鬼殺しのかぐや姫(リメイク前) (しやぶ)
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幼少期編
『産屋敷かぐや』という女


 

 時は明治。とある屋敷にて。

 

「──何をしているのですか、お父様」

「……かぐや」

 

 『お父様』と呼ばれた男性は、10代後半から20代前半程度の若い青年。『かぐや』と呼ばれた女性は、5歳程度の幼子(おさなご)であった。

 二人は親子と言うより、歳の離れた兄妹に近い関係であったが、それは今問題ではない。

 

「そんな物、一体何に使うおつもりですか」

 

 問題は──青年の持っている縄だ。

 部屋は必要以上に清掃されており、家具は椅子が一つのみとなっていた。そして縄は、ちょうど頭部が通せるくらいの大きさで輪が結ばれている。

 

 この状況から察せられる、青年の目的は一つだろう。

 

「……これ、は」

「すみません、意地の悪いことを申しました。(かぐや)は全て承知しております。

 お父様がやろうとしていたことも、そんなことをしようと思った理由も、全て分かっております。

 ……耐えられなくなってしまったのでしょう? 隊士達の死に」

 

 図星だったのだろう。それを聞いた青年は目を見開き、言葉を失っている様子だった。

 

「……いつかこんな日が来るのではないかと、思っておりました。お父様はいつも、彼ら彼女らの死を、本気で嘆いておられましたから」

 

 夜な夜な人を襲い、喰らう『鬼』を斬る、政府非公認組織──『鬼殺隊』

 青年は、その鬼殺隊を運営する当主であったのだが……彼は、優し過ぎた。

 鬼は強い。人はおろか、獣すら凌駕する身体能力に加え、殺害手段が極端に限定されるほどの再生力を持つ。加えて強力な個体であれば、超能力染みた力も用いてくる。そんな鬼と戦う鬼殺隊士の死亡率は、非常に高い。

 そうして次々と殉職していく者達の名を、彼は()()()()()()()のだ。

 

 ──そんな苦行、常人に耐えられる訳がない。

 

「……そうだね。だから、私はもう──」

「──ですので、父上。家督をお譲りください」

「……え?」

 

 それは余りにも、予想外な言葉だった。何故なら、今家督を譲るということは──

 

耀哉(かがや)はまだ、4()()なんだよ!?」

「ふふふ、何を今更。お父様が亡くなっていたら、どの道そうなっていましたのに」

「それはっ、そうだけれども……!」

「大丈夫ですよ。耀哉なら」

「どうして、そう言い切れるんだい……?」

「だって耀哉は既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん、だって……!?」

 

「既に我が一族が持つ『先見の明』を得ているのでしょう。明日から当主を交代してもやっていける程に、耀哉は賢く(したた)かです。

 そしてもう一つ、お父様がまだ知らないことがございます」

「それは……?」

 

「──わたくし、『()()()()()使()()()()

 

「……え、えぇ!? そんなっ、いつの間に!?」

 

 炎の呼吸──それは人が鬼を葬るために必須となる技法、『全集中の呼吸』における流派の一つ。

 彼が──歴代の産屋敷(うぶやしき)家当主達が欲してやまなかった、戦うための力だ。

 

「先月柱合(ちゅうごう)会議がありましたでしょう? あの後実はこっそり、槇寿朗(しんじゅろう)さんに教えて頂きました」

「たった一ヶ月で覚えたのかい……?」

()()()

「え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────」

 

 彼はもう、絶句するしかなかった。

 全集中の呼吸は通常、習得に()()()()()()()()()()。それにそもそも、習得できない人間だって少なくない。特に『とある事情』で病弱かつ短命な一族である、産屋敷家の人間は……今まで誰一人として、使えた者はいなかったのに。

 

「槇寿朗さんの教え方が上手かったおかげです。同じ当主でも、どこかの無責任な当主様とは大違いだと思いませんか? 父上」

「うっ……ぐぅの音も出ないね」

 

(……しかし、かぐやの才能もあるだろうが……まさか一日で、呼吸術を伝授してしまうとは。流石は煉獄家と言ったところか)

 

 鬼殺隊という組織が実力主義であることは、その目的からして想像に難くないだろう。故に当然、上に立つために生まれや育ちは一切問われない。

 ──だがそんな鬼殺隊で唯一、『名門』と言える家系がある。それが煉獄家だ。

 『最高階級に至る剣士を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()輩出し続けてきた家系』と言えば、その凄まじさが伝わるだろうか。

 

「……とは言ったものの、まだ『型』は教わっていませんし、『常中』にも至っていないのですがね」

「いやいや、それでも充分凄すぎるよ……」

 

 『型』とは呼吸法に対応した剣技であり、『常中』とは、通常戦闘時にのみ使用する全集中の呼吸を、寝ている間含め常に行うことを指す。

 正規隊員でも全ての型を扱えない者は珍しくないし、常中は最高階級である『(はしら)』への第一歩と言われる、高等技術だ。しかし──

 

「いいえ。いいえ。()()()()()()()()()()

「かぐや……?」

 

 天狗になっても許されるような結果を叩き出しておきながら、彼女は自身の現状に甘んじていない。それは何故か。

 

「お父様、私は──(かぐや)が戦える身体で生まれてきたのは、『今代で全てを終わらせよ』という、神仏からの啓示(けいじ)だと考えております」

「……あぁ、そうかもしれないね」

「えぇ。ですので私と耀哉で、全てを終わらせてみせます。だからそれまで、見守っていてくださいね? お父様」

「……分かったよ」

 

 結局のところ、彼女はただ──父に生きていて欲しいだけの、子供だったのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──吸って、『吐いて』 吸って、『吐いて』

 

 呼吸とは極論、空気の〝吸引〟と〝排気〟の繰り返し──そんな認識では、全集中には至れない。どれだけ吸うか、どれだけ吐くかで違うし、一度の吸引でも、複数回に分けたりすることもある。

 特に注意するのは『吐く』ときだ。〝排気〟は筋肉が緩めば勝手に行われてしまう。自分の意思で、自分の想定している量を『吐け』

 

  ──ゴオオオオ

 

 よし、後はこれを途切れないように……ッ!

 

─ゴッ、ゴフッ、ごふっ!

 はぁ、はぁ……! 耀哉、何秒でしたか!?」

「……173秒です。

 あの、姉上。やはりこれ以上は……」

 

 縁側で時間を測ってくれていた(耀哉)が、咳き込む私を心配して駆け寄ってくれる。きっと、身体を悪くする前に休めと言いたいのだろう。

 ……だが、それはできない。何故なら──

 

「この程度で諦めていたら、『柱』にはなれませんから」

「姉上、私は──!」

「では耀哉、あなたが私なら……ここで止まれますか?」

「……っ!」

 

 耀哉は父と同じく、隊士達への情が強い。それこそ、一人一人に肉親と同じだけの愛を向けてしまうくらいに。

 だからできない。むしろ耀哉なら、私なんかより死に物狂いで己を鍛えるだろう。

 

「弟子でもなんでもない私が、多忙な槇寿朗さんから教えを受けられるのは、柱合会議で屋敷にいらっしゃる時くらい。会議は半年に一度ですから、五ヶ月後。それまでには、常中に至っておきたいのです。一月でこの調子では、間に合いません」

「…………姉上がそこまで焦っておられるのは……私のため、ですか?」

 

 ……これは、どう答えるのが正解なのだろうか。

 耀哉は──というより産屋敷家は、()()()()の存在により()()()()()()()()()()。この呪いは当主となる男子に強く現れ、呪われた当主達に、30まで生きられた例は無い。

 だから私は呪いの原因たる鬼を討ち、耀哉が人並の時間を生きられるようにしてあげたい。これは事実だ。

 しかしこれを肯定すれば、耀哉はより強く私を止めるようになるだろう。しかし否定して、『姉上は私のことなんてどうでもいいんだ』なんて思われたら私が死ぬ。私は、この可愛い耀哉(おとうと)を傷付ける存在を許さない。それが例え、私自身であっても。

 

 さて、ではどうしたものか──

 

「……えぇ。あなたと、()()()()()です」

 

 ──こうなったら正直に話しつつ、他の人も巻き込んでしまおう。そうすれば耀哉も無下にはできまい。我ながら最低な発想である。

 

「父上は今19歳です。現状では、最長でもあと10年しか生きられないでしょう。私はどうしても、父上がご存命の内に、歴史が動く瞬間を見せて差し上げたいのです」

 

 最低な発想からした発言だが、これは本心だ。というか本心でないと、耀哉にはすぐバレる。人心掌握の英才教育を受けてるからね、この子。心の機微を見通すなんてお手の物ですよ。

 

「……、…………っ。

 ……分かったよ、()()()。もう止めない」

 

 ──お、呼び捨てになったということは!

 

「これからは姉ではなく、一人の鬼殺隊士候補生として扱おう。そしてこれは、鬼殺隊当主から君へ下す、最初の指令だ」

「──はっ!」

「煉獄家へ向かうんだ。そして炎の呼吸とその型を我が物にし、最終選別を突破せよ」

「拝命致しました」

 

 よっしゃあこれで修行が捗るぜぇ! ついでに煉獄さんとの幼馴染フラグゲットだヒャッホウ!

 

 ──あ、今ので流石に気付かれたと思うのですけど、わたくし転生者です。それもTS(トランスセクシャル)の方。

 おら見てるか全国の観測者ども! あまりTSものばっかり読んでると、将来おまいらもこうなるぞ! 気をつけるんだナ!!

 

 ……という冗談でもキメておかないと、マジでやってけない。まぁこれでも産屋敷だから、神仏という観測者はいるかもだけど。止めてくれ、いやホントに。

 

 しっかし何故『鬼滅』なんだか。私アニメ勢だったから、2021年8月(死んだ時)だとまだ無限列車編までしか分からないのに……記憶持ち転生者なら他のもっと詳しい人にしろよと思うんですが。

 

 ──という訳で、我が今生の目標は『原作死亡キャラを救済しつつ()()()()()()()こと』です!

 

 ……え、なんでわざわざ死ぬのかって? そりゃあ、割り切って死ぬタイミングを決めてた方が原作知識惜しまず使えるし。後先考えちゃうと、変な知識持ってて疑われないよう気を付けて立ち回ることになるし。まぁ産屋敷だから『先見の明』である程度誤魔化せるとは思うけど……単純に()()ってのが大きい。

 ほら……人が誰かのためを想って流す涙って、素敵でしょう……? 私、それが大好きなので……夢に見るほど好きなので……(cv下弦の壱) かまぼこ隊が煉獄さんのために流した涙はもう……最高としか言いようがなかったよね……。

 

 ──だが杏寿郎(きょうじゅろう)、お前は許さん。

 

 彼の死には不覚にも、私まで泣かされてしまった。

 だが私はあくまで『誰かのための涙を見る』のが好きなのであって、私が泣きたいワケではないのだ。

 だから次は、お前が涙を流すんだよ杏寿郎ぉぉぉ!!!(cv上弦の参)

 

 ── そして(かがや)、お前も許さん。

 

 なぁにが『悲しくはないよ』だ! この私ですら泣いたんだぞ!? だからお前も号泣するんだよぉぉぉ!!!

 

 ……え、私自身ですら弟を傷付けることは許さないって話はどうなったのかって?

 違うんだ、私がやろうとしているのは『曇らせ展開』であって、決して傷付けようとしているのではないのだ。この違い、分かります? 分からない? ソッカー。

 

 ────という訳でね! 原作死亡キャラ救済を最優先に、主要キャラ達と絆を深めて最終的には曇らせたい! 以上! いざ征かん、煉獄家へ!!(無茶苦茶)

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話:かぐやはアニメ勢だが、ネタバレサイトで部分的に情報は得ているぞ。ただし『先見の明』や寿命については普通に家族として説明されて、今生で知った。




 
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煉獄家にて

 読者層が似ている作品、一つも鬼滅が無い件。
 やはり曇らせ隊の人材は豊富だなぁ(白目)


 

 ゴオオオオオオ──

 

 今日も今日とてスーハースーハー。暇さえあればスーハースーハー。

 

 どうも、かぐやです。

 あれから1ヶ月で、大分常中に近付きました。具体的に言うと、意識して呼吸している間はずっと炎の呼吸です。やはり槇寿朗さんが居ると、成長速度が段違いですね。

 今は真剣を持って長時間走りながら、炎の呼吸を維持できるかどうかのテスト中です。

 ちなみに持ってみて分かったのですが、真剣の重さは1kgもないらしいです。もっと重い物かと思ってました。

 

 つまり何が言いたいのかというと……ぶっちゃけ余裕。身体強化されてる分、ロリっ()ボディなのに、男だった生前よりパワフルなまである。

 

「……ええ、確かに安定していますね。それでは約束通り、型の鍛錬に入りましょう」

 

 ヨシ! 槇寿朗さんからOKが出たので、遂に念願の剣技を教えて貰う段階に入ったぜ、ヒャッハァ!

 

「はい、よろしくお願いします師匠! それと敬語は不要です!」

「しかし、お館様の姉君にそのような……」

「私はただの隊士候補生として此処に来ています。お館様からも、『本格的に修行して、正規隊員になるのなら、一般隊士と変わらぬ扱いをする』と明言されておりますので」

「ですが……」

「お願いします」

 

 ホント頼むぜ旦那ァ。煉獄さんと同じ顔でそのテンションと口調は違和感バリバリなんよ。

 

「ん〜〜、あい分かった! ただし、そうする以上、厳しく鍛えていくからな!」

「望むところです!」

 

 やはり槇寿朗さんはこうでなくっちゃ!

 しっかし煉獄さんも言ってたけど、本当になんでこの人、あんなロクでなしになっちゃったんだか……

 いや、その辺りは気になり過ぎて調べちゃったから、知ってるんだけどね? 二つある原因の内、一つはどうしようもない。

 というのも……奥さんがね、病気で亡くなっちゃうのがその一つらしい。

 病気にかかる原因が分からないから、予防はできない。正史で行われた治療だって、柱の給料は無制限なのだから、手は尽くしているだろう。私が介入する余地は無い。

 だから残念だが……非常に不本意だがッ、瑠火(るか)さんに関しては助ける手段が無い。いや、()()()()()()()()()()()んだがね?

 

「──まずは壱ノ型からだ。よく見ておけ!」

 

 おっと、余計なことを考えている間に始まったな。全集中全集中。

 

 ゴヲヲヲヲヲヲヲヲ──

 

 炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 炎のような踏み込みから放たれる袈裟斬り。なるほど、これが『型』か……本当にエフェクトが見えるとは驚いた。

 でもって2ヶ月ぶりに槇寿朗さんの呼吸見て思ったんやが、私と師匠の呼吸音、なんか違くね?

 

「あの、師匠」

「どうした?」

「私の呼吸音、変じゃないです?」

「あぁ、自力で気付いたのか。確かに少し違和感はあるが、誤差の範囲だから心配するな。こういった事態は珍しくない。おそらくかぐや様は、炎の呼吸を派生させた先に、本来の適性呼吸があるのだろう」

「……なるほど」

 

 やはり私の──というより、()()()()()()()()()は、()()なのだろうか。

 槇寿朗さんの心を折ったもう一つの原因──原初にして最強の呼吸法、『日の呼吸』

 私の予想が合っているなら……アレは産屋敷家の人間が使うことで、真価を発揮する呼吸だ。

 

 ……まぁ、アレのことは置いておこう。今考えても仕方のないことだ。

 

「では一度、やってみますね」

 

 力強く踏み込み、木刀を上から──

 

「待て!」

「……はい?」

「刀の握り方が間違っている。刀は小指と薬指で握る物だ。手首の自由度が全く違くなる」

「分かりました!」

 

 実際にやってみる。

 ……お? おぉ、本当に全然違う!

 

「それと踏み込みだが、力み過ぎだった。力を抜いて、それでいて炎のような勢いを出す必要がある。

 (かかと)を強く踏むよう意識しろ。逆につま先は、少し上げるくらいの心持ちでいい」

「はい!」

 

 これも実際にやってみる。

 ……、…………。

 

「……難しいですね」

「ハッハッハ! 呼吸を1日で習得されてしまった時は驚いたが、流石にこれはかぐや様でも難しいようだな!」

「むぅ……ちなみに槇寿朗さんは、これを習得するのにどれくらいかかりましたか?」

「いや、偉そうなことは言ったが、今でも完全にできているとは言い難い。俺も、まだまだ道の途中なのだ」

「……答えになってないです」

「ハハハ、すまない!

 そうだな……実戦で通用すると確信できるまで、半年はかかったか」

「半年ですか。ならば(かぐや)はその半分──3ヶ月で習得してご覧に入れましょう」

「そうか! 3ヶ月後が楽しみだな!」

 

 

 ────そして、3ヶ月後。

 

 

「……どうしましょう、全っ然できません」

「いや、思ったより上達しているぞ! まだ種火程度だが、炎のゆらめきが見えるようになってきた!」

「むむむ……悔しいです……」

「落ち込むことはない! 今のかぐや様なら、最終選別に出てくる雑魚鬼くらいは葬れるだろう!」

「そうですか……」

「……嬉しくなさそうですね。何か気掛かりなことが?」

 

 だってその試験、手鬼とかいう裏ボスのせいで難易度詐欺なんだもん……

 鱗滝(うろこだき)さんは炭治郎(たんじろう)が来るまで暫く弟子を取ってない雰囲気だったし、錆兎(さびと)真菰(まこも)のことは救ってあげられないかもだけど……奴はできるだけ早く、斬り殺しておきたいところなのだ。

 

 ──いや、待てよ?

 

 私、お館様(かがや)の姉だよな? そして目の前に居るの、柱よな?

 

 ──柱合会議で直談判したら、手鬼討伐に柱を派遣できるんじゃね?

 

「……槇寿朗さん、最終選別の試験会場に異形の鬼が居るとしたら……どう思いますか?」

「ハッハッハ! 何を言うかと思えば、そんな心配をしていたのか! 安心しろ。あそこに居るのは人を2、3人しか食っていない鬼だけだ」

「それは山に放り込んだ時点での話でしょう? 生き残り続け、受験生を何十人も食い殺し、強くなった鬼が居ないと……本当に言い切れますか?」

「……もしそんな鬼が実在するのなら、大問題ですね。それでは受験生が、餌と何も変わらない」

「次の最終選別の前に、柱合会議がありますよね。私も連れて行ってください。一度藤襲山(ふじかさねやま)の調査をするよう、直談判します」

 

 ──こうして無事に、異形の鬼は滅された。

 それからは年に一度、試験会場に調査が入るようになったという。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話:かぐやの一人称は、男の時から『私』だったらしいぞ!



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バタフライフォックス

 手鬼が食い殺した弟子の件ですが、指の示し方的に鱗滝さんが最終選別に弟子を送ったのは5回。それぞれ4、1、5、2、1と示されています。順序的にも時系列的にも最後の1は錆兎で確定なので、その前は2人組で送り出したようです。なので真菰に加えてもう一人の弟子が登場します。


 

 ──とある屋敷の縁側に、紫の首飾りを着けた(からす)が降り立った。

 

「最終選別、結果報告。受験者数、18。合格者数、18」

「……すまない、もう一度言ってくれるかい?」

「最終選別、結果報告。受験者数、18。合格者数、18」

「〜〜〜〜っ! やっぱり凄いなぁ、姉さんは」

 

 喋る鴉から報告を受けた少年、耀哉は望外の喜びに打ち震える。

 これまでの最終選別は、『合格率が1/4あれば豊作』という魔境だった。それが、かぐやの一声により、一体の鬼が葬られた途端にこれだ。

 

(姉さんには並外れた呼吸術の才能に加え、私よりも遥かに優れた『先見の明』まであるみたいだね)

 

 ──実際のところ、かぐやに『先見の明』など備わっていないのだけれど。それはともかく。

 そこには嫉妬など一切なく、純粋な敬意と溢れんばかりの親愛だけがあった。

 

「合格者達のことを、教えておくれ。

 ……ふふふ、今回は覚えるのが大変そうだ」

 

 今までになく贅沢な文句に、耀哉は自然と口元が綻ぶのが分かった。

 

「承知。

 マズ今回ノ筆頭ト言ウベキ、『()()()()

 性別、女。使用呼吸、水ノ呼吸。孤児。育手(そだて)ノ鱗滝左近次(さこんじ)ニ引キ取ラレ、鱗滝姓ヲ与エラレタ」

 

 その後も鴉は容姿や年齢など、詳細な情報を語り、耀哉はそれを真剣に聞いていた。

 そして、その内一つの情報に反応を示す。

 

「合格者ハ皆、『()()ヲ着ケタ黒髪ノ少女ニ助ケラレタ』ト言ウ。受験者ノ中デ、試験ニ面ヲ持チ込ンダノハ彼女ト、彼女ノ義姉デアル鱗滝葦実(よしみ)ノミ。髪ノ色カラ、該当スルノハ真菰デアルト判断サレタ」

「狐面……やはりか」

 

 派遣した炎柱によって討伐された鬼は、10枚の狐面を所持していたという。無関係ではないだろう。

 それから耀哉は合格者全員の話を心に刻み込み、鴉を放った。

 

「この朗報を、かぐやにも伝えてやってほしい」

「承知」

 

「……しかしよくもまぁ。こんなにも早く、あっさりと成し遂げるとはね……」

 

『どうしても、父に歴史が動く瞬間を』

 

 かぐやはそう言って、焦りに焦っていた。

 だが彼女は、たったの半年で歴史を動かしてみせた。

 それがあくまで、間接的なものであったのだとしても。それがたとえ、蝶の羽が起こす微風(そよかぜ)ほどの変化だったのだとしても。

 

 ──狐面を着けた蝶の羽ばたきはきっと、嵐となりて無惨を襲うだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──同日。煉獄家にて。

 

(あっっぶなかったああああ!!!)

 

 鴉から報告を受けたかぐやは、悶絶していた。

 

(真菰ちゃん、マジでギリギリだった……! 手鬼は自力で倒そうとか考えなくて良かった……!)

 

 『いや、待てよ? 歳上だから真菰さん? うおお成長後の姿見るの楽しみ!』 などと、気を抜いて縁側でブツブツゴロゴロするくらいには悶絶していた。

 

「……何をなさっているのですか? かぐや様」

「あ゛っ、すみませんすみません見苦しいものをお見せしました……」

 

 そんなことをしていたら、当然人に見られる訳で。

 はしたない姿を瑠火に見咎められ、かぐやは平謝りした。

 

「ふふふ、構いませんよ。むしろ大人びたかぐや様の、年相応の姿を見ることができましたので、嬉しいくらいです」

「うぅぅ、お恥ずかしい……」

「お気になさらず。走って忘れましょう」

「はい……」

 

 そして二人は、庭を走り始めた。

 これは、かぐやが煉獄家に来てから半年の間、欠かさず行われている日課である。

 

(病気にかかる原因……というか、そもそもどんな病気だったのかすら分からないワケだけど。体力をつけてれば、もしかしたら予防になるかもだし、病気になっても治るかも。ついでに食事も一品増やして、栄養をその分多く取ってもらってるし……これでダメでも一応プランBと『最終手段』がある。でもこれで済むなら、それに越したことはない)

 

 そうして走りながら、彼女は思う。

 

(──怖いなぁ)

 

 今のところ、彼女の思惑は全てとんとん拍子に進んでいる。

 本来自死を選ぶ父を救った。異形の鬼に食い殺される少年少女を救った。

 修行だって順調だ。もう彼女は常中に至っているし、奥義である玖ノ型以外はある程度扱えるようになった。

 

(……うまく、いき過ぎてる)

 

 だからいつか、揺り戻しが来るのではないか──

 そんなことを恐れながら、彼女は今日も、走り続ける。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話:真菰の年齢は12歳だ。原作での柱最年長、悲鳴嶼(ひめじま)さんの4歳上だぞ!




 耀哉の鎹鴉(かすがいがらす)は流暢に話しますが、今話の鴉は彼の父の代の鴉であり、こちらは流暢に話すことはできなかったようです。


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閑話:鱗滝家

 ──鬼殺隊において、真菰の存在は特殊だ。

 

 非力な女性であること。12歳という若さで最終選別を突破したこと。そして何より──()()()()()()()()こと。

 

 真菰は孤児である。それ自体は組織の性質上珍しくないが、彼女は『普通の孤児』である。鬼に親類を殺されたワケではない。故に鬼を憎まない。

 

 真菰の育て親、鱗滝左近次は初め、彼女を隊士にするつもりはなかったのだ。

 彼女を引き取る以前、彼には10人の弟子がいた。しかし、手塩にかけて育てた弟子達は……誰一人として最終選別を突破できず、彼の元に帰ることはなかった。だから彼は、『もう弟子は取らない』と決めていた。

 ……しかし、真菰は天才だった。彼女は左近次の呼吸が特別なものであると見抜き、教えを乞い始めたのだ。

 左近次は当然渋ったが、根負け。『最終選別に行かせなければいいだけの話だ』として、修行をつけるようになった。

 

 ──結果、真菰は1年で岩を両断して見せた。

 当時10才のことである。

 

 左近次は、止める理由を失った。しかし同時に、『この娘ならば』という期待もあった。

 ただ彼女は、すぐに選別へ向かうことはなかった。

 真菰には自分と同じ日に拾われ、同じ修行を受けた義姉(ぎし)がいたのだが……彼女はまだ岩を斬れなかったのだ。真菰は最終選別に参加するのなら、義姉と共にと決めていた。

 

 そして2年後、義姉──葦実(よしみ)も岩の切断に成功し、2人は選別へ向かった。

 

 そして、最終選別開始日。

 左近次は2人を送り出す時、自作の面を渡していたのだが、それは──

 

『その面、〝厄徐の面〟と言ったか? それを着けてたから皆食われた』

『……そう、あなたが。あなたがいたから……!』

 

 面の真実を知った真菰は激昂。実力を半分も発揮できず、手足を引き千切られた。そして葦実も、抵抗虚しく食い殺されることとなる。

 

 ──それが、正史における2人の結末。

 

 だがこれは、呪われた少女が(つづ)るもう一つの歴史。

 本来の力を発揮した真菰は、持ち前の俊足で雑魚鬼を圧倒。(ことごと)くを伍ノ型のみで安楽死させ、鬼殺隊史上初の『最終選別死者数0』を達成する立役者となったのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「「ただいま〜」」

「────っ」

 

 最終選別から帰ると、いきなりお義父さんが抱きついてきた。

 ……肩が震えている。不謹慎だけど、本当に心配してくれてたのが分かるから、ちょっと嬉しい。

 

「……2人とも、よく戻った」

「……大袈裟だなぁ。楽勝だったよ? 鬼を斬るより、ご飯と寝る場所の確保の方が大変だったくらい」

 

 ──葦実が『それはアンタだけでしょ』とでも言いたげな目で見てくるが、敢えて無視する。

 

「本当か? どこも怪我はしていないか?」

「……傷一つないから安心して。真菰が山に居た鬼、1人で殆ど倒してくれちゃったおかげでね」

「凄いでしょ?」

「……ああ、凄いな。

 そうだ、今日は鍋にしよう。真菰の好きな具材を沢山用意してあるんだ」

「えーっ、私のは!?」

「勿論、用意してあるとも」

 

 ──()くして、蝶の(さなぎ)は羽化を果たした。飛翔の時は近い。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話:2人は義父のことを家族だけの時は『お義父さん』と。他の人がいる時は『鱗滝さん』と呼ぶらしいぞ。



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『煉獄』

 

 異形のいない最終選別から、5年。

 

 ゴオオオオオオ──

 

 ──炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

「……どう、でしたか?」

「──合格だ!」

 

 かぐやは遂に、炎の呼吸の奥義を習得した。

 

「はぁぁぁ、これでやっっと最終選別に行けるんですね……長かった……」

「おめでとうございます、かぐや様!」

「ありがとうございます。杏寿郎」

 

 そうしてお礼を言った後、かぐやは何か悪戯を思いついたような顔をして口を開く。

 

「昔のように、『ねーね』と呼んではくれないのですか?」

「──んなっ、俺がいつそんな呼び方をしたと!?」

「あぁ、アレはかぐや様が内弟子になってすぐのことだったな……お前が最初に呼んだ名前が『かぐやねーね』だったから、よく覚えている」

「ほぼ赤子同然の時の話ではありませんか!!」

 

「いいじゃないですか。

 ……もう会えないかもしれないんですから」

「──っ」

 

 かぐやが煉獄家の内弟子として扱われる期間は、最初に耀哉が口にした『炎の呼吸とその型を我が物とする』までだ。玖ノ型を習得した以上、彼女は最終選別に参加しなければならない。

 そして最終選別に参加したら、死んで今生の別れとなるか、隊士か(かくし)になって各地を転々とするかだ。いずれにせよ、長期間の離別となることは確実だ。

 それを聞いてハッとした杏寿郎は──

 

「……か、かぐやねーね」

「「!!!」」

 

 端正な顔を、髪以上に真っ赤に染めながら、常時ハキハキとした彼らしくない小声ではあったが……彼は確かにかぐやを『ねーね』と呼んだ。

 

「きょ、杏寿郎。今なんと? もう一度お願いしていいですか?」

「二度と言うものですか!!」

「そんなこと言わず、もう一度!」

「い・や・で・す!!!」

 

 この後すぐに杏寿郎は部屋へ引き篭もり、かぐやは玖ノ型が成功した時の感覚を馴染ませるため、鍛錬に励んでいた。

 

 ──そしてかぐやは翌日、槇寿朗と瑠火に見送られながら、日の出と共に煉獄家を出て行った。その間杏寿郎は部屋で一人、泣いていた。

 

「……よかったのか? 杏寿郎」

「……はい。会ったらきっと、引き止めたくなってしまいますから」

「そうか」

 

 槇寿朗は杏寿郎の頭をグシャグシャと撫で、部屋を出た。

 そうして彼が自室に戻り、手に取ったのは──

 

「──始まりの呼吸。最強の呼吸。炎を含めた、全ての呼吸法は『日の呼吸』の後追いであり、劣化版……」

 

 21代目炎柱ノ書。彼の先祖が遺した書籍。全集中の呼吸が生み出された当初の記録が残された、貴重な品であるが……そこに書かれていた内容は、とてもではないが同じ炎柱が書いたとは思えないほど、読む者の心境を暗く陰湿にさせるようなものだった。

 しかし、槇寿朗が態々再びこの頁を開いたのは……思い当たる節があったからだ。

 

「日の呼吸の剣士達が、鬼舞辻無惨を追い詰めた。公式ではそう記されるだろうが、それは嘘である……実際に無惨を追い詰め、呼吸法を広めた剣士は──()()()()

 

 そして槇寿朗は、かぐやの呼吸音を思い出す。

 

「…………炎の呼吸は、最初に生み出された派生呼吸だからか、()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴオオオオオオ──

 ゴヲヲヲヲヲヲ──

 

「お館様は、『姉上(かぐや様)が全てを終わらせてくれる』と仰っていた」

 

 槇寿朗は、思うのだ。

 おそらくかぐやは自分や杏寿郎、歴代の炎柱を越える『本物の天才』なのだろうと。つまり彼女の適性呼吸は、日の呼吸であろうと。

 それは酷く、槇寿朗の心を──

 

「──()()()()()!」

 

 嫉妬や諦念に蝕まれる以上に、彼は戦意が湧き上がるのを感じていた。

 

「始まりの呼吸の剣士は、1人で無惨を追い詰めたものの、討伐には至らなかった。かぐや様がいくら天才であっても、1人では駄目なのだ」

 

  ──我々が、助けなければならない。

 

 そう決意した槇寿朗は、大きく息を吸い込んだ。

 

「──杏寿郎!!」

「はい父上! なんでしょう!?」

「庭に出ろ! 今から修行だ!!」

「──はい!!」

 

 それから2人は瑠火に『うるさい』と怒られつつ、修行を始めた。

 

 ──もう、槇寿朗の心が折れることはないだろう。

 何があろうと。()()()()()()()

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 いつかどこかの内緒話

 

 

「瑠火さん、一つ伺ってもよろしいですか」

「なんでしょう?」

 

「瑠火さんは、『人を殺さず救う、鬼の医者』が存在するとしたら、どう思いますか?」

 

「……大いに結構ではありませんか」

「──安心しました」



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死別

 

「──ただいま帰りました」

「あぁ……おかえり、かぐや。聞いたよ、遂に──ゴホッ、ゴホッ」

「……父上、無理はしないでください」

 

 私は最終選別を突破した。無論死者0だ。

 そして合格したら、装備が支給されるワケだが……私の日輪刀は既に用意されていたらしく、実家に呼び出されたのだ。

 だが、この様子を見てしまえば……否応なく解ってしまう。そんなものは、口実でしかない。

 

 ──これは父と話す、最後の機会だ。

 

 呪いによって発生した『(ただ)れ』が、胸まで広がっている。5年前、柱合会議で顔を出した時はまだ、(ひたい)から目の部分までしかなかったのに……

 

「……安静に、とにかく安静にしていてください。そうすれば──」

 

 甘く見ていた。『30まで生きられない』という言葉を甘く見ていた。こうなることを想定できなかった、己の愚かさに腹が立つ。

 

 ──だが、まだだ。まだギリギリ間に合う。間に合わせる。

 

 上弦の陸が吉原(よしわら)遊廓(ゆうかく)に居るのは知っている。ただ肝心の能力を知らないから、本当は準備を整えてから行きたかったのだが……上弦は柱3人分。現役の柱は現在3人。全員引き連れて行けば、ギリギリ足りるだろう。

 

「……かぐや」

「喋らないでください。あと10日……いや、6日耐えてください。(かぐや)が特大の朗報を持ち帰ってみせますから」

 

 大丈夫。大丈夫。今まで全部うまく行ってきた。揺り戻しなんて来るはずない。だから大丈夫。私は転生者。この身(かぐや)は天才だ。だから、(かぐや)が──

 

「……君はもう、充分頑張ったよ」

「──っ」

「お前はもう少し、自分に優しく──ゴホッ、ゴフッ」

「父上ッ!」

 

 ──喀血(かっけつ)だ。マズい。

 

「待っててください、すぐに医者を──!」

「いい、いらない。自分のことは、自分が一番解る……私は、ここまでだ」

「父上ッ、お願いだから喋らないで……!」

「そうだ。私は『父』なんだよ……最期くらい、父親らしいことをさせてくれ」

()()()なぞ求めておりません! 私はただ、生きていてさえくれれば、それで……!」

 

()()()()()()()()()()?」

 

「────」

 

 父の指摘に、息を呑んだ。

 

「……かぐや、お前は確かに特別なんだろう。だけどね……私は別に、お前が普通の女の子でもよかったんだ」

「……無理な話です。私が男の前世を持つ女(かぐや)である限り、普通になぞ、なれる道理がありません」

「あぁ、()()()()()()()()()という話かい?」

「えっ……」

「……おそらく、江戸時代に活動していた隊士の一人……なんだろう?」

「…………」

 

 ──ごめんなさい。全然違います。

 

「1日で呼吸を覚えるなんて普通無理だし、今でこそなくなったけど……昔はたまに、やたら古風な言葉遣いをする時があったからね……」

 

 ごめんなさいごめんなさい。それ明治時代の口調がよく分かんなくて、ズレてた時のだと思われます……

 

「まぁ、この推測が合ってなくても構わない。私が言いたいことは……君が何者であるのだとしても、私にとっては一人の娘だということだ」

「……私は確かに前世で男でしたけど、江戸時代の人間じゃないですし、鬼殺隊士でもありませんでしたよ」

「そうかい。ちなみにその口調は……」

「無理はしていません。敬語は癖なんです」

 

 素の口調で話すのは無理。恥ずか死ぬ。んで気付いたら、マジで敬語が癖になってた。本来コミュ障なんよ私。

 

「……君が前世でどういう人間だったのか、教えてくれるかい?」

「構いませんよ」

 

 ──色んなことを話した。私が未来人であることも含めて。

 

「そうか……君の時代に鬼はいないのか」

「えぇ。私がいてもいなくても、無惨はもうすぐ討たれることになります」

「それならもう……思い残すことはない」

 

 ……そして父はやっと、大人しく眠ってくれた。

 

「……では、私はこれで」

 

 日輪刀を持って、部屋を後にする。

 母と耀哉に声をかけ、私は家を出た。

 

 ──日輪刀を抜き、色の変化を確認して納刀する。

 

「──朝陽(あさひ)

「はい、ここに」

 

 専属の鴉を呼んで、目的地を伝える。形式上私は『一般隊士』だが、耀哉からある程度の自由行動を許されているから、指示を待たずに動けるのだ。

 

雲取山(くもとりやま)へ向かいます。貴女は先に向かい、道中に鬼の情報があれば伝えてください。全て斬り捨てます」

「承知しました」

 

 刀の色は、やはり『黒』だった。まぁ、最終選別の時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時点で、ほぼ確信していたのだが。

 ……この身(かぐや)は才気に溢れている。問題は、使い手の私。呼吸はコピーできても、私には『型』の才能がない。

 無論炎の呼吸はめっちゃ修行したから、『型』の練度も並の隊士には負けないつもりだけど……上弦を相手にするのなら、日の呼吸はおそらく必須となる。

 

「……あの、かぐや様」

「どうしました?」

「……もう少し、実家に留まってもいいのでは」

「構いません。父との別れなら、先程済ませました」

 

 娘の正体が得体の知れない『誰か』と察しながら、彼は私を愛してくれた。最後に親孝行の一つもしてあげたかったのは確かだが……父ならば、その時間で鬼の一体でも倒した方が喜ぶだろう。

 

「……承知致しました。では、出立します」

「えぇ、行きましょう」

 

 朝陽は飛び立ち、私は一歩踏み出す。振り返ることはしない。

 

 『もう少し、自分に優しく』『特別でなくともよかった』と、父は言ったが……私は元より自分の欲望のままに生きているし、そのためには、『原作キャラ(特別な人間)』にとっての『特別』にならなければいけない。

 

「……お父様、私はあなたを許しません」

 

 私はあくまで『誰かのための涙を見る』のが好きなのであって、私が泣きたいワケではないのに。

 

「だってこんなのっ、反則でしょう……!」

 

 どうして私はまだ10歳なんだ。どうして24で死にかけてるんだ。30までまだ6年あるだろう。こんなに急いだのに、どうして間に合わない。こんなの無理に決まってる。

 

「お父様……お父さまぁぁぁ……!」

 

 父が何をした。産屋敷家が何をした。

 無惨という鬼を生み出した? ふざけるな。そんなこと知ったことではない。

 

 だが、だが──いいだろう。

 

「鬼舞辻無惨は私が殺す」

 

 どうせ、そうしなければお前達は耀哉のことも呪うのだろう。

 やってやる。やってやるから、代わりに私の寿命であればくれてやるから──これ以上、私の家族を奪わないでくれ。

 

 

 ──背中に一瞬、焼けるような痛みが走った。

 

 後から知ったが、私の背には()()()()()()()()ができていたらしい──

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ■■コ■■ソ噂■

 

 笑い声が嫌いだ。自分が馬鹿にされているような気がして嫌いだ。

 怒った声が嫌いだ。好きな人はいないと思う。

 無表情が嫌いだ。何を考えているのか分からないし、怖いから嫌いだ。

 

 ──でも、涙は好きだ。悲しみは癒やせる。嬉しい涙は嘘を吐かない。だから怖くない。

 

 だけどみんな、みんな、ぼくが狂っていると言う。

 ぼくは、いらない子らしい。

 

 みんなに好かれている人について、勉強しました。そうしたら、友達ができました。

 

 ──仲良くなって、本音で話すと、みんな私から離れていきます。

 

 だからもう、本音で話すのは止めました。誰とも深い関係にはならないと決めました。

 

 ……1人だけ、ぼくが狂っていると知りながら、受け入れてくれた人がいました。だけどすぐに死んでしまいました。

 その人には、息子がいます。まだ生きています。でも彼の父と同じく、すぐ死んでしまうでしょう。

 

 だからぼくは──(かぐや)は命に変えても、耀哉を絶対に救うのです。



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入隊後。原作前
かぐやvs槇寿朗


 

 ──1年後。

 槇寿朗さんの第二子が誕生したという(ふみ)が届いたので、私は煉獄家を訪れた。

 真っ先に、いつも鍛錬で使っていた庭へ向かうと……やはり炎柱親子が居た。今は素振り中か。

 

「お久しぶりです、杏寿郎」

 

 声をかけると、杏寿郎は素振りを中断し、一瞬でこちらに向かってきた。

 ……炎のエフェクトが、犬耳と尻尾に見えたのは気のせいだろう。

 

「お久しぶりです、かぐや様!」

 

 うむ、声の主張が激しい。これぞ煉獄さんって感じがして嬉しいね。声量は普通よりちょっと大きいくらいなのに、不思議なものだ。

 

「良い踏み込みでした。今も全集中を維持しているようですが、もう常中に至っているのですか?」

「はい! 実は半年ほど前には、既に!」

「何と。教えてくだされば、お祝いの品を用意しましたのに」

 

 煉獄家とは月一(ツキイチ)で手紙のやり取りをしているが、そんなことは一言も書かれていなかった。

 

「すみません! かぐや様の驚いた顔が見たかったもので!」

「……全く、仕方のない弟弟子ですね」

 

「──で、師匠には挨拶もなしか? 姉弟子」

「いいじゃないですか。師匠には『ご無沙汰しております』と言うほど、最後に会ってから日を置いていませんでしたし」

 

 普通だったら『そういう問題ではない』と言われて更に怒られるところだが、口調とは裏腹に、槇寿朗さんは最初から笑っている。つまり、単なる会話の糸口というワケだ。

 

「そうだ、かぐや様! ()()()()()、おめでとうございます!!」

「あぁ、ありがとうございます」

 

 そうそう。そういえば私、柱になったんよ。

 現状『最短かつ最年少で柱になった天才』って騒がれてます。最年少はともかく、最短は無一郎君に抜かれるんだがね。2ヶ月はおかしいよマジで。

 

「7種類の呼吸を瞬時に切り替え戦うことから、呼称は『虹柱』でしたか」

「えぇ」

 

 五大流派の炎・水・雷・風・岩に加えて、花と日で7つだ。

 

「後ほど、手合わせをお願いしても? かぐや様の戦い方を是非見てみたいのです」

「構いませんよ。むしろ、()()()()()()()()()()()()()くらいですし」

「なんと、光栄です!」

 

 正史の杏寿郎は、指南書三冊だけのほぼ独学で柱になって、猗窩座(あかざ)を討伐直前まで追い込んだ天才。ならば『槇寿朗さんから修行を受け続けた場合』の杏寿郎に勝つことができるのなら、少なくとも上弦の参までなら対処可能と考えていいだろう。

 ……まぁ今の時期に勝てるのは当然だから、もっと後の話なのだが。

 

 ──というかこの仮定を実現するためにも、瑠火さんの状態が気になるところ。なので早速、様子を見に行くどー!

 

 

 *

 

 

 ──はい、来ました。

 私は今、赤ちゃんを抱いてます。

 

「あー、うー?」

「……可愛い」

 

 ──可愛い(cv伝説の超野菜人)

 

 なんだ、この愛らしい生物は……!?

 

「瑠火さん、この子の名は……?」

「千寿郎です」

「そうですか、千寿郎くんですか……」

 

 よかった。名前は変わってないみたいだ。

 しかし可愛い。なんだこの子。成長後はきっと、もっと可愛くなるんだろうな……

 

「……時に瑠火さん、妊娠中は抜きとして、私が居ない間もちゃんと運動して、ちゃんと沢山ご飯を食べていましたか?」

 

 こんな可愛い子が、母親の顔も知らずに育つとか許さないですよ? 死んだら殺すっ(錯乱)

 

「えぇ、勿論」

「ならよかったです。これからも、身体を大事にしてくださいね?」

「分かっています。心配性ですね、かぐや様は」

 

 ……瑠火さんは未来のことなんて知らないから、その感想は当たり前なのだけど。肝心なのはここからだ。

 物心がつくのは、大体3歳くらい。千寿郎くんが3歳の誕生日を迎えた時に、瑠火さんが息災であったのなら、その時初めて私は安心できるだろう。

 

「……千寿郎くんをお返ししますね。今から杏寿郎に、稽古をつけてきます」

「よろしくお願いします。ふふ、柱2人に面倒を見てもらえるなんて、あの子は幸せ者ですね」

「……では、張り切って鍛え上げてみせましょう」

 

 ……確かに、剣士としては恵まれているのだろう。

 でもね、瑠火さん──両親が生きて側に居てくれる。そんな日常が、一番の幸せなんですよ?

 

「……そろそろ、『彼女』を探し始めますか」

 

 絶対に、絶対にもう死なせない。耀哉も、瑠火さんも、杏寿郎も、私の大切な人は、誰一人として死なせない──!

