転生チートオリ主が超技術でVtuberを現実に降誕させる組織のボスになるお話 (水風浪漫)
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0.運命のサイコロ プロローグ

・転生のくだりを書きたかっただけなので、全く重要ではありません。
・読むのが面倒であれば、あとがきに目を通して頂ければ必要な情報をまとめています。


 どこまでも続く青い空。透き通るような清い風……ここはいったいどこだろう?

 

「ようなではなく、物理的に透き通っているんですよ」

 

 空耳だろう。周囲を見回しても誰もいない。唯一怪しいのは、草原のド真ん中に極めて不自然に突き立っているモニターだけだ。

 ……十中八九あれからだろなぁ。なんか真っ白な髪で頭上に天使の輪っかを浮かべたお姉さんが映っているし、画面の向こうから手招きしてるし。

 何もかも訳が分からない状況だけど、他に何もやりようがないので歩み寄ってみる。まさにニッコリ、の擬音がぴったりな朗らかな笑みを浮かべた女性が軽く頷いた。

 

「はじめまして滝口さん」

「あ、どうも」

「この度はご愁傷様でした。おそらく、突然のことに混乱があると思いますが、ひとまず私の話を聞いてもらってよろしいでしょうか?」

「あ、はい。……え、ご愁傷様?」

 

 ご愁傷様って、誰か亡くなったときに言う言葉だよね? ……えぇ? はい?

 混乱続きでポカンと固まってしまった私を見かねたのか、「あぁやっぱり…」と頭を振ったお姉さんがずいっと身を乗り出した。画面の向こうでだけど。

 

「落ち着いて聞いてくださいね。あなたは、亡くなったんです。交通事故にあったことは覚えていますか?」

「交通事故?」

 

 そんなまさか。免許取得以来、無事故無違反で模範的ゴールドドライバーの名を欲しいままにしていた私が事故なんて。

 と覚えている最後の記憶を掘り起こそうと意識を集中させていると、ぐわんと脳の揺れる感覚と共に急激な記憶のフラッシュバックが起きた。

 久しぶりに会った友達との飲み会の帰り道、交差点で信号待ちをしていた私たちの後ろからけたたましいクラクションが聞こえてきて、何かが私を吹き飛ばして―――

 

「思い出しましたか?」

「あぁ……はい。思い出しました。私はたぶん、後ろから突っ込んできた車にはねられて、それで、えっと」

「はい。亡くなりました。」

「……そうですか」

 

 なんだろう、自分の状態への理解と不思議な実感が追いついてくると、途端に体が重くなったような気がする。

 そっか、死んでしまったのか。たくさん苦労はあるけどまだまだ人生これからだって、そんなことを喋っていたばかりだったのに。

 

「あなたは神さまなんでしょうか?」

「そうですね。厳密には更に上の存在がいるので滝口さんの想像しているものと同一かは分かりませんが、現代日本人が想像するところの神と大きな違いは無いと思います。

 少し具体的に説明すると、私はとある上位神に仕えている位階としては中くらいの神です。上位神の要求に従って死者の魂の転生を差配する部下がいまして、その内の地球担当の中の、日本組の本州東側の担当のうちの一人なんです」

「えっと、なんというか思った以上に神様って沢山いるんですね」

 

 というかそんな細かく区分けされていることに驚きだ。死者の出身地で分けるんだろうか、それとも最期にいた場所だろうか。気になりはするが、それは今聞くことではない。

 

「神には違いないんですけど、神内では日本の会社でいうところの平社員なんです。なのであまり緊張しなくて大丈夫ですからね? リラックスリラ~ックス」

「あ、ありがとうございます。えっと、それで一つ聞きたいことがありまして。もし知っていたらなんですけど、私と一緒にいた友人の中狩はどうなったんでしょうか、あいつは無事なんでしょうか?」

 

 私の質問を聞いた女神様は一度頷いてから「残念ではありますが」と言葉をつづけた。

 

「中狩さんは貴方よりもわずかに早くお亡くなりになり、つい先ほど一足先に次の人生に旅立たれていきました。あの方も同じようにあなたの無事を心配していましたよ。良いご友人だったのですね」

「そうですか、あいつも……元気でしたか?」

「心の内は本人だけが知るところですけれど、少なくともここを去る時の顔は悪いものではなかったですよ」

「ありがとうございます、安心しました。」

 

 もし次の人生で出会えてもお互い何も覚えていないだろうから、最期にもう一度言葉を交わしたかったけど、一人ひとり此処に呼ばれるのなら元より無理な話か。

 寂しいけれど、納得して旅立って行けたのならそれで良いと思う。きっと今の私と同じように、あいつも自分の死を受け入れることが出来ていたのだろう。

 この場所の力か、それとも死者の魂が元からそういうものなのかは定かではないが、私は不思議と自分の人生が終わったことを、これまで積み重ねてきた人生をもう歩めないことを静かに受け入れていた。感情を超越する実感というか、もう決して引き返すことは出来ないという直感があった。

 家族に会えないことはそれでも少し……いや、とても寂しくてたまらないけど。父と母のことは、兄弟を信じて任せるしかない。

 

 ―――先に逝ってしまってごめんなさい。どうか、健やかに、幸福に過ごしてくれますように。

 

 十数秒、心の中で無言の祈りを捧げてから、改めて女神様に感謝を伝える。

 

「ありがとうございます。神さま」

「どういたしまして。できるだけ未練を解消するのも、魂を迎えいれる神の役目の一つですからね」

「もう大丈夫です。私はこれからどうすればいいのか教えてください」

「いいんですか? もう少しくらい余裕はありますから、急がなくてもいいんですよ?」

「いえ、大丈夫です。確かに家族のことは気になりますけど、時間をかけるとどんどん先に進むのが辛くなりそうですから」

 

 なのでもう行きます、そう伝えると女神様は大らかに首肯した。そして画面の向こうでなにやら操作をし始めた。

 ……なんか空中投影されたキーボードを目にもとまらぬ速さでタイピングしてる。視線もめっちゃ高速移動してるし、なんだかSF作品で艦艇の操縦室にいるキャラみたいな目と手の動きだ。

 そのまま一分ほど待っていると、ガシャンという音と共に足元の地面が開き、そこから見慣れた機械がせりあがってきた。

 

「なぜここにきてノートパソコン」

「時代と個人に合わせて、その人が一番操作しやすいカタチの道具が出てくるようになってるんですよ」

「なるほど?」

 

 しかしこれで何をしろと言うのだろう。そう思っているとひとりでにPCが起動して画面が立ち上がった。

 まるでアンケートのように質問文とその横にYES or NOのチェックボックスと100面ダイスボタンが並んでいる。

 

「えっと、記憶を継承するか? 知識を継承するか? 世界ダイス、能力値ダイス……?」

 

 こ、これはいったい……? 何が起きているというのだ……!?

 

「これが“転生の儀”です」

「てんせーのぎ」

「全ての生きとし生ける魂は死した後、記憶、知識の継承を選択し、次なる生誕の場所と人生の能力点を“運命のサイコロ”によって決定するのです」

 

 うっそだろオイ!? ここまできてアナログゲームみたいなシステムが出てくるの!?

 なんとなく、女神様が創る光の階段を昇っていく―――そんな私の想像していた美しく荘厳な展開はいずこ?

 

「世界の数は細かな分岐世界を含めると数十億! 記憶や知識を持ち越すことはそれ自体が能力の持ち越しと見なされるので、能力値ダイスの結果から大幅な減算が行われます。具体的にはマイナス50点」

「能力が点数扱い……つまり、次の人生では高い能力をもった人間になれない?」

「必ずしもそうではありません。持ち越した経験を元に次の人生の全て……文字通り日常生活から社会生活、誕生から死までの“全て”を一つの事柄に注ぎ込めば、能力点の一極集中によってその分野では世界有数の存在になることも可能です。

 まぁ、その分野の専門家と呼ばれるような人でも、普通に生きていて点数を使い切るほどの人生を送る人なんて普通はいません。それに実際にそんなことが出来る人は環境と人に恵まれた上で、更に限られた人だけです」

 

 そして大体の人はその過程で人格面に多かれ少なかれ問題を抱えます。そうなると次の時は問答無用で記憶知識は漂白されちゃいます。

 

 そんなおっそろしい説明をしながら女神様は「でも」と続けた。

 

「能力値ダイスでクリティカル値100を出すことで、追加ダイスを振ることが出来ます。一回出せばノーリスクで知識か記憶のいずれかを引き継げるでしょう。二回出せば両方をそのままに、ノーリスクどころか平均以上の能力点を持って転生できますよ」

「なるほどです……つまり先に能力ダイスを振ってから、その結果をもとに継承するかどうかを決めればいい」

「その通り。中には離別の哀しみを引き継がないために、初めから記憶の継承はしないと決めてる人も多いですよ」

 

 そんな人は確かに多いだろう。両親家族、配偶者、子供、孫、二度と会えない人を永遠に思い続けることになるのは辛いことだろう。時間がいくらか忘れさせてくれるかもしれないが、郷愁の念がなくなるのかは疑わしい。

 私はどうしようか。幸いにして結婚はしていないし、恋人もいなかったので思うのは家族だけでいい。家族のことを忘れて次の世界に旅立つか、記憶したまま思い出を抱えて生きていくか……。

 

「……とりあえず、最初のダイスを振らないことには始まらない、か」

「賽を振りますか」

「はい」

「貴方の世界には『神は賽を振らない』という言葉がありますね。恐らく記憶を継承した誰かが残した言葉でしょう、あれは事実です。私たちは、いつかどこかで生まれたときからその力の全てが決定しています。私たちに変化をもたらせるのは、もっと上の上に座す、神の中で最初に生まれた最高神さまだけ。

 ですが、あなた達は違います。現世を生きて世界を巡るあなた達の魂は千変万化、無限の可能性を秘めています。無力ながら、その一投があなたにとって良いものになることを祈っています」

「ありがとう」

 

 意を決して賽を振る。といってもやるのはまるで日常のワンシーン、マウスを握ってカーソルをボタンに合わせ、人差し指を軽く押し込むだけだ。

 カランカランとサイコロが転がる電子音が流れた後、確定した結果が表示された。 

 

 その数は【100】

 赤色に染まった数字がボタンの横に輝くように表示されていた。

 

「っ……」

「おーめでとうっ! ございまーす!!」

 ジャランジャランジャラン! 突然の音にびっくりして顔を上げると、女神様がモニターむこうで商店街の福引で見るようなでかいベルを両手に振り回していた。一瞬前の女神然とした慈愛の笑みとは打って変わって、見ているだけでこっちも元気になりそうな元気溌剌な笑顔を振りまいている。

 

「いや~出しましたねクリティカル!」

「期待はしてましたけど、まさか本当に出せるとは思ってませんでした!」

「人生で一番重要なサイコロと言っても過言じゃないですからね。ここで出すのは持ってる証拠ですよ。さて、どうします? ど

「流石にそれは、連続クリティカルは私も今まで数十万人しか見たことありませんよ?」

っちを引き継ぎますか?」

「いや、それはとりあえず追加ダイスも振ってからにします。もしかしたらまた100が出るかもしれませんし」

 それは多いのだろうか少ないのだろうか。女神様の勤続期間が分からないので何とも言えないが、確率は10,000分の1、もう既に一回出した私にとっては100分の1、十分もしかしたらを期待しても良い確率だ。

 

 カーソルをボタンに合わせて、カチっとな。

 からんころん。表示された数字は赤色だった。

 

「出ました……出ましたよ神さま!」

「す、凄いです! まさか本当に成し遂げるなんて!」

「これ三連も期待して良いんでしょうか!?」

「いやそれは流石に、私も今まで数万人しか見たことないですし……」

「でも私、今ならなんだかいけそうな気がするんです!」

 

 やれる、やれるぞ私。これまでの人生の中での運の絶頂期が来てる気がする! もう人生終わってるけど!

 

「や、やりますよ!」

「はい!」

 

 手が震えてくる。動作としては単純なのに、手のひらに軽く汗さえかいてしまっている。

 慎重にカーソルを合わせて、ワンクリック。現れた数字は―――100

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

「うひゃぁぁぁぁぁ!」

 

 ガランガランガラン!! 画面の向こうでは、もはや椅子から立ち上がった女神様がベルを振り回して乱舞している。

 

「凄いなんてもんじゃない幸運ですよ滝口さん! これはもう次の人生の分まで使い切ってるのでは……?」

「え゛っ、そんなことあるんですか?」

「あっすいません、言葉の綾です。確かに個人によって運の良い悪いはありますが、ことこの“転生の儀”に限っては誰が投げてもその可能性は平等です」

 

 よかった……これで来世が不幸に満ちていたりしたら、そんなん個人の能力なんて関係なくなっちゃいそうだからね。

 いやしかし、まさかこの局面でこれ程の運を掴み取れるなんて想像もしていなかった。このラッキーで手に入れた能力点を来世でどう活かせるだろう。

 それ以前に記憶と知識の継承を選ばないといけないし、ページをスクロールしていて見つけたページの最期にあった能力点を消費して行使できる“自由記入欄”も気になっている。

 

「あのう、神さま」

「これはもしかすると四連も……ん、なんでしょう?」

「ページの最期にある“自由記入欄”って、どんなことが出来るか教えてもらえますか?」

「あぁ、それはですね。文字通り自由な要望を好きなように書いてもらう場所です。

 ほら、例えばせっかく沢山手に入れた能力点を外見に使用して来世は美形になりたい、とか。絶対に女性に生まれたい、とか。他には……珍しいところでは竜になりたいなんて書いた人もいましたね。

 ほとんどの能力点を使ってしまったので、あまり強い竜にはなれなかったんじゃないかと思いますけど……ち、忠告はしたんですよ?」

 

 なるほど、これを使わなければ性別もランダムになってしまうのか。他にも病気になりにくい体、なんてのもできそうだし聞いてよかった。私は■性だったんだから、来世でも同じ性別になりたい。そうでなくては記憶を引き継いだとき大変だろうから。

 

「あっ」

 

 今、自然と記憶を残す方向で考えてたな。……やっぱりそうするしかないよね。記憶を失うってことは、人としては一から新しい人生を歩むっていうことだ。

 叶わない帰郷の思いを抱えながら生きていくのは辛いときもあるかもしれないけど、同一性を失ってしまったら、それはもう私じゃないと思う。それはきっと、その時の私は気が付かないだろうけど何よりも寂しいことだ。

 

 うん、記憶は保持しよう。知識は、ってこれ記憶だけ受け継いだらどうなるんだろう? 人格は完成してるアホの子が生まれるんだろうか? うーん怖い。まぁ両方継承すれば何の心配もいらないよね?

 

 さてと、記憶と知識のことを決めたところで意識を本筋に戻すとしよう。

 

「四回目ですね」

「私にとっても滅多にない四連続、期待してますよ~」

「期待はありがたいですけど、さすがにそこまでは―――」

 

 100

 

「あ」

「おお~!」

 

 ……続けてもう一回。カチっとな。

 

 1・0・0

 

 ……カチっ。100

 

「もしかして私ってすごいやつだったのかもしれない」

「……これもしかして壊れてるんじゃありません? ちょっと一回私の方で試してみてもいいですか?」

「いいですけど……」

 

 女神様が操作しているのかカーソルがひとりでに動いてダイスを振った。

 結果は、当然のようにイチ・ゼロ・ゼロ。

 

「これやっぱり壊れちゃってますよ!! 不正? ですよこんなの!」

「うえぇ!? ま、まさかこれまでのダイスはノーカンってことですか!?」

「そ、そこは……私の裁量で一回目までは保証してみせるので、日を改めてから二回目をやりなおすってことに……」

 

 女神様の非常な宣告に一瞬で血の気が引く。

 そんな! 儀式が壊れてるなんて私のせいじゃないじゃんか! ここまで来てぬか喜びだなんて絶対っにイヤだ! 女神さまじゃなくて悪魔なの!?

 何か、何か説得方法はない!? って、ダイスが壊れてるかどうかは、実際まだ確定したわけじゃない! ダイスを回し続けて100以外の数字が出れば、それが壊れてないことの証明になるはず!

 

 画面の向こうでなにやらごそごそし始めた女神様の姿に戦々恐々としながら、私は慌てて再度マウスを握りしめた。迅速にカーソルを合わせて、クリック!

 

 82

 

「あ」

「あ」

「……」

「な、なんですかその目は、まるで『神さまが疑わなかったらもう一度100が出せたのに』とでも言いたげな目は!」

「……やだなぁ、そんなこと思ってませんよ」

「本当ですか? 本当ですね!?」

「本当です」

 

 ごめんなさい嘘です。ホントは少し思いました。でも、こういうのは現世にあった同じようなものでもクリックするタイミングの極僅かな差で結果が変わるものだから、私がそのまま押していてももう一度100が出せたとは限らない。当然出ない可能性の方が高かっただろう。

 

「本当に七連続クリティカルが出せたのに、なんて少しも、まったく思っていませんよ」

「それは思っている人のセリフでは? 私は詳しいんです……!」

 

 一体どこから仕入れた知識なんですか‥‥…。

 しばらくじーっと画面越しの女神様と無言で見つめ合っていると、女神様が咳払いと共にふいと視線を外した。勝った。

 

「ま、まぁ。滝口さんが振って100が出たとは限りませんし、82も十分高い数値ですからね!」

「そうですよね」

「つまり滝口さんの合計は682点です! 私の担当史上最高値です! おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「……」

「……」

「……じ、自由記入欄のお願い。簡単な奴なら1つだけオマケしちゃうかも~、なんて」

「本当ですか! ありがとうございます!!」

「どういたしまして!!」

 

 女神様はやけっぱちな焦点の合わない笑顔で笑っていた。少なくとも私にはそう見えた。そんな女神様と一緒になって私も笑った。

 

 

 

「そろそろ書き終わった頃ですかね?」

「あ、神さま。つい今しがた終わったところです。これでどうでしょうか?」

「どれどれ?」

 

 あの後、ひとしきり笑い終えた私と女神様はいそいそと儀式を進めた。

 転生先の世界を決める世界ダイスを振ったり、私が考えたお願いで消費する能力点を確認したり。考えては終生し、書き込んでは削除して、そんなことを繰り返しているうちに、空は夕暮れ色に染まり始めていた。

 

 最終的に決まった内容はこんな感じだ。

 

 

初期能力点:682

転生先:6757(ポケモン系世界)

記憶の継承:行う(-50)

知識の継承:行う(-50)

自由記入欄:

 性別は■性(-10)

 健康で頑強、病気にかからない体(女神様プレゼンツ)

 生前の私を元に美化した容姿(-50)

 ものづくりの才能(-30)

 絵の才能(-30)

 読心を除いた便利な超能力(-70)

 ほんの少しの幸運上昇(-10)

 

残り能力点:382

 

 

 実は一番点数が必要だった肉体に関するお願いを女神様が無償にしてくれて嬉しかった。

 「サービスサービス!」なんて茶化していたけど、これは実質クリティカルを出す以上の見返りだった。

 

 外見はあまりに変化が大きいと違和感に苦しむかもしてない、という自己分析に基づくものだ。でも美形になれるならなりたいからこんな内容になった。

 

 絵とものづくりの才能は、生前の消費者側だったサブカルオタの羨望である。絵師さんたちの綺麗だったり、格好良かったり、可愛かったりする上手なイラストを見ては憧れていた。自分でも何度もチャレンジしていたけど中々上手に描けなかったから、反則技に思えるけど才能を金(違うけど)で買ったのだ。来世では最終的にフィギュアを自作するのが目標である……!

