呉雷庵になったけど (100000)
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呉一族とは聞いてない

雷庵かっこいいですよね。あれくらい狂人な方が一周まわって好感持てます。


起きたらどういうわけか和室にいた。天井の明かりが障子のようなよくある白い紙に覆われていることからここが和の部屋だということが分かったからだ。

 

『────』

 

『────』

 

誰かの声が聞こえる。その声は()()()()()()()()()()()()()()()。聞こえ辛い、耳が、声を拾ってくれない。

 

視界に誰かが入ってくる。

 

パッと見、老人だ。ただその老人の目は───

 

黒眼と白眼が逆だった。

 

 

俺は恐怖で泣いた。

 

 

─────────────────

 

雷庵(らいあん)!どこにいる!稽古の時間だぞ!』

 

「・・・ん」

 

懐かしい(おぞましい)夢から覚めるとともに先生が俺を呼ぶ声が聞こえる。俺の事を雷庵と呼ぶそのセリフが忌まわしき我が人生が現実であることを教えてくれている。

 

「・・・稽古したくないな〜」

 

誰も聞いてないことをいいことに文句を垂れる。ついでに寝返りも打つ。屋根の上で寝てるから瓦の硬い感触がするが、日の光で温かくなっていることもあり、むしろ心地いい。このまま二度寝でもしてしまおうか〜。

 

「兄貴やっぱりここにいたー」

 

位置的に俺の頭の上辺りか・・・。聴き馴染んだ妹の声が聞こえる。

 

「おーい兄貴〜早く起きないとまた怒られるよ〜」

 

妹が俺の体を揺するが目を開けない。ものわかりもよく、気配りのできる妹だ。きっと俺の気持ちを察してこの場から退いてくれる。

 

「早く起きないと食べちゃうぞ〜」

 

そんな可愛らしいことを聞いたら思わず頬が緩んでしまうだろ。

 

「あ!今笑った!」

 

「・・・マジか」

 

どうやら本当に緩んでいたようだ。我ながら可愛すぎる妹を持ってしまったものだ。

 

目を開く。そこにはまだ小学校入学前相応のあどけない表情をした少女が俺の横に座っていた。

 

「よ、風水(ふうすい)

 

「やっぱり起きてた!」

 

俺の狸寝入りを怒っているのか妹の風水は小さなほっぺを膨らませながら()()()()こちらを睨みつけてる。もうその眼にも慣れたものだ。頭を撫でるとそれが萎んでいく、可愛い。可愛いオブ可愛い。

 

「兄貴!練習!」

 

「あーはいはい」

 

そんな妹に急かされたのなら動かないわけにもいかない。風水をお姫様抱っこして屋根から飛び降りる。

 

「私一人でも降りられる!」

 

「はいはい」

 

確かに今の風水なら簡単に飛び降りれるし衝撃も逃がせるだろう。でも兄貴として妹を抱っこできるのももう短いと思うし今のうちに堪能できるものは堪能しておこう。

 

「さぁ、風水も何かトレーニングがあるだろ。お兄ちゃんはもう大丈夫だから行ってきなさい」

 

「またサボったらおじいちゃんに言うからね!」

 

「うん?あぁ、あの老害のことはいいんだよ」

 

やたらと()()()()()()()()()()クソジジイの姿が汚れなき風水の脳内に写っていると思うだけでも虫酸が走る。

 

「・・・ほぅ、言うではないか」

 

「うげっ」

 

噂をすればなんとやら。後ろからものすごい圧を感じる。振り向くとそこにはまさに今俺が口にしていた老人の男が立っていた。

 

「それほど大口を叩くのならばさぞ動きたくてたまらんのだろうな」

 

その老人の後ろに立つのはゴツゴツとした肉体の男三人組。

 

「さぁ、時間だ」

 

「おいふざけんなジジイ!コイツら練習と本番の違いが分かってない頭パッカーンな連中だぞ!」

 

「練習も本番も変わらん。人はな、死ぬ時は死ぬのだ」

 

「お前ホント大概だな!?」

 

─────────────────

 

 

 

 

 

人はありえない事が起こると自然と否定的な、あるいは非現実なものと脳が勝手に解釈し、現実逃避を始める。

 

しかし人間とは適応する生物(もの)。それは俺も例外ではなく『自我のある赤ん坊』のまま、歩くことが出来るようになる頃にはそういうものだと雑に結論づけていた。

 

転生者。しばらくアニメ界にブームを巻き起こしていたこの単語、創作的なものと思っていたがどうやら本当にあったようだ。

 

実際に俺はこの世界(漫画)『ケンガンアシュラ』のキャラクター(くれ) 雷庵(らいあん)に転生、憑依してしまったのだから認めざるを得ない。

 

アニメの世界に転生するのはいい。少なくとも現実で生きているよりは楽しいことが起こると思う。だけど物語によってはダークサイド、いわゆる裏側の存在というものがある。

 

俺が生まれ落ちた一族は呉一族。ダークサイド筆頭殺し屋一族だ。

 

マズイ、これは非常にマズイ。殺しを生業とする一族に生まれた以上、俺も必然的に殺しを学ぶことになるだろう。

 

率直に言おう、無理である。

 

倫理観が形成されていく幼少期に命を奪っていくことを当たり前としていたのなら受け入れられただろう。

 

だが、こちとら自我の形成どころかアイデンティティまで到達している青年期の人間だ。いまさら『レッツキリング!』なんて言われても無理なのだ。

 

であるならば俺の目標はもう決まっている。

 

一つ、『呉一族を抜ける』

 

二つ、『健全な一般企業への就職』

 

三つ、『幸せな家庭を持つこと』

 

この三つだ。

 

『呉一族を抜ける』。原作は知ってても呉一族のことは頭がイカれてることぐらいしか知らないが、代々続いてきた一族を抜けるとなるとそれなりの『制裁』が待っている可能性があるため今これに手をつけることは出来ない。恐らく最終目標になると思われるためここは慎重に動きたい。

 

『健全な一般企業への就職』。この就職という言葉はこの『ケンガンアシュラ(世界)』において二つの意味を有する。

 

一つは、一般人と同じ当たり前の就職だ。もう一つは()()()()()()()()()()ということだ。

 

『ケンガンアシュラ』では、権利や土地の売買を各企業専属の選手による『殴り合い』で決めている。違法取り引き?なにそれ食えんの?

 

99.9%は普通の社員として、残りの0.1%未満は闘技者として闘いに臨むというまさに漫画の世界のようなことが起こっている。

 

しかしこの枠に関しては俺もアリかなと思っている。理由は俺が『呉雷庵』であること。そして呉一族という(殺し屋ということを除けば)戦闘スキルを育成する環境としては最適な場だからだ。

 

殺し屋ということもあり、戦闘技術を高める訓練は日常的に行われているためそこら辺のファイターよりは強くなれる。

 

『幸せな家庭を持つこと』。うん、これは当たり前だ。幸いなことに雷庵の顔はイケメンだ。原作だと狂人すぎて近寄ることも出来なさそうな感じだったが、普通に大人しくしてればモテるでしょこの顔。

 

さて、いい加減まずこの呉一族っていう極限環境に慣れないとな・・・・・・

 

 

 

と思い始めたのが半年前だったか・・・。

 

「おい、もう動けんのか」

 

「・・・・・・・・・これで動けると思ってんのかよ」

 

指を動かすのも億劫な程にボコボコにされ、倒れ伏した俺は気遣いの言葉もない先生『達』へ精一杯抗議する。

 

俺を見下ろすのは三人の呉一族の屈強な男たち。つい先程この三人にフルボッコにされて俺は今地べたに這いつくばっている。

 

「動け。動かないと殺す」

 

「動いても殺すだろ!」

 

「そうだ。だからお前の力で、技で、乗り越えろ!」

 

その言葉を皮切りに俺の先生、呉 神威(かむい)は足を振り上げる。

 

それを地面を転がることで回避する。しかし起き上がった先には既に先生の拳が目の前まで迫っていた。

 

「っ!!」

 

ギリギリのところでガードするが威力を殺し切れず、後ろに吹っ飛ぶ。・・・しかし距離は稼げた。

 

「相変わらず容赦ねえな。それが子どもに向けてすることか」

 

「・・・キックボクシングか。()()()()()()()()()()()()

 

「聞けよ!」

 

距離をとって構えた俺の言葉を無視して先生は考察を述べている。

 

「この前は・・・・・・太極拳だったか?」

 

「冷静に考察しやがって。一泡吹かせてやるからな!」

 

「ふ、面白い。・・・来い!」

 

先生の言葉を皮切りにお互いに距離を詰める。先生の言う通り、俺のスタイルは今キックボクシングだ。ボクシングにキックが加わった・・・と言葉だけなら大したことないように聞こえるがこの差はデカい。足の力は腕の何倍もある、当たれば必殺の一撃になりうる。

 

そのキックを当てるためにジャブのコンビネーションで先生を攻めたてる。

 

最初は俺の連撃を防御していた先生も少しずつ対応が遅れ始める。

 

「シャア!」

 

遂に俺の攻撃が先生の顔面に直撃する。その一撃を受けた先生の体勢が崩れる。

 

今だ!!!

 

顔面へハイキックを放つ。最高のタイミングに最適な力で最速のスピードで放つ。本来なら当たっている・・・しかし。

 

「うっそ!?」

 

「狙いが読みやすいんだよ」

 

俺が放ったキックは先生の厚い腕に阻まれていた。流石に齧った程度の練度じゃ奥深い攻撃もできないのか、こちらの手を読まれていたようだ。

 

でも、そこまでは()()()()だ。

 

防がれたとしても体勢が崩れているのは事実。すぐさま距離を詰める。

 

(・・・詰めるか!アホが!)

 

間合いを詰める俺を先生はカウンターを放つべく右腕を伸ばす。だが、俺は狙っていたのは先生がそのカウンターで()()()()()()()()()だ。

 

俺は握りしめていた拳を『開く』。

 

(奥襟・・・!こいつまさか!?)