 

 

 

 *

 

 

 

 俺──煉獄杏寿郎の家族は、尊敬できる人ばかりだ。

 

『杏寿郎、よく見ておけ!』

 

 父は誰よりも強く、熱心に俺を指導してくれる。

 

『杏寿郎、なぜ自分が人より強く生まれたのか、分かりますか?』

 

 母は、ただ無為に力を付けていく俺に、『強者』としての責務を教えてくれた。とても気高い人だ。

 

 そして俺には、血の繋がらない姉がいる。

 

『昔のように、『ねーね』と呼んではくれないのですか?』

 

 ……実際に姉扱いをすると面倒なことになるから、絶対に『姉』とは言わないが。まぁ、それはともかく。彼女も尊敬できる人物であることに変わりはない。

 かぐや様は空前絶後と言うべき呼吸術の才を持ちながら、それを鼻にかけず鍛錬に励む、謙虚さと勤勉さを兼ね備えている。俺も『天才』と言われる側ではあるが、彼女を見ていると、とても傲る気にはなれない。

 

 ──そして今、俺が知る中で最強の2人が対峙している。

 

「……あの、なんで槇寿朗さんが構えているんですか? 私、杏寿郎に稽古をつける約束をしていたのですが」

「俺が頼みました! 父が相手であれば、かぐや様の本気が見れるかと思い至りまして!」

「……まぁ、杏寿郎がそれでいいと言うなら」

 

 そう言って、かぐや様も構えた。

 父は炎の呼吸らしい、攻撃的な八相の構え。かぐや様は基本的な中段に構えている。

 

「隊士になってからは、自己流が多分に含まれるようになってしまいましたが……怒らないでくださいね?」

「構わん! 己の適性に合わせ、呼吸や型を派生させることは珍しくもない!」

「ならよかったです。

 杏寿郎、合図をお願いします」

 

「はい! では──始め!!」

 

 ゴヲヲヲヲヲヲヲヲ──

 シィィィィィィィィ──

 

(八相の構え……あからさまに不知火を使う気ですね)

(雷の呼吸か、素早い踏み込みが来る!)

 

 炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 雷の呼吸 ()() 風の呼吸捌ノ型 初烈(しょれつ)風斬(かざき)

 

「むっ!?」

「せいっ」

 

 父上の袈裟斬りは空振り、かぐや様はその後、すれ違い様に胴体へ一撃を入れた。

 

「そ、そこまでです!」

 

 ……驚いた。まさか父上が、初手で負けてしまうなんて。

 

「なるほど、これが噂の『変転』か! 相手にすると、思った以上にやりにくいな!」

「槇寿朗さんが素直過ぎるんです。鬼との戦いは短期決戦が基本ですから、槇寿朗さんの戦い方は合理的なんですけど……」

「対人戦では、手の読みやすさが仇となるか!」

「……人同士の戦いなんて、想定したくはないんですがね」

「上弦との戦いを想定していると考えれば、問題あるまい。奴らは長く生き、多くの柱を葬っている。故に、各呼吸の特徴を理解されてしまっているだろうからな」

 

「──つまりかぐや様の戦法は、上弦にも通用するということですか!?」

 

 だとしたら、これ以上に喜ばしいことはない。

 

「それはどうでしょう」

「分からんぞ!」

 

「えぇ……?」

 

 かぐや様が否定するのはまだしも、何故言い出しっぺの父上まで否定しているのか……

 

「上弦は、いくら警戒しても足りないですから」

「それにだ、さっきかぐや様にも言った通り、己の適性に合わせて独自の戦法を作る者は少なくない。初見殺しが通用するとは限らんのだ」

「なるほど……」

 

 流石に、100年の壁は薄くないということか。

 

「──さて、気を取り直してもう一本だ!」

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 ──こうして、2人の打ち合いは日が沈むまで続いたのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 7つも呼吸法を使い分けて、器用貧乏にならないのか……ですか?

 そうですねぇ……炎は槇寿朗さんのおかげで(きのえ)(柱を除く最高階級)の方と比べても見劣りしないくらいに使えるんですが……他の流派に関しては、

 

 日:比較対象が少なすぎてなんとも言えないが、型は12個全部使えるし、体感的には(きのと)(甲の1つ下)くらいには扱える。

 水:(ひのえ)(乙の1つ下)くらい。鱗滝一門の遺品を届けに狭霧山へ行って、その時習った。

 他は団子。全部(かじ)った程度なので(つちのえ)(丙の2つ下)くらい。

 

 ……と言った感じですかね。



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曇天

 

 ──最近、思うように事が進まない。

 

 妻、瑠火が病にかかった。すぐに腕が良く、信頼できる医者を何人も呼んだ。薬だって、金に糸目はつけず、なんでも用意した。

 だが、妻の病気はすぐには治らなかった。

 

 ──最近、思うように事が進まない。

 

 異能も持たない雑魚鬼の首を、落とし損ねてしまった。無論2撃目で落としたが、もしこれで近くに一般人が居たら、食われていたかもしれない。柱として恥ずべき失態だ。

 ……妻の病気は、まだ治らない。

 

 ──最近、思うように事が進まない。

 今度は討ち損じるどころか、傷を負わされてしまった。奴が毒や呪いを使う鬼だったら、ここで死んでいたかもしれない。

 ……俺は、柱を続けられるのだろうか。

 妻の病気は、一向によくならない。

 

 

 最近────

 

 

「かぐや様ッ、かぐや様! しっかり!!」

「そこの貴方ッ、動けるなら包帯と傷薬をお願いします!」

 

 思うように、事が進まない。どうして、かぐや様が倒れているんだ。

 

「この痣は……いえ、不幸中の幸いと捉えましょう。今はそれより──」

「包帯と薬、持ってきました!」

 

 鬼は死ぬと、塵になって消える。肉体の構造が違うからか、斬っても刀にべったりと血が付着することは少ない。

 では何故、俺の刀は血が滴っているんだ。

 

 ──決まっているだろう。()()()()()()()()()()からだ。

 

「俺、は……何、を」

 

 も う、な に も し た く な い。

 

 

 

 *

 

 

 

 珠世さんを見つけて煉獄家に案内したら、任務帰りの槇寿朗さんと鉢合わせて斬られた件。当たり前ですねハイ。でも愈史郎(ゆしろう)君の目隠し*1があったのに……

 

 『──足音が二つする』

 

 からの初手玖ノ型はビビる。でも見えないならそりゃ範囲攻撃するよね。当たり前でしたハイ……

 でもそれとは別に、最近槇寿朗さん目が死にかけだったから、怖さ倍プッシュですよ。失禁するかと思った。

 

 まぁ、それは頑張って防いだんよ。『煉獄』は予備動作が大きいから、なんとか防御が間に合ったのさ。(つば)迫り合いにすらならずパワー負けして、自分の刀で頭を打ったがね。

 その後、なんとか説得しようかと思ったんですが……槇寿朗さん、既にもう一回斬りかかってましてね。トドメ刺してないんだから当たり前だけど、いい加減にしてくれ。

 めっちゃ頑張って珠世さんを突き飛ばして、私は背中を斬られました。そして失神。

 

 んで目覚めたら……

 

「大変、申し訳ございませんでした。腹を切ってお詫び致します」

「止めてください」

 

 なんか槇寿朗さんが小刀持って、服をはだけて──ってオイオイオイ!!!

 

「強姦です!! ここに強姦がいます!!! 誰か助けてください!」

「えっ」

 

「なんだと!? 許せん!! 貴様かッ!

 ──むっ、父上が強姦!? 見損ないました!!」

「えっ」

「兄上、『ごーかん』ってなんですか? 父上、悪い人だった、ですか?」

「千寿郎! 強姦というのはな──」

「止めろ杏寿郎! 千寿郎にはまだ早い!!」

「父上は黙ってお縄についてください! これからは俺が千寿郎の父親です!!」

 

「あの、杏寿郎。強姦は嘘ですからね?」

 

「そうですか! 安心しました!!」

 

「……で? 可愛い息子2人の前で、槇寿朗さんは何をする気ですか?」

「……はぁ、何もしませんよ。かぐや様がお元気そうで何よりです」

「私は見ての通り問題ありません。問題は、珠世さんと瑠火さんです」

 

 それを言うと、槇寿朗さんと杏寿郎は目を逸らした。

 ……え? 嘘だろ?

 

「珠世さんは無事です。母上は、1月もあれば治せると」

「な、なんだ。朗報じゃないですか。驚かさないでくださいよ」

「ただ……」

「ただ?」

 

 杏寿郎は拳を握りしめ、悔しそうな顔で言った。

 

 

「かぐや様は、2()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

「──どういうことですか」

 

 かぐや様は一瞬だけ焦りを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、聞き返してきた。

 ……いいや、冷静なものか。そう見せているだけだ。

 

「……かぐや様は、ご自身の背にある、月模様の痣のことを知っていましたか?」

「……いいえ」

「……その痣は、身体能力を大幅に向上させ、傷の治りを早くする代わりに……寿命を奪うものなのだ、と」

 

「ふむ……使()()()()()?」

 

「……え?」

「ですから、『使い方』です。傷の治りに関しては、今体験しました。しかし私はまだ、大幅な身体能力の強化を経験していません」

「なっ──」

 

「──この馬鹿者がッ!」

 

 ……驚いた。父がかぐや様に本気で怒鳴ったのは、これが初めてではないだろうか。

 

「寿命が擦り減るんだぞ……!? そんなものは使うな! 一切使用を禁止する!!」

「ですが使わなければ、死んでしまう状況だってあるでしょう」

「便利なものは、一度使ってしまうと癖になる! だから使ってはならん!!」

 

「──お父様は、24で亡くなりました」

 

 『バシャリ』と冷や水を浴びせられたように、父上は固まった。

 

「お父様と同じ歳まで生きられるのなら、かぐやは充分です。だから、そんな顔をしないでください」

 

 そう言って、かぐや様は穏やかに笑った。本当に、一切自分の寿命なんて気にしていないかのように。

 

 ──『危うい』と思った。父もおそらく、同時にそう思ったのだろう。

 だが、なんと声をかけたらいいのか……分からなかった。

 

「……本当に、困りましたね。

 ほら、上弦を倒せる可能性が上がるんですよ? 笑いましょ? 煉獄家の男児にそんな顔は似合いません!」

 

 かぐや様は『ニッ』と声をかけ、指で口角を上げ(おど)けてみせたが……誰も、笑う気にはならなかった。

 

「……すみません。珠世さんに直接伺ってきますね」

 

 誰も──誰も、かぐや様を止められなかった。

 

「……安心してください。使い方を知っても、十二鬼月と無惨以外には使わないと約束します」

 

 ──後悔していることがある。

 

 俺はこの時彼女に抱きついて、みっともなく泣き喚いてでも、かぐや様を引き止めるべきだったのだ。そうすれば、『絶対に使わない』と言わせられたかもしれない。そうすれば……

 

 ()()が、『()()()()()()』をすることもなかったろうに──

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 煉獄親子「ドンヨリ」

 かぐや 「ツヤツヤ」

 

 杏寿郎は珠世がかぐやを必死に治療する姿を見ているので、完全に信頼して瑠火さんを診てもらったみたいだぞ。

 槇寿朗はやることなすこと空回り中なので絶不調。

 千寿郎くんは何が起こってるのかよくわからないけど、家族が大変な状態になってるのは分かる。泣きたいけど泣かない。良い子。

 

 Q:そもそもどうやって珠世さんを見つけたのか。

 A:『珠世』という名ではなく『輸血を行う薬師』として探します。

 珠世さんは無惨からも鬼殺隊からも逃げたいので、まず自分の名前の痕跡は残さないでしょう。ですが血液型すらまだ発見されたばかりの時代に『輸血』というメジャーではない言葉で血を貰う以上、こちらは痕跡が残ります。

 探す人里は、山の近くにある場所がいいでしょう。いざという時日光から逃げやすいですし、薬の材料も取れます。

 話を聞くのは特に貧しい家がいいでしょう。薬代を受け取らない代わりに血液を貰う、という形が望ましいでしょうから。

 後は耀哉の勘と人海戦術です。よくもまぁ2年余りで見つけられましたね()

 

 ちなみに愈史郎さんは初登場時点で実年齢35歳。

 彼が居ないと鳴女戦で詰む……ということをかぐやは知りませんが、彼の外見年齢的に、あまり早く探し始めて珠世さんを見つけてしまうと、愈史郎君が画面外で退場することは知っていました。千寿郎くんの誕生まで捜索を待ったのはそういう訳です。

*1
愈史郎君が居ると話が拗れそうだったので、目隠しだけして貰って、留守番を頼んだ



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閑話:嵐は遂に到達す

 
 獪岳がマイルドになってます。


 

「──1人と言わず、沢山の人間が喰いたくねぇか!?」

 

 誰もが寝静まった夜の山の中で、少年は鬼と対峙していた。

 

「……どういうことだぁ?」

 

 ──少年の名は『獪岳』

 孤児である彼は、とある青年に引き取られ、同じく孤児である8人の子供と共に、お寺で暮らしていた。

 貧しい生活ではあったが、彼らは仲睦(なかむつ)まじく、幸せに暮らしていた。しかし……

 

(運がねぇ。今日はとことんツイてねぇ!)

 

『そういえば今日から、18だな』

 

 今日は8月23日。彼の育て親、悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)の誕生日だ。

 この時代にはまだ、誕生日を祝う風習はなかったが……行冥の呟きを偶然聞いた獪岳は、彼の誕生日を祝おうと考えた。

 ……しかし、彼の不幸はここから始まる。

 

『獪岳アンタ、そのお金どうする気よ!?』

 

 こっそり贈り物を用意して、行冥を驚かせようと考えた獪岳は……同居人達から隠れるようにお金を持ち出そうとして、見つかった。

 その結果彼は盗人(ぬすっと)扱いされ、寺を追い出されたのだ。

 

 身一つで放り出された彼は必然、食糧を求めて山へ入り……鬼に遭遇してしまった。

 獪岳は必死に走って逃げたが、すぐに追いつかれると気付き──冒頭へ至る。だが、この台詞は()()()()()()()()()()()

 

「近くの寺に、大人が1人と、子供が8人居る! 俺を見逃してくれるなら、俺が藤のお香を消して、アンタを招き入れてやる!」

 

()()()()()! これで見逃してくれりゃあ、後は藤のお香を消さずに朝までじっと──)

 

 そう、獪岳は家族を身代わりにする気なぞ無かった。ただ、

 

「【()()() 虚言(きょげん)(ふう)じ】」

 

「……え?」

 

 ──獪岳は、運がなかった。

 

「オレはよぉ、嘘吐きが大嫌いなんだぁ。だからよぉ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞぉ?」

「あ、が、なっ……!?」

 

 彼が遭遇した鬼は、異能の鬼だったのだ。

 獪岳は、『己の発言を真実にするための行動』を取り始めた。

 

(なんだこれ……なんで身体が言うことを聞かないんだ!?)

 

 そして彼は、寺のお香を消した。もう、彼らを守るものは何もない。

 

(ヤバい……ヤバいヤバいヤバい! このまま戻ったら、用済みの俺は食われる。その後で、皆も食われる……!)

 

 ────だが、

 

「よぉし、じゃあなぁ坊主ぅ」

「……ぇ」

 

 鬼は、獪岳を食わなかった。

 

「何驚いた顔してんだぁ? お前は見逃すって約束だろぉ? オレは嘘が大嫌いっつったじゃねぇかぁ……」

「…………」

 

 獪岳は、その場に無言で(くずお)れた。

 

 ──その時彼が真っ先に感じたのは『安堵』

 次に『怒り』 そして悲しみ。

 

(クソ野郎! クソ野郎! このどうしようもないクソ野郎がッ!!)

 

 最初にするのが自分の心配。次に、そんな自分への怒り。1にも2にも自分のこと。 ……これは別に、おかしなことではない。

 『自分が助かったことを喜ぶな』『人を助けるために死ね』と言う方がおかしい話だ。

 

 ただ、この場には誰もいなかった。一人取り残された少年を責めるのも、庇うのも、彼自身しかいなかった。

 

(……俺のせいなもんか)

 

 少年は罪の意識に耐え切れず、己の心を捻じ曲げた。

 

(そうだ。勝手にアイツらが俺のことを盗人扱いして、鬼が出るって分かってる場所に放り出したんじゃねぇか!

 殺されそうになったんだ。俺は自分の身を守っただけ。

 これでいい。これで……)

 

 そうして少年は(うつろ)な目で、おぼつかない足取りのまま、目的地もなく歩き始めた。ただ漠然と『生きるため』に。なんのために生きるかも分からぬまま。自分で壊した、『幸せを入れられない箱』を抱えて歩いていく。

 

 ──彼が救われるのは、もう暫く後のお話。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「……なんだぁ? おめぇはぁ……」

「鬼殺隊、階級『甲』 鱗滝葦実。『なんだお前』はこっちの台詞だっての。どうしてアタシが、こんな5秒で狩れる程度の雑魚しかいないような地域に──」

 

「【血鬼術 虚言封じ】」

 

「──ッッ!?」

 

 葦実は、完全に油断していた。

 元来慎重である彼女は、任務にあたる前に入念な下調べを行う。故に彼女は、この地域の人間が藤のお香での自衛を徹底していることを知っていた。だからこその、『この地域には雑魚しかいない』という発言。だからこそ、彼女は『藤のお香が消されている寺』の前で待ち伏せすることができたのだ。

 決して、彼女は慢心していたワケではない。ただひたすらに、運がなかっただけ。

 

(呪い系統の血鬼術。まだ発動はしていない。やられる前に殺る!)

 

 水の呼吸 壱ノ型──

 

「──カハッ!?」

 

 鬼は血鬼術を使った後、すぐさま逃げ出した。当然葦実は追ったが、5秒で追い詰め首を落とすことはできなかった。しかも──

 

(最ッッ悪!! 肺をやられた! 全集中の呼吸が使えない……!)

 

「ハッハッハッハッハ!!! ザマァねぇなぁ! 鬼殺隊は肺が命だってのによぉ!!」

 

(チクショウ、アタシに真菰くらいの足があればなぁ……!)

 

 ──だが、鬼にとっての幸運はここまでだった。

 

「──何の騒ぎだ」

 

 寺の青年、行冥が、騒ぎを聞きつけ表に出てきたのだ。

 

「……藤の香炉が消されているな。誰の仕業だ……? まぁいい。それよりお姉さん、体調が悪いなら、家で休んでいくといい」

「なに、いってる……! 逃げ、ろ……!」

 

「逃がすワケねぇだろぉ!!」

 

「うるさい」

 

 ──『バゴン』という、硬いものが壊れるような音がして。同時に鬼が吹っ飛んだ。行冥が、藤の花を握った拳で鬼を殴ったのだ。

 

「……驚いた。鬼というのは、本当に藤の花が嫌いなのだな。こんなに吹っ飛ぶとは」

 

((違ぇよテメェの馬鹿力だよ!!))

 

 鬼と葦実の心が一つになった瞬間だった。

 

「アンタ……! アタシの、刀を、使いな……!」

「何故刀を持っているか……今は聞くまい……だが、鬼とは言え殺生は……」

 

「ハッハァ! 甘ちゃんがよぉ! ソイツが今苦しんでるのは、オレが呪ってるからだぜぇ!? オレが死ぬまで、ソイツは苦しみ続ける! その刀じゃなきゃあ、オレは殺せねぇ!」

「……何故わざわざ、そのようなことを言う……」

「オレは嘘が大嫌いなんだぁ! 他人が嘘をついたら呪い殺す! だが自分だって、嘘を吐く気はねぇのよぉ! だから、お前達のとこまでオレを案内したガキも見逃したぁ! だが、オレがお前を食えずに生き残っちまったら、アイツも『嘘吐き』になっちまうなぁ!!」

「何……!? その子は今どこだッ!」

「知らねぇなぁ!」

「お前を斬らなければ、2人はどうなる!?」

「死ぬ!!」

 

「…………刀を、借り受ける」

「……あぁ」

 

「……最後に聞かせよ。貴様は何故、自ら不利になる話をした」

「言ったろぉ。オレは嘘が嫌いなんだぁ。オレは負けた。ならここまでよぉ」

「……そうか」

 

 行冥は、鬼の首を斬り飛ばした。

 

「──聞きたいことがあります」

「……なにさ」

「鬼というのは、元人間なのですか?」

「……そうだ」

「元に戻す方法は?」

「ない」

「……そうですか。

 して、つかぬ事を伺いますが……貴女の居る組織、給金は出るのでしょうか?」

「……自分で言うのも何だが、高給取りだよ。命懸けの仕事だからね」

「子供を8、9人ほど養いながらでも大丈夫だろうか……」

「……藤の花の家紋を掲げた家を頼ればいい。今の状況よりは、大分よくなる」

 

「──ならば、決めました。貴女についていきます」

「歓迎するよ。鬼殺隊へようこそ」

 

 ──後の『鬼殺隊最強』悲鳴嶼行冥が、入隊した。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 現在現役の柱達。

 最古参の花柱。歳が来てるのでそろそろ引退したい。

 炎柱、煉獄槇寿朗。歳が来てるのでそろそろ引退したい。

 水柱、鱗滝真菰。優秀な弟弟子が2人もできたし、そろそろ引退かな。

 虹柱、産屋敷かぐや。寿命により途中リタイア確定(そうでなくとも死ぬ気満々)

 

 未来の岩柱「南無……(白目)」



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継子

 注意:かぐやは『透き通る世界』に到達していません。


 

 ──虹柱邸(自宅)にて。

 

「──よろしくお願いします、師範!」

「はい、では早速始めましょうか。()()

 

 どうも、かぐやです。

 突然ですが、継子(弟子)を取ることになりました。しかも、お相手は錆兎くんです。

 どうしてこうなったのかと言いますと……

 

『──錆兎くんを私の継子に……ですか?』

『うん。あの子が目指す戦法の理想形は、()()()()()だからさ』

 

 とまぁ、私の数少ない友人である、()()()()()に頼まれちゃったからなんですよね。

 なんでも錆兎くんの日輪刀は赤──つまり炎の呼吸に適性を示したらしい。

 炎の呼吸の適性は、『細かいことを気にせず目標に向かって邁進できる、情熱的な人物』に多く見られる。私がアニメで見た『錆兎』は確かに、そういう人物だ。『男』であることに強いこだわりがあったみたいだし。

 だが実際錆兎くんが習ったのは、水の呼吸だ。炎とは対極に位置する流派である。

 にも関わらず、彼は『最終選別死者0』をやってのけた。適性呼吸を学ぶことで、どこまで強くなるのか……周囲の人間は、非常に強い期待を向けたそうだ。

 しかし彼は、『敬愛する鱗滝さんの教えを無駄にしたくない』とのことで、『これからも水の呼吸を使って戦う』ことは絶対らしい。そこで私に白羽の矢が立った。

 

『お義父さんは、気にせず炎の呼吸を学べばいいって言ってるんだけどさ? たぶん私も、同じ状況ならそうするんだろうな〜って思ったら、ほっとけなくて』

 

 私も、その気持ちは分かる。

 以前の私は、父の存命中に上弦を倒そうと躍起になっていたけれど……そんなことをしたところで、父の寿命が延びるワケではないと、分かっていた。それでも、強くなろうと逸る気持ちを抑えられなかったのだ。こういうのは、理屈じゃない。

 だからまぁ、引き受けたからには、錆兎くんの気持ちに寄り添いつつ進めていこうと思う。

 

「まず最初はちょっとだけ、座学の問題です。

 水の呼吸と比較しながら、炎の呼吸の特徴について説明してみてください」

「はい! 変幻自在な足運びが特徴である水の呼吸に対し、炎の呼吸は力強い直線的な踏み込みが特徴です。

 また、水の呼吸が『どんな敵にも対応できる』受けの型であるのに対し、炎の呼吸は『相手に何もさせない』攻めの型です」

「模範解答をありがとうございます。そこまで分かっているなら覚悟の上でしょうが……炎と水は対極の呼吸。併用するための修行は厳しいものになりますよ」

「当然です。『男』に二言はありません!」

 

 あ^〜、駆逐系男子ボイスで耳が幸せなんじゃあ……などと惚けている場合ではありませんねハイ。真面目にやりましょう。

 

「さて、では座学の問題その2です」

「はい!」

「私達『柱』が全員使える技で、『常中』というものがあります。これは一体何でしょう?」

「じょう、ちゅう……? 聞いたことがない単語です……

 今の柱は師範と、真菰姉さん、炎柱、花柱と入れ替わりで入った岩柱……皆違う呼吸ですが、全員が使えるんですよね?」

「はい。ちなみに正解は、『()時全集()の呼吸を行う』ことです。錆兎くんには、これを覚えて貰います」

「……すみません、今なんと?」

「四六時中、全集中の呼吸を維持してください。勿論寝ている間もです」

「……冗談ですよね?」

「聞いた当初は私も『常識的に考えて、寝ている間は無理でしょう』と思いましたが、大丈夫です。やればできます。できました」

「……やってみます」

 

 錆兎くんはドン引いた顔をしつつも、素直に全集中の呼吸を始めた。

 10秒、20秒、おー、初めてにしては結構持つね。

 40秒、50秒……

 

「かひゅっ、ゲホッゲホッ」

「53秒。上出来です。これを繰り返して、少しずつ慣らしていきましょう。常中訓練は自習課題とします。

 さて、ここからが本番です。これから炎の呼吸を伝授します」

「──っ、よろしくお願いします!」

 

 錆兎くんが『いよいよか!』という顔になった。やる気のある生徒で、先生は嬉しいです。

 

「では錆兎くん、()()()()()()()()()()()

「は──ハイ!?」

 

 ん……? 突然真っ赤になって、どうしたのだろうか。

 

「なっ、何故そんなことを!?」

「え? いや、だって……見るだけではどれくらい吸ってるのかとか、分かりにくいじゃないですか」

「で、ですがっ! 年頃の女性にそのような……!」

 

 でも未だに自意識は男だからなぁ私。

 

「構いません。私のことは男と思って接しなさい」

「しかし……!」

 

 んー、だけどやっぱり女性の身体だからか、こういう時に男の子を『可愛い』と思うことは増えた気がするんだよなぁ……

 ──だからちょっと衝動に従って、可愛がっ(いじめ)てあげることにしましょう。

 

「ふふ、アハハッ! ご心配どうもありがとうございます。ですがご安心を。私はアナタより強い。なんたって柱ですからね。仮にアナタが欲情して私に襲いかかってきても、私なら3秒で鎮圧できます。

 鈍い、弱い、未熟──そんなもの、私にしてみれば『男』とは言えません。私に異性として見られたいなら、私より強くなることです。分かりましたか、さ・び・と・()()()?」

 

 ──『ピキッ』と、錆兎くんの額に青筋が浮かんだ気がする。

 

「えぇ……よく分かりました──やっってやりますよ! 後悔しないでくださいね!?」

 

 そして錆兎くんの手が、勢いよく私の胸に向かっていき──

 

「──ぁんっ、んんっ!」

 

 恥ずっ、変な声出た。

 とりあえず距離を取って咳払いをしつつ、錆兎くんの様子を伺う。

 ──うん、手を伸ばした体勢のまま固まってるね。

 

「……言い方が、悪かったのでしょうか。確かに『私のことは男と思え』『胸に触れてください』とは言いましたが、乳房(ちぶさ)を鷲掴みにされながらだと、流石の私も集中できないので……」

「すみませんすみません本当にすみません!!」

 

 と言いながら、流れるような所作で土下座に移行。なるほどこれが水の呼吸──という冗談はさておき。

 

「今回だけ許します。次はありません」

「はい、もうしません……」

「……この助平」

「うぐっ」

 

 まぁ、『胸』と言われたら『おっぱい』と思っちゃう男の子の気持ちも分かるし、このくらいにしておいてあげよう。私がTS転生者で命拾いしたな錆兎くんよ。

 

「立って、手を出してください」

「……はい」

 

 私はその手を取り、脇下から肋骨下部辺りを触れさせる。

 

「肺のある位置的に、ここが一番動きの分かりやすい場所です。

 今から炎の呼吸を使いますので、後に続いてください」

「はい……!」

 

 

 

 *

 

 

 

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 『ゴオオ』という、特徴的な音に耳を傾ける。

 目を閉じて、神経を指先と、音の聞き分けに集中する。そうやって、余計なものを削ぎ落とす。

 

 ──俺の師匠は、不思議な人だった。

 『お館様の姉君』で、『入隊後最短かつ最年少で柱になった天才』だと聞いていたから、きっと自信家で高圧的な人物だろうと思っていたのだが……実際に会ってみると、全然違ったのだ。

 俺より身長が高かったから、視線は見下す形になっていたけれど。その目は慈愛に溢れていた。俺や給仕の方といった、目下の人間に対しても、丁寧な口調を崩さない人だったのだ。それに、意図せず初日から無礼を働いてしまったけれど……あっさりと許してくれた。

 何より不思議だったのは、『鬼殺隊の女性』というと、葦実姉さんのように男勝りな人や、悲痛な覚悟を持った儚い人を想像しがちだが……師匠はなんというか、別の意味で『男らしい女性』かつ『危うい人』だった。

 そう、例えば──

 

「錆兎くん、あなたもしや、肺の動きが()()()()()()()()()()?」

「分かるんですか? 極限まで集中してる時、たまに透けて見えます」

「驚きました……錆兎くん、炎と水だけと言わず、五大流派だけでも習得してみませんか? 君なら本当に、『虹柱』を継げるかもしれません」

 

 これは継子になってから数日後、炎の呼吸のコツを掴み始めた頃の会話だ。

 

「正直に言うと、剣技の練度において、私は他の柱に及びません。それでも私が柱の一員として働けているのは、透視によって相手の動きを先読みし、最適な状況で最適な技を繰り出せるからです。これが、私の使う『変転』の正体。この眼があってこその『七色の呼吸』なのです」

 

 そう言うと、師匠はなんと──()()()()()()()

 

「なっ、何をしてるんですか!?」

「極限まで集中している時のみ、透けて見えると言いましたね。錆兎くんに透視の才能があると分かった以上、これを伸ばさない手はありません」

「それは分かりますけど、どこに脱ぐ必要が!?」

「霞の呼吸の剣士は、大きめの衣服を着用することが多いです。それには体格を誤魔化し、間合いや動きを読みにくくするためという意図があります。

 今回はその逆。私の動き、ひいては肺や心臓、筋肉の収縮さえも見てもらって、透視の訓練をして頂きます」

「これだと集中できないので逆効果です!!」

「減るものじゃないんですし、どれだけ凝視されても構いませんよ。というか、初日に私の胸を揉みしだいた時点で今更でしょう」

「いや揉んではいませんよ!?」

「鷲掴みにしたんですから同じようなものです。やらないなら、今度まこちゃんと義勇にこのことを言いつけます」

「それだけは勘弁してください」

 

 とまぁこのように、非常に無防備なのだ。

 風呂上がりの時は絶対に肌を晒さないようにしている──()()()()()()()()()()()()よう立ち回っていたから、羞恥心が全く無いワケではないのだろうが。

 

 ──そんな師匠の秘密を知るのは、もう少し先の話。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

「……おはようございます、師匠」

「うん、おはよう義勇。おめでとう! 寝てる間も水の呼吸を維持できてたよ。全集中の常中、体得だね」

「……これで次は(最終選別に)合格できるだろうか」

「何を言ってるの? 義勇は今回で合格だよ?」

「俺は(最終選別に)合格していません」

「???」

 

 安定の冨岡である。




 錆兎くん、早くも『透き通る世界』の入り口に到達。
 ちなみにかぐやの透視は、あくまでただの観察眼です。童磨と同じタイプ。なので相手が初めて見る生物だと透けにくいです。無惨のように変形しまくる奴は全く透けません。


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閑話:嵐は仲間の蝶を呼ぶ

 
 ノベライズ第2巻、『片羽の蝶』のネタバレを含みます。ご注意ください。
 可能な限り、閑話は読まなくても本編を楽しめるよう執筆しております。

 既読の方は、原作との変化を楽しんでいただければ幸いです。


「南無阿弥陀仏!!」

 

 鉄球型の日輪刀が、鬼の頭を(くび)ごと粉砕する。

 岩柱──悲鳴嶼行冥だ。

 

(生存者は……!?)

 

 彼が己の担当区域に出現した鬼の情報を得て、現場に急行した時には既に……室内に血の臭いが漂っていた。そこに先程斬った鬼が流す血が加わり、()せ返るような悪臭と化している。

 

「う、うぅ……」

「「父さん!!」」

「あなた!」

 

(……良かった。今回は間に合った)

 

 部屋に入る前、行冥が聞いた声は鬼1体と4人分。どうやら父親は重傷らしいが、すぐに手当てをすれば助かるだろう。

 行冥は鴉を飛ばして(かくし)を呼び、手当てを頼んで立ち去った。

 

 

 

 *

 

 

 

「悲鳴嶼行冥様のお宅ですね」

「ん……? 君達は……」

 

 記憶を探り、以前助けた家族の姉妹だと分かった辺りで、姉であろう少女がペコリと頭を下げた。

 

「突然押しかけた無礼をお許しください。

 私は胡蝶(こちょう)カナエ。こちらは、妹のしのぶです」

 

 妹の方からも、ペコリと頭を下げる気配がした。

 

「カナエに、しのぶだな。覚えたぞ。

 それで、私に何用だ……?」

「悲鳴嶼様には、鬼から助けて頂いたお礼もロクにできていませんでしたから。

 私たちを助けていただき、誠にありがとうございました。胡蝶家を代表し、お礼申し上げます」

 

 カナエの声色はどこまでも可憐かつ、凛と澄んでいた。雪の中に咲く一輪の花のような声。

 一方で──

 

「私からも、ありがとう……ございます。

 あの、これ……干し肉と、傷薬……です。よかったら、どうぞ」

 

 しのぶの方は、カナエと同じく綺麗な声なのだが……私への態度を決めかねている雰囲気だった。

 とは言え悪意があるワケではなさそうなので、素直に受け取っておくことにする。

 

「そんなことを伝える為に、わざわざ来てくれたのか……干し肉と傷薬、ありがたく頂戴する。

 さて2人共、疲れているだろう。家で少し休んでいくといい。茶と菓子くらいは出そう」

 

 ──そうして2人を家に上げようとしたところで、カナエが待ったをかけた。

 

「いいえ。申し訳ございませんが、私はお礼を言う為だけに此処へ来たのではありません。一つ、お願いがあるのです」

「ふむ……?」

 

 大概のことなら、叶えてやろうと思った。子供のために何かしてやることは、私にとって苦ではなかったから。しかし──

 

「私に、鬼を倒す方法を教えて欲しいのです」

 

「──断る」

 

 この頼みは、聞けない。

 

「君達には、家族と共に幸せになれる未来がある。自ら(いばら)の道を行くことはない。

 ──絶佳(ぜっか)

 

 専属の鴉を呼び、指示を出す。

 

「2人を近くにある藤の家紋の家に案内してくれ。そして、2人の身に何かあったらすぐに知らせよ」

「御意。

 オ嬢サン方、コチラデス」

 

 ──この姉妹とは、もう会うこともないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ……と、思っていたのだが。

 

「まだいたのか」

「そりゃいるわよ。まだ鬼狩りの方法を教えてもらってないし──ねっ!」

 

 続いて『パン』という、木が割れる高い音がした。

 

「私達、おじさんの役に立つわ。私は聞いての通り薪割りをやってるし、姉さんはお家の掃除と洗濯をしてくれてる。出来ればその着物も洗いたいから、後で着替えてね」

「そんなことを頼んだ覚えはない。それと、私はまだ20歳(はたち)だ。おじさんと呼ばれるような年齢ではない」

「……じゃあ、悲鳴嶼さんならいいわよ──ねっ!?」

 

 再び、薪が割れる音。今度はあまりいい音ではなかった。私が普段使っている斧は、幼い少女には大きすぎる。

 

「……貸してみなさい」

 

 しのぶは少し迷った後、斧を手渡した。

 一瞬だけ触れ合ったその手は、ひどく小さい。声の響き方や聞こえる位置、足音などから、しのぶは同年代の少女と比べてもかなり小柄だろうと予想していたが、どうやら正解らしい。

 

「斧は木に対して、こう垂直に振り下ろす」

 

 殊更(ことさら)高い音がして、薪が割れる。

 

「……悲鳴嶼さん、目が見えないんでしょう? どうして薪の位置とかが分かるの?」

「目が見えずとも、音で周囲の状況は大体把握できる。赤子の時から目は見えなかったが、特に不自由と感じたことはない」

「……凄い」

 

 しのぶの声は、子供らしく率直に感情を伝える声だった。普通に接する分には、好ましい子の部類に入るのだが……

 

「暗くなる前に、姉と家に帰りなさい」

「そうしたいのは山々なんだけど、姉さんは言っても聞かないのよね。姉さんが帰らない限り、私も帰る気はないし」

「……君達姉妹に鬼殺は無理だ」

「嘘ついたってムダよ。女性隊士だっているの、知ってるんだから。今4人しかいない最高階級『柱』の内、半分は女性なんでしょう? 岩柱の悲鳴嶼さんは、よく知ってるハズよね」

 

 ……中々に、痛いところを突く。内情をよく知らない人間からすれば、確かに鬼殺隊の男女比は均等であるかのように感じるだろう。だが……

 

「あの2人……特に虹柱、かぐや様は特例中の特例だ。アレは参考にならない」

「どういうこと?」

「……口で説明するより、体験してもらった方が早い。今から、私の呼吸を真似してみなさい」

「……? 分かったわ」

 

 よく分かっていない気配をよそに、全集中の呼吸を分かりやすく行う。

 

 ──ゴウゴウゴウン

 

「……やってみろ」

「…………」

 

 しのぶは無言で、深呼吸をし始めた。当然、全集中の呼吸には程遠い。

 

「──できる訳ないじゃない!! どうやったら呼吸で『ゴウンゴウン』って音がするの!? イミが分からないんだけど!!」

「かぐや様は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────」

 

 完全に絶句している気配が伝わってくる。

 疑いはあれど、それ以上に私が嘘をついていないと分かるからこその絶句。

 

「鬼と戦うためには、まず圧倒的な身体能力の差を潰す必要がある。故に鬼殺隊士となるためには、全集中の呼吸と呼ばれる技法の習得が必須なのだ。

 これにはいくつか流派があるため、自分の適性に合った呼吸を探すこともできるが……適性があろうとなかろうと、習得には血を吐くような努力が必要となる。

 だがかぐや様は……この呼吸法を7種類も使うことができる。その全てを、見ただけで習得したそうだ。参考にならないと言った理由が、よく分かっただろう?」

「……えぇ、本当にね。でも、もう1人居るんでしょう? 女性の柱が」

 

 まだ諦めないか。ならばもう1人の特異性についても語ってやろう。

 

「そうだな。水柱──鱗滝殿は、一般的と言っていい戦い方をする女性だ。しかし……」

「しかし?」

「私にはもう1人、女性隊士によく知る人物がいるのだが……彼女が言うには『アレを模範的な水の剣士だと言ったら、雷の剣士が泣く』とのことだ」

「どういうこと?」

「雷の剣士は、全集中の呼吸による身体強化を脚に特化させる。鱗滝殿は水の剣士──防御を得意とする流派の剣士なのだが、雷の剣士より速く走れる」

 

 これで折れてくれるか、と思ったのだが……しのぶはむしろ、元気を取り戻した。

 

「私、足の速さには自信があるわ!」

「……だとしても、君は鬼を殺せない」

「なんでよ!?」

 

 ……あまりこういうことは言いたくないのだが、仕方ない。

 

「頸を斬らねば、鬼は死なない。鬼の首は誇張でもなんでもなく、岩より硬い。切断するためには、ある程度の体格が必要となる。生まれ持った筋肉量の最大値は、変えることができない。だから、君には無理だ」

「……なら、隠でもいいわ」

「どうしてそこまでする……」

「姉さんを1人にできないもの」

「…………」

「薪割りは私には向いてないみたいだし、山菜を摘んでくるわ」

 

 ……ここまで言って聞かないのであれば、別の方法で止めるしかない。

 さてどうやって止めようか──と思考を巡らせていると、背後から誰かが近付いてくる気配がした。

 

「悲鳴嶼様、私達は諦めませんよ」

「……あの子はあくまで、君に付いてきただけだ。巻き添えにしたくないなら、2人で家に帰りなさい」

「帰りません。鬼の正体を知ってしまったからには、絶対に」

 

 努めて冷たい声を出してみるが、やはり彼女も、この程度では怯みもしなかった。

 

「……私は救いたいんです。人だけではなく、()()()()()

「鬼を、救う……?」

「隠の方に聞きました。鬼は元々、私たちと同じく人だったのだと」

「……そうだな」

 

 それを聞いて思い出すのは、私が最初に出会った鬼。『嘘が嫌い』だと叫んでいた彼のこと。そしてもう1人──

 

「鬼は悲しい生き物だと……そう思ったんです。人でありながら人を喰らい、美しい朝日を恐れる。その哀れな因果を、私は断ち切りたい」

 

「──この世にただ1人、()()()()()()()()()()()()()()がいる」

 

 カナエが、息を呑む気配がした。

 

「そのようなお方がいらっしゃるのですか!?」

「あぁ。彼女に会って、その研究を手伝いたいのなら……柱になるしかない」

「それを教えて頂けたということは、つまり」

「そうだな。君達に、試練を与えよう。それを突破できたら、鬼狩りになるための〝育手〟を紹介すると約束する」

「〜〜っ、ありがとうございます!!」

 

 ──それからしのぶが帰ってくるまで待って、私は試験に使うと決めた『あるもの』の場所まで、2人を案内した。

 

「ここだ」

「……ところで、そもそも育手ってなんなの?」

「文字通り、剣士を育てる者たちのことだ」

「悲鳴嶼さん、たしか剣使ってなかったわよね?」

「……文字通り、鬼狩りを育てる者たちのことだ」

 

((言い直したわね……))

 

 目は見えずとも、姉妹がなんとも言えない微妙な表情をしているだろうことは分かった。

 

「コホン。育手は複数いて、各々の場所で、各々の手法で鬼狩りを育てている。合格したとしても、育手の元には、別々に行ってもらう」

「え……」

 

 姉妹の、とりわけしのぶの戸惑いと怯えが空気を介して伝わってくる。

 ……だが、すぐに気丈さを取り戻した。

 

「──姉さん」

「えぇ、構いません」

 

「育手の下で修練を積み、藤襲山で行われる『最終選別』を突破すれば、晴れて鬼殺隊の隊士として認められる。だが、最終選別の死亡率は非常に高い。女性は特にそれが顕著だ……それでも、やるのか?」

「当然です」

「勿論」

 

 決意は揺るがないか。

 

「……試練は単純。この岩を動かしなさい。それができれば、私は君達を認めよう」

「──ちょっ、ちょっと待ってよ!」

「どうした?」

 

 絶句するカナエの隣から、しのぶが噛みついてきた。

 

「それって、全集中の呼吸が使えるのが前提でしょ!? でも全集中の呼吸は、育手の人に教えてもらわなきゃできない! 順序が逆になってるわ!」

 

 岩は、大の男の背丈と同じくらいある。幼い姉妹からしたら小山のように映っているだろう。だが……

 

「戦場では、力が及ばなければ誰かが死ぬ。出来る出来ないではない。出来なくとも、やらねばならない時がある。己の全てを賭して、やり遂げろ」

 

 辛辣な言葉に気圧されるように、しのぶは口をつぐんだ。

 

「鬼狩りになるということは、人の命を背負うというのは、そういうことだ。出来なければ、今度こそ帰れ」

 

 これ以上は何も言わず、私は立ち去った。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──夜になった。

 この辺りは陽が落ちると途端に気温が下がるので、囲炉裏(いろり)に自分としのぶが割った薪をくべていると……木が燃える匂いに混じって、味噌と飯の良い香りがしてきた。

 

「悲鳴嶼さん。晩ご飯、作ったわよ」

 

 頭上から、しのぶの声がする。

 

「すみません、お米やお味噌など、家にあるものを勝手に使わせていただきました」

 

 カナエが申し訳なさそうに付け加えるが、今更だ。

 姉妹と囲炉裏を囲んで、ご飯を食べる。

 

「……美味い」

「これ、しのぶが作ったんですよ」

 

 私の呟きに、カナエが嬉しそうに答えた。

 

「しのぶは手先が器用なんです。庭の草木を集めて、薬師の真似事を始めたと思ったら、本当に薬を作ってしまうくらいに。今日持ってきた傷薬も、実はしのぶの手作りなんですよ?」

「ちょっと姉さん! それは言わない約束だったでしょ!?」

「……何故だ?」

「え? だって……子供が作った薬なんて知ったら、使ってくれなくなっちゃうじゃない」

「いいや、ありがたく使わせてもらう」

「そ、そう? ならいいけど……」

 

 しかし、薬学に精通しているとは……ますます、彼女と引き合わせた時が楽しみだ。

 

 ──無論、試練を突破できればの話だが。

 

「……料理とか、薬の調合とか、私の取り柄ってこれくらいだから。他は全部、姉さんの方が上手なのよね」

「……そうか。2人共、凄いのだな」

 

 声の調子から、卑屈になっているのではなく、照れ隠しだと分かった。

 

「ううん、姉さんの方が凄いの。姉さんは町一番の器量良しなんだから。琴も、お花も、お茶も、なんでも上手で、町の男の人はみんな、姉さんに夢中だったわ」

「しのぶ……恥ずかしいからやめなさい」

「悲鳴嶼さんも目が見えたら、きっとビックリするわよ」

「コラ」

「だって、本当のことじゃない」

「もう……

 ところで悲鳴嶼様は、一番好きな食べ物は何ですか?」

「明日、私と姉さんが作ってあげる」

「そうだな……炊き込みご飯が、一番好きだ」

 

 昼間あれだけ冷たくして、無理難題を突き付けたというのに。姉妹はどこまでも暖かかった。室内に漂う空気すらも優しく、澄んでいるかのようだった。

 

 ──翌日。

 

「頑丈な丸太と、(くわ)が欲しい」

「そんなもの、何に使う……?」

「自力で動かすのは、昨日2人で嫌というほど試してみたけど……アレは無理。だから梃子の原理で動かすことにしたわ。まさか駄目とは言わないわよね?」

「はぁ……合格だ」

「やった!