 

 超能力はロマンだ。ポケモン系の世界ならサイキッカーはそれなりに存在するから自分もなってみたかった。ただし、人の心が読める能力は私自身の人生を壊しかねない予感でオミットだ。

 幸運については少しだけ上げてもらった。もっとたくさん点数を支払えば、それこそ百発百中で宝くじが当たるくらいにもできるらしいけど、“特別な幸運”を自分が持っていると覚えていたら、自力で成し遂げた色々なことに対しても「これも運が良かっただけだから」なんて自己否定に陥っている姿が容易に想像できたから、女神様と相談してほんの僅かな上昇に止めてもらった。転んで怪我する筈だった段差に躓かなくなるくらいの幸運らしい

 

 他にもそれなりに様々なお願いを考えたけれど、最後の最後に思い切って削除した。

 異性にモテやすいとか、相手に親しみの感情を抱かれやすい、とか。影響が自分以外にも及びそうだった内容は全カット。だってそれって人の心を自分の都合の良いように弄っているってことだし、幸運と同じように私自身が何も信じられなくなっている未来が見えるのだ。

 完全記憶能力とか、自身の性能を跳ね上げてハイスペックにする項目を削除したのも近い理由だ。

 

 ありのままの自分に少しだけの不必要な欲張り。

 きっとそれが来世でも私が私として楽しく生きていくための秘訣だ。

 

「はい、確認しました。何も問題はありません」

「ありがとうございます。残った点数はこのまま来世に持ち込むって認識で合ってますか?」

「はい。残りの382点は次の人生で少しずつ自動的に消費されていくことになります。ただし、何もかもに点数消費が伴う訳じゃなくて、点数消費のない技術の習得や成長もたくさんありますから、こんなに点数があると次にここに来るときもいっぱい残ってる可能性も大いにありますね」

「次の時に再利用は出来ないそうですけど、それはそれで良いと思ってるんです。自分には大きな伸びしろが眠っているって、それを知っているだけでとっても大きな贈り物(ギフト)ですからね」

「違いありません」

 

 ふふっ、と女神様がほほ笑んだ。

 そして一振りの杖を取り出して画面越しに私に向けて振り払った。モニター越しに飛来した煌めく光の粒が私の視線の先で大きな架け橋となっていく。

 宙の途中で途切れた先は光に満ちたトンネルが広がっていて先を見通せない。でもとても暖かな風を感じた。

 

 私は女神様に頭を下げてその橋を渡って行った。

 

 さて、どんな世界が―――人生が私を待っているのだろう!

 




ズル無し振り直し無しの一発勝負。
主人公の性別は【1D2】(1で男性、2で女性)

結果【2】→女性

情報まとめ
・主人公は交通事故で命を落としたが、なんだかんだ受け入れている。
・来世では「病気知らずの健康で頑強な体」「美形」「ものづくり、絵の才能」「読心以外の便利な超能力」「ほんの少しの幸運上昇」を約束されている。
・今回は無性だったが、ラストにサイコロで決まったので次話からの性別は女性である。


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1.家族や島とかあれやこれ

何かたくさん場面分割してしまった。

・まだ世界観説明的な内容が多めです。


「可愛い可愛いデュランちゃん~ママとお散歩行きましょうね~」

 

 眠気の抜けない薄ぼんやりとした視界。デュランというのは今世での私の名前だった。

 

 なんだか頭がふわふわしている。

 昼寝する前はただの幼児だったのに、今の私には“前の私”のことが鮮明に思い出せるようになっていた。

 そのことに全く違和感なんかは生じてなくて、だけど急に色々なことを考えられるようになって不思議な感じ。これが叡智の目覚めか……。

 

 私は何歳なのかなとか? たしか1歳だったかなとか。そんな取り留めもないことを思い出しながら、とりあえず私は目の前に浮かぶ手を取った。がしっとな。

 

「あいっ! いきまちゅ!」

「うふふ、よく言えました~」

 

 最近やっと一人で歩けるようになった私にとって、お母さんとのお散歩は何より重要なことなのだ。

 

 

 濡れたタオルで顔を拭かれて、寝ぐせのついた髪を梳かしてもらい、ピンクと黄色の縞々の可愛い服にフォームチェンジ。着替え終わった頃には眠気もすっかり吹き飛んだ。

 手を引かれて外に出ると燦々(さんさん)と太陽が空に輝いている。帽子はあるけどめっちゃ眩しい。

 

 買い物かばんを携えたお母さんと手をつないで島の市場までのんびりトコトコ。左手に望む雄大な大海原を眺めつつ、今の私について再確認していこうと思う。

 

 私の名前はデュラン・ウォーターホール。デュランが名前で、ウォーターホールが苗字。滝口から滝になっちゃったけど、名前の類似は女神様の優しさなのかな?

 お母さんの名前は分からない。今までの私はお母さんは“お母さん”としか認識してなかったからね……。

 そんな私は、転生の儀という名のダイス転がしを経て記憶と知識をそのままに生まれ変わった“前世の記憶を持つ女の子”である。

 

 一歳になって、ついに一人で歩けるようになった私は外出時のベビーカーから解放され行動の自由を手に入れた。それからあまり時間を置かずに喋れるようになったのだが、封じられていた記憶と知識の影響が及んだのか、最初からそれなりに流暢な言葉を喋っていたようだ。初っ端から文章で喋る子とか天才にしか見えないな?

 そのことでお母さんとお父さんにめちゃくちゃ褒められたのを覚えている。

 「パパとママだいちゅき! せかいいち!」で褒められて有頂天になってた記憶とか、今の私からすると顔を背けたいくらい恥ずかしい記憶なんだけど! ……すべては継承の代価ってことで、この羞恥心は呑み込もう。そうしよう。

 

 話を戻して。

 その他に分かっている情報といえば此処がどこかの島だということ。港に住んでるだけってのも考えられるけど、度々お父さんが“本土”に出張に行っているからたぶん島で間違いない。

 それに加えて、島で見かけるポケモンを根拠に推察するに場所はカントー地方あたり。それ以外には……近々お祭りがあるということくらい?

 正直、情報らしい情報は全然ない。一歳の子供に教えることなんて基本的な単語とか、この世界だったらポケモンの名前くらいだからね。島の名前くらい話題に上がってもいいと思うけど、もしかしたら私が覚えてないだけかも。

 

 お母さんが商店街で買い物をしている途中、退屈だった私は八百屋さんのヤドンの背中に乗って遊んでいた。このヤドンは結構大きくて、よく小さな子供を背中にのせて遊んでくれる皆のアイドルなのだ。

 性格は穏やかだし、動きものろいので怪我をすることもない。それどころか走って一人でどこかに行こうとする子を見つけたら微弱な“ねんりき”で引き留めてくれる。そんな長年の積み重ねの信頼があるから、親たちは八百屋のヤドンとなら遊ぶのを許してくれるという訳だ。

 家族以外のポケモンと触れ合う機会が少ない子供にとって、八百屋のヤドンこと八百(やお)ヤドンは貴重な存在なのだ。ぷにぷにの体もたまらない。

 

 そんなヤドンに跨ってポケモンライドを楽しんでいると、ふとある事が気になった。

 私の顔の横でふるふる揺れているそれに目を向けて、試しにぺろっと舐めてみる。

 

「! ふへへへへ……!」

 

 ヤドンの尻尾は甘かった。砂糖とは違う(とろ)けるような不思議な甘さ。

 記憶を取り戻した私がここはポケモン世界なんだと改めて実感した、ある意味忘れがたいなエピソードである。

 

 なお、その後で一部始終を見ていたお母さんに叱られた模様。

 いくら甘くても尻尾には土埃もついているのだ……()()()()ものは()()()()。みんなも拾い食いとかには気を付けよう!

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 健やかに伸びやかに。豊かな自然に囲まれた穏やかな村ですくすく育ち、私は早くも3歳になりました。

 そんな私は今、お父さんが出張帰りにカントー本土で買ってきた地球儀を前に首を傾げている。

 

 地球儀を回しながら頭をひねる姿は、両親からすればそれだけで聡明さの片鱗の発露に見えるらしい。小声で褒めそやす姿には、確かな親バカという名の愛情が感じられる。……気恥ずかしいから止めてほしいんだけど。

 

「ここがカントーで、こっちがジョウト!」

 

 指を置きながら地方の場所を確かめる。まるで巨大な日本列島を思わせる形で分布しているカントー、ジョウト、ホウエン、シンオウの4地方。そして、前世では対応地方がなかった列島の隙間を埋めるようにして存在する未知の地名。

 

 ゲーム本編に登場したイッシュ、カロス、アローラ、ガラル。そして外伝作品の舞台であるオーレ、フィオレ、アルミア、オブリビア、フェルム、レンティルといった地方の数々。

 

 地名を読み上げながら、いくつものゲーム画面が脳裏を過ぎる。私は外伝はあんまり遊んだことはないけど、本編に登場した地方に限って言えば町の名前だって素で(そら)んじられるのだ。

 

 いつか実際に足を運んでみたいな~。そんな風にまだ見ぬ街に思いを馳せていると、後ろから現れたお父さんがひょいと私を持ち上げた。脇の下に手を差しこまれた体勢で、そのままぼすんとお父さんの胡坐の上へ。

 

「なーデュラン、地球儀って面白いだろ?」

 

 かいぐりかいぐり、乱暴に私の頭を撫でるお父さんはかなり上機嫌だった。

 

 そうか父よ、自分が買ってきたお土産に私が夢中なのがそんなに嬉しいか。今にも鼻唄を歌いだしそうな姿には娘としても喜んだ甲斐があるというもの。

 だけどそうやってパワフルに撫でるのは止めてほしい。お父さんにとっては弱い力でも、私にとっては強すぎるのだ。あと頬ずりも今はお酒臭いから止めてほしい、子供の鼻は敏感なんだ。たぶん、知らないけど。

 

 視界が揺れて定まらない。もうっ、と両手を使ってお父さんの手を払いのけて平穏を取り戻す。半目でにらみつける私にも気が付いていないのか、お父さんは目を凝らして小さな地球を見つめていた。

 

「お、あった! ここ!」

 

 指さす先には、地方と比べるとまるで点のように小さな島々の連なり―――カントー地方南方に位置する“オレンジ諸島”。

 そして、その小ささ故にお父さんの指の下に隠れてしまっている、諸島の中心にあるその島は、

 

「んー? これがアーシア島?」

 

 私が暮らす故郷《ふるさと》である。

 

 

 はい、というわけで。お父さんエピソードを挟みまして、私の故郷“アーシア島”です。

 一歳でお祭りに初参加した際に村長さんが観光客に向けて「アーシア島にようこそ」と言っていたのを聞いて、私はこの島の名前を知った。

 そして、その後に行われた祭りの儀式の内容……「巫女がポケモントレーナーの一人を“操り人”に任命する」「操り人は三つの島にある三つの宝玉を本島に持ち帰ってきて台座に納める」という祭事の説明を聞いて私はようやくティン! と来た。

 

 ここ映画に登場した島だ!

 

 劇場版2作目“ルギア爆誕”。

 フルーラという巫女役の可愛い女の子にサトシが“操り人”に任命されて、なんやかんやあった末に悪役コレクターに捕まっていたファイアー、サンダー、フリーザーを開放し、なんやかんやでルギアの背に載って三鳥の怒りを鎮めるお話だ(超要約)。

 

 まさか映画の舞台になった場所に生まれるとは、と当時は結構驚いた。

 でもまぁ、私の知る限りじゃ近所にフルーラなんて子はいないし。当然サトシのサの字もなければ、儀式に参加して実際に伝説の三鳥と会った人もいないので、特に私の生活に何か影響するのかといえば全く何の影響もない。

 

 そもそも女神様にはポケモン系の世界ですよ、としか教えられていないのだからアニメ主人公のサトシも、ゲーム主人公のレッドもこの世界に生まれないことは十分に考えられる。なので無暗矢鱈と気にしたところで仕方がないのだ。

 

 私が今やるべきは、そんな何の益も生み出さないようなことではなくて……もっと私の人生を左右するような。中学生が授業中に妄想するような、劇的で鮮烈で熱烈な、スリルと危険に満ちた状況を乗り越える素晴らしいアイデアを捻り出すことなのだ。

 

―――ギャオォォォオオッ!!

 

 そう……この怒れるラプラスを治める方法を、お願いだから誰か教えて下さい。

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 三歳になった私は、お父さんの“ニョロボン”かお母さんの“ベロリンガ”がいるときなら野生ポケモンが出てこない場所に一人で出かけることを認められていた。

 

 単独外出が可能になった私が最初に挑んだことは、当然ポケモンを手に入れることだった。もちろん無許可である。そんなのお母さんが許してくれるわけないからね。

 10歳からポケモン所持が認められるというルールの存在は会話やTV番組なんかで聞き及んでいたが、それでも私は自分のポケモンが欲しかった。あと7年なんて待ってられっかよぉ……。

 

 私の相棒、私のパートナー、私の初めての―――ポケモン。

 八百(やお)ヤドンの背中に乗ったあの日から、ポケモンへの憧れは胸の内でジワジワと膨らみ続け、正直もうずっと前から我慢の限界だったのだ。

 それでもお母さんに叱られるから、心配させちゃうから、と溢れんばかりの思いを抑え込み続けていたところに、監視を逃れて自由に動き回れるチャンスが転がり込んできたのなら……この思いを閉じ込めておくには、私は余りに力不足だった……っ。

 嘘ですごめんなさい、すぐに計画を立てて実行に移しました。反省はしている、でも後悔はしてない。

 

 

 行ってきます! と元気に家を飛び出すと同時に、お手伝いでコツコツ貯めた10円硬貨が入った財布を握り締めて一路フレンドリィショップへ。

 モンスターボールを買う幼児に怪訝な様子の店員のお兄さんを「はじめてのおつかいなの!」と騙くらかし、大人に見つからないように遮蔽物に身を隠しながら村を出る。

 向かう先は野生のポケモンが生息している近場の森だ。道中にポケモンを持っていない人は決して入らないで下さい! という看板が立っていたけれど、お母さんのベロリンガが一緒なので何の問題もない。無いったらない(強弁)。

 

 ……無事に誰にも見つかることなく森の入り口に到着した。遠くから生き物の騒めきが聞こえてくるだけで人の気配はなく、作戦は万事順調に思われた。

 

 このまま森へ入り、最初に見つけたポケモンを問答無用に捕獲する計画だ。

 手持ちポケモンはいないけど、いざとなったらベロリンガが戦ってくれるだろうから大丈夫という、今振り返ると無謀すぎる楽観的予測。けれどそんな私にも一度失敗してダメだったら、その時はおとなしく引き返そうという最低限の理性は残っていた。

 大きく深呼吸をして、万が一逃げるときのために軽めのストレッチも欠かさない。「よし!」と膝を叩いて気合を充填、いざ森の中へ! ―――というところでベロリンガに捕まった。

 

「べぇろ!」

「ここにきて!? ここまで黙って着いて来てたじゃん!」

「んべぇろ」

「は~な~して~!」

 

 その大きなベロから逃れようともがいてもベロリンガは全くの知らんぷり。私をがっちり捕まえたまま、来た道を引き返していく。

 あ~あ……たぶんお母さんの差し金だ。前々から言い含められていたんだろう。家族の一員でもベロリンガはお母さんのポケモンだ。ちょっとしたことなら私の言うことも聞いてくれても、やっぱりお母さんの指示が最優先。

 「デュランが危ないことをしないようにしっかり見張ってね」とか言われたら、私が何をしたところでそれを違えることはない。

 

 つまりこの作戦、始まった時点で失敗は確約されていたのだ……。

 

 私はそのままベロに巻かれて村を抜けて家まで連れ戻された。道行く人にがっつり目撃されており、家に着く頃にはお母さんに一部始終が伝わっているという始末。

 田舎とは言え噂の伝達速度が速すぎる……! 言い訳をひねり出す暇もなかった。

 

「デュ~ラ~ンちゃ~ん~~~!!?」

「ごめんなさい~!」

 

 はじめての“かみなり”はお母さんのげんこつの味でした。

 これを反面教師にして、皆も家族に心配をかけるのはやめようね!

 



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2.荒くれ少女ラプラス

 こっそりポケモン捕獲作戦が失敗に終わってお母さんの激怒を味わった私は、性根を入れ替えていい子に暮らしていた。

 自分のポケモンがまだゲットできなくたって、この世界は私にとって夢の世界みたいなもの。家の中にも両親のポケモンが一緒に生活しているし、一歩外に出ればド田舎らしくポケモンをボールから出している人はかなり多い。

 八百屋のヤドンも肉屋のゴーリキーも、雑貨屋のコダックも郵便屋さんのギャロップも。ちょっと外に出れば遊ぶ……のは難しくても本物のポケモンたちがそこら中にいる。

 

 作戦の失敗を受けてモンスターボールを没収され、さらにはお小遣い禁止令まで出されてしまった私はそれはもう大そう不貞腐れた。言いつけを破った私が悪いのは間違いないし、もう勝手にポケモンを捕まえに行こうとは考えてないけれど、自分のお小遣いで買ったボールを没収されるショックとはまた話が別なのである。

 

「ニョロボンとベロリンガが卵をつくれたらよかったのになぁ」

 

 寝っ転がっているベロリンガのお腹をつついても“たまごグループ”の不思議は変わらない。ちなみにお母さんのベロリンガがメスで、お父さんのニョロボンはオスだ。

 せめて卵がつくれたら私がその子の“おや”になれたかもしれないのに。実現不可能な未来に意気消沈しながら、その日は一歩も外に出ずベロリンガと寝て過ごした。

 

 そんなことがあった翌週のこと。

 またしてもカントー本土の出張を終えたお父さんが、綺麗に包装された箱を持って帰ってきた。なんでも向こうのデパートで開催されていた福引で手に入れたというそれは、かのシルフカンパニーが販売している釣り竿だった。

 伸縮自在で耐久性も抜群、ギャラドスが引っ張っても壊れない! 子供から大人まで幅広く使える自慢の一品とCMで言っていた。ギャラドスと引き合いが出来る人がいるのかという疑問は置いておいて、こんな田舎では早々目にすることのない高級品だ。

 発売したばかりでそれなりに値も張っていたと思うのだが、それが福引の景品に並ぶとは……都会恐るべし。

 

「この釣り竿はデュランにあげよう」

「いいの!?」

「父さんは使い慣れた自分のがあるし、お母さんは釣りとかしないからな!」

「ありがとう! お父さん大好き!」

「ふははははは!」

 

 ぎゅうっとお父さんに抱き着いて、渡された箱を開けてみる。出てきたのは見るからに高級感というか、ハイエンド感漂う朱色の釣り竿だった。

 仕組みは不明だが、柄の部分を回転させると自由に長さを変えられるようだ。自分の適正サイズが分からないので後でお父さんに合わせてもらおう。

 

 庭に出て試しに振ってみるとなかなかいい感じ。釣りの経験は全然ないけど、釣り人はそこら中に沢山いるのでやり方は何となく分かる。その後も繰り返し素振りしていると、しなった竿がビュンビュン風を切るのが面白くて、結局お母さんに声を掛けられるまでずっと素振りをしていたのだった。

 

 それ以来、私の日課に釣りが加わった。といってもこの体はまだ三歳、たいして力もないので村を通っている水路の中でも更に安全性を考慮して狭くて浅めの場所を釣り場に選んでいた。

 引っ掛かるのは9割9分がコイキング、稀にトサキントやニョロモが釣れることがあるくらい。ボールもないので捕獲することもできないが、家ではテレビを眺めるか昼寝をするか図鑑を読むくらいしかやる事がなく、外に出かけてもポケモンウォッチとヤドン乗りくらいしか楽しみがない現状、大半が待ち時間とはいえ能動的に取り組める釣りは悪くない暇つぶしになった。

 

 え? 他の子どもだっているんだから一緒に遊べば良いって? 身体はチャイルドボディとはいえ、精神年齢三十路が今更ケンケンパや鬼ごっこ、おままごとで楽しめると思ってんの?

