運命?なにそれ?と言わんばかりにデレない美しき巫女 (レオ2)
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お前のHPゲージ全然減らねえな

初めまして。レオ2と申すものです。

今回初めて純恋愛ものを書いてみようと思いました。一応他にも恋愛っぽいものは書いたことあるんですがバトルがメインだったり恋愛?と怪しくなる比率のものしか書いてなかったので恋愛だけに重点を置いたものを初めて書いてみます。
二次創作ではなく自分のオリジナルしか出さないのは初めてなので頑張ります!尚、オリジナルと言ってもヒントにしたものは何個かある。

タイトルにも書いている通りデレないヒロインってどうなんだ?と思ったけれど…いやまあ最終的にはデレるけど(おい)ろしデレが好きな人とかはあまり好きじゃないかも。
可愛く書けると良いな!


 数多の生徒がどういう趣味なんだと言わざる負えない龍を模した校門をくぐっていく。

 高等部・中等部を同じ敷地内におけるほど広大な校舎、ここは日本でも有数の進学校・龍神学園だ。

 名前は完全に厨二っぽいのにも関わらずその実績は確かで今まで政財界や日本を動かしてきた人材を何人も排出した名門校、それ故普通に聞いたら笑われるだろう学園名を笑うものはいない。というより笑ったら笑った人物の正気を疑われるレベルになる。

 そんなハイスペックスクールの高等部に今年度二人の新入生が入学した。

 

 1人は短髪の黒髪で本人判定曰く顔は中と上の間位、そしてやる気に欠ける今にも「面倒くせー」と言わんばかりの表情を見せる男子高校生、氷火拓斗

 

 もう1人は腰まで伸びている銀色よりのアッシュブロンドの髪を持ち、肌も人形を思い浮かばせる白色に近い肌色、海を思い出させる青い瞳を学び舎に向ける女子生徒・三月涼花

 

 2人はそれぞれの思いを胸に校舎に入った

 

 ★

 

――宝石みたいな人

 

 それが俺、氷火拓斗(ひょうかたくと)がその超絶美人な当時中学3年だった転入生に抱いた第一印象だ。勿論、そんな邪な感情を本人にぶつけたらどんな聖人でも軽蔑の眼で見てくると思うのでそこは自重した。

 だが俺が放っておいても他の男子共は我慢できないみたいだな。

 しかしその気持ちは分からないでもない。

 

 拓斗はちらりと隣の窓側の席にいる件の転入生を見る。転入生は正に「誰も来るな」というオーラを発揮して窓から見える景色を見ている。

 ただそれだけしかしていないのに本人の内心は置いておいて恰好はとても様になっているのが逆に残念さに歯車をかける。

 

(愛想がもう少し良かったら友達なんて沢山出来ると思うんだがな)

 

 そこで拓斗は自嘲気味に首を振った

 

(いや、俺にそんな事を言う資格はないな)

 

 自分がそんな事を考えたことに例えそれが一瞬だけだったとしても自分が嫌になる。そんな一瞬の思考を読んだのかは全く分からないが景色を見ていた件の超絶美人な転入生……三月(みつき)涼花(りょうか)がギロリという効果音を付けそうな勢いで拓斗に向いた

 

「氷火君、今失礼なこと考えなかった?」

 

「……ナニモカンガエテマセンヨ」

 

 明らかに棒読みの拓斗に教室の空気が冷える。それは比喩なしに。実際何人かの生徒はそそくさとあったかい空気を求めて教室を出ていく。因みに今は昼休みだ。

 視線を涼花から逸らしている拓斗を見て涼花は眼を細める

 

「へぇ、そんな棒読みで何も考えてないと」

 

 お前は忍者かと思うほど物音一つ鳴らさずに涼花は立ち上がっていた。拓斗が立ち上がった事に気が付いたのは空気が若干こちら側に押された感覚がしたからだ。

 空気の乱れで行動が分かるなんてお前もどこの戦闘民族だ

 

「え……と、な……ナンデショウカ?」

 

 拓斗は恐る恐ると言った感じで涼花を見上げる。

 今日の涼花は自分の縛ってなかったら腰まで届きそうなほどの銀髪よりのアッシュブロンドの髪をセミロングにしている。そして拓斗を上から目線で見下ろす海のような青い瞳。普通に見る分だとどこかのモデルと言われた方が納得できる容姿なのだが残念ながら(?)モデルではない。

 そして拓斗目線から見ると窓から差し込む逆光でアッシュブロンドの髪が輝いていて、尚且つ青い眼が完全に見下ろしている状態なのでモデルというより「女王様」という言葉が何よりも似あうと思った

 

「別に? ただ立っただけよ。自意識過剰なんじゃない?」

 

(今の流れでそれはひでーよ!)

 

 内心そう叫ぶし恐らく顔にも出ていると思うが涼花は鼻で「ふんっ!」と笑うとクラスメイトの視線を無視し教室を出て行った。

 涼花が出て行った教室は少し春らしいポカポカさが戻って来た。だがそれとは反対に拓斗の精神は疲弊していた。それを証明するかのように机に突っ伏す。そんな拓斗の後ろから声がかけられてきた

 

「お前は何て三月さんを怒らせるのが上手いんだ!」

 

 拓斗が恨めし気な表情で後ろに振り返るとそこにはTHE・野球部ですと自己紹介しているような見事な坊主を決めているクラスメイトにして親友の鉄村(てつむら)大智(だいち)がニヤニヤと拓斗を見ていた。

 

「……お前は何でそんなに嬉しそうなんだ」

 

「あの三月さんをあんなに怒らせられるのはお前ぐらいだぜ、拓斗?」

 

 それに反論しようと拓斗が口を開きかけたら拓斗と席が少し離れているもう一人のクラスメイトにして親友の雷同(らいどう)力也(りきや)がいつの間にか来ていた

 

「確かにそうだよね、他の人は冷たくされるのが常だったのに」

 

 事実その通りで、去年の中学三年で転入した時はその特徴的すぎる容姿に加えて普通よりも難しいと言われる転入試験をあっさりとクリアしたという事実が涼花を興味の対象にしていた。

 確かに涼花が来てみれば確かに美人だし頭も良いのは嫌と言う程皆思い知った。別にそれだけならばいい。大小あれど「凄い人!」という印象は変わらなかっただろう。事実転入後の初めての中間試験でぶっちぎりで学年1位を取った事からも優秀さは分かる。

 しかし力也が言ったのはその事ではなく涼花の性格にあった。

 涼花の性格は……簡単に言ってしまえば他人に無関心……というよりも他人に期待していなく、他人に厳しく、言葉が割とキツイ

 転入当初は転入生に興味を持った人だかりが出来ていたが涼花がその性格を隠そうとせず皆一歩引いた形になって高校にエレベーター式に進学した後もそれは変わらなかった。

 

「はぁ、俺の場合は二年も連続で俺の隣の席だったから遠慮が無くなってるんだろ」

 

「いやだからこそだろ。三月さんとそんなに長く付き合えるのはお前位だぜ?」

 

 大智が言った通り中学時代、何回か席替えがありその度に涼花の隣になろうとする生徒(主に男子生徒)がいて実際にそうなった事はあるが誰もが長続きしなかった。

 

 隣になったのを機に涼花にアプローチを試みた男子は涼花に(精神的に)ズタボロにされ当時の教師に席替えを泣いてお願いしたほどだ。だから涼花の隣の席はクラスの中で一番席替えが行われた場所になる。

 

 拓斗がその名誉(?)ある席に着いたのは別に涼花に惚れたからではない。単純に当時の涼花の隣の席が授業を適度にサボるための場所に最適な場所だったからだ。

 

 そして高校に進学しまたしても同じクラスになった時の席替えで涼花の隣が自然に空いており偶々じゃんけんで勝ってしまった拓斗が二年間連続で涼花の隣の席になったという訳だ。

 

「でも実際たいしたものだよ。涼花さんの斬撃にあっさりと耐えているんだから」

 

「力也、女性の言葉の比喩としてそれはどうなんだ?」

 

 苦笑い気味の拓斗が涼花の容赦ない言葉を「斬撃」と物騒な表現をした力也を見る。力也は「何か間違っている?」と言いたげな表情で首を竦める。

 しかし涼花に精神を殺された男子の様子を見ると確かに斬撃という表現は強ち間違いではない気がする。

 それにやはり苦笑いしながら拓斗はお弁当を取り出し机を回転させて大智の机とくっつける。それを見て大智もお弁当をだし力也は予め許可をもらっていた拓斗の隣の女子席を回転させ二人の机とくっつけコンビニ弁当を取り出した。

 

「「いただきます!」」

 

 三人は一瞬でも自分のお弁当のおかずになっている動物、作ってくれた農家さんに黙祷と感謝を込めて言った後少し遅い昼食を食べ始めた




お疲れ様です。

こっちもこっちで結構気まぐれで書きますがご了承ください。(ゴールを決めてないからなんて声を大にして言えないよ)

基本的に字数はそんなに多くする予定はないので朝の電車だったり暇な時間で是非見ていってください。


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デレデレな兄がウザイです

第2話、涼花の話


 拓斗に理不尽な言葉をぶつけた涼花はお昼ご飯にするために教室を出た。足早に歩くその美しい姿にすれ違う誰もが振り返る。

 

 涼花はその視線を一切無視し歩を進める。もとより自分の容姿が優れていることなど知っている。こんな興味本位な……偶に性的な視線を向けてられるなんてもう慣れっこだ。

 

 涼花が自分が役員を務める生徒会室に向かうための階段がある角を曲がろうとすると一人の男子生徒が涼花を待ってましたとばかりに立っていた。

 

 それに目を細める。スリッパをさっと見るとどうやら一年上の先輩だ。男子生徒は一般的に見れば所謂イケメンな顔だ。実際去年の文化祭で行われた学内のイケメンコンテストで優勝したのだから客観的に見てもイケメンだろう。

 

 周りの生徒がざわつき始める。一歩引いたところにいる彼・彼女らには気になる展開なのだろう

 

 しかしどこかの少女漫画の様に涼花は別に運命を感じなかった。

 

「君が涼花さんか。初めまして、俺は……」

 

 そのイケメンが普通の女性なら一発で落とせるであろう爽やかスマイルで名前を名乗ろうとしたが涼花は「待て」と言わんばかりに掌をばっと出し名乗りを止めさせた。

 

「私は貴方に興味は無いので、名乗らなくて良いですよ」

 

 そう力也が言った斬撃には程遠いがそれでも刃を感じさせる程冷たい声を出した。

 そのほぼ初対面にもかかわらずあっさりと一刀両断した涼花に男子生徒も流石に思わず口を開いたまま硬直する。

 それをこれ以上何も言う事は無いと解釈し硬直したままの男子生徒を忘れたように横を通り過ぎようとしたが、思い出したように振り返っていたずらっ子のような表情で

 

「その靴下、校則違反ですよ」

 

 男子生徒の靴下は真っ赤な赤色だ。この学校では靴下は白か黒が主な色じゃないとダメとなっている。呆けた顔の男子生徒にはもう興味がないと言わんとばかりに踵を返し生徒会室に向かうための階段を上った。上っている最中に今の流れを見ていた他生徒の声が嫌でも入って来る

 

『学校1のイケメンでも無理とか理想高すぎだろ』

 

『他に好きな人がいるのかな?』

 

『キャー!』

 

 そんな色んな反応を背中に感じつつも歩くのはやめない。恋愛……かつては興味があったものだが今はその意味を見出せなくなった。そして……仮に恋愛できるとしても恐らく自分はしないだろう。それが自らに定めた戒めだ。

 だけれども涼花はその胸を苦しそうに当て

 

(私にはもう……恋なんてする資格はないわ)

 

 そのどこか寂しそうな……苦しそうな表情を見たものはいなかった

 

 ★★★★

 

 生徒会室に入ると既に先客がいた。奥のこの「龍神学園高等部」の生徒のトップである生徒会長の席だ。

 がっちりとした体格を思わせる頼もしい肩幅と制服越しでも分かる隆起した筋肉、顔は我が兄ながらなぜそうなったと思う程どちらかというと老け顔だ。

 しかしそれが逆に生徒会長としての威厳を醸し出しているのが何とも言えない。

 それを改めて思ったところで口を開けた

 

「会長、お待たせしました」

 

 ドアを丁寧に閉めた後そう言った。

 

「妹よ、俺達だけの時は『兄さん』で構わないのだぞ。いや、寧ろそうしてくれ」

 

「何を真顔で言っているんですか」

 

 実際、涼花が会長と言った三月優輝(ゆうき)はどこぞの総帥のように肘を机に付け手を組んで顔の半分を隠して眼光だけは涼花に向けている。その表情は涼花の言う通り真顔だ。

 しかし次の瞬間には至極当然という顔になりダーンッ! と椅子から勢いよく立ち上がり

 

「だって可愛い妹がなんだか他人行儀みたいじゃないか!」

 

 無駄に迫力があると思った。涼花は兄を睨みながら

 

「キモ」

 

「ぐああっ!」

 

 本当にダメージを受けたのかと思う程リアルに胸を押さえ背もたれに身体を預ける。大の男がそれをやっているのだから滑稽な光景だ。

 そんな兄を無視し涼花は棚に置いておいた自分の弁当箱と兄の弁当箱を取り出し、会長の椅子にいた優輝も未だに胸を抑えながら役員を囲むための机に隣同士で座る。

 キモと言いながらもなんだかんだ涼花も兄の事をそれなりに好きなのだ。どちらもブラコン…かは怪しいが、シスコンという位には。

 

「「いただきます」」

 

 二人は拓斗たちがそうしていたように手を合わせた後に弁当を食べ始める。無言で二人は食べて咀嚼音だけが生徒会室に響く。

 だけれども優輝の方が我慢出来なかったのか涼花が口のものを飲み込んだのを見届けた後、何気なく会話を振る

 

「どうだ、クラスには慣れたか?」

 

 と聞いている優輝にも本当は涼花が慣れるどころか逆にクラスメイトを遠ざけているのではないかというのは分かっている。

 

「ええ、まあ」

 

 言葉を濁した涼花に優輝は頷く。

 

「そうだ、中学の時に隣だった……氷火君と言ったかな。今も隣の席なのだろう?」

 

「……それが?」

 

 何で兄がその事を知っているのかは詮索しなかった。そもそも生徒会長なのだからその位調べるのは訳ないだろう。

 

 ついでに言うなら聞いた所で「可愛い妹の隣の野郎共を調べるのは兄として当然だろう!」と完全に私情で調べたことを悪びれもせずに暴露するだけだろうと思っただけだ。

 

「涼花の隣の席に二年連続いるなんてやるじゃないか!」

 

 そう豪快に「ワハハ!」と笑う。対する涼花は全く笑っていない。お茶を飲み呆れた表情を兄に見せる

 

「おお、妹が兄をゴミを見るような眼で見てくる。反抗期? 反抗期なのか?!」

 

「ウザイ」

 

「がはっ!」

 

 本当に吐血したんじゃないかと思う程の勢いで胸を抑える。そんな兄の行動は今に始まった事ではないので涼花は再びお茶を飲む。

 隣では兄が目にもとまらぬ復活を果たしていた。

 

「しかし、実際もう少し愛想よくしたらいいんじゃないか?」

 

 いきなり真面目なトーンになる兄に涼花はお茶に映る自分を見ながら言った

 

「……嫌よ、そんなの私が周りに媚びてるみたいじゃない」

 

「媚びる媚びないの話ではないんだがなぁ」

 

 優輝は心配な声で腕を組む。涼花には友達と呼べる友達が少ないと優輝は心配している。だから涼花は昼休みはこの生徒会室でよく昼食を食べている。今日はそれに優輝も付き合った感じだ。

 

「良いわよ別に……友達なんて結局上辺だけの関係になるしかないんだから」

 

 冷めまくっている妹を見て兄は見つからないようにため息をついたのだった。




お疲れ様です。
兄、妹にデレデレ。ただしやる時はやる人。



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拓斗死す、デュエルスタンバイ!

実質主人公とヒロインの初絡み


 昼休み、残り5分ともなれば学食や外のベンチで昼食を食べていた生徒も各自の教室に戻って来る。力也に席を貸していた女子生徒も戻って来たので力也は席を返しお礼を言いつつ拓斗の周りに留まる。

 その拓斗の机にはカードが並べられていた。そのカードゲームはあちこちでCMが流れているのでこの学園でも知れ渡っているものだ。

 

「やっぱりスキルの構成を考えるとこっちの方が良いんだよな」

 

 そう大智がカードをデッキ軍の方に置く。だが力也は微妙な顔でそのカードを取り2人に言う

 

「でもそれは初心者が使うには難しいと思うよ。安くて強いのは否定しないけどさ」

 

「かと言って余り変化を入れないのはトライアルデッキと何も変わらないからな」

 

 それに親友3人衆が唸る。

 3人がしているのはトライアルデッキに変化を加え、初心者でもそのカードゲームを楽しめ、尚且つ勝ちやすくするようにするためにトライアルデッキを改造する事だ。

 

拓斗のバイト先の店長から課された宿題、それが3人がしていることだ。厳密には拓斗が請け負ったものなので残りの2人は関係ないのだが2人とも当たり前の様に拓斗に知恵を貸してくれる。拓斗は言葉には出さないがそれが頼もしく感謝している。きっとこの友情は不滅だろうと

 

「っと、そろそろお嬢様が帰って来るぜ」

 

 お嬢様というのは学校内での涼花のあだ名だ。容赦のない言動と行動、ただ何かを命令している訳でもないから女王というより我儘で容赦のないお嬢様という方がしっくりくるのだ。

 ただし本人が許可したわけではなく周りが勝手にそう言っているだけだ。

 これを直接本人にも言おうものならその者は勇者として永遠に語り継がれるだろう……精神的な命と引き換えに。

 

「ああ、そうだな。危なかったぜ」

 

 拓斗はそう言ってカードを几帳面にも分けてホルダーに収納していく。

 この学校は昼休みに教師が教室にいる事は滅多にない。それ故にこの校則違反でもあるカードゲームを広げていてもバレる可能性は低い。だがもう1人だけ注意しなければならない人物がいる。言うまでもなく涼花だ。

 生徒会室に入った通り涼花は1年生になるのと同時に生徒会書記に名を連らねている。だからこんな校則違反もののカードゲームを広げている所なんて見せたら……想像するだけでも恐ろしい

 

「でも、実際拓斗はお嬢様の事どう思ってるんだ?」

 

 甚だ疑問と言った顔で大智が問いかけてる。

 

「何が?」

 

「とぼけんなよ、流石に1年隣の席に座っておいて何も感じてないわけないだろう?」

 

「なんだその俺は全て分かっていると言いたげな顔は。少なくともお前らが思っているような感情は持っていないぞ」

 

 そう言って拓斗は机の上に置きっぱなしのカードを見ながら少し思案する。だが直ぐに考えを纏める為に腕を組み眼を閉じる。

 

「そうだな、先ずは何と言っても愛想が悪い」

 

 拓斗は眼を閉じながらその結論を先に告げた。目の前の親友2人が口を「あ」と言った感じにして固まっているのに気が付かず1人で頷きながら続ける

 

「頭が良いのは認めるし容姿も俺が出会った人の中では1番輝いて見えたのもまた事実だ。見た時は宝石のような人だなと思ったものだ。いやー、懐かしい」

 

 本当に懐かしんでいるのか何度も独りでに頷く。親友2人がそーっと席を離れているのにも気が付いていない。

 

「だが蓋を開けてみれば言葉は剣みたいに鋭く態度は絶対零度、どこかのラブコメのヒロインにいそうだ。しかしラブコメの場合はそういう人程主人公にツンデレになるものだ。それもデレデレの領域に」

 

 徐々に教室に帰ってきてるクラスメイト、元々いたクラスメイト達が拓斗の席から出来るだけ離れようとしている。厳密には教室の最後方に。

 

「三月の場合はそんなのが絶対にありえないと思う程の絶対零度を放っている……そうそうこんなふう……に?」

 

 そこで拓斗は何だか後ろの空間が心なしか冷たくなっていることに気が付いた。そして何を思ったのか咄嗟に頭を机にぶつけない勢いで下げ……その頭があった場所に一陣の風が吹き抜けた。

 その時離れている親友達やクラスメイト達を見て悟った

 

「ふっ、身勝手の極意を極めている俺には通じない」

 

 キリっ! という効果音が付きそうなほどの決め顔をした拓斗、ただし背中には尋常じゃない汗が吹き出し始めている。

 

「そう……では貴方の大事なカード達を人質に取ればその勝手になんとかを破れるかしら?」

 

 そんな声が聞こえた瞬間拓斗の隣から腕が伸び拓斗の目の前に置いていたデッキを奪い取った。その奪取スピードに拓斗は引き気味の薄ら笑いを浮かべる。

 

「あのー……涼花さん。返してもらえるんです……よね?」

 

 拓斗は完全に固まった。カード達を人質に取られ動けない。それでもせめてと思い振り返ったら件の絶対零度、斬撃(物理)を放つ準備を完成させていた。

 即ち拓斗の精神を殺す準備を

 

「ごめんなさいね? デレデレのラブコメのヒロインじゃなくて」

 

「はは……はははは」

 

 引き気味の笑顔のまま時を待った

 

「我らが勇者に、黙祷!」

 

「お前の犠牲は消して無駄にはしない!」

 

 大智と力也がクラスを代表するように言うと皆して手を合わせ眼を閉じた。まだこのクラスが始まって1カ月ほどしか経っていないというのに何という団結力、恐るべし! 

 

(裏切者おおおーーーーっ!!)

 

 それが拓斗の遺言だった

 

 

 

 




身勝手の極意…考えるよりも先に体が反応するドラゴンボールで登場した神の御業。

何だかんだ主人公もヒロインの事は認めてる。


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俺が異常でよかったな

なんかカードゲームがいっぱい出てきますが物語とはあまり関係ないので気にしなくて大丈夫です


 キーンコーンカーンコーン! と今日の授業を終了に導く鐘の音が響く。

 授業が終わればみなそれぞれの予定に向けて動き出す。

 大智は野球部、力也は科学部、他の面々は家に帰る者や部活に行ったりバイトに向かう人もいる。大智と力也は普段拓斗と教室を出るのだが今日ばかりは足早に退散した

 拓斗もバイトがこの後にあるのだが本人は机に突っ伏したままだった。

 拓斗の隣では恐れられている視線をあちこちから向けられながらもその視線を見事にスルーしている涼花が鞄に荷物を入れていた。

 机の中にあった教科書とは違う感覚のものを触り涼花はその拓斗から没収したカードケースを取り出す。そして未だに自分にやられて授業中も半分くらい突っ伏していた拓斗を見る。

 

「およよ……およよ」

 

 なんか呪文のような事を言っているが涼花からしたらはっきり言って気持ち悪いと思う。

 

「はぁ……」

 

 涼花はため息をつきカードケースを拓斗の机に置いた。音で分かったのかばっと顔を上げカードケースを認めた後涼花を見上げる

 涼花は拓斗から眼を逸らし言い訳をするように言った

 

「私も流石に手を出したのは悪かったわ。だからこれでお相子よ」

 

 拓斗の頬には見事な手形が残っている。誰の手形なのかは言うまでもあるまい。拓斗はその言葉を聞いた後若干目に涙を溜めた

 

「ありがてぇ……ありがてぇ!」

 

「やめて、気持ち悪いわ!」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 気持ち悪いと言われた瞬間真剣モードになり謝った。

 

(女子高生から言われる『気持ち悪い』程ダメージが半端ないんだよーーっ!)

 

 と内心では言っているが涼花には逆らえなかった。何より校則を破っていたのは事実だしこれで奨学金が切れたらどうしようかと思っていた。

 

「ま、それだけよ。また明日」

 

 涼花の言葉に拓斗は失礼ながら目を見開く。あの涼花から「また明日」という言葉を聞けるとは思わなかったのだ。

 

「待てよ!」

 

 拓斗は一つ物申したい気分になり声を上げた。その音量に涼花はビクッとして拓斗に向く。拓斗はTHE真剣と言った顔で自らを見てきていて涼花はどこか面倒くさそうに……他人事の様に見ていた。

 

「……何よ。まだ何かあるの?」

 

「ああ、ある。大事な事だ」

 

 傍から見ればロマンチックな告白のシーンに見えるのだろう、外野がひそひそと2人の事を話している。そして実際拓斗には大事な話だ。涼花に無駄な時間を過ごさせないという意味で。

 拓斗は少し距離を詰める

 

「三月……」

 

「……う」

 

 その真剣そうな表情で近寄って来る拓斗に他人事な視線を向ける事は出来なかった。徐々に近づいてくる拓斗に思わず一歩下がる。それでも拓斗は近づいてくる。涼花は後退する。

 

「え……ちょ……と」

 

 だがどうせ出る所だったので直ぐに壁際に追い詰められた。

 

「これ以上近づいたらセクハラで訴えるわよ!」

 

 咄嗟にそう言い放ったら効果があったのか拓斗は止まった。その状態のまま拓斗はもったいぶった言葉を解き放った

 

「三月……明日は学校休みだぞ?」

 

「え?」

 

「「へ?」」

 

 前者が涼花の反応、後者が外野の反応

 後者に関しては完全にラブ展開だったのに解き放たれた言葉は明日休みと言う事……期待して損したと言っても過言ではない

 

「……あ、忘れてた」

 

 と涼花は思わず口に出す。明日の土曜日、本来はこの名門校龍神学園高等部には土曜授業が存在する。中学時代に土曜授業が休みになった事は無い。その流れで今週の土曜授業が当たり前のようにあると思っていた。

 しかし現実は逆で明日の授業は休みとなっている。それを忘れたまま学校に来れば涼花は見事に恥を晒す事になっただろう。……兄がいるから結局来なかったと思うが。

 

「……ふっ」

 

 やり遂げたと言わんばかりに拓斗は笑った。それに涼花はムッとする。だがド忘れしていたのも事実なので何も言えなかった。

 だがこの瞬間拓斗が感じていたのは涼花への親近感が少し近づいた気がした事だ。……しかし、違う違和感もあったのもまた事実

 

「三月……何かあったのか?」

 

 外野は既に2人に興味を無くしたのかそれぞれ部活や帰宅、バイトに向かっている。

 涼花がいつもと違うと思ったのはただの勘であるが信憑性はあるとは思っている。

 

 涼花は少し眼を見開き少し眼を閉じ何かを考えた後拓斗を見る

 

「はぁ……仮にあったとしてそれがなに?」

 

「今日のは俺も悪かった。いくら本当に思っていたとはいえ衆人環境の場所で言うのは違った。すまねえ」

 

 いきなり謝罪されても困る。……ついでに言うなら全く謝罪になってない事に気が付いているのだろうか? 天然のバカなのか? 

 顔を上げた拓斗は真剣な表情で涼花を見て続けた

 

「だからお詫びって訳じゃないが俺でよかったら話を聞くぜ?」

 

 1年経ち初めて普通の会話をした気がする、と拓斗は内心思った。確かに1年間は隣同士になっていた事があるが会話は基本的に事務的なもの、あと今日の昼休みのような会話だけだ。

 普通に話したのは初めてな気がする。

 

「貴方にカウンセリングスキルなんてあるとは思えないけど?」

 

(はっきり言うんじゃねーよ! 事実だけど!)

 

 ……そんな自分が過去にそのカウンセリングもどきをしていたのは消したい過去だが。涼花は首を振り拒絶のニュアンスを込めた

 

「別に良いわよ。私の問題だから氷火君が気にかけるものじゃないわ」

 

 そこまで言ってようやく調子が戻ったのか教室のドアをくぐる。だがそこで思い出したように振り返る。綺麗なアッシュブロンドの髪が風になびく。

 その姿はどこか幻想的で3年前なら惚れていたかもしれない

 

「でも、気にかけてくれたのはありがとう。またね」

 

(……ここに野郎どもがいたら全員やられるところだったな。寧ろ何にも感じない俺の方が異常なのだが)

 

 と自分の事なのに他人事の様に感想を告げた。

 涼花はもう何も言う事は無いと背中で語り教室を出ていった。その出ていったドアを見ていた。そして少し過去にふけっていたが

 

「って、こんなことしてる場合じゃねえ。バイト行かなきゃな」

 

 涼花から返してもらったカードケースを鞄に入れ足早に教室を出ていった。

 

 

 

 

 




次回、拓斗のバイトルーティーン


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拓斗のバイトルーティーン

拓斗のバイトの様子


 学校を出て電車を少し乗り継ぎバイト先に向かう。学校と自宅の中間点にある駅で降り駅の近くにあるビルを見上げる。

 その二階部分には「カードショップ・タッチ」という看板がある。拓斗のバイト先だ。今のカードゲームを始めた拓斗にとって始まりの場所である。

 ビルに入ると階段とエレベーターがある。選んだのは階段。たった一階上るだけだし運動も兼ねている。

 二階に着くとガラス張りのドアがあり開ける

 

「いらっしゃませーって拓斗君か」

 

「お疲れ様です、店長」

 

 拓斗に店長と呼ばれたのは少しぼさぼさの髪に眼鏡、いかにも優男と思われる風貌を持った20代半ばの男性だった。

 優男には見えるがこの歳でカードショップを経営するほどの手腕を持っている。拓斗がカードゲームを始めるにあたりルールを教えてくれた人でもある。

 バイトしようと決めるにあたって真っ先に浮かんだのはなんだかんだでずっと通い続けたこの場所だった

 

「あー! 拓斗兄ちゃんだーっ!」

 

 と小学校低学年の子供が拓斗を見ると顔をパーッと輝かせて近づく。それに気が付いた他の子どもも駆け寄って来る。

 

「勝負してー!」

 

「私もーっ!」

 

「俺が先ー!」

 

 とあの手この手が拓斗を囲む。拓斗は苦笑いしながら答える

 

「分かった分かった! 宿題を終わらせた奴から相手してやるよ」

 

 拓斗の一言に「えーっ!」という顔になる。

 

「うー分かった!」

 

 そう言って最初に拓斗に近づいてきた少年がばっと離れてランドセルから今日の宿題を取り出す。それを見た他の子どももランドセルに駆け出す。

 

「ははは、人気だね拓斗君」

 

 店長が言った通り拓斗は割と人気者だ。

 何故なら拓斗がやっているカードゲームにおいて拓斗は人気者だったりする。数多のカードショップの大会で優勝し全国大会にも出たことがある。おまけに頭もよく面倒見もいいともきている。

 だから拓斗は人気者なのだ。若干客寄せパンダにもなっている。

 

「店長のおかげですよ」

 

 拓斗はそう言って店奥に引っ込み、鞄を置きブレザーも脱ぎ代わりにオレンジ色のエプロンを付ける。このエプロンがバイト先のユニフォームなのだ。

 自分の仕事道具でもあるカードケースを持ってレジまで行く。店長はもう少しで子供の日があるのでその為に鯉のぼりを作っている。

 

「あ、拓斗さんお願いします」

 

「はーい!」

 

 拓斗は出てすぐにレジに入りパックを購入する常連の相手をする。

 まだバイトを初めて一カ月も経っていないが既に慣れたもので仕事をこなしていく。何ならずっと店長の動きを見ていたのもあって飲み込みは早い。

 パックを結構なまとめ買いをした客がテーブルに移動したのを見届けたら勉強スペースにいるガキどもが拓斗にSOSをよこす

 

「どうした?」

 

「ここ分からない」

 

「……ああ、ここはあの公式を使ってな」

 

 所でカードショップに勉強スペース? と思った人がいるかもしれないが本当にこの場所はそう名付けられている。

 このカードショップはこの子供達や勉強が出来ずに現実逃避して遊び(逃げて)来た人もいる。それを放っておいたら中学生以降は兎も角小学生の親がクレームをしてくる可能性がある。というよりも拓斗がバイトを始める前に来たことがあるらしい。

 

「お兄ちゃんありがとう!」

 

「ああ、もう少しだ。頑張れ」

 

 本来、それはサボって来た本人達が悪いのでありタッチに関しては全くと言っていい程悪くはないのだが店長はそこで止まる事はしなかった。

 今子供たちがいる場所を課題や宿題をする勉強スペースとして開放、店員、即ち拓斗や店長に言えば極力勉強を教えてくれるというシステムになった。

 売り上げがこのシステムによって極端に上がった訳では無いが巷では「勉強も教えてくれるカードショップ」という言葉で割とレビューが高くなっている。

 子供たちに勉強を教えた後、拓斗はショーケースを磨く。そんな拓斗の隣に店長が来る

 

「いやー、拓斗君が来てから勉強スペースの方も活気が出てるね~」

 

「俺が店長にしてもらった事を繋いでるだけですよ」

 

「でも、あの龍神学園の特待生を取ったのは君の実力だよ。誇っていい」

 

 店長の言葉に少し恥ずかし気に顔を下げる。

 自分が特待生なんて言うTHE・優等生みたいな称号というより事実を持っていることに未だに慣れないのだ。

 

 そう、拓斗は周りに言ってないが中学受験の際、入学試験で高得点を叩き出しそのまま給付制の奨学金を受け取れる立場の特待生として学校に通っている。

 勿論テストや普段の態度が悪かったらそんなものは剥奪される。だから普段は兎も角テストに関してはなんだかんだいつも上位にいる。

 

「って、店長は俺の所のOBじゃないですか」

 

 と、拓斗が言った通り店長も実は龍神学園に嘗て通って卒業した。だから拓斗にとっては色んな意味で先輩である。

 あの勉強スペースが出来る前の拓斗に偶に勉強を教えていたのは店長だ。

 

(改めて考えてみたら店長面倒見良すぎないか?)

 

 と今更のように思った。並みの人間なら惚れる。

 そこで再び来店のベルがなり2人が見るとそこには龍神学園の生徒とは違う制服を着た女子高生2人組がいた

 

「あ、氷火君、ちょっと教えてほしいところあるんだけど」

 

「……一応ここはカードショップなんだが」

 

 偶に勉強を教えてくれる場所と勘違いしてくる人もいる。まあ、そんな人達も邪険にしないから今日の人気があるのかもしれないのだが。

 拓斗は苦笑いしながら二人が持ってきた分からない箇所を見て軽いヒントをあげる。

 

 普通の業務をしながら家庭教師ならぬお店教師をし偶に客とカードゲームで戦う、これが拓斗のバイトルーティーンだ。




拓斗、人気者


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私とどこかで会った事ありますか?

何で自分はこんなに語彙力ないんだろうな


 何時もと違う金曜日を過ごした拓斗は、カードショップから駅を一駅跨ぎ歩いて3分の場所にある自分達氷火家が住んでいるアパートに帰って来る。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい拓斗」

 

 と言って拓斗を迎えたのは拓斗によく似た女性だった。

 

「母さんただいま。今日は早かったんだね」

 

 女性の名は氷火百恵(ももえ)、拓斗と拓斗と3歳離れている妹の蒼葉(あおば)の母親である。氷火家はこの三人の3人家族だ。父親は訳あって離婚して今何をしているのかは定かではない。

 拓斗は机の上に置かれている晩御飯を見た後お礼を言いつつ机に座る。

 

「蒼葉は今日大丈夫だった?」

 

 ご飯をもってきつつ百恵は頷く

 

「ええ、今日は安定してたわ」

 

「そうか、良かった」

 

 拓斗の妹、蒼葉は体が先天的に弱く病気がちだ。ここ最近は大きくなるような病はないが過去には何回も病院に入院していた。

 そして氷火家の財政事情も同じく緊迫していた。氷火が特待生という出来るだけお金がかからない地位を手に入れたのにも関わらずタッチでバイトしているのはひとえにこの家系事情があった。

 いつ妹が病気を悪化させても直ぐに治療をする為のお金を稼ぐためだ。

 

「ごめんね、拓斗」

 

「……なにいきなり謝ってるんだよ母さん」

 

 おかずを口に頬張りながらいきなり謝罪を繰り出した母親を所謂ジト目でみる

 

「私が不甲斐ないばかりに」

 

「またその話か。俺が好きでバイトをしているんだ。母さんが気にする事じゃない」

 

 百恵は拓斗がバイトするのには反対だった。自分が蒼葉の分まで稼ぐから拓斗には高校生活を楽しんでほしかったのだ。だが拓斗は高校に入るのと同時にタッチの面接を受け……もう殆ど内定していたもんだが……受かった後にバイトする事を百恵に話したから真っ向から反対されるようなことは無かった。

 

「それにもしもの時は母さんが蒼葉についててくれよ」

 

「そんなもしもは来ない方が良いけどな」と心で付け加える。

 

「それに俺は本当に好きでやってんだ。あの場所は俺の大好きな場所だからな」

 

 拓斗は小学生時代ははっきり言って結構陰キャな部分があった。

 しかしタッチに行き始めてからは拓斗の性格はとても明るくなった。拓斗がした唯一我儘で今も昔もはまっているカードゲーム、そしてそれをするための環境であるタッチが拓斗を形成する場になったのは事実だ。

 

(だから……俺はあの時調子に乗ったんだろうな)

 

 一瞬、過去に思いを馳せかけたがまだ目の前にご飯があるのを見て勢いよく頬張った

 

 

 ★

 

 

 拓斗と久しぶりにまともに話したと思った涼花は兄と共に生徒会の職務を終わらせて校門を出ると黒いベンツが迎えに来ていた

 

「余りこういうもので帰りたくないんだがな」

 

 兄が言うのを心の中で素直に頷いた。周りでは部活帰りの生徒たちがコソコソと話している。

 涼花がお嬢様と呼ばれる理由、それは涼花が本当にお嬢様と呼ばれる人種でもあったからだ。

 

 ベンツに2人して乗る。運転席にいたのは母の秘書である遠山(とおやま)という女性だった。

 

「優輝様、涼花様、本日もお疲れ様でした」

 

 車を出しながらそう言ったが優輝は苦笑いで答えた

 

「その呼び方はやめてもらえますか、遠山さん」

 

 それに笑いながら遠山は前から眼を逸らさずに答えた

 

「そうですね、悪ふざけが過ぎました」

 

 遠山は30代半ばの女性で涼花が小さい頃から2人とは面識があるだけではなく、母親が不在の際はよく遠山が2人の相手をしていたのもあり2人にとっては姉のような存在だ。

 だから様付けはやめてほしいのが2人の本心だった

 だけれども今涼花は違う事を考えていた

 

(何でだろう……なんであの人と話すたびにあの事を思い出すんだろう)

 

 優輝と遠山が話しているのを半分ほどスルーし涼花の頭の中では今日の拓斗との話を思い出していた。氷火とまともに話したのは今日が久しぶりだが前々から思っていた事がある。

 

(私……ここに転入する前から氷火君とどこかで会った事あるかもしれない)

 

 そう思ったら……少し心臓がざわついた

 




次回から物語が軽く動き出す


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わ〜偶然ってあるんだ〜

 日曜日、学生にとっては遊び倒せる日、ある者は部活に打ち込める日、ある者はバイトの日、そしてある者は勉学に打ち込める日。

 拓斗はバイトが休みなのを良いことに今朝から勉学に励んでいた。

 普段の拓斗のふざけっぽい態度を見ているクラスメイトからしたら実に意外な光景だが拓斗は真面目の部類には入る。

 偶に疲れた時は授業を適度にサボっているがそれは自分のやる気を出させるための戦略的サボりだ(戦略的って何だって感じだが)。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう~」

 

 と隣の布団から妹の蒼葉が眠そうな眼を擦りながら体を起こした。

 

「ああ、おはよう蒼葉」

 

 拓斗は勉強を中断し蒼葉の額に手をあて簡易的に熱を測る。

 百恵は既に仕事に出ていった。

 

「今日は大丈夫そうだな」

 

「うん! えへへ」

 

 今年で中学1年生になるというのに蒼葉はどこか子供っぽい。

 それは病気がちゆえに学校で同年代の子と触れ合うと言う事が少ないからに他ならなかった。

 

「お兄ちゃん今日も行くの?」

 

「……そうだな。良い天気だし」

 

「じゃあ蒼葉も行く!」

 

 それを聞き拓斗は一瞬考えたが蒼葉にも気分転換は必要だろうと思い頷いた

 

「分かったよ、一緒に行こう」

 

 それに嬉しそうに首を縦に振った蒼葉なのであった。

 

 

 ★

 

 

 拓斗には3年前から行っている日課がある。いや、週一だから厳密には日課ではないがそれでもやっていることがある。

 何時もは歩きで30分ほどかけていくが今回は蒼葉も一緒なので電車に乗り2駅超えて降りる。駅から降りたら少し神秘的な山が聳え立つ。二人の目的地は山の山頂……ではなく麓の住宅街から少し離れる場所にある。

 

 蒼葉と手を繋ぎ、歩きながら3年前の事を思い出していた。

 

 

 ★

 

 

 3年前・4月の中旬

 

 拓斗は龍神学園の入学祝で初めてスマートフォンを手に入れた。頭の中にはきちんと特待生を維持することがあったので普通の同級生たちと違って勉学を疎かにすることはしなかったが。

 

 中学からの帰りの電車、拓斗は勉強アプリを開いて英単語を勉強していた。妹が生まれ2年が経った時に自分達の父親は母を捨ててどこかに行った。

 それからだ、拓斗がどこか早く大人になろうとしたのは。スマフォを手に入れした事は友達との連絡交換も勿論したがやはり勉学に利用する事が大半だ。

 

 ピロン! と拓斗のスマフォに通知が入る。その通知を見て拓斗は直ぐにアプリを開く。少しドキドキしながら「スタディメモリー」というアプリを開く。

 このアプリを勉学の時間を記録する事が出来るアプリで勉強した時間が気になる拓斗にはピッタリなアプリだった。

 これは一種のSNSのアプリでもあり他の人と交流する事が出来る。ダイレクトメッセージのページまで開き目当ての人物とのダイレクトメッセージを開く

 

『良いですよ、連絡先交換しましょう』

 

 その返事と共に可愛い顔文字が添えられる。拓斗は電車の中なので心の中でガッツポーズをしてどうやって連絡先を交換するか考える。

 このアプリはあくまでも勉学の為のアプリでありそんな出会い系アプリのような事は運営に対処される。お互い、アカウントが消滅するのは望むところじゃない。

 

「よし、暗号でやるか」

 

 そう言って軽く頭を捻り連絡先を交換するための暗号を送る。最初はヒントをあげようかなと思ったが

 

『暗号ゲームですか?』

 

 そう画面の向こう側の本人がクスクスと笑った声が聞こえた気がする。

 

『ヒントはいらないですよ』

 

 ヒントを打つために画面に手を滑らせようとしていた拓斗はそれを見て止まった。

「分かった」と送りこんな会話は自分らしくないと思う。

 このメッセージの相手……アカウント名「花」さんと話すようになったのは偶々だ。

 起立性調節障害……それが花さんが自己申告だが患っている病気だった。自律神経系の異常によって様々な症状が現れる病気。見た目は変わらないので理解されないことが多い。

 

 拓斗は何となく妹と重ね、花と話してみたくなりダイレクトメッセージを送ったのが2人の画面越しの付き合いが始まったきっかけだった。

 

「って早!」

 

 と拓斗が自分のスマフォの通知を見て思わず呟いた。それは花がメッセージアプリで拓斗のアカウントを友達登録したことを知らせる通知だった。

 即興で考えた暗号とは言え簡単に解かれたことに少しプライドが傷つく。

 

 拓斗はそんな事を一瞬考えたが直ぐに思い直し自分も友達登録をして相互登録したことによりメッセージを送りあえるようになった

 

『こんにちは。出来てますか?』

 

 画面の向こうにいる人の性別は分からないのにどうしても女性だと思ってしまうのはしょうがないと拓斗は思った。

 いや、今までの会話では女性らしさしか感じなかったからもう女性としか思えなかった。

 

(……それがどうしたって感じだけどな)

 

 まさか画面越しの人に恋する訳ないだろ、と思いながら拓斗は返事を返しながら自称「花」さんの本名ないかなと見てみるがどうやらメッセージアプリに登録している名前も「花」のようだ。

 

(……と言う事はこれが本名なのかな?)

 

 いや何もおかしい事は無い。自分だって拓斗なのにアカウント名は「拓」にしているのだから。恐らく向こうも拓という名前が本名だと思っているだろう。

 

 拓斗が花を気にかける理由、それは花の投稿に胸がざわつくことが多かったからだ。その一部を紹介すると一番最初に拓斗が見た投稿は「死にたい」だった。

 

 拓斗はそんなストレートに言う人を見たことが無かった。自分はまだ恵まれている。大好きな家族がいて、タッチで会った友達がいる。だから幸せだと思う。死にたい……そう口に出す人は自分の妹くらいしかいなかった。

 ネットだから出来るのだろうとは思った。それでも不特定多数の人が見る場でそんな事を言う人に病弱の妹の事を重ね殆ど意識せずに話を聞いていた

 

 ★

 

 蒼葉と共に歩いていたら目的地が見えて来た。ここら辺では一番の大きさでテレビでも何度か取り上げられている場所。

 数多の有名人もここに来るともっぱらの噂だ。ただし拓斗は会った事が無い。そもそもテレビがないから知らない。

 

 来るものを迎える巨大な鳥居、その先は長い道がある。ここ、龍神学園の名前の元とも言われている神社、「龍神神社」は地元では特に有名だ。

 蒼葉と共に一礼しながら鳥居をくぐり長い道を歩く。道中には龍を模した石像などが置かれている。

 そこでふと涼花の事を思い出した。偶に机を見たら涼花はよく勉強している。そんな涼花でも神頼みとかするのだろうか? 

