世界を敵に回しても (ぷに丸4620)
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はじまり
遅すぎた再会


初めまして。ぷに丸と申します。
人生初投稿となっております。


本編をお読みの前に小説情報のあらすじの注意のご一読をお願い致します。

よろしくお願い致します。


「あ……」

 

 抱き抱えられた事に驚いたのだろう、胸に抱いた死にかけの彼女から、苦しげに息が漏れる。

 

「あな、たは……?」

 

 目も見えていないのだろう、意識もほぼ無いのだろう、事切れる直前であるということは想像に難くない。

 

 彼女の名はモルガン、女王モルガン。

 

 ブリテンを統治し、2000年もの間君臨した冬の女王。

 

 そして自身にとって最も大切な女性だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 永い眠りから目覚めた。正確には死んだと思ったら目覚めたら数千年経っていた。と言ったところだ。

何せ、暦が変わっており、既に2000年経っていたのだ。

 

 最期の記憶は燃え盛るロンディニウム。彼女と共に駆け抜けたブリテンの平定という夢は、気まぐれな妖精の行動によってすべて終わってしまった。

 

 彼女を逃がす事には成功したものの追手との戦闘の折、致命傷を負ったのが、永い眠りの原因だ。

 

記憶が混濁していて冷静な判断が出していない自覚はあるものの、ボーッとしている暇もないのも事実だ。

 

 立ち寄った町で情報収集を行う。

 

妖精の人間に対するスタンスは熟知している。

交渉や情報収集にはてこずらなかった。

 

 当時よりかなりのレベルで発展していた文明とその情景の美しさに、彼女の目的は果たせたのかと安心したものだが、國中が「預言の子」と言われる集団を信仰し、圧政を敷く女王モルガンの打倒を掲げていると知った時にはその場で焦りと怒りのあまり暴れだしそうだった。

 

 圧政の理由など明白だ。それがなければどれほどに争いが起き、どれ程の数の妖精が大地となるのか。

 今この瞬間女王を蔑む妖精達は生き残っているかどうか。

 

 長い眠りについていた自分でさえわかるのだ。妖精の性質を理解できるものならば、この圧政にも理由があると看破できる。

 

 

 聞けば預言の子一同の大多数は異貌の魔術師だと言う話だ。

 別世界からやって来て、圧政を敷く悪の女王を倒し、國に平和は訪れる。

 童話のような話だ。物語として見れば非常にわかりやすい。

 その世界のモノではどうにもならない問題を、別世界から来た救世主がその別世界の力でもって解決する。ああ、なんと痛快な話だろう。

 

だが、それは物語での話だ。國を興した悪の王を倒した後の、その後の話が語られる事は殆ど無い。

内乱後の國の末路など決まっている。後継者争いにより、國を保てなくなるほどに死人が出るか、他国に侵略されて終わるかだ。

 

そして妖精という存在は一言に括ったとしてもそれぞれが全く別の存在だ。人間における人種の違い。そういうレベルとは格が違うほどに、差異が大きい。

 

圧倒的な支配者がいなければ、種族間同士の争いは回避できない。それを理解しているのか、纏められるような政策があるのか。

 

たいして妖精を理解していない異貌者が、正義を振り翳し、國に混乱をもたらしていると思うと、言いようの無い怒りが湧いてくる。

 

預言の子一同を殺しておこうという案も思い浮かんだが、弱体化したこの身でどうにかなるとは思わない。

まずは彼女に出会わなければと行動したが、数千年の眠りにより、知り合いもおらず、後ろ盾も何もない自分では即座に女王に謁見できるはずもなく。

 

 

 

 

 王都に辿り着いた頃にはすでに戦争は最終局面を迎えていた。

 

 

 

 

 

「予言の子」の集団はかなりの根回しを行っていたらしい。

 ハッキリとは見えないが、門を守っていたはずの巨大な女騎士を懐柔し、容易く城壁を突破していく様子は見て取れた。

 ここの守りを任されているからにはかなり信頼されているだろうに、その騎士の裏切りに焦燥にかられたが、だからこそ自身も侵入できたのは皮肉な話だった。

 

 おびただしい喧噪が木霊する。城壁内でも戦闘が始まった。だがそんなものに構ってる暇はない。戦闘音には一切目も暮れず、戦闘の一切を無視して、城を目指す。

 見つかる危険性もあったが、自分には一切の魔力を感じられないらしい。目に見えていなければ存在すらしていないようだ。とも言われた事がある。

 

 見られさえしなければ見つからない自分にとって、この混乱は追い風だ。

 今回の戦争の要であろう、異邦の魔術師達よりも早く玉座の間にたどり着き、再会を果たす。

 まずはそこからだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『怠慢だ! もっといい世界なんていくらでも作れたのに!』

 

『役立たず! 役立たず! お前なんかもういらない!』

 

 

 彼女を発見した時には、既に妖精達に蹂躙されている最中だった。

 

 勝手な事を叫びながら彼女を踏みにじる妖精達。

 

 ああ、やっぱり

 

 自分達の事を棚に上げ、暴虐の限りを尽くす。

 

 自分の知る妖精らしいやり方だ。

 

 

 その惨劇を理解した瞬間頭は真っ白になり、怒りのまま咆哮を上げた。

 

 その場にいる妖精達がこちらを振り返る。それが幸いしてか、彼女への仕打ちは一度中断した。

 

 目的はひとつ。全員を排除し、彼女のもとへ駆けつける。

 

 

 

 まずは、一番背後にいた金髪の妖精だ。この惨劇の主犯とも見て取れる位置にいたその男から仕留めることに決めた。

 驚愕に塗れたその頭を掴み、床にたたきつけようと思い切り後ろに引く。

 勢い余って首から上が引きちぎれた。

 妖精とは思えないその脆さに違和感を覚えたが、些末事だった。

 次は赤い少女を抱える騎士二人。手が塞がっている彼らから剣を奪って殺すのは容易かった。

 

 解放された少女を抱きとめるが、手足は腐っているように見え、虚ろな眼は虚空を見つめていた。

 

 どこか、見覚えのある少女だったが、残念ながら自分の目的は別にある。

 ゆっくりと少女を横に寝かせながら次の目標へと視線を向ける。

 

 当然ながら不意打ちの効果は消え、快進撃もそこまでだった。

 

『なんだ! こいつはなんだ!? 人間!? 人間だ!!』

 

『スプリガンを殺したぞ!!』

 

『モルガンの飼っていた奴隷か!?』

 

『なんでもいいよ! この際だ、こいつも殺しちゃおう!!』

 

『久しぶりの人間狩りだ!!』

 

 おぞましい事を口に出しながら襲い掛かる妖精達。

 

 本来であれば、容易く撃退できるはずだが、致命傷となった傷は完治しておらず、長い眠りによりその体は弱体化している。

 この妖精國に電気の類があれば回復をする事も可能だったが、妖精國にそのような物は存在しない。

 

 先ほど殺した騎士から奪い取った剣を投げつける。

 その剣を追いかけるように、前進、妖精の胸に剣が突き刺さったと同時に柄を握り、剣をそのまま上に持ち上げて胸から頭にかけて縦に切断する。剣は振るう物という常識を覆すその不意打ちで1体を確実に仕留める。

 その一連の流れは見るものが見れば驚愕に値する戦術ではあったのかもしれないが、暴力的な本能がむき出しになった妖精達をひるませることはできず。

 不意打ちの効力空しく、1人の妖精を殺害するのみに留まった。

 

 背後から爪で切り裂かれその勢いで体ごと反転、その勢いをあえて殺さずそのまま切り返す。胸を裂いたその一閃は、しかし頑丈な妖精には致命傷にはなりえない。

 そのまま追撃を試みようとするが、その背後から右太腿に向けて剣を突き立てられ、別の妖精からはさらに足の腱を裂かれる。

 

 通常であれば踏み出す事すらできないその怪我を推してなお、その男は一切怯むことも、止まることもなかった。

 背後からの攻撃を無視して、目の前の妖精の首を跳ねる。胸に剣を突き立てられるが、その腕を掴み、離れる事を許さずにお返しとばかりに頭部に剣を突き刺す。

 自身の一切のダメージを無視し、囲む妖精達を絶命させていく。

 

 咆哮と血渋木の舞うその闘いが終わるころには、妖精は一人もおらず、ただの肉塊と成り果てていた。

 その中で一人立ち上がる。体には数本の剣が貫通しており、体の至る所に裂傷があった。

 

 誰がどう見ても致命傷だった。

 

 

 血を流しすぎて体が重い

 

 ――それがどうした。

 

 足の腱は切られ、何故動かせるのか自分でもわからない

 

 ――どうでもいい

 

 彼女の献身と、受けた仕打ちに比べれば、この程度、なんてことはない。

 

 

「誰か、お願い、私を、玉座へ――」

 

 

「玉座、だな……」

 

 

 

 今しがた起こった惨劇に気づいていないのだろうか、自分以上に傷ついて尚体を引きずっている彼女を運ぶ為に抱えてやろうと、近づいていく。

 

 

 抱きかかえる前にふと気づく。

 

 ――あぁ、これ、邪魔だな

 

 このまま抱えても剣が彼女に刺さってしまう為。自身に刺さる剣を引き抜いていく。

 血液を流さない為の栓代わりとなっていたそれは、効力を失い、更におびただしい量の血液が流れていく。

 

 通常であれば死んでいるはずの量だ。

 だが、愛する人の為ならば、精神が肉体を凌駕するなど当然の事だった。

 

 俯せになったまま体を引きずる彼女を一度仰向けにして、背中と膝裏に手を通す。

 自身の血で大分汚してしまうが、それは許してほしい。

 

 そのまま抱え持ち上げた。

 

「あ……」

 

 まさか、抱えられるとは夢にも思っていなかったのだろうか。彼女から戸惑いの声が漏れた。

 その顔を見つめる。焦点の定まってない蒼い眼は尚美しく、成長した彼女の相貌は血にまみれ傷ついていても尚、芸術品のようだった。

 

「あな、たは……?」

 

 彼女から消え入りそうな声で問いが投げかけられる。

 眼が見えていないのだろう。判断能力も鈍っているようだ。抱える者が何者なのか、判断ができていない。

 答えてやりたかったがしかし、今は喋る体力すら惜しかった。

 

 少なくとも玉座へ座らせるまでは、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 問いを無視する事を心苦しく思いながらゆっくりと玉座へと進んでいく。

 永遠にも感じられるその時間。後悔ばかりが襲ってくる。涙が溢れそうになる。こんなはずではなかったと、叫び出したくなる。

 

 妖精國を、ブリテンを収めようと、共に尽力していたあの頃、トネリコと名乗っていた彼女。

 戦いがあった。死にかけたこともあった。ただそれでも、彼女と駆け抜けた日々は、憎しみと欺瞞。妖精以上の暴虐と死しか存在しないあの城にいた自分にとって、黄金のように輝いていた。

 

 

 

愛していた。 愛してもらっていた。

 

臆病だった自分が、ウーサーやライネックの後押しもあって、彼女と心を通わす事ができたのがまるで昨日の事のようだった、

 

 自分の全てを彼女の幸せに捧げようと誓った。

 

 文字通り、永遠に共にいられると思っていた――

 

 

 

 ふと、気が付けば玉座にたどり着いていた。彼女に負担を駆けないよう慎重に、玉座へと座らせる。

 その動作の流れで、腰を落とし、膝立ちになる。

 

 もう、立ち上がれる気はしなかった。

 

 

「感謝、しま、す、あなた、は人間、ですね、傷を治しましょう、名を、名乗っていただけますか」

 

 ある程度の事情を察したのか、妖精達の暴虐から救い、自身を運んだのは人間だと判断できたらしい。

 自分の傷よりもまず、玉座へと導いた者を救おうとする彼女の態度は、威厳はあるものの國中を恐怖に陥れた女王とは思えない程、優しいものだった。

 傷を治してくれようとしているのだろう。彼女が魔術を自分にかけるのを感じる。

 

 

 しかし、その魔術は、自分には一切効かなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「え――?」

 

 信じられない事だった。

 スプリガンの謀略により、娘を人質に取られ、醜い妖精達の心変わりに殺されかけた。

 

 体中を痛めつけられ、もはやこれまでかと思われた窮地から自分を救ってくれた人間。

 眼も見えず、意識も朧気だったが、命を懸けてまで成し遂げてくれていたのは理解できた。

 

 であるのならば、感謝として、自身よりも先に傷を治そうというのは、自明の理だ。

 少し落ち着いた今であるならば、玉座の魔力を使うまでもなく、治療できる。

 

 そう、容易い事であるはずだった。

 唱えるのは神域の魔術。

 死の淵からも救うことができるほどの自身の中で最高位に位置する治療魔術だ。

 

 だが、その魔術をもってしても、その人間に魔術が効いた手ごたえが一切なかった。

 

 

 ――何故?

 

 

 自身の状態に問題があるのかと、まずは自分の体に同じ魔術を放つ。傷は塞がり、視力や意識も回復したのと同時に。頬に手を添えられた事に気が付いた。

 

「あ――」

 

 その感触に覚えがあった――

 

「ああ、あああああああ――!」

 

 その頬に温かみを感じながら回復した眼に入ったのは、かつての、死んでしまったと思っていた大事なヒトだった。

 

「トール君! トール、トール、トール!!」

 

 トネリコとして厄災を払っていたあの頃、助けたはずの妖精に疎まれ、石を投げつけられ、殺されかけ、自分の居場所をひたすらに探していたあの頃。

 

出会ったのが彼だった。

 

異世界からやって来た、孤独なヒト。

 

楽園の妖精として、ブリテンを滅ぼすという使命に抗う私を支えたいと、心の底からそう願ってくれたヒト。

 

そして、セカイを滅ぼし、永遠な孤独に陥った彼に居場所を与えると誓った相手。

 

 戴冠式でのあの出来事で死んでしまったと思っていた、永遠の別れだと涙した。死んでしまおうとすら思っていた。

 

 そんな彼が今目の前にいて、そしてまた、永遠の別れとなる瞬間を迎えそうになっている。

 

 体には夥しい刺し傷がある。

 床に広がる血だまりは、もはや人間から出て良い量では無かった。

自身の知る超越者然とした彼の面影はもう無くて。

 頬から感じる体温はすでに冷たくなっているーー

 

 あふれる涙をぬぐうことなく。冷たくなった彼の体を抱きしめる。

 

「ごめん、なさい」

 

 見つけられなくてごめんなさい

 

「ごめんなさい!」

 

 あきらめてしまってごめんなさい

 

「ごめんなさいーー!!」

 

 自分が迂闊なせいで、また殺してしまってごめんなさい。

 

 贖罪の言葉が大広間に悲しく響く。

 すでに冷徹な女王モルガンの面影は一切ない。

 

「あぁ、悪い。ちょっと寝てた」

 

「――!!」

 

 耳元で囁かれるその声に、少女は眼を見開いた

 

「まだ、生きて――!」

 

 動揺しながらも、その表情を確認するために一度離れようと、抱きしめていたその手を放そうとするが、力が入らないのか、そのまま抱きつくようにモルガンにしなだれかかる。

 

「はあ、ああ、まだ大丈夫。ちょっと辛いけど…まだーー」

 

 自身を抱擁するその腕の力はあまりにも弱弱しかった。

 

「トール、ダメ、いけません。それ以上喋ったら――」

 

「ごめん」

 

 これ以上喋っては本当に死んでしまうと、警告しようとした矢先に彼の口から紡がれたのは謝罪の言葉だった。

 

「何を――」

 

「一人にしてごめん、守ってやれなくてごめん、約束を守れなくてごめん」

 

 途切れることなく出てくる謝罪の言葉。力なく抱きしめられ、密着した頬から自分の頬にも彼の涙が伝っていくのを感じ取る。

 

 

「ブリテンを、君の夢を、俺達の夢を――」

 

 

その言葉を最後に、彼の意識は消失した。

 

 抱きしめた体から生気が抜けていくのを感じ取る。

 思考は止まり、かろうじて肉体として生きているだけの状態になっているのだろう。

 完全に息絶えるまであと数十秒。

 

「認めない……」

 

 その呟きとともに魔術を発動する。

 

「絶対に認めない。絶対に、死なせるものか――!!」

 

 

 叫びとともに、玉座から魔力を搾り取る。

 國中の妖精から魔力を集めた玉座は、本来であれば、妖精國そのものの維持と大穴の中にいるモノへの対策として用意したもの。

 発動する魔術は、かつて別世界の自分が今の自分に向けて放ったもの。

 

 過去へのレイシフト。本来であればカルデアに存在するシステムで、特異点にしか実行できない大魔術。

 汎人類史であれば、改変された未来の修正にのみ効果を発揮し、現実そのものの改変する事は出来ないが、この異聞世界であれば話は別だ。

 魔術の効かない彼にこの方法が有効かはわからない。ただの失敗に終わる可能性もゼロではない。

 

 だが、少なくとも汎人類史のモルガンにはできたのだ。今の自分にできない道理はなく、使用できる魔力も桁違いだ。

 

過去の自分に転送する事も考えたが、トールを、これ以上の手段は無い程に探しても見つける事ができなかったのだ。だから、過去に情報を送ったところでは意味が無い。

 

 コレを行えば、自身の命は消える。彼の行動次第では、妖精國がどうなるかはわからない。

 

 だが、それでも構わない。いや、彼は、妖精國を守る為の選択を取ってくれると、そう確信している。

 

彼がいなければ、自身は悲惨な死を遂げる。娘もそのまま惨殺されていただろう。

 

そのまま妖精國が滅びるのは確定的だったのは想像に難くない。

 

 現状どう足掻いても、汎人類史であるカルデアとの戦いは回避できない。

 

 女王マヴの次代であるノクナレアでは、妖精國の維持は可能かもしれないが、既に、懐柔され、ロンゴミニアドまで奪われてしまえば、カルデアとの戦争に勝てるとは思えない。

 

 魔力を編み込み、術式を構築していく。大広間の外が騒がしいが、何者かが駆けつけるがすでに遅い。

 

 準備は完了。あとは最後の1節を唱えるだけ。

 魔術を唱える、その前に、呪いとして、無事と幸福を願い――

 

 

 

「どうか、無事でいてーー」

 

 

 

 

 

 瞬間、世界は塗り替えられた。

 

 

 

 




 主人公:トール

 妖精國とは異なる世界の出身。
『無限城』という暴虐渦巻く城からやって来た。


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はじまり

ここまで読んでいただきありがとうございます。

評価、お気に入り登録ありがとうございます。




「う、あ、クソ…」

 

体に力が入らない。

 

立ち上がることができない。

 

腹部にあいた大穴が、原因なのは明白だった。

 

 

戴冠式。あの日に全てが狂い始めた。

 

 

ブリテンの平定の要であった騎士達。彼らは毒殺され、その罪を被せられた彼女と自分は逃げ出した。

 

結論から言えば、その逃亡は失敗した。

 

魔術の天才である彼女だけならば何の苦労もなく、逃げ出せたかもしれない。しかし戦いの知恵と力しか持ち合わせていない自分にはそれができなかった。

 

この世界の人間ではないからなのかは分からないが色々な魔術が――魔術に限らず、呪いなどの類も含めてだが――自分には効きづらいのだ。

 

逃亡に使えそうな幻影の類が効きづらい。相手にこちらを見えなくするような幻影の魔術を使ってもポッカリと自分だけ浮いてしまう。

 

だからこそ、魔術やそれに近い能力だけの敵には圧倒的だった。

 

だが、今回、自分を追い詰めているのは魔術等とは全く関係のない相手だ。

 

男を追い詰め、襲いかかるその爪はライネックという獣人のもの。その武器は圧倒的な力から繰り出される牙と爪。

 

魔術や呪いの類とは全く関係のない、物理的な死の奔流が迫る

 

一度、トネリコとのブリテン平定の折、死闘を演じ、その時は勝利してみせた。

 

人間にはない、あの爪もあの牙も、確かに早く、力強いが、勝てないという程でもなかった。

 

ライネックの戦闘は本能を剥き出しにした暴力的な物だ。対等な相手もいなかったのだろう。技を磨き続けたような研鑽による強さではない。

 

であるならば、たとえスペックが劣っていたとしても、どうという事はない。そもそも、身体能力という観点で言えば劣ってはいないのだ。

違いは爪と牙の有無と体躯の形の違いのみ。

 

逆に言えば、本能のまま、大した戦略もないまま、このレベルでの戦闘ををこなすのは驚愕に値すると言ったところだが、自身の戦闘経験がその戦いを互角、あるいは優位に運ばせていた。

 

戦いはチェスのようなもの、とある男が言っていたが、まさしく当時の勝利はそこが根底にあった。

 

 

 

 

力強く振われるその爪をその手首を弾く事で回避する。強靭な肉体から放たれる上段蹴りを、体を後ろに反り、そのまま背後に倒れ込んで、掌で地面に着地、体を縮め、バネのように解放する事で、下からのドロップキックで胴体を蹴り飛ばす。

 

片手でパワーが足りないのであれば加速をつける。防御しきれなかった衝撃を利用する事で攻撃の加速に使う。

細かいフェイントを入れ、手数を増やす。

 

ライネックの爪による攻撃は、腕を振るった事すら気付かせない程のスピードで、常人であれば理解が及ばないモノに見えていたかもしれない。

しかし、トオルもまた常人とは言えない能力の持ち主だ。

 

前回と同様、戦いは苛烈を極め、お互いに無視できない傷が増えていく。

 

ただ、今回ばかり違うのは、お互いに戦いを望んでいなかった事だ。

 

ライネックにとってもトオルにとっても、できるのであれば、お互いに傷つけたくないと思っていた。

 

それ故にその戦いは精細さを欠いていた。

 

 

 

 

 

 

 

ライネックにとって、一度目のこの男との戦いは、今思えば心躍るものがあった。自身は牙の氏族としての誇りをかけ、目の前の男、トオルはこの妖精國の調停の為に戦った。今思えば、愛する彼女の為というのが正確だろうが。

 

モースとも違う、他の妖精達とも違う。不可思議な動きとまるで操られているのではないかと疑うような戦術及び戦略の幅、その口から紡がれる言葉さえ攻撃の一種で、自身の力を流され、いなされるのは不快だったが、だからこそ戦い甲斐があった。

 

結果的には敗北したが、並ぶ者のいなかったライネックにとっては、得難い経験で、自身はまだ強くなる余地があるとも気付くことができた。次にやり合えば勝てる。とも思っていた。このままお互いに成長出来るかもしれないという希望があった。

 

それは、ライネック本人に自覚はないものの、基本的な性質が変化しない妖精という存在にとっては得難いものだった。

 

 

 

だが今は、目の前の男との戦いが苦しかった。

 

異変を感じ、戴冠式に駆けつけた頃には全てが遅く、彼らは、逆賊となっていた。この國を取りまとめる騎士達を毒殺したという話だ。

 

だが、それは他の妖精達による謀だと言うことは分かりきった事だ。

 

今すぐにでも彼を庇い、味方をしてやりたい。だが自分達は妖精側、そして逆賊という謗りは妖精全体の共通認識となってしまっている。

 

立場上、断ることが出来ないのだ。明らかに戦闘を避けた場合自身の氏族がどういう扱いを受けるかはわかりきっていた。

だからこそこの戦いは全力であると示さなければならない。

周りの妖精の目を騙しながら加減するという事は残念ながら不可能だった。

 

加減ができない自身が恨めしい。可能であれば、自身を退けて欲しいとひたすらに思う。

 

認め合えたあの時の戦いとは違う。お互いに、その表情には苦悩しかなかった。

 

望まない戦闘。かと言って加減することもできない。力は拮抗し、全力で殺し合う。

 

だが、戦いは苛烈を極めるが、ライネックの攻撃によって、相手が死ぬことは無いと確信していたし、彼もそう思っているだろう。

それ程に自分は彼の実力を信頼していた。そして信頼してくれていると感じている。

 

例え全力でやりあったとしても、自分の攻撃を確実にいなしてくれる。彼もまた同じだ。

 

だからこそ遠慮なく、力を出し合っていた。むしろ加減をした方が危険だとすら思っていた。

 

しかし、やはり望んだ戦いではないのだ。お互いに戦いたくはないのだ。その戦いへの拒否感は、どうしても、僅かながらも、その動きに制限をかける。

 

言ってしまえば、それが原因だった。

 

終わりのない攻防に変化が訪れる。

 

大きく、鋭利なものが肉を貫く音がした。

 

 

「――バカなぁ!!」

 

 

鋭利なものは自身の爪だった。貫いたのは彼の腹だった。

 

戦いたくなかったのだ、このまま自分を退いて、上手く逃げて欲しいと思っていたのだ。

 

その気持ちが戦いに綻びを生み出した。本来であればお互いに弾き、回避する。決め手にかける妙手同士のぶつかり合い。その果てに、どちらかの体力切れ。それが互いにとっての理想だった。

 

だが、戦いに対する迷いが、どうしようも無い悪手を生み出した。ライネックの攻撃は隙だらけのもので、彼にライネックを殺す気持ちがあれば、悪手を利用し、反撃の手でそのまま致命傷を与えられるような、戦闘を決定づける最悪の手。

 

男の方も戸惑った。戦闘経験上手加減はライネックよりも得意だが、それでも、戦いの中、コンマ1秒以下の思考の中で、その悪手に反応せざるを得ない。

 

しかし、ライネック同様、相手を殺したくなかった彼にとってもそれは望んでいない事だ、お互いに加減ができない間柄だからこそ、加減が効かない自身の反撃を全力で止めることに終始した。

 

そのお陰で、本来であればライネックに死をもたらしたはずの悪手を回避する事は不可能だった。

 

結果的に言えばライネックの敗北を生むはずの悪手は、彼、トオルの敗北を決定づける良手となった。

 

 

「ああ、あああああぁ、何故、何故だぁ!」

 

――何故攻撃を止めたのだ……!

 

 

この状況はこちらが全部悪いのだ、自分達妖精の誰かが起こした事なのだ。

 

その犠牲者でしかないお前が、何故手を止めたのだ――!

 

 

ライネックはむしろ自身を倒して欲しいとすら思っていた。あの時の戦いで、命を拾われたと思っていた。見逃され、協力の申し出を受け、生き残った今では、トールの行く末を見守っていきたいと、その上でいつかはこの男を越えたいと、そう思っていたのに。

 

それなのに、それなのに何故――!

 

 

「何故私を殺さなかった――!!」

 

 

戸惑いにより叫ぶことしかできず、動けないライネックの代わりに、後ろに下がる事でトオルはその腕を腹から引き抜いた。

赤い液体がこぼれ落ち、栓を抜いた葡萄酒のように勢いよく地面に広がっていく。

 

腹に穴を開けた男は、苦しげに口を開いた。

 

「だって……さ、友達だったからさ……」

 

口から血を吐き出しながら、喋る男の目から涙が溢れていく。

 

「今まで、友達って……いなかったからさ、初めての友達だったんだ……君や、あいつがさ……」

 

その言葉に感情が昂っていくのを感じる。目から熱いものが垂れ流れるのを止めることができない。

 

男の手が放心しているライネックの頭に触れた。しつこいぐらいに撫でさせろと言ってきたが、いつもその手を払いのけてきた。

今の今まで触らせる事を許さなかった。気恥ずかしかったのだ。

 

この男とは常にそういう関係だった。戦いを経て認めはしたものの、いつも罵り合っていた。からかいあっていた。

 

その男に初めて、触れられた。トネリコのものとは違う、硬い手だった。

だがその撫でる動作はトネリコよりも優しくて、弱々しかった。

 

 

「きもちいい、な……もっとさわってみたかった……」

 

 

 

「ああ、あああぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

「ライネックのせいじゃ……ないからな、」

 

 

死にかけてなおこちらを気遣う強くて優しい男。人間としてはあり得ないほどに強い男。

 

 

「トネリコを…モルガンを頼む――」

 

 

その男は、たたらを踏んで、後ろに倒れこむ。

 

その背後には崖があった。

 

 

「ま――――」

 

 

 

放心していたライネックの制止を許す事なく、崖を飛び降り、下の激流の中に飛び込んでいった。

 

直後、凄まじい咆哮がその場に鳴り響いた。

 

その咆哮には悲しみが篭っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「は、あ……」

 

トールは運よく海岸に流れ着き、再び海に流される事のないように、波の届かないところまではいつくばって進んでいく。

 

腹の傷は致命傷だが死ぬとは思っていなかった。

 

ひと眠りすれば、少なくとも立ち上がるくらいはできるだろうと思考する。

 

寝ている間に誰かに見つかるかもしれないが、まあ、その時はその時だろう。

 

滿汐を計算し、海に投げ込まれなさそうな場所まではいつくばって移動する。

 

そろそろ意識も限界だった。もう眠ってしまおう。

起きたら、トネリコを、モルガンを探せば良い。

そう考えた矢先、頭に謎の情景が浮かんできた。

 

「これ、は」

 

見たこともない建物の中で惨殺されかけている女性が一瞬映り、次いで、こちらを見て涙を流している蒼い瞳の女性を映し出す。

 

その頬にあるのは、何度も見ている自分の手だ。

 

『女王モルガン』『予言の子』『異邦の魔術師』

 

頭の中にながれている情報は映像となり単語となり文章となり、記憶となった。

 

その情景を見終わった頃には全てを理解した。

 

今眠ってしまった場合どうやら自分は2000年以上目覚めないらしい。

 

その結果、異邦の魔術師のクーデターによって國は荒れ、圧政を敷いたモルガンはその混乱を利用した妖精達の反乱を受け、虐殺寸前までされるらしい、遅れるに遅れた自分が介入をしたものの弱った状態で尚傷を受けた事によって、自分は死んでしまうようだ。

 

 

この情報が本当かはわからない。

だが、過去、偶然にも記憶の共有をした時に知った。汎人類史のモルガンのした行動に状況は一致する。

 

となればこの情報を流したのはモルガンに他ならない。

 

つまり――

 

「モルガン……」

 

 

ますます眠るわけにはいかない。

このままでは、命をかけたモルガンの行動が無駄になる。

 

だが、今この場ではどうにもできない。

気合で立ち上がれるほどの傷出はない。

 

唯一、この状況を変える策はある。だが、下手をすればこの世界との永遠に分かれる可能性がある方法。

 

だが――他にどうしようもない。

 

 

 

俯せだった体を反転し、仰向けに寝転がる。

体中から電気エネルギーを生み出していく。

 

バチバチと鳩走る紫電はやがて数字を羅列した立体画像を空中に出現させた。

 

その雷は創造者達によって与えられた。創世の神として君臨した男の力と同じもの。

 

 

 

滅びの確定した世界のバックアップを作る為、並行世界すら内包した世界そのものを作り出した自身の創造主達。

 

その集団はブレイントラストと言われる人間達だった。

 

 

神のごとき偉業を成し遂げた彼らはバックアップ世界の反乱という一つの失敗を経験した。殆どの人間はその世界を運営することを諦めたが、一部の者達はその限りではなかった。諦めきれなかった者達は反乱が起きた世界とは別の世界を作り出した。

 

だが、それも失敗だった。

 

当然だ。世界の創造はブレイントラストのメンバーが全員いたからこそ成し遂げることが出来たのだ。いくらコピーデータを用いようと。その世界に綻びが生まれるのは当然の事だ。

 

バックアップとなるはずだったその世界には元の世界とは異なる怪物が現れ始めた。

人間も凶暴性を増していき、もはやまともな世界とは言えない失敗作と化した。

 

すでに、新たな世界を作り直すリソースも存在しない。

 

故に残党が選んだのは、その世界の住人というリソースを使ったリセット。

 

それに選ばれたのがトールである。

 

だが結局その試みも失敗し、最終的には、半ば事故のような形で、トールをこの異世界へと辿り着かせた。

 

今まさに、同じ事をやろうとしているのである。

 

このまま眠ってしまえば2000年の眠りにつき、同じ事が起こってしまう。目覚めた後の行動を変化させればとも思ったが、いくらシミュレーションを重ねても、思うような結果を得ることはできなかった。

 

希望が無いわけでは無い。

 

自身の創造主たちは世界を作り出す程の力を持っているのだ。これから行く異世界にもそういう技術や、時を渡り、世界を自由に渡るような力を持った者がいるかもしれない。

 

もちろん、その先で死んでしまう可能性もあれば、二度とこの妖精國に戻ってこれない可能性もあるだろう。

 

だが、少なくとも、今のこの状態よりは有意義と言えた。

 

ロジックを組み立てる。それに従って自身の中にある電気エネルギーを操作していく。気絶しそうだが、どうにか気合で意識を押し留める。

一度やったことだ。二度目であれば簡単だった。

体中から紫電がほとばしり、雷の奔流円を形作る。

さらにプラズマが中心に生み出され、拳大だったそれはみるみる内に大きくなっていく。

 

やがて、広がったプラズマは急激に収縮し、消え去り、その代償とばかりに一瞬で、目の前に黒いワームホールが出現した。

 

なんの工夫も変哲もないないただの黒い穴が空中に現れた、それは、だからこそ異様な雰囲気を放っていた。

 

中に何があるかは把握することは出来ないが、前回と同じという安心感に、戸惑いは無かった。

 

その穴に向かって、再び俯せになり、這いつくばって進んでいく。

 

 

「絶対に戻る。どれだけ時間がかかっても」

 

 

決意の言葉を最後に、彼、トオルは一度、この世界から消失した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……っ」

 

妖精國に来た時と同じだ。間抜けな声で穴から這い出し、地に這いつくばる。

 

下の地面の材質は鉄かコンクリートか、整備された文明的な地面のようだ。

 

一抹の希望が生まれた。

 

仰向けになって様子をうかがう。

 

足元の先を見れば、複雑な機械につながった、青いキューブが見える。

 

不思議と目を引くその物体は、ファンタジーの集大成のような妖精國ですら感じなかった凄まじい力を内包している事が見て取れる。

 

 

 

それを訝し気に眺めていると、やがて、上から自分をのぞき込む者と目が合った。

 

「君は、人間か?」

 

それは人間だった。黒人で、黒いレザーコートを羽織っており、左目の眼帯が特徴的な男だった。

 

「……」

 

言葉を選びながら周りを見渡す、こちらを警戒しながら銃を構えている者が数人、その背後には様々な機械が並んでいる。

 

一目見るだけで高度な機械だとわかる。その周りには白衣を羽織った研究員のような者達がこちらを注視していた。

 

ひとまず、意思の通じる世界だと判断し、安堵する。

 

十分に思考し、かけるべき言葉を選択していく。一瞬の思考の後、こう投げかけた。

 

「悪いんですけど、電気を分けていただけないでしょうか――」

 

妖精國を救うため、モルガンを救うため、始まった異世界冒険。それが最初の言葉だった。

 

 

 




ブレイントラスト:科学や魔法分野などに限らず、ありとあらゆる人類の叡智を終結させた集団。自分達の世界が滅びると予測し、ならバックアップを作っちゃお!と言って、マジで作れちゃったやばい奴ら。

眼帯の黒人:長官

トオル:最強系主人公。SHIRO育ち。ただし今の所負けっぱなし。設定上は最強。設定上は。


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Interlude~はじまり~

アンケート回答ありがとうございます。
色々鑑みまして、もう少しマーベル色を出しても良いかなと思いまして。

こちらも以前投降した内容と大筋は変わらないのですが、マーベルキャラの登場は殆どダイジェストで会話のみだったのですが、もう少し深めても良いかなと思い、一部改訂させていただきました。

以後、マーベルキャラが割と登場する話は、Interludeとタイトルに表記させていただこうかと思います。

よろしくお願い致します。


 

《モハーヴェ砂漠》

 

 

とある建物の一室。

 

妖精國では存在しない、特殊な鉄で出来た壁。

トールの元いたセカイでは殆ど朽ちていたが、時代考証的にはそちらの方が近いだろう。

 

一見なんて事ない建物に見えるが、警備システムから、迎撃兵器に至るまで、トールの知るどちらの世界よりも上等なものが装備されている様だ。

 

ここで迂闊な行動を起こせば即座にそれらが牙を剥くだろう。

 

座り心地の良い椅子に着きながら、辺りを見回す。

 

テーブルを挟んだ向かい側。

目の前には眼帯をした肌の黒い男性。

 

この世界に来た際。死にかけだったのを救ってくれたのが、彼だ。

 

名前は『ニック・フューリー』

 

この建物を管理している組織。

 

戦略国土調停補強配備局('''S'''trategic '''H'''omeland '''I'''ntervention, '''E'''nforcement, and '''L'''ogistics '''D'''ivision.)

