TSテレポーターのヒーローアカデミア (tsuna屋)
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雄英高校入学
入学試験


初投稿です。
ヒロアカとTSへの愛が抑えきれず文章にしました。


 〝前田 世助(まえだ よすけ)〟という男が生まれた年は、世界中でとある現象が話題になっていた。

 

 ことの始まりは中国・軽慶市で〝発光する赤児〟が生まれたというニュース。

 それ以降、超能力や魔法、妖怪に怪物といったフィクションの中で語られていた特徴を持つ存在が発見されるようになり、それらは〝超常〟あるいは〝異能〟と呼称された。

 

 〝超常〟の登場により、世界は混乱に包まれる。それまでの常識や法が適応されない存在は、人々に恐怖を与え、やがて差別や偏見、軋轢を生んでいった。最終的に訪れたのは──法規社会の崩壊である。

 当然、その影響は一般人であった〝前田 世助〟にも及ぶ。〝異能持ち〟と〝反異能〟の抗争に巻き込まれた彼は、二十代という若さで命を落とすことになる。抗う力を持たなかった〝前田 世助〟は、なにも為せぬまま短い生に終わりを迎えたのだった。

 

 ──その筈だった。

 

 〝前田 世助〟は死んだ。僕は、死んだ。しかし、気がつくと〝私〟になっていた。

 〝超常〟が発見された〝超常黎明期〟と呼ばれる時代に死んだ僕は、その百有余年後に〝私〟として転生したのだった。

 〝異能〟は〝個性〟と呼ばれ、〝超常〟が〝日常〟となった現在。

 かつてはフィクションでしかなかった前世で憧れた夢が叶う今。

 

 これは、【前世の記憶】があるという、超人社会でも特に奇怪な特徴を持つ私が〝ヒーロー〟になる為に足掻く物語だ。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──某年2月26日

 

 私の前には巨大な扉とビル群が広がっていた。都会の一画にしか見えないその場所は、これから行われる〝とある入学試験〟の会場である。

 

 静かに深呼吸をして心を落ち着かせる。気持ちが良い。都会を模してはいるが、この場所が山奥だと言うことを木々の香りと澄んだ空気が私に伝えてくれた。

 ブーツの紐を締め直し、フライトスーツのポケットや装備したポーチの中身を改めて確認する。

 試験内容がわからなかったため、いかなる内容でも対応できるように用意していた私の装備は、周りの受験生と見比べると些か重装な気がした。周囲の受験生は、ジャージにランニングシューズなどのオーソドックスなスポーツウェアが多いように見受けられる。

 勿論、中には〝個性〟の都合なのかオフショルダーや素足など、季節感を無視した受験生もいた。見ているこっちが寒くなりそうだ。

 

 

(おっと、だめだめ。気が逸れましたね)

 

 

 集中している気でいたが、どうやら私も緊張しているようだ。試験開始時刻が伝えられていないのだから、いつ火蓋が切られるか分かったものじゃあない。いつでも〝個性〟を使えるように、私は再び会場へと意識を向けた。

 すると──。

 

 

『ハイ、スタートー』

 

 

 拡声器を通したように大きく、それでいて間の抜けた声が響き渡る。直後に目の前の扉がバーンと勢い良く開かれた。

 

 ──始まった。

 

 準備は入念にしてある。いつもと同じように自然体で、しかし頭から指先まで意識を巡らせて〝個性〟を発動する。

 

 

(まずは会場の中心、その上空へ──!!)

 

 

 次の瞬間。雑に編集された映像のように、急に景色が変わる。私の足元には先程まで見上げていたビル群が広がっていた。同時に、ブワァッと吹き付ける冷風と自由落下に伴う浮遊感が身体を襲う。髪が舞い上がり、ジャケットの裾がはためく。

 混乱はしない。当たり前だ。なんてたって、これが私の〝個性〟なのだから。

 

 

『どうした? 実戦にカウントなんざねえんだよ! 走れ走れ! 賽は投げられてんぞ!』

 

 

 チラリと後ろを見ると、試験官でありプロのヒーローでもある〝プレゼントマイク〟の煽りによって、慌てた様子で走り出す他の受験生たちの姿があった。どうやら、私は中々の好スタートを切れたようだ。

 しかし油断はしない。開始と同時に爆発音が響き渡っていた。察するに、かなりの〝強個性〟の受験生がいるのだろう。発動したままの〝個性〟で捕捉した目標の下へ移動するため、再び自身を〝移送〟する。

 

 

(【空間移動(テレポート)】──!!)

 

 

 トッ、と音を立てて着地する。建ち並ぶビルよりも高い位置にいた私は、狙い通りの場所へ移動した。

 会場のメインストリートに当たるであろう大きな道路には、こちらに気付いた様子のない〝仮想(ヴィラン)〟がひしめき合っていた。

 

 

(1ポイントが3体に2ポイントが2体。さっそく頂きますよぅっと)

 

 

 ポーチにしまってある()()に手を当てて、それらを〝仮想(ヴィラン)〟の頭部に〝移送〟する。数秒経過し、ビリビリっと機械がショートする音がした後に7ポイント分の〝仮想(ヴィラン)〟が地面に倒れ込んだ。

 事前の予想通り、奴らは頭部(を模した部位)を破壊されると行動不能になるようだ。…間違いであったら格好悪かったが、問題はなかったので良しとしよう。

 

 私が最初のポイントをゲットしたところで、スタート地点の方向から断続的な爆発音が近付いてくる。試験開始時に目立っていた爆発する強個性の人だろう。長距離を【空間移動(テレポート)】したわけではないが、それでもこの短時間で私の〝個性〟に追いつくとは…油断ならない存在だ。

 

 

(この付近は乱戦になりますね…。もっと奥の方に移動しましょうか)

 

 

 周囲に他の〝仮想(ヴィラン)〟が居ることは〝探知〟済みだが、他の受験生と点の取り合いになるのは不毛だ。ならばと、更に会場の奥へと【空間移動(テレポート)】した。

 

 近付いていた爆発音は一瞬の内に小さくなる。300m程度は移動したんだ。これだけ離れておけば、乱戦に巻き込まれることもないだろう。

 意識を後方の受験生たちから、視線の先に居るロボットたちに向ける。突然現れた私に対して呆気に取られたのか、しばらく無反応が続く。ややあって、『標的捕捉』だとか、『ブッ殺ス!』だとか言いながらこちらに向かってきた。なるほど、〝仮想(ヴィラン)〟だけあってセリフも物騒だ。分かりやすい。

 

 私の体より大きな奴らの腕パーツが振り下ろされたら、大怪我は必至だろうし周囲の被害も広がってしまう。ならば、やることは一つ。先程と同じ要領でポーチの武器──紙の束に手を当て、〝仮想(ヴィラン)〟たちの内部へ送り込む。

 

 

「機械相手は都合が良いです。なにせ、加減しなくても良いってことですもんね」

 

 

 ズドドン! と大きな音と共に細切れになった〝仮想(ヴィラン)〟の残骸が広がる。

 うーん、前言撤回。いくら加減は要らないと言っても、倒し方を考慮しないと結局被害が広がってしまう。

 〝仮想(ヴィラン)〟と呼ばれるこのロボットたち。私たち受験生への障害として用意された彼らは、1ポイントの標的ですら数mの巨体。動き回られるだけで道路が削られ、振り回される手足で建物に被害が及ぶ。やはり、相手が動く前に頭部を破壊して倒すのが一番だ。

 

 

(『動く前に討つ』、ですよねお婆ちゃん)

 

 

 耳にタコができるほど聞いた祖母の訓えを思い出しながら、私は既に探知しておいた次の標的の下へと跳んだ。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──約7分が経過した。

 

 試験の制限時間は10分間。いくら大きな会場と言えど、数百人の受験生が居るのだから、この数分の間にも十数名とすれ違った。

 その中で所謂、記念受験というやつだろうか。明らかに動きにキレがないどころか、運動音痴と呼べる人もチラホラ見かけた。

 彼らは〝仮想(ヴィラン)〟から必死に逃げていたり、怯えて隅っこで震えていたため、本人の同意を得て安全そうなスタート地点付近まで〝移送〟させてもらった。あくまで試験なのだから、命の危険はないだろうけど、それでもああまで逃げ惑う人を放ってはおけなかった。あれでは、ヒーロー志望(受験生)と言うより要救助者だ。救助に時間を取られたが仕方がない。

 

 標的の数も減ってきたことも合わさり、序盤ほどのポイントの伸びはなく現在52ポイント。しかし、所感だが他の受験生と比べて結構稼いだ方だろう。

 

 

(さてさて、試験も終盤。これまで1から3ポイントばかりでしたが…)

 

 

 改めて試験内容を振り返る。この試験の目的は、時間内に〝仮想(ヴィラン)〟を多く倒して得点を稼ぐこと。試験前の説明では、〝仮想(ヴィラン)〟には0から3ポイントの『4種類』があると伝えられていた。0ポイント〝(ヴィラン)〟は、〝所狭しと暴れるお邪魔虫〟と言われていたが未だに出てきていない。

 

 ──〝屋外〟には。

 

 

(私の【空間探知(ディテクト)】に最初から引っかかっていた〝デカブツ〟。空洞になってるビルの中で全く動きを見せませんが、そろそろでしょうね)

 

 

 ラストスパートをかける者、ポイントが稼げずに焦る者、疲労困憊でパフォーマンスが下がってきた者。

 ──邪魔をするには、うってつけのタイミングだ。

 

 

 ドオォォォォン!!!!

 

 

 今までの比でない轟音が響き渡る。ビルの中から飛び出してきたそいつは、瓦礫を撒き散らしながらド派手に登場した。

 建ち並ぶビル群と同等の高さのある0ポイント〝仮想(ヴィラン)〟は、他の3種と比較にならない威圧感を放っていた。

 

 

(一応、瓦礫が直撃しないように計算されているんでしょうけど…。【前世】ではあり得ない規模ですねぇ)

 

 

 技術的にも倫理的にも、昔では実現不可能な試験内容だ。〝個性〟の登場による影響の一つだろう。つくづく思う、フィクションじみていると。

 

 数世代分のジェネレーションギャップに感慨を覚えつつ、私は近場のビルの屋上へ【空間移動(テレポート)】して周囲の状況を窺った。

 デカブツの登場による受験生たちの選択は概ね皆同じだ。圧倒的脅威を前にして一目散に逃げたり、混乱に乗じて他の〝仮想(ヴィラン)〟を狩ったり、怪我を負った者の手助けをしたり。行動に違いはあれど、デカブツを相手にしない、という判断に違いはない。

 思考を重ねる。

 

 

(得点を稼ぐことを考えれば、あちらで暴れ回っている〝爆発の少年〟に追随することが一番ですね。あれはドッスン的な役割。クリアするために挑む意味はないですし)

 

 

 倒したところで、デカブツのポイントは0。旨味がなければ回避するのが普通だ。

 ──だけど、

 

 

「練習でできないことが、本番でできるわけありませんよね」

 

 

 私が目指すのは、ヒーローだ。そして試験(これ)は単なる通過点。あんなデカブツを一人で相手して街への被害も最小限にする。そんな経験はなかなかあるものじゃあない。

 それに、評価だけを気にして(ヴィラン)の行動を見逃すなんてこと──私の憧れたヒーローたちは絶対にしない。

 

 考えなしに頭部を破壊するだけではいけない。それでは倒れた奴の体に周囲が巻き込まれて被害箇所が増加する。

 時間をかけてもいけない。奴が暴れれば暴れるほど怪我人が増えてしまう。

 お婆ちゃんとの訓練でこんなのを相手したことはないけれど。やってやる。やってみせる。

 …ああ、そうだ。試験前に〝プレゼントマイク〟が良いことを言っていたじゃあないか。

 

 

更に向こうへ(Plus Ultra)、でしたっけ?」

 

 

 困難に立ち向かう時こそ笑顔で挑もう。(ヴィラン)には威圧を、民衆には安心を届けるために。

 上品に、可愛らしく見えるよう微笑みを携えて。〝0ポイント〟を取得するため、私は屋上の縁から飛び降りた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 いくつものモニターが並んだ部屋の中、昼間に実施された〝実技試験〟の採点をする教師達の姿があった。

 ここは〝国立雄英高等学校〟、そのとある会議室である。

 

 

「実技総合成績、出ました」

 

 

 モニターに36人の受験生の名前と順位、それぞれの得点数が表示される。それは、雄英高校ヒーロー科の一般入試合格者のリザルトだ。

 

 ──ヒーロー科。

 現代社会には、〝個性〟を悪用する犯罪者〝(ヴィラン)〟を取り締まる〝ヒーロー〟という職業がある。ヒーロー科は、そのヒーローになるための教育を受ける学科だ。

 そして、この雄英高校ヒーロー科は日本の数あるヒーロー科において、最高峰とされる名門中の名門である。

 一般入試における倍率は、脅威の300倍超。つまり、ここに連ねる合格者たちは、1万人以上の受験生の中から選りすぐられた猛者たちということだ。

 

 

「しかし、今年は随分と極端な結果となりましたね」

 

 

 教師の一人がそう呟くと、追随する形で他の者たちも思い思い意見を述べる。

 まず注目された受験生は、リザルト2()()の〝爆豪 勝己〟と8()()の〝緑谷 出久〟だ。

 今回の入学試験は、事前説明会にて〝仮想(ヴィラン)〟を倒してポイントを稼ぐことが試験内容と説明されていた。しかし実際には、他の受験生を救助することで得る〝救助(レスキュー)ポイント〟も設定されており、2種類のポイントの合算で成績が付けられていた。

 

 爆豪は、〝救助(レスキュー)ポイント〟を一切稼ぐことなく(つまり他の受験生が危機に陥っていても無視して)2位の好成績を収めており、反対に緑谷は〝救助(レスキュー)ポイント〟のみで8位まで登り詰めた。

 両極端な成績の二人は、一万人以上の受験生を評価し終えて疲弊した教師たちの気分転換のネタとなっていた。

 

 

「だけどよー! 一番の注目株はやっぱりコイツだろー!! YEAH!」

「〝(ヴィラン)ポイント〟52、〝救助(レスキュー)ポイント〟51。合計ポイント100以上の彼女ですね」

「〝空戸 移(くうど うつり)〟さん、まったく凄まじい結果ね」

 

 

 教師たちの話題の中心は、リザルト一位の受験生へと移る。

 彼らの話題に合わせて切り替わったモニターには、フライトスーツを身に纏った短髪の少女が表示された。

 

 

「〝個性〟届によると、【ワープ】系と【探知】系の複合型〝個性〟とあるな。珍しい上にかなりの強個性だ、この結果にも納得がいく」

「ソレダケデハナイ、本人ノ運動能力モ、カナリノモノダ。何ラカノ、武術ヲ修練シテイルノダロウ」

「戦闘能力もですが、僕は彼女のレスキューへの造詣の深さを評価しますよ。リタイヤした受験生を救助する際の動き。あれはすでに仮免を余裕を持って合格できるレベルです」

 

 

 それぞれが注目した彼女の特徴を述べるが、いずれも掛け値なしの高評価をしている。ヒーロー志望の中学生でトップクラスの実力者の中でも群を抜いた成績の彼女には、教師たちも興奮冷めやらぬといった様子だ。

 その中でも人一倍テンションの高い、サングラスをかけた教師が声を張り上げて喋る。

 

 

「そいつもそーだけど、俺ァ0ポイント(お邪魔虫)への対処を評価するぜ!! あれはチョーシビィィぜ!!」

 

 

 再びモニターが切り替わり、今度は彼女が0ポイントの〝仮想(ヴィラン)〟と相対した際の映像が流れた。

 そこには、ビルや受験生たちへ被害が及ばないように誘導されながら細切れになる〝仮想(ヴィラン)〟の姿が映っていた。

 崩れ行く〝お邪魔虫〟の残骸によるビルの損壊は決してゼロではなかった。しかし、同じことをプロのヒーローにさせたとして、彼女より被害を少なくできる者はほとんどいないだろう。

 

 ワイワイと盛り上がる教師たちの雑談は、他の合格者たちへと話題が移りながら数分続いた。収拾が付かなくなってきたところで、一人の教師が立ち上がる。他の者は即座に雑談を中断し、立ち上がった彼に注目した。

 

 

「ハハ! みんな盛り上がっているね! でも、この後もやることがたくさん待っているからね。話はこの辺にして、次の作業に取り掛かろうか!」

 

 

 男性の明るい声が響き渡り、雑談に興じていた者たちは緩んだ気を引き締めて返答する。

 再生が終了し停止した画面には、〝仮想(ヴィラン)〟の瓦礫に囲まれた、可愛らしい顔をして微笑む少女の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

タグにある通り、主人公は〝強め〟です。ただ、最強ではありません。
超常黎明期から現代に転生したTS少女が、苦悩しながら〝ヒーロー〟を目指す物語です。
処女作ゆえ至らない点ばかりかと思いますが、お楽しみいただけると幸いです。

そして皆さん、TSをすこれ。


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入学初日

 赤いネクタイを締めて灰色のブレザーに袖を通す。春休みの間に何度か試着したが、真新しい服というのはそれだけで気分が晴れやかになる。

 髪の毛が跳ねていないか最終チェック。一昨日切ったばかりのアッシュグレージュの髪は、ツヤツヤのサラサラである。スルン、と元の位置に戻る髪質にテンションが上がる。

 

 

(我ながら美少女ですね)

 

 

 人前では恥ずかしくて主張できないが、私は美少女である。フェイスラインに切り揃えられたショートボブの髪の毛には天使の輪があるし、父親譲りのヘーゼルカラーの瞳と母親譲りの眉目秀麗な顔付きは、10人中全員が綺麗と言ってくれるだろう。

 そして、武術の訓練によって引き締まった身体とスラーっと伸びる手足はとってもスタイルが良い。

 【前世の記憶】があり客観視できているので、これはただの自画自賛ではなく、純然たる事実である。

 

 なんの因果か、平均的な日本人男性だった【前世】から私は〝空戸 移(くうど うつり)〟という少女となった。

 いくら整った容姿を手に入れても、性別が反転してしまっては残念でしかない。…いや、綺麗なことは嬉しいし、なんだかんだオシャレをするのを楽しんでいる自分はいるが、寄ってくる男性を恋愛対象にすることはない。かと言って、男性の頃のように女性に対して欲情することもなく、結局、鏡を見て楽しむくらいしかメリットがないのが現状である。

 

 

「移ちゃーん、そろそろ時間よー」

「あ、はーい! いま行きますー」

 

 

 廊下からお婆ちゃんの声がした。いけない、まーた支度に時間をかけ過ぎてしまった。

 鞄を持って部屋を飛び出す。遅刻する訳にはいかない。

 

 ──今日は、雄英高校の入学日。私は今日から女子高生なのだ。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 静岡県の閑静な住宅街の外れにある小高い山。自然溢れる景色に不釣り合いなサイズで聳え立ついくつかの建造物。数キロ手前から確認できていたこの土地こそ、私が今日から三年間通う学校、国立雄英高等学校だ。

 

 雄英高校には、私が合格したヒーロー科の他に普通科、サポート科、経営科と計4つの学科があり、1学年の生徒数は述べ220人らしい。

 全校生徒は660人になる訳だが、その生徒数に対してあの広大な土地面積は、少々以上に広過ぎる気がするが、それだけ充実した施設があるということだろう。なにせ、入学試験でさえあの規模だったのだ。これからの三年間、存分に有効活用させてもらおう。

 

 私が校門前に到着したのは、入学案内に載っていた集合時刻の30分前だった。辺りには私と同じく如何にも新品、といった感じの制服を着た生徒ばかり。みんなこれからの新生活に期待いっぱいですと顔に書いてあるようだ。

 

 玄関前には、クラス分けを示す紙が大きく掲示されていた。十数人の生徒が集まって各々のクラスを確認している。

 どれどれぇ、私のクラスは──。

 

 

「──ケロ、あなたもヒーロー科なのかしら?」

 

 

 突然、女子の声が横からかかる。顔を向けると、黒い長髪を背中で結んだ大きな瞳の女子生徒がこちらを見ていた。

 

 

「うん、そうですよ。私はA組みたいです」

「私もA組よ、これからよろしくね。私は蛙吹 梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んでほしいわ」

 

 

 蛙吹…梅雨ちゃんは、ほとんど無表情ながらも若干目尻を下げてこちらに手を差し出してきた。小柄なことも相まって、なんだか可愛らしい女の子だ。

 私は微笑みながら梅雨ちゃんの手を握った。

 

 

「私は空戸 移です。よろしくです、梅雨ちゃん」

 

 

 後から来る生徒の邪魔にならないよう、掲示物の前から移動しながら梅雨ちゃんと会話を続ける。梅雨ちゃんは、口調といい、時々見える舌といい、蛙っぽいなーと思っていたら、どうやら本当に〝個性〟【蛙】だという。

 失礼ながら蛙って可愛いイメージがなかったが、梅雨ちゃんを見ていると蛙は実は凄く愛くるしいのではないかと思えてきた。…うん、いや、違うな。梅雨ちゃんが特別可愛いだけだろう。

 

 梅雨ちゃんと〝個性〟の話や入試の話をしながら歩いている内に、目的地の一年A組まで到着した。

 巨体な異形系〝個性〟への配慮なのか、とっても大きな引戸を開けると、中には数名の生徒たちがすでに席に着いていた。

 

 

「ええと、私たちの席は…」

「──おはよう! そして初めまして! 俺は飯田 天哉だ!」

 

 

 梅雨ちゃんと座席を探そうとすると、先に教室にいた眼鏡の男子が素早く近付いてきた。おおう、爽やかな感じだけど、ちょっと圧が強いな。

 

 

「ああ、うんよろしく。空戸 移って言います」

「私は蛙吹 梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「うむ! 空戸くんにあす、梅雨ちゃんくんだな! 名簿によると、キミたちの席はそことそこだろう!」

 

 

 ビシ! ビシ! と、飯田はロボットのように堅い動きで私たちの座席を示してくれた。なんともまあ、真面目そうだけど濃いやつだ。

 軽く礼を言って、席に着いた。

 

「あ」と「く」で席が離れるかと思っていたけど、梅雨ちゃんの斜め後ろの席が私の場所だった。梅雨ちゃんとは話のテンポが似てるし、仲良くなったばかりだから席が近くてラッキーだ。

 荷物を開けながら再び梅雨ちゃんと談笑する。

 

 …そう言えば、入学案内の中に〝体操服を持参するように〟と書いてあったけど、どういうことなんだろうか? 入学初日なんて、入学式やガイダンスで終わるだろうに…。まさか、初日から体育が組まれているなんてわけあるまいし。

 鞄に入った体操服を見て考えに耽っていたが、今は新しい級友との親交に勤しむとしよう。

 

 

「それで梅雨ちゃん、さっきの続きなんですけど──」

「──おい、キミ!」

 

 

 突然、大きな声がした。何事かと視線を梅雨ちゃんから反対側に向けると、さっき案内をしてくれた飯田が誰かに向けて注意しているようだった。

 

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」

 

 

 飯田に注意されている男子生徒は、不遜な態度でメンチを切っていた。久しく見てないタイプの不良だ…、雄英高校にもああいう人物がいるとは思わなかったな。

 飯田と不良男子(仮)の言い争いは続く。飯田は律儀に出身校を伝え、不良男子(仮)はそれに対して「ぶっ殺し甲斐がありそうだ」と、ヒーロー科とは思えない返答をする。

 あれでは、〝(ヴィラン)〟にしか見えないな…。雄英って内申点で落とされることはないんだろうか? それともあんな態度で教師の受けは良かったのか? 不思議だ…。

 

 

「ずいぶんと乱暴な子ね」

「ビックリしちゃいましたねー」

 

 

 口元に指を当てる梅雨ちゃんに相槌を打つ。いや、ほんと、雄英生はキャラ濃いな。漫画か。

 飯田と不良男子(決定)の言い合いが終わり、ピリッとした空気が和らいだので、再び梅雨ちゃんとの交流を深めることにした。梅雨ちゃんの前に座っていた〝芦戸 三奈〟も交えて、しばらく会話に花を咲かせていると、

 

 

「──お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 

 廊下から覇気のない男性の声がして、教室の喧騒が止んだ。

 なんだなんだと、教室入口を見ると、数名の生徒の奥に黒ずくめの男性が立っていた。え、誰? 教員には見えないけど…。

 

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。キミたちは合理性に欠くね。担任の相澤 消太だ、よろしくね」

 

(た、担任? あの人相で…?)

 

 

 親しみのカケラもない自己紹介をした彼に対して、怪訝な表情をした私を許してほしい。〝人は見かけじゃない〟と言うが、無精髭にボサボサな長髪、血走った目をした彼は、場所が場所なら浮浪者扱いされそうな程だ。

 

 

(あ、でもよく見ると体幹のブレがないし、引き締まってるように見えますね)

 

 

 くたびれた格好をしているけど、体術は優れてそうだ。本気で疑っていた訳じゃあないが、教師なのは間違いないらしい。

 相澤先生は、動揺する生徒たちを気に留めない様子で服を取り出した。

 

 

「早速だが、これを着てグラウンドに出ろ」

 

 

 そう告げると、続けて更衣室とグラウンドの場所を簡潔に伝えて、気怠げに教室から離れていってしまった。

 …いきなり過ぎて要領を得ないけど、とりあえず指示通りに動くしかないだろう。

 

 

「なにするのかな?」

「外で入学式、ってことはないでしょーしねぇ…」

「ケロ…。全く見当がつかないわ」

 

 

 芦戸と梅雨ちゃんと疑問を言い合う。鞄から青い体操服とスニーカーを取り出して、私たちは伝えられた更衣室へと向かった。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

「「「個性把握テストぉ!?」」」

 

 体操服を着てグラウンドに集まった私たちに告げられたのは、入学初日とは思えない行事内容だった。…ないと思っていた〝体育〟が当たっていたとは…。

 入学式やガイダンスがないことに驚くクラスメイトに対して、先生は〝そんな時間はない〟とにべもなく言い放つ。

 

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そして、それは先生側もまた然り」

 

 

 相澤先生は、淡々と説明を始めた。曰く、中学生の頃に実施した〝個性〟使用禁止の体力テストは、画一的な記録を取る非合理的だと。確かに、〝個性〟使用禁止と言っても、異形系で〝個性〟のオンオフが出来ない生徒たちは、関係なく好成績を収めていた記憶がある。相澤先生の言い分も尤もだ。

 

 

「実技入試成績のトップは空戸だったな」

「あ、はい」

 

 

 急に名前を呼ばれた。確かに、合格通知の動画にて鼠の外見の校長先生にそう告げられた覚えがある。

 それが今なんの関係が? あと、なぜ不良男子(確定)は私を睨んでいるんだ? 怖いんだが。

 

 

「中学の時、ソフトボール投げ。何mだった?」

「ええっとー、30mくらいだったかと…」

「じゃあ、〝個性〟を使ってやってみろ」

 

 

 うろ覚えの記録を告げる。ああ、なるほど。デモンストレーションって訳ね。

 先生に促されて、グラウンドに引かれた円形の白線の中に入る。円から出なければ何をしても良い、とのお達しだ。

 あれよあれよという間に状況が進んだが、要するに〝全力〟でボールを遠くに飛ばした記録を出せばいいのだろう。

 いつも通りにやればいい。初対面のクラスメイトに注目され(一名からはメンチを切られ)ながらの実演は、やや緊張が伴うが、問題はない。

 

 白線ギリギリに立ち、ボールを持った手を真っ直ぐ前方に伸ばす。凡そ遠くに投げるフォームではないが、私にはこれが最適なのだ。

 

 

「では、やりますねー」

 

 

空間移動(テレポート)

 

 自然体に、ただ呼吸をするように。自分の〝個性〟の最大有効範囲へボールを移送した。

 

 

「え、ボールが消えた?」

「なになに? どうなってんの?」

 

 

 私の〝個性〟を知らないクラスメイトたちの声がした。急にボールが消えたのだから、当然の反応だろう。

 

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 

 相澤先生は、手元の機器を生徒たちに見えるように掲げた。そこには

 〝407.5m〟と表示されていた。うん、まずまずの記録だ。

 

 

「407mって…マジかよ」

「何これ!? 面白そう!」

「個性思いっきり使えんだ! 流石ヒーロー科!」

 

 

 見学していたクラスメイトたちから嬉々とした声が上がった。うんうん、分かるよその気持ち。あと、不良男子(認定)はいい加減にガンを飛ばすのをやめておくれ。

 

 

「〝面白そう〟…か」

 

 

 瞬間、相澤先生の雰囲気が変わる。なんだか怒っている、呆れているという感情が声から読み取れた。

 

 

「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごすつもりでいるのかい?」

 

(あ、なんだか宜しくない感じですね)

 

 

 先生は、私たちの方を見てニヤリと笑い、なにか思い付いたようにこう言った。

 

 

「8種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、──除籍処分としよう」

「「「はあああぁ!?」」」

 

 

 一同があまりの内容に絶叫した。

 え? 初日から除籍…? そんなことあるん?? 

 あ、やっと不良男子(断定)のロックオンが外れた。

 

 

「生徒の如何は俺たちの自由。ようこそ──これが雄英高校ヒーロー科だ」

(うわぁ、悪い顔…)

 

 

 女子高生になって数時間で大変な事態になってしまった。

 とりあえず、髪をかき上げてニヒルに笑う先生は、なかなか色気があるなぁと、梅雨ちゃんの側に移動しながら思うのだった。

 

 




不良男子は移ちゃんが気になる(殺気)ようです。


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個性把握テスト

 この〝個性把握テスト〟では、一般的な学校で実施されている体力テストと同一の種目が行われる。即ち50m走、握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ、上体起こし、長座体前屈、持久走の8種目だ。

 

 ここで、私の〝個性〟について軽く触れておこう。

 〝個性〟【スフィア】

 私を中心とした球状の範囲内であれば、対象とした物体を距離、障害を無視して一瞬の内に移送することができる。まあ、早い話、よくあるテレポートだ。

 詳細な特性を挙げると長くなるし、【空間移動(テレポート)】だけでなく、【空間探知(ディテクト)】という探知能力もあるが、そっちは今回のテストで使うことがないため置いておく。

 

 何が言いたかったかと言うと、最初の種目の50m走は、──私の独壇場だ。

 

 

『0.11秒』

「「「速ぇええ!!」」」

 

 

 計測マシンが読み上げた記録に周囲が沸く。うんうん、いいよその反応、自尊心が満たされる。

 私がゴールして数秒後、一緒に計測したクラスメイトがゴールした。

 

 

「びっくりしたぜ! 俺が走り出した時にはもうゴールしてんだもんなぁ! あ、俺は砂藤 力動、よろしくな」

「えへへ、私の〝個性〟的に移動する種目は強いんですよー。空戸 移です、よろしくです」

 

 

 息を整えてから大柄の男子生徒、砂藤は私を称えてくれた。出席番号順で走るペアが決められたため、私の後ろの席に当たる彼が一緒に走ったのである。

 

 

(認められるっていうことは、幾つになっても嬉しいですねー)

 

 

【前世】から数えると相澤先生以上の年数を生きている私だが、褒められることは大好きなのだ。ちょっとはしゃぎ過ぎかもしれないが、ガワは美少女なのだから大目に見て欲しい。

 

 

「ドヤる美少女、イイ」

「何言ってんだお前?」

 

 

 小さな男子の周辺が騒いでた気がしたけど、よく聞こえなかった。多分、凄いとか言ってくれているんだろう。

 

 

 

 ──第二種目 握力

 

 これに関しては、〝個性〟を活用しようがない。普通に握って計測する。

 

 

『43kg』

 

 

 それでも、そこら辺の女子には負けない記録を出す。小さい頃から鍛えているのだ。

 好記録を出した者は、6本の腕を持つ〝障子 目蔵〟が540kgを記録したり、女子でクラス一長身な〝八百万 百〟が〝個性〟で万力を創り出してとんでもない記録を出していた。

 障子はともかく、八百万の万力は〝握〟力と言えるのか…? いや、それを言うと私も50m〝走〟で走っていないから同じもんか。

 

 

 

 ──第三種目 立ち幅跳び

 

 私の番が来て砂場前に立つ。しかし、この種目をやる前に相澤先生に確認しておいた方がいいだろう。

 

 

「先生、これって何分間計測していいですか?」

「…逆に最長で何分使える」

「自宅で試した時は落ちずに3、40分ってとこです」

「時間がない。順番を最後にして、それまでの最長記録を超えたらそこでやめろ」

 

 

 ということで、出席番号20の八百万が終わった後に計測することに。

 限界まで測ると雄英の敷地から出てしまうから仕方がない。

 それまでの一位の記録より数十m離れたところに着地して終了した。

 

 

 

 ──第四種目 反復横跳び

 

 この種目は〝個性〟を使うより、普通に挑んだ方が良い記録が出る。

 自分を連続で〝移送〟するには若干のタイムラグが生じるため、反復横跳びのような短い距離を数十回【空間移動(テレポート)】するのは、デメリットが大きい。

 結果、無難な成績となった。

 

 

 

 ──第五種目 ボール投げ

 

 

「空戸、2回目を投げることも出来るがどうする?」

 

 

 私の番で相澤先生が訊いてくる。1投目はデモンストレーションをカウントしてくれるらしい。せっかくだが、既に私が出せる最長距離を記録しているため、この申し出は遠慮しておいた。

 …どう更に(Plus)向こうへ(Ultra)しても、出席番号5の麗日が出した記録〝∞〟を超えることは出来なさそうだしね。麗日の〝個性〟で引力のなくなったボールが遥か彼方まで飛んでいったのは驚かされた。

 しかし、あのボールは最後まで落ちて来なかったが、どうなったのだろうか…。

 

 

「次、爆豪」

「っス…」

 

 

 あ、不良男子改め爆豪の出番だ。彼はさっきから私の記録を上回るとドヤってきて、下回ると射殺すような視線を送ってきており、どっちに転んでも不愉快だ。本当に、私が何をしたと言うのだ…。

 ここまで見てきて、彼の〝個性〟が【爆発】とかそんな感じのものだと分かっている。恐らく、入試の実技試験で聞こえていた爆発音は、爆豪の〝個性〟によるものだったのだろう。となると、入試で同会場だった彼の恨みを買うようなことをしてしまった、ということだろうか。

 何にせよ怖いから近寄らんとこ。

 

「死ねぇ!」と、謎の掛け声でボールを投げた爆豪。記録は、『705.2m』だったため、こちらを見てドヤってきた。

 飯田に言っていた「ぶっ殺し甲斐」とか今の「死ね」とか、爆豪は言葉のチョイスがいちいち小学生じみていると思う。

 

 

「移ちゃん、随分と爆豪ちゃんに敵視されているわね。なにかあったのかしら?」

「いやー、これと言った心当たりはないんですよねー。てか、爆豪〝ちゃん〟って、ウケますね」

 

 

 爆豪は決して〝ちゃん〟付けが似合う顔をしていない。ギャップが面白いから、私も梅雨ちゃんみたく〝爆豪ちゃん〟と呼んでみようか。うん、更に睨まれそうだやめておこう。

 

 その後、〝緑谷〟と呼ばれたモジャモジャヘアーの男子が相澤先生に忠告されて、2投目に爆豪と並ぶ記録を叩き出していた。そのことで何故かキレ散らかした爆豪は、相澤先生に止められて叱られていた。いい気味である。

 ついでに、一連の流れで相澤先生の〝個性〟が【抹消】ということが判明した。見た者の〝個性〟を消すとか…魔眼かよ。かっこいい…。

 

 

 

 ──第六種目 上体起こし 第七種目 長座体前屈

 

 反復横跳びと同じ理由で素の力で計測して真ん中より上の成績だった。

 前屈では梅雨ちゃんが舌を伸ばしたり、鳥のような頭をした常闇が〝個性〟の黒い腕を伸ばして好記録を出していた。

 

 

 

 ──第八種目 持久走

 

 1500mのトラックを一周する、という内容だ。

 飯田の〝個性〟が長距離走向きであったり、八百万が原付バイクを創ったりと、好タイムを残していたが、まあ、私のぶっちぎりである。

 ワープ系の〝個性〟は、移動にめっぽう強いのだ。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 というわけで全種目を終了した。3種目で1位を取ったし、良い結果を残せたと思う。

 今まで、こんなに広い空間で落ち着いて〝個性〟を使うことはなかったので、良い経験になった。

 

 

「んじゃ、パパっと結果発表。口頭で説明すんのは時間の無駄なんで、一括開示する」

 

 

 先生が手元のデバイスを操作すると、20人分の名前が載ったホログラムが空中に表示された。

 こういうちょっとした部分に文明の進化を感じる。【前世】では、こんな技術なかったからなー。もう15年経つけど、未だに驚いてしまう。

 

 私の順位は、八百万、轟、爆豪と次いで4位だった。握力とかの〝個性〟を活かせない種目が足を引っ張ってしまったからね、仕方がない。

 爆豪に負かされたことで、さぞ優越感に浸ってくるだろうなと思ったが、ボール投げの一悶着以来、何かに気を取られているみたいだ。このまま私への謎の執念を忘れ去ってほしいものだ。

 

 

「──ちなみに除籍は嘘な」

 

 

 相澤先生がサラッと言い放つ。あ、そう言えばビリは除籍とか言ってたな…。すっかり忘れていた。

 どうやら、除籍云々は私たちが本気で取り組むための〝合理的虚偽〟のつもりだったらしい。20位になってしまった緑谷なんかは、ギャグ時空のような表情で驚愕していた。

 〝除籍〟を信じきっていた面々に対して八百万は、「あんなの嘘に決まってるじゃない、ちょっと考えれば分かりますわ」と呆れた様子で指摘した。やめろ、考えるどころか忘れていた私にそのセリフは効く…。

 

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから、戻ったら目通しとけ」

 

 

 先生は、またもや最低限の説明だけしてサッサと先に行ってしまった。…ガイダンスをする暇ないってのは虚偽じゃあないんだな。

 

 

「はぁー、なんだかドッと疲れたね〜」

「ケロ、体もだけど精神的にも堪えたわね。ドキドキしちゃったわ」

 

 

 ぐてーっと体を丸める芦戸に梅雨ちゃんが答えた。私は何より爆豪のウザ絡みに心が疲れたよ…。

 緊張から解放されてダラダラ話すみんなに、飯田が「次の行動に移るよう」促したことで、私たちはゆっくりと更衣室へと足を運んだ。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 更衣室にて、ロッカーに入れておいた汗拭きシートと制汗スプレーでスキンケアをしていると、コードのような長い耳朶の子が此方を見ているのに気付く。確か、先生から〝耳郎〟と呼ばれていた筈だ。貸してほしいのだろうか。

 

 

「使います?」

「え? あ、うん、ありがと。用意がいいんだね」

「入学初日の持ち物に体操服なんて書いてあったから、もしかしてーって思ったんですよ。まさか、テストするとは思いませんでしたけどねー」

 

 

 苦笑しながら耳郎にスプレーを渡す。ほんと、なんで入学初日からこんなに汗をかいているんだろうか。

 

 

「ごめん空戸〜、あたしにも貸して〜!」

「ケロ、私も借りて良いかしら」

「どうぞどうぞー、良ければ使ってください」

 

 

 耳郎とのやり取りを見て芦戸と梅雨ちゃんも寄ってきた。二人にシートを渡しつつ、残りの三人に目を向ける。

 

 

「みんなも使います? ええっとー」

「ありがとう、使う使う〜! 私、葉隠 透! 移ちゃん、だったよね? よろしくね〜!」

「ワァ…っ、し、下着が……ぁ…どぞ……」

 

 

 目の前の浮いた下着から元気な声がした。透明人間の〝個性〟だろうか。ランジェリーコーナーの前を通る成人男性のようにフイっと目を背けて葉隠に返事をする。特段興奮はしないが、流石に直視するのは、元男性の私的にアンモラルだ。他の子たちも見ないよう、自分のロッカーに視線を固定する。

 着替えに集中してますよー感を出しながら、ボール投げで∞を記録した麗日と総合1位の八百万にも顔を向けずにシートを渡す。

 

 

「ありがとぉ! はぁー、助かる〜」

「ウェットティッシュ、とは違うのでしょうか? 清拭用の製品ですの?」

「あれ? 使ったことありません? パウダーとかが付いてて、拭いたら肌がサラッとするんですよー」

「あら、本当ですわ。ありがとうございます」

 

 

 普通のプチプラの汗拭きシートなのだけど、八百万は良いとこの御令嬢なのだろうか、初めて使う物に興味津々といった声だった。

 その後、私たちは簡単な自己紹介をしつつ、着替えを済ませて更衣室を後にした。

 

 教室に戻ると、卓上にプリントの束が置かれていた。黒板には明日の時間割りと必要物品が、一番下には『速やかに帰宅すべし』と記載されており、相澤先生の姿はなかった。

 何度か口にしてたし、態度からも分かっていたが、相澤先生はかなり合理性を重要視する人のようだ。合理的すぎて寂しい気もした。

 他のみんなも同じ気持ちなのか、物足りなさを埋めるようにクラスメイトで交流を深めていた。私もそこに合流し、短い時間だが会話に花を咲かせる。

 こうして、雄英高校入学初日はなかなかの波乱を起こして終わった。

 

 




この作品では、峰田にちょいちょい作者の嗜好を代弁させます。
ドヤる(TS)美少女って、イイですよね(迫真)

また、タグにあるように〝口田不在〟です。この先、原作で口田くんが重要な役割を担うことになれば編集して〝砂藤不在〟となります。
口田ファン、砂藤ファンの方はご了承ください。


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戦闘訓練①

 早朝は好きだ。

 鳥の囀り、梢の葉擦れ音、日が昇り徐々に暖められていく空気。池を取り囲むように作られた公園のランニングコースは、街中にあっても自然を多く感じられる。心地良い木々の香りを包含した風が火照った体を冷やしていく。

 1世紀という、文化が変容するほどの時間が経てど、今、私を取り囲むこの環境は全く同じだ。

 

 昔が恋しい気持ちはある。超常黎明期は、まさしく混沌だった。時間が経つに連れて犯罪率は増加し、大人たちから聞かされていた超常出現前の世界とは明らかに違っていた。

 隣人同士で疑心暗鬼になり、異能に対する差別は留まることを知らず肥大し、内戦と呼称してもおかしくない程に社会は崩壊していた。

 

 それでも、〝僕〟が生きていたのはその時代で、友が、恩人が、恋人がいた百有余年前が恋しくなるのだ。

 だから、昔から変わらないこの早朝の空気に包まれることが好きだ。もう〝僕〟ではないけれど、私が〝僕〟であったことを思い出させてくれる。

 

 

(…なんて、センチメンタルが過ぎますよ)

 

 

 今を生きよう。そう決意した筈だったが、ふとした瞬間に失った過去を想ってしまうのは、クセみたいなものだ。昔を懐かしむなんて、15歳のうら若き美少女がするには不釣り合いだろう。

 感傷的な気持ちを吹き飛ばすように、大きく伸びをする。時刻は6時を過ぎた頃。そろそろ帰宅して、学校に行く準備をしなければならない。

 

 

(今日のオールマイトの授業、楽しみですね)

 

 

 本日のカリキュラムのことで思わず笑みを浮かべる。No.1ヒーローの授業を受けられるなんて、楽しみで仕方がない。

 クールダウンを兼ねて、遅めの駆け足で私は帰路についた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「わーたーしーがー! 普通にドアから来た〜!!」

 

 

 現実の人間にこう言うのもおかしな話だが、オールマイトはまさしく画風が違う。2mを優に超える筋骨隆々爆発マッスル威風堂々な風貌の大男、何十年もトップヒーローの座に着き〝平和の象徴〟とすら呼ばれる、この国の大英雄。それが、今教壇の前に立っている人物だ。

 

 事前に伝えられていたが、いざ目の前にすると強い興奮を覚える。映像の中で観た彼の活躍の数々。あの現実離れしたヒーロー活動を実践したNo.1ヒーローが数m先に立っている。そして、それだけで留まらず、今から彼に直接訓練を見てもらえるのだ。これが興奮せずにいられるだろうか。

 

 ヒーロー基礎学。文字通り、ヒーロー活動の基礎を学ぶ授業だ。ヒーロー科では、通常の高等学校の教科に加えて、ヒーロー免許を取得するための様々なカリキュラムが組まれている。その初めての授業が今から彼によって執り行われる。

 

 

「さっそくだが今日はこれ! 戦闘訓練!!」

 

 

 バーン! と擬音が付きそうな勢いでBATTLEと書かれた札が掲げられる。オールマイトの登場に盛り上がっていたクラスのボルテージが更に高まる。

 

 

「そして、そいつに伴ってぇこちら!」

 

 

 オールマイトが指差すと同時に教室の壁から棚がせり出してきた。

 棚にはジュラルミンケースが沢山収められており、彼によると、入学前に送った個性届と要望に沿ってあつらえた〝戦闘服(コスチューム)〟が入っているようだ。

 

 

「「「おおおおおッ!!」」」

 

 

 興奮が最高潮となりみんなから歓声が上がった。…恥ずかしながら、私も声を抑えきれなかった。

 着替えたらグラウンドβに集まるように伝えて、オールマイトはビュン! と教室から走って出ていった。さすがNo.1だ、移動速度がとてつもない。

 私たちは、クリスマスプレゼントを貰った子供のような表情を浮かべて、更衣室へ急いだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 入学試験の会場でもあったこのグラウンドβには、大小様々な建造物が立ち並んでいる。そこに集合した私たちは、それぞれの〝戦闘服(コスチューム)〟について盛り上がっていた。

 

 

「芦戸の戦闘服(コスチューム)、とっても可愛いですね! エキゾチックな色彩が肌色にマッチしてステキです!」

「ありがとー! 折角の戦闘服(コスチューム)だもん、やっぱり自分好みの服着たいじゃん? だから要望書くの頑張ったんだ〜!」

「ケロ。そういう移ちゃんはフライトスーツを元にしているのかしら? とてもカッコ良いわ」

「ふふふ〜、ありがとです! 梅雨ちゃんは蛙がモチーフですね? 似合ってます!」

 

 

 女子高生らしくキャイキャイして盛り上がる。

 私の戦闘服(コスチューム)は、梅雨ちゃんが言ったようにオリーブグリーンのフライトスーツを基にしており、そこに肘・膝のサポーターと携行品を収納するベストとポーチを装備している。もちろん、全て防刃防火防弾性能のある優れものだ。

 一見すると、私が入試で着ていたものと似ているが、あれは量販店で購入した模造品。雄英高校の被服控除で作られたこのスーツは、学校専属のサポート会社の最新鋭の技術が盛り込まれており、性能はダンチなのだ。

 

 

「格好から入るってのも大事なことだぜ、少年少女! 自覚するのだ。今日から自分は、──ヒーローなんだと!」

(わかる! やっぱオシャレは大切ですよね! オールマイト!)

 

 

 そう、オールマイトの言う通り、格好は大事だ。私のような美少女が敢えてゴリゴリのミリタリーを着込むというこのギャップ! 野暮ったくしないため体のラインに合わせて美しく見えるように設計されたシルエットは、要望通りで私の可愛さが引き立つのに一役も二役も買っているのだ。

 ヒーローは優秀なだけでは成り立たない人気商売な部分がある。私の趣味嗜好を取り入れた、実用的且つ可愛い、完璧な〝戦闘服(コスチューム)〟なのだ! 

 

 

「ふふ、ふふふ…」

「移ちゃん、どしたのー?」

「なんか、すごいニヤけてるけど…?」

 

 

 はっ! まずいまずい…自室の時のように自分に酔ってしまっていた…。私は美少女だけど、それを前面に出して反感を買うような真似はしないようにしないと。

 精神年齢はアラフォーなんだ、その辺の処世術はしっかりしてる、筈だ。

 

 

「な、なんでもありませんよ! なんでも…、…葉隠、その服どーなってんです?」

 

 

 誤魔化そうと葉隠たちの方を見ると、パンクな服装の耳郎と宙に浮く手袋がそこにいた。葉隠が居るんだろうけど…。

 

 

「服? 着てないよ!」

「着てないって、え? マジで言ってんです??」

「マジのマジ! 見えないでしょ〜!」

 

 

 ドヤァ、と腰の辺りに手を当てる葉隠。確かに葉隠の〝個性〟を活かすなら見えている服を減らすのは合理的だけど…。

 

 

「寒くないの?」

「ちょっと寒いけど、根性だよ!」

 

 

 耳郎のやや引き気味な質問に葉隠は精神論で返す。

 …まあ、本人が納得しているなら何も言うまい。

 

 

「さあ、戦闘訓練のお時間だ!」

 

 

 初めての本格的な戦闘服(コスチューム)に浮き足立っていた私たちに、オールマイトの力強い声が届く。いかんいかん、気を引き締めないと。これが相澤先生だったら、既に三回くらい喝を飛ばされているだろう。

 

 オールマイトが訓練の概要を説明する。飯田や他の面々の質問を含めて要約すると、2対2でヒーローチームと(ヴィラン)チームに分かれて行う、屋内の対人戦闘訓練だそうだ。15分の制限時間の中で、ヒーロー側は(ヴィラン)が守る核兵器に触れば勝ち、(ヴィラン)側は核兵器を守り切れば勝ち。また、各チームに2本の確保テープが渡され、それを相手2人に巻き付けることでも勝利条件を満たせるらしい。

 訓練する場所は5階建のビル一棟。訓練開始前に5分間の作戦タイムが設けられ、同時にビル内の見取り図が渡される。

 

 そして、肝心のチーム分けの方法は──。

 

 

「コンビおよび対戦相手はくじだ!」

 

 

 オールマイトは何処からかLotsと書かれた箱を取り出してそう言った。

 

 

「適当なのですかっ?」

「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな?」

 

 

 驚いたように声を上げた飯田に、隣にいた緑谷が早口で解説した。うん、よく分かる解説だ。

 早とちりした飯田は、これまた素早く謝罪をし、オールマイトは軽い感じで流してチーム分けのくじ引きを始めた。

 くじの結果、私はFコンビになりペアは砂藤に決まった。

 

 

「50m走も一緒でしたね。よろしくです」

「おう! 頑張ろうな!」

 

 

 続いて、最初の対戦カードが発表される。ヒーローチームが麗日・緑谷で(ヴィラン)チームが飯田・爆豪だ。

 爆豪は昨日だけで飯田とも緑谷とも揉めていた(そして私にも突っかかっていた)。まーた、一波乱起きそうな組合せだな…。

 訓練に出る4人以外は、会場地下にあるモニタールームで観戦するらしい。私たちはオールマイトの案内に従って移動を始めた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 緑谷チームと爆豪チームの対戦は、案の定波乱が起きた。

 

 私怨丸出しで訓練に臨んだ爆豪は、開幕から決着まで緑谷を叩きのめすことだけに執着しているようだった。確保テープを巻ける場面でも実行せず、執拗に緑谷を攻撃する様子はただならぬ様子だったが、結果はボロボロにされた緑谷チームの勝利に終わる。

 

 核兵器の階下にいた緑谷がダメージを厭わずに1階から5階まで天井をぶち壊したことで守備に付いていた飯田に隙が生じた。その間に麗日が核兵器にタッチしたことで勝敗が決した。

 緑谷は勝利したものの、両腕が腫れ上がり重度の熱傷を負い、反対に敗北した爆豪はほぼ無傷で試合を終えた。

 

 ビルの損壊のことも含めて、なんともまあお粗末な試合展開であった。爆豪は緑谷を倒すことではなく、最初から勝つことを目的としていたら、もっとスムーズに決着していた筈だ。2人の間には、そこまで因縁があるということだろうか? 

 

 

「よーしみんな。場所を変えて第二戦を始めよう!」

 

 

 第一戦の総括を終えた後、再びオールマイトがくじを引いた。

 ヒーローチームGコンビ、(ヴィラン)チームFコンビ。私たちの出番だ。

 相手のGコンビは確か、耳郎と〝上鳴〟だった筈。

 

 

「おお…俺たちの順番か。緑谷たちみたいなド派手な戦いの後だと、気合い入るな!」

「ですねー。でも堅実にいきましょー。被害は最小限に、です」

 

 

 肩肘張ってやる気漲る様子の砂藤にやんわりとクールダウンするように伝える。第一戦は派手な試合展開だったが、総括中に八百万が指摘していたように、爆豪がした牙城を崩す行為は愚策。それは、ヒーロー・(ヴィラン)どちらの立場でも避けるべきだ。

 それに──。

 

 

「対戦相手の〝個性〟は何となく分かっています。それを踏まえて次の試合、一瞬でケリをつけられる筈です」

「すげー自信だな、なにか策があるのか?」

「ふふ、詳しくは移動してから詰めましょうか」

 

 

 耳郎と上鳴の〝個性〟に訓練場の構造、そして訓練のルール。対戦相手の2人には悪いが、初見殺しをさせてもらおうか。

 

 

 



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戦闘訓練②

 第二戦を行うビルの前に来た耳郎と上鳴の2人は、互いに自身の〝個性〟を簡潔に説明していた。

 

 耳郎の〝個性〟は【イヤホンジャック】。耳朶から伸びるプラグを床や壁面に突き刺すことで微細な音を聴き分けることが出来、周囲の索敵が可能な能力だ。また、プラグを相手の体に刺したり、戦闘服の特製ブーツに刺すことで爆音の衝撃波をお見舞いすることもできる。

 

 上鳴の【帯電】は、体に電気を纏わせて放電することが出来る〝個性〟。電気の出力によっては、浴びた相手の意識を一撃で奪うことが出来る強力なものだ。ただ、放電に指向性を持たせることが出来ないため、周囲に味方がいる状況では迂闊に発動出来ないというデメリットもある。

 

 以上の情報を共有した2人は、まず耳郎が相手の位置を特定して、核兵器を割り出すことにした。そして、上鳴だけで先に会敵し、耳郎を巻き込まない位置で放電して相手を無力化する。2人の索敵能力と制圧力の高さを活かした作戦だ。

 

 初めての戦闘訓練、それも、先程までド派手な戦闘を見ていた上鳴のテンションは偉く高く、加えて〝それっぽい作戦〟を立てられたことで更に増長した。

「俺たち最強なんじゃね?」と、戦う前から調子に乗る上鳴の様子に、耳郎は不安を覚える。しかし、5分という短い準備時間にしてはまともな作戦を立てられたということもあり、上鳴の意見にも少なからず同意している部分もあった。

 

 

『それでは、屋内対人戦闘訓練、第二戦スタート!!』

 

 

 スピーカーからオールマイトによる開始の合図が出され、同時にブザーが鳴る。今から15分間の内に核兵器に触れるか、相手2人を確保しなければならない。目標を達成出来ないと敵チームの勝利となってしまう。時間は相手チームの味方だ。上鳴は逸る気持ちを抑えられず、飛び出すように駆けた。

 

 

「よっしゃあ! 行こーぜ耳郎!」

「あ、ちょっと! まずは索敵からだっつの!」

 

 

 「そうだったそうだった」と思い出すように速度を緩める上鳴に、早くも不安が強まる耳郎だった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 所変わって、ビルの地下にあるモニタールームにて、オールマイトと他A組の面々が移たち4人の様子を眺めていた。

 訓練中の4人の会話はオールマイトにしか聞こえないようになっているため、生徒たちには各チームの作戦会議の内容はわからない。そのため、これからどのような展開になるのか、それぞれが興味深く観戦している。

 

 

「どっちが勝つだろうな」

「全員の〝個性〟が分かってる訳じゃねーからな。予測できねー」

 

 

 髪を赤く染めた〝切島 鋭児郎〟とフルフェイスのヘルメットを被った〝瀬呂 範太〟がモニターに視線を向けたまま会話する。

 2人の会話に太い尻尾を生やした〝尾白 猿夫〟が静かに加わった。

 

 

「空戸さんの〝個性〟は【ワープ】系だろ? 機動力では、抜きん出ているね」

「確かに! 昨日のテストでメチャクチャ速かったもんなー」

 

 

 尾白の意見に切島は、個性把握テストで見せた移の〝個性〟を思い浮かべた。短距離走・長距離走で2位と大差を付けてゴールした移は、機動力という点で他に追随を許さなかった。

 

 

「だけど、相手の位置がわかんねーんじゃ、いくらワープできるって言ってもなぁ…」

 

 

 腕を組みながら瀬呂が言う。速さがあっても、相手の場所がわからなければどうすることも出来ない。会敵した時にはワープで翻弄できるだろうが、それまでは大きな動きはないだろう。瀬呂の言葉に、会話を聞いていた周囲の他の生徒たちも同じ結論に至った。

 第二戦が開始して30秒が経過。モニターには、ビルの入口付近で索敵を終えたヒーローチームがゆっくりと廊下を進む姿が映っていた。

 そしてもう一方、敵チームを映すモニターには…。

 

 

「…は? あいつら、何やってんの?」

 

 

 呑気に手を繋いでいる移と砂藤の姿があった。

 

 

「なんで手なんか繋いでんだ?」

「ふざけんなアイツ美少女とイチャイチャしやがってオイラとそこ代われぇぇ!!」

「お前も何言ってんだ…?」

 

 

 訓練中に横並びで手を繋いだ2人に疑問を持つ一同と血走った目で呪詛を唱える一名。下心を隠すことなく欲望を叫ぶ〝峰田 実〟以外、観戦する生徒たちは敵チームの行動が理解出来ずに混乱した。

 よく見ると、移は集中した様子だが、砂藤はどこか気まずげな表情をしていた。昨日知り合ったばかりの異性との接触にソワソワしているようだ。

 

 

「動かないねー」

「ケロ、どういうつもりなのかしら」

 

 

 思わぬ異性同士の行動に乙女心ゲージが一時的に高まった芦戸だったが、訓練中にそういうことにはならないだろう、という考えに至りすぐに冷静さを取り戻した。そして、全く動く様子のない2人に飽きが出てきたのか、隣にいた梅雨に喋りかけていた。

 梅雨も、友人の謎な行動に答えを出せずにいた。友達になって2日目ではあるが、移は真面目な子だと理解している。意味もなく授業中に手を繋ぐことはない筈だと思うが、かと言って目的までは分からなかった。

 

 

「──急襲に備えている、ということでしょうか」

 

 

 八百万がポツリと考えを漏らす。意図が分からなかった周囲の視線が八百万に集まる。

 

 

「空戸さんの〝個性〟の詳細は分かりませんが、仮に〝接触することで他人も一緒にワープできる〟としたら、あの行動に意味が出てきます」

「なるほど! 共にワープが可能になれば、急襲されても2人で離脱できる、ということだな!」

 

 

 八百万の考察に納得した飯田が溌剌と話す。

 正誤は不明だが、八百万の解説にはある程度の説得力があった。

 

 

「うんうん! 色々と意見はあると思うけどみんな! そろそろ答えが分かると思うぜ!」

 

 

 オールマイトが後ろにいる生徒たちに話しかける。1人だけ移たちの作戦会議の内容を聞いていた彼は、移の行動の意図を正確に把握していた。

 そして、ヒーローチームの現在地から考えて、じきに事態が動くことも予測できた。

 生徒たちはモニターに注目する。

 耳郎と上鳴は、狭い通路に入るところだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「…開始から全く動きがない」

 

 

 壁に刺したプラグを抜いて、耳郎は報告した。

 上鳴は耳郎の2mほど先を歩きながら、緊張感のない声で彼女に返答する。

 

 

「俺らの居場所が分からないからじゃね? 一ヶ所に固まっててくれてんなら、好都合じゃん」

「まあ、そうなんだけどさ…」

 

 

 上鳴の言うことも尤もだ。移と砂藤が同じ場所に留まっているならば、上鳴の〝個性〟で一網打尽に出来る。事前に決めた作戦通りに進むのだから、不安になることはない。楽観的すぎる上鳴に苦言を呈したくなるが、否定するほどの材料もなかった。

 

 

(だけど、なんか嫌な気がするんだよね…)

 

 

 耳郎は不安を拭えなかった。実は、耳郎が移を見たのは、昨日が初めてではなかった。二月に行われた入学試験で彼女を見ていたのだ。

 移は気付いてないが、耳郎と移は同じ試験会場だった。そして耳郎は、移が0ポイント仮想敵を破壊する様子を目撃していた。

 あの巨大なロボットを簡単に破壊した移の姿は、耳郎の脳裏に鮮烈に焼き付いていた。

 …自分ではあんなことは出来ない。

 移のことを自分よりも優れていると認識してしまっているため、順調にいっている今の状況に漠然と不安を抱えていたのだ。

 

 

(…考えたって仕方がない。ウチはウチの出来ることをやるだけだ)

 

 

 弱気になっていた心に気合を入れるようにキッと前を見据える。

 考え事をしている内に上鳴との距離が少し空いていた。

 敵が居ないからと呑気に先行する相方に呆れつつ、耳郎は小走りで上鳴がいる細い通路に入っていった。

 その瞬間──。

 

 トンッ──。

 

 

「えっ…」

 

 

 足音と同時に、自分と上鳴を遮るように現れた人影に対して、耳郎は思考を停止して動けずにいた。

 

 

(そんな…! さっき確認した時は2人とも5階に居たのに…!)

 

 

 移の〝個性〟が【ワープ】系とは知っていたが、まさか見えていないこの場所にピンポイントで跳んでくるとは、耳郎は予想だにしていなかった。

 人影が動く。耳郎と上鳴を分断する位置にいた砂藤が正面へ駆け、耳郎の真横に居る移が腕を伸ばす。

 咄嗟に避けようとする耳郎だったが、ここが狭い通路だということを失念しており、壁に向かって動いてしまった。満足に動けず、声を上げる暇もなく、耳郎は腕に確保テープを巻かれてしまう。

 

 

「うぇッ!! なになに!?」

 

 

 一方、背後からの物音に気付いた上鳴は反射的に振り返ろうとしたが、その前に確保テープを巻かれてしまった。突然腕を締め上げられて混乱する上鳴は、間抜けな声を挙げた。

 そして。

 

 

『敵チーム、Win!!』

 

 

 自分たちの敗北を告げられたのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 はい! というわけで、屋内対人戦闘訓練RTA、これにて終了です! 

 なーんて、面には出さずに戯けてみる。安牌を取りつつ速さを意識したら、ああいう戦法になってしまった。ペアの砂藤には、あまり有意義な訓練にならなかったことに少し申し訳なさを感じる。

 

 

「すっごーい! 空戸っ、凄かったよーっ!!」

「わわ、芦戸、ちょ…!」

 

 

 地下のモニタールームに入るや否や、芦戸が飛び付いてきた。揺さぶられて視界が回る。…ちょっと気持ち悪くなってきた。

 

 

「ケロ。三奈ちゃん、移ちゃんが気持ち悪そうよ」

「あ、ごめん。でも、興奮したよー! カッコ良かった!」

「…へへ、ありがとです」

 

 

 梅雨ちゃんに諭されて離れた芦戸が両手を振りながら訓練の様子を褒めてくれた。あまり顔に出さないように努めるが、とっても嬉しい。いいぞー、もっと褒めろー。

 

 

「4人ともお疲れさん! それでは、講評に移ろうか!」

 

 

 みんな視線がオールマイトに集まる。

 

 

「MVPは文句なし! 空戸少女だ! 理由はまあ、見たままだな!」

 

 

 MVP…! 私が軸の作戦だったから分かっていたけど、オールマイトに直接言ってもらえるのは感極まる! 

 抑えきれずニヨニヨしてしまう口元を手で隠す。

 

 

「先生。空戸さんがMVPというのは分かります。【ワープ】系〝個性〟を用いた奇襲、それも耳郎さんたちが避けれない狭い通路に入った最良のタイミングで実行されました。被害を出すことなく、且つ迅速に確保した手腕は見事でしたわ」

(んふふふ〜! そんな、褒めすぎですよぉー)

 

 

 オールマイトを補足する形で八百万が言う。私は表情筋を押さえ込むのに必死である。

 

 

「ですが、何故あのタイミング、あの場所に奇襲出来たのでしょうか。砂藤さんの〝個性〟ですの?」

「いや、俺の〝個性〟は単純な増強系だ。あの奇襲については──」

「私の〝個性〟の応用によるものですよ」

 

 

 砂藤がこちらに視線を寄越したので、引き継いで説明する。

 

 

「私の〝個性〟は【スフィア】と言って、私を中心とした球状の範囲内にある物体を距離・障害を無視して移送する能力です」

「うむ、個性把握テストでも見せていた瞬間移動のことだな!」

 

 

 飯田を見て頷く。

 

 

「そう、それです。そしてもう一つ、これは副次的効果なのですが、私の〝個性〟の範囲内であれば五感に頼ることなく空間を認識することができるのです。この探知能力を【空間探知(ディテクト)】と呼んでます」

 

 

 探知能力の【空間探知(ディテクト)】とワープ系に分類される【空間移動(テレポート)】、この二つの特性を持つのが私の〝個性〟である。

 〝個性〟の説明を受けて、八百万や飯田を中心に皆、合点がいった様子だ。

 

 

「移ちゃんは、その【空間探知(ディテクト)】で機会を窺っていたわけね」

「はい。上鳴の〝個性〟が制圧に長けていることは聞いてましたからね。受けに回ると勝ち目がないと判断して先手必勝を狙ったわけです」

 

 

 梅雨ちゃんに返事をして上鳴たちの方を見る。「しまった」とばつの悪そうな顔をした上鳴を耳郎が小突いていた。

 昨日の放課後のちょっとした交流時間にて、上鳴と自己紹介をした際に彼が自らの〝個性〟を仔細に教えてくれたのだ。女子に自分をアピールしたいが故だったのだろうが、その情報のお陰で最善策を講じることができたという訳。

 

 正直、情報のアドバンテージがなければ、接近戦が得意な私と砂藤では分が悪かったと思う。それほど、上鳴の〝個性〟は本来優れている。

 まあ、女子にカッコ良く思われたい気持ちは、思春期男子を経験したことある身としては分からんでもない。

 

 

「自分たちと相手の〝個性〟をよく理解した上で適切な行動を取れていて実に良かった! 見事だぞ、空戸少女!」

 

 

 講評を締めにかかるオールマイトは、続いて第三戦のくじ引きを開始した。

 こうして、私の初の戦闘訓練は満足行く結果で終了した。

 

 

 

 

 

 




厳密には【ワープ】と【テレポート】は別物ですが、当作品では同じ系統の〝個性〟として扱います。

そして、早くもストックが切れました…。
不定期で書けたら投稿するつもりです。すみません…。


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訓練後

最新話更新してないけどタイトルに〝TS〟を足した途端にUAが伸びました。
TSは正義ってハッキリわかんだね。

お待たせしました、訓練終了後のあれこれです。


 それからの三戦は、流石天下の雄英生といった感じだった。

 

 私たちの次に行われた第三戦は、推薦合格者の〝轟 焦凍〟による一手で決着した。

 彼の〝個性〟は【氷を生み出す】系統らしく、その威力は数秒の内に5階建てのビル全体を氷結させる程だった。

 身動きを取れなくなった敵チームに対して、轟は余裕綽々といった様子で核兵器に触れて危なげなく勝利した。

 

 続く第四戦では、全員が自身の〝個性〟を最大限活用して熱戦を繰り広げた。防衛に強い切島と瀬呂に対して、攻守優れる梅雨ちゃんと常闇の戦いは、観戦する私たちにも得るものが多かった。

 

 最終戦は敵チームの八百万が〝個性〟【創造】により強固な牙城を作り上げていた。ヒーローチームの芦戸と〝青山 優雅〟も高い攻撃力で奮闘するも、短い準備時間ながら緻密に組まれたバリケードとトラップに阻まれてしまい、会敵することなくタイムアップとなっていた。

 

 全員が全員、あの入学試験を合格しただけあって、〝個性〟の使い方や身体能力が高く、戦闘服を着ていることもあり、まさしく〝ヒーローの卵〟といった様子だ。

 実技試験では一位を取れていたみたいだが、試験内容が違えばどうなるかわからない。サボるつもりは毛頭なかったが、より一層、身を引き締めて訓練に挑まなければいけないだろう。

 

 全員の戦闘訓練が終了して、私たちはオールマイトの指示の下、グラウンドβの出入口に再集合した。

 

 

「お疲れさん!」

 

 

 素敵なアメリカンスマイルをしたオールマイトが言う。

 

 

「緑谷少年以外は大きな怪我もなし。しかし、真剣に取り組んだ。初めての訓練にしちゃみんな上出来だったぜ!」

(…そう言えば緑谷は昨日も今日も、〝個性〟を使う度に怪我をしていましたね)

 

 

 地味目な外見ながら、ぶっ飛んだ行動や結果を残す同級生を思い出す。

 自分の〝個性〟で怪我をするなんて、彼は〝個性〟が体と合ってないんだろうか。今後もあんな調子だと、ちょっと心配だな。

 

 

(なにか、力になれることがあれば協力したいですけど…)

 

 

 私も昔は──〝移〟としての子供時代では──〝個性〟の制御に苦労した質だ。彼の【増強系】と私の〝個性〟では勝手が違うだろうけど、何らかのアドバイスが出来るかもしれない。緑谷さえ良ければ、近いうちに話してみようか。

 

 

「──それじゃあ、私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り〜!」

 

 

 バビューンッ!! と効果音が聞こえて来るほどの速度で去っていくオールマイトは、あっという間に姿が見えなくなった。

 上鳴や峰田が「すっげぇ」やら「かっけぇ」やら呟いていたが、完全に同意である。

 走り姿だけでこれほど魅了されるのだから、そりゃあ人気投票一位になれる筈だ。

 

 それから訓練のことでワイワイ盛り上がりながら、私たちは更衣室へと足を運んだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──夕方。

 

 初の戦闘訓練で大怪我をし気絶した緑谷は、養護教諭の〝リカバリーガール〟の下へ運ばれて今の今まで意識を失っていた。

 入学2日目にして午後の授業を病欠してしまった彼は、勉強に遅れることよりも強烈な担任からお叱りを受けることに対して憂鬱になっていた。

 

 

「──あれ、緑谷。右腕は治してもらえなかったんですか?」

 

 

 とぼとぼと教室に向かっていた緑谷に正面から声がかかる。俯いていた彼が顔を上げると、見覚えのある女子──クラスメイトの移がそこにいた。

 疲労困憊といった様子だった緑谷は一気に覚醒し、見るからにアタフタとする。移は知るよしもないが、実は緑谷という男は、これまでの人生で女子とまともに会話したことなどほとんどない。数少ないまともな会話も、雄英に入学してからだ。

 幼馴染からは〝クソナード〟と蔑称で呼ばれる緑谷は、その通りナード(恋愛に奥手)であった。

 

 

「あ、いや! こ、これは、僕の体力のあれで…!」

「…ああ、確かリカバリーガールの【治癒】は相手の体力を消耗してしまうんでしたね。そういうことですか」

「う、うん! そうなんだ。だから、これはリカバリーガールのせいではなくて完全に僕が怪我をし過ぎたせいであって、寧ろあんな大怪我をしてもたった半日でここまで治癒してしまうリカバリーガールの〝個性〟は本当に凄いって言うか、間近で見せていただいて思ったことがあって、やっぱり彼女の〝個性〟の素晴らしいところは──」

 

 

 そして、これも緑谷の特徴だった。さっきまでの吃音はどこにいったのやら、彼は趣味(ヒーロー雑学)の話を始めると饒舌になる生粋のオタク気質なのだ。

 ブツブツとリカバリーガールの現役時代の活躍から〝個性〟の有用性まで呟く彼に、移は呆気に取られていた。しかし、思わずといった様子でクスリと笑った。

 

 

「──ハッ! ごごご、ごめん!! 急にこんな話始めちゃって…!!」

 

 

 やらかした、と思った。同時に恥ずかしさから顔が真っ赤になる。昨日今日知り合った、しかも会話も碌にしたことがない異性にいつもの調子で雑学を語ってしまった。最早癖になっているこの行動は、側から見たら気味悪く映ることは理解していたというのに…。

 しかし、続く移の言葉は、中学の頃の周りの反応とは違っていた。

 

 

「すみません、〝ヒーロー〟…好きなんだなってとても伝わってきたものですから、つい」

 

 

 朗らかな笑顔を浮かべて真っ直ぐ緑谷を見つめる移には、嘲笑するような様子は微塵もなかった。

 

 

「実は、私も好きなんです。オタク…というより、ミーハーですかね? さっきの緑谷ほど語れはしませんが、私も結構詳しいんですよ?」

 

 

 移は腰の後ろで両手を組み悪戯っぽく緑谷を覗き込んだ。さっきまでと違う意味で緑谷の顔が赤くなった。

「あ、え、ど、うぇ?」と、今までにない反応と異性の接近により、緑谷の言語中枢は故障した。実にナードである。

 緑谷の混乱を知ってか知らずか、移は思い出したかのように「そうだ」と呟き、彼に更なる爆弾を落とす。

 

 

「緑谷って、体と〝個性〟が合っていなかったりしません?」

 

 

 それは、緑谷にとって最大級の秘密にまつわる質問だった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 放課後になり、とある質問と要望を伝えるため職員室に向かっていた私は、戦闘訓練で大怪我を負った緑谷と廊下で遭遇した。

 二言三言話すと急に怒涛のヒーロートークが始まり度肝を抜かれたが、彼の中にヒーローへの愛を感じて親近感が湧いた。何を隠そう、私はかなりのヒーローオタクなのだ。【前世】ではフィクションでしかなかった〝ヒーロー〟が現実に存在している。超常黎明期以前に刊行されていたアメコミやそれを元にした映画などは、〝前田 世助〟時代にかなーり嵌まったものだ。そんなアメコミヒーローのような存在が〝ヒーロー飽和時代〟と言われるほど沢山居る。

 ──これを目の当たりにして我慢できるものか。

 

 そんなわけで、私はいま、同類(ヒーローオタク)と出会ったことで大変気分が良かった。興奮して思わず彼に近寄り過ぎるほどに。

 

 

(と…、いけませんね。あんまりはしたないことをしていては、またお婆ちゃんに叱られちゃいます)

 

 

 前のめりになっていた体を戻し冷静さを取り戻しつつ、そういえば彼に伝えておきたいことがあったと思い出す。

 昼間に感じた、彼の体と〝個性〟のことだ。

 

 

「緑谷って、体と〝個性〟が合っていなかったりしません?」

「………えっ」

 

 

 緑谷は目が点になり口を大きく開けた。…うーん、なんか訊かれたくないことだったんだろうか。

 途中で止めるわけにもいかず、私は会話を続ける。

 

 

「昨日も今日も、〝個性〟を使ったら体が耐えられずに大怪我していますよね。それって、〝個性〟を発現したての幼児に見られる現象だと思うんですけど、今までどうしてたのかなーっと気になりまして…。すみません、不躾が過ぎましたかね…」

 

 

 緑谷の〝個性〟について力になれるかもと思い話し始めたが、なんだか失礼な人になってしまっている気がする。

 彼の反応を窺っていると、突然再起動したように明後日の方向に視線を向けて話し始めた。

 

 

「いや! 確かにその通りで、なんて言うか僕の〝個性〟は強力過ぎて扱いきれていないんだ。少しずつ慣れていこうとしているんだけど、まだまだ上手くいかなくて…」

 

 

 緑谷は気に障った様子はなさそうだが、何か隠しているような、それでいて真剣に悩んでいるようだった。

 

 

(ま、知り合った直後ですし、あんまり踏み込むのも良くないですよね)

 

 

 分かっていたことだが、緑谷は〝個性〟制御に難航しているようだ。出会って2日目、悩みにあんまり深く突っ込むのも悪いと思い直し、とりあえず最低限伝えたいことだけ言うことにした。

 

 

「緑谷。私とキミの〝個性〟って系統はだいぶ違いますが、私も昔は〝個性〟の制御に凄く苦労したんですよ」

「…空戸さん?」

「それで、えーと。もし緑谷が〝個性〟制御で悩みを抱えているなら、私の経験から何か教えられることがあるかなーって思いまして」

 

 

 拙い説明だったが、私の意図を理解してくれたらしく、緑谷はパーっと嬉しそうに笑った。

 

 

「あ、ありがとう! 実は〝個性〟についてオ…、お師匠に教えてもらってはいるんだけど、それでも行き詰まっていたところなんだ! 空戸さんみたいな実力のある人にアドバイスを貰えるなんて、心強いよ!」

(うわ、急に褒められた! やめろよ、嬉しいでしょ…!)

 

 

 不意打ちで裏のない顔で褒められたことで動揺してしまった。いや、しかし緑谷には師匠がいたのか。それなら、私が出る幕はないような気がするけど、緑谷が求めてくれるのなら出来る限りのことはしよう。

 私は表情に気を遣いつつ、緑谷に向き直る。

 

 

「ええ、今日はもう遅いですが、また時間のある時にでも。──そう言えば、緑谷は教室に戻るところでしたよね? すみません、長く引き止めてしまって」

「ううん! こっちこそごめんね。空戸さんは、今から帰るところだった?」

 

 

 そうだった。緑谷に言われて、自分の用事を思い出した。

 私は、職員室──正確には、担任の相澤先生に話をするために向かう途中だったことを緑谷に伝えた。相澤先生がいつまで学校にいるかわからないし、そろそろ向かわないといけない。

 

 

「じゃあ、私はこれで。──あ、そうそう。私は参加できませんが、教室で殆ど全員が残って訓練の振り返りをしてました。結構有意義になりそうでしたよ」

「そうなんだ、そりゃ急がなきゃ! …、ほとんど?」

 

 

 私が付け足すように教室のことを伝えると、緑谷は「まずい」とでも言うような顔をした。なんだろう、彼は表情がコロコロ変わるな。

 

 

「あの、空戸さん、かっちゃんは…」

「かっちゃん…?」

 

 

 かっちゃんって誰っちゃん? と少し悩んだが、そういえば緑谷は爆豪のことをそう呼んでいたのを思い出した。

 

 

「爆豪のことなら、参加せずに帰りましたよ。私が教室を出る少し前でしたかね…」

「っ!! ごめん空戸さん、用事を思い出した!」

 

 

 バッと踵を返して廊下を走り出す緑谷。爆豪のことを聞いてあの反応ってことは、彼に話でもあったのだろうか。なんだか、二人は因縁がありそうな様子だったから、それ関係かと思うが…。

 

 

(あの怪我でよくダッシュできますねー)

 

 

 痛みを感じさせない様子に、私は素直に感心した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「『〝個性伸ばし〟について』…?」

 

 

 職員室には目的だった相澤先生が残っており、早速彼に相談を持ち掛けた。椅子に座りながら内容を聞いた先生は、目を丸くして不思議そうな顔をした。

 

 

「はい、許可を頂ければ、学校にいる間は【空間探知(ディテクト)】を展開して持続時間の増加や探知精度の強化を図りたいのですが…、ダメでしょうか」

 

 

 〝個性伸ばし〟

 それは、一般人には馴染みのない言葉だ。しかし、ヒーローにとってはスタンダードな訓練の一つである。

 現代では、〝個性〟は身体機能の一つに過ぎない、というのが基本通念だ。筋肉を鍛えるために負荷を掛けるように、〝個性〟を酷使すれば限界値は伸びていく。もちろん、筋トレと同じでやり方を間違えると効果的でないばかりか体を壊すことに繋がるが、正しく〝個性伸ばし〟を行うことは、ヒーローを目指す上で必須の訓練なのだ。

 

 

「いや、ダメではないが…。──ああ、そう言えばお前の家族はプロヒーローだったか」

「………はい、同居している祖母が元プロヒーローです」

 

 

 ああ、先生が不思議そうにしていたのは、私が授業で習っていない〝個性伸ばし〟について知っていたからか。

 先生が指摘したように、私のお婆ちゃんは元プロヒーローである。私がヒーローを目指すようになってから稽古をつけてくれたのがお婆ちゃんだ。

 お婆ちゃんは元プロヒーローだけあって、自宅には稽古をするための稽古場が併設されている。私が〝個性伸ばし〟を知っていたのは、昔から稽古場でそれを実践していたからだ。

 

 先生は下を向き頭をガシガシと掻いた後に、眠たげだが意志のこもった目でこちらを見上げる。

 

 

「本来なら授業で〝個性伸ばし〟をするのはずっと先なんだがな。お前の場合、前から家でやってた訳だな?」

「はい。合法的に〝個性〟を使えるのは自宅くらいですから、最近は寝る時以外は探知するようにしてました」

 

 

 許可なく公共の場で〝個性〟を使用するのは犯罪行為であり、【空間探知(ディテクト)】を使用しても誰にもバレることはないと言っても違法は違法だ。それは学校であっても同様で、先生の許可なく勝手に〝個性伸ばし〟を行うのはルール違反に当たる。

 今までは自宅か民間の〝訓練場〟をレンタルした時しか出来なかったが、プロヒーローが在籍している雄英なら広範囲の探知を長時間訓練できる訳だ。出来るなら早いに越したことはない。

 

 

「…条件付きで許可しよう。分かっているだろうが、探知する範囲は雄英の敷地内に収めること。授業中は実施しないこと。職員室や更衣室・トイレなどは対象から外すこと。これを守るならやっても構わない」

 

 

 指を三本立てて先生は条件を提示してきた。どれも想定していた内容だ。流石自由が校風の雄英高校、融通が効いて助かる。

 

 

「わかりました。当分の間は校舎内は探知せずに有効範囲ギリギリの屋外に絞って訓練しようと思います」

 

 

 校舎内から【空間探知(ディテクト)】したとしても、意識の外に置いたら職員室等を探知することはない。人間が視界に入っているもの全てが見えている訳ではないように、私の探知も意図して使わない限り全て網羅しないのだ。じゃないと、情報量に頭がパンクしてしまう。

 

 相澤先生にお礼を言い、職員室を退室する。これで自宅の訓練でネックだった長距離の探知精度の上達に取り掛かれるだろう。

 新しい訓練方法を獲得したことで、私は上機嫌で教室へと戻るのだった。

 

 

 




移の〝個性〟はかなり複雑です。情報を小出しにしていくので「なんのこっちゃ?」と思うかもしれませんが、今後をお待ちいただけると助かります。

USJ終了までは、不定期で更新する予定です。よろしくお願いします。


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レスキュー訓練

USJ編スタートです。
ただ、まあ、移ちゃんはRTAをしがちですので…。


 辺りには悲鳴と怒号が木霊し、硝煙が立ち込めていた。他人を押し退けて我先にと逃げ惑う人々は、足元に転がる肉塊に気付く様子もない。そこは、僕が見た中で一番の地獄だった。

 

 発端はなんだったろうか。一部始終を見ていたわけではないが、確か、頭に角を生やした女性が背広を着た男性に詰め寄られていたことが始まりだった気がする。

 言い争いの原因はわからない。たが、その光景を見ていた周囲の〝異能〟集団が女性を庇い、立場が逆転し責められる側になった男性を守るように偶々居合わせた〝反異能〟団体が抗議を始めたのだ。

 憤怒、恐怖、侮蔑、懐疑。あらゆる負の感情がぶつかり合うようだった。

 

 事態が収拾の付かない様相を呈してきたため、通報されて駆けつけた警察が介入した時、僕は少し安堵した。今までだって、こうした口論は何度も目撃してきた。〝異能〟に対する差別や排斥から起きるトラブルや、逆に増長した〝異能〟持ちが起こす事件などは、最近頻発していた。ただ、警察が現れた以上、これから終息していくだろう。

 そう、僕は楽観視していたんだ。

 

 状況は悪化した。いや、悪化なんてものじゃあない。最初は小さなトラブルだった筈が、あっという間に暴動に変貌したんだ。

 それは、つもりに積もった鬱憤が爆発したのだろう。

 鋭い爪が青年を引き裂いた。数mの巨漢が標識を吹き飛ばす。警察の1人が首の長い少女に向けて発砲し、赤い瞳の男がレーザーでビルの壁を破壊した。

 

 内乱ってやつは、遠い国の出来事だと思っていた。日本という国には無縁で、〝異能〟により混乱した社会でも、そんなことは起こるはずがないんだと。

 

 ──ああ、始まってしまうんだ。

 

 阿鼻叫喚の巷となった眼前の光景を見て、僕は法規社会の崩壊を予感してしまった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「──りさん、移さん」

 

 

 私を呼ぶ声に気付き、ゆっくりと瞼を開ける。

 小刻みに揺れていた車は停止しており、寄りかかっていた窓の外には、まだ見慣れない学校の門柱が見えていた。

 ああ、いつの間にか眠っていたようだ。

 

 

「お疲れですか?」

 

 

 お爺ちゃんに雇われている運転士の輪城(りんじょう)さんがルームミラー越しにこちらを見ていた。

 

 

「…いえ、大丈夫です。すみません、送ってくださっているのに…」

「気になさらないでください。新しい生活にまだ体が慣れていないのでしょう。送迎中は、仮眠時間にでも充ててくださいな」

 

 

 人好きのする表情で輪城さんはそう言った。

 彼にお礼を伝えて、私は気合いを入れるように両頬をペシペシと叩く。輪城さんの言うように、雄英での生活はなかなかハードで疲労が溜まっているのだろう。加えて、一昨日に許可を取ってから自主的に〝個性伸ばし〟を実践している。授業中も休憩時間も頭を使いっぱなしなのだ。

 だけど弱音は吐いていられない。ヒーローになるために、無駄にして良い時間はない。

 

 

「それでは行ってきます。放課後はまたよろしくお願いしますね」

 

 

 手入れの行き届いた車体のドアを閉めて、雄英の校舎へと向かう。

 しかし、さっきは懐かしい夢を見たな。あれは【前世】の、それも最期の出来事だった筈だ。今までも何度か見たが、気分の良い記憶じゃあない。

 

 

(『記憶』…ですか)

 

 

 元来、夢というのは記憶の整理と定着をしている過程らしいのだが…。

 〝この体〟が経験していない過去の体験をどうやって保持して夢に見ているのだろうか。SFならば脳の移植だとか、記録媒体のインストールだとかでそれっぽく説明を付けそうだ。ファンタジーなら魂がなんとかかんとか、と言った感じか。

 いやはや本当にこの世はフィクション染みている。『事実は小説よりも奇なり』とでも言うべきか。

 

 ──なんて、これまで何十回と考えてきた益体もないことに思考を巡らせているのだから、やっぱり心身共に疲れているんだろう。

 私は再度気合を入れ直して、校門を潜ったと同時に【空間探知(ディテクト)】して〝個性伸ばし〟を開始した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう1人の3人態勢で見ることになった」

 

 

 昼食が終わり午後の授業。前回の戦闘訓練に続く2回目のヒーロー基礎学の実技時間だ。

 

 

(『なった』…ということは、昨日の不法侵入の件が影響して特例としてということですかね)

 

 

 相澤先生の言い方に引っ掛かりを覚え、昨日の昼休憩に起こったマスコミが不法侵入した事件を思い浮かべた。

 

 その時は【空間探知(ディテクト)】を使用中だったため、急に校門外から大人数が雪崩れ込んできたことは察知できた。次の瞬間には警報が鳴り響き、食堂の中は騒然とした。

 すわ何事かと思い、入ってきた者たちに意識を集中してみると、テレビカメラや集音マイクなどを抱えた人がほとんどであったため、校門前にたむろしていたマスコミであることはすぐ理解できた。彼らは、オールマイトが雄英に就任したことをニュースに取り上げたいらしく、朝から生徒や教師に執拗にインタビューしていたのだ。

 

 相澤先生との交渉により屋外に限定して探知していたおかげで私はすぐに気付けたが、初めての警報と侵入者の正体を知らない大勢の生徒たちは大混乱に陥っていた。

 まあ、飯田の機転のおかげで生徒たちの混乱は収束したのだが、マスコミが侵入した事実は消えない。

 雄英初の侵入者があったということで、先生方も警戒を強化しているということなのだろう。

 

 相澤先生が続きを説明する。

 要約すると、今日はレスキュー訓練を行うみたいだ。

 現在社会では、人災・天災・事故が起きた際に警察やレスキュー隊と協力してヒーローも救助を行う。公共の場で〝個性〟の使用を許されているのはプロヒーローだけであるため、〝個性〟を駆使して迅速に救助できる存在は重宝され、レスキューは社会に求められるヒーローの役割の一つなのだ。

 

 

「これこそヒーローの本分だぜ!」

「水難なら私の独壇場、ケロケロ」

 

 

 この前と趣きの違う訓練内容にクラスが俄に色めき立つ。

 かく言う私もその1人。なんなら、戦闘訓練よりもテンションが上がっているかもしれない。レスキューを専門としたヒーローは私の憧れなのだ、敵を倒して素早く人を救助するような。

 

 

(スパ〇ダーマンって最高ですよね!!)

 

 

 私は【前世】で読んだコミックスの登場人物を思い浮かべて1人興奮していた。ちなみに映画なら断然サム・ラ〇ミ派だ。異論は認める。

 

 その後リモコンを操作して壁から戦闘服(コスチューム)の入った棚を動かした相澤先生は、それを着るか否かは各自に任せると言い放ち、準備開始することを促した。

 

 

(よっしゃー! やったりますよー!)

 

 

 真剣に取り組まないといけないことは理解しつつ、私はルンルン気分で更衣室へ急いだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 今回の訓練場は校舎から離れており、バスで移動した。昨日、委員長に就任した飯田がクラスを牽引しようと張り切るが空回りしてしまったり、バスの中では爆豪が上鳴に『クソを下水で煮込んだような性格』と評されたりと、中々楽しい出来事を経て数分。ドーム状の建物に到着した。

 

 

「みなさん、待ってましたよ」

 

 

 バスを出ると、宇宙服のような戦闘服(コスチューム)に顔の見えないメットを被った長身の女性、スペースヒーロー〝13号〟が私たちを出迎えてくれた。

 

 

「わぁ〜! 私好きなの、13号!」

「え、え! 私もです! 麗日もファンですか? カッコいいですよね!」

 

 

 同類(ヒーローオタク)に加えて同担もいるとは! このクラス最高か…? 

 麗日と隣にいた緑谷と共に盛り上がりつつ、13号の案内について行く。

 

 ドームの中には複数の施設や巨大な池、岩山などが並んでいた。さながら、某有名なテーマパークのようだ。

 切島も同意見なのか、「USJかよ〜!」と声を上げる。

 大きな下り階段の前で止まった13号は、手で指し示すつつ施設の紹介を始めた。

 

 

「水難事故、土砂災害、火災、暴風、エトセトラ…。あらゆる事故や災害を想定し僕が作った演習場です!」

 

 

 なるほど、ここなら色んなケースのレスキューを訓練できるという訳か。しかも、レスキューのスペシャリストである13号が作ったと言うじゃあないか。これは期待値が爆上がりだ。

 

 

「その名も、『ウソの災害や事故ルーム』──略して〝USJ〟!」

(ほんとにUSJだった…)

 

 

 いいのかその名称は…。他のみんなも同じことを思っていそうだ。

 13号の施設案内が終わり、相澤先生が彼女と何やらやり取りをし、「仕方ない、始めるか」と授業の開始を宣言した。オールマイトの姿がないが、後から登場するのだろうか。

 

 

「えー、始める前にお小言を1つ2つ…3つ4つ…」

 

 

 そう前置きをして、13号は語り出す。

 

 

「皆さんご存知とは思いますが、僕の〝個性〟はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その〝個性〟でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」

 

 

 緑谷が彼女の活動方法を言う横で、私と麗日は「知ってる知ってる!」と13号の活躍を目に浮かべながら激しく頷く。

 

 

「ええ。しかし、簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう〝個性〟がいるでしょう」

 

 

 彼女の言葉に私を含め興奮していた面々がハッとする。

 現代の超人社会は、〝個性〟の使用をプロヒーローという資格制にして厳しく規制してはいる。しかし、それは扱う側がルールを守ること、精密なコントロールをして初めて成り立っている訳であり、自身の〝個性〟で人を殺める危険性は常に伴うのだ。

 

 

「一歩間違えば容易に人を殺せる、いきすぎた〝個性〟を個々が持っていることを忘れないでください」

 

 

 いきすぎた〝個性〟…。確かにその通りだ。爆豪の爆破然り、轟の氷結然り。超常黎明期以前では、個人が持つことを決して許されなかった武力を各々が持っているのだ。それは当然、私自身もだ。

 人を上空に移送するだけで簡単に落下死させられるし、なんなら【空間移動(テレポート)】の性質を利用したら、コピー用紙1枚で首を切断出来てしまう。ちょうど入学試験の仮想(ヴィラン)を倒した時のように。

 

 

「この授業では心機一転、人命のために〝個性〟をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

(やっぱり13号、素敵です…!)