 

「引っかかったな!」

 

ガードを固めた先生に俺が仕掛けたのは衣服の奥襟を掴むという行為・・・それが意味するのは。

 

(柔道───)

 

「セイヤッ!!」

 

先生に足払いを仕掛け、残り足を軸に背負い投げをする。

 

先生を地面に叩きつけた後、すぐさまマウントをとる。

 

「トドメ────ぶべ!?」

 

マウントをとり、トドメを刺そうとした瞬間顔面を誰かに蹴り飛ばされる。

 

「だから!複数人は卑怯だろ!」

 

俺を蹴り飛ばしたのはもう一人の呉一族の男。名前は知らないがついさっき先生と一緒に俺をボコしてきやがった奴だ。

 

「問題ない。お前は()()だからな」

 

「お前らそうやってやたら俺を痛めつけるけどな、そういうのをいじめって言うんだよ!教育に悪いぞおい!」

 

「それだけ喋れるのなら問題ないな」

 

「あ、ちょ、やめ、ごめんなさ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてててて・・・」

 

「兄貴、大丈夫?」

 

傷口への消毒液は本当に染みる。その痛みには慣れたが、だから大丈夫というものでもない。

 

「あいつら、絶対いつか泣かす」

 

そう言いながら半べそをかいている俺だが、それも今の間だけ。戦闘スキルが向上しきった暁には絶対に土下座させると心に決めている。

 

「あ、風水。絆創膏取ってくれ」

 

「はい!」

 

笑顔で絆創膏を渡してくれる風水はもはや俺の心の癒しになっている。周りの奴らは誰を殺したか、何を壊したかで己の武勇を語る殺伐とした環境だが、そんな中オアシスとなってくれているのが妹の風水だ。

 

「・・・?兄貴どうしたの?」

 

「いや、ちょっと考え事してただけさ」

 

不思議にこちらを覗き込む風水の頭を撫でる。猫のように目を細める風水を見てるともうずっとこのまま撫でていたくなる。

 

「おい、雷庵」

 

「・・・なに?先生」

 

そんな俺の唯一の癒しのひとときを邪魔する輩が一人。おのれ先生、この罪は重いぞ・・・!

 

「前は太極拳、その次はキックボクシング、そして柔道。お前はいつになったら()()()を使うのだ」

 

・・・始まった。先生はいつも呉一族の技術を使わない俺を叱っている。教育係としてだろうが昨今子どもの個性を主張する風潮が強いのだからこちらのやり方を否定しないで欲しいところだ。

 

「呉の技は危険すぎる。俺が目指しているものとは正反対だ」

 

呉一族は伝統的な、先祖代々受け継がれてきた技というのが意外と少ない。それは呉一族が絶えず外の技術を取り入れ続け、進化し続けてきたからに他ならない。

 

だからこそ、殺し屋として一族総出で磨き続けてきたその技術はあまりにも危険すぎるのだ。

 

ただの正拳突きにすら一撃で人を死に至らしめる技の数々が眠っている。それを継承するということは自らを殺人マシーンに改造していくということ。

 

この世界に生まれ落ち、『不殺』を掲げた俺としては決して受け入れることの出来ない代物だった。

 

「だから、呉の技は使わないと?」

 

「何度も言ってるだろ?致死性を除けば使うがそれだとそこら辺の格闘術と変わらんしな」

 

「・・・そうか」

 

残念そうな顔をする先生。先生的には俺を呉一族でも立派な男にしたいんだろうが、あいにくこっちは普通の人間として生きていきたいんだ。すまんな。

 

「よし、時間だ!」

 

「なんのだ?」

 

「勉強だよ!お前らがボコすから全然課題に手をつけられてないんだよ!終わらなかったらマジで手伝わせるからな!」

 

もっとも小学生の宿題なんて難しいものではない。ほんの冗談のつもりだ。

 

「ふっ、なら拳法だけでなく勉強の方も俺が教えてやろう」

 

「え、先生出来んの?勉強」

 

「ナメるな。数学くらいできる」

 

「・・・算数なんだよなぁ」

 

せっかくだし風水の方の勉強も見てもらおうかな。

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜」

 

呉一族当主、(くれ) 恵利央(えりおう)は静かにため息を吐く。

 

1300年と続く呉一族の当主であり、齢90を超えながらまた桁外れの実力の持ち主であるがそんな男の悩みの種は()()()()()だった。

 

名を雷庵、人呼んで『呉一族の異端』。

 

呉一族に生まれながら雷庵は殺すことを拒んだ。代々殺し屋、暗殺者として生きてきた呉一族にとってそれがどれだけ異質なことだったか。

 

実力が伴わず暗殺から手を引くというのはよくあることだ。だが雷庵はそうでない。恵まれた才能を持ち、実戦に出れば間違いなく一線級の実力者となるはずだった。

 

始めはある程度()()()使()()に教育を進めてきたのだが、ここで一つ誤算が生まれてしまった。

 

それは、雷庵の類稀なる才能である。

 

それはある日のことである。いつも通り雷庵は人を殺したくないと言い放つ。元々雷庵も呉一族が課す修行には協力的だった。だが、何を思い立ったのかそんな世迷言を言うようになった。

 

これに怒った教育係が雷庵を()()。当然そこに写るのは圧倒的戦力差にものを言わせた暴力・・・のはずだった。

 

勝ったのは──雷庵だった。

 

成人の、仮にも呉一族の男をまだ小学生の少年が倒すなど全くもって考えられない事だった。当時の教育係が平均よりも下の実力であったとしても、だ。

 

だが、それを雷庵は出来てしまった。その原石は磨かなくともダイヤモンドのように輝いていた。

 

その次の日から雷庵は他の者とは違うトレーニングを課されることとなった。

 

呉一族の実戦部隊の男達との組手、雷庵への修行はそれのみだった。

 

強い力をより強い力で抑えつける。教育としては一方的ながらこれ以上ない()()()だった。だが、雷庵は相手の技術、スタイルをスポンジのように吸収し続け、加速度的に強くなっていった。

 

極めつけには最近は他の格闘技も取り入れ、本来の呉の戦闘術とは違う雷庵式戦闘術を確立しつつある。

 

呉一族も常に外部の技術を取り入れ続け進化を続けている。しかし雷庵はそれを独自に行っているのだ、小学生という若さで。

 

雷庵がこのまま戦闘員として育ってくれれば呉一族当主として言うことは無いが現状雷庵が従う気配もない。だからといって殺すにはあまりにも惜しい逸材。しかしこのままではいずれ手がつけられなくなる。

 

「まったく・・・あのガキは・・・!」

 

今日は3人がかりで痛めつけていたが、2人がかりだと押し返すようになってきた。

 

その成長ぶりに当主として嬉しくも、その存在に危機感を覚える恵利央だった。




原作開始までは結構ダイジェストでやりたかった(過去形)


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殺されかけるとか聞いていない

二虎流って自分なりにアレンジ可能なんですね。そういう改変可能って所に厨二心が鼓動してしまいます。


呉一族は暗殺一家だ。古来より中国からこの日本へ渡り、根付き、繁栄した。呉一族はそこから現代まであらゆる技術を取り入れ、また優秀な遺伝子すらも外部から取り入れ続けてきた。

 

暗殺者として遺伝的にも技術的にも鍛え続けてきた呉一族はある()()に達する。

 

それは『外し』だ。外し、とは文字通り自分の身体のリミッターを外すということだ。人間は自らの身体にリミッターをかけておりその身体能力は全力の僅か二割程しか機能していない。

 

なぜリミッターがあるのか。単純な話、耐えられないからだ。己の筋力が己自身の細胞を破壊してしまうからだ。

 

だが、優秀な遺伝子をひたすら取り入れ、医学的にも豊富な知識のある呉一族の肉体はそれに耐えられる。

 

『外し』とは一族総出で肉体を極め続けてきた呉一族だからこそ出来る人外の至宝なのだ。

 

「────と、ここまでが『外し』の説明だ。分かったか?」

 

神威先生がまるで小学生のお絵描きのような板書に指示棒を突きつけながら説明する。前から思っていたが、この人多分教える才能無いんじゃないか?

 

「おぉ〜!」

 

神威先生のそんな有り難〜い授業により『外し』の概要はなんとなく理解出来た。元より知ってはいたのだが・・・。

 

「お前の同年代のやつはほとんど『外し』が出来るようになっている。お前も負けてられないな」

 

・・・え、そうなの?てっきり俺が同年代『外し』第一号かと思っていたけど意外と皆しっかりしてるんだな。というより交流を持っていないことが問題じゃね?

 

でも・・・『外し』か〜。呉一族だしいずれは身につけなくちゃいけないものだと分かってはいたけど緊張するな〜。

 

俺がその時感じていたのは間違いなくワクワクだった。漫画の中で奥義ともされる技を自分が使えるようになる・・・そんな体験は前世でサブカルチャーに陶酔していた者からすればまさに宝物と言えるものだ。

 

「先生!はやくやろうぜ!」

 

神威先生へ駆け寄る。我ながら子どものようだが、ロマンはいつだってそういうものなんだ。それに俺だけ『外し』が出来ないのもカッコ悪い。

 

「・・・・・・ダメだ」

 

「えぇ!?」

 

しかし神威先生から返ってきた答えは俺の期待に満ちた声をバッサリと切り捨てるものだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、どういうこと?」

 

神威先生の言葉の真意が掴めない。『もう』とはどういうことだろうか。

 

「『外し』を会得するのはな・・・死と隣り合わせなんだ」

 

神威先生が俺に向ける目はどちらかというと心配が込められているように見えた。

 

「問題ないって!死と隣り合わせとか別に今に始まった話じゃないでしょ!」

 

きっととても辛い修行が待っているのだろう。しかしこちとら毎日、汚い大人達にボコボコにされているのだ。どんなキツいことでも耐えられるという自負がある。

 

「だから・・・・・・いや、お前も呉の男か。よし、じゃあ十分後に道場に集合だ」

 

「おう!」

 

五分後に集合か。なら、すぐにでも始められるように準備運動をしておこう。

 

「・・・死ぬなよ、雷庵」

 

「え?」

 

なにやら意味深な言葉を残してその場を後にする神威先生。そこまで心配する必要があるだろうか。

 

「ん〜〜〜ま、いっか!」

 

よく考えてみれば死ねとか殺すとかここじゃ割と日常茶飯事だし、てかいつも練習相手俺を殺す気なんじゃないかっていうくらい苛烈に攻めたててくるし、結局いつも通りだ。

 

「あ、兄貴・・・・・・」

 

「ん?」

 

聞き慣れた声がするので振り向くとマイプリティエンジェルシスターの風水がいた。二つ下の妹はもう小学四年生となり、成人まであと半分となった。

 

少しずつ大人びていく風水は一族内で腫れ物扱いされつつある俺にも甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。夜訓練で遅くなった時なんか夜食を作ってくれるあたりもう本当に天使なんじゃないかと疑い始めている。

 

そんな風水は扉からぴょこんと顔を出してこちらを心配そうに見つめている。・・・え、可愛い。

 

「兄貴大丈夫?殺されない?」

 

どうやら俺が本当に殺されるのではないかと心配してくれているようだ。

 

「嫌な予感がするの・・・・・・」

 

「嫌な予感?」

 

第六感的ななにかだろうか?正直、呉一族の直感は割と当たる。俺が殺意とか不意打ちとかそういう危険なものを感じ取る事が出来るようにうちの妹は感じ取っているようだ。

 

「うーん」

 

風水がそう言っているのだ、間違いはない・・・とお兄ちゃんは信じているぞ♡。ここで無理に訓練に行って、風水を心配させるのもな〜。でも『外し』はさっさと取得したいんだよな〜。

 

「・・・大丈夫だ、風水。お兄ちゃんが凄い強いのは知ってるだろう?」

 