 

 

通称『S.H.I.E.L.D.』の長官である。

 

 

 

 

 

 

「つまり、君は元の世界から別の世界に渡って、さらにそこからここに来た。この世界は3つ目といつ事だな?」

 

見た目にそぐわぬ威圧的な重苦しい声だが、こちらに対して高圧的でも、謙るわけでも無い。対等な相手に対する礼儀を感じる。

 

故にこちらも失礼な態度を取る気にはならなかった。

 

「ええ、信じられないかもしれませんが」

 

フューリーは資料に目を通しながら対話を続ける。

 

「君の出身世界は私達の世界とかなり似ているな。無限城。製造過程は九龍城砦に似てはいるが……やはり違いは多い。マルチバースという存在は科学的に否定する事は出来ない。君が別の世界から来たという事を否定する事も当然できないが――」

 

フューリーは次々とページを捲る。

 

「驚きなのは一つ前の世界だ。モルガンという女王が妖精のいる世界を統治している。と、この名前も一応は知っている。イギリスに伝わる民間伝承の登場人物の名前だ。彼女は、その物語では、国を支配する事はできていない。文献は数多くあるが、その殆どは、悪役として國を追い出されている」

 

その言葉にトールは苦い表情を作り出す。

 

「君にとっては、その物語は良いものでは無いらしいな。私達の世界では、あくまで民間伝承ではあるが、そのブリテンではこの物語はどういう扱いか聞いても良いか?」

 

「……その妖精國では、異世界として認識しています。ここでは無くもっと近い並行世界(マルチバース)。隣あったその世界は、歴史上にそのブリテンが存在している。父親から捨てられ、ブリテンを追い出され、恨みを持ち、愚かな魔女として蔑まれ、国をあげての陰湿な嫌がらせを受け、最後まで故郷に追い出されたまま物語は終わる。俺の知るモルガンは、その本人から情報を受け取ったと話していました」

 

「成る程、そう言う視点でアーサー王物語を読んだ事は無かったが、やはり当事者の見解はまた違うな。

しかしまだ他にも異世界があるという事か。情報を受け取った。という事だが、魔法の伝書鳩でも飛ばしたのか?」

 

「いえ、俺も詳細はわかりませんが、自身を過去へと転送した。との事です。ただし肉体を送ることが不可能だったので、記憶だけを送ったのだとか、その過程で情報を送ったブリテンのモルガンは死んでしまったとのことですが」

 

「……それはまた、ヘビィな話だな。まさに命をかけた情報という事だ。どのような情報か聞いても問題ないなら説明してほしいところだが?」

 

「妖精國ブリテンは間違った歴史を辿っている世界で。いずれ消えゆく存在だと。そして、このまま何もしなければ、俺の知るモルガンは妖精に処刑され、ブリテンの住民は全滅すると。そして、仮にその滅びを回避したとしても、正しい世界の住人がいずれ俺達のブリテンを滅ぼしに来ると……どちらかの世界しか生き残る事は出来ない故に、正しい歴史の先兵が来るだろうと言う事です」

 

「それはまた嫌な話だ。何を基準に歴史の成否を宣うのかは知らないが、マルチバース同士の抗争という事か……」

 

「ええ、そして、現に彼らは妖精國に来て、クーデターに乗じて妖精國を維持しているモルガンを殺そうと画策していた……國に伝わる予言に乗じて、救世主を連れて、ブリテンを救うと嘯いて……」

 

「内乱に乗じて國を滅ぼすというのは常套手段だからな。私であってもその手段を取るだろう。……いや、気を悪くしないで貰いたい」

 

「いえ、すいません。貴方に対して怒っている訳ではありませんので」

 

思わず感情が出てしまったが、

関係を悪化させるわけにはいかないと反省する。

対するフューリーは、言葉の割には慌てた様子も無い。

色んな意味で彼の方が上手だと言うことをトールは実感した。

 

フューリーは底が知れない。

トールには、相手の戦力を図る能力に長けている。それは、トールの数多ある戦闘経験が故のものでもあるが、あのセカイの住人はそう言った点が鋭いと言うこともある。

 

個人的な見立てでは、戦闘面においてはフューリーどころか、この建物の全員と戦っても負ける気はしない。

 

あの青いキューブのみ。得体が知れないどころか空恐ろしい雰囲気を纏っているが、彼らも使いこなせてはいない様子。

フューリーもトールが暴れ始めれば、無事では済まない事は理解している筈だ。

 

だが、そうとは思えないほどに彼の態度に未知なるものへの畏れは無い。

 

異世界からの来訪者に理解があるのか。はたまた別の切り札みたいなのを持っているのか。

 

どちらにせよ、暴れる気も無い自分にとっては、変に恐れられ思い切った行動に移されるよりはやりやすい。

恐怖のあまり、その原因を一刻も早く排除しようとするのは、弱者であるならば当然のことだ。

だが彼、ニック・フューリーは決してそのような愚行は起こさないと確信できる。

思い上がるでもなく、こちらを侮るでもない。

勘か。経験によるものかはわからないが彼のこの自身ありげな態度は、いずれにせよ信頼に値する。

 

 

「一つ確認がしたい。君の世界と私達の世界。その正しい歴史とやらのようにそれぞれ争いになる可能性はあるのか?」

 

当然の質問だ。だからこそトールはその問いを予想していた。

 

「いえ、ありません」

 

「即答だな。何故わかる?」

 

「感覚的なものです。俺は世界の成り立ちというか、ルールみたいなものが()()()()()()。少なくとも、妖精國ブリテンと、貴方達の世界。どちらかが滅びなければならないという事にはなる事はありません。()()()()()()()()んです。

俺の生まれたセカイと、妖精國ブリテンがそうであるように……」

 

フューリーは返答する事も無く、トールをじっと見つめ続ける。それは、何かを見極めている様だった。

モルガンの妖精眼以上に何処か見透かされている気がするが、対するトールも、嘘では無い事を示す為に目を逸らす事はしない。

 

しばらく見つめあった後、フューリーは破顔する。

と言っても笑顔というわけでは無いが。

 

「ひとまず君の言い分を信じよう。そして衣食住の面倒も見よう、君の最大の望みを叶える事は今の所はできないが、実際に世界を渡ったんだ。生きてさえいればチャンスはあるだろう。その代わり色々と協力はしてもらうが」

 

言いながらフューリーは立ち上がり、その部屋を出ようと一歩踏み込む。

 

「ありがとうございます。でも、その、」

 

「どうした? まだ気になることがあるのか?」

 

「いや、結構あっさり信じてくれて、受け入れてくれたなあと思って……」

 

「成る程、逆に気味が悪いと?」

 

「いや、そういう訳では、無いんですけど……」

 

「まあ、言ってしまえば直感だ。難しい事だが、それが人間らしさだ。私は、それを常に考えながら選択している」

 

フューリーは、どこか意地の悪い表情を浮かべながら再び席に着く。

 

「というのは建前で、当然、後ろ盾がある」

 

すると、彼は端末を操作し始めた。

机上にモニターが浮かび上がり、とある映像を映し出した。

 

それは、この世界に近い歴史を持つであろう、自分のセカイや上位世界(バビロンシティ)と比べても信じられない様な光景だった。

 

緑色の怪物が戦車をおもちゃのように粉々にしていく。

 

赤いボディアーマーを纏った男が、超高速で空を飛び回り、人型兵器を撃ち落としていく。

 

他にも古い白黒の映像ではあるが、星のマークがついた盾を持った男が戦っている姿もある。見る限り、普通の人間ではありえない身体能力を有している。

 

「これは……」

 

「君以外にも、特殊な存在が多数いる。極め付けは宇宙から降りてきたハンマーを持った神様だが」

 

次の映像に映し出されたのは、赤いマントの金髪の男だ。

ハンマーを振り回せば、竜巻が起き、空を飛び、稲妻を放つ。

 

雷の能力だからかわからないか。何処か、仲間を見つけた様な感覚があった。他人とは思えないその感覚。

 

「名前はソー。雷を操る男だ。もしかしたら君とは無関係では無いかもしれないが」

 

「それは、どういう――」

 

「Thor。国によっては北欧神話の雷の神はトールと発音する事もある。君は日本人だが、名前はトールで雷使い。共通点はあると思わないか?」

 

言われてみればそうだろう。

あるいは、上位世界(バビロンシティ)の創造者が、この北欧神話を参考に自分の名前を決めたという線が濃厚だが、そう言われてしまうと、どことなく意識してしまう。

 

「彼はこの星ではなく、宇宙の、それも銀河を隔てた遠くの星からやって来た存在だ、地球に伝わる北欧神話は、過去に彼らと出会った地球人が、彼らをモデルにしたものという事が判明した」

 

「神話の存在が実は宇宙人だったという事ですか」

 

「そういう事だ。君の世界、宇宙の観測はどうなっている?」

 

「俺のセカイも妖精國ブリテンも宇宙人との正式な交流はまだ……いえ、正確に言えば、宇宙から来た存在がいるのですが、色々複雑な事情があって。交流があるとは言えません」

 

「我々の世界は度々、そういった存在が極秘裏に報告されている。その殆どは大きな被害は観測していなかったが、最近とうとう別の星からお客がきて、そいつの招いた遺恨による戦いで街一つが壊滅した。我々には他の惑星に行く技術もなければ、観測することすらでままならない。宇宙の脅威に対して無力だ。知らない方が幸せだったかもしれないが、我々は知ってしまった。そんな中、君が来た。今度は異世界だ。さすがに、招待状も無しにこれだけ来られたら、流石にこちらも文句のひとつも言いたくなる」

 

困った様に肩をすくめる。

本人を前にして、この態度。

ブラックジョークというやつか。

 

そんなフューリーにトールは苦笑いで返す。

 

フューリーは、こちらに気を遣って口を噤むという事はしない。

個人的には裏で愚痴愚痴言われてるよりかは余程マシだし、その態度にも嫌らしさが無い。

むしろはっきり言ってくれた方がありがたかった。

 

こういった態度は彼個人の気質か、あるいはお国柄かはわからないが好感が持てると、トールは考えていた。

 

「だが、君と話せたことは不幸中の幸いというやつだ。いくつあるかはわかるが少なくとも異世界の一つが明確な敵にはならない事がわかった。だが、宇宙からの脅威が一つではないように、君の世界とはまた別の世界が攻めてくるかもしれない。君は先程、世界の取り合いはないとは言ったが今後、君の世界と敵対する正しい歴史の世界が我々の世界を間違った歴史扱いして攻めてくる可能性も全くのゼロではないだろう?」

 

「それは――」

 

確かにそうだ。それは否定できない事実だし。最悪を考えれば、妖精國ブリテンとこの世界が戦争になる可能性も全くのゼロでは無い。

あるいはバビロンシティでさえも同様だ、あの神の如き人間達が、いずれ世界が繋がった時に、何をしてくるかは分からない。

 

 

「だからこそ、君の力を是非借りたい」

 

 

言いながら、フューリーは一つのファイルをテーブルに出す。

 

「君が元の世界に帰る邪魔はしない。協力もしよう。だがその分、君にもこの世界を守るための働きをしてもらいたい。情報的にも、技術的にも、万が一の場合でも、君の愛しの女王様が支配する國とも友好関係を結ぶのが理想だが、内乱中で、世界を巡って戦争中なのだろう? 贅沢は言わない。君に期待している事は――コレだ」

 

そのファイルには大きな文字で『The Avengers Initiative』という表記があった。 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

――数年後

 

 

《宇宙船『ミラノ号』内》

 

 

 

「何!? じゃあ映画も見たこと無いってのか!?」

 

「まあ、任務でそれどころじゃなかったし……」

 

「じゃあ、デビット・ハッセルホフは!? ケヴィン・ベーコンは知ってる!? ほら『フットルース』とか、名作ランキングとかに乗ってたりしないのか!? 日本人だけどしばらく、アメリカに住んでたんだろ!?」

 

「いや知らない」

 

「Ah……」

 

黒髪の青年の言葉を聞いた瞬間、この世の終わりのような顔をして、頭を抱える茶髪の青年。

 

「僕はグルート」

 

「ああ、俺はトール」

 

そんな青年を他所に、黒髪の青年は、肩に乗る小さな生物と話し始めた。

どう見ても植物、小さい木にしか見えないそれは、良く見れば人の形をしており、目と口もあった。

トールもそこに違和感を挟む事も無く、受け入れる。

 

お互いの名前を紹介し合う2人(?)

 

「僕はグルート」

 

「俺はトール」

 

「僕はグルート」

 

「俺はトール」

 

まるでリピート再生のようにおなじやり取りを続ける二人。

 

「なあ、お前それ、わかってて会話してんのか?」

 

頭を抱えていた茶髪の青年が、訝しげに尋ねると。

 

「いや、自己紹介されたから返さないとって思って」

 

そんな回答に、呆れ果て、再び頭に手を当てる。

 

「最初に言ったろ……そいつは、『僕』と『は』と『グルート』としか発音できない。それもその順番で。自己紹介を延々続けてるわけじゃないんだって」

 

「いや、でももしかしたら本当に自己紹介してるかもしれないと思って……」

 

「僕はグルート」

 

「俺はトール」

 

そんなトールとグルートをアホの様なものを見る目で見つめる茶髪の青年。

 

名前はピーター・クィル。別名スター・ロード

 

過去、宇宙人に攫われた地球人であり、宇宙盗賊ラベジャーズの元乗組員。

 

「グルートは置いておこう。兎に角、お前の人生、箔が無さすぎだ。コイツを貸してやるから、まずは音楽からだ。人生に彩りが生まれるぞぉ」

 

「そいつまで、滅んだ惑星で急に1人で踊り始める様なマヌケにするつもりか?」

 

そんな3人のやり取りに、暴言で参入した存在が1匹。

服を着たアライグマにしか見えない生物が言葉を発していた。

いかにもペットじみていてかわいらしい風体だが、よく見れば、ほかのアライグマと見比べても、眼付も悪いし、態度も悪い。

一切の媚びの無いその態度はむしろ、威圧感すら感じられるほどだ。

そんな、アライグマに誰一人疑問も持たず。

それが自然であるかのように、クィルは言葉を返す。

 

「おいおい、どこのどいつだ? そんなマヌケは」

 

「俺の隣の席に座ってるやつだよマヌケ」

 

アライグマ――ロケットは、遠慮なく、クィルへと暴言を吐いた。

 

ロケットの隣に座り、操縦桿を握っているクィルが何か言い返そうとしたところで、乱入者がまた1人。

 

「クィル。トールにそんなものを勧めるのはやめろ……」

 

人間とは思えない黒い肌に赤い紋様。

筋骨隆々の男性。

名前はドラックス。

 

彼は、袋から何かを取り出して、ボリボリと何かを口にしていた。

 

「お前、まさかそれ、ナット喰ってんのか!?」

 

ドラックスがスナック感覚で食べていたのは、金属のナットだった。

信じられないと、クィルは絶句する。

 

そんなクィルの言葉を無視し、ドラックスは続ける。

 

「宇宙には2種類の生き物がいる。踊る奴と踊らない奴だ。トールは小柄だがその肉体は素晴らしい。鍛え上げているイイ男だ。踊るような、痛々しい男に無理やりなる必要は無い」

 

そんな事を呟きながら未だボリボリとナットを食いつつドラックスは自信満々に語り出した。

 

「俺の妻オヴェットも、踊らない側の人間だった。戦争集会で誰もが踊る中、筋肉一つ動かさないオヴェットを見て、俺の体の一部が熱くなり、段々とぼうちょ」

 

「もう、お前のその話は前に聞いたって!」

 

会話の先の展開を予想したクィルによって。ドラックスの話は遮られる事となった。

 

「ああ、だが美しい話だぞ? 何度でも聞くべきだ」

 

「こっちはもう腹いっぱいだよ!」

 

「? なぜ、話を聞いて腹がいっぱいになる? 話というのは食い物では無い」

 

「だからそれは例え話だって!!」

 

「わかったクィル。地球に帰ったら、そのフットルース? も見てみるし、ウガチャカとかも買ってみるよ。俺の住んでる近所にレトロミュージックの店もあったはずだから」

 

ドラックスの天然具合に、疲労を見せるクィルにトールは気を使ったのか。会話の流れを変える為、そう声をかけた。

せっかく勧めてもらったものだ。

ひとつ嗜んでみるのも良いだろうとトールは考えていた。

 

「ああ、是非見てくれ。最高の物語さ。堅苦しい街に救世主が現れ、ダンスを伝え、そして街は救われる」

 

「お前これから見るって奴にオチ話してどうすんだ?」

 

「別に良いだろ。オチを知ってたって楽しめる。それが『フットルース』だ」

 

「楽しみにしてるよ」

 

「踊る阿呆がまた一人生まれるわけだ」

 

「ロケット、流石に俺もそこまでやったりはしないよ」

 

「どうだかn」

 

「アンタ達!」

 

そんなガヤガヤとした中、怒号が一つ。

 

怒号を飛ばしたのは彼らと同様、人間ではありえない。緑色の肌の女性――ガモーラ。

 

「今、バカみたいな隕石群の中で、次元を飛び超えるモンスターから全速力で逃げてる最中にそんなバカな話する必要がある!?」

 

彼らは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

惑星ザンダーの監獄で出会った事をきっかけにひょんな事から銀河を守るヒーローチームとなった宇宙一のおまぬけ集団。

 

「僕はグルート」

 

「俺はトール」

 

フューリーに迎えられ、彼に協力しながら、様々な活動をしていたトールは今、トラブルに巻き込まれた事で、次元を超えて宇宙に投げ出され、偶然出会った彼らと共に行動していた。

 

これもまた。トールにとって、得難い経験の一つ。

 

宇宙一のアホ共もまた、トールに多大な影響を及ぼしていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

?年後

 

 

《妖精國ブリテン:女王歴2017年》

 

 

1人の青年が、妖精國の丘の上に立っていた。

 

 

 

「ようやく、辿り着いた…」

 

 

 

長年求めていた光景。青年はこの地に、妖精國に帰ってきたのだ。

 

 

 

思い起こすのは、ここに至るまでの道程。

 

 

 

さまざまな世界を渡り歩いた。

 

 

 

地球だけではなく、星を渡り、銀河を超えた事もあった。

 

 

 

思い起こせば数えきれない世界を渡り、その全てに戦いがあった。

 

 

 

何百年か、何千年か、その期間はもはや思い出せないが、最終的に、片道切符ではあったものの、自身の望む通りの世界へと渡る技術を手に入れ、この妖精國にたどり着いたのだ。

 

 

 

――本当に長かった。

 

 

 

今までの苦労を思い出し。

溢れそうになる涙を指で拭った。

経験した別れと出会いは、どれも輝かしい。

 

拭った涙を払い、一つ、やるべき事を思い出す。

ようやく最初の目的を達成したのだ。今は泣いている場合ではない。

 

 

青年は意識を集中させ、とあるプログラムを起動する。右手を左手首に翳すと、その左手首を包む光の腕輪が現れた。翠色に発光しており、様々な線と円の組み合わせで作られた装飾が施されている。その模様は、魔法陣のようにも見えた。

 

 

 

かざした右手を右回転、腕輪もその動きに合わせて回転する。感触を確かめる様に、右と左にそれぞれ回転させると、やがて、翳していた右手を握る。それと同時に腕輪は消失した。

 

 

 

どんなものだったかは思い出せないが、重要な行動である事は確かではあった。

 

 

 

 

 

「~~っ」

 

 

 

 

 

青年。ソウマトオルは、大きく息を吸いながら伸びをする。

 

 

 

この美味しい空気に、気分は最高だった。

 

 

「さて、とりあえず何ヶ月かは最低限の生活ができる装備はあるし、ぼちぼち住むところを探しながら、旅でもするか」

 

 

 

一つ、本人には自覚がない問題があった。

 

 

 

彼は世界を渡る前、記憶障害が起きる可能性を示唆されており、それでも唯一の方法だという事で、賭けに出た。

 

記憶を失う事は無いと、失ったとしても取り戻す事は出来ると、自身を奮い立たせた。

 

 

 

結果として妖精國にたどり着くという目的は達成したのだが、警告通り、記憶障害が起こった。

 

 

自分の名前は覚えている。様々な世界を渡り歩いたのは覚えている。この妖精國が大切な場所だという事を覚えている。

 

 

様々な世界で、素敵な出会いがあったのを覚えている。 

 

だが、最大の目的である、この妖精國に関する記憶は、綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 

 

 

そんな事は露知らず。

 

 

 

彼は、リュックサックのサイドポケットから、音楽プレイヤーを取り出した。

 

 

 

端末を操作し、プレイリストを選択する。プレイリストの名は『スター・ロード版!最強ミックス!!』

 

 

 

イヤホンを耳に刺し、再生ボタンを押す。

 

 

 

最初の曲は「Born To Be Wild」

 

 

 

妖精國には似つかわしくないが、男の旅の始まりには、抜群の曲だった。

 

 

 

リズムに乗りながら、彼は非常に爽やな笑顔で歩き出す。

 

希望に満ちた旅の始まり。

 

だが、過去、この世界に訪れる前の彼にとっては絶望しかない旅の始まりだった。

 



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バーゲスト編
妖精騎士との出会い


改めてご感想等々お待ちしております。

よろしくお願い致します。


―――とんでもない失態を犯してしまった。

 

 

 

目の前には、2メートル近い身長の女騎士。

 

 

 

手には装飾の施された剣を持っており、その刀身には禍々しいオーラを纏っている。

 

 

 

その体躯に見合った銀の鎧と、頭から伸びる長い金髪は、その迫力を更に際立たせており、上流階級じみたその佇まいには気軽に話しかけられる者は少ないだろう。

 

 

 

その双眸は、お世辞にも友好的な雰囲気は見受けられない。

 

 

 

その女騎士は目の前の男に剣の切先を突きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は数十分前に遡る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は今、最高の気分だった。苦労の果てにたどり着いた故郷である妖精國。

 

自分の故郷は、もっと薄暗くて、そもそも自然など一切なかった場所だった様な気もするが、気のせいだろう。

 

空気は美味い。美しい夕焼け空は、暖かい郷愁を感じさせ、自然あふれる情景は、心に癒しを与えてくれる。

 

故郷にもかかわらず知り合いの記憶もなく、アテも無いが、全く気にならなかった。

 

これからずっと、自分が住まうこの場所は、常に空気の残量に気を使う宇宙要塞や、あの汚い場所に比べたらまさしく天国。

 

 

身につけたイヤホンから流れる音楽に合わせてステップを踏み、歌を口ずさむ。

 

気分は『フットルース』だ。

 

 

男の名はトール。

 

この妖精國を故郷に置き、異世界から帰ってきた男。異世界からの転移による記憶障害によって、諸々の事を忘れているが、それ故に、故郷は帰ってきた嬉しさが勝っていた。

 

今の彼は、フットルースの登場人物。

 

目を瞑りながら自己陶酔し、想像するシーンに合わせてターンを一つ、ステップを2つ。

 

 

この国の現生成物だろう。黒いモヤのかかった生物が襲いかかってくるが、何の気無しに容易く回避していぬ。

 

身体から何かを切り離して投げつけてくるそれを上半身を逸らして回避する。

形を変えて襲いかかるのを、ターンしながらやり過ごす。

 

まるで、全ての攻撃を予測しているかの様にいなすのは、本人の凄まじい戦闘経験によるものもあるが、そもそもとして、動きそのものの次元が違う。

実力差は歴然であり。

 

トールにとっては障害とすら認識していない。

 

最終的に、ダンスの過程で放たれた蹴りが、あまりの威力に、直接当たりすらせずにその余波だけで後方へと吹き飛んでいく。

 

距離にして30メートル。放物線を描いたそれは、今の珍事を見かけ、怪しく思い近づいて来た騎士の剣によって地面に降りる事なく切断されたのだが、それに彼は気づかない。

 

 

 

 

 

「おい、貴様」

 

 

 

 

 

曲はサビに入り今まさにここ一番の見どころ。という所で後ろから声がかかった。

 

イヤホン越しにでもよく通るその声は、女性のもの。

 

全く、人の盛り上がりを邪魔するのは誰だと、振り向いた瞬間、目の前に剣が突きつけられていた。

 

 

 

「うおぁっ!」

 

 

驚いた。非常に驚いた。

思わず両手を上げ、その剣の放つ禍々しいオーラに腰を抜かして倒れ込む。

 

 

 

「貴様、怪しい動きをするに飽き足らず。妖精騎士である私にモースを放り投げるなど、その場で首を跳ねられても文句は言えんぞ」

 

 

 

その言葉にどんでもない事をやらかしたと判断した男は、思わず言い訳を口にする。

 

 

 

「いやぁ、怪しい動きって、アレは、踊ってただけで、放り投げたってのは、それはそうだけど、まさかヒトがいるとは思わなくて……」

 

「黙れ!」

 

「わかった! わかりました!」

 

言い訳作戦は失敗だ

 

 

手を挙げたまま、降伏のポーズをとっていると、体にぐるぐると鎖が巻き付いて拘束される。

 

「少し手荒くないか? こういうのって、もうちょっと手心を加えるもんだと思うんだけど……」

 

「黙っていろ」

 

「……俺このままどうなるんだ?」

 

そもそもとして、モースという存在を正確に認知していないトールにとって罪の意識は軽い。

せいぜい何らかの罰則を喰らう程度かと思っていたのだが……

 

「当然、ひっ捕らえて牢屋行きか、牧場行き。あるいは処刑だろうな」

 

その余裕も容易く斬って捨てられた。

 

 

 

そして場面は冒頭へと遡る。

 

 

 

現在、トールは鎖で繋がれている状態のまま、尋問を受けていた。

 

「貴様、どこの地域の人間だ? 服装も見慣れないものを着ているが」

 

「戸籍上はアメリカだけど」

 

「アメリカ? 聞いたことが無いが……」

 

「ああ、妖精國の外にある国だからな」

 

「貴様、漂流者か……」

 

 

そんな騎士の言葉にトールは、どうにか説得できないかと話しを持ちかける。

 

 

「なあ、聞いての通り、俺は今の妖精國のルールを知らないんだ。情状酌量の余地とかはないのか? 俺、あの黒いのがそんなに危険な生物だって知らなかったんだよ」

 

 

「モースは我々妖精にとっての天敵だ、触れるだけでも死に至る場合もある。私の様な牙の氏族であれば多少は問題ないがな。貴様のせいで妖精が死亡したとして、『知らなかったから許してくれ』と言って許されると思うか?」

 

 

 

「う……」

 

 

頼みの綱は引きちぎれた。言い分はもっともだった。あの生物がそれ程の物だとはカケラも思わず。そもそも人(妖精)が近くにいるとは全く思っていなかったが、自分の迂闊な行動が、誰かの命を奪ったのかもしれないというのであれば、それは、弁明のしようがなかった。

 

 

知らなかったからと言って、他者の命を奪う行為をした事が許されるはずもない。

 

 

そういう事情であれば、それがこの國のルールであるのならば、受け入れるしかない。

 

(あぁ。故郷に帰って早速牢獄行き、あるいは処刑されることになるのか……)

 

 

 

まさか、一時のテンションに身を任せたせいでこんな事になろうとは。

 

 

「ほう、覚悟は決まったようだな。潔い事だ」

 

 

大人しくヘコんでいると、そう言われた。

 

 

 

それはそうだろう。自分のせいで誰かが、彼女が死んでたかもしれないと言われたら、それは、もう、受け入れざるを得ない。繰り返すが、知らなかったでは済まされない。彼女が許さない限り、その罪がなくなる事はない。

 

 

 

どうしたものか。もう諦めるしかないのか。

 

 

 

罪の意識はあろうとも、そこまで自己犠牲に走れないのも正直な所だ。

 

 

 

俺にはこの妖精國でやるべき事が――

 

そんな事を考えた瞬間、思考にノイズが走った。

 

まるで意識に穴が空いたかのように、記憶に数秒の穴が空く。

その事にすら気づかないまま。事態は進む。

 

 

意識を取り戻した瞬間、こちらを注視する彼女の背後に、音も無く、先程よりも一回り大きい黒いモヤの生物、モースが現れたのだ。

 

 

「後ろ!!」

 

「何ーーっ?」

 

 

そこからは一瞬だった。

 

 

 

彼女がモースの気配に気づき、背後へ振り向くその刹那——

 

 

 

 

 

無事な下半身を駆使して跳躍し、彼女の頭上を超え、モースの真上へ。その場で縦に回転し、その勢いを乗せた踵落とし。その威力は最早爆発と違いはない。

爆音とともに、凄まじい衝撃はが上がり、その風が騎士の髪を巻き上げる。

 

その衝撃にモースは弾け、跡形もなく消失した。

 

 

その一連の流れを、理解し、驚愕に染まる彼女に、男は一つ問い質した。

 

 

 

 

 

「今ので、許してくれる。みたいな流れにならないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モースは、我々妖精にとっての天敵だと言ったな。それだけではない、人間である貴様も触れれば無事にすみはしない」

 

 

 

先ほど剣を突き付けてきた女騎士。名前はガウェインと言うらしい。

 

 

 

妖精騎士を名乗る彼女はどうやらこの國を支配する女王の直属の騎士だという話だ。

 

偉い人だった。

 

あのまま切り捨てられるかと思ったが、彼女の後ろから急激に生えてきたモースを打倒した所。

 

 

 

その礼と言う名目で見逃してもらえたのだ。恩赦というには大げさすぎるが。

 

 

ある意味ではラッキーだった。

 

 

自分が旅の途中である事、住まいを探している事を簡易的に説明したところ、丁度彼女が統治している街。マンチェスターへと案内してくれるとの事だ。

 

なんて義理堅い良い人なのだろうか。

 

道中でも度々モースが遅いかかってくるため、お互いに協力しながら、排除していく。

 

なんて事はない。叩けば消える程度の存在だ。

 

モースを蹴散らしていきながら、ガウェインの方を見ると、解せないと言う表情だった。

 

 

 

「そう、人間にとってもただではすまないのだが……」

 

 

 

表情は変わらないまま、彼女は言葉を続ける。

 

 

 

「貴様のモースへの耐性は生まれつきのものか?技の冴えもそうだが、その力、最早人間とは思えんな」

 

 

 

「モースに関してはよくわからない。力の強さに関しては鍛えてはいるし。特別かと言われると。難しいな。妖精國の人間は知らないけど、俺の世界ではこの程度に強い人間なんかうじゃうじゃいるし」

 

「ほう、それほどまでに強力な人間がいるのか。汎人類史という異世界は」

 

「やっぱり汎人類史ってのとは違うきがするんだけど……」 

 

 

関心するガウェインを横に歩みを進める。思い起こすのは様々な世界での旅路だ。どれもこれも凄まじい力の持ち主で、どいつもこいつも心が強くて。戦闘というものとはまた別の強さを持つ人達だった。

 

朧げな記憶に浸りながら、自身の思い出を振り返る。そのどれもが霞がかっているが、暖かい気持ちになっていく。

 

 

 

 

「まあいい、住むところを探しているのだろう? 妖精國は人間1人には住みづらい國だが、私の街ならばマシだろう」

 

「へぇ、住みづらいってのは、また何で?」

 

 

「人間には力がない。我ら妖精に比べて寿命も短いし体も弱い。基本的に妖精の庇護の元でしか生きられない」

 

 

 

さらに説明が加えられる。

 

妖精の中には悪気も無しに、他人の体を傷つける者もいるらしい、力の差がある以上、その態度に優劣の差が出るのは、妖精に限らず当然の事だが、興味があるからと言って、腕を取ったり、頭を取ったり、その手の槍玉に挙げられがちなのは、やはり見下されている人間なのだそうだ。

 

 

「成る程ね、そういう事か」

 

 

「……そこまで臆さないのだな」

 

 

「別に。人間だって人間同士でしょっちゅう殺し合うし。悪気も無く花を摘んだり虫を殺したりってのは良くやることだから。

人間にとっての花や動物が妖精にとっての人間って考えれば別に不思議でも何でもない。まあ、やられる気は無いから問題ない」

 

「そうか……それならば結構な事だが――」

 

 

 

1人ごちるガウェインを余所に、あの日々を思い出す。本人にとっては故郷という認識から外れてしまっているが、あの無限城での死に満ちた日々は、思い出せずとも未だ強烈に心に焼き付いている。 

 

「――で、ガウェインさんの街が住みやすいってのはどういう理由なんでしたっけ?」

 

「っあぁ、そうだな。マンチェスターには私が一つのルールを敷いている。それが弱肉強食だ」

 

 

 

弱肉強食。

 

 

 

弱い者が強い者の餌食となる事。強い者が弱い者を思うままに滅ぼし、繁栄する事。

 

通常、文明社会としては悪とされる風潮だが、程度の差はあれ、社会においては絶対的に逃れられない業。

自然界の掟そのもの。

 

それはどこの世界でも存在する摂理。

その言葉だけで捉えるならば、なかなか恐ろしい街だと思ったのだが、自身の知る弱肉強食とは別の意味を持っているらしい。

 

 

 

 

 

彼女の街は、強いものが弱い者を痛ぶるのでは無く、強いものが弱い者を守る事を良しとする風潮。

妖精が人間を好き勝手ににするのではなく、隣人として扱う町。そう言ったルールを敷いたという。

 

そう、自身の街を説明する彼女は、どこか誇らしげで。

 

過去に出会ってきた大切な出会い。誇り高いヒト達、彼らを思い出し、

 

それを見たトオルの表情も、穏やかな笑顔となっていく。

 

「どうした? なにか嬉しい事でもあったのか?」

 

「いや、ガウェインの町は良い所なんだなって思って……」

 

 

ガウェインは、一度キョトンとした顔をしてしまった。

 

意外というか、そんな風に褒められるとは思ってもいなかったのだ。

 

自分の町を褒められる事は自分自身が褒められることよりも嬉しいものだ。

 

その喜びを隠さぬまま。、飛び切りの笑顔で応える。

 

 

 

その笑顔は――

 

 

 

「ええ、あなたにとって、良き街であれば私も嬉しいですわ」

 

 

 

誰もが見惚れる程に美しかった。



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マンチェスター①

まさかまさかのランキング入り。ありがとうございます!

お気に入り登録もしていただいて、感謝感激でございます!