 

 

 「ご静聴ありがとうございました」と男性貴族がするようなお辞儀(ボウ・アンド・スクレープ)をして演説を終えた13号に万雷の拍手が贈られる。私のボルテージは最高潮である。

 

 

「もー! ヤバいですね麗日!」

「うんうん! 最高やんね!」

 

 

 私たちは互いの手を握ってテンションのままにブンブンと振って感情を表現した。

 

 

「──よし、そんじゃまずは…」

 

 

 高揚が冷めやらぬまま話し始めた相澤先生の方を向くと、彼は何かに気付いたように階下の広場を凝視した。

 釣られて私もそちらに目を向ける。

 

 

(………え?)

 

 

 広場の中心にあった噴水を遮るように黒い靄が広がっていく。不定形なそれは十数mほどの幅の壁みたいに展開し、そこに固定された。

 あれは…〝個性〟? 

 

 

「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 

 

 相澤先生が全員に指示を出し、先ほどまでの気怠げな雰囲気から張り詰めた表情に変わる。

 同時に、私は〝個性〟を展開し黒い靄に向けて【空間探知(ディテクト)】した。

 相澤先生の合理的虚偽の可能性も捨てきれないが…、だとしても今は己の第六感を信じて最大限の警戒をする。

 私の予感通りならあれは…。

 

 

(ヴィラン)…)

 

 

 靄の中から続々と人が出てくる。瞬く間に7()4()()が広場に集結した。

 何が起きているかピンと来てないクラスメイトが前に出ようと動くが、相澤先生が静止させて静かに、端的に宣言する。

 

 

「あれは──(ヴィラン)だ」

 

 

 昨日のマスコミとは違う、正真正銘の犯罪者が私たちの前に現れた。

 ふと、登校時に見た夢のことを思い出す。感情のまま、周囲に被害を及ぼす者たち。

 歯を噛み締めて、私は憎々しげに彼らを睨みつけた。

 

 

 




超常黎明期について書くヒロアカ二次小説ってあまり見ませんよね。
ヒロアカ本誌の状態か、それ以上に混沌としてたのではないかと予測してます。AFOが台頭した時代ですので。
今後もぽつぽつ、超常黎明期について移ちゃんに語ってもらう予定です。
独自解釈タグを付けた方がいいのかな…?

追加:日間ランキング66位!?!?マジで!?みなさんありがとうございます!!!!


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USJ襲撃事件①

タグを修正しました。
「残酷な描写」があるのはずっと先です。


 思わぬ(ヴィラン)の侵入に、クラスメイトたちは動揺していた。ヒーローの卵だけあって、パニックになる者はいなかったが、それでもまだ15歳の子どもだ。現状に対する危機意識が圧倒的に不足している。

 

 

「先生、侵入者用センサーは?」

「もちろんありますが…」

 

 

 八百万が13号に尋ねた。センサーがあるのに作動していない。つまり、奴らは侵入と同時にテクノロジーか〝個性〟で細工してセンサーを無効化したということだろう。

 更にこの場所、この時間を狙っての襲撃だ。

 校舎から離れた施設に入学したての生徒(お荷物)を多数抱えた状況でプロヒーローが数人しかいない…。

 目的は分からないが、そこらのチンピラとは違う用意周到に計画された犯行だ。

 

 

(ネームド(ヴィラン)が居るのかもしれませんね…)

 

 

 単なる有象無象のチンピラだけじゃあない。世間的に名の知れた大物があの中に紛れ込んでいる可能性が高い。

 

 

「13号、避難開始。学校に電話試せ」

 

 

 相澤先生が階下の敵たちに目線を向けたまま、13号に指示を出し連携を取る。

 

 

「センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の奴が妨害している可能性がある。──上鳴、お前も〝個性〟で連絡試せ」

 

 

 名指しで呼ばれた上鳴が緊張した面持ちで「うっす」と返事をする。

 電波系の〝個性〟…。上鳴もだが、本来その系統の〝個性〟持ちは、基本的に引く手数多の高給取りになりがちだ。社会的に恵まれた地位になりやすい筈の〝個性〟持ちが(ヴィラン)側に居ることに疑問を抱き、同時に厄介な相手だと再認した。

 

 

「先生は? 1人で戦うんですか?」

 

 

 不安そうな顔をした緑谷が相澤先生に訊いた。相澤先生──プロヒーロー〝イレイザーヘッド〟の〝個性〟は【抹消】。対象を見ている間、そいつの〝個性〟を消す能力だ。緑谷は、アングラ系ヒーローでメディアへの露出の少ない相澤先生の戦闘スタイルも網羅しているらしく、多人数に正面戦闘を挑む状況は分が悪いと思ったのだろう。

 確かに、ごく僅かに公表されている彼の情報では、緑谷がそう判断するのもおかしくないけれど。

 

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 

 緑谷の不安を払拭するようにそう言った先生は、首元に巻いた捕縛布を広げて勢いよく階段下の(ヴィラン)のもとへ飛び出して行った。

 

 

「さあ、皆さん! 僕たちは急いで避難しますよ!」

 

 

 相澤先生から私たちを任された13号は、1人挑んで行った相澤先生に目もくれずに避難誘導を開始した。それだけ、彼の実力を信頼しているということだろう。

 緑谷は心配していたが、相澤先生は体付きからしてかなりの武闘派だと思われる。その証拠に、この数秒の間に既に複数の(ヴィラン)を行動不能にしているのを【空間探知(ディテクト)】で確認できた。

 

 

「すごい…多対一こそ先生の得意分野だったんだ…」

「感心している暇はないですよ! ほら、さっさと行きましょ!」

 

 

 他が避難開始している中、呑気に相澤先生の活躍を分析していた緑谷の手を引く。まったく、私だって見たいけど非常時だから我慢しているというのにこの同類(ヒーローオタク)は…。

 

 

「──ッ! 13号、正面来ます!!」

 

 

 広場に居た黒い霧を出していた敵、そいつが探知から突然消えた。そして、先行している13号の更に先、USJの出入口前の地面に揺らぎを感知した。

 

 

(登場した時から分かってましたけど、私と同じ【ワープ】系の〝個性〟ですかッ)

 

 

 私の助言で停止した13号の前方の地面から勢い良く黒い霧が噴き出す。

 

 

「──させませんよ」

 

 

 3m程の高さの霧から男性の声がした。異形型か発動型〝個性〟か判断がしかねるが、こいつは霧の形を自由に変えられるようだ。

 

 

「はじめまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは──、平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして…」

 

 

(狙いはオールマイト…!?)

 

 

 嘘か真か、彼ら(ヴィラン)連合なる組織の狙いはオールマイトだと言う。オールマイトに恨みを持つ(ヴィラン)は多い。しかし、彼の実力は誰もが知るところであり、恨みがあっても彼を狙うなんて、無謀が過ぎる。

 

 

(まさか、倒す算段が付いてるとでも…?)

 

 

 私たちの混乱を他所に霧の(ヴィラン)は悠然と続ける。

 

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃる筈。ですが何か変更があったのでしょうか。──まあ、それとは関係なく私の役目はこれ」

 

(…来るッ!)

 

 

 広場に登場した時のように霧が揺らぎ広がり始める。13号も奴の動きを察知して、指先から【ブラックホール】を発動しようと手を向けた。──が。

 

 

 Booom!! 

 

 

「その前に俺たちにやられることは考えなかったか?」

 

 

 13号の射線を遮るように爆豪と切島が飛び出して独断専行をし、霧の男に攻撃を浴びせた。してやったり、と言った声色で挑発する切島に、私は頭を抱えたくなった。

 

 

(プロの邪魔をしてどーするんですっ!!)

 

 

 爆破による煙で視界が遮られるが、【空間探知(ディテクト)】により男が倒れていないことが把握できた。

 依然として爆豪たちは13号と男の間に立っている。つまり、13号はまともに攻撃することが出来ない。

 霧の男は私と同じ【ワープ】系の〝個性〟だ。それも、広範囲に展開した霧で複数人を一度に移送することが出来てしまう。同じ系統の〝個性〟だからこそ、次に奴がしてくる行動が予測できる。恐らく奴の狙いは──。

 

 

「危ない危ない。そう、生徒と言えど優秀な金の卵。私の役目は、あなたたちを散らして──なぶり殺す!」

 

 

 ブワッ! と霧が私たちを包み込むように広がる。

 

 

「くッ…! 葉隠! 青山! 失礼しますよ!!」

「え? うわぁっ!」

「ノン…!」

 

 

 霧に包まれる前に近くに居た葉隠の腕と青山のマントを強引に掴んだ。そして、2人と一緒に数十m後方へと【空間移動(テレポート)】する。

 なんとか私たち3人は逃れることに成功したが、半数以上のクラスメイトが霧に包まれて施設内に散り散りに移送されてしまった。

 

 

(私が離れた相手も同時に移送出来たなら、全員救けられたのに…!!)

 

 

 悔しさに噛み締めた歯からはギリィと音が鳴った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 数十mに及んで展開していた霧を解除した現場には、想定よりも多くの生徒が残っていた。

 黒い霧の男──(ヴィラン)ネーム〝黒霧〟は、自分の〝個性〟から逃れた生徒たちに感心し、不定形な黄色い目を細めて彼らを見据えた。

 

 

(生徒9人と13号…プロヒーローは当然として、生徒の中で警戒すべきはあの少女ですね)

 

 

 黒霧は、生徒たちを守るように立ちはだかる13号と生徒の中で唯一恐怖や不安の色が見えない少女に意識を向けた。

 先程、攻撃を仕掛けてきた2人の少年のように、動きは良くても浅慮な行動を取る者は黒霧にとって障害足り得ない。自身の体は一部を除いて攻撃が透過し、唯一の実体も霧で覆ってしまえばダメージはない。実戦経験のない実直な動きをする生徒であれば、対処は容易い。

 

 残った9人の生徒の内、殆どは平常心を保てていないように見えた。授業中の大勢による襲撃、目の前から消えたクラスメイト、殺気を浴びせる自分という(ヴィラン)。先月まで中学生だった子どもが不安を抱くのは当然の状況だろう。

 しかし1人だけ、フライトスーツを模した戦闘服(コスチューム)を着た少女だけは、油断なくこちらを睨みつけていた。

 

 

「13号、消えたみんなは全員五体満足でUSJ内に居ますが、それぞれ10名以上の(ヴィラン)に囲まれているようです」

 

 

 件の少女が淡々と言う。

 なるほど、彼女の〝個性〟は探知系で精度も範囲も優れているようだ。簡潔明瞭に報告する姿は、場慣れしたプロヒーローにも引けを取らない。

 だがその情報が共有されたところで関係ない。増援を呼ばれない限り、彼らが助かる手段はないのだ。

 

 

「──空戸さん、キミに託します。学校まで行ってこのことを伝えてください」

「…そうですね、それが一番確実で速いでしょう」

 

 

 13号は黒霧に意識を向けたままフライトスーツの少女、空戸に作戦を伝える。

 黒霧は訝しむ。あの空戸と呼ばれた少女は心得たとばかりに返事をしたが、増援を頼むなら一緒にいる自動車の排気口を付けた戦闘服(コスチューム)の男子生徒の方が速そうだと思ったからだ。

 しかし、他の生徒たちも納得しているらしく、逃げ出す隙を作るつもりなのか戦闘態勢を取り、空戸を隠すように前へ出た。

 なんにせよ、黒霧がやることは一つ。増援が呼ばれないようここを防衛するだけだ。

 

 

「手段がないとは言え、敵前で策を語る阿呆がいますか!」

「バレても問題ないから語ったんでしょうが!」

 

 

 黒霧が霧を伸ばし、13号は生徒を守るため指先に作った【ブラックホール】で霧を吸い込む。

 黒霧は広範囲に霧を展開することが出来ず、攻撃手段を封じられてしまった。

 

 

「すべてを吸い込み塵にするブラックホール。なるほど驚異的な〝個性〟です」

 

 

 しかし、黒霧には余裕があった。生徒たちの〝個性〟までは知らないが、今日この場に13号がいることは事前に仕入れた情報で知っていた。当然、相対した時の対応策も考えている。

 13号は災害救助で活躍するヒーローだ。彼女が現場で担当するのは(ヴィラン)退治ではなく要救助者の救出。

 だからこそ──。

 

 

「戦闘経験は一般ヒーローに比べて半歩劣る!」

「う、うわぁっ!」

 

 

 自分と13号との間に割り込む形で【ワープ】の入口を作り、出口を彼女の背後に配置する。

 13号は自分の〝個性〟で背中を吸い込んでしまい、慌てて【ブラックホール】を止めた頃には彼女の背中はズタボロに削り取られてしまった。

 これが黒霧の〝個性〟【ワープゲート】。肉体を霧に変え、エリア間を繋いで人や者を転送するワープゲートを発生させる能力だ。

 

 

(さて、プロヒーローは無力化できました。あとは散らしもらした子どもを片付けるだけ…、ん?)

 

 

 ──数が、足りない。

 倒れた13号を心配する女子生徒2名と透明人間1名、怯えて及び腰の男子生徒1名、焦燥感を抱きつつも戦う姿勢を見せる男子生徒4名。

 1人…いない。

 

 

(あの探知能力を持つ少女が消えた!? どこへ行った!?)

 

 

 13号に気を配りつつも生徒たちの動向は把握していた。透明な生徒が他人の姿も消せる〝個性〟なのだろうか。だとしたら見えないだけで、自分の横を通る隙を窺っているのか。

 黒霧は物音にも注意して消えた生徒の位置を探ろうとする。

 

 そこで、ふと思い当たる。

 今まで出会ったことはなかった。稀少な〝個性〟で、実用的なレベルまで力を育て上げた者は見たことがない。

 しかし、自分という実例がいるのだからあり得ないことはない。

 ──まさか。

 

 

「【ワープ】系の〝個性〟かっ!」

 

 

 30秒。空戸が13号に増援を指示され、男子たちが彼女を見えないように取り囲んでから30秒経過した。

 USJから校舎までは約2km。その距離にある校舎まで増援を呼びに行くことに30秒という時間は、彼女にとって充分過ぎるほどだった。

 

 ドオォォォンッ!!! 

 

 黒霧の背後、USJの出入口の扉が轟音と共に吹き飛ぶ。全員の視線がそこに集中する。

 2mを優に超える筋骨隆々爆発マッスル威風堂々な風貌の大男。人々を安心させるため常に笑顔を浮かべる日本一のヒーロー。

 そんな彼が、普段とは違い険しい表情をして、しかしいつもの決まり文句を宣言する。

 

 

「もう大丈夫──私が来た!」

 

 

 オールマイト(ヒーロー)が到着した。

 

 

 




移ちゃんの移動速度は、弱体化した現在のオールマイトと遜色がありません。
10秒でオールマイトの元へ行き、10秒で事態を伝え、オールマイトが10秒で来ました。
これぞRTA。


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USJ襲撃事件②

気分が乗ったのでパーっと書けました。
急いで書いたので、後々修正するかも。

感想欄の返信で結構ストーリーの補足しているので、是非そちらもご覧ください。
そして、どしどしTSとヒロアカの愛を語ってください。ぼくの養分となります。


 オールマイトがUSJに到着する数分前。

 

 雄英の校舎の仮眠室にて、とある2人がお茶を飲みながら会話に花を咲かせていた。

 いや、会話と呼ぶには片方だけが喋りっぱなしで、正確には説教されていると言うべきだろう。

 一方的に自論を展開して喋り続けているのは、ネズミなのか犬なのか熊なのか判断の付かない、不思議な外見をした生物だ。異形型にしても人間離れしたその人物の正体は、『〝個性〟を持った動物』であり、更に言うとこの高校の校長だった。名前は〝根津〟と言う。

 根津は目の前にいる新米教師に『ヒーローと教師という関係の脆弱性と負担』について、長々と語っているところであった。

 

 

(ま、まだ続くのだろうか…)

 

 

 一方、根津の教師論語りという拷問の被害者になっているこの新米教師。金髪に黄色いスーツを着た長身の男。そんな目立った特徴を持つにも関わらず、彼を見た者がまず抱く印象は『ガイコツのような顔と痩せ細った体』だろう。一目で不健康だと分かる彼は、延々と続く根津の話に申し訳なくも思うが嫌気が差していた。

 

 

(相澤くんたちから折り返しの連絡もないし…授業の行方が気になるんだけどなぁ)

 

 

 実はこの男、本来なら相澤や13号と一緒にレスキュー訓練の講師を務める筈だった。しかし、出勤前に無理をしたせいで体に負担がかかり、その結果授業に10分程度しか参加できなくなってしまったのだ。

 その出勤前の無理というのも彼が自主的に取った行動のせいであるため、今こうして根津に教師論を語られているのも自業自得と言えるだろうが。

 

 

「うーん、八木くん。キミあまり真剣に聴いていないね?」

 

 

 授業のことを思うあまり上の空になったいた男──〝八木 俊典〟は、その胸中を根津に言い当てられてしまった。

 

 

「ハッ! い、いえ! 決してそんなことは…っ!」

 

(まずい…! これでは更にこのご高説が長引いてしまう!!)

 

 

 あたふたと慌てる八木を見て、ふーっと溜め息をついて根津は持っていたお茶をズズズっと飲み干した。

 

 

「まったく、キミはヒーロー活動以外はてんでダメだね。いくら新米教師と言ってもね、──日本のNo.1ヒーローがそんな調子でどうするんだい?」

 

 

 『No.1ヒーロー』…この国でその代名詞が付く人物は1人しかいない。このガイコツのような痩せっぽっちの男とは似ても似つかないが、根津は何も間違ったことを言っていなかった。

 即ち、この八木という男こそ日本が誇る最強のヒーロー、オールマイトの本来の姿なのだ。

 

 八木は、根津の言葉に面目なさそうにして縮こまった。

 その情けない姿は、普段の威風堂々としたオールマイトからは想像もできない。

 一般人やほとんどのヒーローが知らされていないことだが、実はオールマイトは6年前にとある(ヴィラン)との対決をした際、腹部に風穴が開くほどの大怪我を負っていた。幸い一命を取り留めたのだが、回復の過程で本来の力を失い弱体化、このガイコツのような外見になってしまった。

 それでも彼はヒーロー活動を継続するために、1日に3時間、気合いだけでもとの筋骨隆々の姿を維持することに成功している。

 

 彼が未だにヒーロー活動を続けられているのは、その揺るぎない精神力の賜物なのだが…根津が指摘したように教師としてはポンコツなのであった。

 

 

「いいかい、もう一度言うけどね、教師としてこの雄英に就任した以上、それ相応の──」

 

 

 ああ、話が振り出しに戻ってしまった。

 そろそろ根津の話を振り切ってでも相澤たちの下へ向かおうかと八木が考え始めた瞬間──。

 

 ドンッ。

 

 2人のいる仮眠室に突然乱入者が現れた。

 リラックスしきっていた八木と根津だが、そこはプロのヒーロー。瞬きをせぬ間に臨戦態勢へと移行するが、乱入者の姿を視認して呆気に取られた。

 何せ、八木が向かおうとしていたUSJにてレスキュー訓練を受けている筈の、一年A組空戸 移がたたらを踏んで俯いていたのだから驚かずにはいられない。

 

 

「く、空戸少女…? いったいどうし──」

「根津校長! 報告です!! USJに──(ヴィラン)が現れましたッ!!」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 USJから【空間移動(テレポート)】をすること数回、私は校舎全体を探知できる位置まで移動した。

 

 あの霧の男は『オールマイトに息絶えていただきたく』と言っていた。どういう算段でオールマイトを倒そうとしているのかはわからないため、彼を連れて行くのは連中の狙い通りの展開になるのかもしれないが、私はまず頼るのは彼が一番だと判断した。

 オールマイトに最初に伝えておけば、私が他の教師に助けを求める僅かな間に、1人でUSJへと辿り着くと思ったからだ。

 

 増援は早ければ早い方が良い。オールマイトに時間を稼いでもらっている隙に教師陣に準備してもらい、総勢で奴らを叩く。

 最悪の想定として、USJ以外にも(ヴィラン)が侵入しているかもしれないと思っていたが、ここまでの道中でそんな事実はないと【空間探知(ディテクト)】で判断できた。

 

 しかし──。

 

 

(校舎内にオールマイトがいないッ!?)

 

 

 職員室、教室、会議室、保健室、男子トイレ…。頭に多大な負担をかけながら校舎全体を同時に【空間探知(ディテクト)】したが、そのどこにもあの巨漢の姿はなかった。

 完全に想定外…。雄英の敷地は広大だ。校舎にいないのなら、次はどこを探す? グラウンドか? 他の訓練施設か? あるいは、敷地外も…。

 

 

(…いやアホですか!! オールマイトがいないなら、他の教師を頼るまででしょー!?)

 

 

 【空間移動(テレポート)】の連続使用と広範囲を一度に【空間探知(ディテクト)】した弊害か、私は激しい頭痛とめまいに襲われており、冷静な思考をできていなかったようだ。

 時間を無駄にするな。1秒2秒の遅れが、相澤先生や13号、クラスメイトたちの死に繋がるかもしれないのだ。

 

 

(とにかく次善の策を──根津校長の下へ向かいましょー!!)

 

 

 校長ならば、他の教師への連携もスムーズに取ってくれる筈だ。それに、校長の姿は『合格案内のホログラム』で何度も見ているし、特徴的で探し易い。

空間探知(ディテクト)】で校長の場所は分かった。嘔気と闘いつつ、彼の下へと自分を移送した。

 

 ドンッ。

 

 精度が乱れていたため、激しく音を立てて着地した。平衡感覚がおかしくなっているのか、たたらを踏んでしまう。気持ちが悪い…。

 

 

(…だからッ! 時間を! 無駄にするな!!)

 

 

 自分に苛立ち心の中で叱責する。

 痩せ細った見知らぬ男性がこちらに声をかけてくるが、彼の言葉を遮って校長に報告する。

 

 

「根津校長! 報告です!! USJに──(ヴィラン)が現れましたッ!!」

 

 

 校長の表情が変わる。私が現れて唖然としていた顔から強い意志を感じる、ヒーローの顔へと。

 

 

(ヴィラン)の人数は判明しているだけで74人! 内1名は【ワープ】系の〝個性〟を所持! 先生たち2名の他、分断されたクラスメイトたちが(ヴィラン)と交戦中です!! 奴らは、オールマイトの殺害が目的と話していました!!」

「──分かった。八木くん、先に向かってくれるね?」

「もちろんです!! 後は頼みます!!」

 

 

 校長は事態を正確に把握してくれたようだ。校長に指示された八木と呼ばれたガイコツのように羸痩状態の男性が部屋から駆け出す。同時に、校長はピョンっと座っていたソファから飛び降りて、懐から通信機器を取り出した。

 

 

「ありがとう空戸くん。後は私たちに任せてくれたまえ」

 

 

 ポチッとな、と擬音が聞こえそうな調子で校長が機器を操作すると、昨日の昼に鳴ったものと同様のアラームが響き渡った。

 

 

(良かった…これでプロヒーローたちが駆けつけ……、はっ??)

 

 

 【空間探知(ディテクト)】は発動中だった。だから、部屋から出て行った八木の姿もきちんと、はっきりと探知されていた。

 私の〝個性〟がいかれてしまったのか? だって、いま。

 

 

(八木が……オールマイトになった……??)

 

 

 アラームが鳴り響く中、校長についてくるように促されるまで私の思考は停止していた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 無理を通した反動を堪えながら教師たちの移動に全面協力した私は、校長やプレゼントマイクを含めた十数名の教師たちと共にUSJへと戻ってきた。

 やりきった安心感からか、意識が朦朧としてきた。

 

 

(今まで自宅の狭い範囲でしか訓練できなかったから…こんな広範囲の展開はキッツイですねー…)

 

 

 ベタリとその場に座り込む。もう【空間探知(ディテクト)】を使う余力はない。しかし、視覚や聴覚だけで現状把握は充分できた。

 プレゼントマイクの放つ轟音の衝撃波が残った(ヴィラン)を薙ぎ払い、エクトプラズムの分身がクラスメイトたちを保護していく。

 遠く離れた位置にいる(ヴィラン)には、スナイプの銃弾が撃ち込まれていることだろう。

 

 そして、正面の広場にいるオールマイト。彼は霧の男と全身に手を貼り付けた気味の悪い男と対峙していた。

 

 

(オールマイト…服装がさっきの八木とかいう男性と同じ、ですね)

 

 

 緊張感が抜け落ちてしまったのか、そんな益体のないことを考えてしまう。

 オールマイトの正体が、あの痩せ細った男なのか? 彼の本名やヒーロー以前の経歴、〝個性〟の詳細は謎に包まれている。今まで考えたこともなかったが、オールマイトは〝個性〟を利用してあのガイコツの姿から筋骨隆々な巨体へと変身しているとでもいうのか。

 

 私がそんなことを考えながらぼーっと眺めている内に、(ヴィラン)たちは全て無力化されたようだった。

 しかし、霧の男と全身手男は【ワープ】で逃げおおせたようだ。

 

 

(ああ…もう、無理そう…)

 

 

 本当はみんなの安否を確認したり、オールマイトや校長にさっきのことを問い詰めたいのだけど。

 限界を迎えた私の体は、めまいにより誘発された嘔気に逆らえず、その場に食物残渣をぶち撒けたのだった。

 

 

「気持ちわる…」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 隠れた名店、知る人ぞ知る隠れ家。小さいながら小洒落た雰囲気の無人のバーに突如、黒い霧が発生する。

 ドシャっと物音がしたかと思うと、誰もいなかった店内の床に血だらけの男が横たわっていた。

 

 

「いってぇ…、両腕両足撃たれた…」

 

 

 男は奇妙な格好をしていた。体の至る所に人間の手を取りつけており、ファッションと言い張るには些か尖りすぎている。ましてや、身につけている手は防腐加工された本物の人間の手であるため、どう言い繕っても不審者としか言いようがない。

 

 

「完敗だ…脳無もやられた…手下どもは瞬殺だ。子どもも強かった。ああっ! ──平和の象徴は健在だった」

 

 

 ボソボソと怒りをぶつけるように、子どもの癇癪のように。不機嫌を隠すことなく気持ちを吐露する。

 

 

「話が違うぞ、先生!」

 

 

 男──〝死柄木 弔〟は倒れた姿勢のまま、赤い瞳をギョロリと上に向ける。

 視線の先には誰もいない。ただ、『サウンドオンリー』と表示されたモニターがあるだけだ。

 

 

『違わないよ』

 

 

 そのモニターから声がする。穏やかな声だ。しかし、何故だか身の毛がよだつ、悍ましさも孕んでいる。

 〝先生〟と呼ばれた人物は続ける。優しく、子どもに言い聞かせるように丁寧に。

 

 

『ただ、見通しが甘かったね』

『うむ、舐めすぎたな。(ヴィラン)連合なんちゅうチープな団体名でよかったわい』

 

 

 別人の声もした。そちらはしゃがれた老人の声だった。

 

 

『ところで、わしと先生の共作、脳無は?』

『回収してないのかい?』

 

 

 脳無…移は見ていないが、彼女がUSJに戻ってくるまでの間に相澤をボロボロにし、あのオールマイトに苦戦を強いた(ヴィラン)のことだ。

 〝先生〟の質問にいつの間にか店内いた黒霧が答える。

 

 

「吹き飛ばされました」

『何!?』

 

 

 老人が不満を露わにした。黒霧は、飛んでいった座標がわからない上に回収する時間もなかったと、端的に当時の状況を説明した。

 

 

『せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに』

『まっ、仕方ないか。残念』

 

 

 言葉のわりに大して残念に思っていない声色で〝先生〟が言う。まるで、自動販売機の下に十円玉を落として取れなくなったような、そんな気軽さを感じ取れた。

 そこで死柄木は思い出す。そう言えば、オールマイト並みのパワーを持った子どもが居たと。あの子どもの邪魔がなければもう少し上手くいったと言うのに。

 それと…。

 

 

「黒霧と同じ【ワープ】の〝個性〟持ちのガキもいた…。そいつがいなけりゃ、ヒーローたちが集まってくることもなかった…!」

 

 

 何故そんなチートキャラがガキの中にいるんだと、死柄木はゲームに例えて憎々しげに吐き出した。

 出し抜かれた黒霧も移のことを思い出しながらポツリともらす。

 

 

「空戸と呼ばれていた少女ですね…【ワープ】の他に探知能力も備えてましたね」

 

 

 死柄木と黒霧の報告を聞いた〝先生〟は、先ほどまでと打って変わって、心底愉快そうに一言『へぇ…』と呟く。

 それは、ここまでで一番狂気が込められた声だった。

 

 

 




はい。
移ちゃんは戦闘してないけど、ゲロインとなりました。
昔から自宅で〝個性伸ばし〟をしてきた彼女ですが、今までと違う広範囲の連続使用をして〝個性〟のデメリットが出たよ、という話でした。
短距離走の選手がぶっつけ本番でフルマラソンの大会に出場したら、そらしんどいよねって感じです。

Q.移がいることで原作より増援が早くなり、オールマイトと脳無の戦闘時間が減った筈なのに原作と同じ展開なの?

A.弔くんたちもRTAしたということで許してくださいお願いします…。


追記:日間ランキング28位…初めての二次創作でこんなことになるなんて…やっぱりTSは世界を救うんですね…!!


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事件の後に

かっちゃんって移ちゃんをどんなあだ名で呼ぶかなーって
プロットからずーーーっと考えてました。
やっと決まったので良かったです。これでもっと、かっちゃんと交流させられるぜ!

みなさん感想、誤字報告ありがとうございます!


 症状が軽減したのは、それから15分後のことだった。

 通報を受けて駆けつけた警察が慌ただしく動く中、私は麗日に支えてもらいながら、他のクラスメイトが待つUSJの外へと向かっていた。

 

 

「もう大丈夫ですよ、ありがとう麗日」

「ほんと? 無理してへん?」

「うん、この通り平気です!」

 

 

 眉をハの字にして心配する麗日にアピールすべく、その場で軽く飛び跳ねる。うん、嘔気もめまいも感じない。

 

 

「私も〝個性〟の反動でよく吐いちゃうから心配したよ〜。移ちゃんも同じやったんやねぇ」

「あー、さっきは慣れない使い方をしましたからね。でも、プロになったら今回みたいなこともあるでしょーし、訓練してかないとですね…」

 

 

 私が普段【空間探知(ディテクト)】を使う時は、距離や方角を制限している。そうしないと、頭に流れ込む情報量の多さに脳が疲弊してしまうからだ。

 USJや校舎のような複雑な地形で何十、何百人を一斉に調べるような使い方をすると、頭痛にめまい、嘔気などが生じる。かと言って、普段の使い方では全てを探知するのに時間がかかり過ぎてしまう。時間と自身の体調、どちらを優先するか天秤にかけて、今回は時間を優先したということだ。

 

 対象を絞った場合の探知時間の短縮について〝個性伸ばし〟をしていたところだったが…、今回の件で新たな課題が見えて来たな。

 

 

「でもでも、移ちゃんのおかげで先生たちが駆けつけてくれたんだよね! あの靄の時も助けてもらったし、ほんとありがとう!」

 

 

 葉隠が(多分こちらの顔を見て)言った。今は探知してないから表情はわからないが、多分あの傾国の美少女顔で微笑んでいるのだろう。手袋の動きと声だけでこんなに可愛いのだから、葉隠が透明じゃあなきゃ、私のハートは撃ち抜かれていた筈だ。危ない危ない。

 

 USJから出ると、(ヴィラン)たちを護送するための大型バスが沢山停車していた。その前方に私たちが乗ってきたバスが停められており、そこにみんなが集まっていた。全員、大きな怪我はないように見えるが…。

 

 

「あの、緑谷はまだ来てないんです?」

 

 

 集団の中に緑谷がいないことに気付く。私たちが最後かと思っていたが、彼はまだ来てないようだった。

 

 

「ケロ…実は緑谷ちゃんは先に保健室に運ばれたのよ」

 

 

 気落ちした声で梅雨ちゃんが言った。

 どうやら、私が増援を呼びに行っている間に彼は例の〝逃げた2人の(ヴィラン)〟と交戦、両足を骨折する重傷を負ったらしい。あの爆発的なパワーを使用した代償なんだろうけど、彼は本当によく怪我をする。為になるかわからないけど、前に伝えた〝個性〟制御の助言の件を早く実行すべきだろう。

 

 それから私たちは、トレンチコートを着込んだ塚内という警部から安否の確認をされ、相澤先生や13号の容体を伝えられた。

 相澤先生は両腕の開放骨折と眼窩底骨の粉砕骨折が特に酷いようだ。頭蓋内の出血はなかったようだが、目が命の〝個性〟の先生に後遺症が残らなければいいが…。

 

 13号は既に治療を終えたらしく、背中から上腕の裂傷があったがリカバリーガールの【治癒】で対応可能だったらしい。私が空間移動(テレポート)した後に霧の男に【ブラックホール】を利用されて削り取られたらしく、私が頭痛と闘っていた時に戦闘服(コスチューム)がかなり損傷しているのが見えていたので心配していたが本当に良かった。

 

 ──ああ、そうだ。あの霧の男。随分と特殊な〝個性〟のようだったが、同じ【ワープ】系〝個性〟として気付いたことがあったんだった。

 

 塚内警部は、私たちの事情聴取は後にすると言っているが、取り逃した(ヴィラン)の情報だ。伝えるのは早いに越したことはないだろう。

 塚内警部に促されてバスに乗り込むみんなに一声かけて、私は彼に近付いた。

 

 

「あの、塚内警部。逃げた(ヴィラン)のことで伝えたいことがあります。早い方が良いと思いまして…」

「ん? どうしたんだい? キミは…」

「空戸と言います。霧の男…【ワープ】の〝個性〟の男と相対した時に同じ系統の〝個性〟持ちとして気付いたことがあるんです」

 

 

 人の良さそうな顔をした塚内警部は、(ヴィラン)の〝個性〟の情報と聴いて真剣な表情に変わった。

 取り合ってくれると判断した私は、続きを報告する。

 

 

「奴は数十人を一度に移送していました。それも、少なくとも雄英の敷地外からという長距離を目視せずにです。体を霧にして広げるという性質に関してはよくわかりませんが、奴の【ワープ】する条件については推察ができます」

「……それはいったい…」

「恐らく、奴は【ワープ】する時に正しい座標を知っておく必要がある筈です。(ヴィラン)が侵入してきた時と私の前に現れた時、クラスのみんなを散らした時の3回見たことで当たりをつけました」

 

 

 世間的に希少と言われている【ワープ】系の〝個性〟。その有用性に反して実用的なレベルに扱える者は少ないと聞く。同じ系統の〝個性〟でも発動条件はそれぞれ違い、私のように範囲内であることが条件だったり、移送先が特定の物や人に限定されたり、マーキングが必要だったりと多岐に渡る。今回は、空間探知(ディテクト)を発動した状態で目撃したことで奴の発動条件に気付けた。

 塚内警部は顎に手を当て、「なるほど…」と呟くと暫く無言で考え込んだ。

 

 

「…ありがとう。あれほどのことを仕出かす奴だ、恐らく個性届けを偽装しているだろうから捜査は難航すると思う。でも、必ずキミの情報を役立ててみせるよ」

 

 

 「協力感謝するよ」と言って握手を求めてきた彼に、私も笑顔で応える。なんともまあ、好感の持てる男だ。警察という手堅い職業だし、さぞモテるのだろうな。

 

 

「──しかし、いくら同じ系統と言ってもよくわかったね。(ヴィラン)の〝個性〟を看破するのはヒーローに大事な資質だろう。キミの将来が期待できるな」

 

 

 おおっと、そんなに褒められても私に男色の気はないぞ? 

 彼の言葉に気分を良くした私は、昔を思い出しながら、奴の〝個性〟の条件を気付けたもう一つの根拠を最後に伝える。

 

 

「えへへ。実は、──亡くなった祖父が座標を必要とする【ワープ】系〝個性〟だったんです。それを見ていたから気付けたってのもあるんですけどね」

 

 

 疎遠だった父方の祖父。もう亡くなって10年になるが、僅かな時間、彼から受けた手解きが今に繋がっていることに、私は淋しくも嬉しい気持ちになった。

 それでは、と塚内警部に会釈をしてみんなが待つバスに乗り込んだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 日はすっかり傾き、空は茜色に染まり始めていた。

 バスを降り教室に向かう私たちは、会敵した恐怖が薄れてきて残った高揚感からそれぞれが得た経験について語り合っていた。

 

 

「──じゃあ、尾白くんと常闇くんは1人で戦ってたんだね!」

「みんな1人だと思ってたよ、俺。ヒット&アウェーで凌いでたよ…」

「フッ。孤独の饗宴だった…」

 

 

 溌剌と話す葉隠に尾白と常闇が答える。なんだろ、常闇は厨二心を大切にしている感じかな。

 

 

「しかし、爆豪くんたちがオールマイト先生の助力に行った時は肝を冷やしたぞ! 結果的に無事だったものの、勝手な行動は慎みたまえ!」

「ウッセぇぇッ!! 勝手に冷やしてろやッ!!」

「あの状況じゃあ助けるしかなかったろ」

 

 

 飯田の真面目な指摘に爆豪はキレ散らかし、轟は静かに自論を唱えた。

 ああ、そうだった、爆豪と切島だ。オールマイトへの助力は見てないからわからないが、13号の邪魔をしたことはいただけない。

 

 

「私からも言わせてもらいますけど、13号の攻撃の邪魔をした件は反省してくださいよ? 分断されたあとならともかく、先生の指示なく戦闘を行うのはルール違反ですからね?」

 

 私は少し眉を顰めて爆豪たちに苦言を呈した。

 

 

「うっ。たしかになぁ…、面目ねぇ」

「謝ってんなよクソ髪ぃ!! お前もとやかくうるせぇんだよゲロ女ぁ!!!」

「げ、げろぉッ!?」

 

 

 いや、確かにみんなの前で吐いたけど、その呼び方は酷くない? 酷いよね。酷すぎだよ。

 

 

「私みんなのために頑張ったのにぃ…っ」

 

 

 こんな美少女に向かって〝ゲロ女〟なんて蔑称を付けるなんて、この男最低すぎんか? ただでさえ、公衆の面前で嘔吐したことに羞恥心を抱えているというのに。ああ、なんか涙目になってきた。

 

 

「ちょ、ちょっと爆豪くん!? それはあまりにも酷いんとちゃう!?」

「そうですわよ! わたくしたちのために身を粉にして先生方を呼んでくださったのに!」

「爆豪サイテー!!」

「移ちゃん、気にしちゃダメだよ!」

「あんまりよ爆豪ちゃん、酷いわ」

「いくらなんでもそれはないわ」

 

 

 女子のみんなが連携して庇ってくれる。ああ、これが女子の連帯感。

 流石の爆豪も、6人の女子からの非難の声にたじろいだ様子だ。爆豪め、学校で女子を敵に回して生きていけると思うなよ! 

 

 

「女子ってコエ〜な」

「オイラはゲロインもイケるぜ」

「お前ほんとブレないのな」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 教室に戻り、全員が事情聴取を終えた頃にはすっかり夜になっていた。

 ニュースを見たのか、(ヴィラン)の襲撃を知ったお爺ちゃん、お婆ちゃんや輪城さんから沢山の連絡が来ており、それに一つ一つ返信をしていく。

 やり取りの中で輪城さんがすでに雄英付近で待機していることを知り、私は急いで玄関口へ向かおうとしていた。

 そんな時──。

 

 

「空戸くん、少し時間をもらえるかい?」

「…校長」

 

 

 待ち受けるように根津校長が廊下に立っていた。(ヴィラン)襲撃の件で先生方は忙しい筈なのに、わざわざ私に時間を割く理由…。

 思い当たることは一つ。私もちょうど訊きたかったことだ。根津校長に一言断りを入れて、輪城さんに『もう少しだけ遅くなる』ことを連絡した。

 

 根津校長は近くにあった空き部屋に私を案内すると、備え付けてあったポットでお茶を淹れ、「飲んでちょ」と湯呑みを差し出してきた。

 喉を湿らす程度の量をコクリと飲み、私は意を決してあのことを切り出した。

 

 

「根津校長…、昼に会った八木さんのことですが…」

「………」

 

 

 根津校長は「参ったな」とでも言いた気な表情をして肩を下ろす。

 

 

「あの時、私は空間探知(ディテクト)を発動中でした。廊下に出て行った八木さんの動きも分かっています。彼が廊下の窓を開け、枠に足をかけた瞬間、痩せ細っていた体が急に変化しました。彼は、──オールマイトなんですね?」

「…やっぱり気が付いてしまったよね」

 

 

 それから根津校長が話した内容は、彼の正体を知ったとき程ではないにせよ、充分衝撃的だった。

 曰く、オールマイトは6年前に大きな怪我を負ってしまい、全快するに至らず衰えてしまった。あの痩せた体は、今のオールマイトの本来の姿であり、筋骨隆々の姿はヒーロー活動を続けるために気合いで維持しているのだとか。そして、あの姿を長時間保つのは負担が大きく、一日に数時間しか維持できないと言う。

 

 

「キミが自分の正体について確証を持っていると判断できれば、真実を話して良いと八木くん…オールマイトから了承を得ていてね。無理に隠すよりいっそ打ち明けてみようと考えたのさ」

 

 

 真剣な表情をした根津校長は、あらかた話し終えて喉を潤すため、持っていた湯呑みに口を付ける。

 私も釣られて湯呑みに視線を落とす。

 

 オールマイトは、〝私〟が生まれる前から日本を守り続けているヒーローだ。転生して、【前世】と違う平和な世の中を知り、それを創り出し維持し続ける一番の立役者を知った時。全身に稲妻のような感動が巡ったのを今でも覚えている。あの地獄のような国を世界を世の中を、彼は救けたんだ。

 尊敬、なんて言葉では足りない。崇拝に近い感情を私は彼に抱いているのだ。

 そして同時に思った。私も、彼のような〝ヒーロー〟になりたい、と。

 

 

「…正直に言うと、今でも信じられません。あのオールマイトが、あそこまで衰えてしまっていただなんて」

「……」

「けど、事実なんですね。オールマイトは傷付いていて、もう全盛期の体ではないのですね」

「そうだね」

「なら、私たちが──私がなります」

 

 

 コミックのようなナチュラルボーンヒーロー。平和の象徴。日本の大英雄。

 憧れの存在が傷付いて、倒れてしまいそうならば。

 

 

「この先、彼が戦えなくなったとしても…いずれ私が。この国には、私がいるんだと、高らかに言える存在に」

 

 

 そうだ、別になにも変わらない。彼だって人間だ。いずれ老いて、引退する時が来ていた筈。それが本来より早まっていて、私が偶然知ってしまっただけの話だ。

 最初から、目指す場所は変わらない。

 何も成せずに死んだ〝僕〟は、それを成すために〝私〟になったんだ。

 

 

「〝ヒーロー〟になります」

 

 

 ここ(雄英)で、必ず。

 

 

「…ああ。キミなら絶対になれるとも!」

 

 

 根津校長はニカッと笑って力強く肯定してくれた。

 

 

「それから、この話は内密にね! 彼が傷付いていることを知っている者は世界でごく一部のみ。彼たっての要望さ!」

 

 

 …あ、もしかしなくても口止めがメインの面談だった…? 

 私の心からの宣言は、彼が意図した趣旨と違っていたと気付き、顔から火が出る思いだった。

 

 

 

 

 




根津「言い広めないように頼むつもりが、覚悟の話をされてビックリしたのさ!」

移ちゃんのあだ名は「ゲロ女」に決定しました!
いや〜、これで安泰ですわ!
ん?麗日も吐いてただろって?
その辺はかっちゃんの匙加減さ!麗日以上に吐いてたんだよきっと!


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雄英体育祭
迫る雄英体育祭


かっちゃんすまねぇ…。
『女子から総スカンを食う爆豪』+『涙目の移ちゃん』+『峰田の懐の深さ』を書きたかったばっかりに思い付きでプロットにない発言をさせてしまって…!
一緒に株を取り戻して行こうな…!

今回はほぼ原作通りであまり話が進みません。


 (ヴィラン)による雄英襲撃事件から2日後。

 昨日は臨時休校となっていたため、しっかりと休息を取り、家族との時間を大切にした。

 怪我はなかったものの、体調を崩したことを知ったお婆ちゃんたちには大変心配されてしまった。私の〝個性〟の練度がお粗末だった結果の不調だったので、あんまり心配されるのは恥ずかしさがあったが、大人しく受け止めた。

 

 時間ができたついでに、【空間探知(ディテクト)】の練度を上げるコツについても訊いておいた。元プロヒーローであり、【探知】系〝個性〟を活用した格闘術を得意としたお婆ちゃんは、現役を退いた今でも高い戦闘能力を維持しているからだ。

 なんでも、広範囲を一気に調べる時は、調べたい対象が『人』なのか『建物』なのか意識しておく方が良いらしい。確かにあの時私は、人の顔からトイレの配管まで、全て知ろうとしていた気がする。

 対象を選別する作業は、却って負担になると思っていたが、慣れてしまえば効率的で疲労も少なく済むとのことだった。

 

 ただ、『慣れる』までには、それ相応の努力が必要になるらしく、結局反復練習を重ねるほかない。課題は沢山あるため、どれを優先するか考えなくてはいけない。

 『広範囲の探知および移動』『近距離戦闘のための敵の挙動の探知』『【空間移動(テレポート)】を組み込んだ戦闘術』『広域制圧力の向上』エトセトラ…。出来ることが多い分、訓練の内容を絞らないとどれも中途半端な結果になってしまうだろう。

 

 

(だけど、目指すところが(オールマイト)ならば、全部出来るようにしていかないと)

 

 

 道は果てしないけれど、私のモチベーションは前より高くなっているのを実感していた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「ねえねえ、昨日のニュース見た?」

 

 

 朝。ホームルーム前の教室にて、臨時休校が明けて平静を取り戻したクラスメイトたちの話題は、一昨日の出来事に集中していた。

 座席は離れていたが、20名という少ない人数の教室内では、葉隠の大きめな声がよく聞こえてきた。

 

 

「クラスのみんなが一瞬映ったでしょ? 何か私、全然目立ってなかったね…」

 

 

 そう言えば、ニュースのVTRで映ってたっけ。気落ちした葉隠に隣の席の障子が「確かにな」とストレートに同意をしていた。

 憐れに思ったのか、人の良い尾白が「あの格好じゃ目立ちようがないもんね」と、手袋しか映っていなかった葉隠のフォローを入れていた。

 〝個性〟【透明化】の葉隠では、目立とうとしても苦労するだろう。

 それにしても、葉隠は目立ちたい願望があるのか。

 

 

「もし葉隠が透明じゃあなかったら、すっごい目立つんでしょーけどね…」

「んん? そりゃーどう言う理由でだ?」

 

 

 ポツリと漏らした感想に、私の左前に座っている瀬呂が首を傾げて反応した。

 

 

「だって、葉隠ってチョー美人ですもん。メディアに取り上げられた日には、瞬く間に万を超えるファンが付きますよ、きっと」

 

 

 【空間探知(ディテクト)】で知った彼女の顔を思い出すが、私はあれ以上に整った顔をした人に出会ったことがない。それこれ、そんじょそこいらのアイドルでは彼女の足元にも及ばないだろう。

 

 

「え!? 移ちゃんには私のこと見えてるの…?」

「み、見えてると言うか、一昨日〝個性〟を使った時に知ったんですよ。性質上、目で見るほど鮮明には分かりませんけど…」

 

 

 バッと勢いよく振り向いてきた葉隠の気迫にやや押される。葉隠は「いや〜! 恥ずかしい!!」と見えない両手で見えない顔を隠していた。

 もしかして、外見のことを触れられるのは嫌だったのかな…。

 すると、さっきまで元気がなさそうだった峰田がにやけ顔で話に乱入してきた。

 

 

「な、なぁ空戸。お前の〝個性〟だとなんでもわかんのか…? 見えてないとこまで見えたりすんのか…!?」

 

 

 鼻息荒く涎を垂らしながらこちらを見てくる峰田は、正直に言ってかなり気持ち悪かった。短い付き合いだけど、段々と彼の性格が分かってきた気がする。こいつはもう少し自制心を持った方が良い。

 

 

「みんな! 朝のホームルームが始まる! 私語を慎んで席に着け!」

 

 

 8時24分になった瞬間に飯田がシュバッと教壇の前に立ち言い放つ。

 いや、言ってることは正しいしそうするべきなんだろうけど。

 

 

「着いてるだろ」

「着いてないのおめえだけだ」

 

 

 切島と瀬呂が冷静にツッコミを入れる。

 彼は真面目だが、空回りするのが玉に瑕だ。

 悔しがりながらすごすごと飯田が席に着くと同時に、教室の扉が開く音がして、全員の視線がそこに集まった。

 

 

「おはよう」

 

 

 ミイラが、いや、全身包帯に巻かれた入院している筈の相澤先生がそこにいた。

 

 

「「「相澤先生、復帰早え〜!!」」」

(…いや、復帰しちゃあダメでしょ、何やってんですかあの人)

 

 

 ヨタヨタと歩く先生に私はドン引きした。2日前に両腕開放骨折していて、眼窩底骨折するほど顔面を打撲した人が学校に来たらまずいだろ、常識的に考えて。腕なんて、時期的にまだ創外固定された状態ではないだろうか。顔面の外傷もあるし、脳出血がないか経過を診る段階な筈だ。

 え、それとも何か? 私の医学知識が古いのか? そりゃあ、大半が100年前に勉強した知識に依存しているから時代遅れなのは重々承知している。だけど、たとえリカバリーガールの【治癒】があったとしても、流石におかしいだろう。

 

 

(みんな驚いてるし、あれがスタンダードじゃあないですよね? 現代医学はそんな万国ビックリショーを許容してないですよね??)

 

 

「おれの安否はどうでもいい。何より──まだ戦いは終わってねえ」

 

 

 生徒の見本になる先生が、そんな無茶を見せていいのだろうかと疑問を抱いたが、続く言葉に心臓がドキッとした。

 まさか、まだ2日しか経っていないのに奴らに動きがあったとでも言うのだろうか。(ヴィラン)は待ってくれない、と言うことか。

 ゴクリと唾を呑み、緊張感漂う教室の中で先生の報告を待つ。

 

 

「雄英体育祭が迫ってる」

「「「くそ学校っぽいの来た〜!!」」」

 

(あ、はい)

 

 

 思わず脱力し、相澤先生もユーモアに富んだ発言をするんだな、と意外な一面に感心してしまった。

 

 〝雄英体育祭〟

【前世】では、世界中が熱狂した祭典と言えばオリンピックだった。しかし、〝超常黎明期〟を経て世間が〝個性〟を受け入れるようになると、人々の興味は画一化されたスポーツから離れていった。

 代わりに現代日本で国民が注目する祭、それが雄英体育祭だ。

 

 クラスメイトたちは、(ヴィラン)が襲撃してきた直後のこの時期に開催して大丈夫なのか、と不安の声を上げていた。

 しかし、相澤先生曰く、そんな時期だからこそ雄英の危機管理体制が盤石だと示す必要があると。警備も例年の5倍に強化するという話だ。

 

 そんな雄英体育祭は、ただ国民が観戦するだけではない。全国のプロヒーローたちもスカウト目的で見るのだ。

 トップヒーローの目に留まれば、そのまま彼らの事務所に相棒(サイドキック)として就職が決まることも少なくないと言う。

 年に一回、計三回しか与えられない大事な機会。その気があるなら準備は怠るなよ、と発破をかけて先生はホームルームを終えた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 放課後──。

 

 帰り支度をしていると、なぜか教室の前にワラワラと人が集まり、あっという間に壁が出来上がってしまった。

 何事だろうね、と芦戸と話していたら爆豪がゆるりと人集りに近付いて行くのが見えた。

 

 

「敵情視察だろ、雑魚。(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ」

 

(視察ねぇ…。てか、ナチュラルに峰田のこと雑魚って言いませんでした?)

 

 

 人集りに対して騒いでいたことで雑魚呼ばわりされた峰田は、涙目になって震えていた。相変わらず酷いぞ爆豪。

 

 

「そんなことしたって意味ねぇから、どけモブども」

「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!」

 

 

 爆豪のあまりの言いように飯田が注意したが、聞く耳持たずといった感じだ。

 私を『ゲロ女』呼ばわりしたこと、女子から総スカンを食らったときの様子を見て少しは溜飲を下げていたけど、今の態度見てやっぱりこいつは下水煮込み野郎だと再認識した。

 

 

「──うわさのA組、どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍するやつは、みんなこんななのかい?」

「いや、一緒にしないでください、彼は特殊です」

 

 

 人集りから出てきた菫色の髪をした他クラスの男子の物言いに思わず反射で否定した。爆豪と同一に見られるのは甚だ遺憾だ。

 ギロっと爆豪に凄まれるが、私はプイっと顔を横に向けた。事実を言ったまでだ。

 他クラスの男子もチラリとこちらに視線を向けたが、すぐさま爆豪に向き直る。

 

 

「こういうの見ちゃうと幻滅するなあ…」

 

 

 確かにヒーロー科に爆豪のような態度の人が居たら、そう思うのも仕方がないと私は彼に同意した。

 彼は続きを話す。曰く、ヒーロー科以外にはヒーロー科に落ちたから入った者が結構おり、そんな者たちのために学校側はチャンスを残してくれていると。なんでも、体育祭の結果によってはヒーロー科に編入することも検討してもらえるらしい。

 流石、自由が校風の雄英高校と言ったところか。

 

 

「敵情視察? 少なくとも俺は、いくらヒーロー科とは言え調子に乗ってっと足元ごっそりすくっちゃうぞっつう…宣戦布告しに来たつもり」

 

(おお、大胆不敵ですね。良いですよー、そういうの好みです)

 

 

 上昇志向のある彼の言葉に、思わずニヤリと笑みを浮かべる。

 他クラスからの刺客、んー、如何にもバトル漫画でありそうな展開で気分が上がる。

 

 その後、隣のB組からも1人乱入してきたが、爆豪は一瞥だけくれて意に介さずスタスタと帰路につこうとする。

 

 

「待てこら爆豪! どうしてくれんだ! おめえのせいでヘイト集まりまくってんじゃねえか」

「──関係ねえよ」

 

 

 爆豪を止めに入った切島に爆豪が言う。

 

 

「上に上がりゃ関係ねえ」

 

 

 言いたいことを言って、彼はそのまま人集りの奥へ消えていった。

 

 

(上に上がれば、ですか)

 

 

 傍若無人、唯我独尊。入学初日から突っかかってくるし、暴言は酷く、私のような美少女に向けて酷い蔑称で呼んだ爆豪。印象は最悪な彼だったが、なるほど、彼は彼なりに強い向上心と信念を持っているようだ。

 今の言葉には爆豪の想いが込められており、それを感じ取った私は少しだけ、ほんの少しだけ彼のことを見直した。

 口の悪さはいただけないけれど。

 

 

(…だけど、一位になるのはこの私ですよ)

 

 

 爆豪がどれだけ熱意を抱いていようとそれは譲れない。

 お父さんたちから受け継いだ〝個性〟、お婆ちゃんの下で重ねた鍛錬。なにより、私自身の〝原点(オリジン)〟のために。

 

 雄英体育祭。目指すは一位だ。

 

 

 




次回からは雄英体育祭が始まります。
今まで奇襲や増援を呼びに行ったりと、戦闘描写がなかった移ちゃんも、この章ではガッツリ戦います。
話も複雑になってくるし、伏線もばら撒きたいなーと考えているので、一旦時間をもらって書き溜める予定です。

体育祭終了までとなると長くなってしまうため、途中で投稿するつもりですが、それでもこれまでより期間は空くと思います。
よろしくお願いします。
…エタらないから安心してね!(フラグ)


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雄英体育祭:選手宣誓

書き溜めると言ったな、あれは嘘だ。

はい。すみません。定期更新の方が良いと思ったんですが、僕はそういうことが出来ないタイプのようです。
突然更新期間が空くことがあるかもしれませんが、できるだけそうならないようにします。
プロットはあるので大丈夫だと思いますが、後々大幅修正することにならないよう気をつけます。(大丈夫だと思いたい)





 ──あれから2週間が経過した。

 

 雄英の高水準な授業や課題をこなしつつ、空き時間を見つけては〝個性伸ばし〟と武術の修練に勤しむ毎日。体力的にはヘトヘトになっていたが、体育祭が近付くに連れて精神的にはドンドン充足していった。

 決して侮っているわけではないけれど、負ける気がしない。私は自信に満ち溢れていた。

 

 鏡の前に立つ。昨夜は体力の回復のために早めに就寝し充分に休息を取ったおかげか、肌艶・キューティクルばっちりなベストコンディションな美少女が鏡に映っている。雄英体育祭は、大勢の観客に直接見られるだけでなく、全国放送もされるのだ。動画はネットにも拡散されるだろう。

 アピールするのは私の実力だけじゃあない。私の可愛さも日本中に知らしめる、重要なステージなのだ。

 だから、身嗜みにも細心の注意を払わなければならない。与えられた素材に胡座をかいてはいけない。私は、向上心もある美少女である。

 

 

「移ちゃん、時間なくなるわよ?」

 

 

 いつの間にかお婆ちゃんが部屋の入り口からこちらを覗いていた。いかんいかん、没頭しすぎるのは本当に悪い癖だ。

 教えてくれたお婆ちゃんにお礼を伝えて、私はそのまま仏間へと向かった。

 

 ──立辺家は、そこそこに格式のある家柄だ。

 お爺ちゃん──〝立辺 理誠〟は次男であるため本家筋ではないのだけど、自身で一から会社を立ち上げ、今では大手サポートアイテム企業の代表取締役を務めている。彼の住む家は、【前世】の〝僕〟が住んでいた家とは大違いだ。

 そんな立辺家の一室、こぢんまりとした部屋の一角には、仏壇と4人の遺影が飾ってある。

 4人とも立辺姓ではないけれど、私がこの家に住まわせてもらうに当たってお爺ちゃんが用意してくれたのだ。

 線香を上げてりんを鳴らし、1分じっくりかけて黙祷する。

 

 

「…見ていてくださいね」

 

 

 4人の遺影の内、特に2人を見つめて呟く。

 優しくこちらに向かって微笑む両親の顔に、私は勇気付けられた気がした。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「あーあ。やっぱコスチューム着たかったな〜」

 

 

 20人が集まっても狭さを感じさせない広さの控え室にて、紺色を基調とした学校指定のジャージを着た芦戸が不満の声を漏らした。

 

 

「せっかく全国放送ですもんね、気分の上がる服で出たいですよね」

「そう! ジャージだとどうしてもねぇ〜」

 

 

 これはこれで可愛いんだけど、と裾を引っ張りながら芦戸は口を尖らす。戦闘服(コスチューム)は被服控除で作られており、ヒーロー科にのみ与えられている。公正を期すためには仕方がない。

 

 各々が自由に過ごしている中、ガララっと勢いよく扉が開いて飯田が入ってきた。

 

 

「みんな準備はできてるか? もうじき入場だ!」

 

 

 飯田の言葉に緊張が高まった者、ヨシっと気合いを入れる者、淡々と動き始める者と、十人十色な反応を見せる。

 私は近くにいた芦戸と梅雨ちゃんに「行きましょっか」と声をかけて入り口の方へ向かう。

 

 

「──緑谷」

 

 

 すると、なんだか険のある言い方をして轟が緑谷の前に立ちはだかっているのに気付いた。

 みんなの視線が彼ら2人に集まる。

 

 

「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」

 

(お、おおう。いきなりなんの宣言でしょーか…)

 

 

 爆豪は分かるが、今まで轟と緑谷の間に因縁があったようには見えなかった。轟の意図が分からない。

 

 

「──けど、お前。オールマイトに目かけられてるよな。…別にそこ詮索するつもりはねえが…、お前には勝つぞ」

 

 

 緑谷とオールマイト…。確かに、その2人は何かと一緒にいることが多い。この前も、緑谷がオールマイトから食事に誘われていたと麗日から聞いた。明らかに彼はオールマイトに目をかけられている。だからといって、轟からは嫉妬しているような感情は読み取れなかった。

 やはり意図がわからない。轟は言葉足らずな端がある。

 

 剣呑な雰囲気な轟に、切島が止めに入るが「仲良しごっこじゃねえんだ」と振り払われてしまう。轟はそのまま部屋から出て行こうとするが──。

 

 

「…轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは分かんないけど…」

 

 

 言われっぱなしだった緑谷が静かに語り出す。

 

 

「そりゃキミの方が上だよ。実力なんて、大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても…」

「緑谷もそういうネガティブなこと言わない方が──」

 

 

 自虐的に話す緑谷に空気を軽くしようと切島が宥める。それをあえて無視する形で彼は「でも」と続けた。

 

 

「みんな、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。遅れを取るわけにはいかないんだ。──僕も本気で取りに行く」

 

 

 いつもどこか自信がなさげな様子だった緑谷。あんなに凄い〝個性〟を持っていながら、育った環境か、〝個性〟制御が上手く出来ない過去があるからか消極的な言動が多い彼。

 そんな緑谷は、真っ直ぐ轟を見つめて覚悟を語った。

 

 

(いいですねー、男の因縁って感じ。懐かしいなぁー)

 

 

 ザ・青春と言った雰囲気に自分が少年だった頃のことを思い出し、ちょっとだけ羨ましく感じた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『ヘイッ! 刮目しろオーディエンス! 群がれマスメディア! 今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディ! アーユーレディー!?』

 

 

 収容可能人数約10万人の巨大なスタジアム。いくつも設置されたモニターには、雄英の教師でありプロヒーロー、かつラジオパーソナリティもこなしている有名人、プレゼント・マイクが映し出されており、溌剌とオープニングトークを披露していた。

 

 

『1年ステージ、生徒の入場だぁ!!』

 

 

 スタジアムの上空に花火が打ち上がる。観客の高揚感は高まり、辺りには割れんばかりの歓声が響き渡っていた。

 

 

『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが我こそはと鎬を削る、年に一度の大バトル! どうせあれだろ? こいつらだろ!? (ヴィラン)の襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ──ヒーロー科1年A組だろぉ!?』

 

 

 かなり贔屓された紹介だが、実際、観客たちの多くが彼らに注目していた。2週間前、(ヴィラン)連合と名乗る集団がオールマイトの殺害を目論み雄英に侵入したニュースは、全国民が知るところである。そして、ヒーロー仮免許も持たない入学したばかりの高校一年生が(ヴィラン)を退けたということも周知の事実だ。

 (ヴィラン)の襲撃を許したり、生徒を危険な目に合わせたことに対して非難の声もあったが、世論はそれ以上に生徒たちへの興味や期待する気持ちがまさっていた。

 

 スタジアムのステージ、円形に囲われた会場の壁。等間隔に設置された11ヶ所のゲートから各クラスの生徒たちが入場する。

 中心に集合した1年生総勢220名は、緊張した面持ちで開始の合図を待っていた。

 

 

「選手宣誓!!」

 

 

 生徒たちの視線が集まる壇上には、際どい戦闘服(コスチューム)を着た18禁ヒーロー〝ミッドナイト〟が色香漂う仕草で肩にかかる髪を払っている。今年の1年ステージの主審は、彼女が務めるらしい。

 

 

「選手代表1-A、空戸 移!」

「はい」

 

 

 ミッドナイトに呼ばれた少女が静かに前へ進む。ミッドナイトの色気に当てられていた観客たちの視線が彼女に集中した。

 その凛とした佇まいに、多くの者がほうっと息を漏らす。一本筋の通ったブレのない彼女の歩みと引き締まった体に、実力のあるプロヒーローたちは期待を寄せる。

 そこに気付かない一般客たちも、移の整った容姿に惹かれていた。柔和な顔付きにモデル顔負けなスタイルをした彼女は、容姿で代表に選ばれたのではと邪推する者もいるほどだ。

 

 移が壇上に上がり、スタンドマイクの前に立ち会場は静まり返った。10万人の大観衆が彼女に注目した。

 

 

『──宣誓』

 

 

 鈴を転がすような声が響き渡る。聞く者が自然と耳を傾けたくなるような、そんな魅力のある音だ。

 

 

『私たち雄英高校1年生一同は、夢を追い努力を重ねて当校に入学いたしました。入学後も研鑽し、級友たちと切磋琢磨しながら今日この日を迎えることになりました。日本中が注目するこの祭典に出場することが出来て、私は感慨深い思いでいっぱいであります。これまで、この会場で輝かしい活躍を披露してきた諸先輩方に恥じぬよう、正々堂々全力で戦いに挑むことを誓います』

 

 

 見本になりそうな見事な宣誓を堂々とこなす彼女に、聞いていた他の生徒たちも身が引き締まるようだった。それは、始めからやる気に満ちていたヒーロー科だけでなく、〝自分たちはヒーロー科の引き立て役〟と卑下する普通科の生徒たちにも影響を与えていた。

 

 

「すごい…! さすが空戸さんだ…!」

「ああ! 立派な選手宣誓だな! 俺も見習わなくては!」

「…ケッ!!」

 

 

 A組の面々も移の宣誓に感銘を受けていた。若干一名、非常に面白くなさそうにしているが。

 

 内容からして、そろそろ結びの言葉が来るだろう。そう思っていた一同だったが、突然スタンドからマイクを外し始めた移の行動に不審に思う。

 『失礼します』と言って反対を向き、生徒たち全員をゆっくりと見渡した移に全員が困惑した。いったい、何をするつもりだろうか。

 

 

『ここからは、私個人的な宣言になります。──私は、いずれNo.1ヒーローになるつもりです』

 

 

 ザワッ!! 

 

 優等生然とした宣誓から一変、唐突に語った内容に会場は騒然とした。

 No.1ヒーロー。それは、現代日本において、称号であると同時に個人を指す言葉でもある。即ち、オールマイトのことだ。

 No.1ヒーローになるということは、あのオールマイトを超えるという意味に繋がる。そんな大それたことを、雄英の生徒代表とは言え、学生が宣言するだなんて…。

 会場の困惑を他所に、移は確固たる意志を込めて宣言を続けた。

 

 

(オールマイト)に並び立つ。それを目標に据えて私は雄英で学んでおります。皆さんのことを侮っているわけではありません。良きライバルとして認めております。──それでも』

 

 

 言葉を切る。それまで以上の強い覚悟を言葉に乗せて、彼女は言う。

 

 

『私は今日、優勝することをここに誓います』

 

 

 それは、自分を追い込むための宣言。退路を経ち、必ず勝利してみせるという強い信念。

 予想だにしなかった選手宣誓に呆気に取られた会場は、一瞬の静寂ののち、割れんばかりの歓声に包み込まれた。

 

 「言うじゃねーか」「期待してるぜ」「応援するよ!」と、移の覚悟と度胸に感嘆した観客たちは、思い思いの賛嘆の言葉を送る。

 そして宣言を受けた生徒たち、特にヒーロー科の者たちは、彼女の言葉に込められた並々ならぬ想いに触れて奮然する。

 移は言った。自分たちのことを〝ライバル〟と。大観衆の前で臆することなく、オールマイトに並び立つと宣言した彼女に〝好敵手〟と言われたのだ。──ならばその目標(優勝)、全力を以って阻止してみせよう。

 

 雄英高校体育祭、1年ステージ。種目が始まる前から生徒たちのボルテージは最高潮となっていた。

 

 

 

 

 

 

 




ヒーロー科の一般入試において首席で合格したのは移ちゃんだったため、選手宣誓は彼女が務めました。
言い方は違いますが、内容はかっちゃんと同じですね。

因みに、容姿に優劣を決めるのはあまり好きではありませんが、あえて付けると、葉隠>>移=小大唯となります。小大ちゃんがヒーロー科1可愛いのは公式設定らしいです。それ以上に美人なのが葉隠ちゃんです。見えないけどね。


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雄英体育祭:第一種目①

難産…圧倒的難産…ッ!!
やはり体育祭編はヒロアカ二次小説界の鬼門ッ!


『さーて、それじゃ早速始めましょ!』

 

 

 私が壇上から降りると同時に、ミッドナイトが第一種目の説明を開始した。

 彼女の動きに合わせてモニターにルーレットが表示される。デデン! と効果音が鳴り、第一種目が決定した。

 〝障害物競走〟

 いかにも体育祭らしい競技内容だ。ただ、障害物は決して普通じゃあない筈。

 ルールは220名が一斉にスタートし、スタジアムの外周約4kmを走って会場に戻ってくること。そして、コースを守れば何をしても構わない、と含みのある笑顔でミッドナイトは説明を終えた。

 

 

(自分以外皆障害、ということですかね)

 

『さあさあ、位置に着きまくりなさい!』

 

 

 だいぶ性急である。なんでも〝早速〟なのが雄英のポリシーらしい。

 

 

「空戸!」

 

 

 スタートゲートへと移動中、切島や他のクラスメイトたちが私の下へ集まってきた。

 

 

「さっきの選手宣誓だけどよ! 俺ぁ感動したぜ! 漢気を感じた!!」

「えへ〜? 漢気ですかー! 嬉しいこと言ってくれますねー!」

 

 

 拳を握って力説する切島に私は嬉しくなり、後頭部を撫でながら彼に向き直る。可愛いと言われるのも好きだが、かっこよく思われるのも同じくらい好きなのだ。

 

 

「いや、漢気って…。空戸さんが喜んでるなら良いんだろうけど…」

「まあ、あんま女子に言う言葉じゃねーけど、確かにさっきのにはしっくり来るな」

「ふふふー、漢気に男子も女子もないんですよ」

 

 

 漢気は心の在り方ですから! と尾白や瀬呂に対して自論を伝えた。漢気はジェンダーレスな精神なのだ。

 

 

「ケロ。移ちゃんの心意気はしっかり伝わったわ。けど、私も負けないわ」

「わたくしもですわ! 正々堂々と戦いましょう!」

 

 

 梅雨ちゃんと八百万も闘志を燃やした目でこちらを見つめてきた。臨むところです、と返事をしたところでスタート地点のゲートのランプが灯る。いよいよ、第一種目が始まるようだ。

 

 

(さてさて、この種目…、ミッドナイトは〝予選〟と言ってましたね。例年そうですが、〝本戦〟に出場できるのは数十人。競走で1位を獲るのは簡単そうですけど…)

 

 

 今まで、テレビ放送で観てきた雄英体育祭の競技は大体3つから4つ。その内、最初の競技で7割以上の生徒が脱落していた。しかし、逆に言うと50人前後が本戦に進むことになる。次の競技が乱戦になるような内容であった場合、A組を除く約30人と事前情報なしで戦うのは避けたい。

 

 

(この種目、前半は情報収集に徹するとしましょーか)

 

 

 幸い、ルートも距離も分かっている。トップグループがラスト数百mに差し掛かった辺りで追い抜くことにしよう。競馬で言う〝逃げ〟ではなく〝差し〟作戦だ。

 

 考えが纏まったところで、ゲートの灯りが消えていく。

 

 

(自然体に、けれど油断なく)

 

 

 ミッドナイトの合図と同時に駆け出すクラスメイトたちの背中を見ながら、私はゆっくりとスタートを切った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 200人強の生徒が通るには狭すぎるスタートゲートをなんとか抜けると、開幕早々轟が右手から放った冷気で凍ったツルツルな地面が待っていた。

 転ばないよう慎重に進む緑谷を他所に、クラスメイトたちは〝個性〟を活用してどんどん先に進んでいった。

 

 

(…まだだ、まだ使い所じゃない)

 

 

 オールマイトから譲り受けた〝個性〟【ワン・フォー・オール】は、強力な〝個性〟に違いないが今の彼には扱いが困難であり、学校側が用意した障害が出てきていないこんな序盤で使うと後に響く。

 もどかしい気持ちを抱えながら、緑谷は〝2週間前〟にもらったとある助言を思い出していた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「緑谷、ちょっと良いですか?」

 

 

 それは、普通科の男子がヒーロー科に宣戦布告をした日のこと。幼馴染の爆豪が言った『上に上がれば関係ねえ』という言葉に感化された緑谷は、体育祭に向けて更なる訓練に励もうと決意を新たにした。

 騒ぎが収まり、A組の様子を見に来ていた生徒たちが去ったことで漸く帰ろうとした緑谷に移が声をかけた。

 

 

「えと、どうしたの空戸さん?」

「ここではなんですから、付いてきてもらえます?」

 

 

 そう言って先行する移を追いかけるため、飯田たちに一声かけてから教室を出る。

 何の用事だろうかと頭を悩ます彼は、昼食時にオールマイトから聞いた話を思い出した。

 

 

(ヴィラン)襲撃の日、増援を呼びに来た空戸少女にこの姿がバレてしまった』

 

 

 オールマイトが言うには、移が現れた時はトゥルーフォームだったらしい。その後、見えないところでマッスルフォームに変身したのだが、〝個性〟で探知していた彼女には変身の瞬間が丸分かりだったそうだ。

 その日の夜に校長から口止めを依頼したようだが、〝緑谷も正体を知っていること〟はまだ知らされていない。自分が正体を知っていることから芋づる式に他の秘密がバレるのを防ぐため、とオールマイトは言っていた。

 

 

(まさか、オールマイトの話、じゃないよね…)

 

 

 そんな訳はないと思っていても、さっきの今で当の本人から呼び出されたことで緑谷は身構えてしまい、オドオドと奇妙な挙動を取っていた。

 

 

「この辺でいいでしょー。…さて、緑谷」

「は、ハイ!!」

「…なんでそんなキョドっているんです?」

 

 

 彼は、心情を隠すのがすこぶる下手だった。

 

 

「…まあ、いいです。用事っていうのは他でもありません。──先日言っていた〝個性制御〟についてです」

 

 

 あ、そっちの件か…。緑谷はあからさまに安堵した。

 その態度にも不審に思った移だったが、話が進まないからと気にせず続けた。

 

 

(ヴィラン)と戦った時も足を怪我したんですよね。制御、やっぱり上手くいきませんか」

「…うん。何回かは体を壊すことなく使えたんだけど、咄嗟に使おうとするとイメージが上手くできなくてコントロールを失敗するんだ…」

 

 

 あの時。オールマイトを助けようと駆け出した彼は、急ぐあまり全力で足に力を入れてしまい、その結果自らの〝個性〟で骨折してしまった。〝使うぞ〟と事前に意識した時は思った通りの出力で発揮できたが、考える余裕がなくなると〝個性〟に体が負けてしまうのだ。

 俯く緑谷に、移は顎に手を当てて質問する。

 

 

「イメージと言いますと、どんな感じで〝個性〟を制御しているんです?」

 

 

 その質問に、緑谷は普段自分がしているイメージ、『電子レンジの中で卵が爆発しないようなイメージ』を彼女に伝えた。オールマイトにこれを伝えたときは『地味だがユニーク!』と笑って肯定してくれたが。

 

 

「爆発〝しない〟…ですか」

 

 

 彼女の反応はどうやら否定的のようだ。うーん、と唸った移は「これはあくまで自論ですけど」と前置きをして語り出す。

 

 

「〝個性〟って身体機能の一部のわけじゃあないですか。速く走ろうとするときにまず最初に『転ばないように』とは考えないでしょ? 何かをする時に失敗を考えて動くと、どうしても硬くなっちゃうと思うんですよね」

「た、確かに…」

 

 

 今まで〝個性〟を使う時、どうしても身構えてしまう瞬間があった。〝爆発〟するという失敗のイメージが頭によぎるため、どうしても躊躇していた。

 

 

「前にも言いましたが、私も小さい頃は〝個性制御〟が上手くいかずに怪我ばかりしていたんですよ。例えば、2階に行こうとして屋根の上に出てしまったり、家の外に行こうとして顔が壁に埋まってしまったり」

「顔が壁に!? え、【ワープ】の〝個性〟って失敗するとそんなことになるの!?」

「はい。恥ずかしい話なんですが、あの時は危うく窒息死するところでした…。お母さんたちに見つけてもらうのが遅れていたら、どうなっていたことか」

 

 

 移は当時を思い出してブルリと震えた。今は優秀な彼女も、幼い頃はそれなりの失敗を経験しているようだ。

 

 

「そんなわけで、怪我した直後は『失敗しないように』と恐る恐る〝個性〟を使っていました。でも、そうすると逆にコントロールを失うんですよ。どうしても、〝失敗した自分〟を想像してしまいますから」

 

 

 緑谷にとって〝失敗した自分〟とは、【ワン・フォー・オール】の力を抑えきれずに骨がバキバキに折れてしまうことだ。更に言うと、出力の調整をミスして想定以上の力を引き出した時、それを向けた先が〝人〟であったら…。USJで13号が言っていた『容易に人を殺せる』ことになってしまう。

 

 

「緑谷が失敗、つまり体が耐えきれずに壊れてしまうのは、〝個性〟を100%で使ってしまった時ですか?」

「…そう、だね。今の僕の体では、せいぜい3から5%が限界って感じなんだ。戦闘訓練の時も一昨日の怪我も許容限界を超えてしまってた。だからそうならないように抑えようとしてるんだけど…」

 

 

 グッと拳を握って〝個性〟を使いこなせない自分の不甲斐なさに緑谷は情けなくなった。オールマイトが期待してくれている。かっちゃんは全力で上に上がろうとしている。その期待に応えたい、その熱意に追いつきたい。そう思っているのに、現実には高い壁が立ちはだかっていた。

 

 

「緑谷。私が【空間移動(テレポート)】する時、何を考えていると思います?」

 

 

 難しい質問だった。だが、そうだ。昔、テレビで観た【ワープ】系〝個性〟のプロヒーローを分析した時に、自分だったらと考えたことがあった。

 

 

「そこにいる自分を想像する、かな?」

「そうです。そして何より大切なのが、基準点、自分という0を意識することです」

「ゼロ…」

「50m先に行く時も100m先に行く時も、まずは0点をイメージするんです。0から50へ、0から100へ、と言った感じに」

 

 

 カチっと、自分の中の意識が変わった気がした。

 

 

「…そうだ。僕はいつも〝個性〟を使う時に入試の時の100%から抑え込むようにイメージしていた。つまり、100から5にしようとしていたんだ。でも、普段の僕の状態は0なんだから、100から減らすより0から増やした方が手っ取り早いじゃないか! 抑え込むんじゃなくて、絞り出すイメージで…でも、そうすると電子レンジの中身は卵じゃない方がいいのか? 爆発しない、じゃなくて0、つまり冷えた物を温めていくイメージで…うん! これならいけそうだ!!」

 

 

 緑谷はいつものように自分一人考えに耽ってブツブツとノンブレスで呟いた。そこにあった顔をさっきまでと違い、問題が解決したような晴れやかな表情だった。

 

 

「あぁー、緑谷?」

「…ハッ!? ご、ごめん! また僕一人で…!」

 

 

 アセアセと赤面する緑谷に、移は「ふふっ」と笑い声をもらす。

 

 

「私の拙い助言ですが、役に立ちそうですか?」

「拙いなんて! そんなことないよ! すっごく為になった!」

「なら、良かったです。…体育祭まで残り2週間。反復練習をするには少々短い準備期間ですが…、頑張りましょーね、お互いに」

 

 

 穏やかに、上品に移は笑ってそう言った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『さあさあさあ! 未来のヒーローを担うゴールデンエッグどもは、第一関門ロボインフェルノの大群を突破できるか〜!?』

 

 

 司会のプレゼント・マイクの声が何処からか聞こえてくる。

 轟の妨害を抜けた緑谷に待ち受けていたのは、入試の時に100%の力でぶっ飛ばした〝0ポイント仮想(ヴィラン)エグゼキューター〟の大群であった。

 普通に走っていては、いくら動きの鈍い巨体と言っても捕捉されて大怪我を負うだろう。だが、他の生徒たちが倒すのを待っていたり隙を窺っていたら遅れをとってしまう。

 ならば──。

 

 

(足だけに【ワン・フォー・オール】を使う…爆発しないように抑え込むんじゃなくて…徐々に出力を上げていく感じで…!!)

 

 

 緑谷の足が赤く煌めく。キュイーンッとエネルギーが溜まるような音がして、そこに力が集中していく。

 

 

(あの2体の間、僅かな隙間がある! かっちゃんが上を通ったことでアイツらの注目がそっちに移ったんだ!)

 

 

 分析をしながらも動きは止めない。見つけた最大のチャンス、これを逃す手はない。

 

 

「ここ、だぁああッ!!!」

 

 

 低い態勢で隙間を縫うように。緑谷は轟音と共に急加速し、たったの2歩で仮想(ヴィラン)の包囲網から切り抜けた。僅かに痛みが走ったが着地も上手くいき、全くの無傷で狙い通りに【ワン・フォー・オール】を使用することが出来たのだった。

 

 

(やった! 出来たよ!! ありがとう、空戸さん!)

 

 

 助言をくれた移に心の中でお礼を言い、緑谷は正面を走る爆豪や常闇たちトップ集団を追いかけていった。

 

 

 

 

 




デクくん若干の強化。


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雄英体育祭:第一種目②

急に寒くなったことでめまいと嘔気と頭痛が酷くなり、昨晩はグロッキーでした…。移ちゃんと同じ症状です…。

こんな体調になってしまうなんて、移ちゃんかわいそう…でもゲロインって可愛いから、どんどん吐かせるよ!!ごめんね!

皆さん、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。わし現代文苦手なんじゃ…。


 第一関門、第二関門を難なく抜けた轟は、背後から迫る爆豪を一瞥しつつも、あることを気にしていた。

 

 

(まだ空戸が一抜けした実況は聞こえてこねぇ。前にも後ろにも姿はない。いったいどこにいやがる…)

 

 

【ワープ】系〝個性〟で個性把握テストの長距離走において他を圧倒する記録を残したクラスメイトの少女。これまでの障害、4kmという距離。彼女であれば、僅か数十秒でゴールしていてもおかしくない。

 しかし、今しがたプレゼント・マイクが一位は自分だと実況していた。ならば移は、視界に入らないほど後方にいることになる。

 

 

『優勝することをここに誓います』

 

(…あんな宣言した奴が手を抜く筈がねえ。敵情視察でもしてんのか?)

 

 

 開幕のあの選手宣誓。こちら側を振り返った時、彼女と視線が合ったのを覚えている。全員に向けた宣言だったが、他と比べて轟に対する比重が大きかったことは間違いない。

 

 

(──関係ねえ。最後に一位になんのは俺だ)

 

 

 移の思惑は分からない。どちらにせよ、この競技で全力の彼女に勝つことは最初から困難と考えていた。ならば、移のことは意識の外に追い出し、今は徐々に距離を詰めてきた爆豪に抜かされないよう走ることを考えよう。

 移も爆豪も、緑谷も。全て負かして自分が優勝する。憎き左の力を使うことなく、母親の力だけで。

 轟の目的は、それだけだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『さあ、早くも最終関門。かくしてその実態は…一面地雷原!』

 

 

 一着で最後の障害にたどり着いた轟に待っていたのは、数百m続く地雷の広場だった。

 プレゼント・マイク曰く、地雷は威力は抑えめだが音と見た目は派手とのこと。踏まないよう慎重に進む轟に対して、焦った後続の生徒が地雷の餌食となり吹っ飛ぶ姿が確認できた。威力を抑えているにしては、人間が数m浮くのは矛盾しているが誰もつっこまない。

 

 

「──ハハァ! 俺は関係ねえ!」

 

 

 先頭のため安全なルートを模索しながら進んでいた轟を、【爆破】の〝個性〟で宙を飛ぶ爆豪が追い抜かす。

 

 

「てめえ! 宣戦布告する相手を間違えてんじゃねえよ!」

 

 

 Booom!! 

 

 控室で轟が緑谷に向けた宣言のことだろう。自分を差し置いて他の人物、それも爆豪にとって因縁のある緑谷をライバル視する発言。己のことを問題視されていないように感じた爆豪は、私怨丸出しで轟に攻撃を仕掛けた。

 

 

『ここで先頭が変わったァ! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だァ!!』

 

 

 プレゼント・マイクの実況が観客を煽る。開始から先頭をキープしていた轟に爆豪が追い付いたことで、観客席からは大歓声が上がった。

 競技は佳境に入った。会場の熱はとどまる所を知らない。

 

 爆豪の攻撃をいなしつつ、先に進まれないよう氷で牽制する轟。2人は、互いに邪魔をしつつも後続に追いつかれない速度で着実に前に進んでいた。

 飯田や常闇、緑谷が2人を追随するも、差は縮まらない。このまま行けば、轟か爆豪のどちらかが一位で勝利するだろう。

 ──彼女がいなければ。

 

 

「──お二人とも余裕ですね?」

 

 

 彼らの上空。辺りが地雷の爆音に包まれながらも、2人の耳にはその凛とした声が確かに届いた。

 

 

「一位を目指すなら、仲良くしている暇はありませんよ?」

 

 

 そう言い残して、轟たちの頭上に落ちてきていた彼女の姿がかき消える。見上げていた2人は、揃って地雷原を抜けた先の道に目を向けた。

 今の今まで何処にいたのか。全く存在感のなかった〝優勝宣言〟をした少女、空戸 移は最後に「お先です」と微笑んで、再び彼らの視界から消えた。

 

 

「クソっ…!」

「んの女ァッッ!!」

 

 

 足の引っ張り合いをやめて全速力で先を目指そうとする轟と爆豪であったが、時すでに遅し。

 

 ゴールであるスタジアムには、余裕の表情でゲートを潜る移の姿があった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 最初は響めき、次第に状況を把握したのか歓声が大きくなりスタジアム中の声援が私を包み込んだ。

 

 

『あっという間の出来事だぁ! 急に姿を現したと思ったらトップ2人を置いてけぼり! いったい今までどこにいたー?! 雄英体育祭1年ステージ、第一種目を一番でゴールしたのは、優勝宣言したこの女ぁ! 空戸 移だぁぁ!!!』

 

(さすがマイク先生、盛り上げ上手。もっと私を讃えてくださいっ)

 

 

 10万人の大喝采に表情筋が制御不能になりそうだったが、気合いで取り繕う。あくまで上品に、好感の持てる微笑みで。だらしない顔をしても私は可愛いが、今は我慢だ我慢。

 

 会場の祝福の声に応えつつ、今の競技で得た情報を整理する。

 第一関門では、仮想(ヴィラン)を排除する攻撃力や防御力、回避するための機動力が発揮された。切島と一緒に潰されていた【金属化】する彼の防御を純粋な打撃で破るのは難しいだろう。

 また、地面を沼のように柔らかくした男子や仮想(ヴィラン)同士をあっという間にくっつけて無力化した男子なんかも、競技内容によっては厄介になる。

 

 続く第二関門。見ていた限り、空中を飛ぶことを出来たのは確認できただけでも2人。体をバラバラに分けられる女子、角を生やした女子。あと、サポート科らしき女子もアイテムを使用してかなりの距離を跳躍していた。ルール上、持ち込めるサポートアイテムは自らの発明品のみという話だから、あれらを作った彼女はかなり優秀な頭脳をしているのだろう。

 

 最後の関門、地雷原。あそこでは爆豪と轟以外に目立った生徒はいなかったが、どの関門でもトップ層を維持していた【イバラ】の〝個性〟の女子は応用が効いて強敵になりそうな印象だ。

 

 第一種目は私の〝個性〟を十全に発揮できる内容だった。それ故に情報を集める余裕があったし、一位を獲れた。しかし、今後の種目が(ないとは思うが)気絶するまで殴り合い、とかだったりすると私では分が悪い。ルール次第では、〝個性〟を封じられる可能性だってあり得る。

 

 

(この〝情報〟で優位を取らせてもらいますよ)

 

 

 憎々しげな表情でゴールしてきた爆豪と轟を横目に、次の競技に向けて私は柔軟を始めた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『1年ステージ、第一種目もようやく終わりね。それじゃあ結果をご覧なさい!』

 

 

 棄権者を除く全員がスタジアムに戻り、主審のミッドナイトの合図でモニターが切り替わる。

 

 1位 私、2位 轟、3位 爆豪と続々と順位が発表される。42位まで発表された順位表の殆どをヒーロー科が占めており、残るふた枠にサポート科と普通科の生徒が1名ずつ入っていた。

 この42名で次の種目を行うようだ。

 

 そして間髪入れずに次の種目、騎馬戦が発表されてルール説明が始まる。

 

 騎馬は2から4人で組み、基本のルールは普通の騎馬戦と同じ。ただ、奪い合う鉢巻には〝障害物競走の順位に従い振り当てられた個々のポイントの合計〟が表示され、チームの組み方によって騎馬のポイントが違ってくる。

 好成績を残した生徒ほど、初期ポイントが高いということだ。

 

 

(与えられるポイントは下から5ずつ…なら私のポイントは210…)

 

 

 そう思っていた私にミッドナイトが告げる。

 

 

『そして1位に与えられるポイントは、1000万!!』

 

「ほえっ? …んんっん」

 

 

 思わず変な声が漏れてしまった。咳払いをして誤魔化す。

 1000万って…実質、私の鉢巻を取ったら勝ち確じゃあないか。

 周囲の視線が私に突き刺さる。獲物を見る目だ。

 

 

『上に行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。──これぞPlus Ultra!』

 

「受難…ですか」

 

 

 なるほど、いつもの理不尽を乗り越えろというやつか。…考えてみれば、寧ろラッキーかもしれない。全員に狙われることになるが、私は自分のポイントさえ死守すれば確実に1位になれる。乱戦でもルールが騎馬戦ならば、やりようはある。

 

 

(受難…いいですよ。その壁、乗り越えてみせます!)