 

(こんなTHE神様が集うって感じの場所、あいつが来るわけないか)

 

 そう自分の思考を嘲笑い蒼葉と共に境内まで歩く。

 来るたびに思うが長い。だが蒼葉は久しぶりに来る光景にちょろちょろと周りを見渡している。拓斗は週一で来るからそんなに感じないがやはり龍の石像や旗とかは目新しいのだろう。

 

(この神社作ったのは誰なんだろうな)

 

 とここの石像やらを見て思った。その思考が境内が見えて2秒後に吹き飛んだが

 

「……え?」

 

 境内が見え蒼葉にもうちょっとだなと言おうとしたところ境内の前を掃除していた巫女さんが呟いたのが聞こえた。

 

「……ふぁ?!」

 

 拓斗も変な声を出す。理由は至極簡単。

 巫女さんがクラスメイトだったからだ。それだけならいい。だがこれは

 

(まさか俺の思考を読まれたか!)

 

「そんな訳あるかい!」と頭の中の自分が言ったが一瞬動揺したのは確かだ。

 そのクラスメイトはアッシュブロンドの髪を綺麗に結び持ち前の白い肌が袴にとてもマッチしている。そして最後に青色の瞳が拓斗を捉えていたからだ

 

「わぁ……綺麗……」

 

 マイシスター、それには同意だが俺の心中はそれ所ではない

 

「氷火君……」

 

 件の人物が思わずという感じで呟いた



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マイクラスメイトの視線が怖い件について

 集中できねえ

 

 それが拓斗が今感じていることだった。後ろからチリチリと視線を感じる。誰の視線なのか? それは言うまでもなく先程奇異な場所で出会ってしまったマイクラスメイトだ。

 

 努力で臨むものを手に入れる、それが拓斗がこの1年間で感じた涼花という人間だ。それなのに神頼みするところであるここいる事に多少なりとも驚きを禁じ得ない。

 

(それに)

 

 拓斗がチラッと背後を見ると涼花は慌てて掃除を再開する。拓斗は立場上何も言えないのを良いことに涼花の姿を瞳に焼き付けた。

 

(うちの男子共が見たら全員倒れるんじゃないか?)

 

 と涼花の巫女姿を見ながら思った。

 元々透き通るような肌に巫女の姿はとてもマッチしているし、唯一神社で働くとしては良いのか? と思うアッシュブロンドの髪も不思議と様になっている。

 更に基本的に少し結ぶだけの髪をしっかりと結び普段とは違う髪型なのもグッと来た。間違いなく学校の連中が知ったら参拝客が増えるだろう。

 

「お兄ちゃん次だよ?」

 

 隣で手を繋いでいる妹の声で前に向きなおした

 

「ああ、願い事は決まったか?」

 

「うん! 家族皆元気で過ごせるように、だよ!」

 

 俺の妹が可愛いしいい子過ぎる件について

 

「そうか……」

 

 そんな事を考えたら目の前の参拝客がお守りなどを買う売り場まで歩いていく。

 涼花の事を意識の端に追いやって5円玉2枚取り出し1枚を蒼葉に渡す。2人でお金を投げた後手を合わせそれぞれ祈る

 

(家族が皆元気で過ごせますように!)

 

 蒼葉がそう祈っている、その隣では拓斗がどこか辛そうな表情で目を閉じていた

 

(花さんが何事もなく幸せになれますように)

 

 拓斗はここに来るたびに思い出す過去に身をゆだねた

 

 

 ★

 

 

 好きだ

 

 彼女と奇妙な関係になって3カ月経った時、こんなことを言ってしまった

 どうしてそんな事を言ったのか自分でも分からなかった。

 ただ、顔が見えないはずなのに不思議と画面越しの人が泣き顔になっていることが簡単に想像できた。

 自分でもこんな状況で言うのは卑怯だと思う。積み重ねた信頼を崩したと、この時は思った

 

 私も好き

 

 だからこんな返事が就寝前に帰って来た時は寝られなかった。顔も知らない。どこに住んでいるのかも知らない。本名なのかすら分からない人に恋するなんて本当に馬鹿だと思う。

 でも当時は止まれなかった、胸を熱くし気が付いたら指が画面をなぞっていた

 その言葉を見るたびに何度消そうか思ったほどだ。

 

 おやすみ

 

 恋愛初心者だった当時の自分は現実を認識出来なくて咄嗟にそう返してしまった。本当なら「どうして?」とか「なんで」とか他に話題があるのにも関わらず就寝宣言をしてしまったのだ。

 

 おやすみなさい

 

 画面の向こう側でクスクスと笑う彼女が見えた気がする。

 自分はそれ所ではなかった。

 その「好き」という言葉を見るたびに寝返りを打ち体を熱くし結局その日は寝られなかったのを覚えている。ついでにその日の授業に身が入らなかったのも。

 

 その日から拓斗と花さんの更に奇妙な……交際が始まった

 

 

 

 

 



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全部あなたのせい

 よりにもよって彼に見られた

 

 それが巫女さんとして働らかせてもらっている涼花が拓斗を見て思った感想だ。

 だがそれを思った次には冷える気持ちがあった。何故なら拓斗が見知らぬ女の子を連れていたからだ。

 

 涼花は拓斗が去った鳥居を思い出しながら手を心臓に当てた。あの女の子を見た時に心臓がざわついた……なんて事実を無くすように頷く。

 

(そうよ……あの女の子は氷火君の妹。だから大丈夫)

 

 違う意味で大丈夫じゃないが涼花は取り合えず自分の心を納得させた。

 

(でも……氷火君に神社にくる習慣があったなんて……)

 

 家の反対を押し切って期間限定とは言え小さな頃から憧れていた巫女になった。小学生の後半から中学の終盤まで病床に伏していた涼花からしたら外で働けるというだけでとても嬉しいのだ。

 

 しかしそれとこれは別だ。拓斗が去った後、先輩が拓斗は1週間に1回は参拝に来るという情報を貰った。そして涼花は家の都合上土日のどちらかで勤務する予定だ。

 拓斗と涼花がかち合うリスクが非常に高い。

 

(氷火君が他の人に言いふらしたら面倒くさい事になる……明日釘を刺さなきゃ)

 

 涼花は学校でそれなりに有名人の自信がある。

 自分でも容姿が他の人に比べて優れているのは理解しているしそれを武器にしている面もある。人は中身……そういう人の事も分かるがそれでも第一印象は大事だ。

 第一印象で話をしっかり聞くかどうかの判断もされる。

 

(……そうよ。その点氷火君が可笑しいんだわ!)

 

 何だかとんでもない責任転嫁を始めてしまった。

 

(私の巫女姿を見て頬の一つも染めないのよ! 絶対におかしいわよ!)

 

 自信過剰である

 

(まだ妹ちゃんの方が正直よ!)

 

 蒼葉が「綺麗」と言った事をしっかりと聞いていた。現金な人だ。

 

(……妹……か)

 

 涼花はベッドの上で上体を起こした。その顔は先程まで凄い勢いで責任転嫁していた人物に相応しくないどこか暗い表情だった。

 

「そう言えば……拓君にも妹がいるって言ってたな」

 

 3年前、自分の中途半端な思いで困らせたであろう想い人を思い浮かべた。

 姿も声も知らない。だから自分は人間性で惚れたのかもしれない。というよりもそれしか判断する基準がなかった。

 こうして眼を閉じるだけで彼とのやり取りが蘇る。

 

「……バカみたい。私から振ったのに……こんな事いう資格ないよね」

 

 そう自己険悪に溢れた声を出し再びベッドに倒れる。だが……いつもはやめようと思ったら直ぐに自己険悪を止められるのに今日は止められなかった。

 その理由の1人で、想い人と何となく名前と話し方が似ている人物と出来るなら会いたくない場所で会ってしまったからだろうか

 

(……そんな訳ないか)

 

 当時、誰も来てくれない病室では通知音だけが涼花の楽しみだった。彼だけが自分の話し相手だった。兄は兄で新しく入った学校に慣れるのに時間がかかるだろうし親はもってのほかだ。問題は自分達の継父になった人だ。

 どうしてあんな人と母が結婚したのか分からない。

 

「あれ? また……」

 

 そう瞳に自分の指を添える。そこには綺麗な涙が付いていた。自分のしたことにこの3年間、ずっと自己険悪を感じている。

 

(ダメなのに……会いたいって思っちゃう。会った事もないのに……全部拓君のせいなんだから)

 

 布団を握りしめる。責任転嫁しているが本人にも分かっている。こうなると分かっていても……あの関係に終止符を打ったのは自分なのだから



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神よ、俺に平和の道をくれ!

 昨日の衝撃的な光景から翌日、何時もより早い時間から拓斗は登校していた。普段は拓斗も朝礼の5分前くらいに教室に入るが今日は訳あって早めに家を出た

 

 その理由は日直だからだ。クラスによってシステムは違うが拓斗のクラスは隣の席の人と2人一組で日直になる。つまり、拓斗の今日のパートナーは涼花である

 

 そして昨日、拓斗は何だか見てはいけないものを見た気がしてならない。あの時の背後からの視線は「ズサズサ」という効果音が出そうなほど鋭かったからだ。

 帰る際に一度眼を向けてみれば羞恥に耐えるような表情をしているのは覚えている。

 

(こりゃ今日は平和の1日になりそうにないな)

 

 そう眼に若干ハイライトをなくし思った。

 少なくとも日直をきちんとしなければならない位には。何時もちゃんと真面目なのだが気持ち的にも真面目にしなければならない。

 何か一つでもお嬢様の機嫌を損ねるようなことすれば1日教室にブリザードが吹き荒れる。それだけは勘弁だ。

 クラスがそうなったら責任を投げつけられかねない。

 

 普段よりもずっと早い時間に登校しているからか他の生徒の姿は見えない。これはこれで何だかいつもよりずっとゆったりした登校だなぁ……

 

「——」

 

 なんて思いながら角を曲がった時、拓斗はその光景を見て思いっきり来た道を少し戻ってしまった。その心臓の鼓動は一気に動き出しながら。

 

(何でだよ──っ!!)

 

 角を曲がって目についたのは綺麗なアッシュブロンドの髪だった。アニメの世界ならばいざ知らず3次元のこの世界では残念ながら(?)黒髪以外の高校生を見つける方が逆に難しいと拓斗は思っている。

 だからあの髪が目立っていると考えているのだ。……と現実逃避気味に考えた

 

(あいついつもこんなに早かったのか)

 

 拓斗はクラスの中でも来るのは遅い方だ。だから涼花が自分よりも早く来ていることには違和感はない。だが、まさか今日早めに出た自分と同じ時間帯とは思わなかったのだ。

 

 早めに学校に行って涼花のご機嫌を取るという拓斗の崇高な目的が早くも頓挫した。

 

「さあ……どうすっかなぁ」

 

 選択肢一つ目、

 

『よお! 偶然だな!』

 

 と装って気安く声をかける。偶然なのは間違いではない。その答えは

 

『何? キモ』

 

「ダメだ!」

 

 選択肢二つ目、

 

『見つからない程度に登校しよう』

 

 と距離を保ちつつ普通に登校する。一見平和に見えるが答えは

 

『何? 昨日の事と言いストーカー?』

 

「ダメじゃん!!」

 

 昨日も偶然にも出会ったしまったのでこのタイミングでもし見つかればストーカーと言われるかもしれない。

 

(そんなに性格悪くないと信じたいけど!! けどね!!)

 

 選択肢三つ目、

 

『気づかれる前にダッシュで追い越して先に教室に行く』

 

 何ともリスキーな作戦だが答えは

 

『そんなに一所懸命私から逃げてダサ』

 

「俺に平和の道はないのか」

 

 拓斗は自分が取るべき選択が分からずに項垂れていた。もう何も考えずに普通に登校しようかと思った。だが通学路は同じだ。後ろ振り向いたら拓斗がいるという状況は何かを疑われかねない。

 そんな時だった、神が現れたのは

 

「何してるの?」

 

 その心底冷えッとした声で拓斗はビクンと震えた。ギギギっと効果音を付けそうな感じで振り向いたら髪をポニーテールにしている涼花が奥底を抉るような冷たい瞳で拓斗を見ていた。

 尚、先程神と言ったがどういった類の神かは言っていたない。だがそこでふと拓斗は思った。

 

(……そう言えば俺は何でこんなにビビらないとダメなんだろう?)

 

 別に自分としては何も悪い事はしていない。ただ妹を連れて神社に行っただけ。そこに涼花はいたが涼花に対して何か悪い事をしたわけでもない。強いて言うなら涼花の巫女姿を拝んだぐらい。だがそれ自体は涼花自身も見られるくらい分かっていたはず、つまりキレられる心配はない! (ここまでが約0.5秒の思考)

 

「よ、よお! おはよう、三月」

 

 しかし涼花は返事を返さずに拓斗を見つめていた。

 

(え、なにこの視線。こわ! 俺何かしたのか!?)

 

 一方涼花の思考は

 

(視線を感じたから見に来たけどどんなことを話せばいいのかしら)

 

 拓斗は涼花が自分を見つめているが何事かを考えていることに気が付いた。少し考えた末普通に声をかけることにした

 

「おーい、三月。起きてるか?」

 

「——! 起きてるわよ。おはよう氷火君」

 

「いや今寝t」

 

「起・き・て・る! ……3年前じゃないんだから」

 

 思わず呟やかれたそのワードに拓斗は少し眼を見開いた。涼花も何故か無意識に出てしまったそのワードに口許を少し抑え

 

(あれ? 私何で)

 

(まあ……偶々だよな)

 

 両者一瞬でそう思考した。拓斗が涼花の言葉を待つこと3秒、涼花はいつも通りに戻る

 

「まあ良いわ。ほら早く行きましょう」

 

 どこか自分を誤魔化すようにそう言った涼花に拓斗は訝し気に見ていたが観念したように頷いた

 

「分かったよ、行こうか」

 

 そう言って2人は残り少ない通学路を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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偶然って怖いよね

 突然だが男女が通学路を共に歩いていたら何を思うだろうか? 

 友達? カップル? リア充? 

 成程、それは強ち間違いでもない。

 だが! 

 

((気まずい!))

 

 この二人はそのどちらでもない。友達という程喋った事は無いしカップルなんてもってのほか! 

 2人とも過去にそういう人はいたが今はいない。

 つまり! 共通の話題が無い! ……訳でもない

 

(氷火君に昨日の事釘刺さないとダメなのに……なんで言えないんだろう)

 

 話題はあるにはある。だが先程の一件で涼花は話しかけにくくなってしまった。

 一方拓斗というと

 

(3年前……か。まあ十中八九偶々だろ)

 

 先程の涼花が意図せずに繰り出した言葉について考えていた。

 3年前、それは拓斗の運命が変わったと言っても差しつかない年だからだ。

 

(それにしても3年前じゃないんだから……か)

 

 拓斗の脳裏の辞書から起立性調節障害の特徴を引っ張り出す。起立性調節障害、自律神経系が異常を起こしよく眠れなかったり立ち上がることが出来なかったり……人によって症状は様々だがその中には朝起き上がる事が出来ないというものもある。そのせいで学校に遅刻をしやすくなる、だが起立性調節障害の特徴として午後からは体調が普通になる事が多い。

 だから午後からは普通に授業に出ることが出来るのだがそれを見た他の人からはサボっているように見えてしまう。一番苦しいのは本人だ。

 

 勿論、起立性調節障害だけが朝起きれなくなる病気ではない。それこそ不眠症や過眠症だってあるだろう。いやその前に単純に涼花自身がお寝坊さんだったという可能性も否定できない……がそれは普段の涼花を見ると考えられない。

 

「起立性調節障害……か」

 

 どこか思い出すように拓斗は呟いた。拓斗がその病気を知ったのは3年前、それを患っていた人とずっと話していた事があるからだ。

 恐らくあの人と話すことが無かったらまだ知らなかったかもしれない。ここで呟いたのは特に意味はない。ただこの無言の時間が気まずくなっただけだ。

 

「……え?」

 

 だが意外にも涼花は反応した。それだけではない、顔には出てないがその名前が出た瞬間に心臓が跳ね上がった。

 

「どうした?」

 

「……そっちこそそれがどうしたの?」

 

「何で睨むんだよ」

 

「——! 何でもない」

 

 何でもないことはなさそうだがここで下手に何かを言ってブリザードを貰うのは本望ではない。

「そうか」と一言言って悪趣味な龍の校門を通る。まだ朝早い時間だからか生徒は少ない。その少ない生徒は一瞬拓斗たちの方を見て思わず二度見する。

 

(あ、変な噂立つ奴だ)

 

 と拓斗は思ってしまった。

 下駄箱にて靴を履き替えた後2人して職員室で鍵を受け取った後教室に向かう。その道中でようやく決心がついたのか涼花が声をかけた

 

「拓君、昨日の事だけど」

 

「は?」

 

「え?」

 

 涼花は拓斗の素っ頓狂な声に思わず聞き返した。そして自分が言った言葉を吟味した瞬間涼花の顔が少し蒼白になった

 

(わ、私何で……)

 

 拓君……それは過去にネット越しに交際していた男性の名前。何故その名前をこんなあっさりだしたのか自分でも分からない。

 いやそもそもその名前がここで出ること自体おかしいのだ。何故ならその人物とは既に涼花が振るという形で別れているのだから。

 

 涼花が何かを言おうと口をパクパクしているがうまく言葉が出てこない。それを見かねた拓斗は苦笑い気味に言った

 

「あー、まああだ名としてはいいんじゃないか? 拓って字は入ってるんだし」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 思わず大声を出し拓斗はビクッとした。涼花から大声が上がるのが拓斗には意外過ぎたのだ。今廊下に他の生徒がいないことを祈っている。

 

(私何で氷火君に……最低だ)

 

 嘗て想い人を裏切りあまつさえその想い人の呼び方を全く関係ない人物に言ってしまった事に罪悪感が涼花を貫く。

 

 そんな涼花を拓斗は何とも言えない眼で見ていた。

 正直に言おう。拓斗は涼花が「拓君」と言った時、心臓が先程の涼花と同じように跳ね上がった。何故ならその呼び方は「花」さんが拓斗を呼ぶときに言っていた愛称だからだ。

 

(いや、そんな訳ないよな)

 

 偶々だと無理やり考え涼花が治るのを待っていた。涼花も自身の中で決着がついたのか深呼吸した後に元に戻った

 

「ごめんなさい。行きましょ」

 

「あ、ああ」

 

 先に歩き出した涼花の後ろ姿を見ながら拓斗は一縷の可能性を考えていた

 

(まさか……な)

 

 少しばかりの疑念を抱きながら2人の教室に向かったのだった

 

 

 



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大丈夫?

 1年A組……それが拓斗たちのクラスだ。

 2人はあの後何事もなく……というのは2人とも無言で歩いていたから何も起きなかっただけだが。その2人の思考は別に停止してた訳じゃない。

 寧ろ逆で超高速回転していた。

 

(何で今、拓君の事を)

 

(何で今、花の事を)

 

 ここまで思考を覗いている人には既に分かっているだろう。2人が互いにとってどういう人なのか、それを2人は気が付いていないと言う事を。

 

 

 ★

 

 

 幸せの日々だった。傍から見れば引かれるのは分かっている。ネット越しなのにも関わらず付き合っている関係なんて世間的には変な人達というのは分かっている。

 だから拓斗も涼花も家族にはこの関係を暴露したことは無かった。涼花に関しては家柄のせいでバレたらどうなるのか分からなかったからずっと黙ったままだ。

 

『治ったら会いませんか?』

 

 拓斗からそんなメッセージが来た時、涼花は嬉しかった。病気を治す為に頑張ろうと思えた。

 涼花は病弱だった。しょっちゅう入退院を繰り返していたし起立性調節障害もその内の一つだ。今は何とか病気にもならずにいるがまたならないように健康には気を遣っている。

 

 そして……涼花の継父は所謂モンスターだった。継父を表す言葉は”自堕落”、これに尽きる。仕事はしない。かと言って家事もしない。それなのに文句だけは一丁前で病弱だった涼花を罵りまくった。

 

 今はそれを知った母が物理的に距離離した。そんな事をするのなら離婚しろと常日頃から思っている。だから継父と一緒に憎んでいる。

 

『お前に生きてる価値ないんだよ』

 

 そう言った類の言葉を兄も母もいない時にネチネチ言ってきた、当時小学生の涼花は怖くて誰にも言えずその内体調を崩し入院をする事が多くなった

 そしてそれを母は知ったのにも関わらず離婚なんてせずにその場しのぎの事しかしてくれなかったことに絶望した。

 

 ──誰も信用できない

 

 それが涼花の拓斗と触れ合う前の心情だった。あのシスコンの兄でさえ当時の涼花は受け付けなかった。強いて言うなら一番信頼していたのは母の秘書の遠上だけだった。

 

 涼花はそんな中スタディーメモリーを始めた。ただ勉学を記録できると言う事に魅力を感じたのだ。

 自分の記録を見る事を目的に始めていたため他人とメッセージで話すと言う事は眼中になかった。だがそんな時、アプリ内のコミュニティーという機能を見た。

 コミュニティーとは何人かの考えが似ている人達で構成されるもので自分の同士とも言える存在で集まる事が出来る。

 

 ──私と同じような人……いっぱいいるんだな

 

 それが涼花には不謹慎だが嬉しかった。自分だけがこんな目に合っている訳では無いんだと。誰かに愚痴を言う事は悪い事ではないんだと、思った。

 

 そんなコミュニティーに入る為にプロフィール欄に持病の一つである起立性調節障害を書いた。

 継父達が憎くなった時や自分がもう嫌になった時、コミュニティーや普通の勉強記録の投稿の時に弱気の言葉を吐いていたりした。

 

 他人と触れ合う事を覚えても涼花は誰にも心を開かなかった。他人に期待するだけ無理だと言う事も分かっていたからだ。

 信じてた母も……自分を疎ましく思う同級生や教師たち、信用出来なかった。誰も。

 

『大丈夫ですか?』

 

 そんな文面からだった、涼花の世界に色が付き始めたのは



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吹き荒れるブリザード

 まだ誰も来ていない教室の中、2人はそれぞれ昨日の日誌の確認や黒板を綺麗にしたりしていた。そんな中涼花は珍しく自分から拓斗に声をかけていた

 

「それで……昨日はどうして神社に?」

 

 本来は別に神社に来ること自体には文句はない。というよりも短時間とは言え働いている巫女がそんな事を言えば終わりだ。

 

 今回は単純に気になったのだ。拓斗はいつもふざけているが頭は良い。学年順位で常に自分に迫っているのだからそれは疑っていない。

 

 最も涼花本人は拓斗が本気を出せばもっと上に行けるんじゃないのか? とは考えているが。

 

 そんな拓斗が神社に来たのは少し意外だった。

 

 拓斗は涼花の言葉を聞き昨日の口留めでもするのかと思ったから少し意外な気持ちになった。涼花に自分が神社に通い続けるのかを話そうかと思った、が別にあくまでも赤の他人だ。巫女さんには神社に行く理由を話さないといけないなんてジンクスは無い。

 適当に誤魔化そうと思った

 

「3年前、ある人が俺の目の前から消えたんだ……」

 

 だが口から出たのはそんなどこか懺悔に聞こえる声だった。拓斗は何故か思っていた事とは全く反対の言葉を言ってしまった事に口元を抑えてしまった。

 

「……ある人?」

 

「何でもない。気にしないでくれ」

 

 拓斗はそう言って涼花に背を向け黒板を何度も拭く。もう既にピカピカなのにも関わらず拭いている。

 涼花は拓斗にも何か事情があるんだなと思った。本来ならここで話を切る。涼花にだって人に知られたくない事はある。

 それでも3年前というワードが引っかかった。今日はよくあの日の事を思い出す

 

 ★

 

 3年前の夏、涼花は夏休みなのにも関わらず病院のベッドの上にいた。上手く動かない身体、気怠さ、自分の思い通りに身体が動かないことに嫌気がさしていた。

 

 自分を徹底的に排除しようとする継父、余り自分達に干渉しない母親。自分を哀れだと見てくる使用人たち。

 兄に関しては今は酷いことしたと思ってる。

 

 それでも……涼花は彼とやり取りする時間がとても楽しかった。最初は適当に返事を返して時間を潰すだけの人だった。

 だけれども……彼はしつこかった。遠回しに話したくないと言っても次の日にはメッセージが入っている。それは何気ない日常の会話で当時の涼花には眩しかった。

 

『大丈夫、もう慣れちゃったから』

 

 彼が涼花の醜い環境の事を聞き涼花は煩わしくなってそう返した

 

(どうせこの人もそうなんだって言って終わり。頑張れなんて無責任な事を言って何事もなく過ごすのでしょ)

 

 涼花は『頑張れ』という言葉が嫌いだ。

 もう自分はとっくに頑張っているのだ。頑張っても病気は治らない。精神論を振りかざす奴が一番嫌いだ。自分の事を何も知らない癖してそうやって無責任に応援する。

 

 自分は今でも精一杯生きているのだ。これ以上どう頑張れって言うのだ。誰も努力は認めてくれない。頑張っても病気を治せないと言う事に呆れている。

 

 心無い言葉を吐く連中だっている

 

『サボりかよ』

 

『社長出社だぜ』

 

 遅れてきたくて遅れた訳じゃないのに陰で自分の悪口を言う同級生

 

『病気移っちゃう』

 

『いや~!』

 

 そんな事実はないのに面白おかしく誇張して笑うカースト上位の女子共。

 

 泣きたかった

 

 思いっきり泣き喚きたかった。だけどそうすれば自分の弱さをさらけ出す事になるから出来なかった。

 

『大丈夫?』

 

 そう聞いて来てくれた人もいた。だが「大丈夫」と返せば「そうなんだ」と言って寄ってこなくなった。

 事実は逆だ

 

 大丈夫じゃないに決まっている

 

 人は言う、「生きていればいい事がある」

 

 そうだろうよ、周りの奴らは自分を出汁に優越感に浸っているのだから。自分には良い事なんてない

 

 人は言う、「周りを信じろ」

 

 自分を汚いものを見るかのように見てくる人物をどう信じろと

 

 世界のなにもかもが信じれなかった。どうせこの画面の向こうにいる人も自分が大丈夫と言えば身を引くだろう。

 誰も助けてくれない、自分自身すら今を生きたいとは思わなかった。

 

 死にたい、でもそんな勇気はなくて……でも生きたい理由もなかった

 

 だけど

 

『本当にそう思う?』

 

 その言葉を見た瞬間、涼花は血が沸騰する感覚に見舞われた。

 一気に血の気が引いた。呆然とその言葉を見る。

 

『はぁ……はぁ……』

 

 それを見る度に息が荒くなり汗が出てくる

 

 そんな中、自分のスマートフォンが濡れた。

 濡れたと言ってもずぶ濡れではなく

 

『あ……』

 

 その瞳から流れる涙だった

 

『ごめん、妹が熱出したからちょっと出れない』

 

『妹さんを見てあげて』

 

 辛うじてフリップしてそう入力した。しかしその指は震えていた。入力し終わったら涙が……止められなかった。

 

 ──どうして? 

 

 その想いだけが止まらなかった

 

 

 ★

 

 場所は変わらず教室、もう少しで他の生徒も来るであろう時間帯が迫っている。

 今日は日直だから涼花と二人でいても何も思われないはずだがそれでも何だか気が滅入る

 

 そんな事を考えていたら今まで何かを思い出していた美人のクラスメイトがどういう訳か神妙な表情で拓斗に向いた

 

「……ねえ。あなたの妹って」

 

「ん?」

 

 机を揃えていた拓斗は手を止めて既に机で日誌の確認を終わらせた涼花を見返す。

 

 別に妹がいることを知っているのには驚きはない。昨日は妹がお兄ちゃんって言ったりしていたのだ。それが涼花に聞かれただけだろう。

 

 しかしなぜ今妹の話が出るのかが分からなかった。だけど妹の話ならば思いつくのは

 

「は! まさかお前も我が妹の可愛さに気が付いたのか!」

 

「……あなたってシスコンなの?」

 

「寧ろ家族が好きじゃない人は……」

 

 いるのか? と続けようとしたが過去を思い出した。

 家族が嫌いという人がいた

 自分はその人の為に何をしてあげられたのだろうか? 

 

「氷火君?」

 

 涼花の声で我に返った

 

「いや、悪い。それで俺の妹がどうしたって?」

 

「その……あなたの妹ってもしかして」

 

 身体が弱かったりする? と言おうとした。嘗ての想い人の妹が病気がちだったというのを覚えていたからだ。

 別に本気で氷火が件の男だとは思っていない。ただ何となく……その筈だ。少なくとも本人はそのつもりだ

 

「おはよう!」

 

 しかし涼花の問は大智の元気のよい挨拶によって頓挫した。

 

「おう、おはよう大智。早いな」

 

「朝練が早く終わって……な?」

 

 大智はそこで拓斗と涼花を見比べた。そして徐々に大智はビクビクし始めた。拓斗自身は疑問符を浮かべている表情だったがその正体は後ろで質問の邪魔をされて眉を引きつらせている涼花を見たからだ。

 

 一世一代の勇気を振り絞った気でいる涼花、それを遮った大智。2人に挟まれている拓斗は何となく寒くなったと思った

 

「あれー大智、何か俺の背後がとても寒くなったんだけど」

 

 大智の顔を見て何かを察した拓斗は飛び切りの笑顔を見せていた。

 

(何でそんなに笑顔なんだよ──!!)

 

 結局この日は極小のブリザードが吹き荒れていた

 

 

 

 



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俺は何もやっていねえ!

 龍神学園、国内最高峰の学園。それ故に定期考査の難易度も普通の進学校より高く何人かは成績が足りなくて留年、又はどこかに転入して去る事は珍しい事ではない。

 実際拓斗の中学時代にはちらほらといた。寧ろその逆で涼花のように転入してくることの方が珍しいのだ。

 

 そしてその定期考査……中間考査が迫っていた。

 

 この時期になると生徒達は大会が近い部活以外は勉学に励むものが多い。拓斗自身も最近はバイトを無しにして勉強する事が増えている。

 

 拓斗は特待生維持の為に上位に入らなければならない。そうしなければ特待生を打ち切られ公立の高校に行かなければならない。

 それはここで出会った親友達との別れを意味している。今、拓斗がテストの上位にいるのは家計の為というのとここでの出会いを消させないためだ。

 

「もう少しで中間考査だな」

 

 大智がおかずを噛みしめ嫌そうな顔をしながら呟いた。その呟きは何時ものトリオで昼食を取っている拓也にも力也にも聞こえていた。

 

 ついでに言うなら珍しく教室でお弁当を食べている涼花にも届いていた。淑女らしく丁寧に食べる姿は正にお嬢様だ。教室のあちこちから感嘆の声が聞こえる。それだけ様になっているのだ。

 涼花はその中間考査を聞き拓斗を見る。最も拓斗自身は涼花に背を向けているのでその表情を伺う事は出来ない。

 涼花は兄からある提案というか情報を貰っているので今回のテストで拓斗には点を取ってもらいたい。

 

 今彼はどんな顔をしているのだろうか? それが涼花には気になり次の授業の準備を取りに行くと見せかけて覗いた

 

 その拓斗の表情は

 

(マジで何で定期考査なんてあるんだ)

 

 超面倒くさそうな顔をしていた。それも外野から見ても明らかなほどに。涼花がそれを見て一瞬イラっとした表情になった。

 

(──! 今なんか寒気がした)

 

 実際拓斗からしたら定期考査は面倒くさいものだ。何故まとまった時間を使ってテストしなければならないのだ。

 

 その為にバイトを休まなければならず(拓斗も体力お化けではない)その分給料が少なくなる。理解度を測るためのテストと言ってもそんなもの普段からしっかりと勉強している自分からしたら毎日コツコツと復習していけば定着しているしテストする意味が分からなかった。

 

 テストしたからテスト以降もそれを出来る訳では無い。復習を忘れたらすぐに忘れるしそれではテストなんて意味はない……それが拓斗の持論だ。

 

 涼花はロッカーから教科書を持って帰って来た時も拓斗はまだ面倒くさそうにしていた。

 しかし涼花は知っている。拓斗はやればできる奴だと、何時ものテストの結果がそれを示している。それなのに面倒くさそうにしてる拓斗に対して苛立ちが溜まる。

 

 そんな時、ガラガラと教室のドアが開かれクラスの視線がドアに向かう。涼花自身は別に興味なかったので椅子に座って準備をしようとしたがクラスメイトがざわついていると感じドアの方を見ると

 

「あ……」

 

 涼花の視線の先では我が兄がいた。兄は自分に笑顔で手を上げクラスメイトの視線が涼花にも集まる。余り似ていないがこの二人は正真正銘兄妹でありこのクラスにもそれを知っている人は大半だ。

 

 兄の目的は自分だと……というよりも1学年上の兄が1年のこの教室に来る目的は自分以外に考えられなかったからだ。……よく考えたらその可能性はないと分かるのだが。

 

 実際、優輝は涼花に手を突き出し立ち上がろうとしていた涼花を止める

 

「すまない、氷火拓斗君はいるかな?」

 

「ぶっ!」

 

 いきなりの指名に拓斗は口に頬張っていたおかずを吹きそうになり咄嗟に口に手を当てて阻止した。しかし下品な音は涼花にしっかりと届いており拓斗を嫌そうな眼で見ていた。

 

 そんな涼花の視線を幸か不幸か見ることなく拓斗は優輝を見る

 

「俺ですが……」

 

 ハンカチで口元を吹きながら答えた。優輝はまだ拓斗がお昼中なのを見て申し訳なさそうに言った

 

「すまない。お昼が終わったら生徒会室まで来てくれるかな?」

 

 いきなりの生徒会招集命令にクラスがざわつく。生徒会長自らクラスに来てただの生徒(拓斗は特待生と明かしていないため)を呼ぶなんて何事だと思うのも無理はない。

 拓斗はそれを煩わしそうに見ながら優輝を見据える。

 

(……凄い体格だな。 華奢な体の三月と正反対、この人を構成する圧力と密度が半端ない)

 

 一見、物腰が柔らかく見えるし実際柔らかいだろう。それでも隠しきれていない圧力、それに拓斗は素直に「男らしい人だな」と思った。

 

 それと同時に本当に涼花と兄妹なのか疑問に思ったのはしょうがない。それだけ似ていないのだ。……目元を見れば何となく似ていると思ったが

 

 拓斗はそんな優輝がなんの用で自分を呼んだのか気になった

 

「分かりました。食べ終えたら行きます」

 

 それに満足そうに頷き一回涼花を見た後に優輝は去った。

 

 拓斗は親友達から何をやらかしたんだ? とか聞かれながらも自分は何もやっていないと弁解して急いで残りの弁当を口に頬張った。

 

 待たせるのが罪悪感があるというのと昼休みも無限にある訳じゃないのでなるべく早く用事を終わらせようと思ったのだ。

 

 そして弁当を食べ終えたら机を元に戻しさあ行こう! ……と思ってドアまで行くと何か視線を感じて後ろを見ると涼花が自分をガン見していた。

 いやガン見というのは生温い。寧ろ睨んでる。超睨んでる。

 

(俺何もやってないぞ!?)

 

 え、なにあの視線怖いなんてものじゃない。俺を殺せるんじゃないかと思う程睨んでる。まるで俺は獲物になってしまってあいつはトラにでもなったのかと思った。

 取り合えず俺に出来る事

 

「じゃ……じゃあ行ってくるな」

 

 気が付かなかったふりをして拓斗から見て手前の親友達にそう言ってナチュラルに脱出する事だった。親友達も拓斗の引きつった様相を見て何かを察したのか涼花の方を見ずに手を振り返した。

 

 涼花は昼休み中正体不明の絶対零度を放っていたという。因みに睨んでいたのは拓斗が兄と何を話すのかが気になって意図せずに睨んでただけだ。

 

(あいつ何で俺を睨むんだ?)

 

 涼花が自分を睨んできた理由が全く分からない。あの日直の日からまた涼花と関わる事はほぼ無くなった言ってもいい。

 

 だから何か不快にさせる事はやっていないはずだ。あれからカードゲームも涼花がいない時に出したりしているから問題ない筈。

 

(全く分からねえ……は! まさか!)

 

 何かに気が付いた拓斗は正に青天の霹靂と言った表情をした。それは涼花について一つ気が付いてしまった事があるからだ。

 そう、それは……

 

「まさかあいつとんでもない程のブラコンじゃないのか?」

 

 違う

 

「だから俺がお兄さんと話すのが気に食わないのか!?」

 

 それも違う

 

「俺は……あいつに悪い事をしたな。大好きな兄貴が他の男と話す所なんて想像したくないだろうに」

 

 何を言っているこの男

 

「……後でお詫びにオレンジストロベリーパイナップルジュースでも奢ってやるか」

 

 素直にフルーツジュースと言え

 

 一人で謎の葛藤をしながら拓斗は生徒会室に歩いて行った

 



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俺が生徒会なんて2万年早いぜ!

 これは拓斗の実体験なのだが人は誰かに対して「これをやるなよ……絶対にやるなよ」と祈っていたらその反対の出来事が良く起こる事なんてないだろうか? 

 

 言葉では分かりづらい。

 例えば、授業中に教師が生徒に当てるような人だとしよう。その人が誰かに問題を答えてもらおうと辺りを見渡された経験はないだろうか? 

 その際、よほど向上心がある人以外は「当てるな、当てるなよ」と祈っている人が大半ではないだろうか? 

 

 拓斗にもある。しかし、拓斗はそうなった時に当てられなかった記憶がない。つまりそう祈った暁には必ずと言っていい程当たってしまうのだ。

 

 他の例としてはカードゲームだろう。後一歩という所で相手が逆転の切り札を翳したった一枚のカードが大番狂わせを起こすなんてことがよくある。

 

 拓斗自身もされたことあるし自分も経験している。あの時はとてつもない快感を味わったものだ。逆転した瞬間、自分の脳内にアドレナリンを大量に分泌したと分かるほど高揚感が当時の拓斗にはあった。

 

 ただし反対の立場の時は「あ──っ!!」とその切り札に絶望するのだが。その時は次にどうその切り札を凌げるか、それを考えるのが楽しい。

 

 話が脱線したが何を言いたいのかというと……言葉のしっぺ返しには気を付けようと言う事だ。

 さて、この物語の主人公拓斗は他の教室とは一線を画している生徒会室の前にまで来て……

 

(面倒くさくならないように面倒くさくならないように面倒くさくならないように……etc)

 

 全力で祈っていた。今までの経験から言ってそんな事を祈った暁には面倒くさくなるのなんて分かり切っているのにも関わらず拓斗はまるで懲りていなかった! 

 

 永遠とドア前で待つわけにもいかないので面倒くさい事はやめろオーラを全開にしながらコンコンとノックする。

 

「入ってくれ」

 

 中から先程の豪快そうな男の声が聞こえ一末の不安を抱きながら拓斗は少し思い扉を開けた。

 

「失礼します」

 

 拓斗が中に入りながらサッと辺りを見渡す。手前には大きな机が鎮座しておりピカピカになっていた。そしてその更に奥にはこの高校のヒエラルキー最上位に君臨する生徒会長の机がまるでどこかの大ボスのような感じであった。

 

 その存在感は優輝の存在感自体も合わさり何とも言えない迫力がある。そしてその生徒会長の机に座って何やらタブレットをいじっていたらしいが拓斗を見るとそのまま立ち上がった

 

「よく来てくれた。そこの椅子に腰を掛けてくれ」

 

 拓斗はその言葉を受け何だか高そうな椅子に何となく「失礼します……」と言いながら腰を下ろした。

 そして生徒会長の方を見ると自身の反対側に先程まで見ていたタブレットを置き簡単なキッチンに向かう

 

(というかキッチンがあるんだな)

 

 と自分の学校が金を費やしている所をまじまじと見る。しかし別に文句はない。特待生としてここに通わせてもらっている以上、それなりに学校には恩を感じてるからだ。

 その為には中間考査も不本意ながら頑張らなければならない。

 

 もしかしたら毎回赤点ギリギリか赤点を取ってしまう事がままある大智の勉強も見なければならないかもしれない。部活に力を入れるのは良い事だが勉強しない理由にはならない。ただ、この学校に入っているだけあって地頭は良いのでマシっちゃマシだが。

 

 閑話休題

 

 目の前では小さい冷蔵庫から何やら取り出しカチャカチャと何かを作っている。その仕草は男なのだがよく見ると偶に涼花に重なって見える。

 体格が大きい男故に華麗さは全くないが垣間見える育ちの良さは涼花を彷彿とさせた。

 

(……確かにこれは兄妹だな)

 

 そして元々準備してただろう小鍋に入れて火をかける。その間に世間話を振って来た

 

「高校生活は慣れたかな?」

 

 その声は涼花の斬撃よりずっと柔らかく好感が持てた。ずっとあの冷たい声しか聴いてないから血縁者からちゃんと優しい声が出せると知ってひそかに希望が持てた。

 何時かこんな優しい声の涼花の声を聞いてみたいなとか思った拓斗なのであった。

 

「そうですね、まあ特に中学と変わらないですよ」

 

 拓斗のクラスには中学からエレベータ式に上がってきた人が多いので新しいコミュニティもそんなに出来た訳じゃない。

 他のクラスには自分のおい立ちを盾にして威張ってる人もいるらしいが拓斗のクラスにはおらず、寧ろ割と団結力がある。

 

 その団結力が行使された日、涼花にカードゲームを没収された日は忘れないだろう。

 

「強いて言うならバイトが楽しいとかそんなところでしょうか」

 

 拓斗は一応先手を打っといた。何を話そうとしているのかは知らないがそれが放課後の時間も使うような厄介事ならバイトあるから出来ませんよ、という意味で。

 優輝はそれに気が付いて口元を笑みに変えた

 

(涼花の隣にずっと入れられるだけあって根性があるようだな)

 

 涼花の性格やその冷たさは兄なので知っている。嘗ては自分ですらそんな冷たさを全開に当てられたことがあるのだ。

 その時のメンタルブレイクは割と忘れられない。そんな涼花の隣の席にずっと居座っている拓斗の印象を少々上げた。

 

 優輝は客観的に見て大男の部類に入る。それ故にその圧力は並大抵ではなく背中越しと言えどその胆力は見事だと言えた。

 

「そうか。流石に全国大会常連ともなれば人気者なのか?」

 

 だから優輝も軽いジョブを当てることにする。

 遠回しに自分は少しはお前の事を知っているぞという意味で。拓斗は優輝の言葉で一瞬ぴくっとしたが直ぐに落ち着きを取り戻した。

 

 相手は生徒会長、自分が出したアルバイト許可届も眼を通しただろうし拓斗自身の事は検索すればカード業界ではニュースに乗っていることが多いからだ。

 

「ええ。おかげさまでバイト中は引っ張りだこになる事が多いですね」

 

 自分で言っていたら自惚れているように聞こえるかもしれないが人気者なのは確かだし問題は無い。これも拓斗からしたらカウンターの気だ。

 人気者だから話の内容に沿えるかは分かりませんよ? という意味で。

 

「そうか……」

 

 優輝は一旦降参して鍋の中の飲み物をそれぞれのコップに注いだ。そして鍋を水に漬けコップを二つ持ってくる。

 一つは拓斗の前に、もう一つは自分のタブレットの隣に置き自身も椅子に座った。

 

 拓斗の眼の間には真っ赤なドリンクが置かれていた。見たこともないそのドリンクをまじまじと見る。

 

「それはコンポートというロシアの飲み物でな。中々に美味しいぞ」

 

 そう言って見本を見せるようにコンポートを掲げ飲んで見せる。その姿は単純に飲み物を飲む人で何だか面白い。

 拓斗もそれを見て口をつけてみる。そうすると甘酸っぱい味が口いっぱいに広がっていき素直に美味しいと思った。

 

「……ロシアにはこういうのがあるんですね」

 

「涼花が特に好きでな。あいつが生徒会に来てからは冷蔵庫には材料がストックされている」

 

 コンポートの材料は冷凍ベリーと砂糖に水、そしてレモン汁だ。

 その内冷凍ベリーが冷蔵庫に常備されている。何だかんだ他の生徒会のメンバーも好き嫌いが分かれるこの飲み物を気に入っているので冷蔵庫に常備されているのは特に気にしていない。

 

「へえ……あいつロシアの飲み物好きだったのか……あ」

 

 つい涼花の事を「あいつ」呼ばわりして兄に向けて失礼と思ってしまった。しかし優輝を見てみると特に気にしてなさげな表情でコンポートに口を付けている。

 そしてそれを証明するかのようにコップをゆっくりと置き拓斗に言った

 

「そうだな。まあ俺やあいつのルーツになる場所だから何かを感じるんだろう」

 

「??」

 

 拓斗は思わず頭上に? を掲げた。何故ならどうして優輝や涼花のルーツがロシアになるのだろうかと思ったのだ。

 そんな拓斗を見て優輝は少し面を喰らった顔になる

 

「なんだ。あいつから聞いて無いのか?」

 

「……何がですか?」

 

「俺と涼花の祖先にはロシア人がいるんだ。俺を見ているとそんな風に思わないかもしれんが涼花にはそんな影が見えると思うが?」

 

 そう言われてみれば確かにあの綺麗な髪色や瞳に納得いった。如何せん、目の前の男が涼花と違って黒髪黒目なので日本人だけど突然変異的な何かが涼花なのだろうと思っていたがどうやらロシア人の血が入っているのであんな姿になったようだ。

 

「……隔世遺伝どころではないですね」

 

 隔世遺伝とは祖父母から孫に遺伝的に受け継がれた遺伝子の事を言う。

 しかし優輝はそのロシア人の事を祖先と表現したので少なくとも祖父母ではない。その前の代にいた人の事だろう。

 

「そうだな。そういう訳で涼花は自分の容姿にロシアを感じるからかロシアの文化には強いんだ」

 

 そうなると今度はなぜ巫女さんをやっていたのか気になる所だが流石にそこまで教えてはくれないだろう。そもそもそこまで聞いたら自分が涼花に気があると勘違いされてしまう。

 

「さて、それじゃあすまないが本題に入らせてもらおうか」

 

 少し気を引き締めるように一度椅子に座りなおしコップを机に置いた。

 拓斗もそれを敏感に感じたのか一度座りなおした。優輝は再びどこぞの総帥の様に腕を組み拓斗を見据えた。

 

「小細工は無しで行こう。単刀直入に言わせてもらう。生徒会に入る気はないか?」

 

 総帥ポーズのおかげで優輝の圧力が増す。涼花相手にこれをすればただのシスコン兄貴に見えるがあれは家族だから成り立つのであって拓斗のような第三者から見たら一瞬頷いてしまいそうになってしまう。

 拓斗はそのプレッシャーに身体をこわばらせる。しかし、先程の胆力を持って聞き返した

 

「……どうして俺なんですか?」

 

 当然来る質問だと思ったのだろう、優輝は狼狽える事もなく淡々と話した

 

「ここの生徒会は会長のみ選挙で選出され他は会長、つまり俺が生徒会に相応しいと思った人を信任することになっている」

 

 そしてその眼付きの悪い……言い換えれば男らしい眼光を持って拓斗を見定めるように見回す。

 

「そして……俺は君が生徒会に相応しい人物だと判断した」

 

 優輝の眼が光ると錯覚するほどの眼光! 