わざわざ、お時間を取っていただいて、読んでいただいて誠にありがとうございます。

皆様の貴重なお時間を無駄にしないよう、頑張ります。


感想等、お待ちしております。


「美味いな」

 

心から出た感想だった。

 

ヨーロッパ風とでも言えば良いのか、それなりに様々な世界を旅したトオルとしても感心する様な調度品に囲まれ、住む人間の数からしたら過剰ではないかと思われるテーブルのサイズと椅子の数。

 

そのテーブルの席の一つに、比較的大きめの、とびきり美味しそうな、ハンバーグが頓挫していた。

 

ソースはデミグラス。備え付けの人参のグラッセ等も味は完璧。

 

トオルにとってはこの味付けは、米でいきたいところだが、成程、パンも悪くない。

 

久々の手料理に舌鼓を打っていると、奥から大柄の女性が現れた。

 

目の前のご馳走を作ったこの館の主。妖精騎士ガウェイン。

 

この國を取り纏めるら女王直属の騎士らしい。その名前に覚えがあるが、自分の知る物語の人物とは性別すら違っている。

 

初対面の時は無骨な鎧姿だったが、今は黒いドレス姿。

 

体のラインがきっちりと出るその服装は彼女の鍛え上げられた肉体と、女性的なラインをこれでもかと主張する。

 

正直なところ、目のやり場にこまっていた。

 

 

「どうかしら? 今回の出来は。――と、言うまでも無さそうですわね」

 

 

料理の感想は既に伝わっているらしい。

呆れた様な、少し嬉しそうな、そんな曖昧な表情を浮かべながらテーブルを挟んだ向かい側に座るガウェイン。

 

「ほら、口の周りが汚いですわよ」

 

そう言ってテーブルから乗り出しながら口を拭いてくれる彼女。

 

その行動に気恥ずかしさを覚え、色々と勘違いしそうになるが、これが彼女の性分だという事は、暫くの生活で把握していた。

 

体勢的に目の前の立派な物をどうしても視界に収めてしまうが、今は食欲を満たしている最中である事が幸いだった。

 

被りを振りながら、部屋力で食欲に舵を切る。今度は口の周りに気をつけながら、丁寧に、しかし食欲を抑える事無く、口に運ぶ。

 

頬をつき、嬉しそうに見つめる彼女に、誤解を抱きそうになるが、勘違いしてはならない。

 

――彼女には愛する人が既にいるのだから。

 

 

マンチェスターで世話になってから1ヶ月ほど。彼女のそう言った事情を教えてもらうくらいには、仲は深めていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

マンチェスターでの生活はなかなか良好だ。

 

彼女の言う通り、この街の妖精達はしっかりと教育されているのか、気紛れに襲いかかる様な事はしてこない。

 

一度酒場で襲われた事もあったが、相当に酔っていたらしい。

割と洒落にならない威力の攻撃が飛んできたが、トールにとってはそれこそじゃれているようにしか感じなかった。

 

その際、店主に相当に平謝りされたのもあり、まあ、酔った勢いでやらかすというのは妖精に限らず往々にしてあるので、気にならなかった。

 

 

このマンチェスターに世話になる上で、出された条件は周辺に発生するモースの討伐。

 

1日に数回、周辺を見回り、モースを見つけ次第、打ち倒す。

 

立場上、ガウェインはいつもマンチェスターに入れるわけでは無いのでその代わり。と言うわけだ。

 

妖精達にとって天敵のそれは、自分には一切害のない存在だった。

体質の問題なのか、妖精國でも珍しい存在である自分は、重宝されていると感じている。

 

何せモースは文字通り妖精にとって天敵なのだ。襲いかかられればひとたまりも無い。例え対応するのが牙の氏族だとしても万が一はある。

 

万が一という意味では、トオル自身にもその危険性はゼロではないのだが、教育は施されているものの、やはり生来の人間を見下すという性質が拭えない妖精にとっては、その万が一を人間が背負うのは行幸と言えた。

 

妖精達も、感謝の意を示す。と言うよりは、ガウェインによる教育や、居なくなったら困るから。と言う名目だろう。

友好的ではあったし、偶に獲物を見るような目で見られはしたものの、トオル自身は一切気にしていなかった。

 

 

今日も何事もなく、あったと言えばモースを一体倒したくらいか。この程度で住まわせてもらってるという負い目もなくは無いが、まあ、一応命はかかった作業なわけだし――とトオルは考える。

 

数日もすればガウェインが帰ってくるだろう。

 

それが。ここ最近の生活での楽しみだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

彼女の性格は、自分にとっては好ましいものだった。

 

忠義に熱く。妖精騎士を拝命した事を誇りに思っており。

まさしく、物語にあるような、良い意味での騎士らしさを体現し。

礼節は欠かさない。

 

生活態度もキッチリしており。騎士然としていると言うよりは上流階級の令嬢のような嗜みを備えている。

 

鎧を脱ぐと口調も変わり、それこそ典型的なお嬢様口調に様変わり。こちらが彼女の本来の姿なのだろうが、鎧の有無で性格を変えるその徹底ぶりからも彼女の真面目さを感じられた。

 

だらしない所のある自分には少し厳しいきらいがあるが文字通り叩き起こされても起きなかった時は口の中に剣を突っ込まれたものだ。

 

たまの休日くらい昼まで寝てても良いのでは無いかと口答えした時はクドクドと説教を食らった事は記憶に新しい。

 

そんな彼女は異世界、汎人類史の物語を好んでいるらしく。自分が持ち合わせている本を見せた時は大層喜んでいた。

 

そんな物語について語り合うのが日常で。彼女の、普段は見せない様なキラキラとした瞳を見るとらどんどん喋りたくなってきて。

 

そんな話をしているうちに、自身の異世界での出来事を『物語』として語っていくようになっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

彼の第一印象は最悪だった。

 

 

遠目から見ても奇妙な動きをしながらモースとじゃれあうという奇行を犯していた男。

 

そのままこちらへモースをけしかけてきた時は本気で首を刎ねてやろうと思ったものだ。

 

魔力もなく、体が特別に大きいわけでもない。鍛え上げられた肉体であるようには見受けられるがそれだけだ。

 

 

だがその男はこちらに襲いかかってきたモースを認識する間も無く、凄まじい速度で倒してみせた。その体捌きは、時間軸すらもズレているのではないかと見まごう程の速度で目で追うのすら困難だ。感心するほどの戦闘技術。自身とは違う強さ。ある意味では尊敬の念を抱くほどだった。

人の剣を勝手に奪ったのは如何なものかと思ったが。

 

鍛錬や経験に裏打ちされ、計算された戦闘技術。自身の知る猛者達に勝るとも劣らない。類稀なる強者だった。

 

彼は素直な人柄だ。言う事は素直に聞くし、納得できない事があれば臆することなく意見する。

その意見も的を得たものが大半で、自身の知見が広がっていく感覚もあった。

 

偶に出る子供の様な理屈で突っかかってくる時もあるし、少しだらしない所はあるが、それも可愛げの一種だろうと、思えるぐらいには好ましいと感じていた。

 

「その浮いてる島にはそれぞれ文化があって――」

 

特に彼に語ってもらう物語のお話が、楽しかった。

 

空の上に島があり、様々な種族があり、そんな島々を空飛ぶ船で旅をするワクワクするような話

 

空よりも更に上、宇宙や銀河を股にかけ、おちゃらけた集団がひょんなことから銀河を救う大役をこなしていくちょっとおかしな話

 

楽しいお話から悲しいお話まで、彼の知る物語は千差万別で、コロコロと表情を変えながら、まるでその登場人物達と共にいたかの様に語ってくれる。

 

彼の感情の籠った喋り方が、その表情が、その物語に多大なリアリティを生み出していく。

 

彼のそのお話は時には胸を熱くさせ、切なさに目尻に涙を浮かべてしまうこともあった。

 

同時に感心し、考えさせられたのは物語への視点だ。

 

妖精騎士である自分が拝命したガウェインというこの名前。汎人類史におけるアーサー王物語と言う本にて語られる英雄譚。

かの円卓の騎士達は自分の憧れだ。正しく生まれた存在で、正しく民を守る騎士として君臨する。

自分の様な●●とは違う本物の騎士。自分は彼らの様になりたいと思っているし、今もそうあろうと精進している。

 

彼も似たような本を持っていたらしい。

是非とも聞いてみたいと感想を求めたところ、帰ってきたのは自分が期待していることは違う答えで。

 

「なんて言うかさ、俺はこの話があんまり好きじゃなくて」

 

申し訳なさそうに。悲しそうに語り始めた。

 

「いや、ちょっとね。悪役のこの人があんまりにもあんまりで」

 

彼の言うこの人とは、魔女モルガン。この妖精國に君臨する女王と同じ名を持つ女性。

 

「そりゃ、まさしくやってる事は悪女! みたいな感じだけどさ」

 

アーサー王の敵としてブリテン崩壊の一端を担った悪役中の悪役。

 

「自分の親に捨てられて、最終的には後からポッと出てきた騎士王とやらに、自分自身でもある土地や居場所も奪われて、魔女だなんだと罵られてさ。俺だったら、そんなの耐えられない」

 

汎人類史の人間達程とは言わないが、妖精の中では物語と言うものに対して造詣が深いと自負する身としても、倒される悪に寄り添うその視点は不思議だった。

 

栄ある騎士について語り合う様な事はできなさそうだと少し残念に思いながらも、興味が湧いたので問いただす。

 

「耐えられないって……ちなみに、あなたが同じ立場だったらどうしますの?」

 

他意はない。その立場に耐えられないのであれば、彼はどうするのだろうかと。気になっただけ。

 

「俺だったら、ウーサーとマーリンをボッコボコにして、小物だの何だの馬鹿にしてる騎士達は全員裸にひん剥いたりとか?城壁に並べりゃ、素敵な装飾になるぞきっと」

 

なんともまあ、悪趣味な事を言うものだが、これは時折飛び出す彼なりのジョークだという事は理解していた。ただ――

 

「でももし、出来るんだったら、その世界を、世界を作った奴を殺しに行くだろうな――」

 

最後の言葉には、本当に世界を滅ぼしてしまうのではないかと、誤解してしまいそうになる様な。そんな狂気を孕んでいる様な気がした。

 

 

「ま、ようは悪役にも同情できる理由がある奴もいるってこと。そういう眼で見ると、あら不思議。ウーサーとマーリンがすごいクソったれに見えてくる。俺にとっては騎士の栄光と悲しき物語と言うよりはウーサーとマーリンによって崩壊する哀れなブリテンの物語って感じなんだけど――」

 

放心しているガウェインを見て何かを誤解したのだろうか。気まずそうに、目を逸らし、ポリポリと後頭部を掻き上げる。

 

「あー、悪かったよ。人の好きな物語にケチつけて」

 

怒っていると勘違いしたのだろうか。やらかしたと思った時、この男はだいたい後頭部をポリポリポリポリ。あいも変わらずわかりやすい。

 

「いえ、その、物語の人物だったら――なんて、しかも悪役側なんて、そんな楽しみ方なんてしたこなかったものですから、ちょっと驚いただけです」

 

軽く誤解を解きながら、そう、気になった事があったので質問を投げかける。これは、大いに他意がある質問だ。

 

「では、物語の悪役が、そう言った複雑な事情もなく、他者を食らい続けるよう作られた。そんな怪物だったら、やはりそれは悪なのでしょうか。あなただったらどうしますか?」

 

 

 

***

 

 

 

ちょっとズカズカ言いすぎただろうか。

 

モルガンの視点に寄りすぎた。個人的な感情を間伐入れずに語ってしまった自分に気恥ずかしさと、彼女への申し訳なさを覚えながら、様子を見る。

 

問いただしてみたところ、どうやら杞憂だったらしい。

 

いや、きっと多少は思うところはあったのだろうが、彼女の懐の深さに救われたのだろう。

 

彼女に内心で感謝を捧げていると、一つ、質問が飛び出した。

 

――自分が、他者を喰らう怪物だったら、理由もなく、ただそれを実行する役割となった怪物だったら。今の自分の価値観を抱いたままそうなったら。罪の意識などは感じるのかと。

 

 

そんな問いだった。

 

 

「別に、気にせず食べるよ。俺は」

 

そんなもの決まっていた。

 

「そうしないと生きられないんだろ?そんなもの食べて当然じゃないか。今俺が食ってるハンバーグと変わらない。まあ、この材料になった動物からすれば悪だろうが、少なくとも今この行動を俺自身は悪だと思ってない。だから俺は悪くない。どうしても悪者を決めたいのなら、悪いのはそう設定してそいつを作った創造主だ」

 

そう作られたのだからそういう行いをするのは当然だ。本人は至って悪くない。

 

「では、その食べる相手が愛するものであった場合は? 食べたくないのに食べてしまったりした後、絶望のあまり死にたくなってしまったりそういったことはありませんの?」

 

 

「そりゃまた……やけに穿った質問だなぁ」

 

 

なんとも意地悪な質問をするものだと、実はさっきの事を根に持ってて、その意趣返しだろうかと思いつつ。彼女を見返すと、その表情は真剣だった。

そんなわかりやすい表情をされたら、色々と勘ぐってしまう。

 

 

とりあえず、こちらも正直に応えるべきだろう。

 

 

「まあ、その時になってみないとわからないけど。どのくらい愛してたかにもよるだろうけど。やっぱり、責任を待って自殺するとかそういうのはしないと思う」

 

とある鬼の話だ。ある宗教の教祖であったそいつは、信者の皆と幸せになるのが努めだと言っていた。

人を食う鬼であるそいつにとって、死に恐怖する人間を救う方法は食べる事なのだと、食べる事で、その人間と共に永遠に生きていく事だと。それが救いなのだと。

 

そんな話を織り交ぜながら、説明していく。

 

まあ、食われる側がそれを望んでいなかったし有無を言わさずだったし、本気でそう思っているような感じでもなかったので、その鬼は紛う事なき悪ではあったが、捕食する側としての理論としては一理あった。

 

「さっきと同じだよ。食う必要がないのなら話は別だが、食うしかないのなら、本能みたいなものならそれは本人のせいじゃない。そういう本能を設定しといて、それを罪とする思考回路と倫理観を与えた奴がそれこそ悪趣味。俺だったら、やっぱりそいつらを許せない」

 

そうだ。そんなの本人にはどうしようもない。そんなコテコテの悲劇のスイッチを仕込むなんて、その世界の中の人間を娯楽程度にしか思っていない、糞ったれの考えそうな話だ。

 

ふと気づくと、ガウェインが口に手を当てながらクスクスと笑っていた。彼女らしい、上品な笑い方だった。

 

「あなた本当に……物語の登場人物が飛び出してきたみたい」

 

「……それってバカにしてないか?」

 

「いえ、事あるごとに世界が悪いと、創造主が悪いと……、まるで自分が物語の存在である事を知っている登場人物みたい。そういうお話もありましたでしょう?ほら、第4の壁を破るというーー」

 

世の中が悪いなんていう責任転換。そう言われるとまるで子供のわがままのようだ。クスクス笑う理由もきっとそこにあるのだろう。

 

自覚はあるが、面白くない。こうなったらと表情を作り手を腰に当てる。不機嫌のポーズだ。

 

そのポーズに気づいたのか、彼女は笑うのを止めた。ただその表情は未だ穏やかな笑顔のまま。

 

ひとしきり、そうやって楽しい会話を続けた後。

 

「その……ひとつあなたに話しておかないといけない事があります」

 

その表情を引き締めたと思えば、

 

突然、そんな事を言い出した。

 




・トオル


故郷の性質上、世界創造のロジックを知っている為、どうしようもないはずの世界そのものを軽い気持ちで批判する。それは世界を作り出したのが自分とそう変わらない存在である事を知っているからである。



・空の上に島:天井がある


・アーサー王物語(GOA風):モルガンびいきのまま読んでしまった為、いくら名前が同じだけの別人だとわかっていてもウーサーやマーリンが超嫌い。
アーサー王に対しては複雑な気持ち。
円卓の騎士も嫌い。特にモルガンを小物扱いした癖に不倫だのなんだのやってるランスロットとかもう……
という分けだけでは無く、とある理由によって、物語の登場人物への感情以上の物を持っている。


・とある鬼:弐番 滑稽だね馬鹿みたい。ふふっ貴方、何のために生まれてきたの?

・第4の壁:俺ちゃん。本人に会ったことはあるが、他の登場人物と動揺頭がおかしいとしかその時は思わなかった。世界を離れたからこそ、そういった事では無いかと感づくことができた。


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マンチェスター④

「ああああっ!!」

 

裂帛の気合いと言うよりは、まさに悲鳴だった。

バーゲストは剣を上段に振りかぶり、その勢いのまま叩きつける。

 

真正面からの堂々とした一閃。普段のバーゲストであればするはずの無い、単純な攻撃。

しかしその一撃は、並の妖精であればその余波だけでも吹き飛ぶような威力を誇っている。

 

その一閃を。男は横向きに交わしながら、その風圧を意に返さず。振り下ろされてる最中の剣の腹に拳を当てた

 

無防備な横合いからの軽い衝撃は、しかし、バーゲストの振り下ろしの威力を利用する形でその刀身を大きく弾く。

 

剣を手放すまではいかないものの、その衝撃に腕を持っていかれ、大きく体を開く状態になってしまう。

 

その無防備な胴体に男は右拳でボディフックを叩き込み、その鎧に衝撃を与える。

 

その威力はバーゲストの巨体を数メートル程吹き飛ばすが、鎧故に、彼女は無傷だった。

 

そう、彼女は全くの無傷。だが、その表情に余裕は見らない。

 

「なぜだ……何故こんな事を……」

 

その顔はまさしく絶望に染まっており、それだけを見るのならば、勝敗は決まっていた。

 

「答えろぉ!!」

 

 

獣のような慟哭。その声には悲しみが篭っていた。

 

 

 

 

 

その戦いを声が聞こえる程度の場所から見守る一団があった。

 

汎人類史からの来訪者。自身の世界を取り戻す為、5つの間違った歴史の世界。異聞帯を滅ぼして来た侵略者達。

この妖精國からしても倒すべき敵であるはずその者達は、とある事情により、その國の救世主を引き連れて、妖精國を救うべく渡り歩いている。

 

視線の先には、味方に引き入れようと画策していた女騎士が男に剣を向け、叫びを上げていた。

 

 

「あの男が下手人かねぇ」

 

 

その中の1人、赤髪を携えた武者風の若い男性が、その見た目に似合わない。年季の入ったような所作で、呟く。

 

先ほど見えたバーゲストと青年との殺陣。普段のバーゲストらしくない攻撃だ。彼女との戦いは困難を極めると考えていた自分達でさえ、容易に打ち取れると思える程に、単純な動きだ。とはいえ、その威力は並ではない。

余波でさえ、十分な威力を持ち下手なサーヴァントはもちろん妖精でさえ、タダでは済まない。

 

それを、ああも素手で容易に捌けるだろうか。

 

「状況からしたらそうだろうね。人間に見えるけど、今の動きを見たかい?」

 

応えたのは一団の中では最も年若く見える少女。10代にさえ届いてなさそうなその見た目に反して、やはり、その態度には、歳を感じさせない何かがあった。

 

「うん、なんというか、まるでサーヴァントみたいだった」

 

応えたのは20代程の青年。

こちらは年齢通りの雰囲気を感じ。人の良さそうな顔をしていた。

 

「魔力の類を一切感じない。身体能力を強化してるわけでも、特別な礼装を持っているわけでもなさそうだ。超強力な魔力隠しのような道具があるのなら別だけど……」

 

「他の異聞帯みたいに、汎人類史の英霊の生前の状態だったり、この國の英霊になりえるような人って事かな?」

 

「可能性はあるね。何にしても、動揺しているとはいえ、それでも特別な装備も魔術も使わないで彼女と戦えるっていうのはかなり異常だ」

 

会話を交えながら戦闘を見守る。確かに彼はどう見ても普通の人間だ。デニムのパンツに、ピザの絵が書いてある白いTシャツ。紺のジャケットを羽織っている。

 

汎人類史においては、よく見る華美に無頓着なただの若者だが、それがむしろ妖精國においては異常に見える。

 

どう見繕ってもあの格好に特別な礼装や武器が隠されているとは思えない。

 

そんなどこにでもいそうな青年たる彼はバーゲストの剣を素手で容易くいなし、その右拳による一撃は鎧こそ傷つけなかったものの、巨体であるバーゲストを吹き飛ばした。

 

「村正はどう見る?」

 

「さて、儂も本業は刀鍛冶。素手で大立ち回りをする奴なんざ、専門外だが――」

 

この中で、ああいった戦い方における知識は彼が1番マシだろうと判断したダヴィンチの問いかけ。

 

「あの坊主がそもそも強いってのは間違いないが、駆け引きの旨さが圧倒的だな。バーゲストも万全ってわけじゃあねえが、旨さがちげえ」

 

今一度、繰り広げられる攻防を見ながら、村正は感心したように答えた。

 

「そもそもアイツ、やる気がねえのか分からねえが、本気を出してねえみてえだからな」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

続く戦闘。

 

 

それを遠目で見ながら。

藤丸立香は、正直なところ、どう動いたものか、考えあぐねていた。

本来であれば、バーゲストの怒りの原因は明白だ。自身の領地の妖精や人間が皆殺しにそれた。そしてその惨劇を生み出したのはあの青年で、まさしく悪魔のような所業だ。

倫理的にも、信条的にも、彼女を味方に引き入れようという元々の目標的にも、バーゲストに味方したいところだった。

 

だが、彼らの戦場に向かう途中。その惨状を見た村正による、一つの分析が、その選択を容易には選ばせなかった。

 

『妖精をヤったのはアイツだろうが、人間をヤったのは多分、ここの妖精達だ。この死体達は昨日今日のもんじゃねぇ。大分前から痛めつけていた後がある』

 

それは、俄には信じ難い事実だった。今まで出会った妖精は皆純粋で、気の良い生き物達だった。

とんでもない目にあった事もあったが、それでも人間と同じで一部の者だけだと思っていた。

街一つの妖精全員がこのような蛮行を行うのは考えにくい。

しかし度々聞く戦いの歴史、時折思考の端で感じる違和感。その度にどこか確信を得る前に、その場を去ったり、話が変わったり。確証は持てなかったが、こんな事が起こったとしても、不思議では無い何かを感じていた。

 

人間を弄んでいた妖精達。その妖精達の死体。そして、加害者であろう男性。

 

想像できることは色々あるが、確証が持てない。

 

となると、カルデアとして、妖精國を救う預言の子一同としてとして、どちらにつけば良いのか。

 

これは当人達の問題であり、少なくとも今は介入するべきでは無いと言うのは村正の弁で、納得はしていた。

 

「アルトリア?ハベトロット?」

 

藤丸は、会話に混ざらなかった2人を伺う。金髪の少女「預言の子」アルトリアと、小さき妖精ハベトロットだ。

 

2人共、あの男の姿を見て以来、様子がおかしい。

 

アルトリアは、街の様子にアテられたのかもわからないが、顔色が悪い。

 

ハベトロットは何処か奥歯に物が挟まったような、何かを思い出しているような。複雑な表情だ。

 

彼に、心当たりでもあるのだろうか……

 

ひとつ聞いてみようと思った矢先に、向こうの方で動きがあった。

 

衝撃すらもこちらへ届く轟音。

 

バーゲストが再び、切り掛かっていた。

 

それと同時に、会話が聞こえて来る。

 

『何故だ、何故街の皆を殺した!!』

 

バーゲストが叫びと共に斬りかかる。

 

『別に、気に入らないから以外に理由なんてねーよ』

 

彼は横凪の一閃を、間合いから一歩引く事で避け、後ろに下がったその反動を利用し、間合を詰める。剣にとっては近過ぎる間合い。再び鎧に、今度は掌底を叩き込んだ。

 

内部へと響く衝撃に、バーゲストはたたらを踏む。その様子を一瞥し、彼は続ける。

 

『毎日毎日モース退治。ただでさえ退屈だって死にそうだってのに、この街の妖精は感謝もしない、敬いもしない』

 

『弱肉強食?強い者が弱い者を保護する?そんなクソみたいな綺麗事がそもそも気に入らない。その教育のおかげで、俺がモースを退治するのは当然だなんて思ってやがる。モースに強い俺がモースに弱い妖精を守るのは当然だってな。その癖、人間として見下すような目で見るしな』

 

『俺はな、バーゲスト。お前みたいに、無償で何かを守って当然。みたいなお綺麗な考えが死ぬほど嫌いだし、それを強要されんのも腹が立つんだ』

 

『今までは飯を食う為に我慢してたけどな。

戦争が起こってお前がいなくなって、飯の種が消えたなら、ここにいる必要もねぇ』

 

『ま、人間も、妖精も殺してやったのは、最後のストレス発散ってやつだ。なかなかスッキリしたよ』

 

聞くだけなら酷い話だ。善意のカケラもない。

微塵も止まらぬ物言いに、バーゲストが震えているのが見える。顔は俯き、表情は見えないが、ダメージを受けていないにも関わらず。剣を杖にしなければ立てない程。憔悴しているようだ。

 

 

 

「嘘……」

 

その様子を見ていたアルトリアが初めて声を出した。

 

「アルトリア?」

 

立香が案じ顔でアルトリアを見る。

 

「言ってる事、殆ど嘘だ」

 

「ま、そういうこったろうな」

 

アルトリアに続いたのは村正だ。

 

「人間をヤったのは間違いなく妖精達だ。少なくともあの坊主の仕業じゃねぇ。前に小耳に挟んだろ。バーゲストの街は争いがねえってな」

 

そういう風に街を作ったんだろう。人間にとっても、妖精にとっても安全な街を。

そして騎士たる彼女ならば、そう言った街のあり方を、きっと誇りにしているだろう。

 

「そん中で、実はこっそり街の妖精が裏で人間を嬲り殺しでたなんて知っちまったらバーゲストはどうなるだろうな」

 

「そうか、彼は妖精の蛮行を発見してしまったのか」

 

続くダヴィンチの言葉にハッと気づいた様子の立香が再び会話を続けていく。

 

「だから妖精達に襲われて……?」

 

「そういうこった。奴さん、バーゲストを傷つける気は一切ねえみてえだからな。まあ、わざわざ自分を悪役に据えたのは上手いとは言えねえが。さっきのさっきまで複数の妖精と切った張ったをやり合ってたんだ。咄嗟に思いつかなかったのかもな」

 

「そんな……」

 

それでは、余りにも悲しすぎるではないか。彼女の為を思ってとはいえ、自分自身を恨ませるなど。

 

「さて、本当の理由は分からねえがな。正当防衛ってやつとは言え、妖精達を殺したのは事実だ。その責任を感じてって可能性もあるし。もっと別の理由かもしれねえ」

 

「そうなると、ますますあの戦いに介入はしにくい。彼は擬悪的な行動をする程までに彼女に真実が知られるのを嫌がってる。彼らの戦いを止めたところで、私達が横槍をいれた所でどちらにとっても利益にはならない」

 

「そういうこった。俺達が邪魔して良い領分じゃねぇ」

 

「それは……そうだけど」

 

本当に何もできないのだろうか。何か、彼らに自分達がしてあげられる事はないのだろうか。

 

例え終わってしまう世界だったとしても、今目の前にある悲劇を放っておくのは嫌だった。

 

「待って!何か様子がおかしい。この魔力——」

 

思考の闇に嵌っていた時、ダヴィンチの言葉に、意識を戻す。

 

そこには、バーゲストがいたその場所には――

 

あの時の、ノリッジの時と同じ。

 

形は違う物の――

 

厄災と呼ばれる極大の呪いの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが絶望に染まっていた。

 

『ま、人間も、妖精も殺してやったのは、最後のストレス発散ってやつだ。なかなかスッキリしたよ』

 

頭がおかしくなりそうだった。

 

 

この世界が間違った歴史であるという事実。妖精を守らぬと宣言した女王への不信。カルデアから持ち出された甘い誘惑。

今この時、普段よりも情緒の不安定だったバーゲストにまさしくとどめを刺すような、事態だった。

 

街の妖精が全ての人間が皆殺しにされた。最も信頼していた男に。友だと思っていた男に。

 

頭が痛い。

 

頭の中で何かが引きちぎれそうだ。

 

そうだ、トオルは、アドニスはどうしたのだろうか。

 

やはりトオルに殺されてしまったのだろうか。

 

愛しき恋人アドニス。

 

私の話を楽しそうに聞いてくれた。

 

花を見せた時の彼の笑顔に心がとろけそうだった。

 

彼といると、自分が獣ではないと感じることが出来た。

 

愛する者を■■してしまう自分を、否定してくれる存在で――

 

私が◾️◾️る必要のない存在で――

 

 

 

 

 

 

アドニス、アドニス。愛しき恋人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふと、頭の中で、ぶつりと、何かがちぎれた音がした。

 

瞬間、あらゆる情景が頭の中をかけめぐる。

 

アドニスとの逢瀬が、煌びやかな思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 

ふと、そのそう思い出の羅列の最後に、見逃せない情景が浮かび上がった。

 

目の前で、ベッドの中で、こちらを敬う様な視線を向ける彼。

 

自分はその愛おしさに、心躍るようだった事を覚えている。

 

 

 

 

そして私は愛おしさのあまり――

 

 

 

 

「ああ、」

 

 

 

――思い、出した。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああ――!」

 

 

――私は、アドニスを

 

 

最愛のアドニスを――

 

 

 

 

 

 

 

既に捕食してしまっていたのだ――

 

 

 

 

絶望と共に、思考をかけ巡らす。

 

 

(わかっていた)

 

 

マンチェスターの今の様子。

 

 

(わかっていたのだ)

 

 

弄ばれた人間の死体。

 

 

軍人として戦いを幾度も経験し、妖精の所業を目の当たりにして来た。

だから死体の様子で、どういった事が起こっていたかはわかるのだ。

 

少なくとも、マンチェスターの人間達を誰が殺したかはわかるのだ。

 

そして、今までの交流に嘘がなければ、何故目の前の男が妖精達を殺したかはわかるのだ。

 

 

――なんて醜い

 

 

「おい、バーゲスト?」

 

先ほどまで死闘を演じていた目の前の男が、訝し気に心配そうに声をかけてくる。とても、先程のような理由でこのような所業を行うようだとは思えない行動。

 

 

あぁ、ほら、やっぱりだ。

 

彼はやっぱり私の為に嘘をついていたのだ。

 

それに気づかず、いや、気づいても、尚自分をごまかす卑しい妖精である自分。

 

恋人を食べてしまった卑しい獣である自分。

 

きっとそんな自身の本性を見抜いていたのだろうか。従う振りをして、裏で人間を弄んでいた妖精達。

 

――滅ぼさねば

 

一つの意思が、呪詛のように頭を浸食していく。

 

――醜い生き物を滅ぼさねば

 

 

それはもはや抗いようがなかった。

 

 

――妖精國を滅ぼさねば。

 

 

トオルへの謝罪も、アドニスへの謝罪すらも、その意思の前に、すべてが染まっていった。

 




トオル
バーゲストに真実を知って欲しくなかったが、下手を打つ。もっと上手いやり方があったんじゃないかと思いつつ。ヘイト先を調整して、せめてアドニスのことは隠し通そうとしたが、結果的に意味はなかった。

バーゲスト
色んな事があってぐるぐるしてる時に、信頼していた男によって街が滅び、情緒不安定。記憶の中のアドニスに縋っていたら、あまりのアドニスへの愛に記憶を取り戻す。軍人だし監察能力はあるかなぁと。結果、真実も取り戻す。


藤丸立香達

今の所は解説役



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マンチェスター②

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そろそろだとは思っていた。

 

そろそろ自分の秘密を話さねばと思っていた。

 

自身の秘密。本当の名前。

 

「黒犬公」バーゲスト

 

他者を喰らい、その異能を吸収する。

 

愛したものを食べてしまう衝動を持つ怪物。

 

 

バーゲストの目の前には、自身の作った料理を美味しそうに食べる青年、トオル。

 

 

料理に夢中なのだろう。口元の汚れに気づかないまま、ガツガツと食べるその姿に嬉しさを感じる。いつもそうだ。彼はいつも自分の料理を美味しそうに食べてくれる。

 

 

今の自分の腹の中には、ファウル・ウェーザーという大妖精で満たされているが、その衝動がどう向けられるかは予測できない。

 

今の自分には『アドニス』という愛する人間がいるが、それとはまた違った意味で、彼に惹かれている事は確かだ。

留守にする事が多いとはいえ、住居を友にする身。

故に、アドニスに対して抑える事が出来ているものの、いや、抑える事ができているが故にこの衝動がいつ彼に向くかも限らない。

 

だから、危険がある以上、彼には説明しなければならない。

 

妖精騎士として、何よりあの物語の騎士達のように、誠実であろうとするならば、説明するのは当然だ。

 

ただ、この事を話したら、拒絶されるのではないかと。ここからいなくなってしまうのではないかと、それが、その事が、彼を捕食してしまう以上に恐ろしかった。

 

配下である妖精達とも違う。使えている女王とも違う。同僚である妖精騎士達とも違う。

 

対等で、友人のような関係の同居人。外の世界からのお客様。

 

彼との絆が壊れるのが怖かった。

 

だから、いつもの物語に対する語らいの中、そのきっかけが訪れたときも随分と回りくどい事をしてしまった。

 

彼を、アーサー王の物語での解釈の話を聞き、悪役に理解を示そうとするその姿勢に、つい、例えとして、自分の話をしてしまったのだ。

 

どういう答えが返ってくるかと期待と不安でいっぱいだった。

 

『そんなものーーそういう風に作った世界だの創造者だのが悪いだろ』

 

答えは、それこそ、彼らしいような世界への完全なる責任転換だった。

 

彼はいつもそうだ。世界や自分を生み出した存在を、まるで身近な物であるかのように語りだす。

 

そして物語の話をするといつも言うのだ。悪いのはそいつじゃない。そう設定した世界が悪い。

 

それは、一見酷い理屈のように見えるが、

 

愛する者を捕食してしまい、あまりの絶望に自決しそうになった自分にとっては、一種の救いであるかのように感じられた。

 

だから――そう、このタイミングだと思った。

 

彼ならきっと受け入れてくれると、そういう確信があった。

 

自身を奮い立たせ、いざ話を切り出す。

 

「その……ひとつあなたに話しておかないといけない事があります」

 

こちらの気迫を感じたのだろうか。

 

ここ最近なかった珍しく真面目な表情に一瞬面食らったが、話を続ける。

 

「ガウェインというのは、女王陛下から妖精騎士としていただいた名前ーー」

 

「『バーゲスト』他者を喰らい、その糧とする怪物、それが本当の私なのです」

 

 

 

***

 

 

 

 

ついに、ついに明かした。自身の正体を、怪物である事を。

 

果たして受け入れてくれるだろうか。拒絶されるだろうか。

 

恐る恐る、彼の反応を伺ってみると。

 

「いや、まあ、ごめん。なんとなく気付いてたけど」

 

そんな、台無しな事を言い始めた。

 

「んなっ……」

 

狼狽してるうちに彼は続ける。

 

「いやだって、その事って街の妖精達は知ってるんだろ?口外しないよう言ってるわけでもなさそうだったし。普通に会話を聞いてたら何となく気づけるし……」

 

そう言われればそうだった。「黒犬公」と異名がつく程に自身の衝動は有名だ。口止めでもしてない限り、どこかでその話が漏れるのは明白だ。

 

なんだそれは、さっきの決心はなんだったんだ。

 

「それに、さっきの例え話。露骨すぎる。明らか自分の事じゃないか。そういう時は『これは友達の話なんだけどぉ』って言うのが鉄板だよ」

 

やめて欲しい。もう、恥ずかしいからやめて欲しい。

 

「兎も角!」

 

「無理やり話を切ったな」

 

黙りなさい!

 

「その、知っていてあなたはここに住んでいらしたの?あなたを食べてしまうかもしれないんですのよ?」

 

そうだ。そこが重要だ。この身たるは、妖精や人間に限らず食べてしまう卑しい獣。

 

そんな危険な存在と何故寝食を共に出来るのか。

 

「なんだ、俺のこと食べたいと思ってるのか?」

 

「いえ、そんな事は……ありませんが、多分」

 

「たぶ……」

 

それは、どうだろうか。今は食べたいとは思わないが。今後どうなっていくかは保障できない。できる自信が無い。

 

 

「まあいいや。それなら、1個俺の秘密を話さないとな。というかこの間まで忘れてたんだけど……」

 

そう言われて、バーゲストは慌てふためく。流れが急だ。そんな急に秘密を明かそうと言われても、心の準備が出来てない。

 

「そんな大したことないじゃない。いつも俺が話してる物語あるだろ? 実は、あれ全部本当のことなんだ」

 

それは結構とんでもなく大した事ではなかろうか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

彼女、バーゲストが明かしてくれた秘密。

 

自身が妖精を、人を喰らう怪物だという秘密。

 

彼女の言う愛する者を喰ってしまって自害したくなる云々の話は、体験談なのだろうか。だとしたら、本当にクソったれだ。

 

何も考えず、喰らうだけの怪物だったらまだ救いがあったのに。創造主は、この世界の神様は、彼女にその本能を、宿命を、罪とする思考回路を与えた。

 

怒りがふつふつと湧き上がってくる。彼女がその真実を話してくれた時、この激情を隠すのに必死だった。

 

気にしてないと、恐れてなど決していないと、どうすれば伝わってくれるだろうか。

 

バーゲストの不安そうな表情が見える。

 

どうにかして、彼女を安心させてやりたい。

 

その一心で、自分の言葉を、知識を、経験を捻り出す。

 

 

「俺は、この世界とも違う。バーゲストが言ってる汎人類史をとやらとも違う。もっと外の世界から来たんだ」

 

「ちょっと、待ってください!! じゃあ、なんですの? その、怒ると緑色で筋骨隆々な男性になるっていう人間とか、空の世界にいる角が生えていて男性全員が筋骨隆々な種族とか、他にも他にも筋骨隆々な男性が本当にたくさんいるって事ですの!?」

 

「興味が偏りすぎだろ……」

 

興奮した様子に少し安心した。ある程度、不安は解消されたようだ。

 

 

「俺は色んな世界を旅してきた。色んな奴と会ってきた。変な奴もいたし、嫌な奴もいたし、立派で、尊敬できる奴も沢山いた」

 

 

本当に色んな世界と色んな人と人じゃない奴と出会った。そんな人達と比べても、バーゲストは凄く真面目で、義理堅くて。

 

「そんな人達と比べても、君は、バーゲストは、凄く立派で、良い奴で……それで、えーと」

 

ダメだ。言葉が出てこない。

 

「それで……なんですの?」

 

「兎に角!」

 

「無理やり話を切りましたわね」

 

気を取り直して、続ける。

 

「君はその、立派な騎士で、尊敬できる人だ。俺は君を信頼してる」

 

「だから、君なら耐えられるって信じてる。現に2か月たっても俺を喰ってないのがこの証拠だ。だから、君を信じてる。気にしてないよ」

 

彼女に伝わるだろうか、彼女の力になれるだろうか。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

こんな拙い言葉でも、笑顔で感謝をしてくれる彼女に、幸せな結末が訪れる事を願いたい。

 

誰かを捕食すると言う業に負ける事なく、このまま、穏やかな日々を送って欲しい。

 

その為に自分は何でもしようと心に決めていた。

 

「まあ襲われたところでぼこぼこにし返せる自信もあるし」

 

「——台無しなんですけれど」

 

 

 

 

 

 

その願いも、その決意も、叶えられる事は無い。そもそもその願いはとっくの昔に終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

もう一つある彼女の事情。アドニス。彼女曰く、体が弱く小さい為、強いものを捕食しようとする自信の本能に限りなく遠い、人間の恋人。

 

体に障る可能性があるからと、今の今まで案内される事は無かったが、近々、大きな戦争が起こるらしい。その間暫く離れる事が多いという事もあるので世話をして欲しい。という事だった。

 

開かずの間だったその扉をバーゲストは開け放つ。

嫌な予感がした。思えば、話を聞いた時から違和感はあった。今までも数日ほど家を空けることが多かったバーゲスト。

その間、彼の世話はどうしていたのだろう。ただでさえ体が弱いらしいアドニスを放っておいたのだろうか。そういう疑問を抱えたまま。室内を除く。

 

 

 

 

――そこには、誰もいなかった。

 

 

 

部屋の中心にある天蓋付きベッド。アドニスが眠っているだろうそこに人間の姿は無く、代わりに、夥しい量の血の跡があるだけだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。

 

 

 

 

 

 

マンチェスター周辺。

 

トオルがバーゲストに仕事として与えられたモース退治。

何時もより数の多いそいつらを、感情のまま殴り、蹴り、たたきつける。

貫かれる拳は触れずともその衝撃破と摩擦による熱風で対象を破砕し、振るわれる蹴りはそのあまりの鋭さに剣で切断したような後を残す。

上から叩きつけられた掌底の後は、クレーターを作り、爆弾でも爆発したようだった。

 

 

 

 

 

 

――何が信用しているだ、何が尊敬してるだ。

 

 

何にも知らないくせに、彼女の本能を、彼女のどうしようもない(さが)を、自分は軽く見ていたのだ。

 

彼女は、自身が愛した人間、アドニスを食べてしまった事を完全に忘れていた。

それどころか、彼女はまるで洗脳されているかのように、未だにアドニスがいると思い込み、部屋に入るたびに、一人芝居をしていた。

彼女がアドニスの部屋から出ていく瞬間のあの表情。

眼からは光を失っており、生気を感じられなかったが、その笑顔は見た事も無い程幸せそうで。

しかし笑顔はまるで仮面が張り付いているようだった。

 

その姿はあまりにも痛ましくて、以前別の恋人を捕食してしまった時、自決をしかけた事があったらしいのだが、ある意味そちらの方がマシだったのではと思うほどに、救いのない事態だった。

 

今の事態が正しいとは思わない。

眼を覚まさせてやらなければと思う。

だが仮に、何らかの方法で今の彼女を目覚めたとしても、アドニスを食べてしまったという事実に彼女が耐えられるとは思えない。

 

 

 

 

自分は今、あまりにも無力だ。

 

 

 

 

 

モースの討伐が終わった。

彼にしては珍しく。息を乱していた。

自身の無力感への苛立ちが必要以上に無駄な力を使わせ、体力を消費させていた。

 

戦闘が終わっても尚、気が晴れない。戦闘への警戒が拭えない。

普段より殺意や死の気配というものに敏感で、マンチェスターに帰った時もその感覚のままだった。

 

だからだろう、マンチェスターの中から感じる『死』の気配に気づいたのは。

 

 

――ダメだ

 

ふと、近くにあった納屋へと近づいていく。

 

――今はそんな場合じゃない

 

近づけば近づくほど、今まで気づかなかったのがおかしいと思うほどに血の匂いと肉が腐った臭いが漂ってくる。

 

――放っておけ

 

納屋を開けた。

 

 

 

 

 

 

中には、散々に弄ばれた。夥しい量の人間の死体があった。

 

自身の知る妖精國には珍しく、自身の本当の故郷においては日常的な風景だった。

 

だからだろうか、トオルの頭はひどく冷静で、背後からこっそりと近づき、その爪を突き刺そうとしていた妖精に気が付いた。

 

背後から振るわれるそれを、体制を変えるだけで、見ることもなく回避し、振り向きざまにその右手で牙の氏族の首を絞めつける。

 

「ぐぅっがァ!!」

 

足が空中に上がり、苦悶の声を上げる牙の氏族の妖精。その声を合図に、周辺から他の妖精達がワラワラと集まってきた。

 

 

「見られた!見られた!」

 

「まずいぞまずいぞ!」

 

「バーゲストの新しいおもちゃに見つかった!!」

 

 

「――おい」

 

 

地獄の底から響いてきたような声がトオルの喉から発せられ、右手の妖精を地面に叩きつける。

 

その爆音に、騒がしかったその空間に静寂が訪れた。

 

 

「これはなんだ?」

 

 

彼の殺意の籠った問いに、妖精達は彼の怒りを感じていないのか、人間という存在故に見下しているからなのか、これまた楽しそうに騒ぎ始めた。

 

 

 

「なにって領主サマのマネゴトさ!」

 

「マネゴト?」

 

「そう!お屋敷の奥で見たからね!いつも隠れて見てたからね!」

 

その言葉に一抹の不安を覚える。

 

そうか、こいつらはつまり――

 

「楽しい楽しいオママゴト。素敵な素敵なモノガタリ」

 

「毎日とっても楽しそう!ボクらもマネをしただけさ!」

 

 

バーゲストがアドニスを――

 

 

「あんなに優しくしてたのに!あんなに大切にしてたのに!」

 

「バーゲストは食べちゃった! 屋敷の奥で食べちゃった!」

 

「すっごくすっごく面白かった!だからボクたちもやったのさ」

 

 

喰ったところを見てしまったのか――

 

 

「ところでところでどうしよう!」

 

「見つかっちゃった見つかっちゃった!」

 

「バーゲストに告げ口されたら大変だ!」

 

「そうだ!口を封じてしまおう!」

 

 

まったく本当に最悪だ。

 

 

「口を取る!?」

 

「いや、殺してしまおう!!」

 

「バーゲストのおもちゃを横取りだ!」

 

「そうだ!おもちゃは全部皆殺しにして。こいつの仕業って事にしてしまおう」

 

「そうすれば、新しいおもちゃがきっと来る!!」

 

襲い来る妖精達を一瞥し、反撃に移る。

 

なんの事はない。妖精を邪悪だとも思わない。怒りなども湧いてこない。

 

この程度の殺戮。歴史を辿れば、人間の方がえげつない事をよっぽどしてる。

 

無限城の人間など尚更だ。

 

きわめて冷静に、今後の展開を思考する。

 

加減して気絶させて、反省させる?