 お母さんに公園に連れて行ってもらっても、太陽が沈むまで無限に続く鬼ごっこやおままごとに興じている時間のいたたまれなさといったら……。楽しんでる風に振るまってたけど遊んでたら分かるんだろうね、気づいたら遠巻きにされるボッチになってましたよ(真顔)。

 

 PCもスマホも(未来基準の)最新ゲーム機もないこんな世の中じゃ……少なくとも今の環境には、インドア派サブカルオタクだった私を満足させられる娯楽が見つからないのだ。そうして一番楽しめる読書や散歩に時間を費やした結果生まれたのが今の私、脳内独り言ボッチ釣り竿散歩ガールだ。話し相手が家族しかいねぇ……。

 

 そんな私は、今日も今日とて釣り竿かついで魚釣り。昨日雨が降ったから水路は全体的に増水していて、いつもの釣り場が泥まみれになっていたので場所を変えることにした。

 水路に沿って歩いて、長時間だらけるのに具合の良さそうな場所を探す。

 

「あ、ココ良いな」

 

 街はずれで雑木林の中に入り込んでいるが、枝葉が日除けになって良い感じに日差しを和らげてくれている。水場の傍に座るのに手ごろな岩も転がっていたので文句なし。

 ニョロボンに今日はここで釣りをすると告げると、こくりと頷いて川の下流に泳いでいった。水ポケモンらしく水に触れている方が心地良いらしく、いつもぷかぷかと水面から顔を出しながら過ごすのだ。そして下流に陣取るのも、私がおぼれた時に助けるためだということも知っている。

 

 離れていくニョロボンに目をやりながら釣り竿をセッティングしていく。といっても糸を伸ばして、針の先端に水ポケモン用のポケモンフーズを釣り餌としてくっ付けるだけだ。

 日常食から釣り餌まで、ポケモンフーズの汎用性が高い。それでいて保存期間も長いし値段は安いとくるのだから驚きである。このフーズのおかげでポケモンと一緒に暮らすことによる経済的負担はさほど大きくないようで、アーシア島の住人も殆どがポケモンを所持しているらしい。以前騙したフレンドリィショップのお兄さんから聞いた話である。

 

 竿を振りかぶって糸を放る。あとは座して待つだけだ。体感でだいたい五分に一匹くらいの感覚でコイキングが釣れるのだけど、場所を変えたからもしかすると違うのが釣れるかもしれない。

 正直なところ、いい加減見飽きたので違う顔が見られるのは大歓迎だ。……もしアーシア島にヒンバスとかが生息しているなら是非釣れてほしい。ミロカロスは前世で大好きだったポケモンの一匹なのだ。

 

 腰を落ち着けてたまに竿を揺らしながら待って数分が経った頃、ぴくりと糸にほんの僅かな違和感が生じた。

 

「きたっ」

 

 釣り竿を引っ張りながら、糸が切れないように調整しつつリールを巻きあげていく。水面に隠れた糸の先はかなり激しく動き回っており、これまで感じたことのない引きの強さだった。

 これはもしかすると、もしかするかもしれない。薄っすらと魚影が見え始めた未知のポケモンへの期待を膨らませながら、逃がさないように慎重に、じっくりと糸を巻き上げる。

 

「よしよし、そろそろ……ここだ! フィーッシュ!」

 

 機を見計らい、相手の力が弱まった瞬間に一気に竿を持ち上げる。勢いよく水面から飛び出してきた影が水滴を散らしながら目の前に落ちてきた。

 赤い体に金の王冠つぶらな瞳、みんなご存じコイキング。白いおひげは女の子、黄色いおひげは男の子。どうやらこいつはオスのようだ。

 

「結局キミかぁ~!」

 

 期待させといてさぁ。ため息を吐きながら、びちびち跳ねているコイキングを抱きかかえる。捕まえることはできないのでキャッチ&リリースが私の釣りの基本なのだ。

 

 元気に暴れるコイキング。弱い弱いと言われても平均サイズ90センチの魚は小学生にもなっていない私にとってそれなりに強敵だ。気合を入れて抑え込まないと抱き上げることは難しい。転ばないように腰を落としてゆっくり川辺に近づいていき、コイキングを放り投げてリリース完了。

 

 水面を揺らして水中に帰っていったコイキングを見送って、次の準備に取り掛かろうと餌箱に手をかけたその瞬間だった。突然、頭に多量の水が降りかかると同時に何者かが背後に着地する音が聞こえた。

 

 

 どすん、とそれなりの重さを感じさせる鈍い音に危険を感じ取り、ゆっくりとその場を離れることを試みる。

 だ、大丈夫、ゆーっくり動けばバレないはず。熊と同じよ熊と……。

 

 しかし、背後の何者かは私の動きに目ざとく気が付いたようで、逃げようとする私に向かって低い唸り声を響かせた。

 人生で初めて聞く明らかな敵意が籠った唸り声。犬猫とは違う野生の獣の発する威嚇音は、私の本能を刺激するのに十分な脅威だったようで、私の体は無意識のうちに弾かれる様にして声の主と距離を開けていた。

 

 武器になるとも思えない釣り竿を剣に見立てて構えながら振り返った先にいたのは、青い体に隆起のある甲羅、前世の博物館で見たフタバスズキリュウを連想させる特徴的なフォルムのポケモン―――ラプラスだった。

 

 目は見開かれ、剥き出しにされた牙の隙間から荒い息が漏れ出している。図鑑で読んだ温厚な姿とは似ても似つかない怒りに満ちた相貌は、まさに海獣の名に相応しい威圧感を放ちながら……必死に首を伸ばして私を見上げていた。

 

―――ギャオォォォオオッ!!

 

 怒れるラプラスは、なんか小っちゃかった。

 

▽△▽△▽△▽△▽△

 

「君なんでそんなに怒ってるの?」

 

 すぐに事態に気が付いたニョロボンが戻ってきて私の前に立ちふさがってくれると、一気に心に余裕が戻ってきた。見たところ首をいっぱいに伸ばしても私のひざ下程度の大きさしかしかないラプラスだが、優に10倍は大きいニョロボンを前にしても怯むことなく果敢に挑みかかっていた。

 

 けれど何かしらの技が使えるわけでもないようで、やっている攻撃と言えば“たいあたり”くらいだ。地上では動きづらいヒレを使って、ペタペタ近づいてきて相手に体を押し付けているだけのあれが攻撃として成立しているかは非常に怪しいところだが……見たところ本人は至って真剣な様子。

 

 ギャァオ! ギャァオ! と首を揺らして威嚇を続けているラプラスだったが、しびれを切らしたニョロボンが片手で押しのけるとコロンと転がって起き上がれなくなってしまった。

 ヒレと首を振り乱しながら何とか起き上がろうと頑張っているが、比重が甲羅に寄っているのか甲羅を起点に揺れるばかりで起き上がれそうな気配がない。当初は手を出したらこっちが怪我しそうな勢いでじたばたしていたのだが次第に勢いが弱まっていき、とうとうへたり、と脱力してしまった。

 

「だ、大丈夫?」

「らぁん……」

「うーん、また襲われるのも怖いしなあ。……手伝った方がいい?」

「らあんっ!!」

「あ、助けはいらない感じなのね」

 

 グルルル……、と唸りながら私を睨み付けてくる。でも上下逆さまだし、動けないし、柔らかそうなお腹は丸出しだしでぜんっぜん怖くない!

 試しに釣り竿でお腹を突ついてみたら案の定めちゃくちゃ吠えられた。大きな声に一瞬驚かされるけど、その小ぶりなヒレは無力に空中をかくばかり。突いては吠えられてそれにビビって離れ、また突いては離れを何度か繰り返していると、ぽい、とニョロボンに竿を取り上げられた。

 ちょっと! と取り返そうとしたらこちらを見つめるニョロボンの白けた視線と目が合った。

 

「な、なに?」

「ニョロ」

 

 つんつんと指でつつかれる。無言だが「本当に分からんのか?」という声が聞こえてきた気がした。

 

「わ、悪かったよ。弱い者いじめみたいなことして……ごめんねラプラス」

「……」

 

 返事はない。代わりにぺっ! と足元に水が吐捨てられた。こ、こいつぅ……! やり返してやりたい所だが、いま私の手元に釣り竿がないことに感謝しろ! 流石に素手でやるのは噛まれそうで怖い。

 

 それにしても、このラプラスどうしたものか。

 ひっくり返って動けないけど起き上がるのに力は借りたくない様子だし、一般的に温厚とされるラプラスがどうして激怒していたのかも分からないし、そもそも何で川から海棲のラプラスが飛び出してきたの? 見るからに子供ってことを考えると群れからはぐれたのか?

 

「ねえ、もし違ったら悪いんだけどさ」

「らあん?」

「キミもしかして昨日の雨で迷子になっちゃったの?」

 

 ラプラスの体がびくんっと一際大きく震えた。あ、そっかぁ……。

 

「海に連れて行ってあげたら、一人でも家族のところに帰れそう?」

 

 返答は無言だった。ただ全身から力を抜いたまま明後日の方向へ顔を向けている。

 もし帰れるんなら私たちが海までなら連れて行ってあげれるけど、と提案すると、こちらを向いて力なく首を横に振った。

 帰れないのか……うーん。

 

 ニョロボンと顔を見合わせて「さて、どうしようか」と考えていると、どこからともなく地を這う地響きのような音が聞こえてきた。一瞬だけ「新手の野生ポケモンか!?」と警戒してしまったが、音の発生源はラプラスだった。上向きにさらし出されているその柔らかそうなお腹が、空腹を訴えて鳴っていたのだ。

 

「ちょうどお昼になるし。ご飯を食べてから考えようか。暴れないって約束してくれるなら、私の家(うち)でご飯を食べさせてあげるけど、どうする? 大人しくするって約束できる?」

 

 そう問いかけてあげれば、らんっ、の鳴き声と一緒にラプラスは今度は力強く頷いたのだった。

 




前話のラプラスのシーンは、ニョロボンが駆けつける前の僅かな瞬間を切り取ったものなんだよ! ということ。
ラプラスが怒っていた理由は獲物として襲っていたコイキングが釣り上げられて横取りされたと思ったからです。

主人公の歳:三歳一週間


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3.自己申告エスパーガール

・年齢の齟齬を修正しました。
・アニメで別地方のキャラ同士が当然のように会話できている点をふまえて設定を変更しました。
 言語2種類 → 言語1種類、文字2種類


 あくる日の早朝。朝食の後、私はラプラスとニョロボンを庭へ連れ出していた。

 木の枝で地面に描いた簡易的なバトルフィールドに両者を立たせて、私自身はラプラスの背後に陣取り、そして意気揚々と指示を飛ばした。

 

「ラプラス! “みずでっぽう”!」

 

 ぺっと吐き捨てられる水。相対するニョロボンが一応の構えをとってくれている一方、ラプラスはふてぶてしく大口を開けて欠伸までしていた。

 

 

 昨日、家に連れて帰ったラプラスは約束を守って暴れたり攻撃を加えたりすることもなく、先住の二匹と一緒にお母さんが用意したポケモンフーズを頬張っていた。

 ラプラスの今後についてお父さんに相談してみたところ、漁業組合にラプラスの群れの情報を回してもらえるように頼んでくれるらしい。これで群れが見つかったらそこまでこの子を連れて行ってもらって、この子の家族がいる群れだったら迷子問題は解決だ。

 もし見つからなかったら、その時はまたどうするか相談して決めるということになった。それまでの一時的な処置として、昨日のうちにラプラスは我が家のモンスターボールに入れられた。……そのボールもしかして私から没収したやつでは?

 

 そして、ポケモンセンターでの検査でも健康状態に問題は見つからず、晴れてラプラスは我が家の居候となったのである。

 (うち)に来たラプラスは両親の前では殊勝な態度をとっていて、一切威嚇することもなくモンスターボールにも無抵抗で収まっていた。

 

 だが私は知っている、こいつが皆の目を盗んでベロリンガの皿からフーズを掠め取っていたことを。そしてお風呂上がりの私に水を浴びせようとしてきたことを……夜風に当たりながら寝ていた私の顔の上にヒレを載せて息するのを繰り返し邪魔してきたことを!

 

 猫かぶってる上に私のことだけ舐めてんだよなあ!

 

 そういう訳で、居候という自分の立場を理解させるためにも早朝からポケモンバトルと洒落込んだのである。……が、冒頭の通りこのラプラス、案の定というか予想通りというか私の言うことを聞く気がない。

 

「せいっ」

 

 後ろから甲羅を叩いたら、予想以上に固くてこっちの掌が痛くなった。手を擦っている私の姿を見てラプラスはけらけら笑った。こいつぅ!

 

 いらっと来るけど、それで単純な暴力に走ったり敵前逃亡するほど私は浅慮じゃない。一度室内に戻ってから大きな缶を携えて再度外へ。水色の星マークが描かれているそれは、いつもなら3時のおやつと夕飯のデザートにしか貰えない水ポケモン用のポケモンフーズ(おやつ用)である。

 すぐに目をキラめかせた水ポケモン二体を横目に、缶はベロリンガに渡して守らせる。

 

「さぁ! 私の言うことを聞いたらおやつをあげるぞ!」

 

 しつけの基本は飴と鞭! ポケモンの立ち位置は犬猫とは全然違うけど、それでも基本的なことは変わらないはず。チラつかせたフーズを飴に居候と家人の立場の違いを思い知らせるのだ。

 

「さぁ、今度こそ“みずでっぽう”だ!」

「……ら「ニョロ!」ぁん!?」

 

 バッシャァァ! とニョロボンが手から勢い良く水を放つ。放出された水流はそれなりの威力で庭の岩に激突して辺り一面に飛び散った。

 私もベロリンガも、それどころかラプラスまで呆気に取られているのを他所(よそ)に、何故か得意げなニョロボンは私の前に来て胸を張った。

 

「えぇ~」

 

 分かるじゃん? ラプラスに対しての話だって普通分かるじゃん?

 そうは言っても眼前のニョロボンはどうだ! と言わんばかりの笑顔でこちらに掌を差し出している。

 

「しょうがないなぁ」

 

 小さくため息を吐きながらその白い掌の上におやつを載せてあげる。ラプラスを名指しして指示を飛ばさなかったのは私だしね。何よりこんな笑顔を向けられてしまっては「ラプラスだけだからキミはダメ」と却下するのは躊躇われてしまった。

 

 ただし今回だけね、とおやつを堪能しているニョロボンにはちゃんと言い聞かせておく。

 そしてそんなニョロボンを羨ましそうに見つめているラプラスの目の前に、改めておやつをチラつかせて指示を出す。

 

「ラプラス“みずでっぽう”!」

「らああぁん!」

 

 ふっ、現金な奴め。気合の入った声と共に頭を振りかぶるラプラスの姿に内心ガッツポーズを決める。やはり私の考えは間違っていなかった。

 烈気十分、首を振り下ろすと同時にラプラスの口から放たれた水弾は、その勢いを衰えさせることなく岩に炸裂―――することはなく、緩やかな放物線を描いて1mほど飛んだところで落下して地面を濡らした。お風呂場のシャワーの方がまだ威力がありそう……。

 

「……」

「……」

 

 そっかぁ。そういえば昨日もニョロボンに“たいあたり”的なことしかしてなかったもんね……。

 

 ちら、とラプラスに視線をやってみると、こちらを振り向いていた顔と一瞬目が合ったかと思ったら即座に顔を逸らされた。体が小刻みに震えているし、心なしか水色の顔も少し赤らんでいるような気がする。

 

「ん、約束だし。はいあげる!」

 

 口元におやつを差し出してやる。が、頭で払う様にして叩き落された。

 なんだなんだ、要らないの? 最初は目を輝かせていたことを思うに、技を上手く撃てなかったプライドから拒んでるんだろうな。まあ、そんなことは私には関係ない! 本人が納得していなかろうと、約束は約束なのだから、私の意地で以って食べてもらう。

 新しいおやつを取り出して、力強く結ばれたラプラスの口に押し付ける。顔を反らして避けようとするけど、首が長くないので手を伸ばせば追いつける。むーっと小さい子供のくせにしかめ面を浮かべて拒む拒む、また拒む。わざわざ私が食べさせてあげるってまで言ってんのに何拒んでんだこの、この!

 

 そんな攻防が繰り返され、いい加減埒が明かないのでベロリンガにお願いして体をくすぐってもらった。すると最初はどうにか堪えていたものの次第に口元が歪み始め、ついに我慢できずに笑ってしまった隙を突いて口の中におやつを放り込んだ。

 抗議するような目でこちらを見て来たが、フフフ、おやつ自体は美味しかろう。どれ、と試しにもう一つ目の前に掲げてみたら今度は間髪入れず食いついた。

 

「ふっふっふ……これで理解したでしょ! 私はこの家の一人娘で、キミは居候! 以後私に生意気な態度はとらないように!」

 

 そして居候は私の言うことに従う様に! と続けたら、暫く無反応に見つめられた後、頭から水弾を浴びせかけられた。許すまじ!!

 

 

 

 幼少期の生活は、しかもそれがド田舎でとなればかなり暇である。

 前世の同じ歳の頃はこんなに暇を持て余していなかったと思うのだけど、アーシア島には幼稚園もなければ保育園もないので、近所の子供と遊ばないのであれば一人で過ごすしか選択肢はないのだ。

 

 せめて類似する施設があれば、万が一の確率で私が最低限つきあえるレベルの精神年齢の相手に出会えたかもしれないのだが……。自ら探しに行ってみようにも四歳の体ではさほど長い距離は移動できないし、何よりお母さんにそんな遠くまで行くのは許されていないのだ。

 

 本を読み、テレビを見て、家のポケモンと戯れて、たまにラプラスも引き連れて釣りに行く。ほぼこの四つの行動を繰り返すだけの私の日常、代わり映えのしない日々。

 四歳も半年が過ぎたこの頃、私デュランはいよいよ完全に日々の活動をローテーションで回すだけの人間機械と化していた。

 

 あぁ~、サブカルチャーが! オタクの魂が全力で没頭できるような漫画やアニメやゲームが絶対的に不足してるんだ~~!

 前世のネット掲示板でのアニメ実況や課金して回すソシャゲガチャに一喜一憂する快感が恋しいんじゃ~~!! 

 悲しいかなクレジットカードどころか、携帯電話すらお父さんのアンテナ付きしか見たことないこんな世の中じゃ……私の欲望は一生満たされねぇ!!

 

 私は床で寝ているラプラス以外誰もいない家のソファに寝転がりながら、買い物に出かけた両親の帰りを待っていた。テレビをつけてもニュースしかやっておらず、スマホやPCがなければ暇つぶしも出来ない。現代(未来)に毒された私の魂は電子の海での“なみのり”に飢えているのだ……!