 それを受けた拓斗は

 

「……俺はそんな大層な者ではありませんよ。ヴァンガードでしか威張れない男です。他を当たってください」

 

 颯爽と断った! 

 

 拓斗がそう言ったのは半分は本当で半分は嘘である。残りの半分は面倒くさいからだ。バイトの事もあるし生徒会に入れば自分の時間が少なくなるではないか。

 そして……涼花と一緒に仕事なんて御免だと思っている。あの日から何だか気まずくなっている。生徒会に入って更に気まずくなるようなことはクラスの精神衛生上避けたい。少なくとも自分のせいでそうはなりたくない。

 だからこその断り、何も問題は無い! 

 

「だが断る!」

 

「……ええ」

 

 あっけにとられたように呟く。こんな大男からそんなジョ●ョの言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。

 優輝は今度は腕を組みながら拓斗が生徒会に相応しいのか話し始めた

 

「先ず、君は自分で思っている以上に大層な男だ。ここに特待生として入学している時点でな」

 

 やはりというかそこから攻めて来たかと拓斗は思った。

 生徒会長なのだから自分が特待生かどうかは頑張ったら直ぐに分かるだろう。まさか涼花の隣の席にいるからと言って詳しく調べようとか思ったわけじゃあるまい! 

 

 しかし拓斗にも一応反論がある

 

「特待生だからと言って生徒会に入る理由にはならないはずでは? そもそも特待生の俺が妹さんに負けている時点でそんなもの在学中の称号に過ぎません」

 

 そう、拓斗は一応学年順位は常に上位にいるが涼花が転入してからは一度も勝った事が無い。

 そしてそれを涼花の兄である優輝が知らないはずないだろうと思ったのだ。

 

 実際優輝は涼花の学年順位を把握している。そして拓斗の順位も。拓斗の順位は涼花の後ろをついているくらいだ。

 

 もとより1位以外普段は目立たないので拓斗も学校生活は平和なのである。そんな所に生徒会に入ってしまえば大なり小なり目立ってしまう。

 それは何となく避けたいなと思う拓斗なのである。

 

「そして……君は人を惹きつけるものを持っている」

 

「俺がですか? それは無いと思いますよ」

 

 自分自身の事は自分が一番分かっている。自分はそんなに人を惹きつけていないし普通の学校生活を送って来ただけの自分にそんなものがあるとは思えない。

 

 だが優輝はそれこそが間違いだと言いたげに拓斗を見据える。

 

「君が気が付いていないだけさ。実は君には黙ってバイト中の君を調査したんだ」

 

 それには流石の拓斗もビクッとする。全く気が付かなかったのもあるが何故たかが一般生徒の自分を調査したのかが分からないからだ。

 

 いや、もうそれ自体は1万歩譲って良いとしよう。問題はこの会長だけが調査に乗り出したのか生徒会総出で調査したのか、或いはもっと別の何かで調査したのかが今の拓斗には気になる。

 

「君は余り見ないかもしれないがタッチのレビューが最近更に良くなっている。そしてその内容だが……」

 

 そこで自分のタブレットを拓斗に見せる。本当は見る義理などないのだがつい流れで目に入れてしまった。

 そこにはお店の評価がされているページがあった。そして既にページにはタッチが看板と共に出ていた。優輝の言う通りタッチのレビューには色々書かれていた。

 

「恐らくこれは君のおかげでもあると思うが?」

 

 優輝が指さした所にはこんなレビューが書かれていた

 

『家の子がよくこのお店に行っています。何時もは宿題を終わらせてから行きなさいと言っているんですが最近は宿題を終わらせて帰ってきます。

 いきなり宿題をきちんとしてくるようになったので理由を聞いてみれば店員さんが業務と関係ない勉強を凄く分かりやすく教えてくれるからあそこで勉強するのは楽しいと言って家でも勉強をするようになりました。

 まだ成績が伸びたかどうかは分からないですが子供を変えてくれたのは確かなのでレビューさせて頂きました』

 

 ……確かにバイト先で勉強を教える時、皆凄い真剣に聞いてくれるなと思っていたがまさかそんなに好評だったとは思わなかった。

 自分は店長に言った通り店長にされてきたことを他の子供達につないでいただけでそんなに凄い事をやっている自覚は無かった。

 

 優輝はタブレットを自分の方に引き戻した

 

「それに、君を調査した人間も君を褒めていたよ。あれだけ人に尽くせる人は中々いないとね」

 

「……何だか裏の世界を見てしまった気がするんですが」

 

「安心しろ。至って表の世界だ」

 

 真面目くさった表情で言った。拓斗の内心は「本当か?」とか思っていたが言うタイミングを逃してしまったので聞くのは諦めた。

 しかし拓斗が断ろうとする理由はまだある

 

「仮に入ったとしてもそれこそ勉強の時間が無くなるじゃないですか。まさかバイトをやめろなんて言わないですよね?」

 

 この龍神学園ではバイトは無断ですること自体は禁止されているが拓斗の様にバイト許可届を出せばよっぽどのことをやらかさない限り受理される。

 

 つまり拓斗のバイト許可届は生徒会の権限ではなく学校の権限で受理されたので流石に会長の一声だけでどうこう出来るものではない。

 

 そして拓斗はバイトをやめたくない。何が悲しくてバイトを始めて2カ月でやめなければならないのだ。

 

 勉学にしてもそうで拓斗とて何もしなければ学年順位なんてあっという間に落ちてしまう。だから不本意ながらテスト勉強には力を入れているしその分時間も無くなる。

 学年順位が下がれば特待生なんて称号は剥奪され自分は他の公立高校に転校せざるを得ない。働くという選択肢もあるが母親からは「絶対に大学にまで行かせてあげるから」と泣いて言われ、母親と妹の涙には弱い拓斗は頷かざる負えなかったのだ。

 

「勿論そんな事は言わないさ。生徒がやりたいことをあれこれ禁止にするのは逆に学校の風紀が乱れる」

 

 優輝もそんな事をさせるつもりは毛頭になかった。

 何故なら、拓斗の調査をする過程である程度拓斗の家の経済事情も知っているからだ。最もそこまで言ったら調査どころかストーカー? となってしまうので口には出さないが。

 

「だが……君にも生徒会に入るメリットがある」

 

 そこで優輝は指を一本立てた

 

「一つ目、この高校……いや学園のブランドは先人達がこの国を引っ張るような人達が多いから成り立つ。テレビで見ないような人達も含めてな」

 

 龍神学園のブランド力は他の学園とは一線を画していると言ってもいい。政財界や産業分野、そしてスポーツの分野などのありとあらゆる分野を牽引する人が多く在籍していた。

 

「だからこの学園の生徒会にいたという事実だけでも大学進学に大きいアドバンテージを得ることが出来る」

 

 そんなハイスクール学園の生徒会にいたという事実は客観的にその人の有能さが示されており、大学の推薦入試などには無類の切り札になる。

 優輝のような生徒会長ならば更にその先の領域……海外の大学も夢ではない。それが優輝が拓斗に示せるメリットの一つ

 

「そしてもう一つは……」

 

 そこで声を潜め身を乗り出した。優輝はそこで内緒話をするような感覚で続ける

 

「これは公表されていないんだが……実は特待生が生徒会に入っている間の任期中はある程度学年順位が下がっても特待生剥奪は大目に見てくれることが多いんだ」

 

「え?」

 

 それは本当に初耳だ。特待生なんてほんの一握りしかいないが確かにこれは内緒話の部類だろう。

 この話は本当にその通りで生徒会は入った暁には時期にもよるが忙しくなる。それに特待生が学校に尽くしてくれるのは学校としても助かるので例外的にこのような処置がとられる。極端に順位が落ちれば流石に特待生は剥奪されるが少し程度なら剥奪のラインが低くなる。

 

 ……まあ確かにそれだけ聞いていれば魅力的なメリットだろう。だがそれでも拓斗は難しい顔をしていた。

 その理由は言い換えれば生徒会に入る事で大目に見てくれることもあるが逆に業務が激しいと言う事にも聞こえるからだ。

 

 優輝も拓斗が難しい顔をしているのを見て態勢を取り直した。

 

「今、即決する必要はない。俺としてはその方が有難いが君にも君の考えがあるだろう。入らないという選択肢を選んでも俺達生徒会が君を恨むことは無い。ゆっくりと考えてくれ」

 

 話は以上だ、と言って拓斗を見据える。拓斗は先程の難しそうな、そして2割程面倒くさいオーラを出していた。

 そして互いに無言の時間を5分程過ごし昼休みも終わりの時間が迫っていた。拓斗も不意に見た時計を見た。

 

「すいません。今日は戻ります」

 

「ああ。もしその気があるのならここに来るか涼花に言ってくれ」

 

「いや……三月に言うのはちょっと……って……あ」

 

 今目の前にいるのも三月だった。と言う事に気が付き思わず口を開けた

 優輝も拓斗が思った事が分かったのかふっと微笑み言った

 

「俺の事は会長か優輝で良い。妹と区別がつかないだろうしな」

 

 最も……と何やらニヤニヤして爆弾発言(拓斗目線から見たら)をした

 

「君が妹の事を名前で呼ぶのなら俺を名字呼びしても分かるが?」

 

「……勘弁してください。三月を名前呼びなんかした時には教室にブリザードが吹き荒れますよ」

 

 心底疲れたと言った表情をしながら拓斗は生徒会室を出て行った。まあ今のは優輝もからかうつもりでやったのでどっちもどっちだが。

 

 しかし拓斗が生徒会室から出て行った後も優輝は拓斗が出て行ったドアを見ていた。その瞳は先程のようなおっちゃけられた瞳ではなく真剣なまなざしだった。

 

 そしてその手にあるタブレットには拓斗とある人物のDNA検査の結果が示されていた。

 

 

 

 

 

 



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これがこのクラス初の喧嘩か~…冗談じゃない!

前回言い忘れてましたがここの世界で言う「カードゲーム」はヴァンガードにします。ヴァンガード自体は作者がやっていたらからです。

ヴァンガードにはしますが物語上ルールとか覚えなくていいです。そういうものがあるんだな程度で充分です。ずっとカードゲームでは語呂が悪いので固定します


 次の中間考査が終われば夏になる。それを証明するかのように少し最近は日差しが強くなっている。拓斗自身は日焼けなど気にしないが女子は大変だなと思っている。

 まあそもそも日焼け止めを買うお金があるのなら別の事に使う。それこそ妹に美味しいものを食べさせるとか。

 

 拓斗の行動原理は半分以上は蒼葉によって動いている。可愛い妹で家族、決して重度のシスコンではない。そもそも家族が家族を気遣って何が悪いのだとなる。

 

 ……その想いは例えこの学校をやめることになっても絶対に捨てない。

 

「ま、そんな事はないだろ」

 

 妹が学校よりも大事なのは否定しないが実際問題そんな事は起きないだろう。最近の蒼葉は体調が安定してきているし。

 それにその妹ほどではないが親友達も大事だ。拓斗の中の公式は妹・母≧親友達・店長≧クラスメイトである。

 

 何故いきなりそんな事を思うようになったのか? それは自分の行動原理を見直すためだ。

 先程、優輝から生徒会に誘われ保留にした。

 

 いや、はっきりと言っていいのならもう8割以上は断るつもりだ。

 

 確かに大学の推薦で無類の強さを誇る切り札を持てるのも特待生維持のハードルが下がるのも嬉しい特典だろう。

 だが、そんな特典が付いているからにはそれ相応に忙しいと言う事だろう。でも考える事が自分の事だけなら多分即決していたかもしれない。別に生徒会長をやろうという訳じゃないのだ。末席位なら……と思ったのも事実だったりする。

 

 しかし8割以上も断るという思考が埋まっているのにはやはり妹の事があった。病弱な妹はいつ体調を崩しても可笑しくない。

 バイトには入っているが今はそれだけではっきりと言って精一杯だ。そんな中途半端な状態で行って迷惑をかける訳にはいかない。

 

 それが拓斗が出した結論だった。生徒会室から教室に戻るまで約5分の思考だ。少しあの妹と違って良い人そうな生徒会長に断るのは罪悪感があるが家庭の事情と言えば仕方なく諦めてくれるだろう。

 

 拓斗が教室の扉を開こうとした瞬間、反射的にその扉を閉じてしまった。

 

「な……なんだ?」

 

 さあ教室に入って授業の準備をしようとのほほんと開けた瞬間、教室の中の気温が心なしか冷たくて思わず扉を閉じてしまった。

 

 だがもう直ぐ昼休みは終わる。こんな所で止まるのはよくない。

 

 そう思って今度こそゆっくりと扉を開けた。それと同時に叫び声が聞こえた

 

「貴方のせいで氷火君の順位が上がらないのでしょ!?」

 

 その何時もの冷たい声ではなく、叫び声に近い声の持ち主は他でもない涼花だった。

 涼花の表情は正に怒りに包まれていた。チラリと他のクラスメイト達を見ると皆ビビッて教室の端に避難している。そこからは何故か拓斗を救世主のように見ている人が沢山いた。

 

 そして、涼花が怒鳴っている相手は力也と大智だった

 

「拓斗が直接言うなら良いが」

 

「何故貴方にそんな事を言われないとダメなんだ!」

 

 基本的に理知的な力也が珍しく感情を露にしている。

 

 それに何故か分からない拓斗は戸惑う。

 

 それでも、自分の名前が飛び出してきたのを聞いて何がどうなっているのかよく分からないが自分が止めるべきだと判断した。

 

 今にも一触即発と言った3人の間に飛び出した

 

「ちょ、ちょっと3人とも落ち着け!」

 

「……氷火君」

 

「「拓斗」」

 

 何故か喧嘩の原因になっていた本人が戻って来たので3人は一回止まった。拓斗はもう面倒くさい事になっているとしか分からないが話を聞くしかない。

 

 親友組を見るとどちらも普段は涼花には関わらないようにしている。大智なんて大分涼花を怖がっていた気がするが今はどう見ても反対の感情を持って涼花に迫っていた。

 

 この二人がここまで言い争う理由に皆目見当も付かなかった。

 

「ま……先ずは何があったのか聞かせてくれ」

 

 拓斗がそう言うと少し気まずいのか大智は眼を逸らした。涼花は許より相手の口から言わせるみたいなのかその視線は揺るがない。

 

 残りは消去法で力也になる。

 

 力也は拓斗の考えていることが分かったのか少し深呼吸して何があったのか語りだした。

 



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これが俺の赤点回避法だーッ!…何か背後から寒気が…

 拓斗が急遽生徒会室に呼ばれ涼花についてあれこれ考えながら向かったのを見届け、拓斗の親友2人と涼花は平常運転に戻った。

 

 少なくとも見た目は。涼花に関してはイライラが体を支配していた。実はこの後、涼花も拓斗に話しかけようと思っていたのだ。

 それを兄に意図せず邪魔をされて思わずイライラゲージが溜まった。涼花が拓斗に話しかけようとした理由、

 

 それは中間考査についてだ。

 

『中間考査等の今までの定期考査での結果によっては十分生徒会には誰でも入れるだろう。中等部からのエレベータ式に上がっている奴は特にな』

 

 兄が生徒会に入る条件みたいなものを教えてくれた。ある日の2人だけの生徒会業務をしていた時の事だ。

 

 ここ最近、涼花と一緒に仕事をしたいが為にクラスの垣根を越えて「俺、生徒会に入ります!」みたいな輩が増えて来たのだ。

 

 確かに生徒会に入ればクラスが違う故に接点を余り持てなかった涼花との関係も築ける……と言葉の裏には甘い関係を持ちたいと打算する輩もいる。

 

 そんな欲望だらけの輩の眼を見れば涼花からしたら中途半端に来るのはやめろ……となった。それをやめてほしいからどうしたら良いのかを兄に相談した結果テストの点数で見極める……という事を言われた。

 

 勿論そんな輩には「中途半端になるのなら来ないで」とは言ったが怖いもの知らずなのかただのバカなのか「絶対に中途半端にはなりません!」と清々しい程のスマイルで言ってきた。

 

 そういう欲望が出た人が何人も来て涼花は辟易した。

 

 そこで拓斗の事を思い浮かべた。そんな中途半端な人が来るくらいなら拓斗に生徒会に入ってほしい。拓斗自身はどう思っているのか知らないが涼花自身はそんな拓斗に悪感情を持っている訳じゃない。

 

 拓斗は例え自分でも怖がらずに接するときは接してくれるし学校では唯一日常会話で感情を出せる相手、それに自分の事もいやらしい眼で見ないと分かっているので中途半端な人達を迎えるくらいなら拓斗一人を迎えた方がずっといい。

 

(それに……最近氷火君と喋る機会減っちゃったし)

 

 ……しかし涼花は自分が少しその中途半端な人達と同じ思考をしていることには気が付いていない。

 

 という訳で涼花は何としても拓斗に良い点を取ってもらってその(てい)で堂々と生徒会に加入してくれませんか? と提案(という名の強制)をしようと思っていたのだ。

 

 その計画は兄がいきなり拓斗を連れて行ったことにより頓挫してしまった。

 

 ただ、それは放課後に回せばいいと考え涼花はある事を考えていた。それは……

 

(氷火君って絶対やろうと思えばもっと上に行けるのにどうして順位は変わらないんだろう?)

 

 涼花はスマフォに写っている中学三年の最後に行われた期末テストの結果を見ていた。1位の所には当たり前のように涼花がいるがその5個下には拓斗の名前がある。

 

 その前のテスト結果を見ても拓斗は常に10位以内には入っているが何時も5、6をうろうろしている。これだけ同じ順位を取るのなら少しくらい頑張って順位を上げようとしないのか? 

 

 上があるのなら何故目指さないのかが涼花には気になった。

 

 因みにこの順位の写真は前回の自分の順位を思い出す為に撮っているのであって決して拓斗の点数が気になったからではない。

 

(……何か勉強と関係ない事をしてる?)

 

 拓斗の日常は知らないが拓斗の可能性を信じている以上その可能性を邪魔する何かがあるのではないかと涼花は考えた。

 それは……例えばあのカードゲームとか……

 

(……今度こそ1回没収しといた方がいいかしら。せめてテスト期間が終わるまでは)

 

 自分がとんでもなく自分勝手な事を考えているのには気が付いていない。

 

 ただ、そんなに拓斗の事を考えているが別に恋愛感情は持っていない。

 

「……ダメだ。分からねえ!」

 

 と涼花は隣から発せられた声にチラリと見た。そこには拓斗を除いた2人が教科書を広げて大智が唸っていた。大智の目の前では拓斗の机に座って力也が勉強を教えていた。

 大智の事は中学時代からよくは知らないが普通に進学していると言う事はちゃんと進級試験自体には受かったのだろう。

 

 今回のテストはまだ中学時代に培った知識で少しは何とかなる所がある。数学なんかは特にそうだ。進級試験には受かっているのなら今大智が開いているページの問題は楽に解ける筈だと涼花は思った。

 

「君に勉強を教えていると拓斗の凄さがよく分かるよ」

 

 心底疲れた表情をしながら力也が呟く。

 

 この二人、互いの名前を変えた方がキャラとしてはピッタリである。

 

 大智は名前的にはとても賢そうだが実は逆で毎度のテストで赤点ギリギリ。

 

 力也も名前的には大智の様に運動部にいた方が自然な名前だが部活は科学部だし拓斗には及ばないものの割と学年順位も上の方にいる。

 

(氷火君の凄さ……?)

 

 そこで涼花はその言葉が引っかかった。今の言い方ではまるで普段から大智の勉強を教えているのは……

 

 そこまで思考した時、それが正解だと確定する言葉が大智から放たれた

 

「よーし! 今回も拓斗に付き合ってもらおう」

 

「そうしてくれ。君に教えれるのは拓斗位なものだよ」

 

 ガタッ

 

 その言葉が放たれた時、涼花は拓斗が真に順位を上げられない理由が何か分かった。

 今、隣で会話をしている2人なのだと。

 

「貴方のせいだったのね」

 

 冷たい……とっても冷たい氷の声色で涼花は呟いた。普通なら聴き取れない小さな声だった。

 しかしその声はしっかりと空気を辿り大智と力也の耳に入っていった。それを聞いた2人の背筋が一瞬でビクッと跳ね上がった。

 

 2人して隣の涼花を見ると心の底から軽蔑しているといった眼で二人を……大地を見ていた。

 

 背筋が凍るとはこういう事なのか……

 

 と現実逃避気味に大智は考えた。だがそれは涼花が許さなかった

 

「ねえ、貴方氷火君にテストの度に頼っているの?」

 

 その上から目線の女王様みたいな瞳で大智を見下ろしていた。そこには「嘘は絶対に許さない」と言外に語っていた。

 

「……は、はい」

 

「こいついつも赤点候補なので拓斗がよく勉強を見てるんだよ」

 

 と力也が何故涼花が怒っているのに気が付かず地雷を踏みぬいた

 

「……恥ずかしくないの?」

 

「え?」

 

 何が何だか全く分からない大智はそんな素っ頓狂な返事をしてしまった。それが余計に涼花の怒りのボルテージを引き上げた。

 

「そんなに氷火君に頼って恥ずかしくないのって聞いてるのよ!」

 

「な、何ですかいきなり」

 

 大智からしたら意味が分からないに決まっている。涼花の中で完結しているのだから。

 

「貴方の勉強を見てるから氷火君が自分の勉強を出来ないんでしょ!?」

 

 ……ぶっちゃけ言えば全く否定できない。

 

 大智は中等部からこの学園に通っている。小学時代の受験戦争を勝ち抜いたので昔は割と頭が良かった。それでも拓斗や力也よりかは下だったが毎度赤点候補ではなかった。

 しかし野球部にのめり込むようになって徐々に成績が落ちて行った。

 

 それから大智は拓斗によく教えてもらうようになったのだ。だから……

 

「まあ……そう言えない事もない……かな」

 

 涼花の青筋が一瞬見えた。ゾッとする程の冷気を纏って口を開いた

 

「偶には自分一人でやって見たらどうなの?」

 

「そそそんなことしたら赤点取っちまうよ!」

 

「そんなの貴方が普段から勉強していれば何も問題ないじゃない! 貴方のせいで氷火君の順位が上がらないのよ!」

 

 その言い方では完全に敵に塩を送っている言い方だが涼花もどうせなら拓斗と生徒会の仕事をしたい。他の自分目当ての人が来るくらいならば拓斗に生徒会に来てほしい。

 

 だが、これは大智と拓斗が決める問題なのであって涼花は関係ない。力也は何だかんだで親友を助けるために動いた

 

「三月さん、何故そこまで怒ってるんですか?」

 

「貴方は黙ってて。今貴方は関係ないわ」

 

 あくまでも自分は大智と話しているのだと涼花は言う。しかしそれではいそうですかと離れる程力也は薄情じゃない。

 

 この前拓斗を見捨てたのは気のせいだ。

 

「そういう訳にはいかない。こんな奴でも僕の……僕達の友達だ。貴方こそ、いきなり人の話に入ってきて挙句人の事をどうこう言うのは可笑しいんじゃないですか?」

 

 あくまでも大智と拓斗が勉強を一緒にするのは2人の勝手なのであってそこに涼花が入る余地はないと力也は言う。

 しかし涼花は心底くだらないと言った表情で……

 

「何よ友達って……虫唾が走るわ! そんな形のないものに何の意味があるの!?」

 

 涼花は過去、病弱な体のせいで余り上手く動けなかった。学校に行ったとしてもそれは余り変わらなかった。

 それでも自分と喋ってくれる人はいた。それだけではなく動けなかった時は手伝ってくれた。

 

 でも

 

『ごめん、もう涼花ちゃんに付き合えない』

 

 そう言われてその人達は離れて行った。

 それがショックで入院しても誰もお見舞いに来なかった。だから悟った。友達なんて何も形にならないものは幻想なのだと。

 

 ”友達”も”絆”なんてものはこの世界には存在しないと。何故なら、所詮そんな関係を謡っている人達は結局は赤の他人なのだ。

 

 だから涼花が信じるものはただ利害の一致で出来る信頼関係のみ。その利害すら一致しなくなったらその人を信用なんかしないと涼花は決めている。

 

「……」

 

 流石の力也も呆気にとられた。そこから攻めてくるとは斜め上過ぎた。それで味を占めたのか涼花が畳みかける

 

「結局は赤の他人じゃない! いざとなったら見捨てるのにそんなこと言わないで! 気持ち悪い!」

 

 涼花のボルテージが上がって色々言ったら不味い事を言ってくる。だが思っていることは本当だ。

 ヒートアップする涼花にクラスの面々は段々と離れて行っている。それだけ今の涼花は怖いのだ。前拓斗が怒らせた時以上に。

 

 だが言われっぱなしは力也も望むところではない

 

「貴方がそう言うのは勝手だ! だけど貴方の勝手なイメージを押し付けるな!」

 

「そんな戯言は2人とも氷火君の足枷を卒業してから言ってほしいわ!」

 

 この一言をきっかけに大智・力也と涼花の口喧嘩が勃発したのだ

 

 

 



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幻想を語るな!

 昼休みも後少しで終わるという時に拓斗は話を聞き終えた。

 拓斗は何故涼花がそんな自分の順位に拘っているのかが分からない。別に成績を落とさない程度に頑張りその上で大智の勉強も見ているだけだ。

 

 だけど涼花は拓斗が大智の勉強を見ているのが気に食わないらしい。その理由が分からない限り喧嘩は収まらない。

 

「えーと、三月。取り合えず何で俺の順位を上げたいんだ?」

 

 その理由さえ言えば拓斗も代替案を出すつもりだ。

 

 一見、拓斗は平静を装っているが心の中では流石に怒気が溜まっている。だがここで自分まで熱くなってしまったら意味がない。

 

 何とか涼花が変わった理由を知らなければならない。その為にこの質問をしたのだが……

 

「……言いたくない」

 

「はぁっ!?」

 

 思わず拓斗は言ってしまった。当然だ。順位を上げてほしいのならそれなりの理由があるはず。それなのにその理由を言いたくないって言うのは可笑しくないかと思った。

 

 だが涼花からしたらそれは当然だ。何故なら

 

(言える訳ないじゃない! 貴方が生徒会に入りやすくするためなんて!)

 

 ……まあ現実では拓斗は既に生徒会からスカウトを受けているのだが涼花は知らない。あのスカウトは兄の独断でやったものだからだ。

 

 拓斗は納得できなくて更に聞こうとしたが涼花が遮った

 

「貴方こそ、そいつの勉強ばかりじゃなくて自分の勉強したらどうなの!?」

 

 とうとう大智をそいつ呼ばわりし始める涼花。

 本人は気が付いていないがその傲慢な態度は自分が忌み嫌っている母親や継父と同じ姿だ。

 

「それは大地を見ている間にちゃんとしてる」

 

「ほら、そいつのせいで自分の時間が取れてないんじゃない!」

 

「はぁ……三月、お前は結局何を言いたいんだ?」

 

 それが拓斗には気になる。親友を否定されただけでも腸が煮えくり返るというのにその上自分の行動まであれこれ言ってくるのだ。

 流石の拓斗も冷静さが少し保てなくなる。だからここで何か確信をつくようなことを言ってほしいのだが……涼花は反対側に向かった

 

「そんな足枷だらけの友達ごっこなんて止めて勉強しなさいって言ってんのよ!」

 

 傲慢

 

 拓斗は自分が小さな頃に母をDVして病弱な妹と母親と自分を捨てた男の顔を思い浮かべた。当時はまだ自分は小さかったが顔だけはしっかりと覚えている。

 

 あんな男の遺伝子が自分に入っていると思うだけで嫌気がさす。そして……今そんな男の影を涼花から見た。あの男を変えようなんて思わない。

 自分に変えられる力があったとしても変えたいとは思わない。そのまま地獄に落ちろとしか思わない。

 

 だけど……

 

「……お前には、そんな事を言ってほしくなかった」

 

 小さく呟かれたその言葉はギリギリ涼花の耳に入った。拓斗の顔を見ると悲しげな表情を見せた

 

「え……?」

 

 何故そんな悲しそうな顔をしているのか涼花には分からない。だけど、今拓斗の意識がここに無いような気がした。

 

 だが次の瞬間には今まで彼が見せたことのない、怒気と感情を全開にした顔を涼花に見せた。その表情を見た涼花は一瞬足が竦む。

 そして拓斗は自分の右手の人差し指を立てた。それが涼花には意味が分からなくて呆気にとられる。だがその意味は直ぐに拓斗の口から発せられた

 

 

「この中間考査でお前から王者の座を奪還してやる。親友の勉強を見ながら1位、取ってやるよ。そしてこいつらが俺の足枷なんかじゃないってことを証明してやる」

 

 

 その普段の拓斗が見せない声色と迫力に殆ど帰ってきてるクラスの面々が息を飲む。その拓斗の不敵な顔に驚きを禁じ得ない。

 

 そしてそれを言われた本人である涼花わなわなと震えている。

 

 涼花はこの学園に来てから1位しか取ってこなかった。それ故に培ってきた自信もあるし今回のテストだって手抜きをする気なんて全くない。

 

 それは今回も1位を取るという意思表示。

 

 拓斗はその涼花に向かって親友の……それも赤点候補の勉強を見ながらその王者の座を奪還するというのだ。

 涼花からしたら面白くない。いや、順位を上げてほしいとは思ったが自分の座を奪還させるつもりは無かった。

 だけど拓斗はそれすらも超えるつもりだという。

 

 涼花は拓斗を睨みながら叫んだ

 

「上等よ! 後で泣いて喚いて命乞いしても絶対に許してあげないんだから!」

 

(待て、俺命まで懸けてない)

 

 等と今怒り狂っている涼花に言えば更に爆発する事が眼に見えているので言わない。

 

 でも……それを抜きにしても今回は負けられない理由が出来た。チャイムがなり席に座った涼花を横目に見ながら自分も着地する

 

(お前の過去に何があったのか知らないが……それでも俺は友達の有難みを知ってほしい。あんな男みたいになって欲しくないんだ)

 

 その為に……今回のテストで涼花の尊厳を討ち砕く。拓斗はそう心の中で誓ったのだった。

 



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俺が神社に行く理由

 あの拓斗の中間考査、1位宣言が起きて初めての日曜日が来た。

 中間考査までは後2週間、拓斗もボチボチ大智と共にテスト対策を始めている。大智自身も拓斗の為に自ら勉学を進めている。

 

『分からない処だけ頼らせてもらうぜ』

 

 という心強い言葉と共に……その後「分からない、教えてくれ」とLINEがバンバン来る。あの力強さは一体なんだったんだと言いたくなる。

 

 だがいつにも増してやる気があるのは拓斗としても助かる。本人のやる気があるのとないとでは大分違う。ただやる気だけあってもその分壁にぶつかった時に挫折しやすくなってしまうがそこら辺は拓斗が上手くコントロールしている。

 

 拓斗と大智の付き合いは中学1年からなのでそれなりに拓斗は大智の事を理解しているつもりだ。

 

 そして今日は午後の15時まで図書館で2人で勉強して別れた。まだ2週間前なので大智は部活がある。大智は何だかんだ毎回赤点は回避しているので練習にもちゃんと出られる。

 

 拓斗はテスト対策のノートを開きながら大智の弱点を克服させるか長所を伸ばすか悩む。いつも通りにしていれば赤点は回避できる。

 

 今回に関しては大智自身にもやる気があるのでそれも容易いだろう。だがそれだけでは何だか涼花に負けた気がしてならない。

 大智の点数も伸ばした上で涼花を一度叩き潰す。そうしなければ涼花は友達の有難みを永遠に分からなくなってしまう。

 

 過去の自分と似たような事になってしまう。そんな姿だけは拓斗も見たくない。

 

「……行くか」

 

 ノートを鞄に入れてそのまま歩き出した。向かうのは習慣となっている龍神神社、今週も花さんの幸せを祈る。この瞬間にも涼花は勉強しているかもしれないが拓斗からしたら花さん>涼花なので関係ない。

 

 それに普段から勉強はしているので今更ペースを極端に変えるのもよくない。徐々にギアを上げていくのが拓斗のやり方だ。

 

 今目の前のテストも大事だが拓斗にとっては花さんも同じくらい大事な事だ。だから今日も神社にやって来る。

 

 そして……

 

「「あ」」

 

 鳥居から丁度出て来た人と声が重なった。

 思わず互いを見て出て来た声だが相手は……涼花は不機嫌そうに拓斗を睨んだ。

 

 今は一応敵対している中なので話す事なんて余りない。しかし拓斗は一応挨拶だけはしておいた

 

「よ、よう。昨日ぶりだな」

 

「……」

 

(なんか言えよ──―ッ!!)

 

 無言が一番心に来る。拓斗もそれは例外ではなく拓斗の心には80ダメージが与えられた。

 

 ただ、向こうも何も話す気がなさそうなのは分かったので拓斗は会釈をしながら涼花とすれ違った。

 拓斗は後ろからの視線を感じながら長い坂を上りいつも通りに境内に来た。

 

 そしてこれまたいつも通りに花さんの幸せを祈った。正直今の自分が花さんのおかげで形成されたのかは分からない。

 ただ花さんのおかげで優しさを大事にしようと思えたのは確かだし家族や友人の有難みを理解したのは確かなので花さんには感謝している。

 

(……出来るなら貴方の隣にいたかった)

 

 それが拓斗の想いで花さんに未練がありまくるので普通の女性に魅力を感じなくなった。だから余り他の女性を好きになれないし好きになるつもりもない。

 

 拓斗は花さんの隣にいたい。だが拓斗は花さんの居場所を知らないし姿を見たこともないので……会いようがないのだ。

 

 それが悔しく自分の情けない姿を鏡で見る度に歯を食いしばる。そんなのを3年間続けている。この神社に来て花さんの幸せを願った後は決まってそんな顔をする。それも無意識レベルで。

 正直前妹と来た時はそんな顔の自分を隠すのが苦労した。

 

 だけど今は自分一人なのでそんな顔を我慢する必要はない。特に意識せずに拓斗は神社から出てきて……

 

「なんて顔してるのよ」

 

 鳥居の陰に隠れて真っ白なワンピースを着て胸元にはリボンを付けている涼花が高そうな鞄を手に立っていた。

 涼花の髪にもリボンが結わえられていて拓斗が言うのもあれだがとても綺麗と思った。

 余り女性に魅力を感じなくなった拓斗が一瞬ドキッとする程に。

 

 この前の巫女姿の時も思ったが涼花と白色の親和性が高すぎると拓斗は意識の端で思った。

 

(……まあ何着ても似合いそうだが)

 

 などと彼女に言えばどうなるかなと思ったが何かされたら怖いので言わない。妹からよくデリカシーが無いと言われるので最近は気を付けている。

 

 これで何も問題は無い! 

 

(……何か言いなさいよ)

 

 だが涼花はそう思っていなかった! 寧ろ感想を求めていた! 拓斗は自分の安全を取りそのせいで若干涼花の機嫌が悪くなっていく。

 勿論それは涼花の顔にも出ていて

 

(な……なんでそんな不機嫌な顔になってるんだよぉぉおおお!!)

 

 自分は最善手を選んだはずなのに何故か涼花が機嫌が悪くなっていくのを見て拓斗の中の常識が崩れていく。そしてこのままだったら後味が悪くなりそうなので何とか会話を繋げようと試みる

 

「え……とそ、そうか?」

 

「ええ。今までで一番って位に酷い顔していたわよ。あんな顔、妹ちゃんには見せない方が良いわ」

 

「……ご忠告どうも。……それで三月は何してるんだ?」

 

 気が付いたらいつも通りに拓斗は話しかけていた。三月は明後日の方角を見ながら言った

 

「迎えを待っているのよ。悪い?」

 

「いや全く」

 

(迎えってお嬢様かよ! ……お嬢様だったわ)

 

 明後日の方角を見ていた涼花がいつも通りの冷たい眼を向けながら言った

 

「あんな大見え切ったのに神頼みしてたの?」

 

「……三月って巫女さんだよな?」

 

 いつかお前バチ当たるぞ、と拓斗は思った。

 

「別に聞くだけなら問題ないわ」

 

 ……絶対そんな事ないぞ。絶対神様に聞かれているぞ。……俺自身祈る場所が欲しいからここにきているのであって神様がいるかどうかははっきり言って意識してないのだが。

 

 それはそれとして何だか涼花が馬鹿にしていると感じたのでムッとしながら返す

 

「ちげえよ。それとは別件だ。ここには毎週来ているし勉強の事で来ている訳じゃない」

 

「そうなの? じゃあどうして毎週?」

 

 前も思ったが拓斗が何故そこまでマメにここに来ているのか涼花には分からなかった。それだけ拓斗が神様に信仰心があるのだろうか? 

 

 だが涼花が見て来た拓斗という人間は少なくとも余り神様に祈っているイメージは無い。

 

 しかし、次に拓斗が見せた哀愁が漂った顔は不思議と涼花の脳裏に刻み込まれた。

 

(どうして……そんな顔するの?)

 

 その理由が次に語られた。躊躇いもなく、それが恥ずかしい事とは思ってない声で涼花ではなく会った事もない元彼女を思い浮かべながら言った

 

「好きな女の幸せを願う位、別に良いだろ?」

 

 木枯らしが吹いている中、拓斗はセリフとは裏腹な寂しげな表情を見せてそう言った。その寂しげな表情に隠れている感情は涼花にも理解できないものだった。

 

「……え?」

 

 だからそんな声しか出せなかった

 

 

 



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貴方と話したい

 只の常識人が見れば立派過ぎて逆に呆れてしまうような豪邸、その中の一室で涼花は机に向かって勉強していた。

 

 だがその頭の端には今日見た彼のあの顔と言葉が忘れられない

 

『好きな女の幸せを願う位、別にいいだろ?』

 

 その言葉を聞いた時、涼花の心臓がズキンっと音がした。言われたことを理解したくなかった。あの言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。比喩なしで本当に何にも考えられなかった。

 あの後は本当に呆然と拓斗と別れ遠山に迎えに来てもらった事しかお覚えていない。

 

 正直に言うと今も拓斗のあの光景がリフレインして集中が出来ない。今までこんな事は拓との話が楽しくて拓の事ばっかり考えていた時位だ。

 

 ……というよりそれではまるで自分が拓斗の事を──

 

「別に氷火君が誰と恋愛しようが知った事じゃないわ!」

 

 そう自分を奮い立たせ恋愛している拓斗を心の中で嘲笑った後、自分の机に向かう。最初の内は拓斗の事を意識の端に追いやれたが5分もしたら再び拓斗の事が頭の中に浮上してきた。

 

 それを何度も繰り返すが結局この日は最後まで集中は続かなかった。

 

 

 ★

 

 

 次の日の月曜日、涼花は拓斗と顔を合わせる事が出来なかった。席は隣だから物理的な距離はずっと近いが心理的な距離は前よりずっと遠くなったと思う。

 

 何時もこれだけはしていた挨拶も今日はしなかった。涼花は昨日の言葉を気にして、拓斗は涼花じゃない別の誰かを思い浮かべて。

 

 挨拶しなかったのは今だけは問題ではない。先週あれ程騒ぐほどの大喧嘩(主に涼花と力也と大智が)をして拓斗と涼花は正真正銘今は敵同士なのだから。

 

 だが涼花は拓斗の事が気になりすぎて授業の途中でもちらちらと拓斗を見る。拓斗もその視線に気が付いているが特に話もしない。

 

 自分にとっては花さんが好きなのは確かだしそれを言った事に後悔もしてない。涼花がその好きな人いる宣言を聞いて周りに言いふらすとは思わなかったから話したのもあるが。

 

 そして何だか気まずい時間を過ごした後の昼休み……涼花は拓斗に聞きたいことがあり声をかけた

 

「お昼一緒に食べない?」

 

 その一言に教室から動揺が広がる。それもそのはずで今この二人は中間考査を競うライバルだ。ついで言いうならどちらも己の信念と誇りを懸けて。

 

 それなのに涼花は敵である拓斗と昼食を共にしようと言ってきたのだ。動揺しない方が可笑しい。

 動揺してないのは涼花を睨んでいる力也、若干オロオロしている大智位だろう。

 本人の拓斗は少し眼を見開いた程度で驚きは少ない。

 そして……

 

「……お嬢様から誘ってくるなんて今日は吹雪でも吹くのか?」

 

 ふざけた。

 いや拓斗自身も朝から涼花と自分を繋ぐ微妙な雰囲気をどうしようかと思っていたところなので今回のはしょうがないのだ。

 そう、しょうがn……

 

「……」

 

「なくないですよねー」

 

 絶対零度の冷たい眼をもらいましたありがとうございます。

 

「ふざけてるの?」

 

「滅相もございません! 喜んで一緒させてもらいます!」

 

 それを見た涼花は疲れたように一つため息をつき自分の弁当を手に持とうと鞄をあさる。それを見届けた拓斗の肩に力也が触れる。

 拓斗が振り返ると少し顔を強張らせている力也といつも通りの大智がいた。

 

「悪いお前ら。という訳で今日は2人で食べてくれ」

 

「……何かされそうになったら呼べよ」

 

 ……涼花に限ってそれはなさそうだけどな、と拓斗は思ったがこの親友は純粋に自分の心配をしてくれているのだからそう返すというのは野暮というものだろう。

 

「ああ、その時は頼らせてもらうよ」

 

 拓斗は2人の前に自分の手を出した。2人もそれを見てふっと笑い次々と自分の手を重ねそれが終わったら手を引き真ん中で自分の拳と他の2人の拳をぶつけた。

 これは拓斗の……拓斗達のチームでするルーティーンみたいなものだ。

 

 それを終えたらもう言葉は必要ないとばかりに3人は自分の机に向かった。拓斗は自分の鞄から弁当を取った。

 

「じゃあ行こうぜ」

 

 拓斗は先程までのふざけを出していた眼ではなく真剣な眼差しで「話があるんだろ?」と言外に告げた。涼花はそれを見て一瞬よどんだがそれ以上言葉を出さず歩き出した。

 

(ついて来いって事か)

 

 拓斗はクラスメートの視線を背中に感じながら涼花の後を追う。

 涼花は迷うそぶりもなくスタスタと歩いていく。そんな背中姿を見て拓斗が感じたことは

 

(何だかモデルみたいに綺麗な歩き方だな)

 

 育ちが良いのか本人の気質なのかは分からないが普段そんな事気にしない拓斗でも涼花の歩き方は綺麗だと思った。

 ……まあ拓斗は本物のモデルなんて見たことないのだが。

 

 だが拓斗が思った感想は概ね当たっている。実際、涼花とすれ違った男女は涼花を必ずチラ見している。背後にいる拓斗でもそれに気が付いているのだ。涼花本人も気が付いているだろう。それを無視する事にはなれているのだろうか? 

 

(……どこまで行くんだ?)

 

 涼花が階段を上り始めた辺りで拓斗はそんな事を思った。生徒会室は過ぎてしまったし食堂は反対方向だ。階段を上るにつれて段々と明かりが無くなっていく。それがどこか不気味に思った。

 どこに行くのか拓斗が気になった時、とうとう階段を上り切った。そして涼花はその上り切った所にある扉に何やらガチャガチャと動かし開いた

 

「──ッ!」

 

 その扉から溢れた太陽光に眼を細める。というよりも上った先でこんな太陽光を拝めると言う事は……

 

「……この学校屋上に行って良かったのか?」

 

 屋上で女子と弁当を食べるシチュエーションなんて絶対に3次元じゃないって思っていた拓斗! だが今、あの優等生である涼花自ら屋上の扉を開き昼食を取ろうとしている! 