 

――無理だ。妖精達は、体の構造からして人間と違う。それこそ致命傷を与えねば大人しくはならない。そもそも殺さずに仕留められる程弱くはない。

 

ありったけの殺気で恐怖を与える?

 

――これも無理だ。根本的に人間を見下しており、そもそも恐怖という感情が本当にあるのかすら疑わしい彼らに、人間である自身の威圧など、意味がない。

 

妖精達は興奮しきっている。自分が無抵抗でなぶり殺されるか、襲いくる妖精達を殺すことでしか、この場は収まらない。

 

遠くにいる興奮した妖精が人間達を殺し始めた。今のトオルでは彼らの面倒を見る事もできない。

 

 

――なんて、無力。

 

 

自分が来なければ、バーゲストは幸せな夢を見たままでいられたのかもしれない。

 

妖精達の蛮行に気づくことなく、表面上はおだやかな日々を送れたのかもしれない。

 

大人しく妖精に殺される事で事態は好転するとも思えないし、そもそも自決をする勇気も持ち合わせてはいない。

 

だからこそ、今できる最善の道を模索する。

 

悪魔のごとき妖精達の集団の中心に、無限城の『悪魔(ディアブロ)』が降臨した。

 

この場に正義など存在しない。

 

悪魔同士の殺し合いが始まった。

 




・トオル
良い事言ったつもりだが軽く考えすぎていた愚か者。



・バーゲスト
トオルに対しての感情は、今は、愛にはなりえない。何せ、最愛の『アドニス』がいるのだから。経緯はどうあれ、命をかけて彼女への愛をささげた『アドニス』には、トールはもちろん、藤丸立香でも勝てはしない。


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マンチェスター③

色々と区切故に今回は短めです。すいません。
バランス良く書いていくのはやっぱり難しいですね。

モルガンを救いたいとか言っておいて。

全く出て来なくてすみません。

でも、本当の意味で救うには、モルガンだけじゃきっと足りないのじゃ(´;ω;`)

展開等々大分遅いと反省しております。

お付き合いいただければ幸いです。

ご意見、ご感想お待ちしております。

誤字報告、評価、お気に入り登録、誠にありがとうございます。

励みになります。


バーゲストは、マンチェスターへの帰路を急ぐ。

 

ウェールズの森での一連の騒動。予言の子との交渉。揺らいでしまった女王への忠心。

 

色々な事が重なって、色々な事を考えねばならなかった。

 

マンチェスターの住人の為、アドニスの為、そして彼の為、自分のするべき行動を模索する。

 

女王は大厄災など対処しないと、妖精達が死んだところで問題はないと、豪語した。

預言の子一同はマンチェスターの住人であれば救う事ができるとも言っていた。

本来であれば、予言の子一同に肩入れするべきなのだろう。自身の守りたいものを守るためには、それが最善だ。

 

だが、以前に話した彼の、‘視点‘の話を思い出す。どう見繕っても悪としか思えない女王の発言。

彼女はいつも言っていた。妖精を救わないと。だが、その発言の割に、その政策に一抹の慈悲を感じるのもまた事実。妖精を毛嫌いしながらも、発展を許すこの矛盾。

 

(早くトオルに会いたい。早くトオルの話を聞きたい)

 

彼女が何を考えているのか、自分では及びもつかないが、彼ならば、女王と同じ名前の悪役である彼女を、かわいそうだと、ただの悪ではないと、理解を示そうとした彼ならば、何か、最善の道を選ぶことが出来るようなヒントをもらえるかもしれないと思っていた。

 

マンチェスターが見えてくる。自身の領地。馴染みの街。いつもの帰り道から見える。いつもの光景。

 

しかし、遠目に見ても、ハッキリと感じるほどの異常が、起こっている事を察知した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、これは……」

 

 

 

 

 

 

そこは地獄だった。

 

妖精も、人間も、ところ構わず殺されていた。

 

人間の死体には至る所に刺し傷があり、内臓が飛び出ており、弄ばれた後がある。

 

妖精の死体もあった。鮮やかに急所を決められ、一撃で沈んでいる物もあれば、そのまま放り投げられ壁に叩きつけられたのだろうか、壁に張り付いたまま、体が弾けている物もあった。

 

妖精達の手には武器があり、その武器には夥しい血液が付着している。

 

その全てが、マンチェスターの住人だった。

 

(何者かがマンチェスターに攻めてきたのか)

 

バーゲストとて、妖精騎士ガウェインの名を着名し、幾度も妖精國を守り通してきた軍人だ。それも今は戦争中。どこかの妖精が攻めてきた可能性もあれば、預言の子一同という可能性もゼロでは無い。こんな事態が起こるという可能性をどこかで予想していたからだろうか、この惨劇を見ても尚、冷静さは失ってはいない。

 

(一先ず、生存者を探さねば。そう、まずは、トオルとアドニスだ――!)

 

彼ならば、彼程の強さならば、他の妖精や預言の子一同等にも遅れは取らないと信頼している。そのトオルにアドニスを任せてきた。

だからこそこの事態でも2人は生きていると言う確信があった。

 

 

予想通り、自身の屋敷に近付けば近づく程死体の量は減っていっており、ここまで戦果が広がってはいない様子だった。

 

バーゲストの屋敷の前、そこに人影があった。それが探していた男、間違いなく探している彼だ。

 

 

一瞬、安堵の溜息を吐きながら、彼に近づいて行く。そして、様子が分かるほどに近付いて、気付いた。

 

 

彼の体は血塗れだ。こんな事があったのだ。そう言う事もあるだろう。彼自身に怪我はないかと全身に意識を向ける。そして見てしまった。見つけてしまった。なるべく気付かないようにしていた。

 

そして、彼の手にある物体が、ひとつの可能性を導き出す。

 

彼の手には、引きちぎられた妖精の首があった。

 

軍人としての冷静な思考が様々な可能性を浮かび上がらせて行く。

 

そう、今は戦争中。だから街が襲われるという事態もあるだろう。だが、気付いてみれば、死体の全てはマンチェスターの住人だけだった。

 

外から何かが来た形跡は一切なかった……

 

つまり――

 

「とお、る? お前は、何を……」

 

 

「あぁ、もう来たのか……」

 

 

ポイと、なんて事のないように手に持った妖精の首を放り投げ、見た事もない冷たい眼でこちらを睨み付けていた。

 

 

「これ、は……」

 

 

信じられない。

 

 

「トオル、貴方が、街の皆を――アドニスは――?」

 

その問いを絞り出す。

 

――嫌だ、お願い。

 

違うと言って――

 

 

 

この惨劇は街の外から来た何者かの仕業だと言って欲しい。

 

体が震える、息が荒くなる。何かの間違いであって欲しいというバーゲストの願いは。

 

 

「ここに、こうして俺がいる事がその答えだろう?」

 

 

終ぞ叶う事は無かった。

 

 

ふつふつと、悲しみと怒りがその体にこもって行く。

 

 

 

「バーゲストさん!!」

 

 

後ろから人の気配。この声は、きっと預言の子の仲間、彼らだろう。

 

この惨劇を見て、慌てて来たことが伺える。

 

女王を裏切るよう交渉に来たのだろうか。

 

そういえば、その件について、目の前の彼に相談を持ちかけようと思っていたが……

 

最早、どうでも良かった。

 

「ああ、ああああああああああーっ!!」

 

剣を構える。足に力を入れる。体全体に魔力をこめる

 

本来のバーゲストであれば、崩れ去っていただろう。立ち上がれなかったかもしれない。あるいはその衝動に従って彼を食い殺しに行ったのかもしれない。

 

だが、この街の領主としての責任が、妖精騎士としての矜持が、彼女に剣を取らせ、前に進ませる。

 

領主として、騎士として、目の前の下手人を斬らねばならないと思考する。

 

領主として、騎士として、この街を害した悪へと斬りかかる。

 

目の前の男は構えすらせず。自然体のままにこちらを見ていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「なんで、一体こんな事に…」

 

もはや、街としての体裁を保てていないマンチェスターに彼らとは別の集団が降り立った。

 

彼らはカルデア。正しき時代、正しき世界。汎人類史から来た侵略者。

 

自身の世界を巻き込んだ滅亡が、この妖精國にて巻き起こると察知し、訪れた。

 

今までの異聞帯とは違う。終わりの決まったこの世界。どうせ自爆するのだから、滅ぼす必要の無い世界。その救いのない世界に、その滅びに、自身の世界が巻き込まれない為、そして、その世界にせめて一抹の救いをと、圧政を敷く女王モルガンの打倒を目指し。今は予言の子と言われる少女と、救世主として、妖精國を巡っていた。

 

女王打倒のその過程で、妖精騎士ガウェインと戦い。そして人となりを知った。

 

自分たちの知るカルデアの英雄達に勝るとも劣らない、誠実な気概。騎士然とした彼女は、女王の圧政を良しとはしていない様子で、こちらの味方に引き入れることが出来るのではないかと思える程度には、心を許していた。

 

だから来た。改めて、彼女の助力を得る為に、彼女の力を借りる為に。彼女が収めるこの街にやって来たのだ。

 

 

だが、今はまさしく不測の事態だった。

 

街の妖精や人間は惨たらしく殺されており、生きている生物は皆無だった。

 

周辺を探索すれば、納屋の中には弄ばれて殺された人間達の死体が積み重なっている。

 

妖精達の死体は、鮮やかに鋭い一撃で殺されている物もあれば、強い力で叩き潰され、その衝撃のあまり乱暴に体そのものが吹き飛んでいるような物もあった。

 

 

「こりゃあ、1人の仕業じゃねえな」

 

 

周辺を観察し、一息ついてから男、村正が呟く。

 

 

「人間を殺した奴と、妖精を殺した奴は別もんだ」

 

「じゃあ、軍隊か何かが攻めて来たのかな、まさか、バーゲストの事に気付いた女王軍が……」

 

村正と会話を始めた20代程の青年――藤丸立香。

 

彼も同様に惨劇を目に焼き付けながら村正へと問いかけ、一つの可能性を口に出す。

 

村正は妖精の持つ槍を観察し、納屋を交互に見ていた。

 

「村正?」

 

「下手すりゃ人間の方をやったのは――」

 

村正がその推理を言い切る前に、凄まじい程の魔力が奔流するのを感じ取る。これには覚えがあった。

 

「多分バーゲストだ!」

 

一際小さい少女、レオナルドダヴィンチが声を上げた。

 

「下手人を見つけたのかもな……」

 

「行ってみよう!」

 

藤丸立花の合図を気に。その現場へと走り出す。

そんな中、カルデアの者達と共にいた1人の少女が、その場で立ち尽くしていた。

 

「そんな……何で……こんな事……無かったのに…」

 

呟いた少女の言葉に応えるものはいない。

その呟きが空へと消えた後、一拍遅れて、彼女も彼らに続いていった。

 




・トオル:マジでこんなに早く来るとは思ってなかったのでめちゃめちゃ焦ってる。

・バゲ子:正義の騎士として、悪を斬らねばならないと自身を奮い立たせる。しかし、ショックすぎてしんどい。最愛のアドニスを託せる程に信頼したのに。

・カルデア一同:通り掛けにちょっとお話しようと思っただけなのに…バトルはあるかもとか思ってたのに惨劇が起こってるとは思ってなかったよ。


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バーゲスト①

お読みいただきありがとうございます。

今回から、一応は伏せていたクロスオーバー先の諸々を明確に登場させますので、その作品のタグを追加しました。


そして、ご意見、ご感想、評価、誤字報告など、度々ありがとうございます。

励みになります。


変わらずご意見等いただけると幸いでございます。


突然だった。

 

襲い来る住人達。

 

食い殺されていたアドニス。

 

どうにかして彼女を傷つけないよう。色々な裏工作をするはずだった。足りない頭で色々考えようとしていた。

その為ならば、どんな悪行もやっても良いと思っていた。

 

ただ、色々な事をこなすには、バーゲストが来るのが早すぎた。

 

だから、あの選択が精一杯だった。

 

後悔がないとは言えない。巡り巡れば自分がこのマンチェスターに来たのが原因で、巡り巡れば自分が存在しなければ、こんな事は怒らなかったとも言える。

 

 

彼女の、身の入っていない、攻撃を容易く弾く。

 

何も考えていないような。力だけを込めた意識のない一撃。

 

それを見るだけでも辛かった。彼女の絶望を感じていた。

 

言葉を交わし、剣と拳を交える。

 

突然に、彼女の動きが止まった。膝をつき、弛緩した身体。顔は俯き、表情は伺えない。

 

 

「ああ、ああああああああああ――」

 

 

そして、突然頭を押さえ始め、叫び声を上げたのだ。

 

何かが彼女に起きている。

 

頭を押さえながら、何かを堪えているような様子。

 

先程のやり取りは無かったように、精一杯、気遣うような優しい声色を努めて作り、声をかける。

 

「おい、バーゲスト?」

 

叫びは止まり、とうとう蹲ってしまった。

 

息は荒く、どこか苦しそうだった。

 

トオルの中に悪寒が走る。

 

そう、彼女の、内なる何かを押さえ込もうとしているような。この一連の動き。

 

 

 

まるで、聡明な科学者である彼が、緑色のアイツになるのを堪えているのを見た時のようで――

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーゲストの体から、黒い何かが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

それはまるで黒い泥のようで、質量保存の法則を無視した夥しい量が、彼女の身体を包み込んでいく。

その泥は、みるみる内に形を持ち、膨れ上がり、その躍動が収まってみれば――

 

 

 

 

 

 

10メートルは超えているであろう。獣の形となっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれ……」

 

安い台詞しか出てこない。

 

トオルの目の前に突如現れた、黒い巨大な獣。赤い牙に赤い爪。本来の獣で有れば毛の生えてるはずの表面は、黒い泥のようなもので構成されていた。

所々に見える赤いひび割れは肌に当たる部分なのだろうか。

 

何にせよ、自身の知る彼女、バーゲストの面影はカケラもなかった。

 

これが、彼女の正体なのか、それとも何かに取り憑かれたか、彼女の捕食衝動がここから来ているのは想像に難くないが、元に戻すことは出来るのか。ぐるぐると頭の中を様々な考察が駆け巡る。

 

――どうするどうするどうする

 

そう、対策を考えてる内に、獣が前足を振りかぶった。その攻撃の予兆に。トオルは反応ができなかった。

 

避けるか、防ぐが。選ぶ間も無く。

振り上げた前足を振り下ろす。単純な物理攻撃。

それを、トオルは、力を受け流すような余裕もなく、両手を上に上げて、振り下ろされるソレを受け止めるしかなかった。

 

ヤバ――っ

 

体全体が悲鳴を上げる。

 

「ぐぅっ――」

 

身体中が軋みを上げる音がする。

 

「グッ。ガアアアァァぁぁっ!!」

 

押し返す為でなく、自身が潰されないようにする為全力で力を振り絞る。叫び、声を絞り出す事で精神的に己の限界値を高めていって尚、そこが限界だった。

 

振り下ろしの攻撃は一旦収まり、地面にめり込んだ足を引き抜いた瞬間には下から同じ右前足が迫っていた。

 

これを頭だけは失うまいと、体を捻り、衝撃を殺すよつ、後ろに飛ぶが、やはりある程度しか衝撃を和らげる事は出来ない。

 

息が止まる。意識が飛びそうになる。

 

凄まじい質量差にはいくら鍛え上げた体とて。ヒトを超越した肉体とて、全くの無対策で耐えられるほど、獣の攻撃も弱くはない。

 

なす術もなく、空中へ打ち上げられる。

 

まだ、死ぬ程の致命傷には至らない。

 

打ち上げられ、どうにかして対策をと次の対応を模索する為、空中へと顔を向ける、獣と目があった。

 

感情の読めないその眼には涙が確かに流れていた。

 

「バーゲスっ」

 

その目に彼女の面影を感じ取り、たまらず声を出した時には、既にその大きな口が開いていた。

 

その喉の奥から凄まじい熱量を感じ取る。

 

その熱量がそのまま吐き出されれば、トオルの体は間違いなくただでは済まない。万全の状態であれば耐えられたかもしれないが、今のトオルには耐えることは不可能だ。

 

そう本能で感じ取った。

 

 

――死

 

 

その一文字が思い浮かんだ所で

 

 

獣の口から、炎の吐息が吐き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレは、ノリッジと同じだ! 妖精國を滅ぼす厄災!!」

 

 

ダ・ヴィンチが叫ぶ。

 

 

目の前には巨大な獣。黒い泥に覆われたそれは、ノリッジで出会ったあの厄災と同様のものだった。

 

 

「うそ……」

 

 

アルトリアが放心している。

 

 

突然に放たれた厄災。予言にもないこのタイミングで現れた。その厄災が目の前に君臨している。

 

その圧はノリッジのものに勝るとも劣らない。

凄まじいほどの絶望感。

 

複数の鐘を鳴らしたアルトリアでさえ、対応できるかどうかは未知数だ。

 

 

「アルトリア……」

 

 

藤丸立香は放心し、震えているアルトリアを覗き込む。

 

恐らくではあるが、アルトリアはバーゲストとは既知の間柄。

 

そんな存在がこの妖精國を脅かす厄災へと変貌した。

 

その衝撃たるや、立香の比ではないだろう。

 

どう声をかけるべきか、思いあぐねていると、別の衝撃と爆音が襲いかかる。

 

音源を見れば、件の男が厄災の獣の前足を力付くで受け止め、持ち上げている所だった。

 

どうやらあの巨大にある程度対抗できるほどの力を持ち合わせているらしい。

 

一同に別の意味で衝撃が走る。

 

「彼、本当に、一体何者なんだ!?」

 

「言ってる場合じゃねぇ!!アイツ、やられちまうぞ!!」

 

そう村正が叫んでる間に、男は既に打ち上げられていた。

 

獣の開いた口から、赤い何かが発光しているのを確認する。

 

遠く離れていても感じる程の熱量。アレがそのまま彼に向かって吐き出されようとしているのは明確だった。

 

 

「ダメ……」

 

呟いたのはアルトリア。

 

「ダメ――っ!!」

 

今までの沈黙の反動のように、勢いは強かった。

たまらずアルトリアが駆け出そうとするのを、村正が止める。

 

「馬鹿野郎!迂闊に飛び込むんじゃ――」

 

「ダメだ、間に合わない――!!」

 

 

叫んだのはダ・ヴィンチだ。

 

 

 

誰もがその瞬間に絶望していた。放たれる熱線。

 

いくら彼でも、無事では済まない、それこそチリすらも残らず蒸発しているだろう。

 

 

「なんで、なんで?何でまた――!!」

 

叫びながら、崩れそうになるアルトリアを村正が支える。尋常ではない様子に、聞き出したい事はあるのだが、アレが襲いかかってくる次の対象は自分達だ。

 

彼の事は残念でしかないが。切り替えなければ自分達が死ぬのだ。それに備え、あの砲撃の如き熱線がこちらに向く可能性を考えながら身構えなければならない。

 

熱戦は、空中に放り出された彼を捉え、獣は微塵も首を動かさず。熱戦は彼を捉えそのまま空へと吐き出されていく。

 

どれ程時間がたっただろうか。

 

吐き出し終わったのか、全てを焼き尽くす熱線が細まっていく。空気すら焼き尽くす砲撃は、こちらも喰らえばタダでは済まない。

 

その直撃を喰らった彼は、既にもう――

 

そう思考しながらも、目を逸らすわけにはいかないと、彼の残滓を確認しようとした途端。

 

 

 

 

藤丸立香は驚愕した。

 

 

 

 

その視線の先には、先程の放たれた熱戦に劣らない程に、派手な赤い色をした。

 

 

 

 

――鋼鉄の人間がそこに居た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見ただけで、目が焼かれると思うほどの高熱に本当の意味での死を覚悟した。

 

空中に吹き飛ばされ、重力の影響を受け、自由落下している筈の風景が非常にスローモーションに見えている。

 

獣の口から熱戦がゆっくりと迫っている。

 

全ての時が止まった様な世界。全力で動いた時、同じような感覚に陥る事はあるが、今の自分は完全に死に体。

これ程無防備なスローモーション体験は久しくしていない。

死を目前に走馬灯のような現象が起きているのかと他人事のように思っていた。

 

だからだろう。荷物としてとっておいたはずの、使い道のわからなかった(・・・・・・・・・・・)ブレスレットがいつの間にか右手首に装着されている事に気づけたのは。

 

そのブレスレットから粒子のような物が放出されるのを確認する。

 

その粒子が纏わりつくように自身の体全体を包み始め、獣から感じていた熱を遮断していくのを感じ取り、粒子が体全体を包んだ瞬間、自身の意思とは別に体が動き始めた。

 

空中で横になっていた体が半回転、体は垂直になり、左腕が持ち上がる。真っ赤な手甲(・・・・・・)に包まれた手にはどこから出て来たのか体と同じ大きさの半透明のシールドがあった。

 

吐き出された熱戦が体に到着するまでの一瞬で、その全ての挙動を完結させ、シールドがその熱戦を防ぎきる。

 

 

状況を把握するのに数瞬。ひとまずは無事だったと認識した途端。

 

 

 

 

 

 

 

『登録者。Thorによる起動承認を確認』

 

 

 

 

 

 

 

 

女性の声が頭に響いた。

 

 

 

 

 

 

『私はあなたの目』

 

 

 

 

『あなたの耳』

 

 

 

 

『あなたの口』

 

 

 

 

『あなたの腕』

 

 

 

 

 

『あなたの足』

 

 

 

 

 

 

『私の名はV2N』

 

 

 

 

高圧的なような、慈悲深いような、どちらにしても、懐かしさを想起させるような声で――

 

 

 

 

その名をトオルに刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほらこいつにこいつにこいつにコレだ。沢山ある。君の為に色々用意しておいたんだ。遠慮なく受けとってくれ』

 

 

『何せ、一緒に銀河を救ったよしみだ』

 

 

『これからの君の旅路に餞別というヤツだよ』

 

 

『そら、価値で言えばとんでもないぞ?国家予算どころか地球が一つ傾くくらいだろう』

 

 

『なんでここまでって?』

 

 

 

『あー そうだな。まあ、正直な所荒唐無稽な話だ』

 

 

『異世界から来た君もそうだが、サーファー君みたいな神様モドキや、ストレンジのような手品師と出会わなければ、馬鹿な事だと思ったんだろうが』

 

 

『僕は……僕たちは、この地球は、いや銀河か? まあとにかく。君がいなければもっと大変な事になっていた気がする』

 

 

『何故かは分からないが確証はあるんだ。現に君がいなければ危なかった。なんて場面も多かった』

 

 

『僕が君を助けたこともあったって? それはわざわざ話すことでもないだろう。僕からしたらそんな事当然で、簡単な事だ。何せ稀代の天才メカニックで、優秀な実業家。博愛主義者、奥さんだって最高だ』

 

 

『なんてな――』

 

 

 

『まあ、そういう事だ。君の言葉を交えるなら皆がお互いに命の恩人で、お互いに宇宙を守った仲間だよ』

 

 

『君だって逆の立場なら君にできる事をしているだろう? 離れていても、僕達はチームだ』

 

 

『全く、こんな台詞。キャップみたいだ……』

 

 

『――と言うわけで素直に受け取り給えよ』

 

 

『ああ、君は確か向こうに行ったら記憶を無くす可能性もあるんだったか』

 

 

『なら、君の優秀な相方達にそこら辺は相談しておこう』

 

 

『出自からして怪しいAIだが、今となっては羨ましいくらい最高の相棒だよ、彼女は』

 

『まあ、ペッパー程ではないが――』




V2N

サポートャラ。超超超優秀。ネーミングセンスは彼がMARVEL世界で見ためちゃくちゃ古い映画(ピーター・パーカー談)から。



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バーゲスト②

お気に入り登録、感想、評価、毎度ありがとうごいざます。

変わらずご意見、ご感想など書いて下さるとうれしいです。

今後もよろしくお願い致します。



死を覚悟していた。

 

 

 

走馬灯に近い体験すらしていた。

 

 

 

 

もはやこれまでと思った矢先に気づいてみれば、自分は――

 

 

 

 

 

 

 

全くもって無事だった。

 

 

 

 

 

感じる浮遊感に足元を見れば、先ほどまで殺されかけていた獣の姿。

 

 

理由は明白。自分の体を包んでいる鎧の様な何か。

被り物をしているのにも関わらず視界は良好。

最早肉眼以上に鮮明に周りが見える。

 

左手には半透明のシールドの様な物を携えており、右手を見れば、腕全体が赤い鉄鋼に包まれており、その掌には、光玉がついている。

 

顔を下げれば、胸元から足元に至るまで、腕と同じようなメタリックレッドに染まっていた。

 

考えるまでもない。

 

今自分が身につけている。この鎧。

 

自身が最も関わりが深いと言える異世界。

 

その世界にいる一人の男。

稀代の天才メカニックにして天才実業家。世界一の金持ちとまで言われ、色々自称他称はある彼が宇宙の脅威から地球を守るため、生涯をかけて本人曰く趣味で作り続けているパワードスーツ。

 

 

『アイアンマン』

 

 

彼自身の別名であり、このスーツの名前でもあるそれと同一の物だった。

 

 

 

 

『久しぶりね、トール』

 

女性の声が頭に響く。

 

それと同時に視界の周辺に数字や図形を羅列したようなさまざまな情報が次々と表示されていった。

 

肉眼よりも鮮明に映し出されているのではないかと見紛う程の視界。

その向こうでは相対していた巨大な四肢の獣が熱線を吐き出そうとしていた。

 

操作方法は把握済み。噴射剤を放出している両手足を操作し、空中できりもみ回転をしながら回避する。

 

 

「——っきみは!? V2Nって言うのか!?」

 

『どうやらまだ完全に記憶が戻っているわけではないみたい』

 

先ほど聞いた同質の声ではあるが口調が変わっている事に戸惑いながら、記憶の引き出しを開けようと努める。

記憶喪失の自覚すらなかった頭の中の記憶が少しだけ鮮明になっていき、バーゲストとの触れ合いで思い出したその記憶がさらに補填されていく。

最も長く滞在し、最も深く関わった世界。

 

その世界では、自分はアベンジャーズというチームのメンバーで宇宙の脅威から地球を守るため、日夜紛争していた。

 

 

 

『随分とこの世界の解析に時間がかかってしまったわ、トニー・スタークより譲り受けたユニットを起動する事がようやく出来た』

 

 

丁寧な謝罪の声がトオルの頭に響く。

 

 

「いや、いいんだ。本当に助かった。ありがとう、V2N」

 

 

獣の上空を飛び回りながら、その攻撃を回避していく、地を這いつくばる獣には、空を飛ぶ鳥を捕らえることはできない。

 

 

『私の事は……覚えていますか?』

 

 

その言葉には悲しみの感情を感じてしまう。

罪悪感に苛まれる。彼女の言う通り、思い出す事はまだ出来ない。出来ないのだが、

 

懐かしい気持ちが湧き上がる。共に苦楽を共にした相棒に出会えた様な。

 

運命の相手に巡り会えた様な。

 

 

心の奥にある感情が、彼女への自分の思いを証明している。

 

 

「ごめん。君のことを思い出す事は出来てない」

 

 

 

だから――

 

 

「君が俺にとって心の底から大切な存在だってのはわかる」

 

 

申し訳なさを込めながら、正直な思いを口にする。

 

 

『――っ』

 

 

「……?」

 

 

不自然に会話が止まったが大丈夫だろうか?