 

 そういえば話は変わるけど、件の居候ラプラスは半年経っても元居た群れが見つからず、季節が変わってラプラスの群れが別の海域に移動してしまったことを契機に正式に我が家の第三のポケモンとなった。

 本人はやはりまだ群れに戻りたい気持ちはあったようだけど、話し合い(ポケモンって明らかに人間の言葉理解できてるっぽい場面多いよね?)を通して、群れ探しはまた来年に賭けるということに相成った。

 それ以来、何だかんだ立場を弁えていたラプラスに対して、居候と家人という関係性を楯にあれやこれやと威張っていた私の黄金の日々は瓦解し、今となってはお風呂上がりでホカホカな私に水鉄砲(微弱)を浴びせかけてくるラプラスと裸のまま取っ組み合いをする程にまで落ちぶれてしまった……。

 こいつ、居候じゃなくなった次の日から私の布団に水かけやがったからな……あれは絶対、私じゃない! こちとら転生者だぞ! おねしょなんかするか!! 

 

 そんなラプラスだが、正式に家族の一員になっても私以外に対する態度は変わらないままで、お母さんとお父さん相手には素直な良い子を貫き通している。

 ニョロボンとベロリンガに対してもこの数年の間に上下関係が確立したようで、二匹のご飯を掠め取るような真似はしなくなったし、なぜ私にだけこんな態度なのかコレガワカラナイ。

 

 しかし現状、これと先にした説明*1を結合してみると残念な現実が見えてくるのだ。今現在、私と完全に対等な付き合いができる相手がこの生意気な子ラプラスしかいないという、そんな残念な事実が。どうしてこうなった……。

 しかも川の流れが緩いところで試しにラプラスに跨って釣りをしていたら、気が付いたら近所で「ラプラスの子」だの「ラプラスの嬢ちゃん」だの呼ばれるようになっていた。

 それ認識のメインがラプラスになってませんかね!? そうですよね、“人間”なんて“ラプラス”に比べたら珍しくもなんともない……誰がオマケだ!

 

 確かに私は近所で仲良くしている子供はいませんよ? でもそれは精神年齢の差という壁があるからであって、決して私の人間性やら性格やらに問題があるわけではなくて……つまり全て環境が悪い。

 そうだ、何もかも私をこんなド田舎に押し込めている環境が悪いのだ……! ひいては未だ普及しないネット環境が悪いのだ! パソコンさえ普及すれば、こんな私だって無限に広がる電子の海に漕ぎ出していけるのに。

 

 いつかパソコンが普及した暁には、前世の経験と知識を活かして何か凄いことしてやる。youtube的な動画サイトを立ち上げて覇権を握り、広告収入だけで巨万の富を築き上げてやる。具体的な方法は知らないけど。

 そう言えば、もうあれから何年も過ぎてしまったし、実生活で何も実感してないから忘れがちだけど、私って実は凄い潜在能力が秘められてるんだよね……。病気に罹ることも無ければ、将来は確実に美人になれるし、他にも何かしら超能力とかもあったような……あっ! そうじゃん、前世では微妙だった絵の才能さえ今の私は持っているはずだ。

 

 おぉ……よくよく考えたら脳が柔らかい今のうちにやることなんて幾らでもあるじゃんか。

 え? 超能力はともかくとして、どうして絵のことまで忘れていたのかって? 覚醒した当初はリアルポケモンのことで頭が一杯だったからね、仕方ないね。

 その後はボッチの洗礼を受けて心に傷を負い、孤高の美少女釣りガールとして生きていたからさ。図鑑や伝記が楽しくて読書はしたけど“絵を描く”行為に触れる機会は地味に殆どなかったのだ。

 

 しかし、気が付いたからにはこれは最高の道標になる。

 私には画家として生きたいとか大それた夢はないけど、今からコツコツ練習を重ねれば前世レベルにインターネットが発達した頃には、雲の上の存在だった神絵師の一人として、イラストを公開しては無数のユーザー達から()()()()されるような存在にだってなれるのかもしれない。

 

 美少女で、絵が描けて、しかも超能力者? 中々そんな人いないと思いますねえ!

 

 超能力だって、まだ何もそれらしい不思議体験はしてないけど、私の内側にはサイキックパワーが眠っているはずなのだ。読心術以外のどんな能力を持っているのか……気にならないわけがない。

 でも超能力を目覚めさせるって、つまり何をやったらいいんだろう? シンプルに瞑想とかだろうか、それともスプーン曲げの練習をしてみるとか? あっ、八百(やお)ヤドンに軽く“ねんりき”をかけてもらったら何か分かるかもしれない。早速明日にでも試してみよう。

 

 なんか考えてたら楽しくなってきた……!

 絵の勉強と超能力の練習は基本として、いっそのこと将来、この世界を存分に楽しむために語学の習得も考えて良いかも。

 

 この世界は奇怪なことに、喋り言葉は全世界共通なのにも関わらず、文字は複数種類存在する。

 カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ地方では日本語と同じ文字(以後「カントー語」と呼称)がそのまま用いられているが、イッシュ地方ではイッシュ文字を用いるようにアローラ地方、ガラル地方など、地域によっては異なる文字を使用していることもある。

 

 言葉は脳が柔らかい幼少期の方が習得しやすいと言うし良い考えな気がする。読み言葉は共通なので言語ごとの対応表は普及しているけど、自由に書けて読める方が旅行とか楽しめそう。

 それにしても……世界中の人と不自由なく会話できるなんて最高の世界だな! 想像は追いつかないけど、何だか人生をかなりの場面で気楽に楽しめるようになる気がする。旅行に出かけても自由に旅が出来て、現地で知り合った人と一緒にお酒を飲みながら会話に花を咲かせる、みたいな───素晴らしい!

 

 うっかり忘れないようにと、私はチラシの裏に計画を書き記しておくのだった。

 

 

 バラ色の未来計画を両親に告げてから早半年、晴れて五歳となった私の生活は大きく変貌を遂げていた。

 絵の練習がしたいというお願いは、元画家のお爺さんが毎週開催している老人会の集まりに参加させてもらえることとなり、文字学習についてはアーシア島に専門で教えられるような人物がいないという如何(いかん)ともし難い問題に直面し、とりあえずはお父さんが本土で教材を買ってきてくれるということになった。

 そして超能力関係についてなのだが……うん、まあ想像通り、いや想像以上にこれが特に大変だった。

 

 二人とも娘が唐突にいくつもの習い事をしたいなんて言い出したから面食らっているのは仕方がないけれど、それ以上にいざ両親に伝える段階になって一番大変だったのは超能力に関してだ。(ヤドンの“ねんりき”では何の成果も出なかった)

 

「わ、私ってたぶん超能力使えると思うから、何かこうサイキッカーの人、とかに、エスパー、的なのを教えてもらいたい、です……」

 

 

 と、尻すぼみにしどろもどろになりながらお願いした私を見るときの二人の目。さっきまでは真剣な顔で話を聞いてくれていたのに、一気に微笑ましいものを見るような視線になるんだもんなぁ。

 

 冷静になって考えたら、「私、超能力者なの! だから超能力の訓練したいの!」なんて完全に夢見る子供の発言そのものじゃん……! いざ話すときどれだけ私が恥ずかしかったことか!

 「僕も挑戦した時期があったなぁ」とか「誰もが一度は通る道よね~」とか、お父さんもお母さんも止めてくれ~!! 違うんだよ! 私には本当に超能力の才能があるんだよ!

 

 思わずそう叫んでしまったら、より一層二人の視線の微笑ましさ度が増してしまった。う゛う゛あぁぅぅ……!!

 けれど哀しいかなどうしようもない、反論すればするだけ墓穴を掘るだけだ。二人から見える今の私は、まさに変身ヒーローや魔法少女に憧れる子供そのものだろうから。

 

 しかし、私が真っ赤になってもう恥ずかしさで泣きそうになるのを堪えていると、お父さんの口から予想もしていなかった提案がされた。お父さんは「そうだ」と指を立てて、

 

「お父さんの高校の友達にサイキッカーがいたから、今度の休みに会いに行ってみようか! デュランも随分しっかりしてきたし、いい機会だから家族旅行に行こう!」

 

 と少し得意げに言った。まさかお父さんの知り合いに超能力者がいるとは想像もしていなかったし、話が旅行に広がるとも思っていなかったけれど、お母さんは突然の家族旅行の提案にかなり喜んでいた。

 

 その後、とんとん拍子で旅行の日取りが決められていき、相談から2か月が経った頃、私はついに生まれて初めてアーシア島から離れることとなったのだった。

 

 行先は―――大都会、ヤマブキシティ。

 

*1
友達ゼロ人




平均7000文字と5000文字だと“読んだ感”に結構差がありますよね。
まぁこの話は6000文字強しかないんですけど。

名前が薄い主人公の歳:三歳、四歳、五歳


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4.旅行先で友達と

おかしいな、執筆前は全く別の話を書く予定だったのに7000文字後半もあるぞ。

・本作のあらすじ部分の下部に各種資料を基に自作した「オレンジ諸島周辺海域を含むマップ」を掲載したので、よろしければご覧下さい。
 映画舞台の意外な位置関係に作っていて驚きました。

追記:くどい表現が目についたので全体的に改訂しました。内容に大きな変化はありません。
追記2:地の文で口が悪いなぁ……って思った部分を修正しました。


 三泊四日の家族旅行は、日の出と共に家を出てカントー本土へ向かう観光船へと乗り込む所から始まった。早朝に出向したフェリーはオレンジ諸島のいくつかの島々を経由して、乗客を増やしながら本土へ向かって海を進む。

 

 眠気眼を擦りながら乗り込んだ船が本土に着いたのは太陽が傾き始めた頃だった。マサラタウンの港に着船して、それから船を降りる頃には後数時間もすれば夕暮れ時という、観光目的だとしたら微妙な時間帯になっていた。

 初日はマサラタウンの宿で一泊し、明日は別の船に乗り継いでクチバシティを目指す予定らしい。クチバからはバスで数時間も移動すればあっという間にヤマブキシティだという。

 しかし、数時間の移動があっという間……? ちょくちょく出張しているお父さんからすると、この程度の移動時間は大した距離ではなくなっているのかもしれない。予想外の部分でサラリーマンの強さを感じてしまった。

 

 今回の旅行、私は恥ずかしながらリアル超能力者に会えるのだと胸をワクワクさせて舞い上がっていたのだが、帰路を考えるとヤマブキシティには一泊しかしないことに気が付いてしまって少し拍子抜けしてしまった。ただ元々お父さんの友達に会うのは旅行中の目的の一つに過ぎないのだから、実は今更な落胆ではあるのだが。

 実際、お父さんもお母さんもかなり気合を入れてこの旅程の準備をしてきたようで、フェリーではちょっとお高い船中レストランで昼食をとり、夜もグルメ雑誌で評判の料理が美味しい宿を予約しているらしい。

 

 個人的には、前世の記憶のせいもあってマサラタウンに対する期待度が爆上がりだったのだが、実際に訪れてみれば長閑(のどか)な草原と田園、どことなく牧歌的な雰囲気の町並みが広がる普通の町だった。

 いや、決して悪くはないんだ。ただ意外と普通の町だなあ……って思っただけで……。アーシア島の古い伝統が残る海の町って雰囲気の町並みとは違って目新しさは感じるし、マサラタウン自体も有名な観光名所とかは無いにしても十分良い場所だったのは確かだ。

 

 ……仕方ないんよ。勝手な期待とは言え、やっぱりマサラタウンと言ったら初代赤・緑の主人公レッド(または女主人公のリーフ)、ライバルのグリーン、さらにはアニメ主人公のサトシの生まれ故郷にして、“ポケットモンスター”の始まりの町なんですよ。

 

 もしレッドやグリーンがポケモンリーグを制覇していたらニュースになると思うけど、それらしいニュースは見たことないし、今もワタルじゃない別の人がチャンピオンだから、ゲーム的にもアニメ的にも原作前なんじゃないかと予想してるんだけど……。

 主人公たちが十歳になるの年を原作開始日として今は何年前なのかとか、そもそもレッドやサトシが存在する様な世界なのかとか、考えても答えの出ない疑問はいくらでもある。

 とは言っても、やっぱり原作キャラとの邂逅を期待してしまうのは仕方ないというか……転生者がいたら百人が百人同じこと考えるよねっ!?

 

 もしかして会えるのでは? 本物の彼ら彼女らを一目見れるのでは!? って絶対考える!

 

 でも実際そんな都合よくいかないものでありまして……。

 オーキド研究所はあったけど部外者が見学することは出来ないし、お母さん達にくっついて歩いてる私には、偶に見かける現地民らしき人に知人を装って「この町に住んでるレッドって知ってます?」と聞き込みをしたりとかは不可能である。

 

 あぁ、我が憧れのマサラタウン……。

 

 勝手に期待して、勝手に落胆する。どうして元気がなくなっているのかと心配されたけど、説明することは(はばか)られたので、「なんとなく、ここで誰かと会える気がしていたの」と言葉を濁してごまかしておいた。

 後で落ち着いてから気が付いたけど、これは紛れもない電波発言だった……そんなつもりは無かったのに“自分を超能力者だと思い込んでるエスパー少女デュランちゃん”の状況証拠が着々と揃ってきている気がしてならない。

 

 これが不幸を招いたのかは定かでないが、このエスパー関係エピソードを用いた恥ずかし責めは夕飯の場で思い切り話のネタに使われた。

 

 嫌~! お父さんやめて! 宿屋のお姉さんに「娘がエスパーかもしれないって言うので、ヤマブキシティにいるサイキッカーの友達に確認してもらいに行くんですよ」って詳細に教えないで!!

 あらあらまあ! とお姉さんは微笑みを向けてくる。止めてくれお姉さん、その笑顔は私に効く。止めてくれ。

 

「私の娘なんてアポなしでオーキド研究所に突撃して、オーキド博士直々(じきじき)に超能力があるか調べてもらっちゃったんですよ~」

 

 娘がそんなことお願いしてたなんて知らなくて、博士本人から聞かされたときは顔から火が出そうでしたよ~、と本人の関知しないところで恥ずかしエピソードを公開されてしまった娘さんに心の中で合掌する。が、ちょっとだけ親近感。

 

 その後も親同士、子供の話題で会話が弾むようで私のこれまでの数々の(親視点で)可愛らしいエピソードが暴露され続けるというとんでもない事態に……。

 あまりに恥ずかしすぎる状況に、私がたまらずトイレを言い訳にその場から逃げ出したことを誰が責められようか。

 

 

「もうっ、どうして、お父さんってホント何なの……!?」

 

 一応ちゃんとトイレを済ませた後もあの場に戻る勇気が出なかった私は部屋に戻ろうとするも鍵がなくて入ることが出来ず、仕方なく外で夜風に当たって時間をつぶすことにした。

 幸い、夕飯はすっかり食べ終わって歓談に興じていただけなので問題はない。正直あんまり期待してなかったけど、提供されたハンバーグは絶品でした。流石、こんなに(田舎という意味で)親近感の湧く町なのに観光情報誌の「美味しい食事がしたいならココ!」の特集に載るだけのことはある。

 

 道の所々でぽつりぽつりと光る街灯を眺めつつ、晩春の温い風を浴びながら独りお父さんへの愚痴をこぼしていると、不意に頭上からガチャリと音が聞こえた。

 

 見上げると二階の窓から女の子を出している。かなりの美少女さんだったので失礼を承知でじっと見つめていたら、視線に気が付かれたのか目が合ってしまった。

 もしかして今の愚痴も聞かれてしまったか、と焦ったけどそれならすぐに目が合っているはずなのでセーフのはず。地団駄を踏んでいるみっともない姿は目撃されていない……はずだ。

 

 あ、ど、どうも……と、精神年齢三十越えのくせに見知らぬ少女を前にまごついていると、パッと笑顔を浮かべた少女が窓から身を乗り出して手招きをしてきた。

 

「あなた、今日うちに泊まってる子でしょ? もし暇だったら私の部屋に来ない?」

「え、良いの?」

「もちろん! あんまり歳の近い子が泊まることないし、他の町の話とか気になるから聞かせてよ!」

「そ、それじゃお言葉に甘えて」

「……あなた難しい言葉を使うのね。ま、いいわ! 今下に行くから待ってて!」

 

 難しい? って思ったけど、そういえば私まだ五歳だったわ。あの子は私より年上っぽかったけど、離れていても二、三歳差くらいだろう。ふっ、隠しきれない大人の貫禄を見せつけちゃったかな。

 少し大人の余韻に浸ってから中に戻ると、ちょうど女の子が階段を下りてくるところだった。

 こっちこっち、と私の手を引く女の子はキレイな赤茶色の髪を揺らしながら階段を上がっていく。お風呂上りなのか僅かに潤んでいる体からは、ふんわりと甘い花の香りが漂っていた。

 

「さ、どうぞ入って!」

「お邪魔しま~す」

「なにか飲み物持ってくるから、ベッドとか適当に座って待ってて」

「はーい」

 

 ばたん、と扉が閉じるのを確認してから部屋を見渡してみる。

 ピンク色の花柄シングルベッド、透明マットの敷かれた勉強机、漫画と教科書が一緒に収められた本棚とピッピ人形を始めとする人形たち、そして壁の至るところに飾られているポケモン関連のポスター。勇ましいデザインのポスター群が部屋全体のファンシーな雰囲気を乱していることに目をつむれば、よく整頓された至って普通の女の子の部屋である。

 

 部屋を観察しつつ大人しく言われた通りにベッドに腰を下ろして待っていると、お盆にジュースとお菓子を載せた女の子が部屋に戻ってきた。

 グラスにはしっかり氷が入れられているし、お菓子はわざわざ取り分けたのか、2つのお皿にそれぞれ複数種類のお菓子が丁寧に乗せられている。お盆にはいざと言うとき用の布巾も用意されていて、よく見ればお菓子の器を置くためのランチョンマットまで隙なく準備されている。

 この幼い子供とは思えない気配りは、流石は宿屋の娘の面目躍如といった所だろうか。

 

 ……わ、私だってもし友達が家に来たらこれくらい出来ますし!? ただ遊びに来るような友達がいないだけで! ……やめよう、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 待たせちゃってごめんね~、と謝罪まで頂いてしまって何だか恐縮していると、少女は慣れた手つきでクローゼットから小さめのちゃぶ台と座布団を引っ張り出してきた。まさかのちゃぶ台、しかも結構年季が入っている。

 少女はすっ、と子供らしからぬ丁寧かつ自然な動作で座布団の上に腰を下ろした。座り姿は当然のように正座。私に座布団を勧める手は指差しではなく、きちんと指の揃えられた手のひらである。

 

「さ、座って座って。お話しましょ!」

「え、あ、は、はい!」

「? どうしたの?」

「あ、いや何でもないです、じゃなくて何でもないよ。うん、もう大丈夫」

 

 「そう?」と首を傾げる姿さえ何だか上品に見える。こ、この子グラスを机に置くときも小指を添えて音が鳴らないように気を付けている……!?

 い、いかん、呑まれるな私。相手は四~六歳の子供だぞ、少しだけしっかりしていて大人びていた所で、子供は子供―――はっ!

 こ、この子! 今のところ私が出会った中で最高の精神年齢の持ち主な子供だ! アーシア島では精神年齢が違う子ばかりで、こんなに違和感なく会話できる子はいなかった。

 

 ち、ちょっと話しただけだし、まだ確信はないけど、もしかすると彼女は私の初めての友達になってくれるかもしれない人なのでは……?