 

 件の涼花は拓斗に振り向きもせず答える

 

「生徒手帳には屋上に行くことを禁じる記述は無いわ」

 

「いやでもだからって屋上って鍵が……」

 

 拓斗がそこまで言って涼花の弁当箱を持っている反対の左手を見るとそこには屋上のドアにかけられていた南京錠と鎖が握られていた。

 

「ええ。これがあるから生徒たちは屋上は立ち入り禁止って思ってるのでしょう。だけど私はこの通り……」

 

「まさかお前……超能力者なのか? ……あ、その眼怖いからやめてください」

 

 再び絶対零度に当てられ拓斗は反射的に謝った。涼花はまた露骨にため息をつき鎖と南京錠を屋上のドアノブに引っかける。

 

「……貴方のそれ面白いと思ってるの?」

 

「俺はただこの雰囲気を和ませようと……」

 

「そう、だったら私の時はいらないから」

 

(俺が和みたいんだよ──―ッ!!!)

 

 涼花が話すときはいつも体感温度が低くなる。それを少しでも普通に戻したが為にこんなふざけた発言をしたくなるが涼花がそれを許してくれない。

 

 涼花は再び歩きながら口を開いた

 

「貴方が知らないだけで結構使われているのよ、ここ」

 

 涼花について行くとそこにはベンチがあった。それもちゃんと手入れされて綺麗なベンチだ。

 それを見て拓斗は涼花の言う事が本当なんだと思った。

 

 屋上にベンチが幾つかあるのもそうだがその一つ一つが丁寧に手入れされているのは屋上が余り使われないのならあり得ないと思ったからだ。

 

 そもそも余り使われないなら手入れだってする必要が無い。

 

 涼花はベンチの一つに腰を掛けた。拓斗は隣のベンチに一瞬座ろうかと思ったが少し遠かったので諦めて涼花の隣に座った。隣と言ってもベンチの端同士だ。

 

「……」

 

「……」

 

 座ってからは2人とも少し無言になった。屋上に少しの風が2人の間に突き抜ける。ふと拓斗が涼花を見ると涼花はその風によって吹かれている髪を抑えるような格好になっていた。そしてその涼花の表情がどこか寂しそうな……今にも泣いてしまいそうなそんな顔だった。

 恐らく、大概の男ならこの表情で落とせることが出来るんだろうなと拓斗は思った。

 

 だけど拓斗が見ていることに気がつき直ぐに仏頂面に戻った。

 

「……食べましょ」

 

「ああ」

 

 そう言って2人は自分の弁当箱を開けた。拓斗が一瞬涼花の弁当を見ると色とりどりの惣菜、そして玄米入りのお米が顔を表した。

 

 拓斗の方は涼花の様に色はない。それもその筈で拓斗の弁当は昨日の残り物で構成されている。そんな弁当が色とりどりの筈はない。

 

(……よく考えたら三月と食べるのは初めてだな)

 

 などと思いながら2人は同時に手を合わせた

 

「「いただきます」」

 

 ほぼ意識せずに重なり2人は一瞬顔を見合ったが昨日の事があったからか涼花の方が眼を逸らした。ゆっくりと2人はそれぞれの弁当を食べ始めた



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親友って何?

 ──質素なお弁当

 

 それが拓斗の弁当を見て思った感想だ。まるで昨日の残ったおかず詰め込んだだけのような弁当(正解)だ。

 

 涼花のお弁当は自分と兄の分を涼花自身で作ったお弁当だ。食材に関しては他の人に買ってもらっていたものだがお弁当の中にある卵焼きやらミニハンバーグやらは涼花の手作りだ。それに比べて拓斗の弁当は彩りがないというか……ぱっと見では美味しそうとは思わない

 

 だけども……

 

(……美味しそうに食べてる)

 

 と自分のおかずを口にお行儀よく入れながらそう思った。拓斗は涼花と視線を合わせるのが怖いのかはたまた単純にお弁当に夢中になっているのか涼花に視線を向けていない。

 だが景色には興味があるのか屋上から見える街の景色をさっきから見ている。

 

(……何よ、私より景色の方が綺麗なの?)

 

 それが涼花には気に食わなかった。涼花は自分の容姿に自信を持っている。中学三年の時から思ったが拓斗は自分と話す事はするがそれは別に容姿が綺麗だから……とかそんな理由ではない。

 ただ拓斗としては一人のクラスメイトとして涼花に話しかけているだけだと。

 

『好きな女の幸せを願う位、別に良いだろ?』

 

 不意に昨日の拓斗の言葉を思い出す。思い出すと胸が締め付けられる、そんな感覚に陥る。心臓がズキズキと痛む。

 

(好きな人がいるから私の事なんてどうでも良いって思ってる訳!?)

 

 そんな事は無い。拓斗が涼花に視線を向けないのはただ気まずいだけだ。それもその筈で何か話があるからここに連れて来たのに何も話し出さないから若干気まずいのだ。

 

(……絶対意識させてやる)

 

 自分の病弱な身体の事を知らない学校の面々は涼花を完璧な人として見る。実際涼花は身体のこと以外は完璧と言ってもいい。

 

 容姿端麗才色兼備を字で行く優等生。それを涼花自身も誇りに思っておりそれに反応しない拓斗を振り向かせたくなるのは決して拓斗の事が好きだからではない。……そもそもろくに話したことない人を何故好きにならなければならないのか。

 

(そうよ、反応しない氷火君がいけないのよ!)

 

 最近の彼女は何かあれば全部拓斗に責任転嫁しているが本人は悪いとは思っていない。こんな気持ちにさせる拓斗が悪いと思っている。

 

 お弁当を半分程食べ終えとうとう涼花は気になった事を聞いた

 

「……この前、兄さんと何話してたの?」

 

 それを聞いた拓斗は……

 

(や……やっぱりブラコンだったのか──―ッ!?)

 

 何故そうなった

 

 拓斗は涼花の質問に一瞬箸を止めた。内心では涼花はやはりブラコンなのか気になったがこれを聞いたら何となく斬撃を仕掛けてきそうなので済んでの所で止まった。

 さっき自分に対してふざけは良いと言ってたのに今言ったら斬撃どころか砲撃が飛んできそうだ。

 

 とは言え正直に言おうかどうかも悩んだ。

 

(というか三月は聞いて無いのか?)

 

 拓斗が観察した限り涼花は拓斗の生徒会勧誘については聞かされていないように感じる。聞いているのなら拓斗に聞く必要がないからだ。

 

 少し考えた。優輝が拓斗の生徒会勧誘について妹に話していないのは何故かが分からない。結局同じクラスだから話すと思ったのか……普通に忘れていたのか。

 優輝の意志を確認せずに本人が言っていいものなのか悩んだ……が放っておいたらいつの間にか涼花の眼が怖くなっていたので諦めた。

 

 拓斗は涼花ではなく屋上から見える街の風景を見ながら言った

 

「……生徒会に来ないか? って誘われた」

 

 拓斗がその言葉を発した時から何秒経っただろうか、少なくとも拓斗はそう考えた。そして涼花は余りの衝撃発言に口を少し開けたままでようやく出た言葉が……

 

「え……?」

 

 だった。

 そして拓斗の言葉を理解したと同時に徐々に罪悪感が溢れ出してきた。それを認めたくなくて驚愕の表情のまま聞き返した

 

「それ……本当?」

 

「ああ。返事は保留にしてもらっているけど遅くても中間考査が終わる頃には返事しないとな」

 

(嘘……じゃあ私があんなに怒った意味ないじゃない)

 

 友達はいらない、その思いは変わっていないがわざわざあんな大衆の眼がある場所でやる価値のない喧嘩をした。その事に涼花は眩暈した。一瞬兄がグッドポーズをしているのが見えて頭の中の兄を八つ裂きにしておいた。哀れなり。

 

 涼花が拓斗に良い成績を取らせたいのは拓斗に生徒会へ入らせやすくする為だ。その本人の拓斗が生徒会に勧誘されているのなら前の喧嘩はいらない喧嘩だった。

 今更クラスでの自分の心象なんてどうでも良いが……拓斗には嫌われたくなかった。

 

 だが……今更謝るのなんて涼花のプライドが許さなかった。

 

(今謝ったら私が負けたみたいなものじゃない!)

 

 実際はもう殆ど負けのようなものだが涼花はそれを認めなかった。認めたくなかった。それを認めてしまったら一緒に”友達”も”絆”なんていうなんの形もないものを認める事になる。

 

(そもそもどうしてそんなもの信じてるのよ)

 

 それが涼花には分からなかった。

 過去に何度も裏切って来た”友達”達を頭の中で切り刻んでそう思った。

 

 拓斗だって前親友2人に自分を売られたではないか、何故そんなに”親友”なんて言いきれるのだ。所詮そんなものは無形なもの、この眼で見る事が出来ないのにどうしてそこまで言い切れるのだ。

 

「……ねえ」

 

 涼花が食べ終わった弁当箱に蓋しながら拓斗に声をかけた。拓斗も同じく弁当箱に蓋しながら涼花を見る

 

「何で……あの二人を親友って言いきれるの?」

 

 それ涼花には知りたかった。自分にないものを持っている拓斗の事を知りたかった。

 その真剣な眼差しに拓斗は一瞬ドキッとした。いつもとはどこか違うその眼は拓斗の心を熱くした。

 

 それに……その話をしてくれて意外だったのと同時に嬉しかった。

 

「……3年前なんだけどさ」

 

 だから涼花が聞いてきた理由も詮索せずただ語りだした

 

 




お疲れ様です。早くも20話を越え突入しました。結構小分けにしているので直ぐに出しやすいという筆者にとってもよい感じです。

もし気に入ってくれたなら評価や感想をよろしくお願いします。


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俺の名はブラックホール

 3年前の夏真っ只中、灼熱の太陽がアスファルトを照り付ける中拓斗はその虚ろな足を動かしていた。太陽が照り付ける中で拓斗の表情は優れなかった。

 

 それどころか絶望している様な、拓斗の周りだけブラックホールのような空間が漂っていた。それこそ未来で会う涼花の絶対零度より遥かに濃度が高い怖さがあった。

 

『ごめんなさい。私他に好きな人が出来た。別れてください』

 

 唐突に送られてきたその文を最後に拓斗は花と連絡を取れなくなってしまった。その時、何を思ったのか拓斗自身も覚えていない。

 

 ただ絶望して母に蒼葉の事を任せ夜の公園で一人泣きつくした事だけは覚えている。

 

 ──どうして? 

 

 その思いだけが止まらなかった。順調に見えていたのは自分だけだったのか、花は自分の事を何とも思っていなかったのか。

 

 ──あの告白は全部嘘だったのか

 

「……はぁ」

 

 家の近くの河川敷で拓斗は項垂れていた。太陽が拓斗を焼くが拓斗はそれすらもどうでも良かった。喪失感だけが彼を満たしていた。

 

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……

 

 あの時の拓斗の表情を親友達は死んだ魚のような眼や抜け殻のような状態だったと言っていた。何故あの二人がこの時の拓斗を知っているのか? 

 

 それは……

 

「氷火、大丈夫か?」

 

 落ち込んでいた拓斗へと声をかけたのが……虚ろな眼で拓斗は顔を上げた。そこには大智と力也が心配気な顔で拓斗の顔を覗き込んでいた。

 

 当時の拓斗はこの2人の事をよく知っていた訳じゃない。こう言っては何だが拓斗は人と話すのが苦手だった。だから余り友達なんて出来なかったし拓斗は拓斗で花さんの事で精一杯だったので作るつもりもなかったのだ。

 なので実質これがこの二人とのファーストコンタクトだ。

 

 この2人はただ自分を心配して声をかけてくれたのは分かっている。恐らく拓斗が普通の状態なら有難かっただろう。

 

 だが当時の拓斗はそんな事を考える余裕は無かった。それどころかその心配がうざかった

 

 だから……

 

「……大丈夫だ」

 

 何とか八つ当たりを我慢してそう言った。それだけ言えばどっか行ってくれるだろうと、そう思った。しかし

 

「いやいやそんな訳ないだろ。昨日からお前顔色スゲー悪いぜ?」

 

 大智がそう言った。それに拓斗は残っていた心で純粋に驚いた。友達でもなんでもない自分の様子を見ていた事に。

 自分はクラスでも目立っていた方ではない。それどころか目立っていないほうだ。最早空気というのに相応しい。

 とてもぱっと見特待生とは思えない。

 

 だけど……今はそんな心配が煩わしかった

 

大丈夫つってんだろ!! 

 

 だからそんな怒鳴り声をあげた。それも河川敷に響くくらいの大音量で。

 

「……」

 

 その今まで大人しい方だと思っていた拓斗から放たれた怒声に大智と力也は驚いた表情のまま固まった。河川敷にいた人たちも余りに大きい声だったので何事だと拓斗を見る。その中にはカップルもいて拓斗もそんな人達が眼に入ると一瞬花と自分を思い浮かべる。

 それで余計に心が痛くなり何も考えたくなかった。

 

 拓斗は怒鳴ったのは久しぶりだったのかそれとも感情の整理が追い付かないのか酷い顔で項垂れていた。そんな今まで見たことないような落ち込んでいる拓斗に2人はどう声をかけたらいいのか分からなかった。

 

「……もう声かけるな」

 

 ただそう言って拓斗はのろのろと立ち上がった。その足はとてもよろよろとしていて心配しかなかった。だがそれ以上に今の拓斗はどこか危険だと思った。でも当時の2人はいきなり変わった拓斗に声をかける事は出来なかった。

 

 項垂れ、トボトボと歩いていた拓斗は顔に影が差していた。それが拓斗の今の心を表しているようで暗い。

 そんな時スマートフォンに通知が入った。拓斗は一瞬花から連絡が来たのかと心を躍らせてスマートフォンを見た

 

「……はぁ」

 

 だが違った。それはニュースの通知で今年度の全国大会のお知らせだ。それに脱力しながら拓斗は再び顔を暗黒に染める。

 

 最早ブラックホールを字で纏っていると言っても過言ではない。街中に来た拓斗はショウウィンドウに写っている自分をふと見た。

 

「……こんな顔、蒼葉に見せられねえな」

 

 妹にはこんな顔を見せる事は出来ない。母親か自分が酷く落ち込んでいた時は蒼葉の体調も共に悪くなるからだ。

 蒼葉はもう少しでまた入院する。それまでは自分の酷い顔は隠さなければならない。その為に……

 

「行くか」

 

 低く呟き拓斗は少しだけ歩いていく。拓斗の心情は何も考えたくないが本音だったが蒼葉に酷い顔を見せないために笑顔になれる場所に向かった。

 

 そこはタッチだ。階段を上りガラス張りの扉を開き入っていく。

 

「お、いらっしゃい拓斗君……?」

 

 何時もの店長がカウンターから拓斗を迎える。だが直ぐに拓斗の異変に気が付いた。何時も元気……という訳では無いがそれなりに明るい顔をするのが常だった拓斗が死んだ魚のような眼をしていたら戸惑うものだ。

 

 だが拓斗は店長の心配をよそにファイトテーブルへと向かっていく。何時もなら少し勇気を出して誰かとファイトするのだが今の拓斗を見た他の客は関わりたくないのか離れて行く。

 

「何だよあいつ」

 

「怖い、行こうぜ」

 

 彼らを責める事は出来ない。それだけ今の拓斗は触れがたいのだ。拓斗は誰ともファイト出来ずにベンチで落ち込んでいた。

 

(クソ、これじゃあ蒼葉に心配かけちまう!)

 

 分かっているのに考えてしまう。花とのことを。

 交際は……自惚れかもしれないが順調だったと思う。花はもう少しで退院すると言っていた。だから直接会おうと何度も話し合って……会う約束を固くしていた。

 

 それなのに……

 

(どうしてだよ、花)

 

 それだけをずっと考えている。だが考えれば考える程分からなくなる。

 

(俺は何も分かっていなかったのか……?)

 

 画面越しに付き合う……そんな奇異な状態を可笑しいと思った事は何度もあった。だがそんなものは結局話していくうちに気にならなくなった。それだけ花との会話が拓斗にとって楽しく、ドキドキしたのだ。

 

 だけども……花はそうではなかったのか? 自分とこんな関係なんて嫌だったのか? だから現実で会える人を好きになったのか? 

 入院しているという花がどうやって他の男と知り合ったのか知らないがそれだけで胸が苦しかった。

 

 自分じゃなくて他の男が花の隣にいる所を想像するだけで胸が張り裂ける、そんな感覚が拓斗を貫く。

 

「何でだよ……花」

 

 今にも死にそうな眼で涙を流しそうな拓斗、それを客は遠巻きに見ているが話す勇気が無いのか単純に近寄りがたいのか誰も声をかけない。

 

 そんな拓斗に唯一声をかけたのは店長だった。ある紙と共に。

 

 拓斗の眼の前に出されたのはヴァンガードの全国大会のお知らせと全国大会の地区予選に出場するチームを決めるショップ大会のお知らせだった。

 

「君が始めてから時間もたったし、そろそろいいんじゃないかい?」

 

 全国大会……その響きは男の子ならば奮い立つ言葉の一種だろう。拓斗も普段ならば喜んだかもしれない。だが今は……

 

「……そんな気分になれません」

 

 そうかぶりを振る。今拓斗の中を動かしているのは花への想いだけであり全国大会など眼中になかった。それに拓斗がそんな気に慣れない理由はもう一つあった

 

「ショップ大会も全国大会も3人一組のチーム戦。チームメンバーがいないんですから出ようがありませんよ」

 

 顔に影を差し込みながらそう言った。いくら拓斗がやる気あったとしてもチームメンバーがいなければ出場すらできない。

 

 そして拓斗は自慢じゃないが人付き合いが上手い方ではない。そんな拓斗がチームメンバーを探すのは骨が折れる。今の拓斗は負のオーラが漂っている。これでは誰も声をかけてこない。

 

 店長もそれが分かっているのかこれ以上言えなかった。そんな時、ショップの扉が開閉音と共に開かれた。店長はそっちを見ると初めて見る顔だった。

 だが誰が来ても店長としてやる事は変わらない。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 拓斗は何となく瞳に光を無くしながら顔を上げた。そして

 

「「あ」」

 

 店内に入って来た2人の声が重なった。拓斗は驚く気力もなくただ入って来た新参者見ていた。

 

「氷火、ここにいたのか」

 

 心底驚いたといったふうに大智が言った。

 

 だがそれすらも当時の拓斗にはどうでもよかった。それでも大智は顔を明るくして拓斗に近づいてくる。そして拓斗の目の前に来た時、拓斗もやっているヴァンガードのデッキを取り出して拓斗に見せた

 

「なあ、ファイトしようぜ」

 

 ファイト……要は勝負しようぜと言う事だ。大智になんの思惑があってそんな事を言ってくるのか分からなかった。でも……気分が紛れるのは拓斗も望んでいた事なので頷いた。

 

 2人は揃ってファイトテーブル……ファイトする場所まで歩いて行った。2人を見送った力也もついて行こうとするが店長が声をかける

 

「ちょっと君」

 

「……はい?」

 

「拓斗君の知り合いかい?」

 

 力也は店長が何故そんな事を気にするのか分からなかったが素直に答えておいた

 

「まあ、同じクラスです」

 

「そうか。もし君達が良かったらなんだけど……」

 

 そう言って見せたのは先程拓斗にも見せた全国大会お知らせの広告だった。

 

「これに拓斗君を誘ってもらえないかい?」

 

 力也はその広告を見た後、店長を見る。店長は拓斗を心配気な表情で見ている。その表情はどこか子供を見守る父親の眼のように見えた。

 

「最近の拓斗君は元気が無さすぎる」

 

 ただそれだけを言った。力也もそれに心当たりがありまくるので自分も拓斗を見る。拓斗は大智と向き合って虚ろな眼でデッキをシャッフルしている。

 そしてスタンバイが終わったのか2人はファイトを始めた

 

「「スタンドアップ!」」

 

「THE!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

 

 

 

 

 

 

 




ファイトは全飛ばし


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お前達本当に馬鹿だな

 ファイトは拓斗が勝利という形で幕を閉じた。大智がファイトテーブルに手をついて動かない。拓斗も内心では

 

(……ダメだ。気が紛れない)

 

 ファイト中も花の事を考えて幾つかプレイングミスが目立った。それでも勝てた辺り大智の腕はそこまでだったのだろう。

 しかし負けた本人である大智は……

 

「クソ―ッ! 負けたーッ!!」

 

 とんでもなく悔しがってた。それはもう血眼になるくらいには。それに拓斗は少々面を喰らった。確かに負けたら悔しいのは分かるがこんなにも悔しそうにするのは逆に羨ましい気もする。

 

 拓斗は滅多に感情を出す事は無い。それが恥ずかしい事だと思っているからだ。だから学校では割と無表情でいる事が多い。そんな拓斗からすれば大智の様に結果に一喜一憂して感情を惜しむことなく出せるのは「恥ずかしくないのかな?」と思う反面とても楽しそうだとは思う。

 

「氷火、お前凄い強いんだな!」

 

 その笑顔は当時の拓斗には眩しかった。花を失った今、自分はこんな風に笑えるだろうか? 恐らく、無理だろう。

 前でさえ家族の前でしか笑わなかった。花の事をがあってからは家族の前ですら笑わなくなった。そんな自分がこんな風に笑う事はもうない。自分が許さない。

 

 だから……

 

「お前が弱いんだよ。何故あそこでガードする」

 

 冷たい事を言ってしまう。確かに大智には何度もプレイングミスがあった。その内の一つを指摘しただけだ。

 しかし言い方が大分不味い。常人ならば喧嘩の導火線が直ぐにつく……常人ならば

 

「……成程! 確かにあそこで防いでも意味が無かった!」

 

 その反応に拓斗は面を喰らった。自分でも冷たい声で言った自覚はあったのだ。それを大智は特に気にしてなさげな顔で言ってきたのが拓斗には分からなかった。

 自分だったら結構ブチ切れていると自信を持って言える。

 

 拓斗が大智に呆れていたら大智が良いことを思いついたと言ったふうに頭をビクンとした

 

「そうだ、氷火」

 

 それを拓斗は疑問符全開の表情で見ていた。目の前の男は何を言うのか気になったのもある。それ以上に、今は何だか大智という人間を知りたいと思った。

 

「氷火、今度の全国大会一緒に出ようぜ!」

 

 噓なき太陽のような笑顔で大智はそれを口に出した。それはもう……彼の周りを陽気にする、そんな感じを当時の暗い拓斗でも思った。

 大智と同じチームなら面白そうというのも感情の中にあったのは否定しない。

 

 だけど……

 

「悪い……そんな気分じゃない。他を当たってくれ」

 

 そう言って拓斗は自分のデッキをデッキケースに入れて出入り口に向けて歩いていく。その背中は再びブラックホールのように暗かった。

 恐らく拓斗史上1番に暗いだろう。

 

 しかし、大智はそんな拓斗の前にまで来て頭を下げた

 

「頼むよー! あと一人足りないんだ!」

 

 全国大会は3人一組の団体戦、チームメンバーがいなければ出場すら出来ない。だが拓斗は大智のチームメンバー位ならば普通に見つかるだろと思った。

 

 ファイトの腕は兎も角人柄はこんな虚ろな状態の拓斗ですら眩しく感じるのだ。そんな彼がチームメンバーを見つけるのは訳ないだろう。

 

 自分じゃなくてもいい、というよりも今は花の事を考えていたかった。自分の何がダメだったのか、それを考えていなければおかしくなりそうだったから。

 

「頼む!」

 

「断る!」

 

 勢いよく言って拓斗はタッチを出て行った。

 拓斗が出て行ったタッチには項垂れていた大智と力也が残っていた。

 

 落ち込んでいる大智に力也がしょうがないと言いたげな顔で肩を叩く

 

「断られたのならしょうがない。他の人を探そうよ」

 

 しかし顔を上げた大智は頭を横に振った。

 

「俺は絶対に氷火を入れたい」

 

「……どうしてだい?」

 

 力也は強引に否定したりせず理由を聞いた。体育会系の大智は言葉を探すように虚空を見つめていたが彼なりに言いたいことが纏まったのかその口を開いた。

 

「何だか……今のあいつを一人にしてはいけない、そんな気がする」

 

「……勘なんだ」

 

 それに力也は少し呆れたが拓斗を一人にしてはいけないというのは力也も同じ意見だったので目立った否定はしなかった。

 しかしそれでも問題があった。

 

「彼自身が出たくないと言っているんだよ? どうするの?」

 

 本人に出る気がないのなら誘っても無駄だろう。実際問題今断られたし。しかし力也はそこで大智がそこで凄い悪い顔をしているのに気が付いた。

 

(ま、まさかとんでもない案があるのか大智!?)

 

 そして大智はその悪い顔のまま力也に向く。その何とも言えない迫力に力也は思わず息を飲む。そして悪い顔のまま大智は自分の作戦を話した

 

 

「しつこく誘う!」

 

「あほか!」

 

「いでっ!!」

 

 力也は大智の頭を思いっきり叩いた。

 

「馬鹿かお前は! そんなの余計に来ないに決まってるじゃないか!」

 

 1回断ったのにも関わらずそんな事をし続ければ普通ならば余計に嫌われる、そのことを力也は言ったのだが大智は馬鹿なのか人の心が分からないのか清々しい程の笑顔で

 

「大丈夫大丈夫! 俺に任せとけって!」

 

「反省しろッ!!」

 

 その日タッチから誰かの断末魔が聞こえたという。

 

 

 ★

 

 

 翌日の月曜日から大智は拓斗を付け回した。いや、付け回したなんて表現は生温い。そうそれは……

 

((鉄村が氷火をストーカーしてる!!))

 

 とクラスの連中が思うレベルで。拓斗が移動教室の為に出ようとすれば

 

「一緒に行こうぜ!」

 

「……」

 

 拓斗、無視

 

 拓斗が偶々ノートを回収する係になれば

 

「手伝うぜ!」

 

「別にいい」

 

 冷たくあしらう

 

 拓斗がトイレに行けば……

 

「何でいるんだよ」

 

「チーム入ってくれよ──!」

 

 人懐っこい笑顔で、罪悪感のかけらもない笑顔で言ってくるものだから逆に拓斗が罪悪感を感じてしまう始末。

 

「断る。しつこいぞお前」

 

「しつこさが俺のモットーだからな!」

 

「威張るな」

 

 そう言って用を足し手洗いする。

 

 そんな感じの大智のストーキングは1週間ほど行われた。それはもう完璧にストーキングだ。本人はストーキングと思っていないのが質が悪い。

 

 だが拓斗はそんな大智をウザイとは思わなくなっていた。それは拓斗の感覚が狂ったのかただ大智が良い奴だと分かったからかは本人にも分からなかったがウザイとは思わなかった。

 

 それどころか花の事で悩んでいた……というよりも落ち込んでいた拓斗からすれば当時の大智のしつこさが逆に嬉しかったのかもしれない。

 

 でも……

 

(……出る気になれない。俺は……花の事を考えていたい)

 

 ──会いたいな

 

 ──早く病気を治して拓君に会いたい

 

 ──抱きしめてほしい

 

 思い出すのは花とのやり取り。今や拓斗からどれだけメッセージを送っていても既読にならない。スタディーメモリーのアカウントもいつの間にか消えていた。

 花の居場所も見当も付かない。

 

 会いたい会いたいと連呼していた割には全く花の居場所を聞いていなかった。それを拓斗は後悔していた。せめて……直接会って言ってくれるのならまだこんな風に悩まなかったかもしれない。

 

 だが現実として拓斗は画面上で別れを……それも他に好きな人が出来たからと言われ憔悴するのも無理はない。

 

 拓斗の初恋はもう終わったのだ。他の男に取られるという結末を持って。拓斗は花との恋愛が初めてだ。だからこんな事が起きた時、どうやって心の拠り所を見つけたら良いのか分からない。

 

「俺じゃあ……幸せに出来なかったのか?」

 

 初めは純粋に花の事が心配だった。ただそれだけだった。でも彼女の心の弱さを見る度に励ましていく内に会った事もないのに恋愛感情を持ってしまった。

 

 花を幸せにしたい

 

 拓斗はそれだけを思っていた。なのに……現実は花は他の男を好きになり自分との繋がりを断った。

 

 それが現実だ。

 

 もう覆しようのない現実、花が他の男と肌を重ねるのを想像するだけで心臓にぽっかりと穴が開いた感覚に陥る。

 

 その感覚は日に日に激しくなっていった。それはもう一瞬本気で過呼吸が起きるのではないかというレベルで。

 拓斗は全国大会エントリーの締め切り日である土曜日、学校が終わればタッチにいた。

 

 そこにはただボーっとしに来ただけ。今日は母親も家にいるから蒼葉の心配もない。ここで周りを眺めファイトしている人達を意味もなく眺めていた。

 しかしそんな時にでも

 

「氷火~、チーム組もうぜ~!」

 

 何故かまた大智がいた。後ろにはどこか呆れている力也もいる。

 

「断ると言っているだろ。どうして俺なんだよ」

 

 それが拓斗には気になる。別にチームメンバーなど誰でもいいではないか。人数さえ合えば予選に出場できるのだから。

 

 自分にこだわる必要はないと拓斗は思っている。人数合わせなら自分じゃなくても良い。

 

 そう思っていた。だが……

 

「どうしてって……お前だからだよ」

 

 大智は何言ってんだお前と言いたげな不思議そうな表情で拓斗を見ていた。拓斗はその答えに言葉を詰まらせた。

 そんな真っすぐに自分だからって理由で大事なチームの一枠を使うというのだ。

 

「お前……馬鹿だろ」

 

 拓斗は辛辣に、そしてどこか呆れた風にそう呟いた。言い訳の出来ない程悪口だが大智は何故か胸を張って

 

「馬鹿で結構! それで人を見捨てるような屑にならないで良いのなら俺は一生馬鹿で良い」

 

 呆れる程真っすぐに馬鹿で良い宣言をした大智に拓斗は口を開きっぱなしだ。

 

 背後では力也は苦笑いしていたが彼も大智の友達ならばこの明るさに何か救われることがあったのかもしれない。

 

 不思議と大智には悪感情は湧かない。普通の状態ならもう少ししつこいと考えていたかもしれない。でも当時の拓斗は普通の状態とは程遠かった。

 

 そして……だからこそそんな大智が眩しかった。拓斗はその顔に影を落とした。

 

 光がある所に闇がある、今拓斗を照らしているのは大智だろう。だがそんな大智が近くにいるからこそ拓斗は自分のふがいなさも感じてしまう。

 

「……?」

 

 拓斗は大智の言葉を聞き立ち上がった。大智はそんな拓斗を首をかしげ見ていたが次の瞬間

 

「ちょ、おいっ!!」

 

 拓斗は大智の目の前から逃げ出した。逃げ出したかったのだ。これ以上、大智と関わっていたら自分にあった事を全て話してしまいそうで怖かったのだ。

 

 自分の弱さを晒すのが怖いのだ。今、全てを投げ出したかった。そうすれば花の事も何もかも忘れることが出来ると愚かにも思ったのだ。

 

 ──どうせ追ってこない

 

 自分は大智にとってその程度の存在なのだ。存在じゃないとダメなのだ。自分は特別でもなんでもない。ただ無力な男なのだ。

 

 そう思わなければ……狂ってしまいそうになる。

 

 どこまで走っただろうか、無我夢中で走りタッチから逃走した。自分でもこれだけのスピードを出せるとは思わなかった。

 恐らく今までで一番スピードが出ただろう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息も切れ切れに拓斗は周りの景色を見る。そこには夕日に照らされ川の表面が幻想的に煌めいている河川敷があった。

 

 全力で走った後に見る光景だからか不思議と向こう岸まで遠くに見える。歩いて行けば辿り着ける向こう岸だというのに、それが分かっていても遠く、遠くに感じる。

 

 普段余り走らないからか体力の底をついた。拓斗はよろよろと足を動かして川の手前にまで来て倒れるように座った。

 

 虚ろな眼で周りを見ると家族連れやカップルが多く自分で自分の地雷を踏んでしまった。

 

(俺も……あんな風になれたのかな)

 

 顔も見たことない花の事を考えながら膝に自分の顔を埋めた。自分で自分の世界を黒く染めた。今は幸せそうな家族やカップルを見たくなかった。見ると胸が張り裂けを爆発を起こす自信があった。

 

 どの位時間が経っただろうか? 自分の世界を暗く染めた拓斗には自分がどれだけこうしていたのか分からなかった。

 ただ……自分で思ってた時間よりかは短いと思う。

 

 唐突に誰かが拓斗の肩に手を置いた。それは「トン」と効果音が聞こえそうなほど優しい置きかただった。拓斗は焦点が合ってない瞳で振り返った。

 

 振り返った相手は驚いた表情をした。それもその筈で拓斗の瞳から一筋の涙が出ていたらこうもなるだろう。しかし相手はそれ以上聞かなかった。

 

「忘れものだぜ」

 

 そう言って拓斗の通学鞄を渡してきた。タッチを無我夢中で飛び出したものだから忘れてきてしまったのだろう。

 そしてそれをわざわざ自分を探して持ってきたのだ。そのお人よしの人に拓斗は呆れた笑みを浮かべた

 

「ほんと……お前も大概馬鹿だよな」

 

「俺もこの一週間でお前の辛辣には慣れたぜ」

 

 どこに胸を張る要素があるのか分からないが大智は満面の笑みでそこにはいた。後ろには力也も付いて来ていた。

 通学鞄を受け取った拓斗の右に大智が、左に力也が腰を下ろした。少し前の拓斗なら全力で拒否したかもしれないが今は不思議と嫌ではなかった。

 

 3人で川を見て黄昏て3分ほど経った時、拓斗は重い口を開いた

 

「なあ……お前ら失恋したことあるか?」

 

「え、どうしたんだいきなり」

 

「君からそんなワードが出てくるとは」

 

 心底意外と言いたげな顔で言ってきた。自分でも意外だと思う。何故だか……この二人には話してもいいような気がした。

 力也は大智程しつこかった訳ではないが態度が最悪な自分が大智に何を言っても責めなかった。大智を見捨てたのかは分からないが何も聞いてこないのが有難かった。

 

 2人は再び川に眼を向けた。そしてその答えを最初に答えたのは大智だった

 

「まあ……失恋はあるぜ? 幼稚園の頃好きだった子がいるんだけどさ、その子も俺達の学校に行ってるんだけどさ……」

 

 そこで言葉を区切った。拓斗と力也が大智を見ると何事かを考えているのか川に視線を固定させて続きを言った。

 

「いや、俺も驚いたんだけどさ……もう彼氏がいたんだよ。彼氏というかなんて言うんだ?」

 

「……許嫁?」

 

「それだ!」

 

「え……?」

 

「マジか」

 

 女子と付き合う……という発想は小学校時代から存在していたが実際にそうしている者が本当にいるのはびっくりした。というよりも許嫁ならばもっと昔からかもしれない。

 幼稚園からというのなら年齢は自分達と同い年だろう。

 

「今時許嫁なんて本当にあるんだな」

 

 昔の時代だと思っていた

 

 そう拓斗は続けた。だが大智はそれをどう乗り越えたのだろうか? 許嫁がいたと言う事は最初から勝負にすらならなかった訳だ。

 そんなもの恋する男としては到底理解できないものだっただろう。

 

 だが拓斗が大智を見れば大智は陰りもなく笑っていた。その笑みを見ていたら自分の胸もぽかぽかしてくる。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

 拓斗はそれが猛烈に気になった。その答えがこれからの自分を決定する、そんな気がしたからだ。

 

 大智は川に眼を向けたまま大きく頷いた

 

「その許嫁と話してる時のその子、すっげえ笑うんだよ。そりゃあ出来るならお付き合いをしたかったけど……」

 

 そこで初めて拓斗の方を向いた。夕日の逆光によって照らされている大智は今までよりもどこか神々しさがあった。

 その理由は大智の禿げ頭がピカッと光ってお地蔵様に見えたからというのは内緒の話だ

 

「俺はその子が幸せならそれでいい。好きな女にはどんな形であれ笑っていてほしいものだからな!」

 

 過去今未来含めてこの時の大智が一番かっこよかったかもしれない。それほど当時の大智は太陽の如き輝きで拓斗を照らしてくれた。

 

 勿論、これから先も花の事を考えるのを辞めた訳じゃない。未練もある。だが……必要以上に考えるのはもう止めよう、そう思えたのは紛れもなく大智のおかげだだろう。

 

 時間はかかるかもしれない。それでもいい。この胸の傷は永遠に癒えないかもしれない。

 

 だがそれでいい。自分が何故元々花と話そうと思ったのか、その理由を思い出したからだ

 

 ──花に幸せになって欲しい

 

 究極的にはそれが拓斗の目標だった。そして花はそうなれる相手を見つけた。それが自分ではないのは悔しいが……

 

「俺も……お前みたいになれるかな」

 

 そうぼそっと呟かれた小さな言葉は2人の耳に入る事なく風に乗って消えて去った。河川敷が風で揺れ3人の制服を揺らす。

 

 ──分かったよ、花。

 

 拓斗はゆっくりと立ち上がった。彼の顔には既に陰りは無く夕日に照らされた輝いている彼本来の表情が姿を現した。

 

 ──君が幸せなら俺はそれでいい。俺も……俺の道を行くことにするよ

 

 そんな拓斗を2人は不思議そうに見ていたが直ぐに自分達も立ち上がった。

 

 拓斗は改めて二人に振り返り拳を突き出した。どこかのアニメみたいだなと自分でも思ったが不思議とこうした方が良いと思ったのだ。

 

 2人も拓斗の意図が分かったのか拳をぶつけた。たった1週間で自分もこれだけ変わるとは人生何があるのか分からないものだ。

 

「はぁ……本日付でチームに加わる氷火拓斗だ。拓斗で良い。やるからには優勝だ!」

 

 それを聞いた2人は……大地が喜色を浮かべ、力也は微笑みを浮かべた。

 

「やっとその気になったか拓斗」

 

「まっ、あれだけ拓斗にしつこかったらそうなるよね」

 

「確かにあれはしつこかったな」

 

「何を──ッ!!」

 

 そのやり取りがどこか面白く拓斗が声を出して笑い始める。それに伝染したのか徐々に2人も肩を揺らし始め高笑いを始めた。

 

 3人の笑い声は夜空が顔を出していた河川敷に響いたのだった。

 

 これが拓斗、そして大智と力也のチーム「トライフォース」が出来上がるまでの軌跡にして……拓斗が彼らの有難みに気が付いた日なのだった

 

 



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いきなり目の前で倒れたらびっくりするよね

 お昼休みは12時40分から1時30分の50分のみ。拓斗はこの内の30分程使って拓斗基準からは長い話を終えた。普段これだけ長い話を順序だてて話すことが無いので拓斗はようやく一息ついた。

 

 ──さて、隣のお嬢様どうかな? 

 

 そう思いながらちらりと見ると……

 

「三月……?」

 

 前髪がかかって顔は見えないが肩が震えていることには気が付いた。その震えは何によって起こったものなのか……拓斗には分からなかった。

 

 拓斗は昔を思い出しながら語っていたからか語っている途中の涼花を余り見てはいなかった。だからいつからこんな状態だったのかは正直分からない。

 

 でも今の涼花からは得体の知れない感情が溢れ出していた。確かに涼花はいま自分自身ですら意味が分からない感情に支配されていた

 

(何……この感覚。氷火君がフラれた話をしだした辺りから頭が……頭が何も分からなくなって……)

 

 拓斗が鮮明に思い出しながら語っていた物語の中の拓斗をフった人物の名前は聞いていない。それでも……拓斗の口からこの話が出た辺りから体調が一気に崩れ始めたのだ

 

「お、おい三月!?」

 

 涼花は話を聞き終えた後から動悸が激しくなっていった。

 

(嘘……こんな時に……発作!?)

 

 鼓動が速く脈を打ち涼花の視界が歪んでいく。それと同時に意識も遠のいていく。それを見た拓斗は妹も同じ症状が出る事を思い出した

 

「てんかんか!」

 

 てんかん発作だ。中3でここに転入する少し前から収まっていたものが今再発した。てんかんは脳内の電気信号が興奮を起こすことによって意識障害や発作を起こす慢性的な脳の病気だ。

 

 意識が遠のく中、涼花の口が意図せず動いた

 

「助けて……拓……君」

 

 その声はしっかりと拓斗の耳に届いた……が涼花は直ぐに意識を手放してしまった。

 

「涼花!」

 

 拓斗は慌てて呼びかけるが既に気絶してしまっている。倒れかける涼花の身体に腕を通しベンチに横にした。

 拓斗は一瞬焦りそうになったが直ぐに冷静になった。

 

 今ここで自分が喚いたって意味がない。自分に出来る事を今この時全力でするだけだ。

 拓斗は直ぐにスマフォを取り出して直ぐに大智に電話をかけた。自分一人ではできない事はチームでどうにかする。それがトライフォースの信条だ。

 数コールで目的の人物は出て来た

 

『どうした拓斗、お嬢様となにかあったか?』

 

「まだその方が平和だ! 力也もそこにいるか!?」

 

 その拓斗の怒号に近い声に大智もただ事ではないと分かったのか返事の代わりに他の声が入って来た。恐らく向こう側でスピーカーになったのだろう。こんな時の状況判断能力は流石野球部時期エースと言ったところか

 

 ただ向こうも昼休み中だからかガヤガヤと声や音がする。それでも親友2人はしっかりと声を聞きとってくれると信じて半ば叫んだ

 

「涼花が発作で倒れた! 保健室の先生を呼んできてくれ!」

 

 その拓斗の第1声にピタリと向こう側のガヤガヤが止んだ。だが親友の2人は直ぐに反応する。大智がよく通る声で聞いた

 

『分かった。訳は後で聞く。場所と症状は?』

 

 向こう側では再びどよめきがクラスを支配しているが今そんな事を突っ込んでいる余裕はない。涼花のてんかんがどれほどのものか現状では分からない以上今も油断できない。

 

「屋上、それにてんかんだ!」

 

 そう言えば大智は普段のキャラとはかけ離れた真剣な声色で力也に言った。

 

『力也は先生を! 俺は拓斗の所に行く。女子たち、誰でもいいから三月さんの鞄に発作を止める為の薬がないか調べてくれ』

 

 拓斗はこんな状況では無かったら素直に感心していたかもしれない。いや、今も感心しているんだが半減している。

 しかし今の大智はとんでもなく頼りになっている……と思っていたら拓斗にも言ってきた。それも何故か呼吸が速くなっているのが画面越しでも分かるので今全速力で走っているのだろう。

 

『拓斗はそこで三月さんを見とけ、一人で動かそうとするな。拓斗の力じゃ運べないだろ。その場で出来る事を全力でしろ!』

 

 大智自身も焦っているのか言葉遣いは少し荒いがそこには涼花を心配する感情が読み取れた。自分を散々侮辱した相手にもそのような明るい態度を出せるのだ。拓斗は素直に尊敬した。

 

 だから自分も親友に答える必要がある。それが今自分の呼びかけに答えてくれた親友に対しての最低限の礼儀だから。

 

「涼花、すまない」

 

 と拓斗は手を合わせつつゆっくりと涼花の首元のリボンをほどいた。そうすればリボンに隠れていたブラウスが出てくる。しかし直ぐにその首元のボタンも外した。別に拓斗の性欲が爆発したわけじゃない。

 

 その逆で拓斗は涼花が楽になれるように手を打っただけだ。発作が起きた時は呼吸もしにくくなる。それが首元を隠すリボンやその下にあるブラウスの首元を楽にしてあげて呼吸しやすくする必要があったのだ。

 

 そして次にはゆっくりと涼花を顔を横にするように倒した。発作から起きた時に食べ物を吐きたくなった時に顔を上に向けた状態では更に器官に詰まらせる事になる。それを防ぐためにこうする必要があった。

 

 どれだけこうしていただろうか? 体感時間では何10分も経った気がするが実際はそんなに経ってないだろう。

 しかしそう感じる程今の状況が濃い時間だったのは確かだろう。屋上のドアから親友が飛び出してきたのを見て拓斗は一つ安堵の息をついた




そう言えばロシデレ3巻決まったなー…楽しみ


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貴方の名は

 まどろんだ視界がゆっくりと開き始める。それに伴って夕日がカーテンの隙間を通り眼に入り、それにより眼を一旦閉じた。

 意識が朦朧としながらも涼花は今度こそ瞳を開けた。眼を開けた先に見えた光景は見知らぬ天井だった。

 

(ここ……どこ?)

