣が憑代を管理しているのは、叢雨丸の近くに置いた方がいいという判断からだ。

 

 芳乃「それじゃあ、私は着替えてきます」

 

 茉子「あ、でしたらお風呂に入られてはいかがです?準備は整っていますよ?」

 

 芳乃「茉子も一緒にどう?」

 

 茉子「よろしいんですか?」

 

 もちろんっと返す朝武さん。頃二人って仲がいいのはわかるけど、微妙な関係だよな。

 

 茉子「それではお言葉に甘えて…あっ、有地さんと竹内さんも一緒に入りますか?」

 

 将臣「よろしいんですか?」

 

 スパンっ!と将臣の頭を俺は叩く。俺はもうこの間痛い目みたからいいや。

 

 芳乃「よろしいわけありませんよ!素で聞き返さないで下さい!」

 

 芳乃「茉子も何を言っているのよ!もう!」

 

 茉子「もちろん冗談ですよー」

 

 芳乃「本気にされたら困るじゃない!ほら、変なこと言ってないで行くわよ」

 

 茉子「はいはい。それでは、失礼しますね」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺も風呂に入って疲れを取ったあと、居間に向かおうとすると、ムラサメが何やら一人でにやにやしている。

 

 蓮太「何してんだ?ムラサメ」

 

 ムラサメ「おお!蓮太か!ちょっとこっちへ来てみよ」

 

 …ん?

 

 俺はムラサメの方へ向かうと、若干居間の襖が空いている。

 

 その中には将臣と朝武さんが二人で話していた。



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47話 二人の関係

 俺は少し空いた襖の隙間から部屋の中を覗く。

 

 覗いた部屋の中で朝武さんと将臣が何かを話していた。

 

 芳乃「はい。もう寝るつもりだったんですが…なんだか喉が乾いてしまって」

 

 将臣「じゃあ今日暖かい飲み物がいいんじゃない?ホットミルクとか作ろうか?」

 

 うわ、いやらしい。女の子に向かってホットミルクだなんて。

 

 芳乃「いえ、そこまでして頂かなくても平気ですから」

 

 そう言って朝武さんはコップに注いだお茶を、勢いよく飲み干す。

 

 一気飲みとは…そんなに喉が乾いていたのか?それに……心做しか顔が少し赤いような…?

 

 芳乃「はっ、ふぅぅ……」

 

 将臣もそれに気づいたんだろう、朝武さんを心配している様子だ。

 

 将臣「もしかして、熱とかある?」

 

 芳乃「そんなことはないと思いますが…」

 

 将臣「ちょっといい?」

 

 将臣は朝武さんの額に手を伸ばし、そっと触れている。

 

 芳乃「ッ!」

 

 ムラサメ「(おぉ!)」

 

 蓮太「(あいつも意外と大胆なんだな)」

 

 将臣「確かに、熱は無さそうだ」

 

 芳乃「…………!」

 

 急に将臣に熱を測られ…と言うより、額に手を当てられて明らかに朝武さんが動揺している。

 

 芳乃「あっ、あの!」

 

 将臣「ん、なに?」

 

 芳乃「こ、こういうことも…友達としては普通なんでしょうか?」

 

 将臣「あっ、ごめん…」

 

 そそくさと額に当てた手を離し、朝武さんから少し遠ざかる将臣。

 

 芳乃「ち、違います!そういうことでは決してないんです。ただ…その…」

 

 芳乃「こんな風に熱を測ってもらうのも、友達同士なら普通なのかなって、疑問に思っただけで…」

 

 将臣「その人次第って感じかな。でも、普通の友達なら、異性相手にあんまりしないかも…?流れでつい…ちょっと無遠慮すぎたね」

 

 芳乃「い、いいんです。本当、嫌なわけではありませんから、気にしないでください」

 

 なんだ?なんだ?結構いい感じじゃんか、この二人。

 

 こりゃあれだな、二人のためにも、時間が出来たら俺の婚約者の事をしっかりと話しとかなきゃいけないな。元々曖昧だったからな…

 

 正直朝武さんはいい人だけど、好きって感情はないし…。まぁ朝武さんに限った話じゃなくて、別に好きな人とかいないんだけどさ。

 

 芳乃「でも…思った以上に恥ずかしいですね。そのせいで、熱が出てしまいそうです…」

 

 将臣「た、確かに…」

 

 そう言って二人は恥ずかしそうに黙る。

 

 ムラサメ「……ジー……」

 

 そこでムラサメがわざとらしく声を出す。

 

 将臣、芳乃「「…ハッ!」」

 

 蓮太「ばかっ、お前今はダメだろ!」

 

 そんな空気を読まずにムラサメは一人ではしゃぐ。

 

 ムラサメ「よし、いけ、そこだ!押し倒せ!男を見せろご主人!うっひょー!」

 

 蓮太「ちょ!やめろ!声を出すなって!……あっ」

 

 慌ててムラサメを止めようとするが、如何せん触れないせいで無理やり黙らせることが出来ない。そして結局俺も一緒にいる事がバレてしまった。

 

 将臣、芳乃「…………」

 

 そして、夜中なのにも関わらず…………

 

 将臣、芳乃「「きゃああああああああああ!!!」」

 

 二人の叫び声が響き渡った。これって安晴さんって、ストレスたまらないのかな?

 

 芳乃「む、ムラサメ様と竹内さん、いつからそこに!?」

 

 蓮太「あぁ、それは二人が…」

 

 ムラサメ「接吻をしておるところからだな」

 

 俺の言葉に被せるようにムラサメが言う。

 

 将臣「適当に鎌をかけるな!キスなんてしていない!」

 

 ムラサメ「吾輩達のことなら気にするな。こうして壁の向こうに消えておるから」

 

 そう言って本当に壁の向こうに透けて行ってムラサメの声だけが聞こえてくる。

 

 蓮太「いや、壁抜けなんて俺出来ねぇよ?」

 

 ムラサメ『蓮太は普通に襖からでればよかろう。さぁ!思う存分続きをするのだ!』

 

 蓮太「まぁそうか」

 

 俺も居間から出て、ムラサメの横に行き、少しだけ襖を開けてしゃがみこむ。こういう風になってしまった以上は俺も楽しむか。

 

 ムラサメ『接吻じゃろ?ぶちゅーっとするのであろう?あーんなことや、そーんなことまでするんじゃろう?』

 

 芳乃「ッ!?」

 

 将臣「違う!俺たちはそんな…!」

 

 蓮太「ほれほれー、ちゃーんと自分の口で言ってみろー」

 

 棒読みで俺も軽く叫ぶ。

 

 芳乃「そんなの、言えるわけないじゃないですか!」

 

 将臣「本当にただの勘違いだ!セクハラオヤジみたいなノリは止めろ!」

 

 将臣「第一、ムラサメちゃんはこういう破廉恥なのは苦手だったんじゃないのか?」

 

 そしてムラサメは急に大人しくなってまた居間に戻る。

 

 結局戻るんかい!

 

 と心の中でツッコミを入れながら、俺も中へ入っていく。

 

 ムラサメ「うむ……自分で経験するのは苦手だ。しかし見てる分にはワクワクする!」

 

 蓮太「俺が言えた義理じゃないが、悪質な覗きだな」

 

 将臣「ともかく、今のは朝武さんの熱を測っていただけだから!」

 

 蓮太「ちゃんとわかってるって、朝武さんの顔も少し赤いしな」

 

 まぁ、あんなに元気な声が出せるんなら病気とかではないと思うけどさ。

 

 芳乃「これはお二人が変な事を言って、からかうからじゃないですか」

 

 そう言う朝武さんは、不満そうに唇を尖らせていた。

 

 ムラサメ「そんなことを言うてもなー?」

 

 ムラサメがやけにニコニコしながら、俺の方を見てくる。どんだけ童心なんだよ。

 

 蓮太「まぁ、二人は婚約者だから関係が進展したのか気になったんだってさ」

 

 将臣「だーから!蓮太も変わんねぇっての!」

 

 芳乃「し、進展って…」

 

 蓮太「別にそんな焦らなくても、友達として親しくなることも進展って言えるだろう?」

 

 芳乃「あ、は、はい。そうですね、そういう意味でしたら」

 

 この二人の動揺っぷりは見てると楽しいんだよなぁ。

 

 ムラサメ「芳乃もご主人に対して、随分の素直になってきておるしな」

 

 蓮太「あ、それは思ってた!俺と将臣でちょっと雰囲気が変わるよな!まぁ…最初が凄かったってのもあるけどさ」

 

 芳乃「ですから、そんな昔のことは言わないで下さいぃ〜!自分でも反省しているんですからぁ!」

 

 蓮太「はははっ!」

 

 それでも朝武さんは本当に昔と雰囲気は変わったよ。前の姿を無理やり演じていたとはいえ、本当はこんなに明るくて良い人だったなんてな。

 

 優しさは少し垣間見えてたけど。

 

 芳乃「も、もう!私は寝ます!おやすみなさい!」

 

 将臣「あ、ああ…おやすみ」

 

 逃げるように部屋を後にする朝武さん。将臣に手を当てられた時よりも顔が赤かったような気がするけど…ちょっとからかいすぎたかな?

 

 将臣「さて、俺も寝るかな」

 

 蓮太「おぉ、おやすみ」

 

 そうして将臣も部屋から出る。

 

 さて、と…

 

 蓮太「とりあえずコップを先に洗うか」

 

 俺は朝武さんが使ったコップを丁寧に洗う。

 

 ついでにキッチンの掃除でもしようかと思っていたが、そこは流石常陸さん、抜かりなく掃除をやっていた。

 

 そして後掃除も終わって暫く休憩をした後、俺も寝ようかと思った時、誰かが居間の通って行った気がした。

 

 キッチンから覗いてみると誰もいないし、襖もちゃんと閉まっている。

 

 蓮太「…?気のせいか?」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして次の日の朝

 

 

 蓮太「おやほう、常陸さん…」

 

 軽く寝ぼけてしまっているのか、俺の挨拶はまともな挨拶にならなかった。

 

 茉子「あは、おはようございます、竹内さん」

 

 蓮太「ごめん、気が抜けていたみたいだ…」

 

 時間を確認してみると、いつもよりも10分程遅れて起きていた。

 

 蓮太「そういえば、将臣は?そろそろ準備をしとかないと、朝の鍛錬に間に合わなくなるかもしれないのに」

 

 茉子「そういえば…まだ今日はお見かけしていませんね。様子を伺いに行きましょうか?」

 

 蓮太「いや、俺も行くよ…少しでも身体を動かして目を覚まさせないと」

 

 そして俺たち二人は将臣の部屋へ移動する。

 

 将臣の部屋の前に着くと、なにやら話し声が聞こえてくる。

 

 なんだ?あいつ起きてるのか?っていうか…話し声?

 

 茉子「有地さん、起きているんですか?失礼しますね」

 

 ガラッと部屋の襖を開けた常陸さんが中の様子を見て、立ち止まる。

 

 茉子「いつもの時間を過ぎていますが、トレーニングには行かれないんです……か?」

 

 常陸さんの動きが止まる。

 

 え?中で何かあったの?

 

 そう思って俺は常陸さんの右肩に手を当てて、自分の位置を調整するように、常陸さんの頭の隣から顔を覗かせる。

 

 すると部屋の中はなんか凄いことになっていた。

 

 まず、何故か将臣と朝武さんが二人で一緒に寝ていた。しかも、朝武さんは将臣を抱きしめるように熟睡していらっしゃる。

 

 そしてそれを眺めるムラサメ。

 

 あー…、こりゃ動きも固まるわ。

 

 俺の確認が終わる頃と同時に常陸さんがなにやらいやらしい顔を浮かべて。

 

 茉子「朝チュンの最中とはつゆ知らず、大変失礼いたしました。すぐにお風呂の準備を整えてきますぅ」

 

 将臣「事後じゃないっ!」

 

 蓮太「え?それじゃあ…これから…?」

 

 将臣「そのネタもうやった!」

 

 いや、俺はまだ一回目だし…

 

 茉子「朝のトレーニングは腰の運動に変更されたんですか〜?お二人ともお若いんですから〜」

 

 蓮太「常陸さん、それはちょっとゲスすぎかな〜って」

 

 茉子「えー……そうですかー?」

 

 そんな微妙な顔をしなくていいから…

 

 将臣「朝武さんが寝ぼけているだけなんですってば!ほら、朝に弱いから部屋を間違えて…」

 

 ムラサメ「いくら寝起きが弱いと言っても、部屋を間違えたりするものか?」

 

 茉子「もし仮に間違えたとしても、そんなに密着したりしますか?」

 

 うん。確かに。

 

 芳乃「んんっ……むぎゅぅ……」

 

 あら気持ちよさそうな吐息?寝言?

 

 茉子、ムラサメ「「……ジー……」」

 

 二人の疑いまくっている視線。真実はどうであれ…

 

 蓮太「その状況じゃあ、何を言っても説得力にかけると思うぞ?」

 

 将臣「や、やっぱりそうだよな…」

 

 そして、そんな視線の中、朝武さんがゆっくりと目を覚ます。

 

 芳乃「ぅ……ぅぅん…」

 

 まぁ、結構騒いでいたからな。そりゃ起きるか。

 

 将臣「起きてくれた?」

 

 芳乃「……ほぇ…?」

 

 朝武さんは普段とは全然違う、気の抜けた声を上げながら、将臣の顔を呆然と見上げる。

 

 そして…どれくらい二人は目を合わせていただろう?突然、朝武さんの目が大きく見開かれる。その時にはもう意志の光が完全に宿っていた。

 

 芳乃「ほぇぇぇぇぇ!?」

 

 将臣「おはようございます」

 

 芳乃「あああ有地さん!?え?え!?なんで!?どうして有地さんが私の部屋に!?」

 

 …ん?私の部屋?

 

 芳乃「そ、それになんで、一緒に寝て…!」

 

 芳乃「い、一緒に……寝て…ッ!?」

 

 今の状況に完全に気がついたのか、明らかに動揺をしている朝武さん。

 

 芳乃「ひゃあ!?」

 

 そして朝武さんは飛ぶようにして将臣から離れていった。

 

 芳乃「あ、あれ…?ここは…私の部屋じゃない…!?」

 

 蓮太「え?覚えてないのか?」

 

 ムラサメ「夜這いしたんじゃろ?」

 

 かなり面白そうにニヤニヤ笑っているムラサメ。

 

 芳乃「よよよよ夜這いっ!?」

 

 茉子「まあ……大胆……」

 

 芳乃「違いますっ!夜這いなんてしてませんっ!するわけありませんっ!」

 

 茉子「ですがこうして、有地さんの部屋で朝チュンを迎えているわけですよね?」

 

 それは言い逃れのない事実だな。将臣を抱きしめていたし。

 

 芳乃「それは…わ、私もどうしてこんなところで寝ているのか覚えていなくて……」

 

 ムラサメ「無意識のうちにご主人の布団に潜り込んだのか?」

 

 芳乃「わ、わかりません!起きたら目の前に有地さんの顔があって。しかも…あんな風に、抱きつくなんて…」

 

 顔を真っ赤にして俯く朝武さん。

 

 蓮太「この様子からして…本当に覚えてないんだな…」

 

 将臣「確かにおかしくないか?いくら朝武さんが朝に弱いからって、俺の部屋に来るなんて…」

 

 蓮太「まぁ確かに…部屋で言ったら結構離れているし…何より朝武さんの部屋は真反対だもんな」

 

 ひょっとしたら…昨日の気配は、朝武さんだったのか?

 

 芳乃「そっ、そうですよ。こんなの絶対に変です!」

 

 茉子「確かに、そうですね。こんな夢遊病のようなことはありませんでした」

 

 将臣「朝武さんの意思じゃなく、他に理由が…?」

 

 いや、でも……理由なんて…

 

 ムラサメ「ふむ…芳乃、昨日の夜に変わったことはなかったか?どんな些細なことでも構わぬ。何か、いつもと違ったことだ」

 

 芳乃「そうですね…昨日は……胸がざわついて、とても寝苦しかったです」

 

 ムラサメ「胸のざわつき?今はどうなのだ?」

 

 芳乃「い、今ですか!?今は…まだ胸のドキドキが治まっていなくて、よくわかりません…」

 

 ムラサメ「そうか…」

 

 それよりも気になるのが、朝武さんのケモ耳が生えているのに誰も反応しないのはなんでなんだ?まさか気づいていないってことはないだろうに…

 

 前例があるのか…?

 

 とりあえず俺は朝武さんの耳が生えているのが気になって、憑代の方を見てみる。

 

 するといつもとは違う、おかしなことが起きていた。

 

 蓮太「なんだ?あれ…」

 

 そう言って憑代の方を見ていると、みんなが反応する。

 

 将臣「…え?」

 

 蓮太「憑代が……赤い?」

 



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48話 危ない賭け

 蓮太「憑代が…赤い…?」

 

 いや、正確には点滅しながら断続的に赤く光っているのか…

 

 まるで鼓動を動かす心臓のように…

 

 芳乃「まさか……祟り神が…?」

 

 茉子「で、ですがみづはさんは黒く染まったと言っていました!赤ではなかったはずです!」

 

 確かに黒と言っていた…、みづさんの証言と合わない…!

 

 …!

 

 俺はみづはさんの診療所で祟り神と対峙した時を思い出す。

 

 診療所に入る前に、朝武さんの耳に反応があって、その時にレナさんも頭痛がしていた…もしかしたら、今もレナさんは何かしらの反応を起こしているんじゃないか?

 

 ムラサメ「茉子、頼みがある。ちょっと確認しに行って欲しいところがある」

 

 茉子「はい、みづはさんの診療所ですね」

 

 ムラサメ「いや、違う」

 

 …!

 

 多分ムラサメも俺と似たようなことを思っているんだろう。今、このタイミングで診療所じゃないとすれば…

 

 蓮太「志那都荘だ!レナさんに何かの反応が出ているかもしれない!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして、志那都荘へ向かった常陸さん。急いで戻ってきた時ときには、レナさんを連れてきていた。

 

 レナ「んぅ……」

 

 そして案の定、その表情は少し苦しそうだった。

 

 ムラサメ「わざわざすまぬな」

 

 レナ「いえ、それはヘーキでありますが…」

 

 ムラサメ「早速で悪いが、今その身に起こっている事を教えてくれぬか?」

 

 レナ「ここにいると、耳鳴りがします。そんなにひどくはないのですが…」

 

 耳鳴り…か…今回は頭痛じゃなくて…

 

 芳乃「やっぱり赤い憑代が原因ですか?」

 

 ムラサメ「おそらくは」

 

 うーん…今の所影響を受けているのは、朝武さんとレナさんか…

 

 茉子「呪詛の力が強まったということでしょうか?」

 

 ムラサメ「欠片を集めることで以前よりも力が増しておるのは間違いない」

 

 ムラサメ「しかし、呪いが強まっているわけではなさそうだ」

 

 呪いが強まっていないって…

 

 蓮太「じゃあこれは一体?」

 

 ムラサメ「他の欠片に呼びかけておるのではないか?力を信号のように飛ばしてな」

 

 将臣「それが憑代が赤くなった理由で……朝武さんを動かした何かの正体?」

 

 いや、でも……仮にその力で朝武さんを動かしたとしても、話が合わなくないか?欠片の元や、憑代の近くに行ったならまだしも、明らかに将臣を目掛けていたんじゃないのか?

 

 芳乃「そのせいで、私は……憑代に乗っ取られた…?」

 

 レナ「乗っ取られた?よくわかりませんが、ヨシノは乗っ取られてしまうのですか?」

 

 ムラサメ「いや、流石におそらくその心配はないだろう。あくまで芳乃の意識がない時。しかも、憑代の力が増す夜だけの話だ」

 

 蓮太「乗っ取るっていうより、朝武さんが勝手に受信してる……て事か」

 

 芳乃「つまり……昨日のざわつきは全部、憑代の信号のせいだった………そっか、そうよね。よかった、理由がハッキリして……」

 

 いや、おかしな点もあるし、よくはないと思うけど……まぁ、わざわざ指摘するほどでもないか。

 

 蓮太「とりあえずは、まずは対策を練らないとな…まさか徹夜で…なんて事をさせる訳にはいかない」

 

 ムラサメ「それなのだが……むしろ吾輩は、この信号を利用できるのではないかと思うのだが」

 

 将臣「利用?」

 

 ……なにしろ、決戦は今夜か……後でレナさんに事情を説明して、心の力を分けてもらおう。あの輝色の力を…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして夜…

 

 芳乃「……すぅー……はぁー………すぅー……はぁー……」

 

 ムラサメ「芳乃、そんなに緊張するな。今から寝てもらわねばならんのだぞ?」

 

 ムラサメの作戦を実行するために、朝武さんは装備の整えて、寝る準備をしていた。

 

 芳乃「そう言われても無理ですよ、緊張しないはずがありません。そもそも、巫女服のままで寝るなんて初めてです」

 

 芳乃「それに…なによりも……」

 

 まぁ…不安なのはわかる。俺だって…いや、ここに居るみんなはかなり不安だろう。

 

 茉子「本当に大丈夫なんでしょうか?憑代に身体を明け渡すだなんて…」

 

 忍装束に着替えて戦闘準備も整えている常陸さんが不安そうに話しかける。

 

 ムラサメ「身体を明け渡すといっても、憑代に封じられた怨みではない」

 

 ムラサメ「であれば、芳乃の身体も欠片を集めるために動くだけで、滅多なことにはならん……と、思う、多分、おそらく、きっと」

 

 ちなみに俺と将臣もお祓いの準備は整っている。レナさんからも輝色の力を分けてもらっているし、いつもよりは無茶しても大丈夫だろう。

 

 蓮太「危険な賭けだな…」

 

 危ないけど……確かにこの作戦は得られるものはかなり大きい。上手く行けば欠片探しはほぼ全て集まって終わる可能性すらある……が…そのリスクがな……

 

 芳乃「不安を煽るような言い方は止めて下さい。余計に心配になるじゃないですか…」

 

 ムラサメ「こればかりは、やってみなければわからぬ」

 

 どうしようか……朝武さんを安心させてあげたいが……変な事を言って不安にさせてもな……

 

 将臣「大丈夫だよ。何があっても朝武さんは絶対に俺たちが守るから」

 

 そんな時、将臣が朝武さんを安心させようと、必死に語りかけていた。

 

 そして、将臣の言葉を聞き、俺の視線の先で少し緊張した面持ちのまま、点滅する憑代を握りしめる朝武さん。

 

 にしても……この信号を利用して、残りの欠片を集めようとは……なかなかぶっ飛んだ作戦だな…

 

 しかも承諾したとはいえ、朝武さん本人からしたらかなりの恐怖だろう。下手をしたら……いや、そうならないための俺達だ。弱気になるな…!

 

 芳乃「では…お、おやすみなさい」

 

 蓮太「あぁ」

 

 将臣「おやすみなさい」

 

 茉子「おやすみなさい……」

 

 各々が朝武さんに返事をする。そしてそのまま、朝武さんは憑代を握りしてめて、瞼を閉じた。

 

 芳乃「………」

 

 ムラサメ「寝たか?」

 

 いや流石に…のび太じゃあるまいし…

 

 芳乃「まだです…」

 

 芳乃「……」

 

 茉子「寝られました?」

 

 いやだから、早いって…

 

 芳乃「……まだ」

 

 芳乃「…」

 

 将臣「寝た?」

 

 いや……

 

 芳乃「ですからまだです…」

 

 蓮太「そりゃそうだろ…そんな1秒2秒で寝られるかっての…」

 

 みんな焦る気持ちはわかるけど…作戦を実行する以上、しっかりとした心構えじゃないと…

 

 芳乃「…………」

 

 茉子、ムラサメ、将臣『…………ジー…………』

 

 …わざとか?

 

 芳乃「……ぅぅ……もうっ!なんですか、嫌がらせですか!?」

 

 まぁ、そう思うよな。

 

 芳乃「そんな何度も何度も声をかけられた上に、ジッと見つめられていたら眠れません!」

 

 将臣「ゴメン、気になって」

 

 芳乃「もう少し時間がかかりそうですから、向こうにいってて下さい」

 

 将臣「いや、でも何かあった時に…」

 

 蓮太「わざわざ同じ部屋に居なくてもいいってことだろ。ほら、居間……って将臣達は言ってなかったな、リビングの方に行っとくぞ、将臣」

 

 普通に考えて寝る所をみんなに見られるとか、確かに俺でも軽く嫌だしな。

 

 芳乃「大体…よく考えたら寝顔を見られちゃうじゃないですか、このままだと…」

 

 将臣「寝顔…?」

 

 ……将臣はとっくに寝顔を見てるくね?今日の朝に。

 

 芳乃「とにかく緊張しますから、あっちで待機しておいて下さいっ」

 

 じれじれとその場に残ろうとする将臣の首を掴む。

 

 蓮太「ほら、いくぞ」

 

 将臣「ん………わかった。じゃあ、リビングで待ってるから」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 リビングで将臣とムラサメと俺で話をしていると、将臣にも何か憑代の影響があった事が判明した。

 

 どうやら、赤い憑代を最初に見た時に変な感覚に陥ったらしい。

 

 軽く目眩が起きて、足元がフワフワするような熱っぽい感覚を…

 

 蓮太「それで将臣、お前体調は問題ないのか?」

 

 将臣「さっき測った時は7度4分。微熱がずっと続いてる。でも無理とかはしてないぞ?身体に違和感もないし」

 

 蓮太「ならいいが…」

 

 一応安定は…しているのか?まぁ見た感じも普段と何ら変わらないし、嘘は言っていないんだろう。安心は出来ないけど。

 

 将臣「そういえば、レナさんは大丈夫なのかな?」

 

 信号を放置しているから、確かに気になるところだが…

 

 ムラサメ「ご主人が微熱で安定しておるように、レナも安定しておるだろう」

 

 蓮太「事が済んだらちゃんと謝っとかないとな」

 

 本当に迷惑をかけっぱなしだな…

 

 将臣「それで、朝武さんはさ、憑代の意思を受けて、無意識のうちに身体が勝手に動いたんだよな?」

 

 ムラサメ「うむ、そのはずだ」

 

 将臣「欠片を集めるためなのに、なんで俺の布団に入ってきたんだろう?」

 

 うん…それは俺も疑問に思っていたところだ。

 

 蓮太「理由は正直わかんないけど、まぁ、朝武さんが将臣の部屋で寝ていたこと自体は幸運だったな」

 

 ムラサメ「そうだな、吾輩もそう思っておる」

 

 将臣「幸運?そりゃ俺としてはこの上ないラッキーだったけど」

 

 アホか…ほんとにこいつは……って俺もあんまりその辺は変わらないけど。

 

 ムラサメ「たわけ、そんな下衆な話ではない」

 

 蓮太「考えてもみろ、欠片を集める事が目的なら、1人で、しかも夜に勝手に山の中へ行ってた可能性もある」

 

 将臣「あ、それはそうだな…」

 

 ムラサメ「だが、そうではなくご主人の部屋に来た」

 

 将臣「やっぱ、憑代や叢雨丸のせいなのかな?」

 

 うーん…正直そんな風には考えられないけどな……

 

 ムラサメ「無論その可能性も高いが……念の為に聞くがご主人、実はレナのように欠片を所持してはおらぬか?」

 

 将臣「いや、もし心当たりがあれば、もう憑代に近づけて試しているよ」

 

 まぁそりゃそうだよな……俺もその線が一番可能性が高いと思ったけど…

 

 蓮太「ムラサメも将臣が欠片を持ってるって思ったのか?」

 

 ムラサメ「芳乃の行動を考えるとな……それに…」

 

 急にムラサメが少し顔を赤くして、モジモジしだす。

 

 将臣「それに…なんだよ?」

 

 ムラサメ「以前、その…なんだ…ご主人の身体に無理矢理神力を流し込んだであろう?」

 

 あぁ、なるほどね。あのことか。

 

 将臣「う、うん。アレな…」

 

 ムラサメ「あの時、ご主人とその……深い接触をした時にだな…気付いたのだ」

 

 蓮太「気付いた?」

 

 ムラサメ「普通とは違う気配をご主人から感じると」

 

 普通の気配とは違う…?

 

 蓮太「レナさんみたいに子供の頃から欠片を〜みたいな感じか?それで影響が受けやすくなった…みたいな」

 

 ムラサメ「もしかすると……それこそが、ご主人が特別な理由なのかもしれぬ」

 

 将臣「それって、叢雨丸に選ばれたこととか?」

 

 ムラサメ「それだけではない。吾輩の身体にも触れられる。ご主人がそれと気づかずに持っているのかも、と思ったのだが…」

 

 なるほどね……将臣は昔は穂織に居たみたいだし、可能性は十分にあるのか。

 

 将臣「悪いが、やっぱり心当たりがない。子供の頃からずっと持っているものなんてない。断言出来る」

 

 まぁ、ここが実家ならまだしも居候させてもらっているだけだからな…荷物も最小限だろうし…

 

 そもそもあの反応からして、本当に実家にも何も該当するようなものはないんだろう。

 

 ムラサメ「まあ、そうであろうな」

 

 将臣「とにかく、ムラサメちゃんの言葉は覚えておくよ。何か思い出したら報告する」

 

 そんなこんなで、話が一段落ついたとき、リビングに常陸さんが駆け込んできた。

 

 茉子「皆さん!すぐにいらして下さいっ!」

 

 蓮太「来たか…!」

 

 そして俺達が慌てて部屋に入った時、部屋の中心に人影があった。

 

 それはさっきまで寝ようと努力していた朝武さん。

 

 その手に握っている憑代は、より激しく点滅を繰り返していた。

 

 憑代に乗っ取られているせいか、少し不気味だ…

 

 将臣「朝武さん…?」

 

 ムラサメ「予定通り、憑代に動かされているようだな」

 

 芳乃「………」

 

 朝武さんの目をよく見ると焦点があっておらず、放心状態のような感じだ。

 

 茉子「これからどうしましょう…?芳乃様を観察……でしょうか?」

 

 ムラサメ「そうなるな。だが、そう時間はかからぬようだぞ」

 

 芳乃「……」

 

 部屋の中心で立ち尽くしていた朝武さんが、首をめぐらせ、視線をこっちに向ける。

 

 そして、ここにいる俺達は目に入らない様子のまま、ゆっくりと歩き始めた。

 

 蓮太「行くぞ…」

 

 



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49話 非常事態

 

 そうして歩き始めた朝武さんを追って、山の中に入った俺達。

 

 芳乃「…………」

 

 朝武さんは相変わらずの様子で、ゆったりと歩き続けている。

 

 茉子「どこに行くんでしょうか?」

 

 蓮太「さぁな、普通に予想するなら……欠片の場所に行くとかだけど…」

 

 気をつけなければいけないのは、朝武さんにケモ耳が生えていること。

 

 蓮太「とにかく朝武さんに耳が生えている以上は、気を抜かないようにしないとな…」

 

 将臣「アレは、憑代の信号のせいなんじゃないのか?」

 

 ムラサメ「そのせいで出突っ張りになっておる。つまり、祟り神の兆しがわからぬ、ということだ」

 

 蓮太「そーゆーこと。今はいつ何が起きるかわからないんだ。用心はしとかないと」

 

 今まさに祟り神がうろついている可能性もある。いつも以上に周囲を警戒しないと…

 

 そして俺達は周囲を厳重に警戒しながら、朝武さんの後を付いて行った…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それからどれくらい歩いただろうか…

 

 山の中で急に朝武さんが歩みを止める。

 

 将臣「ここに、欠片が落ちているのかな?わかるか?ムラサメちゃん」

 

 ムラサメ「すまぬ…憑代の反応が強すぎて、他の気配が拾えぬ」

 

 将臣「そうか、とにかくしばらくは様子をー…」

 

 と将臣が言いかけたその時、朝武さんが憑代を掲げるような動きを見せた。

 

 そしてどんどん憑代の輝きが増して行き、ついにはその輝きが爆発を起こす。

 

 その輝きは俺の視界を遮るには十分すぎる強さだった。

 

 あまりにもの強い光に思わず顔を隠す姿勢をとる。

 

 そして光が収まった頃、俺達は朝武さんを確認する。

 

 将臣「…ッ!今のは!?」

 

 ムラサメ「大きな気配が広がったな」

 

 茉子「それって、これから何かが起こるってことですよね…?」

 

 蓮太「多分………」

 

 そして俺は背中に背負っていた山河慟哭を構える。

 

 それと同時に、将臣も叢雨丸を抜き、その刀身にムラサメが憑依する。

 

 すると周囲の藪から、カサカサと音がし始めた。

 

 茉子「今、音がしましたよね?」

 

 蓮太「あぁ。俺と将臣が前に出るから、常陸さんは朝武さんを任せた」

 

 茉子「はい。わかりました…!」

 

 未だにその場で立ち尽くしている朝武さんを庇うように、俺達は前に出る。

 

 そして俺達が武器を構えると同時に、奥の方から祟り神が姿を現した。

 

 蓮太「来たぞ…!」

 

 将臣「わかってる…」

 

 注意深く祟り神と対峙する。

 

 しかし、その祟り神はいつもとなんら変わらない様子だった。

 

 将臣「さっきの信号の影響は何も無い…のか…?」

 

 そして一瞬気を抜きそうになった将臣に、襲いかかる触手。

 

 危うい所で、将臣は反射的に触手を弾く。

 

 ムラサメ『ご主人ッ!』

 

 将臣「すまん!」

 

 そして俺はすかさず将臣が弾いた触手を心の力を込めた山河慟哭でぶった斬り、祟り神と斬り離す。

 

 蓮太「行くぞ!」

 

 将臣「ああ!」

 

 将臣に声をかけると共に、俺は祟り神に向かって走り出す。

 

 そして右手首をスナップさせて、左手で山河慟哭を握りしめ、真っ直ぐに突き立てる。

 

 蓮太「突き崩す…!」

 

 そのまま勢いに乗せて祟り神に刀を突き刺そうとするが、祟り神から触手が数本伸びてくる。

 

 俺は刀を突く動作を止めて、勢いを殺さずに身体を回転させ、全ての触手を一度に弾き返す。

 

 蓮太「クソっ!」

 

 そしてどう攻めようかと一瞬悩んだ時に、将臣が俺の横を通り過ぎていく。

 

 しゃあねぇ…援護に回るか…!

 

 俺も再び祟り神に向かって走り出し、将臣の並ぶように突き進む。

 

 そして走りながら両足に心の力を込めて……一気に祟り神の目の前まで加速する!

 

 目の前にいる祟り神に表情はないが、あまりにもの急接近に反応はできていない。俺はそのまま渾身の一撃を叩き込み、祟り神を足蹴に大きく距離をとる。

 

 その時に将臣と場所を入れ替え、叢雨丸の一太刀が入る。

 

 将臣「はあっ!」

 

 身体を二度、深くまで斬り裂かれた祟り神は、霧のような煙となって消えていく。

 

 桜色の葉と共に。

 

 将臣「………今ので終わりか?」

 

 蓮太「さぁな、とにかく周辺の警戒は俺がしとくから、将臣は欠片を」

 

 将臣は一応周囲を警戒しながら、慎重に欠片を拾い上げる。

 

 いつもと何ら変わらない動き。なにもないのか…?

 

 将臣「朝武さんに変化は?」

 

 茉子「今のところは、特に何も」

 

 将臣「そっか」

 

 改めて朝武さんの方を見る。

 

 未だに目の焦点があっておらず、あの耳も出たまま。そして胸には赤く点滅している憑代。

 

 蓮太「さっきの憑代の瞬きは、欠片を近くに呼び寄せるものだったのか?」

 

 ムラサメ『今のところは、そういう感じではあるが……』

 

 将臣「今日はもう終わりかな?」

 

 ムラサメ『決めつけるのは早計だと思うが……芳乃に新たな変化も見当たらぬとなると…』

 

 そこまで言った時、再び藪の奥で何かが動く音がした。

 

 ムラサメ『ご主人ッ!また気配が!』

 

 将臣「ああ!」

 

 将臣は素早く藪の方へ叢雨丸を向ける。そしてその切っ先が指し示す先から、藪をかき分け現れる祟り神。

 

 蓮太「やっぱりまだいたか…」

 

 朝武さんの状態も、まだ戻っていなく…………

 

 …え?

 

 祟り神が……今までよりも大きい…?

 

 いや……違う……大きいんじゃない…なんか、こう……!

 

 将臣「ムラサメちゃん、なんか…祟り神がデカくないか…?」

 

 その時に俺は見えた。目の前の祟り神の目が四つある事に。

 

 蓮太「気をつけろ!将臣ッ!祟り神は一体じゃない!!」

 

 俺が呼びかけると同時にやや大きく見えた祟り神の身体からもう一体の祟り神が…

 

 将臣「………2体!?」

 

 慌てるな…俺!朝武さんの方は常陸さんに任せているから…今は目の前の二体の祟り神に集中しろ…!勝機が無いわけじゃない…!

 

 将臣「に、2体同時にだなんて……」

 

 ムラサメ『お、落ち着け、ご主人!よく見るのだ、アレは2体ではない!』

 

 は!?

 

 蓮太「どっからどう見ても…!」

 

 ムラサメ『蓮太もよく見るのだ!2体ではなく、3体だ!』

 

 その声が聞こえると共に更に祟り神が増える…

 

 茉子「た、竹内さん…!?」

 

 蓮太「わかってる……流石にここは引くしか…!」

 

 おそらく常陸さんも身の危険を感じているのだろう。しょうがない、一人は戦闘不能、一人はその護衛、戦闘員が二人という形に対して、雑魚じゃない敵が三体ともなると…

 

 茉子「い、いえ……そうではなくて………」

 

 背後の常陸さんの声から感じる不穏な空気。

 

 そして、嫌な気配……

 

 茉子「こちらにも祟り神が!」

 

 蓮太「ッ!?」

 

 急いで振り返ると、常陸さんと朝武さんの周りにも、距離が離れてはいるが、祟り神が複数体出現していた。

 

 ムラサメ『5体以上はおるっ!』

 

 将臣「はぁ!?」

 

 隣からも聞こえる将臣の焦りの声。

 

 将臣「じょ……冗談だって言ってくれないか…?」

 

 蓮太「やばい…!」

 

 ムラサメ『い、いかんぞ。気配がどんどん濃くなっておるっ……おそらくまだ増える…』

 

 将臣「まだって……どれくらいかわかるか…?」

 

 というか……ムラサメが祟り神の気配を感じ取れている!?憑代の気配を上回るのか!?どれだけいるんだよ!?

 

 ムラサメ『こ、この感じだと……最低でも、今の…倍?』

 

 蓮太「倍って………おいおい…」

 

 ムラサメ『ちなみに……ちょっと控えめに見積もっておる…』

 

 茉子「下手をするとそれ以上…」

 

 このままだと囲まれる…囲まれたら終わりだ!

 

 ムラサメ、将臣、茉子『………………』

 

 逃げるなら今しかない…!

 

 蓮太「逃げるぞッ!」

 

 俺が叫んで走り出すと同時に、多方面から触手が降り注いだ。

 

 もはや反撃をしている余裕がない。

 

 そして将臣は朝武さんを抱きかかえて、一目散に逃げ出す。もちろん俺と常陸さんも。

 

 茉子「有地さん!叢雨丸はワタシが!」

 

 将臣「お願い!」

 

 ムラサメ「こっちだ!三人ともっ!」

 

 叢雨丸との同化状態を解いたムラサメの誘導に従い、ひた走る。

 

 あのおびただしい数の祟り神から少しでも距離をとるために。

 

 無我夢中で必死に逃げる。

 

 芳乃「ふぇ……あっ、あれ?私、部屋で寝ていたはずなのに、一体何が……」

 

 そこで巫女姫様が目を覚ます。正直、ちょっとタイミングが悪かったかな!?

 

 芳乃「ひゃぁぁ!ど、どうして私は、有地さんに抱かれて………抱かれて!?」

 

 将臣「騒がないで!落ち着かない気持ちはわかるけども!」

 

 蓮太「朝武さん!非常事態だ!起きたばかりのところ悪いが!後ろを確認してくれ!」

 

 俺たちの尋常じゃない焦り具合に、朝武さんも何かを悟ったんだろう。落ち着かない様子ながらも、俺たちの後ろを確認して……

 

 芳乃「…祟り神が七分に、山が三分!?」

 

 茉子「とにかく今は逃げますから!説明は後で!」

 

 芳乃「でっ、でで、でもこんなのどうやって!…ああ、来る!来てます!すぐそこまで来てますよ!」

 

 何!?後ろの状況がわからないけど、そんなに近くまで来ているのか!?

 

 ………やるしかないか…!

 

 蓮太「ムラサメッ!目くらましを頼む!」

 

 そして俺は山河慟哭に心の力を送り込む。いちいち確認してられないが、おそらく輝色に光っているだろう。

 

 ムラサメ「承知した!」

 

 俺達の背後で夜の闇を吹き飛ばすような白い光が放たれる。

 

 視界が戻った時に、前方に思いっきり飛びながら、背後を振り返る。

 

 ムラサメの光を受けた祟り神は本当に微妙に距離が離れていた。

 

 おそらく気を抜いたら、一気に追いつかれるだろう。

 

 でも、俺の行動は変えるつもりはない。俺は大きく身体を捻らせて山河慟哭を水平に振りかざす。

 

 蓮太「破晄撃ッ!」

 

 咄嗟に山河慟哭から放った心の力を宿した斬撃を、祟り神にではなく、その足元の地面に当てる。

 

 それでどうなったかを確認せずに、ただ真っ直ぐに逃げ続ける。

 

 とにかく一歩でも祟り神から離れるために。

 

 俺達はひたすら走り続けた…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 将臣「ぜぇーはぁー……ぜぇーはぁー……ごほっ、ごほっ…」

 

 ムラサメ「大丈夫か、ご主人」

 

 将臣「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……なっ、なんとか…はぁ….怪我は、ない…ぜぇ……ぜぇ……」

 

 将臣…かなり息が切れているな……まぁ…人を一人持ってたからな…

 

 芳乃「あ……有地さん。大丈夫ですから、そろそろ下ろしてもらえますか?」

 

 将臣「あ、ゴメン…」

 

 そしてゆっくりと将臣は朝武さんを下ろす。

 

 芳乃「い、いえ…助けていただいてありがとうございました…、そ、それで、私が寝ている間に一体何が…?」

 

 ムラサメ「すまぬ、吾輩の考えが浅はかだったのだ、まさか、ここまでとは……」

 

 茉子「眠った後すぐに、芳乃様は憑代に動かされて山の中に来たんです」

 

 蓮太「そして……朝武さんが持ってるその憑代が、かなり大きい信号を発した…最初の一体は、難なく処理できたんだが…」

 

 将臣「その後、わらわらとあの量の祟り神が集まってきて……今に至るって感じ」

 

 まぁ、何とか撒けたのが不幸中の幸いか…

 

 ムラサメ「欠片が反応を示せばと考えておったが……甘かった…下手すると、全ての欠片が祟り神となっておることも考えられる」

 

 将臣「全て!?」

 

 蓮太「数が数だからな、むしろその考えはほぼ間違っていないだろうな」

 

 茉子「それで、あの数ですか…」

 

 さてと……どうするもんかね…まさかこのままって訳にもいかないだろうし……かと言って無策で突っ込んでも全滅だろうし……

 

 将臣「待てよ…?それは、考え方を変えれば悪いことだけじゃない」

 

 蓮太「その心は?」

 

 将臣「もし、全ての欠片が祟り神になったのなら、これを乗り越えたら全て集まるって事だろ!?」

 

 ………こいつ…。

 

 やっぱりまだ諦めてないか!流石だっ!本当に頼もしいやつだよ。

 

 ムラサメ「ご主人……流石にそれは前向き過ぎではないか?いや、吾輩か言うのもアレだとは思うが…」

 

 茉子「前向きと言うよりもむしろ、軽い現実逃避のような気が…」

 

 芳乃「で、でも…間違いではないと思います」

 

 蓮太「そうだな、弱気になってビクビク震えられるよりもよっぽどマシだ。言ってることも間違ってはないと思うしな……それに、赤い憑代を持って下りたら町にまで被害が及ぶ可能性もある」

 

 ここで祟り神を祓うか、動けないくらいダメージを与えるかどちらかをしないといけない。

 

 蓮太「問題はどうやってあの数に勝つかだ」

 

 将臣「また身体に神力を……」

 

 蓮太「お前が犠牲になる必要は無い」

 

 ムラサメ「そうだ!もうやらぬと言ったはずだぞ!」

 

 茉子「せめて、なんとか数を減らさないと…」

 

 そうなんだよな……兵力の差がデカすぎる……こちとら1体1でも危ういってのに…

 

 芳乃「でも、どうやって?まさか真正面から挑むわけじゃありませんよね?」

 

 ムラサメ「神力を散らして目くらましを行い、その隙に減らせるだけ減らす」

 

 蓮太「いや…もっと…こう…必勝とまでいかないけど、勝てる可能性が高い方法を…」

 

 と言ったところで、タイムリミットが訪れた。

 

 将臣「くっ……」

 

 おそらく将臣も気がついたんだろう。

 

 俺達を追って現れた祟り神の群れ。

 

 その数はパッと見でも二桁に達している。

 

 将臣「とにかく、さっきのムラサメちゃんの案でいこう。今はそれしかない…」

 

 蓮太「…………一か八か…」

 

 俺は覚悟を決め、すぐに逃げ出せる体制を整えてから、祟り神と対峙する。

 

 たが、祟り神はすぐに襲ってこない……それどころか、俺達を警戒するように、その場に留まり続ける。

 

 攻撃してきた瞬間に、一太刀でも…

 

 そう思った瞬間全ての祟り神が溶けるように、泥となって広がっていった。

 

 将臣「…え!?」

 

 液体となった祟り神は、それぞれが結び付き、混ざり合う。

 

 そうして一つの泥となった祟り神が、再び形を取り戻した時……

 

 将臣「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ちょ…!?」

 

 将臣「ちょっと格好よくなってるっ!?」

 

 まるで溶けかけているみたいだった身体が、黒い獣の形をするようになっていた。

 

 ハッキリとした四肢。大きな口と、鋭い牙。触手だと思っていた物は長い尻尾のような形をしている、

 

 まるでその姿は、狼のソレだった。

 

 蓮太「…………嘘だろ?」



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50話 決死の攻防

 ムラサメ「な、なんとッ!?」

 

 茉子「が、合体までするんですか!?」

 

 芳乃「まさか…こんなことが…っ?」

 

 ムラサメ「おそらく、憑代の一つになりたいという願いをより近くで受け止めたせいであろうが…」

 

 その意見を肯定するかのように憑代が瞬く。

 

 もうこの憑代の赤い光が血の色に見えてくる…

 

 蓮太「まさかポタラも無しに合体できるだなんて…羨ましいな、この野郎…」

 

 茉子「で、ですが、これはむしろチャンスなのでは?」

 

 芳乃「チャンス?」

 

 茉子「10体以上いた祟り神が1体になったと考えれば、手の打ちようがあるかもしれません」

 

 蓮太「でも合体のお約束って、その分敵が強くなるんじゃないっスか?」

 

 それでも1体1なのは…いや、1体4という状況には変わらない。

 

 その状況に鼓舞されるかのように、将臣は叢雨丸を構える。

 

 その刀にはムラサメが既に憑依していた。

 

 ジリジリと距離を詰める将臣、それに続くように俺も距離を詰める。

 

 そして将臣が間合いに踏み込んだ瞬間…

 

 一瞬にして、将臣の身体が宙に浮いた。

 

 将臣「……は?」

 

 本人もまともに理解が追いついていないんだろう。それもそうだ。見ていた俺ですら、今将臣が何をされたのかがわからなかった。

 

 将臣「っっ!?」

 

 そのまま浮いた将臣の身体は地面に激しく叩きつけられる。

 

 将臣「げほっ、げほっ!?」

 

 すぐさま地面に叩きつけられた将臣を潰そうと獣の形をした祟り神が追撃をする。

 

 今度はしっかりと敵の動きが見えたおかげで先の行動が読めた俺は、将臣を守るために刀に心の力を込めると同時に足にも込めて、一気にブーストして近づく。

 

 そして全力であの祟り神目掛けて、山河慟哭を思いっきり振るう。

 

 俺は祟り神を吹き飛ばすようなつもりで攻撃をしたが、俺の攻撃はただ祟り神の攻撃を逸らすだけだった。

 

 蓮太「なっ!?」

 

 そして将臣の真横で激しく祟り神が地面にぶつかる。

 

 俺は危機感を感じ、将臣を持って、また足をブーストさせて思いっきり距離をとる。

 

 芳乃「あ、有地さん!?大丈夫ですか!?」

 

 くそ…!なんだあいつ!?今のは割と全力だったぞ!?

 

 将臣「な、なんとか…!それよりも、今のは!?」

 

 茉子「前脚です!前脚で吹き飛ばされて……爪で引き裂こうとするように」

 

 常陸さんは見えていたのか!けど……こんなペースで心の力を使っていたら、いくらレナさんから分けてもらった分があるとはいえすぐにガス欠になってしまう…!

 

 将臣「前脚って……攻撃パターンが増えたのか!?」

 

 何よりも怖いのが、その攻撃は近くにいた時は全く見えなかったこと。

 

 合体すると強くなるのはお約束だと思っちゃいるが……マジでポタラレベルだぞ…!?

 

 蓮太「今までの奴とは大違いだ…!油断出来ねぇ…!」

 

 祟り神『グルルルル……』

 

 尻尾をくねらせる祟り神は、俺たちを威嚇するように唸り声を上げる。

 

 声まで出るのかよ…

 

 将臣「憑代を返したら大人しくならないかな?」

 

 ムラサメ『穢れをどうにかせぬ限り、返した憑代も穢れに呑みこまれるだけだ。そうすれば、更に強力な祟り神が生まれるぞ』

 

 これ以上って……考えたくないな……

 

 腰が引けるが……ここで逃げるわけにはいかない…

 

 蓮太「さて……どうする?穂織の勇者様?」

 

 将臣「まずは落ち着こう……確かに祟り神の攻撃は速く強くなっているけど…代わりに身体の形がハッキリしたおかげで動きもよく見える…つまり…」

 

 その時、俺の視線の先で祟り神が動いた!

 

 伏せるような体制を取り始めたのだ。

 

 茉子「来るッ!?」

 

 将臣「下がって!」

 

 降り注ぐ尻尾の激しい攻撃。

 

 その攻撃が届くよりも早く、俺達は安全な距離まで下がっていた。

 

 蓮太「なるほどね………予備動作がしっかりと存在してるってことか……」

 

 ムラサメ『吾輩と同じだ。肉体があった頃の動きを忘れられておらんのだ』

 

 確かに、獣らしい力とスピードに任せた攻撃だ。

 

 そこに再び尻尾の攻撃。激しく叩きつけられるような攻撃が、数回襲ってくるが…

 

 もう今は、相手の動きがハッキリと見えている。今度は慌てることなく、俺達は全ての攻撃を躱してみせた。

 

 将臣「この調子なら……何とかいけるか?叢雨丸の間合いに持ち込めば…」

 

 蓮太「あの尻尾の間合いとスピードは正直脅威だ。一撃目はよくても、その後を狩られる」

 

 あの尻尾をたたっ斬りたいけど…迂闊に急接近して、反応された時がまずい。どんな時でも慎重にいかないと…

 

 将臣「…せめて、あの尻尾さえなんとかできれば…」

 

 尻尾か……あんなに激しく動いている尻尾をピンポイントで狙うのは……正直難しいな……

 

 茉子「………わかりました。ワタシが…何とかしますっ」

 

 芳乃「茉子!?」

 

 蓮太「何をッ!?」

 

 常陸さんが意を決したような表情を見せる。

 

 祟り神「ガァァァァッ!!」

 

 蓮太「ッ!?」

 

 空気を震わせる程の雄叫びに、本能的な恐怖が身を震わせる。

 

 …が、俺の心の底からその恐怖心が弾かれるように、輝色の光が弾け飛び、山河慟哭に宿る。

 

 その隙を突いて、祟り神が動いた!

 

 反射的に逃げる朝武さんと将臣。さっき感じたであろう恐怖心がそうさせたのだろう。

 

 今、二人に反撃をする気は全く感じなかった。

 

 正しい判断だな。俺も………俺達も、そうするべきだったのかもしれない。

 

 逃げる二人を背に、襲ってくる祟り神と対峙するように武器を構える姿が俺の隣に一つ。

 

 後ろから声が聞こえる。

 

 将臣「常陸さん!?」

 芳乃「竹内さんっ!?」

 

 きっと常陸さんは尻尾を斬ることが出来ない。だから、動きを止めるつもりなのかもしれない。

 

 それがほんの一瞬になったとしても。死ぬかもしれない大きなリスクを背負って立ち向かう気だ。

 

 だったら俺が何とかしないと……!おそらく作ってくれるであろうチャンスを無駄にしない!

 

 茉子「竹内さん、尻尾が止まったら後は頼みます」

 

 常陸さんは何かの準備をするように体制を整える。

 

 蓮太「死ぬなよ」

 

 茉子「はい」

 

 その顔は、死を覚悟した顔ではなかった。むしろその逆。みんなで生きる為の覚悟だった。

 

 蓮太「朝武さんっ!将臣っ!俺の後でいい!反撃の準備をッ!」

 

 将臣「えっ!二人とも、まさかッ!?」

 

 芳乃「ダメッ!止めてッ!」

 

 朝武さんの悲痛な叫び。

 

 俺は違うと、みんなで勝つぞという意味で、祟り神に背を向けて常陸さんと背中を合わせて……

 

 朝武さんに笑って見せた。

 

 そしてとうとう襲ってきた黒い尾。月明かりに照らされて影ができていて、背を向けていてもわかった。

 

 それは俺達の頭上から襲ってきている。

 

 茉子「行きますッ!!」

 

 そして俺は両足に輝色の力を送り、一気に数メートルほど離れている木に向かって地面を蹴り飛ばす!

 

 そして木に両足を着けた後、振り返ると光の残像が雷のように残っていた。

 

 その奥で、祟り神の黒い尾が常陸さんに…………

 

 細い身体が打ち上げられ、激しい音が響き渡った。

 

 祟り神の攻撃を受け止めた身体は地面をバウンドしながら、吹き飛んでいく。

 

 だがそれは、人にしてはあまりに小さい。それに音も、人の弾力を感じない硬い音だった。

 

 そう…あれは…………

 

 蓮太「変わり身か…!」

 

 勢い余って地面に叩きつけられた尻尾。

 

 その尻尾へ無傷の常陸さんが飛びつき、クナイで上から押さえ込んだ。

 

 茉子「尻尾を……!早く……ッ!」

 

 そして俺はすかさずその尻尾に急接近する。

 

 蓮太「うおぉぉぉぉぉッ!」

 

 足には輝色の、刀には蒼色の力を宿らせ、気合を入れてその尻尾に向かって流れ星のように移動する。

 

 そして、激しい耳鳴りが鳴り続ける中、思いっきり山河慟哭を地面ごと斬りつける。

 

 見事に祟り神の尻尾は二つに分断され、祟り神は苦しそうに声を上げる。

 

 蓮太「……まだだッ!」

 

 そしてそのまま祟り神に向かって身体を回転させながら前方に飛び、突進する。

 

 刀が祟り神にめり込み、泥のようなものを飛び散らせながら、身体に穴を開ける。

 

 そしてそのまま俺の両足が地面に着くと、また身体を回転させて、渾身の力で二回斬る。

 

 祟り神は怯んで初めて後退しようとする動きを見せるが、逃がすまいと俺も前に踏み込んで、勢いに乗せたまま刀を斬り上げる。

 

 軽く浮き上がった祟り神の身体を地面に叩きつけるように、ジャンプ斬りで追い打ちをかけ、そのまま祟り神の身体に刀を突き刺す!

 

 そして、できる限りの心の力を刀に送り込み、突き刺した刀を思いっきり真上に切り上げる!

 

 芳乃「あれは…!?」

 

 茉子「クライム……ハザード…!」

 

 どうだ……!これが今の俺ができる、最高の技だ…!!

 

 高く飛んだ俺の身体は今の動きの反動で思うように動かなかった。

 

 別に着地が出来なくてもいい…!祟り神が消えてくれればそれで…!

 

 そう願うが、俺の身体が落下していく中、祟り神は苦しそうな雄叫びを上げながら、前脚で俺の事を叩きつけ、一気に将臣と朝武さんがいる所まで吹き飛ばされる。その拍子に俺は山河慟哭を離してしまい、武器をなくしてしまった。

 

 蓮太「うがッッ!」

 

 激しい痛みが身体中を走り回る中、朝武さんが俺の所へ駆け寄ってくる。

 

 芳乃「竹内さんッ!!」

 

 蓮太「俺はいいから……!早く追い打ちを…ッ!」

 

 正直朝武さんはもう距離が開きすぎている。今更行ったところでろくに攻撃が出来ないだろう。

 

 だからこそ、祟り神に向かって走る将臣が本当の意味で最後の希望だった。

 

 将臣「いやぁぁぁぁぁッ!!」

 

 剣道のような気合いの入った声が森の中を響き渡る。

 

 凄まじく強い光を放つ叢雨丸を、将臣は祟り神に向かって斬りつける!

 

 そして叢雨丸が祟り神の身体の半分くらいにまで傷をつけた時、祟り神の前脚が将臣を叩きつけ、俺ほどじゃないが、吹き飛ばされる。

 

 将臣「がッ!!」

 

 ダメだった…!俺達二人の攻撃でも、あの化け物を祓う事は出来なかった…!

 

 祟り神は泥のような液体のような黒い身体の一部をボタボタと血のように落としている。

 

 茉子「ワタシが…!一か八か…もう一度…!」

 

 常陸さんがそう言った時、切り離したはずの黒い尻尾が常陸さんの背後でムクムクと膨れ上がった。

 

 蓮太「逃げろっ!!!!常陸さんッッ!!!」

 

 茉子「……え!?」

 

 そして常陸さんは声を叫ぶことが出来ずに、その黒い尻尾に身体を包み込まれ、姿が見えなくなった。

 

 その瞬間に、自分の意志とは関係なく、考えよりも、感情よりも先に、身体が動き全力で常陸さんの元へ急接近する!

 

 先程まで感じていた痛みも、もはや何も感じない。それほどまでに必死に常陸さんの元へ近づいていった。

 

 身体全体に輝色の心の力を纏うように送り、常陸さんの周りに取り付いている黒い泥を取ろうとするが、掴むことが出来ずに、ただただ泥がぴちゃぴちゃと音が鳴る。

 

 蓮太「クソっ!」

 

 とにかく苦しんでいる祟り神から、攻撃をされないように距離をとってから、常陸さんの身体に心の力を送り込む。

 

 すると常陸さんの身体にまとわりついている泥は、弾かれるように散慢し、祟り神の方へ戻っていった。

 

 蓮太「常陸さんッ!」

 

 一生懸命声をかけるが、常陸さんからの返事はない。

 

 寝ているかのように力が入っておらず、まるで大きな人形を持っているみたいだ。

 

 俺はまず鼓動を確認し、脈を調べ、呼吸が出来ているかを確認する。

 

 一応、全て問題はなかったが…どうやら完全に気絶しているみたいだ。

 

 常陸さんが気絶しているその場に、慌てて朝武さんと将臣が寄ってくる。

 

 それでも将臣は、念の為だろう。祟り神に向かって叢雨丸を突き立てていた。

 

 芳乃「茉子ッ!!」

 

 蓮太「気を失っているだけだ…生きてはいるよ…」

 

 常陸さんの身体を優しく抱きながら、朝武さんは拳に力が入っていた、身体が震えていた。歯がガチガチ当たるような音まで聞こえてくる。

 

 朝武さんは泣いていた。俺と将臣の攻撃でも祓えなかった事。常陸さんがこんな目にあっていること。そしておそらくみんながそんな目にあっているのに、自分は何も出来ていないこと。

 

 この絶望的な状況。

 

 色々な事が重なって、心が耐えきれなくなったんだろう。申し訳なさが溢れ出たんだろう。

 

 朝武さんは静かに泣いていた。

 

 怒りがこみ上がってくる……!

 

 自分の力が足りないことに…!

 

 常陸さんをこんな目に遭わせてしまったことに……!

 

 朝武さんを泣かせるような結果になってしまったことに………!

 

 目の前の祟り神は前よりはボロボロになりながらも、まだ立っている。

 

 蓮太「祓うなんて言わねぇ……………」

 

 もう綺麗事なんて言ってられない。先の事なんて考えてられない。今抗わなければみんな死んでしまう!

 

 俺達だけじゃなくて…穂織のみんなも…!

 

 蓮太「殺してやるッ!」



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51話 奇跡の連携

 ボロボロになっている祟り神と、俺は睨み合う。

 

 もう俺の頭は祟り神を消すことでいっぱいだった。

 

 それでも俺が祟り神に向かって攻撃しないのは、山河慟哭を探しているからだ。

 

 余程遠くにいったのか、それとも木の影とかに隠れているのか、とにかく俺は山河慟哭を見つけることが出来なかった。

 

 蓮太「武器は無し……か…」

 

 もう心の力もそんなに余裕が無い。正直もう輝色の力の方は、100%の内20%もあればいい方だろう。

 

 蒼い力の方は……50%くらいか……

 

 もちろん感覚の話だから、それが確実ってわけじゃないんだが…ほぼほぼそれくらいだと思う。

 

 ムラサメ『蓮太!焦るな!気持ちはわかるが、一手でも失敗すれば吾輩達の負けだぞ!』

 

 蓮太「ごめん。それでも、怒りが抑えられそうにない」

 

 そうして俺は祟り神に向かって走り出す。

 

 ムラサメ『たわけっ!武器も持たずして真正面からぶつかってどうするのだっ!』

 

 俺はムラサメの意見にも聞く耳を持たずに、祟り神に向かってただひたすら走っていく。

 

 こっちから仕掛けるんじゃなくて、敵から仕掛けてくれれば…!接近戦になる以上、俺はカウンターを狙った方がダメージがデカい…!

 

 そうして祟り神も俺とぶつかるように突進をしてくる。

 

 その動きに合わせて左足で祟り神を蹴ろうとするが…それを読んでいたかのように祟り神は空中へ跳び、前脚を突き立てて、勢いよく地面に叩きつけようとする。

 

 これは…!将臣を守った時の攻撃…!あれをくらえば痛いじゃ済まない…!

 

 俺はその急な攻撃を躱せないと判断して、すぐさま左足を地面に着け、右足に輝色の力を送る。

 

 蓮太「揚げ物盛り合わせ!!(フリットアソルティ)

 

 俺に向かって頭上から襲ってくる祟り神に対して、俺は三回、足を真上に蹴り上げる。

 

 蓮太「ぐっ………!!」

 

 弾き返すつもりでいたが、予想以上の重さと威力で俺の足が粉々になりそうな程の痛みが走る。

 

 蓮太「ぅぉっ………らっ!」

 

 まともに受けるのは無理だと思い、俺は重心を変えて祟り神の攻撃を真横に逸らす。

 

 俺の攻撃に落下地点を変えられた祟り神は、そのまま激しい音を響かせて地面に勢いよく衝突する。

 

 そして俺は、休まずに追い打ちをかけるために、左足を胸まで上げて、そのまま身体を横に倒し、右足を軸にコマのように回る。

 

 十分にスピードを出し切ったあと、そのまま勢いにのせて、祟り神にかかと落としをする。

 

 蓮太「粗砕ッ!(コンカッセ)

 

 俺が放った渾身の蹴りは、祟り神の身体を弾き飛ばすには十分の威力だった。

 

 まともに蹴りを受けた祟り神は身体の一部が弾け飛び、数メートル吹っ飛ばされる。

 

 芳乃「す、凄い威力……」

 

 大きくよろけた祟り神に更なる追撃をしようと、祟り神に向かって跳び蹴りをしようとジャンプした時、祟り神が急にグルンと顔をこちらに向ける。

 

 蓮太「…ッ!?」

 

 あまりにもの不気味な動きに、俺は一瞬恐怖を感じる。

 

 そして気づいた時には……

 

 蓮太「……え?」

 

 背中から激しい痛みが……

 

 元々の進行方向に吹き飛ばされながら、背後を向いた時に見えたものは獣の形じゃない祟り神だった。

 

 吹き飛ばされた俺の身体は、激しく地面に何度もぶつかってその先にあった木に衝突する。

 

 蓮太「がっっ!!」

 

 声にならない声が思わず出る。

 

 身体中が痛い………!それでも起き上がろうとするが、その意志とは裏腹に身体はいうことを聞いてくれない。

 

 将臣「蓮太っ!!」

 

 声がする方向に視線を送ると、将臣が俺の方を見て必死に叫んでいる。

 

 きっと心配してくれているんだろう…しかし、その嬉しさよりも、目の前の現実が少しの夢を見せまいと襲ってくる。

 

 こちらに向かって走っている将臣の後ろには、獣の形ではない、見慣れた祟り神の姿が二つ見えた。

 

 蓮太「………ッ!!」

 

 声が出ない…!

 

 ムラサメ『ご主人ッ!!祟り神がッ!』

 

 ムラサメの声を聞いた将臣が、急いで振り返る。

 

 その視線の先にいた祟り神は既に攻撃態勢に入っており、触手を伸ばして襲ってきていた。

 

 将臣「うわっ!?」

 

 それでも反射的に触手を真上に弾く将臣。

 

 不意を突かれながらも、その手に握った叢雨丸で、的確に祟り神の攻撃を防いでいた。

 

 将臣「ど、どうなっているんだ!?祟り神が3体!?」

 

 ムラサメ『おそらく、先程蓮太が尻尾を切り離したことで、一つになっていた祟り神の一部分が元に戻ったのだ!』

 

 将臣が前方を確認すると、獣の祟り神の尻尾がやや短くなっている代わりに、いつもの祟り神が二匹増えている。

 

 将臣「でもっ、願いが変わらないのならまた合体するんじゃ…!」

 

 そんな将臣の言葉を遮るように、祟り神の触手の風を切るような音が森の中を駆ける。

 

 将臣「くそっ!」

 

 数本の触手を、将臣はなんとか避けていく中、これでトドメと言わんばかりに獣の形をした祟り神が、勢いよく前脚を爪で引き裂くように意識外の将臣を狙う。

 

 ムラサメ『ご主人っ!前だっ!』

 

 将臣「…ッ!?」

 

 聞いたことの無い重低音……祟り神の前脚がまともに当たり、俺と同じ場所まで将臣は吹き飛ばされる。

 

 将臣「ゴホッ…!ゴホッ!」

 

 蓮太「だ…大丈夫か…?」

 

 小声でならなんとか声が出せた俺は、将臣の状態を確認する。

 

 所々から血が流れており、将臣のいつもの服は部分的に血が混ざった不気味なデザインへと変わっていた。

 

 将臣「ギリ…ギリな…!」

 

 俺のせいか……

 

 俺が我を忘れて無茶なことをしたから……将臣が余計な傷を負った…

 

 蓮太「ごめん……俺のせいだ…」

 

 事実俺達は負けた。

 

 もう後は……殺されるのを待つだけ……

 

 俺の心が諦めかけていた時…

 

 将臣「蓮太……心の力って………刀に……叢雨丸に分けれるのか…?」

 

 …!

 

 こいつ…!まだ諦めてない…!

 

 この絶望的な状況で、まだ勝つ気でいるのか…!?

 

 蓮太「お前……!」

 

 将臣「まだ……負けちゃいないだろ?」

 

 祟り神たちの様子を伺うと、俺達を見ながら距離をとって警戒している。

 

 蓮太「あぁ…!試してみる価値はありそうだ…!」

 

 しかし……もう本当に大技を決めるとなると、残りの力が全然ない…

 

 蓮太「正直、もう残りもギリギリなんだ……だから、俺が少しの間だけ動ける分を残して、後は全部渡す」

 

 将臣「……………1分でいい…力を合わせよう………いける?」

 

 1分か……

 

 蓮太「妥当な…時間だな……!」

 

 俺は将臣が持っている叢雨丸に触れて、ほぼ全ての心の力を送り込む。

 

 ムラサメ『こ、これが……蓮太の言う心の力……!なんという力だ…これほどの力を有していたのか……』

 

 蓮太「これで……」

 

 そうして俺が叢雨丸から手を話そうとした時

 

 ムラサメ『まてっ!そのままで、吾輩の事を感じることは出来んか?』

 

 ムラサメを…感じる?

 

 俺は再び、叢雨丸に意識を集中させる。

 

 懐かしい……最初の頃はこんな…まるで海の中をさまようかのような感覚だったな……

 

 …って、ん?なんだ…これ…?

 

 暗く何も無い空間に翠色の光があるイメージ。

 

 あれは……?ムラサメ?

 

 俺はムラサメを触ることができなかったから、今まで無理だったけど…そうか、叢雨丸を経由すればムラサメの心には届くのか…!

 

 蓮太「力を貸してくれ……!ムラサメ!」

 

 ムラサメ『承知した!』

 

 その瞬間、叢雨丸から翠色の光が放たれる。

 

 その光は留まることを知らずに、どんどん俺の身体へ……いや、心へと流れていく。

 

 そして俺達は立ち上がる。勝つために…!守るために…!終わらせるために…!

 

 俺の真下を見ると赤黒い塗料なものが大量に地面を濡らしていた。

 

 なかなかの怪我だな…こりゃ。

 

 俺達の起き上がる姿を見た祟り神一体が、真っ直ぐに襲いかかる。

 

 蓮太「………お前らのような三流の食材じゃ…ろくな料理は出来ないが……片っ端から調理してやるよ…!」

 

 俺は真っ直ぐに突っ込んでくる祟り神に向かって、真正面から対峙する。

 

 足に翠色の心の力を宿して、ハイスピードで急接近する!

 

 そして祟り神の触手の攻撃をすり抜けるように躱していき、ドロップキックのような体制で祟り神の顔面に6発の蹴りを入れる!

 

 蓮太「三級…挽き肉ッッ!(トロワジェム・アッシ)

 

 俺の蹴りに身体を逸らすように回転させられた祟り神は、頭から地面に叩き落とされる。

 

 それをかかと落としでゴムボールのように反発させ、浮き上がった祟り神の身体を下から蹴り上げて、無理やり起き上がらせる。

 

 そして俺は両手を地面に着けて、逆立ちの状態で両足に力を込め、バネのように身体を使い、思い切り空中に向かって蹴り上げる!

 

 蓮太「木犀型斬(ブクティエール)シュートォッ!!!」

 

 空高くに蹴り飛ばされた祟り神は吹き飛ぶさなかに、泥が溶けるようになくなっていき、1枚の桜色の葉をまい散らせて消えていった。

 

 蓮太「まずは一匹……」

 

 そうして両足を地面に着き、体制を整えようとする俺に向かってもう一匹の祟り神が襲ってくる……が……

 

 そこに輝色に光る叢雨丸を持った将臣が割り込む。

 

 将臣「俺だって…!」

 

 祟り神が邪魔だと思ったのか、将臣に向かって触手を出し、跳ね除けようとするように左右から触手を振りかざす。

 

 将臣は居合のような構えを取り、祟り神をギリギリまで寄せ付ける。

 

 祟り神の攻撃が将臣に当たる瞬間、叢雨丸が輝きを増し、一気に刀を振り切る!

 

 将臣「いやぁぁぁぁぁッッッ!」

 

 叢雨丸から繰り出された居合抜きは目の前の祟り神を貫通し、飛ぶ斬撃となり、獣の形をした祟り神を激しく斬りつける!

 

 その間に俺は獣の形をした祟り神の背後に急いで回り込む。

 

 将臣の放つ斬撃で俺の方へ吹き飛ばされる獣の形の祟り神の背に向かってありったけの心の力を込めた右足で真上に蹴り飛ばす!

 

 蓮太「反行儀(アンチマナー)キック…コースッッ!!!」

 

 祟り神を空高く蹴り上げた衝撃が森中に響き渡り、木々が激しくざわつき始める。

 

 普通ならありえないほどの高さにまで獣の形をした祟り神を蹴り上げて、着地したあと、将臣に向かって走り出す。

 

 それを見た将臣も俺に向かって走り出す、その間に割り込む祟り神が一匹。

 

 さっきの将臣の攻撃でも祓いきれてなかったのか…

 

 祟り神は真っ直ぐに将臣の方を見ている。そして触手を出した瞬間…!

 

 蓮太「オラッ!!」

 

 俺はその祟り神を真横に蹴り飛ばす。

 

 元々将臣の攻撃でも弱っていたこともあって、祟り神はその攻撃で桜色の葉を出現させて、消えていった。

 

 蓮太「邪魔なんだよ……!」

 

 そして、将臣の方を確認すると、まだ真っ直ぐに俺の方へと突っ走ってきていた。

 

 俺は右足を出してありったけの心の力を込める。

 

 俺と将臣がぶつかるくらいに近寄った瞬間、将臣は俺の右足に乗るように、すれ違いざまにジャンプした。

 

 俺は将臣をすくい上げるように右足に乗せて、送り込んだ心の力を全て使う!

 

 蓮太「空軍(アルメ・ド・レール)……叢雨シュートォッ!!」

 

 落下してくる獣の形をした祟り神に向かって俺は将臣を全力で蹴り飛ばす!

 

 俺に飛ばされる中、将臣が握った叢雨丸には蒼い光が眩いくらいに放たれていた。

 

 そして落下してくる祟り神とすれ違う瞬間……!

 

 将臣は見事な太刀筋で祟り神に向かって叢雨丸を全力で振りかざす!

 

 祟り神は聞いたことの無い心臓にまで響くような、悲鳴のような雄叫びを上げて、将臣に斬られたところから、血のような黒い泥を撒き散らしている。

 

 蓮太「……………どうだ…?」



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52話 度重なる問題

 

 全身全霊の攻撃。

 

 後先を考えないで、今勝つためにほぼ全ての力を使った攻撃で、激しく黒い泥を血のように噴射している祟り神が、消えてくれることを願う。

 

 苦しそうな声を上げる祟り神を見ながら、先に倒れてしまわないように必死に堪える。

 

 蓮太「はぁ……はぁ……!」

 

 本当ならすぐにでも追い打ちをかけたい所だが……

 

 如何せん身体が悲鳴をあげている…もう正直限界だ…!

 

 祟り神の更に奥にいる将臣を見ると、俺と同じようにフラフラになりながら、叢雨丸を杖にして倒れないように身体を支えながら祟り神を必死に睨んでいる。

 

 俺は再び祟り神を見る。すると祟り神は小さく唸り声を上げながら、おぼつかない足取りで山の奥へと消えていった…

 

 ……祓えはしなかったか……

 

 祟り神に大ダメージを与えれはしたが、結局祓う所まではいかなかった…

 

 その後悔とともに、俺は……俺と将臣は、朝武さんと常陸さんの元へと向かう。

 

 蓮太「ごめん……朝武さん……ダメだった……」

 

 改めて朝武さんの顔を見ると、もう涙の後はすっかりと消えていた。

 

 芳乃「そんなことよりも!大丈夫……ですか…?本当にごめんなさい…!私…何も………出来なくて………!」

 

 蓮太「そんな事ない………さ……」

 

 朝武さんを安心させようと考えながら、会話をしていると、単純に体力の限界が来て、その場に仰向けに転がってしまう。

 

 将臣も俺たちの傍に到着すると同時に、地面に向かって転がるように倒れた。

 

 蓮太「……負け………になるのかな……俺達…」

 

 将臣「相手が逃げ出したんだ…少なくとも俺達の負けではないだろ…」

 

 蓮太「でも…勝てもしなかった……」

 

 芳乃「生きてくれているだけで……それだけで、いいです……!」

 

 結局、常陸さんの仇を取れなかったな…いや、常陸さんが死んだわけじゃないんだけどさ……

 

 顔を横に向けて、常陸さんの顔を見る。

 

 瞼は閉じたままで、静かに、ゆっくりと呼吸をしている。

 

 ごめん…常陸さん……

 

 ごめん…朝武さん……

 

 蓮太「畜生………」

 

 思わず零れた心の悔しさを胸に……俺はそのまま意識を失った……

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ここは…どこだ…?

 

 俺は辺りを見渡す、木造建築の建物なのはひと目でわかるが、気になるのは見たことがないのに、何故か知っている気がする事。

 

 その場所に対して、俺は不思議に思っていると、なにやら目の前にある階段の奥で朱い光が見える。

 

 俺の身体はその先へ誘われるように、階段を下っていく。

 

 闇のように暗い階段を下りて行った先には、少し大きな扉があった。

 

 しかしその扉は、まるで蜘蛛の巣のような朱い糸の様なものと蒼い糸の様なものが張り巡らされ、誰も通すまいとしっかりと先の部屋を守っていた。

 

 蓮太「なんだ…?この部屋……」

 

 正直、気味が悪い。夢だとわかってはいるが、こんな内容がわからない夢は得体の知れない不気味さが襲ってくる。

 

 ?「やっと………出会えた」

 

 不意に後ろから声がする。

 

 蓮太「ッ!?」

 

 俺は勢いよく後ろを振り返る。するとそこには人の形をした何かがいた。

 

 目の前にいる何かは白い靄でかろうじて人の形を維持しているような……

 

 その不気味な存在に思わず俺は後ずさる。

 

 蓮太「なんなんだ?アンタ」

 

 ?「………」

 

 さっき喋ってただろ……

 

 徐々に後ろに下がっていくが、やがて俺の逃げ道はなくなって……

 

 あの不気味な部屋の扉に背中が当たると、電撃が走るような痛みに襲われて…

 

 ………

 

 蓮太「………ハッ!?」

 

 俺は目を覚ました。

 

 ここは……?

 

 身体を起き上がらせ、俺は周囲を確認する。

 

 蓮太「……俺の…部屋?」

 

 改めて身体を確認すると包帯などが巻かれていて、いかにも治療後という感じだった。

 

 蓮太「あれからどうなったんだ…?」

 

 祟り神は?将臣は?常陸さんは?朝武さんは?

 

 それが気になって立ち上がろうとすると……

 

 蓮太「…痛ッ!」

 

 この痛みは……やっぱり祟り神との出来事は夢じゃないんだな……

 

 それなら…痛いなんて言ってる場合じゃない…!

 

 俺は部屋から出て、リビングへ向かっていった。

 

 ムラサメ「蓮太っ!意識が戻ったのか!?」

 

 リビングに入ると真っ先に話してきたのはムラサメだった。

 

 蓮太「まぁな……」

 

 ムラサメ「身体の方は痛むのではないか!?何故起き上がってきたのだ!」

 

 蓮太「そりゃ起き上がるだろ…結局、祟り神が逃げた後どうなったのか聞きたい。それに俺以外のみんなのことも」

 

 そうだ…まだみんなの顔を見ていない。呑気に寝ている場合じゃないんだ。

 

 ムラサメ「………わかった。皆を呼んでくるから。蓮太はそこから動くでないぞ」

 

 ……ん?呼んでくる…?みんなもう起きていて、しかも動いても問題ないのか…?

 

 そんなことを思っているうちにムラサメは、壁に向かってスーッと消えていった。

 

 しょうがない……言われた通りに待つか…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「それで…怪我は大丈夫なんですか…?」

 

 蓮太「大丈夫…とは言えないけど、別に動けないわけじゃないよ。それよりも…」

 

 リビングに集まってきたみんな。俺にムラサメ、朝武さんに将臣、それに後でみづはさんも来るらしい。

 

 一人いない………

 

 蓮太「常陸さんは?」

 

 ムラサメ「茉子は…」

 

 ムラサメが不安そうな顔をする。その表情をみて、思わず不安になる。

 

 芳乃「茉子は…まだ意識が戻っていないんです…」

 

 蓮太「そうだったのか……」

 

 将臣「でも、駒川さんに診察してもらったら、外傷そのものは全くなかったらしい。怪我が酷いのは俺達二人だけだよ」

 

 蓮太「なら、不幸中の幸いか……安心はできないけど…生きていてよかった…」

 

 この話が終わったら常陸さんの元へ行こう……何が出来るか分からないけど、なんだか、傍に居てあげたい。

 

 蓮太「それであの後……俺が倒れたあと、どうなったんだ?」

 

 芳乃「竹内さんが倒れたあと…有地さんも気を失われて…ムラサメ様と二人ではどうしようもなかったので、助けを呼んだんです」

 

 ムラサメ「吾輩はご主人以外には触れられんし、力もないせいで運ぶことも出来なかったからな。安晴と玄十郎が駆けつけてくれたよ」

 

 安晴さんと玄十郎さんが…

 

 将臣「俺達はそれから治療してもらった…って流れなんだけど、もう一つ気になることがあるだろ?」

 

 蓮太「あぁ…あの獣の形をした祟り神はどうなったんだ?」

 

 ムラサメ「あの時の事を覚えておるか?蓮太とご主人で連携をして猛攻を仕掛けた後だ」

 

 蓮太「確か………しばらく睨み合いを続けて…祟り神が逃げていっただろ…?」

 

 もしもあの時に、もっと追い打ちが出来ていたら……!とも思うが、今後悔してももう遅い…

 

 ムラサメ「そうだ。そしてあれから一夜が明けた。今は祟り神も身体の傷を癒している頃だろう…」

 

 ムラサメ「かといって祟り神に完全に傷が癒えてから……なんて考えはおそらく無い。また今夜になれば活動を再開するだろう。そして、憑代の気配もあれだけ間近で感じ続けておれば、気配を察知することも容易であると思う」

 

 蓮太「……だとしたら、今夜……ここに祟り神が襲ってくるってことが…!?」

 

 ムラサメ「有り得る」

 

 …ッ!

 

 蓮太「だったら!山の中に憑代を持って行って、夜になる前に待機していないと!」

 

 ムラサメ「待て!そこで吾輩から提案があるのだ!」

 

 将臣「提案…?」

 

 なんだ…?将臣もこの話は聞いていなかったのか…?

 

 ムラサメ「これは、芳乃と安晴の二人に相談してもらった事なんだがな…今夜の決戦の場は境内の中にしようと思っておる」

 

 将臣「なっ…!」

 

 蓮太「なんでだよ!町の中をわざわざ戦いの場にするだなんて、被害が広がっていくじゃないか!何も知らない人が巻き込まれるかもしれない!」

 

 芳乃「…朝武の家には人の目からは見えない結界が張られていんるんです。もし、祟り神が山から町に下りてきた時、真っ先に狙ってくるのは朝武の血筋の人間です」

 

 芳乃「この家に…この結界内に祟り神が入り込んできた場合、それは祟り神にとって浄化され続ける特殊な場所へと変化します。つまり祟り神は常に力が出ない…いわゆる弱体化するんです」

 

 つまり…非常時の場合の最後の抵抗…チャンスを作るための結界か……

 

 ムラサメ「それを逆に利用しようと思っておる。今夜の場合は蓮太も、ご主人も、怪我が完全には癒えておらん」

 

 将臣「さらに祟り神には弱ってもらおうってこと…?」

 

 蓮太「上手くいく保証は…?勝てる勝てないじゃなくて、間違いなくここへ来るのか?それに、安晴さんの意見は?」

 

 芳乃「お父さんからは許可を貰いました。決戦の時には、お父さんには避難してもらって、今行われている町内会議でこの辺り一帯には近づかない事を言ってもらう予定です」

 

 ムラサメ「祟り神がくるのは間違いない。憑代と一つになることが願いなのであるならば、ご主人が持っておる憑代を探すはずだ。それでなくとも、芳乃を襲いに来るであろう」

 

 なるほどね……今の時間は……午後の3時か…近いな………

 

 蓮太「わかった……今更逃げる気もない…時間もない…その作戦に乗るよ」

 

 そう言って俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 将臣「どこへ行くんだ?」

 

 蓮太「常陸さんの所」

 

 芳乃「それでしたら、私も…」

 

 そうして俺達はリビングを出た……

 

 …………

 

 蓮太「将臣も動いても良かったのか?」

 

 将臣「別に歩けない、なんてほどじゃないよ。駒川さんも言っていたらしい、朝武さんから聞く話で現場を想像すると、こんなに傷が軽いのが奇跡だって」

 

 俺一人で行くつもりだったのが、何故かあの場にいた全員が一緒に付いてきていた。

 

 蓮太「奇跡…ねぇ……」

 

 そうしてたどり着いた部屋は朝武さんの部屋。俺はその部屋の襖をスっと開ける。

 

 部屋の中には未だに目を閉じて静かに眠る常陸さんがいた。

 

 蓮太「常陸さん…」

 

 俺は寝ている常陸さんの隣に座る。

 

 パッと見た感じは本当に怪我などはして無さそうだった。

 

 俺はただ、目を覚まして欲しくて、常陸さんの手を握ろうとする。俺の手が常陸さんの手に当たろうとする瞬間…

 

 バチッ!という音と共に、俺の手は弾かれた…

 

 一同『な…ッ!?』

 

 そして常陸さんの身体から黒い泥の様なものが出てくる。

 

 芳乃「茉子…!?茉子ッ!」

 

 その泥は常陸さんを守るように俺達の間に割り込んでくる。

 

 俺達は急いでその泥と距離をとって体制を整えるが……あくまで泥は近寄らせないように邪魔をするだけで、祟り神の形にはならずに、攻撃もしてこない。

 

 将臣「どうなっているんだ!?」

 

 ムラサメ「おそらくあの時だ!切り離された尻尾に茉子が包まれた時!茉子の魂にまで穢れが移ってしまったのだ!」

 

 



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53話 決戦前と心の世界

 黒い泥のような何かが、常陸さんを守るように覆っている。

 

 蓮太「常陸さんの魂に穢れが移っているだって!?」

 

 ムラサメ「今、茉子の身体からではなく、間違いなく魂からその穢れは出現した!」

 

 芳乃「そんな…!」

 

 じゃあ…常陸さんが目を覚まさないのも…その穢れがまとわりついているからなのか…!?

 

 とにかく、まずはこの泥みたいな穢れを祓うしかない!

 

 俺は心の力を両手に込めて、黒い泥を掴もうとするが、相変わらずぺちゃぺちゃと音を立てて握ることが出来ない。

 

 確か…あの時は…

 

 あの時に自分がした行動を思い出して、俺は泥の中に手を突っ込み、常陸さんの身体に触れてから、一気に力を送り込む。

 

 すると常陸さんの身体が蒼色の光を放ち、それから逃げるように黒い泥が常陸さんの身体の中へ戻っていく。

 

 蓮太「はぁ………」

 

 見た目はなんとかなったが、根本的な問題は解決していない。

 

 将臣「ムラサメちゃん、どうにか常陸さんから穢れを祓えないのか?」

 

 ムラサメ「身体に取り付いているのなら、芳乃と安晴に祓って貰うことができたのだが……魂となると、神具で祟り神を祓うようにでないと……」

 

 将臣「でもそれじゃあ、常陸さんを傷つけてしまう!」

 

 叢雨丸や鉾鈴で常陸さんの身体ごと傷つけるなんてこと出来ない!

 

 将臣「じゃあ、ムラサメちゃんが神力を直接…!」

 

 ムラサメ「あれは、ご主人だからこそできたのだ!叢雨丸と関わりがない茉子はそもそも神力を送ることができん!できたとしても、ご主人が味わった痛みや苦しみを茉子が受けることになるのだぞ」

 

 神力を………直接……

 

 いや…そうか…!それなら……!

 

 でも……それをやってしまっていいのか…?色々な意味で取り返しのつかないことになるが…

 

 蓮太「……………」

 

 将臣「どうしたんだ…?蓮太、そんな難しい顔して…」

 

 蓮太「いや……俺なら…何とかできるかも……って」

 

 芳乃「本当ですか!?」

 

 朝武さんが身を乗り出して大きく反応する。

 

 蓮太「あっ、いや…出来るかどうかはわからないし、賭けみたいなものなんだけど…」

 

 芳乃「でも!このままじゃ茉子が…!」

 

 …………覚悟を決めるしかないのか…

 

 蓮太「わかってる………。なぁ、ムラサメ…常陸さんの魂に取り憑いてる穢れを祓えればいいんだよな?」

 

 ムラサメ「うむ、そのはずだ。しかし…どうやって……」

 

 俺は改めて常陸さんの方へ身体を向ける。今は何も起きていないが、またいつ穢れが出現するかわからない…もしかしたら、常陸さんは二度と目が覚めなくなってしまうかもしれない。

 

 このまま何もしなければ、常陸さんの未来を閉ざさなきゃいけないかもしれない。

 

 その可能性だってある。

 

 そうなってしまうくらいなら………

 

 蓮太「みんな……別に見るなとか言わないからさ…今からすることを、できるなら内緒にしててほしい…」

 

 将臣「内緒にって…何を…?」

 

 俺は優しく常陸さんの頭と上半身を抱き上げ、言葉を続ける。

 

 蓮太「後でわかる。あっ、それと…朝武さん」

 

 芳乃「はい…?なんですか?」

 

 蓮太「一応、鉾鈴だけ準備してくれないかな?多分、穢れが出てくるから…」

 

 芳乃「穢れが……ですか…!?」

 

 朝武さんは驚いている。まぁ無理もないか、なんせ何も説明していないからな。

 

 それから、朝武さんにお祓いをする準備をしてもらって、完全装備の朝武さんを横に、俺は今から行うことの確認をする。

 

 俺は……今から………。いや、これは人助けの為。

 

 …とは思っているんだけど……グタグタ悩んでいても仕方ない。

 

 蓮太「じゃあ、いくぞ?」

 

 そう言って俺は常陸さんの上半身を抱き上げる。

 

 将臣「いくぞ……って何を…」

 

 そして俺は心の力を身体全体に纏うように送り、顔を近づける。

 

 ムラサメ「……ッ!」

 

 ……………ごめん。常陸さん。

 

 心の中で謝罪をしながら、徐々に頭を動かし、どんどん距離が近くなる。

 

 そして…

 

 

 

 

 

 二つの唇が重なり合う。

 

 

 

 

 

 それと同時に、心の力を常陸さんの身体の奥へと送り込む。

 

 目を瞑ると、そこは深い深い海の中にいるような感覚。

 

 ゆっくりとそれは下へと沈んでいき、最深部を目指す。

 

 何となく察することができる。これは常陸さんの心の外周。

 

 その中にある心の核を真っ直ぐに目指す。

 

 奥へ奥へと進んでいき、その海のような場所を抜けると、大きな歯車たちが同じように回り続ける機械チックな場所にたどり着いた。

 

 そこは不思議な場所だった。

 

 全ての機械が、ただ同じ動きを繰り返しているだけ。

 

 たまに反対側に回ろうとしたり、位置を変えようとしているが、何かに抑え込まれるように、また元の位置に戻る。

 

 まるで機械の一つ一つが意志を持ってるみたいだ。そしてそれを無理矢理押し殺しているような…………

 

 そんなことを思いながら、先へ進んでいくと優しい光を放っている綺麗な水晶のような玉が浮いていた。

 

 その光を浴びているだけで、なんだか心が安らいでくる。

 

 それと同時に何か……別の感情が……

 

 俺はその玉に向かって手を差し伸べる。するとその玉は俺に誘われるようにフワフワとこちらへ向かってくる。

 

 そこで気づいた、この光のおかげで周りの機械が見えているだけで、この場所はかなり暗い事に。

 

 蓮太「そうか……この場所を囲うように穢れがまとわりついていたのか……」

 

 この場所が……この玉が輝いているということは……戦っていたんだな…ずっと…一人で……

 

 蓮太「俺は一度、常陸さんに心を救ってもらった。傍から見たら凄くどうでも良くて、いきなり落ち込み出したように見えただろう」

 

 俺は優しい光を放つ玉を念じるように両手の手のひらで挟み込む。

 

 蓮太「それでも…俺にとっては大きな悩みだったんだ。常陸さんはそれを打ち消してくれた。助けてくれた。救ってくれた。だから………」

 

 そして俺はその玉に蒼い心の力を送り込む…!

 

 蓮太「今度は俺が……常陸さんを助ける番だッ!」

 

 心の力を取り込んだその玉はその光を蒼色に変えて眩いばかりの輝かしい光を放つ。

 

 それはとても暖かくて、心地よい光だった。

 

 そして、みるみるうちに辺りの暗い闇が晴れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は目を開き、常陸さんから離れる。

 

 ムラサメ「蓮太…!まさか、心の力を…!」

 

 蓮太「………これしかないと思った。安全に、常陸さんを助けるには」

 

 そういった直後、常陸さんからあの黒い泥のようなものが、溢れ出る。

 

 そして全て出現して、その空間に塊となった時、朝武さんが勢いよく鉾鈴を突き刺した。

 

 芳乃「やぁぁぁぁ!!」

 

 へぇ……よくムラサメみたいに動揺しなかったな。

 

 鉾鈴を突き刺された穢れは、ブクブクと音を立てながら消えていった。

 

 蓮太「お疲れ様…」

 

 芳乃「竹内さん……今のって……」

 

 朝武さんがちゃんとメリハリをつけれる人で良かった。

 

 蓮太「別に他意はないよ。まぁできれば……胸の内に秘めていて欲しいかな」

 

 そして常陸さんを優しく寝かせて、俺は壁に背を寄せる。

 

 割とガッツリ心の力を使っちまったな……

 

 茉子「…んぅ…………」

 

 そんなことを思っていた時、常陸さんがゆっくりと目を覚ます。

 

 蓮太「…!」

 

 芳乃「茉子っ!」

 

 朝武さんが真っ先に常陸さんの元へと向かう。

 

 茉子「芳乃様…?あれ…ワタシは……」

 

 芳乃「よかった…!茉子…!茉子ぉ……!」

 

 本当によかった……無事に目を覚まして………

 

 蓮太「さて…」

 

 俺は起き上がる。常陸さんの無事を確認できたから。

 

 ふと時間を見ればもう16時を過ぎている。

 

 蓮太「軽く飯でも作るか…将臣も準備をしとけよ」

 

 将臣「ああ、わかった」

 

 そうして俺は部屋の襖を開けて…

 

 蓮太「ごめんけど朝武さん、この後の事とか、説明を頼むよ」

 

 返事が聞こえる前に襖を閉めた。

 

 Another View

 …………

 

 茉子「芳乃様……ワタシが倒れた後なんですが……」

 

 芳乃「そうよね、説明をしないと…」

 

 芳乃様は何やら不安そうな声で次々と語りかける。

 

 芳乃「茉子が倒れた後、有地さんと竹内さんが一生懸命にあの祟り神と対峙してくれたの」

 

 芳乃「それはもう、凄まじい戦いだった。でも……祓うことはできなかった…。私がもっとしっかり行動できていたら…って何度も思ったわ…!」

 

 芳乃「所々詳細は今は省くけれど、今夜、ここの境内でお祓いをすることになったの」

 

 ムラサメ「祟り神は憑代を求めて動く、それに茉子も知っておる通り、芳乃の命を狙う。だから、まず間違いなくこの場所に攻めてくるであろう。そこを返り討ちにする」

 

 茉子「結界内に…ってことですか…」

 

 芳乃「でも、茉子は安静にしてて、まだ何が起こるかわからないから」

 

 茉子「でも、芳乃様!」

 

 芳乃「大丈夫!私が終わらせるから…!」

 

 ムラサメ「芳乃……」

 

 …………………

 

 そして夕食を作り、リビングにあるテーブルに次々と配る。

 

 重くなんとも言えない空気がリビングを漂う…

 

 しょうがないか…強敵との最終決戦がこの後に…

 

 蓮太「みんなはごめんけど先に食べてて、俺は常陸さんに料理を持って行ってそこで食べるから」

 

 安晴「わかったよ、わざわざありがとう。蓮太君」

 

 蓮太「いいですよ、これくらい。じゃあ…」

 

 そうして俺はリビングを後にした。

 

 そのまま廊下を移動し、朝武さんの部屋の前で中にいる人に声をかける。

 

 蓮太「常陸さん、起きてる?入ってもいいか?」

 

 茉子「はい、大丈夫ですよ」

 

 俺は部屋の襖を開けて、中に入る。

 

 蓮太「お腹は空いてないか…?一応常陸さんの分も作ってきたんだけど」

 

 俺が作った常陸さんのための料理。一応少なめに配分をしたんだけど…

 

 茉子「ありがとうございます。じゃあ折角なので頂きますね」

 

 蓮太「あぁ、召し上がれ」

 

 そうして俺達は静かに夕食を食べる。

 

 蓮太「………」

 

 茉子「………」

 

 最初にその沈黙を破ったのは常陸さんだった。

 

 茉子「事情はムラサメ様と芳乃様から聞きました…あの祟り神が、今夜…来るんですよね…?」

 

 蓮太「あぁ……そうだ」

 

 茉子「芳乃様……かなり辛そうでした」

 

 蓮太「………そうなのか」

 

 多分……悔しいんだろう。あの時の自分を責めていたりするかもしれない。

 

 茉子「なんだか、昔の芳乃様を見ているようで……自分を責めていらっしゃるような雰囲気でした」

 

 茉子「ワタシ、言われたんです。『安静にしてて、私が終わらせるから』って…」

 

 蓮太「私がって…………そうか…」

 

 やっぱり……そうなっちゃったか…

 

 蓮太「俺は……正直、常陸さんには確かに安静にしてて欲しい気持ちはある」

 

 茉子「……」

 

 蓮太「けど…これは俺一人じゃダメなんだ。俺だけじゃない、誰かが欠ければきっと勝てない」

 

 蓮太「だから………一緒に戦ってくれないか…?」

 

 常陸さんにこんなことを言うのは、多分間違っているだろう。

 

 けど……今俺達に一番必要な物は仲間だ。

 

 茉子「…………はいっ!」

 

 俺の気持ちを伝えるには、言葉が足りなかった気もするが……気持ちを真正面から受け止めてくれた常陸さんに、今は感謝してる。

 

 蓮太「実はもう用意しているんだよね…これ」

 

 そう言って俺は部屋に置いていた箱から、忍装束をとりだす。

 

 茉子「…!用意周到なんですね」

 

 常陸さんは驚きながらも、それを受け取ってくれた。

 

 茉子「それじゃあ…後は芳乃様への説得ですが…」

 

 蓮太「そこは…まぁ……なんとかなるだろ」

 

 そう言って俺は食器を持って立ち上がる。

 

 蓮太「常陸さん…」

 

 入口へと歩む足を止めて、俺は振り返る。

 

 蓮太「絶対に…呪いを解いて自由にしてみせるから」

 



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54話 重なる心

 俺は部屋を出て、食器を片付けてから、いつの間にか来ていたみづはさんと怪我のことについて話をした。

 

 出血量は少し多かったが、驚くほど頑丈な身体らしくて、ビックリされた。

 

 多分だけど、無意識のうちに心の力を身体中に纏っていたんだろうな…

 

 そして、夜のお祓いに向けて、大人チームは神社に近づかせないように、準備をしていた。

 

 リビングで俺は、一人で考え事をする。

 

 これからのことを考えると、なんだか頭が痛くなる。

 

 最初はただ、軽い気持ちの旅行だったのになぁ…

 

 刀を手にして、友達の呪いを解くために努力して、心の闇を祓ってもらって、心の力なんて物が発現して、何度も死にかけて…

 

 常陸さんと勝手にキスをして。

 

 蓮太「はぁ………」

 

 ムラサメ「どうしたのだ、蓮太。ため息なんか吐き出して」

 

 後ろを振り返ると、準備を終えた将臣と朝武さん。それとムラサメがいた。

 

 蓮太「別に……ただ、思うことがいっぱいありすぎただけだ」

 

 将臣「そういえばさ、いつの間にか蓮太って心の力を使いこなしていたけど…具体的にはどんな力なんだ?」

 

 蓮太「俺にもあんまりよくわかってないんだが…今判明していることは、まず個人の力じゃないこと」

 

 将臣「ん…?」

 

 あんまりわかってなさそうだな。

 

 蓮太「つまり、ムラサメの神力や朝武さんの破魔の力の類いでは無いって事。一人一人にある心に、みんなが力を持っていて俺はそれを借りているんだ。つまり心の力は誰かに与えたり、貰えたりできる」

 

 蓮太「そして何故か俺は、その心の力を使って悪霊を祓ったり、身体能力を上げたりできる。まぁ…どれだけ使うかによって消費量も変わるんだけど」

 

 まぁ……どういう条件で心の力の受け渡しが出来るのかはまだわかってないんだけどさ。

 

 将臣「そうなのか………それであんなにアグレッシブな動きができていたのか」

 

 蓮太「まぁな……だから、朝武さん」

 

 芳乃「はい…?」

 

 蓮太「多分、心の力ってのはお互いが信用していないと受け渡しができないんじゃないか……って思ってる。だから、何もかも背負うんじゃなくて、もっと俺達を頼ってくれてもいいんだぞ?」

 

 こう言ったら、朝武さんも反論はできなくなるだろう。

 

 俺は真っ直ぐに朝武さんを見る。すると朝武さんは一瞬目を逸らしたが、すぐに俺に目線を戻す。

 

 芳乃「でも……私は…」

 

 蓮太「気持ちはわかってるつもりだ。だからこそ、みんなで終わらせよう?」

 

 そう言った時、リビングの襖がスッと開く。

 

 蓮太「俺達……五人で…!」

 

 将臣「五人…って…!」

 

 みんなが開いた襖の方を見る。その視線の先には、忍装束に着替えている常陸さんがいた。

 

 芳乃「茉子!?どうしてその格好を……、大人しくしていてって言っていたでしょ!」

 

 蓮太「俺が頼んだんだ。朝武さんの考えもわかる。きっと俺の判断は間違っているだろう。けど、これは俺達で戦うことに意味があるって思ってる」

 

 芳乃「俺達って…!」

 

 茉子「竹内さんはきっと、芳乃様がまた昔のようになってしまうのが嫌なんだと思います。その思いはワタシも変わりません、ですから……ワタシも参加させてください」

 

 常陸さんの真っ直ぐな気持ちは顔を見るだけでも伝わるくらい強いものだった。

 

 蓮太「…せっかく俺達で力を合わせてここまで来たんだ。だから……最後まで協力させてくれよ。また一人でなんもかんも背負おうとしないでくれ…」

 

 蓮太「朝武さんは一人じゃない。俺達がいる。……お説教なら、後でいくらでも聞くからさ……」

 

 そう言いながら俺は、前方へ手を伸ばす。

 

 蓮太「ここにいる全員で、呪いを解こう!」

 

 みんなの顔を真っ直ぐな眼差しで見る。これは俺の覚悟の証。

 

 将臣「俺も、その気持ちには賛成だ。朝武さんも、私が…!なんて思わないで?」

 

 ムラサメ「……そうだな。芳乃も、昨夜の事で悩んでおったようだが……気にする事はないぞ?芳乃のおかげで、ご主人達が助かったのだから…一番重要な役割を担ってくれた」

 

 そう言ってムラサメは俺の手の上に自分の手を重ねる。

 

 何かに触られた感触はしなかったが。気持ちが伝わってくる。

 

 将臣「そうだね、だから…ありがとう、朝武さん。本当に朝武さんがいてくれてよかった。だからこれからも…朝武さんが一緒にいてほしい」

 

 将臣も、ムラサメの手の上に手を重ねる。

 

 茉子「最近、みんなでお話をするのが楽しいんです。今まで、呪詛の事で不安でいっぱいでした。何とかしないと……って」

 

 茉子「でもある日突然、一緒に過ごす人が二人も増えて、ワタシ達の生活が少し変わったんです。先が真っ暗だった道が、その二人のおかげで徐々に明るくなってきました」

 

 常陸さんは朝武さんの元へと歩く。

 

 茉子「そして呪いを解くヒントを見つけてくれて…ボロボロになりながら友達だと言っています。一緒に呪い解こうと手を差し伸べてくれました。芳乃様は……最初は振り払っていましたね」

 

 そう言って常陸さんはにっこりと笑う。

 

 芳乃「……」

 

 茉子「でも…それでも、その二人はワタシ達を見捨てませんでした……きっと、こんな素晴らしい仲間はこの先中々出会えないと思います。だから、芳乃様。もう一度だけ、頼ってみませんか…?もう少しだけ信じてみませんか…?」

 

 常陸さんは朝武さんの手を取って、俺たちの方へ向かってくる。

 

 そして常陸さんは繋いでいる手と逆の手を将臣の手の上に重ねて。

 

 茉子「ほんの少しだけ頼って……ほんの少しだけ頼ってもらって…」

 

 常陸さんは朝武さんの耳元で何かを囁く。

 

 俺はその言葉を聞き取ることができなかった。

 

 が、朝武さんの目が変わる。

 

 芳乃「本当に……申し訳ありません…」

 

 将臣「謝られる理由はないよ。これは俺の問題でもあるしね」

 

 朝武さんは手を差し出そうとするが……やや戸惑った様子で動かす手を途中で止める。

 

 芳乃「……もう少しだけ、頼ってもいいですか……?」

 

 その手を将臣は無理やり掴んで常陸さんの手の上に乗せる。

 

 将臣「もちろん!」

 

 茉子「はい!」

 

 ムラサメ「うむ!」

 

 蓮太「ああ!」

 

 その時、俺の心が何かを感じた。

 

 重ねられた手を通して、暖かい気持ちが遅れてくる!

 

 蓮太「よし…!みんな!絶対に勝つぞ!」

 

 全員『おぉっ!』

 

 俺達は掛け声とともに重ねた手を上にあげる。

 

 思いを一つにして…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 辺りは暗くなり、風が静かに俺達の周りを吹き抜ける。

 

 そして境内の真ん中に立ち尽くす人影が四つ。

 

 俺は将臣が持っている憑代を確認する。

 

 その視線の先にある憑代は、あの時のように点滅しながら赤く輝いていた。

 

 蓮太「後は来るのを待つだけ…か」

 

 将臣「うん。協力してくれたみんなの為にも、絶対にお祓いを成功させないとな」

 

 ここ負けたら……本当に終わりだな…前回は相打ちに持っていけたからもう一回チャンスがきたけど……もう次はない。だって………

 

 その時、数メートル先の地面に激しい音とともに砂埃が舞う。

 

 芳乃「………ッ!」

 

 茉子「来ましたね…!」

 

 獣の形をした祟り神は唸るように声を上げている。

 

 祟り神「グルルルル………」

 

 ここで負けたら、憑代と合わさって力が増した祟り神が暴走して町を襲うだろうから……昔みたいに。

 

 ムラサメ「ご主人ッ!」

 

 将臣「ああ!ムラサメちゃん頼む!」

 

 ムラサメの掛け声とともに、叢雨丸に神力が宿る。

 

 そして武器を構える常陸さんと将臣………その前方で朝武さんが鉾鈴を構えるが……視線は下を向き、少し手が震えている。

 

 蓮太「朝武さん」

 

 俺が声をかけると、朝武さんは我に返ったように祟り神に視線を送る。

 

 ……もちろん最善を尽くすつもりだが……一応言っておくか…

 

 蓮太「ぼさっとしてんなよ………」

 

 そのセリフは自分自身にも……常陸さんにも…将臣にも言い聞かせるように言った。

 

 俺は朝武さんの横で山河慟哭を構える。

 

 蓮太「頼りにしてるからよ」

 



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55話 難関を突破せよ

 そして俺は祟り神に向かって真っ直ぐに走る。

 

 握りしめた刀には蒼い輝きが発せられている。

 

 俺のその動きに反応するように祟り神は触手を数本伸ばす。

 

 触手……!?そんな攻撃昨日はしてなかっただろ…!

 

 だが、別に初めて見る攻撃じゃない。今までの祟り神はこの攻撃が基本だった。そのおかげで少しはまともにこっちも対応できる。

 

 俺は触手を弾きながら、横へ横へと移動していく。

 

 俺に集中してくれているおかげで遅れてきた将臣が祟り神にファーストアタックを当てる。

 

 将臣「はっ!!」

 

 叢雨丸が付けた傷の部分は、一太刀入れただけで溢れんばかりの黒い泥が吹き出てきた。

 

 ムラサメ『よし!祟り神は守りの面も脆くなっておる!』

 

 そういえば結界が張られているんだったな。それでか…心做しか動きが前よりも遅く見える。

 

 すぐさま追撃をしたいが、触手の攻撃に誘導されて祟り神と距離が…………ってあの技があるか…!

 

 将臣の攻撃で警戒心が宿ったのか、祟り神は標的を俺から将臣に変更して俺に攻撃はこなくなった。

 

 俺は刀を回して肩に乗せ意識を山河慟哭に集中させる…………

 

 山河慟哭の光の色が蒼から翠に変わる。

 

 そして軽くジャンプして山河慟哭を地面に叩きつけるように振るい、祟り神に向かって斬撃を飛ばす!

 

 蓮太「破晄…撃ッ!」

 

 繰り出された斬撃は地面を這うように真っ直ぐに祟り神に向かう。

 

 しかし祟り神は尻尾で叩きつけるようにその斬撃を容易く消してしまう。

 

 蓮太「………やるな」

 

 やっぱりあの尻尾が邪魔だな……!

 

 と、その時、上空から常陸さんがあの時のように少し短い尻尾をクナイで刺して抑え込む。

 

 茉子「もう油断はしませんっ!」

 

 祟り神は少し声を荒らげて、常陸さんを鋭い前脚で襲う!

 

 俺は蒼い心の力を両足に送り急いで祟り神に急接近するが………

 

 常陸さんの顔には焦りの色は全くなく、祟り神の攻撃を避ける素振りも見せなかった。

 

 その視線の先には………

 

 鉾鈴に付いた刃を祟り神に向け、常陸さんと挟むように攻撃を仕掛けていた朝武さんが。

 

 そして朝武さんが鉾鈴で祟り神を一突き。

 

 芳乃「やあっ!!!」

 

 見た目はあまり効いて無さそうだが、朝武さんの力が非常に強いのだろう。

 

 今日一番の雄叫びを祟り神は上げて苦しんでいる。

 

 そして祟り神に急接近している俺は、そのまま祟り神に向かって真上に山河慟哭を構えて、タイミング良く叩き斬る!

 

 蓮太「まだまだぁッ!!」

 

 朝武さんの攻撃でかなり怯んだ祟り神に向かって、俺は力を溜めながらその場でゆっくりと回転する。

 

 2週ほど回った後、俺は真上に跳び上体を横に反らし、遠心力を乗せて刀を思いっきり振る。

 

 その時、山河慟哭は蒼色に光っていた。

 

 蓮太「インフィ二ットエンドッ!」

 

 山河慟哭が祟り神に当たった時、激しい音とともに凄まじい衝撃波が響き渡る。

 

 そして吹き出される黒い泥に、視界を遮られ、俺は気付かなかった。

 

 祟り神の触手が生えていて、俺に向かって素早く近づいていることに。

 

 その攻撃を俺が認識できた時は、もう既に手遅れ、間違いなく避けきれないと思った時。

 

 茉子「んっ…!!!」

 

 俺は常陸さんに抱きかかえられるようにして祟り神に対して後ろに移動していた。

 

 蓮太「ッ!?」

 

 それでも尚襲ってくる触手を将臣と朝武さんが二人で弾く。

 

 茉子「大丈夫ですか!?」

 

 蓮太「あぁ…助かったよ、ありがとう」

 

 そして朝武さんと将臣も後ろに下がる。

 

 芳乃「にしても、結界内で…この人数差でやっと有利に戦えているなんて…」

 

 本当に信じられないな……あの時に分けにまでもっていけたのが……あの祟り神の強さが……

 

 蓮太「それに……まだまだ祟り神は元気そうだ」

 

 祟り神は威嚇するように俺達を睨み、唸り声を上げる。

 

 その時………祟り神の頭上に桜色の葉がひらひらと舞っていた。

 

 将臣「さて、どうでるか…」

 

 茉子「……?あの葉は?」

 

 あれは…祟り神を祓った時に出てきた葉じゃないか?

 

 そしてその桜色の葉が祟り神と重なった瞬間……

 

 祟り神がその葉を取り込み、赤黒く身体が光り、激しい雄叫びを上げる。

 

 祟り神「グオオオオオッッ!」

 

 あまりにもの大音量の咆哮に、思わず耳を抑える。

 

 耳鳴りと共に、空気が揺れるように見えた。

 

 そして咆哮が収まった後、視線を戻すと…

 

 祟り神がいない!?

 

 芳乃「どこに…!?」

 

 と朝武さんの方を見ると、その横から、祟り神が赤黒い前脚で朝武さんを引き裂こうとする。

 

 即座に俺は素早く心の力を使い、朝武さんに飛びついてギリギリのところで躱す。

 

 言葉を発する余裕もなく、激しく転がりながら身体を打ちつける。

 

 それでも朝武さんを傷つけないようにしっかりと抱きしめる。

 

 勢いが止まり、身体に痛みが走る中、なんとか怪我がなく死ななかった事に安堵する。

 

 蓮太「だ、大丈夫か?朝武さん」

 

 芳乃「はい…ありがとうございます…!?」

 

 朝武さんは俺じゃなく、その奥の空を見ている。そのことに気づいた時、俺達が倒れている地面に大きな影ができる。

 

 急いで振り返ると祟り神が襲いかかってくる。

 

 しまった!朝武さんを助ける時に、山河慟哭を投げ捨てて武器がない…!

 

 そんな俺に遠慮なく前脚を突き立てて襲ってくる祟り神に、俺は右足に心の力を送り、思いっきり横にそらすように祟り神の前脚を蹴ってギリギリの所で祟り神の攻撃を逸らす。

 

 芳乃「きゃっ!」

 

 そしてすぐに駆けつけてくれた常陸さんが必死に祟り神に向かって何度もクナイを突き刺す。

 

 少し遅れてきた将臣も叢雨丸を何度も斬りつける。

 

 その流れに乗って、俺も祟り神に向かって逆立ちの状態で祟り神を8発以上蹴りつける!

 

 蓮太「二級挽き肉!!!(ドゥジェム・アッシ)

 

 そして俺の隣で朝武さんも鉾鈴を祟り神の顔に勢いよく刺す。

 

 しかし祟り神はそれでも怯まずに身体を勢いよく回転させ、俺達四人を吹き飛ばす。

 

 蓮太「くっ!」

 

 少し大きな岩に身体を叩きつけられ、俺の身体は悲鳴をあげる。

 

 痛みを我慢して祟り神を見ると、体勢を崩した朝武さんに向かってまっすぐに突っ走っていた。

 

 俺は即座に朝武さんの前に急接近し、全力で祟り神の頬を蹴る。

 

 蓮太「ほほ肉(ジュー)シュートッ!!」

 

 数メートル吹き飛ばすつもりで思いっきり蹴ったが、祟り神は頭を少しだけ捻らせて、そのまま尻尾で腹を薙ぎ払われる。

 

 蓮太「うぐっ…!」

 

 俺の身体はそのまま常陸さんの方へ吹き飛び、血を撒き散らしながら転がっていく。

 

 茉子「竹内さんっ!?」

 

 蓮太「ごほっ!ごほっ……!だ、大丈夫…!傷口が複数開いただけだ」

 

 それよりも朝武さんがっ!

 

 俺を払いのけた祟り神は、すぐさま朝武さんを狙って前脚を大きく振り上げる。

 

 蓮太「くそっ!間に合わ…!」

 

 しまった、と思った瞬間。激しく弾かれるように大きな音が境内の中を響き渡る。

 

 芳乃「あ、有地さん…!」

 

 朝武さんと祟り神の間に割り込んでいた将臣が、叢雨丸であの祟り神の攻撃を弾いていた。

 

 明らかにあの桜色の葉を取り込んでから強くなった祟り神の攻撃を…弾いた!?

 

 その手に握られた叢雨丸は見た事のない輝きを放ち、ゆらゆらと刀身が揺らめいているように見える。

 

 蓮太「チャンスだ…!」

 

 俺は一気にこのお祓いを終わらせようと、祟り神に向かって急接近する!

 

 そして俺が蹴りを放とうとした時、俺の移動スピードよりも早く前に出る影があった。

 

 その影は、両手で大太刀を持ち、その刀身はやや朱く光っている。

 

 蓮太「常陸さんッ!?」

 

 なんで俺の山河慟哭を!?

 

 でも今はそんなことを考えている暇はない!

 

 そう思い俺は、地面を強く蹴って上空に跳び、常陸さんの真上に身体を浮かばせる。

 

 茉子「はぁッ!」

 

 大きな掛け声とともに、常陸さんは朱く染めた山河慟哭で三度祟り神を斬りつけて、股下から頭上に斬り上げるように刀を振るい、そのまま上空へ刀を投げる。

 

 その刀が俺の元へ届いた時、しっかりと右手で山河慟哭を掴み、心の力を込める。

 

 落下していく中、持てる全ての力を使うために、更に深く刀に集中する!

 

 蒼、白、翠と山河慟哭を纏う光の色が加わっていき、俺の鼓動が高鳴る!

 

 蓮太「こっ…れでも…!!くらえっ!!」

 

 そして三つの力を送った刀を祟り神の身体を切り離すように真下に思いっきり振りかざす!

 

 凄まじい轟音が響くと同時に、叩きつけた刀が勢いよく地面に当たり、強く弾かれる。

 

 その手を持って、反発する勢いを殺してくれたのは常陸さんだった。

 

 この時の息の合いようは、本当に完璧だった。

 

 一つの刀を通して常陸さんと心が繋がる。

 

 この呪いを解く!

 

 蓮太、茉子「「はあぁぁぁぁッ!!!」」

 

 俺達二人に振り下ろされる山河慟哭は白と蒼と翠と朱色に包まれるように輝いていた。

 

 しかしその全身全霊の攻撃を祟り神が大量の触手で守る。

 

 将臣「勝機ッ!」

 

 視界が遮られるほどの光を放つ叢雨丸を将臣は祟り神に突き刺す!

 

 将臣のその攻撃に祟り神は激しく声を荒らげて触手を更に増やし、激しく暴れ回らせる。

 

 芳乃「邪気封印ッ!」

 

 朝武さんのその声と共に、祟り神の身体に白い網状の痕が張り付くようにまとわりつく。

 

 そして祟り神の動きが弱まった瞬間を逃さず、将臣が叢雨丸を更に深く突き刺す!

 

 そして弱まった触手を俺達が握る山河慟哭が斬りつけ、とうとう祟り神の身体に深い傷をつける。

 

 そしてその傷口から、噴水のように溢れ出る血のような黒い泥を大量に浴びそうになる瞬間。

 

 またも常陸さんに飛びつかれ、助けられた。

 

 浮かぶ身体が常陸さんの手によって動かされる中、視界に映るのは叢雨丸を祟り神の喉笛を目掛けて突き刺している将臣。

 

 身体を地面に叩きつけられ、痛みを感じる中、俺は叫ぶ。

 

 蓮太「いっけぇっ!将臣ッ!」

 

 将臣「はぁぁッ!!!」

 

 そして更に奥へと将臣は傷口を広げるように叢雨丸を突き刺す。

 

 その瞬間、俺達が斬った場所のように泥のような穢れが大量に溢れ出る。

 

 将臣「いい加減しつこいんだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 中で何があったのかは、正直見えなかった。

 

 ただ言えることは、将臣は穢れに勝った。魂を憑依されることなく、怨念に勝って見せた。

 

 将臣が叫ぶように声をだいにして叢雨丸を無理やりねじ込む。

 

 その瞬間、今までとは比べ物にならないほど凝縮された穢れの黒い霧が、猛り狂うような勢いで境内の中に吹き荒れる。

 

 そしてようやく視界が戻ってきた時……そこにはあの圧倒的な存在感が消えていた。

 

 竜巻のような黒い霧が吹き荒れたせいで、視界が遮られてどうなったのかわからなかった。

 

 ただ、将臣の足元には大きな欠片が転がっている。

 

 ムラサメ「無事かっ!?ご主人!」

 

 憑依を解いたムラサメが身を乗り出すように将臣に話しかける。

 

 将臣「あ、ああ。大丈夫だ…」

 

 ムラサメ「一瞬、穢れに取り込まれるのではないかと、ひやひやしたぞ」

 

 蓮太「よく、打ち勝ったよ…大した奴だ……」

 

 その確信的な勝利の証を目にした俺は、つい気を抜いてしまってその場に大の字で倒れ込む。

 

 芳乃「これって、終わった…んですよね?」

 

 茉子「祟り神は霧になって、消えました。いつも通りなら……これでお祓いは終わったはず……です」

 

 蓮太「どうなんだ?ムラサメ」

 

 ムラサメ「うむ、先程までの気配は消えておる。それにほれ、芳乃の耳も」

 

 俺はムラサメの言葉を聞き、朝武さんの方を見ると、たしかに獣耳は消えていた。

 

 というか、そういえばずっと耳は生えっぱなしだったな…すっかり馴染んでしまってた。

 

 茉子「あ、本当ですね」

 

 芳乃「憑代の赤い点滅も治まってますね」

 

 蓮太「将臣、後は最後の仕事だ」

 

 そう言って上体を起こし、将臣の足元にある大きな欠片に指を指す。

 

 なんてったって俺は触れないからな。

 

 そして将臣はその落ちている大きな欠片を拾い上げる。

 

 あれが十数体の祟り神分の欠片…か。

 

 元々俺達が持っていた欠片よりも二回りほど大きい。

 

 そしてその二つの欠片を合わせるように近づけると、白い輝きの中で一つになって…

 

 将臣「………あれ?」

 

 感動する場面の中、将臣の呆けた声が聞こえてくる。

 

 将臣「あれぇぇぇぇぇぇぇ!?」



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56話 足りない欠片

 

 あの祟り神とのお祓い戦から時間が経ち…次の日の朝。

 

 身体中を金属バットで殴られたような痛みに耐えながら、リビングで温かいお茶を啜っていると、朝早くにも関わらずレナさんの声が聞こえてくる。

 

 レナ「ごめんくださいませー」

 

 ……ん?レナさん?どうしたんだろ、こんな時間に。

 

 安晴「やあ。こんな早朝からどうしたのかな?」

 

 蓮太「ズズーー」

 

 レナ「どうかしたではありません!」

 

 いつになく真剣な表情のレナさん。

 

 あれ?なんかそんな怒らせるようなことしたっけ?とりあえずお茶飲むの止めよ。

 

 レナ「昨日の夜も、一昨日の夜も連絡がなくてずっと心配していたのです!」

 

 ………………あ。

 

 蓮太「い、いや…。ほらっ、帰ってきた時は遅かったから、流石になぁ〜って」

 

 すっかり別のことがずっと頭の中を巡ってて、そういう意味での連絡を忘れていた。

 

 レナ「たとえそうでも、メールくらいは残して欲しかったのであります」

 

 安晴「まあ、そうだろうね」

 

 蓮太「申し訳ない」

 

 レナ「それで、マサオミ達はまだ寝ているのでありますか?」

 

 安晴「それがねぇ……」

 

 蓮太「部屋まで行こうか」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 将臣「はぁ……」

 

 将臣の部屋のちゃぶ台の上に置かれた憑代。

 

 それは手の平サイズの球体で、その中心には白い靄がかかっている。

 

 石の価値なんてものは俺には全くわからないが、それはとても綺麗な物だった。

 

 だがそれも、正直今はため息しか出ない。その気持ちは痛いほどわかる。

 

 レナ「どうしたのでありますか、マサオミ?ため息なんて吐いて………お祓いは上手くいったと聞いていたのですが……?」

 

 将臣「ああ、うん。確かにお祓いは上手くいったんだ」

 

 蓮太「お祓いはね」

 

 そう言って将臣は目の前の水晶を、くるりと回す。

 

 するとそこには割れ目があった。欠片ちょうど一つ分ぐらいの割れ目が。

 

 レナ「まだ欠けているようですね」

 

 将臣「そうなんだよ…」

 

 そう、これが将臣が…というより、俺もなんだが、明らかに落ち込んでいる原因。

 

 昨日、もちろん俺達は全ての欠片が集まったと思った。

 

 だが、実際に合わせてみると一つだけ明らかに足りない。

 

 将臣「もちろん、これまでを考えると、比較にならないほど前進してる」

 

 蓮太「まぁな、欠片を集めるって目的も、本当にあと一歩って言えるくらい近づいたし」

 

 将臣「でも、なんか拍子抜けしちゃって…」

 

 そう思うのも無理はない。昨日のアレは、完全に全ての欠片が揃う流れだったもんな。

 

 なのに、まさかまだ終わっていなかったなんて…

 

 それに一番気になるのは、足りていない数は『一つだけ』ってこと。

 

 一度にあの量の祟り神が発生したのに、何かの偶然で一つだけ祟り神にならなかったとは考えにくい。間違いなく、あの時に全ての欠片が祟り神と化しただろう。

 

 だからこそ思う、足りないのには何かの理由があるじゃないかと。

 

 祟り神になれない特殊な理由があった…?

 

 それともレナさんの時のように、何かが原因で他の土地に移動してしまった…?

 

 どちらにしろ、そう簡単には見つからないだろう。

 

 大量にある欠片の中から、一つ……なら見つかるかもしれないが、場合によっては世界中からこんな小さな欠片を探さなきゃ行けない可能性もある。

 

 そうなるとドラゴンレーダー的なやつでもないと無理だな。

 

 蓮太「まぁ、それでも大きく進展した事には変わりはないから、ため息を吐くほどじゃないと思うけどな」

 

 将臣「そうだな、この欠け具合だと……多分、あと一つくらいだろうしね」

 

 レナ「そうであります。残りはあと一つなんですよ」

 

 そのあと一つがな…と思うが、そんなふうにいつまでもじれじれ落ち込んでいてもしょうがない。

 

 将臣「……うん。そうだ!あと一つみつければいいんだ!」

 

 少しでもポジティブに考えよう。そうして少しでも頑張って探さなきゃ、この大きな憑代から祟り神が発生…なんてことも考えられる。

 

 昨日のアレよりも強力な祟り神とか………もはや絶望に域だな。

 

 将臣「そうだ!今さらだけど、レナさんの耳鳴りはどう?」

 

 レナ「本当に今さらでありますねー」

 

 そう言って笑顔を見せるレナさん。あれだな、レナさんって笑顔が眩しくて可愛いな。

 

 レナ「今日はヘーキですよ。順調快調絶好調であります」

 

 喋り方も可愛い。今思えば周りの女性の平均レベルが高すぎだろ。

 

 蓮太「そっか、そりゃ良かった」

 

 レナ「ちなみにこれは、もうあの時のように点滅したりしないのですか?」

 

 将臣「いや、それもよくわからないんだ」

 

 憑代は強くなり、欠片も一つ分ない……となれば、また信号とか何かしらの反応があっても不思議ではない。

 

 まぁ、無反応のままなんだけど。

 

 レナ「前回のは『呼びかけ』でしたよね?」

 

 蓮太「そうなるな」

 

 レナ「では、『呼びかける必要がないほど近くにある』ということではありませんか?」

 

 将臣「そうなのかな?」

 

 ……!?

 

 レナさんの言葉を聞いて、何かが頭の中を駆け回る。

 

 あれ……?なんだ?呼びかける必要がないほど近くに……?

 

 なんだろう…この違和感…

 

 レナ「レンタ?どうしたのですか…?そんなに真剣に憑代を見て…」

 

 蓮太「……レナさん。それは大きなヒントかもしれない」

 

 レナ「え?それはいったい…」

 

 俺はこれまでの会話と状況を思い出す……

 

 憑代は綺麗な球体。

 

 しかしその球体には欠片一つ分くらいの欠けが。

 

 そして遠くにその欠片があった場合、憑代は信号を発していた。

 

 でも今は無反応。

 

 レナさんは言う、信号が必要ないほど近くにあるのではないか……と。

 

 そこで思い出したのは、初めて憑代が赤く光った時。

 

 操られた朝武さんは欠片の場所ではなく、最初だけ将臣の部屋に……いや、将臣に近づいた。

 

 間違いなくこの、『将臣に近づいた』が今回のキーだ。

 

 なにか将臣に関する俺の知らない過去を誰かが話していたような……

 

 確か…………

 

「小学校に上がった頃かな?川で遊んでいたら、足がつったとかで溺れちゃってさ、子供でも普通に足がつく場所だったんだけどね」

 

 …………廉太郎!

 

「確か…前歯を折ったんだ。んで、折った前歯や川底の石を水と一緒に飲み込んで、さらにパニックになって…あの時は本当に大変だったな、あはは」

 

 

 折った前歯と川底の…………『石』!?

 

 蓮太「………ッ!?」

 

 将臣「どうかしたのか?」

 

 蓮太「いや…可能性の話だが……レナさんの予想が当たっているなら、心当たりがある」

 

 レナ「その心当たりとは…」

 

 その時、どこからともなくムラサメの声が聞こえてくる。

 

 ムラサメ「ご主人ー……おお、おったのか」

 

 レナ「あっ、ムラサメちゃん。おはようございますですよー」

 

 ムラサメ「うむ、おはよう……となんだご主人、まだ憑代を見てため息を吐いておったのか?」

 

 将臣「さっきまではな…でも、もうやめた。あと一つなんだから、前向きに頑張って最後の欠片を探すことにする」

 

 ムラサメ「うむ。それがよい。では行くとするか」

 

 将臣「行くって……どこに?」

 

 ムラサメ「最後の欠片を回収しに、だ」

 

 そこで俺はピンときた。

 

 わざわざムラサメが将臣を連れて行くってことは…

 

 何かしらの方法があるんだろ?将臣の身体から、もしくは魂から、欠片を取り出す方法が。

 

 蓮太「当たってそうだな」

 

 ムラサメ「蓮太も……同じ推測のようだな」

 

 蓮太「気づいたのはついさっきだし、レナさんのおかげだけどな」

 

 将臣「いや、二人して何の話をしているんだ?」

 

 蓮太「俺もまだ何をするかはわからない、けど…とにかくムラサメについて行けばわかるさ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして俺達が向かったのは、神社の中。

 

 そこには巫女服を着た朝武さんと何かの準備をしていた常陸さんがいた。

 

 姿を見ないと思ったらここにいたのか。

 

 芳乃「ムラサメ様、準備は整っています」

 

 レナ「準備?」

 

 将臣「そもそも、神社で一体何をするつもりなんだ?」

 

 そんな質問をする将臣の前に、ムラサメが立つ。

 

 ムラサメ「言ったであろう?欠片の回収だと」

 

 そう言って一呼吸おいてから、ムラサメは再び口を開く。

 

 ムラサメ「そもそも不思議だったのだ、何故吾輩に触れることかできるのか。何故ご主人まで欠片に意識が引き寄せられるのか」

 

 蓮太「祟り神や穢れに反応した時、朝武さんとレナさんはわかるんだ。片や耳が、片や頭痛や耳鳴り。それらは欠片の長期維持や特殊な理由があるからだ。けど将臣にはそれはない」

 

 いや、実際には将臣にもこの事例が当てはまるから、それはないってのは間違っているな。

 

 ムラサメ「そう、それら全てはまず有り得ない話だ」

 

 将臣「……それが…どうしたの?」

 

 ムラサメ「鈍いのう、ご主人。蓮太は既に答えに気づいておるぞ?少なくとも、今日吾輩に会った時点でな」

 

 将臣「そうなのか!?」

 

 蓮太「考え出したルートはムラサメとは違ったけどな。最後の欠片は…」

 

 そうして俺は、右手の人差し指で将臣の方を指す。

 

 蓮太「お前の中にあるんだ、将臣」



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57話 達成した目標

 

 将臣「俺の中に…!?」

 

 俺は将臣に指を差して言葉を続ける。

 

 蓮太「そう。将臣の中にあると思ってる」

 

 将臣「いや待ってくれ、どうしてそんなことに…」

 

 蓮太「将臣、お前欠片を食べたりしたことないか?」

 

 将臣「食べるわけないだろ、石なんて」

 

 まぁ普通はそう反応するよな。

 

 蓮太「わかった、言い方を変えよう。意識してない間に欠片を身体に取り込んだ可能性は?」

 

 将臣「え?まあ…昔は山で遊んだりしていたから、なにかのキッカケでってことも…」

 

 子供の頃を思い出しているのか、色々と将臣は考えているようだが、あのシーンを思い出してはいないようだ。

 

 茉子「そういえば…以前、川で溺れて水を飲んだと言っていませんでしたか?」

 

 常陸さんが先に気づくのかよ。まぁ、この人はこの人で察しが良すぎるからな。

 

 将臣「確かに……あの時なら…でも、仮にそうだったとしてどうやって取り出すんだ?」

 

 蓮太「知らんっ!」

 

 茉子「あは…そこで胸を張られましても」

 

 やれやれといった雰囲気でムラサメがその方法について説明をする。

 

 ムラサメ「よいか?欠片は肉体ではなく、魂に取り込まれておる。とはいえ異質な存在だ。完全に融合しておるわけではない」

 

 ふむ。だからまだ取り外すことができるってわけだな。やっぱり結構大掛かりな術式的なものが必要なんだろうか?

 

 ムラサメ「ここまで揃った憑代があれば、ご主人が語りかければ勝手に剥がれるであろうよ」

 

 めっちゃ楽勝だった。

 

 将臣「語りかけるって……元に戻れって思うだけでいいのか?」

 

 ムラサメ「うむ。強く気持ちをぶつければよい。そのための準備も整えてとるしな」

 

 そのための準備……?穢れが出てきたら…みたいな事か?

 

 蓮太「そういやさっき、朝武さんがなんか準備がどうたら…とか言ってたな」

 

 芳乃「はい。ムラサメ様に言われて舞を奉納したんです」

 

 蓮太「あぁー…、穢れを祓ったってことね」

 

 ムラサメ「そう、今この部屋は穢れが祓われ、吾輩の力で神力を濃くし、より剥がれやすくなっておる」

 

 ふーん…じゃあ、本当に後は将臣次第って事か。

 

 茉子「それでは、有地さん」

 

 レナ「頑張ってください、マサオミ」

 

 蓮太「しっかりやってけよ!」

 

 そう言って俺は将臣の背中を後押しするように叩く。

 

 将臣「あ、ああ、わかったよ」

 

 常陸さんから将臣に渡される憑代。正直まだ自分でも将臣が取り込んでいるなんて信じられないが、そう考えた方が辻褄が合う事が多いのも事実。

 

 今さら考えたところでしょうがない。今はただ…

 

 将臣は憑代を受け取ると、その手で憑代を鷲掴みするようにして瞼を閉じる。

 

 俺はその動きを見ながら、半ば祈るような気持ちでいた。

 

 最後の欠片が将臣の中にあるのなら、必ず上手くいってほしい。

 

 それは俺だけの願いではないはず、ここにいるみんな…いやこの呪いに関わるみんなそうだろう。

 

 頑張れよ、将臣。俺はそばにいてやることしか出来ない。

 

 協力してくれたみんなのため、犬神となってしまった獣のため、将臣自身のため、朝武さんのため

 

 常陸さんのため…

 

 こんな呪いなんか、終わらせちまえ。

 

 みんなが笑えるように、それは…その憑代に宿ってる贄にされた獣も含めてだ。

 

 誰も恨まない、誰も苦しまない。

 

 そして普通の生活を………

 

 その時、将臣に握られた憑代が、白く眩く強烈な光を放っていた。

 

 将臣「熱っ…!?」

 

 黒くも赤くもない。不信感を抱かない…というよりも、どこか温もりすら感じるほどに綺麗な白い光。

 

 そして、その憑代は……

 

 将臣「本当に……埋まってる」

 

 将臣は小さな水晶玉のような憑代を、手の中で転がしてみる。

 

 その球体には俺から見てもわかるように、割れ目はどこにもなく、完全に欠けた場所は消えていた。

 

 芳乃「本当に、憑代が全部……」

 

 茉子「揃ったんですよっ!芳乃様!」

 

 レナ「おめでとうございます!」

 

 念願の願いが叶い、ある人は呆然とする。この呪いが解けたってことに思考が、心が追いついていないんだろう。

 

 ある人はとても無邪気に笑う。呪いが解けたことによって自分の護るべき人がもう苦しまなくてもいいからだろう。

 

 ある人は眩しい笑顔でその二人と共にはしゃぐ。呪いが解けて二人がこれで解放されることになったのが自分の事のように嬉しいのだろう。

 

 蓮太「これで…終わったのか?」

 

 ムラサメ「絶対にとは言えん。憑代を集めれば、というのは吾輩の推論だからな」

 

 ムラサメ「まだしばらくは様子を見る必要があると思うが…おそらくは大丈夫だ」

 

 その安堵した表情は、気休めで言っているわけではないことが伝わってくる。

 

 ムラサメ「あとは、この憑代を安晴に言って祀ってもらえばよい。さすれば、呪詛として使われていた力も、加護として使われるであろう」

 

 将臣「そうか…」

 

 みんながみんな心の底から喜んでいる。そうか、俺はこの笑顔のために頑張っていたのかな。

 

 一つだけ気になることがあるけど…それはまた今度聞けばいいか。

 

 今はこの幸せを心の底から感じよう。

 

 芳乃「わ、私、お父さんを呼んできますね!」

 

 大慌てで安晴さんを呼びに行った朝武さん。戻ってくる頃には、安晴さんは最初に出会ったような神社の正装に着替えてきていた。

 

 そして静かに祈祷を捧げる。

 

 その清らかな鈴の音を聞きながら、この気持ちを抑えようとする。

 

 今本当に、誰よりも喜びたいのは、きっと………

 

 安晴「これで、祈祷はおしまいだ」

 

 祈祷を終えた安晴さんがこちらに振り向き、ニッコリと笑ってくれる。

 

 安晴「これから毎日、祈祷を行うから安心してほしい」

 

 将臣「よろしくお願いします」

 

 安晴「これも神主の仕事だ。それよりなにより……今まで何の役にも立てなかったんだ」

 

 安晴「本当に、巻き込んで申し訳なかったね」

 

 将臣「いえ、巻き込まれただなんて思ってませんよ」

 

 俺も違うと返事をする。

 

 将臣「というよりも、ムラサメちゃんと言う通りだったな」

 

 将臣「本当に、運命だったのかもしれないって」

 

 俺にはそれが何時の言葉なのかはわからなかったが、言おうとしていることは何となく理解することができた。

 

 ムラサメ「そうだな。ご主人だけでなく、ここにいる全員がこうして出会えたのは、運命だったのだ」

 

 レナ「それは、私もでありますか?」

 

 蓮太「当たり前だ、レナさんが欠片を持っていなけりゃ、今揃うことはなかった」

 

 レナ「そう言ってもらえるのは大変嬉しいですね、ふふ」

 

 それに…俺があの祟り神達とまともに対峙できたのは、みんなのおかげだ。

 

 その中でも、レナさんは大きかった。

 

 レナ「わたしも、皆さんと出会えて嬉しいです!これからも、よろしくお願いしますね!」

 

 その言葉を聞いた朝武さんと常陸さんが、私達もと、感極まってやや叫ぶように返事をする。

 

 なんだか、泣きそうになるな。思えば最初の方から、俺達は随分と変わった。

 

 蓮太「フフ…」

 

 なんだかおかしく思えてきて鼻で笑ってしまう。出会ったばかりの頃は酷く突っぱねられていたからな。

 

 安晴「うんうん」

 

 安晴さんも思うところがあるんだろう。その目には言い表せないような温かさがあった。

 

 芳乃「な……なに、お父さん。妙に生暖かい目で…どうかしたの?」

 

 安晴「いやなに、嬉しいだけだよ。あの芳乃に……こんなに親しい友達ができて」

 

 そういえば…安晴さんはどんなときも、常に朝武さんを思っていたな。

 

 それだけ心配だったんだろう。それだけ我が子に申し訳なく思っていたんだろう。

 

 それだけ我が子に普通の幸せを味わって欲しかったのだろう。

 

 安晴「今後とも、どうか娘をよろしくお願いします!」

 

 安晴さんが深く頭を下げる。いつもなら、少しこういうのは苦手なんだが……今はいいか。

 

 芳乃「お父さん!恥ずかしいことをしないでよ、もうっ!」

 

 安晴「い、いや、親として当然の挨拶をしたまでで…」

 

 芳乃「それが恥ずかしいって言ってるの!」

 

 安晴「そ、そうかな……?何にしろ、本当によかった……よかったよ、芳乃…!」

 

 その言葉から、その姿勢から、心の底から喜んでくれているのが伝わってくる。嬉しかった。頑張った甲斐が有るというものだ。

 

 でも……それと同時に……羨ましかった。

 

 本当に、今にも泣き出しそうなほど感動をしている安晴さん。

 

 その表情をしてしまうくらいの努力が、苦労があったのだろう。きっと俺なんかには想像もできないような想いを抱えているのだろう。

 

 出来ることなら、数十年早く生まれて、もっと早くにこの呪いを……

 

 なんてことを思う。色んな感情が押し寄せてきて、俺は黙っていることしかできなかった。

 

 安晴「ああ、そうだ。今後といえば、将臣君」

 

 将臣「はい?なんですか?」

 

 安晴「将臣君は、今度はどうするのかな?」

 

 あっ………そうか。

 

 安晴「元々呪詛のせいで穂織に留まってもらっていたわけだから、もうここに縛られる理由はなくなる」

 

 芳乃「あ…………」

 

 茉子「そう、なんですよね。有地さんは、戻ることができるんですよね」

 

 レナ「……?戻るとはどういうことでしょう?」

 

 そうか、レナさんは知らないのか。

 

 蓮太「将臣は……というよりも、俺と将臣は、元々穂織の人間じゃないんだ。場所は知らないけど、将臣の暮らしていた家は、もっと遠くにあるんだ」

 

 レナ「では、マサオミは穂織から去ってしまうのでありますか?」

 

 蓮太「さぁな。それは俺に聞くべき質問じゃないだろ?」

 

 レナ「では、レンタも去ってしまうのですか?」

 

 蓮太「俺は……」

 

 その時、一瞬考えが浮かんだ。

 

 別に俺は朝武家に引き取られているんだから、悩むことは無い。悩まなくてもいいんだが……正直迷惑にならないだろうか?今は誰も言ってこない…

 

 ってそりゃそうか、朝武家の人からしたら、自分から引き取っているんだから。

 

 それに俺は帰っても居場所はない。こっちで過ごした数ヶ月の方が十分結意義だった。

 

 蓮太「俺はともかく、将臣だ」

 

 将臣「それは…ええっと…」

 

 言葉に悩む将臣。そりゃそうだ、大事なこととはいえ、すぐに答えを出すことは難しいことだろう。

 

 ムラサメ「まあ、それは今話しても仕方なかろう」

 

 茉子「確かにそうですね、すぐに決めないといけないことではありませんから」

 

 安晴「先走ってしまって申し訳ない。ウチの事なら気にしないで。遠慮なく居てくれていいからね」

 

 その言葉は俺にも向けられた言葉だった。

 

 俺はその言葉に甘えてもいいのだろうか。

 

 そりゃまだわかってないことは沢山ある。何故ムラサメが見えるのか。山河慟哭と俺の関連性。欠片に触れられなかった理由。心の力の謎。いつかみた三つの夢の内容。

 

 軽く考えただけでもこんだけあるのか。

 

 でもぶっちゃけ、知らなくてもいいっちゃいいんだよな。気になりはするけども。

 

 将臣「ありがとうございます」

 

 俺って……一体何なんだろう…?

 

 そして、将臣はどうするんだろう…?

 

 

 

 

 俺は、どうしたらいいんだろう…?



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二章 恋煩い編
58話 これからの選択


 

 あれから俺は、将臣と一緒にこれからについて考えていた。

 

 将臣の部屋でたまに喋ったりして、お互いに悩む。

 

 蓮太、将臣「「………」」

 

 ムラサメ「どうしたのだ、二人とも。さっきからぼーっとして」

 

 蓮太「ムラサメ…」

 

 将臣「いや…ちょっと考え事をな」

 

 本当に、どうしたらいいんだろう。

 

 確かに気になっていることは沢山ある。けれど、別にそれを知りたいとはあまり思わない。

 

 となれば、このまま俺は朝武家のみんなにお世話になってもいいのだろうか?

 

 俺も、将臣と同じで、あの家に留まる理由はないんだよな。

 

 いや…元々俺がいる必要はなかったのか…?

 

 ……そう考えるのは止めておこう。

 

 そもそも、俺があの家に今までいた理由は自分のあの刀の謎を知る為だった。それを途中で俺が変えたんだ。

 

 そんなことを悩んでいると、将臣があるひとつ話題を振ってくる。

 

 将臣「あのさ、今更なんだけど気になることがあるんだ」

 

 蓮太「気になること?」

 

 将臣「俺の中にはもう欠片がないってことは……ムラサメちゃんが見えなくなったりするのか?」

 

 将臣「俺は欠片があったから、ムラサメちゃんの姿が見えて、触れることもできたんだよな?」

 

 ムラサメ「今こうして会話が出来ているということは、今すぐ変化は現れまい。欠片の影響が消えるとしても、先の話であろうよ」

 

 蓮太「レナさんと同じって事か」

 

 そうか…でも、いつかはムラサメが見えなくなったりするのか。

 

 将臣「それはよかった。今更ムラサメちゃんとの関係が変わるだなんて悲しいからな」

 

 ムラサメ「ふむ。しかしご主人、見えなくなるだけでなく、吾輩が務めから解放される可能性もあるのだぞ?」

 

 蓮太「それは……」

 

 確かに、呪いが解けたのなら、もう管理者としての役目は終わりだ。

 

 将臣「ムラサメちゃん、いなくなるのか?」

 

 ムラサメ「さてな。吾輩は神の使いとしてこの世に留まっておる。もしかしたら、普通の人間としての死を迎えるかもしれんし、他の役目を与えられるかもしれん」

 

 蓮太「………」

 

 ムラサメ「そう寂しそうな顔をするでない。ご主人達とはすでに浅からぬ縁がある」

 

 ムラサメ「ちゃんと幸せになれるかどうかぐらいは見守ってやるとも」

 

 俺はどう返事を返したらいいかわからなかった。

 

 そして記憶から蘇る。あの日の夜、ムラサメが一人月を見上げていたあの夜を。

 

 ムラサメ「神とて、それくらいの望みは許してくれるであろうよ。じゃからなご主人、蓮太。早く吾輩を安心させてくれ」

 

 将臣「むしろムラサメちゃんがいなくなるなら、幸せになれないじゃないか」

 

 ムラサメ「わはは。嬉しいこと言ってくれるが、吾輩を言い訳にするな」

 

 ……ムラサメはどうしたいんだろう。普通の人として生きたいのだろうか。

 

 わからない。なんせ数百年もの間、一人残り続けたんだ。そんな彼女の背負ってきたものは俺なんかには想像もできない。

 

 それを捨てたいと思うのだろうか。

 

 将臣「にしても、欠片を取り込んでおいて、よく無事だったな、俺」

 

 蓮太「確かに、下手をしたら将臣が祟り神と化する…なんて事も有り得たかもな」

 

 ムラサメ「うむ。あったかもしれんな。ご主人が負の感情に取り憑かれれば、ご主人の魂も穢れた可能性はある」

 

 ムラサメ「つまり、心の底から憎しみを抱くようなことはなく、幸せに周りに育てられたということだな」

 

 将臣「周りに……」

 

 蓮太「………」

 

 幸せに………か。俺は……

 

 ムラサメ「小難しい顔をしておるのう、二人とも。気分を変えるためにも夜風に当たって頭を冷やしてみてはどうだ?」

 

 ……………そうだな。外に出てみるか。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ムラサメの言葉に従って、夜風に当たる事にした俺達。

 

 将臣は、何やら竹刀を持ってどっかにいってたけど落ち着かないんだろうか?

 

 そんな将臣を横目に、俺はとりあえず家から出た。

 

 日は完全に落ちていても、風はそれほど冷たくない。

 

 蓮太「もう夏も近いかな…」

 

 なんて考えながら適当にぶらつくものの……

 

 蓮太「いまいち考えがまとまらないなぁ…」

 

 確かに、俺は家から出なくてもいいと言われたけど…そりゃ向こうは拾った手前捨てられないだけで、正直俺はお役御免…

 

 いつまでもあの家にいる訳には行かないし…でもせめてあの刀のことくらいは調べてみた方がいいのか…?安晴さんも最初に大切に保管されていた刀って言ってたし……朝武家にとってはあれも大切なもの…

 

 蓮太「うーん」

 

 茉子「………?竹内さん?どうしたんです?こんなところで」

 

 あら…変なところでばったりと……今から帰るところなのか?

 

 蓮太「あぁ…常陸さん、まぁ…散歩してたんだ」

 

 茉子「こんな時間にですか?」

 

 蓮太「ちょっと考え事をね」

 

 茉子「考え事……そうですか」

 

 一言だけ答えた常陸さんは静かに頷いて、それ以上何かを訊ねるようなことはしなかった。

 

 今はその気遣いがありがたい。

 

 蓮太「常陸さんは今から帰るのか?」

 

 茉子「はい、また明日の朝に来ますので」

 

 いつもこんな時間に帰っていたのか……、って……ん?

 

 蓮太「そういや、常陸さんの家ってどこにあるんだ?朝武さん家から近く…とかじゃないよね?」

 

 茉子「ええ、そうですね。ワタシの家は、町の西側の端っこの方です」

 

 蓮太「……割と遠くね?」

 

 茉子「いい運動になりますよ?」

 

 ちょっとビックリしたな……すぐ近く…とまではいかなくても、毎日朝武家の家事とかを手伝ったりしてるから、学院くらいの…それくらいの近くに住んでいるのかと…

 

 蓮太「そこまで遠いのなら、引っ越しとか…ていうか、住み込みの方がよくない?」

 

 俺なんかが家族として迎えられているんだ。立場的には言えることでもないが、あれだけ仲もいいし、それくらいなら二人は軽く受け入れてくれると思うけど。

 

 茉子「そういう訳にはいきません。住み込みだなんて恐れ多いことです」

 

 うーん。まぁ提案してみたものの、気持ちはわかるけれども。

 

 茉子「かといって引っ越しも、アパートもなければ空き家もありませんしね」

 

 蓮太「でも大変じゃないか?」

 

 茉子「特にそんな風に考えた事はありません。歩くのは好きですから」

 

 …

 

 茉子「いいものですよ?特に朝、朝に歩くと季節を感じられます」

 

 蓮太「そりゃそうかもしれないけど、人通りの少ない時間に女の子が一人で歩くだなんて心配になる」

 

 蓮太「送ってくよ」

 

 まぁ…常陸さんの場合は強いけれども、そんなものは関係ないだろう。なんだかんだ言っても女の子なんだ。力で押し切られると勝てない可能性だってある。

 

 茉子「問題ありません。この町には、そんな変な人もいません」

 

 茉子「それにワタシは、忍者ですから」

 

 相変わらずその辺は自信満々というか…自己主張が激しいというか…

 

 確かに心の力が無ければ、俺は常陸さんに惨敗するだろうな。

 

 でも、

 

 蓮太「ばか、それでも心配なのは心配なの。忍者だろうが常陸さんは女の子なんだから」

 

 茉子「……女の子……」

 

 蓮太「いやそうだろ……?え?もしかして、あるの?出会って数ヶ月して実は男の娘だったり?」

 

 もしかして、その胸の膨らみも……人造的な?

 

 茉子「あ、いえ。そんなことは。心も身体も戸籍も生物学上も、全てちゃんと女の子てすとも」

 

 蓮太「まぁ…そうだよな」

 

 そりゃそうだ、今まで戦闘中も、それ以外の時も、何度も抱きしめたり、抱きつかれたりしたけど、その度に少し感じるあの柔らかい感覚は間違いなく、女の子の証だろう。

 

 偽物でなくてよかった。

 

 風呂を覗こうとした時も、ちゃんと下着もあったし……

 

 蓮太「………」

 

 茉子「……竹内さん?たーけーうーちーさーん?」

 

 そこで俺はハッとする、いかんいかん。変な考えは女の子の前では止めないと。

 

 蓮太「あ、はい、なんでありますか?」

 

 茉子「どうしてレナさんみたいな口調に…?それに…鼻の下、伸びてますよ?」

 

 蓮太「え?あ、いや、これは…!」

 

 あぁ、そのジト目が俺の心を揺さぶってくる。可愛い。

 

 じゃなくてーっ!俺はアホかッ!平常心平常心……

 

 アジン……ドゥヴァ……トゥリー……

 

 茉子「何か卑猥なことを考えていたんですね?あは、やーらしー」

 

 アジン、ドゥヴァ、トゥリー、アジン、ドゥヴァ、トゥリー…!

 

 無理やわ!なんでいちいちこんな可愛いんだよ!ちくしょうっ!

 

 いや、それでも負けるな…俺!

 

 蓮太「……別にそんな事では」

 

 茉子「そんな人に送ってもらうなんて、一人で歩く以上に身の危険を感じてしまいますねぇ」

 

 蓮太「いやっ、俺が悪いんだけどさ、流石にちょっと傷つくぞ!?確かに風呂を覗こうとしたりとかしてしまったことはあるけれども!もうしないから!だからやめて………」

 

 茉子「ふふ、すみません」

 

 そう言って笑いながら謝る常陸さん。

 

 あぁ、やっぱりここに来てから、楽しいことがやっと一つだけできた気がする。

 

 常陸さんと話していると、楽しい。

 

 茉子「でも……せっかくですから、お言葉に甘えて、送ってもらってもいいですか?」

 

 蓮太「そりゃもちろんだ!」

 

 

 

 そうして、俺達はいつかのように二人で夜道を歩く。

 

 しばらくは本当に他愛もない話をしていた。そんな話ですらも本当に楽しかった。

 

そして、会話も一段落し、あの鮎の塩焼きを売っている店の辺りを通り過ぎた時、常陸さんが言葉を発する。

 

 茉子「それで……何か悩み事ですか?」



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59話 心の距離

 茉子「それで、何か悩み事ですか?」

 

 会話が途切れたあと、不意にそう聞かれる。

 

 蓮太「え?」

 

 茉子「夜のお散歩ですよ。普段は、そんなことされていませんから」

 

 蓮太「そりゃあ、まぁ……」

 

 茉子「もしワタシでもよければ、お話ぐらいでしたら聞けますよ?」

 

 お話ねぇ…………

 

 蓮太「もしかして…送るつもりが、逆に気を使われてる…?」

 

 茉子「そんな大層な話ではありませんよ。ちょっとした、ただの話題です」

 

 そう言ってニッコリと笑う常陸さん。

 

 悩み事…か。正直に伝えてもいいもんかね。

 

 茉子「それとも……この話題は外した方がいいですか?」

 

 俺の顔を覗き込むようにして告げる常陸さん。その瞳を見て確信するものがあった。

 

 やっぱり、気を遣われているな。

 

 蓮太「いや…別に悩みっていうか…なんというか…」

 

 ……こうして話を聞いてくれようとしているんだ。適当にはぐらかす気にもなれない。

 

 蓮太「前に二人で話したこと…覚えてるか?あのー、鮎を食べた時のこと」

 

 茉子「はい。もちろん覚えていますよ。二人で並んで串焼きを食べて……とてもドキドキしましたからね」

 

 その原因を作ったのは常陸さんじゃね…?って、今はそれはいいか。

 

 蓮太「その時の会話も…覚えてる?呪詛が解けたらってやつ。あの時の答えを、割と早くに決断しなきゃいけなくなったなーって」

 

 茉子「ワタシも、こんなに早くこの時が来るとは思っていませんでした」

 

 蓮太「まぁ実際、あんまり実感がわかないよな。気になることも沢山あるけど……正直思うんだ。このまま朝武家のお世話になってもいいのかなって。この地から出るべきかなって」

 

 そんなことを言いながら上を見上げる。

 

 星たちが優しく煌めいていて、心做しか気持ちが良くなる気がするから。

 

 茉子「ここでの暮らしも悪くないって言ってましたよね?」

 

 あー、確かに言った気がする。

 

 茉子「確か、可愛い女の子がいるから嬉しい、なんて不純な理由でしたね」

 

 蓮太「男ならみんなそうだろ」

 

 俺は……………

 

 蓮太「不純かどうかなんてのは、まぁ一旦置いといて。俺にとってこの穂織で過ごした時間は、とても幸せだったんだ。今まで体験したことの無い、とても濃密な日々だった」

 

 蓮太「元々は山河慟哭の謎を…って話だったけど、呪詛を知っていって、俺がこの穂織にいる目的は自分の中でだんだん変わっていった。正直、今になってみればもう、そんなに俺自身のことは気にしてないんだ」

 

 俺は嘘偽りなく、常陸さんに気持ちを伝える。そんなつもりはなかったが、一緒に話していると、いつの間にか全てを伝えたくなってしまった。

 

 蓮太「常陸さんに救ってもらってから、みんなのためにって思うようになった。そしていざ、その呪いが解けるともうここに留まる理由も無くなる。それで「はい、さようなら」ってのは、なんだか薄情な気がしてさ…」

 

 常陸さんは真剣な表情で話を聞いてくれる。

 

 

 あぁ……温かい。

 

 

 茉子「考えすぎですよ。今さら竹内さんを薄情だなんて思ったりしません」

 

 茉子「些細なことは気にせずに、後悔をしない選択をするのが一番です。その上で“残る”と選択されるなら、それはとても嬉しいことですね」

 

 蓮太「実は面倒だー、とか思ってんじゃないの?」

 

 茉子「思いませんよ!そんな失礼なこと」

 

 茉子「ワタシのことをそんな人間だと思っていたんですか?だとしたら、ちょっぴり傷つきます」

 

 少し拗ねた感じで、ぷいっと俺とは反対側に顔を向ける常陸さん。

 

 あれ…こんなことをするような人だったっけ?可愛いからいいんだけど。

 

 蓮太「ま、冗談半分だ。ごめんな」

 

 茉子「半分は本気なんですか?」

 

 蓮太「まぁ……お世話にはなりっぱなしだからな。手間を取らせているのも事実だ」

 

 茉子「そんな風に考えた事はありません。むしろ嬉しいんです」

 

 そう言いながら、常陸さんは少し身を寄せてくる。

 

 その行動に少し戸惑いながらも、平常心を保ちつつ、俺は話を聞く。

 

 茉子「ここだけの話ですが……有地さんと竹内さんが来てから、朝武家の雰囲気は変わりました。明るくなりました」

 

 蓮太「へぇ〜…」

 

 茉子「以前が重苦しかったわけではありませんが、芳乃様も安晴様も基本的には静かな方ですから」

 

 茉子「今の雰囲気の方がワタシは好きです。それに……料理が美味しいと喜んでもらえるのも、とても嬉しい事ですから」

 

 うん。その気持ちはわかる。明るい雰囲気の方が絶対楽しいし、自分の料理も褒められると嬉しい。

 

 蓮太「そう思ってくれてるのは、ありがたいな」

 

 茉子「芳乃様や安晴様もきっと、同じことを感じていると思います」

 

 茉子「むしろ……“迷惑をかけているから”なんて理由で出ていかれる方が、悲しいですよ」

 

 蓮太「そう……か…」

 

 茉子「もし…“残らない”という選択肢を選ぶとしても、それを前向きな気持ちで選んでください」

 

 蓮太「………」

 

 俺達は、一緒に呪いを乗り越えてきた。

 

 友達……とかじゃなく、もっと深い仲になっているつもりだった。

 

 朝武さんのことも、家族同然と考えていた。

 

 けれどそれは、今までの寂しさからきた、強がりだったのかもしれない。

 

 最後の欠片が集まった時、安晴さんと朝武さんの二人を見て思った。

 

 あぁ…本当に家族なんだなって。

 

 父親ってこんな感じなのかって。

 

 無意識のうちに求めていたんだ。家族を、友達を。

 

 心から信頼できる人を。

 

 やっぱり、一歩みんなから離れている自分がいる。

 

 本当は違うんじゃないか?迷惑になるからって理由じゃないんじゃないか?

 

 

 

 

 

 もう……幸せそうなみんなを見て、傷つきたくないだけなんじゃないか…?

 

 

 

 

 俺は……………

 

 蓮太「わかった。誰かを言い訳にするのはやめる」

 

 茉子「はいっ」

 

 常陸さんの笑顔が目に映る。

 

 ……だめだ。

 

 逃げちゃダメなんだ。俺が遠ざかってちゃダメなんだ。

 

 やっとできた繋がりなんだ。俺は……この深い繋がりを、大切にしたい。

 

 …………よし。

 

 もう、悩まない。

 

 ここに残ろう。ずっととは言わないけど……せめて学院を卒業するくらいまでは。

 

 そしてこんな理由じゃなくて、ちゃんと目的を持ってあの家を出よう。

 

 ………夢を持とう。

 

 そう心の中で決めると、思いのほか胸がスッキリした。

 

 蓮太「ところで……常陸さんの方は?」

 

 茉子「ワタシ?」

 

 あれ…?どうしたんだ?そんな呆けた声出して…?

 

 蓮太「言ってたじゃん、呪いが解けたらしたいことがあるんだろ?」

 

 乙女の秘密……だなんて言われたような気がする。

 

 茉子「あっ、あー…その話ですか」

 

 蓮太「したいことがあるなら、常陸さんも後悔しないような選択をした方がいいんじゃない?」

 

 茉子「そうですね、機会があれば……と言ったところでしょうか」

 

 蓮太「んで、ちなみにそのしたいことって…」

 

 茉子「乙女の秘密です」

 

 蓮太「だーと思った」

 

 まぁ別に無理して言わなくてもいいんだけどさ。ただ、さっきもそうだけど散々助けられてきたんだ。何か恩返しをしたい。

 

 茉子「あは、すみません」

 

 蓮太「今は言えないかもだけど、もし俺にも力になれることなら遠慮しなくて言ってくれ。少しくらいは、恩返しをしたい」

 

 そう言って俺は、笑ってみせる。それが今、俺ができる精一杯のことだった。

 

 茉子「ありがとうございます。そうですね………もし、困ったことができた時には、相談させていただきますね」

 

 うーーん。本当に相談されるかな…?って、そこは別にいいか。もし向こうから頼ってきた時に、ちゃんと力になれれば。

 

 蓮太「………」

 

 よく考えてみれば、俺、常陸さんとそんなに打ち解けられてない……?

 

 仲はいいと思う、多分嫌われてるってこともない……よな?

 

 俺が距離をとっているのか?常陸さんが一線を引いているのか?

 

 いや、事故とかもあって、いい雰囲気とかにはなった。

 

 あの高台での出来事も、あのままだと本気で俺が危ないと思ったからこそだろう。あの時以外で、あんなに寄ったことはない。

 

 イタズラ好きな性格も相まってわかんないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の現状って、俺が一方的に心を開きかけているってだけじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、俺……今思っちゃいけない事を………

 

 だめだ…!やめろ…!考えを無くせ!殺せ!

 

 そう思ってちゃ、本当に誰も信じることか出来なくなる…!

 

 茉子「…?どうか、しましたか?」

 

 急に黙ったからか、常陸さんが不思議そうに尋ねてくる。

 

 蓮太「いや、別に…」

 

 茉子「さてと。ここら辺で十分です」

 

 常陸さんがそう言いだした場所は、街灯もあまりなく、これから少し暗い道に入るようなところだった。

 

 蓮太「…え?でも、ここからはもっと人通りが少なくなるだろ?道も道だから、ちゃんと送るぞ?」

 

 茉子「いえ、ワタシの家はすぐそこですから」

 

 蓮太「すぐそこ…っつったって、山がかなり近いぞ?」

 

 というかこんなに離れた場所から毎日朝武さん家まで行ってたのか。

 

 茉子「だから言ったじゃないですか、端っこの方だって。あの角を曲がれば家まですぐですから」

 

 蓮太「でも、ここまで来たんだから。迷惑じゃないなら、最後まで送らせてくれよ」

 

 茉子「ズルいですね…竹内さん」

 

 あれ…?

 

 茉子「ここで断ったら、迷惑だということになるじゃないですか」

 

 蓮太「こんな人も少ない暗い夜道を、女の子に一人で歩かせるわけにもいかないだろ」

 

 茉子「そこまでご心配頂かなくとも、ワタシは忍者ですので」

 

 なんかこの台詞にも慣れてきたな。

 

 蓮太「忍者かどうかだなんて関係ないだろ?不意打ちで襲われたらどうするんだ」

 

 茉子「それはまあ……そうかもしれませんね。ですが素人の不意打ち程度でしたら…」

 

 蓮太「それは慢心だと思うぞ?どんな時でも、何が起こるかわからないんだから。もしかしたら、相手も忍者かもしれない。常陸さんの場所が悪くて死角から攻撃されるかもしれない」

 

 ……

 

 蓮太「もしかしたら全裸の男かもしれない。性器も何もかも丸出しの。そんなわけわからない奴でも躊躇いなく撃退できます?」

 

 茉子「せ、性器ですか!?そ、それはまあ……暗い道ですから、なんとかできると思いますが……」

 

 …よく考えたら常陸さんのクナイって飛苦無だったな。他の種類も持ってるかもしれないけど、頻度がいちばん高いのは小型のやつだったな。

 

 蓮太「じゃあ、その性器丸出し男にお姫様抱っことかされたらどうすんだ?」

 

 茉子「どうするって……なんですか、その意味不明な変態は」

 

 蓮太「いや変態ってのは常人には理解できない意味不明な趣味とかを持ち合わせているから変態なんだろ?」

 

 茉子「それはそうですが」

 

 確かに自分で言ってても訳分からないやつだけど。

 

 蓮太「だって俺にお姫様抱っこされただけであんなにテンパってたじゃないか。あんな予想外な事態が起こっても冷静な対応ができる?」

 

 茉子「うっ……それを持ち出されると、反論が難しいのですが……」

 

 どもる常陸さんを見ていると、さっきまであった自信が消えていくのがわかる。

 

 想像してみると、実際どうなるかは不安なんだろう。

 

 まぁそんなやつは絶対いないと思うけど。

 

 蓮太「ま、そんなことも男が一緒にいるってだけで、遭遇しにくくなるもんだろ。強いか弱いかだなんて、初対面じゃわかんないんだからさ、男がいるってだけで圧になるもんなんだよ」

 

 茉子「………ですが、今までにそんな変質者が現れたことなんてありませんよ?」

 

 蓮太「今までとこれからは全く違うぞ?前例がないからこそ、いざって時に危険なんだろ。ここは観光地でもあるんだから、少なからず人も集まる。用心しておくべきだ」

 

 蓮太「てか、もうめんどくさいからぶっちゃけるけど、もうこんなところまで来たから最後まで送らせてくれない?」

 

 茉子「……わかりました。ワタシの負けです」

 

 蓮太「よし勝ち」

 

 それから俺達はさらに奥へと歩いていった。

 

 常陸さんの言った通り、角を曲がって少し奥へ歩くと本当に家があった。

 

 蓮太「つか本当に端の方なんだな」

 

 家があるのはあるんだが、道は暗い上に、周囲の家もまばら。

 

 しかもこの先の道は途絶えている。これ以上奥へ進んでも何もなさそうだ。

 

 端の方というか、完全に端だな。

 

 茉子「わざわざここまで…今日は本当にありがとうございました」

 

 蓮太「あぁ、いや、俺が無理言って送っただけだから。それに……まぁ考えていたこともスッキリした…しね」

 

 茉子「お役に立てたならよかったです。ふふ」

 

 常陸さんの「あは」以外の笑いは久しぶりに聞いたんじゃないかな…?

 

 茉子「それでは、おやすみなさい。竹内さん」

 

 蓮太「あぁ、おやすみ、常陸さん」

 

 

 そうして俺は、常陸さんと別れて来た道を戻る。

 

 残ると決断したものの……

 

 それは俺にとって最も辛い決断になるな……と思った。

 

 その瞬間、心から何かが抜けて無くなっていく感覚。

 

 なんかこう……心に中のガラスが砕き割れる……そんな感じ。

 

 あれ………俺はなんで残ろうと思ったんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ……興味無いね。



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60話 一歩

 常陸さんを家まで送った後、俺は入浴を済ませて朝武さんの部屋へ移動していた。

 

 わざわざ、ここに残る。だなんて言うつもりは無いが、婚約の事をハッキリとしたかったからだ。

 

 俺の気持ちは……正直、朝武さんの事は好きじゃない。いやもちろん友達としては好きなんだけどさ。

 

 異性として魅力を感じない訳ではない。朝武さんは容姿もいいし、可愛いところもある。

 

 一番の原因は、俺が恋愛をする気がない。誰かを好きになんてなっていないということ。朝武さんは将臣といい感じだし、朝武さんが将臣の事が好きだと言えば、俺は心から応援するだろう。

 

 となれば今、俺と朝武さんの関係を一度正さねば。曖昧だった婚約話をここで終わらせよう。

 

 そう思いながら、朝武さんの部屋の前に着くと、何やら話し声がしたような…?