 

『それじゃこれより15分、チーム決めの交渉スタートよ!』

 

 

 モニターのタイマーが作動し、各自一斉に動き出す。仲のいい者、〝個性〟の相性がいい者、単純に高ポイントの生徒と組みたい者。それぞれが考えを持って勝つために動いていた。

 

 

(この競技…さっきの競走と違って今度は逃げ切りたいですね。それなら、〝彼女〟と組んでみたいんですが…)

 

 

 キョロキョロと目的の人物を探す。失礼ながら、彼女が真っ先に勧誘されることはないと思うが、急がないと。

 

 

「──私と組みましょ! 1位の人!」

 

 

 後ろからズズイっとゴーグルをかけた女子が近付いてきた。それは、私が探していたサポート科の彼女だった。

 

 

「フフっ、私はサポート科の──」

「探してましたよ! サポート科の人! 願ったり叶ったりです、組みましょ組みましょ!」

「発目、──おや、いいのですか?」

 

 

 ゴーグルを外しながら自己紹介をする彼女を遮るように手を掴んだ私に、意外そうな表情を向けられた。おっと、気持ちが急いてしまった。

 

 

「はい! …あ、遮っちゃってごめんなさい。私は空戸 移です。あなたは発目…」

「明、発目 明です! 1位という目立つ立場を利用させていただこうと思いましたが、あなたの方も私を求めてくるとは思いませんでした!」

「利用…、ああ、サポートアイテムの紹介とかが目当てですか?」

 

 

 サポート科の生徒の体育祭における参加意義は、大体が〝自分の発明をアピールすること〟だということは以前耳にしていた。彼女の目的もそういうことなのだろう。

 

 

「はい! 私のドッ可愛いベイビーたちが大企業の目に留まる絶好のチャンス!! これを逃す手はありません!」

 

 

 発目は持っていたジュラルミンケースを開けて、そこに納められた数々のアイテムの紹介を訊いてない内から始めた。

 

 

「これなんてお気に入りでして…とあるヒーローのバックパックを参考に独自の解釈を加えて作った…」

「…あ!」

 

 

 彼女が手に取ったアイテム、その形状に見覚えがあった私は思わず声を上げてしまった。

 

 

「それってもしかして、バスターヒーロー〝エアジェット〟ですかっ? 昔住んでた街の近所に彼の事務所があったんです! わー、懐かしい!」

「ホントですか!? そうなんです! この子はエアジェットの〝個性〟を用いなくても彼と似たような挙動を取ることができる優れものでして、私が今装備しているブーツと組み合わせれば、宙をホバリングすることも可能になるんです!!」

 

 

 バスターヒーロー〝エアジェット〟──今彼女に言ったように、〝私〟が子供の頃に住んでいた街でよく見かけたヒーローだ。

 まるで〝ガーディ◯ンズ・オブ・ギャラクシー〟の〝スター・◯ード〟のような挙動をする彼を見た時は胸が熱くなったのを覚えている。

 そして、私が発目をチームに誘いたかったのもこのアイテム(正確にはブーツだけだったが)を障害物競走で見たからだ。

 

 

「発目、そのバックパックとブーツを使って私と騎馬を組みましょう! 必ず貴女の発明を目立たせてみせます!」

「オッケーですオッケーです! …して、あとの2人はどうしますか? 残念ながら、私にはこのベイビーたちを紹介することしかできませんが!」

 

 

 これで目当てだった発目とチームを組むことが出来た。最大4人まで騎馬を組めるため、他の2名を探して辺りを見回す発目だったが、私はそんな彼女に「必要ありません」と伝える。

 そう、必要ない。私の〝個性〟と彼女のアイテムがあれば、この騎馬戦、勝ちは決まったようなものである。

 

 

「私たち2人で制限時間の15分、──優雅に空の旅といきましょう」

 

 

 なんたって、今回は逃げれば勝ちなのだから。

 

 

 

 

 




MCUではガーディアンズ・オブ・ギャ◯クシーが好きなランキング・ベスト3に入ります!ロケットかわいい!!

幼女の移ちゃんは、エアジェットを見て〝トゥンク…〟となっていたようです。
移ちゃん、すーぐアメコミと繋げるぅ。


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雄英体育祭:第二種目と昼休み

10/24 騎馬戦の内容を追記・修正しました。


 チーム決めの交渉時間が終わり、生徒たちは等間隔になるようミッドナイトに指示されてステージの周りに集結した。

 

 13組の騎馬の前には120m×90mの巨大なフィールドが広がり、角4箇所に見上げるほどの高さのポールが立っていた。フィールドの上空には覆うように網が設置されている。

 網はスタジアムの天辺よりやや低い位置、地上からおよそ4〜50mの高さに張り巡らされていた。

 縦120m、横90m、高さ50m。これが第二種目〝騎馬戦〟の舞台だ。

 

 

『さあ起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに13組の騎馬が並び立った!』

 

 

 実況のプレゼント・マイクの隣、彼に無理矢理連れて来られた解説役のイレイザー・ヘッドは、マイクに起こされてフィールドを見やる。そこに並ぶ騎馬を見て、『なかなか面白え組がそろったな』と解説役とは思えない声量でボソボソと呟いた。

 

 各騎馬の生徒名とチームポイントがモニターに表示される。

 

 1位 発目、空戸:10000010P

 2位 鉄哲、骨抜、泡瀬、塩崎:695P

 3位 爆豪、切島、瀬呂、芦戸:650P

 4位 緑谷、常闇、麗日、蛙吹:630P

 5位 轟、飯田、上鳴、八百万:610P

 6位 物間、円場、回原、黒色:305P

 7位 心操、庄田、青山、尾白:290P

 8位 葉隠、耳郎、砂藤:270P

 9位 峰田、障子:260P

 10位 拳藤、柳、取蔭、小森:225P

 11位 小大、凡戸、吹出:165P

 12位 鱗、宍田:125P

 13位 鎌切、角取:70P

 

 1位の発目、空戸組だけポイントがぶっ壊れている。

 

 

『さあ上げてけ、ときの声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!』

 

 

 スタジアムが歓声に包まれる。第一種目と違い、今回はモニター越しではなく目の前で闘いが繰り広げられる。それも雄英生、次世代を担うヒーローの卵たちがだ。盛り上がらない筈がない。

 

 

『よーし組み終わったな? 準備はいいかなんて聞かねえぞ!』

 

「発目、しっかり掴まっていてくださいね」

「バッチリです! いやー、うずうずしますね! もうすぐベイビーたちのお披露目が出来るんですね!」

「ええ、大注目を浴びましょー」

 

 

 バックパックを背負った発目は、スキーブーツのような厚みのある靴を履いた移におんぶされていた。傍目からは明らかに機動力が無さそうに見える。だが、移の〝個性〟を知る者たちは、彼女からポイントを奪うことが如何に困難か理解していた。

 対して、彼女の〝個性〟の情報が不足しているB組の面々および唯一の普通科の〝心操 人使〟は、1千万というポイントに惹かれ、奪う気満々だった。

 

 

『さあいくぜ! 残虐バトルロイヤル、カウントダウン! 3…2…1…』

『スタート!!』

 

 

 移たちを除く12の騎馬が一斉に動き出す。その内の5組が移たちを目掛けて突撃する。

 

 

「実質1千万の争奪戦だ!」

「1千万はワターシのものデース!」

 

 

 B組の〝鉄哲 徹鐵〟が〝個性〟【柔化】の〝骨抜 柔造〟に指示を出して特攻した。同じくB組〝角取 ポニー〟は、【角砲】を構えながら突進する。

 

 

「──誰もここには届かせませんよ!」

 

 

 2組の〝個性〟が移たちに届く直前、2人は包囲網から姿を消してしまった。

 どこにいったと彼女らを探す鉄哲たちにプレゼント・マイクの実況が耳をつんざく。

 

 

『おおっとぉ!! 早速囲まれた発目&空戸チーム! 開始10秒で奪われるかと思いきや! ありゃあなんだーッ!?』

『見ての通りだろ。空戸の〝個性〟で宙に逃げて、発目のアイテムでホバリングしている。合理的な判断だな』

『あれじゃ誰も手出し出来ねえなぁ! 1千万を持って逃げ切りか!?』

 

 

 フィールド上空に張られた網の真下、地上から40mの高さで移たちは滞空していた。移の〝個性〟だけでは空へ逃げられても【空間移動(テレポート)】をし続けなければ落下してしまうし、疲労も蓄積する。それを補うため、発目のジェットパックを利用して空に居続けるというのが、彼女たちの作戦だった。

 

 

「どーですか私のドッ可愛いベイビーの性能はっ! 企業の皆様は…、うんうん! バッチリ視線を釘付けです!」

「私は楽出来て、発目は企業にアピール出来る。win-winで最高な作戦ですね」

 

 

 〝個性〟【ズーム】を使って企業席を確認した発目は、彼らの注目を浴びていることが分かり大歓喜だ。個人使用を想定していたため、2人分の重量が加わり少しずつ高度を下げていたが、それでも〝個性を用いずに滞空する〟という発目の発明品は、派手かつ分かりやすいサポートアイテムだろう。そして、空を飛んでいるテレビ映えする2人の姿に、マスメディアも大盛り上がりだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 その後は私の理想通りの試合運びとなった。

 発目のジェットパックは小回りが効かないものの、滞空性能に問題はなく、私だけだとコンマ数秒毎に【空間移動(テレポート)】しないと宙に居続けることが出来ない問題を解決してくれた。

 私個人への対策なのか、スタジアム上空に網を張られて高さ制限が設けられたが、そもそも空を飛べる〝個性〟持ちは少ない。

 更に、遠距離からの攻撃は〝悪質な崩し目的での攻撃〟と取られかねないため心配ない。

 

 要するに、私たちがここにいる限り、登ってくるごく僅かな者だけ注意していれば鉢巻は安全なのだ。

 

 

(そして、当然あなたは攻めてきますよね!)

 

 

空間探知(ディテクト)】がなくても分かる。断続的な爆破音を鳴らして(ヴィラン)顔な彼が後方から猛追してきていた。

 

 

「逃げてんじゃねえぞッ! くそがぁ〜ッ!!」

「くそでもゲロでもありませんよッ!」

 

 

 爆豪が2、3m先まで迫ったタイミングで地上にいる彼の騎馬、瀬呂たちから離れた場所へと【空間移動(テレポート)】する。いくら爆豪が高速で接近して来ようとも、探知で動きを予測すれば逃れるのは容易い。

 

 

『おお〜っ! 騎馬から離れたぞ! いいのか? あれ』

『テクニカルなのでオーケーよ!』

 

 

 瀬呂の【テープ】によって騎馬に回収された爆豪に実況のつっこみが入るが、主審のミッドナイト的にはお咎めなしらしい。何かしらのペナルティが課されればいいのに。まあ、悔しそうな彼の表情を見れただけで良しとしよう。

 

 

(しかし、爆豪のあの立体的な機動力は脅威ですね…身体能力も高く範囲攻撃も出来る。直接戦闘はなるべく避けたいところです)

 

 

 次の種目で彼と戦闘する機会がないことを祈る。他のチームへの対処に追われる爆豪を見ながら、より安全な〝個性〟が判明しているチームの上空へと移動した。

 

 

「フフフフっ! こうなるとアクロバッティックな空中回遊をしてベイビーたちの可愛さをもーっと知らしめたくなりますね!」

 

 

 背中にいる発目からちょっと恐ろしい提案が出たため、やんわりとお断りしておく。1人で装備しているならまだしも、ブーツとバックパックを別々に身に付けているこの状況では無理難題だ。それは騎馬戦を勝ち抜いた後に取っておいてくれ。

 

 

「──と、バレバレですよ!」

 

 

 【空間探知(ディテクト)】に引っかかった飛来物をサポートアイテムを利用して避ける。靴底の向きを変えてやれば、単純な移動なら可能だった。

 発目の額に巻いた鉢巻を狙った2本の【角】は、私たちを通り過ぎた後に弧を描いて再び襲来する。操作性の自由度はかなり高いようだ。

 一度避けても、繰り返し狙われるのは面倒だな。

 

 

「発目!」

「フフっ! 今度はこの子の出番ですね! 行きますよ〜!!」

 

 

 私の合図に、彼女は右手に持っていた拳銃型のサポートアイテムを構える。目前に迫っていた【角】に目掛けて、銃身から〝弾〟が放たれた。

 片手で持てるアイテムのどこにどう収まっていたのか、発射された〝弾〟は即座に視界いっぱいの〝網〟に変貌し、絡め取られた【角】は網と一緒に地上へ落ちていった。

 

 

「見ましたか大企業の皆様方! この軽量化されたボディに格納された〝捕獲網〟は一瞬の内に相手を捕らえます! マガジンも搭載していますので、複数の(ヴィラン)がいても対処可能なのですっ! かわいいでしょ? かわいいは作れるんです!!」

「声は届いてないと思いますよ、発目」

 

 

 ここぞとばかりに発明品のアピールを始めた彼女であるが、残念ながらこの乱戦に歓声だ。肉声では無理がある。最初はマイクも装備しようとしていた発目だったが、それは流石に止めて正解だったみたい。危うく、私たちのチームだけ競技内容がテレビショッピングになるところだった。

 

 

「発目、ちょっと掴まっていてください──」

 

 

 彼女がガッチリ肩を掴んだのを確認してから3m後方に【空間移動(テレポート)】する。

 移送により運動エネルギーが一瞬ゼロになったことでホバリングのコントロールが乱れたが、なんとか修正して目の前に浮いていた【手】を掴んだ。

 

 

「隙を突いたつもりでしょーが、あいにく私に死角はないんです」

 

 

【角】の襲撃を好機と見たのだろう。音もなく近付いていたその【右手】を【空間移動(テレポート)】で〝彼女〟の側へ移送してやる。

 下を見れば、残念そうに口を尖らせる黒髪ロングパーマのB組女子が【右手】を回収していた。

 

 

『強い! 強いぜ一千万ッ!! サポート科の発目とA組空戸! 誰からも鉢巻を奪わせないってかァ!?』

 

 

 実況が拾ってくれたおかげで、観客の注目が更に集まるのが分かった。〝逃げ切り〟は目立てない恐れがあったけど、いい感じに目立てたようだ。良きかな良きかな。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 その後は特筆することがないほど平穏に騎馬戦が終了した。

 ジェットパックが燃料切れを起こすこともなく、他の騎馬も地上で乱戦が起きていたため、こっちまで被害は及ばなかった。安全が担保されていたおかげで、A組を含め新たな情報を仕入れることが出来た。

 

 まず、飯田が終盤で見せた急加速。彼は最高速度を出す為にギアを徐々に上げていく必要があると聞いていたが、あの急加速は踏み出した瞬間からトップスピードだった。あれを真正面から使われたら、【空間移動(テレポート)】が間に合わない可能性もある。対面時は要注意だ。

 

 次にB組の金髪の男子。複数の〝個性〟を使っていたように見えたが、恐らく相手の〝個性〟を【真似る】〝個性〟だろう。対象とされた爆豪が彼と同時に〝個性〟を使えていたため、〝個性〟の【レンタル】とかではない筈だ。…もし、彼が練度や性質をそのまま同じに【真似る】ことが出来るのであれば、私の〝個性〟を対象にされる前に忠告しないといけない。

 〝個性〟【スフィア】で移送した人・物は移送先の物体を押し退けてしまう。彼がそれを知らずに私の〝個性〟を使ってしまったら…最悪死人が出るだろう。早いうちに彼と話しておくか、先生経由で伝えてもらっておこう。

 

 最後に普通科の菫色の髪をした男子。心操といったか。彼が他の騎馬に近付いた時、何が発動条件かわからないけど相手の動きが止まっていた。肉体に作用する〝個性〟だろうか…。前騎馬である太めな男子は、第一種目で【打撃】系の〝個性〟を使っていたし、他の2人は青山と尾白だったため、心操の〝個性〟で間違いないと思う。発動条件が判明するまでは、彼に近付かないことが無難だ。

 

 他にもいくつか脅威となる〝個性〟があったが、今回の体育祭では関係ない。次の種目に進める生徒が決まったからだ。

 

 

『順位発表と最終種目に進む選手の発表いくぜーッ! まずは1位! 最初から最後まで変動なし! 守りきったぜ1千万! 発目チーム!!』

『2位! ド派手な攻防戦に痺れたぜ! 轟チーム!』

『3位! 危うく0ポイントだったな! 最後に猛追して追い上げた爆豪チーム!』

『4位! 轟チームとのせめぎ合いは熱かった! 緑谷チーム!』

『そして最後に5位! いつの間にポイントを集めたんだー! 心操チーム!』

『以上18名が最終種目に進出だぁー!』

 

 

 いよいよ最終種目。これまでの雄英体育祭の傾向から、最後は個人種目、それも直接対決の可能性が高い。

 相性の問題で戦いたくない人もいるが…誰が来ても必ず勝ちをもぎ取る。優勝まであと少しだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「移ちゃん凄かったわね。ずっと空にいて手の出しようがなかったわ」

 

 

 昼休憩が言い渡されて私たちは食堂へ来ていた。合流した梅雨ちゃんたち女子グループと一緒に食べようということになり、騎馬戦の話題で盛り上がっていた。

 

 

「私だけだとしんどかったし、絵面もヤバいことになってましたけどね。発目がいてくれて助かりました!」

 

 

 落ちては上空へ、落ちては上空へを15分繰り返す…、いくら私でもそれは些か格好の付かないことになっていただろう。滞空能力ありきの作戦だったので、彼女のサポートアイテム様様だ。ついでに〝スタ◯・ロード〟の真似が出来て楽しかった。

 

 

「梅雨ちゃんの組も良かったよね〜。攻守のバランス良くて全員が見せ場あってさ! …私は轟の氷対策で入れてくれただけで、最終に進むのは実力に見合ってるのか分かんないよ…」

「いやいや三奈ちゃんシュバァ〜! って滑っててかっこよかったじゃん! あたしなんて全然目立てなかったよ…悔しぃ〜!」

 

 

 自信がなさそうな芦戸に、目立つことを目指していた葉隠が悔しがる。騎馬戦で動きを気取られぬよう全裸になっていた彼女は、序盤で鉢巻を取られていたため、恐らく観客の多くは認識すらできていないだろう。…それにしても、全裸の葉隠と密着していた砂藤は元男として羨ましい限りである。

 

 

「──皆さん、少し宜しいですか?」

「どうしました…?」

 

 

 困ったような顔をした八百万が耳郎と一緒に私たちの下へ訪れた。2人のただならぬ雰囲気に姿勢を正す。

 

 

「実は先程、峰田さんから教えていただいたのですが…」

「相澤先生からの言伝で、ウチら女子は午後からあの格好して応援合戦しなきゃいけないらしいんだよね…」

 

 

 気の進まなそうな表情をした耳郎の視線の先には、アメリカから誘致されたチアリーダーたちが笑顔を振り撒いて軽やかに駆けていた。蛍光色のオレンジ色にオフショルダーかつ臍出しトップス。同色のスカートはマイクロミニ丈といったところか。

 そんなことは事前に聞いていなかった筈だが…。

 

 

「え? そんなイベントのこと先生言ってたっけ?」

「わたくしも聞いた覚えはありませんが、〝忘れている可能性があるから〟と相澤先生が峰田さんと上鳴さんにお伝えしたらしく…」

 

 

 寝耳に水といった様子の八百万は、「服装はわたくしの〝個性〟で準備することも指示されたようですわ」と続けた。

 なるほど、なるほど…。事前連絡が不十分で当事者に承諾もなく〝女子〟だけに露出の高い格好をさせて踊らす、と…。

 

 

(それはいくらなんでも私たちを軽視しすぎじゃあないですか…?)

 

 

 みんなは「先生が言うなら仕方がない」といった雰囲気で渋々了解しているが、私はどうにも納得がいかない。超常が日常になり多様性が認められる超人社会で、そんな時代錯誤なジェンダー意識を容認していいのだろうか。いや、認められる筈がない。

 

 

「私、相澤先生に抗議してきます」

 

 

 ガタっと立ち上がり、みんなの視線が集まる。仮にそんなイベントがあったとして、同意を得ずに強制するのは酷すぎる。

 

 

「…そうね。嫌って訳ではないけど、先生がどんなつもりなのか聞いておきたいわ」

「ならウチも行くよ。…ちょっとあの格好をするのは、その…恥ずいし…」

 

 

 梅雨ちゃんと耳郎が同意してくれた。比較的乗り気だった葉隠と芦戸も反対はしてこないので私たちは相澤先生を探すため食堂から出ようとする。──が。

 

 

「お、おいおいおい! 相澤先生は時間がないって言ってたぜ!」

「そ、そうそう! 先生、時間に厳しいからよ! 急いだ方が良いって、絶対!」

 

 

 私たちの歩みを防ぐようにどこからか峰田と上鳴が飛び出してきた。…なんだか怪しくないか、この2人。妙に慌てているし、極端に汗をかいている。

 

 

「…時間なら問題ありません。先生の説明に納得がいけば、私の〝個性〟で移動して時間を短縮しますのでご心配なく。…それとも」

 

 

 ──何か、やましい事情でもおありですか? 

 

 

「あ、いや、その…」

 

 

 問い詰められた2人はそれ以上隠蔽することができず、謀略を私たちに明かした。八百万に伝えたことは、チアリーダー姿の露出度の高い女子を眺めたい一心でついた嘘とのことだった。

 その後彼らが私たちから侮蔑の視線を送られ、誅罰されたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 




チアコスはカット、是非もなし。
男性・女性どっちも経験してどちらとも言えない性自認の移ちゃんは、こういうことに厳しいのです。


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雄英体育祭:最終種目開始

騎馬戦について、10月24日に修正加筆しています。中盤あたりです。よければ、合わせてお読みください。

いよいよ雄英体育祭も佳境。申し訳ありませんが、投稿頻度は低くなるやもしれません。週一投稿できることを目指します。


 昼休憩を挟み、再びスタジアムの中央に集合した私たち1年生に最終種目が発表された。

 18名からなるトーナメント形式、1対1の〝ガチバトル〟──ようは天下一武◯会だ。

 半端な人数になっているが、第二種目で5位だったチームの4人が自動的に一戦多く戦ってもらうとのこと。優勝することを目標にしていると大変になるけど、プロヒーローにアピールする場が増えると捉えれば、悪い話じゃあないだろう。

 

 

「それじゃ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうよ」

 

 

 何時ぞやの戦闘訓練で使われた物と同じくじ箱を持ってミッドナイトが登壇した。

 

 

「じゃ、1位のチームから──」

「あの、すみません。…俺、辞退します」

 

 

 いざくじ引きが始まるというタイミングで、尾白が神妙な顔をしてそう言った。まさかの申し出に私を含めて周りが騒然とする。

 緑谷と飯田が理由を訊き、彼は静かに語り始めた。

 

 

「騎馬戦の記憶、終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ…。多分、奴の〝個性〟で…」

 

 

 尾白の視線の先には、彼のチームの騎手だった普通科の心操が居た。確か、相手の動きを止めていたような…。

 

 

「チャンスの場だってのは分かってる。それをふいにするなんて愚かなことだってのも…。でもさ!」

 

 

 拳を見つめながら尾白は気持ちを吐露する。〝皆が全力を出して来た場に訳も分からず並ぶことは出来ない〟と。

 気にしすぎだと、考え直そうと葉隠や芦戸が声をかけるも、〝俺のプライドの問題なんだ〟と悔し涙を滲ませてまで尾白は拒否した。

 彼の独白を受けて、私は心操の〝個性〟を考察すべく、彼のこれまでの行動を思い出す。

 

 

(記憶が曖昧…相手の動きを止める〝個性〟…、そう言えば障害物競走では複数人の男子に運んでもらっていましたね…。協力してもらってたのかと思ってましたが…もしかして…)

 

 

 心操の〝個性〟について、嫌な予想が思い浮かぶ。無意識の内に可能性から除外していた〝個性〟の系統。それに考えが及び、胸がざわつき僅かに呼吸が速まる。尾白と一緒のチームだったB組の男子も何やら言っているが、頭に入って来ない。

 

 

(尾白は操作されていた…? ……精神に作用する〝個性〟…。心を操る…、思いの、ままに…?)

 

 

 違う。違うと分かっている。恐らく心操の〝個性〟は相手を操れるのだろう。しかし彼は〝雄英の生徒〟だ。それにヒーロー科を目指しているような素振りがあったじゃあないか。だから、たとえ思考を操作するような、そんな〝個性〟だとしても。〝アイツ〟とは違う。あの悪辣な〝個性〟とは、悪魔のようなあの男とは…。

 

 

「──ッ!」

 

 

 やめろ思い出すなと理性がブレーキをかけるのに、脳裏にこびり付いたあの夜の出来事が呼び起こされる。

 厭らしい笑みが、苛立つほど甘い芳気が、耳朶に入る蠱惑的な囁きが。何より、〝アイツ〟が作り出した凄惨な景色が──。

 忘れたくても幾度となくフラッシュバックしてきた悪夢が脳を蝕んだ。

 息が、苦しい。

 

 

「空戸…?」

「っ! ……は、ぃ…」

 

 

 声をかけられてハッとする。視界に色が戻ってきた。耳鳴りが治まり、煩いほど鳴っていた心音が静まり返る。

 目を閉じて、過剰に吸っていた息を整えようと腹式呼吸を意識する。腹部に手を当てて、ゆっくりと息を吐き切る。

 

 

(大丈夫…大丈夫。〝アイツ〟はもういない…いないんです)

 

 

 そう、自分に言い聞かせる。大丈夫だ、問題ない。同系統の〝個性〟を身近に感じたせいで動揺してしまった。もうとっくに完治したと思っていたが、こんな些細なことで症状で出てしまうなんて。今後、不意にこんな状態になってしまっては困る。これは久しぶりに通院が必要になるだろうか。お婆ちゃんたちに何と言おう…。

 平静を取り戻す。私の様子に心配してくれたのだろう、眉を曇らした芦戸に礼を言い無事だと伝えた。

 

 

「ほんと…? 顔真っ白になってたよ?」

「あー、えーと。実は来ちゃって…。今月重ためなんですよ」

 

 

 正直に話す訳にもいかず、あながち嘘でもない事実で誤魔化す。今回は軽めだしもう4日目だけど、アレの真っ只中なのは本当だ。

 気を遣ってトーンを抑えてくれた芦戸は、温かい手で私の腰を撫でながら『鎮痛薬はあるか』と訊いてきた。彼女の優しさに胸が温かくなる。

 

 

「はい、持ってきてます。ちょっとクラっとしただけなんで、もう平気ですよ」

「無理しないでね? タイミングよくないね…」

「ええ、ほんとに。ありがとうございます」

 

 

 本当に、間の悪い…。

 ミッドナイトにくじを引くようにと呼ばれるまで、私は芦戸の看病に甘えさせてもらった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 最終種目が始まる前に自由参加のレクリエーションを挟むらしい。私はみんなに断りを入れて、クラスの控え室で休むことにした。

 

 

「はぁ〜……」

 

 

 タオルを頭にかけて机に突っ伏す。まさか、あんなことがキッカケでフラッシュバックするなんて思わなかった。ここ数年は落ち着いていたから油断していたし、完治していたつもりだったため、余計に動揺した。

 

 

(ぁああ〜…なーんで、全国放送の最中になりますかねぇ〜…)

 

 

 時間にして十数秒程度だったし、注目は尾白やB組の〝庄田〟に集まっていたと思うから私の様子に気付いた人は少ないだろう。

 けれど、一部の人には異変に気付かれたかもしれない。そう思うと気分が更に落ち込む。

 

 

(私は…みんなに安心を届けられる、そんなヒーローになりたい。ならなきゃいけないのに…)

 

 

 オールマイトは、どんな時も弱みを見せなかった。どんなに絶望的な状況でも笑顔で言うんだ、〝私が来た〟と。それが私の目標。そこが到達点。だのに…。

 

 

「ままならないですね…」

 

 

 再び大きく息を付く。乗り越えた、向き合えたと思っていた過去は再び背後に立っていた。真綿でゆっくりと首を絞めるように、じわりじわり毒が身体中に巡る。過去が、記憶が私を責め立てる。〝お前が悪いんだ〟と。

 …ネガティブで益体のない考えだと理解している。けれど、心の片隅に居座るそれは、どれだけ突き放しても絡みついて離れてくれないのだ。

 昔を思い出す。あの夜から始まった、出口の見えない奈落のような日々を。剥き出しになった心が、嵐の中で鉛をつけられ海に沈んでいく、そんな毎日を。

 あの頃に戻るのだけは、もう嫌だ。

 

 

「…ああ、そうでした」

 

 

 顔を上げるのも億劫だったが、なんとかポケットから携帯を取り出して着信履歴を見る。一番上には、お婆ちゃんからの不在着信が表示されていた。最終種目に進んだ件については、昼休憩中にメールでやり取りをした。このタイミングで電話があったということは、つまりはそういうことだろう。

 机に片方の頬を付けたまま履歴の一番上をタップし、反対の耳に携帯を押し当てた。

 2コールしたところで、電話は繋がった。

 

 

『もしもし、移ちゃん? 電話して平気なの?』

 

 

 お婆ちゃんの優しい声が聴こえた。

 

 

「うん、しばらく1人になれますから平気です。…テレビに映ってました?」

『…ええ。他人から見たら〝ちょっと気分が悪そう〟くらいだったわ。けれど、発作。起きたのよね?』

 

 

 第三者視点ではその程度の認識で済んでいたことに、ひとまず安心した。実際、すぐ隣にいた芦戸くらいしか気付いていなかったし、お婆ちゃんが言うなら間違いないだろう。

 

 

「少しだけですけど、昔みたいなのが。他クラスに〝同系統の個性持ち〟がいると気付いたことがキッカケになりました」

 

 

 事実を確認するように振り返る。何故起きたのか、どんな症状だったか、どう感じたかなどを言葉にするのは、精神療法の基本だ。私と同じ期間、この病気に付き合ってくれているお婆ちゃんは、いつものように静かに聴いてくれた。

 

 

『移ちゃん』

 

 

 あらかた話し終えたところで、お婆ちゃんは言う。

 

 

『いつも言っていることよ。そして何度でも伝えるわ。──貴女は、何も悪くない。あの日のことも、【生まれ変わった】ことも。誰も貴女を責めたりなんてしないわ。私たちは、貴女を愛している。貴女は私の大事な大事な孫娘なのよ』

 

 

 その言葉にじんわりと温かくなった。知らず知らずに冷えていた指先にようやく血が通った気がした。

 

 

『だから、大丈夫よ。私の…私たちのかわいい移ちゃん』

 

「………、…ありがとうございます。お婆ちゃん」

 

 

 ──私も貴女たちを愛しています。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『ヘイガイズ、アーユーレディー? いろいろやって来ましたが結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくってもそんな場面ばっかりだ分かるよな? 心技体に知恵知識、総動員して駆け上がれ!!』

 

 

 電話を終えて控え室からA組に割り振られた観客席へと移動途中にプレゼント・マイクによるMCが始まる。待ってましたと盛り上がる観客の中には、この最終種目だけを目当てにしていた人もいるのだろう。それだけ、〝個性〟を使った直接戦闘は派手で見応えがある。法律で〝個性〟を使ったエンターテイメントが禁じられているため、この種目には世間の期待が寄せられていた。

 

 

「あ、移ちゃん! 良かったぁ、間に合ったね!」

 

 

 私に気付いた葉隠が袖を振って(手を振って)こちらに呼びかけてくれた。席を用意してくれていたのか、彼女が指し示す場所へと腰を下ろした。葉隠と、彼女の隣に居た芦戸に礼を伝えて、ステージに目を向ける。

 

 騎馬戦で使用された会場の内側には、セメントスによって整えられた舞台が鎮座していた。ドッジボールのコートよりやや広いくらいだろうか。ただの殴り合いなら広すぎるが、〝個性〟を用いたガチンコバトルだと少しばかり手狭に感じるだろう。接近型、遠距離型どちらも〝個性〟を活かせるちょうど良い塩梅とも言える。

 

 

「いよいよ緑谷ちゃんの出番ね。また怪我をしちゃわないかしら」

 

 

 梅雨ちゃんが言う。USJ事件にて、彼と一緒に【ワープ】された彼女は、緑谷が怪我をした瞬間を間近で見たのかもしれない。騎馬戦でも同じチームだったし、仲間意識が強く芽生えているのが窺える。

 

 

「大丈夫、とは言い切れませんね。今日はまだ大きな怪我をしてないようですけど…」

 

 

 2週間前、大したことは言えなかったが彼と〝個性〟の制御について話した。そこで何かを掴めた様子だった彼は、第一・第二種目と大きな怪我をすることなく〝個性〟を使用していた。明らかに成長の見られた緑谷だが、それでも正面勝負ではどうなるか分からない。

 

 

『オーディエンスども! 待ちに待った最終種目がついに始まるぜ!』

 

 

 会場の四隅にあつらえられたコンクリで出来た籠から篝火が灯される。

 いよいよ第一試合、緑谷と心操の闘いが始まる。

 

 

(心操 人使…。外見からあまり鍛えているようには見えないですけど、〝個性〟の発動条件によっては勝ち進みそうですね)

 

 

 精神に作用する〝個性〟の恐ろしさは身に染みている。条件や強度によっては、対人戦闘では敵なしかもしれない。特にこの最終種目、場外に落とすか行動不能にする、相手に〝参った〟と言わせることが勝利条件のため、対戦相手を操れる〝個性〟は無双できるかもしれない。

 私はモニターに表示されたトーナメント表に改めて注目する。

 

 第一試合 緑谷 対 心操

 第二試合  対 瀬呂

 第三試合 八百万 対 常闇

 第四試合 麗日 対 爆豪

 第五試合 空戸 対 上鳴

 第六試合 芦戸 対 青山

 第七試合 蛙吹 対 切島

 第八試合 飯田 対 発目

 

 

(勝ち進んだ場合、心操と当たるのは決勝戦…)

 

 

 ギュッと心臓が掴まれるような感覚に襲われる。…大丈夫。もう取り乱さない。たとえ彼と相対することになっても、きちんと戦える。落ち着いて普段通りに自然体で挑めば、問題はない。

 

 中央ステージに緑谷と心操が登壇して、向かい合う。遂に最終種目が開始される。今は、彼らの闘いを観察することに集中しよう。

 

 

『レディー! スタートぉ!!』

「──んてことを言うんだぁ!!」

 

 

 プレゼント・マイクによって火蓋が落とされた途端、声を荒げて心操に突進した緑谷は、数歩進んだところで急に立ち止まってしまった。それを見てニヤリと笑う心操。彼の反応で一目瞭然──〝個性〟が発動したんだ。

 

 

「ああっ! せっかく忠告したってのに!」

 

 

 後方の席で尾白の声がした。どうやら緑谷は、彼から心操の〝個性〟について何かしら情報を伝えられていたのに、その術中に嵌ってしまったようだ。

 感情が抜け落ちたような顔で立ちすくむ緑谷は、心操に何かを命令された後、ゆっくりとした足取りで場外へと向かう。勝敗は、一瞬で決してしまった。

 

 

(…返答することが発動条件でしょうか。ヒーローとしては、とても心強い〝個性〟ですね。…そう、〝個性〟が悪いんじゃあない。使い手が高潔であるなら、何も問題ないじゃあないですか)

 

 

 恐ろしい能力だが、それは対戦相手として。彼が(ヴィラン)じゃあないなら、私は戦える。

 

 

(いずれは、そんな(ヴィラン)にも立ち向かえるようにならなきゃ、ですよね…)

 

 

 ヒーローとして、致命的な弱点を抱えていることを再認識してしまい、先が思いやられる気持ちだ。だが、乗り越えなければならない。更に向こうへ(Puls Ultra)だ、私。

 

 私が考え事をしている間も緑谷は歩みを止めることはなく、いよいよ場外へ出てしまう位置に来ていた。ああ、負けてしまう。そう思った瞬間。

 

 ブワァッ!! 

 

 緑谷の手先から強風が発生し、歩みを止めた。彼の足は、線を越えていない。

 

 

『こ、これは! 緑谷とどまった〜!!』

 

 

 このまま敗退と思われていた彼の踏ん張りに会場が沸く。風が吹き出した彼の指先を見ると、示指と中指が赤黒く変色していた。…〝個性〟を暴発させて、無理矢理心操の〝個性〟を解いたのだろうか。

 心操の〝個性〟の細かい情報は分からない。けれど、あの系統は一度発動してしまえばかなり強いのは間違いない。それを、自ら打ち破った緑谷の姿はとても頼もしく見えた。同級生の男子と比べて小柄で、消極的な言動が多い少年だけど。

 

 

「カッコいいなぁ…」

 

 

 免許の有無とか、そんな話ではなく。心操に接近しそのままの勢いで背負い投げて勝利をもぎ取った緑谷が、私には〝ヒーロー〟のように見えた。

 

 

 

 




うまく心理描写できている気がしないぜ…。
移ちゃんは、いくつかトラウマを抱えてますよって話でした。詳細はまたいずれ。


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雄英体育祭:トーナメント①

週一投稿を目指します(週に一回とは言っていない

ということで書けたので投稿投稿!


 第三試合まで観客席で観戦した私は足早に選手控え室へと移動して、備え付けられたモニターで第四試合、麗日と爆豪の試合を見ていた。序盤から防戦一方だった麗日は、爆豪の爆破によって散らばっていた瓦礫を〝個性〟で浮かし、それらを一気に降らせることで彼の隙を突こうとしていた。低い姿勢で彼に触れようと猛ダッシュする麗日はしかし、爆豪の高威力な爆破の余波で降らせた瓦礫ごと吹き飛ばされた。

 

 自らの策をたったの一撃で打開された麗日は、それでも諦めずに立ちあがろうとするも、体力尽きて倒れ込んでしまう。主審のミッドナイトが戦闘不能と判定し、第四試合は爆豪の勝利に終わった。

 

 

「彼の〝個性〟は実に厄介です…」

 

 

 私がこの最終種目で勝利するためのセオリーは、麗日同様〝相手に触れる〟ことだ。直接触れさえすれば、場外に【空間移動(テレポート)】出来るため、一手でチェックメイトとなる。しかし、彼が相手となるとそう簡単にはいかない。高い機動力と反射神経を持つ彼は、【空間移動(テレポート)】を駆使しても容易に接近できないだろうし、仮に接近できても広域爆破されてしまえば大ダメージを負うことになる。それに加えて、爆豪は器用で頭も良い。単純に突っ込むだけでは返り討ちになるのは私だ。

 

 

(まあ、それよりも今は目の前の戦いですね)

 

 

 思考を一旦リセットして、私は選手入場口へと向かう。一回戦の相手も一筋縄ではいかない。

 思い返すは初めての戦闘訓練。彼が油断していたことと、情報のアドバンテージがあったことで初見殺しを決められたが、今の彼には通用しないだろう。だからこそ、あの時の〝勝利〟を活用しよう。

 

 

「今回も勝たせてもらいますよ、上鳴」

 

 

 入場口に近付くにつれて大きくなる歓声に気分が高揚する。行くぞ空戸 移、自然体にいつも通りに集中しろ。

 プレゼント・マイクの紹介を受けて、私はスタジアムの芝生を踏みしめた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 第四試合の勝者は爆豪であったが、会場のほとんどは麗日の根性に対して惜しみない拍手を送っていた。明らかに実力で劣っていたように見えた彼女だったが、策を練って強者にくらいつく姿は会場のボルテージを一段階上げるのに貢献した。

 興奮冷めやらぬ様子のスタジアムに、同じくテンションの上がった(いや、彼はいつもテンション高めだが)プレゼント・マイクのMCが届けられる。

 

 

『待たせたなエブリバディ! 壊れたステージはセメントスが直してくれたぜ! サンキューな! そしてドンドン行くぜ第五試合! 移動能力はピカイチだ! 果たして戦闘能力は如何程?? テレポーターガール、ヒーロー科、空戸 移!!』

 

 

 澄まし顔で先に登場したのは、これまで圧倒的な移動性能を見せつけてきた〝優勝宣言〟をした少女、空戸 移だ。初めから一貫して余裕の表情を見せてきた彼女だが、対人戦ではどのような動きを見せるのか観客たちは興味津々だ。加えてあの美貌、男性陣はやや前のめりとなり、連れの女性がいたおじさん方の耳が引っ張られる姿が散見された。

 

 

『バーサス! スパーキングキリングボーイ! ヒーロー科、上鳴 電気!』

 

 

 反対側のゲートから出てきたのは、彼女と同じヒーロー科A組の少年、上鳴 電気だ。金髪でやや軽薄な表情をした彼には、自信が満ち満ちているようだった。ヒーロー科なのだから当然かもしれないが、ここまで圧倒的な実力を見せてきた移と対戦するのにあの表情。余程実力に自信があるのでは? と、観客からの期待が高まる。

 

 

「対決するのは、戦闘訓練以来ですね」

 

 

 登壇して対面した2人が何やら会話をし出した。声をかけたのは移の方からだった。

 

 

「そーね。あんときは俺、ダサかったからな〜。でも、今回はカッコいいとこ見せるつもりよ? これ終わったらメシでもどーよ。俺が慰めっから」

「ふふっ、それなら見せてもらいましょーかね、カッコいいとこ。──今回も、あの時みたいに一瞬で決めさせてもらいますよ」

 

 

 構える2人。戦意は上々、観客も今か今かと固唾を飲んで注目する。

 

 

『それじゃー、スタート!!』

 

 

 開始宣言がされた瞬間、上鳴の視界から移の姿が消えた。同時に、背後からトンッと何かが着地する音が聞こえた。

 

 

(そう来るよな、分かってたよ確実だもんなぁ!)

 

 

 思い返すは入学直後の戦闘訓練。耳郎と練った作戦を元にトントン拍子にビル内を進み、調子に乗っていたあの瞬間。背後から迫る砂藤に対して何もすることが出来ず呆気なく確保されてしまった苦い記憶。

 あの時は、狭い通路で耳郎を巻き込む可能性があり〝個性〟を使えなかった。…いや、違うな。仮にあそこが開けた場所であっても、自分は何も出来なかっただろう。それほど、移の〝個性〟制御は完璧で、最高のタイミングの奇襲だったんだ。

 ──だけど、あの頃とは違う。

 

 クラスメイトと比べたらアホですぐ調子に乗る上鳴であったが、今ばかりは真剣だ。真剣に、移に勝とうとしている。

 

 開始直後の【空間移動(テレポート)】、きっと後ろにいる移が自分に触れたら、そこでゲームセット。なす術もなく上鳴は場外に移送されるだろう。

 だからこそ決めていた。速攻を決めてくると読んで、既に準備は万端だ。

 彼の体から電気がほとばしる。視線を背後に向けながら、ため込んだそれを一気に放流する。

 

 

「無差別放電、130万ボルトォ!!」

 

 

 辺り一面が光に包まれた。激しく響く放電の轟音は、受けた者の意識を一瞬で刈り取ってしまうだろうと誰でも分かるほどだ。

 視界の端に紺色のジャージが収まり、上鳴は勝利を確信した。

 ──これをくらわせりゃ、俺の勝ちだ! 

 過剰な放電であったが、必ず勝つためには手加減をするわけにはいかない。感電して痛みを伴うだろうが、そこはアフターフォローして慰めよう。なんなら、そのまま仲を深めてしまえるかもしれない。

 取らぬ狸の皮算用をする上鳴は、放電のし過ぎで思考が緩くなりつつも、倒れているであろう移の姿を確認しようとしっかり背後へと体を向けた。

 

 

「………ウェ…?」

 

 

 靴と…上着?? 

 

 思考が纏まらない。何故? 倒れている筈の美少女はどこに?? 

 上鳴は混乱したまま、放電の許容持続時間を超えて切れた電気に気付かず、地面に転がる一足の靴と雄英指定のジャージを呆然と眺めていた。

 

 

「──隙だらけです、よ!」

 

 

 ダンッ! と上鳴の後頭部に衝撃が走る。フラフラで踏ん張ることも出来なかった彼の体は面白いように吹っ飛び、そのまま場外のラインを頭だけ越えてしまう。「ウェーイ?」と情けない声を最後にもらして、上鳴の意識は刈り取られた。

 

 

『後頭部にドロップキックがクリーンヒットぉ!! 移動だけじゃねーぞこの女ぁ! 見事な蹴りだぁ! つーか、大丈夫か上鳴!?』

 

 

 上鳴が場外へ飛んでいったのを確認した移は、いそいそと地面に落ちていた左足の靴を履きジャージを羽織った。

 主審のジャッジがくだり、第五試合が決着する。勝者の移は、つま先で蹴って靴の履き心地を確かめながら、爆発する歓声に応えるべく右腕を掲げた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 作戦が上手く嵌ったことに安堵する。これで決まらなかったら、上鳴の攻略は難儀していたに違いない。

 単純な作戦だった。前回の戦闘で背後からの奇襲で負けた上鳴は、それを一番意識すると考えていた。愚直に背後に【空間移動(テレポート)】しては、彼の放電の餌食となるだろう。だから囮を使ったのだ。

 靴を片方だけ上鳴の背後に移送してやり、あたかもそこに着地したように演出する。ついでにジャージも移送して、視覚的にも錯覚するようにした。私の【空間移動(テレポート)】なら、一瞬あれば彼を場外へ移送できる。それを知っている上鳴だからこそ、触れられないように間髪入れずに放電するだろう。それが囮だと気付かずに。

 

 彼が放電をスカせば後は簡単。限界まで放電した彼は判断力が鈍くなる。フラフラになった頭の高さに【空間移動(テレポート)】して、空中でドロップキックをお見舞いしたというわけだ。

 

 正直、この作戦が決まらなければ苦戦を強いられたと思う。当たってしまえば一発K.O.出来てしまう上鳴の〝個性〟は、かなりの強敵になり得る。本当に、スムーズに勝てて良かった。

 

 

「空戸さん! すごかったよ! 見事な作戦だったね!」

 

 

 座席に戻ると、興奮した様子の緑谷が距離を詰めてきた。

 

 

「上鳴くんの〝個性〟は当たってしまうと一発で行動不能にしてしまうかなり強力な物だ。それを飛び道具のない状況で接近しなければならない空戸さんがどう戦うのか予想しながら見てたんだけど、あの方法は思いつかなかったよ! 恐らく、僕が怪我をして意識を失った後の戦闘訓練で取った作戦を利用したんだよね。ああ、戦闘訓練については後から相澤先生にVTRを見せてもらって知ってたんだ。とにかく、相手の裏の裏をかく見事な作戦、それに最後に決めた空中でのキック! あの姿勢制御と完璧な位置に移動する〝個性〟制御は本当に素晴らしかったよ!! あの戦法、昔居た〝ポートマン〟ってヒーローに似てるような気がしたけど、もしかして彼から着想を得たりしたのかな! それを自分の戦法として落とし込める空戸さんの努力と発想力は、いや〜僕も見習わないと!!」

(………。うわーノンブレス…嬉しいけど、これはちょっと…)

 

 

 あまりの勢いに流石の私も喜びより驚きがまさってしまった。周りを見てくれ緑谷、梅雨ちゃんもドン引きしているぞ。

 とりあえず無視は良くないと思い、愛想笑いをして賞賛への礼を言い、私は席に着いた。彼は尚もブツブツなにか言っているようだが、私は続く第六試合に集中することにした。すまない、緑谷。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 緑谷と轟、常闇と爆豪というA組の中でも上位の実力者たちによる試合が終了し、遂に二回戦第三試合──私と芦戸の出番となった。

 

 

「体調不良でも、ここでは容赦なしだよ」

 

 

 やや迷いのある顔で彼女はそう言う。優しい子だ。

 

 

「もう大丈夫ですし、それは当然です。むしろ全力で来ないと怒るとこでしたよ」

 

 

 数mの距離を挟んで向かい合う。芦戸の〝個性〟の【酸】は、溶解度と粘度を調整可能だという。全身を強酸で覆われてしまうと触れるのは難しくなるが…。

 

 

『スタートぉ!』

 

 

 芦戸が駆け出す。足から粘性の低い酸を出して滑りながら移動する彼女の得意技だ。素早い移動で的を絞らせないつもりなのだろう。

 彼女がいる方向に意識を集中して【スフィア】を展開する。視覚に加えて【空間探知(ディテクト)】を使うことにより、正確に彼女の挙動を把握し動きを予測する。そして、その予測した位置、芦戸の頭上に逆立ちのような姿勢で【空間移動(テレポート)】した。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 伸ばした手で彼女の桃色の頭を触れる。逃げる隙を与えることなく、続けて芦戸だけを場外へと移送した。

 芦戸がいた場所にそのままの姿勢で落下して倒立する。離れたところで尻餅をつく彼女を見ながら、私は背面から片足ずつ下ろして着地した。

 

 

「芦戸さん場外! 空戸さんの勝利!」

 

 

 バラ鞭をしならせてミッドナイトが宣言する。これで2勝、準決勝に進出となる。

 

 

「くっそ〜、悔しいなぁ〜! 空戸! 絶対勝ってよね!」

 

 

 倒れた芦戸を起こすべく手を差し出した私に、彼女は悔しがりながら激励の言葉を送ってくれた。「もちろんです」と答えて彼女の気持ちを受け取る。──優勝まであと少しだ。

 

 

 

 




やっと出せたよ白井黒子のドロップキック!

芦戸戦はチャチャっと終わらせました。粘性MAXアシッドマンを覚えられたら、あの戦法は取れなくなります。
本当にみんな成長しますよね…(ホロリ…


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雄英体育祭:トーナメント②

ろくすっぽ推敲してないから、書き直すかもしれん。
けどね、書けたらね、投稿したくなっちゃうのよ。

ということで、本日2話目の投稿です。
週一投稿とはなんだったのか。


 準決勝第一試合は、轟と爆豪の対決だった。轟はこれまで、授業でも体育祭でも【氷結】だけを使っていた。彼なりの拘りがあったのだろう。だけど、二回戦にて対戦相手の緑谷に何やら言われたことで彼の中で心境の変化があったのか、左手の【炎熱】も使うようになった。

 

 正直、この変化は対戦する側としてはかなり難儀する。

 もともと轟が使っていた【氷結】であれば、対処は可能だった。氷という固体は、私の【空間移動(テレポート)】の対象になり得るからだ。しかし【炎熱】はそうもいかない。炎は化学反応だ。燃えている空間を丸ごと移送する、なんてことは出来ないため、【炎熱】を使われたら避けるしか手段がない。

 

 そんな強敵から超強敵にレベルアップを果たした轟は、準決勝で爆豪に敗れた。それも、【炎熱】を使わないまま。

 使う素振りは見せていた。しかし、直前で攻撃を中止してしまった。そしてそのまま場外へと吹き飛ばされてしまって負けたのだ。

 それを見た爆豪は激怒した。

 

 

『意味ねえって言っただろうがクソが! こんな勝ち方なんて…こんなのッ…』

 

 

 意識のない轟に掴みかかる爆豪のあまりの様相に危険と思ったのか、ミッドナイトが【眠り香】を使って彼を眠らせることで事態は終息した。

 爆豪の行動は褒められたものじゃあないが、彼の気持ちは分からなくもない。互いに全力を出し尽くして白黒つける。そのつもりで試合に臨んだというのに、相手が死力を尽くさずに勝利してしまう。向上心と矜持の塊である爆豪にとって、これほど業腹なことはない。

 

 だが、何と言おうと勝敗は決した。爆豪は勝ち上がった。

 

 今から始まる準決勝第二試合。私と飯田、どちらか勝った方が爆豪と対戦することとなる。私が勝ち進んだその時は、彼の鬱憤を晴らした上で完膚なきまでの勝利を掴ませてもらおう。

 とある作戦の為に両袖を肩まで折り上げながら、私は選手入場口まで向かった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 飯田は迷っていた。幼い頃から紳士的な振る舞いを心掛けてきた飯田にとって、〝女性を蹴る〟という行為は許されないことだ。たとえそれが訓練や試合であっても、積極的にやろうとは到底思えない。

 だかしかし。眼前の相手に蹴りを封印したまま勝てると思うほど、彼は自惚れていなかった。

 自分の信念を貫くか、勝利のために貪欲になるか。彼は試合直前になっても迷っていた。

 

 

「──飯田」

 

 

 そんな彼の心情を察したのだろうか。移は柔和な顔付きながらも、強い意志を感じさせる瞳で飯田に語りかける。

 

 

「紳士的なキミのことです。私を蹴っていいのか、迷っているのでしょう?」

「ぐっ…、その通りだ。失礼なことだとは分かっている。だが…」

「さっきの爆豪、見ていたでしょ? ──全力で来てください。容赦も油断もなく、飯田の全力を見せてください」

 

 

 飯田は、轟戦の時の緑谷の言葉を思い出す。

 

 

『みんな本気でやってる。勝って目標に近付くために…一番になるために…』

『──全力でかかってこいッ!!』

 

(ああ、そうだった。緑谷くんが言ってたじゃないか。俺の全力を見せないと、意味がないッ!)

 

 

 ギリッと歯を噛みしめた飯田は、先程までのぬるい考えを捨てるため、そして失礼を働いたことに謝罪するために全速力で腰を折る。

 

 

「すまない!! 俺が間違っていた!! 全力を以って、俺はキミを倒す!!」

「ふふふっ。ありがとうございます。ですが、勝つのは私ですよ」

 

 

 朗らかに笑いながら、移は宣言する。彼女は、自分の敗北を微塵も考えていない。絶対に勝つ。強い信念が込められていた。

 

 

『やり取りは終わったかぁ? そんじゃ始めるぞ!! 今更紹介なんていらねーよな!? 準決勝第二試合、スタートォ!!!』

 

 

 合図と同時に走り出した飯田の行動は、二回戦で芦戸が取った行動と同じだ。だが、その速度は圧倒的に違う。初速から最高速度。脹脛から伸びるマフラーより熱気が噴き出し、【レシプロバースト】を使用した飯田は、一瞬で移に肉薄する。

 

 

(空戸くんに時間を与えてはいけない! 反応できない速度で動いて一撃で決める!)

 

 

 移の左肩を目掛けて足を振り抜く飯田だったが、その一撃は空振りに終わる。移の【空間移動(テレポート)】が間に合ったのだ。しかし──。

 

 

「織り込み済みだッ!!」

 

 

 空を切った蹴りの勢いを利用して反転する。飯田から離れた位置へ移動していた移の下へ駆け出す。

 飯田にとって、速さは自分のアイデンティティであり自慢だった。尊敬する兄と同じ【エンジン】という〝個性〟で、兄のようなヒーローを目指す。それが飯田の夢だった。

 しかし、個性把握テストにて、飯田は自慢の速さで敗北した。もちろん、自分の〝速さ〟と彼女の〝速さ〟は種類が違うと分かっている。だけど、負けたことに変わりはない。それでへこたれる飯田ではなかったが、少なからず対抗心を抱いていたのだ。

 だからこそ見てきた。彼女の〝個性〟の特徴を。その弱点を。

 

 

(空戸くんは自分以外を【空間移動(テレポート)】させる時、必ず〝手で触っていた〟! そして、自分自身を【空間移動(テレポート)】した後には再使用にラグが発生する!! ──つまり!)

 

 

 コンマ数秒。瞬き一回程度の時間で再び移の下へと飯田はたどり着いた。飯田の予測通り、その時間で移は自分自身を移送することはできない。

 飯田は蹴りを放つ。彼女の手が自分の足を決して触れぬよう、さっきと同じ左肩を狙った。──()()()()()()()()()()()()()

 

 ドォオオン!! 

 

 純粋な身体能力だけでは決して出ないスピードで蹴られた移は、凄まじい音を立てて飛んでいく。自身を【空間移動(テレポート)】することも叶わず、彼女はそのまま場外の地面を転がっていった。

 コンクリートの地面をかなりの速度で転がったことで、皮膚は擦り切れ身体のあちこちに打撲痕が生じた。

 

 

『空戸飛んでったぁー!! かなり痛そうだな、おい! しかし、これで勝者は決まったなぁ! 決勝に駒を進めたのは──』

『──よく見ろ間抜け』

 

 

 ハイテンションなプレゼント・マイクに隣のミイラマンこと解説のイレイザー・ヘッドが水を差す。なんのことか分からなかったマイクは眉を顰めるが、イレイザーの視線の先を見て驚愕を露わにする。

 

 

『んん…!! ありゃどういうことだ!? なんで──飯田も場外だぁぁ!!』

 

 

 移が飛ばされた場所と反対側の場外エリア。そこに呆然と無傷の飯田が立ちすくんでいた。

 傷だらけの移が左肩を庇いながらゆっくりと立ち上がる。そして、開始前と同じように朗らか笑みを浮かべて飯田に言い放つ。

 

 

「私の…勝ちです」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 飯田の凄まじく速い跳び蹴りは、彼の狙い通りの部位に的確にヒットした。だがそれは同時に、私の狙い通りでもあった。

 いくら蹴り技を解禁したと言っても、紳士然とした飯田が顔や腹部を狙うとは考えられなかった。最短距離で私の下へ辿り着き、一撃で確実に場外へと吹き飛ばすために狙える部位は左肩だけだった。

 背部や臀部、脚部は狙わない。そこを蹴るには無理な姿勢を取らざるを得ないため時間をロスする。そうなるような位置に【空間移動(テレポート)】したからだ。そして何より、左肩以外を狙えば私の両手に触れてしまう可能性があった。

 だから飯田は私の左肩を蹴った。私の思い描いた通りに。

 

 恐らく肩は脱臼か骨折をしているのだろう。打身と擦過傷だらけで肩以外の全身も痛い。それらを耐えて無理矢理立ち上がり、彼に勝利宣言をした。

 呆然と場外エリアに立ってこちらを見つめる飯田は、何が起こったのか理解できないといった様子だ。

 当然だ、飯田は私の両手に触れていない。両手に触れなければ【空間移動(テレポート)】されない筈なのに。──そう誤認するように仕組んだのだ。今日この時のために、入学してからずっと。

 

 

「私は、両手以外で他人を【空間移動(テレポート)】できないなんて、一言も言ってませんよ」

 

 

 私の言葉で飯田はハッとした。

 〝個性〟を用いた戦闘において、情報を秘匿しておくことは基本中の基本。入学した時点で雄英体育祭の優勝を狙っていた私は、こういうこともあろうかと、これまでの授業や体育祭中にいくつかのブラフを仕込んでおいたのだ。(もちろん、授業に影響が出ない範囲でだが)

 

 飯田の【レシプロバースト】は驚異的だ。騎馬戦の時のように上空に逃げ続ければ時間切れを狙えたが、流石にガチンコバトルでそれはしたくなかった。攻略するには、決勝戦前に情報のアドバンテージを捨て肉を切らせて骨を断つことが最適解と判断した。

 飯田が分析力に優れていると分かっていたからこそ立てられた作戦だ。

 

 

「飯田くんが先に場外へ出たため、勝者は空戸さん!」

 

 

 ミッドナイトのジャッジが下された。これで、優勝まであと一戦だ。

 

 

(…それにしても肩、痛過ぎるんですけど…泣いちゃいそう……)

 

 

 カッコつけて立ち上がったけど、あまりの痛さに私は動くに動けないのであった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「──はい、これで終わりだよ」

 

 

 リカバリーガールに痛む場所をチュ〜っと口付けされて治癒が終了した。幸いにも左肩は脱臼だけで済み、運動に支障をきたしそうな打撲に関しては彼女の〝個性〟で治してもらった。脱臼の整復をされる時は泣いてしまったが、肩が嵌まってから靭帯を【治癒】で修復してもらったため、動きに違和感はない。決勝戦には影響なさそうだ。

 

 

「まったく…もう少し怪我を減らすことはできなかったのかい? 骨が折れてたら、次の試合に出られたとしても疲労が残ってた筈だよ?」

 

 

 リカバリーガールから苦言を呈されてしまう。彼女の〝個性〟は優秀だが万能ではない。前に緑谷も言っていたが、【治癒】には対象者の体力を消費してしまうため、あまりに酷い怪我は疲労困憊になってしまうのだと。

 

 

「いやぁ…想定より飯田の蹴り技が鋭くて…、試合が終わった直後は私も後悔してました」

 

 

 ははは、と笑ってお茶を濁す。私の態度に呆れた様子のリカバリーガールは、「もうお行き」とシッシと追い払う仕草をして私に背を向けた。実に塩対応だ。だけど、そこが彼女の魅力だ。

 痛かったけど、初めて彼女の【治癒】を受けることが出来て、ミーハーな私は少しだけテンションが上がった。痛かったけど…。

 

 

(さてさて、決勝戦が開始するまでもう少し時間がありますね…。せっかくだから身嗜みを整えにでも行きますか)

 

 

 肩の治療が思いの外早く終わったことで少々時間が余ってしまった。今から入場口に向かうのは少しばかり早いだろう。救護室を出て、その足で控え室へと向かう。汗もかいたし、コンクリートの摩擦でジャージはボロボロだ。満身創痍な私も当然可愛いけど、決勝の舞台では綺麗にしておいた方がいいだろう。

 

 ということで控え室に到着した私は、念のため持ってきていた着替えを取り出し、上半身の服を脱ぐ。インナーまで破れていたので、そちらも一緒にに着替えるとしよう。不幸中の幸いか、スポーツブラは無事だった。そこまでダメージがいっていたら、八百万に「ブラ創って〜」と頼まなければならなかった。それはちょっと恥ずかしい。

 

 脱いだついでに汗拭きシートで肌を拭う。せっかくの晴れ舞台、時間いっぱい身嗜みに使うとしよう。

 

 さーて可愛くなっちゃうぞーっと下着姿のまま化粧ポーチを探し始めた私の耳に、〝ガチャリ〟と不穏な音が届いた。

 

 ──あれ、そういえば私カギ閉めてたっけ。

 

 扉の方に目を向けるとそこには、普段よりも傾斜が緩やかな眉毛とポカンと口を半開きにした、つまり虚を突かれた表情をした爆豪が扉を開けた姿勢でこちらを見ていた。

 

 下着姿を見られた恥ずかしさを抱くよりも先に、爆豪の顔がなんだか宇宙猫っぽいなあ、とどうでも良い感想が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 




要約:移「一体いつから発動条件が手で触れることだと錯覚していた?」

移ちゃん、飯田戦のために袖を肩まで捲ってます。つまり脇チラしてます。脇チラしてます。



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雄英体育祭:トーナメント③

ショタかっちゃんすこすこのすこ。


 〝個性〟が発現した瞬間、爆豪は幼いながらも理解した。『おれがすげーんだ。みんなおれよりすごくない』と。

 

 それまで、駆けっこでも知識でも、同世代に負けたことはなく、周囲の人間はみんな自分を持て囃した。それは大人も同様で、口を揃えて『かつきくんはすごいね』と自分を褒める。

 一度、川に落ちた時に幼馴染が自分に向けた目が〝おれより遥か先にいる〟と感じたことがあった。腹が立ったが直接何かの勝負で負けたわけではなかったため、認めなかった。見ないふりをして、『やっぱりおれがイチバンだ』と思い直した。

 ──あの女に出会うまでは。

 

 それは、いつもと違う公園に出かけに行った時のことだ。ちょっとした冒険のつもりで、幼馴染たちを引き連れて隣町の大きな公園まで行こうと爆豪が提案した。

 6歳児が30分かかる距離を歩くのは、中々骨が折れることだったが、初めての土地に高揚感が高まっていたことにより、疲労よりも楽しさがまさっていた。

 

 たどり着いた隣町の公園は、普段自分たちが遊んでいる場所よりも整備されていて、見たことのない遊具は、努力した自分に用意された褒美のように感じられた。

 あれで遊ぼうぜ! ──そう言いかけた時、爆豪の前を人影が横切った。

 

 綺麗な姿だった。顔がとか、格好がとかではない。その人の走る姿が爆豪にはとても美しく感じられた。

 

 呆然とした爆豪は、一緒にいた幼馴染が声をかけるまでその人物のことを無言で眺めていた。

 

 

「かっちゃん? どーしたの?」

 

 

 彼の声にハッと我に返った爆豪は、自分が見惚れていた人物、自分と同い年くらいのその少女のことを睨み付けた。そして、彼女に対して自分が持った感想に理不尽にも怒りを感じた。

 走り姿が綺麗…? そんな感想、まるでおれが劣ってるみたいじゃないか。

 駆けっこで同世代に負けたことのない爆豪は、自分の中に抱いた感情をかき消すようにその少女に近付いて唐突に提案を持ちかけた。

 

 

「しょーぶだ!!」

「…はい?」

 

 

 額から垂れる汗を手の甲で拭った少女は、突然、なんの脈絡もなく話しかけてきた爆豪に困惑した。しかし、爆豪はそんな彼女の反応に意を介さず、捲し立てるように続けた。

 

 

「おれとかけっこでしょーぶしろ! どっちがはやいか、わからせてやる!」

「…いや、いきなり何ですか? 嫌ですよ、今訓練中なんです。邪魔しないでください」

 

 

 すげなく断られる。自分のことなんか微塵も興味を示さないその態度に、爆豪は更なる怒りを抱いた。

 

 

「…こわいのか!? おれにまけるのがこわいんだろ!?」

 

 

 爆豪は精一杯の挑発をする。こうして馬鹿にしてやれば、きっと勝負に乗ってくる筈だと確信して。

 

 

「…はぁ。わかりましたよ、どっちみち今はダッシュの訓練中ですし。50m走…って言ってもわかりませんか。とにかく、ここからあそこのブランコまでの競走、それなら良いですよ」

「バカにすんな! 50mくらいわかるわ!」

 

 

 自分のことは棚に上げて、馬鹿にするなと憤る爆豪に少女は「面倒な子に絡まれてしまった」と心底鬱陶しそうにため息をついた。

 開始の合図を幼馴染に任せて位置に着く爆豪と少女。絶対に負けるもんか。己のプライドの為に全力で挑む爆豪だったが、──結果は分かりきっていた。

 片や同年代の中で飛び抜けて身体能力が高いだけの男児。片や筋肉量から理想的なフォームを追求し、自主的に日々訓練に励む異常な女児。

 爆豪は大差をつけられて敗北した。

 

 

「ッ、もっかいだ!!」

 

 

 認められない、認めてたまるか。

 自分が同年代の女に負けるなんて、そんなことあっていい筈がない。

 心情を露骨に表情に出す少女に気付かず、爆豪は再び走る準備をする。

 断ることも出来たが、それで揉める方が面倒だと思い直し、少女も彼の横に立つ。

 

 爆豪は考えた。どうやったらこいつに勝てるか。普通に走っていては、さっきの繰り返しだ。

 そこで、気付いた。自分が特別だと理解したキッカケ。大人たちすら認めた自分の才能。

 

 

(そうだ、〝個性〟をつかえばいいんだ)

 

 

 母親から『あたしがいないとこで絶対に使うな』と言い含められていたが、彼は普段から隠れて〝個性〟を使用していた。〝個性〟を使えば、みんなが羨望の眼差しで見てくれる。〝個性カウンセリング〟を受ける前の幼児には、母親の言いつけを守ることより、友人から讃えられることの方が重要なのだ。

 

 スタートの合図が出される。さっきと違い、爆豪は両腕を後方に向けた。当時は名付けてなかったが、いずれ【爆速ターボ】と呼ぶことになる彼の技の原形だ。

 

 

(どうだっ! これならおいつけねーだろ!!)

 

 

 勝ちを確信した。身体能力のみならず、〝個性〟まで使用したのだ。これで負ける道理はない。

 誤算があるとしたら、少女もまた負けず嫌いだったという部分だろうか。

 

 

「…え、は?」

「…そっちが先にズルをしたんですからね。文句は言わせませんよ」

 

 

 気付いた時には、ゴールされていた。訳がわからない。なにが起こったんだ。

 〝個性〟を使ったんだ。大人が『絶対ヒーローになれるよ』と言ってくれるほど優れた〝個性〟を。それなのに、それなのに。

 

 

「ま、まだだ! もっかい!!」

 

 

 勝負は何回も続いた。腕の角度を変えてみたり、噴射する回数を増やしてみたり、爆豪なりの工夫を重ねるも、ただの一度も少女より先にゴールすることは出来なかった。

 

 

「も…もういいでしょ…。…いい、加減。諦めてください…」

「ハァ…ハァ…、も、もっかい…!」

「かっちゃん…もうやめようよぉ」

 

 

 尚も食い下がる爆豪に、幼馴染が止めようと近付いてくる。

 

 

「うっせぇ! デクはじゃますんな!!」

 

 

 バッ! と幼馴染を払い除ける。しかし、疲労が蓄積していた爆豪は、勢いよく腕を動かしたことでバランスを崩し、そのまま少女を巻き込んで倒れ込んでしまう。

 

 

「だ、だいじょうぶ!?」

 

 

 倒れた2人に心配して幼馴染が手を差し伸べようとする。前にもあったその構図に爆豪の頭に更に血が昇る。

 意識が少女から幼馴染へと移る。そのせいで、後ろで呻く彼女の様子に気が付かなかった。

 元々、〝個性〟の連続使用で限界がきていた少女。負けず嫌いな性格故に、普段より負担のかかる使い方をして爆豪に勝とうとしていた。かろうじて我慢していたところに衝撃が加わり、堰き止めていた濁流がとき放たれる。

 

 

ゔッ、ぅぶえぇぇ…! 

「うわぁッ!! な、なにしやがんだゲロ女ぁ!!」

 

 

 背中から豪快に吐物をぶちまけられた爆豪は、少女を蔑称で呼び非難の声を上げたのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 6歳の夏。あの一回以来、爆豪は少女に会うことはなかった。

 母親に確認し、あの公園があった地域は同じ校区内と聞いていたので、小学校に上がれば再び彼女に会えると思っていた。そこで、あの日の敗北は〝偶々〟だったと証明してみせる。『おれがイチバンすげーんだ』と再確認するために。

 しかし、小学校に少女はいなかった。中学に上がっても、そこに彼女の姿はなかった。

 

 爆豪に明確な敗北を突きつけたあの〝ゲロ女〟は、それを払拭させる機会を与えることなく彼に苦い記憶だけを植え付けて行方をくらました。

 

 雄英の入学試験で再び敗北するその日まで──。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 自分の控え室に入ったと思ったら、上半身下着姿の異性が居た。ほんの僅かな間だけフリーズした爆豪は、即座に再起動してその類稀なる頭脳を総動員し最適解を導き出す。が、頭で分かっていても態度に表せないのが爆豪という少年だ。結局、彼女に背中を向けてこれ以上その豊かな果実と見事な肢体を目に入れないようにするしか彼には出来なかった。

 

 

「な! っんで、てめえがここに…控え室……あ、ここ2の方かくそが!」

 

 

 完全に逆ギレである。速やかに謝罪の言葉を述べることが出来る人間であれば、彼はクラスメイトから〝クソを下水で煮込んだような性格〟と評されることはない。

 しかし、彼にとって救いだったのは、相手が彼女であったことだ。多少は羞恥を抱いた移だが、明らかに事故であったと爆豪の態度で理解したため、怒りや被害意識は生まれなかった。峰田であったら鉄拳制裁だったが。

 

 

「…あー、まあ私もカギしてませんでしたし。別に気にしなくていいですよ。ワザとじゃないんでしょ?」

「当たり前じゃ! 誰が覗きなんかやるかッ!」

「ええ…、そこで切れます? やばいですね…」

 

 

 爆豪の背後で衣擦れが聞こえてくる。移は淡々と服を直していった。

 

 

「──爆豪」

 

 

 何と言おうか迷っていた爆豪に移が呼びかける。しっかり服を着たのか分かりようがない爆豪は、廊下を見つめたまま言葉の続きを待つ。

 

 

「轟との戦いでは、不完全燃焼でしたよね」

 

 

 眉間に皺がよる。試合前、『俺にも左の炎を使ってこい』と伝えたにも関わらず、轟は使わなかった。【炎熱】を出せば反撃できた場面で構えを解いて爆風に飛ばされた。彼の全力を上からねじ伏せる。それが目的だったのに。

 中途半端に試合が決着してしまい、なんの価値も見出せない勝利を与えられてしまった爆豪は、はらわたが煮えくり返る想いを抱えていた。

 そのことを指摘されて、不機嫌を隠さず舌打ちをする。

 

 

「…だったら何だってんだ」

「私が解消してあげますよ」

 

 

 あっけらかんと移は言い放つ。「もう振り返っていいですよ」と彼女から許可が降りて振り向いた爆豪は、先程のセリフの意図が読めず移を睨みつけた。

 化粧ポーチから鏡とリップグロスを取り出しながら、彼女は続ける。

 

 

「轟は〝全力〟を出しませんでした。あれは彼なりの事情があるのでしょう。それでも、真剣勝負に私情を持ち込んで有耶無耶にしてしまった轟は不義理だと思います。──ですから、私がその鬱憤を解消してあげます」

 

 

 手際良く薄く化粧を直していく移。荒事とは正反対な作業をこなしながら、会話の内容も声も好戦的な色が乗っている。

 

 

「キミの中で燻っている炎を、私が完全燃焼させてあげますよ。──全力でやり合いましょう」

 

 

 爆豪は奮い立つ。舐められているわけではない。移は、自分の実力を認めた上で、全身全霊で相手をすると言っている。そして、言葉にはしていないが、言外に〝負けるつもりはない〟という気持ちも読み取れた。

 

 あの夏。爆豪は不本意ながら忘れられない敗北を味わった。10年間も再戦することが叶わず、ずっと抱えてきた憤り。

 移はあの夏のことなんて全く覚えていない。自分は一目見て気付いたというのに。腹が立つ一方で、仕方がないとも理解していた。幼い頃にたった数十分一緒に居ただけの幼児のことなんて、覚えている筈がない。しかし爆豪の中には、消えることのない屈辱が長年蓄積されていたのだ。

 いま、彼女が言ったことは〝轟戦で抱えた鬱憤〟のことだと分かっている。

 だけど爆豪は。爆豪の中では。10年間燻っていたドロドロの重油のような火種が燃え盛り始めていた。

 

 

「──上等だ、空戸」

 

 

 移は鏡に向けていた視線を爆豪に移す。彼はいま、出会って初めて彼女の名前を呼んだ。

 

 

()()()負けねえッ! 俺が〝イチバン〟だ、ってえことを証明してやるよッ!!」

 

 

 10年ぶりの直接対決。互いに認識の齟齬はあるものの、2人の闘志は研ぎ澄まされていた。

 

 ──まもなく、雄英体育祭1年ステージ最後の闘いが始まる。

 

 

 

 




ち、違うんや〜。
移とかっちゃんが幼少期に一度だけ会っているのはプロットにあった設定なんやぁ…。
〝ゲロ女呼ばわりのガバ設定〟をリカバリーするための苦肉の策とかでは、決してないんやぁ〜。
堪忍してやぁ〜…。


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雄英体育祭:トーナメント④

 意気軒昂と私の控え室から出て行った爆豪を見送り、化粧の仕上げをする。一応ウォータープルーフだが、汗で崩れても見苦しくない薄付き程度に施した。…うん、どこから見ても美少女だ。

 

 女性になってそろそろ16年。勧められて始めたメイクもだいぶ板に付いてきたし、自分を着飾ることが趣味になってきている。相変わらず性自認はどちらとも言えないが、見てくれはマジョリティな女性と言えよう。良い傾向だ。戸惑うことは沢山あったが、人間慣れるものである。

 

 それにしても、さっきの爆豪はレアな反応で見ものだった。彼も異性の着替えを見てしまっては、ああも取り乱すらしい。私に吹聴されたときの影響を恐れた部分もあるだろうが、見間違いでなければ若干赤面していた気もする。爆豪も男子高校生ということか。意外と可愛いところもあるのかもしれない。まあ、それを帳消しにしてマイナスに振り切るほどの難点があるけれど。

 

 

「さて、と…」

 

 

 時計を確認する。いよいよ決勝戦が始まる。選手宣誓で〝優勝宣言〟をした以上、出来ませんでしたでは終われない。

 なによりも、私が勝ちたい。

 

 〝ヒーロー〟は必ずしも強くなくてはいけない訳ではない。13号のように、救助(レスキュー)に特化したヒーローも少なくない。既存の消防隊やレスキュー隊、自衛隊が〝個性〟の使用を認められていない以上、救助(レスキュー)専門のヒーローの存在は重要だ。私自身、最初はそういうヒーローになろうとした。

 救助(レスキュー)を優先するのだから、必然的に(ヴィラン)との戦闘経験は少なくなる。それでも、私は戦って倒すことよりも、今まさに苦しんでいる人々を1秒でも疾く救けるヒーローになりたかった。【前世】の経験からそういったことに造詣が深いことも関係している。

 

 けれど、それだけでは救えない人がいる。平然と理不尽を振り撒く存在から世の中を護るには、それに対抗する力が必要なんだ。

 戦う力、救う力、護る力…。全てが揃って、私は私の目標とする〝ヒーロー〟に成れる。

 

 その為にも、勝ちたい。今日だけじゃあない、この先も勝ち続けていくんだ。

 〝二兎を追う者は一兎をも得ず〟? そんなこと知ったことじゃあない。私は戦って勝利し、救って助ける、そして眉目秀麗な〝三兎〟を得た〝ヒーロー〟に成るんだ。

 

 

(やることはこれまでと変わらない。自然体で戦って、勝ち取るだけです)

 

 

 よし、と頰を軽く叩き気合を入れ、10万人と1人が待つステージへと向った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 篝火がゴウっと燃え盛る。離れた炎からの僅かな熱気とそれ以上に伝わるスタジアムの大観衆の熱意、そして正面にいる少年から向けられるドロドロとした闘志に、動いていない内から汗が頰を伝う。

 

 

『雄英高体育祭もいよいよラストバトル! 1年の頂点がこの一戦で決まる! いわゆる…決勝戦!』

 

 

 睨み合う私たちの間に言葉はない。伝えることはお互いに先程済ませている。私は美しく見えるように微笑んで、彼は傲岸不遜とも見える獰猛な顔をしていた。

 

 

『ヒーロー科、爆豪 勝己! バーサス、ヒーロー科、空戸 移!』

 

 

 互いの本気をぶつけ合う。正々堂々と、持てる力全てを出し切り相手を叩き潰す。

 

 

(さあ爆豪。燃やし尽くしてやりますよ)

 

 

 完全燃焼して、私の夢の薪となってくれ。

 

 

『今、スタートぉ!!』

 

 

 Booom!! 

 

 開始早々、爆豪は【爆破】を利用して急加速する。不規則な軌道で左右上下を入り混ぜながら私の方へと接近してきた。芦戸より断然速いが飯田よりは遅い。しかし、飯田のような直線的な単純な動きではなく、こちらが予測しにくい動きをしているため、狙いを定めるのが難しい。

 

 

(だけど、私を攻撃する瞬間。そこはどうしても動きが止まる筈です)

 

 

 両手をフル活用して推進力を得ている以上、攻撃する瞬間は片手もしくは両手とも移動から攻撃にシフトチェンジするだろう。そこを見極めて芦戸戦のように頭上から攻めさせてもらう。

 

 

「死ねえぇぇ!!」

「断ります!!」

 

 

 右前方から飛んできた爆豪は、左手をこちらに翳して突っ込んで来る。彼の左手が眩く光ったのを確認して、【空間移動(テレポート)】する。爆豪の今の進行方向と速度、攻撃による反作用で変化する軌道を考慮して、彼の右側、視界に入りにくい上空に倒立のような姿勢で自らを移送した。──が。

 

 

「バレバレなんだよッ!!」

「なっ!? ッ〜〜!!」

 

 

 爆豪の頭を捉える筈だった右手は空を切り、代わりに私を覆うように爆炎が襲った。回避が間に合わず直撃する。空中に居た私は、爆風で宙を舞う。

 

 

(いっっった)いッ!! けど、逃げないとっ!)

 

 

 咄嗟に顔を覆った両腕にひりつく疼痛が襲うが、追撃しようと接近する爆豪と迫る場外ラインを【空間探知(ディテクト)】で知る。痛む腕に集中力を乱されながら、なんとか爆豪から離れた場所に【空間移動(テレポート)】した。

 

 

『空戸に爆破が直撃!! よく攻撃当てたなァ!!』

『これまでの試合で見せていたからな、動きを読まれたんだろ。それでも、爆豪のあの反射神経と姿勢制御は流石のセンスだよ』

 

 

 先生たちの実況と解説を聞きながら、止まることなく動き回る爆豪から逃げ続ける。

 さっきの攻撃、私が消えた瞬間に爆破しながら左腕を薙ぎ払うようにしたのか。自分の動きや姿勢から、私がどこに【空間移動(テレポート)】するのかを予測し、その場所への攻撃を間に合わせた。言うは易く行うは難し…、相澤先生の言葉だがどんな戦闘センスだ。

 今も、逃げる為に【空間移動(テレポート)】するたびに〝私が触れるために移送するなら現れるであろう場所〟へ的確に爆破を撒いている。私がどのタイミングで爆豪に近付こうと、確実に反撃を食らうだろう。

 

 

(進行方向の前方がダメなら背後へ…、いやあの速度じゃあ触れる前に距離を取られる上に移動目的の爆破に巻き込まれますね…)

 

 

 不規則な軌道に加えてあの速度。至近距離に【空間移動(テレポート)】して万が一爆豪と重なってしまったら彼の体はバラバラになってしまう。かと言って、さっきのように少し離れた場所にすると爆破の餌食となる。飯田のように直接殴ってくるなら対応できるが、警戒されているのか攻撃手段は全て爆破だ。仕方なかったとは言え、両手以外でも【空間移動(テレポート)】できることを知られたのが痛手になっている。

 

 

「逃げてんじゃねえぞ! そんなんで燃え尽きると思ってんかッ!!」

 

(前も後ろも、近距離も離れてもダメ…なら!)

 

 

 左斜め前から爆豪が迫る。最初の攻撃を左右反転したような位置どりだ。彼の右手からボボボンと小さな爆破音が鳴る。爆破が当たる瞬間に自分を移送する。爆豪が前も後ろも対応するならば。

 

 

「んぐぅ…ッ! これで…!!」

 

 

 両腕を交差して熱を耐える。後方に大きく伸ばした右足で吹き飛ばされることを防いだ。爆豪の振り払われた右腕が視界から外れて、彼の顔が見えた。僅かに目を見開いていた。

 

 私の【空間移動(テレポート)】先は、さっき立っていた位置と同じ場所。ただし、腰を落として彼からは見えにくい姿勢になるように体を移送した。

 爆豪はこれまで通り、消えた私を確認して腕を振り払った。一瞬だけ爆破の余波が私を襲ったが、充分耐えられた。

 あとは、ここから前へ踏み込み、彼の体に触れたらチェックメイトだ。

 

 重心を左足に移動し、左腕を爆豪の体幹へと伸ばす。あと数センチ、その距離まで近付いたと思ったら、再び爆炎が私を襲った。左半身から背部にかけて衝撃が走る。

 

 

「ハッ…う……ッ!」

 

 

 ゴロゴロと地面を転がる。痛みに耐えれず呻き声が漏れた。【空間探知(ディテクト)】で確かめる余裕もない。とにかく、爆豪が絶対にいない、数百m上空へと【空間移動(テレポート)】で逃げる。

 

 

「はぁ…はぁ…、なに、が」

 

 

 完全に捉えたと思った。しかし、気付いたら私は吹き飛ばされていた。左肩から腰にかけて火傷を負った気がする。痛みがあるから、Ⅲ度熱傷ではないと思うが、動きに精彩を欠く程度には重傷だ。

 

 

(左側の火傷…まさか、振り払った右腕の勢いを利用して体を捻り強引に左手で爆破した、とかです?)

 

 

 あんな一瞬でそこまでの判断と実行するだけの身体能力…。過小評価していたつもりはなかったが、彼の戦闘センスは本当に末恐ろしい。

 

 

『堪らず空中に逃げる空戸! しかし、爆豪! 間髪を容れずに猛追してくぜ! ノンストップだぁ!!』

 

 

 地上から爆破音が近付いて来るのが分かる。

 考えろ。どうすれば爆豪に触れる? 死角に入っても、虚をついても触れるだけの隙は生まれなかった。繰り返して、彼の集中力が切れるのを待つか? …いや、長期戦で有利になるのは爆豪だ。汗をかくほど彼の〝個性〟の威力は増す。それに、爆豪の前に私の集中力が切れる方が早いだろう。

 ならば、どうする。麗日のように破片を利用して気を逸らすか。…ダメだ。それも警戒されていて、ステージの損壊は軽微だ。とても気を逸らすほどの瓦礫はない。

 

 

(…ん? 瓦礫…)

 

 

 ──ああ、そうか。ジャージだから、戦闘服(コスチューム)じゃあないからそれを失念していた。

 武器がなければ、作れば良いじゃあないか。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 空中から落ちて来る移に近付きながら、爆豪は次の一手を警戒する。ここまでダメージを食らうことなく彼女に重傷を負わせた爆豪だが、微塵も慢心していなかった。相手はこれまで自分を2度も負かした女だ。そして、どれだけ攻撃を当てていようが、彼女に一度でも触れられたらその時点で負けが確定してしまう。ここまで順調な試合運びをしたが、それで油断する気にはなれる筈もなかった。

 

 

(それに、こいつがこれで終わる筈がねえ…絶対なんかしてくる)

 

 

 これまで爆豪が移と会話した時間は合計しても10分もない。それでも、爆豪には分かっていた。自分を負かした彼女が、このままやられる筈がない、と。

 

 

(──関係ねえよッ。てめえが何をしてこよーが、全部ぶっ殺して、俺が〝イチバン〟だッ!!)

 

 

 そう、関係がない。駆けっこで負けていても、入試で大差をつけられても、戦闘訓練で〝敵わないんじゃ〟と思わされても。今、この瞬間は過去とは無関係だ。希少な〝個性〟を使いこなし、武術の才能もある同い年の少女。彼女がどれだけ優れていようとも、その謀略を全て叩き潰して自分が上に立つ。〝イチバン〟に成るのは──、

 

 

「この俺だッ!!」

 

 

 スタジアムの天辺まで落ちて来た移に爆炎をお見舞いする。同時に、移が【空間移動(テレポート)】しそうな場所にも放射状にばら撒く。彼女が消えてなければ、直撃した筈だが果たして移はそこに居なかった。

 

 

(どこに行きやがった…また上か?)

 

 

 その場に留まらぬよう細かく移動を繰り返して移の居場所を探す。そして見つける。ステージ場でタンクトップ姿で走り回る彼女を。

 何故脱いでいるとか、忙しなく走って何してるとか、疑問がいくつか浮かんだが、瞬刻に理解する。

 移が駆け回り地面に手を触れるたびにステージのコンクリートが隆起してひび割れていく光景を目にしたからだ。

 

 

(あの女、武器を作ってやがる…!)

 

 

 麗日戦を経験した爆豪は、不用意に瓦礫を作り出すと同じ戦法で移にも利用されると考え、ステージへの被害は最小限に留めていた。彼女の移動能力に加えて飛び道具まで揃うと対処する難易度は跳ね上がってしまう。しかし、移は自前で武器を用意してしまった。恐らく、脱いだジャージを地面に移送することでコンクリートを分断し、それを繰り返してステージ全てを粉々にしたのだろう。

 薄さが10cm程度の瓦礫だとしてもステージ全てで80から100tの重量となる。それらが全て降ってくるとなると麗日戦の比ではない。

 

 

「…ッさせっか!!」

 

 

 移の下へ急降下する。あれを全て使われるわけにはいかない。しかし。

 

 

「もう遅いですよ!」

 

 

 爆豪の攻撃を避けながら移は次々と瓦礫を上空へ移送していく。同時に地上に落ちるように計算されて【空間移動(テレポート)】された瓦礫群。数秒後には瓦礫がステージ上空の全てを覆った。

 

 相手の策に嵌まったことに苛立ち舌打ちする。地上を移動しながら爆豪は考える。

 この攻撃は恐らく囮。爆豪にぶつけてダメージを与えることが目的ではなく、あれを破壊するために最大火力で爆破した爆豪の隙を突くことが狙いだろう。すでに周囲に移の姿はなく、瓦礫が当たる前に接近してくることはなさそうだ。そもそも、そんなことをしていては移も瓦礫に巻き込まれてしまう。

 

 

(くだらねえ、んなもん正面からぶっ壊してやるわッ!)

 

 

 獰猛な笑みを更に深めて爆豪は構える。爆破で隙が生じようと関係ない。自身の隙も利用して、打ち破ってやろう。

 頭上に迫る瓦礫の天井に目掛けて、爆豪の最大火力が放たれる。

 

 

「【榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)】ぉぉ!!!」

 

 

 スタジアムが揺れるような轟音が響く。熱気が観客席まで届いて包み込む。

 降り注いだ瓦礫は爆炎で粉々に吹き飛び、爆豪にダメージを与えられなかった。ただ、戦闘服(コスチューム)もなしに放った最大火力に彼自身も無傷では済まず、攻撃を放った掌からは血が滲んでいた。

 呼吸を乱す爆豪の視界の端に何かが入る。──やはり来た。

 【榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)】の直後で動けないと予測したのだろう。確かに、衝撃でボロボロになった手ではろくな爆破は撃てない。移の読み通りだ。一つ違ったことは、彼が〝右手だけ〟で今の一撃を放ったということ。つまり。

 

 

「まだこっちが残ってんぞッ!」

 

 

 来ることは分かっていた。だから爆豪は、右手が潰れるリスクを負ってでも左手を残しておいた。こちらに向けて手を伸ばしているであろう彼女に向けて、最後の一撃を決めるつもりで左手を着火する。

 

 

「…は?」

 

 

 灰色の瓦礫。件の少女がそこにいると思っていた爆豪は呆気に取られる。それは、紛うことなく囮だった。

 

 

「ならホンモンはッ──」

「──ここですよ!」

 

 

 そして、隙を晒した爆豪の足首に何かが触れる感触がした。慌てて真下に視線を向けた彼の目に、地面から生えた腕が自分を掴んでいる光景が飛び込んできた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 最後の囮を移送すると同時に、私は彼の足元の地中へと【空間移動(テレポート)】した。真っ暗で何も見えず、地表に出した右腕以外動かせないが、【空間探知(ディテクト)】で爆豪の居場所は分かっている。彼の足首をしっかりと掴み、場外へと移送した。

 

 いつまでも地面から腕が生えている光景は締まらないし、シュールだろう。〝個性〟の連続使用で警告を出す脳からのメッセージに耐えて、最後の【空間移動(テレポート)】をしてステージに立つ。

 髪と顔に付いた土を払い、場外に居る彼を見つめる。悔しそうにする彼は、しかし騒ぐことなく、感情を抑え込むように歯を噛み締めていた。

 

 

「爆豪くん場外! よって、優勝は空戸さん!!」

 

 

 ミッドナイトが高らかに宣言した。

 満身創痍ではあるが、目標達成である。──私の優勝だ。

 

 

 

 

 



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【朗報】空戸移ちゃんについて語るスレ【美少女爆誕】

1:名無しのヒーローオタク

移ちゃんがかわいすぎてファンになったわ

 

3:名無しのヒーローオタク

>>1誰やそいつ

 

4:名無しのヒーローオタク

>>3今年の雄英体育祭1年生の優勝者や

 

6:名無しのヒーローオタク

>>4ほーん

雄英体育祭とか興味ないから見てねーわ

 

9:名無しのヒーローオタク

流石に逆張り過ぎだろ

今時雄英体育祭見ない奴なんて非国民か(ヴィラン)くらいじゃね

 

11:名無しのヒーローオタク

>>9(ヴィラン)でも未来のヒーローの情報得られるんだから見てるだろ

 

13:名無しのヒーローオタク

>>9斜にかまえたい年頃なんだろ

そっとしといてやれ

 

14:名無しのヒーローオタク

あの選手宣誓はビビったよな

優等生顔からのまさかのビッグマウスだからな

 

16:名無しのヒーローオタク

あんなとこで思ってても言えないよな普通

 

18:名無しのヒーローオタク

>>16雄英生のトップが俺らと同じだと思ってんの?

普通じゃねんだわ

 

21:名無しのヒーローオタク

倍率300超えだからなー

おれの出身校なんて3倍もなかったわww

 

24:名無しのヒーローオタク

澄まし顔で優勝宣言…痺れました(トゥンク…

 

26:名無しのヒーローオタク

美人で頭良くて〝個性〟も強いなんてズルくない??

 

27:名無しのヒーローオタク

俺なんてブサ面でアホで没〝個性〟だからな…

あれ?雨が降ってきたな…

 

30:名無しのヒーローオタク

>>27涙拭けよ

 

33:名無しのヒーローオタク

>>27隙あらば自分語り

 

34:名無しのヒーローオタク

>>27俺いつの間に書き込んでたっけ??www

 

36:名無しのヒーローオタク

>>27

>>34

 

37:名無しのヒーローオタク

てか【ワープ】系〝個性〟ってそれだけで強いよなー

実際にどの種目でも無双してたしwww

 

38:名無しのヒーローオタク

レアだよな

プロヒーローで同系統の〝個性〟の奴いたっけ

 

39:名無しのヒーローオタク

障害物競走がなんの障害にもなっていなかった件

 

42:名無しのヒーローオタク

>>38たしか地方ヒーローで何人かいた筈

移ちゃんみたいに自由度なさそうだけど

 

45:名無しのヒーローオタク

>>38うちの地元におるで

自分の血が付いたとこに飛ぶやつ

マーキングせなあかんからサポートアイテム駆使してたわ

 

46:名無しのヒーローオタク

>>45なんそれ失血死せんのか?