 

 まだ意識ははっきりとしていない。それでも感情がこの状況を把握しようと顔だけ動かして周りと見る。

 

 そして次の瞬間驚きの余り意識が一瞬で覚醒した。その驚きを起こした本人である拓斗は英単語の本を読んでいた。……が直ぐに目が覚めた涼花に気が付いた。

 

 心配気な表情で拓斗は涼花の顔を覗く

 

「よう、起きたか」

 

 いつもと変わらない声色で問いかける彼は優しく、不安だった涼花の心を軽くした。

 

 だがそれを素直に認めるのは絶対に御免なので涼花はいつも通りに冷たく返した

 

「どうして氷火君がここに?」

 

「お前は平常運転だな。安心したよ」

 

 そうふっと笑う。今涼花からそんな冷たい声を出されてもはっきり言って余り怖くない。冷たい声を出している本人の状態と声が噛み合ってないからだ。

 

 涼花もそれを自覚したのかゆっくりと口を開いた

 

「……私発作で」

 

「ああ、いきなりてんかんが起きるからびっくりしたよ。お前体が弱いなら最初から言っておけよな」

 

 てんかんは脳の病気なので厳密には体が弱いわけではない。だが……それを抜きにしても今回はどうやっても誤魔化せないだろう。その前に……

 

「兄さんから聞いたの?」

 

 てんかんという名前が直ぐに出た辺り拓斗はてんかんの詳細もある程度知っているはず。それなのに体が弱い事を言ってきた。

 つまりてんかん以外の病気を持っていた事も知ったと言う事だろう。そしてそれを知っているのはこの学校では兄一人。

 

 拓斗は正解と言いたげに頷いた。

 

「まあな。あの人三月が発作を起こしたって来たら凄い勢いでここに来たぜ? 愛されてるなお前」

 

 もっとも拓斗が何かしたのかと凄い勢いで詰められたのは内緒だ。余計な事を言ってお嬢様のご機嫌を損ねる訳には行かない。

 

(愛されてる……のかな)

 

 愛……それについて涼花は信じていない。兄には心を許してるだけでそれが家族愛かと聞かれたら首を傾けざる負えない。

 

 何故なら自分はその兄すら昔は酷い事を言っていたものだ。

 

 それもあるし涼花は基本的に眼に見えないものは信じないことにしている。だから信頼や親友、おまけにお化けも信じていない。

 

 神様は信じている。神様が拓に会わせてくれて……あの関係にしてくれたと思いたかった。

 

 ──運命なんて信じない

 

 そう自分に言い聞かせて涼花は拓斗から眼を逸らす。拓斗はそれを気にせず言った

 

「大智に感謝しろよ。あいつが来なかったらお前を運べなかったんだからな」

 

「……え?」

 

 その発言にびっくりして拓斗の方を再び向く。拓斗は英単語集を鞄に入れて涼花に向き合っていた。

 

 びっくりしたのは大智が来たことについてだ。状況的に拓斗が呼んだのだろうがこの前あれだけ本人を侮辱したのにも関わらず自分を助けるために来たというのだ。

 

「どうして……」

 

 口が勝手に動きそう呟く。それもそうで今思い返せば酷い事を言った自覚はあるのだ。冷静になれば力也の言う通り勉強を見るのも教えられるのも拓斗と大智の問題であって自分の入る余地はない。

 

 それを自分の思い描いた未来通りにしようと拓斗の親友を侮辱した。侮辱した上に拓斗を生徒会に本人の意思を無視して入れようとしていたのだ。

 

 ──―なんて身勝手なんだろう

 

 そう改めて自分の行動を思って初めて大智と力也、拓斗に罪悪感が徐々に出てくる。これではまるで……まるで

 

「大智はさ、とんでもないお人好しなんだよ」

 

 唐突に語りだした拓斗を涼花はじっと見る。

 大智がお人好しなのは今日だけで散々思い知った。別に体を触られたことについてはどうも思ってない。不本意だが拓斗一人では屋上から保健室まで連れて行けないから大智に頼んだのだろう。それでどうこう言えば本当に最低な女に成り下がる。

 

「俺はお前が大智に何を言ったのか直接聞いたわけじゃない。でも……あいつはそれだけで人を見捨てたりしない。呆れる程馬鹿で考え知らずで……真っすぐで優しい奴なんだ」

 

 爽やかな笑みを浮かべ拓斗は大智の事を語った。最初は突き放してしまった大智、それでもあきらめず自分に声をかけ続けてくれた。

 

 それで拓斗は救われた。未練はまだあるが前を向こうと思えた。

 

 次は力也の事について話した

 

「そうそう、力也にも感謝しろよ。あいつが保険医に症状を最初から伝えていたから迅速に対応出来たんだからな」

 

 最初の対応は拓斗だがやはり現役の医療従事者は対応もとても速かった。だがそれは力也が最初からてんかんの事を話していたからこそ成り立つ速度でもあった。

 

 涼花は意味が分からなかった。自分は散々酷い事を言った。今考えていても当時は暴走していたと思う。

 力也が一番怒っていたのにもかかわらず自分を助けるために動いた、その事実が”人の為”が理解できない涼花には意味が分からなかったのだ。

 

「……馬鹿しかいないじゃない」

 

 だからつい出てしまったのは捉えようによっては侮辱の言葉。だが拓斗は涼花がその意味で言ったのではないと分かっている。

 自分も出会った当初は大智に言いまくっていた言葉だからだ。

 

「ああ、あいつらは馬鹿だとは思うよ」

 

 そうふっと可笑しかったのか笑みを浮かべる。涼花はその2人がした事を理解したくなくて布団を被る。

 

「でも……そんなあいつらだから3年前お前(・・)の事で落ち込んでいた俺を助けてくれたのだと思うよ」

 

 ──綺麗ごと

 

 そう一瞬思った。誰かの為に動くことなど涼花には無かった。誰かの為に何かをやってもそれが良い事として帰ってくるわけではない。寧ろ仇で返されるかもしれない。

 いや、恐らく自分はこの事実を知っても拓斗を含めた3人に酷い事を言ってしまうかもしれない。

 

 でも……この3人は自分がやった行動を受けても自分の為に動いてくれた。もう……何が正しいのか分からなかった。

 

 過去に自分と触れ合った人たちは自分を見捨て、今自分が醜い事を言った人たちは自分を助けてくれた。

 

 どうしてなのか……もう考えたくなかった。それを考えたら今までの自分を否定する事になると思ったからだ。

 

 そこで涼花は先程拓斗が放った言葉に違和感を覚えた。

 

(あれ……さっきの言葉)

 

『でも……そんなあいつらだから3年前お前(・・)の事で落ち込んでいた俺を助けてくれたのだと思うよ』

 

 ──3年前……お前? 

 

 今この保健室には自分と拓斗以外いないように見える。事実それは正解だ。今この場には拓斗と涼花しかいない。

 

 それを認識した時、涼花の鼓動が再び早くなっていく。ドキドキとは生温い。最早バクバクと言った方が良い。

 

 顔を少し蒼白にしながら涼花は拓斗を見上げた。その瞳は揺れまくっていてどれだけ涼花が動揺しているのか分かる。

 

 ──うそ……でしょ

 

 その事実を認めたくなかった。認めてしまったら自分が自分じゃなくなると思ったから。心臓の鼓動が落ち着こうとする身体に反してどんどん早くなっていく。

 

 それはもう止められない不規則なリズムを奏で再び意識が遠のいていく。少しづつ痙攣が起き始める。再び発作が涼花を襲い始める。

 

「あぁ……ああ」

 

「涼花……いや、花」

 

 そう言いながら落ち着かせるようにその柔らかく華奢な手をゆっくりと握った。拓斗の手は暖かく、人の苦しさを包み込む感じがした。普段されていたら堪能していたかもしれない。しかし今は……今だけはその温かさが苦しかった。

 

 ──私……貴方に

 

 涼花は意識がブラックアウトする瞬間、過去に飛んだ



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愛しています

 3年前の夏、涼花が拓……いや拓斗とメッセージでやり取りをして3カ月が過ぎ季節は夏へ移っていた。

 

 涼花は未だに入院していた。だが涼花はいつ拓斗に会えるのかワクワクとドキドキしていた。それだけ拓斗と会えるのが楽しみだったのだ。

 

 会った事もない、顔も見たこともない彼の事を想うだけで涼花は今日を生きられる……そんな気がしていた。

 

 そして実際何回かはどこで会うか、どこに行くのか、それを2人で話し合って涼花の退院予定日に併せて会おうという話には実はなっていたのだ。

 

 夏休みと同時に退院する予定だった。あの大嫌いな継父がいる家に帰らなければならない事は正直うんざりしているがそれを差し引いても拓斗と会うのはおつりが何倍もくる。

 

「楽しみだなぁ」

 

 彼女は今からでは考えられない程とても顔を綻ばせていた。彼の事を考えるだけで胸がぽかぽかしてこの勉強以外何をするものでもない入院生活も色が付いていた。

 それは今まで孤独だった涼花からしたら考えられないもので……嬉しいものだった。

 

 ──会えたら何をしよう? 

 

 ──どんなこと話そう? 

 

 ──抱き着いても……良いのかな? 

 

 彼と会う想像するたびに心臓がドキドキして退院予定日が近づいてくる度に胸が高鳴っている。顔は見たことないが本人の評価は中と上の中間位と聞いている。

 最も涼花の中で男性の顔なんてほとんど覚えていない。寧ろ拓斗以外は男性恐怖症に近いものがあったから男性の顔を覚えようとはした事もない。だけど……拓斗の顔は覚えると誓っていた。

 

 月が病室を照らす中で涼花は自分の整った唇にそっと触れた。頬を赤く染めて恋焦がれながら思った。

 

 ──キス……しても良いのかな? 

 

 そんな事を考えた時にはベッドの上で転びまわり悶絶していく日々を送っていた。だがそんな日々はそれ以上来なかった

 

 

 

 突然だった

 

 

 

 退院も迫っていた夏休み前、涼花の病状が悪化した。いや、悪化というよりも新たな病気が発生した。

 

 それは「突発性心筋症」という病気で原因不明の心臓の病気の事を総称としてそう言う。

 

 元々心臓は血を送るポンプの役割を果たしている。それが病気になればどれだけ辛いか想像に難くない。

 

 そしてその中には更に二つの病気に分かれる。

 

 一つは肥満型心筋症と言って筋肉の壁が厚くなり拡張する事が困難になるものだ。心筋の熱くなる場所によっては心室内に血圧の上昇が生じより心臓に負担がかかることがある。

 

 もう一つは拡張型心筋症、これは肥満型と違って筋肉の壁が薄くなり、収縮する力が落ちる病気。

 

 今回涼花がなってしまったのは後者、拡張型心筋症だ。

 この病気になる原因は殆どの場合不明で重症の場合は心不全を繰り返す。

 心不全は心臓がくたびれ果てた状態の事で充分に血液を全身に送ることが出来ない。血液が送れない言う事は全身思うように動けないし最悪呼吸困難にもなる。というよりも涼花は一回目の発作で呼吸困難に陥り死にかけた。

 

 そして……そんな新たな病気が出てしまった涼花の退院予定日は伸びてしまった。それどころか今度はいつ退院出来るのかすら分からなくなった。

 ……そもそも自分の墓場はここになるかもしれない。

 

 思い出すだけでも吐き気がする程苦しく、死を覚悟した。あんな症状が何度も……何度も来たら耐えられる自信がない。

 それだけ苦しく涼花の心を折ったのだ

 

「どうして……どうして……」

 

 ただそれだけを呟いていた。何度も……何百回も。枕に自分の顔を埋めて嗚咽を漏らした。

 

 

 ──どうして私だけこんな目にあうの? 

 

 

 いつあの症状が起こるか分からない恐怖、こんな状態になっても兄以外は顔を出しすらしない。

 

 兄は拓斗の触れ合いの中で段々と昔のような距離に戻った。ただ涼花がベッドの上にいる事が多いからかシスコンになっているけれども。

 

 あの継父は逆に来てほしくないが自分を生んだ母すら遠山伝手に一旦の無事を聞いただけで向こうからは何もアクションを起こさない。

 

「久々に思い出した……人間ってこんなに自分勝手なんだな」

 

 この3カ月の拓斗との触れ合いで暫く忘れていた事を最悪な形で再認識した。そして再び絶望した。

 周りの環境に対してもそうだが自分の身体についても……

 

「もう次は……生きてないかもしれない」

 

 そんなネガティブな……だが現実として死にかけ……次は耐えられる自信は無かった。それほど苦しくもがけばもがくほど逆に生気が無くなっていたのを自分でも覚えすぎている。

 

 そんな今まで以上の絶望を感じながらも涼花はその日は夜まで拓斗に連絡する事も出来なかった。

 

 怖かった。この病気の……その日にあった事を話せば会う事は勿論今度こそ見捨てられるかもしれないと思ったからだ。

 

 そうやって友達だと思ってきた人達は離れて行った。今回はそれ以上に重い病気、そしてその病気の事を拓斗が知ったら……

 

(ダメ……妹ちゃんの事もあるのに私のまで考えさせるなんて)

 

 最悪死ぬ病気……涼花自身は次は生きられるとは思ってない。治療法は薬物などであるが涼花のものは重症のものと言う事も分かっていた。

 

 だからこそ……見捨てられる可能性も逆に自分の事を心配させまくりもし自分が死んだ時の事を考えた

 

「私なら……絶対耐えられない」

 

 今思えばもっと信じるべきだったのかもしれない。頼るべきだったのかもしれない。……助けてって言うべきだったのかもしれない。

 

 だけど……再び暗闇の世界に身を投じてしまった涼花にはこれ以外の選択肢が無かった。眼にハイライトを無くしながら涼花はスマフォを手に取った。

 

 そうすると拓斗からメッセージが入っていた。いつも2人は空いている時間か夜にやり取りする事が多かった。

 昨日までなら心躍る時間だった。しかし……涼花はその退院した後の事を文字しか出ていないのに楽しみと感情が溢れているような文面を送ってくれた彼に咄嗟に考えた理由を話した

 

 ──貴方は……私じゃもったいない人だから

 

 最後に彼の事を想って微笑んだのはこの時だろう。天使のような……しかし同時に懺悔しているような表情だ

 

 ──だから……私の事なんて忘れて

 

 画面をなぞるその指は震えて何度も打とうとする文面を間違える。そんな事実はない真っ赤な嘘。

 

 ──こんなうそつきなわたしを好きになってくれてありがとう

 

 たった2文の文字を入力し終わった時には涼花の眼には涙が溢れていた。それは止まる事を知らず頬を伝いスマフォ、そしてベッドの上に落ちていく。

 

 ──だから……だから……

 

 その自分で入力した分を30分程見てようやくその送信ボタンを押そうとする。だが震え、上手く送信ボタンに触れられない。それは彼女が心の底ではそれを押すのを拒んでいるように見え……

 

「さようなら……拓君」

 

 ──幸せになってください

 

 その言葉と共に今度こそ震えている指を送信ボタンに添えた。そして今までで一番長い時間をかけて送信ボタンを押した

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──愛しています

 

 

 

 



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戒めの誓い

 奇跡が起きた

 

 そう、それは奇跡だったと思う。しかしそれは逆に罪に囚われる新たな日々のスタートでもあった。

 

 拡張型心筋症、その治療法は主に薬物療法だ。ただそれでも困難だと判断された場合は心室形成(バチスタ手術)や補助人工心臓の手術をする事がある。

 

 しかし、今回の涼花のような重症な患者に最も有効な治療法は心臓移植と言われている。

 

 心臓移植……その名の通り亡くなった他の方から心臓の提供を受けてその心臓を自分の心臓の代わりに移植し延命と生活水準を改善を図る事を言う。

 

 涼花はこの病気と何か月か付き合った。時には幻覚まで見て過ごしていた。本人は次が来たら死んでいるかもしれないと考えていた分今生きているのも奇跡だと思っていたが……涼花の奇跡はそれだけではなかった。

 

 日本では心臓移植は認められているがその数自体はとても少ない。何故なら、日本ではそもそもドナーの数が少なくその心臓を提供される人も自然と少なくなるからだ。

 

 だから涼花の主治医自体は当初心室形成手術を行おうとしていた。

 

 しかし、その必要は無くなった。何故ならば……

 

「ドナーが……見つかった?」

 

 長い……本当に長い入院生活の中で唯一よく来る兄と共に来た主治医に涼花は呆然と呟いていた。ドナーが現れる可能性は本当に少ない。

 涼花自身もそれは分かっていたので自分は心室形成手術をするのだろうと思っていた。それでも元々の持病の数で本当は無理なんじゃないかと心の中で思っていた。そんな時に見えて来た光明に涼花は当時どんなことを考えていたのか自分でも分からなかった。

 

 嬉しかったのか、苦しかったのか、悲しかったのか……普通なら嬉しい一択だったかもしれないが拓斗の事を想うと……自分は生きている価値すらないのではないかとすら思っていた。そんな時に出来た生きられるという選択肢に涼花が戸惑うのは必然だった。

 

 そこから涼花は少ない時間、拓斗の事を考えていた。もう自分のスマフォには拓斗のアカウントはない。自分が過去と……そして死ぬことで決別しようとしていたから。アカウントを消して今までの会話を……思い出を消そうとしたのはそういう理由があった。いや、実際もう画面上の思い出は消えている。

 だけども……生きられる可能性が出てきた以上涼花の脳裏に出る思考は……

 

「また……会えるのかな?」

 

 生きられる可能性が出てきた以上会える可能性が出て来たのも少ないが確かだ。涼花が死んでしまっては元も子もないが生きている以上2人は地球上に確かに存在するのだから。

 

 だが……涼花の思考はそこで止まってしまった。何故ならば……

 

「……」

 

 涼花は既に拓斗の消したアカウントがあった場所を見ていた。そう、既に自分は考えられる内の最悪な言い分で拓斗とは一方的に彼の幸せを祈り別れた。

 それはもう向こうに理由を話す事もなく。

 

 ──今更……なんて言えば良いの? 

 

 実は連絡を取れない事も本当は無かった。何故なら、拓斗のLINEアカウントは既に消してしまったがスタディーメモリーのアカウントは自分のアカウントを消しただけで拓斗のアカウントは知っているからだ。

 

「最低だ……私」

 

 そこで自分が拓斗に送った最後の文を思い出す。

 要は自分に好きな人が出来たから別れてくれ、と。それを思い出すたびに当時の自分を殴りつける。

 

 もし自分が拓斗からそんな文を送られ一方的に連絡が取れなくなったらどうなるか……恐らくしばらく再起不能になるかもしれない。

 

 事実拓斗としてもそれは正解だ。拓斗は暫く立ち直る事は出来なかった。涼花はそれを一方的に送りつけ……今更嘘でしたなんて許されない。質が悪すぎるいたずらになる。

 

 そんな拓斗の事を想えば本気で自分はここで人生に終止符を打った方が良いのではないかとすら思った。

 

 ──それが良いわ。私以上に苦しんでいる人だってきっといる

 

 そう自分に言い訳して涼花はドナーの心臓をもらい受ける事を拒否しようとした。そうする事で人生から……拓斗からも逃げ出したかった。

 

 ──全然輝かない人生だったけど……拓君に会えてよかった

 

 そう決心した夕方頃だった。兄である優輝がやって来た。現在涼花は公立の中学校に行っている事になっているがもう殆ど学校には行っていない。対して優輝は涼花も名前を聞くことが何度もある龍神学園に通っている。

 優輝は涼花と違って見た目通りに元気よく、逞しい男なので学校では人気らしい。そして……最近はシスコンが加速している気がする。

 

(兄さんにも……お世話になったな。何か死ぬ前に残してあげようかな)

 

 と個室のドアを閉めている優輝の背中を見ながら思った。今、決心したことを話すつもりだ。兄が何を言っても受け入れるつもりは無かった。

 

 もう……病気と共に過ごす人生は嫌なのだ。心臓に付随する病気である起立性調節障害は上手くいけば副産物として一緒に治るかもしれないがまだ涼花にはてんかんなどの病気もある。

 

 目の前の危機を遠ざけたからと言って命の危険が無いわけじゃない。これからだって再び生死に直接かかわる病気になるかもしれない。

 その度に戦って結局入院するだけの生活なんて……ない方がマシだ。

 

「ドナーの件、受ける気起きたか?」

 

 彼はもう既に涼花は心臓移植を受ける事と信じてる風に聞いてきた。

 

 ──ごめんね、兄さん

 

 そう心の中で謝った後に涼花は首を振り

 

 

「移植手術は……受けない。私は……私のまま死にたい」

 

 

 どれだけの時間が経ったのか分からない。この部屋には時計が置いてないからだ。沈黙の時間が場を支配する。

 

 だが……ふっと兄は笑った。まるで涼花の考えを変える方法を知っているような……そんな感じが受ける。

 

 どうしてそんな顔をするのか分からない。今、自分は酷い事を言ったと思っている。シスコンである兄にこんなことを言うのは自分の半身を消すような感じなのに……

 

 兄はそっとある雑誌を涼花に見せた。それは普段涼花が絶対に見ない……カードゲームを特集する雑誌だ。

 

 涼花はカードゲームなんて見たことないしやった事もない。だが……その雑誌に写っていた人達の輝くような笑顔は当時は輝いていた。

 

 ──どうしてだろう

 

 その雑誌にある写真で写っている男子3人が優勝トロフィーを掲げて溢ればかり笑顔でいた。

 そして涼花は真ん中でトロフィーを掲げている男の子が不思議と印象に残った。

 

 タイトルを見てみた

 

『カードファイト!! ヴァンガード全国大会、初出場にして初優勝!! 挑戦し続ける力、トライフォースにインタビュー!』

 

 挑戦し続ける力でトライフォース……安易だが不思議と勇気を貰えるチーム名だ。だが何故今そんな雑誌を……そもそも雑誌を持ってくるのか分からなかった。

 

 こんなカードゲームをやったこともないし全国大会に行くと言う事はこの分野では秀でるのかもしれない……が涼花の正直の感想と言えばカードゲームで全国を取ったからなんだというのだと言う事だ。

 

 それでも……どうしてか真ん中の男の子に眼が惹きつけられる

 

(……どうしてこんな気持ちに)

 

 その写真の中で名前が出ていた。左から

 

『鉄村大智、氷火拓斗、雷同力也』

 

 偶々、拓という字が入っていることに一瞬ドキッとした。最早他の2人は見ず拓斗の事をじっと見ていた。

 顔は人によるだろうが涼花個人としてはカッコいいと思う。溢れんばかりの笑顔効果もあるとは思うけれども。

 

 どうしてこんなに眼が惹きつけられているのかは本人にも分からなかった。

 だから抵抗として兄に聞いた

 

「……何これ?」

 

「見ての通り最近人気のカードゲームの雑誌だ」

 

 涼花は真ん中の彼をもっと見てみたくてページをめくった。そこには彼が微笑みを浮かべながらチームの代表としてインタビューに答えていた。

 

 ──優勝出来て今どのようなお気持ちですか? 

 

 まあ無難な質問ね……と思いながら氷火なる人物が答えている部分を見た。普通のインタビューなら自分の力を出し切ったとか仲間たちのおかげで……とか涼花からしたら吐きそうな考えを答えられている者だと思っていた。

 

 事実それは半分は正解だ。だけど……不思議と涼花の心に突き刺さった。

 

 ──俺最初は全国大会なんて出るつもりは無かったんです。エントリー期間に俺史上一番辛い事があって……大切な人がいきなり目の前からいなくなってしまったんです。……ちょっと重い話になるんですけど死んだ方が楽なのかもしれないって考えてました。

 

 普通ならこれは少し質問と趣旨が違うように感じる。だけどそこで答えは終わっていなかった。

 

 ──でも大智と力也が俺にしつこいくらい付きまとってきて……あいつら俺がどこに行っても付いて来てたんですよ。それはもうしつこいくらいに『チーム入ってくれ』って。

 

 ……羨ましい気もする。それがどんな動機であれ自分を必要としてくれる人がいるのは心強いものだ。

 前までは拓がその役割を担ってくれた。でも彼はもういない。自分からフったから。

 

 胸が苦しくなるのを感じながら続きを見た

 

 ──それで……細かいこと言ったら時間が足りないので言いませんけど……あいつらのおかげって言うのかな。死にたいなんて思わなくなりました。それに……その目の前の人の幸せをずっと生きて祈ろうって……そう思えるようになりました

 

 いなくなった人の幸せを祈る

 

 この人は立派だなと思った。自分は祈るどころか……死に逃げようとしている。そこばかりがリフレインした。

 

 この人にどんな事があったのか、涼花は知らない。だけど……大事な人が目の前からいなくなる気持ちは自分でも何回も考えた。

 

 その度にどれだけ自分が拓に酷い事をしたのかを認識して落ち込んで……それが心臓移植を受けないという選択肢を選ぶ結果になった。  

 

 だけども……このインタビューを見て一瞬でも揺れてしまった。

 自分は拓の幸せを祈って生きるべきなのではないか、そして生き続けて最後はたった一人で死ぬべきなのではないか……と。

 

 そして涼花選んだ結論が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──再び拾う己の全てを賭けて恋愛せず彼の幸せを祈り続ける



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生徒会長の頼み事

 これは涼花が起きる前の話になる。

 

 涼花が倒れ、大智の力を借りて保健室に運んだあと昼休みももう直ぐ終わるというのに涼花の兄である優輝が保健室に飛び込んできた。

 

 息も切れ切れに優輝は涼花の顔色を覗き一つ安堵の息をついた。

 

「お兄さんなら知ってると思いますがてんかんでした。今は落ち着いていますが……学校には言っておいた方が良かったんじゃないですか?」

 

 涼花が寝ているベッドを前に拓斗は優輝に言った。大智や力也は既に教室に戻って拓斗が少し遅れる旨と涼花が発作で倒れたことを伝えてもらった。

 

 今言ったのは涼花がてんかんを持っていた事についてだ。去年の夏からはそんな様子を見せてなかったので拓斗ですら今日の事で初めて知ったがてんかんは自分一人では正直どうしようもない。

 もし自分の妹も自分のいない所でなったらと思うと気が気でない。

 

「ああ。中2からなりひそめていたから油断していた……が」

 

 そこで若干拓斗を睨み聞いてきた。

 

「何の理由もなしに涼花が倒れるとは思えん。氷火、お前屋上で何をした?」

 

 大の男が人を睨むとこんなにも迫力があるのかと拓斗は思った。しかし今回に関しては拓斗は悪くないと思っている。

 だからこそありのままに話す……前に聞いた

 

「その前に俺も一つ聞いても良いですか?」

 

「……何だ?」

 

「三月の……涼花のLINEアカウントの名前は……『花』」

 

 拓斗は涼花を複雑な顔で見ながら呟いた。既に優輝の方を向いてはいない。見ていたのは過去の自分と過去にベッドの上で自分とやり取りをしていた涼花だった。

 

「違いますか?」

 

 その時の彼の瞳がどんな色をしていたのか、それは彼を見ていた優輝にしか分からないだろう。そして優輝はそれを誰にも語るつもりもない。

 

 男の顔だ。何を言っているのだと思うかもしれないが拓斗は今そんな顔をしていた。だがだからこそ……答えを自分から引き出そうとしている彼にいたずらしたのかもしれない。

 

「答えは涼花自身から聞くと良い」

 

 そう言って遠回しに涼花の事を見とけという言葉と共に優輝は扉に手をかけた。しかし拓斗は納得いかなくてその背中に問いかけた

 

「どうして何も聞かないんですか?」

 

 その言葉に優輝は立ち止まる。

 確かに優輝からすれば拓斗は優輝の答えを言っていないし何故拓斗が涼花のLINEアカウントの名前を知っているのか気になるはずだ。

 それなのに何も聞かないことに不気味に感じた。

 

「……これだけは言っておこう。この前、俺は君の事を調べたといったな」

 

 そうだった。それにビビったのを覚えている。一瞬裏の情報機関でも使ったのかと思ったが優輝自身は表の世界だと言っていた。本当かどうかは分からないが本人がそう言っている以上信じるしかない。

 

 だけども……そもそも何故自分の事を調べる必要があったのかが気になった。本当に生徒会に入れる為だけなのか、そしてそれが本当だとして何故そこまでして拓斗を入れたがるのかが分からなかった。

 

 拓斗は成績は良いが特別何か一つに優れている訳では無い。言わば汎用性が高いが特徴的な何かがある訳では無い。

 

 そしたら再びどうして生徒会に入れる為にそこまでする必要が……

 

 しかしそこで拓斗の脳裏に稲妻が走った。某推理漫画のように何かをひらめいた時に起こるあれが現実で起こった。

 

 確かにただ生徒会に入れたいだけなら可笑しい話だ。だけど……理由が生徒会だけじゃないのなら調べる価値があったのかもしれない

 

(違う……まさかこの人が俺の事を調べたのは生徒会とは別件で……!?)

 

 それを拓斗は気が付いた。気が付いてしまった。もしかしたら……自分の今後を左右するような……大事なことが。

 

 そこで優輝はふっと笑った。

 

「どうやら気が付いたようだな」

 

 そこには本気で感心したように頷いていた。少ないヒントで気が付いたのは素直に称賛するべきものだと思ったのだろう。

 ただし

 

「しかし内容までは流石に分かっていないようだな」

 

「……当たり前ですよ。これ以上手札がないのにどう推理しろというんですか」

 

「それもそうだ」

 

 肩を竦めしょうがないと言いたげに顔を綻ばせた。だけれども次の瞬間にはあの真剣な顔へと変貌した。

 それは三月家の長男として、そして涼花の兄としての言葉だった

 

「もし君が涼花の本当(……)の彼氏になった時、教えてあげよう」

 

「——ッ!」

 

 その優輝の意味ありげな顔に拓斗の顔は止まってしまった。止まるしかなかった。

 

 前を向こうと決めた過去が……諦めてしまった未来が……それを戻せるかもしれない唯一にして最後のチャンスが現在(いま)だと……気が付いてしまったから。

 

 眼を見開いたまま止まってしまった拓斗を見て最後に言った

 

「ただ……君が涼花の彼氏になってもならなくても……君と我が家の関係は恐らく消える事はない」

 

「……それはどういう?」

 

 流石に今度こそ意味が分からなかった。どう考えても拓斗が涼花と付き合うとかそういう話にならない限り三月家と氷火家は関係がないだろう。

 だけど優輝は関係があると言ってきた。どういうことなのか学年5、6位キープの拓斗でも分からなかった。

 

「君が涼花の彼氏にならない限り教えるつもりは無い」

 

 ますます意味が分からなかった。そもそも何故彼氏になる事が前提なのだ。もし……もしも涼花が拓斗の考えている人ならそもそも彼氏がいる筈だ。

 だから……自分はどうしようもない。涼花本人が助けを求めない限り自分から動くのは傲慢というものだ。

 

 拓斗もそれが分かっていて顔を気まずげに下に向く。だが保健室を出かけていた男が自分の方を向いているのを感じてそこを向いた。

 

 そこでは優輝が真剣な眼差しで拓斗を見ていた。その瞳はとても涼花と似ていて不思議と感慨深いものがあった。

 

 ただその感慨も直ぐに止まる事になる。なぜなら現生徒会長が頭を勢いよく下げて来たからだ。

 

「あ……あの」

 

「妹を助けてやってほしい、これは……君にしか出来ない事だ」

 

 その光景だけが不思議と拓斗の脳裏に刻み込まれたのだった

 

 

 

 

 



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貴方に初めて出会った時

 再び気絶してしまった涼花に布団をかけてあげながら酷い事をしてしまったと拓斗は思った。だけど……言った事は後悔していない。

 

 半信半疑だった。だがよく考えて思い出してみたら偶然にしても出来過ぎな出来事が多かった。

 

 拓斗の意識も過去に飛んだ。

 

 ★

 

 1年前の夏休みが終わり、二学期がスタートするという日にあるビックニュースが拓斗のクラスに舞い込んできた。

 ある女子が教室に飛び込んできた。その女子は噂好きの人として有名でその情報は極めて信頼性が高いのが何とも言えない。

 

 拓斗達トライフォースの全国大会優勝の事もどういう訳か知っていたので少しばかり有名人になったが時が経てば人は忘れるものだった。

 

「ニュースニュース、大ニュース!!」

 

 その嬉々として叫ぶ様子は何時もの彼女以上に感情を露にしていた。なのでそれだけのものを持ってきたのだろう。

 拓斗自身も彼女の情報収集能力を密かに買っている。

 

「ここのクラスに転入生が来るんだって!!」

 

 その一言にクラスの人は大騒ぎになった。何故ならこの学園は出て行くことはあれど入って来る者は少ない。

 いや、近年では一人もいなかった筈だ。それだけ転入試験が異次元の難しさなのだ。

 

 それを知っている面々が殆どなので教室には驚きが広がり次にその転入生についてあれこれ噂を始める。

 

 拓斗達トライフォースも残り少ない朝の時間を使って今年の全国大会についての話から転入生の話になった。

 

「どんな奴が来ると思う?」

 

「女子らしいな」

 

 大智が女子と言う事にどこか嬉しそうにする。女子が来るのは何時の時代も男子にとっても嬉しいものらしい。

 

 ただ拓斗は女子と言う事も割とどうでもよかった。心配なのはその女子がこのクラスになじめるかどうか位でそれ以上の事は何も考えていなかった。

 

「まあ……転入試験受かるくらいだから学年順位1位候補だな」

 

「お前は勉強星人っかての」

 

「ただ確かにそれはあるよね」

 

「俺には遠い世界だな」

 

 大智が降参と言ったふうに手を上げた。ここに入るくらいには地頭は良いが入ってから勉強についていけなくなり絶賛拓斗の協力の元赤点を回避している。

 そんな大智からすれば学年1位なんて遠い世界なのは間違っていない。

 

 ただそう長く転入生の話を続けるだけいざ目の前にした時に幻滅する可能性もあるのでそこで転入生の話は打ち切り今度あるヴァンガード、U20チャンピョンシップの事を話し合って朝のホームルームの時間がやって来た。

 

 3人はそれぞれの席に戻りその時を待った。

 

「おーい、ホームルーム始めるぞー」

 

 二年前から自分達の担任をしている先生がいつもの掛け声とともに入って来た。そしてその後ろから件の転入生が入ってきて……

 

『おお!』

 

 とどよめきが起こった。日光に当てられて煌めていたアッシュブロンドの髪が全員の眼を引いた。そして次にはその同年代とは思えないほどの美貌も中学生男子には刺激が強すぎる程でこの瞬間に何人の男子が彼女に一目ぼれしたのだろうか? 

 

 拓斗も花の事が無かったら惚れていたのかもしれない。だけど……その美人な転入生に思ったのは……

 

 ──宝石みたいな人だな

 

 というものだった。髪が煌めいているのもそうだがその身に纏うオーラというか雰囲気がそういうものだったのだ。

 彼女が名前を言った

 

「三月涼花です」

 

 だけども拓斗は一瞬彼女に違和感を持った。

 

 ──どこかで会ったか? 

 

 無論会った事はない。正真正銘初対面だ。触れ合った、という意味では初めてではないけれども。

 そして違和感というか……事実が目の前に降りて来た。先生から興味津々なクラスの面々に彼女の事を話している時、彼女が拓斗の方を見たのだ

 

 ──初対面だよな? 

 

 何故かじっと見られているのに気が付き疑問符を浮かべる。というよりも浮かべるしかないだろう。どうして初対面の女子にこんなに見られないとダメなのだ。

 

 拓斗は自慢じゃないがそんなに女子と遊んだりすることはない。助ける事はあっても自分から話そうと思う程コミュニケーション能力がないのだ。

 

 それこそ2年前からトライフォースの2人とつるんで笑うようになったのを初めて見た人が多い位だ。

 

 それなのに見られる理由が分からなかった。そんな拓斗を他所に先生が教室の端に……拓斗の4つ程後ろの席を指さし涼花は頷き歩いていく。

 

 その歩く姿にクラスの視線が集まる。まるでモデルのような歩き方に引っ込むところは引っ込み出る所は出る……という女子の夢で描いた最高な自分を体現したようなプロポーションに男子だけではなく女子すらも感嘆する。

 

 そして彼女が拓斗の席を通る時、そっと呟いた

 

「よろしく、氷火君」

 

 その一声にドキッとする前にぞわっとしたのは彼女が教えてもいない自分の名前を知っていたからだろう。

 ついでに言うなら涼花がそう言った瞬間クラスの視線が拓斗にも集まったからぞわっとしたというのもあるけれど。

 

「あ、ああ……よろしく」

 

 拓斗の言葉を背に涼花は自分の席に座った。一瞬だけ見たが涼花と太陽光の相性が良すぎると感じたのは拓斗だけではないだろう。

 それに加えてあの容姿だ。

 

 ──モテモテルート確定だな。彼氏がいるかもしれないけど

 

 と他人事の様に思った。というよりも他人事だから間違ってはいない。

 あれだけの容姿に頭のよさなのだ。引く手は数多だろう。少なくとも人間関係では敵なしかもしれない。

 

 ただ……その認識が甘かったのは直ぐに思い知った。

 

 それは1限目が終わり直ぐだった。彼女の隣のクラスのイケメンの男が話しかけたのをきっかけに彼女の周りには人垣が出来ていた。

 拓斗は自分の席を取られないように離れず後ろで何やら話している涼花たちを見ていたが直ぐに空気が悪くなったのが分かった。

 

「え……えと」

 

 そのイケメンが珍しく淀んでいるのを見て拓斗は何があったのか気になった。だから席に着いたまま背後に耳を澄ませて……そうなっている理由が直ぐに分かった

 

「あなたと連絡先を交換して私になんのメリットがあるの?」

 

 冷たく無愛想な声がしんと教室に広まった。どうやらあの男子が涼花と連絡先を交換しようとしたのだろう。

 彼はサッカー部のキャプテンだったので学校の女子からの人気はそれは凄かった。そしてそんな連絡先を交換できるというだけでもこの学校の女子からすればギルティ―案件なのにそれを一蹴した。

 

「連絡をしたいから……かな」

 

「そう、私は別にあなたと連絡したいとも思わないしそれは私のメリットじゃない」

 

 一瞬でこれだけ教室の空気を最悪に出来るのはある意味才能だろう。拓斗はそんな才能欲しくないと思ったのは内緒だ。

 

 そして月日が流れ二学期の中間考査、涼花はあっと言う間に孤高の存在となりぶっちぎりの学年1位を取り席替えの時期となった。

 

 涼花の隣には高確率で男子が隣になって……直ぐに断末魔が聞こえて速攻で席替えが行われた。そしてそれが3回目くらいで……

 

「えーと、よろしくお願いします」

 

 何故か拓斗に白羽の矢が立ち拓斗は後ろの席で涼花の隣になってしまった、がしかし

 

(ふふふ、この場所は適度に授業をサボr……休息をとる為にベストポジションだ!)

 

 と少し現実逃避しながら拓斗は中間考査の後から涼花の隣は拓斗の席として固定された。何故なら拓斗は涼花の言葉に傷ついた様子を見せないし寧ろ普通に喋っている。

 

 事務連絡すら涼花に話すのは結構難易度が高かったのだ。だが拓斗は初めから涼花を友達や恋愛対象として見ていないから普通に話しかけられる。

 

 そして……それから月日が流れ高校生になりあの涼花の巫女姿を見た後から何かが動き出した。不思議と涼花は拓斗が気になり……自分でも分からない程口が勝手に動いた事は一度や二度ではない。

 

 気絶する前のものが決定的だったように感じる。

 

『助けて……拓君』

 

 3年前、好きな人が出来たと別れられ……それがネット上の人物。それに反応し脳が異常に興奮しててんかんが起きた時、もうここまで偶然が重なったら……現実を否定したくても目の前の現実がその結論を下していた。




ごめんなさい。めっちゃ時系列が行き来してます。本当にごめんなさい


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それを運命と名付けたい

 何かが終わるような……拓斗の心を表しているように夕日は徐々に沈んでいく。再び眠ってしまった涼花が起きるのを待っていた。

 保険医も一度戻ってきたが直ぐにどこかに行ってしまった。ただ涼花の様子を見に来ただけなのだろう。

 

 ただその時間が拓斗には有難かったのかもしれない。ただボーっとする時間が……今の拓斗には心地よかった。そうすることで現実から逃げようとしていたのかもしれない。

 

(だってそうだろ?)

 

 偶然自分がスタディーメモリーで涼花を見つけて会話をするようになって、LINEを交換して画面上の交際をして……離れてしまった。

 

(出来過ぎなんだよ)

 

 偶々涼花がこの学校、そして自分のクラスに転入してきて偶々拓斗と隣の席になった。何もかも出来過ぎなのだ。

 偶然で片付けていいものなのか……いやそんな訳ない。だが偶然で片付けられないのならこれは何と言うのだろうか? ただ一つだけ見つけた

 

「運命……か」

 

 ──自分で言ってて気持ち悪いと思った

 

 そんなべたな言い分が許されるのは中二までだ。自分はとっくに高校生になっている。恐らく妹が聞けば気持ち悪いと言われて兄の拓斗のライフゲージは根こそぎ持っていかれるだろう。間違いない。

 

 でも……

 

 拓斗はそっと寝ている涼花のおでこに自分の掌を乗せた。それに涼花が少し反応する。だけどもそれだけだ。

 

「そう思いたいじゃねえか」

 

 拓斗は涙声でそう呟いた。自分は諦めた。諦めることが出来たと思っていた。親友達のおかげで前を向けたと思っていた。

 いや、恐らくこうして目の前に現れていなければ諦めることが出来た。だけど……

 

「無理だろ……もう……」

 

 その眼から頬を伝い一筋の涙が涼花の顔に落ちた。

 

「ん……う」

 

 その涙に反応したのか涼花が目覚めの声を出す。拓斗は眼を大きく見開き彼女が起きるのを待った。

 

 拓斗の体内時計では最早30分以上経った気がするが本当は10秒も経っていない。ゆっくりと彼女の眼が開かれる。

それを見た拓斗は出来るだけいつも通り声をかけた

 

「……おはよう」

 

 その声は既に涙声になっていた。涼花もそれが分かっているのか瞳を揺らしていた。自分の意識が無くなる瞬間に思い出していた忘れようもないあの日は涼花の中にもしっかりと刻み込まれている。

 

 そしてもう花という名前にあれだけ反応してしまったのだ。もう誤魔化す事は出来ないだろう。だから……この高校に来た時の様に冷たい声を出した。せめて彼が自分の事を嫌いになるように

 

「何でまだいるの?」

 

 だけども……そんな声は出せなかった。それどころか涼花まで涙声になる始末。もう二人とも精神的に限界だった。

 

 拓斗は力ない笑みを浮かべた

 

「何でって……頼まれたから……かな」

 

「兄さんに?」

 

 涼花は拓斗と顔を合わそうとはしなかった。合わせてしまったらこの顔が決壊するのは目に見えていたから。

 

「ああ。……でも、俺なんかより彼氏の方に連絡した方が良いんじゃないか?」

 

 ──え? 