風水の頭を撫でながら安心させるように諭す。俺が優先したのは『外し』のほう。風水には申し訳ないけど『外し』はロマン云々は置いといてもいずれ必要になるはずだ、だから早めに習得()っておいて損は無い。

 

「・・・・・・うん」

 

まだ何か言いたげな風水だったが、どうにか言葉を呑んでくれたようだ。よかった、泣きつかれでもしたら確実に『外し』の習得を断っていた自信がある。

 

「待っとけよ風水。お兄ちゃんが(スーパー)お兄ちゃんになって帰ってくるからな」

 

不安そうな風水に俺がしてやれることは一つ。一刻も早く『外し』を会得して、風水を安心させてやることだろう。

 

「さて、やるぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、来たな」

 

「・・・・・・・・・あの〜神威先生」

 

「どうした?」

 

「なんかいつもより人多くない?」

 

屋敷の中にある道場へ足を運ぶ。そこに居たのは、屈強な呉一族の男たち。いつも訓練の時は多くても四人くらいだが、今回は明らかに十人以上いる。

 

「さぁ、始めるぞ」

 

「・・・・・・・・・ヤバいかも」

 

風水、おまえの勘当たってたぞ・・・・・・。

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

「ちょちょちょ待って!せめて今から何するかだけでも聞かせてよ!」

 

既に()()()が怪しくなる中、とりあえず抗議の声を発する。俺からしてみれば道場に着いたら何やらただならぬ気配の男たちが揃いも揃ってこちらを睨みつけているのだから説明のひとつを要求するのはむしろ当たり前だった。

 

「雷庵、『外し』とは脳のリミッターを解除することというのは話したな」

 

「え、うん」

 

「だが、俺たち呉一族は生まれた時から『外し』を覚えている・・・なんてことはない」

 

神威先生が俺に語りかける・・・構えながら。

 

「お前には今から()()()()脳のリミッターを外してもらう」

 

「・・・・・・つまり?」

 

「今からここにいる男たちでお前を極限状態に追い込む(ボコボコにする)

 

「・・・・・・・・・・・・まじ?」

 

『外し』とは脳のリミッターを解除すること。しかし脳のリミッターなんて念じればすぐに外れるわけではない。脳のリミッターが外れるとはどんな状況か。

 

簡単だ、死にかける・・・あるいはそのレベルにまで精神的に、肉体的に追い込まれた時だ。

 

つまりこれからやろうとしていることはその追い込みということだ。

 

「・・・よし」

 

なるほどつまり・・・・・・()()()()()()()

 

今日は人数は多いが、大人にボコられるというのはいつも通りだ。人数が増えたところでやることは変わらない。

 

それに俺も呉の男たちにただボコられていたわけではない。皮肉ながら彼らにボコられ続けたことで打たれ強さや防御の技術はここ数年で飛躍的に伸びている。

 

「そう簡単に倒せると思うなよ!」

 

だからこそこの人数が相手でも自信満々にこんな言葉を飛ばせる。呉一族というある意味極限の環境が俺に粘り強い自信をつけてくれた。

 

 

 

 

 

「あぁ、それは俺達も思っているよ」

 

 

 

 

 

ピキッと何かがひび割れるような音───が聞こえた気がした。空気がまるで何かに怯えるかのように震え始める。その発信源は・・・目の前にいる呉の男たちからだった。

 

彼らの体に血管という血管がボコッと浮き始める。血管だけじゃなくその筋肉すらも隆起し、体が一回り程大きくなる。

 

体色は血液が血管が浮き出ているせいか青黒くなり、目も血走り黒と赤の凶暴な様付きになる。

 

見るのは初めてだが、これが()()だということは直感で理解した。

 

「『外し』・・・!」

 

その姿は、豹変という言葉ではとても足りないほどに人として、種族としての範疇を大きく超えていた。

 

「・・・・・・・・・大人っていつもそうですよね!子どもをなんだと思っているんですか!」

 

「行くぞ・・・雷庵!!!」

 

神威先生が俺に向かって駆け出す。その速度はいままでとは比にならないほどに速い。

 

「うわっ!」

 

神威先生のパンチを咄嗟にいつもの調子で右腕を盾にして受ける。足を締めるタイミングも腕に力を籠めるタイミングも攻撃のインパクトの瞬間に合わせた申し分ない防御だ・・・本来ならば。

 

「くっ・・・!」

 

防御には成功した、しかしその攻撃はあまりに重く俺の子どもの体は簡単に浮いた。

 

腕がしびれる、いつもの攻撃とは全然わけが違う。間違いなくこれが呉一族本気の打撃だ。

 

後方に引いた俺を神威先生は逃さない。すぐさま追い打ちを仕掛けてくる。いつもよりも攻勢に入るのが速い、もはや別人と戦っている気分だ。

 

とにかく今は、耐え忍んで隙を伺うしかない・・・!

 

「フウっっ・・・!!」

 

息を吐き、集中する。神威先生の攻撃がヤバいのは分かっている。だけど攻撃力とスピードが上がった反面、精度はだいぶ落ちている。リズムを合わせるのは大変だが、捌くのは決して無理ではないはずだ。

 

神威先生の拳を太極拳のように体を回転させながら、腕を押し当て攻撃を流す。直後に肩に鋭い熱さを感じる。どうやら攻撃のスピードに対応しきれなかったようで、肩に掠めてしまったようだ。

 

神威先生はそのまま左ひじを折りたたみ、俺の喉元に目掛けてかち上げを決めようとする。確か呉の技の一つ、『仏殺(ぶっさつ)』だったはずだ。

 

速度は速いが、リーチは短い仏殺を後ろに一歩引くことで避ける。そしてがら空きの脇腹に渾身の前蹴りをおみまいする。

 

しかしその一撃は神威先生の右腕に阻まれる。

 

本来なら有効打になっているはずの攻撃が簡単に阻まれる、こちらから攻撃すると逆に隙を晒してしまう。よっぽど決定的な隙を晒さない限り、攻撃するのは危険が伴う。

 

このままじゃジリ貧だが、『外し』だってそう長くは続かないはずだ。いくら呉一族が遺伝子レベルで優れているからといってずっと『外し』ていられるわけがない。

 

神威先生の連撃を躱し、時には受け流す。防御に専念すれば攻撃の芽は無くなるが被弾のリスクも一気になくなる。

 

「いい動きだ、雷庵!」

 

「おかげさまでな!」

 

自分より速く、大きく、鋭く、そして重い一撃を防御できているのも日ごろから大人にボコボコにされることで身についた俺の生きる(すべ)だ。『外し』で動きが速くなったからといって俺より強いという事実は変わらない、ならやることも変わらないのだ。加えて、向こうは急激に身体能力を向上させたことで動きの精彩を欠いている、これで技のキレも上がっているなら為す術がなかったがこのおかげで動きの先読みがギリギリだができている。

 

けど、攻勢に移れないのもまた事実か・・・!

 

あまりにも神威先生の動きが苛烈すぎる。このままではいずれ押し負ける。俺だっていつまでもこの嵐を避け続けられるわけではない。どこかで突破口を開かない限りは俺に待っているのは敗北の二文字だ。

 

神威先生の動きが徐々に正確になってくる。『外し』の動きに慣れ始めたこともあるだろうが、一番は俺の動きを捉え始めたからだろう。

 

右ストレート・・・!

 

神威先生の拳を首をひねり、寸でのところで回避する。すると神威先生の姿が突然()()()

 

下か!!

 

気づいたときには既に俺の脚を刈り取られ、身体は宙に投げ出されていた。

 

やっっっば!!!

 

そのまま神威先生は体勢を崩した俺の腹に肩から体当たりする。呉一族の技、『剛体(ごうたい)』だ。

 

「ごは・・・・・・!」

 

『外し』を使った状態の神威先生の一撃で俺の体は弾丸のごとく吹っ飛ぶ。

 

肺の中の空気が全て抜けていき、体内の臓器が掻き回されたような感覚に襲われる。立ち上がろうにも腕にチカラが入らない。

 

「ま、まいった・・・・・・」

 

血に伏した俺とそれを見下ろす神威先生。誰がどう見ても俺の敗北は決定的だった。

 

「いや強すぎでしょ・・・『外し』」

 

くそ、まだ相手の動きに身体がついてきれてないな・・・もっと筋肉と体重、身長もつけないとな。

 

「・・・あの〜神威先生、俺の負けなんで起こして欲しいんですが」

 

俺を見下ろす神威先生の目はまだ冷たい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「神威先せ───」

 

瞬間、世界がぐるんと回る。それが神威先生が俺を蹴り飛ばしたことで起こったことだと理解するのに数瞬の間を要した。

 

「げほっ・・・なんで・・・・・・?」

 

いつもならもうとっくに決着がついている。ほんの少しだけ休憩を入れて、反省点を挙げてまた次の稽古に移る・・・いつもならこの流れのはずだ。

 

──お前を極限状態に追い込む。

 

神威先生の言葉を思い出す。まさか・・・まさか・・・だが・・・。

 

「俺を・・・・・・殺す気?」

 

「そうだ」

 

俺の疑問に最悪な解答をしたのは神威先生、ではなくあのクソジジイ、呉 恵利央だった。

 

「雷庵、業腹だがお前の強さは今の時点で同年代どころか呉一族全体で見ても既に平均よりは上にある。脳のリミッターを外す程にお前を追い込むことはこの先難しくなる・・・悪いが」

 

───荒療治させてもらうぞ。

 

・・・・・・そういうことか。脳のリミッターを外すには自身を極限状態に追い込むことが必要になる。なら手っ取り早いのはボコボコにして瀕死に追いやるということになる。

 

「やれやれ・・・もはや児童虐待とかそういうレベルじゃねえな?」

 

確かにこれ以上無い程に荒療治だなと思う。大人相手に日頃いい勝負する俺を極限状態に追い込むならこれくらいしないといけないのか。

 

「なら断食とか・・・いや、お腹が減るのは嫌だな〜」

 

ヤバい状況なのに口からはふざけた言葉が顔を出す。果たしてそれは余裕の表れなのか・・・それとも恐怖以外の何かがあるからか。

 

「クク、すぐに断食の方がいいと思うようになる・・・」

 

クソジジイが悪の親玉みたいなことを言い出す。悪そうな顔も相まって本当に極悪人のように見える。まぁ暗殺一家の当主ではあるのだが。

 

「・・・・・・時間か」

 

神威先生が『外し』を解く。青黒くなっていた身体はいつもの健康的な肌色に変わっている。

 

「終わり?」

 

俺の期待に満ちた言葉を裏切るようにまた別の男が前に出てくる・・・()()()()()

 

・・・・・・はは。

 

「流石に二人同時はキッついな〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

二人同時『外し』相手にするとか馬鹿みたいな状況だけど相手は結局攻撃する時に使うのは腕一本、もしくは足一本!つまり俺は二本同時に処理すれば戦える!