 

 後になって思い返してみると簡単に気づけるのだが、勝手に(おのの)き、勝手に敗北しかけ、勝手に期待に胸を膨らませる私は傍から見て極めておかしな奴だっただろう。この後、彼女が訝しんで体調不良を疑ったのも当然のことである。

 その時の私はそんなことに思い当たることはなく、ただひたすら彼女と友達になりたい一心で他愛のないお喋りに臨んでいた。たかがお喋りと侮ることなかれ。私にとっては一世一代の大勝負だったのだ。

 最初こそ緊張で固くなってしまっていた私だったが、幸いにも、というか小気味よい彼女のトーク術に救われたと言うべきか、あちらから向けられる質問に答えているうちに緊張も解れていき、お互いに一杯目のジュースを飲み終わる頃にはすっかり気楽になり、純粋にお喋りを楽しむことが出来ていた。

 

 ハナコ、と名乗った彼女は私にとっては何でもないアーシア島での話にもいちいち気持ちの良い反応を返してくれて、時には私が思いもしていなかった観点からの感想で以って、私の思い出に新しい色を描き足してくれた。

 

 生意気なラプラスの話をすれば「きっとあなたといる時が一番素直な自分になれるのよ」と「明日出発前に一度会ってみたいな」とラプラスと私の関係に羨望を向け。

 お父さんが私の話を言いふらすと愚痴を話せば「きっとあなたが大好きだからあなたの話ばかりしちゃうのよ」「あなただって結構お父さんとお母さんの話してるの気づいてないの?」と()()()()笑う。

 

 何と言ったら良いか……楽しくお喋りしていたのに変な表現だが、彼女に終始圧倒されていたというのが正直な感想である。普通に声を上げて笑うし、氷もガリガリ噛むし、何ならお煎餅の欠片だって散らかすけど、それを含めて言葉にするのが難しい器の大きさと言うものが彼女には備わっていたような気がする。

 

 彼女はいつかポケモントレーナーになって旅がしたいらしい。

 彼女はこの店でコックをしているお父さんから料理を習っているらしい。

 彼女はニャースが可愛くて好きらしい。

 彼女はいつかこの店も継ぎたいらしい。

 彼女は結婚したら、大きな一軒家に暮らすのが夢らしい。

 彼女は結構町の男の子からモテるらしい。

 彼女は―――。

 

 

 気が付けば私は眠ってしまっていて、カーテンの隙間から差し込む明かりで目が覚めた時にはお母さんの隣でベッドに横になっていた。

 

 いつ眠ってしまったのだろうか。

 二人でジュースのおかわりを注ぎに行って、食堂スペースでうちの両親と4人で会話に花を咲かせていた少女のご両親に挨拶と料理のお礼を伝えてハナコちゃんの部屋に戻って。

 それからまたしばらくお喋りをして、彼女の宝物だという不思議な色の石を見せてもらって……その後あたりから記憶がない。

 

 窓から外を覗くと空は明るくなっていたけれど、太陽はまだ山の影に隠れたままだった。どうやらだいぶ早い時間に目が覚めたようだ。

 もうひと眠りしようかな、とベッドに戻って目を瞑ってみたけど、一向に眠れそうな気配がしないので諦める。仕方ないのでスーツケースから着替えを引っ張り出してシャワーを浴びるためにゲスト用のお風呂場に向かって歩いていると、途中でパジャマ姿のハナコちゃんとばったり出くわした。

 

 ぼんやりと眠た気な目は半開きで、さらさらで綺麗だった赤茶色の髪は見る影もなく大爆発している。

 

「あ、おはよう。昨日はごめんね、途中で寝ちゃって―――」

「ちょっと来て!」

「へ?」

 

 ぐいっと手を掴まれて、慌てた様子の彼女に引っ張られるままに着いていくと、ゲスト用じゃない方の洗面所に連れてこられた。鍵を後ろ手に閉めて一息ついた様子の彼女の話を聞いてみたところ、お客さんにみっともない姿を見せてしまうとお母さんに物凄く怒られてしまうらしい。

 「まだ日も昇りきってない早朝だから」と、まさか誰か起きているとは思わず油断していたところで私と遭遇してしまい、とっさの判断で鍵が閉められて自分の身だしなみも整えられる場所に“口封じ”のために連れてきたのだと言う。私としては家の手伝いのためとは言え、毎朝この時間から起きているというのが一番の驚きだった。

 

「あーホントにびっくりした。なんでこんな早くに起きてるのかな~?」

「そんなこと言われても、目が覚めちゃったもんは仕方ないじゃん。大丈夫大丈夫、ちゃんと黙っておいてあげるから!」

「本当にホントだよ? 絶対に言わないでね?」

「指切りげんまんでもする?」

「する!」

 

 指切りげんまん指きった! と約束を交わしたところで私は話を切り出す。

 そもそもの話、私は昨夜に入れなかったお風呂に入るために移動してた途中だったんだけど、ここには入れないから客用の方に戻っていいかな? という問いかけに対してハナコちゃんは少し扉から顔を出して廊下を見回してから、両手を×の字に組んで首を横に振った。

 

「しばらくお母さんがこの辺歩き回ってるからダメ! こっちの方から歩いて戻るの見つかったら、たぶん、いや絶対にバレて怒られちゃう」

「そうは言ってもお風呂には入りたいし……」

「うーん……あっ! そうだ、ここで入ればいいのよ! 本当は使わせちゃダメなんだけど、私も一緒に入ってシャワーを浴びたことにすれば、あなたに使わせちゃったことはバレないと思うし」

「ほんとに大丈夫……?」

「たぶん大丈夫? ……きっと大丈夫よ! そのうち料理用の買い出しでお母さんもいなくなると思うし、それからココを出れば何の問題もないわ!」

 

 何となく不安な気もしたけど、結局押しに負けて私は彼女と一緒にお風呂に入ることとなった。

 「お客さん用よりも狭いのよね~」と言う彼女は年上のお姉さんっ気を出したのか、不慣れな手つきで私の髪を洗ってくれた。お返しに私も洗い返してあげたけど、誰かの髪を洗ったことなんてないので上手に出来ていたか不安である。

 お湯は溜まっていなかったからシャワーだけだったけど、二人で温泉とかに入ったとき恒例の背中の洗いっこもして、お風呂上りにはなんと、いつも使っているというヘアオイルを貸してくれた。

 今世で使うのは初めだし、前世から数えると三年振りだったせいで若干手つきが怪しくなっていたのだろうか。「使い方教えてあげる。髪は女の命なのよ!」と得意げになっていた彼女に手伝ってもらいながら、久しぶりのヘアケアを堪能したのだった。

 ドライヤーで乾かした髪はいつもよりも艶やかで、昨日のハナコちゃんから感じた甘い香りが漂っていた。お揃いの香りが何だか嬉しくて、売っている店と商品名を聞いておいたので町を出る前にお母さんに強請(ねだ)って買ってもらおうと思う。

 

 それからちょくちょくハナコちゃんが偵察に出て、お姉さんが買い物に出るのを確認してから洗面所から脱出した。作戦は成功である。

 私たちは二手に分かれた。彼女は元々予定していた家の手伝いへ向かい、私は今起きてきたような顔をして食堂へ入って行った。

 

「おはよう! 早いね、一人? お母さんとお父さんはまだ寝てるの?」

「おはようございます。二人はたぶんまだ寝てると思います。私だけなんだか目が覚めちゃいまして」

「そっか、でも早起きは良いことだ! すぐに朝ごはん作るから待っててね。あ、テレビとか自由に見ていていいからね」

「はい、ありがとうございます」

 

 厨房から顔を出したのは恰幅の良いおじさんだった。黒髪で結構(いか)めしい顔つき、母親似らしい少女とはあんまり似ていないけど琥珀色の瞳はそっくりだ。

 

 テレビのチャンネルを回しながら島では見られない番組を楽しんでいると、素知らぬ顔でエプロン姿のハナコちゃんが朝食の載ったプレートを運んできた。彼女はちらり、と厨房の方を振り返って父親が奥にいるのを確認すると、ニヤっと悪戯な笑みを浮かべた。それに釣られて私も笑う。

 

「おはようございますお客様、出来立て熱々の朝食をお持ち致しました」

「おはようございます。昨晩以来ですね?」

「そうですね。ついさっき一緒に背中を流しあった気もするけど、勘違いですよね?」

「奇遇ですね、私もそんな気がしてたんですよ」

 

 うふふふ、あはは、と二人で笑い合う。私が先に堪えきれなくなって吹き出してしまった。もうっ! と怒ったふりをして見せると彼女も口を開けて笑い始めた。

 

「今日の朝ごはんはフレンチトーストよ! 先に粉砂糖がかけてあるけど、お好みで蜂蜜とメープルシロップをかけて食べてね。おかわりも自由だから好きなだけ食べていって! それと飲み物はついさっき搾ったばかりのリンゴジュース、マサラの名産の一つなの。

 それじゃあ私はあっちで食べてるから、フレンチトーストもジュースもおかわりが欲しい時は気軽に声かけてね!」

「えっ、何でわざわざあっちで食べるの? 一緒に食べればいいじゃん」

「でも、お客さんが食べてるときは見えないところで食べるのがうちのルールだし……」

「それは分かるけど、せっかく一緒にいるんだから一緒に食べてもいいじゃん! それにほら、私たちの関係はお客さんと店員じゃなくて、その……友達だし」

「……それもそうね! ちょっとお父さんに一緒に食べても良いか聞いてくるわ!」

 

 善は急げとばかりに彼女は厨房の方へ小走りで戻っていった。その後ろ姿を眺めながら、私は机の下で小さくガッツポーズを作っていた。きっと彼女は何も考えずに返してくれたであろう言葉が、実のところ私がずっと聞きたかった一言だったのだ。

 昨晩のことを考えれば言葉にせずともそれ位の関係になれている自信はあった……うん、あったけど、あの一言があるかないかは、ずーっと独りで過ごしていた私にとっては()()()大きい違いなのである。

 

「友達だしね。一緒にご飯を食べるくらいフツーフツー」

 

 ハナコちゃんと―――友達と一緒に食べるフレンチトーストは、前世で食べたそれよりもとっても甘い味がした。

 




・自分で読んでいて目が滑りやすい箇所に()()をつけてみました。
・冒頭の観光船はカントー本土への観光客を運ぶのではなく、オレンジ諸島への観光客を乗せて帰る途中の船です。内部にレストランがあるような豪華な定期便なんて、アーシア島に普通は来ないのです。
・元々の予定通りなのですが、世界観はアニメ・ゲームの要素が混在します。



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5.エスパー少女(お墨付き)

前半はズバッと書けたんですけどねえ。
投稿頻度を上げたいところです。……ウマ娘やめたらいい話なんですけどね。

・後半のヤマブキシティ到着後の話を大幅に改訂しました。
 今話中での登場人物の減少、足早すぎた展開の改善、ヤマブキ小学生登場シーンの消滅など。(別人のJKになりました)



「ま゛た゛ね゛え゛~!!」

 

 溢れ出る涙を堪えることもせず、ハンカチで赤らむ目を拭いながら私は離れゆくマサラタウンに向かって必死に手を振った。

 

 

 結局フレンチトーストを二枚もおかわりしてから、私は昨晩の約束を守ろうとお父さんの鞄からラプラスの入ったモンスターボールを持ってきて、道路に面したテラス席でラプラスとハナコちゃんを対面させていた。

 最初、ボールから出されたラプラスは寝ぼけているくせに私の顔を見ると条件反射で“みずでっぽう”を撃ってこようとしたけど、まるで物怖じしないハナコちゃんが首元に抱き着いてくると一瞬で「物わかりの良い素直な子」の皮を被りおった。

 どうやらハナコちゃんは今の発射動作に気づいていなかったようだけど、私はしっかり認識してたからな……? そんな事実はありませんでした、と言うような顔で「らぁん~」と愛想を振りまいているラプラスだが、この子も我が家に来てからの八ヶ月の間に随分と大きくなっていた。出会った当初は完全に私より小さかったこの子は野生動物らしい成長性ですくすく育ち、今では私より少し背が高い程度にまでなっている。……まぁそれでも取っ組み合いで私が負けたことは無いんですけどねえ!!(勝者の余裕)

 

「うわぁ~スベスベでプニプニ~!」

「こいつ甲羅のちょっと上あたりの首筋が好きだからそこ撫でると喜ぶよ」

「そうなの? あっ、気持ち良さそう」

 

 そんな風に可愛い女の子に可愛がられて、気分よく身を(よじ)らせて体を擦り付けているラプラスに私は白けた視線を向けていた。私が撫でてやるときはベターっと腹ばいになって、撫でるのを止めると抗議の声をあげる程度しか反応しないくせによ。

 まぁそれも、ハナコちゃんが言っていたように私に対してはありのままの自分でいる、ってのだと思えばほんの少し……極僅かに可愛さが増すような気がしないでもない。だからと言って今のこいつの振る舞いが気にならないかと言ったら勿論そんなことはないのだが。イラっと来たので甲羅に跨って体を揺らして遊んでやると、煩わしそうに私を睨みつけてきた。

 

 何だ~? そんな目で見ても降りてなんてやらないからなっ!

 

 視線を外さないまま甲羅の突起をハンドルに前後左右に揺さぶり続けていると、しびれを切らして私を振り落とそうと暴れ始めた。暴れると言っても近くにハナコちゃんがいるのでさほど激しくはない、ヒレを器用に使ってぐるぐると芝の上を走り回っているだけだ。

 いくら私が軽くとも、この程度で振り落とされるほど軟弱ではない。遠心力のかかる方向に合わせて体重をかけてやれば、逆にラプラスが転ぶまいと方向を転換させる。それを上手い具合に操ってやればこの通り、ライドポケモン・ラプラスの完成だ!! ただこれかなり体力使うんですよね……。

 気が付けばハナコちゃんを置いてきぼりにして、普段と変わらない意地の張り合いを繰り広げてしまった私たちだったが、互いに疲労してくるにつれて争いは緩やかに終わりを告げた。終盤は振り落とされないようにするので精一杯だったから完勝とは言い難いけど、最後まで乗ったままでいられたのだからこの勝負、私の勝ちだ!

 

 ぜぇぜぇと息を切らしながら背中を下りた私の下にハナコちゃんが飛び跳ねるように近づいてきた。

 

「すごいすごい! 私も乗ってみたい!」

「えぇ~? ……いや危ないから止めといたほうがいいよ」

「大丈夫! 私これでも運動神経には自信あるんだから!」

 

 むんっ、と袖をめくって筋肉を見せつけてくる。日々の手伝いで鍛えられているのか、思っていた以上に立派な力こぶが浮かび上がっていた。

 

「うーん、じゃあ危ないと思ったらすぐに止めさせてもらうけど、それでもいいのなら」

「分かったわ、ありがとう!」

「ラプラスも私じゃないんだからあんまり暴れないでよ?」

 

 そう言い聞かせるがラプラスはこちらを一瞥するだけ。疲れてても返事くらいしろ! まあこいつは本当にダメなことは絶対にやらないし、お母さんに頼まれたら家事のお手伝いが出来るくらいにはちゃんと分かっている子なので大丈夫だろう。

 ハナコちゃんの手を引いて慣れるまでは地味に乗り(にく)い甲羅に乗せてあげようとしたら、当のラプラスがごろんと体を横向きにひっくり返ってしまった。だいぶ疲れたとき偶にやるポーズだ。顔見知りの釣り人おじさん曰く、お腹を晒すことで熱くなってしまった体を冷まそうとしてるんじゃないか、とのこと。

 お前そんなに疲れてたの? うーん、見知らぬ土地だからまだまだ子供のラプラスにはそこら辺が関係してるのかもしれない。ちょっといつもと同じノリで遊びすぎたかも、反省せねば……。

 

 ハナコちゃんは急に寝転がってしまったラプラスに戸惑っていたけど、こうなってしまってはラプラス乗りは無理だ。事情を説明して「私がいつもの感覚で遊びすぎちゃったんだと思う」と謝ると、顎に手を当てて考えこむ様に黙ってしまった。

 え、え、もしかして私、何か間違った対応してた? 謝るのは行き過ぎだったか……? でも本来なら滅多にないラプラスと遊ぶ機会を奪っちゃったのは事実だし、だけど友達ならもっと気楽にいくべきだったか……? ま、不味い、幼少期の友達関係って大人になってからとは違うんだから丁寧にしすぎるのは無駄に距離感つくっちゃうのか? わ、分からん……!

 

 内心わたわた震えていると、ハッと顔を上げたハナコちゃんがにこっと花の咲いたような笑顔を向けてきた。

 

「いいのいいの! 確かに慣れてない私じゃ危なかったかもしれないし、気にしないで?」

「そ、そう?」

 

 よ、よく分かんないけど問題はなさそうなのでヨシ!

 

 結局、その後すぐにお母さんとお父さんが起きて来てしまったので、ラプラスが元気だったとしてもどちらにせよ遊べなかったみたい。

 私がお母さんの下に飛んで行って毎朝恒例のハグをしている間、ハナコちゃんがラプラスに何か話しかけていたけど、いったい何を話していたのだろうか。憮然とした表情のラプラスが一瞬ギョっとしていたから気になって聞いてみたけど、満面の笑みで「ひ・み・つ!」と言われて教えてはもらえなかった。

 

 

 そして今、私は走りゆくバスの窓から身を乗り出して、バス停まで見送りに来てくれたハナコちゃんに手を振っている。

 せっかく、ようやく出来た友達だったのにもうお別れしないといけないなんて。もともとマサラタウンには一泊立ち寄っただけだし、そうでなくても旅行が終われば私はアーシア島に戻らないといけないことは頭では分かっていた。ただそれでも、本当に久しぶりだった“友達”との楽しい一時がまた縁遠いものになってしまうのが辛くて、悲しくて、別れは笑顔で涙は流すまいと気張っていたのが嘘のように、私の双眸からはどうしようもなく涙が零れ出ていた。

 

 さらばハナコちゃん、さらばマサラハウス、さらばマサラタウン。

 これからはお揃いのヘアオイルと別れ際に貰った“みがわり人形”をハナコちゃんだと思って大切にします! 家に帰ったらお手紙も出すから! またいつか一緒に遊ぼうね~!!

 

 大声で泣いてしまって他の乗客の方には申し訳ない。でも今だけ、今だけはどうかお許しを。

 マサラタウンの入り口も見えなくなってしまって、途中で森を迂回して、遠くに港が見えてきた頃にはどうにか私の涙も収まっていた。たぶん目元の赤らみは取れてないだろうけど大丈夫、もうすっかり私は元気です。

 

 今はもうハナコちゃんへの手紙に何を書こうかで頭が一杯だ。楽しいお手紙を届けるためにも、今は目一杯この旅行を楽しまなきゃね!