 

 拓斗の言った言葉に涼花の肩がビクッと震えた。どうしてそんな事を言うのか分からず涼花はとうとう拓斗の方角を見た。

 

 そうすればどうしてか……拓斗の顔は既に涙で埋まっていた。その見たこともない彼の顔に涼花の心に罪悪感が突き抜け……思い出した

 

 

 ──他に好きな人が出来ました。別れてください

 

(……あ)

 

 もしその事を今でも覚えていて……というよりも十中八九覚えているだろう。だから拓斗はその事を言っているのだ。

 

「……花?」

 

 既に拓斗の呼び方は昔の方に戻っていた。それが目の前の人が拓なのだと客観的に示している。

 涼花は再び早くなる鼓動を懸命に抑えた。そうしなければまた気絶してしまう。もうそんなダサいところを見せたくなかった。

 

 それに……これはチャンスだ。ここで彼氏がいるからと言えばきっと拓斗は自分の事を嫌いになれるだろう。

 

 あの自分の命を再び拾った時に涼花は誓った

 

『自分は誰とも付き合わないしそんな資格はない』

 

 それは……例え拓斗が相手でも変えるつもりは無い。何故なら自分の都合で……自分が絶望しただけで彼の気持ちを踏みにじった。

 一方的に繋がりを断ち切った。それがどれだけ彼の心を傷つけ暗くしたことを涼花は知っていた。

 

 だから……だから……だから……だから……だから……だから

 

 

 

 

 

「嘘」

 

 

 

 

 

 言えなかった

 分かっていたはずなのに……こんなことを言えば彼は自分と堂々と付き合える選択肢が出てくる。恐らく……いや確実に言ってくる。

 

 そうすれば彼にはまた辛い思いをさせるというのに……これ以上は嘘をつけなかった

 

 つける訳なかった。

 

 目の前に彼がいて……そんな泣き顔を見せられて……自分に彼氏がいると本気で信じていた彼に申し訳なくて……

 

「……え?」

 

 拓斗は信じられないような表情で涼花を見ていた。だけども涼花は気まずく顔を逸らした。もう既に涼花の仮面は無くなっていて今拓斗の方を向いたら何もかも吐き出す事になる。

 

 それだけは……それだけは絶対にダメなのだ。この3年間で被った氷の仮面だけは……外したらダメなんだと自分に言い聞かせた。

 

「どういう事?」

 

 ──ああ……貴方はそんな声だったんだな

 

 彼が拓と認識して改めて聞く声に涼花の中に感慨が宿った。でも今からでも遅くはない。自分と拓斗は付き合うべきじゃないし自分に下した裁きは自分の墓場まで持っていくと決めている。

 

 ここからはまた氷の仮面を被るのだ

 

「そのままの意味。私に彼氏なんかいた事ない」

 

 それは暗に拓斗との付き合いも交際に入っていないと言っていた。

 

 そうして拓斗との交際が本気でなかったことを示せば彼はきっと怒ってもう自分と関わらないようにしてくれるだろう。

 

 それが自分にとっても彼にとってもきっと最善なのだ。この胸に宿る痛みはきっとまだてんかんの影響があるだけで絶対に彼と本当の意味で決別する事の後悔ではない。

 

 ──あなたと私はきっと出会うべきじゃなかった

 

 そんな言葉を自分の胸の中で発した時、今度こそ自分の胸を罪悪感と後悔の弾丸が貫いた

 

 

 

 



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お兄ちゃんが落ち込んで帰ってきた件

『もう帰って』

 

 そう探し求め続けた人に言われてしまった拓斗は帰り道をどう通ったか分からなくなるほど意識が朦朧としながら帰路についていた

 

 虚ろな眼のまま彼は何時の間にか河川敷にやって来ていた。あの日のような夕日が川に照り付けているのではなく月の光が照り付けられていて幻想的だ

 

 こんな状況では無かったらきっと感嘆していたかもしれない。

 

 拓斗はそのまま座り込んでボーっと川を見ていた。そうしていたらその川に涼花の顔が映った

 

「……本当、意味分かんねえよ」

 

 その声は既に涙声となっておりあの日のような拓斗の姿がそこにはあった。

 

 彼氏がいなかったのは正直安堵した。それが嘘と言ってくれて嬉しかった。これで堂々と付き合えるかもしれないと思ったことは事実だ。

 

 だけど次に発した言葉は意味が分からなかった

 

『私に彼氏なんかいたことない』

 

 それは拓斗ですら自分の彼氏ではなかったと言ったも同然。

 

 それに拓斗は何を言いたくなったのか自分でも分からなかった。本当は怒りたかったのかもしれない。

 涼花と付き合っていたと思っていたのは自分だけだったのかとかそもそも嘘をついてまで自分と別れたかったのかとか会う約束までしていたのにドタキャンレベルを遥かに超越するあの出来事とか……。

 

「何だよ……意味分からねえよ!」

 

 彼にしては珍しく荒ぶっていた。

 

 涼花かそう話した時の寂し気な……苦痛の顔が忘れられない。涼花自身は隠していたのかもしれないが隠し通せていなかった。

 

 本当はあの日の様に「本当にそう思う?」と聞くべきだったのかもしれない。

 

 寄り添ってあげるべきだったのかもしれない

 

 それでも……涼花の言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 自分がどうしたいのかすら分からなくなって逃げてしまった。3年前、本当は無理やりでも病院の居場所を聞いて直接会って励ますべきだったかもしれない。

 

 そうしていたらきっとこんな事にはなっていなかった。

 

「……ほんとう、俺ってクズなんだな」

 

 悲観、そして諦めたように言う彼は笑っていた。ただの笑みではない。自虐の笑みだ。

 

 交際していたと思っていたのは自分だけなのか、でも涼花のあの表情が……声が苦し気になっているのを見て本当は何なのか分からなくなっていた。

 

 そして……あの場から逃げ出してしまった自分にも嫌気がさしていた。

 結局考えても自己険悪に陥るだけで拓斗は家に帰って来た。ボロボロなドアを開けると最近は元気な妹の声が聞こえて来た

 

「お兄ちゃんお帰りー!」

 

 そんな何時まで経っても子供のような眩しい笑顔に拓斗の心にも一瞬光が宿る。しかし彼女の笑顔を見ればさっき見た涼花の事が脳裏に過ぎる。

 

 それで拓斗の様子が変だと思ったのか蒼葉は首を傾げた

 

「どうしたの?」

 

 その心配気な妹の表情を見て拓斗は感情の壁が決壊しかけたがなんとか耐えた。曇った表情のまま拓斗は返した

 

「何でもないよ。体調は大丈夫なのか?」

 

「隠さないで」

 

 だが妹はピシッとそれを無視した。その何時もの甘えん坊が真剣な声色を出しただけでこんなにも印象が違うのかと拓斗は思った。

 

 何だか今は火山が噴火する前のあの雰囲気に似ている気がする。

 

 そっと中を覗いてみるとどうやら母はまだ帰ってきていないようだ。今日は拓斗がバイト休みだったから早めに帰る予定だったのが涼花の事があったので遅くなった。

 

 ……などと現実逃避していたら目の前には心配気な蒼葉の顔があった。

 

 ──ほんと、ダメ兄貴だよな

 

 それを見て拓斗の胸の中に少し暖かさが戻って来た。妹を心配させるなんて家族として言語道断、自分は涼花の元彼氏である前に蒼葉の妹なのだ。

 

「……取り合えず入って」

 

 蒼葉はそう言って奥に入った。拓斗も奥に入りリビング兼寝床には既に晩御飯が用意されていた。

 蒼葉が作ったものだ。体の関係上家にいる事が多い蒼葉の趣味は図書館で借りた料理本を見て実践する事。だから母がいない時は基本的に兄が作るのだが今日は兄の帰りが遅かったので蒼葉が作ったのだろう。

 

「ありがとな」

 

 蒼葉は微笑み自分の目の前にある晩御飯を前に手を合わせた

 

「「いただきます」」

 

 そう言って2人きりの晩御飯を食べ始めた。箸を動かす音と咀嚼音だけがこの寂しげな部屋に響く。

 そして全てのおかずを食べ終えて2人は片づけをした後、ホットミルクを入れて向かい合った

 

「それで……何があったの?」

 

 あくまでもさっきの話は聞くのか拓斗が逃げない内に話を聞こうとした。

 

「……長くなるぞ」

 

 拓斗は3年前のあの日々の事を家族には話していない。百恵は気が付いていたかもしれないが今よりも幼い蒼葉は恐らく気が付いていなかったと思う。

 

 だから先ずは3年前の日から話す必要がある。

 

「良いよ。お兄ちゃんがそんな顔するなんて珍しいもん。蒼葉ちゃんに話してみて」

 

 自分で蒼葉ちゃんとかいうなよ……と思いつつも妹の笑顔には逆らえないのかそれともただ誰かに話を聞いてほしかったのか自分でも分からないが語りだした

 

「3年前の春さ……」

 

 そこから拓斗は語った。

 

 3年前、涼花とネット上でお話しする関係になった事、そこから紆余曲折があり付き合う事になった事、突然訪れた別れの話、そして約2年後に知らない間に再会していた事、そこからの日々と……今日起きたことまで要点だけまとめて2時間ほど使って語り終えた。

 

 話を聞き終えた蒼葉は

 

「……何か凄いね」

 

 蒼葉は何だか映画の話を聞いてる感覚になった。いや寧ろ映画だって言われた方が納得できるような気がした。

 

 だが事実として兄は今日の出来事で涼花に言われたことと自分の気持ちが分からなくなって逃げ出してしまった。

 その拓斗は話し終えたら憔悴しきってボーっとしている。

 

 だからこれは映画でもなんでもなく拓斗が歩み今に至った物語なんだと認識させられる。空になったコップを見ながら蒼葉は思った

 

「だから3年前からいきなり神社に行くようになったんだね」

 

 拓斗の話を聞いて合点がいった。どうして神社に行くようになったのか、その理由が3年前のそれが原因なら兄は本気でその涼花の事が好きだったと言う事になる。

 

 好きでもないのにそんなマメな事をするわけない。蒼葉が知る限り拓斗は1週間に1回の神社訪問をサボった事はない。

 

 しかし……そういう事なら蒼葉が兄に言える言葉は一つだけだろう。心底不思議と言った顔で言った

 

「だったらお兄ちゃんはどうして悩んでるの?」

 

「え?」

 

 それだった。

 蒼葉が聞いた限り現在進行形で拓斗がこうなっている理由はいくつかある。

 

 1つ目、3年前一方的に別れを告げた花の正体が涼花だったこと

 

 2つ目、その涼花に別れた理由で嘘をつかれていた

 

 3つ目、そして涼花自身は拓斗との日々も交際に入っていなかったこと

 

 4つ目、だけど涼花がそう言った時の表情が悲しげにして苦しそうな表情だったこと

 

 4つ目の理由で拓斗は何が本当なのか分からなくなり逃げ出してしまったと言う事。蒼葉は内心「ヘタレ兄貴」と思っているが口には出さない。

 きっと兄なりに何かを考え今まで過ごしてきたのだろうからそれを言うのは憚られた。

 

 でも……

 

「関係ないよ。だってお兄ちゃんはその涼花さん? が好きなんでしょ?」

 

 そう改めて言われると一瞬ドクンと拓斗の心臓の音が聞こえた。それに伴って徐々に拓斗の頬が赤くなっていく。

 

(お兄ちゃん分かりやすいな)

 

 それが嬉しく思う反面、少し寂しくもある。だが拓斗が3年という歳月が経っても涼花の事を想い続けて来たのはそれだけ涼花の事が大切だったという証左。

 それを兄離れが出来ないという理由で自分が邪魔する訳には行かない。

 

 拓斗は呆けた表情をしていたが直ぐに暗くなった

 

「好きだけど……」

 

「けど……なに?」

 

 何か躊躇っているように見える拓斗に少しきつめに詰問する。それでも拓斗は直ぐに言おうと思わなかったのか何かを考えるように黙ってしまった。

 

 蒼葉はそれを急かすことなく見守っていた。その顔は慈愛に満ちていた。

 やがて彼が決心したように口を開く

 

「……もう逃げ出した俺が今更何を言うんだよ」

 

 拓斗は涼花を前に逃げ出してしまった。涼花にもう帰ってと言われたことを差し引いても今回の事は3年前のあの日からも逃げたように感じ拓斗は弱腰となっていた。

 

 そんな拓斗は蒼葉も初めて見る程疲れていた。

 

 そっと拓斗の手を握った。蒼葉と眼を合わせようとしない拓斗にそっと話しかけた

 

「私はお兄ちゃんが逃げたと思わないよ?」

 

 拓斗はゆっくりと顔を上げた。目の前には天使のほほえみを浮かべている蒼葉がいる。妹に発情することなどないがそれでも拓斗は漠然と『妹は誰にもやらん』とか思っていた。

 

 そんなどこかずれた拓斗に気が付かない蒼葉は続けた

 

「だって……涼花さんの事で本気で悩んで好きだから……分からなくなったんでしょ?」

 

 その言葉に頷く。

 花が……涼花が好きだからこそ本当に涼花が思っていることが分からなくなりあの保健室から出て行ってしまった。

 

 蒼葉はそっと立ち上がり兄の隣に座って兄の頭を自分の胸に引き寄せた。妹の胸に抱き寄せられた兄は眼を見開きその内身を預けた。

 

「だったらお兄ちゃんがする事は一つじゃないの?」

 

 頭を撫でながら呟く。拓斗は妹の撫でが気持ちいのか何かを考えているのか身じろぎ一つしない。

 

 

「分からなくなったのなら……知ったらいいんだよ」

 

 

 拓斗はそれを聞きゆっくりと顔を上げた。何を言っているのか分からなかったのだ。

 蒼葉自身も一回で分かるとは思わなかったのか続けた

 

「だってお兄ちゃんが分からないのは花さんとしての涼花さんしか知らないからでしょ? だったらこれからもっと涼花さん自身の事を知ったらいいんだよ。それで……知った先でまた好きになったらいいんだよ」

 

 ふふ、良いこと言ったと自画自賛している蒼葉を前に拓斗は少し眼を見開いた。そんな発想はなかった。

 確かに自分は花の事はそれなりに知っているが……

 

(涼花の事は……知らないな)

 

 確かに1年同じクラスでそれなりに分かった事もあるが本当にそんなのは一部だ。花に関してもそれは変わってないかもしれないが花としての涼花の方が話したことあるのでまだ涼花よりも分かるつもりだ。

 

 今日見せた涼花が本当の花なのかもしれない。そうじゃなくてあれが全て演技だったとしても……恐らく自分は好きになるだろうなと思っている。

 

 それだけ既に花に毒されていた。蒼葉の言っていることはぶっ飛んでいるのかもしれない。でも……拓斗にはどこか光明に見えたのだった。

 

 蒼葉からそっと離れて照れくさそうに言った

 

「ありがとな……蒼葉」

 

「どういたしまして、お兄ちゃん」

 

 その後、拓斗は好奇心Maxにした蒼葉によって涼花の事をあれこれ言う羽目になった

 



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これがラブコメでよくある展開か!

 蒼葉の恋愛相談から翌日、不安とドキドキを胸に抱えて拓斗はいつもより早く家を出た。昨日の夜蒼葉に花との事を話したりして結構スッキリとした。

 ただ……蒼葉が「私も蒼葉叔母ちゃんか~」と言っていたのは全力で否定したいところだが。

 

(蒼葉を叔母ちゃんなんて呼ばせねえぞ!!)

 

 あの天使な蒼葉を叔母ちゃんと呼ぶ奴は誰が相手でもぶっ飛ばしてやる! 

 

 などと少し意味分からない思考をしながら拓斗は教室に来た。あの日直の日と同じくらいの時間帯に来たから既に涼花がいると思っていたが涼花の姿は見えなかった。

 

 おかげで普段涼花がしている教室の鍵を開けるという作業を拓斗がする羽目になった。少し重苦しい職員室の前で拓斗は面倒くせ~と思いながら扉を開けた。

 

 そうするとやはり教員が慌ただしく動き回っており一瞬皆拓斗に視線を向けただけで直ぐに自分の作業に戻ってしまった。

 

 幸い、拓斗は前涼花と来た時に鍵の場所は知っているのでそのまま回収し職員室を出た。そのまま真っすぐ教室まで向かい涼花を待つ

 

 

 だけど涼花はその日から学校に来ることはなかった

 

 

 ★

 

 

 彼の泣きそうな顔で出て行った背中を見送った私は今日だけで何度起きたか分からない罪悪感が胸を貫いてきた。

 

 誰もいないのをいいことに私は泣いていた。もう涙を止める事なんて出来なかった。

 

 ──またやってしまった

 

 彼は優しいから……自分に相応しくないから突き放した。でも……そうする事で傷つくのは私だけじゃなくて一番は彼なのだ。

 

 3年前と同じように一方的に突き放した。

 

 貴方との付き合いは交際ではないと言ってしまった。

 

 そんな事はない。あの日々は涼花にとっても幸せな日々で……何度も拓斗に会いたいと思ったほど拓斗の事を考えていた。

 

 なのに……

 

「う……ああ……」

 

 こんなやり方でしか彼の幸せを祈れない自分が悔しく情けなくてただ涙を流すのみ。

 

 拓斗の幸せを祈りたいのにきっと自分は他の女が拓斗の隣を歩いていたら泣いてしまう。でもそれがあの時拓斗を裏切った自分への罰。

 

 でも……そんな自分が一瞬でも罰を無くそうとしたことに嫌気がさしてくる。自分で自分を責め続け負の感情しか今の彼女には見えてなかった

 

 この日を境に涼花は体調不良が続いた

 

 

 ★

 

 

 中間考査まであと2日と迫った頃、今日も涼花は休んでいた。休み過ぎたら出席回数の問題で留年となってしまう。

 

 それを差し引いても拓斗は涼花の心配をしていた。もしかしたらあの日の出来事のせいで体調を崩したのかもしれないと思ったからだ。

 

 花時代の事がそのまま涼花にも当てはまるとしたら涼花の身体は弱い筈。それに精神的疲労も合わされば症状が酷くなるのは目に見えていた。拓斗でさえ蒼葉のおかげで何とか持ちこたえたのだ。

 

 だが拓斗にはどうしようもない。

 

「帰りのホームルーム始めるぞー」

 

 担任の少しやる気の欠ける掛け声とともに生徒たちは着席していく。だが拓斗はホームルームはほぼ何も聞いていなかった。

 何だか中間考査の後の話とかしていた気がするが今の拓斗の優先順位はそんな事ではなく涼花にどう声をかけようとかそんな事だった。

 

(ラブコメとかなら主人公が彼女の家に行く王道パターンがあるんだが……)

 

 などと思っているが涼花に限ってそういう事はない。何故なら行く理由がないからだ。

 

 よく小説やアニメの恋愛ものなら偶々彼女の家を知っている男子が行ってそこで色々あるのかもしれないがそんなものは所詮2次元の話、

 

(先ず、あれは色々可笑しいからな!)

 

 そもそも年頃の男を弱っている女性の所に行かせるなんてナンセンスだ! そんなもの思春期の男子には目に毒過ぎる。

 体調不良と言う事はそれなりに弱っていると言う事、そんな姿を女性は普通見せたくないだろう。多少なりとも交際していた人には勿論のことだ。

 

(配布物にしてもそうだ、涼花が一人っ子ならこのクラスの誰かに頼まれていたかもしれないが涼花には兄貴がいる。配布物が回ってくることはない)

 

 拓斗としては心配だから見に行きたいのは山々だが……

 

 ──俺が行っても追い返されそうな気がする

 

 そうなのだ。涼花が休む原因になったのが拓斗だとすると本人には会いたくないに決まっている。

 それが例え涼花からしたらクラスの使者だとしても。

 

「はぁ……」

 

 先生の言葉を右から左に流しつつため息をついた。現状では何もできない自分がもどかしく悔しかった。

 

 涼花に会いたい

 

 そんな想いは日に日に強くなっていった。

 

 そんな時だった。ホームルームももう少しで終わるという時に教室の前方のドアがノックされた。

 拓斗も普段ドアをノックする人なんていないから気になり何となく見た。

 

 ガラガラという音共に入って来たのは……

 

「あ」

 

「失礼します」

 

 その巨体に似合わないかしこまった声と共に入って来たのは涼花の兄、優輝だった。拓斗は一気に疑問符を全開にした顔となる

 

 それもそのはずで何故まだ授業時間内である優輝がここにいるのか分からなかったからだ。

 

 彼は一瞬拓斗の方を見て次に担任の方を向いた

 

「授業中に申し訳ない。今日私の方に予定が出来てしまいまして涼花の配布物を受け取れない旨を報告に来ました」

 

「それは構わないが泊りがけの予定なのか?」

 

「いえ、恐らく帰るのがとても遅く涼花が寝ている可能性があるだけです。全く、こんな時期にパーティーなんて止めてほしいんですがね」

 

 そう言いながら再びちらりと拓斗の方を見る。

 忘れていたが優輝も所謂おぼっちゃまなのでそういうパーティーの招待などよくある事なのだろう。

 ただそれが中間考査が間近に迫っているこのタイミングであるのは確かに止めてほしいと思うのは分かる。

 

「誰か代わりに涼花に届けてくれるなら良いんだがなぁ?」

 

 そう言って再びちらりと拓斗を見る

 

(あざとすぎだろ! 何、このラブコメの一歩先を行っている展開!?)

 

 もっとも拓斗自身はラブコメなんて大智に貸してもらったのを読んだ程度だがこんな展開はなかった(母数が少ないだけ)

 

「涼花と多少仲が良い奴が行ってくれたら涼花も喜ぶだろうなぁ?」

 

(何度チラ見するんだよ現生徒会長!?)

 

 だがこれははっきり言ってチャンスだ。これに乗せられるのは正直癪な部分もあるし借りを作るようで嫌だが元々拓斗はある事はもうやる事を決めているので直ぐに返せる貸しだろう。

 

 そう思ったが吉日、拓斗はゆっくりと手を上げた。

 

 何事だとクラスの面々は見るが拓斗は若干優輝を睨みながら聞いた

 

「じゃあ俺が行っても良いですか?」

 

 それに少しどよめきが起こる。この前の事と言い一応今は敵対しているのではないのかと誰もが思っている。

 なのに拓斗はどちらかというと涼花を助けている。前のお弁当の時も何があったのか分からないが拓斗含む3人が涼花を助けた。

 

 クラスの好奇心が涼花と拓斗、ついでにトライフォースに向くのはもはや必然だった。因みにこの前の冷静な判断をしていた大智を見ていたクラスの女子は少し大智にときめいていた。

 

 閑話休題

 

 そういう訳でクラスの面々は拓斗を好奇心の眼で見ていたが拓斗はそんなものは無視していた。

 じっと見つめるのは優輝、優輝はその言葉を待っていたと言わんばかりにニヤリと笑った

 

 ──あ、俺早まったかもしれない

 

 などと拓斗は思った。何故ならこのクラスで涼花と一番話していたのは誰が見ても拓斗だろう。つまりそれを知っている先生はほっといても自分を指名すると思った。

 

 いらない所で借りを作ってしまった。

 

 ──待て待て、まだ会長が許可を出さなければ……

 

「そうか、氷火なら安心だな。では先生、今日の配布物は氷火に渡しておいてください」

 

 出しちゃったよ

 

 いやもう行く気ではあったから良いけど何だか色んな意味で負けた気がする。優輝は教室を出る瞬間、全く似合わないウインクをして出て行ってしまった。

 

 これにて拓斗の涼花の家行きが決定してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あ、お土産とかどうしたらいいんだろ



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格の違いを思い知ったよ

 お見舞いイベント

 

 その言葉を聞いた人は瞬時にどんな事が頭に浮かぶのだろうか? 

 

 これは拓斗の偏見だが先ず彼女の家をまじまじと見て普段彼女がどんな生活をしているのかを想像する。

 

 次にインターホンを押せば彼女の姉か妹、母親が出て「あらあら彼氏さん?」などと言ってこっ恥ずかしい話をしながら自然と家族と接点を持つ。

 いや、これが現実ならば配布物を渡して終わりなのだが何故かアニメやラブコメだとこんなパターンが多い。

 

「だがそれはご都合主義がなせる業」

 

 そもそもなぜクラスメイトとは言え男子を家に上げるのだ。そこから最早意味が分からない。少しは警戒感を持つがいい

 

 そして次に彼女が弱っているだろう部屋に案内され弱っている彼女を見て少しきゅんとしてしまう展開になる。

 

 しかしこれも拓斗は「そうはならんだろ」と思っている。何度家族からしたら初対面の男を娘の部屋に上げるなと言えば良いのだ。

 

 ついでに言うなら涼花の事はまた振出しに戻ってしまったが花としての涼花は今でも拓斗は好きなのできゅんとは……するな

 

「この世界は非情だ」

 

 などと少し中二病チックな事を言いながら拓斗は歩を進める。その頭の中ではラブコメの伝統お見舞いイベントについて考えていた。

 

 部屋に通された後は病人を相手に何故か長時間話す。弱った女は男からしたら胸を躍らせる要素しかない。

 そして彼女をそのお見舞いイベントの後にもかかわりを持ち好きになっていくとかいう王道パターン。

 

 しかし拓斗は今、そんな王道パターンになるとは思っていなかった。寧ろ今までの事でそんなパターンになるとは全く思っていなかった。

 

 ──ていうか

 

「でけえなおい!!」

 

 彼の目の前に聳えていたのはこれだけで自分の家のドアの何倍の長さがあるのか分からない開閉門だった。何かの間違いかと考えるのも無理はない

 先程、担任経由で来た優輝のメールに書かれた住所を見るとここであっている。

 

(こんなの夢の中でしか見てねえよ)

 

 だが現実逃避をしていたのはそこまでだった。次の瞬間には顔を引き締める。先程思い浮かべた王道パターンを想って顔がにやけるなんてことはしない。

 

 というよりも最悪は本当にそれとは反対の感情になるかもしれない。

 

 何故なら……

 

『私は親が嫌い』

 

 そう花と話してた時にそんな会話をしたことがあったからだ。その時に何故嫌いなのか知った

 

 継父は自分の存在を全否定して偶に性的な視線を向けてくるから

 

 母は会社ばっかり、継父のことを言っても離婚もせずに助けてくれない。それどころか偶に冷たい眼で自分を見てくるから

 

 特に継父が嫌いと言っていた。当時の話だと絶賛ニート生活のようだ。涼花じゃないが本当に何で結婚したのか謎だと拓斗は思った。

 

 今回、もしかしたらその継父に会うかもしれない。その時に何を話すかなんて決まっちゃいないが今回は何も言わないつもりだ。

 

 家族の問題……そう言われてしまったら自分にはどうしようもない。でも……彼女が助けを求めてきたら直ぐに助けたいと思っている。それが綺麗事だろうが関係ない。

 拓斗は掌を見つめた

 

 ──あの時とは違う。手の届くところにあなたがいる

 

 一つ深呼吸してからその巨大な開閉門の隣にあるインターホンを押した。そうすると直ぐに応答があった

 

「はい、三月です」

 

「すいましぇ……」

 

 噛んだ。それはもう言い訳のしようもない程完璧に嚙んだ。拓斗の頬が羞恥によってじわじわと赤くなっているのが分かる。

 

 

 

 ──死にたい

 

 

 

 と本当に思ってしまった。というよりも涼花の前に自分がそうなってしまってどうするのだという話だ。

 向こうが一瞬笑ったように息をつめたのがインターホン越しでも分かったが拓斗は一つ咳払いをすると羞恥を声色に乗せたまま言った

 

「すいません。三月……涼花と同じクラスの氷火拓斗と言います」

 

 拓斗はインターホン越しに自己紹介をした。これくらいなら普通の筈だ。一応セキュリティーが高いのかもしれないので顔の隣に生徒証を見せる。

 

「——!」

 

「?」

 

 だが何故かインターホンの向こう側にいる人物は息を飲んだ気がする。それが不思議に思い拓斗は首をかしげたがまるでそんな事は無かったと言わんばかりに相手は返事した

 

「あ、申し訳ありません。確かに優輝様から仰せつかっております。扉が開いたらそのまま真っすぐ正面玄関まで来ていただけますか?」

 

 え、そんな距離あるの? という拓斗の純粋な疑問は直ぐに解決する事になった。何故ならその開閉門が開き始めて直ぐに見えて来たのは拓斗の家の何倍あるんだと思わせるような豪邸だった。

 

 そしてその豪邸の存在感を更に引き立たせているのが左右に開けている庭でその庭の大きさで既に拓斗の家の面積を越えている。というよりも家の中に池があるのとか初めて見た。

何ならアパート全てを入れても負ける。

 

 ──これが経済格差か

 

 と拓斗はどこか現実逃避気味に思った。勿論、こんな家や庭を建てるくらいに努力したのは涼花の母親なのでも文句はないがそう思ってしまうのはしょうがない。

 

 それだけ圧倒されたのだ。少し現実逃避する気持ちは全く悪くない。

 

 だがもうインターホンを押してしまったので引くに引けなくなった。再び深呼吸をした後、その庭を一歩一歩踏みしめるように歩き始めた。近づくにつれてその豪邸が余り日本ぽくない事に気が付いた。

 どこか外国の……恐らくロシア辺りの家を元にしたと思わせる程の外観だった。

 2分程あるけばようやく玄関前に辿り着く。

 

(……でけえ)

 

 と同じことを繰り返しながら辿り着いた拓斗はその豪邸を見上げる。

 

(というか見上げなければならないってそうとうだよな)

 

 大智や力也の家に行った事はあるが流石にこのレベルではなかった。寧ろ遥かに凌駕している。

 

 そんな事を思って足を止めていたからだろうか、目の前の扉が唐突に開き始めた。

 

 ──家に自動ドア!? 

 

 と思ったがそんな訳なくその扉の先には人が立っていた。中性的な顔立ちでショートヘアー、これだけでは男女の区別はつかないが唯一のヒントは服装だった。

 その方は女性がこういう所で仕えてそうなエプロン姿ではなくスーツだった。それもブラックの。

 だから拓斗が目の前の相手に対して出した答えは……

 

「えっと……執事さんか何かですか?」

 

 ──っていきなり何を聞いているんだ俺は!! 

 

 と自分にツッコミを入れていたら何故か執事? がくすっと笑った。笑われる要素が分からない拓斗は? を頭上に掲げる。

 しかし違和感も持った。それはその笑った表情が男ではなく寧ろ……

 

(今なんか凄い女性らしさが垣間見えたような……)

 

 何だか拓斗の中で嫌な予感がする。そしてそれを証明するかのように可愛らしく片目だけ空けて答えた

 

「失礼しました。こんな格好をしていますが私は女ですよ」

 

「すいませんでした──ッ!!」

 

 言われた瞬間に速攻で土下座する勢いで謝罪した。それを目の前の女性は掌をひらひらとして答えた

 

「構いませんよ。こんな格好をしていたらよく間違われるんです」

 

 そう言って拓斗が顔を上げるまで待った。拓斗は間違ってしまった羞恥に耐えながら顔を上げる。

 だけどもまたその顔に疑問符を浮かべた。何故ならその女性が拓斗の顔をまじまじと見つめていたからだ。

 

「えっと……どうかしましたか?」

 

「あ……いえ。なんでもありません。さあ、お嬢様がお待ちです」

 

 そう言って家の中に招き入れようとする女性に拓斗は慌てて声をかけた

 

「いや俺は配布物を涼花に来ただけなので……」

 

 そこで拓斗は目の前の女性から名前を聞いていなことに気が付いて固まった。女性は何事だと思ってフリーズしてしまった拓斗を見ていたが自分でも思い出し申し訳なさそうに言った

 

「失礼しました。まだ名前を名乗っていませんでしたね。私は遠上、社長……つまりお嬢様達のお母様の秘書をしています」

 

「あ……じゃあ遠上さん。遠上さんから配布物を渡してもらえませんか?」

 

 あくまでも目標は配布物を渡す事、涼花に出来るなら会いたいが無理をさせて悪化させるわけにはいかない。

 涼花とは遅かれ早かれ教室で会える。自分か涼花が転校なんかしない限り会える。先ずは当初の目標を達成する為に動いた。

 

 しかし遠上は歩を止めてそのまま首を振った

 

「……それはお受け取りできません」

 

「え? どうしてですか?」

 

 正直待ちに待った展開だが今このタイミングで会ってもいいものかと拓斗は考える。会うべきか会わないべきか分からなかった。

 でもそこで遠上の受け取り拒否、理由が知りたいのは当然だった

 

「優輝様から拓斗様をお嬢様のお部屋にお通ししろと仰せつかっておりますが故、お時間を取らせていただきますが問題ないですか?」

 

 有無を言わせぬ口調に拓斗の喉がつまる。どうして優輝がそんなことを遠上に頼んだのかは分からない。

 でも……どこからか自分に囁く声が聞こえた

 

 今行かないといつ行くんだよ

 

 ──ああ……そうだな。

 

「大丈夫です。じゃあ……涼花に会わせてもらえますか?」

 

「かしこまりました」

 

 そう言って遠上は歩いていく。拓斗は三度深呼吸をした後、遠上の背中について行った。今日の出来事で何かが変わる事を信じて




いつもありがとうございます。そろそろタイトルブレイクの時がやってきたかもしれない。まあ…考えてたよりも早くお互いの事ばらしたからね、しょうがないね。



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何かを変える為に一歩踏み出す

 ──長げえよ!! 

 

 

 関口一番思ったのがそれだった。今は遠上の後ろについて回って2分程たつがまだ涼花の部屋には辿り着かない。

 なんだかぐるぐる回っているのは気のせいなのだろうか。

 

 歩いている間無言なのも何だか嫌なので声をかけることにした

 

「あの……涼花のご両親はどうしたんですか?」

 

 少し背中に冷汗が垂れる。これを聞いたのはただ確かめたい欲もあるが花としての涼花が本当のことを言っているのか気になったからでもある。

 

 遠上は歩幅は変えず顔も見えないが言った

 

「社長は今も会社で仕事をしています。私は今日お嬢様のお世話の為にここにいます」

 

 そして次に話すのは父親についてなのだろうが……遠上はそれを話すつもりは無いのかそれ以上何も言わずに歩く。

 拓斗の方からは見えないが遠上の表情は浮かないものだった。そして1分ほど歩くと廊下の一番端にある扉の前で止まり拓斗を見た

 

「こちらがお嬢様のお部屋になります。優輝様からご信頼を得ているようなので多くは言いませんが……」

 

 そこで少し眼を細める。それで遠上が何を言うのか漠然と分かったが自分から言うのも問題なのでそのまま言葉を待った

 

「くれぐれもお嬢様と○○○しないように」

 

「なんでそうなったんですか!?」

 

 予想の斜め上を行きこの扉の向こうに涼花がいるのにも関わらず叫んでしまった。

 いやでもそうなるだろう。こんな秘書という人からそんな言葉が出るとは思わない。

 

 ──という訳で俺は悪くない

 

 と心の中で叫ぶ。だが遠上は不思議そうな顔をした後、更なる爆弾を落とした

 

「しかし優輝様からはお嬢様と拓斗様はそういう関係だと仰せつかっておりますが」

 

「え、マジで何を言ってるのあの人?」

 

 思わず敬語も忘れて素が出る拓斗。しかしそれも遠上の顔を見たら何を言えば良いのか分からなくなった。何故なら遠上の顔は既に涼花の部屋に向いていてその表情はどこか寂し気な顔だったからだ。

 

 拓斗がそれについて聞こうと思った時、先手を打つように遠上が拓斗を見た

 

「では、何かあればお呼びください」

 

 そう一礼してどこかに歩いて行ってしまった。

 どうやって呼ぶのかとか全く聞いていないがそんなのは拓斗からしたらどうでもよかった。この向こうの扉の先に涼花がいる。

 

 

 ──行くか

 

 

 一つ息を吸い込みゆっくりとその扉を開けた。その刹那、本当にどうでも良いことが頭に宿った

 

 ──ラブコメの展開なんだが

 

 とここに来る前にしていたラブコメでのお見舞いイベントについて考えていた事が現実となっていることに頭の中で苦笑いした

 

 

 ★

 

 

 身体が重い

 

 まるで鉛が体の中に入ってしまったが如く重かった。どうしてそうなったのかは自分でも分かる。

 ここ最近はメンタルブレイクの事が多くて精神が安定しないのだろう

 

 拓斗を裏切った事

 

 自分の本当の気持ちも出せず自分への罰を無理やり決行していること

 

 嘘をついたこと

 

 ──もういっそ死んだ方が楽かもしれない

 

 そう自分がかつて捨てた選択肢さえも頭に出てきてしまう。そんな事は過去の自分が許さない。

 自分は何があっても幸せにならない。それが例え拓斗が拓だとしても絶対に変えないつもりだった。なのにいざ目の前にそんな現状があると……自分が分からなくなる。

 

 それを誤魔化す為にベッドの上で単語アプリをボーっとしながら勉強をしていた。もうこんな状態になったら正直拓斗とのテスト勝負どころではない。

 

 これから拓斗とどんな顔をして会えばいいのか

 

 ──いつもの氷の仮面をして会うか……もう何も考えず彼の知っている自分として会うか

 

 前者だと彼が自分を嫌いになってくれるかもしれない。寧ろそうしてくれる方が楽かもしれない。

 

 後者だったら……それは拓斗の事を諦められない証拠。何故ならそれは本当の自分を知ってほしいと言う事と同義だからだ。

 

「はぁ……本当人間って自分勝手」

 

 考えるほど考える程自己険悪に陥る無限ループに涼花はなっていた。スマフォのカレンダーを見るともう後2日後には中間考査だ。流石にもう体調は治さなければならない。

 

 もう正直勝負などどうでもよくなっている。今は友達によって得られるものよりも拓斗の事で頭がいっぱいだった。

 

 スマフォから眼を離し額を眼に重ね閉じる。そうすれば去年からの拓斗の顔が浮かび上がる。あの顔が拓として自分に接してくれてた中の人なんだと考えると感慨深かった。そして自分達がした会話の時にしていたかもしれない彼の顔を思い浮かべるだけで胸が暖かくなっていく。

 

 ──ダメなのに……

 

 彼の事を考えて暖かくなっていく胸に罪悪感が再び襲う。最近はずっとこのループだ。胸がポカポカした後に自己険悪に陥るまでがワンセット。

 だけどももうこのループも脱しなければならない。中間考査は勝負に関係なく受けなければ後々が大変になってしまう。

 

「……先ずは机に向かおう」

 

 そう新たに決意した時、唐突に自室の向こう側から叫び声が聞こえた

 

『なんでそうなったんですか!?』

 

 その叫び声に涼花は肩をビクンとさせ扉の向こう側を見た。しかしそこには何も変化がない扉。

 だけど……だけど

 

 ──今の声って……

 

 不思議とその声を聞いただけで彼の顔が思い浮かんだ。ずっと想像していた。ずっと想っていた彼の本当の姿と声はこの1年でしっかりと涼花の中に刻み込まれていた。他のクラスメイトに関しては全く興味が無かったが彼だけは涼花の意識の底に刻んでいた

 

 それを認識した時、心臓の音が大きく早くなる。

 

 ドクンドクン……ドクンドクン

 

 そう聞こえる程涼花の鼓動は早くなっていく。そして心の中で思った

 

 ──ダメ……今来たら……

 

 おかしくなってしまう

 

 そんな涼花の小さな願いは重ぐるしい開閉音と共に打ち砕かれた

 

 



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貴方は本当にずるい

 来ないでという涼花の小さな願いは打ち砕かれ自室の先の扉から拓斗の姿が見えた瞬間、涼花の鼓動が一層早くなる。

 どういう訳か姿を現した彼は一瞬部屋を見回し直ぐに視線を涼花に固定し……赤面した

 

「ちょ……三月その格好……!?」

 

 何が可笑しいのだろうと涼花が早鐘を討つ心臓を抑えながらベッドの上にいる自分の姿を見て……拓斗と同じように耳まで真っ赤になった。

 何故なら今の涼花の恰好は先程まで誰も来ない事を良いことに夏らしい白色のネグリジェを着ていたのだがベッドの上で寝返りを打ちまくっていたからか胸元がはだけて涼花の暴力的までの魔力が宿っている白色の肌が見えていたのだ。

 

「み、見ないで!!」

 

 そう咄嗟に布団を被り拓斗の視線をシャットアウトしたが時既に遅く拓斗は涼花のあられもない姿を目に焼き付けてしまった。

 涼花は羞恥で顔を上げることが出来ず拓斗もまた先程のインパクトが強すぎた涼花に動けなくなった。

 

 その状態のまま1分、2人は石の如く動かなかった。どちらも顔を紅く染め何を言ったらいいのか分からなくなった。

 

 だけど……布団の中でネグリジェを着なおした涼花がそっと顔を布団から出して羞恥による弱々しい声で言った

 

「……何しに来たの?」

 

 ──何でこの状況でそんな冷たい声出せるんだよ

 

 という拓斗のツッコミは喉の奥に飲み込んだ。今日来たのは配布物を渡す目的もあるが涼花の本当の姿がどちらなのか調べる目的もある。

 

 花として自分と話してくれていた方が彼女本来の性格なのか

 

 涼花としてこの1年間触れ合ってきた方なのか

 

 どちらが仮面なのか、それが拓斗には知りたかった。だから拓斗は一歩踏み出す。彼女のベッドまで辿り着くと出来るだけ優しい声色で言った

 

「これ……今日の配布物。会長はパーティー? で帰るのが遅くなるから俺が代わりに来た」

 

「……ありがと。机の上に置いといて」

 

 それを聞いた拓斗は少しだけ紙の束を机に置いた。それを置いたらまた鞄をあさりまた紙の束を取り出した。

 涼花がそれが何か分からずベッドの上から拓斗を見上げる。

 

「これノートな。来てなかった分の。写しても良いけど先生達からはこれ張るだけでも良いよって言ってた」

 

 俺達にも普段からそんなに優しかったらいいのに、と苦笑いしながら続けた。だがそこで涼花は疑問を感じた。

 何故ならば龍神学園は1年生の時点から文理系の選択がある。最もまだ文理と分かれたと言ってもまだ授業は分かれていない部分もあるが分かれている授業もある。

 

 そして拓斗は理系、涼花は文系だ。つまり受ける授業は所々違うはず、それなのにどうして文系のノートまで持ってこれるのか気になった。

 

「どうして貴方が文系のノートを持ってこれ……」

 

 そこまで自分で言って気が付いた。拓斗には確かに文系のノートを取ることは出来ないだろう。だがそれは拓斗にはだ。つまり拓斗以外の誰かならノートを取れる。

 

 そしてその人物は力也か大智、ただ力也は拓斗と同じ理系なので消去法で大智のノートになる。

 しかしそれだと不安の事がある。偏見かもしれないが大智の書く字は汚さそうというものがある。

 それが顔にも出ていたのか拓斗が大智のノートを見せた

 

「あいつあんなんだけど字は普通に綺麗だからな。難点は黒板に書いてることしか書かない位だ」

 

 ノートを受け取り少し見たが確かに字は本当に綺麗だった。見本のような……とは行かないがただ見て移すだけなら何も問題は無かった。

 そのノートを見て再び拓斗の方を見る。そうしたら拓斗を立たせっぱなしにしていた事に気が付いた

 

 涼花にはここで二つの選択肢がある。このまま立たせて暗に早く帰れと伝えるか……椅子に座らせるか。

 後者を選んだとすればそれは……それは

 

 ──まるで私が貴方と一緒にいたいみたいじゃない! 

 

 その通りである。寧ろここまで来てそうじゃない理由が見当たらない。

 だがそれを認識すればするほど罪悪感もまた出てきてしまう。それを誤魔化す為に口を開いた

 

「ねえ……座ったら?」

 

 ──何で言っちゃうの私!? 

 

 何故か言おうと思っていた事と違う事を口走ってしまい頬を紅く染めた。それを隠すようにまた布団を被った。

 拓斗はそんな涼花の心の葛藤などつゆ知らず首を傾けながら「ありがとう」と言って涼花の机の椅子を引いてストンと座った。

 

 ──ああ拓君が私の椅子に座ってる……

 

 チラリと布団の隙間から拓斗を見ると拓斗は馴染まないのか何回か座りなおしていた。だがそれも5秒ほどで収まり布団を被ったままの涼花を見ていた。

 

 因みに涼花の部屋はそれなりに広く最早涼花の部屋だけで拓斗の家がすっぽりと収まる。そして初めての女の子の部屋と言う事で少し周りを見渡してしまうのはしょうがないだろう。

 しかし涼花からしたら恥ずかしいものだ

 

「余り見ないで」

 

「は、はい」

 

 有無を言わさない声に反射的に答えてしまった。だがそうすると目の前の布団を被っている涼花を見るしかなくなる。

 しかし涼花は布団をずっと被っているのでその顔をうかがい知ることが出来ない。しかし涼花もこの布団をどかすわけには行かない。

 どかしたが最後、この胸の高鳴りによって緩んでいるんだろう自分の間抜けな表情を晒す事になると分かっているから。

 

 ──どうしてこんな気持ちになっちゃうの

 

 自分にかけた戒めがあるというのにもう自分はその戒めをなきものしようとしてしまっている。

 あの時誓った事は決して嘘ではない。現に拓斗が拓だと気が付いて無い時でも少し胸がざわついたことはあったが恋愛対象として見たことはなかった。

 

 だけども拓斗が拓だと認識した瞬間から胸の高鳴りと罪悪感の不協和音が涼花の中で奏でられている。

 

 涼花が自分の気持ちと布団の中という人類の絶対防御ラインの中で悶々と向き合っている中、拓斗が口を開いた

 

「この前の事だけどさ……」

 

 どの事なのかは直ぐに分かった。自分が拓斗ですら彼氏ではなかったと言った時の事だろう。その時の事は思い出すだけでも胸が苦しく嫌になる。

 だけども言ったこと自体は後悔していない……筈だ。後悔してはいけないのだ。そう自分に決めたのだ。

 

 だから……だから……

 

 自分でも分からない思いと共に布団の中からそっと顔を出した。そこには拓斗が思いつめた顔で涼花の事を見つめていてその顔に涼花は何を言うのか気になった。

 

「三月……涼花にとってそうじゃなくても俺はその気だった。それが画面越しでも……俺は自分の気持ちが嘘だとは思ってない」

 

 そうだろうなと涼花は思った。色々あったあの日から考えると拓斗が涼花の事を想っていた証拠は幾つもある。

 その一つが神社の事だ。3年前から好きな人の幸せ……つまり涼花の幸せを祈り続けていた。それは生半可な気持ちでは成しえない事だと涼花も知っている。

 

 それだけ自分の事を想ってくれる拓斗に申し訳ない気持ちも涼花にはある。何故なら自分はまたいつ病気になるか分からない。

 心臓由来の病気は今では殆どないと言ってもいいかもしれないがてんかんなどの脳の病気はまた違う。

 

「だから……だから……」

 

 言葉を探して拓斗が真っすぐな眼で言った言葉は

 

 

 

 

「俺は今までもこれからも涼花を諦めたくない。花としての涼花も涼花としての花も……俺はどちらのお前も好きだ。いや、きっとまた好きになる」

 

(……そんなのずるいよ)

 

 

 

 

 それが精一杯涼花の心の中で思った言葉だ。

 

 ──そんなの……もう私を隠せない

 

 どちらの涼花も好きならばもう涼花に他のキャラクターとしての涼花はいない。もう逃げることは出来ない。

 

「だから……また涼花が俺の事を好きになるように頑張るから……見ててほしい」

 

 涼花は拓斗の言葉が胸に染み渡りもう爆発寸前だった。だから布団から出していた顔をまたすっぽりと覆って出した言葉は

 

「……勝手にすれば?」

 

 それが涼花が最後の抵抗として自分の気力の全てを使って発した言葉だった。これ以上は涼花の身体が……精神が……胸が熱くなってきっと耐えられなくなる。

 

 それを拓斗が感じた訳じゃないが拓斗は立ち上がった。

 

「じゃあ……俺は帰るな。妹も待ってるし」

 

 本当は妹の事に反応したかったがこれ以上は体がもつ自信が無かった。だからもう無言で拓斗が出るのを待つことにした。

 そして実際、扉が開く音がした。後は閉まる音がすればいい……筈なのだがどういう訳か聞こえない。

 涼花は気になってまた布団の隙間から覗いたら拓斗は何やら迷っている様子だったが少ししたら意を決したように涼花の方を向いて……

 

 

「その……さっきの涼花も綺麗だった」

 

「~~~ッ!!?」

 

 

 拓斗はそう言えば直ぐに扉の先に出て行ってしまった。残された涼花はもんどり返って顔を布団から出してそのただでさえ白い肌を紅く染め、羞恥を解放するように足をバタバタとさせて布団を蹴り落とす勢いで動かす。

 

 だけども手はちゃんと布団を強く握りしめて

 

「ほんと……本当にズルいよバカぁぁ」

 

 それが涼花が彼に出来るせめてもの抵抗だった

 

 

 



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テスト開始!