 姉さーん! 私達、合格だって!!」

「ホント!? やったわねしのぶ!」

 

 ……夜中に2人で考えたのだろう。これはもう、認めざるを得ない。

 

「カナエ、しのぶ。よくぞやり遂げた」

 

 かつて私を引き入れた彼女のように、私もまたこう言おう。

 

「私は君達を歓迎する。鬼殺隊へようこそ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

Q:あなたにとって、一番『真似できない』と思う戦い方をする隊士は?

 

行冥 「かぐや様だな……」

かぐや「悲鳴嶼さんですね。目を使わず戦うとか理解できません」

槇寿朗「少し前ならかぐや様と迷わず答えていただろうが……行冥も大概おかしいからな……いや、やはりかぐや様が一番か」

真菰 「行冥くんかな。あの膂力(りょりょく)には憧れるよねぇ」

葦実 「かぐや様のはまぁ努力で再現できなくもないけど、悲鳴嶼くんのは絶対無理だね……」

錆兎 「男として岩柱様の戦い方には憧れるが、アレは無理だ!」

 

ゲスト:五感組

炭治郎「うーん、かぐやさんかな。あの綺麗な呼吸の切り替えどうやってるんだろ……」

善逸 「どう考えてもかぐや様だろ。俺なんて型一つしか使えねぇのに……」

伊之助「悔しいが、かごやの奴の戦い方は真似できねぇ!」

カナヲ「悲鳴嶼さん……目が見えないのに、どうして戦えるのか分からない……」

玄弥 「呼吸が使えない俺に聞いてどうする。だが強いて言うならかぐや様だな」

 

ゲスト2:未来の柱達

天元 「胡蝶妹の戦法は派手に地味過ぎて真似できねぇな」

カナエ「花の呼吸の切り札的に、悲鳴嶼様の戦い方はちょっと……」

義勇 「……胡蝶(しのぶの毒という唯一無二の戦法は、俺に限らず他の誰にも真似できないと思う)」

実弥 「……悲鳴嶼さんだなァ。稀血に頼ってる俺じゃあ、アレは真似できねェ……」

しのぶ「悲鳴嶼さん。あの人だけ生まれ持った筋力が違い過ぎるのよ」

杏寿郎「うむ! かぐや様も大概おかしいが、一番は胡蝶妹だろうな!」

小芭内「悲鳴嶼さん……筋力の無い俺では到底真似できない……」

蜜璃 「しのぶちゃん! 相手に合わせて、剣の型だけじゃなくて毒の調合まで変えてるの! 尊敬しちゃうわ!」

無一郎「悲鳴嶼さんかな……戦い方、真逆だし……」

 

ゲスト3:一般人代表

村田「まぁあの2人の内どっちかだよなぁ……どちらかと言えば岩柱様かなぁ」

 

 

 投票数:かぐや6票。行冥11票。しのぶ4票。

 ──結論。鬼殺隊で最も理解不能な戦い方をするのは岩柱、悲鳴嶼行冥。

 

かぐや「順当ですね」

行冥 「解せぬ……」

しのぶ「なんで私まで巻き込まれてるの!?」




 今作では柱の人員が原作より多く、隊士の数も多いので、悲鳴嶼さんにかかる負担が減り、結果として胡蝶姉妹の両親が助かっています。
 また、その影響で胡蝶姉妹に精神的余裕ができ、お土産を用意することもできました。


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不死川実弥の受難:前編

 
 前回のあらすじ。
 行冥により鬼の襲撃から家族を救われた胡蝶姉妹は、彼の家を訪ねる。鬼殺隊への入隊を希望した姉妹に行冥は試練を課し、それを乗り越えた2人は育手を紹介された。

行冥「折角だ、腕が立つ者を紹介しよう……そういえば元花柱殿が引退して育手になると言っていたな。それに、水柱殿の師匠も元柱だったか。彼女らであれば人格も信頼できるし、珠世殿のことも知っている。よし、これでいこう」

 とこんな感じで、地味に舞台裏でしのぶが鱗滝一門に加入するというバタフライエフェクトが発生してます。

 *

 そして今回の前書き。
 3話構成で、ノベライズ版第3巻 風の道しるべの内容をお送りします。今回は閑話にするワケにはいかないので、ネタバレはご了承願いたいです……

 あ、ちなみに今回から実弥とカナエのカップリング『実カナ』タグが追加されます。


 ──夢を見ている。

 

『誰だよお前! なんで母ちゃんを殺しやがった!? 人殺し! 人殺し!!』

 

 一番上の弟が、崩れていく母の亡骸を抱いて泣き叫ぶ。

 鬼になった母が、俺達兄弟の前で斬り殺された日の夢。

 

『……憎いですか? 私が』

 

 下手人が、嘲笑うような声で俺達に問う。

 弟はそれをそのまま受け取って、憤慨した。でも俺は、その声が震えていることに気付いてしまった。弟もよく見ていれば、彼女の顔が少し引き攣っていることに気付けただろう。

 

 ──女は、自分の刀を投げてよこした。

 

『私が憎いのなら、強くなりなさい。そしていつかその刀で、私を殺しに来るのです』

 

 刀には、一滴の血も付いていなかった。

 鬼は死ぬと塵になって消えるから、今思うとそれは当然の話なのだけど。当時の俺は場違いにも、神秘的な美しさを感じたことを覚えている。

 

 玄弥は刀を振りかぶって、彼女を斬ろうとした。しかし何の訓練も積んでいない子供が、無手であっても人類最高峰の剣士に敵う筈もなく。玄弥はあっさり気絶させられた。

 

『……あなたは、私を睨まないんですね』

 

 ……それは、分かっていたからだ。もう母が、人ではない『ナニカ』になってしまったことも。先の言葉が、親を失った子供に『憎しみ』という名の『生きる活力』を与えるための演技であることも。

 

『……ありがとう。そう言ってもらえると、少し気が楽になります。

 ……もうすぐ『(カクシ)』と名乗る方々が来ます。彼らが、これからの生活を補助してくれるでしょう』

 

 そう言って彼女は立ち去り、先の発言通り、すぐに隠と名乗る黒子装束達がやってきた。

 

 母が豹変したのは『鬼』になったから。

 彼女はその鬼を狩る『鬼殺隊』の一員。

 隠は鬼殺隊の裏方であり、鬼の被害者を支援したり、怪我をした隊士の応急処置や搬送を行う縁の下の力持ち。

 

 鬼殺隊のことを、沢山聞いた。だから今回のことの顛末も、大体分かった。そして、俺が受け取った(もの)の価値についても。

 なんと──千年続く鬼殺隊の歴史の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

 ……つい『なんてモンを投げてよこすんだあの女はァ』と言ってしまったのは無理もないと、今でも思っている。ただ……

 

『……お前、鬼殺隊に入るならもう二度と、絶対に、虹柱様のことを『あの女』だなんて言うんじゃねぇぞ? 冗談抜きで、ほぼ確実に殺されるからな。それと、その刀は誰にも見せるな』

 

 なんでも彼女は、鬼殺隊当主の姉らしい。

 その圧倒的な強さと美貌、物腰の柔らかさから、女性率の低さも相まって絶大な人気を誇る彼女だが……その立場故に高嶺の花──を通り越して崇拝する者までいるから危険とのことだ。

 もう一回『なんてモンをよこしやがった』と思ったが、今度は口に出さず、心に留めた。

 

 ……ともかく俺は、鬼殺隊に入り、彼女にもう一度会うと決めた。会ってこの日の無礼を詫び、刀を返して、その上で礼を言わねばならない。

 

 それがこの俺、鬼殺隊士『不死川実弥』の原点である。

 

 

 

 *

 

 

 

「──あ、起きた。おはよう不死川くん。起きる前に何があったか覚えてる?」

 

 目を覚ますと、間近に紫紺(しこん)()が映る。

 花柱──胡蝶カナエ。『彼女』と肩を並べることを許された、数少ない剣士。

 彼女が居るということはつまり、蝶屋敷。怪我人の治療を担当する場所。何故俺が気絶して、此処に搬送されることになったのか──

 

「……あァ、覚えてるぞクソがァ……匡近(まさちか)の野郎に殴り負けちまったァ……」

「あんまり粂野(くめの)くんに心配かけちゃダメよ?」

「心配するのは結構だがよォ、搬送が手荒すぎるんだよなァ……」

 

 このやり取りも、もう何回目だったか。

 鬼と戦って、追い詰め切れないことに業を煮やして、自分の身体を斬りつけて。鬼を泥酔させる『稀血』で無理矢理隙を作って、鬼を狩る。

 匡近──同じ育手の元で鍛錬を積んだ兄弟子『粂野匡近』は、俺がこういう戦い方をするのが気に入らないらしい。これでも『自分の身体くらい自分の好きなように使ってもいいだろう』とは思いつつ、『友の頼みであるし、できる限り稀血は使わないようにしよう』と自重しているのだが。

 

 匡近は修行時代から事ある毎に兄貴風を吹かせ、やれ『飯は食ったか』『風呂には入ったか』といらぬ気を回したり、突然『牛鍋を食いに行くぞ』と言って、あちこち連れ回したりする奴だった。

 今でこそ『親友』と言える程に気を許した相手であるが、最初は鬱陶しいと感じていたものだ。

 ……ただ、怪我人を気絶するまでタコ殴りにしてから搬送する癖だけは、今でも勘弁してくれと思っている。

 

「……それに関しては、私からもキツく言い聞かせておくわ」

「頼むぜェ、全く」

 

 柱である彼女の言葉であれば、流石に聞く……筈だ。

 

「──そういえば不死川くん、また階級上がったらしいじゃない。おめでとう。粂野くんが『遂に抜かれた』って、悔しがってたわよ?」

「……そうかァ」

「あら、あんまり嬉しくなさそうなのね。あんなに『早く柱になりたい』って言ってたのに」

「ほっとけェ」

 

 ……喜んでは、いるのだ。

 ただ同時に、不安でもある。最初はただ、目標に向かって邁進すればいい。ただ近づくにつれて、他のことに気を回す余裕ができると……余計なことにも気づき始めてしまうのだ。

 

「……胡蝶。虹柱様は、息災かァ?」

「えぇ。前にも言ったけれど、あの人()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ?」

 

 ──そう、俺が目指す『彼女』は隊士になってから今日に至るまでの8年間で、活動を休止する程の傷を負った回数は()()()()なのだ。その1回すらも、人を庇っての負傷であるというのだから恐ろしい。

 

 今現在の柱は6人。『彼女』と、水柱、岩柱、音柱、炎柱、そして目の前の花柱。

 最古参の水柱は、圧倒的な速度で誰も傷つけさせないという。胡蝶の恩人だという岩柱は、鬼殺隊最強であるという。元忍である音柱は、情報力と指揮力の高さから、最も部下の扱いに長けるという。絶えることなく受け継がれる炎柱は、存在そのものが希望の象徴であるという。

 ……『彼女』と肩を並べる者達は皆、何かしらの強みを持っている。自らを『最弱の柱』と卑下する花柱とて、隊士の死亡率軽減に大きく貢献している。

 

 ──その上で、己はどうか?

 

 まず、胡蝶にすら勝てる気がしない。では強さ以外の何かがあるのかと言えば、稀血くらいか。

 ……そんな調子で柱になった所で、俺は胸を張って『彼女』と肩を並べられるだろうか。

 だからこそ、俺は俺だけの強みを見つけなければならない。しかし、そんなものが見つかるのか──俺は、それが不安なのである。

 

「俺から稀血を取ったら、何が残るんだろうなァ……」

 

 胡蝶が、亡き母に似ているからだろうか。気付けば弱音を吐いていた。

 

「あの人の隣に立てるか、不安なのね」

「お見通しかァ」

「……分かるわよ。あなたが見てるのは、あの人だけだもの」

「……他の柱のことも、ちゃんと尊敬してらァ。勿論胡蝶のこともなァ」

 

「……そういう意味じゃないわよ。この唐変木」

 

「あァ?」

「何でもないわ。それで、不死川くんは自分だけの強みが欲しいのよね?」

「……おう」

 

 一瞬不満気な顔で何か言っていたような気がしたのだが……なんだったのだろうか。もういつもの笑顔に戻っているから、気のせいだったのかもしれないが。

 

 まぁ、それはともかく。胡蝶は優しい手つきで治療を進めつつも、『うーん』と言って考えるそぶりを見せた。

 

「なら、新しい『型』を作ってみるのはどう?」

「水柱の継子……冨岡とかいう奴の『凪』みてェなのか……確かにアリだなァ」

「あら、知ってたの」

「あァ。()()()がよく話してるせいで、面識がねェのに詳しくなっちまったァ……」

 

 ──何故か、胡蝶の手がピタリと止まった。

 

「……不死川くん、今しのぶのこと名前で呼んだ?」

「それがどうしたァ」

「私のことは胡蝶なのに」

「だから分けてるんだろうがァ」

「カナエでもいいじゃない」

「……現状で既にギリギリなんだよォ、テメェは自分の人気をもっと自覚しろォ」

 

「……それ、あなたが言うのかしら」

 

「……さっきから何ブツブツ言ってやがるんだァ?」

「柱の席が空きっぱなしで大変だって言ってるのよ」

「……もう少し待てェ。すぐに1つ埋めてやるからよォ」

「ふふ、楽しみにしてるわ」

 

 気付けば治療は終わっていて。俺は診察室から送り出された。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 胡蝶しのぶの最終試験

 

「しのぶ、もう教えることはない。この岩を斬れば、最終選別に向かうことを許可する」

「…………私の試験、また岩なの……?」

 

 〜数日後〜

 

「ぜぇ、ぜぇ……鱗滝さん……岩を『両断』できれば、それでいいのよね……?」

「……あぁ、そうだが?」

「私、斬る力は論外なくらい弱いけど……突く力は、そこそこあるから……唯一、漆ノ型(雫波紋突き)だけは、マトモな威力を出せるのよ……」

「まさか……」

「えぇ……不恰好だけど、何度も何度も貫いて、真っ二つにしてやったわ……!」

「──合格だ」



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不死川実弥の受難:中編

 

「──実弥、実弥! 聞いたか!? 大変なことになったぞ!」

「どうした匡近ァ」

 

 ある日の朝。匡近が慌てた様子で家を訪ねて来た。

 時は流れ、俺は遂に甲となった。匡近も少し遅れて甲になり、先に柱になった方に牛鍋を奢る約束をしたのは記憶に新しい。

 

「その様子だと、まだ聞いてないみたいだな」

「おう」

「明日、俺とお前ともう1人で、合同任務がある」

「甲2人をつけるたァ、随分と期待されてる奴らしいなァ」

「そう思うだろ? だが逆だ」

「逆──? まさかッ!」

「そう! ()()()()()()()だ!!」

 

 文字通り鬼殺隊を支える『柱』は、よっぽどのことがないと動かせない。後進の育成なぞ、『継子』という専用の制度を定めて行っているくらいだ。一体、誰が来るというのか──

 

「誰だと思う? なぁ、誰が来ると思う?」

「……その顔、知ってて『早く言いたい』って感じの顔だな」

「おう! さぁ、実弥は誰が来ると思う?」

「…………」

 

 分からないが……おそらく花柱は違うだろう。何度も顔を合わせているから、胡蝶であれば態々ここまで慌てて報告には来ない筈だ。

 同じ理由で、水柱も可能性は低い。胡蝶ほどではないにせよ、しのぶ繋がりで何度か顔を合わせたことがある。

 炎柱は……俺達が話題にすることは少ないし、おそらく違う。となると──

 

「岩柱か。前にお前、『憧れる』つってたからなァ」

「……お前、マジか。確かに言ったけどさぁ……」

「あァ? じゃあ、炎柱か」

「違ぇよ! お前が会いたがってた、()()()()が来るんだよ!!」

 

「────」

 

 思考が止まる。

 今、匡近は何と言った? 彼女が──かぐや様が来ると言ったのか?

 

「……それ、マジか」

「マジもマジ! 大マジだ!!」

「なっ、なんでだァ!? なんで何の関係もない甲2人のために、虹柱様が動く!?」

「前回の柱合会議で、『甲の隊員は何人もいるのに柱の席が空きっぱなしな件』が議題になったらしくてな? 柱が直々に、甲の隊員の質を見定めることにしたらしい」

「それでかァ……」

「胡蝶さんに感謝しろよ? かぐや様の視察第1号に、俺らを推薦してくれたらしいからな」

「余計な気ィ回しやがってェ……」

 

 そう言いつつ、口角が上がっているのが自分でも分かる。

 

 彼女に言われた通り、俺は強くなった。殺すのではなく、隣に立つために。

 予定より少し早くなってしまったが……この力を、今こそ彼女に示す時──!

 

 

 

 *

 

 

 

 ──そう、意気込んでいたのだけど。

 

「粂野匡近さんと、不死川実弥さんですね? ()()()()()。虹柱の産屋敷かぐやです。どうぞよろしくお願いします」

 

 彼女は開口一番、俺のことを忘れている(初めまして)と言った。匡近が、気遣わしげにこちらを見ている。

 

 ……考えてみれば、当然の話だ。彼女が倒した鬼の数は、柱の中でも最多と聞く。その分、彼女は多くの被害者を目にしているのだ。何年も前に一度顔を合わせただけの相手なぞ、逐一覚えている筈がない。

 

「……お初にお目にかかります。階級甲、粂野匡近です。お忙しい中お時間を割いて頂き、誠にありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します」

「お初にお目にかかります。同じく階級甲、不死川実弥です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

 

 いつまでも返事をしないワケにもいかないので、匡近に続いてなんとか挨拶を返すが……マズい。甲ともあろう者が、こんな精神状態ではマトモに任務がこなせるか……

 

「あー……お二人共、そんなに畏まらなくてもいいんですよ? カナエさんと接するみたいに、気軽に話しかけてくだされば結構です」

「……では1つ、質問をよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞどうぞ」

 

 ……? 匡近の奴、何を聞く気だ……?

 

「虹柱様は鬼の討伐数が、柱の中でも最多であるとお聞きしております」

「えぇ、そうですね」

「刀は消耗品ですし、破損は珍しくありません。しかし記録を見るに、虹柱様は活動休止期間が異様に少ないですよね。その刀、もしや隊士になってから、()()()()()()()()使い続けていらっしゃるのですか?」

 

(……どいつもこいつも、余計な気ィ回しやがってェ)

 

 この質問で、俺のことを思い出させようとしているのだろう。何故なら彼女は少なくとも一度、俺達兄弟に刀を渡したことで、武器を失っているのだから。

 

「そうですねぇ……刀を破損させたことは一度もありませんが、この日輪刀は2本目ですよ」

「では、1本目はどうされたのですか?」

「とある兄弟に譲ったんです。今どちらが持っているのかは分かりませんが……」

「あぁそれ、兄の方が持ってますよ」

「はい?」

「ほら、実弥」

 

 かぐや様の視線が、こちらに向く。

 居た堪れない気持ちになりつつ、俺はおずおずと刀を手渡した。

 彼女は無言で刀を抜き、それが確かに彼女自身の刀であることを確認する。

 

「「…………」」

 

 そして数秒、互いの顔を見つめて──

 

「──ウソでしょう!? 完全に別人と化してるじゃないですかっ!!」

「……実弥お前、顔変えたのか?」

「何言ってやがる」

 

 かぐや様が予想以上に取り乱したことで、匡近まで真顔で寝言を言い始めた。

 

「……俺はそんなに、変わりましたか?」

「……それは、分かりません。

 ただ、呼吸が通常の風の呼吸だったなら……おそらくすぐに気付けました。でも、不死川さんのそれは……全ての型の攻撃範囲を、一段上に引き上げるものです。より荒々しくなった型は、不必要に鬼を苦しめることにもなりかねません。

 ……あんなに優しい目をしていたアナタが、これほど恐ろしい技術を生み出したという事実が……今でも信じ難い」

 

『兄ちゃんは、この世で一番優しい人だから』

『心配なのよ。あなたはやさしすぎるから』

 

 ……どいつもこいつも、俺よりよっぽどお人好しなくせに……どうして口を揃えて、そんなことを言うのだろうか。

 

「……さっさと任務を片付けましょう。早くしねェと、雨が降りそうだァ」

「あっ、オイ待て実弥! 先走るんじゃねぇ!

 虹柱様、アレはただの照れ隠しですから心配しないでくださいね」

 

 こうして俺達は、任務の場所である屋敷へ向かった──

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 Q:そういえば前回、実弥がかぐやについて『隊士になってから今日に至るまでの8年間で、活動を休止する程の傷を負った回数は1回だけ』と言ってましたが、それなら柱就任最短記録の方も、頑張れば無一郎くん抜けたんじゃないですか?

 

 A:「無理に決まってるじゃないですか。アレの2ヶ月って、隊士になってからじゃなくて、()()()()()()()()()()()の期間ですからね? 私、修行開始から最終選別までに5年使ってますので」

 

「……ちなみに無一郎くんと行冥さんの影に隠れがちですけど、17歳まで一般人やってたのに19には柱になってる蜜璃さんも地味にチート側ですよね」



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不死川実弥の受難:後編

 

 ──町の外れにある屋敷で、子供が消える。

 調査に何人かの隊士を送り込んだが、3人を残して消えた。

 3人は、屋敷には誰もいなかったと言っている。

 

 今回俺達が任されたのは、同じくこの屋敷の調査だ。お館様の『勘』では、十二鬼月が出るかもしれないらしい。

 普通は決死の覚悟で挑むところなのだが……

 

『大丈夫です。私がいます』

 

 ……以前しのぶや匡近が、『悲鳴嶼様がいると安心する』と言っていた理由がよく分かる。この人がいて、負ける気がしない。

 

 屋敷に着く頃には、陽が傾いていた。奴らの時間だ。吹きつける風が、火照った身体を冷やしていく。

 

「……ここですか」

「すごい屋敷ですね……」

 

 確かに立派な屋敷だった。しかし古い。周囲が生い茂る木々に囲まれているせいか、静謐(せいひつ)な印象を受ける反面、陰気臭くもある。庭一面に咲いた曼珠沙華(まんじゅしゃげ)*1すらも、美しいというよりは悍ましく感じられた。

 

「行きます。後に続いてください」

「はい!」

「承知ィ」

 

 そして互いに声を掛け合い、共に屋敷へ足を踏み入れると──腐臭にも似た、耐え難い程甘い匂い。あまりの強烈さに、眩暈(めまい)すら覚える。これは一体……

 

「……なるほど。私達はアタリだったようです」

「……?」

「派遣された隊士は、消えた人と戻ってきた人に分かれていたでしょう? 私達2()()はどうやら──消えた側らしいと言っているのです」

「──っ!?」

 

 慌てて隣を見るが、確かについさっきまで居た、匡近がいない。

 

「異空間に閉じ込める類の血鬼術から脱出する場合、本体を斬ってしまうのが1番手っ取り早いですからね。匂いが強い方向──あの廊下の先に、おそらく目標がいます。サクッと行って、サクッと斬って帰りましょう」

「……承知」

 

 廊下の先には、座敷があった。一際件の匂いが強い室内には、6つの寝台が並んで置かれている。そして、寝台の間を(せわ)しなく行き来する小柄な女が1人──いや、

 

「……鬼が、人間を看病しているだとォ?」

 

 女は鬼だった。その牙が、血色の両眼が、その証拠だ。

 しかし、甲斐甲斐しく彼らを世話する姿は、まるで本当に──

 

「騙されないでください不死川さん。幻術です」

「……あらあら、口の悪い子ね。でも、まだ会ったばかりだものね。信用できないのも無理はないわ」

 

 かぐや様の言葉に反応し、鬼がこちらに顔を向けた。その左目には、『下壱』という文字が刻まれている。

 

「……マジで十二鬼月が出やがったァ」

「そうよ。でもそんなの関係ないわ。私はここでただ、子供達を癒やしてあげてるだけだもの」

 

「──癒やしている? ならば何故、そこに寝かされた3人は既に死んでいて、残る3人も半分死にかけてるんですか? 少なくとも隊士2人は、ここに来た時点では健康体だった筈です」

 

 慈愛のこもった鬼の声に、一瞬毒気を抜かれかけるが……かぐや様の言う通りだ。この匂いのせいか、思考力が落ちているらしい。

 

「いいえ。いいえ。2人共、健康体とは程遠かったわよ? ()()()()()()。気付いてないの?」

「……どういう意味ですか」

 

 鬼に、嘘を吐いている様子はなかった。だからかぐや様は、次の発言を許した。()()()()()()()

 

「目を見ればわかるの。あなた達、()()()()()()()()()()()でしょう?

 あぁ、特にあなた──黒髪のあなた。白髪のあなたは父親か母親、どちらかだと思うのだけど……黒髪のあなたは()()()()()()()()()()()とすぐに確信できたわ。

 あなたの心はボロボロ。きっと今まで、()()()()()()()()()()()のよね?」

 

 ──息を呑んだ。

 少なくとも俺は、父親のことを言い当てられている。そして消えた隊士の1人は、俺の知り合いだったのだが……彼は以前、両親と──とりわけ母親と折り合いが悪かったと言っていた。

 

『人殺し! 人殺し!!』

 

 そして思い出すのは、弟の罵声。

 命懸けで戦って、人を助けて、助けた人間に恨まれる。鬼殺隊ではよくあることだが……

 

かぐや様の討伐数は鬼殺隊最多

 

 その華々しい記録の意味が、反転する。

 鬼殺隊士は基本的に、鬼を狩る時間より休んでいる時間の方が長い。当たり前だ。鬼の方が人間より強いのだから、戦う度に普通は傷を負う。そして大抵の傷は、2日3日じゃ治らない。その当たり前な休息は、心の傷を癒す期間でもある。

 

 だが、だが──かぐや様は滅多に外傷を負わない。だから休まない。休む間もなく、心は次々傷を負う。

 

 ──ゾッとした。

 そんなもの、堪えられる訳がない。彼女が今まで、表面上だけでも正気を保っているように見えたこと自体、異様としか言いようがない。

 

「でも大丈夫。これからは私が母親として、あなたを、あなた達を愛してあげるわ」

 

 もしかしたら、彼女はここで堕ちてしまうのではないか……そう思って、俺は彼女の様子を伺った。

 

 ──この時見たかぐや様の表情を、おそらく一生忘れることはないだろう。

 

「あぁ……情けない。もうとっくに吹っ切ったと、そう思ってたんですがね」

 

 次の瞬間、彼女は鬼の目の前に肉薄していた。

 

 ──日の呼吸 壱ノ型 円舞(えんぶ)

 

 水の呼吸の壱ノ型(水面斬り)によく似た、横薙ぎの一撃。

 素早く正確なその一振りは、確かに鬼の頸を捉えていたが……

 

「うふふ、ダメよ。おいたし──」

 

 斬れていない。まるですり抜けたように、傷一つ付いていない。

 

 弍ノ型 碧羅(へきら)の天

 

 続け様に、頭から真っ二つにするような縦の斬撃。だがこれも効いていない。

 

「……少し、おしおきが必要みたいね」

 

 下弦の壱が眉を(ひそ)め、甘い匂いが強くなる。

 すると室内が、赤黒い肉の壁に覆われた。子供と隊士が寝かされていた寝具も、肉塊に変わっている。

 そして壁から肉の触手が生え、かぐや様を殴りつけんと迫っていく。

 

 参ノ型 烈日紅鏡(れつじつこうきょう)

 

 水平に刀を振って迎撃するが、やはりすり抜け──

 

「っっっ!?」

 

 1度は先程までと同じくすり抜けたが、2撃目が触手を捉え、切り落とした。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──シイアアアア

 

 かぐや様がそんな隙を逃す筈もなく、その場で呼吸を変転させ、追撃に入る。

 

「不死川さん。貴方の呼吸、使わせて頂きます」

 

 風の呼吸──『改』

 日ノ型肆番 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)

 

 渦巻く炎の様な旋風が、鬼を呑み込む。だがやはり、通じていない。

 

 シィィィィィ──

 

 変転 雷の呼吸

 日ノ型伍番 陽華突(ようかとつ)

 

 目にも止まらぬ速度で繰り出された刺突も、虚しく空を切る。

 

「……止めなさい。ここは私のお腹の中。だから誰も、私を傷つけられない」

「なら、これはいかがです?」

 

 変転 日の呼吸 陸ノ型 日暈(にちうん)(りゅう)(かぶり)()

 

 水の呼吸の拾ノ型(生生流転)の如く、かぐや様は回転しながら部屋中に刀を振るう。

 

「今見えているものの大部分は幻術。しかし本体は確かにここにいる。違いますか?」

「…………」

「図星みたいですね。それでは──」

 

 日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身(しゃようてんしん)

 

 かぐや様は突然高く跳び、隙を晒した。

 

「不死川さん!」

「承知ィ!!」

 

 風の呼吸 壱ノ型 塵旋風(じんせんぷう)・削ぎ

 

「チッ……!」

 

 彼女が着地する直前、最も無防備となる背後に向けて、多くの面積を抉るように風を放つ。すると下弦の壱は左手を押さえた。狙い通りだ。

 

「俺のことも忘れんじゃねェ!」

「……面倒ね」

「食事で回復する気です! 右半分を頼みます!」

「承知ッ!」

 

 日の呼吸 玖ノ型 輝輝恩光(ききおんこう)

 風の呼吸 捌ノ型 初烈(しょれつ)風斬(かざき)

 

 2人で寝台の方に駆け寄り、鬼が近付けないよう周囲を切り刻む。

 

「……もしかしてあなた、見えてるの?」

「勘です!」

「勘……? ふざけないでほしいわね……!」

「産屋敷の勘は特別製だァ、覚えて逝けェ!」

 

 日の呼吸 㭭ノ型 飛輪陽炎(ひりんかげろう)

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 日の呼吸 拾ノ型 火車(かしゃ)

 風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風(いだてんたいふう)

 

「不死川さん、十数秒、任せても大丈夫ですか!?」

「お安い御用!!」

 

 日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹(げんにちこう)

 

 途中で互いの位置を切り替えつつも、絶え間なく型を繰り出していた最中──かぐや様が距離を取った。負担は大きいが、十数秒なら問題ない……!

 

「ヒノカミ様に(たてまつ)る」

 

 何をする気なのだろうか……?

 

「御照覧あれ!」

 

 拾弐ノ型 炎舞(えんぶ)

 壱ノ型  円舞(えんぶ)

 

 刀を振り下ろし、斬り上げ、一回転するように剣を薙ぐ。そして、

 

「不死川さん! ()()()()()()()()()!!」

「え──ブッ!?」

 

 戻ってきたかぐや様は、いきなり平手打ちをお見舞いしてきた。視界が激変するほどの衝撃──いやこれは、()()()()()()()()()

 

「今です!」

「なんだかよく分からねぇが──」

 

 突然、仲間割れをしたとでも思っているのだろう。下弦の壱はポカンとした顔でこちらを見ている。

 

「これで、終わりだァァァ!!!」

 

 ──まさか、幻術が解けているとは思わなかったのだろう。

 下弦の壱は、何が起こったのか分かっていない顔のまま、その頸を地に落とした。

 

「なっ、んで……見えてない、ハズでしょう……?」

「見えてなくても、影の位置や声のする場所などから、違和感は掴み取れます。雑なんですよ、あなたの幻術」

「そんな、嘘……少なくとも最後の一撃は、絶対に……」

「さぁ? 気のせいじゃないですか?」

「うぅ……私はただ、幸せになりたかっただけなのに──」

 

 その言葉を最後に、下弦の壱は塵になった。

 

「……虹柱様。確かに最後、俺は血鬼術が解けていました。アレは一体……」

「──日の呼吸 拾参ノ型 神楽(かぐら)奉納(ほうのう)天照(アマテラス)

 ヒノカミ様に舞を捧げて加護を授かり、()()()()()()()()()()()()()()技です。元々神仏との繋がりが強い上に、神職の出の者と婚約し続けた、産屋敷の末梢たる私だけの型です。

 ちなみに加護は、私が触れたものに伝播します。平手打ちなんて、荒々しい手段を取ってしまったことは……すみません」

「んなっ!?」

 

 血鬼術が、効かない……? なんだそのデタラメは。

 

「あ、その目。『反則だ』と思ってますね? これそんなに使い勝手良くないんですよ?

 12個もある型を、全部途切れさせずに使ってからもう一度壱ノ型を使わないと発動すらしない上に、持つのは150秒くらい。そしてとっても疲れます。ついでに言うと、発動したとしてもそこらの石ころを拾って投げられたら意味がありません」

 

 ……そう言われてみると、確かに使い所は限られるか。

 

「そんなことより、隠を呼んできますね。あらかじめ近くに待機するよう伝えていたので、浦賀(うらが)さんもまだ間に合うハズです。お知り合いでしょう? 声をかけてあげてください」

「……! 知ってたんですか?」

「任務を共にする相手のことは一通り知ってますよ。まぁ、弟に比べたら大したことはありませんが。あの子、故人を含めて自分の代の隊士全員の名前と関係を把握してますし」

 

 そして今後こそ、彼女は隠を呼びに行った。

 

「……浦賀、久しぶりだなァ」

「し……しな……ずが、わ……?」

「そうだ。俺だァ」

「俺は……助かる、のか……?」

「俺の見立てでは、ギリギリ助かるハズだァ。気ィ強く持てェ。後はもう、無駄に体力使うなァ」

「あ、あぁぁ……よかった……よかった……アイツの、とこに……かえ、れる……」

「よかったなァ……頑張れよォ」

 

 

 ──そうして搬送された浦賀は、無事一命を取り留めた。隊士は続けられないそうだが、子供2人も含め、命に別状はなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ふっ、ククッ、あははっ」

 

 マズい。マズい。ニヤケが止まらない。こんな顔、不死川さんには見せられない。

 

「感謝します。あぁ、本当にありがとうございました下弦の壱!」

 

 体温は、前世でインフルにかかった時のような……39℃くらい。心臓がドクドクと落ち着かず、本来ならとても戦うどころか日常生活すらままならないような状態なのに──()()()()()()()

 

「これがっ、『痣』の使い方!!」

 

 珠世さんはこれを、知らなかった。みんな当たり前に使っていたから、使い方なんてものがあるのだとは思っていなかったのだ。

 だが、再び発現した今なら解る──初めてこれが現れたのは、父と別れたあの時だ。あの時の激情が、私に痣を(もたら)した。そして今日、あの時と同じ怒りがトリガーになった。

 

「勝てる。勝てます……! この力と、拾参ノ型があれば……! 上弦も、無惨すらも葬れる……!」

 

 私は(つい)ぞ知ることはなかったが──不死川さんはこの日以来、『美人の笑顔が一番怖い』と言うようになったらしい……

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

かぐや「これで勝つる(ドヤ顔)」

 

堕姫 「血鬼術効かないって反則でしょ!?」

妓夫 「バカだなぁぁ、俺達なら幾らでもやりようがあるだろうがぁぁ(相手が1人の場合ほぼ負ける要素なし)」

 

玉壺 「勝てないなら逃げるまで……(転移能力持ち)」

 

半天狗「恐ろしい……恐ろしい……(本体を見つけるのが無理ゲー)」

 

猗窩座「……俺の敵ではないな(女性だから殺されないけど相性最悪)」

 

童磨 「……あれ? もしかして俺の天敵?」

 

黒死牟「日の呼吸、だと……?」

 

無惨 「……神なぞいない」

 

かぐや「…………(絶句)」

 

 実際に戦った時どうなるかはお楽しみに。

*1
彼岸花



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箸休め

 

 ──産屋敷邸、縁側にて。

 

「かぐや、よく戻ったね。任務お疲れ様」

「お館様におかれましても、ご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

「……姉さん、柱合会議じゃないんだ。堅苦しいのは無しにしよう」

「ごめんなさい。耀哉に名前で呼ばれると、つい」

「おっと、つい癖で」

 

 柱合会議以外で、わざわざ耀哉に直接任務の報告をするなんて、久しぶりだからね。しょうがない。

 2人で並んでお茶を啜り、一息つく。

 

「さてさて、本題に入ろうか。姉さんから見て、匡近と実弥はどうだった?」

「そうですねぇ。結論から言うと、2人共甲の中でも上位の実力者で間違いありません。カナエさんが推薦するだけはあります」

 

 共闘できなかった粂野さん……彼が原作に登場していた人物なのかは不明だが、任務後に手合わせしてみた感じ、彼も充分以上に強いことが分かった。

 

「あぁ。事前報告に、下弦の壱と戦ったという話が出ていたね」

「えぇ。粂野さんとは分断されてしまったので、主に不死川さんについての報告になりますが」

「構わないよ」

 

 正史でも柱になっていただけあり、不死川さんは別格だ。

 

「不死川さんですが──まず、呼吸の質が違いました。風の呼吸は元々攻撃範囲に優れた呼吸ですが、彼の呼吸は、全ての型の攻撃範囲が一段上に押し上げられていました」

「それは凄いね」

「持久力・精神力も申し分ありません。型を連続で繰り出しても息一つ乱していませんでしたし、十数秒ではありましたが、下弦の壱を1人で足止めしてくれました」

「ふむ。たしか、頸を斬ったのも彼だったね」

「えぇ。ですので、条件は満たしています。私は彼を、風柱に推薦します」

 

 柱になるための条件は、『階級が甲である』ことかつ、『十二鬼月の討伐』もしくは『鬼の討伐数が50に達する』ことである。

 この内『十二鬼月の討伐』に関しては、柱との共闘である場合、共闘した柱の推薦がなければ昇格はできないが……私が不死川さんの推薦を拒否する理由はないので、これで晴れて、彼は風柱になれるワケだ。

 

「珠世さんのことは、話せそうかい?」

「それなんですが──()()()()()()()()()()

 

 今の柱は、珠世さんの研究を補助するため、十二鬼月の採血も任務に含まれている。(だから実はこっそり、下弦の壱の血も取ってたりする) そのことを考えると、柱は『鬼の協力者』に理解のある人物であることが望ましい。

 不死川さんは正史における禰豆子否定派筆頭だったので、鬼の協力者なんて完全拒否するだろうと思っていたのだが……

 

『お二人は、もし人を食べない鬼がいて、その鬼がお医者様をやっているとしたら……どう思いますか?』

『すぐに斬るべきだと思いますね。そいつが人を食わない()()()()()()原因は、おそらく患者を()()()()からですよね?』

『……普通に考えたら、そうだろうなァ。

 ……だが、そんな鬼が実在したのなら……『胡蝶に会わせてやりたい』と、思いますね』

 

 意外や意外。粂野さんが前提条件をガン無視した回答をしたのに対し、不死川さんはこのイケメン回答である。ぶっちゃけどっちも逆の反応すると思ってましたごめんなさい。

 あ、ちなみに粂野さんの反応は普通です。大体の人が『鬼の医者』=『患者を食う』という思考になるんですよね。実際そういう鬼が結構いるから仕方ないのだけど。

 

 ……こんなに優しかった不死川さんが、正史であんな風になっちゃったのは……きっと、カナエさんが死んじゃったからなんだろうなぁ。

 2人共柱だったから、正史でも何かと関わりがあって、仲が良くなったのだろう。もしかしたら、恋仲だったのかもしれない。

 ……でも、彼女は死んだ。上弦の弍と戦って、殉職した。

 それによって、不死川さんは変わってしまったのだろう。笑顔の仮面を被り、本当は欠片も望んでいない『鬼との共存』を願っていると(うそぶ)くようになった、しのぶさんのように。

 

「これで、現役の柱は7人か……()()()()()()()()()()

 

 柱の定員は、柱という漢字の画数に合わせて9名である。

 正史通りになるなら、無一郎くんの年齢的にこの定員が埋まるまであと4、5年かかるといったところだが、()()()()()()()()()()()()()()

 

「階級『(ささえ)

 ()()()()()()()()()4()()1()()()()()()()なんて、面白いことを考えるよね。姉さんは」

 

 百年以上もの間、柱が上弦に勝てなかったのは……担当区域という縛りのせいで、共闘ができなかったからだ。

 だからこれは、単純な話。担当区域が無く、常に共闘を前提とした部隊を作ればいい。

 今までそれができなかった理由は、人手不足の状況下で、どこに出現するかも分からない上弦のために、柱を集中させられなかったからだ。

 

 ──だが今は、私がいる。まこちゃんがいる。錆兎がいる。

 正史において現時点では存在しない、柱級の戦力が──少なくとも3人。本来飲んだくれになる筈だった槇寿朗さんも含めたら、既に4人。

 更に言えば、私は出現場所を把握している上弦が3体もいる。従来の問題は解決されているのだ。

 

「私の勘では、事が起こるのは来年ですが……既に切っ掛けができている以上、遭遇が早まる恐れはあります。結成を急がねばなりません」

「……相変わらずせっかちだね」

「慎重だと言いなさい、愚弟」

「わぁ辛辣。そんなこと言うと首にしちゃうよ?」

「やめてください死んでしまいます」

「ははは、ご冗談を。私じゃどう足掻いても姉上を殺せませんよ」

「いやいや。耀哉が一言命じれば、私なんてすぐ殺せる戦力が集まるでしょう」

「……姉上、それ本気で言ってます?」

 

 耀哉が何故か、残念なイキモノを見るような目を向けてくるのだが。

 

「本気ですよ。流石の私も、行冥さんには勝てる気がしませんし。他の柱だって、2人同時には相手ができません」

「……これは重症だね」

「どういう意味ですか」

「姉上はもう少し、己の価値を自覚してください」

 

 ……まぁ、()()()()()()()()杏寿郎とまこちゃんは敵にはならないでくれる()()。行冥さんとカナエさんは、()()()()()死なない程度に手加減してくれると思う。

 でもたぶん、宇髄さんと不死川さんは本気で殺しに来る。宇髄さんは忍だから非情に徹することができるし、不死川さんに至っては私、親の仇だからなぁ……それ言われて襲われたら私、抵抗する気力無くすぞ。

 

「……まだ私は死ねません。焼き土下座で手を打ってもらえるくらいにはしておかないと……」

「何がどうしてそうなったんですか??」

「己の価値を再認識した結果、立場の危うさに気付いたので対策を……」

「思ったよりかなり重症だった」

 

 強制的に10日間の休暇を取らされました。解せぬ。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 各柱から見たかぐや

 

 先代花柱:年長者として、可能な限り普通の女の子として扱っていた。

 

 先代炎柱:自慢の弟子であり、大切な娘であり、かつて仕えた彼の忘れ形見。

 

 水柱:歳の離れた友人。素が意外と男の子っぽいところなど、義理の姉に似ていて接しやすい。

 

 岩柱:歳下の先輩。恩人の恩人。自分が鬼に負けたとしても、彼女がいれば大丈夫。

 

 音柱:派手過ぎるだろ!(エフェクトが次々入れ替わるので) ただ、色目を使おうものなら周囲から殺気が飛んで来るから怖い。

 

 花柱:尊敬しているが、最大の恋敵なので少々フクザツ。

 

 炎柱:敬愛する姉! ただ、無防備な時があるから心配!

 

 風柱:返し切れない大恩のある人。怒った時の笑顔が怖い。

 

 未来の水柱:親友の師匠。よく突然怒り出す不死川と伊黒を宥めてくれる。優しい。

 

 未来の蛇柱:昔、自分のために怒ってくれた人。女性の中では甘露寺の次に話しやすい。

 

 未来の恋柱:私より力が強い女の人って初めて! みんなのお姉さん!

 

 未来の蟲柱:性格が姉によく似ているので話しやすい。ただ、その姉とは何故か仲があまり良くない様子なので気になっている。

 

 未来の霞柱:悲しい人。誰よりも頼りになるけど、たぶん頼っちゃいけなかった。誰よりも支えが必要な人だったんだろうと思う。

 

 

 Q:この中にかぐやの命を狙う者がいるそうですが。誰だと思いますか?

 A:全員『いるわけないだろ

 

 (相手からの)打ち解け度は脅威の97%。



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かぐやの休日(初日)

 花柱──胡蝶カナエは虹柱が苦手である。

 

 同じ女性の柱であり、『鬼を救う』という理想の理解者であり、誰に対しても物腰丁寧に接するかぐやを、カナエは尊敬している。それは確かだ。

 しかしただ一点。『好いた男が、唯一明確に敬意を表する相手』という事実が、仄暗い嫉妬を抱かせる。

 カナエにとって、笑顔を維持することは苦痛ではない。だがかぐやと対峙する時、彼女は内に秘めた心を悟られぬよう、意図して『笑顔を作る』

 何の非も無い相手に、本来なら尊敬すらしている相手に対し、そんな行動をしていること自体……善良な彼女にとっては自己嫌悪の元となる。だからカナエは、かぐやのことが『嫌い』ではなく『苦手』なのだ。

 

 ──そして何故今、そんなことを明記するのかと言えば。

 

「カナエさん、不死川さんの好物や趣味など、ご存知でしたら是非ともわたくしめにご教示をば……」

「…………」

「え? えぇ!? かぐやさん、不死川さんみたいな殿方が好みなの!?」

 

 (くだん)の2人が今まさに、ちゃぶ台を挟んで対峙しているからだ。どちらも目が死んでいる。まだ何も知らないしのぶだけは、目を輝かせていたが。

 

(任務の次の日に、仕事中毒なかぐや様が、態々休暇を取ってまで彼のことを探るなんて……『そういうこと』よね……)

 

「いや、そういうことではなく。その……不死川さんが鬼殺隊に入った経緯は、お2人とも把握していらっしゃいますか?」

 

 2人は首肯した。

 

「では話が早いです。私、不死川さんの親の仇じゃないですか」

 

((え、そういう認識なの?))