 

 

『いいでしょう。あれだけ忘れないと言っておきながら未だに思い出せない貴方に仕置きをしてやろうと準備をしたけれど、止めてあげる』

 

 

「お仕置きって……」

 

 

先ほどの優しげな雰囲気はどこに行ったのか。

聞き逃せないことを言いながら、彼女はそこから一泊置き、言葉を放つ。

 

 

『ほら、来るわよ』

 

「っ!あぁ!!」

 

乱暴な口調になったV2Nの警告に再び、熱戦を回避。

 

次の展開をどうするべきか、旋回して牽制しながら、思考する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何あれ何あれーーっ!!」

 

大興奮のダ・ヴィンチに若干戸惑いながらも。

 

藤原立香は目の前で起こり、度々切り替わる展開に驚愕していた。

 

バーゲストが厄災に変貌し、マンチェスターの妖精を皆殺しにしたと思われる男性が、その厄災に殺されたと思ったら、SF映画に出てくるようなパワードスーツを着こんでいた。

 

まとめるとこういう事だが、色々と受け入れるのに若干の時間を要した。

 

そのパワードスーツは、掌と足の裏から出力されているエネルギー噴射で空を飛び、獣の攻撃を誘導しながら、周辺をグルグルと飛行する。

 

時折、足のみでも飛行は可能なのか、掌を獣に向け、光線のようなものを発射していた。

 

「ギリシャ系統の宝具!? でも相変わらず魔力は感じないし、純粋な科学技術だとしたら、この妖精國で使えるのはどうしてかな!!? でも見てよ!あの飛行方法!?あのフォルム、あのカラー! 機能美の塊だけど、どこか無駄もある構成!! まさしくアレは浪漫の塊! 製作者の趣味がふんだんに盛り込まれてる!!」

 

こんな時だと言うのに、ダ・ヴィンチは大興奮で捲し立てていく。

 

しかしダ・ヴィンチの気持ちもわかるのだ。目の前で命が失われたかと思えば、突然にパワードスーツを一瞬で着込み、空中にて獣の攻撃を避けながら、大立ち回りを演じている。

 

ピンチの時に、変身する。

それはどこかのヒーローSF映画のようだった。

 

 

そして彼女の言う通り。あのスポーツカーの様なメタリックレッドに一部金色が施された派手派手なデザインや、遊びのあるような機能は、ギリシャ異聞帯のようなオーバーテクノロジーとはまた趣が違う。エンターテイメント的な要素を持ち合わせている。興奮を拭う事はできなかった。

 

空中を飛べる利点があるからか、相性は良いようで、獣とスーツの闘いはスーツの方が優勢に見える。

 

そのパワードスーツは、金属とは思えぬ挙動で変幻自在。

液体のように金属がうねり、一瞬で腕や足の形を変え、攻撃や防御。回避に活かしていく。

 

SF映画知識や、ギリシャ異聞帯の経験から、アレがナノマシンと言われる、超小型機械によるものではないかと予測する。

 

 

腕の形をハンマーに変え、各部から出るジェット噴射によってパワーを増した一撃が、獣の眉間を殴りつける。

 

金属と何か固いものがぶつかる凄まじい轟音が響く。

 

獣の頭部が押しつぶされ、アゴが地面にめり込む。凄まじい一撃だ。

 

物理的な効果で言えばかなりの有効打に見える。

 

だが、あの獣はただの獣ではなく厄災という呪いによって作られた存在。

 

獣はダメージが無いかのようなふるまいを見せ、今一度大きく咆哮を上げた。

 

 

いい加減に傍観者でいるわけにはいかない。自分達もどう動くべきか思考する。

 

今の最優先事項は、汎人類史に訪れる。予測される崩落の原因であるモルガンの殺害。

彼女は妖精國の範囲を広げ、汎人類史を乗っ取る気でいる。

正直な所、汎人類史を思えば厄災を放っておいた方が、都合は良いとも言えるかもしれない。

だが、今の自分達は、いずれモルガンを殺害し、結果的にはモルガンによって維持された妖精國を自滅させてしまう事になっているとはいえ、予言の救世主。

例え明日滅びゆくとしても、何もしないのは嫌だった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、アルトリア、村正」

 

闘いを注視する3人に声をかける。

 

「あの人を援護しよう」

 

村正は刀を構え、ダ・ヴィンチは笑顔で応える。

 

アルトリアはまだ浮かない顔だが、杖を強く握る動作をする。

 

「了解!」

 

ダ・ヴィンチの応答後、藤丸立香は魔力を起動する。

カルデアのマスターである自分がもつ力。英霊の影を召喚し、戦力とする。

 

目標は、厄災の獣。3体のサーヴァントの影と同時に村正が駆け出していく。

 

第一刃は村正だ。スーツの彼に「援護をする」意思表示を示した上で、敵ではない事を示し、厄災の獣に切りかかろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中にいたパワードスーツの男に蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでさ―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村正であれば絶対に言いそうにない言葉だったが、馴染んでいたのは気のせいだろうか。

 

戸惑いを隠せない。そのまま続けてパワードスーツの手の平から発射される光線により影がひるみ、その後、獣に踏みつぶされた。

 

 

ひとまず村正は無事なようだが。

 

眼を丸くしていると、パワードスーツから声が響いた。

 

 

『いきなり切りかかるな! 盆暗半裸侍!!』

 

 

スピーカーだろうか、反響しながら響く言葉に、狼狽する。

 

 

「意味がわからない!!、彼、どうするつもりなんだ!!?」

 

藤丸の気持ちを代弁するかのように、ダ・ヴィンチが叫ぶ。

 

その疑問に答えたのは未だ表情が優れないアルトリアだった。

 

「……バゲ子を助けようとしてるんだ」

 

その答えに驚愕する。相対するだけでも震え上がるような厄災と化した彼女をどうにかして救おうとしているのだ。

 

「そんな、確かに元は彼女だったんだろうけど、見た目だけじゃない、魔力の質から、観測できる生体情報も全てが別物になっているんだ。そもそも厄災は見るだけでも妖精に異常を来す存在だ。妖精であるバーゲストが無事なわけない。そんな事可能なの!?」

 

 

「ひょっとしたらあの人に何か秘策があるんじゃないかな?」

 

 

ハッとするダ・ヴィンチ。彼女は叫ぶ。

 

 

「邪魔してすまない!! 君はその獣がどういう存在かわかっているのかい!?」

 

『この國の妖精騎士ガウェインだよ!! 今はちょっと……食欲が暴走してるけどな!!』

 

こちらの声は聞こえているようだ。会話が始まった。

 

「今の彼女は、この國を滅ぼす厄災と呼ばれる現象だ!! このまま放置していると妖精國が大変な事になる!! それはわかってるのかい!?」

 

『違う!! 現象なんかじゃない!! 間違いなく一人の妖精だ!! 勝手に、災害みたいな言い方するな!!』

 

「でも――!」

 

『お前等はコイツをちゃんと解析したのか!!? 分子や原子!!量子レベルまで研究をしたのか!?』

 

「無茶苦茶だ!! 近づくだけでも危険な存在だ! そんな事できるわけがない!!」

 

『文句があるならとっとと、どっかに逃げとけ! コスプレ!』

 

彼自身、戦闘によって気が立っているのもあるのだろうが、酷い言われようだ。ダ・ヴィンチちゃんもその言葉にムッとする。

 

「失礼な!! 厄災が妖精國を滅ぼす存在であることは妖精國の住民自体がそう判断しているし、事実多大な被害を出している! 君のほうがめちゃくちゃな事を言っている自覚はあるのかい!? コスプレスーツ君!!」

 

『コスプレとは失礼なクソガキだな!』

 

「先に言い始めたのは君じゃないか!!」

 

売り言葉に買い言葉だ。珍しく熱くなっているダ・ヴィンチを嗜める。

 

「ほ、ほら、秘策を聞くんでしょ? ダ・ヴィンチちゃん」

 

「あ、そうだった…ごめんね立香君」

 

一度、整えるように咳を出し、ダ・ヴィンチは改めて、声をかける。

 

 

「そこまで言うのなら何か秘策はあるのかい!?」

 

 

そうだ。あそこまで言うからには何か彼自身が持つ情報に何かがある筈だ。

 

 

 

『…… どうだ? V2N?……まだ検討中?』

 

 

 

今何か嫌な会話が聞こえたような…

 

 

 

『あ~……作戦はバッチリある!』

 

 

 

 

「今検討中って聞こえたぞう!? 」

 

 

 

『うるさいな! 作戦はちゃんとあるんだよ! 部分的に!12%くらい!!』

 

 

「12%じゃ精々コンセプトじゃないか!!」

 

 

「でも11%よりかはマシかも」

 

 

「立香君も何を言ってるんだい!?」

 

 

つい思った事を口に出してしまった。自分も相当戸惑っているらしい。

 

 

「で、結局どうする?少なくとも盆暗半裸侍はアイツにとっては邪魔モンらしいがな」

 

 

一度戻った村正が、不満げに呟いた。なんだかいじけているように見えて可愛らしいと少し思ってしまった。

 

 

「アルトリアはどう思う?」

 

 

この妖精國を故郷とする唯一の存在であるアルトリアに問いかける。

先程から精神的に参ってそうではあるが、預言の子である彼女の意見を通さないわけにはいかなかった。

 

 

「それは……出来れば、バゲ子を戻してあげたいとは思うけど……」

 

アルトリアの答えに迷いが混じる。当然だ。ノリッジの厄災。妖精が見ただけで、精神が狂ってしまうような極大の呪い。

 

戦う事すら危ないのだ。その厄災に取り込まれているであろうバーゲストを救う。最早会話すらできないであろう存在をどうすれば良いか皆目検討もつかない。

 

だがアルトリアがそう言うのであれば自分達は協力するだけだ。

 

逃げるという選択肢は無い。

 

だが中途半端に手を出せないのも事実。

このまま手をこまねいているべきか、彼にまかせるべきか。迷っている内に、また一つ、戦局に変化が生まれた。

 

 

 

 

空から、目の前の戦闘程では無いが、かなりの音で風を切る音が聞こえてきた。

上空を飛行機が通った時の爆音。

 

一瞬で一人の妖精が思い立った。妖精騎士ランスロット。ガウェインと同じ女王直属の騎士にして、ジェット機のように空を飛ぶ妖精。

 

どこから来るのか、上空を見上げれば、その発生源を眼に捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、青い鎧を纏った、少女のような妖精ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まさに戦闘を繰り広げているパワードスーツと同じ、メタリックレッドの何か。

 

 

木の実のように見えるそれは、しかし、そのような生易しいサイズでは決して無かった。

 

空中に浮遊する機械仕掛けの巨大な木の実。

 

そこから、何かが射出されるのを確認する。

 

その何かは噴射剤を巻きながら、一度獣と距離を取っていたパワードスーツの彼へと向かっていき、あわや激突しそうに思われたそれは、形を変えてパワードスーツに装着されていく。

 

次々と射出された物体が装着し終わったころには、彼の赤いパワードスーツは、二回り以上も大きくなっていた。

 

 

飛びかかる厄災の獣を、真正面から殴り、カウンターの要領で吹き飛ばす。今までの回避を重視した戦い方とは全く違う。力と力のぶつかり合い。

 

 

『さあ、バーゲスト、第2ラウンドだ』

 

 

彼の宣言と共に、戦況はまた一変する。

 




トオル
絶対にバーゲスト助けたいマン
余裕に見えるのは、戦闘時はそう意識するよう訓練しているだけで。
実際はめちゃんこテンパってるが
V2Nが凄まじいほどの心の助けになってる。

V2N
トオルより偉そう。
妖精國で機械が使えるのも、最後に色々飛んできたのも、全部V2Nがいたから。AIなのか、それとも別の何かか。優秀なトオルの相方

藤丸達
厄災は一度経験があるので、ノリッジよりかは若干余裕。
トオルという珍客がいるので、意識がそっちに向いているのも余裕の理由。アルトリアはバゲ子が厄災になったショックもあるが、別の理由で曇り中。

アイアンマン Maek.86
MARVELシリーズより。
トニー・スタークが開発したパワードスーツ。
設定諸々はMCU基準。Mark85とそこまで変わらず


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バーゲスト③

毎度お読みいただきありがとうございます。誤字報告等々、非常に助かります。

水着イベ。ネタバレもアレなのでストーリーは言及しませんが、素材が美味しすぎて良い感じ。ひたすら機械のように周回中です。

バーゲストとの物語ももうすぐ終わりに近づいてまいりました。
本当、モルガンが出てこなくてすみません。


改めて、誤字脱字報告、お気に入り登録、評価。ありがとうございます。本当に励みになります。
相変わらずですが、色々ご指摘、ご意見、ご感想。アドバイス等々、お待ちしております。


「V2N! アイツの解析をできるか!? 出来れば元のバーゲストに戻したい!!」

 

『肉体的構造も、魔術的構造のどちらも解析は可能だけれど、トールの望み通りになるかは限らない』

 

「頼んだ! 目的は殲滅じゃない! リパルサーなんかの出力は抑えておいとくれ!」

 

『いいでしょう』

 

最大の目的をV2Nに説明し、自身でも改めて決意する。

まずは体の構造解析だ。あの獣にコアのようなものがあって、その中にバーゲストがいる。みたいな状況なのが1番楽に助け出せそうだが。

 

『攻撃が来るわ。備えなさい』

 

「――っ」

 

言われた通り、吐き出される熱線を空中で回避する。

遠距離系の攻撃は基本的にはアレしか出来ないようだ。

ひとまずは、構造分析が終わるまでは様子見だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――全く! 人を焦らせて!

 

 

 

様子見途中に現れたのは、半裸の刀を持った男。

こちらが傷を付けないように戦っていたのに、勝手に援護だのなんだの言ってバーゲストに斬りかかったのだ。

一先ずは蹴り飛ばしてやったが、万が一当たっていたらどうなっていた事か。

 

 

『構造解析はある程度進んだわ』

 

憤慨していたら、V2Nから声がかかった。

 

「どう、元に戻せそうか?」

 

『現状はかなり困難よ。あの獣への変貌は呪いによるもの。それも並の魔術にものではない。土地そのものに根付くような類の力』

 

「魔術で呪いって……カマータージのとは違うんだろ?」

 

『アレとこの世界の魔術は根底から違うもの。あの呪い。別物ではあるけれど、似たようなものに覚えはあるわ。全くもって忌々しい』

 

「似たような物って、俺は知らないぞ!?」

 

『それはそうでしょう、貴方は全てを思い出したわけでは無いもの』

 

「どうにかする事は出来ないか……?」

 

『アレはこの國の妖精を滅ぼそうとする意思、その意思を屈服させる事が出来ればあるいは解呪できる可能性はあるけれど……』

 

 

「具体的にはどうすれば良い!?」

 

『打ち倒すのが現状の方法よ、でも致命傷を与えずに呪いの意思を折るなど不可能と言っていい。そして解呪が出来たとしても彼女が助かるかは分からない』

 

「バーゲストの意思が残ってるって事はないのか?アイツ自身が呪いに打ち勝つってのは? ほら、日本のコミックとかであるだろ。呪詛返しみたいなヤツとか……」

 

あの時、アイアンマンとなる直前。獣から涙が流れているのを確かに見た。アレはきっとバーゲストの筈だ。

 

『現状確認する限りでは難しいだろう。アレはもうこの土地の妖精を喰らおうとする意思そのもの。今は色々な意思がきっかけである貴方に向いてるけれど、既に彼女の意思は感じられない』

 

「そんな……」

 

『下手を打ったわねトオル。自身に復讐心でも向けてあの騎士に生きる理由でも与えようと思った? それ程にあの妖精に絆されたのかしら? 正直見捨ててとっとと殺してしまった方が早いわよ。いずれはこうなる運命だったわ。あなたが背負う事でもない』

 

「でもこんなタイミングじゃなかった。俺がいなければ、もっとどうにかなるタイミングだったかもしれない。最初から用意された爆弾だからって、俺に責任が無いなんて言えるわけがない!」

 

『……』

 

「頼むよV2N……協力してくれ」

 

『……いいでしょう――』

 

「ああ、ありがとうV2N」

 

その礼と共に、様々な情報が表示されている視界の端、に機械で出来た木の実のようなものが映りこんだ。

 

『ベロニカを呼ぶわ。あの質量相手ならばそちらの方が都合が良い』

 

V2Nの言葉とともに、ベロニカの詳細が頭部モニターに表示される。

本来であれば別の対象を想定したユニットではあるが、確かに今回においては都合が良さそうだ。

 

 

「なあ、これって元の世界じゃ人工衛星にくっついてたんだよな!? 今はこの世界のどこにあるんだ!?」

 

記憶を思い起こしてみれば、貰い物の殆どはV()2()N()()()()()()()()()。同じ様に宇宙にあるのだろうか。

 

 

『それは企業秘密というものよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度の威力の加減の調整も完了し、戦場から少し遠くにいる。侍の仲間達との会話を完了させる。

支援の申し出は断った。

攻撃の威力の調整に手間取る上に、彼らの本当の最終目標が殲滅である以上、土壇場で何をするかわかったものではない。

 

いくら様々な世界を周り、人々との絆を深め、人間関係の構築やって緩和したとは言え、悪性のある人間しかいない無限城にいた彼は、そう簡単に出会ったばかりの人間を信じきる事は出来なかった。

 

『間も無くベロニカが来ます』

 

「来たな……」

 

空中から飛んでくる巨大な影。

 

『ベロニカ』はアイアンマン専用の支援ポッドだ。

 

中にはアイアンマンに取り付けられる外装ユニットが搭載されており、足元から頭まで、各パーツが単独飛行し、その場で装着する事が出来る。

全てのユニットを搭載し終われば、アイアンマンを核とした新たなパワードスーツ。『ハルクバスター』の完成となる。

 

アイアンマンのいる世界にはハルクと呼ばれる超人が存在する。

正体はブルース・バナーという科学者。

 

普通の人間であり、気弱な科学者であるはずの彼は、とある事情により、怒り等の負の感情が高まると、ハルクという3メートル近い大男に変身してしまう。

怒りがスイッチとなっている為、変身した直後は理性がほぼなく、周囲をひたすらに破壊する怪物になってしまうのだ。

 

観測した限りでも数十キロ単位の距離をひとっ飛びで移動する跳躍力。

銃は当然ながら、戦車砲やミサイルでも傷一つつかない頑丈さ。戦車などの装甲を紙のように引きちぎる怪力を最低でも持っており、とある事情によって観測した並行世界(マルチバース)においては、地球サイズの隕石を拳一つで破壊した事も確認している。

怒りによってそのパワーは変動する様で、その力には際限がない。

 

そんなハルクを止める為、トニー・スタークとブルース・バナー本人によって開発されたのが『ハルクバスター』だ。

基礎スペックの向上は勿論だが、1番は拘束用の装備をいくつか搭載しておりハルクと同様に暴走しているバーゲストを抑えるには現状最も最適な装備と言える。

 

獣と一度距離を離し、ユニットを装着する隙を作る。

次々と飛来する各部位のユニットをその身体に装着し、10秒ほど経った頃には『ハルクバスター』が完成していた。

 

離れた距離を一気に詰める様に、獣であるバーゲストが向かってくる。獣らしく、戦術も無く、その爪で引き裂こうと飛び掛かってくるその体に、カウンターの拳を叩き込んだ。

 

――さあ、第2ラウンドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーゲスト! 君は妖精騎士ガウェインなんだろ!? 立派な騎士なんだろ!? そんな風に涎を垂らして、節操なしに襲いかかる様な野蛮な奴じゃなかった筈だ!」

 

一応の説得を試みるが、返ってきたのは今までに無いほどの大きな咆哮だった。

 

……説得内容を間違えたかもしれない。

 

「悪かった! 野蛮ってのは言い過ぎた!!」

 

その咆哮と共に手脚を唸らせ、再び全速力で向かってくる。目的は更なる解析と可能であれば拘束か気絶させ、呪いそのものを屈服させる事。

呪いという曖昧な存在を屈服させるとはどういう事かと疑問だが、兎に角あの獣に自分には絶対に勝てないと思わせる事が重要らしい。

それがどれほど有効かはわからないがやるしか無い。

 

空中から飛び上がり、振り下ろしてくるその爪を、右前足を掴むことで受け止める。

 

続け様に、噛み付いてこようとした。その口を避け、右脇に頭を抱え込むことで無理やり口を閉じさせた。

 

獣は構わずこちらに体重をかけ、そのまま押し倒そうと力を入れて来た。ジリジリと地面を削りながら、段々と後退させられてしまう。

 

 

「くっ……! やっぱり結構力が強いな……!」

 

 

『ハルクバスターとは言え、闘い方を間違えれば、敗北しますよトール』

 

 

「ああ、そうみたいだ――なっ!」

 

 

最期の言葉と同時に、全身のブースターを稼働させ、抱え込んだバーゲストごと、身体を後ろに反らして、そのまま投げ飛ばす。

背中から落ちたバーゲストは怯んだ様な様子を見せるが、それも一瞬だ。ダメージが入っている様には見えない。

 

体勢を立て直す隙を与えず。ブースターを稼働して一気に接近。今一度頭を抱え込み、拳を脳に当たる部分に向ける。

 

 

「これで眠ってくれるか――!?」

 

 

そのまま右腕のギミックを起動。ハルクバスターの拳が高速で飛び出し、また引っこむ、高速パンチを連打する機能だ。、夥しい数のパンチを1点に集中して浴びせ掛ける。

 

通常の生物と同じ構造であれば脳震盪を起こすはずだが

 

「これもダメか……」

 

怯みはするものの全くのノーダメージのようだった。

 

かと言ってリパルサー等の光線兵器を使うわけにはいかない。出力を絞ったところで、効かないのは証明済だし、出力を上げてしまえば、そのまま殺してしまう可能性がある。

 

お返しとばかりにバーゲストは凄まじい力で頭を振り、ハルクバスターの巨体をも振り回す。

 

そのままハルクバスターは投げ出され、腹ばいに倒されてしまう。

 

「ヤバっ――!」

 

そのまま伸し掛かられ、右腕に噛みつかれてしまった。

多少抵抗は出来たものの、右腕が無理やり引きちぎられた。金属が無理やりひしゃげ、火花が散る。

 

他パーツもところどころを踏みつけられ、ダメージが蓄積していく。

 

とどめとばかりに頭がかみ砕かれる前に、足元のスラスターを噴射させ、体を地面にこすりつけたまま、脱出する。

 

「色々やられた!!」

 

『既にユニットを射出してある』

 

「急いでくれ!!」

 

一時的に脱出はしたものの、追い打ちの方が速い。片腕が無いままでは、みすみすやられる可能性がある。

ひとまず距離を放そうとスラスターを噴射させるが、本調子では無く、すぐに追いつかれてしまった。

 

巨大を活かしたシンプルな突進を喰らい、そのままかなりの距離を吹き飛ばされてしまう。

死に体の身体を空中でスラスターを活かし体制を整えながらどうにか片膝立ちで着地。

既にバーゲストは目前まで迫っていた。

このまま追撃を喰らうかと覚悟をしたものの――

 

 

 

しかしいつまでもそれが来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「バーゲスト……?」

 

 

 

 

 

 

 

止まっていた。獣は目前で息を荒げながら、こちらを睨みつけるだけ。

何故かと思案してみれば、背後には色とりどりの美しい花畑。

そう、これは確か――

 

 

「アドニスの為の」

 

 

 

そうだ、バーゲストが、病弱で外に出られないアドニスの為に窓から見えるよう。用意した花畑だ。

二転三転している戦況だが、いつの間にかここに来ていたらしい。

さらに背後を見れば、見覚えのある屋敷。

これまでの戦闘でマンチェスターはボロボロになっているものの、バーゲストの家はまだ無事だった。

 

もし、このまま獣がこちらに組み付いて、転倒させられていたら、この花畑は押しつぶされ、滅茶苦茶になっていたはずだ。

 

今のこの状況を見れば、最早確信に至るしかない。

 

 

「まだ、バーゲストの意識があるんだな? アドニスとの思い出を、壊したくなかったんだな?」

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォーーッ』

 

トオルの問いに応えたのかはわからない。だが、まるでそうだとでも言うかのように。獣が吠えた。

 

 

 

獣の動きが止まっていた事により、追撃前に射出されたパーツが届く。右腕が新たに取り付けられ、細かいスラスターのパーツ等も、調整されていく。

 

花畑を荒らさぬよう。スラスター等は使わず。その場で跳躍。スーツにはパワーも増強するシステムもある。スラスターを使わずとも、獣の背後に跳躍のみで回るくらいは余裕だ。

 

そのままスラスター噴射が花畑に影響が及ばない距離まで離れたのを確認し、マンチェスターからなるべく離れるよう空を飛ぶ。

 

 

「V2N。絶対だ。絶対にバーゲストは助け出すぞ」

 

『確かに彼女の意思はあるかもしれないが、現状では、打つ手はないわ』

 

「それでもだ」

 

 

――絶対に諦めない

 

 

獣を背後に空中を飛ぶ。見れば、妖精國には珍しい、曇り空が広がっていた。




アドニス:自分が喰われる事を愛ゆえに受け入れた最高のイケメン。だと勝手に思ってます。

V2N:お前のようなAIがいるか

トオル:実は、そこまで覚悟決まってなかったけど、バーゲストのアドニスへの愛に感化され、覚悟決まって来てる。

ハルクバスター:超カッコいい。アベンジャーズ:エイジオブウルトロンより。GGL先生に聞けば動画が出て来るのでぜひ見ていただきたい。

バーゲスト:本編ではモースに侵されまくっていたり色々追い詰められた状態でしたが涙を流す描写はあったので、多少は意思は残ってると解釈。今回は本編よりも余裕はあったので、アドニス愛で少し止まった。


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仮初の再会

ベロニカから射出された余剰パーツによって、万全となったハルクバスターで獣と対峙する。

先程の花畑でのやり取りで、獣の方も若干落ち着いた様子に見える。コチラを警戒する様な動きに、先程の怒り任せの勢いは感じない。

 

とは言え凄まじい殺意が残っている事には変わりない。

 

一度、戦況が落ち着いた事もあって。

 

新たな変化に気付いた。

 

「なあ、あの曇り空って、バーゲストが厄災とやらになったからなのか?」

 

『いや、アレは――バーゲストが来るわ!』

 

「――っ」

 

 

突進してくる獣を再び受け止める。純粋な力勝負では向こうに軍配が上がる。

合気道の要領だ。力を受け流し、投げ飛ばす。再び、距離が開いた。

 

『アレは、何らかの魔術行使です。恐らくは私達かバーゲストを狙ったモノ――』

 

 

「誰がやろうとしてる!?」

 

 

『6時の方向。王都キャメロット。魔力量で言えばここ一体を消しとばす力は持ってるわ。どういう術かは心当たりはあるけれどこの國は幾度もあの厄災に襲われているのだから、アレはその対策でしょうね』

 

トールは、この世界における魔術への造詣も深いV2Nに疑問を抱きつつも、その内容に焦りを見せる。

 

 

「――クソっ! このままじゃまずいって事か!」

 

 

『今の私達にアレを止める事は不可能。バーゲストを殲滅するだけであれば逃げればそれで済むけれど』

 

 

「それなら――っ」

 

 

ユニットからガジェットを選択する。

 

 

『待ちなさい、トール。何をしようとしているの?』

 

 

「説得だよ! キャメロットに行く!術者は分かるんだよな!?」

 

 

『えぇ、術者には心当たりはあるわ。城のどこにいてもこのスーツならば、発見する事は可能でしょうけど――』

 

 

「なら問題無いな」

 

 

『本当にやるつもりなのね』

 

 

「――ああ」

 

 

左腕を獣に向けて電磁パルスを放つ。

 

効果は薄いが、多少の動きを止める事は出来た。

 

そのまま別のガジェットを選択。

 

放たれたそれは、紐のような形になり。獣の口、前脚、後脚をそれぞれ縛り付ける。

 

拘束用の特殊ワイヤーだ。特殊な電磁パルス付きで、アイアンマンの世界の人間はもちろん。巨大な宇宙生物にも有効な代物だ。

 

そのまま横に倒れる獣の背中に近づき、ハルクバスターの腕を変形させる。それは両腕で作ったマジックハンドのような形をしており。リング状の金属を、背後から腹にかけて巻き着くように掴み、そのままスラスターを全力稼働して、バーゲストごと空を飛ぶ。

 

 

「このままキャメロットに飛んで、魔術を止めてもらうよう術者を説得する!」

 

 

一瞬で音の壁を突破し、キャメロットへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「術者は!?」

 

バーゲストを抱えたままキャメロット上空を飛行する。背中から抱えられたバーゲストが暴れているが、手脚も口も拘束されている状態だ。いつかは破られるだろうが、だったとしても、この体制でならば牙も爪もこちらには届かない。

 

一瞬自由に体の形を変えられるのでは、と危惧したが、どうやら問題ない様だ。

 

 

眼下を見れば、凄まじく立派な城が見えた。気になるのはその側にある超巨大な大穴だ。底が全く見えないが、どれ程の深さなのだろうか。

 

 

『発見した。大穴側のあの部屋。大広間の玉座で間違いないわ。やはり術者はこの國の女王』

 

「女王自ら厄災退治って事か。それなら話は早い。説得したら上司に確認します。なんて言われたら嫌だったからな」

 

部屋を見る。あそこに見えるのは巨大な何か。アレが玉座ならば随分と豪華なモノだ。角度的にその部分しか様子は伺えないが、赤外線等を駆使した透視技術により、玉座に誰かが座っている事は明白だ。部屋にはその人物以外いない事も確認できた。

 

そのままハルクバスターである程度の距離まで近づいて行く。

 

「V2N!ここで待っててくれ!!」

 

説得をするのならば生身を晒して誠意を見せるべきだ。

 

アイアンマン及びハルクバスターの背中側を解放し、ハルクバスターから飛び出る。ハルクバスターの操縦をV2Nに任せ、そのままハルクバスターの頭を足場にして、跳躍する。

 

こちらの様子に気付いたのか、玉座に座っていた女王であろう人物が立ち上がったのと、自分が大広間へ飛び込んだのは同時だった。

 

跳躍の勢いを殺しながら前転。ふと顔を上げれば、玉座の斜め前に着地しており、その玉座の人物と眼が合った。

 

 

 

 

 

 

――身体中に電撃が走るような感覚だった。いや、事実少し電流が流れてしまったが。

 

 

 

 

 

 

美しい銀髪の長い髪。

黒い王冠から垂れ下がるベールの奥の顔は恐ろしい程整っており、唇と同じ色をした碧い双眸は吸い込まれるようだった。

 

恐らく彼女が、この國の女王。

 

突然の来訪者に驚いているのか、それとも別の理由か。

 

目を見開いてコチラを見ていた。

 

 

 

暫くお互いに見つめ合う。

 

その場はまるで時が止まっているかのようで、外のハルクバスターによるスラスターの噴射音も耳には入って来なかった。

 

 

「あなた、は――?」

 

 

先に口を開いたのは彼女だった。

 

 

「――あぁ……いや……」

 

戸惑いを隠せない。彼女を見た時の衝撃が治らない。その美しさに見惚れていた? いや、それも1つの理由ではあるが、自分にとってもっと別の大事な――

 

 

 

 

 

 

パチリと右腕のブレスレットから小さい衝撃が走る。

 

 

 

 

 

 

――そうだ。今はそんな場合ではなかった。

 

 

「あーその、突然、ノックもせずに申し訳ございません。女王陛下」

 

片膝を付き、精一杯の敬語で話しかける。

 

「俺はトオル。ソウマトールと言います」

 

「トール……」

 

反芻するように名前を呟く女王。冷酷な女王だというイメージだったが、思ったよりも、感情を出す気質のようだ。呆けているように見えた。

 

 

「改めて突然の無礼申し訳ございません。実は、女王陛下に急いで頼みたい事がありましてここに参りました」

 

首を垂れ、その言葉に自分の気持ちと、誠意を込める。

 

その言葉を女王はどう受け止めたかはわからないが、少なくともすぐに打ち首。みたいな事はないらしい。

 

無表情のまま、応えてくれた。

 

「ソウマ、トール……ですね。良いでしょう。話をする事を許します」

 

「ありがとうございます」

 

つくづくイメージが違う。

一回無礼で殺されかけるぐらいの事は覚悟していたのだが。

 

「お願いがあります! あなたが今アイツにぶつけようとしてる魔術を止めて欲しいんです!!」

 

「アイツ――」

 

首を垂れたまま、外を促す。そこには、V2Nを操作するハルクバスターによって拘束されたバーゲスト。

抱えられたまま拘束を解こうと未だ暴れ回っていた。

 

見れば、女王はさほど驚いた様子は無く。バーゲストを一瞥した後、トオルへと言葉を投げる。

 

「そう、トール、貴方が厄災への対処をしてくれているのですね。ですが、何故?今私が行使しようとしている魔術は、あの厄災を確実に滅するもの――貴方にとっても手間が省けるはずですが」

 

「それが違うんです」

 

「違うとは?」

 

「あの厄災の正体をご存知ですか?」

 

「魔犬バーゲスト。妖精騎士ガウェインの成れの果てでしょう?」

 

知っていたのか――

 

驚いて言葉の出ない自分に構わず女王は続ける。

 

「彼女がいずれ厄災になりうる存在という事は既に把握していました。だからこそ妖精騎士という着名を与え、彼女の精神のみならず、その力で以って抑えるように努めさせたのですが――」

 

女王は、今一度バーゲストへと視線を送る。

 

「いかな着名(ギフト)とは言え、限界はあります。とはいえ、何らかのきっかけがなければ起こりえない事であることも事実。何があったか、貴方は知っているのですね」

 

ここに来て嘘などは許されない。過去に妖精國にいて、そこから異世界へ飛び戻ってきた事。肝心の妖精國での記憶が無い事。紆余曲折あって。バーゲストの家で世話になった事を明かす。そして、アドニスの事、洗脳されていたバーゲストの状態。モース退治の帰りに妖精に襲われ、最後に迂闊な事をしてしまった事によってバーゲストがああなってしまった事も。

 

「全部、俺のせいなんです。俺が気付かなければ妖精達に襲われる事もなかったし、バーゲストがああなる事もなかった。だから、だからアイツを殺さないように俺が責任を以って――」

 

続きを言おうとしたが、その言葉が止まってしまった。

 

いつの間にか膝をついている自分と同じ目線になった女王が目の前にいて、その手をトオルの頬に充てがった。

 

手袋越しの手は、冷酷な女王とは全く思えない程、柔らかくて暖かかった。

 

 

「そう……やはりそうなのですね。貴方は――」

 

「あの……?」

 

戸惑っている内に彼女はその体制のまま、言葉を発する。

 

「良いですか、トール。この件を貴方が気に病むことはありません。バーゲストが厄災となったのも、妖精達の蛮行も。この私の管理が行き届いてなかった所に原因があります。だから、貴方が全てを背負う必要はありません。だからとは言いませんが、貴方の優しさと、異世界の力というものに期待し、魔術の行使を取りやめましょう」

 

想像もしていなかった。その優しさに、少しあてられてしまう。胸の奥がじんわりと暖かくなっていくのを感じる。

 

頬に当てられた手を両手で握り、感謝の言葉を伝える。

 

「ありがとう、ございます」

 

少しだけ、心が軽くなった気がする。もちろん自身の罪から逃れるつもりなど毛頭ないが、それでも少しだけ、楽になったのだ。

 

それを罪とすら思ってしまうほどに、優しい対応だった。

 

少し長く握りすぎてしまったかもしれない。

 

その手を見つめながらどこか頬を染めている気がする女王を見て、その手を放す。

 

「ですが、困難な道のりです。二千年の歴史において、厄災を殲滅以外の方法で撃退した例は存在しない。アレは我がブリテンを滅ぼす破滅の呪い。いざと言う時、貴方が根を上げた時、私は彼女を滅ぼす。それは覚悟しておくように」

 

何事もなかったかのように女王はトオルへと忠告する。それは当然の事だ。

 

だが全く問題は無い。

 

 

 

「ああ、それなら大丈夫」

 

 

 

そう、自分が根を上げる事など決して無い。

 

 

 

「絶対に諦めない」

 

 

 

簡単に諦めるような柔な人間達の元で、戦ってきたわけでは無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

外を見れば、未だバーゲストを拘束中のハルクバスター。

トオルは大穴への落下の恐怖心は一切見せず。その上に跳び乗り、背中から中に入りコアであるアイアンマンを再び纏う。

 

「戦闘場所はマンチェスターとキャメロットを結ぶ平原にしなさい。そちらに妖精達が向かわないよう取り計りましょう」

 

「ああ!ありがとう女王様!!」

 

そちらに向かおうと踵を返すが、一つ思い出した事があった。

大穴の上、空中で、建物の外から彼女に振り返る。モニター越しに彼女と眼が合った。

 

 

「そうだ。女王様に伝えたい事があったんだ」

 

 

そういえば、いつの間にか、敬語の事は忘れていた。

 

 

「なんです?」

 

 

「女王就任おめでとう」

 

 

「――っ 何を、突然……」

 

 

「きっと忘れてる記憶が関係してるんだと思う。 でも君を見て、絶対に言わないといけないって思ってたんだ」

 

 

「そう、ですか……」

 

 

「異世界に行ったのも、そしてそこから帰ってきたのも、記憶はないけど、きっとブリテンの為だと思うんだ。だから君の國は絶対守るし、バーゲストも絶対助ける。約束する」

 

その誓いに、女王モルガンは、一度顔を伏せた後、女王歴が始まって以来、初めての表情を作り出した。細やかな、しかし確かに笑顔とわかる表情だ。

 

「良いでしょう。それが出来たのならば、特別な報酬を約束します」

 

「――ああ、ありがとう。すっごく力が出てきそうだよ」

 

そう返して再び目的地へと振り返る。スラスターを噴射させ、平原へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された大広間にて、機械の巨人が飛んでいく先を見つめ続けている女王。モルガン。

 

「変わらないのですね。トオル」

 

愛おしげにその名を口に出す。

 

「相変わらず気の多い……泣いてるヒトや妖精がいれば、あなたは放って置けない人だった…」

 

変わらない彼に思いを馳せる。

 

生きていてくれた。そして、記憶を失いながらも、妖精國の為に帰ってきてくれた。

 

しかも、異世界等という、飛び切りの土産物を持ち帰って。

 

異世界での旅がどれ程過酷だったのか。本人は気づいていないが、モルガンから見たその身体や魂はボロボロだった。

 

「どうか、無事でいて――」

 

まずは妖精たちへ平原へと向かわないように取り計らう。上空のアレに気付いている妖精も多いだろう。厄災などに近寄ろうと言う奇特な妖精は存在しない。これは造作もないことだ。

 

だが、彼女のやろうとしてることはそれだけでは終わらない。

 

ブリテンの為、そして何より彼の為、行動を開始する。

 




トオル
大変な時だってのに、美人に見とれるサイテー男。

モルガン
水鏡用の瞑想中に厄災は飛んでくるわ、死んだと思ってた恋人のそっくりさんが飛び込んできたのでビックリ。とはいえ数千年生きてた経験と妖精眼により、黄金の理解力を発揮。
そっくりさんではなく本人である事に歓喜するものの、向こうは記憶を失っているのもあって未だ現実味がない。

バーゲスト
UFOキャッチャーのように抱えられる。色々空気を読んで大人しくしてくれた。


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現実

いよいよ本当の本当にクライマックス(バーゲスト編の)

1対1ならともかく複数キャラを出演させると途端に会話劇が難しくなりますね。

おかげで、バーゲストには常に空気を読んでもらわないといけないことに。




感想、評価、ありがとうございます。

本当にすごく嬉しいです。


「モルガン――やっぱり、あなたなんだ。あなたがトール君の――」

 

「アルトリア――そういうお前こそ、一体いつどこで、〇された?」

 

「そんなの、話す理由なんてない」

 

「なるほど、良いだろう。元より敵対関係。むしろ新たにすり潰す理由ができたと言っても良い」

 

「—そう、あなたはまだ気づいてないんだ」

 

「なに――?」

 

「別に、まだ気づいていないのなら私から言う事なんて何もない」

 

「……この戦いに乗じて、貴様を攫い、痛ぶっても良いのだぞ?アルトリア」

 

「そんなの、トール君の前であなたは出来ないでしょう?」

 

「ほう?」

 

「別に、知っていたって変わらない。あの人が、あなたの為に生きてるって事は変わらない」

 

「……」

 

「なんだ、可愛い所もあるんだ」

 

「貴様——」

 

「怒りたいのは私だって同じ。でも今は、そういう場合じゃない。でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

戦況はモルガンが参戦した事により、一気に優勢になった。

ハルクバスターによる取っ組み合いがバーゲストの攻撃を制限し、その間にモルガンが魔力を吸収。

この二人だけでも優性に見えるが、そこに、藤丸立香の英雄の影が動きを封じ、偶に来る攻撃をアルトリアが防御し、村正がその刀で切り伏せる。

更に、他の仲間を遠くに先導していたダ・ヴィンチも参戦し、回復役に徹する。

 

 

立香達とモルガンでは連携が全く取れていない。

どころか、特に村正の動きが何というか、目に見えて怪しいというか、モルガンの方を常に気にしているように見え、それが好意的なものではないというのが気になるが現状の戦争の構図を把握していないトオルにとっては、村正がモルガンの首を取ろうとしている事は知る由も無い。

 

お互いに世界をかけ、敵対している存在が、同じ目的をもって行動する。

その中心にいるトオルは、お互いの事情を全く把握していなかった。

 

だが、現状問題は無い。

このまま行けば、魔力切れを狙えるはずだ。

 

 

 

 

――しかしまた戦況は一変する。

 

 

 

 

 

「これはーー!!」

 

その状況に気づき、叫んだのは誰だったか。

突如周囲に夥しい量の黒い影のようなモノが現れた。

 

厄災によるの尖兵。

妖精にとっては天敵であるところのモースだった。

 

数としては一目見渡したとしても、数百を超え、大小さまざまなモース達がトオル達とバーゲストを取り囲んでいる。

 

「なんでこんな急にモースが!!」

 

その言葉を発したのは立香

 

「いやむしろ、逆だ!! ノリッジ事を思えば、今まで湧いて出て来なかった方が不思議なくらいだ!!」

 

「忌々しい――」

 

その言葉と共に、モルガンは魔術を唱える。その槍は剣へと形を変え、衝撃破を放ちながらモース達を薙ぎ払う。

圧倒的なその攻撃力に立香達は戦慄するが、驚いている場合では無い。

 