 

 ずっと繋いでいたお母さんの手を放して窓の外へ意識を向ける。

 これから夏が近づいてくる爽快な青一色の空、水平線の果てで空と交わる海の向こうには薄っすらと白い雲が浮かんでいた。

 

 

 

「いやもうお昼過ぎなんだけど」

「ちょっと道が混んでたわね~……」

「お父さんの友達に会いに行く前にどこかでご飯にしようか?」

 

 マサラ港発、クチバシティ行きの定期船に乗り、クチバからバスに乗り継いで目的地ヤマブキシティに到着したのは本来の予定から一時間ほど遅れてのことだった。ヤマブキに入るまでは順調だったのだが、流石は大都会ヤマブキシティ、そこからバスの発着場に着くまでの僅かな間にうんざりする様な渋滞に巻き込まれてしまった。

 

 時代を感じさせるアンテナ付きケータイで友人に連絡を入れているお父さんを横目に、私は前世の東京も()くやという街の風景に見入っていた。私が小さいせいもあるだろうが、私には体感東京の数倍の規模の大都市に見えていた。

 グルメブック片手に近くの美味しい店を探すお母さんと手を繋ぎながら、町を歩く人々を観察する。ビジネスバッグを携えて早足で過ぎ去っていくサラリーマンらしき人、アーシア島では見かけない服装でどこかへ向かうお洒落人たち、明らかに学校をサボっているであろう道端にたむろする学生たち、エトセトラ、エトセトラ……。

 

 誰もかれも素朴で身軽な恰好ばかりの地元にはいない種類の人ばかり。そんな煌びやかな都会人の中でも群を抜いて私が興味を惹かれたのは、大荷物を抱えて歩いていた一人の女性の姿だった。

 薄い金髪を靡かせながら歩く彼女は、背中にこれでもかと荷物が詰め込まれたリュックサックを背負い、両手を買い物袋で塞がれたまま、更に六つの食材が詰め込まれたビニール袋を運んでいたのだ。そして両腕が使えない彼女にそれを可能としていたのが、おそらくはサイキックによる不可視の力であった。

 ふわふわと宙に浮かんでいる買い物袋は女性に追随するような挙動を見せている。道路を挟んだこちら側からでも分かるほど大量の汗を流しながら、女性は何処かへと歩き去って行った。

 呆気に取られているうちに女性の姿は見えなくなってしまったが、私は本物の超能力を目の当たりに出来ただけでもヤマブキシティに来た甲斐があったと既に満足だった。

 私同様、お母さんも目を丸くしていたが、件の友人で超能力を見慣れていると言うお父さんだけは何故か得意げな表情を浮かべていた。「ヤマブキは超能力者が集まる町だからね」とのことだ。

 

 慣れない町で道に迷ったりもしながら、本場の三つ星ホテルで修行していたシェフが営むガラル料理の店で昼食を済ませて、私たちは父の先導で小規模なドーム型の建物の前に辿り着く。途中立ち寄った観光案内所でもらったパンフレットによればここがヤマブキジムらしい。

 ……屋根を支えるような棘型の装飾が特徴的だけど、個人的には趣味が悪いなぁ、というのが正直なところ。公共施設なのに看板ひとつ設置してないし、ぱっと見隣の立派な和風建築の方がよっぽどジムらしさがある。入り口脇にしっかり「格闘道場」って達筆な木彫り看板が掲げられてるから間違えることは無いだろうけど。

 

 まあ、地元の人なら把握してるだろうし、ジムが目的の人がたどり着けないってことは無いだろうから問題ないのかな?

 

 私は久々に友達に会えるのが本当に楽しみな様子で、見るからに高揚している様子のお父さんの後に続いて入り口をくぐった。

 

「オーッス!! 未来のチャンピオン!」

「へ!?」

「……ではなさそう、ですね。失礼しました! ようこそヤマブキジムへ、ご用件をお伺いします」

 

 ジムに入ったら急に黒白ストライプ服のオジサンが勢いよく声をかけてきた。どうやら最初に入ったお父さんに反応したようだが、家族連れだったのでチャレンジ目的ではないと気が付いたのだろう。

 不意打ちで驚いたけど……まさか現実に「おーす! 未来のチャンピオン」おじさんが存在しているとは……!

 すぐに普通の受付対応に変わったけど、まさか最初の挨拶事態も接客マニュアルに含まれているのだろうか? いつか他のジムでも同じおじさんがいるかどうか確かめてみなければ……。

 

「ジムリーダーのトーマさんと約束しているマサオミと言います」

「マサオミさんですね、少々お待ちください」

 

 そう言うとおじさんはこめかみに二本指をあてて目を瞑った。何も喋らないしだし、イヤホンをしているようでもないのだが……はっ! まさか念話ってやつですか!? こんな受付の人すらサイキッカー!? おじさんは数十秒沈黙た後に目を開くと、手で奥の通路を指し示した。

 ……それより、お父さんの知り合いの人ってジムリーダーだったの!?

 

「どうぞ、一番奥の扉の先へお進みください」

「ありがとうございます」

 

 案内に従って廊下を進むが、うん……この建物、内装も中々ぶっとんでいらっしゃる。

 

 天井から垂れる蝋のような独特な形状の柱(間隔狭すぎ、本数多すぎ)、柱とのつなぎ目が無い黄金色の天井と壁、瑪瑙(めのう)っぽい石製の波模様が艶やかな床、そして極めつけは廊下を照らす無数の蝋燭。……いや電気照明が玄関にしかないってどうなってんだよ!! 防災面でも、コスパ的にも、利便性でも蝋燭を採用するのは可笑しいでしょ!? この建物は江戸時代に作られでもしたの……?

 

 この独特なデザインセンスはどうかこのジム特有のものだと信じたい。将来会社勤めになって、どこもかしこもこんなのだったら心が休まりませんよ。光量は十分だとしても日常的に蝋燭を使うとか火災の危険が高すぎる。それとも、お父さんとお母さんは「火が床に反射して綺麗ね~」なんてのほほんとしているのでジムには観光スポット的な面があるのが当たり前で、こんなユニークな造形も珍しくないものなのだろうか……? どうかそうであって欲しいと願うばかりである。

 

 そうこうしている内に最奥の扉にたどり着いた。お父さんがノックをしたものの反応はなく、少し待ってからもう一度ノックをしようとしたら、扉の向こう側から凄まじい轟音が響いて建物全体を揺らした。爆発音ではなく、まるで途轍もなく大きな物が落下したような音で、一度目が響いてから二度、三度と連続して近くで花火が打ち上がるのに似た振動が伝わってきた。思わず顔を見合わせる。

 

「な、何だったんだ?」

「お、お父さん確認してみてよ」

「俺かあ!?」

「あなた以外誰がいるのよ! ほら、早く早く!」

 

 家族に急かされて父は嫌々ドアノブに手をかけてから、少し躊躇した後に扉を一気に開け放った。扉の先では子供から大人まで年齢に統一性のない数十の男女が、それぞれ必死な形相で何かに取り組んでいた。一人ひとりの唸り声、というか気合を込める声は僅かだろうけど、それが十、二十と重なってかなりの騒音と化していた。

 ある者は親の仇でも見るような目でスプーンを凝視し、ある者は台座に置かれたガラス玉を必死に覗き込み、また別の者はマーキングされた床の一点を見つめ、ある一団に至っては巨大な岩を謎の力で浮遊させている。ぱ、ぱねぇ……。

 

「す、すみません! ジムリーダーのトーマさんはいらっしゃいますか!?」

 

 張り上げられた父の声に無数の視線が一斉にこちらに注がれる。

 うっ……、と怯むお父さん。そしてその背中に隠れる私とお母さん。矢面に立たせてすまぬ、父よ。

 

 いやしかし、見た感じこの人たちは皆超能力のトレーニング中だろうか。凄い……ヤマブキジムって本当に超能力者の修行場なんだなぁ~! ガイドブックに偽りなし! すげー……あ、ちょっ、お父さん後ずさってこないで!

 

 すり足で徐々に後退してくるお父さんを二人で押しとどめていると、唐突に人の群れが左右に割れる。その人波の隙間からコツコツ、と非常に()()()音を鳴らしながら一人の男性が姿を現した。黄緑色の髪を切り揃えた細身の美丈夫は私たちの姿を―――というよりもお父さんを確認すると、その鋭い眼差しを湛えた顔を破顔させて駆け寄ってきた。

 

「マサオミ! 久しぶりだな~!!」

「トーマ!」

 

 バシッ、と乾いた音を鳴らしながら二人は互いに力強く手を握る。握手ではなく、久々に再会した男友達同士がやるグッと互いを引き寄せ合うようなアレだ。家ではまず見ることの無い「父」ではなく「少年」の顔を出したお父さんの姿は新鮮というか、凄まじい違和感だった。

 

「トーマ、お前全然変わんないなあ。もっと飯食った方がいいぞ!」

「そういうお前はちょっと丸くなったんじゃないか?」

「幸せ太りだ、幸せ太り」

「ヒュ~、羨ましいねぇ!」

 

 二人は久々の再会を喜び合っているようだった。一時は注目していた訓練生の方々もトーマさんが自分の客だと説明すると、各々のトレーニングに戻って行った。

 その後、別室に移動した私たちはお茶菓子を頂きながら少々の歓談を挟みつつ、二人の思い出話もそこそこにお父さんは改めて今回の訪問理由を説明し、事情を聞いたトーマさんの視線が私に向けられる。

 

「超能力があるかどうか、ね。電話でも伝えてあるけど、簡単なようで結構難しいんだよねこれ」

「らしいな。でもたしか昔、エスパーにしろ霊能力にしろ超常的な力は目を見れば分かる、とか豪語してなかったか?」

「あれは既に力が開花している場合の話だからなあ。その切っ掛けが偶然にせよ訓練にせよ、僅かにでも発露していれば見抜く自信はあるんだが……」

「ふむ、じゃあうちの娘がいつか超能力を身に着けたとしても、現時点で判別するのは無理ってことか……」

 

 お父さんが気落ちする様に視線を落とすとトーマさんは「まてまて」と手を横に振った。それから少し語気を強めて語る、「俺だって学生のときより格段に進化してるんだぞ?」と。それを横目に私はお菓子を頬張っていた。ヤマブキ銘菓“ぽっ歩”美味え!

 

「それこそ、今俺が教えてる生徒みたいに頭抜けた才能があったら話は違うだろうし、そうでなくてもこの後に予定してる“エスパー体験教室”で力の発露があるかもしれない」

「なにその教室……」

「お前が家族連れてくるって言ってたから俺の方で準備したんだよ」

「マジ? 期待してるわ。……っと、それで、つまり分かるのか?」

「ひとまず今のデュランちゃんを()てみないことには始まらないな」

「……だ、そうだぞ。どうだデュラン?」

 

 ぽん、と話題が振られてきて思わず体が跳ねた。ちょっ、私まだ口の中にお菓子入ってるから! 慌てて口の中の白餡が美味しい“ぽっ歩”をお茶で流し込む。そして一呼吸挟んでトーマさんに向かって頭を下げた。

 

「! ……(ゴクン) は、はい。それじゃあ、お願いします!」

「任されました。それじゃあ、まずは深呼吸してみよっか。リラックスしている時が一番視やすいんだ」

「わ、分かりました」

 

 はい吸ってー吐いてー、吸ってー吐いてー、すーはーすーはー……。トーマさんは自分がやる必要もないのに私と一緒になって深呼吸をしてくれていた。それを一分ほど続け、私の肩から十分に力が抜けたのを見計らって、しゃがみ込みながら私の眼を覗き込んできた。

 お母さん譲りの美しい“紫色の髪”とお父さん譲りの煌めく“紫の瞳”。私は両親それぞれの特徴を引き継いで生まれたバイオレットの申し子である。約束された美形の未来、そして紫色は古来高貴な色であったことから私は(謎の)自信を得ているのだ。*1

 

 私の瞳を覗き込むトーマさんの目は、焦点が合っていないとか斜視だとかではなく、文字通り「此処ではない何処か遠い場所」を見つめていた。

 害意が籠っているわけでもないのに、その瞳を見ていると背筋にゾワリと泡立つような感覚があった。ひたすら無言の時間が続く。お母さん達も固唾を飲んで見守ってくれているが、こういう緊張感のある場面は苦手だった。片手で瞼を持ち上げられて強制的に目をかっ開かれている状態で一、二分待っていただろうか。いい加減、乾燥が耐えきれなくなって目を震わせている私を意に介さず、トーマさんの目は逆にその爛々とした輝きを増してきていた。

 

 更に十数秒ほど経過して、限界です! とトーマさんの手を払いのけようと思った瞬間、彼は視線を外して立ち上がった。「長いことゴメンね」と謝罪と共に渡された目薬で潤いを補給しながら言葉の続きを待つ。

 「さて」とソファに腰を下ろしたトーマさんは、少し考える素振りを見せた後に僅かな沈黙を挟み、一言「驚いた」と言葉を発した。

 

 そして真面目な顔で告げた。

 

 ―――このまま帰す訳にはいかなくなった、と。

*1
非常にしょうもない




・お腹は空気にさらすよりも水に浸した方が絶対に発熱効率が良いです。
・釣り人のオジサンはごく普通の会社員です。
・ヤマブキ銘菓“ぽっ歩”:白餡、こし餡、カスタード餡の三種類がある。16個入り一箱2,500円。


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6.テカテカする赤い石

中々書き進まなくて時間がかかったのもありますが、絵を描くのが楽しくなってそっちで遊んでました。
これからも更新したり、少し更新したり、バランスはぶっこわれてます。


 今夜は、返したくない*1 ───ではなく、トーマさんの不穏な発言は、話を聞いてみればそれほど深刻な内容ではなかった。専門用語混じりにされた説明を要約すると「潜在能力ヤバそうだから、少し時間をとって話し合いましょう」とのこと。

 現時点でトーマさんが読み取れたことはその一点のみだそうで、もし帰宅してから予期しないタイミングで力が覚醒して私が暴走させてしまった場合どんな事態になるか予想できないらしい。なので今後の安全のために、暴走を抑え込める人員がいるヤマブキにいるうちに人為的に目覚めさせておかない? と言うのが彼の提案だった。

 いきなり表面化したリスクに当初は渋い顔で話を聞いていたお父さんも、トーマさんが言葉を尽くして説明を続けるうちに徐々に落ち着きを取り戻していたよう見える。

 

 しかし、本当に熟練サイキッカーのトーマさんが危惧するほどの力が私ごときに備わっているのだろうか? 至極真面目な表情を見れば嘘ではないことは分かるのだけど、自分のことなのに欠片も実感が湧かない。ぐっぱぐっぱと手を開閉させながら、大人たちの話し合いが終わるのをを待つ。

 話が纏まったところによれば、これからトーマさんと彼の弟子二人を加えて私の能力を呼び起こすことになったらしい。一体どんな方法なんだ、危険はないのかとお父さんが尋ねていたが、トーマさんは頭の上に手を乗せて意識を集中させることで、相手の精神の奥底に眠る力を開放する技を扱えるのだと言う。トーマさんは最長老様だった……?

 

 二人のお弟子さん達は私の覚醒の余波を抑え込むための保険だと言っていたが、師匠の贔屓目を抜きにしても二人は彼が知る中でも選りすぐりの能力者とのことだ。しかも一人は私とあまり歳の変わらない子供なのに、既にジムでは他者に指導する立場らしい。流石、十歳で成人する文化の世界は違えや。

 

 本来ならジムバトル用の部屋なんだけど、と通された部屋はここまで目にして来た打ちっぱなしのコンクリ壁の無骨な広間から一変して、高台に設けられたバトルステージと観客席、ステージを囲むようにレプリカのビル群が配置され、それらを下方から光源が照らすことで煌びやかな都会の夜を再現した空間だった。

 私たちは関係者通用口を通ってきたが、ステージ外には正式なチャレンジャー達が通るのであろうビルの屋上を(かたど)った複数のバトルコートが見えた。ジムリーダー用のコートと比べると僅かに小ぶりである。

 トーマさんはジムリーダーだけど、私用で部外者にジム施設を使わせて良いのだろうか? まぁこれだけ堂々としているのだから問題ないのだろうが……。

 お弟子さん達がまだ来ていないので、本来なら中々目にすることの無い場所で家族三人、記念撮影なんてしちゃったりしながら待っていると、階下で大きな音を立てて扉が開かれた。

 

 コート端から眼下を覗いてみると、正面扉から入って来る黒髪と金髪の人影が見えた。

 彼女らは小走りで床端まで進むと、あと一歩踏み出したら床下へ落下してしまう、というところで地面を蹴った。まるで力を込めていた様には見えなかったのに、彼女らは宙を舞う羽毛の如き軽やかさで空を翔ける。それを幾度か繰り返して一般人には到底不可能な道筋を経由して、二人は私たちの前に着地した。

 

「遅れてすみませ~ん!」

「す、すみません」

 

 目の前にした彼女たちは、何ともまぁ……非常に見目麗しい容姿をしていた。特に黒髪の私と歳が近しい子なんて、将来とんでもない美女になること間違いなしの美少女である。芸能人でもこれほど高レベルな人はいるかどうか……。

 もう一方の金髪の方は何と言ったらいいか……ダイナマイトなボディが素晴らしい子だ。かなり身長が高いけど、歳はたぶん高校生くらいだろうか? この世界は年齢以上に若々しい人が多いので確かなことは言えないけれど、大きく外れてはいないだろう。胸元の開いたシャツから覗く双丘の存在感は凄まじく、意識せずとも自然に目を奪われてしまう……が、お父さんは自重してくれ……! お母さんが凄まじい目で睨んでるから……!

 

「紹介します、弟子のケイとナツメです。二人とも、こちらは私の友人のマサオミとその奥様のアニエスさん、ご息女のデュランちゃんだ」

「初めまして! ケイって言います! トーマ先生の下で修業しています! 将来は超能力を活かして悪い人をバンバン捕まえる警察官になるのが夢です!」

「ナツメ、です。よ、よろしくお願いします……」

「アニエスです、娘をどうぞよろしくお願いします。それにしてもさっきの見ていたけど、本当に空を飛んでいるみたいで凄かったわ~!」

「え、そうですかね!? えへへへへ……」

「バカ、お客さんの前でそのだらしない顔を見せるな」

「あいたっ!?」

 

 ぱん、とトーマさんに頭を叩かれると、ケイさんは慌てて姿勢を正して表情を引き締めた。ふにゃふにゃしてた顔を急に凛とさせるものだから、その姿がまさにネットスラングの「キリッ」の表現がピッタリな姿だったので、私は思わず小さく吹き出してしまった。

 

「あ、笑ったなぁ~?」

「へ? あ、ご、ごめんなさい」

「あはははは、良いの良いの! あなたがデュランちゃんね? 緊張してるかもしれないけど、私達がしっかりサポートするから大船に乗った気でいてね!」

「よ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いされました!」

 

 ケイさんはどーん、と力強く胸を叩いて見せる。その顔は一片の曇りもない自信に満ちていて、それだけで多少の不安なんか吹っ飛ばして安心させてくれる朗らかさで一杯だった。

 タイミングを逃したお父さんが挨拶をするのを横目で見ながら、私はいつの間にか私たちから距離を取っていた黒髪の女の子に注意を向けていた。

 

 ナツメ、って言ってたよね。

 ヤマブキシティで、サイキッカーで、黒髪美女のナツメちゃん……ま、間違いない。(たぶん)本物だ……!