 今日は待ちに待った……訳がない中間考査! 

 中間考査、それは大部分の学生に忌み嫌われながらも撤回はされないある意味長い時代を生きている(生徒からしたら)悪しき習慣であり最早アンケートを取れば大半数が「やりたくない」と答えるのではなかろうか? 

 

 少なくとも拓斗はそう答える。というよりも迷いなく答える。拓斗の中の中間考査のメリットと言えば最終日早く帰れるくらいだ。

 

 しかしそんな憂鬱なイベントでも成果を出さなければ元も子もない。という訳で拓斗のクラスもテスト前特有の騒がしさが教室を賑わせられていた。

 拓斗も大智と共に最後のテスト前のラストチェックを行っていた。

 

 それも半ば終わりに近づいてきたとき大智が聞いてくる

 

「三月さんは来るかな?」

 

「……来るだろ」

 

 一見ぶっきらぼうに答えているがそれなりに長い付き合いの大智や力也には分かっている。今の拓斗は欲しかったカードが当たったのにもかかわらず「う、嬉しくないし」というツンデレ状態の時と同じだからだ。

 

 つまり今の拓斗の言葉を拓斗語で訳すと「来てほしい」となる。何故かあの涼花が保健室に入った後から拓斗の様子がおかしくなった。

 いや、厳密には可笑しくなった訳じゃなく前よりも涼花の事を考えている状態が多くなった気がする。

 昨日からその傾向が強いと思う。

 

 そこまで親友2人が考えた時、教室のドアが開かれてそこを見た拓斗は少しふっと笑った。拓斗だけではなくそこを見たクラスメイト達の誰もがそこを見た。

 大智と力也も入り口を見ると久しぶりに見る涼花がそこにはいた。涼花は少し気まず気に拓斗を見た後歩き始めて拓斗の隣にまで来た

 

「おはよう、涼花」

 

 それに親友2人だけではなくクラスの面々もざわついた。涼花が倒れる前は確か三月呼びだった筈なのに今は名前呼びをしていた。

 

 そんな周りの動揺は無視されて涼花も答えた

 

「うん、おはよう拓……」

 

 しかしそこで思わず止まり顔を逸らして続けた

 

「氷火君」

 

「おう」

 

 拓斗につられて名前で……というよりも昔の砕けた呼び方をするところだった。

 そうなればクラスの好奇心が限界突破して後々面倒くさい事になってしまう……と言ってももう既にクラスの好奇心は2人に固定されているが。

 

 しかしそんなクラスの好奇心を無視して涼花は荷物を置くだけにとどまらずそのまま拓斗達の机に近づいた。

 クラスの誰もが見守る中涼花は少し震えている声で言った

 

「その……鉄村君に雷同君、あの日助けてくれてありがとう。それに……ノートも」

 

 そう言って普段の彼女では絶対にしないだろう頭を下げるという行為をしたことにまたまた騒然とした。

 件の2人は流石に面を喰らったのか互いに顔を見合わせた後、恥ずかし気に答えた

 

「あ~その……どういたしまして」

 

「ま、拓斗からの頼みだったからね。あれがあったからって見捨てるようなことはしないよ」

 

 前はそんな事で胸が暖かくなることなんて無かったはずなのに今は不思議とポカポカしてくる。

 冷静になって考えると自分はとんでもなく酷い事を言っていたと思った。いや……友達云々の考え方ははっきり言って今も変わっていないがそれを拓斗達に押し付けたのは完全に自分が悪かったことに気が付いた。

 

 ただ……それを今言うのは自分が媚びているみたいなので今は謝らない。きっとこんなタイミングで言うのもおかしな話だから。

 

「……ありがとう」

 

 そうもう一度言って今度こそ自分の席に座った。そんな涼花を3人は見た後、涼花の変化にふっと笑ってテストの勉強に戻った。涼花も自分の教科書を取り出した

 

 もうクラスの命名「氷火ゾーン」には前ほどの険悪な雰囲気は無くなっていた。最早勝負しているのかすら忘れる程普通に戻っていた。

 

 そしてクラスメイトは……正確には女子が気が付いた。偶に涼花が拓斗の事をチラチラと見ていることに。それが女子から男子にも伝わりクラスの面々は

 

「「本当に何があった!?」」

 

 何だかいつの間にか色々元に戻るどころか前よりも目に見える変化がテスト前だというのに気になるクラスメイトなのだった。

 しかしそこでチャイムが鳴り担任が入って来た。

 

 担任は涼花を見て安心したように頷き涼花も頭を下げた。そこからは中学の時と変わらず試験の注意事項を話した後さっそく最初のテストを配り始めた。

 

 そして緊張する時間はあっと言う間に過ぎて……チャイムと同時に宣言した

 

「始め!」

 

 拓斗も涼花も、力也も大智もそれぞれのテストをひっくり返した

 

 



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お前らが親友で良かったよ

いつも見てくれてありがとうございます!これからもよろしくお願いします。


 テスト最終日、この学校の誰もがこの日を望んでた。

 拓斗のクラスの中間考査は文理にもよるが基本的に理系の方が科目数は多い。だがそれでもテストの時間割は一緒に終わるように計算されているので3日の内2日は拓斗も力也もとんでもなくハードスケジュールだったがそれも今日で終わりだと思えば解放感に満ち溢れている。

 

 だが解放感に満ちてもいい筈の拓斗の顔はどこか優れない。勿論親友2人も気が付いていたのでテスト期間特有の勉強の雰囲気の中でさらりと聞いた

 

「拓斗、そんなにテスト自信が無いのか?」

 

「いや、テストの方は自分で言うのもあれだが最高点は言ってると思う。涼花に勝っちゃうかもしれな……」

 

 そこで背後からギロリと効果音が付きそうな視線が突き刺さった。それを大智も力也も気が付き顔を引き攣らせていた。

 拓斗はいつもの様にそれで何かを察知して頭に手を置いて苦笑いした

 

「いやーどうかな! 涼花は本当にすごいからな。やっぱ負けちゃうかもしれないな―ッ!!」」

 

「それ、あとで言っても意味ないからね」

 

「……ですよねー」

 

 背後からの声に諦めの様に呟いた。しかしもう涼花は自分のテスト勉強に戻ったが……拓斗はそんな涼花だけに聞こえるように言った

 

「でも……本当に涼花は凄いよ」

 

「~~ッ!!」

 

 先程のふざけテンションではなく至極真剣な声色は涼花の胸に染みわたり羞恥の熱を生み出した。

 

(本当に……本当にもう!)

 

 自分がどんな気持ちで拓斗を突き放そうとしているのも知らないでそんな事を言う拓斗に涼花は心中で罵っておく。

 

 涼花は病弱のせいか余り褒められない人生を送って来た。どれだけ勉強を頑張っても兄と遠山以外は褒めてくれずそれが普通なんだと思っていた。他にも褒める人はいるにはいるがどれも上辺のものだったり嫌味だったりした。

 

 だから拓斗の様な意中の相手にそんな真剣な声色で褒められるだけで胸が熱くなるのだ。

 

「拓斗、何か言ったか?」

 

 涼花が胸の中の羞恥と戦っている間に拓斗は先程の呟きを聴き取れなかった2人に聞かれていたが拓斗はそれをいなしていた。

 涼花はそんな拓斗を教科書を見ながらチラリと見ると時々その顔に翳りが出ていた。それを見た涼花は胸を焦がすような熱さを抱えながらも拓斗を不思議そうな眼で見ていた。

 

「拓斗、今日顔暗いぞ?」

 

「あ、やっぱり今日のテスト自信が無いのか!?」

 

 と力也と大智も翳りに気が付き聞いて涼花は内心「ナイス」と思っていた。拓斗も別に隠すつもりは無かったのか自分の不安をそのまま言った

 

「今日は蒼葉も学校に行ってるんだけどさ……何か……胸騒ぎがするんだよ」

 

「蒼葉ちゃんが……?」

 

 親友2人は蒼葉にも会った事がある。少し体がふらふらしていても自分達をもてなそうとしていた光景は父性をくすぐる何かがあった。結局蒼葉はその日布団に入ったままだったが。

 

 涼花もそれを聞き少し不安になる。病弱な体の事は自分が一番よく分かっているからだ。

 

「今日も休んだらいいって言ったんだけど……大丈夫の一点張りだったし」

 

 そう言ってため息をつく。涼花も蒼葉の話が気になったがテストの時間が近づいてしまったため大智も力也も自分達の席に戻った。

 

 拓斗もテストを早く終わらせて蒼葉の迎えに行こうと気合を入れた。

 

 

 ★

 

 

 突然だった

 

 

 2限目のテストが終わり残り1科目となった時、拓斗のスマートフォンが振動を始めた。拓斗はその時スマフォの単語アプリで復習していた。

 大智も力也も涼花も最後のテストに気合を入れて勉強に励んでいた時だ。

 

「どうしたの?」

 

 涼花が拓斗の変化に気が付き意識せず拓斗に問いかけた。

 涼花も自分が意識せず問いかけたことに恥ずかしさが出てくるがもう既に遅かった。

 

「いや……何か知らない所から電話がかかって来た」

 

 そう言った拓斗は涼花に自分のスマフォを向けた。涼花も何時もなら不審に思っただろう。

 しかし涼花はそこの電話番号に見覚えがあった。

 

「それ……龍神病院の電話番号じゃない?」

 

「え……?」

 

 どうして病院から電話が来るのか分からなかった。しかしそこで朝の胸騒ぎの事が脳裏に宿る。

 拓斗が固まっているのを見て涼花は不思議そうに言った

 

「出たら?」

 

「お……おう」

 

 そう言って拓斗は通話ボタンを押して耳に当てた。

 拓斗の様子に気が付いたのか大智も力也も拓斗の様子を見た

 

「もしもし」

 

『申し訳ございません、こちら龍神病院受付でございます。氷火蒼葉ちゃんのお兄様でよろしいですか?』

 

「……蒼葉に何かあったんですか?」

 

 それは同時に自分が兄であると認める返しでもあった。拓斗の声が低くなったのを見て拓斗以外の3人は顔を傾ける。

 

 向こうからの返事は……

 

『蒼葉ちゃんが学校で倒れて緊急搬送されました』

 

 

 

 

 ──は? 

 

 

 

 

 何を言っているのだこの人は。蒼葉が倒れて緊急搬送……? そもそも何故百恵の所ではなく自分の所に連絡が来るのだ。緊急連絡先は百恵の所にしているはずだ。

 そうだ、だからきっとこれは冗談だ

 

 そうだと言ってくれ

 

「はは……冗談ですよね?」

 

 だが電話の人物は答えなかった。

 

「うそ……だろ?」

 

 その声は絶望に浸っていてそれは拓斗と1年の付き合いの涼花にも直ぐに分かった。拓斗は自失しているように蒼白になっていく。

 脱力したようにスマフォを手に腕をぶら下げた

 

「どうした拓斗?」

 

 力也が心配気な声と表情で聞いたが拓斗は反応しなかった。それで更に心配した大智が拓斗の肩を揺さぶった

 

「拓斗!」

 

 それでようやく気が付いたのか拓斗の眼に焦点が戻る。しかし直ぐに瞳の光が揺れる。そしてポツポツと口を開いた

 

「蒼葉が……倒れて……病院に」

 

「「——ッ!?」」

 

 だがそこで拓斗は苦虫を噛みしめたような表情になる。本当は今すぐにでも妹の所に飛んでいきたい。

 だがそうすれば次のテストは全て無回答で問答無用の0点、学年順位はガクッと下がるだろう。特待生の称号は剥奪で拓斗は公立に転校せざるを得ない。

 

 ……涼花にも折角会えたのに……また離れてしまう

 

 しかし妹を責められない。寧ろ朝強引でも止めるべきだった。そうすればきっとこんな事にならなかった。最近涼花の事で頭がいっぱいで妹の事をちゃんと見れていなかった

 

(全部……俺のせいだ)

 

 拓斗がそう顔を暗くした時、また肩が大きく揺さぶられた。

 

「——!」

 

 目の前の大智は凄い剣幕で彼の怒っている顔なんて拓斗は初めて見た。

 

「何やってんだ! 早く行ってやれよ!」

 

 彼がこうなっている理由は拓斗には分かる。家族が病院行きにもなったのにも関わらず全く動こうとしなかったからだろう。

 だが拓斗は……家族も目の前の2人も……涼花の事も大事なのだ。

 

 ──俺こんなに弱かったんだな

 

 前なら迷うことなく行けたかもしれない。だが、今は涼花の事もある。あの時とは状況が違う。違い過ぎる。妹か涼花と親友達か……

 

 そんなの……

 

 決められないと拓斗は思おうとした。しかしそれは出来なかった。何故なら頬に強烈な痛みが走りそんな事を思考できる状態ではなかったからだ。

 

 拓斗がそれを認識した時、自分が少し吹っ飛んでいることに気が付いたのと同時に痛みが頬と背後にぶつかった机による痛みが襲ってきてようやく自分は大智に殴られたのだと気が付いた

 

 大智は拳を振りぬいた格好のまま鬼の形相で周りの目も気にせず言った

 

「何悩んでるのか知らねえが家族以上に大事なことがあるのかよ!」

 

 恐らく大智はテストの事で悩んでいるのだろうと思っている。大智は喧嘩の原因となった成績がある。

 そして拓斗は大見え切って涼花を越えると言った。それが枷になっているのではないかと思ったのだ。

 

 正確にはそれが拓斗が躊躇った全ての理由ではない。特待生の事は2人にすら打ち明けていないからだ。

 

 だけども……それで拓斗は目を覚ました。

 

 拓斗は熱を持った頬を抑えながら立ち上がる。

 

「早く行けッ! 行かないんだったら絶交だ!」

 

 その真剣な顔に拓斗は大智がどういう人物なのか再認識した。

 

 ──お前はそんな奴だったな

 

 いつも真っすぐで考え知らずで馬鹿、そのくせ友達思いでどこか憎めない男。拓斗は頷いた後、鞄を取り走り出そうとした……が一歩踏み出して止まって背中を見せたまま二人に聞いた

 

「……俺が転校せざるを得なくなったらお前達どうする?」

 

 本当はそんな時間がないのだがこれだけは知りたかった。今回の事で特待生が無くなったら問答無用で公立に転校せざるを得なくなる。

 それを知った時……親友達はどうするのか。だが力也が聞いた瞬間に迷うそぶりもなく答えた

 

「俺達も拓斗と一緒に転校する」

 

 それに大智が同調する。あの日のような輝かしい笑顔で言った

 

「トライフォースは一蓮托生だろ!」

 

 そう迷わず言える事に拓斗は涙腺が緩んだ。

 正直涼花の事がなければ迷わず行けたかもしれない。それは親友達だけが留まる理由にはならなかったからだ。

 最近の拓斗の優先順位は家族・涼花>親友となっていた。そう思ってた愚かな自分に苛立ちが募った。

 

「拓斗!」

 

 大智が拓斗を呼び止め何かを投げた。拓斗はそれを涙腺が緩んでいる眼を向けずノールックでキャッチした。自分の思ったところに投げてくれるという一種の信頼がなせる業だった。

 最早超人の技をさらりと披露する拓斗だが、流石に投げられたものは分からなかったので掌を開いた

 

「——!」

 

 そこにあったのは野球のグローブのストラップが付いた自転車の鍵だった。確認した拓斗を見た大智と力也が叫ぶ

 

「何時もの所に止めてる!」

 

「自転車に着いたらスマフォをセットしろ! マップ情報を送る、拓斗は何も気にせず走れ!」

 

 大智の自転車にはスマフォを固定する器具が付いている。それの事を言った。拓斗は親友2人に向き直りただ一言、

 

「ありがとな、お前ら」

 

 それに2人は頼もしい笑みで答えた。拓斗は次にその後ろにいる涼花を見ると彼女も不安気な表情で拓斗を見ていた。

 拓斗はそれで最近の彼女との絡みの全てを思い出し……自虐気味に思った

 

 ──色々あったけど……なんだかんだ楽しかったぜ、涼花

 

 それを見た涼花は普段彼女が見せない顔をしていた。心配気なのか不安なのか……彼の事を想っている顔なのか。

 

 だがそこで拓斗はまた親友達を見て拳を突き出した。それを見た二人も拳を突き出しそれを見拓斗はもう振り返らずに走り始めた。

 先生に呼び止められようが走るなと注意されようがすべて無視で走った。

 

(待ってろよ、蒼葉!)

 

 彼はその足で地面を蹴った

 

 

 

 



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兄貴だから当然だ

 彼が妹の蒼葉? ちゃんが病院に運びこまれた龍神病院に向かって走り去った後、鉄村君と雷同君が弾かれたように動き出した。

 

 それは彼のスマフォに龍神病院へのマップ情報を送ったり先生への言い分をどうするかとかを残り数分でテスト勉強もそっちのけで動いていた。

 

(全然違う)

 

 今まで自分と触れ合った人たちを思い出していた。自分が友達だと思っていた人達は最終的には自分を裏切って来た。

 

 だから自分は友達なんてものは信用しなくなった。信用できなくなった。そうする事で結局傷つくのは自分だから。

 

 だから期待しないことにした。期待するだけ無駄だと思っていたから。だがこの前自分を助けてくれたことにせよ今の事にせよ……何が正しいのか最近は分からなくなってきた。

 それだけ最近の出来事は涼花にとっても刺激的で……自分の価値観が分からなくなるのだ。

 

 残り時間30秒って時にやる事を終わらせた2人に涼花は知らず知らずのうちに口が動いた

 

「ねえ……どうして他人の為にそこまで出来るの?」

 

 この二人はたとえ今回の事で転校する事になっても拓斗について行くと迷いなく言い切った。友達と言っても所詮は血のつながりも何もない赤の他人、そんな人の為にどうしてそこまで出来るのか涼花は知りたかった。

 

 2人は顔を見合わせた後、当たり前のように答えた

 

「どうしてって……親友だから当然だろ?」

 

「——ッ!」

 

 ──拓君と同じ眼だ

 

 そう思った。拓斗が2人を語る時の眼と同じだった。

 大智はどうしてそんな事を聞いてきたのか分からず疑問符を浮かべているが力也は「また何か言いたい?」と言いたげに眼を細めてる。

 

 しかし涼花は被りを振って席に座った。それと同時に最後のテストの予鈴が鳴り響いた

 

 

 ★

 

 

 拓斗は大智の自転車にまたがり力也が送ってくれたマップ情報を見ながら全速力で龍神病院へとたどり着いた。

 荒々しく自転車を止めて呼吸を整える事もせず受付まで走って看護師に聞いた

 

「すいません、氷火蒼葉の兄ですが妹はどこですか!?」

 

 そう言ったら話は伝わっていたのか直ぐに病室に案内された。病室と言っても誰も入れない、医者や看護師以外は入れず拓斗は窓から様子を見ることくらいしか出来ない。それでも拓斗は窓に張り付いて中の病室で辛そうな赤い顔で眠っている蒼葉に叫ぶ

 

「蒼葉!」

 

 声をかけるが窓越しで届かず中にいた医者が反応しただけだ。そこで拓斗は背後から視線を感じて見るとスーツの女性がいた。

 スーツ姿の女性は蒼葉の担任らしく頭を下げた

 

「申し訳ございません。蒼葉ちゃんの容体に気が付かなくて……」

 

「いえ……それなら朝無理やりでも引き止めなかった俺が悪いです。本当に……ご迷惑をおかけしました」

 

 そこからは少しお互いに謝り続けたが互いにやめようと言う事になり拓斗は蒼葉が倒れた時の状況を聞いた。

 倒れた状況は授業中に熱がいきなり出てきてそのまま倒れたと言う事だ。

 

 熱の原因は”麻疹”という麻疹ウイルスによって起こる病気だった。簡単に言えば熱が出まくる病気だ。麻疹は空気感染によって起こるので拓斗も後で検査する事になった。

 

 拓斗は一点だけ気になったので聞いた

 

「どうして俺の所に連絡が来たんですか? 緊急連絡先は母になっていたはずですが……」

 

「ああ……それは最初はお母様に連絡しようと思ったのですが留守番電話になっていて……」

 

「そうか。仕事でスマフォを見れなかったのか」

 

「それで蒼葉ちゃんの生徒手帳にお兄さんの電話番号があったのでかけたのです」

 

「そうだったんですか……今日はありがとうございました」

 

 そう言って再び頭を下げた。担任はそれを受けつつまだ学校でやる事があると言って学校に戻っていった。

 拓斗は椅子に座り窓の向こうの蒼葉を見守った。ここからではよく見えないが無事であることを祈るしかあるまい。それに……蒼葉が麻疹になったのは初めてではない。前になった時の免疫が役に立つかもしれない、いやそうであってほしい。

 

「蒼葉……元気になったらまた遊びに行こうな」

 

 今回の事で特待生は剥奪されるかもしれない。それをもし回避出来たとしても期末では本気でオール100点くらい取らなければダメかもしれない。

 流石にそれは……分からない。今まで程よく手を抜いてきたからその分を本気でやれば出来るかもしれないが今回の様に蒼葉が倒れてしまったら迷うことなく蒼葉を選ぶ。

 

(ここにいて俺が出来ることなんて無い。だけど……お前の近くで祈る事は出来る)

 

 手を固く握り、百恵が慌ててくるまで拓斗はその場を動かなかった。一刻も早い蒼葉の回復を祈っていたからだ。

 



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どうしようもないよなこの想いは

 夕日が照り付ける中、拓斗はその顔を安堵と不安で埋めて高校の駐輪場へと自転車を止めた。

 あの後、蒼葉は無事に眼を覚ました。しかし麻疹のせいで暫く近くに寄る事は出来ないと言われて拓斗は百恵とバトンタッチして戻って来た。

 

 安堵なのは蒼葉が取り合えず目を覚ましてこのまま何事もなかったら快方に向かう事。

 不安なのはやはり特待生の事。

 

 今からテストを受けられるとは思っていない。龍神高校は中等部の頃からそうだがテストでは厳しいところがある。

 カンニングは当然として中等部の頃は体調不良で保健室に行ってしまった子はテストを受けられず前回の点の7割が見なし点となっていた。

 

 それを聞いた時は正直理不尽だと思ったが……まああれは体調管理が出来なかった本人も悪かったというのもあるだろうからその時は何も思わなかった。

 

 だがいざ自分がそんな立場になろうとは思わなかった。いや正確には自分が体調不良になった訳じゃないが自分の意志でテストをほっぽりだしたのは変わらない。

 

「はぁ……」

 

 拓斗は最初は大智に連絡して駐輪場に返した旨を話して帰ろうかと思った。今は何だか会えない気分だった。

 

 自分が転校することなったらお前らどうする? という質問の本当の意味をあの二人は知らない。少なくとも拓斗から特待生の事を話した覚えはない。

 今回ので一発アウトかそれとも期末でチャンスがあるのか、それによって今後が変わってくるのは目に見えていた。

 

「帰ろうか……」

 

 そう力なく言って踵を返した時、ポケットから振動を感じた。病院でマナーモードにしていたスマフォが着信したのだろう。

 なんだと拓斗は思いスマフォの電源を付けて通知欄を見ると……

 

「——!」

 

 そこには「涼花からメッセージが来ています」と表示されていた。

 それを見て拓斗は思わず周りを見渡す。普通に考えたらテスト後の学校にわざわざ残る理由はない。

 だから普通に考えたら涼花はいないはずだ。

 

 ──いないよな……ちょっと後で見よう

 

 涼花からLINEが来たのは別に可笑しくはない。向こうでブロックしていた拓斗のアカウントを解除しただけだろう。

 削除しなかったのは彼女自身が拒んだからかもしれない。名前は単純に変えただけだろう。

 

 そう思考した後、拓斗は再び校門に向けて歩き始めた。正直涼花からのメッセージは気になったが今はそんな気分ではなかった。

 これから高校はどうなるのだろうと言う思考に脳の大半が埋まっていたからだ。

 

「……なさい!」

 

 頭が冴えないまま拓斗は帰路につこうとしていた拓斗の背中に誰かが声をかけたが拓斗は気が付かず歩き続ける。

 だが次の瞬間には拓斗の腕が誰かに思いっきり掴まれて耳元で

 

 

「待ちなさいって言ってるのよ!!」

 

 

 いきなり掴まれた腕に驚きながらも拓斗が振り返ると顔が赤く息も切れ切れになっている涼花がスマフォ片手にいた。

 

 ただでさえ白い肌が赤く染まっているのはとても分かりやすいなと拓斗はどうでも良いことを思った。

 

「……ってお前なんでこんな時間にいるんだよ」

 

 もう既に時刻は夕方、生徒会に入っているだけで部活も何もしていない涼花がどうしてこの時間にまだここにいるのか分からなかった。

 普通の日なら分かるがテスト最終日の今日はただただ早く学校が終わる日だ。

 

「何でって……貴方を待ってたのよ」

 

 息を整えて……そしてセリフが恥ずかしいものなのが自覚があったのか頬を染めた。

 

 ──破壊力半端なねえええ! 

 

 などと普通に思ってしまう位には。

 

 

(え、なにこの可愛い人。やべえよ!)

 

 

 この前まではこんな涼花でも拓斗の心を動かす事なんかできなかったが涼花が花だと判明した日からあの日の思いが再加速したのか拓斗の中で胸の高鳴りが止まる事を知らない。

 

(これが見納めかもしれないと思うと辛いが……)

 

 1年前の彼女からは考えられない変化に口元が緩む。それを見た涼花が眉を顰めた

 

「何笑ってんのよ」

 

「いや……今の涼花も可愛かったなぁって」

 

「~~ッ!!」

 

 可愛いと言われ慣れていない涼花は拓斗が言った事も合わさりあっという間にその肌を更に紅く染めた。

 何かを言おうと口をパクパクするが結局言うしかない言葉は

 

「よ……よくそんな事平気で言えるわね!」

 

 そうやって強がりを言うことくらいだ

 

 ──何でそんな事……そんな事……

 

 だが心の中ではそんな拓斗に恥ずかしさも感じながら嬉しさも確かにあった。それは今まで感じてた罪悪感も薄れてしまうような感覚がする。

 

(そんなの……ダメなのに)

 

 こんな日々が続けば……正直涼花も自分が抑えられなくなってしまうかもしれない。その位本当は拓斗と再会が嬉しくて……止まった時間が動き出した。

 

 だがその時間が動き始めたと認識すればするほど罪悪感もまた酷くなる。

 

 幸せか、罪か、涼花にはその選択肢しかない。そして涼花は拓斗と会う前は罪を選ぶ。そう決めていたのにそれを揺るがしているのはやはり拓斗だった。

 

「……早く行くわよ」

 

 これ以上拓斗と向き合っていたら可笑しくなってしまいそうで当初の目的の為に拓斗の腕を掴んだまま踵を返した。

 

 拓斗はそれに引っ張られる形で涼花について行った。

 

 引っ張られながらズカズカと誰もいない学校の中を2人は歩いていく。自分を引っ張ってくれる涼花の背中を見ながら思った

 

(やっぱり……俺はお前のことがどうしようもなく好きみたいだな)

 

 こうして対面して触れ合って……ただそれだけなのにあの日の様に……いや直接の分前よりも彼女の事を想う事が増えた。

 

 あの花としての涼花にフラれた後に彼女への想いを募らせていた分、そして彼氏が本当はいなかったと聞いたのもあり最近の拓斗の涼花への愛情は天元突破している。

 

 今の涼花はどうしてか前の様には話してくれないが……きっと時間をかけたら前の様に戻れる……と信じていた。

 まだこれからの事は分からないが取り合えず

 

「な、なぁ。どこに行くんだ?」

 

「黙ってついてきて」

 

「はい」

 

 声は冷たいがあの日から拓斗のタガは外れたので思う事は

 

(こういう花も良いな……)

 

 最早拓斗は涼花にぞっこんである。動き出した時間はだれにも止める事は出来ない。

 



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誰かのために何かをすると言う事

 あの後から一言も発さない涼花の背中についてきた拓斗が足を止めたのは涼花も止まったからに他ならない。

 だが拓斗は少しばかり困惑する。

 

「あの~なんで生徒会室?」

 

「入れば分かるわ」

 

 そう言った涼花はノックしてから扉を開けた。一礼した涼花に倣い拓斗も一礼した後に生徒会室に足を踏み入れた。

 1回目の時と同じく戸惑いの気持ちがある。どうして生徒会室なのか分からないからだ。

 

「おう、来たか二人とも」

 

 中にいたのは2人、1人は会長である優輝、もう1人はどこかおっとりした感じの黒上のメガネっ子の女性だった。

 拓斗がチラリとスリッパを見るとどうやら1年上の先輩らしい

 

 そんな事を思っていたら今日の事を聞いたらしい優輝が労ってきた

 

「氷火、今日は大変だったな」

 

「いえ……所で俺はどうしてここに呼ばれたんでしょう?」

 

「先ずは座ってくれ。それから筆記用具も用意しろ」

 

 言われるがままに拓斗は椅子に座り鞄の中から筆箱も取り出す。ここまで来たら今から何が行われるのか何となく分かるが……今までの経験から本当に今思っている事なのか自信が無かった。

 

 だけどもその答え合わせは直ぐにする事になった。拓斗の前に優輝と一緒にいた女性が拓斗が最後にし損ねたテストの問題文と解答欄を目の前に置いたのだ。

 

 テストに関しては厳しいと思っていた拓斗は思わず優輝に懐疑的な視線を向けたが優輝は首を竦めた後、本当に羨ましいと感じる声色で言った

 

「お前は良い友を持ったな」

 

 そこから優輝は簡単にどうしてこうなったかを話した。

 拓斗が出て行ったあと、当然の様にテスト監督は拓斗の不在について聞いたが大智と力也が全て話した上で拓斗だけ後でテストを受けさせてあげてくれとそれはもうしつこく頼んだらしい。

 

 しかしそれでもテスト監督の教師は渋った。何故ならこの二人が嘘をついている可能性もあったからだ。

 そんな事をしてなんのメリットがあるのかまでは分からなかったがその可能性も捨てきれない以上、はいそうですかとも言えなかった。何故ならこの学校のルールでテストはそのテストの時間に受けなければならないという変わる事のない規則があるからだ。

 

 ここで拓斗の特例を認めてしまったらこの先も同じことが起きた時に拓斗の事を引き合いに出されて芋づる式に認めなければならなくなる。

 

 だがそこで2人はクラスメイト達もびっくりな事を言った

 

『だったら俺達も同罪だ!』

 

『僕達が拓斗を病院に行かせました、だったら僕達もテストを受けないのが道理ではないでしょうか?』

 

 2人が拓斗の背中を押したのは確かなので間違った事は言っていない。

 そして2人は拓斗と同罪なので自分達もテストを受けないと言っている。普通ならやるやらないも本人達次第なので何も効力を持たないが今回は違う。

 

 今回の場合はクラスの面々がトライフォースの出来事を見ている。そしてその上で2人がテスト監督に拓斗のテストを認めないのなら自分達もやらないという現場を見ている。

 

 はっきり言って2人がテストをやらなくても余り意味がない。

 それだけならテスト監督者からすればどちらでもいいからだ。

 

 しかし今回のはクラスの面々が拓斗の妹の緊急電話から今の出来事まで見ているのが問題でこれでテスト監督者が2人の言葉を一蹴しようものなら

 

『あの先生、氷火が妹の為に飛び出したのにテストを受けさせなかったんだぜ?』

 

 などと周りからの評価が駄々下がりになるのは目に見えていた。本人にもそれは分かっていたのか少ない時間で悩んでいた。そこで涼花がとどめを刺した

 

『氷火君は鉄村君の自転車を返しに学校に戻ってきます。私と会長、それと副会長が今日は生徒会室に予定があります。私達がテスト監督をするので許可してくれませんか?』

 

 この一言で担当科目者のとの相談の結果、無事拓斗のテストが受けられるように図られたのだ。

 

 一通り聞き終えた拓斗は掌で目を隠して天を仰いだ

 

「はぁ~、ほんっと……あいつら馬鹿だな」

 

 言葉では罵っているがそこにある気持ちがそう思っていないことなどここにいる面々には言われずとも分かっていた。

 

 拓斗の声が涙声になりかけているというのも含めて。しばらく拓斗はそのまま涙をこらえていたが収まったのか元に戻った。

 

「それじゃあ……お願いします!」

 

 その眼には覇気が宿っていて先程までどこか暗かった彼とは別人のようだった。優輝もそれを見てもう大丈夫だろうと思いスマフォのタイマーを起動した。

 

「それでは……始め!」

 

 その宣言と共に勢いよくテスト用紙をひっくり返した

 

 



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どうしちゃったの私の心

 どうしてあんな事をしたのだろう? 

 

 涼花は拓斗の隣で文庫本を読むフリをしながら拓斗を覗き見た。彼は親友達の思いも背負っているように顔を引き締めカリカリとシャーペンを動かしている。

 

 そんな拓斗を見ながら今日、拓斗が出て行った後のテスト監督の先生に大智と力也が談判してた時の事を考えていた。

 

 最初は何も言わないつもりだった。理由には正直同情を禁じ得ないがテスト1科目位なら追試で拓斗の場合はどうにかなるだろう。

 それだけ勉学に関しては涼花も拓斗の事を認めている。

 

 病弱な妹……そのワードに何も思わなかった訳じゃない。寧ろ自分の事の様にあの時の拓斗の生気を失った顔を見るのは辛かった。

 でも……テストが出来なかったからと言って死ぬわけじゃないと涼花は高をくくっていた。拓斗なら赤点回避で今回の分を取り戻すのも簡単だろうと思っていたからだ。

 

 だが……大地と力也はそれでも拓斗のテストを受けさせてほしいと自分達のテストを懸けた。その理由が分からなかった。

 最初は自分との勝負の事を気にしているのかと思ったが……後で聞いた所それとは関係ないらしい。

 

 でも……必死に頼む2人の何かが自分の何かを動かしたかのように涼花は2人に助け船を出していた

 

 

 ★

 

 

「ありがとうございました」

 

 拓斗は生徒会室を出た所で頭を下げた。涼花もそろって頭を下げた後扉を閉めた。だが涼花はその行動は殆ど無意識にしていた。どうしてなのか? それは涼花の頭がそれ所ではなかったからだ。

 

(もう兄さん──ッ!!)

 

 心の中でテストが終わった後の事を思い出す。

 

 テストが終われば外は既に暗くなっていた。それを見た優輝が涼花にとって爆弾を投げつけた

 

「外はもう暗いな……氷火、すまないが妹を送って行ってくれないか?」

 

「何言ってるの兄さん!?」

 

「俺はまだやる事があるしお前は病み上がりなんだから無理をするな」

 

 そう言われても拓斗と2人きりなんて今の涼花の状態からすれば止めたい。別に拓斗の事が嫌なのではなく気持ちの整理がまだついていないから2人きりになるのは避けたかった。

 

 しかし結局押し切られてしまい涼花は拓斗と共に学校を出た。隣を歩いている拓斗はスマフォで誰かとやり取りをしていた。

 そしてふっと笑った後スマフォをポケットにしまった

 

「なにニヤニヤしているの?」

 

「大智に自転車の礼をしていただけだ。それに……なんだかんだあいつに助けられているからな」

 

「そう……」

 

 そこで拓斗は思いだしたように一回足を止めた。

 

「そうだ、さっき言えなかったからな」

 

 そう言って拓斗は涼花に頭を下げた。

 

「ありがとな……あいつらに加担してくれて」

 

「べ……別にあの2人の為じゃないわ。今回の事は私にも思う事があっただけだから」

 

 とそこまで言って涼花は思ってしまった

 

 ──ってこれじゃあ私が拓君にデレてるみたいじゃない!! 

 

 いや客観的に見ればデレている。もう言い訳のしようもなくデレている。もう罪とか罪悪感とかどうでも良いから早くくっつけとどこからか声がするがきっと2人は気が付いていない。

 

 そんな事実を認めたくなくて涼花は直ぐに繋げる

 

「と……兎に角これで貸し借りなしだから!」

 

 あの時倒れた時の事を言ったのかもしれないがそもそも拓斗達はあれが貸しだとは全く思っていない。けれども本人がそう思っていたならしょうがないだろう。

 それこそ彼女を傷つける事になるかもしれない。

 

 拓斗は余りの剣幕に思わず頷く

 

「わ、分かった」

 

「……早く行きましょ」

 

 そう言って涼花は拓斗を追い越し歩き始めた。拓斗も苦笑いしながら追いそのまま横に並んだ。そして丁度自分の顔一つ分程低い涼花の顔を覗く。

 だが涼花は何も話すつもりがないのか無言で歩いていた……

 

 

 

 と思っていたか! 

 

(な……なに話せばいいの? 3年前の事なんか話しても気まずくなるだけだしかと言って世間話何て関係でもないし)

 

 ツーンとしながらも涼花は本当は拓斗と会話をしたかった。しかし過去に自分がした事の後ろめたさや学校に来た時の自分の行動を振り返り自分で自分の退路を断っていた! 

 

 だがそこで涼花は気が付いた

 

(別に私から声をかける必要ないじゃない! 拓君の方から声をかけてくれたら……)

 

 そこまで考えた時、涼花の心に少し影が差した。何故ならこんな状況にしたのは紛れもなく自分なのにまだ拓斗に頼ろうとしていることに嫌気がさした。

 

 そんな涼花の心を読んだわけじゃないが拓斗が声をかけた

 

「あのさ……結局勝負どうするんだ?」

 

 中間考査前のドタバタで拓斗が今言う前は勝負の話題は出る事は無かった。それを今出したのは拓斗なりにこの沈黙が気まずくなったのだろう。そして拓斗なりのやさしさと言う事も分かっていた。

 涼花は少しだけ笑って

 

「あら、貴方の自信がないのなら撤回してあげても良いわよ?」

 

 ──もう私にとってもどっちでもいいしね

 

 この中間考査の期間中、嫌でも拓斗達トライフォースの”絆”を目の当たりにした。まだ完全にそれを信じたわけではない。

 だが……躍起になって否定するのものではないと思い始めたのは確かだ。前までは”友達”なんて単語を聞いただけでも反吐が出たのに今はそんな事はない……と思っている。

 

「涼花の方こそ、不安ならやめてもいいんだぜ?」

 

 涼花は倒れた日から大分学校を休んでいた。予習などはやっていたがそれでも体調不良と言うのは大分ハンデとなっている。前のようにいくとは拓斗も思っていなかった。

 

 しかし涼花は不安を感じさせない、寧ろ余裕を感じさせる笑みだ

 

「そこまで言うなら……個人的に勝負しましょ?」

 

 それの意味がよく分からず拓斗は首をかしげる……事が出来たのはそこまでで上目遣いで見る彼女にドキッとするのは避けられなかった。

 

(お前ワザとなのか!? ワザとだろッ! 可愛すぎるんだよチクショー!!」

 

「かわッ!?」

 

「え?」

 

 隣を見ると拓斗の発言にどういう訳か涼花の頬が赤く染まっていた。ここで拓斗の脳内シンキングタイム! 

 

(え……何でこんな上目遣いで見ているの? 俺を萌え殺す気?)

 

 とそこまで反射的に思った時、涼花が少し胸の前で腕を組んだまま聞いた

 

「貴方……この前家に来た時から思ってたけどたらしなの? 私以外にもそんな事言ってるの?」

 

「……もしかして途中で声出てた?」

 

 それに涼花は羞恥の表情のまま頷いた。

 

 それにより拓斗も自分の心の声が出ていた事に耳まで赤くするがもうやぶれかぶれで続けた

 

「じゃあ俺が勝ったらデート……とか?」

 

 もはや涼花の顔がボフン! と音が出る程に顔を紅くした。そして何を言えば良いのか分からなくなり少し口をパクパクしてから出た言葉は

 

「本当に何を言ってるの!?」

 

「だって……好きな女とはしたいものだろ? それに……」

 

 そこまで言葉を区切り……そこには懐かしさや悔しさが混じった郷愁を感じさせる表情は涼花にもどこか悲しさを感じるしかなかった。

 だが直ぐにその郷愁を振りほどくように一気に言った

 

「あの時は出来なかったから……今度こそしたい」

 

「あ……」

 

「ダメ……かな?」

 

 伺うように涼花の顔を覗いた。その拓斗の黒い瞳は一見闇の様に黒いが……それが逆に彼の中の光が涼花を照らしたように感じた。

 

 そして出来なかった事は涼花が新たな病気を患い、それに絶望し拓斗を傷つけないために、彼を傷つけるという矛盾を起こしながら彼女は拓斗と別れて出来なかったデート。

 

 だが現実として涼花は度重なる奇跡によってその命は繋がり拓斗の隣にいる。

 

 それに涼花も本当にあの時のデートの予定は楽しみで生きる希望になっていたのは間違いない。それが希望だったから新たな病気で死ぬかもしれないというより深い絶望に叩き落された。

 

 そして……またそんな希望を感じた出来事をしようと拓斗が言ってくれた

 

 ──そんなの……ダメなんて言えない

 

 ここ何度も罪悪感にかられるがそれ以上に拓斗と一緒にいたかった。

 

「じゃあ私が勝ったら……荷物持ちとしてショッピングね」

 

「え……?」

 

 それに拓斗は流石に足を止めた。今の言い方では涼花自身も拓斗と一緒にいたい事になる。涼花もそれは自覚しているのかはにかんだ。

 その姿に拓斗も心臓の鼓動が脈を打つ。

 

「な……何よ。悪い?」

 

「いや……全然」

 

 そう言って2人はまた歩き始めた……のだが

 

(ああああ私何言ってるの!?)

 

 涼花は最近は矛盾だらけの自分の行動に顔から火を噴くほどに赤くなって内心で悶えた。

 

(言っちゃった……遠回しに貴方といたいって言っちゃった)

 

 ここに枕があればその枕を強く抱きしめその後ベッドに何度も叩きつけたこと間違いない! 

 

(最近の私絶対に可笑しいよぉ……)

 

 涼花が内心で今までの拓斗とのやり取りに悶えていたので2人はそのまま無言だった。

 

 その後、2人は電車に乗り涼花の最寄り駅まで乗っていた。流石にこの時間帯は帰宅ラッシュや晩御飯時と重なっているのでそれなりに人が多く拓斗は辟易した……が運よく直ぐに2人分の席が空いたので並んで座った

 

(拓君が……こんな近くに)

 

 席は隣だがそれなりに離しているので電車程密着したのは今回が初めてだ。肩と肩が偶に触れ合う。

 普段なら肩が隣の人と触れ合う事なんかない。だが今日の涼花はどこか力が抜けて拓斗と触れ合ってしまう。

 それではまるで……

 

(私が拓君と触れ合いたいみたいじゃない!!)

 

 実際問題もう触れているから既に遅い。

 しかし涼花はそのままだとまた頭が可笑しくなってしまいそうなので無理やり話題を振った

 

「蒼葉ちゃんは大丈夫なの?」

 

「ああ、麻疹だった」

 

「そう……しばらくはお家に帰れないわね」

 

 麻疹は何事もなければ7~8日で治る。ただ免疫力も弱くなるので他の病気が同時に起こる可能性もある。

 涼花自身もなったことあるので麻疹の辛さは分かる。

 

「貴方は大丈夫だったの?」

 

 麻疹ウイルスは空気感染によって感染する。蒼葉の近くにいた拓斗がなっていても可笑しくはない。拓斗は涼花を安心させるように首を振った

 

「俺は大丈夫だった。母さんも」

 

「そう……お父さんは?」

 

 涼花は流れで聞いただけに過ぎない。妹、拓斗、母親と来れば父親の安否が気になるのも当然だった。

 だが拓斗からの返事がなく涼花は何となく拓斗の方を見て……訝し気になった。何故なら拓斗の顔が険しく先程まで汗が無かったはずなのに今は一筋の汗が垂れてきていたからだ。

 

「さあな。俺達3人暮らしだし」

 

 その顔がこれ以上踏み込んではいけないと語っていた。涼花はそれ以上会話を続けることが出来ずただ時間が過ぎるのを待った

 

 ★

 

 駅から降り、また少し歩いて2人は涼花の家の前まで来た。拓斗は内心「やっぱでけえなおい」と思っていたがそれを顔には出さず門を開けた涼花が振り向くのを見ていた

 

「じゃあ……送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」

 

 もう家を知られた中だからか前よりも砕けた感じになってくれたのが拓斗には嬉しかった。

 

「ああ。涼花も良く寝ろよ」

 

「貴方こそ、妹ちゃんの事が心配で寝れなかったなんて止めてよね」

 

「善処する。……あ、そうだ」

 

 そこで拓斗は何か思い出したように空を見て少しだけ頬を染めながら涼花に近づいた。涼花は最初疑問符を浮かべていたが徐々に近づいてくるのを見て焦り始める

 

「その……さっきの涼花の質問だけどさ」

 

 ──さっき? 質問? 何のこと? 

 

 そう咄嗟に思い出せず頭の上に? を沢山浮かばせるが拓斗の中で何を言うのかは決まっているのか迷いなく近づいた

 

 ──拓君が目の前に……!? 

 

 涼花が余りの事に動けずにいると拓斗が涼花の耳元で

 

「涼花にしか言わないよ」

 

 そうボソッと呟かれた甘美の言葉が涼花の耳から脳に伝わった時、全身に電流が流れる感覚が走った。ドーパミンが脳内で溢れ出して変な性癖を身に着けてしまう所だった(既に遅い)

 

 ──そ……それはズルい! 