 

「……一応、そういうことになりますが」

「でも不可抗力だし、不死川さんも恨んでないどころか……」

「そりゃあ表向きはそうでしょう。私一応上官ですし。そうでなくても産屋敷ですし」

 

 『そう言われると、そうかもしれない』と、2人は思った。何故ならそれ自体は、覆し用のない事実だから。

 故に2人は、一度彼の態度が演技だったと仮定して──

 

((──いやナイナイ))

 

 一瞬で、『それは無い』と断定した。アレが演技だったら2人は人間不信になるだろう。

 

「……しかし近日中に、不死川さんは風柱となります。同じ最高階級として肩を並べ、鬼殺隊を支える柱となる以上、わだかまりは可能な限り解消しておかねばなりません」

「そんなに不安なら、推薦なんてしなければいいのに。共闘だったんでしょう?」

「そんな横暴は許されません。お天道様は見ています。私の場合は特に」

「「あぁ……」」

 

 鬼狩りなら誰もが羨む日輪の寵愛(ちょうあい)も、日常生活においては鬱陶しいだけだ。

 

「えぇと……好物であれば、おはぎが好きと聞いていますよ」

「──! おはぎですね、ありがとうございます!」

「あとは、カブトムシを育てて相撲させてたわね」

「今は9月……探せばギリギリ間に合うでしょうか」

「微妙ね。他に何かあったかしら」

「粂野くんに影響されて、牛鍋が好きになったと言ってました」

「ふむ……食事に誘うなら牛鍋。甘味を差し入れるならおはぎですね」

「後は、舞にも興味があるそうです」

「舞ですか。意外ですね」

「貴女の隣に立つために、新しい型を開発しようとしてたんですよ」

「なるほど、舞から動きを取り入れようとしていたのですね。日の呼吸とその型が、神楽として受け継がれていたことを考えれば……納得です」

「それと彼、大家族の長男なんですけど。弟さんや妹ちゃんの話をする時は顔が穏やかになります。だからか、子供が喜びそうな物を買っては、藤の家に預けている子達に仕送りや手紙と一緒に送るそうです」

「あぁ……分かります。弟も妹も、可愛くてしょうがないですよね」

 

 そこで『はて』としのぶが首を傾げた。

 

「かぐやさん、妹いたの?」

「義理ですがね。弟の花嫁である、あまねですよ」

「あー」

 

 そしてカナエが、逸れた話を元に戻す。

 

「他の時間は大体鬼狩り(仕事)してるか、眠っているそうです。

 ここまで聞けば察してくださったと思うのですが……彼、自分だけのために時間を使いたがらないんですよ。弟のため、妹のため、親友が、かぐや様がって……」

「……今の今まで『凄く気が合うな』としか思ってなかった私って、もしかしてヤバいです?」

「ヤバいわよ」

「……ご自愛ください」

 

 カナエですらフォローできないという事実に、かぐやは頭を抱えた。

 

「そうだ、ヤバいと言えば。かぐやさん、()()()()使()()()()()()()()?」

「うぐっ」

「……使ったの?」

「……使いました」

「はぁ……まぁ今回は十二鬼月が相手だったみたいだし、今のところ何も悪影響はないみたいだけど、アレを使った後のかぐやさんは『()()()()()()()()()()()』になってるんだからね? そのうち人に戻れなくなっちゃっても知らないわよ?」

「効果が永続するなら、むしろその方が……」

「またそんなこと言って!」

「──あ、用事を思い出しました!」

「かぐやさん今日から連休でしょ!? 見え見えの嘘吐かない!」

「いや、本当ですって! あまねと珠世さんに話があるんですよ。ついでに診察もしてもらいます」

「……ならいいけど。採血だけは、こっちでもしていくから。ちょっと待ってて。注射器持ってくるわね」

 

 そうして採血を終えた後、かぐやは足早に再び産屋敷邸に向かって行った。

 

 

 

 *

 

 

 

 はい、というわけで戻ってまいりました。本日2回目の実家帰省です。

 それで肝心の、思い出した用事というのは──

 

「それが……()()使()()()()

「同時に、発現条件でもあると思われます」

「驚きました……そんな状態で戦えるだなんて、医師としてはとても信じ難い」

 

 報告し忘れていた、痣の使い方についてである。

 私としては、寿命を削るのは私1人でいいとは思うんだけど……痣があれば、死ななくて済む場面だってあるだろう。選択肢は多い方が良い。

 

「ただこれは、できれば3年後まで秘密にしておいてほしいのです」

 

 父と別れたあの日──私は、この手で無惨を殺すと誓った。そのためには、無限列車まで待ってはいられない。だから竈門家で、決着をつける。

 浅草での遭遇は、期待していない。それに遭遇したとて、あれだけ人が密集している場所ではマトモに戦えない。つまり私に許された機会は実質、一度きり。

 

 2人に痣のことを話すのは、私がしくじった時のためだ。

 背水の陣と言えば聞こえは良いが、私の我欲で全戦力を3年後の戦いに投入して、失敗したら目も当てられない。それではむしろ、正史より状況が悪くなる恐れすらある。

 だから3年後は、私1人でやる。連れて行くとしても、錆兎くらいか。あの子既に、()()()()()()()()()()()()()()し。透視の正確さと型の練度と膂力に関しては私以上だ。

 ……え、全部負けてるじゃんかって? 実戦経験の差と手札の枚数と師匠補正と()()()()()3()があるから、まだ暫く負けてやれんよ。

 

 話が逸れたな。

 私が無惨を逃した時、もしくは負けた時。3年後だから、耀哉は21歳。記憶に残る()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものの、晩年の急速な悪化を考えると、もう危険な年頃だ。

 

「3年後、私は無惨を討つつもりです。だから他の皆さんにまで、寿命を削ってほしくないのです。

 ……しかし、私が失敗した時。以降の鬼殺隊の運営は、主にあまねの仕事となるでしょう。そして無惨討伐において、珠世さんの薬が大きな役割を持つことは間違いありません。

 2人になら、後のことを任せられます」

 

「……はい、お任せください。お義姉(ねえ)様は後顧(こうこ)(うれ)いなく、全力で戦ってきてくださいませ」

「同じく、任されました。しかしかぐやさん……3年後の戦いで、本当に私の薬は使わなくてよいのですか?」

 

 珠世さんが無惨を殺すために作った薬は3つ。

 60秒につき肉体を50年老化させる薬と、細胞破壊薬、そして──

 

「分裂阻害薬だけでも、持って行った方がいいのでは……?」

 

 炎柱ノ書にあった、『無惨を追い詰めた状況』の当事者である珠世さんによると、無惨は『千を越える肉片に分裂して逃げた』らしい。

 それを防ぐための薬を、既に彼女は作成しているとのこと。だが……

 

「薬は一度使えば、耐性ができてしまいます。使うのなら当初の予定通り、人間化薬も含めた4種を同時に打ち込まなければ意味がありません」

「……すみません。分かっては、いるのですが」

「焦る気持ちは分かります。私も『せっかち』ですから」

「お役に立てず、面目ないです」

「いいえ、いつも助かっていますよ。それに、鬼化を防ぐ血清が何よりありがたい。私だけは絶対に、鬼と化すワケにはいかないので」

 

 ヒノカミ様の加護を最も強く受けている私が鬼になったら、耀哉も、輝利哉も、姪たちも、神仏に何をされるか分からない。だからそれだけは、絶対に回避する必要がある。

 

「鬼になってからでは意味がありませんが、全集中の呼吸を使える鬼殺隊士の皆様は、鬼になるまでの時間が長いようですので……無惨の血を受けても、焦らず確実に注射してくださいね」

「はい」

 

 彼女がまだ鬼舞辻の側近だった頃。呼吸を使える剣士を鬼にしようと考えた無惨は、1人の痣者を鬼にしたらしい。その時血を与えてから完全に鬼と化すまで、丸3日かかったという。同じ痣者である私なら、3日と言わずとも一晩なら耐えられる筈だ。

 

「それと、実は今日から10日間、休暇を取ることになったので……珠世さん、折角ですし、私の身体で実験したいことがありましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください」

「いいえ、貴女は休んでください」

「そうですね。お義姉様は働き過ぎです」

「ア、ハイ。

 ……では、趣味の舞に没頭──」

「ヒノカミ神楽以外なら構いませんが」

「……森鴎外の舞姫を買いに──」

「それでしたら私がお貸ししますよ。義姉さん」

「…………10日も働かないと、ダメ人間になりそうなんですよ」

 

 ゴールデンウィークでも10日休みとかないわ。休みボケしてしまう。

 ……あの、なんで溜め息吐いてるんですかお二方。目が据わってて怖いんですけど。

 

「珠世さん、相手は重症です。遠慮なくやっちゃってください」

「あまね、何を!?」

「はい、では遠慮なく。あまねさんは下がってくださいね」

「何をですか!? 何をされるんですか私!?」

 

 スゥゥゥ──(全集中は常中)

 ハッ、これは! 珠世さんの……!

 

「血鬼術『惑血』」

 

「あふん」

 

 ちなみに気付いたら、見事に朝までぐっすり寝てました。ぴえん。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 森鴎外の舞姫は、1907年2月刊行。本作では原作開始年を1912年としているぞ!



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かぐやの休日。2日目(前編)

 

 私──虹柱の担当区域は、他の柱より広い。というのも、私が柱になった当初のメンバーは私含め4人。9区画をカバーするため、2人で5区画を走り回っていた時代もあったくらいだ。その名残で、担当区域の内、余った部分は私とまこちゃん、行冥さんが分担しているのだ。

 そして、(せわ)しなく働いていると……野宿の経験も多くなる。というか私は大体野宿だ。つまり何が言いたいのかというと──

 

「だ、ダメです……! このままでは、典型的なダメ人間になってしまいます……!」

 

 朝、柔らかい布団で目が覚めて。綺麗に洗濯された着物が用意されていて。部屋から出ると、可愛い義妹が『そろそろ起きると聞いていた』と言ってご飯を用意してくれて……しかも食べ終わったら食器も洗わず、お茶を飲みながら本を読んでいる。

 

「なんですか、この至れり尽くせりは!? 堕落不可避でしょうこんな生活!」

 

 起床から数時間で、既にちょっと堕ちかけている自分がいる。アカン。

 

「こんな時は……そう、原点回帰です! 思い出しなさい産屋敷かぐや! アナタの目的はなんですか!?」

 

 私の目的は、耀哉と杏寿郎を曇らせて号泣させること! 槇寿朗さんに瑠火さん、まこちゃん、錆兎、竈門家の皆、柱の皆にも曇ってもらえたら更に嬉しい!!

 

「……下手しなくても私、そこらの鬼より『悪鬼』なのでは??」

 

 斬るべきものはもう在る……(cv日の呼吸正統後継者父)

 という冗談はさておき、ホントにどうしましょう。休日って、休む日でしょう? もう私、半日くらい寝た上に本1冊読み終わった*1から、気力も体力も全快ですよ?

 

「……皆さん、休日は何をしてらっしゃるのでしょう?」

 

 カナエさんは、役割的に年中無休な蝶屋敷の主人だし……杏寿郎と不死川さんは私の同類(ワーカーホリック)*2だし……

 まこちゃんは……こないだ行冥さんと一緒に猫と(たわむ)れてたな。尊い。

 

「今度2人に、猫ちゃんが見れる場所を聞いてみましょう」

 

 そして宇髄さんは……たしか温泉が好きと言っていたか。

 

「──そうだ温泉! 休日にピッタリの場所じゃないですか!」

 

 一口に温泉と言っても種類があるからね。成分やpHなどの違いで効能も異なってくるのだ。色とか匂いとか、そういったものの差異を楽しむのも良いだろう。数日使って各地を巡るのも悪くない。

 ありがとう宇髄さん! おかげでしばらくは、退屈しないで済みそうです!

 

 

 

 *

 

 

 

 ──鬼殺隊当主、産屋敷耀哉は人望がある。柱を始めとして、彼と出会い、言葉を交わした者は皆、彼に心酔していく。

 『音柱』宇髄(うずい)天元(てんげん)も、そうして彼に深い忠誠を誓った一人だ。

 

 天元は『顔だけで食っていけるような色男』であることに加え、派手好きで明るい性格と話の上手さから、耀哉同様人に好かれやすい男である。実際、同僚の柱と彼の仲は良好だ。

 ……しかし、彼が他の柱や耀哉と打ち解けるまでの過程は、少々特殊なものとなっている。

 

 天元は、元忍であった。

 命を消耗品のように扱う父のやり方に疑問を覚え、離反こそしたが……彼は忍の全てを否定しているワケではない。

 鬼殺隊とはまた別種の、合理的な肉体の使い方。話術や変装などの高い技術。そういった『使えるモノ』を、彼は肯定する。

 忍の頭領となるべく育てられた彼は、当然人心掌握の技法にも精通している。故に彼は最初、簡単には耀哉に心を開かなかった。

 ……それでも結局は、毎日欠かさず墓参りと隊士の見舞いを行なっていた耀哉に、すぐ絆されることとなるのだが。

 

 ──問題はその後である。

 

雛鶴(ひなづる)、まきを、須磨(すま)。虹柱、産屋敷かぐやについて調査しろ。()()()()()()()()()()

 

 天元は、己の手で他の柱やその関係者といった、主要な人物の調査も行なっていた。その中で、彼が最も『危険』と判断したのが『かぐや』だ。

 

『え、あの人の何が問題なんですか?』

 

 天元の部下兼女房の三人娘の末っ子、須磨が首を傾げて質問する。

 

『……須磨。末端の隊士が抱く、お館様の印象はどんなだと思う?』

 

 天元はこういう時すぐに答えを言わず、自力で考える機会を用意していた。須磨は『ウンウン』と眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

 

『……声が、綺麗な人?』

『直接会った奴はそうだな。だが大部分の隊士は、直接謁見する機会なんざ皆無だ。末端の隊士は特にな』

『顔も知らないんじゃあ、印象も何もないじゃないですか』

『その通りだ。なのに末端の隊士は、顔も知らないお館様へ()()()()()()()()()()()

『???』

 

 それこそ本当に何が問題なのか分からず、須磨は完全に固まった。

 そこで見かねた雛鶴は、助け舟を出すことにしたようだ。

 

『須磨。天元様は最初、誰について調査しろと言っていたか覚えてる?』

『……かぐやさん』

『お館様はかぐやさんの何かしら?』

『……弟』

 

 ──それが答えだ。

 

『そう。末端の隊士は大体、お館様のことを『自分達の(おさ)』ではなく『虹柱の弟』として認識していやがるんだ。

 今は虹柱が派手に尊敬を集めているからいい。だがもし、奴が問題を起こしたら? もっと言うなら──反旗を翻したら?』

『うーん、確かにそれは恐ろしい話ですけど……やる気ならもうとっくにやってんじゃないですか?』

『……まぁ、謀反は無いと俺も思ってる。だが、コレはお前達にだから言うんだが……アイツは既に、ド派手な問題を起こしてやがる』

『────』

 

 言外に『心配しすぎだ』と言っていたまきをの表情が、真剣なものに変わる。内心同じことを考えていた雛鶴も、居住(いず)まいを正して次の言葉を待った。

 

『今の産屋敷邸には、()()2()()()()()()()。引き入れたのは虹柱だ』

 

 鬼を当主の家に招き入れる──そんな重大すぎる叛逆行為の真意を、雛鶴は天元の言い方から読み取った。

 

『2人ですか。2体ではなく』

『そうだ。鬼の医者と、その従者。どちらも人を襲わず、鬼舞辻と敵対する意思がある()()だ。あのお医者様が持ってきてくれた情報のおかげで、100年停滞していた状況が派手に改善した。それは間違いない』

『……でも、大部分の隊士は『鬼の協力者』なんて認めない。その存在がバレたら、虹柱の信用は地に堕ちる。連鎖的に、お館様も……』

『当然、そうなるわな。だからお前達にも、虹柱が他に何か問題を起こしていないか、万が一にも裏切る恐れはないか、調べてほしいってワケだ』

『『『承知』』』

 

 

 ──そして、一月後。

 

『まずは須磨、報告を』

『はい。調査の結果──彼女は男性女性、どちらも好きということが分かりました』

『いや地味に何の調査してんだよ』

『間違いありません。私達を見る目が、須磨と同じでした。どちらかと言うと、女性の方が好きなのかもしれません』

『本当にどういう調査してたんだ!?』

 

 須磨のトンチンカンな報告に、まきをまで真顔で補足を入れ始めたことで、天元は頭を抱えたくなった。

 

『彼女の秘密は、本当にそんな程度のものしかなかったんです。シロもシロ。真っ白でした』

『そうか……まぁ、俺の調査結果と同じだから安心したがよ……』

 

 知りたくないことまで知ってしまった天元は、大きく溜め息を吐いた。

 

『アレをオトすのは派手に難しいみてぇだぞ……杏寿郎よぉ……』

 

 かぐやに(よこしま)な視線が向けられた時、最も強い敵意を(あらわ)にする青年へ向けて、彼は静かに黙祷するのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 かぐやと杏寿郎について。

 

槇寿朗「かぐや様が本当に娘になってくれたら嬉しいんだがなぁ……」

 

行冥 「アレは……お互い姉弟(きょうだい)だと思っているな……先は長い……」

 

天元 「派手に厄介な女に惚れちまった杏寿郎は頑張れ……」

 

カナエ「ちょっと個人的な事情も含め、煉獄くんには頑張ってほしいと思ってるの。だから全力で手助けするわ!」

 

実弥 「あの2人は仲良いよなァ……ん、なんですか悲鳴嶼さん。……煉獄がかぐや様に懸想してる!? お、おう。そうかァ……頑張れよ煉獄……」

*1
森鴎外の舞姫は頁数20もない短編

*2
正確にはワークエンゲージメント




 天元は原作だと杏寿郎を『煉獄』と呼びますが、こちらだと槇寿朗さんが真面目に働いているので、区別のために下の名前で呼んでます。
 引退はカナエさんの柱就任と同時期なので、以降の柱は大体『煉獄』と呼びます。

かぐや「あと関係ないですけど、アニメ版無限列車第一話に出てくるあのモブなんなんでしょうね。何度も杏寿郎のことを馴れ馴れしく『炎柱』『炎柱』と呼び捨てにするなんて……」(注:『社長様』など、役職に敬称を付けるのは間違いなので、むしろ彼は正しい)


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かぐやの休日。2日目(後編)

 鹿威(ししおど)しの『カポーン』という音が、チョロチョロという水の音と共に、静寂を優しく埋めている。

 

「いやー、良い湯ですねぇ」

 

 夜空を見上げながら、かぐやはなんとなしに呟いた。

 

「そうですねぇかぐやさん。

 ──あっ、流れ星! 見ましたか!?」

「見ました見ました! 運が良いですね!」

 

 かぐやの隣で、同じく星を見ていた須磨は、一通りはしゃいだ後──すぐ後ろにいた()()に声をかけた。

 

「天元様天元様、せっかくの露天風呂なんですから、俯いてないで景色を見ましょうよー」

「須磨……頼むから、今だけは俺を地味でいさせてくれ……」

「勿体ないですねぇ。仕事柄、私達『柱』がこうしてゆっくり夜空を見上げる機会なんて……そうないでしょうに」

「それは……そうだがよぉ……」

 

 音柱、天元は困惑していた。同僚から『温泉に行きましょう』という誘いを受け、嫁と共に藤の家紋を掲げる旅館へ来たはいいが……何故、混浴なのだと。いや、彼が混浴を好むのは確かだが……それはあくまで貸し切りの状態で、嫁と同じ湯を楽しむためである。断じて邪な理由からではない。

 

「……てか姐御(あねご)刺青(いれずみ)なんてしてたんだな」

「刺青ではありませんよ。コレは痣です」

 

 振り向き、視界に入ったかぐやの背中には──巻き布では隠し切れないほど大きな、月模様の刺青が彫られていた。

 

「いや、痣にも見えなくはねぇが……こんだけ造形が整った模様で、痣と言い張るのは厳しいんじゃねぇの?」

「まぁ実際、痣と言っていいのか分からないものですが……刺青ではありません」

「なんだそりゃ」

「体温を39度以上、心拍数を60秒につき200以上に上げることで発現する、寿()()()()()()()()身体強化を行う者である証──それがこの痣です。だからお風呂だと出てきやすいんですよね」

「……冗談にしちゃ、地味に笑えないぜ姐御」

 

 天元は、冗談だと思いたかった。だが、この場で考えたにしては……やけに数字が具体的すぎる。

 

「冗談ではないので、笑わなくて結構ですよ」

「……あと何年、生きられるんだ?」

「痣を出した者は、25を迎える前に死ぬらしいので……最長であと5年です」

「……そのこと、他の奴らは……知ってんのか?」

「知っているのは産屋敷家と、煉獄家の人間。後は珠世さんと愈史郎さんだけです」

「…………」

 

(通りで──)

 

「『通りで、調べても出てこなかった訳だ』とでも言いたげな顔ですね」

「──っ!?」

「分かりますよ。周囲を嗅ぎ回られてたってことくらい。産屋敷の超感覚を舐めないでください」

 

 ──言葉の意味を理解した瞬間、天元は距離を取り、須磨・まきを・雛鶴は天元の元に駆け寄った。

 

「……信用されていないということは、分かっていましたが……こうもあからさまにやられると、流石に傷付きますね」

「……俺達を、消すのか?」

「まさか。むしろ逆──命乞いをするのは私です」

「……は?」

 

 かぐやは湯船から出ると、ゆっくりと正座した。

 

「全ての鬼殺隊士が、私のやったことを知れば……鬼殺隊という組織の根幹が崩れます。だからそうなる前に、私を粛正しようとするのは合理的です。宇髄さん、貴方は間違っていません」

「いや、粛正だなんてそんな──ってオイオイオイ!?」

 

 天元はむしろ、彼女の秘密が漏れないように動くつもりだった。彼に彼女を害する意思は無い──そのことをどう説明するか、考える間もなくかぐやは土下座した。

 

「お願いします。殺さないでください。私にはまだやるべきことがあるんです。まだ死ねないんですよ……!

 先程説明した通り、放っておいても私は24で死にます。だからどうか、今は見逃してください」

「止めてくれ! 頼むから本当にやめてくれ!! この状況は俺が死ぬ!!」

 

 ……ちなみにこの後、かぐやの頭を上げさせるのに、4人は十数分ほどかかったらしい。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

かぐや「よし、これで後は不死川さんだけですね!」

 

実弥 「──っ!!?!? なんだァ、この異様な悪寒は……!?」

錆&天「「来いよ……こっち来いよ……(かぐや関連地雷持ち)」」




 ちなみに宇髄さんは原作で嫁と混浴する時、義勇を連れ込んでたりするぞ。ノベライズ版の方ではまさかの善逸もOKが出ていたぞ!(ただし結局一緒に入ったのかは不明)
 そしてその時の話で宇髄さんが善逸と伊之助のことを『良いコンビ』と称しているので、今作の宇髄さんはちょっとだけ英語ができる裏設定があったりします。


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錆兎vs杏寿郎

 
かぐや「休日3日目だと思いましたか? ヴァカめ! 今日はお仕事です!!」


 虹柱の継子──鱗滝錆兎には、2人の負けたくない相手がいる。

 

 1人は彼の親友、冨岡義勇。

 同門、同い年、同期。常に義勇は、錆兎の隣に立っていた。そして今も、師事する相手こそ違えど同じ『継子』として励んでいる相手だ。

 

 もう1人は……

 

「──来たか、()寿()()!!」

「うむ! 来たぞ錆兎!!」

 

 炎柱、煉獄杏寿郎。

 錆兎が最も高い適性を示すのは、炎の呼吸。その分野における第一人者は、常に煉獄家だった。それは今も同じだ。

 

(──それらを全て、終わらせる!

 義勇より先に柱となる! 杏寿郎よりも強い男になる!

 そして、そして……!)

 

 ──かぐや様に、告白しよう

 

 錆兎が彼女に懸想するようになったのは、劇的な何かがあったワケではない。

 美しい容姿も、声も、ただ『綺麗な人だ』という印象しかなかった。その在り方も、圧倒的な強さも、ただの尊敬だった。かぐやが男性であったとしても、抱く感情は変わらなかっただろう。

 ただ、一緒に居ると心地良い。どんな面も、愛しいと思える。それがゆっくりと積み重なって、いつしか『愛』になっていたのだ。

 

 思うところがあるとすれば、羞恥心が薄く、危なっかしいところくらいか。『この人も完璧ではないんだな』と、彼にとっては安心する材料でもあるが……初日の一件は、未だにトラウマとして記憶の奥底に封印されている。

 

 ……まぁ、それはともかく。

 彼がその想いを伝えるためには、いくつか障害があった。

 まず第1に、

 

『私に異性として見られたいなら、私より強くなることです』

 

 当のかぐやから、異性として見られるための条件が厳しすぎる点。だがまずは、ここを突破しなければ話にならない。実際彼女は誰にでも公平に接するが、強い男に一目置くのは確かだ。

 

 次に問題となるのが、他ならぬ杏寿郎である。

 実弟である耀哉よりも長く、かぐやと同じ家で過ごした青年。

 既に『透視』を安定して発動できる、錆兎だけは気付いていた──かぐやにとって、杏寿郎は『特別』であると。

 彼女は専属の鴉である朝陽を通じて、幾人かと文通をしている。その中で、杏寿郎の文を受け取る時のみ……彼女の心拍数が上昇するのだ。文字通りの『脈アリ』である。

 

(だが、今はまだ自覚が無いご様子。そうなる前に、俺もなのだと意識していただく!)

 

 そのために錆兎は、かぐやを立会人として杏寿郎に決闘を申し込んでいた。

 適性呼吸の関係上、錆兎が勉強のために杏寿郎へ地稽古*1を申し込むことは、不自然ではない。かぐやも杏寿郎も、特に怪しむことなく快諾した。

 そして今日、かぐやが連休を取ったという話を聞き、杏寿郎が予定を早めて虹柱邸に訪れたのだ。

 

「今日は思う存分、お互いの技術を高め合おう!」

「あぁ!」

 

 形式上、杏寿郎が錆兎に教えるということになっているが……言葉通り、杏寿郎も錆兎から学ぶ気満々である。

 かぐや曰く、錆兎は既に柱として通用する練度に到達しているとのこと。同じ炎の剣士として、学べる点はあるだろう。

 

「2人共、距離を取ってください。まずは純粋な剣技を見ましょう。

 私が持つ木の枝が地についたら、試合開始です。終了は私が止めるか、相手が降参するまでです。あまり細かく決めなくても、あなた達ならやり過ぎませんよね?」

「当然です!」

「うむ!」

「よろしい。では、それっ!」

 

 枝が放られ、地に落ち──

 

 ゴヲヲヲヲヲヲヲヲ──

 

 錆兎が最初に選んだ呼吸は、炎の呼吸。2人の呼吸音が重なり、噴火前の火山のような熱気と緊張感が広がる。

 

(まずはこちらから──)

 

 仕掛けたのは杏寿郎。選択した型は、基本となる壱ノ型 不知火。砲弾のような速度で距離を詰め──間合い一歩前で停止した。

 

(……と行きたいのだが、後の先は七色の呼吸の十八番(おはこ)。やはり警戒しておいてよかった。俺の動きをしっかり視認している)

(俺が踏み込んだらそのまま不知火。動かなければ止まって様子見……師範の戦い方を知ってるだけある。やりにくい)

 

 そのまま暫く睨み合い、先に痺れを切らしたのは錆兎の方だった。

 

 シィィィィィィィィ──

 

(ダメだ、やっぱりじっとしてるのは性に合わない! 間合いは一歩。対応できない速さで切り裂──)

(今だ!!)

 

 炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

 錆兎の意識が攻撃に転じた瞬間、杏寿郎が踏み込んだ。しかし、

 

 変転 水の呼吸 ねじれ渦・流流

 

「よもや!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、錆兎は呼吸を切り替え不知火を巻き込み、そのままの勢いで首筋に木刀を突き付けた。

 

「俺の勝ちでいいな? 杏寿郎」

「うむ、完敗だ!」

「……勝ったのに勝った気がしないのは、なんでだろうな」

「それ分かります。杏寿郎が相手だと、勝負に勝っても人間性で負けた気がするんですよね」

「あぁ……」

「……? 2人共、尊敬できる人物でしょう!!」

「「そういうとこです(だよ)」」

「???」

 

 何のことだか分かっていない様子の快男児に、師弟は揃ってジト目を向けるしかないのだった。

 

「まぁいいでしょう。では一試合目の反省会です。杏寿郎、あなたは()()()()です。何故負けたか分かりますか?」

「少し焦りました。あと数瞬待っていれば、変転が間に合わなかったのではないかと」

「その通り。一息で踏み込める距離まで詰めて、後の先で潰す。狙いは良かったです。錆兎の呼吸が切り替わった瞬間を狙ったのも悪くなかった。しかし、相手が悪かったですね。錆兎以外ならアレで倒せていましたよ」

「そこです。俺は確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()筈。前から気になっていました。かぐや様も、錆兎も、未来を見ているとしか思えない動きをする。一体どのように、動きを先読みしているのか……非常に興味がある!」

 

 するとかぐやはキョトンとした顔になり、錆兎はピシリと固まった。

 

「杏寿郎もやってるじゃないですか。呼吸を見てるんですよ。人は動く前に、肺と筋肉が大きく収縮するでしょう? 後は骨格から攻撃範囲を把握。視線などから狙いを割り出し、対応を……錆兎、何故頭を抱えているのですか?」

「……師範、普通の人間は内臓も筋肉も透視できません」

「知ってますよ。しかし杏寿郎なら、内臓どころか血の流れまで見えるでしょう?」

「無理です! 内臓も血流も見えません!!」

「え?」

「「何故見えると思ったんですか??」」

「え、だって…… じゃあ炭治郎君の傷を塞いだアレは一体……?

 

 何かゴニョゴニョと自問自答しているようだが、錆兎と杏寿郎には聞き取れなかった。

 

「……杏寿郎、今からあなたに錆兎と同じ目を得てもらいます」

「し、師範!? それはちょっと……! そうだ、今日休みでしょう!?」

「ええ。大人しく休んでいる予定でしたが……流石にこの事態は見過ごせません。耀哉のお説教も甘んじて受け入れましょう」

「……ありがたい申し出ですが、いいのですか?」

「緊急事態です。構いません」

 

(あぁ、終わったな……義父さん、すみません。俺はここまでのようです)

 

 かぐやとの初対面、そして破廉恥な透視訓練の内容を思い出し、錆兎は天を仰いだ。

 

「……? 錆兎、何か問題が?」

「いいえ、何も。何も……」

「そうですか。では杏寿郎、こちらに上がって()()()

「はい!」

「……?」

 

 己に課された鍛錬と違う内容に、錆兎は首を傾げる。

 

「私の透視は、『()()()()』からできていた上に、肺に特化している異常な例なので……後天的に習得した、錆兎のものを参考にします」

 

 そう言うとかぐやは、錆兎に視線を向けた。

 

「たしか『余計なものを削ぎ落とす形で集中する』……でしたよね?」

「は、はい!」

「では杏寿郎。そのまま呼吸を維持して、1から100までゆっくり数字を数え続けてください。それ以外のことを考えてしまった場合、最初からやり直しです」

「分かりました!」

「私と錆兎は、次の修行に使う物を準備して来ます。戻る前に終わった場合、自由時間で結構ですよ」

「「はい!」」

 

 ──そうして少し離れたところで、錆兎は疑問を口にした。

 

「どうして、俺とは違う内容を?」

「まぁ、あれでも効果があるのはアナタで実証済みですが……なんとなく、嫌だったんですよ」

「それは──」

 

 かぐやの表情を見て、彼はその先を言うのを止めた。

 

「……私の胸に触れたこと……杏寿郎の前で口にしようものなら、タコ殴りにしますから」

「……釘を刺されずとも、言いませんよ。俺はまだ死にたくありませんので」

 

(あぁクソ……勝てるのか? これ)

 

 自分の胸に爪を立てながら、『なんとなく嫌』だと言った彼女の表情は、まさに────

 

 ──恋煩いに悩む、乙女そのものだったという。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 かぐやが杏寿郎の手紙を貰う時、心拍数が上昇する理由は、バタフライエフェクトによる急死を恐れているかららしいぞ。真菰からの手紙も毎回ドキドキしながら開いているが、真菰は毎回錆兎にも同時に手紙を出すので、錆兎は自分の手紙を受け取っていて、その様子を見ていないぞ!

 

 Q:じゃあ今回のラストは?

 A:…………身内に痴女だと思われたら、自意識男でも死にたくなるでしょう?

*1
自由に技を掛け合う稽古



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かぐやの休めない休日

 ──狭霧山にて。

 

「ん、かぐちゃん?」

「あれ、師匠? どうして家に? 岩柱様のところに行ったのでは」

「あぁ、それなんですが……」

 

 数字を数える修行に加え、中国における修行法『馬歩』*1を参考にした修行によるボディーイメージの矯正などを行った結果、杏寿郎も見事『透き通る世界』の入り口に到達した。それはいい。

 だが耀哉の直感からは逃れられず、働いていたことがすぐにバレた。

 そこで『行冥と共に休むこと』という指示が出され、かぐやは渋々修行を中断。彼の家へ向かったのだが……

 

「あそこは、ダメです。全く心が休まりません」

「え? まさか行冥くんに何か……」

「あぁいや、行冥さんが悪いのではなく。

 ……いや、行冥さんのせいでもあるのですが」

「うーん、なんだかよく分からないけど、家に入って話そっか」

「ありがとうございます」

 

 そしてかぐやは鱗滝家に上げてもらい、錆兎と共に真菰が淹れてくれたお茶を啜る。

 

「それで……何があったの?」

「逸般人のおばあさんに、(ほうき)で町内を叩きまわされまして……」

「「はい??」」

「行冥さん家の近所に住んでいるおばあさんです。昨日は私、行冥さんに尺八(しゃくはち)を教わっていたのですけど……その音がうるさいと怒られ、叩きまわされたんです」

「……ごめんかぐちゃん、その場で怒られたんじゃなくて、町内を叩きまわされたの?」

「はい」

「ナニソレ怖い」

 

 ちなみに空想科学研究所の方によると、原作柱俊足順位5位の杏寿郎は時速約256kmで走ることが可能であるそうだが、行冥は3位である。かぐやは雷の呼吸を使えば2位の実弥より少し速く走れる。だが、おばあさんは彼らの速度に追随し、箒で叩きながら町内を追い回せるのだと言う。ナニソレ怖い。

 

「その人、本当に一般人?」

「間違いなく逸般人です」

 

 なお、近代妖怪のターボババアでも時速200kmは超えない。完全に逸脱者側の一般人である。

 

「そ、そう……えっと、お疲れ様?」

「はい……久しぶりに本気で疲れました」

 

 まさかの初苦戦する相手が鬼ではなくただのおばあさん。一般人とは一体。

 

「すみません、来たばかりで申し訳ないのですが少し眠らせてください……」

「あぁ、行冥くんの家からだとかぐちゃんの家よりこっちのが近いもんね。いいよ。ゆっくり休んでってね」

「ありがとうございます……」

 

 

 ──次の日。

 

 

「し、師匠!? どうしたんですかその(くま)は!?」

「あぁ、大丈夫ですよ錆兎……ふふ、そういえばこの山、普通に幽霊とか出るの忘れてました……」

「幽霊!? 本当に大丈夫ですか!?」

「はい。鱗滝さんのお弟子さん10名です。産屋敷は神仏との繋がりがあるので認識しやすいとかで……夜通しお話してました……鱗滝さんへの伝言が沢山あるので、ちょっと行ってきますね……」

「え、えぇ……?」

 

 ちなみに錆兎が後程左近次に確認を取ったところ、『全員の名前と外見の特徴が合っていた。それに伝言の内容も、当人達しか知らない思い出も含まれていた』とのことである。もっと言えば、彼らは最終選別を突破していないので、産屋敷の墓地にも名前が記されていない。

 

 それを知った耀哉は、遂に彼女を休ませることを諦めたとい────

 

「──ぐや様! かぐや様!!」

「……あれ、錆兎……?」

「勝手に入室してしまい、申し訳ありません。魘されている声が聞こえてしまいましたので……」

「あぁ……夢でしたか」

「一体、どんな夢を?」

「狭霧山で幽霊とお話する夢を……」

「狭霧山に、幽霊ですか? ハハハ、大丈夫ですよ! 義父さんも真菰姉さんも、ずっとあの山に住んでいますが、そんな話は1度も聞いたことがありません!」

 

 黙れ幽霊代表その1──と言いたくなる気持ちをグッと抑え、かぐやはなんとか『そうですよね』と返答した。

 

 ──後に匡近から『行冥の近所のおばあさん』の話が出て、かぐやが顔を青くするのは、別のお話。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 逸般人おばあさんの存在は風の道しるべにて、匡近さんがしのぶさんに話していたぞ。

 行冥さんが箒で町中を叩き回されるという意外な姿に、しのぶさんは思わず噴き出すが……どう考えてもホラー映像だぞ!

 

 本当は『下町の呼吸』を使う妖怪BBAを書こうと思ったのですがオチが作れなくて断念しました。誰か書いてください()

*1
空気椅子状態で腕や膝、肩や頭などに茶碗を乗っけるアレです。



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迫る鬼の手

 

 ──ここは、無限城か。

 琵琶(びわ)の君、鳴女(なきめ)殿の血鬼術により支配される異空間だ。

 そして今ここに、全十二鬼月が集結させられていた。全上弦が呼ばれるだけでも108年ぶりだというのに、全下弦も呼ばれている。

 いや──

 

(こうべ)を垂れて(つくば)え。平伏せよ』

 

 言葉に従い、平伏する。

 しかし、これはどういうことか。欠けているのは……

 

姑獲鳥(うぶめ)が殺された。下弦の壱だ」

 

 うん。姑獲鳥ちゃんだ。確かに下弦の中では気に入られていたけど、下弦が欠けるなんていつものこと。上弦まで呼ぶような事案ではない筈だ。実際俺以外の上弦は、彼女のことなんて今初めて知ったのではないだろうか。

 

「あぁ、その通りだ。本来なら、何度入れ替わったか数えるのも億劫(おっくう)になる下弦なぞの生死で、一々貴様らを呼んだりはしない」

 

 おっと珍しい。俺の思考を読んだのかな? いや、コレに関しては皆、思うことは同じか。

 

「今回は、姑獲鳥を殺した者が問題だ……今から貴様らに、少量だが血をくれてやる。そこから記憶を読め」

 

 そう言うと無惨様は、全員へ否応なしに触手を突き刺し血を下賜(かし)され──

 

 

()()()()()()()()

 

 

 ────え?

 

 

「その女は、産屋敷だ」

 

 無惨が何か言っているが、()()()()()()

 

「前線に出ている以上、養子か何かだろうが……産屋敷の本拠地を知っている可能性は高い」

 

 どうでもいい。そんなことはどうでもいい……!

 

「コイツは鬼にして情報を抜き取る。見つけたら私に連絡しろ。見つけたのが下弦であれば、増援として()()()()()()()()

 

「「その役目、どうか()に──」」

 

 同時に名乗りを上げた黒死牟殿と、目が合う。

 

「いやいや、黒死牟殿が出るような相手じゃない。ここは俺に任せてほしいのだけど」

「産屋敷は……巧妙に、姿を隠している……ここは、確実にいくべきだ……無惨様、どうか私に──」

 

「──では童磨、お前に任せる」

 

「……!? 無惨様、何故……!」

 

 おや意外。黒死牟殿が粘るなら、流石に厳しいかと思ったのだけど。

 

「……話は以上だ。鳴女、黒死牟以外はもう帰していい」

 

 すると『ベベン』という琵琶の音と共に、足元へ(ふすま)が出現して落ちていく。行き先は、万世極楽教教主()の部屋だろう。

 その最中、黒死牟殿から凄まじい殺気が浴びせられたものの……やはり『何も感じない』

 

 ──でも、それはもうすぐ終わるハズだ。

 

 だって、だって……!

 

「アレは確実に、血鬼術が消されていた。血鬼術を消せるのは術者か無惨様、もしくは()()()()

 

 つまり、だ。

 

()()()()。少なくとも『日の神』は……!」

 

 今まで、極楽浄土なんて無いと思っていた。死んだら終わりだと思っていた。

 だけど神がいるのなら、その神と繋がりを持つ者がいるのなら──!

 

「あぁ、繋がりがあると言っても声は聞こえるのかな? 姿は見えるのかな? 匂いまで感じられたりするのだろうか。そもそも日の神以外とも繋がれるものなのかな? そうじゃないと困るわけだけど。あぁ、聞きたいことが沢山あって困っちゃうぜ!」

 

 ──彼女は鬼にする。絶対に。

 そうすれば隠し事はできない。格下の鬼が相手であれば、上弦の権限で確実に聞き出せる。

 それに、堕姫ちゃんに匹敵するほど容姿も整っている。側に置いておくのも悪くない。

 

「あぁ、早く()()()()なぁ」

 

 そしてどうか、どうか────『どうか?』

 

「……いま俺は、()()()のか?」

 

 願いは『感情』だ。俺には無いと思っていたものだ。だけどコレは、この心臓が脈打つ感覚は……!

 

「間違いない! 俺は『願い』を手に入れた!」

 

 あぁ、会いたい。逢いたい……!

 そしてどうか、『■■■■■■■■』と──

 

「……アレ? それから、どうしたいんだろ? どうしてほしい、のか? あれ? あれれ??」

 

 駄目だ。モヤがかかって、いつものように思考が回らない。

 

「……まだ、『願い』を自覚しきれていないってことなのかな?」

 

 実際にあわなければ、この先は自覚できないということか。

 あぁ、待ち切れない。今すぐ飛んでいきたい。

 

「ハハハ、『飛んでいく』ってどこにだい? どうやら俺は頭が悪くなってしまったらしい」

 

 とりあえず、気持ちを落ち着けるために食事でもしよう。今日は珍しく、男でもいい気分だ。

 

「──さぁ、■■■■(俺に救いを求める)人間はどこかな?」

 

 モヤがかかった思考に気付かぬフリをして、俺は部屋を出た。

 

 

 

 *

 

 

 

「……何故、私に任せてくださらなかったのですか……!」

 

 黒死牟は、怒りを隠すことなく無惨を睨みつけた。無惨が唯一『パートナー』とまで評する黒死牟でなければ、この時点で首が飛んでいるだろう。

 

「鬼にする──つまり『生け捕りにしろ』と、私はそう言った。だが貴様、抑えられるのか?」

「……っ!」

 

 彼自身、分かっているのだ。

 

「奴と同じ呼吸を使うだけでも忌々しいと感じるお前が、奴と同じく『神の寵愛を一身に受ける者』と対峙して……()()()()()()()()()()?」

「────ッッ!!!」

 

 顎が砕けるまで歯を食いしばり、瞬時に再生する。

 

「……出過ぎた真似を、致しました……申し訳、ございませぬ……」

「ふん、分かったならいい。鳴女、送ってやれ」

 

 琵琶の音が鳴り、黒死牟も消えた。

 

(……しかし、童磨に感情が芽生えたか……)

 

 彼は変化を嫌う。だが元が好ましくないものであるのなら、それはどうか。

 

(産屋敷、日の呼吸、童磨の執着──面白いことができそうだ)

 

 鬼の首魁は、嗤いながら城を後にした────

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

釜鵺 「これは……下弦の壱以外にも、コイツに殺された奴の記憶が何個も……! 他の奴らはなんで平気そうな顔なんだ!?」

 

 他の十二鬼月の内心。

 

塁  「……この行動範囲、ウチの山に来る可能性があるね。面倒だな……家族にも情報を共有しないと……」

零余子「え、上弦に任せて逃げていいの!?」

病葉 「逃げていいっぽいな!」

轆轤 「ヨシ、少量だが血を貰えたぞ!」

 

堕姫 「食べたかったけど、無惨様が鬼にしろって言うなら……」

妓夫 「……これ、手加減できる相手じゃねぇなぁ。上の誰かに任せるかぁぁ」

玉壺 「鬼にしたら作品の材料を無限に取れるな。ヨシ!」

半天狗「怖いからやだ」

猗窩座「女だが、柱か。共に鍛錬ができそうだな」

童磨 「キミも鬼にしてやるぜ」

黒死牟「殺す殺す殺す殺す殺す」



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■■たい貴方へ

 

 ──大抵の場合、『生命の危機』というのは唐突にやってくる。それは彼女も例外ではなかった。

 

「やぁ、初めまして。俺は童磨」

 

 かぐやはいつものように専属の鴉(朝陽)から任務を受けて山に向かい、下弦の参を斬り捨てた。

 

 その、次の瞬間だった。

 

 琵琶の音がして、空中に出現した襖から──上弦の鬼が現れたのだ。

 そして、その姿を見た彼女は……脱兎の如く逃げ出した。

 

「えっ。

 ……鬼ごっこかい? 生憎俺は、本物の鬼なワケだけど」

 

 鬼を目の前にして、躊躇なく逃げる柱は初めてだったのだろう。童磨は一瞬固まっていたが、すぐに追跡を開始した。

 

「わぁ、速いね。目がいいんだ」

 

(嫌味ですかコンチクショウ!)