 

 やや戸惑いつつも、俺は部屋に向かって声をかける。

 

 蓮太「朝武さん、いる?」

 

 芳乃「竹内さん?どうぞ」

 

 朝武さんに確認を取ってから俺は部屋の襖を開ける。中にいた朝武さんの右手にはスマホが握られていた。

 

 あぁ、電話してたのか。でもわざわざ切ったって訳でもなさそうだし、タイミングはよかったかな。

 

 蓮太「ちょっと話があるんだけど、今いい?」

 

 芳乃「あ、はい。私は大丈夫ですけど…どうされたんですか?」

 

 不思議そうな顔で、キョトンとしている朝武さん。確かに俺から用事だなんてあまりなかったからな。

 

 蓮太「一応はっきりさせておこうと思ってさ、婚約のこと」

 

 芳乃「こ、婚約…ですか」

 

 蓮太「ほら、将臣とはともかく、俺とは結構曖昧だっただろ?だからここてキチンと話を終わらせておこうと思って」

 

 芳乃「そ、そうですよね。いつまでも先延ばしにはできませんよね」

 

 そう言いながら、俺達はテーブルを挟んで向き合うように座る。

 

 蓮太「………」

 

 芳乃「………」

 

 さて、と……どういう風に話を切り出そうか…

 

 何か適当に別の話題を振ってから……って、それはそれで面倒くさいな。

 

 ちゃっちゃと終わらせるか。

 

 蓮太「まぁ、その、婚約の件なんだけどさ……」

 

 んー…。やっぱり言い出しにくいよな。貴女とは結婚できませんって言うようなもんだしな。

 

 けれどしっかりと伝えないと…。嫌いじゃないってことも伝えなきゃ。

 

 そうして俺は意を決して言葉を吐く。

 

 芳乃、蓮太「「ごめんなさい」」

 

 その言葉は朝武さんとも被っていた。

 

 お互いに頭を下げて謝るような雰囲気。

 

 芳乃「竹内さんも…?」

 

 先に頭を上げた朝武さんが驚きながらも声を出す。きっと同じ意見だったのが色んな意味でびっくりしたのだろう。

 

 蓮太「朝武さんもだったんだな。あっ、別に朝武さんの事が嫌いなんて事は思ってないから」

 

 芳乃「私もです!竹内さんの事は嫌いなんて思っていません!感謝もしていますし、一緒にいると楽しいとも思っています」

 

 芳乃「でもこれは……恋ではないと思うんです。むしろ、大切な友達ではないかと…」

 

 多分、朝武さんも俺と同じような感じなのかな。ある意味良かった。

 

 芳乃「ですから、その……大変申し訳ないのですが…婚約の件に関しては…」

 

 蓮太「大丈夫。朝武さんの気持ちはわかった。俺も似たようなものなんだ」

 

 蓮太「朝武さんと過ごしていると、楽しいよ。正直可愛いなと思うことも多々ある。けれど……恋じゃないんだ。俺にとっても…大切な友達なんだ」

 

 自分で言っておきながら、吐いた言葉が胸に刺さる。

 

 大切な友達。

 

 俺は一歩遠ざかっているくせに、そんなことを言っている。

 

 本当に、なんなんだ…!俺って。

 

 そんな俺の変な雰囲気を感じ取ったのか、朝武さんが心配するように質問する。

 

 芳乃「竹内さんは、よく“友達”って言葉を大事そうに口にしますよね。なにか……理由があるんですか…?」

 

 蓮太「理由……」

 

 芳乃「あ、いえ…言いたくないことなのであれば、答えてもらわなくて大丈夫ですよ」

 

 蓮太「いや、別に重苦しいことじゃないよ。ただ、こんなに深く関わった友達は初めてだからさ、大切にしたいだけ」

 

 俺はその質問を適当にはぐらかした。

 

 またか。

 

 蓮太「まぁ、とりあえず…婚約は、解消?ってことでいいのか?」

 

 芳乃「はい。そうですね」

 

 とにかくよかった。朝武さんも俺と同じ感じで…

 

 万が一って事もあるし、変にいざこざができるよりは全然マシだ。

 

 蓮太「じゃあ、これからは大切な友達として、よろしくお願いします」

 

 芳乃「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 そうして俺達は笑い合いながら、友人として新たな一歩を踏み出した。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 玄十郎「結局、鍛錬は続けるということでいいんだな?」

 

 俺達は次の日の朝、いつもと同じように朝の鍛錬にきていた。

 

 将臣「うん、よろしく頼みます。ちょっと身体を鍛えるのも楽しくなってきて」

 

 玄十郎「わかった。では今後もビシバシ行くぞ」

 

 将臣「いや、別にビシバシじゃなくても……」

 

 ということは……将臣は残るってことか。それは嬉しいな。

 

 玄十郎「竹内君の方はどうする」

 

 蓮太「俺は、今日を最後に止めようかと思ってます。身体を動かすのは嫌いじゃないっスけど、暫くは身体を休めたくて」

 

 将臣「そういえば、蓮太って結構怪我とかしてたよな?今は大丈夫なのか?」

 

 蓮太「痛いって程じゃないけど、無理をすれば傷口は開くと思う。最後のお祓いの時もそうだったし」

 

 思い返せば、みづはさんにはお世話になりっぱなしだな。あの人がこの町にいてくれてよかった。

 

 玄十郎「わかった。事実、今はもう鍛錬を続ける理由はないからな。竹内君もやりたいことの一つもあるだろう」

 

 蓮太「勝手な事をして申し訳ないッス。今日までありがとうございました」

 

 玄十郎「こちらの方こそ迷惑をかけた。将臣もそうだが、本当にすまなかった」

 

 そう言って深く頭を下げる玄十郎さん。

 

 玄十郎「刀に選ばれたとはいえ、怪我をさせたりと……ワシは……」

 

 将臣「もういいって、そんなこと気にしなくても。祖父ちゃんに謝られても正直困るから!」

 

 蓮太「そうッスね、気にしなくても大丈夫です。どんな理由があれど、この道を選んだのは自分ですから」

 

 元々は別に関わらなくてもいい事だった。それを自分から突っ込んで行ったんだ。だから、そこに関して謝られる義理はない。

 

 将臣「終わりよければ全てよしってやつだよ。むしろこんな結果を得られたのは祖父ちゃんのおかげだ」

 

 蓮太「そうだな、この鍛錬がなければ、本当に命を落としていたかもしれない。だから、ありがとうございます」

 

 将臣「俺からも、ありがとう。祖父ちゃん」

 

 どんな形であれ、今があるのは、この町の関わってくれた全ての人のおかげだ。

 

 誰かが一人欠けていれば、この結果には辿り着けなかっただろう。

 

 まさに運命だった。

 

 玄十郎「そうか…そうだな」

 

 玄十郎「謝罪を受けてもらうよりも、お前らに感謝をしてもらえる方がワシとしても喜ばしい」

 

 玄十郎「二人には本当に感謝をしている。本当にありがとう」

 

 こうして感謝を述べられるってのも、気持ちがいいもんだ。

 

 本当に、無事に終わってよかった。

 

 蓮太「じゃあ……ほらっ!」

 

 そう言って俺は将臣に向かって竹刀を投げる。

 

 蓮太「最初の頃のお前と今のお前、どれだけ成長したかを見せてやれ!」

 

 将臣「えぇ!?ちょっ!そんな事言われても困るんだけど!」

 

 玄十郎「よしっ、では…やるか!」

 

 そんな流れで俺の台詞を聞いた玄十郎さんが、気合を入れるような声を出す。

 

 将臣「あ、あの…祖父ちゃん!?」

 

 玄十郎「たまには朝から手合わせをしてみるか、将臣!」

 

 玄十郎「お前の成長を、ワシに実感させてくれ!」

 

 将臣「あ、いや、そんなに興奮しなくてもいいからさ…」

 

 俺は二人から距離を取り、少し離れたところで二人を観察する。

 

 玄十郎「きぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 将臣「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして、朝の鍛錬が終わった後、俺は将臣に飲み物を渡すために近寄った。

 

 将臣「怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった」

 

 蓮太「いや、ビビりすぎだろ」

 

 将臣「生きてる……俺、生きてる…」

 

 そんな時、ムラサメがいつものようにスっと現れた。

 

 ムラサメ「どうした?今日の動きは一段と鈍く見えたが…」

 

 蓮太「まぁ、玄十郎さんが張り切りすぎたってことだよ」

 

 将臣「理由は蓮太のせいだけどなっ!!」

 

 まぁ、確かに上機嫌すぎて、たまに笑いながら打ち込んでいたりしていたな。

 

 将臣「祟り神とは別の恐怖があった…」

 

 ムラサメ「今日は一段と気合が入っておったのう」

 

 将臣「気合どころか狂気だよ」

 

 それでも息を整えるのは将臣よりも、玄十郎さんの方が早いんだな。

 

 玄十郎「ところで将臣、鍛錬を続けるということは、ここに残ることに決めたのか?」

 

 あー、それは俺も気になってたわ。ただの予想ってだけで直接的には何も聞いていないから。

 

 将臣「考えたんだけど……少なくとも卒業するまではいようかなって。転校までしたし、今さら焦って戻らなきゃいけない理由もないし」

 

 そうなんだ。結局ほぼ俺と同じか。

 

 玄十郎「それで、巫女姫様との婚約はどうするのか決めているのか?」

 

 将臣「…………………あっ」

 

 こいつさては何も考えてなかったな?むしろお前が本命だろ。

 

 将臣「ちなみに、立場が同じ蓮太はどうする気なの?」

 

 蓮太「だーから、俺は将臣とは若干違うの、朝武家に引き取られている立場なんだから……まぁ、それはいいとして、俺はもう話は済ませた」

 

 将臣「えっ!?そうなのか!?」

 

 蓮太「あぁ。婚約の話は解消したよ。俺と朝武さんはそんな関係じゃなくて、家族でもあり友達でもある。だから俺のことはもう気にする必要はないぞ」

 

 そう言いながら俺は離れたところにフワフワ浮かんでいるムラサメの所へ行く。

 

 蓮太「なぁ、ムラサメ。気になることがひとつあったんだがいいか?」

 

 ムラサメ「どんなことだ?」

 

 蓮太「呪いの事だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ムラサメの表情が変わる。

 

 ムラサメ「…気づいておったのか?」

 

 蓮太「俺が神経質になっているだけ…かもしれないけどな」

 

 だってそうだろ……あの時にムラサメは言ったんだ。

 

『安晴に祀って貰えばよい』って。

 

 蓮太「あの憑代には、まだ穢れが残っているんじゃないのか?」

 

 ムラサメ「何故、そう思ったのだ?」

 

 蓮太「呪いが解けて、穢れがなくなったのなら、安晴さんが毎日祝詞をあげなければいけないって理由がわからない。となった時点でかな」

 

 ムラサメ「そうか…蓮太には話しておこう」

 

 その真剣な声と表情で重大さを察し、ムラサメの隣にある木に俺は寄りかかる。

 

 ムラサメ「正直に打ち明けよう。情けないが、あくまで吾輩は叢雨丸の管理者。呪いに関しての知識は、駒川の者よりも持ち合わせておらぬ」

 

 蓮太「あぁ。そう言っていたな」

 

 ムラサメ「前例のない状況では、何が起こるか吾輩にも想像がつかぬ」

 

 不安はまだ残っている……それはもう確定的だ。

 

 ムラサメ「憑代を集めて、獣の怒りは鎮まった。しかし、憑代に封じられておる怨みまで晴れたわけではない」

 

 ムラサメ「つまり、蓮太の推測通り、穢れはまだ残っておるのだ」

 

 蓮太「やっぱりか」

 

 ムラサメ「そうは言っても、あの神社に祀られ、祝詞をあげることで着実に穢れは祓われておる」

 

 ムラサメ「問題がなければ……そうさな、もう一度砕いたり、叩いたり…」

 

 蓮太「要するに怨みを買うようなことをしなけりゃいいってことか。それにこのまま大人しくしている保証はない……と」

 

 確かにそうだな、そんな背景を考えるとムラサメがハッキリとみんなに伝えきれなかった気持ちも分かる。

 

 ムラサメ「残念ながら…その通りだ」

 

 先にこっちを聞いておくべきだったな。尚更、俺はこの町から離れる訳にはいかなくなった。

 

 蓮太「万が一に備えて、心に留め置いとくか。できるだけみんなには秘密裏に」

 

 ムラサメ「そうだな…芳乃はようやく呪いの重圧から逃れた…できる限りこのようなことを伝えたくはない」

 

 蓮太「あぁ…それがいい。安晴さんも気づいているだろうから、それでも黙ってるってことはそういう事なんだろう。一応伝えておくつもりではあるけどな」

 

 本当は朝武さん同様に、こんなこと言いたくないんだが……

 

 その責務から逃げるわけにはいかない。

 

 どうせ知っているのなら、終わりがあるということを知っていた方が気が楽だろう。

 

 そうして俺は、話が終わった将臣と合流して、三人であの家に帰ることにした。

 

 

 



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61話 何気ない連携

 あれから朝武さん家に帰った後、俺は真っ先に安晴さんの所へ移動して、ムラサメと話した事をそのまま伝える。

 

 蓮太「…ということらしいです」

 

 正直打ち明けにくい所ではあるが、ここはしっかりと伝えとかないとな。

 

 安晴「わかった、教えてくれてありがとう」

 

 すべての話を伝えたあと、安晴さんは特に驚く様子を見せなかった。

 

 蓮太「やっぱり…このことに気付いていたんですか?」

 

 安晴「まぁ…予想くらいはね。でも僕が祝詞を忘れずにあげるだけなら、大したことはないから」

 

 蓮太「その辺は任せっきりになってしまってすみません。よろしくお願いします」

 

 安晴「気にしないで、これも神主の大切な仕事だ。むしろ、今まで力になれなかった分、それくらいは任せてくれ」

 

 蓮太「本当にありがとうございます」

 

 やっぱり、自分の事を引きずっているのかな…?全然力になれていないなんて事はないのに。

 

 安晴「蓮太君は、学生生活を楽しんでくれればいいんだよ」

 

 ニッコリ笑ってそう言ってくれる安晴さん。

 

 その優しさには学ばなきゃなと思うところはある。

 

 蓮太「……ありがとうございます」

 

 そこで思い出す。朝武さんとの結婚のことを。

 

 一応……伝えとかなきゃな。

 

 蓮太「それと……朝武さんとの婚約の事なんですけど」

 

 安晴「その件に関しては、芳乃の方から聞いているよ。蓮太君が口にしずらいだろうからってね。大丈夫、元々は僕が無理強いしたことなんだ。本当に迷惑をかけたね」

 

 蓮太「あ、いえ、それならいいんです。これからは友達として楽しくできたらなって思ってますから。こちらこそすみません」

 

 俺は一礼をしてそのままリビングへと向かった…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 将臣「話は終わったのか?」

 

 リビングへと向かう途中、ムラサメと一緒に立ち尽くしている将臣と鉢合わせた。

 

 蓮太「将臣?こんな所で何してんだ?」

 

 将臣「ムラサメから聞いたんだよ、呪いの事」

 

 え?早速将臣に知られたの?

 

 そう思ってムラサメの方を見る。

 

 ムラサメ「すまぬ蓮太。ご主人も薄々勘づいておったのだ。ついさっき呪いの事を聞かれてな。変に芳乃達に言われるくらいなら…と思ったのだ」

 

 蓮太「…まぁそれならその方がいいか」

 

 確かにそうだ。実際に言うかどうかは別として、その辺の話をあの二人にしてしまった時を想像したら……こちら側に引き込んだ方がいいか。

 

 蓮太「じゃあ、将臣は現状を知っているんだな?」

 

 将臣「ああ、知ってる。何も起こらないことを祈るくらいしか出来ないのもね」

 

 蓮太「ちゃんと秘密にな、いざって時に俺達が動ければいいだけだから」

 

 そんなことを話しながら、俺達はリビングに向かうと…

 

 芳乃「こ、こんな感じでいいの…?」

 

 茉子「はい。大丈夫ですよ」

 

 何か奥の方……から声が聞こえる。

 

 芳乃「それで……こ、こう?」

 

 茉子「そうですね。あ、でも、もう少し火から……」

 

 なんの話をしているんだ…?

 

 そんなことを思いながら時間を見ると……まだ朝食には早い時間だな。

 

 蓮太「というかまだこんな時間だったんだな」

 

 将臣「鍛錬よりも重要な話をしたからじゃない?それか単純に偶然か」

 

 蓮太「にしても……朝武さんがこの時間に寝ぼけていないのは珍しいな」

 

 将臣「確かに…」

 

 朝武さんは朝にかなり弱いからな。大体朝に会う時も服が着崩れしてるし。

 

 茉子「でも本当、急にどうされたんですか?」

 

 芳乃「それはだから、昨日話した通り、ちょっとしたお礼……みたいなもの」

 

 茉子「本当にそれだけなんでしょうかぁ?」

 

 昨日……?そう言えば部屋の前で声をかける直前まで、話し声が……

 

 ムラサメ「二人で何をしておるのだろうな」

 

 将臣「さぁ?」

 

 俺たち三人は不思議に思いながら、リビングの襖を開けようとすると…

 

 茉子「………ッ!?人の気配が……」

 

 芳乃「え!?も、もう帰ってきた!?」

 

 こりゃ隠れて様子を伺うこともできなさそうだな。

 

 別にする気もないけど。

 

 まぁ、何か俺達に知られたくないことをしているようだし、わざとに大声を出しとくか。

 

 蓮太「ただいまー」

 

 茉子「おかえりなさい。皆さん。今日はお早いお帰りで」

 

 リビングに入るなり、いきなり俺達の正面に常陸さんが立ち塞がる。

 

 まるで俺達の視線を塞ぐように。

 

 将臣「もしかして、何か邪魔しちゃったかな?」

 

 茉子「いえ、邪魔などと言うことはないのですが…」

 

 その瞬間に、鼻に香る仄かな良い匂い。

 

 かなり微妙だが、大体わかる。料理の途中なのか。

 

 これは……?卵焼き……?なんか甘そうだけど…………

 

 微妙過ぎてなんとも言えないけど、料理をしているのは間違いないだろう。

 

 そんなことを考えていると、隣で将臣がフェイントを掛けながら常陸さんの奥を覗きみようとする。

 

 身体や頭を左右に動かして必死に頑張っているが、それ以上に素早く、尚且つ上手に将臣の視線を塞ぐ。

 

 将臣「やっぱりなんか邪魔しちゃったのね」

 

 茉子「本当に邪魔というわけではないんですよ。ただ、その……先に着替えて頂きたいなぁ……と」

 

 将臣「それって普通に着替えてきていいの?」

 

 ムラサメ「………」

 

 俺の隣でムラサメがぼけーっとキッチンの方を見ている。

 

 なんだコイツ…ぼけーっとしてる所も可愛いな。

 

 茉子「いえ。出来る限りゆーーーーーーっくり着替えて来て頂けると助かります」

 

 蓮太「わーったわーった。ほら行くぞ、将臣」

 

 茉子「ありがとうございます」

 

 将臣「いや、俺はわかってないんだけど!?」

 

 蓮太「きっと美味い飯でも食べれるだろうから、気にするな気にするな」

 

 そう言って俺は将臣の背中を押して、リビングから出す。

 

 茉子「もしかしてー……?」

 

 蓮太「俺は何も知らない。じゃな」

 

 茉子「あは…申し訳ありません」

 

 そう言って俺もリビングから出る。すると廊下で将臣が一人俺を待っていた。

 

 将臣「それで、一体何を…」

 

 芳乃「ま、茉子ー!次、次、助けてぇ!」

 

 茉子「はーい!すぐに参りますので」

 

 なるほどね、なんでいきなりこんなことを始めたのかはわからないけど……ここは暖かく見守っとくか。

 

 ムラサメ「隠されると余計に気になるのう」

 

 そう言ってムラサメはススーッと奥の方へ壁をすりぬける。

 

 将臣「あっ!ムラサメちゃんずるい!」

 

 蓮太「いーから早く着替えようぜ?」

 

 つか、大体何となく分かるだろ。リビングのあの方向の奥ってキッチンしかないぞ…?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうしていつものように、みんな揃っての朝食。

 

 先程の騒ぎはすっかり収まり、いつも通りの静かな光景が目の前にある。

 

 って、そうか……もうこれが、俺にとってのいつも通りなのか。

 

 とか思いながらご飯を食べるけど……

 

 うん……いつもと変わらないよな…?多分常陸さんの味付けだろう。いつも通り綺麗だし、美味しい。

 

 違いがあればわかりやすいんだが……多分朝武さんが作ったわけではなさそうだな。

 

 将臣「……っと…」

 

 芳乃「はい、有地さん。お醤油、使いますよね」

 

 将臣「ありがとう、朝武さん」

 

 ………?

 

 蓮太、茉子「「…………」」

 

 芳乃「あ……」

 

 将臣「ドレッシングならここにあるよ」

 

 芳乃「ありがとうございます」

 

 嘘だろ…?

 

 安晴「………」

 

 芳乃「有地さん、お代わりしますよね」

 

 将臣「ゴメン、お願い」

 

 芳乃「半分くらいでしたよね」

 

 将臣「ありがとう朝武さん」

 

 えぇ……もう完全に夫婦じゃん。息ピッタリじゃん。もうなんか怖いわ。

 

 茉子、安晴「「ジー…」」

 

 芳乃「な、なに……二人して、ジッと見たりして…」

 

 蓮太「いや、そりゃそうなるでしょ」

 

 芳乃「え?」

 

 あれかな、あまりにも自然な流れすぎて気付いていないのかな。

 

 茉子「いい連携プレイだなー、と思いまして。ワタシが口を出す暇もありませんでした」

 

 安晴「ツーと言えばカー」

 

 蓮太「阿と言えば吽」

 

 芳乃「だからなんなの?竹内さんまで一緒になって」

 

 安晴「二人とも本当に仲良くなったものだと思ってね」

 

 あっ、それはわかる。というか…最初が酷すぎただけなのかもしれないけどね。

 

 茉子「まるで夫婦みたいでしたよー」

 

 あー、イタズラモードだ、常陸さん。

 

 芳乃、将臣「「ふ、夫婦ッ!?」」

 

 茉子「ほら〜。今だって息ピッタリ貫禄バッチリ」

 

 芳乃「な、何言ってるの!ちっ、違うっ、そんな変なこと言わないで!これは一緒に過ごしていれば自ずとわかることじゃない!」

 

 蓮太「ま、なんにしろ二人は仲がいいってことは間違いないだろ。婚約者同士、仲がいいのはいい事だ」

 

 芳乃「……っ!」

 

 意外と満更でもなさそうだな。……やっぱり断っておいてよかった。

 

 安晴「そういえば、また芳乃にお見合いの話がきているんだけど…どうする?今となっては、選択肢は増えたことになるけど」

 

 芳乃「それは………いつも通り、断っておいて下さい」

 

 蓮太「つまり将臣と結婚するってことか」

 

 茉子「え…?」

 

 常陸さんが不思議そうな顔をしてる。……って、あ、常陸さんにはまだ言ってなかったのか。

 

 芳乃「誰もそんなことは言ってません…っ」

 

 蓮太「だってさ、フラれたなー将臣」

 

 芳乃「なっ、そんなことも言ってません!」

 

 蓮太「でも、まぁ事実、1回話してみた方がいいんじゃないか?遅かれ早かれいずれは決めなきゃいけないことなんだからさ」

 

 実際、こんなことはさっさと決断するに限る。

 

 安晴「僕としては別にいつでもいいからね。本人を前にしては言いづらいこともあるだろうし、僕らに聞かれたくないこともあるだろう。だから二人でゆっくり決めてくれればいい」

 

 芳乃「二人で…」

 

 茉子「あのー、お聞きしたいのですが…竹内さんは…?」

 

 蓮太「あぁ俺?俺はフラれた」

 

 芳乃「なっ!」

 

 蓮太「はははっ!冗談だって、ちゃんと話してから、俺達は婚約の話を解消したよ」

 

 そんなこんなで騒ぎながら、俺達は仲良く朝食を食べた。

 

 こういう風にワイワイ騒ぐのも本当に楽しい。

 

 そうしてみんなが朝食を食べ終わった後、俺と常陸さんは特に何も打ち合わせをせずに、洗い物を始める。

 

 茉子「えーっと…」

 

 蓮太「はい、洗剤」

 

 茉子「あ、ありがとうございます」

 

 時間は……まだ全然余裕はあるな。なら、少しゆっくりしても良さそうだ。

 

 蓮太「……」

 

 茉子「あ、布巾はここに」

 

 蓮太「さーんきゅ」

 

 蓮太、茉子「〜〜〜♪」

 

 俺達は各々鼻歌を歌いながら、食器を洗い、後片付けをする。

 

 将臣「……いや、あの二人も人のこと言えないよね?」

 

 芳乃「そうですよね」

 

 安晴「いい事じゃないか。仲がいいのは」



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62話 朝武さんのチャレンジ

 

 後片付けもすっかり終わり、そろそろ家を出ようかと動いた時、常陸さんから声をかけられる。

 

 茉子「あ、そうそう。忘れないうちに、今日のお弁当です、どうぞ」

 

 そう言って布に包まれた弁当を、俺達に差し出してくれる常陸さん。

 

 あの時の常陸さんの反応的にもおそらく……だか、気がついていないことにしておこう。

 

 蓮太「ありがとう。助かるよ」

 

 将臣「いつもありがとう。常陸さん」

 

 まぁ、こいつは全然気付いていないんだろうけどさ。

 

 茉子「いえいえ、お気になさらず」

 

 芳乃「………」

 

 常陸さんの隣で不安そうに俺達を……いや、俺達が受け取った弁当を見る朝武さん。

 

 あえて俺はそんな朝武さんに触れないで、学院へと向かった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 比奈実「そうして、院を警固する西面武士が新たに創設されたわけですね」

 

 そしていつものように授業が始まっていく。

 

 比奈実「北面武士は白河上皇の時、寺社に対抗して創設されたもの」

 

 比奈実「西面武士は後鳥羽上皇の時、倒幕するために創設されたもの、ということです。この二つは両方とも朝廷の警備ではありますが、目的が違うことを覚えておいて下さいね」

 

 俺は全然こういう事には興味が無いんだけど、やっぱりレナさんが誰よりも目を輝かせて授業を聞いている。

 

 飽きないのかな。

 

 レナ「なるほど、お寺と戦うのが白面武士………っと」

 

 茉子「色々混じってしまっていますね…」

 

 ふとこれまでを思い返してみる。

 

 こんな何気ない日常を過ごすのはいつぶりだろう。

 

 呪いの事があったりして、こういう当たり前を過ごすのは……穂織に来てからは初めての気がする。

 

 婚約の事も終わったし……って、やっぱり勿体ないことしたかなぁ…

 

 ……って相手が可愛いってだけだろ。好きにはなっていないのにそんなもので縛るのも縛られるのもゴメンだ。

 

 そんなことを思っていると、授業の終了のチャイムが鳴り、先生が授業を切り上げてみんなが各々と動き出す。

 

 もう昼か……正直退屈で欠伸がでる…

 

 蓮太「ふあぁ〜ぁ……」

 

 廉太郎「やっと終わったなー」

 

 珍しいな、俺の方に来るなんて……

 

 蓮太「んあ?そうだなー…まだもうちょいあるのが面倒だけどな」

 

 折角だ、将臣も誘って三人で飯でも食べるか。

 

 廉太郎「そんな英気を養うための昼休みだろ!」

 

 蓮太「将臣も誘うか」

 

 未だに微動だにせず、不動のように動かない将臣に廉太郎は声をかける。

 

 廉太郎「おーい」

 

 将臣「……」

 

 ん?なんか考え事か…?

 

 廉太郎「おーいってば」

 

 将臣「なんだよ、授業中は静かにしてろよ」

 

 蓮太「何言ってんだ?もう授業は終わってるぞ?」

 

 将臣「え?」

 

 俺の言葉を聞いた将臣は辺りを見渡すが、当然その視線の中には先生はいない。

 

 というかパッと見た感じ教科書を片付けるどころか、既に昼食を摂り始めてる人もいる。

 

 廉太郎「どうしたんだよ?授業でわからないことがあった……とかじゃないよな?」

 

 蓮太「将臣そんなタマじゃないだろ」

 

 将臣「お前かなり失礼だぞ?ただボーッとしてただけだ」

 

 廉太郎「朝からトレーニングのし過ぎじゃないのか?」

 

 将臣「ちょっと考え事をな」

 

 そんな話をしながら、俺達は机を合わせて、常陸さんから受けとった弁当箱を取り出して広げる。

 

 おぉ……見た目はかなり綺麗だぞ?ってまだ予想をしているだけで、誰が作ったかはわからないんだけどさ。

 

 ……いや、朝の朝武さんの雰囲気からして、ほぼ確定なんだけど。

 

 廉太郎「それで、なにか悩み事なのか?」

 

 将臣が今悩むこと……って、やっぱり婚約…か?

 

 廉太郎「よろしい、なにか悩みがあるならば、俺が相談に乗ってやろうではないか」

 

 将臣「あ、遠慮します」

 

 蓮太「ははっ!即答だなぁおい」

 

 廉太郎「なんだよ、その素っ気ない態度……あと、蓮太は笑うなっての」

 

 蓮太「いやっあんな返しが来たら笑うだろ」

 

 お前の将臣からの信用はどうなってんだよ。

 

 将臣「だってなぁ……」

 

 廉太郎「少なくとも。将臣よりは酸いも甘いも噛みしめたことあるんだぞ!」

 

 あーそういえばそんなこと言ってたな。

 

 廉太郎「火消しのコツなら任せろ」

 

 将臣「お前はむしろ大炎上させてるだろ」

 

 廉太郎「人は失敗から色々学ぶもんさ。何か悩み事だろ?言ってみろって、ほら!」

 

 妙にワクワクしながら話すのを待つ廉太郎。まぁ気持ちはわからなくもないけどなー。

 

 蓮太「お前…親切なふりをして、実は楽しんでるな?」

 

 廉太郎「………」

 

 蓮太「はははっ!」

 

 将臣「こっちを見ろよ」

 

 廉太郎「バカ言うな。従兄弟が悩んでるんだとしたら、力になりたいだけさー」

 

 くっそ棒読みじゃねぇか!本当に面白いなぁ…コイツ。

 

 将臣「俺が悩むなんてきっと朝武さんのことだと目星をつけて、聞き出そうとしているわけじゃないんだな?」

 

 廉太郎「………」

 

 蓮太「図星かよっ!ははっ!」

 

 将臣「蓮太も笑い事じゃないって!」

 

 まーまー、そういう事なら確かにそうだな。朝武さんとの関わり…つまり婚約の話ともなると、俺じゃなくても気になるか。

 

 廉太郎「だってお前、やっぱり気になるじゃん!巫女姫様の好きな相手とかさー」

 

 蓮太「どんな時でも女の子のことばっかりなんだな」

 

 廉太郎「若い男が他になにを考えんだよ!ってか蓮太も巫女姫様との婚約者だったよな?」

 

 蓮太「俺はもう違うぞ?朝武さんとの婚約話は解消したから」

 

 その瞬間に廉太郎が激しく驚く。そう、オーバーリアクションと思うほどに。

 

 廉太郎「はぁ!?!?お前マジで言ってんの!?なんで?なんで!?」

 

 蓮太「いや別に異性として好きじゃないってだけなんだが…」

 

 というかそんな大声で騒がないでくれ、目立つから。

 

 廉太郎「わかんねぇー!なんでなんだ!?あんなに可愛い人なんてなかなかいないぞ!?」

 

 蓮太「つーか、俺は元々朝武さんよりも常陸さん派……」

 

 と言いかけている時に、不意に常陸さんの姿が視界に映る。

 

 んー……嫌いではないんだけど…やっぱり距離をとられてるって思った時、傷ついたな。

 

 まぁ、そこに関しては俺は人のことを言えないんだけどさ。

 

 将臣「そういえば、初めて制服姿を見た時もそう言ってたな」

 

 蓮太「というか結局女の子の話になったな」

 

 廉太郎「ほらみろ。もうひとつ気になることができたけど…ほらみろ」

 

 蓮太「ま、教室じゃあ話しにくいこともあるだろ」

 

 廉太郎「俺はいつでも相談に乗るからな」

 

 将臣「その気になれば言う」

 

 と言いながら将臣も弁当を広げる。

 

 廉太郎「そういえばそれ、確か常陸さんが作ってるんだよな?っていうか巫女姫様の分も」

 

 将臣「ああ」

 

 廉太郎「巫女姫様って料理できない人?この間の時はあんまり気にしてなかったんだけど…普段から作ってないとなると、そういうことなの?」

 

 将臣「どうかな……できないって言うほどの経験もないんじゃないかな?全部常陸さんがやっちゃうし……常陸さんができなかったり、手が足りない時は蓮太と二人で全部やっちゃうし」

 

 まぁ普段は常陸さん一人で手が余るくらいだしな。

 

 将臣「前に一度軽く一緒に料理をした時があるんだけど…ってその時は蓮太と常陸さんはいなかったな。その時は下手って言うより、経験不足感があった」

 

 蓮太「へぇ〜……」

 

 将臣「不器用は不器用かもしれないけど……教えればできそうな気がする。裁縫は得意みたいだったから、少なくとも家事は全部壊滅的ってことはないだろう」

 

 さすがだな、朝武さんのことになると情報量がえげつないな。

 

 廉太郎「ふーん、意外だな、それこそ常陸さんがやりそうなものなのに」

 

 将臣「裁縫に関しては、朝武さんの方が上手いんだってさ」

 

 そんな話の流れのまま、将臣は弁当に入っていた卵焼きを一口。

 

 将臣「むぐむぐ……ん?」

 

 蓮太「どうした?」

 

 なんだコイツ?弁当の中の卵焼きを食べた瞬間に……

 

 将臣「いや、別に……なんでもない」

 

 まぁ俺も食べるか……

 

 蓮太「いただきますっと」

 

 そして俺もとりあえず将臣と同じ卵焼きを一口………

 

 蓮太「あむ…………………」

 

 これは………!?

 

 なんか……いつもよりもべちゃっとしてる……常陸さんがいつも作るようなふっくらとした感じではない。

 

 他のおかずも……うん。若干だけど、味付けが違うな。あとよく見ると形が歪なものが比較的に多い。

 

 その瞬間に脳裏によぎる光景は、一生懸命常陸さんのアドバイスのもと、弁当を作る朝武さんの姿。

 

 単なる想像でしかないが、きっとこれは朝武さんなりの努力の結果なんだろう。

 

 蓮太「ふふっ……」

 

 決して不味くはない。普通に美味しくできている弁当だ。

 

 これはきっと将臣も気付いただろう。朝武さんが作ったことまでは気付いているかわからないが、将臣の雰囲気が語っている。

 

 あれ……?なんかいつもと違くね…?

 

 ……っと。

 

 そんなことを考えていた時、何か妙な気配を感じた。

 

 芳乃「………………………」

 

 めっちゃこっち見てる!!

 

 やっぱり朝武さんが作ってて、美味しいかどうかが気になってるのか!!

 

 やっべぇよ!この固まってしまった身体を見られたってことは……なんか変な風に思われたか!?

 

 将臣「ん?」

 

 芳乃「あっ」

 

 多分将臣と目が合ったんだろう。朝武さんの方に目線を移すと、もうこっちを見ないで向こうの女子グループと話をしている。

 

 茉子「ふふふ」

 

 暖かい目で見守るように微笑む常陸さん。

 

 もうなんか面白いし、やっぱり朝武さん可愛いな。

 

 廉太郎「なんだ?」

 

 蓮太「ふふ…っ!」

 

 廉太郎「蓮太もどうしたんだ?急に笑いだして…」

 

 将臣「……………さぁな」

 

 そんな出来事がありながらも、俺達は弁当を平らげるのだった。



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63話 リベンジ

 

 比奈実「はい、今日の授業もおしまいですね。お疲れ様でした」

 

 キンコンと鳴るチャイムの後、先生の言葉と共に俺達は授業という名の地獄から開放される。

 

 蓮太「んーーー……っ!!」

 

 その嬉しさを解き放つように、俺はめいいっぱい身体を伸ばす。

 

 将臣「やっと終わったな」

 

 蓮太「あぁ、まさに釈放でもされたような気分だ」

 

 そんなことを話しながら俺達は廊下に出る。すると溢れる人混みの中に、ふわふわと浮かんでいるムラサメを見つけた。

 

 俺達は人が居なくなった後、ムラサメの方へ向かう。

 

 ムラサメ「おぉ、二人とも、もう授業は終わったのか?」

 

 蓮太「いまさっき終わったところだ……てかこんな所で何やってんだ?別に将臣から離れられない…ってわけじゃないだろ?」

 

 ムラサメ「うむ、だからこうして授業中は別行動をしておるのだ」

 

 別行動つったって……もっと色んなところに行った方が楽しいんじゃないか…?

 

 将臣「別に近くをウロウロしなくても、もっと好きな所へ行ってもいいんだぞ?」

 

 ムラサメ「それは……あまり付きまとわぬ方がよいか?」

 

 蓮太「うわー。将臣君さいてー」

 

 将臣「い、いや、そういうわけじゃない!勘違いするなよ?俺は別に構わないから!」

 

 ムラサメの意外な反応に、将臣も困惑している様子。

 

 ムラサメ「ふっ……わははは!さすがに冗談じゃよ。慌てずとも、別に傷ついておらん」

 

 将臣「お前なぁ、その演技は性格が悪いぞ?」

 

 意外とムラサメって演技が上手いなー。ノリに乗ったけど、普通に演技力高かったわ。

 

 ムラサメ「すまぬ。ご主人の言う通りだな、謝罪しよう」

 

 ムラサメ「だが、ご主人の傍にいたいのは本当のことだぞ。一人でウロウロするのにも飽いておるからな」

 

 まぁ確かに自由に行動しても一人だと寂しいか。

 

 ムラサメ「その気持ち自体は冗談ではない。ご主人が迷惑でなければ、今のままで過ごしたいと思うのだ」

 

 将臣「わかってるよ、ムラサメちゃんにはお世話になりっぱなしだからな。ただ単に、トレーニングとか一緒にいてもつまらないんじゃないかって思っただけだ」

 

 蓮太「あぁ、そうか、今日も鍛錬しにいくのか」

 

 将臣「そうそう。じゃあ、そろそろ行こうか。ムラサメちゃん」

 

 ムラサメ「うむ。では行くか」

 

 蓮太「行ってらっしゃーーー………ぃ…?」

 

 元気よく将臣とムラサメを送り出そうとした時、

 

 何やら教室の扉の方から視線を感じる。

 

 その不思議な視線に将臣も気付いたようだ。

 

 そんな変な感じがする方を見てみると……

 

 将臣「………朝武さん?」

 

 芳乃「ひゃっ!」

 

 逃げた。

 

 メタルスライムの如く逃げた。

 

 しかしその逃げた先から、小さく声が聞こえてくる。

 

 芳乃「き、気付かれちゃった……」

 

 茉子「隠れてどうするんですか、芳乃様。お二人共困っていますよ」

 

 常陸さんの言葉を聞いて、ひょこっと朝武さんが教室から出てくる。

 

 蓮太「あ、戻ってきた」

 

 将臣「どうかしたの?」

 

 芳乃「あの、ちょっと……お尋ねしたいことがありまして……」

 

 そういう朝武さんは何やらソワソワモジモジしている。

 

 あーーー、お弁当ね。

 

 将臣「それは構わないんだけど、時間かかりそう?トレーニングに行かなきゃだから、時間がかかりそうならその後でいいかな?」

 

 茉子「トレーニング、続けるんですか?」

 

 蓮太「らしいよ?なんか、身体を動かすのが楽しくなってきたんだって」

 

 茉子「ということは…竹内さんは続けられないんですか?」

 

 蓮太「まぁね、この辺で止めとこうって思ってさ。身体を動かすのは嫌いじゃないけど……正直、久しぶりにゆっくりしたいし」

 

 ぶっちゃけ料理がしたいんだよなー…ただでさえ普段の食事の準備を自分でしなくなったから、たまにしか料理ができないのが辛い。

 

 芳乃「トレーニング…」

 

 芳乃「あの……トレーニングって、私が見ても大丈夫ですか?」

 

 将臣「まあ……朝武さんがそれでいいなら構わないけど」

 

 芳乃「はい。じゃあ、よろしくお願いします」

 

 お〜…結構積極的にいくんだな、朝武さん。

 

 なんだろう、俺の立場が笑えるよなー…いや〜、気まずいわ〜…

 

 茉子「では、ワタシは先に戻って夕食の準備をしておきますね」

 

 蓮太「それじゃあ、俺も手伝うよ。丁度今、料理がしたくてたまらなかったし」

 

 茉子「本当ですか?では、一緒に準備しましょうか」

 

 さて……と、とりあえずの予定は決まったか…

 

 ムラサメ「もしかして……吾輩も席を外した方がいい展開かのう?」

 

 芳乃「あ、いえ。一人で見ているより、ムラサメ様も一緒にいてもらった方が私としては助かります」

 

 ムラサメ「そうか?わかった。では一緒に行くか」

 

 そうして将臣は、ムラサメと朝武さんを連れて志那都荘に向かっていった。

 

 その後ろ姿を見て思う。

 

 やっぱり俺は、おじゃま虫かなーって。

 

 茉子「それじゃあワタシ達も出発しましょうか」

 

 蓮太「そうだな……って何か買い出さなくてもいいの?」

 

 茉子「はい。今日は家にあるものだけで何とかなりそうなので」

 

 蓮太「じゃあ帰るか」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして、朝武さん家のキッチンにて…

 

 俺達は二人で夕飯の下準備をしていた。

 

 蓮太「今日のあの弁当って、朝武さんが作ったんだろ?」

 

 茉子「どうしてそう思われるんですか?」

 

 蓮太「まぁ味付けとか若干違ったし………何故か卵焼きが甘かった。あれって多分砂糖入れてるだろ?」

 

 茉子「あは〜。お気付きになられましたか?」

 

 まぁ、ぶっちゃけたら朝帰ってきた時にリビングに入った瞬間わかったんだけど……

 

 蓮太「わざとらしいな。すぐにわかったって」

 

 茉子「竹内さんは察しがいいですね〜。早朝、帰られた時に気付いていましたよね?」

 

 蓮太「まぁね」

 

 なんてことを話しながら時間が経ち、夕飯作りも終わりに差し掛かった時、ムラサメだけが帰ってきた。

 

 ムラサメ「うむうむ。しっかりとやっておるようだな」

 

 蓮太「いや…どんな立場なんだよ……って、あれ?朝武さんと将臣は?」

 

 ムラサメ「いくら吾輩とはいえ、あの雰囲気の中に紛れるわけにはいかぬだろう」

 

 蓮太「それだけいい雰囲気だったってことね」

 

 まぁ、気まずいって気持ちは分かる。なんだかんだで俺もさっきはそう思ってたし。

 

 へぇ〜やっぱりこのまま付き合ったりするのかな?あの二人って。

 

 ムラサメ「にしても……蓮太と茉子は随分と軽々と料理をこなすのう」

 

 そう、俺達はもはや、料理の為の会話をしなくとも無駄な動きがないくらいに連携ができていた。

 

 蓮太「常陸さんの動きに合わせてるだけだ。本当は俺はいらないくらいなんだぞ?」

 

 茉子「そんなことありませんよ!竹内さんが手伝ってくれてかなり助かっています」

 

 ムラサメ「そうじゃ!これを機に茉子も蓮太の……って、毎日毎日茉子から弁当を作ってもらっておったな」

 

 あー、そうだね。多分からかいたかったんだろうけど、残念ながらもう既に作ってもらって……

 

 蓮太「じゃあたまには俺が常陸さんの弁当を作ろうか?」

 

 茉子「えっ、大丈夫ですよ!ワタシが自分で作りますから」

 

 蓮太「いいっていいって、いつも頑張ってくれてるお返しだと思ってくれ」

 

 茉子「ご迷惑じゃ……ないですか?」

 

 蓮太「料理は好きだからね。むしろどんどんやってみたい」

 

 ついでに朝武さんの料理もちょっと気になるしね。

 

 ムラサメ「………」

 

 蓮太「お前はなんでニヤニヤしてんだよ」

 

 ムラサメ「微笑ましいのう〜。あっちもこっちも」

 

 蓮太「いや別にそういう意味の好きとかじゃないから」

 

 残念ながら、ムラサメが想像しているような恋心は抱いてないんだなー、これが。

 

 ムラサメ「では、茉子のことは嫌いなのか?」

 

 蓮太「いや…そりゃあ好きさ」

 

 茉子「ッ!?」

 

 蓮太「常陸さんだけじゃなくて、みんな好きだぞ?だからこうして料理を奮ってあげたいって思うし」

 

 みんなのためって思うと楽しいしな。

 

 ムラサメ「あー、いや…そういう意味ではなくてだな…」

 

 茉子「あは。じゃあお弁当…お願いしてもよろしいです…か?」

 

 蓮太「あぁ!任せておくんなまし」

 

 そんなこんなで、常陸さんの分の弁当を作ることになり、俺はみんなで夕飯を食べた後、やることを全て終わらせて明日の弁当のメニューを考える。

 

 窓から外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。

 

 ……というか、冷蔵庫には何があるんだろ…?

 

 しかも朝武さんが明日も弁当を作るって言ったら、使わない方がいい食材もあるんじゃないか?

 

 なんて考えていると、俺がいるキッチンに朝武さんが来た。

 

 芳乃「竹内さん。ここにいたんですね」

 

 蓮太「あぁ、朝武さん。ちょうど良かった、朝武さんって明日も将臣の弁当を作るの?」

 

 芳乃「えっ!?あっ…明日もって……え?」

 

 あっ、そういえば気付いてない振りをしていたんだった。

 

 蓮太「あっ、ごめん。その前にまず…今日の弁当美味しかったよ。ありがとう」

 

 芳乃「た、竹内さんもっ……ですか?」

 

 蓮太「まぁ、朝の時点で気付いていましたね。確信したのは、食べた時だけど」

 

「も」ってことは、将臣もちゃんと気付いたか…。ならいいんだが…

 

 芳乃「すみません…」

 

 蓮太「いやなんで謝るのさ」

 

 芳乃「食べただけでわかるくらい……茉子の作ったお弁当とは違った……ってことですよね…?」

 

 蓮太「美味しかったは、美味しかったよ?まぁ…ほんの少し形がいびつだったけど……ちゃんと心がこもってたら。ありがとう」

 

 多分だけど……将臣に対してはわかんないけど、俺にまで作ってくれたのは感謝……の心じゃないかなって思う。

 

 芳乃「竹内さん…………気持ちが伝わっているのは嬉しいんですが……有地さんにも言われました……形がいびつで、卵焼きもべちゃってしてて、味付けも濃い……と」

 

 あいつまじで遠慮ねぇな。鬼だな。

 

 蓮太「フルボッコじゃん」

 

 芳乃「ですので、悔しくて……それに私もあのお弁当に納得できなくて…もう一度チャレンジすることにしたんです」

 

 蓮太「今度は卵焼きを甘くしないようにしないとな」

 

 芳乃「やっぱりそうだったんですね!?あぁー…!私としたことが…!」

 

 俺からしたら朝武さんらしいうっかりだけどね。

 

 蓮太「そうそう、それで明日も将臣に弁当を作るんだろ?俺も常陸さんの弁当を作ることになってさ、使うものと使わないものを教えてくれない?朝武さんの作ったものを見て作ろうと思うから」

 

 芳乃「い、いや、私に合わせなくても大丈夫ですよ?竹内さんも作りたい品とか、あるんじゃないですか?」

 

 蓮太「卵とかは普通に沢山あるから、別に大丈夫だぞ?それに朝武さんのメニューと外した方が手作り感あるじゃん」

 

 芳乃「手作り感…ですか」

 

 蓮太「あ、あと明日は別に自分で作るから俺の分は考えなくてもいいよ?どうせ俺が人の分も作るんだし」

 

 ここは将臣の分だけを作らせるべきだろう。なんか二人の邪魔をしているみたいで気が引けるし。

 

 芳乃「そうですか、わかりました。では、その……」

 

 蓮太「ん?なに?」

 

 芳乃「明日、アドバイスを……頂けませんか…?」

 

 アドバイス…、まぁまだ不安だよな。

 

 蓮太「全然いいよ?俺でよければなんだけど……また常陸さんの言ったこととは違うようになるかもだけど」

 

 芳乃「大丈夫です!あくまで私が頑張りますから」

 

 蓮太「わかった。なら明日の朝、またここで」

 

 そう言って俺はキッチンから離れて、自分の部屋へ向かう。

 

 芳乃「おやすみなさい。竹内さん」

 

 蓮太「あぁ、おやすみ。朝武さん」

 

 そういって自分の部屋へ移動中に、玄関から家を出ようとしている常陸さんが目に映る。

 

 蓮太「常陸さん?今から帰るのか?」

 

 茉子「あ、はい。そうですよ」

 

 ふと時間を見るとそこそこ遅い時間だった。こんな時間に一人で夜道を歩かせる訳には……

 

 蓮太「送ってくよ」

 



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64話 意外な弱点?

 そこそこ暗い夜の道を、俺達は二人で歩く。

 

 もう何度目だろうな、こうして並んで歩くのも。

 

 いつも通り、何の変哲もない会話をしながらもうすっかり見慣れた場所を進む

 。

 

 茉子「そういえば、竹内さんって実は好きな人とかいるんですか?」

 

 蓮太「ん?なんで?」

 

 茉子「芳乃様のことが嫌いではないのに、ちゃんと別れる。もしや、誰か心に決めた人がいるんじゃないかと思ったのですが」

 

 蓮太「………もしかして、据え膳食わぬは男の恥…みたいに思った?」

 

 俺のその質問に対して、常陸さんは慌てた様子で目を逸らす。

 

 茉子「い、いやっ、それは…その……………………」

 

 茉子「ほんのちょっぴり……」

 

 思ってたんかーーーーい。って覗き事件の事もあるし、そう思われるのも無理はない…か?

 

 蓮太「…」

 

 茉子「同性から見ても芳乃様は綺麗な方ですし、竹内さんは年頃の健康的な殿方ですから、そういう事もあるのでは…?と」

 

 そりゃ、俺にだってそういう時もあるけどさ……なんか、こう…モヤッとするな。

 

 茉子「芳乃様では興奮しないんですか……?あっ………ロ、ロリコンという崇高なご趣味をお持ちで…?」

 

 蓮太「違うわっ!!俺は同年代か少し年上のおっぱいがある人の方がいいですー!」

 

 蓮太「というか、今日はやけに踏み込んでくるね」

 

 夜とはいえ、まさか道端でおっぱいと叫ぶことになるとは思わなかったわ。

 

 茉子「あ……すみません。ちょっぴり気になってしまったので」

 

 少しだけ、しょんぼりしながら言葉を続ける常陸さん。

 

 茉子「芳乃様も竹内さんもお互いを嫌っているわけではないのに………竹内さんは本当にそれでよかったのかな、と」

 

 茉子「もし、その気持ちが一時の迷いで、幸せを逃してしまう結果になってしまっても……と思いまして…」

 

 蓮太「それは違うよ」

 

 俺は苗木君のように常陸さんの言葉をスバっと切り裂く。

 

 蓮太「嘘の気持ちで関係を維持する方が、幸せを逃すことになると思う」

 

 茉子「……」

 

 蓮太「朝武さんは素敵な人だ。それは重々承知してる。でも“好き”とは違うんだよ。なのに婚約者のままだなんて卑怯だろ」

 

 茉子「確かにそうですが…」

 

 蓮太「それに……朝武さんの運命の人は、俺じゃない」

 

 朝武さんを見てればわかる。将臣と話す時は、本当に楽しそうだから。

 

 茉子「………」

 

 俺は主人公なんかじゃないから。穂織の英雄は将臣だ。呪いを解いたのは将臣だ。

 

 朝武さんにとってヒーローは将臣だ。

 

 なんとも言えなさそうな表情をする常陸さん。まぁ…言いたいことはなんとなくわかる。

 

 蓮太「………………わかった。俺の正直な気持ちを伝えるよ」

 

 茉子「え?」

 

 蓮太「ただし、ここだけの話。俺達だけの秘密にできるなら…って条件だけど」

 

 茉子「は、はいっ、もちろんです」

 

 蓮太「約束だからな?」

 

 そして俺は一呼吸おいて……

 

 蓮太「かなり勿体ないことをしたな。って思ってる。それこそ馬鹿なんじゃないかって」

 

 蓮太「もしかしたらもっと一緒にいればお互いに気持ちが変わるかもしれない。わざわざ今すぐに決めなくてもよかったんじゃないか?って」

 

 蓮太「朝武さんはかなり可愛い人だ、スタイルも完璧と言ってもいいだろ?下心だけで話すならあんなに素敵な人を手放すなんて普通はありえないだろ。そりゃ下の方が反応して困る日もあったさ」

 

 一応地味に、無駄な理性があったのかギリギリのところで最低な言葉使いをするのは躱している。言ってる意味は変わんないんだけど。

 

 茉子「あは……想像以上に素直な気持ちですねぇ」

 

 蓮太「そんな邪な気持ちをもって、中途半端な関係を保つよりは、こうした方がこの先お互いにいい関係になれると思ったんだ」

 

 蓮太「俺は…今までの分も、これからは朝武さんにはずっと笑ってほしいから。だから……その役目は勝手に任せてる」

 

 茉子「………」

 

 蓮太「同情してる……わけではないんだけど、あんなに素敵な笑顔ができるのに、最初に会った時はそんな素振りは全くなかったから。それだけで過去を察せる。もうそんな目にはあってほしくないんだ」

 

 蓮太「あいつなら、信じられる」

 

 せっかく自由になったんだ。今まで朝武さんを縛っていたものが、ほんの少しだけなくなった。

 

 朝武さんは今、幸せに向かって歩いてる。

 

 それを邪魔したくない。

 

 俺の下心のせいで、俺の心のせいで、俺の寂しさのせいで、誰かの幸せを奪いたくない。

 

 蓮太「とまぁ……そんな感じ、だから常陸さんが気にしなくてもいいってこと、伝わった?」

 

 茉子「…はい、ありがとうございます。竹内さんの心中、ちゃんと理解しました」

 

 茉子「最初は雲行きが怪しくて、普通にサイテーと思いましたが、最終的には素敵な気持ちだと思いましたよ」

 

 蓮太「まぁまぁ…どう捉えてもらってもいいけど、ちゃんと秘密にしてね」

 

 茉子「はい、わかっています」

 

 俺の情けないお願いに、常陸さんは笑って答えた。

 

 何度この笑顔に心を踊らされただろう。

 

 朝武さんのことは、本当に大切な友達だと思ってる。それはみんな一緒だ。ただ……常陸さんには、別の感情を抱いたことが………

 

 なんて、どうでもいいか。

 

 茉子「変な事を言って申し訳ありませんでした」

 

 蓮太「あぁ、そうだな、おかげで弱みを握られた気分だ」

 

 茉子「あは……すみません。他言はしませんので」

 

 茉子「あと…お詫びと言っては何ですが、ワタシにできることでしたら、何でも言って下さい」

 

 蓮太「なんでもー………」

 

 常陸さんにできること、ねぇ………

 

 俺は何をしてほしいんだろ。何かあるか?

 

 ………

 

 いや、ある。

 

 俺は…………常陸さんとの距離を縮めたい。

 

 普通の友達関係が俺もあまりわからない方だけど、この一歩引かれている感じがイヤだ。

 

 蓮太「俺の弱みと引き換えに、常陸さんの秘密を教えてくれよ。一つでいいから」

 

 茉子「ワタシの秘密?特にそんな重要な秘密は持ち合わせていませんが……」

 

 蓮太「乙女の秘密は?」

 

 茉子「ッ!?」

 

 その言葉を口にした瞬間、常陸さんが驚きで目を剥いだ。

 

 そしてその顔をが赤く染まる。

 

 蓮太「割と気になってたんだよなー……って、なんでそんなに顔が赤くなってるんだ…?え?もしかして…………ちょっとエッチなことだったりする?」

 

 茉子「違います!そんな卑猥なことじゃありません…っ」

 

 茉子「は、恥ずかしい事なので。だから乙女の秘密にしていたわけで………ぅぅぐぐぐぐぐ……」

 

 珍しく身体を大きく捻りながら、常陸さんは唸り声を上げる。

 

 え?いや、別に言いたくなけりゃ断ればいいのに……

 

 茉子「………はぁ」

 

 そんな気持ちとは裏腹に、常陸さんは最終的に諦めたようなため息を吐いた。

 

 茉子「そうですね。竹内さんは正直に打ち明けてくれたんですから、ワタシだけ隠しておくのは卑怯ですね」

 

 蓮太「いや別に無理しなくてもいいですけど…」

 

 茉子「このまま卑猥なことだと思われるのも、それはそれで嫌ですから」

 

 まぁここで話をそらされたら、俺に卑猥なこと認定されて、恐らく未来の俺は常陸さんをこの件でイジるだろう。

 

 茉子「でも正直に言って、ひた隠しにするほど大したことではない、とてもつまらないことですよ?」

 

 蓮太「問題ない」

 

 この手の話に面白さとか必要ないから。常陸さんが一歩……いや半歩でいいから歩み寄ってくれればなって思ってるだけ。

 

 言わないけどね。

 

 茉子「ワタシは、その……………恋を……………してみたいな、って思うことがありまして」

 

 蓮太「………恋愛?」

 

 茉子「………はい。その恋です」

 

 恋………恋かぁ………

 

 常陸さん。めっっっっちゃ乙女だった。

 

 まぁ、恋人が欲しい。だなんて誰しもが思うことだろう。

 

 蓮太「また変わった願いだな」

 

 恋人が欲しいじゃなくて、恋をしてみたいなんだな。

 

 茉子「……そうですよね。あは、お恥ずかしい限りです」

 

 蓮太「あぁ……いや、別にそんな意味じゃなくてだな……常陸さんなら、別に願わなくたってすぐ叶うさ」

 

 茉子「……はい?」

 

 いや、なんだよ……その若干ほおけた顔は…

 

 蓮太「常陸さん、好きな人とかは?」

 

 茉子「す、好きな人はいません。当然恋人もいません。出会いもありませんしね」

 

 茉子「子供の頃から訓練と芳乃様の側でお務めをしてきましたから」

 

 そうか、家事の手伝いやお祓いで、休み事なく毎日仕事。

 

 その事に辛いとは思ってなくても、そういう意味での自由も常陸さんはなかったんだ。

 

 だから、恋愛なんていている暇はなかったんだろう。

 

 蓮太「とはいえ、告白ぐらいはされたことあるだろ?」

 

 茉子「ワタシが?告白ですか?そんな物好き、いるわけありませんよ!」

 

 蓮太「なーに言ってんだか…」

 

 茉子「だからこそ、恋をしてみたいって思ってるんじゃないですか」

 

 あっ、それもそうか……でも。

 

 蓮太「物好きって……常陸さんなら周りの男は放っておかないだろ?可愛いんだから」

 

 茉子「あは、ありがとうございます…」

 

「り」の所で声が裏返ってたけど……

 

 蓮太「嘘じゃないから」

 

 茉子「……そ、そんな真面目な顔でからかわないで下さい、困ってしまいますから」

 

 蓮太「いや、別にからかってるとかじゃなくて、俺の本心だって」

 

 茉子「きょ、今日はなんだが、押しが強いですね」

 

 お互い様だろ……それは。最初はアンタがグイグイきたんでしょうが…

 

 蓮太「んー……だって、常陸さんは恋がしたいんだろ?」

 

 蓮太「可愛いし、家事は万能だし、気が利くし…逆にモテない理由はないだろ。そんな魅力的な常陸さんに惹かれてる人なんてその辺に転がってるわ」

 

 普通に考えて常陸さんはハイスペックだからな。狙わない奴はいないと思う。それこそ物好きだろう。

 

 ……なんか自分で自分をバカにしてるみたいでやだなぁ…

 

 蓮太「だから不安に思わなくても、近い将来叶うって」

 

 茉子「もう十分です。お世辞でもそう言っていただけて、とても嬉しいです………あは」

 

 言わないけど、その「あは」も可愛いポイントだな。

 

 蓮太「いや、お世辞なんかじゃなくてだな……まぁ、少なくとも俺にとっては常陸さんは可愛いし、魅力的な人だ。そう思ってるからこそ、心配ないって言ってるわけで」

 

 茉子「あ、あのっ、お願いですから、もう堪忍して…」

 

 茉子「〜〜〜ッ」

 

 あらら…声だけでわかるくらいに、悶えちゃって……悶えるで合ってるのかな?

 

 蓮太「そりゃ過剰な自信はよくないけどさ、別にそんなに過小評価しなくても……常陸さんが可愛くないとか言ってたら、それこそ刺されたり、呪われるぞ?」

 

 と、俺が常陸さんの方に顔を向けた瞬間、隣で丸太がゴトンと地面に落ちた。

 

 ……………丸太?

 

 蓮太「変わり身……っ!?バカなっ!いつの間に!?一体どこに……」

 

 なんか映画の悪役っぽいことを思わず言ってしまう。

 

 ……俺って厨二気質があるからな……治さないと…

 

 なんて思っていると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

 茉子「ふっふっふ、それは残像です」

 

 そんなことを言ってくるもんだから……

 

 蓮太「なっ!?ざ、残像…!?まさか…、俺はずっと一人で…っ!?」

 

 茉子「そうです!ワタシの残像と、丸太を相手に褒め散らかしていたんですよっ!」

 

 蓮太「なん………だと………!?」

 

 蓮太「っじゃねーよ!どこ行ったんだ!?つかなんで逃げてんだよ!」

 

 茉子「だって竹内さんがおべっか使って嫌がらせをしてくるからじゃないですかぁ!」

 

 なんだよ!その言い方可愛いな!

 

 じゃなくて!!マジでどこにいるんだよ!?

 

 茉子「そんなに褒められたら、いくらお世辞とわかっていても恥ずかしいですよ!」

 

 蓮太「アホー!お世辞なんかじゃないって何度言ったらわかるんだよ!」

 

 茉子「アホってなんですか!アホって!それに嫌がらせは止めてと何度も言ってるでしょうが!!」

 

 茉子「これ以上嫌がらせをするなら、クナイを投げますからね!」

 

 そんな声を裏返しながらクナ↑イなんて言うなよ!可愛い過ぎか!

 

 蓮太「そこまでする必要ないだろ!」

 

 俺は別に嘘なんて言ってないのに……ったく……

 

 このまま本気で投げられても困るし…

 

 まぁ適当な所で引き下がらなかった俺も俺だけどさ……

 

 蓮太「はぁ…わかった。謝るから、とりあえず戻ってきてくれ」

 

 茉子「……」

 

 そして一瞬の戸惑いの後、常陸さんが戻ってきた。

 

 蓮太「俺もちょっと白熱しすぎた、そんなに嫌がってるとは…ごめんなさい」

 

 茉子「いえ……今後は、こういうことを止めて頂ければ、それで」

 

 蓮太「でもこれだけはハッキリと言わせてくれ」

 

 別に嫌がらせとはでは無く、嘘を言ってるみたいに思われるのが嫌だから。

 

 蓮太「俺は本当にお世辞やおべっかを使ってたわけじゃねぇからな?常陸さんは可愛い。ぶっちゃけ朝武さんよりも俺は常陸さん派だ」

 

 茉子「あぅあぅっ………〜〜〜ッッ!?止めてって言ってるのにっ!」

 

 そういって常陸さんは本気で照れながらクナイを構える。

 

 あ、命の危機が。

 

 茉子「なんなんですかさっきから!このままだとワタシ、おだて死にますよ!?ワタシをおだて死にさせるつもりですか!」

 

 蓮太「ちょ!?待て待て!!殺されそうなのは俺の方だっての!そのクナイしまってくれ!」

 

 蓮太「それに嫌がさらせじゃないっての!可愛いから恋なんてすぐにできるってことを伝えたかっただけだ!」

 

 茉子「また言った!?竹内さんは鬼畜です!人でなしです!ワタシが可愛いなら竹内さんはカッコいいです!本当に止めて下さい!」

 

 蓮太「ごっ、ごめっ……って……ん?」

 

 なんか今、変な事言わなかった?

 

 茉子「とにかくですね!そういうことは口にしないで下さい、思うだけにしておいて下さい!」

 

 茉子「いいですね!?」

 

 なんで俺はこんなに脅されてるんだ?ったくもう………

 

 蓮太「わかった、わかった…」

 

 茉子「本当にもぉ………ビックリするじゃないですか」

 

 そんなことを言いながら、唇を尖らせる常陸さん。

 

 顔を真っ赤にして。

 

 ビックリしたのは俺だっての……

 

 茉子「ワタシには、好きな人も、恋人も、まして告白なんてした人もいませんから」

 

 蓮太「あぁ……わかったよ…」

 

 可愛いの言葉にこんなに反応されちゃ嫌でもわかる。少しでも経験があったり慣れがあれば、こんな風にはまずならないだろう。

 

 茉子「それじゃあ、今日はこれで失礼します。わざわざありがとうございました。おやすみなさい」

 

 蓮太「ん?あ、いや、別に送ってくって…」

 

 有無を言わさず、そのまま常陸さんは走り去っていった。

 

 軽く常陸さんの後ろを追いかけてみたが……もうそこの角を曲がれば、すぐに常陸さんの家に着く。

 

 まあ、あの様子なら問題ないだろう。

 

 蓮太「にしても暗いな…」

 

 なんでこんなに整備されていないんだ?

 

 あんな所に家があるのも気になる………まるで距離を作ってるみたいだ。

 

 俺が考えても仕方ないんだけどさ。

 

 蓮太「にしても……今日は面白いものが見れたな。はは」

 

 常陸さん……可愛いかった。

 

 …………?なんだ?この感情。

 

 まぁいいや。

 

 さっさと帰ろう。



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65話 それぞれの気持ち

 

 *

 

 茉子「……はぁぁ……全然集中できない……マンガ、読んでいられない…」

 

 さっきからページをめくるだけで、内容が全然頭に入って来ない。

 

 茉子「まさか……可愛いと言われるだなんて」

 

 本当、ドキドキしすぎて死んじゃうかと思った……

 

 茉子「不意打ちは勘弁して欲しいですねぇ……」

 

 ……。

 

 いやまぁ…不意打ちじゃなくてもきっと、ワタシはドキドキしっぱなしでしょうけど。

 

 茉子「可愛い……魅力的って…」

 

 竹内さんに言われた言葉。慣れないせいか、頭にずっと残る。

 

 今までに近しい人には、言われたことはあったけれど……例えば、制服に初めて袖を通したときなんかの、特別な時。

 

 でも今日はそんな特別な時じゃなくて……竹内さんがワタシに対して可愛いって…………

 

 茉子「ううん、少女漫画でも、殿方が『可愛い』と褒めることはよくあることよくあること…」

 

 そう。だから特別なんかじゃない。

 

 単純に、ワタシが殿方に慣れていないだけ。

 

 漫画によくある『キュン……っ』とは違っていた……はず。

 

 あの、淡い色のトーンを使って、謎の丸いふわふわした感情を出したり、よくわからない五角形のキラキラした感じを出すのが『キュン……っ』

 

 それに比べて、ドキドキには黒ベタで集中線を使うのが基本。

 

 茉子「今日のワタシは集中線っぽかった間違いない」

 

 自分に言い聞かせるように早口で言葉を発する。

 

 そう、今日のは集中線、集中線……

 

 茉子「ふぅ……落ち着けてよかった。危うく、勘違いしてしまうところでしたよ」

 

 でも……ワタシの人生の中で、一番ドキドキしたかも?

 

 今までに感じたことのあるドキドキは、大抵訓練で失敗しそうになったり、祟り神と遭遇したとき。

 

 いわゆる命の危機に面した時だったから……こんな風に、男の人に褒められるなんて…

 

 いや、違います。やっぱりこれは集中線……

 

 そこで、ふと思い出す。明日のお弁当のことを。

 

 竹内さんが作ってくれるお弁当。ワタシのために…ワタシだけに……

 

 茉子「勘違いしちゃダメ…!そんなわけない、そんなわけない……ワタシが恋だなんて」

 

 違う、違う。それに竹内さんもそんなつもりは……

 

 

 俺は本当にお世辞やおべっかを使ってたわけじゃねぇからな?常陸さんは可愛い。ぶっちゃけ朝武さんよりも俺は常陸さん派だ。

 

 

 あの言葉を思い出す。竹内さんが言ってくれた言葉……を……

 

 茉子「……ッ!」

 

 あーもう!なんてことを言ってくれたんですか!そういえば、アホとも言ってましたね!

 

 そんな悪口を言うだなんて!

 

 茉子「………」

 

 茉子「………あは」

 

 あの時の会話を思い出して少し笑みがこぼれてしまう。

 

 って、ワタシは本当にアホな子みたいじゃないですか!

 

 まさか、自分で自分にノリツッコミをしてしまうとは…

 

 この調子だとマズイ…

 

 茉子「はぁ……お風呂に入って、一度頭と気持ちをリセットしよう」

 

 一度完全に心を落ち着かせれば、きっといつもの自分に戻れるはず。

 

 そう、そうしたらいつものように、明日が始まって…

 

 明日…

 

 ……明日のお弁当……少し楽しみ。

 

 *

 

 次の日…

 

 俺はいつもよりも少し早めに起きて、弁当作りの準備を始める。

 

 どんな弁当にしようか……ちゃんと栄養バランスも考えないといけないしな……かといって肉などが少なすぎてもダメだ。

 

 蓮太「さて…」

 

 そうだな…よし、決めた。

 

 昨日の内に準備していたものを使って…彩り鮮やかに、且つ美味しくするためには、あれにしよう。

 

 とアイデアが浮かんだその時、キッチンに朝武さんが来た。しかもいつものように寝起き感は全くない。

 

 芳乃「おはようございます。竹内さん」

 

 蓮太「おっ、おはよう。ちゃんと来たな?ご飯は昨日の内に準備しているから、白飯でいいんだよな?」

 

 芳乃「はい、ありがとうございます。私はまだ基本がダメですので、まず普通のお弁当を作れるようになってから、色々とチャレンジしたいと思っています」

 

 蓮太「そうか…よしっ、じゃあ……始めるか!」

 

 そう言って俺達は、弁当作りを始める。

 

 朝武さんから、軽く常陸さんが言っていたことを教えてもらったけど、特に俺が付け加える必要はなかったから、そのままの事を意識してするように言ってある。

 

 それでもやっぱり慣れがないせいか、少しだけ慌てたり調味料を間違えそうになったりしていたけど、そこはちゃんと指摘しつつ、二人で楽しく弁当を作った。

 

 そして出来上がった朝武さんの弁当は、昨日の弁当よりも絶対に上手く作れていた。

 

 卵焼きもべちゃっとしていないし、ウインナーも抜群の焼き加減だろう。切り込みもしっかりと入れていて、焦げもない。

 

 唐揚げは俺がしっかりと前日に下準備もしたし、キチンと2度揚げもしたから、冷めてもジューシーなものになった。きんぴらと小松菜も見た目はもちろん、香りも問題ない。

 

 それでも本人が一番気にしていた卵焼きも、二人で角の方を食べてみたが、あの感じなら問題ないだろう。出汁の味もしっかり味わうこともできた。

 

 ちなみに俺の作った弁当の方は、味や栄養バランスはもちろん、彩り…つまり見た目にも少しこだわってみた。

 

 まずは昨日から準備していた鮭ご飯。これは人参や余分な油を吸い取ってみじん切りにした油揚げ、しめじを混ぜて、グリルで両面焼きをした鮭を加えて炊飯器で炊いたもの。

 

 もちろん昆布や塩などの出汁や調味料も入れている。

 

 その鮭ご飯の上に、パプリカやいんげんなどを炒めたものを彩り鮮やかに飾った。

 

 しかしこれだけではダメだと思い、もう一品追加で少しハムサンドを作ることにした。

 

 こっちは、厚揚げを手頃なサイズで複数個切って、真ん中に切り込みを入れる。

 

 そして、そのサイズに合わせて切ったハムを挟んで、薄力粉でまぶしたものを醤油と絡ませながらしっかりと焼いたもの。

 

 うん。悪くない。イン〇タ映えも夢じゃないぞ。やったことないけど。

 

 蓮太「よし、納得のいく物ができた」

 

 芳乃「竹内さん…凄いですね。こんな綺麗で可愛いお弁当を作れるなんて…」

 

 可愛い……?綺麗って言われるのは嬉しいけど……まぁ可愛いでも嬉しいか。

 

 蓮太「見た目だけじゃなくて、味も問題なかったし…これなら自信もって渡せるよ」

 

 芳乃「私は、まだ自信がありません…」

 

 蓮太「大丈夫だって!要所要所でちょっとだけ危ないところもあったけど、ちゃんとそんな時は止めたし、基本的にはしっかり出来てた。将臣もあれなら文句は言わないって」

 

 芳乃「だといいんですが…」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「それじゃあ、有地さん。その……今日のお弁当です」

 

 そして朝武さんが、自信なさげに将臣に弁当を渡す。

 

 この場ではいちいち言い出したりしないが、もっと自信を持ってもいいと思うけどな。

 

 将臣「あ、ありがとう……」

 

 いやお前もお前で緊張してんのかよ!

 

 差し出された弁当箱を、将臣はギクシャクした動きで受け取っている。

 

 芳乃「今日こそは、ちゃんと甘くない卵焼きにしていますから」

 

 将臣「自信ある?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ俺の方をちらっと見て……

 

 芳乃「あ、ありますとも!」

 

 と言い切った。

 

 芳乃「だ、大丈夫……のはず……ちゃんと作れたはず……作れていますよね?竹内さん」

 

 言い切った自信は、すぐに崩れてしまった。

 

 蓮太「大丈夫だって、別に問題はなかったから」

 

 ムラサメ「ほう、今日も芳乃の手作りか」

 

 突如ムラサメが現れる。もうこの感じにもすっかり慣れたな。

 

 蓮太「朝武さん自身が昨日のやつじゃ納得できなかったんだとさ」

 

 ムラサメ「出来が悪かったのか?」

 

 将臣「そんなことない。ちゃんと美味しかったよ」

 

 まぁ…そうだな、美味しかったのは美味しかった。

 

 芳乃「美味しさ以前の問題です」

 

 ……………確かに?

 

 ムラサメ「して、蓮太の方はよいのか?」

 

 蓮太「あぁ…そうだな。はいこれ、口に合うかわからないけど…常陸さんの分ね」

 

 そう言って俺は、常陸さんに弁当箱を差し出す。

 

 茉子「あ、ありがとうございます」

 

 将臣「蓮太も弁当を作ってたんだ?」

 

 蓮太「俺も作りたくなってさ、せっかく朝に余裕が出来たわけだし、好きなことに時間を使おうと思って」

 

 蓮太「あ、不味かったら無理して食べなくてもいいからな?」

 

 茉子「いえ、そんな心配は不要です。竹内さんの作る料理で美味しくない物なんてありませんから」

 

 な、なんだ……めちゃくちゃプレッシャーになるんだが…?

 

 蓮太「お、おう……過度な期待は止めてくれよな…?」

 

 ムラサメ「にしても、あの芳乃がご主人のために料理か………ふむ…」

 

 ニヤッと笑うムラサメ。こーいつもいたずらっ子というか、人をいじるのが好きだからなぁ。

 

 ムラサメ「まるで花嫁修業だな!ヒューヒュー」

 

 芳乃「ちーがーいーまーすー…!」

 

 そんなムラサメの冷やかしに、慌てることなく答える朝武さん。

 

 やっぱり明るくなったなぁ。

 

 以前なら……

 

 結婚なんてしませんっ!

 

 なーんて言って突っぱねてたろうに…

 

 なんか…あれだ、親心ってのが少しわかった気がする。気がね?

 

 なんてことを思いながら、自分の弁当を包もうとして気がついた。

 

 あっ、俺が作ったとはいえ、常陸さんと全くお揃いの弁当なんじゃん。

 

 そりゃあ、今までの弁当もお揃いではあったけどさ。あれは全部の弁当を常陸さんが作ったからであって……まぁ、若干は中身が変わっていたんだけど。

 

 これだけ見た目も朝武さんと違って目立つし……しかもそんな目立つ弁当が教室に二個おそろい。となると……

 

 面倒くさそうだな………

 

 ま、いちいち気にすることないか。

 

 そうして俺達は、準備を終わらせて学院へ向かった。



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66話 予感

 

 繰り返される、毎日の授業。

 

 適当にノートに黒板の文字をただ書いていくだけの時間。

 

 いや、そんなんじゃダメなんだけどさ……

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 

 だって、今日の将臣がなんか変なんだもん!

 

 ………気持ち悪いな、俺。

 

 とまぁ、それよりも、今日の将臣は本当にどこか変だ。

 

 あの感じは全然授業内容が頭に入っていないと思う。

 

 かなりの高頻度でボケーッと窓の外を見たり、天井を見たり…どうしたんだ?悩み事……か?

 

 それとも、そうなってしまうほど朝武さんの弁当が気になるのか?

 

 なんてことを思っていると授業が終わり、昼休みの時間に突入する。

 

 その休み時間に入った途端、将臣は素早く弁当箱を出して、さっさと昼食の準備をしていた。

 

 あぁ……弁当が楽しみの方ね。心配して損した。

 

 蓮太「さて…と、俺もどっか適当な所で食べるかな…」

 

 やっぱり外で食べる弁当って何故か格別に美味く感じるんだよなぁ…

 

 気分はピクニックだ。

 

 そんな時、一人のクラスメイトの女子に話しかけられる。

 

 女子生徒「竹内君!あっちの方でみんなでお弁当食べてるんだけど、一緒にどう?」

 

 ………はい?

 

 非常に申し訳ないんだけど………名前……なんだっけ…?

 

 蓮太「あっちの方でっつったって……」

 

 そう言ってきた女子が指さす方向を見ると、巫女姫様を中心に、何人かが机を既に合わせている。

 

 女子生徒「どうかな?」

 

 頭をクイッと少しだけ傾けて、俺の答えを待つ誰か。

 

 いや…一緒に食べるのはいいんだけど…名前……名前……

 

 ダメだ…どうしても思い出せない…

 

 と思っていた時、おそらく片付けの途中だったのだろう。彼女が持っている教科書に小野典子と名前が書いてあった。

 

 蓮太「まぁ…せっかくのお誘いだし、一緒に食べることにするよ、小野さん」

 

 助かった…!流石にもう1〜2ヶ月いるのにクラスメイトの名前も覚えていないとか言えないからな…

 

 本当は外に出て、一人で食べるのが好きなんだけど……たまにはこんな昼時間の過ごし方もいいだろう。

 

 そう思って俺は、隣の空いている席を借りて、既に作られた机の集合場所に移動する。

 

 改めて面子を見ると、朝武さんに常陸さん、レナさんに小野さんの4人だった。

 

 そういえばもう一人仲がいい人がいたような……?まぁ何か理由があってここにいないんだろう。

 

 蓮太「にしても……なんでこのメンバーの中に俺は呼ばれたんだ?」

 

 典子「だって竹内君ってお昼時になったら、すぐに外に出ていくでしょ?教室の中で一人で食べにくいのかな〜って」

 

 蓮太「あのね……俺は別にそんなつもりはなくて、外で食べるのが好きなだけだ」

 

 芳乃「竹内さんは一人で行動するのが多いですもんね」

 

 それ…常陸さんにも何度か言われてるんだよな……いやまぁ、一人が楽だから好きなんだけどさ。

 

 蓮太「…昔っからそんなことが多かったからな」

 

 そんなことを言いながら、俺達は弁当箱を取り出していく。

 

 レナ「とるすと、レンタはボッチ……というものなのですね!」

 

 蓮太「ぼっちちゃうわっ!つかどこで覚えたんだよそんな言葉!」

 

 もう俺はぼっちじゃないはず!というかレナさんは親友って言ってたじゃないか!

 

 まぁ、いつもみたいに意味をあまり理解出来ていないだけだと思うけど。

 

 蓮太「大体、今こうして謎の女子の輪の中に入ってるし…そんなんじゃないから」

 

 典子「ってそれよりも、常陸さんのお弁当凄く可愛いね!」

 

 朝武さんや常陸さんが、弁当箱を開けていく中、常陸さんが先に開けた弁当を見て、小野さんが軽く身を乗りだし食いつくように言った。

 

 …………それよりもって…まぁいいか。

 

 茉子「わっ……凄い、こんなに丁寧に…」

 

 常陸さんも弁当作りの時は別のことをやってもらってたから、この弁当とは初対面。どんなものを想像していたかはわからないけど、驚いた様子ではあった。

 

 典子「え?そのお弁当って常陸さんが作ったものじゃないの?」

 

 茉子「はい、そうなんです。これは竹内さんが」

 

 典子「そういえば竹内君、料理が好きって言ってたね。凄く美味しそう!」

 

 美味しくなけりゃ困るんだよなぁ…人に作ったもので変なものは食べさせたくないし。

 

 なんてことを思いながら、俺も自分の弁当を開けてパクパク食べていく。

 

 うん…!十分美味しい、問題ない。

 

 鮭がいい味を出してるんだよなぁ…まぁ俺が魚好きってのもあるんだけど。

 

 レナ「本当に美味しそうですね…この香りは反則です」

 

 蓮太「レナさんのも美味しそうじゃないか…といか、俺が作ったものなんかよりも、絶対美味しいって」

 

 素人の俺とその道で生きている人の料理なんて、比べるまでもない。

 

 典子「私も食べてみたいなー」

 

 蓮太「これは常陸さん限定メニューだからダーメ」

 

 そんな会話をしながら、チラッと常陸さんの方を見てみると、雰囲気でわかるくらい美味しそうに弁当を食べてくれていた。

 

 …よかった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして放課後、俺と朝武さん達が話していると、そこに将臣がやってきた。

 

 将臣「あの、話があるんだけど…少しいいかな?」

 

 そういえば、ずっと将臣は何かを悩んでいたな。何なんだろう?

 

 芳乃「そ、そうですよね……でも、ここではまだ人目も多いですから」

 

 恥ずかしそうに、周りに視線を向ける朝武さん。

 

 あ、弁当の感想か?

 

 もしそうだとしたら、確かにまだ人が沢山いるこの教室の中で感想を言われるのは…恥ずかしいだう。

 

 昼の時みたいな、あのメンバーならともかく、その辺の男子が聞いたら下手をしたら大炎上だ。

 

 芳乃「有地さんは、今日もトレーニングですよね?」

 

 将臣「うん。そうだけど」

 

 芳乃「でしたら、そちらを優先させて下さい。話はその後で大丈夫ですから」

 

 将臣「俺は大丈夫だけど…」

 

 冷静さを装ってる朝武さん。もう何となくわかる。

 

 そんな会話をする二人の後ろで、俺は常陸さんに顔を向ける。

 

 蓮太「これって要するに、感想を聞くのが怖いってことだよな?」

 

 茉子「どうやらそのようですね」

 

 芳乃「ちょ、ちょっと二人とも!ハッキリ聞こえているんですからね!」

 

 顔を真っ赤にしながら、アタフタする朝武さん。

 

 ほらみろ、あの冷静さはどこへ行ったのやら。

 

 茉子「ですから、お気になさらず」

 

 将臣「わかった。そういう事なら、そうした方がいいかもね。もしかしたら、話が長くなるかもしれないし……」

 

 その時の将臣の顔は、普段はなかなか見せない表情を、一瞬だけ見せた。

 

 多分、場所やタイミング的にも、それが見えたのは俺だけだろう。

 

 もしかして………?

 

 芳乃「え!?話が長くなる!?は、話が長くなるほど大きな失敗がありましたか……?」

 

 将臣「ゴメンゴメン、別に脅すつもりはない。あくまで“もしかしたら”だから。深い意味はないよ」

 

 話が長くなる……?やっぱりそういうことか?今までの将臣を思い出しても………

 

 って、考えても分からないか。

 

 将臣「じゃあ、その話はまた。俺は祖父ちゃんのところに行くから」

 

 そう言って将臣は軽く手を上げて、教室を後にする。

 

 芳乃「え、あ、ちょっと!?有地さん!?」

 

 茉子「……行ってしまわれましたね」

 

 芳乃「な、なんだろう……長くなるかもしれない話って……」

 

 まぁ…少なからず文句の類ではないだろう。

 

 芳乃「や、やっぱり甘くない卵焼きなんて初めて作ったから、何かミスをした!?」

 

 蓮太「それはない、二人でちゃんと味見もしただろ?その時に問題はなかった。いくら少し時間が経っているとはいえ、それだけじゃ著しく味が落ちたりはしない」

 

 蓮太「それにちゃんと俺も朝武さんの作ってる姿を見てたんだ。失敗と呼べるものはなかった」

 

 将臣の好みの味を完全に把握しているわけじゃないが……それでも不満ができるほどのものではなかった。

 

 芳乃「でも……それなら長くなるかもしれない話って…」

 

 茉子「さすがにそれは、本人から直接聞いてみるしか…」

 

 芳乃「きーにーなーるー!」

 

 確かに、気にはなるか…あんな言い方をされたら、普通は。

 

 蓮太「じゃあもう、旅館に行って待ってたら?」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子「随分とお気になされていましまね?」

 

 蓮太「まぁ…あの言い方はな、ちょっと意地悪だったな」

 

 そんなことを話しながら常陸さんと二人で学院から帰る。

 

 結局、朝武さんは旅館の方にいそいそと向かって行った。

 

 蓮太「好きな人にあんな事を言われたら、モヤモヤも溜まるだろ」

 

 茉子「好きな人…ですか?」

 

 蓮太「だと思うよ、多分本人は気づいていないだけなんじゃないかな」

 

 彼女の心はわからない。俺の考えも合っているとは限らない。

 

 けれど、弁当を作っている時、本当に楽しそうだった。

 

 蓮太「よく話してたんだ、弁当を作っていた時有地さんは〜って。楽しそうだった」

 

 蓮太「本当に心から信頼…っていうのかな?そういうのがあるんだって思ってさ。じゃなきゃ苦手な早起きまでしてあそこまで頑張らないの思う」

 

 茉子「芳乃様が……」

 

 蓮太「ま、全部ただの俺の予想なんだけどさ」

 

 ……この調子だと、もうすぐかもな。

 

 恋……ねぇ………………

 

 なんてことを思いながら、さりげなく常陸さんの方を見る。

 

 常陸さんも何かを考えているようで、俺の視線に気づいていないようだった。

 

 確かに、常陸さんへの弁当作りは俺も楽しかったけど……

 

 まさかな……



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67話 気になるあの子と気まずい二人

 俺は自分の部屋へ帰り着いたあと、荷物を置いて適当なところに座る。

 

 常陸さん……ねぇ……

 

 そういえば俺って、結構前から常陸さんの事を考えていた……気がする?

 

 本当に精神的にダメだって時も、一番会いたかったのは常陸さんだった。

 

 やっぱりこれって…そういう事なんだろうか?

 

 さっきは朝武さんの事を、自分で気がついていないだけ…って言ったけど、本当は自分自身のことなんじゃないか…?

 

 蓮太「好きかどうかだなんて、わかんねぇよ…」

 

 人の事になると、割とあっさり分析できるのにな。

 

 そんな中、不意に部屋の中にある刀、山河慟哭に視線がいく。

 

 最後のお祓いが終わってからは、1度も触ってない。

 

 ………そういえば、最後に総攻撃を仕掛けた時、常陸さんが山河慟哭を握ってた。

 

 うん、まぁ、それ自体は問題がないんだけど…確かあの時……刀身が朱くなっていたような…?

 

 今まで見たことのない色だった。朝武さんからの力は白。ムラサメからの力は翠。レナさんからの力は輝色だった。

 

 朱………あれは常陸さん自身の…?

 

 そんなことを思いながら、俺は自分の右手に心の力を送ってみる。

 

 別に意味はないんだけど、何となくあの時を思い出していたらやってみたくなった。

 

 しかし……

 

 蓮太「……あれ?」

 

 確かにあの時と同じようにしているはず。目を瞑り、右手の一点に集中させて、身体の内側から押し流すような感じ。

 

 が、いつもの輝きが安定しない。もはや、薄い光なんてものじゃない。ほぼ光が放たれてはおらず、その奥にある畳が陽炎のようにゆらゆらと揺れているレベル。

 

 蓮太「なんでだ…?」

 

 蒼い力が上手く使えない……いや、もうお祓いが終わった今、必要ないんだけど…

 

 いや、まだ完全には終わったとは言えないんだ。いつでも心の力を使えるようにしておかないと……

 

 にしても…最初の頃よりも酷くなってないか?

 

 無意識とはいえ、色がわかるくらいまで力を放出することは出来ていたんだ。

 

 今は色すらも目で見ただけじゃあ、わからない。

 

 なにかこうなったヒントがあれば………………………

 

 

 …………

 

 あれだ。

 

 常陸さんと二人で夜道を歩いていた時だ。

 

 力が抜けていくような感覚がした。

 

 そういえば、初めて力が扱えるようになった時は朝武さんがいてくれた。

 

 無意識に力を使った時は将臣がいた。

 

 そうか……俺の心の力は、俺の心の底から想わなくちゃいけないんだ。

誰かのため……

 

 心の力の源は、友情なんだ。

 

 あの時を思い出す。心が砕けたような感覚に陥った日を。

 

 そう、俺は………常陸さんが好きなんじゃない。俺が常陸さんの事が気になるのは、信頼が欲しかったんだ。

 

 信頼したかったんだ。

 

 唯一、俺の心の奥底を知っている人だから。

 

 一線引かれているって思った時に、傷ついたんだ。

 

 俺が勝手に………

 

 でも、この間はそうは思わなかった。お互いに秘密を言い合った日。

 

 あの時の常陸さんは嘘なんてもちろん言ってなかったと思う。今までよりはお互いが近づけたと思う。

 

 

 嫌がらせは止めてと言ってるでしょうが!

 

 

 そういえばタメ口にもなってたな……はは…

 

 常陸さんのあんな喋り方を聞いたのは初めてだったな。

 

 そうだ、俺が勝手に傷ついただけ、俺が勝手に思い込んでいるだけ。

 

 簡単には変わらないかもだけど、少しずつ戻していこう。

 

 常陸さんを心の底から信じられるように。

 

 いや、違う。人を信じられるように。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして次の日の朝、俺は朝の鍛錬に出かけるために準備をする将臣と話しながら、お茶をすすっていた。

 

 そこへ、寝巻き姿の朝武さんがリビングへ入ってくる。

 

 芳乃「お、おはよう…ございます」

 

 朝武さんはリビングに入ってくるなり、将臣と目線が合うと、顔を少し赤くしてボソッと挨拶をする。

 

 ………というか、まだ寝巻き姿なのに朝武さんが寝ぼけていない……?

 

 着替えずにずっと、起きてたのか?

 

 将臣「う、うん。……おはよう」

 

 将臣もなにか気まずそうな…雰囲気だ。

 

 茉子「……?おはようございます」

 

 蓮太「おはよう…?」

 

 ムラサメ「おはよう」

 

 と俺たちの声が聞こえていないかのように、朝武さんは将臣の挨拶を聞くと、必死に髪を撫でつける。

 

 そしてパタパタと服の裾などを正していった。

 

 芳乃「こんな格好のままで、すみません」

 

 将臣「ああいや、別に恥ずかしいなんてことはない…………こともないかも…」

 

 …………なんでアイツは朝武さんの首元ばっかり見てるんだ?いや確かに少し鎖骨の辺りとかエロさを感じるけれどもよ。

 

 芳乃「……」

 

 何を朝武さんは思っているのか、恥ずかしそうに胸元を隠しながらモジモジしている。

 

 ……え?何?この初々しい感じ……まさか……付き合った?

 

 将臣「は、早いんだね」

 

 芳乃「はい。お弁当を作るためには、これぐらいに起きないと」

 

 芳乃「今日はその……お詫びとして作りますから。食べて貰えると嬉しいです……」

 

 将臣「お詫び?」

 

 芳乃「その、昨日の対応はとても不誠実でしたから……そのお詫びに…………………今は、これで精一杯です」

 

 ダメだ、ぜんっぜんわかんねぇ。付き合ってたりしたら今の会話は少しおかしい気がするし…

 

 将臣「わかった。今日も弁当、楽しみにしてる」

 

 芳乃「……はい」

 

 しかもそんな関係が破局しているなら、朝武さんのあの優しいような恥ずかしいような笑顔は見せないと思う。

 

 何かはあったな……?

 

 蓮太、茉子、ムラサメ『……ジー……』

 

 気付けば三人でずっと二人をジーッと見てた。

 

 ムラサメ「昨日?」

 

 蓮太、茉子「不誠実?」

 

 これはかなり怪しいぞ…?まさかの昨日の勘が当たったのか?

 

 芳乃「ハッ!?竹内さんと茉子とムラサメ様はいつからそこに!?」

 

 茉子「いつからもなにも、最初からいたじゃありませんか」

 

 ムラサメ「朝の挨拶としたばかりであろうが」

 

 蓮太「やっぱり……なんかそんな感じになると思った」

 

 だって真っ先に将臣の方を向いたからな。意識がそっちにいって俺達のことに頭が回らなかったんだろう。

 

 芳乃「そうでした……失礼しました」

 

 蓮太「まぁまぁ、そう言うなムラサメ、常陸さん。多分邪魔しちゃったのは俺達の方のようだ」

 

 茉子「言ってくれれば、二人きりにしますよ?」

 

 そんな俺達の言葉に朝武さんは過剰に反応する。

 

 芳乃「そ、そんなことしなくてもいいから……っ!朝の挨拶をしてただけ!」

 

 芳乃「さ、さぁ!早くお弁当を作らないと!」

 

 将臣「俺もトレーニングに向かわないと!」

 

 恥ずかしさからか、この雰囲気を誤魔化すかのように、二人はいそいそと動き始める。

 

 そして将臣がリビングから出ようとした時。

 

 芳乃「あ、あの……」

 

 将臣「……?なに?」

 

 芳乃「い……いってらっしゃい」

 

 振り返った将臣の目の前で、どこか恥ずかしそうに胸の前で小さく手を振る朝武さん。

 

 あの…………俺のアングルからはモロ見えなんですけど……

 

 将臣「行ってきます」

 

 戸惑い混じりの朝武さんの声に、将臣はしっかりと答えた。

 

 その背中からは溢れ出るようなやる気に満ち溢れていたと思う。(推測)

 

 芳乃「〜〜〜………はぽんっ!?」

 

 はぽん?

 

 その不思議な声を聞いて、後ろを振り返ると、朝武さんは何かに悶えるように可愛く暴れだした。

 

 身体をくねくねさせたり、突然しゃがんだり。

 

 茉子「よ、芳乃様?大丈夫ですか?そんなに暴れてどうしたんですか?」

 

 そしてまたいつものように一日が始まった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 安晴「将臣君は、納豆は大丈夫なんだっけ?」

 

 あれから少し、時間も経ち、みんなでの朝食の時間。安晴さんが話題を振る。

 

 将臣「別に嫌いじゃありませんよ」

 

 安晴「そうか。実は僕は苦手でね。あの匂いがどうにも……」

 

 確かに納豆を嫌う人は多い気がするな。まぁ…こればっかりは個人の好みの差だし、しょうがないんだけど。

 

 蓮太「そういや、ここの食卓に並んでいることはないっスね」

 

 保存もしているような感じではないし……何よりそもそもこの家の中で納豆は見たことがない。

 

 安晴「僕のワガママなんだよ。出さないで欲しいって。竹内君は嫌いな食べ物とかあるのかい?」

 

 蓮太「嫌いって程のものはないですけど……ほら、嫌いな食べ物って自分で調理しながら好みになるように変えていくんで…今となってはあまりないですね。安晴さんは他に苦手なものは?」

 

 安晴「ヌルヌルねちょねちょしたものは、全般的に嫌いかな」

 

 へぇ〜……これは覚えておこう。これからも最低でも卒業まではお世話になるんだから、苦手なものを食事として出してしまうかもしれない。

 

 将臣「常陸さんは?」

 

 茉子「ワタシですか?ワタシも竹内さん同様、特に嫌いな食材などはありません」

 

 確かに常陸さんは好き嫌いなく食べてるイメージだな。

 

 茉子「昔から、サバイバルなどで困らないように、好き嫌いはダメだと親に言われてきましたから」

 

 蓮太「……いや、理由よ」

 

 茉子「まぁ、忍者ですから」

 

 なんかことある事に忍者ですからって笑ってはいるけれど、ものすごい教育をされてきたんじゃないのか?

 

 将臣「それじゃあ、朝武さんは?」

 

 芳乃「……」

 

 将臣「……?」

 

 朝武さんは将臣の呼び掛けに返事をすることなく、箸と茶碗を手にしながらボーッとしている。

 

 安晴「芳乃?どうかしたの?」

 

 安晴さんの声に我に返った朝武さんが、慌てて返事をする。

 

 芳乃「え……えっと、どうかした?」

 

 安晴「好き嫌いの話だよ。聞いてなかった?」

 

 芳乃「すっ!好きっ!?」

 

 その言葉を聞いた途端に、朝武さんは目を見開き、過剰な反応を見せる。

 

 安晴「う、うん……好き嫌い」

 

 茉子「食べ物の話ですよ、芳乃様。食べ物に、好き嫌いがあるかどうかです」

 

 芳乃「あ、ああ……うん。そういうこと」

 

 蓮太「………」

 

 今思いっきり「好き」って言葉に反応したな……

 

 蓮太「お前……」

 

 ジーッと将臣の方を見ながら、ボソッと呟く。

 

 将臣「な、なんの事だろう…?」

 

 蓮太「まぁ……いいけどさ。頑張れよ」

 

 将臣「……」

 

 これは……告白してるな。間違いなく。あそこまで過剰に反応しているところを見ると、嫌でもわかる。

 

 成功も失敗もしていないんじゃないか?多分保留って形に落ち着いたんだろう。

 

 茉子「芳乃様は、特に好き嫌いはなかったですよね」

 

 芳乃「う、うん。食べたことがないだけという事も多いけど」

 

 茉子「なら今度、新しい料理に挑戦してみましょうか!」

 

 …………なんでそこで俺を見るの?常陸さん。いや…別にいいんだけとさ。

 

 蓮太「俺は構わないけど……」

 

 安晴「茉子君と蓮太君ならきっと、美味しい料理にしてくれるだろうね」

 

 蓮太「はは…ありがとうございます」

 

 そうして俺達は朝食を食べ終えた後、支度を整えて学院へ出発しようとする。

 

 その時に少し朝武さんに違和感が……

 

 いや気のせいか…?

 

 少し……顔色が悪いような……?



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68話 体調不良

 

 芳乃「…あくぅ…」

 

 みんなで学院へ移動していると、朝武さんが変な声を急に出す。

 

 将臣「朝武さん…?」

 

 芳乃「いえ、ちょっと太陽が眩しかっただけで……全然平気です、平気」

 

 そう言う朝武さんはやっぱり少し顔色が悪い気がする。フラついたりはしていないけど、いつもよりも歩くペースも少し遅いし……

 

 将臣「やっぱりいつもと違う」

 

 蓮太「確かに」

 

 朝武さんは、舞を舞ったり、突然お祓いを行う必要もあったりすることから、体調管理には気を遣っていたはず。

 

 それに朝武さんの性格的に、呪いが解けたからと言ってダラついた生活などはしないだろう。

 

 少なくとも、俺と一緒に暮らし始めてからはこんなのは初めてだ。

 

 理由はわからないけど、さすがにそんな姿を見ていると心配にもなる。

 

 茉子「それに、睡眠不足が理由なのかも……気になります」

 

 蓮太「睡眠不足?」

 

 茉子「はい。理由はわかりませんが、芳乃様は昨夜あまり寝れなかったそうで」

 

 睡眠不足か……心当たりは一応ひとつあるけど…まぁ、プライベートな事だ。俺が調子に乗って触れない方がいいだろう。

 

 蓮太「にしてもそれだけで…?」

 

 ムラサメ「芳乃が嘘を吐いておるのか?」

 

 茉子「いえ、嘘はないと思います。あの寝起きは今までにないものですから」

 

 そういえば、朝武さんがリビングに来る前、一度常陸さんが部屋に行ってたな。

 

 茉子「ですが寝起きの時と比べて、今な方が不調になっている気がしてきまして……」

 

 蓮太「確かに……俺もそう思う。常陸さん、一応確認した方がいいんじゃないか?今ならまだ家も近いからさ」

 

 何かあってからじゃ遅いからな、事前にどうにか出来ることがあるならやるに越したことはない。

 

 茉子「はい、そうですね……ちょっと確認してきます」

 

 そう言って常陸さんは俺たちの前を歩いている朝武さんの方へ小走りで向かう。

 

 茉子「芳乃様、ちょっと待って下さい」

 

 芳乃「え、なに?」

 

 そして立ち止まった朝武さんの額に、常陸さんは有無を言わさずに手を当てた。

 

 芳乃「ぁっ」

 

 茉子「ワタシとしたことが………せめて家を出る前には気付くべきでした」

 

 その言葉を聞き、朝武さんはシュンと下を向く。

 

 茉子「今日は学院を休んでください、芳乃様」

 

 ……ビンゴか。

 

 芳乃「別にそこまで大げさにするほどのことじゃ…」

 

 茉子「ダメです!」

 

 まるで常陸さんの放った言葉に威圧されるように、朝武さんの身体がふらつく。

 

 今にも倒れそうなその身体を、将臣は咄嗟に手を伸ばして、肩を支えた。

 

 将臣「大丈夫?って……大丈夫なわけないか。そんな調子じゃ無理だ。家で大人しくしておいた方がいい」

 

 芳乃「……平気です。授業に集中すれば、すぐにいつも通りに戻るから」

 

 茉子「ダメです。寝不足だけではなくて、熱まであるんですから」

 

 強がる朝武さんを常陸さんと将臣が何とか引き留めようとする。

 

 芳乃「でも……きっと、部屋で大人しくしててもゆっくり休めないと思う」

 

 はぁ………そうだった。頑固な人だったなぁ、朝武さん。

 

 蓮太「例えそうだとしても、授業を受けてるよりも、布団の上で横になってた方が絶対マシだろ?」

 

 将臣「そうだよ、それ以上ごねるなら、俺は朝武さんをお姫様抱っこしてでも無理矢理連れて帰る」

 

 芳乃「……そっ、そんなことされたら…ッ!」

 

 ………やっぱりみんな、お姫様抱っこされるのは恥ずかしいんだろうか。反応が常陸さんと似てる。

 

 芳乃「わかりました帰ります…」

 

 将臣「なんだったらおんぶで―」

 

 芳乃「歩いて帰りますッ」

 

 超が付くほどの食い気味の即答だった。まぁ、お姫様抱っこの件といい恥ずかしいんだろう。

 

 ムラサメ「無理をせずにご主人を頼った方がいいのではないか?」

 

 芳乃「そんなこと、出来ませんよ…」

 

 芳乃「(有地さんにそんなことされたら、余計に熱が……)」

 

 ボソッと何かを呟く、朝武さんの声が聞こえた気がした。

 

 蓮太「何か言った?」

 

 芳乃「…いえ、ちゃんと家に戻ります。それで、いいんでしょう?」

 

 茉子「……わかりました。そうしていただけるなら」

 

 そして朝武さんと常陸さんの二人は、今来た道を引き返して歩いていく。

 

 ムラサメ「何か嫌われるようなことでもしたのか?ご主人」

 

 将臣「嫌われるようなことをしたつもりはないけど………避けられるようなことはしたかもな…」

 

 蓮太「…………ほら、二人とも行くぞ」

 

 ムラサメ「……蓮太?どうしたのだ?」

 

 蓮太「深くは聞かないでやるってこと、とりあえずみづはさんに家まで来てもらうか」

 

 俺はスマホを取り出して、みづはさんの番号を呼び出しながら朝武さん家の方向に歩いていく。

 

 将臣「…ありがとう」

 

 蓮太「気にすんな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 みづは「寝不足による疲労で身体が弱ったところに、風邪を引いたんでしょうね」

 

 俺の電話を聞いて、駆けつけてくれたみづはさんは、朝武さんの容態を確認するとそう言った。

 

 みづは「ちゃんと睡眠をとって、温かくしていればすぐに治ると思います」

 

 安晴「そうか、よかった……。あ、いや、病気自体はよくないけど」

 

 安晴「芳乃が風邪を引くなんて珍しいことだから、もしかしたら呪いの影響が残ってて……なんてことも考えてしまったよ」

 

 確かに……何かしらの影響を受けている可能性は十分にあったけど、みづはさん曰く、現状ではその可能性はほぼないらしい。

 

 しかも、本人は風邪を引いた理由に心当たりがあるとも言った。

 

 安晴「本当に珍しい……あの子がそんなミスをするとは」

 

 みづは「私も電話をもらった時は驚きました」

 

 蓮太「そんなになんスか?」

 

 そりゃあ俺も朝武さんが風邪を引いた所なんて初めて見たけど……

 

 安晴「小さい頃ならともかく、お務めを継いでからは………初めてじゃないかな?」

 

 将臣「そんなに……」

 

 みづは「とにかく、そういうことらしいです。症状も酷くないので、薬も必要ありませんが………もし悪化したり、どうしても辛い場合があれば、改めて連絡を下さい」

 

 安晴「わかった。わざわざ申し訳なかったね、ありがとう」

 

 みづは「いえ、これぐらいどうということもありませんから。それでは私はこれで、失礼します」

 

 将臣「ありがとうございました」

 

「それじゃあね」と軽く手を上げて出ていくみづはさん。そしてみづはさんと入れ替わるようにして、常陸さんがリビングに戻ってきた。

 

 蓮太「朝武さんの様子はどう?」

 

 茉子「今はぐっすりと眠っています。どうやら昨日は、ほとんど完徹だったようで」

 

 安晴「そんなになるまで、何をしていたんだろう?」

 

 茉子「ワタシもハッキリと教えてもらったわけではありませんが……何か考え事をしていらしたみたいですよ?」

 

 安晴「考え事?」

 

 ………多分原因は告白……だろうな。そう考えた方が納得がいく。

 

 おそらく告白をした本人もそう思っているのか、中々口を開こうとしない。

 

 茉子「芳乃様がお休みになられている間に、ワタシは先に買い物に行ってきますね」

 

 安晴「わかった。申し訳ないが、よろしくね」

 

 茉子「はい」

 

 蓮太「俺も行こうか?」

 

 リビングから出ようとする常陸さんに、手伝いが要らないかを聞く。さすがに何もしないのは違うと思うから。

 

 茉子「いえ、買い物だけでしたら一人でも大丈夫ですよ」

 

 蓮太「そうか…わかった」

 

 茉子「では、行って参ります」

 

 そう言って常陸さんはリビングから出ていった。

 

 ムラサメ「では、茉子がおらぬ間、吾輩が芳乃の様子を見ておくか」

 

 そうして、常陸さんとムラサメがリビングからいなくなって、この部屋には俺と安晴さんと将臣が残される。

 

 まだ昼には全然早いな………いや、待てよ…まだ3時間くらいあるから…しょうがのシロップでも作っておくか、身体の芯から温まる物をいつでも口にできるように準備しておこう。

 

 そう思って、俺はキッチンに立ってからしっかりと手を洗い、早速しょうがを洗って薄切りにしていく。

 

 安晴「蓮太君?どうしたの?」

 

 蓮太「朝武さんが目を覚ました時に、風邪に効く身体が温まる飲み物を作っておこうと思って……だから気にしないでください」

 

 安晴「ああ…すまないね。僕はそういうことは全く出来ないから、任せ切りにしてしまって」

 

 蓮太「大丈夫ですよ。こういうことは俺と常陸さんに任せてください」

 

 続けて小さめの鍋を用意して、そこに薄切りにしたしょうがに砂糖をまぶしたものを入れて、時間を置く。

 

 続きはしばらく経ってからだな。

 

 …っと、そういえば冷蔵庫に材料は……あ、ないな。

 

 俺は急いで常陸さんの携帯に電話をかける。

 

 蓮太「…もしもし?常陸さん?」

 

 茉子『はい?どうしました?竹内さん』

 

 蓮太「悪いんだけど、クローブとレモンを買ってきてくれない?お金は後で渡すから」

 

 茉子『クローブとレモン…ですか……。あ、なるほど…わかりました、任せてください』

 

 蓮太「ありがとう、本当にごめん」

 

 茉子『いえいえ、それでは』

 

 電話を切った後、常陸さんの帰りを待ちながら、俺は手を洗ってリビングに戻る。

 

 安晴「にしてもあの子が体調不良を起こすほどに考え事をねぇ……」

 

 安晴さんがここまで驚くってことは、やっぱり滅多なことではないんだろう。

 

 なんとも言えない空気感の中、将臣が何かを決心したように声を上げる。

 

 将臣「あ、あのっ!」

 

 安晴「…ん?なんだい?」

 

 将臣「その……安晴さんに謝っておかなければいけないことがあって」

 

 一瞬の躊躇いの後、将臣はそれでもと言った顔で、安晴さんの方を真剣な表情で向く。

 

 将臣「すみません!朝武さんが風邪を引いてしまったのは多分、俺のせいです!」

 

 



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69話 思い描いた未来

 将臣が勢いよく頭を下げる。

 

 将臣「本当にすみません!」

 

 安晴「な、なに?急にどうしたの?一体どういうこと……?」

 

 将臣「昨日、ちょっとありまして。多分そのことが原因で、朝武さんが睡眠不足になったんだと思います」

 

 文面だけでは、具体的なことは何も分からないが、おおよその察しはついている。

 

 恐らくしたであろう「告白」の事だろう。

 

 朝武さんが何について悩んでいるかは、本人以外にはわからないが、もし告白したのであれば……いや、告白したからこそ自分のせいだと将臣は言っているんだろう。

 

 その罪悪感からか、将臣は静かに頭を下げ続ける。

 

 安晴「………」

 

 いつも温厚な安晴さん。

 

 だか今は、その沈黙が恐怖に変わる。安晴さんはそのつもりはないと思うが、下げ続けている頭を無言で見つめるその姿は、例えようのないプレッシャーを放っている。

 

 その緊張感が、俺にも伝わってくる。

 

 安晴「正直なところ、何が起こっているのかわからないんだけど……もし、本当に将臣君のせいだとしたら―」

 

 安晴「謝らないで欲しい」

 

 今までの威圧感を消し飛ばすほどの優しい声。

 

 よく見ると声だけでなく、その表情までも温かいものだった。

 

 安晴「将臣君は、僕の願いを叶えてくれただけだ。むしろ感謝をしているよ。もちろん、蓮太君にもね」

 

 安晴「ありがとう。本当にありがとう!」

 

 将臣「……え? はい?」

 

 怒られると思っていたのか、思わずして頭を上げた将臣は、間抜けな顔をしていた。

 

 そんな将臣にはお構い無しに、安晴さんは将臣の手を握って本当に嬉しそうな顔をしてお礼を口にしている。

 

 安晴「将臣君と蓮太君がここで暮らし始めた頃に話をしたんだけど………覚えてないかな?婚約者にした理由を尋ねたことがあったよね」

 

 将臣「は、はい」

 

 そんな話もしたな。叢雨丸の力でお祓いに参加して欲しいから婚約者にしたのでは?なんて問いかけを確かに将臣はした。

 

 もちろん俺もその場にいたし、結婚の話を引き出すだなんてことまでしなくても……と伝えたと思う。

 

 あの時の返事は確か………同年代の友人との触れ合い…だったな。

 

 安晴さんは昔のままの朝武さんの未来を少しでも変えようと、強引にでも俺達と関係を築いた。

 

 安晴「以前のままの芳乃だったら、こんな風に悩んだりすることはなかったよ。何よりもお務め優先、その事しか頭になかった」

 

 安晴「でも今は……他のことにも目を向けようとしている。きっと、閉じこもっていた殻を破ろうとしているんだ。親として嬉しくないわけがないよ」

 

 風邪は心配だけどね。と優しく笑いながら語る安晴さん。

 

 こうなってしまった結果は仕方がないとして、心の底から嬉しいんだ。

 

 朝武さんが他のことにも………いや、自分の未来を考えている事が。

 

 将来を考えることが出来なかったほどに、彼女に降りかかった呪縛はとてつもなく重いものだった。

 

 それを軽くできなくて、むしろ足を引っ張ってしまって安晴さんはかなり悔しがっていた。

 

 そんなこともあって本当に嬉しいんだ。普通の女の子として人生を歩めるのが。

 

 将臣「……安晴さん」

 

 安晴「なんだい?」

 

 将臣「朝武さんがそんな風に殻にこもってしまったのは……どうしてなんですか?」

 

 真剣な眼差しを安晴さんに向ける。

 

 きっと俺の知らない、朝武さんの何かを将臣は少し知っているんだ、あえて聞かないけれど。

 

 将臣「何か理由が?」

 

 安晴「それは……………いや、僕の口からは告げるのは止めておこう」

 

 安晴「本人の口からそれを確認したことは、僕もない。あくまで予想なんだ、勘違いという可能性もある」

 

 将臣「そうなんですか?」

 

 安晴「あの子が殻にこもったのには、僕にも責任がある。そんな僕がのほほんと理由を尋ねるなんてことは、どうしてもできなかったんだよ…」

 

 安晴さんはそれを余程悔いているのか、唇を強く噛み締めていた。

 

 それはただの一瞬の事だったが、強く脳裏に焼き付いた。

 

 しかし、すぐに俺達の顔を見てフッと軽く息を吐いた。

 

 安晴「将臣君と蓮太君。二人と一緒に過ごしている芳乃を見ると、あの子の幼い頃を思い出す」

 

 安晴「今みたいにいつも険しい顔ではなく、無邪気に笑っていた頃を………僕はそれが単純に嬉しいんだ。だから、ありがとう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 安晴さんもリビングを後にして、残ったのは俺と将臣だけになった。

 

 二人で沈黙が続く中、将臣がボソッと言葉を口にする。

 

 将臣「朝武さん、変わりたいって言っていたんだ」

 

 蓮太「…そうか」

 

 朝武さんも自分から「今」を変えようとしているんだ。

 

 そんな姿と、安晴さんの言葉が不意に頭の中で重なる。

 

 将臣「待つとは言ったものの……見ていることしかできないのか…?」

 

 その「待つ」ってことが、何を指しているのかは俺にはわからないけど………今、将臣だからこそ出来ることがあると思う。

 

 朝武さんが殻を破るには、おそらくあともう一押し。

 

 そのためには将臣の力が必要だと思う。

 

 蓮太「将臣だから出来ることがあるんじゃないのか?」

 

 将臣「蓮太…」

 

 蓮太「俺は詳しいことは知らないけど、朝武さんが変わるには、お前の力がいるんじゃないのか?」

 

 将臣「でも、無理矢理殻を破るようなことをして、傷つかないだろうか……もし、そんなことになった時、俺は彼女の傷に気付けるだろうか…」

 

 傷つける……ねぇ…。

 

 蓮太「だからこそ、お前が傍に居なきゃいけないんだろ」

 

 蓮太「朝武さんの事が好きなんだろ?彼女を護るって心に誓ったんだろ?だったら今更迷ってんじゃねぇよ。周りの為に……自分の為に……お前の為に……変わろうとしているんだろ?」

 

 将臣「でも……俺は…」

 

 蓮太「逃げるなッ!」

 

 俺は思わず声を荒らげてしまう。

 

 蓮太「辛い時こそ、苦しい時こそ、一緒にいてやれよ。それをお前は選んだんだろ!朝武さんの「今」を変えることが出来るのは、将臣。お前だけなんだぞ!」

 

 蓮太「状況を読め!現状をよく考えろ!お前がいれば必ず朝武さんは救えるんだ!将臣ッ!」

 

 俺の言葉を聞いて、将臣が目を見開き、本の数秒の間だけ目が合う。

 

 将臣「朝武さんの「今」を………変える…」

 

 そんな時、リビングの襖がスっと開いて、常陸さんが帰ってきた。

 

 もしかして今の話を聞かれていたかも……と思っていたが、特に変な雰囲気はしていなかったし、常陸さんもいつも通りの感じだった。

 

 茉子「ただいま戻りました」

 

 蓮太「あ、おかえり、常陸さん」

 

 茉子「芳乃様はどうでしょう?」

 

 蓮太「あっ、悪い。ムラサメに任せっきりにしてた。部屋から出てくる気配はないから、多分まだ寝たままなんじゃないか?」

 

 ムラサメの姿をあれから1度も見ていないから、多分そういうことだろう。

 

 逆に様態が悪化したりもしていないってことだ。

 

 茉子「そうですか、わかりました。それでは今のうちに下拵えを………」

 

 蓮太「いい時間も経ったし、俺も続きをしとくか……」

 

 そう言って俺がキッチンへ向かおうとすると…

 

 将臣「常陸さん、蓮太。ちょっと外へ出かけてくる」

 

 茉子「はい。それは大丈夫ですが……どちらに?」

 

 将臣「ちょっと考えたいことがあって」

 

 蓮太「……行ってこいよ」

 

 それだけを言い残し、俺はキッチンへと歩いていく。

 

 将臣「ありがとう」

 

 背後からそう聞こえてきた。

 

 俺は、後ろを振り向かずに、適当に左手を上げてさっきの続きをする。

 

 その後ろを、常陸さんも歩いて来ていた。

 

 蓮太「もう少ししたら昼時だな……朝武さん、食欲はあるかな?」

 

 茉子「そうですね……何か少しでも食べてもらいたいものですが…」

 

 蓮太「一応しょうがシロップの準備をしていたんだけど……あっ、わざわざごめんな、材料を買ってきてもらって……これを作り終わったら、お金は渡すから」

 

 茉子「いえいえ、お気になさらないで下さい。そんな対した痛手ではありませんから、結構ですよ」

 

 蓮太「そういうわけにはいかない。これは俺が勝手に作っているんだから、ちゃんと払う」

 

 なんてことを言いながら、常陸さんの朝武さんの昼食と、自分たちの昼食を作る。

 

 ……ホットアップルドリンクとかの方がよかったか…?

 

 て、もう作っているし……今更か、実際こっちの方が身体は温まるし。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして1時間ぐらい過ぎた頃、俺達はリビングで常陸さんと二人で昼食を食べていた。

 

 蓮太「朝武さんの具合はどうだった?」

 

 茉子「特に辛そうな様子も見せていませんでしたね。食欲もちゃんとあるようでしたし……みづはさんの言う通り、あの調子なら問題ないと思います」

 

 蓮太「そうか、ならまぁ…よかった…のかな?」

 

 つい、みんな学院を休んだけれど、症状が酷くなくてよかった。

 

 茉子「そういえば、今言うのはちょっと変だと思いますけど、お弁当ありがとうございました」

 

 蓮太「弁当?」

 

 茉子「はい、とても美味しかったですよ。クラスでも人気になってて、すっかり有名になってましたね」

 

 蓮太「そうなのか?直接には全然言われたりはしてないんだけど……そうだったのか」

 

 別にそんなつもりで作ったわけじゃないんだけどな。

 

 蓮太「まぁ、美味しかったのならよかった」

 

 茉子「やっぱり竹内さんは料理が上手なんですね」

 

 蓮太「常陸さんの方が美味しく作ってくれてるよ。可愛くて料理が上手だなんて最強だ―」

 

 茉子「…………」

 

 常陸さんが凄く睨みつけるように俺を見てくる。

 

 しまった………

 

 蓮太「ご、ごめん……」

 

 茉子「わざとですか…?」

 

 蓮太「そんなことないって、俺はただ……いや、止めとくよ」

 

 なんて話していると、玄関の方から扉が開く音が聞こえてきた。

 

 将臣「ただいま」

 

 茉子「おかえりなさい、有地さん」

 

 蓮太「おかえり」

 

 なにやら将臣の両手には、袋が二つ掴まれている。

 

 蓮太「それは?」

 

 将臣「ああ、これはさくらんぼのおすそ分け。それでこっちは……ちょっとしたお返しだよ。朝武さんの具合は?」

 

 茉子「お昼に一度起きて、朝食を食べてからまた眠られました」

 

 将臣「それじゃ今は……」

 

 蓮太「まだ大丈夫と思うぞ。行ってこいよ」

 

 俺がそう言うと、中身を教えてくれなかった方の袋を持って、将臣は朝武さんの部屋へ向かっていった。

 



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70話 正式な婚約者

 安晴「そうか。それじゃあ二人は正式に婚約者になったという事なんだね」

 

 朝武さんが病欠になった日から一夜明けて、みんなで朝食を食べる時間、突如朝武さんと将臣から、そんな報告があった。

 

 あの時にどんな話をしたのかはわからないけど、付き合うことになった事自体はめでたいことだ。

 

 茉子「おめでとうございます!」

 

 今ではスッカリ朝武さんも元気を取り戻し、以前のようなボーッと空を見つめるようなことも無くなっていた。

 

 蓮太「おめでとう」

 

 ムラサメ「うむ、めでたいのう。しかし………吾輩はこれから、しっかり気を遣わねば、どえらい場面に遭遇するかもしれんのう」

 

 将臣「朝っぱらから下ネタはやめて下さい」

 

 蓮太「でも事実だろ」

 

 将臣「………」

 

 心の中で(確かに…)と思っているのが手に取るようにわかる。

 

 一瞬だけ、将臣の箸が止まり、無言で俺たちの方を見つめられる。多分返答に困っているんだろう。

 

 蓮太「別に将臣の所じゃなくても、俺の方にならいつでも来ていいからなー?」

 

 ムラサメ「冗談などではなく、本当にそうなりそうで吾輩不安だ…」

 

 確かに、もし「ご主人っ!」と言いながら将臣の部屋に入ると、二人が愛を育んでいたりなんてしたら……………

 

 間違いなく、しばらくは話すことが出来なるだろう。

 

 と言っても、それはまだ先の話になるんじゃないかとも思う。だって……

 

 あの日、将臣が袋を持って朝武さんの部屋へ行った後、聞き耳を立てていたわけではないが、あの二人が大声で叫んでいた言葉は少し聞こえてきた。

 

 しばらく経って、自分の部屋に移動していく将臣の服の肩付近は、少し濡れた後があった。

 

 あえて聞きはしなかったが、将臣は将臣で部屋に戻った後、一人で何かを叫んでいた。

 

「しまった!」

 

「あれって普通にキスできる流れだったのではっ!?」

 

 と

 

 あの場に常陸さんがいなかったのが、せめてもの救いだっただろう。

 

 将臣のあの後悔に塗れた言葉は、しばらくは忘れられそうにない。

 

 とまぁ、キスもまだなんだ、そんな行為を始める……というか、場面に出くわすことは、もう少し先だろう。

 

 安晴「それで、式は神社?教会?やっぱりウェディングドレスを着てみたかったりする?」

 

 色々なことをすっ飛ばして、安晴さんはもう式の話を進めようとしている。

 

 蓮太「そういえば、最近は神社でウェディングドレスなんてのもあるらしいですよ?」

 

 何気なくその話に同調する。からかうのは面白いから。

 

 安晴「そうなのかい?それはウチにはピッタリだね」

 

 芳乃「だから気がはやぁいっ!!」

 

 朝武さんが照れ隠しのように声を上げて注意される。

 

 芳乃「結婚の話はしていませんっ。あくまで、その………お付き合いをすることになったというだけです」

 

 安晴「その付き合いが上手く続けば、いずれは結婚するんだよね?」

 

 芳乃「それは……そういう事も、可能性としては十分有り得ますが」

 

 将臣「でも、まだ学生で……結婚と言われても現実感がなくて……」

 

 確かに、結婚と言われても現実感が無いのはわかる。なんだかんだ言っても、その婚約者の件は俺も味わったことがあるから。

 

 蓮太「でも、もう成人はしているんだぞ?俺達。まだ先の話とはいえ、いつまでも放置は……」

 

 芳乃「そうですっ。先の話ですよ!」

 

 と、食い気味で朝武さんから話をぶった切られた。

 

 安晴「でも本当によかったよ。ありがとう、将臣君」

 

 将臣「いえ、お礼を言われるようなことじゃありませんよ」

 

 そして思ったことは、こうなった時の俺の立場が怖い!

 

 だってものすっごく気まずい!!

 

 いや、あの時に俺がちゃんと諦めたから今の二人があるわけで、そこに関しては後悔なんて毛ほどもしてないんだけど……

 

 いや〜…気まずい。

 

 安晴「そうそう、そういえば二人に確認しておかなけいけないことがあるんだ」

 

 芳乃「え?」

 

 将臣「何でしょうか?」

 

 安晴「二人の付き合いの事だよ。どうする?婚約者のことを正式に公表する?」

 

 あー…なるほど。確かにそれは、ハッキリと決めておいた方がいいだろう。聞くところによると、お見合いの話も朝武さんには沢山あるらしいし。

 

 安晴「今までは、婚約者(仮)ということで、内輪の人だけに伝えてたけど…」

 

 将臣「それは…」

 

 芳乃「どう、しましょう…?」

 

 二人で顔を合わせて悩んでいる。うーん.俺は公表をした方がいいと思うけどなぁ。

 

 将臣「ちなみに、公表するとどうなるんですか?」

 

 安晴「どうなるってほどの大きなことはないけど、みんなに知られることになるから……僕と秋穂の時も、色々からかわれたりしたかなぁ……学院じゃなくて、町全体で」

 

 あー…っと納得をする将臣。まぁ、それを考えたら公表はしたくないだろうけど………もうひとつの問題のために、ここはからかわれるのを覚悟の上で、公表した方が……と思うけどな。

 

 蓮太「それと、朝武さんに対するお見合いの話もしっかりと断ることが出来るんじゃないか?それに、婚約者がいるとなれば、もうそんな話も朝武さんには来ないだろうし」

 

 将臣「そういう面のこともあるのか……ちなみに今ってそんなに申し出が多いんですか?」

 

 安晴「そうだね……まあ、最低でも月に一人は新しい相手が見つかる、かな?それに、外から持ち込まれる話だけじゃないんだ」

 

 外からじゃない……あぁ……巫女姫として…か。

 

 安晴「代々続く巫女姫の血筋を心配する…………いわゆる、お節介な人たちも多いんだよ」

 

 将臣「そういうのって、断ったりするのは面倒?」

 

 芳乃「面倒というより、申し訳ない気持ちでしたね。最初から受けるつもりは無いのに……」

 

 …にしても、よくこの難攻不落の人を攻略できたな、将臣。

 

 理由があるにしても………意外と凄いことだぞ、これ。

 

 将臣「………じゃあ公表しようか」

 

 芳乃「え!?す、するんですか……?」

 

 将臣「嫌だった?」

 

 芳乃「嫌というわけではありませんが……やっぱり恥ずかしいじゃないですか」

 

 あ、俺の朝ごはんがなくなった。

 

 将臣「俺も恥ずかしいけど……それ以上に恋人に婚約の話を持ってこられるのは、嫌だから」

 

 確かに、絶対に断る事とはいえ、気持ちがいい話ではないわな。

 

 場合によっては必要以上に嫉妬心を抱く可能性もあるし……不安の種は取り除いた方が気は楽になるだろう。

 

 芳乃「……わ、わかりました。そういう事でしたら、私も…異存はありません」

 

 安晴「じゃあ、正式に婚約者として公表しておくよ。これからはお見合いの話はないようにしてもらう」

 

 将臣「よろしくお願いします」

 

 これからは、恋人としての二人の人生が始まるのかぁ…

 

 なんてことを考えながら、顔を合わせて笑い合う二人の顔を眺める。

 

 俺にはまだまだ先の話……というか、誰かと付き合うだなんてないだろうなぁ。

 

 将臣「なんか、こうして改めると照れるね…」

 

 なーんてことを言いながら、モジモジと二人で照れている。

 

 言葉で表すのなら、初々しい。

 

 ムラサメ「まるで見せつけられておるようじゃのう」

 

 茉子「いいんじゃないですか、青春っぽくて。こういう初々しいの、ワタシ好きですよ」

 

 蓮太「クラッカーとか用意した方がいいのかな」

 

 将臣「早速俺達を冷かそうとするのはやめろォ!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「あっ、そうだ。お父さんに報告してて、忘れてました」

 

 学院へ向かう途中、朝武さんが将臣に準備していた弁当を思い出したように渡す。

 

 芳乃「これ…今日の分のお弁当です」

 

 将臣「ありがとう」

 

 ウキウキとその弁当を受け取る将臣。あぁ、こいつ浮かれてやがる。

 

 芳乃「でも、すみません。今までも手を抜いていたわけではないので……多分、そこまで変わり映えしていないと思います」

 

 芳乃「ですから、その……恋人のお弁当と期待されてしまうと、ガッカリしてしまうかも」

 

 将臣「むしろ嬉しいよ。今までも、そこまで気合を入れて作ってくれてたことが」

 

 将臣「それに、たとえ変わり映えしないものでも、お礼じゃなくて恋人が作ってくれてたって思えば全然違うよ」

 

 芳乃「そういうものでしょうか?」

 

 将臣「だって、こうして弁当を受け取っただけでも、以前より嬉しいからね」

 

 その将臣の言葉を聞くなり、朝武さんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 芳乃「わ、私も……お弁当を作っているとき、前よりも楽しかったです」

 

 そしてまた二人で見つめ合いだして―

 

 いかにも妖艶な、というよりも、恋人モードの二人。見てるこっちが甘酸っぱくなる。

 

 ムラサメ「よし、いけ、そこだー!お礼のちゅーをするのだー!」

 

 そんな雰囲気をぶち壊す幽霊が一人。

 

 将臣「だからそのオッサンのノリをやめろ!」

 

 そんなことを言ってる中、俺と常陸さんは辺りをキョロキョロを見渡し、様子を確認する。

 

 蓮太「うん。今なら大丈夫だ」

 

 茉子「はい、今でしたら周りに人の気配はありません」

 

 将臣「いや…そういう問題ではなくて」

 

 ムラサメ「ご主人!男ならば大胆にならねばならん時もあるのだ」

 

 この幼刀は人の事になると、ちゃちゃを入れたがるよな。

 

 気持ちはめっちゃわかるけど。

 

 将臣「たとえそうでも、こんな往来でキスをするような大胆さは必要ないっ!」

 

 ムラサメ「ちぇー。つまらんのう」

 

 将臣「面白がるんじゃ―」

 

 蓮太「やっぱりクラッカーいる?」

 

 将臣「面白がるんじゃねぇよ!」

 

 あ、やっぱり晩飯とか豪華にした方がいいのかな?

 

 ムラサメ「じゃがな?ご主人、女子もそういう行為を望むもんじゃぞ?」

 

 将臣「え?そうなの?下心を表に出すと嫌われると思ってたけど……違うのか?」

 

 蓮太「いや、時と場合によると思うけど…?」

 

 ムラサメ「何を言う!むしろ女子の方が―」

 

 芳乃「ムラサメ様ぁ!変なことを吹き込まないで下さい!」

 

 朝武さんの注意を受けたムラサメは、「わはは」と笑いながら逃げるように消えていった。

 

 あいつ変な爆弾だけ残していったぞ。

 

 芳乃「ムラサメ様ったら……」

 

 将臣「安晴さんの言ってたことがわかったよ」

 

 芳乃「これから、こういうことが増えるんでしょうか?」

 

 将臣「かもしれないね……でも、少し嬉しいんだ。恋人になれたことが実感できて」

 

 芳乃「っ……」

 

 そして再び広がるあの甘酸っぱい空気。なんつーかあの、淡い色のトーンを使って、謎の丸いふわふわした感情を出したり、よくわからない五角形のキラキラした感じを出す雰囲気。

 

 少女漫画とかでよくある、あの感じ。

 

 茉子「………あの、キスします?ワタシ、先に行っていましょうか?」

 

 お前も雰囲気ぶち壊すんかーーい。

 

 芳乃「そんな変な気遣いしなくていいから!」

 

 なんて事をしながら歩いていると、将臣の携帯が鳴り始めた。

 

 蓮太「どうした?」

 

 将臣「いや、小春から電話が……どうしたんだろ?」

 

 不思議そうな顔をしたまま、将臣が電話に出ると、隣にいる俺にまで声が届くくらいの大声で、小春ちゃんは叫んでいた。

 

 小春『大変なことになってるよ!お兄ちゃん!』

 



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71話 大騒ぎ

 小春ちゃんの焦りの声が聞こえてきた。

 

 大変なことになっている……と。

 

 蓮太「一体何が…」

 

 将臣「わからない…けど、学院で何ががあったみたいだ」

 

 茉子「学院で?」

 

 蓮太「とにかく急ごう!」

 

 穢れが残っているから、その影響で何かが起こっている可能性もある。もし、その場合……一刻を争う事態だ…!

 

 その危険も、知っているのは俺と将臣だけ。

 

 その事を本人も承知しているのか、将臣の顔色も思いっきり変わった。

 

 そして慌てて学院に駆けつけた俺達を、待ち構えるように教室の前で佇む小春ちゃんと廉太郎。

 

 小春「お兄ちゃん!それに巫女姫様も!」

 

 廉太郎「来たか!」

 

 芳乃「い、一体何があったんですか!?」

 

 将臣「えらいことって!?」

 

 状況を理解していない俺達を………いや、将臣と朝武さんを、ろくな説明もなく教室の中に放り込む。

 

 蓮太「結局なんなんだ…?」

 

 茉子「中の様子を確認したところ、問題はなさそうでしたよ」

 

 中の…?

 

 俺も中の様子が気になって、二人に遅れて俺と常陸さんは教室に入った。

 

 すると…………

 

 廉太郎「それでは、当事者のお2人が揃ったところで、始めさせていただきます」

 

 パシャパシャと瞬くカメラのフラッシュ。

 

 いやスマホで写メるのはわかるんだけど、なんでカメラを持ってきてるやつがいるんだよ。

 

 廉太郎「まず、質問のある方、挙手をお願いできますか?」

 

 と、廉太郎が口にした瞬間、目の前の学生達がババッと一斉に手を上げた。

 

 廉太郎「えー………では、そちらのアナタ」

 

 成美「2年の柳生成美です。この度は結婚、おめでとうございます」

 

 すると将臣はその祝福の言葉に答えるようにキリッとした顔でお礼を返す。

 

 将臣「ありがとうございます」

 

 もうその顔が面白くて、なんでもいいやっと思うことにした。

 

 成美「プロポーズはどちらから?一体どのような言葉だったのか、教えていただけますか?」

 

 将臣「俺の方から、普通に『好き』だと伝えました」

 

 すると、この教室にいる学生達が『おぉ〜〜……』と声を上げる。

 

 小春「1年の鞍馬小春です。具体的に、どのようなところを『好き』になったのでしょうか?」

 

 将臣「そうですね。可愛いところ……もちろん見た目だけではなくて、内面もですね」

 

 将臣「ひたむきに努力している姿が、とても可愛らしくて……気付いたら好きになっていました」

 

 再びフラッシュの嵐。

 

 レナ「今の気持ちを教えていただけますか?まずは、ヨシノから」

 

 芳乃「……」

 

 レナ「おー、なるほど、言葉もないくらいに嬉しいという事なのですね!すばらしい!」

 

 レナ「ではマサオミは如何でありますか?」

 

 将臣「そうですね、この茶番は何なんだろう……?というのが正直な気持ちです」

 

 蓮太「はははっ!」

 

 将臣「笑ってる場合じゃないって!というか本当になんなの、これ!?なんで俺達はこんなところで記者会見してるんだよ!しかも小春まで一緒になって!」

 

 にしてもこいつら…ノリが良すぎだろ。本当に面白いな…

 

 小春「えへへ……いや、ついね〜。からかうつもりはないんだけど、やっぱり気になっちゃって」

 

 蓮太「嘘つけ……!くく……っ!」

 

 笑いを堪えきれていない俺を無視して、将臣は廉太郎に状況を説明させる。

 

 将臣「マジでなんでいきなりこんなことになってるんだ?」

 

 廉太郎「そりゃお前、巫女姫様と結婚するなんてことになったら、町の人間に説明くらい必要だろ。というか……巫女姫様は大丈夫なのか?さっきから呆然としているけど」

 

 芳乃「―ハッ!?あ、あまりに突然の事で…」

 

 廉太郎「突然なのは、むしろ結婚報告の方だったんだけどね〜」

 

 その言葉を聞き、朝武さんの顔が物凄く真っ赤になっていく。

 

 芳乃「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!わ、私はまだ結婚なんてしていません!」

 

 蓮太「でももうお見合いはしないんですよね?」

 

 芳乃「たたた竹内さんまでっ!?」

 

 蓮太「今朝、もうお見合いはしないと仰っていましたよね?それは有地将臣さんが結婚相手の最有力候補ということですよね?」

 

 芳乃「確かに……そうかもしれませんが…」

 

 蓮太「つまりっ!朝武さんは、有地将臣さんのことが好きということで間違いないんですよね!?」

 

 俺は勢いに任せて、言葉で朝武さんににじり寄る。

 

 芳乃「えっ、あ、それは……その……」

 

 すると耳まで真っ赤になっていく朝武さん。

 

 芳乃「…………………はい」

 

 朝武さんは今にも消えそうな弱々しい声で静かに答えた。

 

 その瞬間、またもやフラッシュが次々に光り続ける。というかこいつらもう何枚目なんだよ。

 

 芳乃「そのノリ止めてもらえませんか……?」

 

 将臣「でもなんでその話を知っているんだ?正式に公表するって決めたのは、ついさっき。今朝のことだぞ?」

 

 あ、確かに……しかも歩いて移動中に急に電話がきたってことは、そんなに時間が経っていないはずだ。

 

 廉太郎「俺も人伝に聞いただけだけど、なんでも安晴さんが嬉しそうに言いまくってるんだって。『ついに娘にも好きな人が出来た』って……大はしゃぎらしい」

 

 あ〜…。その姿が容易に想像できるわ。嬉々として喜んでいるんだろうな。

 

 芳乃「お父さんは………!」

 

 廉太郎「それで、『その話に間違いは無いのか!?本人がそう言ったのか!?』って親から連絡が来て……って感じ?」

 

 蓮太「なるほどね、それで朝武さんはお見合いにずっと興味がなかった分、周りが騒いでこんな感じになった……って事か」

 

 まるで芸能人だな。

 

 廉太郎「あ、あと……角のタバコ屋の婆ちゃんが、夕方巫女姫様が男と手を繋いであるいてた、なんて話もあったな」

 

 蓮太「へぇ〜〜〜〜〜」

 

 将臣「えっ!?」

 

 反応的にこれは事実だな。

 

 廉太郎「けど、あの婆ちゃん100歳くらいだからさ、みんなして笑ってたんだけど……もともと常陸さんの買い物が最近多いってこともあって、その謎が解けたらみんな大騒ぎ。って、わけ」

 

 ……そうなのか。朝武さん家に住んでるって話はあんまり広がっていないんだな。

 

 廉太郎「そういえば、常陸さんは常陸さんで最近彼氏がいるのかって噂もあるな………なんでも、夜に男と二人で何度か歩いていたらしい」

 

 蓮太「…………」

 

 多分俺だ…。やっぱり穂織は狭いな…

 

 蓮太「ま、まぁとにかく今は町中が結婚騒ぎで大盛り上がりってことね」

 

 将臣「でもだからってわざわざこんな場を作らなくたって…」

 

 廉太郎「言っておくけどな、今回は俺が始めたわけじゃないぞ?各々の親がみんなに連絡して、事実確認しろって言われただけだ。どうせなら会見形式にした方が早いだろ?」

 

 将臣「それでこれか…」

 

 巫女姫様って大変なんだな……

 

 廉太郎「とまぁ、そういうわけで―」

 

 改めて廉太郎が教科書を丸くした物を手に持ち、司会者のように進行をする。

 

 廉太郎「では会見を再開させていただきます。では……そちらのアナタ」

 

 典子「はい!2年の小野典子です!一体いつからお付き合いされているんですか?」

 

 もう諦めの境地に入ったのか、将臣は特に抵抗することなく、質問に答える。

 

 将臣「えー……正確に付き合うことになったのは、ついこの前……というかぶっちゃけ二日前です」

 

 典子「おお!新婚ホヤホヤだぁ!」

 

 芳乃「で、ですから、まだ新婚ではないと…ッッ!」

 

 蓮太「普段はお二人はどのように呼びあっているんですかー?」

 

 そんな否定の言葉を切らせてもらう。

 

 将臣「おまっ!?」

 

 芳乃「ふ、普通に……有地さん、と」

 

 はぁ…と深いため息を吐いたあと、将臣も続けて質問を返す。

 

 将臣「俺も朝武さんって呼んでるよ…」

 

 小春「名前で呼びあったりしないんですか?」

 

 将臣「さっきも言ったけど、付き合うことになってそう時間は経ってないから、これから……かなぁ」

 

 小春「まだ愛を育み中ということですね?」

 

 おぉ……グイグイいくなぁ、小春ちゃん。

 

 将臣「はい……そういうことです」

 

 そしてもう何度目かわからないシャッタータイム。

 

 思うんだけど君達はそんなに写真を撮って、どうするつもりなんだ?

 

 シャッタータイムが終わると、どこからともなく更なる質問がくる。

 

 男子「具体的にはどこまで進んでるんでしょうか?」

 

 芳乃「お付き合いを始めたばかりです。結婚式ですとか……今後どうするかなどは、まだ全然。もちろん視野には―」

 

 男子「あぁいや、そちらも気にはなりますが………」

 

 クラスの男子の一人は、言いにくそうにしながら言葉ん考えている様子、そんな姿を見ていると俺の横から声がして……

 

 茉子「キスはされたんですか?それとも、もっと先まで進んでいるんでしょうか?」

 

 芳乃「まままままま茉子まで!一緒になって何を言ってるの!?」

 

 茉子「すみません。でも気になってしまいまして……あは」

 

 急に横から声が聞こえてきたからびっくりした……

 

 蓮太「で?実際どうなんですかー?」

 

 典子「付き合っているんだから、やっぱりキスくらいはもうしちゃっているんですよねー!きゃー♪」

 

 将臣「………」

 

 俺はその真実を知っているんだなーーー。あの将臣の後悔の声を聞いてしまったから。

 

 ちらりと将臣の顔を見ると、本人もその事を思い出したのか、少し悔しそうな表情を見せた。

 

 芳乃「そ、そんなこと言えるわけないじゃないですか!」

 

 蓮太「それはもしかして…!?言えないような事まで……もう……っ!?」

 

 女子一同『きゃー!おっとなーーーー!』

 

 レナ「お、大人な関係っ!?それは、つ、つまり……ぷしゅぅぅ〜〜〜………破廉恥でございましゅる!」

 

 そんな声が次々に聞こえてくる中、朝武さんの羞恥心ゲージがMAXにまで溜まったのか、手をブンブン振りながら大きな声で言葉を返す。

 

 芳乃「違いますっ!まだ抱きしめられたことぐらいしかありませんっ!破廉恥なことなんて全然していませんっ!」

 

 将臣「うん。朝武さん、ちょっと落ち着こうか?全部言っちゃってるから、自分で」

 

 冷静な将臣のツッコミを受けて、朝武さんは我に返り、恥ずかしそうに俯いてしまった。

 

 典子「キスもまだなんだ…?」

 

 成美「いが〜い。有地君って都会から来たから、もっと手が速いんだと思ってた」

 

 男子「そうだそうだー!女の子に恥をかかせるなー!もしかして童貞か〜?」

 

 将臣「どどどど童貞ちゃうわっ!」

 

 芳乃「えっ……………」

 

 将臣「あっ……」

 

 かなり慌てた将臣に向けられる朝武さんの不安そうな視線。

 

 その光景を見て、俺は笑い転げてしまった。

 

 蓮太「はははっ……!ばかでぇ……!ははっ!」

 

 茉子「竹内さん、笑いすぎですよ」

 

 止めようとしても笑うのが止まらない俺に対して、常陸さんに背中をトントンとされる。

 

 蓮太「だって、アイツ…!アイツ……っ!ははっ!」

 

 茉子「まったくもう…」

 

 なんか変な視線を送られている気はするけど……もはやそれが気にならないくらい笑ってしまった。

 

 そこで教室の扉がガラッと勢いよく開けられる音が聞こえてきた。

 

 比菜実「何をしているんですか?もう始業の時間ですよ!」

 

 あ、やべ。

 

 将臣「よしっ!なぁもういいだろ?流石に時間も時間だからさ」

 

 今思いっきり「よしっ!」って言ったな。

 

 廉太郎「まぁそうだな。あの話も事実ってことがわかったし……」

 

 廉太郎「というわけで、本日の会見はこれにて終了とさせていただきます」

 

 典子「えー、もう終わり?」

 

 教室中から明らかに残念そうな声が聞こえてくる。

 

 廉太郎「まだ二日目なんだから、これ以上つついたって何も出てこないって」

 

 男子「あっ、じゃあ最後に一つ。離婚会見はいつやる予定ですか?」

 

 将臣「そんなことするかぁ!絶対しないっ!」

 

 そんな感じで、巫女姫様御一行をいじり倒すための会見は終了した。

 

 俺が言うのもあれだけど、あいつらこれから先大変だろうな……



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72話 「自分」とは

 あの記者会見から時間が経ち、お昼休みの時間。

 

 俺はいつものように、一人で弁当を食べる。

 

 パクパクと食べ物を口に入れながらボケーッとしていると、少し離れたところにいる朝武さんグループの姿が目に入る。

 

 その中にいて楽しそうにニッコリと笑う常陸さんは、いつものようにみんなと弁当を食べていた。

 

 ちなみに流石に朝の件でやりすぎたと反省をしたのか、結婚のことを騒ぐ人はあまりいなくなった。

 

 そのせいもあって、教室にはいつもとあまり変わらない日常が流れている。

 

 蓮太「………」

 

 廉太郎「どうした?女子の方を見つめたりして……」

 

 気が付けば、俺の近くに廉太郎がいた。

 

 蓮太「いや、なんつーか…気になることがね」

 

 男子「なになに?もしかして、下着が見えたりする?」

 

 将臣「普通にそれはサイテーだな」

 

 そして廉太郎に続くように、将臣と男子(名前忘れた)が来た。

 

 廉太郎「で、何見てたんだよ」

 

 蓮太「………常陸さんのことなんだけどさ、どう思う?」

 

 廉太郎「おっと……こいつはいきなりだな」

 

 男子「もしかして有地に続いて竹内も裏切るのか!?」

 

 いや裏切るってなんだよ……

 

 将臣「もう俺は裏切った判定なんだな」

 

 男子「当たり前だ!この裏切り者め!」

 

 廉太郎「んで、それがなに?もしかして…好きになった?」

 

 蓮太「いや、そんなんじゃなくてさ、一般的に見て常陸さんって可愛いよな?」

 

 廉太郎、男子「「そんじょそこらにはいないくらい可愛いな」」

 

 やっぱりこいつらもそう思うか。というか……前も思ったけど、このクラスの女子ってレベル高いよな…

 

 蓮太「実は、この前ちょっと恋愛話をすることがあってさ、告白されたことがないって言ってたから……理由がわかんねぇなーって」

 

 蓮太「なぁ?将臣」

 

 将臣「いや…なぁ?って言われても…その話は俺は知らないし。第一朝武さんの方が可愛い」

 

 蓮太「うるせぇよ」

 

 将臣「そっちから話題を振っておいて!?」

 

 随分と惚気けてまぁ………

 

 蓮太「お前の惚気話はどうでもいいの。とにかく気になるのが、可愛いって認めているのに、何故モテないのかって所」

 

 廉太郎「あー…それか」

 

 男子「そりゃ常陸さんは可愛いと思うし、性格も悪いと思ったことはないけどさ、毎日巫女姫様のお世話をしてるだろ?それこそ、朝昼晩、平日休日問わずにさ」

 

 蓮太「そうだな」

 

 本当に普段の常陸さんは大変そうだもんな。

 

 男子「考えてもみろよ、仮に告白してOKを貰えたとする。そして付き合ったとしても、デートとかしてる暇があると思うか?」

 

 …………………なるほどね。

 

 廉太郎「しかも相手はあの巫女姫様だ、そんなの止めてこっちを優先に!なんて言えないだろ?」

 

 蓮太「そこはもう、将臣になんとかしてもらうしかないだろ。適当にブチュブチュやってもらうしかねぇ」

 

 将臣「ブチュブチュってそれ何やってんだよ…」

 

 男子「それはともかく、昔は遊びに誘ったりもしたことがあるんだけど、一度も乗ってきたことは無い。つっても…それは巫女姫様も同じだけどさ」

 

 それは仕方がないだろう。もうお務めを継いでからは、遊ぶなんて余裕はなかったはずだ。常陸さんも、そんなことをする暇があるなら芳乃様!ってタイプだし。

 

 理由を知っているからこそ、俺と将臣の二人の感覚がみんなとはズレているのか。

 

 廉太郎「子供の頃からずっとそういう姿を見ているから……みんな自然に諦めているんだ。気取ってるとか思ってるわけじゃないけどな、やっぱり距離があるんだよ」

 

 男子「だからこそ、有地が巫女姫様と付き合うことに対して、みんなが驚いて騒いでいるんだ」

 

 ………確かに、実際、早朝から夜までずっと朝武家の手伝いをしているもんな。

 

 その忙しさについては、実際に恩恵に預かってる俺の方がよく知っている。

 

 それに……すぐそばに真面目に呪いを解こうと頑張る朝武さんがいるんだ。そんな彼女を放り出して、恋に現を抜かすなんてことできなかったはず。

 

 ……朝武さんを中心に考えて、その他は全て二の次。突き放しているわけではないけれど、相手が距離を感じてもおかしくはない……か。

 

 実際に俺もそう感じていたし。

 

 蓮太「そっか………なるほどな」

 

 本人すらも気付かないうちに、相手を振っていたのか。

 

 男子「大変だよな、常陸家も。代々、巫女姫様のところにお務めをしているんだろ?」

 

 将臣「でもなんで、あそこだけそんな風習が残っているんだ?」

 

 確かにそれは疑問だな。朝武家の過去を知らないけれど、昔はもっと家臣がいたはず……なんで常陸家だけが……?

 

 廉太郎「常陸家は重臣で、昔の習慣が残っているんじゃないのか?」

 

 男子「それは違うと思うぞ?俺、小学校の時に“自分たちの町の歴史を知ろう”ってやつをした時に調べたからさ」

 

 蓮太「そういえば………俺も昔そんなことをした気がする」

 

 もう何年も前の記憶だから曖昧だけど……そんなことをした覚えはある。

 

 男子「その時にな、俺の班は自分達の先祖、家系について調べたんだよ。重臣なのは鞍馬家や田宮家で、常陸家のことは載ってなかった」

 

 廉太郎「鞍馬家ってうちか、まあ祖父ちゃんを見てれば納得かもな」

 

 蓮太「でも常陸家って忍びの家系なんだろ?実は隠されている……なんてこともあるんじゃないのか?」

 

 男子「可能性は十分にあるんだけどな」

 

 ………でも、確かにそういうことは一度も考えたことはなかったな。

 

 常陸さんが朝武さんに仕えている理由…………か。

 

 というか、そもそも……いくら忍びとはいえ、何も資料が残っていないってのはおかしいな。

 

 他にも気になるのは常陸さんの家。

 

 場所や、周りの環境的にも、重臣の扱いとしてはおざなりなんじゃなかろうか?

 

 そんな時、女子のグループの方から声が聞こえてくる。

 

 茉子「あは、それはさすがに大げさですよ」

 

 レナ「そんなことはありません。わたしは常々思っていたのです。マコはよいお嫁さんになれます。むしろ、わたしの嫁にほしいくらいです」

 

 芳乃「確かに茉子は家事も完璧で、いいお嫁さんになれると思う」

 

 茉子「そんなに言われると、照れてしまいますねぇ、あは」

 

 蓮太「………」

 

 明るく笑う常陸さん。

 

 そんな楽しそうな顔を見ながら思う。

 

 

 俺……常陸さんのことを何も知らないんだな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「やっぱり常陸さんはモテるよ」

 

 常陸さんを家まで送る道すがら。昼間のことを思い出して、彼女にそう伝えてみた。

 

 茉子「……はい?なんでしょうか?」

 

 目を細くして、静かにクナイを構える常陸さん。

 

 その常陸さんからは闇のオーラがうっすらと見える気がする。

 

 蓮太「あっ、いや、ごめんなさい!お願いですからクナイを構えないでくれ!俺はまだ死にたくない!」

 

 前に「可愛い」と褒めたことで警戒をしているのか、即座に鋭い視線を向けられてしまった。

 

 茉子「……で、なんです?」

 

 蓮太「なんです?っていうか……昼間に廉太郎達と話したんだ。俺は可愛いと思っているのに、どうしてモテないのか、って」

 

 茉子「………」

 

 蓮太「いや、だからわざとじゃなくてだな……。もしみんながそう思っていないのなら、俺の美的感覚がおかしいってことになるだろ?人と違うかどうかって気になるじゃないか」

 

 茉子「それはまぁ………。確かに、気になるものですね」

 

 蓮太「そういうこと」

 

 理解してくれてよかった。というか、これからはこの手の話をする時は、毎回死線を潜り抜けて行かなきゃいけないのか。

 

 蓮太「んで、試しに聞いてみたら、朝武さんのことで忙しそうで、迷惑になるだろうからってさ。要するにみんな遠慮してたんだよ、ちゃんとみんな“可愛い”って“魅力的”だって言ってた」

 

 茉子「……はぁ……そう、だったんですか……」

 

 蓮太「そうそう。これで一安心ってことだ。疑うまでもなく可愛いと思ってたけど、みんなも同じでスッキリした」

 

 茉子「ならそこで止めておいて下さい。教えられても困ります。それに、竹内さんは周りの意見などはあまり気にしない人ですよね?」

 

 ………もう俺の性格は筒抜けなのか?

 

 だってそう言わなきゃ、俺は今頃死んでるよ?さっき殺されかけたもん。

 

 蓮太「まぁまぁ…」

 

 茉子「しかもわざわざ伝えるなんて……やっぱりワタシの事、からかおうとしているんじゃないですか」

 

 蓮太「いや、別にそんなことは……といっても、ちょっとしつこかったな。そこは謝る、ごめん」

 

 蓮太「でも、俺の言葉を適当なお世辞とは思って欲しくなかったんだ。もし、本当に恋がしたいのなら、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかって思って」

 

 朝武さんと同様に、常陸さんの柵は一つ消えたんだ。他にも何かはあるのかもしれないけど、できるだけ少しでも常陸さんが幸せになれるようにしてあげたい。

 

 茉子「……ありがとうございます。ワタシの戯言を、こんなにも真面目に考えて下さって。でも、やっぱりワタシはダメですよ」

 

 蓮太「なんで?」

 

 茉子「皆さんの言われる通り、ワタシは芳乃様のお世話を優先させると思います」

 

 蓮太「でもさ、呪いはもうないんだから、もう少し自分のために時間を使ってもいいんじゃないか?」

 

 つっても、そのお世話になっている俺が言うのもおかしな話なんだけどさ。

 

 でも、そうだろ?俺の知る限りでは、常陸さんの生活には自由な時間がほとんどない。

 

 茉子「自分のために使う時間……ですか…」

 

 そう言う常陸さんは、何かを考えるようにしながら、ゆっくりと視線を空に向ける。

 

 茉子「なんだかピンときませんね。芳乃様のお世話をさせていただく方がしっくりきます」

 

 蓮太「…そんなもんか」

 

 確かに……経験したことがないことを、リアルに考えるだなんて、普通は難しい。

 

 それに比べて、常陸さんの幸せな日常は、リアルに思い描くことができる。

 

 そうだな……まずは、朝から晩まで炊事洗濯。それを休むことなく毎日こなす。

 

 それは彼女にとってはすべきことのある、穏やかな日々。

 

 時には新しい料理にチャレンジしてみて楽しんだり、たまには隅々まで掃除して、取れた埃を見て達成感を得る。

 

 洗濯物の干し方がとても綺麗にできた時は、そのバランス感を見て満足する。

 

 最後には一日の疲れを風呂に入って落として、布団に入り、翌日の家事に備えてぐっすりと眠る。

 

 そう。呪いなんて無い、そんな穏やかな日々を繰り返して…………

 

 …………………って。

 

 蓮太「いいわけあるかァァァァッ!」

 

 茉子「わっ!?び、ビックリした………」

 

 いきなり叫んでしまったせいで、隣を歩いている常陸さんを驚かせてしまった。でも、それどころじゃない。

 

 茉子「急にどうしたんです?いいわけないって、一体何が…」

 

 蓮太「おまっ…!常陸さんの事だ!」

 

 確かにそんな日々は、安心できる日々って言えば聞こえはいいけど、そんな日々ではダメだ!

 

 常陸さんの感じる幸せは、全て彼女の満足や達成感であって、一人で完結しちまってる。

 

 って……家事をすることや、変わり映えしないのがいけないわけじゃないけどさ。

 

 選んでそうしているのであれば、それでもいいと思う。

 

 でも……常陸さんの場合は、そもそも「知らない」んだ、

 

 子供の頃から訓練や家事の練習で、友達と遊ぶことなんてなかったんだ。

 

 普通にみんなが経験していくことを、全く知らないまま今日まで人生を歩んできたんだ。

 

 常陸さんはまず、家事では得ることの出来ない楽しみや、自分だけで完結しない幸せをまず知るべきだ。

 

 蓮太「もっと、いろいろ楽しもうぜ!?」

 

 茉子「ふふ、はい、そうですね。では明日はちょっと、前から言っていた新しい料理に挑戦してみたいと―」

 

 蓮太「それは違うぞ!」

 

 人差し指を常陸さんに突き立てて、常陸さんの言葉を切らせてもらう。

 

 茉子「は、はぁ……。こんどは2の主人公になりましたね…」

 

 蓮太「料理や掃除で得る達成感じゃなくてだな、もっと今までとは違う楽しみ方をしろよ!」

 

 茉子「そ、そんなことを突然言われましても──」

 

 蓮太「ならこうだ!明日は学院も休みなんだから、たまにはゆっくりしてみるのは?」

 

 茉子「ですが急に休んだりしたら、芳乃様にも安晴様にも有地さんにも迷惑をおかけしてしまいます」

 

 ちくしょう……………やっぱりなかなか頷いてくれないな…

 

 蓮太「………。わかった」

 

 茉子「わかってもらえましたか」

 

「よかった」と言わんばかりの表情を見える常陸さん。

 

 蓮太「じゃあ、俺が三人を説得してやる!」

 

 茉子「全然わかってくれてない!?」

 

 蓮太「大丈夫、ここは俺に任せてくれ」

 

 自分でも思ったけど、こんどは体験版みたいなセリフを言ってしまったな。

 

 茉子「こういう時の竹内さんって、結構強引ですよね……はぁ…」

 

 よし、この溜め息は諦めた証だぞ。

 

 茉子「わかりました。どうせ、きっと芳乃様も安晴様も、同意されないと思いますから。有地さんは………わかりませんが」

 

 絶対そんなことはないと思うけどな!今に見てろよ…!絶対休ませてやる!



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73話 休日をプレゼント

 芳乃「それはとてもいい案ですね!」

 

 安晴「うん、蓮太君の言う通りだ。茉子君にも自分の時間が必要だ」

 

 将臣「確かに、それは盲点だったよ。むしろ俺達がちゃんと気遣ってあげるべきだった」

 

 あの話をした時から一夜明けて、俺は早速リビングに集まったみんなに、昨日のことを軽く話していた。

 

 茉子「そんな……っ!?」

 

 俺のお願いに、即答でOKの返事を貰ったことに、常陸さんはすごく驚いている様子だった。

 

 芳乃「ごめんなさい、茉子。私、全然そういうことを考えていなくて…」

 

 茉子「いえ、ワタシとしては、むしろ毎日働いていたいのですが…」

 

 芳乃「ダメよ、そんなの。今までずっと茉子に頼ってばっかりで、そのことを気にする余裕もなくて…」

 

 茉子「その気持ちだけで、ワタシには十分ですから」

 

 将臣「ダメだよ、ちゃんと休まないと」

 

 よしよし。みんなならそう言ってくれると思ってたぞ!

 

 芳乃「有地さんの言う通りです。ずっと甘えてきた私が言える立場でないことは承知しているけれど…」

 

 茉子「ワタシのことはお気になさらずっ!」

 

 芳乃「でも、このままじゃダメだと思う。それは茉子のこともそうだし、私自身のことも」

 

 芳乃「多少なりとも、自分の身の回りのことをできるようにならないと…」

 

 そんなことを言いながら、チラッと将臣の方を見る朝武さん。

 

 あぁ〜……なるほど?

 

 安晴「うん、そうだね。芳乃も基本的なことくらいはできるようになった方がいいと思うからね。なんて、家事が出来ない僕が言うのもアレなんだけどね。ははは」

 

 安晴「呪いも解けたんだし、将来のためにそこはしっかりとやっておかないとね。だからこれは、茉子君のためでもあるし、芳乃のためでもある」

 

 芳乃「そうね。だから茉子、今日はゆっくり休んでほしい」

 

 安晴「急には無理かもだけど、少しずつでも変えていかなくちゃね」

 

 茉子「………」

 

 常陸さんは黙ってしまった。まぁ、朝武さんのためって言われたら何も言い返せなくなるか。

 

 そんな常陸さんに俺は親指を立てて、ニコッと笑ってみせる。

 

 蓮太「グッ!」

 

 茉子「グッ!じゃないですよ……」

 

 芳乃「それじゃあ今日は、私が夕飯を作るから、それをみんなで一緒に食べましょう?といっても、料理はあまりした事がないから不安に思うかもしれないけれど」

 

 茉子「い、いえ!そんなことまで!」

 

 蓮太「じゃあ将臣が手伝ってやってやれよ?多少なりとも、少しならできるだろ?」

 

 本当は俺が手伝ってもいいんだけど……まぁせっかく付き合ったことだし、この二人に任せておくか。

 

 将臣「ああ、わかった。そこは任せて」

 

 茉子「そこまで言われてしまうと……わかりましたと、返事をするしかなくなるじゃないですか」

 

 蓮太「それでいいんだよ」

 

 茉子「それでは……お言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます…」

 

 ……落胆っぷりが凄いな。

 

 と、まぁ、こうして常陸さんに休日がプレゼントされた。

 

 のだが…………

 

 芳乃「少しの洗剤でこんなに沢山のお皿が洗えるんですね」

 

 将臣「洗ったら貸して、俺が拭くから」

 

 芳乃「はい、よろしくお願いします」

 

 2人のカップルは仲良さそうに洗い物をしている。なんだ、意外と普通なんだな。

 

 蓮太「ここの皿持ってくぞ?」

 

 将臣「うん、よろしく」

 

 と将臣が拭き終わった食器を俺が運んでいると、朝武さんの少し後ろでウロウロしている常陸さんが目に入った。

 

 茉子「あわあわ……そわそわ……はわはわ……おろおろ……」

 

 随分と落ち着きがない様子だ。

 

 茉子「だ、大丈夫ですか?もし落としたりしたら、割れて怪我をするかも──」

 

 芳乃「大丈夫だから、休んでて」

 

 と一言朝武さんが返す。この時の朝武さんの声はまだ優しかった。

 

 そして風呂掃除の時……

 

 芳乃「んっ、んっ……ここの汚れがなかなか頑固」

 

 なかなか汚れが取れない場所を、朝武さんは強く扱いてなんとか綺麗にしようとする。

 

 茉子「はらはら………転んでしまいますよ、芳乃様。そこはワタシが後日綺麗にしておきますから…」

 

 芳乃「いいから休んでて」

 

 とまたもや一言返す。この辺から、少し声の優しさがほんの少しなくなった。

 

 そして風呂掃除もあらかた終わり、俺達はリビングに着いた途端に朝武さんは次に洗濯をしようと、準備していた。

 

 ……やっぱり結構頑張り屋なんだな。

 

 芳乃「それじゃあ次は洗濯を──」

 

 茉子「おろおろ……洗剤の場所はご存知ですか? 何でしたらワタシが──」

 

 ここで常陸さんの心配性に、朝武さんはとうとう声を上げた。

 

 芳乃「あ──!もう、心配しすぎ!さすがに洗濯機で怪我なんてするわけないでしょう」

 

 茉子「そんなことはありません!まだ回っている中に手を入れて、指や腕を怪我する事例もありますっ」

 

 蓮太「いや、それはさすがに……」

 

 その注意喚起は、幼い子供に向けてするものじゃないか?

 

 芳乃「そこまで子供じゃないから!」

 

 将臣「常陸さんって、結構心配性だったんだね」

 

 蓮太「あぁ、俺も少し驚いた。まさか、ずっと朝武さんの後ろを付いてくとは…」

 

 ……そこまで心配するほど、朝武さんは何も出来ないわけじゃなかったしな。

 

 芳乃「大体、こっちのことは気にせず、ゆっくりしてって言ってるでしょ」

 

 茉子「そう言われても……落ち着けるはずありませんよぉ」

 

 まぁ……気持ちは理解できる……かな?普段している仕事を、目の前で他の人がやっていたら……そりゃ気になるか。

 

 芳乃「はぁ……わかった。もう茉子は外に出てて。夕食の準備が整ったら連絡を入れるから、それまで茉子は外に出てること」

 

 茉子「いえっ、特に用事もありませんから」

 

 芳乃「ならどこかに遊びに行くとか……せめて、自分の家で休むだけでもいいから」

 

 あーあ。家から追い出れそうになってる。

 

 まぁ……常陸さんの性格的に、ここは朝武さんに任せた方がいいかな?俺達が何を言っても変わりそうもないし……

 

 朝武さんに権限を振るってもらおう。

 

 芳乃「とにかく、こっちは気にせずにリフレッシュすること。いい?わかった?」

 

 茉子「…………」

 

 常陸さんは返事をすることなく、小声で「ぅぅ〜」と泣くようにして言葉を漏らしている。

 

 芳乃「わかった?」

 

 茉子「わ、わかりました……」

 

 朝武さんの謎の圧力の前に、常陸さんは不承不承ながらも、ゆっくりと頷く。

 

 蓮太「お前の彼女、ちょっと怖いな…?」

 

 将臣「ま、まぁ…常陸さんを思ってのことだから…」

 

 芳乃「聞こえていますよ?」

 

 その刹那に、その圧力が俺の方にのしかかる。

 

 蓮太「誠に申し訳ありませんでしたァ!」

 

 考えるよりも先に、俺は勢いよく頭を上げてしまった。

 

 茉子「それでは……失礼致します」

 

 と、俺がそんな馬鹿な事をやっている間に、ションボリとした様子で方を落とし、リビングを去る常陸さん。

 

 結果的に追い出したみたいになってしまったな…。まぁ、ここにいても全然休めないだろうし、仕方ない…か。

 

 将臣「あの調子で大丈夫かな?」

 

 芳乃「自分の部屋でゆっくりしてれば、自然と心と身体も慣れるはずです」

 

 蓮太「だといいんだけどな…」

 

 と、その時、上の方から何やら声が聞こえてくる。

 

 ん……?上の方?

 

 ムラサメ「ん?妙な気配がすると思えば、茉子ではないか、天井裏で何をしておるのだ?」

 

 茉子「む、ムラサメ様……!?しー、しー!どうかお静かに……っ」

 

 芳乃「まぁ〜こぉ〜……っ!」

 

 その声が聞こえてきた途端に、置いてあった箒で天井を打ち叩く朝武さん。

 

 茉子「ひっ!す、すみませ〜ん……」

 

 蓮太「これがいわゆる壁ドンならぬ……天井ドンだな」

 

 将臣「実はこれが正しいやり方なのかもしれない」

 

 というか高所恐怖症でも天井裏には登れるんだな。まぁ、板もあるから問題ないのか。

 

 ムラサメ「なんじゃ?一体どうしたのだ?」

 

 不思議そうな顔で、天井から頭だけを出すムラサメ。

 

 あぁ……元々俺が住んでいた所では、今みたいに真っ赤な頭だけが見えたこともあったな。

 

 蓮太「いや、何でもないから気にしないでくれ」

 

 そういや、穂織にきてからはムラサメ以外の幽霊的なものは全く見てないな。あれだろうか?朝武さんが舞を奉納しているから、浄化とかされているんだろうか?

 

 安晴「おーい、こっちの掃除は大体終わったよー」

 

 将臣「ありがとうございます。それじゃあリビングの方は俺が掃除しておきますから、安晴さんは神社の方に行って下さい」

 

 安晴「すまないね、じゃあ後のことはよろしくお願いするよ」

 

 いつまでも安晴さんに手伝わせる訳にはいかないからな、こっちとしては、どちらかと言うと憑代の方を全面的に任せている分、優先して欲しい。

 

 ま、とにかく今の俺達にできることは、なるべく常陸さんに心配をかけないことだ。

 

 

 Another View

 …………………………

 

 茉子「……ただいまー」

 

 茉子の母「あら?どうしたの、こんな時間に」

 

 茉子「帰ってゆっくり休むように言われた」

 

 茉子の母「風邪?それともアナタ……巫女姫様に何か失礼なことでもしたの?」

 

 茉子「そういうのとは違う。今日は一日、お休みもらったの」

 

 と、なるべく事情を簡潔に伝えて、ワタシは自分の部屋へ向かった。

 

 茉子「……はぁ……急に、お休みになってしまった……」

 

 まさか本当にこんなことになるなんて。

 

 今日はどうしよう?どうやって、時間を過ごせばいいんだろう?

 

 茉子「ワタシ、自分のために時間を使うことなんてなかったかも…」

 

 全くなかったわけではない。早朝や寝る前なんかは、ワタシの時間。

 

 でも、こんな時間からお務めがないなんて……本当に子供の頃以来。

 

 ずっと訓練と、家事の練習をしてきたせいか、どうやって時間を過ごせばいいのかよくわからない。どこかに遊びに行こうかとも思ったけれど、特に、何も思いつかないし…

 

 茉子「無趣味だ…………お務めをしている方が楽ですね」

 

 ……今さら愚痴ったところで仕方ない。

 

 これは芳乃様や安晴様の希望でもあるのだから。

 

 茉子「……本当に暇です………とりあえずマンガでも読んでようかな」

 

 ワタシの時間の使い方なんて、それぐらいしか思いつかない。

 

 って、そういえば……この前届いた新刊をまだ読んでなかったっけ?

 

 茉子「優しい鬼と人間の禁断の恋……この先、一体どうなるのか……自分の事が何も分からない、記憶を失ってしまった不安と恐怖、そして苦労を重ねてきたところに、初めて内面を見てくれたヒロイン……」

 

 茉子「そしてついに、強引に唇を奪われるヒロイン……はぁ、キュンキュンしますっ。これは今後も目が離せない、文句なく面白い!………のに……」

 

 今はそれを楽しめない。

 

 ほとんど集中できずに、内容の半分は頭の中から零れ落ちていく。

 

 茉子「大丈夫かなぁ、芳乃様。怪我とかしてなければいいんですけど」

 

 子供じゃないんですから、大丈夫だとは思いますけど。

 

 それに、今となっては隣に有地さんがいますから、竹内さんもなんだかんだで優しくて気を利かせてくれますし……滅多なことにはなってないはず。

 

 ……。

 

 …気になる。気になるけれど、電話をかけるのも邪魔になる…。

 

 茉子「やっぱりゆっくりなんてできるわけありませんよ……はぁぁ」

 

 マンガにも集中できないし、このままだと落ち着かないし…。

 

 茉子「……お風呂入ろ」

 

 そしたら、少しは気持ちの切り替えができるかも。

 

 ……………………………

 

 蓮太「ん?なんだこれ?」

 

 掃除機を止めて、ちゃぶ台の影に落ちていた物は──

 

 蓮太「財布…か」

 

 まぁ、間違いなく俺のでは無い。それに見た目も女物っぽいから将臣でもないだろう。

 

 となると……。

 

 蓮太「なぁー!朝武さーん!」

 

 芳乃「はい、なんですか?」

 

 俺が呼びかけると、朝武さんもリビングの掃除の手を止めて、すぐに駆け寄ってくれた。

 

 蓮太「財布が落ちてたんだけど、これって朝武さんの?」

 

 芳乃「いえ、私ではありません。これは……多分、茉子のお財布だと思います」

 

 常陸さんの…?帰る時に落としていったのか?

 

 将臣「どうしたの?」

 

 芳乃「茉子がお財布を忘れてしまったみたいで、竹内さんが見つけたんです」

 

 将臣「それって、教えてあげた方がいいんじゃない?」

 

 確かに、探しているかもしれないし……もしそうなら連絡の一本くらいはした方がいいだろう。

 

 蓮太「ちょっと電話してみるか…」

 

 そう言って、俺はスマホを取り出して、常陸さんの番号を呼び出す。

 

 が……

 

 蓮太「出ない………な。まぁいいや、とりあえずメールでも送っとくか」

 

 確か電話番号にメッセージを送ることができた……はず…?

 

 あぁ、あったあった。

 

 蓮太「じゃあとりあえず、届けてくるわ。これが終わったら夕飯の買い物に出なきゃ行けなかっただろ?ついでにそれも終わらせてくる」

 

 芳乃「わかりました。すみませんが、よろしくお願いします」

 

 将臣「作ろうと思っているのは煮物にしようと思ってるから、それに合わせて買ってきてくれ」

 

 蓮太「おー。任せとけ。ついでにリフレッシュしてるかの確認でもしてきますかねー」

 

 芳乃「もしリフレッシュしてなかったら、ベッドに括り付けてあげて下さい」

 

 満面の笑みで、そんなことを言う朝武さん。あれだな、少しずつそういう面も見せてくるようになったな。

 

 将臣「いや、そこまでしなくても…?」

 

 蓮太「そっちも任せとけ」

 

 将臣「するのかよっ!?」

 

 そうして、俺は掃除をあらかた終わらせたあと、家を出た。

 



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74話 幻覚

 

 俺はポケットに、財布を二つ入れて、何度も通った道を歩く。

 

 蓮太「確か……ここの角を曲がれば…」

 

 記憶を頼りに角を曲がり、その奥の奥まで進んでいく。

 

 そしてその道の突き当たりにある端っこの家が、常陸さんの家。

 

 そこに辿り着いた俺は、早速家のブザーを鳴らした。

 

 女性の声「はーい。お待たせしました。どちら様でしょうか?」

 

 出てきたのは、多分常陸さんのお母さんだろう。

 

 喋り方はまったりしていてあまり似ていないけれど、面立ちがどことなく似てるし………かなり美人だ。

 

 蓮太「どうも、初めまして。俺は……じゃなかった…、自分は竹内蓮太と言います。常陸さ……。常陸茉子さんは、いらっしゃいますか?」

 

 うん。我ながら言葉遣いがおかしい!

 

 でもまぁ…ここに来たばかりの頃と比べたら、敬語も成長しただろう。多分。

 

 茉子の母親?「茉子……ですか?もしかして、お友達……ですか?」

 

 何故か不思議そうに………いや、何故かじゃないか。

 

 もしかしたら、珍しいことなのかもしれない。

 

 茉子の母「あ、いえ、そもそも竹内さんってもしかして、巫女姫様の所の……?」

 

 蓮太「あ、はい。そうッス。叢雨丸の有地のオマケですね」

 

 茉子の母「まあ!まあまあ!わざわざこんなところに足をお運びいただいて、ありがとうございます」

 

 な、なんか一気に明るく……というか、嬉しそうな顔になったな…?

 

 蓮太「いや、どちらかというと、こちらこそいつもお世話になってます」

 

 そうして俺はぺこりと頭を下げる。

 

 蓮太「あー、それで、常た………。ま、ま……こさんは?」

 

 恥ずかしさのあまりに、ついごもってしまった。

 

 常陸さんの名前を呼ぶことになるなんて……。いや、でもどっちも多分常陸さんだし…。

 

 茉子の母「あの子は、今はちょっと取り込み中でして」

 

 蓮太「そうッスか」

 

 取り込み中?ってことは何かをしてるってことだよな?まぁ、それならリフレッシュはしてるのかもな。

 

 茉子の母「ですが、すぐに済みますから、是非上がって待っていて下さい」

 

 蓮太「え?あ、いや、大した要件じゃないんですよ。忘れ物を届けに来ただけッスから」

 

 茉子の母「そう仰らずに、ここまで来てもらっておいて、何のお構いもできなかったら怒られてしまいます。ですので、よろしければ部屋でお待ち下さい」

 

 蓮太「えっ、あ、いや…」

 

 まずいぞ……これは逃げられそうにもない…。

 

 茉子の母「それとも……何か火急の用事がおありですか?」

 

 蓮太「特に急ぎの用というものもないっスけど…」

 

 茉子の母「でしたら是非」

 

 どうしよう………困ったな…。

 

 まぁ………でも、別に夕飯まではまだ時間もある…か。1時間程度なら別に問題ないだろう。

 

 それに…すごく断りづらいし…

 

 蓮太「わ、わかりました……じゃあ少しだけ、お邪魔します」

 

 茉子の母「はい、ありがとうございます」

 

 と、そんな感じで俺は、常陸さんの家にあがらせてもらって、本人を待つことになったのだが……

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 茉子の母「それではこちらの部屋でお待ちください。茉子もすぐに参りますので」

 

 蓮太「あ、はい」

 

 案内された先は、リビング等ではなく、まさかまさかの一つの部屋だった。

 

 入った瞬間に察するものがある。

 

 これは間違いなく、常陸さんの部屋だ。

 

 そして「失礼します」と一言いって、部屋から去っていく、常陸さんのお母さん。

 

 いや……娘の部屋に、他人の男を勝手に入れるって問題ないのか…?

 

 家の人ではあるんだけど……本人の許可も貰わずにこの部屋にいるのはちょっと気が引けるというか…

 

 気になるものもそこそこあるけれど、あんまりジロジロ見るのもよくないだろうしな。

 

 ………

 

 蓮太「って思うけど、やっぱ見ちゃうよなぁ…」

 

 まず思ったのは、想像よりも女の子っぽい部屋だったこと。

 

 シンプルだけど、どこか可愛さも感じる白色の棚があり、その上の方にぬいぐるみが飾られていたりしている。

 

 そしてその横には、壁の半分を隠すほどの大きな本棚が。

 

 ぶっちゃけただの偏見だったけど、掛け軸が掛かっていたりとか、忍び道具とかがズラっと並べられていたりしているイメージの方が強かったけれど、そんなことはなかった。

 

 なんて言うんだろう……。普段の常陸さんとは違う、普通の女の子って感じの部屋。

 

 ……つまり、タンスの引き出しを開けたりしたら、普通に下着とかが入ってるんだよな。

 

 蓮太「………………」

 

 ちょっとだけ、興味があったり…?