 

 そこまで悶えた時、拓斗が言った質問の意味を思い出した

 それは確か拓斗の心の声が漏れ出て涼花の事を可愛いと言った時の涼花の反応が

 

『貴方……この前家に来た時から思ってたけどたらしなの? 私以外にもそんな事言ってるの?』

 

 ──確かにあの時の答えは聞いてなかった……聞いてなかったけど……

 

「ば」

 

「ば?」

 

 涼花は火照った顔のまま息を吸い込んだ。拓斗はそれが何の言葉なのか分からなかったので思わず耳を涼花に近づけ……それが間違いだと気が付いた

 

馬鹿ああああぁぁ!!! 

 

 そう言って耳まで真っ赤にしながら踵を返してその姿をあっという間に豪邸の中に消した

 拓斗は耳元で叫ばれ直ぐには動けなかった。三半規管が少し麻痺した。

 

「あんな大声で……言わなくても」

 

 ようやく口に出せたのはそれだった。しかし同時に嬉しくも思った。涼花が感情的になった姿を見ることが出来たから。

 

「……帰ろう」

 

 涼花の新たな姿を見た拓斗は満足げに駅までの道を歩いたのだった

 

 

 

 

 

 



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どうしたらいいのよ

 ドタバタと家の中に入って涼花は広い家の中を駆けた。今はこの胸の中にある熱を逃がしたくなかった。

 少ない体力をフルで使って涼花は自室のドアをぶち破り鞄を机の下に放り投げてベッドにダイブした

 

 そしてほぼ防音なのを良いことに

 

「あ──ーっ!!!」

 

 枕に自分の顔を埋めて無我夢中で叫んだ。足もベッドに打ち付けるように何度もパタパタとして恥ずかしさを解放した。

 

「何なの!? 何なのもうっ!!」

 

 思い出すのは耳元で囁かれたあの甘い言葉

 

『涼花にしか言わないよ』

 

 思い出したら再び恥ずかしさでゆで卵のように顔を耳まで赤くする

 

「ほんとに……ほんとにも──ッ!!」

 

 やり場のない羞恥が彼女の心を可笑しくする。それでもそんな心の状態が心地いい事にも気が付いた。

 

 枕を抱きしめ震える声で呟いた

 

「分かってる……分かってるわよ……」

 

 涼花は拓斗と出会った時からとっくに彼に好意を持っている事に気が付いた。自分では拓斗の事を拓としての彼の事を思って恋愛対象だとは思っていなかった、いや思わないようにしていた。

 だけども拓斗が本人だと知ってから……

 

 

 

 ──私がどうしようもなく拓君の事が好きだなんてことは

 

 

 

 罪悪感……あるが最近はそんな感覚すらも薄れていく。自分に下した罰なのに自分を止められない

 

「……私はどうすればいいんだろう?」

 

 それだけが涼花の心中を支配した

 

 

 

 ★

 

 

 翌日、この日も涼花は拓斗の事を考えて思い悩んでいたが原因である拓斗は病院に行っていた。と言ってもまだ蒼葉には直接会えない。

 麻疹は感染力が強く拓斗や百恵がかからなかったのは幸運だった。

 

 今日はただ蒼葉のお気に入りの本を何冊か図書館から借りて来たのでそれを渡してもらおうと思ったのだ。

 

「蒼葉はどうですか?」

 

 本を渡しながら看護師さんに聞いた

 

「まだ熱があるわ。もう少し入院しないと」

 

「そうですか……あ、あとこれもお願いします」

 

 そう言って録音テープを渡した。まだ面会が出来ないのでせめて声だけでも伝えようと思い昨日録音したものだ。

 

 看護師さんと少し話した後、拓斗はそのまま病院を出て龍神神社まで向かった。

 祈る相手である涼花が目の前にいる以上、もういらないかもしれない。それでも習慣と言うのは恐ろしいもので気が付いたら足が向いていたのだ。

 

 

 相変わらずでかい鳥居を見上げた後、一礼して足を踏み入れた。長い坂道を上り辺りを見渡すと巫女さん姿の涼花と眼があった。

 

 涼花は直ぐに眼を逸らして掃除を再開した。拓斗も仕事の邪魔をするつもりは無くそのまま境内の方まで歩いていく。

 いつもの様にお賽銭を入れて手を合わせた。何時もならここで涼花の事を祈っていたが今日は違う。

 

(妹の蒼葉の病気がよくなりますように)

 

 今はそれを祈りたかった。涼花の事も大切だが妹の事も大切だ。それに涼花はネット上の人だと思っていた頃のあの時とは違い今は学校で会え……もう離したくもなかった。

 

 

「よし、行くか」

 

 

 長居するつもりは無かったのか拓斗はどこか清々しい顔で踵を返した。戻る途中で涼花とすれ違った時に一言を残した

 

「また学校で」

 

「ええ」

 

 ただそう言って2人はすれ違った。また明日から新しい月曜日が始まる。恐らく今までと何かが違う月曜日が始まるのだ



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恥ずかしすぎて消えたい

 1位 氷火 拓斗 499点

 1位 三月 涼花 499点

 ・

 ・

 ・

 5位 雷同 力也 458点

 ・

 ・

 ・

 86位 鉄村 大智 358点

 

 ★

 

 月曜日、龍神学園の掲示板前には人だかりが出来ていた。それもその筈で今日はこの前あった中間考査の結果発表、この順位自体はどうせ後から担任からも聞かされることになるが早めに知りたいという人は朝から張り出されるこの掲示で知ることが出来る。

 

 拓斗も涼花も、力也も大智も今日ばかりは早くに来た……のだが上には上がいるもので4人が来た時には人だかりが出来ていた。

 

 それだけならまだ良いのだが4人が来た時、正確には拓斗と涼花が来た時に何故か歓声があげられた。

 理由としては2人のテストの順位だ。

 

 この学校のテストは忖度なしで難しい。それ故にテストの点数が同じになる事は極めて低く、いくら上位が点数が重なりやすいと言ってもやはりそれは全体的に見たらと言う話で実際問題全く同じ点数で同率1位など前代未聞だったのだ。

 

「氷火スゲーな!!」

 

「同率1位とか初めて見たぜ?」

 

「あ~ははは、ありがとう」

 

(なんか殆ど話したこともない奴に凄い話しかけられるんだけど)

 

 拓斗の交友関係は決して広いわけではない。それこそ大智や力也、最近は涼花位だ。しかし身近の人が話題に上れば人はその話題の人と知り合いと言う事にある種の優越感を持つ。

 

 今拓斗に話しかけている人達はその優越感を少しでも満たしたいが為に話しかけるのだ。

 

「でも後一点だけだったのにな」

 

 やっと人の波から抜け出せた拓斗に大智が惜しいなぁと言いたげに顔をゆがめた。拓斗も若干悔しそうに言った

 

「どこで間違えたんだろ?」

 

 まだ答案用紙は帰って来てないし拓斗は拓斗でドタバタがあったので自己採点をしていなかった。

 だからどこで間違たのかは正直分からなかった。

 

 一方涼花は教室に来た時から窓の外を見ていてその感情は読み取れない。というより顔を見せてくれない。

 

(俺何かやったっけ?)

 

 やりまくりである

 

 そこで拓斗は親友達に聞いとかないとダメな事があったのを思い出した

 

「そうだ……お前ら的に勝負はどんな扱いになってるんだ?」

 

 それを聞いた涼花の肩がぴくっとした。

 もし2人の中で勝負が有効なら今回はどういう扱いになるのか分からないが……恐らく客観的に見たら拓斗の勝ちとなる。

 

 理由としては拓斗の勝利条件は1位を取る事、そして大智の成績を上げる事だ。一つ目に関しては同率とは言え達成している。これだけでは引き分けに見えるが大智の順位の伸び幅を考えると拓斗の勝ちだと言えるだろう。

 

 大智の中学時代の順位は下から数えた方が速かったが今回は上から数えた方が速くなったからだ。

 

 拓斗の問を聞いた2人は顔を見合わせた後、力也が首を竦めながら言った

 

「俺達はもういいよ」

 

「というより……もう三月さん俺達に謝ってくれたし」

 

「え!? そうなの?」

 

 そう言って拓斗は涼花の方を見るがまだ窓の外を見て聞こえているはずだが無視を決め込んでいた。

 ただ何も反応が無いわけではなくただでさえ白い肌なので耳が赤くなっているのが分かりやすい。

 

 聞けばテスト最終日のラストテストが終わった後、涼花が引き止めてそのまま頭を下げて謝罪したらしい。

 

『私の価値観を押し付けてごめんなさい』

 

 タイミング的にはテストが自信なかったから今の内に謝ろうという魂胆に見えなくもないが、2人にも涼花の事で心の変化があったのか普通に許した。

 元々トライフォースの在り方を証明する為の勝負なのであってそれが涼花に伝わった以上勝負の意味がないからだ。

 

「言ってなかったけ?」

 

「初耳だ」

 

(と言う事はこの前勝負どうするんだ? って聞いた時のあの微妙に面白そうにしてた顔はそういう事かい)

 

 不敵な笑みで「撤回しても良いわよ?」と言っていたのは半分は遊びだったのだろう。もう既に3人の間で決着はついていてそれを知らなかった拓斗相手に少し遊んだのだ。

 

(なんかそう考えたら少しいたずらしたくなる)

 

 と今日一回も眼を合わせない涼花に思った拓斗なのであった。

 

 

 ★

 

 

 放課後、今日も今日とて涼花は生徒会室へとやって来た。中間考査の間に溜まった業務もあるのでまた忙しくなる。

 学校にもよると思うが龍神学園1年の1学期のメインイベントには林間学校が存在する。だからその資料作りも生徒会でしなければならず1年の涼花には特に任されている部分が多い。

 

 中間考査が無事に終わった今、涼花はその林間学校の資料作りをする為に少し缶詰め状態になるかもしれない。勿論涼花以外の生徒会役員もある程度は手伝ってくれるが自分達の仕事もあるのでそんなに頼る訳にはいかない……と涼花は考えている。

 

「お疲れ様です」

 

 涼花はいつもの様に一礼しながら入る。そうすれば兄を含めた他の人からも挨拶が返される。涼花が自分の席に着いた時にこの前拓斗のテスト監督を引き受けてくれた副会長……成美朝香(なるみあさか)が興奮を隠せない様子で聞いてきた

 

「涼花ちゃん聞いたよ、あの……氷火君と同率1位だったんでしょ?」

 

「は、はい。私もびっくりしました」

 

 そう朝自分と拓斗の名前が並んでいるのを思い出しながら答えた。

 あの時は本当に驚いた。1点差でもなんでもなく同じ点数だったのだ。何時も結果を見るのはそれなりに緊張するものだが今回の緊張はそれ以上だった。

 

 それは拓斗と再び交わした約束があったからだ。

 

 ──私が勝ったら荷物持ちでショッピングね

 

 涼花から言った遠回しのデートの約束。

 

(私……本当にあんな約束したんだ……)

 

 普段の自分なら絶対にしない約束をしてしまった事に胸の鼓動が速くなる。今回、個人的勝負は引き分けかもしれないが大智の成績の幅を考えたら正直負けだと涼花自身も思っている。

 

 少しだけボーっとしていたら朝香が少しだけ顔を涼花の下から覗きどこか嬉しそうな顔で楽しそうに言った

 

「涼花ちゃんもそんな顔するんだね」

 

「え……?」

 

「なんか恋する乙女って感じだよ」

 

「は……あう……そ、んな訳」

 

「うんうん。可愛いねその反応」

 

 いたずらが成功したと言いたげな顔で頷いた。何故なら、涼花の見える肌の色がどんどん赤くなっていたからだ

 

「ち、違います! そんなんじゃないでしゅッ!?」

 

 噛んだ

 

 それが涼花が動揺していることを何よりも表していて、涼花は顔から火を噴くほどに熱くなりこのまま放っておいたらこの綺麗な銀色よりのアッシュブロンドの髪まで赤くなるのではないかと思う程だ。

 

 ──消えたい……

 

 ただそれだけを思って顔を下げてしまった。それが普段いじる事が出来ない涼花をいじれるチャンスだと思った朝香がグイグイと迫る

 

「相手は氷火君かな? そうでしょ絶対!」

 

 朝香はちゃっかりあのテスト監督の時に涼花がチラチラと拓斗の事を見ていたのに気が付いていた。

 涼花は顔から湯気が出そうなほど羞恥が限界突破している

 

「も……もうやめてくださぁい……」

 

 他人から拓斗の事が好きなんだと言われるのがこんなに恥ずかしいものだと涼花は知らなかった。

 既に言葉は弱々しく説得力のかけらもなかった。そんな珍しい涼花を更にいじろうと詰め寄る

 

「ねえねえ、どんな感じで好きになったの?」

 

「あ……あう、ああう」

 

 身がすくむような恥ずかしさが涼花を支配する。そんないつもと違う涼花をずっと見ていたい気持ちもあったが流石にそろそろ可哀そうになって来たので助け舟を出した

 

「成美、それくらいにしてやれ。涼花が溶けそうだ」

 

「会長的にはどうなの? ねえねえ!!」

 

 朝香のターゲットが優輝に移り涼花は解放された……けども涼花は拓斗の事が頭の中でリフレインしてその場で突っ立ていた。

 

 優輝は朝香をいなしながら涼花の様子を見ていた。やはり前のような棘は一度倒れた後からなりひそめている。

 それが良い変化なのは一目瞭然だった。

 

 ──さて、涼花はこれからどれだけ乱れるかな? 

 

 いたずら小僧のように思考した時、自分のアップルウォッチが振動しチラリと見ると生徒会のスペシャルゲストがもう来るという連絡を受けた。

 

「成美、話は後でいいか?」

 

「え~もっと聞きたいのに~!」

 

「そんな事より……今日からこの生徒会に新メンバーが入る」

 

「え、誰なの?」

 

 涼花も兄の言葉でようやく意識を現世に戻した。

 

「もう来たみたいだからな。直接見てもらおう、入れ」

 

 涼花もそれを聞いて背後を向いた。生徒会に入った時期の違いもあるだるろうが一応初めての後輩となる。

 ……と言っても一年の自分が先輩だというだけで学年は上の可能性がありそうだ。

 

(せめて私目当ての人じゃないと良いけど)

 

 勝負のそもそもの原因を思い出しながら扉を見て……彼の姿が見えた瞬間に先程ようやく落ち着きつつあった心臓がドクンっと再び動き出した

 

「な……んで」

 

 思わず呟いた涼花の頭の中は真っ白になっていた。さっきまで思考していた人物が目の前に現れたらこうもなってしまう。

 その人は涼花を見ていたずら成功と言った顔をした後、優輝と朝香に言った

 

「生徒会庶務として生徒会の末席に加えられる……氷火拓斗です。よろしくお願いします!」

 

 元気よく入って来たのは拓斗だった。その清々しい程に狙ったと言いたげな拓斗に涼花は

 

 ──どれだけ私を可笑しくしたら気が済むの!? 

 

 ニューフェイスに思ったのはそんな想いだった

 



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ラブコメに恋のライバルってつきものだと思う

 中間考査も終了しそれぞれのテスト結果に一喜一憂する期間も終わった。トライフォースも涼花もそれぞれの日常に戻った。

 ただそれは日常であり日常ではない。何を言っているのだと思うかもしれないが拓斗と涼花にとっては確かに当たり前にあった日常ではなかった。

 

 生徒会準備室

 

 そんな事が書かれているが実体はただの物置部屋、そこでは拓斗と涼花がそれぞれせわしなく動いていた

 

「生徒会っていつも何やってるのか気になってたけど……大変なんだな」

 

 沈黙の時間は拓斗も苦手なので他愛ない話を振る。涼花は昔使っていた資料を束ねながら答えた

 

「教室の整理は珍しい方よ。私今回が初めてだもの」

 

「その割にはテキパキしてないか?」

 

 段ボール箱を持ち上げながら資料を分けている涼花に言った。それを気にしたそぶりもなく返した

 

「会長からは私の一存で分けて良いって言われたし確認しても古かったりで役に立たないのが多いもの」

 

 そう言いながら一通り段ボール箱に突っ込んだ後、訝し気な表情で拓斗に向いた

 

「それより……何で貴方が生徒会に入ったのよ」

 

 ──本当は嬉しいけど……けど! 

 

 顔には全く出さないが涼花は拓斗が生徒会に入っているのが分からなかった……期待している理由はあるがそれを期待しまくっていたら自意識過剰女みたいで……

 

「何でって……涼花と一緒にいたいから」

 

「~~~ッ!?」

 

 拓斗の一言に動きが止まり掌が熱くなる。赤くなっていると自覚出来る顔を拓斗から逸らして弱々しく反撃した

 

「何でそんな事恥ずかしがらずに言えるのよ」

 

「今2人だからな」

 

(2……人)

 

 それに気が付きがばっと拓斗の方を向くと拓斗は棚の整理をしていて涼花の方を見ていなかった。それで正気に戻った涼花は

 

 ──って私何に反応したの! 

 

 教室、2人きりでこの教室は学校の端っこなので誰かが来ることはない。その状況で何が起きえるのかを自分で想像してしまった。

 

 カアアと顔が熱くなり掌を握りしめた

 

(私なんて破廉恥な事を……)

 

 涼花が自分の思考回路と戦っている間に拓斗は何故か出て来た人生ゲームやボードゲームを見て「何であるんだ?」などと一人で考えていた……が結局分からないので涼花の方を向いた

 

「涼花、何でこんなのあるんだ?」

 

「……」

 

 声をかけても涼花は何故か顔を紅くしたままフリーズしていた。それに拓斗は首を傾けた後、熱でも出たのかと思い人生ゲームを置いて涼花の目の前にまで来たが涼花は全く反応しない。

 

「涼花、大丈夫か? おーい」

 

(私と拓君が……2人きりの教室で……)

 

「おーい涼花!」

 

「はっ!」

 

 そこで涼花の意識が戻り火照った顔はそのままに目の前を見て更に顔を紅く染める事になった。

 

「たたたたた拓君!?」

 

「お、おう。体調悪いなら休むか?」

 

「だだだ大丈夫だよ!」

 

 しかしどう見ても様子が可笑しいので勢いよく肩を掴んだ

 

「いやでも凄い赤いぞ」

 

「ひゃあう!」

 

 涼花のライフゲージがどんどん削れていく。既にイエローゾーンに突入、いや直ぐにでもレッドゾーンに入る。

 だが拓斗選手、全く手を緩めようとしません! 

 

「何かあったのか!?」

 

「あ……あう」

 

「やっぱりそうなんだな、何があったんだ?」

 

「も……」

 

「も?」

 

「もう止めてッ!!」

 

「ぐほぉ!!」

 

 そう咄嗟に叫び拓斗の胸元を近くの机に馬鹿力で叩きつけた。どこかの世界から「YOU WIN!」と聞こえたのは気のせいだ

 息を整えた後、顔を真っ赤にしながら叫んだ

 

「はぁ……はぁ……何でそんなことできるのよ! 恥ずかしいの! どうしようもなく恥ずかしいの! ほんとに……もう拓君なんて知らない!!」

 

 そう叫んだあと、涼花は自分が拓斗を使ってぶちまけた資料などには目もくれず教室から出て走り去ってしまった

 

「いたぁ……なんちゅー馬鹿力だよ」

 

 思いっきりぶつけられた額を抑えながら涼花が走り去った方向を見ていた……が直ぐにその顔を笑みに染めて呟いた

 

「でも……ちゃんと呼んでくれたから満足」

 

 拓斗は涼花が走り去る前に自分の事を拓と呼んでくれたのが嬉しかった。

 ダメージから立ち直りまた少し散らかった惨状を見て苦笑いした。

 

「でも……どこかに行くは後にしてほしかったなぁ」

 

 そう言って再び散らかった教室を見て動き始めた

 

 

 ★

 

 

 一方、準備室から走り去った涼花は恥ずかしさによって頭が可笑しくなりそうで無我夢中で走っていた。そうする事でしか胸の中の熱さを逃がす事が気なかったからだ。

 

(拓君のバカバカバカ! 私がどれだけ我慢してるのも知らないで!)

 

 元々の体力が多くないので直ぐに息が切れ、気がつけば校門前の芝生まで走って来ていた。近くのベンチでへなへなと座り込んだ

 

「どうしたらいいのよ……」

 

 自分の恋心はとっくに自覚している。それを邪魔するのは過去に拓斗を裏切ったという罪悪感、そんなものはもう捨てた方が楽なのかもしれない。

 

 だけどそうしたらあの時の覚悟が意味の無いものになってしまう。

 自分の気持ちが分からなくなる現象は初めてではない。それこそ拓斗が拓だと知ってからは殆ど毎日だ。

 

 拓斗の事で悶々としていたらいつの間にか目の前に影が出ていたのを見て顔を上げた。

 そこには自分達と同じクラスの女の子が立っていた。

 

 黒髪黒目、艶やかな髪は涼花と同じ位長く肌も健康的なものだった。

 彼女はその長い髪を翻しながら涼花の隣に座った

 

 涼花の頭の中でクラスメイトの辞書を引き出しを開けて該当箇所を発見した

 

「えっと……相本……さん?」

 

 そう言うと相手は心底ホットしたと言った感じで息を吐いた

 

「良かったぁ、ちゃんと覚えてくれてた」

 

 可愛らしい声だな、と涼花は思った。自分の声はディフォルトで棘がある感じなのに対して彼女の声はどこか相手の心を包み込むような……柔らかい声だった。

 

 ──私とは正反対

 

 まだ話した訳でもないが雰囲気だけならそう思った。……というよりも

 

「あの……何か用?」

 

 何故か自分の隣でニコニコとしている彼女に問いかけた。彼女は涼花の言葉を聞き不思議そうな顔をした後「あ」と言ったふうに口を開いた、のと同時に涼花も彼女について一つ思い出した

 

(そう言えば……彼女偶に学校に来てない時あるわね)

 

「その……涼花ちゃんで良い?」

 

「ええ、良いわよ」

 

 どうせその内話さなくなるだろうと高をくくっていたのもある。

 

「そっか。あ、私の事は愛音(あいね)でいいよ」

 

 そう言って少し止まり……意を決したように彼女はさらっと爆弾を投げた

 

 

「涼花ちゃんは……拓斗君の事好き?」

 

 

 何の脈絡もなく今涼花が悩んでいることを聞いてきた。その言葉を聞いた涼花は一瞬で心臓が跳ね上がりビクンと震えた。

 

「ななな何言ってるの!?」

 

 涼花はまた顔を紅くして慌てだす

 

「好きかどうか聞いてるの!」

 

 しかし愛音も負けじと聞き返す。涼花は思考回路がショートし始めた。タイミングが最早狙ったように見えたのは気のせいなのか。

 

 涼花はショートし始めた頭の中で愛音の観察したら……

 

(な……何で愛音まで赤くなってるのよ!)

 

 どうしてか愛音まで赤くなっているの見て一つだけ可能性が出て来た……余り考えたくない可能性だけども。

 

「えっと……そのぉ」

 

 しかしたった一言「好き」と言えば良いだけなのに口をもごもごと動かす事しか出来ず答えることが出来ない。

 

 そんな中々答えない涼花にしびれを切らしたように愛音は宣言した

 

「私は好きだよ、拓斗君の事」

 

「——ッ!」

 

 ドクン! 

 

 そんな心臓音が涼花にも聞こえた。一気に心拍数が上がり隣の愛音を見る。

 愛音も心臓が脈を打っているのか顔は赤くそれでも涼花の顔をじっと見つめている。

 

 ──ドキドキ

 

 そんな感じの心臓音がまるで内側から裂けるんじゃないかと思う程意識が出来ている。

 

(あれ……? どうして愛音の心臓の音も分かるの?)

 

 涼花は不思議な既視感に見舞われた。愛音と会話をしたのは初めての筈、それなのにどうしてか彼女の……愛音の心臓の音が涼花にも手に取るように分かってしまう。

 

 不意に彼女を見るとにこりと笑っていた。涼花から見ても可愛らしい笑顔だと思う。これが自分と同い年だというのだから環境って大事なんだなと思う。

 

「涼花ちゃんはどうなの? 拓斗君の事好き?」

 

 気が付いたら徐々に彼女が自分に近づいて来ていた。元々隣に座っていたのだから距離はあっと言う間に縮み肩と肩が触れ合う位になっていた。

 そして愛音はそっと涼花の手を包み込みその手を自分の左胸に触らせた。涼花の掌に女性特有の弾力が広がった。

 

「あ……愛音さん?」

 

 どうしてそんなことをするのか分からない涼花は困惑する。しかし困惑するだけでどうしてか拒絶をする気にはなれなかった。

 

(どうして……)

 

 それどころか何故か自分の心臓は待ち望んだように、嬉しそうに鼓動する。

 

「好き?」

 

 嘘をつけない──そう反射的に思った。嘘をついた所であっという間にバレる、そんな気がした。

 鼓動が速くなっていく中で涼花は震える声で言った

 

「好き……だよ」

 

 身が悶えそうになりながらもなんとか口にした。直接口にすればするほど自分の想いを自覚する。

 愛音は涼花の答えを聞きどこか悲しそうな顔をした後、手を離した

 

「……そっか」

 

 少しだけ距離を戻して涼花の言葉を吟味するように頷いた。

 そのまま2人の時間は無言で止まっていた。2人とも自分の行動に頭が追い付かなくて無言になるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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修羅場…なのか?

お久しぶりです。インターン参加で書く暇がなくなってしまったのでこれからは更新頻度鬼のように下がります。
すいません。その分楽しめて貰えるように頑張ります!


 最終的に全部丸投げされた備品整理を終わらせ、拓斗は生徒会室に戻ってきた。生徒会室に入ると生徒会長と副会長、そして……見知らぬ女性が迎えてくれた。

 入って来た拓斗を優輝が労った

 

「おう、お疲れ。すまないな拓斗。雑用をしてもらって」

 

 さらりと涼花が封印している名前呼びをしているがこの生徒会で唯一の男仲間なので気楽になれているのだろう。

 それはさておき拓斗は生徒会を見渡す

 

「いえ……涼花はどこに?」

 

 辺りを見渡しても涼花の姿が見えなかった。それで涼花の居場所を聞いたのだが優輝は虚をつかれた顔をした

 

「何だ、一緒じゃないのか?」

 

 生徒会準備室の片づけをしに行く2人を見送ったのは他でもない優輝なのだ。それなのにどうしてか戻って来たのは拓斗のみ。

 真面目な涼花がサボったとは考えにくいが拓斗しか来ていないのも事実なので疑問符を浮かべた

 

 そうすると拓斗は何だか微妙な顔になった

 

「ええ、その……色々ありまして」

 

 ──少なくとも俺は変なことしていないけど

 

 などと思っているが実体はしまくりである。涼花の心にクリティカルトリガーを引きまくり大ダメージを与え続けた結果暴走させた。

 

 そんな自分にとって事実無根の事を思い出していたら目の前に初めて見る女性が立っていた。

 ショートの黒髪、ただ髪は所謂ゆるふわだ。

 どこか人懐っこい感覚を感じた。ただ拓斗は

 

 ──どこかで会ったか? 

 

 彼女の面影が誰かに似ていたので反射的にそう思った。一人首を傾げていたら彼女が意気揚々と挨拶してきた

 

「初めまして、生徒会書記の佐南(さなん)美紅(みく)よ。よろしく」

 

 ──思ったが何でここの生徒会って美人しかいないんだ

 

 と思った。

 美人な人が多いロシア、そしてその血を少なからず受け継いでいる涼花は学年の中でも有名人だし一部からは神格化されている

 

 副会長の朝香も顔は整って顔も可愛らしく何より眼鏡がとても似合っている。

 

 目の前の美紅も拓斗基準では普通に美人だ

 

 これどこかのテレビにこの事送ったら取材来るんじゃないかなとか思った。

 

 ……なんて思っていたら美紅が少し拓斗の事をまじまじと見つめる。

 

「えっと……何ですか先輩?」

 

「あ、ごめんごめん。弟が氷火君の事よく話してくれるからまじまじと見ちゃったよ」

 

「弟……?」

 

 そこで拓斗は再び美紅を見てみるとやはり既視感が拓斗を襲う。そこで拓斗の脳裏にスパークが走った

 

「もしかして輝虎(てると)ですか?」

 

 輝虎というのはタッチによく遊びに来る小学4年生の男児だ。美紅を男にしてそのまま背を縮ませた感じの男の子。

 よく拓斗に懐いていてタッチでは勉強も教えている。

 

 美紅は微笑んで頷いた

 

「正解、よく輝虎から聞いてるわよ? 私が勉強教えるよりも嬉しそうに話してくるから少し妬けちゃうな~」

 

「ハハハ……なんかごめんなさい」

 

「良いわよ別に。それに……」

 

 優し気な笑みがとても似合う女性だなと思った。

 

「あの子、氷火君が勉強を教えてくれるようになってから楽しそうに勉強するようになった。お母さんも言ってたけど……ありがとね」

 

「あ……その……どういたしまして」

 

 こう自分がやって来たことにお礼を言われるのが慣れていなくて少し語尾が小さくなる。それが恥ずかしくて所在無さげに周りを見る。

 それを見ていた優輝が声をかける

 

「拓斗、もうやる事はないから帰ってもいいぞ」

 

 まだ拓斗は生徒会に来て日が浅い。今日は肉体労働が多めだったのでそれを労う意味もあった。

 拓斗は生徒会長がそう言うのならそうなんだろうと思い素直に頷いた

 

「じゃあ今日はお疲れさまでした」

 

「おう。涼花を見かけたら早く戻って来いって伝えといてくれ」

 

 それに会釈しながら拓斗は荷物を纏めて生徒会室を出た。しかしその足は学校から出るのでもなくあてもなく歩いていた。

 

 言うまでもなく涼花を探しに行くのだ。拓斗の数々の恥ずかしい問で涼花はどこかに走り去ってしまったのは覚えている。

 生徒会室に荷物は置いたまま、まだ学校の中にいると思った。

 

 自分達の教室や涼花が行きそうなところを探すが見つからない。

 

(すれ違いで生徒会室に行ったのか?)

 

 そう思ったその時、ふと窓から外を見ると探し人がベンチに座って誰かと向き合っていた。

 拓斗はその足をそちらの方に向けながら

 

(見つけやすいな)

 

 とアッシュブロンドの髪を思い浮かべながら歩き始めた。そして拓斗が2人に近づくとどういう訳か2人の頬は赤くもじもじしているように見えた。

 それが何故なのかは全く分からないが、拓斗は涼花の隣にいる女子が知り合いだったのもあり遠慮なく声をかけた

 

「涼花に愛音、何か珍しい組み合わせだな」

 

 拓斗のいきなりの出現に2人はビクッとして見上げた。そしたら愛音がパーッと顔を輝かせて立ち上がった

 

「拓斗君、久しぶり!」

 

「ああ、久しぶりだな愛音」

 

 それを聞いた涼花の眉毛がピクリと震えた。平然と名前を呼んだ。自分以外の女子に。それが気に食わなくて表情が硬くなる

 

「拓斗君学校じゃ全然話しかけてくれないもん。私寂しいよ」

 

「いや、俺がお前に話しかけようものならまた面倒くさい事になる」

 

「ムーッ! せっかく今年は同じクラスになれたのに!」

 

「話しかける理由がないんだけど……」

 

「そんなの私と話したいからとかでいいじゃん!」

 

「結局めんどい事にしかならねえ」

 

「2人とも知り合いなの?」

 

 腹の底から凍える声を出した涼花に愛音はどこか胸を張り、拓斗は背筋を凍らせた……が愛音に説明を求めたらややこしくなる気しかなかったので先に答えた

 

「まあ……知り合いっちゃ知り合いだな」

 

「どういう知り合い?」

 

 拓斗は浮気した旦那の気分になってしまったが拓斗は浮気をしている訳では無い。ただ愛音と仲良く話していただけ……の筈。

 

「愛音は3年前のヴァンガード全国大会でイメージアイドルしててな。その関係で知り合いなだけだ」

 

「アイ……ドル?」

 

 そう言われて再び愛音を見る。確かに可愛いし華やかさもあるが普段はクラスでは大人しい愛音がアイドル? 

 

「あ、今見えないって思ったでしょ?」

 

 分かってるんだぞと言いたげな顔になった

 

「今は出世して割とバラエティに出ているらしいけど……まあ俺は見たことないから分からん」

 

「え~! 見てよ~!」

 

「俺の家にテレビなんて贅沢なものはねえよ」

 

「なんか……氷火家の経済事情の一端を垣間見た気がするよ」

 

 そこで愛音は「うーん」と某探偵の様に顎に手を当てて考えていた。そこで名案が浮かんだと言った顔をして

 

「じゃあ私の家に来て一緒に見よ!」

 

「なっ!?」

 

 涼花はそれを聞き思わず立ち上がった。しかし愛音には既に涼花は見えていないのか拓斗にアピールしていた。

 

「何でそうなった」

 

「だって拓斗君に私の事もっと知ってほしいもの!」

 

「いや現役アイドルが男を家に連れ込むのは不味いだろ。実家なら兎も角お前一人暮らしなんだから」

 

「え、拓斗君私の家に来たら襲うつもりだったの? ま……まあ拓斗君が襲いたいなら……良いよ?」

 

「その上目遣い止めろ。何か俺が悪くなる気がするから。あと、襲わねえ」

 

「むー!」

 

 2人のやり取りを見ている涼花の眉毛がぴくぴくとしていた。それを見た拓斗が愛音をのらりくらりと躱しながら涼花にも声をかけた

 

「涼花も愛音と知り合いだったんだな」

 

 学校で拓斗以外に話している所を見たことないので意外だと思った。しかし涼花は先程の愛音と自分の拓斗への告白合戦を話すわけにはいかないので

 

「その……さっき初めて話して」

 

「拓斗君がs……んっ!?」

 

 好きかどうかの話をしていたの! と言おうとした愛音の口を涼花が高速で塞いだ。

 

「んぅ~!!」

 

「りょ……涼花?」

 

「何でもないよ」

 

「いやでも何か俺の名前が出て」

 

「な・ん・で・も・な・い!」

 

 そんな事をしていたら愛音の胸ポケットに入っていたスマフォが振動を始めて愛音は取った。それを見た涼花も塞ぐのを止めた。

 愛音は自分のスマフォを見ると仕事の時間が来ていた

 

「あ、私行かなきゃ」

 

「そうか、頑張れよ」

 

「うん! ……そうだ、拓斗君」

 

「何だ?」

 

「今年のU20チャンピョンシップは出るの?」

 

「あ~、まあ大智次第かな」

 

 夏休み期間にU20はあるが大智は野球部との兼ね合いもあるのでまだ分からない。それを聞いた愛音は少し悲し気な笑みを浮かべた

 

「そっか……私、拓斗君のファイト好きだからまた見たいな」

 

「タッチに来たらいつでも見れるさ」

 

「うん……またタッチに遊びに行くね」

 

 拓斗は手を上げて愛音を送り出した。

 

「涼花ちゃんもまたね!」

 

「え……ええ」

 

 愛音は自分の鞄を持って……そして伊達眼鏡をかけて駆け出した。それを見た涼花は余り愛音が記憶にならないのかが分かった。

 普段は地味なのだ。まるで陰に溶け込むようにクラスにいるから余り印象に残らないのだと。

 

 ……それよりも

 

愛音と仲いいのね(この浮気者)

 

 先程までの怒りを解放するように拓斗を睨らんだ。拓斗は冷や汗を流しながら弁解した

 

「いやいや、昔愛音を励ましたくらいでそれ以外何もないぞ!?」

 

「どうかしら。私に散々たらしのセリフを言ってるから当てにならないわ」

 

「涼花にしか言わないんだけど……」

 

「ふん!」

 

 先程の愛音とのやり取りを見て涼花の中で嫉妬の炎が燃え上がり制御不能となった。涼花はその長い髪を翻した

 

「ちょ涼花!?」

 

「何よ。鞄持ってるって事は帰るんでしょ。さっさと帰ったらどうなの?」

 

「涼花と帰りたい……んだけど」

 

「今日は迎えの車が来るから結構よ」

 

「あの怒ってる?」

 

「別に? どっかの誰かが好きって言っている女の前で他の女と話していたからってちっとも怒ってないわよ?」

 

(絶対怒ってるうううう!!)

 

 何とか機嫌を直そうとするが涼花は足を止めず普通に校舎に入っていってしまった。残されたのは項垂れている拓斗だけだった

 

 

 

 

 

 



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会議は突然に

久しぶりです。


 中間考査も終わり、気温は夏に入る前の準備運動の様に徐々に高くなっていく。

 龍神学園に通う生徒達も友達と並んだりして登校しているが変化が一つだけあった。それは夏服への変化だ。

 拓斗も蒼のラインが入った白シャツを着て今日も1時間早く登校していた。1時間早いのはただ早く目が覚めてしまっただけだ。

 

 蒼葉も麻疹から回復し様子を見つつ登校を再開している。

 

 拓斗が校門を通るとグラウンドでは大智含む野球部がランニングをしている。それを視界に収めて心の中で大智へのエールを送ると拓斗はそのまま靴箱、そして教室へと向かった。

 

 途中で職員室で鍵を取ろうか迷ったが結局スルーした。

 

「おはよー」

 

 教室のドアが開くのを見て、中にいる誰かに声をかけながら入った。

 ただこんな朝早くから来ている人は拓斗の中では一人だけ。

 

「……おはよう」

 

 予想違わず衣替えをした涼花がそこにはいた。ただ半袖なのはそうなのだがその上にはブレザーを羽織っている。

 

 ただでさえ白い肌なので日焼けには人一倍気を遣っているのだろう。

 

 拓斗は自分の席に荷物を置いた後……恐る恐ると言った感じで聞いた

 

「その……涼花」

 

「……なに?」

 

「テストの勝負の結果って今更だけどどうするんだ?」

 

 中間考査が終わり発生した涼花と拓斗の個人的勝負の事だ。結局同率1位や拓斗の生徒会加入などによって有耶無耶になっていた。

 

 涼花自身も考えていてたのか何とも言えない表情となった。しかし直ぐに嗜虐的な笑みを浮かべた

 

「氷火君はそんなに私とデートしたいの?」

 

 涼花は一つだけ失念していた。今の拓斗は涼花にぞっこんであると言う事を

 

「したい」

 

「……」

 

 てっきり恥ずかしがるかと思ったら嬉々としてデートしたい宣言に涼花は今さら拓斗の自分への好感度が天元突破していることを思い出した。

 

「もう少し恥ずかしがりなさいよ」

 

「だって……嬉しいから」

 

「……何が?」

 

「涼花がそういう事を聞いてくれるようになったから」

 

 前までの涼花ならばデートしようという言葉などバッサリと一刀両断していた。

 

「~~ッ! 誰のせいよ全く!」

 

 そう言って窓の外を見てしまった涼花、そんな涼花を拓斗はしょうがないなと言った表情で見た後、席に座った。

 教科書など机に突っ込んでいたらスマフォに着信が来た

 

(母さんか?)

 

 この時間はまだ大智は朝練中だ。残りは家族か力也の二択。

 

(……!)

 

 しかし相手は違った。拓斗は隣の涼花を見ると耳まで赤くしながら外を見ていた。ただその手にはいつの間にかスマフォが握られていた。

 

(何でLINE越し!?)

 

 と思いながらメッセージを見ると「今週の土曜日、授業の後空いてる?」と来ていた。直接伝えてもいいがスマフォにしたのには何か理由があるのだろうと思って返事を打つ

 

『空いてる。日曜はバイトだけど』

 

 隣では拓斗からの返信を見て返事を打つ

 何と無しに見てみるととんでもないスピードで画面に指を滑らせていた。

 それに唖然としていると拓斗のスマフォに再び着信が来て『じゃあ土曜日』

 

(これは所謂制服デートとかいうやつでは!?)

 

 大智に貸してもらったラノベでそんなシーンが合って大智が「高校生なら一度はやってみて―ッ!」と叫んでいたのを覚えている。

 

 拓斗は土曜日に期待して胸を膨らませながら授業に臨んだ。

 

 ★

 

 昼休み、この時間は生徒にとってのオアシス。友達と昨日のテレビを語ったり、人気の俳優についてだったりグループによって話題は千差万別だ。

 拓斗達トライフォースは基本的に最近の事やヴァンガードの事が話題が多い。その人によってマニアックな会話を繰り広げる所に飛び込む人は少ない

 

 しかしそんな輪の中に涼花は臆せずに話しかけた

 

「氷火君、会長が生徒会室に集まってくれって言ってたから行きましょ」

 

「え、今!?」

 

 昨日の余り物弁当を前に拓斗は叫んでしまう。しかし涼花も手には既にお弁当を持って出る準備は万端だった。

 

「今以外にいつ行くのよ。貴方放課後はバイトでしょ」

 

「いやそうだけど……待って涼花、お前何で俺のシフト知ってる?」

 

「三月家の情報網を舐めない方が良いわよ……冗談よ。会長から聞いたの」

 

「何で会長が知ってんだよ」

 

 今日は生徒会は休む旨を後で連絡しようとしていたのは確かだがまだ連絡していない。

 

「さあ、知らない。兎も角行くわよ」

 

「わ、分かったから引っ張ろうとしないでくれ」

 

 拓斗は急いで弁当箱に蓋して持った

 

「悪いお前ら。今日は2人で食べてくれ」

 

「おー」

 

「頑張れよ」

 

「何をだよ」

 

(よし頑張ろおおおおお!!)

 

 涼花との距離を詰めるという意味で

 拓斗は急いで涼花の後を追った。

 

 それを見届けた力也と大智は滑るように顔を見合わせた。

 

「では今から『拓斗と三月さんがあの日から可笑しくなった』会議を執り行う」

 

「執り行い人は俺鉄村大智と雷同力也」

 

 何だこの会議と思った人に説明して進ぜよう。

 この会議の目的は拓斗と涼花の距離が涼花が倒れた時から急接近しまくっている。中間考査が終わった後からそれに磨きがかかっている。それについて検証し、どうするかを話し合う場なのだ! 

 

 大智が続けた

 

「中間考査が終わってから拓斗の三月さんへの態度が完全に変わった、異論はあるか?」

 

「いや、ない」

 

「おまけに三月さんの態度も中間考査後は柔らかくなっている」

 

「斬撃がビンタレベル位になった」

 

「今なら俺達も話しかけやすいか?」

 

「やめておけ。あれは拓斗限定だ」

 

 そんな真面目腐った会議をクラスの面々は「何やってんだあいつら」と思いながら見ていた。

 ……がそこに新たな乱入者が現れた

 

「大智君、力也君何話してるの?」

 

 長い髪を揺らしながら2人の会話に入って来たのは愛音だった。それにクラスの……もっと言えば男子の視線が大智たちに集められる。

 

 愛音、参戦!! 

 

 アイドル……最近はバラエティにも出て来た愛音は有名人だ。アイドルをしてるくらいなのでその美貌も容姿も他を圧倒している。

 

 大智たちは意外そうに見ながらも邪険にするものでもないので素直に答えた

 

「愛音さん、いや拓斗と三月さんの事を話して……ました」

 

「もう普通に話してよ。同じクラスなんだから」

 

「いや……何か愛音さんの背後に逆光が出てどこか神々しいから」

 

「凄い。大智君が何言ってるのか分からないよ」

 

「まあこいつは元々こんな奴だから放っておいたらいい」

 

「なんか酷い!」

 

 今のやり取りに愛音がクスクスと可愛らしく笑い大智が愛音にくぎ付けになった。それはもう「二へ―」と効果音が付くくらいに顔が緩んでいた

 そんな大智の肘をつつく

 

「その顔やめろ。みっともない」

 

「うるせーっ! 現役アイドルに話しかけられたらこうなるだろ!」

 

「俺なってないけど?」

 

「夢ねええ!」

 

「アハハ! やっぱトライフォースは面白いね!」

 

(あ、天使だ。天使がいる)

 

 愛音は涼花と違って話しかけづらいのは正直同じだが涼花よりもハードルは低い。

 そんな愛音が自分のお弁当箱を出しながら2人に聞いた

 

「私もその会議混ざって良いかな?」

 

「勿論大丈夫です!!」

 

 大智は勢いで拓斗の席を進めた。「ありがと」と言いって愛音は胸を高鳴らせながら椅子を引いて座った

 

(ここが拓斗君の席かぁ……ダメ。何だかドキドキしてきた)

 

 普段、涼花と拓斗とのやりとりを見ているだけでもモヤモヤするのだ。自分でも分かっている。嫉妬なんだと。

 ただでさえ自分は外聞の事があるからそんな拓斗に話しかけられないというのに涼花は拓斗と話す事に抵抗がない。

 

(それに……拓斗君は涼花ちゃんの事好きっぽいし)

 

 見ていたら分かる。あの中間考査の後から拓斗の涼花を見る目が変わっている。如何せん、ずっと拓斗を見て来た愛音だから分かる。

 

 涼花も拓斗の事が好き……つまり両想いだ。だが2人はまだ付き合っていない。ならまだチャンスはあると考えている愛音。

 

「何だかんだ私もトライフォースと出会って長いね」

 

「そうですね。3年前の全国大会からだから」

 

 今はイメージアイドルをやっていないが3年前は全国大会を盛り上げるアイドルとして愛音は優勝チームであるトライフォースと知り合った。

 

(拓斗君とはその全国大会の前にあったんだけどね)

 

 と1人懐かしそうに当時の事を思い出した

 

 

 

 



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