 

48:名無しのヒーローオタク

>>46そんなたくさんいらなさそうだった

血を含んだ弾みたいなん撃って【ワープ】してたわ

 

50:名無しのヒーローオタク

てかあの〝個性〟汎用性高すぎんか?ぴょんぴょん飛んでたやろ

 

53:名無しのヒーローオタク

発動時間も一瞬だったな

他人を【ワープ】するには触る必要がありそうだったけど

 

54:名無しのヒーローオタク

インゲニウムの弟?と戦った時は肩に触れただけで発動してたな

ぶっ飛ばされてたけどwww

 

57:名無しのヒーローオタク

>>54ボロボロになってたよな

だいぶ痛そうにしてたけどちょっと涙目になってておじさんキュンてしちゃったんだわ…

 

59:名無しのヒーローオタク

>>57わかる

 

61:名無しのヒーローオタク

>>57おっさんキモいよ

 

64:名無しのヒーローオタク

優勝したのはすげーけど騎馬戦とかつまらんかったわ

1000万の奪い合い期待してたのにずっと上にいて拍子抜けした

優勝宣言したくせにせこいよな

 

66:名無しのヒーローオタク

>>64実況スレでも同じこと言う奴いたけど制空権取れるだけでもすげーからな?サポートアイテムなしで同じことできるやつなんてプロヒーローでもそんなにいねーよ

 

69:名無しのヒーローオタク

>>64全国放送されてるから勘違いする奴いるけどあくまで〝体育祭〟だから

せこいもなにも勝ちに拘ったら合理的に動くのは当然だろ

 

70:名無しのヒーローオタク

騎馬戦のときだけど後ろからひっそり迫ってた手?にも反応してたよな

あれってペアの子の〝個性〟なの?

 

73:名無しのヒーローオタク

>>73サポート科の女の子か

あの子もトーナメントで目立ってたなww

 

75:名無しのヒーローオタク

>>70ペアの〝個性〟かサポートアイテムだろうな

完全に死角なのに対応してたし

 

78:名無しのヒーローオタク

別スレでは探知能力も空戸移の〝個性〟って推察されてたで

 

80:名無しのヒーローオタク

>>78それはないやろ

【ワープ】と【探知】ってまったく別物や

 

82:名無しのヒーローオタク

>>78〝個性〟2つ持ちとかチートじゃん…

 

85:名無しのヒーローオタク

>>80知らね

考察スレで言われてただけだから

 

87:名無しのヒーローオタク

でもエンデヴァーの息子も氷と炎の2つ持ちだろ?なくはないんじゃない?

 

89:名無しのヒーローオタク

>>87轟は〝温度を操る〟って系統分けしたら納得できるけど空戸のは話が違う

 

90:名無しのヒーローオタク

なんでもいいわ美少女をすこれ

 

92:名無しのヒーローオタク

>>90

 

94:名無しのヒーローオタク

>>90

 

96:名無しのヒーローオタク

ショートカット美少女すこ

 

98:名無しのヒーローオタク

敬語系美少女すこ

 

100:名無しのヒーローオタク

美乳で巨乳な美少女すこ

 

101:名無しのヒーローオタク

汗だく火傷で爛れて土にまみれたボッロボロな美少女すこ

 

102:名無しのヒーローオタク

ドヤ顔の美少女す…おいwww

 

105:名無しのヒーローオタク

>>101たまげた性癖だなぁおい

完全に同意

 

106:名無しのヒーローオタク

>>101あんなに大怪我を負った女の子が良いとか歪んでんじゃねーの?

支持するわ

 

108:名無しのヒーローオタク

>>101気持ちわりーな人の心を持ってねえのか

おれもすこすこのすこ

 

109:名無しのヒーローオタク

>>101 >>105 >>106 >>108お前ら人間じゃねぇ!!

 

110:名無しのヒーローオタク

変態しかいないわwwwww

 

111:名無しのヒーローオタク

いやでもわかるわ…

移ちゃんってたぶん育ちの良いお嬢様だろ?

そんな子が怪我だらけになって健気に頑張ってるのってこう…グッとくるよな

 

113:名無しのヒーローオタク

移ちゃんが爆破されて火傷した「肩」…あれ……初めて見た時……なんていうか……その…下品なんですが……フフ…勃起……しちゃいましてね………

 

114:名無しのヒーローオタク

>>113もしもしポリスメーン??

 

117:名無しのヒーローオタク

>>113(ヴィラン)受取り係り仕事しろ

 

120:名無しのヒーローオタク

正直爆豪はやり過ぎだと思ったけどあの移ちゃんを見れたからgjだわ

 

121:名無しのヒーローオタク

(ヴィラン)顔な爆豪と移ちゃんの試合はどう見ても暴れる(ヴィラン)を退治するヒーローだったわ

 

124:名無しのヒーローオタク

爆豪も強いんだけどなー

あの顔と言動がヒーローに相応しくない

 

127:名無しのヒーローオタク

>>124相応しくないとか何様よ

 

128:名無しのヒーローオタク

>>127でも本当にあれはどうにかすべきだと思う

雄英にいていい人柄じゃない

 

131:名無しのヒーローオタク

爆豪のことはどーでもいい!!それより移ちゃんだ移ちゃん!!

 

133:名無しのヒーローオタク

表彰式のオールマイトからの言葉でおれ泣いたわ

 

134:名無しのヒーローオタク

>>133あれって後継者認定でいいんですかね??

 

135:名無しのヒーローオタク

選手宣誓と合わせて見るとジーンとくるよな…

 

138:名無しのヒーローオタク

>>134そこまでじゃないだろ

優勝者に向けた言葉であって他のやつが優勝してたら同じこと言ってたよ

 

141:名無しのヒーローオタク

>>134後継者は言い過ぎ

いずれビルボードに載るだろうけどオールマイトは超えんわ

 

143:名無しのヒーローオタク

オールマイト超えとか数十年もエンデヴァーができんかったことをあの子ができるとは思えない

 

146:名無しのヒーローオタク

No.1になるってだけでオールマイトを超えるとは言ってないだろ

オールマイトが引退してからの話かもしれん

 

149:名無しのヒーローオタク

>>146オールマイト引退っていつの話だよ

その頃には移ちゃんもおばさんだろ

 

152:名無しのヒーローオタク

>>149オールマイトもいい歳だろ?10年後にはどうなってるかわかんねーぞ

 

154:名無しのヒーローオタク

オールマイトが引退するわけない

 

155:名無しのヒーローオタク

オールマイトがやめたらこの国から出てくわww

 

158:名無しのヒーローオタク

>>155日本以上に治安の良い国なんてねえぞ?スターアンドストライプもすげーけどそれ以上にアメリカの(ヴィラン)犯罪は多いし

 

161:名無しのヒーローオタク

>>158スタストさんとかオールマイト以上に謎だよなwwあの〝個性〟どうなってんだよwww

 

164:名無しのヒーローオタク

スターアンドストライプみたいな体型になった移ちゃん…アリ…だな

 

167:名無しのヒーローオタク

>>164筋肉おばさんはNGで

 

170:名無しのヒーローオタク

>>164移ちゃんがあんな筋肉ダルマになるはずないダロォ!!

 

172:名無しのヒーローオタク

No.1になるってことはそういうことさ…

 

173:名無しのヒーローオタク

ぴえん…

 

175:名無しのヒーローオタク

ミルコ路線ならアリだろ?

 

177:名無しのヒーローオタク

>>175あり

 

179:名無しのヒーローオタク

>>175あり

 

181:名無しのヒーローオタク

>>175あり

 

184:名無しのヒーローオタク

>>175なし

臭そう

 

187:名無しのヒーローオタク

>>184は?

 

189:名無しのヒーローオタク

>>184おい表へ出ろ戦争だ

 

191:名無しのヒーローオタク

>>184てめえは言ってはならないことを言ったなぁ!!

 

194:名無しのヒーローオタク

>>184あんた…今おれのミルコのことなんつった!

 

195:名無しのヒーローオタク

はいはい

関係ないヒーローの話はやめとけやめとけ

 

196:名無しのヒーローオタク

ヒーロー談義はスレ違い

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

368:名無しのヒーローオタク

ヒーロー名はなんになるだろな

 

372:名無しのヒーローオタク

>>368移ちゃん

 

373:名無しのヒーローオタク

>>368テレポーター

 

375:名無しのヒーローオタク

>>368リョナガール

 

379:名無しのヒーローオタク

まだ変態さんがいるよぉぉ…

 

383:名無しのヒーローオタク

>>375ストレートすぎるわもっと隠せ

 

386:名無しのヒーローオタク

だれも話題にせんから爆弾投下するわ

 

390:名無しのヒーローオタク

>>368テレテレ

 

394:名無しのヒーローオタク

>>386ん?なんだ?

 

395:名無しのヒーローオタク

386がなにか言っておりますぞ

 

399:名無しのヒーローオタク

空戸移の両親は『ポートマン』と『Ms.ディテクター』

 

402:名無しのヒーローオタク

>>399…は?これマ??

 

404:名無しのヒーローオタク

>>399いやいやいやwwwさすがに…

 

405:名無しのヒーローオタク

>>399確かに同系統の〝個性〟だけどないだろ

 

408:名無しのヒーローオタク

だれよそいつら

 

410:名無しのヒーローオタク

>>408昔いたプロヒーローだよ

ポートマンの相棒(サイドキック)がMs.ディテクター

 

412:名無しのヒーローオタク

>>408 10年以上前はビルボードチャートでも上位をとってた2人だな

 

416:名無しのヒーローオタク

いまは見ないじゃん

どうしてんのその人ら

 

419:名無しのヒーローオタク

>>399ソースはあんの?

 

423:名無しのヒーローオタク

>>416言わせんなよ

 

427:名無しのヒーローオタク

ソースはない

ただ昔近所に住んでた

公表されてなかったけど2人の苗字は『空戸』だった

娘は事件当時6歳だった

Ms.ディテクターと顔がそっくり

こんだけあれば充分だろ

 

430:名無しのヒーローオタク

ええ…まじで…?

 

431:名無しのヒーローオタク

あり得ないこともないか

 

434:名無しのヒーローオタク

たしかに似てんな…

瞳の色はポートマンと同じか?

 

438:名無しのヒーローオタク

>>427事件ってなんだよ不穏だな…

 

440:名無しのヒーローオタク

>>438不穏もなにも知らないの?

 

443:名無しのヒーローオタク

10年前だからな

なんでかあまり大きく取り上げられなかったし

 

447:名無しのヒーローオタク

いまの子どもは知らん人多いだろ

当時でも数日でニュースに載らんくなった希ガス

 

450:名無しのヒーローオタク

ほい

https://

 

452:名無しのヒーローオタク

>>450貼るなし

 

453:名無しのヒーローオタク

ええ…これマジで?

 

456:名無しのヒーローオタク

この記事は割とマイルドに書かれてるけど

 

457:名無しのヒーローオタク

427の言ってることが本当だとしたら移ちゃんのメンタルどうなってんの?

 

459:名無しのヒーローオタク

俺なら立ち直れねえわ…

 

462:名無しのヒーローオタク

なんであんな微笑んでいられるん?

 

465:名無しのヒーローオタク

だからこそヒーロー目指してんのかもな

 

468:名無しのヒーローオタク

こんなことあって6歳の子どもが正気保てるの?教えてエロい人

 

471:名無しのヒーローオタク

>>468PTSDにはなるんじゃね?知らんけど

 

472:名無しのヒーローオタク

それも踏まえてイケ…いや無理だわさすがに萎える

 

474:名無しのヒーローオタク

>>472イケてたらほんまもんの屑だわ

 

475:名無しのヒーローオタク

この犯人って捕まってんの?

 

479:名無しのヒーローオタク

>>475捕まってる

たしかタルタロスに収監されてる

 

480:名無しのヒーローオタク

タルタロスに入れられた(ヴィラン)なら詳細が伏せられてるのも納得だわ

国はそういうの隠したがるからな

 

484:名無しのヒーローオタク

移ちゃんすこすこ!するスレだと思ったのに(´;ω;`)

 

485:名無しのヒーローオタク

おいどうしてくれんだ427

めっちゃ空気悪くなってんじゃん

 

489:名無しのヒーローオタク

マスゴミが食いつきそうなネタだな…

明日にはニュースになってんじゃね??

 

491:名無しのヒーローオタク

胸糞悪いな

 

494:名無しのヒーローオタク

移ちゃんかわいそす…。゚(゚´ω`゚)゚。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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THE・不☆穏

掲示板ネタは書いてて楽しかったっす。


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職場体験
胸膨らむ授業


お待たせしました。
ヒーロー情報学のお時間です。


 体育祭の振替休日が明けて登校日。リカバリーガールの治癒による体力の消耗と純粋な気疲れから休みの間は泥のように眠ったが、今日はすこぶる快調だ。天気は雨だが、ここ数週間の目標だった〝体育祭優勝〟を無事達成できたこともあって、私の内心は快晴である。

 

 

「やっぱりテレビで中継されると違うねえ! 超声かけられたよ来る途中!」

「ああ、俺も!」

 

 

 雄英体育祭の影響は大きく、特に最終種目出場者は画面上に1人で映る時間も多かったため、登校途中に注目を集めたらしい。あいにくと私は自動車で送迎されての登校のため、声をかけられる機会はなかったが、中学校の旧友から沢山のメッセージが届いていて返信に多大な時間を要した。嬉しい悲鳴だ。

 

 

「おはよう」

 

 

 いつもの調子でのっそりと教室に入ってきた相澤先生に、先程まで賑やかだった教室は一斉に静まり返り、みんな声を揃えて挨拶を返した。

 もともと真面目なヒーロー志望というだけでなく、この1ヶ月で先生に躾けられた成果だ。

 

 

「ケロ? 相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

 

 

 体育祭までは全身包帯だらけだった先生は、ギプスも取れて普段通りの格好に戻っている。梅雨ちゃんの言葉に、『ばあさんの処置が大袈裟なんだよ』と軽い調子で返していた。

 …顔面の包帯はやり過ぎ感があったけど、両腕の固定に関しては当然の対応だと思う。というか、20日も経ってない内に完治するなんて、現代医学とリカバリーガールの力は凄いよ、ほんと。私が爆豪から受けた爆破による熱傷も、100年前だと確実に痕が残っていた傷だと言うのに、その日の内に完治したのだから恐ろしい。

 

 

「──んなもんより、今日のヒーロー情報学。ちょっと特別だぞ」

 

 

 教室が緊張感に包まれる。いつも突然な雄英のことだ。相澤先生が〝特別〟と言うのだから余程のことだろう。抜き打ちテストとかならまだ良いが果たして何が言い渡されるのか…。

 そこかしこから息を飲む音がした。

 

 

「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」

「「「胸膨らむやつ来たぁぁ〜!!」」」

 

 

 良い意味で余程のことだった。みんなから爆発したような歓声が上がる。芦戸なんて飛び跳ねて喜んでいた。

 

 

 ──ギンッ! 

 

 

 相澤先生の眼光が鋭くなり(というか本当に赤く光り)威圧感が放たれる。説明中だ、そう言いたいのだろう。教室は一瞬で静寂に包まれた。

 

 

「と言うのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる」

 

 

 体育祭前に説明があったプロからのドラフト指名。本格的に即戦力として期待されるのは来年以降らしく、今年の私たちに来る指名は〝お試し〟に近い。卒業までに興味が削がれれば指名を取り消されることになる。

 相澤先生はそう前置きをして、プロジェクターで今回の集計結果を映し出した。

 

 A組指名件数
 空戸 :2866

 爆豪 :2435

 轟  :2378

 飯田 :360

 上鳴 :272

 常闇 :243

 八百万:149

 切島 :68

 麗日 :20

 蛙吹 :17

 瀬呂 :14

 

 

「例年はもっとバラけるんだが3人に注目が偏った」

 

(おお…めっちゃ指名来てますね…!)

 

 

 優勝した私と準優勝の爆豪、3位の轟に票が集中する結果となっていた。轟と比べて同率3位の飯田が少ないのは、表彰式に彼が居なかったことも関係しているのだろうか。

 後ろで歓喜する麗日とほんのり笑顔になっている梅雨ちゃんに微笑ましい気持ちになりつつ、チラリと左奥にいる爆豪を見やる。かなりの数の指名を受けたにしては、納得のいってない様子だ。表彰式にて準優勝を祝福するオールマイトに対して彼が言っていた言葉を思い出す。

 

 

『1位じゃねえと、全部ゴミなんだよ』

 

 

 怒りを抑え込んだ声色で語っていた。怪我なんてしていないのに、まるでどこかを抉られたような雰囲気だった。轟との戦いで溜まった鬱憤は晴らせた筈だ。しかし、それはそれとして〝敗北〟という傷は、自尊心の塊のような彼にとって簡単に折り合いのつくものではないのだろう。今も垣間見える怒りの感情は、私に対してではなく〝己自身〟に対する物だと思う。

 

 

(難儀な性格ですね…彼も)

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく所謂〝職場体験〟ってのに行ってもらう」

 

 

 相澤先生が続きを説明する。

 職場体験…、【前世】では中学生の頃に消防署に行かせてもらった記憶がある。梯子車に乗ったのは良い思い出だ。

 

 私たちA組は入学直後に(ヴィラン)と会敵した訳だが、あれはイレギュラー。本来ならプロヒーローの庇護下で段階を経てそれを経験する筈だった。

 先生曰く、『プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしよう』というのがその〝職場体験〟の趣旨らしい。そして、そこへ行くための〝ヒーロー名〟の考案という訳だ。

 〝職場体験〟と言っても私たちはヒーローの卵。プロの下で校外活動をする以上、一般人からは〝未来のヒーロー〟として認識されるだろう。〝ヒーロー名〟は単なる飾りじゃあない。ヒーローとしての自分の在り方を決定付ける重要なファクターなのだ。

 

 

「まあ、そのヒーロー名はまだ仮ではあるが適当なもんは──」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!」

 

 

 ガララっ、と音を立てて勢い良く教室に入ってきた人物が相澤先生の言葉を引き継ぐ。入口を見るとボディラインがくっきり出た戦闘服(コスチューム)を身に纏った香山先生──ミッドナイトがランウェイで見るようなモデル歩きをして教壇に近付いていた。

 

 

「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!」

 

 

 ミッドナイトの説明に合点が行く。高校生の適当なノリで付けてしまったが最後、一生珍妙なヒーロー名で呼ばれてしまうことも少なくないのだろう。馬鹿にするつもりは一切ないし、彼女のことは尊敬しているが、私は〝リカバリーガール〟のような名前を名乗る度胸はない。人それぞれだろうが、15年後の自分はきっと後悔するだろう。

 

 

「──ま、そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう」

 

 

 相澤先生は『俺はそう言うのは出来ん』と言いながら、足元からいつもの寝袋を取り出した。適材適所なのだろうが、役目がなければ仮眠を取ろうとするところが彼らしい。

 

 

「将来の自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近付いていく。それが〝名は体を表す〟ってことだ。──〝オールマイト〟とかな」

 

 

 オールマイト(全能)──彼だからこそ名乗れる名だ。今の彼にはこれ以上ないくらいピッタリな名前だが、それをデビュー当時から名乗っているのだから、相当な覚悟があった筈だ。軽い気持ちで名乗れるものじゃあない。

 

 

(将来の自分…ですか)

 

 

 〝私〟が幼い頃に憧れたヒーロー、そして体育祭で宣言した目標。そこに近付くために私が名乗るべき名前。…まあ、仰々しく考えても私のヒーロー名は既に決まっている。前席の切島から渡されたフリップボードと油性マーカーを受け取り、前々から考えていた名前をさっそく書き始めた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──数分後。

 

 

「じゃあ、そろそろ出来た人から発表してね」

 

(フリップボードが渡されたことから予想してましたが…やっぱりそういう形式ですか)

 

 

 ミッドナイトの声に周りがギョッとしたのが伝わった。今後ヒーロー活動中に名乗るのだから恥ずかしがっている場合ではないが、子供の頃の妄想を語るようで躊躇する気持ちも分かる。それを捨て去る為の発表形式なのだろうけれど。

 皆が戸惑っている間に、青山が悠然と教壇に上がっていた。流石青山、名前の通り優雅である。

 

 

「輝きヒーロー、〝I can not stop twinkling〟! 訳して、〝輝きが止められないよ☆〟!」

(いや、短文…)

 

 

 バーン! とボードが頭上に掲げられた。恐らく、私以外にも多くのクラスメイトが同じ感想を抱いただろう。

 しかしそれを受けたミッドナイトは淡々と修正を加え、〝Can't stop twinkling〟が呼びやすいと査定していた。あまりに自然に流れていったが…。

 

 

「じゃあ次私ね! ヒーロー名〝エイリアンクイーン〟!」

2(ツー)! 血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!」

 

 

 某映画に登場するキャラクターと同じ名前を発表した芦戸には、流石にストップが掛かった。唇を尖らせて席に戻る芦戸はとても残念そうで、冗談ではなく真面目に言っていたことが分かる。公開されたばかりの流行りのリブート映画から引用する辺りが芦戸らしい。

 

 

「ケロ! じゃあ次、私いいかしら」

 

 

 梅雨ちゃんがフリップボードを隠しながら前に出る。若干大喜利っぽい空気になっても物怖じしない度胸は、梅雨ちゃんの良いところだ。

『小学生の頃から決めてたの』と可愛らしい前置きをして彼女はボードを皆に見せる。

 

 

「梅雨入りヒーロー〝フロッピー〟」

「かわいい! 親しみやすくていいわ!」

 

 

 『みんなから愛されるお手本のようなネーミングね』とミッドナイトがベタ褒めする。本当にその通りだ、梅雨ちゃんかわいい。

 

 梅雨ちゃんのおかげで発表しやすい空気になり、次々と発表されていく。切島は紅頼雄斗(クリムゾンライオット)をリスペクトした〝烈怒頼雄斗(レッドライオット)〟と、耳郎は〝個性名〟の通り〝イヤホン=ジャック〟と、障子は触手とタコをもじった〝テンタコル〟と発表した。

 

 続いて瀬呂、尾白、砂藤がそれぞれ〝セロファン〟〝テイルマン〟〝シュガーマン〟と〝個性〟になぞらえたヒーロー名を名付けた。分かりやすい名前は、それだけ民衆に覚えてもらいやすいため最適だ。

 

 一度ボツを食らった芦戸と葉隠は、〝ピンキー〟〝インビジブルガール〟と言う外見の特徴を捉えた名前、上鳴は〝チャージズマ〟と小洒落た名前だ。

 

 八百万はフォントまで気を遣った丁寧な文字で〝クリエティ〟と、反対に轟は雑に〝ショート〟と本名をヒーロー名にしていた。

 常闇は〝ツクヨミ〟とイカす名前で、峰田は〝グレープジュース〟と意外にセンスのあるポップな名付け方をしていた。

 そして、爆豪は──。

 

 

「爆殺王」

「うわぁ…」

 

 

 小学生じみた名付け方だった。今までテンポ良く肯定していたミッドナイトも流石に『そういうのはやめた方がいいわね』と低い声でマジレスしている。仮にもヒーローが〝殺〟という字を名前にしたら不味いと少しも思わないのか彼は。

 不愉快そうに席に戻る爆豪と代わって麗日が教壇に立つ。恥ずかしそうに立てたフリップボードには、ポップな書体で〝ウラビティ〟と書いてあった。

 

 

「しゃれてる!」

 

 

 爆豪と打って変わってにこやかにミッドナイトがコメントする。麗日はホッとした様子だ。

 1人を除いてみんな個性的で良い名前ばかりだ。突然の〝ヒーロー名考案授業〟であったが、昔から考えていた者が多いということか。ヒーローを目指しているのだから、当然と言えば当然か。

 さて、勿体ぶっていた訳ではないが、私もそろそろ発表をしに行こうか。

 

 

「残っているのは再考の爆豪くんと緑谷くんと飯田くん、それから──」

「私、行きますね」

 

 

 ミッドナイトの声を遮って前へ出る。命名の意味が伝わりやすいように書いたフリップボードを教卓に立てる。

 

 

 

救急ヒーロー

テレスキュウ

 

()()ポート + ()()()()ー + ()(スフィア)

 

 

 

「離れていてもすぐに駆けつけて救けるヒーロー、それが私の目指す未来です」

「語感が良くてキャッチーね! いいわ!」

 

 

 私が〝僕〟の頃から抱いていた想い、それを実現するための願いを込めた名前だ。雄英に合格する前から考えていた。麗日の時と同じように皆から拍手を送られ、気恥ずかしさを誤魔化すように髪を耳にかける。妄想を口にするようで思ったより照れてしまう。

 

 

(私は、この名前で立派なヒーローになってみせます…!)

 

 

 温めていたヒーロー名を披露しただけだけど、ヒーローになるための歩みを進められたような気がした。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 爆豪以外のヒーロー名が決定し、ヒーロー情報学は終了した。ちなみに、再考した爆豪が発表した名前は〝爆殺卿〟である。〝勝己〟と名付けた親のセンスは彼に遺伝しなかったようだ。

 ヒーロー名考案が終了後、相澤先生から職場体験のガイダンスがあった。期間は1週間、行く職場は〝指名してきた事務所〟或いは〝学校がオファーした事務所〟から選ぶことになる。私は三千件近い事務所の名前が書かれたリストを渡された。それぞれの事務所がどの程度の規模で、何に特化した職場なのか、それを調べるだけでも苦労しそうだ。

 

 

(ざっと見た感じ、有名なヒーロー事務所も多いですね)

 

 

 ビルボードチャートで毎年載ってくるようなプロヒーローがいくつか名前を連ねていた。〝エッジショット〟〝クラスト〟〝ギャングオルカ〟〝マジェスティック〟〝ミルコ〟〝シシド〟…。山岳救助を得意とする〝ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ〟からも指名が来ていた。

 どの事務所も興味深く、許されるなら全部に行ってみたいがそうもいかない。本当に悩ましいが、私の〝個性〟を実戦で活用するためにとても参考になる人をリストから見つけた。

 

 その人は、10代でトップ10に食い込んだ唯一のヒーローとして知られ、世間から『速すぎる男』と呼ばれている。個性犯罪から市民のサポートまで細やかかつ迅速に解決しており、彼の下で学ぶことが出来れば、色んな方面で実りある体験が出来るだろう。

 何より、彼は〝疾い〟。テレビで観た彼の活躍は、初動から解決までが恐しく疾く、そして的確なのだ。察知、移動、制圧。全てにおいて超一流のヒーローから指名が来ている。一つの事務所にしか行けない職場体験では、彼が最優先だ。

 

 ウイングヒーロー〝ホークス〟。

 

 私はその日の昼休みの内に〝希望体験先〟記入用紙の第一希望に彼の事務所名を記入した。

 

 

 

 




ということで、移ちゃんのヒーロー名は〝テレスキュウ〟で、職場体験は〝ホークス〟の下へ行きます。
常闇くんの回想で少しだけ原作にも描かれていますが、ほとんど原作にないオリジナル展開になると思います。つまり書くのに時間がかかるんじゃあ…。
週一投稿を目指して頑張りますね。


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職場体験①

おまたせしました。
職場体験は全④話くらいになる予定です。
常闇くん、師匠を独占する時間を奪ってごめんよ…


「化粧水…日焼け止め…ヘアケアセット…よしっ」

 

 

 ポーチの中身を最終確認する。移動先で買える物は別に良いが、専門店でしか購入できない物も多いため忘れたら落ち込む。私の肌と髪に1番合う物を選んで使っているから、プチプラでは替えが効かないのだ。

 他に最低限の下着や宿泊用品を詰め込みパッキングを終了する。大きめのバックパックがパンパンになってしまったが、明日から1週間も外泊することを考えたら少ない方だろう。

 

 

(もー、わくわくですねっ)

 

 

 学習のために行くのに浮かれていてはいけないと分かっている。けれど、憧れのヒーローの活躍を間近で見られて勉強できることに、気持ちが抑えきれずにいた。

 明日からいよいよ職場体験が開始する。行き先は福岡県福岡市──ウイングヒーロー〝ホークス〟の事務所がある場所だ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 新幹線が通っている大きな駅に制服姿で集合した私たち一年A組は、逸る気持ちを隠すことなく相澤先生の締めの言葉を聞いていた。

 

 

「全員戦闘服(コスチューム)持ったな。本来なら公共の場じゃ着用禁止の身だ。──落としたりするなよ」

「はーい!」

「伸ばすな。〝はい〟だ、芦戸」

 

 

 テンションに任せて元気良く返事した芦戸に先生の厳しい指摘が入る。眉を落として芦戸はしょぼくれた。かわいい。

 

 

「くれぐれも体験先のヒーローに失礼のないように。じゃあ行け」

「「「はい!」」」

 

 

 先生の号令を最後に、各々が目的地へと行くために移動を開始する。新幹線で移動する私は、同じく新幹線を利用するクラスメイトたちと改札口へ向かった。

 

 

「常闇と空戸は九州か、逆だ」

 

 

 切島が言う。彼は上りを利用すると言うことか。

 

 

「これから1週間よろしくです、常闇」

「ああ、有益な時を過ごそう」

 

 

 常闇とは今まであまり接点がなかった。しかし、彼もホークスから指名を受けたらしく、同じ職場へ行くことになる。あまり饒舌に話すタイプではないが、これを機に仲を深められると良いな。

 

 

「常闇の荷物は随分と少ないですね…。通学用鞄と同じですか?」

 

 

 彼の荷物の少なさに気になってしまった。たすき掛けをしたボストンバッグはかなり小さい。

 

 

「荷物は最低限にした。空戸のは…、巨大だな」

「私も最低限にしたつもりなんですけどね。パッキング下手ですかね…?」

 

 

 言葉を選ぼうとして、常闇は結局素直に感想を伝えてきた。肩からお尻までの高さのある私のバックパックは、彼のバッグと比べてかなり大きいからその感想も仕方ない。

 すると、横を歩いていたら八百万が声をかけてきた。彼女の鞄もかなり小ぶりだ。

 

 

「あら、宿泊先のホテルに郵送しませんでしたの? それなら空戸さんの荷物は大分少ないと思いますけれど」

「郵送…! その手がありましたかっ!」

 

 

 なるほど、事前に郵送していれば良かったのか。八百万は、着替えやコスメ類、それに普段から愛用している茶葉までホテルに送ったらしい。流石お嬢様だ、旅慣れしている。

 それから私と八百万は、荷物の話から普段使いの化粧品の話に移り変わり、結構盛り上がった。彼女が使っているアイクリームが私と同じ物だったことは驚きだ。雄英に入ってから授業や訓練が忙しすぎて、女子とこういう話をあまり出来ていなかったから、情報交換は貴重である。私が興味のあるブランドで使ったことのない商品について知っていた八百万から、色々と所感を教えてもらう。なかなか良さそうで、今度買ってみることに決めた。

 

 

「俺、あいつらが何の話してんのか全くわかんねーわ」

「…同意だ」

 

 

 結局、別々のホームに別れるまで八百万と話すことに熱中してしまったのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──昼前。

 福岡市に到着した私と常闇は、そのままの足でホークス事務所があるビルへと向かった。街の中心地の高層ビル、その最上階が彼の事務所だ。

 流石はビルボードチャート3位のプロヒーロー事務所、ビルのエントランスは豪勢な作りをしており、お爺ちゃんの会社を訪ねた時のことを思い出す。受付で学生証を見せ用件を伝えると、事前に連絡があったのか、お姉さんはすぐにエレベーターホールに案内してくれた。

 『こちらをご利用ください』と連れてかれた先は、〝最上階直通〟と注意書がされており、ホークス事務所専用ということが分かった。緊急出動時にオフィスビルあるあるのエレベーター渋滞に巻き込まれる心配はなさそうだ。

 

 

「いらっしゃい! ようこそ、ホークス事務所へ!」

 

 

 あっという間に到着したエレベーターの扉が開くと、2人の男性が待ち構えていた。どちらも戦闘服(コスチューム)を着用しており、ホークスの相棒(サイドキック)だと自己紹介をされた。私たちもすぐさま挨拶を返した後、事務所内へと案内される。

 

 

「まずは俺たちが事務所を案内するけんね」

 

 

 事務所には寝泊まりするための施設が一通り揃っており、私と常闇はそれぞれ使用されていない宿直室を紹介された。簡素であったが、1週間程度なら問題なさそうだ。湯船に浸かることが出来なさそうなことが少し残念に思うが、旅行に来ている訳ではないのだから仕方ない。

 

 その後、更衣室で持参した戦闘服(コスチューム)に着替えた私たちは、景観の優れた事務室へ通される。窓の外には、見慣れない福岡の街並みが広がっている。かなり良い眺めだ。

 

 

「そろそろ帰ってくるばい、待っとってね」

 

 

 時計を見ながら相棒(サイドキック)の1人が言う。ホークスが、ということだろう。いよいよ彼に会えると思うと、私のミーハー魂が有頂天になる。ドキドキが止まらない。

 事務室をキョロキョロ見ながら待っていると、突然アラーム音が響き渡る。事件発生とかそういう緊急事態か、と常闇と2人で慌てていると視界の端で窓の一部が開き始めているのに気がつく。

 部屋の一角、ガラス扉を挟んだ向こう側にある大きな窓が自動でゆっくりと開いていた。外からの風で、ガラス扉は少しだけガタガタと揺れている。

 

 

(──まさか)

 

 

 とてつもなくカッコいい想像が浮かぶ。ホークスは、空を飛べる。私がス◯ークタワーから飛び出すアイア◯マンを想像した瞬間、彼が姿を現した。

 ビュオッ! と勢いよく窓から入ってきた金髪の男性は、急停止したにも関わらずつんのめることもなく、威風堂々と私たちの前まで歩いてくる。

 

 

「やあ、はじめまして雄英生。俺はホークス、よろしくね」

 

 

 バサァ、と挨拶をするかのように彼の赤い翼が雄々しく開かれた。ああ、カッコいい…。出会い頭に私の心は撃ち抜かれてしまった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 私がミーハー魂を鎮めている間に常闇が簡素な挨拶を済ませていた。私もなんとか取り繕って自己紹介をすることに成功した。しっかりしろ私。浮ついて『何の成果も得られませんでした』では、相澤先生に死ぬほどどやされてしまう。

 

 

「準備は出来てるね。そんじゃあ行こっか、パトロール」

 

 

 私たちと、それから後ろに控えていた相棒(サイドキック)の方々を見やり、彼はそう言った。帰ってきたばかりだと言うのに、もう出るのか。『速すぎる男』という異名は伊達じゃあないな。

 

 

「我々はどうすれば…?」

 

 

 再び窓から出て行こうとするホークスに常闇が呼び止める。ガラス扉に手をかけていた彼は此方を振り返り、軽薄な笑みを浮かべた。

 

 

「俺は先に行ってるからさ、相棒(サイドキック)の皆さんに着いて行ってよ。──俺を追って来られるなら、そうしても良いけどね」

 

 

 挑発されているような気がした。…いや、そうではないか。本当にどちらでも良いのだ。

 いくら指名されたと言っても、彼にとって私たちはまだまだひよっこにも成れていない学生のお客さまだ。だから〝どちらでも良い〟。相澤先生が言っていた『興味が削がれれば指名を取り消される』という、このドラフト指名。

 

 

(興味を持って欲しければ実力を示せ、ということですね)

 

 

 後ろでエレベーターの開く音が聞こえる。相棒(サイドキック)の方々が降りる準備をしているのだろう。隣の常闇は、突然のことに戸惑っている様子だ。

 ホークスはガラス扉を開けて、いよいよ飛び立とうとしている。迷うことはない、私が行く道は地面ではなく空だ。

 

 

「常闇…いやツクヨミ。私は行きますね」

「空戸…?」

 

 

 オフィスから駆け出す。初動からかなりのスピードで飛んで行ったホークスを見失わないよう【スフィア】を展開して彼の姿を【空間探知(ディテクト)】で捉える。エレベーターの方から、私のヒーロー名を呼ぶ相棒(サイドキック)の方々の声が聞こえた。心配はいらない、私は空を飛べないが宙を跳べる。

 

 窓から大きく跳んだ私は、100m先に居るホークスの進路を邪魔しないように気をつけて【空間移動(テレポート)】した。視界が移り変わった次の瞬間、高速で飛ぶホークスとあっという間に距離を取られるが、彼の行先を予測して【空間移動(テレポート)】を繰り返す。

 4月の頃は、【空間探知(ディテクト)】と【空間移動(テレポート)】の併用と連続使用で痛い目を見たが、私はあれから成長している。限界値も伸びているし、負担を軽減する工夫も習得した。

 ホークスが一回のパトロールでどれだけ飛び続けるか分からないけれど…。

 

 

(必ず追い続けて、貴方の技術を盗ませてもらいますっ!!)

 

 

 少ないチャンスを最大限に活用すべく、全身全霊を注いで彼の一挙手一投足を観察した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「遅いですって」

 

 

 電柱の天辺に止まったホークスは、〝個性〟の【羽】を操作して確保した(ヴィラン)と押収物を追いかけてきた相棒(サイドキック)へと渡した。

 

 彼らがそれらを受け取ったのを確認し、次の合流先を伝える。そこは今から向かう場所ではない。ホークスが次に向かう事件現場を相棒(サイドキック)に伝えても、彼らが合流するのを待っていてはかなりのタイムロスとなる。故に、伝えるのは〝次の次、更に次〟の目的地だ。

 ホークスが先に向かい、事件を解決する。その事後処理を合流した相棒(サイドキック)が請け負う。これがホークス事務所の基本的な仕事の流れだ。

 ただ、相棒(サイドキック)は一組ではない。三組から五組の相棒(サイドキック)が同時に働いている。それだけの人数を動員しないと、ホークスの事件解決速度に相棒(サイドキック)たちが追いつけないのだ。

 

 

「テレスキュウさん、ついて来れる?」

「…ええ、まだまだ行けます」

「上出来。──じゃあ事後処理、よろしくお願いしまーす」

 

 

 背後の建物の屋根に立っていた移に確認を取ったホークスは、地上にいる相棒(サイドキック)たちに一声かけて再び飛び立っていった。それに伴い、移も屋根から姿を消した。

 その光景を息を切らしながら眺めていた常闇は、ホークスが飛んでいった方向へ駆け出そうとする。

 

 

「ツクヨミくん」

 

 

 常闇の背中に相棒(サイドキック)の声がかかる。

 

 

「俺ら相棒(サイドキック)はこいつの後始末ね」

「ホークスは速すぎるけん。やけん、この形が一番効率的とよ。…テレスキュウさんが付いていけてるのは驚きばい」

 

 

 彼らの言葉を聞きながら、常闇は目を閉じて呼吸を整える。分かっている。相棒(サイドキック)の仕事を学ぶことは大切だ。移のようにホークスを追えない自分では、闇雲に走り回ることよりも彼らから事後処理の手解きを受ける方が勉強になると。しかし。

 

 

「──追います」

「ツクヨミくん?」

 

 

 頭では分かっていても、心が納得しない。ホークスが体育祭指名に参加したのは、今年が初めてのことと聞いている。体育祭で優勝した移が指名されたのは自然として、爆豪、轟、飯田を差し置いて二回戦で敗退した自分が指名されたのは不思議に感じていた。

 だが、せっかくもらったチャンスだ。自分の何かがNo.3ヒーローに興味を抱かせたなら、それを無駄にすることはしたくない。なんとしても自分の実力を示し、彼からプロヒーローとしての技術を教えてもらいたかった。それに…。

 

 

(空戸は彼に並んでいると言うのに、俺は…!)

 

 

 移動が移の得意分野だと理解している。自分と彼女の〝個性〟は違うのだ。…だからといって〝仕方がない〟と割り切る程、老成した心も安いプライドも彼は持ち合わせていなかった。

 

 

「…張り切っとるねえ」

 

 

 がむしゃらに追い縋る彼の姿に相棒(サイドキック)たちは自分の若い頃を思い出しつつ、今はなくしてしまった情熱に感心した。自分たち相棒(サイドキック)の仕事を見て欲しかった気持ちはあるが、ホークスは最初に『追ってきても良い』と言っていた。常闇もそれを選択した以上、自分たちからとやかく言うまいと考え、事後処理に専念することにした。

 

 しかし、情熱だけで『速すぎる男』に追いつける訳もなく。常闇の職場体験1日目は、街中を走り回るだけで終わってしまった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ホークスはとんでもなく疾かった。

 単純な直線距離の移動速度なら私に軍配が上がる。そこは【ワープ】系の〝個性〟として負けられない。だが、ヒーロー活動はそれだけで務まる訳じゃあない。

 事件・事故の発生を察知する早さと精度。現場へ向かうためのルート選択。10名近い相棒(サイドキック)に的確に指示を出す統率力。現場で被害を最小限にするための状況判断と行動力。それら全てが恐ろしく精密で素早い。彼が何を考え、何故その行動を取り、どうやって実行しているのか。ホークスに付いて行きながら観察するのは至難の業だった。

 

 何を言いたいのかと言うと、職場体験初日を終えた私は心身共にクッタクタになっていた。今すぐ眠りたい。

 

 

「まさか本当に追って来れるなんて思ってなかったなぁ。流石は体育祭の優勝者」

「…それ嫌味です?」

「ハハっ! 違う違う、本心だよ」

 

 

 彼の許しを得て休憩室のソファに座り込み机に突っ伏している私に対して、ホークスは爽やか好青年のままで少しも疲れている素振りを見せていない。慣れない初めての経験に普段より疲弊したこともあるが、それを差し置いても彼との体力の違いに否応なく力量差を感じさせられた。

 

 仮免も取得していない私がNo.3ヒーローと比較するなんて烏滸がましいことかもしれないが、心の内に秘めているので大目に見てもらうとしよう。

 

 時間にして数分の休息ではあったが、座る前よりだいぶ楽になった気がする。というか、これ以上だらけていると今度は立てなくなりそうだ。職場体験中に寝落ちしてしまうのは雄英生的にアウト、シャワーを浴びずヘアケアとスキンケアを怠るのは美少女的にアウト。そして憧れの人に寝顔を見られるのは乙女的にアウトでスリーアウトチェンジである。

 しかし、立ち上がろうとした私を彼が手で制した。

 

 

「今日はもうお終いだからさ。ツクヨミくんが帰ってきたら相棒(サイドキック)たちに案内してもらってね」

「分かりました…。ホークスさんはこの後に何かなさるのですか?」

 

 

 部屋から出て行こうとする彼に投げ掛ける。時刻は午後5時。基本的にヒーローはフレックスタイム制なため、定時はないのだろうけど、午前中からパトロールをしていたホークスがまだ働くのかと疑問に思った。

 

 

「怖〜い人たちとの話し合いが残っててね。事務所としての業務はこれで終了だから気にせず寛いでてよ」

 

 

 冗談めかしてそう言い残したホークスは、『じゃ、また明日!』と手を振って廊下に消えていった。

 

 怖い人たち…、警察や他ヒーローとのチームアップの会議だろうか。彼ほどのトップヒーローともなると、仕事の幅も広くて大変だ。夜通しで働くことも少なくないだろうし、プロヒーローは医者や刑事以上にブラックな職場だと思う。

 華やかな活躍ばかりでもないから、この職場体験やプロヒーローデビュー直後などで夢と現実とのギャップを知りショックを受ける若者が多そう。私はこれでも社会人経験のある中身アラフォーの詐欺美少女なため、然もありなんといった感想だ。

 

 重たい瞼と闘うこと数分、相棒(サイドキック)の方々と一緒に常闇が帰ってきた。ホークスを追いながら相棒(サイドキック)の動きも少しだけ見ていたが、彼らは彼らでかなり大変そうだった。

 事後処理というのは大概の職種で面倒かつ工程の多い作業だ。それを延々と実施することは精神的ストレスが掛かるし、ホークスのあの解決速度に合わせるのはハードだった筈。それを易々とこなす彼らの手腕はとても参考になるだろう。

 

 

「お疲れ様です。常闇、また後で情報共有しませんか?」

「……ああ、そうだな」

 

 

 ホークス側と相棒(サイドキック)側、それぞれ体験したことを共有しようと常闇に提案してみたが、少し間があったことと雰囲気が暗いことが気になった。疲労の影響、とも思えなくないが…。

 

 

(…ギャップを感じたのでしょうか)

 

 

 常闇の精神状態が気になったが、制服に着替えてくることを指示されたため一旦保留として私は更衣室へと向かう。

 再び合流した頃には、常闇の様子に変わったところは見当たらなかった。私の思い過ごしだろうか。訝しみながら情報共有を始めた私だったが、ホークスの素晴らしさを語るべく頭を総動員していたらいつの間にか疑問はどこかに行ってしまっていた。…話し終えると、さっきと別の意味で常闇の態度が気になったが、それはまあ割愛しよう。

 

 

 

 

 

 




移ちゃん「実力を示せば良いんですね!技術は見て盗めということですね!」
ホークス「そんなこと一言も言ってない」
常闇くん「教えてくれないの…?(´・ω・`)」

〝移ちゃん〟は所詮…先の時代(超常黎明期)の〝敗北者〟(死人)じゃけェ…!
価値観が今時の子より古いところがあるんです。

それはそうと、みんな1週間も外泊するのに荷物少なくない?お茶子ちゃん梅雨ちゃんそれで足りるん…??
ヤオモモの郵送は捏造です。じゃないと〝個性〟用の食べ物を入れただけで終わりそうな小さなリュックなんで。

追記:誤字脱字の多い作品でご迷惑をおかけしています。投稿後20分以内に読んでいただいた皆様は、『10名近い相澤先生に指示を出すホークス』という怪文書を読んだことと思います。想像すると割と面白いので、それで許して……。
本当にすみませんでした。


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職場体験②

書けたので1週間待たずに投稿。

職場体験本番は③から。今回は移ちゃんを取り巻く環境について。

前回誤字報告してくださった方々、ありがとうございます。
相澤先生は無事、1人に戻りました(´ω`)


 時刻は移たちが福岡に到着した頃に巻き戻る。

 

 雄英高校から車で1時間ほど離れた静岡県の閑静な住宅地。高級住宅が建ち並ぶ町の一画に一際大きな豪邸が建っていた。土地面積300坪程のその敷地の表札には〝立辺(たてべ)〟と達筆に彫られている。そこは、移の母親の生家であり、現在移が祖父母と共に住んでいる自宅だ。

 

 敷地に面する道路を箒で掃いている、品良く着物を着付けた老齢の女性。ロマンスグレーの髪を後ろで結ったその女性こそ、移に武術と美容のいろはを叩き込んだ彼女の祖母、〝立辺(たてべ) (なごみ)〟である。

 立辺家は数人の家政婦を雇用しており、本来なら(なごみ)が掃除をする必要はない。しかし、『動いていないと体が鈍るし、なにより暇だ』と話す彼女は、毎日こうして掃除に精を出している。特に、今日から1週間は移が職場体験に出かけている。普段に増してやることのない(なごみ)は、自宅内を掃除し終えて家の外まで範囲を広げていた。

 

 砂埃を掃き終えてひと段落ついた彼女は、ゴミを一纏めにして箒を壁に立てかけると、門前まで近付いていた人物に対して視線を向けずに口を開く。

 

 

「わざわざ何の御用ですか? ──目良(めら)さん」

「…お気付きでしたか」

 

 

 ブラックスーツを着た草臥れた様相の男性、(なごみ)から目良と呼ばれた彼は少しだけ驚き、すぐに姿勢を正して軽く頭を下げた。

 

 

「お久しぶりです。連絡もなく突然訪問したことをお許しください。なにぶん、急ぎの案件かつ電話では話せないことでしたので」

「それなら、2回程こちらの様子を窺っていたのは何故です? 自宅の前をそうウロウロされては、落ち着いて掃除も出来やしないわ」

 

 

 低姿勢な目良に対して、(なごみ)は僅かに怒気を孕ませていた。旧知の仲の2人であったが、彼女は目良の訪問を歓迎していないようだ。

 

 

「それもお気付きで…。〝個性〟ですか?」

 

 

 昼時の住宅地にスーツ姿の中年男性という、中々に目立つシチュエーションの彼だが、仕事柄相手に気付かれないように様子を探ることには長けていると自負していた。それ故にそこまで察知されていたことに再び驚く。

 そして、目良の言葉に彼女の怒気はほんの少し強まった。

 

 

「莫迦にしないでくださる? 〝個性〟を使わなくてもこの程度の距離、眠っていても気付くわよ」

 

 

 藪を突いてしまったかと、目良は後悔した。しかし〝この程度〟と言うが、(なごみ)が掃除を終えるまで彼女の視界に入ってなかったし、ここから数十m近く離れていた。〝個性〟の使用を考えるのも仕方がない。

 謝罪の言葉を述べる彼に小さく息を付き、平常心を保つことを意識しながら(なごみ)は目良に家の中へ入るよう促した。

 

 敷地内に入り外から姿が見えなくなったところで目良は被っていた黒いウィッグと伊達眼鏡を外した。うっすらかいていた額の汗をハンカチで拭う。

 玄関扉を閉じ、〝個性〟で人がいないこと確認した(なごみ)は『それで、』と切り出した。

 

 

「いったい何の御用です? あの娘の周りに変わったことが起きていないのは、貴方方ならご存知の筈ですよね。それとも、この間のネット上の件ですか?」

「…そのどちらでもありません。ただ、掲示板のことは勝手をしてしまい申し訳ありませんでした」

 

 

 掲示板──雄英体育祭が終了後に立ち上がった移に関してのとあるスレッドのことだ。全国的に脚光を浴びたことにより移がネット上で注目されることを予測していた目良たちは、情報が拡散されると直ぐに動いた。移に対して負い目があり、今〝事件〟のことが公にされると都合が悪かった彼らは、移と紐付いて〝事件〟がニュースにならないよう情報を操作したのだ。

 

 ダミーの情報を多量に流して人々の興味が逸れるように印象操作し、充分に興が削がれたところで例のスレッドを削除した。マスメディアには触れないよう依頼し、それでも強行策に出ようとする一部のフリーライターには圧力をかけて記事を出させないようにした。

 そして、情報をリークした下手人…事件当時に現場の警備に当たっていた警察関係者には厳正な処分を下した。具体的には、減給を言い渡し〝面談〟をした。幼児を養い30年の住宅ローンが残るその男には効果的な脅しになった筈。彼は大いに反省して改心してくれた。

 

 もちろん、これらの隠蔽工作が世間にバレることがないよう細心の注意を払い、仮に将来流出したとしても、移のヒーロー活動に影響が出ないように〝工夫〟してある。…それだけ、目良たちにとってアレは鬼門だった。

 

 裏で色々動いた彼らだが、事情を知る(なごみ)には隠せないことだと分かっていた。あわよくば、気付いていなければ良いなと思っていた目良であったが、この貴婦人にはバレバレであったらしい。

 

 

「…アレについては私からは何も言いません。いずれは直面することになるでしょうけど、今のあの娘には少々負担でしたし。貴方方なら、上手にしてくださったのでしょう?」

「はい、抜かりありません」

 

 

 情報操作は彼らの十八番である。そこは、(なごみ)も信を置いている。

 

 

「では、何のことですか。貴方が直接伝えに来る用件とは」

「──彼が、生きて活動している可能性が浮上しました」

 

 

 言い淀んだ目良が静かに告げる。

 〝彼〟──敢えて明言しない目良であったが、(なごみ)にはそれだけで充分だった。

 あまりの知らせに思わず息を呑む(なごみ)に、自分たちがそう判断した根拠を列挙した。確証するには弱いが、警戒するに値する証拠だった。

 

 

「──なるほど。それで貴方が来たということね」

「はい。微力ではありますが、我々も移さんの護衛をさせていただこうと思います。もちろん、彼女には秘密裏に」

「護衛、ね…。張込みの間違いではなくて?」

 

 

 痛い指摘であった。確かに、移の周辺を警戒する案を通す時、反対派を黙らすために〝星の情報を掴む意味もある〟と方便を使ったのも事実だ。返す言葉のない目良に(なごみ)は言う。

 

 

「目良さん。私は貴方のことは信用しているわ。でもね、──〝公安〟のことはその限りじゃあないのよ」

「…存じております」

 

 

 それは仕方がないと目良自身も思う。彼が所属する組織〝ヒーロー公安委員会〟は、過去にそれだけのことを移にしてしまった。10年前は目良も若く直接は関与していなかったが、聞き及んでいることだけでも当時の対応は下の下であったと断言できる。公安としても人としても。

 正義のためとか秩序のためとか、そんな言葉を盾にして行っていいことではなかった。

 

 

「情報の提供は感謝します。貴方方は貴方方でお好きにして構いません。ただ、私たちはいつも通りあの娘を護るだけです。──私はそのために事務所を畳んでからもヒーローを続けているのですから」

 

 

 話は終わりですとピシャリと言い放つ(なごみ)にこれ以上の問答は不躾と判断した目良は、一礼して変装用のウィッグと眼鏡を付け直し立辺邸を後にした。

 

 目良が敷地外へ出て行ったことを〝個性〟で読み取った(なごみ)は、深く息を吐き張り詰めていた気を弛緩させる。彼女にとって、目良は信用できる男だ。だが、先程本人に言ったように〝ヒーロー公安委員会〟については少しも気を許していなかった。

 

 プロヒーローとして事務所を構えて活動していた頃から〝個〟を蔑ろにする彼らの方針について思うところがあった。国を守る以上、多数を優先するのは仕方ないのかもしれない。それは分かってはいたが、いっそ冷酷なまで極端な行動を取る公安のことは好意的に思えなかった。

 

 ──そして、10年前からは憤怒すら抱くようになる。

 

 今までは対岸の火事だった〝公安の被害〟に、唯一の孫娘が遭遇してしまった。彼等の事情を鑑みても到底赦せることではなかったのだ。

 

 

「……いっそ、箱の中に閉じ込めておけたらいいのに…」

 

 

 この10年間、幾度となく考えたことを口にする。そうすることで移の安全が保証されるのであれば、たとえ彼女の夢を壊すことなっても実行しただろう。

 だが、それはしなかった。移には強くなってもらう必要があるからだ。〝彼〟のシンパが残っている可能性がある以上、自分たちの死後、移を護る者がいなくなるのは不味い。そして今しがた伝えられた〝彼〟の存命の証拠…。たとえ〝彼〟本人に襲撃されても、移には逃げる或いは立ち向かえるだけの力を蓄えてもらわなければならない。

 

 

「移ちゃんは絶対に渡さないわ…」

 

 

 あの吐き気を催す邪悪といけ好かない組織を思い浮かべて宣言する。愛しの孫娘が一人前のヒーローになるまで、必ず自分たちが護りきる。

 いつか来る襲撃に備えるため、(なごみ)は修練場へと足を運んだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「足並みを合わせてる間に被害が拡大なんて許されないでしょ」

 

 

 ──職場体験2日目。

 

 相棒(サイドキック)たちが書類仕事に勤しむ間、簡単な質疑応答時間をホークスが設けた。ホークス事務所のパトロール体制についての答えが常闇と移に告げられる。

 効率的な体制だ。だからこそ、移動能力がありホークスにも着いていける移に次いで指名された対象が己であることに、常闇は疑問を抱いた。彼が興味を持った理由が分からない。

 

 

「では、俺は何故声をかけられたのでしょうか?」

「鳥仲間」

 

 

 自らの赤い羽を手に取りながらホークスが答えた。沈黙が場を支配する。相棒(サイドキック)が打つキーボードの音がやけに大きく聞こえた。あまりな回答に移は思わず常闇に視線を向けて表情を窺う。

 

 

「…おふざけで?」

「いいや、2割本音」

 

 

 努めて冷静に訊いた常闇に、尚も飄々とした態度で彼は言う。

 

 

「半分は1年A組の人から話を聞きたくて。──君らを襲った(ヴィラン)連合とかいうチンピラのね」

 

 

 (ヴィラン)連合。4月に雄英高校を襲撃した(ヴィラン)たちの主犯格が名乗った名だ。一時期世間を騒がせた彼らは、その大半が逮捕されているが、主犯と見られる2名は未だ足取りすら掴めていない。

 情報の殆どは警察に問い合わせば分かる筈。しかし、それには明確に(ヴィラン)の捕獲に協力するという意思表示をする必要がある。いくらNo.3ヒーローといっても、その段取りは省略できない。自分が動くか否か、それを決めるための情報収集ということか。常闇と移はそのようにホークスの思惑を推測した。

 

 

「──んでどうせなら、俺について来れそうな優秀な人ってことで雄英体育祭の上位入賞者から良さげな鳥人間を指名したってわけ。まずはUSJ襲撃事件について聞かせてくれる?」

 

 

 常闇が悔しげに口元を歪ませる。移が声を発するか迷っている内に常闇はその感情を飲み込み、ホークスの要望通り事件の詳細について自分が見聞きした内容を話し始めた。声は平坦だが、その瞳には沸々と込み上げる悔しさを滲ませていた。

 

 

「──以上が、俺が経験した事件の概要です」

「なるほどなるほど。オールマイトさんに迫るパワーと耐久を備えた怪人、ね…」

 

 

 ホークスは軽薄そうな表情を潜めて少しの間考え込む。かと思えばパッと顔を明るくし「ありがとね」と常闇に伝え、続いて移へ視線を向けた。

 

 

「空戸さんはどう? 事件について思ったことある?」

「…私は先生から増援要請を任されたので常闇ほど長い時間接敵していませんが…」

 

 

 話を振られた移は、そう前置きをしてからぽつぽつと語り出す。連合が現れてクラスメイトが(ヴィラン)の〝個性〟で分断されるまでは常闇の説明と相違ない。増援を呼ぶ際に偶然知ってしまったNo.1ヒーローの秘密はおくびにも出さないでことのあらましを話し終える。

 

 

「聞いた限りだと、その靄を出す(ヴィラン)の転移可能距離はかなりのもの。尻尾を掴むのは苦労しそうだ」

「はい。刑事さんにも伝えましたが、同じ発動条件と推測している亡き祖父も、座標さえ分かっていれば県を跨ぐ移送が可能でした。そして(くだん)(ヴィラン)は靄を広げて数十人をまとめて【ワープ】していました。居場所を突き止めたら、電光石火で確保しないと逃げられるでしょう」

 

 

 移動距離、対象人数、靄という特性…。オールマイトと短時間でも渡り合っていた怪人といい、一介のチンピラとは呼べない驚異的な〝個性〟の持ち主だ。よく全員生きて危機を脱せたものだと、移たちは改めて肝を冷やした。

 

 

「いやー、ありがとね。2人のおかげで大分情報が集まったよ! まだ出動まで時間あるし、隣の部屋で休憩でもしておいてくれる?」

「…では、失礼します」

「あ、ちょ、常闇! …失礼します!」

 

 

 足早に常闇は退室する。言葉には出さないが剣呑な雰囲気を隠さない彼の後を追って、ホークスに一礼をして移も部屋から出て行った。ホークスはそんな2人を笑顔を浮かべて見送った。

 

 

(…怪人に靄の(ヴィラン)、ねえ……)

 

 

 彼らの前で見せていた飄々とした態度を改めて、ホークスは黙考する。USJ襲撃事件や(ヴィラン)連合のことについて頭を働かすが、すぐにそれらを隅に追いやり、ドラフト指名した雄英の女子生徒に意識を向けた。

 先程本人に伝えたように、常闇を指名した理由の半分は(ヴィラン)連合の話が聞きたかったからだ。それは移に対しても同様。しかし、残り半分の理由は彼と大きく異なる。

 3割は彼女の〝信念〟が気に入ったこと。そして残りの2割は…。

 

 ホークスは昨晩、彼の言うところの『怖〜い人たち』と電話をした時のことを思い出した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

『いったいどう言うつもりなのか教えてちょうだい』

 

 

 職場体験初日。眩く差し込む夕日が事務所の屋上で佇むホークスを照らしている。事前に伝えられていた時間に掛かってきた非通知の電話を取ると、開口一番にそう告げられる。ホークスは苦笑を浮かべた。

 

 

「何のことを指しているのかわかりませんねぇ」

『惚けるつもり? 〝空戸 移〟をドラフト指名した件に決まっているでしょう。貴方、報告では〝轟 焦凍〟と〝常闇 踏陰〟を指名すると言っていたわよね?』

「アー、そうでしたっけ?」

 

 

 通話相手の女性が語気を強めて詰め寄る。激怒とまではいかないが、そこそこ苛立っていることが伝わる。

 

 

『彼女の担当は他の者が就いている。貴方に命令した覚えはないわ』

「気が変わったんですよ。No.3ヒーローとして、焦凍くんより彼女のことが気に入っただけです。ほら、あの娘ってガッツあるし」

『──とにかく』

 

 

 ホークスの言葉を遮って女性は言う。

 

 

『貴方が我々〝公安〟の人間だと匂わすことは絶対に避けなさい。ただでさえ微妙な関係が更に拗れるわ。いいわね?』

「分かってますって」

 

 

 話は終わりだと一方的に通話が終了される。〝お小言〟を貰うことは予想していたので、この程度で済んで良かったと肩の荷が降りる思いだ。

 ホークスが彼女を指名した理由。連合の話が聞きたいのが5、信念が気に入ったのが3、そして残りの2割。

 かつてヒーロー公安委員会が総力を上げて追っていた(ヴィラン)。死んだと思われていたが、最近になって生きている可能性が浮上した。

 そんな男のシンパに狙われ、当時6歳にも関わらず生き延びた経歴を持ち、しかし絶望することなく確固たる信念に生きる少女。事件から10年経った今も公安が〝執着〟する16歳のヒーロー志望。興味が湧いた。

 

 

「後進育成とかする気はないんだけど──」

 

 

 移が本気でNo.1を目指すと言うなら、その手助けをしてやってもいい。気まぐれにそう思ったのだ。

 ホークスが密かに掲げる最大の目標。『ヒーローが暇を持て余す世の中にしたい』──それを達成するための近道になる。彼女の将来に期待した。

 だから、まあ。

 

 

「早く追い抜いて、楽させてほしかね」

 

 

 『速すぎる男』という異名を持つビルボードチャートNo.3のトップヒーロー。その裏でヒーロー公安委員会の任務を熟すダブルフェイスを持つ青年。ウイングヒーロー〝ホークス〟は、未だ卵の未来のトップヒーローを夢想して優しく微笑んだ。

 

 

 

 




『現在判明している移の血縁者ついて』

父親:故人
母親:故人
父方の祖父:故人。10年前に他界。【ワープ】系〝個性〟
母方の祖父:立辺 理誠。大企業の代表取締役
母方の祖母:立辺 和。プロヒーロー。【探知】系〝個性〟


公安、CIA、MI6…こういう組織が暗躍する映画や漫画って、わくわくしますよね!


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職場体験③

遅くなりました。
そして、あまり進展しません…。


 ──職場体験3日目。

 

 肉体的疲労が蓄積してきたが、精神的充足感が凄まじい。推しが目の前で動いているだけでも尊いと感じるのが我々(ヒーローオタク)だのに、特等席で彼の仕事を見学できて会話を交わすことができる。これ以上の幸せがあるだろうか? 

 ああ、もちろん〝接触するのはマナー違反〟という意見があることは知っている。しかし私は今、職場体験というヒーロー科の特権により合法的な接触をしている訳だ。誰に文句を言われることもない〝立場〟にある。結論、最高である。

 

 

「テレスキュウさん、次は東ビルの揉め事を解決するよ」

「──あ、はい!」

 

 

 いけない、またハイになるところだった。ホークスの声に少し正気に戻る。

 今までの学校の授業や訓練はまだ自制が効いていた。周りにクラスメイトの目があったし、多対一だったからだ。それでもオールマイトの授業はかなーりヤバかったが。特に雄英体育祭の表彰式で讃えられた瞬間は内心欣喜雀躍していたが、鋼の精神力で口角が綻ぶ程度に抑えられたのはもはや奇跡だった。

 しかし今は推し──No.3ヒーローの活躍をじっくりねっとり観覧できる機会。多少タガが外れても許していただきたい。

 

 別に集中していないわけではない。その辺りは出来る美少女であるため、きちんと彼の技術を盗ませてもらっている。

 

 ホークスの〝個性〟【剛翼】はしなやかであり、鋭さも兼ね備えた羽を自在に操る能力だ。その運用法は多岐に渡る。

 微細な振動を読み取って位置関係や状況把握が出来てしまう探知能力。羽一枚で人間一人を浮かせてしまうほどの力。時速200km以上で空を駆け、そこから急旋回などアクロバティック飛行もできる機動性。1m程の長い羽を使えばナイフや【硬質化】した打撃も防ぎ薙ぎ払うことも可能。そして、数十枚ある羽を一度に操作してしまうマルチタスク能力。

 

 いったいどれだけの研鑽を積んだらこれほど精密な〝個性〟制御が可能になるのだろう。才能だけではない、血反吐を吐くほどの努力があったに違いない。

 常に飄々として掴みどころのない性格をした彼だが、やはりトップヒーローの実力は飛び抜けている。いや、性格も含めてのトップか。キャラ立ちが凄いし。飄逸なところが目立つが、裏では熱いキャラなやつだ、アメコミ的に考えて。

 

 移動を開始して数十秒、目的のビルに到着した私たちは屋上に着地する。間髪入れずにビル内に羽を飛ばしたホークスが内部状況を探知する。私も【空間探知(ディテクト)】で通報のあったフロアを探る。どうやら、2名の男が〝個性〟を使って喧嘩しているらしい。1人は異形型…これは【サイ】かな。もう1人は腕を鞭のようにしならせている。何が原因か分からないけど、現場のフィットネスジムはドアや備品が壊されている。他の客や従業員は既に避難出来ているみたい。

 

 

「探知できたかい?」

 

 

 隣に立つホークスが流し目でこちらを見ながら尋ねてきた。この3日間、こうやってパトロールの途中にたまに確認され、時間があれば簡単なアドバイスをしてくれる。

 

 

「8階のジムで男性2名が暴れています。それぞれ【サイ】と【伸縮腕】の〝個性〟と思われます。避難は済んでいて、現在の損壊は軽微かと」

「うん、ばっちしだね」

 

 

 ニカッと笑ったホークスは、いつの間にか飛ばしていた複数の羽を使って私が報告している内に騒ぎの2人を確保していた。羽で男たちの服を壁や床に縫い付けて身動きを封じている。眼前に予備の羽を待機させることで、抵抗の意思を削ぐというおまけ付きで。相変わらずの早業…、流石だ。

 

 

「それじゃあ中に入ってあの2人を外まで連れて行こうか」

「はい。本当に疾いですね」

「相手に何もさせないことが(ヴィラン)退治の基本だからね」

 

 

『何もさせない』か。お婆ちゃんも似たようなことを言っていた。基本的に先手を取るのは(ヴィラン)ばかり。被害を出さない、少なくするためには、先手を取る(ヴィラン)()()()()力が求められる。

 

 ホークスの後を追いジムの床に転がされた男たちを見る。根っからの悪人という訳ではないのだろうが、公共の場で許可なく〝個性〟を使って器物損壊している。注意だけでは済まされない。

 

 それにしても、このホークスの捕縛術。余程の怪力でもない限り抜け出すことは難しそうだ。私も【空間移動(テレポート)】の応用で真似できないだろうか。羽を杭とかで代用したら…、うん、今度発目に相談してみよう。

 

 

「俺はこっちの男を連れ出すからさ、テレスキュウさんはその男を頼める?」

 

 

 100kgはありそうな【サイ】の男を羽一枚で持ち上げているホークスから指示が出された。私はコクリと頷き、もう1人の男をうつ伏せに転がして上に跨り、腕と首を拘束する。事前にホークスが『ビル裏手の職員入口に集合』とインカムで相棒(サイドキック)へ伝えていたから、移送先はそこで良い。目的地に人や物がないことを確認して【空間移動(テレポート)】した。

 

 

「わ、ワープ…? アンタ、体育祭で優勝しとった子と?」

 

 

 私の下敷きになっている男が言う。おお、このお兄さんも私の活躍を見てくれていたのか。パトロール中にも何度か道行く人に声をかけてもらった。雄英体育祭様様だ。

 

 

「ええ、どーも」

「ば、ばり凄かったとよ、あの決勝戦! 手に汗握ったばい!」

 

 

 ふむ。喧嘩の原因は分からないけど、情状酌量の余地はありそうだ。なにせ私を褒めてくれるからね。きっと良い人だ。

 

 

「特にあの、背中ば焼けとっちとこ……グフっ! ち、ちかっぱ興奮したっちゃん!」

「えいっ」

「ぐえ…ッ」

 

 

 前言撤回、やっぱりヤバい人だ。リョナへの理解は多少はあるが、それは創作物や自分の中に留めておいてくれ。表に出すな。

 キツめに首を圧迫したのは適切な処置である。

 

 

「締めすぎんようにねー」

 

 

 頭上からバッサバッサと音を立ててホークスが降りてくる。〝もしもの時〟のために忍ばされていた羽が私の襟元からホークスの下へ帰っていった。

 彼も到着したことだしもういいだろう。『ぐぎぎっ』と呻く変態男の拘束を緩めて、ホークス事務所から借りている捕縛錠を両腕に取り付けた。

 

 数十秒して相棒(サイドキック)2名とツクヨミが合流した。喧嘩していた2名を彼らに引き渡し、ホークスが簡単に情報共有を始めた。詳しい事情聴取は警察の担当だが、引き継ぐまでの経過を伝えるのはヒーローの義務だ。介入前の状況と解決の方法、被害状況と被疑者の〝個性〟などを簡潔に伝える必要がある。大雑把にはインカムでやり取りしているが、今は細かい注意事項を共有していた。

 

 ホークスの話を聞きながら、チラリとツクヨミに視線を向ける。真剣にホークスたちの会話を聞いているように見えるが内心穏やかではないのだろう。昨日の彼とのやり取りを思い出す。

 

 

『常闇っ! さっきホークスが言っていたことですが…』

『──静かにしてくれ』

 

 ホークスにUSJ襲撃事件について話した後。常闇のことが気になり声をかけた私に、彼は立ち止まったものの振り返らずに平坦な声色で話す。

 

『悪いな…、少し1人にしてくれないか』

『っ……、はい…』

 

 思慮を巡らしたが、結局何も言うことが出来なかった。常闇は一度も振り返ることなく、キョドキョドする【黒影(ダークシャドウ)】を携えながら廊下の先へ消えていった。

 

 

(あれから、腰を据えて話せていませんね…)

 

 

 ツクヨミが抱えている物は、なんとなく分かる。指名されてこの職場体験に来たにも関わらず碌に相手にされず、やっているのは事後処理のみ。指名された理由も半分が〝情報収集〟で2割が〝外見〟と言われる始末。極め付けに、〝個性〟の関係上仕方ないとは言え、一緒にやってきた私だけがホークスと行動を共にしている現状。正直、面白くない筈だ。

 いくらヒーロー志望と言えどまだ高校1年生。簡単に割り切れる話じゃあない。…いや、だからこそ許せないのかもしれない。真剣だからこそ、矜持が傷付けられた気分だろう。

 

 

(なにを…言えるでしょうか)

 

 

 きっと彼は、不甲斐なさを感じているんだろう。ホークスと私とツクヨミはみんな違う。プロと学生という違いは勿論、〝個性〟はそれぞれ〝得意〟とする部分が違うんだ。私が移動を得意とするように、ツクヨミの【黒影(ダークシャドウ)】は、攻撃と防御が優れている。

 と言っても、私が気にするなと伝えたところで火に油、逆効果になるだろう。焦燥感を抱くのは悪いことばかりじゃあないが、このままではせっかくの職場体験が勿体なくなってしまう。出来れば彼には広い視点、別の視野を持ってほしいものだけど…。こういう時に気の利いた言動を取れない自分が腹立たしい。

 

 

「──じゃあ次の現場は…」

『緊急要請──』

 

 

 情報共有を終えて次の指示を出すホークスを遮ってインカムから女性の声がした。連携を取るために渡された通信機器だけど、ホークスや相棒(サイドキック)以外からの連絡が私の耳に入るのは初めてのこと。インカムを付けた全員に声が届いているようで、ホークスたちに習い耳を傾ける。

 

 

『高速道路にて観光バスとトラック、乗用車による玉突き事故が発生。傷病者の人数は不明。救急と警察が出動中ですが事故による渋滞で到着が遅れることが予測されます。現場に急行し安全確保と傷病者の救助をお願いします』

「玉突き事故…」

 

 

 思わず息を飲む。人数は分からないとのことだが、観光バスがある以上は数人では利かないだろう。それに発生場所は高速道路…、十中八九

 〝高リスク受傷機転*1〟たり得る。更に後続車による二次災害の発生や引火して爆発事故に繋がる可能性もある。…予断の許さない状況だ。

 応援要請の女性は続けて〝他に8件のヒーロー事務所に要請している〟ことを伝えて通信を終了した。それだけ事態を重く見ているということか。

 

 

「ホークス、どうします?」

 

 

【伸縮腕】の男を抑えている相棒(サイドキック)の方が訊く。すぐにでも向かうべきではあるが、〝ホークス事務所〟は他の案件でも出動中だ。それを放っておくわけにはいかない。

 ホークスはインカムを操作して喋り始める。恐らく、チャンネルを〝ホークス事務所〟全体に変更したのだろう。

 

 

「──A班B班はパトロールを継続、C班は現場に急行してください。D班は事後処理終了後に合流頼んます」

『『『了解』』』

「それから、テレスキュウさんはツクヨミくんを連れて俺に着いてきてくれる?」

「わかりました」

 

 

 ホークスの指示に従うため、緊張した面持ちのツクヨミの手を握る。きっと、私も同じ表情をしていると思う。これまでの3日間のパトロールの中で、これほどの大事は初めてだ。今まで以上に気を引き締めねば。

 バッ! とホークスが飛び上がる。それに伴い発生した風に思わず目を細める。視界から消え去るが、【空間探知(ディテクト)】で彼を追う。

 

 

「私たちも行きましょう…!」

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 途中で離さぬよう力一杯握り締めて、私はツクヨミと共に宙へ跳んだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 6車線ある広い一般国道の上を走る高速道路。要請で伝えられた現場付近に到着した私たちの前にあった光景は、端的に言って悲惨だった。

 

 

「これは…」

「フミカゲぇ…コリャア酷ーゼ…」

 

 

 ツクヨミの漏らした言葉に【黒影(ダークシャドウ)】が呼応する。

 俯瞰できるよう付近のビル屋上に【空間移動(テレポート)】したから良く見える。【黒影(ダークシャドウ)】の言う通り、酷い有様だ。

 まず目立ったのは横転している大型トラックと観光バスだ。事故現場の先頭に40名以上乗れそうなバスが横たわっており、その数十m後方で道を塞ぐように大型トラックが横転していた。横転したトラックを前に停止しきれなかったのだろう。トラックの後方には乗用車数台と別の大型トラックが絡み合うようにひしゃげて止まっている。

 

 

(──総勢52…いや54名。トラックの積荷が有毒ガスの類じゃあないことが幸い、ですかね)

 

 

空間探知(ディテクト)】で簡易的に状況を把握する。横転したバスやトラックの周辺だけでこの人数だ。更に後続で渋滞を作っている乗用車やトラックの中にも軽度の負傷をした者もいる筈。現状、後続車の新たな事故は発生していないが、いつそれが起こっても不思議じゃあない。

 

 

(〝CSCATTT *2〟に準じて動くべきですね…)

 

 

 応援要請してきた通信指令室がどこまで現状を把握しているか分からないが、現場が闇雲に動いては混乱が増して収拾がつかなくなる。情報共有して現場指揮を執る人を決めてもらわないと──。

 

 

「テレスキュウさん、ツクヨミくん」

 

 

 私たちの上空にいたホークスから声がかかる。彼はゆっくり降りてきて、屋上の縁に着地した。

 

 

「指令室と相談して、現場指揮は今から到着する【テレパス】の〝個性〟のヒーローが執ることに決まった。君らはC班が到着後に合流して傷病者の手当てをしてもらえる? それまではここに待機で」

 

 

 私たちの焦燥感をかき消すような落ち着いた声で伝えられる。無意識に作っていた拳を解いて力を抜く。…ああ。【前世】で何度も経験してきた筈なのに情けない。()()()()()大規模事故を前にして気が昂っていたようだ。

 

 

「ホークスは…?」

 

 

 ツクヨミの質問にニカッと笑ったホークスは、ゆっくりと飛び立ちながら答えた。

 

 

「もちろん、──お仕事(レスキュー)だよ」

 

 

 

 

 

*1
受傷機転から重症度、緊急度の高い外傷であると予測されるもの。脊椎損傷や腹腔内出血などの命を脅かす外傷を負っている可能性がある。

*2
大規模事故や災害発生時に救助者が効率的に活動するための基本原則。




【テレパス】のヒーローはマンダレイではありません、他の似た〝個性〟のモブヒーローです。

次回はいよいよ〝救急ヒーロー テレスキュウ〟の本領発揮!できると良いなぁ。


追記:そんでもってヒロアカ本誌の爆弾情報によっては設定を大幅修正せねばならんからボスケテ…。(コミックス派やアニメ派がいるから程々にしておきます…


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職場体験④

タグ〝残酷な描写〟がアップを始めたようです。



事故現場ってどんなんだろうなぁ。と想像しながら書きました。『コ◯ドブルー』や『TOKY◯ MER』、良いですよね!




 ホークスが飛び立って数分後。ホークス事務所のC班が到着した知らせが入り、私たちは彼らと合流するため、先頭の事故車両から数十m離れた位置にある非常駐車帯へと移動する。そこには、ホークスや他のプロヒーローたちによってすでに救出された傷病者たちが運び込まれていた。

 

 

「ツクヨミくん、テレスキュウさん! ホークスから聞いているよ。君たちは緑タッグの下へ行ってくれるかい? 傷病者が出来るだけエリアから離れないよう見守ることと、不安を軽減出来るように声掛けを頼むよ。あ、あと万が一容体が急変するようなことがあれば、俺たちに知らせてほしい」

「「わかりました」」

 

 

 慌ただしく指示を飛ばして、C班の2人は黄タッグの傷病者の下へ駆けて行った。ツクヨミと頷き、私たちは緑タッグの傷病者が集められたエリアへと急ぐ。

 緑タッグ──START法*1によるトリアージ*2にて区分Ⅲに振り分けられた傷病者のエリアだ。観光バスに乗っていた半数以上がここに区分されており、凡そ20名強が集まっていた。

 

 C班が到着するまでの数分間。その短い時間で殆どの要救助者がホークスによって助け出されていた。彼は、数十枚の羽を巧みに操り、多少無理に動かしても問題のない人間だけ選別して救出したのだ。

 

 無傷ならともかく、事故に遭った直後の人間を怪我の程度を確認せずに動かすのは下策だ。脊椎損傷や骨盤骨折などを生じていた場合、〝動かすこと〟が病態の悪化に繋がる恐れがあるからだ。

 

 しかしホークスは、そういった重症者ではないことを瞬く間に判断し、横転した観光バスから半数以上を事故現場から救助した。あれほど素早い救助を直で見たのは初めてだ。〝個性〟が蔑まれていた【前世】ではあり得ない。全員が軽症者であっても、90度回転したバスの車内から1人を脱出させるだけでも一苦労するのが常だった。

 

 ホークスや他のプロヒーローたちの活躍により多くの要救助者が救助された。──しかし、これで終わりと言うわけでは勿論ない。

 治療が必要な要救助者──傷病者を適切な医療機関に搬送する必要がある。

 

 ヒーローがこの現場で出来ることは、救助と簡単な応急処置くらいだ。怪我人の根本的な治療は、救急隊に病院まで搬送してもらわないと出来ない。そしてこれだけの大規模事故。効率的に搬送しないと治療が間に合わない傷病者が出てくる。

 

 それを防ぐために実施されたのが〝トリアージ〟だ。

 

 

「皆さん! 私たちは雄英高校ヒーロー科から来た〝テレスキュウ〟と〝ツクヨミ〟です! 皆さんのことは私たちが担当します! もう安心してくださいっ!」

 

 

 緑タッグの傷病者たちに聞こえるよう、声を張り上げて己の存在を示す。真剣に、しかし笑顔で。〝私たちがいるからもう大丈夫〟と彼らに伝わるように。

 

 

「雄英のヒーロー科…?」

「まって、あの子って空戸移?」

「体育祭で優勝してた…!」

「隣の人もトーナメント出てたよなっ!」

 

「私たち、有名人ですね」

「ほとんどお前の話題だがな」

 

 

 観光バスに乗っていたのは修学旅行中の生徒だったらしく、緑タッグエリアは制服姿の若い男女ばかりだった。事故による不安や恐怖が強かった筈だが、ホークスに助けられたことに加えて私たちの登場に少しテンションが上がったようだ。若さのパワーだ。

 

 

(ふむ…。ちゃんと全員軽症者、或いは無傷ですね)

 

 

 全員を軽く見渡す。頭に軽度の擦過傷があったり、腕を抑えている人も居るが、第一印象はみんな軽症で合ってそうだ。

 

 トリアージ──今回の場合、START法で実施されたそれは、災害や大規模事故発生時に傷病者の緊急度や重症度をある程度絞り、振り分ける手法だ。

 治療の緊急度順に区分Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに振り分けられ、ここに集められた傷病者は区分Ⅲ──別名緑タッグに当たる。

 

 彼らは〝歩行が可能〟な程度の傷病者だ。治療の緊急度は低く、病院に搬送されるのは重症者が搬送された後になる。私たちの役割はそんな彼らのメンタルケアと他の重症者エリアへの移動の制限、それから〝重症者〟が紛れ込んでいないかの観察だ。

 

 

「ねね、あたしらこれからどーなんの?」

「彼女があっちの方にいるんだけど…心配だから行ってきて良い?」

「ファンですっ! 写真撮っていいですか!?」

 

(非日常への興奮もあるんでしょうが…いやまあ、パニックになってないだけ幸いですね)

 

 

 こうなることは予測できていた。すでに区分された傷病者が好き勝手に現場を動き回ると救助や治療に支障をきたす。それを防ぐために私たちの役目があるのだ。

 

 

「皆さんは重症者が搬送後に病院へと行っていただきます! それまでは混乱を少なくするためにこの場で待機することにご協力ください! それから、写真や動画を撮る場合は他の怪我人の方へ配慮をお願いします! 撮らないでとは言いませんが、SNSへの投稿は遠慮してくださいっ」

 

 

 高圧的にならないよう気をつけて言い聞かせる。20人以上居るため、一度に全員へ伝えるのは難しいだろう。歩きながら、繰り返し伝えるとしよう。

 ツクヨミの方を見ると、彼も同じように対応をしている。あちら側はツクヨミに任せよう。

 

 

(要救助者は…ほとんど終わってますがまだ何人か残ってますね…。…あ、救急車と警察車両が着きましたか)

 

 

 歩き回りつつ、事故現場を【空間探知(ディテクト)】で探る。どうやら、車内に閉じ込められたり、下敷きになっている要救助者の救出が難航しているらしい。

 だが救急隊も到着した。これで少しずつ搬送が始まる筈だ。後続車の事故も起きていないし、なんとか出口は見えてきただろうか。

 

 

「──あの、あたしらってどーすればいいの?」

 

 

 救急車の方へ意識を向けていた私に、そんな声が届いた。話しかけてきたのは、先ほど私が直接注意事項を伝えた筈の女子生徒だ。

 

 

「ユミ? テレスキュウさんがさっき言ってたじゃん」

「うちらはここで待機だってさ」

「そーだっけ……?」

 

 

 〝ユミ〟と呼ばれた女子生徒は、周囲の友人たちに言い聞かせられていた。首を傾げる彼女の反応に嫌な感じがした。

 

 

(あの子…髪の毛を伝って肩が血に染まってる。出血量は大したことなさそうですし止血済みのようですが…)

 

「失礼、少し手首を触りますね」

「え? うん…」

 

 

 私は急いでその生徒の側へ近付いて彼女の脈拍と呼吸数を確認した。──どちらも正常範囲内、問題はなさそうだ。

 不思議そうな顔をする彼女に続けて質問をする。

 

 

「お名前を教えていただけますか?」

「えーと、倉岡 ユミです」

「年齢と生年月日は?」

「17歳、10月8日生まれ…」

「今は何月です?」

「6月…あのぉ?」

 

(見当識の異常も見られませんね)

 

「どうかしたのか?」

 

 

 簡単な質疑応答に問題なく答える倉岡という少女。とりあえず黄色タッグ、準緊急エリアへ移動させるまでは必要なさそうだ。

 私の様子を心配したツクヨミに、『ちょっと気になりまして』と一言返事してから、再度彼女に質問する。

 

 

「私が誰か分かりますか?」

「ええとぉ…、ヒーロー…?」

「何があったか分かりますか?」

「うぅーん…? ええ…?」

 

 

 うん、間違いなさそうだ。他に症状がないことを簡単に確認し、少女に礼を伝えてからツクヨミに向き直る。声量を落として彼に所見を共有する。

 

 

「恐らく、頭部の打撲が原因で健忘になっています」

「…脳震盪か? どうする?」

「バイタルも良く他に症状もありません。急いで黄色エリアに移動するほどじゃあありませんが、悪化する可能性もあります。ここで頻回に観察を続けるべきでしょうね」

 

 

 検査はすべきだが、優先度が一段階上がるほどじゃあない。ただし、頭蓋内出血が生じている可能性も捨てきれない。密に観察して異常の早期発見に努める必要がある。

 何か汲み取ったのか不安げな表情をする少女の友人たちへ『凄く急ぐほどではないが、物忘れの症状が出ている。彼女に寄り添って見てあげてほしい』と伝えておく。私たちも症状の観察を続けるが、人手は多いに越したことはない。

 

 後は、念のために現場指揮を執っているプロヒーローへ、このことを報告しておくべきだろう。【テレパス】の〝個性〟のヒーローは赤エリアの側に立っている。そこへ【空間移動(テレポート)】するとしよう。

 

 

「彼女のことを含めて緑エリアの現状を現場指揮官へ伝えてきます。ツクヨミは──、…ツクヨミ?」

 

 

 移動する前に残ってもらうツクヨミに現場を頼もうと声をかけるが、反応が芳しくない。どうしたんだろうか…。

 

 

「…いや、問題ない。ここは任せてくれ」

「そうですか…? …では頼みますね」

 

 

 少しだけ心残りだが、彼もレスキュー訓練を受けたヒーロー科だ。そう心配することもないだろう。

『1、2分で戻る』ことを言い残して指揮官の下へ【空間移動(テレポート)】した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「──そうか。ありがとう! 引き続き、緑エリアの傷病者を頼んだぞ!」

 

 

 忙しなく指示を飛ばす指揮官のヒーロー、その隣りに付き添っていた補佐のヒーローへと伝達を終えた。

 ついでに少しだけ気になり赤タッグ、区分Ⅰの最優先傷病者の状態を覗き見る。

 

 

(8名…やっぱり多いですね…)

 

 

 赤タッグに分類された傷病者はつまり、〝緊急治療の適応あり〟ということ。胸部や大腿部からの外出血や頻呼吸の傷病者などが集められており、駆けつけたプロヒーローや救急隊から応急処置を施されていた。

 しかし、いくら処置しようとも、それはあくまで〝臨時の処置〟だ。そのことは全員分かっているため、迅速に病院への搬送準備が進められている。

 

 

(気になりますけど私は私の役目を全うしないと…!)

 

 

 ツクヨミも待たせている。いつまでも彼1人に任せるわけにはいかない。そう思い、再び緑エリアへ戻ろうとした直前。

 

 

「──了解した。テレスキュウ! こっちへ来てくれ!」

 

 

 前方に居た指揮官、【テレパス】のヒーローから声がかけられた。移送先を緑エリアから指揮官の下へと急遽変更する。

 

 

「キミは【ワープ】の〝個性〟だったな! ホークスからの要請だ。救助困難な要救助者が居るらしい! 至急、彼のところへ向かってくれ!」

 

 

 橙色の戦闘服(コスチューム)を着た指揮官から伝えられたのは、まさかのホークスからの応援要請だった。彼でも難儀な救助か…。突然の大役に心臓がドキリとするが、気合を入れ直す。尻込みしている場合じゃあない。

 

 

「分かりました! 直ぐに向かいます!」

「ああ! 緑エリアへの応援は他の者に任せておく。頼んだぞ!」

 

 

 ツクヨミの下へはまだ戻れなさそうだ。

空間探知(ディテクト)】でホークスの位置を特定して移動する。彼は、横転したトラックの直ぐ側で他のヒーロー数名と何か話していた。

 すぐに私に気付いたホークスは、真剣な表情をして口を開く。

 

 

「来たね。実は、まだ1人救助出来てない人が居てね。キミの〝個性〟で彼を助けてほしい」

 

 

 赤い羽で宙に矢印を作り出し、要救助者の居場所を指し示される。矢印は、横転したトラックと、折り重なるように潰れた2台の車の間を指していた。

 ゴクリと、唾を飲み込む。離れた位置で【空間探知(ディテクト)】した時は、大まかにしか要救助者の居場所を把握していなかった。まさか、あんな場所に取り残された人が居るなんて…。

 

 

(車自体を【空間移動(テレポート)】して退かすことは重過ぎて不可能…なんとか直接触れるしかないですね)

 

 

 私の今の最大移送重量は凡そ700kg弱だ。切断して分断しない限り、車を対象にすることは出来ない。

 そもそも、あそこまで不安定な状態の事故車両を無理矢理移送したら、残った他の車がバランスを崩して倒れるかもしれない。そうなったら、残された要救助者が危険に曝されてしまう。

 

 要救助者に手が届く場所はないかと探知する。集中して隙間を探す。3DCGのローポリからハイポリに変えていくイメージで…、見つけた。

 

 

「ホークス、あそこへ私を宙吊りにして運んでいただけますか?」

「了解。手が届いたら、彼と一緒に赤エリアへ跳んで」

 

 

 ホークスの羽が私の服に突き刺さり、フワッと身体を空へと運ぶ。ゆっくりと天地逆さまにされた私は、目標の場所へと手を伸ばす。

 

 

(あと数センチ……、届いたっ!)

 

 

 ギリギリまで伸ばした手が要救助者の腰に触れた。指先であろうと触れさえすれば、対象がどんな状況でも関係ない。金属の檻に囲まれていた男性と共に赤エリアへ【空間移動(テレポート)】する。

 

 僅かな振動が悪影響かもしれない。細心の注意を払い、男性を地面からコンマ数ミリ以下の高さへ移送した。また、体勢も移送前の腰をくの字に曲げた状態から、真っ直ぐの仰向けへと変えておく。姿勢の変更が肉体に影響を及ばさないため、この〝個性〟はこういった救助に向いている。

 

 

(なんとか助け出せました…。彼のトリアージは他の方に任せて私は…………、あ……?)

 

 

 移送した男性と目が合う。それは冷たく濁っていて光が灯っていない。薄く開かれた瞼は、ピクリとも動いていない。彼の顔は青白く変色していた。

 

 

…あ、……ぅあ………

 

 

 視線が一点から離れられない。きっと、私の口は目の前の彼と同じように間抜けに開かれているだろう。瞼は彼と違ってかっぴらいている筈。

 

 トクトクと勢い弱く、しかし止め処なく流れ出る血液は、アスファルトに赤い水溜りを作っていく。

 きっと、〝最初〟はもっと激しかったと思う。けど、事故が起きてもう20分以上経過している。たとえ動脈が損傷していても、人間の血液はそんなに保たない。

 

 ──息が、苦しい…。

 

 ガラスか何かによる切創。すっぱり切れている彼の首とその表情は、私に昔を想起させる。

 地面に広がる血溜まりは、〝あの日〟見たテーブルに広がる赤黒いクロスのようで。

 

 

お、とう……さ…………んぐッ!!!」

 

 

 込み上げてきた濁流をその人にかからないよう顔を背けられたのは、私の最後の気力による抵抗だ。手で蓋をしても抑え切れない吐瀉物がビタビタと不快な音を立てて地面を汚す。赤色と薄茶色が混ざり合う。

 

 

──テレスキュウさん!