 

 茉子の母「失礼致します」

 

 蓮太「うぉっぽいっ!」

 

 やましいことを考えていたせいで、自分でも怪しく思うくらいに驚いた。

 

 茉子の母「お茶をお持ちしました。さあ、どうぞ」

 

 驚く俺を気にせずに、常陸さんのお母さんは手にしたコップにお茶を注いでいく。

 

 なんか接待を受けてるみたいだ…

 

 蓮太「ここまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。どうぞお構いなく」

 

 茉子の母「わかりました。それでは、もし何かありましたら、いつでもお呼び下さい」

 

 茉子の母「どうぞ、ごゆっくり」

 

 蓮太「…………」

 

 蓮太「はぁ……」

 

 一人になって、少しだけ緊張が和らぐ。

 

 さすがに緊張しまくりだな…人の親と話すだなんて…。

 

 安晴さんの時はそんなことはあまりないからな……なんというか、あの人は親しみやすいというか…コミュニケーションしやすいんだよな。有難いことに。

 

 ただ……やっぱりこんな状況になると、緊張する。

 

 だから、俺的には放置してくれるくらいが気楽なんだけどな……

 

 俺は親がいないから尚更緊張する。

 

 そんなことを思いながら、差し出されたお茶を飲む。

 

 蓮太「んっ……。おっ?このお茶、美味しい」

 

 香りがいいのはもちろんのこと、ほんのりとした甘みもある。

 

 やっぱり院で飲んでいたお茶とは違うんだな…

 

 茉子の母「失礼致します」

 

 蓮太「アブラシモビッチっ!」

 

 再び部屋に入ってきた常陸さんのお母さんに驚いて、そんなことを叫んでしまう。

 

 俺はドドンドンドドンじゃねぇっつうの。

 

 って本人はそんな事言わないか。

 

 蓮太「ど、どう致しました?」

 

 さっきの驚きを隠すように、俺は客なのに尋ねる。

 

 茉子の母「申し訳ありません。お茶請けを忘れておりました」

 

 蓮太「いや、そんな、すぐに退散しますから」

 

 茉子の母「そんなこと仰らず、ゆっくりしていって下さい」

 

 と言って、何故か常陸さんのお母さんは、俺のすぐ隣に移動してきてお茶請けの袋を破って中身を取り出す。

 

 そして……

 

 茉子の母「はい、あーん」

 

 蓮太「…………………自分で食べれますから…はは…」

 

 めっちゃ大胆だな…ってそういえば、鮎を食べた時も、常陸さんは大胆だったし……血は争えない的な?

 

 茉子の母「甘いものが苦手でしたら、すぐに塩気のあるお茶請けと用意致しますが?」

 

 蓮太「いや、結構ですって!むしろ甘いものは好物ですから!ですから、本当にお気遣いなく!」

 

 茉子の母「申し訳ありません。茉子の友人が来るなんて初めてのことですから、つい」

 

 茉子の母「もし何かありましたら、いつでもお呼び下さい」

 

 そして常陸さんのお母さんが部屋から退出したのを確認して、俺はつい息を吐いてしまう。

 

 蓮太「はぁ……ビックリした…」

 

 その言葉を漏らした途端、襖が少しだけ開き、常陸さんのお母さんがその隙間からそっと覗き込む。

 

 茉子の母「なにかお困りごとは……?」

 

 蓮太「マジで大丈夫ですからっ!」

 

 むしろあえて言うならこの状況だよ!

 

 茉子の母「そうですか、ごゆっくり」

 

 ……

 

 世話焼きな人なんだなぁ。

 

 蓮太「………にしても、やたらと本が多いな」

 

 本棚に大量に収納された本達は、ほとんど少女漫画だった。

 

 そういえばマンガを読んだ時に〜みたいなことを言ってたこともあったな。

 

 後はお姫様抱っこをしてしまった時に顔が真っ赤になったのも、そういうのが理由なのか?

 

 ジャンルはどうあれ、俺もマンガを読むのは大好きだ。

 

 ぶっちゃけ今、この暇な時間をマンガを読んで潰したいが……勝手に読むのはまずいだろうな。

 

 正直居づらくて困ってるんだ。早くこの部屋に来ないかな、常陸さん。

 

 なんて、俺がずっとそわそわしていると、向こうの方から物音が聞こえてきた。

 

 ………また常陸さんのお母さんが来たのか…?

 

 茉子「おかーさーん。ワタシのアイス知らなーい?」

 

 聞こえてきたのは妙に聞き覚えのある声。

 

 あれ?でもこんなに言葉遣いが崩れてたっけ?

 

 茉子の母「あのアイスなら箱を捨てたから、トレーの上に移動させたはずだけどー?」

 

 茉子「あ、あったあった」

 

 …………

 

えっ!?誰だこれッ!?

 

 いやいやいやいや!声は常陸さんだけど……えっ!?なんかこの部屋の雰囲気に合った、普通の女の子って会話じゃん!

 

 え!?俺……もしかして家を間違えた!?

 

 そういえばまだあのお母さんから、名前も聞いてないし………

 

 いや、でも「茉子」って言ってたよな…?

 

 本当に俺の知ってる常陸さんなのか!?

 

 なんて事を悩んでいると、こちらの方にトタトタと足音が近づいてくる。

 

 やばいぞ……怖い。

 

 違ったらかなり恥ずかしいことになるぞ…?

 

 茉子?の母?「それから茉子。さっきお客様がお見えになったから」

 

 やっぱり茉子って言ってる!!

 

 じゃあやっぱり間違ってはないのか!

 

 茉子「お客様?ウチに誰か来るなんて珍しいね」

 

 これが常陸さん……か。

 

 俺の知ってる常陸さんと違いすぎて頭が全然追いつかない。

 

 茉子の母「ウチじゃなくてアナタによ」

 

 茉子「え?ワタシ?」

 

 茉子の母「部屋にお通ししたからね。ちゃんとしなさい」

 

 茉子「……部屋にお通し?」

 

 あぁ……言葉だけで、想像出来る。絶対今常陸さんはぽかんとした顔している。

 

 と、そんな疑問の声と共に、部屋の襖が開けられる。

 

 その襖の奥から現れたのは、間違いなく俺の知っている常陸さんだった。

 

 しかし、その姿を見て普通は安心するはずが……俺はできなかった。

 

 茉子「…………」

 

 蓮太「………」

 

 常陸さんは呆然と俺を見つめ、俺は呆然の彼女を見つめる。

 

 その格好は………なんというか、ほぼ全裸だった。

 

 お風呂上がりだったのだろうか?ちゃんと身につけているのは下着………いや、パンツだけ……

 

 しっとりと濡れた髪を拭くためか、首にはタオルがかけられている。そのタオルのナイスフォローで、上の方………胸は上手いことに隠れているが、それでもほぼ身体全体が見えてしまっている。

 

 そんなだらしない格好のまま、アイスを舐める彼女の姿は……普段からは想像できないレベルの気の抜けた姿。

 

 そう。普段の朝武さんと一緒にいる時には絶対見られない子供っぽさ。そしてその子供らしさを否定するような身体は、俺を混乱させるには十分な破壊力だった。

 

 ……って待て待て。

 

 そんな実況を心の中でしている場合では無いのでは?俺はこのまま硬直してていいんだろうか?

 

 頭では分かっているつもりだったのだが、それでもこんな不意打ちを食らっては、思考回路も身体も完全に機能停止してしまっていた。

 

 というか、そもそも出入り口を塞ぐように常陸さんが立っているせいで逃げ場がない。

 

 蓮太「あ、あ……あ、あの、どうも……お邪魔ひえます……」

 

 何もなかったかのように、普通に挨拶を交わしてみたつもりだったが…………無理だ、思考と共に、呂律も回っていない。

 

 すごく恥ずかしい。いや、彼女が1番恥ずかしいはずなんだけどさ。

 

 茉子「………」

 

 蓮太「ひ、常陸……さん?」

 

 だか、そんな彼女の返事はない。

 

 というか、反応がない。

 

 そして沈黙のまま、彼女は静かに襖を閉めた。

 

 奥から何か聞こえてくる。

 

 茉子「お母さん、メガネが欲しい」

 

 茉子の母「どうしたの?急に」

 

 茉子「なんか幻覚が見える……部屋に竹内さんがいるっていう幻覚が」

 

 あぁ……彼女の頭の中では、俺は幻覚なのか。

 

 うん。俺も幻覚だと思いたいよ。もうこの先どうしたらいいんだよ。

 

 茉子の母「幻覚が見えたらもはやメガネではどうにもならないと思うけど?お薬の出番じゃない?」

 

 そこツッコむの?違うくない?なんならそのお薬で俺の記憶を消したいよ?

 

 茉子「じゃあお薬頂戴」

 

 茉子の母「いくら忍びの家系でも、ウチにそんな怪しい薬はありません」

 

 じゃあなんでお薬って言ったの?

 

 茉子の母「というか、またそんな格好のままで。ちゃんと服を着なさい。竹内さんに失礼でしょう?」

 

 うん。その一言を言うのがかなり遅いよね?というかまず最初に言うべきことだよね?

 

 もしかしてアイスの下りを話している時は、常陸さんの姿を見てなかったのかな?

 

 ならしょうがないか。

 

 とはならねぇよ。

 

 茉子「……お母さんまで幻覚を見てる?」

 

 やっぱりそうか。これは親子揃って幻覚を見てしまっているだけなんだ。

 

 茉子の母「何を訳の分からないことを。幻覚じゃない。本物の竹内蓮太さんです」

 

 どうも、幻覚じゃなかったみたいです。幻覚じゃない竹内蓮太です。

 

 茉子の母「ほら、早くちゃんと服を着て、おもてなしをしなさい」

 

 茉子「………。幻覚じゃない……幻覚じゃない……」

 

 少しずつ常陸さんの声に力が入っていく。

 

 そしてもう一度勢いよく襖が開かれて……

 

 茉子「幻覚じゃないぃぃぃぃぃぃッ!?

 

 蓮太「──ッ!?」

 

 茉子「あっ……あっ……あっ……あああああああああああ……ッ!」

 

 茉子「あわわわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!?

 

 蓮太「なんで戻ってきたんだぁぁぁぁっ!?



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75話 常陸家

 

 とある休日のお昼過ぎ。

 

 常陸さんの部屋で、俺と常陸さんはテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。

 

 茉子「見られた……見られた……ああ、見られてしまいました……」

 

 蓮太「………」

 

 そう、俺は見てしまった。

 

 男の夢と理想の果ての「世界」を。

 

 とてつもなく気まずい雰囲気が部屋中を漂う。

 

 目をそらすこともしなかったのは事実、ぶっちゃけガン見してしまった俺にも非はある。

 

 正直、事故とはいえ眼福でした。はい。申し訳ありませんでした。

 

 蓮太「申し訳ありません。常陸さん。そんなつもりはなかったんですけど……って言っても仕方がないので素直に謝ります。ごめんなさい」

 

 茉子「いくら家の中とはいえ、だらしない格好をしていたのはワタシですから…。それに気が動転してしまって……ワタシとても恥ずかしい格好を……ほ、本当に申し訳ありませんでしたっ」

 

 蓮太「いや、違う。常陸さんは謝らなくてもいい。大丈夫わかってる。こういう時、男は全体的に弱いってことは」

 

 そう、出る所に出られたら俺の人生は終わる。

 

 今、俺の運命は常陸さんに握られている状態だ。

 

 茉子「そっそれで、あの……竹内さんはどうしてワタシの家に…?」

 

 蓮太「あっと……、とりあえずこれを持ってきたんです。はい」

 

 俺は思い出したかのように、ポケットから例の財布を取り出す。

 

 茉子「あ、ワタシのお財布」

 

 蓮太「やっぱりそうだったんだな。これ、リビングに落ちてたからさ」

 

 茉子「わざわざ届けに来てくれたんですか、ありがとうございます」

 

 蓮太「どうせ買い物に行かなきゃいけなかったし、まぁ、そのついでに。そんでちゃんと休んでるかどうかの確認も兼ねてだったんだけど……余計な心配だったな」

 

 茉子「〜〜〜……ッッ」

 

 その俺の言葉を聞いて、常陸さんは思い出したかのように顔を赤くする。

 

 蓮太「あ、いや、そんなつもりじゃなくて……」

 

 茉子「いえ……竹内さんの言う通りだと思います。………本当に間抜けですよね、ワタシ」

 

 蓮太「別にそんな風には思わなかったけど……。家にいると全然違うんだなーって思ったくらい?」

 

 茉子「お恥ずかしい…」

 

 蓮太「誰だって家にいる時は気を抜くさ。俺は性格上、服とかはちゃんと着るけど」

 

 そもそも気を抜く場所がなかったしな。自分の部屋が出来たのも、朝武さんの所に来てからだし。

 

 とまぁ……常陸さんは家にいる時は、年相応なんだな。

 

 いや、別に変なことを考えているわけじゃないんだけど……。そんなことで驚くだなんて、やっぱりまだ常陸さんとは壁があるんだな。

 

 蓮太「まぁ、リフレッシュできているのならよかった」

 

 茉子「……確かにお風呂に入って多少はできたかもしれませんが……やっぱりお務めをしていた方が気楽です」

 

 茉子「どうしても、一人だと時間を持て余してしまって」

 

 ……?時間を持て余す?

 

 蓮太「常陸さん、風呂に入る以外は何もしてないのか?」

 

 茉子「まだ読んではいなかったマンガの新刊は読みましたが……。芳乃様のことが気になって、内容が頭をすり抜けていくんです」

 

 蓮太「朝武さんのことなら心配ないぞ?将臣もいるし、今は特に問題は無い。一応、料理の時は二人を側で見守ろうと思ってるから」

 

 茉子「よろしくお願いしますね」

 

 蓮太「だから、こっちは気にしないでいいから。しっかり休んでくれ」

 

 せっかくの常陸さんの為の休みなんだ。日頃の疲れをとったりしてもらわないと意味が無い。

 

 茉子「そうしたいのは山々なんですが…………。休むって…どうしたらいいんでしょう?」

 

 蓮太「どうしたら……って…。どっかに遊びに行くとか?」

 

 茉子「ワタシは誰かと遊びに行ったこともありません。いきなり一人でと言われても……どのように過ごせばいいのやら」

 

 あぁ……そうか。

 

 思えば、穂織には遊ぶようなところはない。

 

 逆の立場になると、俺も困るかもしれない。

 

 常陸さんのことを考えると、誰かと一緒にいると安らがない可能性もあるしな。

 

 ……っと、そういえば。

 

 蓮太「あのさ、ちょっと話が変わるけど……いいか?聞きたいことがあって」

 

 茉子「はい?なんでしょう?」

 

 蓮太「常陸さんってなんで、朝武さんに……朝武家に仕えてるんだ?」

 

 茉子「どうして、と言われましても…。それが御家のお務めですから」

 

 御家のお務め……。

 

 蓮太「それにしても、いくら血筋って言っても、主従関係を維持し続けているのは常陸家だけだろ?なにかその辺の理由があるんかな…?って思って」

 

 茉子「それは……まあ、なんと言いますか」

 

 何かはあるんだな。

 

 常陸さんの喋り方と、表情で何となく察することができる。

 

 蓮太「あ、もしかして言えないような事だったか?だったら無理して言わなくても──」

 

 茉子「あ、いえ、そんな別に隠すようなことでは……」

 

 茉子「そうですね、意味深に隠すと、あらぬ誤解を与えるかもしれません」

 

 そう言って常陸さんが言い放った言葉に、俺は少しばかり驚いた。

 

 茉子「ワタシの家が、芳乃様の家にずっとお仕えしているのは、呪いの原因が常陸家にあるからです」

 

 ………は?

 

 常陸家が原因?なんで?呪いの理由は確か……昔の…つまり先代の朝武兄弟が、跡目争いの結果に生じたものだったはず。

 

 それが何故、常陸家が原因になるんだ?

 

 蓮太「呪いの原因って…」

 

 茉子「そんなにもったいぶる話でもありませんから、単刀直入に言いますね」

 

 常陸さんは真っ直ぐに俺の目を見て言った。

 

 茉子「常陸家は、朝武家の分家に当たる家柄なんです。そして家が分かれたのは、跡目争いの際」

 

 蓮太「それって……常陸家の先祖はつまり………」

 

 心の底から何か例えようのない感情が押し寄せてくる。

 

 蓮太「朝武ではなくなった……、まさに争いを起こした人。長男の血筋…」

 

 茉子「はい。本来なら撫で切りにされてもおかしくなかったところを、朝武家に許されました。その恩義もあって、朝武家に分家としてお仕えしているんです」

 

 これが…常陸家の………

 

 茉子「そしてある時、祟り神によって、呪いが残っていることが判明しました。しかもその原因は先祖にある」

 

 茉子「となれば、呪いに苦しむ朝武家を横目に、のほほんと過ごすわけにはいきません」

 

 蓮太「……」

 

 茉子「なので、朝武家が肩書きを返上したあとも、常陸家はずっとお仕えしているんです」

 

 蓮太「幼い頃からずっと……そのための訓練も…」

 

 茉子「はい、そうですね」

 

 常陸さんはニッコリと笑っていた。

 

 そのことに関しては、彼女は朝武家に対して恨んでなどはいないのだろう。

 

 ただ、その笑顔を見ていると……何故か心が痛くなった。

 

 そしてもうひとつの事実。呪いに縛られて苦しんでいたのは朝武家だけじゃなかったんだ。常陸家もその呪縛に縛られていたんだ。

 

 本当に、俺は常陸さんのことを何も知らなかった。

 

 友達であっても、親しくはなかった。

 

 だって、彼女の事情も、普段の姿も、何も知らなかった。

 

 俺が知っているのは“朝武家に仕える常陸さん”で常陸茉子という人のことは何も知らなかった。

 

 蓮太「じゃあ、何故忍びに?」

 

 茉子「おそらくは……周りに対する配慮ではないかと。なにせ恩赦で許されていただけで、普通に家臣として迎え入れれば反発もあります」

 

 茉子「これでも、おそらく当時は大分反発もあったと思いますよ。この家、建て替えは何度か行っていますが、場所自体は移動していないらしいですから」

 

 蓮太「…は?」

 

 茉子「今はある程度道も整備されていますが、当時は完全に山の中だったと思います」

 

 なんだよ……!それ……!

 

 じゃあ、常陸家が家臣団の資料に残されていなかったのもそれが理由なのか?

 

 こんな離れた端の方に家を追いやられて暮らしているのもそのせいなのか…?

 

 数百年もの間、ずっと常陸家はその責任を負わされているのか……?

 

 そんな時、ふとさっきの会話を思い出す。

 

 

「申し訳ありません。茉子の友人が来るなんて初めてのことですから、つい」

 

 

 

「お客様?ウチに誰か来るなんて珍しいね」

 

 

 ……この言葉も、それが原因なんだろうか。

 

 それってつまり…………この町で孤立している…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ふざけんなよ。

 

 

 

 茉子「竹内さん、なんだか怖い顔をしていますよ?もしかして……何か怒ってますか?」

 

 蓮太「………かもね」

 

 俺はできるだけ、感情が伝わらないように曖昧に返事をする。

 

 茉子「あの、的外れだったら申し訳ないんですが……常陸家が今も不当な扱いを受けていると、勘違いされていませんか?」

 

 蓮太「……ん?」

 

 俺の考えとは逆のことを言われて、少し呆けた返事を返してしまう。

 

 茉子「……やっぱり」

 

 蓮太「あれ…?違ったのか?」

 

 茉子「違いますよ、そんなことはされていません」

 

 蓮太「いや、だって、常陸さんが今言った事は少なからず事実なんだろ?」

 

 当時は不当な扱いがされていたことは、今、目に見える形で残っている。

 

 茉子「事情が事情ですから、常陸家に分かれた当時は色々苦労もあったと思いますが、それは昔の事です。今も村八分にされている、なんてことは決してありません」

 

 蓮太「でも―」

 

 茉子「確かにここは町の外れです。ですが、ちょっと中心部から遠いというだけです。訓練のことを考えれば、むしろここら辺の方が色々と都合がいいんですよ」

 

 茉子「それに、引っ越しをしないのは、あくまでワタシ達の意思ですから」

 

 本人がそこまで言うのであれば、そう信じるしかない……か。

 

 蓮太「確かに…よく考えてみれば、一応今は道は整備されているし、学院でも完全に除け者…みたいな雰囲気は全くないな」

 

 茉子「そうですよ」

 

 学院でも、みんなと普通に接している。

 

 常陸さんの話題を振っても、気まずそうにしている人もいない。

 

 いや………それだけじゃないな。町で買い物をしている時も、変な目で見る奴なんていなかった。

 

 蓮太「なんだ……完全な勇み足か」

 

 ……家がこんな場所にあったり、家臣団の資料に残されていなかったことが、きになっていたのだろうか?

 

 まぁ、なんであれ、勘違いだったのならそれはそれでいい。

 

 まったく……無駄に疲れちまったよ。

 

 蓮太「悪いな、勝手に勘違いしてさ。完全に俺が常陸さんの事を色眼鏡で見てたみたいだ。ごめん」

 

 茉子「いえいえ、ワタシは全然気にしていませんから」

 

 本当に申し訳ないことをした。馬鹿丸出しだな。

 

 茉子「それに……嬉しかったです。早とちりでもなんでも、ワタシのために怒ってくれているのがわかりましたから」

 

 蓮太「そりゃそうさ」

 

 茉子「でも、よかったです。竹内さんの勘違いにすぐに気付くことができて」

 

 蓮太「確かに……町全体を敵に回して、かつそれが全て空回りっていう最悪の展開になってたかもね」

 

 とりあえず玄十郎さんのところに行ってただろうな。

 

 茉子「あは……それはそれで、意外と面白そうな展開かもしれませんね」

 

 蓮太「そうなったら1週間は引きこもるね」

 

 恥ずかしさでしばらく外に出れなくなるわ。

 

 茉子「冗談ですよ。あ、でも…嬉しかったのは本当です。なんだか、マンガのヒーローみたいでした」

 

 蓮太「ヒーロー?って、そういや常陸さんの部屋ってマンガが多いな」

 

 茉子「あっ…すみません。突然の事で、人を出迎える準備が出来ていない部屋で…」

 

 蓮太「そういうことが言いたいわけじゃない。というか、むしろ綺麗に整頓されている方だろ」

 

 と言いながら、俺は改めて本棚を見る。

 

 蓮太「マンガ、好きなんだな」

 

 茉子「好きと言いますか、唯一の趣味と言いますか……。ワタシは、自分の時間を持てるのが、早朝か日が暮れてからだったので」

 

 蓮太「なるほどねぇ…」

 

 確かに夜の間だけなのなら、本やゲームくらいしかないのかもしれない。

 

 やけに俺の見様見真似のパクリ技に詳しいと思ったらそういう事だったのか。

 

「ブレイバー」とか「クライムハザード」とか……

 

 俺って痛いな。

 

 とまぁそんなことよりも、テレビもチャンネルが少ないし、時間を潰す方法があまりないのも事実か。

 

 ゲームをしないのであれば、そういうことになるのも仕方ないか。

 

 茉子「小説なんかも読んではいたんですが……ワタシはマンガの方が好きで」

 

 蓮太「マンガは俺も好きだからな。別に変には思わないけど……やっぱり少女漫画なんだ?」

 

 パッと見は、本棚には少女漫画特有の白色が多い本ばかりだ。

 

 茉子「はい、そうですね。熱血マンガや少年マンガも面白いとは思いますけど、一番は恋愛ものですね」

 

 蓮太「だから、“恋がしてみたい”って秘密ができたのか」

 

 茉子「その話をここで持ち出しますか!?」

 

 蓮太「でもそうなんだろ?」

 

 茉子「あ……、まあ……。そうなんですが…」

 

 常陸さんは恥ずかしそうに顔を赤く染め出していた。

 

 茉子「マンガのキャラを自分に置き換えて……なんてことをしていたら、そんな恥ずかしいことを思うように…」

 

 蓮太「別に恥ずかしい事ないだろ?俺を見てみろ、死ぬか生きるかって戦いの時に「ブレイバー」とか叫んでいるんだぞ?」

 

 まぁ、俺は完全に頭がおかしいけど、普通は経験のないことを漫画とかで知って、そこから憧れを持つものだろう。

 

 もちろんそれは漫画だけでは無い。テレビや雑誌、家族の経験談や友人の動き。

 

 ヒントはゴロゴロその辺に転がっているもんだ。

 

 蓮太「とまぁ、俺のことはいいとして…だ。常陸さんは気になる人とかいないのか?」

 

 茉子「ですからいませんってばー」

 

 蓮太「あ、いや、しつこく問い詰めたいとかじゃなくてさ、常陸さんがお務め以外で考えていることって「恋」の事だろ?その、気になるところから、まずは変えてみるのが一番いいんじゃないか?って」

 

 茉子「興味があること……ですか」

 

 蓮太「そうそう、別になんでもいいんだ。俺もそうだし、常陸さんもそうだけど。この世界には知らないことが沢山ある!俺達が楽しいって思えることはもしかしたら意外とすぐそこに沢山あるかもしれないんだ!」

 

 蓮太「その無数の楽しいことから、常陸さんが自分で興味を持ったのが「恋」なんだろ?だから俺は応援したい。好きな人がいるのなら、協力もするし、力になりたい」

 

 自分で言っててアレだけど、まさか俺がこんなことを言うなんてな。

 

 穂織に来る前は絶対そんなことは言わなかっただろうな。

 

 蓮太「自分で言い出したから……ってもあるんだけど、俺は常陸さんに沢山の「楽しい」を知って欲しいんだ!」

 

 俺が、常陸さんに色んなことを教えてもらったから。もちろん常陸さんだけじゃないけれど……自分を変えるきっかけをくれたのは間違いなく常陸さんなんだから。

 

 茉子「…ありがとうございます。そうですね、竹内さんが応援してくれるなら…」

 

 茉子「ちょっと頑張ってみよう……かな」

 

 そう言って、どこか恥ずかしそうに笑う常陸さんは、なんというか、少し幼く見えた。

 

 その笑顔を見て、これから常陸さんがお務め以外のことを頑張るって決めてくれたことに、喜びを感じる。

 

 でも……何故かもう一つの感情が。

 

「恋」を頑張る。

 

 そう、嬉しいはずなんだ。

 

 喜んでいるはずなんだ。

 

 なのに何故だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 心が痛い。

 

 

 

 



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76話 違和感

 

 あの日のことを思い出す。

 

 心の硝子が砕け散ったような感覚を味わった日を。

 

 でも今は違う。

 

 

 

 心臓を鷲掴みされているかのような痛みが走る。

 

 涙が出そうだ。

 

 蓮太「もしかして、もう気になる人とかいるのか?」

 

 茉子「いえ、まずは相手を見つけないといけません」

 

 蓮太「そうか。つか、常陸さんの好きなタイプは?」

 

 好みの理想像を知っておかないと、人探しもできないからな。

 

 茉子「好みのタイプ…ですか?あまりそういうことは考えたことがありませんね」

 

 ちなみに俺が好きなタイプは「ドラゴン」「はがね」です。

 

 茉子「月並みに、優しい人がいいとは思いますが」

 

 蓮太「んー……。じゃあ漫画のキャラで言ったら?」

 

 茉子「そうですねぇ…よく、ヒロインが好きになる人でしたら……」

 

 と言って、常陸さんは本棚の方を見ながら、考えだす。

 

 茉子「普段からしっかりしていて、自分を持っていて、優しくて、決めるべきところはちゃんと決めてくれる」

 

 蓮太「あーはいはい。グループができたら、その中心になってるタイプね」

 

 俺はそんなことになるのは嫌だな。

 

 茉子「他にも、クールでニヒルな感じで、一見女の子が嫌い?と思うようなぶっきらぼう。でも何故かヒロインには優しい」

 

 蓮太「あーはいはい。興味が無いけど、女子のファンクラブとか出来てるタイプね。それっぽいやつがちょっと昔のバスケ漫画でいたわ」

 

 俺は、某ソルジャーに少し憧れてたから、クールな感じがいいのはわかる。まぁ、俺の性格的には無理だな。ぶっちゃけ後半はおかしいと思うけど。

 

 茉子「ですがあくまでマンガはマンガ。恋人同士のキュンキュンする絡みを読んでいるだけですから」

 

 蓮太「じゃあ現実でキュンキュンすることはないのか?」

 

 茉子「現実で、ですか…?そうですねぇ……うーん…」

 

 指を顎に当てて、目を閉じて何かないかと記憶を辿る常陸さん。

 

 しばらくすると、何かを思い出したかのように、声を上げた。

 

 茉子「あっ」

 

 蓮太「お?心当たりがなんかあったか?」

 

 茉子「さっき、竹内さんがワタシのために怒ってくれた時、実はちょっぴりキュンってきましたよ」

 

 ……はい?

 

 その俺に向けられた笑顔に……思わず俺はドキッとしてしまう。

 

 茉子「な、なんちゃって〜……あ、あは…」

 

 どこか恥ずかしそうに、笑う常陸さんは、いつもよりも可愛く見えた。

 

 茉子「……この間からかわれたお返しです」

 

 蓮太「の割には自爆してない?顔が赤いぞ?」

 

 まぁ……俺も人のことは絶対言えないと思うけど。

 

 茉子「そ、そんなことはありません!それに、顔が赤いのは、竹内さんも同じです」

 

 わかってるっての。顔だけじゃなくて、身体中が熱い。

 

 俺も慣れているわけじゃないから、この手の攻撃には弱いんだから。

 

 茉子「でも……そうですね、竹内さんの言う通りかもしれません」

 

 茉子「自分の「楽しい」か……」

 

 蓮太「そ、そうだ!朝武さんも将臣も、自分の「楽しい」を見つけたんだ。だから常陸さんも置いてかれないように、頑張ろうぜ?」

 

 茉子「はい。頑張ってみたいと思います」

 

 さっきまでの空気を誤魔化すように、俺は敢えて話題を逸らし続ける。

 

 蓮太「何かあった時は俺に言ってくれたら、できる限りの手伝いはするからさ」

 

 茉子「ありがとうございます。では……早速、一ついいですか?」

 

 蓮太「あぁ、もちろんだ」

 

 俺は胸を張って勢いよく自分の胸をドンと叩く。

 

 茉子「参考までに訊いてみたいのですが……竹内さんの好みの女性ってどんな方なんです?」

 

 蓮太「え?俺?」

 

 なんで?

 

 茉子「芳乃様が好みではないだなんて……もしかして竹内さんの理想は、とっても高いんですか?」

 

 蓮太「いや、高くはないと思うけど……朝武さんの場合は……ほら、もう恋愛感情とか飛び越えたんだ。仲間って感じ」

 

 茉子「では、竹内さんは具体的にはどのような方が?」

 

 俺の好み……ねぇ……。

 

 蓮太「まぁ……そうだな…。優しくて、一緒にいると楽しい人がいいな。あと、趣味が合う人がいいかも?ほら、料理とか、アニメやゲームとか。全部が全部じゃなくてもいいけど……何か一つでも趣味を共有出来たらいいなーって思う」

 

 茉子「女の子らしい方が好きなんですか?」

 

 蓮太「いや、そういうわけじゃないけど……まぁ、ギャップには弱いかも?意外な一面が見れたら可愛いと思う」

 

 なんか、結婚相談所みたいになってるな。

 

 蓮太「あとは………何があるだろ?」

 

 茉子「おっぱいはやはり、大きい方の方がお好みですかぁ?」

 

 蓮太「………興味無いね」

 

 いざ行動を起こすと怒るのに、こんな感じでイタズラをするからなぁー。この子は…。

 

 茉子「……ジー……」

 

 蓮太「……興味あるね」

 

 茉子「コロッと変わりましたね」

 

 蓮太「いや、実際本当に興味はあるけどさ…」

 

 茉子「あは〜、やっぱり〜。誤魔化そうとするなんて、逆にやらしーですよ?」

 

 そこは男たるもの、女性の胸には興味はあるだろ。普通。

 

 蓮太「別にこだわりは無い。その人が好きになったのなら、その人の全てが好きになると思う」

 

 茉子「では、髪型などにもこだわりはないんですか?」

 

 蓮太「似合ってれば何でもいいんじゃないか?」

 

 茉子「わりと寛容なんですね」

 

 蓮太「気にしてないだけだ。そろそろ止めよう。流石に恥ずかしい」

 

 なんでいつの間にか俺の好みが次々にバレていっているんだ?

 

 茉子「では……最後に一つ。竹内さんの身近な人で、理想に一番近い人はどなたになりますか?」

 

 蓮太「なんかグイグイくるな」

 

 茉子「本当に最後ですから。そうですね……クラスメイトなどでもいいですよ?」

 

 蓮太「クラスメイト……?」

 

 正直、そんな目で誰一人見たことがなかったからな……。それにまだ名前も覚えてない奴もざらにいるし……。

 

 そもそも、クラスの人と仲良くもないからな、俺。

 

 でも、誰かを決めなきゃいけない……。うーーん…………。ある程度仲良くて、趣味というか…好きな事が同じで、明るい人……?そして可愛いギャップもあって……。

 

 え…?それってつまり……。

 

 蓮太「………」

 

 茉子「……?」

 

 じっと見つめる視線の先の常陸さんは、小首を傾げていた。

 

 身近な人で例えるなら………それは、常陸さん…?

 

 茉子「どうしました?」

 

 蓮太「あ、えっと……。好みに近い人って……常陸さんかな…って」

 

 その言葉を聞いた常陸さんは、またもや一気に顔を赤くして、目を逸らした。

 

 茉子「………ッ」

 

 茉子「あっ、あは……二番煎じはいただけませんねぇ。さっきの仕返しのつもりですか?」

 

 常陸さんは少し照れた様子で、俺の言葉をサラリと流そうとする。

 

 茉子「ふふ、ワタシはそんな手には引っかかりまひぇんにょ!」

 

 蓮太「思っきり噛んでるし……、十分引っかかってるぞ」

 

 茉子「な、だからそれは竹内さんも同じですっ。顔を真っ赤にして自爆しちゃってますよ!」

 

 自爆ねぇ…。

 

 確かにしたかもな。ある意味……。

 

 ……このままこの話題を続けるのは困難を極めるな。

 

 蓮太「お互いの為に、この話の話題は止めとこう。同士討ちになっちまう」

 

 茉子「そうですね…」

 

 一旦冷静に考える時間が欲しい。

 

 蓮太「とまぁ、話もひと段落ついたところだし、夕飯の買い物にでも行ってくるわ」

 

 元々の用事はもう済んでいるからな。ここに長居する理由ももうない。

 

 茉子「あっ……もう行くんですか?」

 

 蓮太「………まぁな、あんまり遅くなったら逆に心配されるかもしれないし」

 

 どこか寂しそうなその瞳で俺を見つめる常陸さん。

 

 その瞳を見ていると、俺もなんだか立ち去りたくなくなる……。

 

 ……うん?

 

 まただ……。変な感覚……。寂しい。

 

 蓮太「という訳で、俺はもう出るよ」

 

 茉子「あの……それ、ワタシも一緒に行っていいですか?」

 

 蓮太「ん?…まぁ、俺は別にいいけど……」

 

 いや、でもちゃんと常陸さんにはリフレッシュをしてもらわないと……って。

 

 それが出来なくて、時間の使い方に困ってたのか。

 

 蓮太「じゃあ、一緒に来る?」

 

 茉子「はい。ありがとうございます」

 

 と、そんなこんなで、夕飯の買い物は俺と常陸さんで行くことになり、常陸さんの部屋を後にした。

 

 茉子の母「もうお帰りですか?」

 

 蓮太「はい、お邪魔しました」

 

 俺は常陸さん家を出る前に、常陸さんのお母さんに向かってぺこりと頭を下げる。

 

 茉子「お母さんは出てこなくていいから」

 

 茉子の母「何言ってるの、竹内さんには茉子も日頃からお世話になってるんだから、親として挨拶くらいはしておかないと失礼になるでしょう」

 

 茉子「それは、そうかもしれないけど…」

 

 なんつーか、この辺ってやっぱり常陸さんは年相応なのな。俺的には別に問題ないんだけど。

 

 茉子の母「それに若い男の子と話す機会なんて滅多にないんだもの」

 

 茉子「お、お母さんっ、竹内さんの前で恥ずかしいこと言わないで……っ」

 

 あぁ……常陸さんは、自分の母親のこういう所を見られるのが苦手なんだろうな。

 

 茉子の母「竹内さん、こんな子ですが、今後もなにとぞよろしくお願い致します」

 

 蓮太「あぁ…いえ、お世話になってるのは、むしろ俺の方ッスから。こちらこそよろしくお願いします」

 

 茉子「ほら、挨拶は済んだでしょう。ほら、行きましょう、竹内さん」

 

 そう言って、俺の服の袖を掴んで引っ張ってくる常陸さん。

 

 蓮太「え、あ、あぁ…。それじゃあ、失礼しました」

 

 その場から逃げるように、俺と常陸さんは町の中心部の方へ向かって歩く。

 

 家族の前では、常陸さんも普通の女の子なんだなぁ。って思ったし、こんな風に慌てる常陸さんは珍しいからか、心から可愛く思えた。

 

 ………俺って、常陸さんのことをどう思ってるんだろ。



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77話 徐々に変わる心

 

 茉子「すみません、母が失礼なことを」

 

 夕飯に必要な物を買う為に、俺達は二人でちょっとした商店街を歩いていた。

 

 まぁ、商店街と言っても全然大きくはないし、あえて名前をつけるなら「商店通り」って感じだろう。

 

 蓮太「そんなことは思ってないけど、明るくていい人じゃないか?」

 

 茉子「〜〜〜……お恥ずかしい限りです。昔から世話好きな母なんです」

 

 一部、世話好きの範疇を超えてた気がするけど……。まぁ確かに世話好きな人だったな。

 

 茉子「ワタシの知り合いが家に来るなんて初めてですから。はしゃいじゃったみたいで…」

 

 蓮太「気にしてないし、大丈夫だ。あのお菓子美味しかったし」

 

 茉子「そう言っていただけると……。あっ、は、話を変えましょう!今日は何を作るんですか?」

 

 蓮太「さぁ?俺はその辺の話には全く関わってはなかったから…。でも、将臣は煮物にしたいって言ってたな」

 

 煮物とは、これまたいい所を選んだな。確かに、いくら弁当を作っているとはいえ、朝武さんはまだ料理に慣れていないだろうし、煮物なら慌てることなく調理できる。

 

 蓮太「だから、それに合わせて中身を選ぼうと思ってたんだが…。常陸さんって確か好き嫌いはなかったんだよな?」

 

 茉子「はい。特にはありませんから、なんでも大丈夫ですよ」

 

 蓮太「それじゃあー…。とりあえず鶏肉と大根でも買っとくか」

 

 あとは…人参と、卵もあった方がいいか。

 

 でもそれだけだと少ないな…。そうだ、せっかくだから汁物も作って……卵も余るだろうから厚焼き玉子でも軽く作ってやるか。

 

 蓮太「よし、買うものも決めたしちゃちゃっと終わらせるか」

 

 茉子「楽しみですねぇ〜。有地さんと芳乃様の初めての共同作業」

 

 蓮太「その言い方はわざとだろ。とまぁ、一応俺も副菜とかは手伝おうとは思ってるし、朝武さんはわりとセンスはいいから期待はしてていいと思うぞ?将臣は知らねぇけど」

 

 将臣が料理しているところなんて見たことないからな。結構前に、卵を使った料理をした痕跡があったくらいかな?確か……常陸さんと初めて夜道を歩いた時だったかな?

 

 茉子「リフレッシュを締めくくる夕食ですからね。煮物とどんな美味しい副菜が出てくるんでしょうか?期待が膨らみますねぇ〜♪」

 

 蓮太「俺はそんなプレッシャーには絶対負けないからな」

 

 茉子「はてさて、なんのことやら〜?ふふ」

 

 俺の隣を歩く常陸さんが、楽しそうにいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

 俺達の飯を食ってもらう時も、こんな風に笑ってもらえるような料理を作らないと。

 

 別に褒められなくてもいいけど、どうせ食べてもらうなら、心から美味しいって思えるものの方がいいもんな。

 

 なんて思っていた時、後ろの方からクラクションのなる音が聞こえてくる。

 

 その音に注意を引かれ、振り返ると、観光客だろうか?とても町の道路を走るようなスピードじゃない車が少し離れたところから走ってきた。

 

 蓮太「…っ」

 

 その車が視線に入った途端に、俺は反射的に道路側を歩いていた常陸さんの腕を取り、俺の方へと引き寄せた。

 

 茉子「きゃっ」

 

 その声と同時に、俺の胸に軽く常陸さんの肩がぶつかる。

 

 なんだ?あの車。いくら歩道があるとはいえ、町中の道路をあんなスピードで走ることないだろ。

 

 世の中あんな奴もいるもんだな。

 

 明らかに速度違反だ。

 

 茉子「申し訳ありません…」

 

 蓮太「いや、無理やり腕を引っ張ったのは俺だから」

 

 咄嗟に腕を引っ張ったのはいいけど……ぶっちゃけそんなに車に接触しそうな距離ではなかったな。

 

 ただ、そうしてしまうくらいの速度だった。

 

 蓮太「怪我とかはしてない?」

 

 茉子「は……はいっ。車には当たっていません」

 

 蓮太「そっちの方もそうなんだけどさ、ちょっと急に引っ張ったから、痛めてしまったところとかないか?」

 

 茉子「はい、問題ありません」

 

 そう言う常陸さんは、ほんのり顔が赤いような…?まぁいいか。

 

 蓮太「ならいいんだ。にしても……。危ねぇな、あの車」

 

 茉子「最近、たまにいるんです、乱暴な運転をする人が」

 

 蓮太「そうなんだな」

 

 やっぱりどこの場所にもあんな奴はいるんだな。別に本人が事故ろうがどうでもいいけど、無関係な人が巻き込まれるかもしれないことを考えると……。

 

 茉子「少し行けば、山道で峠なんかもありますから。温泉のついでに乱暴な運転を試す人もいるらしくて」

 

 蓮太「他の地域じゃ対策を強く取っているだろうから、こういう場所でそういう事をする奴も多くなってしまうのか」

 

 迂闊だった。この地域でこんなことがたまにでも起こるのであれば、俺が車道側に立つべきだったな。

 

 茉子「竹内さんって…やっぱり殿方なんですね」

 

 蓮太「…?どした?急に」

 

 茉子「お姫様抱っこをされた時もそうですが……単純な力では敵いそうになくて、当たり前のことですが」

 

 ……お姫様抱っこ事件の時は、実は心の力で身体強化してたんですけどね。

 

 でもまぁ……、お祓いがあったからか、身体そのものは確かに周りの人よりもガッシリとはしてる……かも?まぁ、元々そんなに食べないし、ひたすら蹴りを強くするために身体を動かしたり、単純にバイトのせいでスタミナも少しあったし…

 

 なんか後半部分が悲しいな。

 

 茉子「力強くて、温かくて…。マンガでよく、ドキッと描写がありますが、その理由がわかった気がします」

 

 蓮太「常陸さんもそのマンガみたいにドキッとしたってことか?」

 

 まぁ確かに、距離があったとはいえ車に轢かれそうになったりしたら………ドキッとはするか。

 

 茉子「まぁ、ちょっぴり……」

 

 そう言って、俺の胸元ではにかむ常陸さんを見ると、俺の心臓がドキッと跳ねる。

 

 違うな。この「ドキッ」の意味が……。命の危機を感じたからではない。

 

 ……常陸さんの笑顔から目が離せられない。

 

 茉子「な、なんちゃって、なーんちゃって、あは。ワタシ、ビックリしすぎて変なこと言っちゃってますね、すみません」

 

 蓮太「いや、別に変なんかじゃない」

 

 茉子「そ、それじゃあ行きましょうか」

 

 蓮太「…そうだな」

 

 そして、俺の胸から離れて再び常陸さんは歩き出す。

 

 俺はそんな彼女を守るように、今度は自分が車道側を歩く。

 

 これはまぁ、男としてな。女性を危険な目に合わせるわけにはいかない。

 

 茉子「…あっ…」

 

 蓮太「ん?どうした?」

 

 茉子「ふふ……いーえー、別になんでもありませんよー?」

 

 蓮太「……?なんかあったのか?」

 

 なんでもない割には、怪しい微笑みだな…

 

 茉子「どうぞお気になさらず」

 

 蓮太「お気になさらずって──」

 

 茉子「さあさあ、早く買い物を終わらせてしまわないと、芳乃様が待ちくたびれているかもしれませんよ」

 

 そう言って元気よく先へ進む彼女の後を追うように、俺は夕飯の材料の買い出しへ行くのだった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして迎えた、夕食の時間。

 

 茉子「んー!この煮物、とってもいい味ですね!」

 

 芳乃「ほ、本当に…?無理しているわけじゃない?」

 

 茉子「勿論です!特にこの大根、味も染みていて……うん、とっても美味しいです」

 

 芳乃「よ、よかったぁ…」

 

 そうして食卓に並べられた料理は、予定通りの煮物だった。

 

 それにプラスして、俺が豚汁と厚焼き玉子を作ったぐらい。少し物足りない気もしなくはないが……まぁ、これでもおなかいっぱいにはなるだろう。

 

 蓮太「うん。確かに美味い。ついついがっついてしまうな」

 

 将臣「蓮太が全然煮物の方に手を貸してくれないから、結構ドキドキしてたんだぞ?」

 

 そう。そっちの方も予定通り、俺は煮物の方にはできるだけ手を出さなかった。

 

 内心俺も、将臣と朝武さんの料理が楽しみであったからだ。

 

 その代わりに、他の料理を全面的に俺が担当していたんだが……。まぁ卵焼いて汁作っただけだし、そんなに手間はかかっていない。

 

 蓮太「俺も結構楽しみだったんだよ。常陸さん以外に料理を作ってもらうって、朝武さんのあの一回目の弁当以外はないんだから」

 

 将臣「蓮太が作ってくれたのも美味しいな」

 

 蓮太「当たり前だっつの」

 

 好きなことには手を抜きたくないからな。

 

 茉子「ですが大丈夫でしたか?大根の皮剥きで、指を怪我したりは…?」

 

 芳乃「そこは……有地さんが」

 

 安晴「へー。将臣君は、よく料理を作るのかな?」

 

 将臣「そんなことはないです、子供の頃によく母に手伝わされたりしたことがあるだけです。あと、りんごの皮剥きとか…」

 

 蓮太「ふぁ、ふぁいほはふぉんまふぉんふぁふぁふぁは」

 

 芳乃「ちゃんと飲み込んでからで大丈夫ですから…」

 

 いや、割と本当に美味しいぞ?

 

 蓮太「悪い悪い。つい頬張ってしまった」

 

 芳乃「それにしても悔しいです…。結局、有地さんにほとんど教えてもらうことになってしまった…。私が自分で作るって言い出したことなのに…」

 

 茉子「まあまあ、これからですよ。これから勉強していけばいいんです」

 

 将臣「それに、確かに俺が横から口を出したし、手伝いもしたけど、ほとんど朝武さんが作ったんじゃないか。だから気にしなくてもいいんだよ」

 

 なんだ?コイツ…。急に優男になりやがって。

 

 芳乃「あ……ありがとう、ございます…」

 

 そう言う朝武さんの顔は、ほんのり赤く染まっていた。

 

 見せつけてくれやがって……。

 

 芳乃「すみません。こういう時にどう応えればいいのか、わからなくて…」

 

 朝武さんも常陸さんも、褒められることに慣れてはいないんだな。

 

 蓮太「……笑えばいいと思うよ」

 

 茉子「絶対言うと思いましたよ」

 

 今のは言わなきゃいけない所だろっ!

 

 茉子「それはそうとして、本当に初めてとは思えないくらい美味しいですよ」

 

 芳乃「そ、そう?なら、今度は茉子の料理を教えて、一緒に作りましょう?」

 

 茉子「はい、わかりました!」

 

 と、こんな感じで、楽しみにしていた夕食の時間は終わりを告げていった。

 

 なんだかんだで色々なことがあった一日だが、とりあえずは常陸さんはリフレッシュ出来たってことで、いいのかな?

 

 今日一日で、俺は常陸さんのことをよく知──

 

 茉子「この豚汁や厚焼き玉子も美味しいですよ!碇蓮太さん?」

 

 蓮太「今ナレーションしてるんだから、ちょっとツッコミをさせないでくれ!」

 

 芳乃「……?ナレーション?」

 



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78話 人間として……

 

 茉子「はぁ……本当に美味しかった」

 

 蓮太「本当にそう思ってるんだろうな。いつもよりも食べる量も多かったし、それを見てた朝武さんも喜んでたな」

 

 あの夕食の後、俺はまたすっかり暗くなった道の中、常陸さんを送る。

 

 茉子「だって止まらなくて、つい…。うぅ…、調子に乗っていると太ってしまいます」

 

 蓮太「……別にそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」

 

 常陸さんはかなりスタイルは良い方だし、そんな急激に太ることとかあるのか?

 

 茉子「ダメですよ。気を緩めると、すぐに大変なことになるんですから。ただでさえ…、足が太いのに…」

 

 足…?

 

 そう言われると気になってしまう。

 

 チラッと横目で常陸さんの足を見てみるが、特に違和感を感じることなんてなかった。

 

 蓮太「そう……なのか?」

 

 茉子「そうなんです。芳乃様なんて、細くてすらっとしてて、肌も綺麗で……羨ましい限りです」

 

 そんなに気にする事なのかなぁ?

 

 単純に常陸さんの方が、朝武さんよりも背が高くて、筋肉もついているからその影響が出てるだけなんじゃ…?

 

 いや、むしろそこがネックなのか?

 

 蓮太「俺から言わせりゃ、常陸さんも十分細いと思うけどな」

 

 むしろ女性によくある、細く細くを意識しすぎて……みたいな事にならないかちょっと心配だ。

 

 それに普段から身体を動かしているせいか、別に余計な肉が付いているようには見えなかったし……

 

 なんてことを思っていると、昼間のあの出来事を思い出す。

 

 脳裏によぎるあの姿を思い出すと、ドキドキが止まらなくなる。

 

 男ならみんなそうかもしれないが、そうなってしまうくらいに魅力的だった。

 

 そう。俺は常陸さん身体を──

 

 ってダメだダメだ!アホか俺は!

 

 茉子「どうかしたんですか?」

 

 蓮太「いえ!なんでもないでありますよ!」

 

 茉子「…?」

 

 慌てて誤魔化す俺を、常陸さんは小首を傾げて見上げてきた。

 

 ちょっ…、待って待って!

 

 アレ…?なんか俺、今日おかしいぞ?

 

 いちいちこんなに常陸さんの行動に反応してたっけ?

 

 何故かはわからないけど、ちょっと前から、常陸さんの全ての行動が“可愛い”んだ。

 

 そんな感情が頭の中をグルグル回る。

 

 なんでだ?なんで俺はこんなにも常陸さんを気にしているんだ?

 

 あの時助けてもらったから?

 

 ほぼ裸の姿を見てしまったから?

 

 恋に悩む普通の女の子だと知ったから?

 

 俺が、変わったから?

 

 今思えば、俺はずっと常陸さんのことを考えていた気がする。

 

 欠片の件で、落ち込んだ時も。弁当を作った時も、祟り神に襲われた時も。

 

 常陸さんと一緒にいることも多かったな。夕飯作り。山菜集め。鮎を食べた時。夜間の鍛錬。

 

 あれ…?これって、俺が気付いてなかっただけ?

 

 茉子「竹内さん?」

 

 気付けば、常陸さんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

 その距離は、一歩踏み出せば顔が触れてしまいそうな程に。

 

 緊急処置とはいえ、一度だけ触れてしまっているんだけど。

 

 茉子「大丈夫ですか?」

 

 蓮太「あ、あぁ…問題ない。気にしないで」

 

 茉子「もしかして、今日の家事で疲れてしまったのでは?」

 

 よかった。俺の焦りに気がついていないみたいだ。それならそれで、話を合わせた方がいいだろう。

 

 蓮太「そうかもね。やっぱり、料理以外で慣れないことをいきなり頑張るもんじゃないな。少しずつやってけばよかった」

 

 実際はみんなで分担したから、さほど疲れはないんだけど…。

 

 茉子「でしたら今日はもう、ゆっくり休んで下さい。お見送りはここで結構ですから」

 

 蓮太「そういうわけには」

 

 茉子「気にしないで下さい。それに今日は……一人で帰りたいんです。ちょっと考えたいことがあって」

 

 蓮太「……」

 

 昼間話したアレ…か?

 

 多分そうなんだろう。そこまで言われてしまうと、俺の方も「それでも」とは言い出せない。

 

 蓮太「そっか。わかった。じゃあ俺は戻ることにする」

 

 茉子「はい。それでは失礼します」

 

 そうして俺達は、お互いに「また明日」と一言伝えて、各々家に戻ることにした。

 

 *

 

 茉子「……さてと」

 

 竹内さんと別れたワタシは、自分の家とは別の方向へと歩き出す。

 

 夜の境内を通り、安晴様からお借りした鍵を使って本殿の中へ。

 

 静まり返った空間の奥には、鎮座している獣の憑代があった。

 

 それとは別に、何か地面の方から、不思議な気配が……?

 

 しかし床に視線を送っても、特に何もない。何も起きない。

 

 何なんでしょう?この違和感。

 

 と、それよりも…。

 

 ワタシは再び例の憑代へと視線を向ける。

 

 茉子「ワタシのご先祖が残した呪い…。それがもう…解けたんですよね」

 

 もう芳乃様も自由になって、新たな幸せに向かって歩んで行っている。

 

 だったら、いいのかな?

 

「常陸」であるワタシが「自分の為に」って考えても…いいのかな?

 

 芳乃様も安晴様も優しい。

 

 もしワタシだけが変わらず、このまま呪いに縛り付けられたままならきっと…二人は悲しんでしまう。

 

 だから、ワタシも……言い換えるのなら、自分の目標を見つけなきゃ。

 

 茉子「なんて考えるのは、自分への言い訳…ですかね」

 

 言い訳……。つまりワタシは新しい目標を見つけたいと思っている。

 

 茉子「違う……これも言い訳」

 

 ワタシの中には、もう揺るぎない“願い”がある。

 

 昔からずっと……子供の頃からの願いがあった。

 

 でもそれは叶わないから、心の奥底に押さえ込んできた気持ち。

 

 今ならその願いと…向き合えるかもしれない。

 

 茉子「ワタシは……」

 

 茉子「ワタシは、生きたい。人間になって……ちゃんと生きたい」

 

 巫女姫様の道具としてではなく、一人の人間として。

 

 芳乃様の事が嫌いというわけではない。だからこそ、家事や身の回りのこと、そして祟り神からの護衛をすることに対して、不満は一切なかった。

 

 でもそこに、ワタシの意思はない。

 

 マンガの中のヒロインの方がよっぽど人間らしい。

 

 恋をして、悩んで……そこにはちゃんと自分の意思がある。

 

 茉子「それに比べたら……ワタシは…」

 

 まるで機械。

 

 永遠に決められた通りに動く機械のよう。

 

 でも、お務めを放り出すことなんてできない。

 

 だからワタシはずっと考えないようにしてきた。

 

 自分には無理だって。これは全て向こう側の話なんだって。

 

 夢なんだって。

 

 でも…ずっと、ずっと思ってた。

 

 茉子「恋がしたい。ちゃんと、好きになりたい」

 

 それは機械としてじゃなくて、人として、自分の意思で。

 

 男の子を好きになって、デートをして、マンガの中にあるような──

 

 いや、そんな理想的なものじゃなくてもいい。

 

 ただの「普通」の女の子として。

 

 例えば……今日みたいに。

 

 竹内さんが車からワタシを守ってくれた。

 

 その後、車道側を歩いてくれて……ワタシのことを、女の子として見てくれた。

 

 茉子「ふふ……ふふふ」

 

 そうして思い出していると、不思議と笑みが漏れる。

 

 竹内さんからすれば些細なことかもしれないけれど、ワタシにとっては胸が高鳴るようなこと。

 

 茉子「今日はまるで、ワタシがヒロインみたいだった……あは」

 

 そんな時、不意に本殿の空気がとても冷たくなった気がした。

 

 茉子「……?風…?どこかが開いてる?」

 

 辺りを見渡してみるけれど、戸締りはしっかりとしている。

 

 それにこの風、冷たい…。

 

 どこからともなく声が聞こえる。

 

『恋がしたい……好きになりたい…』

 

 茉子「──誰ですかッ!?」

 

 咄嗟に周囲を見回して確認するものの、本殿の中には誰もいない。

 

 でも今、確かに何かが、聞こえたような…。

 

『見つけた』

 

 茉子「(またッ!?)」

 

 聞こえてくる声……いや、これは声じゃない。

 

 耳を通してではなく、頭の中に直接響いてくるような……。

 

『その血……間違いない』

 

 そこでハッと気付いたワタシは、憑代の方へ視線を向ける。

 

 すると、憑代は怪しげに光り、瞬いていた。

 

 そしてその憑代から、かつてのように泥が溢れ出し、獣の形を形成していく。

 

『お前なら…』

 

 茉子「まさかっ!?」

 

 咄嗟にワタシはクナイを構えるが、ワタシに出来たのはそこまでだった。

 

 茉子「きゃぁぁぁっ!」

 

 芳乃様や有地さん、そして竹内さんのように、穢れを祓う力を持たないワタシは、そのまま穢れの中に取り込まれて………。

 

 意識を失ってしまった。

 

 *

 

 蓮太「ふぁぁぁ………」

 

 あの出来事から時間が経ち、常陸さんのリフレッシュ期間は昨日となった日の朝。

 

 俺はいつものように布団から起き上がり、リビングへと向かう。

 

 まだ誰も起きていない時間。まぁ大体それでも常陸さんとは毎朝このタイミングで会うのだが……。

 

 今日はその姿が見当たらない。

 

 それも珍しいことではないのだが……まぁ、多分風呂場の掃除とかしているのかな?たまにタイミングが合わない時もあるし、すぐに挨拶くらいできるだろう。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そんなこんなで時間が経ち、リビングには見慣れた顔ぶれのメンツが集まる。

 

 常陸さんを除いて。

 

 その不自然な出来事に違和感を覚えた俺は、試しに風呂場へと移動する。

 

 蓮太「……」

 

 ムラサメ「その様子だと、風呂掃除はまだのようだな」

 

 蓮太「うぉっ!?ビックリした!お前いたのかよ」

 

 こいつは音もなく近寄ってくるから、マジで心臓に悪い。

 

 蓮太「って、そんなことよりも、珍しくないか?常陸さんが遅れるなんて」

 

 ムラサメ「というか、遅刻自体が初めてだ」

 

 蓮太「常陸さんって、そういう所はしっかりしてそうだしな」

 

 ムラサメ「常陸家は先祖代々、生真面目に朝武家に仕えておる者ばかりじゃよ」

 

 先祖代々……。

 

 蓮太「…常陸家って、呪いを残した長男の子孫なんだってな」

 

 ムラサメ「茉子から聞いたのか?」

 

 蓮太「まぁな。一応聞いておくけど、そのせいで常陸家が理不尽な目に……なんてことはないのか?」

 

 ムラサメ「その心配は無用だ。それを知っておるのは、当事者の常陸家、朝武家を除いても、片手で数えられる程度だ」

 

 ムラサメ「それに、芳乃が茉子に嫌がらせをしておると思うか?」

 

 ………そうだな。

 

 蓮太「じゃあ、その事は本当にほとんどの人は知らないのか」

 

 ムラサメ「大抵の者は、言い伝えの真実すら知らぬ者だからな。とはいえ……正直に言えば、色々と苦労があったのも事実だ」

 

 ムラサメ「だがそれも昔のこと。朝武家に対する献身の甲斐あって、その話は禁句となり、町の人々の記憶からも薄れていった」

 

 ……今思えば、それが理由で常陸さんはムラサメが見えていたのか。

 

 ムラサメ「もうよそう、蓮太。全ては過去の話だ」

 

 蓮太「そうだな、悪かった」

 

 常陸さんからしても、この話は面白いものではないだろう。

 

 これ以上詮索するのも、いい気分はしない。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺とムラサメがリビングに戻ってきても、常陸さんの姿は見当たらなかった。

 

 将臣「本当にどうしたんだろう?」

 

 ムラサメ「ぐっすりと眠っておるのではないか?茉子が家事をせぬ日などなかったからな。身体が今までの疲れを取ろうとしておるのかもしれん」

 

 蓮太「だといいんだがな」

 

 実際、かなり気になる。けど…こんな時間から電話をするのも迷惑な話だ。

 

 それに、もし本当に寝ているだけなのなら、十分に休ませてやりたい。

 

 将臣「とりあえず、俺はトレーニングに行くけど……どうする?落ち着かない様子だし、気分転換にでも見学してく?蓮太」

 

 蓮太「……そうだな。たまには将臣のむさ苦しい鍛錬でも見るか」

 

 もし戻ってきても姿が見当たらなかったら、その時に連絡を入れよう。

 

 そうして俺は、将臣の鍛錬の様子を見ることにした。

 



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79話 謎の子犬

 

 玄十郎「よしっ、今日はこれまでっ!」

 

 玄十郎さんの気合いの入った大声が、辺りに響き渡る。

 

 蓮太「おーし、お疲れさん」

 

 そう言って俺は、買っておいた飲み物を将臣に向かって投げる。

 

 将臣「ありがと。あー……腹減った。早く帰ろう」

 

 そんなことを言いながら、将臣は渡した飲み物をガブガブ飲んでいく。

 

 玄十郎「食事はしっかりと噛むようにな」

 

 蓮太「まるで子供扱いだな、将臣」

 

 と、笑いながら家に帰ろうとした時だった。

 

 突如として、藪から何かが飛び出してきた。

 

 玄十郎「むっ、将臣!」

 蓮太「…ッ!」

 

 玄十郎さんも飛び出してきた「何か」に気がついたんだろう。まるで注意を引くように将臣に声をかけていた。

 

 その声と同時に動いた俺は、その黒い何かから将臣を守るように将臣の前に立つ。

 

 そしてその黒い色の物体は、そのまま真っ直ぐに俺に襲いかかってくる!

 

 急いで身構えるが、一瞬頭によぎるのは、心の力が使えないこと。

 

 その一瞬の油断のせいで、俺は咄嗟には動けずにその襲いかかってくる何かとぶつかった。

 

 子犬「わん!わんっ、わわんっ、わんわん!」

 

 蓮太「………子犬?」

 

 俺に向かって襲いかかってきた何かは、思ったよりも小柄で可愛い生き物だった。

 

 俺は反射的に、その子犬を抱きかかえる。

 

 山の中をさまよって走り回ったのだろうか?思わず黒い影と勘違いしてしまったほどに泥で汚れている。

 

 蓮太「あーあ。この服…この間買ったばっかりなのに」

 

 まぁ、破れたりしたわけじゃないし、泥だらけになっただけだし、別にいいか。

 

 玄十郎「ほう。犬とは珍しい」

 

 将臣「そういえば、あんまり見ないね、ペットとして飼っている人も」

 

 確かに……、子犬なんて、穂織に来てからは初めて見た気がする。

 

 玄十郎「飼うことが禁じられているわけではないんだがな」

 

 蓮太「そうなんスか?」

 

 玄十郎「逃げたり捨てたりで野犬化すると、観光地としては色々と困る。それに祟り神の問題もあった」

 

 なるほど……確かに、良い評判にはならないだろうな。「イヌツキ」だなんて呼ばれてるくらいだし。

 

 ムラサメ「祟り神に加えて、野犬にでも襲われたりしてみろ。たまったものではないぞ」

 

 将臣「そりゃそうだ」

 

 あんな化け物を相手にしながら、野犬とも対峙するだなんて……考えたくもないな。

 

 ムラサメ「しかし……」

 

 改めて、俺が抱きかかえている子犬をムラサメは見る。

 

 子犬「わるっふ!わんっ!わーーーーーん!」

 

 ムラサメ「随分となついておるのう。少なくとも野犬ではないようだ」

 

 蓮太「いや、でも首輪もないし………ってうわっ!ちょ!暴れるなって!」

 

 子犬は俺の胸でバタバタと暴れ回り、何度も吠えてくる。

 

 だがどうも、俺から逃げたくて暴れている様子には感じない。むしろ俺にしがみつくように、服が傷つかない程度の威力で前脚で軽くひっかいてくる。

 

 蓮太「お前そんなことしたら服が……って。もういいや」

 

 すでに泥と土で汚された俺の着ている服を見て、もう諦めた。

 

 後で洗お…。

 

 将臣「にしても………祖父ちゃん。どうすればいいかな?」

 

 玄十郎「さすがに放っておくわけにはいかんだろう」

 

 蓮太「確かにそうッスね。町の人にしろ観光客にしろ、飼い主に戻してやった方がいいか」

 

 もしかしたら、今も飼い主の人が探しているかもしれないしな。

 

 将臣「だったら警察に連絡を入れた方がいいかな」

 

 玄十郎「いや、ペットも泊まれる宿を中心に、ワシが訊いてみよう。おそらくその方が早い」

 

 将臣「じゃあそれまで間は?」

 

 玄十郎「どれ………ワシの方で預かるとするか」

 

 そう言って玄十郎さんが、俺に抱かれている子犬に手を差し出すが……

 

 子犬「わん!わんっ!わんわん!わっふぅ!」

 

 子犬はそれを拒絶するように、急激に暴れ始めた。

 

 蓮太「ちょっ!ちょっと待って!泥がっ!顔に飛んでるって……!あぶっ!」

 

 必要以上に暴れまわってないか!?この子犬。

 

 ムラサメ「ほう、随分と蓮太になついておるのう」

 

 蓮太「……ぺっ!これはなついてるって言うのか?」

 

 顔まで泥だらけになっちまった…。まぁ、コイツを責めたりはしないけどさ。

 

 玄十郎「ワシの方にはなつきそうもないな。加齢臭、というやつか……?」

 

 ムラサメ「この暴れっぷり、蓮太が預かるのが一番良さそうだな」

 

 蓮太「ちょっと待てよムラサメ!それを俺の一存で決められないだろ?」

 

 俺はそういうことを言いづらい立場なんだっての!

 

 将臣「俺は大丈夫だし?朝武さんも問題ないと思うよ?」

 

 ムラサメ「うむ。吾輩もそう思っておる。安晴も芳乃も動物嫌いという話は聞いたことがないしの」

 

 まぁ……このメンバーなら、玄十郎さんがダメな時点でそれしか方法がないのか。

 

 蓮太「はぁ…。わかった。じゃあとりあえずは俺が預かります。安晴さん達には、俺から説明をしておくんで」

 

 将臣「ムラサメちゃんも、多分大丈夫って言ってるから」

 

 玄十郎「わかった。もし、何か問題があればすぐにワシの所へ預けに来い」

 

 蓮太「はい。あざっス」

 

 玄十郎「なに、狭い町だ、すぐに見つかる」

 

 将臣「そっちの方はよろしく」

 

 と、そんなこんなで犬を預かることになった俺達。と言っても朝武さんと安晴さんが許可を出してくれるかわからないから、まだ安心はできないんだけど…。

 

 蓮太「仕方がないとはいえ、まさか犬を拾うなんてな…」

 

 子犬「わふ…」

 

 そう呟くと、子犬は返事をするように小さく鳴いた。

 

 〜Another View〜

 

……………………………

 

 茉子「(あぁ……誰にも気付いてもらえない…って、そうですよね……。まさかワタシが犬になっただなんて想像できませんよね…)」

 

 茉子「(ワタシ自身、未だに信じきれてないですもんね。はぁ……悪い夢であってほしい)」

 

 茉子「(ワタシ………ちゃんと元に戻れるのかな…)」

 

 そういえば……さっきからこの子犬は暴れなくなったな。休憩モードか?

 

 安晴「おはよう、将臣君。蓮太君」

 

 家に戻ると、安晴さんはもうリビングにいた。

 

 将臣「おはようございます」

 蓮太「おはようござっす」

 

 安晴「おや、その犬は……どうしたんだい?」

 

 蓮太「さっき、山の方で拾ったンスよ。理由はわからないんスけど、なつかれたみたいで」

 

 安晴「首輪をしてはいないから野良犬……にしては妙に人に慣れているね」

 

 将臣「祖父ちゃんに今飼い主を探してもらってますから、ここで面倒を見てもいいですか?」

 

 安晴「いいんじゃないかな?芳乃も犬が苦手という事もないだろうしね」

 

 とりあえず安晴さんには承諾して貰えたな……。後は朝武さんなんだけど…。

 

 なんてことを思っていると、リビングの襖が開かれ、朝武さんが入ってきた。

 

 芳乃「おはようございます」

 

 将臣「朝武さん、おはよう」

 

 俺は「オッスオッス」と答えると、朝武さんに見せつけるように、子犬の向きを変えた。

 

 芳乃「???どうしたんですか、その子犬」

 

 蓮太「将臣のトレーニングに付いて行った時に、拾ったんだ」

 

 茉子「(芳乃様!無事でよかった……。あの憑代から出てきた穢れは、芳乃様の方へとは行っていなかったんですね……。ああでも今度はワタシが無事ではないんです!)」

 

 茉子「(ワタシです!気付いて下さい!芳乃様っ!)」

 

 俺にだけ抱えられた子犬は、今度は朝武さんに向かって動けない代わりに、前脚をブンブン振っている。

 

 芳乃「ふふ、とっても元気で可愛らしいですね」

 

 茉子「(やっぱりダメですよねぇ……)」

 

 蓮太「あ、元気がなくなった」

 

 ムラサメ「先程までは、かなり元気だったのだがな」

 

 芳乃「疲れたんでしょうか?」

 

 いやー……、明らかに朝武さんの一言でガックンと首が下を向いたような?

 

 蓮太「いや……どっちかっていうと……しょんぼりと落ち込んでるんじゃないか?」

 

 ムラサメ「吾輩もそうな風に感じるのう」

 

 茉子「(お二人はわかってくれますか!?もしかしたら、強く願えばどちらかにはワタシの思いが届くかも!)」

 

 茉子「(聞こえますか……ムラサメ様……常陸茉子です……今……ムラサメ様に直接呼びかけています……)」

 

 今度はムラサメの方をジーッとまるで祈るように見つめている。

 

 というかコイツ、まるでムラサメが見えているかのようだな。

 

 将臣「……?なんかずっとムラサメちゃんの事をじっと見ているけど?」

 

 芳乃「もしかして、ムラサメ様のことが見えるんでしょうか?」

 

 ムラサメ「動物はその手の気配に鋭いとも聞く。見えておっても不思議ではないかもしれぬな」

 

 ムラサメ「しかし、こやつもしや…………」

 

 茉子「(届きましたか、ムラサメ様!?)」

 

 ムラサメ「腹を空かせておるのではないか?」

 

 茉子「(そうですよね………。はい、無理だってわかってましたよ……)」

 

 蓮太「あ、また落ち込んだ」

 

 さっきからずっとこんな感じだな。やっぱり飼い主の元に戻れなくて怖いのだろうか?

 

 将臣「だとしても、子犬って何を食べるんだろ?」

 

 蓮太「チャーハン?」

 

 将臣「食うわけあるかっ!」

 

 安晴「やっぱり、犬専用の物をあげた方がいいんじゃないかな?」

 

 なんだっけ?アレルギーとかを考えたら、魚ベースのドックフード……だったっけな?そっち方面にはあんまり詳しくはないんだが……、でもこの町でそんなもの手に入るのか?

 

 将臣「まあ、とにかくまずは身体を洗った方がいいと思うよ」

 

 芳乃「そうですね。少し、臭うかも…」

 

 この汚れ具合からしても、かなりの距離をさまよっただろうからな。仕方がない。

 

 蓮太「俺もさすがにこのまま朝食ってわけにはいかないから………しゃあない。俺が風呂に入るついでにこの犬を洗うわ」

 

 芳乃「そういえば、茉子はどうしたんですか?」

 

 そうそう、それは俺も知りたかったんだ。

 

 安晴「え?僕は見ていないよ?」

 

 ムラサメ「まだ来ておらんのか?」

 

 芳乃「もしかして朝からずっと、来ていないんですか?」

 

 蓮太「そうみたい……だな」

 

 茉子「(ここにいます!いるんですよぉ!)」

 

 あ、またちょっとだけ暴れた。

 

 安晴「三人の誰かに、何か連絡は?」

 

 芳乃「私のところには、特に何も」

 

 将臣「俺のところにも連絡はなかったです」

 

 蓮太「右に同じ」

 

 なんだ……誰のところにも連絡の一本も入っていないのか?

 

 安晴「休むなら休むでもいいんだけど……こんなことは初めてだよね」

 

 芳乃「しかも何の連絡もないというのが、気になります」

 

 安晴「一度連絡を入れてみた方がいいかもしれないね。あと朝食の準備をしないと」

 

 蓮太「あっ、俺がバタバタ身体を洗ってから急いで準備しましょうか?この時間からだと……遅くなるのでご飯は準備できませんけど、何か簡易的な物なら」

 

 俺と常陸さんの米の準備の違いは、前日の夜に炊き始めるか、朝に炊き始めるかなんだよな。

 

 今回はそれが裏目に出てしまった。

 

 安晴「いや、大丈夫だよ。僕が外へ買いに行こう。どの道その子犬の食事も用意しないといけないからね」

 

 あ、そっか。この家には犬用の食べ物がないんだった。

 

 蓮太「すいません。お願いしてもいいっすか?」

 

 安晴「大丈夫だよ。たまにはこういうのもいいものだ。それじゃあ芳乃、連絡の方は任せたよ」

 

 芳乃「わかった」

 

 そう言い残して、安晴さんはリビングを後にした。

 

 蓮太「それじゃあ……、俺は今のうちに風呂に入ってくる。ほら行くぞ?」

 

 茉子「(えっ!?お、お風呂って……ワタシも一緒にですか!?い、いや、それは確かに今は犬の身体ですから問題はないような…、いやでも裸なのには違いないような!)」

 

 ずっと暴れていなかったせいで、すっかり気を抜いてしまった俺は、急にぴょんと腕から飛び出した子犬に反応出来ず、リビングを暴れ回ることを許してしまう。

 

 蓮太「ちょっ!待って、待って!お前は今泥だらけなんだから走る回るなって!」

 

 ムラサメ「ふむ……湯浴みが嫌いなのかのう?」

 

 芳乃「動物って凄いですね、雰囲気でこちらの意図を察するだなんて」

 

 ムラサメ「やっぱり、野犬ではなさそうだな」

 

 そんな会話をする2人を背に、俺は子犬と追いかけっこをする。

 

 蓮太「やっと捕まえた……。なんで朝からこんなに動かないといけねぇんだよ…」

 

 振り返ると、予想通り所々が泥まみれになってしまっている。

 

 蓮太「はぁ……後でちゃんと綺麗にしないとな…」

 

 将臣「それは俺がやっとくから、早く風呂に入れてやったら?」

 

 蓮太「いいのか?悪い。なんか雑用押し付けたみたいになって」

 

 将臣「気にしなくていいよ。どうせやることもなかったから」

 

 蓮太「ありがとう」

 

 そう言って俺は、子犬を抱きかかえて脱衣所へと向かう。

 

 茉子「(まっ、待って下さい!落ち着きましょう!一旦落ち着いて冷静になりましょう!)」

 

 蓮太「あーもう。わかったから、吠えるのはいいけど暴れないでくれ。すぐに終わるから」

 

 風呂が嫌いなのか、ジタバタと逃げ出そうとする子犬をなんとか押さえて、俺は服を脱いでいく。

 

 茉子「(な、なんでそんなに器用なんですかっ!っと、と言うか。あっ、ひゃ……お、男の人の裸が……!)」

 

 そうしてとりあえず衣服を全て脱ぎ捨て、俺は逃げないように優しく押さえていた子犬を再び抱きかかえようとする。

 

 茉子「(わにゃーーーーーーーーッッ!?!?)」

 

 茉子「(みみっ、見え、見え……とんでもないものが見えていますよっ!)」

 

 なんかまた急に暴れ始めたな。

 

 蓮太「風呂が嫌いなのはわかったから、大人しくしててくれ…」

 

 そうして俺は、子犬を連れて風呂場へと入っていった。



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80話 突然の出来事

 

 茉子「(な、なんで……こんなことに……)」

 

 太陽の光が差し込む部屋の中、湯が入っていない浴槽を見ながら、ワタシは竹内さんに背を向けるようにしていた。

 

 蓮太「ん?また急に大人しくなったな」

 

 そんなワタシを気にかけてくれているのか、竹内さんは優しく私の身体を抱きかかえる。

 

 蓮太「大丈夫だって、怖くなーい怖くない」

 

 竹内さんはそんなワタシ(子犬)を安心させようと、優しい笑顔を浮かべる。

 

 格好いいです。普段見せないような、少しスカした雰囲気も出ているその笑顔は例えるのなら和のクラ〇ドの様です。

 

 でも……裸のままなんです。

 

 ──ぶらぶらしているんです。

 

 茉子「(ああ……まるで覗いてしまっているような、いけないことをしている気分です……)」

 

 蓮太「んー……、元気がないな。えっと確か……眉間とか、耳の後ろらへんを撫でたらいいんだったかな?」

 

 曖昧な記憶を頼りに、俺は子犬の耳の後ろ等を優しく撫でる。

 

 蓮太「怖くないからなー。よしよし…」

 

 そうすると、子犬は雰囲気でもわかるくらいに、気持ちよさそうにし始めた。

 

 蓮太「あ、ついてない。なんだ、お前女の子だったのか」

 

 茉子「(なっ!?どこを見てるんですかぁぁ!?)」

 

 蓮太「あー、だからだな。可愛いなって思ってたんだ」

 

 そうして俺は、一度シャワーを子犬に軽く浴びさせてから、犬用のシャンプーがなかったから仕方なく人用のものを使って子犬をモコモコさせる。

 

 茉子「(ま、また可愛いって……、ううん、違う。これはワタシではなくて犬のことですよね)」

 

 蓮太「悪いな、今日だけこれで許してくれ。後でちゃんとお前の分の必要なものを買ってくるからさ」

 

 そうやって、犬の身体をモコモコさせながら、かつそれっぽい所を撫でてやりながら、良く洗ってあげる。

 

 子犬「わふぅ……わふぅ……」

 

 本当に気持ちがいいのか、俺に現れている子犬はかなり力が抜けきった顔をしていた。

 

 それにしても………泡まみれでなんか可愛いな。ちっこい羊みたい。

 

 蓮太「あと……なんだっけ?お尻の方……にもなんかオススメー…みたいな場所があったような?」

 

 とそう言ってお尻の付け根辺りに手をさし伸ばすと、子犬は嫌がるようにぷいっとそのお尻を俺とは反対方向に向けた。

 

 蓮太「あらら、やっぱりべっぴんさん程気難しいんだな、ごめんな」

 

 と、俺は今度は子犬の身体全体を撫でながら、シャワーで泡を流していく。

 

 蓮太「にしても………常陸さんどこいったんだろうな。単なる寝坊ならそれはそれでいいんだが…」

 

 茉子「(はぁ……ワタシなら、本当にここにいるんですが……)」

 

 竹内さんはワタシ(子犬)に全く気付いていないようです。まあ…今はそうでなければ困る状態なのですが…

 

 蓮太「それに、あの時は恋がしたいって言ってたけど……本当に恋をするのかな?まぁ、常陸さんが本気になれば恋人を作るだなんて秒速だろうけど」

 

 蓮太「…………本気で、可愛いと思った人だからなぁ…。相手は誰になるんだろ」

 

 もちろん常陸さん以外の人に、嘘で「可愛い」って言っていたわけじゃないんだけどさ。

 

 茉子「(た、竹内さん……実はワタシのことに気付いているんじゃありませんか?それでまた、ワタシのことを褒め殺しにしようとしているんじゃ…?)」

 

 茉子「(でも……もし気付いていないのなら、これは竹内さんの本心……?)」

 

 蓮太「はぁ………気になるな…ぁ……って。なんかお前尻尾が小さいな」

 

 別に個体差の範囲の問題だろうけど、俺はそれが気になって子犬を持ち上げて、お尻を俺の方に向かせる。

 

 蓮太「そういえば、尻尾って人間で例えるならどの辺から生えるんだろ?」

 

 別にどうでもいいっちゃ、どうでもいいことなんだけど。

 

 茉子「(まままま待って下さい!なんで今そんな所をマジマジと見始めるんですか!)」

 

 蓮太「おわっと!?頼むから急に暴れ出さないでくれ!落っことしそうで怖いから!」

 

 バタバタと暴れる子犬を逃がすまいと、身体を掴みあげる。

 

 蓮太「洗い方がダメだったのか?だとしたら謝る……か…ら………?」

 

 子犬「わふ?」

 

 竹内さんの反応と声に違和感を覚えたワタシが辺りを見渡すと、何かが光っているように、お風呂場の道具などが照らされている。

 

 茉子「(これは……ワタシの身体が光っている?)」

 

 蓮太「え?ちょ、待っ!なんでお前光ってんの!?」

 

 まさか………!?伝説のスーパーサイ──

 

 なんて下らないことを考えている間に、その輝きは瞬く間に強くなっていって………

 

 蓮太「くっ……!?」

 

 ………………………………

 

 突如として出現した真っ白な光によって、俺の視界は塞がれる。

 

 その眩い輝きを前に、俺は思わず目を瞑り、無防備な体勢になる。

 

 と同時に、まるで輝きが質量を持ったように俺の身体は、押しつぶされるように床に倒された。

 

 蓮太「痛っ……!」

 

 その衝撃で、俺はそこそこの勢いで後頭部を床に打ってしまう。

 

 突然襲いかかってきた痛みに怯みながらも、俺は、自分の身体の上に、何かが乗っていることに気が付いた。

 

 でも不思議なことが………

 

 俺の上に乗っているであろう何かは、犬のような軽さでは無い。

 

 さっきまで軽々と持ち上げれていたとは到底思えないほどの重量だった。

 

 蓮太「……てぇ……。てか、あの光は一体…?」

 

 目を開けると、もうあの光は収まっていた。

 

 収まってはいたのだが、その代わりに何か見慣れぬ物体が目の前にあった。

 

 なんだ…?これ。割れ目?縦線が入ってる…?

 

 ってそんなことはどうでもいい。とにかく、まずはあの子犬はどうなった?

 

 辺りを確認したいが、俺の上に乗っている何かのせいで、全く身動きが取れない。

 

 仕方がない……とにかく今は、この謎の温かみがある「割れ目の謎物体X」をどうにかするしかないか。

 

 というか、さっきから思っていたんだけど、この謎の割れ目との距離が近すぎて視界が安定しない。ずっとぼやけて見える。

 

 目だけでは判断が出来ないので、仕方なく俺は、その物体に触ってみることにした。

 

 そして俺の左手の指先が「それ」に触れた。

 

 その瞬間──

 

 ?「ひゃっ!?」

 

 と、声が上がる。俺の下半身の方から。

 

 というか……人の声?

 

 ?「一体、何がどうなって……あれ!?しゃ、喋れます!」

 

 聞き覚えのある声。そう、何度も何度も聞いたことのある声。

 

 決して風呂場で入浴中に聞いてはいけないはずの声。

 

 蓮太「もしかして……………常陸さん?」

 

 茉子「え?あ、はい、そうですが、一体何がどうなっでぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」

 

 その辺りからピンときた。

 

 いや…………もう遅すぎた。

 

 俺達はお互いの状況を理解し合って、同時に凍りつく。

 

 俺の上に乗っているのは、常陸さん。うん。別にこれはまだいい。

 

 そしてここはお風呂場、俺は子犬と一緒にお風呂に入ってた。つまり全裸。

 

 それに加えて、今更だけど妙に生々しい温かみが俺の身体に伝わってきている。左右をよく見れば肌色の足の様なものが見える。

 

 じゃあつまり、常陸さんも……?

 

 ………となれば、目の前にある謎の割れ目の答えは必然。

 

 ヤバい。かなりヤバい。

 

 常陸さんが俺に対して、そう乗っているってことは……………相手からしたら、その逆というわけで……

 

 茉子「ぶらぶらが……めめめ、目の前に……あ、あばばばばは……」

 

 ちょっ……ちょっと待ってくれ!近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!

 

 常陸さんの吐息を感じる。

 

 いや、それも近いんだけど、こっちも近くて!

 

 蓮太「☆$+〆:*=#\€÷○*!!!」

 

 色々と俺は焦ってしまい、思わず緊張の糸を切らしてしまう。

 

 そうなると男はどうしようもなくて……

 

 茉子「えっ!?ちょ!?う、動いた!?ええええエイリアン!?」

 

 蓮太「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

 頭の中はもうパニック。ぶっちゃけもう何も考えていない。いや、考えられていない。

 

 この時の俺は、彼女の言葉は頭には入ってきていなかった。

 

 茉子「竹内さんの蓮太君が、蓮太さんに……!?ってぇぇぇぇぇ!!ワタシなんという格好をっ!?」

 

 ここで何故か、俺は急に冷静さとなんとかとりもどす事ができた、

 

 蓮太「あ、朝ごはん何なんだろう」

 

 茉子「なんでこの状況で急に落ち着くんですかっ!?」

 

 その理由はおそらく二つあった。

 

 一つ目はただの現実逃避。

 

 二つ目は、風呂場の中からでもわかるくらいに、大きな足音が、こちらに向かってダダダダと響いていたのだ。

 

 芳乃「た、竹内さん、大変です!茉子が、茉子が昨日から家に帰ってきていないって──」

 

 茉子、蓮太「「あっ」」

 

 終わった。

 

 そう感じた瞬間に勢いよく開けられる扉。

 

 いや、冷静に考えれば風呂場の扉を遠慮なく開けるのも問題だと思うが、それ以上の問題が起きていて、そんなことはどうでもよくなる。

 

 芳乃「…………………は?」

 

 巫女姫様が冷めた目つきで、俺の方を見下ろしているような気がする。

 

 ………なんで俺だけ?

 

 ムラサメ「ほう、これはまた………こんな時間からやるもんじゃのう」

 

 その上には幼刀がフワフワと浮かびながら、こちらを見ていた。

 

 そして巫女姫様は俺達を見てしばらく固まっていたが、石化が解けるように徐々に動き始めて…

 

 芳乃「な、な……、なっ!」

 

 芳乃「何をしてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!」

 

 朝武さんの大声が響き渡った。

 



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81話 新たな呪い

 

 芳乃「確かに、茉子が言っていた場所に服が置いてあったわ」

 

 茉子「すみません。お手数をおかけして…」

 

 ひとまず、忍び装束に着替えた常陸さんが、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 これって俺も謝った方がいいのだろうか?そんなつもりは全くなかったんだが……。

 

 いや、ここは一応謝っておこう。意図していないとはいえ、あんな光景を見せてしまったんだ。なぁ?息子よ。

 

 蓮太「ごめんなさい」

 

 俺も続いて頭を下げる。朝武さんと常陸さんに。

 

 ムラサメは……まぁ、大丈夫だろ。

 

 将臣「それで、一体何がどうなっているんだ?一応軽く話は聞いたけど…」

 

 あの場にいなかった将臣は、どうやらムラサメの方から話を聞いていたらしい。

 

 蓮太「いや、それが俺にも何が起きたかさっぱりなんだ」

 

 信じてもらえるかはともかくとして、一連の流れはちゃんと伝えておくか。

 

 蓮太「ほら、例の子犬がいただろ?あの子犬を洗っていたら、突然謎の光とともに裸の常陸さんが現れて……って感じなんだけど」

 

 と説明をしながら、俺はチラリと朝武さんの方を見る。

 

 芳乃「……はーん……?」

 

 俺に向けられるその眼差しは、軽蔑するような……そんな眼差しだった。

 

 やっぱりね!そうなると思った!そしてなんかちょっとテンションが上がる!

 

 蓮太「いや嘘なんて言ってないから!もし、その場凌ぎの言葉なら誤魔化し方が下手すぎるだろ!」

 

 蓮太「そうだよな!?常陸さん!謎の光とともに現れたんだよな!?」

 

 頼むからこれも“忍者”だから、なんて言わないでくれよ!

 

 助けを求めて、縋るように常陸さんの方を向き、事実を確認する。

 

 茉子「それが、にわかには信じられないと思うのですが………あの子犬は、実はワタシなんです」

 

 ……………

 

 それから、常陸さんの説明が入った。

 

 どうやら俺と別れたあと、そのまま家には戻らずに神社の方へと向かって行ったらしい。

 

 あの憑代の前で考え事をしていると、祟り神が現れて、常陸さんはそのまま襲われた。

 

 意識を失ってからしばらく経って、気が付くと……子犬になっていたという。

 

 ムラサメ「おそらく、まだ残っていた穢れであろうな…」

 

 俺も同じ意見だ。でもまさか、こんな形で穢れが出てくるなんて…

 

 凄いのはその状況下におかれた常陸さんだ。

 

 自分が犬になってしまったとしても、祟り神が朝武さんの所へと行っていないかの確認。第一に朝武さんを考えて行動したという。

 

 一応服は隠していたみたいだけど。

 

 蓮太「それで、なんで学院に?」

 

 茉子「それが……犬になってしまったせいか感覚が変で……迷ってしまったんです。場所もわからずに一日中走り回りまして…」

 

 将臣「俺達を見つけて飛びかかってきた、と」

 

 なるほど。その後のことは……さっきの通りってことか。

 

 ムラサメ「それで、身体を洗われておる最中に、人間の姿に戻ったというわけじゃな」

 

 蓮太「お湯を被ると、姿が変わる………。さながら常陸½—ってとこか?」

 

 茉子「そんな古いマンガの設定を持ち出されても…」

 

 とまぁ、なんとかこの現状をどうにかしないとな。このまま一生半犬生活だなんてたまったものじゃないだろう。

 

 芳乃「でも、そんなことありえるんでしょうか?憑代の怨みは、治まったんですよね?」

 

 その言葉にやや、ギクリとする。

 

 もうこうなってしまった以上は仕方ない。正直に話そう。その危険性があることを。

 

 将臣も同じことを思っているんだろう。一瞬だけお互いの視線がぶつかった。

 

 将臣「それなんだ──」

 

 ムラサメ「それなのだが……すまん!芳乃と茉子には隠していることがあったのだ」

 

 将臣の言葉を遮るように、ムラサメが横から謝る。

 

 いや、ムラサメのせいとかではないんだけど…

 

 多分、ムラサメなりのフォローなのだろう。やっぱり優しい子だ。

 

 そうして、憑代に封じ込められた怨みがまだ残っていることを、ムラサメは二人に説明して聞かせた。

 

 芳乃「では、呪いが再び…?」

 

 一気に朝武さんの表情が暗くなっていく。

 

 そんな朝武さんに、将臣は優しく背中を摩ってあげている。

 

 蓮太「いや、多分「再び」じゃなくて「新たに」って考えるべきじゃないか?」

 

 ムラサメ「そうだな。耳が生えることはあっても、身体ごと犬になったのは初めての事じゃ。その方が筋は通る」

 

 将臣「でも、憑代の力を使役できる術者は死んでるんだろ?なのになんで新しい呪いが?」

 

 確かにその辺は不可解だけど……

 

 ムラサメ「それは……人を呪わば穴二つといつものかもしれぬな」

 

 ………落ち着け。考えろ。

 

 そもそもとして、憑代に封印された怨みは、首を切り落とされた怨みだったはず。それを呪術で制御していた。

 

 でも、現代で当時怨みを制御していた人は亡くなってしまった。となれば……その血を巡り、受け継がれてきた人を……?

 

 蓮太「要するに常陸家だから……ってことか?」

 

 将臣「常陸家?どういうことなんだ?」

 

 その時に、常陸さんと視線で会話をする。

 

 ゆっくりと常陸さんは頷きはしたが、一切口を開こうとはしなかった。

 

 俺も本当はこんなことを伝えたくはないが、今を考えるとそうは言ってられない。

 

 俺は自分が知っている常陸家の過去を、ザックリと将臣にして説明した。

 

 蓮太「………ということ。だから、当時の術者がいないのであれば、その血筋の常陸さんを…ってことかと思ったんだ」

 

 将臣は深くは追求してこなかった。気になることは沢山あっただろうけど………それはコイツの優しさ。いい所だな。

 

 ムラサメ「あくまで、「おそらく」の話だがな」

 

 茉子「だからあの時、『その血に間違いない』って…」

 

 将臣「叢雨丸を使う事で、呪いを解くことはできないのか?」

 

 ムラサメ「祟り神を払うようにはいかん」

 

 そうだろうな。もしそうなら、俺たちが来た後のお祓いは不必要なものだっただろう。

 

 将臣「そうなの?」

 

 蓮太「それが出来てりゃ、お前が現れた時点で、朝武さんの呪いは解けてる」

 

 茉子「なかなか、上手いようにはいきませんね」

 

 蓮太「……」

 

 この事態を楽観視しているわけじゃなかろうに。俺達に気を遣わせまいと、常陸さんは明るく振る舞っている。

 

 まただ……。胸が痛い。

 

 ムラサメ「茉子、その獣と接触した時に、何か思念を感じなかったか?どんなことでもいい。呪いを解く手がかりになるやもしれん」

 

 茉子「そういったことは……特に」

 

 ムラサメ「そうか…」

 

 おそらく、ムラサメもお手上げ状態なのだろう。それもそうだ。ろくにヒントも見つからない状態なんだ。的確に支持しろというのがそもそもとして無理難題だ。

 

 しかし、俯いてるだけじゃ何も変わらない。まずはなんでもいいから情報が欲しい。

 

 蓮太「ひとまず、みづはさんの所に行こう。呪いに関してなら、まずはあの人だ」

 

 芳乃「そうですね、すぐに連絡をしてみましょう!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺達は、朝武さん家を後にして、急いで診療所へと向かった。

 

 一通りの出来事をみづはさんに伝え、状況を整理する。

 

 みづは「なんてことだ……まさか、今度は常陸さんが呪われるなんて…」

 

 蓮太「どう思いますか?何か手がかりやヒントはありますか?呪いを解く方法は?」

 

 将臣「蓮太。気持ちはわかるけど、まずは落ち着いて」

 

 俺は将臣に注意されてから気が付いた。話に意識を持っていかれたせいか、身を軽く乗り出していたことに。

 

 焦っているのかな。

 

 蓮太「……すみません」

 

 一言謝って、俺は用意されたイスに座る。

 

 みづは「いや、いいんだ。気にしないで。それよりもやっぱり…憑代の願いを叶えるしかないと思うよ」

 

 ……前回と同じってことか。

 

 みづは「祟り神も憑代を集めるためのものだったわけだから、今回も何かしらの意図があるんじゃないかと思うんだが」

 

 まずはその、願いを探すところから……か。

 

 芳乃「常陸家に対する復讐で呪っているのであれば、その目的は……」

 

 

 

 常陸さんの命…?

 

 

 

 おそらく、本人も同じことを考えてしまったのだろう。

 

 彼女が静かに息を呑む気配が伝わってくる。

 

 

 …………絶対に殺させるもんか…!

 

 

 俺は気持ちが高鳴り、思わず常陸さんの手を握る。

 

 これは俺なりの、絶対に助けるっていう意思表示。

 

 でも……常陸さんの顔を見ることはできなかった。彼女にどんな言葉を伝えるべきかわからなかった。

 

 そんな緊迫した雰囲気の中、みづはさんが無音の時間を終わらせる。

 

 みづは「いや、獣の目的は常陸家への復讐ではないはずだ」

 

 その言葉を聞いた途端に、全員が驚きの声を上げる。

 

 将臣「それは……つまり?ムラサメや蓮太の意見とは違うようですが」

 

 みづは「ムラサメ様とは、どんな事を?」

 

 俺に視線が向けられる。

 

 蓮太「人を呪わば穴二つ」

 

 みづは「なるほど」

 

 なんだ…?違っていたのか?だとしたら、無駄に恐怖を与えただけになっちまう。

 

 みづは「それは確かに、ムラサメ様や竹内君が正しい。呪いには呪詛返しっていうのが存在していてね。これは文字通り、呪った本人に呪詛が跳ね返るってことなんだだけど……呪詛返しは呪詛を破った時点で相手に返ることなんだ」

 

 蓮太「つまり、憑代を揃えた瞬間に、常陸さんが呪われていないとおかしい………ってことッスか」

 

 確かに、それはおかしい。それによくよく考えてみたら、呪われた今回のケースはたまたま常陸さんだっただけで、もしかしたら俺だったかも、将臣だったかもしれない。

 

 蓮太「偶然常陸さんだった、ってだけで常陸家を狙ったものでは無いと?」

 

 みづは「そういうことになるね」

 

 その瞬間に、横にいる常陸さんがポロッと言葉を漏らす。

 

 茉子「だから、命を奪うものではない…と?」

 

 ムラサメ「そ、そうなのか……すまん……吾輩、少々先走ってしまったようだ」

 

 蓮太「俺もだ、ごめん」

 

 それならそれが、いい方ではある。死と常に隣り合わせってのは、絶対に辛い。

 

 茉子「い、いえ、そんな。みづはさんに相談していなければ、ワタシだって同じことを考えたと思いますから」

 

 そうして俺は、さりげなく繋いでいた手を離す。ひとまずは不安が少しでも安らげばと思ってやってたことだから、もう必要は無いだろう。

 

 茉子「あっ…」

 

 芳乃「とにかく重要なのは、獣の目的ですね」

 

 そうだ、それがわからなければ現状は変わらない。

 

 蓮太「常陸さん。もう一度、祟り神との出来事をしっかりと思い出してくれないか?ヒントが欲しい」

 

 茉子「と言われましても……すぐに意識を失ってしまいましたから……」

 

 みづは「なら……その時に普段と違うことをしていなかった?別に行動じゃなくても、考えていたことでもいい」

 

 その言葉を聞くと、あからさまに常陸さんは驚きあがった。

 

 茉子「えっ!?そっ!それは……その……考えていた内容なんて、関係あります……か?」

 

 みづは「常陸家への復讐ではないとすれば、常陸茉子という個人を狙った理由があるはずなんだ。それに今までにも何度も接触があったのにも関わらず、何故今回だけなのか、ということも」

 

 蓮太「それで、普段と違うことをしていたのであれば、それが理由だと」

 

 茉子「それは……そうかもしれませんが……でも、あの、だからって、その、あの…」

 

 おっと…?何故か急に顔をほんのり赤くして動揺し始めたぞ…?

 

 将臣「何か、特別なことがあったんだね?」

 

 常陸さんが少し追い詰められる。

 

 茉子「ですから、それは………」

 

 みづは「常陸さん、これはとても大事なことなんだよ」

 

 そして更に言葉でにじり寄られる。

 

 茉子「………」

 

 ちな、本人は黙秘。

 

 芳乃、ムラサメ「「茉子」」

 

 その二人のトドメの一撃を味わって、とうとう常陸さんの意思が折れた。

 

 茉子「………………………こぃ………です」

 

 

 

 

 ………あっ。



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82話 恋をしないと!

 常陸さんが放った一言。それはとても弱々しく、絞り出されるように出てきた言葉だった。

 

 俺はその言葉をかろうじて聞くことが出来たが、他の人達には聞こえづらいものだったらしい。

 

 全力で顔を赤くしている常陸さんに対し、もう一度聞かせてくれと皆が言っていた。

 

 芳乃「今、なんて言ったの?」

 

 かく言う俺も、一度聞いたことがある上での常陸さんの雰囲気で理解できたところでもある。何も知らなければ同じように聞き返していただろう。

 

 茉子「ですから……こぃ…………と」

 

 羞恥心がMAXなんだろう。さっきよりは大きく聞こえたような気がするが、それでもほぼ聞き取れないレベルの声量だった。

 

「恋」の所だけ、明らかに聞こえない。

 

 将臣「常陸さん、ごめんけどもう一度だけ…」

 

 ムラサメ「ハッキリと答えぬか!」

 

 やっぱり聞き取れていなかった。まぁ、仕方の無いことか。

 

 茉子「ぁぁぁ…………もぉ!恋ですっ!恋っ!恋について色々と考えていたんですっ!」

 

 常陸さんは常陸さんで痺れを切らしたのか、必要以上の大声を出してしまっていた。

 

 その顔は凄く赤く染まっている。

 

 みづは「コイって……あの恋?恋愛?」

 

 その返しはちょっとおかしくない……?だって普通神社の中で鯉の事とか考えなくない?って思ったけど、もしかしたら常陸さんがまさか「恋」だなんて……って思ったのかな?

 

 茉子「……はぃ……」

 

 芳乃「恋……茉子が…恋……!」

 

 いや、貴女にも以前まで似たようなことを思ってましたけどね…?ってツッコむのは止めておこう。

 

 ムラサメ「恋について考えておると、祟り神が反応するものなのか?」

 

 蓮太「さぁ?よっぽど祟り神の青春時代が灰色の世界だったんじゃね?」

 

 将臣「いや、元は獣だって」

 

 もしかしたら彼女いない歴=年齢の獣だったのかもな。

 

 茉子「それはよくわかりませんが……でも、思い出しました。獣が現れる直前に──」

 

 

 

『……恋をしたい……好きになりたい……』

 

 

 

 茉子「──と言う意思を感じような気がします」

 

 ここに来て重要そうな事を思い出してきたな。

 

 ムラサメ「獣が……誰かを好きになりたいと、伝えてきたのか?」

 

 祟り神が恋を知りたがってる?いやいや、多分「祟り神」がじゃなくて「祟り神にされた獣」がってことだろう。

 

 蓮太「獣に好意ってあるのか?」

 

 芳乃「それは……あるんじゃないですか?人ではなくても、誰かを好きになるって感情はあると思います」

 

 蓮太「流石、経験者は言葉の重みが違うな」

 

 芳乃「なっ…!」

 

 将臣「はいストーップ。今はそれよりも、なんで祟り神がそんなことを言ったか、でしょ?」

 

 まぁそうか。つっても……常陸さんも同じことを考えていたから……共鳴?的なことを起こしたんじゃないか…?わかんないけど。

 

 茉子「じ、実はそれは……ワタシが口にした言葉…で……」

 

 芳乃「茉子が口にした…?」

 

 茉子「はい。ワタシの言葉を反復するように『恋がしたい』『好きになりたい』という意思が頭の中に……………ぁぁぁ……まさかこんな恥ずかしいことを人前で公表しなければならないとは……」

 

 うん。そうなんだろうなって思ってる。さっきから俯いたと思ったらすぐに顔を上げたり、指をモジモジさせたり、ちょっと挙動が変だから。

 

 芳乃「……茉子、誰か好きな人がいるの?」

 

 茉子「そ、そうではありません!具体的な相手がいるわけではなくて……」

 

 ……ここはフォローに回るべき…か。このままだと質問攻めをされそうだしな。

 

 蓮太「常陸さんなりの自分の目標なんじゃないのか?俺は応援するぞ?」

 

 芳乃「私も応援はしますよ!ただ、ちょっと意外だっただけで……そうなんだ、恋を…」

 

 茉子「……お恥ずかしい限りです」

 

 んー……フォローとしては微妙だった気がするけれど、まぁ、何とかなりそうだし、よしとするか。

 

 みづは「恋愛感情を恥じる必要は無いよ、常陸さん。話してくれてありがとう」

 

 茉子「でも、こんなことでヒントになるのでしょうか?」

 

 うーん。と頭を悩ませるみづはさん。そりゃそうだ。獣が恋を知りたがっている理由だなんて、ハッキリと言い当てることは難しいだろう。ましてや、その関連性だなんて。

 

 将臣「ムラサメちゃんはどう思う?」

 

 ムラサメ「吾輩の予想はすでに外れておるからのう」

 

 将臣「そういうことはあまり考えなくていいからさ、とりあえず意見を聞かせて欲しい」

 

 ムラサメ「うむ……承知したが………その前に、一つ確認をしておきたいのだ、茉子」

 

 確認?何か気になるキーワードでもあったのだろうか?

 

 まぁ、それはそれとして、俺も自分なりに考えてみるか。

 

 ムラサメ「獣の意思は“恋をしたい” “好きになりたい”と言っておったのだな?」

 

 茉子「はい、そのはずです。もともと、ワタシが言ったことですが」

 

 ムラサメ「であれば、獣が反応したのは恋の感情ではなく“誰かを好きになりたい”という欲求に対してではないか?」

 

 ……なるほど。流石ムラサメだな、違和感に気付くポイントが鋭い。

 

 将臣「欲求?つまり、どういうこと?」

 

 蓮太「まぁ落ち着いて考えてみろよ、仮に獣が恋をしていたのなら、常陸さんが感じた“好きになりたい”って感情、意思はおかしくないか?だって好きになってからの「恋」だろ?」

 

 将臣「う、うん」

 

 蓮太「要約すると、事情はわからないけれど、獣は恋というものを知りたがっている。恋の感情じゃなくて、恋そのものを」

 

 ……伝わったかな?俺の説明。

 

 違和感を感じたなら、多分質問されるだろ。

 

 ムラサメ「そして、そこへ折り悪く“恋をしたい”と願う茉子が現れる」

 

 将臣「じゃあ…この呪いの目的は、恋を知ること?」

 

 すっげぇはた迷惑な話だな。

 

 ムラサメ「呪いというよりは……取り憑かれたと言うべきであろうな。普通であれば、憑依されたところでこんなことにはならぬのだが、獣の力が大きすぎる。ゆえに……」

 

 蓮太「子犬の姿に変わってしまったと」

 

 しかし……現実的に考えて、身体が犬になるってやばくね?骨格とか全然違うんじゃないの?というか人間には存在しない尻尾も増えるし。

 

 みづは「あー……申し訳ないんだけど、私にもムラサメ様のご意見を教えてもらえないだろうか?」

 

 あっ、そうか。みづはさんを放ったらかしにしてしまっていた。

 

 そして俺は、手早くムラサメの意見をそのままみづはさんに伝える。

 

 みづは「なるほど…、そう考えるのが妥当だろうね」

 

 茉子「取り憑かれたということは、以前の呪いとは違うんですよね?お祓いってできるのでしょうか?」

 

 みづは「獣の力を考えると……無理矢理祓うのは難しいだろうね」

 

 姿を変えてしまうほどの力だからな。くっそ。心の力が扱えたなら、今ここで試してみるのに…

 

 芳乃「それじゃあ…どうすれば?」

 

 みづは「そこは変わらない。最初に言った通り、一番確実なのは獣の望みを叶えることだろう」

 

 茉子「それってつまり……」

 

 みづは「獣に恋という感情を教えてあげればいい」

 

 結局その結論に行き着くか。でも、しょうがないよな。

 

 茉子「でも教えるなんて、一体どうやって…?」

 

 ムラサメ「そこに関しては問題ない。取り憑かれるということは、茉子の魂と獣の魂が繋がっておるということだ」

 

 ……つまり、常陸さんが恋の感情を知れば、感じれば、そのまま獣に横流しできるってこと?

 

 茉子「ま、待って下さい、ムラサメ様……その言い方は、もしや……?」

 

 ムラサメ「茉子が恋をすれば、自然と獣も恋を知ることになる。つまり、その欲求に従って恋をすれば良いのだ!」

 

 無駄に元気よく言ったな〜。

 

 ま、まぁ…ムラサメがこんなテンションで話しているってことは…朝武さんのような大きな被害は出ない…って考えてもいいんだよな?

 

 そうして、その言葉を聞いた常陸さんが、恥ずかしそうにプルプル震えて……

 

 茉子「そ、そんなことを言われましてもぉぉぉぉぉぉ〜〜〜!」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして、次の日。

 

 窓から差し込む太陽の光が、暖かく俺の目を殴る。

 

 蓮太「……ん…」

 

 俺は特に言葉を発することなく、適当に着替えて、リビングへと向かった。

 

 襖を開けて中に入ると、もう既に常陸さんが起きていて、活動を始めていた。

 

 蓮太「おはよ、常陸さん」

 

 そんな彼女に俺はいつも通り挨拶をする。

 

 茉子「あっ、おはようございます、竹内さん」

 

 挨拶はいつも通り。しかし今日の常陸さんは、いつもとは違って見えたような気がした。

 

 蓮太「大丈夫か?もしかして、ちゃんと眠れなかった?」

 

 茉子「それが、その……ぐっすり熟睡とまではいかなくて」

 

 蓮太「疲れているのなら、無理はしない方がいいんじゃないか?」

 

 どっかの巫女姫様は、睡眠不足か原因で風邪を引いたからな。

 

 茉子「いえ、全然眠れなかったわけではありませんから。これくらいは平気です」

 

 そんなことを言う彼女の顔を、俺はじっと見る。

 

 声もいつも通りで、特に顔色も悪いわけではない。確かに今のところは問題があるわけではなさそうだ。

 

 蓮太「やっぱり犬のことが心配?」

 

 茉子「それもありますが……芳乃様の部屋で一緒に眠ることに、多少緊張してしまいまして…」

 

 そう。昨日から常陸さんは、朝武さんの家で寝泊まりをしている。

 

 話し合いの結果、いつでも犬化しても対処できるように、そして事情を知る人間ができるだけ側にいた方が安全だろうという結果になり、朝武家にしばらくの間住むことになった。

 

 もちろん常陸さんの両親にもある程度の説明は行っている。

 

 といっても常陸さん本人の強い希望で、取り憑かれたことは伏せており、『呪いの後始末の為』と伝えて、納得してもらった。

 

 蓮太「それで、身体の方は?」

 

 茉子「今のところは、特には。本当に取り憑かれてるんでしょうか?ワタシ」

 

 蓮太「まぁ、勘違いであっては欲しいところだな」

 

 二人で揃って息を吐き、いかにもやれやれ……という雰囲気が漂う。

 

 茉子「よもや恋をしなければならないだなんて」

 

 そう。彼女にとっては、恋をしてみたいと漠然に考えていただけで、結果として強制的に恋をしなければならない状況になってしまった。

 

 そんなことは無理強いさせたくはないんだが………それではいつまでも犬化に怯えながら過ごしていかなければならない。

 

 外さえまともに歩くことは出来なくなるだろう。

 

 ……常陸さんが誰かと恋……

 

 そう考えるだけで、何故か心がざわつき始める。最近はこの手のストレスを感じることが多い。理由がわからないだけ余計に。

 

 茉子「はぁ……恋ってどこかに売っていたりしませんかねぇ?」

 

 蓮太「そりゃ是非買ってみたいもんだ」

 

 かなり高額なんだろうなぁ。

 

 茉子「なんて、愚痴を言っても仕方がありませんね」

 

 蓮太「ま、俺も手伝うよ。それにいざと言う時は俺が守るから」

 

 ……そのためにも、心の力を早くコントロールできるようにならないとな。

 

 少しでも、彼女の不安を消し去ってあげないと。

 

 茉子「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いしますね」

 

 実際、子犬になったのはあの時だけ。もしかしたら取り憑かれた瞬間にだけ……なんて淡い期待を抱いていたり。

 

 茉子「それではワタシは食事の準備をしないと!美味しい朝食を作りますからね!」

 

 と、常陸さんが気合を入れるようにキッチンに向かおうとした時、バタバタと将臣がリビングに入ってきた。

 

 蓮太「どうしたんだ?そんなに大慌てで……」

 

 と、そこまで言った時に気がついた。時間をよく見ると、いつも出発している時間よりも10分くらい遅れていることに。

 

 将臣「ごめん!ちょっと今本気で焦ってるから!」

 

 バタバタと急いで準備していたバッグを持って転けそうになる将臣を見て、その後ろでムラサメがやれやれと首を軽く振っている。

 

 もうそろそろ朝武さんも起きてくるだろうし、早めに出た方がいいんじゃないか?

 

 将臣「じゃあ行ってきます!」

 

 と大声で叫んだ後、将臣は襖もなんもかんも開けっ放しで、さっさと出ていってしまった。

 

 その後ろをスーッとついて行くムラサメも。

 

 蓮太「行ってらっしゃい。も言う暇がなかったな」

 

 そうして襖を閉めようとすると、後ろから常陸さんの声が……

 

 茉子「わぉん!」

 

 聞こえてこなかった。

 

 振り返って視線を下げると、そこには可愛らしい子犬の姿が。

 

 そして、その周りには先程まで常陸さんが身につけていた服。

 

 茉子「くぅ〜ん……」

 

 多分『申し訳ありません』って言ってるんだろうな。

 

 目をうるうるさせて、見ているだけでも十分伝わるほどの落ち込みっぷりだった。

 

 そりゃそうか。これで一つ証明されたわけだ。いつでもどこでも、犬化する可能性があるってことが。

 

 蓮太「まずは風呂に入った方がいいんじゃない?飯の準備は俺がしておくから」

 

 常陸さんは「わん」と返事をして、トコトコと風呂場へと向かっていく。

 

 一応後ろを着いていくが、犬になった常陸さんは器用に襖や扉を開けていき、無事に風呂場へとたどり着くことができた。

 

 そんな彼女を見て思う。

 

 これからもこんなことが頻繁にあるのか………っと。

 



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83話 蓮太の悩み

 犬になった常陸さんが、無事に風呂場に入れたことを確認してから、俺はキッチンへ向かおうとその場を離れようとする。

 

 脱衣場の扉に手を伸ばしたところで、人に戻った常陸さんから呼び止めるようにお礼を言われた。

 

 茉子「──ぷぁっ! あ、ありがとうございます、竹内さん」

 

 にしても穂織の温泉の湯は凄いな。本当に特殊な力があるんだから。

 

 蓮太「あぁ、気にしないで、じゃあ俺は朝食の準備をするから」

 

 茉子「あっ! ちょ、ちょっと待って下さい! 一つだけお願いが…」

 

 蓮太「ん? どうした?」

 

 茉子「大変申し訳ないのですが…、服を持ってきてもらえないでしょうか?」

 

 蓮太「………あっ」

 

 そうか、あの場所に常陸さんが着ていた衣服は全て置き去りにされているのか。

 

 流石に裸のままで朝武さんの家の中を歩くことはできないのだろう。

 

 蓮太「わかった。ちょっと待ってて」

 

 そうして俺は脱衣場を後にして、キッチンへと向かった。

 

 リビングを抜け、誰とも会わずにキッチンにたどり着き、その場に落ちている服の前でしゃがみこむ。

 

 そして一つ一つを拾い集めていると………

 

 蓮太「…………」

 

 拾った服から、とある布がふわりと床に落ちる。

 

 淡い桃色の服の中にある物。つまりそれは常陸さんの下着なわけで……

 

 蓮太「これは致し方ない事。そう、悪意がある訳では無い」

 

 自分に言い聞かせるように俺は悪くないと語りかけ、その下着に手を伸ばす。

 

 常陸さんの魅力を引き出すのに、十分な下着。

 

 恐る恐る伸ばした腕はプルプルと震えていた。

 

 そしてその下着を掴んだ瞬間………

 

 蓮太「柔らかい……。勝手に硬いもんだと思ってた」

 

 ちょっと感動。人生で初だ、女性の下着に触れるだなんて。

 

 …………我ながら気持ち悪いなぁ。

 

 なんてことを思いながら、俺は無言で常陸さんの下着をまじまじと見つめる。

 

 蓮太「……………」

 

 あまりものその悪魔的に心が引き寄せられる下着を見つめてしまっていたせいで、背後に現れた人に俺は気付くことができなかった。

 

 ムラサメ「なーにをしておるのだ? 蓮太」

 

 蓮太「──しまっ!?」

 

 急に聞こえてきたその声にビックリして、俺は勢いよく振り返る。

 

 すると、凍えてしまいそうな程に冷めた目で見つめる幼刀の姿が。

 

 ムラサメ「ぶらじゃーを手にして感慨深そうに…………吾輩、正直引いておるぞ?」

 

 蓮太「いや待て! 違う! これはそういうんじゃないっ!」

 

 というかなんでムラサメがここにいるんだよ!? 将臣と一緒に家を出ていったはずじゃ!? 

 

 芳乃「………………」

 

 不気味な視線を感じて、ムラサメから視線を横に向けると、巫女姫様も冷たい目をして俺を見ていた。

 

 そう。あ…あの目… まるで養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ…。

『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのですね』って感じの! 

 

 ちょっと気持ちい………いや待て、バカか。一旦冷静になれ。

 

 蓮太「と、朝武……さん…?」

 

 俺は恐る恐る、朝武さんに一声かける。

 

 芳乃「……………へぇ」

 

 それはもう冷たかった。もはや冷たすぎで傷ができてしまいそうなほど痛い言葉だった。

 

 蓮太「そんなつもりではなかったんですけどねぇ………」

 

 騒音が何一つ消えてしまったような空気感。若干ピリピリした空間に、かなり小さい声が聞こえてくる。

 

 茉子「まだでしょうか…? 竹内さーん…」

 

 ごめん常陸さん。俺は死ぬかもしれない。

 

 精神的に。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ムラサメ「そうか、また犬になってしまったか」

 

 一通りの説明を終えて、俺達は学院へと向かっていた。

 

 芳乃「大丈夫だった?」

 

 茉子「はい……温泉で穢れを落とせば、すぐに元に戻りましたから」

 

 将臣「それで、本当は?」

 

 蓮太「いやだから、本当にやましい気持ちなんてなかったんだ! アレは……言わば事故だ!」

 

 わざわざ疑われるようなことは言わないでくれ! 頼むから! 

 

 芳乃「わ、わかっています。竹内さんはそんな人ではないと、ちゃんとわかっていましたよ!」

 

 嘘つけっ! もしそうなら、あんな目をするはずがないっ! 

 

 めっっちゃくちゃ冷たかったぞ!? 

 

 ムラサメ「……吾輩は、正直ご主人のように蓮太が変態でも驚きはせぬがな」

 

 将臣「あれ? なんか俺まで巻き込まれてない?」

 

 ムラサメ「むしろ、さもありなん?」

 

 将臣「あれ? 俺の事無視?」

 

 というか今さりげなく失礼なこと言ったな、ムラサメのやつ。

 

 なんてことを思っていると、常陸さんが申し訳なさそうに、こちらに近づいてくる。

 

 茉子「申し訳ありません、ワタシのせいでお騒がせしてしまったみたいで…」

 

 蓮太「いや、どちらかといえば俺のせいだから」

 

 ムラサメ「まあ、ご主人と蓮太が変態かどうかはおいておくとしてだ」

 

 将臣「否定しろ! 否定!」

 

 もうなんでもいいや。なんか段々と疲れてきた。

 

 ムラサメ「子犬になることがわかった以上は、茉子は大人しくしておいた方がいいのではないか?」

 

 芳乃「何か、子犬になる時に前兆とかはないの? 私の耳が出る時は、身体をくすぐられるみたいにくすぐったかったんだけど…」

 

 茉子「思い当たるようなことは………ありませんね」

 

 芳乃「だったら休んだ方がいいんじゃない?」

 

 確かに心配だ。まさに授業を受けている最中にでも返信してしまったら………目も当てられないな。

 

 茉子「お気持ちは嬉しいのですが、いつ鎮まるのかもわかりません。それまで延々と休み続けるわけにはいきませんから」

 

 ムラサメ「まあ、引きこもっておっては、恋が出来ぬのも事実だ」

 

 そうか……恋をする必要があったんだったな。確かに、現状を打破するにはずっと家の中にいるわけにはいかない。

 

 茉子「そうです。この事態を解決させるためにも、外を恐れていてはいられませんっ」

 

 蓮太「言い分はわかるんだけど、朝武さんの時とは訳が違うからなぁ」

 

 本当に大丈夫なのだろうか? って気持ちはあるけれど……本人がこう言っているんだ。できるだけ尊重して、サポートをしてやろう。

 

 茉子「それに今日はもうすでに返信していますから大丈夫です。きっと、一日に一度きりです、多分」

 

 そんなことはないと思うんだが……。そう考えた方が気持ち的には楽になるのか…な? そうなると、迂闊なことは言えないな。

 

 ムラサメ「……それはどういう根拠で言っておるのだ?」

 

 って思ったそばからツッこませるなよ! 

 

 茉子「マンガやゲームでよくある、お約束と言うやつですね!」

 

 本人はそんなに気にしていない様子だったわ。

 

 将臣「そんなお約束はあんまりないような…?」

 

 芳乃「でも確かに…昨日は一度きりでしたね」

 

 可能性としてはあるにしても……なかなか厳しい考えじゃないか? 

 

 ムラサメ「ふむ………人を犬の姿にするなど、いくら獣の力が強大なものとしても、そう容易ではないはず……。加えて憑代は清められ、その力は以前よりも弱まっておる」

 

 蓮太「一概にその考えを投げ捨てなくてもいい…のか?」

 

 姿を変えるのにも何か、力を溜めないといけない。とかあるかもしれないしな。

 

 ムラサメ「それにだな、そんなに頻繁に犬になっておっては恋など出来ぬ」

 

 茉子「自分の望みの妨げになるようなことは、頻繁に行ったりしないという事ですね」

 

 まぁそれは、全て“かもしれない”の話なんだけどな。余計な事は言うまい。

 

 ムラサメ「ともかく吾輩は、念の為に憑代を監視してみよう。もしかすると、何か反応を示すかもしれんからな」

 

 蓮太「そっちは頼む」

 

 むぅ……グダグダ考えても仕方がないか。

 

 常陸さんは頑張って恋をするために動いているんだし、そのキッカケになりやすい教室なんかの閉鎖空間はうってつけの場…所……

 

 蓮太「……」

 

 ってことは、常陸さんはクラスメイトの誰かと恋をするってことか。

 

 そんなことが頭によぎった時、俺はなにかに躓いたように足を取られ、危うく転びかけた。

 

 蓮太「うおっ…と」

 

 振り返って、歩いてきた場所に視線を落とすが、そこには躓きやすそうなものはない。

 

 茉子「大丈夫ですか? 竹内さん」

 

 心配そうに少し顔をのぞかせるように、常陸さんはこちらを見ていた。

 

 少しボーッとしすぎたかな。

 

 蓮太「いや……問題ない。先を急ごう」

 

 躓いた時に感じていた感情を振り払うように、俺は学院に向かって歩き出す。

 

 常陸さんが誰かを好きになる。それが、それこそが目標だって頭の中ではしっかり理解している。わかっているはずなんだ。でも──

 

 将臣「本当に大丈夫か?」

 

 蓮太「あぁ」

 

 くっそ……。なんかモヤモヤする…。

 

 最近はこれがストレスだ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして、謎の感情を抱えたまま教室へ入り、席に着く。

 

 周りを見ると、もうクラスメイトはほとんど集まっており、各々が仲良い人と話している。

 

 そんなみんなを見ながら、考える。この中に常陸さんが恋をするのかもしれない………と。

 

 蓮太「………」

 

 すると廉太郎と将臣が俺の席の方まで歩いてきた。

 

 廉太郎「どうした? 難しい顔しちゃって」

 

 蓮太「廉太郎……」

 

 将臣「朝からこんな感じなんだよ」

 

 俺はジーッと廉太郎を見る。

 

 そう、悪い噂No.1の廉太郎を。

 

 蓮太「お前はダメだな」

 

 廉太郎「なんか知らんが失礼だな、お前」

 

 コイツだけは絶対だめだ。常陸さんが廉太郎を好きになったとか言い出した日には、俺は立ち直れないと思う。

 

 クラスの中で常陸さんが恋をした時、俺が応援できそうなのは…………

 

 

 

 蓮太「いない…」

 

 もし本当に常陸さんが好きだと言ったのなら、仕方ないとは思うだろう。でもそれを心の底から喜んで応援はできそうにない。

 

 廉太郎「お前、本当に大丈夫か?」

 

 蓮太「ダメかも…? なんかもう、心が折れて鬼になりそう」

 

 将臣「いやどんな例えだよ」

 

 俺って、やっぱり逃げているだけなのかな。自分から。

 

 将臣「まあ、でも真面目な話…相談には乗るぞ?」

 

 廉太郎「そうそう、思い切って吐き出してみろって」

 

 半分は面白がっているにしろ、俺はこんな友達をもてて幸せ者……なのかもな。いや、これが普通…なのか? 俺には分からないから困るな。

 

 でも……

 

 蓮太「仮に……」

 

 将臣、廉太郎「「仮に?」」

 

 そんな優しさに縋るように、気付けば俺は、自分の疑問を二人に問いかけていた。

 

 俺の視線の先には……………あの子が。

 

 蓮太「仮に自分が女の子の恋を応援する立場だったとして、心の底からそれを応援できない時、それは……何なんだろう」

 

 俺のその言葉に、二人は目を大きくして静かに驚いていた。

 

 廉太郎「ほう……こりゃ意外だな」

 

 将臣「蓮太……それって…!」

 

 しかしそこでタイミングが悪く、授業開始のチャイムが鳴り響く。

 

 蓮太「やっぱりいい。聞かなかったことにしてくれ」

 

 バタバタとクラスのみんなが自分の席に戻っている中、廉太郎と将臣は、俺に一言だけ言って戻って行った。

 

 廉太郎「本当にそれが悩みで、どうにかしたいって時は遠慮なく相談してきていいからな。俺の方が酸いも甘いも経験しているんだ。なにかのアドバイスは出来ると思う」

 

 コイツ……意外と良い奴だよな…。

 

 将臣「蓮太、前半は俺も廉太郎と同じで、俺も応援してるから。あと……そういう時こそ、逃げちゃダメだと思う」

 

 ……

 

 逃げちゃダメ…か。

 

 

 多分……俺は………



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84話 常陸さん救出作戦

 

 午前の授業は何事もなく無事に終わり、今はもう昼休み。

 

 外の天気は非常に良く、今日は晴天の青空。

 

 言葉に表すのなら「平和」とでも言うべきだろう。

 

 そこそこ心配をしながら、常陸さんを警戒するように見ていたが、常陸さんが再び子犬と化することはなかった。

 

 もしかしたら、一日に一度きりってのは本当で、運が良ければ朝に変身。そしてそのままその日は何事もなく……なんてことも有り得るのかもしれない。

 

 そりゃ出来ればそれがいいが…

 

 なんてことを考えていると、少し離れたところで話をしている女子たちの声が聞こえてくる。

 

 典子「まー、この町で暮らしていると都会の流行なんて追えないよね」

 

 わざわざ盗み聞きをすることもないか……別に会話には興味はないし。

 

 にしても仲良しだなー。あのメンバー。

 

 小野さんに、柳生さんに、朝武さんにレナさん。

 

 うん。いつものメン……バー…?

 

 あ、あれ?常陸さんがいない……?

 

 そう。いつものメンバーと呼ぶには、一人足りなかったのだ。

 

 しかもさっきまで一緒に話していたかのように、机は並べられ、イスだけ空いている。

 

 俺が外を眺めている間にどこかへ行ったのか?なーんて思いながらお茶を一口飲んでいると……

 

 レナ「ありゃりゃ?何故こんなところに子犬がいるのでありましょう?」

 

 蓮太「ぶぅぅぅぅぅーーーーー!?」

 

 気を抜いてしまった一瞬でレナさんが子犬(常陸さん)を抱き上げていらっしゃる!?

 

 成美「あ、本当だ。いつの間に入ってきたんだろう?」

 

 しまった!とりあえず将臣と連携して……って。

 

 教室中を見渡して探しまくるが、全然将臣が見当たらない。

 

 あいつ教室の中にいねぇじゃねぇか!!

 

 芳乃「あわ……わわわ………」

 

 朝武さんもあわあわしてるし!?

 

 茉子「わ、わふ……くぅ〜ん、くぅ〜ん」

 

 不安そうな顔で鳴きながら、泣き出してしまいそうな目で俺を見る常陸さん。

 

 だか、事情を知らない人からしたら、それがとても可愛らしい仕草に見えたらしい。

 

 レナ「おっほぅ!可愛いのでありますね〜」

 

 成美「可愛いんだけど……この子どこから入ってきたんだろう?」

 

 女子たちに撫でられまくられている常陸さん。どうにかして助けないと…

 

 レナ「さぁ……?気付いたら足元におりましたので…」

 

 成美「巫女姫様と常陸さんは………って、あれ?常陸さんは?」

 

 やばい!とうとう常陸さんが居ないことに周りが気付き始めた!

 

 蓮太「(朝武さんっ!)」

 

 芳乃「(はい、わかっています!)」

 

 そう、まさに一瞬のアイコンタクト。その朝武さんの表情は、自信に満ち溢れていた。

 

 将臣がこの教室にいないことを恨みながら、常陸さんの救出は朝武さんに任せて、俺は温泉の湯で穢れを祓う準備を進める。

 

 典子「あれー?さっきまでそこにいたよね?」

 

 レナ「ホントでありますね」

 

 芳乃「み、みなさん、おおお落ち着いてください……っ!その子犬は…!」

 

 ……大丈夫か?むしろ朝武さんがこの状況に落ち着いて欲しいくらいなんだが…

 

 芳乃「決して茉子が変身してしまった姿ではありませんっ!」

 

 女子たち『…………』

 

 目を瞑ってしまうほどに、朝武さんは顔に力を入れて決死の嘘を吐く。

 

 一生懸命なのは十分伝わった。うん。でも………ツッこませてほしい。

 

 蓮太「ぽっ……」

 

ポンコツかーーーーーッ!!!

 

 思わず口から「ぽっ」って出ちまったわ!え!?朝武さんってポンコツなの!?

 

 レナ「何を言っているのですか、ヨシノ〜。わかっておりますよ、そんなこと」

 

 芳乃「い、いえ、冗談ではなくてですね!?その子犬は茉子ではありませんよ!」

 

 いや、だからそこを強調するなよ!?

 

 芳乃「一旦落ち着きましょう!そう、落ち着いて、茉子を………あ!いえ、子犬を逃がしてあげましょう!」

 

 あんたが落ち着け!!今思いっきり茉子って言ったぞ!?

 

 そりゃあ、嘘を吐くのは苦手かもしれないけど…その誤魔化し方はねぇだろ!?

 

 茉子「くぅ〜ん………」

 

 芳乃「あの、えっと、ですから………チラッ……チラチラッ……ぁぅ………ぁぅ……」

 

 なんで助ける側の人が助けられる側になってるんだよ!?なんか助けを求める目が増えたし!さっき自信満々だったじゃん!

 

 くっそぅ……もう頼れるのは自分だけだ!この状況を何とかしないと!

 

 典子「それにしても、お腹すいているのかな?さっきから元気がなさそうじゃない?」

 

 成美「何かお昼ご飯の余りってあったっけ?」

 

 蓮太「ストップストップ!それは止めといた方がいいと思うぞ」

 

 料理関係なら俺も何とか食いつける!このチャンスは逃す訳には行かない!

 

 蓮太「人の味付けって、犬にとっては不都合なものも多いから」

 

 成美「そうなんだ?流石竹内君だね!」

 

 俺は得意分野の知識を上手く活用して、その場にさりげなく紛れ込む。

 

 典子「やっぱり食べ物のことは竹内君に聞くに限るねっ!」

 

 蓮太「まぁ……常陸さんには負けるけどな」

 

 そう言いながら俺は、後頭部を掻くように片手を動かし、ため息を吐きながら常陸さんの方を見る。

 

 さて……どうしよう。

 

 レナ「では、この子はどうすればよいのでしょうか?もうすぐ授業も始まってしまいますので…」

 

 蓮太「それは俺も考えてたんだけど…………そうだな、とりあえず俺が預かるか」

 

 レナ「レンタが?でありますか?」

 

 蓮太「あぁ、玄十郎さんのとこに行って飼い主を探してもらおう」

 

 昨日の時点で、将臣と朝武さんが玄十郎さんには多少誤魔化しつつも事情を説明している。

 

 というか俺の知らない間に連絡していた。まぁ、それもそうか、元々飼い主を探してもらってたんだから。

 

 とまぁ、そんなことで一言頼めば話を合わせてくれるだろう。

 

 蓮太「あと、流石に授業中もこのまま放置ってわけにはいかないから……ついでに預けてこようか」

 

 提案としては多少無茶だったか…?もっといい言い回しがあった気もするが……しょうがない、この意見をゴリ押そう。

 

 芳乃「そっ、そうですね、それがいいと思います、はいっ」

 

 朝武さんも一生懸命同調してくれてるし、多分行けるだろう。

 

 廉太郎「今からか?昼休み終わっちまうぞ?」

 

 将臣「……あっ」

 

 そこへ時間ギリギリになったことに気付いたのか、将臣が教室に戻ってきていた。

 

 あっ。じゃねぇよ!ふっざけんなよ!

 

 蓮太「でも放置はできないだろ?走ってでもなんでも、何とかするしかない」

 

 廉太郎「いや無理だろ!?あと10分ないんだぞ?」

 

 蓮太「でも放置はできないだろ?」

 

 廉太郎「いやだから…」

 

 蓮太「でも放置はできないだろ?」

 

 廉太郎「はい、できません…」

 

 かなり無茶なゴリ押ししちまったけど……廉太郎だしいいか。

 

 芳乃「そうですよ!野犬になどになってしまっても困りますからね!もう預けちゃうしかないと思いますよ!はいっ!」

 

 そこで俺は将臣の方をじっと見る。そしたら将臣もその視線に気付いて……

 

 蓮太「(ここを乗りきれたら全部水に流すから!)」

 

 将臣「(ゴメン!なんとか話を合わせる!)」

 

 ちなみにこれは俺が表情から察した勝手な想像なんだけどね。

 

 将臣「わ、わかったから。先生には俺から言っておくよ。だから早く行ってきた方がいいんじゃない?」

 

 蓮太「悪い。それじゃあレナさん、その子犬を…いい?」

 

 レナ「はい、それではよろしくお願いしますね」

 

 俺はレナさんの手から、子犬を受け取る。

 

 その子犬の顔はかなり不安そうな顔をしていた。ってそりゃそうだ。多分朝武さんだけだったらもう終わってた。

 

 茉子「わふぅ……」

 

 蓮太「(もう大丈夫)」

 

 俺は小声でそう言って、彼女を安心させるように、耳の根元などを揉んであげる。

 

 蓮太「じゃあ行ってくるから!」

 

 芳乃「は、はい。よろしくお願いします!」

 

 声がブルッブルじゃねぇか!!と、とにかく、まずはこの場所から逃げることが優先だ!

 

 そして俺は常陸さんを抱えたまま、早足で教室を出た。

 

 廊下にて…

 

 蓮太「………はぁ…何とかなった…」

 

 余計にバタバタとしたせいでちょっと疲れてきた…

 

 辺りを見渡すが、廊下に人影はひとつも無い。それを確認して俺は、常陸さんに話しかける。

 

 蓮太「こんなところで人に戻すわけにゃいかないから、もうちょっとだけ待っててくれ」

 

 茉子「わんっ!」

 

 元気よく返事をしてくれた。その声を聞いて、思わず笑ってしまいながらさっさと学院から出ようとすると……

 

 典子「にしても、結局常陸さんはどこに行ったんだろうね」

 

 芳乃「──ぎぎぎぎくッ!」

 

 ……まさか……

 

 芳乃「そっ、それはですねっ!い、犬じゃありませんよ?さっきの犬は無関係ですよ、無関係ですからねっ!」

 

 成美「それはわかっているんですけど……どうして巫女姫様はそんなに必死なんです?」

 

 芳乃「ヒッシジャアリマセンヨッ!」

 

 ……後のことは将臣に丸投げしよう。彼女のフォローくらいはちゃんとしてやってくれ…

 

 そうして俺は、常陸さんと共に学院の外へと出ていった。



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85話 酷い誤解

 

 蓮太「朝武さんはあんな感じだし…将臣だけじゃあ正直不安だ。なるべく早く戻ろうか」

 

 茉子「わんっ!」

 

 俺にだき抱えられた子犬の常陸さんは、元気よく返事した。

 

 そうして俺は、学院の敷地内の藪の中に身体を潜めて、予め用意していた温泉の湯が入った水筒を取り出す。

 

 もう昼休みも終わる時間、こんな時間にわざわざ外に出てくる人はいないだろう。

 

 それにこの学院は町の中では、割と端っこの方にあるから、外から誰かが来るってことも考えづらい。

 

 ………とは思うが、一応念の為に辺りを見渡す。

 

 蓮太「……よし、今ならいけるか。じゃあすぐに戻すから」

 

 流石に周りに人がいないとはいえ、絶対にこの瞬間を見られていない。って可能性はない。面倒なことはさっさと済ませた方がいいに決まってる。

 

 そして俺は水筒の蓋を開けて、子犬の常陸さんにお湯をかけようとする。

 

 そうすると、まるで急かすかのように子犬は声を上げた。

 

 茉子「わっ!?わふっ!わんわんっ!」

 

 きっと常陸さんも似たようなことを思っているのだろう。そりゃあそうか、何かあってからじゃ遅いもんな。

 

 そうして俺は、その水筒に入った温泉の湯をバシャバシャとかける。

 

 するとその子犬は、あの時のように突如として輝きだし、大きな姿に──

 

 茉子「ひゃあっ!?」

 

 蓮太「―ッ!?」

 

 はなったのだが、現れた常陸さんは服を着ておらず、全裸だった。

 

 蓮太「あっ…!わわわ悪いっ!」

 

 茉子「だから今は戻さないで下さいって言ったのにぃ!?」

 

 さっきやたらと吠えてたのはそういう意味だったのか!?

 

 というか馬鹿か俺は!?朝に常陸さんの衣服を拾ったばっかりじゃないか!?

 

 茉子「と言いますか、みみみみ見ないで下さい!」

 

 蓮太「わかった!もう見ないから、とりあえずこれを!」

 

 俺は慌てて目を逸らして、自分が身に付けていた制服の上着を常陸さんに手を伸ばして渡す。

 

 蓮太「本当に悪気はないんだ!こんな失敗をしてごめん!」

 

 茉子「い、いえ、助けて頂いたことには感謝しています…。それに、服があってもなくても、結局は裸で元に戻ることになるので……見ないでいただければ、それで…」

 

 蓮太「とりあえずは一旦服を取ってくるから、それまではそれで我慢しててくれ!」

 

 茉子「すみません…ありがとうございます」

 

 蓮太「あぁ!すぐに戻ってくるか………ら………」

 

 と言って、学院の方へ顔を向けた瞬間、あることに気がついた。

 

 目の前には人影が…………。しまった!常陸さんに気を取られてて、注意を促せてなかった!?

 

 蓮太「やべ……!」

 

 常陸さんが人に戻ったところを見られた!?

 

 茉子「え?、っ、誰ですか!?」

 

 俺の反応を見て、常陸さんもその存在に気が付いたらしい。その誰何の声に答えて姿を現したのは………

 

 レナ「……」

 

 蓮太「レナ…さん…?」

 

 そう、レナさんだった。多分さっきまで大声を出して騒いでしまっていたから、こちらの方へ気になってやってきてしまったのだろう。

 

 レナ「やはりわたしも一緒に、と思ったのでありますが………。まさか、そんな………マコが、マコが………」

 

 次第にレナさんは取り乱し始めて、ショックを受けたようにして顔を赤くし始める。

 

 これはまずい!やっぱり見られたのか!?犬が人になる瞬間を………って、赤面?

 

 蓮太「あー、えっと……、どこから説明していいか、これには色々と事情があって──」

 

 レナ「マコが露出プレイをしているだなんて──!?」

 

 俺の言葉を遮断させるように、レナさんは大声でとんでもないことを言いやがった。

 

 するわけねぇだろ!?

 

 茉子「違いますっ!これはそういう趣味ではありません!犬になってしまって──」

 

 レナ「メス犬になってしまったっ!?」

 

 蓮太「どこからメスなんて単語が出てきたんだ!?」

 茉子「どこからメスだなんて単語が出てきたんですか!?」

 

 俺達ふたりは、若干食い気味でツッコミを入れる。そりゃそうだろ?これはとんでもない誤解をされているぞ!?

 

 茉子「とにかく、ワタシはそんな特殊なことをしたわけではありません!違うんです!」

 

 レナ「マコに…そういう趣味はないのですか…?」

 

 茉子「全くありません!これは……事故!事故のような物なんです!」

 

 でもどうする…!?もうぶっちゃけ俺の為にも、常陸さんの為にも、ここは1からちゃんと説明をした方が…

 

 レナ「な、なるほど……?ちゅっ、ちゅまり……ろしゅちゅはレンタの趣味なのですね……ッ!?」

 

 蓮太「全く違うけどなッ!!」

 

 なんかとんでもない誤解が俺に集中してきたんだが!?!?

 

 レナ「なんという……っ。レンタはタイヘン鬼畜ですっ!」

 

 蓮太「そりゃ誤解だっ!なんで俺に集中攻撃してくるんだ!?」

 

 いや、冷静に考えればそう考えてしまうのは仕方ないような気もするけれど!でも全然違う理由で、しかも実際にはそんなことしてないのに「鬼畜」だなんて納得出来るかっ!

 

 レナ「あ……申し訳ないです。日本語を間違いました……。レンタはヘンタイ鬼畜でありますっ!」

 

 蓮太「なんか悪化したっ!?」

 

 いつの間にか変態属性まで追加された!?レナさんの頭の中の俺は一体どうなっているんだよ!?

 

 レナ「いくら合意の上でとはいえ、学院で裸になってチョーキョーするなど………な、なんというエロ同人……」

 

 蓮太「待て待て!だから違うって!てか、俺はそんなクズじゃないっ!」

 

 どんな世界感だよ!そんなのは漫画の中だけだろ!?というか合意でそういうことをしたことになってる!?

 

 レナ「お二人が過激すぎて、なんだか目の前がグラグラして………ひゅぱぁぁぁ…………」

 

 レナさんの羞恥心メーターが振り切ってしまったのか、ショートするようにその場に倒れてしまった。彼女は完全に気絶している。

 

 蓮太「ちょ!?なんか問題がまた一つ増えたっ!?」

 

 茉子「だっ、誰か人を──って、ああ!この格好ではマズイですね!?」

 

 蓮太「レナさん!おいっ!しっかりしろ!レナさん!!」

 

 彼女の身体を揺さぶって起こそうとするが、ひゅぱひゅぱ言うだけで全く動く様子はない。

 

 漫画で描かれるのであれば、きっと彼女は今、目がぐるぐるに巻かれていることだろう。

 

 蓮太「だぁぁぁぁぁーーー!!!もう、面倒くせぇぇぇぇ!!!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 レナ「な………なるほど、大体の事情は分かりました…」

 

 茉子「荒唐無稽な話だと思われるかもしれませんが……」

 

 あの後、服を持った朝武さんが追いついてきて、あの場は何とか収めることは出来た。聞くところによると、将臣の助言の元、バレずにここまで来てくれたらしい。

 

 常陸さんの件はそれでどうにかなったが、さすがに目眩を起こしたレナさんをそのまま放置なんてできない。それで結局、レナさんは体調不良を理由に早退。

 

 そして俺と常陸さんも何かと理由をつけて早退することになった。ちなみに俺が早退することになったのは、将臣からの強い要望があったから。まぁ、あいつは彼女もいるし、他の女の子と二人きりだなんて、例え相手が常陸さんでも気持ちがいいものではないだろう。

 

 朝武さんもこれから先、こんなに頻繁に欠席などをしていたら、町の人全員が「巫女姫様!欠席が多いようですがどう致しましたか!?体調不良ですか!?」って騒ぎ立てるに決まってる。

 

 結局、この係は事情を知っている人の中では俺が適任なのだ。

 

 非常に面倒くさい仕事を引き受ける羽目になった気がする……。

 

 レナ「確かに……なんとも不思議な話ではありますが、タタミ神のことはわたしも実際に目にしました。ですので、信じていますよ」

 

 蓮太「ありがとう。祟り神だけどね」

 

 そして結局理解出来たことは、一日に一度きりというお約束は崩壊。となれば温泉の湯は今手元にないのだからこのまま授業を受けるのは非常に危険。

 

 早退を余儀なくされた俺達だが、レナさんに勘違いされたままだとかなり困る。なので、レナさんを旅館まで付き添うように送り、話し合い、ようやく誤解を解くことができた。

 

 レナ「ちょっと安心しましたよ。マコやレンタに特殊な趣味があったわけではなくて」

 

 そう言うレナさんは、にへらと笑うように口元を緩ませている。

 

 茉子「ワタシも誤解が解けたようで、安心しました」

 

 レナ「しかし、取り憑かれてしまうだなんて……。本当に大丈夫なのですか?犬になる以外に何か困ったことは?」

 

 茉子「それに関しては今のところ、他には何もありませんから問題ありません……………、よくよく考えてみれば、犬になる時点で問題ではあるのですが…」

 

 蓮太「でも、もうこうなった以上は、今後は学院へ行くのは難しくなるな」

 

 まぁ、温泉の湯のストックを増やすなり、手段自体はそれなりにあるが、その度にこんな騒動を起こされてはこっちの身も持たない。やっぱりここは自宅待機が賢明な判断だろう。

 

 レナ「ずっと、このままなのですか……?」

 

 茉子「いえ、それが……これもすぐには信じられないかもしれませんが……ワタシが恋をすると、解決する可能性がありまして」

 

 レナ「恋?恋とはいわゆる……ラヴでありますか?」

 

 蓮太「そうだな、そういう意味の方だと思う」

 

「恋」の単語を聞いた瞬間に、レナさんは少しテンションが上がった気がする。

 

 レナ「おお!王子様のキスが起こす奇跡でありますね!愛の奇跡ですね!」

 

 茉子「そういうことではなくて…」

 

 蓮太「えっと……、取り憑かれた理由は、獣が“恋”を知りたがっているから。つまり常陸さんの感情を通してその“恋”を伝えれば解決するかも?ってことなんだよ」

 

 ぶっちゃけこの方法でも上手くいくのか怪しいっちゃ怪しいんだが、他に頼るものがない以上は仕方がない。

 

 レナ「それは………なかなか大変な話でありますね…」

 

 蓮太「そうなんだ、それに加えて意志とは関係なしに犬化してしまうっていうデバフ付きだから……結構高難易度なんだ」

 

 一通りの事情を伝えると、レナさんは「うーん」と頭の悩ませ、しばらく経つと何かを絞り出したかのように言葉を紡ぐ。

 

 レナ「恥ずかしながら、わたしも恋をしたことがありませぬゆえ、よくわからないのでありますが──―」

 

 レナ「“恋をする”とは具体的に何か線引きがあるのでしょうか?」

 

 線引き……?

 

 言われてみれば確かに……恋と言っても色々ある。

 

 だってそれが、片思いなのか、それとも両思い…ちゃんとお互いが気持ちを通じ合わせる必要があるのか。

 

 それともキス、はたまたそれ以上のこと…恋人同士でないと出来ないことまでする必要があるのか…

 

 茉子「そういったことはあまり考えていませんでしたね」

 

 蓮太「あぁ……そこはかなり重要な問題だな」

 

 確かにそうだ、獣がどこまでを“恋”と認識するかだなんて考えてもいなかった。

 

 レナ「でしたら……例えばなのですが、恋をしたフリで欺くことは不可能なのでしょうか?」

 

 茉子「恋をしたフリ…?」

 

 なるほど……その手があるのか。

 

 蓮太「そうかも…?別に常陸さんが無理矢理恋をしなくても、『恋ってこんなもんなんだぜ!』ってのを伝えるだけなら、レナさんのアイデアはいけるかもしれない」

 

 茉子「それはつまり……代役を立てるということですか?」

 

 蓮太「まぁ、そうなるな」

 

 レナ「今すぐ恋をするのも難しいと思いまして、そういったことを試してみるのも良いのではないかと…?」

 

 まさに妙案だな、三人寄れば文殊の知恵ってか?

 

 でも、それはつまり…真似事とはいえ、常陸さんが誰かを恋人にするってことになる。

 

 例えばデートをしたり、手を繋いだり────

 

 蓮太「………」

 

 やっぱりだ……そう考えてしまうと、胸の中がざわつき始める。

 

 クソ………

 

 レナ「思いつきで言っただけなのですが……」

 

 茉子「あ、いえ、そんなことはありません!参考にさせていただきます、ありがとうございます」

 

 蓮太「あぁ、案としては中々良いと思う。ありがとう」

 

 茉子「恋の代役、ですか……」

 

 ボソッとそう聞こえた気がする。

 

 蓮太「とまぁ、それじゃあそろそろ俺達はお暇するから、今日はこれで、ちゃんとゆっくり休んでくれよ?」

 

 レナ「はい、ありがとうございます!」

 

 茉子「こちらこそ、アドバイスありがとうございました」

 

 そう言って俺達は立ち上がる。

 

 蓮太「それじゃな、また今度どっか遊びに行こう」

 

 レナ「はい!約束ですよ!」

 

 そうして俺と常陸さんは旅館を出て、朝武さんの家に戻るように歩いた。

 

 恋人の代役、ねぇ………



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86話 すれ違う二人

 茉子「今日は助けて頂いたいて、ありがとうございました。竹内さん」

 

 俺達はあの後、学院に戻る訳にもいかないので、二人で並んで朝武さんの家に戻った。もちろん前回のことを学習して、俺が車道側を歩きながら。

 

 そして家に戻るなり、気になったことが………

 

 それは憑代の事だ。常陸さんが犬化した際…何か反応があった可能性もある。確か、ムラサメが様子を見ていたはずだから、後で聞いてみるか。

 

 蓮太「あぁ、いや、今までのお返しみたいなもんだ。気にしなくていい」

 

 さて……と、ムラサメはまだ本殿の方にいるのか…?

 

 なんて思っていると、タイミングよくムラサメがリビングに入って………壁をすり抜けてきた。

 

 ムラサメ「やはり帰ってきておったか」

 

 蓮太「やはりって…なんか勘づくことがあったのか?」

 

 俺的には丁度話したいことがあったから都合が良かったんだが…

 

 ムラサメ「いや、蓮太の気配は察知できぬのだが…ここ最近は茉子の気配を感じることができるのだ」

 

 茉子「ワタシの気配…ですか?」

 

 ん?確かムラサメがそういう風に誰かの気配を感じることが出来るのって、将臣だけだったような…?

 

 ムラサメ「そうじゃ。実はお祓いを行っていた時は、蓮太の気配を微量だけ感じることが出来たのだが……最近はそんなことが全くなくなってな、逆に茉子の方を感じるようになった」

 

 なんだそれ?結局、将臣みたいな特別な事がなくても、察知はできるってことなのか?

 

 蓮太「まぁ、よくわかんないけど……とりあえず、常陸さんがまた犬になったんだ」

 

 ムラサメ「やはり何かあったのだな」

 

 茉子「はい、大体……1時間ほど前のことです」

 

 そう聞いて俺は、ちらりと時計を見て時間を確認する。

 

 もうこんなに時間が経っていたのか…

 

 蓮太「それで聞いておきたいんだが、憑代の方はどうだった?」

 

 ムラサメ「その頃であれば、間違いなく本殿で憑代の監視をしておったが……反応は何も無かったな」

 

 茉子「そうですか……」

 

 なんとも言えない重い空気。やっぱりレナさんが言っていた「アレ」をやるしかないんだろうか。

 

 ムラサメ「現状ではやはり、呪いを解く手がかりは“恋”だろうな」

 

 ……仕方ない。

 

 蓮太「その事で、レナさんが一つ提案していたことがあるんだけどさ、“代役デート”をやってみるってのはどうだろう?」

 

 俺はムラサメに、レナさんと話したことをできるだけ分かりやすく伝える。

 

 ムズムズする気持ちを抱えながら……

 

 ムラサメ「ふむ………試してみる価値はあると思うぞ?代役でもなんでも、茉子の楽しむ気持ちが伝わればあるいは………」

 

 蓮太「そうか…」

 

 淡い期待なのは俺達も分かっている。それでも決して無意味ではないとムラサメは判断したんだろう。それは言葉にしなくても伝わってきた。

 

 ムラサメ「一度、試しにでーとをしてみてはどうだ?茉子よ」

 

 茉子「で、ですがそれは……」

 

 ムラサメ「?なんじゃ?あまり気が向かぬのか?」

 

 茉子「あまり………。恋人の代役なんて、相手に失礼だと思います」

 

 その時、俺の心がドクンと胸を叩くように跳ねた気がした。それは俺にいい加減にしろと言わんばかりの「痛み」だった。

 

 ムラサメ「気持ちは理解できるがな、別に弄べと言っておるわけではない」

 

 茉子「それは……わかっていますが…」

 

 そう、痛いんだ。常陸さんが誰かと恋人になる。そう考える度に心臓を潰されるように痛みが伝わってくるんだ。

 

 ムラサメ「それにだな、もし本当に好きな者ができた時はどうするのだ?その男を利用するために好きになったのかもしれないと、自分を責めていては告白もできまい」

 

 特に意識はしていないのに、好きという言葉に反応してしまう。

 

 まただ………痛い………痛い……!

 

 茉子「……」

 

 ムラサメ「そうなれば、一生このままかもしれんのだぞ?」

 

 その痛みに怯んでいると、俺は自分の意識の中に飛ばされるように、白い世界へ引き込まれた。

 

 辺り一面が真っ白な空間。

 

 見渡す限りは何も無く、ただただ真っ白が広がるような世界。

 

 その不思議な世界が気になり、俺が一歩踏み出すと、ガンガンと激しい音が響き渡り、鉄の棒のようなものやボロボロの布などが次々と形成されていく。

 

 その音が鳴り止むと先程まで真っ白だった世界は、牢獄のような場所へと変化していた。

 

 気が付けば牢屋の中に俺は閉じ込められていて、衣服も白と黒の縞模様の服装へと変わっていた。

 

 次々に変化していくこの場所に呆気を取られていると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「やぁ。どんな気分だい?」

 

 俺は思わず自分の口を手で抑える。

 

 聞こえてきた声は、そんな事をやってしまうほどの驚きを感じる声だった。

 

 心臓を握りつぶされそうな痛みが再び俺の胸の中を走る。

 

 思わず俺は、蹲るように身体を前に曲げ、下を向くようにしてしまっていた。

 

「体調が優れないようだね」

 

 蓮太「お前は……誰だ…!」

 

「不思議なことを聞くね。もう分かっているんだろう?」

 

 聞き覚えのある声。何度も何度も聞いたことのある声。毎日聞いたことのある声。

 

 俺はその声が放つ挑発に対抗するように、顔を上げる。

 

 いつの間にか目の前にいた人は、まさに俺自身だった。

 

 蓮太「知らない」

 

「またそうやって目を逸らすのかな?僕はいつだってそうだ。自分のことになると何でもかんでも目を逸らして逃げ出す」

 

 蓮太「うるせぇ……」

 

「今までそうやって逃げ出してきて、何か得たものはあったのかな」

 

 蓮太「うるせぇよ……」

 

「この町に来て僕は変わったと思ったんだけどね。一体いつまで自分の気持ちから逃げているのかな」

 

 蓮太「………」

 

「もうわかっているんだろう?僕は僕だよ。君は僕で、僕は君。だから僕のことはなんでも知ってる。例えば………」

 

 目の前の俺の姿の何かは、俺の胸に手を伸ばして、優しく手のひらをくっつける。

 

「常陸茉子が好きなんだろう?僕が代わりに言ってあげるよ。僕の代わりに…ね」

 

 蓮太「…ッ!」

 

「……。それにしても……まさか牢獄とはね…」

 

 目の前にいる奴は、この不思議な世界を見渡してそう呟く。

 

「ここは僕の心の中。僕の心の奥底に眠る、無意識の空間を再現した場所なんだ」

 

「人は誰しも心を持っているのは僕もよく知っているだろう?ここは自分すらも本来は知り得ない心の所ですらも再現する場所。僕はこう呼んでいるんだ」

 

 

 

 不完全な場所《インコンプリートゥエリア》

 

 

 

「どうかな?英語に変換しただけで、なんだが格好よく聞こえないかい?」

 

 蓮太「興味無い」

「興味無い」

 

「かい?酷いなぁ。まぁでも…いいよ。また僕が忘れた頃に僕達は出会うことが出来る。その時に、またここのことは説明をするよ」

 

「でも一つだけ、どうしても僕に伝えたいことがあるんだ」

 

 そう言ってそいつは、目の前の鉄格子に顔を付けて一言だけ放った。

 

「僕には、もう逃げて欲しくない。真実から……自分から」

 

 その瞬間、何かに作り出された牢獄の空間は崩壊していき、気が付けば俺は元の場所に、朝武さんの家のリビングに戻っていた。

 

 そして俺は、今まで何が起こっていたのか覚えていなかった。

 

 ただ一つだけ胸に残っている気持ちは、『逃げるな』

 

 将臣から言われた言葉が頭の中をグルグルと駆け回る。

 

 蓮太「あ、あの、常陸さん」

 

 俺は考えるよりも先に、常陸さんを呼んでいた。

 

 茉子「はい」

 

 常陸さんは小首を傾げて、俺の言葉を待っている。

 

 言え…!伝えろ…!逃げちゃダメだ…!

 

 好きなんだろ……目の前の人が……!

 

 蓮太「あ、いや……その、俺とじゃ、ダメ…か?」

 

 茉子「……はい?」

 

 こんな曖昧な言い方じゃダメだ。今は気持ちを真っ直ぐに伝え切れそうに無いが、今は一回目の勇気を振り絞る時だ。

 

 蓮太「だから、その…。その代役デートの相手、俺とじゃあ……ダメ?」

 

 ついに言った一言。言葉に隠れた俺の心の内。

 

 今まで嫌だったんだ。常陸さんが他の男と恋人になるだなんて。

 

 

 

 

 だって………好きだから。

 

 

 

 

 もしかしたら、あの時から既に気持ちを思い寄せていたのかもしれない。だからこそ、いの一番に会いたかったのかもしれない。

 

 だからこそ嫌なんだ、常陸さんが代役のデートをすることそのものが、もしどうしても相手が必要なのであればそれは……

 

 蓮太「俺が常陸さんの恋人になるのは……ダメかな」

 

 言ってしまってから気が付いた。こんなのはもう、ほぼ告白をしているようなものだ。

 

 でも、もう引かない。逃げない。結果がどうなろうと、真っ直ぐに前を向こう。

 

 そんな気持ちを伝えた俺から、じっと見つめられている常陸さんは、途端に顔を真っ赤に染め上げて──

 

 茉子「ダッ、ダメです!」

 

 慌てて両手でバツの印を作った常陸さん。そう、ハッキリと拒絶された。

 

 そんな瞬間、ムラサメが俺の横にふわふわと近寄ってくる。

 

 ムラサメ「ここまでハッキリと拒絶されるとは……一体何をしたのだ、へんた…………蓮太よ」

 

 蓮太「いやどんな間違いの仕方だっつの」

 

 今この幼刀、変態って言いかけたぞ?

 

 蓮太「あのな、俺は別に変態呼ばわりされるようなこと…………は………」

 

 脳裏によぎるは過去の記憶。

 

 瞬間的に映し出された記憶の断片は、常陸さんとの思い出の一部だった。

 

 先ず思い出したのは、お風呂上がりの気の抜けたほぼ裸姿の常陸さん。

 

 まぁこれは事故だし……

 

 そして次に思い出したのは、子犬から戻った時に常陸さんの全裸を見えしまったこと。

 

 うん。これも事故だ。

 

 そして最終的に思い出したのは、恥部を文字通り眼前で眺めてしまったこと。

 

 うん。これも事故、事故………………

 

 蓮太「…………」

 

 よく考えれば、普通に最低じゃね?

 

 むしろなんで今まで通りに接してくれているのかが気になるレベルで盛大なことをやらかしてしまってるんだが………

 

 これは………避けられても……仕方がない。

 

 ムラサメ「やはり心当たりがあるのだな、顔に出ておるぞ」

 

 蓮太「全部事故であります…」

 

 ムラサメ「加害者が事故と言い張ってものう」

 

 場合によっては俺も被害者なんじゃないか?風呂場の事件は俺も見られたわけなんだし………

 

 蓮太「そう言われたら、反論はできない…」

 

 ムラサメ「とはいえ真面目な話、案は悪くは無いと思うぞ、吾輩」

 

 最初に「はぁ…」とため息を吐いて、ムラサメはそんな事を言い出した。

 

 ムラサメ「事情を知っている蓮太が相手であれば、気兼ねの必要はないであろう」

 

 茉子「それは……そうかもしれませんが…」

 

 常陸さんの一言一言が胸に矢のように突き刺さる。

 

 断られたショックもそうだが、1番驚いているのは、こんなのも感情が激しく揺れるほど、常陸さんの事を思っていたということ。

 

 ムラサメ「ふむ……。もしや、二人で出かけるのも嫌なほどに蓮太を嫌っておるのか?」

 

 ヤメテ、その言葉は聞きたくない。

 

 茉子「まさか!決してそのようなことはありません!」

 

 よ、よかった。そこは目の前ではさすがに言われたくなかった。

 

 ムラサメ「では、問題ないな」

 

 茉子「確かに問題はないような……いえでも、大きな問題を孕んでいるような…」

 

 常陸さんも何か言いたいことがあるのだろうか?それが拒絶する理由になっているのかもしれないし。

 

 俺のあの言葉を聞いてから、常陸さんの様子が変わった気がした。

 

 ムラサメ「とにかく、嫌でないならでーとをしてみるのだ!よいな?」

 

 茉子「え、ええーーーーー!?そんな強引なっ!?」

 

 いやー………あの…、すっごく気まずいんだけど…?

 

 ムラサメ「蓮太とのデートで苦痛を感じるのであれば、そう言えばよい。それほどに嫌っておるのであればこの作戦は意味をなさぬからな」

 

 もうやめて!蓮太のライフはもうゼロよッ!

 

 茉子「苦痛に感じるなんてことは、決してありませんが…」

 

 蓮太のライフは100くらい回復した。

 

 ムラサメ「では決まりだ!」

 

 ムラサメは眩しく見えるほどの笑顔を浮かべていた。なんでこいつがこんなにもテンションが上がっているんだ?

 

 茉子「……」

 

 常陸さんもずっと顔を赤くして、何やら俯いている。

 

 俺はそれを横から眺めることしか出来なかった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 結局、ムラサメの強引な言葉で明日、学院を休んでのデートをすることになったのだが…………

 

 俺は自分の部屋に戻って、さっきのことを思い出していた。

 

 蓮太「割と嫌がってたな」

 

 最初なんて、身体全体でダメって表していたしな。

 

 あれは、俺に対してなのだろうか。

 

『ダメです!』と常陸さんにハッキリ言われた時、もちろんショックを受けた。こんな気持ちは初めてだ。って……そりゃそうだ…

 

 蓮太「初恋……だったんだけどな」

 

 いや、まだ「好きです」と伝えたわけじゃないが………どうしてもアレは俺に対する返答のように聞こえてしまった。

 

 ……結局、どちらに対しての返答にしても、俺のするべき事は決まっている。

 

 それは、常陸さんの取り憑かれているこの状況を、何とかすること。

 

 この気持ちを露わにせず、楽しい雰囲気を作って純粋に常陸さんの力になること。

 

 そのための明日のデート。

 

 蓮太「大丈夫、気持ちを押し殺すことは慣れてる」

 

 そうして俺は、一人静かな自分の部屋の中で、思いっきり自分の額を殴った。

 

 Another View

 

 …………………………

 

 茉子「──たっ」

 

 茉子「大変なことになってしまったぁぁ………!」

 

 芳乃様の部屋に入った瞬間、ワタシはため息を添えて嘆いていた。

 

 茉子「まさか竹内さんとデートをすることになるだなんて…」

 

 その瞬間に思い出す。

 

 

『俺が常陸さんの恋人になるのは……ダメかな』

 

 

 その言葉を思い出しただけでも、心臓が痛くなりそうなくらいドキドキする。

 

 茉子「本当に告白されたみたい……」

 

 ──ッ!──ッ!

 

 そんな事を思っていた自分を振り払うように、ワタシは頭をブンブンと横に振る。

 

 いけない、しっかりしないと…!

 

 いくら竹内さんが優しいからって、甘え過ぎてはいけない。利用するような真似は、非礼にもほどがある。

 

 それに──

 

 茉子「アレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のことアレは代役のこと」

 

 何度も何度も自分にちゃんと言い聞かせる。

 

 そう、竹内さんは代役を買って出てくれただけ。勘違いをしてはダメ。

 

 第一、ワタシに告白だなんてするわけがない。そんなマンガのようなことは決して……ない……

 

 そうわかっているのに、胸が……ドキドキする。

 

 茉子「竹内さんと一緒にいると、本当にワタシが少女漫画のヒロインになったみたい…」

 

 困ります……こんなの困りますよ………

 

 竹内さんと一緒にいると……キラキラしてる自分がいる。

 

 いつの間にか、胸が変になっちゃってる。

 

 茉子「これ以上キュンキュンするのは……困ります…」



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87話 いざ出発!

 あれから時間が経って、デート当日の朝。

 

 俺は将臣の部屋で昨日のことを思い出しながらボーっとしていた。

 

 本当、思い返せばとんでもない1日だった。

 

 レナさんに常陸さんの秘密がバレたり、常陸さんと代役とはいえデートをすることになったり。

 

 俺と常陸さんの関係が、少しだけ変化した日。

 

 蓮太「………眠い」

 

 将臣「デートをしに行く前に何言ってんだよ」

 

 ムラサメ「……こんな調子で大丈夫かのう…」

 

 いやなんでこんなに心配されているんだ?

 

 蓮太「じゃあ将臣はデートをしたことがあるのか?朝武さんと」

 

 将臣「いや、それはないんだけどさ…」

 

 ムラサメ「ご主人も人のことを言えぬではないか」

 

 というか結局コイツらはキスのひとつでもしたのか?基本的にはその事を触れないようにはしているんだが……

 

 ムラサメ「それはともかくとしてだ、本当に頼むぞ、蓮太。いくら代役とはいえ、思い人の雰囲気でないと意味がないのだから」

 

 蓮太「わーってるよ。それなりの覚悟はしてる」

 

 そう、今日は楽しければ良しではない。あくまでも常陸さんの状況を解決するためのもの。

 

 ちゃんとした「デート」をしなくちゃあいけない。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「それじゃあ、私達は学院に行ってくるから」

 

 あれからみんなで朝食を取り、二人は学院へ行く準備を終わらせて、出発をする時間になっていた。

 

 茉子「申し訳ありません。一緒に行くことができなくて」

 

 芳乃「こっちは大丈夫だから、茉子はデートに専念して!」

 

 茉子「は、はぁ…。が、頑張ってみます」

 

 昨日はあんな感じにはなったが、あの一回で諦めがつくほど、俺は素直じゃない。

 

 もちろん常陸さんのことは好きだし、諦める気もない。一人になって冷静に考えた結果、その結論へと至った。

 

 ただ、今回はお遊びではない。常陸さんにとって深刻な問題なんだ。いつまでも自分のことばかり考えてはいられない。

 

 ムラサメ「蓮太もだぞ、ちゃんと茉子を遇するのだぞ」

 

 蓮太「あぁ。なんとか……努力はする」

 

 といっても自信はあんまりないんだけどな。

 

 思い切って立候補したはいいものの、こういう経験があるわけでもないから、正直どうやったらいいかもあまりわからない。

 

 芳乃、ムラサメ「「…………」」

 

 蓮太「そうやって見てるけどさ、君たち二人もこういう経験はないよな?」

 

 芳乃「た、確かにデートの経験はまだありませんが、た、タイミングが合わないだけです!そうですよね?有地さん」

 

 将臣「そ、そうだよね。それに、常陸さんの問題をそっちのけでそういうことをするのも気が引けるし」

 

 バッカ!お前、それは言っちゃいけねぇだろ!

 

 何とかして誤魔化さねぇと…!

 

 蓮太「はいでたーー。二人が進展しないのを常陸さんのせいにしないでくださーーーい」

 

 芳乃「そ、それよりも、もう出た方がいいですね!行きましょう!ムラサメ様、有地さん!」

 

 俺の言葉から逃げるように、朝武さん達はイソイソと家を出ていった。

 

 そしてリビングには俺と常陸さんの二人が残された。

 

 蓮太「…………」

 

 茉子「………」

 

 い、いざ二人きりになると緊張するな……。妙に静まり返ったこの空気が若干怖くも感じる。

 

 こんな時は、男の俺の方から、話題を出した方がいいんだろうけど……どうしよう……、何も話題が出てこない。

 

 茉子「ぁ…………ぇ………ぅ………」

 

 困っているのは俺だけじゃなかったようで。常陸さんも目が激しく泳いでいる。

 

 どうするか……今すぐに出発してもって思ったりもするけれど、よくよく考えればまだ早すぎるな。まだ学院の人が彷徨いている可能性が高い。

 

 というかそもそも朝から外に出ても、空いている店自体が少なすぎる。

 

 事情はどうであれ、俺達は学院を休んでデートするんだ。周りには基本バレない方がいいだろう。

 

 ………ん?

 

 蓮太「そういえばさ常陸さん、すっごい今更の話なんだけど」

 

 茉子「はっははい!何でしょうか……?」

 

 おぉ!?よ、予想以上に緊張しているな…

 

 蓮太「俺達って学院をサボってデートするわけだろ?それって俺はともかく、常陸さんは町の人達にバレるんじゃないか?」

 

 茉子「え?あっ………確かにそうかもしれませんね」

 

 穂織の町は決して広くはない。そんな町を子供の頃から住んでいる人が昼間から歩いていたら、普通にサボりがバレる。

 

 かといって休日にチェンジをしても、それはそれで休みになったクラスの人の誰かに高確率で見られるだろう。

 

 蓮太「目立つのはマズイな」

 

 茉子「そうですね。学院に連絡がいったりすると、後々面倒があるかもしれません」

 

 かといって穂織の外に出るのは非常に危険だ。穂織の温泉の湯が簡単に手に入らなくなる以上、基本的にはこの案は却下したい。

 

 なんて思っていると、常陸さんが口を開く。

 

 茉子「やっぱりデートは…取りやめにしましょうか!?」

 

 蓮太「最悪それはしょうがないとは思うけど……常陸さんの気持ちもわからなくはないしさ……でも、後で朝武さんとムラサメにとやかく言われる未来が見えるな」

 

 茉子「で、ですよねぇ……」

 

 というか、やっぱり中止の意見を出してきたな。俺の中では二択なんだよなぁ。本当に俺が嫌いか、デートをすることの羞恥心……というか怖さが溢れてるのか。

 

 後者ではあってほしいんだが。

 

 ……ここは一応聞いておこう、本当に嫌っていたりするのであれば、こんなことは即刻止めるべきだ。

 

 それに外野が全くいない、二人きりの今だからこそ言えることもあるかもしれない。

 

 蓮太「あのさ、別に無理せずに正直に答えて欲しいんだけど」

 

 茉子「あ、はい。なんでしょう?」

 

 いつもの感じで接してもいいけど、俺はちょっと普段は口調が悪いからな……できるだけ優しく伝えてみよう。変にプレッシャーを与えても返答に困るだろうし。

 

 蓮太「今回の作戦、正直気が進まない?2人で出かけることに」

 

 茉子「え…?あ、いえ!決してそんなつもりで言ったわけでは!ほ、ほんのちょっぴり怖くて…尻ごみをしてしまっていただけで…竹内さんのことが嫌いというわけではありません!」

 

 ……急に喋るな…?あれかな、誤解を与えてしまわないように、みたいな?

 

 蓮太「無理をしてってわけじゃないならいいんだけどさ、嫌がることをさせたくないから」

 

 茉子「それはもちろん。むしろ嫌々ではなかったりする辺りが一番困るところなんですが……」

 

 蓮太「…?まぁそれならいいんだ」

 

 嫌がっているわけでは、ない……のか?本人もそう言っているし。

 

 茉子「……今さら決めたことに文句を言っても始まりませんね。こういうのは、意識をするからダメなんです」

 

 常陸さんは腹を括ったように、ふんすっ!と自分に喝を入れている。

 

 俺的には意識をしてもらわないとダメな気がするんだが…。野暮なことは言うまい。

 

 茉子「ワタシ、覚悟を決めました!」

 

 彼女の中で、何か結論が出たんだろう。常陸さんは視線を泳がすのをやめて、背筋を伸ばして俺と向き合う。

 

 茉子「デートします!よろしくお願いします、竹内さん」

 

 そんな彼女を見ていると、真剣に向き合わなくちゃいけないと思わせられる。もちろん今までが適当だった、ってわけではないんだけど……また無意識のうちに逃げ出しそうになっていたのかもしれない。

 

 これは彼女の人生を大きく変える作戦。

 

 俺も逃げ腰になる訳にはいかない。

 

 俺は彼女の力になる。

 

 友達だから、仲間だから、大切だから。

 

 好きだから。

 

 蓮太「あぁ、こちらこそよろしく、常陸さん」

 

 結局、俺達はそんなこんなで穂織の町でデートをすることを決意。

 

 したのだが……さすがにこんな時間から出ても行くところがない。それに、外を出歩く以上は、誰にも見つからないというわけにはいかない。

 

 以上の理由で俺達は、昼過ぎからデートを始めることにした。

 

 そして肝心のどこに行くかの場所を考えていたところ、困った時には信頼できる知り合いの場所、ということで田心屋に行くことに。

 

 馬庭さんなら理由をハッキリと伝えなくても、常陸さんの事を信じてくれそうな気がするし……

 

 一番の理由は店内でしばらく留まれること。下手に出歩かなくてもいいということが、俺の中では決め手だった。

 

 しかしそれは犬化を見られる可能性が高い……ということなんだが………正直、そのリスクはどこにいても変わらない。それならば、道のど真ん中で突然犬になるよりも、どこかの施設の中の方が被害が少ないと判断した。

 

 そして昼過ぎからスタート、ということは、数時間店内で時間を潰せば、外に出ても怪しまれることはなくなる。それまでは恋人のような雰囲気をしっかりと作って、「恋」を再現する。

 

 これが俺に課せられた、今日のミッション。

 

 なんて考えてはいるが……

 

 どこか落ち着かない。

 

 そりゃそうだ。期間限定の仮とはいえ、俺は好きな人の「彼氏」になるんだ。

 

 落ち着いていられるはずがない。気が付けば俺は、掃除を始めていた。

 

 頭の中には今日のデートのことが駆け回る。

 

 まさか人生の初デートがこんな形になろうとは、誰が予想しただろうか?……って、一応常陸さん本人曰く、買い物デートをした。とか前に言っていたな。

 

 でも今回はそんなデートじゃなくて、「恋人」として、だ。

 

 そんな大役、俺に務まるだろうか?