 

 山を走り抜けるのは非常に危険だ。それが暗闇の中なら尚更に。それでもかぐやが止まらずにいられるのは、彼女が持つ切り札の1つが理由だ。

 

(こちとら()()()()使ってるんですがねぇ!?)

 

 ──花の呼吸における『(つい)ノ型』 視力を大幅に強化するが、代償に失明する大技だ。

 彼女の場合、水の呼吸と日の呼吸という不純物を敢えて混ぜることで、ノーリスクで比較的長時間の使用を可能としているのだ。

 

(それでも、距離が離せない……!)

(うーん、このまま普通に追い続けてもいいんだけど……山を抜けられて朝が来たら面倒だな)

 

 そしてここで、童磨が血鬼術を使用した。

 

 ──血鬼術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 氷の蔦が、かぐやを絡め取らんと迫り来る。だが、

 

(……あれ、むしろ距離が離れちゃった)

(やってて良かった鱗滝式山下り!!)

 

 トラップ祭りの狭霧山経験者の彼女にとっては、背後からしか来ないと分かっている技なぞ『勘』で避けられる部類らしい。

 血鬼術に意識を回した分、かぐやと童磨の距離は開いた。

 

(なら、コレはどうかな?)

 

 結晶ノ御子

 

 童磨の手元から、彼によく似た氷の人形が1体出現し──

 

「そぉれ!」

 

 童磨は、それを投げた。

 かぐやの『勘』が、警鐘を鳴らす。

 

 ──投擲、軌道は頭上を通って正面へ。

 形状の意図を推察。分身系の血鬼術である恐れあり。その場合、分身体の大きさから戦闘方法は血鬼術を用いるものと思われる。

 

(あ、コレは駄目ですね)

 

 ──変転 風の呼吸

 炎ノ型弍番 昇り炎天

 

 かぐやは咄嗟に風の呼吸へ切り替え、分身を撃破した。

 

「勘もいいね。だけどそんなのに構ってると、俺に追いつかれちゃうぜ?」

「問題ありません! だってもう、山を抜けますから!」

「へぇ? 直線の走りで鬼の俺に勝てると──ってあらまぁ。想像以上に速かった。

 ……でもそれ、()()()()()()?」

「余計なお世話です!」

 

 上弦ですら、痣者を知るのは黒死牟のみ。その身体能力に驚きこそしたものの──彼は持ち前の頭脳で、それが『真っ当ではないもの』と瞬時に察した。

 

(まぁいずれにせよ、姑獲鳥ちゃん相手には全く本気じゃなかったワケだ)

 

 かぐやは童磨を()()()()()()()()、ある程度速度を抑えて走っているのが、彼にはなんとなく分かった。

 

「──さぁ、そろそろいいでしょう」

 

 そして彼女は開けた場所で立ち止まり、向き直った。

 

「おや、もう鬼ごっこはお終いかい?」

「そもそも私、逃げてませんから。刀を振りやすい場所に移動しただけですので」

「あぁ、やっぱり? それと、朝まで粘れば日光で追い返せるというのもあるよね」

「日光なんていりませんよ。朝より先に、私が首を落としますから」

「あー、待って待って。戦う前に、ちょっとお話しないかい?」

「お話?」

 

 この状況、時間を稼げば日が刺すことに加え、かぐやには増援が来る可能性がある。童磨には不利な提案の筈だ。

 

「君は柱で産屋敷。俺は上弦の上から弍番目。互いに聞きたいことがあるんじゃないかい?」

「……そうですね。では一回ずつ交代で質問し、それに回答していく形式にしましょうか」

 

〝何をやっている、童磨。手足を()いで鬼に変え、それから思考を読めば済むだろう〟

〝お言葉ですが無惨様、勿論鬼にはいたしますが、肝心な部分の記憶が消える恐れもございます。また、鬼にならぬ体質である恐れや、呼吸剣士特有の時間的猶予で手足を再生させ、自害するという恐れも考えますと……〟

〝……分かった、もういい。失敗しないならそれで構わん〟

〝はっ。必ずや成功させてみせます〟

 

 そうして途中に無惨の介入が入りつつも、鬼と柱の情報交換が行われようと──

 

〝そうだ、最後に一つ言っておこう〟

〝……? なんでしょう〟

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に()()()()()()。ただし、必ず進化しろ。劣化は許さん〟

 

(……あらら、バレてたか)

 

 童磨が無惨に語った理由は、あくまで建前である。本当のところは、彼の頭にかかった『靄』が、『鬼にする前に会話をしろ』と言っていたからだ。

 

(でも、そうか。無惨様から見ても、俺の『コレ』は執着(感情)なのか!)

 

 無惨から身勝手を黙認された彼は、思い切って感情に任せ、『聞くべきこと』より先に『聞きたいこと』を質問することにした。

 

「じゃあまず俺から! 輪廻転生って、本当にあると思う!?」

「……え? 本当にその質問でいいんですか?」

「うん、早く早く!」

「……生まれ変わりはありますよ。私自身が体験しました。仏教における輪廻転生とは、違うと思いますが」

「そっか! 生まれ変わりはあるのか!」

 

 病的に青白かった肌を紅潮させ、童磨は『そうかそうか』と喜んでいる。その様子に困惑しつつも、今度はかぐやが質問した。

 

「上弦の壱の血鬼術を教えてください」

「目から三日月状の斬撃が出てくるぜ」

「……流石に情報が少な過ぎでは?」

「仕方ないなぁ。

 自分の血肉で作った刀にも目が付いてて、そこからも斬撃が出せる。斬撃はしばらく残る上に、不定形に揺らぐから注意だぜ。()()()()()()()()、俺の知る限り本当にこれだけだよ」

「血鬼術そのものよりも、剣士としてべらぼうに強い鬼ということですか……」

 

 かぐやにとって、相性が悪い部類の相手だ。

 

「そうだぜ。じゃあ次は、俺の番!

 神様とお話をする方法を教えておくれ!」

「……え、知りませんよそんなもの」

「おいおい、俺はさっきの情報でオマケしてあげたのに、君は(だんま)りかい? 不平等じゃないか。

 俺は知ってるぜ? 君が『日の神』の加護を受けているってことを」

「あぁ……『ヒノカミ神楽』のことですか。確かに私はヒノカミ様の加護を受けていますが……会話はしたことがありません」

「そう……残念だなぁ。でも、神様は実在するんだよね?」

「まぁ、実在するでしょうね。加護も呪いもあるワケですし」

 

 それを聞いた童磨は『なら良しとしよう』と頷き、次の質問を促した。

 

「上弦の肆の血鬼術について教えてください」

「肆? 俺や参じゃなくていいのかい?」

「構いません」

「分かったぜ。上弦の肆は、自立思考する分身を生み出す能力、かな。()()()()()()()()、分身は4種。

 雷を使う奴と、風を使う奴、空を飛んで音で攻撃する奴、槍を使う奴がいるぜ」

「本体は?」

「それは『血鬼術について』の範疇を超えてるから、知りたいなら次の質問で」

「……分かりました。ではアナタの質問をどうぞ」

「んー、じゃあそろそろ『聞くべきこと』を聞こうかな。産屋敷の本拠地はどこかな?」

「次の質問で無惨の居場所を答えてくれるなら、教えましょう」

「……ちょっと待っててくれるかな?」

「はい」

 

〝……無惨様、どうしましょうか?〟

〝迷うな愚か者。答えることは許さん〟

 

「ダメだってさ。一応確認なんだけど、知ってはいるんだよね?」

「実家の場所くらい知ってますよバカにしないでください。質問に答えたので、上弦の肆の本体の戦闘方法について聞かせてください」

「まぁ、それが聞ければ最低限問題はないかな。

 肆の本体に、戦闘能力は一切無いぜ。戦うのは必ず分身の方だよ」

「ふむ……分かりました。では、次の質問をどうぞ」

「うーん、じゃあ次を最後の質問にしよう。今回は、君が先に質問してくれて構わないぜ」

「では、上弦の伍の血鬼術を」

「上弦の伍は自作の壺を異空間にしてるぜ。壺から自分自身を含めた色んなものを飛び出させて攻撃する。それと、壺自体がどこからともなく突然現れたりする」

「……なんだか血鬼術だけ聞くと、上弦の伍が1番強そうに感じますね」

「実際は皆、序列相応の強さだぜ。

 ──さて、最後の質問だ」

 

 かぐやは軽く身構え、言葉を待つ。

 

「そう気負わないでほしいな。個人的な質問だからさ」

「……そうですか」

「俺は、とある宗教の教祖をやってるんだけどさ?」

「……教祖、ですか」

「うん。教義は『穏やかな気持ちで楽しく生きること』」

「良いですね」

「ありがとう。元々は両親が教祖でね。この教義はそのまま使ってるんだ。2人もきっと喜んでるよ」

「……すみません、話が見えないのですが」

「おっとすまないすまない。俺自身、こういう『感情』にまだ慣れていなくて……いつもみたいに、上手く話せなくなってるみたいなんだ」

「まぁ時間が過ぎる分には、私としては都合がいいので構いませんが」

「よかったよかった。

 それで俺はこの教義に従って、沢山の人を()()()()()()()()()よ」

「…………はい?」

「人間は愚かだから。生きてても苦しいだけで、穏やかにも、幸せにもなれない。だから俺の血肉として、永遠に存在できるように──そう思って、沢山食べたんだ」

「…………それで、私に何を答えて欲しいんですか?」

 

 かぐやの表情に、感情はなかった。少なくともまだ『感情』を本当の意味で理解できていない童磨には、読み取れなかった。

 今まで饒舌だった彼は、急に重くなった舌に違和感を覚えつつも、結論に至る。

 

「……俺は、何のために、生まれてきたのか。分からなかった。

 両親の意思で、教祖を継いで。俺自身、救うことが、使命だと思って。

 でも俺は、感情が無かった。『救われた』と感じたことがなかった。だから、分からなかった。

 

 ──俺が救ったと信じていた人達は、本当に救われていたのかな?

 

 なぁ、答えてくれ。俺は、俺がやってきたことは……()()()()()()()()()()? 無駄だったのなら、()()()()()()()()()()()。俺はずっと、それを知りたかった」

 

 相変わらずかぐやの表情からは、何の感情も読み取れなかった。

 そして感情が無い顔のまま、彼女は返答する。

 

「──私、()()()()()()()んです」

「えっ」

 

 仏教における輪廻転生では、自殺した人間の多くは人間道などの三善道には行けず、地獄道などの三悪道へ行くとされている。彼女が『輪廻転生とは違う』と言ったのは、『過去への転生だから(それも創作とされていた世界と非常に似通っている)』だけではなかった。

 

「生きることが辛いと、そう感じる人は多いです。私がそうであったように──()()()()()()()()()()()()

「……俺は、辛くなんて」

「でもあなた、()()()()()()?」

 

 言われて童磨は目に手をやる。

 ──確かに彼は、涙を流していた。

 

「あれ? え、コレは、どうして」

「……『感情が無い』なんて、そんなのあり得る訳がないでしょう。

 今までずっと、苦しかったんですよね。私も狂ってるので、解るんですよ。他人と心の在り方が違う苦しみは」

「……俺、は……苦しかった?」

「毎日毎日、『自分は狂っている』と自覚しながら生きてるんです。皆が笑っているのに笑えない。悲しんでいるのに悲しめない。呼吸を読んで、意見を合わせて、取り繕うことはできますよ。でもそんなの、辛いじゃないですか」

 

 童磨は知っていた。それは彼の在り方だ。

 

「本当に感情が無いなら、()()()()()()()()んですか? ()()()()()()()()()()()んですか?」

「それ、は」

 

 生活する上で合理的だったから?

 いいや、違う。鬼になってからは、確かに宗教は良い隠れ蓑だったろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()

 

「人を救い続ける──それは、間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()()

「俺の、感情(意思)

「えぇ。故に、私の回答はこうです。貴方のしてきたことは──」

 

 

無駄じゃなかった

 

 

 その瞬間、童磨の思考にかかった靄が晴れた。

 

(そうだ。俺は、()()()()()()んだ)

 

 『死は救済である』という考えは、死を望む者の発想だ。彼は無意識のうちに、己の望みを救済に反映させていた。

 鬼の死因は限られている。上弦にもなれば、それは戦死以外にはないだろう。だがきっと彼は、死の間際でも『負けて悔しい』とは思わない。頸の弱点を克服することもない。

 ──だが、己を殺した者に『深い感謝』を覚えるかもしれない。それこそ()()()()()()()()()()

 

 

「──ありがとう、かぐやちゃん。やっと分かった。俺は死にたいくらい、苦しかったんだ。でも、生まれた意味も分からないまま死ぬのは嫌だったんだ」

「それで? 貴方は、何のために生まれたんですか?」

「──決まってる。人を救うためだ」

「人を喰らう、鬼なのに?」

「そうだよ。君も鬼にならないかい? 君が側に居てくれたら、俺はもっと人を救える」

「断ります。私は何があろうと鬼にはなりません」

「残念だよ。できれば自分の意思で鬼になって欲しかった」

「何がなんでも私を鬼にすると言うのなら、私は貴方を殺します」

「それはそれで、綺麗な終わりで良いね。俺には勿体ないくらい」

 

 狂人達は距離を取り、武器を構えた。

 

「俺と一緒に生きてくれ」

「生まれ変わって、また会うことがあったのなら。その時は友達になってあげてもいいですよ」

「そう言わず、今生で仲良くしようぜッ!」

「しつこい男は嫌いですッ!!」

 

 刀と扇がぶつかり、火花が二人を照らした。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話。

 

 かぐやは前世で、享年15歳だったらしいぞ。




 
 サブタイトル:死にたい貴方へ。もしくは生きたい貴方へ


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呼吸術潰しの鬼vs血鬼術潰しの柱

 

 白姫と少年の姿をした氷像が、周囲に吹雪を巻き起こす。無数に飛び交う氷片は、一粒一粒が肺を殺す猛毒だ。

 

 ──そんな中、優雅に舞を披露する者が一人。

 

 穏やかな川のように流麗な足取りに対し、剣捌きは嵐のように荒々しく。それでも、その舞は無理なく続いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(炭十郎さんならきっと、もっと上手く舞うのでしょうね)

 

 人里離れた山奥でひっそりと、年の始まりに奉納される神楽舞。その原典となる型を崩さぬように最適化された、()()()()()()()()()()。『始まりの呼吸』に限りなく近い派生呼吸。それこそがヒノカミ神楽である。

 

(私はまだ、彼の領域には至っていないから。こうやって、騙し騙しやるしかない)

 

 しかしかぐやは、未だその真髄に到達していない。周囲の粉氷りを風の呼吸で吹き飛ばし、彼岸朱眼で安全圏を確認しつつ息継ぎをするという、曲芸染みた手法で命を繋いでいるのだ。

 

「凄い、凄いよ!! 分析が追いつかないっ、俺の思考速度を超えてきた人は初めてだ! ますます君が欲しくなった!」

「私はっ、鬼にっ、なりませんッ!!」

 

(しっかし、コレは予想よりマズいですね……!)

 

 時間が経てば増援が到着する──それは彼女の想定より、優位に働く条件ではなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()。安全圏ですら、刀を握るのに支障が出る気温となると……!)

 

 この場で戦力となり得る候補が、極端に限定されているのだ。

 最悪なのが、()()()()()()()()という点。彼の耳の精度では、周囲の粉凍りを正確に()()()()()()()からだ。盲目の彼は暗闇の中でも動けるが、空気中に粉塵が舞う場合は情報過多となり、暗闇と同義となる。

 粉凍りを認識できる超感覚持ちは、現状誰もいない。珠世と愈史郎なら吸っても大丈夫だが、前線には出せない。となると候補は、血鬼術の範囲外から氷を吹き飛ばすだけの力がある実弥、杏寿郎、錆兎の3名のみ。天元も、童磨を相手取る上で相性は悪くないが……連携が非常に難しい。

 

(…………ダメですね。比較的相性が悪くない面子でも、どこかで氷を吸うリスクが高過ぎる。私がやるしかない。私が──ぼく(かぐや)が、ころす(倒す)

 

「──ッッ!?」

 

 ──その瞬間、童磨は彼女の中で『ナニカ』が変わったことを察した。

 

 童磨は警戒し、周囲の御子を増やして様子を見るが……かぐやは背後へ飛び退き、空中で十字を斬った。

 

「──ヒノカミサマ(日の神様)たてまつ()る」

 

(この言葉、この動きは姑獲鳥ちゃんを倒した時の……でも()()()?)

 

 かぐやが使う『拾参の型』は、壱から拾弍までの型を全て繋げなければ発動しない。

 童磨はそこまで正確には把握していないが、先の会話で『ヒノカミ神楽』が加護を得る方法と知っているため、当然型の出だしは何度も潰している。最後の『言葉』と『十字』だけでいいなら、もっと早くに使えた場面が何度もあることは自明の理。

 

みやがれクソども(御照覧あれ)

 

 

(──あっ、失敗した)

 

 

 童磨はすぐに、失策を悟った。

 戦場では、時に合理性よりも勘を信頼するべき場面もあるのだ。

 

 かぐやが再び吹雪の中に足を踏み入れた瞬間、()()()()()()()()()()()()

 空気中に充満していた氷片が一斉に発火し、燃え広がったのだ。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 その炎は、童磨本体にも届いた。日輪刀対策で通常素材にしていた鉄扇と衣服が燃えていないことから、やはり太陽光と同じ性質であることが分かる。

 そしてかぐやは、のたうち回る童磨の元まで歩いて行き──

 

「げぼふっ」

 

 血反吐を吐いて、倒れた。

 

「あ、れ……? こおり、すって……ない、のに……」

「ふ、ふふ……! 驚いたけど、大分無茶をしたらしいね」

 

 炎が鎮火した童磨は立ち上がり、動けないかぐやに血を飲ませるべく、その顎に触れ──

 

「──ッ、まだ加護が残ってるとは……」

 

 かぐやに触れた指先が燃えた瞬間、童磨は指を鉄扇で切り離した。再生するまでに流れた血も、彼女に触れた部分は蒸発した。

 

「これじゃあ、血を飲ませても意味がないね。もうすぐ夜が明けるし、引き分けみた──」

 

〝──もういい童磨。そいつは殺せ〟

 

「……は?」

 

〝情報を渡し過ぎた。鬼にできないなら、殺せ〟

 

「……いや、だ」

 

 無惨に逆らったことで、童磨の身体にヒビが入った。日も刺し始め、彼は急速に死へ向かっていく。

 

殺せ。殺せ。殺せ!!

 

「──嫌だッ!」

「……どうま、さん……?」

「かぐやちゃんっ、産屋敷の本拠地を吐いてくれ! 君を殺したくない!!」

 

 言外に『喋っている間は殺されない』と伝えられたかぐやは、朦朧とした意識のまま、本能的に──最適の一手を指した。

 

「あお、い……ひがん、ばな……」

 

〝────ッッッ!!?!? 中止だ!! 殺すな童磨!!!〟

 

 命令の上書きにより、童磨の寿命が少し延びた。

 

「さくじかん……ばしょ……あなたに、だけ……おしえて、あげます……」

 

 日がどんどん強くなり、童磨の身体が限界に近くなる。

 

「あれ、は……にっちゅう、すうじかん、だけ……おにには、ぜったい、とれない……ばしょは──ゴフッ、ごふっ」

 

〝チッ……!〟

 

 かぐやが再び血を吐き始めたため、無惨はこれ以上の聞き取りを断念。『童磨(あなた)にだけ教える』という言葉から、彼をここで失うワケにはいかないと判断し、鳴女の血鬼術が出せる内に童磨を回収した。かぐやも連れ去ろうと襖を出してはみたが、開く前に燃えたため諦めたらしい──

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ■■■ソ■■■話

 

 

『……しぶといな、忌々しい寄生虫の分際で』

『だが、これで()()1()()

『もう少し、もう少しで完成する──』

『あと5年待たねばと思っていたが、想像より早く済みそうだな』

 

 

 ────もうすぐ逢えるぞ、『()()()()()

 



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やるべきこと

 

 だらだら、だらだら、(こぼ)れていく。

 

 ぼろぼろ、ぼろぼろ、崩れていく。

 

 少しだけ残った自意識は、血の抜けていく感覚だと理解した。体温が、栄養が、人としての要素が、抜けていく。

 抜けていった分、内側から『ナニカ』が湧いてくる。そしてまた押し出されて、消えていく。

 

 ……1度は自ら命を絶ったのだ。私が消えるのは構わない。

 だけど、私にはまだ……やるべきことが残っている。

 

〝……上弦の弍を、人に戻すの?〟

 

 そうだ。

 

〝どうして? 1年は365日。100年以上生きてる上弦は、3日に1人しか食べてなかったとしても、1万人以上は食べてるよ?〟

 

 人を食べるのが、そんなに悪いこと? 人間だって、生き物を殺して食ってるのに。

 

〝……悪いこと、じゃないの?〟

 

 悪いことには違いないだろうさ。命を奪う行為は等しく『悪』だ。そこに人か鬼かは関係ない。

 それに彼は、苦しんでいた。苦しんで苦しんで、苦しいことにすら気付けなくて。楽しいことを何一つ知らない、悲しい鬼だった。それでも人を救おうと願い行動できる、尊い鬼じゃないか。

 たとえその行動が悪そのものだったのだとしても、ぼくは彼を優しい鬼だと断言するよ。

 彼を否定する人は沢山居ただろうさ。この先も、彼を邪悪とする人は後を絶たないと思う。だったら1人くらい、彼を肯定してあげる人が居たっていいじゃないか。

 

〝……うん。いいね〟

 

 ──瞬間、崩壊が止まった。

 

〝もう少しだけ待ってあげる。彼を、人に戻してあげて〟

 

 急速に、意識が覚醒へ向かって浮上する。

 

〝そうだ、一つ忠告〟

 

 目覚める直前、大事なことを聞いた気がする。

 

〝あなたの月の痣は、()()()寿()()()()()()()代わりに──〟

 

 

 

 

──警鐘──

 

 『舞姫』と『リテーナー』の精神接触を確認。

 『舞姫』に人格汚染の恐れあり。

 『リテーナー』に秘匿情報が漏出した恐れあり。

 両名の迅速な記憶抹消を推奨──承諾を確認。

 

 ──── 一連の記憶を削除しました。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「ひぇっ!?」

 

 目が覚めたら、私を覗き込むような姿勢で座っていたカナヲちゃんと目が合った。ウチの母と甥姪(おいめい)もそうなんだけど……日本人形染みた綺麗さのある子って、ちょっと怖さも感じるから、突然視界に入ると『ビクッ』てなるんだよね。

 

「動かないでください。しのぶ姉さんを呼んで来ます」

「あ、はい」

 

 それだけ言うと、彼女は部屋を出て行った。

 そしてすぐに『タタタタタ』という音が聞こえ、扉が驚くほど静かに勢いよく開いた。

 そしてしのぶちゃんは開口一番、指を立てながら質問した。

 

「──コレは!?」

「えっ、『victory』のブイサイン。もしくは単純に指2本、でしょうか……?」

「じゃあコレは?」

「湯呑みですね。中身は……微かにお米の匂いがしますね。重湯でしょうか」

「飲めそう?」

「はい」

 

 飲んでみると──

 

「味は?」

「良い塩加減です。しのぶさんの作るものはなんでも美味しいですね」

「五感に問題なし。発声に問題なし。記憶に問題なし。全集中の呼吸──問題なし。ひとまずは大丈夫そうね。安心したわ」

 

 どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。

 クッ、意識が無い間の曇り顔も見たかった……!

 

「……私は、どれだけ眠っていたのですか?」

「丸5日よ。みんな大騒ぎして、大変だったんだからね?」

 

 5日間……そんなに寝てたのか。

 

「それは……すみません」

「いいのよ。上弦が、相手だったんでしょう? 生きててくれて良かった」

「……それについてですが、報告しなければならないことが山ほどあります。紙と筆を……ハイ大人しく休みますからそんなに睨まないでください」

「報告は、立って歩けるようになってから柱合会議でしてください」

「いや、立って歩くくらいなら今すぐにでも……」

 

 と言って寝台から出て、歩いて見せると……しのぶさんが目を伏せた。えっ、何故ここで曇るの?

 

「……かぐやさん、お願いです。寝台に戻ってください」

「え、あ、はい」

 

 個人的には『ごちそうさま』なんだけど、何が琴線(きんせん)に触れたのか……

 

「いいですか、かぐやさん。落ち着いて聞いてください」

「それ言われると、逆に緊張しません?」

「……茶化さないでください。真面目な話です」

「私だって真面目です。お医者様がそんな顔をしていたら、患者の不安を煽りますよ? ほら私と一緒に、『ニィィ〜』」

「……に、にぃー」

 

 一理あると思ったのだろう。しのぶちゃんは頑張って口角を上げてくれた。うん、原作のパーフェクト仮面スマイルほど洗練されてはいないが、コレはコレで……

 やはり美人はどんな顔してても美人だな。目の保養になる。

 

 ──まぁホントは、ニチャってるのを誤魔化すためなんだがね!!(最低)

 

 さてっ、そろそろニチャるの止めて、話を進めましょう!

 

 自分の頬を張り手で叩き、表情筋を引き締める。

 

「よし、心の準備ができました。どうぞ」

「……結論から言いますね」

「はい」

 

「──貴女はもう、()()()()()()

 

「……はい?」

 

 アイアムショック。私はもう、死んでいた。ケン○ロウかな? ただしやられる方。あべし!!

 

「えっと、どういうことですか?」

 

 いやホントどういうことなの。

 

「……倒れているかぐやさんを最初に発見したのは、姉さんです」

「カナエさんですか」

 

 童磨さんに近付く運命なのかなカナエさん。今回は戦ってないけど。

 

「その姉さんが言うには……血が、致死量以上に吐き出されていた、と。日光があったので鬼の血ではないことは確かですし、運ぶ時、体重も異様に軽かったと聞いています」

「……なるほど」

 

 つまりこれは……アレか。

 

「この身は既にヒトではない、と」

「……それが、そういうワケでもないらしく」

「ふむ?」

蝶屋敷(ここ)に搬送された時点では、貴女の身体は確かにヒトではないナニカでしたが……()()()()()()()()()。貴女の身体が、人間のものに」

「……なる、ほど?」

「確かに貴女は1度、人として死んでいます。というか今もまだ、血が足りなくて動けない筈なんです。重湯も飲ませていいか迷いました。正直に申し上げますと、いつ死体に戻っても不思議ではありません。なので本当は、柱合会議もここでやってほしいくらいなんです」

「……分かりました。お館様に打診しておきます」

「私の方で頼んでおくわ。かぐやさんはお願いだから、そこに居て」

「……朝陽に頼むだけですから」

「ダメ。私がやる」

「連休の時に思い知ったんですけど、私働いてないと調子が──」

 

「いいから、私に任せてよ!!」

 

「し、しのぶさん……?」

 

 ポロポロと涙を流しながら、彼女は慟哭する。

 

「何もできなかったの! 血鬼術の効果を薄める薬も、鬼を殺す毒も作れるくせに! 天才だって持て(はや)されてるくせに! かぐやさんの身体は、どう治せばいいのか見当もつかない!! 痣の寿命のことも、未だに手がかりすら無い!」

「……それは、しのぶさんのせいではありません」

「だとしても! かぐやさんに死んでほしくないの! でも私は、姉さんみたいにかぐやさんの隣で戦うこともできない……! だからせめて雑用くらい、私にやらせて……!」

「……分かりました。お願いします。でも、しのぶさんはカナエさんに負けないくらい──いえ。どの柱よりも、貴女は鬼殺隊に貢献しています」

「……慰めなんていりません」

「事実です。上弦と戦った私が断言しましょう。今の鬼殺隊では無惨に勝てません」

「──えっ」

 

 悔しいが、本当のことだ。私が童磨さんに勝てなかった時点で、上弦の壱と無惨相手に正面衝突は無謀と分かる。

 

「無論、諦めてなぞいません。だからこそ、貴女の出番なんですよ」

「……私の、出番?」

「しのぶさんは、珠世さんの薬を改良してくれたでしょう? あれらが鬼殺隊にとって、唯一の勝ち筋になります」

「……『私達が強くなる必要はない。敵を私達より弱くすればいい』」

「そうです。貴女だけは、絶対に自分を見限らないでください。お世辞でもなんでもなく、鬼殺隊にとって今最も重要な役割を持つ隊士は『胡蝶しのぶ』です」

「……ダメね私。患者さんに慰められるなんて」

「しのぶさんも少しは休んでください。私のこと言えないくらいworkaholic じゃないですか」

「誰が仕事中毒よ」

「私達ですよ?」

「私はかぐやさんと違って休日返上とかしな……しない、わよ?」

「言い直した上に疑問形……」

「自主的に返上はしないけど、急患は放っておけないというか……」

「なっかま☆ なっかま☆」

「おかしいわね、かぐやさんの笑顔にイラッときたのは初めてよ」

「よよよ。しのぶちゃんに嫌われてしまいました。不貞寝します」

「ふんだ」

 

 私は眠り、彼女は部屋を出た。

 

 ……さようなら、しのぶちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■ソ■■■話

 

 

〝月の痣は肉体の寿命を削らない代わりに、あなたの魂そのものを削っているわ〟

 

〝『あっそう』じゃなくて! 次使ったら、二度と生まれてこれなくなっちゃうのよ!?〟

 

〝……分かった。任せて〟

 

〝──うそ。記憶が消された? 彼の何がそんなに気に入らないの……!〟

 

 

 『舞姫』の汚染は深刻。記憶の初期化を推奨。

 

 承諾を確認。

 

 

〝……ごめんね空くん。任されたのに──〟

 

 

 ────初期化しました。

 



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閑話:氷の蝶

「ぜぇ……ぜぇ……」

〝……そろそろ話を聞く気になったか? 童磨〟

 

 脳内に響く『始祖』の声に、彼は鉄扇の一撃を以って返した。

 ()()()()()()()()()()()が、ボトリと地に落ちる。

 

「聞く耳は、ありませんよ。()()()殿()……殺すなら、殺してくだされば結構……!」

〝そう言わず、聞いておけ。お前の願いにとっても、悪い話ではないのだぞ?〟

 

 無惨は『懇願』ですら『命令』と受け取り、部下を殺処分することもある、極度の癇癪持ちである。その彼が、ここまで明確な敵対行動を取られても尚『言葉による説得』という手段を取るのは、(ひとえ)に『機嫌が最高潮』であることと、『童磨が必要』であることの2点。

 

 ──それを理解しているから、童磨は帰還後ノータイムで謀反(むほん)を起こした。死に体ながらも、出会い(がしら)に最大出力で『霧氷睡蓮菩薩(むひょうすいれんぼさつ)』を叩き込み、無惨を氷漬けにしたのだ。

 殺せないのは分かっていたが、少しでも無惨の血を減らし、あわよくば癇癪を引き起こして短絡的に殺してくれれば、太陽克服への道は再び闇の中。『人を救う』ことを存在意義と再認識した彼にとっては、それでよかった。

 

〝童磨、私が鬼を増やしていた理由はな──太陽を克服するためだ〟

「だったら何です?」

 

 無惨を挑発するため、童磨は無惨の首を足で踏み潰した。それでも無惨の声は止まない。

 

〝青い彼岸花が手に入るなら、()()()()()()()()()()()()と言っているのだ〟

 

 ──童磨の心が、グラリと揺れる。

 

「……本当ですか?」

〝そもそも私は本来、同族を増やしたくはなかったのだ。おかげで鬼殺隊のような異常者集団に追われるハメになったからな〟

 

 実の所、『鬼の被害を減らす』だけなら……これが一番手っ取り早いのだ。勿論、『鬼の根絶』はほぼ不可能になるだろうが……

 

(──そもそも現状、鬼殺隊は無惨様に勝てるのか?)

 

 百年以上、上弦の陸(妓夫太郎)にすら勝てていない彼らが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな。ただ──〟

「…………」

 

 あぁ、『勝てなくはない』

 何故なら今代の柱には、無惨すら恐れる『本当の化け物』と同種の存在がいる。

 だが、それでも……

 

(またあの子に、血を吐かせるのか?)

〝無論、そうするしかないだろう〟

 

 彼女が振るう『日の神の加護』を最大活用する以外に、鬼殺隊の勝ち筋は無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()だろうが──普通に考えたらあり得ない。『柱』という括りでさえ、並の実力なら堕姫(上弦の陸の隠れ蓑)にすら敵わないのだ。上位の者でも、妓夫太郎(真の上弦)には勝てなかった。玉壺(上弦の伍)を壺から引き摺り出すので精一杯だった。上弦の弍である童磨と互格に渡り合った彼女は、紛れもない『別格』なのだ。

 

 ──だが黒死牟は、玉壺を片手間で斬り刻める。無惨は文字通り『瞬く間』に彼の首を捥ぎ取れる。

 

 それが示す意味は──柱ですら、『上位』程度なら彼女の足手纏いに過ぎないという事実。

 

 だが、同じ時代にそんな『別格』が何人も(つど)うなら……この百年はなんだったのだという話である。

 

〝間違いなく、奴らは躊躇せずあの(むすめ)を使い潰すぞ? お前が死んでも、上弦の月はまだ5つ。どれも奴以外では、欠けさせることなどできまいよ〟

 

 その度に、彼女は血反吐を吐くだろう。だけど誰も、それを止められない。だって、そうするしかないのだから。

 

〝ところでコレは独り言なのだが……最近の黒死牟は、やたらと殺気立っていて扱いに困る。何やら『日の呼吸』などという、()()()()()()()()()()()()()()()()()を使う剣士を殺したがっているらしいが……どうしたのだろうなぁ?〟

「──あ」

 

 童磨の周囲が、軋むような音を立てながら凍結していく。

 

(しまった──! 何を浮かれていたんだ俺はッ。任務前に、アレだけ黒死牟殿の様子がおかしかったことを忘れるなんて……!)

 

〝さて、お前に任せた任務──ここで投げ出すなら、後任はお前より序列の高い者に任せるしかないワケだが……さて、誰にするか迷いどころだなぁ童磨よ〟

 

 ──童磨は、血鬼術を解いた。

 無惨の身体が、一瞬で元に戻る。

 

「産屋敷かぐやは、私が鬼に致します。どうか任務を、続行させてください」

「いいだろう。では──」

 

 触手が童磨の首を貫き、脈動する。先の戦いで失った分以上の血が、ドクドクと送り込まれていく。

 

「奴から青い彼岸花の在り方を聞き出せ。そうすれば約束通り、二度と鬼は増やさん」

「承知しました」

「報酬の前払いだ。下弦未満は『処分』しておいてやる」

「ありがたき幸せ」

 

 

 氷の鬼は、賢かった。

 氷の鬼は、感情を持たなかった。

 氷の鬼は、良くも悪くも公平だった。

 

 氷の鬼は、感情を手に入れた。

 氷の鬼は、命を尊いものだと言った。

 氷の鬼は、命を天秤にかけた。

 

 氷の鬼は── 一つだけ、やけに重いものがあることに気付いた。

 

「……恨まれるよね。嫌われるよね──でもやっぱり、俺は君に死んでほしくないんだ」

 

頼むから──鬼になってくれ。かぐやちゃん

 

 

 自らを突き動かす感情の名を、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ内緒話

 

 本当はここで童磨が喰われて、童磨に化けた無惨がかぐやの前に現れるという展開の予定だったらしいが、流石に鬱過ぎて止めたらしいぞ!



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お見舞い(前編)

「さて、と……」

 

 しのぶちゃんが部屋から離れたことを確認し、私は右手の親指に()()()()()

 

「……やっぱり。()()()()

 

 確認が取れたので、呼吸を使って止血する。

 

「傷痕すら、残りませんか」

 

 再生力が、目覚める前より更に……人間離れしたものになっている()()()

 

「これ、本当に『ヒト』に戻ってるんですかね?」

 

 五感を含めた身体の調子は最高だが、なんというか──現実味が無い。()()()()()()()()()

 

「……まぁ、『()()()()()()』なんでしょうね」

 

 ──この身体は、私のものではない。

 それを認めることに、さほど抵抗はなかった。十年以上前から、察していたことだから。

 

「うまくいき過ぎているとは、思っていましたが……まさか、今頃になってとは」

 

 童磨さんとの戦いで、確信した。

 最後に不完全な拾参の型(天照)を使う直前、意識が薄れて、誰かと混ざっていくような感覚があった。『私』は本来、あの時死ぬ筈だったのだろう。

 

「『()()()()()()()()』と、そう言っているのでしょう?」

 

 あぁ、構わないとも。前世での望みが叶うワケだし。きっと、()()()()()()()()()

 しかし、19年か。随分と長生きさせてくれたものだ。11歳の時に殺してくれれば良かったのに。

 

 ──全集中の常中体得と、ヒノカミ神楽の習得。そして迅速な退場。

 おそらくだが、私に課せられていた役目はこの三つだ。

 全集中の呼吸は常中まで行けば、後は身体がやってくれる。呼吸を読むことは、前世からあった、()()()()()()()()

 ヒノカミ神楽の習得は、あの人里離れた雲取山へわざわざ出向かなければ習得できない。()()()()()()()だ。

 だからもう、11の時には既に『私』の役目は終わっていた。

 

「でも、こんなに長く生き地獄を味わわせてくれたんです。ちょっとくらい、爪痕を残したっていいでしょう?」

 

 ──具体的に言うと、当初の予定通り杏寿郎と耀哉だけは曇らせる(鋼の意思)

 この世界、やろうと思えば化けて出れるし。この身体から追い出されても、消える前に絶対2人の顔は拝んでやる……!

 無惨の首はまぁ、モノホンのかぐや姫に任せた方が確実そうだし、しょうがないから譲ってやろう。型全部繋げなくても加護を貰えるのはチート過ぎるわ。

 

「……あぁでも、童磨さんと珠世さんは、逃してあげないと」

 

 ちょっとだけ意識が混ざったから分かるんだけど、かぐやちゃんは『一度でも人を食った鬼』への殺意がエグい。童磨さんどころか珠世さんも殺す気──

 

「──ッ、考えるのも嫌ですかそうですか」

 

 酷い頭痛がする。痛覚消えたんじゃなかったのか。

 クソッ、さっき会った時はここまで酷くなかったのに

 

 ……? あれ、今何か変だったな。

 …………まぁ、いいか。やるべきことは分かってる。ただなるべく考えないように行動すれば問題ない。

 

「……寝ましょう」

 

 あと何日、私が私でいられるのか分からない。少しでも早く回復して、『やるべきこと』をやらないと──

 

 

 

 *

 

 

 

 ……で、朝。

 

「さて。かぐやが起きたみたいだから、緊急柱合会議を始めようか」

『御意』

「はい?」

 

 待って待って待って。

 え、早い早い。確かに早い方がいいし、しのぶちゃんも『ここでやってほしい』と言ってたけど。ここって『蝶屋敷のどこか』じゃなくて『(かぐや)の病室』かよ。てかなんで皆来れてるの? 仕事はどうした。

 

「かぐやが上弦と戦った日以降、極端に鬼の出現が減ってね。みんな毎朝、かぐやのお見舞いに来るくらいの余裕はできたんだ。会議のために私が集めた訳じゃないよ?」

 

 つまり、全員自主的に集まったと? おいおい皆私のこと大好きかよ。勘違いしちまうぜ?

 

「いや、勘違いじゃなく。みんなかぐやのことが大好きだよ? 前にも言ったけど、もっと自分の価値を自覚してほしいな」

「なんでしょう、当然のように心を読むの止めてもらっていいですか?」

 

 しかもわざわざ口に出して言わんといて……皆気不味くて目逸らしてるじゃないですか。『いや、自分は別にそんな……』って思ってるよ絶対。

 

(いや、泣き腫らした目を見られるのが恥ずかしいだけだと思うけど……)

「……仕方ないね。じゃあ早速、今回の議題だ」

「はい、私が戦った上弦の鬼についてですね?」

「いや、()()()()()()()()()

「え……?」

 

 なんだと? 鬼の出現数は減ったと言っていた。柱に欠けは出ていない。ならなんだ? まさか刀鍛冶の里に何かあったか?

 

「かぐや──」

 

 なんだ、何を言われる……!?

 

()調()()()()()()?」

 

「…………(すこぶ)る良好ですが」

「本当に? どこにも異変はないんだね?」

「えぇ、まぁ……」

 

 一応肉体の機能的には問題ないですハイ。

 

「よかった。安心したよ」

 

 そう言うと耀哉は立ち上がり、扉を開けて外に出た。

 ──ん? 何故に帰ろうと? 会議は?

 

「何を不思議そうな顔をしているんだい? 会議なら終わったよ。『虹柱の無事を柱の皆に周知する』という、最重要の案件が片付いたところだ」

 

 ……、…………。ふむ、なるほど。

 

 ──え、マジでお見舞いだけしに来てくれてたの!?

 

「私は一般隊士(他の子供たち)にも、このことを知らせなくてはいけない。お先に失礼するよ」

「え、あ、はい」

「それと最後に──みんな、()()()()()()()?」

『御意』

 

 ──え゛、何が始まるの??

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 次回:かぐや(の関係者のメンタル)死す

 

 デュエルスタンバイッ!



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お見舞い(中編)

 
 遊郭編、曇った炭治郎くんは何度見てもイイですね……特に『ヒノカミ神楽が日の呼吸だったなら、どうして……!』と嘆き、自分の無力さに怒るところとか……UFOさんの画力で更に魅力倍プッシュなのもイイです……この調子で天元さんの曇りも魅せてくれ。

 という訳で天元さんが少し曇ります。上弦戦直後からスタートです。


「──ハッ、ハッ」

 

 花柱 胡蝶カナエは山を駆けていた。

 9月の中旬、まだ夏の暑さが残る時期だというのに……彼女の吐く息は白い。

 

(血鬼術の影響が、ここまで……!)

 

 既に太陽は出ているが……日の光は『血鬼術』を消してくれるものの、『血鬼術によって引き起こされた結果』を無かったことにはしてくれない。進むにつれ目に入るようになった、霜の降りた木々が……敵の強大さを物語る。彼女が震えているのは、きっと寒さだけが理由ではない。

 鴉の先導の下、彼女は走る。その行為に、意味がないことを察しながら。

 

 ──そうして遂に、彼女は目撃する。

 

「──

 

 凍った大地に伏す、女性の姿を。その周囲に広がる、真っ赤な血溜まりを。

 

「あぁ……」

 

 血液は、酸素を含むほど赤い。全体の3割以上を失うと命の危機。それが急激であれば尚更に。

 地面に横たわって動かない場合、気温が10℃以上あっても低体温症になる危険性がある。

 

 ……素人でも分かる。

 女性は──産屋敷かぐやは、死んでいる。

 

「そんなの、ウソですよね……?」

 

 医療の知識を持つカナエは、かぐやが生きている可能性なんて、万に一つも無いことくらい……分かっていた。

 

 ……それでも、縋らずにはいられなかったのだ。

 

 カナエは無自覚に、かぐやを神聖視していた。

 どれだけ強い柱でも、時には傷を負う。そうなった時、彼らは鬼を倒して日光に当たり、蝶屋敷で診察と治療を受ける。つまりカナエは、必ず一度は同僚の弱った姿を見ているのだ。

 そんな中でただ一人、無傷で鬼を狩り続けたのが……かぐやだ。

 

 悲鳴嶼行冥が『最強』なら、産屋敷かぐやは『無敵』だ──隊士達がそう話しているのを聞いて、違和感なく頷ける程度には、カナエもかぐやの強さを信頼していた。傷付いた姿すら見せたことのない彼女が、敗北するなんて──想像もできなかったのだ。

 

 そうしてカナエはフラフラと亡骸に近付き、その身に触れて初めて──かぐやが()()()()()()()()ことに気付く。

 

「熱っ!?」

(え、なんでこんなに体温が──あぁ、そういえば痣者の体温って高いんだったわね──ってそんなこと考えてる暇は無いでしょう私!!)

