テイルズ オブ シンフォニア ─ミズカルズの商人─ (フッ軽布教女サッチ)
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第一章 トリエットで出会ってさ
なんでも屋
────ねぇ、外じゃハーフエルフって差別されてるんだって
友が言う。
────みんなニンゲンなのに、へんなの
相棒の竜を撫でる、何も知らない友が言う。
ワタシも何も知らないけど、大人たちに散々外に出てはいけないと言い聞かされている。
だからワタシは友に尋ねた。
────大人の言う通り、外の世界って危険なのかな
すると友は数秒キョトンとした後、大声で笑った。
────ジルはおバカだなぁ
おバカって何よ!
友の一直線な悪口に言い返すと、彼女は徐に立ち上がり、ワタシの前へと躍り出た。
────大丈夫!
────何があっても、私がジルを守るもの
まぁ、なんの根拠もない彼女の宣言を鵜呑みにしてしまったワタシは紛れもないおバカだったのだろう。
それでも、それでもワタシは彼女の言ったことを信じたかった。
ワタシの友。
ワタシの相棒。
ワタシの唯一。
これは、そんな彼女がとある交響曲を乱していく物語。
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……ふと気になっただけだ。
そう、たまたま目に入っちゃっただけ。うん、うん。
ちょっと大変な場面を見てしまったとある女性は自分で自分に言い訳をして、この広大な砂漠で唯一人の住処となっているトリエットの近郊に小さな竜車を停めてからすぐそこに建っているドーム状の建物へと走り出す。
「よぉカイヤちゃん!今日もいいやつ揃ってるよ!」
「カイヤ!! この前は瓦礫の撤去手伝ってくれてありがとな!!」
「カイヤちゃん、後でご飯食べにおいで!」
「ありがとう! 嬉しいけど、今ちょっと急いでるの!」
街の商人たちが続々と女性に声をかけるも、彼女はそれらを全てやんわりと断ってトリエットを駆け抜ける。
1番新参者のはずの彼女が何故こんなに好かれているのか。それは彼女の職業に理由があった。
人呼んで「なんでも屋」。それが彼女────カイヤ・プロディガルだ。
建物の足元に着いたとき、すでに赤い服の青年が中へ連れていかれる瞬間だった。
彼を助けるのは今は無理だろう。気絶もしているし、今ここでディザイアンからの信用を失いたくない。
そう見切りをつけて、カイヤは白い少年へと駆け寄って、その小さな両肩にポンと手を乗せた。
「や~、探したわ!! お連れさんが待ってるよ、少年」
「え!?」
「む…誰だお前は」
わざとらしい作り笑い。当然のように見張りの兵士はカイヤを警戒する。
鋭い切っ先を向けられ、おぉ怖い怖いと頬に垂れてきた橙色の髪をかき上げた。
「やだなぁ、物騒物騒。私はこの子を探してという依頼を受けただけよ」
なんでも屋、やってるモンでね。
耳元でキラリと広葉樹の葉を模したような、二枚組の銀製ピアスが揺れる。
それを見た兵士たちはハッと驚き、一気に力を抜いた。
────足元に、
「なんだぁ、ミズカルズの商人かぁ」
「それならそうと早く言ってくれよ」
少年は何が起きているのかを理解できず、オロオロと女性を見たり兵士を見たり。
先程まで一触即発のような雰囲気だったのが一気にゆる〜くなったのだ。当然だろう。
少年はおずおずとカイヤに尋ねる。
「えっと、お姉さんは…」
「なんだ坊主、同族のくせにミズカルズを知らんのか」
「あら、ちょっとショック。結構名は売れてるはずなんだけど」
まぁ、名乗らないとただの不審者よね、私。
彼女はそう言って、少年へと向き直る。
「私、カイヤ。ミズカルズのなんでも屋よ。よろしくね、少年」
彼女の足が、二つの
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ミズカルズ。
人間とハーフエルフが共存しているという幻の里。
少年────ジーニアスにとって、ミズカルズの里は姉や同族が語るおとぎ話の存在だった。
そりゃあそうだ、世界中でハーフエルフは差別の対象となっているのだ。そんな話信じられるものか。
だが目の前にはそのミズカルズ出身だと宣う人間がいるのだ。いやでも信じるしかなくなってしまった。
「この調子なら今日の夜には着きそうね」
「うん! 姉さんの忘れていったハンカチ、燃え残っててよかったよ」
嬉しそうにするジーニアスを見て、カイヤは竜車に座る銀髪をわしゃわしゃと撫でた。