 

 なんて不安をかき消そうとするように、俺は無駄に何度も同じところを拭いたり、普段は気にしないような場所を入念に掃除したりしていた。

 

 蓮太「……………」

 

 茉子「竹内さん」

 

 なんてことをしていると、背後から声をかけられる。

 

 蓮太「ん?どうした?」

 

 俺は動かしていた手を止めて、常陸さんの方へ振り返る。

 

 茉子「あ、掃除の途中でしたか?」

 

 蓮太「いや、別に気にしなくてもいいよ、もう何度も何度も同じことを繰り返しててとっくに掃除は終わってる」

 

 茉子「そうですか。でっ、では……もう出発できるんですね」

 

 覚悟を決めているとはいえ、常陸さんもかなり緊張している様子だ。ここはできるだけ俺が引っ張っていかなければいけないだろう。男として。

 

 蓮太「あぁー…。そうだな、そろそろいい時間だし……常陸さんも出れる?」

 

 茉子「はい、準備は……出来ています」

 

 いつまでもこうしてはいられない。あの時に、自分の感情を殺したはずなのに、好きという思いに気がついたせいか、どこか逃げ出そうとする自分がいる。

 

 ダメな癖だな。そんな自分を正すように、俺は常陸さんの方へ身体を向ける。

 

 蓮太「じゃあ……行こうか」

 

 茉子「はっ、はい。そうですね」

 

 ………すっごい緊張をしているんだろうな…。そ↑う↓ですねって言ったぞ?今。

 

 ……そんなに意識をされると、こっちまで更に緊張してくる…。

 

 ただでさえ、常陸さんの為って思うことで自分の心を留めていたんだ。

 

 それの蓋が、もう今は半分くらい開かれている。

 

 そう、楽しみなんだ。こんな形とはいえ二人っきりになれるのが。高揚感…々というか、気持ちがかなり高ぶってくる。

 

 こんな気持ちになるなんて……

 

 蓮太「じ、じゃあ……デートに行きゅましょうか!?」

 

 そして盛大に噛み散らかす俺。

 

 茉子「ひぁっ、ひゃい……っ!」

 

 常陸さんもあまり変わらなかった。

 

 そんなこんなで、スタートダッシュはコケるような感じになったが……まぁそれも俺達らしさ…って言えば聞こえはいいか。

 

 二人で声を裏返しながら、家を出た。



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88話 デートスタート!

 もうすっかり歩き慣れた道。

 

 俺が穂織に来てからそれなりに経った。それを表すように、季節は夏に近づいている。

 

 ただ……そんな中、慣れた道を歩きながら、慣れないことを経験している。

 

 今までに味わったことの無い緊張からか、俺たち二人は道を歩く中、何一つ会話が発生しなかった。

 

 蓮太「………」

 

 茉子「……」

 

 そう、ひたすら無言。

 

 いやだって仕方がないだろ!?普段クールぶってる陰キャな俺がいきなりデートだなんてやっぱり難易度が高いわッ!

 

 何話せばいいかわかんねぇし!周りの目が無駄に気になるし!

 

 …………でも、待てよ?よくよく考えてみたら、俺達って結構恥ずかしいことをもうしているよな…?

 

 それらは全て恋人を意識したものでは無いだけで、やっていること自体は物凄く恥ずかしいことな気がする。

 

 ……なんか今までの事を思い出していたら、少し冷静になってきた気がする。

 

 よし…いつも通りを意識して……っと。

 

 蓮太「……やっぱり平日は人が少ないんだな。それでもチラホラと観光客っぽい人は見るけど」

 

 よし、とりあえずはこんな感じの話題からスタートだ。全く会話をしていないってのは大問題だからな、なんでもいいからまずは会話だ。

 

 ……ちゃんと喋れてるよな…?

 

 茉子「お昼ももう食べ終わる時間ですからね。もう少し前なら、お昼を食べる人もいたと思うんですが…」

 

 そうだな。少し遅れた時間からデートをすることにしたから、人だかりなんてこんなもんだよな。

 

 蓮太「そ、そうだよね…」

 

 茉子「………」

 

 蓮太「…………………」

 

 会話が続かねぇぇぇぇぇぇ!!

 

 だ、ダメだ!俺の返し方が悪かった!

 

 ってかこんな話題じゃあそもそも話を続けることが困難だ!もっとこう…話が弾むようなことを………

 

 そうだな……ゲームのこととか?

 

 いやいや、デートでその手の話題はないだろ。

 

 それじゃあ………料理のこと?

 

 待て待て、それは普段から散々話してる。「特別感」が出ない。

 

 それなら……デートというか、男女での会話のテンプレで、相手を褒めたりする?

 

 よく考えろ、常陸さんを褒め散らかしたらすぐに逃げられる。

 

 …………ダメだ。考えること全てがマイナスの方へと行ってしまっている気がする。

 

 まぁ、とにかくまずは田心屋に向かうか。考え事をしていたせいでもうすぐそこだし。

 

 蓮太「と、とりあえず、さっさと店に向かおうか」

 

 茉子「そっ、そうですね!」

 

 今の現状から逃げるように、俺達は足早に田心屋へと歩いていった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芦花「いらっしゃませ〜」

 

 明るい声で迎えられた店内には、幸いなことに客がいなかった。1人たりとも。

 

 普段なら、この店に入った途端にテンションが上がるんだろうが………今はそんな気分ではない。

 

 芦花「あれ?竹内君と常陸さん?どうしたのこんな時間から」

 

 というか………俺の名前を覚えてくれてたんだな。まともに会話をしたことはなかったはずだけど…

 

 まぁ、なんにせよありがたいことではある。接し方はわからないんだが…

 

 蓮太「まぁ…ちょっと事情があるんスよ」

 

 最初から全てを説明するわけにはいかない。もし、最悪の展開になった場合……ってだけで、常陸さんの事は極力秘密にはしたい。

 

 芦花「事情ねぇ……。まぁ、常陸さんが一緒ならなにか理由があるんでしょう?事と次第によると………っと思っちゃうけど、目を瞑ってあげる」

 

 茉子「すみません。ありがとうございます」

 

 相変わらず、常陸さんへの信頼はみんな絶大だな。こりゃ、常陸さんに感謝しとかないと……。俺だけなら普通に疑われて終わりだろうな。

 

 蓮太「あざッス。じゃあ席は……適当で?」

 

 芦花「うん。構わないよ。2名様ご案内致します」

 

 そうして俺達は、一番目立ちにくいであろう奥の席へと向かう。

 

 その移動中に、馬庭さんから質問をされる。

 

 芦花「それで?こんな時間にうろちょろしているのはなんでかな?」

 

 蓮太「やっぱり、気になる……か。細かいことは言えないんスけど…」

 

 俺は言葉を考える。

 

 馬庭さんに、呪いのことは正直には言えない。だから曖昧な事を伝えてしまう結果になるのはしょうがない。

 

 もしその事で相手の気が変わって、安晴さんに連絡をされても、安晴さんは事情を知っているから上手くまとめてくれるだろう。

 

 しかし言える範囲となると………

 

 蓮太「話を簡潔にまとまると、俺と常陸さんはデートをすることになって──」

 

 芦花「デート!?竹内君と常陸さんが!?え〜、なんでなんで〜?もしかして二人って、付き合い始めたの〜?」

 

 まだ喋っている途中なのに、デートという言葉に食いつかれてしまった。

 

 というかノリが面倒くさッ!

 

 ってか俺と馬庭さんは面識がそんなに無いのに、こんなフランクに話しかけられるとは思わなかったわ!

 

 蓮太「あ、いや、そういう事じゃなくて……なんつーかな…」

 

 俺が返答に困っていると、常陸さんが助け舟を出すように、代わりに答えてくれた。

 

 茉子「下手な言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが……実は、恋人同士の気持ちを理解する必要がありまして…」

 

 芦花「それで……デートを?それじゃあ…二人は付き合っているってわけじゃないんだ?」

 

 今の台詞をすんなり聞き入れるって、どんだけ常陸さんへの信頼が厚いんだよ。普通の人なら「そんなことあるかい」って言われるとこだと思うぞ?

 

 茉子「はい、竹内さんには一時的に代役をお願いしていまして」

 

 芦花「へぇー……、それじゃあしっかりとリードしなくちゃね」

 

 確かにそうだとは思うけれど……。実際に行動に移すのはかなりの高難易度なんだぞ?

 

 そして俺達は、奥の席に向かい合うように腰をかける。

 

 芦花「さてと、それじゃあ………」

 

 馬庭さんは、「コホン」と声を整え、仕事モードへと切り替える。

 

 芦花「いらっしゃませ、お客様。ご注文は如何なさいますか?」

 

 どこか安心するような、お姉さんスマイルを見せて、お客の俺達に注文を聞く。

 

 蓮太「えっと……。とりあえず和紅茶で」

 

 茉子「ワタシは……抹茶をお願いします」

 

 俺達がそう答えると、馬庭さんは一瞬眉をしかめた。

 

 ……え?なんかおかしなこと言ったか?

 

 いやでも、ちゃんと売りに出されている物を頼んだよな……?

 

 芦花「承知致しました。すぐにお持ち致しますので、少々お待ち下さい」

 

 若干もどかしそうな顔をした馬庭さんは、テンプレの受け答えをして、店の奥へと歩いていった。

 

 結局、あの一瞬見せた表情の理由はわからないまま、再び常陸さんと二人きりになる。

 

 そして始まる、お互いが困惑して何を話せばいいかと悩む時間が。

 

 黙り込むのはダメだと思いつつも、話題が見つからずに結局無言になる。

 

 きっと常陸さんも似たようなものだろう。さっきからこの雰囲気になると、何かを喋ろうと口を開くが、またすぐに口を閉じるという行動を繰り返している。

 

 色んなことが頭には浮かんでくるのだが……、相手に失礼にならないか?などを考えてしまって、話題を決めることが出来ない。そうして無い頭を振り絞って出した結果は………

 

 蓮太「えぇー、ほほ本日はお日柄もよく…足元の悪い中お越しいただいて、誠にありがとうございます」

 

 茉子「い、いえいえ、こここちらこそありがとうございます!?」

 

 なんだよ!このセリフ!というか雨なのか晴れなのかどっちなんだよっ!てかお越しいただいたんじゃなくて、二人で来たんだろ!

 

 蓮太「え、えと、えと、あと、その」

 

 茉子「あ、あは」

 

 あれ?何を言おうとしたんだっけ?ちょ、ちょっと待って…!じゃなくて!あ、あれ?テンパってわけわかんなくなってる!

 

 蓮太「き、今日は天気が良くて……」

 

 何か会話を!なんでもいいから!考えろ考えろ!!

 

 蓮太「今日は晴天ですね」

 

 そ、それでこの後の会話は……

 

 蓮太「きょ、今日は太陽が気持ちよくて……」

 

 芦花「天気予報士かーーーーっっ!」

 

 と、俺がテンパりまくっている所に、馬庭さんが割り込んでくる。

 

 蓮太「なんスか!?俺は今日のこの天気の良さをアピールしようと―」

 

 芦花「なんで急にそうなるの!?デートの途中でお天道様のことばっかり話されても困るでしょ!?」

 

 芦花「というか二人ともあんまり過ぎるよ!もう見ていられない!」

 

 俺達の訳分からないギスギスしたような雰囲気に見ていられなくなったのだろう。横から猛スピードでツッコまれた。

 

 芦花「竹内君!理由は知らないけれど、デートをしなくちゃいけないんでしょ?あの会話はもうただのテレビの映像だよ!お見合いにすらたどり着けていないよ!」

 

 お見合いですらないのか…?えっと……それなら……

 

 蓮太「す、好きな自然現象とかは……?俺は雪なんだけど…」

 

 芦花「だから天気予報士かーーーっ!」

 

 俺の肩ら辺に、鋭いツッコミがバシッと入る。

 

 芦花「っていうかそれを聞いてどうなるの!?まだ好きな食べ物とか聞く方がそれっぽいよ!何!?好きな自然現象って!?」

 

 まぁ、確かに質問としておかしかった気がする。しょうがないじゃないか!こちとら天気がいいですね!しか言えないんだよ!

 

 芦花「それに、常陸さんも!」

 

 茉子「は、はいっ!?」

 

 芦花「デートならもっとデートらしい雰囲気がでる注文もあると思うな!」

 

 あ、矛先が常陸さんへと移っていった。

 

 芦花「例えば何か食べ物を注文して『あーん』をしたりするイベントとか!」

 

 はぁ!?なんでいきなりそんな恥ずかしいことをしなきゃいけないんだ!?

 

 と内心そんなことを思いながら常陸さんの方をチラッと見ると……

 

 茉子「──ッ!?確かにマンガでよくそういうことをしてますね!」

 

 ちょちょ!?!?納得しちゃったよこの人!?なんで?なんで!?もう女の子怖いわっ!

 

 茉子「ワタシとしたことがっ、失念しておりました……っ。で、ではわらび餅をお願いします」

 

 注文しちゃったよ!?はぁ!?マジでやるの!?

 

 芦花「ご注文は承りましたが、他にも言いたいことはあります」

 

 次は何がくるんだよ………もう怖ぇ……

 

 蓮太「な、なんでございましょう…?」

 

 芦花「席!恋人なら正面じゃなくて、隣に座るとかあるものじゃない?」

 

 蓮太「いや、それは多人数とかでするものなんじゃ…?二人きりで並んで座るなんて変じゃない……?」

 

 思ったことをそのまま伝えると、馬庭さんは「はぁぁぁ……」と深い溜め息を吐いて、俺の方を見つめてきた。

 

 芦花「わかってない、わかってなさすぎるよ!不自然なことをするからこそ胸がドキドキする。恋人っていうのはそれを楽しむものなんだよ!」

 

 ッ!?

 

 い、いや……言いたいことはわかる。というか、ぶっちゃけ間違っているところはないと思う。

 

 そりゃそうだ。友達じゃないんだ。恋人。もう友達の一線とは凌駕している関係なんだ。普通がNormalじゃなくなって、特別がspecialじゃなくなる!

 

 常識が覆ってこその普通になる。

 

 蓮太「馬庭さん、大人なんスね…」

 

 芦花「まあ……マンガで読んだことがあるだけなんだけどね」

 

 蓮太「寂しい大人だった」

 

 思わず声が漏れてしまう。やべ、今のは失言だった。明らかに余計な一言だった。

 

 芦花「ん〜?竹内君はその口縫い付けて欲しいのかな〜?」

 

 怖い怖い怖い怖い!目が狂気!笑顔が仮面ッ!

 

 蓮太「嘘っス!別にそんなことありませんよ!」

 

 芦花「ぐすん……どうせいい歳してマンガでしか知識を蓄えれない、想像ばっかりしてる干物女ですよ」

 

 蓮太「そんな事ないんじゃないッスか?それは恋愛の楽しい時期を経験して、通り越して干物みたいに枯れ果てるのだから、まだその境地に達していないのであれば──―いだだだだだっ!」

 

 まだ喋っている途中なのにも関わらず、俺は頬を引っ張りあげられる。

 

 芦花「慰めるふりをして追い打ちをかけるのはこの口かぁっ!」

 

 蓮太「いだだだだだっ!ちょっ!?待って待って!だからまだ若くて可愛いんだから、可能性はあるってことを言いたかっただけだッ!」

 

 頬の摘み方が凄い痛い!これは将臣達…昔からこんなことさせて慣れさせてやがるな!?

 

 蓮太「というか俺客なんスけど!?従業員に手をあげられた!?」

 

 芦花「な、なんだろう…?竹内君ってなんとなく雰囲気がまー坊に似ているんだよね…?」

 

 もしかして、それが原因であんなにフランクに話しかけられていたのか!?

 

 茉子「…………」

 

 そんなこんなでわちゃわちゃしていると、常陸さんからの視線を感じる。

 

 蓮太「いてて……。ん?何?どうした?」

 

 茉子「あ、いえ。なんだか竹内さんの雰囲気が違うなーと思いまして」

 

 蓮太「そ、そうか…?」

 

 痛みを我慢しながら必死になってただけだと思うんだが…

 

 芦花「ダメだよ、竹内君。デートの途中で他の女の子とイチャイチャしてちゃ」

 

 蓮太「いやそっちから絡んできたんだよ!?」

 

 という俺の言葉のカウンターを馬庭さんはするりとかわしていく。

 

 芦花「とにかく、デートっていうのはもっとドキドキしてこそ!…………ということで常陸さん、ちょっといこうか?」

 

 えっ!?この人常陸さんを拉致ろうとしてるっ!?

 

 茉子「え?い、行くとは……どこに?」

 

 芦花「さっきも言ったでしょう?恋人同士ってのは不自然が付き物。つまりいつも通りじゃダメなんだよ!だから、そのための準備」

 

 茉子「は…はぁ……」

 

 常陸さんは大分困惑している。そりゃそうだ、拉致られる本人なんだし。

 

 芦花「竹内君はここで待っててね、いい?」

 

 蓮太「えっ、いや、それは…」

 

 と、言いかけたところで思うことがあった。

 

 どんな手段にせよ、馬庭さんは俺達の後押しをしようとしてくれている。おそらく、このままだとデートとは言えない「何か」で今日の一日が終わってしまうだろう。

 

 蓮太「………常陸さん」

 

 茉子「ここは…馬庭さんに従ってみませんか?」

 

 常陸さんも同じことを考えてた。きっと、犬化してもちゃんと事情を説明すれば……という感じなのだろう。

 

 どちらにせよ、今の俺たちにこのサポートは必須だ。

 

 蓮太「わかった。そうしよう。あ、一応これを…」

 

 俺はそう言って、温泉の湯が入った水筒を常陸さんに渡す。

 

 茉子「はい。ありがとうございます」

 

 蓮太「うん。それじゃあ後は頼みます」

 

 芦花「まーかせて!多分……30分くらいで戻ってくるからね!」

 

 そう言って二人は店の奥の方へと進んでいく。

 

 不安を抱きつつも口には出さず、俺はそのまま常陸さんを見送った。



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89和 彼女の魅力と幸せな時間

 

 あぁ〜…美味しい。ここの和紅茶は本当に美味しい。

 

 そしてこのプリン。もう2個目だ。とてつもなく美味しい。

 

 和紅茶に至っては3杯近く飲んでいる。

 

 だってそうだろ?甘味処で1人で時間を潰せって言われてもやることねぇし、ただ食べて飲むことしかできねぇよ。

 

 もうタプタプになってそうなお腹を気にしながら、俺は時間を確認する。

 

 蓮太「……そろそろ30分か」

 

 つっても女の子の買い物が時間通りに終わるだなんて思っていない。いや、これはバカにしているわけではなくて、俺だって前はゲームをしていたら、時間を忘れていた。なんてことはざらにあったから、気持ちはわかるってだけ。

 

 それに時間ちょうどに帰ってくるだなんて、間違いなくないだろう。ただの目安だろうし。

 

 それにしても、常陸さんが犬化していないかが心配だ。やっぱり側にいてくれないと落ち着かない。

 

 とか何とか思いながら、俺は再び和紅茶を口に入れると、姿を消した馬庭さんが戻ってきた。

 

 芦花「お待たせ〜。ようやく終わったよー……ふぅ〜」

 

 蓮太「終わった……?って常陸さんはどうしたんスか?」

 

 てっきり二人で戻ってくるもんだと思っていたから、驚いた。

 

 ……ってまさかッ!犬になってしまったか!?

 

 芦花「どうしたって……え?あれ?なんでいないの!?」

 

 あの反応は……さっきまでは近くにいたんだな。

 

 ということは目を離した隙に……やっぱり…?

 

 慌てて店の奥へと戻る馬庭さん。

 

 もしもの場合に備えて、俺も何時でも動ける準備をする。

 

 芦花「一体どこに…!って……何してるの、常陸さん」

 

 奥の方から聞こえてくる。なんだ……犬になったわけじゃないんだ……。ならよかった。

 

 茉子「だ、だって、こんな恥ずかしい格好……!」

 

 恥ずかしい格好ッ!?

 

 芦花「何言ってるの!いつもは生足をあんなにさらけ出しておいて」

 

 生足露出よりも恥ずかしいこと!?

 

 芦花「アタシからすれば、むしろアッチの方がずっと恥ずかしいよ」

 

 茉子「た、確かに、足の露出はそうかもしれませんが…!」

 

 あっ!しっ!のっ!ろっ!しゅっ!つっ!

 

 ……いかんいかん。煩悩は殺すんだ。落ち着けー。落ち着け…。

 

 俺は酸素…俺は酸素…俺は酸素…俺は酸素…俺は酸素…俺は酸素…俺は酸素。

 

 芦花「大丈夫だから自信を持って、ほら!いっておいでってば!」

 

 茉子「え…?あ、きゃっ──」

 

 おそらく背中を勢いよく押されたのだろう。つんのめるように、暖簾の奥から常陸さんが飛び出してきた。

 

 俺はその飛び出してきた常陸さんを見て、言葉を失ってしまう。

 

 蓮太「………ッ!」

 

 常陸さんの姿は先程とは違っていた。いつも身につけている、動きやすそうな和装の服装などでは無い。

 

 しばらく見ていない、穂織の外のような服装。真っ白な服装に、ほんのり赤いネクタイと、空色のベスト。それに、足元はスカートに変わっており、ニーソックスを身につけている。

 

 普段の常陸さんとは、全く違う雰囲気が漂う。ただ着ている服が変わっただけなのに、こんなにも違って見えるものなのだろうか?

 

 よく見ると、髪型も変えていた。

 

 サイドをお団子にまとめていて、変わっていたから……こんなにも違って見えたのだ。

 

 こんなにも心を奪われるだなんて……女の子が凄いのか、常陸さんが凄いのか…

 

 茉子「そんなにジロジロ見ないでください……」

 

 顔を真っ赤に染めて、モジモジと身体を捻らせる常陸さん。

 

 やっぱり思う。

 

 俺は彼女が好きなんだと。

 

 どうしても感情が暴れそうになる。好きだと伝えたくなる。

 

 そんな気持ちを必死に抑えて、常陸さんに声をかける。

 

 蓮太「…着替えたんだな」

 

 茉子「馬庭さんが……デートならオシャレをするものだと…」

 

 なるほど……ごもっともだろうな。現に俺はこの女性に心を踊らされるように、ドキドキしている。

 

 茉子「でも……スカートだなんて…」

 

 蓮太「そんなに恥ずかしいものなのか…?制服も…確かスカートだったような…?」

 

 茉子「制服の時は、スパッツを穿いていますから気になりませんが……なんというか……スースーして……し、下着とか見えていませんか…?」

 

 いや、そんなものが見えていたら、多分俺は死んでしまう。物理的に心臓が跳ねてしまって血まみれになるだろう。

 

 蓮太「流石にそんなことは無いんだけど…」

 

 茉子「けど!?ほ、他になにか問題がありましたか!?」

 

 今のは言い方が悪かったな。きっと彼女は不安なんだろう。ワタシになんてこんな服はもったいない…。なんて思っていそうだ。

 

 だからこそちゃんと伝えないと。

 

 蓮太「いや、似合ってると思う。雰囲気が変わって見えて、変なところなんてどこもない、凄く………その……可愛い」

 

 茉子「………」

 

 茉子「そ、そうですね。確かに、この服は可愛いですよね」

 

 照れ隠しか、恥ずかしくて逃げ出したのか、俺が言いたいこととはズレたことを彼女は言う。

 

 蓮太「うん。可愛い。その服を着ている常陸さんが」

 

 茉子「〜〜………!!」

 

 常陸さんの顔がさらに赤くなっていき、よく見るとスカートを力いっぱい握りしめている。

 

 茉子「あ、あんまり辱めないで下さい………!」

 

 蓮太「いや、別にそんなつもりで言ったんじゃなくて……本当に可愛い。お世辞なんかじゃ──」

 

 と言いかけた時にハッと思い出した。

 

 こんな会話を、前に一度経験したことがあるな、と。

 

 そう確か……あの時は今みたいに常陸さんの気配がスっと消えて……

 

 茉子「〜〜〜………ッ!」

 

 ゴトンッ!っと音を立てながら、丸太が床に叩きつけられた。

 

 記憶通りだ。

 

 茉子「ふっふっふ!それは残像です。ワタシの残像を相手に褒め散らかして──」

 

 蓮太「それはいいから戻ってこいよッ!?」

 

 絶対こうなると思った!!何?見た目を素直に褒めるだけでダメなのか!?

 

 蓮太「ほら、デートが出来ないから、戻ってきて?……ね?」

 

 そう語りかけると、どこからともなく常陸さんがスっと現れた。

 

 モジモジとしながらひょこっと出てくる常陸さんが本当に可愛く思える。

 

 茉子「すみません……どうしても、そういったお世辞は苦手で…」

 

 蓮太「だからお世辞じゃ──」

 

 ……いや待て。こんな会話を無限ループさせてちゃ埒が明かない。いつまで経ってもデートにはいけないだろう。

 

 蓮太「いや……。わかった。じゃあ一言だけ…」

 

 ここは俺が引くしかないだろう。彼女の中でお世辞と受け止められても今はいい。

 

 蓮太「よく似合ってる。可愛い」

 

 茉子「〜〜……!あ、ありがとう…ございます」

 

 というか、さっきまでは散々テンパっていたのに、いつの間にかいつも通りに近い感じになってきたな、俺。

 

 この調子だと、俺は何とかなりそうだ。後は…彼女に楽しんで貰えるように、だな。

 

 そこでふと気がついた。馬庭さんがいない。というか、店の奥の方の陰から他の従業員達とこちらを見てニヤニヤしている姿が目に映る。

 

 ……これだから…ったく……。

 

 まぁ、今となっては感謝だ。なんにせよそういうムードに持っていけた事実は変わらない。

 

 蓮太「いつまでも立ちっぱなしってのもアレだし…座ろうか」

 

 茉子「は、はい。そうですね…」

 

 常陸さんはまだ照れた様子だ。まぁ…彼女の場合は、すぐに慣れろという方がまだ難しいだろう。

 

 そうして常陸さんは元々座っていた席に座る。俺はさっきの失敗を学び、今度は常陸さんの横へ。

 

 その瞬間に、常陸さんの驚いたような声が聞こえたが、とりあえず俺は対面側に用意された和紅茶を今の自分の席の方へ持ってくる。

 

 そして座り直して思うことは……妙に恥ずかしい事と、正面の席が空いている違和感を感じる事。

 

 って、今更それを気にしても仕方がない。

 

 なにか頼もうかと思ったが……さっきまでこっちを見ていた人の影が一つ消えている。

 

 そういえばわらび餅を頼んでいたな、常陸さんが。

 

 しばらく待っていれば来るだろう。それはそれとして………

 

 蓮太「あのさ」

 

 茉子「えっ!?」

 

 さっきからギューっとスカートを握っている常陸さんが気になる。

 

 蓮太「そんなに落ち着かないもんなのか?スカートって」

 

 茉子「どうにも履き慣れていないので、スースーしてふわふわする感覚がどうにも…」

 

 そんなにスカートってスースーするものなのだろうか?経験をしたことがないから、想像することすらも出来ない。

 

 茉子「それに……足が太いですから。こんな足を世間に晒して、お目汚しさせてしまうなんて」

 

 いや、全然太くなんかないと思うけどなぁ…。すっげぇ魅力的だし、惹かれるものがある。

 

 と言うよりもアレの方が見た目的に恥ずかしいと思うんだけど……?

 

 蓮太「あのさ、忍び装束の方が結構過激だと思うんだけど、あっちは別に何ともないのか?」

 

 茉子「………言われてみると確かに…?」

 

 いや気づいてなかったのかよ。

 

 茉子「お務めということで意識が切り替わるんだと思います。竹内さん達が来るまでは芳乃様と二人きりでしたから」

 

 まぁ、女の子同士だし…気にならないのか?っとそれよりも、あの命の駆け引きをしなくちゃいけない緊張感の方が勝つのかもな。

 

 実際に俺もまるでコスプレのような彼女達の姿に気を取られるなんて暇はなかった。

 

 ………コスプレなんて言ったらぶっ殺されそうだな。

 

 茉子「先祖代々の服ですし、下着を見せている意識もなくて……あれも正装の一部という感覚なんです」

 

 蓮太「それで別に、過激だーとか意識したことはないのね」

 

 人それぞれなんだなぁと思った。確かにもう彼女からしたら慣れたことだっただろうし。

 

 茉子「竹内さんも、あの時に選んだ服を着ているんですね」

 

 そう、あれから俺は結構あのカーキ色のカーディガンを気に入っていて、割と着用している。まぁ…常陸さんに選んで貰ったやつだし…?

 

 蓮太「あぁ、気に入ってるんだこれ。本当いい買い物が出来たからさ、だから嬉しいんだ」

 

 茉子「す、凄く似合っていますよ!本当に……か、か格好いいです」

 

 その言葉を聞いて、落ち着いてきていた心臓がまだ激しく暴れ出す。

 

 蓮太「あ、あり…がとう。そう言って貰えると、嬉しい」

 

 今ちょっと常陸さんの気持ちがわかった気がした。

 

 茉子「あ、あのっ、ワタシも…さっきは変わり身で逃げたり失礼なことをしましたが……褒めてもらえて、嬉しかったです……ありがとうございます」

 

 蓮太「あぁ、いつもの服もいいけど、そんな雰囲気の服も大人っぽくて、すっごくいいと思う」

 

 蓮太「いつもの服が子供っぽいってわけじゃないんだけど、なんて言うのか……今の服装はもっと女の子っぽいんだ、本当、さっき見た時からずっとドキドキしっぱなしなんだ」

 

 ………やべ、ちょっと言いすぎた…か?つい褒め言葉が止まらなくなってしまった。

 

 茉子「もっ、もう!竹内さん、いつもそうやっておだて死にさせようとして!」

 

 予想通りというかなんというか……常陸さんがテンパるように顔を赤くして拳をギューっと作り出して、軽く振るように動かしている。

 

 可愛いな。

 

 茉子「そんなにワタシを辱めて楽しいんですか!」

 

 蓮太「待て待て、そりゃどっちかって言われたら、ぶっちゃけめっちゃ楽しいけど、一旦落ち着こう」

 

 辱めるって言うよりも、勝手に言葉が漏れるって表現の方が正しいんだけど。

 

 茉子「竹内さん…ッ!」

 

 そんな俺の言葉に悔しがるように、常陸さんは歯を食いしばっていた。

 

 そんな彼女を見ていたら、思わずふふっと笑ってしまう。

 

 茉子「な、何がそんなにおかしいんですか…?」

 

 蓮太「やっと普通に話せるなって思ってさ」

 

 本当、馬庭さんには感謝だな。逆に俺はダメダメだ。

 

「そうですね」と笑う常陸さん。それに釣られてか、俺もさらに笑ってしまって、会話が弾む。

 

 そのタイミングを見計らったように、馬庭さんがやってきて、わらび餅を置いて行った。

 

 早いなッ!?いつもの丁寧な言葉は!?あんた定員だろ!?

 

 というか置かれたわらび餅をよく見ると………色が黒色だった。

 

 蓮太「これ…………わらび粉で作っているのか…!?」

 

 常陸さんも一目見て、気づいたらしい。そりゃそうだ、普通はこんなわらび餅を売っているところなんてあんまり見ないぞ?

 

 蓮太「お金どうなっているんだろ……?」

 

 茉子「そう言えば、有地さんが言っていました。定価を無視して作ることがあるらしいって」

 

 その言葉を聞いて値段を見る。

 

 …………800円と書いてある。

 

 もうちょっと高くてもいいんじゃないだろうか?本当に大丈夫なのか?この店。

 

 茉子「いただきます」

 

 横から聞こえてきたその声は、まるで子供のようなウキウキとした声に聞こえた。

 

 あぁ……食べたかったんだな。

 

 そして常陸さんが一口。

 

 茉子「んっ、美味しい……!瑞々しくて、滑らかで…しかも出来立て!これがわらび粉でつくったわらび餅ですか…!」

 

 その目はなんかキラキラとした輝きが見えてしまうほどに可愛い目をしていた。

 

 蓮太「やっぱり市販のものとは全然違う?」

 

 茉子「違います!まだ温かいですし……もしかしたら、きな粉も自家製なのかも知れません」

 

 えっらいべた褒めだな。へぇ〜、そこまで常陸さんが言うほどのものなのか。

 

 料理好きの俺からしたら、かなり気になる。

 

 蓮太「じゃあ俺も一個だけ………って、オロ…?串が無い…?」

 

 用意されていたのは、常陸さんが持っている一本だけだ。

 

 茉子「あ、本当ですね……、忘れていたのでしょうか?」

 

 蓮太「わざとだろうな。なんとなく……勘がそう言ってる」

 

 そうして何度か叫んで誰か来るかを呼んでみるけれど、定員は誰も出てくることは無かった。

 

 蓮太「ほらな?」

 

 馬庭さんの考えそうな事だ。もうなんとなくさっきのやり取りで性格がわかってきた。

 

 茉子「それって……やっぱり『あーん』でしょうか?」

 

 蓮太「かも……ね」

 

 あと間接キスもか。

 

 本当……面倒くさい。ドキドキするのも間違いはないんだが、食べ物もまともに食えなくなるのか。

 

 まぁ別に俺は最後の一つを素手て掴んで食べてから、手を洗えばいいだけだから今食べなくてもいいか。

 

 なんて思っていると、常陸さんは手に持っているひとつの串をジーッと見つめている。

 

 どうしたんだろう、と常陸さんを見ていると、使っていた串で常陸さんはわらび餅を持ち上げて──

 

 茉子「で、では竹内さん、はい…あ〜ん」

 

 蓮太「はっ!?」

 

 まさか本当にする気なのか!?いや、さっき串を見つめている時からまさかとは思ったけど!?

 

 茉子「わらび餅なら……鮎の塩焼きよりは色気がありますよね?」

 

 あ、あれ…?常陸さんは恥ずかしがってこんなことはしないって思ってたんだが…

 

 蓮太「え?常陸さんはこういうのは平気…なのか?」

 

 茉子「これぐらいは覚悟を決めていましたから。服まで着替えた以上、精一杯デートをするしかありません」

 

 い、意外と積極的な………

 

 茉子「今のワタシ達は恋人なんですよ?」

 

 その言葉を聞いて、また俺はドキッとさせられる。

 

 それがモロに表情に出ていたのか、俺の反応を見て、常陸さんは軽いドヤ顔を決める。

 

 しかしその顔はほんのりと赤く、彼女も恥ずかしがっていることが感じ取れた。

 

 蓮太「………無理してないか?」

 

 茉子「多少………。代役だとわかってはいるんですが、この状況で口にすると……いつもとは違う感じです」

 

 だろうな。

 

 蓮太「…………やる?」

 

 茉子「やって…みませんか?」

 

 お互いが、数秒間見つめ合う。本当にやるのか?という駆け引きを胸の内で何度も繰り返しながら。

 

 蓮太「…からかって楽しんでるだろ」

 

 茉子「いいじゃないですか、少しくらい仕返しをしても」

 

 そう言う常陸さんは「あは」と笑っている。

 

 茉子「どうぞ、美味しいですよ。あ〜〜ん」

 

 …………なるようになれ。

 

 もう考えることを止めて、俺はその差し出されたわらび餅をパクッと食べる。

 

 そして口の中で何度も何度もわらび餅を噛む。

 

 その瞬間に今までの緊張というか、感情が消し飛んだ。

 

 蓮太「はっ!?美味ッ!?」

 

 茉子「食べればすぐに違いが分かりますよね!」

 

 正直言って、このレベルのわらび餅を食べたことはない!人生で初めてだ!

 

 続いて常陸さんもわらび餅を口に運びながら、幸せそうな息を漏らす。

 

 改めて考えると、やばいな……この店。

 

 茉子「もう一つどうですか?」

 

 そしてまたも差し出される黒色のわらび餅。

 

 今度は別に躊躇うことなく、普通に食べさせてもらった。

 

 茉子「意外とあっさり食べるんですね」

 

 その様子を見た常陸さんは、やや驚いていた。

 

 蓮太「だって美味いもん」

 

 なんてことを言いながら、次々とわらび餅を食べていき………気づけば全て食べてしまい無くなっていた。

 

 とても楽しい時間、その瞬間だけは、生涯忘れることのないであろう特別な時間へと変わっていった。

 

 そしてわらび餅を食べ終わる頃には、少しだけ俺達以外のお客も増えてきて………

 

 

 事件はその時に起こった。



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90話 面倒事

 何気ない、幸せな一時。この一瞬の幸せを噛み締めていると、なんだか見慣れない男の客が三人ほど入ってきた。

 

 服装的にこの町の人間ではない。おそらく観光客だろう。

 

 しかし一つ気になったことが……

 

 男「どうも〜!お次はこのお店にやってきました〜!」

 

 一人のピアスを付けた男がカメラを手に持ち、金髪の男が実況をするように、カメラに向かって何やらずっと話している。

 

 そしてたまに、三人目の眼鏡をかけた男が乱入してワンコメントをしていく、行為を行っている。

 

 そういえば、穂織で住む前に住んでいた所では流行っていたな、動画投稿者…だっけ?youpipe?ってサイトが流行ってたんだ。

 

 俺は全然利用していなかったんだけど。

 

 

 次はってことは、他にも何件かこうやって回っているのか。

 

 ……そもそも店に許可を取っているのか?商品だけを映すならまだしも、店全体や、俺達を含む客まで普通にそのカメラに映っている気がするんだが…

 

 茉子「あの人達ってアレですよね?確か…外で流行っている…」

 

 蓮太「あぁ、多分予想通りだと思うよ。YouPiperって所かな」

 

 まぁ、店側が迷惑だと判断したら、それなりの対処はするだろう。今のところはまぁ………目を瞑ってもいいか。

 

 問題なのは、いい感じのムードがぶっ壊れたって所かな。まぁそれもしょうがない。運がなかったと考えるか。

 

 それから俺達は、2、30分程過ごした。たわいも無い話をして、盛り上がりはしなかったが、まぁ、満喫出来たと言えるレベルではあるだろう。

 

 そうして俺が代金を払おうと、レジに行こうとした時、例の三人組も満足したのか、俺達の前を通り、レジの前に立って定員を呼んでいた。

 

 散々騒いだ割には、もう帰るのか。まぁ、店的にもさっさと消えて欲しい類の客だろうし……下手なことは言うまい。

 

 あの客の対応が終わってから、席を立てばいいか。

 

 そう思って俺は、じっとそいつらの動きを見る。

 

 芦花「大変お待たせ致しました、お客様。ご会計で宜しかったでしょうか?」

 

 出てきたのは馬庭さんだった。そして、慣れた手つきでレジを打ち、金額が表示される。

 

 1440円

 

 その金額を普通にそのまま払うのかと思ったが…………

 

 金髪の男はなにやら、パンパンに中身が入った小さな袋を取りだし、レジ台の上にその中身をぶちまけた。

 

 それは大量の一円玉。

 

 無造作に散らばったその硬貨達は、軽い音を立てながらどこかしこへと疎らに落ちる。

 

 茉子「…なっ!?」

 

 その光景に、常陸さんは驚きを隠せない様子だった。かく言う俺も、心の底から驚いている。

 

 そういえば昔にこんな事件が流行ったな……

 

 芦花「え、えっと……お客様?これは……」

 

 金髪「ほらほらっ!早く金額を数えてよ!」

 

 男達はニヤニヤしながらその光景を眺めている。

 

 ──録画をしながら。

 

 眼鏡の男はギャハハと汚い声を高らかに上げて、明らかに面白がっている。

 

 別に店側、馬庭さんはそれを断る権利はあるのだが………あろう事か彼女は、落ちた大量の一円玉を拾い始めたのだ。

 

 ……胸糞悪い。

 

 中の人は何をしているんだ?まさかこの事態に気がついていないのか?

 

 店の管理人。この店にも店長はいるはず。しかし出てこないのを見ると…………

 

 この場にいる定員は馬庭さん一人。立場もあるせいか、彼女の性格なのか。それに逆らう行為はしなかった。

 

 それを見た男達は、追い打ちをかけるようにもう一つの袋を取りだし、更に大量の一円玉をばら撒く。

 

 馬庭さんの頭にぶつけるように。

 

 

 

 

 

 ────―ブチン────

 

 

 

 

 

 と、俺の中で何かが切れる感覚がした。

 

 気がつけば俺は、金髪の男の腕を掴んでいた。

 

 蓮太「お前、どういうつもりだよ」

 

 金髪「はぁ?誰?お前」

 

 ピアス「おーっと!ここで正義の味方の登場か!?」

 

 俺に向けられるカメラ。そんなことはガン無視で、男の手を投げるように離し、一円玉を拾い続けている馬庭さんに俺は屈んで話しかける。

 

 蓮太「大丈夫ッスよ、アイツらに拾わせるんで。馬庭さんは常陸さんの所に」

 

 彼女の顔は、悔しそうだった。何に対してその顔をしているのかは分からなかったが、俺がやることは決まった。

 

 こいつらを追い払わねば。

 

 俺は立ち上がって、男達に話しかける。

 

 蓮太「これは立派な営業妨害だ。不必要に彼女を傷つける必要もなかっただろ。なんでこんなことをした」

 

 眼鏡「いいよっ!これこれ!こういうのが視聴数を稼げるんだよ!ほら頑張って!」

 

 完全に煽りにきているなコイツ……。人の話も聞いていないし。

 

 まともに相手をするのが馬鹿らしくなってきた。とにかく馬庭さんを俺達の席に方へ移動させて、常陸さんに警察にでも連絡してもらうか。

 

 そう思って、馬庭さんと男達の間に立つようにして、俺たち二人が移動していると──―

 

 金髪「どこ行くの……君ッ!」

 

 その声が聞こえてくると同時に、勢いよく俺は横腹辺りを蹴られた。

 

 不意に放たれたその蹴りに対応ができず、俺は先程まで座っていた席に吹き飛ばされる。

 

 蓮太「痛ッ…………!」

 

 ガシャガシャと激しい音が鳴り響く。背中や蹴られた場所から痛みが走り回る。

 

 そんな情けない姿の俺に、常陸さんは寄ってきて心配してくれた。

 

 茉子「竹内さん!大丈夫ですか!?」

 

 蓮太「大丈夫、大丈夫。アレに比べりゃどうって事ないさ」

 

 くっそ……。派手に暴れやがって……できるだけ穏便に済ませたいと思ってたんだがな……

 

 金髪「大丈夫か!?タケウチ君!いけないなぁ、歩く時は足元を注意しなくちゃ」

 

 ……ったく…昭和の漫画じゃあるめぇし。馬鹿丸出しだな、コイツ。

 

 茉子「今のはあなた達のせいじゃ──」

 

 そう常陸さんが言い返しながら男たちの方を振り返っている途中で、その金髪の男が常陸さんに拳を振りかぶっていたのが見えた。

 

 その刹那に思ったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 コイツは殺す

 

 

 

 

 

 

 俺は咄嗟に左手で常陸さんを抱きしめ、残った片腕でその男の腕を掴む。

 

 普通に考えれば、常陸さんはこの程度の攻撃を避けることなど容易にできたであろうが、そうせざるを得なかった。

 

 身体が反射的に動いてしまった。

 

 蓮太「悪ふざけもこの辺にしとけよ……お客さん」

 

 この俺たちの動きも、眼鏡の男はずっとカメラを向けて撮っている。何に対して一生懸命そうしているのかは知らねぇけど、こんなことを見せられて、頭にこねぇ奴はいねぇ。

 

 茉子「竹内さん……」

 

 蓮太「ご注文は……?」

 

 俺はその金髪の男を睨みながらそう言葉を発する。

 

 金髪「サンドバッグッ!」

 

 突如として襲ってきた蹴りを、俺は腕を使って防がずにそのまま喰らう。

 

 蓮太「……ッ」

 

 そしてゆっくり立ち上がって…………

 

 蓮太「喧嘩がご所望で?」

 

 すると男は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 きっとこれが狙いなんだろう。何も無ければ、そのままさっきの一円玉の出来事を動画にでもすればいいだけ。

 

 今みたいにこんな展開になれば、誰も見た事がないような動画ができ上がる。

 

 狙いは……炎上…?どんな手段であれ、目立つことだけに意識を向けているのかもしれない。

 

 そんなことはどうでもいいか。

 

 俺はただ……お世話になった馬庭さんの店がこんな風にされて、大好きな常陸さんに手を挙げられそうになって……………頭にきているだけだ!

 

 蓮太「オーダー…承りました」

 

 俺は右手を軽くスナップさせる。

 

 そして常陸さんの方を振り返り…

 

 蓮太「ちょっと待ってて…」

 

 茉子「竹内さん!危ないッ!」

 

 そう叫ぶ常陸さんは、俺の後ろを見て焦りの色を顔に出していた。

 

 それに気がついた瞬間、俺は首元を掴まれて後ろへ投げられ、そのまま腹を蹴られる。

 

 蓮太「うぐッ!?」

 

 それが溝内に入り、思わず吐きそうになるが……そこを気合いでグッとこらえる。

 

 するとあの金髪の男は間髪入れずに、顔面や腹、睾丸付近などを殴り蹴りを繰り返す。

 

 それを見て爆笑する後ろの雑魚二人。

 

 金髪「実はねぇ、僕?俺は結構強いんだよ?」

 

 久しぶりだ、こんな痛みを味わうのは……。祟り神のお祓いをしなくなってからは初めてだな。

 

 ったく……なんでこんな訳分からないやつに絡まれなきゃいけねぇんだよ……

 

 足元がふらついている中、真っ直ぐに立ち上がり、「ふぅ〜」と深い息を吐く。

 

 このままだと常陸さんも参戦してしまうかもしれない。すぐに終わらせよう。

 

 蓮太「知るか……、お前…… 常陸さんと馬庭さん(レディ)に手を出そうとしたこと……後悔しろよ…」

 

 金髪「まずは自分の心配でしょっ!」

 

 そう言って金髪は俺の方へ走ってくる。

 

 俺は左足を軸に、身体をやや斜めに動かし、重心を落とす。

 

 そして走ってくる男に合わせて…

 

 蓮太「羊肉(ムートン)……………ショット…」

 

 一気に軸足を回転させて勢いをつけ、右足を相手の喉元を狙って思いっきり蹴りを入れる。

 

 まともにその蹴りを喰らった男は、4m程吹き飛んでいき、勢いよく入口横の壁に激突する。

 

 眼鏡、ピアス「「……は…?」」

 

 突然の出来事に頭が混乱しているのか、残りのふたりは呆然としていた。

 

 蹴られた金髪の男は完全に気絶してしまっている。

 

 蓮太「………お粗末さまでした」

 

 そうして俺は、その二人の男の方へ歩みながら話しかける。

 

 蓮太「お前らみたいな奴らはお呼びじゃないんだ、代金置いてさっさと帰ってくれ」

 

 そう言うと、何かに怖がる様子で男達は金髪を担いで、一目散に逃げていった。

 

 いや待て!代金を置いていけって言っただろ!?

 

 まぁ、今はとりあえずいいか……

 

 そう思って俺は馬庭さんと常陸さんの場所へ移動して…

 

 蓮太「ごめん、ちょっと騒いじゃったし、お店を汚くしてしまった」

 

 馬庭さんも唖然としていた。ってそりゃそうか……いきなりあんなものを見せられたら、どう接していいか間からなくなりそうだしな。

 

 そうすると暖簾の奥から人がでてきた。

 

 男の人「今回は許してやる」

 

 一目見でわかった。多分この人がこの店のトップだと。

 

 芦花「お父さん…」

 

 ………なるほどねー……こりゃ怒られるか?

 

 馬庭父「後のことはこっちで何とかしておくから、さっさと店から出ていった方がいい。もうそろそろ警察が来てもおかしくないからな」

 

 …要するに今のうちに逃げとけってことね……別に俺が事情を話してもいいんだが………せっかくこう言ってもらっているんだ。お言葉に甘えよう。

 

 蓮太「あざッス。じゃあはいこれ……お金、確かに渡したからね」

 

俺は馬庭さんの手の上に適当に取り出したお金、約5千円をトンと置く。明らかにあいつらの分と金額を合計させてもお釣りが出る額だが……まぁ、迷惑料ってことで。

 

 馬庭父「こっちの台詞だ、面倒事に巻き込んで悪かった」

 

馬庭さんのお父さんは気がついていないようだ。それならそれの方がいい。

 

 俺は軽く手を上げてから常陸さんと一緒に店を出ようとする。

 

 蓮太「早く行こう。せっかくのデートが台無しになっちまったからさ」

 

 そうして俺達は、店の裏口からこっそりと出て町中を何事も無かったかのように歩いた。

 

 はぁ……………どうやってムードを戻そう…



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91話 Verus amans

 

 茉子「大丈夫ですか?竹内さん……」

 

 田心屋を出てから二人で歩いていると、常陸さんからそう心配された。

 

 蓮太「まぁ、俺は大丈夫だけど……店に迷惑かけてしまったな」

 

 本当はあんなことをするつもりはなかったんだけど…後先考えずに暴力を振るうのは間違ってたな…

 

 いくらあいつらの態度が悪かったとはいえ、もう少し話し合いを試みるべきだったかも。

 

 茉子「お店の方も心配ですけど………竹内さん、物凄くやられてしまっていたのが気になって……。本当は痛いところがあるんじゃないですか?」

 

 ……常陸さんの言う通り、本当はそこそこ身体全体が痛い。

 

 しかしわざわざアピールすることもないし、手当を必要とするレベルではない。

 

 蓮太「大丈夫だって。それにしても………常陸さんの方こそどう?今日はまだ一度も変身していないだろ?」

 

 俺からしたら、さっさとさっきのことは忘れたい。できるだけあの仲がいい感じの雰囲気に戻りたいんだが……難しいかな。

 

 茉子「あ、いえ……そっちの方は全然……こういうのも、獣の気持ちで変わるんでしょうか?」

 

 上手いこと別の話をして、あの出来事を忘れさせなきゃ。

 

 蓮太「もしそうだとしても、デートに満足しているからって理由だったら嬉しいけどね」

 

 茉子「そうだといいんですが…」

 

 どこか常陸さんの頭にはあの事があるんだろう。………すぐに忘れろって方が無理か。

 

 …………気が変わった。

 

 蓮太「ごめん、常陸さん。あんな変な事をして気分を害してしまって」

 

 この話を一度スッキリさせてからじゃないと、今日はもうデートを楽しむことは出来なさそうだ。

 

 茉子「そんな!竹内さんのせいじゃないです!むしろ、ありがとうございます。あの時…助けてくれて」

 

 蓮太「大したことじゃないよ。勝手に身体が動いたんだ。それに無事……とは言えない気はするけど、なんとかあの場は収まったんだ、だから気にしないで」

 

 にしても……まさかあんな絡まれ方をするとは…ある意味、祟り神には感謝かもな。身体を鍛えるきっかけをくれたって意味だけでは。

 

 蓮太「それと、また今度田心屋に行こう。わらび餅…美味しかったから」

 

 茉子「そうですね…。他にも、前に食べたプリンも美味しかったですし、一度メニューを制覇してみたいですね」

 

 またあんな奴がもしいたとしても…………絶対に…

 

 蓮太「もしそのつもりなら、俺も連れてってくれよ?甘いものは大好きだからさ」

 

 茉子「はい。その時は、また一緒に!約束ですよ?」

 

 蓮太「あぁ!」

 

 

 

 ……………そういえば、これってまたデートをする約束…?

 

 そんな考えが、チラリと脳内を駆け抜ける。

 

 常陸さんも同じようなことを考えているのだろうか?お互いに、考え込むように黙ってしまった。

 

《ちょびっとAnother View》

 …………………

 茉子「(また一緒に、甘味処に行く約束を…してしまった。これって、次のデートの約束……なのかな?)」

 

 次も今日みたいに、『あーん』をするのかな…?

 

 茉子「(でも、デートの代役は今回だけ。次に来る時は……何なんだろう?)」

 

 そう考えてみるけど、答えは出てこない。よく分からない感情がグルグルと渦巻くように回る。

 

 茉子「(ワタシにもよくわからない。でも……竹内さんと一緒にいると……やっぱり楽しい。それに………あの時、ちょっぴり怖かったけど…それ以上に格好良かった……)」

 

 …………………

 

 むぅ……このまま黙りこくったままってのもいかんな。

 

 蓮太「まぁ、移動しようか。こんな所で立ち話をしてても仕方ないしさ」

 

 茉子「あっ、はい、そうですね」

 

 そうして俺達は適当に道を歩く。

 

 蓮太「そういや、常陸さんはお菓子作りはあんまりしない感じ?」

 

 個人的には、あんまりそんなイメージはないんだけど…

 

 茉子「白玉ぐらいなら作ることもありますが、プリンやケーキなんかは作ったことがありませんね。作り方は知っていますが……オーブンがありませんから」

 

 ……オーブン?

 

 蓮太「ケーキはともかく、茶碗蒸しの要領でプリンは作れるぞ?」

 

 茉子「…そうなんですか?」

 

 へぇ―……常陸さんでも知らないことってあるんだな。ちょっと意外だ。

 

 蓮太「オーブンとかって欲しいとか思ったりはしないのか?あったらあったで便利と思うんだけど」

 

 茉子「んー……。あんまり使い道が思いつかないんですよね」

 

 蓮太「使い道つったって、最近は色々便利なものもあるんだぞ?例えば、そうだな……スチームオーブンレンジとか?アレがあれば、「焼く」「煮る」「蒸す」「揚げる」を全部一台で賄える」

 

 茉子「それは便利そうですね…!凄い!」

 

 ……なんとか前の雰囲気に戻すことは出来たか…?

 

 恋人同士の会話……とは言えそうにはないが、まぁ問題じゃないだろ。

 

 それに……こうして常陸さんと一緒にいられるだけで、幸せを感じる。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 それから俺達は、何気ない会話をしながら町中を散策する。

 

 時間的には、授業は既に終わっているので、クラスメイトに見つからないようにできるだけ人目を避けての移動。

 

 ……………には限界がある。もう町の人には見られまくっているだろう。

 

 しかし意外なことに、俺はバレるが、常陸さんの事を気付く人は居ないようで、声をかけられない。

 

 買い物をしている時に話しかけてくるオッサンも、今日は普通に素通りだった。

 

 茉子「デートだと気付いて……気を遣ってくれているんでしょうか?」

 

 蓮太「いや……あの人達はそんなタイプじゃないと思う」

 

 むしろ笑いながらおちょくってくるタイプだろう。将臣と朝武さんの時のように。

 

 茉子「では、もしや……わざと泳がせて、からかっているんでしょうか?」

 

 いや……そんな陰湿な感じでもないと思う。むしろ……

 

 蓮太「単純に気が付いていないだけなんじゃない?常陸さんに」

 

 茉子「まさか!いつも買い物をしているんですよ?」

 

 蓮太「つっても見た目が違うからさ。普通の洋服で、スカート穿いて、髪型も変えてる。いつもと違って女の子らしいし、印象が違って見えるからさ」

 

 正直見違えるほどに違うからな……

 

 茉子「それって……普段がガサツという意味でしょうか?」

 

 そう言って、常陸さんは不安そうな顔をする。

 

 やべ、誤解を産んでしまった。

 

 蓮太「全然違うって。なんなら普段の可愛さを全て説明しようか?まず──」

 

 茉子「それは結構ですっ!遠慮しますっ!おだて死にさせられるのはゴメンですから!」

 

 食い入るように俺の言葉を遮断して、顔を真っ赤にしながら、両手をワタワタと振り回す常陸さん。

 

 なんて奇妙な動きをしてしまったせいか、周囲の人の視線がこちらに集まる。

 

 茉子「あっ、このままだと流石に気付かれますね」

 

 そんな視線に常陸さんも気が付いたのだろう。その場から逃げましょう。と言わんばかりの目線を送ってきて……

 

 いきなり俺の手を握りしめ、急ぎ足で俺を引っ張っていく。

 

 蓮太「え?あっ、ちょっ!?」

 

 なんだその不意打ち!?

 

 茉子「こんな姿で、殿方と一緒に歩いているところを見られると、きっとこの先買い物をする度にからかわれます」

 

 蓮太「まぁ、可能性は大いにあるよな。でも、普通に褒められるだけでそんな事にはならない可能性もあるんじゃないか?」

 

 茉子「その場合は、延々と褒め続けられます。そんなのどっちもお断りです。もう少し人の目がない所へ移動しましょう」

 

 蓮太「あぁ……それはわかったが……」

 

 俺は逃げ出す常陸さんに引かれながら歩く。

 

 久しぶりに繋ぐ手。最後に触ったのはいつだろう?

 

 相変わらずその手はぷにぷにと柔らかくて……忍びの鍛錬をしていたせいか、所々硬い。

 

 まるで常陸さんの優しさと、真面目さを表しているようにも思えた。

 

 なんてことを考えながら、人目を避けて次々と移動していく俺達。

 

 いつしかそれは、散策ではなく、誰にも見つからないように逃げ回る、子供の遊びのようになっていた。

 

 そしてたどり着いた先は……

 

 あの高台だった。

 

 穂織の町が見渡せる絶景の場所。

 

 俺が常陸さんに救われた場所。

 

 特に意識をしてここに来たわけではなさそうだけど、今の俺達には都合がいい場所だった。

 

 大きな大木を背に、夕日が静かな町を照らす。その光景は、今日という一日の終わりを告げるようだった。

 

 茉子「ふぅ……ここら辺なら、大丈夫ですかね」

 

 蓮太「にしても……意外とスリルがあって面白かったな。ちょっと疲れたけど…」

 

 そこそこの時間を、こうして慌てるように歩いてきたからな。流石の竹ちゃんも疲れてきたね。

 

 茉子「あ、申し訳ありません。ワタシ、無理矢理引っ張りまわしたりして………あっ」

 

 そこでようやく、常陸さんは俺の手を握りしめていることに気がついたらしい。

 

 キョトンと目を丸くした後、その顔がまた赤く染る。

 

 それは夕日に照らされたせいではないことは、わかっていた。

 

 茉子「す、すみません。ワタシ……咄嗟に手を…」

 

 常陸さんの細い指が動き、繋がれた手が解かれようとしている。

 

 暖かい手。優しい手。強い手。

 

 

 

 大好きな手。

 

 

 

 俺は咄嗟に力を入れて、離れそうな常陸さんの手を強く握りしめた。

 

 離したくなかった。もっと……常陸さんの近くに……

 

 蓮太「別にいい。恋人同士だから。だから……普通だろ?」

 

 茉子「そ………そうですね、はい。恋人なら……繋ぐものですよね…」

 

 その言葉と共に、常陸さんの指が戻ってくる。

 

 そしてお互いに握りしめたその手は、先程とは違って、より強く繋がり合っていた。

 

 

 

 この手に、救われたんだ。

 

 そう思った俺の視線の先は、またあの綺麗な景色を見つめていた。

 

 優しい風が俺達を包むように、音もなく透き通っていく。

 

 その風に、景色に後押しされるように、俺は言葉を発する。

 

 蓮太「恋人ってさ──」

 

 茉子「ひゃっ、はいっ!」

 

 蓮太「恋人って、他にはどんなことをするんだろう」

 

 静かに、少し恐れを感じる中、ゆっくりと語る。

 

 蓮太「お茶して、一緒に歩いて、手を繋いで………後は、何をするものだろう」

 

 茉子「そ、そうですね、デートなら、あとは夕食も一緒に食べたりするのではないかと」

 

 時間を見なくてもわかる。いつもの夕飯の時間よりは、まだ早い。

 

 蓮太「他には……何か思いつかないか?」

 

 茉子「と、言われましても……ワタシも恋に関しては……」

 

 蓮太「なんでもいい。なんでもいいんだ。マンガの中の話でも」

 

 常陸さんの知っている中での、最高の「思い出」を作らなきゃ。

 

 茉子「そうですね……最近読んだ中ですと……」

 

 常陸さんは考え込むように、少しの時間黙る。

 

 10秒程だろうか?そのくらい時間が空いたあと、口から出てきた言葉は…

 

 

 

 茉子「………キス…………」

 

 

 

 蓮太「………え?」

 

 茉子「あっ、いえ、マンガでは……と言いますか、現実でも同じだと思いますが……!キ、キスは……大きな山場の一つだと……思います」

 

 思い出した。

 

 俺はとんでもない罪を抱えているんだった。

 

 常陸さんの為とはいえ………俺は一度…キスを……

 

 蓮太「キスって、流石に代役じゃ出来ないよな」

 

 茉子「あ、あは……そうですね、キスは流石に」

 

 ……こんなことを思うのは、自分勝手なのかな。

 

 俺が……本当の彼氏になれば、なんて……

 

 蓮太「代役じゃなかったら…?」

 

 茉子「……はい?」

 

 常陸さんのやや惚けたような声が聞こえてきた。

 

 蓮太「代役じゃなけりゃ、いいのかな」

 

 茉子「そう…ですね。代役ではない恋人なら、キスすることも、普通だも思いますから」

 

 ……じゃあ……。

 

 蓮太「俺じゃ……ダメかな」

 

 茉子「……?ダメ、とは?」

 

 俺は真っ直ぐに、常陸さんの方を向く。

 

 常陸さんの目を見て、意思を……

 

 蓮太「代役なんかじゃなくて、常陸さんの「本当」の恋人になれないだろうか」

 

 茉子「……へ?」

 

 それでも彼女は、相変らずだ。

 

 もう一度、今度はもっとハッキリと。

 

 蓮太「好き……なんだ」

 

 茉子「…………はい?」

 

 何度でも……何度でも…………気持ちが届くまで、伝わるまで………

 

 こんな所でまで、俺は逃げたくない!

 

 

 

 

 

 

 蓮太「俺は、常陸さんの事が好きなんだ」

 



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92話 恋ひ恋ふ縁

 

 ついに言った。俺の思いを。

 

 ずっとしまい込んでいた感情を。

 

 伝えた。「好きだ」と。

 

 その言葉を聞いた常陸さんは、信じられないのか、少しの間だけ間が空いて…

 

 茉子「はっ、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」

 

 目ん玉が飛び出るんじゃないかってくらいに驚いていた。

 

 茉子「い、いい、いきなり何を…!?すすす好きって………ワタシのこと、好きって………ぁばばばばばばっ」

 

 あばばって………まぁ、常陸さんらしいか。

 

 そんな所も可愛く思える。

 

 蓮太「言っておくけど、キスがしたいから……なんて理由でこんなことを言ったわけじゃないから。本当に、俺は常陸さんが好きなんだ」

 

 つい感情が昂って、繋いでいた手を少しだけ強く握る。

 

 茉子「好き……好きって………あ、あは…にゃるほど……ま、またまた意地悪ですね」

 

 そう言って常陸さんは、俺から視線を逸らす。

 

 茉子「からかおうとしても無駄です。そそっ、そんなことで、ワタシは動揺なんてしませんからね」

 

 思いっきり動揺している事は置いておいて、常陸さんから冗談だと思われたみたいだ。いつもみたいに、からかっているんじゃないか…と。

 

 蓮太「違う。冗談や、からかっているわけじゃない。一人の女性として……本気で常陸さんの事が好きなんだ」

 

 何度も、何度でも伝える。俺の心が、彼女の心に届くまで。

 

 すると常陸さんは、俺の真剣さに負けたかのように、静かに息を呑んだ。

 

 茉子「ダメですよ、そんなの……困ります」

 

 蓮太「困る…?それって、何に?」

 

 俺は一歩だけ詰め寄る。

 

 茉子「そ、それは…あの……あの………〜〜〜ッ!」

 

 常陸さんは顔を真っ赤に染めて、身体を仰け反らせる。

 

 それでも逃がすまいと、更に俺は一歩詰め寄る。

 

 そんな、逃げと追いを繰り返していると、とうとう常陸さんの背が大きな大木にぶつかった。

 

 茉子「と、とりあえず手を、離して貰えないでしょうか………?」

 

 蓮太「変わり身を使わないならいいよ」

 

 今この手を離したら、確実に逃げられる。

 

 そんなことはして欲しくない。

 

 茉子「そっ……れっ…は………」

 

 常陸さんは必死に視線を逸らす。

 

 茉子「な、なんなんですか、突然……一体どうしたんですか……?」

 

 蓮太「突然じゃないんだ。常陸さんが「恋」をしなくちゃならなくなった時から、ずっと心がモヤモヤしてた」

 

 蓮太「何度も何度も考えた。常陸さんは誰を好きになって、誰と付き合うんだろう?って。でもそう考えると、なんかこう……ムズムズして、落ち着かなかった」

 

 俺は正直な気持ちを、次々に語る。

 

 蓮太「だから……せめて代役だけでもって思った。でも、それでもダメだった」

 

 蓮太「今日は一緒にいられて楽しかった。変なこともあったけど、本当に幸せだった。仮だってわかってたつもりだけど、それじゃ満足出来なかったんだよ。常陸さんが恋をするのなら、その相手は………俺であってほしい」

 

 これが俺の気持ち。ただの俺の我儘。

 

 けど……本心。

 

 茉子「ワタシなんて……ダメですよ…」

 

 それでも振り絞るような声で、常陸さんはそう答えた。

 

 茉子「お店で思ったんです。馬庭さんと話している時の竹内さんは、楽しそうで似合っていると思いました……。それに…みんな目立つところでは言っていませんが、竹内さん。クラスで人気者なんですよ…?ワタシじゃない、もっと可愛い人が沢山いますよ」

 

 なんだその話…?そんなこと、欠片も聞いたことがないぞ?と言っても、もし本当にそうだとしても、もう俺には関係の無いことだ。

 

 蓮太「そうだとしても、俺がこんなにドキドキして、好きだと思う人は常陸さんだけなんだ」

 

 茉子「──ッ」

 

 蓮太「常陸さんは……俺の事、嫌い…?」

 

 その俺の言葉に、常陸さんは一瞬躊躇する。

 

 それがどんな意味の躊躇なのかはわからないけれど、その答えはすぐに理解することが出来た。

 

 茉子「そん…なことはありません…。ワタシも、竹内さんと一緒にいると、リラックスできますし、楽しいと思います」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと常陸さんは語る。でも、まだ何かを拒絶している。

 

 茉子「胸がキュンっとしてしまいます……竹内さんに、女の子扱いされると…」

 

 茉子「で、でも、きっとこれは違うんじゃないかなー、なんて思うんですよね。ワタシが恋をするだなんて………きっと、こんなことをされたのが初めてですから、勘違いしてしまっているんです」

 

 まだ彼女は拒絶し続ける。

 

 もう段々わかってきた。彼女は、自分を拒絶しているんだ。

 

 常陸家の運命か、それともそう思うことが当たり前なのか、自分は朝武家の為にと、思い続けた結果か。

 

 いつの間にか自分の為にと考えなくなってしまっていたのかもしれない。

 

 そう思ってしまう言葉だった。

 

 蓮太「俺は勘違いなんかじゃない。それは俺自身が分かってる。何かある度に思うのは常陸さんなんだ」

 

 

 

 ……そう、きっとあの時から。

 

 

 

 茉子「……それでも、ワタシはダメなんです。ワタシは…」

 

 茉子「ヒロインじゃありませんから」

 

 それが出てきた答えだった。

 

 ヒロインじゃない。つまり、自分は物語の主役のようになってはいけない。

 

 そう思っているのか。

 

 茉子「マンガを読んでいると思うんですよね、ワタシは……ヒロインにはなれません。ヒロインって言うのは……そうですね……芳乃様みたいな方を言うんです」

 

 茉子「ワタシは言わば脇役。芳乃様の護衛のサブキャラクターです。だから、ダメですよ」

 

 そう言う常陸さんは笑っていた。

 

 上辺だけはしっかりとしたように見える、乾いた笑顔だ。

 

 常陸さんもまた……自分の中の殻に閉じこもってる。

 

 茉子「竹内さんの気持ちはとっても嬉しいです。ワタシはそれだけで幸せです。ですから……竹内さんはちゃんとした人を、ヒロインの様な女の子を恋人にした方がいいと思います」

 

 何度も何度も、幾ら叩けど、その殻にはヒビすらも入らない。

 

 諦めるか…?この思いを捨てるか?

 

 

 

 これからの彼女の人生を……諦めるか?

 

 

 

 これからも、きっと彼女は思い続けるだろう。常陸だから、と。

 

 何かを望んではいけない、と……無理矢理自分を納得させて、これからも感情を押し殺し続けるだろう。

 

 ……そんなの…

 

 蓮太「ごめん。そんな理由じゃ納得ができない」

 

 彼女を変えたい。

 

 最悪の結果、付き合えないとしても……せめて彼女には、普通の女性として、幸せな道を歩けるようになって欲しい。

 

 蓮太「常陸さんの言いたいことはわかった。でも、脇役が幸せになっちゃいけない。なんてことは絶対にないと思う」

 

 茉子「それは…」

 

 蓮太「それに、常陸さんの言葉を借りるなら……。俺も脇役だ」

 

 茉子「なんで、そういうことになるんですか…?」

 

 なんで……か。理由は単純。たった一つだけの理由。

 

 蓮太「俺は……叢雨丸に選ばれたりはしていない。常陸さんや朝武さんのように呪いに関わりもない。訳のわからない刀を握れるってだけで、俺はここに残ることになった」

 

 しかもその刀も、常陸さんは握ることが出来た。

 

 冷静に考えて、俺はこの物語に不必要だった。

 

 俺が居なくてもお祓いは上手くいっただろう。俺が居なくてもこの結果にはたどり着いただろう。

 

 でも………俺が居なかったら、常陸さんはずっと自分の心を殺し続けただろう。

 

 蓮太「勇者にはなれなかった……ただの叢雨丸のオマケさ」

 

 もう一歩だけ、常陸さんに近寄る。

 

 本心同士の会話に呼応するように、俺の身体がそう動いた。

 

 蓮太「でもさ、俺は幸せになりたい。どんなにサブでも俺だって、意志を持った人間だから」

 

 蓮太「幸せを諦めたくない。だからさ、またデートしよう?面倒事に巻き込まれながらも、二人で笑おう?また楽しい時間を、これからずっと……ずっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだ常陸さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうか…………その心の殻を破って、出てきて欲しい。

 

 自分の未来を願って欲しい。

 

 俺が、いつまでもいつまでも………ずっと傍にいるから。

 

 俺の言葉を聞いて、常陸さんは目線を逸らすことをやめて、真っ直ぐに俺を見る。

 

 茉子「ワタシも、竹内さんには幸せになって欲しい。だから、もっといい人がいると思うんです」

 

 まだだ……!この言葉には心が無い………!

 

 蓮太「本心を………聞かせてくれ」

 

 右手の先の繋いだ手は離さない。

 

 残った左の手で、常陸さんの肩に手を置く。

 

 茉子「今までは………気持ちを直ぐに切り替えれたんです。でも…今回は…今回だけは……未練を感じて……」

 

 茉子「そう考えちゃうくらい楽しかったんです。これからも一緒にいられたら、絶対に楽しくて……幸せだろうな……って」

 

 それが、彼女の心の言葉だった。

 

 ようやく、常陸茉子と会話が出来た瞬間だった。

 

 蓮太「俺もそう思う。常陸さんと一緒なら、幸せになれると思う」

 

 蓮太「でも、だからって強制はしない。常陸さんが「そう」思うのであれば、ちゃんと、常陸さん自身の気持ちで俺を断って欲しい。どちらを選ぶにしても、常陸さんの『心』で」

 

 俺がこうしろ、ああしろと強制させるのは簡単。でもそれは、結局彼女の現状を変えることはできない。

 

 今までがそうだったから。

 

 変わるには、彼女の………願いが必要。

 

 人を動かすのはいつだって心だから。

 

 茉子「でも………怖いんです」

 

 蓮太「理由は…?」

 

 茉子「今まで、ずっと言われるがままにしてきました。親から言われ、常陸家の者として芳乃様のお世話をずっと。……機械のように」

 

 茉子「ですから……急にこんなの……怖くて」

 

 そうか……あの世界は、常陸さんの心を表していたんだ。

 

 何度も何度も同じように歯車を回し、突然意志を持ったように思えたら、直ぐに元通りになる。

 

 まるで同じだ。

 

 でも………あの世界にある光は、暖かかった。

 

 そんな世界にも心はあった。意思はあった。

 

 今、彼女を救えるのは、俺しかいない。

 

 蓮太「大丈夫。常陸さんは機械なんかじゃない。だって……感情があるじゃないか。心があるじゃないか」

 

 茉子「竹内さん……」

 

 蓮太「恐怖があるのは常陸さんかその中で生まれた気持ちだから。未練が残って後悔するのは選択する意思があったから。言いたいことが口から出ないのは想いで詰まっているから」

 

 蓮太「寂しい気持ちでいっぱいになるのは、大切な人がいるから」

 

 蓮太「だから、常陸さんは機械じゃない。俺と同じ、意志を持った一人の人間だよ」

 

 沢山の感情を持っている。心の底では幸せを願っている。

 

 だからこそ…………

 

 蓮太「俺の大好きな……ただの可愛い女の子だ」

 

 そう言って笑って見せた。

 

 そうすると、常陸さんはゆっくりと俺に近づいてくる。

 

 本当に、本当に少しだけ。

 

 茉子「ワ、ワタシ、きっと芳乃様を優先させることが多いですよ…?」

 

 俺はゆっくりと繋いでいた手と肩に乗せていた手をを離し、一歩だけ下がる。

 

 蓮太「わかってる」

 

 

 

 

 茉子「獣に取り憑かれてますよ?」

 

 

 

 

 蓮太「今だけだ。すぐにそんなものも無くなる」

 

 

 

 

 茉子「恋人同士がする知識なんて、マンガの事でしか知りませんよ…?」

 

 

 

 

 蓮太「俺もだ。お互いに知らないから、二人で探していくんだろ?」

 

 

 

 

 茉子「足、太いですよ?」

 

 

 

 

 蓮太「そうだな。魅力的で、綺麗で、しなやかな足だな」

 

 

 

 

 蓮太「それで終わり?」

 

 

 

 

 茉子「………………はい」

 

 

 

 

 蓮太「じゃあ………気持ちを聞かせてくれ。常陸さんの本心を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と、付き合ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 常陸さんからは、少しだけ離れている。離れていると言っても、一歩だけ歩けば届く距離だが……でも、以前のように、もう今はいつでも逃げ出せる。

 

 そんな中言った、告白。

 

 彼女からの返事はなかったが………………

 

 代わりに、常陸さんはゆっくりと俺に近づいてきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──チュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、常陸さんの香りが鼻先をくすぐった。

 

 それと同時に柔らかな温もりが口に触れていた。けれどその温もりは、すぐに離れていく。

 

 蓮太「常陸さん………今の……」

 

 目の前にいる常陸さんは、恥ずかしそうにモジモジしながら、顔を赤くしている。

 

 いいんだよな…?

 

 これは、そういうことなんだよな……?

 

 そして今度は、俺の方から常陸さんに近づいていって…………

 

 

 

 

 もう一度唇を触れ合わせる。

 

 

 

 

 今度はさっきよりも強く、長く……

 

 

 それでも彼女は拒絶しない。

 

 

 今、俺たちはキスをしている。代役ではやらないって言っていたキスを。

 

 

 ぎこちないながらも、常陸さんの唇をついばむ。そんな俺に彼女は唇の動きで答えてきた。

 

 お互いの名を言いながら、何度も何度も休憩を挟み、それが終わる度に唇を合わせる。

 

 そして何度目だろう…?数え切れないほどキスをしたあと……常陸さんは言葉を漏らした。

 

 茉子「返事……なんとお答えすればいいのかわからなかったので……こんな形に……」

 

 蓮太「いいや、これでいい。……ありがとう」

 

 これ以上は、まだ待とう。やっと……今、彼女は自分から動き始めたんだ。未来を夢見ていた女の子から、未来へ歩いていく女の子になったんだ。

 

 俺は、いつまでも、いつまでも、横にいよう。

 

 

 

 その先に、きっと幸せはあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「竹内さん。ワタシ……自分で思っている以上に……、竹内さんの事が、す、す…………好き………みたいです」

 

 

 



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93話 抑えきれない程の思い

 自分で思っている以上に好き。常陸さんは確かにそう言った。

 

 俺のことを好きだと言ってくれた。

 

 自分から気持ちを伝えてくれた。

 

 その事がどちらも嬉しくて………彼女を強く抱きしめた。

 

 茉子「…ッ!」

 

 一瞬彼女は驚きの声を漏らしたが、すぐに手を俺の後ろにやり、優しく抱いてくれた。

 

 茉子「好きです………大好きです……」

 

 彼女は一度心の枷を外すと、その言葉が止まらないようだった。何度も、何度もそう告げてくれる。

 

 蓮太「俺も……大好き」

 

 心から想いが溢れてくる。好き。好き。

 

 やっぱり…………嬉しい。

 

 茉子「いつからこんな風に思うようになったのか……でも、心に馴染むんです。いつの間にか好きになっていて……今も、どんどん好きになっています。感情が溢れてくるんです」

 

 蓮太「じゃあ……もう一度…」

 

 茉子「……んっ」

 

 もう一度だけねだると、返事の代わりに今度は常陸さんの方からキスをしてきた。

 

 ついばむようなキスから、徐々にその唇が合わさる時間が長引いていき、お互いがお互いを求めるようになっていく。

 

 息をするのも忘れるほどに、俺と常陸さんはその行為に夢中になっていた。

 

 夢のように甘い瞬間。脳がとろけるような至福のひととき。

 

 もっとこの時間を味わいたかったが、そんな自分にお預けをするように俺は重ねられた唇を離した。

 

 蓮太「はぁ……はぁ……。キスは……もうこれくらいにしておこうか…」

 

 それなりに長い間、唇を重ねっぱなしだったせいで、お互いの息が上がる。

 

 それに、俺の理性では抑えきれないほど、好きだという感情を身体の一部が張り切って表現している。

 

 このままは流石にまずい…

 

 茉子「……あは。もしかしてこれ以上キスすると興奮して大変なことになるそうですかぁ…?」

 

 そんな俺の状態に気が付いているのか、はたまた気が付いていないのかはわからないが、常陸さんはそう尋ねてくる。

 

 蓮太「正直……もう遅い…………かな」

 

 茉子「…え?」

 

 常陸さんからしたら冗談のつもりだったのだろう。そう思わせる反応を見せた。

 

 しかし、現実問題それが見事に当たっちゃってる辺りが怖い。

 

 蓮太「ごめん、ちょっと……今、結構ギリギリかも………。多分これ以上は…………壊れてしまいそうだ」

 

 その壊れるの意味は………勿論俺の自制心もそうだし、もう一つの方も……

 

 蓮太「流石に……ね?感情が抑えきれなくて……なんてことになったら嫌じゃないか」

 

 茉子「そ、それはマズイですね……」

 

 まぁ、当たり前だと思う。いきなり押し倒されて……なんて、誰もが嫌がるだろう。

 

 それに常陸さんがもし、「そういう行為」を苦手とするのであれば、その手の事を出来るだけしないように、触れないようにしないといけない。

 

 そこの確認は必要だろう。

 

 蓮太「……一応、確認するけどさ、常陸さんって………そういう事するのダメ?」

 

 俺は出来るだけやんわりと言葉を濁してみる。

 

 茉子「そういう事………とは?」

 

 …伝わらなかったみたいだ。

 

 蓮太「えーっと……なんつーかな。やっぱり、こういう彼女彼氏の関係…恋人になったら、思うこともあると思う。……身体を…交わらせたいって」

 

 今度は、ある程度わかるように伝えてみる。

 

 こんなもの、ほぼストレートに言っているようなものだ。

 

 茉子「あっ………」

 

 蓮太「正直、俺だって若い男なわけで……その……性欲だってちゃんとある。まぁ…その辺は、もうとっくに常陸さんは知ってるだろうけどさ」

 

 一度風呂場を覗こうとした奴だからな。俺。

 

 蓮太「でも、常陸さんが嫌なら、我慢しようって思うんだ。そんな欲よりも、常陸さんとずっと一緒にいたいからさ」

 

 我慢できるかできないかは、置いておいて………

 

 蓮太「だから……ここは正直に教えてくれない?その……セックスについて、どう考えているのか」

 

 今更思ったんだけど、普通に言っちゃったよ。

 

 茉子「そっ、それは……その………あの……、べ、別に……嫌ではありませんよ…?」

 

 どこか恥ずかしそうに答える常陸さん。あぁ……どんどん彼女に惚れていく…

 

 茉子「ワタシも…竹内さんと同じ、年頃の女の子ですから。経験のないことに対しての興味は……あります」

 

 蓮太「そ、そうか…」

 

 よかった。どこかほっとした自分がいる。

 

 まぁ彼女が本気で嫌がるのであれば、そんなことはする気は全くなかったけど…

 

 多少なりとも、そういう事にも興味を持ってたみたいで、よかった。

 

 …って、待てよ?

 

 蓮太「……よく考えれば、常陸さんは意図しないタイミングで犬になる可能性があるのか」

 

 不意にそんなことが頭によぎった。

 

 だってそうだろ?俺達が付き合うキッカケになったのは、間違いなくこの呪いだ。

 

 今日は、まだ犬化していないだけで、もし行為中に常陸さんが犬にでも変身すれば………

 

 ……………想像しただけでも、息子の元気がなくなってきた。

 

 茉子「はい。ですので、もしその……セックス中に………なんてことになりかねませんから…」

 

 常陸さんもそう考えていたんだ。

 

 ということは、さっきの返事は、その可能性を加味しての返答だったわけね。流石だ。

 

 蓮太「確かに、それは思い出としてはキツイな。………わかった。今は止めておこう」

 

 茉子「申し訳ありませんが、事態が治まるまでは我慢していただいて………」

 

 蓮太「大丈夫。そんな事よりも、常陸さんの呪いを解くことが大事だから」

 

 それにこれからは長い時間一緒にいるんだ。何十年とある時間の中のほんの一瞬だろ。

 

 いや………そうしてみせる。

 

 蓮太「今日は帰ろうか」

 

 そう言って俺は常陸さんに手を差し出す。

 

 その手を、常陸さんは躊躇うことなく――

 

 茉子「ですね」

 

 笑って握ってくれた。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 夕暮れ時の町に向かって、俺達二人は並んで歩く。

 

 常陸さんに救われた場所で、常陸さんと本当の恋人になった場所。

 

 俺にとっては、特別な場所。名もない高台。

 

 また一つ思い出を作った場所。

 

 そんな場所だからか、俺はその場を離れるのがほんの少し嫌だった。

 

 

 そんな思いを胸に、隣を歩いている彼女を見る。すると心が満たされていく感覚が…

 

 視線を送ると、すぐに笑って返してくれる。

 

 思わず俺を笑ってしまう。そんな幸せを噛み締めながら、俺達は家に帰った。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ムラサメ「それで、でーとの方はどうだったのだ?」

 

 リビングにいた、ムラサメと将臣と朝武さんに迎えられる。

 

 さて……報告はした方がいい……よな?

 

 蓮太「今日は犬にはならなかった。特に変なことは………まぁ…なかったかな」

 

 芳乃「呪いの方は…?」

 

 茉子「特に大きな変化はありませんでした」

 

 ムラサメ「ふむ………ならば、まだ解けておらんと考えた方がよさそうだな」

 

 んー………解けたか否かってのがわかりやすく反応をしたら、こっちも助かるんだけどな…

 

 将臣「何か判別する方法ってのはないの?このままだと、どうしたら解けているのかっていうのがわからなくない?」

 

 ムラサメ「ふむ…茉子、取り憑かれた時は、獣の姿を見たのであろう?」

 

 茉子「はい。例の祟り神の姿ではありましたが」

 

 ムラサメ「では、満足したのであれば、何かしらの反応を示してもよいはずだが…」

 

 その言葉は胸にグサグサ刺さってくるな……。まるで俺が満足させるほどのデートをしていないみたいに言われている気分だ。

 

 芳乃「代役で変化がないのだとしたら……やっぱり本当の恋をしてみるしかありませんね」

 

 蓮太、茉子「「………」」

 

 しゃあない………ここまで協力してくれているんだ。隠す訳にはいかないか…

 

 つっても俺一人の意見で勝手には行動できない。ここは1回常陸さんに聞いてみないと…

 

 蓮太「(なぁ、これってやっぱり俺達の事を伝えた方がいいんかな?)」

 

 俺は常陸さんと後ろをふりかえって、出来るだけ小声で話す。

 

 常陸さんが耳に弱いことを意識して、極力刺激しないように。

 

 茉子「(はい。ちょっと恥ずかしい事ですが………報告は必要かと…)」

 

 やっぱり常陸さんもそう思うか……

 

 ムラサメ「なんじゃ?二人してコソコソと」

 

 芳乃「何か隠し事?もしかして、今日のデートの事?」

 

 茉子「隠し事と言いますか……報告をしていないことが、一つありまして」

 

 将臣「もう一つ?」

 

 三人が不思議そうに俺達二人を見る。

 

 あぁ…。なんかこの瞬間は嫌だなぁ…

 

 蓮太「あぁ。もう、ハッキリ言うけど……俺は代役じゃなくて、本当に常陸さんの恋人になったから」

 

 なんかまどろっこしいのが嫌になってきて、さっさと伝える。

 

 この教室の中のみんなの前に立たされているような感覚は嫌いなんだ。

 

 そんな中、一番に反応をしたのはムラサメだった。

 

 ムラサメ「代役ではなく……本物の恋人だと!?」

 

 俺はこくりと頷く。今更否定はしないし、する気もない。

 

 芳乃「それってつまり……茉子が、本気で恋をした……ってこと?」

 

 …ストレートに聞いてくるんだな。あ、いや別にいいと思うけど。

 

 茉子「……はい…そうです」

 

 あの時のように、再び頬を赤く染め、羞恥心と戦いながらも常陸さんは答えてくれた。

 

 茉子「ワタシは、竹内さんのことが……す、好きなんです…」

 

 こうもハッキリと言われちゃ、俺も黙っているわけにはいかない。

 

 蓮太「俺も常陸さんの事が好きなんだ。で、俺から告白して、常陸さんがそれを受け入れてくれた」

 

 芳乃「竹内さんと茉子が………恋人……」

 

 朝武さんは、ゆっくりとその事実を確認するように言葉を漏らしていき……

 

 芳乃「おめでとう!」

 

 と笑顔で祝福をしてくれた。

 

 それがこれで呪いが解ける。と思っている笑みか、俺達の関係を祝っているのか。

 

 おそらくどちらも正しいんだろうが、俺達に向けられたその笑顔は心の底から喜んでいるようにも見えた。

 

 茉子「え、あ、はい、…ありがとうございます…」

 

 常陸さんの声は、どこか不安が混じったような声。もう朝武さんは将臣と付き合っているとはいえ、彼女は優しい性格だ。もしかしたら、元婚約者って肩書きを気にしているのかもしれない。

 

 後でフォローをしとかなきゃ。

 

 将臣「おめでとう。アレかな?クラッカーとか用意した方が…」

 

 蓮太「それはただ俺にやり返したいだけだろっ!」

 

 こいつ隙あらばやり返そうとしてくる奴だな!

 

 蓮太「まぁ、礼は言っとく。ありがとう」

 

 ムラサメ「にしても、まさか蓮太と茉子がのう。これは意外……というほどでもないか。むしろ似合いの二人じゃな」

 

 将臣「まぁ、既に付き合ってんじゃないの?って思うことも多々あったしね」

 

 芳乃「そうですね…。でも、これで晴れて二人は恋人の関係になったというのはめでたい事だと思うのですが…」

 

 そうだな。アイツの方は無視するとして、もう一つ重大なことが残っている。

 

 ムラサメ「となると、茉子は本気で恋をして、実らせたことになる」

 

 蓮太「けどまだ憑依は解けてはいない……」

 

 そうこの結果はまだ変わっていない。恋愛観を獣に合わせないといけなかったのか?

 

 それかなにか条件があったのかも?

 

 ムラサメ「茉子よ、その気持ちを疑うつもりはないが、今までは蓮太のことをどう思っておったのだ?」

 

 ……それを俺の目の前で聞くか普通!?

 

 茉子「どう……と言われましても、いい人だなーと」

 

 ムラサメ「異性として、ずっとドキドキしておったのか?」

 

 茉子「い、いえ!肩書きとはいえ、元々は芳乃様の婚約者の一人でいらしたわけですから、そんなことは」

 

 そうだな…そんなドロドロの昼ドラみたいな関係性になる事なく付き合えてよかった。

 

 ありがとう。あの時に朝武さんを諦めた俺よ。ありがとう。朝武さんと付き合った将臣よ。

 

 芳乃「私の事は気にしなくていいから。あ、有地さんがずっといてくれる…から」

 

 ある程度慣れてきたのかと思っていたが、そんなことはないようで、朝武さんも将臣の話をする時や、将臣と二人っきりの時は、甘い雰囲気になるようだ。

 

 蓮太「俺だって、ずっと常陸さんと一緒にいるもんね!」

 

 何故か俺はその心に対抗した。

 

 将臣「なんでそこで張り合うの?」

 

 茉子「と、とにかく!優しくて、料理もできていい人だと思ってはいましたが、異性として意識するようになったのは、最近のことで…」

 

 茉子「いつの頃からか……竹内さんの優しさに、胸がキュンとするようになって…」

 

 ……中々に恥ずかしいことを口にしますね、常陸さん。

 

 ムラサメ「ふむ。であれば、恋を知るのはこれからではないか?」

 

 蓮太「まぁ…そうかもな」

 

 今はまだ、スタートラインにたっただけ。ある意味では始まってはいるかもしれないが、恋人の関係になってそこから知ることも沢山あるだろう。

 

 将臣「ん?どういうこと?」

 

 ムラサメ「自分の気持ちを認めて、蓮太と恋人になった。そしてこのまま恋を楽しむ。つまり恋人としての積み重ねをしてみてから、ようやく判断できるものだと吾輩は思うぞ」

 

 蓮太「ま、分かりやすくはあるよな」

 

 要するにとりあえずイチャイチャしろってことだ。それが直接呪いを解くことに繋がるのであれば、喜んでそうしよう。

 

 芳乃「何はともあれ、おめでとう茉子、竹内さん」

 

 蓮太「あぁ、ありがとう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 それから時間が経ち、夜も更けてきた頃。

 

 俺はさっさと入浴を済まし、未だに朝武さんの部屋にいるらしい女の子二人を呼び掛けに向かっていた。

 

 襖の前に立つと、中の会話が少しだけ聞こえてくる。

 

 芳乃「そうだ!ならいっそ、今日から私の部屋じゃなくて、竹内さんと一緒に寝泊まりする?」

 

 

 ッ!?

 

 

 本人の許可なしになんつー話をしてんだよ!?つか自分は将臣の部屋で寝泊まりなんてしてないじゃんか!

 

 いや朝武さんはそうする必要なないんだけどさ。

 

 茉子「そっ、それは……!魅力的な提案ではありますが…!」

 

 いや魅力的な提案なんかい!

 

 なんかもうこの場にいるのが疲れてくる。さっさと要件を伝えて部屋に戻ろう。

 

 蓮太「朝武さーん。常陸さーん。風呂空いたから早めに入った方がいいと思うぞー!」

 

 茉子「ひゃいぃぃ!?わっ、わかりました!わざわざ伝えてくれてありがとうございますっ」

 

 ……どんな会話をしていたのかはある程度想像がつくけど、まさかこんなに驚かれるとは……

 

 まぁ、女の子同同士でしか話せないこともあるだろうし、ここはさっさと立ち去りますか。

 

 

 

 

 そして俺が自分の部屋に戻ると、中には将臣がいた。

 

 蓮太「……何やってんだ?」



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94話 各々の悩み

 蓮太「何やってんだ?俺の部屋で…」

 

 自分の部屋に戻った瞬間。何故か中にいた将臣にガバッと迫られる。

 

 将臣「蓮太!常陸さんと付き合ったんだよな!?な!?」

 

 そのあまりにもの迫力に、俺はやや引き気味で答える。

 

 蓮太「あぁ……それはさっきも言った通りだ。それがどうしたんだよ」

 

 将臣「キスって………もうした?」

 

 ………コイツ、まさかもう数日だったのにもかかわらず、キスしてないのか…?

 

 よく朝武さん怒らないな…

 

 蓮太「まぁ…したけど」

 

 将臣「どうやって!?やっぱり蓮太からいったのか!?」

 

 その勢いは留まることを知らず、どんどん俺に謎の迫力が迫ってくる。

 

 蓮太「ちょっ!言うから一回落ち着けって!というか…まだ朝武さんとの関係は深まってなかったのか?」

 

 あの記者会見事件からなにか変化はあったもんだと思ってたんだがな。

 

 将臣「だってどうしたらいいかわからなくて!なんなら俺達はデートすらまだなんだぞ!?」

 

 蓮太「いや、デートって…俺達だって付き合ってからのデートはまだだし…」

 

 結構ピンチなのかもな……、背中を押した手前、何か力になってやりたいが…

 

 蓮太「ま、まぁ…、まずはキスなんだろ?どうやって、って聞かれてもその場の雰囲気だしな…」

 

 将臣「その場の雰囲気ってのが難しいんだよ!」

 

 蓮太「えぇ………わ、わかったから、一回ちゃんと落ち着いてくれ…」

 

 とそんなこんなで、俺は将臣に自分の経験を元に、できる限りのアドバイスをした。

 

 俺からしても、二人の関係が崩れるようなところは見たくもない。

 

 その話は夜更けまで続き、将臣との話を切り上げた瞬間に、俺は倒れるように眠り込んだ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして次の日。

 

 いつもの時間よりもやや早く起きた俺は、眠いのを我慢しながら着替えを済ませ、リビングへと向かう。

 

 朝体を動かすのを止めてからは、この時間に起きるのは珍しくなった。

 

 前はアラームを設定していた時間よりも早く起きてしまうことがそれなりの頻度であったが、今はアラームを設定していないせいか、そんなことも珍しい事だった。

 

 そしてリビングへ向かうと、俺が中へ入る同じタイミングで常陸さんもリビングに入ってきた。きっと何かの仕事を終わらせたのだろう。

 

 蓮太「おはよ、常陸さん」

 

 俺は彼女にそう挨拶する。普段通り、何気なく声をかけたつもりだったが、何か様子が…?

 

 茉子「おはようございます。竹内さん」

 

 なんだろう…?少し、疲れてる…?いや違う……でも…

 

 蓮太「どうした?常陸さん。何かあった?」

 

 茉子「え?どうしてですか?」

 

 蓮太「いや、なんとなく…なんか、雰囲気が違うかなー…って」

 

 言葉で表すのは難しいところだが、何か違う。まるで、何かを心配しているような…けれどどこか安心しているような…?

 

 茉子「あは、流石ですね竹内さん。実は、皆さんに伝えておかないといけない事がありまして…」

 

 伝えておかないといけいこと?何か大事なことでも…?

 

 蓮太「それって?」

 

 茉子「実は、夢の中で獣と話をしたんです」

 

 …!?獣…?って、常陸さんに取り付いている獣か!?

 

 蓮太「獣と対話を!?それって大丈夫だったのか!?常陸さんは何もされてないのか!?」

 

 夢の中にまで現れるのか…!クソッ……!それをされちゃあ俺は何も出来ない…!

 

 茉子「そこは大丈夫でした。獣はワタシの命には拘泥をしていませんでしたから。それは、憑代を集めて穢れを祓ったおかげですね」

 

 常陸さんの命には拘っていない…?だったらやっぱり狙いは常陸さんを…常陸家の血を殺すことなんかじゃなくて……

 

 蓮太「じゃあ、やっぱり恋を知ることが目的だったってこと?でも、それじゃあもう充分なんじゃ…?」

 

 茉子「どうやら恋そのものではなく、恋という感情を通して知りたいことがあるみたいなんです」

 

 …?恋の感情を通して知りたいこと?

 

 蓮太「しばらくは様子見って事で…いいのか?」

 

 茉子「おそらくは…約束もしましたしね」

 

 まぁ、常陸さんがそれで納得しているのであれば、俺はとやかくは言えない。いや、納得はしていないのかもしれないけれど。

 

 それに嘘の類の話でもないだろう。将臣も確か夢で祟り神に関わったこともあったし……。やっぱり今は様子見か。

 

 蓮太「……わかった。じゃあ…」

 

 とにかく常陸さんはまだ、取り憑かれたままで状況はあまり変わっていないんだ。せめてこれで安心してくれれば…

 

 そう思って俺は常陸さんに近づいて、軽くキスをする。

 

 茉子「…んっ」

 

 あの時のような長いキスではなくて、一瞬で離すような短いキス。

 

 すぐに唇を離すと、常陸さんは物足りなさそうな目で俺を見つめてくる。

 

 茉子「竹内さん…あの…もう一度──」

 

 安晴「おはよう。ってもう誰か起きているのかな?」

 

 蓮太、茉子「ーッ!?」

 

 完全に二人の世界に入りかけていたから、突然のその声に心臓が張り裂けそうになる。なんでこんなホラゲーみたいにビックリしなきゃいけないんだ…!

 

 って、俺が悪いのか。

 

 蓮太「おおおはようございます!安晴さん!」

 

 安晴「やあ、おはよう蓮太君。茉子君は……ああ、一緒にいたのかい」

 

 …?あぁ!俺の後ろに常陸さんがいるから軸をずらさないと見えなかったのか。

 

 茉子「おはようございます、安晴様」

 

 安晴「うん。おはよう。それで、前から話してたことなんだけど……今日の昼までに揃えておけば…大丈夫かな?」

 

 …前から話してたこと?揃えておく?なんの事だ?

 

 茉子「はい、大丈夫ですよ。ワタシが帰ってきてから準備を致しますので」

 

 常陸さんは完全に理解しているような感じだな。あれ?何かあるのか…?

 

 蓮太「あの、それってなんの事?今日って何かあるのか?」

 

 茉子「え?知らないんですか?竹内さん。今日は芳乃様と有地さんのお二人の婚約を祝う席が設けられているんですよ」

 

 二人の婚約を祝う席?なんかそれってちょっと遅いような…?

 

 蓮太「いや、初耳だ。へぇ…そんな会が今日あるのか」

 

 安晴「ああ!ごめん!蓮太君達には伝えるのを忘れていたよ。さっきも茉子君が言ってくれたけど、そういう事なんだ。だから放課後の予定を空けておいて欲しいんだけど……遅かったかな?」

 

 蓮太「いや、全然大丈夫ッスよ、むしろそれならかなりの人数が集まってくるんじゃない?俺も手伝おうか?常陸さん」

 

 そういうのがあるってことは、多分当日届くように食材を配達させているんじゃないか?もしそうであれば、慣れない料理をいくつも作らなきゃいけないはず……いくら常陸さんでも、それはキツいだろう。

 

 茉子「いいんですか…?それなら、助かります」

 

 蓮太「気にしなくていいよ、俺は常陸さんの彼氏だからな」

 

 そう言うと、常陸さんは嬉しそうに、けれどどこか恥ずかしそうに、「あは」と照れながらはにかんで笑った。

 

 蓮太「ま、とりあえず、朝の仕事をちゃちゃっと終わらせちゃうか」

 

 そう言って俺はリビングから逃げるように歩き出す。

 

 理由は安晴さんが暖かい目で見守るように笑っていたからだ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして時間が経ち、朝食の時間。この家に寝泊まりをしている全員がリビングに集まり、俺と常陸さんで食べ物を配る。

 

 蓮太「これが安晴さんで、これが常陸さんで、これが……」

 

 次々と俺が食器を並べていき、常陸さんが米を入れた茶碗を一人一人に配っていく。そして俺の番が来ると…

 

 茉子「落とさないように、しっかり持ってくださいね」

 

 茶碗を受け取った俺の手を、外側から優しく包み込むように手を重ねてきた。

 

 蓮太「……!ありがとう」

 

 そうして俺達は、お互いに顔を緩ませていた。

 

 こんなことをさりげなくしてくるだなんて、可愛いなぁ…

 

 芳乃「……じー……」

 

 朝武さんがこっちを見ている。いかんいかん。こういうのは人前でやるようなことでは無い。

 

 茉子「どうしました?芳乃様」

 

 あ、なんとも思っていないのね。それはそれでビックリした。

 

 芳乃「いいいいいいえ別に!なんでも!こ、こういう雰囲気は初めてと思っただけ」

 

 それでなんで朝武さんはこんなにも動揺しているんだ?

 

 安晴「いやー、懐かしいね。僕も秋穂とはこういう時期もあったものだよ」

 

 芳乃「そ、そう……ちなみにそれって……それって……〜〜〜ッッッ」

 

 なんでそんなに恥ずかしそうなんだ?

 

 安晴「どうかしたのかい?芳乃」

 

 芳乃「なっ!なんでもない!気にしないで!とてもじゃないけど親に聞ける事じゃなかった……」

 

 後半はボソッと言ってたけど、俺には聞こえたぞ。親には聞けないこと?

 

 まぁいいか。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 芳乃「ふぁっ、あぁぁぁぁ〜〜……」

 

 朝武さんの大きな欠伸が学院への移動中に出てくる。そして釣られて俺も欠伸をしてしまう。

 

 蓮太「ふぁっ〜……」

 

 ムラサメ「なんとも大きな欠伸じゃな。蓮太も釣られてしまう程の」

 

 将臣「寝不足?」

 

 芳乃「ちょっと……色々ありまして……」

 

 …?でも昨日、声をかけに行った時はそんなことはなかったような…?あの後の話か…?

 

 茉子「え?でも、眠りに着いたのはいつも通りでしたよね?」

 

 芳乃「その後寝付けなくて…」

 

 朝武さんがそう言った瞬間、常陸さんの顔色がガラリと変わった。

 

 茉子「──えっ!?もしかして……ねねねねねねね寝ていなかったんですかっ!?」

 

 芳乃「ねねねねねね寝てたわよ!ちゃんと寝てたから大丈夫!でも変な夢を見て、夜中に起きちゃっただけだから!」

 

 …ん?なんか会話がおかしくない?

 

 芳乃「寝付けなかったのは、それ以降の話。うん、だから安心して」

 

 茉子「そっ、そうですか。でしたらいいんですが………あれ?安心?」

 

 ん?安心?

 

 芳乃「さ、さ──!授業中に寝ちゃわないように、頑張らないとー!」

 

 蓮太「将臣、よくわからんけど、相談に乗ってやってくれ。なんか変だ、朝武さん」

 

 将臣「そ、そうだな…寝不足なのは心配だし、話くらいは聞いてみる」

 

 俺の方もチャンスがあれば、何か常陸さんに聞いてみるか。

 

 

 茉子「……芳乃様、まさか……いや、でもそんなはずない……うん、ないですよね」

 

 常陸さんの歩くペースがゆっくりになって行く。あれ?朝武さんのお守りは…?

 

 茉子「いや…でも、ま、まさか……ワタシのお、オ…ナっ…………あ、あばば……」

 

 蓮太「大丈夫か?なんか焦ってる様子だけど」

 

 茉子「だだだ、大丈夫です!気にしないで頂いて……というより、触れないで頂いて…」

 

 蓮太「…?そうか?まぁ、大丈夫ならいいんだけど…」

 

 そんな謎を抱えながら、俺達は学院へと歩いていった。



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95話 大忙しの宴会

 朝の疑問を胸にしまい、いつものように授業を受ける。

 

 もう昼時だが、常陸さんが犬化することは無かった。夢の中で獣と話したってことも気になるし…そもそもいつまでも気を張っていないといけないのが結構キツい。

 

 まぁ、愚痴を零しても意味の無いことなのだが…

 

 なんて考えていると、昼休みの開始を告げるチャイムが学院内を鳴り響く。相も変わらずこの瞬間だけはいつになっても嬉しいものだ。

 

 いつもなら何も考えずにその場のノリで誰かと飯を食べたり、一人で適当な場所で過ごすことが多い俺だけど…せっかく常陸さんと付き合い始めたんだ、一緒に食べようと誘ってみてもいいだろう。

 

 できる限り一緒に居たい。

 

 そうして俺は、常陸さんに作ってもらった弁当を手に、彼女の元へと歩いていった。

 

 蓮太「常陸さん。よかったら一緒に昼食べない?」

 

 突然そんなことを言い出したからか、常陸さんはどこか考えるような仕草で返事をした。

 

 茉子「え?それは構いませんが…」

 

 その反応を見て思った。もしかして俺たちの関係をバラしたくないのかな?っと。

 

 蓮太「……あ、そういうのはやめとく?あれなら他のみんなも誘って食べるのでもいいけど」

 

 なんて言っていると、横から朝武さんに軽いツッコミを入れられる。その奥には将臣もいた。

 

 芳乃「何を言っているんですか!こういう時は、二人きりだと相場は決まっています」

 

 将臣「まぁ、かく言う俺達も蓮太達と同じ事をしようかって考えてたからさ」

 

 蓮太「いやでも、常陸さんがもし隠したいって思うのなら、俺もそうしようかなって思ってさ、どうする?」

 

 茉子「いえ!ワタシは全然構いませんよ。好きな人と一緒にお弁当……ちょっぴり憧れていましたから」

 

 別に嫌って訳じゃあなさそうだな。だったら別にそれでもいいんだけど…

 

 ま、それじゃあ改めて常陸さんと……………

 

 常陸さん……か。

 

 蓮太「それじゃあ行こうか、茉子」

 

 茉子「―ッ!?」

 

 俺はそう言って手を差し出す。そして突然の名前呼びに驚いたのか、茉子の目が見開く。

 

 思いつきで呼んではみたものの……一度言葉にしてしまった以上はもう引けない。

 

 まぁ、嫌と言われればやめるが…

 

 茉子「……は、はい。行きましょう、れ…蓮太さん」

 

 茉子は受け入れてくれた。

 

 そうして俺たちは教室を出ていく。その姿を見ていたのであろう、クラスの人達が、俺たちが教室を出るや否やザワザワと騒ぎ始めた。

 

 何を言っているのかはだいたい想像がつく、こりゃ帰ってきた時が面倒くさいかもな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そんなこんなで学院の外へ出たわけなんだが、元々は剣術道場なだけあって食堂のようなスペースはない。

 

 俺個人的には格好つけて屋根上とかで食事を済ませたかったんだが、如何せん俺の彼女は高所恐怖症だ。

 

 よくよく考えてみたら、お祓いの時などは結構な高さのジャンプをしていたような気がしたんだけど、あれは大丈夫なのだろうか?

 

 なんてことを思いながら、仕方なく適当なところで腰を下ろして食べることにした。

 

 適当なところと言っても、流石に地べたに座らせるわけにはいかない。ちょうど人気の無いようなところに縁側みたいなスペースがあるから、そこに二人で並んで座る。

 

 それからはお互いに話しながら、昼休みの時間を過ごした。

 

 茉子もお互いに名前を呼び合うことに否定的ではなく、むしろそんな些細な違いでも大きい喜びを感じている様子だった。

 

 そんな彼女を見てやっぱり思うことがある。

 

 茉子とずっと一緒にいたいし、もっとお互いを知り合いたい。

 

 けれど、俺は自分自身のことすらほとんど知らない。

 

 茉子は何も思わないのだろうか?それとも思わないようにしているのだろうか?

 

 俺の謎なんてそれなりにあるが故に、俺は自分自身から目を逸らすように考えないようにしてきた。

 

 何故ムラサメが見えるのか、何故山河慟哭を扱うことが出来るのか、何故心の力が俺だけ扱えたのか。

 

 最大の謎はこの三つ。と言っても、茉子もあの刀を一瞬だけ扱っていたな…

 

 それに朱く光っていたような…?

 

 茉子のこともそうだけど、そろそろ自分の事もしっかりと見ていかないとな。いつまでも逃げている訳にはいかない。

 

 自分の為にも、彼女の為にも。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして放課後、俺と茉子は足早に学院を去り、家へと戻っていた。

 

 蓮太「そういや今日出す予定の料理とかってもう決めてるのか?」

 

 手伝うとは言ったものの、その辺の話を全くしていなかった。まず、なんの食材があるのかさえも分からない。

 

 茉子「いえ、特には。でも、海鮮ものはもう家に届いていると思うので、そっちの方はお刺身にしたりしようかな、と思っています」

 

 蓮太「ちなみに他にどんなものがあるのか…なんてわからない?」

 

 茉子「そうですね……全部は把握はしていませんが、お豆腐や、色んな野菜は沢山あった気がします」

 

 …なるほどね。まぁ、多分みんなにとってのメインは巫女姫様の下りで、酒のつまみがあれば、別に飯には拘ってはないんだろう。

 

 じゃあ…その辺は適当に決めて作るか。

 

 蓮太「了解。んじゃ、さっさと帰って作るか」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして色々と準備して、宴会のような物が始まったのだが…

 

 蓮太「いっそがしいわッ!!」

 

 キッチンで次々と茉子と二人で料理を作る。

 

 ただでさえそれだけでも十分に忙しいのに、向こうに集まっているオッサン共は酒が無くなると俺か茉子を呼んで持ってこいと言う。

 

 そんなこんなでちょくちょくとキッチンから離れなきゃいけないせいもあって、中々思うようにことが進まない。

 

 茉子「確かにこれは大変ですね、まさかここまでの事態になるとは。蓮太さんがいてくれて本当に助かります」

 

 と俺の受け答えをしてくれながらも、茉子は手を緩めない。もちろん俺もサボったりはしていないのだが…これを茉子1人でこなさなくちゃいけなかったと思うと…………

 

 蓮太「というかまだ主役の二人は帰ってきていないのに、なんでもう始まってんだよ!?」

 

 止まらぬ愚痴を零しながらも、手を抜くことなく急いで作った料理を茉子と二人で運んでいく。

 

 オッサン「おっ!茉子ちゃんとその彼氏がいっぱい作って持ってきてくれたぞ〜!」

 

 蓮太「蓮太だっ!名前くらい覚えてくれ!それとほら!鳥の唐揚げに、イカのバター炒め。アンチョビポテトにあり物野菜のラタトゥイユだ!」

 

 これだけの料理を複数分作って1度で持ってきた為、俺の左足以外は全て皿を置くためだけに使っている。

 

 頭の上に肩、肘、手のひらを両手分、膝を水平に曲げて、限界まで皿を持って次々と置いていく。

 

 茉子も茉子で、明らかに両手で持つような刺身の盛り合わせを片手で二つ持ち、円状に料理を囲っているオッサン達の中心に行くように置いている。

 

 茉子「ふぅ…これでひとまず一段落…」

 

 と言いかけたところで、オッサンに呼ばれる茉子。

 

 オッサン「茉子ちゃ〜ん!お銚子おかわり〜!」

 

 そのオッサンの声に同調するように俺も俺もと次々と注文が。

 

 茉子「はい!ただいまー!」

 

 蓮太「こら!茉子にばっか頼むなよ!負担がかかるだろーがー!」

 

 オッサン「蓮太君でもいーからー。お願いね〜」

 

 なんだよ!この酔っ払いどもが!つかなんで俺がそんなことをしなくちゃいけないんだよ!

 

 ったく……こっちはやっと休憩ができるかと思ったのに…

 

 まぁ残さずにちゃんと全部食べてくれてるから許してやるけども。

 

 なんてことを思いながらも、俺と茉子で何往復かして酒を入れ続け、やっと一段落着いて休めるようになった。

 

 がははと賑わう本殿の中、端の方に座って休んでいた茉子に、お茶を一杯持っていく。

 

 蓮太「お疲れさん、ほら、これでも飲んだら?」

 

 茉子「ありがとうございます。蓮太さん」

 

 俺は紙コップに入れたお茶を茉子に渡して、その隣にゆっくりと座る。

 

 蓮太「にしても本当に疲れたな……主役が来る前にこんなにも盛り上がるだなんて思いもしなかった」

 

 茉子「なにせ穂織を象徴する巫女姫様の婚約祝いですからね。芳乃様が元々乗り気でなかったこともあって、その反動が大きいんではないかと」

 

 確かにそれはあるかもな。最初の朝武さんの雰囲気は中々にトゲトゲしかったから…理由が理由とはいえ、あの態度を貫き通していたのであれば、町のみんなは心のどこかで諦めたりしてたのかも。

 

 蓮太「まぁ、色んな裏事情を知っていると、町の人達がこんなにもお祝いしてくれるって事実も、有難いことなのかもな。その分将臣は大変そうだけどさ」

 

 茉子「ふふ、確かにそうかもしれませんね。安晴様のお話を聞く限りでも、これからは大変賑やかになりそうです」

 

 と、そんな話をしていると、本日の主役があっけらかんとした表情で、会場の中に入ってきた。

 

 オッサン「おっ!婿殿だ!おーい!主役がお見えになったぞ〜!」

 

 オヤジ「よっ!だいとうりょー!わはははは!」

 

 完全に酔いが回っているおっさん共は将臣を祝っているのかおちょくっているのか分からない態度で賑やかに迎え入れた。

 

 そしてその中には、おっさん共々酔っ払っている安晴さんが。

 

 安晴「いやー将臣君、お帰り……ひっくっ」

 

 蓮太「あーあ…これからはもっと面倒くさくなりそうだ」

 

 完全に出来上がってから来てしまったのが運の尽きだな。その相手にならなきゃ行けない将臣もそうだが、間接的に俺たちにも被害が回ってくるだろう。

 

 その事を考えるだけで、本当に面倒くさくなる。

 

 茉子「まぁまぁ、これも時間が経てばいい思い出話になりますよ」

 

 蓮太「だといいんだけどな」

 

 そんな俺達の会話を横に、将臣と朝武さんが合流し、みんなから色々と話を聞かせれている。

 

 オッチャン「しかし……見れば見るほど普通だな。もっと格好いい男なのかと思ったのが、どこにでも居そうだな」

 

 酔っぱらいの一人がそんなことを突然言うもんだから、俺のツボにハマり、大声で笑ってしまう。

 

 蓮太「あははははっ!」

 

 あのオッチャン、たとえそう思っても普通本人の前で言うかよ!

 

 将臣「笑うなー!そこー!」

 

 オッサン「こんな男の何がよかったんだろうな?」

 

 蓮太「ボロくそに言われてんじゃん!はははっ!」

 

 オッチャン「茉子ちゃんの相手の方は中々にいい顔しているな〜。ほらっ!巫女姫様とお婿さん、茉子ちゃんにその男の子も、こっちきて話を聞かせてくれよ」

 

 オッサン「そうそう!それぞれの馴れ初めとか!」

 

 そういうおっさん達に呼びかけられ、俺達四人は渋々その輪の中に入る。

 

 オヤジ「それから今後の話!式の日取りはいつにするんだ?」

 

 式って……いくら何でも早すぎだろ。

 

 オッチャン「いやいや、それよりも子供でしょう!子供はいつになるのですかな」

 

 いい歳したオッサンがな〜に言ってんだか…

 

 芳乃「こっ、子供って……ッ、お酒を飲みすぎですよっ」

 

 オッチャン「いやいや!これは大事な話ですよ?ねぇ?茉子ちゃん」

 

 茉子「えっ!?あっ、そのっ…!ここ、子供ですか…!?」

 

 おじいさん「その辺のところ、婿殿のお二方はどうお考えですかな?」

 

 急にこっちに話を振ってきたな……まぁ別に適当に思ったことを口にするだけだし、いいんだけどさ。

 

 蓮太「そうさな……二人くらいは欲しい……かな?でも男の子二人とかは喧嘩が多そうで大変かもな」

 

 でもやっぱり一人っ子はちょっと寂しいかもしれないし、二人ぐらいが理想かもな。

 

 それにしても、茉子の前でこんな話をするのもちょっと恥ずかしい気もするけど、段々顔を赤くするほどの羞恥心は薄れてきたのかも?俺の適応力が自分でも引くくらいある気がする…

 

 茉子「ふ、二人……ですか…」

 

 ものすごく小声でそう呟く茉子の声が聞こえてきた。

 

 ま、まぁ、こんな意思表示も大切だろう。そう思おう。

 

 オッサン「ほぉ〜やっぱり男らしくそう言いきれるのは格好いいぞ〜!」

 

 あんたに褒められても全然嬉しくないっつーの。

 

 オッチャン「それで?巫女姫様の婿さんの方は?」

 

 将臣「えっ、俺は、その……」

 

 オッチャン「なんだ、ハッキリしないな、それでも玉はついてんのか?」

 

 曖昧な答えしか出ない将臣に、呆れたようにオッチャンが責める。

 

 いや、それが普通だと思うぞ?むしろ俺の方が異常なんだと思うが…

 

 オヤジ「いやいや、きっと婿さんは緊張をしているんですよ。ほら、緊張を解すためにもこのジュースを飲むといいですよ」

 

 そう言って将臣のコップにトトトト…と何かの飲み物が注がれる。

 

 匂いで分かる。これは酒だ。というか大抵、この場合に飲まされる飲み物なんて酒以外にない。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか俺の分までコップに酒が注がれていた。

 

 俺はそのコップを手に取り、改めて見てみる。

 

 透明な液体は、いかにもな雰囲気で、今か今かと俺に飲まれるのを待っていた。

 

 将臣はそれに気がついていないのか、本当にただのジュースだと思ったのか、どこかに感じる残念そうな雰囲気を誤魔化すように、その飲み物を一気飲みした。

 

 その瞬間―

 

 将臣「ッ!?ゴホッ!ゴホッ!」

 

 将臣が突然噎せはじめた。

 

 オヤジ「なんだ〜結構いける口じゃないか。ほら、もっともっと」

 

 ……イジメかよ……俺も酒には強くない……というか結構弱い方ではあるんだが……どうせ飲むのなら、ゆっくりと飲みたかったなぁ…

 

 どうせ俺も飲まなきゃとやかく言われるんだろう。それなら最初から飲んでしまった方がいい。

 

 はぁ…………茉子と二人で飲みたかった。

 

 そんな思いと共に、俺はコップを口にする。

 

 ……うん。やっぱり美味しいとは思わない。いや、俺の中でこういうのは雰囲気を楽しむものであって…こんなむさ苦しい人と飲むためじゃないんだけど…

 

 オッサン「お!蓮太君もいけるじゃないか!ささっ!もっともっと!」

 

 一杯分を飲み終わると、容赦なく次から次へと注がれるもんで、その雰囲気を壊さないように、後半は無理して何度も何度もその酒を口にしていた俺だが………正直記憶はほとんどない。

 

 茉子「大丈夫ですか!?蓮太さん!顔が真っ赤ですよ!?」

 

 蓮太「んー……?ぅん。だいじょうぶ………だから……」

 

 あれ……なんか無性に茉子に抱きつきたい………?身体が熱いし……やばい……なんか考えるのが面倒くさい……

 

 芳乃「有地さん!?大丈夫ですか!?」

 

 茉子「ああ…有地さんも蓮太さんもフラフラで………ってええぇぇぇ!?」

 

 蓮太「まこぉー…………まこぉ……」

 

 茉子「あ、あれ!?蓮太さんってこんなに積極的でしたっけ!?」

 

 

 

 

 

 大慌ての騒ぎの中、特にその事すらも気にならなくなった俺は、そのまま眠りにつくように意識を失った。



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96話 夢の世界

 暗い闇の中。俺はひたすらにフワフワと浮き進んでいる。

 

 何も無い黒色の中、ただ俺の意識だけが真っ直ぐに進んでいる感覚。そして暗闇だった周りには、見たことのあるような映像がちらほらと浮かんでいた。

 

 初めて霊を見て気絶した時。一生懸命にバイトをして働いていた時。料理の練習をひたすらにやっていた時。馬鹿みたいに蹴りの練習をしている時。

 

 そう。映し出される映像は俺の経験から生み出されているものだった。

 

 俺はその映像を見て、どこか懐かしさを感じる。

 

 でも…………俺はあの頃に戻りたくはない。

 

 

 だって、「誰か」との思い出がひとつも無い。

 

 

 仲が悪かった訳でもない、全く話さなかった訳でもない。けれど、俺は幽霊が見えるという事実を伝えて、一人で会話をしているようにも何度も見えたからだろう。

 

 俺に親しくしてくれた人はいなかった。

 

 常に一定の距離を取られ、会話は最低限。遊ぶこともなかったし、数人で行動することもなかった。

 

 何故あの時に俺は旅行をしようと思ったのだろう。

 

 無意識に俺は、逃げ出したかったのかもしれない。

 

 俺にとっては思い出したくもない過去。

 

 ……

 

 よく考えてみれば、俺だけがあの院に残ったのも妙に納得のいく話なのかもしれない。こんな気味の悪い化け物を引き取ろうだなんて思わなかっただろうに。

 

 今まで何度思っただろう。手を繋いで歩く親子を見て、「あれが欲しい」と駄々をこねる子供を見て、「誕生日おめでとう!」と喜ぶ親子を見て。

 

 家族ってなんなんだろう。

 

 それがわからなかった。でもそれが欲しくて、手に入らなくて、独りになって……逃げ出したんだ。

 

 だからこそ、朝武家に迎え入れられた事に、強く意識を持ってたんだ。馬鹿みたいに家族を連呼して…

 

 そんな俺に、好きだと言ってくれる女の子と出会った。幽霊が見えることも、訳の分からない力を使えることも気にしない女の子が。

 

 趣味も似ていて、好きな事も似ていて、両思いになって。

 

 

 

 

 

 

 好きだ。好きなんだ。茉子と家族になりたい。幸せになりたい。

 

 

 でも…………なんだか怖い。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 その時、俺はゆっくりと目を覚ます。

 

 あぁ…そうか、俺は飲みの席で寝てしまったのか。そう思い辺りを見渡そうとするが、頭があまり動かない。

 

 そんな状況が理解出来ていないままの俺に、優しい声が。

 

 茉子「あっ、目が覚めましたか?蓮太さん」

 

 声が聞こえた方に顔を向けると、茉子が俺を見下ろすように顔を下に向けていた。

 

 蓮太「………ん?まこ…?」

 

 茉子「はい。大丈夫ですよ、ワタシはちゃんといますよ」

 

「大丈夫」?「ちゃんといる」?

 

 何を言っているんだ…?

 

 そう困惑している俺の目元に、茉子はゆっくりと指先を伸ばして……

 

 俺の涙を拭ってくれた。

 

 蓮太「え…?涙…?」

 

 いつの間に俺は涙を流していたのか……確かに嫌なことを思い出したりしてはいたが………

 

 蓮太「俺……何か寝言でも言ってた…?」

 

 茉子「さぁ?どうでしょうねぇ」

 

 いつものようないたずらっ子のような笑みを浮かべる茉子だったが、その表情には普段と違う雰囲気があった。

 

 そうまるで暖かく包んでくれるような、聖母のようなもの。

 

 俺はなんとなく恥ずかしくなって、顔を茉子のお腹に向かうように横に動かした。

 

 そうすると、そこには少し涙の跡が。

 

 ……

 

 蓮太「………ごめん。もうちょっとだけ、そばにいさせて…嫌なこと思い出した…」

 

 茉子「いいですよ。いくらでも、ずっと一緒にいますから」

 

 彼女は優しく俺の頭を撫でてくれる。その手に徐々に安心させられて……

 

 

 俺は再び意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、寝た時と同様に神社の本殿に俺はいた。

 

 しかしその景色はいつも認識しているような感覚ではない。辺りはモヤモヤと揺らめいているし、色も若干薄くなっている。

 

 ここは俺の知っている場所ではない。

 

 直感的にそう思った。

 

 蓮太「…ん、どこだ…?ここは」

 

 俺は確か、茉子と一緒にいたはず……?

 

 考えがまとまっていない中、ふと後ろの方から声をかけられる。

 

 茉子「蓮太…さん?」

 

 振り返ると、そこには茉子がいた。しかし周りの物とは違い、茉子の色はハッキリとしている。

 

 茉子「どうして蓮太さんがここに?」

 

 蓮太「いや、どうしてって言われても……てか、ここがどこなのか分かってる感じだな」

 

 そう、茉子はこの場所の事に驚いているんじゃない。この場所に俺がいることに驚いている。つまり、彼女からしたら自分以外の人がこの空間に存在していることが不思議なんだ。

 

 茉子「ここは……私の夢の中だと思います」

 

 蓮太「夢…?」

 

 夢……妙に納得のいくことを言われてしまった気がする。

 

 なんだろう…?絶対にそうだ!っていう理由はないんだけど、それこそ直感的に感じるものがある。そして彼女は言っていた、夢の中で獣と会話した……と。

 

 それならば……

 

 蓮太「いるんだろ……獣」

 

 獣『よく気がついたな。勘の良い奴だ』

 

 そう聞こえてくる声。振り返るとかつて対峙したあの、「獣の形をした祟り神」が佇んでいた。

 

 俺はその姿を見た途端、急いで戦闘態勢を整える。

 

 茉子を背に、片手の肘を茉子を守るように軽く当て、少しだけ腰を下ろして反射的に片足に心の力を送る。

 

 ……!心の力を扱いきれている…!?いつの間に………?

 

 獣『落ち着け、今さら戦を始める気は無い』

 

 俺の行動を見ていた獣は、戦いをしないという意思表示を示した。確かに…俺たちを殺すつもりなら、もうとっくに不意打ちをしかけてきているだろう。

 

 それに茉子にもそんな感じのことを言っていたはず。

 

 茉子「多分、大丈夫だと思いますよ。ワタシも、話をした時はこの姿でしたので」

 

 蓮太「へぇ…………。それで、獣が何の用なんだ?」

 

 目が覚めたらこんな場所にいたんだ、これは俺達が自分の意思でここに来た訳じゃなくて、俺達の意識を何らかの方法でこの夢の中に持ってきたんだろう。

 

 となると、俺達は呼び出されたことになる。

 

 獣『フンッ、貴様に用などない。そこの小娘から溢れ出る感情の原因である貴様を一度見ようと思っただけだ』

 

 蓮太「…溢れ出る感情?」

 

 あぁ……そう言えばムラサメも感情が…というか心がリンクしている可能性もあるかも…的なことを言っていたような…。だからこそ、恋という感情を通して伝えてやろうとしたわけで…

 

 茉子「はい、実は約束をしているんです。ワタシの感情を差し出す代わりに、犬化してしまうのを止めていただくっていう約束を」

 

 蓮太「そんなモノをしてたのか…」

 

 まさか茉子がそんなことまでしていたとは…と、言うことは、事態は一応緩和してはいるのか…問題は残ったままだが。

 

 獣『その小娘は貴様と思い人の関係になってからというもの、鬱陶しい程の好意の感情を放出している。それもことあれば自慰行──』

 

 茉子「あああぁぁぁぁーーー!止めてください!止めてくださいッ!といいますかなんでそんなことまで知っているんですかッ!?」

 

 ………え?なんか今面白いこと言わなかった?

 

 蓮太「な、なぁ茉子、今のって──」

 

 茉子「違います!勘違いです!そんな事ないです!ワタシは別に蓮太さんのことを思ってオナニーなんてしてませんッ!」

 

 蓮太「いや……別に誰もオナニーだなんて言ってないんだけど…」

 

 茉子「あばばばばッ!ちち違いますよ!?本当に違うんです!」

 

 これは………俺も悪いのかな…?犬化してしまうっていうことがあったのもそうだけど……あまりにも誘わなすぎた……か?

 

 蓮太「わかったから、一回落ち着いて、な?別に変な風には思わないから。そういう欲求は誰にでもあるし、普通だよ」

 

 とりあえず茉子をなだめる。本人からしたらめちゃくちゃ恥ずかしいだろうし……一応後でその辺の話もしておくか……これは男として申し訳ない。

 

 茉子「ぁ…ぁぅ…。すみません…」

 

 蓮太「謝んなくてもいいから、そんな茉子も好きだから」

 

 ぽんぽんと茉子の頭を優しく撫でて、改めて獣の方を向く。

 

 蓮太「さて、と……そんで?その茉子の感情が大量に溢れてきて困ることは無いだろ。お前がその感情を通して何を知りたがっているのかは知らないが、それで、なんで俺を知ろうとしたんだ?」

 

 獣『……まぁ、いい。教えてやる』

 

 獣は何かを考えているような態度を示して、余裕を持った声で俺に語りかけてきた。

 

 獣『懐かしく感じたのだ。貴様達が持っている「心の力」がな』

 

 

 

 ──ッ!?

 

 

 

 コイツ…、今なんて言った…!?なんで…!?なんで心の力を知っているんだ!?

 

 蓮太、茉子「「なっ!?」」

 

 驚きの感情を隠せない。そりゃあそうだ、「心の力」はあくまで俺が名付けた呼び方だし、そもそも茉子に心の力…………は…………………

 

 瞬間、脳裏に過ぎるのは過去の記憶。

 

 茉子が山河慟哭を持ってお祓いをしていたシーン。

 

 茉子が朱い光を纏わせていたシーン。

 

 そして…………一度俺の心の力を茉子に流し込んだシーン。

 

 じゃあ、つまり……茉子もあの力をあつかえるように…?そして茉子に取り憑いた獣が、その存在に気付いた…?

 

 いや待て、獣は『懐かしい』と言ったんだ。だとすれば……俺の他にもこの力について知っているやつがいたのか!?

 

 蓮太「お前…!なんでこの力のことを…!?」

 

 もしかしたら………何かヒントが得られるのかも…。俺の謎を解くヒントが…!

 

 獣『昔……五百年程前だろうか、貴様と同じようなことを言う者共がいた』

 

 茉子「五百年も前に…ですか?」

 

 獣『懐かしいものだ。久しく見たぞ、その力』

 

 蓮太「それは誰なんだ!」

 

 少し声を荒らげてしまう。俺にとってはそれ程に重大なことなんだ。

 

 そんな俺を真っ直ぐに見つめ、獣はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣『鬼の一族…だ』

 



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97話 小さな一歩、大きな一歩

 

 蓮太「鬼の一族…だと?」

 

 そう言えば、穂織に来たばかりの頃、安晴さんから教えて貰ったな…

 

 確か…人間とは仲が良かったけど、唐突に裏切ったっていう…

 

 でも、なんでソイツらが…

 

 蓮太「………」

 

 獣『何の因果か知らぬが、再度その力を持った者と出会うとは…』

 

 茉子「ま、待って下さい!」

 

 茉子が声を上げる。

 

 そりゃそうか、辻褄が合わなすぎる。仮にこの獣の言っていることが正しいとして、その心の力を鬼の一族が昔所有していたのなら、俺達は………いや、俺は何かしらの関係性があるってことだ。それに、そもそもそんな力が扱える事や、存在そのものが伝えられていない。

 

 茉子「ワタシから蓮太さんと同じ力を感じる事は、ひとまず置いておきます。……心当たりはあるので。ですが、鬼の一族が同じ力を扱えるというのはどういう事なんですか!?」

 

 獣『詳しくは知らん。そんな力を扱う者が昔は存在していただけだ。それに、鬼の一族はとうの昔に戦に敗れ全滅している。だからこそ、その力が久しく思えたのだ』

 

 蓮太「お前、何か知ってるのか?五百年前の事について」

 

 鬼は全滅している。だとすると、俺が思いつく最悪の事態にはなっていないんだろう。恐らく、血の繋がり等はない。

 

 獣『奴らが存在していた頃でも、互いに接点はほとんど無かった。故に知らん。それにどうでもいい事だ』

 

 どうやら俺達に話すつもりは無いらしい。本当に知っているのか知らないのかはともかく、相手にそのつもりがないのならこれ以上続いても無駄だろう。

 

 蓮太「そうか、ならいい。用がないのならさっさと元の場所に戻してくれないか?俺達は暇じゃないんだ」

 

 獣『なんだ?その小娘に取り憑いている事に何も不安はないのか』

 

 蓮太「馬鹿言え、信頼しているつもりは無い。安心もしていない。許してもない。ただ………約束を破った時、茉子を傷つけた時……俺はお前を祓う」

 

 わざわざ茉子が『約束』をしたんだ。それには何か理由があるんだろう。茉子は優しいから、きっと…………

 

 獣『フン…私は貴様ら人間のような契約を放棄するような真似はしない。そんなモノと一緒にするな』

 

 蓮太「そうかい」

 

 その時、段々と視界が波打つようにねじ曲がり始め、それから眠るように意識が飛んだ。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 目が覚めると、そこは元にいた場所だった。中途半端に宴会の片付けが残っていて、周りには誰もいない。

 

 寝ていたからだを起こすと、茉子はまだ壁に寄りかかるように眠ったままだった。

 

 ……彼女があの夢からちゃんと戻ってこれているのかが、心配だ。

 

 蓮太「茉子……茉子…」

 

 俺は優しく茉子の肩を揺らす。すると、閉じられていた瞼が、ゆっくりと開いていった。

 

 茉子「蓮太…さん」

 

 蓮太「よかった、とりあえず目覚めてくれたか」

 

 意識を取り戻した茉子は、さっきの俺と同じように本殿の中をキョロキョロと見渡す。

 

 茉子「あれ…?さっきは…」

 

 蓮太「やっぱり夢であって、夢じゃないんだな」

 

 茉子「そうみたい…ですね」

 

 それから俺達二人の間に、会話はしばらく始まらなかった。

 

 それ程、夢の中のあの少しの間の会話が大きいものだった。でもまずは………茉子にちゃんと謝らなきゃいけないことがある。

 

 本人も心当たりがあるって言ってたし。

 

 蓮太「あの……さ」

 

 茉子「はい、どうしました?」

 

 蓮太「俺、茉子に謝らなきゃいけないことがあるんだ…しっかりと伝えなきゃいけないことが」

 

 俺の言葉を聞いた茉子は、何かを察したように、コクンと首を縦に振った後、静かに俺の言葉を待った。

 

 蓮太「茉子も、おかしいって思ったと思うんだ。あの獣に言われたことが」

 

 茉子「心の力のこと、ですよね」

 

 蓮太「うん。それなんだけど……多分……いや、原因は俺なんだ」

 

 そこまでは簡単に想像出来たことだろう。元を辿れば必ず俺にたどり着くはずだから、問題はここからだ。

 

 茉子「前々から、不思議には思っていたんです。祟り神との最後のお祓いの日、何故かワタシの握った蓮太さんの刀、『山河慟哭』は朱色に光を放っていました。それから、ふとした瞬間に変な気配を感じるようになったんです。意識を一瞬引っ張られるような…」

 

 やっぱり茉子は気がついていたのか。恐らく力そのものは無意識のうちに溢れ出たものだろう。最初は俺もそんな感じだったし…

 

 蓮太「それなんだけど、ごめん。俺、茉子に勝手に自分の力を分け与えたんだ」

 

 茉子「分け与えた…?」

 

 蓮太「うん。前に一度、茉子が祟り神に取り込まれたことがあったのを覚えてるか?」

 

 茉子「は、はい…」

 

 蓮太「あの時に、俺の心の力を茉子の魂、心の核に送り込んたんだ。武器を使って傷つけるわけにもいかない、かといって俺がずっと祓い続けることも出来ない。だから、そうするしかなかった。ごめん…」

 

 茉子はしばらく黙っていた。俺の言葉を聞いてからは、どこか遠くを見るような目で残された食器達を見つめていた。

 

 それからはひたすら無言。体感では1時間ぐらいかかっていそうな程の長さだったが、実際はものの1分程だろう。その短い時間も、俺にとっては永遠かと思われるだった。

 

 その沈黙を破ったのは茉子の方からだった。彼女はゆっくりと立ち上がった後、俺に手を差し伸ばしてくれた。

 

 茉子「少し、歩きませんか?」

 

 蓮太「あぁ…」

 

 俺も彼女の手を握り、立ち上がる。そのまま俺達は一旦神社を後にし、二人で歩き始めた。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 先程とは打って変わって虫たちの鳴き声すらも聞こえない夜。境内にいる将臣と朝武さんを横目に、俺達は家の方へ向かって歩く。

 

 蓮太「その、本当にごめん…」

 

 俺は耐えきれずに、再び謝罪する。

 

 茉子「ごめんって…何がですか?」

 

 蓮太「え?あ、いや…心の力を勝手に送り込んだこと。そのせいで茉子が変な気配を感じたりとか急な変化が起きてるみたいだったし…、何よりも本当に勝手な判断だったから…」

 

 俺がそう言うと、茉子は歩みを止めて俺の方をジッと見ていた。その表情はどこか優しくて、どこか呆れてもいるような雰囲気だった。

 

 蓮太「ん?どうしたん──」

 

 どうしたんだ?と言い終わる直前、茉子が急に俺に歩み寄ってきて、お互いの唇が触れた。

 

 5秒くらい経っただろうか?少しの間、触れ合っていた唇が離れると、少し顔を赤らめた茉子が優しく言ってくれた。

 

 茉子「ワタシは別に怒ってなんかはいませんよ。蓮太さんがワタシの命を第一に考えてくれた結果…なんですよね?」

 

 蓮太「当たり前だ!真剣に考えて、あの場での最適解を選んだつもりだ!だけど……」

 

 俺は一瞬口の動きが止まる。それはきっと、心の中にどこか申し訳なさがあったからなのかもしれない。けれど、やってしまった以上茉子にこのことを話さないわけにはいかない。あの時から覚悟はしてきたはずだ。

 

 蓮太「その……勝手に唇を奪ってしまった結果になって……」

 

 茉子「…?勝手に…ですか?」

 

 蓮太「ほら、前に一度ムラサメが将臣に神力を移した時があったって言ってたじゃないか、みづはさんの診療所でのお祓いの時。あれを思い出してさ……これに賭けるしかないって思って…」

 

 意外にもそれを聞いた茉子の顔は驚く様子はなく、むしろ少し悪戯に笑うような、やや無邪気な微笑みを浮かべていた。

 

 茉子「なるほどなるほど……あは〜」

 

 蓮太「なっ、なんだよ…」

 

 茉子「いーえー?、なんでもありません、許してあげますよ」

 

 そう言う茉子の顔は赤いままで、心做しかいつもよりも距離が近い気がする。

 

 茉子「ただしそれには条件があります」

 

 蓮太「条件…?」

 

 茉子「はい、条件です」

 

 なんだろう?まぁ個人的には悪い事をしたとは思ってはいるし、俺に出来ることなら極力やってあげたいけど……

 

 蓮太「それってどんな条件なんだ?俺に出来ることなら全力で頑張るよ。元々は俺に責があるわけだし」

 

 茉子「その…ですね、今…安晴様は宴会の続きで外に出られてます…よね」

 

 唐突に茉子がどこか恥ずかしそうにモジモジとし始めた。

 

 蓮太「え?あ、そう…だけど…?」

 

 茉子「芳乃様と有地さんは…まだ本殿の方で二人の時間を楽しんでいらっしゃいます……」

 

 そこで俺は思い出した。あの獣が夢の中で言いかけた……と言うよりも、ほぼ言ってたことを。

 

 つまりは……そういうことを言いたいのかも。これは……申し訳ない。また男としての失敗をしてしまっていた。

 

 蓮太「そっか……じ、じゃあ、今から…俺の部屋………来る?」

 

 実際にこんな台詞を言うなんて恥ずかしすぎる!しかも、もう緊張し始めていて、言葉がかなりの頻度で詰まりまくる。

 

 茉子「は……はぃっ!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そしてついに来た俺の部屋。

 

 ………いや、実際にはさっきの会話から10分くらいしか時間は経過していないのだが……

 

 ってそんなことはいいんだ!それよりも、今からの事に集中しないと…!

 

 っていや、そうじゃなくて!まずは適当なお喋りでもしてから……

 

 馬鹿か!さっきの流れからそんな風には出来ないだろ!

 

 と、とにかく落ち着け……落ち着け……

 

 …とさっきからずっと頭の中でこんな風にイマジナリー竹内が脳内で会話をしている。

 

 蓮太「……」

 

 茉子「……」

 

 俺と対面するように座っている茉子も緊張しているのか、俺と同じように言葉を交わさずにチラチラと色んなところを見ている。

 

 いや、緊張はしているのだろう。さっきから視線が泳ぎまくっている。

 

 …………ここは俺から行くべきだろう。せっかく彼女が雰囲気を作ってくれたんだ。これ以上相手から言わせる訳にはいかない。

 

 蓮太「そ、そっちに行くぞ…?」

 

 茉子「は、はいっ」

 

 俺は座っていた場所から立ち上がり、部屋に入ってから敷いた布団の前に座っている茉子の後ろへ移動する。

 

 蓮太「じ、じゃあ…茉子……いい…?」

 

 茉子「はい…」

 

 その言葉と共に、茉子は後ろにいる俺の方へと振り向いて……

 

 始めて大人のキスをした。

 

 今までのような唇を合わせるだけのキスではなく、もっと奥。大きく口を開けて舌が絡まる深いキス。

 

 お互いの息が漏れ、唾液が少しずつ垂れる。時折歯が当たる程に深く深く舌を絡ませた後、お互いに一度顔を少しだけ離れた。

 

 二人の間に唾液の糸が一本伸びていき、ちぎれて落ちる。

 

 それから俺達は、二人の世界に入り込み…………………………

 

 

 

 

 

 初めて心も身体も重なり合った。



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98話 夢と現実…これから

 

「この子は……この子だけは………」

 

 声が聞こえる。視界には何も映らないが、聞いたことの無い優しい声が聞こえてくる。

 

 その声はとても悲しそうで、苦しそうで……

 

 とても暖かかった。

 

「生きて!きっと…!きっと貴方の向かう先には、大切な仲間がいるからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 その日の朝、俺は勢いよく目を覚ました。

 

 いつしか昔、見たことのあるような夢が今回はハッキリと見ることが出来た。

 

 途切れ途切れだった言葉はこの耳がよく聞いていた。全く知らない人だが、何故か胸に引っかかる。

 

 ………今考えるのは止めておこう。

 

 俺は半場、投げ出すような気持ちで上体を起こし、両腕を上げて身体を伸ばす。

 

 蓮太「ん〜〜………!」

 

 寝起きの軽いストレッチのような習慣を行い、その気持ちよさに心を奪われながら両腕を床に優しく置く。

 

 すると、何故か左手の方が右手の場所よりも、高いところで止まった。

 

 しかもちょっと何か柔らかい物を掴んでいる。

 

 

 

 ムニ………

 

 

 

 蓮太「むに…?」

 

 その違和感を不思議に思い、視線を左下にやると…………

 

 茉子「すぅ………すぅ……」

 

 彼女が俺の真横で寝ていた。

 

 

 

 裸で。

 

 

 

 俺が上体を起こしているせいで、茉子の上半分は何にも遮られることなく、全てをさらけ出している。

 

 ただ一つ、俺が手を当てているところを除いて…

 

 そう……この柔らかさは、ついさっき感じたことのあるもの…………

 

 って!これ茉子の『〇っ〇い』じゃないか!?

 

 てかなんで裸!?全裸!?裸体!?なんでなんで!?

 

「んっ……………?」

 

 などと俺が心の中で騒いでいる間に、すやすやと眠っている茉子はゴロンと俺のほうへ向くように寝返りを打つ。

 

 とととととととりあえず服を着ないと……、じゃなくて!それよりも、茉子がまだ寝ている以上このままにしておくのはかなりマズイ!というかそもそも風邪引くかもしれない!

 

 えと……えと……えと…………と、とりあえず起きる前の状態に戻そう!←?

 

 そう決心した後、俺は再び掛け布団を掴み、二人でもう一度布団にくるまった。

 

 ま、マズイ……、流石の紳士な竹内君も好きな人が全裸で目の前で寝てたりしたら緊張するし興奮するし焦る…

 

 ………距離を開けるのはおかしいよな…?部屋に暖房なんか無い以上は、今身体を温められる方法はお互いの体温しかない………

 

 そ、そうそう。これは茉子が風邪を引いてしまわない為……

 

 いや…でも…もうなんか色んな意味で目も覚めたし元気になっちゃってるんですけど!?

 

 押し当てないように……腕だけ……近くに……

 

 というかなんか俺すごい体勢になっない!?茉子を縦の棒に例えるならカタカナのカみたいな形になってますけど!!

 

 俺は90度定規かッ!

 

 いやちゃんと抱きしめてあげたい気持ちはあるんだ!あるんだけど、そうしたら槍が!槍が突き刺さるの!昨日使ったばっかりだろ!

 

 って俺はアホか!?何自分で自分にツッコンでるんだよ!?

 

 落ち着け…おちつけ…もちつけ。

 

 

 

 そう…一度目を瞑る。

 

 

 

 そしてゆっくりと深呼吸。

 

 

 

 心を落ち着かせて………

 

 

 

 目を開けると………

 

 

 

 茉子の寝顔。

 

 

 

 

 

 可愛いっ♪

 

 

 

 

 

 アホかッ!!♪なんて付けてる自分が気持ち悪いわッ!

 

 

 

 恥ずかしさのあまりか、俺は顔を思いっきり布団の中へ下げる。

 

 なんてワタワタと一人で茶番まがいの事をしていると、あるひとつの事に気がついた。

 

 そう。俺が起きた時に聞こえていた「すぅ……すぅ……」という寝息が聞こえてこないのだ。

 

 あれ?茉子……まさか息をしてない!?

 

 そう思ってガバっと顔を上げると………

 

 茉子「お…おはようございます、蓮太さん…!」

 

 強く唇を閉ざして、何かを耐えるようにプルプルと身体を震わせる茉子の姿が。

 

 しかも微妙に笑っている気がする。いや……これは気がするんじゃなくて…

 

 茉子「ふふっ………!な、何をしているんですか…!ふふ…!」

 

 蓮太「あっ、いやっ、これはその…」

 

 何時から起きていたんだ!?アホみたいに気が動転してたせいか全然気が付かなかった!

 

 笑ってるってことは結構前から起きてたんじゃ…?

 

 茉子「ほ、ほとんど全部声に出ていましたよ…」

 

 一生懸命笑いを堪えているせいだろう。茉子の喋り方が少しぎこちない。そんな彼女を見ているうちにどんどん恥ずかしくなってきて……

 

 蓮太「ど……どこから…?」

 

 茉子「えと……えと………起きる前の状態に戻そう!」

 

 蓮太「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 ほぼ全部聞かれているじゃねぇかぁ!

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 さっきの大慌ての事件(俺にとっては)から少し時間が経ち、朝食の時間に差しかかる頃。いつものように朝武さんは将臣と本人の、茉子は俺と自分の弁当を作り終わっており、続いて朝食も作ってくれている。

 

 と言うかあれだな、未だに茉子に教えて貰いつつとはいえ、いつの間にか朝武さんも朝食を一緒に作るようになったな。

 

 茉子の性格的にその辺は「ワタシがやりますから!」みたいなことを言いそうな気がするけど……何かあったのかも?これからの料理の練習のために〜…とか言われたのかもな。

 

 ムラサメ「おはよう、蓮太」

 

 ぼけーっとキッチンの方を見ている俺の目の前のテーブルから、ムラサメの頭だけがひょこっと出てくる。

 

 その姿は宛ら土竜の様だった。

 

 蓮太「うわっ!?って…………ムラサメか……何やってんだよ」

 

 ムラサメ「お主が朝から呆けた顔をしておったからな、ここは一回喝を入れてやろうとしたのだ!」

 

 満面の笑みでそう答えるムラサメ。この幼刀…ただ単にイタズラしたかっただけじゃないのか?

 

 蓮太「まぁ、気を抜いてたのは事実だけどさ………」

 

 熱いお茶を口に入れながら、改めて昨日の一日を振り返る。

 

 茉子との忘れられない思い出が一つ増えたこともそう。大切なことだが………、やはり気になるのは獣が口にした鬼の一族。心の力を扱う者達。

 

 そして、茉子も俺のように心の力を宿している事。

 

 むぅ……わかんない事だらけだ。ひとまず、茉子の言っていた意識を引っ張られるような感覚ってのを詳しく聞くところから……かな?

 

 ムラサメ「…?どうしたのだ?何やら小難しい顔をしておるが」

 

 蓮太「ん…?」

 

 そうか…あれは俺と茉子だけの経験だから、他の人は知らないのか。

 

 蓮太「あぁー…、そうだな、みんな揃ってからちゃんと説明をするから、その時まで待っててくれ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして始まった朝食。その食卓にはこの家に住むメンバーが揃っている。

 

 正直、今この話題を出さなきゃいけないかと悩むところもあるが、事実起こった事として伝えておきたいって言うのが本音だ。

 

 それに……今、鬼に関することで唯一情報を集められそうなのは、朝武に関することならなんでも知っているであろうみづはさんか、鬼というワードを最初に言った安晴さんだ。

 

 ……でもまぁ…まだみんな食べ始めたばかりだし……タイミングを伺うか。

 

 焦る気持ちを抑えながらも、俺は目の前に並べられた食べ物を口に運びながら、その時を待つ。

 

 そしてみんなが食べ終わった頃……俺は遂に言い出したかったことを口にする。

 

 蓮太「なぁ、いきなりだけど…ちょっとみんなに聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 安晴「どうしたんだい?そんなやぶからぼうに」

 

 将臣「そう言えば、なんだかずっと落ち着かないような様子だったな」

 

 ……上手く隠しきれているとは思ってはなかったけど、将臣にバレてるってことは結構露にでてたのか…

 

 蓮太「まぁ…どうしても気になってることがあって…さ。後、報告もしておこうと思って」

 

 芳乃「報告?一体なんの報告ですか?」

 

 朝武さんを初めとして、俺以外の全員が不思議そうな顔をして俺の方を見る。そんな勿体ぶるつもりもないし……話の核心をさっさと伝えとくか。

 

 蓮太「ダラダラと長話をするつもりじゃないから、話の核心を突くけど、まず俺は……っていうか茉子もそうなんだけど、俺と茉子の二人で獣に会ったんだ」

 

 話の切り出し方がまずかったかな?いきなり取り憑いている獣と会いました。なんて言っても相手は困るかも。

 

 ムラサメ「取り憑いておる獣にか!?どういう事だ、獣が茉子の魂から離れ、現れた……という訳ではないのであろう?」

 

 いち早く反応をしたのはムラサメだった。

 

 蓮太「あぁ、違う。二人で同じ夢を見ていたんだ。いや…同じ夢を見たと言うよりも、一つの夢に二人が呼び出された。つまり茉子の夢の中に俺が入った…みたいなものかも?」

 

 自分で言っていて微妙にニュアンスが違って感じるが……こう説明するしかないんだよな。二人の意識が一つの夢に引っ張られたのは事実なんだし。

 

 ムラサメ「それは恐らく、獣の魂の呼び出しに二人が共鳴をしたから…ではないか?強くお互いを思っている時は、より深く魂は繋がり合うもの。心だけでなく、身体も近ければ尚更だ」

 

 蓮太「まぁ、そこはそれでいいんだ。多分大まかは合ってると思う。俺が気を失ったあと、茉子が気を使ってくれてずっとそばに居てくれてたみたいだから。問題はその先なんだ」

 

 考えてみれば俺の意識が呼び出されたこと自体も不思議ではあるが…俺が気になっているのはそこじゃない。その先の会話の内容だ。

 

 そこで茉子も気づいたのだろう、明らかに先程までとは顔色が変わっていた。

 

 芳乃「その先とは?もしかして、何か呪いの件で新たな問題が!?」

 

 蓮太「いや…そうじゃないんだ。むしろその件はどっちかと言うと安心できる方向へと少しだけだけど向かってる。俺が言いたいのは、その獣との会話の内容なんだ」

 

 将臣「獣との会話?」

 

 それから俺は、あの夢での体験をみんなに伝える。心の力の存在を知っていたこと、そしてその力を扱っていたという鬼の一族の存在。

 

 蓮太「って事なんだけど……実際どう思う?」

 

 安晴「一ついいかな、蓮太君」

 

 さっきまでは聞く専門だった安晴さんがその口を開ける。正直、みんなとの会話ではほぼ推理や憶測の話しかできない。まぁ、それがヒントになったりしたこともあるのだが……やはり1番可能性があるのはこの人だろう。知らないことを知っている可能性があるのは。

 

 俺はそんな期待を胸に顔を縦に振った。

 

 安晴「まず、その茉子君に取り憑いている獣の言葉が正しいと仮定するとしても、鬼が不思議な力を使ったりなんて事聞かされていないんだ」

 

 聞かされ…?

 

 安晴「僕が知っていることは、鬼の一族は文明がとても進化していたこと。今では全て消えてしまったけれど、現在よりも遥かに技術が進化していたみたいだ」

 

 茉子「聞かされた。とはどういう事なんですか?」

 

 安晴「聞かされたというのは言葉が少し違ったかもね。すまない。この話は秋穂から聞いたんだよ」

 

 えっと…秋穂………、確か朝武さんのお母さん。

 

 芳乃「お母さんが?」

 



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99話 巫女姫様の真剣な悩み

 

 朝武さんのお母さん。秋穂さんからこのことを聞いたと言う安晴さん。

 

 何故秋穂さんがその事を知っていたのか。また新たな謎が増えた。

 

 安晴「そう。確かに僕は聞いたよ。時々、深刻な顔をして言ってたんだ」

 

 芳乃「でも、私の前ではそんな事一度も――」

 

 どこか悲しげな表情をチラリと見せる朝武さんを、将臣が優しく止める。

 

 将臣「それじゃあ、何かヒントになるようなものが残されていたりはしていないんですか?」

 

 確かに可能性はある。言葉だけで代々伝えられてきた、ということもあるかもしれないが、そうなると今のような現状になった場合。つまり自分の子に伝え損ねてしまった場合に鬼に関することをこの血筋に言い伝えることが出来ない。

 

 朝武の血は、歴史は長い。それに呪いの件もある。何度もそんな事態に陥ったことはあるだろう。そう考えると何処かに何らかの書物などが残されていてもおかしくはない。

 

 安晴「あるにはあるんだけど………すまない。今は話せそうにないんだ」

 

 そう言う安晴さんの目は、悲しい……と言うよりも、寂しそうだった。どこか本心を伝えたい気持ちを押し殺すような…まるで……何かを待つように。

 

 蓮太「いや、いいんです。そんな急ぐようなことではないんで。また機会があればその時お願いします」

 

 直感で感じた。

 

 今はこの話に触れない方がいい……と。いや…違う。

 

 今は「秋穂」さんの話題は避けた方がいいんじゃないか…と。

 

 正直、朝武さんとは深い話をあまりしたことがない。茉子との……常陸家の話辺りは成り行きで聞くことになったりしたのだが、朝武に関することはお祓いのことしか俺は知らない。

 

 将臣の反応を見るに、何か重要な問題がありそうだ。手伝えることはなんでもしてやりたいが…………

 

 現状では、何もいい案が思いつかない。

 

 

 

 そして朝食を食べ終え、茉子がみんなの食器を片していく。

 

 その光景を見ながらふと思う。

 

 ……あ、そういえば…昨日茉子と初めてしたわけだけど……身体の方は大丈夫なのだろうか…

 

 しまった…!まず朝一番に確認すべきことだっただろ!本当に馬鹿な奴だ!

 

 いつものようにキッチンで洗い物をする茉子の隣に行って、作業を手伝うことにした。

 

 蓮太「茉子…その…すっげぇ今更なんだけど、身体の方は大丈夫か?」

 

 そう聞くと、今までなんら変わらない雰囲気だった茉子の顔はやや赤く染まり、二人っきりのモードに入る。

 

 茉子「実は…痛みはもうほとんどないんです。むしろ嬉しくて、ここ数日の間では一番に眠れて…」

 

 蓮太「ん?そんなに眠れなかったのか?」

 

 そんなこと言ってたっけ?朝武さんの睡眠不足は記憶に残ってるけど……

 

 茉子「ああっ!?なんでもありません!なんでもありません!本当になんでもありませんから!」

 

 蓮太「無理してたりするんだったらゆっくりしてていいんだぞ?痛みを与えてしまったのは俺の責任だし…」

 

 茉子「無理なんてしていませんよ、と言いますか……痛かったのは本当に最初の頃だけなんです」

 

 あっ、やっぱり痛みはあったんだな………俺はそんなこと全くなかったから、なんて言ったら怒られそうだ。

 

 茉子「ワタシの中に入ってからは、気持ちよかった……ですよ…?アレ…演技とかじゃないです………あは」

 

 蓮太「なら、よかった」

 

 なんか……あれだな。演技じゃないなんて言われると、結構嬉しいもんだな。女の人の方は、全然性行為に対して最初は良いイメージを持たないと思ってたけど……そんなことにならなくて良かった。

 

 茉子「っと……もうそろそろ出発しなくちゃいけない時間ですね」

 

 確認してみると、確かにもう数分で家を出る時間になる。

 

 蓮太「そうだな、そろそろ出ようか」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして学院。俺たち四人は学院に着くや否やまず各々の自分の席に座る。

 

 そしたらクラスメイトの男子が二人寄ってきた。

 

 男子「おーっす竹内」

 

 男子2「おはようさん」

 

 はーーい。毎度の如く名前がわかりませーーーん。

 

 俺ってほんっとにクラスの人の事に関心がなかったのな。もうこんな性格を変えないと友達がいなくなるぞ?俺。

 

 落ち着け…出席の時に呼ばれている名前を思い出せ……えっと……

 

 確か「一豊」と「忠興」!

 

 蓮太「あぁ、おはよう」

 

 朝から推理ゲームをすることになるとは……もっとクラスのことを知らないとな。

 

 一豊「なんか雰囲気が変わったな……妙に落ち着きがあるというか…」

 

 忠興「確かに、もしかして竹内、お前…!」

 

 蓮太「ご想像にお任せします」

 

 一豊、忠興「「やっぱりか!」」

 

 雰囲気って……そんなに分かるくらいオーラ的なものを出てたのか?俺。

 

 ニヤケ顔を出したりしないようにとかは頑張ってるんだが…なんか知らんけどバレたな、こりゃ。

 

 忠興「はぁ……いいなー…俺も常陸さんみたいな可愛い彼女が欲しい」

 

 蓮太「だったら悲観的に考えるのをやめて、ダメ元でも自分から動く事からじゃないか?」

 

 一豊「やっぱりかぁ。待てよ…!むしろ今から常陸さんをNTRってのも…!」

 

 蓮太「そんなことを考えてるうちはダメだな」

 

 まったく…年頃の男子というものは。

 

 うん。ブーメランだね。

 

 忠興「えらく動揺しないな、本当に横取りされたらどうするんだ?」

 

 蓮太「大丈夫、絶対そんな事しないって茉子を信じてるから。それに俺も浮気はしない。例え記憶がなくなろうが茉子に依存してやる」

 

 一豊「大した信頼関係だことで」

 

 蓮太「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 

 

 

 なんて雑談の後、もう何度目か分からない退屈な授業の時間が過ぎ、昼飯時。

 

 さて……今日はどうしようかな…?

 

 今日は茉子は朝武さんやレナさん達と弁当を食べるみたいだし、将臣は…………なんか廉太郎と話してるな。

 

 なんて考えていると、朝武さん達女子組に一緒に食べようと誘われたので、その輪の中に紛れ込むことにした。

 

 そして適当な雑談をしながら(大体恋愛事)茉子の作ってくれた弁当を食べていると……

 

 芳乃「はぁ……」

 

 朝武さんがおもむろにため息を吐く。

 

 蓮太「どうしたんだ?もしかして……朝の話のことか…?」

 

 正直、ちょっと気まずい雰囲気がでてしまったからな。もしそうだとしたら俺のせいだ。

 

 芳乃「いえ、違うんです!むしろその話の続きと言いますか…後と言いますか…」

 

 茉子「そう言えば、洗い物をしている最中に何やら有地さんとお話をされていましたね」

 

 そうだったのか?茉子との会話に集中してて……というか、その前は考え事してたし…

 

 芳乃「そう。実は…話の流れで有地さんとデートをすることになって…」

 

 へぇ…付き合い初めて結構時間が経ってたけど、とうとう二人はデートに行くのか。

 

 ………やっと誘ったんだな、将臣。

 

 レナ「わおっ!デート!?」

 

 うん。レナさん?声が大きくてちょっとびっくりしたよ?

 

 芳乃「しっ、しー!しー!そ、そんな大きな声で言わないでください!大事にされると困りますから」

 

 レナ「ハッ!大変申し訳ないでした、つい……」

 

 なんか可愛いな、「しー!」って言ったり、「申し訳ないでした」って

 

 つい微笑んでしまう。

 

 蓮太「それで、悩みはそのデートの事?」

 

 芳乃「…私は、つい最近まで友達と遊んだこともなかったので…その…どうすればいいか…」

 

 そういえば俺と茉子が擬似デートをした日も、自分たちのことの話になると逃げるように去って行ったな。

 

 蓮太「どうすればいいって言われても……それは本人たちの気持ち次第って所が大きいと思うんだが」

 

 芳乃「それがわからないんです!何とか、経験者としてのアドバイスを下さい!」

 

 んな事言われても…………

 

 そして俺達は短い昼の時間にデートのことについてできるだけ話はしていたが、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、それは強制的に終了された。

 

 朝武さんはまだ理解も納得もしていない様子だったので、放課後に甘味処へ集まり、続きを話すこととなった。

 



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100話 デートのお勉強!

 授業が終わった後、朝武さんのデート成功作戦の為に、昼休みに一緒に弁当を食べたメンバーで予定通り甘味処へ来ていた。

 

 四人で一つのテーブルに二人ずつ向かい合うように座り、みんなが適当に飲み物を頼む中、俺は団子のセットを頼んだ。

 

 見た目は普通の3色の花見団子。しかしよく見ると一つ一つが丁寧に練り込まれており、キメ細かく光沢のある綺麗な球体が一本の串に順番に刺さっている。

 

 セットを頼んだからか、三本の団子と一緒に和紅茶が運ばれてきた。

 

 てっきり多くて二本とかだと思ってたけど…三本も来るのか。

 

 運ばれてきた団子を一本手に持ち、まずは先端の桃色の団子をパクリと一口。

 

 口に入れた瞬間に思ったのは、ビックリするくらいにモチモチとした食感で、噛む度に砂糖の甘さが口にほのかに広がっていくという事。かなり上品な味わいだ。

 

 蓮太「美味〜〜い……」

 

 レナ「はわ〜、美味しそうでありますね」

 

 俺が実際に美味しいと思った団子を食べていると、ややキラキラとした目でこっちを見てくる。

 

 蓮太「ん?レナさんも一本食べる?」

 

 レナ「いえ!大丈夫でありますよ!」

 

 蓮太「そう?」

 

 俺は別に一本くらい気にしないんだけどな。

 

 まぁ…レナさんも女の子なんだ、もしかしたら食べる物を気にしていたりとかはしているのかもしれない。その辺のことを考えていたなら無理して食べさせるのも、勧めるのも悪いな。

 

 芦花「さぁ、それじゃあ本題に入るけど…今日はどんな集まりなのかな?」

 

 蓮太「えっとッスね」

 

 とりあえず、馬庭さんにことの事情を説明して、ここに集まった理由を知ってもらった。

 

 芦花「ほほぅ〜。それでアタシに?なるほどなるほどふっふっふ〜。さすがお目が高い」

 

 レナ「おぉ〜!」

 

 馬庭さんって結構ノリがいいよな。「ふっふっふ〜」って可愛いな。

 

 茉子「と言いますか、レナさんはお仕事の方は大丈夫なんですか?」

 

 そういえばなんか普通にレナさんが紛れているな。珍しい。

 

 レナ「問題ありません!ちゃんと遅れるという連絡を入れておりますゆえ」

 

 それで許してもらえるのね。俺が経験していたバイトとは大違いだ。

 

 レナ「それに……わたしも初デートの心得に興味があるますっ!」

 

「あるます」になってたぞ?まぁツッコまないけど。

 

 蓮太「まぁ、とりあえずそういう事なんだよ。経験者からのアドバイスを朝武さんは欲していて、身近な年上の女性ってなると、もう馬庭さんかみづはさんしか知らないんだ」

 

 なんて話していると、馬庭さんの後ろからひょこっと小春ちゃんが飛び出してきた。

 

 小春「こんにちは!それでこのお店にいらっしゃったんですね」

 

 蓮太「こんちゃ」

 

 芳乃「申し訳ありません。こちらでしたら迷惑でないと思ったわけではないのですが…」

 

 芦花「それは全然構いませんよ。今はちょうど他のお客さんもいませんから、アタシにお任せ下さい!」

 

 …あれ?確か馬庭さんって漫画の知識だけなんじゃなかったっけ?

 

 小春「………?でもお姉ちゃん、彼氏がいたことなんてあったっけ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、馬庭さんがビクッと跳ねるように背筋を伸ばした。

 

 小春「そんな話は……聞いたことが──」

 

 そんな馬庭さんをフォローするように、俺は小春ちゃんの肩に手を置き、優しく声をかける。

 

 蓮太「小春ちゃん。世の中には触れない方がいい闇ってのがあってね」

 

 芦花「………」

 

 茉子「あっ……そう言えば………」

 

 そこで茉子も気がついたのだろう。あの時の会話のやり取りを。

 

 芦花「……」

 

 蓮太「そう、馬庭さんは悪くないんだ。恨むべきは神さm」

 

 その瞬間、俺の両頬を馬庭さんは引っ張りあげた。

 

 蓮太「いでででででででででっ!!!」

 

 芦花「そんなに追い打ちを掛けないでよー!アタシが悪かったです!見栄を張ってすみませんでしたーーーー!!」

 

 蓮太「や!やめえ!ほほおひっふぁらふぁいへ!!」(や!やめて!頬を引っ張らないで!!)

 

 またこの人お客さんに暴力を奮ってるんですけど!?

 

 レナ「止めなくてよいのですか?マコ」

 

 茉子「アレは蓮太さんが悪いので」

 

 アッサリと切り捨てられた!?

 

 芦花「本当にごめんなさい。頼られたことが嬉しくてちょっと年上ぶってみたかったんです……ほんの出来心だったんです……」

 

 馬庭さんは少し見栄を張っていたことをみんなに謝っていた。

 

 俺の頬を引っ張ったまま。

 

 蓮太「いはい!いはい!はやふははひへ!」(痛い!痛い!早く離して!)

 

 一生懸命謝っていると、やっと馬庭さんは引っ張っていた頬を同時に離してくれた。

 

 あぁ………痛かった。

 

 小春「と、ともかく、それなら蓮先輩と常陸先輩に聞いた方が早いんじゃないですか?」

 

 芳乃「二人には色々と聞いてはみたのですが……」

 

 蓮太「いやそもそも、俺達も最初はどうしたらいいか分からなくて、馬庭さんにアドバイスを貰ったんだから、まずは大先輩に聞くのが筋かと」

 

 あの時のデートだって、テンパりまくって天気予報士か!なんて言われてたからな。

 

 芦花「言葉に嫌味が混ざっておりますよ?お客様?」

 

 蓮太「本当にごめんなさい」

 

 小春「まぁまぁ…それよりも、お兄ちゃんとデートするんですよね?巫女姫様!」

 

 芳乃「はい、そうなんです。ですから……デートの作法を知りたいんです。そ、それと………」

 

 朝武さんは恥ずかしそうにして、勇気を振り絞るように小声で追加の言葉を零した。

 

 芳乃「キス……っ、の作法もあるんでしたら……!」

 

 芦花、小春「「きゃー!!」」

 

 定員の二人がものすっごい笑顔で悶えるように声を出した。

 

 レナ「キキキキキス、キス……はわはわっ」

 

 巫女姫様の隣でレナさんも目をぐるぐるしてはわはわしてる。

 

 茉子「まさか芳乃様がキスまで考えていらっしゃったとは……大人になったんですねぇ、うんうん」

 

 マイ彼女は俺の隣で何やら母親のように感慨に浸っていた。いやアンタも結構そういう事求めてくるだろ。

 

 と蓮太は心の中でツッコミを入れた。

 

 小春「でもそうですよね!女の子だって好きな人とのそういう妄想だってしちゃいますよね!」

 

 芳乃「でも私はそういったことにとても疎くて……どうなんでしょうか?キスに作法はあるんですか!?」

 

 朝武さんは真っ直ぐに俺を見ている。

 

 蓮太「え?なんで俺を見るの?」

 

 芦花「そりゃあ、この中じゃあもうとっくに経験しているんでしょう?」

 

 蓮太「いやまぁ……したけどさ…」

 

 芦花、小春「「きゃー!!」」

 

 さっきと同じ反応じゃねぇか!

 

 レナ「レンタとマコがキス……!はわー…!」

 

 芦花「それでそれで?どうだったの二人とも!!」

 

 あー、もうやけにテンションが高くなったな…。前もこんな感じだったぞ…?

 

 茉子「どう……と言われましても。その場の流れと言いますか…感情を抑えられずと言いますか…」

 

 蓮太「まぁ待て!まずはキスよりもデートの方だろ!?これから先ずっと一緒にいるんだから、キスするチャンスくらい直ぐに来るって」

 

 小春「確かに…それはあるかもしれませんね。まずは目先のデートのことについて考えていけば、自ずとキスまで辿り着けるのかも?」

 

 よかった……話をそらすことが出来た。

 

 芳乃「で、では!まずはどうすればいいんですか!?」

 

 蓮太「まずはリラックスじゃないか?実体験を元に言うけど、正直緊張しすぎたらろくな事にならない」

 

 芦花「確かにそれはあるかも。どっかの誰かさんはいきなりお天気のことばかり話していたからね」

 

 蓮太「わーるかったな!」

 

 思い返してみるだけで……めっちゃ恥かしくなってくるわ!

 

 レナ「天気…ですか?」

 

 茉子「ワタシも大概でしたけど、蓮太さんも凄かったですよ。お日柄もよく足下の悪い中。なんて言っていましたし」

 

 笑って俺を茶化してくる茉子。ごめんて!あの時は本当にパニックになってたの!

 

 蓮太「あの……追加攻撃のダメージが大きいんですけど」

 

 茉子「あは」

 

 蓮太「とーもかく!できるだけリラックスすること!それと……深く考えすぎないこと……かなぁ」

 

 レナ「なるほど、できるだけ気楽に、ということですね」

 

 気を張りすぎて失敗するくらいなら、ある程度楽観的に考えた方が上手くいくと思うんだけど………

 

 芳乃「気楽…………気楽………?気楽………!?キラクって何ッ!?」

 

 まぁ難しいよな。

 

 茉子「緊張が全くほぐれていませんね」

 

 芦花「あっ!では、免疫をつけられてはどうでしょう?」

 

 唐突に馬庭さんが意見を上げる。

 

 レナ「今ここでキスの免疫?そ、そそ、それはまさか…………百合…で、ありますか…?」

 

 まぁここにいるただ1人の男の子の俺とキスするわけにはいかないし…?

 

 百合……百合かぁ……。

 

 例えば朝武さんと茉子が誰もいない所でこっそりと……………

 

 うん。良いね。最高に良き!

 

 恥じらう朝武さんを、茉子が逃がさないように軽く壁ドンをするような体勢で片腕を掴み、視線を外さないように優しく顎を摘むようにクイッと軽く上にあげて、そのまま顔を真っ赤にしながら涙目になってる朝武さんに茉子が顔をゆっくりと近づけて………………

 

 蓮太「もごッ!?」

 

 何か急に団子が口の中に入ってきた!?

 

 茉子「素敵な想像力ですね〜」

 

 目の前をよく見ると、茉子が俺の食べている途中だった団子を串を抜かずに口の中に放り込んでいた。

 

 ちょっとまって!危ないって!せめて串を抜いて!というか声出してたんかい俺!

 

 芳乃「竹内さんってよっぽどお団子が好物なんですね。でしたらこれもどうですか?」

 

 蓮太「ほふッ!?」

 

 先程までの少し照れた様子の顔はどこへやら、どこか恐怖を感じる笑顔を見せながら、朝武までもう一本の花見団子を無理やり俺の口に入れてくる。

 

 いやだからせめて串を抜いて!刺さる刺さる!

 

 芦花「まぁそんな実践的なことではなくて、もっと知識の部分なんですけどね」

 

 芳乃「知識…ですか?」

 

 俺が口に入れられた団子を頬張りながら、ゆっくりと串を抜いている間に、みんなの話は進んでいく。

 

 芦花「お尋ねしますが、巫女姫様は今までにこういった恋愛に関する知識を入手したことはありますか?」

 

 芳乃「いえ、恥ずかしながら具体的なことは何も……」

 

 芦花「でしたらまずは知識を手に入れましょう!そうすれば、きっとデートに対する緊張も少しは和らぐのでは?」

 

 ………

 

 とそんなこんなで、結局のところまずは少女マンガでお勉強と言うことになった。

 

 理由としてはマンガという創作物を作る上で、実際の経験が元になっていたり、女の子の理想が込められていたりするからと言うのが大きい。

 

 マンガはそれを面白く、且つ分かりやすく物語として描いているもの。その主人公を自分に置き換えてみたり、或いはこういうデートもあるんだ。という事前知識を持つことで気持ちを少しでも楽にしようという作戦。

 

 もちろんそれだけでなく、漫画を読んで貰ったあとは俺と茉子の独自審査も通すつもりだ。

 

 いくら理想が込められているとはいえ、最近のマンガは少々オーバーに盛られているケースも少なくない。さすがにその辺は理解してくれると思うが………

 

 

 ちなみにマンガは買ったものではなく、馬庭さんが所持していたものを数種類借りていた。その中には俺でも知っているような物から、見たことの無い物まで選り取りみどりだった。

 

 馬庭さんがあれこれと次々にマンガを出していく中、茉子の目がキラキラと輝いていたのはちょっと可愛いかった。

 

 

 Another View

 

 ………………………

 

 芳乃「よいしょっ………と」

 

 借りてきたマンガを床に置く。

 

 改めて見るとそれなりに多い数。これを今から読破するのは大変そう。

 

 でも、これだけの量があれば必ず役に立つ知識が眠っているはず。有地さんとのデートの前にしっかり読んでおかないと。

 

 そういえば、茉子と竹内さんが少し夕飯に時間がかかるって言ってた。

 

 それなら………少し読んでみようかな?