 

「えっと、あの、ナツメちゃ……ナツメさんもよろしくお願いします」

「え、あ、が、頑張ります……」

「あ、ありがとうございます」

「……」

「……」

 

 ち、沈黙が痛い……! くそっ、私は精神年齢アラサーなんだぞ。本物の“ナツメ”とは言えこんな小さな子との会話に詰まるなんて、そんな情けない話があって良いわけないっ。

 

「えっとナツメさんは───」

「あ、あのっ」

「な、何ですか?」

「えっと、その、け、敬語……」

「けいご?」

「慣れないから、やめてほしい……です」

「あっ、分かりまし……分かった。これでいい?」

「あ、ありがとうございます」

「……」

「……」

 

 だから痛いってばぁ! か、会話が続かない。何故だ、昨日はハナコちゃんと普通に喋れてたじゃん! どうしてナツメさん、じゃなくてナツメちゃん相手だとこうも話せないんだ? 前世から続くミーハー気質のせいで緊張してるのか? それともまさかハナコちゃんの陽キャな雰囲気に引っ張られてただけで、これが私本来のコミュ力だとでも言うの? くッ……。

 

「あの、それならナツメちゃんも……ナツメちゃんのが歳上だし」

「わ、わかっ……わかった」

「あ、ありがとう」

「うん……」

 

 ど、どうすれば良い? お互いに言葉が出ずに無言で見つめ合ってるだけになってしまった。私の方が少し身長が低いのでナツメちゃんを見上げる形。ナツメちゃんはちらちらと時々視線を泳がせながら、口を一の字に結んでいる。

 互いに身動きが取れず場が硬直してどれくらい経っただろう。体感二、三分が経過した辺りで、近づいて来ていたケイさんが突然ナツメちゃんを抱き上げた。膝の裏と背中に手を差し込むスタイル、所謂お姫様だっこである。驚きで目を見開いているナツメちゃんを他所にケイさんは勢いよく頬ずりをし始めた。

 

「うんうん! 仲良くなれたみたいで非常に良し!」

「お、下ろして! ケイ! 下ろしてってば!」

 

 ナツメちゃんは必死に押しのけようとしているが、流石に体格が違いすぎて全く通じていない。

 それにしても、現時点ではともかくとして、将来は切れ長な瞳でスレンダークール美女になるナツメちゃんとダイナマイトボデー*2で天真爛漫なケイさん、なんとも対照的な二人である。今はちんちくりんな私もいつかはケイさんのようなメリハリのある体に成長すると運命づけられているのだから、全くもって将来が楽しみである。

 うりうり、と撫でまわされるナツメちゃんを眺めて勝手に一人でほんわか和んでいると不意に私の肩に手が乗せられる。振り向けばお父さんが立っていた。

 

「それじゃあ、頼むぞトーマ」

「任せてくれ。せっかく家族でヤマブキに来てくれたんだ、あまり時間を使いたくないし、早いところ始めてしまおう」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 トーマさんは頷きを返すと、未だにじゃれているナツメちゃんとケイさんに指示を飛ばし始めた。お父さんとお母さんは万が一のためにバトル用の防護フィールドを挟んだ観客席へ移動し、私の正面に立つトーマさんから数メートルの距離をとって、左右から私を挟む形でナツメちゃんとケイさんが位置に着く。そして三人とも腰に下げていたモンスターボールを手に取った。

 

「出てこいヤドキング!」

「ケーシィ、お手伝いよろしくね」

「カモーン! ライチュウ!」

 

 鮮やかなエフェクトを伴って飛び出してきたのは、実際に見たことは無いけどアーシア島にも生息していると聞くヤドキング、寝てるのか起きてるのか分からない糸目のケーシィ、そして普通ならアローラ地方以外では滅多に目にすることがないアローラ地方のライチュウだった。カントーのライチュウより丸みを帯びた尻尾をサーフボードのようにして空に浮かんでいる。

 くりくりのお目々とまあるい体、自分の尻尾の上にぽてっ、と座っている姿は超絶プリティーでもうたまらない……え、というか何故こんなところにアロライが……!?

 

「あ、アローラライチュウ……!」

「おお! デュランちゃん知ってるんだ! 初めて見る人はみんな知らなくてビックリするのに。小さいのに凄いね~」

「へ? い、いえっ、前にテレビで見たことがあって、それを覚えてただけなので」

「いやいや、大したもんだよ。俺も最初は分からなくてポケモン協会の知り合いに問い合わせて初めて知ったくらいなんだから。流石、高校三年間ほとんど学年主席だったマサオミの娘さんだ」

 

 ふぁ!? お父さんそんな頭良かったの!? アローラライチュウに出会えたことよりそっちの方が驚きである。家では親バカで、しばしば天然発言をして私たちを笑わせているお父さんが……普段の振る舞いと頭の良さは別ということか。

 サーフテールでぷかぷか浮かぶライチュウに目を奪われつつ、しかし和やかな雑談もそこそこにトーマさんは手際よくと準備を進めていく。

 ヤドキングに“ひかりのかべ”と“しんぴのまもり”を、ナツメちゃんに命じてケーシィに“リフレクター”を各々の前に張らせ、ケイさんのライチュウには体力と引き替えに三体分の“みがわり”を発動させて、続く“ねがいごと”で失った体力を回復させる。

 「これだけやれば万が一、力を暴走させてしまっても安全に対応できる」とはケイさんの談。お母さんたちは最先端科学技術による遮断フィールドで守られているからその点は心配いらないが、超能力について無知な私から見ても、私に対するこれらの準備は些か大げさな気がしなくもない。それともこう言うことをする時はいつも同じ感じなんだろうか?

 

 そうこうしている内に他の細かい準備も終わったようで、トーマさんが私の眼前に跪いた。下準備が終わるまでの一部始終をぽかーんと眺めていた私も何も分からないまま()()()()気を引き締め直す。

 

「それじゃあ始めるよ」

「は、はい」

「大丈夫、何も難しいことはいらないから。デュランちゃんはただ目を瞑って、自分の体の内側に意識を集中させるだけでいい」

 

 片手の掌を私の頭にすっぽりと被せるとトーマさんは動きを止め、さっき私の眼を覗き込んだ時と同じ、何処か遠くを見つめる視線を私に向ける。目が合っているのに、視線は此処にいる私ではない何かを見つめている。先ほどとは違って肌が粟立つような感覚はなかったけれど妙な不気味さに背筋が震え、私は慌てて目を閉じた。

 

「……」

 

 一分ほど経っただろうか、トーマさんの手からじわりと不思議な感触を感じるようになったときトーマさんが口を開いた。

 

「……見えてきた。これからゆっくりとデュランちゃんに眠った力を引き出していくよ」

「はい」

 

 小さく頷いて肯定を示した後、ほとんど間を置かずに何かが込み上げてくる感覚が私を襲った。

 鳩尾から上へ上へと昇ってくるそれは、例えるならまるで心臓の鼓動に火が着いたような……ドクン、ドクンと脈打つ度に新たな熱が生まれ、熱はゆっくりと、しかし確実に胸から首へ、首から喉へ押し上げられていく。どうにか押しとどめてみようと、試しに胸に力を込めてみたがまるで効果がない。

 

「トーマさん」

「どうだい、何か感じるものはあるかな? 俺が予想した以上の力を感じるから変化は感じやすいと思うんだけど」

「何か熱いものが胸からゆっくり上がってきているんですけど、これがそうなんでしょうか?」

「熱い───パイロキネシス(発火能力)か!? デュランちゃん、どうにかその熱さを抑え込めるかい!?」

「ちょっと難しいですかね……というか、そろそろ咽元に差し掛かってま───う゛っ……!? は、吐きそう……!」

「ッ! 二人とも!」

 

 唐突に襲い来る吐き気に口元を抑えて(うずくま)ると、私から距離を取るトーマさんの足先が見えた。いや離れないで助けて……!

 

「大丈夫! 能力者が自分の力で傷を負うことは無いから! “サイコキネシス”で封じ込めの準備だ!」

 

 即座に「はいっ!」と応えるナツメちゃんとケイさんの声。同時に、私を中心に三方向から囲むような形で“何か”が形成されていく。念動力の壁とでも言えばいいだろうか。未だ収まらない強烈な嘔吐感に立ち上がれずにいるのに、何故かそれが見て取るように分かった。

 目を閉じていてもトーマさん等やポケモンたちの動き、三人から放たれる力とポケモンたちが放つそれ以上の力、そして観客席から身を乗り出して冷や汗をかいているお父さんとお母さんの存在を知覚できている。経験したことの無い未知の感覚。けれど、正直、今は気にする余裕がない。

 

 必死に口元で押しとどめていた“熱”が胸の奥からの突き上げで加速度的に熱量を増しているのだ。当初はぬるま湯程度だった熱がいつの間にか熱湯程になり、その勢いは止まる所を知らない。強まり続けた灼熱は既に私の胸から口までの気道を焦がすように焼いていた。

 

「もう無理っ‥…」

「いいぞデュランちゃん! 吐き出せ!」

 

 許しの声に僅かな逡巡もなく私は熱さを開放した。がはっ、げほっ、と咳き込む度に体から熱が抜けていく。

 まるでファンタジーの竜の息吹(ブレス)の如く、次から次へと胸から溢れ出る灼熱の吐息。手に触れるだけで火傷するんじゃないかと思うほどのそれは、しかしトーマさんの言った通り一切私の体を害することは無かった。

 念動力の壁にシャットアウトされた私の周囲は空気が歪むほどの熱気で満たされていく。吹き出る汗が染み出た端から蒸発して靄と消え、床に零れた涙は沸騰して蒸気へ姿を変える。それ程の灼熱の空間にあっても、不思議と私にはちょっとした暖房程度にしか感じられなかった。

 

 いつまでも続くかと思った咳もいつの間にか大きく深い呼吸となり、数分も経たない間にただの荒い呼吸へ変わっていった。完全に息が整うまでには更に数分の時間を要したものの、まさに「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、呼吸を取り戻した私はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 一気に大量の水を消費したことで()()()()に喉が渇いていたけど、それ以外は始まる前と何ら変わったものは感じない。永遠に止まらないような気がした熱さもすっかり鳴りを潜め、一時は汗でびしょびしょに濡れていた服も既に乾ききっていた。

 

「大丈夫かデュランちゃん!」

「あ、はい。さっきまで凄い苦しかったけど今は何ともないです」

 

 念動力の壁を解いてトーマさんが駆け寄ってくる。私は体にのしかかる疲労感を押しやって笑顔を浮かべると、観客席のお母さん達にむかって大きく手を振った。二人とも安堵した様子で体から力を抜いていた。ははは……かなり心配させちゃったみたい。

 近くまで来たトーマさんは未だ散っていない熱気に一瞬足を止めたが、彼が片手を大きく回転させるとそれだけで残っていた空気は何処かへ吹き飛ばされてしまった。風は感じなかったのだが、一体何やったんだろう……。

 

「本当に? あれ程の力があの程度の影響だけで終わるとは考え難いんだけど……体におかしな所や痛みや違和感はない? もしあれば、それがどんなに小さなことでも教えてほしい」

「いえ痛みとかは何も……あっ、そういえば」

「何だい?」

 

 試しに目を瞑ってみる。胸に手を当てて、熱の発生源だった鳩尾に意識を集中させる───見える。さっきと同じように周りの人やポケモン、椅子や柵などの物がどこにあるか、何をしているかが鮮明に……それこそ目を使って視界に収まる範囲しか見えないとき以上に周囲の状況が知覚できる。背後にいるナツメちゃんはホッと一息ついていて、ケイさんはライチュウの頭を撫でている。お母さん達は観客席からこちらに向かって移動を始めていた。

 

「目を閉じていても周りのことが良く分かるんです」

「あー……それは超能力に目覚めた人に共通する感覚だね」

「そうなんですか?」

「透視や千里眼なんかを使う人はその感覚が切っ掛けで自分の力に気が付くことが多いって聞くよ」

「はぇ~」

「他には何かあるかな」

「いえ、他はほんとに何にも───うぷっ!?」

「どうした!?」

 

 急に何かが喉に込み上げてきた。これは、さっきの熱さとは違って物理的なアレだ。ヤバい。詳細不明の超能力的なサムシングとは比較にならない吐き気が……! やばいやばいやばい、このままじゃ衆目の前で甘酸っぱいアレ*3を晒す羽目になる!!

 

「……!!」

 

 両手で口を押えて必死にアイコンタクトでどっか行って! と訴える。トーマさんは即座に首肯すると、懐から紙を取り出して折り始め、あっという間に箱型にすると私の前に差し出した。違う、そうじゃない!!

 

「超能力で強化してしっかりバケツとして機能するから安心してくれ!」

 

 グッ、と笑顔でサムズアップを見せるトーマさんの顔には一切悪気はない。これは善意、善意なんだ……! それに私ももう限界だし、腹を括るしかない……!

 

「おヴぇ■■■■■■■■■~~!」

 

 解き放たれた《表現規制》は予想に反してザラザラザラ、という音を立てて紙バケツに注がれていく。私が吐き出したのは《表現規制》ではなく、それとは似ても似つかない赤色の小石だった。バケツの底がギリギリ見えなくなる程度まで吐き出された多量の小石は私の体液に濡れ、艶めかしく光を反射していた。

 

 ……うん、石を吐き出すとか自分のことながら体が心配になるけど、今はとりあえず恥を晒さなかったことを喜ぼう。

 ふう、と一息ついてハンカチで口元を拭っていると、トーマさんがおもむろに手を伸ばして石を手に取った。しかも一つつまむとかじゃなくて、両手のひらでわしっとつかみ取るやり方で。

 

 ───ぬっちゃあ……。

 

 生々しい粘着音も気にせず石を観察するトーマさん。そして、呆然とそれを見ている私の目の前で彼は石に顔を近づけ、すんすん、と臭いを嗅いだ。

 

「嫌あああああァァァァァァァ!!??」

「ふげハァ!?」

 

 思わずぶん殴ってしまった私を誰も……誰も責められまい。

*1
結婚したのか、俺以外のヤツと…

*2
誤字にあらず

*3
オブラートな表現




・お母さん:本名はアニエス・ウォーターホール。
・ケイ(荊):好物はパンケーキ。料理はめっちゃ苦手だが家でも頻繁にパンケーキを焼いている。
・ライチュウ:カントー生まれのカントー育ち。ピチューの頃からパンケーキが大好物。焦げてる色違い。
・大きい紙:便利なので常備されている。

ナツメちゃんは主人公の一学年上なのです。


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7.旅行ダイジェスト、そして帰宅

長過ぎる旅行編、加速します。

・第3話で描写した設定部分を変更しました。
 アニメで別地方のキャラ同士が当然のように会話できている点をふまえて、
 言語2種類 → 話し言葉1種類、しかし文字は複数へ変更。


 トーマさんに全力の右ストレートをお見舞いしてしまって後、お母さんの雷が落ちたことを除けば大きな事件もなくヤマブキジムを後にした。吐き出した赤い石はトーマさんが伝手を頼って詳細を調べてくれるそうで、一先ずヤマブキジム預かりということになった。一通りの調査が終わったら返却してくれるらしいが正直、自分から出てきた物とは言っても得体が知れなさ過ぎて、あまり手元に置いておきたくない……。

 元々予定されていたトーマさん主導のエスパー体験教室は「折角やるのなら」と事前に広告を打ち出していたようで私達一家以外にも多くの参加者がいた。老若男女問わず、ナツメちゃんやケイさん、その他ジムトレーナーの皆様の協力の下で疑似的に超能力を体験させてもらったのだった。一時的な借り物の力とは言え初めて体験する本物の超能力。レクリエーションとして行われたエスパーを用いた的当てや綱引きなどのイベントを通して教室は大いに盛り上がった。

 

 まぁどういう訳か! 私はスーパー超能力者ナツメちゃん様の力添えがあったのにピンポン玉一つ動かせなかったんですけどねぇ!! 各競技ごとに優勝した人はエスパーマーク刻印の特別デザイン*1のボールを贈呈されていた。羨ましい、めっちゃ羨ましい。

 

「だ、大丈夫だよ。先生もデュランちゃん才能あるって言ってたし」

「今のところよく分からん石を吐いただけなんだけどね……」

 

 唯一の収穫はイベントを通してナツメちゃんと友好を深められたことだ。暫くはナツメちゃんが人見知りを発揮し、私は突発性コミュ障を発症していた所為で会話の間が保たなかったけれど、少しずつでも話してみれば、彼女もどこにだっている普通の女の子だった。そりゃあそうである。前世の記憶なんて奇天烈なものを持った私が色眼鏡を通して見てしまっていただけで、ナツメちゃんはNPCでもなければアニメの登場人物でもない、生きている一人の人間なのだから。

 好物はオムライスで押し花が趣味だと教えてくれたナツメちゃん。特に最近は押し花の延長でガーデニングにも興味があるのだと言う。女子力と可愛らしさが溢れてる……散歩して、釣り糸垂らしてして寝るを繰り返している私とは天と地ほどの差があるぜよ……。ガラル文字の勉強や老人会の絵画教室には参加してるけど、私ももっと熱中出来て(あわよくば女子力が磨かれる)楽しみを知るべきではないだろうかと思った。帰り道で色々考えてみようかな。

 

 私は途中から終始「ふんふん」「ほぇ~」「しゅごい……」と感心するばかりの機械と化していたが、帰り際にナツメちゃんから「お近づきの印に」と子供らしからぬ言葉と一緒に(スミレ)の押し花をもらった。水性絵具で薄く桃色に染めた厚紙に重なる二輪の華、その上からフィルムコーティングが施され、角の穴に黄色のリボンが通されている。フィルムに僅かな皺が寄っているところもあるけど、素人が作ったとは思えない凄い一品である。しゅごい……。

 

「それ、ちょっと前に作って普段使いにしてたやつで。もっと上手に作れたやつもあるんだけど、家に置いてあって、今は手元になくて、その……」

「ありがとう! 大事にするね。これから本読むときに絶対使う!」

「……うん!」

 

 生憎、私からプレゼントできる様な物は何も持ち合わせていなくて、手紙を書くことを約束することしかできなかったけど、ハナコちゃんにしろナツメちゃんにしろ、アーシア島の悪ガキ共とは違って心の優しい良い子ばかりでもうお姉さん(幼児・精神年齢2X歳)感涙である。この真心に応えるために島に戻ったら海岸でとびっきり綺麗な貝殻を探そう。

 結局、ジムを出たのは太陽が傾き始めた頃だった。せっかく仲良くなれたのだから私としてはもっと一緒に遊んだりしたかったのだが、宿のチェックインもあるし、夕飯も予約しているそうなので我が儘を言う訳にはいかない。というよりナツメちゃんも家に帰る時間だしね……。

 それ以前に大人がそんな駄々こねるとかあり得ません。私はお母さんに手を引かれジムを後にしたのだった。ええい! ハンカチで目元を拭わないでってば!!