 

 

 キーンとつんざく耳鳴りの向こうで、私を呼ぶホークスの声が小さく聞こえた。

 喘ぐような自分の呼吸が馬鹿でかく頭に響く。薄まる視界の端に、私を見つめる〝みんな〟の幻影が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

*1
災害や大規模事故発生時において、最初に用いられるトリアージの手法。怪我の重症度・緊急度を区分して効率的に多数傷病者を応急処置・救急搬送するために実施される。Ⅰ(赤)、Ⅱ(黄)、Ⅲ(緑)、0(黒)の4区分に分類される。

*2
傷病者など治療を受ける必要のある人々の、診療や搬送される順番などを決定する1つの過程。




軽症者とはいえ、学生に任せるかな?って疑問は置いてください。アニオリで梅雨ちゃんはもっと派手なことしてるのでアリかなって。『人手が足りない緊急事態』『優秀な雄英の生徒』『側でホークス事務所のプロヒーローが気にかけている』ということで許可が降りました、きっと。


これまで移ちゃんの【前世】や〝個性〟の詳細、10年前の事件について小出しにしてきましたが、ある程度情報を放出したらどっかで『まとめ』ようと思います。それまで、『こんな感じかな〜』と予想してみてください。


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職場体験⑤

感想、評価付与、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。
執筆のモチベーションに繋がっております。
不定期更新が続きますが、今後もよろしくお願いします。


 6月の晴れた日、福岡市内で起きたその交通事故は、日が傾き出した頃に漸く終息した。

 数時間の渋滞を発生させ、軽傷36名、重傷10名、重体4名、そして死者2名を出したその事故は、全国ニュースで取り上げられた。横転したバスとトラック、潰れた乗用車、延々と続く高速道路上の渋滞が映された報道は、夕方の話題を掻っ攫う。事故を目撃した市民からSNSへの投稿もあり、下校中の学生から仕事後のサラリーマンまで多くの人々の知るところとなる。

 

 特に、ホークスが一瞬で大勢を救助する姿に皆が注目した。被災者に配慮に欠ける投稿はすぐさま炎上していたが、それでも彼の活躍にネットは大盛り上がりだ。

 

 そんな彼のおこぼれではあるが、脚光を浴びたとある学生が居た。

 

 アッシュグレージュの艶やかな髪、端麗な顔立ち、ヘーゼル色の瞳は利巧そうで美しく、見た者を惹きつける蠱惑的な少女だ。オリーブグリーンのフライトスーツ型の無骨な戦闘服(コスチューム)は、彼女の美を更に引き立てる役割を担っていた。

 最初は気付かない者も居たが、すぐにコメントが寄せられ皆が気付く。彼女が今年の雄英体育祭で優勝していた空戸移という少女だと言うことを。

 

 移は一昨日から福岡市周辺で目撃されており、ホークスと共にパトロールする姿が何度かSNSにて取り上げられていた。それも合わさり今回の彼女の活躍は多くの人々の目に止まったのだ。

 その映像は、悲惨な事故で気持ちが暗くなる人々に勇気を与えた。まだ高校生にも関わらず、こんなに堂々と立ち回れる子が近い将来ヒーローとなり、自分たちを助けてくれるのだと。

 

 救助活動の途中で少しだけ気分が悪そうにしていたという声もあった。ただ、投稿された映像の全てで彼女は被災者に安心を与えるような表情を向けており、体調不良というよりは、被害に遭われた人々を想い胸を痛めていたのだろうと解釈された。事実、現場の救助がひと段落付いてホークスと一緒に去るまでの小一時間、彼女は献身的に働いていた。

 最後まで身を粉にして動き回る移の姿に、体育祭後から設立されていた彼女の非公式ファンサイトの登録者数は、それまでの5倍以上に膨れ上がったという。

 今も尚生死の境を彷徨っている人がいる手前、声を大にすることはないが、新たなヒーローの誕生に世間は興奮を覚えていた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 吐物の酸臭が充満したトイレで、移は扉を背もたれにして座り込んでいた。膝を抱えて身動きを取らないため、動作感知式の電気はオフになり、部屋は暗闇に包まれている。

 

 

(あー…、まぁだ止まりませんかね、涙…)

 

 

 ポタリポタリと雫が滴れる。冷静な自分がいる一方、涙腺からは蛇口が壊れたように涙が溢れ出し続け、吐き気が治まった今もトイレから動けずにいた。

 

 

(トラウマ? だからなんだって言うんですか。傷病者を見て嘔吐するなんて…自分が嫌んなります…ほんと)

 

 

 頚動脈からの外出血があった傷病者を目撃した移は、迷惑をかけたくないという気持ちと弱っている姿を見られたくないという思いから、ホークスに断りを入れて人気のない路地裏に【空間移動(テレポート)】した。込み上げてきた吐物と過去の出来事のフラッシュバックに見舞われていた彼女は、十数分の間その場所で身動きが取れなくなってしまった。

 

 発症の原因となった人物から離れたことで次第に落ち着きを取り戻し、気力で救助活動へ戻った移は、傷病者たちの前で気丈に振る舞った。インカムで状況を聞いていたホークス事務所の面々やツクヨミには大いに心配されたが、『大丈夫です』と押し通した。

 しかし緊張の糸が切れたのだろう。救助活動を終えてから再び吐き気とめまいに襲われ、事務所に戻ってすぐにトイレへ駆け込み、そして今に至る。

 

 雄英体育祭中に起きた発作以降、移は2週間に一度の診察とカウンセリングを受けている。予想、というより移の中では断定されていたことだが、医師による診断は〝PTSD〟。過去の──今から10年前に移たち家族を襲ったとある事件による精神的苦痛が原因だ。

 事件直後のピーク時よりかはかなり〝マシ〟だったが、それでも軽くはない。不意に過去の体験を思い浮かばせる人や物を目撃すると、今回のような状態になってしまう。〝完治した〟と思っていたが、未だに彼女の心は蝕まれている。

 

 

 ──ヴヴヴッ。

 

 

 ポケットの中で携帯が振動した。緩慢な動作でそれを取り出し、画面を確認する。暗闇に慣れた目に携帯の明かりは些か眩しかったらしく、赤く腫らした瞼が細められた。

 

 

(緑谷から…クラス全員に? ……位置情報…?)

 

 

 画面に表示されていたのは、文章もなく何処かの位置情報だけ添えられたクラスメイトからのメールだった。瀬呂や尾白、芦戸から返信が届くが緑谷からの反応はない。 ──それは、彼からのSOSのメッセージだったが、疲労困憊な今の移は、その意図に気付くことはできなかった。ただ、不思議に思い頭を働かせている間に涙は止まっていた。

 携帯を取り出したついでに時刻を確認する。思っていた以上に籠っていたことに驚き、いい加減動かなきゃなとノロノロ立ち上がる。動作感知した電気がONになり、携帯の画面以上の明るさに移は『うう…』と呻いた。

 

 

「…ふふ、酷い顔…」

 

 

 鏡に映る自身の姿に思わず嘲笑が洩れる。美少女と自負する彼女だったが、泣き腫らしたその顔は流石に誇れなかった。

 冷水で顔を洗い流す。涙と鼻水の跡は消えた。持っていたタオルを濡らして固く絞り、目の下に当てる。集まっていた熱が僅かに引いた。

 

 

(とりあえず、ホークスか他の事務所の方に顔見せに行かないと…)

 

 

 廊下へ出てホークスを探して歩き出す。しかし、少し移動したところで、灰色の制服を着た級友の姿に足を止める。

 

 

「常闇…?」

「…空戸。無事……ではなさそうだな」

 

 

 目を閉じて廊下のソファに座っていた常闇は、移を見て立ち上がる。常闇の視線が自身の顔に向いたことに気付き、移は思わず顔を背けた。

 

 

「あの、ごめんなさい…。戻って早々に閉じこもってしまって…。もう、平気ですから……」

「…、…そうか」

 

 

 移は平気と言うが、先程までどういう状況だったのか目元を見れば一目瞭然だった。2人揃って沈黙する。移は気恥ずかしさから、常闇は弱っている同級生の女子にかける言葉を見つけられなかったからだ。

 

 

「…ホークスからだが、今日はもう終了だそうだ。話も明日にするから休息してほしい、と」

「あ、そうなんですか…」

「ああ。それと──少し、俺と話をしないか?」

 

 

『良ければだが』と付け足す常闇は、先程座っていたソファに視線を向ける。

 この3日間、移は彼からなんとなく壁を感じていた。それは自分たちがパトロールで体験している内容の違いによるものだろうとアタリを付けていた。どうやって距離を埋めようか思案していた彼女は、渡りに船だと提案に応じる。そこには、話している方が気分転換できるかもしれないという思惑もあったかもしれない。

 

 100センチ程のソファに2人並んで腰を落とす。少し逡巡した常闇は、謝罪から始めることにした。

 

 

「昨日はすまなかった。突き放すような言い方をしてしまった」

 

 

 静かに、常闇は苦悩を吐露し始める。ホークスが自分を選んだ理由、直接教わることができていない現状、移と自分との力量差。承認されていないこと、そして不甲斐ない己に苛立ち、焦り、しかし足掻いても上手くいかない。

 ここ(ホークス事務所)に来るまで浮かれていた分、冷や水を浴びせられたようだった。

 

 

「だからと言って、俺より先を行く空戸に嫉妬して八つ当たりをしたことは赦されない。…情けないことをしたよ」

「…〝情けない〟…ですか」

 

 

 常闇の言葉に移は自嘲気味に笑った。

 

 

「そんなことありませんよ…。現状を打破しようと努力しているんです。その姿は、決して情けなくありません。──情けないのは、私ですよ」

「空戸…」

「聞いてるかもしれませんが私ね、傷病者を前にして吐いちゃったんですよ…。昔からトラウマになっていることがありまして。その人から離れて、なんとか立て直せましたけど、さっきまで蹲ってました。No.1ヒーローになるとか言っててこのざまです……」

 

 

 ──情けないでしょう? 

 

 

 膝を抱え顔を両手で隠して気持ちを吐露する。震えた声が彼女の心情を雄弁に語っていた。

 再び2人の間に沈黙が降りる。

 

 移は、自分の現状が嘆かわしくて仕方がなかった。彼女が夢見たヒーローたち。父親、母親、祖母そしてオールマイト。彼らの活躍は人々に、自分に希望を与えた。悠然と悪に立ち向かい、身を挺して理不尽から民衆を守り、襲いくる災禍から皆を救ける。彼らは強く、美しく、挫けなかった。

 それに対して、自分はどうだ? 件の事件から10年経った今もトラウマを抱えている。過去を受け入れることも乗り越えることもできず、〝克服した〟と思い込むだけで少しも前に進んでいなかった。

 

 

(こんな調子じゃあNo.1どころか、ヒーローにさえ…)

 

 

 じわり、と視界が涙で歪む。

 ──この体は、自身の感情に敏感だ。移は【過去】と比べて涙脆くなったと改めて自覚した。

 なんとか感情を制御しようと深く呼吸をする彼女に、常闇が静かに語りかけた。

 

 

「──お前のレスキュー活動だが、最初は驚愕したよ。同年代で、これほどまで堂に入る救助ができる奴がいるとは、とな。不貞腐れている時間はない。空戸に追い付くため、俺は今まで以上に研鑽を積まねばならん……俺の浅はかな謬見を正してくれたんだ」

 

 

 傷病者を安心させる話術、怪我の程度を見極める観察力、救助全体を円滑に熟すためのトリアージ等の知識。一つ一つは授業や訓練で習ったことだが、それと実戦は違う。常闇から見て、〝初めて〟のレスキュー活動だと言うのに移のそれはプロ顔負けだった。

 

 

「だがそれだけではない。お前が体調を崩したのは聞いている。過去のことは聞かんが、余程のことがあったのだろう。──しかしお前は現場に戻ってきた。傷病者たちに気取られる様子もなく、堂々とした救助を継続した。今の様子を見る限り、相当の無理をしたのだろう? その志が、情けないと思えるわけがない」

「………っ」

「お前は立派だよ。俺の先を行くライバルで、彼らにとっては紛れもない〝ヒーロー〟だった。だから、…そう自分を責めないでやってくれないか」

 

 

 必死に堪えていたが、堰を切ったようにヘーゼルの瞳から涙が溢れ出した。せめてこれだけはと、なけなしの意地で声を殺す。涙には、相変わらず自責の念が込められていたが、ほんの少し、安堵と随喜が含まれていた。

 

 

「ありがと……ございます……っ」

 

 

 スっと、心が軽くなる気がした。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 それからの話。

 

 4日目の朝、泣き腫らした瞼は一晩では元通りに戻らず、事務所の皆様には結構な心配と謝罪をされてしまった。『学生に多大な負担を強いてしまった』とのことだ。

 確かに、職場体験に来た高校生がストレスで体調不良に陥ったら、コンプライアンス的に不味かろう。ただ、私は〝ヒーロー志望〟なのだ。こんなことで躓いてられない。これは私が乗り越えなければならない問題なのだ。

 それに、このことで動きに制限をかけられてしまうのは痛い。せっかくのチャンスが減ってしまうことは避けたかった。

 謝罪を受け入れた上で私からも謝罪し、〝空元気〟に捉えられないように体調の万全さをアピールした。事実、精神的な不安定さは取り除かれていた。前日の常闇から貰った言葉のおかげだ。…〝大人〟が子どもに励まされるなんて恥ずかしい話だけど。

 

 ホークスからは一言、『出来るかい?』と問われただけだった。

 侮りや憐憫の感情が込められていない確認。シンプルで、私にとって助かる言葉だった。

 私は〝折れていない〟ことを伝えるため、力強い返答をして覚悟を示した。彼は、ニッと笑ってくれた。

 

 3日目のようなどでかい案件はなかったものの、そこはやはり大都会。それまでと同じよう、強盗や暴行、事故が多発して私たちは街を縦横無尽に奔走した。事件と一括りしても色んなケースがあり、それぞれに最適な解決法を選択し最速で解決していく〝ホークス事務所〟からは、相当の学びを得られた。授業や訓練とは違う、〝実戦〟の空気に触れることができたこの職場体験は、万金に値したと言えよう。

 

 

「仮免許試験に合格したらまた来なよ」

 

 

 最終日に私たちへ伝えられた言葉だ。ヒーロー仮免許を有した学生は、ヒーロー事務所でインターンとして働くことができる。それは、〝お客さん〟でしかない職場体験とは違い、1人の相棒(サイドキック)として扱われてプロの仕事に加わる〝より実戦的〟な校外活動だ。

 そのヒーローインターンに私と常闇が招待された。ホークスに〝興味〟を持ってもらえた、ということだろう。

 嬉しくなった私たちは互いの顔を見つめ、高らかに『はい!』と彼に返事をした。

 

 見つめ直すべき心の問題に直面した時間もあったが、私にとって夢のような1週間は、新たな道を拓く成果を残して無事に終了したのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 窓のない暗い室内をパソコンのモニターの光が照らす。僅かな光だが、デスクの前に座る人物を薄らと浮かび上がらせている。

 

 それは、不気味な男だった。腕に刺さる点滴の管に酸素マスク、胸に取り付けられた心電計だけを見れば、何らかの治療を施された患者に見えよう。頰や首には用途不明の幅数cmの管が繋がっており、顔全体に広がるケロイドのせいで両目が完全に塞がっている。凄惨な事故や事件に巻き込まれた憐れな被害者。彼の姿からそんな印象を受けることだろう。──その、愉悦に歪んだ口元さえなければ。

 

 男の前にあるモニターには、事故現場で奔走する少女の姿が映し出されていた。額に汗をかきながら傷病者のために献身的に働くそのヒーロー科の女子生徒は、プロヒーローデビュー前に関わらず世間の注目を浴びている話題の人物だった。

 

 男が、嗤う。

 

 

「愉しみだなァ………」

 

 

 クリスマスを待ち焦がれる子どものように。しかし、邪気しか込められていない悍ましい声だ。

 希望を手折る巨悪が、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 




職場体験はこれにて終了です。

移ちゃんの抱えるPTSD…何かのキッカケで完治するような病気ではないので長い治療が必要になります。ちょっとずつ、向き合って良い方向へ持っていってもらいたいものですね。

巨悪おじさんは待ってくれませんけどね!
TS美少女 vs 顔金玉 !! fight!!


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幕間:移ちゃん、過去と向き合う

ちょっとだけ長めです。あと、中盤から暗いお話です。
…これって〝曇らせタグ〟は要りますか??


「〝個性伸ばし〟?」

 

 

 博多からの帰宅途中。一世紀前より技術が進んだと言っても数百キロ離れた静岡県まで戻る新幹線の移動時間はそこそこあり、職場体験前よりも交友が進んだ私たちは途切れなく会話に花を咲かせていた。

 そうは言っても天下の雄英生。趣味や色恋なんかではなく、ヒーロー志望らしく訓練についてが話題の中心だ。

 

 

「〝個性〟は身体機能の一部ですから、負荷をかければかけるほど伸びていくんですよ、筋トレと同じように。今は基礎訓練や〝個性〟に慣れることが主な授業内容ですが、今後、必ず触れられると思いますよ」

 

「なるほど…あえて十字架を背負うことが、頂への登攀に必要不可欠ということか…」

 

「ですです」

 

 

 この1週間で常闇語録にも随分慣れたものだ。彼と会話していると、語彙力が増す気がする。

 

 

「【黒影(ダークシャドウ)】の場合、課題となっているのは近接戦闘なんですよね?」

 

「ああ。相手の間合いから離れて戦うことには遅れを取らない。だが、【黒影(ダークシャドウ)】が離れている間に懐に入られてしまうと弱点が露呈する。呼び寄せるまで、俺は無防備だ」

 

 

 中距離戦闘では無類の強さを発揮する常闇の【黒影(ダークシャドウ)】であるが、もちろん弱点は存在する。例えば〝光〟。体育祭において、素早さで八百万を圧倒した彼だが、続く2回戦では爆豪が放った【閃光弾(スタングレネード)】によって【黒影(ダークシャドウ)】が弱体化してしまい、そのまま組み敷かれていた。日中に太陽の下で活動する程度は問題ないらしいが、至近距離に強い光を浴びせられると不味いようだ。

 そしてもう一つの弱点が、話題に上がっている〝近接戦闘〟だ。

 

 

「先読みの力を付けて敵を近付けさせない…自分の得意を押し付けることも一つの手ですが……、これは経験の積み重ねが必要ですからねぇ」

 

「そうなることが理想だがな。…実はまだ伝えてない弱点が存在する」

 

 

 神妙な面持ちで常闇が言う。

 

 

「光に弱い【黒影(ダークシャドウ)】だが…極端な暗闇も得意ではない」

 

「暗闇…真夜中とかですか?」

 

 

 意外だ。影、と名前に付いているから暗がりには強そうだけれど。

 

 

「ああ。これは【黒影(ダークシャドウ)】が、というよりも俺自身の問題だが…。あまりに深い闇に染まると、【黒影(ダークシャドウ)】は凶暴化して俺の制御下から外れてしまう。その分、力は底上げされるがな」

 

 

 常闇は、ギュッと固く閉じた拳を見つめた。彼の様子からして、以前に何かしらのトラブルがあったのかもしれない。闇なんて、必ず毎夜訪れる。もしかしたら、〝個性〟の制御が拙い幼い頃に【黒影(ダークシャドウ)】が暴れ回ったりしたのかも。

 しかし、本人の制御から外れて暴れる意思のある〝個性〟か…。色も相まって、まるでスパ◯ダーマンの宿敵であるヴェ◯ムのようだな……。

 ………ん? 

 

 

「常闇…、【黒影(ダークシャドウ)】で攻撃や防御する時、いっつも体から伸ばしていますよね? それ以外の展開方法はないのですか?」

 

「どういうことだ?」

 

「つまりですよ? 伸ばすのではなく、常闇の体全体を【黒影(ダークシャドウ)】で覆うことはできませんかね」

 

 

 ヴ◯ノム──タール状の地球外生命体・シンビオートに寄生された人間で、超常黎明期以前に刊行されていたアメコミに登場する人気のヴィランだ。あ、いや、現在は犯罪者を(ヴィラン)と呼ぶからややこしいが、とにかく架空のキャラクターである。

 そのヴェ◯ムは、宿主である人間から首や手だけ伸ばして飛び出ることもあるが、メインの戦闘方法は宿主の体全体を覆って凄まじい身体能力をもって攻撃、防御、高速移動する恐ろしい奴だ。

 何が言いたいかと言うと、常闇の【黒影(ダークシャドウ)】もシンビオートのように全身を覆うことが出来れば、弱点の近接戦闘をカバー出来るだけでなく、常闇本人の機動力も増すのではないかと考えた訳だ。完全に思い付きだけど。

 

 

「…試したこともなかったな…。【黒影(ダークシャドウ)】を纏う…深淵に身を委ね駆ける……、フッ。良いかもしれないな」

 

 

黒影(ダークシャドウ)】を纏った自身を想像したのだろうか。ニヒルな顔をした常闇は、課題に光明を見出せたようだった。

 

 

「今までにない運用方法をすることになりますからね。〝個性伸ばし〟の方向性は、精密制御と【黒影(ダークシャドウ)】との連携強化とかになりますね」

 

「ああ。それと、急な暗転や照射にも対応せねばならんな。反撃の機会を与えかねん」

 

 

黒影(ダークシャドウ)】は弱点こそあれど、間違いなく〝強個性〟だ。そして常闇自身も優れた身体能力と向上心を備えている。同じ〝ヒーロー〟に指名された者として、ライバルとして強くなってもらいたいと思う。こう、互いに高め合うって少年漫画のようでときめくじゃん? …体育祭で爆豪もそんな感じだったが、やっぱり粗野な言動がちょっと……。

 

 

「すまないな、俺のことで色々と…」

 

「いえいえ! ……私の方こそ、この間の言葉で随分救われましたから…」

 

 

 4日前、私は随分へこたれていたが、後日、ネットやテレビで事故の救助活動にあたる私の姿が取り上げられていることを知った。救助中は目の前のことに精一杯だったり、恐怖を抑え込むことに必死だったが…。傷病者の方々にとって私は〝ヒーロー〟に見えていたようで、否定的になって悪循環に陥っていた私には、常闇から貰った言葉も相まってかなり救けられた。

 

 

「恥ずかしいところを見せてしまいましたが…あの時は、ありがとうございました」

 

 

 泣き腫らした顔のことは忘れてほしいけど、お礼は伝えておきたかった。照れ臭さを誤魔化すように、隣に座る彼に笑いかけた。

 

 

「……、…過分な礼だ。大したことは、言ってないさ」

 

 

 常闇はふいっと、窓の外へと顔を向ける。しばらく沈黙した後、『そういえば』と、こちらを見ずに喋り出した。

 

 

「〝個性伸ばし〟の件や救助への造詣の深さ……空戸はどうやってそれらの知識を得たんだ?」

 

「ああ、言ってませんでしたっけ。私の両親と祖母がプロヒーローだったんですよ」

 

 

 常闇の問いに『家族に稽古をつけてもらってました』と付け足す。身内にプロヒーローがいると自然とそういう知識が集まるのだ。恐らく、同じくヒーロー家系の轟や飯田もある程度熟知しているだろう。まあ、私の場合はそれに加えて【前世】という特殊な事情があるのだけど。

 常闇は、やや驚いた顔をして視線をこちらに戻した。

 

 

「空戸の家もそうだったのか…。〝だった〟ということは、今は引退しているのか」

 

(あー、……まあ当然突っ込みますよね)

 

 

 常闇に指摘されて己の失言を自覚する。普段、家族の話をする時は意図的に両親のことは省いていた。話題にして詳細を話すと気不味くなるだろうし、進んで話そうとは思えなかった。

 なんと言おうか迷う。いつものように誤魔化そうか。でも…。

 

 

(──常闇には、正直に話してみましょうか)

 

 

 なんとなく。彼には伝えてみようかなと、そう思った。

 

 

「……お婆ちゃんは、事務所を畳んで隠居してます。昔は結構な武闘派だったみたいで、雄英に入るまではお婆ちゃんに稽古してもらってたんです」

 

「ほう。空戸の身のこなしはそこで会得したのか。合点がいった」

 

「はい。自慢のお婆ちゃんです」

 

 

 胸が早鐘を打つ。いつもなら、お婆ちゃんの話を膨らませて有耶無耶にしている。それは、自分を守るための自己防衛のようなものだ。ストレスから、過去から逃避するための。

 

 だけど。一歩、前に進んでみよう。常闇にとって、重荷になるかもしれないけれど。彼なら受け止めてくれると願って。

 

 

「お父さんとお母さんですが……。2人でチームを組んで事務所を構えていたんです。…昔は、名の知れたヒーローだったんですよ」

 

「………空戸?」

 

 

 私の様子が変わったことに気付いたのか、常闇が訝しむ。私は俯いたまま、両親について、避けていた話題を友人に明かす。

 

 

「引退はしてません。お父さんたちは……、今から10年前に。──殉職したんです」

 

 

 ──私の、目の前で。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 あれは、茹だるような暑さが続く夏の日だった。

 

 プロヒーローの両親は常に多忙で、揃って休暇を取れる日なんてほとんどなかった。しかし、その日から三日間だけはなんとか予定を調整して休みを取れたらしい。私が記憶している限り、2人同時に連休を取るなんて、私の5歳の誕生日以外で初めてのことだった。

 

 その貴重な連休を使って向かう先は、お父さんの実家、京都にある祖父の家だと言う。当時6歳だった私だが、お母さんの祖父母には頻繁に会うが、空戸家の祖父に会ったことは一度もなかった。なんでも、お父さんと祖父の折り合いが悪かったらしく、祖母の法事以外ではしばらく顔を合わせてなかったようだった。

 

 そんな祖父だが、その年の春頃からお父さんに歩み寄り、やり取りを重ねてわだかまりを解消したらしい。2人の間にどんな問題があったのかは分からないが、仲直りできて良かったと思う。

 

 そんな訳で、家族の絆を深めるべく一家揃って祖父の自宅へ向かうことになった。初日は祖父の家でゆっくりし、2日目以降はみんなで京都を観光する予定とのことだ。

 その日の前日は妙な子どもに日課の訓練を邪魔された上に体調も崩してしまったから、穴埋めの特訓をしたい気持ちもあった。けど、せっかくの家族旅行だ。素直に楽しもうと、ワクワクしながら新幹線に乗り込んだことを覚えている。

 

 祖父の家がある京都府蛇腔市は、小高い山々に見下ろされるように街が広がっていて、その山の中腹には大きな病院が聳えていた。雄英高校がある街を初めて見た時は、海の見える蛇腔市のようだと思ったものだ。

 駅からタクシーで移動し、祖父の自宅──お父さんの生家に到着したのはちょうどお昼時だった。

 

 

「おかえり送次(そうじ)。それと──よく来てくれたね、和佳理(わかり)さん、移ちゃん」

 

 

 父方の祖父〝空戸 (いたる)〟は、お父さんとそっくりな笑顔で私たちを出迎えてくれた。

 

 その後、祖父の用意してくれた昼食に舌鼓を打った私は、祖父に〝個性〟を見せてくれるようにせがんだ。祖父の〝個性〟は、私やお父さんとは若干異なる【ワープ】系〝個性〟と聞いていたため、後学のためと若干の好奇心から見せてもらいたかったのだ。

 

 

「移、お爺ちゃんは──」

 

「いいんだよ送次(そうじ)、構わないさ」

 

 

 お父さんが何かを言いかけて、しかし遮るように祖父が許諾した。『庭で見せてあげよう』と朗らかに笑う祖父に喜んだ私は、ぴょんっと椅子から飛び降りて祖父と共に外へ出た。

 ジリジリと肌を灼くような日差しの中、祖父は自身の〝個性〟について、それから【ワープ】系〝個性〟を使い熟すコツについて丁寧に教えてくれた。僅かな時間だったが、それまでお父さんから教わっていたことと異なる観点からの教えは、今も私の中で息衝いている。

 

 

「いいかい、移ちゃん。私たちのような【ワープ】系〝個性〟を使う時は、自分が中心に居るんだと言うことを忘れてはいけないよ」

 

 

 祖父は『ちょっと難しいかな?』と苦笑して続けた。空間の狭間を跳び、捻じ曲げ繋げる私たちの〝個性〟は、些細なミスが大事故に繋がってしまう。〝自分が今、何処に居るのか〟。ゼロ点は自分だということを意識することが重要なんだ。

 この時の祖父の話は鮮明に覚えており、私の〝個性〟制御の礎になっていると言っても過言ではないだろう。

 自身の腕や腹から遠くにある物を出し入れする祖父を、私は本物の幼子のように無邪気に眺めていた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──何故その時間だったのか。何故もっと早く起きなかったのか。何故気付かなかったのか。

 

 何度後悔して、幾度も泣いて、どれだけ自分を殺したくなったことだろう。

 

 夜。尿意を感じて起きた私は、トイレに向かおうとしてリビングから知らない声がすることに気が付いた。ドアの隙間から灯りが漏れていて、その向こうから祖父と、〝恐ろしく美しいテノール〟の声の男性が何やら会話している。

 

 誰か、来ているのだろうか。

 

 気になった私は、ゆっくりとリビングのドアを開けた。

 

 

「──あらら、起きたのかい?」

 

 

 耳朶に響く、染み渡るような美声。切長の目をした、雅やかな青年が部屋に入った私に気付いて問いかけてきた。初めて見る人だったが、何故か彼には親しみの情が湧いた。

 

 

「おかしいなぁ。この子には盛らなかったんだね、(いたる)さん」

 

 

 青年がリビングの奥、ダイニングの方へ顔を向ける。釣られてそちらを見た私は──思考が止まってしまった。

 

 

「…………えっ……?」

 

 

 ダイニングテーブルには、2人の男女が座っていた。女性は顔を下に向けて机に突っ伏しており、男性は腕を枕にしてこちらに顔を向けていた。机の上には真っ赤なテーブルクロスと、酒瓶やいくつかの皿が広がっており、大人同士の語らいをしていたことが窺えた。

 

 

「すまんね…。子どもだから問題ないと思ったんだ」

 

 

 祖父が青年に答える。旧友と話すように親しげな様子だった。

 

 

「困るなぁ……。……まぁ、いっか! それじゃあ(いたる)さん、この子は僕に任せて、あとはもう良いからさ。ズバッとやっちゃって、ズバッと」

 

「ああ、頼んだよ和愛(かずよし)くん」

 

 

 テーブルに突っ伏す男女から目が離せなかった私には、2人が何を言っているのか理解ができなかった。しかし、視界の端で祖父が己の首に手を当てるのが見え、次の瞬間には赤い飛沫を上げビチャッと音を立てて床に倒れるのは確認できた。

 赤色が広がる。祖父の中からドクドクと液体が溢れ出す。フローリングに水溜りを作り出し、祖父が倒れる前からあった赤色と混ざり合って広がっていく。

 

 思い通りに体が動かなかった。体中に鉛を付けられたような感覚の中で、私はよたよたとテーブルに近付く。歩くごとにビチャリ、ビチャリと不快な音が立った。足の裏に、冷たいドロドロした物が付着する。

 

 恐る恐る男性の頰に触れた。血の気が引いた顔は、その見た目通り冷たくて、まるで作り物のように感じた。濁った、生気のない瞳と視線がぶつかる。乾いた唇で、掠れた声で私はその人を呼んだ。

 

 

「……おとう…、さん…?」

 

 

 首に線が入り、薄く口を開いたお父さんから、返事はなかった。

 

 

「驚かせてごめんねぇ。でも大丈夫だよ、すぐに気にならなくなるからさ」

 

 

 目の前の現実を受け入れられない私の背後から、むせ返る血の匂いの中でも香るほど甘く、心地良い芳気が漂ってきた。徐に青年の方へ顔を向けた。

 

 

「愛しい愛しい移ちゃん。僕を愛して、言う通りについて来てくれるかな」

 

 

 惚れ惚れする素敵な笑顔で(吐き気を催す醜悪な表情で)胸が高鳴る甘美な囁き(身の毛が弥立つ嫌忌な言葉)が届けられる。

 ──ああ、あの白魚のような指に触れられたら、どれだけ幸せだろうか…。

 

 私は、醜い肉塊となった父と母から離れ、最愛の人へと歩み寄る。彼の言う通りにすることは、私の中で何よりも優先すべきことなのだ。

 

 

「はい…! いま行きますっ」

 

だめだ。

 

「私の名前、ご存知なんですねっ。あなたのお名前も教えていただけますか?」

 

だめだ! 

 

「これから一生、あなたに尽くします…っ。よろしくお願いしますねっ!」

 

だめだッ!! 

 

「………ッッ!!!?」

 

 

 頭の靄が晴れて、慌てて男から距離を取る。床の血糊に足を取られてドチャリと尻餅を付いた。

 

 私は今、何をしようとした…? 

 

 男は不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。

 

 

「あっれー? おかしいなぁ……ちゃんと()()()()に使った筈なんだけど…」

 

 

 〝個性〟を使われた…? 思考の誘導…心に作用する〝個性〟か…? この男はまずい…離れないと……。

 手足を動かして立とうとするが、上手く力が入らず血溜まりに体を擦り付けるように腰を抜かしたまま後ずさる。恐怖に支配されて焦る私に、ニヤニヤと厭らしく笑う男がわざとらしくゆっくりと距離を詰めてくる。

 

 

「こんなこと今までなかったんだけどなぁ…、アッハ! ──気になるなァ…」

 

 

 三日月のように細められた両目が私を捉える。机の足に背中がぶつかり、それ以上下がれない私と、尚も近付いてくる男。

 

 

「やめ……っ、…来ないで…っ…」

 

「教えてくれるかな? 君は一体、どんな人間なんだい?」

 

 

 私の頭に触れようと男の手が伸ばされた。

 ──そして………。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「……ッ、はぁ……はぁ……、その、あと…っ」

 

「──大丈夫。大丈夫ですからね。練習通り、ゆっくりと呼吸をしてください」

 

 

 アースカラーの落ち着いた雰囲気で統一された部屋の中で、移は両腕を摩りながら必死に呼吸を落ち着かせていた。過剰に吸っていた空気を吐き出し、教えられた通り静かに、ゆっくりと呼吸をする。

 移の対面に座る女性は、彼女が冷静になるのを優しく声をかけてじっと待っていた。

 

 やがて、平静を取り戻した移は、すでに冷めてしまったハーブティーの残りを一気に呷った。

 

 

「……はぁぁ………。…やっぱり、具体的に振り返るのは、怖いです…先生……」

 

 

 空のティーカップに視線を落として移が言う。

 

 

「そうですよね。それでも、以前より随分話せるようになりましたよ。頑張りましたね。──ただ、最初は過去の話として話せてましたが、事件に近付くに連れて〝今、起きているように〟話していましたね。可能な限り、過去の出来事として話すようにしましょう」

 

「…はい……」

 

「それと、繰り返し言いますが、それは過去の出来事です。記憶が貴女を害することはありません。ここは、安全な場所ということを忘れないでください」

 

 

 女性──移の主治医は、手元の録音機器を操作して止めると、そのまま移に手渡した。

 

 

「今回はここまでにしましょう。録音は毎日聴いてくださいね。注意点は覚えていますね?」

 

「はい、分かっています」

 

 

 受け取った機器をギュッと握りしめる。主治医が言うように前進はしているのだろうが、思うようにことが進まないことに移は苛立ちを感じていた。

 エクスポージャー療法──移がここ最近受けているPTSDの治療だ。トラウマになっている過去の記憶を敢えて話すことで、否定的な認知を改善する治療法である。一見荒療治のように思えるが、時間をかけてゆっくりと行われる歴とした認知行動療法の一つだ。

 

 

「焦りは禁物ですよ」

 

 

 移の様子に主治医が釘を刺す。

 

 

「空戸さんはしっかりと前に進めています。この間も、お友達に昔のことを話せたと言っていたではありませんか」

 

「ええ、まあ…ほんの少しですけどね」

 

 

 職場体験の帰り道で常闇に話したことを思い出す。結局詳しくは話せなかったが、移が自分から両親のことや事件のことを他人に話したのは初めてのことだった。

 

 

「それでいいんです。少しずつ、一緒に向き合っていきましょうね」

 

「…はい」

 

(そうです……私なら、乗り越えられます…きっと……)

 

 

 移は思い出す。両親のこと、祖父のこと、そして〝和愛(かずよし)〟と呼ばれていたあの(ヴィラン)のこと。恐怖を振り切るように、移はかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 




素人がネットで簡単に調べただけなので、治療法として間違っていたらすんません。その道のプロがいましたら、コッソリと教えてください。

和愛(かずよし)くんがどんな人物で、どんな〝個性〟なのか、詳細はいずれまた。

次回から期末試験編です!…あの試験内容でどうやって移ちゃんを苦戦させようか……。


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悪夢の前の平和
常闇くんの職場体験談


遅くなりました。

時系列は職場体験終了直後です。

追記:期末試験と順序を入れ替えました。


 静岡県の実家から登校する常闇は、遠方から通う他のクラスメイトと比べて朝の時間に余裕がある。普段であれば日課の早朝トレーニングをしてから通学するのだが、その日はいつもより起床が遅れたためトレーニングを実施せず、直ぐに身支度を済ませて自宅を出発していた。雄英高校の敷地を跨いだのは、普段より30分も早い時間だった。

 

 

(……不愉快だ)

 

 

 駐輪場に愛車を停めながら、常闇は今日の夢を振り返る。悪夢…と呼んで差し支えないそれのせいで安眠を邪魔されてしまい、結果、日課を諦めざるを得なかった。

 しかし、彼が不快に思うのは日課をこなせなかったからではない。通常は直ぐに忘れてしまう夢の内容。ただ、その悪夢は常闇の脳裏に染み付いて離れてくれない。それが、あまりにリアルで、悪趣味であったからだ──。

 

 

 ──暗がりの中に小さな女の子が居た。まだ小学校にも通っていないような幼子だ。水色のワンピースを着た彼女は、太腿の辺りの生地をギュッと固く握り締め、その唇は何かに堪えるように震えている。大きなつぶらな瞳には、それに負けないほどの雫を溜め込んでいて、決壊寸前だ。

 『いったいどうしたんだ?』尋常じゃない彼女の様子に心配になった常闇は、その少女に駆け寄り声をかけようとした。しかし、彼には歩み寄る足はなく、安心させるための声を持たなかった。ただただ、怯え慄く少女を見つめる他なかった。

 

 ふと、気付く。少女の足下が濡れていることに。テカテカと艶めかしく光る液体は、常闇が認識したと同時に、少女を中心にゆっくりと広がっていく。水のようにさらりとした物ではない。ドロリと、厭な粘性を秘めている液体だ。細い少女の素足を汚すそれが血液だと理解するのに時間は要さなかった。

 量が多い。赤い絨毯のように広がる血液が全て本物であれば、明らかに致命的な出血だ。しかし、目の前の少女が怪我をしているようには見えない。では、いったい誰の……? 

 

 常闇の疑問に応えるように、ゆっくりと視点が動く。彼の意思ではない。常闇には、振り返るための首もなかった。

 

 180度反対を向いた視界。つまり少女が見つめていた先。そこには、2人の男女が横たわっていた。少女と違い、彼らの顔は見えない。見えないが、彼らが少女にとってどんな存在なのかは何故か分かった。

 延々と流れ出る血液。音なんてする筈がないのに、横たわる男女の首からドプッ、ドプッと血潮の音が鮮明に聞こえる。

 

 

「………おとうさん…………おかあ…さん…………」

 

 

 いつの間にか、少女の後ろに移動していた。

 常闇の腰までしかない小柄な体躯。アッシュグレージュの髪の毛が、強張る体と一緒に揺れている。

 

 常闇は、この幼子を見たことがない。だが、彼女が何者か知っている。成長した彼女を知っている。

 

 

「くうど………っ」

 

 

 絞り出した掠れた声で少女の名を呼んだ瞬間、常闇の意識は浮上した──。

 

 

 ──職場体験の帰りの新幹線。そこで聞いた彼女の心の傷(トラウマ)。〝3日目の夜〟の様子から、彼女の過去に何かがあったと予測はしていた。何かしら、辛い出来事があったのだろうと。

 だが、打ち明けられた真実は、常闇の予測を遥かに超えていた。

 

 

『引退はしてません。お父さんたちは……、今から10年前に。──殉職したんです』

 

 

 悲痛な様子で話された移の過去。(ヴィラン)に殺害された両親。なるほど、良くある話だ。ヒーローは全てを救えるわけではない。〝ヒーロー飽和社会〟といっても、目の届かない場所、間に合わない事件はある。救えない命は、どうしても出てくる。だから仕方がない。──そんな言葉で片付けられるわけがない。

 

 一通り話し終えた移に、常闇は碌に言葉をかけられなかった。ヒーロー志望といっても、彼はまだ15歳の少年。凄惨な(ヴィラン)犯罪に遭った遺族に対して何を言っていいのか、彼には分からなかった。

 けれど移は、『聞いてくれてありがとう』と、憑き物が落ちた表情して常闇に感謝を述べた。何も。自分は、何も出来ていないというのに。

 

 そして常闇は夢に見た。移の話からイメージされた彼女の過去の出来事を。

 絶望する少女に何もしてやれないその悪夢は、今も尚傷付いている同級生にどうすることも出来ない自分の不甲斐無い心情を的確に表していた。

 

 

「……笑止ッ」

 

 

 常闇は、自身を叱責する。

 移が過去を話したのは、同情してほしかったわけではない。過去を受け入れ、乗り越えるために、信頼して話してくれたのだ。自分を、頼ってくれたのだ。

 だのに自分がしょげていてどうする。彼女の過去を重荷に感じていると捉えられる態度を取っていては、彼女の笑顔はまた曇ってしまう。

 

 彼女は理想のヒーローとなるため、心の傷(トラウマ)を乗り越えようと努力しているのだ。

 であるならば、自分はその高潔な精神を讃えて、あるがままを受け入れるべきだ。

 

 いずれにしても、彼女が相談しやすくなるように心理学などを勉強してみようと、常闇は決意を固めた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 教室にはまだ数人の生徒しか来ていなかった。常闇が普段登校する時間には、半数以上居ることが多いため新鮮な気分だ。

 

 

「よお常闇、おはよう」

 

「嗚呼。おはよう」

 

 

 予習をしていたと思われる砂藤からの挨拶に応じる。教材を鞄から机の中に移していると、隣の席の峰田が何やら真剣な表情をして話しかけてきた。

 

 

「おい常闇。職場体験……、どうだったんだよ?」

 

 

 ゴクリと唾を飲み込む峰田。膝を揃え背筋を伸ばして座るその姿は、熱心な生徒そのものに見えた。

 

 

「あ、それ俺も気になってたんだ。ニュース見たぜ、凄え事故の救助に当たったんだってな」

 

 

 参考書に落としていた視線を上げた砂藤が会話に加わる。砂藤が指摘した〝ニュース〟とは、常闇が職場体験の3日目に対応した大規模事故のことだ。全国的なニュースで報道されていたため、当日の夜にはクラスのグループSNSの中で話題になっていた。まあ、その数時間後には〝保須市の事件〟にお株を取られてしまったのだが、クラスメイトが事故現場で活躍したことに違いない。職場体験が終わって初めての登校日であり、久しぶりに会った級友との話題で、これほど興味があることはないだろう。

 砂藤に次いで、会話を聞きつけて教壇近くに座っていた障子も近付いてきた。彼も興味津々の様子だ。

 

 

「俺も聞かせてもらっていいか? 福岡は俺の地元でもあるし、何よりあのホークスが関わっているからな。No.3ヒーローの下で学んだことがあれば、是非教えてほしい」

 

 

 身振りを交えて話す障子は、少し興奮した様子だ。地元の福岡県周辺をホームに構えているホークスのことは昔から慕っており、そんな彼の事務所へ行った常闇には羨望の眼差しを向けていた。

 そして、3人のクラスメイトに囲まれた常闇の表情は、しかし暗く沈んでいた。

 

 

「……正直なところ、彼から直接的に学べたことは少ない。彼は、…ホークスは疾すぎた。地を這う俺では、彼の活動を見ることは叶わなかった」

 

 

 常闇は職場体験にて経験したことを簡潔に説明した。殆どが相棒(サイドキック)と共に事後処理に終始していたこと。彼を追ったが無駄に街を奔走することになってしまったこと。No.3ヒーローとの差をまざまざと突き付けられただけで、とても実のある職場体験だったとは言えなかった。しかし。

 

 

「だが、空戸に気付かされてな。華々しい活躍だけが〝ヒーロー〟ではない、と。民衆に安心を与えること。堅実で真摯な言動こそが〝ヒーロー〟たらしめる、とな」

 

 

 『それこそが、あの7日間における最たる学びやもしれん』。そう言い切った常闇の顔には、誇りを感じさせる強い想いが宿っていた。

 

 

「おお……。なんか、格好いいな、それ」

 

「ああ…。〝堅実〟〝真摯〟…か。派手な活躍ばかり憧れがちだが、俺たちがまず持つべきことはそういう心意気なのだろうな」

 

 

 うんうん、と納得する砂藤と障子。どこか達観した様子の同級生に感心した2人に対して、常闇の左隣に座る小柄な少年はプルプルとその体を震わせていた。

 

 

「んなことはどうでも良いんだよぉ…。オイラが聞きてぇのはよぉ…。雄英高校1年の中で1、2を争う美人と7日間も寝食共にして、何かなかったのかってぇことなんすよぉッッ!!」

 

「お前は相変わらずだな」

 

 

 峰田の煩悩が爆発する。エロボディを目的に峰田が選択した〝Mt.レディ〟の職場では、期待していたラッキースケベの類は一切起きず、そればかりかひたすらこき使われただけで終わってしまった経緯がある。つまり〝エロ〟に飢えているのだ。因みにこの男、常闇が移と同じ職場に行くことを知った時に血涙を流している。

 

 

「あったんダルォ!? 風呂上がりや寝起きのアレコレがァッ!! この際、嫉ましい感情は隅に置いておくからよ! オイラと思い出を共有してくれよぉぉッッ!!」

 

 

 峰田の叫びを聞いて常闇は思い出す。

 夜、事務所の廊下にある自販機でスポーツドリンクを買おうとした際にバッタリ会った時のこと。風呂上がりの移の髪はしっとりと濡れていて、いつもはかき上げられセンターパートになっている前髪が、垂れておでこを隠しており、普段より幼く、しかし色気を感じさせた。体が温まり熱った頰は僅かに赤い。そして、眠る直前だったのか、着ていたのはルームウェアでもなく淡い水色のパジャマで、裾とスリッパの間の僅かな隙間から素足が見えていた。

 普段のきっちり整えている移と違って〝隙〟の多い、ギャップを感じさせる装いであった。

 

 

『おやすみなさい、常闇』

 

 

 へにゃりと笑う移。ドキンッ、と心臓が高鳴ったことを覚えている。

 訓練中や授業中の凛としている彼女とは違ったその顔は、常闇の心のフィルムに深く焼き付いていた。

 

 

「…………、特に……なにも……っ」

 

「嘘つけぇッッ!! その間はなんだよ!? 何か見たんだろぉッ!!」

 

 

 顔を逸らして誤魔化す常闇だったが、峰田にはバレバレであった。常闇の反応から、何らかの〝美味しいシチュエーション〟があったことを察知していた。彼は〝エロス〟に敏感なのだ。

 飢えた野生動物のように峰田が詰め寄っているちょうどその時、移が麗日と梅雨を交えた3人で歓談しながら教室へと入ってきた。異性のクラスメイトのパジャマ姿を思い出している瞬間に当の本人が現れたことに、常闇は動揺した。やましい気持ちを抱いていた訳ではないが、居た堪れなく感じる。

 

 移が自身の机にやって来る。彼女の席は、常闇の隣だ。

 

 

「みなさんおはようございます。盛り上がってたようですけど、何の話でした?」

 

「お、おはよう! いや、職場体験のことを振り返ってたんだよ! そうだよな障子!」

 

「あ、ああ! 貴重な体験だったからな! 皆がどんなことを経験したか知りたくてな!」

 

 

 まさか貴女についての猥談をしてましたなんて言える筈もなく、砂藤と障子が咄嗟に誤魔化す。元々彼らは職場体験について真面目に話していたため嘘ではない。悪いのは全て峰田だ。

 

 

「ああ、それは楽しそうですね! 私たちも廊下でそれを話していて、麗日はマーシャルアーツについて学べたみたいですよ。やっぱり、事務所の特色によって体験したことも異なるようですね。私も〝ガンヘッド〟の下で訓練してみたいものです!」

 

 

 胸元で両手を揃え、楽しそうに語る移の様子に、上手いこと誤魔化せたと安堵する男性陣。常闇も、いつもの調子で〝ヒーロー〟を語り出した移に平静を取り戻す。そして峰田は相変わらず胡乱な目を隣に向けていた。

 砂藤や障子、麗日や梅雨と一緒に先週の出来事を振り返り始めた移は、それから10分ほど会話を楽しんでいた。やがて教室に人が増えてきて、予鈴の時間が近付いてきたことで各々の席に戻り授業の準備に取り掛かる。

 

 ふと、移が隣の常闇に視線を寄越す。彼を見て、移はへにゃりと笑った。

 

 

「職場体験は終わりましたが、これからも宜しくです、常闇」

 

 

 しどろもどろになる常闇に『やっぱり何かあったんだろお前ぇぇ!!!』と峰田が叫んだのは言うまでもない。

 

 

 




へにゃり笑顔は無自覚のようです。


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女子更衣室の一幕

時系列は職場体験直後になります。
短めです。

追記:期末試験と順序を入れ替えました。


 〝ヒーロー〟という生業は、体が資本である。いくら〝個性〟があろうとも骨格的な優劣が存在する以上、男女比は推して知るべしだ。それでも〝強個性〟と呼ばれるような優れた〝個性〟を秘めている場合は、肉体的不利を覆せる。事実、〝ミルコ〟〝ミッドナイト〟〝リューキュウ〟など有名な女性ヒーローは多数存在するし、現アメリカNo.1ヒーローの〝スターアンドストライプ〟も女性である。

 

 だとしても。実力主義のヒーロー界隈で女性が少数なことに変わりない。それは〝雄英高校ヒーロー科〟においても例外でなく、女子は全体の3割強しかいない。

 

 畢竟、女子更衣室は隣の男子と比べてガラガラである。

 

 ──それにも関わらず、やたらと距離の近い芦戸と葉隠に対して、移は大変参っていた。

 

 

「あの、お二人さん…? どうしてそんなに近いんです…?」

 

 

 困惑の声を上げる移は、目の前の2人とは明後日の方向に視線を向けていた。レオタード型の戦闘服(コスチューム)を腰まで下ろしてチューブトップブラが丸見えの芦戸と、戦闘服(コスチューム)(素っ裸)からショーツを履いただけの葉隠。2人を視界に入れることは、彼女の心情的に許容出来ることではないからだ。

 

 

「ふっふっふっ! 誤魔化そうたって、そうはいきませんぜ?」

 

「そうそう! 朝のアレ! ばっちし見ちゃったんだから!」

 

「だ、だから何のことですかぁ? …あとほんと近いです、もろ見えですってぇ…っ

 

 

 両手で壁を作ろうとするも、そんな障害あってないようなもの。更にずずいと近付く2人に、移は僅かに紅潮する。

 

 

「常闇と話してた時の顔だよっ! すっっごく、良い感じだったじゃん!」

 

「職場体験で何かあったんでしょっ? もしかして恋とか芽生えちゃったり!」

 

 

 盛り上がった芦戸たちから『きゃーっ!』と甲高い声が上がる。女3人寄れば姦しいとは、このことである。ヒーローの卵といっても女子は女子。花の女子高生は恋バナに飢えているのだ。

 芦戸たちが目撃した〝移の表情〟とは、常闇に向けた蕩けた笑顔のことだ。普段の穏やかで優美な雰囲気のある彼女との違いは明らか。数秒後にはいつも通りだったが、その僅かの瞬間を彼女たちに目撃された訳だ。

 

 

「お二人とも、あまり無理に詮索なさるのは良くありませんわ」

 

 

 あたふたとする移の様子に八百万から助け船が出される。2人からの猛攻が若干和らぎ、移はほっとひと息をつく。ドギマギする心を落ち着かせて彼女たちに弁論する。相変わらず、視線の置き場所に迷っているが。

 

 

「──確かに常闇とは仲良くなりましたが、恋愛感情とかそういうのは全くないんですよ? 同じ釜の飯を食べた仲間とか、そういう系統のやつです」

 

「ええ〜? そうなの? 私のセンサーが『ぴーん』と来たんだけどなぁー」

 

 

 口を尖らせた芦戸がすごすごと引き下がる。所謂〝乙女の勘〟が何かあると知らせていたのだが、説明する当の本人からその兆しを感じ取れなかった。ただ、移が上手に心の内を隠しているか、或いは彼女自身に恋の自覚がない可能性もある。追求すれば本音が出てくるかもしれない、と芦戸たちの脳裏にかすめるが、そこはヒーロー科。詮索を続けて相手を不快にさせないようにする程度は弁えている。…それでも一度は訊いたことは、ご愛嬌である。

 

 一応は納得して距離を取った女子2人に、移がほっと息をつく。男性が、満員電車で若い女性に囲まれてしまったような居心地の悪さと気恥ずかしさを感じていた彼女は、部屋の広さに適した距離が開いたことで人心地がつく思いである。

 

 すると、その様子をベンチに掛けて眺めていた梅雨の頭に、とある疑問がよぎる。そして、〝思ったことはすぐに言っちゃう〟と普段から公言している彼女は、例に漏れずその疑問を移にぶつけた。

 

 

「ケロ……、移ちゃんは人の着替えを見ることが苦手なのかしら」

 

「うぇッ? どど、どうしてですか…?」

 

「前々から更衣室では視線が泳いでいると感じていたのよ。さっき透ちゃんたちが接近した時なんて、顔が天井を向いていたわ。常闇ちゃんとのことを訊かれて動揺しているのかとも思ったのだけど……」

 

「確かに。でも、着替えるのを見られるんが苦手って子はいるけど、そっちは平気そうやんね」

 

 

 梅雨の指摘に麗日も同意を示す。

 

 

「うー、あのぉ……、ええーと…」

 

 

 図星を突かれた移は、さっきまで以上に動揺して言い淀む。完璧ではないにしてもある程度は隠していた()()()だったため、彼女からしたら青天の霹靂だ。──実際は、他の女子が脱ぎ始めると直ぐに壁やロッカーに顔を向けて視線を寄越さなかったり、話しかけたら声が上擦っていたりと怪しいことこの上なかったわけだが。こんな()()な反応をしておいて気付かれない筈がない。

 

 

(なんと説明すれば……、馬鹿正直に『実は前世が成人男性でして』なんて言うわけにもいきませんし…っ。そも、そんなカミングアウトしても受け入れてもらえませんよ…)

 

 

 移は黙考する。如何にしてこの難局を切り抜けるかを。

 移にとって【前世】は、〝己たらしめる記憶〟であると共に、容易に打ち明けられないブラックボックスでもあった。それを伝えたのは亡き両親と祖父母だけ。そして、祖母から『身の安全のためにもみだりに口にしないこと』と約束させられていた。その理由も必要性も移は納得しており、3歳の頃に家族に打ち明けて以来、誰にも言わず秘めている。だから、たとえ詰問されたとしても誰かに【前世】を教える気はなかった。

 

 では、この状況をどうするか。はぐらかす、或いは沈黙することも一つの手だ。もともと入学してからの3ヶ月は黙っていた。優しいクラスメイトのことだ。そういった態度を取れば、何かを察して触れないでいてくれるだろう。この瞬間は気不味い空気が流れるだろうが、今後の友人関係に亀裂が生じるようなことでもない。

 

 しかし彼女にとってその選択は難しい。

 

 移の性自認は酷く曖昧だ。【前世】は紛れもなく成人男性であり、彼、〝前田 世助〟は性的マイノリティではない。──つまり性自認は男性で、パートナーは女性だった。

 そんな【前世】を抱える彼女は、自身の本質を〝男〟と捉えている──と言うことでもない。16年という短くない時間を〝空戸 移〟という女性の身体として生きてきた経験、祖母からの教え、何より、移が〝空戸 移〟として生きようと〝覚悟〟を抱いて過ごしてきたことにより、彼女は己を〝女性〟として認識しつつある。

 かと言って、20年以上男性として生きていた記憶があるのも事実。記憶と経験と想い、そして身体から分泌されるホルモン。それらが複雑に混ざり合い〝彼女〟を形成している。

 

 結論、移は彼女たちに()()()を感じているのだ。

 ()()()女性ではない自分が、その内側を隠して取り繕い、信用してくれている彼女たちと共に同じ空間で更衣している。打ち明けることをせず、この3ヶ月をのうのうと過ごしてきた。

 

『──これは、彼女たちへの不義理ではないのか』

 

 そんな負い目を感じているからこそ、梅雨に指摘された今、なおも沈黙するという選択は、移の信念に反する行為だ。

 

 10秒弱という、回答を待つには短くない時間が経ち、とにかく皆に真摯に向き合う返答をしようと移が口を開きかけた時。それを制するように耳郎が声を上げた。

 

 

「──みんな静かに。……峰田が騒いでるんだけど、なんかイヤな予感がする…」

 

 

 そう言うと耳郎は【イヤホンジャック】を壁──隣の男子更衣室との境に刺した。〝個性〟柄、彼女は耳が良い。何もしていなくとも常人よりも聴力が優れている彼女が、壁の向こうから聞こえてきた不穏な会話に、より集中する。ややあって、眉間に皺を寄せた耳郎が皆に聴いた内容を伝える。険のある声だ。

 

 

「この壁の横……あった。峰田のヤツ、ここにある穴からウチらのこと覗こうとしてるみたい」

 

「え! なにそれっ!」

 

「あり得ない! 峰田サイテーッ!」

 

「峰田ちゃん…そこまで酷いことするなんて思わなかったわ」

 

 

 耳郎からもたらされた峰田の非道な行いに、A組女子は怒髪が天を衝く思いに駆られる。当然だ。仮にもヒーロー科に属している筈である彼が、〝覗き〟というセクハラどころか歴とした犯罪行為に及ぼうとしているのだ。被害者側として、怒らない筈がなかった。

 

 『タイミング見て懲らしめてやる』と片方の【イヤホンジャック】を壁から離した耳郎は、見つけた穴に狙いを定めると、穴の先──不届き者の瞳に目掛けて情け容赦なくブッ刺した。瞬間、壁を挟んでも聞こえてくる声量で絶叫が上がった。どうやら、無事に制裁が下されたようだ。

 

 

「ありがと響香ちゃんっ」

 

「なんて卑劣…! すぐに塞いでしまいましょう!」

 

 

 耳郎のおかげで未遂に終わったが、だからといって赦されるわけがない。普段は温厚な八百万さえ怒りを露わにして糾弾していた。

 

 そして峰田の凶行を防いだ耳郎はと言うと──。

 

 

『八百万のヤオヨロッパイ!!』

『芦戸の腰つき!!』

『空戸のマーベラスな脚線!!』

『葉隠の浮かぶ下着!!』

『麗日のうららかボディに!!』

『蛙吹の意外おっぱァアアア──』

 

(ウチだけ何も言われてなかったな…)

 

 

 密かなコンプレックスを抱く彼女は、他の女子とは違うベクトルで峰田に怒りを覚えていたのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

(峰田の絶許行動で話題は逸れましたけど……)

 

 

 放課後。帰路に着く車に揺られながら、移は更衣室でのやり取りを思い浮かべる。梅雨から言及されたことは、返事をしないまま結局有耶無耶のままになってしまった。

 車の窓に頭をもたれながら、ぼうっと流れる景色を眺める。結んだ唇からは、彼女の葛藤が読み取れる。

 

 

(……私がやってることって、峰田とそんな変わりないのかもしれない……)

 

 

 深いため息をつく。欲望のまま異性の裸を盗み見ようとした峰田と移では似て非なるものだ。ただ、梅雨の指摘に峰田の行動。2つのことが同時に降りかかったことで、彼女の心にチクリと抜けないトゲが突き刺さる。

 

 

(──近い内に、必ず打ち明けよう)

 

 

 どう話して、どこまで伝えるかは追々考えるとして。考えないようにしていた自身の不誠実な行いに向き合おうと、少女は決意を固めた。

 

 

 




峰田は物語の良いスパイスになりますが、実際にいたら許されないヤツですよね。キャラクターとしては大好きです。


更新頻度について。

徐々に更新頻度が落ちていますが、今後更に落ちるかもしれません…。そろそろ〝林間合宿編〟が始まります。〝林間合宿編〟とその後の話は定期更新をしたいと思っています。……そのためのストックが、ありません…っ!!
週一更新を続けたかったのですが、難しそうです…。
やる気がなくなったわけではありません。むしろ本誌のおかげで鰻登りです。
気長にお待ちいただけると助かります。



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期末試験①

感想、評価付与、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。

特に捻りのない原作沿い回です。
不穏な章タイトルは残念でもないし当然ですね。
章の最後には水着回もあるよ!

追記:閑話と順序を入れ替えました。


 夏。

 大きく飛躍した者や新たな課題を見つけた者、期待外れで苛立ちが募った者など、十人十色な結果となった職場体験を終えた私たちは、通常のカリキュラムに戻り授業と訓練に追われる毎日を送っていた。相変わらず雄英高校が課す課題は多く、人生2週目の私でさえひーこら言いながらこなしている。

 職場体験直後は、ニュースで取り上げられた私や常闇、CM出演した八百万、そしてネームド(ヴィラン)の〝ヒーロー殺し〟と接敵した緑谷たちの話題で盛り上がりを見せた一年A組も、今や勉強ムード一色である。

 と言うのも──。

 

 

「よし、授業はここまでにする。──期末テストまで残すところ1週間だが、お前らちゃんと勉強してるだろうな?」

 

 

 教材を片付けながら教壇に立つ相澤先生が言う。

 

 

「テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておけ。…以上だ」

 

 

 私たちへ釘を刺した先生は、必要なことだけ伝えると足早に教室から出て行った。

 ──そう、季節は夏。夏季休暇の直前の学校行事と言えば、全国の高校生たちの悩みの種、期末テストの襲来である。トップクラスの偏差値を誇る我が校の筆記テストは言うまでもなく難問であるが、私たちヒーロー科のテストはそれだけじゃあない。詳細は明かされていないが、何かしらの演習試験も控えているのだ。

 

 

「演習って、何するんでしょうね? ヒーロー活動に則した内容でしょうけど…」

 

「一学期でしたことの総合的内容…とだけしか教えてくれないものね、相澤先生」

 

 

 口元に指を当てて梅雨ちゃんは首を傾げた。

 彼女の言う通り、先生は抽象的にしか試験内容を教えてくれなかった。試験なのだから当たり前かもしれないが、レスキューなのか戦闘なのか、はたまたその両方か。ヒーロー活動において、事件や事故が事前に判明していることなんてないのだから、将来を見据えて〝分からないこと〟に即応する力を重視しているのだろうけど。それでも、ある程度知っておきたいのが試験を受ける側の心情というものだ。

 

 昼休憩に入り一時的な解放感に包まれたクラスのみんなは、思い思いにテストについて話している。

 春にあった中間テストで成績が振るわなかった面々──上鳴や芦戸は、迫る地獄に嘆き、あるいは諦めの笑いを上げていた。焦るにはやや遅い気がしないでもないが…。前世の中学・高校時代はそういった〝一夜漬け〟なる手段を取る人たちも居たな、と懐かしく思えた。

 

 

「芦戸さん、上鳴くん。が…頑張ろうよ! ──やっぱ全員で林間合宿、行きたいもん! ね!」

 

 

 クラス順位がちょうど真ん中の余裕な態度を見せていた峰田にやっかむ上鳴たちに、緑谷が発破をかける。彼に追随して飯田が応援し、轟は『普通に授業を受けていれば赤点は出ない』と本気でそう思っている雰囲気で言葉のナイフを投げ掛けた。彼は、少しばかり天然なきらいがある。案の定、中間テストのクラス内順位がドベだった上鳴には、会心の一撃だった様子で更に嘆いていた。

 

 話は変わるが、緑谷が言っていた〝林間合宿〟は、夏季休暇中に行われるヒーロー科の合宿のことだ。自然環境下で集中的に実践される強化合宿で、そこに肝試しなどのレクリエーションも合わさった学校行事だ。クラスメイトとみんなでお泊りできるのだから、全員大なり小なり期待しているだろう。……ああ、いや、爆豪はそういう行事には興味ないだろうが。

 とにかく、そんなビッグイベントが控えているわけだが、この林間合宿、期末テストで赤点を取った者は補習地獄が課されてしまい参加禁止となってしまう。そういう意味でも、何としても赤点は回避しなければならないのだ。

 

 

「〝体を鍛えろ〟……。そういえば、常闇は例の弱点カバー、どうなりました?」

 

 

 職場体験の帰りにした会話を思い出しながら、隣に座る常闇に話を振る。あれから何度か戦闘・救助訓練を重ねたが、【黒影(ダークシャドウ)】の運用を大きく変えた様子はまだ見ていない。

 

 

「あれか…。形に成りつつあるが、習得は未だ。試験までに物にしたいが」

 

「そうですか……。演習で何を求められるか分かりませんが、新ワザ、間に合うと良いですね」

 

「嗚呼」

 

 

 フッと微笑を浮かべる彼に、私もにこりと笑いかけた。

 …私も、頑張らないと。〝頭と体を同時に〟ね…。

 

 

(私の場合、心もですね…)

 

 

 治療は順調に進んでいる。過去を思い出すことへの拒否感は薄れている、…と思う。〝いつまでに終わる〟と断言できないのがこの類の病気の難しいところだ。胸の辺りをギュッと握る。

 

 

(今年の内には〝元気〟になりたいなぁ……)

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 放課後。

 昼食時に緑谷たちがB組の拳藤から齎された〝演習はロボットとの戦闘〟という情報が共有されて、赤点を危惧していた上鳴たちは大喜びだった。確かに、上鳴や芦戸の〝個性〟は対人戦闘や救助には向いてない場合が多い。何せ、調整を誤れば取り返しのつかない大怪我をさせてしまうからだ。その点、相手がロボットの戦闘となれば手加減は無用。彼らの〝個性〟は無類の力を発揮することだろう。

 2人は声を揃えて『これで林間合宿ばっちりだ!』とばんざいまでして盛り上がっていた。

 

 

「──人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何が楽ちんだ、アホが」

 

 

 和気あいあいムードをぶち壊すように、爆豪が水を差す。相変わらず口の悪い男だ。

 教室中が彼に視線を向ける。

 

 

「アホとはなんだ、アホとは!」

 

「うっせえな! 調整なんか勝手にできるもんだろ。アホだろ!」

 

 

 上鳴が抗議の声を上げるが爆豪に一蹴される。あまりの剣幕に、上鳴たちは萎縮気味だ。爆豪は続けて、緑谷へも噛み付く。

 

 

「なあ? デク。〝個性〟の使い方、ちょっと分かってきたか知らねえけどよ。…てめえはつくづく俺の神経逆撫でするな」

 

(緑谷の〝個性〟…、ぴょんぴょん跳んでたやつですかね)

 

 

 職場体験以降、緑谷は明らかに〝個性〟の練度が上がった。以前のように暴発することはなく、【超パワー】を全身に行き渡らす術を学んだのか、まるで爆豪のようなアクロバティックな挙動を取れるようになっていた。あの職場体験で1番成長したのは、間違いなく緑谷だと言えよう。

 

 

「体育祭みてえな半端な結果はいらねえ。次の期末なら、個人成績で否が応でも優劣が付く。完膚なきまでに差ァ付けて、てめえぶち殺してやるッ!」

 

 

 ぶち殺す…、爆豪語録で意味は『勝たせていただきます』といったところか。彼の瞳には怒りや焦燥、憎悪の感情が乗っていた。

 

 

「──空戸ォ! 轟ィ! てめえらもなァッ!!」

 

(ひえっ、こわ……)

 

 

 ついでとばかりに私と轟にも怒声が浴びせられる。完全に蚊帳の外気分だった私はビクリと身じろいだ。

 言いたいことを言い尽くした爆豪は、ピシャリと扉を乱暴に閉めて教室から出ていってしまった。気不味い空気が教室に漂う。

 爆豪のあの態度…。体育祭で全力で戦ったことで鬱憤が晴れるどころか、悪化している気がする。彼の肥大化したプライドはいつまでも現状に甘んじられないのだろう。向上心故の言動なのだろうが…。

 

 

(もうちょっと、軟化しませんかねぇ…)

 

 

 ひりつく視線を向けられるこっちの身にもなってほしい。体育祭のような高揚している時ならまだしも、普段通りの放課後に彼のクソデカ感情を受け止める度量は私にない。〝器量良し〟ではあるけどね。

 葉隠や尾白に気遣いの声をかけられる。吃驚したけど心配ないと伝え、私は内心でため息を付いた。

 ──これは、また一波乱ありそうだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 そして、あっという間に10日余が経過し…。

 

 

「──それじゃあ演習試験を始めていく」

 

 

 3日間の筆記試験を終えて、普通科生徒がいち早く解放感に包まれている中。雄英の敷地内、普段の校舎やグラウンドとは違う施設の中央広場へ戦闘服(コスチューム)を着て集まった私たち。

 全員が揃っていることを確認した相澤先生の横には、何故か複数名の先生方がズラーっと並んでいた。戦闘服(コスチューム)姿のミッドナイトがいるもんだから、峰田の視線は彼女に釘付けだ。こいつは先生の話をちゃんと聴いているのだろうか。

 

 

「先生多いな…」

 

 

 耳郎がこぼす。それを拾う形で、相澤先生が試験内容の説明を始める。

 

 

「諸君なら事前に情報を仕入れて何するか薄々分かっていると思うが──」

 

「入試みてえなロボ無双だろっ?」

 

「花火っ、カレーっ、肝試しぃ!」

 

 

 既に合格したつもりでいる上鳴と芦戸が茶々を入れる。この2人、完全に浮かれている。だが、まあ、ロボットが相手ならばそうなるのも仕方がない。

 

 

「残念、諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

「校長先生っ!」

 

 

 相澤先生の首に巻かれた捕縛布がうごうごと動き出したかと思ったら、中から根津校長がヒョコっと姿を現した。…いつからそこに居たんだろう。

 捕縛布を伝って地面へ降りていく校長が、〝変更した内容〟の説明を続ける。理由は対人戦闘活動を見据えた、より実戦的な教えを重視する故の変更、だそうだ。確かに、現実にロボットを相手取ることは少ないだろうし、その方が合理的なのだろう。

 

 

(…となると、先生たちが多いのって…)

 

「というわけで諸君らにはこれから2人1組(チームアップ)でここに居る教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

 

 両手を広げて言った校長の言葉に、みんなが動揺の声を漏らす。

 

 

「プロヒーローと、戦闘…!」

 

 

 私も思わず溢してしまう。だって、現役の、憧れのプロヒーローと戦闘演習ができるって聞かされたんだ。──こんなに気分が高揚することはないだろう。

 ペアと戦闘相手の組合せは、動きの傾向や成績、親密度を踏まえて既に決定されているとのこと。いつものようにくじ引きではないのか。

 

 相澤先生より順番に組合せが発表される。轟、八百万は相澤先生と。耳郎、砂藤はプレゼントマイクと。瀬呂、峰田はミッドナイトと。飯田、尾白はパワーローダーと。常闇、梅雨ちゃんはエクトプラズムと。青山、麗日は13号と。障子、葉隠はスナイプと。芦戸、上鳴は校長と。

 そして私は、切島とペアで相手はセメントスだ。

 

 

(セメントス……〝個性〟は【セメント】、触れたコンクリを粘土のように操れる。攻撃、防御、捕獲、陽動、足場造りと幅広く対応できる人ですね…。私と切島の〝個性〟では、決定力に欠けますが…)

 

 

 前に訓練で見た動きと、ネットに上がっていた昔の対(ヴィラン)戦闘の動画を思い出す。十数メートルのいくつもの壁を同時に、それも1秒足らずで造り出すことのできる実力者だ。当然、演習場所が森の中ということはないだろうし、綿密に作戦を練らないと合格は厳しそうに思える。

 と、そこまで考えて、まだ1組発表されていないことに気が付いた。残っているのは…。

 

 

「最後は緑谷と、爆豪がチーム。で、相手は──」

 

 ドオォォォン!! 

 

「──私が、する!!」

 

(わっはあぁぁ〜っ!! いちいちカッケーですねっ、オールマイト!)

 

 

 相澤先生の言葉に合わせて突如空から降ってきたのは、相変わらず画風がイカつい我らがオールマイトだ。轟音を響かせて登場した彼の宣言に、緑谷と爆豪は驚愕した様子だ。

 最後まで隠れていたのはいつもの彼のお茶目だろうか。それとも期せずして私が知ってしまった、彼の活動限界の都合上だろうか。両方な気もするが、今か今かと待っていたオールマイトを想像すると可愛くて萌える。

 

 

「協力して勝ちに来いよ。お二人さん」

 

 

 そう言われて片や嫌そうに、片や気不味そうに互いを見る緑谷たち。彼らの様子から、このチームにされた理由に見当がつく。

 

 

(ひとえに、仲の悪さでしょうね)

 

 

 入学後から何かと衝突していた緑谷と爆豪。幼い頃からの知り合いで因縁があるのだろうけど、相性が悪いから連携を取れませんでした、では当然許されないのがヒーロー活動だ。最初に言っていた〝親密度〟ってのは、良い意味ではなく、彼らの関係を指していたのだろう。

 まあ、爆豪に関しては幼い頃の因縁なんてない私にも突っかかって来るんだけどね。

 

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内のバスだ、時間が勿体ない。速やかに乗れ」

 

 

 淡々と説明した相澤先生は、背後のバスを指し示した。相変わらず性急だ。

 

 

「行こうぜ空戸!」

 

「あ、はい。よろしくお願いしますね」

 

「おう! よろしくな!」

 

 

 切島と一緒に先導するセメントスの後を追う。3人で使うには大き過ぎるバスに乗り込み、私たちは演習の会場へと向かった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 バスから降りた私たちにセメントスがした説明を要約するとこうだ。

 制限時間は30分。私たちの目的は、〝1人ひとつ配られるハンドカフスを先生にかける〟か、〝チームのどちらか1人がゲートを潜ってステージから脱出する〟こと。

 また、先生はハンデとして体重の半分に及ぶ手枷足枷を装着する。逃げの一択ではなく、戦闘も視野に入れさせるためらしい。

 

 戦って勝つか、逃げて勝つか。私たちの判断力も試されるテストだ。

 

 

「それと空戸さん、キミには逃走成功のための条件をひとつ、加えさせてもらうよ」

 

 

 指を立てたセメントスが言う。

 

 

「ゲートを潜る者は【空間移動(テレポート)】を使用していないこと。勿論、直前まで近付く際の使用は構わないよ。あくまで、ステージから出る瞬間に限った話だからね」

 

「あー、確かに空戸が離れたとこからゲートの先へ跳んじまったら、演習にならないっすもんね」

 

「現場ならそれで構わないのだけどね。採点のために、すまないね」

 

「いえ、制限の中で困難を乗り越えてこそ、ですからね。更に向こうへ(Puls Ultra)です!」

 

 

 拳を突き出して彼に返事する。こうなるだろうな、とは思っていた。〝逃避〟が選択肢にある演習で何の制限も設けられていないと、私だけに有利過ぎるテストになってしまう。それも実力の内と言えばそうだけど、先生たちも〝制限した上でクリアできる〟と見越してのことだろう。ならば、越えてやるまでだ。

 

 『それじゃあスタート地点に向かってくれ』と言い残して、セメントスは〝街〟の奥へ消えていく。私は高揚感を抑えつつ、眼前に広がる〝グラウンドβ〟を見つめた。

 

 

「ここって、入試や最初の戦闘訓練で使った場所だよな」

 

「ですね。…まだ数ヶ月ですけど、懐かしい」

 

 

 仮想(ヴィラン)を相手した時のことを思い出す。あの時はロボット相手だったから、容赦なくズタボロにしてやれたけど、今回は〝人間の(ヴィラン)〟が相手だ。攻撃手段は限られる。

 

 

「で、どうするよ? コンクリの壁なら俺の【硬化】でぶち破れるし、正面突破しちまうか?」

 

 

 拳同士を打ち付けて切島が言う。紅頼雄斗(クリムゾンライオット)をリスペクトする彼らしい言動だ。しかし、私はかぶりを振って提案を否定する。

 

 

「セメントスは防衛と持久戦、搦手が大の得意です。普段から〝戦闘とは如何に自分の得意を押し付けるか〟と指導している彼のことですから、正面からやり合うのは悪手だと思います」

 

「うっ…、そういやァそうだったな。なら空戸の〝個性〟で奇襲して、その隙に確保か逃走するか?」

 

「そうですね……。奇襲はするとして、どちらを目標に置くかですね。私としては──」

 

 

 バスの中で考えていた作戦を話しながら、私たちはコンクリートだらけの〝地方都市〟を模した演習場のスタート地点へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 




次回、R・T・A!!


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期末試験②

あけましておめでとうございます。
新年ですね。喜ばしいことです。
喜ばしいついでに、拙作の総合評価が遂に4000ptを超えました。読者の皆さまには、感謝の気持ちでいっぱいです。
不定期更新ではありますが、これからも完結を目指して書き続けますので、どうぞよろしくお願いいたします。
一緒にヒロアカ界隈とTS界隈を盛り上げていきましょう。

それと、拙作を〝読んではいるけど毎回閲覧履歴から探している〟という方がいましたら、お手数ですがお気に入り登録をしていただけると、とーーーっても喜びます。モチベ爆上がりです。

追記:閑話と順序を入れ替えました。


 入学試験と同じ会場であるこの〝グラウンドβ〟は、オフィス街を模している。入口であり、演習のスタート地点でもある現在地からは、4車線ある大きな道路が緩やかなカーブを描いて奥へ伸びている。 道路の左右には10〜20階建てのビルが建ち並び、演習場全体で横約300メートル、奥行約600メートルの広さだ。

 地上を走ってゴールゲートやセメントスを探していては、中々のタイムロスになること請け合いだが。

 

 

「まずは全体を見通せる場所へ移動して、状況把握に努めましょう。ないとは思いますが、ゴールゲートとセメントスが離れていた場合は、一気に脱出を試みます」

 

「お、おう。そうだな…」

 

 

 スタート地点で開始の合図を待っている私たちは、開始早々に奇襲されても逃げられるよう、予め手を繋いでいる。まあ、私の予想ではゴールゲート付近にセメントスは鎮座している筈なので、余程奇を衒うことがなければ初手の襲撃はないと思う。あくまで念のためだ。

 それに、奇襲の有無に関わらず、状況把握のために演習場が【スフィア】の範囲にすっぽり収まる場所へ【空間移動(テレポート)】するつもりだから、どちらにせよ切島と手を繋いでおく必要があるのだ。

 

 因みに私は色恋に疎い天然系ではないので、妙にソワソワしている切島の心の内をしっかりと理解している。私のような美少女と手を繋いだら、そりゃあそうなるよね。分かる分かる、私も【前世】でフォークダンスとかの時にそんな気持ちになったよ。

 峰田だったら断固拒否だが、硬派な切島だから嫌な気はしない。初心な少年を弄んでいる気持ちにならないでもないが、重要な作戦だから我慢してもらおう。

 

 

『皆、位置に着いたね』

 

「ん。始まりますね」

 

 

 どこからかスピーカーを通してリカバリーガールの声が届けられる。監督役は彼女が務めるようだ。

 

 

『それじゃあ今から雄英高1年期末テストを始めるよ!』

 

「…っ、頼んだぜ空戸!」

 

「合点ですっ!」

 

 

 いよいよ始まることで気合が入り雑念の抜けた切島に返事をして神経を研ぎ澄ませる。

 これは演習試験ではあるが……、〝本番〟を想定して動きたい。ここは本当の街で、無辜な人々が暮らしていて、そして(ヴィラン)が暴れている。私たちの選択、行動によって被害が増減する。なればこそ、目指すは〝最速〟。

 

 

『レディィィ──』

 

「一気に、行きます!!」

 

『ゴォ!!!』

 

 

 ──【空間移動(テレポート)】ッ! そして【空間探知(ディテクト)】ッッ!! 

 

 火蓋が切られると同時に演習場の中心付近のビル屋上へと移動し、街全体を【スフィア】で覆う。ビルの中や地下は除外し、演習場の辺縁を重点的に索敵する。脳への負担は最小限に、しかし状況が把握出来る程度の〝ポリゴン数〟で演習場の壁およびその周辺を調べ尽くす。

 ……見えた。

 

 

「──やはり、予想通りの状況です。ゴールゲートは【セメント】の壁で塞がれ、その20メートル手前にセメントスが待ち構えています」

 

 

 スタート地点から最奥の壁に設置されたゲートは、厚さ約3メートルの壁によって封鎖されていた。開始早々にセメントスが動いたのだろう。

 そしてそのセメントスの周囲には、彼を守るようにセメントが流動していた。360度取り囲むように蠢くそれは、まるで複数の大蛇を使役しているようだ。

 

 

「周囲は常に【セメント】が動いて守っています。【空間移動(テレポート)】で急接近してハンドカフスを付けることは難しいですね」

 

「となると、最初の作戦が最有力か」

 

「ええ。やりますよ」

 

「おうッ!」

 

 

 切島と意思の統一を図り、私たちは再び2人で【空間移動(テレポート)】する。僅かな浮遊感の後、目的の場所へ着地する。今回は2人で異なる場所へ移動した。私はゲート付近のビルの屋上へ。切島はセメントスの正面だ。

 

 

「うらァッ!!」

 

「来たね! けど、力づくでは破られないよ!」

 

 

 セメントスの周囲を守る蠢く壁に拳を叩き付ける。【硬化】した切島の拳は、コンクリートを容易く砕くが、壊れた側から操作された【セメント】が粘土のように補強される。

 殴る、砕ける、直されて、また殴る。目の前にいるのに、切島とセメントスとの距離は縮まらない。砕けたコンクリートの瓦礫が辺りに散らばる。切島の体力だけが徒に消費されていく。

 

 

「殴るだけでは好転しないよ?」

 

「これが! 俺の、()()ですからッ!」

 

 

 砕いた瓦礫に足を取られぬよう、少しずつ横に移動する切島。セメントスを中心にして弧を描くように大小様々な破片が残される。

 

 ──そろそろ、頃合いか。

 

 私の奇襲を警戒しつつ切島の消耗を狙うセメントス。彼の言う通り、このまま続けても埒があかない。だけど、それでいい。

 

 

「条件はクリアしました!」

 

 

 彼らを見下ろせる場所からセメントスの背後へと【空間移動(テレポート)】する。

 

 

(挟撃する配置! どちらを優先しますかッ!?)

 

 

 私はこれ見よがしにハンドカフスを片手に持っている。〝隙を見せれば、すぐさま掛けてやる〟という気迫を込める。

 殴り続けていた切島は私が現れてから一転、ゲートへと全力ダッシュだ。彼なら分厚い壁があろうとも、数秒あれば殴り壊せてしまう。セメントスは、あちらも無視できない筈だ。

 

 

「甘いッ!!」

 

 

 セメントスが地面に両手を突く。すると、私と切島へ向けてそれぞれ【セメント】の柱が刺突のように伸びていく。ネットで昔見たことある技だ。あの柱は剛性の先端と軟性の先端の2種類がある。硬い柱は打撃、柔らかい柱は相手を絡め取り身動きを封じる役割を持つ。一見してもどっちか分からない。何れにせよ、受けるわけにはいかない。

 

 

「走って切島!!」

 

 

空間移動(テレポート)】を駆使して自分に迫る柱を避けつつ、地面に散らばる瓦礫に触れて切島へ向かう柱の中に移送する。彼に向かう柱は、内側から現れた瓦礫に分断されて崩れ去る。すぐさま次の柱が伸ばされるが、時間は稼いだ。

 

 

「ぅぐッ……!!」

 

 

 コンクリの柱が鞭のようにしなり、僅かに脇腹を打つ。掠っただけだが、痛みに呻いてしまう。思わずたたらを踏む。切島への援護に気を取られて回避が疎かになってしまった。……しかしその甲斐はある。

 ゲート前に聳え立つ壁に到達した切島。速度を緩めることなく壁へ突っ込む。

 

 

「壁を壊される前に切島くんは捕らえて気絶させてもらうよ」

 

「ふふ………、もう、()()()()()()()()()()()()()

 

「なに……?」

 

 

 切島を捕獲するべく、彼の背後に迫る【セメント】の柱。確かに、あの距離まで迫っていると、切島が壁を殴り壊す間に彼を捕らえてしまうだろう。

 だけど問題ない。すでにあれはゴールゲートを守る機能を果たしておらず、積み重なったただの瓦礫なのだ。

 

 

「うおおぉぉおッッ!!!」

 

 

 切島は腕を顔の前で交差して突進する。ガキンッ! と硬い物同士がぶつかる轟音が響く。そして、ゲート前に聳えていた壁は、ガラガラと容易く崩れていく。

 

 

「なんと!」

 

「──切島がコンクリを殴っている間に手を加えさせていただきました」

 

 

 セメントスが【セメント】でゲートを塞ぐことは予測していた。当然だ。障害がなければ私の脱出を阻止できない。

 脱出するためには壁を破壊しなければならないが、悠長に殴っていても直ぐに修復されるか、周囲を【セメント】で囲まれて囚われると予測した。

 だから気付かれないよう仕掛けを施させてもらった。派手に、愚直にぶつかる切島を囮にして。

 私はポーチから入試でも使用した()()を取り出してセメントスに見せる。それは、何の変哲もないただのメモ用紙だ。

 

 

「この紙を壁の中に数百枚挟ませてもらいました。あれは最早壁ではなく、切断された細かい瓦礫の山でした。あとは、崩れてくる瓦礫に当たっても平気なほど頑丈な切島が突っ切ってチェックメイトという訳です」

 

「…やられたよ。被害も最小限、かつ迅速な解決。見事だね」

 

『──条件達成最初のチームは、切島・空戸チーム!』

 

 

 リカバリーガールのアナウンスが入る。時間にして2分弱と言ったところか。

 今回の演習試験。逃走が用意されている時点であまりに私に有利すぎた。それにセメントスは重りを装備している上に、恐らく手加減をしていた。あくまで私たち生徒を採点することが目的だから当たり前だけど。

 

 

「いつかは、ハンデなしの直接戦闘で先生に勝利してみせます」

 

「はは、それはまだ譲る訳にはいかないな」

 

 

 ニコリと彼は笑う。実際、本来のセメントスの実力はこんなものじゃあない。最初の切島のラッシュの時だって、やろうと思えばカウンターで気絶を狙えた筈だし、私への柱による攻撃も手緩かった。それでも避けきれずに掠ってしまったのは、完全に反省点である。

 

 私は彼に一礼してから、ゲートの先にいる切島の側へ【空間移動(テレポート)】する。所々砂利で汚れているが、大きな傷はなさそうだ。

 

 

「お疲れ様でした。無事そうですね」

 

「おうよっ! 作戦、うまくいったな! 空戸のおかげだぜ!」

 

「えっへへ、切島の【硬化】があってこそですよ。ありがとうございました」

 

 

 切島と腕タッチをして勝利の喜びを分かち合う。とにかく、これで高得点は間違いないだろう。私たちの期末試験は無事終了した。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 翌日。

 登校がやや遅れて予鈴ギリギリになって到着した私が教室に踏み入れると、沈んだ表情の上鳴と涙目の芦戸が緑谷たちに慰められていた。

 

 

「みんな……合宿の土産話…楽しみに……してる、から……ぇぐっ…」

 

「ま、まだ分かんないよっ。どんでん返しがあるかもしれないよ!」

 

「よせ緑谷、それ口にしたらなくなるパターンだ…」

 

 

 緑谷の懸命な励ましに瀬呂がツッコミを入れる。

 落ち込んでいる2人は演習試験で条件を達成できなかったらしい。確か対戦相手は根津校長。彼の〝個性〟【ハイスペック】によりゴールゲートから遠く離れた場所へと誘導された2人は、脱出することも校長と対面することも叶わずタイムアップを迎えてしまった。倒壊する建物から逃げ惑うことしか出来なかった訳だから赤点は必至だろう。

 何と声をかけようか迷っていると、ドアが勢いよく開かれて相澤先生が教室に入ってきた。私たちはどやされる前に素早く席に着く。未だ涙を流す芦戸は、後ろの席の梅雨ちゃんに慰められていた。

 

 

「今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た」

 

 

 先生から無情な結果が発表される。林間合宿、みんな一緒に行きたかったけど……、残念だ。

 

 

「したがって林間合宿は──、全員行きます」

 

「「どんでん返しだ!!」」

 

 

 と思ったら、したり顔の相澤先生から嬉しい誤算が発表される。

 

 

「赤点者だが、筆記の方はゼロ。実技で芦戸、上鳴、あと瀬呂が赤点だ」

 

「えッ? やっぱり…。確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな…」

 

 

 頭を抱える瀬呂だが、彼はミッドナイトに〝眠らされて〟しまったようで、峰田が孤軍奮闘したことで条件を達成していた。始めから赤点を覚悟していた芦戸たちよりショックを受けている様子だ。

 

 今回の演習試験。(ヴィラン)役の教師陣は生徒たちに勝ち筋を残しつつどう課題に向き合うかを見るように動いていたらしく、事前に『本気で叩き潰す』と言っていたのは、追い込むための『合理的虚偽』であったとのことだ。

 確かに、セメントスの動きから手加減が見て取れたし、緑谷たちの対戦相手なんてあのオールマイトだ。本気になった彼相手に条件を達成するなんて、不可能に近かっただろう。

 

 

「しかし、赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けている。ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりきついからな。覚悟しておけ」

 

「「「………はい」」」

 

 

 林間合宿に行けることに興奮していた彼らへと釘を刺される。別途、ということは普通に強化訓練をした後に補習があるとかだろうか。それはかなーり大変そうである。南無三……。

 

 

「期末試験の連絡は以上だ。林間合宿については冊子を用意してある。ここに置いていくから各々持っていって読み込んでおくように。──それから、空戸」

 

「え? あ、はい」

 

「放課後に話がある。授業が終わったら校長室へ来てくれ」

 

 

 校長室への呼び出しって……、いったいどんな用件だろうか。私はやや強張った顔をして先生に了解の返事をした。

 相澤先生は、伝えることは終えたとばかりに足早に教室から出て行った。モヤモヤとした気持ちが残るが、とにかく今は全員で合宿に参加できることに喜ぼう。補習宣告で沈んだメンタルを切り替えて両手を上げてはしゃぐ芦戸たちに混ざるべく、私は彼女らに駆け寄った。

 

 

「補習は嫌だけどみんなと合宿に行ける〜! 花火ぃ! 肝試しぃ!!」

 

「一時はどうなるかと思いましたが良かったですよね。とんだサプライズですよ」

 

「みんなで寝泊まりするの楽しみだねっ!」

 

 

 テンションマックスな芦戸に、腕を揃えた可愛らしい仕草をした葉隠が同調する。きゃいきゃいと賑やかな様子に、私も年甲斐もなくはしゃいでしまう。〝訓練〟が主目的と言っても、団体で宿泊っていうのはいくつになっても楽しみなものだ。

 

 

「ケロ、冊子に書いてあるけれど、温泉もあるのね。楽しみだわ」

 

「ほんとだ! 私、好きなんだぁ〜!」

 

 

 教卓に置いていかれた合宿のしおりを見た梅雨ちゃんが言う。隣にいた麗日も冊子を開いていたので、横から覗かせてもらう。

 

 

「どれどれぇ……、入浴時間40分ですかぁ…。嬉しいですけど、ちょーっと物足りないですね」

 

 

 予定表には、準備と片付け含めた時間が記載されていた。細かいスキンケアは部屋に戻ってから行うにしても、せっかくの温泉でこの時間は少しばかり勿体なく感じてしまう。

 

 

「中学の修学旅行でもそんなもんだったなー」

 

「あくまで合宿だものね、時間は仕方ないわ」

 

「40分か……男女共に同じ時間………ドリルがあればイケるか…?」

 

「…なんとなーく予想できるけど、お前、それは流石に許されねーからな?」

 

 

 しおりを眺めてあーだこーだ言いつつ林間合宿について想いを馳せる私たちは、予鈴が鳴って飯田が嗜めてくるまで会話に花を咲かせた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──そして放課後。

 

 

「……えーっと…お婆ちゃんに…オー…、八木先生…?」

 

 

 校長室に入室した私を待っていたのは、思いもよらぬ面々だった。相澤先生や根津校長は分かるけど、その横には〝本来の姿〟のオールマイトとお婆ちゃん、それから、背広を着た男性を加えた5人の大人が居た。

 

 

(あの男の人…、ああ、確か〝USJ事件〟の時の刑事さんだ。いったい何事でしょうか…)

 

 

 困惑して入口に立ち尽くす私に、根津校長がソファに座るように促してくる。よく分からないまま、何故か学校に来ているお婆ちゃんの隣に腰を下ろした。

 オロオロする私に、根津校長は真剣な表情をして話を切り出した。

 

 

「空戸くん、キミに来てもらったのは他でもない。──とある、(ヴィラン)についての話をするためなのさ」

 

「とある、(ヴィラン)の……?」

 

 

 未だ状況を掴めていない私の手を、お婆ちゃんがギュッと握った。なにか良くない話が始まる。そんな予感がした。

 

 

 

 

 

 




この期末試験、対戦相手を誰にしようか、ペアを誰にしようかと悩みました。
ヨーイドン、でスタートでなければ相澤先生が最適なのですが、そんな演習内容ではありませんし。
オールマイトなら【空間移動(テレポート)】にも対応してきますが、彼の相手がかっちゃんとデクくんなのは決定事項ですし。原作の名シーンですしね。
最終的にセメントスかエクトプラズムの2択に絞り、セメントスを選びました。私の力不足の言い訳ですけど、テレポーターの戦闘描写って難しいです。扱いに困ります。
誰だ、テレポーターを主人公に選んだやつは!!