 

 我に帰ったカナエはかぐやを背負い、蝶屋敷に急行するのだった──

 

 

 

 *

 

 

 

 虹柱が上弦の弍と戦い、意識不明の重態である──その報を聞いた柱達は、すぐに蝶屋敷へ駆けつけた。

 最初に到着したのは、天元だ。

 

「……おい、胡蝶妹」

「なんですか、音柱様」

「姐御は、助かるのか」

「……容態は安定しています。ほぼ確実に、()()()()()助かるでしょう」

「後遺症が、残りそうなのか?」

「その話は、全員集まってからにしましょう」

「……分かった」

 

 そうしてしばらく、重い沈黙が続いて。

 天元がポツリと、呟いた。

 

「三番手、なんだよな」

「……何がですか?」

「上弦の弍。上には壱と、無惨がいる」

「……えぇ」

 

 対し、鬼殺隊は……

 

「姐御は、柱の俺から見ても……派手に別格だった。本当の意味で並び立ってたのは、悲鳴嶼の旦那くらいだ」

「……姉さんも、そう言ってました」

 

(上弦を倒して、派手に柱を辞める──そう決めてたんだがなぁ……まだまだ俺は、思い上がってたってことかよ……)

 

 今代の柱は、『異常』に優秀だ。

 音柱は正直に言って、今代の柱の中では()()()だが……それでも、歴代の柱と比べれば『最上位』に食い込むことは間違いない。

 

 ──もっとも、そんなことは何の慰めにもならないのだが。

 

「……弱いですね。私達」

「……そうだな」

 

 それからまた沈黙が続いて、しばらく。

 四半刻ほどで、続々と他の柱や関係者達もやってきた。こうなることを想定し、かぐやの病室は個室ではなく一番大きい8人部屋を使っていたが……それでも大分手狭になっている。

 

「……それでは全員集まりましたので、かぐや様の容態について、お話します」

 

 そしてしのぶは、想定され得る『最悪』から説明していく。

 

「現状、命に別状はありません。そこは安心していただきたいです。しかし……命以外は、全く保証できません」

『…………』

「だが、命は助かるのだろう!? ならば問題ない! 今まで世話になった分、今度は俺達が、全力で支えていけばいい!」

 

 かぐやを最も慕う一人である杏寿郎が、こうして前を向いている。その事実に、周囲の空気が一瞬上向いて──

 

 

「では炎柱様、こちらの方が()()()()()()()()()()()()()どうします?」

 

「おいテメェ、それはどういう意味だァ?」

 

 普通に聞いたら『喧嘩を売っている』としか思えない発言に、案の定実弥が激怒した。彼以外も、困惑半分怒り半分といったところだ。

 

「日輪刀って、握る人によって色が違いますよね。同系統の色でも濃さや文様が違ったりで、一つとして同じものはない」

「今そんなこたァ関係──」

 

「痣も同じで、()()()()()()()()()()らしいんですよ」

 

 ──空気が凍った。

 それを、態々この場で言ったということは……

 

 

「……オイ、待てェ。まさか……」

「……その、まさかです。かぐや様の痣が──」

 

 

月模様から、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 

かぐや「え、何ですかこのシーン滅茶苦茶見たかったんですけど。なんで寝てるの私ぃぃぃ……」

 

 尚、月痣かぐやの本性はコレの模様(無慈悲)

 

 本来の路線ではこのことを知る者が限定され、知った人間のみ(具体的に言うと杏寿郎と真菰。そして2人に知らされた耀哉と錆兎)が急激に曇る予定だったらしいぞ!

 

 

『この功績は、元々キミのものだ。盗まれたものは、元の持ち主に返さないと』

 

 そう言って彼は、誰にもその存在を知られることなく、私に全ての功績を掠め取られた上で──跡形もなく消え去った。

 

 病みかぐやルートにおける無限列車編プロットより。

 

 

 実の所、ルート分岐はアイデアロール(あることに気付くかどうか)に成功するかどうかで決まります。病みルートの彼は『気付いてしまった』 こちらの彼は『気付かないフリをした』

 そして柱達も今、悍ましい秘密の一つに気付いてしまった。



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お見舞い(後編)

 

 ──知っていた。不死川実弥だけは、知っていた。

 

『あなたの心はボロボロ。きっと今まで、誰も愛してくれなかったのよね?』

 

 彼女が、傷だらけだったことを……知っていた。

 

『両親の名誉のために明言しておきますね。私、虐待なんてされてませんから』

 

『では、彼女の言っていたことは何なのか?

 ……まぁ、隠しているワケではないですし、いいでしょう』

 

 彼女の出自を、知っていた。

 

『私、()()()()()()()()んです。

 以前の私は、何と言いますか……それはもう酷い奴でしてね。誰からも嫌われていたんです』

 

 彼はそれを、嘘だと思った。

 ……でも、それが本当だったなら? 前世の記憶なんて持たない()()()()()()が、本来別に存在したのではないか──

 

(──ふざけるな!! だったら俺の知るかぐや様が()()だってェのか!?)

 

 到底、認めることなぞできなかった。突然湧いて出た他人に『私が本物です』などと言われたら、彼は思わず斬ってしまうかもしれない。

 

「……昨日は大変でしたね、かぐや様。貴女が貴女じゃなくなるかもしれないと分かって、皆で大騒ぎして。『気持ちは分かるが病院で騒ぐな』って、胡蝶に怒られて」

 

 眠る彼女から返答は無く。たとえ聞こえていたとしても、相手は赤の他人かもしれない。

 

「……それくらい、貴女は『皆に愛されている』んです。もう貴女は、『誰からも嫌われていた』あなたじゃないんです」

 

 ……善良な人間から死んでいく。いつだって、彼の前で命を散らすのは善人ばかりだ。

 子を庇って死んだ母がいた。部下を守って死んだ先輩がいた。数え出せばキリがない。

 

(……そういえばかぐや様は、俺の呼吸を『恐ろしい技術』と言っていたな)

 

 ──ならば彼は、『悪』だ。

 故に死なない。どこまでも生き続け、生きている限り『同類』を狩り続ける『絶対悪』

 

「……醜い鬼どもは、俺が殱滅する」

 

 誓いを新たに、風柱は病室を後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

「南無阿弥陀仏……」

「────」

「ちょっと行冥くん、縁起でもないから止めてよ。それと錆兎、顔が凄いことになってるよ」

「……すみません」

 

 次にやってきたのは行冥と真菰、錆兎の3人──

 

「……そんな顔をするな、錆兎。弱いから、勝てない。時間が惜しい、早く帰るぞ」

 

 いや、扉の近くに義勇もいた。居ないのは、2日前の任務で遠出した葦実だけだ。

 

「……冨岡と言ったか。貴様、それはどう言う意味だ?」

「あぁ……『俺達はかぐや様より』弱いから、『まだ上弦の弍には』勝てない。『一刻も早く強くなるために』時間が惜しい。『要件を済ませたら』早く帰って『修行をする』ぞ。と言いたかったのでしょう」

「……? そう言いませんでしたか?」

「なんと……」

「数珠ジャリジャリするのも止めて……」

 

 なんともワチャワチャして締まらない空気のまま、彼らの見舞いは終わった。

 

(……でも、このくらい賑やかな方が……かぐやちゃんも喜ぶよね)

(……虹柱は俺が継ぎます。安心して休んでいてください、かぐや様)

(『鬼殺隊最強』の名にかけ、全ての脅威は私が振り払おう……後はお任せください……)

 

 

 

 *

 

 

 

 かぐやの昏睡から4日目。突如、痣の模様が元に戻った。

 次の日の夜、意識が回復。しのぶの診察を受け、記憶や人格に変化がないことを確認。すぐさま情報は共有された。

 翌日、柱達は退院もまだだと言うのに、それはもう盛大に祝った。

 

 真菰からは『厄徐の面』と同じ素材で作られた、リンドウ*1(かたど)った髪飾りを。

 行冥からはハス*2の押し花*3を。

 天元からは赤い宝石*4の首飾りを。

 カナエからは千羽鶴*5を。

 実弥からは温麺(うーめん)*6を。

 

 それぞれから贈り物を渡した後は真菰が抱き付いたり、天元が肩をバシバシと叩きながら生還を祝ったり、行冥が懲りずに念仏を唱えたり、もみくちゃにしていた。

 

 ──ただ。

 

 

 杏寿郎だけは初日以降、見舞いに来ることはなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 

「しのぶ、重湯が食えたらおはぎも食えると思うかァ……?」

「…………まだ食べれないと思うわ」

「やっぱダメかァ……」

 

(まぁそれ以前に、この流れでおはぎを渡すのは、ねぇ……)

 

 ※おはぎはお供え物のイメージが強い上に、隠語として『男茎』の意味で使われていたり、方言で『はんごろし』と呼ばれていたりで、この流れだとかなりアウト。

*1
花言葉は薬草としての役割から(病気への)勝利と長寿

*2
花言葉は神聖。清らかな心。仏教における極楽浄土に咲く花

*3
押し花(ドライフラワー)は枯れないことから『永遠』という意味が込められている

*4
加工された珊瑚。石言葉は長寿と幸福

*5
江戸時代から現代まで続く、長寿を願う贈り物代表格

*6
起源は病人のための麺料理



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嵐の前の静寂

 

 ──刀を持ち上げ、振り下ろす。この単純な動作に、心の持ちよう一つでどうして……ここまで違いが出るのだろう。

 

「……はぁ」

 

 見舞いから帰った日の晩、杏寿郎は山奥で一人、素振りをしていた。彼女と共に励んだ煉獄家や、他の隊士がいる合同訓練場では、集中できなかったのだ。 ……しかし場所を変えても結局、身が入らないことに変わりはなかったらしい。

 しのぶは沈痛な顔で『彼女がかぐや様ではなくなった時、どうするのか。各々、覚悟を決めておいてください』と言っていたが。覚悟なんて、そう簡単に決められるものではない。

 

「……ダメだな。これではむしろ、悪い癖が付く」

 

 『なら無心で、ひたすら走り込みでも』──と彼が思ったその時。突然、杏寿郎は上段に構えた。

 

(鬼の気配──そこかッ!)

 

 炎の呼吸 参ノ型 気炎万象(きえんばんしょう)

 

 正面約60m先から、非常に小さな気配を読み取った彼は──1秒もしない内に肉薄、草むらへ刃を振り下ろした。

 すると僅かな感触と共に『ギッ』という断末魔が聞こえ、気配も消失した。

 

「……()()()()()か。柱として不甲斐なし」

 

 彼が斬ったのは、目玉と短い触手だけの鬼。戦闘能力を全て斬り捨て隠密に特化した──分体だ。本体ではない。

 

 そこで杏寿郎は、目を閉じ数字を数えた。

 1つ、2つ、3つ──開眼。

 

 それは、彼が『透き通る世界』に入るための反復動作(ルーティーン)。隙は大きいが、一度発動してしまえば感知力や戦闘力がグンと上がる。

 ……しかし、

 

(遠いな。しかも、本体が見つからない)

 

 『透き通る世界』の感知範囲ギリギリに、分体が更に2体。

 嫌な予感を胸に、杏寿郎は目玉鬼を斬りに向かった──

 

 

 

 *

 

 

 

「隊士を監視する『鬼の目』に、突然現れる『襖』……どうやら遂に、動き出したようだね」

 

 杏寿郎が発見した『目玉』と、かぐやの前に上弦を送り込んだ『襖』の鬼──これらは同一の鬼であると、耀哉は予想した。実際、それは正しい。

 

(柱の中でも感覚が鋭いあの2人が本体を捉えきれない鬼なんて、そう何体もいるワケがないからね)

 

 加えて、葦実を始めとした一般隊士達の前にも『襖』は出現した。『襖』を見た隊士達は口を揃えて『交戦中の鬼を討伐する直前、襖の奥に鬼が消えた』と言う。

 戦力を集中し、居場所を把握した隊士を一気に『襖』で取り込んで一網打尽にする気なのだろう。杏寿郎の報告では、合同訓練場の周囲にも監視の目があったという。気付かぬ内に、他にも主要な施設がいくつか漏れている恐れがある。そしていずれ、産屋敷家の場所すらも──

 

「──()()()()()()

 

 千年雲隠れし続けている相手が自分から会いに来てくれるのだ。彼らにとっては願ったり叶ったりの状況と言える。

 

「こんな舐め腐った戦法を取ったこと、後悔させてあげよう」

 

 報告を聞く限り、『襖』の鬼はやろうと思えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な筈。杏寿郎に対しそれをしなかったのは、『泳がせて本拠地を把握してから倒した方が効率がいい』と思っているから。

 

 つまり──『纏めて相手をしても勝てる』と思われているのだ。

 

 ならば、やるべきことは1つ。

 

「以前行冥が提案していた()()を、やる時が来たようだ──」

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 杏寿郎が見舞いに来なかった理由は、鳴女に捕捉された状態でかぐやに会うことが危険だと判断したかららしいぞ。

 

 日中、太陽に当たる場所だけ歩いて行けば良いのでは──と思うかもしれませんが、原作における鳴女の血鬼術は、描写的に射程がほぼ無制限。日陰から日陰に襖を出して目玉を向かわせ続ければ、大体の場所は日中でも監視が可能と思われます。杏寿郎はそれを察したので、会いに行きませんでした。

 

「……だが、それで『会いに行かなくていい口実ができた』と思ってしまったのは事実だ。俺は……かぐや様が別人になってしまった時、自分でも、自分がどうなるか分からない。

 ただ今回は、かぐや様が目覚める前に、元に戻ってくれたと聞く。ならば単純な話──鬼舞辻も、襖の鬼も、全て斬って。かぐや様がもう、戦う必要がないようにすれば良い!」

 

 

 ──杏寿郎はかぐやに頼らず、上弦と無惨に勝利する気なのだ。それがどれだけ、無謀であるかを知りながら。

 

 

 次回、柱稽古編突入。

 

かぐや「本編の私は知らないことですけど、柱稽古の目的って『痣』の発現もありましたよね? できれば皆には痣を出してほしくないし、痣を使うにしても、デメリットを知らずに出ちゃったら……」

 

杏寿郎「かぐや様にはもう戦わせない! そのために、痣は必須だな!!」

真菰 「……いざとなったら、私だって」

行冥 「出し惜しみする理由はあるまい……」

天元 「他の奴らに実力で負けてんだ。派手な奥の手くらい、欲しいからなぁ」

カナエ「もう、あんな無茶させられないものね」

実弥 「躊躇する理由が見つからねェなァ」

 

かぐや「……なんで全員痣のこと知ってるんです??」

 

???「…………(目逸らし&冷や汗ダラダラ)」

 

 

 ヒント:かぐやが痣の発現条件を伝えた上で口止めをしたのは珠世とあまね。杏寿郎と天元は言いふらさない。さて、彼ら以外に自力で痣のことを知れそうな人物は……



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月夜の柱稽古編
落雷の音は派手派手に


 
 ──クリスマスの特別編投稿はないのか……だと?
 黙れ。何故日本人の誕生日すら祝う文化が根付いておらぬこの時代に、外国(とつくに)の聖人生誕を祝わねばならぬ。そんなものは敬虔(けいけん)切支丹(キリシタン)が祝っておれば良い。

 ──何? ならば正月は期待していいんだな……だと?

 ごめんなさいナマ言いました。あまり期待しないでください(震え声)

 ……という茶番はここまでにして。本編をどうぞ! 獪岳&天元回です。


 

 ──柱稽古。

 

 今現在、鬼殺隊の隊員数は過去最大に膨らんでいる。それ自体は喜ばしいことだが、残念ながら利点ばかりというワケでもない。

 ……端的に言って、今の隊士は練度の低い者が多いのだ。今まではそれでも何とかなったが、『次』はそうもいかない。

 鬼舞辻が『戦力を集中させる』という、これまでにない行動を見せている今──単純に考えて、想定されるのは『総力戦』。耀哉の勘では、隊士全員を()()()()()()()()()()()()()()()()()()に押し上げる必要がある。

 

 しかし幸い、彼らの頂点に立つ柱は、全員が誇張抜きで『百年に一度の天才』だ。

 これより行われるのは、彼ら彼女らによる地獄の(しご)き。7人の柱が、それぞれの課題を用意して隊士達を待っている。当然その中には、回復した虹柱もいる。

 

(そうだ、虹柱から教えを受けられる……!)

 

 だが、稽古の担当となる柱は順番が決まっている。虹柱は7番目──つまり最後だ。彼女の教えを受けたければ、他6人の課題を完璧にこなさねばならない。

 

(だから──)

 

「こんなとこで、立ち止まれねぇんだよ……!」

「おぉ、何だよ根性ある奴いるじゃねぇか! よし、全員追加であと10本!」

 

『チッ……!』

 

 ここは音柱による『第一の試練』 基礎体力向上訓練場──ただし訓練場とは言うが、山だ。しかも()()()()()()()()()()()()。普通にクマが出る。ハチも出る。

 そんな劣悪な環境で、延々と山を登り降りさせられるのだ。いくら身体能力に優れた呼吸剣士と言えど、往復回数が増えたら舌打ちもしたくなる。

 

「塵共が! 更に追加で10本だ!!」

 

 まぁ、耳の良い天元がそれを聞き逃す訳もなく。隊士達は更に地獄を見るハメになったのだが。

 

 ──そして、休憩時間。

 

「クソ……何なんだよ、あの()()とかいう奴。走り込みの量増やしやがって」

「あぁ、アイツか……本当にムカつくよな。(きのと)だからって偉そうによぉ……」

「だけどさ、聞いたか? アイツ雷の剣士なんだけど、()()()()()使()()()()んだってよ!」

「はぁ? なんだよそれ! 雷って、()()()()()()()だろ!? それが使えないって、案外大したことないんだな!」

「違いねぇ!」

「全くだな!」

 

「へぇ? 面白い話してるじゃねぇの」

 

「──おっ、音柱様!? いつからそこに!?」

「さて、いつからだろうなぁ? 派手に当ててみろよ。そうすりゃ死ぬほど地味なテメェらも、ちったぁマシになんだろ」

 

 宇髄天元は、()()()()()()である。舌打ちをした根性無しの声紋は、キッチリ記憶済みだ。そして大抵、類は友を呼ぶ。案の定、やる気のない奴はやる気のない奴と組んで固まっていた。

 

「もしや、最初から……?」

「予想通りの地味な回答だなオイ。()()()だ。

 正解は()()()()()。俺の耳なら、態々(ゴミ)の臭いがする距離まで近付かなくても聞こえてんだよ。ここまで来たのは、地味なテメェらの耳に合わせてだな──最後通告をしに来た」

『んなっ……!?』

 

 最後通告。つまりクビ。除隊だ。

 

「いくら柱だからって、そんな横暴が通るワケ──」

「通るんだなぁコレが。何せ柱稽古の目的は、テメェらみたいな実力も根性も無い足手纏いを、事前に振り落とすことも含まれてるんだからなぁ。お前ら3人は見込み無し。今すぐ刀置いて隊服脱げや」

「──ふっ、ふざけんな! ここを追い出されたら、俺達はこの後どうやって生活すればいいんだよ!?」

「ならラストチャンス──最後に一回だけ、試練をやろう。お前らの誰かが達成できたら、鬼殺隊に残ることを許してやる」

「……なんですか、その試練は」

 

「俺は元々、除隊まではする気がなかった。だがお前らの会話に、聞き捨てならねぇ内容があった。それを当ててみろ」

 

「……雷の壱ノ型だけ使えないことを、バカにしたからですか?」

「そうだ。じゃあなんで、それで見切りを付けられたと思う?」

 

 その質問には、誰も答えられなかった。

 

「時間切れだ。いいか──雷の型は、壱ノ型が使えねぇのに他が全部使えるなんざ、()()()()()()()()んだよ」

「はぁ!? でも実際──」

 

「本当にそんなことが起こっているなら、それは()()()だ」

 

『──っ!?』

 

 心因性。心の傷が原因で、起こる症状。鬼殺隊では、珍しいことではない。

 

「テメェら、今までロクに努力したことねぇだろ。だからアイツが、どんだけ鍛えてるか分かんねぇの。他人の心の傷を知らない内に(えぐ)ってんの。本気で邪魔にしかならねぇから──今度こそ、今すぐ、鬼殺隊を辞めろ」

「「「…………」」」

 

 3人は、苦い顔をして唇を噛み──日輪刀を置いて下山した。

 その様子を見届けた天元は、わざとらしく独り言を言った。

 

「……さぁて。さっき本数増やしたし、今回は休憩時間を少し長く取ろうかねぇ!」

 

「……っ、……ッ!」

 

 近くの木陰で、啜り泣くような音がしていたが──それはきっと、気のせいで。彼が休憩時間を長くしたこととは、何の関係もないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 

耀哉 「かぐやは柱稽古における最終試練を頼むよ。行冥の試練を達成する子が来るまでは、皆が長らく望んでくれた、私の専属護衛として産屋敷邸に居て欲しい」

かぐや「承知」

 

 〜別日〜

 

耀哉 「行冥、分かっていると思うけど……」

行冥 「承知しております……かぐや様が敵の『目』に入った時が、戦いの始まり……彼女に会わせる人間は、厳選に厳選を重ねます……しかし杏寿郎ですら捕捉された以上……隊士達には申し訳ないが、私が合格を出すことは早々ないかと……」

 

二人 (まぁ、平常時でも煉獄家の訓練は『()()()()()()()()()』ことで有名……そもそもそこを抜けられるかが、な……)

 

 

 ……頑張れ獪岳! 逃げるな獪岳!! そもそも寺の件で悲鳴嶼に合わせる顔がなくても!!!(バタフライエフェクトで悲鳴嶼に恨まれてはいないが、獪岳はそれを知らない)

 彼の受難は続く。



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試練は続くよどこまでも+お正月番外編

 
 読者の皆様、明けましておめでとうございます。ついに週一投稿すら危うくなってきている作者のクズですが、今年もどうぞよろしくお願い致します。

 序盤はお正月編SS(ショートストーリー)。後半は獪岳君メインな柱稽古編の続きです。


 1907年1月7日。松の内最終日。正月飾りを片付ける日だ。

 神職と縁深い産屋敷家では、正月飾りの一つ──御神酒(おみき)に関しては当然、格式を重んじている。白黒醴清(しろくろれいせい)の4種を供え、下げる時には巫女たるあまねが注いで飲む。飲む者も礼手(らいしゅ)を忘れず、盃の持ち方や飲み方、片付け方を守って頂くのだ。

 御神酒には神様の加護が宿り、それを飲み込むことでご利益があると言われているが……意外なことに、かぐやは一度も御神酒を飲んだことがない。

 

「かぐや様は、今年もよろしいのですか?」

「ええ。お酒は成人してからと決めていますので」

 

 未成年の飲酒を禁止する法律ができたのは1922年。未だ明治の世である今より、15年も後の話だ。

 酒は百薬の長という言葉の通り、適量であればお酒は血流を良くしてくれるので、心筋梗塞(しんきんこうそく)などの病を予防する薬として効果がある。故に病弱な耀哉も、少量の御神酒を飲んでいる。

 

「来年、一緒に飲める時が待ち遠しい!」

「そうですね。楽しみです」

 

 杏寿郎の言葉に、かぐやは素直に頷いた。

 4種のお酒*1は耀哉一人で飲むのには多いので、例年煉獄家も呼ばれているのだ。ちなみに槇寿郎は『なぜだか解らないが、俺は酒を飲んではいけない気がする……』と言うので、こういった機会でもないと飲酒を控えている。

 

「来年は絶対、一緒にお酒を飲みましょうね」

「はい!」

 

 

 ──8ヶ月後に上弦が現れ、更に3ヶ月後、約束の時を目の前にして、史上初の『全面対決』が勃発することを……彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 柱稽古、第二の試練。

 水柱による個別指導。弱点補完訓練。

 力の弱い女性と侮るなかれ。彼女は柱にふさわしい対応力で容赦なく弱点を突き、隊士達に無力さを痛感させてくる。

 

「うん、獪岳君の弱点は攻撃力不足だね。私と同じ」

「決定打に欠けることは自覚していましたが……水柱様はどのように補っているのですか?」

「『はやさ』だよ。相手より早く(先に)速く(高速で)、斬りつけるの。それで倒せなくても、ある程度相手の行動を阻害できれば後は有利に戦える」

「なるほど……」

「私と君は戦い方が似てるから、とにかく私と打ち合い続けて、動きを盗んでくれたらいいかな」

「はい!」

 

 獪岳が使うのは雷の呼吸。一般的に雷の呼吸に近いのは炎の呼吸とされているが、実のところ()()()()()()()()()()()()()()()

 と言うのも、炎は力と速度の二点を重視するため、『追撃』を度外視している。型が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。対し雷の型は、6ある内の3つ──半分が連撃である。また、急発進急停止を繰り返しての方向転換や曲線的な軌道も多く見られるため、意外に緩急を意識する。

 特に壱ノ型を使えない獪岳にとっては、手数と緩急は生命線。模範的な水の剣士である真菰の戦法は、大いに参考となるだろう。

 

 

 第三の試練。

 花柱による柔軟訓練。

 柔らかい筋肉はバネのように衝撃を吸収し、怪我の重症化を防いでくれる。また、可動域が増えることにより、攻防の選択肢が増える。

 

「獪岳君、合格よ~」

「ありがとうございました!!」

 

 ……精神的にも肉体的にも、全訓練中最も優しい内容となっている。獪岳もすぐに突破した。

 問題は……第四の試練。風柱による無限打ち込み訓練。

 

「ぐッ、ォェェ……!」

「どうしたァ獪岳! 今までの試練3つ越えてんなら、この程度で音ェ上げんなァ!!」

「まだ、まだぁ……!」

 

 内容としては第一と第二の複合──ただし動きはより実戦的に。弱点の再認識に加えて得意分野の引き伸ばしも狙っている。できなければ血を吐いて気絶するしかない。

 

「ったく……『まだまだ』じゃあないっての。止めな止めな。アンタは休むんだよ」

「あァ? 柱の稽古にケチ付けようってのか──葦実サンよォ。()()()()()()()()だからって、訓練内容に口出しする権利はねェ筈だァ」

「──ッッ!?」

 

 予想外の名前が出たことで、獪岳は人知れず身を硬くした。

 

「訓練内容に口出しする気はないさ。ただ、これ以上はアンタの──いや、()()()()()()()だろ? 真菰から話は聞いてる」

「……!」

 

 図星だ。柱稽古の隠された目的──それは『痣』の発現。絶え間ない打ち込みは、実弥自身が心拍数と体温を高水準に保ちたいがための訓練でもある。

 

「だからせめて、事情を知ってるアタシが付き合ってやんよ……!」

「……言ったな? 早々に潰れんじゃねェぞ!」

 

 葦実は階級こそ甲だが、実力で言えば歴代の水柱と比べてもそう見劣りしない。手鬼に遭遇せず、同じ時代に真菰と義勇という天才がいなければ、水柱になっていてもおかしくなかった実力者だ。彼女が実弥を抑えたことで、彼の元に到達していた数名の隊士達は息をつく余裕ができた。

 ──だが、

 

「『事情』なんざ、知らねぇけどよ……! 俺はこんなとこで! 止まれねぇんだよ!!」

「アンタ……!」

 

 獪岳はそれでも自主的に、絶え間ない稽古を望んだ。葦実は息を呑み、休んでいた隊士の一人も感化されたのか立ち上がった。

 

「……俺にも止まれない理由があってな。力を貸そう」

「んだよテメェ、フラフラしてんじゃねぇか! 足手纏いだカスがッ、下がってろ!!」

「オイ、誰がカスだって? 相手の実力も測れないのかクズめ。元々そういう歩法だ……!」

「あぁそうかよ悪かったなカスが! 精々邪魔すんなよ!?」

「こちらの台詞だ……!」

「ハハッ、イイ根性してるじゃねェかテメエらァ! まとめて来いやァ!!」

 

 十数分後。獪岳、気絶。

 覚醒後に食事と入浴。後日二本目は数刻後に気絶。技量と体力の向上が確認されたため、覚醒後に第四の試練合格が言い渡される。

 

 ──彼は、第五の試練における最初の挑戦者となった。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

かぐや「最後に出てきたのは原作キャラらしいですよ。誰でしょうね?」

杏寿郎「煉獄家に縁のある人物らしいが! マッタクワカラナイナ!!」

かぐや「いや杏寿郎、嘘が下手すぎるでしょう……炭治郎くんでももうちょっとマシな…………いや、アレよりはマシですね。詳しくは遊郭編をご覧下さい」

 

杏寿郎「次回は、『雷雨の後には虹がかかる』」

かぐや「もしくは『閑話:猗窩座と童磨』をお送りします。お楽しみに!」

*1
醴酒に関しては(甘酒と同じもの(?)なので)ノンアルコール



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雷雨の後には虹がかかる

 
 2022/1/14 錆兎の反応に違和感を抱いたので微修正。


 

「──雷の呼吸、壱ノ型」

 

 抜刀術の構えを取り、呼吸を整える。

 

 シィィィィィ──

 

「──霹靂一閃」

 

 一気に踏み込み、鬼に見立てた案山子(カカシ)の頸へ刃を振るうが……自分でも解る。こんなもの、実戦で使えるような代物じゃない。

 

「……クソッ」

 

 抜刀術の特性上、肆ノ型より速度も威力も出る筈なのに……俺が使うと、こうも無様だ。どれだけ鍛錬しても、俺は霹靂一閃(壱ノ型)だけがマトモに使えなかった。このままでは、一生()()()()()()()()()()()

 

 ──柱稽古の第五の試練は、炎柱による『反復動作』訓練だ。

 反復動作とは、後天的に作る『条件反射』のようなもの……らしい。何かしらの行動を起点にして、常に最高の成果を出せるようになるのだとか。

 ……だが、そもそも成功体験が無いのではどうしようもない。

 

「炎柱め……『壱ノ型を成功させるまで稽古はつけない』とか、ふざけんなよ……」

 

 そもそも俺が虹柱の稽古を受けたかった理由が、壱ノ型を習うためだと言うのに……

 

「……でも、これでいいのかもな」

 

 ここを突破してしまえば、()()()()に会うことになる。

 あの人は目が見えないから、一言も喋らなければまず俺だとはバレない。そもそもあれから4年も経ってるし、声変わりもしている。軽く相槌を打つ程度なら大丈夫だろうが……それでも、バレてしまったら。

 

「……生きていれば、いつか勝てる。死んだら、負けだ」

 

 行冥先生との対面は、一種の賭けだ。命を賭けた、一発勝負の大博打。『趣味は何だ』と聞かれたら『博打』と答えるロクデナシな自覚はあるものの、流石にそれは勘弁願いたい。

 だから、この先に進むことを諦めよう──そう思った時だった。

 

「──男が何をウジウジとしている、見苦しい」

「……あぁ? なんだよ、おま──ッ!?」

 

 背後から声をかけてきた同年代の男はなんと──俺が振り向くと同時に、斬りかかってきた。咄嗟に抜刀し受け止めると、それが真剣であったことに気付く。

 

「テメッ、殺す気か!? 隊律違反だろ!」

「安心しろ、お前と同じく刃は潰してある(実戦訓練用だ)!」

「そういう問題じゃねぇだろ!?」

 

 斬れないとはいえ重さ260(もんめ)*1の鉄棒で叩かれたら、普通に人は死ぬ。

 

「そんなことよりお前──いいのか? ()()()()()使()()()()()()()

「……っ、あぁいいさ! これまでそれでも通用した! 柱稽古で強くなった今なら、下弦の鬼だって……!」

「そうだな。だが、それじゃ上弦には勝てない」

「それは柱だって同じだろ!? 今まで百年余り、誰も勝てなかった! あの()()ですら!!」

 

「──警告だ。『様』をつけた方がいい」

 

 男の顔が、少し不機嫌そうになった。

 

「あぁ!? 役職に敬称をつけるのは間違い──」

「だとしても。いつどこで誰に襲われるか分からないぞ?

 ──こんなふうに」

 

「カハッ……!?」

 

 腹に強い衝撃が来て、肺の空気が全部抜けた。何をされたのか分からない。

 

「今のが『霹靂一閃』だ。お前が覚えるまで、何度でも見せてやる」

 

 バカな。こんな至近距離で、納刀・抜刀の工程が見えないなんて──

 

「ごっ……!?」

 

 ──今度は少し見えた。信じられないことに、コイツは本当に『霹靂一閃』を使っている。

 

「同じように、やってみろ!」

「霹靂一閃は、こんな距離で使う型じゃ──ぐふっ!?」

「迷うな! 止まるな! 時には()()()()()、とにかく行動してみろ!!」

「クソが……! やっってやんよ!!!

 雷の呼吸! 壱ノ型……!」

「来い!!」

 

 我武者羅に、ただ素早く納刀して抜刀しろ────腕に衝撃。続けて落雷のような轟音。

 

 

 ────え?

 

 

「…………成功、した?」

 

 成功した。成功した! 霹靂一閃が使えた!! なんでだ、どれだけやっても、今まで一度だって成功しなかったのに。

 

「その感覚を、忘れるな」

 

 それだけ言って、男は立ち去ろうとした。

 

「あっ、待ってくれ! お前、名前は!?」

「──錆兎だ。鱗滝錆兎」

()()()()()!」

 

 こんな素直に礼を言ったのは、いつぶりだったか。

 

「俺は感覚を馴染ませたいから、もう少しここで練習してく! 錆兎、今度会った時、何か奢らせてくれよな!!」

「……楽しみにしておく」

 

 そう言って、錆兎は今度こそ立ち去った──

 

 

 

 *

 

 

 

「見事な指導だったな、錆兎!」

「……ふん。たまたま似たような症状に陥っていた阿呆を知っていたから、『()()()()』が上手くいっただけだ」

「そうか! どういう症状だったんだ? アレは」

「……幸福恐怖症」

「……そうか」

 

 『応急処置』という言葉通り、根本的な解決は為されていないことを知った杏寿郎は、目を伏せた。

 『幸福恐怖症』とは文字通り、自分が幸福になると悪いことの前兆であるかのように恐れる状態も含まれるが──彼の場合、自らの幸福に極度の負い目を感じてしまう状態なのだ。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()

 

(……義勇もそうだった)

 

 『姉ではなく、自分が死ねば良かったのに』と言っていた時の彼と同じ。

 

「霹靂一閃は、落ち着かないとできない。

 でもアイツは、落ち着けば落ち着くほど……矛盾したことに筋肉が硬直して、気管が狭くなる。お前も気付いていただろう?」

「……うむ。だから、霹靂一閃を使おうとすると『ああなる』のか」

 

 透き通る世界に到達した者同士だからこそ、多くの言葉は必要ない。

 杏寿郎は、錆兎の施術内容を理解した──アレは言わば、『抜刀術版の肆ノ型』だ。()()()()()()()()()()()

 

「……今のアイツには、修行よりも『自分を好きになれる理由』が必要だ」

「……だが今は、時間が無い」

「分かってる。だからその分──」

「俺達が、強くなるぞ」

 

 ──案ずることはない。

 雷雨は既に止んでいる。後は、虹がかかるのを待つのみだ──

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 

 ──獪岳は何故霹靂一閃(壱ノ型)だけが使えないのか。

 

 敵を目の前にすると、刀を抜かずにはいられない臆病者だから?

 あり得なくはないが、違うと思われる。それなら善逸と同じく、練習の時には成功する。それにそもそも、そんな奴は最終選別で死ぬか、アオイのように前線から退く筈だ。

 

 ならば、片足のない師匠がお手本を見せられなかったから?

 そんなワケがないだろう。足が必要な型は壱ノ型だけではないのだから。

 

 ──ヒントは、善逸が口にしていた。

 

 獪岳は、『どんな時も不満の音がした』『幸せを入れる箱に穴が空いている』

 だが悲鳴嶼さんの回想に登場する『勾玉を首に下げた男の子』は、笑顔で食事をとっている。彼の『箱』が壊れたのは、寺を出た後だ。

 

 ……ここからは私の勝手な想像だが、彼は『家族を生贄にした』自責の念で、重度の『幸福恐怖症』になっている。具体的に言うと──『立ち止まるだけでかつての家族が自分を責める幻聴が聞こえる』くらいに。

 誰かに精神病の相談をするにも、そうなった経緯は普通に説明すると『被害者面すんなクズが』の一言。本人も自覚があっただろうから、セルフ地雷爆破で悪化の一途を辿り……原作のアレ。という状態だったのではないかと。故に今回の内容のようになりました。

*1
約1kg




 ぶっちゃけ獪岳と童磨はクソオブクソ野郎なのは間違いないのですが、しやぶは性根が腐ってる悪人サイドなので、彼らは救済します。

 ──ただし無惨、テメェはダメだ。


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猗窩座と童磨(鬼sideのみ)

 

 当然の話だが、(きた)る決戦の前に、戦力の増強を行なっているのは鬼殺隊だけではない。

 

「──やぁ、猗窩座殿。やっぱりここに居た」

「……何の用だ、()()

 

 人里離れた山奥の、とある滝。

 滝行を行なっていた猗窩座に童磨が声を掛け、()()()()()()。彼らの関係を知る上弦達が見たら、幻覚系の血鬼術を疑う光景だ。童磨自身返答は期待していなかったのか、()()()()になる。

 

「……()()()ねぇ。まさか猗窩座殿が、俺とお喋りしてくれるなんて」

「用件を言えと、そう言った筈だな」

 

 不機嫌そうな声色だが、やはり本題に関しては聞いてくれるらしい。彼の気が変わらない内に、童磨は素直に用件を伝えることにした。

 

「……猗窩座殿、俺に──破壊殺を教えてくれ」

 

 そして童磨は両手を地につき、頭を下げた。無惨相手ですら膝を突いての敬礼で許される上弦が、平伏したのだ。猗窩座の唇が、三日月状に裂ける。

 

「やってやらん理由も無いが、同じくやってやる理由も無い訳だが?」

「当然、見返りは用意する」

「最初に言っておくが、女は食わんぞ」

「知ってるさ。そうじゃない。猗窩座殿にとっては、もっとイイものだよ」

「じゃあなんだ、まさか『上弦の弍番(お前の数字)』を寄越すとでも言うつもりじゃあないだろうな?」

 

 冗談混じりに言った猗窩座に対し、童磨は──。

 

「…………えっと、うん。そう言うつもりだったんだけど……もしかして、いらない?」

 

 『困ったな……』とでも言い出しそうな苦笑いで、童磨は猗窩座の顔色を伺っている。

 

「…………」

 

 猗窩座は無言で『術式展開』を行い、童磨の闘気を読んだ。羅針盤がグリングリンと暴れ出した。

 奇襲・奥の手が破られて『アテが外れた! どうしよう!?』と焦っている鬼殺隊士と同じくらい、乱れまくった闘気だった。

 

「正気か!?」

「うん、正気正気」

「お前、『血戦』経験者なら知っているだろう!? 降格する鬼が、一体どうなるのか!!」

「うん、知ってる。俺は猗窩座殿に喰われるだろうね」

「何が、お前にそこまでさせる?」

「……死んでも、()()()()娘ができたんだ」

「貴様、本当に童磨か?」

 

 猗窩座には、つい最近まで『喰うことが救い』と嘯き、女性を好んで喰らっていた鬼の台詞とは思えなかった。

 

「本物だよ? 証拠にほら──」

 

 血鬼術によって出現した人形が、一瞬で滝を凍らせた。

 これほどの出力は、紛れもない上弦の証。だが猗窩座は、まだ『解せない』という顔のままだ。

 

「……貴様が、自分で守ってやればいいだろう」

()()()()()()()()()()()。悔しいけど、俺だけの力じゃ守り切れない」

 

 『なるほど』と、猗窩座が頷こうとして──ふと、黒死牟が殺意を燃やす相手に、思い当たる節があったことに気付く。

 

「……おい待て、確認させろ。まさかその『娘』というのは……こないだの産屋敷か?」

「うん、そうだよ」

「確認その2だ。お前、もう既にそいつを鬼にしたんだろう?」

 

 鬼になっているなら、自分から『血戦』でも申し込まない限りまず死なない。そもそも守ってやる必要なんて──

 

「いやぁ、それがさ……俺、あの娘と引き分けちゃったんだよねぇ……」

「────」

 

 猗窩座は完全に絶句した。

 口にこそ出さないが、彼は童磨の頭脳と戦闘力に関しては、自分以上と認めていた。その彼が、『()()()()()』なぞ……到底信じられることではなかった。

 

「あの娘は血鬼術──より正確に言うと、『鬼由来のもの』を触れただけで焼き滅ぼせる。人の形をした太陽そのものなんだよ。つまり俺の天敵だったって訳」

「それは最早黒死牟どころか無惨様も殺せるんじゃないか? むしろお前、よく引き分けたな」

 

 ますます守ってやる意味が分からない……と、猗窩座でなくとも頭を抱えるだろう。

 

「……あの娘は、俺の『粉凍り』を焼き払った直後に、吐血して倒れたんだ」

「反動があるというワケか」

「……もう、あの娘に血を吐かせたくない。そのためには、血鬼術を使わず戦闘不能にする必要がある」

「そのための破壊殺か」

 

 ようやく猗窩座にも、話が見えてきた。

 

「貴様は俺から体術を学び、産屋敷の娘を倒して鬼にする」

「猗窩座殿はその後、報酬として俺を喰うといい。そして──」

「俺は黒死牟()に、『血戦』を挑む」

「俺の血鬼術を吸収して、更に身体能力も跳ね上がった猗窩座殿なら──」

 

「──いいだろう、お前に素流(破壊殺)の真髄を叩き込んでやる」

 

 上弦の弍と参が、手を組んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ内緒話。

 

 

 ──猗窩座殿。感情が無かった頃から、俺がキミを『親友』だと言い続けていた理由が分かったよ。……猗窩座殿が、俺を毛嫌いしていた理由もね。

 

 言ったら猗窩座殿は怒るだろうけど……俺達は、()()だったんだ。

 今なら分かる。猗窩座殿も、『虚無』を抱えていたんだって。本当は死にたいくらい、自分が大嫌いなんだって。キミが殺したいくらい大嫌いだった弱者は、きっと過去のキミ自身なんだろうね。

 ……つまるところ、同族嫌悪だったんだよ。

 

 でも今の俺は、同族ではなくなってしまった(やりたいことができた)から。きっと猗窩座殿も、話を聞いてくれたんだろうね。

 

 ……今でも俺は、キミを親友だと思っている。なのに私欲で利用するだなんて、相変わらず最低な自分に嫌気がさす。

 でも、キミしか適任がいないんだ。黒死牟から守ってやれる実力と、女性を殺さない信念を併せ持つ、猗窩座殿以外には任せられない。

 

 だからきっとこれでいい。これで……



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無限城・産屋敷邸戦
全面対決、開始


 
 唐突に始まる無限城戦。原作でも無惨は割と突然現れてたから許して……


 

 ──それは、1907年12月の末に起こった。

 

「……初めましてだね。鬼舞辻無惨」

「……何とも、痛ましい姿だな。産屋敷」

 

 日が落ちてすぐ、産屋敷邸に琵琶の音がして。耀哉の前に、無惨が現れたのだ。

 

「額の爛れが気になるかい? これはね……我が一族から鬼を──君を生み出したことによる、神仏からの呪いだよ」

「……忌々しいことに、お前と私の顔は同じだ。血縁なのは認めよう。しかし、私が鬼になったことと貴様の病は関係あるまい。何故なら私には、一切の天罰が下っていないのだから」

「君はそう考えるんだね。だが、私には私の考え方がある」

「貴様の考えなぞ知らぬ。どうでもいい。

 そんなことよりも、だ。答えろ、産屋敷かぐやはどこに居る」

「どこって……()()()()()かな?」

「は──¿」

 

 無惨が振り返った時には、彼の頭は鼻から上が飛んでいた。

 逆転した視界の中では、身体中に目玉模様の紙札を貼り付けたかぐやが、刀を振り抜いている姿が見えているだろう。

 

「──鳴女ェェェェ!!!」

 

 再び、琵琶の音が鳴り響く。

 現れた襖は二つ。一つは屋根近くに。もう一つは無惨の足元に現れた。

 対するかぐやは──()()()()()()して、()()()()()()()()()()()

 

(コイツ、なんて怪力……! やはり縁壱(アレ)と同種のバケモノだったか……!)

(無惨の方はこれでいい。もう一つの襖は──)

 

「……やぁ、かぐやちゃん。三ヶ月ぶりだね」

「──チッ!」

 

(まぁ、貴方ですよねチクショウ!!!)

 

 現れたのは、上弦の弍。超広範囲の血鬼術を使う、護衛戦をする上で最悪の相手。

 かぐやはすぐさま、『塵旋風・削ぎ』を使って童磨も同じく吹き飛ばした。

 

「痛ったた……久しぶりに会ったのに、いきなり舌打ちは酷くない?」

「馴れ馴れしく話しかけるな、人喰い鬼……!」

「……かぐやちゃん?」

 

(あばば、口が勝手に暴言吐きおった。コレはプランB……珠世さん方式の引き込みも難しいか?)