バーゲストとこの量のモース達を同時に相手どらなければならない。

その状況に今まで以上に緊張感が走る。

 

そのバーゲストを見てみれば、巨大な口でモースを喰らっていた。

 

 

「あれって回復してるとかじゃないよな?」

 

「残念ながらその通りだろうね……」

 

嫌な予感をトオルが口にするが、肯定したのはダ・ヴィンチだった。

 

食事に夢中のバーゲストを見越し、それぞれが背中合わせになりながら、モースに対処する。

 

このままではジリ貧だ。バーゲストを殺すつもりで動くのなら、モルガンや村正の攻撃で周囲のモースごと殲滅できるだろうが、今のような闘いを続けていればいつかは――

 

「そろそろ決め時じゃねえか? 坊主」

 

村正の口からそんな言葉が飛び出した。

少ない言葉だったが、その意味は誰もが理解した。

 

「なんだ? 疲れたのか?」

 

その意味を理解しつつも、トオルは軽口を叩くが、村正は取り合わなかった。

 

「お前さんの信念は立派だ。そしてよくぞここまで戦った。だけどな、このまま同じ闘いを続けていたらいつか喰われちまうのは目に見えてる」

 

その言葉を誰もが噛み締める。

モルガンでさえ、言葉を発することは無い。

 

「バーゲストはもう、どう見ても救うべき奴じゃねぇ、倒すべき奴だ。自分がああなったらって事も考えてみろ。その上で、バーゲストの気持ちもな」

 

ひたすらにモースを貪り喰らうバーゲストに、もはや以前の面影は全く感じない。

 

そうなのだろう、それが当然の選択なのだろう。誰もが元より彼女はそういう運命だったと認識している。

 

運命に従うべきだと。運命に抗えばもっと酷い結末が待っているぞと、何かがトオルに囁いているように感じる。

 

本当に、胸糞悪くて、その世界の存在を、娯楽としてしか思ってない奴が考えるような、全く持って酷い物語だ。

 

「だから――「だから殺す方が救いだって事もあるって?」

 

村正の言葉を遮り、言葉を発したのはトオルだった。

 

「くだらないくだらないくだらないくだらない……」

 

今までにない感情の高ぶりを感じる。

気性は荒くなり、口調さえも乱暴になっていく。

 

「殺してやることが救いだなんてのは、殺した側が自分達の罪を軽くするために言う言葉だ。主人公に罪を被せたくない為に使う下らない言い訳だ。幽霊だのに『殺してくれてありがとう』なんて言わせて、めでたしめでたしなんていう胸糞悪い展開が……」

 

このような悲劇は、何も今回が初めてではない。

何度も何度もその運命に沿って怪物と化して殺される者達を見て来た。そして救う事が出来ない事の方が多かった。

そして、何度も何度も自分以外の人間がそういった悲しい宿命を背負った者を救う様を見せつけられてきた事もあった。

 

「俺は大っ嫌いなんだよ……!」

 

だから今度は、今度こそは――

 

ハルクバスターの各部位から機械音が鳴り始める。

 

「俺は、あんなになったアイツが、アドニスの為にこさえた花畑を壊すのを嫌がってたのを見たんだ」

 

噴射音が鳴り始める。

 

「まだアドニスへの愛が残っている姿を見たんだ」

 

掌から光を噴射し

 

「今まで前例が無かろうが関係ない」

 

背中から光を噴射し

 

「バーゲストが何もかも諦めて、殺してほしいって懇願してようが関係ない」

 

足裏からも光を噴射する。

 

「巻き込んじまって悪いが、俺は昔っから自分勝手だからな……」

 

装甲の各部が開き、同じように光を噴射する

 

「俺はやり方を変えるつもりは毛頭ない……!」

 

その言葉を残したまま、一気に空中へと飛び上がる。

 

『モルガン! アルトリア!! 障壁を張れ!!』

 

スピーカーからの乱暴な指示に、アルトリアはもちろん、この國の女王であるモルガンも従った。

 

「V2N!! 補足できるか!?」

 

『当然だ』

 

モニターにあるモース達の1体1体を補足していく。

 

バーゲストがああなった事から察するにモースの正体もおそらくは……

 

補足が完了すると同時、装甲のありとあらゆる場所から、ミサイルの、リパルサーの、レーザーの発射口がせり上がって来る。

 

――今はただ邪魔なだけだ。

 

体中の武器を一斉発射する。

 

ミサイルが消し飛ばし、リパルサーが貫き、レーザー光線が切り裂いていく。

正確に、淀みなく。バーゲストはもちろん。モルガン達の障壁にすら当たらずに、モース達を破壊していく。

 

爆音と煙に周囲一帯が包まれた。

 

しばらくの沈黙の後。

 

煙が晴れる頃には、モース達の全てがいなくなっていた。

 

 

村正達がいる場所にハルクバスターを着地させる。

 

驚いた表情をする村正に、声を掛ける。

 

「悪いな村正。嫌な役やらせて……」

 

誰もが言い出しにくい事だっただろう。忠告役をあえて引き受けたのは、見た目に反するじじくさい性格故だろうか。

 

「お前さん、その鎧。どれだけ絡繰を隠しもってやがるんだぁ?」

 

呆れた様子の村正にハルクバスターの砲門をありったけせり上げる事で答える。

 

「改めてなんだが、これは俺の自分勝手な戦いだ。バーゲストでさえ望んでないかもしれない俺のワガママによる闘いだ。アルトリアはああ言ってくれたがな。やっぱりお前達に手伝ってもらおうなんて思えない」

 

「だから、できれば逃げて――「トオルさん」」

 

トオルの言葉を今度は立香が遮った。

 

「ここまで来て、そんな寂しいこと言わないでください」

 

その一言に、すべてが込められていた。

 

アルトリアも村正も、ダ・ヴィンチも。同意するように頷く。

 

少し離れた位置にいるモルガンに顔を向ける。

 

「私にはなんら問題はありません。私はあなたを裏切らない。あなたが音を上げた時も安心なさい。代わりにあの厄災に対処する手はずは整っています」

 

――本当に、優しい女王様だ。

 

「あぁ、それなら安心だ」

 

言って再びバーゲストと対峙する。

 

二転三転した戦況も、いよいよもって最終局面に入っていく。

 

思いは全て出し切った。

 

後は諦めずに戦うのみ。

 

皆が皆、誰の犠牲も払うことなく。バーゲストを救う事が出来るだろう。と考えていた。

 

そんな不思議な希望が全員にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、一人の(ニンゲン)がただ加わった程度で、1万4000年の絵本が貪り食われる悲劇を覆せるほど、現実は甘くは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の覚悟は決まり、あとは、消耗戦を残すのみ。

 

そこに、ひとつの知らせが届く。

 

『トオル、バーゲストの全解析が終了しました』

 

それはまさしく最後の希望だ。この消耗戦に終止符を討つためのより最良の方法を見出す為の希望。

 

「どうだ!? 止められる方法はありそうか?」

 

期待を込めてV2Nに尋ねる。

 

『……』

 

「V2N!?」

 

答えない相棒を急かす。

 

嫌な予感が拭えない。

 

『現状、魔術及びあなたが異世界より賜った装備では不可能です』

 

もう一度問いただせば、あっさりとその答えが返って来た。

 

 

 

 

 

――ああ、やっぱりか

 

 

 

 

『あの呪いはバーゲストが死亡するまで消える事は無く、魔力が尽きる時、彼女の命は消え去る』

 

それは最悪の宣告だった。呪いが音を上げることもなければ、魔力切れでどうにかする。なんていう事も不可能という事だ。

それこそ今までの全てを台無しにするような分析結果。

 

『根本から彼女の在り方を変えない限り、助かる道はないわ……』

 

それが最終宣告。本当の意味での終わりを告げる言葉。

 

周りには、未だバーゲストを抑えようとしてくれいる者達。

 

この茶番に突き合わせてしまった。心優しき善人達。

 

絶対に諦めないと誓った。

 

ただ、実現不可能という現実を前に意地を張れるほど、向こう見ずでも無かった。

 

心に浮かぶのは懺悔の言葉。どうしようもできない自分の無力さからくる。贖罪の気持ち。

 

 

――ごめんなさい

 

自分が、あの妖精達の蛮行に気づかなければ、こんな事は起きなかったのに。

 

――ごめんなさい

 

自分がバーゲストに世話にならなければこんな事にはならなかったのに。

 

――ごめんなさい

 

自分が妖精國に来なければこんな事にはならなかったのに。

 

――ごめんなさい

 

自分がそもそも存在しなければこんな事にはならなかったのに。

 

 

 

例え異世界に行こうと、例えどんな武器や力を手に入れようと。肝心な所で救えない。

破壊という結果しかもたらさない。そのために生みだされた自分の運命から抗う事ができない。

 

世界そのものを破壊するよう作られた自分に、ヒーロー達が傍にいない自分に誰かを救うことなどできはしない。

 

そう贖罪の思いに駆られ、自身の出生すらも恨めしいと思ったその時。

 

 

――ふと失われていた一部の記憶が蘇って来た。

 

 

自身を作り出した創造主への反抗を企て、セカイそのものを分析し、ハッキングした無限城の倉庫(アーカイバ)にある記述。

 

破壊による支配だけが使命ではなかったと知り、だからこそ怒りに打ち震えたあの記述。

 

――ああ、そうか

 

根本からというのならば、これが自分にできる最善の方法だ。

 

 

決断は早かった。

 

 

 

「V2N。俺を外に出してくれ」

 

『何を考えて――』

 

予想通りの反応を示すV2Nの言葉を聞かずに、体内から生み出した電流で、プログラムをハッキングする。

 

ハルクバスターの全面が開き、アイアンマンスーツもナノマシンが剥がれ落ちていく。

 

そのままハルクバスターを降り、ゆっくりとバーゲストの方へ歩いて行く。

 

『バカな事をしないで!!』

 

即座に前面を閉じたハルクバスターはV2Nの操縦により、トオルを捕らえようと動くが、再びの稲妻により動きを抑制され、その目的を果たすことは出来ない。

 

「わるいなV2N(ヴィヴィアン)

 

その尋常ではない様子に、戦場にいる誰もが、後方にいたトオルに振り替える。

 

「トール!? 何をやっているのです――!?」

 

最初に叫んだのはモルガンだ。

 

焦りを見せる様子に、もはや冬の女王としての矜持はは皆無だが、それ以上に眼を引く存在により、その場にいる誰もが気にする様子はなかった。

 

誰もが一時的に、動きを止めざるを得ない。

 

その一瞬の隙をついて、バーゲストの口から熱光線が放たれる。

 

狙いは寸分違わず。生身のトオルへと向けられ、その場にいる誰も対応する事が出来ない。

 

発射された光線はトオルへとまっすぐ向かい。直撃をする。

 

「トール君!!!」

 

一瞬でその身体を蒸発させるかと思われたそれは、トオルの体から発せられる稲妻にぶつかり、触れたその部位から消失していた。

 

数秒の間照射され続けた熱光線は目標に届くことなく消失する。

 

その攻撃を意に会する事なく、突き進むトオルの体には先ほど以上に稲妻が纏わりついていた。

 

「トオルさん、雷の魔術なんて使えたの!?」

 

「でも魔力も何も感じないぞ!? また別の科学兵器!?」

 

「そもそもアイツ! 何をしようとしてやがる!!?」

 

 

立香達がそう会話を進めている間にトオルは右手をバーゲストにかざす。

 

すると、その右手から、光を纏った粒子のようなものがバーゲストを透過する。

電子風を通し、バーゲストそのものをその根本から解析していく。

V2Nによる解析とは別のアプローチ。

世界の根幹を揺るがす雷によって構成される電子風スキャンは

その存在の物理的構成から概念に至るありとあらゆる全てを解析する。

 

「成程、そういう構造なのか……」

 

 

解析は終了し、再びバーゲストへと近づいていくトオルが纏う稲妻は、さらに広がっていき、最早彼本人を視認する事すら困難になる程だった。

 

 

「なんて稲妻だ!! 魔力の類は測定できないけど! でもこの圧力は、オリュンポスの時のような――!!」

 

 

ダ・ヴィンチの叫びに内心で同意する立香。第5異聞帯であるオリュンポスで経験した。機械神ゼウスによる雷。

 

魔術的な要素を感じることは出来ず、そもそも具体的な出力や威力は計ることは出来ないが、生命体としての本能が、その稲妻に警告を発していた。

規模こそは及ばないものの本能的に感じるその圧力は、最大のものだと思っていたゼウス神の稲妻以上のものような感覚さえ覚える。

 

あれはただの稲妻ではない。触れただけで万物を破壊するモノ。生命体がもつ原初の恐怖をその場で見させられたような迫力に、誰もが眼を見張る。

 

その稲妻に本能的に恐怖を感じ取ったのかはわからないが、あの厄災となったバーゲストが怯えているようにも見える。

 

「この稲妻、名前がトール。まさかだけど彼は雷じ――」

 

ダ・ヴィンチから発せられた言葉が最期まで続くことはなかった。

 

いつの間にか、ハルクバスターに体を掴まれ、空中に運ばれていたのだ。

 

「なになに!?どういう事!?」

 

見れば巨大なハルクバスターの手には立香と村正の姿もあった。

 

つまりは逃げろと。そういう事なのだろう。

 

「だとしたらアルトリアは――?」

 

「アイツなら上手い事交わしてったぞ!!」

 

「トオルさん!? そんな!! トオルさぁぁぁぁん!!」

 

最期まで付き合わせてすらくれないのか。その叫びも空しく、立香達は戦場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

トオルが一体何を考えているのか――そもそもなぜ今更あのような行動を起こすのか。V2N以外は理解をすることが出来ない。

 

だが、妖精眼をもつ二人には。詳細はわからないまでも、どのような覚悟を以てあの行動を開始したのかは理解した。

 

いや、してしまった。

 

モルガンは、トオルによって操られているハルクバスターによる回収作業も予測し、回避する。

 

()()()()()()()()()()()稲妻を放出する彼に駆け込んでいく。

 

せっかく出会えたのに、せっかく戻って来てくれたのに、結局行ってしまうのか。

たまらずトオルのそばに駆け出そうとするモルガンだが、あまりの熱量に近づく事は叶わない。

思いつく限りの魔術を放っても、全てが稲妻に阻まれてしまう。

 

 

嫌だ。絶対に嫌だ。もう、絶対にあなたを失いたくない――!!

 

 

意を決したモルガンは、自身が傷つくことも構わず、その稲妻に飛び込んでいく。

全力で治癒魔術を自身にかけながら、縋るように手を伸ばす。稲妻によって指先から焼き尽くされるが、そのそばから再生していく。

だが、どう見繕っても治癒魔術では間に合わない。トオルに辿り着く前に自身は消失していってしまうのはわかりきっている。

 

それでもあきらめる事はできなかった。

その痛みと恐怖すら、精神でねじ伏せて、突き進もうとした瞬間。

 

横合いから突き飛ばされ、その進行は阻まれた。

 

「この――放せ! アルトリア!」

 

モルガンを突き飛ばし、組み伏せたのはアルトリア。

敵対しているはずの少女に、命は救われ、そして目的は邪魔された。

 

余計な事をとアルトリアを睨めば、そのエメラルドグリーンの瞳からは涙があふれていた。

 

「貴様——」

 

「止めて! あなたが、あなたが傷ついたら! 一番困るのはトール君なの!! あの人の為を思うなら! あなたは大人しくしていて!!」

 

「お前は何を言っている!!?」

 

「お願いだから我慢して! これでトール君が無事だったとしても、あなたが傷ついていたら! あなたが死んじゃったら! トール君はまた傷つくの!! もうあの人が自分で自分を傷つけるのは見たくないの!! だからお願い!!」

 

その口から、その心から伝わる悲しみに、モルガンも充てられ、アルトリアと同様に涙を流す。

 

アルトリアは何を知っているのか、何故それを自分は知らないのか。あまりにもくやしくて、あまりにも悲しい。

 

自身の無力さに苛まれ。感情はぐちゃぐちゃになっていた。

 

耳に飛び込む爆音に、発信源を見れば、トオルは怯えたように咆哮を上げるバーゲストの口の中に、その稲妻ごと飛び込んでいく所だった。

 

 

「トオル――!!」

 

 

その叫びを受け取ったのは、その場にいるアルトリアだけ。

 

トオルがバーゲストの体内に入って尚、バーゲストには稲妻が纏わりついている。一拍置いた後、その稲妻がプラズマ化し、周囲一帯が眩い光に包まれた。

 



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仮初の共闘

『この國の女王。モルガン。美人でしたねトール?』

 

女王とのやり取りの後、指定された平原に向かう途中、V2Nから野暮な話を振られる。

 

「何だよ突然」

 

『いや? 獣と化した女を助けようとしている中、他の女に見惚れ、我を忘れ、あまつさえ電気まで流すはしたない貴様を見てそう思っただけよ』

 

「……悪かったよ。あの時はありがとうV2N」

 

事実ではあるのだからぐうの音も出ない。あの時ブレスレットからのV2Nの気付が無ければ、会話が成り立たなかったかもしれない。

 

『結果的には上手くいったけれど、彼女が話通りの女王だったなら、そもそも会話すら許されなかったでしょうね。本当に運が良かっただけよ』

 

「ああ、もう、色々迂闊だったのは反省してるよ。でも緊急だったんだからしょうがないだろ。それに結果的には上手くいったんだ。これ以上はやめてくれ。心が砕けそうだ」

 

 

 

 

目的地の平原へと、到着。それと同時にバーゲストの両手脚の拘束具が千切れていくのを確認する。

そのまま変形させた腕による拘束も解き、自然落下させる。

空中で体を捻り、上手いこと着地するバーゲストと、改めて相対する。

 

女王からの許可も得た。この闘いに介入する存在はもういないはずだ。

 

しかし、彼女を救う。そう啖呵を切ったのは良いが、現状、消耗戦しか選択肢がないという事に憤りを感じていた。。

 

内心で、トニー・スタークならば、スーツの操縦も、交渉も、もっと上手くやれたのではないかと、考える。

 

――いけない

 

今までに出会った人間が、あまりにも偉大すぎて、彼らならばどうにかできたのではないかとつい考えてしまう。

 

他人と比べてしまい、他人を真似て何かをしようとするのが自分の悪い癖だと。散々言われたではないか。

 

今ここにいるのは、トニー・スタークでもなく、キャプテン・アメリカでも、マイティ・ソーでもない。他の異世界の皆でも無い。彼らは居ない。偉大なヒーローは側にはいないのだ。

 

今この場にいるのは自分だ。何かを成し遂げる上で最も重要な要素は、そこにいる事。

そこに存在する事そのものにまず第一の意味がある。

誰が言ったかは忘れたし、本当にそんな言葉だったかも定かではないが、自信を奮い立たせる言葉の一つではあった。

 

獣の口から再び熱光線が発射される。それを、掌から出る光学兵器。強化方リパルサーでもって対抗する。点と点がぶつかり合い。着弾点を中心に小爆発が起こる。光線に光線を当てるという目を見張る神業を、容易くこなして次に備える。

 

根気と根気のぶつかり合い。呪いと自分。どちらが根を上げるかの勝負。

 

呪いなどという曖昧なもの相手に。その戦いは圧倒的に不利だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残念ながら目論見通り。ダメージを与えることの出来ないこの戦いも少しずつ劣勢となっていく。数度のユニット交換を繰り返し、そろそろ予備も尽きかけてきた。

 

 

『今からでも、目標を殲滅に変えても?』

 

「ダメだって! 頼むよV2N! 俺は諦めることはないんだから!諦めてくれ!!」

 

『だが、このままではユニットもそこを尽きます。生身で相対できる程、貴方は万全ではない。貴方は私のモノでもあるのよ。無茶をして死ぬ事など私は許さない』

 

「だったら、成功するように祈っててくれ……!」

 

そう言い返して向かってくるバーゲストを殴り返す。

拘束具も底をついた。残る武器は強化方リパルサーと肉弾戦のみ。

 

そして、本能か計算かはわからないが、こちらの攻撃が通用しないことは理解してきているらしく、攻撃をあえて受けてその隙を反撃というパターンも増えてきた。

 

「クソっ!」

 

V2Nによる解析はほぼやり尽くし、出来ることはほぼ尽きた。途中呪いそのものへの対処とは別に魔力切れを狙うと言う手段も提案されたが、結局やることは変わらない。呪いに根を上げさせるよりも現実的ではあるが、魔力切れそのものを狙うにはまだまだ戦闘を続けなければならない。

 

そして、今まで通りの流れでは、その魔力切れにすら対応できない。

 

諦めるつもりは毛頭無いが、精神論でどうにか成る程、今の現実は甘くは無い。

 

今後の絶望的な展開が頭の端に掛かっている。

 

 

 

――だから、という事では無いかもしれないが。

 

 

今までで1番の危機が訪れた。

 

 

 

 

数ある攻防の中で、バーゲストの両前足によって、仰向けとなったハルクバスターの両手が押さえつけられてしまったのだ。

 

今までであれば本能のようにその顎で噛み付いてくるのだが、今回は違っていた。目の前の顎がバクリと開き、その喉奥が露わになる。そこから感じる熱気は覚えがあるモノだった。

 

 

――マズイ!

 

 

いくらハルクバスターであれ、この距離で喰らうのはマズイ。これがただの科学的に生成された熱光線であれば表面を削る程度だが、測定できる熱量とは別の、不思議な力がその威力を増しているのだ。

 

この距離で直撃してしまえばタダでは済まない。

 

運が良ければハルクバスターの溶解。悪ければ、伝導熱で先に中にいる自分が丸焼きになる可能性がある。

 

選択肢はあるにはある。ハルクバスターを諦めて、コアのアイアンマンである自分だけ脱出する事。

 

しかし、その選択肢を取れば、魔力切れや呪いの根気切れを狙う戦略がさらに難しくなってくる。

 

他の戦術を模索するが、この一瞬で思い浮かぶ事はない。

 

――それしか……無いか

 

脱出という選択を選ぶのに数瞬かかってしまう。

 

故に、熱光線が直撃する事は避けられない。

 

一瞬であれば喰らった所で表面を溶かす程度。ダメージに関しては問題はないが、ハルクバスターを捨てて脱出以外の方法を思い浮かぶ隙は無くなってしまった。

 

視界が赤い光に染まっていく。

 

 

 

その直撃を覚悟した瞬間――

 

 

 

 

――きみをいだく希望の星(アラウンドカリバーン)

 

 

 

 

 

周りに花が咲いたような幻視を見た。

 

 

 

 

 

気付けば、見えない何かが、目の前の熱戦を防いでいた。

 

 

「トールくん! 早く逃げて!!」

 

 

呆けてるうちに、何処からが声が聞こえた。

 

その声に反応し、どうにか判断を下すことが出来た。

 

 

「V2N! 腕を外して、スラスター全開!!」

 

 

その指示のまま、両腕が着脱される。抑えられていた両腕が外れる事で拘束が解け、仰向けになったままスラスターで低空飛行。そのまま脱出を果たすことが出来た。

 

 

予備ユニットをV2Nに申請しつつ、モニターやセンサーで周りを見渡せば、複数の人間。その中にいる1人の少女が、杖を上に掲げていた。

 

――何処かで見覚えのある少女。

 

その見た目は何故かはわからないが先ほど出会った女王を想起させるような――

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

先ほどから思考の渦に巻き込まれて過ぎている。声がかかりハッと気付く。

 

青年が走り込んで来る。

 

先程、支援すると申し出て来た青年だった。それを自分は断った訳だが。

 

 

「その、迷惑かもしれませんが、やっぱり放っておけないんです! 彼女を、ガウェインさんを助けるのを、俺達にも手伝わせてください! 絶対に邪魔はしません!」

 

 

思えば、あの時、彼そのものをちゃんと見ていなかった。しっかりと見れば、その目は、その気迫は、本当に真っ直ぐで、少ししか関わってない自分でも信用できると確信が持てる雰囲気だった。

だからこそ巻き込むわけにはいかないと思う。

 

「ああ、ありがとう。でも危険なんてもんじゃ無い。俺は彼女を殺すなんて事は絶対にしない。だから普通よりもよっぽど危ない。殺すよりもよっぽど難しいんだ」

 

敵を殺さない。コレは、想像以上に難しい。言うなれば手加減をして勝利しなければならないのだ。

格下相手にすら手こずる可能性のあるこの選択。

 

再び熱光線が迫ってくる。

 

先程の少女による障壁は残っていない様子だ。こちらに駆け込んでくる途中だったのだろうが、慌てた彼女が再び障壁を張ろうとしているのを確認する。

 

リパルサーを当てるにしても、腕は今失っており、予備ユニットもまだ届いていない。

 

「俺の体に掴まれ――」

 

抱えることも出来ないため、少年をしがみつかせて回避する事を選択するが若干遅い。彼を守ることは出来るがハルクバスターの一部のパーツを犠牲にする事はやむおえない。

 

 

 

 

その前に、また別の人影が射線状に現れた。

 

 

その人影が振るったのは刀だ。

見た目には普通の刀だったが、その斬撃範囲は刀身よりも遥かに長く。線状の熱光線を縦に切り裂いた。

 

 

「――どうだ小僧、凡骨半裸侍でもこれくらいの事は出来るんだぜ?」

 

 

悪戯っ子の様な笑みでこちらを見る侍は、先刻蹴り飛ばした男だ。

 

 

「アンタ――」

 

 

「何、お前さんの無茶を知った上で、藤丸もアルトリアの嬢ちゃんも、覚悟決めてやって来たんだ。少しはその意を汲んでやれ」

 

 

「村正の言う通りです。あなたの闘い方は見てました。その難しさもわかってるつもりです。だから、その我慢比べ、俺達も混ぜて下さい」

 

 

何というか……今日はしょっちゅう胸がジンジンして来ることが多いというか。

 

青年とモニター越しに見つめ合っている間。

 

今一度迫り来る熱光線を、その目標を視界に入れる事もなく、タイミング良く飛来したユニットによって瞬時に換装した左腕のリパルサーで相殺してみせた。

 

その神業に一同驚き感心した様子を見せるた。

 

トオルはハルクバスターの前面を開き、青年にその姿を晒す。

 

「名前は?」

 

 

「え?」

 

 

「君の名前は?悪いけどさっき聞いた時、聞き逃しちゃってたんだ」

 

その問いはトオルにとっての受け入れる証だ。

 

それに気付いた青年は、嬉しそうに名乗ってくれた。

 

「俺は藤丸立香」

 

日本人の名前だ。

 

「この人は千子村正」

 

同意するように頷く侍。

 

「そして、この娘はアルトリアです」

 

丁度駆け込んできた少女はその紹介に続くように頷いて見せた。何処か嬉しそうなような気まずそうなような。ぎこちない雰囲気を纏っている。

 

トオルは一同を眺め。

 

「藤丸立香」

 

「千子村正」

 

「アルトリア」

 

それぞれの名前を反芻する。

 

「駆けつけてくれてありがとう」

 

口に出したのは感謝の言葉。そう、ただの善意だけで、来てくれるだけでも感謝しかない。

 

「アイツがああなったのは俺のせいだ。俺がアイツの世話にならなければ、起こらなかった事だ」

 

申し出は嬉しいと思っている。正直なところ手伝って欲しいとも思ってる。

 

だがそんなつもりは毛頭無かった。

 

「だから、君達みたいに善意でやってる訳じゃない。これはただの償いだ」

 

そう、ただの償い。救いたいという思いは確かにあるが、その根底にあるのは自分が存在している事そのものによって、起きてしまった悲劇への清算。

 

女王(モルガン)が悪くないとは言ってくれても、その通りに責任を逃れる気など毛頭ない。

 

「そんな俺個人の贖罪に付き合わせるなんて――」

 

「そんなの関係ない!!」

 

――出来ないと断ろうとしたのを遮ったのは、エメラルドグリーンの眼が美しい金髪の少女。

 

何処かで見覚えがあるような。不思議な少女。

 

「善意だけでやってるわけじゃない! 私がやりたいからやるの! 私だってバゲ子を助けたい! もう、あなたがボロボロになるのなんて見たくない! だから手伝うの! 手伝いたいの!」

 

比較的大人しいように見えた少女の張り上げる声がその空間にやけに響いた。

 

「全部自分のせいだとか!1人でやるだとか! 格好付けてないで、素直に受け入れろこのバカトール!!」

 

 

 

 

その場の誰もが面食らっていた。立香も、村正も、もちろんトオルも何も言うことができない。

 

 

 

 

そのフリーズからいち早く回復したのは村正だった。

 

「女がここまで言ってんだ。受け入れてやらにゃあ男が廃るぜ格好つけ」

 

「――っ」

 

 

 

ここぞとばかりに揶揄ってくる村正。横では同じように回復した藤丸が期待をしているような眼でこちらを見ていた。

 

少女の心からの一括に、逆らうことなどできはしない。

 

恥ずかしい話だが、心変わりを見抜かれているようだ。

 

「あ~それじゃあその……」

 

何処か気恥ずかしさを感じながら

 

「よろしくお願いします」

 

せめて丁寧に救援を依頼した。

 

その言葉に、一同は笑顔で応え改めて、バーゲストと対峙する。

 

やることは変わらない、致命傷与えないよう。直接的な傷をなるべく傷つけないよう。

 

バーゲストの魔力切れ、あるいは呪いそのものの根気切れを狙う長期戦。

 

新たな共闘仲間は得たものの。やはり余裕とは言い難い。

 

全員が過酷な道だと覚悟する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立香による英霊の影がバーゲストを牽制し、村正の刀が熱光線を切り裂き、アルトリアの障壁がバーゲストの進行を阻み、ハルクバスターがその巨体で持って、投げ飛ばす。

 

即席のチームではあるが、連携は悪くない。

 

とは言え、この消耗戦。V2Nによる分析を続けてはいるものの構造解析には至らず、突破口は無く、唯一現状できる消耗戦だが、バーゲストの魔力も呪いも全く底が見えていない。

 

対してこちらは、魔力も、精神も、体力も、それぞれに限界がある以上、非常に困難な道のりだ。

 

そんな長期戦を続けていれば、誰かしらが窮地に陥るのは当然と言えた。

 

バーゲストの口から、相変わらずの熱が発生する。定番の熱光線。馬鹿の一つ覚えではあるが、これ以上とない協力で効率の良い。攻撃方法。

 

「アルトリアーー!!」

 

叫んだのは藤丸立香。

 

 

その口の先にいるアルトリアは、全くの無防備だった。魔術障壁はつい先ほど数メートル先にいる立香を守る為に展開した直後で、即座に使用することが出来ず。

かといって容易く回避できるほど、身体能力があるわけでもない。

 

村正はバーゲストの左腕に吹き飛ばされたばかりで体制を立て直すのが精々。

当然ながら守られたばかりの藤丸も本人ではどうしようもなく、頼みの英霊の影もその攻撃を防ぐ程の物には至らない。

 

 

「——俺が行く!!」

 

 

その場で唯一動けたのはハルクバスターを纏ったトオルのみ。

 

しかし、リパルサーによる相殺は間に合わず。光線の発射前にバーゲストを攻撃できる距離にはいない。

 

唯一選択出来たのは、射線上に立ち、自らが盾となる事だけ。

 

「トール君!!」

 

アルトリアの叫びに構わず。その身体を晒す。

 

自分の事情に巻き込んでしまっている以上。その危険を冒すのは当然だ。、しかもこの身は生身ではなく、強力なアーマーに包まれている。

 

どのみち彼女がいなければ、同じ目に合っていたのだ。彼女の命を失うくらいならば、当然の選択と言える。

 

アルトリアをかばうように立ち。凄まじい熱量を察知し、身構える。

 

それは先刻のやり直しだ。先ほどと同じように赤い光が視界を覆う。2度目の光景。今度こそと覚悟する。

 

 

 

 

 

――しかし、先ほどと同じように、その光は見えない壁に遮られた。

 

 

 

「なん――だ?」

 

 

 

――アコーロン

 

 

 

 

トオルの呟きの後、耳に入ってくる呪文らしき声。

 

その声はトオルにとって、いや、その場にいる全員にとって聞き覚えのあるものだった。

 

 

 

忌々しげに呻くバーゲストの体から赤い何かが放出され、アルトリアとトオルからみて左後方へと向かっていく。

 

振り返ってみれば。見覚えのある姿。

 

黒を基調としたドレスに美しき銀の髪、青い相貌は見る者が吸い込まれてしまいそうに成程に美しい。その手には巨大な黒い槍を携えている。

 

 

 

――女王モルガン

 

 

 

キャメロットの玉座にて鎮座しているはずの冬の女王がそこにいた。

 

 

「——モルガン」

 

「噓でしょ……」

 

「——アコーロン」

 

トオルが名を呟き。アルトリアが信じられないといった表情で言葉を放つ。その視線を見つめ返しながら、それに応えたのは、再びの呪文。

 

今一度、バーゲストから赤いモヤがモルガンへと吸い込まれていく。

 

それは、バーゲストの魔力だ。

 

放心しているアルトリアを他所にトオルはモルガンへと声をかける。

 

「手伝ってくれるのか?」

 

「えぇ」

 

「女王様が、こんな所に来ていいのか……?」

 

「あなたが心配する事ではありません」

 

 

もはや敬語を使おうとすらしないトオルの問いに短く答える。

 

 

その場にいた。トオルとアルトリア以外の誰もが、その姿に驚愕していた。

そのやり取りは、アルトリア達があの大広間で出会った。妖精を圧政で苦しめる冷酷な女王の気配は一切感じられない。

 

 

「私の助力は、この妖精國へと舞い戻ってきたあなたへの帰郷祝いと受け取りなさい」

 

「ハハ、帰郷祝いって……」

 

たまらず苦笑するトオルに、モルガンはその黒いベールの下から、トオルにしかわからない程に微かではあるが、笑顔を向けた。

 

 

「さあ、トオル。歓談している場合ではありません。前を向きなさい。この女王がいるのです。勝利は約束されているとはいえ、動かなければそれは叶いません」

 

 

女王の号令が再びの戦闘の始まりを告げる。

 




藤丸立香:主人公。補正がバリバリ働いてるのでタイミング良く現れる。

村正:反骨ではないけど半裸ではある。

アルトリア:色々あるし何にも解決してないけど今はちょっとだけ元気

モルガン:色々解決してくれると信じているが、それはそれとして心配すぎるので来た。
玉座?でえじょーぶだ。ちゃんと一人座ってるから。


トオル:色々と感動しているが、この陣営が実はむっちゃ殺伐としているのを知らない。どういう流れになろうと、例え崩落を阻止できようと、モルガンがブリテンを放棄しない限り、藤丸立香が汎人類史を諦めない限り、異聞帯と汎人類史の成り立ちが変わらない限り、最終的には殺し合うことになる。それを彼は知らない。


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命を繫ぐ

大分難産でした。


四方八方が暗闇に染まり、もはや方向感覚は完全に失っていた。

 

ここはいわばバーゲストの精神世界。

 

体の方は解析済み。

厄災と彼女を切り離すプランと、それを実行するプログラムは組み上がっている。

 

自身が持ちうる万物を原子以下まで破壊しうる能力と、意のままにセカイを作り直す為に与えられたこの能力を用いれば、可能な事だ。

セカイの創造主の為に与えられた能力であり、本来であれば自由に使えず、その意思からは抗えない能力だが、異世界であるこの場所であるならば制限はあるものの自由に行使できる。

 

その制限故に内部まで直接入る必要があったものの獣となったバーゲストが人間が入れる程の巨大さで助かったと言ったところか。

 

問題は、彼女の意思だ。

 

あの厄災が彼女の意思が起因となった以上。その要素を無視することは出来はしない。

 

精神に干渉する術は、様々な異世界に存在している上に既に自身が生み出されたセカイにおいても確立している。

 

精神を操る事が最も手っ取り早いが、現状の自分ではそのような事は不可能。

たとえ可能だったとしても、そのような事できるはずもない。そのような事をしても意味は無い。

 

だからこそ対話を選んだ。

 

厄災と化したバーゲストに本人の意思が残っているかは定かでは無かったがアドニスの花畑の件や獣の眼から涙が流れていた事を鑑みれば、彼女の意思は残っているという確信があった。

 

歩いているのか、飛んでいるのか、自身では感覚としては掴めないが、何となく気配がある方向へ進んでいく。

 

 

 

――いた。

 

 

 

眼下を見れば、その場に蹲っているバーゲストを発見した。

 

この場所では自分自身が認識している姿で現れる。

 

妖精騎士ガウェインとして振る舞っていた鎧は脱ぎ去っており、日常で見たドレス姿でもない。

 

頭の装飾は巨大化しており、形には仰々しく禍々しい謎の装飾。両手足には刺々しい形の鎧のようなものが取り付いているが体そのものはほぼ露出度が高く、目線に困る格好をしていた。

 

(あれってバーゲストの趣味なのか?)

 

どうしてもその格好が気になってしまうが、そんな場合ではない。

 

体を動かし、バーゲストへと近づいて行く。できるだけ、気軽に、気楽に声をかけうよう心がけた。

 

「よう――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べてしまった。■■■■を食べてしまった。

 

今度こそは、最後まで愛する事ができると思っていたのに。食べずにすむと思っていたのに。

 

 

「よう」

 

 

愛していたのに。あんなに愛していたのに。

 

 

「おーい」

 

 

自分は所詮卑しい獣だ。

 

 

「バーゲスト~?」

 

 

卑しい獣である自分に、愛する者を食べてしまう自分が、生きていてはいけないのだ―

 

 

「おい!」

 

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」

 

 

角を!!角を掴まれた!!