移ちゃんとペアになった切島くんは赤点を逃れて原作乖離しました。口田くんがいない耳郎ちゃんペアがどうやってマイク先生に勝ったのかは分かりません。シュガーマンがすっっっごく頑張ったんだと思います。


次回は先生たち&お婆ちゃんとの密談です。移ちゃんのメンタルを削っていくぜぇ!!


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とある(ヴィラン)の話

何故か更新していない日にUAとお気に入り数が伸びて日間ランキング入りも果たしていたことに吃驚仰天、恐悦至極であります。


「あの……よく分からないのですが、その(ヴィラン)について私に話すためにお婆ちゃんや八木先生、それから、そちらの刑事さんの同席が必要ということですか…?」

 

 

 隣に座るお婆ちゃん、斜め向かいのオールマイト、壁際で直立している刑事を順に視線を向けて、疑問を呈する。この会談の意図が不明なため、何故この面子が集められたのか見当がつかない。

 ここに私がいなければ、まだ分かる。皆、プロヒーローや警察関係者なのだから、(ヴィラン)について会議するのは重要な仕事だろう。以前に(ヴィラン)の襲撃があった雄英高校は、保安上、そういったことは多いと予測できる。けれど、私はただの学生だ。ヒーロー仮免許もない私では、どれだけやる気があっても、雄英の保安に関与することは許されない筈だ。

 

 

(雄英の保安目的の会談ではないなら、いったい……)

 

「そうだね。まずはこの場の()()について話そうか」

 

 

 私の疑問に応えるべく、根津校長は真剣な表情を保ったまま静かに語り出す。

 

 

「皆に集まってもらったのは雄英の警備強化とは別にもう一つ。空戸くん、キミの安全を守るためなのさ」

 

「私の……?」

 

 

 どういうことだろうか。USJ襲撃事件における(ヴィラン)たちの目的は〝オールマイトの殺害〟であった。動機が怨恨の類なのか、それと全く別にあるのかは、主犯格が捕まっていないため数ヶ月経った今も判明していない。そして彼ら〝(ヴィラン)連合〟は、私たちが職場体験へ赴いている時期に再び活動していた。

 彼らが未だに〝オールマイトの殺害〟を目的に掲げているのかは不明であるが、一度狙われた以上、模倣犯を含め〝USJ襲撃事件〟の再来がないとは言えないのだ。

 

 根津校長が言った、会談の2つの目的。雄英の警備強化と私の保安。そして、主題に上がった〝とある(ヴィラン)〟…。

 

 胸騒ぎが強まり、得も言われぬ不安が体を覆う。

 根津校長が話を続ける。

 

 

「4月に雄英を襲撃し、先日は保須市の無差別傷害事件を引き起こした〝(ヴィラン)連合〟…。我々が憂慮しているのは、彼らの首魁と思しき(ヴィラン)の動向なのさ。──そしてその(ヴィラン)は、キミと浅からぬ因縁があるのさ」

 

(ああ……、これは…。…()()()()

 

 

 自身の内側の機微を捉えて、これまでの経験から悪い兆候だと認識する。雄英体育祭で心操の〝個性〟を知った時のような。職場体験で首に外傷を負った傷病者を見た時のような。

 これは、トラウマが刺激される前兆だ。

 先生方が、とりわけオールマイトが私に向ける視線。この場にお婆ちゃんがいる理由。なんとなく察した。これはきっと、()()()に関わる話だ。

 

 

「──移ちゃん」

 

 

 隣から、私の手を握るお婆ちゃんに呼びかけられる。彼女の手の温もりが、じんわりと、浸透する。

 …ああ、そうだ。私は大丈夫。大丈夫だ。

 ここは安全な場所。そして、()()()()()()()()()。だから、大丈夫。

 

 肺の中の空気を空にするつもりで、静かにゆっくりと息を吐く。心の騒めきはこびりついて離れてくれないが、幾分かマシになった。武芸者特有の硬く頼もしい手を握り返して、視線で返事をする。『お婆ちゃん、私は大丈夫』と。

 

 次いで、根津校長に向き直る。予想、いや確信を持って。意を決して私は確認する。

 

 

「その(ヴィラン)は〝増井 和愛(ますい かずよし)〟、──ラブ・アンド・ピースと何か関係があるのですか?」

 

「…その通りなのさ」

 

 

 過去が、私の足下にズルズルと這い寄ってくる。そんな不気味な感覚が全身を覆った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 10年前の8月。京都にある父方の祖父の自宅へ、両親と私が招かれた日の夜。突如、私の日常を食い破って奪い去った(ヴィラン)、それが〝増井 和愛(ますい かずよし)〟──(ヴィラン)名〝ラブ・アンド・ピース〟だ。

 

 巫山戯た名前とは裏腹に、彼の〝個性〟は凶悪そのもの。彼の情報について、その殆どが公表されていない。報道された極僅かな情報と、実際に相対した私の所感を合わせた予測になるが、増井の〝個性〟は〝相手の自我を思うがままに制御できる【精神干渉】系〟だ。

 

 事件について捜査した警察とお婆ちゃんからの話によると、増井は父方の祖父、至お爺ちゃんを操作して両親に睡眠薬を盛り、その上で()()()()()()()()()()()両親を殺害させた。自我を奪って己の息子と嫁を殺させたのだ。…悪辣なんて言葉じゃあ済まない鬼畜の所業だ。

 

 

「空戸。これはお前の守りをより強固にするための話ではある。だが、辛い話に変わりはない。仮にここで止めたとしても、俺たちが必ずお前を守る。呼んでおいてなんだが、無理に聞く必要はない」

 

「相澤先生……」

 

 

 私の様子を気遣うように、いつもより優しげな色を含んだ調子で相澤先生が言う。先生の言葉に同意するようにお婆ちゃんも頷いている。2人の言動にほんの少し潜心し、震えそうになる声を抑えつけて想いを口にする。

 

 

「……確かに、以前までの私なら受け止められなかったと思います。あの日を思い起こすことは、なるだけ避けて生きていましたから。──けど、今は違います。辛いけど、怖いけど……、向き合いたいんです」

 

「空戸少女……キミは…」

 

 

 何かを耐えるように口元を歪ませるオールマイト。彼だけじゃあない。この場にいる私以外の全員が、似たような表情をしている。

 

 私の過去、それに病状について先生たちは知っている。私が部屋に来る前にお婆ちゃんが話した、という訳ではなく、入学が決まった時点でお婆ちゃんと一緒に学校側には伝えてあった。当然だ。生徒が急にパニック発作を起こす可能性があるんだ。危険な訓練も行うヒーロー科に通うというのに、そんな大事な情報を伝えないわけにはいかなかった。

 だから先生たちは、私の身に何が起きたのかも、今も尚抱えているトラウマも知っている。それ故に、私の身を案じて訊いているんだ。

 

 

(そして、その事情を知っていても伝えるべきと判断する情報…ということですね)

 

 

 …そう。PTSDを抱えている子どもにトラウマを想起させることを大人が、それもプロヒーローが無闇に伝える訳がない。ただ守るだけなら、教師陣と警察、保護者であるお婆ちゃんにのみ周知すれば良い話だ。

 しかし先生たちは、私の精神面に配慮しつつも、(ヴィラン)について直接本人()に知らせようとしている。それだけの脅威が私に向けられている、ということなのだろう。

 

 恐怖はある。でもそれ以上に、逃げたくない。私が目指す(No.1ヒーロー)のために、乗り越えなくてはならないんだ。

 

 

「話してください。(ヴィラン)連合の首魁の動向とやらを」

 

「……わかった」

 

 

 深く頷いた根津校長は、しばらくの沈黙の後、静かに語り始めた。

 

 

「まずは、増井について話そう。10年前、キミの家族を襲った増井はキミの誘拐を計画していた。それについては未遂で終わったわけだが…。彼は収監された『対〝個性〟最高警備特殊拘置所(タルタロス)』にて未だに黙秘を続けている。あの事件における増井の動機がまだ判明していないのさ」

 

「だが、語られていないといって予測ができない訳ではない。増井と裏で繋がっている人物を知っていれば、自ずと答えが見えてくる」

 

「答え……?」

 

 

 根津校長から引き継ぐ形で壁の側にいた刑事が話し出す。…ああ、思い出した。確か彼の名は塚内、だった筈。

 塚内刑事の言う()()()()()()()()()()。話の流れからして、その人物が(ヴィラン)連合の首魁…ということだろうか。

 

 胸の騒めきが強まる。決意を固めても、拒否感は拭い去れない。努めて平静を保とうとするが、抑えきれない緊張から掌と背中がじんわり汗ばむ。

 

 

「増井が信奉していた、或いは協力関係にあったとされる(ヴィラン)(ヴィラン)連合の陰で糸を引いていると目される人物。その(ヴィラン)の名は──〝AFO〟(オール・フォー・ワン)

 

「……………オールフォー…、ワン……?」

 

 

 一瞬、頭が真っ白になる。間の抜けた声でその名を呟く。聞き間違いではないかと、自分の耳を疑う。だって…、まさか。そんな筈はない。

 

 

「何故彼がキミを狙っているかと言うと、彼の〝個性〟が関係している。〝AFO〟(オール・フォー・ワン)の〝個性〟は【他者から〝個性〟を奪い、そして与える】ことが出来る。それ故に、キミの【スフィア】が標的になった、ということさ。恐らく増井は、〝AFO〟(オール・フォー・ワン)にキミを引き渡すつもりだったのさ」

 

 

 続く説明が、正しく聞き取れていることを後押しする。【〝個性〟を奪い、与える】〝個性〟……。ああ、なんて強大な〝個性〟だろう。そんな力を持った人物が(ヴィラン)として活動しているなら、私の〝個性〟は喉から手が出るほど欲する筈だ。なるほど、私が狙われている理由として、これほど腑に落ちることはない。

 

 ──だけど、そんなこと、あり得ないだろう。あってはならない。

 

 

「【奪い、与える】〝個性〟だ。彼がこれまで犯してきた所業は数知れない。にも関わらず、世間には彼のことは伏せられている。そんな凶悪な〝個性〟を持った者がいるなんて知ったら、民衆の不安を煽るだけだからね」

 

 

 …伏せられている、か。だから私は気付かなかったのか。教科書に載っていないから、ニュースで見ないから、()()()()()()()()と盲信していたのか。

 いや。きっと私は、その可能性を心の底で信じたくなかっただけなのだろう。今の世の中は平和だと、現実逃避したかっただけなんだ。

 

 

〝AFO〟(オール・フォー・ワン)は6年前、オールマイトが秘密裏に倒した筈だった。…しかし奴は生きていた。最近になって判明してね。状況証拠から、奴が(ヴィラン)連合のブレインであることは間違いないだろう」

 

(ヴィラン)連合には既に〝黒霧〟がいる。だから、必ずしもキミのワープ系〝個性〟が狙われるとは限らない。しかし、空戸くんは過去に一度襲われていて、(ヴィラン)連合は雄英を襲撃している前例がある。だから、キミの守りを特別強固にする必要があると判断したのさ」

 

「…そう、なんですね……」

 

 

 おざなりになりながらも、なんとか返事をする。現実感のない、フワフワとした心地だ。

 ──増井が私の〝個性〟を狙って犯行に及んだことは、なんとなく見当がついていた。奴は私の自我を奪って誘拐しようとしていた。ワープ系の〝個性〟は貴重だ。売り払うにしろ、移動手段として利用するにしろ、(ヴィラン)が狙う理由はいくらでも思いつく。だから、()()()()()()()()()()家族が殺されてしまったことについては理解していたため、それほどの衝撃を感じていない。

 

 だけど、〝AFO〟(オール・フォー・ワン)の名は別だ。

 

 だって奴は。奴のせいで…。

 

 

(奴の統治で【前世】の私は……、〝僕〟たちは殺されたんだ…ッ)

 

 

 恐怖と怒りが駆け巡る。百年以上前の超常黎明期…、そんな大昔の【前世】の自分の(かたき)が未だに生きていて。そして今の自分を標的にしているかもしれないときた。

 …いや、そんなことは大して重要じゃあない。問題は、奴がまだどこかで活動していて、誰かにとっての〝地獄〟を作り出しているということだ。

 

 記憶の中で、常に薄ら笑いを浮かべているあの男。対面した時間はごく僅かだったが、人の尊厳を踏み躙ることに愉悦を覚える悪魔のような性質をしていることは十二分に理解している。…理解させられた。

 

 

(あの男を野放しにしておくわけにはいかないッ!)

 

 

 噛み締めた奥歯から音が鳴った。恐れはある。しかしそれをかき消すほどの義憤が私を支配した。

 

 

「──力を抜きなさい、移ちゃん」

 

 

 柔らかい優しい声が耳朶を打つ。お婆ちゃんは、握り締めた私の拳をゆっくりとほぐしていく。

 

 

「お婆ちゃん……」

 

「大丈夫よ。大丈夫だから、ね?」

 

 

 いつもの微笑みをこちらに向けて、彼女はあやすように『大丈夫』と繰り返す。いつの間にか早まっていた鼓動が次第に落ち着きを取り戻していく。

 

 

「…ありがとうお婆ちゃん…、もう落ち着きました」

 

 

 微笑み返して礼を添える。いつものことながら、彼女の声と温もりは、私の心に安寧を齎す一番の薬だ。

 何度目か分からない深呼吸をして、正面を見る。

 

 

「脅威については理解しました。それで、具体的に私はどのような行動を取れば良いのでしょうか?」

 

「基本的には、今までの生活と何ら変わりないさ。学校では我々教師が、自宅ではキミの父兄がキミを守る。空戸くんの場合、登下校は元々車の送迎だしね」

 

「問題はそれ以外の時間だ。お前には悪いが、1人での外出は控えてほしい。少なくとも(ヴィラン)連合の問題が片付くまではな」

 

 

 根津校長と相澤先生が答える。

 外出の制限…、まあ妥当だろう。しかし、そうなると朝のランニング(日課)がこなせなくなってしまう。あの時間は好きなんだが仕方ない。早めに登校して、学校内でさせてもらえるか交渉してみようか。

 

 

「──怖がらせるわけではないが、〝AFO〟(オール・フォー・ワン)は狡猾で恐ろしい(ヴィラン)だ。6年前に奴と闘った時、私は奴から大きな傷を負わされた。その代償に奴を退けたと思っていたが…奴は闇に潜んで力を蓄えていたのだろう。警察とヒーローの目を掻い潜ってね」

 

 

 オールマイトが脇腹をさすりながら語る。4月に根津校長が言っていたオールマイトが負った傷。恐らくそれが〝AFO〟(オール・フォー・ワン)との闘いで受けた傷なのだろう。彼が弱体化するほどの外傷を与える(ヴィラン)なんて想像出来なかったけど、その相手が奴ならば合点が行く。

 

 

(………ん? …あれ、ちょっと待ってください…不味くないです…ッ?)

 

「や、八木先生…? い、いやですねぇ〜。その言い方では、まるで先生も闘ったみたいじゃあないですかぁ」

 

(おお、オールマイトぉ! ここには根津校長以外もいるんですよっ! いつものお茶目を今発揮しないでくださいッ!!)

 

 

 サーっと血の気が引く。オールマイトは時々抜けているというか、天然を発揮することで有名だが、今、その特徴が表に出てしまっている。塚内刑事やお婆ちゃんが同席している中で、痩せ細った今の姿のまま、(事実その通りなのだが)あたかも自分が〝AFO〟(オール・フォー・ワン)を打ち倒したかのような発言。これでは、『私がオールマイトです』と宣言しているようなものだ。

 オールマイト=八木先生であることは、世間に公表されていない事実。私が知ってしまったのは事故だったが、こんな形で秘密を広げる訳にはいかない。

 

 〝個性〟【ハイスペック】を備える根津校長の卓越した頭脳で何とか誤魔化してくれないだろうかと、彼をチラチラ覗き見る。すると彼は、『問題ないのさ』と諭すように言う。

 

 

「八木くんがオールマイトだということは、ここにいる全員が知っていることさ。だからこそ、彼にも同席してもらったのだからね」

 

「へっ……? そうなんですか……?」

 

「むしろ移ちゃんが知っていることに私は驚いたわ。校長先生から経緯を聞いて納得したけれど、一応、国家レベルの機密事項なのよ?」

 

 

 呆れ顔のお婆ちゃんは、多少の非難を込めた目でオールマイトと根津校長を見つめた。面目なさそうにするオールマイトと、『ハハハ』と笑う根津校長の様子に、諦めたように溜息をついていた。

 なんだか旧知の仲のようなやり取りだと思っていると、私の思考を読み取ったのか、お婆ちゃんが先んじて話す。

 

 

「オールマイトとは、現役時代に何度か仕事しているのよ。それこそ、〝AFO〟(オール・フォー・ワン)との闘いでも後方支援として共闘したわ。だから傷のことも、今の姿も前々から知っているのよ」

 

「そういうことさ。心配してくれてありがとね」

 

「い、いえ! 私の方こそ、早とちりしてしまい申し訳ありません…」

 

 

 天然を発揮したとか思ってごめんなさい…。

 

 

「──話を戻しましょう。オールマイトが言うように、〝AFO〟(オール・フォー・ワン)って(ヴィラン)は兎に角狡猾で危険な存在だ。それに加えて、(ヴィラン)連合には〝怪人脳無〟や〝黒霧〟のような厄介極まりない連中が揃っている。だから空戸。万が一会敵した場合は迷わず〝個性〟を使え。逃走目的の〝個性〟使用なら、正当防衛が適応される。間違っても戦おうとするなよ。──そういうのは俺たち(プロヒーロー)に任せてくれ」

 

「相澤先生…」

 

 

 真剣に、心から私のことを想ってくれているのだと。この人たちは、絶対に私を守ってくれるだろうと言う安心感が先生の言葉からもたらされる。

 正直に言って、もどかしく思う。

 現代社会に、あの〝この世の悪意を煮詰めたような男〟が野放しになっていると言うのに、それに立ち向かう力も立場も持ち合わせていない自分に。

 

 

(……早く、一人前のヒーローになりたい。強く、ならないと)

 

 

 私も、必ず守る側になるんだ。

 胸に滾る決意を押し込め、相澤先生に『はい』と返事をした。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 その後、より具体的な対応策が話し合われ、嫌な予感から始まった放課後の会談は1時間ほどで御開きとなった。

 胸中に芽生えた義侠心を育みつつ、訓練と治療を重ねて私は待つ。もう少しで、飛躍的に成長する機会が来る。

 

 ──林間合宿の日が近付いている。

 

 

 

 

 

 




30話以上書いておいて今更なんですが、最近〝文章上達〟系の本を読んで勉強しております。スキルアップできたら加筆修正するかもしれません。しないかもしれません。


予定では、この後にプール回(アニメオリジナル)を挟んで林間合宿編に入ります。
林間合宿編は定期更新をするために時間をいただくつもりです。活動報告にて進捗をお伝えしますので、気になる方は時々そちらをご覧ください。
ちなみに、今のストックはゼロです!\(^q^)/



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移ちゃんのプール事情

アニオリのプール回です。
TS成分多め、と言いますか、移ちゃんの悩み事の話です。
※トランスジェンダーや女性にまつわることについて言及しています。人によっては不快に感じるかもしれません。

あと、「かっちゃんはこんなこと言わない!」と感じるかもしれない部分があります。
解釈違いにご注意ください。


えっちぃことは特にありません。(多分


 宿題とか試験対策とか、そういった己の課題を後回しにすることは、私にとって無縁の話だった。【前世】の私はただ生きることに必死で、サボっていては生活基盤すら崩れかねなかったし、今世は今世で様々な責任感や義務感から常に全力で取り組んできた。それが窮屈だとか苦痛だとか感じることもないほど、当たり前のことだった。

 

 故に、今のように問題を先送りにして、直面する段階になって困窮するようなことは、ほとんど初めての経験なのだ。

 

 

「女子のみんなで遊ぶって、何気に初めてじゃないっ?」

 

「ね〜! 訓練に課題漬けで遊ぶ暇なんてなかったもん。楽しみやね!」

 

「ビーチボール持ってきたから、あとで対決しようよ!」

 

「けろけろ! 透ちゃん、好きね」

 

「ヤオモモの持ってるそれってなに? クーラーボックス?」

 

「フルーツジュースですわ。休憩する時に皆さんに召し上がっていただこうと思いまして」

 

(どうしようどうしようどうしようっ…!)

 

 

 和気藹々と前を歩く6人から少し距離を置いて後を追う。私たちA組女子が夏休み真っ只中に学校へ来た理由。そして、私1人が焦燥感を抱いている訳。ストレスのせいか痛む下腹部をさすりながら、先週のことを思い起こす。時は期末試験を終えた頃に巻き戻る──。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「『夏休みの間、長期の外出を控えろ』…?」

 

 

 夏休みまで残すところ数日。勉強や訓練にてんてこまいな生活を送っていた私たちヒーロー科にとって、いや、全国の学生にとって至福の時となる長期休暇。あれをしようか、これをしようかと盛り上がっていた所に、相澤先生からの言伝が耳郎の口から告げられた。その残念な知らせに、眉を下げた麗日が耳郎の言葉をそのまま繰り返した。

 

 

「残念ですわ…。両親とベネチアへ旅行に行く予定でしたのに…」

 

「ブルジョアやぁ……」

 

 

 悲報に胸を痛める八百万。彼女が何気なく呟いた夏休みの計画に、麗日は冗談めかして倒れ込む。八百万の無自覚セレブ発言とそれに反応する麗日の言動は、A組の鉄板ネタになりつつある。

 

 

「あ〜あ…、せっかくおニューの水着買ったのに…」

 

 

 芦戸は肩を落として落胆する。こっちは等身大な女子っぽい感想だ。

 長期外出禁止の理由。それはひとえに、私たち雄英生が〝(ヴィラン)連合〟に襲撃されたことが原因だ。

 

 先日の休日、期末試験の慰安を兼ねてA組のほとんどは揃って木椰区ショッピングモールへと赴いていた。欠席者は3人。私は護身のため、轟は母親のお見舞いのために参加を見送っていた。残りは爆豪だが…、アレの付き合いの悪さは言わずもがなだ。

 

 とにかく、3名を除いたA組17名は、林間合宿の必要物品を揃えるために買い物へ出かけたわけだが、そこで事件が起きた。計画的犯行か、はたまた偶然か。(ヴィラン)連合の1人、死柄木 弔が目撃されたのだ。

 

 襲われたのは緑谷だ。幸いなことに怪我は負わされていないが、〝個性〟の行使を仄めかされた状態で──つまり脅迫されながら、いくつか質問されたらしい。内容は、保須市で捕まった〝ヒーロー殺し〟について。そして緑谷の回答後に見せたオールマイトへの妄執…。

 

 結局、数分の問答の後は民衆に危害を加えることなく姿を眩ませたが、またしても雄英の生徒が(ヴィラン)連合と会敵したことに変わりない。USJ、保須市、木椰区ショッピングモール…。これで3回目だ。

 長期休暇で雄英側の目が届かない場所へ行くことが危険と判断されるのも頷ける。

 

 耳郎に宥められる芦戸だが、『それでも遊びたい! どっか行きたい〜ッ!』と不満を爆発させていた。すると。

 

 

「──だったら、夏休みに学校のプールに集まらない?」

 

 

 葉隠が華やぐ雰囲気で提案した。

 

 

「そうね、学校のプールだったら先生も許可してくれると思うわ」

 

「いいね! お金もかかんないし!」

 

「家に閉じこもってるよりマシか〜」

 

「でしたら、(わたくし)が学校側に許可を貰ってきますわ!」

 

 

 とんとん拍子に決まっていく。学校内であれば、私の行動制限にも該当しないからその点は問題ない。

 だが、私の心情は別だ。

 

 

(ぷ、プール…っ? てことは水着を着ないといけなくて……それはつまり、一度裸になるってことで……)

 

 

 そうなのだ。水着への更衣、それは体操服や戦闘服(コスチューム)に着替えるのとは訳が違う。ある程度隠しつつ行うだろうが、全員、下着を脱いで裸になる瞬間がある筈だ。

 なにより、私は誰かがいる場で水着に着替えた経験がない。小学校も中学校もプールの授業はなかったし、雄英では水難救助訓練は基本的に戦闘服(コスチューム)で実施してきた。他と比べて、なんとなくハードルが高い。

 なんとか回避する術はないだろうか…。とにかく、何か言わなければと思い口を開く。

 

 

「えと…あの……」

 

「いつにしよっか? 夏休み最初の月曜日とかどう?」

 

「学校側の空き次第じゃない?」

 

「林間合宿までには行きたいよね!」

 

(い、言えない…! みんな楽しみにしてるのに、私だけ不参加だなんて…っ)

 

 

 おどおどしている内にどんどん言い難い雰囲気となっていく。結局、何も言い出さぬまま、周りに流されてプール行きが決まったのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「わー! プールの更衣室もキレイだね! 中学校の頃なんて、プレハブみたいなんだったよ〜」

 

 

 そして現在──。

 先生から預かった鍵で八百万が更衣室を開けると、最新ジム並みに整備された清潔感のある内装が広がっていた。こういう細やかな所まで手が行き届いていて、流石雄英と感心する。

 

 

(…じゃなくて……)

 

 

 呑気に内見している場合じゃあない。それぞれ、1人2人分距離を取った位置にあるロッカーを開けて、着替えるまで秒読みの様子だ。このままでは、『ToL◯VEる』な光景が眼前に広がってしまう。

 背を向ければ良い? いやいや…、そういう問題じゃあない。彼女たちは知らないとは言え、成人男性のソウルをこの身に宿す私がこの場に滞在している時点でギルティなのだ。なにより、私自身が赦せない。

 

 

(かくなる上は…)

 

「ぁ……いたたたぁ…。…ぉ、お腹が……」

 

 

 下腹部を押さえてやや前傾姿勢を取る。誤魔化す時の常套手段、即ち仮病だ。

 

 

「おりょ? 空戸、だいじょーぶ?」

 

「は、はいぃ……、ちょっと、トイレに行って来ますね…」

 

 

 1番近くに居た芦戸がブラウスのボタンを外しつつ、こちらに気付いて声をかけてくれた。さも限界が近付いている雰囲気を醸し出すため、彼女にだけ聞こえる声量で伝えると、そのまま自然に退室した。うむ、完璧な演技だ。

 そして時間を潰すべく、更衣室に隣接したトイレへと向かう。後は、みんなが着替え終えてから戻れば、作戦成功だ。

 

 校舎内のそれよりやや小ぶりな造りのトイレの個室に入り、一息つく。距離が近いせいか、微かにみんなの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 

「……なーにやってんでしょうね、私…」

 

 

 1人になって腰を下ろしたことで冷静になれた。こんなこそこそして誤魔化している状況に、なんだか無性に情けなく思えてくる。

 そもそも、4月の時点で私の特殊な性自認について、女子のみんなや先生に伝えていれば、今のような状況になっていなかった。言い訳になってしまうが、私は高校に入るまで、誰かと一緒に着替えるという習慣がなかった。小学校の頃は殆ど登校していなかったし、中学校では保健室で着替えさせてもらっていた。だから、なんの疑問を持つことなく一緒に着替える同級生を目の当たりにするまで、これ程まで罪悪感を抱くとは思わなかったのだ。

 

 

「…普通の女子高生に…、なれると思ったんですけどねぇ……」

 

 

 思わずため息が漏れる。

 分かっている。()()()()()()()()()。いくら超人社会と言えど、転生を果たして【前世】の記憶を保有している人間なんて居ない。

 

 世の中には〝トランスジェンダー〟という枠組みがある。自身の性自認が身体の性と一致していない人のことだ。超常黎明期以前、つまり〝個性〟がなかった最後の時代には、そういった〝性の多様性〟が世間に認識されつつあったという。しかし、〝個性〟の出現によりそういった〝多様性〟への理解は遠ざけられ、浸透しつつあった〝性の多様性〟も一緒くたに排斥されていった。

 超常黎明期を経た現代は、〝個性〟が認められると同時に〝性の多様性〟も大昔同様に理解されるようになっている。だから、私のように性自認が中性あるいは両性な人間は、少なからず居るし、公言している著名人も知っている。仮に私がみんなにそれを伝えたとして、嫌悪感を露にする人はいないだろう。

 

 だけど果たして。私がそれを公言していいものなんだろうか。

 

 死んで生まれ変わった元男性が、〝トランスジェンダー〟なんですって、既存の枠組みで名乗っていいのだろうか。

 

 

(それに加えて…私は普通の女性になりたい……()()()()()()()()()()()…。そう思っているのに、『今はトランスジェンダーだから考慮してね』って…? ……都合が良すぎるでしょ)

 

 

 中途半端でいる自分への嫌悪感。女性の中で自分という異物が混ざっていることへの罪悪感。早く普通の女性にならなくてはいけないことへの義務感と焦燥感。そもそも、伝えることへの抵抗感。様々な感情がぐちゃ混ぜになって、纏まらなくて。その結果が、数ヶ月経った今もカミングアウト出来ずにいる現状を作り出している。

 

 『言わなくても良いのではないか?』

 そう考えたこともある。無理に伝えなくても、このまま過ごして。授業のため短時間で着替えなくてはいけない時以外は、今みたいにやり過ごして。そうして、いずれ私が()()()()()になるまで……『かわいいかわいい移ちゃん』になれるまでやり過ごしてしまえば。彼女たちへの罪悪感には目を瞑り、何食わぬ顔で輪に加わる。それが出来れば、全部丸く収まる。

 

 ──そうしてきっと、私は私を赦せなくなる。

 

 

(……なんて。本物の思春期のような悩みですねぇ…)

 

 

 モラトリアムは卒業した筈なんだけど、と自嘲する。スマホを確認すると、更衣室から出て10分ほど経過していた。時間稼ぎもこのくらいで良いだろう。悶々と悩んだことによるストレスか、ズクズクと痛む下腹部を摩りながら、便座から緩慢に立ち上がる。

 

 

「…………あ…」

 

 

 ドロリと出てくる不快な感覚がした。そういえば訓練や治療による疲労のためか、最近は不順になっていたことを思い出す。前にあったのはそろそろ7週前だったか…。

 図らずも、腹痛という嘘が真になってしまったことに、なんとも言えない気持ちとなる。とりあえず、帰りの更衣室問題は考えなくても良さそうだ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「そ〜れっ!」

 

「ハイッ!」

 

「ケロッ」

 

 

 ちゃぷちゃぷちゃぷ。燦々と降り注ぐ太陽の光を日傘で防ぎつつ、プールサイドに座った私は、靴とソックスを脱いで脹脛までをプールに浸す。ひんやりとして良い気持ちだ。地べたに直座りすると流石に暑すぎるため、近くに置いてあったビート板を数枚重ねている。思いの外居心地が良い。

 

 予期しない経血に驚きはしたものの、何とか衣類を汚さずに済んだ私は、みんなに事情を説明して見学することに相成った。心配と残念に思う表情をしたみんなを見送った後、今はこうして、彼女らがビーチボールで遊ぶ様子を、八百万から貰ったフルーツジュースをいただきながら眺めている。深い甘味とほのかにある酸味が混ざり合った調和の取れた味だ。きっとお高いやつに違いない。

 

 

「──ヨシ、15分休憩しよう!」

 

 

 差し入れに舌鼓を打っていると、反対側のプールサイドからそんな声が聞こえてきた。飯田の声だ。

 私たち女子が集まっている場所から離れた所で、『良い汗をかいた』とばかりに爽やかな表情をした男子たちが歓談していた。

 

 

「…いやぁ、精が出ますねぇ」

 

 

 チマチマとジュースを飲みつつ、そんなことを呟く。

 何故夏休みの学校のプールに私たちのみならず、男子たちも集まっているかと言うと、彼らは彼らで『訓練のため』にプールの使用を申請していたそうだ。なんでも、峰田と上鳴、それから緑谷の3人で許可を貰ったらしい。…前者2人がいかにも怪しいが、緑谷も一緒なのだから、私たちと予定が被ったのも本当にただの偶然だろう。

 

 

(それにしても……)

 

 

 楽しそうに遊ぶ女子たち。飯田が配ったと思われる缶ジュースを片手にプールサイドで休む男子たち。最後に自分。ここにいる全員の身体を軽く見遣り、改めて思う。

 

 

(身体だけは、どこまでも女性、なんですけどね)

 

 

 スラリと伸びる手足。真下を向けば、ブラウスを膨らませたそれが視界を遮る。サロン通いと普段のスキンケア、そして【空間移動(テレポート)】の応用のおかげで、無駄毛一本ない毛穴の閉じたすべすべの肌。今は目視できないがウエストはくびれており、ヒップもキュッと引き締まっている。

 同級生の女子たちと比べても、文句なしの女性体型だ。

 

 対する男子たち。流石はヒーロー科の男子と言うべきか、遠くから見ても分かるほど見事な体格をしている。上背のある飯田や砂藤はもちろんのこと、比較的小柄な常闇や緑谷も鍛え抜かれた筋肉が見て取れる。

 女性陣も必死に鍛えている。それでも、男子のそれと比べたら柔らかさが目立つ。

 

 私の身体は、しっかりと女性側だ。これが、今の私だ。〝空戸 移〟は、女の子なのだ。

 

 

(そうです…だから私は女性にならなくちゃあいけない。それが私の──)

 

「──おいッ、くそデク!!」

 

 

 唐突に届いた大声にビクリと体を震わせ、沈んでいた思考が飛散する。見ると、入口の方で両手からバチバチと火花を散らす爆豪が怒鳴り散らしていた。隣には、爆豪を宥める切島の姿もある。そう言えば、彼らだけ居なかったな。今来たのだろうか。

 なんだなんだ、と気になった女性陣もプールから上がり彼らに近付く。私も悲鳴を上げる腰と下腹部を労わりながら彼女らに着いていく。

 

 話を聞いてみればなんてことはない、爆豪のいつもの緑谷への執着だった。『ここでどっちが上か、白黒付けるぞ』と。しかし、それに便乗した飯田が『訓練だけでは退屈だから』と男子全員で水泳大会をしようと提案したのだった。

 

 

「飯田さん。(わたくし)たちもお手伝いしますわ!」

 

 

 なんだか面白そうと、外野だった女性陣も乗り気になり、八百万が審判を買って出る。確かに見る分には楽しそうな催しだ。

 

 

「ぶっ潰してやるよ、デク! もちろんお前もな! 半分野郎!」

 

 

 飯田により『〝個性〟使用あり。人や建物に危害を加えるの禁止』等のルールが決められている間、爆豪は敵視している2人に睨みを利かせていた。期末試験前もそうだったが、最近の彼はいつもこの調子だ。上昇志向故の言動であっても、こんな態度じゃあまるでチンピラだ。

 呆れた様子で爆豪を見つめていると、轟から視線を外した彼がこちらを向いた。

 

 

「んでてめえは何で制服なんだよ! ぶち殺してやるから参加しろやッ!!」

 

「……はあ?」

 

 

 カチーンときた。確かに全員が学校指定のスクール水着を着ている中で私だけ制服姿だ。それは事実。私に対しても敵視バリバリの爆豪からしたら、私も含めてまとめて負かしたいのだろう。

 だけど、だ。女子が、プールで、水着にならずに、見学してる。その状況で察しないとは何事だ。

 

 

「ちょ、おい爆豪! お前なぁ…!」

 

「ヒュー、流石のオイラも言い控えてたことを言ってのけるとは、そこにシビれるあこがれるゥ!」

 

「爆豪くん! それは無神経なんとちゃう?」

 

「なんだなんだぁ? どゆこと?」

 

「ああンッ!?」

 

 

 麗日を筆頭に女子が庇ってくれる。男性陣は、察している者2割、疑問符を浮かべている者2割、そもそも遠くて聞こえてなかった者6割といったところ。

 恐らく、普段の爆豪であればこういう機微には聡い。傍若無人な彼だが、こういったところは弁えている筈だ。だが、今はきっと頭に血が昇っていて、そこまで思考が巡らないのだろう。

 

 ──そんな事情、知ったことじゃあない。

 

 ぺたぺたと足音を鳴らし無言で爆豪に近寄る。眉間に皺を寄せてガンを飛ばしてくる爆豪の耳元で、彼にだけ聞こえる声量でしっかりと伝える。

 

 

「生理中、ですッ」

 

「……は。……ッ、なッ……!?」

 

 

 マヌケな顔をした爆豪を至近距離で見上げる。せいぜい、気まずい思いでもしてろ、馬鹿。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 その後。

 結局爆豪からの謝罪はなかったが、言動に後悔してそうな態度も見て取れたため溜飲を下げた。かと言って100%許せた訳でもなく、『もう良いです』と塩対応をして、憤ってくれた女子のみんなを連れて彼から離れた。

 なんだか無性に苛々したが、きっと、さっきまで悩んでいたことやホルモンの影響が大きいのだろう。

 優しい言葉をかけてくれる葉隠や梅雨ちゃんたちのお陰で徐々に平常心を取り戻し、男子らの水泳大会が始まる頃には苛々は治まっていた。

 

 男子13名による競走は、3グループに分かれた予選を経て、緑谷、轟、爆豪の3名による決勝戦が行われることとなった。普通の水泳競技と違い、〝個性〟をフル活用した競走は、見てるこちらも白熱した。

 いよいよ、3名の戦いの火蓋が切られるといったところで…。

 

 

「──17時。プールの使用時間はたった今終わった」

 

 

 水を差すように相澤先生が現れる。熱中して時間を忘れていたけど、もうそんな時間だったのか。

 『早く家に帰れ』と指示する先生にみんなが食い下がろうとするも、ギンっと眼光を鋭くした先生を見て押し黙る。

 

 

「何か言ったか?」

 

「「「なんでもありません!」」」

 

 

 これ以上どやされる前にと、私たちは速やかにプールを後にしたのだった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「あーあ、せっかく良いところだったのになぁ〜」

 

「仕方ないわ、決まりは決まりだもの」

 

 

 後頭部で両手を組んだ芦戸が残念そうにぶー垂れて、並んで歩く梅雨ちゃんがそれを嗜めた。

 

 

「空戸は大丈夫だった? ウチらに付き合って一日外に居たけど、辛くなってない?」

 

「あ、はい。平気です。…泳げなかったことは残念ですけど、足だけ入ってただけで充分楽しめましたし。生理も、林間合宿と被らなかったことを思えば、むしろラッキーかなって」

 

「あー、それはあるよね。私はちょっとヤバいんだ〜」

 

 

 目の前で葉隠がガクリと肩を落とす。見えない彼女の髪の毛から、プールの塩素の香りがフワリと漂って鼻腔をくすぐる。

 

 

「合宿と言えば、温泉があるんだよね! プールとはまたちゃうけど、みんなと入るの楽しみだー!」

 

 

 『温泉』という単語にドキッと脈打つ。忘れていたわけじゃあないけど、合宿では今日のプール以上の問題が待ち受けている。思わず、立ち止まる。

 

 

「空戸さん? どうかなさいました?」

 

 

 私に気付いた八百万が足を止める。つられて他のみんなも止まり、振り向いた。

 不思議そうにこちらを見るみんな。私から伸びた影が、彼女らの足元に重なる。それがまるで、私の存在がみんなを穢しているようで。…罪悪感が首をもたげる。

 

 

「大丈夫? やっぱり、お腹痛い?」

 

(違うんです…そうじゃあないんです)

 

 

 体調を心配してくれる葉隠にかぶりを振る。ああ、やはり──正直に言いたい。

 みんな、とても良い子たちだ。優しいし、気遣いができて、人を心の底から思い遣れて。そんな彼女たちに、嘘をつきたくない。偽って、誤魔化して、ひた隠しにして。そんなことを続けるなんて嫌だ。

 これは私の我が儘。自分の都合を相手に押し付けて、〝罪悪感〟から逃れるための私の身勝手。だけど。だからこそ。

 

 

「少し……、話をしても良いですか?」

 

 

 私のことを、伝えよう。

 

 

 

 

 




かっちゃんについて補足。
多分、謹慎以降のかっちゃんは配慮して口にしません。移ちゃん以外にも、言いません。ただ、現在のかっちゃんには挫折感から余裕がなく、移ちゃんのことを「ぶちのめす壁」としか認識していません。せっかく打ち負かす機会が訪れたんだから、てめえも加われや、って気持ちが先行して視野狭窄になっていました。
「そんな事情があってもかっちゃんなら言わんやろ」って言われてしまうと弱いですが…。


移ちゃんについて補足。
彼女の言う〝普通の女性〟とは、性自認と体の性が一致した状態のことを指します。【前世】の記憶によって〝トランスジェンダー〟となっている今の状態が〝普通じゃない〟と認識していますが、決して通常の〝トランスジェンダー〟の方を普通じゃないと考えているわけではありません。ただ、性自認と体の性を一致させることにある種の強迫観念を抱いています。そうなってしまった理由は次章にて。


えっちぃについて補足。
プールサイドで制服素足でちゃぷちゃぷしてるJKはえっちぃか否か。


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空戸 移:オリジン

毎度のことながら、加筆修正があるかもしれませんが、勢いで投稿します。

この章はこれで終わりとなります。
次回からは林間合宿です。


 私に物心が付いたのは3歳になってすぐの頃、恐らく、〝個性〟が発現したと同時だ。それまでの記憶は既に曖昧だが、標準的な幼児であったことは間違いない。空戸家の第一子として生まれ、両親に程々の苦労をかけながらそこまで育った。

 ただ、物心付いてから──つまり、【前世】の記憶が宿ったとき。その瞬間から〝空戸 移〟は、ただの幼児から異常な子どもになってしまった。

 

 私は当然、混乱した。死んだと思ったら他所の家庭の娘になっていて、しかも100年以上の年月が経過していたのだから。異能の解放を求める集団が活動していた筈なのに、異能は〝個性〟と呼ばれ、日常の一部になっていた。異能を自由に行使出来るのは国家資格を持つ〝ヒーロー〟だけで、私利私欲に異能を振りかざす者を〝(ヴィラン)〟と呼称し取り締まっていた。

 

 何もかもが変わっていた。童話の浦島太郎にでもなった気分だった。何が起きているのかさっぱり分からなかったが、2つだけ分かることがあった。

 現代は、民衆が求めた平和が築かれていること。そして、自分が〝空戸 移〟という幼い少女の人生を一切合切奪ってしまった、ということだ。

 

 〝空戸 移〟の両親と祖父母はすぐに異変に気がついた。当然だろう。昨日までボール遊びや女児向けアニメに夢中になっていたというのに、朝起きたら余所余所しく、幼児らしからぬ言動で報道番組を食い入るように見始めたのだ。不気味に思わない家族が居るはずがない。

 

 心配する家族をはぐらかし、その日の夕方に〝とある結論〟に至った私が取った行動は、誠心誠意の謝罪だった。

 

 誤魔化せるとは思わなかった。一夜にして趣味嗜好ばかりか、成熟した思考力を持つようになった幼子。1人の人間が宿す〝個性〟は1つのみであり、〝空戸 移〟が待つ〝個性〟は【ワープ】と【探知】の複合型。その時の私の状態を説明付ける〝個性〟が入る余地はない。黙っていては、【精神干渉】系の〝個性〟による犯罪を家族が疑いかねない。

 

 そもそも、私が耐えられなかった。

 

 少女の身体を奪い、その家族を騙して新しい生を謳歌するなんて。故意でないにしろ、良心の呵責に苛まれたのだ。

 

 私は正直に、私が分かる範疇でこの身に起きたことを包み隠さず語った。【前世】の記憶が宿ったこと。〝前田 世助〟という男の半生を。〝空戸 移〟の人格を塗り潰した自分の存在を。

 

 その告白は、空戸家を奈落に突き落としていたかもしれない。子どもを奪われたと感じた両親が半狂乱になり、家庭は崩壊していた可能性もあった。だが、そうはならなかった。

 

 

『キミの【前世】が何者で、今がどういう状況なのかは分かった』

 

『昨日まで私たちの前にいた移と、今のキミは違う存在なのだろうね』

 

『でも、だけどね。きっとそれらのことは、起きるべくして起きたことなのだろう』

 

『私だって、前世はお婆さんかもしれないし、犯罪者かもしれない。もしかしたら鳩だったかもね』

 

『キミの【前世】が何者だろうと、その記憶を持っていようと』

 

『キミが、私たちの娘であることに変わりはないんだよ』

 

『移。キミは私たちの大切な愛おしい、たった1人のかわいい自慢の娘だよ』

 

 

 お父さんは。お母さんは。お爺ちゃんお婆ちゃんは。私のことを受け入れてくれた。〝気味の悪い子ども〟と謗られて捨てられてもおかしくなかったのに。私を、娘だと、言ってくれた。私の居場所はここにあると、教えてくれた。

 

 だから私はならなくちゃあいけない。

 

 こんな私を認めてくれた家族に報いるためにも。

 奪ってしまった少女の人生に償うためにも。

 

 〝僕〟ではなく〝私〟に。

 

 〝男〟ではなく〝女〟に。

 

 〝前田 世助〟ではなく〝空戸 移〟に。

 

 両親の血を引いた私はとてもかわいい。その容姿に胡座をかかずに日々のケアを欠かさず行い、洗練させてきた。

 粗野な口調は捨て去り、祖父母の家系に見合った上品な振る舞いを身に付けた。

 〝ヒーロー〟を目指したのは【前世】からの強い想いによる影響が多分にあったが…両親もお婆ちゃんも〝ヒーロー〟であったし、私が目指すことを歓迎してくれた。

 

 だけど内面だけは、なかなか変わってくれない。最初に比べて、だいぶ女性寄りになったが、未だに完全とは言えない。

 

 私は〝普通の女性〟にならなくてはいけないんだ。絶対に。

 

 強くて頼れる、美しい〝ヒーロー〟になることが、あの人たちの娘となった私の役割なのだから。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「少し……、話をしても良いですか?」

 

 

 私の中で心臓が煩いほど鳴り響いている。夕陽がジリジリと肌を焼き、顳顬から不快な汗が滴れる。震える両手を隠すように、スカートをぎゅうっと握り締めた。

 

 

「……職場体験が終わった後、更衣室で梅雨ちゃん、訊いてきましたよね。私が『人の着替えを見ることが苦手なのかしら』って…」

 

「あー、確かにそんなこと言ってたね。一緒に着替えるの、慣れてないからなんでしょ?」

 

 

 そんな話してたねと、思い出すように芦戸が言う。あの時は有耶無耶なまま終わってしまったから、彼女はそういう風に解釈したようだ。芦戸の言葉に頭を振って否定を示す。

 

 

「いいえ、慣れていないのはその通りなんですが、それが主な理由じゃあないんです。私があんな感じになるのは、私の内面の問題なんです」

 

「『内面』…?」

 

 

 突然私が改まって話し出したことに、愉快な話題じゃあないとみんなも何となく察したようだ。疑問に思っているだろうが、こちらに真剣に耳を傾けてくれている。ありがたいことだが、その様子に余計に脈が早まる。一呼吸置いて、彼女たちに伝わるよう、道筋立てて説明する。

 

 

「…みんなは、〝トランスジェンダー〟とか〝Xジェンダー〟って言葉に聞き覚えはありませんか?」

 

「えーと、確か自分の性別に違和感を持ってる人ぉ、だっけ?」

 

「LGBTとかで、まとめて聞くね」

 

 

 葉隠と耳郎が互いに答え合わせするように確認する。6人とも、大まかに知っていると見ていいだろう。既に八百万や梅雨ちゃんなんかは、私が言いたいことに気が付いたのか、表情に陰りがさす。

 

 

「それで合ってます。……本当は、もっと早くに言っておくべきことだったかもしれません。4ヶ月弱経った今になって伝えるのは、ズルいと思うかもです。これまで一緒に着替えておいて…女子トイレも使用しておいて…酷い話かもしれませんが……。私は、自分のこと、100%女性だと認識してないんです」

 

「空戸さん……」

 

「説明しにくいんですが…、私の中には女性としての自分と、男性としての自分がいるんです。身体は女性です。中身も…女性でありたいと、そうなっていきたいと思ってます。けれど同時に、私は男性でもあると、主張する自分もいるんです。私は…、曖昧で、中途半端な存在なんです」

 

 

 言い淀みながら、なんとか伝える。ちゃんと伝わっているのか分からない。視線はどんどん下に向き、もうみんながどんな顔をしているのか見ることも出来ない。隠してきた自分の内面を伝えることは考えていた以上に難しくて、とても、恥ずかしかった。

 

 

「…女の子が好きとか、そういう訳ではないんです。…まあ、男の子に恋したこともないんですが。だから、みんなのことを…、その、…変な目で見ていたつもりはないんです。…それは信じてください。けれど。男でもあると感じてるから…、みんなのこと見るの、申し訳なくて。なにか、酷いことをしているように感じて。だから着替えとか、下着とか、は、裸とか…見ないようにしてました」

 

 

 頭がぐるぐるする。なんだかよく分からない感情の渦が押し寄せてきて、理由が不明な涙で視界が滲む。私は糾弾される側の立場なのに。なぜ泣いているんだろうか。

 一方的な私の釈明に、彼女たちがどう感じているのか、もう考える余裕がなくなっていた。重荷になるかも。理解されないかも。否定、されるかも…。それでも、途中でやめてしまう訳にもいかないから、言おうと決めていたことを最後まで続ける。

 

 

「こんなこと、突然言われても困りますよね…。き、気持ち悪いですよね…。や、分かってます。だから、今度からは、先生に言って、別の部屋で着替えさせてもらいますから──」

 

「──気持ち悪いなんて、思わないよッ!」

 

 

 誰かが私の両手を握った。歪んだ視界で捉えたのは紫がかった綺麗な桃色の肌で。震える私の手を、温かく包み込んでいる。

 

 

「空戸のこと気持ち悪いなんて、そんなこと絶対思わないっ! 思うわけないじゃん!!」

 

「あし、ど…」

 

「そうだよ!」

 

 

 今度は透明な手により二の腕を掴まれる。見えはしないが、しっかりと力強い感触があった。

 

 

「驚きはしたけど、それだけだよ。だから、そんなこと言わないで?」

 

「………っ」

 

「ウチも同じ。空戸は気にしてくれてたんだろうけど、嫌に感じたりはしないかな」

 

 

 じゅびっと鼻を啜りつつ、耳郎の方を見る。その表情から、気を遣って嘘を言っている様子は読み取れなかった。

 今度は横合いから腕が伸びてきてハンカチらしき物で涙を拭われる。梅雨ちゃんだ。

 

 

「移ちゃんが抱えていたことはよく分かったわ。あの時は不躾に訊いてしまって…気付いてあげられなくて、ごめんなさい」

 

「そ、そんなっ、当然ですっ。隠してたのは私で、悪いのは私です!」

 

「移ちゃん。悪いことなんてないのよ。貴女にとってこのことが、どれだけ言いづらいことだったのかよく分かるわ。それでも伝えてくれたのは、私たちを信頼してくれたから。大切に想ってくれたからなのよね。勇気を出して、教えてくれて、ありがとう」

 

「〜〜っ、づゆぢゃんっ…!」

 

 

 拭いてくれたばかりなのに、今まで以上に瞳から溢れ出してきた。みんなの声が、ぬくもりが、想いが伝わって。感情が、揺さぶられる。

 

 

「空戸さん。貴女の想いは、しっかり受け止めましたわ。当然(わたくし)も他の皆さんと同じく、空戸さんのことを否定したりなんて致しませんわ」

 

「うんうん。大切な友達やもん! それに、隠し事の一つや二つ、あっても良いと思うんだ」

 

「ええ。包み隠さず話し合える友人も素晴らしいことですが、秘事があるから友ではないなんてこと、ありませんもの」

 

「みんな…っ」

 

 

 難色を示されると思っていた。最悪、嫌われるかもしれないとも。みんな優しくて、人を思い遣れる子たちだから、尊重はしてくれるだろう。けれど、心のどこかでは拒否感を抱いたり、距離を置かれたりするかもしれない。そういう予想もしていた。

 私はきっと、みんなの優しさを信じきれていなかった。臆病になって自分ばかりに目を向けて。彼女たちをしっかり見れていなかった。

 

 

「ずっと、言えなくてっ……普通じゃあ、ないから…。…どう思われるか、って…怖くて…! でもっ。やっぱり…みんなに、悪いから、って…!」

 

「そんなに泣くなよ〜! 私まで泣いちゃうじゃん!」

 

 

 芦戸ががばりと抱きついて、少しだけ湿った声をして言う。そんな彼女の態度で、余計に涙が止まらなくなる。

 ああ、情けない。私はこれでも、40年は生きているというのに。責任のある大人として、彼女たちよりずっと多くの経験をしてきたのに。こんなに感情を揺さぶられて、少女たちに助けられるだなんて。心が、軽くなるなんて。

 

 情けないけれど、嫌な気は微塵もしなかった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 涙と鼻水と、それから汗でぐちゃぐちゃになってしまった顔をタオルで半分隠す。心に刺さっていたトゲは、流れ出た水分と一緒に消えていた。

 

 

「…ありがとうございます、もう落ち着きました。ほんとごめんなさい…」

 

「だから謝んなくていいんだって〜」

 

「…うん。ありがと……」

 

 

 私の背中を軽く叩きながら芦戸が笑う。つられて私も笑みをこぼした。

 

 

「そんでさ、空戸はこれからどうしたい? ウチらが良いって言っても、空戸が罪悪感持っちゃうなら辛いじゃんね」

 

「あっ、そうだよね。結局、別々にした方がいい感じなのかな…」

 

「私は……」

 

 

 私は、どうしたいのだろう。耳郎の言う通り、彼女たちへの遠慮は今後も付き纏うと思う。やはり、当初の予定通りに部屋を分けてもらった方が良いのだろうか…。

 

 

「空戸さん。良ければお聞かせ願いたいのですが、先程の話で空戸さんは『女性でありたい、そうなっていきたい』と仰っておりましたね。それはどういうことなんでしょうか」

 

「それは…。私は、今の私はさっき言った通り、性自認がどっち付かずです。けれどいつかは、…内面も全部、女の子になりたいと思ってるんです。どうやったらいいのか、分かんないですけど…」

 

「──だったらさ、私たちで慣れていくのはどう?」

 

 

 ボソボソ話す私に、葉隠が明るく言った。

 

 

「着替え、慣れてないって言ってたじゃない? 移ちゃんが嫌じゃなければだけど、一緒に着替えたり、生活してる内に慣れていけたら、移ちゃんの言う願いに近付けるかもしれないよ!」

 

「それ良いかもね! やってく内に変わってくって、よくあるもんね!」

 

「え…でも、そんな…みんなは、いいんですか…?」

 

「いいんじゃん? ウチは賛成だよ」

 

「私も賛成! 移ちゃんが辛くなったら、また別の方法を考えたら良いしさ」

 

 

 葉隠の提案にみんなが肯定の意を示した。

 隠しておきたくなくて、みんなから離れてしまうことを覚悟して告げた私の秘密だったが。彼女たちは私のために、行動しようとしてくれている。こんな私に、側にいることを許してくれている。夏の熱気とは違う、甘くて心地よい温かさが私の内側を包み込んだ。

 

 

「…ありがとう……。私、変われるように…頑張りたい。なんの負い目もなく、普通の女の子のように、みんなと一緒に居たいから…」

 

 

 今はまだ、〝前田 世助〟としての経験と記憶が私を象っていて女性になることを邪魔している。だけど、いつかきっと、〝今〟がそれを塗り替えて薄めていってくれる。記憶が人格を作るならば、〝空戸 移〟としての記憶が増えていけば。そのいつかが来た時に、私はやっと報いることが出来るんだ。そう、信じたい。

 

 

「移ちゃん」

 

「…梅雨ちゃん?」

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの。貴女が〝女の子でありたい〟と願うなら、私はそれを尊重するし、お手伝いしたいわ。でも、でもね。貴女の想いを否定する訳ではないけども。どんな貴女でも、移ちゃんは移ちゃんよ。私の大切なお友達だわ。それは覚えておいてほしいの」

 

「『私は、私』…。…うん。分かりました。梅雨ちゃんも、みんなも、私にとって大事な、大好きな友達です」

 

 

 私の言葉に、梅雨ちゃんは『ケロケロ』と嬉しそうに笑った。

 

 雄英に来て、私は心の内を明かせる人を多く得られた。

 女子のみんなには、性自認の悩みを。常闇には、過去のトラウマを。あとは、ちょっと違うかもだけど、爆豪とは、プライドをかけた本気のぶつかり合いを。

 

 後悔をたくさんしてきた。怨嗟に飲み込まれそうな時もあった。悲しみに暮れた夜は数えきれない。私の人生は、とても普通とは言えない道を辿ってきたけれど。ここでなら、きっと。『過去』も【前世】も乗り越えて、強くなれる。みんなと一緒に、〝ヒーロー〟に。

 

 

「とりあえず、合宿のお風呂は一緒に入って慣れていこーね!」

 

 

 …それはちょっとハードルが高いかなぁ。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ケロイド塗れの顔面の不気味な男──AFO(オール・フォー・ワン)は、部屋の中の無数のモニターの1つを頬骨をつきながら眺めていた。

 モニターには、場末な雰囲気の漂う寂れたバーカウンターに座る青年が映し出されている。掻きむしられた目蓋、かさついた唇、艶のない白髪。不健康極まりない外見をしたその青年の名は〝死柄木 弔〟。警察とヒーローが血眼になって行方を追っている(ヴィラン)連合の主犯格である。

 

 

「それで。話って何かな?」

 

 

 AFO(オール・フォー・ワン)が感情の読めない声で問うと、死柄木はガリガリと首を掻きむしりながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

「俺はヒーローが嫌いだ。オールマイトが嫌いだ。助けられなかった人間なんて居ないと思って笑ってるアイツのことが、心底気に入らない。そんなアイツを信頼して、自分だけは無関係だと安心しきってる民衆を見ると反吐が出る。──だから俺はぶち壊す。使えるものは全部使って、超人社会に罅を入れる。そのために教えろ。先生、雄英のガキ共は何処に集まる」

 

 

 それは悪意の塊だった。判然としない子どもの癇癪のような想いしかなかった筈の死柄木に芽生えた、確固たる悪意。教え子が順調に成長していることに歓喜したAFO(オール・フォー・ワン)は、喜悦を貼り付けた表情をして彼に応える。

 

 

「良いだろう。雄英はキミたちを警戒して合宿先を秘密裏に変更するそうだが…、幸い僕には頼りになる()()がいる。場所が分かり次第、直ぐに伝えると約束しよう。それで、具体的な計画はあるのかい?」

 

「…嬉しいことに、〝ヒーロー殺し〟のおかげで強い仲間が揃ってきた。ヤツらにガキ共を襲わせて、その内の1人を攫ってくるつもりだ。体育祭で目立ってた、〝社会に抑圧されてそうなガキ〟をな」

 

「そうかい。それなら、脳無を一体連れて行くといい。対オールマイト仕様ほどじゃないが、充分役に立つ筈だよ。……ああ、それから」

 

 

 AFO(オール・フォー・ワン)は思い付いたように付け足す。先程までとは種類の違う、しかし愉悦に満ちた狂気の笑顔をして。

 

 

「これは僕からのお願いだけどね。チャンスがあれば──とある生徒を僕の下に連れて来てくれないかい?」

 

 

 死柄木との通信とは別のモニター。そこには、アッシュグレージュのショートボブをした1人の少女が笑顔を振りまく映像が流れていた。

 

 

 

 

 

 




カミングアウトって、言う方も聞く方も大変だと思います。
15歳の少女たちが聞くには重たい内容であることは承知していますが、僕の中で、彼女たちなら受け止めてくれるだろうなと考えてこのようにしました。

悩み事の多い移ちゃんですが、少しずつ解消させていきたいなと思ってます。


オルフォさんが出たくてウズウズしているようなので、なるべく早く続きを書けるようにします。お待ちください。


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林間合宿
1日目:出立


大変遅くなりました。
林間合宿編開始です。
しかしながら、ストックが2話しかありません…。
3月に一話も更新出来ないのはなぁ、と思い、導入だけ投稿することにしました。

活動報告に進捗を載せていきます。
またお待たせすることになると思います…。







 まず感じたのは、鉛を付けたような全身の倦怠感。次に、覚醒しきっていない頭から更に思考力を奪うような頭痛。そして、僅かに身じろいだだけで襲ってきた側胸部と大腿の突っ張った疼痛。寒気と熱感が同時に体を包んでおり、寝起きの働かない頭でも全身がアラートを鳴らしていることを理解した。

 

 いったい、何が……? 

 

 落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止め、現状把握に努める。辺りは薄暗く、視界がかすむせいもあって良く分からないが、少なくとも自室のベッドではないことは、背中に伝わる硬い感触から推察できた。

 情報が少な過ぎて何も分からない。とにかく起き上がって、ここが何処なのか、私に何が起きているのか調べることにした。

 

 

 ガチャン…。

 

 

 手を付き体を起こそうとした私は、しかし腕を動かすことすら叶わなかった。鈍い金属音が響き渡る。そこで初めて、全身が拘束されていることに気が付く。見えないが、四肢と体幹ごと寝かされている寝台に固定されていた。

 

 

(自宅じゃあない……、かと言ってこんな拘束…病院でもする訳ない…。…ここは、何処……?)

 

 

 自身の置かれている状況がいよいよ普通じゃあないことに気付く。体調は最悪、光源の何もない部屋の中で全身を拘束されている。

 

 

(拉致、された…? どうやって…? ……ダメですね、ハッキリ思い出せない…)

 

 

 靄がかかったように記憶が曖昧だ。

 目が覚める前に何があったのか。それを思い出すため、確実なところから辿っていくことにした。

 

 

(合宿……、そうだ、林間合宿に行ってたんでした)

 

 

 夏休み中、ヒーロー科一年A組B組合同で実施される強化合宿。それに参加していたことは覚えている。バスで山奥へ行って、みんなと一緒に訓練をして…、それからどうしたんだっけ。

 思考がまとまらない。記憶を辿るが、すぐに四散してしまう。心なしか、頭痛が酷くなっている気がする。

 

 

(落ち着け…、ひとつずつ思い出すんです…)

 

 

 焦りか恐怖か。騒つく心を鎮めるように自分に言い聞かす。

 まずは、始まりから。林間合宿の初日から振り返ろう。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「98……99……100っ、んぁ〜ッ! 終わりっ!」

 

 ベタンっと音を立てて床に崩れ落ちる。修練場の板張りの床は、火照る体を程よく冷やしてくれる。このまま目を閉じてこの感触を楽しんでいたいが、片付けを考慮するとあまり時間が残されていないため、気合いを入れて立ち上がる。

 

 

「…うわぁ、びっしょびしょ…」

 

 

 自分が横たわった床が濡れているのを見て、思いの外汗をかいてしまったことを知る。もともとシャワーを浴びるつもりだったから汚れたことは構わないのだが、朝から少々飛ばし過ぎたかと反省した。日課のランニングが出来ない代わりとして筋トレをしているが、まだペース配分がよく分かっていないのだ。

 

 時計を確認する。出発時刻まで残り50分ほど。急いだ方が良さそうだ。

 簡単にモップ掛けをしようと動きだしたところで、修練場の扉が静かに開けられた。お婆ちゃんだ。

 

 

「まだここに居たの。今日はいつもより早く出るのでしょう?」

 

「そうなんですけど、ノルマは熟したくて…」

 

「朝から無理せずとも、合宿で充分しごかれるでしょうに…」

 

 

 苦笑混じりに『仕方ない子ねぇ』と呆れた様子を見せるお婆ちゃんに、なんだかむず痒く感じて視線を逸らす。

 

 

「片付けは私がしておくわ。貴女は支度を済ませてしまいなさい」

 

「えっ、でも」

 

「いいから。しばらく居なくなるのだから、このくらいの世話は焼かせてちょうだい」

 

 

 そう言って、お婆ちゃんはさっさとモップを取り出してしまった。申し訳なく感じたが、時間がないことも確かだ。僅かに逡巡した後、有り難く厚意を受け取ることにした。

 

 

「ありがとうございます。じゃあ、お任せしますね」

 

「ええ。──……、移ちゃん」

 

「はい?」

 

 

 礼を述べて部屋から出ようとしたところで呼び止められた。暫くモップの柄を見つめていたお婆ちゃんは、ややあって顔を上げる。

 

 

「ごめんなさい。窮屈な想いをさせているわね…」

 

 

 突然の謝罪に一瞬、何のことかと思ったが、すぐに〝外出の制限〟の件だと気付いた。そんな気に病むことないのに、と私は微笑む。

 

 

「気にしないでください。…彼の危険性は充分理解しています。狙いが私である可能性がある以上、当然の措置だと納得していますよ。……それに、窮屈なんて思ってませんよ?」

 

「そう、かしら…」

 

「はい。外出は出来なくとも、家と学校で訓練は間に合っていますし。〝ヒーロー〟を目指すのに何の問題もありませんよ」

 

「……、…そうね」

 

「…? じゃあ私、行きますね」

 

 

 最後に『片付け、ありがとうございます』と伝えて浴室へと向かう。今日から始まる林間合宿では、日中の殆どが訓練だと聞いている。化粧はベースだけで留めておこう。ただ、紫外線対策は念入りにしておくべきだろう。休憩のたびに塗り直す時間を取れたら助かるが、どうだろうか。

 

 

(それにしても…)

 

 

 移動しながら先程のやり取りを思い出す。部屋を出る時、お婆ちゃんが最後にしていた表情がなんだか引っかかった。

 お婆ちゃんは何であんなに、──哀しそうな顔を、していたんだろう。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「えッ! なになに!? A組補習いるのぉ!? つまり赤点取った人がいるってことぉ!? ええッ! おかしくない? おかしくない? A組はB組よりずっと優秀な筈なのに? あれれれれれッッ?」

 

 ──バシィンッ!! 

 

 ドシャッ……。

 

 

 恐ろしく鋭く、そして正確な手刀が叩き込まれる音が響き、何やら愉しそうに騒いでいたB組の男子──物間が地面に崩れ落ちた。

 物間を黙らせた下手人──これまたB組の拳藤は、慣れた様子で彼の首根っこを掴むと、そのままズルズルと引き摺っていった。

 

 

「え、ええぇ…。物間も拳藤も…、B組では慣れた光景なんですか…?」

 

「ん? ああ、あれね。物間の暴走も、それを止める拳藤の鉄拳も、私らの日常? みたいなもんだね」

 

「そ、そうですか…」

 

 

 〝いともたやすく行われるえげつない行為〟を平然と眺めていた他のB組の面々に思わず問いかけると、そんな答えが返ってきた。A組の日常(爆豪や峰田)も大概だが、こちらはこちらでバイオレンスなようだ。

 

 

「それはそうと、体育祭じゃ何やかんやあったけど。ま、よろしくね」

 

 

 慄く私たちに対して飄々と話しかけてきたのは、豊かな暗緑色の髪が特徴の〝取蔭 切奈〟だ。確か、体をバラバラに分割して宙を舞える〝個性〟の子の筈。

 初対面、という訳ではないが、これまで深い交流もなかった私たちだ。近くに居た葉隠や梅雨ちゃんと一緒に簡単な挨拶を交わす。

 

 

「おーい。バス乗るよー」

 

「はーい! じゃ、またな」

 

 

 物間を引き摺ったままの拳藤に呼びかけられて、彼女らはB組のバスへと乗り込んでいく。そんなB組のみんなを眺めていると、我らが委員長、飯田が『A組のバスはこっちだ!』とロボットのようなカクカクした身振りを加えつつ乗車を促し始めた。

 

 

「ケロ、飯田ちゃん、張り切ってるわね」

 

「生き生きしてますよねー」

 

 

 微笑ましいなあ、と梅雨ちゃんと2人で笑い合った。

 全員、和気藹々と思い思いに会話を楽しみながら飯田の案内に従って列を作る。乗り込む直前、私はバスの向こうに広がる青空を仰ぎ見た。目を細めてしまうほど眩しく、深い青だ。絶好の行楽日和に、笑みが溢れる。

 

 いよいよ、楽しみにしていた林間合宿の始まりである。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「着いたぞ。お前ら、荷物は置いて降りろ」

 

 

 1時間半ほどバスに揺られて到着した場所は、深い森と雄大な山々を見渡せる見晴らしの良い広場。要するに、目的地にも休憩所にも到底見えない、ただの丘だった。尿意と闘いバスから飛び出して行った峰田は、ある筈のないトイレを探して走り回っている。

 

 

「あれ? B組は?」

 

「ほんとですね。私たちのすぐ後ろを走ってたと思ったんですが…」

 

「──何の目的もなくでは、意味が薄いからな」

 

 

 B組が居ないことに気付いた耳郎と話していると、相澤先生が意味深なことを呟いた。クラス全員が頭に疑問符を浮かべる。

 

 

「それって、どういう──」

 

「──よお、イレイザー」

 

「意味…、っ、わぁ〜っ!」

 

 

 心意を訊ねようとした瞬間、後方から生徒ではない、大人の女性の声がした。

 振り返ると、広場にぽつんと停まっていた一台の乗用車から、猫を模した戦闘服(コスチューム)を着た2人の女性が降りてこちらに向かっていた。…見覚えのある、と言うか凄く有名な女性たちだ。直前の相澤先生のセリフなんて忘れて、静かに興奮した私は思わず両手で口を覆った。

 仰々しく『ご無沙汰してます』と頭を下げる先生を尻目に、彼女たちは〝いつもの〟お決まりの口上を披露し始める。私は()()()()()()、2人の挙動に注目した。

 

 

「煌めく(まなこ)でぇ、ロックオン!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

「わっはぁあ〜〜っ!! ほ、本物だぁ〜っ! ………はっ…!」

 

 

 キラリンッ! と擬音が聞こえて来るほどに見事なポージングを決めた2人の〝ヒーロー〟、マンダレイとピクシーボブ。彼女たちのあまりの可愛さに思わず歓声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。横を見ると、目を丸くした常闇がこちらを見つめていた。……ミーハーな反応をしっかりと見られてしまったようだ。恥ずかしさで顔に熱が集まる。

 

 

「相変わらずだな」

 

「い、いやぁ…、まあ、はい…。憧れの人を目の前にするとどうしても…。すみません…」

 

「別に悪くないさ。先達を前に胸が疼くのは皆同じだ」

 

 

 目を細くした常闇の顔を見て、余計居た堪れなくなる。好きな物を素直に表現することは良いことだろうけど、はしゃぎ過ぎてしまう自分は出来れば律したいものだ。

 

 

「今回お世話になるプロヒーロー〝プッシーキャッツ〟の皆さんだ」

 

「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団んんんッ! 山岳救助などを得意とする、ベテランチームだよッ!! キャリアは今年で12年にもなる──」

 

「──心は18ぃッ!!」

 

 

 相澤先生の紹介に被さるように緑谷は解説を始めた。私以上に興奮した様子で捲し立てるようにプッシーキャッツの特徴を述べていたが、解説が彼女たちの活動年数に差し掛かった瞬間、ズバンッ! と目にも止まらぬ速さで距離を詰めたピクシーボブによって黙らされる。流石、一流プロヒーロー。見事な身のこなしに感心する。そして緑谷は相変わらずだ。私はあそこまで突き抜けていないと思いたい。

 緑谷の顔面を鷲掴みにしたピクシーボブは、無理矢理『心は18』と復唱させていた。…年齢、気にしているんだね。可愛いのに…。

 

 

「お前ら、挨拶しろ」

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 

 先生に促されて挨拶する私たち。それを受けてマンダレイが説明を始めた。なんでも、眼前に広がるこの自然は全てプッシーキャッツの私有地らしく、私たちが宿泊する予定の施設は遠くに見える山の麓にあるとのこと。ここから10km以上は離れていそうだけど…、それならどうしてこの場所で降車したんだろうか。

 

 全員、似たような疑問を抱き、やがて()()()()へと変わっていく。雄英は自由が校風、そしていつでも急である。それは一学期の内に重々理解させられた。『バスに戻ろうか』。瀬呂を始め、何人かが動き出したタイミングでマンダレイが再び口を開く。

 

 

「今は午前9時30分。早ければ、12時前後かしらん? 12時半までかかったキティはお昼抜きね〜」

 

「だ、駄目だ、おい!」

 

「戻ろう!」

 

 

 予感が確信に変わり、ほとんど皆、全速でバスへと疾走する。だけど、きっとこれは戻っても仕方ないやつだろう。〝ここから森を突っ切って宿泊施設まで目指す〟ことは、学校側が計画した訓練の一つ。逃げたとしても徒労に終わりそうだ。

 それならばせめて、()()の〝個性〟に巻き込まれぬよう。

 

 

「悪いね、諸君」

 

 

 宙へ逃げるとしよう。

 

 

「合宿はもう、始まってる」

 

(【空間移動(テレポート)】!)

 

 

 視界が切り替わり浮遊感が体を襲う。上空50mへ移動した私の下では、重力に逆らってブワァっと盛り上がった土砂がクラスメイトを取り込む光景が広がっていた。成す術もなく広場の下へ落ちていった皆は、しかし怪我を負うことなく無事に着地する。

 なんて事はない。不自然に発生した土砂も、巻き込まれた皆に怪我がないのも、今そこに居たプロヒーロー〝ピクシーボブ〟の〝個性〟に寄るもの。

 山岳救助の為にあると言っても過言ではない、素晴らしい〝個性〟。土に触れ念じることで、土を自由に操作できる。それがピクシーボブの【土流】だ。

 

 彼女の土砂が落ち着いたのを見計らってから相澤先生の隣へ【空間移動(テレポート)】して着地する。腕を組み何か言いたげな先生に対して、ニコッと笑いかけておいた。

 

 

「おーい! 私有地につき〝個性〟の使用は自由だよ。今から3時間、自分の足で施設までおいでませ! この、魔獣の森を抜けて!」

 

「魔獣の森……、かっこいい名称ですね! ピクシーボブ!」

 

「そうでしょー! …って、あれ? なんでキミ、ここに居るの?」

 

 

 崖の下にいる皆へ呼びかけたマンダレイのセリフの一部が胸に響いたため、相澤先生の反対隣に居たピクシーボブへ感想を伝えてみた。不思議そうに首を傾げる仕草がこれまたキュートだ。

 

 

「こいつの〝個性〟は【ワープ】系です。ピクシーボブが【土流】を使う前に、上へ逃げていたんでしょう。…たく、空気を読んで巻き込まれておけよ」

 

「り、理不尽な…。それより先生。こういうことを予定しているなら、せめてジャージを着せてからにしてくださいよ。男子はともかく、私たちはスカートですよ? 峰田がいるのに…」

 

 

 苦言を呈されたため、逆に先生へ恨み言を返しておく。今から森の中を走ることになるのに、私たち女子は制服のスカートなのだ。普通に運動するだけでも中が見えてしまう。私や麗日なんて、〝個性〟を使用して空に行くことがあるから尚更だ。確実に性欲魔人峰田の餌食になる。私の下着姿は安くないのだ。

 

 

「今からでも女子のジャージ、持っていかせてくれませんか?」

 

「…急げよ。ついでだ。空戸は長距離移動目的の〝個性〟の使用を禁じる。【空間移動(テレポート)】で一気に森を抜けるのは禁止だ」

 

「うげ……。わ、分かりました…」

 

 

 藪を叩いて蛇が出た気分だが、背に腹は変えられない。まあ、恐らく土砂を避けなくても言われてたんだろうけど…。

 言われた通り、手早く7人分のジャージを集めた私は、先に進む皆に追い付くべく、草木生い茂る自然の中へと()()込んでいった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 マンダレイが呼称した通り、そこは正しく〝魔獣の森〟だった。ダークファンタジーな世界から飛び出してきたような巨大な異形がみんなの前に佇んでいた。1番先頭にいる峰田と緑谷に今にも襲いかかりそうな様子だ。ただ。

 

 

(土に覆われている? いや、体全てが土で出来ていますね。あれもピクシーボブの〝個性〟で作られているということですか)

 

 

 灰色みのあるくすんだ茶色をした魔獣は、表面がザラザラとしていて生物の皮膚のようには見えない。ピクシーボブによって作り出された、魔獣に見せかけた土塊と見て間違いないだろう。

 ならば、とりあえずは静観で問題ない。あれが土塊なら、既に動き始めている4人に任せれば良い。

 

 

「レシプロバーストぉ!!」

 

「死ねやッ!!」

 

「SMASH!!」

 

 

 轟の氷で動きを封じられた魔獣は、飯田と爆豪により両腕を砕かれ、最後に緑谷の一撃によって完全に沈黙した。

 

 

(まあ、でも。あの一体だけで終わりってことはないでしょう)

 

 

 ひとまず脅威が去った今のうちにと思い、女子のみんなの側に移動する。

 

 

「あれ? 移ちゃん、どこにいたの?」

 

「ジャージを取って来ました。不恰好ですが動き回りますし、スカートの下に履いてもらおうと思いまして」

 

「わー! 助かる〜!」

 

 

 【空間移動(テレポート)】を使ってみんなの手元にそれぞれのズボンを配っていく。人前で履くことになるが…、周りの男子たちは気を利かせて離れて行ってくれた。問題の峰田はと言うと、何やら股間を押さえて涙を流しているためこちらに気付いていない。尿意を我慢していた様子だったし、もしかして……、いや何も言うまい。

 

 

「ねね、空戸の〝個性〟でパパッと向かうことできない?」

 

「私もそれを考えたんですけど、相澤先生にNG出されちゃいました…。地道に進むしかなさそうです」

 

 

 着替えながら芦戸の問いに答える。禁止されなきゃ、10人ずつ2往復して数分後には到着していた。それでは訓練を課す意味がないから、当然と言えば当然だけど。

 

 

「さてと。どうします? 同じようなのが複数体、近付いてるようですが」

 

 

 制服の下にジャージという〝クソダサコーデ〟になった私は、【空間探知(ディテクト)】で得た情報をみんなに共有する。逃げて迂回するか、正面突破か。どちらにしても、次の襲撃まであまり時間はない。

 

 

「──突破しましょう。制限時間(12時半)までに到着するには、最短ルートで施設を目指すしかありませんわ」

 

 

 八百万の言葉にそれぞれが同意を示す。そして、全員を見渡した飯田が一歩前へ出て、号令をかける。

 

 

「よし。行くぞA組ッ!!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

 

 一同の肚は決まった。〝魔獣の森〟攻略開始だ。

 

 

 

 

 

 

 




魔獣の森RTAは阻止されてしまいました。訓練の趣旨を考えると仕方ないですね。

スカート云々については、原作ではヤオモモが造ったスパッツとかを履いているのだと予想してます。先生もそれを見越してジャージを着せてなかったんだろうなと思います。


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1日目:温泉

ゴールデンウィーク、終わっちゃった……。


はい、期間が空いてしまいすみません。
それと、感想、評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。とても助かってます。



「し、しんどい………ぅぷッ…」

 

 ぐるぐる回る視界。脳がシェイクされた感覚だ。意味がないと分かっていても、口を手で覆い、込み上げてくる物に蓋をする。

 結論から言うと、〝魔獣の森〟攻略は失敗した。

 

 〝個性〟の特性から攻撃、索敵、遊撃、補助に役割分担した私たちA組は、最初の1時間くらいまでは順調に進んでいた。魔獣と言ってもピクシーボブが操作した土塊に過ぎず、一体につき1人から3人で相手取ることで充分対処可能だったからだ。マンダレイの提示した制限時間には、ギリギリ間に合うだろうと楽観的な空気が漂うくらいにみんな余裕を感じていたと思う。

 

 違和感を抱いたのは11時頃。12時頃には危機感を抱き、13時になる頃には悟った。

 あ、これ、騙されたやつだ、と。

 

 途中に寄った小川で八百万製の浄水器を用いて小休止を取りつつ、ボロボロになりながら施設に辿り着いたのは15時半。昼食抜きが確定した3時間後のことだった。

 

 

「何が3時間ですかッ!」

 

「それ、私たちならって意味。悪いね」

 

「実力差自慢のためか…やらしいな…」

 

 

 非難めいた瀬呂の叫びを受けたマンダレイに悪びれた様子はない。

 目標としていた時間にゴールするつもりで体力配分をしていたため、全員が疲労困憊。文句の一つや二つを言っても許されて然るべきだ。

 

 

「でも、正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよー、キミら。特に…、そこ5人!」

 

「……ぅえ?」

 

 

 ビッと指差すピクシーボブ。吐き気を抑えることに必死になってから、思わず変な声が漏れてしまった。どうやら、緑谷、轟、飯田、爆豪そして私のことを言っているようだ。

 

 

「躊躇の無さは経験値によるものかしらん? …じゅるり。──3年後が楽しみ! 唾付けとこ!!」

 

 

 舌舐めずりをして飛び掛かってきた彼女は、そのまま私たち、主に男子4人に言葉通り唾を付けてきた。

 

 

(…いや、流石に汚いです!)

 

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ『ピクシーボブの唾なら』なんて血迷ったことを考えた私は相当疲れているんだろう。幸いターゲットはメンズっぽかったため、よろめきながら静かに距離を取らせてもらった。なけなしの体力が更に削られた気がする。つらい。

 

 

「くぅ…! 羨ましいぜアイツらぁぁ…ッ!!」

 

「…キミはほんとブレませんね……」

 

 

 こんな時でも欲求に素直な峰田には脱帽である。

 

 

「そ、そう言えばずっと気になってたんですが、その子はどなたのお子さんですか?」

 

 

 唾攻撃から逃れるためか、緑谷が話題を逸らしてとある少年、マンダレイの側に居た5、6歳の子どもについて尋ねた。そういえば、朝にマンダレイたちと出会った時も一緒に居た気がする。

 緑谷からの質問にマンダレイはやんわりと否定して、少年の紹介をしてくれた。どうやら彼は、マンダレイのいとこの子ども、つまり従甥にあたるらしい。

 

 

「──洸汰、ほら、挨拶しな。1週間、一緒に過ごすんだから」

 

「………」

 

 

 マンダレイに促された少年──洸汰くんは、しかし無反応で私たちを睨みつけるだけだった。

 話題を振った緑谷が洸汰くんに近付いて『よろしくね』と手を差し出すが…。

 

 

「フンッ!!」

 

「ッ〜〜〜!!!」

 

 

 緑谷の握手は無視され、代わりに返ってきたのは股間への正拳突きだった。声にならない悲鳴を上げて緑谷は蹲る。

 

 

「ヒッ! あ、あれは痛えよ…」

 

「で、ですね…、縮こまりますね…」

 

「いや空戸。なんで男子と一緒に股押さえてんの…?」

 

「あっ…、いや、なんとなく……」

 

 

 あまりの衝撃的な光景に思わず存在しない陰嚢を押さえてしまった。耳郎の突っ込みに我に返る。そうだ。私に縮こまる物は付いていない。

 

 

「緑谷くん!! おのれ従甥! 何故緑谷くんの陰嚢を!!」

 

「──ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」

 

 

 脂汗を滲ませる傷病者(緑谷)を支えた飯田の問いに、洸汰くんは嫌悪感を乗せた声色で返答する。それは、好きとか嫌いとか、そんな次元の話ではなく、心の底から〝気持ち悪い〟と感じているのだと思わせる声だった。

 

 

(あんな子どもが…どうして?)

 

 

 彼くらいの年齢の子は、少なからずヒーローに憧れを抱いている。私含めて、周りもみんなそうだった。それなのに、何があったら小学生未満の子どもがあんな表情をするんだろう。

 

 

(……考えても分かりませんね)

 

 

 きっと何かしらの理由があるのだろうが、今会ったばかりの人間に彼の事情が分かるわけでもない。気になるが、ここで頭を悩ませても仕方がない。

 洸汰くんについては一旦隅に追いやり、急かす相澤先生の指示に従ってバスから荷物を降ろすことにした。

 ちらりと緑谷を見てみると、飯田に介抱されつつ、痛みに悶えながら動き出していた。あの痛みばかりは鍛えてもどうしようもないから仕方がない。南無三…。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 さてさて、この時間がやってきてしまった。訓練が終わり、晩御飯を食べた後に残されているイベント。この林間合宿における1番の鬼門と言っても差し支えない。即ち、入浴だ。

 

 入浴時間はクラスでずらされているらしく、ここに居るのはA組の女子だけである。私のカミングアウトを受け止めてくれて、〝内面も女性になりたい〟という私の願いにも協力してくれると言った彼女たちであるが、だからと言って〝裸の付き合い〟は荷が重い。重すぎる。

 

 言われるがまま流されてついて来てしまった。彼女たちが『良い』と言ったとしても、『はいそうですか』と普通に出来るほど私の覚悟は完了していないのだ。

 

 では、どうするか。私が取った苦肉の策、それは。

 

 

「うわぁ〜! 本格的な露天風呂だぁ〜!!」

 

「ケロケロ。毎日ここに入れるなんて嬉しいわ」

 

「ここってプッシーキャッツが所有する施設なんだよね? プロヒーロー、すご…」

 

「えぐい…ヒーローの稼ぎえぐない…?」

 

「自宅にあったら素敵ですよねー」

 

「──ところで空戸さん? どうして目をつぶっていますの?」

 

 

 脱衣所から浴場へと移動して、露天風呂に喜ぶ一同の声を彼女たちの後ろから聞いていたら、こちらに気付いた八百万に指摘されてしまった。

 

 

「みんなの裸を見てしまわないようにするためです!」

 

 

 そう、みんなのことを見ないようにして、かつ安全に入浴する手段。それは、〝目を瞑って【空間探知(ディテクト)】で確認する〟作戦だ。

 

 

「え、本当じゃん。危なくない?」

 

「平気ですよ。〝個性〟を駆使して何が何処にあるか分かりますから。ここに桶が積まれていることも、ほらこの通り」

 

 

 端にあった桶の山から一つ手に取り、問題のないことをアピールする。視覚情報を遮断していても、お風呂に入るくらい私にとってお茶の子さいさいだ。

 

 

「あ、もちろんみんなのことは探知しないように避けて使ってますから、安心してくださいね!」

 

「いや、無駄に精密作業じゃん…」

 

「訓練にもなって一石二鳥です!」

 

 

 ドヤッ! と胸を張って主張する。隙のない二段構え、完璧な理論武装である。

 

 

「移ちゃんがそれで良いなら構わないけど…」

 

「というか、移ちゃんの方は私たちに丸見えだけど、それは隠さへんくて良いの?」

 

「ええ、まあ。見られるのは別に何とも」

 

「………胸、でか…」

 

 

 麗日の言うように私の裸体は見られてしまうが、それについては特に抵抗感はない。前に爆豪に下着姿を見られた時も、何も思わなかった。

 それとも、私の体を見てしまうことで嫌な気持ちにさせてしまうだろうかと心配したが、みんなに確認したら全力で否定された。良かったとホッとする。心無し耳郎の声が暗かったけど、信じて良い、よね? 

 

 

「それにしても、空戸って肌綺麗だよねー! ツルツルすべすべって感じがする!」

 

 

 体を洗い湯船に浸かってひと息をついていると、すぐ隣から芦戸の声がした。声の距離感から、露天風呂の縁の岩に座ってこちらを覗き込んでいるのだろう。

 

 

「本当ですか? ふふ、嬉しいです。…格好だけでも女の子らしくあろうと、頑張ってきたんですよ」

 

 

 自分の二の腕を撫でながら、これまでの美容の遍歴を漠然と振り返る。

 祖母の勧めで始めたスキンケアとヘアケアは、いつの間にか私の日常の一部となり、今では趣味と呼んでも差し支えない程の域に達している。10代半ばの肌と髪は、大人と比べて多くのケアを必要としていないが、それでもやればやる程成果が出ていることは確かだ。ヒーロー活動をする以上、どうしても紫外線や土煙、汗にまみれてケアが遅れることが出てくるが、だからこそ日々の習慣が大切だと私は思っている。

 肌が荒れに荒れた女の子とばっちしケアの行き届いている女の子。どちらがより可愛く、女の子らしいか。気にしない人もいるだろうけど、私の中では後者なのだ。

 

 なんて考えていると、芦戸が悲哀の色を含んだ声で私の名を呟いていることに気が付く。私の発言で思い詰めさせてしまっただろうかと慌てる。

 

 

「あ、いや、ほら! 頑張ってるのはほんとですけど、楽しくもあるんですよっ? 綺麗になるのってウキウキしますし、可愛くて自分に合ったコスメに出会えると心躍りますし! だからそんな、しんみりする感じじゃあなくてですねっ」

 

「ケロケロっ。そうね、お化粧やお洋服のお話をしている時の移ちゃん、とっても楽しそうだものね」

 

「確かに〜! 好きなプロヒーローを語ってる時と同じくらいキラキラしてるもんねっ!」

 

 

 梅雨ちゃんと葉隠の声だ。朗らかな笑い声もする。私のせいで鬱屈な空気にならずに済んで良かった。

 

 

「プロヒーローと言えば、プッシーキャッツの2人と会った時に結構はしゃいでたよね、空戸」

 

「え、じ、耳郎…見てたんです…?」

 

 

 耳郎の言葉にギクリとする。みんなマンダレイたちに注目しているだろうから、常闇以外にはバレていないと思ってたが…。

 

 

「うん、まあ。後ろだったかんね」

 

「飛び跳ねてもいましたわ」

 

「とびきりの笑顔だったよっ!」

 

「方向性は違うけど、デクくんと同じくらいヒーロー愛強いんよね、空戸ちゃんって」

 

「ケロ、そういう所もとっても可愛いわ」

 

 

 な、なんと全員に見られていた? と言うか無意識に飛び跳ねてた? 恥ずかしい…。私と緑谷以外は興奮していなかったから余計に照れてしまう。なんだか、みんなから『小さな子供』を見つめているような視線を感じる。おかしいぞ、精神年齢は圧倒的に歳上なんだぞ? 