 

「びゃあああああああああぁぁぁ!!!」

 

口から情けない声が出るが、轟速で迫る攻撃を本当にギリギリのところで捌く。

 

一つは避けて、もう一つは受け止める。また一つを受けて止め、もう一つは避ける。そんな無茶苦茶な逃げ方を続けて長く続くはずはなかった。

 

「ぶ───」

 

胸と顔に一発ずつ貰い、再び壁に激突する。これで叩きつけられるのは何度目だ?

 

「流石の耐久力だな・・・普通のガキならもう死んでるぞ」

 

「・・・・・・死んでると思うなら止めても、いいんだぜ?」

 

「・・・まだいけそうだな」

 

そんなことはない。立てはするがそれが精一杯という状況だ。動きも最初と比べると格段に悪い。もはや気力だけでどうにか場を繋ぎ止めてる状態だ。

 

なのに────

 

「よし、交代だ」

 

終わり・・・・・・・・・見えないな。

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンッッッと何かを叩きつける音が響く。それと同時にくぐもった少年の声も聞こえてくる。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」

 

「雷庵、自分を解放しろ。さもなくば、死ぬぞ」

 

「うるせ・・・・・・よ、やれる、なら、とっくに、やってる」

 

その少年、雷庵はもはや何故立っているのか説明がつかないほどに───血まみれだった。顔は腫れ上がり、身体中は青アザまみれ、加えて一目見れば分かるほどの(おびただ)しい量の出血が雷庵の身に起こっている惨劇を物語っている。

 

神威が険しい表情で雷庵に『己の解放』を促すが、雷庵は未だにその声に応えることが出来ていない。

 

(くそ、何が足りない?身体はとっくに限界を超えている。なのにダルくなるばかりで、『外し』が起こる前兆すらないぞ)

 

あまりにも不甲斐ない自分に歯噛みする雷庵。実際目の前の男たちは皆、『外し』の状態だ。そんななか自分だけその領域に踏み入れていないのは、年の差はあれど流石に苛立ちを覚えていた。

 

「・・・・・・脳のリミッターを外す()()を探せ。それが見つかれば『外し』は簡単だ」

 

「だから・・・・・・それが、出来ねぇんだよ!」

 

神威からすればコツを教えているつもりだが、雷庵はそのコツすら超常的なモノでイメージすら掴めていない。

 

「さぁ・・・来いよ!こうなったらとことんやってやるさ!」

 

自分を鼓舞し、力強く構える雷庵。しかし神威には、否、その場にいる誰もがそれが空元気を超えた見栄だということに気づいていた。

 

「雷庵・・・・・・これ以上は本当に──」

 

「構わん」

 

「・・・!(おさ)!」

 

流石に神威も止めをかけようとするがそれを止めたのは族長の恵利央だった。

 

「元より呉一族の訓練は命懸け。たとえ訓練で死のうがそれはそやつがそれまでの男だったということだ」

 

「それは、そうですが・・・!」

 

恵利央の言うことは『呉一族としては』間違っていない。しかし神威からすれば雷庵は一人の生徒、もはや我が子と言っても差し支えない程には大切な子どもだ。

 

「くっ・・・!」

 

なにか堪えるように拳を握りしめる神威。追い詰められている方が高揚し、追い詰めている方が戦意喪失するという奇妙な光景に恵利央のこめかみに血管が浮かぶ。

 

「・・・もうよい、神威。お前は下がれ」

 

「・・・長!」

 

「・・・・・・・・・神威」

 

「っ!」

 

恵利央の言葉に異を唱える神威に恵利央の皮が()()()()()

 

「問題ないよ、神威先生」

 

そんななか不敵に笑う少年が一人。

 

「雷庵・・・それ以上は死ぬぞ?」

 

雷庵だ。全身が震え、明らかに立つのがやっとながらもその闘志は衰えず、むしろさらに燃え上がってすらいた。

 

「・・・大丈夫だ。俺が死んだら風水が悲しむ、なら、死なない」

 

「・・・雷庵」

 

「さぁ、始めようか・・・!」

 

雷庵の声に呼応するように一人の男が『外し』、雷庵へ殴りかかる。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

身体に残った僅かな力を振り絞り、全力で迎撃にかかる雷庵。

 

二人の距離はすぐに縮まり、お互いの拳が互いの顔面に突き刺さる。

 

───結果は、始めから分かっていた。

 

(ちく、しょう・・・・・・・・・)

 

力負けし、吹っ飛ぶ雷庵。満身創痍だった雷庵にすら手加減はされておらず、床に倒れることなく壁に激突し、そのまま張り付いたように動かなくなった。

 

(・・・・・・やっぱり、()()()()()()()()()()()()()?)

 

雷庵の胸にあったのは『外し』に至らない自分の情けなさと諦めだった。

 

原作において雷庵は呉一族において最強と呼ばれる程の実力者だった。当然、呉一族秘奥『外し』ですらも雷庵は呉一族の中で一線を画していた。

 

しかし自分はその『外し』を発動させることすら叶わない。

 

───なぜなら、『偽物』だから。

 

(あぁ・・・・・・・・・悔しいな)

 

単純に『偽物』だったから出来ないのは当然。理屈としては通っているがそれでも雷庵は納得していなかった。

 

(このまま、死ぬのか・・・・・・あぁでも偽物だしそれでもいいのかな)

 

見栄でこの激戦を通し続けていた気力も無くなり、徐々に雷庵の意識が遠のいていく。

 

───兄貴!

 

(風水・・・・・・)

 

そんな雷庵の耳に聞こえてくるのはこの場にいないはずの風水の声。

 

───兄貴!!!

 

(こんな時でも妹の声が聞こえるとか俺妹好きすぎだろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・えぁ?」

 

妹の声に沈みつつある雷庵の意識が一瞬浮上する。

 

いつの間にか床に倒れていた雷庵が目を開くとそこには本当に妹の風水がいた。

 

目を赤くし、ぽろぽろと涙を零しながら雷庵を見つめていた。

 

「兄貴、死なないで!」

 

嗚咽を漏らしながら、雷庵へ声を上げる風水。

 

「兄貴!兄貴!」

 

「・・・ぇ・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」

 

泣く風水に何か声をかけようとする雷庵だが、もはや虫の息なのか口から漏れるのは空気だけだった。

 

「・・・・・・・・・許さない」

 

風水の目が──変わる。大好きな兄をボロボロにしたコイツらを許さない、風水がその考えに至るのにそう時間はかからなかった。

 

「なんで・・・・・・兄貴が・・・・・・」

 

「・・・風水?」

 

風水の雰囲気の変化に神威が気づく。

 

「兄貴は・・・・・・兄貴は・・・・・・・・・」

 

 

 

 

──────ユルサナイ

 

 

 

 

「よくも・・・兄貴を・・・!」

 

風水の身体に流れる血液が速度を上げる。脳はそのリミッターを解除し、人を()()()()()へと押し上げる。

 

それが『外し』、呉一族がその歴史を結集させて作り上げた秘奥の術──風水が至ったのはまさにそれだった。

 

(あぁ・・・やっぱりお前は本物だからか・・・・・・)

 

そんな風水を見る雷庵は納得の心境でいた。俺は風水よりも鍛錬を積んできた。周りに出遅れていても風水よりは早く『外し』に至ると踏んでいた。

 

しかし・・・・・・結果は、風水は『外し』に至り自分は無様にも地べたに這いつくばっている状態だ。

 

それは、風水が本物だから、雷庵は結論づけた。

 

風水が『外し』に至ったことで自分が偽物であることを強く自覚する一方、周囲の、神威を除く呉一族の反応は───冷ややかなものだった。

 

「なんだ、()()()()()

 

「な、なに・・・?」

 

恵利央のガッカリとした声が雷庵の耳に届く。雷庵からすれば『外し』に至った風水は本来褒められこそすれ、それを見下されることなど考えられなかったからだ。

 

「雷庵の妹ゆえ、もしやと思ったが・・・・・・目しか解放できていないではないか」

 

雷庵に風水は背を向けているので、雷庵は気づくことが出来なかったが本来『外し』で得られる身体能力や反射神経の向上といった様々な恩恵を風水は一部しか得られていなかった。

 

他の呉一族の者のように全身の血管が浮き出て、肌も血が巡り、青くなるところだが風水はそうではなく目の周りにしかその症状が発生してなかった。

 

「邪魔をするな風水。これ以上邪魔をするなら容赦はせんぞ」

 

「・・・!風水、そこを退くんだ・・・!」

 

「兄貴は・・・私が守る!」

 

雷庵の制止も虚しく風水は、駆け出した。その足は年相応のもので風水に『外し』による身体能力が備わっていないのは明らかだった。

 

「神威」

 

「・・・!・・・・・・許せ風水!」

 

「神威先生!!!!風水!!!」

 

走り出した風水に対して、神威先生が腰を落とした。武芸に長けた雷庵にはそれだけで何をするのか、すぐにわかった。

 

 

 

──いいのか?このままで?

 

(『外し』に至れない・・・それは俺の都合だ。それで風水が危険な目に遭うとはどういう了見だ)

 

雷庵からどんどん風水が遠ざかっていく。風水を止めるために腕を動かそうとするが、地面に縛り付けられたかのように動かない。

 

──終わりか、ここで?

 

(俺が・・・俺が不甲斐ないから風水が怪我する?ふざけるな!)

 

「う、おおおおおおおおお!!!!」

 

雷庵の身体からビキビキと嫌な音がする。しかしそんなことお構い無しに無理やり身体を起こそうとする雷庵。

 

(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けえええええええ!!!!)

 

体を縛り付ける『鎖』が一本、また一本とちぎれていく──雷庵は、少なくともそんな感覚を味わっていた。

 

雷庵の腕から少しずつ太く血管が浮かび上がり始める。

 

その血管は少しずつ全身を巡り始める。

 

それに合わせて雷庵の中に獰猛な()()()が鼓動し始める。

 

──パキッ

 

まるで、殻を割るような──そんな物は周りになかったが──音が雷庵の、そして周りの耳にも確かに届いた。

 

既に、雷庵の身体にさっきまでの重さは無く、そこにあったのは『解放』だった。

 

 

 

 

ボンッと何かが爆発を起こす。その音は雷庵が()()場所から起こったものだった。だが、そこに雷庵の姿はなかった。

 

「・・・兄貴!」

 

「雷庵!」

 

神威と風水、そして他の呉一族の面々の目の前には『魔人』がいた。瞬時にあの場から雷庵は神威と風水の間に割って入ったのだ。

 

(これは、『外し』なのか!?なんて禍々しいんだ!)