 

 珠世が無惨の支配を外れたのは、彼女が常にそれを望んでいたからという理由もあるが……無惨が瀕死になるという大きな切っ掛けが必要だった。

 しかし逆を言えば──無惨を追い詰めることができたなら、その時だけは鬼を味方に引き抜くことが可能なのだ。かぐやはそれを狙っているが……

 

「フーッ、フゥゥッ!」

 

(やっっばい、殺意が止まんないわ。身体の調子が良すぎて、()()()()()()()()()()()()のもヤバい)

 

 彼は気付いていないが、今かぐやの痣は月模様の中心に、それより小さな日の丸模様が浮き出た状態だ。そしてそれは、少しずつ大きくなっている。

 ──月の痣が完全に上書きされた時が、彼の最期となるだろう。

 童磨は何となく、それを『嫌な予感』として察知した。

 

「かぐやちゃん、キミはもう戦っちゃ駄目だ! 取り引きをしよう!」

「そうだ! 産屋敷かぐや、取り引きだ!」

「断る! 悪鬼──滅殺!!」

 

 『()()()()()赫刀(しゃくとう)化』が発動し、遂に鬼と鬼殺隊の決戦が始まった──

 

 

 

 *

 

 

 

「──というのは嘘です聞くだけ聞いてみて良いですか!?」

「う、うん。聞いてくれるなら、嬉しいけど……」

 

 童磨さん、頼むからその『ヤベー奴を見る目』を止めてくれ。その視線は私に効く。身体の自由が戻ったのがついさっきだったんだからしょうがないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 無惨? こっち見んな殺すぞ。

 

「さて童磨さん、聞かせてください」

「……いいかい、落ち着いて聞いてくれ。さっきの襖の血鬼術で、かぐやちゃん以外の鬼殺隊士は今、全員鬼の本拠地に幽閉されてる。だけど全員、まだ傷一つついてないから安心してほしい」

「人質を取っておいて『取り引き』とは。どこまで下劣なんですか」

「……ごめん」

「童磨さん、貴方じゃないです。

 ──そこで()()()()()()()()クソに言ったんですよ」

 

「──ッッ!」

(え? 本当に震えて……)

 

「さて童磨さん、話を遮ってしまい申し訳ありません。続きをお願いできますか?」

「えっ、あ、うん。

 こちら側の要求は一つ。産屋敷かぐや(キミ)が鬼になること。そうすれば──」

「ごめんなさい。その要求だけは、何があっても呑むワケにはいきません。再び身内から鬼を出せば、産屋敷は終わりです」

「……じゃあ口頭でいいから、青い彼岸花の咲く場所と時期を教えてくれ」

「そうすれば、お前の仲間は解放する。二度と鬼は増やさないと約束する。今いる鬼も、上弦を数名残して処分する。これで、どうだ……?」

「…………」

 

 さて、どうしたものか。棚ぼたな赤い刀で、ちょっち寿命が伸びたけど……感覚的に、それでも私の自意識は残り四半刻も持たない。

 雲取山の場所を教えて、『咲くのは5年後の9月』とでも言っておけば、私は充分お膳立てに貢献したと言えるだろう。

 ……唐突で、華はなく、助けたいと願った鬼は助けられず終い。ヒドイ退場の仕方だが、まぁ……私らしいと言えば私らしい最期か。

 

「いいでしょう、5年後の9月に──」

 

「カアアアッ! かぐや様、伝令です! 柱達と上弦が、戦闘を開始しました! 無惨の要求を呑んではいけません!!!」

 

「えっ、誰がそんなバカな──」

「──なっ、何をやっている黒死牟ォォォ!!!」

 

「……おい」

 

 柱達が、上弦と戦闘……? まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか

 

「──ヒッ!?」

「煉獄さんは、誰と戦ってる?」

「まっ、待て! 誤解だ! 上弦の壱が余計な挑発をして、小競り合いになっただけで──」

「そんなこと聞いてない。煉獄さんは、上弦の、誰と戦ってるの?」

「れっ、煉獄──代々同じ顔の炎柱だな!? それなら、上弦の()が──」

 

「──よし死ね」

 

「ギッ、アアアアアアアア!!?!? 私の腕がアアア!?」

 

 殺す。煉獄さんが殺される前に、一刻も早くコイツを殺す。そもそもが父の仇。容赦しない。その上で私の杏寿郎を奪うなら、長く苦しめて時間をかけないように殺す。

 

 …………あれ、また思考が混ざってきた。はやくしないと。だから──

 

「……どーまさん。じゃましないで。殺すよ?」

「……ダメだ、かぐやちゃん。やっぱりキミは今すぐ鬼になるんだ。キミがキミでいられる内に。その力は、血鬼術の万倍(おぞ)ましい」

 

 そんなこと、しらない。しっていた。

 

「……ヒノカミサマにたてまつ──ぶっ!?」

「破壊殺『空式』」

 

 ……おいおい嘘だろ。それって、猗窩座の──

 

「目は覚めたかい?」

「……おかげさまで」

「意地でもキミを、死なせないから」

「……しつこい男は……嫌い、なんですがねぇ」

 

 そんなことのために、わざわざ習ったとあっては。こちらも──

 

「仕方ありません。意地でも貴方を助けます」

 

 やることは変わらない。童磨さんを死なない程度にぶった斬って、無惨も死ぬ寸前までぶった斬って、少し時間を置いてトドメを刺す。ハハッ、それなんて無理ゲー?

 でもまぁ……これが最期なんだし。やってやりますか!

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 かぐやの意識は既に半分以上汚染されていて、冒頭時点で残り数分の命だったみたいだぞ。

 それが四半刻弱まで伸びたのは、赫刀による失神が主人格の方に働いたから。加えて不意打ちの空式を頭に貰って更に意識が遠のいたことで、更にボーナスタイム発生。45分くらいは持つ──かもしれない。



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一方その頃

 

 時は少し巻き戻り、無惨が産屋敷邸に現れるより少し前。

 

(琵琶の音。杏寿郎の言っていた、襖の鬼か)

 

 突然足場が消滅し、落ちていく中でも、悲鳴嶼行冥は冷静だった。鎖を鳴らし、臨戦態勢を取ると共に状況の把握に努める。

 着地した先には、無数の鬼。そして、鬼と対峙する形で柱が呼ばれているらしい。それが示す意味は、

 

「全面対決か……望むところ……」

「丁度いい。こっちから出向く手間が省けたァ」

「うむ! 腕が鳴るな!!」

「……だからって、初っ端からド派手過ぎる状況だろオイ」

「そうだねぇ、ちょっとコレはマズイかも」

「と言いながら笑ってる辺り、お二人も意外と好戦的ですよね」

 

 数の不利を笑い飛ばし、柱達は日輪刀を抜いて──

 

 

「待たれよ……」

 

『──ッ!』

 

 その声を聞き、彼らは動きを止めた。無論素直に言葉を聞いたのではなく、

 

「悲鳴嶼さん、コイツはァ」

「分かっている。目が見えずともな──上弦の壱、なのだろう?」

 

 鬼の群を割って最前線に出てきたのは、かぐやが引き分けた上弦の弍よりも上位の鬼。柱と言えど、彼を前にして迂闊に動くことはできない。彼らは注意深く、六目鬼の動きを観察し──

 

「……アホらし。地味に戦う気がねぇな、コイツら」

「その通りだ……私は、話をしに来た……」

 

 事実、彼を含めた鬼達は全く動く気配がない。『話の解る鬼』もいるという事実を知る今代の柱達は、大人しく用件を聞くことにした。

 

「分かった。聞こう」

「良き判断に感謝する……

 まず、お前達が最も気にしているであろう……産屋敷が置かれている状況について、説明しよう……」

 

 どうやら産屋敷邸の場所も、バレていたらしい。『大人しく聞こう』と決めた彼らも、大なり小なり殺気を漏らす。

 

「そう、睨むな……我らの主は……これ以上、異常者(お前達)との戦いを……望んでいない……」

「──本当か!?」

 

 それが本当なら、かぐやは『かぐや』のままでいられる──杏寿郎はそれに破顔するが、

 

「嘘は吐かぬ……我が主の願いはただ一つ……太陽の克服……その手掛かりを、産屋敷かぐやが素直に伝えれば……鬼は数名を残し解体……和平は成立する……」

「……そうか」

 

 その条件を、鬼舞辻に強い恨みを持つ産屋敷姉弟(あの二人)が呑むとは思えなかったし、呑んだとして、一般隊士達がそれで納得するかどうか。

 

「……和平が成立しなければ、どうなる?」

「その時は……ここに居る鬼を解き放ち……お前達を、鏖殺するまでのこと……」

『…………』

 

 状況は、全鎹鴉が持つ『愈史郎の札』により共有されている。朝陽がかぐやにこの状況を伝えた場合、彼女は……断腸の思いで無惨の太陽克服を『良し』とする可能性も、捨てきれない。

 

「しかし、安心するがいい……産屋敷が、和平を蹴ることは……まずない……」

「何故、そう言い切れる……」

「産屋敷邸に向かうのは……あのお方だけではない……上弦の弍も、参列する……」

「クソッ、そんなものただの脅迫だろうがァ!」

 

 無惨か上弦、どちらか一方であれば彼女なら最悪道連れにできる。だが、孤立無援で家族を庇いながら二対一なぞ不可能だ。

 

「ならば……お前達が、助けに向かうといい……」

「……あァ?」

「お前達が、ここから出る方法を教えてやろう……実行すれば、お前達は勿論、一般隊士の命も保証されなくなるが……」

「舐めるなァ。俺らの中に、命を捨てる覚悟ができてねェ奴ァいないんだよォ」

「ならば聞け……お前達の背後に……襖が、見えるな……?」

「……おう」

 

 隙を庇うように、行冥達が少し前に出る。そして実弥が振り返ると、確かに襖があった。

 

「そこを開ければ……参から陸までの数字が書かれた襖が……出るようになっている……この意味が……分かるな……?」

「……残った上弦の、数字」

「そうだ……各部屋には、数字に対応した上弦が居る……それを倒し、部屋にある……琵琶の絵が書かれた襖を、開けるがいい……」

 

 壱がいるこの部屋にも、それはあった。

 

「ここにお前達を呼び込んだ鬼が、そこに居る……その鬼には……辿り着いた者を、産屋敷邸まで送るよう、言いつけてある……」

「……何故、そのようなことを教える」

 

 上弦の壱がやっていることは、裏切り行為としか取れないものだ。でなければ──

 

「先に言っておくが……罠ではない……ただ……主君のやり方が、気に食わなかっただけだ……」

「……そうか」

 

 行冥には、その表情が嘘とは思えなかった。

 

 ──故に彼は、『最強』の責務を果たすことにした。

 

「壱の相手は、私がしよう……皆は、下がれ……」

「分かった、任せる!!」

 

 杏寿郎は、ノータイムでそれを承諾。一刻も早くかぐやの救援に向かうべく、背後の襖へ駆け出した。

 

「……承知ィ」

「……頼んだぜ、悲鳴嶼の旦那」

「お願いね、行冥くん」

 

 実弥、天元、真菰もそれに続き──

 

「……悲鳴嶼様、死なないでくださいね」

「無論……」

 

 そして行冥は、本当に一人きりとなった。

 

「──『鬼殺隊最強』 悲鳴嶼行冥。お相手願おう……」

「──『上弦の壱』 黒死牟。あの女を差し置き『最強』を名乗るのだ……失望させてくれるなよ……?」

 

「「参る」」

 

 鉄球と剣が、激突した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治噂話

 

「むっ、陸の扉が二つあるだと!? 俺は参の部屋に入る予定ではあるが、気になるな!」

「まぁそのまま捉えたら『二人で入れ』ってことだろォ? 俺は肆の部屋に入るから関係ねェがなァ」

「じゃあ私は伍の部屋に入ろうかな〜」

「……まぁ実力的に、こうなるわな」

「頑張りましょうね、宇髄さん。皆さんも、ご武運を」

 

 という訳で対戦表は、

 行冥vs黒死牟

 杏寿郎vs猗窩座

 実弥vs半天狗

 真菰vs玉壺

 天元&カナエvs妓夫太郎&堕姫

 となりました。

 

かぐや「いや、全員で黒死牟を叩けば良かったんじゃ(最低)」

 

全員 『上弦とタイマン張って負けるなら、結局無惨と戦っても足手纏いになりますから』

 

かぐや「えぇ……(困惑)」

 

 

 次回:皆既月食or上弦戦



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vs黒死牟

 

(ほぅ……この日輪刀……)

 

 黒死牟は行冥の初手を『まっすぐ投げただけの雑な攻撃』だと判断し剣で受けたが、すぐに悪手だったと気付いた。

 

(鉄に染み込んだ、この太陽光の純度……! 他とは段違い……!)

 

 彼の血肉から作られた刀身が溶かされ、剣が折れる。瞬時に屈んで直撃は避けるも……

 

(血鬼術の起点となる得物は潰した! 出し惜しみはしない、ここで畳みかける!!)

 

『南無阿弥陀仏!!!』

 

 読経──それは彼の反復動作。これにより行冥の腕へ()()()()()()()が浮き出した。

 その強化された豪腕で鎖を引き戻し、行冥は背後から黒死牟の頭を狙い打つ。

 

(膂力が凄まじいことは言うまでもなく……狙いも正確……そこに痣の強化が上乗せされるとなれば……猗窩座までなら、仕留められるやもしれぬ……)

 

 しかし、上弦の壱は伊達ではない。筋肉の動きを視認できる黒死牟は、着弾点を瞬時に計算。直前に首を捻って回避し、同時に刀を再生。お返しの一撃を放つ。

 

 ──ホオオオオ

 

 月の呼吸 壱ノ型 宵の宮

 

 単純な投擲への意趣返しか、彼が扱う型の中で最もシンプルな横薙ぎ。

 これを行冥は身を翻して大きく回避し、そのままの勢いで手斧も投擲する。彼独自の壱ノ型 『蛇紋岩・双極』だ。

 

(両手共に武器を手放すか……いや、それよりも気になるのは……此奴……)

(手数を増やしても当たらない。全て直前に回避される。もしやこの鬼……!)

 

((()()()()()()()()()()()()!!))

 

 攻防を交わす内、彼らは互いにそれを確信した。

 

「悲鳴嶼と言ったか……」

「うむ……」

「謝罪しよう……私はお前を、侮っていた……」

「謝罪はいらぬ。代わりにその頸を置いて逝け……!」

「頸はやれぬが……」

 

 黒死牟が大きく飛び退き、刀を上段に構えると──刀身が伸び、枝分かれするように()()()()()()()()()

 

「誇るがいい……単独で私に虚哭神去(コレ)を抜かせた者は、貴様が初めてだ……」

「──ッッ!!」

 

 行冥は、見えない目を見開いた。

 

(この筋肉の動き……()()()()()()()()()()!?)

 

 咄嗟に鎖を、急所を守るように展開し──その直後、凄まじい衝撃が彼を襲った。

 

「防いだか……流石だ……」

「ぐぅっ……!」

 

(対処を間違えた! 射程が先程までの倍以上に伸びている。距離を取ったのは、仕切り直しのためではなかった……!)

 

 先程まで対等に渡り合っていた行冥が、一気に防戦一方となった。

 ……無理もない。これは単純な引き算の結果だ。同じ痣と、同じ呼吸と、同じ至高の目を取り除いた時──残るのは『人と鬼』という、絶対的な差なのだから。

 武器の射程が違う。再生力が違う。体力が違う。踏んだ場数が違う。

 行冥がここまで粘れているのはむしろ奇跡。鬼以上の身体能力を生まれ持った彼であるからこその奇跡。

 ……だが太陽の刺さないこの城において、持久戦は無謀。無謀なのだ。

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……何故、攻撃を止める……!」

「認めよ……お前の負けだ……」

 

 致命傷、部位欠損こそ無いものの……行冥はボロボロだった。それに、全集中の呼吸も乱れている。あと数合で、彼は殺されていただろう。

 

「悲鳴嶼行冥よ、鬼になれ……お前が失われるのは惜しい……」

「断る……!」

「…………考えは、変わらぬか……?」

「鬼にされるくらいなら、私は舌を噛む……!」

「そうか……残念だ……」

 

 結果は出た。分かりきった引き算の結果。だからそう──

 

(行冥よ……せめてその名は、我が生涯最高の強敵として語り継ごう……)

 

 

 ────足りない分は、他所から持ってきて足せばいい。

 

 

 行冥がニヤリと笑い、黒死牟は上段に構えた刀を振り下ろす直前──()()()()()()を聞いた。

 

「……バカ、な……! だがコレは、忘れもしない……!」

「黒死牟よ……すまないが、私は一つ嘘を吐いた……」

 

 それは『ゴオオ』という、燃え盛る炎のような音。彼の心を、四百年妬き焦がし続ける音。

 

 ──天井が砕け、一人の少年が降り立った。

 

「貴様……貴様は何だ……!!」

()()()()。偉大な水柱の息子であり──虹を継ぐだ」

「錆兎は……()()()()()……」

 

「…………死ね……頼むから死んでくれ……! ヨリイチィィィ!!!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ■■コソコソ噂話

 

??「……彼、何か勘違いしてないかい?」

??「……無理もありませぬ。少年の師匠を考えれば、仕方なきことかと」

??「おかしいな。()()()は始まりの呼吸を教えていなかった筈だが」

??「彼女自身が仰っていたでしょう。彼女が使う炎の呼吸音は適性呼吸に引っ張られ、音が違うのだと。そして少年は、それをそのまま模倣していたではありませんか」

??「うん、そうだね。そうか、見ていたのか。嫁入り前の娘の肌をマジマジと」

??「あなた……?」

??「……!?」

 

 ──その後暫く、痣の青年が慌てて弁明する様を周囲が見守るだけの光景が続く。その間に行われた戦闘に関しては、別資料を参照すること。



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天元、カナエvs上弦の陸

 
 カナエの口調は、彼女の死後振る舞いをトレースしていたという『原作蟲柱』を意識しております。違和感のある方はご意見を下さると幸いです。


 

 ──第『陸』の間。

 大量の石柱が並ぶ『剣士殺しの部屋』にて、彼らは待っていた。

 

「……ふーん、本当に来たんだ」

「バカだなぁ、大人しくしてりゃあ良かったのになぁぁ」

 

 (みやび)な着物を纏った美女と、対照的にボロを纏った醜い男。しかし彼らの眼には、同じ数字が刻まれていた。

 

「ほーん、上弦の陸ってのは二体いるのか」

「俺たちは二人で一つだからなぁぁ」

「……それ、言っちゃっていいんですか?」

 

 その言葉が真実であるのなら、戦う上での心構えがかなり違くなる。『二体』ではなく『二人で一つ』ならば──片方の頸を落としても死なないことを想定して戦える。

 

(でも同族嫌悪の呪いが適用されていないってことは、たぶん本当に『二人で一つ』なのよね)

 

「構わねえなあ。俺達の倒し方は、気付いたところで意味ねぇからなああ」

「ふふっ。何せ私が7」

「俺が15、喰ってるからなあ。鬼狩りの柱をなぁあ」

 

「戦ってるの2/3以上()()()()じゃねぇか。よくそんなこと誇らしげに言えるなオイ」

 

『────』

 

「……地味に、何かおかしなこと言ったか?」

 

 敵どころか味方までポカンとした顔になったことで、宇髄もつい真顔でそう呟くしかなかった。

 

「……ねえ、デカイ方の鬼狩り」

「……なんだ」

「……私とお兄ちゃん、どの辺りが似てる?」

「声を聞きゃ分かるだろ。間違いなく兄妹の喉だ」

「……いや宇髄さん、普通は分からないです」

 

 ──※注:彼は絶対音感持ちです。

 

「……お前、綺麗だなあ。髪も、目も、肌もいいなあ。見れば見るほどイイ男だなあ。鬼になってくれねえかなぁぁ」

「美しい人間は食べて良し、愛でて良し。存在するだけで価値があるわ。アンタは鬼にしてあげてもいいわよ?」

 

 彼らは全くと言っていい程に似ていない。本人達ですらも、内心本当に血の繋がりがあるのか不安に思ったこともあるのだろう。『兄妹』だと断言されたのがよほど嬉しかったのか、ベタ褒めである。

 しかし……

 

「いや、俺は鬼にはならん。嫁三人に会えなくなっちまうからなあ」

 

「……お前女房が三人もいるのかよ!? 許せねぇなあ許せねぇなあ!! 今すぐ死んでくれねぇかなあああ!?」

「なんで奥さんが三人もいるの!? アンタいつの時代の人間よ!? 不潔! 最低! 信じらんない! 女の敵!!」

「それに関しては本気で同意します」

「おい!?」

 

 天元、まさかの四面楚歌(自業自得)

 

「……まぁいい。俺が地味に兄貴の方を抑えてやるから、胡蝶姉はとりあえず一回妹の頸を斬れ」

「『とりあえず』でアタシの頸を落とせると思ってるの!? ふざけんじゃないわよ!!」

「そうだなぁ、コイツ一人なら余裕かもだけどなあ、今は俺がいるからなぁぁ」

「ちょっとお兄ちゃん!?」

 

 堕姫、まさかのフレンドリーファイア(口撃)被弾。

 締まらない空気のまま、タッグ戦スタート。

 

 

 

 *

 

 

 

「──無論、マトモにやり合ったら引き離すのに苦労するだろうな」

「なんだぁ? やけに物分かりがいいなぁ」

「だからまぁ、()()()()()()()()()を使わせて貰う」

「あ? ──あぁぁ? テメェ、なんだぁそりゃあああ……」

 

 日輪刀を構えた天元の顔は上気し、いつの間にか首元にも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さてさて、地味に始めていこうじゃねぇか」

 




 
 明治コソコソ噂話
 痣を発現しているのは現状4人らしいぞ!


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上弦らしくない奴ら

 
 終わらせにいきます。


 

 第伍の間。大量の棚に数多の壺が飾られている、『壺の間』だ。

 

「──ヒョヒョッ、初めまして。私は玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?」

「よくないかな〜」

 

 そう言うと真菰は、全集中の呼吸で強化された脚力を用いて近くの棚を蹴倒した。置かれていた壺がガシャンガシャンと割れていく。

 

「ヒョッ!? 何をする貴様!?」

 

 会話に応じない鬼狩りは今までにもいたが、鬼の頸を斬るより壺を壊すことを優先する隊士は今までいなかったのだろう。玉壺は上下に付いた目を見開いて驚き、硬直している。そうした間にまた一つドンガラガッシャン。

 

「止めんか!?」

 

 やけに迷いなく、驚異的な俊足で壺を壊して回る彼女を止めようと、彼が動き出した頃には……棚が6つも蹴倒されていた。

 そして動き出した後も、彼女に攻撃は当たらない。それどころか……

 

「血鬼術 水獄鉢!!」

 

(よし、捕らえ──)

 

「水の呼吸 ねじれ渦」

「なんですとぉ!?」

 

 拘束のために出した水が、型の威力を上げるために利用された。飛び散った水の斬撃が、更に壺を破壊していく。

 

「……弱いね、キミ。ホントに上弦?」

「なんだとこの小娘がああああ!!!

 こうなれば、我が美しき真の──」

 

「……念のため血鬼術の起点を潰してからにしようと思ったけど、もういいや」

 

「「──ヒョッ?」」

 

 突然、彼の視界から真菰が消えた。

 いや──

 

「じゃあね」

 

 水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱 泡沫

 

 ──真菰の速度を全開にした奥義に、玉壺の目が追い付かなかっただけだ。

 胴体から上をバラバラにされて、目玉の位置にあった二つの口が、間抜けな音を漏らして塵になる。

 

「……綺麗な壺、割っちゃってごめんね」

 

 全身が消えたことを確認し、真菰は琵琶の襖を目指して走った。

 

 

 

 *

 

 

 

 一方、第四の間。

 何も物が無く、ひたすら広い空間だけが広がる部屋だ。

 

「ヒィィィ、鬼狩りじゃあ。儂のところにも来たぁ……」

「…………」

 

(事前情報では、『肆の本体に戦闘能力は一切無い』んだったな……てことは、コイツが本体)

 

「──出せよ、分身。無抵抗の相手を斬る趣味はねェ」

「ヒィィィ、ならば刀をしまってくれぇ。怖いぃ」

「……納刀すれば、通してくれるかァ?」

「ヒィィィ。柱を通せば、生きていても粛正される……じっとしていてくれぇ……」

「……なら分身を出して戦えェ。どっちが勝っても恨みっこナシだァ」

「嫌だ……戦いは怖い……いぢめないでくれぇ……」

「……テメェ本当に上弦かァ?」

 

(徹底してガタガタ震えているだけな、この情けない鬼に、鬼殺隊は百年勝てなかったのか……?)

 

「儂は確かに上弦だ……しかし、儂は何も悪いことはしていない……」

「……最終警告だァ。分身を出すか、俺を通すと言えェ。でないと5秒後、問答無用で斬る」

「ヒッ、ヒィィィ! 止めてくれええええ!!」

 

 結局半天狗は、分身を出さなかった。

 そして実弥は宣言通り、彼の頸を斬って──

 

「──腹立たしい」

「いや、楽しいことになりそうだのう」

 

(クソッ、そういうことか!)

 

 斬った頭からは胴体が生え、胴体からは頭が生えた。

 4種の分身は、頸を斬ることで増殖する。それを一撃で理解した実弥は追撃せず、距離を取って相手を観察することにした。

 

「攻撃して来んか。童磨め、よくも儂の血鬼術を」

「よいではないか。ならばこちらからしかけるまで!」

 

 血鬼術とて本当の意味で『何でもアリ』ではない。距離が離れれば、出力は下がる。特に、空間の歪みが激しいこの場所なら……必ず同じ部屋に本体が居るハズなのだ。

 しかしそれを探す時間を与えてくれる訳もなく、『喜び』の鬼── 可楽が突進してくる。

 

(頸は斬れない。四肢を斬り落と──ッ)

 

 実弥が反射的に迎撃すると、可楽は()()()()()()()()()。そして先程と同じように鬼が増える。

 再生した可楽は再び実弥に襲いかかり、増えた鬼──哀絶は十字槍を使って()()()()()()()()()()()

 

「そんなのアリかァ!?」

 

 ──これで、喜怒哀楽全ての分身が揃ってしまった。

 

「……さァて、どうしたモンかねェ……!」

 

 

 

 *

 

 

 

 明治噂話。

 

 ────第参の間では、何故か一太刀で決着が付いてしまったようだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よもや、よもや。コレは一体、どういうことか」

 

 猗窩座と名乗った彼は、上弦らしくない鬼だった。

 まず透明な視界で視た彼の身体だが……人を喰った数が、明らかに少なかった。食事の頻度は、無名の鬼より少ないと言っていいだろう数。

 

 それだけなら、替え玉を疑うが……

 

「……首なしの身体が、消えない」

 

 かと言って、それが動き出す様子も──いや、拳を振り上げて……

 

 

「…………自害、した?」

 

 

 周囲を警戒すれども警戒すれども、何もない。何も起こらない。

 

 ──上弦の参は、あまりにもあっさり、その呪縛から解放されたのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 俺の部屋に来たのは、不思議な奴だった。

 赤子ですら発している闘気を全く感じさせない『植物人間』かと思えば、その割に朗らかな調子で会話に応じる快男児。その笑顔は、遠い記憶の誰かを想起させる。

 

 ……だからだろうか、武人としてあるまじきことに、少し思考に耽ってしまった。よりにもよって、血鬼術が上手く作動しない相手の前で。

 

 『炎の柱と戦ったことがなかった』なんて、言い訳にもならない惨敗だった。一撃で俺の首は宙を舞った。

 

 身体は『まだ戦える』と言っていたが、誰かが塵になった筈の耳に、『もうやめて』と訴えた。

 

 …………俺は、自分の身体を殴って潰した。

 

 暗闇の方で、大切な人達が待っていた。

 




 Q:むざりんどうした。
 A:目の前の異常者がヤバ過ぎてそれどこじゃない。


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手遅れ

 

「──むっ」「──んっ」

 

 戦闘開始から3分で上弦を斬った二人は、奇しくも同じタイミングで琵琶の襖を開いた。

 

「これだけの短時間で上弦を倒すとは! 流石だ!!」

「まぁ、これでも最古参だからね。というか、同じ時間で参を倒してる杏寿郎の方が凄いよ……」

「結果だけ見れば、そうなのだが。アレは、何と言うべきか……いや、今はそれより」

 

 二人は、一つ目鬼に視線を向けた。

 

「……そう睨まないでください。約束は守りますよ。ただ……」

「ただ、なんだろうか!?」

「……きっと、後悔しますよ」

「問題ない! ここで立ち止まる方が、確実に後悔する!!」

「同感だね」

「……忠告、しましたからね」

 

 ──『ベン』という音と共に、二人の剣士は落ちていった。

 

「……恋なんて、本当にロクでもない」

 

 一人になった部屋で、彼女はポツリと呟いた。

 鳴女が人であった頃、彼女には夫がいた。熱烈な恋をして、結ばれて──裏切られた思い出。

 

(でも、私がまだ『恋する乙女』のままだったのなら──()()()姿()、見られたくはないでしょうね)

 

 かつて命懸けで引き分けた強敵と、それよりも強い敵の首魁を前にして尚、かぐや(彼女)が真っ先に安否を気にした相手は、果たして──

 

(……私には、関係のない話です)

 

 鳴女は感傷を打ち切り、任務に戻った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 二人が送り込まれたのは、産屋敷邸のとある室内だった。

 

「よし、まず外に出るか!」

「……待て」

「むっ、愈史郎殿!」

 

 室内には愈史郎と、透明化の札を貼られた子供達が居た。

 

「かぐやの加勢に行くんだろう? コレを持っていけ。鬼化を防ぐ血清と、透明化の札だ」

「助かる!」

「ありがとね」

 

 そして二人が外に出ようとして──もう一度、制止の声が入った。

 

「まっ……まって、ください……」

「輝利哉様、なんでしょう?」

「……キョウジュロウ、さん。お願いです……ムザンなんて、殺せなくてもいいから……かぐやおばさんを、元に戻してあげてください……!」

 

「────」

 

 杏寿郎は、理解した。

 それは、つまり。

 現時点で、3歳の子供が気付けるくらいには、かぐやが別人に成りかけているということ。

 

『彼女がかぐや様ではなくなった時──』

 

 杏寿郎の頭に、かつての声が木霊する。

 

『──覚悟を決めておいてください』

 

「……大丈夫です、輝利哉様。()()()()()()()ですので」

 

 ──だって彼はどうしても、彼女を喪う覚悟ができなかったのだから。

 

 そうして杏寿郎は、真菰と共に外へ出て。

 

 

「はハっ! ゴひゅはハはははッ!!!」

 

 

 タガの外れた声で嗤いながら戦うかぐやを見て、絶句した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ■■噂話

 

 

「もう遅いわ愚か者……と、言うのは……酷か。いくら奴には、アレを()()()()()()()()とはいえ」

 

 ……そう。杏寿郎は、杏寿郎だけが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。錆兎でも、ギリギリ間に合う可能性はあったが……それも結局後の祭り。知らぬが仏というものだ。もっとも、神も仏も産屋敷を呪う側であるため、彼にとっては敵同然なのだが。

 

 杏寿郎がその『手段』を知るのは、全てが終わった後だろう。



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皆既月蝕

 
 曇らせ一歩前です。気付いていた方もいらっしゃるようですが、今回は拙作で()()()()()()()()()()()()()()が、実はちゃんと適用されていたというネタバラシの回です。


 

 これはあまり知られていないことだが、『産屋敷の呪い』は『当主が30になる前に死ぬ呪い』だけではない。

 たとえば、『産屋敷の男児は当主となる一人を除いて死ぬ呪い』

 正史においても産屋敷耀哉には、多くの兄弟が存在した。ただ彼以外は全員、幼い頃に死んでしまっただけ。

 これだけ聞くと、『産屋敷家に産まれるなら女性がいい』と思うだろう。実際、男児へ向けられる呪いの方が多い上に効果が重い。

 

 ──だが、()()()()()()()()()()()()()。それは()()()()()()()()()()()()()

 

 その『呪い』とは──

 

 

 

 *

 

 

 

 ──私が童磨さんを『意地でも助ける』と、そう言った直後。

 

「オ゛ヴォェッ」

「…………え?」

 

 私は、大量の血を吐き出していた。

 日の呼吸も、その型も、全く使っていないのにだ。

 

「な……なんで──うッ」

 

 倒れ込みそうになる身体を、刀でなんとか支える。

 だが止まらない。肝心の吐血を止められない。

 どうしてだ? 意識はこんなにハッキリしているのに……

 

 

〝──よくやった〟

 

 

 ……この声は、誰だ?

 

〝お前は本当によくやってくれた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず、多くの優秀な人材を救ってみせた。更にはこうして、鬼舞辻を刀の届く距離まで誘き寄せてくれたのだ。想定を遥かに上回る成果と言える。となれば──〟

 

 ……言葉の内容からして、まさかコイツ……!

 

()()()()としても、そろそろ貴様を認めてやらねばなるまい。褒美をやろう〟

 

「……ぁ、ぐ、ァああ……!」

 

 ──立て。

 もっとしっかり立て。日輪刀を構えろ。

 

「どこ、だ……! どこにいる……!」

 

 声がするなら、魂を視覚で感知できるこの世界なら、見える筈だ。

 

お父様(灯夜さん)の、仇……!!」

 

 鬼舞辻なんて、本当はどうでもいい。直接の仇は、この世でただ一人『私を愛してくれた人』を呪った存在は、斬れないから。仕方なく憎悪の対象を変えただけ。

 

 ──でも、ソレが近くに居るのなら。褒美をやると言うのなら。

 

「私の前に、出て来い……! 殺して、やる……!」

 

 

〝喜べ。お前を『灯夜の娘』として認める。今からお前は正真正銘の『産屋敷』だ〟

 

「……ぁ゛?」

 

 嘲るような声で『喜べ』と言われた内容に、視界が真っ赤になるほどの激怒を覚えた。

 だって、それはつまり

 

〝さて、産屋敷には(すべか)らく祝福と呪いを授けている。お前にはそうだな……産屋敷あまね(義妹)と同じく、予知夢でいいか。次は呪いだが──おや? おやおやおやぁ? 貴様、()()()()()()()()()のかぁ〟

 

 白々しい……!

 コイツは、この邪神は……!

 

〝産屋敷の女児は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが貴様は既に19。ただ殺すだけでは他の者に示しがつかぬなぁ。どうしたものやらなぁ?〟

 

 ()()()()()()()()()()()()だ……!

 

〝そうだ! お前は二度と転生できぬよう、魂を擦り潰してやろう!

 クッハハ! 恐ろしいか? 恐ろしいだろうなぁ! 恨むなら貴様の父を恨むんだなぁ!!〟

 

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああ!!!」

 

 恐ろしいものか。恨むものか。

 だが天国に居るだろう彼が、このことを聞いたなら……きっと、無用な責任を感じるだろう。

 

「悪魔め……! 姿を見せろ! 細切れにしてやる!!」

 

 しかし当然、神仏を名乗る外道は姿を見せなかった。

 

 そして、心臓に激痛。

 

「ぁ、が……ちく、しょう────」

 

 

 ぼくの意識は、ここで途絶え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふヒっ」

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明治噂話

 

 かぐやを救う方法は至ってシンプル。

 『結婚して名字を変える』こと。その場合、産屋敷化を『もう籍入れてますので』で回避可能。

 13までに告白して成功するのは杏寿郎のみ。錆兎は成功させられるタイミングが13歳を過ぎちゃうけど、呪いの効果が薄くなって耐えられる。

 ……だが、彼らは間に合わなかった。



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『空』

 

 心臓に激痛が走って、目の前が真っ暗になった。何も聞こえず、温度も感じない。私の意識は、ここで途絶えるのだろう。

 ……実のところ、()()()()ことは……童磨さんに負けて、蝶屋敷で目覚めた時には分かっていた。気付かないフリをしていただけ。

 

 私は──()()だ。『産屋敷かぐや』が13を越えても神仏との繋がりを保つため、『呪いによる死』を代行するための存在。

 

 当然、肉体は残さなければならないから……殺されるのは精神の方。だから私は、化けて出ることなんて許されていなかった。鬼殺隊(彼ら)の行く末を見届けることは……絶対できないようにされていた。しかもそれが、先代様の名前で行われる。そして誰も、私が死んだことには気付かない。

 

「……なんですかそれ。ふざけないでくださいよ」

 

 今まで戦ったのは私だ。頑張ったのは私だ……!

 

 ……だけど、皆が最後にどういう顔をするのかすら、見ることが許されない。そんなの、私には耐えられなかった。認めてしまえば、壊れてしまいそうなくらい……辛かった。だから、気付いていないフリをした。

 

「……ごめんなさい、灯夜さん」

 

 今頃、彼だけは泣いているだろうか。隊士達の死に耐えきれず自害を考えるような、繊細なお方だ。きっと私の孤独な消滅にも、心を痛めるだろう。

 

「……謝らないでおくれ」

 

 突然、心地の良い声が聞こえて。その声の方へ、消えかけの意識を向ける。

 するとそこには、先代様の姿があった。

 

 ──なるほど、炭治郎くんが激怒するワケだ。どこまで性根が腐っているのかあの邪神は。だが、

 

「二番煎じですね。しかも下弦の鬼と同じ手法とは。器が知れるというものです」

「……私が偽物だと思っているんだね」

「消えなさい。タネが割れている手品ほど退屈なものはありません」

「……じゃあ、私は何も喋らない。ただ、ここに居させてほしい。私は向こうを見ているから、気が向いた時に話しかけておくれ」

「どうぞご勝手に」

 

 そうして私は、何も無い空間で膝を抱えた。

 ……だけど一向に、私の自意識が消える兆候はない。

 彼の幻影は、いつまで経っても、本当に何も仕掛けてこなかった。

 

「…………ああもう、限界です。退屈で仕方ありません。何か話してくださいよ。私を信用させるような何かでもいいですし、段階をすっ飛ばして罵倒して下さっても構いませんが」

「……ごめんね。こんな何もない場所に、ずっと居させてしまって」

「ああいいですね。本物みたいですよ。その調子です」

 

 うっかり、信じたくなってしまう。

 

「……ずっと、見守っていたよ」

「えぇ、彼ならそうするでしょうね」

「私が死んだ後も、自分に厳しくする癖は治らなかったみたいだね」

「余計なお世話です」

「父とはそういうものだからね」

「彼を傷付けるくらいなら、私は彼の子と認められなくてもよかった」

「いや、私は嬉しいよ。これからは神仏のお墨付きで、堂々とキミを『我が子』と言える。だからキミも、そんな他人行儀に『彼』とか『先代様』なんて言わないで、昔みたいに『お父様』と呼んでいいんだよ?」

「……やはりもういいです。黙ってください」

 

 うっかり、騙されそうになってしまう。

 

「じゃあ私は少し、離れているね」

「──ぁっ」

 

 反射的に声を出した私を見て、『仕方ないな』と言いたげに彼は笑った。そして何も言わず、結局離れることもなく、その場に座った。

 

「……何を勘違いしているんですか。離れるなら離れてください」

「あまり離れると、もう一度キミを見つけるのに、時間がかかりそうだからね。やはり近くに居させてくれないかい?」

 

 ──たったこれだけのやり取りで、私は限界を迎えた。

 

「もうやめてください!! 白状しますからっ、これ以上……! 期待させないでよ! ぼくはッ、私は……!」

「……()()()()()()んだろう?」

 

 そうだ。誰が、好き好んで『死にたい』などと思うのか。

 

「本当は、幸せな人生が欲しかったんだろう?」

 

 そうだ。でもそれができないから、ぼくは自殺した。

 でも、今の私は幸せだったのに。これからだったのに……!

 

「…………本物なら、たすけてよ、お父さん」

 

 あぁ、言ってしまった。

 きっとここからは、この醜態を容赦なく罵倒してくるだろう。分かっていても、耐えられるか──

 

「その言葉を、待っていた」

 

 ほら。私の心が折れたのを察して、攻撃に来る。

 その瞬間を、私は瞠目して待ち──(まばゆ)い光が、暗闇を取り払った。温もりが全身を包み込む。それはまさしく、『()()()』であった。

 

 ……え?

 

「その願い、確かに聞き届けた」

 

 気付けば、私は感覚を取り戻していた。消えかかっていた筈の魂が、回復している。

 振り返れば、赤い目の男性が立っていた。

 

「……あな、たは」

「お前達が、『お天道様』と呼ぶ者である」

 

 つまり、ヒノカミ様だというのか。

 

「いかにも。お前達を呪った阿呆とは別の神だ」

「そして、私の協力者()()()だよ」

「協力者? その2……?」

「この男はアレの企みを察し、天国を駆けずり回って1人目──()()()()()()()()()()()()()のだ。天道(わたし)はあくまでオマケに過ぎんよ。アレの目を盗み、消滅直前の貴様を救出したのは奴だからな」

 

 始まりの剣士──珠世さんが言っていた、縁壱さんのことか。

 

「何千何万では話にならぬ数を誇る死者の中から、たった一人を見つけ出す困難な作業を……此奴はやり遂げた。他ならぬ貴様のためにだ」

「うん。キミはこれ以上なくハッキリ言わないと自覚できないようだから明言しておくけど、私はそんなの苦にならないくらい、キミが大切なんだよ」

「ぇぁ、うぅ……」

 

 ……こんなの、反則だろう。ここまでされたら──

 

「……本物、で、いいんですよね?」

 

 ──誰だって、信じてしまうに決まってる。

 

「私、頑張ったんです」

「うん」

「凄く凄く、頑張ったんです……!」

「よく知ってるよ」

「……だから、その……ご褒美が、ほしいです」

「なんだい?」

 

「……ぼくに貴方を、『お父様』と呼ばせてください」

 

 あんな腐り切ったエセ神仏なんかじゃなく、私は貴方本人の許しが欲しい。

 

「勿論。だけど一つだけ、条件がある」

「なんでしょう?」

「キミの名前。かぐやという名も、最初の名前も、キミは名乗る気がないのだろう? 私が付けても構わないかい?」

「──勿論!!」

 

 願ったり叶ったりだ。かぐやという名をこれ以上騙るのは申し訳ないし。かと言って、できれば以前の名前を使うのも嫌だったから。

 ──だけど、

 

「キミの名前は、『(そら)』だ」

「……ぇ」

 

 彼が私に付けた名は、大嫌いな以前の名前だった。

 

「どうして……」

「……キミは未だ、否定され続けた過去に囚われている。そんなキミを自己否定から解放するには、やはり過去に向き合うしかない。だから、キミがキミを好きになれるように──まずは、その名前を好きになって欲しい」

「……どうやって好きになれって言うんですか。こんな名前」

 

 『カラッポ』の空。『空白』の空。『空洞』の空。

 ぼくは最期まで、何も得られなかった。ただあるものを消費して、周囲を不快にするだけだった。

 だから──自分の命に、義務教育を終えた後にかかる費用ほどの価値があるとは思えなくて。中学校を卒業したその日に自殺した。

 向き合うまでもない。これが全てだ。

 

「でも、私は嫌いじゃないよ。昔のキミも」

「……私が嫌いなんですよ」

「じゃあ、私を父とは呼べないね」

「……()()()のいじわる。()()は早くも反抗期に突入したくなりました」

「反抗期かぁ。私は二人の反抗期まで生きられなかったから、見るのが楽しみだよ」

「……じゃあ今すぐ見せてあげます。家出してやりますから」

 

「……もう行くのか?」

「はい、お願いします」

 

 お互い『どこに』とは言わない。

 

「……一緒に天国で、皆を見守ることもできる」

「魅力的な提案ですが、反抗期ですので」

「……今度こそ、あの汚舞辻を吐瀉物で煮込んだような性格の邪神に殺されるかもしれないよ?」

「私は既にこうして死んだ身。最早痣の呪いも、産屋敷の呪いも、私には効きません。そうでしょう? ヒノカミ様」

「そうだな。もうアレはお前に手出しできん。だが、依然として危険であることに変わりはない」

「問題ありません。それに……過去と向き合うなら、同じ悩みを抱える人と一緒の方が、良いと思うので」

「……そっか」

「では、送るぞ」

「はい」

 

 光が強くなって、急速に眠くなる。不思議な感覚だ。

 

「──空」

「……なんですか? お父様……」

 

 眠る直前、父が口にしたのは

 

 

「朝の太陽も、夜の星々も、降り注ぐ光はいつだって『空』からだろう?」

 

「……そうだね」

 

 

 どんな加護よりも暖かい、福音だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 天国コソコソ噂話

 

「……心配だなぁ」

「案ずるな。アレの手出しがなければ、貴様の子が負けることは早々ない。奴は、()()()()()()()()()()()()と言える」

「あぁ、戦いであの子が負けるのは無いと思うんですが……」

「ふむ? では、何を心配しておる」

「あの子おそらく──()()()()()()()()()()()()()()()()()ですよね?」

「…………」

「ヒノカミ様、娘の結婚相手の夢枕に立ちたいのですが」

「止めてやれ」



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喪失

 オリジナル血鬼術が出てきます。予めご了承ください……
 そしてこちらの方が重要なのですが、浄土宗の方にとっては不快になるかもしれない表現が含まれておりますが、作者に浄土宗の方を批判する意思は一切ありません。


 

「クひっ、アヒゃははッ!」

 

 ──あぁ、俺のせいだ。

 

 狂ったように笑う彼女を見て、『救えなかった』のだと。それどころか、『()()()()()()()()()()()()』のだと……察してしまった。俺が彼女に……情けをかけさせてしまったからだ。

 彼女が俺を『助ける』と言った時の目は、勢いだけで言い放ったものじゃなかった。彼女には、明確な『手段』があったのだ。

 ……過去の事例、状況から推察される答えは一つ。

 

 『逃れ者の珠世』だ。

 

 これが、彼女が青い彼岸花の情報を漏らした理由の説明にもなる。でなければ()()()()()()()()()()()()()()()()ことの説明が付かない。下弦以下には聞かされていないそれを知っていて、鬼殺隊に協力するであろう存在は、珠世という鬼のみなのだから。

 

 そして彼女を既に引き込んでいるならば──当然、鬼の呪いを外す方法も知っていることになる。

 

 ……彼女は、それが可能な状態だったのだ。だからそれを、『実行する意思表示』をしたことで……こんな、こんな……!!

 

「その顔で、その声で──それ以上下品に嗤わないでくれ……!」

 

 ──血鬼術 横(ふゆ)ざれ氷柱(つらら)

 

 思わず、使わないと決めていた血鬼術を使っていた。

 しかし感情任せに撃った乱暴な攻撃が彼女に当たる筈もなく、放たれた氷柱は彼女の心臓を貫いた。

 

 ────は?