 

 芳乃「よし、それじゃあ………とりあえず一番上にあるものから読んでいけばいいかな」

 

 そういえば、漫画なんて読むのはいつ以来だろう?もうかれこれ10年以上はこの手の物には触れてこなかったな。

 

 少し緊張する気持ちもあるけれど……物凄く楽しみ!

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 芳乃「ふむ、ふむ………………ふんむ?」

 

 ペラペラとページを読み漁っていると、あるシーンに目が止まった。

 

 芳乃「……ん?むぅ………?『髪にみたらし団子がついてる』?」

 

 え?あんなにベタベタした食べ物が髪についていたりしたら気持ち悪そう…

 

 それに、この男の人は髪についていたお団子を食べているけれど……それはちょっと不潔では?

 

 しかも主人公は勘違いしたことを恥ずかしがってる。

 

 いやいや、恥ずかしがるよりも、他に色々と考えなければならないところがあるのでは?

 

 芳乃「読みなれてないからかな、勉強として読む前に、色んな疑問が湧いちゃう」

 

 でも、みんな参考になるって言っていたから、きっとこれを読みこめば、私も恋愛玄人になれるはず。

 

 う──ん………とりあえず勉強するんだから、ノートに書き残しておこう。

 

 えーっと…………「髪の毛にみたらし団子をつけて、相手に取ってもらう」……っと。

 

 これって……茉子も竹内さんに似たようなことをして貰ったのかな?

 

 

 ………………………

 



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101話 頑張り屋さんの巫女姫様

 

 そして、朝武さんにアドバイスをした日から数日経った日曜日。

 

 俺は決められたかのような動きで着替えを終え、すっかり当たり前になった茉子の手伝いを始める。

 

 元々院にいた頃は、家事をする時は中々に嫌気が指したりもしたものだが、今はそんな気持ちは無く、むしろ楽しいとまで思えるようになった。

 

 そしてそれなりの量の朝の家事を終え、みんなで朝食を取り、朝武さんと将臣は今日のデートの為の準備に取り掛かっていた。

 

 蓮太「えっと……この弁当は朝武さんが作ったやつだから…」

 

 間違えるなんてことは無いが、一応洗い場から少し離れた所へ弁当箱を移動させる。

 

 にしても、最初の頃と比べると見違えるほど見栄えが綺麗になってるな…

 

 なんだかんだで毎日ちゃんと努力してたし、確実にスキルアップをしているんだけど……多分本人はまだまだ納得のいかない物だと思っていそうだ。

 

 などと思っていると、トコトコと朝武さんが俺達の前にやってきた。

 

 理由は明白。漫画で勉強をして得た知識をどう活用するのか、どこまでいっていいのかという確認の為だ。本当は昨日の夜が良かったんだが……朝武さんがギリギリまで勉強したいと言うので、結局このタイミングで確認することになった。

 

 ちなみに将臣はトレーニングに出ている。

 

 芳乃「では………いきます!」

 

 朝武さんは少し自分に気合を入れて、何故か手に持っていたノートを開く。

 

 芳乃「まず、髪にみたらし団子をつけて──」

 

 蓮太「ちょっと待てぇぇぇ!!」

 

 いきなりの爆弾発言を逃さずしっかりと1ツッコミ。

 

 芳乃「え? あの……何か間違いがありましたか?」

 

 茉子「芳乃様! 髪にみたらし団子を付けたりしてはダメですよ!?」

 

 俺に続いて茉子も友武さんに注意をする。にしても、一言目からこの台詞が出るかぁ…

 

 芳乃「えぇ!? 髪にみたらし団子を付けちゃダメなの!?」

 

 蓮太「ダメだろ…」

 茉子「ダメでしょう」

 

 まさか真面目にそのままの意味で勉強していたとは……。もしかして、とは一瞬思いはしたが、本当にそうなっちゃうなんて…

 

 芳乃「で、でも…! みたらし団子を取るために、相手の人が手を回して、そのまま頭を抱くようにして、キス………を、するものなんじゃ…?」

 

 茉子「普通に考えてみて下さい。タレでベトベトになった髪の毛を、わざわざ触りたいと思いますか?」

 

 蓮太「というかそもそも、そんな人とデートに出たいと思ったりする?」

 

 芳乃「では……竹内さんは、茉子の髪に付いたみたらし団子を取ってたりは……」

 

 蓮太「してねぇよ!? なんで俺がそれをしたことになってんの!?」

 

 いや多分実際にそんなことになったりしたら、取るだろうけどさ。それでも若干反応に困るかもしれない。

 

 芳乃「そう……みたらし団子は付けちゃダメ………」

 

 茉子「流石の有地さんも、それにはドン引きだと思いますよ?」

 

 芳乃「やっぱり正解は芋けんぴの方だったのね」

 

 茉子「それも、間違いです」

 

 いや第2候補が芋けんぴなのかよ!? 

 

 芳乃「そんな…ッ!? じゃあ、何の食べ物をつけるのが正解なの!?」

 

 蓮太「ちょっと待って! そもそも髪の毛に食べ物を付ける事そのものが間違ってることに気がついて!? どう考えてもおかしいだろ!?」

 

 芳乃「せ、せっかく予習したのに……全てが無駄だったなんて……」

 

 明らかに落ち込みを見せる朝武さん。

 

 うん……なんと言うか、その…学ぶところを間違えただけで、姿勢そのものは悪くないんだけどさ。なんて声をかけるべきか…

 

 茉子「別にマンガをそのまま真似たりする必要はありません。アレはあくまで参考資料、あくまで心構えのため。愛の育み方の一例ですよ」

 

 蓮太「まぁ要するに、二人には二人のペースってもんがあるんだから、互いにやりたいことをやっていけばいいんじゃないか?」

 

 横でそうですね。と相槌を打ってくれる茉子。

 

 芳乃「やりたいこと…」

 

 蓮太「そう、やりたいこと。ほら、マンガを読んでいく中で気になるシチュエーションがあったりしただろ? 別にそんなんでもいいんだ。憧れてることとかさ、将臣に素直に言ってみたらいいんじゃない?」

 

 俺だってまだ恥ずかしいこととかもあるけど、それを黙ったままってのはダメな気がする。それが理由で二人の仲が悪くなるってケースも考えられるし、それこそこれ以上関係が進まない。

 

 と、ちょうど話が一段落ついたところで、廊下の方から声が聞こえてくる。

 

 これは………将臣と安晴さんがいるのか。会話の間にちょこちょこムラサメが混じっているから、恐らくは三人いるんだろう。まぁ…ムラサメの会話は将臣としか成立していないんだけど。

 

 どうやらまだ家を出ていないことに疑問を持っていたらしい。

 

 時刻を確認してみると、昼前。そうだな…流石にそろそろ出ないと、デートを楽しめる時間が少なくなる。

 

 まぁ…俺達の場合はアレだ、昼過ぎの方がいいって理由があったから。

 

 なんて考えていると、将臣達がリビングに入ってきて朝武さんに声をかける。

 

 将臣「朝武さん、準備はできてる? そろそろ出発しようかと思ってたんだけど…」

 

 茉子「はい。準備は万全ですよ」

 

 その質問に答えたのは茉子だった。

 

 芳乃「どうして茉子が答えるのっ。それに……全然万全なんかじゃ…」

 

 なるほどね、茉子が答えたのは正しかったのかもしれない。この調子じゃあ、朝武さんはもしかしたら「まだ」って答えを出していたかもな。

 

 蓮太「まぁ、考えすぎてもアレだからさ、とりあえず出発してみたらいいんじゃないか? 習うより慣れろってな」

 

 茉子「そういうことで、頑張ってみましょう! 芳乃様!」

 

 そうして茉子に軽く背中を押され、朝武さんは将臣の前へ移動する。

 

 将臣「じゃあ、行こうか」

 

 言葉はいつもと変わらないが、将臣も緊張している。それがぎこちない身体の動きで察知できた。

 

 そしてその隣にいる朝武さんも、ほんのり頬を赤く染め──

 

 芳乃「い、いってきます…!」

 

 と、強く言葉を発した。

 

 安晴「楽しんで来るといいよ」

 

 茉子「はい。いってらっしゃい」

 

 二人がそう言うと、ムラサメはクルンっと身体を回しながら、俺たちの方へとその身体を動かした。

 

 ムラサメ「さすがに今日は、吾輩もついて行かんから、気兼ねなく過ごすがいい」

 

 蓮太「仲良くお留守番だな」

 

 将臣「それじゃあ、いってきます」

 

 そして将臣の挨拶と共に、二人は玄関に向かって行った。

 

 蓮太「あぁ、いってらっしゃい」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そしてリビングにて

 

 俺は言葉を考えながら、スマホの画面をカタカタとタップしていた。

 

 文の送り先は将臣。あの場では言う事が出来なかったが、朝武さんはかなり緊張してい様子だから、しっかりとリードするように。と送る。

 

 それとついでに頑張れよ。と。

 

 蓮太「ふぅ…」

 

 とりあえずアイツにエールを送ってから、ボケーッと天井を見上げる。

 

 朝のバタバタ感から一転、安晴さんもムラサメもどこかへ行ってしまってから急に静かになった。

 

 特にやることも無いなー、なんて思っていると、脱衣所の方から小さく「ピー」っと音が鳴るのが聞こえてきた。

 

 恐らくこんなに静かじゃないとリビングまで聞こえては来なかっただろう。

 

 どうせやることも無いし、洗濯物を干すのを手伝うか。朝武さんの分だけ悪いけど茉子に……ってそれなら女の子の物だけ茉子にお願いしよう。

 

 付き合っている仲とはいえ、自分の下着を見られたり触られたりするのは良い気はしないだろう。

 

 そして俺は脱衣所に移動して、洗濯機の中から入っている全ての物を一旦取り出す。

 

 取り出した物を二つのカゴに分けている中で流石に下着だけ分けるのは変かな? と思い、とりあえずその上にタオル類を何枚か置いてその姿を見えなくする。

 

 なんてことをしていると、脱衣所に何かを終えたのであろう茉子が入ってきた。

 

 茉子「あっ、蓮太さん。洗濯物を取り出してくれていたんですか?」

 

 蓮太「やることが特になかったからさ、ちょうど音が聞こえてきたからやっとこうと思ったんだけど……ほら、今は一緒に衣服を洗濯してるだろ? 女の子組のやつは悪いけど茉子にお願いしようかなって思ってたんだ」

 

 茉子は一瞬チラリと分けられているカゴを見る。最低限だけ衣類が入れられたカゴを。

 

 多分意図を察したのだろう。特に理由を聞かれることなく、素直に承諾してくれた。

 

 そしてそのカゴを持って、俺達は外へ出た。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「そういえばさ」

 

 茉子「はい?」

 

 洗濯物を干しながら、俺はふと思ったことを話す。

 

 蓮太「あれから何日か経ったけど、獣の方はどんな感じなんだ?」

 

 そう、あれ。俺があの獣と初めて対面した日。あの時。

 

 鬼のことは気になるが……個人的には考えれば考えるほど、茉子との何かの約束が気になる。今のところは害はないようだけど…

 

 茉子「獣ですか…」

 

 俺の質問に対して、茉子は返答に戸惑いながら、言葉がゆっくりになっていく。

 

 茉子「そっちの方は大丈夫です。約束もしっかりと守ってもらえていますしね」

 

 約束を守ってもらえてる。ってことは今までの俺との「恋」に関する感情を差し出しているってことか。取引的なものが引き続き行われている以上は、正直油断は出来ないが……意外と人間味があるやつだったな。

 

 それともう一つ。「そっちの方」って言うのが引っかかった。

 

 蓮太「何か思うことがある?」

 

 茉子「はい…」

 

 その事について茉子は話そうとはしなかった。

 

 きっと、何か伝えにくいような事なのだろう。別にそれを隠すことには特に思うことは無い。

 

 ただ……

 

 蓮太「出来ることならなんでも手伝うからさ、たまには……相談してくれてもいいんだぞ?」

 

 言い方が悪かったかな…、これじゃあまるで思ってることを話せと言っているみたいだ。

 

 蓮太「まぁ別に全部が全部を言わなくてもいいんだけどさ、やっぱりほら、憶測だけじゃあ分からないこともあるから」

 

 茉子「そういえば蓮太さんは、ワタシが獣と取り決めをしていると知った時、それを探ろうとはしませんでしたね、何か理由があるんですか?」

 

 蓮太「いや別に…? 強いて言うなら、茉子が問題ないって言ってたから、じゃあ大丈夫なんだー? くらいで。それど……なんだろ、あの時、夢の共有をした時に、なんだか茉子がちょっとフランクな感じになってたから、まぁ少しは信用してもいいかなって」

 

 実際には威嚇するような感じになってしまったけれども、なんだか一瞬友達みたいな感じになったのを見て、大丈夫かな? っと思ったのは事実だ。

 

 茉子「そうですか、ちょっとだけ良かったです」

 

 蓮太「きっと、茉子は獣に何か思うことがあるんだろ? そんな優しいところも好きだからさ、まぁ…獣の事を危険視はしているんだけど、昔ほどじゃないよ」

 

 なんて事を話しながら、作業を終える。その後はせっかく時間があるんだからって理由でずっと二人で一緒にいた。

 

 買い物をしたり、家でちょっとだらけだり、茉子の案で少しだけ山に入ってイチャついたり、デート中の二人に負けないくらいに二人の時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 そんな日の夜知ることになる。

 

 朝武さんに起こった異変を。



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三章 町の記憶編
102話 異変の始まり


 

 朝武さんと将臣を見送って、普段のように特に大きな問題もなく、一日が終わると思っていた。

 

 茉子が獣に取り憑かれているとはいえ、俺達の幸せは消えてなんかいない。これまでのように普通に終わると思っていた。

 

 けれどその日、あの二人にとって初めての幸せを感じ、分かち合う日。それが俺達の日常を壊した日だった。

 

 時刻は午後六時を過ぎている頃、夜………と言うには些か早いかもしれない。

 

 夕暮れ時が終わりつつある時間、太陽が見えなくなり始める頃、朝武さんと将臣は慌てた様子で家に帰ってきた。

 

 その姿を見た俺と茉子は目を丸くして驚いたもんだ。見慣れたような見慣れなくなったような物が朝武さんの頭に引っ付いている。

 

 フサフサそうで肌触りが良さそうなもの。けれどそれは、これから先はもう二度と見ることがないと、見たくはないと思っていたものだった。

 

 

 

「獣耳」

 

 

 これが朝武家にとって……俺達にとって………どれほど見たくなかったものだろう。

 

 それが朝武さんの頭に生えていた。

 

 ある意味俺達にとって、朝武芳乃にとって疎ましい物。

 

 事情を聞く前に、大急ぎで神社の中へと移動する。

 

 嫌な予感などでは無い、それを感じるには遅すぎた。どうなっているのかを考えるのは、例の憑代を確認してからだ。

 

 そう思い、急いで祀られている憑代を確認する。

 

 しかし見た限りだと特に大きな変化は見当たらない。

 

「見た限り」だと。

 

 蓮太「どう思う、ムラサメ」

 

 ムラサメ「これは………間違いなくあの耳じゃ」

 

 あの耳。

 

 ということはつまり、俺たちが知っている、あの呪いの耳ってことだ。

 

 終わらせたと思っていた呪いの。

 

 茉子「そんなっ!どうして今さら…?だって憑代はちゃんと集めたじゃないですか!」

 

 確かに今さらだ。それに気になるのは、肝心の獣は怨みは茉子の魂に干渉している。取り憑いている。つまり憑代に残っている穢れは無いはずなんだ。

 

 蓮太「わからない。けど…まずは確認したい。憑代に変化はないってことでいいんだよな?ムラサメ」

 

 俺の「どう思う?」という質問に対して、「あの耳で間違いない」と言った。その事の事実を知りたかった。

 

 ムラサメ「うむ、祀られることであの穢れは確実に弱まっておるのだ。なのに…何故……」

 

 ……ん?

 

 弱まっている?獣が憑代からいなくなったあとも、穢れそのものはまだ残っていたってことか?

 

 芳乃「何か他に……理由があるんでしょうか?」

 

 朝武さんが放ったその発言は、正直とても聞いていられなかった。あまり表情には出していない………いや、出さないようにしているが、その声で、心で、不安に狩られているのがわかる。

 

 ムラサメ「原因がなく呪いが続くわけがないが………問題はその原因だ」

 

 蓮太「見て判断できるのは、特に外傷は無いこと、不思議な光なども放ってはいないこと、震えたり奇っ怪な現象も起きていないこと…」

 

 できるだけ触らないように憑代の周りを確認してみるが……口で述べたように、思いつくところは特に問題はなかった。

 

 将臣「それじゃあ……憑代が他にも存在する、とか?」

 

 蓮太「可能性としちゃあ無くはない……が、ぶっちゃけわからない。というかそもそもとして新たな呪いが起こった後に……………いや、とりあえずこれから起こる可能性の話をしよう」

 

 正直、たらればの話をしても仕方がない。現実として耳が生えたことは変わらない。だとしたら俺達がとるべき行動は……

 

 ムラサメ「そうだな、以前と同じなのであれば……今夜にでも祟り神が現れるはずだ」

 

 その一言で、大きな岩がのしかかるように空気が重くなる。

 

 そりゃそうだ。結局はぬか喜びだったのかも知れないんだ。元の呪いの現象が起こってしまった以上、まだ、大切な仲間達は呪いに縛られたままだった。

 

 俺も、将臣も、その事に傷ついた、傷ついただろう。けれどその傷が深いのは……

 

 いや…待て、まだ決まったわけじゃない。下手なことを言ってこの不安を肥大化させることは無いだろう。

 

 第一俺達が先に諦める訳にはいかない。

 

 そんな時に声を出したのは将臣だった。

 

 将臣「うん……そうだ」

 

 芳乃「有地さん…?」

 

 将臣「大丈夫、この程度すぐに解決できる。というかしてみせる」

 

 それは絞り出したかのような言葉だったが、その顔は全く暗くない。できるだけ自然な、精一杯の笑顔だった。

 

 将臣「じゃないと、続きが出来ないからさ」

 

 芳乃「つ、続きって……!なんだかいやらしい雰囲気がします」

 

 将臣「正直な気持ちさ!あんな中途半端なままじゃあ生殺しみたいなもんだから」

 

 ……?なんの事?

 

 将臣「安心して続きをする為にも、解決させてみせる。だから、また一緒に頑張ろう?」

 

 中途半端ってのが少々気になるところだが………その言葉に反対する気は無い。むしろ前向きな良い言葉だと思う。

 

 今、その台詞を言い切ったのは、やっぱり将臣の凄いところだ。

 

 蓮太「そうだな、あんなに大変だった事態を何度も潜り抜けれたんだ、俺達なら解決出来る」

 

 将臣「そう!だから俺に……俺達に任せてくれ!」

 

 そう言った俺と将臣を顔を見て、朝武さんは少しだけ笑ってくれた。それはまだまだ不安が残っているような笑顔だったが、彼女は静かに答え、俺たちを信用してくれた。

 

 

 

 さて………とりあえずは、今日はこの後お祓いか…

 

 正直なところどっちに転んでも悩むところだな。祟り神が出てきたら、また解呪のヒントを探さなきゃならない。祟り神が出てこなかったら獣耳が出てきた理由が全くわからなくなる。

 

 今ここで考えても解決しないのはわかっちゃいるが……気になるもんは仕方ない。

 

 なんて人が真剣に考えていると…

 

 茉子、ムラサメ「「………」」

 

 なんか後ろの方から気配を感じるんだけど?

 

 茉子「続きって………お二人は一体どこまで進まれたんですか〜?」

 

 からかうように明るいその声は、先程まで感じていた暗い雰囲気を一瞬で忘れさせるような言葉を放っていた。

 

 きっと前向きに考える、行動しようとする二人を見て、いつまでも落ち込んでいられないと思ったのだろう。

 

 茉子「よもやあーんなことやこーんなことまで?」

 

 芳乃「えぇぇっ!?」

 

 ムラサメ「いきなり青空の下でとは……やるのう、お主ら」

 

 それは茉子だけではなく、ムラサメもだった。意図を感じとったのように、普段の雰囲気に戻るようにしていた。

 

 蓮太「それに関しては俺も気になってたんだよね、何しろ朝武さん自身が「いやらしい雰囲気」なんて言ってたしさ」

 

 茉子「ですよね!一体どこでナニをされたのやら〜、あは」

 

 朝武さんは、そのデートの中身を探るような話題に過剰に反応する。焦りや照れの感情が暴走しているのがわかりつつあった。

 

 芳乃「ちっ、違うっ!そんな破廉恥なことはしてない!してないもんっ!」

 

 茉子「またまた〜、隠さなくてもいいんですよ?」

 

 まぁ、個人的に一つ思ったのは、具体的なことを別に言っていないのに、破廉恥って言葉が出てきたことにツッコミを入れたいんだけど。

 

 朝武さんって意外とムッツリ?

 

 蓮太「うん、まぁ……そういう人もいるんじゃないか?別に悪いことじゃないと思うぞ?うんうん」

 

 芳乃「ちょっ!勝手に納得しないで下さい!本当に破廉恥なことなんてしていません!」

 

 ムラサメ「では何をしたのじゃ?」

 

 その質問に対して、朝武さんは恥ずかしそうに口を籠らせる。

 

 ムラサメ「やっぱり人には言えぬような破廉恥なことを〜」

 

 芳乃「人には言えないような破廉恥なことではありませんっ!ただ……ちょっとお互いの唇を合わせただけです」

 

 顔を赤面させて、呟くようにそう答えたあと、勘違いを避けるように改めて言い直す。

 

 芳乃「と言っても軽くですから!軽くチュッとしただけですから、はっ、破廉恥なことなんて何もありませよ!」

 

 将臣「チョロいよ朝武さん、自白がチョロすぎる……」

 

 この展開が予想出来ていたのか、将臣は慌てるような素振りは見せずにボソッと言っていた。

 

 蓮太「ま、それも朝武さんの良い所……なんじゃないか?」

 

 将臣「そうなんだけどね…」

 

 

 

 と、そんなこんなでその場を凌いで、俺達は夜のお祓いに向けて準備をすることになった。

 

 また山に入って欠片があれば、憑代は二つあるということになる。

 

 というか、そうじゃないと正直納得ができない。今祀られている憑代が原因であれば、何故今さら朝武さんを狙うのかが理解できない。

 

 そもそもあの憑代には残っていたものがある。それは怨み。しかしそれは茉子に乗り移ったんじゃないのか?

 

 どうも引っかかる……

 

 それに獣はこちら側に害を与える気は無いと答えていた。だったら尚更変だ。

 

 

 待て待て、こういう時こそ落ち着け…

 

 新たな呪いが降りかかったのにも関わらず元々の呪いが…?でも肝心の獣は何もしてないくて……憑代も特に反応はない……

 

 …………………………

 

 ダメだ!全然わからねぇ!とにかく、後で茉子に相談して獣との対話の時に聞いてもらおう。

 

 まずは目先の可能性から虱潰しに考えよう。

 

 よし……そうと決まればまず俺がやることは……



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103話 見えない明日

 

 再び蘇った呪い。

 

 原因がわからぬまま、俺達は夜の山道を歩いていた。

 

 各々の手にはそれぞれ見慣れたものが握られている。叢雨丸。鉾鈴、苦無、そして山河慟哭。

 

 お祓いに使用していた物だ。

 

 いつ祟り神が出現しても対応できるように、緊張の糸を張り巡らせゆっくりと歩く。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 山の中は静かだった。

 

 時折虫の鳴き声が聞こえる程度で、不自然な出来事は何も無い。

 

 それでも俺達は気配を探りつつも、無言で進んでいた。

 

 1時間ほど経っただろうか……それ程の時間が経過しても何かが俺達を襲ってくる様子は無かった。少なくとも、俺が関係したお祓いでは、祟り神の出現までにこれほどの時間を有したことは1度もない。

 

 不自然な出来事といえばこれくらいだ。

 

 将臣「以前にもこんなに祟り神が現れないことなんてあった?」

 

 きっと同じ疑問を抱いたのだろう。将臣が朝武さんにそう質問する。

 

 芳乃「いえ……残念ながらと言いますか………今までにはありません」

 

 ……聞きたくはなかった答えだった。

 

 これで他の欠片があるって可能性はもうないだろう。ここまで探して見つからないんだ、悪い方の予感が当たったな…

 

 前を歩いている二人の女の子の背中を追うように、将臣と歩いていく中、横からボソリと言葉が聞こえてくる。

 

 将臣「…やっぱり、憑代はあそこにある一つだけ……かぁ」

 

 蓮太「でも今、あの憑代にあった怨みの類は獣の姿と化して茉子に取り憑いている。しかもそいつからは手出しはしないって言質を取ってる……一応茉子に話す機会があれば聞いてもらうようにお願いはしてるけど…」

 

 なにか知っていることもあるかもしれないしな。

 

 蓮太「正直、あの獣が何かしてるとは考えにくい。考えれば考えるほど理由も意味も無いしな」

 

 実際に会話をした時も、俺たちを襲う素振りはなかったし……人間を嫌っていそうな反応だったけど、それは朝武を嫌っているふうには見えなかった。

 

 将臣「とにかく戻ろう。山にヒントがない以上ここにいても仕方ないよ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 安晴「それで、祟り神の方は?」

 

 家に帰ってリビングに入る、そして俺達を待ってくれていた安晴さんに結果報告を告げる。

 

 しかし期待に応えられるような答えを伝えれない、俺は静かに首を横に振った。

 

 蓮太「それが…残念ながら」

 

 安晴「そうか……何かほかに理由があるんだろう……だけど………こんなこと前例がない…」

 

 

 

 ……ん?

 

 前例がないのは当たり前なんじゃないか?

 

 だってそうだろう、憑代を集めた事も、祟り神が出現しないことも、ましてや茉子に取り憑いている呪いも初めてなんだ。

 

 何か引っかかる…

 

 安晴さんの反応が変だ。まるで知ってはいるけれど知らない事のように。

 

 何か………大事な事を見落としてるのか?

 

 安晴「とにかく今日は休んだ方がいい、疲れただろう?」

 

 確かに色んな意味で疲れちゃあいるが……

 

 ムラサメ「安晴の言う通りじゃ、特に芳乃。しっかりと湯浴みをして穢れを流した方がいい」

 

 朝武さんは、「そうさせてもらいます」と答えて、風呂場の方へと歩みを進める。俺達は見届けることしか出来なかったが、茉子がその後を追うように付いて行ってくれた。

 

 朝武さんの身のことを考えると……ここは一旦茉子に任せるべきだろう。

 

 

 

 さて………と、まずは呪いについて少しでも詳しくなれるように調べることからだな、確か将臣は以前にみづはさんから呪いについてのノートを受け取っていたはず。

 

 今一度、改めてそのノートを見てみたい。今になって分かることも………あるかもしれない、と、思いたい。

 

 俺は思ったことをそのまま将臣に伝えて、部屋に入れてもらえるか聞いてみた。

 

 本人も考えたいことがあるのだろう。結果、一緒にまた調べ直すことに決まり、俺と将臣、そしてムラサメは将臣の部屋へと移動した。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 二人して、ペラペラと呪いについての資料達を見漁っていく。

 

 しかし特に目に止まるような事は、今のところ書かれてはいない。せめて何か新しい発見があればと願う気持ちで読んでいく中、ムラサメが気になる事を質問した。

 

 ムラサメ「ご主人、芳乃に耳が生えた時の状況を詳しく説明してくれぬか?」

 

 ……そういえば、まだその事件が起こった瞬間の状況を知らないな。確かにそれは気になる事だ。

 

 将臣「詳しくって言われても……」

 

 やや困っている色を見せるが、将臣は当時を思い出すように言葉を述べる。

 

 将臣「まず…朝武さんと一緒に歩いていたら耳目を集めるから、人目を気にしないで済む山の中に入ったんだ」

 

 なんだ、将臣も山の中に入っていたのか…。少しの間とはいえ、俺達も近くにいたから、少し驚いた。

 

 将臣「そして暫く話してて、二人で弁当を食べて、キスをした」

 

 ムラサメ「…………」

 

 ムラサメはその話を真面目に聞いて腕を組み、何かを考え込んでいる。

 

 将臣「別に恥ずかしいからって隠していることはないよ、もう後は説明できるようなことはないんだ」

 

 ムラサメ「山の中に入った時、違和感を覚えたり、妙な気配を感じることもなかったのだな?」

 

 その質問に答えるために、将臣は悩んでいた。おそらく今日を振り返っているのだろう。山に入る瞬間、入った後、何か不思議なことがなかったのかを。

 

 俺も振り返ってみる。茉子と一緒にいる時間が楽しくて、浮かれていたなんて可能性もあるが……あの呪いに関係しそうな違和感は特に感じることは無かった。

 

 将臣「無かった……と思う」

 

 蓮太「実は俺も少しの間だけ山にいたんだけど……俺も何も感じなかったな。ムラサメの方は何か気になることはなかったか?」

 

 ムラサメ「………すまん」

 

 目をそむけながら、ムラサメは静かに謝った。そしてその後…

 

 ムラサメ「とにかく、今晩吾輩は夜通し憑代を見張っておこう。今までは朝と夕方にだけ確認していたくらいだからな」

 

 蓮太「大丈夫なのか?」

 

 ムラサメ「うむ、吾輩に問題は無い。お主らとは違って、吾輩は夜を明かしたところでまったく負担にはならぬ」

 

 だとしても流石に心配なところはある。口では簡単に言っても、実際に行動に移すのは別の負担もあるだろう。

 

 ムラサメ「そう心配そうな顔をするな、何かあればすぐさま二人に連絡をすると約束する。大体、吾輩だけではどうしようもないからな」

 

 将臣「……………ごめん。よろしく頼む」

 

 ムラサメは「頼まれた」と答えて大きく頷いたあと、早速部屋を出ていった。

 

 本当にムラサメには申し訳ないが……憑代の方は任せるしかない。

 

 なんて思い、再度資料に目を通していると…

 

 将臣「呪いは……まだ解けていなかった…」

 

 その言葉が聞こえてきた。

 

 蓮太「将臣…」

 

 将臣「元々、あの方法で呪いが確実に解ける。なんて保証はなかったけど、あの時は俺があの欠片を見つけたことで、その可能性が高いと思ってただけ…」

 

 将臣「でも、実際は残ってた……」

 

 もちろんその保証はない。そもそも呪いは解けたと思っていたから、茉子の問題も新たな呪いだと思ったからな。

 

 蓮太「でも祟り神は出現しなかった。それに、あの時に残っていた怨みは獣の姿と化して茉子に取り憑いている」

 

 蓮太「新たな問題はあれど、全くの無駄じゃなかった。と思うぞ」

 

 将臣「わかってる。わかってるけど……それだけじゃダメなんだ……!常陸さんの呪いも、朝武さんの呪いも、無駄じゃないで終わらせちゃダメなんだ!」

 

 蓮太「………あぁ。そうだな」

 

 辛い気持ちはわかる。不安な気持ちもわかる。イラつく気持ちもわかる。

 

 だからこそ、俺達は冷静でなきゃいけない。焦って大事な事を見落とすことが一番しちゃいけない失敗だ。

 

 蓮太「俺も気持ちは同じだ。だから、今俺達に出来ることを全てやろう。可能性を全て使って二人を救おう。それが俺達のすべき事だ」

 

 将臣「……うん」

 

 それからも俺達は、時間を忘れるくらいに調べることに集中し、ひたすらに資料を漁っていた。



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104話 真実の可能性

 

 何度も何度も考える。一向に見つからない答えを求めて。

 

 将臣と資料を漁った後、キリのいいところで調べるのを切り上げ、俺は自分の部屋へ戻った。

 

 今俺が起きているのにもかかわらず、もう資料を読み漁っていない理由は、いくら読み込んでも怪しい事や不思議に思うことが何一つ無かったからだ。

 

 つまり、何もヒントは拾うことが出来なかった。

 

 こうなった以上は、最早頼りにするのはあの獣だけ………。まぁ、協力をしてくれるかどうかは別の話なんだが。

 

 それにしても……

 

 

 眠れない。今起こっている異変のこともそうなんだが、何か嫌な気配がする。胸がムズムズする。

 

 

 気持ちが悪い。

 

 そんな時、部屋の襖の奥から小声で話しかけられた。

 

 茉子「蓮太さん、まだ起きていますか?」

 

 ……?

 

 どうしたんだろう?こんな時間に。

 

 時刻を確認すると、もう深夜1時を過ぎている。流石にこの時間になれば茉子も普段は寝ている頃だろう。

 

 蓮太「起きてるけど、どうした?」

 

 そう告げながら、俺は部屋の襖をスーッと開く。すると目の前には寝巻き姿の茉子が立っていた。

 

 枕を抱いて。

 

 その姿を見るに、茉子が何を伝えようとしているかは想像はできるが……早とちりは良くない。それに朝武さんがあんな状態になっているんだ。いくらちょっとエッチな茉子とはいえ、このタイミングでそれは無いだろう。

 

 茉子「あの、なんと言いますか…、その……」

 

 蓮太「まぁ…とりあえず中に入ろうか」

 

 部屋の中に茉子を迎え入れ、適当な所に座らせる。その後に、既に敷かれていた布団達を見つけると、申し訳なさそうな表情で茉子が話しかけてきた。

 

 茉子「もしかして、もう今からお休みになられるところでしたか??」

 

 蓮太「あぁ…いや、いつでもすぐに寝られるように準備だけしててさ。ちょっと寝られなくて」

 

 そして茉子を見て張り詰めていた気が緩んだのか、気の抜けた欠伸が出てしまう。正直、これ以上考えても案は出てこないだろう。ここは一旦頭を休憩させるべきなのかもしれない。

 

 茉子「可愛い欠伸ですね」

 

 蓮太「ちょっと疲れててさ。多分、枕を持ってきたってことはここで寝るんだろ?一緒に寝る?」

 

 さっきの様子からして、いざ自分の口から説明するのが恥ずかしくなったんだろう。ここは俺から伝えれば、合っていたなら良し、間違っていても彼女を恥ずかしがらせることはない。

 

 ていうか誰でもそう思うよね?

 

 茉子「あ、あは。流石にバレバレですよね。では………お隣、いいですか?」

 

 

 あ〜〜もう。

 

 

 めっちゃ可愛い。

 

 

 それから俺達は、電気を消して用意していた一つの敷布団に寝転がり、上から毛布を掛ける。

 

 茉子「あ、こうして一緒に寝ることになりましたけど、今日はエッチなことはしませんからね?」

 

 蓮太「わかってる。その辺は安心していいって」

 

 ………………

 

 うん。やっぱり直ぐには寝れない。かな。

 

 普通にまだ少し緊張する。もう俺達がこういう関係になってからそこそこ経ったし、もうそういう行為もしたけれど、思えば一緒に寝ることは、ほとんどなかったな。

 

 それに、わざわざこんな時間になっても俺の部屋へ来たってことは、なにか理由があるはず。それを無視する訳にはいかない。

 

 蓮太「それで?今日はわざわざどうしたんだ?」

 

 茉子「あの……ですね。蓮太さんは、あの獣の事、どう思って………ますか?」

 

 あの獣。茉子に取り憑いている獣の事だろう。どう思ってるって……

 

 蓮太「今回の事件のこと。俺が疑っているんじゃないか。ってこと?」

 

 茉子「………」

 

 返事がない。ということは俺の言った通りのことを聞きたいってことでいいのかな?

 

 蓮太「ま、結論から言うとあの耳を生やした黒幕とは思っちゃいない。さっきも話した通り、何かあの獣だから知ってる事があるのかも?って思ってるくらいだ」

 

 これは嘘ではない。わざわざ今になって朝武さんを狙う理由がわからないってこと一点しか理由にはないが、それだけで十分だろう。第一、獣の方に朝武さんを襲うメリットがない。

 

 茉子「ワタシも…」

 

 その戸惑いの声には、恐れがあった。その言葉の答えには、今までに敵対してきた祟り神を肯定する結果になるからだろうか。

 

 守るべき主君を悲惨な目に合わせていた事実、その元凶に自分の血が関わっているという事実。

 

 その穢れを、祟り神を、信用することが正しいのかと疑問に思うのだろうか。

 

 …俺は、茉子と向き合うように体を動かし、腕を回して抱きしめた。

 

 まだ、その理由は分からない。けれど、まずは彼女を安心させることが先決だ。

 

 蓮太「茉子は優しいからな。きっと、今まで獣と話をしてきた上で、なにか思ったことがあったんだろ?」

 

 茉子「……何度か、あの後も獣と話す機会があったんです。そして恋について話をして、相手の考えも聞いたりして、相手を理解すれば理解するほどに……何とかしてあげたいって思うんです」

 

 蓮太「何とかしてあげたい?」

 

 茉子「はい…。実は……自分を祓え、と言われているんです」

 

 …!?あの獣が?

 

 蓮太「祓えって…どうして?あ、いや、変な意味は無いんだけどさ。なんでいきなり…」

 

 茉子「わかりません。ただ、話していく内に、「恋」そのものは理解してくれてはいませんでしたが、「誰かを思う大切な気持ち」を思い出してくれたようで」

 

 誰かを思う大切な気持ち。

 

 獣にとっても、生前の記憶にはそんな人がいたのだろうか?その人が好きだからこそ、恋を知りたがっていた?それとも、何かの約束の為?

 

 蓮太「……」

 

 茉子「あの憑代も、獣にとっては大切な人の残した特別な物のようです」

 

 ……なるほど、理由は分からないけれど、それを砕かれたことに怒りを覚えた。ってことか。

 

 蓮太「だったら、代わりの何かを探してやらないとな」

 

 茉子「え…?」

 

 なんか意外と驚かれたな。軽くキョトンとした顔が目の前にある。

 

 蓮太「え?いや、だから、何か代わりの憑代を探してやらないとなって思って」

 

 茉子「で、でも…」

 

 蓮太「俺の中で、もう完全に獣は黒じゃないよ。相手が誰なのかは知らないけれど、獣にとって死んで怨念になったとしても守りたい大切な人との何かがあったって事だろ?」

 

 むしろその話を聞いて思った。もしかしたら、これが答えなのかもしれない。

 

 今まで集めてきた欠片。それは憑代の欠片だった。

 

 散らばった欠片からは穢れが溢れ出し、祟り神となって朝武を襲い始めた。

 

 そしてその欠片を元に戻すと祟り神の怒りが鎮まった。

 

 おかしくないか?何故、欠片を集めなければ朝武を襲うんだ?願いが一つに戻ることならば、わざわざ朝武を襲う理由は無いはずだ。

 

 こう考えるのはどうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪いは二つ存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで全て長男の怨みと思って居たのが間違いだったら?

 

 一族を滅ぼしたいと願って穢れが生まれ、祟り神となり、姿を変え襲ってきたのが獣ではなく。

 

 獣が憑代を砕かれたことに怒りを表し、何らかの理由でその負の感情に乗っかったのが長男の怨みだとしたら?

 

 長年押えていた獣気迫も、徐々に弱っていき、それとは逆に朝武を怨む長男の心は段々と強くなっていった。そして欠片を集めることを願う、朝武を襲う呪いが誕生したのでは?

 

 

 

 途中途中で曖昧な箇所もあるが、大まかな道筋が見えてきた気がする。

 

 

 蓮太「大切な人を守りたいって気持ちはよく分かる。その思い出も、約束も。それに……こんな言い方はおかしいかもしれないけれど、あの獣のおかげで、今の俺たちがあるのもってのも事実だから、少しくらいは……恩返し?をしないとな」

 

 茉子「ふふ、それはワタシも思ってたんです。よかった…蓮太さんも同じ考えで……」

 

 蓮太「とりあえずは朝武さんの事件を解決してから……だけどさ。それが何とかなったら、何か獣を祓う以外の方法を探そう」

 

 茉子「……はい!」

 



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105話 歪な関係

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ………なんだここは?

 

 それはいつか見たような背景。見慣れたような建物だが、その色は一切存在していない。オマケに何やら視界の端がモヤモヤと揺らめいており、そのモノクロの世界が不気味に思える。

 

 この感覚は……確か茉子と夢の世界?に意識を持っていかれた時の感覚だ。

 

 ということは、前回に引き続き俺の意識をこの世界に呼び出したのは……

 

 獣『……』

 

 ふと気がつけば、例の獣が俺の事をジッと品定めでもするかのように視線を向けていた。

 

 蓮太「なんの用だ?」

 

 俺を呼び出したってことは、俺に用事があるって事だろう。

 

 獣『あの娘がお前の何を好いているのか、それがわからん』

 

 蓮太「おいおい……出会ってからの第一声がそれかよ…」

 

 なんか急に罵倒されたんスけど…

 

 てか何?もしかして俺に対しての愚痴とか聞かされてるの!?

 

 獣『以前とは随分と違う様子だな。あれだけの敵意を表していたのが嘘のようだ』

 

 蓮太「まぁ…な。話を聞く限り、別にお前とは敵対する理由はないと思ったからな」

 

 獣『まぁいい。単刀直入に問う、お前はあの娘の何に惹かれる?』

 

 なんだなんだ?気になることってそれだったのか?

 

 蓮太「いや、何にって言われてもな……ハッキリと理由を答えろって言われると正直難しいんだが…」

 

 獣『……お前…本当にあの娘の事が好きなのか?』

 

 蓮太「あぁ。それだけは揺るぎないな」

 

 獣『何故そう言いきれる』

 

 蓮太「何故……か……一緒にいたいから、かな」

 

 獣『その心が理解出来ん。一緒に居たいと思う友人もそうなのか?あの娘がお前の望みを全て叶えなくてもそうなのか?何かのきっかけでお前を裏切る結果になったとしてもそうなのか?』

 

 ……

 

 何故か腹が立ってきたな。まずその自分のことしか考えていない思考を否定してやりたいところだが……話が拗れても面倒くさい。

 

 蓮太「馬鹿か。完璧な人間なんて存在しない。それに、どれだけ愛していても、受け入れ難い所だってあるさ。些細なことで喧嘩をしたり、時には苦痛を味わったりもするだろう」

 

 獣『……』

 

 蓮太「それでも「一緒に居たい」って思うんだよ。お互いに合わない部分も許しあって、側にいられることを幸せに感じることができるから特別なんだ。俺にとっちゃあ、茉子がそんな特別な人なんだよ」

 

 獣『側に居たい……特別……』

 

 蓮太「それと………一つ。全部が全部の事に俺にとっての完璧な答えを求めてはいない。さっきの言葉を聞いた時、少し頭にきた」

 

 獣『……理由を聞こう』

 

 蓮太「愛しているから、好きだから相手の想いに全て応えるってのは間違ってると思うからだよ。そうしようとする意思は大切だと思う。けど、それを第一に考えるのは違うだろう?」

 

 蓮太「恋をするから見返りを求めて「しまう」のであって、見返りを求めて恋を「する」のは順番が違う。それに、俺が茉子の期待の全てに応えられているとは思ってないしな」

 

 獣『………まったく………お前ら人間は…』

 

 獣は特に怒ることもなく、かと言って反論をする訳でもなく、ただただ俺の意見を聞いていた。

 

 蓮太「きっとお前も…それに近しい人がいたんじゃないか?」

 

 獣『……お前には関係の無い事だ。確かに…特別という感情には覚えがあるがな』

 

 …関係の無いと突っぱねられちゃあどうしようもない。誰にだって聞かれたくない過去の一つや二つもあるだろう。

 

 この感じからすると、多分茉子にも相当詰め寄られてそうだな。

 

 トゲトゲしかった態度や言葉は、ほんの少しだけ和らいでいる気がする。

 

 ………お互い様かな。

 

 蓮太「俺からも一ついいか?」

 

 獣『あの穢れの気配のことか?』

 

 ……!?こいつ…この言い方って、もしかして朝武さんのあの耳について何か知っているのか!?しかも……穢れの「気配」!?

 

 蓮太「穢れの気配ってどういうことなんだ?何か知っているのか!?」

 

 獣『当たり前だ。あの鬱陶しい気配は、あの人間が生み出した怨みと同じだったからな』

 

 あの人間?怨みを生み出した…ってことは……茉子の先祖。覇権争いの時の朝武家の長男?

 

 蓮太「その言い方…やっぱり今回の件はお前の仕業じゃなくて、別の何かがあるんだな?」

 

 俺の言葉を聞いていた獣は、「やっぱり」という言葉に一瞬反応を見せた気がした。

 

 獣『お前……、フン…。まぁいい。お前は大方予想がついているだろうが、その通り、私は何も手を出していない。お前ら人間と違って取り決めは守っている』

 

 蓮太「だったら、あの耳の説明は出来るか?朝武の呪いの件なんだが…穢れが出現すると生えてくる耳があるんだ。でもお前は何もしていない……何か知っているようだったけど…」

 

 獣『……』

 

 俺をしばらく見続る獣。

 

 獣『私もまた、あの怨みに飲み込まれた身。同じ負の感情に同調し怨念が混ざり、穢れが生まれた』

 

 獣『あの長男が討たれたあの日。絶命する寸前に私を利用しその一族に強い呪いをかけた。その結果、自らが怨念となり、呪詛として生まれ変わったのだ』

 

 獣『私はあの醜い恥知らずの卑俗な魂を許すことは出来ん。恩を仇で返すような薄汚い魂は…!』

 

 …凄く怒りをあらわにしているな。

 

 自分の欲望のために殺され、その後も無理やり従わられる……まぁ…確かに、そりゃ一族ごと恨み始めても……

 

 でも、少なからず茉子は違う。確かに血は受け継いでいるが、その心は受け継いではいない。

 

 蓮太「だったら、俺とも取引をしよう。今回の事件の元凶、お前の嫌うあの長男の穢れを俺が……俺達が祓う。だから、何か知っていることを教えてくれ」

 

 獣『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣『怨念に巻き込まれて暴走した私を撃った時。あの穢れはより私よりも苦しみのない楽な方へと逃げていった』

 

 …なんだと……!?

 

 あの日……あの瞬間………

 

 

 

「いい加減しつこいんだよ!!!」

 

 

 

 叢雨丸を突き刺された祟り神は、大量の泥のようなものを撒き散らすように溢れさせていた。

 

 もしかしてあの行為が…?

 

 …………ッ!

 

 そうか!将臣の心、魂の中には元々憑代の欠片があった!だとしたら…………………

 

 

 蓮太「穢れは………将臣の中に……!」

 

 だとしたらこうしちゃいられない!手遅れになる前に将臣の穢れをどうにかして祓わないと!

 

 蓮太「獣!急いで俺をこの世界から出してくれ!友達が………!俺の友達が…!」

 

 そう伝えている途中で、急に俺の視界が反転するように歪み始めた。

 

 蓮太「……約束は守るからな…!」

 

 俺の意識が途切れる瞬間、俺からすると信じられない言葉が聞こえてきた。

 

 まさかあいつの口から聞けるなんて思って無かった言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣『桜色の葉には気をつけろ』

 

 

 

 



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106話 絶望の予感

 その日の朝、何かに脅かされるかのように俺は瞼を勢いよく開き、目覚めた。

 

 ムクリと身体を起き上がらせ、辺りを確認する。

 

 蓮太「……まだ日も出ていないのか」

 

 部屋は暗闇に飲まれ、未だ鳥の鳴き声すらも響いてこない。時間を確認するまでもなく、早朝なのだと理解することが出来た。

 

 その証拠に俺の寝ていた隣では、まだ茉子が心地よさそうに眠っている。

 

 このまま二度寝をかましてみたいが、今はそれどころじゃあない。まずは将臣の部屋へと移動して、状態を確認しないと。

 

 俺はそう思い立つと、寝ている茉子をそのままにゆっくりと布団から出て、できるだけ音を立てないように自分の部屋を後にした。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 冷えた廊下を裸足で歩いて行く中、あの夢の出来事を改めて思い出す。

 

 まだ可能性の段階だが、あの時の穢れは将臣の魂に乗り移っているとしてもおかしくは無い。俺の予想では朝武さんとの濃厚接触であの耳が反応した。って考え。

 

 もし、今の時間に何か予想もできないような問題でも起こっていたら……いつでも祓える準備をしておかなければ。

 

 ……?

 

 そう言えば、朝武さんの耳はずっと見えてるな……。穂織の湯、つまり温泉に浸かっても一時的にその耳が消えることは無かった。

 

 それってよく考えれば変じゃないか?

 

 仮に将臣の魂に本当に穢れが乗り移っているとしてもあのデートの日までは一度も耳が出現することは無かった。

 

 俺の予想の濃厚接触。確か……将臣はキスをしたと言っていた。けれど、たった一度のキスであんなにも呪いが目に見えて続くものなのか?

 

 しかも唇だけじゃなく、手を繋いだり物理的に二人の体が合わさった瞬間だってあっただろう。小さいこととはいえ、何度も接触を繰り返していたら、1度くらいは耳が反応してもよかったと思うんだが……

 

 ……あれ?何か忘れてる…?

 

 なんて考えていると、あっという間に将臣の部屋へとたどり着いた俺。

 

 そしてゆっくりと襖を開けて、中の様子を伺う…

 

 ずっと暗闇の中を歩いていたせいか、目の焦点を合わせるのには時間がかからなかった。

 

 この目に映るのは、いつも通りの特に変化のない将臣。そしてその隣には例の耳が生えた朝武さんが一緒に寝ていた。

 

 なんだ……将臣達も一緒に寝ていたのか。

 

 だとしたら、特に本当に問題は起こってはいないってこと…か?

 

 本当に将臣の中に穢れが乗り移っているんだろうか?

 

 ……やっぱり何かが変だ。違和感を感じる。

 

 俺はその違和感と共にゆっくりと襖を閉めて、部屋を後にした。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 特に変化はなかった。怪しいと思える気配すら微塵も感じることが出来なかった。

 

 …いや、そんな特殊能力があるわけじゃないんだけどさ。

 

 兎にも角にも、二人は一緒に寝ていたのにも関わらず、耳が生える以上の事が起きていない。

 

 だとしたら俺の早とちりだったのか?

 

 まぁ…将臣の魂の件は一旦保留にするとして……やはり疑問を抱くのはあの耳。

 

 突然…そう、「突然」生えてきたんだ。

 

 落ち着こう。一度深呼吸をして……

 

 蓮太「スー……ハァー……」

 

 よし、まずは呪いの基礎について、正確には朝武家の呪いについて考えよう。

 

 えっと……①穢れを感じると朝武さんには獣耳が生える。②穢れは祟り神を発生させる。③そして祟り神の原因は憑代を元に戻せって訴えだった。

 

 上記のことはあの獣からの言葉から推察するに、元々の獣の願い。長男への怨みをその長男に利用された。

 

 つまり獣の怨みの意思は「自分を利用した、もしくは想い人?を巻き込んだ怨み。自分にとって大切な物を利用した自分勝手な行動に激怒」

 

 ……まぁこれで5〜6割は合ってるだろう。

 

 …って……これは長男の一番の願いであった朝武家の滅亡は叶わないんじゃない……か……!

 

 

 

 

 

「朝武の家に、男の子は産まれてません。ここ数百年、一人たりとも」

 

 

 

 

 

 

「朝武は早死の家系なんです。一番長く生きた人でも50歳程度。私のお母さんは、少し前に他界しました」

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 朝武の一族を縛り付ける呪いはもう一つあった。

 

 何故このことに気が付かなかったんだろう。

 

 

 これは可能性、もしかしたら…の話。そう思いたい、……いや、そう思ってしまっている。

 

 

 長男の呪いは血を絶やす為のもの。

 

 その呪いは…………早死。

 

 

 

 今回の事件では、祟り神は現れることは無かった。だとすると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この呪いは朝武さんが、かつての先祖のように早死してしまう呪い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく考えてみれば安晴さんも気になることを言っていた。

 

 そう、「前例がない」と。

 

 それは、あの耳に対しての前例がない。じゃないのか?今までなくなってしまった人達は、もっと歳をとってからあの耳が出続けるって症状が出ていたのに何故芳乃に?って疑問なんじゃないか?

 

 だとすると、本当に時間が無い…………!

 

 

 待て……、確かムラサメが神社の方にいるはず。

 

 もし今までの…先代巫女姫達が予想通りになるなる間際、あの獣耳が生えていたのならば、それを傍で見てきたムラサメはその事を知っているだろう。

 

 

 ……

 

 

 

 本殿へ急ごう。



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107話 絶えざる灯、照らし願うは永久なる安寧

 俺達にとって一番悲劇的な結末の可能性を感じてしまった俺は、焦る心を可能な限り押さえつけ、憑代が祀られている本殿へと向かった。

 

 もちろん俺の予想が全て完璧に合っているとは思わない。けれど、正直、合っている可能性が高いと予感した。

 

 足早に移動し、俺は本殿の扉を開ける。

 

 未だにやや暗いその建物の中には、いつもとなんら変わりなく大切に祀られている憑代と、それをただ見守り続けるムラサメの姿があった。

 

 ムラサメ「ん?誰かと思えば蓮太ではないか、もう目が覚めたのか?」

 

 蓮太「まぁ、な。ちょっと気になることが出来てさ」

 

 そうして俺はムラサメの方へと近寄っていき、もう一度憑代を調べてみる。

 

 しかし以前と同じように、改めて俺が調べてみても憑代の様子は変わらない。

 

 ムラサメ「どうしたのだ?なんだか難しい顔をしておるぞ?」

 

 そんなに難しい顔をしていたのか?と疑問に思うが、もしかしたら顔だけでなく態度に出ていたのかもな。現にそそくさと憑代を確認してみたし。

 

 とにかくムラサメにあのことについて聞いてみよう。

 

 蓮太「なぁムラサメ。例の呪いについて、改めて聞きたいことがあるんだけど」

 

 俺がそう聞くと、雰囲気を察したのか、ムラサメは静かに息を呑んだ。

 

 ムラサメ「なんだ?」

 

 俺も静かにムラサメの目を見て……

 

 蓮太「朝武さんのあの耳……獣耳が消えなくなったことについて、心当たりはないか?」

 

 ムラサメ「と、言うと?」

 

 蓮太「今までに亡くなってしまった先代巫女姫達。彼女らにもあの耳が出たままになるって事があったんじゃないか?」

 

 これが俺の答え。

 

 この問いかけに対して、ムラサメは目を逸らし、そのまま重苦しい息を吐いた。

 

 ムラサメ「………。察しが良いのぅ。まさか自力でその答えにたどり着けるとは」

 

 蓮太「………それは、嬉しい回答じゃないな…」

 

 そう呟いて、俺は憑代を祀ってある場所の階段を下りて一段目に腰を下ろして座る。

 

 そうするとムラサメもフワッと俺の隣に付いてくるように移動した。

 

 ムラサメ「推測通り、今までに今の芳乃と同じ状況になった巫女姫達はおる。…………というか、そうならなかった者はおらんかった」

 

 静かな空間の中、ムラサメのどこか悲しみが込められている言葉が響き渡る。

 

 予想が当たってた以上、朝武さんもこれまでの巫女姫達と同じ道を辿ってしまう。なんてことになりかねない。

 

 頭の中では理解しているつもりだった。自分で予想をしていた事なんだが……その予想が事実だとしると、流石に動揺が隠せない。

 

 ……出来ることならば、『そんなわけなかろう!』と俺の意見を一蹴して欲しかった。

 

 ムラサメ「みんな、皆同じなのだ。耳が現れ、それは消えなくなる。そしてやがて体調を崩し……原因不明の高熱に襲われる」

 

 ムラサメ「そして徐々に衰弱していき…………最後には……」

 

 息を引き取っていく………か…。

 

 蓮太「……でもみんな自分の子孫を残している。多分だけど、朝武さんの年頃でこの症状が出たのは、初めてなんだろ?」

 

 ムラサメ「……うむ」

 

 その場に重い空気がのしかかる。

 

 朝武さんの話では、五十歳程まで生き延びた人もいるって話だった。というと何らかの理由で亡くなってしまうまでの期間には個人差があるものなのだろう。

 

 それでも、本人は長生きした人でっていう言葉を発していたが。

 

 蓮太「なんで…今回はこんなタイミングで……?」

 

 ……やっぱり可能性は将臣に乗り移った可能性のある、あの汚れ。

 

 これもムラサメに伝えてみたいが……中途半端な情報を与えて余計な心配をさせる必要はないだろう。

 

 将臣が起きたあと、俺が改めて心の力を将臣に流すなどして、確かめてみてからでも遅くはない。

 

 蓮太「………やっぱり、無理してるのかな」

 

 あの時は笑顔を見せてくれていたけれど、本人の気持ちを考えると…………

 

 ムラサメ「じゃが、それこそが芳乃の意志だ。笑おうと、前向きに頑張っておるのだ。ならば……それを支えてやるのが、吾輩達のすべきことじゃよ」

 

 蓮太「あぁ……そうだな…」

 

 俺が気が付いたんだ、朝武さん本人がこの可能性に気がついていないってことは無いだろう。下手をすると将臣自身もそれを理解している可能性もある。

 

 それでも諦めずに、逃げずに朝武さんの運命と戦ってる。それをそばで見ていられる俺が何もせずに諦めるだなんて、出来ない。

 

 やっぱり可能性は穢れ。

 

 将臣には事情を話して、心の力を使って見よう。

 

 もしそれで穢れがなくなって、朝武さんの耳も消えたのなら、それが一番のハッピーエンドだ。

 

 その可能性を信じよう。朝武さんの本当の意味での平和を願って。

 

 そう思った時だった。

 

 目の前の光景が少しだけ変わったのは。

 

 ガララっという音と共に、本殿の扉が開く。そしてその奥には、少し出てきた太陽に照らされた将臣の姿が。

 

 ムラサメ「おぉ、ご主人、起きたのだな」

 

 ムラサメは将臣に向かって何気なく挨拶をする。その時だった。俺が将臣に違和感を感じたのは。

 

 思わず俺はその場を立ち上がる。

 

 眼前にいる将臣は寝間着姿のまま、何かに急ぐようにその場に突っ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叢雨丸を握りしめて。



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108話 愛を守る者、友を守る者

 その瞬間、俺達はお互いに対峙し合う。

 

 背筋が凍りつくかのような緊張が走る。それほどまでに今のこの状況はイレギュラーなんだ。

 

 

 叢雨丸。

 

 

 お祓いにのみ使用していた刀を握りしめ、将臣は俺達を……特に憑代の方を見ていた。

 

 さっき確認した時には全くなかった、禍々しさというか、オーラというか……とにかく良くない何かを感じさせる。

 

 その目の色はやや褪せており、恐怖さえも感じる。

 

 そう、まるで取り憑かれているかのような………

 

 蓮太「おはよう……」

 

 とりあえず普通に挨拶を交わしてみる。相手の反応を伺うのが先決…

 

 将臣「……」

 

 しかし初めて、俺は将臣から挨拶を返して貰えなかった。

 

 その瞬間に察するものがある。もしかしたら……?

 

 ムラサメ「どうした、ご主人?服も着替えぬままで。しかも……」

 

 言葉を詰まらせながら、ムラサメの視線は握られた叢雨丸の方へと移動していく。

 

 そしてそれを警戒するようにその目が細められた。

 

 ムラサメ「何やら剣呑な雰囲気じゃな。叢雨丸まで持ち出して一体どうした?」

 

 この声はムラサメが発するにしては低かった。いつものような無邪気な明るい声ではなく、まるで敵とも対面したような声。親しい友に向けるような声ではなかった。

 

 将臣「ムラサメちゃんに協力して欲しいことがある」

 

 あいつが口にしたのはそうだった。

 

 もう、手遅れだったのかもしれない…

 

 最悪………俺は将臣ともお祓いとして戦わなければいけないのか……?

 

 不安と疑心を抱き、俺はムラサメの前に庇うように立ち塞がる。

 

 ムラサメはその場を動こうとはしなかった。

 

 ムラサメ「事と次第によるな」

 

 あいつは…将臣は、何を考えているんだ。なんの考えもなしにこんな行動をするようなやつじゃあない。

 

 将臣「叢雨丸に宿って欲しい、力を使いたい」

 

 ……力を使いたい?何故?

 

 いや、もしかしたら本当に将臣自身の魂に穢れが存在しているのを理解してて、それを祓おうと…?

 

 蓮太「憑依して、何をするつもりなんだ?」

 

 将臣「蓮太でもいい。心の力を少しの時間だけ借りたい」

 

 蓮太「だから、その力を使って何をするんだ?」

 

 頼む…。そうであってくれ…。自分の為だと言ってくれ…。

 

 そう願うことしか出来なかった。将臣に対して、もうこれ以上こんな態度で居続けるのはもう嫌なんだ…。

 

 しかし、その願いとは裏腹に、一番聞きたくなかった言葉が返ってきた。

 

 将臣「憑代を、もう一度砕く」

 

 俺達を真っ直ぐに見据えながら、将臣は迷いなくハッキリとそう告げた。

 

 その答えが出たことに、そう思って行動していたことに、俺は動揺する。だってそうだろ…それは………一番やってはいけない事だろう!

 

 蓮太「ダメだッ!」

 

 もう………認めるしかないのかもしれない。覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 

 将臣「夢を見たんだ」

 

 ……真っ直ぐに将臣を見る。その顔は………どこか悲しみに満ちていた。

 

 将臣「祟り神の夢だ。でも、あの気配と存在感は、夢の一言で片付けられるようなものじゃなかった。呪いは…………まだ終わってはいなかった。このまま衰弱が始まったら手遅れになる」

 

 衰弱……

 

 そうか……将臣も気がついていたのか。もしくは本人から聞いたか…。どちらにせよ、呪いが終わっていないって危険性、可能性に気が付いたんだ。

 

 でも……でも………!

 

 蓮太「だから、憑代をもう一度砕くってか?」

 

 俺の言葉に続けて、ムラサメはキツい言葉を言い放つ。

 

 ムラサメ「自分がどれだけバカなことを言っておるのかをちゃんと理解しろ、ご主人!」

 

 将臣「……してるさ」

 

 蓮太「考え直せ!今憑代を砕いてみろ!今度はお前まで朝武さんと同じ呪詛で祟られるんだぞ!」

 

 それに……俺にはもうひとつの大切な事も。

 

 将臣「俺はそれでも構わない!」

 

 蓮太「お前さえ良ければいいって問題じゃないだろ!そんな事をやっても無駄だ!お前が祟られ、朝武さんは呪われたまま!約束を破ることになった茉子も蝕まれたまま!この状況になるのがわからないお前じゃないだろ!」

 

 蓮太「そんなことをしても意味は無いんだぞッ!」

 

 思わずに怒鳴り散らかしてしまう。感情を抑えることが上手く出来なくなり、将臣止めることだけを考え、頭に血が上っていく。

 

 将臣「意味ならある!少なくとも呪いが軽くなれば、彼女は……!朝武さんは生きていられるッ!」

 

 将臣「朝武さんは言ったんだ!生きていたいって、俺と一緒に生きたいって!!そのためなら……………!」

 

 心が苦しくなる。

 

 言い合ううちに、俺は正しいことをしているのだろうかとも思い留まってしまいそうな瞬間だってでてきた。

 

 確かに……目の前の友は、ただ一人の、たった一人の女の子を助けたい一心なのかもしれない。呪われ続ける幸せか、血族の運命を断ち切る死かなんて…!俺でもどう行動したかわからない。けれど………

 

 ここで引く訳にはいかない!

 

 蓮太「でも、そんな方法で手に入れた時間は、より彼女を傷つけるだけに決まってる。自分のせいでお前が呪われた事に、責任を感じないとでも思ってんのか!?」

 

 将臣「そんなこと、言わなきゃいい」

 

 蓮太「憑代を砕いて気付かれねぇわけねぇだろうがッ!」

 

 俺は一歩ずつ前へと動き出す。

 

 重い……重いその一歩を歯をかみ締めて歩んでく。

 

 そりゃ気持ちはわかる。わかるさ。俺が茉子を思ってるくらいに、将臣は朝武さんを大切に思ってるんだ。

 

 …………!

 

 蓮太「朝武さんは…『将臣と生きたい』って言ったんだろ…?その二人で生きていく時間を、朝武さんに重荷を背負わせる為だけに使わせるつもりなのか?」

 

 将臣「だとしても…!もうあの耳は消えなくなっているんだぞ!」

 

 蓮太「さらに問題を起こしてどうする!お前自身が彼女を苦しめてどうするんだッ!」

 

 将臣「だって!だって……!!死んでほしくないんだよ……!」

 

 その言葉が胸に突き刺さる。

 

 人を殺してしまうかもしれないという現実を突きつけられているようだ。

 

 でも、諦めるなんて嫌じゃないか…。

 

 出来ることを全てやって、二人を救うって決めたじゃないか…!

 

 将臣「俺だって!朝武さんと幸せになりたいんだよッ!彼女を幸せにしたいんだよ!!!」

 

 蓮太「だったら考え直せ!彼女の幸せを望むのならば、この憑代は壊すべきじゃない!」

 

 将臣「死んじゃったら幸せも何も無いだろ!!」

 

 蓮太「この……!馬鹿野郎がッ!」

 

 俺は遂に我慢の限界が来て、将臣の胸ぐらへと勢いよく手の伸ばす。

 

 その瞬間──

 

 

 

 蓮太、将臣「「ーッ!?」」

 

 

 バチンッ!と電流でも流れるかのように、何かが弾けた。

 

 この感覚は前にも何度かあった……。覚えているのは…………最初に叢雨丸に触れた時と………

 

 

 

 

 憑代の欠片に触れた時。

 

 

 

 

 将臣「いっ、今のは…!?」

 

 蓮太「………穢れ…?…………クソッ!」

 

 俺は反射的に足を構え、心の力を集中させる。

 

 最悪だ。本当に、最悪だよ………

 

 ムラサメ「止めろ!蓮太!穂織の湯に浸った後でない今は危険だ!」

 

 蓮太「そんなことを言ってる暇は無いだろ!ムラサメのその反応、やっぱり穢れなんだろ!?早く何とかしないと…!」

 

 将臣「なんなんだ!?二人で何を話しているんだ!?」

 

 会話に混ざりきれていない将臣は動揺を露わにして俺たちに詰めよろうとする。

 

 しかし…

 

 ムラサメ「動くな!」

 

 そう叫んだ瞬間、ムラサメは両腕を大きく広げて、猫騙しをするかのように将臣の目の前で拍手をする。

 

 響き渡る音と共に真っ白な眩い光が放たれる。

 

 思わず俺は目蓋を閉じるが、視界を焼くような光が襲いかかる。

 

 これは……ムラサメの神力か…!?

 

 その光が収まる頃、怯んだ体勢を立て直し、ゆっくりと目を開く。

 

 するとその視線の先には、身体中が脱力しているかのような体勢で尻もちを着いていた。

 

 将臣「俺は……なんで…………憑代を砕くだなんて……」

 

 激しい自己嫌悪に狩られているのか、今までの行いを悔いるように将臣は視線を下に向けていた。

 

 ムラサメ「元に戻ったようじゃな…」

 

 将臣「本当に、なんであんなことを考えていたのか…自分を追い込みすぎたのかもしれない……」

 

 蓮太「それもあるかもだけど………理由はもう一つあった」

 

 ムラサメ「そうだな。今、原因が分かった」

 

 俺はムラサメと目を合わせる。

 

 蓮太「あぁ…とにかく、リビングへ向かおう」



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109話 真実に手を伸ばす

 

 本殿を後にした俺達は一度各々の部屋に戻り、着替えを済ませた。

 

 事の真相が分かったことを、事件を知る皆に伝えなければと思って茉子を起こし、準備を終えた後にリビングに集まるよう伝えて、俺は先にその場所で待つ。

 

 将臣には朝武さんを起こして連れてくるようにお願いしている。どの道あいつ自身の部屋に行くしな。

 

 そしてみんながリビングに集まるのにはそれほど時間が掛からなかった。集まった全員が真剣な面持ちでテーブルを囲むように座っていく。

 

 蓮太「よし…みんな集まったな」

 

 改めて確認する。別に必要のない事だと思うが、なんとなくこの言葉が出てしまった。

 

 将臣「うん。ところで………朝武さん、熱は大丈夫?」

 

 熱……?朝武さんは発熱なんてしていたのか?将臣がまだ寝ている時、パッと見た感じでは、そんな苦しそうな雰囲気は感じなかったけど………特に辛そうな声も聞こえなかった。

 

 蓮太「熱なんて出てたのか?」

 

 将臣「あぁ…朝起きたら朝武さんが少し苦しそうな感じで寝てて……それで俺は焦って部屋を飛び出したんだ」

 

 そうだったのか……。もう少ししっかりと確認すべきだったか?事前に俺が気づいていれば、あんなことにはならなかったのかも……

 

 ……いや、同じだったかもな。

 

 芳乃「問題ありません。それよりも、今は他に重要なことがあります」

 

 茉子「決して無理だけはしないで下さいね」

 

 芳乃「本当に大丈夫だから、心配しないで。それで……呪いの原因がわかったというのは、本当ですか?」

 

 その真剣な質問にムラサメはこくりと頷く。そして説明を始めるのかと思いきや、俺の方を向いて質問をしてきた。

 

 ムラサメ「そういえば蓮太はあの時、少し変な反応をしておったな。吾輩よりも早い段階で気がついていたようだったが…」

 

 蓮太「まぁ…な、下手なことを言わないでおこうって思ってたんだ。確証もないことを言ってみんなを混乱させたくなかっただけなんだけど……改めて俺から言うよ」

 

 と、俺は自分がこのことに気がついた経緯をできるだけ詳しく、全て話した。

 

 獣との会話、早朝の俺の予想。

 

 茉子「あの獣がそのようなことを……」

 

 蓮太「とまぁ、こんな感じ。だからムラサメよりも、少しだけ早く予想が立ったんだ。まぁ…手遅れだったけどな」

 

 事実、俺が躊躇ったせいであんなことが起きてしまった。確証がないとはいえ、闇雲でも将臣に心の力を少しでも送るべきだった。

 

 結果論だが…

 

 蓮太「まぁでも、あの件で確信できた。おそらく、将臣の魂の中に憑代の怨念が混ざってる」

 

 将臣「俺の中に……」

 

 ムラサメ「巨大な祟り神と戦ったあの夜、ご主人が大量の穢れを浴びた時であろうな」

 

 その線で間違いないだろう。獣が言っていたあの言葉とほぼ一致している。

 

 茉子「でも、穢れの移動なんて……そんな事、可能なんですか?」

 

 ムラサメ「普通であれば不可能と思うが茉子の件がある、それにご主人は憑代の欠片を魂に取り込んでおったからな」

 

 魂の干渉自体は簡単に出来たのか。

 

 ってそりゃそうか。穢れのほんの少し、あの尻尾の部分だけでも、茉子の意識を奪うほどの力を蓄えてたんだ。ありえないなんて考えること自体がありえないのかもな。

 

 将臣「欠片の影響を受けた俺の魂だから……か」

 

 蓮太「とにかく、その怨念は将臣の魂にずっと残るのか?」

 

 もしこうしている間にも将臣の魂が蝕まれていくのであれば、有無を言わさずお祓いをするべきだ。手荒いことをしないで済む方法をすぐに探すべきだ。

 

 ムラサメ「いや、それはない。そもそも憑代の外では存在するだけでも力を使う。放っておいても霧散する…………はずなのだが…」

 

 蓮太「………その言い方、ムラサメが今言ったように勝手に消えるなんてことはないってことなんだな?」

 

 ムラサメ「うむ。事実、呪いは再びこうして現れておる」

 

 なにもしなけりゃ消えてた呪いが、怨念がまるで復活したかのように力を戻してきた。それはやっぱり……

 

 蓮太「…朝武さんの存在に、怨念が気がついたってことか」

 

 ムラサメ「吾輩もそう考えておる、きっとご主人が芳乃と接吻をした際にでも、芳乃の魂に気付いたのだろうな」

 

 将臣「……」

 

 ムラサメ「憎むべき、恨むべき対象に気付き、思念を維持できなくなることさえも気にせずに力を呪詛に注いだのだろう」

 

 芳乃「だから、こんな急激に……」

 

 まさに捨て身の特攻ってことか?自分の存在を消すことも躊躇わず、目的を達成するために全てを賭けてるのか。

 

 ふざけやがって……

 

 ムラサメ「ゆえにご主人、今さら憑代を砕いたところで何の意味もないということだ」

 

 茉子、芳乃「「憑代を砕こうと……!?」」

 

 その言葉に二人が目を見開いて反応する。

 

 そりゃそうだ……事情を知っている者なら誰もが思うだろうよ。

 

 芳乃「なんてことを……っ!?」

 

 流石の将臣も、この件に関してはなにも言い返せないようだ。仕方がないとはいえ、自分がやろうとしたことはそれほど俺達にとって取り返しのつかないことだったのだから。

 

 芳乃「有地さん!」

 

 将臣「ち、違うんだ。あの時は本当にどうかしてたんだ。俺が俺じゃないみたいで…」

 

 その二人の間に、俺はささっと入って会話を止める。

 

 蓮太「そう責めないでやってくれ、朝武さん。将臣は怨念の憎しみに煽られただけだ、将臣だって一生懸命戦った結果なんだよ。全ては怨念のせいさ」

 

 将臣「………もしかして、このままだと…俺は怨念に支配されるんだろうか…?」

 

 怖いんだろう。少し震えた声で将臣は不安に駆られている。

 

 一度理性を失ったからか、完全に怨念に対しての恐怖心を抱いている。

 

 俺だって同じ目にあっていたら、きっと全く同じようになっていただろう。もしかしたら自分の意識がないような時に、もっとも大切な人を傷つけてしまうなんてことを考えると………少しはその気持ちも分かる。

 

 ムラサメ「いくら強力な呪詛であろうと、所詮は残留思念にすぎん。魂はあくまでご主人の物、意志を強く持っておれば、今回のような影響を及ぼすこともあるまい」

 

 茉子「芳乃様のお身体を使って、欠片を探した時と同じ……ということですね」

 

 蓮太「けど、どちらにせよ急いで何かしらの対処はしなくちゃいけないだろうな。朝武さんの呪いが発症している以上、怨念が自然消滅をするにしても、朝武さんの身体が衰弱しきるのが先か、怨念が消滅するのが先かの賭けになっちまう」

 

 ってもその方法を探すのが大変なんだけどな。最初から諦めたりする気は無いし、俺達よりも呪いについて詳しい人に問いただしてみれば、答えは見つかるのかもしれないし。

 

 将臣「もしかして、俺は朝武さんに近づかない方がいいのか?衰弱が早まったりする可能性は…」

 

 ムラサメ「残念ながらそれもない。怨念と繋がりを持った以上、もはや物理的な距離は関係ない。とはいえ、接吻やまぐわい等の接触は止めた方がいいであろうな」

 

 二人が付き合ってそこそこの時間が経過している、それこそ俺と茉子がこの関係になるよりも時間は長い。

 

 と、いうことは個人のペースの差があれど、俺達と変わらない、もしくは俺たち以上にキス等はしていると見ていいだろう。その場合………………

 

 やっぱり猶予はあまり無さそうだ。

 

 っても、物理的な危ない行為は極力避けたいところだ。身体を傷つけるようなことはできるだけしたくない。

 

 心の力を流す。

 

 考えてはみたし、事実俺はその行為を実際にしようとしていたが………茉子のケースを考えて、あれは一時的に身体から逃がすくらいのことしか出来ないんじゃないか?

 

 今までの事例から考えるに、直接祟り神に心の力を流し込んだ時以外は、基本的に祓うことは出来なかった。

 

 もしかしたら、間接的な方法じゃ俺の力は祓うに値しないのかもしれない。

 

 将臣「叢雨丸で俺の中の怨念を斬る……なんて、できないかな?」

 

 まずどうにかすべき問題は将臣の魂の中の怨念。それは本人もよく理解しているのだろう。ふと、そんなことを聞いてきた。

 

 ムラサメ「バカを言うでない!そんなことをすれば、ご主人の魂まで傷ついてしまうわ」

 

 将臣「じゃあ蓮太は?心の力を使ってどうにかできないのか?」

 

 蓮太「俺も同じことを考えたけど……直接祓うことはできない気がする。茉子の件から考えて、おそらくは身体から引っ張り出せるのは一時的なもの、それに実際に行動に移すとしても、すぐに祓える体制が整ってないと被害が加わる可能性がある」

 

 やるにしても、こっちが万全の準備を整わせてからじゃないとな……抵抗できずに朝武さんを襲ってそのまま………………

 

 なんてことも考えられる。不用意に行動に移すべきではないだろう。

 

 芳乃「危険なことは止めて下さい。一緒だって約束したばっかりじゃないですか……」

 

 将臣「いや…………確認をしただけだよ。実際に行動にしないから大丈夫」

 

 そしてしばらく考えたあと………

 

 将臣「やっぱり怨念の願いを叶えさせるってのが一番なのかな」

 

 蓮太「お前…………自分が何言ってるのかわかってんのか?」

 

 将臣「いや、だって憑代の欠片を集めた時みたいにできれば、それが一番安全じゃないか?」

 

 蓮太「じゃあお前は朝武さんに死んでくれって頼むのかよ」

 

 将臣「…………!」

 

 やっと気がついたのか?それとも別の願いがあるって可能性に賭けてたのか?

 

 茉子「蓮太さん!」

 

 茉子に名前を叫ばれ、一瞬思考が停止する。

 

 俺も馬鹿だな……

 

 

 ………少し言い方が悪かった。俺も焦ってるのか。

 

 蓮太「ごめん。言い方が悪かった。謝る」

 

 将臣「いや、いいんだ。俺の安直な考えがダメだったんだから。俺の方こそごめん」

 

 

 

 

 ムラサメ「とにかく、今、事態を上手く収まれる可能性があるとする方法は、蓮太の心の力……か……いや、安晴が祝詞を………………ブツブツ……」

 

 蓮太「ま、まぁ…とにかく俺の予想を改めて聞いてくれ」

 

 そこで俺は話をまとめるついでに、改めて俺の意見を発言する。

 

 まず、獣と話してわかった呪いは二種類存在したこと。

 

 このまま時間が経過すれば朝武さんの命が危ないこと。

 

 その原因は将臣の魂にあること。

 

 ……

 

 将臣「そういえば、俺は夢の中で声が聞こえてきた。穢れを浴びた時や昨日見た夢の中ではハッキリとした人の声だった」

 

 ムラサメ「人の声………それは、蓮太の話からすると討たれた長男のこと……か?」

 

 将臣「多分そうだと思う。自らが怨念となって憑代に宿った後、犬神…獣の呪詛で朝武家を呪い続けていた。って言ってたよな?」

 

 蓮太「あぁ」

 

 獣の話だとそういう事だ。これで将臣の話も本当だろうから、よりお互いの意見は確定的なものになった。

 

 ムラサメ「よく考えれば疑問点だな……獣の呪詛が籠った憑代が、長男の血を浴びたとするならば、怨念が混じりあってそういった結果になる可能性はあった…いや、おそらくそうなったのだろう」

 

 蓮太「そうなると、祟り神が朝武家を優先して……というよりも、朝武家だけを襲っていた理由も、二つの怨念が混ざりあったから…?」

 

 実際、憑代を砕かれたって理由だけだったら、朝武家に狙いを絞る理由はないしな。

 

 やっぱりある意味、獣も被害者だった。

 

 ムラサメ「やはり、ご主人から怨念を引き剥がす方法はあると思うぞ」

 

 将臣「本当か!?」

 

 蓮太「詳しく頼む」

 

 ムラサメ「うむ。よく聞け。そもそもとして、怨念がご主人の魂に逃げ込んだのは、叢雨丸の力で消滅させられそうになったからだ」

 

 そうだな、混ざりあっていた怨念は、そこで初めて分裂し、獣は茉子へ、長男の怨念は将臣へと乗り移った。

 

 ムラサメ「他よりマシとはいえ、このままでは消滅してしまうことに変わりはない。故に、ご主人の魂よりも適した逃げ場を与えてやれば……」

 

 茉子「消滅を回避するために、有地さんの魂から離れるかもしれない…!」

 

 ……ん?でも待てよ…?

 

 蓮太「ちょっと待ってくれ、それって結局、将臣から逃げ出した怨念がまた憑代に戻ったとしたら、また振り出しに戻るんじゃないのか?」

 

 ムラサメ「いや、その点は問題ないだろう。怨念は、獣と混ざりあっていたから、長男は今も呪詛の力を扱えておった。しかし獣は今は怒りを鎮め、茉子の魂へ干渉しておる。自分から祓えと申すほどにな」

 

 蓮太「…………呪詛を仕掛ける前提の強い怨みが存在しないから、前のようにはいかないってことか」

 

 ムラサメ「そもそもとして、安晴が毎日祝詞を捧げ、憑代は清められていっておる。また憑代に戻ってもそれはそれで消滅するのが早まるだけじゃろうよ」

 

 ……ま、それらは全て予想通りで上手く転がれば……の話だが……十分に価値のある話だ。

 

 蓮太「少しは安心したよ」

 

 ムラサメ「さて、話は纏まった、今、吾輩達がやるべき事は決まった」

 

 茉子「はい、そうですね」

 

 芳乃「ええ、覚悟はています」

 

 将臣「俺も、もちろん腹を括ってる」

 

 蓮太「そうだな、そうと決まりゃすぐに行動に移した方がいい」

 

 俺達は各々の顔を見合わせて、覚悟を確認する。

 

 さて………最後の大仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 ムラサメ「今日より、この数百年に渡る呪いとの決着をつける。これは茉子の為でもあり、ご主人の為でもあり、芳乃の為でもある。覚悟は出来ておると思うが、改めてここに宣言をするぞ」

 

 この場を仕切るムラサメがテーブルを囲う俺達の真ん中へ移動し、その上を浮かぶ。

 

 ムラサメ「作戦の流れは後に伝える、ひとまずは芳乃とご主人は駒川の診療所へ向い、芳乃の状態を確認して欲しい。茉子と蓮太はこの後の最後のお祓いの準備を頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムラサメ「決戦は今夜……決行だ!」



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110話 夢の先のご褒美

 あれから俺達は、二手に分かれて行動を開始することになった。

 

 朝武さんと将臣は一旦朝武さんの体調の確認、俺と茉子は今から今夜のお祓いに対して準備を始めていた。

 

 準備といっても、実際に穂織の湯に身体を浸からせて清めたりするのは夕方になってからだ。

 

 じゃあ俺と茉子は何をしていたかと言うと、安晴さんに全てを伝えた後、本殿を清める作業をして行くにあたって、まずは本当の意味での清き姿、清掃を頼まれた。

 

 まぁ何をするにしてもまずは形からってことはあるし、実際に頼んでくるということは必要な事なのだろう。茉子には他にも家事を任せている分、俺が大部分を引き受ける形で準備を開始することにした。

 

 安晴さんか念入りに祈祷を捧げている為、邪魔にならないように少しずつ少しずつ作業を終わらせていく。

 

 ムラサメも何やら祈るように目を閉じ、神社全体に向かって何かを行っている。

 

 そしてしばらく時間が経った後、診療所へ向かっていた将臣と朝武さんが戻ってきた。

 

 茉子「あ、有地さん。芳乃様」

 

 ムラサメ「どうであった?」

 

 その姿に気が付いた二人が戻ってきた二人に寄ってくる。まぁ、その駆け寄るメンバーに俺もいるが…

 

 芳乃「今のところは大したことはありません。ですが、ただの風邪かどうかまではハッキリとはしませんでした」

 

 蓮太「了解。じゃあ、一応最悪のパターンを想定した方がいいかもしれないな」

 

 と、言うよりも、悪い方の予想が当たる可能性の方が高い………かもな。

 

 将臣「それで、準備の方は?」

 

 ムラサメ「今は安晴が憑代の祈祷を行っておるところだ」

 

 茉子「他にも、温泉の湯を使ってしっかりと清めていますよ」

 

 ……

 

 作戦はこうだ。

 

 まず、心の力を使わずに、将臣の中の怨念を引き剥がす。これは俺の身を案じての事だ。俺が怒りを買うように無理やり引き剥がすよりも、将臣の魂の意思で干渉を遮断した方が事故がないという判断。

 

 ちなみに引き剥がす方法は、将臣が憑代に念を送れば……と言っても意識を集中させるだけみたいで、その方法を取る事にした。

 

 そして引き剥がされた怨念は、自分にとって安全な、楽な場所へと彷徨うが、引き剥がされた場所は清められ、元いた憑代も、そして温泉の湯を浴びている将臣にも清められているため戻ることが出来ず、そのまま消滅……

 

 この作戦。これが一番の理想の作戦。この流れに想定外の出来事や、何かがあった時にすぐさま対処できるように俺と茉子、そして朝武さんがすぐ近くに配置されている作戦。

 

 これと全く同じようになることを祈るばかりだが……こればっかりは実際に試してみないとわからない。

 

 いや、そうなるように頑張るんだ。

 

 

 芳乃「それで……これから具体的に、私は何をすればいいのでしょう?」

 

 ムラサメ「憑代の方は安晴に任せておる、そしてもっとも基本となる清潔さは蓮太と茉子に、じゃから芳乃には本殿そのものをを清めて欲しい。ついでに例の結界も」

 

 例の結界。

 

 あれか、獣の祟り神と最後のお祓いをした時に利用したあの弱体化の結界。

 

 確かに必要になるかもしれないな。

 

 芳乃「わかりました。私が舞を奉納すればいいんですね?」

 

 ムラサメ「うむ。じゃがその前に、芳乃自身も身を清めておくように」

 

 あの結界があれば、もし不祥事が起きても大きな対策となる。あれがあったからこそ、あの夜に獣の祟り神に勝つことが出来たみたいなものだ。

 

 ムラサメ「ご主人もだぞ、しっかりと身を清め、何が起きてもいいように叢雨丸を忘れるな」

 

 将臣「わかった」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 よし……とりあえず俺がやれるだけのことはやった。後は知識のある人達に任せよう。

 

 あまり俺なんかがうろちょろしても邪魔になりそうだしな。

 

 なんて思いながら時刻を確認すると、もう午後の三時を過ぎている頃だった。

 

 蓮太「割と時間がかかったな…」

 

 今晩は夕食も茉子に任せることになり、俺は正直与えられたことを終えてやることがなくなっていた。

 

 手伝うと何度も言っても、茉子は頑なに俺の案を拒み続けた。体力を温存してて下さいっと。

 

 それは茉子も……とは思うのだが、意外と茉子も朝武さんみたいに頑固な時があるからな……前に「テコでも動かない」と言ってた時があったが、今の俺からしたら完全なブーメランに感じる。

 

 ま、それも良いところではあるんだが……

 

 それならそれで、俺は作戦に向けて心を落ち着かせておこう。正直、さっきから何かをしていないと落ち着かないレベルで心が乱れている。

 

 それだけ緊張しているのか、恐れているのか、張り切っているのか、自分でわかるほどに普段の俺との差が出てきている。

 

 俺は一人で縁側へと移動し、腰を下ろして目を瞑る。

 

 今までのように意識を右拳に集中させると、特に違和感なく蒼い光が薄らと握った拳から放たれる。

 

 ……

 

 よく考えて見ればおかしくないか?

 

 いやこんな力がある事そのものがおかしいんだけど……ってそうじゃなくて!

 

 俺がまだこの力を自在に操ることができていなかった頃、朝武さんの一言のアドバイスで無事にある程度の力をコントロールすることができるようになったのだが……

 

 チマチマした攻撃って言ったら言い方が悪いな。少量の心の力を込めてそれを力に変換させることが出来るのに、いつの間にか俺は当たり前のように身体全身に心の力を放出することができている。

 

 怪我をした時に、明らかに俺の方が激しくダメージを受けているのにも関わらず、実際の身体の具合は俺よりも怪我が軽いはずの将臣と同じくらいの結果になってるって事も…

 

 もしかして、今までは無意識のうちに身体中に張り巡らされているって思っていたけど……「無意識」ではなくて「常時」なんじゃないか?

 

 よく考えてみればおかしいんだ。

 

 憑代の欠片に触れそうになった時、怨念が宿っている欠片に触ることが出来なかったのって、もしかして「常に」心の力を身体中に纏うように放出していたんじゃないか?

 

 俺の本能がそれを察知して、「最初」は心の力を放出するイメージで鍛錬をしていたんじゃないか?

 

 もし推察が当たっているのなら……この微量の力の放出を全開にできたら……

 

 俺は更に強くなれる…!

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 ってそんな簡単に出来るかぁーッ!

 

 あれから……というよりも、あの推察を考えついてからまた昔のように、力を一点に集中させるのではなく、身体から放出させるイメージで何度も何度もコントロールをしてみるが………一向に上手くいかない。

 

 ってそらそうか、元々欠片も自力ではできていないのだから。

 

 こりゃ今日中に……ましてや数時間後までに体得するのは不可能っぽいな…

 

 …とりあえずコンビニでも行くか。

 

 

 

 そうして俺が家を出ようとすると、バッタリと将臣と出くわした。

 

 蓮太「あれ?どっかいくのか?」

 

 確かにまだ少し夕食には時間がある。まぁだからこそ俺も出ようとしたんだけど。

 

 将臣「ん?うん、ちょっとねみんなにプリンでも買ってこようと思って」

 

 蓮太「……?あ、全部終わった時のお祝い…的な?」

 

 将臣「まぁ……そんなもの。ご褒美はあった方がいいだろ?」

 

 蓮太「なるほどね……俺もなにかしたいな…けど、二人してやることが被るのもアレだし…」

 

 そんな行動をしようとしている将臣を見ると、俺も何かを残したくなるっていうか、頑張るきっかけを作りたくなるというか、鼓舞したくなる。

 

 なんて考えているとつい動きがビタっと止まってしまう。

 

 将臣「どうした?なんか急に動きが止まったけど」

 

 蓮太「いや、ちょっと考えててさ。まぁいいや、外に出る気分でもなくなったし…外出するのはやめとくよ」

 

 別に外に出る理由はなかったからな、やることないからコンビニまで歩こうかと思っただけだったから。

 

 将臣「そう?じゃ、いってきます」

 

 蓮太「はい、いってら〜」

 

 

 そうして結果的に将臣を見送った後、俺はずっとあることを考える。

 

 いやなんかご褒美的なのを用意したいなーって。

 

 こんな時にそんなことを考えるなんておかしいかな?っとも思うけど、こんな時だからこそ必要なのかも。

 

 実際、さっきまでの俺はちょっと全てのことに急ぎすぎていた、というか焦っていたんだと思う。

 

 今でも若干それは引きずっているけど、意外と将臣はそんな様子はあまり感じられなかった。

 

 俺とは違った。俺は目の前のお祓いにばかり意識を向けていたが、アイツはその先を見ていた。将臣にとって成功するんだ。このお祓いは。

 

 そんな奴を見ていると、なんだか頼もしくも感じるし、俺もそういう風に思えてくる。

 

 その時、リビングで頭を悩ませている途中で朝武さんが部屋の中に入ってきた。

 

 芳乃「あれ?竹内さんだけですか?他のみんなは一体どこへ?」

 

 蓮太「ムラサメは相変わらず、茉子は時間も時間だから夕飯の材料でも買いに行ったんじゃないかな?将臣はなんか外に出かけてた」

 

 朝武さんは俺と同じで甘いもの好きだったからな、ご褒美って意味のものなら、俺から伝えるよりも将臣から伝えた方が嬉しみは増すだろう。

 

 芳乃「そうだったんですか」

 

 蓮太「朝武さんは?舞の奉納が終わった…って感じ?」

 

 芳乃「はい、漸く一区切り着いたので少し、休憩がてらお茶でもと思いまして」

 

 朝武さんはいつもよりも丁寧に、かつ長時間舞を奉納し続けていたはず。だとしたら現段階での身体の負担も相当なものになっているだろう。

 

 蓮太「俺が淹れるよ、ちょっと待ってて」

 

 そうして朝武さんの分とついでに自分の分も茶を淹れて、二つの湯呑みを持っていく。

 

 芳乃「わざわざすみません。ありがとうございます」

 

 蓮太「いいって、どうせ俺も飲み物が欲しかったところだし」

 

 二人で茶を飲みながら、カチカチと時計の針が進む音が響く部屋で休む。

 

 改めて思うと…朝武さんにとっては、やっと終わろうとしているんだな。

 

 今まで、苦しかっただろうな。

 

 今まで、辛かっただろうな。

 

 もしそう思っていても、周りに心配させないようにその「弱さ」は決して表には出さず、自分の使命、宿命としてひたすらに頑張っていたんだ。

 

 俺が笑っている時も、泣いている時も、のほほんと暮らしていた時も。

 

 彼女は心の奥に辛さを隠してがむしゃらに戦い続けたんだよな。

 

 せめてこの呪いがなければ、彼女はどんな人生を歩めたのだろう。

 

 普通に学院へ行って、余計な事は気にすることなく、放課後は友達と遊んで、家に帰ったら父親と母親がいて、家族三人で…もしかしたら血の繋がった兄や姉、妹や弟がいたのかも?

 

 普通の、そんな誰もが持っているような暖かい家族との思い出がいっぱい…いっぱいあったのかも。

 

 ……もちろん、そんな彼女に幸せがなかったとか、そんなことを思ってはいない。けれど、彼女の知らない幸せの数は、もう少しだけ多かったんじゃないかな。

 

 

 

 

 蓮太「朝武さん」

 

 芳乃「はい?どうしましたか?」

 

 今まで友達との関わりはあまりないとあの時に言っていた。だとしたら経験してない楽しいことが沢山あったはずだ。たとえば………

 

 蓮太「もしお祓いが上手くいってさ、今度こそ全てが終わったら……みんなでお泊まり会でもしないか?」

 

 芳乃「おとまりかい……?」

 

 蓮太「そう、お泊まり会。俺達二人はもちろん、茉子に将臣、それにレナさんと馬庭さんとか廉太郎とか小春ちゃんも誘ってさ、みんなで集まって遊ばないか?」

 

 芳乃「…………〜っ」

 

 ……?なんか手をモジモジし始めたけど…?

 

 蓮太「まぁ…みんなの都合が合えばって話なんだけどさ…、どうかな?詳細は後で考えるとして、みんなでやってみない?」

 

 芳乃「……!〜〜っ!」

 

 なんか急に朝武さんが変な動きをし始めたんだけど…?腕を上げ下げしたり、左右を見たり、挙句には急に振り向いたり…それはなんの踊りなんだい?

 

 不審者でもいたのかい?

 

 だが、やがて徐々に動きを止めていき、おずおずと自分のことを指さし始めた。

 

 芳乃「ひょ、ひょっとして……わたっ、私を誘って下さっているんですか?」

 

 蓮太「え?いや、そうだけど」

 

 ちょっとまって?今この空間には俺と君しかいないよ?さすがの俺も頭の中の友達と会話したりはしないよ?そんなイマジナリーフレンドなんでいないよ?

 

 芳乃「………〜〜〜〜っ」

 

 朝武さんは瞳を閉じ、胸の前に両手を合わせるように重ねて感極まったように涙ぐんでいる。

 

 え?やっべぇんだけど!友達を……ってか女の子を泣かせちまったよ!

 

 え?えっ?なんかトラウマでもあったの!?俺、なにかの地雷でも踏んだの!?

 

 なんて内心パニクっていたら、俺の予想とは違う言葉が帰ってきた。

 

 芳乃「う……嬉しい…です…!」

 

 あっ、よかった…嬉し泣きだったのね。それならまだよかった……

 

 芳乃「わっ、私、生まれて初めてっ、おと、お友達から……お友達からっ、お泊まり会に誘われました!」

 

 蓮太「おぉぅ!?そ、そうなんだ?」

 

 朝武さんは満面の笑みを見せるが、その迫力に思わず戸惑いの色を出してしまう。

 

 いやほんと物凄い迫力ですよ?皆さん。漫画だったら集中線がビシッと描かれていますよ?多分。

 

 って俺は誰に言ってんねん。

 

 芳乃「私、お泊まり会に誘ってもらうのが昔からずっと夢で…!」

 

 ……………もっとスケールの大きい夢を見ようよ。別に言ってくれたら何時でもしたよ。みんなを誘ってさ。

 

 ってよく考えたら俺達はもうそんな歳でもないの……かな?小中学生がやっているイメージの方が確かに強いかも…?

 

 蓮太「そっかそっか、じゃあその夢を叶えよう!その為にもこの後のお祓いを頑張ろうぜ!」

 

 芳乃「はい!是非、みんなでお泊まり会をやりましょう!絶対、絶対やりましょう!約束ですよ?」

 

 蓮太「そうだな、山に行った時みたいに、またみんなで思い出を作ろう!」

 

 何にしろ喜んでくれたみたいでよかった。

 

 ま、まだ俺達二人だけの約束だから、後でみんなに伝えておかないとな。

 

 芳乃「それじゃあ………はい!」

 

 元気が良い声とともに差し出されたのは、細くて白い、綺麗な小指だった。

 

 蓮太「……?これは?」

 

 芳乃「指切りげんまんです!」

 

 突然何をしだしたかと思えば……なるほど、そういうことね。

 

 そして俺も小指を伸ばし、朝武さんが差し出している小指と絡めてしっかりと握る。その瞬間、朝武さんはリズム良く腕を振りつつ、綺麗な声で歌を歌った。

 

 芳乃「ゆ〜びき〜りげ〜んまん♪嘘吐いたら……、嘘吐いたら………」

 

 何やら罰ゲームに対して悩んでいるようだ。

 

 別に針千本飲ますでいいんじゃね?と思ったが、そうしたら周りの人次第で俺が死ぬことになるので助言するのをやめた。

 

 芳乃「竹内さんってなにか好きな飲み物ってありますか?」

 

 え?飲み物?

 

 蓮太「好きな飲み物……って程のものかどうかわからないけど、穂織に来る前はよくコーヒーを飲んだりバナナオレを飲んだりしてたかな」

 

 芳乃「なるほど………よし!では!」

 

 そうして再び朝武さんは勢いよく小指を繋いだ腕を上げ下げさせる。

 

 芳乃「ゆ〜びき〜りげ〜んまん♪嘘吐いたら鼻からコーヒー飲んでも〜らう♪ゆ〜びきった!」

 

 なんかとんでもないこと言い始めたんだけど!?

 

 嘘でしょ!?なんで鼻からコーヒー飲まなきゃいけないの!?てかそれなかなかえげつない行為だぞ!?

 

 蓮太「ちなみにそれは冷たいので?」

 

 芳乃「ホットでお願いします!」

 

 その笑顔が眩しい!

 

 蓮太「まじかよ…」

 

 芳乃「ちゃんと約束を守って頂ければなにも問題ありませんよ!」

 

 確かにそうだけれども!

 

 ってまぁいいか…これも後で笑い話にでもなるだろ。

 

 そのためには……やっぱり成功させないといけないな。

 

 

 

 呪いを解くことを……お祓いを……



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111話 Burn My Dread

 

 朝武さんとの約束の時間からそこそこの時間が経過した。夕飯を済ませ、湯浴みをして身体を清め、着々と段取りを進めていく。

 

 落ち着かないような、なんとも言えない時間が刻々と過ぎていき、遂に作戦決行予定時刻に差し掛かった。

 

 芳乃「それじゃあ、行ってきます」

 

 この後の作戦の為に、俺達は安晴さんに向かって声を掛ける。

 

 安晴「………」

 

 しかし安晴さんからの返事は帰ってこなかった。

 

 よく顔を見てみると、何かを伝えたそうな目で、じっと朝武さんを見ている。

 

 芳乃「お父さん?」

 

 安晴「お願いだ……決して邪魔はしない。だから……今日だけは僕も付き合わせて貰えないだろうか?」

 

 ……

 

 芳乃「それは危険です」

 

 安晴「隅で見ているだけでいいんだ。今まで僕は何も出来なかった、だからせめて最後くらいは見届けたいんだよ」

 

 芳乃「……」

 

 珍しい…あの安晴さんがこんなに頼み込んでくるだなんて。

 

 …そりゃそうか。今まで安晴さんはずっと見守り続けたんだ。大切な奥さんと自分の娘を。

 

 呪詛に苦しみ続ける人の一番近くにいるのに、自分は今まで何も出来ないと心の中で攻め続けたいたのだろう。

 

 じゃないとあんな言葉が出るもんか。

 

 蓮太「別にいいんじゃないか?」

 

 芳乃「でも…!」

 

 ムラサメ「吾輩もよいと思うぞ、危険なのは確かだが、安晴は神主だ祓いもできるし祝詞もあげられる。相手が祟り神ではなく呪詛ならば、安晴の力が必要になるやもしれん」

 

 蓮太「…だってさ」

 

 俺はクイッと親指をムラサメの方へ向ける。

 

 将臣「朝武さんが心配する気持ちも勿論わかる。でも、何が起こるかわからないんだ。俺達に出来ないことが出来る人がいてくれた方がいいかもしれない」

 

 芳乃「それは……そうかもしれませんが……」

 

 迷う朝武さんをじっと見つめる安晴さん。その顔は険しい顔つきで決して顔を背けたりはせずにただただ答えを待っていた。

 

 その姿を見て、朝武さんは根負けしたようにため息を吐いたあと…

 

 芳乃「……わかりました。でも、本当に大人しくしてて?また怪我なんてしないで…」

 

 安晴「わかっているよ、ありがとう」

 

 茉子「そういうことでしたら、安晴様も身を清められた方がよろしいのでは?」

 

 安晴「それなら平気だよ、ちゃんと事前に準備はしているから」

 

 さて……これで改めてメンバーは揃った。

 

 俺たちは顔を見合せ、もう一度、覚悟を確認する。

 

 ムラサメ「では……行くとするか」

 

 その掛け声で、俺達は家を出る。

 

 一言も喋らぬまま、ただ黙々と神社本殿へと向かって歩いていく。

 

 握りしめた山河慟哭は、少し重たい気がした。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ガララッと本殿の扉が開かれ、俺達は中へと入っていく。いつもよりも念入りに清められているせいか、中の空気は凜然としているように感じた。

 

 ムラサメ「準備は既に整っておる」

 

 蓮太「あぁ……じゃあ…将臣」

 

 将臣「うん」

 

 声をかけると、将臣は意外と特に緊張をしているような素振りを見せず、険しい顔は崩さずに憑代の元へと歩みを進める。

 

 そしていざ、将臣が憑代に感覚を集中させようとすると、横にいるムラサメから新たな情報が与えられた。

 

 ムラサメ「ちなみに怨念が魂から剥がされる時、ご主人は一時的に無防備な状態となる。もしもの時は………お主らが頼りじゃぞ」

 

 そーれはちょっと言うのが遅いかなー?

 

 将臣が無防備な状態になるなんて聞いてもないんだけど?

 

 ………朝武さんと将臣、そした安晴さんを守る…か。このまま何も無ければ問題は無いんだが。

 

 頼りと言うムラサメの笑顔を見ると……不安よりも信頼の方が強く感じられて、なんとも言えない気持ちになる。

 

 蓮太「あぁ」

 茉子「はい」

 芳乃「わかりました」

 

 そして俺は一応手に持っている山河慟哭を動き出しやすい位置に構える。

 

 将臣を怪我させないように、安晴さんを巻き込まない為に。

 

 朝武さんを守る為に。

 

 

 芳乃「お父さん。もうすぐ始めるから」

 

 朝武さんのその一言に「わかった」と返事をすると、安晴さんは俺達から距離をとった。

 

 この位置なら……うん。多分なんとかなると思う。

 

 俺は今、入口の前に立っている。

 

 建物の真ん中に入口があり、その入口に対して真っ直ぐに一番奥まで進むと憑代が祀られている台がある。

 

 そしてそれに俺達は一列に並んでいるかのような並びだ。

 

 憑代の場所に将臣がいて、そこから少し距離をとった場所に俺と茉子、朝武さんが横並びで配置されている。

 

 そして俺達の後ろには入口が、その横に安晴さんがいるような立ち位置。

 

 ちなみにムラサメは俺の斜め上をふわふわと浮いている。

 

 ムラサメ「ご主人。心の準備が出来たなら始めてくれ」

 

 将臣「ちょっと待ってくれ、誰か叢雨丸をもってくれない?」

 

 意識を集中させるのに叢雨丸が邪魔なのだろう。それで怨念を引き剥がす可能性が上がるのなら構わないと思うが…

 

 ってよく考えれば叢雨丸の気配そのものが邪魔になる可能性もあるのか。

 

 なんにせよ、これで本当の意味で無防備になるな。

 

 茉子「任せて下さい」

 

 将臣「ごめん」

 

 そして叢雨丸を茉子に手渡した後、将臣は深い深呼吸を二度行い、気合を入れるように憑代に手を伸ばす。

 

 そしてその憑代を両手で掴み、胸元に引き寄せ将臣は祈るように目を瞑る。

 

 一応俺は両足に心の力を宿し、何時でも飛びかかれる準備をする。

 

 それと同時に心の底で祈っていた。

 

 肩透かしになんかなりませんように。

 

 この儀式、作戦が成功しますように。

 

 無事……みんなで戻れますように。

 

 

 その思いの一心でひたすらに憑代を注意するように見つめる。

 

 外からでもその反応が現れるのはそんなに時間はかからなかった。薄らと淡い輝きが憑代の中から垣間見える。

 

 そして………

 

 ムラサメ「ご主人ッ!」

 

 ムラサメが声を上げた瞬間、将臣の身体から黒い霧のようなものが溢れ出す。その霧はどんどん量を増していき、本殿中を支配するように広がっていった。

 

 将臣「大丈夫だ!俺は問題ない!」

 

 将臣の身体から溢れ出る黒い霧のようなもの、それは留まることを知らずに地を這い、壁を登り、空間を囲い、どんどんこの場所を我がものとしようとする。

 

 茉子「これは……」

 

 ムラサメ「怨念だ。とりあえず、ご主人の魂から剥がれたようだ」

 

 芳乃「そ、それじゃあ、有地さんを守らないと!」

 

 ……いや、まだ早い。

 

 霧が出てきただけで、多分怨念そのものは出てきていない。

 

 魂からは剥がれたが、身体から出てきていない…!

 

 蓮太「まだだ…!」

 

 本当は駆けつけたい。

 

 この霧を全て払い除けたいが、その感情を押し殺し、ただひたすらに怨念の反応を待つ。

 

 ムラサメ「そうだ!まだ完全に現れてはいない、怨念の反応を最後まで待つのだ!」

 

 その声に、朝武さんと茉子は動きを止め、怨念が現れるのタイミングを今か今かと待っている。

 

 そしてとうとうひたすらに見つめ続ける将臣の身体から、あの黒い霧の放出が止まる。

 

 そしてその瞬間、周りの霧は気体から個体へ、霧は泥へと急激に変化した。

 

 ムラサメ「憑代を離せ!ご主人ッ!」

 

 将臣「ああッ!」

 

 すぐさま将臣はその手に持っていた憑代を素早く投げ出し、俺達のすぐ側まで距離をとる。

 

 投げ出された憑代は床に落ちる前に、伸びた泥の触手がバクりと飲み込んでしまった。

 

 蓮太「って、憑代が怨念に取り込まれてるじゃねぇかッ!」

 

 ムラサメ「慌てるな!憑代は清められておる!獣の魂もあの中にはおらん!このままあの怨念が力を弱めれば──」

 

 とムラサメが口にしている途中、明らかにその怨念は弱まる動作を見せずに、こちらの方へ………いや、朝武さんの方へと急速に突進してきた。

 

 将臣「しまっ…!」

 

 その瞬間、俺は心の力を込めていた足を床に勢いよくぶつけて、咄嗟に朝武さんの前へ身を投げ出す。

 

 刀を前方へ押し出すように構えるが、ぶつかってくる黒い塊の衝撃がかなり重たい。まともに受け止めることが精一杯で、逸らすことも、避けることも、朝武さんを庇うことも出来そうにない。

 

 芳乃「竹内さんっ!」

 

 全力で真正面からその衝撃を受け止めるが、完全に力で押し負けて朝武さんと共に後ろの方へ吹き飛ばされる。

 

 蓮太「うわッ!」

 芳乃「きゃあッ!」

 

 激しく床に身体を叩きつけられながら、転がっていき、勢いが止まったと思えば、怨念はすかさず朝武さんを襲おうと飛びかかるように向かってくる。

 

 俺は決死の抵抗で刀を上向きに振り上げて、その襲ってきた怨念を斬りつけるが怨念はその黒い塊をグルンと捻らせて、俺達の真上を通り過ぎ、入口付近で動きを止めた。

 

 蓮太「はぁ……!はぁ……!」

 

 息を整えながらあの付近にいたであろう安晴さんを探すと、本殿の隅の角でバランスを崩すように倒れていた。

 

 蓮太「朝武さん…!大丈夫か!?」

 

 芳乃「私はなんとか大丈夫です!」

 

 朝武さんの身体を確認するが、俺よりは間違いなくダメージ自体軽そうだ。

 

 そうして俺があの黒い塊と退治していると、少し遅れて茉子と将臣が駆けつけた。

 

 将臣「大丈夫か!?」

 

 茉子「すみません!ワタシが付いていながら…!」

 

 蓮太「別にいい!それよりも、準備を!」

 

 俺達四人は一斉に各々武器を構え、戦闘態勢に入る。

 

 これが……本当に最後のお祓いだ。

 

 

 

 蓮太「………来るぞッ!」



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112話 立ちはだかる難敵

*注意喚起
今回の内容は多少グロテスクな表現が含まれています。お食事中の方やそういった表現が苦手という方はご注意下さい。


 泥の塊となった怨念は、うねうねと身体を捻らせ、禍々しくその存在感を放つ。

 

 俺達が戦闘態勢に入って、その塊と睨めっこを続けていると、塊はどんどんと姿を変え、いつものような不気味で歪な形ではなく、まるで俺たちの同じような人の形へと変化を遂げた。

 

 将臣「あれは……?人の形…?」

 

 ムラサメ『ご主人は声を聞いたのであろう?おそらく、その答えがこれじゃろうな』

 

 となると、あれはやっぱりあの長男の姿を模しているのか。そういえば獣の姿の祟り神と対峙した時にも生前の姿に動きを似せる…的なことをムラサメが言っていたな。

 

 ………結局、簡単には呪いを解くことをさせてくれなさそうだな。

 

 でも、やるしかない。

 

 どうする?三人で朝武さんを守るか?いや、しかし攻め手が誰もいなかったら永遠と相手の出を待ち構えることになる。

 

 だったら…守りに二人回して、一人が攻め…?いや、でもそれはそれで単独で前線に出るなんて…

 

 なんて考えていると人の形をした怨念がまた朝武さんの方へと突進してくる。

 

 その姿は雲のような、霧のような、また気体のような姿へと変化している。

 

 こいつ………移動する時は霧状になるのか…?とりあえず…!

 

 朝武さんに向かっている霧状の怨念にむかって、刀を薙ぎ払うように振り回す。

 

 けれどその怨念は俺の刀に触れる瞬間、その当たる箇所だけを避けるようにすり抜けていった。

 

 蓮太「……ッ!」

 

 不味い…!

 

 そう思って急いで振り返ると、怨念は朝武さんの頭上へとたどり着いた瞬間、その霧はまた人の姿へと戻り、口のようなものを大きく広げ、まるでその身体を食らいつこうとするように朝武さんを襲った。

 

 将臣「朝武さん!」

 茉子「芳乃様!」

 

 二人が同時にそれぞれクナイで斬りつけ、叢雨丸を突き刺して祟り神の動きを止めるように攻撃する。

 

 その痛みに怯むように、叢雨丸の光を嫌うように、怨念は苦痛を訴えながら再び距離をとった。そこへすかさず、俺は心の力を込めた刀を何度も斬りつけながら、一歩、また一歩と怨念にむかって近づいていく。

 

 とにかく、この本殿の中じゃあ戦いにくい…!なんとか押し出してまずは外に出させないと……!

 

 がむしゃらに刀を振り回し、入口近くにまで怨念を押し出した後、俺は心の力をできる限りの全てを刀に集中させ、思いっきり身体をひねらせて勢いよくその場で刀を振り回すように回転した。

 

 蓮太「飛んでけ…!」

 

 

 

 

 ──画竜点睛!!

 

 

 

 

 回転と共に、身体に巻き付くような螺旋を描いた心の力の残光が激しい衝撃を生み、怨念を十数メートル吹き飛ばす。

 

 その隙を逃さずに、俺達は各々靴を履いて本殿から外へと飛び出した。

 

 …さっきの感じからしてやっぱり守備に二人は必要だ!アイツはことある事に朝武さんを狙ってくる!

 

 だとしたら俺は刀が大きすぎるから人の近くではあまり振り回せない、前線に出るのは俺しかダメだ…!

 

 ──ダッ!

 

 自分が前へ出るという意志を固めて、俺は心の力を刀に送り続けたまま一直線に怨念へと走っていった。

 

 茉子「蓮太さん!前へ出すぎです!戻ってきて下さいッ!」

 

 そんな茉子の忠告に返事を返すような暇もなく、申し訳ないと思いつつもそのまま俺は突っ走る。

 

 そして怨念の元へ辿り着くと、とりあえず刀で勢いよく斬りつけた。何度も何度も。

 

 けれど半分ほどは当たらない。相手は人の形をしてはいるが、生前の動きがそうなのだろうか?まるでこちらの攻撃を見切られているかのように避けられていく。

 

 それでも何度かは当たってはいるが……綺麗に怨念を斬りつけることは一度もできていない。当たったと言ってもほぼカス当てに近いだろう。

 

 しかしある瞬間、怨念は腕を伸ばしてきて俺の刀にぶつけるように前へでてきた。

 

 そして案の定刀と怨念の腕が当たったのだが……

 

 その二つが当たった瞬間、耳を塞ぎたくなるような「金属音」と共に、片手では抑えきれないほどの衝撃が伝わってきて、右腕が振動を繰り返す。

 

 そう……斬れなかったのだ。

 

 とてつもなく硬化されていたその腕は、俺の刀を弾き飛ばし、そのままもう一つの腕で俺の溝内を攻撃し、今度は俺が吹き飛ばされる。

 

 蓮太「うッ!?」

 

 身体の臓器が内側で移動しているのがわかる。おそらく軽く胃も潰されかけていそうだ。

 

 視界が一瞬揺らぐほどのダメージを受けて、脳がそれに若干反応しきれていない。

 

 痛いと感じたのはその繰り出された腕が離れた後、まさに吹き飛ばされている最中だった。

 

 そして地面に身体を打ち付けられ、転がっていくが、すぐさま上体を起こし、前のめりになる。

 

 その瞬間──

 

 蓮太「うぉっぇ………!」

 

 痛みが猛スピードで身体中を広がっていく中、まるでその苦しみを逃がすように、口から人の声とは思えない言葉と共に、身体に一度蓄えていたものを吐き出す。

 

 びちゃびちゃと目の前で見たことのあるような固形が放り出されていき、とうとうその痛みは頭にまで行き着いてきた。

 

 ぐらつく視界の中、次に感じたのはあの酸っぱい臭い。その臭いに後押しされるように一度止まりかけたその行為は、続けて繰り返される。

 

 茉子「蓮太さん!大丈夫ですか!?」

 

 そんな俺に血相を変えた茉子が急いで駆けつけてくれて俺を心配してくれる。背中を擦りながら俺の腹部を調べるように手当の確認をしてくれていた。

 

 やばい……!コイツ…!これまでのどんな祟り神よりもヤバい…!

 

 本当に……下手をしたら死ぬかもしれない…!

 

 蓮太「ゴホッ!ゲホッ……!」

 

 伝えなきゃ……!あの怨念の堅さは異常だと…!刀が折れたりなんかしたら終わりだ!

 

 けれどそんな思いとは裏腹に、喉も苦しみ始めており、言葉すら発せない。

 

 そんな俺達を無視して、あの怨念は三度朝武さんの方へと攻撃を仕掛けるように真っ直ぐに向かっていった。

 

 その姿は人の形を維持したままで。

 

 その動きに反応が出来なかった俺だが、将臣はすかさず朝武さんの前へと飛び出し、叢雨丸を薙ぎ払い、顔から突進している怨念を神力を灯らせながら押さえつける。

 

 その重さに負けそうになっているのか、片手で柄を、残りの手で峰を支えて歯を食いしばりながら必死に抑えている。

 

 芳乃「邪気封印ッ!」

 

 その後ろから朝武さんの援護が。

 

 その瞬間に怨念に白い網状の跡がまとわりつくように張り巡らされていく。

 

 あの技はなんなのだろうか?いや、あの技が何であれ、怨念を押さえつける力がある事には変わりない。その証拠に怨念の動きはほぼ停止していると言ってもいいだろう。

 

 しかし二人で全力で抑えているとはいえ、この状態では押し負けるのも時間の問題だ…!

 

 痙攣を起こしている身体に鞭を打ち、フラフラな状態で俺は何とか立ち上がる。

 

 茉子「蓮太さん、一旦離れて身体を休めてください!そんな状態ではもうまともに動けないでしょう!?」

 

 蓮太「でも……、今行かなきゃ…!あのままじゃ二人がやられちまう…ッ!」

 

 クッソ……!痛てぇ…!

 

 けど……!一人じゃダメかも…。……………仕方ない…!

 

 俺は直ぐに茉子の手を握り、蒼い心の力をその手を伝えて送り込む。

 

 茉子「……!」

 

 蓮太「頼む…!アレを退かすぞ!」

 

 多分この行為で意味は伝わっただろう。今は何としても無理をすべき場面だ。

 

 その決意を茉子に視線で伝える。

 

 茉子「……あーーーー、もうっ!わかりました!わかりましたよ!でもすぐに助けて、お祓いを終わらせて、手当をしますからね!」

 

 その瞬間に、茉子は両足に蒼い光を宿し、腰を少し下げて走り出す構えを取る。

 

 蓮太「ありがとう…!」

 

 そして俺も同じように両足に蒼い光を宿して、走り出す構えを。

 

 ──ダンッ!

 

 俺と茉子はほぼ同時に怨念の元へと駆け出し、目にも止まらぬ速さで将臣と怨念の間の足元へとたどり着く。

 

 そして──

 

 俺は左回りに、茉子は右回りに身体を一周回転させて、乗せてきたスピードを殺さぬままに二人で後方回し蹴りを放つ。

 

 

 蓮太、茉子「「羊肉(ムートン)ショットッ!」」

 



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113話 血路を開け

 

 二人の蹴りで吹き飛ばされた怨念は、そのままその衝撃に抵抗することなく腹部を蒼く光らせながらかなりの距離を飛んでいた。

 

 蓮太「はぁ…!はぁ…ッ!」

 

 まだ身体中が痛い…!なんとか走り出せて、蹴りを入れられたとはいえ、その衝撃で返ってくるダメージも結構キツい…!

 

 しかもさっきゲロゲロ吐いたばっかりだからな……、口の中も気持ち悪い…

 

 茉子「大丈夫でしたか!?御二方!」

 

 将臣「なんとか…ね」

 

 芳乃「私達よりも、竹内さんの方が危険なのでは!?ここはとにかく一旦離れた方が──」

 

 蓮太「問題ないって、茉子にも言われたけど、ここで引くわけにゃあいかねぇ…!」

 

 タダでさえ相手は本気で朝武家を怨んでいるあの怨念なんだ。身を守ることで精一杯なこの状況を放ったらかしにしてチンたら休んでる暇なんてない!

 

 完全に見栄だが、余計な心配をさせないように、できるだけケロッとしている姿を見せる。

 

 軽く靴をトントンと地面にぶつけ、何事も無かったかのような態度で。

 

 茉子「本っ当にもう…!強がりなんですから」

 

 蓮太「今はその時だろ、死んでも守る時だ…!」

 

 そうだ…今は絶対に引けない。

 

 ここで引いたら………大切なもんを全て失う気がする…!

 

 茉子「それは違います!」

 

 蓮太「いや、違うって──」

 

 茉子「『死んでも』守るんじゃありません!みんなで『生きる為に』守って下さい!言葉の綾かもしれませんが、冗談でもそんなことを言わないで下さい!」

 

 

 

 

 

 ……そうだな。誰か一人でも死んでしまったら意味が無い。

 

 みんなで無事に帰って、またいつものようにご飯を食べて、学院へ行って、たまにはイチャイチャしたりして…………幸せを掴むために……

 

 蓮太「……ごめん。確かにそうだ、これは……生きる為の戦いだったな」

 

 そう……みんなで未来を生きる為の……

 

 

 蓮太「……それにしても、よくあの蹴りに合わせられたな…?茉子とはなにも打ち合わせも、ましてや蹴り方さえも伝えた覚えはないのに…」

 

 しかも思いっきり「羊肉(ムートン)ショット」って言ってたしな。

 

 茉子「誰の背中を今まで見てきたと思っているんですか……」

 

 そう言って、茉子は俺の隣でクナイを仕舞って、改めて身体を横に向かせ、まるで背中を預けるかのように吹き飛んで行った怨念の方へと身構える。

 

 茉子「貴方の隣でいつでも貴方を守れるように、ワタシなりの努力の結果です。だからもう……一人で行かないで下さい。もっと……ワタシを信用して下さい」

 

 その言葉に罪悪感を覚える。

 

 信用していなかった訳では無い、雑に扱っていた訳でもない。

 

 けれど俺にとって、彼女は守るべき人だった。女の子だから?彼女だから?仲間だから?

 

 

 いいや……「大切」だから。

 

 

 けれどそれは、結果的に信用をしていない風に見えていたのかもしれない。

 

 いや、事実そういう事だ。茉子の力を信用せずに、俺が俺がと守ることばかり考えていた。

 

 無論、前線に出るってことはかなり危険だ。下手をすれば本当に死んでしまうだろう。

 

 ……それをさせない為に二人なんだ。

 

 蓮太「……よく聞いてくれ、あの怨念は俺が攻撃した時、何故か外部を急速に硬化させていた。だから俺の山河慟哭は斬ることが出来ずに弾かれてしまった」

 

 茉子「確かに……そういう風に見えましたね…?でも先程の蹴りはダメージを与えれていたと思いますが…」

 

 蓮太「そう、蹴りは効いたんだ。つまり、外部の攻撃は大したダメージにならなくても、その中に伝わる衝撃なら有効打になる」

 

 ムラサメ『なるほど……しかし、それを繰り返したとして、叢雨丸や鉾鈴、つまり神具を使わぬと決定的な攻撃を残すことは出来ぬが…』

 

 蓮太「そう、アレは元々叢雨丸が突き刺さるくらいには柔らかかったんだ。つまりあの硬化は解くことが出来るもの。そして急にあの霧状へと移動する手段を使わなくなった。ということは……」

 

 茉子「霧に変化していた部分を外部の装甲のように身にまとった……?」

 

 ………頭良いな。なんで一発でその答えに行き着けるんだよ…?

 

 蓮太「そういうこと。可能性の話とはいえ、事実硬化して俺を攻撃した後、霧の姿にならずに頭から朝武さんを襲い始めた。つまりは硬化と散化は両立できない。しかもその装甲をぶち壊すことが出来れば…」

 

 芳乃「鉾鈴と叢雨丸が大きなダメージ源となる…!」

 

 蓮太「だから俺と茉子でまずあの装甲をぶっ壊す。それまでに朝武さんと将臣はただ本体を攻撃することに意識を集中させてくれ」

 

 とそこで怨念がユラユラと起き上がっていたのに気が付いた。徐々にこちらへと移動するペースを速め、様子を伺うように近づいてくる。

 

 将臣「でもっ!それじゃあ蓮太と常陸さんが危険じゃ──」

 

 蓮太「大丈夫!」

 

 

 

 

 蓮太「俺の隣には彼女がいる」

 

 

 

そして、彼女の隣には俺がいる。

 

 

 そう言って俺は茉子に出来るだけの心の力を送り続ける。

 

 茉子「思ったよりも簡単なんですね?この力を扱うことって」

 

 蓮太「ばーか、それを心から…魂から引っ張り出すのが難しいんだって。一度光出した力を扱うのは結構楽なの、将臣だって、前に一度初めてのタイミングで力を扱えていたしな」

 

 そんな話をしている間も、出来るだけ茉子の手を繋ぎ心の力を送り続ける。

 

 茉子「ワタシもいつか…蓮太さんから預かっている力を扱えるようになれるでしょうか」

 

 蓮太「別に扱えなくてもいいけどな。アレはあくまで緊急手段だったから、本当に申し訳なく思うよ」

 

 茉子「いいんですよ。ワタシは気に入っていますから……、だってワタシ達二人だけの特別な力…ですもんね」

 

 ふふっと笑った後、俺達は繋いだ手を離して迫ってくる怨念に向かって撃退の準備をする。

 

 茉子「やっと……貴方の隣で戦える…。貴方と並んで前へ進める…」

 

 ……確かに、お祓いに参加していた時は、ほとんど茉子と並んで戦ったことはなかったな。前回の獣の姿の祟り神と対峙した時くらいか…?

 

 にしても数週間で俺の見様見真似の蹴り技を扱えるようになるなんて……茉子の潜在能力ってどうなってんだ…?

 

 まぁ、いいか。

 

 蓮太「いくぞ………茉子」

 

 茉子「…はい」

 

 

 そうして俺と茉子は、心の力を両足に宿して、勢いよく迫ってくる怨念に向かって走り出した。

 

この戦いの血路を開く為に。



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114話 勇気ある戦い

 

 俺達の方へと向かってくる怨念に反撃をするように、俺と茉子は勢いよく走り出す。

 

 とりあえず先手を取れるように、何歩か走った後、俺は心の力を少し消費して地面を強く蹴り、スピードを上げて怨念に向かって急接近する。

 

 何度もこの移動法を繰り返しているおかげで、もう随分と慣れたもんだ。

 

 さっき茉子もこのやり方で「羊肉(ムートン)ショット」をした時は内心結構ビックリしてたんだけど。

 

 なんてことを思いながら目と鼻の先にまで迫った怨念にむかって、軽くジャンプをして右足を強く前へと繰り出す。

 

 そうすると、俺がそのアクションを起こしたのとほぼ同時に、怨念は人の形を維持したまま硬い片腕を殴り掛かるように振るってきた。

 

 

 

 

 ──ッ!?

 

 

 

 

 一瞬さっきの出来事が脳裏にチラつく。

 

 俺の心の底では、あの出来事はトラウマになっているようだ。

 

 繰り出した右足を攻撃の為ではなく、防御の為に切り替えて、その繰り出してきた片腕をルートを変えて蹴り弾く。

 

 蓮太「クソッ!」

 

 怨念の片腕を蹴り飛ばした後、そのまま残りの片腕も攻撃してきたのを見切って右足の蹴りの反動を活かして身体をクルンと回転させつつ、左足の踵でもう片方の腕を蹴り飛ばす。

 

 怨念はバランスを崩して突進してきた勢いが無くなり、一歩ほど重心が後ろに下がった。俺はそこを付け込むように、着地をした瞬間に更に身体を回転させて、腹部を強く蹴りつける。

 

 思いっきり強く怨念を蹴りつけた反動で、俺は怨念から人二人分程距離が離れたが、それを認識した瞬間、茉子が俺の後ろから怨念に向かってスピードを落とさずに迫っていった。

 

 俺の最後の蹴りで怨念は頭を差し出すように怯んだ所を、茉子は怨念の目の前まで近づいた後、軽く腰を屈めて右足に蒼い光を纏わせ、そのままその右足を前方に勢いよく繰り出しながら、上空へと舞うように怨念の頭を蹴り上る。

 

 茉子「はあッ!!」

 

 美しく描かれた半円は、蒼い残光を残しながら、その中心に存在感を表す美少女をより美しく昇華させていた。

 

 その姿に見惚れつつも、身体があの痛みを思い出したかのように疼き出し、またも視界が一瞬揺らいで追撃をさせてくれなかった。

 

 しかしその美しい忍者は、宙に浮かんだ後、両手を自分の胸の前に移動させ、その何も無い空間を挟み込むように両手を向かい合わせて念じるような動作を見せる。

 

 ……何をやっているんだ?

 

 と思った瞬間、何も無かったはずのその挟まれた空間に、蒼白い輝きが現れ、段々とその光が強くなっていく。

 

 そしてその光をまるで圧縮するかのようにひたすらに手の間に押さえつけながら、茉子は蹴り上げた怨念に頭から落下していく。

 

 そしてぶつかると思ったその刹那、茉子は両腕を怨念の頭に向かって一気に差し出し、溜め込んでいた蒼白い光を勢いよくぶつける。

 

 するとその光は爆発を起こし、怨念に攻撃すると同時に、その反動で茉子の身体を更に高く空へと放り出した。

 

 いや………

 

 ドラゴンボールかよっ!?

 

 なんか悟空がそんな動きをやってたのを見たことあるぞ!?

 

 いや確かにその訳分からん攻撃は怨念には物凄いダメージを与えているのだろう、その証拠にその爆発を直撃させられた怨念は地面にめり込むんじゃないかってくらいに地べたにひれ伏すように面している。

 

 おそらくあれも心の力を使った攻撃なんだろうけど……なんだアレ!?

 

 俺にもできるのかな…?

 

 なんて思いながら、更に高い所へ飛んで行った茉子を見てみると……

 

 茉子「あ………あわ……!あばばばばば………ッ!?!?」

 

 ……

 

 茉子は何かに怯えるような表情で、目を右へ左へと泳がせながら口を開けてなんか身体をバタバタさせている。

 

 って………

 

 蓮太「お前高所恐怖症じゃねぇかぁッ!?」

 

 茉子「高ッ!たったたたた高いッ!?!?めっちゃ高いぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 こんな時にまで高所恐怖症(それ)を発動させなくてもいいだろ!?さっきまでのシリアスな雰囲気はどこにいったんだよ!?

 

 慌てる茉子はパニックに陥っていて、なにもその落下していく身体に保険をかけることができず、段々と地面に近づいていっている。

 

 蓮太「バカッ…!」

 

 俺は両足に心の力を送り付け、思いっきり両足を使って地面を強く蹴り、風を切り裂くように身体を飛ばして、地面に茉子の身体がぶつかるその直前で両腕を使って茉子を抱き上げる。

 

 かつてのお姫様抱っこを彷彿とさせるその動きは、以前のようにギリギリで抱きかかえられたものではなく、それが当然かのように、軽々と彼女を抱くことができた。

 

 色々と聞きたいことがあるがまずは………

 

 蓮太「怪我は…?」

 

 茉子「だだだ大丈夫です!全然問題ありませんよ!怖くなかったですよ!」

 

 蓮太「怖いか?とか聞いてねぇよ!怖いんならあんな無茶するなよ!?」

 

 見てるこっちが冷や汗もんだわ!

 

 茉子はぴょんと俺の腕から身体を離し、怨念を注意しながらも乱心していたその心を落ち着かせている。

 

 蓮太「つかなんなんだ?あの悟空みたいな爆発技。あんなのドラゴンボールでしか見たことねぇぞ?」

 

 茉子「何って……蓮太さんもしていたじゃないですか、「破晄撃」って。心の力があんな風に斬撃の形を模して飛ばせるのなら、さっきのようにできるかと思っただけですが……」

 

 蓮太「それを思いつきで即座に実践で扱える茉子の才能が凄いな……俺にもできるんかな?」

 

 マジで心の力ってなんなんだ…?気弾とかも作れるのか?それこそいつかかめはめ波とか放ちそうだ…

 

 茉子「意外と簡単でしたよ?こう……両手を挟むように近づけて、互いの手のひらから例の力を押し出すように…………ですッ!」

 

 説明しながら、茉子は目の前でそれを実践してくれる。するとさっきと同じように茉子の手に挟まれた何も無い空間から、蒼白いあの輝きが放たれた。

 

 蓮太「えぇ……?」

 

 俺も同じように身体を動かしてやってみるが…………………全くうんともすんともいかない。

 

 俺の手に挟まれたその空間は何も起きずに、ただただ風が通り抜けていく。

 

 茉子「あ…あは……まぁー…これから練習しましょうか」

 

 蓮太「はいはい……どうせ俺は初めて心の力を扱った人よりも、この力を活かしきれてない不器用な男ですよー」

 

 なんて話しながらあの怨念を確かめると、それなりに時間が経っていたからか、ムクリと起き上がるような動きを見せた。

 

 蓮太「ちょっと気を抜きすぎたな」

 

 茉子「ですが、あの光の攻撃はかなりの効果が期待できそうですね………ちょっと試してみたいことがあるので、もう一度あの怨念の動きを止めることはできませんか?」

 

 試したいことって………、まぁいいか。それにしてももう一度動きを止める……ねぇ……。

 

 ……アレをやるか。

 

 蓮太「一瞬でもいいから、タゲを俺以外の何かに向けてくれれば………なんとかなるかも?」

 

 茉子「分かりました。では今度はワタシが……」

 

 そう言った茉子は、心の力を使わずに、素早い動きで怨念に急接近して行き、相手を煽るように怨念の周りを動き始めた。

 

 怨念は完全に茉子を狙って暴れるように何度も何度も攻撃している。

 

 上手くそれを躱していきながら、茉子は今か今かと俺の攻撃を待つようにひたすら守りに徹している。

 

 俺は慌てて怨念に向かって走り出し、両足に心の力を送りながら、怨念に急速に接近していく。

 

 そして俺の攻撃範囲内に入る直前、茉子は蒼く光ったクナイを怨念に投げつけて、すぐさまその場を離れていった。

 

 そして俺はその場から一歩踏み込んで………

 

 蓮太「肩ロースッ!(バースコート)

 

 怨念の肩であろう場所を思いっきり蹴る!そして……

 

 蓮太「腰肉ッ!(ロンジュ) 後バラ肉ッ! (タンドロン) 腹肉ッ!(フランシェ)

 

 と次々に怨念を怯ませながら、もう一つの料理コースをお見舞する。

 

 蓮太「上部もも肉ッ!(カジ) 尾肉ッ!(クー) もも肉ッ!(キュイソー) すね肉ッ!(ジャレ)

 

 必要に足周りを狙って蹴りを入れ続け、相手の下半身をダウンさせるのを目的に連続して蹴りのコンボを繰り出し続ける。その間に怨念の方も何度か攻撃をしてきたが、殺られる前に殺る戦法で身体にその攻撃をカスらせながらも常に全力で蹴り続ける。

 

 そしてついに怨念はその攻撃を中断し、不気味な黒い霧のようなものを俺の前に集中させるように集めてその身を隠すほどの大きな盾を作る。

 

 ──これを壊すことが出来ればッ!

 

 蓮太「子牛肉(ヴォー)ショットッ!!!!!」

 

 繰り出した蹴りは、その大きな盾に凄まじい轟音を鳴り響かせながら激突し、またもその反動で俺の身体は激しく吹き飛ばされる。

 

 後方に飛ばされる中、目を開いてその盾を見ると……壊すまでには至らなかったが、バキバキにヒビが広がっており、もう一押しで壊せそうな雰囲気だった。

 

 身体が地面にぶつかり、なんとか受身をとりながら着地をした後に気がついたのだが、俺の身体が飛ばされた先で、茉子が両手を前に突き出して、また何かを念じるように目を瞑っていた。

 

 茉子「ありがとうございます……蓮太さんっ!」

 

 そして一気に茉子は目を見開き、腰を少し下に下げると、その差し出された手のひらから蒼白い光がまるで光線のように勢いよく伸びていった。

 

 …………もう完全にかめはめ波だな。

 

 そんな冷めた感想とは裏腹に、その急速に怨念にむかって稲妻のように走り出す光は、ヒビが生えた大きな盾にぶつかった瞬間、激しい爆発を起こして、あの盾を粉々に粉砕した。

 

 それを確認すると、すぐさま俺は立ち上がり……

 

 蓮太「行くぞ!茉子!」

 

 と一声だして怨念に向かって心の力を消費して高くにジャンプした。

 

 それに続けて茉子も俺と同じ高さにジャンプしてくる。

 

 高くと言っても3メートル無いくらいだが……

 

 茉子を確認すると、攻撃することに夢中なようで、特にパニックに陥っている様子ではなかった。

 

 ……そういえば茉子は行動を起こしてからいつも自分が高いところにいることに気がついてビビっているからな。今はそのことに気がついていないのか。

 

 そしてそのまま俺と茉子は空中で勢いよく前転を繰り返し────

 

 

 蓮太、茉子「「粉砕!!!(コンカッセ)」」

 

 

 

 あの怨念の分厚く硬い装甲に向かって、全力のかかと落としを繰り出した。



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115話 生か死か

 

 二人の攻撃はとても強い衝撃を生んだ。

 

 足が怨念の頭に重なった瞬間、その衝撃は突風となり、辺りに地震をも思わせるほどの振動を与える。

 

 心の力を存分に使った連撃は功を奏し、あの固く分厚かった装甲のような穢れを叩き割った。

 

 蓮太「ざまぁ…みやがれ…」

 

 調子に乗って心の力を消費しすぎたか……

 

 茉子にも大量に分け与えたし、子牛肉(ヴォー)ショットにも容赦なく使ったし……

 

 もうあんまり身体が動かねぇや。

 

 というかそうか……俺と茉子では心の力の消費量が若干違うのか。

 

 茉子は移動の時やジャンプする時などには心の力を基本的には使用していない。それは元々必要が無いほどに自身の身体能力でそれが可能になっているからだ。

 

 訓練をしていたから、心の力なんてなくても俊敏な動きは可能なのだから。

 

 その代わりに今回の粉砕(コンカッセ)のような攻撃の威力を俺と同じレベルにまで上げるには、茉子はフィジカルが足りない。だから攻撃時に俺以上に心の力を消費しているんだ。

 

 俺はその逆。男ということもあって、茉子よりは体格が良いから一撃の重みは当然茉子よりも強い。だから攻撃時にはそれほどの心の力を必要としないが、俺は茉子のように俊敏な動きは出来ない。だからことあるアクションを起こす際に心の力が必要なのだ。

 

 やべぇな……精神が疲れてる。後先考えずに無茶をしすぎた……。特に今回は誰にも心の力を借りられていないってのに。

 

 崩れていく怨念の装甲を眺めながら、力が抜けていく身体を放置して、そのまま地面に向かって落ちていく。

 

 しかし俺の身体は強く地面に当たることはなく、少しの痛みを引き換えに怨念からやや距離をとって倒れていた。

 

 隣には茉子が俺を抱きしめてくれている。

 

 茉子「痛たた…………大丈夫ですか…?蓮太さん」

 

 おそらく彼女が俺よりも身体を動かせる分、早く着地をして、飛びかかってくれたのだろう。部分的に身体を擦りながらも、危険な怨念から距離を保ってくれた。

 

 蓮太「ごめん……怪我をさせたな…悪い」

 

 俺のせいで受け身をまともにとれなかった茉子は、肩や腕を地面に擦りむいていて、少し出血している。

 

 まずいな…女の子に怪我をさせるなんて。

 

 ムラサメ『ご主人!今が好機だ!一気に神力を叩き込めッ!』

 

 なんて思っていると、硬い装甲が剥がれた怨念に向かって、将臣と朝武さんがチャンスを逃すまいと、各々の武器を持って怨念にその刃を振りかざす。

 

 将臣「はぁぁぁ!!」

 

 まずは叢雨丸の一太刀。

 

 斜めに振りかざされたその刃は、怨念の身体を引き裂き、霧から泥へと変化させ、辺りにそれが飛び散る。

 

 芳乃「せいッ!」

 

 そしてその反動で将臣が攻撃できない瞬間を補うように、朝武さんが鉾鈴に付いている刃で更に追い討ちの一撃。

 

 飛び散る泥に当たらないように身体を避けつつも、確実にその刃を怨念に当て、立ち位置を将臣と入れ替える。

 

 そして今度は朝武さんをサポートするように、入れ替わりで将臣がもう一太刀。

 

 二人で何度も斬りつける攻撃に、怨念は苦しそうな叫びに聞こえる音を発しながら、抵抗する間もなく無造作に斬られていった。

 

 そして最後は叢雨丸と鉾鈴の同時攻撃、全く同じタイミングで怨念に対して武器を突き刺し、そのまま上空に向かって刃を斬り上げる。

 

 その瞬間に黒い怨念は噴水のように飛沫を上げて、辺りを雨のように汚していった。

 

 すかさず将臣と朝武さんは俺たちの元へと駆けつけてくる。

 

 芳乃「大丈夫ですか!?竹内さん!さぁ、早くこの手を!」

 

 差し伸ばしてくれたその手を握りしめ、朝武さんの心から少しだけ力を借りる。

 

 その瞬間に身体が白く淡い光に包まれて、俺の身体は少し動ける程度にまではなんとか回復できた。

 

 蓮太「ありがとう、朝武さん。あんまり力は借りていないから朝武さんに影響はあまり出てないと思うから安心して」

 

 とそれよりも………

 

 俺は比較的に汚れていない自分のインナーシャツを部分的に破り取り、茉子の出血をしている部分を隠すように巻き付ける。

 

 今は消毒液等をもっていないから、安心出来る状態、怨念が完全に消えるまでの応急処置としてしておこう。流石に放置して菌が入ったりするよりもマシだろう。

 

 蓮太「ごめんな、こんなことしか出来なくて。お祓いが終わるまで我慢してくれ」

 

 茉子「あは…。ワタシ的にはこの怪我よりも蓮太さんのお腹の怪我方が心配なのですが……。とはいえありがとうございます」

 

 将臣「確かにそうだね、思いっきり吐いていた時は流石にびっくりしたよ」

 

 まぁ……本気で死ぬかと思ったからな。

 

 蓮太「大分マシだけど、本当に命の危機を感じたからな……」

 

 芳乃「ともかく、これで──―」

 

 

 

 

『グォォォォォォォォォッッ!!!!』

 

 

 

 

 ──―ッ!?

 

 

 胸に焼き付くようなけたたましい雄叫びが響く。

 

 その振動は木を騒がせ、風を押し退け、俺達のつかの間の安心感を一瞬にして消し払った。

 

 確かに一度も確認していないし、お祓いが終わったなんて正直考えてはいなかった。けれど、ほぼ終わりだと思った。動けない程に弱っているものだと思った。

 

 しかし振り向いてみると……

 

 その視線の先に佇んでいた怨念は、形を崩しかけている姿でこちらを睨んでいるように見えた。

 

 こんな時に思うのも俺だけど、ドラクエにあんな姿のモンスターがいたな。

 

 なんだっけ?ジェリーマン?ドロヌーバ?ようがんげんじん?

 

 なんでもいいや。

 

 とにかく、まだアイツが朝武さんを殺る気である以上。まだまだこの戦いは終わらない。

 

 そうして一歩踏み出すと──

 

 蓮太「オロ…?」

 

 急に世界が横向きに傾いた。

 

 あれ…?

 

 気がつくと、俺は身体を横に倒しかけており、やはりもう力が上手く入らない。

 

 また地面にぶつかるのかと、目を閉じ、歯を食いしばって傷を受ける覚悟を決めていると……

 

 身体を中途半端に斜めに倒したまま、なんか柔らかい感触と共に途中で止まった。

 

「止まった」?

 

 目蓋を上げると、視線の先には白くなびやかな髪が。

 

 今の俺達のメンバーでこんなに綺麗な白い髪の人って……

 

 ムラサメ『こんな時に何をしておるのだ……?へんた………いや、蓮太よ』

 

 蓮太「………へ?」

 

 状況を把握した時にはもう遅い様子だった。

 

 理由があるとはいえ、俺は身を任せるように朝武さんに倒れかかっており、地面に当たるのを防いでくれたのだろう。朝武さんは受け止めてくれたのだが……

 

 視線の遥か先には怨念がいる。そして上から白い髪がぶらりと垂れるように視界にチラチラと映っていた。

 

 そして朝武さんの顔は見えなくて、その代わりになんか柔らかい感触が。

 

 ついでに白い布に包まれた何かの山がひとつ見える。

 

 ただその山は横から出てきていた。

 

 そしてムラサメに言われた言葉。なんか前に一度聞いたことがあるような気がする言葉。

 

 察する時には既に遅くて、後悔するのにも、もう遅かった。

 

 芳乃「大丈夫ですか?竹内さん……無理なんてしないで、この場から離れて休んでいて下さい」

 

 朝武さんは気がついていないのか?気にしていないのか?いやでも、キスの話だけであんなに動揺を見せるような子なんだ。自分の胸に男の顔が存在なんてしていたらまず間違いなく顔を真っ赤にして慌てるだろう。

 

 蓮太「え、あ、いや………」

 

 離れようにも自分の力で離れられない。こんなことならもっと心の力を貰っておけばよかった。

 

 将臣「早く離れろよ蓮太ぁ──!そこはまだ……まだ俺だって突撃したことは無いんだぞ!!」

 

 蓮太「いや待て違う!そんなつもりじゃない!本当に身体に力が入らなくて──」

 

 茉子「蓮太さん……そんな……信じていたのに…………………!」

 

 いや違うんだって!これは浮気だとかそんなんじゃなくて……!

 

 不可抗力だ!と言うか待ってくれ!なんで怨念を目の前にしてこんな状況になっているんだよ!?

 

 将臣「いいから早く俺と変わってくれ!」

 

 ムラサメ『ご主人は何を言っておるのだ…』

 

 蓮太「いやだから──」

 

 茉子「………ふふっ」

 

 蓮太「お前絶対わざとだろッ!?」

 

 ……!?いや待てよ……?今朝武さんからもう少しだけ心の力を借りて直ぐに離れれば……!

 

 そう思って触れている部分から意識を集中させて、もう少しだけあの白い力を貰う。

 

 芳乃「んっ……!んっ……!」

 

 なんだその艶めかしい声は!?そんな声は出していなかっただろ!?

 

 マジで俺が変なことをしているみたいになるから頼むから止めてくれ!!もうお願いだから!なんかもうごめんなさい!

 

 なんてバカみたいなことをしているうちに、あの人の形から崩れた怨念は、その崩れた身体から生えている二本の触手のような何かを勢いよく飛ばすように伸ばしてくる。

 

 その瞬間を即座に察知して、最低限動けるようになった後、朝武さんを強く抱き締め、力いっぱいに地面を蹴り、伸びてきた触手から軸をずらす。

 

 が、完璧に避けることが出来なかったのだろう。右足のふくらはぎが大きな針にでも刺されたかのような激痛が走る。

 

 蓮太「―ッ!」

 

 地面に倒れた後に、右足を確認すると、伸びてきた触手が見事に突き刺さっており、ふくらはぎの部分を貫通して、真っ赤に染まっていた。

 

 それにいち早く気がついた朝武さんが、すぐさま触手を鉾鈴の刃で斬り、貫通しているものを消してくれる。

 

 芳乃「大丈夫……ではないですよね!?と、とにかく……本殿の方に戻って手当を……!」

 

 朝武さんは俺に向かって怪我の具合を心配しながら向かい合う形で声を掛けてくれている。

 

 その俺の目の前、つまり、朝武さんの後ろに、あの怨念が今にも殺すといった殺気を放ちながら、触手を数本出して襲いかかっている。

 

 不味い…!パッと見で確認できる数で三本は触手を準備している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝武さんッ!!後ろッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グギァァァァァッッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触手が朝武さんに当たる刹那。

 

 蒼い光が、朝武さんと怨念との間に割り込み、激しい静電気でも炸裂したのかとも勘違いしてしまう程の音と共に、まず左右から迫ってきていた二本の触手をはじき飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「茉子ッ!?」

 

 

 

 

 

 しかし攻撃を仕掛けてきていた触手は二本ではない。

 

 

 

 

 

 このままじゃあ……!茉子が……、茉子が………ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 守らなきゃという感情は強く出ていたが、動こうにも足が、身体が動かない。

 

 

 

 

 止めて………、死んじゃダメだ……!

 

 

 

 生きて帰るんだろ…

 

 

 

 まだ俺達の人生は終わるには早いじゃないか……

 

 

 

 頼む………

 

 

 

 頼むから………………

 

 

 

 

 

 

 誰か茉子を助けてくれ…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう願った時、茉子の前から何かの飛沫が破裂するように飛び散ったのが見えた。

 

 

 

 

 防げなかった攻撃は、抵抗することなくその事実を受けいれ、激しく茉子の身体に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は…………その時、初めて視覚で痛みを味わった。

 

 

 言葉は出てこなくて、その現実に脳が追いついていなくて、目を逸らしたくて…………

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、その飛び散る飛沫を浴びることしかできなかった。

 



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116話 対の心の結託

 

 俺達に……いや、朝武さんに向かって繰り出されたその触手は、本来殺す対象であった朝武さんに当たらずに、間一髪で間に入り込んだ茉子に直撃した。

 

 茉子の背中越しにでも、その現実を知らせるように飛び散る飛沫は、不敵に笑うようにまさに絶望の雨を降らし続ける。

 

 その瞬間は時が止まったかのように感じ、最初に思ったことはこれは夢なんじゃないか?

 

 だった。

 

 しかし、俺達を守ってくれた身体からが纏っていた蒼い光は、目的を失ったかのように消失した。

 

 

 

 

 それが意味するのは………………

 

 

 

 

 蓮太「茉子ぉッ!!」

 

 力が抜けたその身体はぶつかった衝撃に流され、朝武さんの横を素通りし、俺の所まで飛んできた。

 

 強く抱きかかえることは出来なかったが、身体全身で茉子を受け止め、感情を抑えきれずに、周りを無視して顔を茉子に擦り付けるようにして噛み締める。

 

 

 自分の不甲斐なさを。

 

 

 …………いや、後悔するにはまだ早い。

 

 今から医者に見せれば、まだ助かるかもしれない。

 

 あの大量の飛沫の量からして致命傷を負ってしまったのは間違いないだろうが、まだ死んでいない…はず…!

 

 と埋めた顔を上げて急いで茉子の身体を確認してみると………

 

 

 

 攻撃された場所はおそらく胸付近だったはず。後ろからの視点だったから絶対にそこだ。と言う確証はないが、外れていたとしても身体の前面だと思う。

 

 と思っていたのだが……

 

 蓮太「……あれ…?怪我をしていない?」

 

 怪我をしているどころか、衣服が傷ついているわけでもない。

 

 え?でもあれだけの飛沫が飛び散っていたのだから激しく身体に傷が入っているものだと……

 

 だからこそ茉子が死んでしまうと思ったわけで…

 

 茉子「蓮太……さん…?」

 

 名前を呼ばれて改めて茉子を顔を見ると、特に何かに痛がるような素振りも見せず、何かに驚くように目を点にしていた。

 

 蓮太「怪我はしてないか!?どこか痛いところとか無いのか!?」

 

 頭が混乱しているのだろうか?幻覚でも見ているのだろうか?はたまた先程の出来事が幻覚だったのだろうか?

 

 そんな疑問を感じながらも、それを確かめるように茉子に語りかけるが……相変わらず何かに驚いていて返事を返してくれない。

 

 蓮太「茉子ッ!どうしたんだ!?」

 

 

 

 

『五月蝿い。少し冷静になれ』

 

 

 

 

 ──!?

 

 え……この声って…

 

 まず、聞こえてきた声に疑問を持った。

 

 だってそれはこの世界では聞くことがなかった声。

 

 

 

 

『「俺達が祓う」ではなかったのか?満身創痍ではないか』

 

 

 

 

 蓮太「うるせぇよ。まだお祓いは始まったばかりだろ…」

 

 そんな言葉を吐きながらその声が聞こえてきた方向、元々茉子か割り込んで入ってきた方向を振り返って見てみると……

 

『…死にかけの人間が何を言うか』

 

 その姿は例えるのなら犬。いや、狼に近いだろう。

 

 かつて俺達と対峙し、茉子に取り憑き、俺達に迷惑をかけながらも、俺と茉子が付き合えるキッカケになったその存在は……

 

 

 

 芳乃、茉子、将臣、ムラサメ『獣ッ!?』

 

 

 

 蓮太「誰も死にかけてねぇってのッ!」

 

 激痛が走り、怪我をした部分から血が吹き出すことを無視し、気合いを入れながら俺は片足で起き上がる。

 

 と言っても茉子に肩を借りながらだが……

 

 獣『お前……私が今あの触手を防がなかったら、その娘は間違いなく死んでいたぞ?』

 

 蓮太「っ……!」

 

 それは……事実だ。

 

 実際、俺は…茉子はこの獣に助けられたのだろう。茉子を確認しても怪我をしていないし、怨念の伸びていた触手は、まるで破裂でもしたように先端が爆散している。

 

 将臣「獣!お前…何をするつもりだ…!朝武さんは殺させないぞッ!」

 

 遅れて近づいてきた将臣は、朝武さんの前へ庇うように立ちはだかり、獣に向かって叢雨丸の切っ先を向けて威嚇している。

 

 獣はそんな将臣を一旦無視して、あの怨念に向かって強い念の様なものを放った。

 

 獣『ぬんッ!』

 

 その瞬間、黒い粒のような何かがたちまち怨念を囲うように重なられていき、怨念を黒い壁の中へと閉じ込めた。

 

 獣『腐っても神……か。アレが使えても、この程度の力しか出ないとは…』

 

 将臣「おいッ!聞いているのか!」

 

 またも将臣を無視する獣は、今度は俺の辺へと顔を向け、その身体から黒い粒を再び放出した。

 

 放出されたその粒は、俺の右足をまたも囲うように粘着していき、高速に回転していく。

 

 その回転が収まった頃、黒い粒が消えると俺の右足は出血をしなくなっていた。

 

 それどころか痛みも感じない。

 

 茉子「これは………!」

 

 獣『お前にはまだ戦ってもらう。私との条約を破ることなどさせぬぞ』

 

 原理はわかんねぇけど……要するに自分で言ったことくらいしっかり守れってことか。

 

 芳乃「貴方は……「味方」で……いいんですか…?」

 

 不安そうに朝武さんはその獣に語りかける。

 

 ……そうか、朝武さんからしたら因縁の相手。今までは敵だと思っていたし、実際に殺されかけもしたのだから。

 

 獣『ふざけるな。お前ら人間の味方などしない』

 

 その瞬間に朝武さんは身をすくませ、将臣は改めて叢雨丸を構える。

 

 獣『私が守るべきは石。お前ら人間が不甲斐なすぎる故に私が出た迄。お前らに死なれるとあの石を守れなくなるのでな』

 

 ……嘘つけ。

 

 それだけの理由なら、わざわざ自分の身体を犠牲に茉子を守ったりしないだろう。

 

 おそらく俺が見たあの飛沫は茉子の血ではなく、獣の身体じゃないか?獣も咄嗟に出てきたのはいいけれど、庇うことしかできなかったんじゃないか?

 

 それにこの中であの怨念に勝てる可能性が一番高いのは叢雨丸か鉾鈴。

 

 つまり将臣か朝武さんだ。

 

 アイツからしたら、戦闘能力が高いだけの俺を……祓う力が少ない茉子を、危険を犯してまで助ける必要は無い。

 

 その証拠に、俺の傷は治しても、自分の傷はそのままに放置している。

 

 もしその癒す力が他の何かと兼用なのならば……そちらを優先させたんだろ?それを承知の上で俺の怪我を治したんじゃないか?

 

 将臣「だったら……!」

 

 蓮太「待ってくれ!将臣!」

 

 俺は将臣を止め、朝武さんと手を握り、叢雨丸に手を伸ばし、ムラサメと朝武さんから心の力を借りる。

 

 蓮太「ありがとう…二人とも」

 

 完全とは言えないが、俺は心の力を蓄え、改めて獣の方へ身体を向ける。

 

 蓮太「約束は守る。その為にも戦う。けれど俺が守りたいのはこの俺の背に立っている人達。そしてこの穂織に住む優しい人達。それと…………お前自身」

 

 獣『…!』

 

 蓮太「仲間じゃなくていい。ただ、俺達の目的は……ほぼ同じだろ?」

 

 そう言って俺は獣に手を差し伸ばす。

 

 その手を獣はじっと見つめて…………

 

 獣『腹ただしい……。本当に、あの男にそっくりだ。弱いくせに生意気なその態度も、守りたいなどというその戯言も』

 

 あの男…?

 

 獣『………お前の名は?』

 

 蓮太「………蓮太。竹内蓮太」

 

 俺がその名を口にした瞬間、獣の表情は豹変した。

 

 獣『…蓮太?蓮太か…!?』

 

 その顔は驚きは、どこか有り得ないと思うような、そんな驚愕の反応だった。

 

 まるで、俺を知っていたのかのような。

 

 蓮太「…あ?そうだけど」

 

 獣『……あの男に似ている「蓮太」か……。運命とは誠不思議なものよ…』

 

 

 ……何を言っているんだ?なにか俺の事を知っているのか?

 

 ……いや、今は一旦置いておこう。これが終わったあとにでも聞けばいい。

 

 蓮太「よくわからんけど……どうする?」

 

 獣『……条約とは違うが……お前に全てを任せるには荷が重すぎたようだな』

 

 獣はそう言うと、かつて俺達を攻撃したきたその前脚で、俺の差し出した手を弾いた。

 

 まるでハイタッチをするかのように。

 

 

 蓮太「つーわけだみんな。俺も動けるようになったし、引き続き前線は俺が出る。だからバックアップを頼む!」

 

 俺はみんなよりも更に一歩前へでて、獣の隣に並ぶ。

 

 獣『一つ言っておく、私の力はかつてお前達と戦った時よりもかなり衰えている。もうあの怨念の動きを封じ続けることは難しくなるだろう。それに、お前の足、それは私の力で細胞を活性化させて、治癒能力を急速に高めている。故に時間差でその分の体力がゴッソリとなくなることになるからな』

 

 …………

 

 蓮太「……今言う…?それ」

 

 ま、ともあれ要するに……

 

 

 

 短期決戦を仕掛けなきゃ俺は動けなくなるってことだな。

 

 

 よし……

 

 

 

 蓮太「もう油断しねぇ!」

 

 自分自身に気合を入れると、俺と獣は一斉に怨念に向かって走り出す。

 

 視線の先にある黒い粒の壁は徐々に崩れていき、その中にいた怨念は相変わらず形を人型から崩して、こちらを睨んでいた。



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117話 心の力、そのキッカケ。

 走り出した俺と獣は、まずは真っ直ぐに怨念に向かって突っ切る。

 

 もちろん俺はそのままバカ正直に突っ込んで攻撃なんてする気は無い。

 

 まずは……俺が先手で攻撃すべきか?それとも獣に合わせるべきか…?

 

 なんて考えていると俺のスピードを獣が超えて先に走っていく。

 

 さすがに俺も獣の足には追いつけない……そうだな……心の力をつかって……!

 

 俺は一瞬足に力を入れ、ジグザグに一歩、一歩と跳んでいく。心の力を使ったとはいえそれでも獣には追いつけない。

 

 そして俺よりも先に怨念に近づいた獣は、怨念とのすれ違い様に一瞬のうちに様々な場所を噛みちぎり、何度も何度もすれ違う。

 

 すれ違う度に少しずつ怨念は獣の牙によって削られていき、苦しさに蠢くように無造作に広範囲に攻撃をする。左右、前後に触手を伸ばし、まるで自分の身体を守るかのような触手の結界を作る。

 

 あれの突破口は……………上ッ!

 

 今までは低空飛行とでも言うべきか、普通に走っているような高さでぴょんぴょんと跳んでいたが、唯一触手が警戒していなかった怨念の真上に向かって高くジャンプする。

 

 心の力を足に蓄え、思いっきりの蹴りを放とうとしたその瞬間、怨念はゆっくりと上を見上げて地面から次々と黒い触手を伸ばしてきた。

 

 蓮太「わざとだったか…!」

 

 気がついた時にはもう遅い。

 

 空中へと身を乗り出している以上、足で蹴るものがないこの宙は、俺の動きを完全に封じ込める。

 

 かといってそこそこの高度をジャンプしている。誰かの助けなんて求めれないだろう。

 

 ダメか…?これはこのまま何も出来ずに死ぬのか…?

 

 せっかく与えられたこのチャンス。生かせずに死ぬのか…?

 

 俺は……俺は……………!

 

 蓮太「まだ死ぬ訳にはいかないッ!」

 

 数本の触手が迫ってくる。地上にいる時のようにサクサクと避けることは出来ないが………身体を捻って致命傷を避けることはできる。

 

 そして落ち着いてその触手の動きを見て、予測し、最も怪我が少なくて済むような動きでまずは二本の触手を避けた。

 

 そしてその瞬間、俺はその避けた触手に両足をつけ、心の力を込めた足で跳ぼうとする。しかし………

 

 対して時間がかからない間隔で次々に触手が俺を襲った。

 

 ………………

 

 Another View

 

 茉子「蓮太さんッ!」

 

 あの獣と蓮太さんが明言していないとはいえ手を組んでお祓いをしている。

 

 確かに話していくうちに丸くなってきたとは思っていたけれど……まさか協力までしてくれるなんて。

 

 最初はどこか安心感を感じていた。

 

 このお二方なら、本当にこの呪いを終わらせてくれるのかも…と。

 

 けれど実際は違った。初撃こそ有利に思えた戦闘でしたが、怨念の陽動のような行動に引っかかった蓮太さんが、本当にピンチな状態になってしまう。

 

 さすがの忍者としての訓練をしてきたワタシでも、あんな高さまで跳べるほどの力や技術は持っていない。

 

 蓮太さんから預かった心の力も……もうほとんど残っていない。

 

 ワタシは……無力だ。

 

 芳乃様程の退魔の力は持ち合わせておらず、有地さんのように叢雨丸を扱うこともできない。

 

 せめて……蓮太さんみたいに、ワタシの心の奥底にあるあの力が扱えれば……!

 

 今まで何度も努力してきた。皆さんにバレないように、いざと言う時に力になれるように……。けれど結果はこれ。

 

 自分に宿る心の力は扱いきれず、出来たことは人の真似事。結局ワタシはいつも「本当の意味での参加」は出来ていない。

 

 悔しい…!

 

 ワタシがもっと強ければ、芳乃様をこんな危機に晒すことはなかったかもしれない。

 

 ワタシがもっと強ければ、有地さんが取り憑かれる前にしっかりとお祓いを終わらせれていたのかもしれない。

 

 ワタシがもっと強ければ、蓮太さんがあんな怪我を負わなかったかもしれない…!

 

 悔しい……、悔しい……!もっと……もっと役に立ちたい…!

 

 

 そんなことを思うことしか出来ずに、ワタシは前線で頑張ってくれている大好きな人を見守る。

 

 どれだけ遠いんだろう。やっと追いついたと思えば、何度も何度も、常にワタシの前を行く。

 

 その背中に何度救われただろう。心も身体も、たった一人の優しさに包まれただけで傷が癒え、楽になった。

 

 まだまだ、追いついてなんかいませんでしたね。

 

 ワタシを助けてくれた分、今度はワタシが貴方を助けたいんです。

 

 目の前で戦っているあの人は、きっと生きてくれる。そう信じる。だからアレを避けた後、助かる道を少しでも増やすんだ。

 

 

 強くて、格好よくて、優しくて、ちょっぴりエッチなワタシの英雄……

 

 

 そんな人がこれからも一緒にいてくれるように、そして、いつか横を並んで歩けるように。

 

 ……待ってて下さい。今……参ります!

 



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118話 運命の日〜朱い目覚め〜

 

 Another View

 

 心の力は扱えない…!かといってあの高度にまで高く跳んで手助けもできない。

 

 けれど蓮太さんならきっと何とか避けてくれる!生きてくれる!

 

 だったら……!

 

 茉子「今のワタシにできること…!」

 

 すかさず怨念がいる方向とは全く違う場所を目指して全力で走る。

 

 今、蓮太さんに攻撃が集中していることをいいことに、ワタシはある物をとるために一直線に向かっていく。

 

 そしてその先にはある物が落ちていた。

 

 それは月明かりに照らされ、蒼く光るあの刀。「山河慟哭」

 

 それを「握って」ワタシは怨念のもとへと駆け出した。

 

 もうすぐたどり着くと思ったその時、複数の触手は蓮太さん目掛けて一斉に連続で襲いかかる。

 

 けれど蓮太さんの目は決して諦めておらず、その強い目のまま冷静にまずは二本の触手を避けて、その両足を避けた触手に付けた。

 

 これで足場ができたことで、空中から逃げられる!と思った瞬間。それをさせまいと触手は怒涛の勢いで蓮太さんの姿が見えなくなるほどに潰しにかかった。

 

 大丈夫……きっと大丈夫……。上手く避けてくれたはず。死んでなんかはいないはず…!

 

 さっき信じると決めたばかりなのに…。

 

 しかし視界に映ったのは蓮太さんが身につけていた上着。

 

 ボロボロになった上着はヒラヒラと風に流されゆっくりと花びらのように舞い落ちていく。

 

 茉子「そんな……」

 

 一瞬、心が折れた。

 

 本当に一瞬、おそらく一秒と時間は経過していないと思う時間、完全にワタシの心は折れてしまっていた。

 

 そんな自分自身に、心の底から湧いてくるのは自分の力不足の不満。

 

 嫌悪。

 

 苛立ち。

 

 いつの間にか視界が滲む。

 

 ワタシは泣いているのでしょうか。

 

 歪んで見えた世界は一瞬で揺らぎ、ワタシの折れた心を更に押し潰そうとする。

 

 そして、悲しみが──―

 

「泣くなッ!」

 

 突如としてその声が聞こえてくる。

 

 その声はどんな不安も消し飛ばしてくれる声。

 

 どんな絶望も希望に変えてくれる声。

 

 そして……唯一ワタシを強くしてくれる声。

 

 茉子「蓮太さん……!」

 

「泣いていいのは俺の前でだけだ!俺の傍にいる時だけ、嬉しいと思って泣け!」

 

 茉子「ワタシ………!亡くなってしまったのかと……!」

 

「ばーか」

 

 そんな言葉と共に、彼は現れた。触手を全て上空へ伸ばし、隙だらけとなった怨念の懐に。

 

 蓮太「あれは残像だ」

 

 

 ……………………………

 

 

 あぶねぇ…!ギリギリ跳び避けれた…!

 

 マジでほんの1秒でも遅れてたら死んでた…!

 

 咄嗟に思いついたんだよな。あの方法……

 

 俺が触手に叩き潰されそうになった直前、視界に映ったのは山河慟哭にむかって走り出した茉子だった。

 

 それは茉子が何とかしないと、と思ったからこその動きでもあり、同時にこのお祓いを諦めていないという何よりの証拠だと俺は感じた。

 

 だからこそ、尚更諦めちゃいけないと強く思った。

 

 その瞬間に頭によぎったのは茉子の「変わり身の術」

 

 俺はあれはできないけど、あの技の代用方法はどうにかしたら出来るんじゃないか?あるんじゃないか?と思った。

 

 そこで思ったことがもうひとつ、それはかつて茉子と山に入って山菜を集めた時、茉子は巣から落ちた雛鳥を巣に返すために、タッタッタッと軽々と木を登っていった。

 

 あの足の動き、あれを思い出して俺が咄嗟にとった行動は、移動を2回した。

 

 詳しく言うと、いつもは長距離を跳ぶ時は全力で1回地面を蹴って跳んだのを、足を足場から離した瞬間にもう一度強く足で蹴り上げたのだ。

 

 そして2度強く蹴られた衝撃で、俺は普段とは倍以上の速度で移動し、見事、あの攻撃を避ける事が出来た。

 

 そして爆速で移動した俺は、そのまま怨念に向かって全力の蹴りをぶちかます。

 

 蓮太「胸腺!() 肝臓!(フォア) 腎臓!(ロニョン) 腸!(トリプ) 脳!(セルヴェル) 心臓!(クール)

 

 そして今までのような蹴り飛ばすような攻撃ではなく、衝撃を与えるような蹴りを与えていく。

 

 そして衝撃が与えられた場所は、内側から爆発をするように次々に軽く破裂をしていった。

 

 そしてトドメの……!

 

 蓮太「内臓肉(アバ)シュートォッ!!」

 

 どうだ…!「俺の」内臓肉のフルコースは!

 

 正真正銘……俺手作りだぜ…!

 

 最後の大技の蹴りが炸裂し、正直このままの流れで終わってくれと心から願う。

 

 実はと言うと、触手を避けた時のあの動きで、借りていた心の力はほとんど使い切ってしまった。

 

 そしてこれが本当の意味での最後の攻撃だったから。

 

 もう終わってくれと願うが…………。

 

 怨念は霧を泥へ、泥を身体へと戻していきまた元通りになっていく。

 

 蓮太「クッソ……!魔人……ブウかよ…」

 

 身体が倒れゆく中、すかさず俺の後を追うように追撃をしてくれた影が……それは、茉子。

 

 俺の刀を握りしめ、慣れない動作でがむしゃらに何度も切りつける。

 

 しかしその刀には心の力は宿っていない。

 

 それじゃあ何も意味ないぞ、と伝えたいが……………ダメだ…。動かねぇ。

 

 そして茉子の大振りの攻撃の隙を突くように、怨念は茉子の横腹あたりを強く薙ぎ払った。

 

 

 

 

 ──ッ!!

 

 

 

 

 その攻撃が当たる瞬間、俺は何故か倒れる身体を歯を食いしばって支えて、何とか怨念と茉子の間に挟まることが出来た。

 

 もう身体中の感覚がないほどに力を使い切っているのに……!動けた…!?

 

 しかしそれ以上のことは何も出来ずに、結局俺は茉子と一緒に十数メートル程吹き飛ばされる。

 

 そして神社の庭にある大岩に身体をぶつけるが……

 

 茉子「ぐ…ッ!」

 蓮太「あが…ッ!」

 

 俺の身体がクッションになって、茉子はその大岩との直撃を免れたが……また怪我を負わせてしまった。

 

 茉子を心配して声をかけようとした瞬間──

 

 蓮太「──ごふッ!?」

 

 口から大量の血を吹き出した。

 

 そして焼けるような喉の痛みを感じながら………

 

 

 気を失った。

 

 

 

 *

 

 痛い…

 

 まるで大きな丸太に薙ぎ払われたみたいに身体が痛い…!

 

 そして何かに激突した振動も脳まで響いてきていて頭がガンガンする。

 

 何とか目を開くと、ワタシは怨念からかなりの距離が開いていた。

 

 こんな距離を吹き飛ばされた…?

 

 それにしては明らかに怪我が軽い…なんで──―

 

 ──ッ!?

 

 後ろを振り返ると、蓮太さんがいた。

 

 

 

 けれど蓮太さんは目を閉じており、口の周りには溢れ出るように赤い液体が流れている。

 

 そしてワタシの忍び装束に染まった大量の赤。

 

 これから導き出される答えは1つ。

 

 

 蓮太さんが身代わりになって守ってくれたんだ。

 

 自分を犠牲にしてまでワタシを助けてくれたんだ。

 

 また……ワタシは守ってもらった…?

 

 茉子「蓮太さん…。蓮太さん…!起きて下さい……!目を覚ましてください……!」

 

 ワタシは蓮太さんを揺すったり、軽くトントンと叩いたりして必死に呼びかける。

 

 けれど、彼は何も答えてくれなかった。

 

 

 彼はピクリとも動いてくれなかった。

 

 

 その結果がゆっくりとワタシの脳へと伝わっていく。

 

 その瞬間に感じる心が……

 

 怒り……悲しみ……苦しみ………そして恨み。

 

 

 それは誰に?