 

『外し』にしてはあまりにも()()()、神威が抱いた感想をその場にいる者は同じものを感じ取っていた。

 

雷庵が『外し』た姿は自分たちのソレと比べると、浮き出る血管の本数、太さ、なによりその身から溢れる狂気が頭一つ抜けていた。

 

「・・・すごい」

 

風水の口から自然と兄を賞賛する声が漏れ出た。人は禍々しくともそれが度を超えたものであればそれが神のように映る。風水にはまさしく同じ現象が起こっていた。

 

「・・・なぁ、ジジイ。これでいいだろう?」

 

全員が呆気に取られる中、雷庵はその状態から想像がつかない程、極めて冷静に恵利央へ問いかける。

 

「ほぅ、その様子だと既に制御出来ているようだな」

 

薄く笑いながら恵利央はそれだけ告げ、振り返る。

 

「『稽古』はおしまいだ・・・各人持ち場に戻るがよい」

 

恵利央の後に続くように他の呉一族の面々も道場を後にする。中には雷庵の肩に手をおき、賞賛の声を口にする者もいるが雷庵は恵利央の背中を睨みつけたまま動かない。

 

男たちは去り、道場には雷庵、風水、そして神威が残される。

 

「兄貴!」

 

「おっと!」

 

恵利央たちが去り、道場の戸が閉まると同時に風水は雷庵に飛び込む。雷庵も既に『外し』を解いており、それを優しく受け止める。

 

「・・・雷庵、よくやったな」

 

神威は嬉しそうに、しかしぎこちなく笑いながら雷庵を讃える。神威としても自分に雷庵を褒める資格は無いと分かっていたが、それ以外先生としてかける言葉が見当たらなかったからだ。

 

「なにバツが悪そうにしてるんだよ。これは俺が『外し』を会得したいと言ったからこうなったんだ。自業自得だしなんやかんや『外し』も手に入れられたから結果オーライでしょ」

 

しかし雷庵はそんな神威の様子も気にしておらず、むしろ『外し』を習得できたことを喜んでいた。

 

「・・・はぁ、まったくお前には負けるよ」

 

そんな雷庵の様子を見れば、先程まで重苦しい雰囲気を漂わせていた神威自身も馬鹿らしくなるというもの。

 

さっきまでの殺伐とした雰囲気はそこになく、殴り合っていたはずの二人はいつの間にか笑いあっていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

ただ一人、風水は納得のいかない様子だった。風水はただ雷庵の胸に顔を埋めたまま動いていないが、喜んでいないのは確かだった。

 

「・・・・・・とにかく早く治療するんだ。お前の体もかなりやられてる・・・そんななか『外し』まで、既に限界のはずだ」

 

「あ、バレてる?」

 

「当たり前だ。手ぇ貸そうか?」

 

「いらねえよ!」

 

神威の提案に元気よく返事した雷庵。もはやひっつき虫と化した風水と共に道場を後にする。

 

「・・・・・・はぁ」

 

雷庵と風水も出ていき、一人となった道場で神威は腰をおろす。最初はなぜ俺がこんな異端児を、と思いながら始まった雷庵の教育係。しかし気づけば自分が雷庵に先生のような愛情を持つ始末。

 

「やれやれ、どうしたもんかね・・・」

 

『雷庵を呉一族として申し分ない男にしろ』という族長直々の命令を果たせるか怪しく感じる神威。

 

今日の一件で、自分にはアイツに感情を傾け過ぎていることが分かった。少なくとも任務を遂行できる状態ではない。

 

(これはリストラか?この歳でそれは情けねえな・・・)

 

族長からこの後なんと言われるのか、ビクビクしながらもその足は雷庵の状態を確認するために医務室の方へ向かう神威であった。

 

 




三人称久しぶりに書いたけど凄い下手くそになってる・・・。


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妹が病んでるとか聞いてない

友だちがTOEIC800点目指してるらしいし俺も勉強して取ってみようかなと思う今日この頃。・・・・・・TOEIC800って結構難しいよね?


時間(とき)は流れ、俺は中学三年生となり、もう半年もすれば高校生になるという時期になった。

 

相も変わらず呉一族の皆々様は日夜暗殺の技術を高めることに必死だ。まぁそういう一族だからしょうがないのだが。

 

かく言う俺もそんなこと言いながらも(健全な)ファイターになるためにその修行にあやかっている。どうやら呉一族では男が殺しに手を染めることを童貞卒業と言ったりするらしい。今のところ童貞は俺を含めて同世代ではごくわずかしかいない。

 

俺みたいに人殺しをよく思っていない、あるいは気持ち悪く思ってる人は一応いる。ただそういった人は早くに暗殺者(というよりなってないが)を引退し、裏方に徹するようになるようだ。

 

しかし俺みたいに『倫理的に』殺したくない・・・という人はゼロだと思われるが。

 

なら俺も裏方に・・・と思うが、結局呉一族から離れることができていないし、格闘技自体は好きだから捨てるのはもったいない。

 

「あ〜高校どこ行こ?」

 

そして中学卒業まで半年となると、高校受験の志望校をもう決めないといけない時期になる。俺はその志望校を決めあぐねていた。

 

「でも俺が行けるとこなんて呉一族の息がかかってるとこだけだよな〜」

 

問題児である俺を呉一族が放っておくはずもない。そういえばクソジジイのお孫さん・・・夜叉(やくしゃ)さんだったかな?──は高校教師だしそこに放り込まれるのかな〜?あれ、あそこって女子校だっけ?

 

しかし勉強は疎かにはしてないしクラスでは『優等生ライアンくん』で通ってるんだからそこは加味して欲しいところ。

 

シャドーで身体を動かしながら頭の片隅で思考をめぐらす。呉一族イチの問題児である俺をそう簡単に目の届かない所に送るとは考えられない。

 

ガキの歳で長にまで噛み付く俺は言ってしまえば不穏分子だ。自分の立場を理解してないわけではない。あまり軽率すぎる動きは控えた方がいいだろう。

 

「おーい兄貴ー・・・うわ、またやってるー」

 

そんな問題児のところに来る人など限られている。俺は()()()()()、風水の方を振り返る。

 

「兄貴、『外し』は程々にって神威先生も言ってたでしょ?」

 

「あぁ、すまない。でもこっちの方にも慣れておかないと、な?」

 

現状の俺の課題はこの『外し』の制御だ。このチカラは発動こそすれば圧倒的パワーとスピードが手に入るのだが、問題はそのパワーとスピードにあった。

 

「やっぱり『外し』を使うと技のキレが無くなるんだ。できるなら技術レベルはそのままに『外し』を使えるようになりたい」

 

『外し』がもたらすチカラは本当に強大だ・・・()()()()()()()()()()()()。そしてその制御が利かないことこそが『外し』の最大の弱点だ。だけど、『外し』をした後でも技術力を保持できたのなら・・・これ以上の武器は無いだろう。

 

「・・・・・・ふーん。ま、いっか」

 

俺の力説を聞いた風水はどこか不満げな様子だった。あ、あれいつも俺の話には凄い勢いで食いついてくるのに・・・。あ、でも不満げなその顔も可愛いぞ。

 

「あ、でも兄貴が『外し』を使うと皆ちょっとピリピリしちゃうから程々にね?」

 

「え、どういうこと?」

 

不満げな表情もすぐに消え、風水は苦笑いを浮かべながら俺の『外し』を指摘する。

 

「いやだってさ〜兄貴が『外す』となんか・・・闘気?殺気?がね、凄いブワッて来るの。だからみんなそれに呼応してか殺気立ってさ〜」

 

「・・・マジ?」

 

『外し』は俺以外の呉一族ももちろん使えるため、風水の言っている『外し』独特の殺気については理解出来た。しかし、対面してる訳でもないのにどうしてそんなことなるんだ?

 

「うーん。分かった・・・今度からもう少し遠いところでやるよ」

 

「・・・そういうことじゃないんだけどな〜」

 

どうやら俺の解答は風水からすれば的外れだったようだ。多分風水的には『外し』をやめて欲しかったのかな?でもごめんな。()()は必ず極めないといけないから・・・。

 

・・・・・・・・・そういえば風水とかはもう行く学校決めているのかな?

 

学校の先生いわく、早い子は二年生、一年生のうちに進路を決めているらしい。聡明な我が妹のことだ。きっともうある程度の方向性は定めていることだろう。

 

「・・・・・・なぁ、風水──」

 

 

 

 

 

 

 

「え、兄貴と同じところに決まってるじゃん」

 

「・・・・・・・・・え?」

 

なんとなく風水に聞いてみたところ、どうやら俺と同じ学校へ行くらしい。兄妹が同じ学校というのも別に変なことではないが、なんか引っかかる言い方だ。

 

「あー、風水。お前は頭が良いんだから、行ける高校が限られているにしろ先を見据えてだな・・・」

 

「ちゃんと先を見据えてるよ?私、兄貴のお嫁さんになるつもりだし」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・う〜ん?」

 

最近、不思議に思うことがある。妹ってこんな感じなのか・・・と。

 

前世の時は妹というのには縁がなかった。だけどよく喧嘩をするというのは聞いていた。しかし生まれてこの方風水とは喧嘩をしたことがない。

 

原作の視点からいくとこの子、呉 風水は俺、呉 雷庵を『イカれた兄貴』と評価していたはず。なら、俺もそういう評価を受けているはずだ。

 

『呉一族の失敗作』『呉一族の恥』とまで言われる俺は風水にとってどこかズレた異常者として写っているはずである。それはそれで悲しいが。

 

しかし風水からの好感度は最近目に見えて高くなっている気がする。なぜ?Why?

 

「ほら、兄貴が高校に行った時に()()()が寄り付くといけないでしょ?だから私も同じ高校に行くの」

 

「・・・・・・・・・なるほど!」

 

なるほど、ではない。思わず脳死で肯定してしまったが変な蝿ってなんだ変な蝿って。もしかして俺に好意を持つ(可能性のある)女性を指しているのか。

 

まぁ、小学校、中学校時代はこのイケメン面もあってモテてはいた(自慢)。ただ、その頃は放課後の課外活動(暗喩)で忙しく恋愛に現を抜かすことは出来なかった結果、隣に女子がいることはほぼなかった。

 

だから俺には彼女とかいないし、風水自身もそれは知ってると思っていたけどそういうことでは無いのか?