 

 

「貴様!! 何をする!! 私にとって角がどういうものかわかっているのか!?」

 

 

こんな時に!こんな所で!

 

 

「え!? これ角だったのか!? てっきり髪飾りかと……」

 

 

目の前の男を威嚇する。嫁入り前の自分の角をあんなに強く掴むなど、言語道断。八つ裂きにして――

 

 

「トオル!?」

 

 

下手人はつい最近まで世話をしていたニンゲンだった。

 

 

 

「な、なななぜこんなところに!!??」

 

 

 

何故こんな所にトオルが!!

 

いや、そもそもここは何処だ!? 

 

果ての無い暗闇。何故か記憶があやふやで。いや、トオルの事は覚えている。最後の記憶は、そう、自分はマンチェスターへ帰ろうとしていたところで、そのマンチェスターの妖精の為に

女王陛下に不義を働こうと考えてしまって――そして、色々とトオルに相談しようとして。そして、そして――

 

 

――そうだ。

 

自分は――

 

 

「う、うぅ」

 

「お、おい……いきなりそんな泣くなよ」

 

「私、私は……アドニスをっ……」

 

「……気づいてたのか」

 

体に力が入らなくなり再び地べたに座り込む。

 

たった今忘れていたすべての後悔の記憶がまた怒涛のように襲い掛かる。

 

忘れたと思ったらまた思い出す。そして、心が荒んでいく。地獄のような無限の苦しみ。頭の中がおかしくなってくる。

 

「俺はお前に殺されるかもしれないって思って来たんだけどな……」

 

懺悔と後悔による思考の渦の中。

その呟きに反応する。それは、バーゲストにとっては聞き逃せない内容だった。

 

「妖精達の事なら……気付いていた」

 

「……」

 

「気付いていて……お前に斬りかかったのだ」

 

そう、私はトオルの優しさに甘えて、妖精達の蛮行に気付いていながら、知らないふりをしていたのだ。

 

「卑しい獣は死ぬべきなのだ。人間を弄んでいた醜い妖精達も生きていてはならない存在なのだ……だから、お前が妖精達を殺したのは正しい事だ」

 

それにトオルはあくまで自身の命を脅かされたから反撃をしただけ。

私のような怪物が領主なのだ。妖精達があのような蛮行を犯すのも当然だ。

 

「私は騎士になりたかったのだ、あの物語のような高潔な騎士達に。それを目指して今日まで生きてきた。だが、結果はこれだ。私のような卑しい獣に、そしてあの醜い妖精達に。その妖精達の死体で出来上がったこの醜い國に生きる価値などないんだ……」

 

気づけばトオルは隣に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――醜い妖精達の死体で出来上がった國か

 

V2Nによれば、バーゲストに掛かっている呪いは、この大地と、醜い妖精は存在してはならないと言う強い怨念みたいなものから出来ている。大地そのものから来ている呪いではあるが、先の解析で判明したが、下手人は捕捉済み。その大地からの端末のようなものかは分からないが、間違いなく人間サイズの何かがかけた呪いだ。

 

醜い妖精。

 

確かにマンチェスターで人間を痛ぶっていたあの姿を見ればそう思うのも当然かもしれない。

 

他者を喰らう怪物という言い方をすれば、醜いと言われる分類に入るのかもしれない。

 

死んだ妖精は木となり山となり、文字通り、死体そのものが変質し、この國の大地を作り上げてきた。このブリテンの広さを鑑みればどれほどの妖精達が滅んできたのかは想像には難くない。

 

(たからって、そこに住んでいる本人が滅びを望んでるなんてのは冗談じゃない)

 

そこに住まう住人である自らが、本気で滅ぶべき等と思わないといけない程に罪深いかと言うと、それこそ違う。そんな事はふざけている。

 

自分が生まれたセカイも、巡り巡った異世界も、そして、時代背景だけはセカイに近いらしい汎人類史も、歴史を辿れば虐殺にまみれた酷い世界だ。

 

その歴史に積み上げられた死は、その残虐さは、妖精國の比では無い。

 

悪い奴もいれば良い奴もいる。そんなものは人間も妖精も変わらない。

妖精全てが悪などと結論づけるには、少なくとも自分にとっては、早計と言える。

 

バーゲストの言う通り妖精國が滅びるべき世界なのであれば。それこそ自分のセカイも異世界達も汎人類史とやらも滅びて然るべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーゲストは、自分の事を卑下しすぎなんだよ。そんなに自分の事を悪く言うもんじゃない」

 

「そんな事……出来るわけがないだろう」

 

「世界毎滅ぶべきだなんで思うくらいに妖精や自分が醜いってのは、()()()()()()()()()()()()()

 

そうだ。醜いだの美しいだのなんだのってのは比較対象があるからこそ認識するものだ。

この世界が、この國に住む妖精全てが醜いと言うのであれば、彼女は何を美しいとした上でそのような事を言えるのか。大方予想は付いているが。

 

「まあ、お前の憧れる騎士様の登場するあの本なんだろうが」

 

「それは――」

 

「あんなもんはただの切り抜きだ。都合の悪いもん全部無視して理想の姿だけ見せる作り話だよ」

 

そうだ。彼女が憧れている物は娯楽のために用意された物語だ。そんな物と比較して、自分を、自分の世界を滅ぼそうとする事などあまりにも早計ではないか。

 

(何が滅ぶべきだ……)

 

「あのアーサー王物語も。それに出てくるキャラクター達も、色んな奴が書いていて、色んな話に改変されてる。それこそ、モルガンだって最初は本当に良い妖精って話だったんだ。それを、話をおもしろくする為にどんどん悪役に変貌させられちまって」

 

「うるさい……」

 

「そもそもあの本だって途切れ途切れだからお前が知らないだけでな。お前の憧れる騎士だって良い所ばかりじゃねえぞ。教えてやろうか、あの本の騎士様達がどんな事をしていたか、王様がどんな事をしていたか、その結果国がどうなったのか」

 

「うるさい!!」

 

激高したバーゲストに組み伏せられる。

 

「物語だろうが関係無い! 嘘だろうが関係無い! 私にとっては現実だ! 私にとっての目標だ! 彼らは私にとって素晴らしい存在だ!」

 

その激昂具合はそれこそ殺されるのでは無いかと思う程ではあったが、その眼には怒り以上に悲しみが込められている。

 

「卑しい獣でしか無い私に生き方を与えてくれたのが彼らだ! 私にとっての救いだ! それを、貴様に否定される謂れはない!!」

 

その言葉に嘘はない。他人にとって偽物であっても、彼女にとって、あの騎士達は間違いなく本物だ。

 

「お前こそ何も知らない癖に! 私の、妖精の醜さも、女王の冷酷さも! お前は知らないだろうから教えてやる! この妖精國は間違った世界なのだ! 異聞帯という、本来なら存在すべきではない世界なのだ。元より滅ぶべき世界なのだ!」

 

「……けんな」

 

「なぜ間違った歴史なのかなど明白だ。醜いからだ。反省もしない。成長もしない。奪う事しかしない。醜い妖精達が跋扈するこの大地も、妖精達も存在する価値が無い!」

 

「ふざけんな」

 

「愚かな女王が、無理矢理延命させているだけのこの世界に、生きる価値などありはしない!!」

 

「ふざけんな!!」

 

頭突きをかます。予想外の攻撃に慌てているバーゲストと体制を入れ替える。今度はこちらが組み伏せた。

 

本当にふざけている。

 

今の彼女の想いは、妖精は滅ぼすべきという思いは、全てでは無いが呪いによるものが大きい。だが、自分は卑しい獣だと、自分は醜いと、その想いは間違いなく彼女自身が常思っている事だ。

 

「間違った歴史だの、異聞帯だの、どこのクソに入れ知恵されたか知らねえがな!! この國は俺にとっての故郷だ! ◾️◾️◾️◾️の夢の塊だ! 俺のいたセカイよりもずっとずっとキレイな世界だ!」

 

そうだ。生まれはセカイでも、記憶は定かではなくとも、自分の故郷は間違いなくここで、そして間違いなく愛しているのだ。

 

「妖精は成長しない? 反省しない? だから醜い? だから滅ぼすべき? だったら、成長も反省もするくせに争いを止めれない人間はクソ以下か!?」

 

 

人間だって同じだ。興味だけで虫を捕まえ体をむしる事もある。

綺麗だからと花を摘んで、飽きたらそこら辺に捨てていく事だってある。

自分以外の種族を殺し合わせ、それを娯楽として楽しむ輩もいる。

今の妖精國と同じような文化レベルの時代には、それこそ人間同士の殺し合いが娯楽となっている事もある。

醜さ基準で語るなら、妖精も人間も大差ない。死体が直接大地になっていないだけで、地面の下には、歴史の下には夥しい数の死が埋もれている。

 

「俺にとっちゃあの物語の騎士なんざロクな奴らじゃねぇ! 人間だって言う程綺麗なもんじゃねぇ! それを、お前が、妄想して、良い物にして、勝手に比べて、自分は滅ぶべきだなんてのたまうのに腹が立つんだよ!」

 

自分の知るアーサー王物語は、綺麗な登場人物だけの物語ではない。モルガンを追い出して、ヴォーディガーンを倒してブリテンは平和になりましたという物語では無い。

あれは滅びの物語だ。

登場人物が、騎士達が清濁併せ持った人間だからこそ成り立つ物語だ。醜くも美しいからこそ後世に語られる。自分の様に彼らを嫌いな者もいれば、その彼らに憧れた者もいる。だが、それは騎士の良いところだけを、悪いところだけを見てそう思っているわけでは無い。

 

「良いところだけ見て、そこしか見ないで、そんなんと比べたらなんだって醜く見えるに決まってるだろうがこの馬鹿!」

 

「うるさいこの人でなしめ!!」

 

組み伏せられた状態から膝を入れられ、もんどり打ってる間にまた立場が逆転した。

 

「物語だろうがなんだろうが、そのあり方は美しいのだ! だから憧れた! 卑しい獣である私が目指すべき姿だった! それを目標にして何が悪い! 貴様に私の何がわかる!! そうやって上から目線で、偉そうに私の好きな物を馬鹿にして! 私の憧れを蔑んで! この最低男!」

 

「うるさい、この馬鹿女!」

 

再び押し倒す。

 

「お前だって! 俺はお前をこんなに尊敬してるのに!お前を! お前自身が偉そうに蔑んでるじゃねえか!! おまけにこの妖精國は俺の故郷でもあるってのに! 自分は滅ぶべきだの、間違った歴史だの! お前こそ何様のつもりだ!」

 

「お前――」

 

文脈と何もあったものではない。ただひたすらに、感情をぶつけ合う。

 

妖精の本性など知っている。自分勝手なのも知っている。そんな事実は、記憶が朧げであったとしても身に染みている。

◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️のように善意しかない様な妖精がいるのも知っている。生まれた時の性質は変えれないのが妖精だ。

 

知っているからこそ。その性質に抗い、非情な弱肉強食を優しい解釈でルールとし、騎士の良い部分だけを吸収し、体現している彼女を尊いと思う。

 

自分の衝動を理解したうえで、それを乗り越えようと努力する彼女を尊敬している。

 

理性を残したまま何もかもを滅ぼそうとしたあの時の自分とは違う。

 

「トオル――」

 

「なんでだよ……」

 

そんな彼女が、余りにも高い理想を持つが故に、絶望して。彼女自身が死ぬべきだなどと。

 

「なんで、そんな、自分は死ぬべきだなんて言えんだよ……」

 

おぞましすぎて、悔しすぎて腹が立つ。腹が立ちすぎて涙が出て来る。

 

「わけわかんねぇよ。」

 

涙が溢れすぎて、戸惑うバーゲストの表情は既に見えない。

 

「間違った歴史ってなんだよ……」

 

「なんなんだよちくしょう」

 

「トオル……その――」

 

「とっとと目ぇ覚ませこのクソボケ女がぁぁぁぁ!!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

 

 

 

隣に膝をかかえて座るバーゲストが声をかけて来る。

 

「……うるさい。別に最初から取り乱してなんてないし、顔も全然痛くない」

 

「いや、本当にすまない。すこし殴りすぎたな」

 

「少し?」

 

言ってから バーゲストは露骨に目を逸らした。

あの後売り言葉に買い言葉で、殴り合いの大喧嘩に発端し。バーゲストにボッコボコにやられたのだ。

 

自分でも、明らかに顔が原型を留めていないのがわかる。あまりに顔が変わってしまったので流石の激昂状態のバーゲストも考え直したらしい。精神世界で怪我をするとはどう言う事なんだちくしょう。

 

お互いにもはや何を言ってたかわからなくなってきて、最終的には、お互いの好きな物を貶し合うと言う最低なやり取りになったが、お陰でお互いにこうやって落ち着いて話す機会ができたというものだ。作戦通りだ。うん、完璧な作戦だった。

 

隣を見ると、バーゲストがこちらをじっと見つめていた。

 

「なんだよ。お前の作った(作品)がそんなに面白いか?」

 

「まあ確かに愉快な見た目にはなったが」

 

なんだとコノヤロウ。ぶっ殺すぞコノヤロウ。

 

「あった時よりも大分乱暴になったなと思ってな」

 

「それは、あの時は一応世話になってたし。その、曲がりなりにも尊敬してる相手だし。多少は畏まるだろう……」

 

言ってて恥ずかしくなって来る。

 

応えると、一瞬だけバーゲストが恥ずかしそうに頬を染めるが、すぐに目線は下に行き落ち込む様子を見せた。

 

「尊敬、尊敬か……」

 

「今は違うぞ……俺の顔を愉快なオブジェにしたムカつく女だ」

 

「フッ……」

 

自嘲したような笑いを浮かべるバーゲストはそのまま言葉を続けた。

 

「愛した男を食べてしまうような、私を尊敬とは、お前は存外見る目が無いのだな……」

 

「お前――」

 

どうやら予想以上に業は根深いらしい。

このままでは、あの厄災とバーゲストを物理的に切り離したところで意味はない。

あの黒い巨大な犬は、少なくともバーゲストの内側から出てきた物なのだ。

この精神状態のまま出てきたとしても、またいずれ、なんらかのきっかけで出てきてしまう可能性がある。

 

今はまだ、対話が必要だ。

 

「その……恋人を食ばた事に関してなんだけどよ……」

 

「……」

 

「まあ、食たものはしょうがない!! 元気出せよ――ぶあっ!!」

 

励ますように肩を叩いたら殴られた。美しい裏拳だ。

 

「お前は何故そんなにデリカシーが無いんだ!!」

 

だってしょうがないじゃ無いか、何て言えば良いか分からないんだから。

 

「そんなこと言われたって! 俺の知り合いに人間を食う喰人鬼(トロール)の女がいるけど! そいつは全然気にしてないからさ!!」

 

むしろ、「腕一本だけでも、いやせめて指一本!」なんていう、喰人ジョークをかまして来る始末だ。いや、あれは間違いなく本気なのだろうが。

 

「妖精は飯を食う必要がない生物だから。命を喰らうっていう行為が卑しいものに見えるんだろうけどな」

 

「そうだ。だからこそ、私は、他者を喰らう性質を持つ自分が嫌だった。他者を喰らう卑しい獣である自分が嫌だったのだ」

 

「でも、その種族や俺たちはそうじゃない」

 

先に話した。悪党であった鬼しかり、喰人鬼の女しかり、その者達は、喰うという行為に一切の罪悪感を持ってはいない。

むしろ正しく、清らしい行為であるという認識が強い。

 

「俺達からしたら、生命を食べるっていうのは、ただ殺すよりもよっぽどマシな行為だって思ってるからな」

 

その認識は、喰人種族だけではなく、人間達も持ち合わせている価値観だ。

 

「命を喰べるって言うのは、命を繋ぐんだっていう考え方を俺たちは持ってる」

 

食物連鎖という概念の元、自分達は生きている。

 

殺すのならばそのものを血とし、肉とすることこそが最大の敬意だという考え方が何処かしらに根付いている。

 

そういう意味では、バーゲストの喰らうという行為は、自然の摂理に従った全うな行為とも言える。

 

「命を繋ぐ……」

 

「俺たちは生きるために命を喰らうが、逆に言えばその命に()()()()()()()()()って事だ」

 

バーゲストの今までの人生の価値観を急に変えさせるのは難しいかもしれない。例え同じような価値観を持っていたとしても、()()()()を食べてしまう苦しみを理解する事は自分にはきっと出来はしない。

 

だからと言って、このままこの國ごと滅ぶべきだというバーゲストの絶望を放っておくことなど出来はしない。

 

「妖精國には存在していない騎士の物語を参考に今まで生きてきたんだろ?それを目標に頑張ってきたんだろ? だったら、この命を繋ぐっていう考え方も、参考にするってのはどうだ?」

 

「……だが、私は生きる為に食らったわけではない。食べたところで生命活動に変化があるわけでもない。私は、欲望のままに食べたのだ。それなのに、命を繋ぐなどと、思い上がる事など出来ない」

 

「バーゲスト……」

 

「お前の言う事はわかる。このまま自らの命を絶つという事は、アドニスの命をそれこそ無駄にしてしまう行為だという事も理解できた」

 

「それなら――」

 

「それでも、私は怖いんだ……! 愛していたアドニスを食べてしまった! 欲望のままに食べてしまった! そのアドニスは! 私をきっと恨んでいる! その罪を、命を! 背負っていく資格もない! 命を繋ぐなどと思い上がって! 背負って行く勇気も、私にはないんだ……!」

 

消え入りそうな細い声に、こちらも身を積まされる感覚になる。数ヶ月程の付き合いだが、ここまで弱々しいバーゲストを見るのは初めてだった。過酷な戦いもあっただろう、騎士をして妖精や人間の命を奪う瞬間もあっただろう。

恨まれる覚悟もきっとあっただろう。それでも恋人であるアドニスから恨まれるという覚悟は、きっと出来ていなかったのかもしれない。

 

だが、その件であればこちらには秘策がある。気休めにしかならないかもしれないが、それでも、彼女の怯えているアドニスの思いを裏付ける証拠を自分は持っている。

 

「なあ、アドニスを喰った時のことって覚えてるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてアドニスの部屋へと案内された時、夢を見ているかのように、まるでアドニスがそこにいるかのように振る舞うバーゲストを見て、どうにかしなければならないと、可能であれば夢から醒さないといけないと、そう思った時にその方法を探る為色々と調べ物をした。

 

ラベジャーズという、宇宙を股にかける海賊達。ありとあらゆる星の様々な財宝を探索するため、彼らは様々な道具を所持している。

 

その中の一つに、時間を遡り、過去の情景を映像として映し出す道具がある。

 

その道具を所持していた俺は、アドニスの部屋で、その時間を遡りその部屋での出来事を調査した。

バーゲストに催眠をかけた下手人を見つける為。というのが一番の目的だった。

 

そして、見た。バーゲストが愛おしさのあまりアドニスを食べる瞬間の時間を発見したのだ。

 

そこで気づくことがあった。

 

 

 

 

 

 

先の質問にバーゲストは怯えを含ませながら答える。

 

「覚えては……いない。覚えているのは喰べる直前までのやり取りと、食べ終わった後の、喪失感、だけで……喰べる時の、事は、うぅ……!」

 

「なあ、辛いと思う。苦しいと思う。それでも、一つ思い出してみないか。本当にアドニスはお前を怨んでるのか。確かめてみないか?」

 

「い、嫌だ!」

 

答えるバーゲストの表情は怯えきっていて。

 

「そんなの、確かめたくない! 恐ろしいんだ! 私がアドニスを喰べる時、泣き叫んでいたら!? 恨み言を喚いていたら!? いや、そうに決まっている!」

 

それこそまるで幼い子供のようだった。

 

「そんな現場を思い出したくないのは当然だ。でもな、それを罪と感じているなら、アドニスを愛しているんだったら尚更、その瞬間を忘れたままってのはあまりにも無責任だと思わないか? アドニスの最期を知らないまま、死に逃げるなんて、それで良いのか?お前の憧れた騎士ってのはそんな事をするのか?」

 

「なんで、そんな……厳しい事を言うんだ……!」

 

「逆の立場だったらどう思う? 自分を殺す恋人が、自分の本当の思いすら知らずに怯えているのを見たら、バーゲストはどう思う?」

 

「うぅ、私はっ……アドニスぅ……!」

 

「決めるのはお前だ……でも、俺は、思い出して欲しいと思う」

 

「うぁっ……うぅ……うぁぁぁぁぁぁ」

 

もはや声も出ず。呻くだけのバーゲストを静かに待つ。提案はした。言いたい事は言った。後は、彼女の決断を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思い出そうと思う」

 

ひとしきり泣き喚いた後、意を決したのか彼女は結論を出した。

 

「こう言うのもなんだけど、本当に良いんだな?」

 

「ああ、自分に都合の良い記憶だけで、その罪から逃げるなど、アドニスに失礼だと、私も思う。恐ろしいが。受け止めなくてはならない事だ……」

 

未だに怯えているのだろう。吹っ切れてはいないのだろう。だが、怯えながらも、その罪を受け止めようと、勇気を絞り出す彼女は、やはり誰もが憧れる理想の騎士のようだ。

 

そうと決まれば話は早い。

 

「よし、それならバーゲスト。立ちあがってこっちを見てくれ」

 

ここはバーゲストの精神世界。引き出しに仕舞われた記憶を映像として直接見せる事は苦ではない。

 

彼女の記憶と、自分が見つけた端末による映像を組み合わせて、なるべく彼女が傷つかないよう、視点や場面を()()()()ものを用意する。

少しズルいかもしれないが、このぐらいの配慮は許して欲しい。

 

「見せれるのは1分間だ。お前の記憶から引き出した映像を視点を変えて直接見せる幻想(イリュージョン)

 

無限城にあった脳に直接作用するプログラムを起動する。目を合わせ、力を込める。目を合わせる必要もないし、別に1分である必要もないのだが、まあ、様式美と言うやつだ。時間的にもちょうど良い。

 

「準備は良いか?」

 

「ああ、やってくれ」

 

「それじゃあ、いくぞ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの会話、いつもの風景。バーゲストはいつもの物語についてアドニスに熱く語り。アドニスはそれを笑顔で応える。

 

今はその2人のやりとりを俯瞰で見ている状態だ。

 

病弱そうな小柄な男を甲斐甲斐しく世話を焼くその様は見た目には姉弟のようであり。

嬉しそうなバーゲストの表情は幼い子供のようで、それを受け止める小柄な男の方が大人びて見える辺り兄妹のようでもあり。

お互いを思い合ってると一目でわかるようなその情景は、まさしく恋人のようであった。

 

幸せになって欲しいと望まずにはいられない光景。

 

相手があまりにも愛おしいのだろうか、バーゲストの顔は熱を帯びるているように真っ赤で、その目は幸せそうに涙が滲んでいた。

 

バーゲストはアドニスの肩に手を置く。

 

突然の行動に一瞬戸惑うアドニスはしかし、受け入れるように肩の力を抜いた。

 

バーゲストはその熱に浮かされた表情のままその顔をアドニスへと近づかせていく。口付けでもするのかと思ったが、バーゲストはそのままアドニスの首筋へとその頭を動かした。そのままバーゲストは恋人を抱きしめる為に、その背中へと腕を回す。

口付けではなかったが、見るものが見れば、これから睦愛を始めるとでも思うのではないだろうか。

 

しかしそれすらも違っていた。

 

視点を変える。バーゲストの背中を映すような視点に、場面は映る。

 

背中しか映らないバーゲストがアドニスの首筋に顔を埋める。何をしているかはこの角度からは分かりづらい。だがその結末を知っていればこそ分かるその行動。

 

バーゲストはもうこの時に、アドニスの首筋へと噛み付いていたのだ。愛撫でもなく、甘噛みでもなく、文字通り喰べる為に、噛み付いた。

 

バーゲストの肩越しに見えるアドニスの表情がその痛みに強張ったのがわかる。

 

自身が喰われるという事を察したのだろう。絶望の表情に染まると、普通ならば思うのだろう。しかしアドニスの表情は穏やかだった。

 

何かを受け入れるかのように、微笑みを浮かべていた。

 

痛みはあるのだろう、その額から汗が流れて、苦しげに呼吸をしている。

しかしそれでもその表情は穏やかで。

 

アドニスは左腕をバーゲストの背中に回し、右腕はバーゲストの後頭部へ。

 

アドニスはそのままバーゲストの頭を撫で始めた。

 

段々と、その表情から生気が失われているのが窺える。もう間も無く事切れるのが感じられる。

 

だが、それでもなお、アドニスはバーゲストへの愛情表現を止めなかった。

 

やがて力が入らなくなったのか。その両腕は力が抜けて崩れ落ちる。それでも尚アドニスは愛おしげなままで。

 

 

 

その口を動かした。

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

音は出ていなかった。

それでもハッキリと、その口がその言葉を紡ぐように動いていたのは誰にでも分かった。

 

その後、全てを受け入れるようにアドニスは、その目を閉じた。

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

――ジャスト、1分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その情景が鏡のように割れ、消え去った。

 

 

 

 

 

 

場面は戻り、暗闇の中で2人は向かい合う。

 

バーゲストは俯き、涙を流し、震えていた。

 

「アドニスは、どうだった?」

 

「撫でてくれていた……最後まで笑っていた……」

 

「何か言っていたか?」

 

「『ありがとう』と、言ってくれていた……」

 

「そうか……」

 

そのありがとうにどのような意味が込められているかはわからないが、それでも部外者であるトオルにもわかる事はある。

 

アドニスは決して、バーゲストを恨んではいない。

意識がなくなるその最後まで、あるがままを受け入れ、きっと彼女を愛していたのだ。

 

「私は……生きていて良いのだろうか……」

 

「むしろ生きなきゃダメだと、俺は思う」

 

「アドニスは私に生きていて欲しいと思ってくれるだろうか……」

 

「俺がアドニスだったら、そう思うだろうな」

 

「トオル。私、私は――」

 

「あぁ」

 

「――私は生きたい」

 

「……そうか」

 

「アドニスの分まで、生きていたい」

 

「今はまだ、ダメな騎士かもしれないが、アドニスに語ったような立派な騎士として、生きていきたい」

 

「アドニスが生まれたこの國を守りたい。いつか、アドニスが誇れるような立派な國にしていきたい」

 

彼女はもう、自らを卑しい獣と蔑む妖精ではなかった。

 

それならばまずは、ここを出なければならない。

 

 

 

「今の状況はわかるか?」

 

「ああ、私から生まれた獣が。私自身でもある厄災が暴れ回っているのだろう」

 

「それなら――」

 

「あの厄災は私が決着をつける。この國の為に、アドニスの為に」

 

「じゃあ、行くか」

 

電子を操り、プログラムを起動する。

本来であれば切り離す事の出来ない厄災とバーゲストを切り離す。

この世界に存在する技術では不可能な話だが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。個体へのアプローチが不可能なのであれば、不可能だというルールが存在する()()()()()()()()()()()()

 

ここから先は、バーゲスト自身が厄災を乗り越える展開だ。自分はその舞台を用意する裏方役。

 

その仕事を達成する為、自身の全てを賭けて、その力を振り絞った。

 

 




この小説を書くにあたり、何度も吐き気を催しながら6章を読み直し。
真なる意味でモルガンを救うには、最低でも妖精騎士も頑張らないと追加しましたバーゲスト編。次回が最終回です。

主人公がバーゲストを救うんじゃねぇ、バーゲスト自身が自分を救うんだ!というお話でした。

主人公。マンチェスターの妖精皆殺しにしてるし、バーゲストを厄災にしてしまった戦犯なので、救ったというよりはマイナスをプラマイゼロに戻したぐらいの功績というところ。


次回でこのお話の根幹の説明会でもあったりしまして、次の投稿か、その次の投稿と同時にタグ追加もする予定です。一応匂わせはしておりますが、受け入れていただけるかどうか不安だったり。


改めまして、わざわざ貴重なお時間を頂いて、このトラウマを発端としたこの作品をお読みいただきありがとうございます。

評価やご感想。お気に入り登録などなど、ありがとうございます。今後ともご意見ご感想等よろしくお願い致します。


オマージュ解説

ジャスト一分だ:いいユメ見れたかよ?

喰人鬼:名前はナイグラート。CVは井上喜久子様。すごくカワイイ。

過去を映す道具:ガーディアンズオブギャラクシー冒頭にて使用。



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幕引きと幕開け

今回でバーゲスト編終了であり、この小説の始まりでもある。
みたいなお話です。

楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。



トールが厄災の獣の中に飛び込んでから数分。

 

突然に厄災の獣を包み続けていたプラズマが弾けた。

 

一瞬の静寂が訪れる。

 

獣には目立った外傷は無く、それこそ、何事もなかったかのようだった。

 

その場に残っていた者達からすれば、嫌な予感は拭えないその静寂。

 

先程のトオルの行動に意味は無かったのか。そのような考えが思い浮かんでいく。

 

モルガンとアルトリア。

2人は先程の見るに堪えないようなやり取りを胸にしまいこむ。

人並み外れた精神力を持つモルガンと、とある理由によって様々な事情を知るアルトリア。

 

厄災という共通の敵を前に、2人は取り乱すような愚行は犯さない。

 

それぞれ槍と杖を構え、獣へと構える。

 

その時だった。獣の正面。モルガン達を挟むような位置に、どこからともかく稲妻が迸る。空間そのものから直接現れる稲妻の奔流。それはやがて1人の人間の形へと変化する。

 

目も眩むような光の本流から現れたのは。件の青年。トオルだった。

 

2人の目に微かながらも喜色の表情が現れた。

 

再びの静寂。

 

獣と青年が向かい合う。

 

獣は警戒するように唸り、青年は静かに右半身を一歩下げ、開いた左手を獣に向け、僅かに開いた右手を腰だめに構える。

彼にしては珍しく、構えを取った。わかりやすく明らかな戦闘態勢。

 

目線が交差し、一触即発の状態を呈している。

 

闘気は高まり、正にどちらかが動こうとしたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

厄災の獣の上空から、その頭を砕く程の一撃が、振り落とされた。

 

凄まじい轟音。

 

余波により砂塵が舞い、その一撃の凄まじさを物語る。

 

その一撃を見舞ったのは妖精騎士ガウェイン。またの名をバーゲスト。

 

トオルの闘気に当てられた事により、それ以外には全く警戒をしていなかった獣への、正に戦況を決める程の意識の外からの一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――上出来だよ。バーゲスト」

 

あまりにも鮮やかな一撃を決めた彼女を称賛する。バーゲストを切り離した以上、傷つけないように戦う必要もない。

 

後は彼女が獣を討伐すればこの一連の戦いは終止符を迎える。

 

覚醒した厄災の獣と彼女を切り離す事に成功したものの、あくまでそれは一時的な処理に過ぎない。

 

あれはバーゲスト自身であり、そしていつでもバーゲストから生まれ出る可能性のある存在だ。

 

万全の自分であればその存在ごと変革する事が出来たのだが、その力の根源が異世界である以上、その能力には限界がある。

あのセカイから雷を無限に呼び出す力は今のトオルには存在しない。

 

だからこそあの獣がまた出てこないよう。彼女自身の精神的な面でのフォローが必要となる。

 

アドニスへの愛と誓いによって、呪いから来る破滅願望は乗り越えた。

生命の醜さを自覚し、生命への愛を持ち、命を繋ぐという救いへの道を見出し、清濁合わせ呑む度量を持ち得た事により、陰と陽。どちらも理解し、選択する事のできる彼女に精神的なブレは見受けられない。

 

だからコレは最後の一押し。

 

彼女があの獣を討伐したという事実が、呪いを乗り越えたと言う実績と信頼となる。

 

更にあわよくばではあるものの、あの内なる厄災の獣にバーゲストには逆らってはいけないという、恐怖を植え付ける事が出来れば、その対策は万全のものとなる。

 

既にその話は通達済み。その企みに、バーゲストは力強く頷いてくれた。

 

だから後はその結果を待つだけだ。そして、トオルの見立てでは勝利は確実。後はどう獣を蹂躙し、徹底的に敗北感を味合わせるかの問題になる。

 

事実バーゲストは正面から獣の攻撃を受け止め、左腕の鎖によって、力尽くで獣を拘束していた。

 

 

 

「――あー、疲れた……」

 

 

 

一仕事終え、張り詰めた精神が弛緩する。

 

言葉にでた気軽さとは裏腹に、立ち上がることすら出来ないほど、身体に異常を来していた。

 

(あ、ヤバ――)

 

突然に足から力が抜け。そのまま後ろへと倒れていくのを感じ取る。不思議と他人事のような感覚だった。

 

既に生きる為の力すら残ってはいない。あの雷は、トオルの生命そのものだ。

 

怪我の類であれば、ただの雷なりで回復はするが、根本的な生命力は無限城から吸い出す必要がある。

そして、今の自分には、特定の次元を繋げる力も方法も無かった。

 

受け身を取る力すらない。諸々を諦め、そのまま背中から大地に倒れるかと心の準備だけしておいた。

 

歯を食いしばる力すらない為、ただただ痛みの衝撃が訪れるのを待つ。

 

しかしその衝撃が訪れる事はなく。代わりに柔らかい感触をその背中に感じ取った。

 

誰かに、後ろから抱き止められたらしい。

 

トオルを抱き止めた人物はそのまま膝を地面につけ。

両膝の上に座らせそのままトオルをその身に預けさせる。

その人物の肩に自身の後頭部が置かれたのを感じ取る。

 

顔を傾けて、右側を覗けば、黒いヴェールに包まれた碧の瞳と目があった。

 

 

「――――――っ」

 

 

多分、力が残っていたならば、悲鳴を上げていたかもしれない。

 

 

 

 

何でここに? とかハルクバスターに運ばせたはずでは? とか。瑣末な疑問も全て吹き飛んでいった。

 

 

 

距離があまりにも近い。それこそ彼女のヴェールが風に揺られて若干顔に当たる程で、ヴェール越しの彼女の呼吸を感じ取れる程の近さだ。

背中から当たる柔らかい感触も、諸々の思考を狂わせる。

 

 

女神のような美しさなどと、女性の容姿を揶揄する者もいるが、成る程、その例えに間違いはないと、心の底から実感している。

 

そんな彼女の瞳に、涙が滲んでいるのに気づいてしまった。

 

 

「全く、あなたはいつも無茶ばかりするんですから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう、トール君はいつも無茶するんだから――』

 

 

 

 

 

 

 

 

――その言葉に既視感があった。

 

 

 

 

そう、()()はいつもこうやって倒れそうになる自分を支えてくれて、こうやって叱るのだ。

 

2人きりの長い旅。

 

厄災を戦い、妖精達を相手取る。

思えば殆ど報われる事のない旅路だったが、彼女のおかげで充実していた。

 

彼女のおかげで自分にも誰かを守る力があるのだと実感出来ていた。

 

彼女を支える事が自分の生きる理由だとも考えていた。

 

ずっと一緒にいられると思っていた。

 

そう、彼女の名は――

 

 

「モル、ガン……?」

 

あぁ、何故忘れていたのだろうか。

 

その名前を呟いた瞬間、彼女は、嬉しそうに微笑んだ。

 

「やっぱり、アナタはトールなんですね」

 

「あぁ、あぁ……っ」

 

何故忘れていたのだろうか。を何故思い出せなかったのだろうか。

 

トネリコという名前は疎か、本名さえも記憶になかった。異世界等の記憶は思い出しても、彼女の事に関しては全く思い出す事ができなかった。

 

「泣いているのですか? トオル」

 

「それは、そうだろ……っ」

 

後悔の念が推しかかる。

 

やむおえず命からがら逃げだして、異世界へと旅立った。

異世界はどれもこれも貴重で素晴らしい体験を与えてくれた。後ろ髪を引かれる思いで、この妖精國に戻って来た。その1番の理由がモルガンだった。

 

そのモルガン(1番の理由)を忘れていたのだ。

 

他の事は思い出せたのに、肝心の彼女の事を、今思い出したのだ。

 

そして、思い出した今、色々な事が手遅れだった。

 

「こんなに大切なのに! 実際に逢えたのに! 今の今まで思い出せなかったんだ……っ!」

 

「ですが、今は思い出してくれました……」

 

そう言って、トオルの肩に置いていた手を胸の前に回し、より背後から抱きしめるような形になる。お互いの頬が触れ合い、より体温を感じる体制になった。

 

「私こそ、あなたの事を諦めていました。あなたはいなくなってしまったものだと思っていた。貴方の事を何もかも忘れて、振り切ろうとしていた。だから、お相子です」

 

その優しさに、抱きしめたい衝動に駆られるが、もう体は動かない。

 

見た目もちろん、口調さえ変わった彼女。冷酷な女王として君臨する彼女。

 

しかし、その優しさは変わることは無かった。

 

女王としての圧政、その理由を察する事ができるだけに、優しいままの彼女の苦しみに絶望を感じる。傍に入れなかった事がどうしようもなく悔しい。

 

バーゲストの精神世界を通じて彼女が見聞きした事を共有してわかった事ではあるが、モルガンに味方がいるようには見えなかった。

 