 

 

 

 

 

 

 神様に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは誰に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはダレに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怨念に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、初めて、本当に人生で初めて、思って「しまった」。

 

 

 

 

 殺────

 

 

 

 その寸前、ワタシの腕を誰かが掴む。

 

 その掴んできた手はまるで凍えているかのように痙攣を起こしていて、すぐにワタシを正気に戻してくれた。

 

 

 

 

 

 

「ごめん……!守ってあげられなぐで………ごべん……ッ!」

 

 

 

 

「ずぐっであげられなぐで…ッ!だすげであげられなぐで……………ごべん………ッ!!!」

 

 

 

 

 彼は泣いていた。

 

 泣きながらワタシに謝っていた。

 

 守ってあげられなくてごめん。と。

 

 救ってあげられなくて、助けてあげられなくてごめん。と。

 

 

 そんな……そんなことは無いのに。

 

 茉子「ありがとうございます。ワタシ達のために、こんなに頑張ってくれて、こんなにワタシ達のことを思ってくれて……」

 

 ガチガチと身体を震わせ、ボロボロと涙を流す大好きな人へ、ワタシは口づけをする。

 

 その味は塩気があり、鉄のような濃い味がした。

 

 チラッと横を見ると、危険を顧みずに安晴様が医療箱を走って持ってきてくれている。

 

 茉子「もう、大丈夫です。ここは十分に怨念から離れていますから、ゆっくりと傷を癒して休んでいて下さい」

 

 もう……十分すぎるほど頑張ってくれましたよ。十分すぎるほど助けてもらいましたよ。十分すぎるほど救って頂きましたよ。

 

 だから……今回は…今はゆっくりと休んで下さい。

 

 

 ガチガチと震えたいた身体は、少しずつ、少しずつその痙攣を緩やかにしていき、掴んでいた手の強さも段々と弱くなっていく。

 

「ま…こ……………」

 

 

 

 

 

 

 

「あり…………が……と……」

 

 

 

 

 

 彼は動きをとめた。すかさずワタシは息を鼓動を確認する。

 

 ………

 

 

 

 

 ドクン……

 

 

 

 ドクン………

 

 

 

 

 

 か弱い力で、蓮太さんは何とか生きようとしている。蓮太さんの心は、魂はまだ生きることを諦めてはいない。

 

 

 

 茉子「待ってて下さい。これが終わったら……傷を癒して……またデートに行きましょうね」

 

 

 

 ワタシは立ち上がる。

 

 蓮太さんが離脱した今、こちらの戦力はガタンと落ちた。

 

 勝利は絶望的かもしれない。

 

 けど…諦めない。

 

 蓮太さんが諦めてないから。

 

「ありがとう」と言ってくれたから。

 

 きっとワタシを信じてくれてるから。

 

 そして…今、「約束」したから。

 

 

 強く思う。

 

 夢を。

 

 心を。

 

 人を。

 

 未来を。

 

 幸せを。

 

 そして………繋がりを。

 

 

 ワタシが不甲斐ないからだ。ワタシが弱いからだ。

 

 けれど彼は託してくれた。

 

 

 

 今……本当の意味で、ワタシは貴方の心を受け継ぎます。

 

 

 

 これは……ワタシと彼だけの力。

 

 

 ワタシの昂る心が激しく高揚する。

 

 それは感じたのではなく、目で見ることが出来た。

 

 朱い光がワタシの内から溢れ出てきている。

 

 茉子「覚悟は決めました。これが………ワタシの心です」

 



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119話 未来を変える朱い希望

 朱い光がワタシを包む。

 

 そして包みながらもその抑えきれない心の量が溢れ出し、まるで身体全身から放出をしているようだった。

 

 風を切るような高音がワタシの周りで常に響いている。

 

 安晴「茉子君!」

 

 そこへ医療箱を持った安晴様が息を切らしながら駆けつけてくれた。

 

 茉子「すみません、安晴様。蓮太さんをお願いします」

 

 安晴「大丈夫だよ。今、往診を頼んでいるから、すぐに来てくれると思う」

 

 往診……この町でそれが出来るのは…みづはさんだけでしょうね。

 

 それなら安心です。安晴様がここで応急処置をしてくれるのなら、なおさら。

 

 芳乃「茉子!怪我は!?」

 

 気がつくと、芳乃様と有地さんも蓮太さんの傍に駆け寄ってくれていた。

 

 茉子「ワタシは大丈夫です。それよりも…蓮太さんをお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 将臣「そりゃ構わないけど……」

 

 怨念の方を見てみると、獣が何とか相手をしてくれており、注意を引いてくれていた。

 

 茉子「お二人……いえ、皆さんも、後はワタシに任せて下さい」

 

 将臣「………」

 芳乃「……」

 

 返事を待たずに、ワタシは怨念の方へと振り向き、歩みを進める。

 

 ………………………

 

 Another View

 

 将臣「常陸さん……なんか雰囲気が変わってる…」

 

 なんて言うんだろう。妙に落ち着きがあるというか、何に対しても恐れていないというか。

 

 ムラサメ『おそらく、茉子の中での怒りが爆発しかけておったのだろう。それが何らかの理由で抑えられておるのだ』

 

 芳乃「怒り…ですか?」

 

 ムラサメ『よく考えてみろ、自分が最も心の底から愛していた者が、自分の身代わりでその命尽きかけてしまっていた時、芳乃はどう思う?しかも、本人は無事解決しても、解決しなくても冷たい言い方をすれば、何にもならないとしたら』

 

 芳乃「……わかりません。ただ………巻き込んでしまった自分を許せないと思います…」

 

 ムラサメ『茉子もそう言うだろうよ。何せ蓮太が戦う理由はご主人の為、芳乃の為、そして…茉子の為なのだから』

 

 人を想う力ってのはこんなにも強大な何かを秘めているのか。

 

 そう言えばさっきも蓮太が零していた。

 

 常陸さんの潜在能力は凄い…って。

 

 確かに、まるでアニメの中にでも入ったようなことを沢山していたけれど…。そこじゃない。

 

 よく考えてみれば、常陸さんにできないことは無かった。経験したことは全て完璧にこなしている。

 

 普段の生活から、常陸さんの秘められた能力は発揮されていたのかもしれない。それが戦闘面で、今、開花したんだ。

 

 将臣「でも、やっぱりあの獣と常陸さんに全てを任せて俺は横で見ているだけだなんて、できない」

 

 芳乃「有地さん…」

 

 将臣「大丈夫!無茶はしない。だから…蓮太をお願い。今、蓮太には守ってあげられる人がいなきゃ危ないからね」

 

 ……………………

 

 一歩、また一歩と歩いていく。

 

 今なら手に取るようにわかる。ワタシの中に眠っていたその朱い心の力が。

 

 そして何か拍子でこちらへ跳ぶように移動してきた獣が、ワタシの姿を見て驚いていた。

 

 獣『……完全に、自力の物としたのか』

 

 茉子「そうですね…。授かりものではありますが、なんとか」

 

 獣『……あの時以上だ。今のお前なら………ッ!』

 

 ワタシとの会話の途中、獣は苦しそうな声で、何かに抵抗するかのような動作を見せた。

 

 茉子「……大丈夫ですか?」

 

 獣『五月蝿い!これは今に始まったことではない。お前のせいだ…!』

 

 ワタシの…?

 

 茉子「何か…苦しくなることを…?」

 

 獣『そうだな。吐き気がするほど気分が悪い』

 

 獣は何かを諦めたような声で、こう言った。

 

 獣『お前の魂に取り憑き、経験していくことで、あの魂の者を恨む気持ち、人間に対しての怒りが少し、ほんの少し消えた』

 

 獣『あの男……蓮太の心に触れ、懐かしい記憶が蘇った』

 

 そして獣は弱ったような足腰が底を尽きたように、その場に倒れ込む。

 

 獣『私はお前の、お前達の心で浄化されていった。そんな状態でこの結界の中魂を外へ出したら……長くは持たぬことは理解していたのだがな』

 

 茉子「では……理解してもらえたんでしょうか?」

 

 獣『……フッ。全く理解できん。愛だの恋だの、私にはわからん。けれど…昔一度経験したことを思い出した。きっと…姉君が感じていたものは、これに近いものだろう』

 

 茉子「…姉君?」

 

 獣『聞け、朝武の血を引く常陸の者よ。あれから約数百年、もうそう遠くない未来。この世界は崩壊の危機と対面する。それははるか昔より予言された絶対的な出来事だ』

 

 獣『そしてその予言はまだ続いていた。世界の崩壊と、それと止める唯一の力、「心の力」を持つ人間が現れると』

 

 獣『「心の力」とは、神すらも恐れた奇跡の力。人間の魂から放たれるその奇跡のみが、世界の崩壊を防ぐ唯一の希望。それは蓮太にだけ許された力』

 

 獣『予言の中の希望は十一の希望。その中の二つは間違いなくお前と蓮太だ!かの娘を救い、その予言のもと、未来を変えろ…!』

 

 …!?

 

 突然様々なことを聞かされる。

 

 心の力は奇跡の力?近い未来世界が崩壊する?五百年前からの予言?

 

 茉子「そ、そんな…いきなり大量に言われても…!?」

 

 獣『この戦が終わった後、この地のどこかにある大木へと向かえ。そこでその心を流してみろ。今は理解できなくてもその時理解出来る』

 

 茉子「大木って…」

 

 心当たりは一つある。

 

 ワタシと蓮太さんにとっての大切な思い出の場所。

 

 この穂織の地にあの木以外で大木と言えるようなものなんて存在しない。

 

 わからないことだらけですけど……とにかく今やることはただ一つ。

 

 おそらく獣はもう動けないでしょう。

 

 ですが、今のワタシなら……!

 

 茉子「わかりました。ただ、案内くらいはして下さいね」

 

 獣『…!………フン』

 

 ………………………

 

 Another View

 

 そうしてあの娘は怨念に向かって走っていった。

 

 案内くらいはしろ……か。

 

 要するに消滅するなと言いたいわけか。どこまでアイツは私を馬鹿にしているんだ。

 

 しかし……あの力は間違いない。完全覚醒にはまだ遠いが……心の力だ。

 

 おそらく、蓮太が一度きりの例の術をあの娘に使用したのだろう。それほどまでにあの娘を信頼しているということか。

 

 獣『蒼治……華………あの時お前達が命を懸けて守った赤子は、こんなにも立派になっていたぞ』

 

 それに……すまない。私はあの後、お前達の娘も見殺しにしてしまった。

 

 いつしか記憶の底へと封印してしまったのだろうな。

 

 その謝罪に……今この瞬間、お前達が命を懸けて守った息子を、そしてその友人達を…私が何としても守って見せよう…!

 

 

 

 

 

 

 それが…………お前との約束だったな。蒼治。

 

 



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120話 終わりの兆

 

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 茉子と獣が何かを話している。

 

 その内容は聞こえないけれど、なにか大切な事を話しているみたい。

 

 そしてそのあと茉子は怨念に向かっていき、獣は力抜けたようにぐったりと倒れた。

 

 本当は私も駆けつけたい。茉子と一緒に、有地さんと一緒に3人であの怨念を祓いたい。

 

 けど、有地さんが言ってた。今は竹内さんを守らなきゃいけないって。守ってあげなきゃいけない人が必要って。

 

 最悪私には「邪気封印」がある。

 

 朝武家に伝わっている封印術の一つ。私はそれしかできないけれど……それでも何とかこの術だけは扱うことができるようになったから……これで私が竹内さんを守らなきゃ…。

 

 芳乃「茉子……」

 

 ムラサメ様が言ってたこと……。私には想像をすることしか出来ない。茉子は竹内さんが身代わりになった時、どんな気持ちだったんだろう。どれほどの衝撃を…不安を…悲しみを………

 

 さっきも思ったみたいに、自分を責めたりしていないだろうか…

 

 何故かあの背中が遠く感じて………

 

 

 

 なんだか茉子が…いなくなっていくような………

 

 

 ………………………

 

 獣から聞かされた事実。

 

 過去に何かがあったんだ。じゃないと「蓮太」という名前を聞いた瞬間のあんな反応はありえない。

 

 それにあの穂織の大木……この地に住んでいる者なら誰もが知っている。

 

 通称《生命の大樹》

 

 穂織の町の全ての生命を見守り続けてきたとされる大切な木。

 

 …真相を知る為にも、まずはこのお祓いを終わらせて、芳乃様を自由に……そして蓮太さんの治療を……!

 

 もしかしたら…蓮太さんの知りたがっていた「自分」を知ることの出来るチャンスなのかも……!

 

 何がなんでも無事に終わらせなきゃ…!

 

 ワタシが…………ワタシが…………ッ!!

 

 怨念は一人立ち向かってきたワタシを襲う準備を………きっと終わらせている。

 

 ワタシがみんなを守るッ!

 

 茉子「あ────────────ッッ!!!」

 

 雄叫びを上げて朱い心の力を、一気に解放させる。

 

 するとワタシを中心に突風が巻き起こり、朱い気のような何かが弾き飛ぶ。

 

 強く地面を蹴ってワタシは怨念に飛び蹴りをする。そして畳み掛けるようにひたすらに「山河慟哭」を使って怨念を激しく斬りつけた。

 

 何度も。

 

『ウギァァァァァァッ!!!』

 

 何度も。

 

『ウガァァァァァッッ!!』

 

 その後、怯んだ隙に強く腕を怨念の中に入れ込み、ある物を掴んで引き抜いたあと、怨念を蹴り飛ばす。

 

 そして飛んでいく怨念を追って、ワタシも飛ぶように移動し、そのまま空中で脚をつかせないように空へ更に蹴り飛ばし、ダメ押しに更に殴り飛ばす。

 

 さっき怨念から引き抜いた憑代を懐にしまって、山河慟哭を地面に突き刺した後、その刀を足蹴に空へ舞う。

 

 茉子「こんなものじゃ…許しません……!」

 

 上空へ殴り飛ばされた怨念の身体を両手で掴み、身体を回転させて遠心力をつけて地面に向かって思いっきり投げ飛ばす…!

 

 為す術なくワタシに投げられた怨念は、流れ星のようにその地面に向かって勢いよく落下していった。

 

 ワタシは空気を足蹴に弾き、落下していく怨念を通り過ぎて、先に地面に足をつける。そして怨念が地面に激突する瞬間──

 

 茉子「はあっ!!」

 

 膝を落下してきた怨念に当てて、再度空高くに蹴りあげる!

 

 激しく蹴り付けられた怨念は二秒も経過しないうちに数十メートルほど蹴り上げられていった。

 

 そして片手を怨念に向かって差し出し、指先を立てて手のひらを見せつける。

 

 茉子「終わりです……」

 

 ワタシの手のひらに朱い光が凝縮されていき、玉のような形状をして激しい高音と共に心の力が大きくなっていく。

 

 ありったけの心を込めたあと、空へ飛んで行った怨念目がけて、その圧縮した心の力を一気に解き放った。

 

 ポゴォンッ!

 

 という音が鳴り響き、朱い光は怨念へ追うように伸びていって……

 

 その二つが当たった瞬間、花火のように空に光が激しく飛び散った。

 

 …………………………

 

 Another View

 

 あっ………!圧倒的だ…ッ!

 

 あの娘……心の力を発現させてから、一度も傷を負うことなくあの怨念を完膚なきまでに叩きのめした……ッ!?

 

 し、しかも………これでまだ完全な覚醒ではないというのが……!

 

 これが……希望の力の片鱗…ッ!

 

 世界をも救う力…!

 

 …………………………

 

 茉子「まだ……歩けますか?」

 

 獣『お前…………。ああ…』

 

 手を一度差し伸べましたが、獣はその手を使うことはなく、自力で立ち上がってワタシの前を歩いて行った。

 

 ……確かに、あくまで味方ではありませんでしたね。

 

 獣が向かっているのは蓮太さんがいる方角。その後ろをワタシもついて行く。

 

 その道中に有地さんがいた。

 

 将臣「凄い……凄すぎるよ…!常陸さんっ」

 

 茉子「ワタシが凄いんじゃありませんよ、これは……蓮太さんのおかげなんです」

 

 将臣「そうだとしても、まさかあんな一瞬で………」

 

 そんなことを話しながら、ワタシ達は蓮太さんのところまで移動した。

 

 蓮太さんは身体中に手当を施され、まだ目を閉じたままだった。

 

 茉子「安晴様……」

 

 安晴「とりあえずは大丈夫。なんとか心臓も動いているし、呼吸もしているよ。昔怪我をした時に知識を蓄えてて本当によかった」

 

 よかった…。

 

 これで後はみづはさんが来てくれれ…………ば…………………………

 

 不意に身体の力が抜ける。

 

 指先までピクリとも動かず、流れていく身体を受け止めることも出来ずに、ワタシはその脱力感に負けて、身体を倒してしまった。

 

 茉子「あ……れ……?」

 

 しかし、身体が地面に衝突する瞬間、有地さんがワタシの身体を受け止めてくれる。

 

 この感じ……蓮太さんは毎回この疲労を味わっていたんですね……

 

 将臣「大丈夫…!?って……そんなわけないか……結局、ほとんど常陸さんに任せてしまったし……とりあえず、今はゆっくり休んで?」

 

 茉子「す……すみません……」

 

 そして叢雨丸の同化を解除したムラサメ様が刀からぴょんと出てきた。

 

 茉子「ムラサメ様……怨念は、どうなりましたか…?」

 

 ムラサメ「……今探っておったのだが……茉子の力が強すぎて、暫くは気配を感じることが出来なさそうだ。あの空へ放出された心の力が強大すぎる」

 

 将臣「なら、安心できるんじゃないか?」

 

 ムラサメ「いや、実際はわからんのだ。姿が崩れた瞬間を見たわけでもなく、気配を探ることすらも今は出来んのだから…………その証拠に、芳乃にはまだ耳が生えておる」

 

 視線を芳乃様の方へ向けると、確かにまだあの獣耳は生えたままだった。

 

 芳乃「………………」

 

 獣『仮に、まだしつこくあの怨念が留まっていたとしても、この娘の力の攻撃は見た目以上に強力なものだ。形を保てているかどうかでさえも怪しいがな』

 

 茉子「ありがとうございました。あの時……ワタシを助けてくれて」

 

 獣『………………フン』

 

 身体中の力が抜けて、もう動けないと思った頃、後はみづはさんが来てくれたところを診察してもらって、それで終わって欲しいと願っていた頃。

 

 安心ができたこの時間が終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『憎い……憎い……憎い…憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い………!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―ッ!?

 

 最悪だ………本当に…………最悪です……………

 

 まだ……終わっていなかったんですね……

 

 

 

 

 

 

 ムラサメ「どこから……………………ッ!?」

 

 その存在にイチ早く気がついたのはムラサメ様だった。

 

 けれど…………ワタシ達が認識するには……もう遅かった。

 

 ムラサメ「上だッ!」

『憎いィッ!!!!!!!』

 

 この声は同時に聞こえてきて………………

 

 突如として現れた黒い霧は、芳乃様を狙っていたかのように襲いかかる。

 

 

 

 芳乃「…………ッ!?有地さ──」

 

 

 

 

 一瞬の出来事、心に隙が生まれた瞬間……………芳乃様は怨念に包まれた。

 



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121話 夜桜を君に隠して

 一瞬の隙を突かれて、芳乃様はその黒い怨みに取り込まれた。

 

 完全に姿が見えなくなるその瞬間の芳乃様の顔をワタシは忘れることが出来ないだろう。

 

 驚き、焦り……そして恐怖故に助けを求めていたその顔は……

 

 

 

『決して許さない…!あいつも……あいつの家族も…………その血も…………!』

 

 

 

 聞こえてきたのは怨念の声。

 

 芳乃様を完全に殺すつもりでいるその意思に、ワタシもかなり焦った。

 

 まず思ったことは……

 

 

 芳乃様を助けないとッ!

 

 

 将臣「いい加減にっ…!」

 茉子「しつこい…!」

 

 疲労が溜まりきっている身体を無理して動かし、その伸ばした片腕で芳乃様の足を何とか掴む。それと同時に有地さんが叢雨丸をその黒い霧に斬りつける。

 

 いつの間にか叢雨丸には神力が宿されており、ムラサメ様とワタシの心の同時の攻撃によって芳乃様を包んでいた黒い霧は空気と浸透するように消えていった。

 

 安晴「──芳乃ッ!」

 

 芳乃様のお身体は………?まずはそこを確認しないと…!

 

 一瞬触れた、などではなく一度完全に包まれている。下手をすると魂が攻撃されている可能性も……!

 

 そして芳乃様の身体から破裂するように霧が散っていった後、その身体はゆっくりと眠るように倒れていく。そこをすかさず有地さんが受け止めた。

 

 焦って身体を動かした拍子で、ワタシも倒れてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 将臣「朝武さん!大丈夫か!?返事してくれッ!」

 

 芳乃「はぁ………!はぁ………!」

 

 有地さんの必死な声がけに、芳乃様は反応しない。恐らく意識は既にないのでしょう。

 荒い息を吐き、少しずつ時間が経過していくごとに段々と呼吸は乱れていく。

 

 将臣「熱が……!」

 

 獣『最後の力を振り絞って、その娘に呪詛を流し込んだか…』

 

 ムラサメ『このままではマズイ!即刻呪詛を祓わねば芳乃の命が──!』

 

 ムラサメ様がそう言った瞬間、芳乃様の身体に異変が起こる。

 

 今までぐったりを倒れていたその身体は、いきなり激しい雷にでも打たれたかのように胸が反り返り、その胸に内から黒い霧が溢れ出る……!

 

 そしてその霧は有地さんの手を払い、誰も芳乃様に触れていなくなった瞬間、激しい突風と共に芳乃様の身体が宙へと浮いた。

 

 将臣「朝武さん!朝武さんっっ!!」

 

 茉子「何が……起こっているんですか…!?」

 

 そして一旦宙へと浮いた芳乃様は、そのまま完全に見上げてしまう程の高さまで飛び、ワタシ達を見下ろした。

 

 芳乃「………………」

 

 いつもの……芳乃様じゃない…!?

 

 見開かれたその瞳は、光が無く、まるで催眠にでもかけられたかのように視点が定まっていない。

 

 

 

 芳乃「……………憎い」

 

 

 

 茉子「……え?」

 

 冷たい眼差しをワタシ達に向けながら、その口は冷静に小さい声で言った。

 

 芳乃?「この血は…ここで終わる。全て……………全てが…………」

 

 獣『いかん!あの怨念は魂にではなく、あの娘そのものに憑依しているぞ!』

 

 芳乃様……そのものに……?

 

 つまり…意識と共に身体を乗っ取られている……?

 

 ムラサメ『芳乃の身体ごと奪い取っただと…!?しかも……怨む対象を間近で認識いているせいか、怨念の力が凄まじく上がっておる!このままでは呪詛の力に芳乃自身が耐えられなくなるぞ!』

 

 将臣「なっ…!?」

 

 芳乃?「最早、この怨み…この娘を殺すことでは晴れることないわ……。お前の大切な物は何か………………」

 

 何を……言っているんですか……!

 

 宙に浮かぶ芳乃様は、何かを探すような仕草で目を閉じる。そして再び目が開かれると……

 

 その瞳は紫色に光だし、笑顔を浮かべてこう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇芳乃「まずは………………………………この町……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間に芳乃様は更に高く空へと向かっていき、両手を掲げ何かを祈る。

 

 すると、真っ黒な粒が少しずつ、少しずつ一点に集まっていき、遥か上空に黒い星のような小さい玉が出現していた。

 

 そして辺りに激しい雷が降り注ぐ。

 

 何度も何度も激しい雷鳴が町中に響き、暗闇の霧が町を包む。

 

 ムラサメ『怨念の力が暴走しておるのか…!?まさか………………この穂織の町ごと破壊するつもりか!?』

 

 獣『あれは怨みなどの次元を超えている!あの黒い光の玉も、ハッタリでもなんでも無いぞ!あれほど高密度の力は本当に人どころか町をも破壊しうる力だ!』

 

 ……今のあの玉のような大きさのもので、町が壊れる強さ……!?

 

 あれはまだまだ圧縮を続けている……。このままだと……!

 

 将臣「どうしたらいいんだ!ムラサメちゃん!?どうしたら朝武さんを助けられる!?」

 

 ムラサメ『わからぬ!けれど芳乃に憑依しておるあの怨念を剥がさねばならぬ事も事実!そしてあの黒い玉も止めなければならない事も事実だ!』

 

 ……何を……何をしたら全てが助かるんですか…!?冷静に……!冷静に…………!

 

 茉子「安晴様!とにかく芳乃様はワタシ達に任せて、町中に避難警告を流して下さい!そしてこの町から逃げるように伝えて下さい!」

 

 安晴「そんな…!茉子君はどうするつもりなんだ!?」

 

 茉子「今の芳乃様を救えるとしたらワタシか有地さん……そして少しでも可能性があるのは獣です!危険なんて言っている場合ではないのは安晴様ならご理解頂けると思います!もし……かしたら、芳乃様を救えてもあの玉を止められなかった場合……町の人達は全滅です!」

 

 安晴「しかし…!」

 

 茉子「安晴様!」

 

 ワタシが必死に語りかける時、その後ろに駆けつけてくれた一人の女性が…

 

 みづは「これは……!?」

 

 将臣「みづはさん!」

 

 みづは「申し訳ない…盗み聞くつもりはなかったんだが…ここへ駆けつけてくる途中で声が聞こえてね……状況は理解出来ていないが……とても不味いことになっていることはわかるよ」

 

 そんなことを話しているうちに、あの黒い玉はほんの少しだけ大きくなっていた。

 

 みづは「詳しいことは分かりませんが、今、私達大人が出来ることは……彼女らを信じて帰るべき場所を守ることではありませんか?」

 

 みづはさんはそう語る。

 

 みづは「正直…、この子達にそんな危険なことは任せたくない気持ちはわかります……。けれどこのまま町の人々を放置すれば……怪我人だけでなく、下手をすると………!」

 

 安晴「……………!わかった…!」

 

 どこか悔しそうな、辛そうな表情で、安晴様はワタシの意見を承諾してくれた。そして直ぐに──

 

 安晴「すまないっ……!」

 

 と頭を下げた。

 

 安晴「結局危険なことは全て任せ、押し付けてしまって…!あまつさえ自分の娘の命すら、守る手助けもできない!安全な場所でひたすら待ち、おかえりと言うことしか出来ない!大人として……父親として、これ程無力な事この上ない…!」

 

 その声は、言葉は、どれほどの重みだったのだろう。安晴さんの気持ちは……何となく察せる。

 

 今までずっとそうだったはず。だからこそ、昔にあんな無茶なことをして大怪我をなされてしまった。

 

 本当は自分が何とかしたかった。本当はワタシ達に呪いを押し付けたくなかった。けれど任せることしか出来なかった。

 

 茉子「大丈夫です…!信じてくれているだけで、ワタシは……どこまでも強くなれますから。ですから……みんなを避難させて下さい。そして、またワタシに言って下さい、お帰りって」

 

 将臣「違う!」

 

 ワタシがそう言うと、横から有地さんがダメ出しをした。

 

 そしてワタシの横に並び、安晴様の方を向く。

 

 将臣「常陸さんだけじゃなくて、俺にもちゃんと言って下さい。そして……朝武さんにもしっかりと言ってあげて下さい。全てが終わって戻ってきた時に安晴さんがそんな顔をしていたら…………朝武さんは笑ってくれませんから」

 

 茉子「有地さん…!?」

 

 将臣「俺は引く気は無いよ。朝武さんだけじゃなく、今や町中がピンチなんだ。戦える力があるのにノコノコと避難なんかしてたら……俺は男じゃない」

 

 ムラサメ『無論吾輩もついておるぞ!』

 

 獣『お前らだけでは頼りにならぬからな……私も守らせてもらう。約束の為に…!』

 

 ──ッ!

 

 茉子「という事です。安晴様。ワタシは一人じゃありません。必ず芳乃様を連れて皆さんと共に戻ってきます。ですから……町の人を、蓮太さんも…よろしくお願いします」

 

 

 安晴「……!わかった。こっちは任せてくれ!それと……蓮太君のことも」

 

 そう言って、安晴様は蓮太さんを担いでこの神社から出ていった。

 

 みづは「ごめんね。私からも謝罪させてもらうよ。でも、もう……今更そのことは何も言わない。だから一言だけ…………必ず、帰ってきてね」

 

 茉子、将臣「「はいっ!」」

 

 ワタシ達のその声と共に、みづはさんも走っていった。

 

 そして改めて空を見上げる。すると芳乃様はまだ何かを祈るようにして、黒い玉を大きくしていた。

 

 そして突如として、芳乃様を中心に、見た事のある桜色に淡く光る、何かの葉が大量に渦巻いた。

 

 獣『あれは…!』

 

 茉子「あれが何かを知っているんですか!?」

 

 獣『あれは妖の葉…!種族を問わずに、生きとし生けるもの全ての負の感情、怨みの類の心があの葉一枚一枚に宿っているのだ』

 

 ムラサメ『怨みの心…?』

 

 獣『そしてその怨みが込められた葉は、より強い怨みと共鳴する!気をつけろ……!もうあの娘の強さは、私達の想像を遥かに凌駕するぞッ!』

 

 

 芳乃様の周りを、その葉の意味とは裏腹に、美しく舞い踊る。

 

 そして黒い玉を放置した芳乃様は、ワタシ達の方へ視線を送り、不気味な笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇芳乃「さぁ……始めましょうか。私の大切な…………大好きな……………この町の破壊を」

 

 

 



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122話 救う希望は貴方か私か

 

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 安晴「はっ…! はっ…! はっ……!」

 

 僕は蓮太君を背負い、ひたすらに走る。

 

 蓮太君の怪我は凄い……僕が見た感じでもそれは十分に理解出来る事だった。

 

 咄嗟に茉子君を身を呈して守った時、彼の覚悟を決めたような顔を僕は見逃さなかった。だからこそ、僕は動き出したのかもしれない。

 

 お祓いの一連の流れを見させてもらって理解出来たことは、お祓いの中心となっているのは蓮太君だってこと。

 

 茉子君がものすごい力を見せていたけれど、おそらくあれは今まで扱えていたものなんかじゃない。

 

 怨念を圧倒する前は、基本的には蓮太君が先陣を切って、それに続くようにしていた。

 

 こんなことを思うのは申し訳ないと思うけど……蓮太君がお祓いに参加してくれてよかった。もちろん蓮太君だけじゃない。茉子君も将臣君も本当に感謝してる。

 

 きっと、このメンバーの誰かが欠けていたら……僕達はこれ程呪いに近づくことは出来なかったと思う。

 

 あと一歩。あと一歩なんだ………

 

 

 

 ……情けないよ。僕はこんなことしかできないなんて。

 

 

 

 でも……僕がこうしなくちゃ、町の人達が……! 

 

 その時、背中の方から声が聞こえてきた。

 

 …………………………

 

 *

 

 ………揺れている? 

 

 それに、誰かの息を切らしているような声が聞こえる。

 

 ………それと…誰かに寄りかかってる? いや…これは背負われているんだ。

 

 蓮太「………」

 

 目を開けると、予想通り俺の視界は激しく上下に揺れていた。

 

 そして、この青い服を身にまとっているのは……

 

 蓮太「安晴………さん……」

 

 喉が痛い……。声を出すとその振動に攻撃されているみたいだ。

 

 安晴「よかったっ…! 目がっ…! 覚めたんだねっ……!」

 

 蓮太「あれ………茉子は………?」

 

 あれからどうなったんだ? 茉子は? お祓いは? 

 

 みづは「常陸さんなら、有地君と共に巫女…………んっ! お祓いの途中だよ」

 

 蓮太「…………ん…?」

 

 今……巫女姫様って言いかけなかったか……? 

 

 安晴「よしっ…! やっと着いた………!」

 

 やってきたのは見たことの無い建物。そこは様々な機材があり、電線が綺麗に張り巡らされている場所。

 

 まるでなにかの放送室みたいだ。

 

 その不思議な部屋にたどり着くや否や、俺は床に寝そべられ、みづはさんが様々な医療器具を背負っていたバッグから取り出す。

 

 みづは「私が竹内君を診ます! その間に…!」

 

 安晴「ああ…! こっちの方は任せて、蓮太君を」

 

 そして慣れたような手つきで、俺は身体中を診察される。そしてその間、安晴さんは大きな機械に電源を入れ、様々なスイッチを押し、機材に付けられたいたマイクを握る。

 

 その瞬間に穂織の町中にあるアナウンスが響き渡った。

 

『緊急事態です。緊急事態です。激しい地震が起こる危険性があります。直ちに一時避難場所へ指定された場所へ避難して下さい。繰り返します。激しい──―』

 

 安晴『皆さん! 緊急事態ですッ! 事情は後で説明します、急いで穂織から避難して下さい!』

 

 ……避難? 何がどうなっているんだ? 

 

 安晴『ひとまず家族の方を起こして頂き、鵜茅学院へと避難して下さい! 非常時用の逃走経路を用意してあります!』

 

 尋常じゃない程に安晴さんは焦って語りかけている。

 

 蓮太「避難って………どういうこと……?」

 

 みづは「竹内君は今は安静に、事情は後で全て話すから」

 

 …さっきのみづはさんの言葉といい、この明らかに一分一秒を急ぐ状況。

 

 お祓いは失敗した? いや、まだ途中って言ってた………じゃあ状況が悪くなったのか? もしかして………怨念が町へと移動してしまったのか? 

 

 蓮太「何がどうなってるんだ……!?」

 

 

 

 *

 

 

 

 茉子「芳乃様……」

 

 普段ならこんなことは絶対に言わない。あんなに優しい芳乃様は……絶対に。

 

 闇芳乃「本当は私が動きたいのだけど……少し消耗しすぎたわ…。暫くはこれで遊んでいてね」

 

 そう言って芳乃様は持っていた鉾鈴で空間を切り裂き、その切り裂かれた闇から、祟り神が4体出現した。

 

 闇芳乃「ダメ押しにこれもプレゼントしてあげる。受け取って?」

 

 芳乃様は片手を空へ上げると、その真上から紫色の光が穂織の町を覆っていった。

 

 獣『これは……妖の葉の力を使っているのか…!? みるみるうちに力がみなぎってくる…!』

 

 …? ワタシはそんなことは………って。

 

 怨念が……強化される…? 

 

『町………を………壊す………』

 

『気配…………スル………』

 

『ココロ…………どこ……』

 

『………………』

 

 闇芳乃「いってらっしゃい」

 

 祟り神を出現させた芳乃様は、遥か上空に登っていき、その身を守るように黒い粒を周囲に集め、真っ黒な太陽のようになった。

 

 将臣「朝武さんを助ける為には…まずはあれをどうにかしないと…!」

 

 茉子「そうですね…しかし4体ですか……」

 

 4対2……これはちょっとまずいかもですね……

 

 分割するにしても1対2……これじゃあ嬲られるように殺されてしまうかも……! 

 

 とその瞬間──

 

 ビュンッと風を斬るかのように、4体の祟り神はそれぞれ全く別方向へと飛び立って行った。

 

 茉子「なっ!?」

 

 将臣「まずい! 祟り神が町の方へ!?」

 

 その瞬間に町中にアナウンスが流れる。

 

 

『緊急事態です。緊急事態です。激しい地震が起こる危険性があります。直ちに一時避難場所へ指定された場所へ避難して下さい。繰り返します。激しい──―』

 

 

 ムラサメ『まずいぞ! このタイミングで町中の人達が外へ飛び出したら………無造作に人々が殺されかねん! それこそあの災厄の日と同じ結末を迎えてしまう!』

 

 茉子「ムラサメ様! 祟り神の気配を感じて場所を特定することは出来ますか!?」

 

 ムラサメ『今やっておる! 場所は……………「志那都荘」「田心屋」「鵜茅学院」そして──―』

 

 ムラサメ様がまだ場所を述べている途中でしたが、ワタシはその場をすぐさま跳ぶように移動した。

 

 1番近い危険な場所は………田心屋…! 

 

 

 ………………………

 

 Another View

 

 ムラサメ『「西の町」だ! って……茉子!?』

 

 将臣「ちょちょっ!? 常陸さん跳んでってたけど!?」

 

 ムラサメ『うつけ者が……! あー、もう! 行ってしまったものは仕方ない! ご主人! 吾輩達は志那都荘へと向かうぞ!』

 

 将臣「……よくわかんないけど、ムラサメちゃんがそう言うってことはそれが最適解なんだろ?」

 

 そうして俺は志那都荘へと向かって走り出した。

 

 ムラサメ『走れ! ご主人!』

 

 将臣「走ってるよ!」

 

 



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123話 町を襲う影

 Another View

 

 芦花「何…?このアナウンス」

 

 もう店を閉めて明日の開店準備もあらかた終わらせた時、町中に響き渡るアナウンスにまず疑問を抱く。

 

 今まではこんなことがなかったのはもちろん、唐突に避難…なんて言われても……

 

 それに理由が曖昧すぎる。普通、「地震が起こったから」避難するんじゃないの?今、「地震が起こる可能性」って言ってた…よね?

 

 不自然に思うけど……ここで逃げ遅れて命を落としてしまうなんてそんなことしたくない。

 

 お父さん「芦花!何してるんだ!早くこっちへ来い!」

 

 芦花「う、うん!今行──」

 

 その瞬間、とてつもなく大きな「何か」かこのお店の玄関付近を一瞬で崩壊させた。

 

 それも少しなんかじゃない。建物の中にいるはずなのに夜空が少しだけ見える程に………

 

 芦花「ひっ…!」

 

 そして目の前には見たことの無い真っ黒な「何か」が佇んでいた。

 

 その「何か」は何かを探すように首を横に振り、その身体を揺らめかせる。

 

 

『ココロ………………カンジル…ッ!』

 

 

「何か」はそう呟くと動きをビタっと止めて、こちらを向く。その瞬間に視線がすれ違った。

 

 その危機感、恐怖に気圧され、その場に尻もちを着いてしまう。

 

 何かは分からないけれど……このままじゃ危険…!それはわかっているのに、身体が震えて動かない…!

 

 

『オマエ………カラ、ダッ!』

 

 

 そして「何か」はその身体から、細い触手のような腕?を真っ直ぐに勢いよく伸ばしてくる。

 

 やっ、やだ……!死にたくない…!怖い…!わからない…!怖い…!怖い…!怖い…!怖い…!怖い…!怖い…!

 

 でも…

 

 

 

 

 

 逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 激しい頭痛が起きる。

 

 耳鳴りと一緒に現れたその痛みは、もはや歩くことすらも身体に拒ませる程だった。

 

 ここにきてからというもの、あのタタミ神の事と関わっていたからか、時々激しい頭痛に襲われる。

 

 さっきから、一生懸命おかみがわたしを心配してくれていますが……激しすぎる耳鳴りと頭痛のせいで何も聞こえてこない。

 

 レナ「あっ…!あぁ……!!」

 

 心子「リヒテナウアーさん?大丈夫ですか!?」

 

 レナ「あ……頭がッ!」

 

 心子「急に頭痛だなんて……それにさっきの警告…一体何が……?」

 

 時間が経つごとにどんどん頭痛は激しくなっていく。

 

 心子「と、とにかく、大旦那さんを呼んできます。すぐに戻ってくるのでここで待ってて下さいっ」

 

 激しい頭痛の中で、動けないわたしの為に、おかみは人を呼びに行ってくれた。本当に申し訳ないであります。

 

 その少し油断をしてしまった瞬間──―

 

 外から何か大きなものが激突したかのような音が聞こえてきた。

 

 その音が聞こえてきた時と同時に、さっきまでガンガンと響くような痛みだった頭痛は軽くなり、やっと事態を考えられそうな心の余裕ができた。

 

 しかし、それとはまた別の理由で激しい恐怖感がわたしを襲う。

 

 前にも1度、この恐怖心を抱いたことがある気がする…

 

 これは………これは…………………

 

 マコとレンタがやられてしまったあの日。

 

 ヨシノとマサオミが不思議な力であの黒いモノに立ち向かっていった日。

 

 わたしがアレと関わることになった日。

 

 そしてそれはついに壁を壊して、わたしの目の前にその姿を現した。

 

 

 

 レナ「た…………タタミ神…!?」

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 全く……!アイツら…衝動的に行動しおって…!

 

 とはいっても、あの心を支配された娘は現状、強い念の壁に守られていて近づくことすら出来はしない。

 

 この町を守る理由は何も無いが、それでは、蓮太が困るだろう。

 

 ………やれやれ。私もどうにかなってしまったな。

 

 あれだけ人間を嫌っていたのに……今やその人間を助けようとしている。

 

 ……馬鹿馬鹿しいな。

 

 獣『ぬんっ!』

 

 この地域の怨念を探ると、大体バラバラな場所に四つほど強い力を感じる。

 

 そしてそのうち二つは既にあの娘と小僧が向かっている。

 

 ……私はあそこへ向かうか。

 

 ……その前に……………有難く思え、蓮太よ。

 

 私は力を感じているある一つの人物に向かって黒い粒を放った。

 

 *

 

 蓮太「なっ!?それじゃあ茉子と将臣を置いてきたんですかッ!?」

 

 俺はみづはさんに事情を聞いて、事の重大さを知った。

 

 最初は頑なに教えてくれなかったが、何度も何度も俺がしつこく聞くもんだから、向こうが折れてくれた。

 

 みづは「仕方ない決断なんだよ。あの場を任せられるのはあの二人とムラサメ様しかいなかった」

 

 蓮太「だったら俺も行きます!朝武さんがそんな状況になってしまってるのに俺だけが休んでるわけにはいかない!」

 

 みづは「君は今大怪我を負っているんだよ!そんなことさせられるわけないだろう!?聞いたところによると、かなりの無茶をしたらしいじゃないか!」

 

 蓮太「だからって痛い痛いって言いながら休んでる間に将臣が怪我をしたらどうするんですか!茉子が怪我をしたらどうするんですか!俺が無茶しなかった分、アイツらは必ず無茶をする!まだ俺は動けます!」

 

 みづは「君はさっきまでまともに喋ることすら怪しかっただろう!?薬のおかげで喉の痛みは抑えられているけれど、傷を負った臓器は今手当できていないんだよ!?それこそ次の激しい衝撃を1度でもまともに当たれば、命の保証すらもないんだ!」

 

 蓮太「命の保証なんて最初からどこにもないっ!必ず生きて帰れるなんて保証は今まででも1度もなかった!だからこそみんな危険なんだ!いつだって死と隣り合わせ、そんな状況だから1人でも戦力が増えた方がいいんじゃないっすか!」

 

 みづは「明らかに不調と判断できる怪我人をみすみす戦場へ向かわせる医者がどこにいるんだ!君が一番君の言う死に近いから止めているんだよ!そんな人を殺させるような処置は私はしない!」

 

 蓮太「俺は死なない!俺が行かなきゃ将臣も茉子も死んじまうかもしれない!朝武さんも自身が耐えきれずに死んでしまうかもしれない!朝武さんの攻撃を止められなくて、町の人達みんなが死んでしまうかもしれない!けど!俺が行けばもしかしたら状況が変わるかもしれない!」

 

 みづは「絶対に死なないなんて保証もないんだよ!君は自分が死んでしまってもいいの!?」

 

 蓮太「よくないさ!死にたくもないさ!でも、ここで俺は動かなきゃ魂が死ぬんだよ!心が死ぬんだよ!それは生きてるって言わないんだ!」

 

 ……無茶を言ってるのはわかってる。

 

 我儘だってこともわかってる。

 

 自分の身がいちばん危ないってこともわかってる。

 

 けど……じっとはしてられない。大切な仲間が命を懸けて戦ってるんだ。人を町を友を守るために。

 

 

 

 

 なんとしても説得して、すぐに駆けつけなきゃ……!

 



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124話 心を扱う二人の差

 

 蓮太「どうしても、ダメなんですか」

 

 あれから数分、俺は少しずつ心を落ち着かせる努力をしながら、ずっと説得していた。

 

 みづは「…ダメだ。行かせられない。やっぱりどう考えても…君が大怪我をする未来しか予想できない」

 

 …それだけ俺の内部の怪我が激しいって事なんだろうけど…でも、町が、人がなくなるかもしれないって状況で、安全なところから見ることしか出来ないなんて。

 

 いやだ……。

 

 やっとできた心から安心出来る場所なのに…

 

 心から安心して寄り添える人ができたのに……

 

 

 

 失いたくない……!

 

 そう思った時、見覚えのある黒い粒が俺の前を横切った。

 

 みづは「これは…?」

 

 俺が手をさし伸ばすと、その黒い粒は俺の手のひらの上で更に小さく圧縮され、手のひらに何かが乗っかった感覚が伝わってきた。

 

 蓮太「獣か……?」

 

 それは初めての現象。気体のようだったあの粒は、物質に生まれ変わり、2つの丸薬のように姿を変えていた。

 

 直感で何となくわかる。これをどう扱うべきなのか。

 

 蓮太「………ぁん」

 

 その2つの丸薬の内、1つを口に含んで飲み込む。すると………

 

 身体が熱く焼かれるような感覚が伝わり、血が駆け巡っているのがわかる。

 

 細胞一つ一つを活性化させているかのような………

 

 みづは「それが話に聞いていた獣の力…?」

 

 自分の身体をよく見てみると、身体に残されていた数々の小さな傷が、みるみるうちに癒えていく。

 

 蓮太「みたいっスね………これなら、問題ないっスか?」

 

 みづは「まずは診てみるよ………」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 Another View

 

 

 町中に鳴り響く警報音。

 

 この音は初めて聴く。

 

 私がお勤めをしていた頃には……こんな事態にはならなかった。

 

 嬉しいことなのか…悲しいことなのか……。

 

 ……それはどちらも感じるべきではない心。

 

 とにかく、今…常陸である私がやるべき事は………………

 

 

 *

 

 

 そろそろ見える頃…!

 

 有地さん達と話し合わずに飛び出してしまった…けど、もう今更戻るわけにはいかない。

 

 ……ムラサメ様に後で怒られそうですね……

 

 ……!

 

 そんなことを思いながら、田心屋に急いでいると、その光景に変化が起こっていた。

 

 茉子「建物の入口が壊れてる…!?」

 

 …まずい!

 

 ワタシはそれを見た瞬間に、移動速度をはね上げて、田心屋の中に急いで入り込んだ。

 

 そして目に映ったのは………

 

 

 入口を始めとした店内がぐちゃぐちゃに崩壊しており、あちらこちらが傷だらけ、そしてその中には祟り神が一体。

 

 そしてワタシの足元には、馬庭さんが仕事中に身につけている黒いリボンが………

 

 ………遅かった…?

 

 もしかして……、もしかして……………。

 

『ココロ………………』

 

 そう呟く祟り神の一部に引っかかっていたのは……………

 

 あの小豆色の布。

 

 あれは………

 

 茉子「ッ!!」

 

 それが目に入った瞬間、ワタシは心の力を使って全力で祟り神に蹴りかかる。

 

 何度も何度も祟り神の顔を強く蹴る。

 

 しかし祟り神は身体から触手を伸ばし、ワタシを薙ぎ払って吹き飛ばしてきた。

 

 その触手に当たってはしまったけれど、吹き飛ばされる最中に身体をひねり、壁に足をつけて着地をする。

 

 そして強く壁を蹴り、続けて天井を蹴って勢いよく祟り神の頭に重力を乗せた蹴りを当てる。

 

 頭が凹んだのを目で確認して、すかさず祟り神から距離をとった。

 

 しかし祟り神は何事も無かったかのようにすぐに元の形に戻り、身体をうねうねと捻りだす。

 

 茉子「…今のは完全にお祓いを終わらせるつもりだったんですけどね……」

 

 心の力を消費しすぎてる。

 

 正直、感覚でいうところの力は半分くらいしか残っていない。でも……もう温存なんて考えない方がいいかもしれませんね。

 

 茉子「はぁっ!」

 

 気合いを入れるように心の力を放出し、あの時のように全力で朱い光がワタシに纏う。

 

 さっきこの状態になって……恐らく活動時間は3分…くらい。

 

 たった3分の間全力で動いただけで、心の力を半分使って、反動でほんの少しの間動けなくなった。

 

 っとなると……理想は2分…?いや……

 

 茉子「1分で終わらせますッ!」

 

 その声と共に、ワタシは全力で地面を蹴り、朱い残光を残しながら何度も何度も祟り神をすれ違いざまに蹴り、軸をずらしながら形を無くす気持ちで連続蹴りを入れる。

 

『ぁ………ぁ…………………!』

 

 茉子「ふっ!」

 

 そして勢いよく回し蹴りを当て、祟り神を田心屋から追い出した。

 

 追い出した祟り神を他の建物に当てないように、瞬時に回り込み、真上に蹴り上げ、そのまま空中で真横に蹴り飛ばす。

 

 空を飛ぶように吹き飛ばされた祟り神を追って、素早く屋根や空気を蹴り、追いついては祟り神を殴り、追いついては蹴りを繰り返して、最後に思いっきり殴り飛ばす。

 

 そして出せる速度の全てを出して、祟り神の後ろに回り込み、両手を差し出して心を溜めて──

 

 

 茉子「これをまともに受け止める勇気はありますか?」

 

 

 蓮太さんなら、そんなことを言いそうですよね。

 

 殴り飛ばされた祟り神が迫ってきて、もう目の前という距離にまで近づいてきた瞬間────

 

 心の力を全力で放出した。

 

 *

 

 蓮太「どうッスか?」

 

 俺の身体診察したみづはさんは、かなり驚いた顔をして、丸薬をまじまじと見ていた。

 

 みづは「……正直、信じられないよ。私が判断できるところは全て治りかけている」

 

 蓮太「獣曰く、それらはただの超回復じゃなくて、簡単に言うなら細胞を活性化させて治癒能力を向上させているみたいっス。だからその分の反動が遅れてやってくるみたいなんスけど……今のところはまだ来てないッスね」

 

 もしかしたら気を失っていた時がそれだったのかもしれないけど……それはなんとも言えない。

 

 みづは「…………そう…か」

 

 蓮太「怪我はなんとかなりました。万全……とは言えませんが、さっきよりもマシだと思います」

 

 みづは「………はぁ…」

 

 俺の必死の嘆願に負けたのか、みづはさんは諦めのため息を吐いた。

 

 みづは「いい?君はあくまで怪我を一時的に誤魔化しているみたいなものだ。時間が経てば疲労として返ってくるんだろう?できればこの丸薬を使ってはほしくないけど……そうもいかない時もあると思う」

 

 みづは「だから普段は決して無理はしないこと。ここだけの話、君のその心の力は君自身をも苦しめる。身体を診てわかった。心の力を使っての身体強化は出来ていないんだ」

 

 …?どういことだ?

 

 蓮太「できてないって……どういうことなんスか?」

 

 みづは「激しい攻撃に身体が耐えられているのであれば、怪我をすることはない。けど、君のその足は微量の負荷がかかっているんだ。君自身の攻撃に身体が耐えられていないんだよ」

 

 みづは「君の心の力は一点に集中させている。つまり足に集中させた時、それは足を強化しているんじゃなくて、足に力を纏わせているんだ。足の周りに薄い盾があると言ったらわかりやすいかな?」

 

 ……つまり、俺の心の力は靴下を履いている足みたいなものか?

 

 靴下を心の力と仮定して、それを纏ってるみたいな?

 

 みづは「だから力を過信しすぎないように。それと無茶をしないように。あと………絶対生きてまた合ってくれることを約束してくれるなら、行っていいよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はその場を立ち上がった。

 

 よし……身体は動く……!

 

 

 

 

 蓮太「任せて下さい!」

 



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125話 町の異変

 

 勢いよく俺は建物の外へと駆け出し、思わず空を見上げる。

 

 それは違和感を感じたから。

 

 まず繰り返されているのは、避難のアナウンス。それが耳を入ってくる中、俺が感じた違和感は空。

 

 上を見上げると、星が1つもない。星どころか雲すらも見えない。

 

 なんでだ?まるで、なにかが空を隠しているような……

 

 とりあえず跳んでみるか…!

 

 俺は心の力を少し使って、屋根に飛び乗り、そのまま宙へ浮くためにその屋根を蹴り飛ばす。

 

 身体を空中へと投げやって町を見渡すと、あちらこちらで町の人達が大慌てで学院の方へと向かっていた。

 

 …そういえば避難先は鵜茅学院だったな。

 

 そんなことを思いながら様子を伺っていると、あるものが俺の視界に写った。

 

 蓮太「なんだ…?あれ…。黒い……太陽?」

 

 家の屋根から空へと跳んだ俺よりも更に高い位置に真っ黒な太陽かと思わせるほどの球体が浮かんでいた。

 

 さすがにあの高さにはいくら跳んでも届きそうにない。

 

 本当になんなんだ…?

 

 なんて思っていると、俺と同じくらいの高度で朱い光の光線のようなものが、勢いよく横切っていった。

 

 蓮太「はっ!?」

 

 俺を無視した光線は、そのまま空を駆けるように伸びていき、山に当たった瞬間に物凄い爆発を起こした。

 

 ……え?何あれ?

 

 蓮太「と、とりあえずあっちの方から飛んできたな…」

 

 あれが気になるのもそうだが、あれをしたのがあの怨念とかだった場合が大問題だ。

 

 あんなもの人に当たれば即死だぞ。

 

 でもあの色って、どこかで見たような…?

 

 蓮太「まずは行ってみるか」

 

 俺は屋根に着地をした後、屋根から屋根へと飛び移って不思議な光線が迫ってきた方向へと向かった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして暫く突っ走っていると、俺の行き先で何かが空から落ちている。

 

 それは朱い残像のような光を残しながら、何も抵抗をせずに地面に向かって落下していた。

 

 よく見ると人影のように見える………

 

 蓮太「……ってあれはッ!?」

 

 その落下している何かに向かって走っていると、徐々にそれが何かが見えてきて………

 

 蓮太「茉子ッ!?」

 

 その人影は力無く落ちていく茉子だった。手足をユラユラと揺らせながら、頭から地面に向かって落ちている。

 

 それを理解した瞬間、俺は心の力を使って地面を強く蹴り、その落下地点へと一気に跳んだ。

 

 このスピードなら間に合う!

 

 むしろ通り過ぎてしまいそうだ。

 

 俺は腰を低くし、スライディングをするように両足でブレーキをかけながら速度調整をして両手で茉子を受け止める準備を整える。

 

 そしてタイミングを合わせて──

 

 

 蓮太「ふんぬっ!!」

 

 

 なんとか茉子を受け止めた。

 

 人二人分の重さになった俺は、その力で残っていた勢いを殺して、茉子に語りかける。

 

 蓮太「おい茉子!大丈夫か!?意識はあるか!?」

 

 なんであんか高さから落下してたんだ!?

 

 必死になって声をかけていると、意外とあっさりと茉子は返事をしてくれた。

 

 茉子「蓮太…さん。よかった。無事だったんですね」

 

 蓮太「俺よりもお前の方が心配だ!まずなんで上から落ちてきたんだよ!?ラピュタか!」

 

 茉子「えーっとですね……」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 蓮太「はぁっ!?」

 

 俺が気絶してからの出来事を茉子は淡々と話していった。

 

 待て待て待て待て!茉子が心の力を上手く扱えすぎていることは一旦置いておくとして、あの黒い太陽みたいな真ん丸の中に朝武さんが入ってるだと!?

 

 なんか闇堕ちしたのは話に聞いてたけど……その後に祟り神を召喚して町中に4体の祟り神が襲いかかってる!?

 

 蓮太「その内の一体を茉子が祓ったのか…?」

 

 茉子曰く、ムラサメに場所を教えてもらった後、1人で突っ走って1番近くの祟り神と交戦していたようだ。

 

 あの朱い光の光線は茉子が放ったものらしく、それを空中で放った結果、反動で身体に力が入らずにそのまま落下……って流れらしい。

 

 全てを話し終えた頃には、茉子の体力はそこそこ回復していた。

 

 茉子「はい、なんとか……ですが、まだこの穂織の町に3体程、祟り神がいます。それを何とかしないと…」

 

 蓮太「お前は休んでろって!心の力を目覚めさせたのはいいけど、使いすぎだ!マジで動けなくなるんだからな!?」

 

 茉子「でも!祟り神を祓える方はもう有地さんと蓮太さん、それにワタシしかもういません!早く対処をしないと…!」

 

 そこでハッと思い出した。みづはさんと少し言い合いになった時のことを。

 

 ……俺も今の茉子みたいな感じになってたのかな。

 

 蓮太「あー……!わかったわかった。ちょっと胸に手を当てるからな?」

 

 そして俺は茉子の胸、心臓に近いところで手のひらを当てて、自分の蒼い心の力を流し込む。

 

 茉子「ちょっとエッチなことされるかと思いましたよ」

 

 蓮太「そこまで状況が読めてない程バカじゃないっての」

 

 ……さて、とりあえず茉子は動けるだろうけど……

 

 蓮太「確か、茉子の話だと祟り神が襲い始めてる場所はわかってるんだよな?それがどこか教えてくれないか?」

 

 茉子「ワタシも話の途中でかけだしてまして……確か、残りは「志那都荘」と……「鵜茅学院」と……」

 

 …は?

 

 蓮太「鵜茅学院!?」

 

 茉子「はい…そうですが……?」

 

 蓮太「町の避難指定場所が鵜茅学院なんだ!みんなそこに逃げてるぞ!?」

 

 茉子「え……!?」

 

 マジか…!?もう結構な時間が経ってる!マジでまずい…!

 

 でも茉子の話だとまだ馬庭さん達があの店にいるかもしれない。襲われたのが事実だとしたら瓦礫に挟まったりとかしてるのかも……

 

 どうする…?

 

 俺はどうしたらいい…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「茉子はとりあえず鵜茅学院に急いでくれ!俺は一度田心屋に向かって確認してくる!」

 



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126話 心の在り方

 

 *

 

 将臣「はぁ……!はぁ……!」

 

 もうすぐ…!あと少しだ…!

 

 もうほとんど建物は見えている!

 

 俺は避難している人達と何度も何度もすれ違い、志那都荘を目指して突っ走っていた。

 

 そしていつの間にか叢雨丸から憑依を解いていたムラサメちゃんが、何やら難しそうな顔をして俺の横を浮かんでいた。

 

 将臣「どうしたの…!ムラサメちゃん」

 

 ムラサメ「うむ……それが、何か変なのだ。祟り神が2体……?にしては片方は弱すぎるような……」

 

 何のことを言ってるんだ?

 

 その言い方だと、まるでこれから2体の祟り神と戦わなくちゃいけないみたいだけど。

 

 ムラサメ「でも、どこかレナの感覚が……」

 

 将臣「とにかく急ごう…!もう目と鼻の先だ!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして俺達が志那都荘に辿り着いて、急いで中に入ると、意外と中は荒らされたりはしていなかった。

 

 不思議に思いながらも奥へ奥へと進んでいくと、祟り神の攻撃を一心不乱に避け続けているレナさんの姿が。

 

 避けるといってもがむしゃらにジャンプをしたり、コケたりしながら必死にギリギリの所でなんとか避けれている。という感じだった。

 

 将臣「ムラサメちゃん!」

 

 ムラサメ「うむ!」

 

 その掛け声と共に、俺は全力で祟り神に向かって走り出す。そして叢雨丸を構え、大きく振りかぶった時、そこでようやくムラサメちゃんの憑依が完了した。

 

 神々しい光を放ちながら、神力を宿した叢雨丸を、目の前にいる祟り神に向かって斬りつける。

 

 そして一旦距離を取り、相手を出を伺いながらも軸をずらしつつ三度斬りつけた。

 

 レナ「マサオミッ!」

 

 将臣「よく持ちこたえてくれた!レナさんはここから早く逃げて!この場は俺達が請け負った!」

 

 レナ「で、でも………!うっ……!」

 

 逃げてと指示したはいいけれど、レナさんは激しい頭痛に苛まれているのか、頭を抑えてその場にしゃがみ込んだ。

 

 将臣「どうしたの!?レナ──」

 

 その瞬間に、俺を襲ってきた攻撃をギリギリのところで躱して、叢雨丸の切っ先を祟り神に向ける。

 

 俺にはレナさんをかばいながらのお祓いは無理そうだ…

 

 レナ「うぅっ……!」

 

 振り返ることが出来ないが、後ろの方からレナさんの苦しそうな声が聞こえてくる。

 

 今すぐにでも駆け寄ってあげたいけれど……その行動は命取りになりそうだ。

 

 かといって攻められない…。もし触手がレナさんの方にでもいってしまったら………常陸さんや蓮太のような速度を出せない俺じゃあ守ることができない。

 

 かといって遠距離から攻撃できる手段なんてのもないし…。

 

 ……いや、よく考えろ。まずは戦況を読め!ここは絶対に勝たなきゃいけないんだ。

 

 誰からも援護はない……と思う。俺が苦戦しているように、みんな苦戦しているはずだから。むしろ早く助っ人に向かいたい。

 

 その為には……俺は一人で戦わなくちゃあいけない。

 

 幸い、ここは戦闘をするには十分な広さだ。足場も悪くない。急いで走ってきたのもあって靴を履いたままだから、激しい移動を繰り返したとしても対処はできる。

 

 あとは周りに人がいないって状況を作らなきゃ……!俺は守りながらは戦えないから。

 

 裏口の方が外へ出るには近い……な。レナさんが動けるようになるまでは、守りに徹さなければ…!

 

 将臣「レナさん!聞こえる!?ちょっとキツイかもしれないけど、少しでも動けるようになったら急いで裏口から逃げて!」

 

 頼む…!少しづつでもいいから、裏口に…!

 

 レナさんの返事が聞こえないが、それを待っている間に例の触手が大量に俺を襲ってくる。

 

 真っ直ぐに襲ってくるモノがあれば、鞭のようにしなるモノもある。

 

 冷静に………全てを見ろ!

 

 襲ってくる触手は6本。大丈夫……見える…!

 

 まずは真っ直ぐに突っ切ってくる触手をギリギリで避ける。わざわざギリギリで避けた理由は、身体の動きを最小限に抑えるため。

 

 激しく身体を動かすと、些細な動きも大振りに変わってしまい、触手をいなす事が出来ないからだ。

 

 こうしてしまえば、伸びきった祟り神の触手は急旋回することは出来ない。そして伸びている触手の場所からは攻撃されなくなり、注意を外すことが出来る。

 

 そしてそのまま身体を捻ってしなりながら襲いかかってくる触手もくるんっと避ける。その勢いをそのままに、思いっきり縦に叢雨丸を振り下ろしその2本の触手を切り離した。

 

 将臣「まずは2本……」

 

 切り離された触手は、うねうねと苦しそうに動きながら、浄化されていくかのようにじわっと消えていった。

 

 そして遅れて真っ直ぐに襲ってきていた触手も真っ二つに分けるように斬り上げる。そのまま連続してもう1本、もう2本と、合計3本の触手を切り離した。

 

 ムラサメ『やるのう!ご主人!間違いなく腕を上げておるな!』

 

 将臣「まだ…だっ!」

 

 そして残りの1本を見逃さずに狙いを定め、床に叩きつけるように叢雨丸を突き刺した。

 

 すると、神力を恐れてか、祟り神は自らその触手をぶちりとちぎり離し、その攻撃を止める。

 

 将臣「はぁ…!はぁ………!」

 

 床に刺し込まれた刀を引き抜き、改めて構えを向ける。

 

 祟り神が攻撃の手を止めたのを機に、急いで呼吸を整える。……何時でもすぐに動けるようにしておかないと…

 

 その時、後ろから声が………

 

 玄十郎「将臣ッ!」

 

 この声って……!

 

 将臣「祖父ちゃん!」

 

 声は聞こえてきて少しは驚いたけれど、振り返っている余裕はない。

 

 俺は祟り神から目を離さずに、後ろにいるであろう祖父ちゃんと会話をする。

 

 将臣「ここは俺に任せて!祖父ちゃんはレナさんを避難させてくれ!」

 

 玄十郎「勿論リヒテナウアーさんはワシが安全な場所へと避難させる。が……他の者はどうした!」

 

 将臣「今、訳あって町中に祟り神が数体出現してしまってるんだ!それぞれの場所に常陸さんは助けに行ってる!」

 

 どこに行ったは分からないけれど、あの場から1番近いのは芦花姉の店だ。多分常陸さんはそこへと駆け込んだんだろう。

 

 玄十郎「巫女姫様は!?竹内君はどうした!」

 

 将臣「あの2人は………………ッ…!!」

 

 もう戦えない状態なんだ。

 

 あの時のお祓いで…2人とも………動けないんだ……!

 

 その言葉は声に出なかった。けれど、雰囲気はどうやら伝わったらしい。

 

 玄十郎「………!将臣!ヒリテナウアーさんは任せておけ!そして無事にお祓いを済ませて……お前もちゃんと避難してこいッ!」

 

 ……!

 

 その声が聞こえてきた時。少しずつレナさんの苦しそうな声が遠ざかっていっているように聞こえた。

 

 つまりは祖父ちゃんが助けてくれているんだ。

 

 これで……もっと集中できる。

 

 祖父ちゃんが任せてくれた。信じてくれた。

 

 ……この気持ちは、絶対に裏切りたくないッ!

 

 

 

 

 高ぶる気持ちをなんとか抑え、刀に精神を集中させる。

 

 思い出せ……!祖父ちゃんが教えてくれた全てを。

 

 意識しろ……!俺が受け継いだ刀の術を。

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、将臣。刀は心だ。戦いの様相は身体の在り方だけではなく、心の在り方によっても大きく作用される。お前の中の心の奥底にある強き想いを以て真の力は発揮される。お前の中に眠る想いは何だ?」

 

 

 

 

 

 

 鍛錬の時、祖父ちゃんが1度だけ俺に質問してきたこと。

 

 この時の俺はその言葉の意味があまりわからなかった。絶対に勝つって気持ちが大事なんだとか、そんな風に思ってた。

 

 でも、そんなんじゃない。

 

 俺の中の想いは…………!

 

 

 

 

 頭の中に過ぎるのは大切な人達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 芦花姉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小春ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廉太郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レナさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 常陸さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太。

 

 

 

 

 

 

 

 ムラサメちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 芳乃…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最高の仲間たちだ!

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、叢雨丸が輝き出す。

 

 俺の気持ちに答えるかのように……

 

 ムラサメ『ご主人の気持ち。吾輩にも伝わったぞ』

 

 将臣「そうか……。なら、もう少しだけ待っててくれ。すぐに終わらせるから」

 

 ムラサメ『うむ!』

 

 

 

 

 

 

 

 さて……と。

 

 俺は叢雨丸の切っ先を向け、祟り神を睨む。

 

 将臣「覚悟はいいか?俺はできてる」

 



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127話 鞍馬流

 

 俺にとっての心の想い。

 

 それは……仲間。

 

 ここで協力し合った大切な人達。

 

 そして…………芳乃。

 

 待ってて……すぐに助けに行くから。

 

 

 

 

 

 

 

 光を放つ叢雨丸を両手で握り、相手と向かい合うように構える。

 

 これはいうなら剣術の最も基礎となるもの。相手の喉元を狙うかのようなこの構えは──

 

 

 通称「正眼の構え」

 

 

 そう、俺が今構えているのは「剣道」としてはなく、「剣術」としてのモノ。

 

 初めて、祖父ちゃんが「道」から逸れたものを一つだけ教えてくれた。

 

 人を守る為の「剣道」じゃ、今、俺はこの祟り神に勝てない……

 

 守るべきものがない今、今だからこそ……俺は刀を構えることが出来る。

 

 意識の違いにしか感じ取れないかもしれないが……この気持ちの違いは戦況を大いに変える。

 

 将臣「祖父ちゃん直伝、鞍馬流の剣…………俺に扱えるだろうか」

 

 この穂織には、数々の剣術流派が存在する。その中でも最も最古と言われる二つの流派の内、一つが鞍馬流。

 

 ……剣術である以上、この技は人を殺す為に作られたもの…できればこんな状況になって欲しくなかったけど……。

 

 背に腹はかえられない。

 

 そう言って自分に言い聞かせる。

 

 思い出せ…

 

 

 

 その瞬間、祟り神は触手ではなく、その身体を動かして、俺に襲いかかる。

 

 しかし驚きはしない。

 

 冷静に、ギリギリまで相手を見切るために、ただ真っ直ぐにその眼で祟り神を見る。

 

 すると祟り神は俺から死角となっている身体の場所から、触手を一本薙ぎ払うように振り払ってきた。

 

 …やっぱり馬鹿正直にはこなかった!

 

 将臣「やあぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 それを確認した瞬間、素早く刀を上にあげ、気合を入れた声とともにその薙ぎ払いを打ち落とすように2度斬る。

 

 

 鞍馬流、基礎の形「正灯剣」《せいとうけん》

 

 

 刀が触手に触れた瞬間、ムラサメちゃんの神力の目くらましのように白い閃光が視界を襲ったが……それでも目を閉じない。

 

 しかし祟り神のほうは、その力に怯んだ様子だった。

 

 その隙を逃さずに、祟り神に詰め寄り、中途半端に残った触手に追い打ちをかける。

 

 一歩前に出し、自分の右側から小手打ちを凌ぐように刀を斬り込む。

 

 

 鞍馬流「閃電」《せんでん》

 

 

 すると斬りつけた場所から、白い光が祟り神を襲いはじめる。

 

 その白い光は瞬く間に祟り神の身体全身を駆け巡るように伸びていき、目標の祟り神は苦しむように身体を広げ、その姿を大きく見せた。

 

 そしてガラ空きになったその身体に向かって、大きく身体を横に構える。

 

 そしてタイミングを合わせて、叢雨丸を勢いよく斬り払った。

 

 

 鞍馬流「燕飛」《えんぴ》

 

 

 将臣「くっ………た……ばれぇぇぇぇ!!!」

 

 勢いよく振りかぶった刀を半場力任せに押し込み、無理やりにでもその身体にねじ込ませる。

 

 そして祟り神とのすれ違いざまに、叢雨丸を一気に引き、右腕を大きく伸ばして視界から外れるほどの場所まで、刀を伸ばす。

 

 そして刀を回し、腰に収めていた鞘を左手で持ち上げ、刀身をゆっくりと収めていく。

 

 そして鍔が「キンッ」と音を立てると──―

 

 

 

 祟り神『グギャァァァァァァッッ!!』

 

 

 

 その音と合わさるように、祟り神の身体から黒い飛沫が噴射された。

 

 黒い雨のように降り注ぐ部屋の中、振り返らずに俺は裏口の方へと歩を進める。

 

 ムラサメ『終わったか?』

 

 将臣「うん…………。先を急ごう。みんなが待ってる」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 志那都荘を飛び出して、俺はとりあえず来た方向へと向かって走り出す。

 

 理由は志那都荘に駆けつけて走ってる時に、たくさんの人とすれ違ったからだ。みんながその方向へと避難しているってことは、避難場所はきっとこの方面なんだろう。

 

 将臣「ムラサメちゃん。祟り神って今どの辺にいるのかって気配を読めるかな?」

 

 ムラサメ「先程とは違って、今は気配は少なくなっておる。おそらく茉子が一体どうにか祓えたのだろう」

 

 ……流石常陸さんだ。あの強さは異次元だからな。

 

 将臣「じゃあ、後どの辺に向かえばいいかな?」

 

 ムラサメ「田心屋の方は気配が消えておる。向かうのは…………西の町か学院の方か………だな」

 

 この場所からだと、向かう為にかかる時間はどっちも同じくらい……か。

 

 将臣「西の方って、確か民家がかなり少なかったよね?」

 

 ムラサメ「うむ。それにあそこは暗いが道が広く、避難がしやすい。おそらく逃げるという事一点においては最も行動を起こしやすいであろうな」

 

 将臣「学院の方へと向かった方がいい……よな」

 

 ムラサメ「そうだな。ひとまずそちらの方へと急いで向かうぞ、ご主人」

 

 

 

 

 

 よし…………もう一走りだ…!



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128話 学院を襲う影

 

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 廉太郎「一体どうなってんだよ!」

 

 今までは普通だった。今日も素直に一日が終わるんだと思ってた。けど、そんな俺にとっての…『俺達にとっての』当たり前は終わった。

 

 小春「そんなこと言ってもわかんないよ!いきなり地震が起こるから逃げなさいって……」

 

 廉太郎「大体おかしいだろ!地震が起きたから逃げなさいならわかるけど、『起きるから』って……それになんなんだよ!あの空に浮かんでいる黒いやつ!」

 

 俺達が行き慣れたこの学院は、穂織の街に住むたくさんの人達が避難していた。建物の中に駆け込む人もいれば、裏の方で何かを準備している人もいる。

 

 急な緊急アナウンスが町中に響き渡ってからは、みんながみんなパニックに陥っていた。もちろん俺もその一人。

 

 不慣れな出来事が起きている中、どうしても頭から離れないことが一つ。

 

 廉太郎「それに、なんでみんながいないんだ?芦花姉は?巫女姫様は?常陸さんは?レナちゃんは?将臣は?蓮太は?」

 

 避難警告が出てからはもうかなりの時間が経っている。もう家の距離を考えて、この全員がこの場所に逃げていてもおかしくない……むしろ、ここにいないことがおかしい。

 

 小春「それもわかんないよぉ!もう……何が何だかっ……!うっ…!お兄ちゃん……!」

 

 今にも泣き出しそうな小春の手を繋ぎ、改めて、不気味に空に佇む「黒い何か」を見上げる。

 

 明らかに違和感の塊であるそれをじっと見ていると、不意にそれが揺らめいているように見えた。

 

 廉太郎「今、何か動いたような…?」

 

 芦花「おーい!二人ともー!」

 

 廉太郎「芦花姉っ!」

 小春「お姉ちゃん!」

 

 その違和感を感じたその時、門の方から芦花姉がボロボロの服を身につけて走ってきていた。

 

 廉太郎「どうしたの!?服がすっごく汚れてるじゃんか!」

 

 芦花「それが………ちょっと不思議なことが起こって………」

 

 

 

 

 

 少女説明中・・・

 

 

 

 

 廉太郎「何!?黒い泥が……っていきなり何言ってんの!?」

 

 突如として現れた芦花姉が言う事は、アナウンスが鳴り響いて、家族で逃げ出そうとしていた時、見たことの無い黒く泥のようなおぞましい「何か」に襲われたというもの。

 

 ……失礼かもしれないが、頭でも打ったんじゃないか?って疑いたくなる内容だった。言っていることがデタラメすぎる。

 

 芦花「本当だよ!本当に黒い化け物に襲われたんだよ!そして何も出来ずにビックリしてたら、もう一体同じような狼が現れて、逃げろって言ったんだよ!」

 

 それで一心不乱に逃げてきて……ってことらしいけど……。

 

 廉太郎「そんなこと言われてもなぁ…」

 

 小春「……ッ」

 

 廉太郎「どうしたんだ?小春、急に目を見開いて」

 

 小春「もし…、もし、お姉ちゃんが言ってることが全て本当なら………先輩達がここにいないのって……」

 

 ………!

 

 廉太郎「そっ、そんなこと!そんなこと……!」

 

 ない……よな?その不思議な化け物に襲われた、なんて………

 

 その時だった。それが夢でも幻でもなんでもない……現実だと思い知ったのは。

 

 

 

 

 

 

『グギャァァァァッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 突如として町中に……いや、この場に響くのは獣のような叫び声。

 

 アニメやゲームなんかでよく聞くような、おぞましい声。

 

 芦花「アレ……アレ、だよ…………。あの化け物が………ッ!」

 

 月明かりに照らされ、目を赤く光らせてその化け物はこっちに向かって移動していた。

 

 その姿は泥のように形が崩れており、その背中は炎のようにゆらゆらと揺らめいている。

 

 それはとにかく不気味で、気持ち悪くて、恐ろしくて、おぞましい何か。ただその恐怖心を感じていながらも、俺はその化け物を凝視することしか出来なかった。

 

 そしてその化け物は学院内の広い場所へ、勢いよく着地をし、荒い砂埃を散漫させる。

 

 視界が奪われたと思えば、その化け物を中心に風が巻き起こり、一瞬にしてその埃を払う。

 

 

 化物『……………』

 

 

 な、なんなんだよ……あれ…!

 

 レナ「タタミ神ッ!」

 

 落石のように落ちてきたその化物を「タタミ神」と呼ぶレナちゃんが、頭を片手で抑えながら俺たちの前に立ち塞がった。

 

 廉太郎「レナちゃん!?」

 

 レナ「レンタロウはコハルとロカを連れてもっと遠くへ逃げて下さい!アレは恐ろしい化物です!みんな怪我してしまいますよ!」

 

 廉太郎「そ、そんな…!逃げろってったって、レナちゃんの方が危ないじゃないか!逃げるなら、一緒に逃げよう!」

 

 理由はわからない、存在もわからない。何が起きているかもわからない。でも、きっと芦花姉を襲ったのはアレだ!

 

 レナ「わたしも必ず逃げますから、ひとまずみなさんは退散してください!裏門の方から更に奥へと避難できるようです!」

 

 その声で気がついたのだが、さっきまで大勢いた町の人達は、雪崩のように学院の裏の方へと移動していっている。

 

 それだけみんなが直感したんだ。化物がいるぞ……と。ここは危険だ…と。

 

 玄十郎「リヒテナウアーさんもだ!早く祟り神から離れなさいッ!」

 

 廉太郎「じいちゃん!……あれはなんなんだよ!?この町はどうしちまったんだ!?」

 

 玄十郎「悪い、廉太郎。今はそれを説明しておる時間が無い。お前も2人を連れて早く奥へ!」

 

 その瞬間、あの化物はその身体から触手のようなモノを大量に出現させ、自分を中心に辺り一帯を激しく振り回す。

 

 その触手のようなモノに当たった建物や木は、粉々に破壊されていき、その威力の高さを知らしめるように威嚇していた。

 

 廉太郎、小春「「ひいっ!?」」

 

 芦花「きゃっ…!」

 

 その迫力に思わず腰の力が抜けて、その場に尻もちを着いてしまう。

 

 逃げなきゃと何度も何度も頭の中を危機感が駆け巡るが、身体が動かない…!

 

 それでも、レナちゃんは俺たちの前を塞ぐように、決して億さずに立ち塞がっていた。

 

 レナ「こ….怖くなんかありませんよ!そんなことをしても無駄です!わたしの友達には……絶対手を出させませんっ!」

 

 その時………一瞬レナちゃんが少しだけ光を纏ったような気がした。

 

 まるでその決意が何かの力に呼応するように目覚めたかのような感じだった。

 

 しかし…一瞬のうちの瞬きのあと………レナちゃんには光が消えていた。

 

 そして………その化物の触手が、レナちゃんを狙って襲い始める。

 

 風を切るような音を鳴らし、レナちゃんに向かって伸びていくその触手は、目で追うのがやっとな程のスピードで薙ぎ払うように向かっていた。

 

 俺の目で追うのがやっとなんだ。当然レナちゃんはまともに動くことすら出来ずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レナ「がっは………………ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて聞くような重低音と共に、その女の子は身体を曲げた。

 

 まるで蹴られた缶のようにその身体は空を飛び………………

 

 

 

 

 赤い水滴が小雨のように降り注いできた。



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129話 七つの力

 

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 痛い。

 

 お腹も、頭も、全て痛い。

 

 空へと飛ばされていく最中に、思ったことはそれだった。

 

 とにかく至る所が痛い。あのタタミ神と出会ってからずっと、ずっと痛かった。

 

 そしてもう1つ不思議なことが。

 

 それは今、わたしの視界の端に、見たことの無い数字の書かれた、光る玉のような七つのモノが……

 

 なんなのでしょう?これは。

 

 薄れゆく意識の中、視線をその玉に向けると書かれていた数字は文字へと変化した。

 

 一、認知

 

 二、方向

 

 三、幻

 

 四、現

 

 五、空間

 

 六、現実

 

 七、「」

 

 …わけがわかりませんよ。

 

 不思議な出来事に困惑をしながらも、身体が落下して地面に強く打つのを待つ。

 

 その視線の先には、まるで絶望に直面でもしているような表情をしているみんなが。

 

 泣かないで下さい、コハル。あなたの笑顔は周りをも明るくしてくれるのですから。

 

 絶望しないで下さい、レンタロウ。男の子はあなただけなんですから、みんなを引っ張っていかないと。

 

 諦めないで下さい、ロカ。頼れるお姉さんはあなただけなんですから。

 

 …………

 

 

 せめて…みんなが逃げられるくらいの時間を…………

 

 そう思って三番の玉に視線を向ける。

 

 このまま何もせずに終わりませんよ。不思議なことが起こっているのなら、最後にくらい使ってみます。

 

 みんなを…守るために。

 

 そう思うと、わたしの右手に何やら温かい玉のようなモノが握られている感覚がした。

 

 視界の三番は、それだけが光を失っている。

 

 確か………浮き出てきた文字は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 レナ「幻」

 

 

 

 

 

 

 

 その呟きと同時に、わたしは右手を強く握りしめる。

 

 するとその玉は砕け散り、中から眩い閃光が辺りを照らす。

 

 しかも右手に伝わるその熱はどんどん温度を上げていき…………

 

 

 

 

 

 レナ「……え?」

 

 

 気がつくとわたしはタタミ神の前に両手を広げて立っていた。

 

 これって……さっきみんなを庇った時にわたしがやっていたこと…?

 

 でも…わたしはタタミ神に攻撃をされて、吹き飛ばされて……!みんなは!?

 

 そしてその場を振り返ると、さっきのようにコハルは泣いており、レンタロウはその顔を絶望に染め、ロカは諦めたかのような表情をしている。

 

 しかし、レンタロウに付着していた、真っ赤な血は綺麗に消えていた。

 

 そしてなにより……

 

 レナ「ケガを…していない…?」

 

 身体中を確認しても、服が汚れていることはなく、痛みも頭痛以外は感じない。

 

 レナ「うぐっ………!」

 

 そして今まで軽かったその頭痛は、激しく激化していき、その場にうずくまってしまうほどの痛みを感じさせる。

 

 その激しい痛みの中、かろうじて見えたタタミ神は、わたしに向かって触手を勢いよく伸ばしてきていた。

 

 

 

 もう…………ダメッ!

 

 

 

 そんなことを思ってしまった時、朱い光を纏いながら、まるで前に見たレンタのようにその触手を蹴り飛ばす影が……

 

 その背中を見て思わず泣きそうになる。

 

 いや……………涙は既に零れていた。

 

 レナ「マコ………っ」

 

 

 

 *

 

 茉子「間一髪……!!」

 

 本当に危なかった。あと少し遅れていたら、レナさんは大怪我をしていたかもしれない。

 

 間に合ってよかった。

 

 茉子「大丈夫ですか?レナさん」

 

 レナ「は…い。なんとか立てますよ」

 

 彼女は苦しそうな顔を無理やり抑えながらも、その瞳からは涙を零していた。

 

 怖かったのでしょう。本当は逃げたかったのかもしれません。けれど……祟り神の恐ろしさを、一度その身に経験しているからか、誰よりも前に出て、後ろの皆さんを庇ってくれていたようです。

 

 どこまで優しいんですか。本当に…

 

 ……とその時に違和感を感じる。レナさん…どこか今までと違うような?

 

 茉子「……右目…どうしたんですか?」

 

 レナ「右目…?」

 

 茉子「はい…。なにやら黄色のような色に光っていますが……」

 

 そう、レナさんの右目がぼんやりと光を放っていた。これは……心の力や獣の黒い粒に似た光り方………ですね。

 

 と、その時。

 

 祟り神が再び触手を伸ばして攻撃してきた。

 

 それを避けようとした時、レナさんが手のひらを上に向けて片手を差し出すように伸ばし、その瞳の光を強くする。

 

 

 

 レナ「方向」

 

 

 

 そう呟いたレナさんの手のひらには、淡く光を放つ「二」と書かれた不思議な玉が握られていた。

 

 そしてそれを握りしめてレナさんが砕くと……

 

 握られた拳が輝きを放ち、一瞬視界を奪われる。

 

 そしてその光は触手に絡みつくように纏われていき……………

 

 伸びてきた触手は真逆を向いて、祟り神自身を襲うように伸びていった。

 

 茉子「…えっ!?」

 

 そして返されたその触手は、祟り神自身を激しく貫く。

 

 それとほぼ同時に、レナさんは頭を抱えて唸り声を漏らしながらその場に蹲った。

 

 レナ「ぅぅぅぅぁぁぁぁあああぁぁぁ……!!!」

 

 茉子「えっ!?えっ!?レナさん!?大丈夫なんですか!?」

 

 何がなにやらわからない!一体何が起こったんですか!?あの玉…というかあの力は?

 

 レナ「へ、ヘーキでありますよ…!これで…わたしも一緒に戦えますからっ」

 

 茉子「戦えるって………あの力は一体?」

 

 レナ「正直なところ…わたしにもわかりません。ですが、理解出来たことはあります。あの力は……『反転』です」

 

 茉子「えっ!?あ、いや…一体何のことやら……」

 

 反転?どういうことでしょう……

 

 あ、でも。さっきレナさん…「方向」って言ってましたね……

 

 ということは……触手の方向を反転させた…ということ?

 

 なんて考え込んでいると、ワタシ達がいる場所に、大きな影が………

 

 それに危機感を感じて上を見上げてみると、あの祟り神がかなり離れていた距離を跳んできていた。

 

 茉子「しまっ……!」

 

 油断しすぎた!

 

 気付いた時には既に遅く、もうその祟り神は3~4mほど前まで迫ってきていた。

 

 ダメ…!間に合わ────

 

 

 

 

 

 

 

 

空軍(アルメ・ド・レール)叢雨シュートォッ!」

 

 

 

 

 

 

 突如としてその声が響き渡る。

 

 それはやっぱり、心の底から安心できる声で…

 

 希望に満ちた声だった。

 

 

 

 そして物凄い勢いで、祟り神に近付いてくる影が現れて…………

 

 

 

 

 

 

 

「大撃剣ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 淡く揺らめくように光る刀を持ったその影は、祟り神を勢いよく斬りつけた。

 



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130話 蓮太のターン

 

 俺は将臣を蹴り飛ばし、茉子とレナさんに襲いかかっていた祟り神の邪魔をする。

 

 そして飛ばされた将臣によって叢雨丸の一太刀をまともに当てられた祟り神は、その勢いに押されるように吹き飛ばされていった。

 

 というか……将臣の太刀筋が変わった……?前よりもキレがあるような…?

 

 そんなことを気にしながらも、俺は女の子二人の元へと駆け寄る。

 

 その時に気がついたのは、祟り神はただ将臣にやられただけではなかったということ。彼女達の真上には泥の塊のようなモノが落下していっていた。

 

 あれは………前に茉子を襲ったヤツか!?

 

 そしてすかさず俺は心の力を使って、彼女達の近くに移動し、その塊を強く蹴り飛ばす。

 

 蓮太「反行儀(アンチマナー)キックコースッ!!」

 

 俺に蹴られたその塊は、蒼い光に包まれながら浄化されるように消えていった。

 

 レナ「レンタ…!」

 

 蓮太「オッス、待ったか!?」

 

 格好をつけてそう言うと、遠くの方から「プリンスさ〜ん〜!」って言ってる将臣の声が聞こえてくる。

 

 アホか。

 

 そんな事よりも…………

 

 蓮太「茉子!惚れた?惚れた?

 

 どうかな!?格好よかったかな!?

 

 今は絶対にいい感じに決まったと思うんだけど!!

 

 茉子「はいはい…、ずっとベタ惚れですから祟り神をしっかりと見て下さい」

 

 蓮太「まっかせろーい!」

 

 

 

 

 レナ「果てしなくばか……というやつですね、茉子」

 

 茉子「多分、アレはふざけてなんかは…ないんですよねぇ………」

 

 と……。冷静に状況を考えて………

 

 将臣からの情報も合わせると……あの祟り神を祓ったとしても、もう一体この町には祟り神が存在している。

 

 そしてそれが片付いてから、朝武さんを乗っ取っている怨念の掃除。

 

 ……茉子は既に一体の祟り神と交戦していて、心の力も残り少ない。レナさんは不思議な力に目覚めたっぽいけど、今は凄く疲弊している。

 

 将臣も祟り神を一体祓っていて、ここにきて連戦……か。

 

 みづはさんからはあんまり使うなって言われてるが……、ここは俺が頑張るしかないな。

 

 ……実は試してみたいこともあったんだよね。

 

 もし、本当に盾のように心の力は纏わせるモノだとしたら……不可能だった、「足に高熱を宿す」こともできるんじゃないかな?

 

 まぁ、でもアレは奥の手のようなものだ。ギリギリまで心の力は無駄に使わないようにしないと……か。

 

 となると………やっぱり短期決戦を仕掛けるべきか…?

 

 なんて考えていると、後ろの方からレナさんに話しかけられる。

 

 レナ「レンタ!わたしの不思議な力は何かの役にたちませんか!?」

 

 蓮太「不思議な力って……俺に言われても、どんな力かあるかわかんないし……それに体調が悪そうだけど大丈夫なのか?」

 

 片手を常に頭を抱えるように抑えながらも、レナさんは必死に懇願する。まるで一緒に戦わせてくださいと言っているように。

 

 レナ「大丈夫です!おそらくわたしは指定したものを《反転》させることができます!でも、経験が少なく上手い使い方がわかりません。どうか指示を下さい!」

 

 えぇ……?いや、いきなり反転とか言われても…?

 

 と、悩んでいる間に将臣は祟り神と交戦している。

 

 蓮太「まず指定したものって…?」

 

 それからレナさんは端的に力のことを教えてくれた。

 

 そしてその途中で気がついたんだけど、レナさんの右目が淡く光を放っている。

 

 本当になにか不思議な力が宿ってるのかもな。

 

 そしてレナさんは視野に力の核のような文字が見えており、それは「認知」「方向」「幻」「現」「空間」「現実」そしてその他にもうひとつあるが最後の一つは見えないらしい。

 

 そして使った力からは光が消えており、うっすらと徐々に輝きを取り戻していると言っていた。

 

 茉子「なるほど…それで「反転」ですか…」

 

 祟り神の攻撃を跳ね返したのも、「方向」を「反転」させたから……

 

 怪我を負っていたのに何事も無かったかのようにしたのも、怪我をしたという事実を「幻」へと「反転」させたから。

 

 そしておそらく光が元に戻るまでは同じ力は使えない……しかもどんな能力かはハッキリとはわからない。

 

 ………よし。

 

 蓮太「レナさん。次の合図で、空間を「反転」させることはできるか?」

 

 茉子「空間…ですか?」

 

 蓮太「あぁ、空間。俺がいる「空間」と将臣がいる「空間」を反転させてほしいんだ。ひとまず三人は一旦休憩してて欲しい。そして将臣と合流したら廉太郎達を逃がしてやって欲しい」

 

 さっきから放ってしまってはいるけど、みんなぽかんとした表情でその現実が受け入れられないのか、あたふたとしている。

 

 レナ「それは構いませんが……レンタ一人で大丈夫なのですか?」

 

 蓮太「流石に自信を持って大丈夫とは言いきらないけどな。みんなを逃がしてあげたあと、正直戻ってきて欲しいかな」

 

 茉子「……絶っっっっ対に無茶しませんか?」

 

 ……あんなことがあった後だからかな。全然そのへんの信用がないな。

 

 蓮太「……わからないって言ったら?」

 

 茉子「もうキスしてあげません」

 

 嘘でしょ!?それはキツイ……!

 

 レナ「キスっ!?Kissでありますか!?ここここ、こんな時にまでそんなはしたないこと……!」

 

 蓮太「……あ、あは……そりゃあ……大分辛いな。でも……努力はするよ」

 

 その時、将臣の苦戦する声が聞こえてくる。

 

 必死に叢雨丸を構えて攻撃を躱しているが、体力的にも限界が近そうだ。

 

 蓮太「とにかく、そういうことで!レナさん、頼む!」

 

 そんな辛そうな将臣を見たのか、照れたような表情のまま、レナさんは例の玉のようなものを出現させ、言葉と共にその玉を潰す。

 

 

 

 レナ「空間」

 

 

 

 ………第一印象は番長かよって思ったな。あっちはカードだけどさ。

 

 そしてレナさんが玉を潰し割ると、突如として俺の身体は光を放ち、一瞬にして視界が入れ替わる。

 

 俺は祟り神の目の前に、将臣は茉子達の前へと移動していた。

 

 ……便利そうな能力だな、これ。

 

 そしてタイミングよく祟り神の触手を避けて…………

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「首肉(コリエ)フリットッ!!」

 

 

 

 右足を相手の顎へと突き出すように蹴りあげ、祟り神に攻撃した。

 

 蓮太「それではお客さん。ご注文は何に致しましょう?」



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131話 運命の日〜蒼い目覚め〜

 

 蓮太「うりゃあぁぁぁッ!!」

 

 何度も何度もしつこく蹴りを入れながら祟り神に連撃を入れる。

 

 しなる触手を避けながら祟り神の背後に回ったりしながらも、みんなが逃げれる時間を稼ぐ。

 

 しかし、油断はしてなかったが、モロに祟り神の一撃を食らってしまう。

 

 蓮太「うごっ!?」

 

 そのまま元いた場所の上空辺りまで吹き飛ばされた。

 

 やっべぇな……。祟り神が強い……。

 

 つかマジで強すぎじゃね?今までのヤツらよりも数段強いぞ…?

 

 四人だったからか?単純に俺が弱いのか……?

 

 

 

 

 

 最悪……、あの技でもダメだった時は…………腕を使わなきゃいけないかもな。

 

 

 

 

 …正直力の温存なんて考えている場合なんかじゃねぇ……。誰がが怪我をした後じゃあ後悔するのはもう遅いんだ!

 

 俺の身体が壊れたとしてもッ!みんなを俺が守らなければッ!

 

 クイッと身体を反転させ、吹き飛ばされながらも何とか体制を整える。

 

 すると、祟り神は俺を狙って攻撃するのではなく、避難している茉子達の方へと向かっていた。

 

 蓮太「……しまっ!」

 

 いけるかどうかなんて考えてる暇じゃねぇ!一か八かだ!

 

 心の力を両足に送り、左足で全力で空中を弾くように蹴り飛ばす。

 

 風船が破裂するような音が響くと同時に、俺の身体はみんなの前まで移動した。

 

 みんな「……ッ!」

 

 将臣「祟り神がッ!?」

 

 そしてなんとか間に合った俺は、迫ってきた祟り神の攻撃に合わせて、全てを弾くように蹴りを何度も入れる。

 

 蓮太「させるかぁぁ!!」

 

 身体を休ませずに、何度も何度も祟り神を蹴り続ける。

 

 蓮太「うりゃ!うりゃ!うりゃ!うりゃ!うりゃ!うりゃ!」

 

 ………ダメだ…!このままじゃあ……競り負ける…ッ!

 

 と、その時、俺の真後ろから、朱い光と共に何かが祟り神を攻撃する。

 

 この光は…

 

 蓮太「茉子……」

 

 茉子「ワタシも戦います!皆さんは早く裏口の方へ避難を!」

 

 茉子の攻撃によって吹き飛ばされた祟り神は、怒りに震えるように2枚の桜色の葉を吸収していた。

 

 

 

 

 俺は……1人じゃ何も出来ないのか……?

 

 俺は……1人じゃ誰も守ることが出来ないのか……?

 

 友も。町も。

 

 

 

 

 大切な人を危険な目に遭わせ続けることしか出来ないのか…?

 

 

 茉子「…?蓮太さん?」

 

 

 

 ムカつくぜ……

 

 心のどこかで誰かに頼っていた俺の心に。

 

 守ると大見得切っておいて、結局縋ってるなんて……

 

 蓮太「……………………クソったれ」

 

 そんな自分に怒りが湧いてくる。

 

 結果を残せないこと……。

 

 蓮太「結局俺は……1人じゃ何も……………!」

 

 俺の脈がドクドクと跳ねるように踊る。

 

 身体中に流れる血が遡るように上昇していく。

 

 無意識に封印していた心の核の門がドンドンと叩かれている。

 

 茉子「1人じゃなくてもいいんです!頼ってくれていいんですよ!?またそうやってワタシ達から離れるんですか!?」

 

 …………それじゃあダメだ!

 

 茉子「そうやって孤独になるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシは昔の竹内さんの事もまだあんまりわかりませんが、ここに来てからは変わったこともあったんじゃないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 ………うん。俺は変われた。ここで知らない事を沢山学べた。

 

 

 

 

 

「不思議なことが起きていたとしても、「例え」竹内さんが普通じゃなかったとしても、竹内さんは一人ではないじゃないですか」

 

 

 

 

 

 そう言ってずっと俺のそばにいてくれた。

 

 

 

 

 この町に来て本当の意味での友達ができたんだ。

 

 

 

 

 

 それに……

 

 

 

 

 

 

 

「竹内さん。ワタシ……自分で思っている以上に……、竹内さんの事が、す、す………好き………みたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りたい人もできたんだ。

 

 一緒に戦ってもいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 俺がしっかりとしてればいいんだから。

 

 

 

 

 

 怒れ!怒れ!怒れ!

 

 自分に!

 

 もっともっと!

 

 お前は今、そんな人を裏切ろうとしてたんだぞ!

 

 踏み出せ!そんな自分から…!

 

 

 

 

 

 蓮太「がああぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

 

 

 

 溢れ出るは蒼い光。

 

 その決意は力となり、己が信ずる者を守り通す。

 

 

 

 茉子「蓮太さん?それは…もしかして……?」

 

 俺を中心に風が巻き起こり、胸から溢れ出んばかりの蒼い力が纏うように漂っている。

 

 蓮太「いけるかもな、茉子みたいにさ」

 

 今ならわかる。これが茉子のやってた力の使い方なんだ。

 

 蓮太「本当は俺一人でやるって言いたいんだけど……」

 

 茉子「1体1にこだわっている場合ではないでしょう?それに……もうわかってますよね」

 

 蓮太「あぁ………もう言わねぇよ」

 

 そして俺達は少しだけ腰を下ろして構えを摂る。

 

 すると、例の葉を吸収した祟り神が先に攻撃を仕掛けてきた。

 

 それは本当に一瞬の出来事で…………

 

 気が付くと祟り神は視界から消えていた。

 

 だか……

 

 

 蓮太「見えてるよ」

 茉子「見えてますよ」

 

 タンっと、その場からバックステップをして叩きつけるように高速で襲ってきた祟り神を避け、そのまま茉子と同時に祟り神を蹴り飛ばす。

 

 チャンスは今しかない!

 

 俺は足を地面に付けると、片足を地面に擦り付けるようにその場で高速回転を始めた。

 

 

 

 

 ギュルルルルルルルッッ!!

 

 

 

 

 車が急ブレーキを踏んだような擦り音を奏でながら、その足に熱が宿るまでひたすらに回り続ける。

 

 まだだ…!まだ回転が足りない……!

 

 と、その時、俺達に飛ばされたはずの祟り神が、一瞬のうちに迫り襲っていた。

 

 気が付いたらなんてレベルなんかじゃない。

 

 気が付けなかったんだ。

 

 茉子「…なっ!?」

 

 そして俺達はその尋常じゃないスピードに翻弄され、触手を当てられる。

 

 茉子「うぐっ!?」

 蓮太「…くっ!」

 

 ダメだ……!もう四の五の言ってられない!

 

 心の力を解放する!

 

 痛む身体を無理やり抑え、勢いを殺しながらも俺は地面を蹴り飛ばし、祟り神に突っ込んでいく。

 

 そして蹴りを当てる瞬間──

 

 再び祟り神は、その姿を消した。

 

 蓮太「消えた…!?」

 

 どこに行った!?全く見えなくなった!?

 

 茉子「上ですッ!」

 

 その声が聞こえてきた瞬間、俺はすかさず横へ跳んで逃げた。

 

 すると、俺の真上から隕石かと疑うほどの威力で、真っ直ぐに地面に祟り神が落下してきた。その落下地点はクーデターのように軽く凹んでいる。

 

 ……ダメだ。

 

 このままじゃあ拉致があかねぇ。

 

 あの葉と融合しているとはいえ、朝武さんの身体に負担がかかり続けている今、こんな奴に時間を浪費しているのが持ったいねぇ。

 

 蓮太「ふぅぅぅぅぅ──ー!」

 

 俺は思いっきり息を吐いて、がに股で腰を下ろし、片腕を地面につける。

 

 このままだと茉子も無駄にダメージを負うかもしれない。それはまずい。

 

 ……今の俺ならこっちの方ができそうだな。

 

 蓮太「もう…俺についてこれねぇぞ」

 

 そして俺は心の中に感じることの出来る力を、全て出し切るつもりで解放する。

 

 すると蒼い心の力は、俺の身体を纏うのをやめ、常に俺の身体が放出されるようになった。

 

 ゆっくりと揺らめくように放出していた力を、一気に解放する。

 

 蓮太「ハァッ!!」

 

 気合いを入れ直すために大声を上げて、心のリミッターを外す。

 

 蓮太「始めようぜ。お前が消えるか、俺が動けなくなるのかの戦いを」

 

 



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132話 Heartful Cry

 

 蓮太「ハァッ!!」

 

 全身全霊の力を使って、あの祟り神を一瞬で祓う!

 

 そのつもりでいかねぇと、まだまだもう一体の祟り神がいるし、朝武さんも身体を壊しちまう!それに…………朝武さんを覆っている変な球体とは別の、えげつないエネルギーをもった物体も少しずつ大きくなってきてやがる!

 

 確かあの大きさでこの町がぶっ壊れるほどなんだよな……

 

 

 腰を上げて、一瞬構えを摂った後、すぐさま俺は祟り神に向かって「殴りかかる」

 

 ポリシーなんて守ってる場合じゃねぇ!

 

 しかし祟り神に近づいた瞬間、俺よりも先に触手を腕のように短くした祟り神が、先に殴りかかってきた。

 

 それを寸前で躱し、続いてくる連撃にも宙返りのように避けて、隙を見て左拳を祟り神の顔にめり込むほど叩きつける。

 

 その衝撃に吹き飛ばされた祟り神を間髪入れずに追いかけ、そのまま右膝を突き立てて、その流れのまま右足で祟り神の頭を蹴り上げる。

 

 これで完全に空へ蹴り飛ばす気でいたが、予想とは裏腹に全く怯む様子を見せず、俺の身体に祟り神の触手が身動きをさせまいと締め付けてきた。

 

 蓮太「やば──」

 

 そして俺はそのまま祟り神から地面に叩きつけられ、布団叩きのように二、三度連続してドンドンと町中に音を響かせられる。

 

 蓮太「ぐぁっ!?かぁはッ!!」

 

 あまりもの激痛に、まともな思考で考えることができず、俺は祟り神のいいようにあしらわれて、そのまま思いっきり勢いをつけてなげられた。

 

 肩、背中、腰、足、頭とグルグルと地面を転がり回り、やっと勢いが死んで顔を上げたその先には、既に祟り神の姿は消えていた。

 

 そこで唐突に自分の足元に濃ゆすぎる影が出てきたことに気が付き、真上を見上げるとそこには音を置き去りにするような速度で迫ってきている祟り神が。

 

 避けることができないと踏んだ俺は、即座に気のように放出している心の力を更に力いっぱい使い、タイミングを合わせて大振りで右拳を振るう。

 

 それと同時に閃光のように朱い光が横から差し込んできて、2つの力が重なり合い、更に重みを増した一撃が祟り神へとぶち込まれる。

 

 その衝撃が祟り神との距離をとらせる瞬間、殴り込んでいる右拳に心の力を送り込み、圧縮させて蒼白く光る玉を作る。そしてそれを祟り神に向かって無理やり押し込むと──

 

 蓮太「これでもくらえ…ッ!」

 

 軽い爆発と共に奥の方へと祟り神が吹き飛ばされていった。

 

 そしてスタっと俺の横に着地をする茉子。

 

 その身体には朱い光が常に放出されている。

 

 茉子「大丈夫ですか!?手助けが遅れてしまってすみませんでした!!」

 

 蓮太「いや…力を全開放してたおかげでなんとか生きてるから大丈夫。それよりも次で決めるぞ!時間が惜しい!」

 

 ただでさえ俺は慣れない状態なんだ。こうして心の力を全開放しているだけで、体力の消耗が半端じゃない。まるでマラソンをした直後に休まず反復横跳びでもしているかのような半端じゃない疲労感だ。

 

 一刻も早く終わらせる!

 

 その気持ちを汲んでくれたのか、茉子は特に理由は聞かずに俺の意見に賛成してくれた。

 

 茉子「わかりました…!ワタシも残りは少ないですが、ありったけの力を…!」

 

 

 蓮太「いやアッ!!」

 茉子「はぁッ!」

 

 2人の身体から溢れ出んばかりの光が放出され、朱と蒼が混ざっていく。

 

 そして完全放出状態になった後、俺達は同時に祟り神に向かって攻撃を仕掛けていった。

 

 地面を強く蹴り、各々の最速のルートで祟り神に急接近する。しかし同時に一歩を踏み出したのにも関わらず、先に祟り神に攻撃を仕掛けたのは茉子だった。

 

 まずは茉子がクルクルと身体を回しながら左足で祟り神の腹あたりを蹴り入れる。そして少し遅れて、俺がその真横を右腕で殴る。

 

 そのタイミングで反撃をしてきた祟り神の短い触手を左右対称の動きでひらりと躱し、すかさず右足で蹴りを当てる。その直後に茉子が祟り神の後頭部辺りに打撃を与え、怯んだ隙を逃さずに俺が追い討ち。

 

 俺の攻撃で飛ばされた祟り神を2人で追い越し、祟り神が向かってくる軌道上で背中合わせで力を溜める。

 

 俺は右肩を前に出し、左の手のひらに右手を重ね、蒼い心の力を送り込み、圧縮させる。

 

 茉子は左肩を前に出し、両手で空間を閉じ込めるように腰辺りで手のひらを向かい合わせ、朱い心の力を圧縮させる。

 

 蓮太「はぁぁ!!」

 茉子「はあっ!」

 

 渾身の力で圧縮されたその力を前方に差し出す。すると、押しつぶされているその苦しみから逃げるように、差し出した方向へと心の力は向かっていく。

 

 各々から放たれた朱と蒼の光は混ざり合い、螺旋のような渦を形成しながら飛ばされて身動きが取れない祟り神に直撃した。

 

 黒い影はみるみるうちにその光の彼方へと見えなくなっていき、苦しむ声すらも上げさせずに、光が収まる頃には完全にその姿は消えていた。

 

 それを確認してから、一旦全身から力の限りに放出していた力を少しずつ抜いていく。

 

 しかし慣れないこともあってかその加減を途中で間違えてしまい、一気に全ての力を抜いてしまった。

 

 その半端じゃない体力の消耗加減に、思わず両手を地面に着いてしまう。

 

 蓮太「はぁ……!はぁ………っ!」

 

 こりゃまずい。半端じゃなく疲れる!

 

 まだだ……、まだやるべきことは残ってる!無理してでも身体を動かさねぇと…!

 

 

 

「大丈夫ですか?竹内さん」

 

 

 

 不意にその声が聞こえてくる。

 

 俺を心配してくれる声。どこか優しさが籠っているような声。

 

 聞きなれた声。

 

 その声の主は誰かは理解出来ていた。何度も何度も聞いた声だから。

 

 しかし、その瞬間は、何故その声が聞こえてきたのかは疑問に思うことすら出来なかった。

 

 それほどに俺は油断しきっていたのだろう。

 

 蓮太「あぁ…。なんとか大丈夫だよ。朝武さ──」

 

 自分で言いかけて我に返る。

 

 

 

 

 

 なんで朝武さんの声が聞こえるんだ?

 

 

 

 

 しかしその時には既に遅く……

 

 振り返った瞬間に、俺の視界を遮るように顔面に重い一撃が放たれた。

 

 蓮太「ぐわッ!?」

 

 身体中に力が入らず、その衝撃の流されるがままに身体を強く地面に打ちつける。

 

 朦朧とした意識の中俺の目の前にいたのは、瞳を怪しく光らせ、祟り神のような黒い影をその身に纏った朝武さんだった。

 

 チラッと上空を見てみると、さっきまであった太陽のような黒い球体は無くなっていた。かわりに膨大なエネルギーの溜まったマメ玉のような物がどんどん肥大化している。

 

 それはもう俺たちが見ているの月と同じぐらいの大きさだった。

 

 闇芳乃「竹内さん、お疲れ様でした。私の町を守ってくれてありがとうございます」

 

 倒れている俺を見下すようにしている彼女は、不敵な笑みを浮かべつつゆっくりと俺に近づいてきた。

 

 闇芳乃「まあ、全て無駄なんですけどね」

 

 蓮太「もう、少しだけ待ってろよ……。すぐに、助けてやっから……」

 

 ピキピキと音を鳴らし続ける身体を無理やり動かし、産まれたばかりの子鹿のように足を震わせながら、気合いでその身体を立ち上がらせる。

 

 蓮太「あと……少しだけだから……!」

 

 闇芳乃「そうですね。あと少しで……みんな死んじゃいます」

 

 ……

 

 止めてくれよ……。そんなこと言わないでくれよ。

 

 

 俺は一歩踏み出す。

 

 

 アンタは誰よりも優しかったじゃないか。

 

 

 更に一歩踏み出す。

 

 

 誰よりも人を想い、町を想い、全部一人で背負っちまうほど正義感に溢れた人だったじゃないか。

 

 そしてなんとか左手を差し伸ばし、心の力を朝武さんに送ろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 いつの間にかその手に握られていた鉾鈴に付いた刃物で、俺は腹部を刺された。

 

 

 

 

 蓮太「かっ………ッ!?」

 

 

 闇芳乃「ごめんなさい。竹内さんが一番危険だったんです。おそらく、私を止められるのは世界で貴方ただ一人。だから………私の為に死んで下さい」

 

 今までに感じたことの無い感覚。

 

 それは意外と痛みは激しく伝わってこなかった。ただ俺が疲弊しすぎておかしくなっていたのかもしれない。

 

 最初に思ったことはそれだった。刺された場所は何も感覚がしなくて、ただ何か異物が混入している感覚。

 

 表すのならば……「気持ち悪かった」

 

 蓮太「朝………………た………け…さん………………」

 

 上手く動かない口を動かしながら、今起きている事実をどこか冷静に理解しようとしている俺がいる。

 

 しかしそれは全てもう理解出来ていて……

 

 闇芳乃「あら…。申し訳ありません。苦しいですよね。待ってて下さい。すぐに助けてあげますから」

 

 朝武さんはそう言って、俺の身体から鉾鈴を引き抜き、もう一度大きくそれを握っている腕を振りかぶる。その瞬間──

 

 茉子「止めて下さいッ!芳乃様!!!」

 

 涙をボロボロと流しながらおぼつかない足取りで、茉子がこっちに向かって走ってきている。

 

 きっとさっきのお祓いでもう力を使い切ってしまったのだろう。忍者お得意の高速移動も、普通のダッシュすらも出来ずに、小走りのようなスピードで向かってきていた。

 

 しかし朝武さんはそんな茉子に振り向くこともせず、続けて俺に鉾鈴の刃を突き刺してきた。

 

 蓮太「……いっ!?」

 

 もう本当に身体中の力が入っておらず、自分の力で立つことすらできていない俺は、その刃を身体で受け止めることしかできない。

 

 傷口から赤い塗料が撒き散らかされていき、とうとう視界もゆらゆらと揺らめき始めた。

 

 茉子「芳乃様ぁっ!!」

 

 茉子の伸ばした腕が、朝武さんに触れる瞬間。どこからともなく真っ黒い茨のような触手が、次々と茉子の手足に絡みつき、彼女は身動きが取れなくなる。

 

 その直後に俺から離れた朝武さんは、俺に向かって手を伸ばし、何かの合図をする。

 

 すると、俺の身体も黒い触手に巻き付かれ、吊るされるような体制で固定された。

 

 闇芳乃「茉子はそこで待ってて?大丈夫だから。すぐに竹内さんと会えますよ」

 

 そう言った朝武さんは、茉子の服からクナイを取り出し、躊躇うことなくその身体を狙って、腕を振りかぶった。

 

 茉子の左首元から右足にかけて大きな切り傷が残り、その場所からドクドクと血が溢れてくる。

 

 茉子「がはっ!?」

 

 そんな中途半端な傷を残し、改めて俺に振り返ってクナイを構える。

 

 闇芳乃「……竹内さんも、これで死ねるのなら本望でしょう?」

 

 

 

 

 

 もう……彼女は俺を殺す気だ。

 

 

 茉子も殺す気だ。

 

 おそらくレナさんも、将臣も殺す気だ。

 

 町の人全員殺す気だ。

 

 レナさんと将臣は優しい。きっといざ今の朝武さんと対面した時、二人は朝武さんと戦うことはしないだろう。

 

 多分………俺達が最後の砦……いや。

 

「俺」が最後の砦。

 

 蓮太「朝武さん………」

 

 闇芳乃「なんですか?」

 

 蓮太「俺達って……何かが違えば……こんな結果にならなかったんだろうか……」

 

 なんでこんなことになってしまったんだろう。

 

 なんでこんなことをしなければいけなかったのだろう。

 

 闇芳乃「そうですね…………………………もしかしたら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が私を選んでくれたのなら、もしかしたら変わっていたかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「そうかい………」

 

 俺はその言葉を聞いた直後、茉子のクナイで朝武さんに腹部を薙ぎ払うように切られた。

 

 その瞬間に、俺を縛っていた触手は消えてなくなり、押し出されるように放り投げられ、茉子に密着する。

 

 

 

 

 蓮太「ごめん。何も守れなかった」

 

 

 茉子「……ひっぐ……うぐ……!ぅ…!ぐすっ………!」

 

 

 顔は見えないけれど、その声で泣いているのがわかる。

 

 そして、時間がないのも。

 

 そんな俺達をまるで見送るかのように、ひらひらと尋常じゃない数の桜色に淡く光る葉が目まぐるしく舞う。

 

 その数は、まるで俺達が桜並木のど真ん中にいると思ってしまう程で……

 

 蓮太「次はさ………色んな所に行こう。そうだな……………オシャレな喫茶店……とか、夜も賑やかな………都市とか…………無難に海とかでも………いいな」

 

 茉子「……ごれがら…!ごれからがいいでず…!!なづやすみとが……!いっばい…!いっぱい……一緒にいだがったでず………!!」

 

 蓮太「そう、だなぁ……………。色んな、約束………してたのにな……、守れなくてごめん………」

 

 ………最後…か。

 

 何を伝えたらいいだろう。何を伝えたいんだろう。

 

 俺は………。

 

 

 

 

 蓮太「茉子………もし……次の人生が始まったら…………。また俺の隣にいてくれる…?」

 

 

 

 

 

 茉子「…います…。ぜっだい…!蓮太さんの彼女になります…!」

 

 

 

 

 

 蓮太「約束………な」

 

 

 

 

 茉子「はい……ッ!!」

 

 

 

 プルプルと震える手で、茉子の肩を支えにして、最後の力を振り絞って顔を上げる。

 

 目に見えた茉子の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 

 

 蓮太「茉子………大好────」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 最後に絶対守りたい約束をして、蓮太さんは顔を上げてくれた。

 

 その顔は優しい笑顔だった。

 

 ワタシは泣いてしまっているのに、蓮太さんは最後の最後まで笑ってくれた。

 

 ワタシは…そんな貴方の笑顔が大好きで、大好きで………

 

 

 

 

 

 蓮太「茉子………大好────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として大好きな人の笑顔が…………笑顔だけが消えた。



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133話 Mass Destruction

 

 大好きな人の大好きな笑顔。

 

 これからもずっと見ていられると思っていた。これからもずっと笑っていられると思った。

 

 まだ付き合い初めて長くはないけれど、たくさんの未来を想像した。

 

 二人で四季を堪能して、いつか学院を卒業して。

 

 一度は蓮太さんの育った町に行ってみたりしたくて。色んな馬鹿なことをやって。

 

 いつかこの人と結婚するんだろうなぁ〜って想像して。

 

 プロポーズはやっぱりしてくれるのかな?とか考えてて。

 

 家族は何人出来るんだろうな〜って。

 

 そんな想像をしながら、何度悶えただろう。

 

 それが楽しくって、嬉しくって。お母さんやお父さんに耳にタコができるくらい言っちゃったな。

 

 そんなワタシの話を、お父さんもお母さんもいつも笑って聞いてくれて。

 

 ちゃんと紹介したいなって思ってたけど。

 

 

 けど…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう目の前に蓮太さんはいない。

 

 目の前にあるのは最愛の人の身体のみ。

 

 その笑顔はもう見えない。

 

 茉子「なんで………こんなことに………………」

 

 身体の傷は痛くない。それ以上に心が痛いから。

 

 ワタシの雨は降り続ける。その悲しみに押しつぶされたから。

 

 もう………どれだけ悲しんでも、蓮太さんは戻ってこない。

 

 これが…………。

 

 

 スルスルとワタシを縛っていた触手の力が抜けていき、ワタシはその場にへたれこむ。

 

 闇芳乃「それは私に気がつけなかったから。私が有地さんを愛さなければ……もしかしたら違った未来に変わったかもね」

 

 茉子「違う………」

 

 そんな理由じゃない。

 

 もっと………もっと…………昔の話。

 

 闇芳乃「違う?」

 

 茉子「芳乃様は悪くない。ワタシ達の幸せを壊したのは………全てお前だ」

 

 闇芳乃「だから、私なのでしょう?」

 

 茉子「初めからワタシ達「常陸」が………いえ。ただ一人の心が正しければ、認めていれば、怨まなければ………こんなことにはならなかった」

 

 闇芳乃「なるほど………ね」

 

 でも……それは全てたらればの話。

 

 今、ワタシには………もう何も出来ない。

 

 

 

 すみません。ワタシの力不足でこんな結果になってしまって。

 

 

 すみません。芳乃様を救うことが出来なくて。

 

 

 すみません。生きることを諦めてしまって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か最後に言いたいことはある?」

 

 

 

 

 

 

 

 最後………せめて最後くらいは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし…次があるなら。今度はみんなで………幸せになりましょう」

 

「お互いに………大好きな人の隣で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇芳乃「……素敵な笑顔」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 何だったんだ…?さっきまでの凄まじい大きさの音は。

 

 それほどまでに激しく動いているのか?

 

 ムラサメ「………ッ!?」

 

 将臣「どうした?ムラサメちゃん」

 

 みんなが避難しているはずの道を、俺達は走る。先頭は廉太郎に任せ、俺とレナさんで最後尾を守るように進んだいた。

 

 その時に、叢雨丸との同化状態を解いたムラサメちゃんが、血相を変えてビタッと動きを止めた。

 

 ムラサメ「そんな……!まさか…!」

 

 その尋常ではない曇った顔に、俺は違和感を覚える。

 

 レナ「ムラサメちゃん…?」

 

 その口から聞かされた言葉は本当に信じ難いものだった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 ひたすらに今通ってきた道を走る。

 

 何も考えずに、がむしゃらに全力で走る。

 

 ただただ走る。

 

 将臣「嘘だ…!嘘だッ!常陸さんが………蓮太が………………死んだなんて…!」

 

 その言葉を否定する為に俺は現場へと向かった。

 

 どうしても否定したくて、拒否したくて苦しい気持ちでとにかく走る。

 

 そして学院に戻ってきた時に目に映ったのは──

 

 

 

 

 闇芳乃「あら……有地さん。少しだけ遅かったですね」

 

 いつものように俺の彼女は笑っている。優しい笑みを浮かべて、凛とした仕草で俺の方へと振り向いてくれた。

 

 しかし……その足元には首のない見覚えのある身体が。

 

 その近くには完全に脱力しきった忍者の姿が。

 

 そして芳乃の身体には大量の赤い模様が染み付いている。

 

 将臣「芳乃……?これは………」

 

 闇芳乃「これは、茉子と竹内さんですよ。あっいや……茉子と竹内さんでしたよ」

 

 将臣「──ッ!」

 

 そんな…!そんな……!

 

 どこか思ってた。常陸さんは負けないって。蓮太は死なないって。

 

 物凄く強いから。物凄く頼りになるから。

 

 いつも助けてくれたから。

 

 芳乃の口から直接聞いたその言葉は、俺の心を壊すには十分すぎるものだった。

 

 闇芳乃「それに…「芳乃」と言ってくれましたね。ありがとうございます。私、とっても嬉しいです」

 

 将臣「……嘘だ」

 

 闇芳乃「嘘…とは?」

 

 将臣「芳乃が仲間を殺すわけない。どんな理由があろうと、芳乃はそんな人じゃない!」

 

 きっとあれは、何か不思議な力で幻か何かを見せてるんだ。

 

 きっと夢。そんな類のモノのはずだ。

 

 闇芳乃「えぇ…っと……。ちゃんと私が殺しましたよ?嘘なんて言ってませんよ?」

 

 若干戸惑うような雰囲気を出し、彼女はその場に寝ていた常陸さんの身体をゆっくりと持ち上げる。

 

 そして一歩、また一歩と俺の方へと歩みを進めてきて……

 

 闇芳乃「ほら、どうぞ。ね?ちゃんと冷たいでしょう?」

 

 そう言って芳乃は常陸さんの身体を差し出してくる。

 

 その足はもうピクリとも動いていない。

 

 その腕は脱力しきっていて赤い液体が滴っている。

 

 その首は頭を支えるつもりはなく、喉を差し出すように広げていた。

 

 将臣「やめて……」

 

 闇芳乃「でもこれは有地さんが嘘だと──」

 

 将臣「もういい……」

 

 闇芳乃「……」

 

 芳乃はどこか納得のいかない表情で、「誰か」の遺体の場所へと歩いていき、その横に常陸さんの身体を寝かした。

 

 闇芳乃「ふぅ………。それじゃあ再開しましょうか。私の大好きな人?」

 

 芳乃は鉾鈴とクナイを持ってまたこちらに歩んでくる。

 

 多分、このままだと俺は殺される。

 

 どうしたら彼女を助けられる?

 

 どうしたら闇を祓える?

 

 それを考えた結果……………

 

 将臣「……………」

 

 闇芳乃「……まあ」

 

 俺は叢雨丸の刀身を抜き、構えていた。

 

 今のこの刀はムラサメちゃんが憑依していない。つまり………ただの真剣。

 

 闇芳乃「有地さんに私を斬ることができるんですか?」

 

 将臣「斬らなきゃ…………君が助からない」

 

 俺は両手でしっかりと刀を握り、芳乃の方へ駆け出す。

 

 なんで……こんなことを…!

 

 闇芳乃「本当に、私を斬るつもりなんですね」

 

 ……もう…それしか……!

 

 これ以上、もう芳乃に罪を被せない為に……彼女が自分を責めないように。

 

 闇芳乃「でも………きっとそれは無理ですよ」

 

 俺は大きく刀を振りかぶる。

 

 彼女の首を狙って………

 

 一思いに、一回で……

 

 将臣「―ッ!」

 

 そして叢雨丸が芳乃の首に当たる刹那──

 

 

 

 

 

 芳乃「有地……さん……?なんで……………ッ!?」

 

 

 

 

 俺は目を疑った。

 

 俺に斬られるその瞬間、芳乃の瞳は怪しげな色を無くし、黒いモヤモヤとしている何かも綺麗に消えていた。

 

 そして俺に…………俺の行動に驚いている顔。

 

 直感で理解出来た。

 

 これは「朝武芳乃」なのだと。

 

 それに気がついた瞬間、ギリギリのところで振るっていた刀を止める。

 

 将臣「はぁ…ッ!!はぁ…ッ!!はぁ…ッ!!」

 

 芳乃「ど…どうしたんですか!?なんで…なんで私を………!?」

 

 どういう事だ?怨念が芳乃から消え去ったのか?このタイミングで?

 

 わからない…!わからないけれど、今、彼女が「朝武芳乃」であるならば!

 

 将臣「逃げろっ!!!!」

 

 彼女の手を掴もうと俺は即座に手を伸ばした。

 

 怨念が今離れているのならば、彼女はまだ助かると思ったから。

 

 もう…大切な友人はいなくなってしまったけれど、彼女はまだ────

 

 芳乃「──え?」

 

 将臣「ッ!?」

 

 

 突如として胸から伝わる激しい痛み。

 

 どこか冷たくて、でも生ぬるくて………

 

 視線を向けると…………芳乃の手に握られた物が、俺の胸を突き刺していた。

 

 将臣「………ど…うして………?」

 

 芳乃「…ち、違う…!違う……っ!私じゃない…!腕が…………勝手に………!」

 

 ああ……そういうことか。

 

 ……………まだ。

 

 芳乃「止まって!止まって…!止まってッ!!」

 

 涙を流しながら、彼女は休まずに両手の武器で俺を滅多刺しにする。

 

 何度も……何度も………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんど……………も……

 

 

 



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134話 次々に消える希望

 

 芳乃「止まって!止まって!止まって!!」

 

 最愛の人の身体を数え切れないほど傷つけながら、必死に勝手に動く自分の身体を止めようとする。

 

 芳乃「止まって!!!止まって!!!!止まって!!!!!」

 

 それでもなかなか止まらない。

 

 ずっとずっと………私は有地さんを殺し続けてる。

 

 もう……とっくに彼は動いていない。

 

 

 なんで…なんで私は有地さんを殺してしまっているんだろう。

 

 何も分からない。

 

 怨念は茉子が祓ってくれたと思ってた。

 

 けれど唐突にその怨念から不意打ちを受けて………気がつけば有地さんに殺されかけていた。

 

 ………私が意識を失っている間に何があったの?

 

 私は何をされたの?

 

 芳乃「………はぐっ!?」

 

 答えの見えない迷いを考えている時、その苦しみは唐突に襲ってきた。

 

 私は私自身の腕に首を絞められている。

 

 呼吸ができない…

 

『どんな気分だ…?大切な物を壊された気持ちは』

 

 それはぶくぶくと山のように少しずつ形を形成していき、私の目の前に現れた。

 

 芳乃「……うぐ…!あが……っ!」

 

『本当はすぐに殺してやってもよかったのだがな。せっかくの機会だ。お前自身の手で「仲間」とやらを皆殺しにすればより気持ち良いと思ってな』

 

 …!?

 

 仲間…?

 

「仲間」!?

 

 芳乃「……がっ!?……ひゅー…ひゅー…」

 

『なんだ……理解出来ていなかったのか。では見せてやろう。お前が犯してきた罪を』

 

 その瞬間、怨念の目が強く光る。

 

 すると脳が焼けるように熱くなり、薄らと曖昧な記憶が蘇ってくる。

 

 

 

 

「さぁ……始めましょうか。私の大切な…………大好きな……………この町の破壊を」

 

 

 

 何…?これ…

 

 なんで………こんな気持ちを……

 

 

 

「茉子………大好────」

 

 

 

 次に見たのは、血まみれで茉子に抱きつくように寄りかかっている竹内さん。

 

 そして涙をボロボロ流して顔をぐしゃぐしゃになってしまっている茉子。

 

「大好き」と言いかけている竹内さんの首を………

 

 私が切り離した。

 

 芳乃「……うっ…!?」

 

 その瞬間に溢れ出る血。

 

 流れてくる感情は「快感」だった。

 

 

 間違いない…………この時…………私は濡れている。

 

 

 そんな気持ちに………現実に………事実に…………私は に吐き気が襲ってきた。

 

 私が……竹内さんを…殺した…?

 

 

 

 

「もし…次があるなら。今度はみんなで………幸せになりましょう」

 

「お互いに………大好きな人の隣で」

 

 

 

 

 茉子も……私が殺した……?

 

 芳乃「かっ……!あっ!!」

 

『理解出来たか?できたのならば………まだまだ復讐は続けるぞ。ほら、次の大切な人が来たぞ』

 

 視線の先に映ったのは……

 

 ダメ…!もう誰も近づいてこないで…!

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 レナ「ヨシノ…ッ!?一体、何をしているのですか!?」

 

 そんな時に現れたのはレナさんとムラサメ様だった。

 

 ことの事態を理解しているのか、していないのか…ムラサメ様もレナさんも、涙を流しながら急いできたみたい。

 

『罪を償わせているんだよ。たくさんの人を傷つけた罪をな』

 

 私の首を不思議な力で操って絞めながら、怨念はそう告げる。

 

 ムラサメ「ふざけるなッ!芳乃の身体を…………心を弄びよって…!」

 

 そんな怒号を上げ、ムラサメ様はこちらへ急いで移動してくる。

 

『お前、私が触れられないと思って油断してないか?』

 

 怨念の形が変わり、人のような形状になった後、真っ直ぐに飛んでくるムラサメ様に対してニヤッと薄ら笑いを浮かべる。

 

 その奥には何かを差し出すように手を伸ばしたレナさんが。

 

 

 レナ「認知ッ!」

 

 

 その声が聞こえてきた時、レナさんの腕から何かが砕けたような音が聞こえてきて………世界がぐねんとひっくり返った。

 

 視界に移る人や景色は逆さまになり、ありえない事が沢山映る。

 

『これは……上下が反転……左右もか』

 

 そう、その全てが反転している。

 

 そんな不思議な感覚の中、まだムラサメ様は迫ってきていた。

 

 そしてレナさんは痛みに耐えるように顔を歪ませ、出てくる鼻血を拭かずに次の何かの準備を始めた。

 

 ムラサメ「待っていろ芳乃!その呪いの茨を断ち切るッ!」

 

『面白い力だ。まさか彼女の仲間に呪詛の力で強化される人間がいたとは……上下左右が反転する………………もちろん前後もな』

 

 そう言って怨念は自分の真後ろに向かって触手を振るう。

 

 ムラサメ「ッ!?」

 

『気付かないとでも思ったか?』

 

 レナ「現実反転ッ!」

 

 バキンッ!とガラスが割れたかのような音が響き、レナさんを中心に輝色が私達のいる空間を侵食する。

 

 レナ「反転ッ!」

 

 そして一瞬の内に怨念は何故か少し離れた場所へと瞬間移動でもするかのように飛んでいた。

 

 ムラサメ「はぁっ!!」

 

 そして私の元へと辿り着いたムラサメ様が、眩いばかりの閃光を放ち、神力を散漫させる。

 

 そのおかげか、私の首を絞めていた私の腕は脱力でもしたかのように、ブランと重力に従い落ちていった。

 

 芳乃「ごほっ!?げほっ!?ごほっ!!けほっ!!」

 

 レナ「反転ッ!」

 

 そしてまた、レナさんの掛け声とともに、今度は私とムラサメ様がレナさんの近くまで瞬間移動する。

 

 私達がいた場所には小さい小石が落下していた。

 

 芳乃「はぁ…!はぁ…!!!うっ、ぅ…………うぉぇ…ッ!!」

 

 突如とした臭気に違和感を覚え、横を見てみると………………血まみれになって動けなくなった有地さんと茉子。竹内さんらしき身体が横たわっていた。

 

 これは………

 

 ノイズがかかったブラウン管のテレビのように、私の脳内で記憶が再生される。

 

 茉子を殺した瞬間。

 

 竹内さんを殺した瞬間。

 

 有地さんを殺した瞬間。

 

 わ、わたっ………私………!

 

 芳乃「ぁ………、ぁ…………………!ぁ………っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 全て私が殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 芳乃「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

 

 

 

 *

 

 ヨシノ……苦しいですよね。

 

 話はムラサメちゃんから聞きました。それに……実は声だけは聞こえていました。

 

 間に合わなくてごめんなさい。

 

 ヨシノ一人に辛いことを背負わせてごめんなさい。

 

 ですが、まだ諦めないで下さい。わたしのこの不思議な力で見えなかった文字が……見えるようになったんです。

 

 使えばわたしもどうなるかはわかりません。でも……やる価値はあると思うんです。

 

 ムラサメ「芳乃!?芳乃ッ!!…………ダメだ。完全に失神してしまった…」

 

 レナ「ムラサメちゃん」

 

 ムラサメ「……なんだ?」

 

 レナ「わたしの最後の力を使います。ムラサメちゃんはこの力を希望の力、輝術と言ってくれましたね」

 

 ここに急いで移動している時、不思議な力のことをムラサメちゃんに話をした。その時に言ってくれた。

 

 わたしは元々欠片を長期に渡って所持していました。そのおかげでムラサメちゃんが見えるようになったのですが……効果はもう1つありました。

 

 それは、呪詛の力。呪術がわたしの身体に染み付いていること。

 

 しかしわたしの心に全く悪意や怨みが無かった為、その力は全く別のものへと変換された、と。

 

 そして少し前にあの怨念が祟り神を強化した時、私の力が目覚めました。

 

 つまりこれは………期間限定のもの。

 

 レナ「まだ1つありますが……恐らくこれは使えません。ですから…これが最後の力になります」

 

 

 

 

 それは………七、「時間」

 

 

 

 ムラサメ「時間の反転だと!?」

 

 レナ「わたしも今この瞬間と、どこの時間が反転するのかはわかりません。もしかしたら今日の朝になる。つまり12時間の反転……か、数日前……数週間………数ヶ月………数年………それすらもわかりません」

 

 きっと……これは帰ってくる反動も大きいです……よね。

 

 レナ「マサオミは死んでしまいました…。マコも、レンタも……もう動いてはくれません……。ヨシノも意識を失った今、私達も殺されるのは時間の問題だと思います」

 

 ですから……………過去を変えて下さい!レンタッ!

 

 レナ「じ……………時間反転ッ!」

 

 

 

 *

 

 

 

 レナはそう叫ぶと、その身体から金色の光を放ち、吾輩の目を……いや、この場にいる全ての者をくらませた。

 

 そして光が収まると……レナはその場にはいなかった。

 

 その代わりに一つの玉が落ちている。

 

 ムラサメ「レナ……もしや…………、命を変えて…ッ」

 

 落ちている玉の周りには、先程までレナが身につけていた服が散らばっていた。髪留めや下着まで………全て。

 

 吾輩はそれに手をさし伸ばすと………触れることができた。

 

 ムラサメ「……ッ!これならば…」

 

 そしてレナのようにそれを砕こうとした瞬間。背後から何かが吾輩の身体を深く貫いた。

 

 ムラサメ「がっ!?」

 

 こやつ………実体の無い吾輩を殺せるのか…!

 

『それをさせると思うか?』

 

 ムラサメ「してみせるよ」

 

 そしてその玉を砕こうとすると──

 

 素早く触手が動き、吾輩の両腕を切り落とす。

 

 ムラサメ「………ぐっ!?」

 

 幸い驚いているだけで、痛みは全くない。

 

 まさかこの身体に感謝すべき日が来ようとはな。

 

 レナが残してくれた意思だけは………吾輩が継がなければ……!

 

 吾輩は身体を捻り、無理やり貫いている腹を引き裂いて下半身を切り離す。

 

 あの玉は吾輩の真下に落ちておる。あれを砕くことさえできれば……!

 

『死ね』

 

 あともう少しで近づけるのに…!

 

 吾輩の身体を掴む黒い触手が……

 

 そして…………

 

 握りつぶされるように吾輩の上半身もぐちゃぐちゃに潰された。

 

 感覚があるのはもう頭だけ……

 

 いや…!あきらめるな…!頭の一つもあれば砕く事は出来る!

 

『ぐわぁっ!?』

 

 唐突に何かが怨念に対してぶつかったようだ。それは音で理解出来た。

 

 振り向く余裕もなかったが、その声は聞こえてきた。

 

 

『さっさと砕け。そして………………未来を変えろ』

 

 

 …………獣。

 

 すまぬ。

 

 そしてついに、吾輩の頭がレナの残してくれた玉に届き…………

 

 

 

 

 

 その玉を噛み砕いた。



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135話 Game Over

 

 Another View

 

『何故お前が邪魔をする。お前が怨む相手はお前が守っている人間だろう』

 

 獣『そうだな。少し前までそうだった』

 

『守れてはいなかったがな』

 

 獣『そうだな。しかし、繋げることはできた』

 

『できぬよ。私が止めるからな』

 

 その瞬間に怨念はその姿を消し去る。

 

 そして風に乗るように霧が移動していく。

 

 だが──

 

『──ッ!?』

 

 獣『悪意のない人間に憑依する事が出来る。なら、私と同じ怨みを持つもの同士が憑依できないことは無いだろう』

 

『離せっ!ここであの光を消し去り、あの女を最後に殺せば、私の復讐は達成されるッ!!』

 

 獣『……させると思うか…!』

 

 ここは…。ここだけは守らなくては。

 

 西にいた祟り神を止めた際、嫌な予感はした。もっと早く駆けつけてやればよかった。

 

 それは今も後悔している。

 

 あの時……私は祟り神を吸収することでその数を減らすことに成功した。

 

 初めて言われたな、「ありがとう」なんて。

 

 …勘違いするな。お前を守ったのはあくまで蓮太の為だ。

 

 お前が死ぬとその娘が悲しむ。娘が悲しむとその隣にいる男が悲しむ。だから助けた。

 

 

 

 ………見捨てれば蓮太は助かったのだろうか。

 

 あの常陸の娘は助かったのだろうか。

 

 姉君によく似た者は助かったのだろうか。

 

 朝武の者は助かったのだろうか。

 

 

 

 ……今考えても仕方あるまい。

 

 それにしても…まさかあの蓮太の友人が最後の最後で奇跡を我がものとするとは。

 

 もし、本当にやり直しが効くのならば。私はまたお前達を襲うだろう。

 

 この者の怨みに取り込まれ、意識の無いままにお前達を殺しにかかるだろう。

 

 だがもう気にするな。遠慮なく私を祓うがいい。さすれば、こんな悲劇は繰り返されない。

 

『があぁぁぁぁぁっっっっ!!!』

 

 獣『なっ……に……!?』

 

 私が憑依しているにも関わらず、怨念は力任せに無理やり身体を動かし、その手を伸ばしていく。

 

 まずい…!こやつの力ならば、あの光の心に触れただけで効力を消しかねん!

 

 獣『させんっ!!』

 

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッッ!!!!』

 

 獣『これ以上…これ以上の悲劇は許さんッ!!』

 

 まるで綱引き。

 

 力と力の引っ張り合いをお互いの目的の為に続ける。

 

 あの幽霊の娘は既に力尽きその場から消えていた。

 

 四肢を切り離され、たくさんの友人に先に天へと行かれ、誰よりも苦しみを背負って消えていった。

 

 あの者も……奇跡の一つ、勇者であった!!

 

 そして……最後に残った朝武の者に向かって、その腕は伸びていく。

 

 しめた…!怒りのあまりに、奇跡の力よりも殺すことを優先している。

 

 そう思った瞬間、伸ばした腕は方向を変え、奇跡の光の方へと伸びていった。

 

 獣『しまっ…!』

 

 

 

『最後に勝つのはこの私だぁっ!!』

 

 

 

 

 

 ザンっ!!

 

 ザンっ!!

 

 

 

 獣『……!』

 

 一瞬の油断。

 

 そこを狩られて、その光に腕を伸ばされ、触れられると思った瞬間、突如としてその腕は切り離された。

 

 奇跡の光が太陽よりも明るくこの場を照らしている。

 

 その影に写ったものは…………

 

 

 人間の身の丈程ある大太刀が二振り。

 

 

 蒼く輝く刀と朱く輝く刀が。

 

 あれは…蓮太が持っていた…?

 

 

「コマ…悪い。こんな目に合わせてしまって」

 

 

 獣『ッ!?』

 

 

 確かに聞こえた!この声は………

 

 

 

 獣『蒼治!?』

 

 じゃあ、隣にいるのは…!?

 

「ありがとうコマ」

 

 

 その声が聞こえてきた後、世界は真っ白な光に包まれて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 選択を間違えたのですね。蓮太。

 

 

 

「……誰だ」

 

 

 

 そうですね……敢えてわかりやすいように伝えるなら、神様…と言っておきます。

 

 

 

「神……?」

 

 

 

 そうですよ。貴方を二つに分断させた神様です。

 

 

 

「二つに分断?」

 

 

 

 ここに辿り着くことができれば、全てを話しましょう。

 

 しっかりと、自分の足で……ね。

 

 

 

「何の話だ……?」

 

 

 

 さて、貴方はどんな運命を辿るのでしょう。もう、やり直しが効かない世界で。

 

 

 

 

「…………やり直し?」

 

 

 

 

 そうですよ、これは「ゲーム」。私が考えた囚われの「ゲーム」。

 

 

 

 

 さぁ、見せてください。半分の竹内蓮太。



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新章 朝武の呪い編
48話 危ない賭け


 

「すぅ……………すぅ………………」

 

 

「……う…さ…」

 

 ………

 

「……うちさん」

 

 ……

 

「竹内さーん!」

 

 

 蓮太「…ん?」

 

 目を開くと、そこは朝武さんの家のリビングだった。

 

 外を見れば時刻は夜。

 

 どうやら俺はいつの間にか寝ていたらしい。

 

 茉子「ん?じゃあありませんよ。これからお祓いの準備をしなくちゃいけないんですから、ちゃんと起きていて下さいね」

 

 蓮太「あぁ………そうだっけ…?あれ…?みんなは…?」

 

 今、このリビングにいるのは俺と常陸さんの2人だけだった。お祓いの準備ってことは、各々別行動をしているのだろうか?

 

 茉子「もう…既に寝ぼけてしまっているんですか?皆さんなら芳乃様のお部屋に集まっていますよ。ほら、ワタシ達も行きましょう」

 

 蓮太「そうだな…」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 俺達は準備を終わらせ、朝武さんの部屋に移動する。すると叢雨丸を持った将臣と、その横にはムラサメ。そして巫女服に着替えていた朝武さんが布団の上に座っていた。

 

 将臣「あ、やっと起きた?」

 

 蓮太「あぁ…悪い。ちょっと寝ちゃってたみたいだ」

 

 ムラサメ「まったく……寝るのは蓮太ではなく芳乃なのだぞ?」

 

 芳乃「まあまあ…竹内さんも疲れているんですよ」

 

 そんな彼女はどこか緊張をしている様子だった。

 

 ってそりゃあそうか、これから身体を憑代に明け渡さないといけないのだから。

 

 蓮太「それよりも……大丈夫か?朝武さん。正直、こんな役を任せるのは気が引けるんだけど……何があっても俺が朝武さんを守るから」

 

 彼女が少しでも安心できるように、俺は手を握って語りかける。

 

 自分の身体を未知の何かに預けるなんて、本当に怖いだろうから。

 

 芳乃「竹内さん…」

 

 蓮太「それにみんなもいるから、絶対、絶対に君を守るよ」

 

 真剣な眼差しで朝武さんの目を見る。

 

 茉子「なんだか…こう………キュンキュンしますねぇ」

 

 ムラサメ「なんじゃ?こんな時に、蓮太は芳乃にプロポーズしておるのか?」

 

 蓮太「ちっげぇよ!このタイミングでプロポーズとかしてたら頭おかしいだろ!?」

 

 芳乃「……ふふ」

 

 なんか変なこと言われたけど、何とか朝武さんの緊張は少しは和らいだようだ。後は、女の子に任せよう。

 

 俺は将臣を連れてリビングへと歩みを進めていった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「それにしても、お前熱があるんだろ?大丈夫なのか?」

 

 リビングへ出ていった俺は、将臣と二人で会話をしていた。朝武さんが寝るまでの間の時間潰しだ。

 

 将臣「微熱がずっと続いてるけど……無理はしてない。身体も普通だし……問題ないと思う」

 

 蓮太「ならいいんだけどさ」

 

 見た目も特に違和感は感じられない。苦痛を訴えるような表情もしていないし………まぁ、嘘ではないんだろう。

 

 将臣「それよりもレナさんは大丈夫なのかな。朝武さんと同じように、憑代の影響を受けて頭痛が酷そうだったけど……」

 

 蓮太「お前の熱は安定してる。朝武さんも今のところは変なことにはなっていない。だから多分安定はしてる……と思う」

 

 にしても、レナさんには迷惑をかけっぱなしだな。事が済んだら謝っておかなきゃ。

 

 蓮太「に、してもなんで朝武さんは将臣の布団に入ってきてたんだろうな」

 

 将臣「わかんない。けど……勝手に山に入ったりしなくてよかった」

 

 蓮太「確かに…」

 

 と、その時──

 

 

 茉子「皆さん!すぐにいらして下さいっ!」

 

 蓮太「来たか…!」

 

 俺達を急いで呼んできた常陸さんと一緒に、俺達は朝武さんの部屋へと急ぐ。

 

 その中にいた朝武さんは、操られているせいか不気味に外を眺め、部屋の中心で佇んでいた。

 

 そしてその手に握られている憑代は、今までにないほど赤く点滅している。

 

 ムラサメ「予定通りだ。このまま芳乃の様子を伺おう」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして朝武さんを追って、山の中に入った俺達。

 

 ……あれ?なんか…………見覚えがあるような…。

 

 茉子「どこに行くんでしょうか?」

 

 蓮太「……え?」

 

 茉子「あ、いえ、このまま芳乃様はどこへと向かっていくのかなぁ、と思いまして」

 

 蓮太「あぁ…どうだろう?普通に考えれば欠片の場所だろうけど…」

 

 ゆっくりと山の中に歩みを進めていく朝武さんの頭には、獣耳が出現したままだ。

 

 ムラサメ「注意だけはしておくのだぞ。芳乃があの状態なのだ、いつ祟り神が襲ってくるか予想がつかん」

 

 将臣「あっ、そうか。耳で予想ができないんだ」

 

 と話しながらそこそこの距離を歩いて行った時、朝武さんが不意にその足取りを止めた。

 

 そして、俺達の目の前にはありえない光景が……

 

 朝武さんの前にはもう一人の誰かが立っている。

 

 こんな山の奥に、一人で……?

 

 というかあれは……

 

 

 蓮太「レナさんッ!?」

 

 

 なんでレナさんがここにいるんだ!?

 

 よく彼女を見てみると、朝武さんのようにフラフラとした足取りで、その場に何とか立てている。

 

 その目には光が無く、まるで何かに操られているかのようだった。

 

 茉子「なんで…!?」

 

 将臣「とりあえず考えるのは後だ!レナさんの元へ急ごう!」

 

 俺達はレナさんや、朝武さんと離れていた距離を走って縮める。

 

 芳乃「あ………れ……?レナさん…?どうしてこんな所に…」

 

 …!?朝武さんの意識が戻ってる!?いつの間に!?

 

 蓮太「……悪い!将臣、レナさんを頼んだ!」

 

 俺は一瞬ふらついて、今にも倒れそうな朝武さんの身体を両手で支える。

 

 蓮太「っぶね!」

 

 芳乃「す、すみません竹内さん。ってそれよりも…どうしてレナさんが?」

 

 蓮太「わかんねぇ。とりあえず一旦お祓いは中止にした方がいい!このままだと、下手したらレナさんまで巻き込んでしまう」

 

 芳乃「そ、そうですね!早くそれをみんなに伝えないと…」

 

 そうして意外と大丈夫そうな朝武さんと一緒に、レナさんの元へと走っていった。



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49話 運命の分岐

 

 芳乃「呪いが直接関係ないレナさんが何故…」

 

 切れた凧のように頼りない足取りのレナさんのもとに辿り着くや否や、朝武さんはそう言葉を漏らす。

 

 蓮太「一応レナさんは欠片を長い間持ってたみたいだけど……」

 

 ムラサメ「吾輩も油断していた。しかも吾輩達が持っている憑代の方ではなく、山の中へと引かれておる」

 

 言われてみれば確かに…

 

 将臣「朝武さんの時とは様子が違うのか…」

 

 蓮太「とにかく彼女を早く起こそう。このままじゃあ危険だ」

 

 芳乃「そうですね、ここは一旦戻って──」

 

 と、朝武さんとレナさんを起こそうとした時、ムラサメに止められた。

 

 ムラサメ「待て、これはチャンスかもしれん」

 

 ……何を言ってるんだ?コイツは。

 

 蓮太「まさかこのままお祓いを続ける。なんて言うつもりじゃないよな」

 

 茉子「でも……当初の予定通り、ではありますよね」

 

 常陸さんまで……!

 

 芳乃「ちょ、ちょっと茉子!何言ってるの!?このままだと、レナさんをまた巻き込んでしまうことになるじゃない!」

 

 ムラサメ「しかし、芳乃を戦力として使える分、こっちの方が好都合ではないか?」

 

 将臣「……心は痛むけど、何かあった時の勝率は跳ね上がるね」

 

 …言いたいことはわかるが…。

 

 芳乃「まさか…レナさんを囮にするつもりなんですか!?」

 

 ………

 

 蓮太「いや、わかった…」

 

 芳乃「竹内さんまで!?」

 

 蓮太「よく考えてくれ。今回は「偶然」俺達が山に入っていたから、レナさんがこの場所にいることに気が付いた。もし今夜決行をしていなければ、レナさんは一人で山の中に入ってきていたことになる」

 

 それに、朝武さんを囮にしたとしても、危険な事には変わりはない。

 

 芳乃「それ……は……!」

 

 蓮太「それを考えると、今このまま作戦を続行して、問題を解決できたのなら、それが一番良くないか?このままだと、俺たちの知らない間にレナさんがまたこんな危険な目に遭う可能性がある」

 

 さっきまでは反対派だったけど、その危険性を考えれば、これは続行すべきなのでは?と思う。

 

 芳乃「でも……レナさんは本当に呪いとは無関係で……」

 

 その瞬間。

 

 

 

 キ────────ーン…………

 

 

 みんな『うっ…!?』

 

 鼓膜が破れるかと思うほどの、激しい耳鳴りが俺達を襲う。

 

 芳乃「な、なんですか……!物凄い耳鳴りが……!」

 

 茉子「わかりませんが………ムラサメ様っ!」

 

 ムラサメ「何かが、起こる!」

 

 不意に鳴り響いてきた耳鳴りは、なにかの前兆のように感じる。これから思いっきり俺達にとって良くないことが起こるような……

 

 俺は肩に背負っていた「山河慟哭」を握り、神経を研ぎ澄まして周囲を警戒する。

 

 それと同時に将臣の構えていた叢雨丸に淡い光が宿った。

 

 そして各々が背中を任せるように輪になり、隙間なく辺りを確認する。

 

 

 

 ガサガサ……

 

 

 

 それは常陸さんが警戒している方面から聞こえてきた。

 

 茉子「今、あちらの薮から音が!」

 

 その方面を向くと、草木の影から黒い触手が──

 

 将臣「常陸さん援護を頼むっ!前衛は俺が出るッ!」

 

 それが見えた瞬間、将臣は勢いよく前へ出る。

 

 その声に遅れることなく反応した常陸さんは、祟り神が伸ばしてきた触手に向かってクナイを投げつける。

 

 そして見事にそれがぶつかり合い、将臣を遮る物がなくなったのを機に、将臣か叢雨丸の一太刀を浴びせる。

 

 すると祟り神は霧のように消えていったが………

 

 

 頂きの方から数体の祟り神が現れた。

 

 蓮太「嘘…………だろ…」

 

 将臣「…?どうしたんだ、れん…………た……」

 

 俺の声で何か違和感を感じたのか、将臣も道の先を見る。

 

 その先にいる祟り神は、次々に数を増やしてきて……

 

 芳乃「あ…………、あ……」

 

 朝武さんの恐怖の混じった怯えた声。

 

 そりゃそうだ……少なくとも…………

 

 茉子「ご………五体…!?」

 

 現段階で最低でも五体は祟り神の影が見える。

 

 その状況に焦りを覚えた仲間達は動揺のあまり、祟り神が仕掛けてきた攻撃に反応するのが遅れてしまった。

 

 いつの間にかそこそこ近づいてきていた祟り神の触手が真っ直ぐに伸びてくる。

 

 蓮太「……くっ!」

 

 すかさず俺は女の子2人の前に出て、迫ってきた触手を弾く。

 

 蓮太「ボサっとすんなっ!!死ぬぞッ!」

 

 茉子「す、すみません!」

 芳乃「ごめんなさい!」

 

 ムラサメ『ここは一旦引くぞ!ご主人!レナを連れて山の外へ!』

 

 将臣「わ、わかった!」

 

 その声に急かされた将臣は、レナさんを抱き上げて来た道を戻っている。

 

 そして叢雨丸との同化状態を解いたムラサメは俺達の方へと近づいてきた。

 

 ムラサメ「お主達も早く逃げるのだ!今はあの数だが、気配は倍以上感じておる!逃げるぞ!」

 

 蓮太「クソっ!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 一心不乱に祟り神から逃げる。

 

 歩いてきた道のりを素早く戻ってはいるが、振り向かなくても分かるほどに激しい音を立てながら、祟り神達は俺達を追ってきている。

 

 将臣「のわっ!?うぉっと!?」

 

 次々に襲いかかってきている触手を、将臣はギリギリのところで何とか避けている。

 

 ……これじゃあいつか当たってしまうかもな。

 

 あの触手が当たった場所は、地面は抉れ、木は倒れ、山道をぶっ壊していく。

 

 ……みんなやられるくらいなら…。

 

 俺は意を決して振り返り、刀を構える。

 

 俺一人で少しでも足止めできれば、みんなが逃げ切るかもしれない。

 

 そう思い、俺はみんなに黙ってその場に残り、祟り神に向かって走り出した。

 

 蓮太「………!」

 

 こっから先には行かせねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 Another View

 

 無我夢中にレナさんを持って走っていると、道から外れたところにある程度広くなっておる小川が流れている場所があった。

 

 将臣「一旦あそこに行こう!」

 

 いつ間にか祟り神の追ってきている気配もしないし、あそこでレナさんを起こしたい。

 

 このままだと俺の体力がもたない!

 

 茉子「わかりました!一度あそこへ避難を!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 将臣「はぁ……はぁ………はぁ……………!」

 

 茉子「な、なんとか……撒きましたね…」

 

 流石にいきなり人を持って全力ダッシュは結構キツい…!

 

 人を持っていなくてもみんなの息が切れているところを見ると、一旦息を整えた方が良さそうだ。

 

 芳乃「………え!?竹内さんはっ!?」

 

 突如として朝武さんが声を上げる。

 

 その声を聞いてこの場にいる人数を数えてみると…

 

 …………蓮太がいない。

 

 将臣「あれ…!?蓮太は!?」

 

 茉子「まさか、あの祟り神を止める為に…!」

 

 ムラサメ「あの……うつけ者が…!」

 

 そうか!だから祟り神が急に襲ってこなくなったんだ!

 

 だからこんなにも容易く祟り神を撒くことができたんだ。

 

 芳乃「わ、私、戻って竹内さんを連れてきます!」

 

 茉子「待って下さい芳乃様!一人で戻られるおつもりですか!?それは危険です!」

 

 芳乃「危険だから私が戻るの!あの数の祟り神の中に一人でだなんて…」

 

 茉子「ですからワタシも行きます!二人で戻りましょう!」

 

 ムラサメ「待て!二人とも!」

 

 将臣「………!?」

 

 なんで…?蓮太が残ったんじゃないのか!?

 

 朝武さんと常陸さんはまだ気がついていないようだ。

 

 今ならムラサメちゃんが二人を止めた理由がわかる。

 

 ムラサメ「その場から離れるのだ!」

 

 二人がいる場所に、細長い黒い何かが襲いかかる。

 

 芳乃「っ!」

 茉子「っ!?」

 

 それをなんとか間一髪で避けることに成功した二人は、その先を見て現状を理解したようだ。

 

 そう、さっきまでは一体もいなかった祟り神が、大量に現れている。

 

 将臣「なんで…?それじゃあ、蓮太は……!」

 

 その時に気がつく。

 

 その大量の祟り神の中に、一つだけ見慣れない祟り神がいた。

 

 本来なら絶対にありえないことをしている祟り神が。

 

 その祟り神は姿に似合わない蒼い刀を握っていた。さっきまで蓮太が背負っていた刀が。

 

 芳乃「あれは……竹内さんの…!」

 

 それを見た朝武さんは血相を変えて祟り神の方へと飛び出して行った。

 

 ムラサメ「芳乃!?何をしておるのだ!!」

 

 芳乃「竹内さんに……何をっ………!!!」

 

 彼女はその鉾鈴を振りかぶる。

 

 それと同時に祟り神は蒼い刀を勢いよく振るってきて………

 

 

 刃と刃がぶつかる金属音が山の中に鳴り響いた。



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50話 決死の攻防

 

 Another View

 

 芳乃「…………えぃっ!」

 

 竹内さんの刀と私の鉾鈴がぶつかり合い、周囲に耳が痛くなるような金属音が響く。

 

 しかし祟り神を祓う力は強くても、私自身の力は全く強くない。一瞬で押し負ける事を感じた私は祟り神の攻撃を何とか反らす。

 

 そこで疑問に思ったことは、明らかに十数体ほどいる祟り神のほとんどが全く動かないこと。

 

 今、私が競り合っている時に数で攻めれば確実に殺すことが出来た。でも祟り神はそうはしなかったのは……何故?

 

 と、そんな疑問を抱いていると、刀を持った祟り神が次々に触手を伸ばし、襲いかかってきた。

 

 茉子「ッ!」

 

 そしてその瞬間に私の前に茉子が割り込んできて、その全てをはじき返す。

 

 しかしそれらは弾かれただけで、切り離すまでには至っていない。その触手達は無理やり軌道修正をするようにぐねんと曲げ、私と茉子に襲いかかる。

 

 芳乃「上は任せて!茉子!」

 

 左右はもちろん、上からも私達を囲うように襲いかかる触手を二人で切り抜ける。

 

 全力でその場からジャンプし、上から襲ってくる触手を鉾鈴で切り離そうとする。けれど、距離がまだ少し足りない。

 

 その瞬間に茉子とのアイコンタクトをとり、協力の合図を送る。

 

 茉子はその私の意思に応えてくれるように両手を地面につけて足を上げて、私と靴の裏をお互いに合わせ、更に高くジャンプする。

 

 更に高度を増した私は、伸びている触手の中間辺りを数本切り離し、上空からの攻撃を阻止した。

 

 そしてほぼ逆立ちの状態の茉子は、体制を戻さずにそのまま足を広げて、ブレイクダンスのようにその場で回転し始めた。

 

 茉子「パーティテーブル……キックコースッ!」

 

 左右から襲ってきた触手を、全て茉子はその足で蹴り飛ばし、再び距離を話すことに成功した。

 

 そしてそのまま伸びてきていた触手の根元を、私が切り離す。

 

 そんな攻防を、何度も何度も繰り返した…。

 

 

 

 

 

 …………………………

 

 蓮太「はぁ………はぁ……」

 

 クソっ。

 

 結局、大した時間稼ぎも出来ずにそこそこボコボコにされちまった…

 

 オマケに武器も取られたし………あいつらなんか賢くなってないか?

 

 まぁそんな事はどうでもいい。とにかくみんながいる所に急いで向かわないと…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 さて……どうしたものか…。

 

 全てを祓うとしてもあの数だ、ちまちまとしてたら逆に危ないな。

 

 確か…叢雨丸は峰打ちじゃあ祟り神を祓うことができないんだったな。だとしたら単純な物理的なダメージも与えないといけない。より叢雨丸が祟り神をスムーズに祓う為には、ダメージをもっと効率よく稼がないといけない……か。

 

 …今の俺じゃあダメだ。もっと……もっと…強い蹴りが必要。

 

 心の力を上手く使えば更なる強化も見込めるかも…?それこそ、「悪魔風」に。

 

 ぶっつけ本番になるけど……試す価値はあるな。

 

 

 

 

 Another View

 

 あれから何分の時間が経っただろう。

 

 何度も何度も攻めては守り、守れば攻めを繰り返し、徐々に私達の体力は消耗されていっていた。

 

 それに何よりもピンチなのは………

 

 将臣「まさか祟り神が合体するとはね…」

 

 そう、私達が大量の祟り神との戦闘をしていた時、私達を取り囲んでいた黒い影は、突然液体のように身体を溶かしていき、その全てが混ざり合い、一つの祟り神となった。

 

 まるで狼のように姿を変えた祟り神は、爆発的に身体能力を上げ、全く攻め立てれない程にまで強化されていた。

 

 茉子「はぁっ!!」

 

 そんな祟り神に怯むことなく、茉子は祟り神に攻めたてる。最初は何とか競り合っていたけど…………私達が助っ人に入る暇なく、茉子は祟り神の攻撃に当たってしまって私達から離れたところに飛ばされていった。

 

 将臣「常陸さんっ!」

 

 レナさんの場所から離れようとする有地さんを私は叫んで止めた。

 

 芳乃「有地さんダメです!レナさんはまだ意識が戻っていませんから、その場を離れてしまったら危険です!」

 

 将臣「でも、常陸さんが!」

 

 そして明らかに油断していた隙を突かれて、私も背中に祟り神の一撃をまともに当てられてしまう。

 

 芳乃「きゃっ……!?」

 

 背中が焼けるように痛い…!

 

 その一撃は私の身体では耐えることは出来ずに、空中に身を飛ばされる。

 

 しかし私の身体は地面に叩きつけられることはなく、伸びてきた触手に首を絞められ、呼吸ができなくなった。

 

 芳乃「………っ!?」

 

 く、苦しい…!

 

 将臣「朝武さん!」

 

 それを見た有地さんが急いで駆けつけてくれたけど……更に触手の数を増やした祟り神の攻撃に足止めされ、中々前に進めない。

 

 芳乃「……かっ!…………は…!………………っは……!」

 

 い…………息が…!

 

 芳乃「……ヒュ……………ヒュ………………………」

 

 し……死ぬ……………!

 

 茉子「よ、芳乃様ッ!!」

 

 

 

 もうダメ…!

 

 

 

 

 意識が……………

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 蓮太「首肉(コリエ)シュートォッ!」

 



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51話 とおりゃんせ〜悪魔風味

 

 急いで山道を戻るように走っていると、激しい金属音が響く。そのやや耳が痛くなるような音を我慢しながらその音が響いてきた方向へと向かうと、仲間のみんなが戦っているような姿が見えた。

 

 しかし常陸さんは祟り神から距離を話されており、将臣は未だ昏睡状態のレナさんを守っている、そして……

 

 獣のように姿を変えた祟り神に首を絞められ、顔を真っ青にして呼吸困難になっている朝武さんが。

 

 それを見掛けるや否や、俺は心の力を足に込め、跳ぶように移動して祟り神の首を蹴り飛ばした。

 

 蓮太「首肉(コリエ)シュートォッ!」

 

 重い一撃が祟り神の首に当たり、朝武さんの首絞めていた触手の力を緩めて、誰もいない方向へと飛んでいった。

 

 そしてその場に脱力してへたり込む朝武さんの身体を両手で抱えて支える。

 

 芳乃「ゴホッ…!ゲホッ……!コホッ…………!」

 

 蓮太「大丈夫か?朝武さん。急がなくていいから、ゆっくり息を整えて…」

 

 できるだけ呼吸がしやすいように頭を上げてやり、トントンと身体を摩って朝武さんが落ち着きを取り戻すまで待つ。

 

 芳乃「はぁ…!はぁ……!た、竹内さん。ありがとう…ございます」

 

 何とか状況は悪化しなかったか……でも…朝武さん背中に怪我をしてるな。まぁ、だから背中を支えなかったんだけど。

 

 蓮太「キツいかもしれないけど、動けるか?一旦レナさんの所まで下がった方がいい……………将臣ッ!」

 

 近くまで駆けつけてくれていた将臣に頼んで、朝武さんを一旦前線から引かせる。

 

 ある程度呼吸も落ち着くまで戦闘には参加させない方がいいだろう。

 

 と、その時、狼の姿をした祟り神が牙のように口から尖らせている物を大きく開けて、素早く俺に迫ってきていた。

 

 蓮太「…うぉっ!?」

 

 それを咄嗟に片足を前に上げてギリギリの所で受け止めるが……突進された衝撃までは受け止めきれず、レナさん達とはまた別の方へと飛ばされた。

 

 蓮太「……くッ!」

 

 そして背中を勢いよく木に打ち付け、ズルズルと地面に滑り落ちる。

 

 茉子「竹内さん!?だっ、大丈夫ですか!?動けますか!?」

 

 ………こっちは、常陸さんがいた方面か。

 

 蓮太「痛い……けど、動ける。なんとかね」

 

 やっぱり一撃の重さが今までの祟り神とはまるで別物。恐らくあの数の祟り神が居ないところを見ると、吸収、もしくは合体でもしたんだろう。

 

 欠片が合わさって一つになるんだ、祟り神そのものが一つに合わさっても不思議じゃない。

 

 蓮太「常陸さん。あの狼野郎は俺が全面的に引き受ける。だから、触手の攻撃だけ何とかフォローしてくれないか?今俺武器取られててさ」

 

 茉子「全面的にって……それは無茶です!素早い動きに加えてあの威力!まともに当たってしまえば骨を折るどころか命すら──」

 

 蓮太「だから、フォローしてくれって。な?」

 

 ニコッと笑みを見せたあと、俺は祟り神に向かって勢いよく走り出した。

 

 多分返事を待ってたら断られそうだったから。

 

 茉子「あぁ………もう!言い出したら聞かないんですからもう!」

 

 …悪いな。

 

 そして祟り神も俺に向かって迫ってくる。祟り神は前脚で引っ掻くように爪を剥き出しにして俺に襲いかかってくるが、ギリギリのところでひらりと躱して、祟り神の肩を持ち、その背後へと回り込む。

 

 蓮太「三級挽き肉ッッ!(トロワジェム・アッシ)

 

 祟り神の背中を激しく蹴りつけている時、その隙間から触手がうねって襲いかかってくるが………

 

 茉子「………はっ!」

 

 それを根元から切り離す常陸さん。

 

 助かるぜ。

 

 そしてそのまま地面に足が着くと……

 

 蓮太「肩ロースッ!(バースコート)

 

 隙を与えぬ連続蹴りを容赦なく与える。

 

 蓮太「腰肉!(ロンジュ)後バラ肉!(タンドロン)腹肉!(フランシェ)上部もも肉!(カジ)尾肉!(クー)もも肉!(キュイソー)すね肉!(ジャレ)

 

 後最後の一撃!

 

 ……の時に、祟り神は痛みを恐れずに尻尾を俺に突き出してきた。

 

 それに反応できなかった俺は綺麗に腹にまともに受け、祟り神から距離を離された。

 

 蓮太「子牛肉………………うっ!?」

 

 ガンッ!ガンッ!と地面に色んな所を当て、受身を摂ることが出来ずにゴロゴロと転がさていく。

 

 そして勢いが止まったと思えば、身体中がビキビキと悲鳴をあげていた。

 

 それでも無理をしてその身体を起こす。

 

 蓮太「……くそ…」

 

 獣の祟り神は笑っているかのように口元を緩ませ、ゆっくりと俺の方へと近づいてくる。

 

 やっぱりこのままだとダメ……か。

 

 蓮太「笑ってられるのも今のうちだ……クソ狼野郎」

 

 俺は身体を半分ほど捻り、勢いをつけて片足を地面に擦り付けるようにその場で回転し始めた。

 

 

 

 ギュルルルルルルルルッッ!!

 

 

 

 車の急ブレーキ音のような激しく物が擦れる音が山の中を響かせる。

 

 勿論、心の力を意識できる全てその片足に込めている。

 

 そして徐々にその片足は赤色に染まっていき………

 

 俺はビタッと回転を止めた。

 

 

 

 

 

 ジュゥゥとまるで何かを熱で焼いているような音を放つ俺の足は着けていた地面の草を焦がし、黒く染めていた。

 

 そんな足を俺は胸辺りまで上げる。

 

 芳乃「な、なんですか…あれ……。竹内さんの足が赤く…!」

 

 蓮太「悪魔の足……………悪魔風脚(ディアブルジャンブ)

 

 祓う為の力がなくたって、結局叢雨丸で効率よく祟り神祓うには、物理的なダメージも必要。ならこの技はうってつけだ。

 

 将臣「アレってマジで出来るのかよ…!?」

 

 蓮太「高熱を帯びた足は、その攻撃の速度で………更にッ!!」

 

 俺は片足で勢いよく祟り神に飛びかかり、その赤い足を祟り神の身体がめり込むほど蹴り込む。

 

 その足と祟り神がぶつかった瞬間、白い光が花火のように放出された。

 

 茉子「光っ…!?」

 

 その接着点は、まるでステーキでも焼いているかのように、祟り神の身体に熱を移す。

 

『グォォォォォォォォッッッ!!!!!』

 

 祟り神の苦しそうな雄叫びが、辺りの木々の葉も風も振動させ、揺らす。

 

 蓮太「その破壊力は………悪魔の如し」

 

 そしてそのまま蹴り込んだ足を真上に上げて、祟り神を遥か上空へと蹴り上げる。

 

 そして片足に心の力を送って、俺も祟り神に追いつくように高く跳び、相手の様子を伺う。

 

 後は蹴りで地面に叩きつけるだけ…と思っていた時、祟り神は何とか2度目の蹴りを防ぐように、十本ほどの触手を俺に向かって伸ばしてきた。

 

 ……しまったな。

 

 蹴りを入れる以上は片足しか使えねぇ。こりゃほとんど受けるしか……

 

 なんて思っていると、木々を伝って跳んできたのであろう常陸さんが、俺に飛び掛ってきてそのほとんどを避けることが出来た。

 

 茉子「し、勝負を急ぎすぎですよ!わざわざ不利な空中戦へ持ち込むなんて…!」

 

 蓮太「しょうがないんだ。これは…俺にとっては時間制限付きなんだよ」

 

 その時、祟り神が俺達に向かって落下してくる。その前方には槍のように触手を構えていて、俺達の身体を貫く気満々だった。

 

 蓮太「……常陸さん!その手を離すなよッ!」

 

 茉子「は、はいっ!」

 

 迫ってくる祟り神に向かって足を大きく振りかぶると同時に、常陸さんは俺にしがみつくように、ぎゅうっと抱きしめてきた。

 

 けれど、意外と動きにくいなんて事は無い。これなら…。

 

 そして祟り神とのすれ違いざま──

 

 蓮太「画竜点睛(フランバージュ)ショットォォッッッ!!」

 

 グルンっと身体を回し、灼熱のような熱さの足を、祟り神の頬にぶち当てる!

 

 高熱の足に蹴り落とされた黒い影は、その身を回転させながら激しく地面に叩きつけられた。

 

 そしてそれに続くように俺は常陸さんを抱くようにかかえ、心の力をフルに使って何とか地面に着地する。

 

 その時の右足に伝わってきた痛みは半端じゃないものだった。

 

 せめて……あの台詞だけは言いたい……!

 

 常陸さんをゆっくりと下ろし、足に伝わってくる激痛を意地で我慢しながらスタスタと朝武さん達の方へと歩いていく。

 

 その間に足に帯びた熱はゆっくりと冷めていく。

 

 蓮太「か……神は食物を作り、悪魔が調味料を作る…………少し辛みが、効きすぎたな」

 



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52話 変わった未来

 

 常陸さんの助けもあって、何とか祟り神に大ダメージを与えた後、俺はゆっくりと朝武さん達の方へと歩いていく。

 

 スタスタ……スタスタと……

 

 ……

 

 やっぱり…………

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?!?

 

 

 足が!足が!めっちゃ痛い!!

 

 ブチブチと筋が切れていってるみたいに半端なく痛い!!というか熱は冷めているはずなのに、いつまで経っても焼けるように右足が痛い!!!