 

もしや風水は俺の隣に女性がいるのが気に入らないのだろうか。確かに俺も風水が男を侍らせたらその場で()()可能性があるしな。

 

もしやこれがブラコンというものなのだろうか。伝説上の現象とされていたはずなのに。

 

「じゃあ・・・いっか!」

 

「うん!」

 

とりあえず悪いことではなかったので大丈夫だろう。もう兄離れをしてしまったと思っていたが、全然そんなことはなかった。まぁここまで来ると少し心配だが。

 

「兄貴は絶対私のモノだからね!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな!」

 

何故だろう、今すごい身の危険を感じている。生死とは関係なく、人生の墓場的な意味で。

 

妹がこんな風になってしまったのはいつからだろうか。小さい頃は子どもらしい純粋無垢であったのに時々風水は凄いこと言う。これも呉一族の教育の賜物なのだろうか。やはり呉一族はヤバい。

 

聞いた話によると俺の知らないところで既に風水の手は血に染まったらしい。銃で人を撃ち殺したようだが、目の前にいるのはいつも通りの風水だ。そこに人を殺してしまったことによる良心の呵責は見られない。人間的ではないが、呉的ではある。というかこれがここの普通なのだ。倫理的、道徳的なんてものがこの世界には無いことなんてずっと前から分かってた。

 

だからいつまでも人を殺すことを躊躇っている俺がここでは異常なのだ。

 

「さて、そろそろ稽古の時間だ。お互い受験に失敗しないようにな」

 

「もちろん!」

 

風水は別に勉強はできないわけではない。むしろできる方だ。暗殺術や銃の扱いなど勉強とは関係ないことを教わってるのにとても優秀だ。

 

この調子なら兄妹同じ学校というのも問題ないだろう。

 

────────────────────

 

 

 

 

 

私の兄貴は変わっている。呉一族なのに人を殺すことを躊躇っている。

 

私が小さい頃はその事もあって兄貴は周りから忌避されてきた。でも兄貴はとても強かった。精神(こころ)も身体も、戦闘力も。

 

兄貴は本当に強い。小学生のころには大人相手であっても1対1なら叩き伏せられる程実力を付けていた。

 

そんな兄貴がカッコよかったし、誇らしかった。だからこそ思ってしまう。なぜそのチカラを思いのままに振るわないのか。

 

兄貴はとても優しい。どんなに稽古が辛くても私の様子を見に来てくれるし、私が稽古でつまずいた時も克服するまで練習に付き合ってくれた。

 

いつも私に向ける笑顔は眩しかった。

 

私にかける言葉には優しさがこもっていた。

 

ちょっと行き過ぎと思うくらい過保護だったけどそんな愛情がとても心地よかった。

 

私はそんな兄貴が・・・・・・大好きだった。

 

強い兄貴が誇らしかった。優しい兄貴に甘えていた。なんでもできる兄貴が羨ましかった。

 

そんな兄貴に寄ってくる女が・・・・・・・・・たまらなく憎かった。

 

そんな兄貴を煙たがる周りを・・・・・・・・・とても憎悪した。

 

どうして兄貴は認められないのか。どうして兄貴はそんな周りをねじ伏せないのか、それほどのチカラがあるのに。

 

今日も兄貴は稽古に行く。つい数年前()()()()()()()()()()()()()

 

兄貴には夢があると言っていた『お嫁さんが欲しい』と。ならそれは私がなる。兄貴の隣には私が行く。

 

私が一番兄貴を理解出来ているし、私が一番兄貴の力になれる。

 

そして、兄貴は周りには言ってないけど他にも目標がある。それは私が兄貴を一番そばで見てきたから分かるのだ。

 

兄貴は多分、一族を抜けようとしている。

 

だけど兄貴はもう呉一族の『秘伝』を物にしている。ならば抜けようとする=死であることは疑いようもない。

 

『秘伝』を外部に持ち出すなど呉一族としてはあってはならないからだ。なにより一族の長がそれを許さないだろう。

 

だけどそれで兄貴が死ぬのは我慢ならない。だから、私ももっと強くならないといけない。兄貴を守れるように。

 

それに兄貴は呉一族を抜ける必要は無い。なぜなら、兄貴こそが一族の長に相応しいからだ。人格も実力も贔屓目を抜きにしても驚異的だ。

 

兄貴が呉一族の頂点に立つことは疑いようがないし、そもそも立てないなら・・・・・・

 

そんな一族、滅んでしまえばいい。

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「最近調子どぉ?」

 

きっとそんなフランクな言葉ほどこの場の空気に合わないものもないだろう。

 

しかしそれを咎めるものはいない。そんなこと言ってもしょうがないというのはこの場にいる誰もが理解しているからだ。

 

「良いわけないだろ。生憎、『恥』の教育に忙しいわい」

 

そんな軽い言葉に悪態をつきながら答えるのは呉一族の長、呉 恵利央であった。

 

そしてそのテーブル向かいに座るのは、白い髭を2本の牙のように生やし、同じように白い髪も後ろに長く垂らした()()

 

「ほほほ、あの恵利央にここまで言わせるとは・・・雷庵だったかの?一度会ってみたいの〜」

 

「ふん、お前が思うほどの器では無いわ、滅堂」

 

滅堂、と呼ばれた老獪はまるで枯れ木のように細い身体をしていた。しかしこの男から発せられる『圧』がこの老人が尋常でないことを知らせている。

 

だからこそ恵利央と()()でいられるのだろう。

 

「しかしそんな(わっぱ)に手こずるのはどこのどいつかの〜?」

 

「・・・・・・揶揄(からか)うようなら帰るぞ」

 

「冗談冗談じゃよ〜ホッホッホッ」

 

本来この場にいる呉一族の護衛が己の長に対してのここまでの狼藉を許すはずがない。しかしそれが許されるというのは恵利央と滅堂の関係が深い証だった。

 

「で、突然呼び出したのは何故だ?依頼ならいつもの使いを寄越せばよかろうに」

 

このままでは埒が明かないと恵利央が本題を切り出す。その額に青筋が浮かんでいるということに周りにいる人は見て見ぬふりをした。

 

「・・・・・・近い将来、戦争が起こる」

 

「・・・なに?」

 

戦争、それは法治国家である日本では教科書上でしか聞かないような言葉だ。だが滅堂という男がそれを口にしたならば・・・現実に起こりうる。

 

「この国の経済を牛耳る男が言うのなら本当なのだろうな」

 

片原滅堂、齢90を迎え、なお()()する男。企業順位第一位『大日本銀行』の総帥である正真正銘の大物である。

 

「戦争か・・・戦後すぐならまだしも・・・カッカッカッ」

 

恵利央は不気味に笑う。老人二人、事態の重さを憂うことなし。むしろワクワクすらしていた。

 

「さて、ならばいくつ兵を出せばいい?」

 

そして始まるのは交渉、戦争への下準備。日本最強の暗殺部族が動き出そうとしていた。

 

「あ、ならさ〜雷庵ちゃん貸してよ♡」

 

「・・・・・・あ?」

 

もっともそれは恵利央が思っていたものと少し違っていた。

 

「昔ならまだしも今はそんな大規模にドンパチ出来る時代じゃないぞ~」

 

「・・・・・・『拳願試合』か」

 

戦争の舞台がどこであるのか、恵利央はすぐに思い至り、()()()()()()()()に顔をしかめる。

 

「そうそ──「ならん」・・・ほお?」

 

滅堂の言葉を遮るようにして恵利央が異を唱える。滅堂も何故とはすぐ聞かずに恵利央の真意を探る。

 

「・・・雷庵、確かにあやつは強い。あれほどの実力ならば拳願試合でも遅れをとることはなかろう」

 

「・・・・・・じゃあ──

 

「だが」

 

「ワシはまだアイツを呉一族と認めておらん。『恥』を表に出すわけにはいかんのでな」

 

恵利央も雷庵の実力は()()()()()()()()()。だが、仮にも暗殺一族である者が虫一匹殺せないほど『臆病』となると仮に戦いを勝利で収めようとも呉一族の沽券(こけん)に関わる・・・恵利央はそう考えていた。

 

だが───それは真意ではない。

 

「気迫そのものは()()()()()()()()()なんじゃがのぉ」

 

そしてその真意はとうに滅堂には見抜かれていた。

 

「・・・・・・」

 

そこまでバレていたとなるとさしもの恵利央もバツが悪そうに顔を背ける。真意は簡単にして単純、気に入らないだけなのだ。

 

「一族を抜けようと心の底では思い、殺しではなく普通の社会の歯車として生きようとする。昔の呉 恵利央とは正反対じゃが、そういう一族に背信的なところはそっくりじゃのう」

 

恵利央も雷庵の野心には気づいていた。本来なら問答無用で折檻、ないし『処刑』が基本だが恵利央はそれをしなかった。そこにどんな思いがあったのか、()()()()()()である滅堂だからこそ気づくことが出来た。

 

「・・・ともかく。あの男は使えん・・・そもそも拳願試合なら『牙』で充分だろ?」

 

「まぁワシの、『牙』だけでもいいが、駒は多いに越したことはないぞ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・チッ、何故雷庵なのだ?」

 

「・・・ファンだから?」

 

「おい」

 

いつものおちゃらけた口調で返す滅堂に恵利央もイライラが抑えられなくなっている。

 

「・・・予感じゃ」

 

「なに?」

 

「雷庵ちゃんならワシを()()()()()()()()()()・・・という予感じゃ」

 

「・・・・・・・・・・・・全くお前は・・・」

 

変わらない──と恵利央は目の前の男の変わらぬ野心に懐かしさを覚えた。

 

「・・・拳願試合はいつなのだ?」

 

「もう3、4年したらあるんじゃない?」

 

「・・・・・・考えておこう」

 

それだけを伝えると恵利央は席を立ち、その場を後にする。残されたのは、滅堂と『護衛者』達。

 

「楽しみ・・・・・・・・・じゃの♡」

 

この日、滅堂が見せた心からの笑みは、その場にいた屈強な護衛者でも一瞬たじろぐ程に獰猛なものだったという。




これ何話まで続くんだろ(遠い目)

ヤバい、原作知識が結構抜け落ちてる・・・


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ガチバトルとか聞いてない

雷庵(オリ主)くんのお披露目回です。
自分なりのこんな戦い方があったらいいなという妄想成分たっぷりです(注意喚起)

途中で三人称に変わります。


さて年齢も18歳となり、原作が開始するまであと少しといったところだ。確か原作開始時は雷庵の年齢は21歳だったはずなのであと3年というところか。結局高校は、呉の屋敷から近いところに行くことになった。無論、風水も同じだ。・・・というよりいい高校を紹介しても『嫌だ』の一点張りで周りも、まぁ監視役としてなら・・・と特に反対もなかったという経緯はあったのだが。

 

学校生活の方は特に音沙汰も無く、いやまぁ風水関係で色々とあったりはしたのだが、それはこの際置いておこう。うん、何も無かったな・・・。

 

高校も無事に卒業出来そうだが、俺はとある一つの『壁』にぶち当たっていた。

 

しかしそれは俺だけの問題ではない。

 

否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それはすなわち、『受験』である。

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!!!」

 

参考書の解き方を見ながら、例題と演習問題をひたすら反復させて解いていく。中学時代の勉強はなんやかんや前世からの知識もあって、あと雷庵自身に何故か備わっていた頭の良さもあって学校の授業を聞いてるだけで高得点を取ることが出来ていた。

 

しかし高校の勉強、特に理系科目の難しさは明らかにその比ではなかった。

 

前世が文系で理系科目の知識が無かったこともあるだろうがそれにしても難しすぎる。ハッキリ言って舐めていた。

 

日本は学歴社会という程、学歴差別は無いと言われるが、実際良い大学を出れば良い就職先に就けるのは傾向として大いにあるのもまた事実。

 

もし俺が闘技者となるのなら大学に行かずとも、その実力で社員となれるだろうが・・・呉一族のコネもある以上、最終目標『呉一族を抜ける』というのが叶わなくなってしまうだろう。こちらとしては普通に入社→後に闘技者として採用の流れが望ましい。

 

『呉』のコネで入るのは不味いととにかく自分のチカラで大学合格を勝ち取ろうと絶賛勉強中なのだ。

 

しかし俺を勉強に駆りたてる理由はそれだけでは無い。

 

「兄貴~、そこの微分の式間違えてるよ~」

 

「へぁ!?」

 

風水が横から俺の数式の間違いを指摘する。指摘されたのを見ると確かに間違えていた。

 

そう、高三の俺に何故か高一の風水が勉強を教えているという異常事態になっているのだ。

 

いや優秀なのは兄として大変結構なのだが、それにしても頭良すぎないかと・・・そしてそんな妹のお世話になってる俺が情け無さすぎる!