 顔に熱が集まる。まるでのぼせたみたいだ。

 

 

「そ、そういえば明日からの訓練は何をするんですかねぇ…! 相澤先生のことですから、今日みたいにヘトヘトになるのは確実でしょうけど!」

 

 

 私は努めて明るい声で話題を転換する。

 

 

「ふふっ、そうだな〜。戦闘訓練も大事だと思うけど、私としては救助訓練もしたいな。せっかく山の中だし、それに特化した訓練とかやるのかも!」

 

「雄英とはまた異なる環境ですもの。資源の限られた中での救助活動…(わたくし)の腕の見せ所ですわ」

 

「私の〝個性〟を活かせる訓練だと良いなぁ〜」

 

 

 強引すぎた気もしたが、みんな心情を察してくれたのか、話に乗ってきてくれた。…微笑ましいものを見つめてる感は払拭できていないが。

 葉隠は隠密活動や組手などで真価を発揮するが、今日のような大型(ヴィラン)を想定した長期戦闘では、彼女の〝個性〟を活かしきれなかった。結果、〝見えない〟彼女が囮になる、という効率の良くない立ち回りになっていたから物足りないのだろう。

 

 各々が明日の訓練に思いを馳せる。普段と違った環境下の訓練だ。新鮮に感じてワクワクする気持ちが伝わってくる。

 ──そんな和気藹々とした会話を楽しんでいると。

 

 

「──みんな、気をつけて。峰田のアホが何かしようとしてるっぽい」

 

 

 急に、耳郎が緊張と不快な感情を滲ませて皆に伝えた。キンっと硬い音がしたから、恐らくイヤホンジャックを地面に突き立てたのだろう。

 それを聞いて私も、探知範囲を板張りの壁──男湯側へとやんわり広げる。

 すると──。

 

 

壁とは──、越えるためにあるッ!

 

 

 耳郎でなくとも聞こえる声量で峰田(アホ)の叫びが響いてきた。探知した限り、モギモギを使って男湯の壁を凄い勢いで登ってきていることが分かる。

 

 

「え、まずいまずい! 峰田の奴、壁越えて覗くつもりだ!」

 

「えぇー! 峰田サイテーッ! みんな隠れよ!」

 

「時間がないです! 私が空間移動(テレポート)して登ってきた峰田を引っ掴んでアッチに飛ばしますから!」

 

 

 今はみんな温泉のど真ん中。隠れるにしても湯の中になり、プライベートゾーンを隠せたとしても、入浴中の姿を見られてしまうことに変わりはない。ならば、峰田の頭が出てきた瞬間に空間移動(テレポート)させてやり、奴の凶行を防ぐことが最適解だ。

 

 

「そ、そんなことしたら移ちゃんがモロ見られちゃうかもだよ!? バスタオルも巻いてへんやん!」

 

「みんなが見られるよりマシです!」

 

 

 麗日に止められるが、脅威はもうすぐそこに迫っている。みんなを守るため、私は壁の天辺へと空間移動(テレポート)して縁に手をかける。覗き魔をとっちめようと意気込み迎え撃とうとしたが、近付いたことで探知が鮮明になり、とあることに気がつく。

 

 

(…あれ、壁の間のスペースに誰かいる…?)

 

 

 女湯と男湯を仕切る壁の間。人1人が入れる程度のその隙間に誰かがいた。

 両腕を壁の縁に付いてぶら下がる私の丁度眼前に、にゅるっと現れた小さな人影は、壁を登り切ろうとしていた峰田の手をパチンと叩く。目を開けると、そこには赤い帽子を被った少年──洸汰くんが梯子の上に立っていた。

 

 

「ヒーロー以前に、人のあれこれから学び直せ」

 

 

 5歳とは思えない物言いをする洸汰くん。図星を指された上に暴挙を阻止された峰田は、『クソガキぃぃ〜ッ!!』と叫びながら無事男湯側へと落ちていった。

 

 

「ふんっ」

 

「えーと、助けてくれた…んですかね?」

 

「え?」

 

 

 眼下に落ちた峰田を睨みつけていた彼へ後ろから声をかける。彼が何故ここにいるのか分からないが、峰田から私たちを守ってくれたことに間違いないだろう。

 小さな恩人(ヒーロー)に感謝を述べるべく、私はふわりと笑みを浮かべる。

 

 

「守ってくれて、ありがとうございます」

 

「んなッ…、え、ぅわあっ!!」

 

「あ、「危ないっ!!」」

 

 

 こちらを向いた洸汰くんは、驚嘆の表情をした後、態勢を崩してしまう。咄嗟に彼の服を掴もうとするも、壁にぶら下がっている状態では素早く動けず、私の手は空を切った。

 落ちてしまう! 一瞬肝が冷えたが、私の声と重なって叫んだ声の主が緑色の光を纏って跳び上がり、地面に激突する寸前で洸汰くんを抱きとめた。緑谷だ。

 

 

「緑谷ぁ! 洸汰くん無事ですかっ?」

 

「うん! どこかにぶつけてたりはしてないよ! …でも気を失ってるみたい! 急いで先生たちの所へ連れていくよ!」

 

「そうですか! それではお願いします! …それと」

 

 

 洸汰くんの無事を確認してホッとひと息つく。同時に沸々と怒りの感情が湧き上がる。

 〝ヒーロー志望が覗きをする〟? あり得ない、ほんっっとぉ〜に、あり得ない。ハラスメントどころじゃあない、歴とした犯罪行為だ。

 

 私はきつく目を閉じた上で、下に落ちた峰田(クズ)へ向かって叫ぶ。

 

 

「峰田ぁ! 覚悟は出来ているんでしょうねぇ!」

 

「ひょッ!」

 

「移ちゃーん! そろそろ降りておいでよー! 危ないよ〜!」

 

 

 奴の〝抑える気のない色欲〟は、いい加減正してもらわないといけない。私からは勿論、相澤先生からもこってりみっちり絞ってもらうとしよう。

 

 しかし、まずは洸汰くんだ。

 心配する葉隠の声に従い地面へ降り立った私は、手早く最低限のケアをしてから、洸汰くんを連れて行った緑谷の下へ向かうことにした。

 

 

「な、なあ。鎖骨までだけどよぉ。あれよぉ…」

 

「ば、馬鹿。い、言うんじゃねーよ。…大切な思い出にしとこーぜ」

 

「……笑止…」

 

 

 

 






合宿編が始まる前は「まとめて投稿したい」なんて言ってましたが、想定より遅筆で…。
こんな調子だと神野区に行くまでに原作が終わってしまいそうです…。
少しずつですが書き進めておりますので、お許しを…!


原作と言えば、堀越先生のTwitterのイラストをご覧になりましたか?
麗日のウララカボディ…、素敵でした…。
移ちゃんもあのくらいだと思って書いてます。
〇〇さんのイラストも最高でした…。
彼女がぶっちぎりですが、移ちゃんも同じくらい整っている顔を想定してます。

その移ちゃんを至近距離でモロ見てしまった洸汰くん。彼の将来に影響がありそうですね。
拙作は、「TSおねショタ」というニッチな属性にも対応していく所存です。




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1日目:面談

昨日も更新しています。未読の方はそちらからどうぞ。


2日連続投稿なんていつぶりでしょうね?
「まとめて投稿なんてぼかぁ無理だ!」となりました。すみません

そして「まとめて投稿」するのをやめると決めた途端、すらすらと書けました。気分で書いて、気分で投稿するのが合っているのでしょうか…?
気分で投稿するとあとで辻褄が合わなくなるからダメなんでしょうけど…。そんときはそんときだ!!しれーっと改訂するかもですが、ご容赦を!!

やや暗い話があります。



「A組の空戸です、失礼します。洸汰くんがここに居ると訊いたのです、が…」

 

 

 最低限の身支度を終えた私は、急足で緑谷と洸汰くんを探した。途中に出会った管先生──B組担任のブラドキングから2人がオフィスへ向かったことを教えてもらい、それらしき部屋の戸を叩く。

 扉を開けると、マンダレイにピクシーボブ、それから腰にタオルを巻いただけのほぼ裸な緑谷が神妙な顔をして佇んでいた。…下、穿いてないのかな。

 

 

「あ、空戸さん。洸汰くんなら寝ているよ。怪我はないみたいだから、安心して」

 

「え、あ、うん…。そうですか。良かったです」

 

 

 私の入室に気付いた緑谷。彼の視線に釣られソファを見ると、スヤスヤと眠りにつく洸汰くんが横たわっていた。あの高さから落ちて無事に済んだのは、緑谷が迅速に動いて適切に救助したお陰だろう。入学したての、〝個性〟を暴発していた頃の彼とは大違い。精密な〝個性〟制御の賜物だ。ちょっとしたことだが、彼の成長が窺える。以前の彼を知る身としては喜ばしい変化である。

 

 とまあ、逸れた思考を巡らせても眼前の光景は変わらない。視線を斜め上方に向けて鍛えられた肌色を視界から外す。堂々と立っているが、気にする私がおかしいのだろうか…。

 

 

「あー…、それで緑谷? 急いで運んだのでしょうから仕方ないと思いますが…」

 

「? どうかした? 空戸さん」

 

「んーと、え〜…そのですね…」

 

「──緑谷くん、服、貸そうか?」

 

 

 言い淀む私に苦笑を滲ませたマンダレイが助け舟を出す。全く気が付いていなかったのか、指摘を受けてハッとした表情を浮かべた緑谷はアタフタとする。真っ赤に染まった顔。引き締まった体と女々しく慌てふためく挙動とのアンバランスさにどうにもおかしくなって、思わず笑いが込み上げてしまった。

 

 

「ふふっ。……んっんん、ごめんなさい。…無事が確認できましたし、私はもう行きますね。マンダレイとピクシーボブ、明日からもよろしくお願いします。緑谷も、おやすみなさい」

 

「う、うん! おおお、おやすみッ!!」

 

「洸汰のこと心配してくれてありがとう。今日はゆっくり休んでね」

 

 

 こちらに背を向けて、尚も赤い彼の耳に再び笑いが漏れる。

 入室した時、なんだか暗い雰囲気だったことが気掛かりではあるが、態々首を突っ込むことでもないだろう。マンダレイ達に会釈をして、オフィスを後にした。

 

 

(…この年代の成長って、ほんと劇的ですね)

 

 

 女子部屋への道すがら、再び先の緑谷を思い出す。

 職場体験中に()()()()はなかったと言っても、あの『ヒーロー殺し』と会敵した緑谷達。詳細は語られていないが、中々の経験だったのだろう。同じく会敵した飯田も、あれ以降動きに鋭さが増したように感じる。2人は昼間の魔獣の森では見事な体捌きを見せてくれた。轟も一緒に居たみたいだが…、まあ彼は以前から鍛えられていたから別枠だろう。強いて言えば角が取れて人との連携がより上手になったことか。

 男子三日会わざれば刮目して見よ。よく言ったものだ。

 

 

(──って、私も同年代でしたね)

 

 

 つい年上ぶってしまうが、この体はまだ16歳。私だって成長期真っ只中だ。彼らの成長をただ感心するだけではいけない。もっともっと研鑽して、早く一人前にならなくては。

 どんな(ヴィラン)が相手でも勝てるような。どんな災害でも皆を救出できるような。

 オールマイトのような、〝ヒーロー〟に。

 

 

「──空戸、少しいいか」

 

「……えっ、はい。あ、先生。なんでしょうか?」

 

 

 ビクッとして顔を上げる。考え事をしていた為か、目の前に相澤先生がいることに気が付かなかった。入浴前なのか、戦闘服(コスチューム)姿のままの先生はタブレット端末を小脇に抱えて佇んでいた。

 

 

「峰田の件は他の奴らから聞いている。俺から()()()注意しておいた。アイツの凶行とは言え、時間的合理性を突き詰めて男女の時間をずらさなかった俺たちの落ち度だ。迷惑掛けたな」

 

「ああ、そのことですか。先生が謝るようなことでは…。洸汰くんのお陰でギリギリ未遂でしたし。もう勘弁願いたいですけどね…」

 

 

 先生はガシガシと頭を掻く。私は苦笑いを返した。咄嗟に取った行動だったが、あの場に洸汰くんが居なければ、胸辺りまでは峰田に見られていただろう。裸を見られる抵抗感が薄い私でも、性欲の権化に晒すことは避けたかったから、あの少年には本当に助けられた。

 峰田は信用していないが、相澤先生のことは信頼している。奴の性根が変わるとは思えないけど、早々同じことは起きない筈だ。

 

 先生は『すまなかったな』と再び謝った後、脇に抱えていた端末を操作し始めた。

 

 

「話は変わるが、明日以降の訓練のことでお前と打ち合わせたいことがある。自由時間中だが、着いてきてくれ」

 

 

 訓練の打ち合わせか…。どちらかと言うと、こっちが本題だったかな。

 ヘアケアの続きをしたかったが、後回しにするしかないだろう。しっとり濡れたままの髪を指で掬う。『傷みませんように』と願いつつ、そんな内心を悟られぬよう隠して先生の後を付いていった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 相澤先生に案内された部屋は、長机とパイプ椅子がいくつか置いてある、数人で会議するのに丁度良さそうな小さめの会議室だった。先生に促されて席に着く。

 なんだか面接みたいだ…。いや、訓練の打ち合わせなのだから、面談か。いずれにせよ、突然のことで心の準備が出来ていない。正面に座る先生から話を切り出されるのをドキドキして待つ。

 手慣れた様子でタブレットを操作していた先生は、『これを見てくれ』と言い、私へ端末を差し出した。画面には細かい数字といくつかの文章が羅列されていた。一見、読み込むのに時間がかかりそうだったが、数行を読んだ所で内容を理解できた。

 

 

「これは…、私の〝個性〟に関するデータですか?」

 

 

 最大有効範囲、最大荷重、連続発動時のラグ、〝個性〟使用に伴う肉体的疲労の蓄積度エトセトラ…。私の〝個性〟に纏わる情報が事細かにまとめられていた。

 

 

「これはお前が入学してから現在に至るまで、雄英で〝個性〟を使用した際に記録された映像から計算したグラフだ。多少の誤差はあるだろうが、概ねこの通りだろう。そしてこっちが4月のデータだ」

 

「…おおっ。けっこー伸びてますね」

 

 

 先生が再び操作すると画面上で2つに分割されてグラフが表示された。雄英という恵まれた環境で〝個性伸ばし〟に取り組んだ影響が如実に現れていることが一目で分かる。記憶してる限りだが、昨年度までの〝個性〟の成長速度と比較しても明らかに違う。

 自分の努力が実を結んでいることを知れて、素直に嬉しい。にまにましてしまう。

 

 

「あー。分かったと思うが、〝個性伸ばし〟の成果がしっかりと出ている。自主トレだから少し心配だったんだが……、良くやったな」

 

「……!」

 

 

 あ、相澤先生が褒めてくれた…。滅多にない、と言うより初の褒め言葉。衝撃的な瞬間だ…。

 

 

「……なんだ」

 

「ぁえ、い、いえ! …なんだか嬉しいなぁ、と思いまして…あ、はは…」

 

「良好な結果を出している訓練方法を評価して、フィードバックすることは今後の為になる。それを疎かにすることは合理性に欠く」

 

「そう、ですね。……ふふふ、はい」

 

 

 ジロリと睨まれる。それでも私の頰は弛んだままだ。

 いつものスタンスは崩していないが、どこか言い訳染みている説明が照れ隠しのように見えて、『可愛い』と思えてしまった。普段はクールな相澤先生だからこそ、より好ましく感じる。

 胡乱な眼差しを向ける先生はやがて諦めたように息を吐き、私に見せていたタブレットを回収した。

 

 

「まあいい。ここからが本題だ。明日からの訓練内容だが……、全員に〝個性伸ばし〟をやってもらうつもりだ。他の奴らの()()()は既に決めてあるんだが、お前のだけ未定でな。それを相談したい」

 

 

 なるほど、合宿で〝個性伸ばし〟か。確かに本格的にやろうと思うと時間も体力も使う内容だ。学校だと1日3時間程度しか時間を取れないし、毎日運動系の〝ヒーロー学〟がある訳でもない。まとまった時間のある合宿で行うことが合理的なのだろう。

 さっきの私のデータのような物が全員分あって、そこからみんなに適した〝個性伸ばし〟を考えてあるってことか。

 だけど、私のだけ未定とはどういうことだろうか。

 

 

「今までやってきた訓練ではいけませんか? 範囲拡大や情報の取捨選択、連続使用への耐久力も伸びていますし、活動の幅は広がっていると自負しているのですが…」

 

「そうだな。確かに同じ方向性でも問題はない。総合力の上昇は必須事項だからな。──だがお前の場合、もう一つの選択肢があるはずだ」

 

「〝もう一つの選択肢〟…ですか」

 

 

 いったいそれは何だろう。全体的な能力向上よりも、一点集中した方が良い、と言うことが先生の考えなのだろうか。

 思考を巡らせながら先生の解答を待つ。相澤先生は逡巡した後、硬い声でそれを告げる。

 

 

「──対象の〝()()()空間移動(テレポート)〟……、お前が過去に一度だけ使用した技だ」

 

 

 ドキン、と胸が跳ねた。

 

 

「………、…………あー……、……それ、ですかぁ……」

 

 

 視線を先生から逸らして自分のつま先を見つめる。一瞬で過去の光景が脳裏をよぎり、喉が詰まる。

 

 

「お婆…ちゃんから、聞いたんです?」

 

「…ああ。夏休み前、お前にAFO(オールフォーワン)について話した日にな」

 

 

 なるほど、あの時か。もしかして今朝のお婆ちゃんのあの表情は、この件について思うところがあったからなのかもしれないと思い至る。

 

 

()()を使った時がどんな状況で何が起きたのか。そのことでお前がどれだけ苦しんだのかも聞いている。…すまん…本人が居ないところで込み入った話を聞いたことも、今こうして話していることも」

 

「……いえ…。……必要だから話した。そうでしょう?」

 

「…そうだ。巫山戯たことに、AFO(オールフォーワン)は相手に触れることで〝個性〟を奪ったり与えたりするらしい。万が一、奴と会敵してしまった際に取れる選択肢は多いに越したことはない。〝相手に触れることなく、相手を遠くに跳ばす〟ことが出来れば、捕らえられる可能性はより低くなる」

 

 

 相澤先生の言う通りだ。私は(ヴィラン)連合とAFO(オールフォーワン)に狙われている可能性がある。

 未だに警察やヒーローから逃げおおせている(ヴィラン)連合と、百年以上暗躍を続けているAFO(オールフォーワン)だ。いくらお婆ちゃんと雄英高校が守ってくれると言っても、絶対はない。

 それに奴らには【ワープ】出来る黒霧がいるのだ。私の居場所さえバレていれば、いつでも奇襲がかけられてしまう。

 襲われた時、私だけが逃げるのは容易かもしれない。──けれど、人質を取られたら? 逃げられない状況に追い込まれたら? 

 (ヴィラン)は狡猾だ。想像できない手段を取ってくるかもしれない。そんな時に、相手に近付くことなく相手を遠くに移送出来たら。

 

 〝非接触空間移動(テレポート)〟。これを習得出来たら、どれほど便利か想像に難くない。

 

 だが、しかしだ。

 

 

「……私も、()()の重要性は理解しています。これまでだって、使えることが出来たら…って、何度も思いました」

 

 

 例えば〝USJ襲撃事件〟。黒霧が靄を展開した時。あの時は半数以上が捕まってしまったが、近くにいた葉隠と青山だけでなく、みんなを移送して助けることが出来た筈だ。

 例えば〝職場体験3日目〟。亡くなってしまったあの男性。車体を動かすことに時間がかかり救助が遅れていなければ、命を繋げられたかもしれない。()()を使えたら、救助はもっと早く出来ただろう。

 

 

「だから使えるようにしようと、練習したこともあるんです。…だけど、どうしても。……あの時のことを、思い出してしまって。また()()()()()()()()()()()()()()って…、怖くなるんです」

 

「………」

 

 

 相澤先生は、何も言わない。ただ静かに私の独白を聞いている。どんな顔をしているだろう。私を情けないと思っているのか、憐れんでいるのか。俯いている私には、すっかり冷えてしまった素足しか見えていない。

 血の気の引いた足先を擦り合わせるも、大した成果は得られなかった。

 

 

「これも聞いているかもしれませんが……、()()から数年の間は自分を移送することも出来ませんでした。自分を移送出来るようになってからも、物を跳ばせるようになるにはまた暫く。他人を空間移動(テレポート)出来るまで戻ったのは、一昨年のことです。そこまで戻っても……、あの瞬間に使ったアレだけは…、どうにも…」

 

「──空戸」

 

 

 先生が私を呼ぶ。びくりと肩が震える。そろりと視線を戻して先生を見上げる。

 

 

「これまでの10年間、お前がどれだけ苦しんで、それでも努力してきたことはお前の婆さんから聞いている。当事者じゃない俺の口から〝分かっている〟なんて言えるほど生易しいもんじゃなかった筈だ。提案しておいてなんだが、無理なら、無理で良いんだ。さっき言った通り、総合力を伸ばすことも重要だからな。訓練はそっちを選択しても構わん。誰も咎めないし、俺がさせない。──だが、もし。お前がやると言うのなら。俺も、雄英も、プッシーキャッツの皆さんも、それにお前の婆さんも。全力でサポートする。俺の〝個性(抹消)〟は、その為にある」

 

「ぁ…………、…っ」

 

 

 先生は、呆れていなかった。先生は、憐れんでいなかった。ただただ私のことを尊重してくれていて、導こうとしてくれている。先生の言葉や表情から、それがひしひしと伝わった。

 

 

(…怖いからって、避けてる場合じゃあないです、よね……)

 

 

 考えることを、放棄していた。

 メンタルケアの一環として『事件のことを言葉にするエクスポージャー療法』。その継続により、以前よりも〝過去〟と向き合うことが出来てきている。しかし、その〝技〟を本気で習得しようとしたことは一度もない。…それの必要性を頭では分かっていたのに。

 

 

(しっかりしろ〝空戸 移〟。私はあの男(AFO)に狙われる可能性があるんだ。…私の中の…、この〝個性〟だけは奪われる訳にはいかないんです。──ああ、でも……やっぱり…)

 

 

 震えるほど、──怖い。

 

 

「……ありがとうございます。………でもすみません。一晩、考えてみても良いですか…?」

 

 

 臆病な私はすぐに決められなかった。先生を信頼していない訳ではない。私の、心の弱さの問題だ。

 

 

「それで良い。だが睡眠はしっかり取れよ。どっちにしても、明日はかなりキツイからな」

 

「はい」

 

「よし。時間を取らせて悪かったな。話は以上だ」

 

 

 先生が立ち上がる。私も合わせて席を立つが、この短時間でどっと疲れたのか体が重たい。胸もざわついて仕方がない。合宿初日から心体共にヘトヘトである。

 先生へ別れを告げて、再び女子部屋への帰路に着く。

 

 総合力の向上か、能力の開拓。決めるのは私…か。

 

 不意に体育祭の時、お婆ちゃんにかけてもらった言葉を思い出す。

 

 

『いつも言っていることよ。そして何度でも伝えるわ。──貴女は、何も悪くない。あの日のことも、【生まれ変わった】ことも。誰も貴女を責めたりなんてしないわ。私たちは、貴女を愛している。貴女は私の大事な大事な孫娘なのよ』

 

(お婆ちゃん……。良いのでしょうか)

 

 

 相澤先生は言わなかったが、恐らく、お婆ちゃんも私があの技を習得することを推したのだろう。でなければ、お婆ちゃんが先生たちに話す筈がない。

 

 再びあの光景が思い浮かぶ。

 

 ──10年前のあの日。

 ラブアンドピースが迫ってきた瞬間。医者曰く『過度なストレスと生命の危機を感じ〝個性因子〟が刺激されたことによって〝疑似的な個性伸ばし〟が生じた結果』起きた事故。事件までは、(現在)と同じく『触れた物体』しか空間移動(テレポート)出来なかった筈なのに、あの瞬間はその枷が外れた。

 恐怖、混乱、憤怒、嫌悪。両親が殺され、祖父が殺され、その犯人の手が自身へ向けられた。その結果、私の〝個性〟は暴走した。

 

 

(使えるようになって、良いのでしょうか…)

 

 

 気付いた時には、何もなかった。祖父の自宅のダイニングに居た筈の私は、瓦礫になった家の残骸に囲まれていて。目の前にいた(ラブアンドピース)と床に倒れていた祖父は姿を消していて。そして、私のすぐ後ろにあった、ダイニングテーブルの椅子に首から血を流して座っていた筈の両親の遺体は──。

 

 

「……すぅー………っ、……はぁぁ……」

 

 

 大丈夫。大丈夫だ。記憶は私を害さない。襲ってこない。これは私の自縄自縛。ラブアンドピースと、他でもない私自身の行動を許せない私の感情によるもの。だから落ち着け。落ち着けば、震えは止まる。

 

 そうだ。思い出せ。私が成るのは〝ヒーロー〟だ。それも、オールマイトのような、来ただけでその場の誰もが安心する圧倒的な英雄に。

 だから、こんな不安定な気持ちを抱えていてはいけない。いちいち動揺していてはいけない。克服するんだ。

 恐怖も、罪も、受け入れて消化してみせよう。

 

 習得出来たら、目標にずっと近付く。なら、やろう。やってみせよう。

 

 暴走はしない。必ずコントロールする。保険として相澤先生(抹消)も居てくれる。

 

 

「だから、大丈夫」

 

 

 自分に言い聞かせるように呟いたその声は、情けないほど震えていた。

 

 ──そんな私を〝みんな〟が見つめている。無表情に見つめている。視界の端で、記憶にある通りの最後の姿で。

 首から血を流して横たわる祖父と、細かく細かく散らばった、お父さんとお母さんが、見つめていた。

 

 

「私は、大丈夫」

 

 

 じっと、じぃっと。

 

 




〝非接触空間移動(テレポート)
今までのが(とある魔術の禁書目録の)白井黒子だとしたら、こちらは結標淡希です。これは…おねショタのフラグか…?

感想欄でもありましたが、「実は昔に一度使えたんですよ」ってお話です。
さて、移ちゃんはトラウマを乗り越えて新技を習得出来るのでしょうか。
林間合宿2日目に続きます。


……続きがいつ更新出来るかは分かりませんけどね!



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閑話:前田 世助①

合宿2日目の前に小話を。とても短いです。

②は合宿3日目の前に挿みます。

※オリジン回を少し修正しました。【転生】直後に稀代の盗人〝張間歐児(はりまおうじ)〟のことを知っている描写があったため削除しています。(張間歐児が台頭したのは〝現行制度が整備され始めた頃〟つまり超常黎明期後期と思われるためです。〝はじまりの赤児〟と同時期に産まれて二十代で死去した世助は知らない筈なので)
大筋の変更はありません。




 〝超常黎明期(ちょうじょうれいめいき)

 

 現代になってからそう呼称されるようになったその時代は、控えめに表現したとしても〝混沌〟であった。

 

 突如として現れた〝異能〟は、時を経るに従って数を増やしていった。〝発光する赤児〟が確認されて以降、新たに産まれた赤児の半数以上が何らかの〝異能〟を宿していたからだ。

 何の前兆もなく世界の枠組みに組み込まれた〝異能〟。人々の受け取り方は多種多様であった。社会の混乱を予測した官僚は頭を抱えた。既存の物理法則を無視する力に研究者は歓喜した。金の匂いを嗅ぎ取った権力者は欲望を膨らませた。フィクションを愛する人々は羨望した。そして、変化を拒む大多数は嫌悪した。

 個人では持ち得ない〝武力〟を持った新人類とて、当時はただの赤児。悪意を持つ大人たちに抗う術は持ち合わせておらず、ただただ搾取された。

 

 もちろん、彼らを擁護・支援する団体も現れた。その団体を支持する声も多かった。だが、人間口ではどうとでも言える。善人を装い愛護心を持つように見せかけて、本音の部分では〝異能〟を蔑み、排斥する人が殆どであった。

 

 混乱を極めた時代であったが、それはまだ序章に過ぎなかった。事態が加速したのは、〝異能〟を宿した赤児が成長し、成熟した大人になった頃だ。

 

 彼らは反旗を翻した。利用され搾取されてきた〝異能持ち〟たちは、自分たちの為に声を上げたのだ。

 

 数では劣る〝異能持ち〟だが、彼らには圧倒的な〝武力〟があった。刃物を通さない身体。遠くを見通す瞳。建物より大きくなれる肥大化する肉体に、人の動きを封じる術。

 街に溶け込み身一つで戦える彼ら〝異能持ち〟の前に、数的有利は意味を持ち得なかった。

 

 混乱が混乱を呼ぶ時代。それまであった平和が崩れ去り、人間が己の欲望に従って生きる世紀末。

 前田 世助(よすけ)が生きたのは、そんな時代だった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 世助は孤児だった。父親は彼が産まれる前に蒸発し、母親は出産時に脳出血が原因で死亡した。母親自身が天涯孤独であったため世助を引き取る親戚はなく、彼は新生児の内から施設が預かることに決まった。

 寄る辺のない彼であったが、引取り先はすぐに見つかった。それは彼が産まれた病院、〝前田総合病院〟の当時の院長だ。院長の前田 俊助とその妻の間には長いこと子宝に恵まれなかった。年齢的にも妊娠を諦める他なかった前田夫妻は、世助を我が子として迎えることに決めた。

 

 世助は2人から大きな愛を受けて育てられた。

 

 

『小さなことでも良い。世の人の助けとなれる人間になりなさい』

 

 

 幼い頃から世助が養父、俊助より繰り返し言われた言葉だ。その教えに従い育まれ、やがて青年となった世助は、父と同じく医者となる。多くの命を懸命に救い、名前に込められた両親からの願いは、いつしか世助自身の信念となっていた。

 人々を助けること。それは彼の生きる意味であり、使命だった。

 

 身を粉にして患者を救命する彼の姿は多くの人々の尊敬を寄せ、慕われた。それでも彼は増長することなく、初心を貫いていた。

 

 

『混乱する情勢であるからこそ、目の前の命に真摯に向き合い、一人でも多くの人を助け出そう。それが自分を引き取り育ててくれた両親への恩返しであり、僕という人間の存在理由だ』

 

 

 月日が経ち院長から理事長となった父親の下、〝前田総合病院〟にて後期研修に励む世助。学生時代からの恋人と婚約関係となり、その婚約者が懐妊した知らせを受け幸福絶頂の日々。

 

 ──魔王の手が差し向けられたのは、そんな時であった。

 

 

 





前田 世助は孤児であり、医師であり、そして彼には妊娠中の婚約者がいました。




次回から林間合宿2日目です。明日にでも更新します。


※この下、コミック最新巻までの微ネタバレあり、注意。




因みに僕は超常黎明期を130〜120年前に始まり、70年前に終わったと考察しています。
理由は、①超常黎明期の後期に活躍していたと思われる張間歐児、その玄孫であるMr.コンプレスが現在32歳であること。
②殻木が70年前に発表した〝超常特異点〟。その時期のことを殻木は〝荒みきった世を平和に戻さんと足掻く時代〟と言っており、これが超常黎明期末期と予測される。
③〝個性〟のある殻木が120歳を超えていることから、120年前には既に〝異能(個性)持ち〟の赤児が産まれていた。
④現在42歳の〝緑谷引子〟が〝第四世代〟と呼ばれていること。

この4点から予測しました。恐らくガバガバ理論です。

※超常特異点を発表後の殻木から〝個性〟【摂生】(人の2倍の生命力。老化を止めるわけではない)を貰い受けた筈のオルフォさんの外見が、〇〇くんの10年前の回想で50歳代くらいである矛盾点には目を瞑ってください。きっと他の〝個性〟で若々しいのです。そういうことにしないと、100年くらい前に死んだ世助とオルフォが出会えない計算になるので…。



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2日目:〝個性伸ばし〟

赤バー評価獲得の壁が厚いッ…!!

いつもの如く、誤字脱字ばかりかと思います。足りないのは推敲か、僕の頭か…。
そんな拙作をいつも読んでくださり、ありがとうございます!

…高評価、お待ちしております!()


 空が白んできたばかりの時間。ジャージを着た私たちは、宿泊施設の外に集合していた。

 朝に弱い麗日や上鳴なんかは、寝癖を直す暇さえなかったのか、髪が爆発している。比較的早起きな梅雨ちゃんも隣で船を漕いでいる。

 普段であれば起床して用意を始めているような時間。昨晩、心理的負荷が大きく寝付きの悪かった私も、欠伸を堪えることに必死だ。それでも紫外線対策だけはバッチリしてきた自分を褒めてあげたい。

 

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める」

 

 

 全員時間通りに揃ったことを確認して、相澤先生が話を切り出した。

 

 

「今合宿の目的は、全員の強化およびそれによる仮免の取得、具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。──という訳で爆豪、そいつを投げてみろ」

 

 

 先生が投げた何かを爆豪が受け取る。覗き込むと、それはソフトボール大の…、春にやった体力テストで使用した計測機能付きのボールのようだった。

 入学直後と今の記録、それを比較しようという試みらしい。先生が言うには、春の爆豪の記録は『705.2メートル』。そこからどれほど伸びているか。

 

 

(爆豪のセンスは抜群。運動能力もピカイチ。それはこれまでの訓練でも、体育祭でも肌で感じてきました。だけど…)

 

「んじゃまあ、よっこら……くたばれやァ!

 

Boooom!!

 

(この種目の大きな変化は、ないでしょうね)

 

 

 爆音と共に放り投げられたボール。綺麗な放物線を描いて遠くへ消えていったそれが何処に落ちたか、先生の手元の機器に表示される。

 

 

「709.6メートル」

 

「んなッ……!」

 

 

 読み上げられた数字に、見ていた全員、特に投げた爆豪自身が驚き表情を崩す。誰かが呟くようにみんなの気持ちを代弁した。『思ったより伸びていない』と。

 

 

「入学からおよそ3ヶ月。様々な経験を経て確かに君らは成長している。…だがそれは、あくまでも精神面や技術面、あと多少の体力的な成長がメインで。〝個性〟そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから今日から君らの〝個性〟を伸ばす」

 

 

 先生は脅すように、ニヤリと笑って言う。『死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないように』

 斯くして、林間合宿の本格的な訓練が開始された。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 〝個性伸ばし〟

 

 筋肉が、適切に酷使して休息と栄養を摂ることで増強するように、身体能力の一部である〝個性〟も使い続ければ成長する。漫然と使用するのではなく、目標・目的を定めてトレーニングプランを組むことにより、短期間で効率的に〝個性〟を強くすることが出来る。プロのヒーローも実施している訓練法、それが〝個性伸ばし〟だ。

 

 私が今まで実行してきた〝個性伸ばし〟は、主に〝範囲拡大〟と〝情報処理速度の向上〟に当たる。

 【スフィア】は、その名前の通り、私を中心とした〝球体状〟に広がった範囲内の物体を探知・移送する〝個性〟だ。〝球〟の体積が広ければ広い程、一度に移送出来る距離が広くなり、探知の幅も広がる。

 入学時点での【スフィア】の最大範囲は約400メートル。限界値を伸ばすには自宅の敷地では狭過ぎた。だから私は、雄英の広大な敷地で限界値を伸ばす為、入学直後に相澤先生から〝個性伸ばし〟の許可を取ったのだ。授業中や休憩中も絶えず行った〝個性伸ばし〟。その結果は昨日確認させてもらったデータの通り、最大範囲は4ヶ月で約100メートル拡大した。

 

 同時に実施した〝情報処理速度の向上〟。これは探知・移送するために必要な情報を最低限かつ最速で得るための技術だ。

 〝USJ襲撃事件〟にて、私は初の実戦による緊張で【空間探知(ディテクト)】出来る全ての物体を調べてしまった。その結果、脳へ過度な負荷がかかり、人前で嘔吐する羽目になった訳だが…。

 その失敗から学び、お婆ちゃんから教えてもらった方法で特訓してきた。

 〝情報処理速度の向上〟は、素早く行動出来るようになっただけでなく、脳への負荷軽減にも繋がった。その結果、同時に継戦能力も向上した。

 

 出来ることが増えた。成長はしている。

 だけど、足りない。

 

 No.3ヒーロー〝ホークス〟は、緻密で敏捷な動きを得意とする。彼から逃げられる(ヴィラン)はそうそういない。1枚の【剛翼】で人1人を救助することが可能な彼は、ほんの僅かな時間で多くの人を安全地帯へ避難させられる。

 

 No.2ヒーロー〝エンデヴァー〟。彼の持つ驚異的な制圧力。超広域をカバー出来る【ヘルフレイム】は、高火力でありながら(ヴィラン)の命を奪うことなく的確に捕らえることが出来る。攻撃力も然る事ながら、炎を駆使した機動力も目を見張る。

 

 アメリカNo.1ヒーロー〝スターアンドストライプ〟には謎が多い。国防上、〝個性〟の詳細が隠されているからだ。しかし、その活躍からも分かるように、彼女は〝自由〟だ。パワー、スピード共に優れ、遠近どちらの戦闘にも長けている。〝個性〟の応用なのだろうが、たまに摩訶不思議な事象を起こして事件を解決する彼女は、(ヴィラン)犯罪の多いアメリカにおいて他を寄せ付けない活躍を見せている。

 

 そして、平和の象徴〝オールマイト〟。彼のことは言うまでもないだろう。数十年間、様々な脅威から人々を守り続けてきたオールマイト。スターアンドストライプ同様、彼も〝個性〟の詳細を明かしていないが、現在に秩序をもたらした1番の立役者は、間違いなく彼だ。

 

 私は、彼らに追い付きたい。彼らのようになりたい。そのためには、今のままでは足りないんだ。疾さも、手数も、パワーも。

 

 

「ぅゔッ…、げえぇぇ……っっ!」

 

 

 胃酸が喉を灼く。口腔内が不快な酸味に覆われた。地面に両手を付いて、涙で滲む視界で粘ついた吐物が広がるのを眺める。頭が痛い。割れそうだ。

 

 

(……少し()()()()だけで、この有様ですか…)

 

 

 分かっていたつもりだったが、想像以上だ。

 

 相澤先生から提案され、私が選んだこの訓練。眠っていた〝個性〟の機能、〝非接触空間移動(テレポート)〟と仮称している技を再び使えるようにするための特訓。

 

 

(まるで脳を直接掴まれて揺さぶられているみたいです…)

 

 

 過度に【空間探知(ディテクト)】や【空間移動(テレポート)】を使った時、その反動とは比較にならない。徐々に不調が増していく従来の技に対して、〝これ〟は一瞬で限界を迎える。突然の割れるような頭痛。クモ膜下出血の症状を疑似体験しているようである。

 

 〝非接触空間移動(テレポート)〟を行うための方法は、既に知っている。

 

 春頃、緑谷に言ったことだが、私が【空間移動(テレポート)】する際に必ず意識していること。それは()()()だ。

 武術において大事とされる丹田。私の〝個性〟は、この丹田を基準に発動している。そこへの意識を疎かにすると移送先がブレてしまったり、対象物を置いてけぼりにしてしまうなど、技の精度が落ちてしまうのだ。……昔、服が全て脱げてしまったのは苦い記憶である。

 

 そしてこの基準点。実を言うと、丹田でなくてはならない、という訳でもない。基準点は移せるのだ。これが〝非接触空間移動(テレポート)〟のキモであり、──最も労力を要する点。

 

 〝基準点をズラす〟こと。つまり、【空間移動(テレポート)】の始点を私の体から他へ移す。基準点と定めた〝私〟が触れることで対象物を移送していた従来のやり方ではなく、離れた位置にある対象物そのものを始点として移送する。そうすることで、私が触れることなく【空間移動(テレポート)】を発動出来る。

 …理論上は。

 

 

「無事か?」

 

「……ハァ…、…ハァ……、…はい…、制御は、出来てます…」

 

 

 持ってきていたハンカチを口元の吐物で汚しつつ、のろりと立ち上がる。地面に広がった黄色い液体をどうしようかと思案するも、いちいち気にするのも時間の無駄と割り切った。今日だけで何回嘔吐するか分かったもんじゃあない。

 それに、何かしらを出しているのは私だけでもない。三半規管を鍛えている麗日は吐きながら宙を舞っているし、青山は半ば仮設トイレの住人となっている。気にしたら負けだ。

 

 

「そうか。暴発の兆しがあったら直ぐに俺が()()。だから安心して続けろ」

 

「…りょーかい、です……」

 

 

 相澤先生の心強い言葉掛けに、視線を向けずにサムズアップで応える。先生の言う通り、安心して吐き続けるとしよう。

 

 

「煌めく(まなこ)でぇ、ロックオン!」

 

「猫の手、手助けやってくる!」

 

「どこからともなくぅ、やってくる…ッ!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

(嗚呼……、推しが決めポーズしてるのに…じっくり観られないなんて…ッッ!)

 

 

 少し離れたところで、遅れてやってきたB組の面々に対して、〝フルバージョン〟の決めポーズを取るプッシーキャッツの姿が見える。昨日の2人に〝ラグドール〟と〝虎〟を加えたチーム全員で魅せるポージングは、横目で見ても圧巻だ。

 しかし悲しいかな、訓練中につき注意散漫になる訳にはいかず。血涙を流しそうになりながら必死に欲望(ミーハー心)を抑え込み、私は訓練に打ち込むのだった。

 

 

(合宿中に1枚で良いから記念撮影…してもらいたいです…)

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 夕方。

 あれから胃の中がすっからかんどころか、胃そのものまで出したのではと思うほど吐き続けた。最後の方なんて、基準点移動の反動による頭痛なのか、脱水症状なのか自分でも分からなくなっていた。

 

 文字通り辛酸をなめたわけだが、成果は芳しくない。

 

 朝と比べると、頭痛の程度は弱まったと思う。もしかしたら私が慣れてきただけかもしれないけど、倒れ込むほどではなくなってきた。だけど、肝心の基準点の位置は目標には程遠い。

 丹田から移動することは出来た。しかし、どうしても体から離すことは叶わなかった。指先や額に移動することは出来ても、そこから先へは進まないのだ。

 

 進展はある。これまで忌諱して使ってこなかった技だ。錆びついた歯車を動かすようなもので、それを一日で会得するなんて土台無理な話。負担軽減と基準点の体内移動が出来ただけでも大した一歩だろう。そう思わないとやってられないと言うのが本音であるが。

 

 …さて。時刻は18時。気分を入れ替えディナータイムだ。

 

 疲労困憊な体に鞭を打つように、ラグドールから命じられた夕食の自炊。ジャージから私服へと着替えた私たちは、合宿の定番料理、カレーライスを作ることになった。

 飯盒、という物は初めて触ったし、野外で料理するなんて経験もないため、とても新鮮な体験だった。

 

 

「店とかで出したら微妙かもしれねえけど! この状況も相まってうめえっ!!」

 

「言うな言うな野暮だなっ!」

 

 

 カレーライスを掻き込む切島。出来上がったカレーは、確かに雑な出来栄えだったが、空腹は最高のスパイスと言うべきか。市販のカレールーを使用した筈なのに、とても美味しく感じた。ただ…。

 

 

「美味しい。美味しいんですけど、胃には優しくないです…」

 

「私らは吐きまくってたもんね。食べないとアカンことは分かるけど…、胃腸に攻撃されてる気分やわ」

 

「ウィ……、同意見だね…☆」

 

 

 消化器官が弱ってる組にはなかなかに刺激の強い食事だ。栄養バランスを考えれば理想的な食事だけど、正直今は雑炊とかを食べたい気分である。

 

 

「それにしても〝個性伸ばし〟ってこんなにキツイんだね…。自分の身体を浮かすの、ずっと避けとったからめちゃくちゃ疲れたよ…」

 

「相澤先生は言ってませんでしたが、本来なら体の成長に合わせてやることですからね。短期間で伸ばそうとすると、ああなるのも仕方ありません」

 

「キラメキが足りない訓練だよね…☆」

 

 

 キラメキどころか、私たちは汚物塗れであったが…。食事中に指摘するのは止そう。

 最後の一口を平らげた私は、周りに一言告げてからポケットに入れてあったピルケースから錠剤を取り出し、水と共に胃へ流し込む。うーむ、毎日飲んでいてもこの瞬間は好きになれない。

 

 

「そう言えば最近よく飲んでるよね。どっか具合悪いの?」

 

「ん? あー、これですか。…んー、まあ酔い止めみたいなもんです。今日みたいな無茶な訓練だと効果薄いですけどね。──あれ? 緑谷、どうしたんでしょう?」

 

 

 カレーライスを持って施設から離れていく緑谷の姿を視界に収め、思わず声に出す。ぼちぼちみんな食べ終わってきたところなのに、手付かずの皿を何処に持って行くのだろうか。私に釣られて麗日と青山もそちらに視線を向ける。

 

 

「ほんとだ。デクくん、一人で何処に行くんかな?」

 

「追いかけてみなよ☆」

 

「ハッ…!? な、なな、なんで私ぃ!? や、別に嫌なわけじゃないけどもっ!!」

 

「…なんですかなんですかぁ? 何かあるんですか麗日ぁ?」

 

 

 大袈裟なまでの彼女の反応に、なんだかピーンときた私はニマニマ顔で水を向ける。青春の香りがする。

 

 

「な、何でもない何でもないよッ!」

 

「え〜? ほんとーですかぁ?? 顔が赤いんですけどぉ?」

 

「ほんとほんと! 青山くんも何言い出すん急にっ!」

 

 

 麗日はパタパタと手を振り必死に否定するが、朱に染まった頬が雄弁に語っていた。

 ほほう、麗日が緑谷を、ねえ。飯田・緑谷と3人で一緒に居ることが多いことは知っていたけれど…、そうかそうか。

 反応からして、まだ自覚したばかりだろうか。あんまりつついて意固地にさせても可哀想だし、野次馬根性も程々にしておく。恋を自覚する過程って楽しい時期だし、ゆっくり育まれていくのを横で堪能させてもらおう。

 

 

「な、なんなんその顔…」

 

「ん〜? いーえ、別に。ふふっ」

 

 

 恋する女の子は、いつだって可愛いものだ。

 

 

「…ちゃうし、そんなんちゃうし……」

 

 

 

 




緑谷くんはこれから洸汰くんに〝余計なお世話〟を焼きに行くところです。ヒーローの本質ですね。

小説版ヒロアカの〝女子会〟を書く予定でしたが、本筋に関係ありませんし難しかったのでスキップします。
後日、書けたら載せようかと思います。

閑話を1話投稿後、合宿3日目に入ります。
近いうちに更新出来そうです。



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閑話:前田 世助②

時系列は、7話冒頭の移の夢の続きになります。暴動が起きた直後です。


「先生ッ! お待ちしておりまし…、ってどうされたんですか!? 血がッ…!!」

 

「見かけほど大した傷じゃあありません! それより、受け入れ体制はどうなっていますか!?」

 

 

 前田総合病院は騒然としていた。これまでも何度か、大地震や大事故による多数傷病者発生事案に対応してきたが、今回は毛色が違った。

 暴動、あるいはテロ。他国と比較して圧倒的に治安が優れている日本において、その日起きたのは未曾有の事案だったからだ。

 

 事件の発生場所は病院と同市内。当然、暴動に巻き込まれた傷病者たちは逃げ込むように前田総合病院へ訪れ、ロビーから駐車場にかけて現場は大混乱に陥っていた。

 

 世助は暴動が激化する現場に偶然居合わせていた。始まりは個人の諍いだった筈が、あれよあれよと言う間に数十人、数百人規模の争いへ発展していった。

 〝異能〟の有無。たったそれだけの違い。双方が抱く悪感情。社会全体に蓄積された恐怖と怒りが体現され爆発したのだ。

 

 付近にいた子どもやお年寄りを先導しながら病院へ向かい、到着した頃には暴動が始まって1時間が経過していた。

 

 

「トリアージエリアにする筈のロビー前は混乱で使えません! 理事長会議の承認待ちですが、研修棟への渡り廊下前にエリアを設立する予定です!」

 

「分かりました…、それでは我々は赤タグ対応に専念しましょう! 救急の状況はどうですかっ?」

 

「現在緊急5名、準緊急8名の処置中です! まだ診れていない患者も多数……、オペ室も2名が緊急手術中ですッ!」

 

「っ…、すぐに向かいます!」

 

(まずいな…既にパンク寸前だ。僕が加わっても処置する場所が足りないッ…)

 

 

 事態は逼迫していた。

 傷病者の人数も問題だが、それに加えて今回の負傷原因は〝異能〟による外傷だ。通常の地震や事故による外傷とは訳が違う。

 電撃傷、凍傷、火炎熱傷、化学熱傷、圧挫傷、咬傷、刺創、溺水…。負傷原因が多岐に渡り過ぎていた。中には〝どのようにして負傷したのか見当もつかない外傷〟も存在しており、いくら熟練の救急医療チームと言えど混乱は必至であった。

 また、従業員の心理的負荷も多大だ。平和な日本で、初めての〝異能持ち〟の暴動。家族や友人の安否が確認出来ない現状で、押し寄せてくる不安。この先、社会がどうなっていくのか見通せない恐怖。それらを押し殺して働くことには限度があった。

 

 

(……とにかく、今は出来ることをやろう。現場は任せて。だから指揮は頼んだよ、父さん)

 

 

 先に救急救命センターへと向かっていった看護師を見送り、スクラブに着替えるためロッカーを目指す世助。かぶりを振って雑念を振り切り、全体指揮を執っているであろう養父の姿を思い浮かべたところで、──身体中に浸透する爆音と衝撃が彼を襲った。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 轟々と鳴り響く崩壊する音。けたたましいアラーム音。悲鳴と怒声。耳鳴りが止み聴覚が戻ってきた世助の耳に届いたのは、小一時間前に聞いたばかりの、地獄の環境音であった。

 辺りは暗闇に包まれている。主電源に加えて自家発電による予備電源も同時にイかれたようだ。窓もない廊下に届いたのは、非常口を知らせる淡い緑の光だけだ。

 

 状況が分からない。何が起きた。

 

 紛争地に行ったこともなければ、戦闘訓練もしたことのない世助には、現状を正しく理解する知識も経験も備わっていなかった。

 ただ、自身の身体が床に横たわっていて、両大腿から伝わる重みと激痛により、動ける状況にないことだけは理解出来た。

 

 

「い゛ッッ…! ……誰か、誰か居ないのかッ…!?」

 

 

 返答はない。変わらず遠くから誰かの叫び声がするだけだ。

 

 

(……そうだ、スマホは? 連絡が取れれば…っ)

 

 

 ポケットに入れていた筈の携帯電話を取り出そうと身動ぐ。僅かな振動で下半身の疼痛が激化するも、歯を食いしばって耐えた。やっとの思いで手にした携帯電話だったが、しかし端末の上半分が大破しており使える状態になかった。

 

 

「くっそ……ッ! なんだってんだッ…!!」

 

 

 思わず虚空に罵声を浴びせる。

 動けない、助けも来ない、連絡も取れない。何も出来ることのなくなった世助は、ようやっと自身の状態を把握しようと下半身に視線を向けた。そこには天井や壁の瓦礫が積み重なっており、たとえ救助が来たとしても、専用の器具がない限り脱出することは叶わないことが推測出来た。

 

 

(診た感じ、両大腿骨開放骨折……出血量からショックに至るまで30分前後…、救助に時間を要するだろうからクラッシュ症候群も懸念される…。と言うか、今のこの状況で救助なんて来るのか…? 警察もレスキューも暴動現場に手が一杯だろ…、やばいやばいやばいっ…どうすんだよ…ッ!)

 

 

 自身の置かれた状況を正しく理解すればする程、絶望的であると告げられるようであった。生存するためには直ちに誰かに発見してもらい、レスキュー隊の救出までの間に救命処置を続けてもらうことが条件だが…、そんな人的資源、余っていないことは十二分知っていた。

 

 死が、迫っていた。

 

 

「ッッ〜!! 誰かぁッ! 助けて、助けてくださいッ!! 誰かッ!!」

 

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。されど、人の気配はない。

 

 ──否。

 

 コツン、コツンと。リノリウムの床に響く硬い足音。革靴やブーツを履いた何者かが、状況にそぐわないゆったりとした足取りで世助の下へ近付いて来ていた。

 助けが、来てくれた! 

 窮地を脱せるかもしれない。希望が湧いた。世助は、その足音の主に助けを求めるべく、縋るように顔を上げた。

 

 ──そこに居たのは、薄ら笑いを浮かべたスーツ姿の美丈夫だった。

 

 

「……、あ、あのッ! すみません、助けを呼んできてくれませんか! 僕はここの医師の前田と言います! 救命センターか…、誰でもいいので、うちの従業員を呼んでくれま──」

 

「──きみが、前田世助くんかい?」

 

「せん、か……、……えっ…?」

 

 

 心地良いバリトンボイスだ。聞き取りやすい、落ち着いた声。いや、問題はそこではない。初対面の筈だ。この若者は、何故自分の名前を知っている? それに彼は何故、こうまで落ち着き払っているんだ? 

 違和感が、疑念が世助を支配した。

 呆気にとられる世助を、男は意に介せず続ける。

 

 

「悪いね。助けは来ないよ。通路は爆破された。救命も、手術室も、ロビーも、研修棟も。無事ではないだろう」

 

「……はっ? …え、なんで…?」

 

「何故識っているかって? ──僕が命じたからさ」

 

 

 理解が、及ばない。彼は何を言っている。日本語の筈なのに、頭が回らない。

 言葉を紡げない世助を無視して、彼は言う。

 

 

「さっきの暴動も、病院の爆破も、僕が命じた。だから識っているんだよ。僕には友達が多くてね。これからの未来の為に、みんな快く協力してくれたんだ」

 

 

 友に語らうように、日常の楽しかった出来事を伝えるように、彼は笑って言う。

 

 

「…な、なんの話をしている……、巫山戯ているのか…? だったら、笑えな──」

 

「酷いなぁ、僕はいつだって大真面目さ。…だけどそうだね。訳も話さないと納得いかないか。時間もあるし、少し話をしようか」

 

「なにを…」

 

「実はね、僕には病弱な弟がいるんだ。満足に運動することも出来ない可哀想な弟がね。そんな彼を救ける為には、大量の医療機材が必要なんだ。だけど、分かるだろう? ノコノコと病院を受診する訳にもいかない僕らに、『薬を分けてくれ』と頼んで差し出すところなんてない。──だから奪うことにしたんだよ、この病院からね」

 

 

 分からない。分からない、分からない。理解が及ばない。弟想いな兄が、弟を救ける為に。そこから何故、暴動を起こし、病院を爆破して医薬品を強奪することに繋がる…? 

 こいつはいったい、何を言っている。

 

 

前田総合病院(ここ)を選んだ理由はね、理事長の理念と方針が素敵だったからさ。『分け隔てなく平等な医療を提供する』。格好いいじゃないか。〝異能〟を差別する世論に逆らうように、〝ヒト〟を区別することなく接するなんて、今時なかなか出来ることじゃないぜ? 清廉潔白な彼の理念に、賛同する者も多いって話だ。素敵過ぎて、──邪魔なのさ。僕の作りたい社会に、それは不要だ」

 

 

 男は嗤う。

 

 

「だから壊した。だから奪った。だから殺した。目的は達成できた。きみのところに寄ったのは、ちょっとした出来心さ」

 

 

 これまで踏み躙ってきた時と同じように。これから征服する時と同じように。世助へ手を差し出す。

 

 

「前田世助くん。きみのことは識っているよ。優秀なんだってね? きみさえ良ければ、弟の主治医になってくれないかい? 『世の人を助ける』ことが、きみの生き様なんだろう? 立派な信念だ。それに則って、僕たちのことを助けてほしい。きみとは、良い友達になれると思うんだ」

 

「………きみは、何だ。きみは……、誰なんだ…!!」

 

 

 気持ち悪い。この男は、自分と同じか少し年下くらいのこいつは、いったい何なんだ。

 悪意が人の形をしているような。悪魔とは、彼のことを指すのではないだろうか。自身が好むコミックの、(ヴィラン)そのものなこの男は…。

 目を背けたい。しかし世助は、その男の瞳に吸い寄せられて視線を逸らせない。怒りと畏れと恥辱に塗れながら、彼の返答を待った。

 

 

「僕の名前かい? どうだって良いと思うけどね。だが確かに、自己紹介はコミュニケーションの基本だしね。──〝オール・フォー・ワン〟。友達には、そう呼んでもらっているよ」

 

 

 〝All for one〟──アレクサンドル・デュマ・ペールによる小説『三銃士』に出てくる有名な一節だ。しかし前半部分がない。そこだけを名乗るだなんて…、まるで〝世界の全ては僕のためにある〟と言っているかのようだ。

 男の傲慢さを表した名前に眉を顰めた世助は、何よりも気になったことを尋ねる。

 

 

「……研修棟も無事ではない、って言っていたな。……父は、前田俊助はどうした…」

 

 

 震えた声に訊いた世助の質問に、〝AFO(オールフォーワン)〟は眉を上げると、小馬鹿にしたような調子で答えた。出来の悪い弟に言い聞かせるように、ゆっくりと、はっきりと。

 

 

「言った筈だぜ? 彼の理念は邪魔だって。──死んだに決まっているじゃないか」

 

「──……ぁあ、ああぁ…ッ! …ぁあああぁァァァッッ……!!!!」

 

 

 慟哭が木霊する。これほどの悲しみを、怒りを、世助は今まで感じたことがなかった。

 そんな彼の様子を、ケタケタと嗤う男。愉快に、心の底から滑稽だと言うかのように。

 

 

「……ろす、ころしてやる…ッ!! 絶対にきみを赦さないッ!!!」

 

「おいおい、命を救う医者がそんなこと言って良いのかい? それに赦さないって…、きみに何が出来る? 親の仇を目の前にして、無様に這いつくばっているだけじゃないか! 救助は来ない。僕が助けないと、あと数十分できみは死ぬだろう。その状況で、きみは何をするつもりだ? ──きみは、何も出来ないんだよ

 

 

 嗤う、嗤う、嗤う。惨めで無力な〝異能無し〟を嘲る。

 

 

「交渉は決裂のようだ。残念だよ。〝異能〟のないきみでも、その確かな知識と技術は欲しかったんだけどな。僕の〝異能〟があれば、きみに合った〝異能〟を与えて、きみにより多くのニンゲンを助けさせることが出来たのに…。本当に残念だ」

 

「待て、何処に行くッ…! 殺してやるッ…!! 殺してやるッッ!!」

 

「待たない。きみは此処で死ぬんだ。何も成せないまま、誰も救えないままね。さようなら、前田世助くん」

 

「クソっ、巫山戯るな…、ふざけんなァァッ!!!」

 

 

 世助は叫ぶ。しかし既に興味を失ったのか、AFO(オールフォーワン)は一切振り返ることなく立ち去った。来た時と同じように、コツン、コツンと悠然とした調子で。

 

 涙と嘆きを垂れ流す世助。次第に目が霞み、意識が朦朧としてきた。ずっと響き渡っていた悲鳴も、今はもう届かない。手足の感覚が薄れ、海の底のような冷たさと静けさに包まれる。

 

 斯くして。

 

 前田世助は死んだ。彼が産まれた病院の瓦礫の下で。魔王への強い憎しみと、己の無力さを胸に抱きながら。

 

 時は、巡る。

 

 〝異能〟は〝個性〟と呼ばれ、混沌とした時代が終わりを告げる。

 平和な世が築かれた現代に、──〝空戸 移〟が産声を上げた。

 

 




魔王 降☆臨!
移 爆☆誕!


オルフォさんのセリフを考えている時が1番楽しいかもしれん…。多分、他作品の筆者様も同様かと思います。愉悦、最高!!

3日目終了後に『前田世助③』を掲載予定です。
また、次の更新はお待たせするかと思います。よろしくお願いします。


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3日目:〝個性伸ばし〟

狭間の地でエルデの王となったあとに(エルデンリング)、未知の惑星に辿り着き(リターナル)、対馬を蒙古から取り戻していました(ゴーストオブツシマ)
旅が楽しくて…更新が遅れてしまいました。すみません。

それと、高評価していただきありがとうございます!!
念願の赤バーになりました!めっちゃギリギリラインなので、一時的かもしれませんが、スクショしてあるので僕の中ではずっと赤バーです!
評価に見合う内容となるよう精進します。今後もよろしくお願いします。

それでは3日目スタートです。開闢行動隊が準備体操を始めたようです。


 林間合宿も今日で3日目。そろそろ折り返し地点だ。

 昨日よりも開始時刻が遅かったが、それでも7時にスタート。過密スケジュールに相違ない。私含め、全員疲労が蓄積してきている。

 

 特にヘロヘロなのが補習組の3人──芦戸と上鳴、瀬呂たち。聞くところによると、深夜2時まで座学があったそうな。そんな時間まで起きている経験なんてそうそうない。睡眠時間を削り過ぎるのは非合理的と思わなくもないけれど…。まあ、そこは相澤先生のことだ。長期的に見たら合理的なのだろう。

 

 

「補習組、動き止まってるぞ」

 

「すいません……、ちょっと…眠くて」

 

 

 3人とも体がふらっふらしている。先生愛用の寝袋でも用意したら秒で眠りそうだ。

 

 

「だから言ったろうキツイって。〝個性〟の強化だけじゃない。何より期末で露呈した立ち回りの脆弱さ。お前たちが何故、他のクラスメートたちより疲れているか。その意味をしっかり考えて動け」

 

 

 相変わらず相澤先生は厳しい人だ。肉体的にも精神的にも削られている3人へ容赦ない指導。その手は休まることはない。だけど、それは信頼の裏返しであろう。先生は〝合理性〟を重要視している。そんな人が、見込みのない、意味のない言葉はかけないと私は思う。成長すると、可能性があると信じているからこそ、この訓練を課しているのだろう。

 

 そして、それは私も同様。

 

 私が、この技を会得することを先生は信じている。プロヒーローが、期待してくれている。ならば私は、それに応えるだけだ。

 

 

(そうです移…! 髪にゲロが付いたからってなんです! 気分下げてる場合じゃあありませんよっ…!)

 

 

 昨日に引き続き基準点移動による反動を味わっている私は、ねっとりした液体が前髪に付着してテンションがだだ下がりしていた。めまいが続いていたこともあって、暫く蹲っていたのだけど、気合を入れ直して立ち上がる。潤んだ目元と髪の毛をタオルで拭い、再度集中する。

 

 

「気を抜くなよ。みんなもダラダラやるな。──何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何のために汗かいて、何のためにこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」

 

(原点……、私の原点か…)

 

 

 〝原点〟つまり動機。私の動機とは、何だろうか。

 

 何故努力しているのか。強くなるためだ。

 何故強くなりたいのか。最高の〝ヒーロー〟になるためだ。

 何故〝ヒーロー〟を目指すのか。それは…。

 

 

空戸移(わたし)が〝私〟として生まれたから…)

 

 

 贖罪、報恩、羨望、義務…。私が少女の人生を奪ってしまったから。家族が私を受け入れてくれたから。秩序を齎した〝平和の象徴〟に憧れたから。『世の人の助け』にならなければいけないから。

 

 それらが私の行動理念であり、私の原点。

 

 だから私はこうして汗水垂らしている。

 

 

(……うん。先生の言う通り。意識したら、より気合が入ります)

 

 

 身が引き締まる思いだ。『暴走しないだろうか』という不安と襲い来る反動、〝記憶〟への恐怖と罪悪感。それらが入り混じり、漫然としていたかもしれない。雑念は振り払おう。今考えるべきことは、どうしたらこれを扱えるようになるか、だ。

 

 

(基本的なことから見直しますか。…これまで私は自分を中心に据えることで〝個性〟を制御してきました。根本からして運用法が違うのですから、困難であることは至極当然…)

 

 

 昨日から始めたこの訓練。未だに体外へ基準点を移動出来ていない。ここまでのやり方で上手くいかないなら、改善点を模索しなくていけない。

 私は、通常の【空間移動(テレポート)】を行使する際の思考過程、つまり、亡き祖父から教わった〝個性〟制御の(すべ)京都の祖父の自宅で(あの時)かけてもらった言葉と共にそれを思い出す。

 

 

『いいかい、移ちゃん。私たちのような【ワープ】系〝個性〟を使う時は、自分が中心に居るんだと言うことを忘れてはいけないよ』

 

 

 【ワープ】系〝個性〟が希少な理由。それは偏に、扱いの難しさに起因する。実用可能なレベルまで熟練することも困難であるが、それ以上に【ワープ】系〝個性〟は〝生きていられない〟のだ。〝個性〟を発現した時点、或いは数年の内、つまり幼少期に彼らは事故死する。地中深くに移送してしまい窒息死・圧死したり、高所へ移送して転落死してしまったり。中には重体()()で済む子もいるだろうが、多くの子がその事故をキッカケに自身の〝個性〟を忌み嫌うようになると言う。

 更に、傷付けるのは何も己だけではない。家族や友人にも累が及ぶことがある。嘗ての私のように。

 

 祖父が私にアドバイスしたのも、〝個性〟の暴走による怪我を危惧したからだろう。現に、お父さんの兄弟、私の伯父と伯母に当たる人たちは幼少期に〝個性〟事故で亡くなったと聞いている。

 

 故に希少なのだ。お父さんのようにプロヒーローにまで至った者や、祖父や黒霧のように自在に移送出来る【ワープ】系〝個性〟は。

 

 

(…プロヒーロー。そう言えば、お爺ちゃんの話で〝自身の血液を媒介して【ワープ】する〟ヒーローのことが出てましたっけ…)

 

 

 〝個性〟制御の話題ついでに、祖父が地方のヒーローに関して語っていたことをふと思い出す。祖父の古い知り合いで、今も現役のプロヒーローのことだ。メディア露出を嫌厭していて、ヒーロービルボードチャートに載ることはないが、確かな実力者とのことだった。

 ヒーロー名は確か…、〝ポイント・コネクト〟。彼は、アイテムを駆使して血液を射出し、付着した箇所を始点・終点に設定するらしい。

 

 

『みんながみんな、自分を中心にする訳じゃあないんですね』

 

 

 〝ポイント・コネクト〟のことを聞いた当時の私が抱いた感想だ。自分以外を、離れた2点間を繋ぐことの出来るその〝個性〟は、【スフィア】と違って基準点の移動が可能なのだと。

 

 そんな私の台詞に、祖父はなんと答えたのだったかな。優しげな笑みを浮かべたまま、彼はこう言っていた気がする。

 

 

『──いいや。彼も例外ではないさ。血を媒介しているものの、それも元は己自身。彼はね、分かたれた血液を己と認識して〝個性〟を行使しているんだ。離れていても、そこに在る血痕を中心に据えてね。……いや、すまない。移ちゃんには、ちょっと難しいかな?』

 

 

 途中で、幼児に話すにしては難解だと察したのか祖父はそこで説明を終えた。無論、肉体的は6歳そこらでも中身は30代に達していた私だ。その理論はきちんと理解していた。

 

 

(〝ポイント・コネクト〟は〝個性〟の使用に血液を必要としていた。……私も、身体のどこかを切り離して媒介すれば、もしかしたら……)

 

 

 少し、想像してみる。〝ポイント・コネクト〟のように拳銃型のサポートアイテムを用いて血液を飛ばす自分の姿を。

 しかし、どうもしっくり来ない。それで成功するヴィジョンが浮かばなかった。

 そもそも、〝ポイント・コネクト〟は元来それが発動条件の〝個性〟だ。私の【スフィア】とは根本から異なる。

 

 

(う〜ん…どうしたらいいのやら……。暴走していたにしても、10年前の私はどうやって使っていたんでしたっけ…?)

 

 

 腕を組み頭を悩ます。非常に億劫ではあるが、当時のことを振り返ってみる。

 

 

増井(ラブアンドピース)に思考を奪取されて。それが()()()()解除されて…。そして奴が迫って来た。奴に触れられる直前に〝アレ(非接触空間移動)〟が発動した訳ですが……、その時に私が考えていたこと…)

 

 

 記憶の蓋を開けていく。増井(ラブアンドピース)の醜悪な表情と、私が引き起こした惨状を思い出して気分が滅入る。しかし辛抱だ。苦虫を噛み潰したような顔をしていることを自覚しながら、続きを黙考する。

 

 

(私は、何か叫んだ気がする…、何を…? ……ええと、確か私は……)

 

 

『やめ……っ、…来ないで…っ…。──私の領域(なか)から出ていってよッ……!!』

 

 

(私の……、〝領域(なか)〟…?)

 

 

 〝領域(なか)〟……。そうだ、〝なか〟だ。あの時、私は【空間探知(ディテクト)】の範囲内を体の中と認識していた…、ということだろう。

 

 【空間探知(ディテクト)】している場所を己自身と定め、基準点に据える。…これなら理論上は可能、かもしれない。

 専門家の常套句(言い訳)のような言い回しになってしまったが、試してみる価値はある。さっきまでは丹田から体の先、そして体の外へ基準点を持っていこうとしていた。その手順を捨て去り、一足飛びに体外──いや、【空間探知(ディテクト)】内の別の場所へ移す。

 

 

(物は試しに……、…。いいえ、半端な気持ちでは駄目。出来ると信じてやるだけです…!)

 

 

 集中する。ピクシーボブが全体に向けて事務連絡かアドバイスかを言っているようだったが、自分のみに意識を向ける。深く息を吸って、静かに吐き出す。繰り返して、呼吸を整える。

 努めて自然体に、いつもの通りに。

 

 2m先の空間に、全神経を集中させる。

 

 

(そこは体内、そこは私、そここそ──基準点ッ!!)

 

 

 ──ズズズ………。

 

 

 ──瞬間。

 

 自分の中から何かが出て行く。一歩も動いてない筈なのに、少しずつ居場所が変わっているような。ゆっくり、ゆっくりと宙を移動し、やがて私は()()に辿り着く。

 

 不思議な感覚だ。私は今、浮いている。浮遊感はなく、支柱もないのにボルトで固定されているようにビタリと、地面から1メートルほど離れた場所に留まっている。

 だけど私の肉体は、別の地点──基準点を移そうとする前の場所に確かに存在していた。

 

 肉体と意識。二つの地点で二種類の私が同時に居た。

 

 

(成功した…、成功しましたっ…!)

 

 

 じわりじわり広がるように喜びが湧き上がる。昨日からめまいやら嘔吐やらに耐えた甲斐があった。飛び跳ねて感情を表出したい気分だ。リバース仲間の麗日と喜びを分かち合いたい。

 

 

(──いやいや落ち着くんです私。前進したけどまだまだ。このまま【空間移動(テレポート)】の練習に移行して……)

 

 

 浮ついた心を落ち着かせようとして、技の練習に意識を向け直すが…、僅かに遅かったようだった。

 

 

「ぁ……っ、まずっ……!!」

 

 

 固定されていた基準点は、左右に小さく揺れたかと思うと、次の瞬間には四方に大きくブレ始める。肉体から離れた意識(基準点)は、私の思惑から外れて無秩序に暴れていく。

 

 天地が逆転し、自分の居場所がまるで分からない。もはや立っているのか座っているのか、落ちているのか昇っているのか。濁流に飲み込まれた木っ端の如く、乱れ踊る基準点に翻弄される。

 

 完全に、制御から外れてしまっていた。

 

 

「空戸ッ…!!」

 

 

 正面から相澤先生の叫び声がした。

 回らない頭で〝個性〟を解除しようとして、既に【空間探知(ディテクト)】が切れていることに気が付く。遅れて、『ああ、先生が視て(抹消して)くれたのか』と思い至った。

 

 誰かが駆け寄って、何やら話しかけている。しかし、水中にいるように声が遠い。

 

 僅かな振動と風の流れを感じた。それがピクシーボブの【土流】によって搬送されているからだと気が付いたのは、医務室に着いた頃だった。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 霞がかった纏まらない思考で、なんとなく、しかし根拠もなく確信する。ああ、これは夢だと。

 

 

「どうして僕にはお父さんがいないの?」

 

 

 少年の声だ。寂寥感に襲われた幼い子どもの問い。その声を受け、少年の視線の先に居る女性の顔が悲しげに曇る。涙を堪えながら彼女は、ゆっくりと少年に近付いて、力強く抱きしめた。『ごめんね。ごめんね』と湿った声で繰り返す女性。少年は動くことが叶わず、ただただその悔恨を含んだ懺悔を、暗鬱とした空気の中で黙って聞き続けることしか出来なかった。

 

 この女性は、誰だったろう。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「お父さん、どうして分かってくれないのッ?」

 

 

 今度は、少女の声。聞き覚えのある声。私に似ていて、しかし私ではない。少女の視界とリンクしているのか、彼女が父と呼ぶ男性は見えるが、少女の顔は確認できない。

 

 

「お爺ちゃんは殺されたんでしょう!? お婆ちゃんもお父さんも、そのせいでいっぱい悲しんだし、苦労したって! だから私が強くなって仇を討つの! それの何がいけないのっ!?」

 

 

 少女は激しい怒りを覚えた。正面に立つこの男性に対してではない。父や祖母、愛する彼らから幸せを奪った者が裁きを受けず、のうのうと悪事を働き続けている現実を許せないのだ。

 

 

「……その気持ちは嬉しいよ。だけどね。お父さんもお婆ちゃんも。■が戦って怪我することが、とても怖いんだ。傷付けたり傷付いたり。そういうことはもう…嫌なんだよ」

 

 

 何かに怯えるこの男性は、誰だったろう。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「お母さん、あのね。お腹の子、女の子だって」

 

 

 再び景色が切り替わる。今度も私の声のようで…、しかしほんの少しだけ大人びている。妙齢の女性の声だ。一人称視点の映画のように、彼女が見ているであろう光景が映される。視界には、少し膨らんだ腹部を撫でる手が映っていた。慈愛に満ちていて、それでいて手付きにはどこか戸惑いも見て取れる。

 

 

「順調に成長してるって。良かったぁ…。3ヶ月目まで気付かずに仕事してたもの。このまま何事もなければ良いんだけど」

 

「そう…、本当に良かったわ。ええ、きっと無事に産まれるわよ」

 

 

 耳元からする電話越しの声。耳馴染みのある■■の声だ。

 

 

「ありがとうお母さん。……あとは、■■のお父さんがこの子を受け入れてくれたら嬉しいのだけれど…」

 

「……そうね。だけど、あまり思い詰めてもいけないよ? 少しずつ歩み寄っていきましょう」

 

「うん……分かってる」

 

 

 この電話相手の女性は…。膨らみかけのお腹をした女性は…。お腹の中の子どもは……。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「わ…たし、は………」

 

 

 意識が浮上する。真っ白な天井が視界に入った。乾いた口内を潤すべく唾を飲み込む。少しだけ胃酸の味がした。

 

 夢、なんだろうか。さっきまで見ていた光景は記憶にないものでありながら、息遣いまで鮮明に感じられ現実味を帯びていた。少年と少女と女性。3人の人物の視点で展開されたそれぞれの場面一つ一つから、彼らの情動がハッキリと感じ取れた。あれはまるで、私が体験した出来事のようで………。

 

 

「気が付いたかにゃん」

 

「──あ。…えと、はい、おはよう…ございます?」

 

「にゃ。そろそろ夕方だけれど」

 

 

 思案していたところに横合いから声をかけられ中断される。翡翠色の髪の毛にイエローがモチーフカラーの戦闘服(コスチューム)を着た〝プッシーキャッツ〟の1人、ラグドールだ。

 彼女が指差す時計を見る。時刻は16時を少し過ぎた頃。

 窓から入る陽光は、オレンジ混じりの淡い色合いになっていた。

 

 

「そんなに眠ってしまったんですか……。もしかして、ずっと付き添っていただいていたのですか…?」

 

「倒れた子を放っておくわけにはいかにゃいにゃ。あ、安心してね。ここからでも、アチキの〝個性(サーチ)〟は届くから、みんなの弱点は通信で都度伝えていたにゃん。それと、倒れたのは君だけ。他のみんなに怪我はにゃい!」

 

 

 だから気にすることはないと、彼女はコロコロと笑った。

 

 彼女の〝個性〟【サーチ】は、目視した相手の居場所や〝個性〟の弱点を知ることができる。それらは、ある程度の距離が開いていても効果を発揮する。

 彼女が居るからこそ、2クラス40人の個性伸ばしを僅か6名の監督者で実行可能としているのだろう。

 

 ラグドールの言う通り、私の付き添い程度で訓練に影響はなかったと思われるが、私の心情は別だ。私は再度、謝罪と感謝を述べた。

 

 

「元気になってくれたらそれでいいにゃん! どこもおかしなところはない?」

 

「はい。少しだけ頭痛が残ってますがもう平気です」

 

 

 布団から出て調子を確かめる。意識を失った後にしては不調が少ない。先生たちの迅速な救護のおかげだろうか。

 身なりを整えていると襖がノックされる。音の方へ目を向けたラグドールが返事をすると、相澤先生が部屋に入ってきた。

 

 

「ラグドール。空戸の看病と連絡、ありがとうございます」

 

「お安い御用にゃん!」

 

「空戸は、…平気か?」

 

 

 強張った声で先生が訊いた。若干の躊躇いが感じられた。体調以外にも私の心理的な面を慮ってのことだろう。危惧していた〝個性〟の暴走が起きたわけだし。平静を装えるよう努めて明るく振る舞う。

 

 

「お陰様で問題ありません。体調も良いですし、先生が視てくれたことで未然に防げましたし。……ほんと、助かりました」

 

 

 半分本当、半分嘘だ。体調はほぼ良好。被害が出ていないことへの安堵もある。ただ、〝個性〟が制御出来なくなった事実は、私の心に重くのし掛かる。

 もし、あのまま暴走し続けていたら……。嫌でも凄惨な光景が目に浮かんでしまう。

 

 

「………そうか。何があったか分かるか?」

 

 

 先生は息を吐いて、困ったように頭を掻く。どうやら、見栄はバレていそうだ…。

 

 

「はい。10年前の事件の時、私が何を思って〝個性〟を使ったのか思い出したんです。それに倣って基準点を【空間探知(ディテクト)】内に移動しようとして、一応は成功しました。……けど、そのあと気が緩んでしまって…、制御不能に陥りました……」

 

「油断が原因か」

 

「うっ……、はい…。すみません……」

 

 

 ズバリと指摘されてしまった。

 危険な技と理解していた筈なのに、先生の世話になってしまった。これは完全に私の落ち度だ。情けなさから思わず縮こまってしまう。

 

 

「…明日以降も同じ手法で試してみろ。ゼロから始めて2日でここまで掴めたんだ。下地があったにしろ、大きな成果を出したことを誇って良い」

 

「……! はいっ!」

 

「ただし気を抜くなよ。常に実戦を想定しろ。無論、被害は俺が出させん。お前は安心して訓練に励め。…話は以上だ。他の奴らが心配していた。晩飯の支度を始めているから合流してこい」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

 

 相澤先生と、それからラグドールに礼をして退室する。

 

 

(そっか……、そうですよね。誇って良いんですよね)

 

 

 御しきれなかったことに沈んでいた気持ちが少し晴れるようだった。足取りが軽い。

 

 

(大丈夫。集中を乱さなきゃ暴走しませんし、先生も控えてくださってる。明日はもっと上手く出来る筈)

 

 

 反省すべきところはして、引き摺らないようにしよう。急に倒れてしまってみんなも心配しているだろうし、クヨクヨしていられない。

 先生の言う通り成果が出たんだ。このまま行けば、合宿後にはお婆ちゃんに良い報告が出来そうだ。

 

 みんなが調理していると思われる場所へ向かう道すがら、そう言えばと思い出す。さっき見たおかしな夢は何だったんだろう。先生たちと話している内に内容を忘れてしまった。感傷的な気分になる夢だった気がするけれど。

 

 

(……まあ、疲れていましたし、悪夢でも見たんでしょう)

 

 

 忘れてしまったものは仕方ないし、所詮は夢だ。別に深く気にすることもないだろう。

 とりあえず今は、既に調理し始めているみんなに合流しなくては。爆豪あたりに『はよ手伝えや!』とか言われそうである。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 移がクラスメイトの下へ向かったことを確認した相澤は、ラグドールに向き直る。その表情は、無愛想な普段の彼よりも一層険しい物だった。

 

 

「──それでラグドール。報告にあった件ですが」

 

「うん。眠っている間に詳しく見たから間違いないにゃん。──彼女の〝個性〟は2つある」

 

 

 知床(しれとこ)知子(ともこ)、ヒーロー名〝ラグドール〟。彼女の〝個性〟は、目視した人物の情報を丸裸にする。隠していようが、本人が知らないことであろうが、彼女の【サーチ】は全てを暴く。

 

 

「空戸移ちゃん。あの子は〝個性届け〟にある【スフィア】の他にもう一つ、〝個性〟を宿している。こんな事例を見たのは今回で3()()()だにゃん」

 

 

 神妙な顔で話すラグドールと、それを聞く相澤。2人の頬に汗が伝う。

 聞きたくない。だが知らねばならない。相澤は彼女を預かる教師として、確認する必要がある。

 

 

「……1回目と2回目の事例は…」

 

「………今年の4月と6月。公安委員会の依頼で見たにゃん。空戸ちゃんの重なり方とはかなり違ったけれど、アイツらも1つの体に複数個の〝個性〟を宿していた」

 

「〝怪人脳無〟……ですか」

 

 

 間違いであってほしい。相澤のそんな願望を含んだ問いは、ラグドールの静かな頷きによって是とされた。

 

 

 

 

 

 




公安委員会がラグドールに仕事を依頼したことは独自設定です。


ところで疑問なんですが、ラグドールには【ワンフォーオール】がどう見えていたのでしょう。
【ワンフォーオール】のオリジンは、【〝個性〟を与える】と【力をストックする】が混ざり合った物です。
デクくんが現時点で使用できるのはそのオリジンのみですが、これの弱点が見えるとしたら…。

・6%以上の力を発揮すると体が自壊する。
・(〝個性〟を与えるには)相手に自分の体の一部を摂取させなければならない。

となりそうです。前者は良いとして、後者は『え、なにそれ怖いにゃん』って思われそう。それとも、後者は〝個性〟使用の前提条件であるため、弱点として表示されていないのでしょうか。不思議です。

そもそも弱点って、どうな基準で判定されるのでしょう。
【シュガードープ】や【ネビルレーザー】のように分かりやすい〝個性〟の弱点があれば単純ですけど
【尻尾】や【透明】の弱点を聞かれると答えに困ります。比較対象や運用方法によって何が弱点なのか、変わってしまいそうです。

【サーチ】ってなんなんでしょうね。分からず書いてます。


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3日目:肝試し

結局月一更新になってます。すまぬ。
キャラが多くて悪戦苦闘しております。
だからこそ動かしやすい峰田を重宝してしまう。拙作のキーパーソンは峰田です。


感想の返信が遅れてしまい申し訳ありません。
何度も読ませていただいてます。ありがとうございます。

評価や登録、誤字報告をしていただいた方もありがとうございます。


 〝怪人脳無〟。

 今年の春にあった前代未聞の雄英襲撃事件。そして先月、ヒーロー殺し〝ステイン〟と共に保須市で確認された化物。これまで合計4体出現している彼らは、個体差はあれど全員常人離れした身体能力を持ち合わせていた。脳無の身体を検査した医師と研究者たちによると、彼らは皆『ヒーローとの戦闘前から死んでいた』と言う。脳無は、死人の身体を繋ぎ合わせて無理矢理動かされていた。

 

 これだけでも悍ましい驚愕の事実だが、更にもう一つ、共通の特徴がある。それが複数個の〝個性〟所持だ。

 

 通常、1人の人間が持つ〝個性〟は一つのみだ。稀にいくつかの〝個性〟を使用しているように見える人もいるが、それは一つの〝個性〟を応用して使用した結果であり、〝個性〟を複数所持している訳ではない。轟焦凍の【半冷半燃】が良い例だろう。

 

 しかし脳無は違う。確実に〝個性〟を複数所持していた。それは日本の最高峰医療機関〝セントラル病院〟で証明されており、とあるヒーローのお墨付きもある。

 

 ヒーロー公安委員会の依頼の下、セントラル病院の検査結果を後押ししたヒーロー。それが【サーチ】の〝個性〟を持つラグドールだった。

 

 

「アチキの【サーチ】で見た人は〝個性〟が十字に光って見えるのにゃん。こう、ピカーッて。脳無の場合、人間が密集しているかのように光が幾つも見えたにゃんね。その光一つ一つが異なる〝個性〟だった」

 

「そして空戸の場合、それらとは異なったと」

 

「にゃ。最初に見た時は普通だったにゃん。他の人と同じで十字に光っていただけ。けれどおかしなところがあった。彼女の弱点に『〝個性〟の連続使用による頭痛・めまい』にゃんてない。精々体力の消耗くらいだにゃ」

 

「…それは聞いていませんが」

 

「忘れてたにゃん!」

 

 

 その時点で即報告案件ではないだろうかと思ったが、今の論点ではないため相澤は胸中に留めておいた。

 

 

「彼女の光り方に違和感を覚えたのは〝個性〟の暴走があってから。目の霞みのように微かにゃんだけど、確かに二重に光っていたにゃん。【スフィア】とは別の〝個性〟があの子の中にある。生憎、不鮮明過ぎてその〝個性〟が何なのかは分からなかったし、あの子が目覚めると同時に普通の十字に戻っちゃったけどね」

 

「その二つ目の〝個性〟がアイツの頭痛や暴走に関与している可能性はありますか?」

 

「…頭痛は『体力の消耗』から間接的に生じているとも考えられるにゃん。今見えている不調の原因の全てがそれとは断定出来にゃい。けど、脳無の肉体改造は『〝個性〟の複数所持に対応するため』という仮説もあるにゃん」

 

「……つまり、改造が為されていない空戸の肉体では、〝個性〟の複数所持に耐えられていない、と」

 

「あくまで予想の範疇にゃん。…空戸ちゃんのもう一つの〝個性〟が生来からの物にしろ、『誰かの作為的な物』にしろ。複数個の〝個性〟所持による負荷がない、とも言い切れにゃいにゃん」

 

 

 これまで確認されてきた脳無たち。彼らは『弄られてない場所がない』と言って良いほどに全身を改造されていた。力を振るうこと、誰かを傷付けることを目的に生み出された怪人。脳無の製作者は間違いなく天才であり、同時に、人の尊厳を踏み躙ることを厭わない鬼畜だ。

 

 相澤はこれまで〝プロヒーロー〟として活動してきた経験から、『最悪』のケースを想像する。

 

 10年前の〝空戸一家殺傷事件〟における実行犯の増井和愛(ラブアンドピース)が、AFO(オールフォーワン)と繋がりがあることは判明している。

 唯一の生存者である移は目撃していないし、増井(ラブアンドピース)は黙秘を続けているため確実性はないが。

 

 もし、事件当時の現場にAFO(オールフォーワン)が居合わせていたのなら。【〝個性〟を奪い、与える】ことが出来る彼が移に何かした可能性はないだろうか。ラグドールが言った『誰かの作為的な物』ということが、AFO(オールフォーワン)の何らかの試みだとしたら。

 理由は分からないし、道理に合わない点もある。

 AFO(オールフォーワン)が現場に居たとして、【スフィア】ほど有益な〝個性〟を奪わない理由が考えられない。点と点を無理矢理結び付けているだけかもしれない。

 だけどもし、これが真実だとしたら。

 

 

(ここまではらわたが煮えくり返ることがあるか…ッ!!)