 

 蓮太「将臣………後は頼んだ……!」

 

 将臣「え、いや…それはいいんだけど……どしたの?物凄く苦い顔してるけど…」

 

 蓮太「気のせい…気のせい」

 

 芳乃「(ジー……)」

 

 …朝武さんがジト目でずっと見てくるんだけど。なんスか。バレたんスか。

 

 蓮太「な、なにかな?朝武さん」

 

 祟り神の方へと歩みを進めていく将臣を後に、俺は木に寄りかかるようにして座る。

 

 するとその場に朝武さんはトコトコと歩んできておもむろに俺の右足の裾を上げ、靴をぬがし始めた。

 

 蓮太「え、あっ、ちょ!何やってんだよ!朝武さん!」

 

 芳乃「じっとしてて下さい!竹内さん、明らかに歩き方が変でした。何か隠してますよね」

 

 蓮太「いや、別に俺は何も──」

 

 と答えようとした時、不意に朝武さんが俺の足に触れた事で、感じたことの無い激痛が走る。

 

 蓮太「痛っ!!!」

 

 そのあまりにもの痛みに声を抑えきれず、身体をビクッと震わせてしまう。

 

 芳乃「あっ、ご、ごめんなさい。でも…少し触れただけでこんなに痛がるなんて………って、なんですかこれ!?」

 

 その声が気になって、つい閉じていた目を開けて、露出されていた右足を見る。すると、片足全体が真っ赤に変色しており、全体的に腫れ上がっており、見るからに痛そうな気配を感じさせる。

 

 オマケに内側から響くように痛みが……

 

 将臣「祟り神はなんとかなったよ。欠片も大量に集まったけど……それどころじゃない感じ…?」

 

 そして各々が俺の座っている場所へと集まってくる。

 

 茉子「これは…!と、とにかく急いでみづはさんの所へ!」

 

 芳乃「とにかく肩を!診療所へ急ぎましょう!」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 テーレッ↓テーレッ↓テーレッテー↑(宿屋の音楽)

 

 

 

 

 

 

 あの日のお祓いから数日が経過した。

 

 狼のような姿をした祟り神は、俺達の決死の攻撃によってその場から動けないほどのダメージを受けていたらしく、将臣のトドメの一撃によって何事もなく無事祓う事に成功した。

 

 まぁ、その代わりに俺の右足が大ダメージを受け、まともに歩くこともままならないほどの怪我を残す結果になってしまったのだが……誰も死人が出なかったことを考えるとまだマシな方だろう。

 

 ちなみにそう言ったら朝武さんと常陸さんから普通にこっぴどく怒られた。

 

 数日経った今でもそこそこの痛みが俺の足を襲ってきている。どうやら後遺症が残るか残らないかの微妙なラインの火傷をしており、かつ、疲労骨折に近い症状になっているようだ。

 

 それでもしっかりと安静にしていれば、そこまで長引くようなものではないようで、厳重な監視(朝武さんからの)の中、俺は今は生きている。

 

 そしてレナさんは欠片を長期的に維持していた影響で、呪詛の力に引き寄せられていたらしく、呪いが解けたあとは酷い頭痛も耳鳴りも完全に消えたらしい。

 

 そしてある程度状況が落ち着けば、夢の件で話したいことがあると言っていたが……それはまた後の話だ。

 

 ちなみに欠片の方は、全てを一つに合わせた結果、部分的に欠けているところがあったが、実は将臣の中に最後の欠片があった事が判明し、それを取り出すことに成功。

 

 そして完全に復活した憑代となって、今は本殿の方で祀られている。

 

 それはつまり、俺達にとっての完全な平和を取り戻した何よりの証のとなったのだ。

 

 これでもう、彼女達は苦しむことなく生きていける。呪いも解け、これからは様々な幸せが彼女達を待っているだろう。

 

 そんな時だった。将臣からの知らせを受けたのは。

 

 

 将臣の部屋にて──

 

 蓮太「本当にここを出るのか?」

 

 手にしているバッグにそこそこの荷物をまとめて、将臣は部屋を綺麗に片付けていた。

 

 将臣「ああ。朝武さんの呪いが完全に解けた今、引き取られている訳じゃない俺はもうお役御免だ。いつまでもここに住まわせてもらうことはできないよ」

 

 蓮太「俺が言うのもアレだが……別にみんなは出ていって欲しいと思ってるわけじゃないと思うぞ?」

 

 将臣「それは何となく分かってるよ。けど、やっぱりみんなの優しさに甘える訳にはいかないよ。それに俺はもう、朝武さんの婚約者じゃないしね」

 

 そう、俺の知らない内に将臣は朝武さんと婚約者についての話を済ませており、なんと断りを入れていたのだ。

 

 これはココ最近で俺が1番驚いた事だった。てっきり俺は将臣は朝武さんとくっつくものだと思ってたもんだから……

 

 将臣「というわけで、朝武さんをよろしくな」

 

 蓮太「そんな事言われても、俺も朝武さんと結婚する気はないしな……」

 

 嫌いってわけじゃない。でも、女の子として好きかと聞かれると正直わからない。そんな中途半端な気持ちで婚約の件を受け入れるのも失礼だろう。

 

 それに何より、朝武さんの方が俺との結婚だなんて嫌がるだろうしな。

 

 将臣「でも朝武さん程の素敵な人って中々いないと思うぞ?」

 

 蓮太「それをお前が言うなっての。まぁ…お前に振られた直後だから今すぐに朝武さんにこの件を言ったりはしないけどさ。流石に連続で振られたらショックを受けるだろうし」

 

 将臣「別に俺は振ったわけじゃあ……って、結果は一緒か」

 

 蓮太「それでも穂織には残るんだろ?行く宛てはやっぱり志那都荘か?」

 

 将臣「うん。元々はあそこに行く予定だったしね」

 

 蓮太「ま、他のメンバーがなんて言うかは知らんが、本当に出ていくのなら…たまには遊びに来いよ。つっても毎日学院で会うけどな」

 

 将臣「まぁね。さて……とりあえず挨拶に行くかな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そうして俺と将臣はリビングへと移動する。

 

 するとこの家に住むメンバーは全員集まっていた。

 

 芳乃「あ、また一人で勝手に動いたんですか竹内さん。何度も言ってるじゃないですか、動かないで下さいって」

 

 リビングに入るや否や、松葉杖も使わずにケンケンで移動していたら朝武さんが今日もまた俺の真横まで歩いてくる。

 

 蓮太「大丈夫だって……もう無茶しなきゃ痛みはそんなに感じないし……」

 

 芳乃「大丈夫じゃないからこうして杖も用意してもらっているんでしょう…。それにみづはさんの言うことはちゃんと聞いて下さい」

 

 蓮太「心配しすぎなんだって、なんだかんだで一人で動けてるんだからもういいんだって」

 

 芳乃「ダメです!ほら、早くここに座って下さい」

 

 蓮太「いやだから──」

 

 最近はこんな感じの会話が日常になりつつあった。というかなった。

 

 俺は別にもういいと思ってるんだけどな……

 

 茉子「はぁ……また始まりましたね」

 

 安晴「はは…まあ、仲がいい事は悪いことじゃないよ」

 

 ムラサメ「なんじゃ?茉子は嫉妬でもしておるのかぁ〜?」

 

 茉子「そっ、そんな事はありません!」

 

 ムラサメ「なら、そんなに必死になって否定をすることから止めることだな」

 

 茉子「っ〜〜〜!」

 

 となんだかんだで朝武さんの言葉を半分くらい横に流しながら座布団を敷かれた場所に腰を下ろす。

 

 そして当たり前のように俺の横に朝武さん、そしてその逆の場所に常陸さんが。

 

 ……え、何?この両手に華状態。

 

 そんなことをふと思っている時、改めて将臣がみんなに声をかける。

 

 

 

 将臣「ま、まあ、とにかく、今日はみんなに報告があるんだ。とりあえず聞いてくれ」



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新章 恋煩いの序曲編
53話 合わない二人


 

 安晴「そうか、やっぱり行くのかい」

 

 俺は既に聞いていたが、改めて、将臣からの報告を受ける。

 

 お世話になりましたと頭を下げる将臣も、どこかまだ悩んでいるようにも見える。

 

 ……そうか。将臣だってこの家から出たくて出るわけじゃない。ただ、世間一般的に考えて出らざるを得ないわけだ。

 

 しかし、できるだけその気持ちを悟られないように注意しているのか、それを感じたのはほんの一瞬だけ。

 

 一度安晴さんに頭を下げた後、続いて朝武さん、俺、常陸さん、ムラサメと順番に礼を言っていく。

 

 俺はともかく、その時の皆の表情はそれはもう驚いていた。

 

 各々の質問に将臣は冷静に答えていく。「俺はもう、朝武さんの婚約者じゃないから」と。

 

 将臣「赤の他人が、巫女姫様のいるこの家に居座るのはおかしいし」

 

 安晴「気にしなくてもいいんだけどなぁ」

 

 蓮太「本人曰く、周りの目が気になるみたいっスよ」

 

 まぁ…わからなくもないが。

 

 茉子「竹内さんは驚かないんですか?」

 

 蓮太「さっき驚いたからな。それに散々止めたさ、それでも将臣は答えを変えなかった。だったら……もう何も言うまいよ」

 

 といっても最終的な決定権が俺にある訳でもないんだけどね。

 

 茉子「あぁー…、有地さん、変なところで真面目で頑固ですからね」

 

 蓮太「どっかの巫女姫様と同じでな」

 

 芳乃「……ジー……」

 

 あ、………やべ。

 

 蓮太「褒めてるんだぜ?根が真面目ってのは大変素晴らしいことだ!そんな性格だからこそ、信用も信頼もできるってもんさ!」

 

 芳乃「有地さんがこの話を持ち出さなければ、その足を叩いてましたからね」

 

 蓮太「頼む、出ていかないでくれ将臣。お前に出ていかれたら俺は怪我が長引くかもしれん」

 

 将臣「そりゃお前の匙加減だろ。しかも今のは蓮太が悪い」

 

 というか将臣がこの家から出ていくって話をしてから、なんか怒ってないか?特に朝武さん。

 

 常陸さんも止めたいけれど、なんて言葉かけたらいいか悩んでいるようにも感じる。

 

 何だったら俺も出ていこうか、コノヤロー。

 

 …………宛がないわ。

 

 ムラサメ「ご主人、ご主人の考えはわかった。では、早速行くか。今後はどこに住むつもりだ?」

 

 ……あ、そうなの?

 

 将臣「うん、やっぱり最初の予定通り、祖父ちゃんのところに──って、ちょっと待ってムラサメちゃん」

 

 あ、打ち合わせなしだったのね。そんな綺麗なノリツッコミしちゃってまぁ。

 

 ムラサメ「ん?なんだ?ご主人」

 

 よく考えれば最初からずっと不思議だったな。

 

 この家を出ると言った時も、ムラサメは片時も離れることなく将臣の隣にいた。

 

 しかも本人は当たり前のように、ついていく気満々だ。

 

 将臣「ムラサメちゃんも一緒に来るの?」

 

 ムラサメ「当たり前であろう、叢雨丸の持ち主はご主人なのだ。ご主人が吾輩のご主人である以上、どこへ行こうにも吾輩達の道は共にあるぞ」

 

 なんかプロポーズみたいっスね。

 

 だか本人はそんなことを想定していなかったようで……

 

 将臣「いや、叢雨丸はここに置いていくけど?」

 

 その言葉聞いた瞬間、ムラサメの目が大きく見開く。

 

 ムラサメ「な、何?!叢雨丸を手放す気かご主人!」

 

 将臣「いや真剣を旅館には持ち込めないだろ……。例えなまくらでも

 

 聞こえてるぞ。

 

 ムラサメ「違いますぅー、ナマクラじゃないですぅー」

 

 ほら拗ねた。

 

 そこは絶対に譲れないのか、幼刀は唇を尖らせている。

 

 安晴「確かに……真剣を一般家庭に持ち込むのは色々と面倒があるね」

 

 蓮太「そういや俺達って真剣を握ってたんだよな。すっかり当たり前になってたけど」

 

 将臣「そう、だから…安晴さんに返そうと思ってたんです」

 

 幽霊やら呪いやらくノ一やら怨念やら摩訶不思議なことばかりだったからな。今更真剣がどうのこうので驚きもしないが。

 

 そして将臣は鞘に収まった叢雨丸を安晴さんに渡そうとした時──

 

 ムラサメ「ご主人!ちょっと待ったー!」

 

 とムラサメが一声。

 

 茉子「あ、ここで伝説のちょっと待ったコールですね」

 

 芳乃「レアです」

 

 蓮太「何言ってんの……?」

 

 とツッコミをする暇もなく、ムラサメは話を続ける。

 

 ムラサメ「叢雨丸は吾輩とご主人のそばに、常に置いておくべきだ!そんなのは許さん!絶対に認めんぞ!」

 

 ぷくーっと頬を膨らましてムラサメは大激怒。叢雨丸を手放すなどありえないと、ご主人の意見に対して猛反発だった。

 

 駄々っ子のように。

 

 そんなのはダメだ!と、たまには会うのでは嫌じゃ!と。

 

 その姿はなんだか兄妹のようにも見える。

 

 ムラサメ「吾輩と叢雨丸、それにご主人はもはや三位一体!離れることなどまかりならん!」

 

 将臣の腕をがっしりと抱きしめるように掴んで、ムラサメは強く主張する。

 

 将臣「えぇ……そんなこと言われても…」

 

 そんなわがままな妹(仮)に手を焼いているようだ。

 

 蓮太「やれやれ………安晴さん」

 

 安晴「あれはやっぱり……ムラサメ様が仰っているのかい?」

 

 蓮太「みたいっスよ」

 

 それがわかると、どこか嬉しそうな表情で、安晴さんは話を続けた。

 

 あ、そうか。これで引き止める理由ができたのか。

 

 安晴「将臣君。やっぱりここに残ってくれないかい?蓮太君はこうだし…男手が少ないし……僕はそうしてくれると助かるんだけど」

 

 心から安晴さんは出ていくことには賛成ではないんだろう。じゃなきゃこんな笑顔を一瞬とはいえ見せたりはしない。

 

 将臣「でも、さっきも言った通り、俺はもう朝武さんの婚約者じゃありません。そんな俺が居ると迷惑になるでしょう?」

 

 芳乃「そんなこと……」

 

 茉子「大丈夫です、有地さんなら、殿方ですが安心できますからね」

 

 蓮太「ヘタレだからな」

 

 将臣「おい、感動を返せ、感動を」

 

 俺も人のことは言えない……………いや、基本的に事件の引き金は俺なのかも?その点に関しては俺の方が信頼が無さそうだ。覗いたりもしたし。

 

 蓮太「とまぁ、これだけの人から懇願されたんじゃあ、無下にするのはちょっとアレじゃないか?」

 

 将臣「でも……」

 

 蓮太「真面目な話、俺も出来れば残って欲しい。もう俺にとっちゃあ六人が当たり前だし………飯は大勢で食べた方が美味いからな」

 

 将臣「でも祖父ちゃんがなんて言うか………」

 

 確かに…あの人の事だ、まず間違いなくダメだしされるだろうな。

 

 将臣「でも、まあ……一度話をしてみます。自分の口でしっかりと。と言ってもあんまり自信はないですけど」

 

 そう言って、将臣は一旦荷物を置いて玄関の方へと移動していった。もちろんムラサメも。

 

 だが…このままだと間違いなく無理だ。基本的に将臣は玄十郎さんには引け腰だからな、まず負けるだろう。

 

 となると…

 

 蓮太「常陸さんも行ってやってくれないか?みんなから信頼の暑い常陸さんも説得してくれれば、何とかなるかもしれない」

 

 芳乃「その言い方だと、私は信頼がないと言われているような気分です」

 

 こっちもこっちで頬を膨らませて拗ねた。

 

 面倒くせぇ…

 

 蓮太「朝武さんが話をつけに言ったら権力を振りかざしてることになるだろ?あくまで俺達の嘆願だということを伝えなきゃ意味が無い。朝武さんに言ってもらうのなら、安晴さんに言ってもらった方が話が早いしな」

 

 芳乃「そうですか…?」

 

 蓮太「自分の立場はわかってるんだろ?朝武さんが一声かけるだけで町の人たちならその通りに動くだろうさ。けど、それじゃダメなんだよ。これは将臣の問題、筋を通さなきゃ男が廃る」

 

 ま、男としてってよりも、人としてってとこだな。

 

 蓮太「だから常陸さんにはサポートをして欲しいんだよ。あくまで将臣に言ってもらうけど、アイツはほら、玄十郎さんには弱いから」

 

 茉子「そうですね。では、ワタシも同行してきます!」

 

 どこか元気いっぱいに答えた後、常陸さんも玄関の方へと歩を進めていった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして今日は平日、この後は学院に向かわなければいけないんだが、まだ時間が大量にある。

 

 朝武さんは朝の舞の奉納をするために、本殿の方へと向かっていった。そんな彼女を追うように、俺も飲み物を持ち、今度は杖を使って移動して行った。

 

 

 ゆっくりと扉を開け、中に入る。

 

 すると、すっかり冷えきった空間の真ん中で、いつものように一寸も狂いのない見事なまでの舞を捧げる巫女姫様の姿が。

 

 そして適当な場所で腰を下ろし、彼女の奉納の儀をジーッと見守る。

 

 凛とした姿で、丁寧に指先まで神経を集中させ舞うその姿は、まさに神聖そのもの。

 

 見ているだけで心まで浄化されていくようなその美しさに、俺はずっと目を奪われていた。

 

 ……思えば、朝武さんの舞をこうしてマジマジと見るのは初めてなのかもしれない。

 

 こんなに、綺麗だったんだな。

 

 それから暫く時間が経過し、舞も終わったのか、一段落付いたのかなわかんない時、トコトコと朝武さんは俺の方へと歩いてきた。

 

 ……今気がついたんだけど朝武さんの歩き方ってなんか好きなんだよな。小動物みたい。

 

 芳乃「ま、た。勝手に動いてますね」

 

 そんな巫女姫様は大変ご立腹でした。

 

 蓮太「今度は無理はしてないぞ?ちゃんと杖も使ってきたし。それよりも………ほい、お疲れさん」

 

 軽い言い訳をして、俺は朝武さんに飲み物を渡す。

 

 芳乃「出来れば普段は安静にして欲しいんですけどねぇ…。ともかく、飲み物ありがとうございます」

 

 蓮太「どうもどうも」

 

 と、なんだかんだ言いつつ、朝武さんは俺の隣に腰を下ろして、その場でペットボトルに入った飲み物を飲み始めた。

 

 芳乃「んっ………んっ……」

 

 続けて俺も、自分の分に用意していた物を飲む。

 

 ……てか思ったけど、適当に冷蔵庫から引っ張り出してきたんだけど、同じ飲み物を持ってきてたんだな、俺。

 

 どんだけ適当なんだよ。

 

 

 芳乃「竹内さん…。その……ありがとうございます」

 

 そんな時、朝武さんから不意に礼を言われた。

 

 何で?

 

 蓮太「ありがとうって、飲み物?さっきお礼は言ってたぞ?」

 

 芳乃「そうじゃありません。呪いの件に関してです。皆さんにも、それこそ有地さんにも言いましたが、今回の件、本当にありがとうございました」

 

 蓮太「俺は大したことはしてないさ、町の関係者の人が頑張ってくれたから。安晴さんがサポートしてくれたから。ムラサメや将臣が努力してくれたから。常陸さんが背中を守ってくれたから。それに……朝武さんが乗り越えてくれたから」

 

 一人のおかげなんかじゃない。みんなだ、みんながいたからこの暮らしを取り戻せたんだ。

 

 蓮太「誰のおかげなんかじゃない。みんなの努力のおかげさ。それこそ……朝武さんのな」

 

 芳乃「そんな……私なんて、皆さんに迷惑をかけることしかできなくて…」

 

 蓮太「……そうかもな、けど、その迷惑のおかげで俺はみんなと出会うことが出来た。そして呪いも無事に解けた。こう見えても感謝してるんだぜ?」

 

 芳乃「……私はお礼を言われる立場ではないですよ」

 

 お礼を言われるような立場じゃあない……か。

 

 蓮太「そんなもん知るか」

 

 芳乃「な、なんですかそれ!」

 

 蓮太「お礼を言われる立場じゃないとか、迷惑しか与えてないとか、そんなこと知るかって言ったんだ」

 

 ……そういやこの人はこんな性格だったな。俺とは真反対過ぎて上手く噛み合うことは無さそうだ。

 

 蓮太「なんて言ったらいいかわかんないし、上手く言葉をまとめれないけどさ。言われた言葉は素直に受け取っとけばいいんだよ、なんで俺達はお礼を言われて、一番頑張った人にお礼を言っちゃならんのだ」

 

 蓮太「いちいち面倒くさいの。お互い頑張りましたね、ありがとうございます。でいいじゃんか、そんなもん適当でいいんだよ、適当で」

 

 これが俺のぶっちゃけた本音。

 

 芳乃「な、人が真剣にお礼を言ってるのに、なんてことを言うんですか!」

 

 ……めっちゃキレられた。

 

 芳乃「私は……真剣にお祓いや呪いについて考えてくれた竹内さんに感謝してるんです!皆さんもそうですが、竹内さんがいないと私達の「今」はなかったんだと思ってるんです!だから、ちゃんと伝えなきゃって、正直な気持ちを伝えなきゃって思っているのに……!」

 

 蓮太「例えそうだとしても堅苦しいんだよ。もっと気楽でいいんだって…………。本っ当に俺達って気が合わないよな」

 

 芳乃「それは竹内さんが失礼なことを言うからです!」

 

 ……ったくもう…。多分根本的にダメなんだろうな、俺達って。

 

 さっさと婚約の件も無くした方が良さそうだ。

 

 蓮太「わかったわかった…ごめんって。朝武さんの気持ちは十分に伝わってるから、ありがとう」

 

 そう言って俺はスっとその場を立ち上がる。

 

 芳乃「あれ…?どこに行くんですか?」

 

 蓮太「常陸さんがいないから朝飯の段取りだけでもしとかないとって思ってさ。それくらいなら今の俺でもやっていいだろ?」

 

 芳乃「え…?あ、ちょっとまっ──」

 

 蓮太「朝武さんも遅くなりすぎないようにな、リビングで待ってるから」

 

 と、俺は朝武さんのいる本殿を後にした。

 

 

 

 Another View

 

 芳乃「どこまで失礼な人なんですか……もう…」

 

 間違いなく、一番頑張ってくれたのは竹内さん。その身を犠牲にしてまでお祓いに真剣に取り組んでくれて、私がピンチの時にはいの一番に助けてくれて。

 

 本当に、本当に感謝をしているのに……

 

 芳乃「どうして、伝えさせてくれないんだろう……」

 

 きっと、本当に竹内さんからしたら、こんなにも感謝されることでは無いと思っているのかもしれない。

 

 それでも、私にとっては感謝をしてもしきれない程の事。

 

 それに、呪いが解けて落ち着いて考えてみると、改めて思うことがあった。

 

 

 私は、多分……竹内さんを……

 

 

 芳乃「どうして、あの人に惹かれるんだろう……」

 

 ぶっきらぼうで、面倒くさがり屋で。口も悪くて、何をしても適当で。ちょっと痛くてしかもエッチ。

 

 ……でも、優しくて、頼りになって、いつも誰かを想っていて。

 

 とてもお節介な、誰かの為に動く人。

 

 芳乃「せめてこの感謝の気持ちを、欠片ほどでも上手く伝えることができれば………」

 

 最後のあの感じ、絶対に私の気持ちは伝わってなんかいない。

 

 少しだけでも伝える為にはどうしたらいいんだろう。

 

 そんなことを考えていると、不意に竹内さんに言われたことを思い出す。

 

 

「言われた言葉は素直に受け取っとけばいいんだよ」

 

 

 そんなことを言う竹内さんだって素直に受け取ってくれないじゃない。

 

 意外と、似た者同士なのかも……

 

 

 ん…?似た者…………

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。これなら少しはこの気持ちが伝わるかも……!



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54話 友達との語らい

 

 そして時は刻まれてゆき……現時刻は午後に差し掛かる頃。

 

 一日の区切りを示すチャイムが学院内に鳴り響き、重苦しかった1時間がいつものように終わりを告げた。

 

 それと同時にざわめき出す教室内の人達。

 

 各々が待ちに待ったと言わんばかりに活気を取り戻していく。

 

 ちなみにあれから将臣達が戻った後の報告は、なんと、見事に玄十郎さんへの説得を成功させていた。

 

 それもレナさんやムラサメ、常陸さんの援護射撃があっての結果だと本人は言っていたが……まぁ何にせよ許可が下りればこっちのもんだ。

 

 これでまた、いつも通りの生活ができるってものだ。

 

 ちなみに、その後に最後の朝の鍛錬へと向い、俺は鍛錬を続けないという意志を伝えて感謝を述べ、朝の自由を手に入れた。

 

 将臣は続けるようだったが…それは本人の強い希望あっての事だった。

 

 そんなことはさておき、俺は席を移動せずにカバンから弁当箱を取り出す。

 

 ちなみにこの教室内から移動していないのは、足の状況的に面倒くさいことになりかねないからだ。また朝のように巫女姫様と言い合いになるのは目に見えている。

 

 ぶっちゃけ面倒くさい。

 

 と、俺が風呂敷を広げようとしていた時、横から声が聞こえてきた。

 

 茉子「…?どうして今お弁当の包みを広げようとしているんですか?」

 

 蓮太「…え?常陸さん?逆になんで?今はもう昼休みだろ?」

 

 茉子「そうですが………もしかして何も知らないんですか?」

 

 え?知らないって……。え?

 

 茉子「今日は皆さんで集まって昼食を摂る約束でしたよ?」

 

 蓮太「は?何それ、そんなん俺は初耳だぞ?」

 

 いつの間にそんな約束をしたんだ?

 

 いや確かに廉太郎と小春ちゃんが夕食を作ってくれた時に軽く約束はしたけど……具体的な日付までは決めていなかったような…

 

 茉子「でも、もう既にあちらに皆さんは集まっていますよ?ほら」

 

 そう言って常陸さんは朝武さんのいる方向へと視線を向ける。するとそこには、レナさんも将臣も、廉太郎に学年の違う小春ちゃんまで集まっていた。

 

 蓮太「呼ばれてないってことは別に俺は要らないんじゃないの?」

 

 茉子「なんでそんな悲しいことを言うんですか……。おそらく鞍馬さんが伝え忘れた。と、こんな理由だと思いますよ」

 

 蓮太「別にいいよ、俺は」

 

 茉子「またそうやって独りになろうとする…。そんな事だから後々に自分を責めたりするんですよ、あの日みたいに」

 

 あの日って……あの大木がある場所に行った時のことか。

 

 その話を持ち出されたら何も言い返せなくなるんだけど…

 

 蓮太「そう言えば、なんか変な噂が一時期流れてたな。どうやら俺達が交際しているんじゃないか、なんて話があったみたいだぞ」

 

 茉子「あ、それはワタシも聞きました。違うと否定しても中々信じて貰えなかったんですよねぇ…」

 

 蓮太「人の言っている事なんてどうでもいいけどな」

 

 なんて話をしていると、いつの間にか出来ていた輪の中にいる将臣から声をかけられた。

 

 将臣「おーい!二人ともー、早く弁当を食べよーう!」

 

 茉子「ほら、偶然なんですよ、ワタシ達も向かいましょう!」

 

 ……まぁ、そうだな。こんな自分を変えない限りはどうしようも無い、か。

 

 蓮太「そうだな、また変な噂が流れる前にさっさと移動でもするか」

 

 そう言って俺は杖を突いて立ち上がる。常陸さんは俺の分の弁当箱を何も言わずに持ってくれた。

 

 茉子「ワタシは……噂通りでも構わないんですけどねぇ…」

 

 蓮太「…?なんか言ったか?」

 

 茉子「いっ、いえ!なんでもないですよ!なんでも!」

 

 …?変な人だな。

 

 そうして俺達二人も、みんなが集まっている輪の中に入る。そして各々が机をくっつけようとしているから、俺もその流れで作業に取り掛かる。

 

 まず一つ、そして朝武さんの分と常陸さんの分を両手で一つずつ。

 

 芳乃「あ、また竹内さんはそうやって無茶をする!」

 

 ……えぇ。これもダメなの?

 

 蓮太「いや、別にこれは無茶でもなんでもないんだが…」

 

 芳乃「怪我をしているのにどうしてそうやって動くんですか。私がやりますから竹内さんは座ってて下さい」

 

 蓮太「そんなわけにはいかないだろ、巫女姫様に働かせてちゃあ、町の人たちからブーイングの嵐だっつの」

 

 芳乃「巫女姫だとかは関係ありません、そんなことをして怪我が長引いたらどうするつもりなんですか」

 

 蓮太「そんなもんどうもこうも──」

 

 また言い合いになってしまった。

 

 んー………俺が子供なのか?大人しくじっとしてればいいんだろうか?

 

 いやでも女の子をこき使う訳には…

 

 

 

 廉太郎「また始まったな」

 

 将臣「もうすっかり見慣れたけどね」

 

 廉太郎「それであれだろ?そろそろ常陸さんがあの夫婦喧嘩を止めに入るんだろ?」

 

 将臣「あ、ほんとだ」

 

 レナ「なかよしこよしでありますよ〜」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 なんだかんだで落ち着きを取り戻し、各々が用意した椅子に座って弁当箱を開けだす。

 

 さっきまで散々言い合いになっていたのにも関わらず、朝武さんはわざわざ俺の隣に座って自分の弁当箱取り出していた。

 

 まぁ、別に仲が悪くなるような言い合いじゃないんだけどさ。ちょこっとした事ですぐにああなるんだからもっと距離を離せばいいのに……

 

 なんて思うが、よく考えてみれば俺が悪いのか。彼女はただ俺の心配してくれているだけだ。

 

 そしてそんな巫女姫様の反対側に常陸さんがセットで座る。

 

 …これ最近思ってるんだけど、この配置はなんなの?なんか毎回この二人に挟まれているような気がするんだけど。

 

 ……まぁどうでもいいか。

 

 小春「それにしてもお兄ちゃんが、そのまま建実神社にお世話になるって思わなかったよ」

 

 どこか残念そうにおにぎりを飲み込んだ後、小春ちゃんはそう呟いた。

 

 蓮太「ま、下男らしいけどな」

 

 廉太郎「そうそう、将臣は下男だ。その内適当な理由をつけて巫女姫様か常陸さんの着替えを覗いて追い出されるだろ。それからウチに来ればいいんじゃね?」

 

 将臣「しねぇよ!お前や蓮太じゃあるまいし!」

 

 そんなことをしたら村八分にされるかもなー!はは──!

 

 …………俺って結構なことやらかしてる?

 

 小春「え……?蓮先輩が…?」

 

 蓮太「黙秘権を使わせていただきます」

 

 茉子「それはもはや肯定なのでは…?」

 

 実際に覗こうとしてたからしゃーない。

 

 

 

「じーっ………」

 

 

 

 そんな時だった。ここに来る前のように、なにかの視線を感じたのは。

 

 しかし、それに気がついたのは俺だけではなかったようだ。

 

 将臣「………ん?」

 

 こいつも気がついたのか。実は立派な霊感が備わっていたりしてな。

 

 唐突に将臣は扉の方を振り返る。

 

 

 

「ささっ」

 

 

 

 続けて俺も扉をチラ見するが………そこには誰もいない。

 

 ま、誰かはわかってるんだけどさ。

 

 廉太郎「どうした?将臣」

 

 将臣「いや、背後から視線が…」

 

 小春「え?誰もいないけど?」

 

 なんて会話していている中、またしても扉の方から顔を覗かせる影が。

 

 

 

 ムラサメ「じじ──っ……」

 

 

 

 蓮太「はぁ……将臣」

 

 将臣「うん。だいたいわかってる」

 

 ま、そらあれだけあからさまに見られていたら、気になるわな。

 

 芳乃「こちらにいらしてくれればいいんですけど…」

 

 将臣「あれで意外と人見知りするタイプなんじゃないかな」

 

 蓮太「超限られた人としか接することが出来なかっただろうしな」

 

 それこそ、今は五人の人と会話ができるんだ、それに将臣とレナさんは触れることもできる。

 

 ……過去最多なんじゃないか?

 

 小春「え?何?何が起こってるの?」

 

 廉太郎「マジで何かいるの?!幽霊か?!」

 

 蓮太「止めてやれ、本人は一番そういうのを気にしてるんだぞ」

 

 レナ「わおっ、マサオミ!今、すっごい観察されてまーす!」

 

 その言葉を聞いて、何かを諦めたのか、将臣は弁当箱の蓋を閉じ、その場を立ち上がった。

 

 蓮太「お、行ってくるのか?」

 

 将臣「ああ。流石にこれは……な」

 

 そう言って将臣は教室を後にして行った。

 

 廉太郎「どうしたんだ?将臣のヤツ…まだ弁当残ってたのに」

 

 蓮太「気難しい神様と飯を食うってさ」

 

 

 

 

 廉太郎「は?」

 小春「へ?」

 

 

 揃って首を傾ける兄妹達を置いておいて、俺はそのままパクパクと昼食を摂った。

 

 やれやれ……選ばれし者ってのは大変だな。



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55話 甘美風来

 

 寂しがり屋な幼刀の少し可愛い所がちらほらと見え隠れした昼休みも終了し、憂鬱な午後の授業へと入ると思っていた頃、授業の開始を知らせるチャイムが響くと、担任の比奈美先生が突然不思議なことを言い出した。

 

 比奈美「えぇっと……今日はこの後は授業ではなくて写生大会?をしてもらいます」

 

 …写生大会?

 

 またなんで急にそんなことを?

 

 比奈美「いきなりでちょっと困惑するかもしれないけれど、これはとても大事なことなんです。真剣に取り組んでくださいね」

 

 蓮太「聞きたいんスけど…なんでいきなりそんなことを?」

 

 事前の知らせもなく、いきなり授業を踏み倒してまで優先すべきことなのか?

 

 比奈美「んー…。実は、低学年の子達の課題として予定していたんだけどね、竹内君は町の様子を見て気になることとか……ない?」

 

 気になること?

 

 んー………

 

 ・・・

 

 蓮太「……観光客が減ったような…?」

 

 廉太郎「あー、確かにそうかも。そういや小春も店の売上が良くないって言ってたような…?」

 

 …そうだったのか。

 

 比奈美「よく気がついたわね。実は最近は色々と事情があって、町の景気が良くなくてね、本来なら私達大人が何とかしなくちゃいけないんだけど……。ってそうじゃなくて、そこでこの町の良さをアピールする為の絵を書いて欲しいの」

 

 蓮太「要するに町の宣伝、つまり町おこしの一環としての絵をかけ…と?」

 

 比奈美「そういうことになるわね。具体的な事はまだよく決まってないんだけど、とりあえずはこの町に住む学生たちが動いているってことを伝えたいんだと思う」

 

 …ふーん。

 

 比奈美「とにかく、そういうことだから、まずはこれをみんな持ってね」

 

 そう言って配られたのは、絵を描くための厚紙と予備の筆記用具一色。

 

 そして一旦学院から出た所でこのクラスの生徒は全員集まることに。

 

 茉子「町おこしの一環なんて…そんなにこの町は景気が悪かったのでしょうか?」

 

 蓮太「さぁ、どうだろう。でも、確かに観光客とかは減ったかもな」

 

 芳乃「何故、そう思うのですか?」

 

 蓮太「朝武さんの巫女姫としての舞は今までのようにイベント事の時は人が集まるだろうけど、こないだの春祭りの時とは状況が若干違うだろ?」

 

 この穂織のビッグイベント…、というか一番の目玉のアレは、もう出来ないからな。

 

 将臣「この間の春祭り…」

 

 レナ「春祭りとは…一体なんなのですか?」

 

 蓮太「あぁ…そうか、レナさんは知らないんだな。穂織での春祭りってのは数百年前に穂織を攻めてきた大名を叢雨丸の力で返り討ちにしたことを祝う祭りなんだ。その時に、朝武さんが舞を奉納して、観光客の人達はそれを見るんだけど……」

 

 茉子「そうです!叢雨丸を引き抜くイベントができません!」

 

 将臣「あ…」

 

 蓮太「常陸さんの言う通り、祭り一番の目玉イベントのあの刀を引き抜くやつが将臣のせいでできないんだ」

 

 確か…御神刀イベントだったかな?

 

 蓮太「つってもあくまで理由の一部だとは思うけどな。それよりも、ほら。もうみんな行ってるし、俺達も行こうぜ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 学院から出てすぐの入口付近、登下校の際に通る門のような場所で、一通り集まり、素直に先生の話を聞く。

 

 要約するとこれから三時間で一枚の絵を完成させろというのだった。穂織での好きな場所を選び、風景画を書く…でいいのか?

 

 三時間て……中々に無茶なこと言いやがる。

 

 ともかくそうと決まればさっさと行動に移すのがいいな。下手をしたら終わるまで帰るな。と言われてもおかしくはない。

 

 と言ってもな……穂織の町でいい所なんて………………

 

 …っ!

 

 あそこがいいな。

 

 俺はある場所を思い立つと、説明を終えた後にその場所へと向かった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 蓮太「やっと着いたぁ……」

 

 俺が辿り着いたのは穂織の町が見渡せるほどの高い場所にある大木がある高台。

 

 俺にとっては中々に苦い思い出がある場所。

 

 だがその景色は俺が見てきた中では最高とも言える程に絶景だった。

 

 日が落ちかけている夕刻に来たらもっと綺麗なんだろうな。それこそ好きな人に告白なんてする時はそんなタイミングがいいだろう。

 

 ま、そんなタイミングが来るかなんてのは知らないがな。

 

 そうして俺はどデカく真ん中に佇む大木に寄りかかるように座る。町は見渡せなくはなるが、それでもいくつもの山たちに囲まれて景色は十分に素晴らしいものだった。

 

 そんな時──

 

 芳乃「竹内さーん!」

 

 と息を切らしながらトタトタと歩いてくる巫女姫様が現れた。

 

 蓮太「朝武さん?どうしたんだ?こんな所まで…それに息も切らしてさ」

 

 芳乃「どうしたじゃないですよ!皆さんとお話をしていたらいつの間にか居なくなってるんですから、もう!」

 

 ……別にどこに居ようとも俺の勝手じゃないか?

 

 と、こんな余計な事を口にするから言い合い、言葉のドッヂボールになるんだ。

 

 蓮太「悪い。心配かけてごめんな」

 

 口ではそう謝りつつ、俺は早速スケッチの準備を始める。

 

 すると肩でもぶつかるんじゃないかと思う程の近くで朝武さんも腰を下ろした。

 

 どうやら彼女もこの場所を選んだようだ。

 

 特に気にすることも無く、俺はスラスラっと景色を見ながら持っている厚紙に写していく。

 

 こういうのは得意じゃないが……まぁ、苦手でもない。俺の性格上二時間もあれば十分に提出できる物が出来上がるだろう。

 

 芳乃「…とても上手なんですね」

 

 作業をしながら、彼女はそう話しかけてくる。

 

 蓮太「そうか…?別に普通レベルだと思うけど……もしかしてこういうのって苦手?」

 

 けれど決して右手で動かしている鉛筆は止めずに、彼女の話し相手になる。

 

 チラッと横目で朝武さんの方を見てみたが、彼女も特に困っていたりして動きを止めている訳ではなさそうだ。

 

 芳乃「苦手…と言いますか、風景を描くと言うことに経験があまりなくて…慣れないという事が大きいですかね」

 

 蓮太「あー、確かにそうかもな。つっても俺も慣れないけどな」

 

 芳乃「私は今までお祓いの事で精一杯だったせいか…他の事でもよく皆さんのお話についていけない時があるんです。それがたまにキズで…」

 

 蓮太「それはしょうがないだろ。……って、そう言えば料理も慣れてなさそうだったな」

 

 この間俺と将臣が看病してもらっていた時、料理の「さしすせそ」が言えてなかったしな。

 

 芳乃「そっ、れは……。否定できないのが少し悔しいです…」

 

 蓮太「言ってみりゃあれも、常陸さんが次々に家事を終わらせてくから朝武さんが経験することなく生活してんのか……。やってみたいと思う?」

 

 芳乃「そうですね。これから先のことを考えると、それくらいは出来るようになっておかないと。とは思います」

 

 蓮太「じゃあ今度やってみるか?俺と一緒にって言ったら常陸さんも許してくれるだろ」

 

 朝武さん一人に仕事をさせてくれ。なんて言ったら常陸さんの事だ、アホみたいに心配してずっと監視でもするかもしれない。それこそ屋根裏になんて行きそうだ。

 

 芳乃「竹内さんと…一緒に…!」

 

 彼女は俺の提案に少し驚いたようだったが、嫌がる様子は特になく、むしろどこか嬉しそうに、はにかんでいるようにも見えた。

 

 蓮太「…?なんか変なこと言ったか?」

 

 芳乃「い、いえ!その時は是非よろしくお願いしますっ!」

 

 蓮太「あぁ、後で常陸さんに言ってみるよ」

 

 と言っても、俺と二人で、なんて言っても承諾してくれるかどうかは正直わかんないけどな。

 

 芳乃「そういえば…」

 

 蓮太「何?」

 

 芳乃「よく竹内さんはこの場所を知っていましたね。茉子から聞いた時はびっくりしました」

 

 茉子からって……常陸さんは俺達がここに居ることを知ってるのか?珍しいな、常陸さんが朝武さんの横に居ないなんて。

 

 蓮太「まぁ…色々あってな。偶然ここを知ったんだ」

 

 芳乃「《生命の大樹》」

 

 唐突に朝武さんはその言葉を漏らす。

 

 蓮太「ん?」

 

 芳乃「この木はそう呼ばれているんです。穂織に産まれる全ての生命を護り、導いてくれる存在。まあ、この木をそう呼ぶ人はそう多くはありませんが」

 

 蓮太「そんな名前があったんだな。知らなかった」

 

 芳乃「特に伝承などはありませんからね。この町に住んでいた皆さんがそう呼んでいるだけに過ぎませんから」

 

 でも、なにかそう呼ばれる理由があってもおかしくは無いよな。結構大層な名前だし。

 

 蓮太「この木の下で告白したら、永遠に幸せになれたりしてな」

 

 そんな胸がときめくメモリアル的な感じにはならないのだろうか。

 

 そんなことをポロッと言ったら、朝武さんからの返事がなくなった。

 

 不思議に思って彼女の方を見てみてると…

 

 芳乃「こ、告白……!」

 

 ほんのりと頬を赤らめて、ビタッと動きを止めていた。

 

 しかし口だけがパクパクと動いている。

 

 何?君はフグかなにかなのかい?

 

 蓮太「……朝武さん。朝武さーん。生きてる?」

 

 そんな彼女に手を伸ばし、視線の先で手を動かしてみる。すると彼女はハッと我に返るように目を見開いて俺を見た。

 

 芳乃「なっ、なな、なんですかっ!?」

 

 蓮太「いや、別になんですかも何もないけど…。朝武さんがボケーッとしてたからさ、どうしたんだろって思っただけだけど…」

 

 芳乃「なんでもないです!なんでもないですよ!」

 

 …?変な人だな。

 

 なんてことを思いながら、俺達は作業に戻る。

 

 なんだかんだで雑談をしてたら、手元はいい線まで進んでいた。この調子ならもうそんなに時間はかからないだろう。

 

 芳乃「た、竹内さんは……」

 

 蓮太「はい」

 

 芳乃「竹内さんは………誰かに告白をしてみたい…。なんて思いますか?」

 

 ……さっきの話の続きか。

 

 蓮太「や、別に。別に気になってる人なんかはいないしな」

 

 芳乃「本当ですか!?」

 

 え……なんか食い気味にこられても…

 

 蓮太「いないって。つか、どうしたんだよいきなり」

 

 芳乃「あ、いや…!なんでもありませんよ!なんでも…!」

 

 芳乃「よかった…」

 

 …?なんか言った?

 

 …っと、こんなもんでいいか。

 

 蓮太「ところでそっちは終わった?俺はとりあえず一区切り着いたんだけど」

 

 芳乃「あ、すみません…。まだもう少し時間がかかりそうです」

 

 蓮太「別に急がなくてもいいよ。自分のペースでいいからさ」

 

 そう言って、俺は自分の荷物を横に置き、ぐーっと背筋を伸ばす。

 

 ………なんか眠くなってきたな。

 

 それから、朝武さんは作業に集中しているのか、突然会話がなくなった。

 

 まぁ、待たせないようにって思って少し急いでいるのかもしれないけど、きっとそれを指摘してもどうせ言い合いになるだろう。ここは黙って…待つとするか……

 

 ……………

 

 本格的に…………眠くなってきた…………………………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 Another View

 

 

 竹内さんは誰かに好意を抱いていない。

 

 それはちょっと残念には思ったけれど、それよりもどこか安心感があった。

 

 って…、なんでこんな気持ちを!?

 

 やっぱり私って……。

 

 なんて頭の中で色々と余計なことを考えて悶々としていると……竹内さんとの会話が途切れたことに気がついた。

 

 あっ…、何か話さないと。

 

 なんて思っていると──

 

「すぅ……………………すぅ…………………」

 

 そんな寝息と共に、私の肩に何かがトンっと優しくぶつかった。

 

 そのあまりにもの違和感がある方へと視線を向けると…

 

 蓮太「すぅ………すぅ……………」

 

 竹内さんが私に身を任せるように眠っていた。

 

 って…………

 

 

 

 ええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?!?

 

 

 

 たっ、たたたたた竹内ささんが!近くに!近くにっ!!

 

 頭の中はパニックになってしまっていて、グルグルと思考がまとまらずに駆け回るが、その身体は決して竹内さんを起こさないように動くことを我慢していた。

 

 それでも、自分で触らなくてもわかるほどに、心臓が激しく胸をノックしている。

 

 こ、こんな状態じゃ落ち着けない!もうスケッチなんてしている場合じゃ…!

 

 蓮太「………すぅ……」

 

 芳乃「…いい匂い」

 

 って、私は何を言ってるの!?

 

 疲れて寝ている人の頭の近くで匂いを嗅ぐなんて……………、まるで変態じゃない!

 

 こ、これはやっぱり一度起こした方が!?いや……でも多分まだ私は時間がかかるだろうし……。でもこんな状態じゃあ、まともな作業なんて……!

 

 でも……それよりも、この状況を長く続けたいと思っている私がいる。

 

 そうして私は一旦道具を置いて、隣で寝ている彼の顔を見る。

 

 油断…というか安心しきっているのか、仮眠ではなく、本当に寝てしまっているようで、これだけ私が動揺していても、起きる気配は全くしなかった。

 

 今までこうしてまじまじと竹内さんの顔を見る機会はなかったけど…、こうして見てみると……あれ?

 

 芳乃「格好いい…?」

 

 顔は整っていて、どこか子供のようで…それに……

 

 

 

 ──ぷに。

 

 

 

 芳乃「ふふっ……柔らかい頬」

 

 人差し指を突き立てて、優しくつついてみた。

 

 って──―

 

 これじゃあ変態では!?

 

 竹内さんが寝ていることをいい事に私は何をしているの!?

 

 蓮太「すぅ…………すぅ………」

 

 それでも竹内さんが起きる気配は一切しない。

 

 自分でもわからないくらいに混乱してる……。まさか、私がこんなことをしてしまうなんて……

 

 もう、そろそろ起こさないといけないよね。流石にこの時間に寝てしまっていると、肝心な夜中に眠ることが出来なくなるかも。

 

 芳乃「……………」

 

 でも最後に……

 

 

 

 

 

 

 

 私は竹内さんの手を取り、自分の両手で挟むように包んでみた。

 

 芳乃「…大きくて、素敵な手」

 

 

 もう少し、もう少しだけ……………。

 

 

 この夢のような時間を──―



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56話 二つの恋心

 

 Another View

 

 

 サッサッサッ……

 

 ゴシゴシゴシゴシ…………

 

 カッカッカッカッ…………

 

 

 ………こんなものですかね。

 

 中々上手く描けたんじゃないでしょうか。

 

 茉子「ふぅ…」

 

 今頃、芳乃様はどうしているのかな。

 

 上手く竹内さんと作業を進めれているでしょうか。

 

 先生のお話を聞いた後、皆さんで集まってどうするかを話し合っている時に、竹内さんがふらっとどこかへ歩いて行ったのは視界に入った。

 

 その方向から察するに、多分あの《生命の大樹》の場所へと向かったと思ったんですけど……。芳乃様が戻ってこられないという事は、予想は当たっていたのでしょう。

 

 

 

 …………やっぱり後悔しているのかな。

 

 今までも、この一枚の風景画を描く途中、何度も何度も頭によぎった。

 

 もし、竹内さんと二人で描くことができたなら……なんて。

 

 でも、竹内さんは芳乃様の婚約者。有地さんとの関係が白紙に戻った今、きっとお二人はそのまま……

 

 もちろんそれは大変喜ばしい事。きっとワタシは笑顔を浮かべて祝うことが出来ると思う。

 

 でも………心から応援できる………のかな。

 

 

 

 

 ……いや。ワタシは芳乃様の付き人。この命は芳乃様の為にあるもので、芳乃様のお世話をさせて頂く為のもの。

 

 そんなワタシが願ってはいけないんだ。

 

 普通の女の子のような幸せなんて。

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 …竹内さんが寝てしまってから、もうすぐ一刻ほど経過する。

 

 なんとか急いで、スケッチを終わらせることが出来、そのまま竹内さんを起こすことが出来なくて、気がつけばそれほどの時間が経過していた。

 

 それでも胸のドキドキは全然収まる気配はなくて………

 

 いつまでもこの瞬間が続いて欲しいと願った。

 

 蓮太「すぅ……………………」

 

 本当に、とても気持ちよさそうに寝ている。

 

 もうすっかりと太陽は沈んでいき、辺りはオレンジ色に染まっていた。

 

 そろそろこの作品を先生に渡さなければいけないとはわかっているけど……

 

 身体は言うことを聞かない。

 

 それほどまでにこの瞬間を愛おしいと思っているかも。

 

 ……けれどいつまでもこうしてはいられない。このままだと私の都合で竹内さんまで怒られてしまう。

 

 しっかりしないと。

 

 芳乃「竹内さん、竹内さん。起きて下さい」

 

 いつまでも本当に気持ちよさそうに熟睡している竹内さんの肩を、トントンと軽く叩いて、彼の名を呼ぶ。

 

 けれどこれくらいじゃ、やっぱりなかなか起きてくれない。

 

 どうしたものかと悩んでいたら、初めて軽く叩いて竹内さんの身体を揺らしたせいか、私の身体を支えとしていた彼の身体は、バランスを崩してゆっくりと肩よりも下にずり落ちていく。

 

 そして竹内さんの頭は私の胸を通り過ぎ、膝に当たると、そのまま私の太ももを枕に横になってしまった。

 

 芳乃「ッ!?!?」

 

 こ、ここここここれは…!膝枕というやつではッ!?

 

 不可抗力とはいえ私が竹内さんに膝枕を……………膝枕ッ!?

 

 え、えっとあっと!ここここういうことは、せめてお付き合いを始めてからとか!もっと親密な関係になってからというか!

 

 蓮太「すぅ…………すぅ……………」

 

 あんなに激しく動いたのにまだ寝てる!?

 

 というかこの状況は一体何!?私はただ竹内さんの横に居たかっただけなのに、なんで膝枕を!?

 

 蓮太「すぅ…………すぅ……」

 

 …………って。

 

 焦っても仕方がないですよね。できるだけ冷静に………そう、冷静に………

 

 …やっぱり無理そうかな。

 

 だって、ずっと胸がドキドキしっぱなしなんだもん。さっき、竹内さんが寄り添ってきた時からずっとなんだけど…

 

 こんな些細で小さな事が、こんなにも嬉しく思えるなんて。

 

 

 

 やっぱり………好きなんだなって再認識させられる。

 

 

 

 好きだからこそ、こんなにも舞い上がってしまって、こんなにも離れたくないって思ってしまうんだ。

 

 芳乃「貴方は…どう思っているんですか…?私の事……………」

 

 好きで…いてくれてるかな。

 

 最近はちょっと言い合いになる事が多いけれど…嫌われていないかな。

 

 物凄く不安で、私自身、自分に魅力があるとは思えないけど………。こんなにも愛されていて欲しいなんて、初めて思った。

 

 けれど、この気持ちはまだ伝えない。

 

 まずは私の感謝から。私を……、朝武を救ってくれてありがとうと。

 

 大切な友達を救ってくれてありがとうと。

 

 大好きな穂織の町を救ってくれてありがとうと。

 

 

 

 この町に来てくれてありがとう……と。

 

 

 

 しっかりと伝えなきゃ。

 

 言葉では全く伝わらなかったけれど、きっと……竹内さんの大好きなお料理なら、伝わる。

 

 伝わって欲しい。

 

 その為にはきっと物凄く練習をしないといけないけれど…

 

 だって、竹内さんの作ってくれるお料理は、とても美味しいから。

 

 …よし!張り切って頑張ろう!

 

 

「…ーい、………けさん」

 

 

 その為にはまず、茉子にコツを聞いたりして……、あ!レナさんにも教えてもらいたいな!

 

 

 

「きい……?とも……さん」

 

 

 

 そういえば、竹内さんの好きなお料理って何なのだろう?甘い物は私と同じで好物だったけど……

 

 

 

「返事をしてくれー!朝武さーん!」

 

 

 

 芳乃「えっ…?」

 

 

 ………………………………

 

 

 蓮太「やっと気がついたか?何か一生懸命考え事をしてたみたいだが………先にこの状況について教えて欲しいんだけど…?」

 

 俺は穂織の学生をやっている竹内蓮太。

 この土地に住んでいる同級生の朝武芳乃と高台でスケッチをしていた。

 そのスケッチをすることに夢中になって(そこまでなっていない)いると、背後(ではない)から襲ってくる圧倒的睡魔に気が付かなかった。

 俺はソイツに負け、目が覚めたら…………

 

 体が縮んで──! じゃねぇや、朝武さんに膝枕をされていた!

 

 ってか何?この状況。なんで俺はいつの間にかこんな体勢になってるの?

 

 芳乃「たっ!…たたっ!竹内さん!?おおおお起きていらしてたんですかっ!?」

 

 後、なんで君はそんなに動揺をしているの?

 

 蓮太「あ、うん。さっき起きたとこなんだけど………。もしかして迷惑かけてた?」

 

 まぁ…普通に考えて可能性があるなら、朝武さんが俺を横に倒してくれたか、俺が勝手に倒れたかの二択だよな。

 

 でも朝武さんの性格の事だ、多分俺が勝手に倒れて、心配になったとかそんな何らかの理由で、仕方なくこうしてくれていたんじゃないか?

 

 それでいざ、俺が意識を取り戻したら急に恥ずかしくなって………みたいな。

 

 芳乃「そそそそそんな事より!いつから!いつから目が覚めていたんですかっ!?」

 

 蓮太「いつからって言われても………本当に今さっきなんだが…?」

 

 芳乃「何も聞いていませんか!?」

 

 蓮太「え、うん……。何も聞いてない。というか、何か言ってたのか?」

 

 そこまで気にするってことは、何か聞かれちゃまずい様なことを口にしていたのか…?別に仮に聞いてしまってても誰かにバラしたりはしねぇのに。

 

 芳乃「なんでもありません!それならいいんです。はい!」

 

 そこで俺は一旦身体を起こして、大きく背筋を伸ばす。

 

 そこで気がついたのだが、辺りはすっかりと夕暮れ時で、紅葉のような明るい夕日が町を照らしていた。

 

 チラッと朝武さんの方を見ると、夕日のように顔を赤く染めながら、指先をつつき合わせるようにして恥ずかしそうにモジモジもしていた。

 

 何この子…可愛い。

 

 蓮太「そう言えば、もう絵の方は終わった?というか……もしかして俺のせいでこんな時間になってた?」

 

 朝武さんは自分の道具は俺と同じように真横に置いている。ということはつまり、もうとっくに作業は終わっていて、申し訳なさか何かで俺を起こすことが出来なかったのかもしれない。

 

 ……だとしたら大分迷惑をかけたな。

 

 芳乃「あっ、いえ、そんなことは無いですよ!竹内さんが起きる直前に、私もやっと終わった所でしたから」

 

 蓮太「そうなのか…?まぁ、どっちにしろごめん。迷惑かけてしまったな。まさか自分もここまで寝相が悪いとは………、マジでごめん」

 

 中々にありえないと思うぞ、これは。

 

 芳乃「大丈夫です!気にしないで下さい」

 

 芳乃「むしろ……嬉しかったと言いますか…」

 

 蓮太「え?何?ごめん聞き取れなかった」

 

 芳乃「なんでもありません!さ、さぁ!早く私達も戻りましょう?きっと皆さんも作業を終えて、帰っいる頃だと思いますよ」

 

 確かにそうだな。もう日が沈んでいくような時間なんだ。とっくにみんなは下校をしていてもおかしくない…か。

 

 朝武さんはこの後、舞の奉納もあるのに……なんだか本当に申し訳ないことをしたな。

 

 せめて何かの形で返せたらいいんだが…………何か考えておくか。

 

 蓮太「そっか。じゃあ俺達も戻ろう」

 

 

 

 そうして、俺達は夕日を背に向け、道具を持って二人で学院へと戻って行った。

 

 そんな帰り道も朝武さんはどこか落ち着かない様子で、会話も少しぎこちなかったが、本当に楽しそうに笑っていた。

 

 俺が寝ている間になにかいい事が起きたのか?と疑うほどに。

 

 そんな彼女の綺麗な笑顔を見ながら思う。

 

 

 

 婚約の話は………もうちょっとだけ先でいいか。

 



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57話 抱えている感情

 

 急遽与えられた課題を終え、夕焼けが差し込む道を、朝武さんと二人で歩く。

 

 他愛もない会話を弾ませながら歩く俺達の姿は、何も知らない人からしたら勘違いされる事もあるかも?と思いながらも、学院へ向かって行った。

 

 もうすっかりと松葉杖を使っての移動に慣れたもので、最初はぎこちなかった歩行も今や違和感がないほどにまでなっていた。

 

 芳乃「足、早く治るといいですね」

 

 蓮太「そうだな…、いくら慣れてきたとはいえ、流石に常に片手を塞がれてちゃあ色々と面倒だしな」

 

 だから杖を使わずに歩こうとしたら巫女姫様から怒られるんだけどな。

 

 芳乃「ごめんなさい。あの時、私が油断さえしなければこんなことには…」

 

 蓮太「別に朝武さんは関係ないだろ。調子に乗って俺が某海賊漫画の技を真似したことが悪いんだ」

 

 芳乃「そういえば、茉子から教えてもらいましたけど……アレってとても足が熱くならないんですか?」

 

 まぁ、ぶっちゃけえげつないと思うほどに熱かったんですけどね。

 

 蓮太「そこそこ熱かったかな。というか心の力なんて訳の分からない能力のおかげとはいえ、本当にあれが出来るなんて思わなかった」

 

 芳乃「確かに驚きましたけど………」

 

 蓮太「ん?どうした?」

 

 芳乃「心の力って…一体何なのでしょうか」

 

 どこか聞きづらそうに朝武さんはその質問を尋ねてきた。

 

 蓮太「さぁ……。正直、俺も全然わかんねぇ」

 

 芳乃「元々、竹内さんがこの地に残ってくれた理由は、あの刀「山河慟哭」の謎を解くため…だったんですよね」

 

 蓮太「まぁ…そうなるのか。途中で色々あって、最終的には呪いを解くことが目標にはなったけど……確かに謎はとかなきゃって思ってる。そんで、もしその目標が達成出来たら、俺はこの町を出ようと思ってるんだ」

 

 町を出ようと思っている。

 

 俺がその意思を伝えると、並んで歩いていた朝武さんの足がピタリと止まった。

 

 蓮太「どうしたんだ?朝武さん」

 

 芳乃「いつか…竹内さんはこの町を出られるんですか?」

 

 蓮太「そう…だな、具体的なタイミングは決めてないけど、なんで俺があの刀を扱えるのかがわかったら、町から出ようと思ってる」

 

 芳乃「どうしてですか?やっぱり、竹内さんはこの町に不便さを感じていましたか?」

 

 朝武さんは、真っ直ぐとした目で俺を見てくる。普段会話するような柔らかな優しい目ではなく、何かを恐れているかのような、真剣な眼差しで。

 

 なぜ彼女がそこまで真剣な雰囲気になっているのかは…わからない。

 

 蓮太「別にそんなんじゃないって。ただ……やっぱり院に戻らないとって思ってさ」

 

 芳乃「院……。とは、竹内さんがここに来られる前に住んでいた?」

 

 蓮太「そう、もうじいちゃんも先は長くないだろうし、やっぱり今までお世話になってるからな。最後に誰もいなかったりしたら寂しいだろ?」

 

 本当は最後なんか来なければいいんだけどな。でも……人間はそう簡単には生きられないから…

 

 芳乃「…………そう、ですね」

 

 蓮太「そうは言ってもすぐに出ていくって訳じゃないけどね。ちゃんと安晴さんに話もしてないし、ぼんやりと思っているだけだ」

 

 

 芳乃「もし、この穂織の地を離れた後、時間が経てば…竹内さんは戻ってくるんですか?」

 

 蓮太「うーん…」

 

 そんなことは考えてなかったな。

 

 そもそもとして、さっき言ったことも本当にぼんやりとイメージしてただけで、具体的なことは何も考えてなかったからな。

 

 でも、仮に出て行ったとしたら………

 

 蓮太「多分…戻らない。かな」

 

 芳乃「…ッ!」

 

 蓮太「ま、わかんないけどさ」

 

 昔から思ってたことがある。

 

 物心ついた時から、多分「それ」が俺の夢になってたんだと思う。俺はおそらくその夢に向かって走るだろう。

 

 芳乃「そ、それなら──」

 

 ムラサメ「おーい!芳乃ー!蓮太ー!」

 

 朝武さんが何かを言いかけたその時、学院の方からムラサメがふわふわと浮かんできた。

 

 蓮太「どうしたんだ?ムラサメ」

 

 ムラサメ「どうしたではない!お主らがあんまりにも遅くなっておるから吾輩がわざわざ呼びに来たのではないか!」

 

 蓮太「あ、そうか…。心配かけて悪いな。今戻ってるところだから」

 

 ムラサメ「見ればわかる。ほれ、急いで戻るぞ二人共」

 

 蓮太「あぁ」

 

 そうしてムラサメから急かされるように俺は歩みを進めようとして……

 

 蓮太「朝武さん?早く行こうぜ?」

 

 芳乃「は、はい…。そうですね」

 

 俺達は三人で学院へと歩いていった。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 それから俺達は、自分の作品を先生に提出した後、常陸さんと合流して一緒に家に帰っていた。

 

 将臣はいつものように放課後の鍛錬の為に先に帰っていたようで、俺達が常陸さんを待たせてしまっている間は、ムラサメと時間を潰していたようで少し申し訳なく思う。

 

 俺達は四人で歩いて帰っているのだが、どこか常陸さんの元気がないように見える。何かあったのだろうか?

 

 蓮太「常陸さん?なんか元気がなくないか?」

 

 茉子「え?そ、そうですか?ワタシはいつも通りに元気いっぱいですよ!」

 

 彼女は笑っている。

 

 けど…その笑顔は作られているものだと流石に理解することが出来た。

 

 けれど、わざわざ常陸さんは何かあったとしても、俺に悟られないように笑顔で隠したんだ。それに俺が漬け込んでいいのか…?

 

 知られたくないことは誰だってあると思う。秘密にしたいことは皆一つはあるだろう。

 

 俺が出した答えは……

 

 蓮太「そっか、ならいいんだ」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 それから夕食の後、俺は後片付けをしている常陸さんの隣で、洗い物を手伝っていた。

 

 カチャカチャと音を鳴らして、常陸さんが洗った食器を受け取り、綺麗に水気を拭き取って棚へ戻す。

 

 これをひたすら繰り返している。

 

 蓮太「そういえばさ、常陸さん」

 

 茉子「はい?なんでしょう?」

 

 そんな会話をしている時も、俺達は手を動かし続けている。

 

 蓮太「朝武さんが家事を手伝いたいんだってさ。だから、俺も側に付いてるから今度朝武さんに家事をしてもらってもいいか?」

 

 茉子「芳乃様が……」

 

 …あれ?常陸さんの様子が…?

 

 蓮太「ん?どうした?」

 

 俺が朝武さんの事を相談してみると、常陸さんは頭をピクっと動かし、若干の反応を見せた。

 

 茉子「なんでもありませんよ。そうですね……、竹内さんが側にいらして下さるのなら、安心ではありますかね」

 

 蓮太「じゃあ、OKってことで?」

 

 茉子「……はい」

 

 やっぱりそうだ。

 

 理由はわからないけど、どこか常陸さんの元気がない。

 

 ……

 

 その時、丁度夕食後の後片付けが終える。不自然な程に俺達の会話はピタッと止まり、キッチンは時計の針がカチカチと動く音だけが聞こえてくる。

 

 蓮太「常陸さん。ちょっと俺の話に付き合ってくれないか?」

 

 茉子「…え?竹内さんのお話に…ですか?」

 

 蓮太「あぁ。ダメかな?そんなに遅くにはならないようにするからさ」

 

 茉子「ワタシは構いませんが…一体何を?」

 

 蓮太「ここじゃあちょっとアレだな……。今日は気温もいい感じだし、ちょっと外に出よう」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 すっかりと暗くなっている夜道を、常陸さんと二人で歩く。

 

 虫たちがリンリンと曲でも奏でるかのように鳴いており、涼しい風が優しく通り抜ける。

 

 本当に今日は良い夜だ。特別寒くもなんともない。

 

 蓮太「………」

 

 茉子「………」

 

 さて、何から話そうか。

 

 素直に元気がないな?と聞いたところで、彼女はきっとさっきのように作り笑いを浮かべるだろう。

 

 じゃあまずはあまり関係性がないことから…かな。

 

 でもなぁ…

 

 茉子「それで、竹内さんのお話とは一体?」

 

 蓮太「それが……申し訳ないことにまだ上手くまとまってないんだよな」

 

 自分から誘っておいて、本当に申し訳ない。

 

 茉子「何かお悩み…ですか?」

 

 蓮太「まぁ、そんなとこだな。ぶっちゃけ悩みそのものはいっぱいあるんだけど、どう上手く伝えられるかと思ってさ」

 

 茉子「竹内さんも殿方ですからね、心中お察し致しますよ?ちゃんと一言声をかけてくれればトイレには近づきませんよ〜」

 

 ……はい?

 

 蓮太「ん?何?トイレ?」

 

 茉子「芳乃様の家族として引き取られてから、性欲処理に困りはてているのはしょうがないですからね。大丈夫です、ワタシは理解がある方だと──」

 

 蓮太「違うわッ!だーれが自分の処理に困ってるなんて言ったよ!?」

 

 いや確かにここに来てからは自分でしてないけど!

 

 というかそんな余裕すらもなかったわけで……

 

 茉子「という事は……既にあのお家は見えない所で竹内さんの白濁液まみれに!?」

 

 蓮太「なってねぇよ!別に影でコソコソ一人でやってたりしてねぇし、そもそも穂織に来てからは一度も………って何言わすねんッ!」

 

 茉子「あは〜。そんなに大声で反論なんてされたら、逆に怪しく思えてきますねぇ」

 

 蓮太「とーにーかーく!俺はそんなことはまだしてない…というか言いたかったこともそんなんじゃない」

 

 ま、でも空気は良くはなったかな。

 

 ……逆に気を使わせちまった…か。

 

 蓮太「俺が言いたかった…というか打ち明けたかったことは………その……」

 

 茉子「『常陸さんは元気がないな』ではないですか?」

 

 蓮太「…………バレてた?」

 

 茉子「ワタシも悪いんですが……、下校の際に竹内さんに声をかけられてから、ずっと気になっていたようでしたので」

 

 バーれてら。

 

 蓮太「まぁ、真剣にほんわかと伝えなきゃって思うこともあるけど、そうだな、一番に聞きたいことはそれだった」

 

 茉子「悩み…という程のことはないんですが…、ちょっと複雑なんです」

 

 蓮太「気軽に話せることかどうかはわかんないけどさ、話なら聞くぞ?」

 

 やっぱり、友達が何かに悩んでいるのに見て見ぬふりなんてしたくないしな。

 

 それに俺達はもう友達なんて超えている関係だと思ってる。共に命を懸けて呪いと真正面から挑んだ仲間だ。

 

 茉子「………少し、長話に付き合ってもらってもいいですか?」

 

 蓮太「あぁ。いくらでも」

 

 茉子「ありがとうございます」

 

 

 

 

 その時の常陸さんの表情は見なかった。

 

 初めてだったんだ。彼女が声をやや震わせながらお礼を言っていたのが。そんな不安なお礼を言われたのは初めてだったから。

 

 だから見なかった。

 

 きっと、常陸さんは大きな悩みを抱えてる。俺はそれをとっぱらってあげたい。

 

 なんだかんだ言いつつも、俺はやっぱり常陸さんの笑っている顔は好きだから。

 

 ここは友として、力になってあげたい。

 



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58話 偲ぶ恋夢

 

 適当な自販機で飲み物を買って、俺達はいつぞやのベンチに少し間隔をあけて座る。

 

 茉子「すみません…わざわざ買ってきてもらって」

 

 蓮太「いいって、気にすんな。前回奢ってもらったしさ、これくらいはいくらでもする」

 

 とりあえず、買ってきたホットコーヒーを一口………

 

 蓮太「それで、何に悩んでいるんだ?」

 

 常陸さんも、お茶を一口だけ飲んで、軽くため息を吐いたあと、その口を開いた。

 

 茉子「そうですね………まずは──」

 

 それから常陸さんから聞かされた言葉は、俺にとっては驚きの連続だった。

 

 常陸家は朝武家の分家にあたる家系だったこと。

 

 そして呪いの原因は常陸さんの先祖、つまり争いを起こした朝武家の御先祖の兄弟争いの兄の家系だったこと。

 

 そして当時はその責任を負わされていたこと。

 

 だから、常陸さんは朝武さんに仕えていた。

 

 蓮太「そんな事実があったなんて…」

 

 茉子「けれど、決して芳乃様を恨んだりなんかはしていません。むしろ、ワタシはこのお仕事に誇りを持っているんです。今までに培ってきたものが、芳乃様のお役に立てるのであれば、ワタシは幸せでした」

 

 茉子「幸せ…………だったんです…」

 

 蓮太「だった?」

 

 彼女は顔を俯かせ、表情を悟られないように静かに言葉を続けた。

 

 茉子「それが…最近なんだかおかしくって……。何が何だかわからないんです」

 

 常陸さんは震えている。

 

 その理由はわからない。でも………俺は………

 

 蓮太「ゆっくりでいいから、少しずつ話してみてよ。落ち着くまでは側にいるからさ」

 

 少しだけ空いていた距離を、俺は近づいて完全に埋めた。

 

 そしてその震えを抑えるかのように、常陸さんの右手をそっと握る。

 

 茉子「…………!」

 

 蓮太「前に常陸さんがしてくれた事だぜ?意外と落ち着くだろ?」

 

 あの時は…本当に助けられた。

 

 誰かがそばに居てくれるって、本当に安心できるんだ。

 

 一人じゃないって心で理解出来た時、不安は少しだけなくなっていく。

 

 茉子「どうして………そんなに優しくしてくれるんですか…」

 

 蓮太「優しくっつったって……友達が困ってるなら助けたいって思うのが普通だろ…?」

 

 茉子「ワタシは、今最低なんですよ…。従者として…女の子として…人として……ワタシは…!」

 

 蓮太「……。どうして、そう思うんだ?」

 

 暫くは返事は返ってこなかった。

 

 けれど、常陸さんが自分からその口を開くまで、俺はひたすら待ち続けた。

 

 ずっと……ずっと側で。

 

 一分程、時間が経過しただろうか?常陸さんは、か細い声で囁くように呟いた。

 

 茉子「芳乃様に………嫉妬しているんです」

 

 蓮太「嫉妬…?」

 

 茉子「多分ですけど……ワタシは…芳乃様と同じ人を好きになってしまったんです。そして、芳乃様とその好きな人が仲良くお話をしている所などを見たり、想像してしまうと………つい考えてしまうんです。芳乃様がワタシだったらって…」

 

 おぉ……。まさかまさかの恋バナだったか。

 

 にしても朝武さんと同じ人を好きになった……か。

 

 誰だろう?将臣?

 

 もしかして、アイツは朝武さんの意見を聞かずに一方的に婚約を拒否したのか?

 

 そういえば、家から出るって言ってた時も、どこか怒っていたように見えたし……

 

 そうか……まさか常陸さんと朝武さんが将臣を取り合うなんて………

 

 なんて泥沼なんだよ。

 

 蓮太「別に悪いことじゃなくないか?好きな人の隣にいたいって思うのは、誰だって同じだろ」

 

 茉子「ワタシは朝武家に仕える者です。この身を芳乃様の為に捧げると誓っていました。芳乃様を護る為、芳乃様の幸せの為、ワタシの全てを芳乃様の力になる為に努力をしてきました」

 

 ………。

 

 茉子「だから、ワタシはダメなんです。ワタシは芳乃様の──」

 

 蓮太「お前の幸せはどこにいったんだよ」

 

 思わず声が出てしまった。

 

 茉子「…え?」

 

 蓮太「常陸さんの願いはなんなんだよ」

 

 茉子「ですからそれは…………。それ、は……」

 

 蓮太「常陸さんが朝武さんの事を本当に大切に思っていることは十分にわかった。別にそこをつついたりはしないさ。けど、今の常陸さんの言葉には、常陸さん自身の言葉がなかった」

 

 茉子「ワタシ…自身の……?」

 

 蓮太「もうわかってんだろ。迷ってるってことはさ。…………………もう、自分に嘘を吐くなよ」

 

 茉子「………」

 

 なんだか許せなかった。

 

 きっとお家のお務めとして、常陸さんはずっと言われ続けてきたのだろう。朝武家の為にと。

 

 そのせいで、家事を仕込まれ、くノ一としての修行にあけくれ、今まで育ってきた。

 

 だから自然とこう思ってしまったんじゃないか?

 

「自分の為に思ってはいけない」と。

 

 呪いの件もそうだ。もしかしたら「常陸」であることに罪悪感を抱いていたのではないか?

 

 蓮太「常陸だからって関係ないんだ。朝武さんはそんな人じゃないだろ?」

 

 

 

 蓮太「なりたい自分に、なっていいんだぜ?」

 

 

 

 もし、まだ殻に籠っているのならば……

 

 茉子「ワタッ……ワタシは………………」

 

 でも、そんな心配は必要なさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茉子「ワタシは……!人間になりたい……………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは常陸さんの心の声だった。

 

 絞り出すように決死の思いで出した言葉は、常陸さんの心中を表しているようで………

 

 茉子「人間として生きたいんです…ッ!巫女姫様の道具としてではなく、一人の女の子として……ワタシの意思で…!」

 

 ボタボタと涙を流しながら吐く、初めての本音を一言も逃さずに聞く。

 

 茉子「ずっと思ってました…。ワタシも…「自由」があればと……、もし、呪いなんかが存在していなくて、普通の女の子みたいに過ごすことが出来たらって……」

 

 きっと、朝武さんの事を悪く思っていないのは本心だろう。決して彼女を恨んだりはしていなくて、自分のお務めに誇りをもっていることも。

 

 茉子「…それは無理だと、夢だと思ってたんです。でも、その人は優しくて、頼りになって……どんどん気になるようになって……」

 

 茉子「もうわからないんですッ!何が何だか…!ワタシは──!」

 

 常陸さんの感情が爆発した瞬間、俺は飲み物を置いて彼女を抱きしめた。

 

 茉子「ワタシ……!ワタシは……ッ!」

 

 蓮太「もういいよ」

 

 力強く彼女を抱きしめて、できるだけ安心をさせる。

 

 蓮太「我慢なんかしなくていい。自分の為に考えてもいい。だって、もう呪いは解けたんだ。常陸家だからとか、朝武家だからとか今は考えなくてもいい」

 

 茉子「ぐすっ………!えぐっ………!」

 

 蓮太「仕方ないじゃないか。そんなに悩んでしまうほど、その人の事が好きなんだろ?だったら自分の幸せの為に頑張ろうよ。勿論、今まで通りでいい。お務めを優先させても構わない。けど、それとこれとは話が別だ」

 

 ポンポンと彼女の頭を撫でて、ずっと、ずっと抱きしめる。

 

 蓮太「俺が言えることは一つ。これからは自分自身の為に時間を使え。ちゃんと、幸せを描きなさい」

 

 茉子「……ぐすっ……………ひぐ………っ」

 

 蓮太「って、これじゃあ二つになっちゃったな。まあ、要するにお家のお勤めと、自分の夢は別って事だ。常陸さんはもう立派な人間なんだ。自分の意思だってある。結果的には朝武さんとその人を取り合うことになるけど………そこを譲る気なんてなくてもいいと思うぞ」

 

 蓮太「常陸さんを応援してるから。頑張って交際の報告を俺に聞かせてくれよ」

 

 

 

 茉子「どうして……………………そんなに優しいんですかぁ……!!!」

 

 

 

 そう言って、常陸さんは子供のように泣きじゃくった。

 

 そんな彼女の涙を全て受け止め、落ち着きを取り戻すまでずっと抱きしめた。

 

 ずっと。

 

 

 

 ずっと……



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59話 乙女の秘密がとおりゃんせ

 

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 優しい。

 

 なんて優しい人なのだろう。

 

 この人に悩みを打ち明けると、心のモヤが少しずつ晴れていく。

 

 もっと、この優しさに触れていたい。もっとずっと一緒にいたい。

 

 やっぱり……ワタシは竹内さんが好き。

 

 どんなに取り繕っても、自分に言い聞かせても、竹内さんが大好き。この気持ちは壊れない…

 

 でも……芳乃様もきっと……

 

 

 

 竹内さんは言ってくれた。なりたい自分になっていい……と。

 

 いいのかな。

 

 もう………悩まなくてもいいのかな。自分の為にって思ってもいいのかな。

 

 ワタシは…

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 結局、あれからワタシが泣き止むまで、竹内さんはずっと優しく抱きしめてくれた。

 

 ひたすらに頭を撫でてくれて、ワタシに「大丈夫」と言ってくれた。

 

 その優しさに縋ることで落ち着きを取り戻した頃には、もうかなりの時間が経過していて、流石に戻らなければマズイという事で、二人で並んで芳乃様のお家へと戻った。

 

 つい、その時の流れで気持ちを告白しそうになったけれど、それはなんだか卑怯な気がしてしなかった。それに、きっと今ワタシが告白をしても…きっと受け入れては貰えない。

 

 だって竹内さんは言ってたから。

 

「友達が困ってるなら助けたいって思うのが普通だろ…?」って。

 

「常陸さんを応援してるから。頑張って交際の報告を俺に聞かせてくれよ」と。

 

 きっと、ワタシに好意を抱いてくれていたのなら、あの言葉は出てこなかったはず。だって、ワタシは本気で好きだからこそ、芳乃様と二人でいられることがこんなにも苦しかったのだから。

 

 

 まずは……

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

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 竹内さんはいつかこの町を出ていってしまう。

 

 あの時の会話が、ずっと私の頭の中を駆け回る。

 

 いつの間にか、竹内さんはもうこの町の住人になってくれていて、このままずっとここにいてくれる。なんて思ってしまっていたから。

 

 刀の謎が解けるまで、と言っても……竹内さんの育ての親、その方の心配をしていたから、きっと竹内さんは早くに出たいと思っているはず。

 

 それまでにちゃんとこの気持ちを伝えないと…

 

 それに………今日は茉子の元気がなかった。

 

 竹内さんをチラチラと見ながら、何かと葛藤でもしているかのように…

 

 多分だけど……茉子も竹内さんの事…

 

 

 

 それを考えると、私は権力を使って竹内さんと結婚なんかしたくない。

 

 婚約者という肩書きを使って、選んで欲しくない。

 

 しっかりと私を見てもらって、知ってもらって、お互いに同じ立場になって勝ちたい。

 

 だって……それは卑怯だから。そんなことをしたら、茉子も浮かばれないし、竹内さんもスッキリとはしないと思う。

 

 好きだから…大好きだからこそ、ちゃんと自分の実力で勝ちたい。

 

 

 

 でも…茉子と二人一緒………が一番いいかも…。

 

 

 

 と思ってしまうのは都合が良いだけだろうか。

 

 二人とも選んでくれても、なんて思うのは………

 

 

 

 …とにかく。ワタシが今やるべき事は………

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 …………………………

 

 常陸さんと一旦家に戻った後、残っている仕事を手伝って、俺は部屋に戻っていた。

 

 蓮太「まさかこんな泥沼になってるなんてなぁ」

 

 一人の男を狙う壮大な恋愛バトル。

 

 これをドラマ以外で実際に近くで見ることになるなんて……

 

 ドンマイ、将臣。

 

 にしても……常陸さんの事、俺は初めて知ったんだな。

 

 今までは、何も知らなかった。確かに、何故常陸さんは朝武さんに?なんて思ったりしたこともあったけど、まさかこんなに暗い過去があったなんて。

 

 でも、朝武さんが本当に優しい人でよかった。家柄は別れてしまったけれど、きっとお互いにいがみ合ったなんかはしていないだろう。

 

 でも、正直な所、常陸家が朝武家に仕えているって現状には、正直納得出来ていない。

 

 過去の事は理解した。その罪の重さも、お互いの心も。

 

 だから尚更、納得ができない。

 

 もう今は、必要ないはずだ。罪滅ぼしの為の行為なんて。そんなものが残ってしまっているから、常陸さんはあんなに辛い思いをしてしまっていたんだ。

 

「人間になりたい」

 

 どれだけ重たい言葉なんだろう。

 

 今まではこう思っていたんだ。自分は巫女姫様の道具って。

 

 出来ることなら………その関係性をぶっ壊してあげたい。

 

 勿論、今のように仲がいい状態で、従者と主君という関係だけをぶっ壊したい。

 

 どうせ俺はここを出ていくんだ。将臣はこの町の悲劇を大きく救ったんだ。俺だってせめて、大切な友人達を助けて出ていきたい。

 

 それがどれだけ先になるかはわからないけど……

 

 

 

 

 Another View

 

 

 茉子「芳乃様……少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

 

 私が部屋を出ていこうとした時、入口の襖から声が聞こえてきた。

 

 …丁度よかった。私も、茉子とちゃんとお話がしたかったから。

 

 芳乃「うん。いいわよ。入ってきて、茉子」

 

 そう声をかけると、その襖はスっと開かれて、その先には予想通りに茉子が。

 

 茉子「失礼します…」

 

 芳乃「ちょっと待っててね、今、敷物を用意するから」

 

 私は部屋の隅に置いている座布団を二つ取り出し、机の周りに敷く。

 

 そして茉子と二人でその上に座り、改めて対面する。

 

 芳乃「………」

 

 茉子「……」

 

 い、言わないと…。ちゃんと聞かないと………本当に、同じ人を想っているかどうかを。

 

 きっと……茉子の方からは伝えづらいだろうから。

 

 芳乃「あ、あのっ」

 茉子「あ、あのッ」

 

 タイミング悪く、声が重なってしまった。

 

 茉子「よ、芳乃様の方から、どうぞ…」

 

 芳乃「え、あ、でも…」

 

 茉子「だ、大丈夫です。おそらく……似たような事と思いますので」

 

 ……やっぱりそうなんだ。

 

 だったら、ここは逃げちゃダメね。

 

 芳乃「じゃあ……私から……。その…」

 

 なんて伝えればいいだろう。

 

 いや、伝えるべきことなんて最初からハッキリしているじゃない。これは私の為でもあって、茉子の為でもあるんだから。しっかりしないと。

 

 芳乃「私……竹内さんの事が好きです」

 

 茉子「………はい」

 

 芳乃「でも、きっとそれは……茉子も同じ…よね」

 

 茉子「…はい。ワタシも…竹内さんの事が好きです」

 

 ……予想通り。か。

 

 …茉子と喧嘩…というか、仲違いしたくはないなぁ…

 

 でも、よかった。ちゃんと確認をしておいて。

 

 芳乃「でも、安心して。私は婚約者という関係を一旦無くそうと思っているから」

 

 そう告げると、茉子は血相を変えて身を軽く乗り出して反応した。

 

 茉子「な、何故ですか!?芳乃様も竹内さんの事が好きならば、そんなことをわざわざしなくても──」

 

 芳乃「逃げたくないの」

 

 私の思いを、茉子に伝える。

 

 芳乃「立場がいいことを利用して、現実から逃げたくないから。私は皆が好き。この町に住む人も、家族も、勿論茉子も。竹内さんだけ、少し種類が違う好きだけど…本当に皆が大好き」

 

 芳乃「だから……ちゃんと私を見てもらいたい。後腐れなく…もし何があっても後悔をしないように、しっかりと茉子と同じ土俵で、二人を見てもらって、そして…………私を選んで欲しいと思ってるから」

 

 茉子「芳乃様……」

 

 芳乃「茉子は?茉子の気持ちを聞かせて…?」

 

 

 きっと、きっと………

 

 

 茉子「ワタシは……正直、嬉しいと思ってしまいました…。どんなに竹内さんを好きだと思っていても、ワタシは従者。芳乃様の為に……と心のどこかで思っていたんです」

 

 やっぱり…気にしてしまうわよね。でも、私の意見は…

 

 芳乃「茉子。言っておくけど、私は茉子の事をそんな風に思ってなんかいないから。お家の決めたことになんてそこまで無理して従うことないじゃない。私達はもう、昔とは違うんだから」

 

 芳乃「だから……正々堂々。ちゃんと私達を見てもらいましょう?」

 

 茉子「よろしいんでしょうか……。ワタシは……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな茉子を、私はそっと腕を回して抱きしめた。

 

 芳乃「関係ない。だって、私達は……同じ人を好きになった「仲間」でしょう?」

 

 茉子「本当によろしいんですか…?後悔……されませんか?」

 

 芳乃「後悔をしない為に、こうすることを決意したの」

 

 茉子「ワタシも…本当に心から好きなんですよ……?」

 

 芳乃「それだったら私も、茉子が思ってる以上に好きよ」

 

 私は胸に抱きしめていた茉子からゆっくりと離れて、顔を見て決意表す。

 

 芳乃「何があっても、お互いに後悔のないように頑張りましょう?」

 

 茉子「…はい!」

 



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60話 蓮太の日常

 

 そして次の日……

 

 いつものように毎日の朝のルーティンを繰り返し、朝食の時間。

 

 常陸さんがテーブルに食べ物を配り、着々と準備が進まれていく。

 

 いつもの光景、いつもの流れ。そうだった。

 

 しかし……

 

 蓮太「あの…」

 

 将臣がいつもと違う所に座っており、その隣には安晴さんが。つまり六人用のテーブルの片面、二人が座れるところは男の二人が占領していた。

 

 そして違和感を覚えたのは、一人が座れる場所に食器が並べられていない。何故か残った二人用の場所に三人分の食器が綺麗に並べられていた。

 

 安晴「どうしたんだい?蓮太君」

 

 蓮太「いや…、どうしたというか、なんでこんな訳の分からない配置に?」

 

 安晴「まぁまぁ、細かいことは気にしなくてもいいじゃないか」

 

 え、いや………。絶対食べにくいと思うんだけど…?

 

 蓮太「なぁ、将臣…」

 

 将臣「俺は何も知らないって。気がついたらこの場所に変わっていたんだから」

 

 蓮太「使えねぇ下男だな」

 

 将臣「おーっとぉ…?朝からキッついお言葉を頂いたぞぉ?」

 

 なんて会話をしていると、朝武さんと常陸さんがリビングにやってきた。

 

 芳乃「おはようございます。竹内さん」

 

 茉子「あ、竹内さん。おはようございます」

 

 蓮太「え、あ、うん……おはよう」

 

 そして当たり前のように二人はわざわざ狭い片面の両角に座り、不自然に真ん中を空けている。

 

 蓮太「…え?」

 

 ムラサメ「蓮太はあれだな。女難に悩まされておるな」

 

 蓮太「いや、だったらちゃんとツッコんでよ」

 

 ムラサメ「吾輩の相手をしている暇があるならば、ちゃんと座ってさっさと朝食を摂れ。皆が待っておるぞ」

 

 いやいやいやいや………

 

 蓮太「…マジ?」

 

 というか何故常陸さんと朝武さんは何も言わないの?不自然に思わないの?

 

 芳乃「竹内さん?早く朝食を摂りましょう?」

 

 蓮太「は、はぁ……」

 

 渋々と俺は不自然に作られた、狭い隙間に割り込んで、足を伸ばして座る。

 

 本当は正座でもして座るべきなんだろうけど、今の俺にはそれは不可能だ。

 

 にしても………この体制はキツい……今日はこれで飯を食わなきゃいけないのか…

 

 全員『いただきます』

 

 そしてカチャカチャと一斉に音を立てて、各々は配られた食べ物を口に入れる。

 

 いや……

 

 あの……

 

 すっっっっっごい食べにくいんだけど。

 

 蓮太「あの、さ……朝武さん?常陸さん?ここ……狭くない?」

 

 茉子「そうですか?ワタシは特に苦には感じませんが…」

 

 芳乃「私もです」

 

 えぇ…………

 

 蓮太「えぇ………」

 

 やっべ、声に出たわ。

 

 チラッと将臣の方を見ると、アイツは俺と目を合わせないように必死に視線を下に向けている。

 

 コイツ…!絶対楽しんでやがる。

 

 できるだけ腕が左右の女の子に当たらないように、ゆっくりと動かしながら、俺も食べ物を口に放り込んでいく。

 

 蓮太「…美味い」

 

 美味いんだよ、とっても美味いんだけど…………

 

 ダメだ。キツい。

 

 いや、女の子に挟まれてるって状況は嬉しいよ?めっちゃ嬉しいんだけど………これは流石にねぇだろ。

 

 ヤバくね?何これ、いじめ?

 

 ムラサメ「にやにや…」

 

 蓮太「笑ってる暇があるなら助け舟を出してくれよ…」

 

 ムラサメ「なんじゃ?女子に囲まれての食事がお気に召さぬのか?」

 

 蓮太「どう考えてもそこじゃねぇだろ…」

 

 ……やっべぇ。面倒くせぇ…

 

 でも、こういうことはハッキリと伝えた方がいいのか…?

 

 というか安晴さんはおかしいと思わないのかよ。

 

 蓮太「安晴さん……」

 

 安晴「モテるっていいねぇ、羨ましいよ蓮太君!」

 

 

 

 ダメだこりゃ。

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 そして登校時……

 

 俺は鞄を脇に挟んで、片手をポケットに突っ込んで歩く。

 

 まさに格好つけの極みだ。

 

 ……片手は杖を突いているけど。

 

 蓮太「そろそろどかしてもいいかな、この杖」

 

 将臣「あれから一週間しか経ってないぞ?問題ないのか?」

 

 蓮太「んー…、なんつーか、別にもう違和感はないんだよな。回復しきってんじゃね?」

 

 芳乃「ま、た、ですか?」

 

 蓮太「はい、ごめんなさい」

 

 そうだった。今の俺は厳重な監視があるんだった。

 

 茉子「でも、本当に辛そうではないですよね?お一人でお風呂にも入られていますし……、そういう時はどうしているんですか?」

 

 蓮太「別に、普通にケンケンで跳んでるけど──」

 

 芳乃「はい?」

 

 蓮太「嘘です。そんな危ないことはしてないです。ごめんなさい」

 

 芳乃「じゃあ、どうして謝るんですか?」

 

 蓮太「本当にすみません嘘を吐いてました許して下さいもうしませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 ムラサメ「恐怖を植え付けられておるな…」

 

 もうやだぁ……お家帰るぅ

 

 芳乃「決して無茶はしないで下さい。いいですね?」

 

 蓮太「ちゃろー☆」

 

 芳乃「プチン──」

 

 え…?今プチンって言った?

 

 なに?なに?怖い。

 

 芳乃「茉子…。これはちゃんと私達がお世話をしなくちゃいけないよね?」

 

 え、

 

 茉子「あは〜、それは素敵なアイデアですね〜」

 

 え!?

 

 蓮太「な、何!?どういうこと!?怖い!怖いって!」

 

 芳乃「竹内さんは気にしなくても大丈夫ですからね」

 

 蓮太「いや、そんな事──」

 

 芳乃「気にしなくても大丈夫ですからね」

 

 蓮太「ごめっ、ごめんなさい」

 

 ムラサメ「声が震えておるぞ……蓮太」

 

 何故だろう。

 

 もうみんな怖い。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 廉太郎「おーい」

 

 授業も終わりを告げ、今日も面倒な一日が終わる頃、珍しく廉太郎の方から声をかけてきた。

 

 しかし…………

 

 蓮太「ガタガタガタガタ………」

 

 廉太郎「まだ震えてたのかよ」

 

 将臣「しょうがないさ。この町で一番怒らせちゃいけない人を怒らせたんだ」

 

 あんなに迫力のある朝武さんを見たのは初めてだ。

 

 なに?俺は帰ったら何をされるの?

 

 怖い……

 

 蓮太「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 廉太郎「おーい。全然喋れてないぞー」

 

 そんな時だった。皆が帰り始めている中、朝武さんと常陸さんが俺の所へとやってきた。

 

 廉太郎「あっ…」

 

 芳乃「帰りましょうか、竹内さん?」

 

 笑顔だ、綺麗な笑顔なんだ。

 

 でも何故だろう。どこか笑っていないような気がする。

 

 茉子「竹内さんが悪いんですよ〜。芳乃様を煽るから」

 

 常陸さんは俺の耳元でそう囁いた。

 

 蓮太「あ、あの…。俺はこの後一体何を…?」

 

 芳乃、茉子「「秘密です♪」」

 

 ひ…常陸さんまで………!?

 

 声を揃えて可愛らしい笑顔を浮かべた二人は、俺の首根っこを掴んでその席を立たせて、強制的に歩かせる。

 

 蓮太「将臣……廉太郎……助けて……」

 

 将臣、廉太郎「「強く生きろ、蓮太」」

 

 

 蓮太「裏切るなよぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 それから、特になにかされることは無く、ずっとあの笑顔を浮かべたまま、夕食を終えて、俺はそそくさと一人で風呂に入る。

 

 そして軽く湯を身体に浴びせ、杖を使わずにぴょんぴょんと跳びながら、シャワーの方へと移動する。

 

 そして腰を下ろして、頭にシャワーのお湯をザーッと被せる。

 

 え?結局あんなに怖がった割には、俺は何もされないの?

 

 ただ無駄に恐怖心を煽られただけ?それって結構辛くない?

 

 メンタル的に大分削られていたんだけど……

 

 

 ……もう朝武さんを煽るのは辞めよう。

 

 

 

 

 Another View

 

 

 ついに……この時が来てしまった……!

 

 芳乃「(モジモジ……)」

 

 茉子「芳乃様…どうして今更になってそんなにしり込みをしてしまうんですか」

 

 芳乃「だだだだだ、だって!いざその時となると……恥ずかしくって………」

 

 茉子「わっ、ワタシだって恥ずかしいんですよ!?これは芳乃様が言い出したんじゃないですかぁ!」

 

 確かに、あの時はついそう思ってしまったけれど……けど………

 

 芳乃「そ、そうだけど………!」

 

 いや、吐いた言葉は戻したくない。とっても、とっっっっっても恥ずかしいけど、こうでもしないと、竹内さんは言うことを聞いてくれない。

 

 芳乃「そ、それで………竹内さんの方は…?」

 

 茉子「先程確認したところ、一旦身体を軽く温めた後、頭を洗いにシャワーを浴びていましたね。チャンスは今しかないかと」

 

 芳乃「そ、そうね………。じ………じゃあ…!」

 

 茉子「は、はい…………。行きましょう、芳乃様!」

 

 

 

 

 そう言って、私と茉子は決意を胸に、スルスルっと身体に巻き付けていたバスタオルを外し、お風呂場の中へと足を踏み入れた。

 

 



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61話 スライムが現れた。コマンド?

 

 頭から湯を被りながら、俺は痛ませていた右足を軽く触ってみる。

 

 火傷のような後は割と消え始めており、内側から襲ってくる痛みは完全に消えていた。

 

 蓮太「うん…。やっぱりもう痛くはない」

 

 元々、みづはさんの診察結果を聞いたら、症状は大きそうな名前のものだが、実際の怪我の度合いはそこまで酷いものでは無かった。その証拠に、毎日顔を出せとか、この動きは一切禁止。なんて言われたりはしなかった。

 

 安静にとは言われはしたが……

 

 疲労骨折というのも、どちらかと言えば…のような曖昧な言い回しだった。おそらく、ダメージそのものは確認できたが、大袈裟にするようなことではなかったのだろう。

 

 酷かったのは、むしろ火傷の方だ。

 

 だが、それももう落ち着き始めている。見た目はかなり痛そうではあるが……

 

 なんてことを思いながら、頭に泡をたててモコモコと洗っていく。

 

 モコモコ……

 

 モコモコ……

 

 そんな時だった。風呂場の扉が開いたような音がしたのだ。

 

 誰か間違えて入ってきたのか?

 

 ……いやいや。今までにそんな事故はなかった。それに、俺は一番風呂を貰うと報告した上で、今、入浴をしているんだ。

 

 それにわかりやすい所に替えの衣服を準備している。つまり最悪俺ではなくとも、誰かが入浴中ということは理解出来ているはずなんだ。

 

 と、なると、女の子が間違えて入ってきた。なんてことはないだろう。

 

 ……じゃあ安晴さんか、将臣か?

 

 確かに怪我したての最初の頃こそ全く歩くことが出来なかったから、二人に迷惑をかけたこともあったが…。今はそんなことは無い。

 

 まぁ、一番可能性が高いのは将臣だろうな。大方、朝のあの下りを聞いてたから朝武さんか常陸さんに言われて、様子を見るついでに……って事だろう。

 

 なんて考えながら頭をずっとモコモコさせている。

 

 もちろん桶にお湯を貯めてから、一旦シャワーを止めており、ぺたぺたとこっちに迫ってくる足音を聞きながら。

 

 ………

 

 ……あれ?なんか足音多くない?

 

 明らかに一人の足音じゃなくない?

 

 あれ…?

 

 蓮太「誰かいるのか…?」

 

 もしかして…最近はめっきり見ることのなくなった幽霊か…?

 

 穂織に来る前は、たまに風呂場でも幽霊を見かけることもあったし……

 

 あ、いや。毎日緑色の髪の幽霊を見てたわ。

 

 だが、俺の言葉には一切の返事がない。

 

 蓮太「……?」

 

 やっぱり幽霊なのだろうか。

 

 はっきりと足音が聞こえていたが……、ひたひたと感じる時もあった。幽霊がそばにいる時ってのは不自然が付き物なんだ。

 

 久々だな…この感覚。

 

 なんて思いながら、俺は手の動きを一旦止める。

 

 こういう時は、大体害のない幽霊だ。落ち着いて現世の悔いなどを聞いてあげれば、成仏してくれたりもする。

 

 その為には顔を見てちゃんと話をしなければ。

 

 と思ってシャワーのハンドルを握った時、不意に頭に何がが………

 

 

 

 ゴシゴシゴシゴシ………

 

 

 

 ん…?あれ…?

 

 これは……指?

 

 え?

 

 誰かが頭を洗ってる?

 

 じゃあ………

 

 蓮太「やっぱり誰かがいるのか?」

 

 二度目の確認。

 

 そしてしばらく返事を待っていると、両耳から囁くようにこう聞こえてきた。

 

 

「しっかりと洗わないといけませんよ」

「ちゃんと洗わないとダメですよ」

 

 その瞬間、唐突に聞こえてきたその声に驚いて、思わず身体をビクッと震わせてしまった。

 

 だって、だって……………この声達は…………!

 

 蓮太「朝武さんッ!?常陸さんッ!?」

 

 なんで!?なんで彼女達が風呂場に!?

 

 茉子「あは、身体をビクッと震わせて可愛いですねぇ〜」

 

 芳乃「お、驚きましたか…?」

 

 蓮太「まっ、待て待て待て待て!!ストップストップ!タイムアウトッ!」

 

 頭が追いつかねぇよ!なんで女の子二人が俺の真横?真後ろ?どっちかわかんねぇけど近くにいるんだ!?

 

 そんな中、誰かはわからないが俺の言葉を聞かずにずっと頭をゴシゴシと洗っている。

 

 というか、これ二人ともなんじゃないの?指の数が尋常じゃないんだけど。

 

 蓮太「なに!?これどういうこと!?」

 

 パニックになって一旦振り向こうとすると──

 

 芳乃、茉子「「振り向いてはダメですッ!」」

 

 蓮太「えっ!?は、はいっ!?」

 

 振り向くなだと!?

 

 じ、じゃあ…………まさか………ッ!

 

 待て待て…。変な妄想はするな。この状況で男としての究極の恥辱を味わう訳にはいかない。

 

 で、でも………もしかして後ろの二人は……

 

 馬鹿!止めろ!想像するな!そして反応するな!

 

 落ち着け……!落ち着け………!こういう時は…

 

 蓮太「「らせん階段」…「カブト虫」…「廃墟の街」…「イチジクのタルト」…「カブト虫」…「ドロローサへの道」…「カブト虫」…」

 

 茉子「どうして急に天国へと向かおうとするんですか…」

 

 芳乃「…?」

 

 蓮太「そうか、良く考えれば、もう既にこの状況が天国みたいなものか」

 

 茉子「あの…急に落ち着かれると反応に困るのですが…。第一、心を落ち着かせる言葉は「素数」の方が適していますよ…?」

 

 蓮太「そうだ、素数を数えて落ち着くんだ。「素数」は1とその数でしか割ることのできない孤独な数字……わたしに勇気を与えてくれる……」

 

 芳乃「……??」

 

 蓮太「2……3……5……7……11…13…17…」

 

 芳乃「………???」

 

 ダメだ!男としての邪念が離れない!

 

 少しずつ、少しずつもう一人の僕が反応している!

 

 これだけは悟られないようにしなきゃ…!

 

 芳乃「どこか、痒い所などはないですか?」

 

 蓮太「ハイ、アリマセン」

 

 茉子「ふふっ…!」

 

 いや、笑ってる場合じゃないだろ!なんでこの状況でそんなに余裕があるんだよ!?

 

 そら声もおかしくなるわ!

 

 茉子「では、そろそろシャワーで…」

 

 頭に大量に乗っかっている泡を流す為に、おそらく常陸さんがシャワーに手を伸ばす。すると……

 

 

 ムニ……

 

 

 蓮太「―ッ!?」

 

 い、いま!柔らかい何かが肩にッ!?

 

 これって………、お、おおおおおおぉぉぉ!?

 

 茉子「あは」

 

 蓮太「違う!常陸さん!俺は何も知らない!当たってない!」

 

 茉子「ワタシは何も言ってませんよ〜?」

 

 そうして再び、肩に何かの感触が「乗っかる」

 

 蓮太「ひっ!?」

 

 何かが乗ってる!?柔らかいスライムみたいな何かが…!

 

 芳乃「ちょ、ちょっと茉子!?ななな何を!?」

 

 茉子「ワタシはシャワーに手を伸ばしているだけですよ〜芳乃様」

 

 嘘だ!絶対にわざとだ!俺をからかうようなその言葉遣いは絶対にわざとだ!

 

 芳乃「わ、私だって…!」

 

 ……はっ!?今なんつっ──

 

 

 ムニ……

 

 

 蓮太「──ーっ!?」

 

 今度は逆の肩にも何か柔らかいものが「押し付けられた」

 

 芳乃「茉子には負けないもんっ」

 

 いや「もんっ」じゃねぇよ!なんでそんな訳の分からないところで張り合うんだ!?

 

 蓮太「と、朝武さんっ!?な、何を!?」

 

 芳乃「お…おおお、おっぱいなら私だってありますから!」

 

 蓮太「そんな事聞いてねぇよ!ちょ、頼むから離れてくれ!」

 

 もうダメなんだ!完全にアレが反応してしまってるんだよ!こんな所を見られる訳にはいかない!

 

 茉子「芳乃様の方がずるいですよ!そんなに押し付けて……。それなら──」

 

 そうして乗っかっていたスライムは、右側からもぎゅーっと押し付けられてくる。

 

 その後に、更に強く左の方からもスライムが。

 

 蓮太「頼む!マジで離れてくれ!ごめんってば、謝るから!!」

 

 と、その時、わちゃわちゃと動いてしまったせいか、足を滑らせて俺はバランスを崩してしまう。

 

 どうやら焦りのあまりにいつの間にか少しだけ腰を浮かせてしまっていたようだ。

 

 蓮太「うわっ!?」

 

 そしてその唐突な動きに、身体を引っ付かせている女の子二人も動揺していたようで……

 

 芳乃「…え、あっ!?」

 茉子「きゃあ!」

 

 俺達は背中から地面に身体をぶつけるように転がってしまった。

 

 その時に何かに当たったのか、お湯が入っていた桶も宙を飛びバサッと俺達に被るようにかかった。

 

 そして…

 

 蓮太「あたっ!?」

 

 ガンっと俺の頭に桶が当たり、音を立てながらどこかへと飛んでいった。

 

 ついでに後頭部も結構強く打った。

 

 蓮太「痛ッ!?!?」

 

 痛ってぇ……!頭がガンガンする…!

 

 血とかでてねぇよな…?というよりも、朝武さんと常陸さんは大丈夫なのか…!?

 

 二人の様子を確認したいが、あまりもの痛みに中々目を開けられない。

 

 そんな時──

 

 芳乃「大丈夫ですか!?竹内さ…………!」

 

 朝武さんの何かに戸惑ったような声が聞こえてきた。

 

 おそらく驚いていた声が聞こえてきたから、俺と一緒に倒れはしたのだろう。そして強く頭を打ったりしたのは俺だけだったのかな?朝武さんや常陸さんが痛がっているような声は聞こえてこなかった。

 

 茉子「あ、あわ……!こここここここれは…ッ!?」

 

 そして遅れて常陸さんの声が。

 

 明らかに常陸さんも何かに動揺している。

 

 ゆっくりと目を開くと………

 

 綺麗な肌色の足が左右に四本見える。しかしそれは足先などではなく、もっと根元。ももの辺りだと認識することが出来た。

 

 そして次に視界に入ったのは、その美しい身体。

 

 その身体に魅入られるようにゆっくりと視線をどんどん頭の方へと向けていくと……

 

 芳乃「……!?」

 茉子「…ッ!?」

 

 反り勃った刀を凝視している女の子が。

 

 あ、終わった。

 

 そして「それ」はビクッと脈打つように震える。

 

 芳乃、茉子「「う、動いたッ!?」」

 

 朝武さんと常陸さんは、初めてそのモノを見たのか、動揺しながらも決してその視線を外そうとはしない。

 

 蓮太「…………………死ぬしかないかな」

 

 

 

 

 

 

 この日、俺は今生のトラウマを背負う事になった。

 

 きっと…もう二度と忘れることは無いだろう。

 

 

 

 蓮太「ふ、不幸だ……」



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62話 男はみんな二つのスライムに弱い

 

 あれから時間が少し経過し……

 

 なんやかんや色々とあった後、大きいお風呂に入り、身体を温めている。

 

 や、別になんやかんやって言っても変なことは一切してないけど。

 

 てか、そんな精神状態じゃない。

 

 最早ショックを通り越して、なんか死にたくなってくる。そんな俺の気持ちは裏腹に、二人の女の子はまだ俺の隣で入浴しており、一向に上がる気配を感じさせない。

 

 蓮太「はぁ〜………………」

 

 思わずため息がでる。

 

 いや、そりゃそうだろ。なんで俺がこんな目に…。

 

 芳乃「あ、足の方は湯船に浸かっても痛くないんですねっ!」

 

 蓮太「あぁ…。心の方が痛いくらいだな…」

 

 芳乃「ご…ごめんなさい…」

 

 蓮太「いや…いいんだ。俺が悪いんだ。はは」

 

 そもそも俺があんな煽りをしなければよかったんだ。必要に煽らなければこんな恥辱を味わうことはなかった。

 

 茉子「目が笑えてませんね……」

 

 蓮太「そうかな。ははは」

 

 …

 

 蓮太「はぁ…」

 

 笑えねぇよ。

 

 芳乃「で、でも!男らしかった……と言いますか…!その…。あの……!」

 

 蓮太「いや、いいです、もう触れないで下さい。これからは必要に煽りません。ごめんなさい」

 

 今回はすごく反省しました。

 

 蓮太「というか身体は洗い終わったんだろ?さっさと上がった方がいいんじゃないか?」

 

 芳乃「そっ、それは出来ません!何のために恥ずかしいのを我慢してお風呂に入ったと思ってるんですか…」

 

 多分君達以上に俺の方が恥ずかしい目に合ってると思うんだけど。

 

 蓮太「だからって一緒に入ることあります?」

 

 茉子「………」

 

 蓮太「そして常陸さんは何を凝視してるんスか…」

 

 ずっとこの人は視線を下に向けて顔を赤く染めて「あれ」を見てるんだけど…

 

 茉子「えっ!?いやっ、その…!なんでもありません!なんでもありませんよ!」

 

 蓮太「もう一度ハッキリと見られてるから別にいいけどさ……………」

 

 もう物理的にも痛みを感じるくらいには反応してしまってるんですよ、多分俺の人生の中で一番張り切ってるんですよ。こんなサイズ見たことないもん。

 

 蓮太「というかせめて身体を隠して?二人とも男に見られたくないだろ?」

 

 てかなんでそもそもとしてタオルを巻くとかして隠してこなかったんだ?

 

 いや確かに湯に浸かる時はマナー違反になるけどさ……それにしても外すこたァねぇだろ。

 

 芳乃「確かに、男の人に身体を見られるのは嫌ですが……。ここは、お互いに隠さないことで痛み分け…ということで……どうでしょう………」

 

 蓮太「大丈夫…極力見ないようにしてるから。気にしなくていい…」

 

 茉子「これが竹内さんのエイリアン………」

 

 蓮太「いや、あの、それでもあからさまな凝視はやめて?せめてバレないようにして?なんで君は恥ずかしがりながらもガッツリ見てんの?」

 

 というか君達恥ずかしがってる割には妙な落ち着きがあるね。なんで?

 

 普通こういうのって叫んだりとかするものなんじゃないの?もしかして実は見慣れてるの?

 

 芳乃「……………………大きい」

 

 蓮太「君もガッツリ見てるね。なんなの?君達実はむっつりなの?」

 

 茉子、芳乃『……………』

 

 もういいや、しーらね。

 

 

 

 ……後で死のう。死ぬしかありません。

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 蓮太「やっと落ち着いた……」

 

 なんとか息子の暴走を無理やり落ち着かせ、標準状態へと移行させる。

 

 そうは言っても別に出てないよ?そこは勘違いしないでね?幽霊とかを思い出して無理やり萎えさせただけだからね?

 

 茉子「こんなにも変わるものなんですね…」

 

 蓮太「貴女はずっとガン見してたね」

 

 芳乃「あ、あれが……男の人の…!」

 

 蓮太「なんか可愛くモジモジしてるけど、君もだいぶガン見だったからね?」

 

 そんなに興味があったの?むしろ目的はこれを見ることだったの?

 

 もうなんか恥ずかしさはさっきの事件で吹き飛んでしまった。

 

 蓮太「ふぅー…………」

 

 もう羞恥心もクソもない状況になったからか、逆にゆっくりと湯船に浸かることができそうだ。

 

 むしろ完全に…

 

 茉子「信じられないくらいにリラックスされてますね…」

 

 肩から下を完全に浸からせ、頭を天井を向いている。

 

 蓮太「もういいかなって。大丈夫、この格好だと常陸さんと朝武さんの事は見えてないから。つか一瞬とはいえ見ちゃったし」

 

 

 

 それから少し時間が経った。

 

 女の子2人はまだどこか恥ずかしそうにしながらも、ほんの少しだけこの状況に慣れたようだ。

 

 といってもこんな事になることくらいは想定して、身体を見られることは覚悟の上で入ってきたみたいだったが……、俺からしたら色んな意味でありがたいことだな。

 

 そんな時だった。

 

 芳乃「竹内さんの…元々住んでいた所ってどんな場所だったんですか?」

 

 朝武さんがそんなことを聞いてきた。

 

 茉子「あ、それはワタシも気になりますね」

 

 蓮太「どんな場所って言われても……普通の所だぞ?」

 

 芳乃「それでも、穂織とはやっぱり全然違うんですよね」

 

 蓮太「まぁ、それはそう…だな」

 

 こんなにも和のイメージが合うような場所ではなかったな。

 

 蓮太「基本的には田舎だったけどな。近くには誰が所有しているか分からない山が結構あったし住宅街も結構あったけど、ちょっと歩けば「ヨンリブシティ」とかもあったぞ?」

 

 芳乃「「ヨンリブ」…?」

 

 茉子「ということは……竹内さんは九州地方の方から?」

 

 蓮太「そうそう。俺、育ちはそっちの方なんだ」

 

 常陸さんは何でも知ってるんだな。そういえば昔聞いたことがある。「ヨンリブ」は西日本だけにしかない……みたいな事を。

 

 芳乃「九州…」

 

 蓮太「そう。「ヨンリブ」ってのはそこのまぁショッピングセンターみたいなものさ。色んな店が集まってて、だいたいなんでも買えるんだぜ?」

 

 芳乃「それはかなり便利そうですね!」

 

 茉子「そういうのって憧れますねぇ。大規模なショッピングセンターですか……、きっと可愛い服とかも沢山売っているんですよね」

 

 蓮太「二人は穂織から出たことはないのか?」

 

 茉子「ワタシはありません。ずっと芳乃様のお世話をさせて頂いていましたので」

 

 芳乃「私は……たまに他の神社へと舞の奉納の為に向かう機会がある程度ですね。といっても、そんなに高頻度ではありませんが」

 

 あ、一応出たこと自体はあるんだ?

 

 そしてその時は常陸さんは護衛をしないんだ?

 

 …って、よく考えたら常陸さんも家を出てしまったら、誰も残らなくなるのか。

 

 蓮太「今度みんなで行ってみるか?適当な連休の時に」

 

 茉子「それは素敵なアイデアですね!ですが…中々難しいかと」

 

 蓮太「?なんで?」

 

 茉子「やっぱり、簡単には自分のお務めを放棄はできませんから」

 

 芳乃「私も、毎日の奉納を無視は…できません」

 

 うん………。まぁ、それは………しょうがないか。

 

 蓮太「まぁ、チャンスがある時でいいさ。それとは抜きにしてもいつかは遊びに行こうぜ?穂織を出たことがないのなら、きっと楽しいと思うし」

 

 芳乃「そうですね、機会があれば……私も行ってみたいです!」

 

 茉子「ふふ」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 Another View

 

 

 なんだかんだでドタバタだったお風呂から上がった後、私は茉子と少しだけお話をした。

 

 明日の夜ご飯は私に任せて欲しい。と。

 

 もちろん茉子は大反対。「芳乃様にそんなことはさせられない」「怪我でもされたら大変」って。

 

 でも、私の気持ちを正直に吐露したら、渋々了承をしてくれた。

 

 これで、とりあえずは竹内さんに気持ちを伝える準備はでき………………てない。

 

 芳乃「お料理って…………まず何をすればいいの?」

 

 というよりも、何を作ったらいいの?

 

 茉子はお料理の本なんかは置いていないし、もちろんレシピなんて見たことない。

 

 最低限の道具の扱い方程度なら私もわかるけど……

 

 芳乃「えぇっと…………スマホ…スマホ……」

 

 こういう時は一旦調べた方がいい。無料のアプリでも簡単なものなら……

 

 

 ん〜………

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 芳乃「よし!これにしよう!」

 

 私が選んだのは「カレーライス」。初心者オススメって書いてあったし、簡単に作れて、かつアレンジの幅も広い事をこのアプリは推していた。

 

 しかも基本的には失敗をしにくく、失敗したとしても、味が崩れにくいらしい。

 

 もちろん失敗なんかしたものを食べて欲しくないから、一生懸命に作るけど……

 

 と、とりあえずまずは頭にお料理の流れを入れよう。一応手順を確認しながら作るけど、やっぱりちゃんと覚えないと。

 

 

 

 芳乃「よし…!頑張ろうっ」

 



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63話 何事もバランスが大事

 

 そして次の日の放課後──

 

 

 ムラサメ「それにしても芳乃がのぅ…」

 

 リビングでぼけーっとテレビを見ていると、横からムラサメが話しかけてくる。

 

 ムラサメ「まさかいきなり晩ご飯を作るとは、やはりもてもてだのう!蓮太」

 

 蓮太「なんでだよ。単純になにか理由があっただけだろ。それにみんなの分の晩飯だっつの」

 

 ムラサメ「しかし、茉子は芳乃に全て任せると言っておったが……上手く作れるのかの?」

 

 蓮太「それは俺も心配だったんだよな。誰かに教えて貰いながらなら、初めてでもそこそこ上手くは作れるだろうけど……、何を作るかによるか」

 

 でもまぁ、いきなり難しいものからチャレンジはしないだろう。それに、朝武さんは器用な方ではあるんだ。裁縫は得意だって聞いてるし。

 

 それに、書いてあることをそのまま鵜呑みにするようなレベルの頭の硬さではない限り、普通にやればなんとかなるだろう。

 

 ムラサメ「む…この音は」

 

 玄関の方から扉が開くような音が聞こえてくる。

 

 芳乃「ただいま」

 

 そしてそのまま声の主はリビングに入ってきた。

 

 蓮太「おかえり。大丈夫か?やっぱり俺も手伝おうか?」

 

 芳乃「大丈夫、大丈夫ですから!これは私一人で作ります!だから、竹内さんはゆっくりとくつろいでいて下さい」

 

 ムラサメ「しかし、料理の経験はないのであろう?無理せずに蓮太や茉子に手伝ってもらった方がよいのではないか?」

 

 芳乃「大丈夫です。信じて下さいムラサメ様。しっかりと調べて準備は万全に整えていますから」

 

 そう言って彼女は、そそくさとキッチンの方へと向かって行った。

 

 ムラサメ「大丈夫かのぅ。吾輩、正直心配だ…」

 

 蓮太「一応側で見てやってくれないか?怪我とかしたら、すぐに俺を呼んでくれ」

 

 ムラサメ「そうだな。せめて見守ってやるか」

 

 そしてそのままムラサメもキッチンへと壁をすり抜けて行った。

 

 その後ろ姿を見届けた後、俺は再びテレビに視線を向ける。

 

 

『あり?知らない?あえて言うなら、そうだね……草食系に続く、魚類系女子という新カテゴリーかなっ』

 

 

 あれ?なんだこれ?なんか少し目を離した隙に訳の分からない会話になってる。

 

 っていかんいかん。ちゃんと聞かなきゃまた話がわからなくなる。

 

 

『いいえ、彼女は正気よ。ただ……そろそろわかったと思うけど、あの子は──』

 

 

 ムラサメ「蓮太ぁぁぁ──!!!」

 

 と真剣にテレビを見ていたら、ムラサメが大慌てで俺の所へ戻ってきた。

 

 蓮太「え?なに?」

 

 ムラサメ「「かれー」に「ちょこれーと」は入れるものなのか!?」

 

 蓮太「カレーにチョコ?……まぁ、隠し味としては結構有名だな」

 

 ムラサメ「芳乃は丸々一つ放り込んだぞ!?」

 

 ……………。

 

 蓮太「まぁ、食べるのは五人だからな。それなりの量を作ったんじゃないか?」

 

 ムラサメ「「いんすたんとこーひー」や「蜂蜜」「よーぐると」などもか!?」

 

 蓮太「………マジ?」

 

 隠し味じゃなくね?隠れてなくね?え?それ大丈夫?

 

 ムラサメ「他にも色々入れておったぞ!?覚えているだけでも、「にんにく」「かるぴす」「トマト」「いちごじゃむ」後は……」

 

 …………これは…。

 

 ムラサメ「練乳だ!」

 

 蓮太「くっはっ!?」

 

 いや確かに、それら全ては隠し味としては最高とでも言っていいほどだ。けど、それは一種類を適量入れた時にのみなんだよ!!

 

 ムラサメ「これは止めた方がよいのではないか…?」

 

 蓮太「でも、一生懸命に作ってくれてるんだぞ?」

 

 ムラサメ「しかし…言葉に表しにくいが……控えめに言って……………」

 

 と何かに例えようとしたムラサメは、やっぱり良くないと思ったのか躊躇した。

 

 蓮太「…………朝武さんを信じよう」

 

 

 その瞬間──

 

 

 芳乃「あっ!?」

 

 

 蓮太「…………」

 

 ムラサメ「頑張るのだぞ、蓮太よ。芳乃も頑張っておるのだ」

 

 蓮太「わかってるよ……」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 そして夕食の時間。

 

 俺達四人はテーブルを囲うように座り、朝武さんの作ってくれた夜ご飯。多分「カレーライス」を待っている。

 

 将臣「でも本当に珍しいね、朝武さんが料理をしたいって言い出すなんて。前にもこんなことはあったんですか?」

 

 安晴「いやー…、ここ最近ではなかったかな?少なからず巫女姫としてからは一度もないんじゃないかな」

 

 蓮太「じゃあなんでいきなり…」

 

 あの事をムラサメから聞いてからは、ちょっと夕飯が怖い。

 

 安晴「きっと……。いや、僕の口から言うのは止めておこう。僕は蓮太君がどんな決断をしても応援するからね!」

 

 蓮太「え?」

 

 安晴「安心して、君達の決断には僕は口出ししないから」

 

 蓮太「いやだから…え?」

 

 茉子「思った以上に鈍感ですよね……、竹内さんって」

 

 蓮太「……は?」

 

 ムラサメ「吾輩でも薄々勘づいておるぞ…?」

 

 蓮太「はい…?」

 

 さっきからこの人達は何を言ってるんだ?

 

 そんな時、キッチンの方から朝武さんが出てきた。

 

 すっごい微妙な表情で。

 

 芳乃「あの……………一応、完成はしたのですが……」

 

 蓮太「そう?じゃあ運ぶのを手伝うぞ」

 

 芳乃「あっ、いえ……その…………………」

 

 朝武さんはすっごく何かを伝えづらそうにして半分くらい涙目になってモジモジとしてる。

 

 将臣「俺も手伝うよ」

 

 蓮太「お前は当たり前なの、下男なんだから」

 

 将臣「しつこいっすね」

 

 芳乃「あっ……!ちょっと待っ──」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そしてテーブルの上に並べられる見慣れたカレーライス。

 

 匂いは………、うん。普通。

 

 見た目も普通。

 

 もしかして作り直したのか…?ムラサメから聞いている情報とは大分違うんだけど。

 

 まぁ…、でも、一つ気になった事は、野菜が大きい。上手く切れなかったのだろう。

 

 一つ一つが歪な形をしていて、「あぁ、不慣れなんだな」と思わせる。

 

 将臣「あれ?意外と普通」

 

 ムラサメ「…………」

 蓮太「…」

 

 茉子「竹内さんとムラサメ様はどうされたんですか?」

 

 ムラサメ、蓮太「「いや、なにも…」」

 

 安晴「それじゃあ、早速食べようか。いただきます」

 将臣「いただきます」

 茉子「はい、いただきます」

 蓮太「………いただきます」

 

 何も知らない三人は、楽しみと言わんばかりの雰囲気で、躊躇うことなくスプーンで一口分の量をすくい上げる。

 

 そしてチラッと朝武さんの方を見ると、下を俯いて目を合わせないようにしていた。

 

 怖いけど…、俺だけが食べないわけにはいかない。

 

 ええい!ままよ!

 

 覚悟を決めて、俺も朝武さんお手製のカレーを一口。

 

 その瞬間──

 

 全員『──ごふっ!?』

 

 一斉に全員が噎せた。

 

 なんだろう。口の中に入れると、最初は正直「苦いな」と思ったぐらいだったのだが、その苦味と同時に甘さが滲み出るように感じるようになって、アホみたいに口の中でトロトロと舌触りが駆け回る。

 

 納豆のネバネバだけを舐めてる感じだ。

 

 これカレーだよな?

 

 そしてゴホゴホとみんなが咳き込み始め、中々次の一口が進まなくなった。

 

 ムラサメ「やはりか……」

 

 一口食べただけでわかる。これはヤバい。

 

 芳乃「ご、ごめんさい!こんなに不味い物を作ってしまって……」

 

 安晴「い…!いや…、美味しい、美味しいよ………芳乃」

 

 芳乃「無理しなくていいから…。わかってる。わかってるから…」

 

 ……正直言おう。

 

 これかなり「不味い」。お世辞にも美味いどころか「普通」とすらも言えない。

 

 芳乃「本当にごめんなさい…。最初から私が素直にアドバイスを貰っていればこんな事には…」

 

 将臣「しょ、しょうがないよ朝武さん。最初はこんなものだって」

 

 そう言う将臣は中々覚悟が決まらないのか、次の一口は食べれていない。

 

 それどころか、誰も次の一口をすくってはいるが、口に運べていないようだった。

 

 芳乃「わ…私、急いでお弁当を買って──」

 

 蓮太「──あむ」

 

 思い切ってもう一口を大きく頬張る。

 

 芳乃「──!」

 

 そして一口。もう一口。

 

 ………味覚が麻痺しているのか、最早あること以外何も感じない。むしろ感覚すらない。

 

 蓮太「……はむ。…………あむ。…………ゴホッ!…………あむ」

 

 ムラサメ「無理しておるな」

 

 芳乃「竹内さん!無理していただかなくて大丈夫ですから!残してもらっていいですよ!私がお弁当を買ってきますからそっちを──」

 

 蓮太「いらねぇ」

 

 こういうのは勢いが大事だ。

 

 ペースを緩めずに、俺は次から次へと殺人カレーを食べ続ける。

 

 うん………………不味い。

 

 米はジャリジャリしてて、味はもう甘すぎてわからなくて、野菜は火が通ってなくて、形は歪で、ルーはとろとろのドロドロで、食べる度に身体が全力で講義を訴えている。

 

 ぜんっぜん美味しくない。

 

 蓮太「…あむ。…はむ。……あん。…………ゴホッケホッ…!」

 

 それでも何度も何度も口に運ぶ。

 

 そして──

 

 蓮太「ごちそうさん」

 

 しっかりと、渡された分のカレー?は食べることが出来た。

 

 将臣、ムラサメ「「おぉ………」」

 

 芳乃「竹内さん……!」

 

 ……大分ギリギリだったけどな…。

 

 ムラサメ「して、感想はどうなのだ?」

 

 …言わきゃダメかなぁ……。

 

 つか絶対わざとだろ。

 

 

 ………しゃあない。

 

 

 蓮太「不味い」

 

 茉子、安晴、将臣『──ッ!?』

 

 ムラサメ「おぉぅ…」

 

 芳乃「…………ごめんなさ──」

 

 蓮太「けど」

 

 味は良くない。

 

 勿論無理して食べた。もったいないし、残したくもなかったから。

 

 あと、正直これと同じものは二度と食べたくない。

 

 でも。

 

 蓮太「俺達の………いや、俺の為に頑張って作ってくれたんだってのは伝わった。きっと、朝武さんなりの一生懸命の結果なんだろ?だから、ありがと」

 

 茉子「何故……そう思われるのですか?」

 

 蓮太「正直…色んな味がごっちゃになってたけど、一つだけずっと思っててたことがある。このカレー、「甘い」んだ。苦いとか色々思うところはあるけど、ずっと「甘み」があるんだよ。この中で極度の甘党は俺だけだ」

 

 将臣「………確かに」

 

 その時に思い出す。

 

 

 

 

「私は……真剣にお祓いや呪いについて考えてくれた竹内さんに感謝してるんです!皆さんもそうですが、竹内さんがいないと私達の「今」はなかったんだと思ってるんです!だから、ちゃんと伝えなきゃって、正直な気持ちを伝えなきゃって思っているのに……!」

 

 

 

 

 ……フッ。

 

 俺は朝武さんの側に近寄って、優しくポンっと頭に手を置いた。

 

 蓮太「ちゃんと「感謝の気持ち」は伝わったよ。ま、とても美味しいとは言えなかったけどな。だから次は美味しいって言わせてくれ」

 

 多分、料理を通して伝えたいことがあったんだろう。そしてそれが、これなんだろう。あの時、俺はうやむやと言うか、適当にしちゃったからな。彼女の中でもどかしさがあったのかもしれない。

 

 芳乃「次……!も、もう一度チャレンジしても…いいんですか?」

 

 蓮太「あぁ。でも、今度は俺に合わせなくてもいいからな。そんな理由もないだろ?だから……次を楽しみにしてる」

 

 そしてポンポンと、二回朝武さんの頭を優しく手で当てて、俺はリビングを後にした。

 

 

 

 

 Another View

 

 ムラサメ「漢……いや、男であったな」

 

 将臣「うん。あれは格好いいね…」

 

 芳乃「………」

 

 私はじっと、自分の分のカレーライスを見つめる。

 

 茉子「…芳乃様?」

 

 言ってくれた。かなり不格好で、酷いモノになってしまったけど、ちゃんと言ってくれた。

 

 ゆっくりと一杯分のカレーをスプーンですくい、私も一口食べる。

 

 芳乃「…………酷い味」

 

 なんとも例えることの出来そうにない、味。本当に…「不味い」

 

 でも、こんなものでも竹内さんは全部食べてくれた。

 

 そして……「感謝の気持ちは伝わった」って…。

 

 優しすぎですよ………竹内さん。

 

 芳乃「…うぅっ!………………えぐっ…!」

 

 ムラサメ「芳乃!?急に泣き出してどうしたのだ!?」

 

 芳乃「わがりまぜん…っ!でも…!ぐやしぐで…!悔じぐで……!」

 

 こんな酷いものを食べさせてしまった私が悔しい。

 

 こんな形で感謝を伝えてしまった私が許せない。

 

 そんな風に思っていると、自然と涙が溢れてきた。

 

 茉子「芳乃様…」

 

 そんな私の背中を茉子は優しく擦ってくれた。

 

 茉子「素敵な殿方ですよね、竹内さんは。ワタシ……ちょっとキュンとしちゃいました」

 

 芳乃「うん…!ゔん………っ!」

 

 茉子「格好いいですよね。やっぱり、ワタシ達は竹内さんの事が大好きなんだなって思い直してしまいますよ。そんな方が次を楽しみにしてくれてます。ですから………今度は一緒に作りましょう?」

 

 こんな事じゃダメ。私自身が納得できない。

 

 しっかりと感謝を伝えたい。

 

 だって、私が恋をすることが出来ているのも、竹内さんのおかげだから。悩む事も、失敗することも…

 

 泣くことも。笑うことも。

 

 

 まだまだ伝え足りない。もっと、もっと知って欲しい。

 

 

 芳乃「お願い…、します……!」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく時間が経過し、夜も遅くなってきた頃、私は茉子と一緒にある部屋へと移動していた。

 

 その目的は、例の「婚約」の事。元々私と竹内さんは曖昧な関係だったけど、お父さんの頭の中では、竹内さんもそういう関係だったみたいで私は有地さんとも、竹内さんとも「特別な関係」になった。

 

 けれど、有地さんとは話をつけて、もうそんな関係じゃない。大切な戦友になった。

 

 竹内さんは……………

 

 これは一方的な片思い。

 

 だからこそ、甘えたくない。ここは一度私の覚悟を話さなきゃ。

 

 その時に、茉子に側にいて欲しかった。別に疑われるだなんて思ってはいないけれど、ケジメとしてしっかりと茉子の前で伝えたかったから。

 

 あの言葉から二日が経過し、正直何度か迷ったりしたこともあった。けど……

 

 もう逃げない。

 

 

 ………………………

 

 

 

 殺人カレー事件から、大分時間が経過した。

 

 後から襲ってくる気持ち悪さにもだんだん慣れてきて、早く無くなればいいなと思う。

 

 にしても……

 

 蓮太「暇だなぁ」

 

 やることがない。

 

 暇だから朝武さんに料理の基礎でも教えてみようか?いや、でも頼まれてもないのにそんなことをするのもな…

 

 蓮太「暇だなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────────」

 

 心の中で数字を数えながら、俺は無駄に声を出す。

 

 蓮太「ぁぁぁぁ──────…………」

 

 14秒か。普通だな。

 

 そんな時だった。俺の部屋の入口から声が聞こえてきたのは。

 

 

 芳乃「中にいますか?竹内さん」

 

 

 朝武さん…?どうしたんだろ、こんな時間に。

 

 蓮太「あぁ、いるけど……。ちょっと待ってて、今開けるから」

 

 寝転がっていた体制から身体を起こし、俺は入口を開ける。

 

 底には声の主である朝武さんと、その護衛の常陸さんもいた。

 

 

 蓮太「……?どうしたんだ?」



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64話 女の心はいつの間にか絡まったケーブルのように複雑

 

 芳乃「実は……あの…、お話がありまして」

 

 襖を開けると朝武さんと常陸さんがいた。

 

 こんな遅くに珍しいこともあるもんだ。それに、いつにも増して真剣な面持ちだし。

 

 蓮太「常陸さんも?」

 

 茉子「……、はい」

 

 …?なんで一瞬躊躇ったんだ?

 

 蓮太「まぁいいや、それなら中に入ってくれよ」

 

 二人を部屋の中にとりあえず迎え入れ、適当な座布団を敷き、向かい合う形で座る。

 

 ちなみに朝武さんの横に常陸さんが座っていて、俺と朝武さんが向かい合っている。

 

 蓮太「んで、話って?」

 

 もしかしてあのカレーの事か?

 

 それとも、家事を手伝うと話してたからその件か?

 

 芳乃「た、単刀直入に言います!」

 

 蓮太「はい」

 

 芳乃「私との「婚約」の件を無くしてほしいんです!」

 

 朝武さんは思いっきり目を閉じて、軽く叫ぶようにしながら、それを告げた。

 

 蓮太「婚約………。あぁ!あの事か!」

 

 というか……あれ?俺フラれた?

 

 芳乃「はい…!」

 

 蓮太「え…?あ…、うん」

 

 芳乃「…うぐっ」

 

 …え?

 

 蓮太「と、朝武さん!?どしたの?」

 

 芳乃「いえ…、こうもあっさり了承をされると、なんだか微妙な気持ちになってしまって…」

 

 ……あ、そうか。

 

 すんなり引きすぎて、彼女に魅力がないって言ってるような状態になっちまったか!?

 

 蓮太「り、理由は!?なんでそうなったんだ?」

 

 というかこれって確実に傷つけてしまいましたよね!?俺、今絶対やらかしましたよね!?

 

 芳乃「あ、いえ…、無理して聞いて頂かなくても大丈夫です。関心が無いのならそれで…」

 

 蓮太「いやあるわー!めっちゃ気になるわー!早く聞きてーわー!」

 

 大事な事だからな。うん。しっかりと、とことん話しておかないと。

 

 また、うやむやになってしまったら面倒だ。

 

 蓮太「でも、本当にどうした?って……………単純に理由は明白か!ははっ!」

 

 そらそうさ。朝武さんは将臣の事が好きなんだ(推測)。だったら俺とのこの関係はさっさと崩してしまって、将臣に集中的にアタックをした方がいい。

 

 アイツだっていつまでもフリーなんて確証はないんだ。

 

 芳乃「あ!いえ、別に私は竹内さんが嫌──」

 

 蓮太「いや、わかってるわかってる!確かに俺との関係を無くしてからじゃないと、始まらないからな。俺は応援してるぜ!」

 

 女の子からフラれるのは辛いところはあるけど、そんな理由で彼女を縛りたくないしな。それに、別にガチめのダメージは全然ないってのが本音。

 

 芳乃「だ、だから本当に私は竹内さん事が──」

 

 茉子「…っ!?」

 

 蓮太「でも、それならこんな所にいないでさっさと少しでもアプローチを仕掛けた方がいいんじゃないか?俺の事は別に──」

 

 芳乃「私達はっ!」

 

 朝武さんは俺の言葉を遮るように声を大にして叫んだ。

 

 まるで自分の話をちゃんと聞けと伝えるかのように。

 

 思わず俺は息を呑んでしまう。

 

 芳乃「と、とにかく!私と竹内さんの関係は、これで「友達」になりました。それでいいですよね?」

 

 蓮太「あ、あぁ」

 

 朝武さんは何を言おうとしてたんだ?あの「私達」は俺と朝武さんに対しての言葉じゃないような…?

 

 それに……

 

 蓮太「それで、常陸さんの方は?」

 

 さっき、一瞬だけ常陸さんが反応したような…?

 

 茉子「わ…ワタシは……!」

 

 また、一度戸惑った後、常陸さんは朝武さんと目を合わせてから座り直すようにして、改めて俺の方を向く。

 

 茉子「ワタっ……ワタシは……………」

 

 蓮太「…?」

 

 顔を一気に赤く染め、モジモジしながら、常陸さんは呟くように言った。

 

 

 

 茉子「す、好き………です」

 

 

 

 蓮太「はい?」

 

 

 

 茉子「ですから…!その………好き…なんです」

 

 

 

 蓮太「何が?」

 

 

 

 茉子「た、竹内さん……の事が…」

 

 蓮太「…………………え?」

 

 その瞬間、俺の脳は数々の疑問を抱えた。

 

 スキ?え?何が?

 

 でも、常陸さんは将臣の事が好きで…、え?

 

 いや待てよ……、別に俺はその言葉を直接聞いたわけじゃないよな?

 

 それにココ最近の常陸さんの不可解な行動……

 

 というか……

 

 

 

「多分ですけど……ワタシは…芳乃様と同じ人を好きになってしまったんです」

 

 

 

 あの日の常陸さんの言葉………

 

 ……まさか…!?

 

 芳乃「竹内さん」

 

 それが脳裏に過った瞬間、朝武さんから声をかけられる。

 

 蓮太「はっ、はいっ!?」

 

 自分でも驚くぐらいに、テンパり始めている。

 

 

 

 芳乃「私も、たっ!たけっ…!竹内さんの事が好きです」

 

 

 

 ──っ!?

 

 何かの覚悟を決めた後のように、朝武さんも顔を赤くして、瞳を潤ませながら真剣な眼差しで俺を見ていた。

 

 蓮太「え……えっと……」

 

 戸惑ってしまっている俺に追い打ちをかけるように、二人は続けて、言葉を述べた。

 

 芳乃「私達は、竹内さんの事が好きなんです」

 茉子「ワタシ達は、竹内さんの事が好きなんです」

 

 蓮太「ちょ、待った待った待った待った!」

 

 いやほんっとに頭の処理が追いつかない!

 

 蓮太「そりゃ俺も好きだ!今まで命を懸けて共闘してきた大切な仲間だし、俺だって朝武さんと常陸さんの事は──」

 

 芳乃「そうじゃありません」

 

 茉子「ワタシは…、竹内さんと出会って、様々なことをお話して、一緒に時間を過ごしていく中で、だんだんと惹かれていきました。お料理をした事も、鮎を食べた事も、相談にのってくれた事も、全てがその原因になっていたんです。竹内さんは、ワタシを「女の子」として、ずっと見てくれていましたね」

 

 茉子「いい人だなー。と思っていたくらいだったのに、段々と気になるようになって………。もうどうしようもなくなってしまったんです」

 

 い、いやっ!あの…!

 

 蓮太「あ……ありがとう…ございます」

 

 いやいやいやいや……

 

 まさかあの時の会話の相手って……………

 

 常陸さんは恥ずかしさを必死に堪えながらも、その気持ちを伝えてくれた。けれど、恐怖も感じているようにも見える。

 

 芳乃「私は……、竹内さんの優しい所が好きです。お節介なところも好きです。どれだけ私が突っぱねても、竹内さんは見捨たりはしてくれませんでした。本当に、本当にありがとうございます」

 

 でもそれは…将臣も……?

 

 芳乃「ピンチの時は必ず助けてくれて、自分を犠牲にしてしまう程に周りに気を使ってくれて……。そして……遂には私達を救ってくれました。そんなどんな時にも頼りになる、優しい竹内さんに惹かれたんです。この気持ちは、思い違いなんかじゃないと思っています」

 

 蓮太「アリガトウ……ゴザイマス…」

 

 こ、これは………

 

 修羅場は俺の方だったか。

 

 蓮太「えっと……その……」

 

 …正直返答に困る。

 

 そりゃ二人の事は好きさ。でも……恋愛の対象としてなんて見たことがなかったから…

 

 ドキドキすることや見とれてしまうような事はあったけど、そういう意味での「好き」なんて……

 

 けど、こういう事は曖昧にしちゃいけない。フラフラとした返答は、逆に相手を困らせてしまう。

 

 心は痛いけど、ハッキリ伝えないと。

 

 蓮太「とりあえず、ありがとう。二人の気持ちは本当に嬉しい。けど………悪い。俺、好きとかそういうの…わかんないんだ」

 

 二人は逃げ出したりせずに、真っ直ぐに俺を見ている。

 

 言葉を待っている。

 

 蓮太「……でも、中途半端な返事はしない。だから、ごめん。俺は今…異性として好きな人はいないんだ。それに……朝武さんと常陸さんがそんな風に思ってくれていたなんて事すらも気付くことが出来なかった」

 

 蓮太「だから………気持ちには答えられない」

 

 そう言って俺は、頭をスっと下げる。

 

 ……悩んださ。

 

 気持ちは揺らいだ。こんな美少女二人から告白されたんだ。そりゃ俺だって男だ。やましい事も頭をよぎってしまったりしたさ。

 

 けど…それは裏切りだ。

 

 信じてくれた、好きになってくれた女の子への裏切りだ。

 

 芳乃「大丈夫ですよ。わかってましたから」

 

 蓮太「……え?」

 

 茉子「そうですね。「予想通り」と言った所でしょうか」

 

 顔を上げると、二人は赤面したままで、少し呆れたようにも見える笑みを浮かべていた。

 

 芳乃「竹内さんが私達の気持ちに気付いていないことも」

 

 茉子「きっとどちらも選ばないだろうな、とも思っていましたから」

 

 蓮太「…?なんで?」

 

 茉子「だって竹内さん、ワタシ達のアプローチに全然気がついてくれなかったじゃないですかぁ」

 

 芳乃「あそこまで、あからさまだと、流石に私達も気が付きますよ」

 

 …え?え?アプローチ?……え?

 

 蓮太「アプ……、え?」

 

 芳乃「やっぱり…。普通は怪我が心配だから、なんて理由で一緒にお風呂に入ったりしませんよ?」

 

 …………………あ。

 

 茉子「わざわざ動きにくくて、狭くなってしまうのに、二人して竹内さんの隣に座ったりしませんよ?」

 

 ………………い。

 

 蓮太「アレって……!」

 

 芳乃「やっぱり、今気がついたんですね」

 

 蓮太「……ごめんなさい」

 

 ぜんっぜんわかんなかった。

 

 アレって好意だったのか…。面倒くさいなんて思ってしまってたような…?

 

 茉子「でも…。ワタシも芳乃様も、こんな事で諦めたりしませんよ?気持ちを正直に伝えたんです。これからは、もっと積極的にいかせてもらいますからね!」

 

 芳乃「そうです!この気持ちに、嘘はありませんから!だから………まずは、美味しいご飯を作れるようになります……から…」

 

 その瞬間に朝武さんはズーンと落ち込み始めてしまった。

 

 やべ、あれトラウマになってるかな?

 

 っていうかトラウマになるって普通俺じゃね?

 

 蓮太「せ、積極的……か、はは………。そっ、それに、料理の方は俺が手伝おうか…?」

 

 芳乃「いえ…、それでは意味がありません。アドバイスを貰いながらでも、私が頑張りますから。竹内さんは…その……正直な意見で食べて欲しい…です」

 

 蓮太「それは、任せてくれ。楽しみにしてるから」

 

 茉子「それでは、お時間を拝借してしまい申し訳ありませんでした。これで、ワタシはおいとまいたしますので」

 

 芳乃「わ、私もです!わざわざすみませんでした!」

 

 朝武さんと常陸さんは、どこか晴れたような顔で、その場から立ち上がる。

 

 蓮太「いや、別に問題はなかったけど…」

 

 芳乃「では、婚約の事は解消で、これからは私達は友達同時でお願いします」

 

 そう言えば…

 

 蓮太「ちょっと待って!」

 

 芳乃「はい…?どうしました?」

 

 蓮太「俺の事が、す………好き……なら、なんでわざわざ解消したんだ?そのままにしておけば朝武さんは絶対──」

 

 芳乃「それは卑怯じゃないですか」

 

 ……!

 

 芳乃「権力を振り回さない。自分の意志を伝えることが大事。なんですよね?」

 

 蓮太「あぁ……。なるほど…」

 

 芳乃「それに、それじゃあ茉子が浮かばれないじゃないですか。竹内さんも好きでもないのに結婚だなんて酷い話じゃないですか。だから改めて関係を戻す事で、ちゃんと「好き」になって欲しいんです」

 

 思ったよりも、芯のある人で、しっかりとした人だった。

 

 蓮太「律儀だな…」

 

 芳乃「そんな失礼な事はできませんから」

 

 そう言って、朝武さんは常陸さんと一緒に部屋の出口へと向かう。

 

 そしてその刹那──

 

 茉子「ワタシとしては……二人を欲張るような人でも大好きですよ」

 

 そう言って常陸さんはそそくさと出ていった。

 

 蓮太「はっ!?」

 

 芳乃「私も…………しっかりと愛していただけるのなら…茉子と一緒でも……………ッ!し、失礼します!!!」

 

 恥ずかしそうにしながら、朝武さんもボソッと言葉を残して、最後は叫ぶようにして部屋から去っていった。

 

 蓮太「はっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ……………。

 

 

 蓮太「はッ!?」



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65話 魂の記憶

 

 なんで、こんなことになったんだ?

 

 朝武さんと常陸さんが部屋から出ていった後、突如として発生した大問題について悩んでいた。

 

 婚約関係の破局、これはわかる。でもまさかその流れで告白はビビる。

 

 しかも2人共ときたもんだ。

 

 蓮太「…………やべぇ、面倒くせぇ」

 

 こんなことを言うのはめっちゃ失礼だな。やめとこう。

 

 まぁ…どんなに悩んでも、この「悩むこと」そのものが面倒なんだけど。

 

 でも…好き………か。

 

 何故だろう、今まで誰とも付き合った事なんて無いのに、どこか懐かしさを感じる。

 

 これはなんだろ。

 

 ………………

 

 気付けば俺は涙を流していた。

 

 何故か「好き」って気持ちを考えると、心の底から悲しくなってくる。辛くなってくる。

 

 まるで何かを忘れているみたいに……

 

 蓮太「なんで……俺は泣いて…?」

 

 今までにこんな人がいなかったからか?なんでなんだ?

 

 いや……院にいた時に少し、ほんの少しの間だけ仲が良かった人はいた。そいつは仲良くなって直ぐに出ていってしまったけど……

 

 でも、そいつらとは違う。もっとこう………胸が締め付けられるような、「守らなきゃ」って気持ちが……

 

 

 その瞬間に頭に違和感が──

 

 

 蓮太「うぐっ……ッ!?」

 

 まるで脳が電気を発しているかのようにピリピリとした痛みと、風邪でも引いた時のようなガンガンする痛みが襲ってくる。

 

 そのあまりの痛みに、片手を床に押さえつけ、倒れかけた身体を支える。

 

 するとノイズがかかったマイクのように、謎の言葉が頭の中に流れてきた。

 

 

 

「俺じゃ……ダメかな」

 

 

 

 ……!?なんだ…?これ……!

 

 

 

「代役なんかじゃなくて、常陸さんの「本当」の恋人になれないだろうか」

 

 

 

 …?何を言ってるんだ!?俺は…!

 

 いや……これは俺の台詞じゃない。確かに俺のような声だが、俺は何も言っていない…。

 

 代役…?本当の恋人?

 

 何がなにやらわからない。

 

 その時だった。俺が意識を奪われるように「白い世界」へと引き込まれたのは…

 

 本当に一瞬、瞬間的な出来事だった。気が付けば真っ白の何も無い世界にいて、底から1歩踏み出そうとすると、ガンガンと激しい音をたてながら、物が形成されていき、白の世界は、薄暗い牢獄へと変わっていった。

 

 蓮太「なんだよ……これ」

 

 しかも俺はあの白黒の囚人服へと着替えており、牢の中に閉じ込められている。

 

 とりあえず目の前の鉄の柵を叩いてみたり、揺らしてみたりするが………予想通り何も動かない。

 

 尋常ではない独特な雰囲気に気圧されていると、瞬間移動でもしたのかのように、人が現れた。

 

 柵越しの目の前に現れたその人影は、徐々に見えるようになっていって………

 

 蓮太「お前は…!?」

 

 ソイツは俺と同じ髪型をしていて、ほとんど同じ身長、体格のまさに「俺自身」だと錯覚するほどに似ている人だった。

 

『やあ、久しぶり。また会えて嬉しいよ、僕』

 

 蓮太「はぁ?何言ってんだお前…」

 

 声まで俺と同じだ。

 

『あれ?前回とは違って随分とテンションが高いね。何かいい事でもあったのかい?』

 

 蓮太「前回?なんかよくわからねぇけど、なんなんだ?ここ」

 

 俺はさっきまで、朝武さんの家の自分の部屋にいたはずだ。

 

『そうだね。僕にはまだ説明していなかったよね。ここは不完全な場所(インコンプリートゥエリア)。君の知らない、知る事の出来ない心の奥すらも再現する場所、魂の核さ』

 

 蓮太「不完全な場所(インコンプリートゥエリア)…………」

 

『今回は興味があるんだね。しかも、「今」は自分の気持ちに悩んでいるわけじゃない。そうか、僕はもう好きではないんだね。あんなに大切な約束をしていたのに』

 

 蓮太「お前は何なんだ?俺の何を知ってる?」

 

『僕は僕だよ。わかりやすく言い直せば、「僕」は「俺」だよ。俺の魂の隙間に生み出された、俺自身の心さ』

 

 蓮太「………どういう事だ」

 

 さっきからコイツは何を言ってるんだ?

 

 好きではない?

 

 大切な約束をしている?

 

 俺の何を知ってるんだ!?

 

『やれやれ……しょうがないな。それなら、「今の世界」の俺の心を「覚醒」をさせてあげるよ。前回は自力でしてみせたんだけどなぁ…』

 

 蓮太「何を…!」

 

 目の前の俺に似た何かは、黒いモヤモヤとした何かを俺の胸に向かって差し出した。

 

 そしてそれはまるで浸透でもしていくようにみるみるうちに胸の中に入っていって……………

 

 蓮太「かっは……ッ!?」

 

 ドクンッと心臓が跳ねた。

 

『でも、気をつけてね。僕が強制的に覚醒させた力は、前回のように簡単に制御出来ない代物になる。邪の心に負けないようにしてね、俺』

 

 蓮太「あがっ………!?」

 

 く、苦しい…!

 

 上手く呼吸が出来ない……………!

 

 そして段々と意識が遠ざかっていき………

 

 

 

 

『大丈夫だよ。俺に足りない魂心は、もう一人の「俺」から貰うから。だから俺は本当に気にしなくてもいい。そのまま目が覚めたら………………『生命の大樹』へ向かえばいいよ』

 

 

 

 

 ダメだ…………!何も考えられない…!

 

 

 段々と……意識が……もうろ…う……と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう少し。私が世界を手にするまでは、本当にもう少しだ。頑張れよ、竹内蓮太』



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66話 簡単そうな事ほど意外と難しい

 

 蓮太「……ッ!?」

 

 眩しい日差しが差し込む部屋で、俺は一人勢いよく音を立てながら身体を起こす。

 

 呼吸は激しくなっており、あの出来事が実際にあった事のように鮮明に覚えていた。

 

 牢獄のような場所。そして謎の人物。常陸さんへの告白。全て夢の内容を覚えている。

 

 蓮太「なんだったんだよ……一体」

 

 ボヤいていても仕方ない。ひとまずは水でも飲んで冷静になろう。

 

 そう思って俺は起き上がり、キッチンへと移動した。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 蓮太「おはよう2人とも」

 

 キッチンへと移動すると、朝から朝武さんが常陸さんに丁寧に教わりながら、四苦八苦しながらも一生懸命に料理をしていた。

 

 と言ってももう終わりかけだし、結構早い時間から取り掛かっていたのかもしれない。

 

 茉子「あ、おはようございます。竹内さん」

 

 芳乃「おはようございまっ──次! 次はどうしたらいいの!?」

 

 前回があんな失敗をしてしまったからか、分からないことがあれば遠慮なく何度も聞いている。

 

 うん。それがいい。一度失敗して学んだ方がより理解ができるってもんだ。

 

 茉子「次はですね……」

 

 蓮太「手元に気をつけろよ」

 

 と軽く声をかけて、コップに水を注ぎ、俺も気になって横で朝武さんの料理を見る。

 

 芳乃「え!? え!? これくらいでいいの? あっ、塩コショウとかお醤油とかブラックペッパーとか入れた方が──」

 

 ……また失敗する気かよ。

 

 茉子「全部はダメです! 今回の場合は…………これがいいですね」

 

 そう言って取り出したのは黒コショウ。まぁ、パッと見た感じは唐揚げを作ってるし、定番っちゃ定番だな。それでいて相性は抜群。

 

 それに…………

 

 この匂い……隠し味も入れてそうだな。

 

 そうして弁当箱に色々と詰めていく朝武さん。そしてそれを優しく指示する常陸さん。

 

 その姿を横からひたすら眺める。

 

 芳乃「で、出来た……!」

 

 茉子「しっかりと作れたじゃないですか! 芳乃様! おめでとうございますっ。ですが──」

 

 次に常陸さんが取り出したのはミニトマト。

 

 あぁ……最後に添えるのか。

 

 茉子「彩りを気にしてこちらをお弁当箱に入れたいのですが……、今回は切って見ましょうか、芳乃様」

 

 ……おいおい、マジか。

 

 芳乃「こんなに小さいものを!?」

 

 茉子「物は試しと言いますからね! ゆっくり、ゆ──っくり怪我をしないように切ってみて下さい」

 

 芳乃「うぅ……、わかった……」

 

 慣れない手つきで包丁を握る朝武さんの腕は、プルプルと震えており、緊張しているようだ。

 

 そして慎重に刃をミニトマトに押し付け、危険がないことを確認して、一思いにサクッ! 

 

 

 

 っとは切れずに、ベチャッとトマトは潰れてしまった。

 

 芳乃「あぁ……。失敗しちゃった……」

 

 茉子「大丈夫です。まだまだありますから、挫けずに頑張りましょう」

 

 ともう一つのミニトマトが出現したが……

 

 

 失敗。

 

 

 失敗。

 

 

 大失敗。

 

 

 芳乃「私…………才能が全く無い…………!」

 

 四個のトマトを犠牲にした後、せっかく得られていた自信を失ったようで、朝武さんは大分落ち込んでいた。

 

 ……しゃあない。

 

 蓮太「押し付けるからダメなんだよ」

 

 芳乃「で、でも! そうしなければ切る事が──」

 

 と、手を洗った後、俺は朝武さんの背後に回り込み、後ろから両手を支えて説明を続ける。

 

 芳乃「──ッ!?」

 

 蓮太「いいか? 真っ直ぐに押し潰すんじゃなくて、大袈裟に説明すると、まずは刃先を立てるようにまな板につける」

 

 左手にミニトマト、右手に包丁を持っている朝武さんの手を持って、口で説明した通りの動きを強制的に真似させる。

 

 茉子「羨ましいですねぇ……」

 

 芳乃「いえっ!? あの! あのっ!」

 

 蓮太「そんで、ゆっくりでいいから、真下に押し付けるようにじゃなくて、気持ち前にスライドさせるような感じで………………ほら」

 

 ストンッと聞き慣れている綺麗な音が鳴り、真っ二つにミニトマトは分かれた。

 

 蓮太「簡単だろ?」

 

 芳乃「かかか、簡単と言いますか! なんと言いますか、その……!」

 

 と言いながら、朝武さんは軽く振り向いて俺と視線を合わせる。

 

 すると当然少し赤面している彼女の顔と俺の顔が向き合って……

 

 芳乃「……」

 

 蓮太「…………」

 

 勿論その瞬間に思い出す。

 

 昨日告白されたことを。

 

 あれを思い出してしまうと、やっぱり胸がドキドキしてきて──

 

 蓮太「と、とりあえずわかっただろ? そういう感じだから、後は感覚で掴むしかないさ!」

 

 道具をゆっくりと置いてから、俺はそそくさと朝武さんから離れた。

 

 やっべぇな。つい夢の方が記憶に残ってて告白されてたことを一瞬忘れてた。

 

 いくら丁寧に教える為とはいえちょっと遠慮が無さすぎたな。これからは気をつけないと……

 

 それからの朝武さんは自分の手をじーっと見つめている。

 

 茉子「竹内さーん、ワタシも包丁の使い方が──」

 

 蓮太「アンタはわかるでしょーが。そんなわっかりやすい嘘には騙されないぞ」

 

 茉子「ですよねー……」

 

 なんて会話をしていると、無言のまま、朝武さんはゆっくりと包丁を手に取り、ミニトマトを掴んでさっき教えた通りに切ろうとしていた。

 

 蓮太「……」

 

 チラッと横目でそれを見守っていると……

 

 芳乃「えい」

 

 

 

 ──ベチャッ

 

 

 

 芳乃「やっぱり私はもうダメですッ! 才能が……ッ!」

 

 蓮太「まぁまぁ……、これからこれから」

 

 どうやらまだ難しいようだ。

 



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追憶編
67話 モテるって意外と面倒


 

 全員『いただきます』

 

 あの出来事の後、俺達はリビングに集まってみんなで朝食を食べる。

 

 どうやらこっちは朝武さんが作った訳ではなく、常陸さんの手作りだった。

 

 そしてモグモグとご飯を食べている中、安晴さんの様子がいつもと違う事に気が付いた。

 

 安晴「……」

 

 いつものように食べてはいるが、どこか心ここに在らずと言った雰囲気で、なにかに悩んでいるようにも見える。

 

 蓮太「どうしたんスか? 安晴さん、なんか元気がないっスね」

 

 安晴「え? いや、そんなことは無いよ。ただ……ちょっと気になることがあってね」

 

 蓮太「気になる事? あぁ、今日の朝ごはんは朝武さんが作ったものじゃないですよ?」

 

 芳乃「なっ、嫌味ですか!? 確かに美味しい物とは言えませんでしたけど……! 追い打ちをかける必要ないじゃないですかぁ!」

 

 まあまあ、と将臣達がなだめる中、軽くごめんと謝ってから安晴さんの方をむく。

 

 安晴「そんな事ないよ? ちゃんとお……美味しかったさ」

 

 芳乃「もういいです! 竹内さんは今日のお弁当はありませんからね!」

 

 蓮太「本当にごめんなさい」

 

 少しだけ安晴さんがどもった事は触れないでおこう。

 

 茉子「それよりも、それならどうされましたか? どこか体調が優れませんか?」

 

 安晴「いや、気分が悪いとか、そんな事じゃないんだ。そうだね……君達も知っておいた方がいいだろう」

 

 そう言って安晴さんは箸を一旦置いて、話し始めた。

 

 安晴「実は、ココ最近で盗難事件が多発していてね。数日間に渡って様々な物が盗まれているんだよ」

 

 盗難事件……? そんな噂は聞いたこともないけど……? 

 

 芳乃「盗難事件ですか」

 

 安晴「そうなんだ。無くなるものは決まって食べ物なんだけど……あまりに被害が大きくてね。どうしたものかと悩んでいたんだ」

 

 茉子「そういえば、お買い物をしている時にそんな話をお聞きしたような……」

 

 将臣「物騒な話ですね。何か、犯人の特徴などは判明してるんですか?」

 

 安晴「それが細かい事は全くなんだよ。時間もバラバラ、場所も不特定、オマケに目撃情報も無しでね。とにかく戸締りの注意喚起は町中にしているけれど……」

 

 ……という事は、犯行の殆どは夜って事なのだろうか。

 

 いくら田舎町とはいえ昼間や朝方は人も多い。そっちの方が可能性はあるだろう。

 

 蓮太「それで、対処の方は?」

 

 安晴「考えれる限りのことは最善を尽くしているよ。ただ、話し合いの中でわざとに防犯設備を緩くする事で犯人を特定すると立候補してくれた人が何人かいてね、それで犯人を捕まえようとしているんだけど……」

 

 ムラサメ「成程のぅ、陽動作戦と言うわけだな」

 

 芳乃「それはいくら何でも危険では? 犯人がどんな人なのかもわかっていないのに……」

 

 将臣「そうだね。もし危険な物……それこそ刃物とかを持ってたりしたら……」

 

 確かにそれは考えられる。何度も何度も犯行を犯している奴ならば、ある程度のハプニングも想定しているだろう。最悪、見つかりそうになった時や、いよいよの時は何か手痛い反撃をしてくる可能性もある。

 

 それに相手は一人なんて保証すらもない。囮をするにしては情報が少なすぎる。

 

 安晴「けど……僕が何度も危険だと言っても聞いてくれなくてね。一応、数人のグループをいくつか用意しているけれど……正直僕は賛成は出来ないんだよ」

 

 蓮太「確かに危険ではありますけど、このまま食べ物を盗まれ続ける訳にはいかない。ってこともあるんでしょうね。ただでさえ今、穂織の町は経済的に危なくなってきた、なんて話も聞きましたし」

 

 安晴「あはは……みっともなくてごめんね」

 

 将臣「そんな、こればっかりはしょうがないですよ。ほかの町よりも考えることは多いでしょうし」

 

 大人はやっぱり大変なんだな。

 

 安晴「と、言うわけなんだ。君達も何があるか分からないから、できるだけ注意をしてね」

 

 蓮太「こっちも、何かわかったりしたら伝えますよ」

 

 安晴「うん。ありがとう」

 

 パクッと卵焼きを口に放り込みながらその盗難事件について少し考える。

 

 蓮太「それにしても食べ物をねぇ……」

 

 何だか昔のトラウマを思い出すな。

 

 将臣「わざわざ盗んでまで食べたい。だなんて思うかな?」

 

 蓮太「時と場合によるんじゃねぇか? ま、どんな理由でも盗みはダメだけどな」

 

 ムラサメ「なんじゃ? 蓮太は盗みを犯してまで食べ物を食べたいと思った事があるのか?」

 

 蓮太「……さぁな」

 

 茉子「何やら意味深な返事ですね」

 

 蓮太「気のせいだ。さ、食べ終わったら片付けて学院へ行こう。もうそんなに時間はねぇぞ」

 

 俺は「ご馳走様」と言って、食器を片付ける。

 

 将臣「あっ! ほんとだ、やべ!」

 

 安晴「そんなに焦らなくても、まだ少しなら時間はあるよ」

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 そしてその日の昼休み。

 

 蓮太「……………………うん」

 

 俺は朝武さんから渡された弁当を食べながら、自分の中で納得していた。

 

 そしてこの間のメンバーが再び揃っている。

 

 蓮太「……うん。まだちょっとアレだけど、普通に美味い」

 

 芳乃「……まだまだということですね」

 

 それでも前回と比べたら全然美味しい。いや、前回がちょっと酷すぎただけなんだが。

 

 茉子「竹内さんの採点は中々厳しいですねぇ」

 

 蓮太「そんな事ないさ。弁当としてなら全然美味しいとも思う。お世辞抜きで常陸さんがアドバイスするだけでこんなに変わるとは思ってなかった。ただ、朝武さんは一人で作ってないから、普通に美味いって言っただけ」

 

 将臣「蓮太なりの優しさなのかな」

 

 廉太郎「え? 何? 蓮太の弁当って巫女姫様の手作りなの?」

 

 茉子「はい、そうですよ。朝から竹内さんを見返すんだって張り切ってたんですよぉ」

 

 芳乃「ちょ! ちょっと茉子! 余計なことは言わなくていいの!」

 

 レナ「おぉー! 可愛いですね! ヨシノ♪」

 

 ……にしても、まさか素直に常陸さんが朝武さんに料理をさせるとは思わなかったわ。「ダメです!」なんて言って突っぱねるだろうなって思ってたけど…………、告白……と言うかあの件があるからかな……? 

 

 廉太郎「じゃあ、巫女姫様の手作り弁当を俺にも一口……」

 

 蓮太「ダメだッ!」

 

 廉太郎「な、なんでだよ! いいじゃんか一口くらい! だったらほら、代わりに小春のおかずやるからさ!」

 

 小春「なんで!? 廉兄のおかずを渡せばいいでしょ!」

 

 蓮太「それでもダメだ! これは俺のだ! 俺以外には食べさせないからな!」

 

 将臣「なんだかんだで蓮太って朝武さんの事好きだよな」

 

 蓮太「な! そんな事ねぇよ!」

 

 これは別に異性として好きだから渡さないって言った訳じゃなくて、俺が貰った弁当だから、責任もって俺が全部食べるっていう意思表示であってだな……! 

 

 芳乃「…………」

 

 …………あ。

 

 レナ「あ、ヨシノがダメージを受けました」

 

 蓮太「違う違う違う違う!!! 朝武さんの事が嫌いって訳じゃなくて! これは……そう、つい恥ずかしくて思ってもない事を口走ってしまったんだ! 好き、好きだから安心してくれ!」

 

 廉太郎「あー! コイツ巫女姫様に告白した!」

 

 蓮太「いやっ! そんなんじゃなくてだな──」

 

 茉子「…………」

 

 …………い。

 

 レナ「あ、今度はマコがダメージを」

 

 蓮太「ひ、常陸さんの事も忘れてないから! と言うか今の好きはそういう意味じゃなくて、友達! 友達として好きって事だから! だから別に常陸さんの事が好きじゃないとかそんな事じゃないから!」

 

 芳乃「やっぱり……」

 

 なんなんだよこれ!? 

 

 片方をフォローしたら、もう片方が落ち込むんだけど!? ここは地獄か!? 

 

 両手に華って言葉があるとはいえ、実際にこんな状態になったらここまで面倒なのかよ!? 

 

 将臣「モテる男って辛そうだね」

 

 蓮太「るっせぇ下男!」

 

 将臣「朝武さん。コイツみんなのいない所で常陸さんの事が異性として好きっていってたよ」

 

 蓮太「あぁ! 嘘です嘘です! 有地様! 頼むからこれ以上状況を嘘で悪化させないで下さい」

 

 立場が弱くなったァ! 

 

 てかなんでモテるって単語が出てくるんだ!? なんでこいつは2人の好意を知ってるんだ!? 

 

 廉太郎「てか、何? 蓮太やっと巫女姫様と常陸さんに気を使うようになったの?」

 

 蓮太「は!?」

 

 小春「やっと気が付いたんですね、蓮先輩」

 

 蓮太「え!?」

 

 この2人も!? 

 

 蓮太「な、なんで? てか、なんでその言葉が……!?」

 

 廉太郎「なんでも何も、2人が蓮太に好意を寄せてるのは目に見えてわかってたからな。最近は激しかったし」

 

 小春「蓮先輩が全く気がついてなかったら、巫女姫様と常陸先輩が不憫で仕方なかったよね」

 

 蓮太「……もしかして、気が付いてなかったのって俺だけ?」

 

 全員『うん』

 

 

 そうだったんかい! 

 

 

 

 

 

 レナ「そうなのですか?」

 

 いや違ったわ。仲間がいたわ。



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68話 感じる違和感

 

 キーン……コーン……

 

 蓮太「やっと終わったか……」

 

 いつものように退屈な授業を終え、生徒達は自由を得た鳥のようにザワザワと活気を取り戻していき、賑やかになる。

 

 しかしそんな雰囲気に流されることなく、頭の中を過ぎるのはあの夢。

 

 今もハッキリと覚えている。俺自身の分身の様な何かと出会い、呼吸が難しくなる程に苦しみを与えられたこと。

 

 心の覚醒。

 

 今の世界の俺。

 

 それに……常陸さんに告白したかのようなあの台詞。

 

 わからないことだらけだ。

 

 試しに俺は右腕に心の力を送ってみるが…………

 

 蓮太「いつもと変わらないよな」

 

 微量の力を送り込むと、薄く、淡く蒼色に光を放ち、特に違和感なくいつもの感覚だ。

 

 芳乃「何をやっているんですか? こんな所で……、皆さんにバレても知りませんからね」

 

 と、そんなことをしていると、ここ最近で見慣れるようになった朝武さんと常陸さんの2人が俺の席までやってきた。

 

 茉子「まぁ……、何となくなら誤魔化せそうではありますが、芳乃様の言う通り、場所は選んだ方がよろしいかと」

 

 蓮太「確かにそうだな。悪い」

 

 芳乃「でも、珍しいですね? 何か、気になることがあったんですか?」

 

 蓮太「気になること……は、あったんだが、よくわからないんだ。変な夢を今朝見てさ」

 

 茉子「変な夢……? ですか」

 

 それから、俺はできるだけ丁寧に夢の中身を2人に伝えた。

 

 一応常陸さんへの告白のような言葉を聞いたことは言わなかったが……

 

 芳乃「生命の大樹へ向かう……ですか」

 

 茉子「それに、「もう一人の竹内さん」の事も気になります。それにその独特な言い回し……まるで世界が繰り返されているような……」

 

 蓮太「ま、所詮夢だから何の確証も信頼性もないんだけどさ。特に何も不思議なことは起こってないし……気にしてない」

 

 そう言って俺は自分の席から立ち上がり、杖を片手に移動する。

 

 その後ろを2人は付いてきていたが……

 

 蓮太「なんか二人とも付いてきてるけど、今日は俺みづはさんの所に行くから少し遅くなるぞ?」

 

 あれからそれなりの時間が経過している。そろそろ足の様子を確認してもらうにはいい頃合いだろう。

 

 芳乃「大丈夫です。多少遅くなる程度の事でしたら今までにも何度がありましたから」

 

 茉子「ワタシも、どうせ今日の夕飯の為の買い出しに行かなければならないので」

 

 蓮太「そうか? ならいいんだけど」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 みづは「…………じゃあ、最後に……試しにここまで歩いてみて」

 

 あれから診療所へと移動した俺は、足の状態を確認する為に色々な検査を受けた。

 

 その殆どをほぼ問題なくクリアした俺は、最後に指定された10歩程の距離を軽く歩く。

 

 もう今はほとんど関知しているのか、痛みは全くと言っていいほど感じない。

 

 蓮太「どうっすか?」

 

 無事に何事もなく歩みを進め、結果を聞く。

 

 みづは「うん……。問題はなさそうだね。まったく、驚くべき回復力だ」

 

 蓮太「そうなんスか?」

 

 俺達は元の椅子に座り、何かを紙に書いているみづはさんに話しかける。

 

 回復力が凄いのか? 元々怪我が軽めだったって話じゃなかったっけ? 

 

 みづは「まさか一週間そこらでここまで回復するとはね……。間違いなく奇跡と言ってもいいだろう」

 

 ……そうか。

 

 やっぱり、「普通」じゃないんだな。

 

 蓮太「……」

 

 みづは「前々から思ってたんだけど、正に天性のモノだよ。君のその身体は。異常な耐久力、ずば抜けた運動能力、そして驚異的な治癒能力。ここまでのモノは今まで見た事がない」

 

 芳乃「確かに……、お祓いの時にも「それ」が垣間見える時がありましたね」

 

 言われてみれば確かに。そう思わないことは無い……かな。

 

 みづは「ともかく、そんな恵まれた身体を持ってしても、君の言っていた大技は二度と禁止だ」

 

 蓮太「悪魔風脚(ディアブルジャンブ)……」

 

 確かにあれは危険な技だ。たった数分、しかも1~2分程度の時間でここまでの怪我をする羽目になった。

 

 みづは「君の心の力。さっき実際に見させてもらったけど……、恐らくは「身体強化」じゃない。言うならば「力を特定の箇所に纏わせている」んだ」

 

 茉子「身体の強化ではないって……何故そんな事が?」

 

 みづは「火傷は「熱」で、骨折は「心の力」で起こったものなんだよ。片足に異常なまでの熱を集める為に竹内君は大量の心の力を片足に送り込んだだろう?」

 

 ……あの時は……。確かそうだ。物理的な威力を上昇させる為にも確かに心をつぎ込んだ。

 

 蓮太「はい。けれど、心の力を纏わせた際、運動能力が飛躍的に上昇したのは間違いないんです。今まで出来なかったことも急激に出来るようになりましたから」

 

 みづは「まあ、確かに私も詳しいことはわからないけれど、君が身体に心の力を送り込むことで自身を傷つけていることは変わらない。軽くはあるけど骨折がその証拠さ」

 

 身体強化ではない何かが起こっていたとはいえ、足にかかった負荷に耐えられていなかったってわけか。

 

 みづは「やっぱり謎が多いね、その「心の力」は」

 

 茉子「その、何かヒントのようなモノはないのでしょうか? 例えば……蒼いあの刀に関することですとか」

 

 みづは「蒼い刀……、「鬼切りの刀」の事だね」

 

 ……確かに間違いなくあの刀が何か重要な事を握っている。

 

 俺は結構雑に扱ってしまってるけど……

 

 みづは「あの刀に関しては、資料もかなり少なくてね。鬼切りの伝説しか語られていないから……。しかもそれは叢雨丸の影でだ」

 

 芳乃「竹内さんは、やっぱり……知りたいと願ってるんですよね」

 

 蓮太「あぁ。いつまでも俺が持ってる訳にはいかないだろ?」

 

 それに、多分俺はいつかここを出るから。

 

 みづは「まあ、呪いに関することなら私の方が調べやすいだろう、できるだけ時間がある時に手当たり次第に漁ってみるよ」

 

 蓮太「すんません。何もかも頼る形になってしまって」

 

 みづは「いや、いいんだ。個人的にも気になってきたからね。それじゃあ診察は終わりだ。さっきも言った通り大技は二度と使っちゃいけないよ」

 

 蓮太「わかってますよ、あざっした」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 芳乃「本当に歩けるんですか?」

 

 診療所からでて暫く歩いていると、朝武さんが心配そうに何度も何度も俺の右足を見る。

 

 蓮太「大丈夫だって。走ったりはした事ないけど、基本的には痛みはもうないんだ」

 

 にしても、結構危険なものだったんだな……心の力って。

 

 蓮太「常陸さんは大丈夫なのか? どこか痛くなったりとかしてないのか?」

 

 ……あれ? 

 

 茉子「え? ワタシ……ですか?」

 

 あれ? 

 

 なんで俺は今、常陸さんに体調を伺ったんだ? 

 

 蓮太「え? 茉子も心の力…………を……」

 

 芳乃、茉子「「──!?」」

 

 その瞬間に頭に電流が走ったかのような感覚が。

 

 一瞬何かを思ったんだけど……? 

 

 蓮太「ごめん、ちょっと疲れてるのかも。悪いな常陸さん、変な事聞いて」

 

 茉子「ま……、まま…………! まこ……!?」

 

 芳乃「〜〜〜──!!」

 

 あれ? なんか常陸さんはめっちゃ照れてて、朝武さんはめっちゃ怒ってる!? 

 

 あ、いや朝武さんは怒ってはないか……? え? なに? その顔。

 

 蓮太「あの……何か俺またやらかし──」

 

 芳乃「茉子だけずるいッ! 私も呼んで下さいっ」

 

 呼ぶ? 

 

 蓮太「朝武さん」

 

 芳乃「違いますッ! 「芳乃」って……そう、呼んで下さい……」

 

 え? なんで? いや別に俺は常陸さんの事を名前で呼んだりしてないし……

 

 って言っても多分反論されて終わりだろうな。仕方ない……

 

 蓮太「よ、芳乃……」

 

 ……なんだろう。言い慣れてないせいか? とてつもなく恥ずかしいぞ!? 

 

 芳乃「少しぎこちないですけど……。許してあげます」

 

 ……何か許しを乞う様なことを俺はしてました? 

 

 蓮太「え、えっとぉ……。何かすみませんでした朝武さん」

 

 ここはともかく一旦謝っておいて──

 

 芳乃「ジー……」

 

 そんな口に出してまで……。なんだよコイツ可愛いかよ。

 

 蓮太「ごめんなさい……。芳乃さん」

 

 芳乃「はい」

 

 どこか満足そうな顔で落ち着いた笑みを見せる朝武さん。なんだよ、呼び方一つでそんなに変わるものなのかよ。

 

 これからは怒らせてしまった時に名前で呼ぼ。

 

 蓮太「それじゃあとにかく買い物に行こう。確か夕食の食材を買わないといけないんだったよな? 常陸さん」

 

 茉子「……芳乃様だけですか? ワタシは変わらずに……?」

 

 

 おめぇもかよぉぉぉぉ!!!! 

 

 

 蓮太「…………買い物が必要なんだよな? 茉子さん……」

 

 茉子「……なんでそんなに面倒そうなんですか? それに先程は「さん」って付けてませんでしたよ?」

 

 ……? 先程? なんの事だ? 

 

 あ、芳乃って言ったわ。

 

 蓮太「……呼び捨ては勘弁してくれませんかね」

 

 茉子「ジー……」

 

 蓮太「……早く行こうか、茉子」

 

 やっべ、面倒くせぇ。

 

 茉子「はい♪」

 

 別に俺達は付き合ってるわけじゃないんだぞ? って思ったけど、別にそんなルールは無いか。付き合わないと名前で呼ばないなんて。

 

 それにちょっと面倒だけど、彼女達がそれで満足するのなら別にいいか。

 

 思い返せばとんでもないことをやらかしてきてるな。俺達って。

 

 一緒に風呂に入るなんて最早馬鹿だろ。てか常陸さんに関しては最初は俺、ボコられたんだけど? 