静かな微笑み。先程の胡散臭い笑顔とは全く別の、安心できる笑顔だ。
姉のものよりも少しだけゴツゴツした、お世辞にも女性の手とはいえないソレを受け入れるジーニアスはなんとなく嬉しくなった。
「ねぇカイヤ、ミズカルズって本当にあるの?」
「あるわよ。なぁに、私が嘘ついてるって?」
「ううん、そう言うわけじゃないんだ。ずっと御伽噺だと思ってたから」
俯いたジーニアス。するとカイヤは手元にあった荷物から一冊のアルバムを取り出す。
「私が子供の時のだから、今はもう変わっちゃってるんだけど」
手渡されたアルバムを開くと、そこには美しい森の中で尖った耳と丸い耳の者が談笑していたり、遊んでいたり、共に仕事をしていたりする写真が何枚も何枚も入っていた。
「これが、ミズカルズ?」
「そうよ。こっちのエディおじさんはたぶん人間だけど、この人……アルお兄さんはクォーターエルフ。数人普通のエルフも住んでいたから、ミズカルズの血統なんてぐっちゃぐちゃ。どこで何が混ざってるかわからないの。私も低級魔法なら使えるもの」
だから差別がなかったのかもね。
そう語るなんでも屋は一口サイズの氷を生成して、パクリと食べた。
もう一つ作られていた氷はジーニアスの口にぽいと放り込まれる。少年はしばらく口の中で転がして、冷たい水になってきた頃にごくりと飲み込んだ。砂漠の空気で渇いた喉に染み渡る。わずかながら彼女の弱っちい魔力を感じる。たしかにこれは魔法で作られた氷だ。
気配は人間なのに魔法を使える。あぁ、これがミズカルズってやつか。自分ちは違う種類の混ざり物を見て、納得したような、理不尽なようなものを感じた。
二人は現在、ジーニアスの姉を頼りに砂漠を大急ぎで渡っている最中だ。カイヤの相棒だという小さな陸竜は、その体躯とは裏腹に力強い走りで竜車を引く。
陸竜──ウリュウ、というらしい──は友にミズカルズで育った相棒だとカイヤはジーニアスに言う。その親密さは証言の裏付けに十分すぎるほどだ。
先ほどから竜車の横を駆ける犬のような生命体・ノイシュと先ほどドームに連行された青年・ロイドと似たようなようなものだろうか。ジーニアスはそう結論づけた。このコンビも生まれた頃から一緒だから。
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ウリュウとノイシュはジーニアスの持っていた姉のハンカチを元に匂いを辿って走ってくれている。そのスピードはなかなかのもので、砂漠だと言うのに迷いなく一直線に突き進んでいる。
背後に残してきたはずの足跡は砂嵐に吹かれて消えているが、それでもトリエットからまっすぐ進んできたんだなとわかる。だって真後ろにトリエットがあるんだから。
「ウリュウったら、ひさびさに全速力で走れる相手見つけて喜んでるみたい。竜車引いてること忘れてるのかしら」
「ノイシュも嬉しそうだよ。ねっ!」
ジーニアスが幌馬車のようなアーチ状の天井がついた車体から乗り出してノイシュへと呼び掛ければ、彼は元気に吠えて応える。ソレに呼応するかのようにウリュウも独特の鳴き声を砂漠の空へと響かせた。
「そういえば、ねぇジーニアス」
「なあに、カイヤさん」
「あなた 今までどこで暮らしていたの?」
「イセリアだよ。ここから少し北の方にある田舎村」
「のどかでいいところだったんだ」
カイヤはその回答を聞いて納得した。
彼女の故郷、ミズカルズでジーニアスのようなハーフエルフは見たことなかったから。
“こちら側”に住んでいるのだとしたら知らなくて当然だ。彼女は一人納得して、何事もなかったかのように話を続ける。
「そう。あなたたちが平和に暮らせていたならいいわ」
心地良さそうに走る2匹を眺めながら、カイヤは静かにつぶやいた。
「ハーフエルフはミズカルズの外だと差別対象だから、心配になって」
「それは……事実だけど」
「ええ、散々見てきたわ……嫌になるくらい」
穏やかそうだった彼女の顔から突然表情が抜け落ちる。
ジーニアスがギョッとしてどうしたの、と問いかけようとした声を遮って、何もなかったように笑った彼女が前を指差した。
「ほら、もうそろそろ追いつくみたいよ」
助けを求めるんでしょ。喋る文言、ちゃんと考えなさいね。
見た目の割に随分と広い竜車の中で、少年は慌てて現状の整理を始めた。
その様子を見届けたカイヤは再び前へ向き直る。
日は傾きかかって、周囲は暗くなりつつある。
遠く白い煙が舞い上がるのが見えていた。
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