 

 

 移は必死になってヒーローを目指している。幼少期にあれほどの地獄を目の当たりにして、心をズタズタに引き裂かれ、それでも足掻いて自身の心の傷に向き合っている。6歳からずっと戦っているのだ。ただ人を救いたい。その純粋な願いを実現するために。

 

 相澤は知っている。彼女が校長に語った覚悟を。

 相澤は聴いている。体育祭の信念が込められた宣言を。

 相澤は見ている。入学してから今日まで、絶え間なく続けている彼女の努力を。

 

 それを嘲笑う者など、赦せる筈がない。

 

 

「…このことは本人には伏せておこうと思います。まだ明かせる状況にない。まずは今夜にでも校長と空戸の保護者に情報を共有し方針を固めます。本人に伝える時は主治医も交えた方が良いでしょう」

 

「妥当な判断にゃん。それまでにあちきも可能な限り『二つ目の〝個性〟』を探ってみるにゃん」

 

「頼みます。──では、また後ほど。とにかく、今夜は予定通りのスケジュールを敢行します」

 

「イレイザー」

 

 

 足早に退室しようとした相澤をラグドールが引き止める。彼女は、両腕を頭上に伸ばして戯けたポーズを取り笑顔で言う。

 

 

()()()()をして生徒たちの前に出るつもりかにゃん? こんな時でもアチキらはスマイル、だにゃん!」

 

 

 虚をつかれた相澤は所在なく頭に手をやり、眉間の皺を取る。確かにこんな感情を表に出したまま生徒たちに接する訳にはいかない。平常心を心掛け、険の取れた普段通りの雰囲気となるよう努めた。

 

 

「そうですね、ありがとうございます」

 

「まだ無愛想にゃん! スマ〜イル!!」

 

「…これが通常です」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 相澤先生たちから別れた後、建物前の屋外調理場に着いた私は、みんなに揉みくちゃにされながら体調を心配された。

 特に体育祭で体調を崩した姿を目撃した経験のある芦戸や〝個性〟の反動で同様の苦労をしている麗日、それと人一倍友達想いな梅雨ちゃんには大変憂慮させてしまったようだった。

 

 調理は加わらずに休憩することを勧められたが、体調はほぼほぼ万全であったし、これ以上迷惑をかけることも心苦しかったため、みんなに感謝を示しつつその提案は遠慮しておいた。

 私が合流したことでみんなの調理の手が緩んでいた中、一人鬼の形相をして料理人もかくやと食材を刻む爆豪に追随すべく、彼の横に立つ。〝切る〟ことは得意分野だ。

 

 しかし、やる気を出して一個目のジャガイモを切り終えたところで爆豪から「普通に包丁使えやッ!!」と怒鳴られてしまった。〝個性〟で調理することは彼の中でNGだったようだ。

 轟や爆豪も〝個性〟で点火していただろうと内心不満に思ったが、夕食作りに一番貢献していそうな彼に食い下がるのも悪いと感じ、渋々従った。

 因みに包丁は使い慣れていないため、〝個性〟を使用した時より20倍の時間を要したことは不甲斐なく思う。昔から〝普通に〟家事をすることは苦手である。

 

 昨日に引き続き〝まずまずの〟夕飯を堪能した私たちは、手早く後片付けを終えて、20分の小休憩を言い渡される。この後はいよいよ合宿のお楽しみイベントである肝試しが始まる。そのための準備時間でもあるのだろう。

 今のうちにと思い、歯磨きとお小水を済ませる。肝試しは森の中で行われるため、後で尿意に襲われたら堪らない。

 

 

「おわっ…」

 

 

 女子トイレから出てすぐ、全く同じタイミングで隣の男子トイレから出てきた影に驚く。爆豪だ。彼はポケットに両手を入れてやや猫背な姿勢でこちらを見下ろしている。

 

 

「…んだよ」

 

「あ、いえ。なんでもありません」

 

 

 咄嗟に声が漏れてしまったが、勝手にこちらが驚いてしまっただけだ。本当に他意も用もなかったためそそくさと離れようとしたところ、後ろから「おい」と呼び止められてしまった。

 

 

「…てめぇ、〝個性伸ばし〟のこと知ってやがったんか?」

 

「えぇと…? …まあ、はい。祖母がヒーローやってましたので、昔から訓練を付けてもらっていた関係で…」

 

 

 答えながら、何故こんなことを訊くのだろうかと疑問を持つ。そんな思いが顔に出ていたのか、顰めっ面のまま爆豪は訳を話した。

 

 

「昨日のボール投げ。クソデクでも、体力テストの一位だった八百万でも、入試一位のてめぇでもなく俺が指名された理由だ。デクの野郎は〝個性〟の扱いが雑魚だったから例外、八百万は〝個性伸ばし〟のデモンストレーションには不適格。だとして、なんでてめぇじゃなく俺だった? …てめぇの〝個性〟…伸びてやがんな」

 

 

 沸々と沸き上がる感情を抑え込むように語る。今の彼は、まるで噴火直前の火山のようだ。

 なんとなく察した。ボール投げに彼が選ばれた訳。それが彼は気に食わなかったのだろう。『(空戸)が成長しているのに爆豪(自分)は変わっていない』という事実を知り、彼は怒りを抱いたんだ。他ならぬ己に対して。

 

 

「期末の実技ン時は結局白黒付かんかったが…。この合宿ではてめぇより遥かに結果を出してやる。当然! こっから先もだッ!」

 

 

 血走った三白眼が私を捉える。

 期末試験の前、爆豪は私や緑谷、轟に激しい対抗意識を抱いていた。実技試験で緑谷と協力してオールマイトから勝利をもぎ取ったと聞き、その感情はなりを潜めたと思っていたが…。今の様子から、全くもってそんなことはないと知る。

 

 言いたいことを言い切ったのか爆豪は肩をそびやかしてこの場を去ろうとする。だが私も、言われっぱなしではいられない。彼の名を呼び振り返らせる。

 

 

「爆豪、キミは強いです。この先、キミに負けることは何度もあるでしょう。これは私の本音です。謙遜も蔑視もありません」

 

「………」

 

「けれど前にも言った通り…私はNo.1ヒーローになるんです。オールマイトのように、世の中に平和をもたらす〝ヒーロー〟に……ならなくちゃあいけないんですよ」

 

 

 オールマイト(No.1ヒーロー)。それは私の憧れであり、目標であり、そして責務だ。そこに至るまでどれだけ壁があろうとも、私は必ず辿り着かなくてはいけない。だからこそ。

 

 

「だからこそ、私は負けられないんです。これから先も、『イチバン』は私が勝ち取ります」

 

 

 体育祭決勝戦。その直前に爆豪が私に向けて言った言葉。それをあえて引用する。彼のこうした乱暴な振る舞いにはほとほと呆れるが、勝利に拘る姿勢は嫌いじゃあない。

 

 

「……ハッ! だったらバテて倒れてんじゃねーよ!!」

 

「…もしかして心配してくれたんです?」

 

「だぁーれがッ!! それに! オールマイトは『絶対に負けねぇ』んだよッ! 『負けることは何度もある』だァ? んなことぬかす奴がNo.1になれっかッ!! No.1になんのはこの俺だッ!!」

 

 

 吐き捨てるようにそう言って、今度こそ爆豪は去っていった。

 

 結局、爆豪の〝いつもの〟に付き合わされただけか。彼とのこういうやり取りも慣れつつある自分がいる。春の頃は敵対心バリバリの態度に恐怖してた筈だが、いやはや慣れとは恐ろしい。

 

 それにしても。

 

 

(『オールマイトは絶対に負けない』、ですか。案外彼も、オールマイトに感化された一人なんですかねぇ)

 

 

 とても熱が込められた言葉だった。勝利への強い執念は、オールマイトの絶対的な強さから影響を受けたものかもしれない。〝私〟たち世代は幼少期からオールマイトの活躍を目にしている。緑谷も熱烈なファンだと以前に聞いたが(彼の場合、自室がオールマイトグッズだらけらしい。いつか見せてもらいたいものだ)、爆豪もそうだとしたら、同じ人に憧れた人間として親近感を抱いたりしなくもない。

 

 …いや、やっぱりないだろう。彼ほど〝親近感〟という言葉と縁のないヒーロー志望はいない。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「本当に平気なの? 明日もあるのだから、休んでいた方が良くないかしら…」

 

 

 夜。20分の小休憩を終えて、私たちは宿泊施設から離れた森の奥へ集合していた。先生とプッシーキャッツの皆さんが持つランタンに照らされた山道は、既に()()()()()()()()を醸し出している。

 これから行われるイベントを今か今かと心待ちにする者や心底逃れたそうにしている者(主に耳郎)がいる中、私は横を歩く梅雨ちゃんへ視線を向ける。

 

 

「ありがとうございます。でも、もう何ともありませんし、この行事にはどうしても参加したくて…」

 

「ケロぉ…辛くなったら無理をしちゃ駄目よ? …ごめんなさい、何度も訊いてしまってしつこく感じてしまうかもしれないけれど、移ちゃんの体調がどうしても心配なのよ…」

 

 

 眉を下げてこちらを見上げる梅雨ちゃんの気持ちが伝わり、心が安らぐ。梅雨ちゃんはとても優しい人だ。

 訓練中に倒れた私に、みんなとても心配してくれた。特に梅雨ちゃんはずっと気にしてくれていて、それだけ不安にさせてしまったことに申し訳なく思う。〝個性〟制御の改善策ばかりに考えが及んでいたが、周囲にいた友人がどう感じるかなどを失念していた。反省すると同時に、本気で思い遣ってくれるみんなの気持ちが嬉しく感じる。

 

 

「謝らないでください、分かっていますから。梅雨ちゃんの思い遣り、とっても嬉しいです。体調を崩す前に休むよう気を付けますね」

 

「ケロ。そう言ってくれると私も嬉しいわ」

 

 

 梅雨ちゃんの表情が晴れる。友達想いな彼女の為にも、もう倒れないように気を付けねば。

 

 

「そうだぜ空戸ぉ、オイラもすっっっごく心配したぜ。気分悪くなったら手を貸すからよぉ、ちゃんとオイラに言うんだぞ?」

 

「あ、結構です」

 

「峰田ちゃん、移ちゃんに近付かないでちょうだい。体に障るわ」

 

 

 邪な感情が体全体から滲み出ている峰田から思わず距離を置く。梅雨ちゃんはサッと前へ出て、その小さな体で不埒者から私を守るように壁になってくれた。

 この男は…。覗き未遂から何も反省していないのだろうか。彼の人権を考慮しなくても良いなら、今すぐに去勢されてほしい。

 

 

「さて! 腹は膨れた、皿も洗った! お次はぁ〜!」

 

「──肝を試す時間だぁ〜!!」

 

 

 ピクシーボブの音頭をテンションMAXな芦戸が引き継ぐ。彼女に追随するように我らA組の賑やかしメンバーたちも盛り上がる。瀬呂や上鳴、切島が『試すぜぇ!!』と叫んでいた。

 私も叫びまではしなかったが、高揚感は彼らと同程度だと自認する。『肝試し』。【前世】も含めて、経験したことのない行事だ。小・中学校は碌に登校出来なかったし、【前世】はそんな余裕のある時代ではなかった。コミックや映画で目にする青春の一コマ。叫び、叫ばせる夏の定番。それが『肝試し』なのだ。楽しみで仕方がない。

 

 

「──その前に大変心苦しいが、…補習連中はこれから俺と授業だ」

 

「 う そ だ ろ !? 」

 

 

 と、ここで天国から地獄に突き落とすような宣言が相澤先生から言い渡された。あまりのことに芦戸は敬語も忘れて絶叫した。

 先生は軽く謝罪を述べた後、『日中の訓練が疎かになっていたから肝試し(こっち)を削る』と芦戸たち補習組を捕縛布で捕らえる。『勘弁してくれぇ!』と叫びながら連行される芦戸・上鳴・瀬呂の3人の悲痛な叫びに、私は思わず涙が出そうになり、

 

 

「そんな…ッ。あまりに惨いッ…!」

 

「嗚呼、奈落からの罪咎…ッ!」

 

 

 常闇と共に戦慄したのだった。

 

 

「──はい、という訳で脅かす側先攻はB組! A組は2人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるから、それを持って帰ること! 脅かす側は直接接触禁止で、〝個性〟を使った脅かしネタを披露してくるよ!」

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!!」

 

 

 しかし、こちらのテンションは置いてけぼりでさっさとルール説明がなされる。

 B組は先に隠れて準備をしているらしい。〝個性〟を使用した肝試し…、B組の〝個性〟ならば〝黒色 支配〟や〝取蔭 切奈〟、〝柳 レイ子〟が大活躍しそうだ。〝吹出 漫画〟もトリッキーなネタを仕掛けてきそうで期待が出来る。だが、あまり深く考え過ぎるとセルフネタバレになってしまいそうだから止めておこう。

 しかし、対抗戦となると私たちA組は弱いかもしれない。驚かすことに向いた〝個性〟…、八百万と葉隠の2人が勝敗の鍵を握っていると言える。

 

 

「さあ! くじ引きでパートナーを決めるよ!」

 

 

 ピクシーボブが握った『1から9』のくじを順に引いていく。

 私が引いたのは『1』のくじ。相方は──。

 

 

「お! 空戸が1番か! よろしく頼むわ!」

 

「期末試験を思い出しますね。楽しみましょうね、切島!」

 

 

 A組随一の熱い漢、切島鋭児郎だ。

 

 

「しかしよぉ、空戸の〝個性〟だったら脅かされる前に全部分かっちまわねぇか? 対抗戦としては有利だけど、脅かされる側だとネタバレされるようなもんだろ?」

 

「ふふん、そうでしょうね。ですが、それだと興醒めです。全力で楽しむために、既に〝個性〟は完全にオフにしてますよ! 真正面から受ける構えです!」

 

「おおっ! さすが空戸だな! 漢気あるぜ!!」

 

「ふへへ…よしてくださいよ、照れますねぇ」

 

 

 切島の言う通り、【空間探知(ディテクト)】を発動したら居場所が丸見えになってしまう。それではせっかくの催しが台無しなため、今ばかりは常に実施していた〝個性伸ばし〟も中断だ。耳郎のように通常時から探知能力があるような〝個性〟だとやむなしであるが、これなら私も安心(?)して楽しめる。まあ、耳郎の場合は聞こえてしまうことも恐怖が倍増してたまったものじゃあないだろうけど。

 

 

「全員引き終わったね? それじゃあ『1組目』から早速行ってみよう!」

 

 

 ピクシーボブから合図を出された。指し示された道は幅5メートル程度はある広い砂利道。樹木が生い茂って鬱蒼としている。実に良い。ここを道なりに進むそうだ。

 

 

「おっし! 試させてもらおうぜ、肝をよぉ!」

 

「はい! 存分に恐怖心を煽ってもらいましょう!」

 

「…肝試しって、そんなテンションで挑むものやったっけ?」

 

 

 麗日からそんな疑問を投げかけられつつ、私たちは期待に胸を膨らませて月光に照らされた山道へと歩を進めた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 ──同時刻。

 

 移たちが集合していた地点から凡そ800メートル離れた小高い丘。そこには複数人の男女が密かに集っていた。

 彼らは招かれざる客。雄英と、ヒーローと敵対する者たち。本来なら雄英の教師とその関係者、生徒たちしか知り得ない筈のこの合宿の地を、彼らは土足で踏み躙る。

 

 

「情報通りだ。能天気なことに、奴らは()()()()()()()()に勤しむらしい」

 

「馬鹿なの? 危機感が足りてないと言うか、天下の雄英が聞いて呆れるね」

 

 

 身体中に火傷を負った男が眼下を見つめながら軽薄に言う。それを聞いてやれやれとお手上げの姿勢を取る学ラン姿の少年。顔をガスマスクで覆っているが、声質からまだ変声期を終えて間もない年頃であることが窺える。

 

 

「アラ、不満かしら? 私たちにとっては好都合で良いじゃなぁい」

 

 

 少年に対してポジティブに返答したのは、2メートル近い体躯をした巨漢だ。少年はそういう意図で発言した訳ではなかったが、特に反論もなかったため口をつぐんだ。少年は、雄英生という『この国の最上位カーストの生徒たち』をこき下ろすことが出来ればそれで良かった。それは、これからの作戦中でいくらでも実行出来るのだ。雄英生に、直接。

 

 

「お! ターゲットの女を発見したぞ! あそこで間違いねえな。──イヤ、絶対にあそこじゃねえ!! 俺の勘違いだッ!

 

 

 やけにハイテンションな黒い覆面の男は、双眼鏡で確認した場所を指差しながら叫ぶ。己の発した情報を即座に自身で否定するが、彼のこの喋り方は癖みたいなもので、他の面々も短い付き合いながらその独特な口調を理解していた。この場合、覆面の男の本音は前者──つまり、彼らの目的の一つはあの場所に居る。

 

 

「行くぞイカれ野郎共。ぶち壊そう──ヒーロー共を地に堕とす(社会の風通しを良くする)ためにな」

 

 

 火傷の男が合図すると同時に、何もない空間から〝黒い靄〟が発生した。勿論、自然現象ではない。彼らの仲間の〝個性〟によるものだ。

 〝黒い靄〟…、否、それは離れた空間を繋ぐ【ワープゲート】。その出口として4つの地点が設定されている。

 一つは〝雄英教師〟が向かった〝宿泊施設付近〟へ。

 一つは〝個性〟【サーチ】を持つ〝ラグドール〟が待機する肝試しの中間地点へ。

 一つは〝雄英生〟が点在する森の中へ。

 

 最後の一つはターゲット、〝空戸移〟の下へ。

 

 それぞれが与えられた仕事を熟すため【ワープゲート】を潜る。

 

 彼らは〝(ヴィラン)連合〟『開闢(かいびゃく)行動隊』。

 〝死柄木弔〟から命を受けた経験(犯罪歴)豊富な(ヴィラン)たちだ。

 USJ事件と同じく、雄英生への理不尽な襲撃が始まろうとしていた。動機は単純──ただ彼らがやりたいことをやる(己の欲望を満たす)ために。

 

 

 

 

 




【テレパス】や【土流】、【サーチ】が揃っている林間合宿への襲撃を成功させるなんて開闢行動隊凄すぎない??
そこに移ちゃんまでいるんだから無理ゲーだわ。勝ったな、風呂入ってくる()


余談になりますが、アニメ6期の放送日発表されてうれぴぃ…
録画環境整えるぅぅ…
待ち遠しいぃ…


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vs.開闢行動隊①

これで面白いかな…今後の展開に支障はないかな…
なんて悩んでいたらこんなに月日が…。
「二次創作なんて自己満足がすべてだろ!」
と自分に言い聞かせて書きました。とにかく完結を目指します。

林間合宿編は今回を含めて残り4話です。
拙作の起承転結の転にあたる神野区編には全く着手できておりません。そのため、再びお待たせすることになります。まとめて投稿するつもりですので、忘れた頃にやってくると思います。その時はどうぞよろしくお願いします。


前回までのあらすじ

ゲロまみれになりながら新技を練習する移ちゃん。合宿明けにお婆ちゃんへ良い報告ができるよう頑張ってます!
合宿も半分が終わったところ。ここで先生たちから生徒のみんなへレクリエーションの時間をプレゼント!
楽しい楽しい肝試しがはっじまーるよ〜☆




 地面から、生首が生えてきた。

 

 

「きゃあぁっ!!」

 

 

 衝撃的な光景にその場を飛び退き、咄嗟に近くの支えに抱き付く。人間、恐怖を感じると無意識によすがとするものを求めるらしい。ホラー映画で怪物や幽霊に出逢った登場人物が抱き合ったり壁に張り付いたりするのを見て『あんな反応するかな普通』って思っていたが、今なら彼らの気持ちが分かる。何故って、私も同様の反応をしたから。

 

 

「──ビビっ、たぁ〜! B組の小大か? …マジモンかと思ったぜ」

「ん」

 

 

 白いワンピース姿の小大(こだい)は、静かに頷いた後、何も語らずにドプンと地中へ沈んでいった。恐る恐る歩を進めて地面の安全性を確認した私たちは、小大が現れた部分を通り過ぎて安堵の息をついた。ドッドッドッと心臓が煩いくらいに脈打っている。

 

 

「……こ、小大の【サイズ】と骨抜(ほねぬき)の【軟化】の合わせ技でしょうか…。これまででぶっちぎりの出来でしたね…」

 

 

 ふひ〜と息を吐き額の汗を拭う。背後の、小大が飛び出した地面を見つめると、既に何の変哲もない山道に戻っている。あそこに誰かがいるなんて、肉眼では気付きようがないだろう。

 

 骨抜柔造の【軟化】は触れた物を柔らかく出来る。地面を【軟化】することで地中に潜ることも可能だ。姿は見せなかったが、さっきのは彼の〝個性〟だろう。

 そして小大唯の【サイズ】は触れた物の大きさを変える。地面からヌッと飛び出してきたのは、【軟化】した地中で足下の石か何かを巨大化して足場にしたと思われる。〝個性〟による見事なコンビネーション。小大の『それっぽい』格好も相まって、高クウォリティな出来栄えであった。脱帽である。

 

 

「ああ、体張ってんなぁ。──あ〜、空戸…そろそろいいか?」

「ん? …あ、ごめんなさいっ」

「いや、ぜんぜん、構わねーけどよ…っ」

 

 

 切島に指摘されてようやく気が付いた私は、彼の腕からパッと手を離す。

 肝試しが開始されて十数分。初めて知ったが、どうやら私はこの手のドッキリ系に強くないらしい。普段から【空間探知(ディテクト)】を多用する弊害なのか、先が分からないことへの耐性が低いのかもしれない。脅かされるたびに結構な悲鳴を上げてしまう。切島も「うお!」とか声を上げていたが、それを掻き消す声量だった気がする。

 

 

「空戸ってホラー苦手なんか? 楽しみそうにしてたから、こーいうの得意だと思ってたわ」

「んー、私もそう思ってましたけど…。楽しいのは間違いないですが…、肝試しって初めてなのでここまで絶叫するとは思わなかったです」

「ガキん頃にやったことないんだな。夏祭りとか文化祭とかで」

「ええ。そういう行事に参加したこと。今までないんです、私」

 

 

 夏祭りに限らず運動会や遠足、修学旅行などの行事は行った試しがない。なにせ、こちとら小学生からの不登校児。まともに通ったのは中学生の後半からだったし、通い始めてからも〝護衛〟の関係で自宅と病院、校舎以外への移動はしたことがない。私が〝普通〟の女の子であったなら、かなりの箱入り娘に育ったことだろう。一般的なティーンエイジャーの記憶があって幸いである。()()()であるが。

 

 

「そーか! それならたくさん楽しまねぇとな!」

「はいっ。それにそれに、これは勝負事ですから勝利を目指さないとです! 小大の手腕は見事でした…。あれなら、爆豪でさえ驚く筈です」

「確かにな! 訊いてもアイツ答えねぇだろうけど、ありゃ爆豪でもビビるわ」

 

 

 驚いたかと訊かれて怒鳴り散らす爆豪の姿が目に浮かぶ。その後に肝試しペアの轟に淡々と事実を述べられて更に炎上するまでがセットだろう。

 

 

「私たちが脅かす側になった時は、さっきのを上回りたいです」

「あ。それならよ、こういうのはどうだ? 空戸と葉隠が──」

「なるほど! それは名案です! であれば、そこに麗日と瀬呂も加えて──」

 

 

 私たちはあーだこーだ話しながら砂利道を進む。

 ──ああ、楽しいな。心の底から思う。

 

 どこか腫れ物扱いされていた中学時代。今でも連絡を取り合っている友人もいるが、きっとそれは『雄英ヒーロー科に在籍している』からこそだろう。彼ら彼女らとは学校にいる間しか交友できていなかった。学外での遊びに誘われても断り、遠足等のイベントにも参加しない子と親密になるなんて難しい。私もそれを理解していたため、一歩引いてた節がある。それに、親密な関係を築こうとする心の余裕もその頃にはなかった。

 

 だけど、今は違う。

 学業や訓練では互いに切磋琢磨する関係であり、今のような行事にも参加出来て一緒に楽しめている。

 きっと、同じ目標を掲げている仲間であることがこうした関係を築く一助となったのだろう、と自己分析する。

 

 

(──こういう時間ばかりだと良いのに)

 

 

 分かっている。それは楽観的な理想だ。私が目指すヒーローという職業は、常に危険と隣り合わせ。凄惨な現場を目撃して心が疲弊することも多々あるだろう。友人や身内が盾に獲られることさえある。加えて、私はネームド(ヴィラン)に狙われている可能性が高い。こんな平和な時間がずっと続くことはきっとない。

 

 だけど。だからこそ。この時間を大切にしたい。きっと、この時間が辛い現実と向き合う時に私を守ってくれる。それは私だけでなく、ここにいるヒーロー科のみんなも同様だ。先生たちがこの行事を企画してくださったのも、そんな意図も含まれていると私は思う。

 

 

 

(………ま。あんまり重く考えてしんみりすることないですね。若人らしく、今を思いきり楽しむとしますか!)

「急に頭振って、どーしたんだ?」

「なんでもないです。えへへ…いま、楽しいなぁって思っただけです!」

「お、おう。そぉだなっ」

 

 

 切島はそっぽを向いて頬をかき始めた。ちょっと誤魔化しが下手だったろうか。変に思われたかもしれない。

 気合いを入れて、って言うのも肝試し中に変な話だけど。楽しむことにも全力で、だ。

 

 それから、取蔭のバラバラ人体浮遊や吹出の怖気オノマトペに驚かされながら進む私たち。そろそろ終盤だろう。

 

 

 ガサッ──。

 

 

(お、っと。次は何でしょうか。残っているのは柳か庄田ですが──)

 

 

 私から見て右側、樹木の陰から聞こえた物音。誰かが動いたのだろう。どんなギミックが飛び出してくるのか心躍らせつつ、あまり身構えずに軽く視線だけ向ける。

 

 シュバッ! と何かが伸びてきたのを視界の端で捉える。長い…蔦だろうか。となると塩崎の〝個性〟だけどもう彼女は終わった筈だし…、なんて考えたところで。

 

 胸と太ももに違和感が走り──。

 

 

「ぃ゛ッ……ぁあ゛ッ!?」

 

 

 違和感から痛みに変わる。鋭い痛み。焼けるように、痛い。何。何故? 誰が? 

 息つく間もなく両足が地面から離れた。視界がグワンと回る。右胸部と右大腿部。そこを起点に枝分かれした無数の〝何か〟によって、私の体は押し上げられ上空へ連れて行かれた。口を大きく開けた切島が私を見上げている。いや、いやいや違う。それよりもこの視界を覆い尽くす白い棒は何だ。棒か…板…、刃物…? とにかく、私を貫いた〝何か〟を目で追う。全身の服や関節を覆うように伸びたそれは、胸と太ももに刺さっている物から文字通り枝分かれしている。ところどころ屈曲しながら地面へ伸び、地に近いところで直角に折れ曲がり、森の奥へと続く。ちょうど物音がした方向からだと気付く。見下ろす位置となるここからでは、樹木の葉に邪魔されて下手人は見えない。だが、これは。これは生徒の〝個性〟じゃあない。

 

 これは……。

 

 

「仕事……。仕事しなくちゃ……、ああ…、でも……!」

「ゴフっ…! ……ヴィ…ラン………ッ!!」

「肉ぅぅッッ!!!」

 

 

 黒い拘束衣を身に纏った男。不気味な様相をした男は、狂気に取り憑かれた声で叫びながら草陰から姿を現した。

 

 

 


 

 

 

「んな!? 空戸ぉッ!!」

 

 

 混乱。切島は状況に理解が追いつかなかった。

 物音と同時に何かが移を持ち上げて。その何かに移は体を貫かれている。一目見て重傷であることが窺える。仮に、切島がレスキュー訓練を受ける前の一般的な知識しか持たなかったとしても分かる。あの傷は、直ちに治療を施さなければならない。

 全身に突き刺さった何か。特に、彼女の右胸と右太ももの傷。幅10cmはありそうな刃物が貫通している。太ももは動脈や神経、大腿骨を傷付けているだろう。こちらだけでも死に直結する大怪我だ。

 右胸に至っては更に酷い。開放性気胸、大量血胸、フレイルチェスト、心タンポナーデ…。授業で習った危険な病態の数々。致死的胸部外傷と呼ばれる代表的な疾患。『事件や災害現場でこれらの傷病者に出会ったら、優先して救助し初期治療をしろ』と言う、相澤の言葉が頭によぎる。

 

 

(治療を……! …ぁ、いやそうじゃねぇ!! まずはこの白い刃物をどーにかしねぇとッ!! それと、アイツだ…ッ!!)

 

 

 全身を、取り分け両腕を【硬化】して臨戦態勢を取る切島。長く長く伸びる白い刃物の根元、黒い拘束衣の(ヴィラン)を睨みつけて考える。

 

 

(どうしてここに(ヴィラン)が…ッ。ここは安全な筈じゃねぇのかよッ!)

 

 

 ゆらりゆらりと静かな足取りでコチラに近付く(ヴィラン)。何故、この場所に(ヴィラン)が現れたのか。(ヴィラン)連合から襲撃された経験のある雄英高校は、その対策として今回の合宿先について当事者である生徒たちにも秘匿していた筈。USJと違い雄英の敷地外、それもプロヒーローの私有地で街からも遠く離れているこの森の中に、〝偶然〟(ヴィラン)が侵入した、なんて訳がない。狙ってここに来たんだと、切島は確信した。

 

 

「てめぇ! 空戸を放せッ!!」

 

 

 全身を、特に両腕を重点的に【硬化】した切島は、(ヴィラン)の下へ走り出す。同時に男を観察する。

 何故か分からないが、(ヴィラン)は両腕の動きが制限されるような拘束衣を着ている。頭も頭巾ですっぽり隠れており、男の〝個性〟の関係か、口元だけが露出していて。

 

 そして男の〝個性〟…、移を貫いた凶器は彼の口から飛び出していた。

 

 

(歯を刃として伸ばす〝個性〟…。不意打ちだったてのもあるが、結構(はえ)ェ! けど、俺の【硬化】は刃物を通さねぇ!! 近付いてブン殴るッ!!)

 

 

 相手の〝個性〟を簡単に分析した切島は、全速で駆ける。両腕が使えない(ヴィラン)からの反撃は、足か【歯】のどちらかに絞れる。どちらにしても相手の攻撃の上から殴打を通せると考えた。故の速攻。

 これまで雄英で培った知識と経験。何より、USJにて〝(ヴィラン)を退けた〟という自信が切島の行動を後押しする。

 並の(ヴィラン)であれば一撃で戦闘不能にする切島の一撃は、しかし男に届くことはなかった。

 

 

 ズオンッ──!! 

 

 

 男の口からでなく、既に伸びていた移を貫いた【歯】。その側面から突如として生えて伸びた凶器が、切島を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「なんっ!?」

 

 

 切島は宙を浮き、砂利の上を受け身を取りつつゴロゴロと転がる。ダメージは少ない。シャツが破れ、体は土まみれになったが、人を貫く【歯刃】は切島の表皮を僅かに傷付けただけ。しかし、反応が出来なかった。切島が〝個性〟で【硬化】していなければ、すでに勝敗が着いていた。

 

 

「あ…? 肉が見えない…? ……お前、つまらない…」

 

 

 明らかな傷を負っていない切島を見て、男は嘆息する。

 男の(ヴィラン)名は〝ムーンフィッシュ〟。脱獄した死刑囚であり、彼の〝個性〟──【歯刃】は数十m離れていても攻撃が可能だ。歯から刃を伸ばし、刃から刃を分裂させることもでき、その威力は容易に人を貫き、或いは吹き飛ばす。

 これだけで十二分脅威であるが、この〝個性〟は〝歯〟を起点としている。つまりどう言うことか。

 

 

「…めんどう……。肉面見たい…、あぁ仕事もしなきゃ……だから」

 

 

 人間の〝歯〟は、なにも一本だけではない。

 

 

「くっそ……ッ!!」

「さっさと殺して…、肉ぅ見せてェェェ!!!」

 

 

 一本だけでも吹き飛ばす威力のある【歯刃】が同時に7本。そこから更に分裂し、視界を覆うほどの凶器が切島へ迫る。

 一度目は【硬化】のお陰で事なきを得た。しかし数十回、数百回の攻撃はどうだろう。切島の体力も有限だ。無尽蔵の攻撃を受ければやがて防御は綻び、【歯刃】に貫かれる。一瞬でそれを予期させるほど、彼の眼前に迫る【歯刃】は数と速度が備わっていた。

 

 

(避けらんねぇ……ッ!!)

 

 

 轟音。砂埃が舞い周囲を覆う。無数の【歯刃】がそこに叩きつけられ──。

 

 

「…あぁ? 肉…どこ……?」

 

 

 切島をズタボロにする筈だった【歯刃】は、空を裂き地を穿っただけに終わった。肉を、人間を貫く感触がなかった。

 切島は、忽然と姿を消した。

 ムーンフィッシュは頭巾に覆われた頭をキョロキョロと動かし切島を探す。しかし、視界に収まる範囲には誰もいなかった。

 疑問を浮かべる彼の頭上から「ごぶっ」と湿り気のある咳の音がした。

 

 

「【乖離性(テレス)……、空間移動(ポート)】…!!」

 

 

 【歯刃】の先、宙吊りにされた移は、口元を血で汚して唸るように叫ぶ。切島が立っていた場所を掴むように伸ばされて左手は、役目を果たしたことでダラリと脱力する。

 

 

「…逃げて……切、島っ!!」

 

 

 


 

 

 

(できた……、できたできたっ!! 無事に移せたッ!!)

 

 

 私は、窮地に陥った切島を見て咄嗟に彼を移送した。

 触れずに行う【空間移動(テレポート)】──名は【乖離性空間移動(テレスポート)】。日中に何とか発動した基準点の移動、それを応用した新技だ。

 

 暴走し制御不能となる恐怖や対物練習を繰り上げて実践する初の対人使用への不安など、そんなリスクや後向きな感情を度外視した行動。土壇場の一発勝負。『助けなきゃ』。そう思って無我夢中に使ってしまった。なんとか発動した技は、私の思い描いた通りの結果をもたらした。

 

 

(良かった……、ああ、良かったぁ…っ!!)

 

 

 今更になって恐怖心がよぎる。相澤先生が居ない今、失敗していたら私の手で切島を殺していたかもしれない。あの日のお父さんたちのように、バラバラになってしまっていたかも…。

 

 いや、今は切り替えよう。切島は戦闘から離脱出来た。負荷を軽減する観点から、移送した距離は短い。移送先は私たちの後方を歩いていたペア、爆豪と轟たちの居場所。教師やプロヒーローがいる場所へ移送することがベストであったが、そこまでの長距離を移送することは負荷が大きく難しかった。

 

 

(ぶっつけ本番…っ!! 上手く作動してくれて良かった……、けど…っ!)

 

 

 友人が血を流す事態は防げた。──だがしかし、私の窮地が脱せた訳ではない。

 

 

「…別にいいか……、だって…ねぇ。素敵な肉面があるからねェェッ!!!」

「んぐッ…! 肉肉、うっさいんですよッ…!!」

 

 

 私は憎々しげに眼下の男を睨み付ける。創傷の痛み、満足に出来ない呼吸、霞む視界に口に広がる血の味。おまけに、新技の反動により頭は激しく痛み気分も悪い。

 状況は最悪。しかし、まだ手立ては残っている。致命傷を負って、思考も纏まらない。が、〝個性〟を一度使えさえすれば……。

 

 

(胸と太もものコレ…下手に動くと出血が増えますね…。〝蓋〟になっている。まずは着衣を利用(移送)して【歯】を切断、その後に私が離脱する。……出来れば、足手纏いにならないような場所へ行きたいですが…)

 

 

 【前世(前田 世助)】の記憶を頼りに自身を診断する。右大腿は〝開放骨折〟だろう。幸い、かなり外側だから大腿動脈の損傷の可能性は軽微。歩くことは無理だが…、猶予はある。

 問題は右胸。こちらも胸部大動脈や上大静脈などの主要血管と脊椎は逸れていそうな位置であるが…そんなことは気休めだ。

 幅約10cmの貫通創。大量の喀血。呼吸困難感。胸郭の動揺。考えるまでもない。速攻で手術する案件だ。

 そんな重傷者が〝これから戦闘が起きる可能性がある〟場所へ行く訳にはいかない。足手纏いになることは必定。だからこそ、逃げる先を選ばなければならない。

 

 安全地帯を【空間探知(ディテクト)】を用いて探ることも出来なくはないが…。現在の病態を鑑みて、それをした途端に意識を失う可能性がある。体力の消耗を抑えるためにも、先ほどの新技、【乖離性空間移動(テレスポート)】をした際に探知出来た範囲で決めた方が良い。

 探知出来たのは半径200m弱…、その範囲内に居て交戦中ではなかったのは後方を歩いていた轟・爆豪ペアと脅かし役のB組の柳と庄田だ。いずれも先生たちやプロヒーローが居る場所へは距離がある。足手纏い()を抱えて移動してもらうには不安が伴う。

 だからと言って肝試しのスタート地点、プッシーキャッツがいる筈の広場も危険だ。探知範囲のギリギリ端だった為に詳細は不明だが、少なくとも2名の(ヴィラン)が居た。迂闊に移動出来ない。

 先生たちがいる宿泊施設は探知出来ていないし、距離があり過ぎる。そこへ向かうのは博打行為だ。

 

 

(切島を移送した爆豪たちの下が最善、でしょうか。…そうですね、彼らに救助を求めて先生たちの下へ向かう。それが一番です)

 

 

 不気味な声を洩らしながら拘束衣の(ヴィラン)が【歯】を用いてゆっくりと上昇してくる。『肉見せて』なんて言っていたし、加虐趣味のある異常者かもしれない。開口器による剥き出しの歯が、余計に恐怖を煽ってくる。

 落ち着け私。痛いし、苦しいけど、ほんの200m弱の距離を【空間移動(テレポート)】するくらい訳ない。

 

 

(早く移動して伝えなくては…、こっちに来てはいけないと)

 

 

 脅威は、目前に迫る(ヴィラン)だけではない。

空間探知(ディテクト)】によると、この場所には3()()(ヴィラン)が居るのだから──。

 

 

「──ええ、駄目でしょ〜。せっかく会えたって言うのに逃げようとしたらさァ〜」

 

 

──ゾクリ…。

 

 

 甘い。蕩けるような甘い声。幼子の悪戯を注意するような調子でかけられたその声に、私の思考は停止する。

 鳥肌が立ち脊髄を撫でるように怖気が走る。

 聞きたくない。見たくない。嗅ぎたくない。触れたくない。

 私の全てがそれを拒否する。

 

 

「ひっさしぶりだよねェ。アッハ! 血塗れで、ボッロボロで、とってもカァイイねっ!」

 

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ…!! 

 指先が震える。歯の根が合わない。怖くて恐くて仕方がない。身体を、心を制御出来ない。

 耳を塞いでしまいたい。瞼を閉じてしまいたい。

 なのに私の視線は、ゆっくりと、ゆっくりと。彼の方へ向いてしまう。視界に、その姿が入り込む。

 

 

「会いたかったよ──移ちゃん」

 

 

 彼と、目と目が、合う。

 

 

増井(ますい)………、和愛(かずよし)……ッッ!!!」

 

 

 あの日(10年前)と同じ姿をした奴が、そこに居た。



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vs.開闢行動隊②




昨日も投稿してます。未読の方はそちらからどうぞ。






 

 

──〝追加の脳無が欲しい〟? 理由(わけ)を聞かせてくれるかい? 

 

──…なるほど。確かに、あれを注文(オーダー)したのは僕だからね。そのための必要物資を工面するのは道理だ。

 

──だけど、(はな)から答えを渡すわけにはいかないな。弔、キミはどんな脳無を望む? どうやって彼女を捕える? 

 

──……いいね。それならとっておきの脳無がいるよ。キミたちにとっても、彼女にとっても…ね。

 

 

 


 

 

 

「〝空戸移を生け捕りにしろ〟ォ?」

 

 

 遡ること数日前。

 錆びと土と埃の匂いに包まれた廃工場に集まった男女数名。一般市民が寄り付かないその場所に、だからこそ選ばれたそこに。彼ら──(ヴィラン)連合は集結していた。

 お互いの素性もさして知らない──気にしていない──彼らは、リーダーである死柄木からとある作戦の目標を伝えられる。全身タイツにマスクで頭を覆った男、(ヴィラン)名〝トゥワイス〟が、死柄木の言葉を素っ頓狂に鸚鵡返しした。

 

 

「おいおい、死柄木お前よぉ〜、ソイツはどう考えても無理な注文じゃねーか? ヨッシャ来た任せとけ!! 

 

 

 ビッ、と親指を立ててポージングするトゥワイスに、隣に立つ大男が呆れた表情を浮かべる。〝マグネ〟と呼ばれる(ヴィラン)だ。

 マグネは、作戦会議(ブリーフィング)中に見せられた、今年度の〝雄英体育祭一年生の部〟の映像からターゲット(空戸移)の〝個性〟を頭の中で予想立てる。予備動作のいらない【テレポート】を連続で使用可能。体育祭の映像だけでは確証はなかったが、一回の【テレポート】で移動可能距離は数百メートル…、下手したら1000メートル弱あるかもしれないと予想した。それに加えて、恐らく【探知】系の〝個性〟も併せ持つ複合型。そんな少女の誘拐。

 不可能に近い。それがマグネの、ここに集まった誰しもが下した結論だ。

 

 

「そのお嬢ちゃんの〝個性〟じゃ、殺すならまだしも、捕まえたところで直ぐに逃げられちゃうんじゃなーい?」

 

 

 マグネが言う。

 殺害であれば成功率は高いだろう。いくら強力な〝個性〟を持っていても所詮は経験の浅い高校生。まだ〝プロヒーロー〟ではない。

 襲撃する場所は〝プロヒーロー〟が数人しかいない森の中であり、襲撃するタイミングも合宿のレクリエーション中という〝リラックス〟している時だ。【炎】系の〝個性〟を持つ〝荼毘〟が焼いても良いし、岩をも粉々にするパワーを持つ〝マスキュラー〟が殴殺しても良いだろう。

 

 だが、〝生け捕りにする〟となると話は変わる。命を奪わぬよう手加減をして、かつ逃げられる前に戦闘不能にして意識を奪わないといけないからだ。【ガス】の〝個性〟の〝マスタード〟であれば出来なくはないが…、いや【ガス】では蔓延するのに時間がかかり過ぎる。確実性に欠けるだろう。

 

 そんな反対意見をぶつけられた死柄木は、メンバーたちがそう結論付けることを予見していたのか、然もありなんといった様子で頷いた。

 

 

「対策は用意してある。黒霧。説明しろ」

 

 

 死柄木は、細かい話は任せたとばかりに、背後に控えた黒霧へ呼びかけた。黒霧は心得たと小さく頷き、話を引き継ぐ。

 

 

「先ほど皆さんに観ていただいた映像の通り、空戸 移の〝個性〟【スフィア】は私と同系統。つまり【ワープ】が出来ます。それに加えて索敵能力も備えており、その有効範囲は最低でも600mはあるでしょう」

「聞けば聞くほどウザい〝個性〟だね。そんなの近付く前に気付かれて終わりじゃん?」

 

 

 学ランを着た小柄な少年──〝マスタード〟が物憂げに言う。

 

 

「黒霧の〝個性〟で不意打ちでも仕掛けるか? でもアンタの〝個性〟、居場所を特定出来なきゃピンポイントで出せんだろ。いくらレク中を襲っても、森の中で奴さん1人を見つけんのは難しくないか?」

「ああ。探してる内にお遊びが終わっちまうだろうな」

 

 

 続いて〝Mr.コンプレス〟と〝荼毘〟が作戦の穴を指摘する。彼らの言うように、今回の襲撃は森の中で生徒たちが散り散りになる瞬間を狙う。それによりプロヒーローを分断することが出来るわけだが、〝個人の居場所を特定出来ない〟というデメリットも内包している。残念ながら、今回新しく(ヴィラン)連合に加盟した(ヴィラン)たちの中に、【探知】系専門の〝個性〟持ちはいない。【蒼炎】【ガス】【圧縮】【磁力】【筋肉増強】【歯刃】などなど…どれも強力な〝個性〟だが暴力に特化していた。

 

 

「ええ、ご指摘の通りでしょう。──ですから、この脳無を用います」

「──うげぇ、気色悪いです」

 

 

 【ワープゲート】から黒霧が取り出した〝小型の脳無〟を見て、この場に唯一の少女、〝トガヒミコ〟は盛大に顔を顰めた。飛び出した目玉、大きな口、剥き出しな脳味噌、そして頭から直接生えた小さな手足と尻尾のように伸びる脊椎…。自然界にはいない造られた歪な存在。それの製作者からは()()を向けられていたらしいが、凡そ一般的な感性を持つ者には到底受け入れられない外見をしている。尤も、ここにいる誰も彼も、()()()()()()など待ち合わせていないのだが…、少なくともトガヒミコの美意識的には〝ナシ〟だった。

 

 そんなトガのリアクションなどどこ吹く風で小型の脳無は黒霧と死柄木の周りをトコトコと歩き出した。小動物めいたその様子に、一同は「これが何の役に立つのだ」と疑問に思う。彼らの知っている脳無は、保須市に出没した大柄の脳無と、襲撃に参加する予定のチェーンソーを携えた脳無だ。それらと比べると些かどころか、全く脅威に感じない。

 

 

「……コレは何が出来るんだ?」

「見ての通り、この脳無に戦闘能力は皆無です。しかし、便利な〝個性〟を使えます」

「便利…?」

「ええ。対象に触れることでその人物の位置を数km先まで【測位】することが出来ます。これを使って目標の居場所を割り出し、そこへ私が【ワープゲート】を繋ぐ。これなら空戸移の索敵範囲外から目標捕捉・不意打ちが可能、というわけです」

 

 

 ここにいる(ヴィラン)たちの弱点を補う〝個性〟。それがこの小型脳無に備わった機能。条件さえ満たせば、不意打ちの成功率を格段に上昇させ得る。

 ──しかしながら問題はある。

 

 

「そりゃ凄えな。…で、どうやってこのちっこいのを触らす?」

 

 

 荼毘は大仰に両手を広げて褒め称え、そして更なる疑問を投げかける。当然の疑問だ。ターゲット(空戸移)を探すためにはターゲット(空戸移)に触れなければならない。まさしく本末転倒である。

 全く役に立たないクソ〝個性〟……そう思われるのも無理なかった。

 

 ところで、脳無の材料は複数の人間である。小型の脳無であってもそれは変わらず、いったいどういう仕組みで動いているのかは死柄木たちも知らないが、とにかく元はただの人間ということがポイントだ。調達のし易さから、その殆どが日陰者…(ヴィラン)であるのだが、全てではない。

 

 皮肉を投げる荼毘に、死柄木は笑みを浮かべる。

 

 

「安心しろ。()()()()()()

「あぁ?」

「だから、()()()()()()()()()()だ。こいつの材料は──空戸移が通う病院の看護師だ」

 

 

 触れることが条件の〝個性〟。愚鈍な小型脳無では、【探知】と【テレポート】を持つターゲット(空戸移)を触れられない。ならばどうするか。

 逆に考えれば良い。既に触れた人間を材料に組み込めば良い、と。

 

 とある筋から移のかかりつけ病院を突き止めた死柄木は、手頃な看護師を見つけて脅迫した。親を人質にしてしまえば一般人を手玉に取るくらい造作もなかった。業務中に移と接触させ、最後に連休の申請をさせれば後は簡単。バレる心配はない。失踪が発覚する頃には今回の襲撃は完了しているからだ。

 

 

「なるほど、それなら安心だ。完璧な作戦だな! ──穴だらけじゃねーか!! 

 

「ええ、まだよ。それで不意打ちが成功したとして、殺さずに捕まえるには確実性に欠けるわ」

 

「俺の【圧縮】も、【テレポート】にゃ効かねえしな」

 

 

 トゥワイスが、マグネが、Mr.コンプレスが。各々が意を唱える。

【ワープ】系〝個性〟持ちの誘拐。それは歴史上、幾度となく行われた犯罪であり、その殆どが失敗に終わっている。

 

 (ヴィラン)にとって逃走経路の確保は常に付きまとう問題だ。警察から、プロヒーローから、世間の目から。犯罪行為を犯した瞬間だけでなく、現場から逃げた後の潜伏中も絶えず考えなくてはならない。

 だからこそ、逃走を容易にする【ワープ】系〝個性〟は彼らにとって喉から手が出るほど欲しい力であり、〝超人社会〟となって久しい現代でも数多の(ヴィラン)(ヴィラン)組織が手中に納めんと狙っている。

 

 しかし、(ヴィラン)たちの欲望が成就したことはほぼない。理由は簡単。捉えきれないからだ。

 (ヴィラン)が徒党を組んで襲って来ようが、【ワープ】するだけで簡単に逃げられる。繰り返しても、結果は同じ。

 更に付け加えると、〝特殊個性者保護プログラム〟なる(ヴィラン)にとって鬱陶しいことこの上ない制度が彼ら【ワープ】系〝個性〟持ちを護っているのだが、それは割愛しておくとしよう。

 

 大多数の(ヴィラン)が望むその力。皆が望むからこそ、失敗(体験談)は多い。故に、慎重にならざるを得ない。それは、経験豊富な彼ら(敵連合)にとっても同じこと。

 

 トゥワイスたちの声に応えるべく、黒霧は懐から一つのUSBメモリを取り出す。死柄木を除く全員の視線がそこに集まった。

 

 

「──ここに空戸移のカルテがあります」

 

 

 黒霧は暴く。移がひた隠しにしている秘め事を。いとも容易く。

 

 

「カルテによると、彼女は心的外傷(トラウマ)を抱えているようです。それも重度な心的外傷(トラウマ)……刺激されると今でもパニック発作を生じてしまうほどのものを」

「へぇ〜、天下の雄英高校のトップ様が情けないことだねぇ!」

 

 

 心底愉快だと少年はせせら笑う。優秀な同世代を目の敵にしているマスタードにとって、その情報(移の病状)は作戦の要否とは無関係に、己の自尊心と加虐心を満たす甘味であった。

 

 

「受け取れ」

 

 

 嘲るマスタードを尻目に、死柄木は何かをトガへ向けて放る。

 

 

「わ、とっとっ! …なんです?」

 

 

 急な飛来物に、彼女は胸の前で慌てて受け取った。それは5cm程度の小さな筒だ。天井から差し込む月明かりにかざして中身を確認する。飛来物、小さなガラス管の中でトガがよく愛飲する物──血液がトプンと波打っていた。

 

 

「そいつは奴の心的外傷(トラウマ)の元凶さ。それを使えば、心的外傷(トラウマ)を確実に刺激できる」

「【ワープ】系の〝個性〟はとても繊細です。痛みと恐怖に蝕まれてしまえば、彼女はまともに〝個性〟を扱えない」

 

 

 死柄木の後に続いて黒霧が付け足す。

 それを聞き、トガは口で弧を描く。裂けんばかりに、ニィィっと。

 

 

「…つまり私が襲うのですね? ああ…っ。ボロボロで、血塗れで、ぐちゃぐちゃになってる移ちゃん……! 私、動画の移ちゃんを一目見て好きになっちゃいました。移ちゃんになりたいです。移ちゃんを殺したいっ!」

「…いや殺しちゃダメだろ」

「このイカれ女に任せて良いのかよ」

「…監視役を置いておきましょうか」

 

 

 恋する乙女の顔になるトガのぶっ飛んだ発言に爬虫類の異形〝スピナー〟が思わず突っ込む。

 一抹の不安を抱く一同。黒霧は作戦の微調整を死柄木に提言した。

 

 

「そんで? トドメに意識を刈り取っちまえば()()()って訳か」

「ああ。生け捕りにした後はこっちに任せろ。──最期には、()()のお仲間さ」

 

 

 死柄木にトンと蹴られた脳無がコロンと地面に転がる。

 バタバタ、バタバタバタ。

 起き上がろうと踠く姿は、まるで路上で果てる蝉のようであった。

 

 

 


 

 

 

 冷静に観察できれば、容易に気付ける筈だった。

 

 男の顔は記憶に残る10年前のあの日と変化がなく、とても若々しい。衰えを全く感じさせなかった。そも、増井和愛(かずよし)はタルタロスに収監されている筈で、脱獄の知らせがない以上、ここにいる男が本物である訳がない。

 整形による偽装か、或いは〝個性〟による変装か。平時であれば動揺は少なかったであろう。平時であれば。

 

 失血と呼吸困難によるショック、そして人生最大の痛みは、移から正常な判断力を奪っていた。ギリギリのところで保っていた思考は、恐怖の権化(増井和愛)が現れたことにより瓦解する。

 

 

「な…んで、ぇぁ…、…うそ……ッ」

 

 

 男の顔が、男の声が、男の香りが。増井の齎す全ての情報が移の心を責め立てる。記憶が呼び起こされる。在りし日の両親の笑顔と、血溜まりに突っ伏す生気のない顔。

 心的外傷(トラウマ)が頭を支配する。

 

 移の体が震え出す。それは痛みによるものか、体温低下に伴うシバリングによるものか、或いは恐怖が原因か。蒼ざめてワナワナと震える様は、巻き込まれた只の一般市民のようで。増井が現れるまで見せていた〝ヒーローとしての顔〟など、見る影もなかった。

 

 それを受けて増井は破顔する。頬を赤く染め上げ、恍惚とした表情を顕にした。そして──。

 

 

「はぁぁ〜……かぁいいねぇ。かぁいいねぇ移ちゃん!」

 

 

 増井の体が()()()と溶ける。泥か粘土細工のようにぼたぼたと崩れ落ち、ややあって増井の中から現れたのは金髪の少女。男が身に付けていた背広さえ消え去り、一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒していた。

 増井に化けていた少女。他人の血液を摂取することで一定時間、その相手にそっくり化けることの出来る〝個性〟。それが彼女、〝渡我被身子〟の【変身】だ。

 

 トガの【変身】は解けたが、移が動くことはなかった。何故なら、()()の体が崩れる前に決着していたからだ。

 

 

「──大人しく眠ってちょうだいね」

 

「なッ、んん…ッ。……ぁ、………」

 

 

 移の背後から忍び寄っていた男、この場にいた3人目の(ヴィラン)であるMr.コンプレスが移の首に注射器を突き立てる。手練れの(ヴィラン)を前に数秒の隙を晒した移は、まな板の上の鯛も同然であった。投与された薬液は、ショック状態の彼女の体から容易く意識を奪った。

 全身の力が抜けた移を確認し、Mr.コンプレスは己の〝個性〟を発動する。彼が指を鳴らすと同時に移の姿が消え去り、代わりにビー玉状の何かが現れた。彼の〝個性〟【圧縮】は、対象の周囲の空間ごと球状に切り取り、ビー玉サイズまで縮小することができる。【圧縮】により囚われた移をポケットに仕舞い込み、Mr.コンプレスは器用にムーンフィッシュの【歯刃】を駆け降りて行く。

 

 

「任務完了ってな。2人ともお疲れさん」

「………ああ、肉ぅぅ……」

「………ちうちうしたかったのです……」

「いや、あれ以上手ぇ出したら死んじゃうからね? 誘拐が目的だって分かってる? あとトガちゃんは服着て服!」

 

 

 誠に残念そうにする2人にMr.コンプレスは呆れ果てた。自由に生きることが(ヴィラン)であると考えている彼であるが、それにしてもこの2人は欲望に正直過ぎる。今も、ムーンフィッシュは肉面が恋しくて唸っているし、トガは『せめてこれだけでも』と地面に広がった移の血痕を舐め取っている。悪いとは思わないが、監視役も担っている彼としては、自由過ぎるのも困りものだった。

 

 ──こうして彼ら3人に与えられた任務は達成された。

 目標は意識を失っており無力化済み。後は定められた制限時間を迎えるか、もう1人の目標を誰かが捕えたらこの場を撤収するだけ。

 弛緩した空気が流れる。

 

 

「さてと。次はどこに行こうか。まだ時間はあるし、マグ姉らに合流して──」

 

 

 瞬間。

 Mr.コンプレスの言葉を遮って二種類の轟音が響き渡る。連続する爆破音と、パキパキッと氷塊が擦れ合う音。

 音の方へ3人が視線を向ける。

 

 赤と青。闇夜を照らす爆炎と、背丈を超える程の氷塊の波が彼らに肉薄した。

 

 

「ぁがッッ!!!」

(あっつ)ッ、いや冷たっ!! なんだぁ!?」

 

 

 当たり前のことだが、速度が増せば、その分威力は増す。

 時速約50kmの勢いを乗せた何者かの膝蹴りは、ムーンフィッシュの顎を砕き脳天を揺さぶった。単車に衝突されたが如く飛ばされたムーンフィッシュは、無数の擦り傷を作りながら砂利道を転がる。傍に生えた幹に衝突し漸く止まった彼の四肢は力無く伸びたまま、動く気配はなかった。

 

 ムーンフィッシュの隣に居たMr.コンプレスは、通り過ぎた爆炎により火傷を負ったかと思えば、次の瞬間には氷塊によって急激に冷却された。Mr.コンプレスごと周囲一帯を氷が覆い尽くし、山道は一瞬にして氷山に変貌した。

 

 

「──『なんだ』だぁ〜?」

 

 

 隠れていた月が雲の隙間から顔を出し、爆炎と氷塊の下手人の姿を照らす。

 

 

「そらこっちの台詞じゃあ!! このクソ(ヴィラン)共ッ!!」

「空戸を返してもらうぞ!!」

 

 

 爆豪と轟。2人の怒気を孕んだ叫びが辺りに響き渡った。

 







ピンチに仲間が駆けつける展開!
勝ったな、風呂入ってくる


Q.胸に風穴開いた人が睡眠薬投与されたら血圧低下して死なへんか?
A.蛇腔でかっちゃんも風穴開けられた上に上空から落下してどっちゃんしても生きてたので、〝個性〟を鍛えた人間の肉体は常人離れしているのです。

Q.トガちゃんが飲んだ増井の血液はどうやって採取されたの?タルタロスにいるんでしょ?
A.どこぞのドクターの私物です。10年以上前に採取されて冷凍保存されてました。ドクターは泣く泣く手放したようです。


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vs.開闢行動隊③




連日投稿、3話目です。






 爆豪たちが(ヴィラン)から攻撃を受ける前に異変を察知できたことは幸運だったのだろう。

 突然、脅かし役の円場が彼らの目の前で倒れた。それが肝試しの仕込みではなく、(ヴィラン)による襲撃だと気付くのに時間は要らなかった。

 

 

「このガス…自然に発生した物じゃねぇ」

「ったりめぇだ。クソ(ヴィラン)が忍び込んでんなァ」

 

 

 山道脇に潜んでいた円場が吸い込んだと思われる紫色のガスから距離を取り周囲を警戒する2人。付近に下手人が居るのか、(ヴィラン)は複数なのか。円場の他に要救助者が隠れている可能性も高く、逃避、探索、迎撃…、どう行動するか逡巡すること数秒。悩む彼らの前に軽傷を負った切島が音もなく現れた。

 

 

「ぐぅ…ッ! ……って、あれ? 爆豪! 轟!」

「切島…? 今のは空戸のか?」

 

 

 着衣の乱れと全身を【硬化】して防御姿勢を取っていた切島の姿に、唯ならぬ事態だったと推察した。移の【空間移動(テレポート)】で現れたことは分かるが、何故彼一人なのか。轟の疑問に切島は慌てて説明する。

 

 

「そうだ…! 空戸が危ねえ! (ヴィラン)に胸を刺されて捕まってる!!」

「ッ! そっちにも居やがンのか」

「…切島、(ヴィラン)の数と〝個性〟は?」

「俺が見たのは【歯を刃物にして伸ばす】ヤツ一人だ! 俺の【硬化】で防げたが、手数とリーチがやべぇ…! 近付けもしなかった…ッ」

 

 

 轟は暫し思案し、腕に抱えていた円場を切島へと渡す。

 

 

「円場を頼む。ガスを吸って倒れた。恐らく、付近に(ヴィラン)は居ねえ。円場を抱えてここから離れてくれ」

「お、おう。お前らは?」

「──決まってンだろ」

 

 

 円場を背負った切島は、両手から小さな爆破を繰り出す爆豪を見る。

 

 

「カス共をぶっ殺してくンだよ」

 

 

 凶悪な笑みを浮かべた爆豪は、轟と共に駆け出していった。

 

 

 


 

 

 

 不意打ちを決めた爆豪と轟は、油断なく(ヴィラン)たちを注視していた。

 

 

「クソ髪が言ってた【歯】の野郎は伸したが」

「2人増えてるな。空戸は…仮面の男の〝個性〟か」

 

 

 (ヴィラン)と接敵する直前、仮面の男──Mr.コンプレスが移をビー玉状の物体に閉じ込めた様子を確認していた。間に合った、と言えるか分からない状況だが、少なくとも(ヴィラン)の狙いは空戸の殺害ではなく誘拐であることが推測できた。前者であれば、態々閉じ込めずにあの場で息の根を止めていただろう。しかし、実行犯は爆豪と轟によって無力化・捕獲され、ギリギリのところで食い止められた。後はMr.コンプレスから移を取り戻すだけ。

 遠目から見ただけだが、移が負っている傷は相当の深さだろう。一刻の猶予もない。だからこそ、轟たちはプロヒーローの指示を待たずに行動した。例えそれが、保須市の事件をなぞる結果になろうとも、〝救けない〟選択肢は彼らにはなかった。

 やがて(ヴィラン)の襲来に気付いたプロヒーローたちから指示がやってくるだろう。それより先にけりを付ける。轟が氷漬けにしたMr.コンプレスに近付こうとした直後、爆豪が声を上げる。

 

 

「おい待て。裸女は何処行きやがった!」

「何処って、氷の中に──」

 

 

 Mr.コンプレスの隣を見やる。そこに居ると思っていた裸の少女の姿は何処にもなかった。

 少女──トガの不在を認識した次の瞬間、轟は左後方から迫る何者かの気配を察知した。轟は背後を振り向きつつ、左手を構える。牽制を目的に炎を燻らせて──相手の顔を見て動きが止まる。

 

 

「──空戸…?」

「アホがッ! 避けろ半分野郎ッ!!」

「っ!? くッ……!!」

 

 

 炎を消した轟は、すんでのところで迫っていたナイフの直撃を躱す。表皮が僅かに裂け、ツーっと首筋に血が流れた。

 轟と爆豪に睨まれながら、ナイフを握った人物はじっと刃を見つめている。見たいものが見られなくて、さも残念、と言った様子だった。

 

 轟は、傷を抑えつつ〝移の顔をした少女〟と距離を取る。落ち着いて全身を観察しても、その姿は移そのままだった。顔、着ていた衣服、体型…、全てが記憶通りの彼女。ナイフを向けていなければ、何の疑いも持たずに近付いていただろう。

 

 

「クソ髪が言ってた〝胸の傷〟がねぇ。ホンモノを操ってるワケじゃねーな」

「空戸じゃねぇなら…、さっきの(ヴィラン)が化けてるのか?」

「──もうバレちゃいましたか」

 

 

 移と同じ声で彼女は言う。

 

 

「トガです。カァイイものが好きです。移ちゃんはぼろぼろで大好きです! 早くお友達になりたいものです」

 

 

 上気した彼女の顔で、彼女の声で艶かしく、彼女の級友たちにトガは語る。

 

 

「ああ? …なに抜かしてやがる」

「あなたたちに興味はないけど…、ボロボロになると素敵かもしれません。──だから血を見せてください! チウチウさせて!」

「てめェ、イカれてんのかッ!」

「残るはお前だけだ。もう不意は突かれねぇ、大人しく捕まってくれ」

 

 

 トガと名乗る少女の理解できない主張を一蹴する。投降を呼びかけながらも、相手がいつ暴れても対応できるよう、轟たちは油断なく構えを取る。

 さっきは意表を突かれたが次はない。2人で囲んでいる現状で逃す訳がない、と。

 

 ジリジリと距離を詰める2人。いつでも取り押さえられる。そう思った時だった。

 

 

『A組B組総員! プロヒーロー〝イレイザーヘッド〟の名において戦闘を許可するッ!』

「「!」」

 

 

 轟たちの耳に声が──マンダレイの【テレパス】が届けられる。

 この3日間、何度か経験した【テレパス】だったが、戦闘中の意識外からの伝令は2人の集中をほんの僅かに途切れさせた。その隙を、トガは見逃さなかった。

 

 前後に陣取る2人に対して手首のスナップだけでナイフを投げる。腹部に向かって的確に投射されたそれらは、ギリギリで反応した轟たちによって空を切る。しかし、2人が同時に避ける動作を取ったことにより、トガに更なる時間的余裕が生まれた。

 まるで四足獣のように身を屈めて駆けるトガに、出遅れた轟たちが必死に追い縋る。

 

 

「──と思いましたがやっぱり気分じゃありません。もっとカッコいい人を探すのです」

「くっそ、待て!!」

 

 

 轟の氷が逃げるトガの背中を追う。茂みに身を隠さんとするトガに接近した氷塊は、しかし突如現れた樹木や岩に行手を阻まれてしまった。更には押し潰さんと2個3個と降る岩に、轟は堪らず距離を取る。

 

 一体、何処から…? 

 

 呆然とした轟に、今度は頭上から男の声が降ってきた。

 

 

「──危ない危ない。やっぱヒーロー候補生は馬鹿にできねーな」

 

 

 轟は声の方を見上げる。そこには、確かに氷で捕獲した筈のMr.コンプレスが器用に樹枝に立ってこちらを見下ろしていた。

 

 

「そこで伸びてるムーンフィッシュ、【歯刃】の男な。彼はあれでも死刑判決控訴を棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それを不意打ちとは言え、ああも見事に無力化しちまうたぁ、大したもんだよまったく。賞賛ついでにひとつ良いことを教えてやろう。──マジシャンってのは欺くのが得意なんだ」

(アイツ!! ()で捕まえてた筈! この短時間で音もなく逃げ出したのかッ)

 

 

 Mr.コンプレスを捕まえていた筈の氷塊は球状の穴だらけになっていた。トガに意識を割いたことを見透かされたのだ。そして、肝心のトガの姿も既にない。再び襲い掛かる隙を窺っているのか、はたまたこの場から逃げたのか。

 油断などしていなかった。少なくとも倒れた円場を発見した時からは、あの〝ヒーロー殺し〟と相対した時と同程度の警戒心を払っていた。しかしいとも容易く、盤上はひっくり返されてしまう。

 先手を取ったアドバンテージは既になくなった。

 

 そして状況は、轟の認識よりも遥かに悪い。

 

 

「爆豪っ! 空戸に化けたヤツは後回しだ! アイツを捕えるぞ! ………おい、爆豪…?」

 

 

 おかしい。一向に返事がない。爆豪ならば、間髪入れずに『指図すンじゃねえ!』などと返してくるだろうに。

 その轟の疑問に、(ヴィラン)は可笑しそうに応える。

 

 

「おいおい、俺は言った筈だぜ? 欺くのは俺の取り柄なのさ」

 

 

 Mr.コンプレスが態とらしく手首を反す。すると、手品の如く、指間に球体が一つ、二つと現れた。その意味を理解する。理解させられる。爆豪までも囚われたのだと。

 

 

(ヴィラン)の狙いが二つ判明! 狙いは生徒のかっちゃんと空戸さん! 2人はなるべく戦闘を避けて!』

「標的がノコノコと現れたら、そりゃ捕まえずにはいられないってハナシよ!」

(くっ、テレパスが少し遅いですよマンダレイ!!)

 

 

 轟は直ぐに動いた。地面を右足で強く踏み締める。足下から氷が広がり、瞬きをする間に一面が氷漬けになる。絶対に捕える。轟の覚悟が込められた森を覆うほどの氷塊は、しかし(ヴィラン)に届かない。

 

 

「悪いな、俺は戦うことは苦手でね! エンデヴァーの息子なんて、相手にしてらんねーのよ! ──開闢行動隊、目標回収達成だ。ほんの僅かだったがこれにて幕引き! 総員、回収地点へ向かえ!」

 

 

 氷の牢獄を避けて宙を舞う姿は余裕綽々と言った様子だった。飄々とした態度を崩さなかった彼は、轟に背を向けて森を駆けていく。悪路をものともせず、彼の姿はあっという間に小さくなった。

 

 

「(今の通信、もう引き上げる気か!)させねぇ、逃がすか!!」

 

 

 行動が余りにも早い。USJ襲撃事件の時よりも、格段に洗練された計画的犯行。(ヴィラン)の質も、あの時に一蹴したチンピラの寄せ集めとは違う。焦燥感が伸し掛かる。

 

 

(だからって、諦めんのか? そんな訳がねえッ!!)

 

 

 諦めない。必ず救ける。2人が誘拐されたことを知っているのは、己のみだ。ここで救け出せずに、なにがヒーロー志望か! 

 轟は小さな炎を纏いながら走る。冷えた身体と弱気な心に熱を入れるようにして。

 

 

 


 

 

 

(かっちゃんと空戸さんは肝試しの一番手と二番手! だからゴール地点から逆走すれば直ぐに合流できる筈!!)

 

 

 緑谷はどす黒く変色した両腕を引っ提げて一人森を駆け抜けていた。

 

 マンダレイの従甥、出水洸汰が孤立していると予見した緑谷は、(ヴィラン)の襲撃を知るや否や彼の下へ向かった。その先で出逢った(ヴィラン)〝血狂いマスキュラー〟と戦闘になり、両上肢を幾重にも骨折しながら、なんとか洸汰を守り勝利を納めた。

 その後、洸汰を相澤に預けた緑谷は、相澤からの伝言と〝マスキュラー〟が洩らした(ヴィラン)の目的をマンダレイへと伝えた。〝戦闘の許可〟と〝(ヴィラン)の狙いは爆豪と移〟という情報だ。

 

 2人の安全を確保するために疾走する緑谷だが、彼自身、本来であれば動ける状態にない。固定されていない両腕は力を入れるだけで激痛が走り、限界以上に酷使した身体は体力が底を付いている。

 マスキュラーとの戦闘。それにより一種のトランス状態になっていることで緑谷は限界を超えて動いていた。

 

 

「──あれは!? 轟くんの氷だ!!」

 

 

 視界を覆う木々の隙間から見覚えのある氷塊が空へと伸びていく所を視認する。体育祭の会場を埋め尽くした時と同規模の氷は、轟がそれだけの強敵と対峙していることを示していた。

 

 歩みを止めずに進路を変える。出力6%の【OFA(ワン・フォー・オール)フルカウル】で強化された脚力により、十秒足らずで目的地へ辿り着く。

 

 

「轟くん!!」

 

 

 巨大な氷の先で緊迫した表情をした轟を見つけ、そこに爆豪が居ないことに気付く。全力疾走で何処かへ向かおうとしている轟の姿に、嫌な予感がした。

 

 

「緑谷…、お前その腕ッ!?」

「僕は大丈夫だから!! そんなことよりかっちゃんは何処ッ!?」

「くッ……、──前を走ってるあの(ヴィラン)に捕まっちまった! 空戸も一緒だ! 奴の〝個性〟でビー玉みてぇに小さな玉に閉じ込められてる! アイツら、目的は果たしたとかで逃げるつもりだ!!」

 

 

 予感は的中してしまった。否、最悪と言うべきか。

 

 

「そんな…っ! …そうだ、空戸さんの【スフィア】なら抜け出せるんじゃ!!」

「それも想定済みなのか、捕まる前に重傷を負わされてる! 容体は分かんねえが、自力で脱出できる状態じゃねえ。だから俺たちが助け出すぞ!」

 

 

 【フルカウル】による疾走を若干弱めて轟と並走していた緑谷は、この状況をどう打開するか思案する。

 両腕が使えない今の自分に出来るのは精々頭突きかタックルくらい。残りの(ヴィラン)の数は不明。この先、どんな〝個性〟を持つ(ヴィラン)が待ち受けているのか分からない。未知数の相手から2人を奪い返すため、手負の今の自分の役割は…。

 

 

「…轟くん。僕が先に行って囮になる。(ヴィラン)が言っていた。僕は〝優先殺害リスト〟ってのに載ってる、って」

 

 

 マスキュラーと、マンダレイたちが戦っていた(ヴィラン)が漏らしていた情報。それによると、彼らは優先して緑谷の命を狙っている。だとすれば、自身が姿を晒せば、(ヴィラン)の注意をそらせるのではないか。緑谷はそう思い付いた。

 

 

「…それを聞いてお前を1人で行かせる訳がねえだろ。その怪我、動いちゃいけねえレベルじゃねーか」

「だからって休んでなんかいられない!! (ヴィラン)たちの足止めをしとくから、轟くんは隙を見て2人を取り戻して!!」

 

 

 そう言い残して緑谷は加速する。後ろから、轟の静止の声がかけられたが、止まらない。止められない。〝救けなきゃ〟という思考に執われた緑谷は、自身の安全を勘定に入れない。囮になり、足止めをした結果、己がどうなろうとも気にならなかった。

 

 ()()()()()()()()

 

 

「救ける…ッ!! 絶対にッ!!!」

 

 

 ──だから、もっと、疾く!! 

 

 

 両腕が使えないと言うことは、走行姿勢を正しく取ることもできないと言うこと。普段よりも遅い今の状態では、間に合わない可能性がある。そう考えた緑谷は、更にギアを上げることを選択する。

 

 

(【OFA(ワン・フォー・オール)フルカウル・8%】!!!)

 

 

 安定して発動できる割合を超えた【フルカウル】をすることで、姿勢の不利を覆す。一歩間違えると自爆しかねない博打。緑谷はそれに勝利する。

 遠く離れていた(ヴィラン)との距離が一気に縮まり、ついにその背中を捉える。

 

 

「返せぇぇえぇッ!!!」

「ぬおッ!!?」

 

 

 走ってきた勢いをそのままMr.コンプレスの背中にぶつける。猛タックルを受けたMr.コンプレスが地面を転がった。当然、緑谷も無事では済まず、バランスを崩して転倒した。

 

 

「ぅぎッ…!!!」

 

 

 受身なんて取れる筈もなく、骨折した両腕ごと全身を打撲する。稲妻が走るような痛みが走り、噛み締めた奥歯が軋んだ。意識を失ってもおかしくない衝撃が彼を襲う。

 しかし、ここで立ち止まることはできない。痛みに呻きつつ、なんとか顔を上げて(ヴィラン)に目を向ける。そこで初めて、(ヴィラン)()を認識した。

 

 

()っつつぅ……、なんだよ突然…」

「ミスター大丈夫か!? ──なっさけねぇな、おい! 

「こいつはリストにあった…」

「わわ、ぼろぼろ…! 出久くん、だよねっ!」

「ネホヒャン!」

 

 

 5人の(ヴィラン)が緑谷へ顔を向けている。そして、彼らの背後には黒い靄──USJ襲撃事件にて猛威を奮っていた黒霧の【ワープゲート】が広がっていた。

 

 完全に想定外の人数。加えて、(ヴィラン)は脱出寸前。あと数歩も進めば、手の届かない所へ行ってしまう。

 それだけは許してはいけない。何としても。

 

 

「かっちゃんと空戸さんを、返せよっ!!」

 

 

 緑谷は吼える。

 すぐ目の前に救けたい人が居る。

 立ち上がって、喰らい付き、(ヴィラン)の手から取り戻さなくては。

 足に力を込める。走り出した彼の身体は、しかし明らかに精細さを欠いている。

 限界を超えて動かしていた身体は、一度痛みを認識したことで枷をかけたように重くなっていた。

 

 

「返せ? 妙な話だぜ…。爆豪くんも空戸ちゃんも誰のものでもねえ。彼らは彼ら自身のものだぞ、エゴイストめ」

 

 

 対して、易々と立ち上がったMr.コンプレスは、フラフラな緑谷に見せびらかすように【圧縮】した爆豪たちを懐から取り出す。

 

 

「今のお返しをしてやりたいが時間がなくてね。爆豪くんはもっと輝ける舞台へ俺たちが連れていくよ。キミは身体を休めながら、新しい爆豪くんをテレビとかで眺めといてくれ」

 

 

 (ヴィラン)たちが靄へ入っていく。ある者は無感動に。ある者は悠々と。ある者は別れを惜しみながら。

 囮になれると考えていた緑谷だったが、(ヴィラン)たちは彼に時間を割かなかった。爆豪と移の誘拐を第一目標に掲げた彼らにとって、それを達成した今、緑谷の生死はおまけ程度にしか価値がなかったのだ。

 

 しかし、ほんの数秒。緑谷が集めた注目は、彼を間に合わせた。

 

 思惑が外れて焦る緑谷の横を氷柱が通り過ぎる。

 

 

「──行かせるかッ!!」

 

 

 轟が到着した。Mr.コンプレスの腕を凍らすべく氷柱が迫る。今度こそ確実に捕らえる。

 だが彼の隣に居た男──荼毘が【蒼炎】を放ち禦がれてしまう。荼毘は汗を滲ませた轟を見て愉しそうに嘲る。

 

 

「そんじゃ、お後が宜しいようで──」

 

 

 もう間に合わない。緑谷も轟も、誰もが。

 勝利を確信したMr.コンプレスが気取ったポーズを取り──、青白い一筋の光が彼の手を貫いた。

 

 

「青山くんッ!?」

 

 

 緑谷が叫ぶ。光は、青山の【ネビルレーザー】だった。少し離れた草陰から、怯えた様子の青山が姿を覗かせる。今の今まで、姿を隠して潜んでいたのだ。偶然、(ヴィラン)の集合地点に居合わせた彼は、恐怖で縮こまっていた。しかし、奮闘する緑谷を見て、友人の危機を感じ、萎縮した心を奮い立たせた。

 その勇気は、しっかりと届いた。

 

 

「がはッ!」

 

 

 Mr.コンプレスの手が開かれる。

 ビー玉状の物が2つ、宙を舞った。

 

 

(これがっ!)

(最後のチャンス…!!)

 

 

 緑谷、轟、荼毘。3人が手を伸ばす。

 しかし緑谷は、腕の急な可動によって激痛に襲われ姿勢を崩す。

 残った2人が1つずつそれを手に取り、視線が交差する。

 

 

「くッ…!!」

「そっちはくれてやるよ、轟焦凍。──確認だ、解除しろ」

「あ〜クソ! 俺のショーが台無しだ!」

 

 

 荼毘に指示されたMr.コンプレスが憎々しげに指を鳴らし〝個性〟が解除される。【圧縮】されていた2人が姿を現す。

 

 轟の腕に、爆豪勝己が。

 

 そして荼毘の手に。

 

 

「空戸さんッ!!!」

「空戸ッ!!!」

 

 

 赤黒く染まったシャツを着た空戸移が、闇の中へ消えていく。継ぎ接ぎだらけの荼毘の顔が愉悦に歪む。

 

 やがて靄も消え去り、残されたのは茫然自失とした少年たちと轟々と蒼く燃える森の熱だけだった。

 

 

 

 







あぁ〜! 曇らせの音ォ〜!!


駆け足感が否めない…が、負け戦だからとっとと次行ってもらいました。

開闢行動隊とA組の動きは以下の通りです。

①移ちゃんの詳細な位置を【測位】の脳無で捕捉。他の目標もある程度確認し、作戦開始。
②ムーンフィッシュ、トガ、ミスターたちが移ちゃんを襲撃。同時に各地で戦闘開始。
③爆豪と轟が移ちゃんの下へ猛ダッシュ。同時刻、緑谷が洸汰の下へ猛ダッシュ&原作以上の速度で筋肉達磨を撃破(微強化の影響)。同時刻、ラグドールがネホヒャン脳無にやられる。
④爆豪と轟がムーンフィッシュを撃破。同時刻、緑谷が洸汰を相澤先生へ預ける。
⑤緑谷がマンダレイと合流。その後、爆豪がミスターに捕まる。
⑥離脱したトガ、出会したお茶子・梅雨ちゃんにちょっかいかける(描写なし)。同時刻、轟とミスターが追いかけっこ開始。同時刻、八百万がネホヒャン脳無にGPS装置を取り付ける(描写なし)。
⑦緑谷と轟が合流。緑谷猛ダッシュ。
(ヴィラン)たちがワイワイしてるところに緑谷乱入。
⑨爆豪奪還成功、移ちゃん奪還失敗。(ヴィラン)たち逃走。雄英敗北。


です。自分でも「そんな時間ある??」って突っ込んでしまう展開速度ですが…。…うーん、ヨシっ!!(現場猫感
原作では肝試し一番手だったためムーンフィッシュと遭遇した障子・常闇ペアですが、拙作では飯田たちと一緒に逃げています。活躍の場を奪ってしまって申し訳ない…。


次回に過去回を挟んで林間合宿編は終了です。対ありでした。



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幕間:空戸移という少女




これで(ストックは)最後だァ〜!!!
久しぶりの投稿に関わらず、お読みいただきありがとうございます。感謝感謝です。

前田世助③改め、移ちゃん過去回です。オリジン回の裏話とも呼ぶ。


1話前で、轟くんが左手足から氷を出してしまうミスをしてしまいました。恥ずかしい…
指摘してくださった方、ありがとうございます




──ママ、これはなぁに? 

 

──これは墓石と言ってね。天国へ行った人が眠るところなんだよ。

 

──ふぅーん。誰が眠ってるの? 

 

──ここはお婆ちゃんのお父さんたちや、お婆ちゃんのお婆ちゃんが眠っているのよ。

 

──お婆ちゃんにもお婆ちゃんが居るんだ! 

 

──そうよ〜、みんなにお爺ちゃんやお婆ちゃんがいるの。

 

──お名前はなぁに? 

 

──ええとね、お名前は──。

 

 

 


 

 

 

 異形型やごく一部の例外を除き、多くの人々は幼少期に〝個性〟を発現させる。成長過程で〝個性〟因子が活性化し、〝個性〟として顕在するまで増幅されるのがその時期だからだ。

 

 空戸移が〝個性〟を発現させたのは3歳の頃だった。

 

 朝、移が目を覚ました時、隣に両親は居なかった。身支度のため、先に起きることの多い彼女の両親は、その日もいつも通り下の階で忙しなく動いていた。移は朝食が出来上がってから母に起こされることが常だが、その日はカーテンが少し開いていて、朝日を顔に浴びたことで独りでに目を覚ましていた。

 

 母も父も居ないことに寂しくなり、目に涙を浮かべた彼女だったが、カーテンの隙間から見えたモノに興味が移った。

 

 

──鳥さんだ! 

 

 

 灰色の大きな鳥だ。移の住む都市部には珍しい種類のその鳥は、ベランダの縁に堂々と居座っていた。

 

 

──もっと近くで見る! 

 

 

 普段見かけない鳥を見つけて興奮した移は、勢いよくベッドから飛び降りてカーテンを開いた。バッ、と大きな音が鳴る。羽休めしていたそれは、突然の物音に驚いたように飛び立つ。ああ、と移から声が漏れる。鳥はあっという間に空の向こうへ消えていく。

 

 何も居なくなった窓の外を見上げる。移は考えた。

 

 

──お空に行ったらまた見れるかも。

 

 

 窓に両手を当てる。外の熱気が両手に伝わる。ポカポカで暖かそうだ。鳥のように空へ行けたら、さぞ気持ちが良いだろう。

 そして何故か、今ならそれが出来る気がする。窓を開けてベランダから身を乗り出すのではなく、()()()ことで実現する、と。

 

 それは良くある子どもの妄想、ではなくて。〝個性〟が宿ったことで本能的に悟ったのだ。これまでなかった身体機能が、新たに備わったことを自然に理解していた。

 移が特段優れていたという話ではない。〝個性〟を発現した子どもに多く見られる現象だ。誰に教わるでもなく初めて〝個性〟を使う子どもたちは、『できる』と思ったから使う。そこに意欲が伴うことで〝個性〟は現象として表に出る。

 

 

──【お空に行きたい!】

 

 

 たがしかし、移の願いは叶わなかった。発動していれば、次の瞬間には10mの高さから地面に叩き付けられていたであろうその行為は、()()()()()()()()()()未然に防がれた。

 それは誰の意思だったか。

 

 

「……………ぁ…、……え…………?」

 

 

 それが、3歳の少女に、空戸移に前田世助の【記憶】が宿った瞬間だった。

 

 

「…いや…、いやいや、そんな……ぇ? ……だってあり得ないだろ…。僕は死んで……。生きてる…? ここは…、家…だ。うん、そうだようつりの家……、うつりは……ぁ、…ちがっ……」

 

 

 状況に理解が及ばなかった。

 街中で起きた暴動。爆発した病院。怪我を負い、熱を帯びた身体が徐々に凍えていく感覚。痛み。嘆き。怒り。恐れ。厭わしさ。悔しさ。死にゆく瞬間の、まだ経験と呼べないほど直前の感覚が宿っていた。

 だと言うのに、先刻まで自身が抱いていた感情もしっかりと残っていた。『ママが居ない』『パパはどこ?』『寂しいな』『かわいい』『鳥さんだ』『いっちゃった』『ポカポカだ』『行きたいな』『行こう』

 それらの幼稚な思考をしていたのは自分(世助)ではないという自覚はあったが、同時に自分(うつり)の思考だったという感覚もある。

 それだけでなく、ここを自宅だと認識して、己を()()()と呼ぶことに抵抗がない。

 

 違和感を抱かない。それがどうしようもなく気持ち悪かった。

 

 

「移? 起きたの? 音がしたけど、怪我をしてない?」

 

 

 混乱する彼女の背中に声がかけられた。その声を聞くのも()は初めての筈なのに、()()()のママだとハッキリと分かった。

 青褪めた顔で彼女は振り返る。声の主を見て、2つの記憶が2つの答えを出した。

 

 少女は自身の母だと。

 

 青年は──自身の()()()に、そっくりな女性であると。

 

 

 


 

 

 

 母親である和佳理(わかり)の腕に抱かれながら、移はテレビのニュースから流れてくる情報を取り零すことなく集めていた。

 

 

『続いてのニュースです。あのオールマイト氏がまたもや快挙を──』

『昨今のヒーローたちの活躍は──』

『子どもたちを〝個性〟差別から守るにはどうすべきか。私たち大人が──』

『現在も(ヴィラン)は逃走中であり、付近の捜索が続けられています』

『クックヒーロー・ランチラッシュのお墨付き! いま巷で噂になっているコンビニ飯とは!?』

『いやぁ、エンデヴァーのヒーロー活動は派手ですね! 僕は好きですよぉ彼のこと!』

『オールマイト氏によって逮捕されたこの(ヴィラン)名〝KUNIEDA〟という男は、これまでも──』

『つまり、2XXX年上半期のビルボードチャートJPの順位は、こうした民意が込められている証左でありまして、ということはですよ──』

『──年前、当時のヒーロー公安委員会会長が殺害されるという傷ましい事件ですが、これをキッカケに整備された法案では──』

『やっぱオールマイトっしょ! 銃弾を追い抜くとことか人間離れしてるってゆーか──』

『こちらの〝エイリアン〟という作品は〝超常黎明期〟前に公開された作品のリブート作であり、当時は〝個性〟を持たない人々が──』

『この度は公の場で〝個性〟を無断使用したことについて深く反省すると共に、関係者の皆様、何より応援してくださっているファンの皆様に対して──』

『──4歳の男の子がまだ見つかっていません。警察は〝個性〟事故の可能性が高いとしながら、事件事故両方の線で捜査を進めており──』

『ヒーローだけでなくファッション業界においても広く知られている彼の影響で、ジーンズを取り入れたコーディネートが若者を中心に再ブレイクしています。ということで、今日はスタジオの皆様にも──』

 

 

 オールマイト、ヒーロー、〝個性〟、(ヴィラン)、エンデヴァー、(ヴィラン)、2XXX年、〝個性〟、ビルボードチャートJP、ヒーロー公安委員会、〝超常黎明期〟、オールマイト、〝個性〟、〝個性〟、〝個性〟…。

 

 和佳理の心配をよそに、移は情報を精査する。ニュースと、少女の経験と、青年の【記憶】。それらをつなぎ合わせ、自分の置かれている状況を明らかにするために。

 

 

「ねえ移。貴女本当に大丈夫なの? やっぱりどこかぶつけたんじゃあ…」

「………大丈夫。それより、お婆ちゃんのお婆ちゃんって、お名前、なんて言ったっけ?」

 

 

 訝しむ和佳理に投げやりに返事をし、昨日の墓参りでした話をむし返す。体調は全く無事ではなかったが、そんなことより重大なことが彼女にはあった。

 

 

「昨日の話? お墓は探原(さぐりばら)家のだから、知里(ちさと)さんよ。どうして気になるの?」

「………っ…、じゃ、じゃあ……、お爺ちゃんは…?」

「……お婆ちゃんのお爺ちゃんはあそこのお墓には居ないんだけどね。──前田世助さんってお名前よ。苗字が違うのは、…まあ、超常黎明期のことだからね。色々あったらしいの」

 

 

 なんということか。母に齎された解に絶望感を抱く。何かの間違いであってほしいと望む一方で、どうしようもないほど揃っている証拠が移に刃を突き立てる。

 

 

──僕は…、僕は自分の玄孫(やしゃご)の身体に……っ! 

 

 

 自分がしてしまったことのなんと悍ましきことか。移は自身の内側が蟲で作られている感覚に陥った。

 

 超常黎明期は現代のように〝個性〟への理解も知識も不足していた。異形型のような分かりやすい〝個性〟は兎も角、内容が本人しか分からない〝個性〟は表に出ないことも多かった。無論、検査方法も確立されていないわけで、本人や周囲の申告がなければ、その人に〝個性〟があるか否かは知る術がなかったのだ。

 

 確かに生き絶えた筈の(世助)の意識が自分(うつり)に宿った理由。世助に〝個性〟があり、その力で生まれ変わってしまったと考えるのが妥当だった。赤の他人ではなく、己の血縁者に宿っていることが、輪廻転生などのスピリチュアルな非科学的事象が起きた訳ではない理由の後押しとなっていた。

 

 

──〝異能〟は子に遺伝すると証明されていた筈…。僕の〝異能〟に秘められた〝因子〟が遺伝されて、玄孫の代、この子(うつり)に対して発動した、とでも言うのか…。【血縁者に転生する】〝異能〟…。こんなの、まるで……。

 

 

 (世助)この子(うつり)を殺したようなものじゃあないか。

 

 

「──り、移! ねえ、聞こえるッ?」

「……ぁ、………う…ん………」

「顔が真っ青……、やっぱり病院行こ。普通じゃあないよ」

 

 

 移を見つめる和佳理の顔は、我が子の身を案じる母親そのもので。それを享受する己の醜穢な様に、彼女は酷く吐き気がした。

 

 

 


 

 

 

 母に連れられて訪れた病院でついた診断は〝小児性(しょうにせい)個性発現性(こせいはつげんせい)症候群(しょうこうぐん)〟、つまり〝個性〟が発現したことに伴う体調不良であった。

 物体の温度を変える〝個性〟で低体温になったり、揺らす〝個性〟で嘔吐してしまったりと症状はそれぞれだが、〝個性〟を発現したばかりの子どもに見られる症状の総称だ。

 

 その時の私には丁度〝個性〟が宿っていたし、検査で〝個性〟が判明したこともあってそのように診断された。玄孫の身体を奪ってしまったことへの罪悪感によるものだったが、それも世助の〝個性〟が発現した結果と考えれば、まあ、あながち誤診ではないのだろう。

 

 原因が判明して安堵し、〝個性〟の発現に喜ぶ母の姿に胸を掴まれた思いをしたのは今でも覚えている。

 

 帰路につきながら、往路よりも幾分か落ち着いた私が見たのは〝平和な世界〟だった。

 異形型と呼ばれる〝個性〟の親子が笑顔で日の下を闊歩していた。

 ちょっとした落とし物を拾うことに当たり前のように〝個性〟を用いる主婦がいた。

 街頭モニターでは、筋骨隆々の〝ヒーロー〟が【超パワー】で犯罪者を退治する姿が映し出されていた。

 

 平和だった。

 

 皆が〝個性〟に寛容で、日常を享受していた。常に暗澹たる空気が漂う社会は見る影もなく。世界は、光ある姿に変容していた。

 

 そこに混ざり込んだ私という過去の異物が一際異臭を放つほどに。

 

 

 それからのことは以前に語った通り。

 

 

 罪悪感に耐えきれなくなった私は、両親と立辺の祖父母が揃った場で、己に起きたことを包み隠さず吐露した。

 (世助)の【記憶】が(うつり)に宿ってしまい、あなた達の娘を変容させてしまったこと。

 (世助)はあなた達の先祖で、(うつり)の【前世】で、恐らく(世助)の〝個性〟によってこうなってしまったこと。

 (世助)(うつり)から離れる手段があるのか己には分からないが、仮にそんなことが可能なら直ぐにでも実行する意思があること。

 

 十数分間、黙って聞いてくれた父は、卑しくも涙でぐちゃぐちゃになっていた私にタオルを差し出すと、いくつかのヒヤリングを始めた。

 

 

『世助さんの〝個性〟は、自らが望んで発動したのかい?』

──否、望むどころか、知りもしなかった。

『取り憑いたと言うが、キミ自身の自認は?』

──分からない。世助の記憶も移の記憶もある。混ざり合って、どちらでもあって、どちらでもない。

『キミは、どう生きたい?』

──(うつり)は………。

 

 

 胸と喉が締め付けられて、痛く苦しい時間で、私がどう答えたのか、今となっては正しく覚えていない。多分、(世助)(うつり)、2つの想いを口にしたのだろう。

 要領を得ない私の話を聞き終えた父は、僅かな沈黙の後、引き締めていた口許を緩めて暖かく大きい掌を私の頭に乗せて言った。

 

 

『キミの【前世】が何者で、今がどういう状況なのかは分かった』

 

『昨日まで私たちの前にいた移と、今のキミは違う存在なのだろうね』

 

『でも、だけどね。きっとそれらのことは、起きるべくして起きたことなのだろう』

 

『私だって、前世はお婆さんかもしれないし、犯罪者かもしれない。もしかしたら鳩だったかもね』

 

『キミの【前世】が何者だろうと、その記憶を持っていようと』

 

『キミが、私たちの娘であることに変わりはないんだよ』

 

『移。キミは私たちの大切な愛おしい、たった1人のかわいい自慢の娘だよ』

 

 

 この時抱いた気持ちを、私はただの一度も忘れたことはない。

 

 捨てられる覚悟だった。それだけのことをしてしまった。それを父は、許してくれた。赦してくれた。

 (世助)も含めて(うつり)だと、認めてくれた。

 生きてて良いのだと、言ってくれた。

 

 

 きっと。

 その瞬間に(わたし)は生まれたのだ。空戸移(わたし)という少女は、彼らに認めてもらって生まれ直した。

 

 認めてくれた彼らに報いるために。

 奪ってしまった少女(うつり)に償うために。

 (世助)を弔うために。

 

 私は、生きている。

 それが私の、原点(オリジン)だ。

 

 

 


 

 

 


 

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ。泣ける話じゃないか」

 

 

 

 







今まで〝個性〟の名前や技名、それに連なる用語を【 】で書いてきました。バレバレだったかもしれませんが、種明かしのひとつでした。

過去、前田世助と相対したAFOが彼のことを〝異能無し〟と呼びましたが、実はありました。弟の【個性を与える】〝個性〟を見抜けなかったAFOですから、大して興味のない人物の〝個性〟の有無が分からないのも妥当かな、と考えました。世助の〝個性〟は生前に効果を発揮してませんしね。

また、新たに探原(さぐりばら)知里(ちさと)という名前が出てきましたが、覚えなくて大丈夫です。ヒロアカっぽくてとっても気に入っている名前で、(なごみ)の名前をこっちにすれば良かったと後悔していますが、忘れていただいて結構です。

世助と知里の間に息子が生まれ、その息子の娘が立辺(なごみ)です。それだけ覚えてもらったら問題ありません。


最後に。今回でストックが切れました。次は神野区編を書き終えてからまとめて投稿したいと思います。
あらすじに書いてあるように、これは移ちゃんがヒーローになるまでの物語です。最終的にハッピーエンドになる予定ですので、お付き合いのほど、よろしくお願いします。
感想に返信できていませんが、皆さんの感想を糧にして書いています。自分、承認欲求モンスターなので。
ニマニマ顔で読ませていただいておりますので、よしなにお願いします。





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