 

 

 旅行2日目の夕飯はマサラハウスのハンバーグにも勝るとも劣らない美味しさの魚介尽くしだった。ロビーに入った時点で分かる高級な雰囲気漂う旅館にチェックインした時は、思わずお母さんに宿を間違えてないか二回も確認してしまって笑われたが、お父さんってもしかして結構な高給取り? 久しぶりの旅行だって言ってたし奮発したのかな。

 ……前世の実家は曾祖父母の代から受け継いだ和風建築だった。一人暮らしを始めてからはアパート暮らしだったし、今世の家も和風とは違う形だったから久しぶりの敷布団で床に就いたとき、嗅ぎなれた和室の薫りがしたような気がして思わず目が潤んだ。

 一度涙が零れるとどうしても治まらなくって、一人寝を始めて以来初めてお母さんに抱かれながら眠った。深夜に目が覚めて聞こえてしまった話し声によれば、私が泣いた理由について、「旅行の終わりが近づいてきたせいで、初めて出来た友達との別れが寂しくなったんじゃないか」って思われているみたい。

 

 前世については、お母さんたちにも話すつもりはない。二人はたぶん私の話を信じてくれると思うけど、自分達の娘に一つ前に別の親がいるなんて荒唐無稽な話、私だったら容易には受け止められないと思うし、それ以上に今の私はデュラン・ウォーターホールだからね。

 言葉で説明するのは非常に難しいのだけど、前世の私も私には違いないが、自意識という面ではデュラン(今の私)の方が「私」というアイデンティティーの根幹を成している比率が大きい──そんな感覚。だから、わざわざ前世について言及するつもりはない。これまでも、そしてきっとこれからも私はデュランとして生きていくつもりだ。

 

 唯一ショックだったことは私に友達が()()という事実が二人にバレていたことだ。心配させないよう偶に公園に顔を出して子供達と遊んでいたというのに……私の努力の意味とは、そして心配かけてごめんなさい……。

 でもバレてるってことは、もう話の合わない子供たちと無理して遊ぶ必要はないんだやったー! とストレスから解放されたことを(無理にでも)喜んで、気が付いたころにはぐっすりと眠りに落ちていたのだった。

 辛い出来事があっても思い切り泣けば心は軽くなるし、気分が落ち込んでもちょっとしたきっかけでプラスに転じる。何より一度寝て起きたら大抵の悩みと苦しみは忘れてしまえるのだから、ほんと自分でも感心するお気楽頭である。でもこの特性はこういう時には本当に便利なのだ……。

 

 翌日、リニアモーターカーでジョウト地方コガネシティへ超特急で移動して、コガネのグルメを食べ歩きながら回りきれぬほどの観光地を練り歩き、最後に街中に設置された観覧車から夜景を眺めて三日目は終了。

 最終日はバスでジョウト地方の港町・アサギシティへ向かって潮干狩りイベントに参加。提携店で獲れたての貝料理を堪能して海辺のグルメを味わい尽くし、かの有名なアサギの灯台*2で地元民に記念写真を撮ってもらって、それからもあっちへ行ったりこっちへ行ったり。途中から見かねたお父さんにおんぶしてもらっていなければ、私はどこかでぶっ倒れていたのではないだろうか。

 そんなこんなで旅行の全日程を終えた私達がアーシア島行きのフェリーに乗り込んだのは、どっぷり日が沈んでからだった。実は帰りの船室でも一泊予定という子供心をくすぐるイベントにワクワクしていたのだが、実際乗ってみると夜の海は真っ暗で何も見えないし、体はくたくたに疲れ果てていてシャワーを浴びたらもう睡魔は限界突破。ベッドにダイブした以降の記憶がない。気が付いたらお母さんに手を引かれて見慣れた家の玄関前に立っていたのでした。

 

 

 起床して朝ごはんを食べ、洗面所で身だしなみを整えて外へ出ると、そこにあったのは年がら年中太陽がギラつく青い空。数日離れただけで照り付ける日差しに懐かしさを覚えるわけもなく、そこにあったのは出発前と何も変わらない日常風景だった。行く前はあれ程待ち遠しかった旅行も、終わってみれば本当に三泊四日も行っていたのかと疑問に思えてくるほどあっという間だった。

 でもその短い時間の中で私が得たものは、アーシア島ではずっと得ることができなかった大きなもので。あれ以来、私のベッドの枕元には緑色の怪獣みたいな()()()()()()が飾られていて、机の上の文庫本には紫の花弁が可愛らしい栞が顔を覗かせている。頻繁に会うことはできないけれど、成長して行動範囲が広がったら真っ先に会いに行きたい。いやぁ、本当に良い旅行だった。

 

 私は帰宅した翌日から数日間、我が家のポケモンを総動員してハナコちゃんとナツメちゃんにプレゼントする貝殻探しに励んだ。

 拾い集めた数多の貝の中からとびっきりに綺麗な貝を厳選して、浜辺で時々見かける赤くて綺麗な砂*3を小瓶に詰めて、アーシア島の絵葉書と一緒に二人に郵送した。ハナコちゃんには耳に当てると小さな海の音が聞こる薄黄色の巻貝を、ナツメちゃんには山吹色の二枚貝をそれぞれ同封した。気に入ってもらえるだろうか?

 

 

 一週間と少しが経った頃、ほぼ同時に二人からの返事が届いた。絵葉書と砂の小瓶については好評だったようで嬉しい限りだが、異口同音に語られていた「ポケモンを郵送してくるな」とは何の話ですか……?

 

*1
ポケモンカードの超エネルギー! この世界には前世にもあった要素が隠れてる

*2
残念ながらデンリュウはいなかった

*3
星の砂



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第8話

プロットや設定っていうのはね。より良いものが思いついたら、いくらでも変更していいんと思うんですよ……そのキャラクターが登場するまでは。
ということで、この作品の一翼を担う予定のキャラの初登場回です。


 あれから月日が流れ、季節が巡った。

 地元の友だち友達ゼロ人という灰色の日々を超えて私は次のステージ、小学校へ入学した。

 

 アーシア島の学校は小学校と中学校の二つしかない。高校はないので、進学したい人はカントー本土かオレンジ諸島最大のマンダリン島に渡る必要がある。そうは言っても、田舎ではあるが過疎地ではないアーシア島にはそれなりの数の子供が居る。都会と比べれたら少ないかもしれないが、その全員が一か所の学校に集中するのだ。

 その数なんと一学年で60人以上。……前世と比べると少ないな! 30人クラス二つ分しかいない! しかし侮るなかれ、これは公園に集まっていた仲良しグループとは比にならない人数なのだ。

 

 新たに始まった学校生活において、私は前世から持ち越した知識をフル活用して楽々成績トップの座をほしいままにし、その学力と秘めた力を感じ取った子供たちに囲われるカリスマとして君臨していた……なんてことがあるわけがなく。

 

 たしかに小テストでは常に満点を取り続けているが、入学して三ヶ月が過ぎても私に友達はいなかった。休み時間に「ドッジボールしよーぜ!」と外に駆けていくクラスメイトを見送って図書室で借りた本を読み、時々帰り道で海岸に寄り道して綺麗な石を探したりする。

 そもそも私が一人で過ごしている原因は、前世から引き継いだ精神にある。最初はどうにかならないかと試みたこともあるが、どうしても幼い子供達の集団に馴染めない。いじめられたり嫌がらせを受けているという事はないが、同級生の中に混じるには少々私は異物すぎるのだ。

 クラスメイトも話しかければ返事をしてくれはするが、どこか遠巻きに距離を取られてしまう。入学前は彼らももっと単純で、公園に行けば仲良くない私でも何も考えずに一緒に遊んでくれたりしたのだが、一年生とはいえ僅かな社会性に触れるようになると私の異質さに気が付く子が増えてしまった。唯一の友人との交流はナツメちゃん&ハナコちゃんとの文通だけである。

 

 そんな訳で今も私はボッチだった。

 学校では固定メンバーが決まってしまい、ここから挽回するのは正直言ってあまりに難しい。以前は自分から子供が集まる場所に行かなければ他の子どもに会う機会が少なかったので、一人でいても寂しさを意識することはなかったが、毎日学校に通う中で一人で過ごすのは何というか、その……ちょっと辛いものがある。周りのみんなが楽しそうにしているから、余計一人のつまらなさと寂しさが際立つと言うか……。

 入学後の友達作りを諦めずにもっと粘って粘って、粘りまくるべきだったと今は後悔している。しかし今となってはもう……色々と厳しい。

 

───再チャレンジするにも次のクラス替えを待つしかないのかな。

 

 ……と、一年を耐え忍んで二年生での人間関係の変動に乗じるしかないと覚悟を固めていたとき、ある噂が耳に飛び込んできた。

 

「なあ知ってる? なんか、転校生が来るらしいよ!」

「“てんこうせい”ってなに……?」

「他の学校から知らない子がこの学校に来るってこと!」

「え! すげー!!」

「だよなー!!」 

(転校生……だと……!?)

 

 私は即座に動いた。勇気を出して交流ゼロだった同級生たちに転校生について聞いて回り、常日頃からいつも以上に聞き耳をそばだて、絵画教室のおばちゃん、おじちゃん達からも可能な限りの情報を集めた。得られた情報は真偽不明だったり曖昧なもの多かったが、娘・息子が村役場で働いているご老人を情報源とする確度が高いもの得られた。その情報によれば……

 ・一家はカロス地方から引っ越してくる。

 ・娘が小学生になるタイミングなので単身赴任ではなく、家族全員で一緒に来る。(カロス地方では夏休み明けの九月に入学するらしい。)*1

 ・村はずれの丘の上にある誰も住んでない洋館に引っ越してくるらしい。……あそこ廃墟っぽかったけど住めるの?

 ・カロスの地元では有名人。……これはぶっちゃけ勝手な想像なのではと思っている。眉唾。

 ・凄いお金持ちらしい。廃墟だったとは言えど、あのめっちゃ立派なお館を買うんだから、これは本当かもしれない。*2

 

 ……とのこと。

 私は見聞きした内容を書き記したノートを繰り返し読みながら、これからアーシア島に引っ越してくる彼女(推定)と友達になるための良い感じの作戦を考えていた。

 先ずタイミングに関してだが、来週から夏休みに突入するので今週中に学校に投稿してくることは考えにくい。なら休み明けに仕掛けるか、と言うとそれはありえない。まだ転校生の存在を知っている人数は少ないが、きっと夏休み中に殆どの生徒が噂を知ることになるだろう。となれば、休み明けに転校生ちゃんの下に人が集中する可能性は非常に高い。そこに私のつけ入る隙はないだろう……故に、友達になるなら夏休み中、それもまだ誰も彼女と接触していない引っ越し直後が望ましい。

 そして重要な ~友情 YU-JYO~ へのロードマップは……その場の状況に合わせて高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくものとする。どんな子かも分からないし、今まで計画立ててその通りにいった試しがないからね。私に陰謀や策謀の才能は無い。(確信)

 

 なので、夏休み初日にさっそく丘上のお屋敷にまで足を運ぶ必要があったんですね。(メガトン構文)

 

「いつの間に工事が入ったんだろう」

 

 前世でもテレビ越しにしか見たことがないような立派な門扉、噴水、整えられた中庭を備えた立派すぎるお屋敷。前に興味本位で見に来たときはホラーハウスの様相を呈していたのだが、塗装が剥げ下地が剥き出しになっていた外壁は真白に塗り直され、割れていた窓も新品のガラスに交換されている。錆びついて、風に揺れる度にギイギイと異音を鳴らしていた門扉も新品に取り換えられており、門扉支柱頂部にはヤヤコマのとっても可愛いオブジェが飾られている。私も将来家を建てることがあったら何かオブジェを置きたいな。

 門の向こうには数台のトラックが停まっていて、屈強な引っ越し屋さんとゴーリキーが荷台からダンボール箱をお屋敷に運び込んでいるのが見えた。

 

 まさか、今日が引っ越し当日だったのか? だとしたら何という幸運だ……!

 

 ゴーリキーはまるで重さを感じさせない動きでひょいひょいと手際よく荷物を担ぎ上げている。格闘タイプすご……。

 

 中々見られない光景に「ほえ~」と引っ越しの様子を眺めていたが、はっと我に返り本来の目的を思い出す。いかんいかん、よそ事に気を取られていないで転校生ちゃんを探さないと!

 と言っても勝手に門をくぐるわけにもいかないので、どこかの窓の向こうにそれらしい姿が見えないかと目を凝らすくらいしかできないのだが……。謎の子供がずっと門に張り付いているのを訝しむ引っ越し屋さんから奇異の視線を向けられながら、観察を続けること十数分。二階角部屋の窓から一人の女の子が顔を出した。

 

 豊かな黒い髪の色白な少女。アーシア島の住人は多かれ少なかれ日焼けしているので、彼女のように遠目にも分かる白い肌は目を惹くだろう。彼女は窓を全開にして眼下で作業に励む引っ越し屋さんたちを眺めているようだったが、ふと私の存在に気が付いてこちらを見た。二人の視線が交差する。

 数秒ほど互いに互いを見つめ合う。手を振ってみたら一瞬びっくりした表情を浮かべた後、さらに暫く時間を置いてから()()()()ながら小さく振り返してくれた。う゛っ……! 何だよ、結構可愛いじゃねぇか……。

 勝手にハートを射抜かれて身もだえていると、彼女は親御さんに名前を呼ばれて家の奥に引っ込んで行ってしまった。うっすら聞こえた声が正しければ、名前は「ミュール」というらしい。ミュールちゃん、ミュールちゃんね……しっかり覚えておこう。

 

 それから数分、もう一度彼女が姿を見せないかと期待して待ってみたが、結局出てくる気配もなかったので大人しく今日の所は諦めて帰宅した。直接話すことはできなかったけど、けっこう良い初対面になったんじゃないかな? と何となく手ごたえを感じながら、私は三時のおやつのアイスクリームを頬張るのであった。

 

 

 翌日、さあ今日もお屋敷に突撃だ! と私は意気揚々と屋敷へ続く坂道を上っていた。今日はいつもの散歩と勘違いしてついて来たラプラスも一緒である。なおラプラスは坂の入口で散歩じゃないと気が付いて勝手に帰宅しようとしたので、ヒレを引っ張って無理やり歩かせていた。

 

「おら! 何帰ろうとしてんだ!」

「らぁん……」

「一人だとつまんないんだよ! どうせ歩くのは同じなんだから一緒に来い……!」

 

 こいつ……坂の上に水場が無いことを察してるな! そうじゃなければ単純に坂道歩くのが面倒なだけだ!

 だが、こっちも目的があるとはいえ長い坂道を子供の足で、しかも一人無言で歩き続けるのは暇すぎるのだ。会話は出来ないが話しかける相手がいるだけ、こんなラプラスでもいた方がマシである。それに、あわよくば途中から背中に乗って楽することも出来るかもしれないし!

 すると私の邪念を感じ取ったのか、今まで進むのはノロノロしていたが素直にヒレを引かれていたラプラスの抵抗が急に激しくなった。私に胡乱な目を向け、顔をしかめながら来た道を引き返そうとしている。

 

「くっ、力ばっかり強くなりやがって……往生際が悪いぞ!」

「あっ、あのぅ……」

「ひぇっ!?」

 

 そんな一歩も引かずに抵抗し続けるラプラスと私が不毛な綱引きを続けていると、不意に背後から肩を叩かれた。びっくりして振り返ると、いつの間に現れたのか今から会いに行こうと思っていたお屋敷で見た女の子、ミュールちゃんがすぐ後ろに立っていた。

 

「あの……き、昨日うちに来てた子だよね?」

「みゅ、ミュールちゃ……さん!? 何故ここに!?」

「へっ、なんで私の名前……」

「あ、えっと、昨日呼ばれてたのが聞こえて……」

「あ……そ、そうなんだ」

「はっ、はい……」

「……」

「……」

 

 ミュールちゃんは小刻みに頷きながらじっ……とこちらを見つめている。底の無い暗闇の様な色のくりくりした瞳が私を捉えて離さない。くっ、やっぱり可愛いなおい……。

 視線を合わせたまま、謎の無言の時間が生まれた。

 ……あれ? やばい、ハナコちゃん達との時は問題なく話せたから普通にいけると思っていたけど、家族以外の人、しかも初対面の相手と話すのが久しぶりすぎて言葉が出ない……!

 

「……えっと……あっ私、デュランって言います。下の村に住んでます」

「そ、そうなんだ……あの……そ、そういえば! 昨日はどうしてうちの近くにいたの?」

「そっ、それは……が、学校で転校生が来るって噂聞いて、ボッチ脱却のチャンスだって思っ……って! い、今のは忘れて下さい!」

 

 い、いかん、口が滑った。なかなか言葉が出てこない癖にいざ話し始めたらこれとかアホかな? やばい自分でも分かるくらい焦ってる。仲良くなった後にネタにするならともかく、初対面でいきなりボッチ自虐とかドン引きものでは!?

 

「ぼ、ボッチ……?」

 

 しかし幸いなことに、ミュールちゃんはボッチの意味するところが分かっていない……? 助かった、奇跡的に私のイメージにまだ傷はついていない。だ、大丈夫だ、まだ慌てるような時間じゃない。

 自分の中の混乱が収まりきっていないのを自覚しながらも、私はどうにかこうにか言葉を続けようとする……が、こ、言葉が見つからねぇ~! ……ええい! 本来ならもっと自然な感じで仲良くなりたいと思っていたけど、こうなったら当たって砕けろだ! 砕けたくはないけど!!

 

「えっと、えっと、えーっと。つ、つまりですね」

「う、うん」

「と……友達になりたくて……」

「ともだち……?」

「学校が始まる前なら、最初に友達になれると思いまして……」

「!」

 

 ミュールちゃんが「ピシッ」っと擬音が聞こえてくるかのように突然固まった。うぅ……やっぱり性急すぎただろうか。微動だにしないミュールちゃんは私の言葉を反芻しながら、目をぱちくりさせている。

 あああぁぁぁ……まだ名前しか知らない程度の仲なのに、突然「友達になって」とか早すぎたんだぁぁ。いや、でもさ、仕方ないじゃん。ハナコちゃん達は向こうから話しかけてきてくれ、返事を返しているうちに話が弾んで、気が付いたら仲良くなれていたんだもん!

 こちとら最後に自分から友達作りに動いたのなんて何十年も昔の話なんだよ! 前世の小学校時代のクラス替えで仲良かった友達全員と別クラスになった時以来のチャレンジなんだよお!!

 

 ……ごくり。

 

 唾を呑み、未だに「ともだち、トモダチ……ともだち?」と壊れたラジオの様に繰り返し続けているミュールちゃんの次の言葉を待つ。勘違いだと思うが、なんだかミュールちゃんの目の暗闇が少しずつ深くなってきているような……。

 私は内心びくびくしながら返事を待つ。もし断られたらどうしよう。その時はこれまでと何も変わらず、夏休みが明けてもずっと、ずーっと学校で一人で過ごすことになるのだろうか。

 眠くもないのに机に突っ伏して寝ているふりをして時間をつぶしたり、休み時間にやることがないからと毎日毎日図書室に通い続けるのか。ふと、脳裏に灰色の教室で一人寂しく席に座っている自分のイメージが浮かんで来た。

 ……か、考えるな! まだ返事はこれからなんだ。悲観的な想像ばかりしてどうなるって言うんだ。こんなときは、逆に明るいことを考える。それが無理ならせめて何も考えずにただ時が過ぎるのを待つべきだ。

 私はじっとりと嫌な汗が滲んできた手を握り締めた。するとようやく、硬直してしまっていたミュールちゃんがプルプルと体を震わせ始めた。

 

「ともだち、ともだち、トモダチ……友達!!」

「ぐほっ!?」

 

 突如、凄まじい勢いで突進をかましてきたミュールちゃんを受け止めきれず、私は彼女もろとも後方にいたラプラスに叩きつけられたのだった。

 

*1
現実の海外等の学校と同じ

*2
館のイメージはストレンジャーハウス




デュラン:転生後は旅行中の二日間を除いてほぼ家族としか会話していなかった為、会話をリードしてくれたハナコ達とは違って、初対面でお互いに口下手なミュールとは会話するだけで精神を消耗している。前世はサブカルオタクであり、今生でも「萌え(死語)」や「尊み」のあるものを見ると気分が高揚する。また、成長途中とはいえポケモン(しかもラプラス)と力比べが出来る謎筋力の持ち主。

ミュール:アーシア島の丘の上にあった洋館に家族ともども引っ越してきた内気でシャイな女の子。「友達」という単語が彼女の琴線に触れた様子。“ロケットずつき”を使える。

ラプラス:成長途上、現在身長175cm。


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