 

受験勉強がいつしか兄の尊厳を取り戻す戦いにシフトしているが、もう俺は進むしかないのだ。

 

「・・・兄貴~そろそろ休憩したら~?」

 

風水はとても退屈そうに俺とノートを交互に見ている。頭の良い風水には俺がなんでこんな問題を解くことが出来ないのかさぞや疑問なのだろう。

 

「風水ごめんな、お兄ちゃんの頭悪くて」

 

「・・・?兄貴は頭良いよ、世界一」

 

いや世界一頭良いならそれに勉強を教えてる風水はいったい何者なんだ・・・神か?たしかに神だったわ神可愛い。

 

不思議そうに小首を傾げる風水を可愛いと思いつつ、謎に俺を持ち上げる思考回路に疑問を持つ。まぁここで突っ込んでも余計に事態は悪化するのでもう何も言わないが。

 

そういえば原作の呉雷庵はちゃんと学校に行ってたのだろうか。行ってないんだろうなぁあんな感じだと。

 

「少しいいか・・・?」

 

このくっそ忙しい時期に俺の部屋に入ってきたのは神威先生だ。相変わらず『先生』ではあるのだが勉強に関することは一つも習っていない。

 

「どうしたの神威先生?」

 

「・・・チッ」

 

とりあえず対応する俺と・・・多分向こうには見えてないだろうが凄い嫌な顔をする風水。風水、女の子がしちゃいけない顔になってるぞ・・・。

 

「雷庵、お前に客人だ」

 

「・・・俺?」

 

俺に客人とは本当に珍しい。基本ここ、呉の屋敷を出ることはない。()()でよくみんな屋敷をあとにするが、人を殺せない俺にはあまり出番がない。殺す必要が無い護衛の仕事が年に数回ある程度だ。

 

「へぇ〜誰だろ?」

 

「・・・あんまり失礼のないようにな」

 

「???」

 

失礼がないように・・・ということは結構偉い人なのだろうか?つまりは護衛の仕事?なら、窓口の人がいるはずだけど・・・わざわざ俺に会いに来るなんて。『品定め』かな?

 

たまにある依頼人が直々に護衛者や暗殺者を選別することがある。元々どんな仕事に誰が行くのかは、呉一族はそれぞれフリーランスでやってる所があるから割と()()()()とか自分で依頼を貰うという普通の会社員みたいなことをしてる。

 

こうやって自分の目で確認するのはよっぽど目利きか.......それだけの人間くらいだ。

 

そのまま神威先生の後をついて行くと屋敷の大広間の方へと連れられる。基本ここを使うのは宴会や何かの行事・・・そして()()が来た時だけだ。

 

・・・ということは?

 

「失礼します」

 

神威先生が(ふすま)を開けると同時に決まりの挨拶と同時に入室する。しっかり正座したまま入るのを忘れない。

 

「お、はろはろ〜」

 

「・・・・・・え?」

 

そこにいたのは意外な・・・というか予想外にしない人物だった。

 

「おろ?ワシのこと知ってる?」

 

「・・・・・・・・・えぇ。片原滅堂、様ですよね?」

 

長く白い髭に枯れ木のように細い身体、しかしその風貌に似合わぬ程の膨大な『圧』。片原滅堂、端的に言えばこの日本の経済界のトップが目の前に座っていた。

 

「これ、雷庵。客人を待たせるでない」

 

「え、あ、はい」

 

滅堂さんとは反対側に座っているクソジジイこと恵利央も()()()()()言葉使いで俺に座るように催促する。

 

「ふーん、ほぉー、ほほぉー」

 

恵利央の隣に座った俺を興味深そうに眺める・・・観察?する滅堂さん。隣のクソジジイがなんとも居心地悪そうにしてるのが印象的だ。

 

「・・・似とらんの!」

 

「当たり前だ!」

 

ひとしきり俺を見た滅堂さんから出た言葉はソレだった。そしてクソジジイの反応もまたそれに対するものだった。

 

・・・そういえば2人は拳願試合ではパートナーだったんだっけ?

 

もうだいぶ薄れてきた原作知識から2人の関係性を思い出す。では、そんな2人が今この場に集まり、何故俺がここにいるのか・・・それは──

 

拳願絶命トーナメント・・・?

 

・・・しか考えられない。しかしなぜ今?原作突入はまだもう少しあとのはず。そもそも今の時点では呉一族から代表闘技者を出すという話すら来ていないはず。

 

「聞いていた感じでは恵利央と同じ風貌かなと思っておったんじゃが・・・()()()()()()は正反対じゃの」

 

「だからあれほど()っておりますように、似て非なるものですぞ。・・・なんだそのニタニタ顔は?」

 

「う〜ん、なんでもないぞ〜」

 

「・・・・・・」

 

ヘラヘラとした様子の滅堂さんにピキピキと青筋が浮かび始める恵利央。2人とも高齢のはずなのにまるで少年同士の仲の良さを感じる。

 

「あ、あの〜」

 

「ん、どうしたんじゃ雷庵()()()

 

さっそくちゃん付けされた・・・。いやこれはこの人なりのスキンシップなのだろう。俺の風貌で『ちゃん』は流石に身不相応だけど。

 

「今日はいったいどのようなご要件で?なぜ自分がここに?」

 

「・・・・・・おぉー!そうじゃったそうじゃった!」

 

俺の質問に滅堂さんは一瞬だけど明らかに顔を変えた。

 

「・・・・・・入りなさい」

 

 

「失礼します、()()

 

 

「・・・!」

 

ひと目で誰か分かった。滅堂さんを『御前』と呼ぶこの男がどんな存在なのか。

 

「ほぅ、聞いてはいたが『五代目の牙』もなかなかですな・・・」

 

滅堂さんにはボディーガードとして『護衛者』という組織がある。この人はその護衛者の中でも頂点に位置する人。

 

そして拳願試合でも過去一度も負けたことの無い人呼んで『拳願試合の王』──

 

「紹介するぞ五代目“滅堂の牙”『加納アギト』じゃ」

 

考えてみれば当然だ。いくらここが呉一族の屋敷で襲撃なんてまずありえない場所とは言えボディーガードくらいいる。ならそこに滅道の牙がいることも当たり前だ。

 

「御前・・・この男が?」

 

「そうそう!」

 

アギトさんは俺を品定めするようにこちらを見ている。もっとも俺もアギトさんを観察しているのだが。

 

まず身長、既に2mはあるように見える。身体付きもムキムキなんていう簡素な言葉では表現出来ないほどに仕上がっている。それもスーツの上からでもわかるほどに。

 

「ふむ、失礼ながら御前。この者では()()()()()()()()()()()かと」

 

俺をひとしきり見たのか滅堂さんの方へ向き直りそんな言葉を口にする。その言葉を聞いた滅堂さんは少し残念そうな顔をしながらこう言った。

 

「ふむ、雷庵ちゃんでは『力不足』だったかのぉ」

 

「・・・・・・へぇ?」

 

言葉の真意は分からない。でもとりあえずこれだけは分かった。

 

()()()()()()・・・と。

 

「雷庵では、鍛錬相手に不足でしたかな?」

 

「・・・鍛錬相手か」

 

ジジイの言葉でようやくこれから何が起ころうとしているのかを理解する。

 

「・・・・・・測ってもいないのに力不足は、少し心外ですね」

 

挑発気味にアギトさんを見上げる。アギトさんもこちらを見るが相変わらず顔色に変化は見られない。

 

こっちとしてもそれなりに訓練してきたし実力もあると思っている。滅堂の牙には及ばないかもしれないがそれでも食い下がれるとは()()()()()()

 

「よいではないか・・・加納アギトよ、『牙』を示せ」

 

「・・・御意」

 

相変わらず感情のつかめない目で俺を見るアギトさん。しかし身体から闘気のような圧が噴出していることはわかる。

 

しかし考えてみればこれはチャンスなのだ。俺のチカラがどれくらい原作主要キャラに通じるのか知るにはこれほどの機会は無い。

 

「胸を借りますよ、アギトさん」

 

「・・・せいぜい足掻け」

 

その鼻っ柱、絶対にへし折ってやる。

 

 

 

 

そしていつも使用している道場へみんなで足を運ぶ。呉側のいつものメンツに加え、滅堂さんと護衛者一同もいるせいか移動するにもかなりの人数となっている。

 

「ねぇ、兄貴」

 

移動する途中、隣にいる風水が心配そうにこちらを見上げている。

 

「アイツ、やばいよ。凄いヤバい。戦闘タイプじゃない私でもわかる。多分あの人、ホリスさんでも勝てない」

 

風水も気づいた、否、この場にいる誰もがアギトさんの強さに気づいているのだろう。無論、俺も・・・。

 

「でも俺はそのホリスさんにも勝ってるよ」

 

「でも・・・!」

 

我ながら何故こんな危険な渦中に飛び込んでしまったのだろうか。危険を避けるために動いているのに気づけばこんな危ない場所に立っている。

 

きっと避けることは出来た。でもしなかった・・・それきっと俺が中身が違くても器が『呉 雷庵』だからなのだろうか。

 

なら、()()()()()()

 

「大丈夫だから」

 

風水に特に根拠の無い言葉を投げる。そんな言葉を言われて心配するなという方が無理があるだろうか。風水が心配を通り越して泣きそうな顔をする。・・・そんなに頼りないだろうか俺が。

 

「大丈夫、これが終わったら二人でアイスでも食いに行こうか?」

 

「・・・兄貴、それフラグだよ」

 

・・・やっべ、俺も不安になってきた。

 

────────────────────

 

 

 

 

向かい合うアギトと雷庵。いつも練習で扱う道着を着て準備万端な雷庵とは対照的に変わらずスーツ姿のままアギト。まさに朝飯前といったところだろうか。

 

しかしそんな挑発とも取れる態度を受けても雷庵の表情は極めて穏やかだった。

 

(さて、アギトさんはどんなスタイルで来るかね)

 

正確にはその挑発など既に思考の外に追いやり、自身の戦略を練るのに必死になっていた。

 

(アギトさんには()()がある。アギトさんに勝つにはアレの攻略が必要不可欠・・・さて、どうしたものか)