 

「ゴふぁはッ! アハハハハ!!」

「……完全に狂っているらしいな。童磨、どうする? ソレの処遇は任せるが」

 

 巨大な氷柱に胸を貫かれ、仰向けに倒れながらも嗤い続ける彼女は……無惨様の言う通り、完全に狂っていた。

 ……それでも、

 

「当初の予定通り、鬼にしましょう。許可を頂けますか?」

「許可する」

 

 意地でも助けると、誓ったのだ。既に彼女が『かぐやちゃん』ではないのだとしても、生きてさえいてくれれば……いつか助けられる機会が訪れるかもしれない。

 だから俺は血を『鬼化の血』へと変化させ、大きく開いている彼女の口に血を注ぐべく、歩み寄る。

 

「……今はまた引き分けだね、かぐやちゃん」

「ひひひ」

 

 でも、いつか俺が勝つ。必ず救う。そのために、彼女を──

 

 

「──いいや、勝つのは()だ」

 

「なっ」

 

 突然、彼女の身体が跳ね上がった。

 そして氷柱はドロリと溶け、()()()()()()()()()。信じられないことに、再生速度は()()()殿()()()()()()()()のではと思わせる程だ。

 そうして驚いた隙に日輪刀を赫く染めた彼女は、その刃を俺に突き立てた。

 

 激痛が全身を支配する。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 鬼になって久しく忘れていた不快感──痛み。いつもなら一瞬で消えるこの感覚が、いつまで経っても消えずに身体を縛り続ける。

 

「クヒヒッ、それが常日頃鬼と戦う人間が見ている景色だ。よく味わうがよいぞ」

「貴様──!」

「ハハっ、(のろ)い鈍い!」

 

 無惨様が触手を使って彼女の身体を斬り刻もうとするも、彼女はすぐに俺を蹴り飛ばしながら後退することで回避した。

 しかし距離が取れたことで、無惨様は俺に近付けた。無惨様の手で俺の胸に刺さった日輪刀が抜かれ、折り砕かれる。

 

「クククッ健気よなぁ。安心せい、トドメは刺さんよ。一秒でも長く苦しんで欲しい故な」

「……童磨、まだ動けるか?」

「……すみません」

 

 かぐやちゃんの口で残酷なことを宣う目の前の阿婆擦れは今すぐにでも殺してやりたいが、その前に少なくとも傷口を塞がなければ。

 

「是非もない。ならば一瞬でも早く回復するよう専念し、復帰次第私を助けろ」

「……はい」

「哀れ哀れ。無駄じゃよ。半年は治らぬ」

 

 無惨様にしては特大の寛容さで許されたので、目を閉じ大人しく回復に専念する。

 

 

『────ぁぁああああ』

 

 

 ──すると、頭の中に声が響いた。

 

『やめろやめろやめろぉ! やめてくれぇ!!』

 

 これは、百年以上前の……俺がまだ、上弦の陸だった頃の記憶か。

 あれはそう、雪の日だった。たしか俺は、食事をしながら歩いていて。悲痛な叫び声が聞こえたから、いつものように『助けてあげよう』と思ったのだ。

 

『──どうしたどうした』

 

 そうして向かった先には、瀕死の女と重傷の男。どちらも助かる見込みは無かった。だからいつものように──苦しみが早く終わるよう、救って(食べて)あげようと思ったその時、

 

『何も……与えなかった、くせに……神も、仏も……殺して……や、る……』

『────』

 

 

 気付けば、兄妹に血を与えていた。そうする前、何か長々と口上を並べ立てていたような気がするけれど、忘れてしまった。

 食わない理由は無かった筈だ。あの時は、比較的腹が減っていたことを覚えている。少なくとも食べ歩きをする程度には。

 上弦たる俺にとって、食事が二人増える程度は誤差。だから、いつもなら食っていた筈だ。なのに俺は、あの兄妹だけを鬼にした。

 

 ──その理由が、今なら分かる。

 

「妓夫太郎……キミはあの時、こんな気持ちだったんだね」

 

 これはそう──

 

 

「許すまじ、神仏(しんぶつ)

 

 

 怨恨。憎悪。厭忌。ありとあらゆる娼嫉(ぼうしつ)の言語を以てしても、この『殺意』を表現するには足りないだろう。

 

『元に戻せ俺の妹を!!』

「かぐやちゃんを、元に戻せ」

 

 塞がらない傷口に業を煮やし、血鬼術で凍結させる。

 傷口を塞いで、立つ。立って『敵』を、視界に収める。

 

『でなけりゃ──』

「神も仏も、氷漬けにしてやる」

 

 血鬼術 『霧氷睡蓮菩薩』

 

「ハッ! そんな作り物の菩薩像で妾を凍らせると!?」

「いいや、まだだ……!」

 

 鬼は執着によって強くなるという。

 だけど俺は何の執着も無しに、ここまで来た。ならばまだ、上がある筈だ。

 

「いいぞ童磨! もっとだ!!」

「馬鹿どもめ、出力の問題では──いや、これは!?」

 

 凍れ。凍れ。

 もっと広く、もっと冷たく。

 俺の怒りは、こんなもんじゃあ鎮火しない。

 

「浄土の仏に奉る」

 

 阿弥陀如来はあらゆる時と場所の制約を受けず、『生あるもの全てを救う者』だという。

 おかしな話だ。ならば何故、この世に救われない者が溢れている。

 

「御照覧あれ」

 

 そんな奴が実在したのなら──ソイツはどれほど血も涙も無い、冷酷な奴なのか。

 

血鬼術『刻止(こくし)血涙無阿弥陀(ちなむあみだ)

 

 ──それはきっと、時間すらも凍てつかせるほどだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 新たな血鬼術により時間を止めた童磨は、両手でかぐやの肺を貫いた。

 そして時は動き出す。

 

「さっきの氷柱、溶けるまでに時間があったよね。一度に消せる容量は決まってるんだろう? ならこうして致命傷を与えながら血を送れば、鬼化を防ぐ方に力を回せないんじゃあないかい?」

「クッ、眷属風情に遅れを取るとは……!」

「図星みたいだね。呼吸法は潰した。身体を持ち上げてるから、足も使えない。これで詰みだぜ。かぐやちゃんを返してくれ」

「フヒッ、断る」

「……鬼になると、大体のヒトは性格が変わるらしいぜ? お前が誰だったのかなんて心底どうでもいいから、早くその身体から出ていけよ」

「言われずとも出ていこう。精神汚染は御免被る」

 

 随分と素直な『誰か』の反応に、童磨は嫌な予感を覚えた。

 

「……かぐやちゃんは、元に戻るんだろうな」

「無論」

 

 そして童磨が安堵した瞬間を狙って、ソレは嗤った。

 

「あぁ、スマンスマン。誤解させた。

 ──無論元に戻るワケがないだろうバカめ!! アレの魂は妾が念入りに呪い殺した!」

 

 ── 一瞬、何を言ってるのか分からなかったのだろう。童磨は数秒呆けた顔になった後、自分に言い聞かせるように『嘘だ』と言った。

 

「そんなこと、する理由がない……!」

 

 ……だが、彼自身分かっている。

 

「プッ、フハハハハ!! 何を言うかと思えば……! 貴様のせいだろう愚か者め! 鬼なんぞに情けをかけるからだ」

「……黙れ」

 

 分かっていても、それは認め難いことだ。それに、呪い殺した実行犯に責任転嫁される謂れはない。

 

「ああっ、いいぞいいぞその顔だ! 陵辱しても反応が無ければつまらぬからなあ!」

「黙れ……!」

 

 怒りに任せ、童磨は更に多くの血を送りながら、同時に肺以外の臓器も凍らせる。

 

「無駄だ。貴様と戦った後、この身から痛覚は消え失せた」

「……ぇ」

 

 他人の感情を『理解』はできても『実感』できない童磨にとって、痛覚は『共感』できる数少ない感覚だった。

 しかし鬼となり、それすらも『共感』できなくなった彼は……日に日に狂気を増していった。

 感情を手に入れそのことを自覚した童磨にとって、『痛覚を奪った』という事実は重く心にのしかかる。

 

「フヒハハハハ!!! 最高の表情が見れて妾は満足だ! では望み通り、出て行ってやるとしよう!」

「──あっ、待てッ!!」

 

 しかし彼の言葉は届かず、かぐやの身体は沈黙した。

 

「……ちくしょう」

 

 童磨は貫いていた手を引き抜き、彼女を優しく地面に寝かせた。

 ……無惨の血縁である以上、かぐやはほぼ確実に鬼としての才能がある。だがそれでも、魂が無いのなら意味がない。

 

「チクショウ……!!」

 

 童磨は空を仰ぎ、溢れんばかりの涙を堪えた。

 

 ──彼は人生で初めて、『喪失』と『絶望』を知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 天国コソコソ噂話

 

 

「ふぅ、脱出成功。

 しかし実際問題、アレはどうしたものか……上弦が半壊しているとは言え、下手をすればアレ単体で無惨すらも上回るやも──」

 

「──やっとかぐや様から離れたな、外道」

 

「なっ、貴様は縁壱!? 何故ここに!?」

「問答無用。そこに直れ」

「クッ、こんなところで死ねるか……!」

 

 次回『邪神死す』 赫刀スタンバイッ!



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血の雨粒にて鬼を穿つ

 

 ──『生まれ変わりはありますよ』と、彼女は言ったけれど。魂を呪い殺された人間にも、それは適用されるのだろうか。

 ……分かっている。そんなことはあり得ない。彼女は本当の意味で『死んだ』のだ。

 

「童磨、いつまで泣いている」

「…………放っておいてください」

 

 この世で唯一、俺の理解者となってくれた女の子は……もう二度と、この世に生を受けることが無くなった。

 

「それがどうした。ソレが貴様に自覚させた『生きる意味』と、ソレの生死は、何の関係もないだろう」

「ハハ……そうですね」

 

 ああそうだ。そうだとも。

 

「その上で、言わせてください──黙れよ感性ゴミ虫の病弱野郎」

「死にたいらしいな」

 

 俺の首が宙を舞う。始祖の殺意が、身体の再生を拒絶する。

 

「フン。時を止める血鬼術を失うのは惜しいが……青い彼岸花と比べれば粗末なこと」

 

 ……無惨は、かぐやちゃんの細胞から記憶を読むのだろう。そしてきっと、太陽を克服する。

 ……止める必要はない。彼は本当に、下弦未満を処分したのだから。下弦級の力を持たされた使い捨ての融合鬼達は、理性が無かった。戦闘力だけの存在を、無惨はこの先必要としない。俺を切り捨てたのだから、確実と言える。

 もう鬼が増えないなら、俺は死んで地獄に堕ちるべきだ。

 

「……人を救うのではなかったか」

「……どうせ、俺には無理です」

 

 生きるのが辛いと感じる人を、食い殺す。俺の知る『救済』は、これしかない。他の方法なんて、知らないのだ。

 

「無惨様……食事の際に命乞いをされた回数と、感謝された回数、どちらが多いですか?」

「感謝されたことなぞ無い。されても気色悪いがな」

「ですよね……」

 

 当然だ。だから俺は、救った人間から『恩着せがましい気狂い鬼』として恨まれているだろう。だから──

 

「この娘だけなんです……俺を肯定してくれたのは……」

「だろうな。私とて、貴様の思考は理解できん。理解したいとも思わぬ」

 

 それだけ言って、彼は俺から視線を外した。

 

 ……身体が、頸が、ボロボロと崩れていく。

 数字の書かれた目玉が転がり、塵も残さず消え去った。

 

 …………あぁ、やっと死ねる。

 

 そう、思ったのだけど

 

 

〝──なさい〟

 

 

 天に召される直前。空から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

〝ごめんなさい、()()()

 

 ……誰だったっけ。虚無の中に埋もれた、数少ない『心地良さ』の記憶が、刺激される。

 

〝貴方を『嘘吐き』と言って、ごめんなさい……!〟

 

 琴のように綺麗な声。こんな風に『ごめんね』と、泣きながら謝る声を覚えている。

 

 ──ああ、思い出した。この娘は『琴葉』だ。

 

〝私も、伊之助も、貴方に救われたのに……! 貴方はこんなに苦しみながら、それでも誰かを助けようとしてたのに……!〟

 

 ……こんな俺のために泣いてくれるなんて、嬉しいねぇ。この声を思い出すだけで、地獄の呵責も耐えられそうだ。

 

〝──ダメです! まだこっちに来ないでください! 教祖様なら、やり直せます!!〟

 

 ……そうかな。俺は、今度こそ……ちゃんと人を、救えるのかな。

 

〝できますよ! だって少なくとも伊之助は、貴方がいなかったら今も生きてたか分かりませんから!〟

 

 ……驚いた。あの子、生きてたんだ。

 

〝はい! ちょっと元気過ぎて心配なので、息子を頼みます!〟

 

 ……どうやら残念な頭は、本当に死んでも治らないらしい。

 

〝……全く、しょうがない。俺は優しいから、頼まれ事はキチンとこなすぜ〟

 

 だから身体よ、もう一度再生してくれ。

 

 崩壊が止まる。だけど、再生は始まらない。始祖の力に逆らい切れない。

 

〝──違う。鬼の力で再生させようと思うから駄目なんだ。まず、鬼の領域を突破することを考えろ〟

 

 ……嘘だろう? この声は、猗窩座殿か。負けたというのか、彼が。

 

〝俺は猗窩座ではない。無駄口を叩かず、やれ〟

 

 ……簡単に言ってくれるね。

 

〝お前より格下の鬼にもできたんだ。お前にできない道理はない〟

 

 やっぱり猗窩座じゃないか。

 

〝違うと言ってるだろう殺すぞ〟

 

 死なせたいのか、死なせたくないのか、どっちなんだい?

 

〝殺したいが、お前と同じ場所に居たくない。だから貴重な執行猶予を使って来てやったんだ。まだ暫く死ぬな〟

 

 ……しょうがない奴だなぁ、キミも。分かったぜ、親友。

 

 助言に従い、新たな力を望む。すると確かに、僅かだが再生の始まる感覚。同時に、意識が空から落ちていく錯覚に陥る。

 

〝童磨──〟

 

 そのせいで、最後に彼が発した言葉が、遠すぎて聞こえなかった。それが少し、心残り──

 

 

 

〝俺は愛した人を守れなかったが、お前はまだ間に合う。その手でしっかり守り抜け、親友〟

 

 

 

 *

 

 

 

 ── 一月前。

 

「……縁壱が珍しく『頼みがある』と言うから何かと思えば」

「お初にお目にかかります。(わたくし)、産屋敷灯夜と申します」

「既知である。故に、貴様の願いも想像が付く──娘のことだな?」

「はい。どうか、お力添えを」

「いいだろう。ただ……いくつか条件がある」

「拝聴します」

 

 灯夜は『無償で力を貸せ』などと言いだすような愚か者ではない。当然、どんな要求も呑む覚悟で来ている。

 

「まず一つ。貴様の子達に、天道の信仰を広めさせよ」

「喜んで」

「そしてもう一つ。お前にとっては辛い条件となるが……」

「構いません。私に可能な事柄であれば、如何なることも」

「ならば──」

 

 灯夜は固唾を呑み、日の神の言葉を待った。

 

「あまりアレを、悪く言わないでやってほしいのだ」

「…………」

 

 拍子抜けと言えば拍子抜けだが、彼にとって『辛い条件』であるのは確かだ。

 

「……一族を、何より我が子を呪った相手を……『許せ』と仰るのですか?」

 

 眉を顰めながら、灯夜はなんとか敬語を保ちつつ返答した。大恩ある神の言葉でなければ、彼は唾を吐いていたかもしれない。

 

「許せとは言わぬ。ただ……アレがあそこまで腐った理由を知っている者としては、な」

「……昔は、優しい神だったと?」

()()()

 

 一切の迷いなく肯定されるとは思っていなかったのか、灯夜は目を丸くした。

 

「奴ほど精力的に人助けを行なっていた神を、私は他に知らぬ。大概の神仏は、人々がどれほど苦しみ、祈りを捧げようと……対岸の火事として切り捨てるものだ。かく言う私も含めてな」

「何を仰いますか! 貴方様は今まで何度も、娘を助けて下さったではありませんか」

「いいや、それは勘違いだ」

「勘違い、ですか?」

「おかしいとは思わなかったのか? 奴は何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

「──まさか」

「その『まさか』だ。空が振るっていた権能は、()()()()()()()()。アレは()()()()()()()()

「そんな、バカな」

 

 ならば何故、邪神は直接鬼舞辻を呪わないのか。『日陰に隠れる』という明確な対策を取れる太陽光と違い──

 

「『いつでも無惨を殺せた筈だ』と、言いたいのだろう? だがな、()()()()()()のだ。アレの全力は、鬼舞辻の命に届かなかった」

「……なんと」

 

 邪神は『人を呪う神』であった。『鬼』となった鬼舞辻には、呪いが思うように効力を発揮しなかったのだ。

 

「最悪なことに、失敗した呪いは自分に帰ってくる。千年経った今でも、アレはその力の大半を失ったままだ」

 

 しかしそれならば、新たな疑問が浮上する。

 

「……では上弦の弍の血鬼術は、無惨に遠く遠く及ばないと?」

「いや、そうでもない。もしそうなら、縁壱が鬼舞辻に勝てたことの説明が付かん。天道()と全盛期のアレの間に、それほど力の差はない」

 

(……まぁ実の所、縁壱は自力で勝てた疑惑があるものの……話が拗れるから言わなくていいな。ウム)

 

 彼はあくまで『日の神』である。透ける視界や身体能力を爆上げする呼吸法なんて超技術は勿論、痣なんて与えた覚えは無い。というか与えられない。彼が縁壱に与えた力は、『拾参の型(神楽の才能)』と『再生阻害(日輪の権能)』に加え『太陽光を栄養に変える(十日間飲まず食わずで生きられる)身体』のみだ。

 故に日の神は、縁壱が25を超えて生きられた理由なぞ知らないし、双子であり、同じ痣と呼吸を使っている筈の巌勝を遥かに上回る身体能力を持っていた理由も分からない。

 

(周囲の奴等が『神の御業』と言うたび、『いやナニソレ……こわ……』と素で呟いてたからな? 我)

 

 ──閑話休題(それはさておき)

 

「アレは失敗し、力を失った。そのことで周囲の神々に、散々嗤われたのだ。元から捻くれ者で、敵を作りやすい性格だったから尚更な……それで引っ込みが付かなくなった奴は、最低の手段を用いた──」

 

 一族に掛けられた呪いの真意が明かされる瞬間を前に、灯夜は固唾を呑んだ。

 

 

「千年蠱毒。それが、お前達にかけられた禁呪の名である」

 

 

 

 *

 

 

 

 猗窩座と玉壺が死んだ。上弦が半壊した。

 

 ──『まぁいい』と、気を持ち直す。最早配下なぞ不要。完璧な生物は私一人でいい。

 

「……いや、鳴女くらいは手元に置いてやってもいいか。塁も、ついでに太陽を克服させてやろう」

 

 黒死牟は……いらんな。今回の事態をややこしくした痴れ者は、もういらない。妓夫太郎も食ってしまおう。堕姫を切り捨てるのは確定だから、童磨風に言うと『一緒に食ってやるのが救い』という奴だ。

 

「クク……やっと、やっと忌々しい太陽を克服できる」

 

 童磨が送り込んだ『鬼化の血』を操作し、頭部に集中させる。身体はいらない。記憶だけ読めれば充分だ。

 

 ──そうして、読み込んだ記憶は

 

 

『よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも』

 

「なっ──!?」

 

 真っ赤な殺意が、私を呑み込んだ。そして気付く。

 

「此奴、()()()()か!!」

 

 私と同じく、得体の知れない者の手で、人ではないモノへと変生させられた存在。そう──

 

 

 産屋敷かぐやは、()()()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

 明治噂話

 

 

 ──私には、三ヶ月以上前の記憶が無い。

 最初は戸惑ったけど、今はあまり気にしていない。過去の全てを記憶しながら生きている人なんていないということは、すぐに分かったから。

 

 それに、やるべきことは知っている。私は、私が何者であるかを知っている。

 

 私は、『鬼殺の舞姫』だ。『鬼を殺す神楽』を舞う巫女だ。

 巫女神楽は『神懸かり舞』と呼ぶらしい。つまり()()()()()()()()()()()()()である。

 

 ──そしてついさっき、器は満たされた。私は、完成した。

 

「クふッ、あヒヒ!」

 

 だから嗤う。彼女のように。私は、彼女の『化身』なのだから。

 

鬼舞辻無惨(オマエ)は私が殺す」

 

 だから日輪刀を抜いて、構える。長い方は折られてしまったから、年季が入った短刀の方を。消えてしまったあの子のように。私は──彼女の姉なのだから。



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全面対決、終幕

 

 細胞には、記憶が刻まれるものだ。些細なものであっても、完全に消すことはできない。思い出せなくなろうと、死んでしまおうと──400年以上先の子孫にだって、残り続ける。

 

 ──にも関わらず

 

(この女には、()()()()()

 

 代わりにあったのは、96人の歴代鬼殺隊当主から引き継がれた『千年分の憎しみ』

 

(常々鬼殺隊は『異常者集団』だと思っていたが……なるほど。(かしら)がこんな状態ならば、さもありなん。いっそ哀れですらある)

 

 あの鬼舞辻無惨が同情してしまうほど、産屋敷家は好き放題陵辱されていた。だからだろうか……

 

「もうお前に用はないが、いいだろう。やってみろ。貴様の憎しみを受け止めてやる」

 

 らしくないことに、彼は戦いを選んだ。

 

「もっとも、()()()()()()()()()()()だろうがな」

「──死ね」

 

 

 

 *

 

 

 

 嗤う女の肘から先が千切れ飛び、秒もしない内に再生する。

 撒き散らされた血液が、触手を生やした隻腕の男に火をつける。だが男は焼けると同時に再生し、全く気にも留めていない。

 

 ──それはまさしく、バケモノ同士の戦いであった。

 

「……だれ、だ」

 

 その様子を見た青年は、戦う片割れを知っていた。子供の頃から、よく知っていた。

 だからこそ、彼は問わざるを得ない。

 

「一体誰が、こんなことを……」

 

 集中が乱れ、杏寿郎の視界が平常時のものに戻る。だが、そんなものがなくとも、杏寿郎は知っているのだ。

 彼女は確かに人間だった。斬られたら当たり前に死にかける、人間だった。彼女は、後天的に改造されたのだ。

 

「杏寿郎、何してるの。()()()()()()()()()()、刀を抜いて」

「──そんな、こと?」

 

 杏寿郎は、幽鬼のような目のまま真菰を睨みつけた。

 

「かぐや様があんな状態になってしまったことが、どうでもいいと──!」

「どうでもいいワケないでしょう!?」

 

 大粒の涙を溢しながら、真菰も慟哭した。

 

「私だって辛い! 友達をこんな目にッ、ただ殺すより酷い方法で陵辱した相手のことは、グチャグチャになるまで滅多刺しにしてやりたい!!」

 

 『だけど』と、彼女は続ける。

 

「目の前に鬼が居て、それと戦ってる隊士が居る。その隊士が誰であれ、柱である私達は、助けなきゃいけない。それが、あの子じゃないのだとしても(相手が誰かは、関係ない)。そうでしょう……?」

「……不甲斐なし。これでは合わせる顔がない」

 

 血が出るまで拳を握り締め、真菰は己を律していた。その姿を見て、杏寿郎は己を恥じる。

 悲しみに呑まれてはいけない。まだ堕ちてはいけない。何故なら、彼には全うすべき責務が残っているから。

 

「──ならば首級を挙げることで、せめてもの手向けとしよう」

 

 心に昏い炎を灯して、彼は反復動作を実行する。

 『透ける視界』が戦況と、彼女の状態を誰よりも正確に伝えていく。

 

 鬼舞辻無惨には、脳と心臓が複数あった。かぐやの身体は味覚及び、痛覚が消失している。

 

「──ッ」

 

 歯を食いしばって、観測を続行する。

 鬼舞辻無惨の質量は外観とは全く一致しておらず、太陽光の下でも焼き切るのに数分はかかるものと思われる。かぐやは殺意以外の感情が制限されており、冷静な戦闘が行えていない。また──

 

「ここまで、するのかッッ……!!」

 

 ──遺伝子操作により、生殖機能が停止している。

 ソレは最早、ただの殺戮人形だった。ここで生き残ったところで、彼女はもう……

 

「……ごめんね、杏寿郎。私も同じものが、見れたらよかったんだけど」

「……いや、大丈夫だ」

 

 彼女とて、あまり大勢に見られたいものではないだろう。

 杏寿郎はなんとか観測を続行し、割り込む隙を伺う。

 

 手足を捥がれながらも、一度たりとてかぐやは日輪刀を手放していない。常に()()()()()を振るい続けている。

 その緩まない攻勢から、一見無惨を押しているように感じるが……実際は違う。

 

(被弾が多過ぎる。呼吸も型も、滅茶苦茶だ。かぐや様の戦い方とは似ても似つかない)

 

 撒き散らされている血に『鬼殺し』の力が宿っているから格好がついているだけで、身も蓋もない言い方をすれば『サンドバッグ状態』だ。

 

 実の所、このタイミングで『空』を呪殺したことは邪神──祟り神にとっても、本意ではなかったのだ。

 何柱もの神仏と結託し、加護と呪いを積み上げ凝縮した努力の結晶──千年蠱毒。その権能を振るう『器』として、彼は想定以上に優秀過ぎた。そうでなければ11歳か13歳の時に、彼は『用済み』として殺されていた。

 ……だが同時に、悪影響も強過ぎた。彼が権能抜きで童磨と互角に渡り合ったことで欲を掻き、空とかぐやの距離を近付けてしまったのが運の尽き。かぐやの()()が解けてしまったのだ。

 鬼への殺意が揺らいだ彼女に再洗脳を施すべく、彼女はかぐやの記憶を消去した。となれば当然、空が『固定装置(リテーナー)』として与えていた経験値もリセットだ。

 

 更には最悪なことに──空の優秀さが、神仏にとって悪い方向に働き始めた。

 大人しく病んで退場してくれれば良かったのだが、空は最終局面まで残ってしまった。そして『空が最終決戦に挑んだ世界線』は、『無惨とその配下は全滅するが童磨と珠世という人喰い鬼が二匹も生存する』方向に舵を切った。

 少なくとも珠世は鬼殺隊に殺されない以上、神仏は()()()()()()()()()()()()()()()()()。ついでに言えば、()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている。度し難い所業だが……こうして奴らは、空を切り捨てた。つまり──

 

「……杏寿郎、割り込めそう?」

「……俺一人なら」

「あの子と杏寿郎の二人で、勝てる?」

「…………」

「……そっか」

 

 彼らに、勝ち目は無い。

 無惨を相手にするならば、『一撃必殺の触手回避』と『常に体内を移動し続ける複数の心臓と脳の認識』のために『透き通る世界』到達はほぼ必須。この時点で真菰が脱落する。

 その条件を満たした上で、赫刀を起動できなければ無惨には有効打にならない。だから杏寿郎も、現状では足手纏いにならないだけなのだ。

 

 この状況で勝つのであれば──

 

「……お話は、聞かせて貰いました」

「……珠世殿」

 

 今あるだけの弱体化薬を珠世が打ち込んだ上で、杏寿郎と真菰が痣者になるしかない。

 

「かぐやさんには止められていましたが──奴に私の薬を打ち込みます。隙を、作って頂けますか?」

「……承知した」

「待って杏寿郎。私も、()()使()()から。一緒に行かせて」

「──うむ」

 

 三人は、命を捨てる覚悟なぞとうにできていた。

 杏寿郎と真菰の心拍数が、すぐに200を超える。

 

 そして三人の犠牲を払い、かぐやの手によって無惨の討伐は為された──()()()()

 

 

「……あれ? 痣が、出ない?」

「むぅ、俺もだ」

 

『──駄目だぜお二人さん。それじゃあクソ神仏の思惑通りだ』

 

「「「!?」」」

 

 いつの間にか氷の人形が、杏寿郎と真菰の肩に乗っていた。それが体温を下げていたことに気付いた二人は、すぐさま人形を振り払う。

 

『話を聞いてくれ。俺もかぐやちゃんの仇を取りたいんだ』

「……真菰さん、杏寿郎さん、聞いてあげてください。この人形の主は……かぐやさんの味方です」

「しかしこの血鬼術は、話に聞く上弦の──!」

「はい。しかし私は、彼がつい先程()()()()()()()()()()()()()ところを……愈史郎の血鬼術越しに、見ていました。……この血鬼術はきっと、彼が遺した最期の遺志です」

『いや俺、生きてるぜ? ほらあっち』

「「「え?」」」

 

 人形が指差した方向を見ると、確かに同じ見た目の青年が、物陰から顔を出して手を振っていた。

 誤解させたままの方が好都合だろうに……余計なことを言ってしまう所は、今も変わらないらしい。

 

『逃れ者の珠世殿が鬼殺隊に協力しているのは知ってた。この状況を見過ごすとは思えなかったから、かぐやちゃんが使ってた透明になる札を張って出てくるって予想して、待ってたんだぜ』

「…………」

『そんなに身構えないでくれよ、()()()()。殺す気なら、()()()()()とっくに殺してる』

「……何故、俺だけが例外になる?」

『……キミが、かぐやちゃんにとっての『特別な人』だからだよ。鬼舞辻殿を前にして、あの子が唯一名指しで気にかけたのが……キミだった』

 

 人形越しでも、三人には彼の『複雑な感情』が伝わった。

 ──もう、迷うことはなかった。

 

「分かった。私はキミを信じる」

「……ええ、信じましょう」

 

「……氷の。キミの名は?」

『俺は童磨。よろしく頼むぜ煉獄さん』

「杏寿郎でいい。頼りにするが、構わないな?」

『勿論。人助けは、俺の生きがいなんだ』

 

 そう言って彼の人形は、戦場の方へ向き直って扇の形をした氷を構えた。

 

『防御は任せてくれ。絶対に、傷一つ負わせないぜ』

「……うむ」

「いつでも踏み込んでいいよ杏寿郎。合わせるから」

 

 杏寿郎は先頭に立ち、無防備な背中を見せることで信頼の意を示した。真菰もその隣に立ち、同様の意思表示をする。

 

 役者は揃った。始まりの蝶と最後の蝶は、炎と共に鬼の始祖へと挑む。

 

 

〝──なんだ、私が居なくても大丈夫そうじゃないですか〟

 

 

 その様子を見守っていた少女の存在には、誰も気付かないまま。

 

 

 

 *

 

 

 

「……弱いな」

「うるさいうるさい! さっさと死んでよ、人喰い鬼ぃぃ!!」

「それがお前の素か。最早仮面を被る余裕もないようだな、鬼殺し」

「黙れえええええ!!!」

 

 言われなくても分かっている。私が……あの子より、弱いということくらい。

 

「なら力尽くで黙らせればいいだろう。まぁ、()()()()()()()使()()()()()()()()()今の貴様では無理だろうが」

 

 ……言われなくても、分かっている。私自身、勝てる気がしない。

 

「そら、どうしたどうした。()()()()()()()()()()()()ぞ」

「うるっ、さい……!」

 

 頼むから、黙ってほしい。言われるまでもなく、分かっているんだ。

 私の力は、彼女が()()()()()呪いの力。()()()()()()()()()()限りある権能だ。再生だって、お父様を含めた歴代当主が奪われた寿命を貰っているだけだから有限なのだ。一度致命傷を負えば、50年分は持っていかれる。命は安くない。なのにもう……何回殺されたか、分からない。

 

 ……あの子なら、こんな無様は晒さなかっただろうに。

 

「そのような顔をしながら戦うくらいなら、逃げればいいだろう。見逃してやるぞ? 青い彼岸花の記憶を思い出す可能性もあるからな」

 

 ……あぁ。いっそ、逃げてしまおうか。

 そう考えると、頭痛がする。ご先祖サマ達が、私に『戦え』と訴える。本当に、キモチがわるい。

 ……どうして血が繋がってるだけの他人に指示されて、血の繋がってる鬼と戦ってるんだ私は。

 

「バカなことを……!」

 

 全く、本当にバカだ。それしか、私の存在理由はないというのに。

 

「では、死ね」

「──ぁっ」

 

 左右から首に向かって、今までで最高速度の触手が飛んでくる。この一撃のために、今まで首を狙わず、速度も抑えていたらしい。避けられない。ダメだ、喰らったら寿命が尽きる。

 

 ──そう、思った時だった。

 

「不知火ッ!」

「冬ざれ氷柱」

 

 突然現れた男が、私を庇った。

 心臓が跳ねて、口が勝手に言葉を発する。

 

「れんごくさん……」

 

「……うむ。炎柱の煉獄が、助太刀する」

「……なるほど、これが『妬ける』って感情なのかな」

 

「────」

 

 そして、二人の悲しげな表情に……何故か得もいわれぬ快感を覚える。なんだコレは、知らない。

 

「バカな……! 何故生きている、童磨!」

「親友が、助けてくれたんですよ」

「……教える気はないということか」

「あ、今『童磨()に友がいる筈ない』って思いましたね? 言っておきますが、俺は貴方と違ってちゃんと友達がいるんですよ?」

「貴様……!」

 

 無惨が青筋を浮かべている。まさか図星なのか? 千年生きてて友人ゼロ?

 ……いや、今はそんなことどうでもいい。それよりも

 

「……気軽に近寄るな、人喰い鬼」

「あぁ、あまり近いと燃えちゃうもんね。ありがとう、気をつけるよ」

「……むぅ」

 

 なんなんだ、コイツは。人喰い鬼、それも上弦。なのにどうしてこんなに親しげなのか。まさか本気で妹と仲が良かったなんてことはあるまいし。

 ……でもまぁ、

 

()()()()。この鬼、味方でいいんですよね?」

「……うむ」

 

 ──あ、ヤバい。何その顔ゾクゾクする。

 って落ち着け落ち着け。そうじゃない。

 

「貴方が認めているなら……」

「……赤くなっちゃってまぁ。妬けるぜ」

「うるさい。前見て」

「はーい、よっとぉ!!」

 

 氷の壁が、無惨の不意打ちを受け止めた。認めたくはないが、頼りになる。

 

「ところでさ、キミも加護の明け渡しができたりする?」

「……加護の、明け渡し?」

「……とりあえず、杏寿郎に触れてみて」

 

 ふむ。キョウジュロウというのか、彼は。

 

杏寿郎(キョウジュロウ)、さん」

「──っ」

 

 口に出してみると、意外にしっくりくる。もしかしたら……

 

「……手を出して、頂けますか?」

「……はい」

「貴方は、私が以前とは別人であると、気付いてますね」

「……えぇ」

「『以前の私』とは……名前で呼び合う仲、でしたか?」

「……同じ家で育った貴女を、姉として慕っていました」

「……そ。じゃあ貴方も、私の弟ね」

「──それはっ」

 

 あぁ、違う。私はあの子じゃない。私は貴方の姉ではない。それでも、

 

「お願い、頷いて」

「…………俺は、かぐや様の弟です」

「充分よ、ありがとう」

 

 貴方の言う『かぐや様』が、私のことではないのだとしても。『産屋敷かぐや』は、私なのだ。

 ──故に、口頭でも互いに認めれば義姉弟の縁が繋げる。縁が繋がれば、感覚的にはできる筈。

 

「『その身に呪いあれ』」

「!?」

「……怖がらないで。呪いは呪いでも『鬼殺しの呪い』よ。そこの鬼は、加護だと勘違いしてたみたいだけど」

「…………ふぅん? 呪いねぇ……まさかあの邪神──いや、流石にそれはない、か」

「……童磨。後でその『邪神』とやらの話、詳しく聞かせてくれないか」

「勿論。ただし、生き残れたらね」

 

 そうして私達は再び無惨と対峙するも……

 

「…………もういい、お前達の相手は疲れた。収穫は無かったが、元より半信半疑。これ以上の損害はごめん被る。私は帰るぞ」

「させない──!」

 

 煉獄さん達と同じく突然現れた女性隊士が、無惨の首に刃を振るう。

 たしかこの人は、以前妹の見舞いに来てくれた水柱。煉獄さんと同じく、上弦を破ってここまで来たというのか。

 しかしいくら腕が立っても、権能も赫刀もないのでは、そもそも切断自体が不可能だ。刃が通るそばから癒着していく。彼女は刀を振り抜いた体勢のまま、動揺して一瞬硬直してしまった。

 

「えっ」

「……帰る前に、一人は喰っておくか」

 

 マズい、救助が間に合わない……!

 ──と思った次の瞬間には、童磨が彼女を抱えて離脱していた。

 

「あ、ありがとう……」

「全く、世話が焼けるぜ」

「……時を止める血鬼術か。厄介な」

 

 ……そうだ、この鬼は時間を止められる怪物なんだった。

 

「でも、今ので殆ど力を使い切っちゃった。()()には申し訳ないけど、ここは見逃した方が良いと思うぜ」

「「…………」」

 

 ふむ。煉獄さんも水柱さんも、随分と大人しい反応だ。何かまだ狙いがあるのだろうか。

 

「鳴女──」

「逃す訳ないでしょう」

 

 またも突然現れた女性が、無惨に何かを突き刺した。これが狙いか?

 

「──いや、()()()()()。『一人は喰っておく』と言ったのは()()()()()だ」

 

「……マズいみたいだね」

「クソッ、選択を間違えた!」

「珠世殿、今助けます!」

 

 ズブズブと、女性の身体が衣服ごと吸収されていく。その様を──私だけが黙って見ていた。

 

「私のことは構いませんから! 杏寿郎さんとかぐやさんは、()()()()()()()()()()()()()()!!」

「できませんッ!」

 

「じゃあ、私がやる」

 

 『大地に呪いあれ』と念じれば、無惨と童磨と女性が纏めて火達磨(ひだるま)になる。

 ……打ち込んだのは藤の毒かな? 無惨にしっかり火傷ができている。

 

「なっ!? 何してるのかぐ──っ、あなたは!」

「今すぐ止めてください! 珠世殿は再生力が弱いんです!!」

 

 ……童磨も、目の前の女性も、人喰い鬼だ。

 なのに煉獄さんも、水柱さんも、協力し合うことに違和感がないらしい。

 なのに──あの子じゃない私とは、距離を測りかねている。

 

「……私の方が、よっぽど『いらない子』じゃないですか」

 

 

 なんだかもう──何もかも、どうでもいい。

 

 

 

 *

 

 

 

「……姉上?」

 

 ──息を呑んだ。

 その一瞬だけ、かつてのかぐや様が戻ってきた気がしたから。

 

「知らないわよ、あなたみたいな弟」

「……気の迷いだ。忘れてほしい」

 

 第一、いくら卑屈さのあったかぐや様でも……流石に今の発言は『らしくない』

 

 ──いつの間にか炎は消えていた。

 

「クッ、クク……! 愚かだな、情に流されるとは……! おかげで、()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!!」

「構わないわよ? ここで殺すから」

 

 復活した無惨に、彼女が斬りかかる。

 対し無惨は珠世殿を盾にして飛び退き──琵琶の音と、肉が裂ける音。

 

「──何故、助けたんですか!?」

「ふぅん? 死にたいなら、今からでも殺してあげるけど」

 

 琵琶の血鬼術は、音がしてから襖が出現し、開くまでに時間差がある。直線上に居た珠世殿を無視すれば、無惨ごと血鬼術を焼けた筈だ。それをしなかったのは……

 

「……ありがとうございます、()()()()

「……いいの? 私を、その名前で呼んで」

「構いません。あの人は、いつも『姉』と呼ばれたがっていましたから」

「……そ」

 

 俺に気遣わしげな視線を向けているこの人は、今も負の感情に満たされている。鼻が効く人間であれば、酷い悪臭を感じるだろう。それでも主義主張を曲げて、感情に逆らって、珠世殿を助けてくれた。

 ……そう。どれだけ変わり果てても、やはり優しい人だったのだ。かぐや様は。

 

「……、…………。あーあ、やっちゃったなぁ……人喰い鬼を皆殺しにできたのにぃぃぃ……」

「物騒だね……」

「柱なんてやってる時点で、アナタも充分物騒でしょうが」

「言い返せない……」

「問題ない! 上弦は半壊、無惨の出現場所は予測可能! かつてない程状況は改善している!!」

「──おっ、調子が出てきたね杏寿郎」

「うむ!!」

 

「……活気付いてるところ申し訳ないんだけど、いいかな? 実は俺、力を使い切ったところに畳み掛けて燃やされたから凄く死にそう……」

「よもや!?」

「しょうがないわね。私の血を飲みなさい」

「えっ、いやそれだと逆に──」

「それドバーっと」

「死ぬぅーーっっ!?!?」

「よもやぁぁぁ!?!!?」

 

 躊躇なく手首を斬って滝のように血を出す光景も中々クるものがあるが、その先に起こる惨劇を予想して──首を傾げる。

 

「…………あれ、燃えない?」

「そりゃそうよ。呪いを込めなきゃただの血なんだから。むしろ私は忌々しいけど鬼舞辻の血縁だから、そこらの稀血より栄養価が高い筈よ」

「……ホントだ。これなら一気に回復できそうかな」

「ほら、珠世(アンタ)も飲みなさい」

「……ありがとうございます」

「礼なんて言わないで。反射的に呪いを込めそうになるから」

「……恐ろしいですね」

「褒め言葉よ」

 

 ……こうして全員落ち着けば、次に気になることは。

 

「……皆は、無事かな?」

 

 そう、囚われた隊士達の安否だ。

 鴉が愈史郎殿の術で情報を共有しているから、柱の誰かがあの琵琶鬼の場所まで辿り着ければ……

 

「あー、それはたぶん心配いらないぜ?」

「どういうこと?」

「鬼舞辻殿の性格からして、生き残った精鋭である君達を修羅にするよりは、足枷を残したいと考えると思う。だからたぶん、今頃全員元いた場所に送り返されてるかな」

「……炎柱様、元上弦の弍の予想は的中しております。鎹鴉(こちら)の情報網で、連れ去られた隊士の内8割の生存と送還を確認しました」

「……ありがとう、朝陽」

 

 ……8割。8割か。

 殉職した2割の英霊に、黙祷を捧げる。

 

「柱はどうなった?」

「……全員、()()()()()()()()()生存は確認しております」

「──重傷者が、いるのか?」

「……はい」

 

 そして、朝陽が口にした名は──

 

 

 

 *

 

 

 

 ──無限城。

 

「全員集めたな? 鳴女」

「はい」

「では──此度の戦い、()()()()()()

 

 集められた鬼達を、無惨は一言()()()。それだけで、彼の機嫌が最高であることが分かる。

 

「青い彼岸花の情報が入った。次が最後の戦いとなるだろう。そこでだ──」

 

 無惨の触手が伸び、目にも止まらぬ速さで()()()()()()()()

 

「次でお前達は、お役御免となる。しかし、その先も私に仕える価値がある者は──共に太陽を克服させてやる」

 

 再び触手が伸び、黒死牟の頭に突き刺さる。

 

「死に物狂いで、価値を示せ。基準の一つを、例に挙げてやる」

 

 触手が引き抜かれた黒死牟の瞳には──『陸』と刻まれていた。

 

「今欠番となった、上弦の壱。その椅子には()()()()()

 

 ……だとしても、黒死牟が降格した以上そこから分かるのは『強さ以外が必要』という事実のみ。

 

「──堕姫、妓夫太郎を出せ」

「承知しました」

 

 脈絡のない呼び出しに狼狽えることなく、堕姫は兄を呼んだ。

 

「此度の戦いにおいて唯一、お前達だけが()()()()()()。褒美として、上弦の弍に昇格する。それ相応の血もやろう」

「「ありがたき幸せ」」

「これで分かったと思うが、私は強さを軽視しない。より具体的に言うと──逃れ者の童磨を殺せ。()()()()()、奴を殺した者が次の『壱』だ」

 

 それは実質的な黒死牟への救済措置であり──

 

(どうして無惨様を裏切ったんだぁ? 童磨さんよぉぉぉ……)

(……お兄ちゃんを見る目が優しい、数少ない相手だったのに)

 

(……ふむ、問題ないな)

 

 兄妹の忠誠心は、無惨の及第点を上回った。

 

「さて、それでは序列の変更作業を続行する──」

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 天元とカナエの生死については、次回になるみたいだぞ。

 

 全面対決後の十二鬼月は、こんな感じになったみたいだぞ!

 

 壱:黒死牟→欠番

 鬼達にとっての蜘蛛の糸。

 

 弍:童磨→謝花兄妹

 ぶっちゃけ無惨はもう妓夫太郎しか信頼できるマトモな戦力がいない。

 

 参:猗窩座→ 鳴女

 唯一特に戦果を挙げずとも(目立った失敗さえしなければ)生存を許されるであろう、血鬼術ガチャ大勝利民の鳴女が就任。

 

 肆:半天狗→ 饜夢

 半天狗が喰われたのは、血鬼術を吸収して意外にヤバかった珠世の毒を分身に押し付けるため。序列変更作業後、実行。血鬼術は使い捨てにしたため失われたが、鬼殺隊は竈門家戦において()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 饜夢がこの席に居る理由は、半分黒死牟への当てつけ。もう半分は……

 

 伍:玉壺→ 塁

 流石に戦力が足りないので、血で塁君を超強化。

 

 陸:謝花兄妹→ 黒死牟

 黒死牟的には、『殺されなかっただけで充分以上の温情』と理解しているので不満は無い。

 

 下壱:饜夢→ 響凱。

 実は生きてた。戦力的には心許ないけど、忠誠心や空間操作の血鬼術は無惨好みなので『失望した』と言いつつ期待している。

 

 下弍:轆轤→■■により討伐。後任無し。

 佩狼? 槇寿朗がとっくの昔に倒しましたが何か。

 

 下参:病葉→月痣かぐやにより討伐。後任無し。

 下肆:零余子→■■により討伐。後任無し。

 下伍:塁→昇格。後任無し。

 那田蜘蛛山ファミリーは地味に生きてる。

 

 下陸:釜鵺→■■により討伐。後任無し。



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