 

 女心はわからん。

 

 芳乃、茉子「「それじゃあ行きましょう? 蓮太さん」」

 

 ……本当に、女心はわからん。

 

 それにしても、随分と変わったな……二人とも。

 

 明るくなった……と言うか、積極的と言うか……。ま、何にせよ悪いことではないか。

 

 それにしても、改めて気になったことは一つ。

 

 

 

 蓮太「いや、お前らは呼び捨てじゃないのかよ」



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69話 予感

 

 あれから俺達は、すっかり見慣れた道を歩き、夕飯に使えそうなものを適当に買っていく。

 

 卵に野菜に鶏肉豚肉……

 

 芳乃「もう沢山買ったけど、まだ何か買うの?」

 

 茉子「そうですね……。お魚も買っておきましょうか」

 

 ……ほーう、まだ買うつもりかね。

 

 芳乃「でも、もう蓮太さんの両手は塞がってるけど……?」

 

 茉子「大丈夫です、芳乃様! 手は塞がれてても腕があります!」

 

 蓮太「ちょっとは『持ちましょうか?』とか声をかけてくれてもいいんだぜ?」

 

 茉子「まだ持てますか?」

 

 蓮太「うん。ちょっと違うね。惜しいけどそれじゃあ意味が変わってくるね」

 

 なんて言いながら歩いていると、目的の場所へ辿り着いた。

 

 って……。

 

 蓮太「おろ? 気前のいいおっちゃんはどうしたんだ?」

 

 よく通う魚屋には、毎日店を経営しているおっちゃんではなく、その奥さんが店番をしている。

 

 魚屋「うん? ああ、あの人なら今はちょっと野暮用があってね、こっちにはいないんだよ」

 

 野暮用? 何かあるんだろうか? 

 

 って、誰しもちょっとした用事ならあるか。別にここにいないからって不思議じゃないんだが……

 

 蓮太「珍しいな。おっちゃんがいない日なんて初めて見た」

 

 魚屋「裏方はあたしの仕事だからねぇ。っと今日はどうしたの? 何が欲しいんだい?」

 

 蓮太「え? あぁ、ちょっと待って──」

 

 そうして一緒に来ているはずの常陸さんに声をかけようとすると……

 

 そこそこ離れた場所で、一つの食べ物を2人して凝視していた。

 

 よく、目を凝らすと……

 

 芳乃「極上ウルトラスペシャルバニラソフトクリームッ!?!?」

 

 茉子「芳乃様落ち着いて下さい! もうすぐ夕食の時間ですからダメですよ!」

 

 見たことの無い売り文句のソフトクリームに目を輝かせる巫女姫様とそれを必死に止める従者の姿が目に映った。

 

 ……何やってんだよ。ったく。

 

 芳乃「でも! でもっ! 極上ウリュトリャ☆$<・=%♪ ○☆+€!!!」

 

 茉子「戻って来て下さい芳乃様ッ!」

 

 ……まともに喋れてねぇじゃねぇか。

 

 しょうがない、適当に俺が選んで買っておくとしますかね。

 

 蓮太「それじゃあ、極上ウルトラスペシャル──じゃなかった」

 

 あぶねぇあぶねぇ、俺もあの美味しそうなやつに惑わされるところだった。

 

 何とか誘惑を振り払い、改めて並んでいる魚達を見る。既に切り身になっているものでもいいが……

 

 そうだな……

 

 蓮太「……メバルをくれるか?」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そしてあらかたの買い物を済ませ、俺達は家に戻る。その道中……

 

 芳乃「ソフトクリーム……」

 

 蓮太「まだ言ってたのかよ」

 

 芳乃「だって、あんなに魅惑的な言葉を使われていたら食べたくなるじゃないですか」

 

 蓮太「まぁ、確かに気持ちはわからなくもないが……。実際、俺も大分惑わされたしな」

 

 茉子「お二人共甘いデザートは大好物ですからね……、ですが、夕食直前は流石に止めさせて頂きます」

 

 そういえば甘い物を最近は全然食べてないな……? そろそろ田心屋にでも行こうかな。

 

 あそこのプリン、何故かかなり美味いんだよなぁ……

 

 なんて思いながらいざ家に着くと、中には誰もいなかった。

 

 ただいまと返事をしても、誰からも返事がない。

 

 蓮太「将臣は玄十郎さんとこに行ってるだろうけど……、安晴さんは何処行ったんだろ?」

 

 芳乃「あれ? ……確かにこの時間にお父さんが不在なのは珍しいですね」

 

 一旦キッチンに物を置いて、軽く探してみるが、その姿は見当たらない。

 

 蓮太「常陸……、じゃなかった。茉子さんは何か連絡とか貰ってないか?」

 

 もしかしたら、今日は遅くなるから晩ご飯は……的な事を言われてるかも? 

 

 茉子「いえ、ワタシも何も聞いていませんが……。その……、『茉子さん』ってなんだかムズムズすると言いますか……違和感が……」

 

 えぇ……? アンタが言えって言ったんじゃんかよ。

 

 でも、『常陸さん』って呼んだら怒るんだろ? 

 

 芳乃「あれですよね。蓮太さんって言葉遣いが悪いのに、敬称を付けて呼ぶから違和感があるんですよね」

 

 蓮太「そう言われましても、これがワタシの素でありますからねぇ……。と言うかさ、だったら俺の事も呼び捨てで呼んでくれよ」

 

 さっきも思ったけど、俺だけが名前の呼び捨てで呼ぶ事が違和感なんだが。

 

 茉子「ワタシ達が!?」

 

 芳乃「呼び捨てですか!?」

 

 蓮太「あぁ。それに朝た……。芳乃は安晴さんや常た……、茉子と話す時は結構フランクに話すじゃんか? あんな感じがいい」

 

 アホか俺。いい加減慣れろ。

 

 名前で呼ぶだけ、名前で呼ぶだけ。名前で呼ぶだけ! 

 

 ……よし。もう恥ずかしがらないぞ。

 

 蓮太「どうだろう?」

 

 朝武さんと常陸さんはお互いに顔を見合わせて……

 

 茉子「そう言えば芳乃様は確かに口調が変わりますね」

 

 芳乃「ま! まま茉子!?」

 

 俺は明らかな動揺を見せる朝武さんの両肩を持って、その身体をクイッと俺の方に向ける。

 

 芳乃「あっ……! たっ! たたたたたた竹内さ──」

 

 ケンシロウか。

 

 蓮太「そうじゃなくて、『蓮太』」

 

 耳まで真っ赤に色を変えた朝武さんは口を何度もパクパクとさせて目を泳がせる。

 

 ……フグかよ。

 

 蓮太「……まだっスか?」

 

 そして朝武さんは遂に、意を決したように……

 

 芳乃「れ、れ……! 蓮──」

 

 将臣「ただいまー!」

 

 すっごいタイミング悪く下男が帰ってきた。

 

 そこでピンッと思いつく。

 

 散々振り回されてるんだ。たまには仕返しをしてもバチは当たらないだろう。

 

 ちょうど話の流れでリビングにいるから、絶対に将臣とそれについて行っているムラサメは通りかかるはず。

 

 足音が近づいてくるタイミングを見計らって、手に持っていた朝武さんの両肩を自分に近づけて、そのまま片腕を朝武さんの後ろにまわした。

 

 そう、つまり……

 

 芳乃「うにゅ──!」

 

 彼女をそっと抱きしめ──「うにゅ」ってなんだよ。

 

 茉子「──!?」

 

 一旦常陸さんの事は置いといて、横目でちらっと入口の方を見てみると……

 

 翠の幽霊がしっかりと俺達を見ていた。

 

 そして目が合うや否や──

 

 ムラサメ「ご主人ー! ご主人! 荷物なんて置いて早くリビングに向かうのだ! 芳乃と蓮太が接吻をするぞー!」

 

 無邪気な声で、元気よく予想とは違った報告をしていた。

 

 ……キスするつもりはないんだけどなぁ。

 

 芳乃「なっ!? むむむむムラサメ様ぁ! そ、そんな! 接吻なんてしませんからっ!!」

 

 蓮太「カーッカッカッカ!!」(アシュ〇マン風)

 

 芳乃「そんな高らかに笑ってる場合ですか! 私をからかいましたね!?」

 

 蓮太「たまにゃ、いいだろ! ここんとこ毎日毎日振り回されてるんだから」

 

 なんて言っていると、遠くの方から声が聞こえてくる。

 

 ムラサメ「急ぐのだ! ご主人! すまほとやらで撮影するのだ!」

 

 ……? 

 

 蓮太「ちょっと待て!? 盗撮はいかんぞ!?」

 

 将臣「はーい、準備終わりやした〜。次のカットお願いしま〜す」

 

 蓮太「何の撮影なんだよ!」

 

 

 茉子「いいなぁ……」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 と、あんなバタバタとした時間を楽しんだ後、時間も時間だったので夕飯を常陸さんと作ったのだが……

 

 蓮太「それにしても、安晴さん遅いな」

 

 将臣「確かに……。誰のところにも、連絡が来てないんだろ?」

 

 蓮太「らしいぞ。その言い方ってことは、将臣にも連絡は来てないんだな。……ってそう言えば今日は帰ってくるのは早かったな?」

 

 俺達が買い物から帰ってきて少ししたらすぐに声がしたからな。いつもに比べりゃ大分早い。

 

 将臣「ああ、それは祖父ちゃんが急用ができたから、いい機会だし内容を軽めにするって言ってさ」

 

 ……なんか今日は色んな人が姿を消すなぁ。

 

 ムラサメ「しかし……安晴の分は用意しておるのだろう?」

 

 いたのね、チミ。

 

 蓮太「してる。けど、あたりも暗くなり始めてるし、何か大事な用事があったとしても、もしかしたら外で食べてくるのかな」

 

 そんな時、トコトコとスマホを持った朝武さんが小走りで俺達の所へ駆け寄ってきた。

 

 芳乃「あ、いましたいました」

 

 蓮太「ん? どした? 芳乃」

 

 将臣、ムラサメ「「『芳乃』っ!?」」

 

 ……1から説明するのは面倒だな。

 

 別にいいか、変な勘違いをされても。

 

 蓮太「ツッコまないからな。それでどうしたんだ? わざわざ駆け寄ってきて」

 

 芳乃「一応、お父さんと連絡がついて夕食は家で食べるそうです。ですが、もうしばらくは帰れそうにないと言っていましたので、先に皆さんで食べてもらってて良いと」

 

 ……もうしばらく? 

 

 蓮太「そうなのか。なら、そうする──」

 

 朝武さんに返事をしている途中、俺のポケットから電話の着メロが鳴り響く。

 

『いつも遠くにあるもので♪ 小さな……』

 

 蓮太「はい」

 

 安晴『もしもし……蓮太君かい? 芳乃から聞いたよ、わざわざ夕食前に僕を待っていてくれたんだね。本当にごめんよ』

 

 その相手は安晴さんだった。

 

 蓮太「あ、いえ。別に大したことじゃないっスから。それで、もう少し戻れないんですよね?」

 

 安晴「そうなんだ。ちょっと問題がね……。だから僕の事は気にしないで大丈夫だよ、家に戻った時に頂くとするから」

 

 そんな安晴さんとの電話越しに何かが聞こえてくる。

 

『いいから吐け! お友達がいるんだろ! 何故こんなことを……』

 

 蓮太「…………そうっスか」

 

 ……なんだ? このざわめき。

 

 はっきりとは聞き取れなかったけど、何かヤバい気がする。

 

 安晴『多分、僕がいないと今以上に……。じゃない、という訳だから、ごめんよ』

 

 蓮太「いえ、了解っス。それじゃあ」

 

 そうして何か違和感を感じながらも、俺は電話を切った。

 

 芳乃「お父さん、からですよね?」

 

 蓮太「あぁ……」

 

 将臣「ん? どうした?」

 

 ……ダメだ。なんか、気になる。

 

 蓮太「芳乃、安晴さんが今どこにいるのかわかる?」

 

 芳乃「お父さんですか? いえ……はっきりと断言はできませんが、最近は町の話し合い……町内会議の時は「第三集会所」へ集まる事が多いです」

 

 第三集会所ねぇ……。

 

 どこにあるんだろ。

 

 蓮太「ちょっと俺、そこに行ってくる。みんなは先に食べててもいいから」

 

 芳乃「それなら私も一緒に向かいます!」

 

 将臣「なら俺も」

 

 ムラサメ「ご主人が行くのなら吾輩もだ」

 

 茉子「もちろんワタシも護衛をさせて頂きますよ!」

 

 !? 

 

 蓮太「茉子はいつの間にっ!?」

 

 ムラサメ「ほほう……今度は『茉子』か……」

 

 あれ? さっきまでいなかったよな!? いつの間に現れたんだ? この忍者は。

 

 ムラサメ「蓮太。今の時代に大奥は作れぬぞ?」

 

 蓮太「作んねぇよ。名前で呼べって言われたから呼んでるだけだ」

 

 ……なんだ。結局みんな行くのか。それなら……

 

 まだ夕飯をよそわなくて良かった。そんなに時間もかからないだろうし、適当に蓋をして……

 

 蓮太「よし、じゃあ行くか」

 

 俺達は安晴さんの居るであろう場所へと向かった。



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70話 食べるということ

 

 何故だろう。あの場所が気になるのは。

 

 電話越しに聞こえてきたあの声も。何か嫌な予感を感じさせる。

 

 まるで誰かを責めているかのような……、けど、安晴さんに限ってそんなことはしないと思う。そりゃあ説教があったとしても、俺が想像をしているような事は……ないと信じたい。

 

 それに、俺が言ったところで何かが変わるわけでもないしだろうし……

 

 けれど、何故か行かなければいけないと思ったんだ。

 

 

 ……場所わかんないけど。

 

 芳乃「見えてきましたよ、蓮太さん。あそこです」

 

 そう言って建物を指差す朝武さんの先には、少し大きな平屋建ての建物が。しかもしっかりと明かりが点いている。

 

 将臣「電気も点いてるし、ここで当たりっぽいね」

 

 蓮太「だな」

 

 そうしてその建物の前に辿り着くと、何か胸がざわめき始める。

 

 入りたいんだけど、入りたくない。そんな相反する感情がグルグルと渦巻いていた。

 

 ムラサメ「どうしたのだ? 行かぬのか? 蓮太」

 

 蓮太「……いや、行こうか」

 

 グルグルと渦巻く葛藤の中、俺は玄関の扉に手をつけると……

 

 抵抗することなく、その目の前の扉は簡単に開いた。

 

 蓮太「鍵が……?」

 

 将臣「いやまずはインターホンを鳴らせよ……」

 

 その瞬間に耳を塞ぎたくなるような大きな音が鳴り響いた。

 

 まるで何か重いものが叩きつけられたかのような。

 

 思わず俺は片目を閉じ、頭をビクッと震わせる。

 

 その後に、聞きなれた声が聞こえてくる。

 

 玄十郎「奥山さん! どうか一度冷静になられて下さい!」

 

 知らない名前を呼び、何かを止めるような玄十郎さんの声が。

 

 将臣「この声は……祖父ちゃん?」

 

 ムラサメ「何やら嶮しい雰囲気だな」

 

 蓮太「そうでもないかもだけどさ」

 

 考えられる事は……例の泥棒さんかな。

 

 そんな事を考えている間にも、何か知らない人の口論のような怒号も聞こえてくる。

 

 その空気はこちらにも伝わってくるほどで……

 

 芳乃「…………ッ」

 

 気が付くと、朝武さんが俺の服の袖を摘むように握っていた。

 

 何かを怖がっているようにも見える彼女の頭を、ぽんぽんと撫でるように叩き、できるだけ安心させる。

 

 蓮太「もう帰るか。みんなで夕飯を食べよう」

 

 茉子「……そうですね」

 

 同調してくれたのは常陸さんだけだったが、きっと他のみんなにも意思は伝わっているだろう。

 

 俺が扉を閉めようとすると……

 

 芳乃「……入りましょう。今、この町で何が起こっているのか。その先にあるモノは何なのか、知りたいです」

 

 蓮太「怖くないのか?」

 

 芳乃「少し……」

 

 蓮太「無理はしなくてもいいんだぞ」

 

 怖いのならこれ以上無駄に連れ込んで怖がらせる必要は無い。これは単なる俺の好奇心のようなものだったんだ。

 

 ただ俺が気になっていただけだったんだから。

 

 芳乃「私はこの町の巫女姫です。それに、この町が本当に大好きなんです。何か問題が発生してしまっているのなら、少しでも力になりたいですから」

 

 蓮太「……わかった」

 

 そうして俺達は玄関で靴を脱ぎ、中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 さっきとは打って変わって、静まり返った建物の中を進んでいき、人の気配がする場所へと歩みを進める。

 

 そうしてたどり着いた大きな部屋には……

 

 見慣れた大人と、知らない大人。それに…………ボロボロの格好をしている人が一人、倒れていた。

 

 その人は力をなくしたようにぐったりと倒れており、最早生気すらもあまり感じさせない。

 

 あまりものその衝撃的な姿に、思わず怯んでしまったのだろう。ある人が声を出した。

 

 芳乃「──ッ!」

 

 その瞬間に大人達は俺たちのほうへと顔を向ける。

 

 安晴「芳乃……! それに、みんな……」

 

 そして周りの大人達はザワザワとざわつき始めて、その倒れている人から目を外す。

 

 そんな周りの人をガン無視して俺は更にその人の方へと近づいていく。

 

 朝武さんはまだ袖を離していないようで、俺の後ろを後を追うように付いてきていた。

 

 倒れている人は服装こそボロボロではあるが、目立った外傷がある訳でもなく、何か危害を加えられているようにも思えなかった。

 

 ただ、一言で言えば酷いの一言だ。

 

 見た目は男。それに……まだ俺よりも年下何じゃないか? 

 

 少し自分よりも若く見える。

 

 そして酷いと思った一番の理由は……

 

 

 

『ぐぎゅるるるるるるるる…………──』

 

 

 

 と、ずっと。ずっと腹の虫を鳴かせている。

 

 蓮太「お前がここ最近の大泥棒か」

 

 後ろで何故来たのかと玄十郎さんから質問責めをくらっている将臣達を無視して、試しに目の前の男に語りかけてみる。

 

 しかし案の定返事は返ってこない。

 

 すると、横にいた知らない大人が俺の方へと近寄ってきて……

 

 大人「現行犯だからな、俺がコイツを捕まえたんだ。ただ、間違いなく一人だけの犯行じゃないと思っている。つまりまだお友達がいるはずなんだよ。それほどの量を盗まれた」

 

 ……嫌な奴だな。

 

 蓮太「それで……ずっとこの状態で?」

 

 大人「そうだな。なんとかして一連の流れを吐き出させようとしてるんだが……見ての通り全然動かなくてな」

 

 …………。

 

 そんな事を話しているうちにも目の前の男はずっと腹を鳴かせている。

 

 何度も。

 

 

 何度も──

 

 ……穂織にもこんな大人はいたんだな。優しい人たちばっかりだと思ってた。

 

 あの時に、電話で安晴さんが言いかけていた事が今は理解出来る。

 

 きっと、安晴さんがいないと、この目の前の男はもっと傷ついていたかもしれない。

 

 蓮太「…………似てる」

 

 芳乃「……え?」

 

 蓮太「あの頃の俺に似てる」

 

 芳乃「それって、どういう──」

 

 朝武さんが何かを言い終わる前に俺は後ろを振り向き、安晴さんに一言伝えてから、ある場所へと向かう。

 

 蓮太「すんません。ちょっとキッチン借ります」

 

 安晴「…………お願いしてくれるかい?」

 

 蓮太「任せて下さい」

 

 ……もしかしたらわざとなのかもな。

 

 鍵が掛かってなかった事も、俺への電話も。

 

 そんなことを思いながらも俺はキッチンへと向かっていった。

 

 

 

 そして適当に大きな冷蔵庫の中を確認すると……、そこそこの量の食材が入っている。

 

 これらは全て……うん。使えそうだ。

 

 芳乃「蓮太さん……、あの人はやっぱり今朝言ってた……?」

 

 どうやらまだ俺に付いてきていたらしい。

 

 蓮太「だろうな。ごめん芳乃、後ろにあるパックのご飯を温めてくれるか?」

 

 芳乃「……え? ……あっ! は、はい!」

 

 いちいち炊いてる時間はないからな。それに、冷蔵庫の中に食材は入ってはいたが、安晴さんに伝えているとはいえ、ほぼ黙って勝手に使ってるんだ。できるだけ多くは使わない方がいいだろう。

 

 そうだな……ネギと……ハムと……卵と……なんでもいいか。

 

 ニンニク……生姜……

 

 適当に目に入ったものを手に取り、準備を済ませてトントントンと包丁を使っていく。

 

 そんな俺の料理を朝武さんは横でじーっと見ていた。

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そうして出来上がった食べ物と1杯の水が入ったコップを、朝武さんと一緒に運んでいく。

 

 するとそれを見かけた周りの人は安晴さん以外全員驚いていた。

 

 それをどこか嬉しそうに見る人。それを明らかに怒って見る人。それぞれが居た。

 

 そして全員が黙っている部屋の中、朝武さんと2人で歩く。

 

 蓮太「わり、通るぜ将臣」

 

 途中でちょっと道を譲ってもらいながら進む中、あの人に声をかけられた。

 

 大人「ちょっと待て。君、それをどうするつもりなんだ?」

 

 俺は手に持っている炒飯を倒れている男の前にトンっと置き、朝武さんはコップを置く。

 

 蓮太「別に、置いただけだ」

 

 そして改めてその倒れている男に向かって……

 

 蓮太「腹減ってるんだろ? それ食っていいからな」

 

 大人「おい待て! お前、自分が何をしてるのかわかってるのか? みすみす飯を食わせるなんて──」

 

 蓮太「悪いかよ。腹空かせてる奴に飯食わせて何が悪い」

 

 大人「ソイツは犯罪者だぞ! それにまだ何も重要な事は聞き出せてない!」

 

 蓮太「知るかそんな事。どうでもいいだろ」

 

 そんな事を話している中でも、目の前の男は頑なに食べようとしない。

 

 大人「これだから子供は嫌いなんだ! いいか? お前が考えているほど事の事態は俺達にとっては軽くないんだ!」

 

 ……無駄だな。根本的に考えが違う。

 

 なんて思っていると、俺の横にいた朝武さんがぺこりと頭を下げた。

 

 芳乃「ごめんなさい。奥山さんのお気持ちは重々理解できます。しかし……このような状態の彼を放置する事はできませんでした……。それに、元気を取り戻して頂いた後になら、沢山の必要な事がお聞きすることが出来ると思いますから、どうか許して下さい」

 

 奥山「巫女姫様………………!」

 

 奥山と呼ばれるその大人は、「勝手にしろ」と俺に叫び、部屋を出ていった。

 

 蓮太「……悪い、芳乃。嫌役引き受けてもらって」

 

 芳乃「そんな事ないです。最終的には、私ではなく蓮太さんの方に……」

 

 蓮太「それでも助かった。ありがとう」

 

 そう言って俺はその男の隣に座る。

 

 

 ぐぎゅるるるるるるるる…………

 

 

 蓮太「早く食えよ、冷めるぞ?」

 

 男「い……いらねぇ……!」

 

 ……なんか漫画でこんなヤツいたな。

 

 しかもやっと口を開いたと思えばコレかよ。

 

 男「俺は……! 早くアイツらの所に帰らなきゃ……!」

 

 蓮太「じゃ食ってから行けよ……」

 

 男「俺だけが………………こんな物を食う訳にはいかねぇ……!」

 

 ……バカが。

 

 蓮太「お前が食って動かなきゃ、『こんな物』をアイツらとやらに食わせられねぇだろうが」

 

 男「……ッ!」

 

 蓮太「食って立て、俺がまた作ってやるから」

 

 男「なんで………………」

 

 ソイツは信じられないと疑わんばかりに、その顔をやっと上げる。

 

 蓮太「世界は優しいようで残酷だからな。俺達が当たり前のように食べてる食べ物が枯渇した時、どんなに辛いことか。どんなに苦しいことか……」

 

 何も食べれない。

 

 何も飲めない。

 

 何をしたらいいかも分からない。

 

 それは…………死ぬよりも辛い事なんだ。

 

 蓮太「腹減った奴の気持ちは死ぬほどわかる」

 

 俺も……助けられたからな。

 

 蓮太「食って生きろ。お前がどんな奴かは知らねぇが、今、お前が生き延びないと、お前の守りたいモノも守れないぞ」

 

 コイツはきっと根は悪いやつじゃない。

 

 そうだろ? 店が何件も大赤字になるほどの食料を盗んでいるんだ。しかもそんなに時間は経過していない

 

 なのに何故コイツは腹を空かせている? 

 

 

 

 

 

 男「…………むぁぐ!!」

 

 俺の言葉の後、男は勢いよく飯にかぶりついた。

 

 休むことを知らずに、バクバクと。

 

 男「美味い……! 美味い……!!」

 

 ボロボロと流す涙も拭かずに、不格好な見た目でかぶりつく。

 

 蓮太「当たりめぇだ。巫女姫様も、美味いって言ってくれてるんだぜ?」

 

 男「すまねぇ……! 本当に……! ずまねぇっ!!」

 

 そうして、ふとみんなの方に顔を向けると……

 

 優しい笑顔で、俺達のことを見てくれていた。

 

 

 

 だから俺も、同じような笑顔を返した。



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71話 優しさに理由は必要ない

 

 さて……と。

 

 蓮太「……なんでこんな事をしたんだ? お前」

 

 大慌てで、泣きながら俺の作った炒飯を食べたその男がある程度落ち着いた頃に、気になっていた事を聞いてみた。

 

 ちなみに玄十郎さんは、奥山さんを放置はできないと言って、あとを追いかけて行った。

 

 蓮太「ただ無造作に盗んだって訳じゃあないんだろ?」

 

 男「どんな理由があろうと、犯罪は犯罪。それはわかってるんだ……。でも、それしか方法が思いつかなかった……!」

 

 茉子「何故……、でしょうか?」

 

 ある程度離れていたみんなは気がつけば俺と同じくらいに、その男に近づいており、その男が語るのを待っていた。

 

 男「俺が、守らなきゃいけなかったんだ。俺だけがアイツらを守れる人間だったんだ!」

 

 …………

 

 その男が語るには、元々この穂織の地域からそこそこ近い場所に住んでいた様だった。

 

 近いといっても場所を聞く限り、軽く歩いて来れるような距離ではなかったけど……。交通機関を使えば一日もあれば十分たどり着けるだろう距離だった。

 

 そんな少し離れた場所にある家で暮らしていたその男の名は『一花』

 

 名字は必要ないらしい。

 

 一花「元々の親から俺は捨てられていて、俺は拾ってくれた親父との血の繋がりなんてなかったんだが……、一緒に暮らしていくうちに、心を開くことが出来て家族になれたんだ」

 

 ……へぇ。

 

 一花「それから家族が少しだけ増えてさ。妹が2人できたんだ。でも、親父は優しすぎるから、親父の兄弟の連帯保証人になってたみたいで…………」

 

 ……気を許していた兄弟から裏切られて……って感じか? 

 

 蓮太「……」

 

 一花「逃げた兄弟の代わりに、親父は時間をかけて返していたんだが…………重なる重労働の末に、この間死んじまってさ」

 

 芳乃「そんな……」

 

 ムラサメ「なんとも……もどかしいモノだな……」

 

 一花「でも、親父が死んでからは、アイツら……今度は俺達に金を巻き上げに来はじめた! だから……逃げるしかなかった。逃げ続けることしかできなかった」

 

 ……なるほどねぇ……。それで逃げ続ける為に……。

 

 なら金を盗めよ。

 

 って、そうじゃなくて。当の本人がこんな状態って事は……

 

 蓮太「それで、今、お前の妹達はどこにいるんだ? 『俺達』って事は、一緒に逃げてきたんだろ?」

 

 一花「ああ。ここから少し離れた空き家に……」

 

 蓮太「じゃあそこを教えろ。とりあえずそんな所じゃなくて、ちゃんとした家に移した方がいい」

 

 一花「え……?」

 

 その場から立ち上がって、俺はトントンと床を叩いて靴のズレを直す。

 

 蓮太「だめっスか? 安晴さん」

 

 安晴「そんな事は無いよ。事情があるんだ、ひとまず家に連れてこよう」

 

 蓮太「あざっス!」

 

 一花「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、アンタら何を……!?」

 

 蓮太「んぁ? 何って、少しの間ならお前らを助けてやるつってんだよ。一旦その妹達をこっちに連れてくるから、お前は場所を俺に伝えてからさっさと町の人達に謝ってこい」

 

 そうと決まれば、どうすっかな。

 

 一花を謝らせている時に、変なことをされないように朝武さんと安晴に付いてもらうとして……将臣に付いてこさせるか? 

 

 一花「なんで……そこまでして…………」

 

 蓮太「なんでもいいだろ、人を助ける理由なんて。そんな事より場所、場所を教えろよ」

 

 と、一花から教えてもらった場所は、歩いていくには少し距離がある場所だった。流石にこの距離は歩きで行きたくはない。

 

 蓮太「安晴さん。どっかに車とかないですかね?」

 

 安晴「車なら、町のものが第1集会所にあるけど……、蓮太君免許証はあるのかい?」

 

 蓮太「ありますあります。その辺は大丈夫ですから、ちょっと借りていいですか?」

 

 茉子「蓮太さんって車の免許を取得されていたんですね……!」

 

 ……? なんなら普通の2輪もあるけど? 

 

 取れるようになった年に直ぐに取ったからな。

 

 安晴「構わないよ。じゃあ、そっちの方はお願いするね」

 

 蓮太「はい。それじゃあ……」

 

 車での移動だから……ムラサメが乗ったらどうなるんだろ? やっぱり置いていかれるのか? 

 

 だとすると、将臣から離れたがらないムラサメが駄々を捏ねたら面倒だから、将臣は却下。

 

 朝武さんと安晴さんもさっきの理由で却下。

 

 でも流石に二人いた方が…………いいよな。何があってもいいように。

 

 蓮太「茉子、付いてきてくれるか? 一応人数は二人で行きたくてさ」

 

 茉子「はい! もちろんです!」

 

 芳乃「それでしたら私も──」

 

 蓮太「気持ちはわかるけど……芳乃は一花の事を頼む。安晴さんと一緒にコイツを謝らせてくれ」

 

 そう言った後、俺は朝武さんに近づいて、耳元でそっと囁いた。

 

 蓮太「ほら、さっきの人みたいに、すんなりと納得……というか逆上してしまう人もいるだろうから」

 

 そしてトンっと朝武さんの肩に手を置いて……

 

 蓮太「ダメかな……?」

 

 芳乃「……わかりました。確かに、心配ですからね……」

 

 それでもやや納得はしていないようだ。

 

 ……後で何かしてあげないとな。

 

 はぁ……。

 

 蓮太「ありがとう」

 

 そうして、俺が部屋から出ようとした時──

 

 一花「蓮太……」

 

 と呼ばれた。

 

 蓮太「ん? 何?」

 

 一花「さっきから気になってたんだが……もしかして、一天四海院の『蓮太』なのか……?」

 

 一天四海院。

 

 なんでコイツは名前を知ってるんだ? まぁ、今はいいか。

 

 蓮太「『元』な、久しぶりに聞いたぞ、その名前」

 

 ……そろそろじいちゃんに電話でもするかな。生きてるか? って。

 

 一花「じゃあアンタがあの──!」

 

 蓮太「とにかく、一旦車を持ってくるから、茉子はここで待ってて!」

 

 第1の方なら何とか知ってるからな。前やってた朝のランニングコースの中にあったし。

 

 

 

 そう言い残して、俺は部屋を飛び出して行った。



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72話 怪しい建物

 

 Another View

 

 一花「まさか……、あの蓮太がこんな所にいたなんて……」

 

 あの蓮太……? 

 

 どういうことなのだろう? もしかして、蓮太さんの事を何か知っているのでしょうか? 

 

 将臣「それはつまり、どういうこと? もしかして蓮太の事を知ってる?」

 

 その疑問はワタシだけではなかったようで、ここにいるみんながあの言葉に対して不思議に思っていたようだった。

 

 一花「俺達のような落ちこぼれの内輪じゃあ、知らない奴はいないはず。一天四海院の蓮太は、まさに英雄なんだ」

 

 芳乃「英雄……?」

 

 一花「どんな人だろうが、どんな状況だろうが助ける事を決して止めない、躊躇しない。俺達もそうなんだが、間接的に日本中の孤児を助けてくれたんだ」

 

 話を聞くところ、蓮太さんは元々居た孤児院、『一天四海』で日本中の自分と同じような境遇の人を助ける為に、九州を初めとして様々な所で活動をしていたらしい。

 

 それは『一天四海』を管理している蓮太さんの育ての親、「竹内 万作」さんの顔の広さを利用して、各地域の人達に行くあてのない子供達の導き手になってくれるように色んな形で声掛けをしていたようだった。

 

 その意思に賛同してくれた人が、少しずつ少しずつ施設を建てることにより、数年前よりは沢山の人達が救われているのだという。

 

 つまり、その場からは彼自身は動いてはいなかったが、蓮太さんが意思や想いを数々の人に広めていったとして、影響された人達がその気持ちを胸に更に活動を広めていった。という事だった。

 

 茉子「蓮太さんは、そのような事を……!」

 

 一花「姿こそは知らないが、その名前は俺達の間でどんどん広がっていったんだ。『蓮太君の気持ちに共感した』『彼のように色んな人を助けたいと思った』って、口を揃えてみんな言ってたよ」

 

 安晴「それは……僕も知らなかったなぁ」

 

 それで「英雄」。

 

 ……凄い人です。

 

 そう言えば、最初からそうでした。蓮太さんが祟り神と初めて接触してしまった原因も「人助け」。お祓いに関わることになった始まりも、「人助け」。

 

 蓮太さんの行動の根源は、常に誰かの為。

 

 そんなの……ますます……

 

 と、その時、外の方から車のエンジン音が聞こえてきて、すぐに蓮太さんがこの部屋に戻ってきた。

 

 

 …………………………

 

 蓮太「よし、とりあえず車を持ってきたからさっさと移動しよう。茉子」

 

 タタタッと集会所のみんながいる部屋へ移動して、改めて常陸さんを誘う。

 

 すると、なんだか気味が悪いくらいにみんなが俺を見てニヤニヤと笑っていたが、何か変なことを言ったのだろうか? 

 

 っと、それよりも……

 

 蓮太「一花。とりあえず場所は大体わかったんだが、その妹達の名前って何なんだ?」

 

 一花「妹は2人、『雪音』と『月那』って言うんだ。それぞれ雪の形と月の形のヘヤピンをしていて、雪音は白い服を、月那は黄色の服を着ているから、ひと目でわかると思う。本当にすまん……! 妹達を頼む……!」

 

 そう言って一花は額を床に着けて、俺に謝っているが……

 

 蓮太「馬鹿か、俺に謝ってる暇があるなら、さっさとみんなに謝れよ。まぁ、わかった。それじゃあとりあえず茉子と行ってくるから」

 

 茉子「はい! それじゃあ──」

 

 と俺と常陸さんがその場を離れようとした時──

 

 一花「それと……!! 一応……伝えておく。仮面を被った黒い人に気を付けてくれ」

 

 仮面の人? 

 

 茉子「それってどういう?」

 

 一花「俺達が逃げる事を決意した理由はそれもなんだ。何度か妹を連れ去ろうとしていたから……まだ追っかけているかもしれない。理由はわからないんだけど……一応、気を付けてくれ。かなり遠くに来たから大丈夫だとは思うけど…………」

 

 …………危険な匂いがするぞ……? 

 

 蓮太「わかった」

 

 ……と、その前に。

 

 蓮太「一花の事をお願いな、芳乃」

 

 そう言って朝武さんの頭をポンポンと撫でる。

 

 流石にこの辺はフォローしておかないと、後が面倒そ──ゲフンゲフン! 

 

 可哀想だからね。

 

 芳乃「は、はい! こちらはお任せ下さい!」

 

 茉子「むぅー……」

 

 ……もう一人気を使わないといけないんだった。

 

 あぁーもう! 

 

 蓮太「じゃあ行ってくる!」

 

 俺は後ろにいる常陸さんの手を握り、その場から逃げるように部屋を飛び出した。

 

 茉子「あっ……!」

 

 少し意表を突かれたような顔を見せた常陸さんは、どこか嬉しそうな表情をする。

 

 その瞬間──

 

 芳乃「むぅー……」

 

 もう俺どうしたらいいんだよぉ!!!! 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そして車での移動中……

 

 茉子「確か……場所は車での移動でしたら、そこまで時間はかからないのですよね?」

 

 蓮太「あぁ……。でも、流石に十分や二十分で辿り着くほど近くはなかったけどな」

 

 というかそんな距離を頻繁に移動していたのかよ、アイツ。

 

 それにしても、なんで本当に金を盗まなかったんだろうな。わざわざ食べ物を盗むなんて。

 

 いくら身なりが悪くても、客である以上買い物くらいはできろうに。

 

 茉子「……それにしても、一花さんのお話、不可解な点が多々ありますよね」

 

 蓮太「それは俺も思ってた。重労働を強いられる程の金額の借金を肩代わりしていたのは、正直俺達が勝手な事は言えないけど、それをアイツらがまともに返すなんてな」

 

 茉子「でも、普通は借金というものは相続されるものなんですよね?」

 

 蓮太「全てを引き継げばな。財産を貰わなければ、その借金は支払わなくてもいいんだ。それに、貰った財産分だけの範囲で支払いをするってのもある」

 

 茉子「泥棒をしてしまうほどの状況を考えると……そもそもとしてその借金という物は正規の出来事なのでしょうか?」

 

 蓮太「……正直、怪しいと思う。相続を放棄する権利がある事すら知らされてないんじゃないだろうか? とも思うしな」

 

 そもそもとして、アイツらがその事柄の話をしっかりと理解しているかすらも怪しい。

 

 それに気になるのが、妹を連れ去ろうとした点だ。ただの借金取りがそんなことをする理由はない。

 

 嫌な予感しかしないな。傍から見れば関わるべきではないと匙を投げるだろう。

 

 蓮太「ま、それらはこれから調べてみればいい。まずは保護が優先だ」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そして数十分後……

 

 蓮太「一応ここらしいけど……」

 

 教えてもらった場所へ辿り着いた俺と常陸さんは、ボロボロの家の前に車を止めて、地面に足をつける。

 

 茉子「穂織の外は、こんなにも暗くて不気味なところもあるんですね。ワタシ、初めてで……」

 

 常陸さんの言う通り、崩れかけた目の前の家の他には、同じような建物が連なっていて、街灯のひとつもない。恐らく人は住んでいないのだろう。

 

 しかし、以前と違うのは絶対に感じていた「幽霊」の気配が全くない事。もしかしたら、朝武さんの加護のようなものがあるのかもな。

 

 そう考えると、毎日毎日舞を奉納してくれている巫女姫様に感謝だ。

 

 ま、それが事実なのかどうかは知らないけど。

 

 蓮太「怖いか?」

 

 茉子「……少し」

 

 いくら祟り神等の異形と戦っていたとはいえ、この手の物には恐怖心を抱くのだろう。常陸さんだって女の子なんだ。それはしょうがない。

 

 俺はさっきのように、さりげなく常陸さんの手を握り、少しでも安心させようとした。

 

 蓮太「流石にこんなところで一人にはしないから大丈夫。茉子の近くにずっといるから安心して」

 

 茉子「それは……卑怯ですよぉ……!」

 

 そんな彼女を優しさで守るようにしながら、俺達は目の前のボロボロの家に入った。

 

 

 

 

 

 ガラガラガラガラ…………! 

 

 まず入口の玄関を開けると、中は案の定真っ暗闇。流石の俺もここまで暗いと恐怖を感じる。

 

 急いでスマホを取り出して明かりを点けるが……

 

 そこでまずは最初の違和感。

 

 蓮太「……玄関に靴がない……か」

 

 まぁここまでボロ屋なんだ。壁には穴が空いているし、段差は欠けている。オマケに玄関の目の前にある二階への階段は最早スロープになっていた。

 

 そんなボロボロな状況に若干引きながらも、常陸さんを連れてさらに奥へと歩く。

 

 

 

 

 

 ──ミシミシ

 

 

 

 

 

 茉子「ひぃっ!?」

 

 ゆっくりと歩みを進めていると、床を踏んだ音にびっくりした常陸さんが俺の腕に抱きついてくる。

 

 蓮太「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 腕から伝わるおっぱいが気持ちいい。

 

 ……

 

 ……? 

 

 おっぱい!?!? 

 

 蓮太「あの……、常陸さん。ちょっと離れて欲しいかなぁーって……」

 

 これはダメだ。なんちゃらら効果で惚れてしまう。というか今、『常陸さん』って呼んだのにツッコミがなかったな。そんな余裕すらもないのか。

 

 茉子「でででで、でも! でもっ!」

 

 離れて欲しいと伝えたはずなのに、腕を締め付ける強さは更に強くなって──

 

 蓮太「わかった、わかった! もうわかったからせめて力を少し抜いてくれ!」

 

 茉子「ごめんなさい! ごめんなさいぃ!!」

 

 蓮太「あぁっ!? ごめんて、そんなに怖がらないでくれ、俺が悪かった……。別にこのままでいいから」

 

 

 

 と、そんなこんなでその入り込んだ家の中をくまなく捜索するが……

 

 

 

 茉子「な、なぜ……『雪音さん』と『月那さん』が居ないんですか……!?」

 

 蓮太「わ、わからねぇ。あれか? 場所を間違えたか?」

 

 いや、でもちゃんと教えてもらった通りに来たし、なんなら聞いていた目印もしっかりとあった。だから場所はここで合ってるはずなんだが……

 

 暗闇の中を怖がりながらも探し回っていると……

 

 

 

 

 コンっ……

 

 

 

 と、俺の足が何かを蹴り飛ばした。

 

 蓮太「……? 何か蹴った……?」

 

 物を蹴ったにしては感覚がほぼ無かったけど……。なんて思いながら明かりを下に向けると──

 

 

 

 

 

 

 蓮太「これは……。雪の形のヘアピン……?」

 



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73話 闇に潜む影

 

 常陸さんと共に暗闇の中を探索していると、探している『雪音』の方の特徴である「雪の形のヘアピン」がその場に落ちていた。

 

 蓮太「ごめん、茉子。ちょっとライトで照らしてて」

 

 常陸さんにスマホを手渡して、空いた手でそれを拾い上げる。

 

 ……うん、間違いない。見間違いでもなんでもなく「雪の形をしたヘアピン」だ。

 

 茉子「な…………何故……?」

 

 蓮太「全くわからない。でも、「ここにいた」のは事実なんだろう」

 

 これだけ探しても見つからないんだ。きっと何かの理由でこの場に居なくなったんだ。

 

 常陸さんと二人でその場に屈んでヘアピンを見ながら考えていると、ピクっと身体を少しだけ反応させた常陸さんが小声で語りかけてくる。

 

 茉子「―ッ!?」

 

 チラッと常陸さんの顔を覗いてみると、恐怖と不安と警戒心が混ざったかのような表情をしていた。

 

 蓮太「……どうした?」

 

 茉子「……誰かいます。今……この場に」

 

 ……!? 

 

 誰かいる? どういう事だ? 

 

 蓮太「誰かいるって?」

 

 茉子「ワタシ達が入ってきた時には、正直人の気配はしませんでした。焦ってはいましたが、こんなに息を殺すような気配は感じることは無かったんです」

 

 蓮太「……つまり」

 

 茉子「何者かが、隠れてます」

 

 さすが忍者、人の気配を探ることに関してはマジでプロ並みだな。

 

 さて……

 

 ただひとつ言いきれることは、幽霊などではないということ。ということはつまり、確実に「俺達にバレないようにしている人がいる」のは確定だろう。

 

 もしかしたら探している二人が帰ってきたのか? 

 

 でも……

 

 茉子「…………」

 

 常陸さんの真剣な警戒をしている顔が変わらない。

 

 蓮太「……ヤバいか?」

 

 茉子「……はい。これは……素人なんかじゃないです。足音を完全に消す事が出来るなんて……特殊な歩法を実践しないとまず有り得ません」

 

 特殊な歩法か……。つまり、その道のプロでもない限りありえない事が起きているということ。そして間違いなく、俺達を狙っている。

 

 だとするとヤバい。今はボロ屋のリビングっぽい所にいるからまだマシだが……足元が悪い中襲われたりしたなら、何をするにしても支障が出る。まずは外に出ないと。

 

 蓮太「まずは外に出るか……」

 

 茉子「それは……難しいかもしれませんね」

 

 蓮太「なんで……?」

 

 茉子「それは──」

 

 常陸さんが俺に質問に答えようとした瞬間──

 

 

 

 

 バチッ!!! 

 

 

 

 

 勢いよく後ろを振り返ると同時に、常陸さんが腕を構えて「何か」の攻撃を受け止めた。

 

 茉子「重―ッ!?」

 

 蓮太「クソッ!」

 

 俺も急いで後ろを振り返り、常陸さんが受け止めていた「何か」を真上に蹴り上げる。すると──

 

 

 ガンッ! 

 

 

 っと音を立ててその何かは飛んでいった。

 

 蓮太「!?」

 

 今のは!? 腕や足なんかじゃない! 

 

 ポケットに例のヘアピンを入れて、常陸さんを抱えて窓から勢いよく外へ飛び出す。

 

 ガラスをかち割りつつ一旦外へ出ると、月明かりのおかげでさっきよりもよく見えるようになった常陸さんを確認すると、受け止めていた左腕を抑えて必死な顔で痛みを我慢していた。

 

 茉子「痛……!」

 

 蓮太「おい! 大丈夫かッ!? 腕が……」

 

 急いで抑えている腕を確認すると、真っ青を通り越してほぼ黒く色が変わっており、何かとても固いものが勢いよくぶつかった事が痛々しくわかる。

 

 茉子「だいっ……丈夫です……っ」

 

 出血そのものはしていないが、間違いなく激しい打撲をしてしまっているのは確実だ。

 

 処置をしてやりたいが……冷やせるものを持っていない。

 

 逃げるか……!? でも、もしかしたら二人の妹の情報を何か知っているやつかもしれない。わざわざ俺達に近づいてきて攻撃をしてきたんだ。明確に何か理由があるはず。

 

 とっ捕まえて色々と聞きたいが……

 

 茉子「うぅ……!」

 

 俺を庇ってくれたせいで、常陸さんが腕を怪我してしまった。急いでどうにかしないと……

 

 それに俺も右足が完全に治ってはいないと思う。きっと無理なんかしたらまた折るかもしれねぇ。

 

 しかもここは……

 

 辺りを見渡してみると、明らかに玄関がある方向ではない。ということは、回り込んで急いでいかないと、車にもたどり着けない。

 

 流石に車がないと今日中に穂織に戻ることはできないだろう。

 

 パニックの中どうしたらいいか最適解を悩んでいると、すぐ近くから何かの大きな「破裂音」が聞こえてきた。

 

 まるで、パンパンに膨れ上がった大きな風船でも割れたかのような……

 

 蓮太「まさか……!?」

 

 常陸さんを抱きかかえて急いでその音の方向へと向かうと……、俺達が乗り込んできた車は斜めに傾いている。

 

 やられた! 車が使い物にならない! 

 

 ここは一旦逃げるしか──

 

 そう思った時、真横の死角から風を切るような音が聞こえてきた。

 

 祟り神とのお祓いのせいか、身の危険を感じた俺は、思わず心の力を使って素早くバックステップをとる。

 

 するとかなりギリギリの所で鋭利な何かが俺の前髪を擦ってパラパラと数本の髪が切り落ちた。

 

 蓮太「あぶっ!?」

 

 急いでバランスを立て直して前方を確認すると、浮き上がりに照らされた仮面を被った人影が。

 

「…………」

 

 般若のように鬼の仮面を付けた怪しい人間は、じっとこちらを見つめて佇んでいる。

 

 その手の甲には、鉤爪のような武具が装備されていた。

 

 アイツ……間違いなく俺を殺すつもりだったよな……? 

 

 茉子「蓮太さん……! 今のは忍術です……!」

 

 腕を抑えながらも自分の足で立ち上がった常陸さんは、相手の技を見きったかのように語る。

 

 蓮太「忍術……!?」

 

 茉子「今のは間違いありません……! 確実に変わり身の術です!」

 

 蓮太「変わり身!?」

 

 茉子「避けるための使用法ではなく、蓮太さんへの攻撃の為に使用していました! ワタシが見たんです、間違いありません!」

 

 ……要するに、俺の真横へと移動する為に忍術を使ったってのか。

 

 ヤバいぞ……まず何で忍術を扱う人間が穂織の外にいるんだ!? 

 

 蓮太「車も使えなくなった。これじゃあ急いで逃げ切ることができない。となると……短期決戦を仕掛けるしか……!」

 

 茉子「ですが──」

 

 と常陸さんが喋っている途中、相手の方から何かが飛んできた。

 

 それをギリギリのところで何とか避ける。

 

 頬に少し当たってしまったが、直撃を避けることが出来た。

 

 蓮太「なんだ!? 遠距離攻撃!? しかもほぼ無音だったぞ!?」

 

 茉子「あれは吹き矢です! 古典的ではありますが、気配を悟られることなく遠距離から仕掛けることの出来る危険な忍具です!」

 

 オイオイ……、ガチの忍者じゃねぇか! 

 

 でも、いつまでも怯えている訳にはいかない。腹を括れ! 

 

 蓮太「はぁっ!!」

 

 気合いの入った掛け声とともに、久しぶりに心の力を全身にできるだけ送る。

 

 蓮太「茉子、とりあえず動けるか?」

 

 茉子「大丈夫です! 障害物が全くないこの場所で背中を見せるわけにはいきません、ここは苦肉の策ですが……低い可能性に賭けるしか……!」

 

 蓮太「任せろッ!」

 

 ここは自分の怪我なんて気にしている場合じゃねぇ! 

 

 心の力を解放して、俺はその人影に高速で急接近する。そして素早く片足を上げて蹴り飛ばそうとするが……

 

 相手は俺の足に衝突させるように片手で張り手のように手のひらをぶつける。すると……

 

 蓮太「──っ!?」

 

 激しい衝撃と共に勢いに負けた俺の片足が振り下ろした方向とは逆の方へと弾き飛ばされる。

 

 しかしその反動を利用して、すかさず逆の足で相手の頭を蹴りつけた。

 

「グフッ!?」

 

 軽く仰け反った後、追撃を仕掛けようとすると、突如として真下から煙が立ち上る。

 

 その慣れない出来事に思わず両手を構えて防御の体勢をとるが……すぐに煙は晴れて消えていった。

 

 しかし……仮面の奴がいない。

 

 蓮太「どこに──」

 

 茉子「蓮太さん! 落ち着いて下さいっ!」

 

 蓮太「落ち着けって言ったって!」

 

 俺の方へと跳んできた常陸さんは、背中と背中を合わせてお互いに外を警戒する。

 

 茉子「煙遁の術で発生する煙で身を潜めた場合、考えられる事は近くの障害物に紛れる事です。しかし、激しく動く戦闘の中、建物からは移動していてこの辺りには身を潜める場所はありません」

 

 ……確かにそうだ。ボロ屋の方にでもいたら、壁や車、23本の木もあった。しかし、この辺りにはそんな物は無い。

 

 茉子「耳を澄まして下さい。視界に映らない場所且つワタシ達を攻めることが出来る方向を考えて、音がどの方向から聞こえてくるかをよく聞いて下さい……」

 

 ……可能性があるとすれば上下。空か地中。

 

 チラッと上を見ても、身を潜めることが出来そうな物はない。となると……

 

 その瞬間に、俺の足元の方から土が崩れる音が聞こえてきた。

 

 蓮太、茉子「「下ッ!」」

 

 場所を特定すると、俺達はタンっとその場を跳んで移動し、さっきまでいた地面から出てきた先端が鋭利になっている棒のような物を避けた。

 

 蓮太「なんだあれ!? 槍!?」

 

 そしてすぐさま、武器と共に地面から出てきた仮面の奴は、こちらに近づいてこようとするが……

 

 茉子「忍者はアナタだけではないんですよ──」

 

 そう言って更に相手との距離を取りながら、常陸さんは何かを片手で引っ張る。すると俺達の方へと襲いかかっていた仮面の敵は身体中を縛られたかのように両手、両足を閉じ、地面から少し足を離した状態で動きを止めた。

 

 茉子「蜘蛛縛りの術」

 

 

 

 蓮太「す、すげぇ……」

 

 茉子「火を吹く事などは出来ませんが……忍術というものは沢山あるんですよ」

 



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74話 悪夢

 

 蓮太「蜘蛛縛りの術……?」

 

 突如として俺たちに襲いかかってきた怪しい敵は、常陸さんの初めて見る術によって、その動きを封じられていた。

 

 怪我をしてしまっている左腕を使わずに、右手と口で何かを引っ張りつつも、その視線は決して逸らさない。

 

 そこで俺は、すかさず前方へと走っていき、自分の間合いへと近づいていく。その道中で気がついた事は、敵が縛り上げられているその周りに、少しサイズが小さめのクナイが至る所に刺さっていたことだった。

 

 そうか……俺の所へ来る前に、常陸さんは次の段取りをしていたんだ。敵だけじゃなく、味方の動きを予想しながら、更に先の一手を仕掛けていたのか。

 

 対人慣れが凄いな……。流石現代に生きる忍び。

 

 なんて思いながらも真っ直ぐに突っ走って行くと、目の前の黒い敵が、何やらモゾモゾと動き始める。しかし、それを気にせずに全力で蹴りを放つが……

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 Another View

 

 蓮太と常陸さんが出発してから、かなりの時間が経過した。確か、片道三十分強ほどの道のりのはずだったが、もう一時間半程経過している。

 

 将臣「遅い……」

 

 どこか寄り道でもしているのだろうか? それとも道にでも迷ったのだろうか? 

 

 ムラサメ「まあ、そう言うなご主人。蓮太も穂織の地にやって来てからは外へ出ることがなかったのだ、迷うこともあるだろうよ」

 

 将臣「でも、もしそうだとしたら連絡の一つはすると思うんだよね。状況が状況だから」

 

 ムラサメ「そんなに気になるのであれば、ご主人もすまほで連絡をしてみてはどうじゃ?」

 

 将臣「いや、それが……さっきからしてるんだけど……」

 

 俺がムラサメちゃんとこうして話し出す前、既に二度蓮太に電話をかけているのだが……全く出ない。切られる訳でもなく、電源が入っていない訳でもない。ただただコール音がひたすら鳴っていた。

 

 将臣「これって……何かあったのかな?」

 

 ムラサメ「あれではないか? 茉子と目交っておる最中で、ご主人の事を気にしておられんだけではないか?」

 

 将臣「そんな単純な理由ならまだいいんだけどさ……。いや、よくないな」

 

 もし本当にそんなことになってたら、叢雨丸で蓮太をぶった斬ってやる。

 

 将臣「とにかく、蓮太がダメなら常陸さんの方に連絡してみようかな」

 

 ムラサメ「吾輩は茉子の方もダメだった瞬間を楽しみにしておるぞ!」

 

 将臣「……ははっ」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 

 蓮太「ぐはっ!?」

 

 つ、強ぇ……! 全てにおいて、俺や常陸さんを上回っている……! 

 

 常陸さんのナントカの術も破られて、襲いかかっていた俺にカウンターを当てた後、そのままの勢いで俺達は攻められ続け、劣勢のまま、謎の仮面の敵との戦闘を繰り広げていた。

 

 蓮太「ダメだ……! そろそろ右足も痛くなってきた……!」

 

 歩けなくなるような怪我を治した直後という事もあって、いつもよりも脆い俺の足が完全に足を引っ張っている。足首からは出血が始まっており、痛みのせいもあって、動きがワンテンポ遅れている。

 

 常陸さんは上手く敵の攻撃を受け流してはいるが……

 

 茉子「はぁ……! はぁ……! 無理は、しないで下さいね……!」

 

 顔色を伺わなくてもわかる。疲弊の仕方が半端じゃない。

 

 そりゃあそうだ。俺が使い物にならない上、敵は単純に強い。この戦力差をコンビネーションで埋めれないのはかなりの痛手だ。

 

 攻撃役もサポート役も司令塔も全て常陸さんに任せる形になってしまっている。俺は邪魔しか出来ていない。

 

 何よりも痛いのが、心の力による恩恵がほぼ無いということ。自分の身を守る事が出来る程度で、相手に対しての有効打にあまりならないという事が痛い。

 

 蹴りが得意と言ってもあくまで独学。それにちゃんとした武術の基礎を固めているわけでも無ければ、経験も多い訳では無い。今までは単調な動きが多い「祟り神」だったからこそ、俺は何とかしがみついて行けたが……

 

 蓮太「ふごっ!?」

 

 早すぎる敵の体術にまるでついていけていない。状況を分析しているうちに一撃を何度もくらう。

 

 蓮太「はぐっ!」

 

 顎、肩、腹と重い打撃を連続で当てられ、激しい痛みを味わう中、俺は地面に倒れ込む。

 

 少し飛ばされた事で、相手との距離を保つことが出来たが……如何せん身体が痙攣して動かない。

 

 そしてダメ押しにその敵は針のような物を飛ばしてくるが──

 

 

 茉子「ッ!!」

 

 

 すかさず俺の前に常陸さんが割り込んできて、その飛んできた針を全て弾く。

 

 しかし……

 

 茉子「…………っ!」

 

 必要以上に身体を無理して動かしているせいか、常陸さんの足も限界が近そうだった。自分だけではなく、俺の気を使いながら命のやり取りをしている事が想像以上にキツいのだろう。

 

 ……俺のせいだ。

 

 片足を地面に付けた常陸さんは、それでも俺を守ろうとクナイを構える。

 

 そして奴はゆっくりと歩いてきて……

 

「奇跡の力もこの程度……か」

 

 この声……この低さ、男か。

 

 茉子「……何を」

 

「こんな弱者の何を臆しておられたのか……」

 

 茉子「…………!」

 

 その瞬間、常陸さんの身体がビクッと震えるように一瞬跳ね上がり、痙攣をし始めた。

 

 ……なにかしたのか!? 

 

 茉子「し…………痺れ……!」

 

「…………せっかくの機会だしな。こんな機会は滅多にない、俺と一緒に楽しもうよ♪」

 

 そう言って、仮面の男は、自分の付けている仮面の下半分を切り落とし、その口を露出させる。

 

 そして唾液が滴るその舌で、常陸さんの首筋をゆっくりと舐めまわし始めた。

 

 茉子「…………ひぃっ!!」

 

「レロレロレロ……エェロ……」

 

 コイツ……!!!! 

 

 蓮太「て……めぇ…………ッ!」

 

「ちょっと静かに」

 

 どうにかして常陸さんから距離を離させようと、気力を振り絞って身体を動かすが……、すぐさま謎の男は小さな針を三回、俺の腕や首に差し込ませる。

 

 蓮太「──ッ!?!?」

 

 声にもならない悲鳴を上げた後、神経が震え上がるような感覚が俺を襲ってきて、まともに身体が動かせなくなる。

 

 自分の意志とは無関係に、ビクビクと身体が震え、指先すらもまともに動かせなくなった。

 

 痺れ針……!? そうか……! これを常陸さんも刺されて抵抗できなくなっていたのか!? 

 

 蓮太「…………ッ!!」

 

 何とか身体を動かしたいが…………動かない。

 

 そんなことをしている最中にも、その男は常陸さんの服を破り、露出した乳房を揉みだくしながら、ひたすらに全身を舐め回す。

 

 茉子「嫌……、嫌っ……!!」

 

 ……やめろ。

 

「汗が堪らんっ! い〜い塩っぱさだねぇ!」

 

 …………やめろ……! 

 

 茉子「やめっ……! 止めて下さい……! ゆる……して…………!」

 

 その男は嫌がる常陸さんを無視して、顎から頬を鷲掴みにし、無理やり常陸さんの口を固定する。

 

 そしてゆっくりと口を近づけていって──

 

 

 

 

 蓮太「やめ…………ろ………………!!」



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75話

 

 ダメだ……! 常陸さんが……常陸さんが……! 

 

 捻りだせ……! 声を……! 

 

 絞りだせ……! 力を……! 

 

 溢れだせ……! 怒りを……! 

 

 そんな強い感情を胸に、決死の思いで顔を上げると……

 

 茉子「…………蓮太……さん…………!」

 

 

 ──ッ! 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 蓮太「殺してやる……!」

 

 俺の心の声だった。心からの声。

 

 服をひん剥かれて、好き勝手に身体を弄られている茉子を助けたいという、俺の心の声だった。

 

「あ……?」

 

 蓮太「ぶっ殺してやる……」

 

 殺意を抱き、蒼色の光を全身に纏わせながら、プルプルと震える腕を支えてゆっくりと立ち上がる。

 

 だってそうだろ? 

 

 今、俺が動かなきゃ…………茉子が……! 

 

「……神経毒針を三本だぞ? ……成程、あのお方がお前を警戒している理由が、少し理解出来た」

 

 蓮太「茉子を離せ…………」

 

「親父そっくりだなぁ。その殺意……」

 

 何とか起き上がって、1歩踏み出そうとするが……上手く足が動かずに再び俺は地面に身体をぶつける。

 

 それでも諦めずに、もう一度立ち上がる。

 

 諦めない……! 挫けない……! 今ここで俺が折れれば、茉子が傷ついてしまう……! 

 

「でもそれも無駄な努力。ほら、追加の毒針だ」

 

 

 

 プスプスプス──

 

 

 

 蓮太「あが……ッ!」

 

 更に三本の針を刺された箇所から、焼けるような痛みが襲ってくる。

 

 蓮太「あが……! がが………………! がぎゃ……!!」

 

「おいおい……執念が凄まじいな……」

 

 まだだ……意識を失うな……! 目を離すな……! 心に決めただろ……! 

 

 

 

 

 

 

 ぶっ殺してやる────

 

 

 

 

 

 しかし……

 

「本当は後で始末する予定だったが……仕方ない……!」

 

 目の前の男は素早く腕を動かし、俺に対して何かを投げる。それはさっきも見ることが出来た細い針だった。

 

 けれど所詮人間の技、あの時の朝武さんに比べれば可愛いものだ。

 

 身体は……、少し扱いづらいが、もう多少は「動かせる」

 

 蓮太「…………」

 

 素早く投げられた針を触れないギリギリのところで回避し、倒れていた身体をゆっくりと上げる。

 

 敵を睨みつつ、殺気を放ち、逃がさないように。

 

 俺の身体を纏っている蒼い光に動かされるように、ゆっくりと前に移動するが……頭に描いているようなスムーズな動きにはならず、ノロノロと隙だらけの姿を晒してしまう。

 

「……なんだよ、やっぱりギリギリだったのか」

 

 今……俺が、気を失うわけには……! 

 

「だったら……! そこで寝てろッ!」

 

 何を使われたのかは分からない。どんな事をされたのかも理解できない。ただ、唯一分かったことは、頭を強く何かで殴られたことだった。

 

 さっきまで指先の感覚すらもなかったはずなのに、その痛みは感じることが出来ている。でも、その痛みよりも……

 

 蓮太「ぐぁ…………!」

 

 自分の頭を強く殴られ、再度倒れ込むその瞬間、茉子の顔が視界に入る。

 

 自由を奪われ、肌を晒され、女として遊ばれ……

 

 それでも。

 

 茉子「蓮太さん……待ってて下さい…………すぐに助けますから!」

 

 自分の身ではなく、この期に及んでまだ俺の心配をしていた。

 

 馬鹿が……俺なんかよりも自分の心配をしろよ。俺がこのまま気絶でもしたら、お前……何されるかわかったもんじゃないぜ……

 

 

 ……でも、ごめん。

 

 

 

 

 散々格好つけて……、俺は茉子を助けるどころか、力になることすら……

 

 …………。

 

 おれは……

 

 

 

 

 Another View

 

 ドサッと音を立てて、蓮太さんは地面に倒れてしまった。

 

 最後の最後までワタシを見ながら、どこか悲しそうな顔をして倒れてしまった。

 

 今すぐに駆け寄りたい。今すぐに助けたい。今すぐに側に居たい。

 

 けれど……身体の痺れが治らない。何故……? 蓮太さんはすぐに動けるレベルになったのに。ワタシの何倍もの毒を注入されたのにも関わらず。

 

 抗体……? それとも、ただの仕込針だった? 

 

「……やっと寝たか。最初からさっさと倒れてりゃあいいんだ」

 

 ダメ押しに蓮太さんの頭をわざとに蹴り、その男は再びワタシに近づいてくる。

 

 茉子「……ッ!」

 

「どうした? 彼氏が倒れて怒ったか? でも──」

 

 男を抵抗の意思が強く現れて、睨みつけていると、その態度が気に入らなかったのか、ワタシは強く頬を殴られる。

 

 茉子「うっ……!」

 

「これは命令なんだ。お前も忍ぶ者ならわかるだろ? 主人の令は絶対なんだよッ」

 

 そしてもう一度、もう一度と、握られた拳で強く顔を殴られる。

 

 身体は……まだ動かない。

 

「どうせこのまま、お前は嬲られて人生お終いなんだから、最後くらいはスッキリと教えてやろうか? この後俺もスッキリと「使わせて」もらうし」

 

 身体は…………まだ動かない…………!!! 

 

 茉子「誰が……貴方なんかに……!」

 

「ふーん。そんなこと言っちゃうんだ。へぇ〜」

 

 不気味な笑みを浮かべる男は、ワタシの頭を掴み、グイッと自分の方へと引き付けて……

 

 

 

 ワタシの唇が同じような柔らかい何かとぶつかった。

 

 

 

 茉子「ッ!?」

 

 その相手は最早言うまでもない。

 

 

 

 

 奪われたんだ。初めての………………キス。

 

 

 

 

 …………ひどい。

 

 茉子「んんっ……!?」

 

 その絶望が襲いかかってきていた時、更に口の中にニュルニュルと動く何かが入ってきた。

 

 これは……、これは…………! 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!! 

 

 気持ち悪い……! 気持ち悪い……! 

 

 茉子「んん──っ!!」

「あぁーん……レロレロレロレロ…………」

 

 まだ……………………身体は………………!!!! 

 

 動かない。

 

 

 

 

 

「それ」は長い時間続いた。呼吸が上手く出来なくなるほどの時間が経過した。実際にはものの数分なのだろう。けれど、ワタシにとっては……地獄のような数時間だと思った。

 

 互いの口が離れた後も、まだ気持ち悪さが口の中に残っている。うねうねとした舌の感覚や、臭いも。

 

 こんな人の唾液がワタシの口の中に大量に入ってきたと考えると……

 

 こんな人にワタシの初めてのキスを奪われたと思うと……

 

 大好きな人に初めてを渡せなかったと思うと……

 

 茉子「うっ……! うぅ…………ッ!」

 

 涙がこぼれてしまった。

 

 今は……泣いている場合じゃないのに…………! 

 

「さて……と。それじゃあ取引をしないか?」

 

 そんなワタシを気にすることも無く、目の前の人は語りかけてくる。

 

「俺も知りたいことが色々とあるんだ、お前も助かりたいだろ? だから、情報と引き換えに助けてあげようかな、と考えててさ」

 

 そんなことを言いながら、ワタシが動けない事をいいことに、ワタシの両腕を背中に回し、縄でキツく縛り付ける。

 

 いつもなら縄抜けの為の仕込みができるのに……! 

 

 これじゃあ自力で抜け出せない。

 

 茉子「……ワタシだけではなく、あの方もです。蓮太さんも助けてくれるなら──」

 

 その時、腕に何かを刺されたかのような感覚が身体中を走った。

 

「お前にはそんな権利はないの。ただ、はいって言ってればいいんだよ」

 

 この感覚は……さっきの毒針……!? 

 

 しまった……また身体に打ち込まれた……! 

 

「それじゃあ取引の内容ね、まずはこちらの質問にこたえること。一つでも答えないと後ろのぶっ倒れている男の喉にさっきとは違うこの針を刺していくから。そして、答えてくれたら──」

 

 男性は、腰周りの紐を緩めたあと、ポロンと男性特有の「アレ」をぶら下げた。

 

「咥えさせてあげる」

 

 茉子「ひ…………卑怯者……!」

 

「卑怯で結構。それじゃあ取引成立ね」

 

 そう言って目の前にやってきたその男性は、ワタシの露出されている胸を好き勝手にくりくりと弄りながら質問を並べてきた。

 

「まず……蒼い刀と朱い刀。この二つの大太刀はどこにある?」

 

 ……蒼い刀と朱い刀? 

 

 片方は……きっと、アレですよね。

 

 名前を呼ばず、曖昧な表現であることから、この方は本当に刀についての情報を持ち合わせていないのでしょう。ここは……

 

 茉子「何のことかさっぱりわかりません。ワタシの町にある特別な御神刀は、『叢雨丸』ただ一つです」

 

「…………」

 

 茉子「…………」

 

 無言で忍びの男性は、倒れている蓮太さんの首に、一回り大きなサイズの針を投げて突き刺した。

 

「答えてくれないと、こうなるって言ったよね」

 

 茉子「本当です! 嘘など言っていません! 叢雨丸が神力を宿すその時、刀身は青く輝きを放つんです!」

 

 蓮太さんの首を見る限り、わざとに急所は外されている。無事とは言えませんが、すぐに殺してしまうつもりはない……という事ですよね。

 

 だとすると……時間を稼げば蓮太さんの意識が戻ってくれるかもしれない。みづはさんも言っていた。蓮太さんは治癒能力が高い……と。

 

 できるだけ嘘を混ぜつつ、時間を稼ぐ。けれどあまり適当なことは言えない。

 

 蓮太さんを助けられるのは……ワタシだけ……! 

 

「そうか、わかった。じゃあ…………約束通り、咥えさせてあげる」

 

 茉子「…………えっ!?」

 

 男性はワタシの口がある位置に腰を調整して、反り勃ったモノをペチペチとワタシの頬に当てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を稼がなきゃ……

 

 悦ばせる気は無い。奉仕をするつもりもない。死にたくない訳でもない。

 

 でも……ワタシが相手をしているその瞬間は……この方は蓮太さんのことを気にもしないだろう。

 

 だったら…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい蓮太さん。

 

 大好きなのに…………また初めてを渡せません。

 



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76話 守るケツイ 誓うケツイ 愛するケツイ

 

 どこだ……ここは。

 

 暗い、暗い海に意識が永遠に沈んでいくようだ。

 

 身体が冷たい。

 

 確か……俺は、あの男の忍者に負けて……、それからどうなったんだろう。

 

 わからない。

 

 

 頭が混乱している中、何とか閉じていた目蓋を上げると、案の定俺は地面に倒れていた。

 

 頭が痛い……。ガンガンと響くようにクラクラする。

 

 でも、とりあえず今はそれはいい。とにかく常陸さんだ。常陸さんは一体──

 

 蓮太「──ッ!?」

 

 痛みを我慢しながら首を横に向けると、両腕を後ろに回された常陸さんが、膝を着いていた。

 

 そして……あの男のモノを一生懸命に奉仕している。

 

 ぼんやりとした視界でもわかるほど、涙後を残したまま……

 

 汁でも啜っているかのような音を出しながら、真っ赤に腫れ上がった顔のまま大口を開けて……

 

 そしてそれを俺が理解することが出来た瞬間──

 

 男は腰の動きを止めて、常陸さんは苦しそうな声を上げる。

 

 常陸さんの口からモノが取れた瞬間、ゴホゴホと咳き込み始めて、口からねっとりとした液体を吐き出した。

 

 茉子「ゴホッ……! ゴホッ……! ………………おぅぇ……!!」

 

「おっとと……そろそろ慣れろよ、もう三回目だぞ?」

 

 ……三回!? 

 

 あんな行為を三回もやらせていたのか……!? 

 

「まあ、その分中々の情報を得られてよかったかな〜」

 

 茉子「おぇ……! ゴホッ……! ケホッ……! …………ペッ……! ペッ……!」

 

 口の中に残っているモノを吐き出すように常陸さんは苦しみながらもひたすら何かを吐き出す。

 

 

 

 ……ドクン。

 

 

 

「それにしても彼氏の為にこんなに頑張るなんてね……、本当に格好いいよ! あの男が未だに死んでいないのは間違いなく君のおかげさ」

 

 ……! 

 

 俺の為……? まさか、気を失っている俺の為に常陸さんはあんなことを……? 

 

 俺の……、俺の…………!! 

 

『悔しい?』

 

 その声は唐突に聞こえてきた。

 

 蓮太「(あぁ……! 死ぬほど悔しい……!)」

 

『守りたい?』

 

 蓮太「(当たり前だ! 俺は常陸さんを守りたいッ!)」

 

『でも、覚悟が必要だよ? これはもう一人の君でもなく、神様でもなく、今倒れている君自身の覚悟が』

 

 蓮太「(これは俺の心の意志だ! 常陸さんの為なら死んでも構わないッ!)」

 

『それは勘違いだ。君はその道を歩んで行って一度世界を壊してしまった。神は君の幸せを奪い続けているが……もうそれは気にしなくてもいい。君は乗り越えた。彼女を守った。友を守った。呪はもう消えた』

 

 勘違い……? 

 

『後は君自身の運命と戦うだけさ。過去を知り、自分を知り、心を取り戻した時、新たな道は開かれる。その為に必要な心を、神はあの時に奪ってしまっていた。けれど、俺ならそれを取り戻すことが出来る。誓えるかい? 運命から、自分から逃げないと』

 

 ……よく分からない。意味もわからない。だけど──

 

 何となくなら……

 

 蓮太「(アイツに勝てるのなら全てを誓ってやる!)」

 

『その言葉が嘘になるかどうか……地獄の底から見守ってるよ。じゃあ返すね。俺が──学院で培った感情を』

 

 

 

 

 

『君が失ったモノは心。「愛情」の核。俺達は分けられた魂だったが……今ここで1つに戻ろう。ニセモノの愛に騙されないで? 本当の意味で心を取り戻した時、俺達は完全に元に戻れる』

 

『意味はわからなくてもいい。忘れてくれてもいい。ただ、俺だって愛した人がいたんだ、その犠牲の上に君が生きていられることを感じてね。そして……どうか三人で、幸せにね』

 

 

 

 その声と共に俺の心が感じたものは、何か満たされた感情。

 

 優しさと悲しさと、楽しさと愛おしさ。

 

 それらは俺の感じたことの無い感情で……、でも、なんだか懐かしくも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「常陸さんから…………離れろ……!」

 

 気が付けば俺は立ち上がっていた。もう感覚は何も無いはずなのに、いや、実際には本当に何も感じない。でも、不思議と身体は動かせていた。

 

 茉子「蓮太さん…………」

 

「お前……あれだけの毒を食らっていながら動けるのかよ……!?」

 

 その瞬間、俺の視界の世界は色を失った。モノクロの漫画のような色に早変わりし、風の音も、鼓動の音も、話し声も聞こえなくなった。

 

 ただ……そんな世界の中でも鮮明に理解できる事は、物の「動き」だった。

 

 蓮太「待ってて、常陸さん。すぐに助ける」

 

「コイツ……。完全に覚醒したのか……! もう遊んでる場合じゃない……」

 

 忍者の男は自分の服装を正すと、目の色を変えて素早く身体を動かし、その場から瞬間移動のように消える。

 

 そして、俺の周りに小さい土煙のような物が散らばるように大量に巻き起こる。

 

 茉子「これは……連続で地面を強く蹴り、高速移動を繰り返してる……!? 全く姿が見えません…………」

 

 蓮太「……」

 

 見える……。一瞬一瞬だが、奴が足を地面につけた瞬間がハッキリと視界に入ってる。

 

「血が目覚めたのなら仕方ない! 次の一撃で確実に殺してやる……ッ!」

 

 いつ来る……? 次か……? それともその後か…………? いや──

 

 

「終わりだ──」

 蓮太「遅い」

 

 

 俺にはハッキリ見えていた。奴が針を仕込んで俺に突き刺してくる瞬間が。

 

 それに合わせて全力のパンチを繰り出すと──

 

「ぷごぉっ!?!?」

 

 気持ちいいほどに男の顔面に拳がヒットし、回転弾のように空中で身体を捻らせて吹き飛んでいった。

 

 吹き飛ばされた男は勢いよく少し離れているボロ屋の物置のような建物に衝突し、姿が見えなくなる。

 

 その時、俺の視界は徐々に色を取り戻し、音も段々と聞こえてくるようになった。

 

 常陸さんの方へと向かっていく途中で、ボソッと声が聞こえてくる。

 

「……くそ、ミスった……! 今のアイツには「アレ」が無いと流石に勝てねぇ……、ここは一旦引くしか……」

 

 ……アイツにトドメを指してやりたいが……、今は常陸さんの方が心配だ。撤退していくのならひとまず放置でもいいだろう。

 

 そう思い、あの男を無視して、俺は常陸さんの側へと駆け寄った。

 

 蓮太「ごめん……大丈夫か……?」

 

 改めて見るとかなり酷い。常陸さんの顔は涙の後がまだ残っており、頬は赤く腫れており、口からは液体が垂れたままになっている。

 

 茉子「はい……大丈夫です……!」

 

 ……そんなわけない。絶対に無理をしてる。

 

 きっと腫れてる頬は殴られたんだろ? その口の汚れは俺のせいだろ……? 

 

 服が破れてほとんど上半身が露出してしまっているのもそうだろ……? 

 

 好きでもない男に、こんなことをされて……! 

 

 俺は常陸さんの隠し持っていたクナイを取り出して、縛られていた縄を切って解く。その時に青黒く染まった腕が視界に入った。

 

 ……俺がこんな所に連れてこなければこんな目に遭わなかったよな。

 

 蓮太「ごめん常陸さん。本当に……本当に……ごめん」

 

 茉子「…………」

 

 蓮太「辛かっただろ……! あんなことを無理やりされて……」

 

 謝りながら、俺はギュッと常陸さんを抱きしめる。

 

 この行動が正しいのかどうかなんてのは分からないけれど、俺の事が好きなのなら、少しでも安心してくれるのならと思ったら……こうしてしまっていた。

 

 茉子「……蓮太さん。ワタシ……蓮太さんの事が大好きです。この気持ちは今も変わりません……」

 

 蓮太「うん……」

 

 茉子「でも……、でも…………! ワタシ……あんな事を……!」

 

 泣き出してしまった彼女を、俺は胸で受け止めることしか出来なかった。

 

 茉子「本当に…………嫌だったんです……! ワタシ……少しだけ……汚れちゃいました………………ごめんなさい……っ」

 

 蓮太「そんな事ない。常陸さんは綺麗なままだよ。どこも汚れてなんかいないさ」

 

 そっと指で常陸さんの口元を拭ってあげる。それは少し糸を引いていたが、今はそんな事は気にならない。

 

 茉子「汚れてますよ……。ワタシ……キスも初めてだったのに……!」

 

 ……そうか。キスもアイツに。

 

 茉子「ワタシ……蓮太さんと──」

 

 

 彼女がそう言いかけていた時、俺は常陸さんの唇を塞ぐ。

 

 もちろんそれは指や物で塞いだ訳ではなく……

 

 ──チュッ

 

 っと啄むように唇を奪った。

 

 茉子「──ッ」

 

 これ以上は……やめておいた方がいいだろう。きっと常陸さんはさっきの出来事はトラウマになってしまっているはず。だとしたら、アレを思い出させるようなことはしたくない。

 

 でも……一度だけ、この一度だけはしてあげたかった。

 

 蓮太「これは慈悲でもなんでもない。約束のキス。もう誰にも渡さない、誰にも傷つけさせない。二度とこんな事にならないように強くなるから、もう誰にも負けないから……」

 

 元はと言えば俺のせいだ。ここへ来たことも、連れ出したことも、守れなかったことも。

 

 もう常陸さんにこんな思いはさせない。

 

 させたくない。

 

 茉子「……ひぐっ、…………えぐっ」

 

 蓮太「隣に、居てくれる?」

 

 茉子「芳乃様を、忘れて……いますよ……!」

 

 さっきから完全にバレているが、常陸さんは涙を隠したいのか、必死に我慢をしている。

 

 蓮太「忘れてなんかいないさ。だから今は言ってないだろ? 戻って、三人揃った時に改めて俺の方から二人に言いたくてさ」

 

 茉子「──! それは……つまり……!」

 

 蓮太「嘘なんかじゃない。自分自身の心と見つめ直して、俺の中で見つけた揺るがない思い。今までを思い出して、今を痛感して、確立した俺の気持ち。じゃねぇといくらこんな状況だからってキスまではしない」

 

 思い出したかのように溢れること気持ちに、何故気が付かなかったのだろう。何故目を逸らし続けていたのだろう。

 

 ここまで死ぬギリギリにならないとわからなかったなんて。

 

 茉子「でも…………」

 

 蓮太「じゃあわかった。今この場で俺は常陸さんの言う事を3つだけなんでも聞こう。それがどんな事でもなんでもする」

 

 茉子「……」

 

 蓮太「さぁ、なんかない? なんでもいいぞ、『頭を撫でて』とかでも、『何かを言って』とかでも、あぁ……でも付き合ってとかは俺が後で言うから今はやめて欲しいけど」

 

 流石にそれは……ね? 

 

 茉子「じゃあ、一つだけ…………」

 

 蓮太「うん」

 

 茉子「ワタシの初めてを……全て貰って下さい……」

 

 

 

 蓮太「……あぁ。わかった」

 

 ゆっくりと常陸さんの頭の後ろに手を回し、優しく俺に寄せるように動かす。

 

 蓮太「改めて……まずは一つだけ貰うね」

 

 茉子「……はい」

 

 再び俺達は唇を合わせる。けれど今回はさっきのような唇だけを合わせるようなモノではなく……大きく口を開けて互いに舌を絡ませた。

 

 汚いだとか、汚れてるだとか、そんな事ないじゃないか。

 

 あむあむと声を漏らし、夢中になって何度も何度も舌を絡ませ続ける。互いに苦しい息を我慢しながら、それでもお互いを求め続けた。

 

 

 

 彼女が心から満足するまで、何度でも。

 

 

 

 何度でも──



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77話 恋の門の歩め

 

 Another View

 

 マズったな。まさかあんな急激な成長を見せるとは……

 

 何とかアジトへ戻ることが出来たのはいいものの……こりゃ御頭からはドヤされるだろうなぁ……

 

「おーぅ、おかーりー」

 

 その声は暗闇の先から聞こえてくる。

 

「なんだ……いたのか、小面(こおもて)

 

 小面「ずっと待ってたんだよー。全然帰って来ないから……って、なーに? その怪我」

 

 女の面を被ったその小面は、俺の割れている般若の面を見るや否や文句を垂れてきた。

 

 小面「あー! わかった! どーせまた女の子で遊んでたんだー! そんで返り討ちにされたわけだー!」

 

「うっせぇな、間違ってないのが結構ウザイぞ」

 

 小面「でも般若(はんにゃ)を撃退させるなんてその人凄いね! どんな人だったの?」

 

 般若「どんな人も何も、例のアイツだよ。ほら、御頭が気にしてた」

 

 小面「嘘っ!? でも、情報じゃあまだ全然強くないんでしょ!?」

 

 般若「それが、俺が失敗してさぁ、みすみす血を覚醒させちゃったのさ」

 

 と話していると、上の方からスタッともう一人の面を付けた仲間が降りてきた。

 

「何故あの場で真っ先に殺しておかなかったのですか? 黒の忍者で性処理することがそんなに大切なのです?」

 

 小面「え……、ほんとーに女の子で遊んでたの? 賢徳(けんとく)

 

 賢徳「えぇ。一応、情報収集は行っていましたが、半分は強姦でしたね」

 

 般若「嘘言うな! 下の方には手を出してないだろうがよ!」

 

 小面「上にはヤったんだ……! うわー! 気持ちわるーい!」

 

 賢徳「まぁ、御頭様の令をしっかりとこなしているのなら、ワタクシは結構ですが」

 

 小面「そんなに溜まってたのならボクに言ってくれれば使わせてあげたのにー」

 

 般若「あー! あー! もううるせぇ! ほら! 真実がどうかは知らねぇがしっかりと聞くことは聞いたっての! 御頭がバレてもいいって言ってたから処理はしてねぇけど」

 

 賢徳「下の処理はしてましたよね」

 

 般若「本当にうるさい」

 

 そうして集めた情報をまとめた紙をバサッと広げる。

 

 俺を含めた三人は、改めてまとめられた情報を見合わせて……

 

 賢徳「なんと言いますか……本当に戦闘以外は使い物になりませんね」

 

 般若「何をぅ!?」

 

 賢徳「御頭様は例の人物が希望の勇者かどうかを確認しろと言っていたのですよ? 刀の話なんてものは……」

 

 般若「それは間違いない。血を覚醒させてたし、瞳も使用してた。だから一時撤退を強いられたんだ「アレ」を殺すには葉の力が必須だろうからな」

 

 小面「そんなに強いんだー! ボク楽しみだなぁー!」

 

 般若「そう言えば、武悪(ぶあく)はどうしたんだ?」

 

 小面「えぇとね、確か……空に向かって瞑想をするって言ってたっけ?」

 

 般若「寝てるのかよ」

 

 小面「それよりも! ボクのヘアピンちゃんと持って帰ってくれた!? あれ、お気に入りだったんだよ!?」

 

 般若「あ……忘れてた」

 

 ポカポカと頭を叩いてくる小面をあしらいながら、改めて考える。

 

 

『竹内蓮太』次に戦う時が楽しみだな。

 

 

 賢徳「それとこちらからの報告として、やはり、『桜』の適合者は例の男では無い可能性が高い」

 

 般若「そうなのか? 俺はてっきり『竹内蓮太』がそうなのかと……」

 

 賢徳「いや、それでも間違いではないが、その周りにいる女の方が適合率が高いようです。名は…………『レナ』」

 

 般若「……そんなヤツいたか?」

 

 小面「いたよ! おっぱいが大きなお姉ちゃんだよね!」

 

 賢徳「……まぁそうですけど」

 

 般若「なに……? 嫉妬してんの? なんだぁ〜意外と可愛いところが──ごふぅっ!?」

 

 あの時に顔を殴られて、まだ痛みが若干残っているのに、そこを追撃された!? 

 

 賢徳「とにかく、こちらとしても『桜』の力を使いこなす為にはもう少しだけ時間が必要です、ワタクシと般若以外がまだ不可能ですからね。ですから……もう少し泳がせておいてもいいでしょう」

 

 小面「今でも十分殺せると思うけどなぁー」

 

 般若「いてて……。っと、多分竹内蓮太以外は簡単に殺せるだろうけど、それだと肝心な奴だけが殺せないからな、力をつけるってのは俺も賛成だぜ♪」

 

 小面「でも、モタモタしてると向こうも稽古をしちゃうんじゃない? 般若がみすみす逃しちゃったから」

 

 般若「別にいいじゃんか。どんなに努力をしても俺達には勝てないさ。あくまで警戒すべきは『竹内蓮太』それ以外は雑魚だ」

 

 賢徳「取り巻きに関しては同感ですね。では、対竹内蓮太戦に最大限の警戒は必要と判断し、更に力を蓄えての襲撃という事で、御頭様にご報告しだしますので」

 

 般若「りょーかいっ」

 

 小面「うん! よろしくね! 賢徳っ!」

 

 賢徳は小面に対して優しく笑うと、素早く音も聞こえない程の速度でその場から消えた。

 

 般若「相変わらずハンパねぇスピードだよな、アイツ」

 

 小面「そうだねー! ボクじゃああんなスピードは出せないよ」

 

 般若「そんじゃ、俺は手当てをして引き続き実験でもしますかね」

 

 小面「ボクは竹内蓮太君が気になるからちょっと様子を見てみよーっと!」

 

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 

 蓮太「……ダメか」

 

 怪我をしてしまっている常陸さんを一旦車の中で休ませ、車の具合を確認するが……詳しい知識が無いことも相まって、修理ができない。

 

 うんともすんともいわないし、対処の仕方もわからない。

 

 仕方なく車を諦めることにした俺は、ドアを開けて常陸さんに声をかける。

 

 蓮太「ダメだった常陸さん。しょうがないから一旦ボロ屋の中に入ろう」

 

 茉子「わかり……ました」

 

 ……それと。

 

 偶然トランクの中に入っていた釣り道具の中に、クーラーボックスが入っており、中にはまだ溶けていない大量の氷や保冷剤があったため、それを常陸さんの腕に押さえつける。

 

 茉子「……冷っ」

 

 蓮太「我慢して。今はこれくらいしかできないから」

 

 身につけている服の一部を破り、皮膚と氷に布を二重にして常陸さん腕に巻く。

 

 蓮太「それと……どう? 身体の痺れは軽くなった?」

 

 茉子「すみません……まだ、微妙に動かなくて……」

 

 蓮太「そっか。とにかく車か壊れている以上は危険だから、中へ入ろう」

 

 そうして俺は、常陸さんを両手で持ち上げてボロ屋の中へと移動していった。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 蓮太「よいしょ……と」

 

 ひとまず常陸さんの怪我の処置をして、俺の上着を着せた後、常陸さんを床に座らせてその隣に俺も座る。

 

 茉子「すみません……ご迷惑をたくさんおかけしてしまって」

 

 蓮太「気にすんなって。全然そんな事ないから。それよりも俺の方こそごめん。本当はすぐに病院に連れていきたいんだけど……詳しい地形も分からなければどこに何があるかもわからないんだ。外は暗いし……朝になったらすぐに出発するから」

 

 本当は誰かに連絡でも出来たら良かったんだが……あの激しい戦闘のせいか、俺も常陸さんもスマホが壊れてしまって、連絡手段がなくなってしまっており、どうすることも出来なくなっていた。

 

 茉子「本当にすみません……」

 

 申し訳なさそうに謝る常陸さんの肩に腕を回し、ピタッと距離を縮める。そしてその辺から拾ってきた大きな布を二人で巻いて身体を温める。

 

 さて……問題は山積みだ。今の俺たちの状況もそうだし……結局妹達の行方もわからない。あの忍者が何者なのかもわからない。

 

 色々と考えることがあるが……ひとまずは常陸さんの心の傷を癒さないと。

 

 蓮太「流石に夜は冷えるな。大丈夫? 寒くないか?」

 

 茉子「大丈夫です。蓮太さんと一緒だから……暖かいです」

 

 蓮太「そっか。ならいいんだ」

 

 そうだな……ひとまずアイツが居なくなったとはいえ、ここは危険だ。最悪の場合、いつでも何が起きても対処が出来るようにしておかないとな……

 

 そんなことを考えていると、眠気には勝てないのか、常陸さんがうつらうつらとしながら何度も頭をカクンッと揺らす。

 

 蓮太「寝ててもいいぞ? そんな無理して起きてなくても」

 

 茉子「そんなわけには……いきませんよ。こんな所で寝てしまうわけには……」

 

 眠ってしまいそうなのを何とか我慢して、何度も目をぱちくりと開けたり閉じたりしている姿が……可愛い。

 

 蓮太「いいから、寝てて……そんなに気になるのなら少し経ったら起こしてあげるから」

 

 茉子「お願い…………しま……」

 

 と喋っている途中で限界が来てしまったのか、常陸さんは俺の肩に寄り添うように頭を乗せ、とうとう眠ってしまった。

 

 蓮太「ま、朝まで起こす気は無いけど」

 

 具体的な時間まではわからないが、まぁ五時間くらいは眠っていられるだろう。

 

 あれだけ嫌なことがあったんだ。しっかりと眠ってあんなことは忘れてしまった方がいい。

 

 茉子「…………れ……たさん…………すき……ぃ…………」

 

 ……なんかめっちゃ恥ずかしい寝言言ってますけど? 

 

 大丈夫? それ起きた時に伝えたら顔を真っ赤にするんじゃない? 

 

 いや……俺は常陸さんも朝武さんも好きだけど……

 

 蓮太「(ジー…………)」

 

 ……

 

 俺がしっかりと守らないと。もう、あんな酷い思いはさせたくない。常陸さんにも、朝武さんにも。

 

 きっとあの忍者が俺たちを狙った事には理由があるはず。だとすると、いつかはまた襲ってくるだろう。その時に、しっかりと撃退させられる程の力が必要。

 

 俺はもっと強くならないといけない。大切な人を皆守れるように。

 

 もっと……、もっと…………! 

 

 

 

 蓮太「俺も好きだよ。常陸さん」

 



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78話 正しさなんて、大人にも分からない幻想

 

 ……やっぱダメか。

 

 常陸さんが眠ってしまった後、ふと思うところがあって再度車をいじってみるが……てんでダメだった。素人が勝手に色々とするもんじゃないな。

 

 蓮太「……戻ったら安晴さんに謝っておこう」

 

 あれからどれくらいの時間がかかっただろう? 多分2時間は経過したんじゃないかな? 

 

 しょうがない……やっぱり大人しく我慢するか。というか……そろそろ常陸さんの保冷剤を入れ替えておかないと……

 

 なんて思っていると、後ろの方から声が聞こえてきた。

 

「君が竹内蓮太君?」

 

 ……? 誰だ? 

 

 なんで俺の名前を知ってるんだ? 

 

 声の方へと振り返ると、能面のような面をつけている少女のような見た目の人がいた。

 

 ……面! 

 

 あの忍者の仲間か!? 

 

 蓮太「誰だッ!?」

 

 小面「そんなに警戒しなくてもいいよー! 今日は殺しに来たわけじゃないからね!」

 

 蓮太「何……!?」

 

 ボロ屋の屋根に座って、月を背に俺を見下ろすその少女は、どこか楽しそうに笑っていた。

 

 小面「君が般若を痛い目にあわせてくれたって人だよね? そこに関してはお礼を言うよ、ありがとー!」

 

 ……般若? あの忍者の事か……? そう言えば鬼のような面を付けていたし……言っていることを考えると……恐らくやっぱりアイツだろう。

 

 蓮太「仲間がいたのか……!」

 

 背筋が自然と伸びる。

 

 緊迫した空気の中、危惧してきた事が実際に当たっていた事に焦りを覚えた。

 

 あの忍者には仲間がいる。そして、当然……この子も忍者なのだろう。

 

 小面「ボクは『小面』よろしくね! それにしても…………やっぱり実際に見てみるととっても格好良い人だね!」

 

 蓮太「目的はなんだ……! 何故必要に俺達を狙う!」

 

 わざわざ相手の話に合わせる義理はない。一応、文言では戦闘の意思はないようだから……何か知ることが出来るかもしれない。

 

 小面「んー……。そうだね、あっ、でもこれって勝手に言ってもいいのかな?」

 

 それに、まだ屋根の上に座っているんだ。あの体制から素早く動けるはずが無い。

 

 蓮太「……」

 

 小面「まーいっか! 般若があの子に酷いことしたみたいだし……そのお詫びって事で。蓮太君は『妖の葉』って知ってるかな?」

 

 蓮太「『妖の葉』?」

 

 小面「そう! なんていうか、こう……淡い桃色のような、桜のような色をしている葉っぱだよ!」

 

 ……淡い桃色……!? それって、祟り神を祓った時に何度も出てきていたやつのことか!? 

 

 小面「それにはね、全ての生き物の『怨み』が宿っているんだ。生物の負の感情がたーくさん詰まってるんだよ」

 

 怨み……。やっぱり、祟り神から出てきていたものは……

 

 小面「その葉っぱをね、人の心に溶け込ませると、『凶化』させることが出来るんだ。そして、『凶化』された人間……ボク達は『凶人』と呼んでいるんだけど、その『凶人』が更に怨みを溜め込むことで、その力を増やすことが出来るんだよ」

 

 ……は? 

 

 何を言ってるんだ? 

 

 小面「そして自身の怨みに耐えきれなくなった『凶人』はやがて自我を失い、その魂すらも怨みの力になってしまう。そして魂を失うと元の葉の姿へと戻る。そうして出来た膨大な怨みを持った葉はやがて1本の大木へと姿を変えていき……」

 

 蓮太「…………」

 

 小面「これでおしまい! 流石にこれ以上は言えないなぁー!」

 

 唐突すぎてよく分からなくなったが、要は「怨みを人の心に宿すと理性を失って更に強い怨みを求めるようになる」って事。

 

 そして強い怨みを集めると、何かが起こる……

 

 だが、それと俺達の何の関係があるんだ? 

 

 小面「あ、でもこれじゃあ肝心な事が伝えれてないね? うーん……そうだなぁ……。じゃあ大サービスだよ? ボク、個人的に君の事が好きだからね!」

 

 ……こいつ。煽りやがって。

 

 小面「もう思い切って言っちゃうけど、その妖の葉の力……つまり怨みの力を祓うことが出来る力を持つのが、『朝武芳乃』と『竹内蓮太』そして……『叢雨丸』なんだよ」

 

 ……朝武家の呪いを解呪したメンバーの要って事か。

 

 そう言えば、あの時も……最初に狙われたのは俺だった。常陸さんが庇ってくれたから常陸さんが怪我をしてしまったけど、あれがなけりゃ俺が確実に狙われてた。

 

 小面「まあ、もっと色々とあるんだけどね……、でもまぁ安心して! 蓮太君達を狙う理由は今言った通りだけど、すぐに殺しちゃったりはしないよ!」

 

 殺す。

 

 やっぱりそうなのか。だとすると……

 

 朝武さんと将臣が危ない。いや……あの忍者に狙われている以上、常陸さんも危ない。

 

 蓮太「お前達の目的は知らないが、これ以上俺の友達を傷つけさせないからな……! あの面の男に伝えとけっ! 俺が殺してやるって……!」

 

 当たり前だ。

 

 常陸さんの心を傷つけた代償は軽くないぞ……! 必ず殺す……! 

 

 小面「それは楽しみ! だけど…………蓮太君には悪いけど、多分それは無理だよ」

 

 プチン──

 

 蓮太「あ?」

 

 小面「……本当に血が目覚めてるみたいだね」

 

 どこか嬉しそうに俺を眺める面の子は意味深な笑みを浮かべながら更に語りかけてくる。

 

 小面「やっぱりお兄ちゃんと同じなんだ。だったら……」

 

 その途中で目の前の子は突如として姿を消し、それを認識した瞬間、俺の背中に何かがトンっと寄りかかる。

 

 小面「気が変わっちゃった! どうかな? ボク達の仲間にならない? 仲間になってくれるのなら、全てを教えてあげる。君の謎も、ボク達の全ての目的も」

 

 一瞬にして緊張感が漂う。

 

 改めて認識させられる。俺は今、あの強かった忍者の仲間と対面しているのだと。

 

 もしかしたら……いや、おそらく俺を簡単に殺せることは嘘なんかじゃないんだろう。

 

 蓮太「俺がその誘いに乗るとでも思ってんのか……!」

 

 互いに背中合わせのまま、振り向くことが出来ずに会話が続く。

 

 小面「そんなにあの子が大切なの? えぇ……と『常陸茉子』ちゃんだっけ?」

 

 蓮太「………………あぁ」

 

 小面「そうだねぇ…………だったら、計画を変更してあげるよ? 蓮太君が仲間になってくれるのなら、茉子ちゃんに手を出さない事を約束するよ? 君が望むのなら『朝武芳乃』にも『有地将臣』にも。なんなら適合者である『レナ・リヒテナウアー』も……どう?」

 

 ……既に名前は完全にバレてる。ということは大体の情報は既に入手してそうだな。

 

 というか……適合者? レナさんが何かに合致するモノを持ってるのか? 

 

 まぁ、何にしろ……

 

 蓮太「今、お前を倒すから………………興味が無いなッ」

 

 その言葉を発するとともに、勢いよく振り返って片足を振りかざす。

 

 思いっきり蹴り飛ばすつもりで足を振るうが、木の葉が舞うと共にその面の子は一瞬の内に姿を消して、俺の喉元に打撃を与える。

 

 蓮太「──グッ!?」

 

 その衝撃で身体が一瞬飛ばされるように浮く中、何とか距離を離そうと反撃しようとするが……

 

 小面「ふふっ!」

 

 俺の殴りや蹴りを簡単に受け流し、そのまま俺の身体に跨るように地面に俺を叩きつけ、喉元にクナイを突きつけられる。

 

 その瞬間──

 

 蓮太「──ブッ!?」

 

 突如として腹部に重い衝撃が襲ってきて、それに耐えきれずに口から吐血をしてしまう。

 

 その血が面の子の顔に少しだけビシャっとかかると……

 

 小面「はあぁぁぁ〜〜んっ! かわっ、可愛い……!!」

 

 身体をブルブルと震わせて、興奮するようにヨダレを垂らしながら悶えていた。

 

 蓮太「つ、強ぇ…………」

 

 小面「当たり前だよぉ! 君達がボクに勝てるわけないじゃん!」

 

 正直手も足も出なかった。それほどまでに強いんだ。

 

 小面「だからわざとなんだよ? 蓮太君や茉子ちゃん。それに穂織のみんなが「今、生かしている」事は。本当は君以外は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小面「今すぐ殺してもいいんだよ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を耳元で囁かれる。

 

 子供のような明るい声で伝えられたその言葉からは、本当に今すぐに皆を殺す事が出来るという事が心の底から伝わってきた。

 

 蓮太「……!」

 

 小面「ちなみに……まだまだ本気を出してないけど……他の仲間は間違いなくボクよりも強いよ。元々、ボクは戦闘員じゃないからね」

 

 心臓が激しく動く。

 

 恐怖や不安などもそうだが、何よりもひとつでも判断をミスしたら自分所が大切な人までも失ってしまうことを考えると、異常な程に緊張する。

 

 小面「どうかな? ボク達に付いてきてくれるのなら……本当に穂織の皆は見逃してあげる」

 

 蓮太「……お前達が穂織の皆をすぐに殺せる証拠なんて──」

 

 あるわけが無い。雰囲気からはそう出来るだろうと感じることが出来るが、事実としてそんな事は無い。と言おうとしたら……

 

 小面「今、穂織に御頭様が侵入しているんだよ? 今頃は芳乃ちゃんの隣で、町中を歩き回っているんじゃないかな? それとも、もう終わったかな?」

 

 ……!? 

 

 朝武さんと一緒に町中を歩き回ってる!? それって……! 

 

 蓮太「なんで……! その事を…………!」

 

 小面「一花って言えば、わかりやすいかな? 蓮太君」

 

 そんな……! 

 

 じゃあアイツは、俺達に近づく為にわざと──

 

 小面「ちなみに……………………ボクが『雪音』だよ」

 

 そう言って俺を押し倒している子は面を横にずらすと、少し幼い顔立ちの少女が現れた。

 

 雪音「ボク達の目的は蓮太君の力。最悪の場合殺してもいいって言われてたけど、こっちの準備が整っていないから止めておくことにしたんだ。でも、いざこうしてヤッてみたら……簡単に勝てちゃったから、任務を遂行していいかな?」

 

 ……ダメだ。事実上、俺は自分の命、朝武さんの命、それに建物の中で寝ている常陸さんの命を握られているもんだ、

 

 それに時間が経てば穂織のみんなも。

 

 ……俺が逆らわなければ手を出さないと言ってる……いや、そこは俺が監視すれば……

 

 雪音「さぁどっち? 仲間と共に仲良く死ぬか…………抵抗しないでみんなを守るか。好きな方を選んで……?」

 

 …………

 

 俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪音と名乗る、面を付けた女の子が消え去った後、俺は再び建物の中に戻る。

 

 ミシミシと音が鳴る床を歩いていると、外はすっかりと太陽が顔を出しており、一日の始まりを告げていた。

 

 常陸さんは……まだ眠っている。

 

 俺はそんな常陸さんを背中に背負い、上から布を羽織って少し明るくなり始めている道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 みんなの仲間としての最後の一日を味わう為に。

 

 



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79話 さよなら

 

 あれから俺は常陸さんを背負い、田舎道を抜けた後、適当にタクシーを拾って穂織の町に帰ってきた。

 

 そしてすぐさまみづはさんに常陸さんの診察をお願いして、朝武さんの家に戻る。

 

 すると一花は既に姿を消しており、再び行方不明となっているようだった。

 

 しかし一応町の皆は一花の犯行を許してくれたようで、これからどうしようかと悩んでいると町から消えていたのだという。

 

 俺は一花の正体を知っているが……

 

 

 ……………………

 

 雪音「わかった。それなら命は助けてあげる。それと……」

 

 交渉を承諾すると、雪音は俺の首に細いチョーカーのようなモノを取り付けた。

 

 蓮太「これは……?」

 

 雪音「もしかしたら教えた情報を漏らされるかもしれないからね。保険をかけさせてもらうだけだよ。ボク達のアジトに来るまで、裏切るような事をしたらこの首輪から人が吸うと五分と持たない有毒ガスが巻き散らかされるからね」

 

 ……なるほど。だから一日だけ俺に時間をくれたのか。

 

 蓮太「そうかい」

 

 雪音「当然だけど、秘密は守ってね? 今日の日が暮れた後、深夜零時にお家に迎えに行くからね! それまで最後の時間を楽しんでおいでよ!」

 

 …………………………

 

 

 みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。それにみすみす殺させる気もない。

 

 大丈夫。俺がみんなを守るから。

 

 

 それからみづはさんの診療所へといつものメンバーで移動して、常陸さんの様態を聞く。すると見た目の割にはそこまで酷い怪我ではないらしく、毎日診療所に通い続ける必要があるが、数十日で十分治るとの事だった。

 

 そして常陸さんの意識が戻った後、俺達が経験した事をほとんど全て伝える。その中には俺も知らない常陸さんが味わった酷い事なども聞いた。

 

 芳乃「そんな事が……!? ひどい……っ!」

 

 将臣「常陸さん……」

 

 特に常陸さんのことを心配していたのは朝武さんだった。

 

 その気持ちは…………何となくわかる気がする。

 

 ムラサメ「それで連絡が取れなかったのだな。それにしても面の忍者か……」

 

 茉子「はい。正直な話、その実力差は圧倒的でした。不甲斐ないですが、蓮太さんがいないと撃退する事はできずに今も…………」

 

 あの時のことを思い出したのか常陸さんは苦しそうに顔を俯ける。

 

 芳乃「茉子……!? 大丈夫!?」

 

 茉子「……すみません芳乃様。少し体調が……」

 

 みづは「ひとまず常陸さんは身体を休めた方がいいよ。今日は学院を休むべきだ」

 

 ……うん。

 

 蓮太「そうだな。一応色んな薬も貰ったし、俺も疲れたから今日は学院を休むことにするよ。そういうことでごめん。ちょっと先に家に戻ってる」

 

 

 

 Another View

 

 将臣「蓮太の奴、やっぱり元気がないな……」

 

 蓮太さんが診療所から出ていったあと、有地さんがどこか悔しそうにボソッとそう呟いた。

 

 ムラサメ「それも仕方がなかろう、むしろあのようなことを経験して、よくここまで茉子を連れて戻って来れたものだ。…………吾輩が蓮太の様子を見ておくから、ひとまず後のことは任せたぞ、ご主人」

 

 将臣「うん。ごめんけどよろしく」

 

「任された」と仰いながら、ニコッと笑顔を見せたあと、ムラサメ様は壁をすり抜けて蓮太さんの後を追って行った。

 

 茉子「それにしても……たった一夜で気になる事が沢山増えましたね」

 

 将臣「それはまあ……確かに不思議な事はあるけど……」

 

 茉子「何故ワタシ達が……蓮太さんが狙われたのか。それにあの方が言っていた意味深な言葉……」

 

 確か、茉子の話だと唐突に「目覚めた」という蓮太さんの血。謎の忍者を撃退した時、蓮太さんは今までの心の力とは違う不思議な力を扱っていた。

 

 謎の「覚醒した」という台詞。

 

 それに「親父にそっくりな殺意」という言葉も。その人物は蓮太さんの父親を知っている? だとすると蓮太さんが知りえない何かを知っているのかも。

 

 芳乃「一花さんも姿を消してしまいましたし……。何か嫌な予感が……」

 

 その瞬間、細い線が頭を通るように、私はあることをピンと思い出す。

 

 そういえば……あの時にお父さんから聞いた鬼の話に少し似ているかも……

 

 突如として人々を襲い始めたあの歴史に……。

 

 

 …………………………

 

 みんなの元を離れ、朝武さんの家にたどり着き、一目散に部屋にたどり着いた後、フラフラの身体を無理やり動かしてその場に倒れ込む。

 

 そしてそのまま眠るように意識を失った。

 

 

 

 これは気のせいなのかもしれないが……目蓋を閉じてしまう瞬間、『山河慟哭』が淡く光っているような気がした。

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 ふと目が覚めると、俺は布団の上に寝転がっていた。衣服は別の物へと変わっており、なにより…………腹部辺りに妙な重みがある。

 

 蓮太「ん……?」

 

 その重みの原因が気になり、顔を上げると……

 

 朝武さんが伏せるようにして、俺のお腹辺りですやすやと眠っていた。

 

 芳乃「…………ぅぅん……」

 

 周りを見渡すと、丁寧に箱に直された医療箱や一生懸命に熟読したのだろう、少しボロくなってしまっている応急手当の本などが朝武の横に置かれてある。

 

 そこで自分の身体を見直してみると、怪我をしていた部分は不格好に様々な手当をされており、誰がこれをしてくれたのかは十分に察することは出来た。

 

 蓮太「……ありがとう、朝武さん」

 

 寝ている朝武さんの頭に向かって、そっと手を伸ばし軽く撫でる。

 

 本当に優しい人だな、この人は。

 

 こんなに素敵な人に好かれてるって、俺は幸せ者だな。もちろん、朝武さんだけじゃなくて常陸さんも。俺なんかのどこが良かったのか……。

 

 蓮太「…………そんな優しすぎるところが、好きだ」

 

 頑固で料理が下手で、誰よりも責任感が強くて。天然で。

 

 でも努力家で忍耐強くて、恋愛事には耐性がなくて、優しくて──

 

 誰よりも綺麗な心を持ってる。そんな朝武さんも好き。

 

 だからこそ守りたい。だからこそ救いたい。

 

 だからこそ、俺なんかには勿体ない。

 

 時刻を確認すると既に夜の23時。朝武さんの仲間でいられるのもあと一時間。

 

 ……うーん。勿体ないことしたかな? 寝るんじゃなくてもっと色んなことを話したりした方が良かっただろうか。

 

 まぁ……でも、全ては今更だな。

 

 俺は朝武さんを起こさないようにそっと布団から抜け出し、部屋から出ようとする。

 

 すると壁に立てかけている『山河慟哭』がやはり薄く、淡く光を帯びていた。

 

 ……俺が扱うことはもうないだろう。

 

 そう思ってなんとなく、本当になんとなくありったけの心の力を刀に送り込む。

 

 するといつもなら強く光が放たれる所だが、刀が力を吸い寄せるかのように蒼い光は刀の中へと吸い込まれていき、その光は力を封じ込めるように輝きを消した。

 

 蓮太「…………じゃあな」

 

 俺の相棒。

 

 そうして俺は今までの日常を振り返りながら、誰もいないリビングで置き手紙の準備をする。

 

 内容は………………よし、これにしよう。

 

 すらすらと一文を紙に書いた後、テーブルの上にその紙を置き、その場を後にする。

 

 もうすっかり見慣れた家。もうすっかり住み慣れた町。

 

 いつの間にか大切な物も俺の周りに出来ていた。それは数は少なくて、個性的な奴らだったけど……いつの間にかかけがえのないものになった。

 

 大丈夫、守る。俺が守るから。

 

 だからどうか、俺の事を忘れてください。きっといつかさ、素敵な相手が見つかって、その道の先には幸せが待っているはずだから。

 

 蓮太「さよなら。親友、戦友、そして……好きだった人達」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 時刻は零時手前、俺は朝武さんの家を出て、気持ちを切り替えて道を歩く。

 

 すると夜の闇に紛れて身を潜めながら、誰かが俺に声をかけてきた。

 

 小面「約束の時間ですよー」

 

 ? 「貴女が一方的に約束をしたのでしょう。元々は……いえ、もう目的は変わったのだから今更ですね」

 

 俺の行先に建物の影から2つの人影が──

 

 小面「やっほ! 迎えに来たよ!」

 

 ? 「しっかりと裏切らずに来ましたね。では迅速に行動をしましょう」

 

 片方はわかる。面を付けて完全に顔を隠してはいるが、あの明るい声までは隠せていない。……というか隠す気がないのだろう。

 

 背が小さい方が小面。つまり雪音の方。

 

 蓮太「本当に、色んなやつがいるんだな。隣の人はお仲間か?」

 

 小面の隣に立っている凛とした佇まいの人も、種類が違うが面を付けており、小面とどういう関係なのかは察することが出来る。

 

 賢徳「ワタクシの事は『賢徳』とお呼びください。ここではあまり長居する必要が無いため、後のことはワタクシ達のアジトで……」

 

 蓮太「その前に改めて確認だ。俺がお前らの仲間になる事で、町には、町の人達には手を出さないんだよな」

 

 小面「うん! もちろん! 蓮太君が生きて仲間になってくれるのなら、約束は守るつもりだよ!」

 

 賢徳「そう……ですね。少なくとも、死体から力を抽質するよりは、圧倒的に楽ですからね。それに、小面から事の経緯は聞いています。その点に関しては安心して下さい」

 

 ……そういうことか。

 

 最初はやっぱり俺を殺すつもりだったんだな。しかし、こいつらにとっても俺は生きていた方が結果的には都合がいいのか。

 

 でも、だからといって朝武さんを筆頭に、『妖の葉』の力を掻き消す事が出来るメンバーを野放しにするとは思えない。

 

 ここから先は一瞬でも気を抜くなよ、俺。

 

 蓮太「わかった。じゃあ行くか」

 

 そうして俺に合わせてくれているのか、以前みたいに消えたように錯覚するほどのスピードで移動したりはせずに、歩いてこの穂織の町を歩く。

 

 賢徳は変わらない様子で周囲を警戒しつつスタスタと歩き、小面の方は何も気にせずにルンルンと鼻歌まで歌っている。

 

 そして月明かりの照らす綺麗な一本道を歩いていると……前方に誰が人影が現れた。

 

 賢徳「…………約束ですからね。小面、身を潜めますよ」

 

 小面「……ぅん? あー! わかったよー」

 

 そうして二人して音のひとつも発生させずに、俺の前から姿を消した。

 

 きっと近くで俺や前に歩いている人の事でも警戒しているだろうけどな。

 

 蓮太「…………」

 

 こうして町を歩くのも最後……か。

 

 やっぱり誰かと話しておくべきだっただろうか。なんて考えていると……

 

 レナ「レンタ……? このような時間にどうしたのですか? こんな所で……」

 

 前の方からこっちに向かって歩いている人はまさかのレナさんだった。でも……なんで彼女はこんな時間に? 

 

 蓮太「まぁちょっと野暮用でさ。レナさんの方こそどうしたんだ? もう日が変わる時間だぞ?」

 

 というよりも日は変わっている。完全に深夜帯の時間なんだ、だからこそ外には誰も歩いてなんかいなかったのに。

 

 レナ「それが……ですね、何故か激しい耳鳴りが止まらなくて……一旦頭を冷やすために外に出てみた次第ですよ」

 

 蓮太「耳鳴り……? それって祟り神の時みたいな?」

 

 レナ「はい、そうなのです。タラバガニの時と全く同じであります」

 

 ……いやそれは面白すぎだろ。俺達はカニと今まで戦ってたのか? 

 

 レナ「でも、レンタと会ってからは耳鳴りは止みましたね……? あれ? どうしてでしょう?」

 

 蓮太「単なる偶然だったのかもな。もう夜も遅いんだ、戻って早く寝た方がいいよ」

 

 そう言って俺は進行方向へと歩みを進めると……

 

 レナ「レンタ? そっちの方向はヨシノの家ではありませんよ?」

 

 蓮太「わかってる。大丈夫だから」

 

 それでもどこか浮かない顔のレナさん。まぁこの先はほとんど用事がない所ばかりだ。そもそも、夜に遊ぶような所はこの町にはない。つまり飲み物を買うなど以外は普通はどの場所も用事がないのだ。

 

 レナ「…………ちゃんとレンタもお家に戻るのですよ?」

 

 ……

 

 蓮太「あぁ」

 

 進めていた歩みを一旦止めて、レナさんに向かって振り返る。

 

 蓮太「必ず戻る。あいつらによろしく伝えてくれ」

 

 そしてニコッと笑って見せた。

 

 

 

 レナ「…………え?」

 

 

 

 蓮太「おやすみ」

 

 そう言って走早にその場を去る。

 

 それはもう、逃げるように。

 

 そしてある程度の距離が離れたあと、あの忍者の二人が再び俺の前に姿を現した。

 

 賢徳「いつかは帰れる。等とは間違っても思いませんように」

 

 蓮太「別に変なことは考えちゃいねぇよ。うるせぇな」

 

 小面「にしても……やっぱり『桜』に反応してたのかな? 今のは」

 

 賢徳「かもしれませんね。彼女の力は未知数です、ある意味では最も恐るべき能力を秘めている可能性がありますからね。下手をすれば…………そう」

 

 

 

 

 賢徳「運命を変えてしまうような、人の域を超えた神のような力を」



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80話 アジトにて

 

 どれくらい移動しただろう? あれから……1時間は経過しただろうか? 

 

 穂織の町を出て、お互いにほぼ会話もせずにひたすら歩き続けている。

 

 賢徳「そろそろいいでしょう。竹内蓮太。アナタは力を扱えますよね? これからは速度を上げて移動致しますのでしっかりと付いてくるように」

 

 蓮太「力……? 『心の力』の事か? そりゃできるが……」

 

 小面「ちなみに、どれくらいのスピードなら出せるの? そうだね…………試しにあの木の枝に飛び移ってみて?」

 

 そう言って雪音が指差す方向には沢山の木々が森のように生えており、見るからに丈夫そうな太枝が幾度となく伸びている。

 

 要するに忍者みたいにスタッと移動できるかどうか……って事だろ? 

 

 できるものかな……

 

 蓮太「あぁ。やってみるか」

 

 そうして心を落ち着かせ、両足に力を送り込んだ後、少しのタメを利用して一気に地面を強く蹴る。

 

 その反動で宙に身体を浮かばせた俺は、そのまま上手く体を動かして枝の根元に乗っかって見せた。

 

 もちろんその行為は常陸さんの見よう見まねだ。

 

 賢徳「問題なさそうですね。では、ワタクシ達を見失わないよう。行きますよ小面」

 

 小面「は〜い!」

 

 そう言った二人は俺なんかよりも素早く近くの枝に飛び乗ると、足を着けた瞬間にその枝を強く蹴り、次々に木々をくぐり抜けていく。

 

 蓮太「……ったく」

 

 そんな忍者達を追うように、俺も持ち前の運動神経を存分に活かして不器用ながらも素早く移動した。

 

 さっきまでが歩きだったこともあり、移動のスピードが全く違う。

 

 このスピードなら……穂織からはかなり離れそうだな。

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 あれから約一時間、相変わらず俺達はひたすらに森の中を駆け抜ける。

 

 そろそろこの移動法にも慣れてき始めた頃、俺の先を走る二人組は最後に強く枝を蹴った後、遂にその足を地面に着けた。

 

 漫画のようにスマートに足を着けた二人を追って、俺も地面に足をつけるが……勢い余って急ブレーキをするようにスライディングしてしまう。

 

 思うようには中々いかないな。

 

 小面「よくその身体でここまで付いてこれたね! さっすが蓮太君だよ!」

 

 賢徳「他の人間に比べて、能力は平均以上でしたからね。そもそもワタクシ達と比べる事自体が間違いですよ」

 

 どういう事だ? なにか引っかかる……

 

 蓮太「流石に疲労感は半端ないがな……。それにどっかのクズのせいで身体も痛む」

 

 小面「もぉー! そんな事言わないの! これから先は仲間なんだから、喧嘩しちゃめっ! だよ」

 

 蓮太「自信はないがな」

 

 賢徳「その心意気は十分です。下手に馴れ馴れしくされるよりも、敵対意識を持って頂く程度の方が精神面で成長できます。では……そろそろ」

 

 賢徳は片手を地面に着けると、何やら不思議な言葉をブツブツと言い放つ。

 

 するとその言葉に呼応するように、地面が紫色の光を放ち出し、魔法陣のような何かを形成していく。

 

 蓮太「まるで魔法だな」

 

 小面「『まるで』じゃなくて、実際に魔法だよ。これは昔生きていたある一族が現代まで残した立派な『技術』なんだ」

 

 蓮太「技術?」

 

 小面「うん。全てではないけど、ほとんどの技術はボク達の主君様が受け継いでいるんだよ。詳しい事はすぐにわかる、もうすぐ会えるからね」

 

 その言葉に疑問を抱いていると、あの魔法陣の様な場所の真ん中に、地中へと下る洞穴のような階段が現れた。

 

 賢徳「では、参りましょう。我らが主君がお待ちです」

 

 小面「しゅっぱっぁーつ!」

 

 ……見るからに怪しい穴だ。しかしこんなものに今更臆していられない。

 

 俺が敵の罠にハマる可能性も考慮しておかねば。

 

 そのためにもやっぱり……気を抜かないように…………! 

 

 そして俺よりも先に先陣切ってその穴に入っていく二人を追って、俺もその先へと進む。

 

 コツコツと音を響かせながら長い階段を降りていくと、後ろにあるハズの入口は音もなく閉じられていき、中が真っ暗になる。

 

 しかしその直後に壁にかけられたロウソクが次々に燃え始めて、薄暗く俺達を照らす。

 

 そんな道を案内されながらも奥へ奥へと進んでいくと、ある一つの大きな部屋にたどり着いた。

 

 蓮太「随分と長かったな。ここにたどり着くまでにどれだけの距離を移動してきたんだ?」

 

 数々の部屋や道を無視してきたが、その量と距離はえげつなく多かった。きっとノーヒントでこの空間に入ってきたりしたら迷子は必至だろう。

 

 賢徳「一種の保険です。ワタクシ達は様々な場所へと情報収集の為に飛び回ります。そのための時間稼ぎの一つです」

 

 小面「それにたーくさんの大きな部屋があるから、戦闘にも使えるような場所もあるんだよ!」

 

 蓮太「にしては傷一つも残っていないんだな」

 

 小面「だって誰にもここはバレてないんだもん。おかげで退屈しちゃうんだよぉ」

 

 賢徳「では雑談はそこまでに。これより主君のお見えですので、粗相のないように」

 

 そして賢徳は目の前にある大きな扉を少しだけ開ける。その先へと足を踏み込むと、薄暗い明かりに照らされている一人の男が佇んでいた。

 

 男「……来たか」

 

 蓮太「誰だ、お前」

 

 賢徳「蓮! 口を慎むように」

 

 男「いや構わない。そもそもオレとコイツは似た者同士……というか元々仲間なんだ。だから気にする事はない」

 

 俺の周りにいる二人の忍者を黙らせると、男は俺と顔を合わせるように身体をこちらに向けた。

 

 蓮太「だから、お前は誰なんだ」

 

 男「本当にそっくりだな、蒼治さんに似ているよ。久しぶり…………『蒼鬼(そうき)』」

 

 蓮太「あ……?」

 

 紅鬼「オレは紅鬼(こうき)。まずは久しぶりの再会を祝おうじゃないか」

 

 ……何を言っているんだ。と言いたいのは山々だが、変な嘘をこのタイミングで俺に言う意味は無い。つまりあいつの言っていることが事実とするならば、こいつは俺の知らない何かを知ってるかもしれない。

 

 蓮太「悪いな。お前みたいなやつは知らない」

 

 紅鬼「……だろうな。お互いに最後に会ったのは赤子の時だ」

 

 蓮太「それに、俺の名前は『竹内蓮太』だ。蒼鬼なんて名前じゃない」

 

 紅鬼「それは人間としての名前だろう。お前の本当の名前は蓮太じゃない。蒼鬼だ」

 

 ……!? 

 

 やっぱり、コイツは俺に関しての何かを知っている! 

 

 蓮太「人間として……?」

 

 紅鬼「あぁ。俺達は現代に生きる最後の生き残り。最後の仲間」

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅鬼「鬼の一族じゃないか」



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81話 それぞれの道

 

 蓮太「悪いが人違いじゃないか?」

 

 口ではそう言ってみたものの、それが虚勢だと言うことは自分自身が一番に理解していた。

 

 元々、俺が聞いている『鬼の一族』は穂織の町での実在した一族のはず。しかもそれは朝武さんすらも知らなかった事。あの時の反応を思い出してみると、確か……驚いていたはず。

 

 紅鬼「だが、心の奥底では気がついているんだろ? 今までの自分自身の可能性に」

 

 ……違うと思ってた。

 

 違って欲しいと願ってた。

 

 でも、無意識の内に心のどこかでは勘づいていたのかもしれない。俺はその事実から目を逸らし続けていたのかも……

 

 だって俺は常陸さんのように幼少期から鍛錬なんて積んでいない。将臣のように武道の基礎を固めているわけじゃない。朝武さんのように退魔の力が備わっていたりもしてない。

 

 この穂織に来るまでは『ただの人間』だったんだ。ちょっと幽霊が見える程度の人間。

 

 俺の人生は穂織に来てしまったことでとち狂った。

 

 蓮太「じゃあ……それをどう説明する。それを…………どう証明する」

 

 仮にも俺が鬼だとするのなら、現代まで鬼が生き延びたという理由が、歴史があるはずだ。

 

 紅鬼「そうだな…………、まずは、鬼についてどこまで知ってるんだ?」

 

 俺が知っていること……。それは。

 

 蓮太「人間と昔は共存していた事。見た目は人間と変わらなかった事。身体能力が高い事。そして、鬼の文明は当時の人間達よりも遥かに先をいっていたこと」

 

 紅鬼「ほう……」

 

 蓮太「そして……裏切りによって人間たちに手痛い反撃を喰らい、絶滅した事」

 

 そう告げると、紅鬼はピクっと眉を動かし、反応を見せる。

 

 紅鬼「まあ……、とにかくその文明の所から説明しなくちゃあいけない。ここに来る時に見たであろうけど、あの魔法陣も鬼が残してきた文明。彼らの技術さ」

 

 蓮太「らしいな」

 

 紅鬼「他にも沢山のものがある。その中の一つが…………『時越えの能力』」

 

 蓮太「……!?」

 

 スケールが一気に飛んだぞ!? 炎を出すとかじゃなくて……時を越える!? 

 

 紅鬼「もう分かっただろ? あの時の戦争から、何故俺達二人だけが生き残ったのか……それは、最後の手段時越えを利用したからだ」

 

 蓮太「馬鹿馬鹿しい」

 

 何を言い出すのかと思えば……時を越える? 人を馬鹿にするのも程々にして欲しいものだ。

 

 蓮太「時間を越えるなんて事、ありえないだろ。漫画の見すぎだな、現実と夢の区別ぐらいはしっかりして欲しいもんだ」

 

 紅鬼「『心の力』何てものが存在するのも……だろ?」

 

 ……まぁ。

 

 蓮太「……やっぱり知ってるんだな」

 

 紅鬼「俺は扱えないけどな。それにそれだけじゃない。今までを振り返ってみろ、お前が鬼だと言う可能性は様々な所に転がっていたはずだ」

 

 …………かもな。

 

 紅鬼「今は理解できなくても、すぐに理解できるさ。だから蒼鬼には真実の歴史を知って欲しい。人間達が改ざんした偽の事実ではなく、俺達の真実を……」

 

 と言うと、紅鬼は指を鳴らすと、俺達がいるこの空間はねじ曲がり始め、次々に色々な記憶が脳内に直接流れ込む。

 

 蓮太「……うっ!?」

 

 紅鬼「蒼鬼……これが事実なんだ、俺達は復習をしなくちゃあいけない」

 

 

 

 

 

 

 

 紅鬼「さぁ、感情を高めてくれよ。怨みの心を……」

 

 

 

 

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 *

 

 茉子「芳乃様っ! 芳乃様っ!」

 

 芳乃「ぅぅ…………ん……?」

 

 茉子に叩き起されるように名前を呼ばれ、その目蓋を開ける。

 

 すると私は安心する匂いの香る布団の上で横になって眠っていた。

 

 茉子「大変です! 蓮太さんが……! 蓮太さんが…………っ!」

 

 異常なまでの茉子の焦りよう、それは今までにないほどの動揺だった。そしてその直後に気がついた事は……

 

 芳乃「あれ……? この布団って…………。蓮太さんは?」

 

 茉子「この手紙がリビングに!」

 

 そうして手にしている紙を私に見せる。その紙には……

 

 

 

 

 

『ちょっと女に会ってくる』

 

 

 

 

 芳乃「……え?」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 改めて私達は全員が起きた後にリビングに集まり、あの手紙を囲うようにみんなで見る。

 

 芳乃「これは……?」

 

 ムラサメ「置き手紙じゃな」

 

 例えようのない不安が漂うように私の空気感を支配する。

 

 タダでさえあんな酷い事を二人は経験した後に、蓮太さんの突如とした行方不明。

 

 茉子「これって……蓮太さん。明らかに行き先を隠してますよね……」

 

 ムラサメ「だな。最低限、吾輩達を少しでも安堵させる為にコレを残したのであろう」

 

 将臣「それにしても、女に会ってくる? これって適当なことを言ってるのかな……?」

 

 ムラサメ「だとしても明らかに変であろう。皆考えてる事は同じだと思うが……例の忍者が絡んでいる可能性が高いだろうよ」

 

 もしかして、仕返しに出かけた? 

 

 でも……仮にそうだとしても相手の居場所や、情報が全くなくてわからない。つまり行く宛てがないはず。

 

 だったら……

 

 芳乃「私、蓮太さんの部屋を少し探索してきます!」

 

 茉子「では、ワタシも……!」

 

 即座に思いついたことを実行する為に立ち上がると、返事も待たずに蓮太さんの部屋へ移動する。

 

 その後ろには茉子やムラサメ様。有地さんも付いてきていた。

 

 そして蓮太さんの部屋をくまなく調べてみるけど……

 

 将臣「でもなんで部屋を探すの?」

 

 茉子「少なくとも、行き先を隠すという事は、ワタシ達にバレると蓮太さんにとって不都合な事があったと言うことです。そしてその実際に起こったであろう何かは、怪我をしている状態でも抜け出さないと行けないほどに重要なこと」

 

 ムラサメ「なるほどのう。芳乃が看病しておったから、その後の数時間の間に何かがあった可能性が高いということか……。茉子は頭が回るのぅ」

 

 つまり……私のせい。

 

 私がうたた寝なんかしないでしっかりと看病をしていれば、こんなことにはならなかった。

 

 私がしっかりと起きていれば蓮太さんは消えることは無かった。

 

 私が……! 

 

 そんな自分を悔やみながらも部屋中を捜索し続けるが……何かあったような違和感を感じさせるようなモノはなかった。

 

 そんな時、あることに気がつく。

 

 芳乃「刀が……光を……?」

 

 偶然蓮太さんの刀、『山河慟哭』が直されている辺りを捜索していたせいか、その不思議な光に気がついた私はマジマジとその刀を眺める。

 

 それは蓮太さんがお祓いの時に扱っていたように、まるで心を宿しているような蒼い光だった。

 

 ムラサメ「これは……? 蓮太の言っていた心の力? しかし何故、今この輝きが……?」

 

 芳乃「わかりません。ですが、これは何か……」

 

 その刀を調べる為に手を伸ばす。

 

 そしてその伸ばした手が光に触れると──

 

 

 

 

 芳乃「きゃっ!?」

 

 

 

 

 触られた事に呼応するように光が強く輝き始め、部屋中を蒼白い光が激しく照らす。

 

 けれどその掴んだ手は決して離さない。

 

 ムラサメ「これは……!?」

 

 将臣「眩し……ぃ!」

 

 その手から伝わってくるのは暖かい感情。

 

 腕から伝わってくる熱にも似たその思いに、思わず私は彼女名を呼んだ。

 

 芳乃「茉子……! 茉子も早くっ!」

 

 茉子「えっ!? あっ、……はい!」

 

 動揺しながらも私の同じように手を伸ばし、茉子も刀を掴むと、元々強く輝いていた刀が更に強くその光を放つ。

 

 眼が焼けるなんて言葉じゃ表せない程の強い光に思わず目蓋を閉じていると──

 

 

 

 

 

 頭の中に直接入ってくる『記憶』

 

 小柄な女の子と対峙する私……? いや、これは『誰かの目線』

 

 まるで私が戦っているかのように錯覚してしまったけれど、これは間違いなく誰かの目線での出来事。

 

 ただそれを眺めるように見ていると、私はその面を付けた女の子に負けて地面に叩き付けられる。

 

 それからの会話は……全て聞こえていた。

 

 だから分かった。

 

 忍者の計画も、蓮太さんを狙った目的も、桜の葉の事実も。

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太さんが突如として消えた理由も。



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82話 二代目

 

 頭の中に直接流れてくるかのような記憶を、事実を私は受け止めきれないでいた。

 

 いや、実際はきっと全てを理解はしているのだろう、でも納得することができないでいた。

 

 茉子が味わった出来事。実際に対峙した忍者との戦闘の全貌。そしてその間の会話……

 

 芳乃「これ……は…………!?」

 

 あまりにもの突然すぎる出来事に、心が追いつかない。

 

 困惑する状況の中、とにかく理解出来たことは……

 

 芳乃「蓮太さんを守らないと……ッ!」

 

 ムラサメ「芳乃! どういう事だ!? 何が起こったのだ!?」

 

 茉子「……………………」

 

 きっと、この『記憶』は茉子の頭の中にも入り込んできているはず。だとすると、私が経験したこの出来事も一致しているでしょう。

 

 その気持ちは、辛さは、想いは、理解出来る。

 

 芳乃「た、大変です! 蓮太さんが……蓮太さんが……!!」

 

 ムラサメ「だからなんだと言うのだ────!?」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 状況がまだ理解出来ていないムラサメ様を初めとした、有地さんとその後にその場に居合わせたお父さんに私の『経験』を伝える。

 

 私と茉子がその経験のお話と刀のお話をすると、突然反応した刀を見るや否や、お父さんはちょっと待っててと言い残して神社の方へ急いで向かっていった。

 

 何故こんな『経験』をしたのか、何故こんな『経験』をあの刀が蓄えていたのか。その原因はわかりませんが、見たのでは無く、感じたものでも無く、本当に私自身の『体験した出来事』になっている。そう思うようになった1番の根拠は…………

 

 様々な感情が湧き上がってくるから。

 

 特に強い感情は…………

 

 

 

 茉子と芳乃を守りたい。

 

 

 

 と、『私』が思っていること。

 

 私が『芳乃を守りたい』と思うのはおかしいですものね。

 

 茉子「…………と、こんな感じです」

 

 粗方の説明が終わると、この場にいる全員が深刻な顔をする。

 

 そしてやっぱり予想通り、茉子も『経験』していた。私と同じように…………同じ事を。

 

 将臣「全部一人で背負って……なんでそんな事を……!」

 

 芳乃「私には……いえ、私達にはわかるんです。なんで、蓮太さんが一人で行ってしまったのか……」

 

 認めたくないけど……この思いは事実だから……。

 

 将臣「そういえば、蓮太の経験がそのまま朝武さんの経験になってるって言ってたね。あと……常陸さんも」

 

 芳乃「それ……は……」

 

 茉子「……」

 

 ムラサメ「察する事を覚えよ、ご主人」

 

 将臣「察するって何を!? なんで俺達に何も言わずに相手の交渉を飲むんだよ! 協力をすればきっと──」

 

 違う……。違うんです。

 

 最初からその選択肢は……

 

 ムラサメ「吾輩達が弱いからじゃろ」

 

 将臣「──!?」

 

 ムラサメ「吾輩達が団結したところで、あの忍者達に勝てぬと踏んだ結果なのだろう。それに、あの瞬間は従うしか無かった。事実上、茉子と芳乃。そして蓮太自身の命を相手に握られているような状況だったろうからな」

 

 将臣「だとしても、穂織に戻ってからなら俺達に相談することができたはずだ! そんなの……!」

 

 ムラサメ「何度も言わせるな、ご主人」

 

 その言葉はとても冷たいものだった。まるで蓮太さんの代わりのように、事実から逃がすまいとムラサメ様は正直に伝える。

 

 でも……これは真実。

 

 私が弱いから。何も出来ないから。足を引っ張っているから。蓮太さんは一人犠牲になる為に行ってしまった。

 

 自分よりも強大な力から私達を守る為に。

 

 心の底から感じるモノは『俺が守らなきゃ』という使命感。

 

 芳乃「でも、私は助けに行きたいです。無茶だとしても、何としても……また仲間になってほしいんです」

 

 茉子「ワタシもです。ここで諦めるのは…………嫌です」

 

 

 

 ムラサメ「……よかった。お主らなら諦める事はしないと信じておったよ」

 

 少しの沈黙の後、ムラサメ様がそう言葉を告げる。きっとムラサメ様なりに私達の覚悟の確認をしていたのかもしれません。

 

 ムラサメ「まあ、ご主人は何を言っても蓮太を助けるつもりでいたようだがな」

 

 将臣「当たり前だよ! 今の俺が弱いなら、弱いなりに全てを尽くしてやる! それに、俺にはまだ『アレ』がある。蓮太はそれを知らないだけだ」

 

 ムラサメ「そうだな。付け焼刃な気もするが……ご主人は剣の筋が良い。もしかすると……もしかするかもしれぬ」

 

 なんの事だろう? なにか有地さんには秘策のような何かがあるのだろうか? 

 

 ムラサメ様が期待している以上、恐らくその実力は本物なのかも。

 

 なんて思っていると、私のスマホに1件の着信が……

 

 芳乃「もしもし……?」

 

 安晴『ああ! 芳乃! 聞こえるかい? 急いでみんなを連れて神社の地下へ来てくれないかい!? これはきっと何かのヒントになる気がするんだ!』

 

 芳乃「え? え? どういうことですか? 神社の地下?」

 

 安晴『とにかく頼んだよ!』

 

 ──ブツっ

 

 神社の地下……? そんなものが健実神社にあったの? 

 

 茉子「どうされましたか? 芳乃様」

 

 芳乃「え、あ、いえ……お父さんが神社の地下に皆を連れてこいって……、でもあの神社に地下なんて……」

 

 無い……とは言いきれないけれど、少なくとも、何度も神社の中に出入りしている私でも知らない。

 

 将臣「ムラサメちゃんは知らない?」

 

 ムラサメ「うーむ……。吾輩がこうして生まれた時には既に神社は建てられておったからのう。しかし、歴代巫女姫達は神社の地下なんて少なくとも発見すらしておらんかったぞ?」

 

 茉子「では、安晴様も知らなかったのではありませんか?」

 

 ムラサメ「かもしれぬな。あの神社には開けてはならぬと伝えられておる扉もある。とにかく、行ってみらんことには始まるまい」

 

 芳乃「で、ですね……! では皆さん、神社の方へ」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そうして神社の方へとたどり着くと、早速違和感が。

 

 一つだけ奥にある扉が開けっ放しになっており、その奥の明かりが漏れている。

 

 明らかな変化のある場所へみんなで向かうと、そこには埃だらけの見るからに古い階段が下るように並んでおり、その先へとゆっくりと進んでいく。

 

 するとその先には大きな大門が設置されており、その前にはお父さんが。

 

 芳乃「お父さん!」

 

 安晴「ああ! 来てくれたのかい! 芳乃、それと……みんな」

 

 将臣「これは一体何なんですか? やたらと大きい扉ですね」

 

 そう、目の前に佇む扉は明らかに常識よりも大きく設計されており、まず疑問に思ったことは「なんの為に?」という事だった。

 

 茉子「本当に大きいですね……ワタシが縦に三人程並ぶと同じくらいの高さになりますでしょうか?」

 

 芳乃「それで、この中には一体何が?」

 

 安晴「いやね、僕もそれが気になって中を開けてみようとしたんだけど……」

 

 お父さんがその大きな扉に手をつけると……静電気のように何かの衝撃が発生して、まるで扉から拒否されるかのようにその手が弾かれた。

 

 そしてその瞬間──

 

 ムラサメ「む……!?」

 

 この大きな『両開きの扉』はお父さんの手を弾いた後、何やら怪しい「朱色」と「蒼色」の光の糸のようなものを扉を塞ぐように、蜘蛛の糸のように扉の表面に張り巡らせ、行く手を拒むかのようにその奥の部屋を厳重に守り始める。

 

 安晴「さっき、僕が触ってみた時からこうなんだよ。だから、もしかしたら特別な力のある君達なら……と思ってね」

 

 将臣「……とりあえず」

 

 その光に興味を吸い寄せられるように有地さんがその光の糸に触れると……

 

 将臣「……うわっ!?」

 

 お父さんと同じようにバチッという音を響かせたあと、その手が弾かれる。

 

 そしてその流れで私もゆっくりと扉に近づいて行った時……

 

 身体に何か違和感が。

 

 この、この…………『感覚』は……!? 

 

 蓮太さんのように差し出した片手に力を込める。

 

 あの時の私の言葉通りに。すると──

 

 

 

 芳乃「…………!」

 

 

 

 私の左手が蒼い光を纏い始めた。

 

 茉子「芳乃様!? それは……!?」

 

 ムラサメ「あれは蓮太の……!?」

 

 驚く皆に反応ができない……! 

 

 この……『力』。ありえないくらいに精神を集中させないと……!! 光を維持できない……! 

 

『経験』を元に蒼い光を纏わせた左手を、両開きの左側の扉に手を置く。すると私の手は弾かれることなく、むしろ『蒼い糸』は私の手に触れると、手に吸い込まれるように扉から消えていった。

 

 そしてそのまま右手で今度は右側の扉に触れてみるけど……

 

 芳乃「きゃあっ!?」

 

 私を拒むように差し出した右手は弾かれてしまった。

 

 安晴「大丈夫かい!? 芳乃!」

 

 芳乃「うん。私は大丈夫だけど……このもう半分って……」

 

 ムラサメ「確か、ご主人と安晴は朱色の方を触れて弾かれておったな。そして芳乃は蒼には触れることが出来た…………ふむ。素直に考えると後は茉子しかおらぬよのぅ」

 

 芳乃「茉子……多分『経験』してるとおもうけど、できる?」

 

 茉子「……やってみます」

 

 そう言って、茉子は目を瞑り、自分の右手を胸の前に持ってきて、まるで祈るかのようにその場で止まる。

 

 きっと集中しているんだ。

 

 しばらくして茉子がカッと目を見開くと……

 

 

 

 

 その右手は「朱色」の光を纏わせていた。



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83話 選択した道

 

 茉子「これ……は……?」

 

 精神を集中させるように片手を胸の前にやり、私と同じようにその手に光を纏わせる茉子だったけど、不可解な点が一つ。

 

 それは私とは違って光の色が朱いこと。蓮太さんが朱色の光を扱った記憶は無い。

 

 ムラサメ「これも……蓮太の心の力なのか?」

 

 茉子「わかりませんが……恐らくは」

 

 将臣「でも、どうして常陸さんは色が違うんだろう。二人の言ってた事を素直に受け取るなら、蓮太の経験を受け継いでいるってことでしょ? それなら、蓮太は朱色の力も扱えたってこと?」

 

 ムラサメ「吾輩達の知らぬ所で、蓮太が会得していた力なのかもしれぬな。理由は不明ではあるが、そんなことを言えば蓮太の経験を茉子と芳乃が受け継いでおる時点で疑問は生まれておる。とにかくだ」

 

 私達の視線が扉の方へと集まっていく。さっきは弾かれてしまったけれど、もし、茉子も上手くいったのならば、この扉は開く。

 

 この扉の先に何が待っておるのかはわからないけれど。

 

 将臣「でもさ、この扉の奥には一体何が?」

 

 有地さんも私と同様の疑問を抱いていた。もし、何か知っているのだとしたら……

 

 芳乃「お父さん……」

 

 安晴「数日前の出来事だよ。いつものように祈祷を捧げていると、突然床下から音が聞こえてきてね。仕事を終わらせた後に調べてみることにしたんだ。すると、今まで普通の床だった場所に地下へと続く階段を見つけてね」

 

 確かに……それは私も思った。さっき私達が使った階段のあった場所は、元々は普通の廊下だった。

 

 安晴「一番に危機感を持ったのは……僕が見つけたんじゃなくて、「誰かが見つけた後」だったんだよ。ほんの少しだけ隙間ができていてね」

 

 将臣「それで安晴さんが階段を降りていくとこの扉を発見した……」

 

 安晴「立て続けに起こる不思議な事に、関連性があると思ったんだ。あの話を聞いた時に、もしかすると皆ならなにか変化を起こせるかもって」

 

 茉子「そしてそれは予想通り、ワタシと芳乃様で変化が起こす事が出来た」

 

 そう話し続けている中、茉子はずっと朱い光を手に纏わせ続けている。

 

 芳乃「茉子、それを維持し続けるのって疲れない? 私、すっごく体力を使うみたいで……」

 

 茉子「疲れる……といいますか、『慣れている』気がするんです。先程からずっと考えていたのですが、ワタシ…………どこかでこの力を……?」

 

 芳乃「慣れている? もしかして蓮太さんの感覚がそのまま……ってこと?」

 

 茉子「いえ、少々言葉にするのが難しいのですが……、何故か見覚えがあるんです。この力を沢山使っていたような気がして……」

 

 力を使ったことがある? やっぱりそれって、蓮太さんの経験を……

 

 でも、もしそうだとしたら、私がそんな感覚がないことがおかしくなる。二人とも同じタイミングで同じ経験をして、同じ力を持った。だとしたら茉子の感じている違和感は蓮太さんの出来事が関係の無い事? 

 

 茉子「とにかく、この扉に触れてみましょう、芳乃様」

 

 芳乃「う、うん」

 

 たしかに不思議ではあるけれど、今考えても多分答えは出ない。例えその答えが長考の末に導き出されるとしても、今はもっと大事な事がある。

 

 蓮太さんの記憶の出来事から推察するに、多分ここを訪れたのはあの忍者たちの可能性が高い。私達のことを調べているうちに発見したのかも。

 

 となると、可能性は低いけれど、何かヒントが転がっているかもしれない。

 

 芳乃「…………んっ!」

 

 そんな一筋の希望に縋る為に、もう一度片手に意識を集中させると、先程と同じように再び蒼い光を纏う。

 

 そして片側の扉を茉子と二人で心を込めて押し開ける。

 

 長年使われていなかったせいか、酷く重い扉だったけれど、何とか人が通れるくらいの隙間が開いた。

 

 安晴「開いた……」

 

 ムラサメ「しかし、この先には何があるのだ? 少なくとも数百年と人を通すことのなかった扉の奥、この暗闇の中には一体……?」

 

 将臣「わからない。けど、朝武さんと常陸さんは何かを感じてるみたいだ」

 

 

 

 

 Another View

 

 

 頭の中に流れてくる記憶。それはとても言葉で表せそうにない体験で……

 

 その歴史の痛みを知った。

 

 鬼と人間の間に起こった戦。その発端となる出来事。そして…………真実。

 

 その全てを理解した時、俺はどんな顔をしていただろう。

 

 何度も何度も自分の中で自問自答を繰り返し、正解を探す。俺はどうしたら良いのだろう。どう判断したらいいのだろう。

 

 何もわからなかった。

 

 ただ……これが事実なのだとしたら、俺は俺の責務を果たさなければならないだろう。

 

 それはもちろん……「鬼」としての。

 

 それが復習をした後の俺の心だった。

 

 けれど……まだ葛藤をしている。確かに過去を知って、自分を知って、憎んだ。恨んだ。

 

 でも、その思いと同じくらい、俺は人を好きになった。いや、既に好きになっていたんだ。

 

「朝武芳乃」「常陸茉子」

 

 もちろん二人への気持ちに嘘偽りはない。けれど……俺が本当に欲しかったもの。求めても求めても絶対に手に入らなかったもの。

 

 俺がそれを知らないのは、全て人間のせいだった。

 

 人間達のくだらない目的のために、俺は孤独になった。

 

 …………

 

 

 

 

 ……どうしても、憎い。

 

 

 

 紅鬼「わかる。わかるぞ。痛いほどわかる。俺も同じだ、だからこそお前を生かしておいた」

 

 蓮太「全部……全部…………、人間達が悪いんだ……!」

 

 紅鬼「そう……、だからこそ、俺達は立ち上がらなくちゃいけない。もう一度……いや、一度だけの幸せを掴むために」

 

 心の中がモヤモヤとする。

 

 人間達を恨んではいる。憎んではいる。けれど、完全に染まりきれない俺もいる。

 

 それは、きっとあの二人の事を裏切りたくないから。

 

 嫌いな人間でも、やっぱり好きになったから。

 

 紅鬼「迷っているのか?」

 

 蓮太「あぁ……。どうしても殺したくない人が、二人いる」

 

 紅鬼「……知ってるか? 俺達、「鬼の一族」はある秘密があるんだ」

 

 蓮太「秘密……?」

 

 紅鬼「元々、人間の協力がないと生きていけないほどに、繁殖力のなかった鬼が……何故あの戦争の時まで生きていられたと思う?」

 

 ……確かに。あの記憶の通りなら、鬼の数はお世辞にも多いとは言えない。むしろかなりの小規模な集団だろう。

 

 具体的な数までは不明だが……人間と比べると圧倒的に数は劣る。

 

 蓮太「……さぁ」

 

 紅鬼「答えは感染……さ」

 

 蓮太「感染……?」

 

 紅鬼「俺達鬼は、ある条件を満たすと、人間を鬼に変えることができる。俺達のように純粋の鬼ではなく、混血となるが、その身を鬼に変化させることが出来るんだ」

 

 ……吸血鬼のようなものか? 

 

 蓮太「人を……鬼に……」

 

 紅鬼「ああ、そうだ。鬼にできるんだ。お前の想い人を…………」

 

 蓮太「……ッ!」

 

 鬼……! 

 

 人を鬼に変える……! 

 

 その答えを聞いた瞬間、俺の心臓の鼓動が加速したのが身体中で理解出来た。

 

 それほどまでに俺は今興奮している。

 

 蓮太「鬼に……」

 

 紅鬼「そうだ……、あの二人を鬼にしてしまえば…………もう心残りはないだろう?」

 

 俺にとって最も大切な二人。

 

 守りたい二人。

 

 一緒にいたい二人。

 

 特別な二人。

 

 ……そっか。そうすれば良かったんだ。

 

 そうすれば、俺達はやっと報われるんだ。

 

 幸せになれる……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼鬼「……………………教えてくれ、その方法をッ」

 



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84話 真実と嘘。その裏切り

 

 芳乃「これは……資料?」

 

 茉子と二人で扉を開いた奥の部屋は、随分と埃だらけになった物だらけだった。

 

 本当に長い間この暗闇の中に隠されていたんだ……って思わざるを得ない状況。その中を進んでいって、とりあえずボロボロの机の上に無造作に置かれた紙の束をペラペラとめくってみる。

 

 将臣「……全然読めない」

 

 どうやら有地さんも別の場所に置かれていた紙の束を手に取ってみたようで、その中身を完読しようとしていた。

 

 確かに読めない。見たことの無い文字が並べられていて、何を書いてあるのかさえもわからなかったけど、「意味は理解出来る」。

 

 私の横で同じようにこの紙を見ている茉子も理解してるのかな? 

 

 芳乃「茉子……これ、分かるよね?」

 

 茉子「はい、読むことは出来ませんが……まるで頭の中に直接入ってくるように文字の意味は理解出来てます」

 

 この紙に書いてある事は、鬼の増殖方法。そして鬼の力の譲渡方法。

 

 芳乃「血……を……体内……に……注ぐ……?」

 

 茉子「いえ、恐らくそれは失敗例の方かと。成功例は血を「飲ませる」です。どうやら直接鬼の血を注ぎ込まれると、拒絶反応を起こして注ぎ込まれた者は亡くなってしまうそうです」

 

 芳乃「凄い茉子……そんなにスラスラと理解出来てるなんて……私なんて途切れ途切れで時間がかかるのに」

 

 ムラサメ「吾輩からすれば、理解出来ていることそのものが不思議だがな」

 

 た、確かに……。

 

 茉子「そして、鬼の力の譲渡方法は……放棄された所有権を手に取るか……唾液──ッ!?」

 

 ムラサメ「ん? どうした? 唾液がなんなのだ?」

 

 茉子「だ、だだだ、唾液を相手に流し込む……だ、そうです…………」

 

 そんな事でいいの? 

 

 と疑問に思ったけれど、改めてよく見てみると確かにそう感じる。

 

 それに、より強く力を渡すにはその両方をすると効果は増す…………!? 

 

 芳乃「ま、まさか……茉子!?」

 

 茉子「……ぇ……、ぁ……、ぅぅ………………」

 

 唾液を摂取する方法なんて、まさか……、まさか…………! 

 

 芳乃「……した……の? その………………」

 

 茉子「…………は、はぃ……」

 

 なにそれ、そんなの……! 

 

 芳乃「ずるい」

 

 茉子「ごめんな────え?」

 

 芳乃「茉子だけずるい!」

 

 私だって! 蓮太さんにき……きききき…………! キスして欲しいのに……! 

 

 ムラサメ「何を言い出すのかと思えば……」

 

 芳乃「やっぱり、私よりも茉子の方が……」

 

 茉子「それは違います! 蓮太さんは言ってくれました! 穂織に戻ってワタシ達二人に伝えたい事がある……と、それに芳乃様も感じているはずです、蓮太さんの…………気持ちを」

 

 芳乃「…………うん」

 

 確かに心で感じている。蓮太さんが思った気持ちを「経験」を通して知ってしまっている。

 

 けど、やっぱり不安……というか、寂しさが湧き上がってくる。いや……多分茉子とキスをした事も、きっと茉子を安心させるため。

 

 もし、私が同じような酷い目にあっていたら…………今の茉子みたいに普段通りに振る舞えなかったかもしれない。

 

 …………きっと振る舞えなかったと思う。

 

 芳乃「そうよね。ひとまず今はもう少しだけ調べてみましょう」

 

 茉子「はい!」

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 それから私達はこの古い部屋の中をみんなで調べてみる。もう既にボロボロになってしまって文字が消えてしまっているものはどうしようもなかったけど、最初の紙束のように辛うじて感じることの出来る書類もあった。

 

 茉子と二人で見て理解出来たことは、あの日、蓮太さんと初めて出会った日に聞いた鬼の歴史。あの話が伝承とは異なるものであったこと。

 

 もちろん合致する場所もあったけれど、そのほとんどが違ったものだった。

 

 そう……本当に、酷く残酷な歴史で……

 

 

 

 

 

 

 Another View

 

 

 人を鬼に変える方法、それは「鬼の血を人間の体内に直接注ぐ事」らしい。

 

 そうすればその身体は、魂は鬼へと変化させることが出来る。

 

 これなら……俺の血がある限り、あの二人を……いや、あの二人だけじゃなくて、穂織のみんなを鬼へと変えることができる。

 

 あの町で出来た友達、仲間、想い人、その全員を「俺の仲間」にできる。そうすればもう心残りはない、人間達を殺して回れる。

 

 その為には……俺の血を量産しておきたい。体内に直接注入しなきゃいけないのなら、注射器のようなものを準備して……

 

 紅鬼「随分と生き生きとし始めたな、蒼鬼」

 

 蒼鬼「当たり前だ、これで、俺はやっと家族を手に入れられる」

 

 紅鬼「確かにな、事実上の「血で繋がった」家族になれる」

 

 蒼鬼「だから鬼への変化には俺の血を使うからな」

 

 紅鬼「好きにしろよ。賢徳、蒼鬼を部屋に案内してやれ、コイツは今からやることが多そうだ」

 

 賢徳「はい。承知致しました」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 小面「意地悪だねぇ……わざわざあんな嘘を言っちゃうなんて」

 

 紅鬼「何がだ?」

 

 小面「さっき言ってた事でーすよ、あれって失敗例の方だよね?」

 

 紅鬼「ああ……、アイツにはまだ心に優しさが残ってる。完全な鬼に覚醒する為には修羅になってもらわないとな」

 

 本当にこの方、主君様の目的がわからない。

 

 蓮太君を殺せと言ったり、仲間にしろと言ったり、何がしたいのかがさっぱりわからない方。

 

 小面「多分壊れちゃうよ。蓮太君、茉子ちゃんと芳乃ちゃんを失ったら鬼に成る事すらできないんじゃないかな」

 

 紅鬼「それならそれでも問題ないさ。「別の世界」でまた試すだけさ」

 

 小面「また「アレ」を使うつもり? もう何回目ですか」

 

 紅鬼「しょうがないじゃないか、「前回の世界」じゃあ俺と蒼鬼は出会うことすらできてなかったんだ。まさかあんな雑魚に負けるとは思ってもなかった」

 

 小面「あの世界じゃあ、蓮太君はまだ人間だったからね、覚醒条件を達成する前に死んじゃってたから」

 

 けど、選択肢を変えたことであの悲劇の結末は回避することが出来た。

 

 ボク達は観測することができるけど……もしかしたら、蓮太君は記憶はないにしても、直感であの未来を避けている気がする。

 

 そうだな……きっと、この世界はもう終わり。蓮太君は壊れて、蓮太君の仲間はみんな死んじゃって最悪の結末へと向かってしまう。それを防ぐことは出来ると思うけど……きっと、蓮太君を説得することは不可能……かな。

 

 だとすると、もう諦めちゃった方がいいのかな、「世界の崩壊」を止めることは。

 

 今判明している、十一の希望の内、一人でも欠けちゃったら世界の崩壊は防げない。

 

 でも……出来ることは頑張っちゃおうかな。

 

 待っててね蓮太君。この世界でも頑張ってみるよ、ボクは蓮太君の味方だからね。

 

 

 

 紅鬼「それで、凶化実験の方はどうなんだ?」

 

 小面「そっちの方は問題ないよ。元々、凶人化まではなんの問題も無かったからね。蓮太君を手中に抑えた今、穂織の町に脅威は無いよ」

 

 紅鬼「そうか……妖の葉は?」

 

 小面「それも問題あーりません。「生命の大樹」に怨念を流せば、たちまち妖の葉は大量に生成されるはずだよ」

 

 紅鬼「ふふ……、全て順調だな」

 

 そう言って、君主様はお気に入りの刀たちを取り出して、その刀身を眺める。

 

 小面「お好きなんだね、その大量の日本刀」

 

 紅鬼「あぁ、ここまで人殺しに特化した武器は見たことがない」

 

 君主様が手に取っているのは数百年前、伝説を作った刀匠のひと振り。『魂澪刀』。

 

 小面「その刀、お気に入りだもんね」

 

 紅鬼「『魂澪刀』だ。刃を強度が保てるギリギリまで薄くすることで、一太刀の速度を爆発的に上げることの出来る刀。斬られた者はその痛みも混じることなく、冷気に包まれたような感覚の中死に絶える」

 

 小面「良い趣味してるね。殺人剣を集めてるなんて」

 

 紅鬼「だが、どうしてもあの一振りだけが見つからない。アイツが作り上げた最高傑作と言われる最強の刀だけが」

 

 伝説の刀匠、「神道蒼治」の三大傑作の頂点に君臨する刀。

 

 その名も『驟雨』

 

 それだけは……貴方には渡すわけにはいかない。

 

 小面「見つかったらいいね〜、ボクも一度見てみたいからね」

 

 紅鬼「そうだな、だが……今は先を急ぐ必要がある。まずはそっちからだ」

 

 小面「…………あはっ」

 

 適当な笑みを返して、ボクは自分の部屋へと移動する。

 

 

 

 ボクは君主様の事は気に入らない。もちろん……周りの仲間たちの事も。茉子ちゃんがあんな酷い目にあったって聞いちゃった時、心の奥底では本当にショックだった。

 

 でも、ボクはどうしようもなかった。その場にいたらどうにか助けることは出来ただろうけど……そんな都合よく事は進まない。

 

 やっぱり、最前の結果へと進む為には蓮太君が強くなる必要がある……かな。

 

 ……一応、今の世界の蓮太君に剣術を少しだけでも伝えてみようかな? あ、いや……それよりもボクが得意な忍者としての基礎を伝えた方がいいかな……? 

 

 うん、そっちの方がいいかな。調べて見た感じ、蓮太君は才能がある。なんて言葉じゃ表せないくらいに剣術の腕が良い。

 

 なにせ身の丈程の大太刀を自在に操っているんだから……普通は初心者がそんな事は絶対にできない。

 

 それにきっと時間が無い。最悪の場合、蓮太君の準備が終わり次第戦いを仕掛けるかもしれないから、早めに伝えた方がいい。

 

 雪音「えぇ……っと、確かこの辺に………………あ、あったあった」

 

 僕の部屋の畳の下にある、隠し収納庫の引き出しの2枚底の下、その場所にある巻物を取り出して、ボクは蓮太君の元へと向かって行く。

 

 穂織に伝わる、最古の二種剣術流派の一つ、「常陸流」の全てが書き記されている書物を持って。



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85話 雪音の本音、その想い

 

 鬼のみんなが残していた技術の一つ、唯一平行世界へと移動することが出来るモノ。

 

 この世界には様々な世界がある。例えば自分が歩いていて、目の前にA、B、C、と五つの扉があるとする。そしてAに入るとAへと続く世界があり、Bへと進むとBが続く世界がある。

 

 人生の数ある選択肢の中で、その選択肢の数だけ平行世界は存在している。それを証明したのがあの技術。

 

 つまり……ボクが今いるこの世界もどこかの平行世界。

 

 元々ボクがいた世界では…………蓮太君は早々に死んでしまってた。

 

 調べて見た感じだと、蓮太君は穂織に訪れた後、最初の祟り神戦の時に一緒にいた男の人を庇って死んでしまってた。つまり、ボクが穂織に来た時には既に。

 

 次の世界では、蓮太君は違う選択肢を選んでいた。祟り神と戦うのではなく、男の人と逃げることを選んでいた。だけど……逃げきることが出来ずにそのままやられてしまってた。

 

 そしてその次の世界では、初めてのお祓いの時、一時離脱した蓮太君が茉子ちゃん達を助けることが出来なくて、三人は死亡。残された蓮太君は絶望の中祟り神に抵抗することなくそのまま……

 

 その次もその次も、蓮太君は惨劇を回避する度に別の理由によって何度も何度も殺されていた。

 

 繰り返す絶望の世界を跨いで移動していく中で、ボクが確信したことはどんな世界も蓮太君が中心となって穂織の未来が繰り返し変えられていってるということ。

 

 どんなに些細な選択でも、蓮太君か行動を変えるとその未来が大きく変わってる。試しにボクが些細な行動を変えたとしても、その先は大して変わらずに同じ未来に統合された。

 

 つまり、蓮太君だけが「行動一つで未来を変えられる」。しかしその度に別の最後が待っている。まるで、蓮太君の歩む道を塞ぐように。

 

 しかも驚いたのが……あんなに成功していた世界ですら、蓮太君はみんなを守れなくて死亡してしまった事。ボクが見てきた世界は全て最終的にあの結果に繋がっていたと考えると……なんだか……

 

 ボクは変えたい。幸せをつかみきれなかった蓮太君から、笑顔でいっぱいの蓮太君が見られるように。

 

 その為にこの世界に来たんだ。

 

 だからこそ、まずは打開策を考えなきゃいけない。一番は蓮太君が死なないこと。全ての選択で蓮太君が未来を変えてしまう以上は、どんな選択をしようともそれが間違いだとは決めつけることが出来ない。だからまずは蓮太君が死なないようにすること。これが第一。

 

 次に重要なのは茉子ちゃん。

 

 不思議なことにどの世界線でも、蓮太君は引き寄せられるかのように茉子ちゃんと仲良くなっていく。色んな世界で蓮太君は別の人を好きになったりしてしまっても、茉子ちゃんは絶対蓮太君を好きになるし、蓮太君が強くなる理由のほとんどに茉子ちゃんが絡んでいる。

 

 その理由はわからないけど、きっと蓮太君にとって茉子ちゃんは、茉子ちゃんにとって蓮太君は互いに必要な、かけがえのない存在なんだと思う。

 

 次点で重要なのは……多分レナちゃん。

 

 彼女は「ある理由」で怨念……妖の葉に対しての適正が高い。つまり、聖なる力を持ってる芳乃ちゃんでも抵抗できないレベルの呪詛に対しても、その力に対抗することが出来る。

 

 現にあの最悪の結末から逃げることが出来たのはレナちゃんのおかげ。

 

 そして……特殊な存在なのが将臣君。

 

 彼はきっと、蓮太君と共に生きることで特別な存在へと昇華する。何故なら予言の十一の希望の中で、最も潜在能力が高い。

 

 将臣君は常に誰かを守る為に強くなり続けている。きっと、蓮太君がいなかったら将臣君が中心になってたんじゃないかな。そんな彼が最も輝く瞬間は蓮太君の隣にいる時、蓮太君を想った時は無類の強さを発揮するし、何故か最高の連携の動きが可能になっている。

 

 芳乃ちゃんは……正直わからない。

 

 彼女は数ある世界で、常に酷い最後を迎えている。誰かが死ぬ度に心を折られ、絶望し、自害する。

 

 彼女が殺される事のなかった世界の最後は、決まって芳乃ちゃんの自害で終わっていた。

 

 だからこそなのか、彼女は日々の努力を怠らない。常に誰かを巻き込まないように振る舞っていたのは正解なのかもしれなかった。それも蓮太君と将臣君によって変えられてしまったけど……きっと彼女がもっと人に頼っていたのなら、数え切れないほどの犠牲者の上で彼女は死んでいただろうと思う。

 

 きっと、彼女を救うことが出来るのは、蓮太君………………じゃなくて、将臣君。

 

 わからないけどね。

 

 でも……気になるのは、何故かこの世界では芳乃ちゃんが蓮太君の事を好きになっていること。そんなことは別の世界ではなかった。

 

 彼女は基本的に恋を知らないまま亡くなってしまっていて、一つ前の世界でのみ将臣君と結ばれた。

 

 けど、その先は……事実上、将臣君と結ばれてしまったことで破滅を呼んだ。この言い方は……ちょっとダメだったかな。でも、将臣君の身体の中に怨念が入り込んだ後に、その魂の中に怨念が潜んだいたのは事実。将臣君と結ばれなかったからこそ、何故か強力になった祟り神が出現しなかったのも事実。

 

 つまり芳乃ちゃんと将臣君が結ばれた先が存在する条件が、この世界のように将臣君が祟り神に対しての致命傷を与えない事。

 

 けど、その世界の先は何故か芳乃ちゃんは蓮太君のことを好きになる。

 

 ……頭が痛くなっちゃった。

 

 ボク、普段は悩まないからなぁ……こんなのは苦手なのに。

 

 でも、やっぱりまずやってみなきゃと思うのは、蓮太君の説得かな。

 

 蓮太君が鬼の歴史、過去を知った時に紅鬼は何か細工をしていた。多分見せた過去は真実を見せたんだと思うけど……明らかに蓮太君の様子が変わってしまった。それに、紅鬼は蓮太君の心を壊そうしているから、もしかしたら芽生えてしまっていた邪の心を刺激してしまったのかもしれない。

 

 鬼の力の覚醒に失敗していると、邪の心がその身を支配する。それを促進させてしまったのなら……蓮太君自身が世界の崩壊の中心になっちゃうから、それだけは阻止しないと。

 

 その為には……ボクの力を使ってでも邪の心をかき消そう。

 

 ……芝居とはいえ色々と面倒な関係になっちゃったからなぁ。やっぱり敵サイドで初めて巡り会うのはまずかったかな? でも…………もう今更だね。

 

 そろそろ蓮太君の部屋に着く……

 

 よし、絶対に助けるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お兄ちゃん。

 



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86話 諦めない心

 

……色々なことを知った。俺の存在も、歴史の過去も、そして……鬼の秘密も。

 

そして、この状況も俺にとっては有利だ。信頼を得られている所まではいかないが、完全に仲間達を裏切ったと思われているだろう。それならそれの方が都合がいい。

 

ここでの俺の目的は、この組織の殲滅。全員を殺してでも阻止すること。

 

ただ、未だになんの理由があって穂織の町を狙うのかはわからない。でも、朝武さんや常陸さん、他にも俺の大切な友達を狙う理由は理解出来た。

 

だとするとそれを止めなきゃ。例え俺が犯罪者になってしまうとしても、俺の人生が狂ってしまうとしても、俺はみんなを守りたい。

 

その為には力が必要。あの『記憶』の通りなら、俺はまだ先のステージへと上がることが出来る。鬼の力とやらが中途半端に覚醒している今、より完全なものへと昇華することが重要だろう。

 

まずはあの眼をどうにか自在に扱えるようになりたい。般若の面の男を撃退した時に垣間見た、鬼の一族の中でも極めて特殊な力。

 

『鬼ノ眼』

 

記憶で見た中で、この鬼ノ眼を扱えているのはいなかったが、特異体質として語られていた。

 

俺はその眼の所有者である可能性がある。……事実それっぽいことを経験してるからな。

 

蓮太「蒼鬼として、蓮太として、大切な人達を守る為に、俺は最善を尽くす」

 

この言葉は忘れない。もう戻ることは出来ない代わりに、俺が全てをひっくり返す。

 

雪音「その意気だよ、蓮太君」

 

……!?

 

いきなり聞かれたっ!?やっべ!カッコつけてる場合じゃなかった!やっべ!

 

なんて馬鹿みたいに焦っていると、天井からスタッと雪音がほぼ無音で俺の前にやってきた。

 

聞かれたか……?って思っきし返事されただろ、何考えてんだ俺。

 

蓮太「その意気…?」

 

今俺の言葉を肯定したよな?どういうことなんだ?

 

雪音「今は誰にも聞かれていないし、タイミングも丁度いい。警戒しないで……って言いたいところだけど、すぐには無理でしょ?だからとりあえず話を聞いてくれるだけでいいよ」

 

そういった雪音は部屋の隅においてある座布団を敷いて、その上に座る。

 

蓮太「タイミング?聞かれていない?どういうことなんだ?」

 

雪音「とりあえずは詳しいことは言えないけど、ボクは蓮太君の味方だよ。今までずっと蓮太君を騙してた。まずは……ごめんなさい」

 

雪音は星座の体制から額を床に擦り付け、綺麗な土下座でいきなり俺に謝ってきた。

 

え?何?どゆこと?

 

蓮太「……どういう風の吹き回しなんだ?」

 

雪音「まぁ、そうなっちゃうよね。許して欲しいなんて思ってないよ。ただ…謝っておきたかっただけ。ボクの要件は別にあるんだ。まずは……これ」

 

懐から何かの巻物を取り出すと、それを俺の手元に渡してくる。

 

その中身をとりあえず見てみると……

 

蓮太「……こりゃあ、剣術指南書…?しかも、『常陸流』!?」

 

常陸流の流剣術!?なんでそんなものがこんな所に……つか、なんでそんなものをコイツが持ってるんだ!?

 

雪音「驚いちゃうよね。でも、それは偽物なんかじゃないよ。その指南書は「ボクが生きていた時代」の常陸流の指南書。それ蓮太君にあげるよ」

 

蓮太「…ちょ、ちょっと待て!?生きていた時代ってなんだ!?それになんで常陸流!?」

 

雪音「だから詳しいことは言えないって言ったでしょ?時期が来たらちゃんと説明するから、今は自分を信じて行動してよ、お兄……蓮太君!」

 

蓮太「自分を信じろつったって……まずお前が信じられないのになぁ…」

 

雪音「むぅ〜……わかったよぅ!もう面倒だなぁ!紅鬼にバレても知らないからね!?ボクは過去から飛んできたの!」

 

蓮太「はぁっ!?」

 

なんだコイツ!?いきなりやってきて味方だの過去からやってきただの、わけわからんこといいやがって。

 

雪音「証拠はないけど……言うならボク達の存在がその証拠!紅鬼もあの忍者達も過去の世界から現代にやってきたの!」

 

蓮太「いやまぁ……あの記憶と照らし合わせると信用せざるを得ないというか……でも……」

 

雪音「別に信じなくてもいいよ!とにかく、君にはもっと強くなってもらわなきゃ困るの!時間が無いんだよ!?穂織の町がなくなっちゃってもいいの!?」

 

蓮太「待て待て待て待て!急に出てきて、急にそんなこと言って「はい分かりました」って納得しろって方が無理だろ!第一お前敵だったじゃねぇかよ!」

 

雪音「だーかーら!騙してたの!ごめんなさいって言ったじゃん!」

 

……えぇ。逆ギレやん…………

 

雪音「それに本当に敵だったらわざわざこんな事しないし、あの時にとっくに殺しているよ!」

 

蓮太「え、あ、まぁ…………」

 

雪音「とにかくどうするの?少しでも強くなる為に『常陸流』を学ぶ気はあるの?ないの!?」

 

蓮太「だから話がいきなり過ぎるんだよ!打ち切り前の漫画かっ!」

 

頭の中の整理に時間がかかる……

 

でも、仮にこれも嘘だったとしても、上手くやれば利用できるかも?少なくとも俺も強くする気はマンマンだし……接近してみるか。

 

雪音「どうするの!?男なんだからしゃんとしてよ!もうっ!」

 

蓮太「じゃあ最後に信用に値する証拠とかないのかよ…。お前今めっちゃ怪しいぞ?」

 

雪音「えぇ……うぅーん………………」

 

 

 

 

 

雪音「ボクの名前は、四代目常陸流伝承者『常陸雪音』。これで十分でしょ!」



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