 

「さて、両者とも準備はいいかな?」

 

二人が立つ位置のちょうど中間にいる恵利央が両者に準備の有無を聞く。

 

「先に言っておく。この試合・・・いや『死合』にスポーツマンシップなど無い。心置きなく殺し合いなさい」

 

「え、流石に殺し合いは・・・」

 

恵利央のまさかの言葉に雷庵は驚きを隠せないでいる。雷庵本人は殺し合いまでは、それどころか不殺のつもりでいたからだ。

 

「問題ない。そうなる前に終わらせる」

 

雷庵の言葉を遮るようにアギトが言葉を発する。そこにあるのは挑発ではなく絶対の自信があったからだ。

 

「それもそうじゃな。だがアギト殿、気をつけなされ」

 

そんなアギトを見て、恵利央は不敵に笑う。アギトはそれが何を意味するのかそして──

 

「『禁忌の末裔』を、『一族の異端』を、舐めるでないぞ?」

 

その言葉が示すものをまだ知らなかった。

 

『始め!』

 

恵利央の開始の声と共に構える両者。お互いの風貌も対照的なら、その構えも正反対と言えた。

 

腰を低く落とし、両手を開き前傾姿勢に構えるアギトの姿はまさにケモノだった。そして雷庵は、右半身を前に出し、重心も少し後ろに預ける程度のリラックスした姿勢だった。特徴をあげるとするならば肩の高さに置いた手がどちらも軽く広げ、その甲を敵に向けていることか。

 

立ち上がりはどちらともゆったりとしたものだった。雷庵はアギトの様子を観察、アギトはわざわざ自分から出ることは無い・・・始めから()()()()のつもりだった。

 

「ふぅ・・・」

 

これではラチがあかないと雷庵が動く。

 

姿勢を崩さず、すり足でアギトへ迫る。しかし体格はアギトの方が上、雷庵が先に詰めても、先攻するのは間合いが長いアギトの方だった。

 

「シィ・・・!」

 

開手した手を握りしめ、両手によるパンチで雷庵の間合いを潰しにかかるアギト。

 

しかしその攻撃を雷庵は同じく両腕で巧みに捌いていく。

 

『アギトのラッシュに対応するか・・・!』

 

その姿に護衛者側にも少なからず驚きが走る。しかし呉一族側からすれば既に見慣れた光景であり、その顔が変わることは無い。

 

『雷庵ちゃんのスタイル・・・変わっとるのぉ』

 

雷庵の姿を見た滅堂はそんな疑問を零す。元々呉一族を知る彼としては雷庵の戦闘スタイルはとても()()には映らなかった。

 

『雷庵のスタイルは・・・敢えて言うなら両極端なもの、まぁ我流ですな』

 

その疑問に答えたのは恵利央だった。

 

『まぁ、見ればすぐに分かるはずですぞ』

 

アギトのしたように不敵に笑う恵利央。その姿に滅堂は少しワクワクしながら雷庵の様子を伺う。

 

開始から既に防戦一方となっている雷庵。だが、その姿に不思議と頼りなさを感じていなかった。

 

──何かを狙っておるな・・・?

 

防御に手一杯というよりは吟味しているそんな印象を滅堂は受けた。

 

そしてその見立ては間違っていなかった。

 

(早い・・・そして重い!一発でもマトモにもらえば崩れる・・・!)

 

実際、雷庵はアギトの攻撃を防ぎながらそのパターン、威力、スピードを推し量っていた。そしてその上で──

 

(よし、これなら()()()()・・・!)

 

バッと攻撃の隙間をぬい、間合いを取る雷庵。アギトはそれに追撃することはなかった。

 

「調査はもういいのか?」

 

「・・・はい、充分です」

 

アギト自身も雷庵の意図は見抜いていた。見抜いた上で乗っかっていた。それが自身が背負うハンデだとても言うように。

 

「じゃあ・・・いきますよ!」

 

今度は雷庵は駆け出す、すり足を使わず。

 

それに対するアギトはやることを敢えて変えない。雷庵の間合いを潰すように高速ラッシュを──

 

「・・・!」

 

しかしその前に雷庵が一気に姿勢を前に倒し、加速した。アギトに仕掛けた攻撃はタックルだった。

 

(・・・この程度か)

 

何を仕掛けてくるのかと思えば・・・とアギトは心の中で落胆する。呉一族に面白い者がいると仕える滅堂から聞いていたが先程動きからアギトも雷庵の動きを観察しており、それを踏まえてなお興味を引くほどではなかった。

 

(終わりだ)

 

すぐさま膝蹴りを迫る雷庵の顔面に叩き込む。タックルに急に変えたとしてもそれでもアギトには対応可能の範囲内だった。

 

アギトの攻撃に吹き飛び、あえなく撃沈する雷庵・・・少なくともそうなるはずだった。

 

──そうか、雷庵ちゃんの型は

 

 

「捕まえた」

 

──カウンター・・・!

 

アギトの膝蹴りは顔面に刺さることなく、雷庵に抱えられる形で受け止められていた。

 

そのまま雷庵は全力で背を反らし、力の限りアギトを()()()()

 

その姿はまさに漁師の一本釣りを彷彿させるものだった。

 

風水の型・釣転(ちょうてん)

 

雷庵が自分の型を模索しながら身につけた技の一つ。攻撃の終わりを抑え、止まった瞬間に一気に床に叩きつけるカウンター技だ。

 

「オラァ!」

 

さながらバックドロップのように仰け反る雷庵。そして一気に床へ急降下するアギト。

 

メキッッッと床に顔をめり込ませるアギト。そのダメージは誰が見ても甚大なものだった。

 

「よっしゃー!」

 

その様子に確かな手応えを感じる雷庵。同じように呉陣営もホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

しかし──

 

『さすがですな。まさかアギトに一矢報いるとは』

 

感心したようにウンウンと唸る滅堂。自分の配下が倒されたというのにあまりにも余裕なその様子はかなり不気味だった。

 

(なんで・・・まさか、あれをくらってまだ・・・?)

 

風水も流石におかしいと思うが、今の技は普通の人間なら即死でもおかしくない威力だったことも確か。しかし・・・

 

『しかし、今ので眠れる獅子起こしてしまったかもしれませんな』

 

ムクっと何事も無かったかのように立ち上がるアギト。

 

「強い強いとは聞いていたけどまさかここまでとは・・・」

 

その様子に技を仕掛けた雷庵も驚きを隠せずにいる。

 

「認めよう。・・・貴様は、弱くない」

 

さっきまでの無表情とは違う。獰猛という言葉を体現したような強烈が表情がそこにあった。

 

「だが、俺には勝てん!」

 

その言葉と共に一気に雷庵へ距離を詰めるアギト。

 

「シャア!」

 

もはや別人と見違うような変貌。もはやさっきまでの冷徹な男はそこにはいなかった。

 

アギトの右ストレートを雷庵は素早くかわし、その()()()を掴む。

 

「なら、もう一回『回れ』!」

 

その瞬間、アギトの視界は回る。

 

そしてその視界は再び木の板に塞がれた。

 

「!?」

 

突然の出来事に一瞬、アギトの脳内はパニックになる。しかしなんてことは無いアギトはただ()()()()()なのだから。

 

風水の型・風車(かざぐるま)

 

雷庵が攻撃した瞬間に重心が乗った足を思いっきり蹴り飛ばすことにより生じた行き場のないチカラを軸にそのままに投げ飛ばす技である。

 

「ガァ!」

 

しかし技の威力は釣転ほどでは無い。アギトは直ぐに立ち上がり、雷庵を攻め立てようとする。

 

だが、それにも先に反応したのは雷庵だった。

 

アギトが立ち上がった瞬間に頭を押さえ、踵を払い再び叩きつける。

 

「チィ!」

 

三度叩きつけられたアギトも素早く復帰し、雷庵を高速ラッシュで攻め立てる。

 

「チェァ!」

 

アギトのローキックが雷庵の左膝を捉える。

 

「グゥ!?」

 

その瞬間、雷庵に脳裏によぎったイメージは・・・薙刀。それに切り裂かれる自らの足だった。ガクッと体勢が低くなり、ガードも下がる雷庵。それをアギトは見逃さなかった。

 

すぐさま放つ渾身の左ストレート。体勢が崩れ、ガードも下がった

 

「・・・!」

 

そしてそれも雷庵の想定通りだった。崩れる体勢と重力に逆らわず、むしろ下へ加速しながらアギトの懐へ潜り込む。

 

攻撃が当たる瞬間、アギトの視界から消えた雷庵。アギトが感じたのは急速に床へ引き込まれる感覚だった。それが雷庵に背負い投げをされたからだと気づいたのは床に衝突する直前だった。

 

『カッカッカッいかがですかな、うちの雷庵は?』

 

アギトの出鼻をくじくような出来事に笑う恵利央は滅堂を見る。滅堂もその光景には閉口する・・・ことは無かった。

 

『これは・・・本当に試合ではなくなるのぉ』

 

『・・・・・・ほぉ?』

 

むしろこれから起こることになにかしら危惧していることがあるようだった。

 

(これは・・・!)

 

一方、会心の一撃を決めた雷庵にはさすがに笑みがこぼれる・・・ことはなかった。雷庵がそこに感じたのは、違和感だった。

 

『アギトの真価は進化にあり。残念ながら・・・()()()()()()()()()()

 

(来るか・・・!)

 

滅堂の言葉にこれから起こることに確信を得る雷庵。ここまでは前座、次が本番ということを理解した。

 

(さぁ、俺の全力が『アレ』にどこまで通用するか・・・!)

 

不気味に立ち上がるアギト。その顔は血を流しているが・・・笑っていた。

 

そして構えも変わる。先程の攻撃的な姿勢とは一変、まるで軟体動物のように上半身をグネグネと動かすものだった。

 

『なんだあの構えは・・・!?』

 

呉一族サイドではあまりの奇抜な構えに驚愕の声が上がる。それほどまでにアギトの構えは不自然なものだった。

 

『兄貴!』

 

さしもの風水にもアレが普通の構えではないことは理解出来た。だからこそ親愛なる兄を心配して言葉を飛ばす。

 

(分かってるよ──)

 

「ここからが本番ってことだろ?」

 

雷庵の構えにより一層のチカラがこもる。雷庵は知っている・・・あの構えが何なのか。それがどれほどやばいのか。

 

(来いよ、『無形』!!)

 

──アギトの真価は進化にあり。

 

今まさにアギトの真価が発揮されようとしていた。

 

 

 

 




風水の型
実は元々暴走する風水を無傷で取り押さえるために雷庵が考案した合気をベースにした戦い方。他の格闘技をかじっているオリ主雷庵ゆえに多様な絞め技、投げ技で相手を攻める。風水の型の特徴として打撃を捨てることで手に入れた防御力にある。防御に専念し、相手の攻撃に合わせて投げ技を仕掛けるのが基本的な戦い方である。


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