彼女はどうしようもなく孤独だ。

 

今の彼女に、本当の意味で信頼できる者はきっといないのだろう。背中を預けられるような仲間はいないのだろう。

 

そんな孤独な彼女が酷く辛くて。

 

そして()()()()()()()()()()()どうしようもなく悲しい。

 

 

敵は、このブリテンの呪いだけではない。

 

当然と言えば当然ではあるが、圧政を敷くモルガンに対し、國民のほぼ全員が彼女を殺す救世主を求めている。

その求めていた救世主とやらが、この國を破壊しようと画策する異世界の人間達であるのだから始末に悪い。

 

彼らはこの國を崩壊から救いにきたとモルガンと交渉したが、それはあくまで異世界を巻き込んだ崩落から救い出すと言う意味で、本当の意味でこの國を滅びから救おうと言う気はさらさら無い。

 

現に、バーゲストに対してノアの箱舟を気取って交渉を持ちかけたのがその証拠だ。

 

彼らにとって、この妖精國は間違った歴史で。尚且つ滅ぶのは確定済み。その事実を認識しながらも救ってやるから武器をよこせなどと持ちかけて来たようだった。

静かに滅びを迎える権利をやるから武器を寄越せなどという傲慢な交渉に、モルガンは挑発で持って応えてしまった。その崩落はモルガンによるものだと、彼らに大義名分を与えてしまった。

 

彼女自ら、自身を滅ぼす名目を与えてしまったのだ。

 

彼らは、モルガンを殺し、圧政から救うと言うその大義名分を経て、妖精國を滅びの道へと誘導している。

 

ノアの箱舟を気取り。残った妖精達はせいぜい圧政から解放し、静かに滅んでもらう事で救ってやった事にでもする気なのか。

 

この事実を妖精國中に広めれば良いはずだが、モルガンはそれを実行しない。

 

それは間違った歴史を維持してしまっている負い目からなのかはわからない。

だが、世界の取り合いにすら非常な手段を選ばない彼女の優しさと甘さが、彼女自身を破滅に追い込んでしまう。

 

滅ぼす國の救世主として正義をかざし、滅ぼす國の住人を取り込むと言う手段を選ばぬ侵略に対抗するには、彼女は甘すぎる。

 

事実、その甘さ故に、その國でも随一の戦力である妖精騎士に裏気られようとしていたのだ。

 

孤独な彼女のままではその侵略者は愚か、この妖精國の妖精達に殺されてしまう可能性もゼロとは決して言えはしない。どんなに強かろうと1人では勝てはしない。

彼女を心酔する妖精(ウッドワス)がいるが、アレはダメだ。確かにモルガンに忠誠を誓ってはいるが、あの妖精の愛は別の妖精に向いている。そしてその妖精は侵略者側についている。バーゲスト目線から見てもあの関係性は危険だ。明らかにオーロラ(侵略者側につく妖精)の方が知能が高い。体良く利用される未来が見える。

 

 

圧政を敷く悪の女王。

それを打ち倒す異世界からの救世主。

何とも定番な英雄譚。全くもって清々しくて、気持ち良い物語だ。

 

 

だが、例え誰もが彼女を愚かだと蔑もうとも、例え、世界がどんなに彼女を悪役にしようとも。

俺は、どんな手を使ってでも彼女を護らなければならない。

 

滅びゆく間違った歴史などというふざけたルールなど関係無い。

 

例え、侵略者(藤丸立香)達がどんなに善人で、どんなに正義で、世界を取り合うと言う大事の為の苦肉の策だったとしても、バーゲストを救おうと本気で動いてくれていたとしても関係ない。

 

モルガンを殺そうと画策するのであれば、それはただの敵でしか無い。例えモルガンが望まなくとも、向こうが手段を選ばないのなら手段を選ぶわけにはいかない。

 

だからこそ、このまま消えてしまう前に、彼女の為にできる事をしなければ。

 

 

 

「モルガン、伝えなきゃいけない事があるんだ」

 

その言葉に、彼女は何を察したのだろうか。

 

息を呑んだのを感じ取る。

 

「――嫌です」

 

絶対に逃がさないとでも言うかのように、抱きしめている腕はより一層強くなる。

 

「そんな、別れの言葉など、受け取りません――」

 

「頼む……」

 

もう少し言葉を交わしたいところだったが、今はそれすらも惜しいのだ。

 

「もう喋らないで。今は体に負担をかけないように――」

 

「バーゲストを、君の側に就けるんだ」

 

予想外の提案だったのだろうか、彼女の言葉はそこで止まった。

 

「君はあまりにも孤独すぎる。君がどんなに強くたって、たった1人じゃこの國は、守れない」

 

彼女の味方を一人でも増やす。

 

「そんな、そんなの――」

 

それが自分にできる唯一の事だ。

 

「バーゲストの記憶を覗いたからわかるさ。君を心酔している妖精は、、ウッドワスとトリスタンって言う娘ぐらいだ。違うか?」

 

バーゲスト視点で分析するならば、明らかにモルガンに従おうとしているのはウッドワスという狼人間と、娘だと言うもう1人の妖精騎士。

トリスタンのみ。ランスロットも怪しいもんだ。

 

どこがで見た事があるような少女だが、戦力的には微妙そうだし、側に控えるモルガンの夫だという男に良い様に操られているきらいがある。

 

彼女のマスターだとか言うあの男。

彼女がここにいるのはその男によるモノだと言うが、夫か……いや、いまは何も言うまい。

 

「今すぐに信頼しろってのは難しいだろうが、今のアイツは、妖精國の為に生きる事を心に誓ってる。アイツの愛した人間の為に、愛した人間が生まれたその妖精國を守ろうと。心の底から思ってる」

 

「止めて……っ」

 

今にも消え入りそうな小さい声だとしても、密着しているモルガンの声は、良く届く。

 

その言葉に込められた感情も理解するには容易かった。

 

「妖精など、信頼できるはずもない……!」

 

「妖精全部がああな訳じゃない。お前にとっての例外もいる。違うか?」

 

「バーゲストは私を裏切ろうとしていた……!」

 

「それは、あいつにとってマンチェスターの妖精と恋人が大事だったからだ。色々あって、今のあいつの愛は妖精國に向いている」

 

「そのような心変わりこそ、妖精達を信頼できぬ証でしょう!」

 

「きっかけがあれば心変わりなんて誰だってするさ。俺だってあるし、モルガンだってそうだろう?」

 

「なんで……何故なのです……!」

 

今の彼女は、駄々をこねる子供のようだ。

 

彼女に対して自分が無理を言っているのはわかってる。

 

この提案が彼女の心を追い詰める事になっているのはわかっている。

 

「いいか、モルガン。俺が保証する。バーゲストはきっと力になってくれる。ブリテンを愛するお前の信念に、きっと付き合ってくれる。だから、せめて話くらいは聞いてやれ」

 

だが、それでも、飲み込んでもらわなくてはならない。

 

「何故——あなたが……あなたが傍にいてくれれば良いのに……っ」

 

もう、俺は彼女のそばにいられないのだから。

 

言いたい事は言い切った。あとはモルガンとバーゲスト次第。

最低でもバーゲストさえ味方につければ、戦況は大きく変わるだろう。

そういう確信がある。

 

 

だから後は――

 

動けない身体に鞭を打つ。

 

俺の力の源であり、生命の源でもある無限城の雷は、使い尽くしてしまっていた。

大本の雷があれば電流を体に流せば回復するが。そもそもの器ごと使いつくしてしまったのだからどうにもならない。

 

腕に力を入れ、胸の前にある彼女の手を掴む。

 

綺麗な手だ。感触も滑らかで、ずっと触れていたいと、そう思う。

 

「あ……」

 

その手のひらに指輪をそっと置いた。

 

「これ、受け取ってくれ」

 

指輪をじっと見つめているのか。お互い顔が横に有り、目線が同じの為、指輪を乗せたその手はしばらく透の前で静止していた。

 

しばらくの沈黙。

 

動いたのはモルガンだ。俺の手を掴み、指輪を握らせ。

 

「貴方が、はめて下さい……」

 

左手を目の前に差し出した。

 

女性へのプレゼントに指輪なんて、そういう意味になるのは当然なのに。

 

本当にムードもへったくれもない。

 

「貴方は本当に、こう言うコトが不得手なのですから……」

 

懐かしんでいるのか、呆れつつも嬉しそうなモルガン。

 

「ああ、ほんと。悪いな」

 

やらかした恥ずかしさと、これから行う行為への気恥ずかしさに、戸惑いつつ、彼女の薬指にその指輪を通す。

 

「ありがと、うございます……」

 

指輪を通した後、今一度強く抱きしめられる。

 

本来であれば機能的なものではなく、純粋な愛の証として、別の指輪を嵌めてやりたかった。

 

これは普通の指輪ではない。

彼女の助けになる為に、ありとあらゆるモノを詰め込んだ、何らかのデバイスだ。

細かいところまで覚えてないのが悔やまれるが、いざという時きっと役に立つという確信があった。

モルガンの眼からは涙が溢れ、もう応えられる気概も無いようだ。

 

「キミの幸せを願ってる」

 

その言葉が今の自分に出せる最期の言葉だった。

もう少し話していたいとも思っていたが、もう限界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

今までにない程の轟音と、断末魔が響く。

掠れた視界の先では、バーゲストが、裂帛の気合いと共に厄災の獣を討伐したところだった。

 

やり切った表情のバーゲストがこちらに駆け寄って来る。

 

「トール! 陛下!」

 

 

俺達の格好に差したる疑問を持たず。忠義を尽くす騎士のように。俺たちの前で片膝立ちになる。

 

「モルガン陛下! ――っ……っ」

 

「良いだろう。申して――よ――」

 

「モ――ガン陛下……、陛下が、救世主ト――様だったのですね――」

 

薄れゆく意識の中、バーゲストと丸モルガンの会話が耳に入って来る。

 

(俺がバーゲストの記憶を覗いたように、バーゲストも俺の記憶を覗いてたのか……)

 

それならば話は早い。モルガンのブリテンへの貢献と、ブリテンへの愛を知れば、今の、バーゲストならば忠義を尽くすだろう。

 

後はモルガン次第だが、そこはバーゲストの懐柔に期待するしかないが、モルガンがバーゲストを殺そうとしない限りは、大丈夫だろう。

例え助力を断られようと、陰ながら主君を支えようとする。バーゲストはそういう奴だ。

 

厄災に関しても問題はないだろう。

 

自分が渡した指輪も、きっと役に立つ。

 

少なくとも、妖精國の反乱と侵略者。どちらにも対抗できる要素はこれだけで十分だ。

 

――あぁ、本当に。最後まで一緒にいたかった。

 

二人が、こちらを見て叫んでいる気がする。

 

それに応える事もできないまま、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全くもって忌々しい。

 

異邦の魔術師と予言の子が揃ったこのタイミング。最大のチャンスだと思っていた。

入念な準備をしていた。

 

様々な策謀達。その中でもかなりの重要度を占める獣の厄災。あの哀れな獣が生まれるその時から仕込んでいた呪い。

本来であればこの國の女王を殺害し、後釜を処理した上で入念な準備を経て、ここぞというタイミングで目覚めさせる予定だった。

故にその欲望に負け、恋人を喰らったその時も、今はまだその時では無いと愚かで幸せな夢を見せてやる事で忘却させた。

にも関わらず、予定を何もかも吹き飛ばして、あの獣は今まさに目覚め、暴れまわっている。

 

原因はあの男だ。

バーゲストに飼われていた人間。

魔力すら持たず、何の力もない。チェンジリングでこの妖精國にやって来たであろう唯の人間。

 

あの男が全てを狂わせた。

バーゲストに喰われて死ぬ恋人の1人ぐらいの立ち位置になるであろうと思っていた人間。

それこそ名前すら語られないような端役だと、そう考えていたのだ。

 

それがどうだ。どういう訳かバーゲストを早々に目覚めさせ、機械仕掛けの赤い巨人へとその姿を変え、殺さずに止めようなどという意味不明な選択肢を選び取り。

お人好しのカルデア達はまだしも、あの女王モルガンを戦場に立たせた。しかもその無謀な作戦を承諾させた上でだ。

 

挙げ句の果てには、魔術でも科学でもない。それこそ権能とでも呼べるような。いや下手をすればもっと上位的な概念を有する稲妻をその体から発し、バーゲストの体内へと侵入を果たした。

 

 

 

――あり得ない。

 

 

 

自身の仕込んだ厄災が、その根本から変革していくのを感じ取る。

 

 

 

――全く馬鹿にしている。

 

 

 

同一存在であるはずのバーゲストと厄災が、切り離されるのを感じ取る。

 

 

あの男は、理解不能な力で以て、バーゲストを厄災から切り離して見せたのだ。

それはまさしく()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

あの赤い巨人。そしてあの力。この状況。機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とでも言うつもりか。

剣と魔法の國に、あのような兵器を持ち出して、この妖精國の物語を編纂し始めた。

 

あれは汎人類史からきた何かでもない。異星の神の使徒でもない。

並行世界すら超えかねない、この宇宙の更に外から来た何か。根幹から異なる全く別の世界(作品)から来た何かだ。

 

それが、女王モルガンの絵本にまさしく飛び入り参加を決め込んだ。

 

食い荒らすはずだった絵本が徹底的に汚されてしまった。

 

他人の物語に土足で入り込む最も度し難いその行為に憤りを覚えつつも、今後の展開を冷静に分析していく。

 

まだ全てが終わったわけでは無い。仕込みはまだ色々とある。

 

まずは、遠く離れてしまったカルデア陣営や予言の子の状況を把握しなければ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、思考した矢先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空から聞こえる空気を切り裂く音。視界に入ったのは巨大な赤い鎧。

 

機能美を持ちながら、娯楽性に富んだ矛盾したギミック。

 

自身の知る世界ではおよそ考えられないような構造をした。

憎むべき機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)もどき。

 

それが、今まさに自身の真上に存在していた。

 

何かを口にする暇すらなかった。

 

その巨大な腕でうつ伏せに組み伏せられる。

 

『ここにいたか』

 

その巨人から聞こえた声はあの忌まわしき男ではなく、女性のものだった。

 

『この國の妖精も度し難い部分はあるが――』

 

背中の羽をなんの感慨もなく毟り取られる。

 

『貴様の企みの厭らしさ程では無いな害虫』

 

仰向けにされた後、身動きが取れないように、膝から下を握り潰される。

 

『貴様の在り方も、目的も、私個人としては気色が悪いだけで、どうでも良い存在ではあるのだがな』

 

掌から出る光線に両腕を焼かれる。

 

『我が〇を害した罪は贖ってもらおう』

 

その機械の腕は、その言葉通りの行為に最適な形へと変形する。まるでロードローラーのようになったその右腕で既にひしゃげ、原型を留めていないひざ下を改めて押しつぶした。

 

『下らぬ運命に抗う事すらできん価値の無いクソ虫は、すり潰すのが処理としては最適だろう?』

 

不気味な機械音とともに右腕のローラーが回り出す。

地面にこすりつけながらすり潰すように、その仰々しい凶器とは裏腹に、精密機械のようにゆっくりと、下半身から上半身へとすり潰しながら昇っていく。

 

所詮端末としての肉体ではあるが、嫌悪感と痛みは拭えない。

ただ苦しめるための処刑方法。

この行為がどれ程長く続くのかと、考えたその瞬間。

 

『飽きた』

 

ゆっくりと迫りくると思われた終末は、その一言で、何の感慨もなく訪れた。

その呟きと掌から出る熱と光が、その肉体の最期の記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『憂さ晴らしにもならんとは、つくづく度し難い存在だな』

 

國を喰らう害虫を処理素終わった赤い巨人ハルクバスターを操るV2Nは、早々と空へと飛び上がる。

 

眼下を見れば、目に付いたのは、数体の妖精達。

 

その姿は奇妙な事に後ろ向きで歩いていた。

 

『発動したか……』

 

その不可思議な現象にさしたる疑問を持たず。右腕を掲げてみれば、緑色の魔法陣がその腕を囲んでいた。

 

『全く持って、凄まじい力だ。宇宙の覇権を握る力というのも頷ける』

 

呟きながら、ハルクバスターの装甲が複雑に開けば、その中には、美しく光る緑色の石が収められていた。

 

 

世界そのものが躍動し、時間そのものが巻き戻っていく。

 

 

ハルクバスターも、その影響を受け始め、今来た道を巻き戻るように戻っていく。

 

『何度やり直す事になったとしても、何度お前が死んだとしても、例え今度は私を思い出すことがなくとも、お前の望む結末まで、最後まで付き合うだけだ』

 

その呟きと共に、赤い巨人は元のブレスレットへと戻っていく。

 

だんだんと世界が巻き戻る速度が上がり始め、ありとあらゆる生物が、その現象を知覚することが出来なくなる。

 

世界はある地点まで戻り。そしてまた時間は繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼にも美しき妖精國、圧倒的な自然が広がり、夕焼け空は見る者の心を癒す力を持ち得ている。

 

そこの丘に一人、男が立っていた。

 

 

「さて、とりあえず何ヶ月かは最低限の生活ができる装備はあるし、ぼちぼち住むところを探しながら、旅でもしますか」

 

 

ポケットから音楽プレイヤーを取り出し、プレイリストを操作する。

 

 

幾度も繰り返されたその行動。

 

しかし、本人にその自覚は全く無い。

 

次は一体どのような旅になるのか。

 

本当の目的を思い出す事はできるのか。

 

希望と絶望に満ちた旅が、また再び始まった。

 




・時を巻き戻す魔術:至高の魔術師が使用する時間を操作する魔術。タイムストーンと呼ばれる宇宙より前より存在していた特異点が宇宙誕生の際に結晶化したものによりその力を行使することができる。
自由に時間を操ることができるが、下手に使用すると時間軸がおかしくなり、世界が滅ぶような物質であり、現在では、至高の魔術師であるドクター・ストレンシが補完しており、彼しか操ることもできないはずだが、何故か異世界である妖精國に存在し、今は実質V2Nが所持。使用しているように見える。





最期までお読みいただきありがとうございます。

バゲ子編のラストと言う名のこのお話の概要説明。みたいなお話でした。

つまり『記憶のない死に戻り』による『ルート分岐』がこのお話の主軸になります。


今後はこのルールを軸に、色々と物語を進めていきたいと思います。



ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます。


ひとまずは一区切りという事で。
改めまして感想やお気に入り登録、誤字報告など本当にありがとうございました。


今後も皆様の貴重なお時間を無駄にしないよう精進して参りたいと思います。



よろしければご意見ご感想。お待ちしております。話の矛盾点や違和感。キャラについてなど、ご質問。ご教授いただければ幸いでございます。よろしくお願い致します。


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断章
断章:楽園の妖精との出会い


申し訳ございません。編集しようとしたところで誤って消してしまいましたので、こちら再投稿したものとなっております。


夥しい数の怪物。夥しい数の死体。

それが、日常的に見る光景。

 

建物同士が歪に入り組み、至る所が老朽化しており、景観も何も考えられておらず

日中であっても日の光もわずかしか入らない為、いつも薄暗い。

 

壁にも床にも天井にも、ありとあらゆる所にこびりついている赤い液体は、書かれた落書きよりも多い。

何より、不快なのは、何処へ行っても、腐臭が漂っている事だ。

 

その発生源は人間や動物の死体である。

 

 

 

 

『無限城』

 

 

 

東京都、()()宿()に存在している、表向きは幾度もの違法建築により無秩序に建てられたビルの集合体。

その建物の性質が故に、ありとあらゆる犯罪の拠点となりえる施設。

 

一般人が入り込めば、つけているネックレスは首ごと奪われ、腕時計は腕ごと持っていかれる。

 

住人全てが悪鬼羅刹の非人間達であり、薬品で顔を焼き、老婆のふりをして獲物に近づき、物を騙しとる年端も行かない子供もいる。

 

そこには通常ではありえないような現象が発生しており、無重力空間が存在している地域もあれば、時空の歪みも発生している地域もあり、迂闊な場所に踏み込めば、誰にも気づかれず消え失せる。

 

 

不死身の化け物が日々人間たちを襲い続け、そしてその襲われる人間同士は、お互いに徒党を組むことは無く、醜く争い、殺し合いを続けている。

 

怪物は名前の通りに驚異的な破壊能力を備えているが、人間達も常軌を逸した能力を有しており。

その力はコンクリートを容易く砕き。中には、音よりも素早く動く人間も存在している。

 

およそ常識という枠組みから外れた、悪鬼の巣窟。

 

 

まさしく地獄の体現のような場所だった。

 

 

 

不死身の怪物が跋扈し人間同士が醜く争い、明日どころではない、今この瞬間を生きる為に、搾取し合う。

 

誰もが、生き残るという当然の目的の為に、方法はどうあれ、行動している。

 

そんな地獄のようなセカイをポツリと歩いている少年がいた。

 

ボサボサの黒髪。傷だらけの体。

 

切長の目は子供の割には鋭いが、その瞳から生気は失われていた。

 

彼の名は(トオル)

 

苗字は無い。そもそも本名かもわからない。

名前の由来は定かではなく、物心ついた時から無限城にいて、いつの間にか透と呼ばれていただけ。

 

両親が死んだのか、親に捨てられたのか、あるいは、()()()()()()()()()

 

この無限城では珍しくはない類の子供。

 

ただ生きるという()()()()()()()の為に行動する人形。

 

終末世界ではありがちな、どこにでもいる不幸な子供。

 

それが彼だった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

その男は、奪い合うしかないこのセカイで、他人の為に動く不思議な人間だった。

 

何か、特別な力があったわけじゃない。

 

だが、彼の行動そのものは、そのセカイでは特別だったのかもしれない。

 

彼は、無力で何の希望も持っていないような子供達を世話していた。

 

数にして9人。集団としてはこれでも多い方だった。

 

彼は複雑な構造の無限城を知り尽くしており、逃げ道も、隠れ住む場所も豊富だった。

 

彼はいつも楽しそうだった。

 

楽しそうに未来を語っていた。

 

「俺、無限城が平和になったら結婚するんだ……」

 

時々、変な事を言い出すのだが、それもまた彼の不思議な魅力を増加させていた。

 

「誰とだよー!!」

 

「そもそも相手もいないのに?」

 

「バ、バカヤロー! いつか美人な姉ちゃん見つけるに決まってんだろうが!!」

 

そんな青年の明るさに絆され、心を失った子供達も、

いつしか笑うようになっていた。

無限城という地獄の中で唯一その集団だけが、明るい雰囲気を纏っていた。

 

「ホレホレ透! お前さんは!?」

 

少年、トールも例に漏れずその青年の世話になる身だった。ただ、新参者故に、他の子供達ほど溶け込んではいない。

わいわいと騒がしい集団の外、少し離れた場所で、廃材に腰掛けながら本を読んでいた。

 

この集団に加入したのも、青年によって半ば無理やり引き連れられたようなものだ。

 

「……思いつかない」

 

「――そうか、それなら考えてみないとな」

 

素っ気ない透の態度にもめげず、酷く優しい表情を浮かべて彼の頭を撫でる青年。

 

トールは頭から感じる彼の体温に不思議な感覚を抱いていた。

 

「でも……そういう風に戦いが終わったら――みたいな事言う人から死んでいくんだって」

 

透はいつしか、無限城に捨てられていた本の知識を披露する。

 

「なんだなんだ?そんな突然……」

 

「……」

 

答えなかった。答える事が出来なかった。何故そんな事を言い出したのか、自分でも理由は分からない。

 

「そうか、ひょっとして気を遣ってくれたのか? そんな話をしてたら死んじまうぞーって?」

 

青年はそんな透を好意的に捉えていた。

そんな所が彼のさらなる魅力の一つである。

 

「まあ、物語の中じゃあ、帰る理由があるんだ!って奴から死んでいくのが定番だしな……」

 

透の頭を軽く叩きながら青年は続ける。

 

「死ぬ覚悟を持った奴が死ぬよりも、死にたくない!って奴が死ぬ方が、盛り上がるし心にも残る。でも、そんな盛り上がりの為に、神様だかなんだかわからない奴の勝手な理屈に殺されるなんてたまったもんじゃないよな」

 

「ほんと、嫌なジンクスだよ」自嘲気味に笑う青年に、透は、不思議そうな表情を向ける。

 

「でも、物語は物語。ここは現実で、透は生きてる! 生きてるからにはもっと未来を向いて生きないとな」

 

青年の快活な態度に

 

「ほら、何がしたい? 美味しいものが食べたいとか――あ、いつか恋人作って、結婚したいとかでも良いいんじゃないか?」

 

俺は結婚派だ! と底抜けに明るい青年に、トールは、目を逸らし地面を見つめる。

 

「……そんなの、わからないよ」

 

感情の無い透の表情に、初めて悲しみの雰囲気が宿った。

 

「美味しいってのもよく分からないし、死ぬ理由が無いからたまたま生きてただけだし」

 

「そんな悲しい事言うなよ。今からでも見つければ良いじゃないか」

 

「別に、今更生きるための希望なんて必要ない。家族もいないし、死ぬ理由がないだけで。そもそも、僕が死んだって悲しむ人なんかいないし――」

 

親もいない。何故ここにいるかもわからない。何故生きているかも分からない。目の前で命が弄ばれていく。

今は明るい子供達も、皆トールのように、生きる意味を見出せないでいた。

 

だが、そんな子供達の凍った心を溶かして来たのが――

 

 

 

「俺が悲しむよ」

 

 

 

この青年である。

 

 

 

「それじゃあ、ダメか?」

 

 

 

 

その青年は、無限城を照らす太陽よりも暖かい。

トールの心を溶かしていくのに、時間は掛からなかった。

 

残酷な世界の中、懸命に少しでも幸せに生きようと抗う者達。

 

それは、殺戮渦巻く無限城の中で奇跡のような存在だった。

 

だが、そんな奇跡も、こんな交流も、全て神のシナリオだという事を、この場にいる誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

彼は死んだ。彼らはしんだ。殺されてしまった。

 

別に不思議なことでもなんでもない。

逃げる道も、隠れる場所も、当然ながら限界はある。

何より敵は怪物だけではなく、同じ人間もそうである。

不死身の怪物たちも無機質に暴れる存在ではない。

 

人間を追い詰め、弄ぶための知恵がある。

 

時には、人間を利用し、こちらを追い詰める手段にも出る。 

発端は保護されていた人間だ。正確に言えば、最初から罠だった。

 

彼は来るものを拒まない。

それが良くなかった。

 

彼は、用意された罠によって怪物に殺された。保護されていた者達ごと殺された。

 

トールが生き残ったのは、偶然にも突き飛ばされて倒れこみ、そのまま積み上げられていく死体の山の一番下にいた事により、見つからなかったに過ぎない。

 

このような事態は、いつ起こってもおかしくは無かった。だから、少なくとも今は、悲しみも何も無かった。

 

今のトールにできるのは、自分が死ぬまで、ただ生きていくだけ。

感動も、後悔もない。このセカイに生きるひとつの生命体として、生きるようにプログラムされた人間として、死ぬまでただ生きていくだけだ。

 

だから今も生き残る為に、死体の山から這いつくばったまま脱出する。

 

脱出した先に、その男の死体があった。

共に集った者達のもある。

 

周りには誰もいない。人間も怪物もいない。

 

 

 

 

 

自然と、動いていた。

 

 

 

 

コンクリートジャングルの中にあって数少ない。土の地面があり日の光が当たる場所。

墓を作るには絶好の場所だった。

 

視界には、墓石代わりのコンクリートブロックがおいてあった。

彼が、死んでいった者達のために作ったものだ。

 

全員の死体を運び終わった。

 

死体を処理し、墓を作り終える。ブロックを置く。

墓に向かって手を合わせる。

見様真似だが、こうだったはずだ。こういう事は覚えている。

手を合わせる事に何か意味はあるのかと、甚だ疑問だに思うが、実行する。

 

手を合わせ、眼を瞑った瞬間、視覚意識が遮断された事もあってか、脳裏に彼や、共にいた者たちの顔が思い浮かんだ。

 

いくつも、いくつも。

 

その時、そう、その時初めて、涙が出た。

彼の事が好きだったことを初めて自覚した。彼を尊敬していたことにようやく気付いた。

風みたいだった彼。こんな地獄の中で楽しそうだった彼。

彼は今を楽しんでいた。一瞬一瞬を楽しく生きていた。

 

炎熱の中の日陰だった。

砂漠の中のオアシスだった。

雲のように、自由だった。

彼は光で、生きる為の道を照らす存在だった。

 

その光はもう存在しない。そんな光に集まっていた者達ももういない。

 

今まで感じた事のなかった孤独という現実に、寂しいと言う感情に、後悔という罪の意識に、涙が止まらなかった。

 

その後、彼の様な生き方をしようと、彼の様な光を照らす存在になろうと奮起するのは、まあ定番な話である。

 

透の瞳に光が灯る。

 

新しい生き方を始める為の第一歩。

 

そんな一歩を踏み出した瞬間に、彼の体から稲妻が迸った。

彼の決意に、呼応するかのように目覚めたその力。

 

透と言う名が誰によるものかは分からない。

 

だが、北欧神話の雷の神、”トール”と同じ読みなのは偶然なのだろうか。

 

透は、そんな突然目覚めた力を、何の疑問も持たずに、不思議と受け入れた。

 

そして、この力ならば、彼のように、力のない人達を救う事ができると、そう考えた。

 

大切な存在の死をきっかけに、生き方を変え、力に目覚める。まさしく希望に満ちた王道の物語。

 

 

だが、その力は、決して人々を救う為の力では無かった。

”神"はそのようなつもりでその力を与えたのでは無い。

 

それが、判明するのは、少年が青年へと成長した後だ。

 

 

 

先に結果から伝えておくと――

 

 

彼は結局、誰一人救うことなく、セカイを滅ぼす装置(雷帝)となって、彼のセカイは終了した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

妖精國ブリテンを巡り、道行くモースを払いながら過ごす日々。

 

いつも通りモースを払い、時折訪れる厄災を祓う。

感謝する者もいなければ、手伝う者もいない。

 

わたしは、『私』のブリテンを築くため、そんな日々を過ごしていました。

 

そんなある日の事です。

 

いつも通りの赤い空の向こう。

 

()()()()()そんな空から、雷が落ちました。

 

響く雷鳴は國中に響いているのではないかと思うくらい大きく、赤い空は雷の青に染まりました。

 

魔術ではありません。厄災でもありません。

 

このブリテンでは起こりえない現象。

 

嫌な予感がしました。

 

ですが、嫌な予感がするからこそ、無視しないわけにはいきません。

 

そう決意して、雷の落下地点であろう場所に向かったのがつい先日の話。

 

雷の落下地点まであと1日くらい。

 

そうやって目的地まで向かっている途中。人影を見つけました。

 

良く見れば人間の、男の人でした。

 

でも少し様子が変です。

 

ゆっくりと歩く彼は、今すぐにでも死んでしまうのではないかと言うぐらいフラフラで、何故かはわかりませんが、怖くて思わず立ち止まってしまいました。

 

だんだんと近づいてくる彼は、私に気づいていないようで。

 

「あの……」

 

声をかけて近づいても、全く反応が無くて。

そのまま私の横を通りすぎる時に肩がぶつかってしまいました。

 

「——っ」

 

ぶつかった時にようやく私を認識したのか、彼は、私に顔を向けました。

 

彼の表情は見た事が無いくらい絶望に染まっていて、光を失ったその眼が、確かに私を捕らえました。

 

ゾッとしました。吸い込まれそうなその眼はまるで世界の終焉を想起させるような暗い瞳で。

 

――そんな彼は、こちらをその眼で認識した後。

 

「あぁ、すいません」

 

そう、口にしました。

 

この妖精國で初めて聞いた謝罪の言葉。

 

その言葉に嘘はありません。

 

そんな珍しい言葉を聞いたので、また動揺してしまって、動けなくなってしまいました。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

こちらを一瞥した後、視線を正面に戻し、まるで呪詛のように謝罪の言葉を繰り返しながら、彼は私に構わず歩き始めました。

その言葉は今度は私に向けられたものではありません。

繰り返される言葉に嘘は無く、心の底からの懺悔の言葉。

 

 

その姿があまりにも痛々しくて――

 

 

放っておく事なんてできませんでした。

 

 

 

「あの!」

 

「……」

 

彼は声をかけても止まりません。

 

フラフラ歩き続けるだけです。

 

「ちょっと!」

 

今度は服の裾を掴みましたが力足りずに、手を放してしまいました。

 

「……もう!」

 

だから今度はもっと強く掴みかかってみたのです。

 

そうしたら、

 

「あ……」

 

彼は、思い切り私に引っ張られたせいで後ろに倒れてしまったのです。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

これが、最初の出会い。

 

自分達の居場所を作るという同じ目的を持った同士との初めての出会いでした。

 



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断章:楽園の妖精との出会い②

拳を振るう。

雷撃を放つ。

 

あの日、雷の力に目覚めた幼い少年は青年へと成長していた。

 

毎日、闘いに明け暮れている。

 

倒しても倒しても無限に湧き出る怪物達。

 

休むことも無く、挫ける事も無く、毎日毎日戦い続け、経験を増し、体を鍛え続ける。

 

自身を世話してくれていたあの青年の恩に報いる為、与えもらったあの優しさを一人でも多くの人に分け与える為のその闘い。

 

 

 

 

 

だが、これまでの間、実に10年。ただの一度も、救う事のできる人間に会う事は無かった。

 

 

 

 

軒並み怪物が既に殺害しており、生き残った人間はどれも怪物と変わらない残虐性を有していた。

 

無限城は陰陽でいう『陽』の気が異様に強い場所である。

成長は早く、身体能力はごく自然に高まっていき、怪我や病気からの回復も早い。

 

住人の大半が身体能力が高いのはコレが理由である。

その効力は、才能や程度の差こそあれ、鍛え方によっては音を置き去りにする程の身体能力を有する者もいる。

 

だがその反面負の要素も多い。免疫が乱れれば、『陽』の病気である癌などに蝕まれて死に至り、貪欲で攻撃的な性格へとなっていく。

善人であった者も、死と絶望の空気だけでなく、その『陽』の要素によって変質していく。

 

善人のままであれば、よほどの才能が無い限り生き残れず、

無限城で生き残れるほどの力を有する頃には、残虐性は増しきっている故に、そもそもとしてまともな感性を持った人間が少ないのだ。

 

だから、当時、透のいたあのグループは奇跡と言っても良い程の存在だった。

 

 

 

無限城を巡っても巡っても、『救う』という行為はできず。

 

ひたすらに無限に湧く怪物と、ある意味では怪物よりも残虐な人間達と殺し合う。

 

凄まじい戦闘経験と日々の鍛錬によって力を増しては行くものの、肝心の目的は1歩も進んでいなかった。

 

元より曖昧でゴールのない目的であり、そもそもとして”とりあえず生きる”という理由で生き続けていた彼にとって。

もはやそれは日常と化している。

 

そして、透の持つその力はこの無限城においてはまさしく無敵だった。

不死身であるはずの怪物は、その雷に触れれば存在そのものが消失していく。

電子を操り、形成されるプラズマは万物を蒸発させる。

脳に直接作用する電磁波が仮想現実を作り出し、トールにとって有利な状況を作り出す。

 

まさしく無限城の申し子と言っても過言では無かった。

 

精神的に挫ける事も無く、肉体的に限界が来るわけでもない。

目的の為動くその姿は、信念を持った強者と言うよりは、機械のようであった。

 

 

 

そんなある日である。

 

不死身の怪物を打倒していく。その繰り返しの最中。

 

鍛え上げた肉体も、使い方を研究し尽くした雷も、これ以上進歩する事は無いのではないかと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その瞬間は訪れた。

 

予兆は無かった。それは突然だった。

 

なんの前触れもなく、透のとある感情が異常なほどに増幅していく。

それは、怒りと悲しみである。

 

(なん――だ……?)

 

誰に対してかもわからない、理由すらわからない。

だが、その感情は、濁流の如く、透の精神を支配していく。

 

 

透の体が変質する。

雷が透の体を纏い、光を発する。

あまりの電気量に自然と斥力が働き、帯電によって、透の体が空中に浮いていく。

 

既に透に体を動かす権限は無かった。

 

普段であれば放出するだけの雷が、まるで充電するように透の体内を駆け巡る。

 

そして、内に貯まった雷が、爆発するかのように一気に放出された。

 

透を中心に、360度すべてが、雷によって破壊されていく。

それは、電熱による蒸発でもなく、雷撃による分子崩壊でもない。

 

物理現象ではありえない。存在そのもの消失であった。

 

 

その後雷の爆発が放出され切ったかに見えたその時。

 

そこにいたのは、最早透という名の青年では無かった。

常に紫電が滞留し、常に無表情だったその顔は激情に駆られ。面影はもはや無い。

 

この世界における終末が始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「俺、は――?」

 

 

気付けば横になっていた。

見れば、毛布を掛けられているようだ。

誰かが寝かせてくれていたらしい。

 

周りを伺えば見えるのは布の壁。テントの中のようである。

 

何故自分はここに、と考えたところで――

 

「あぁ、良かった。ようやく起きたのですね」

 

一人の少女が、テントの中に入って来た。

 

見眼麗しい少女だった。

 

白い洋服に青い該当。胸に付いた大きな黒いリボン。

美しい金の髪を同じ黒いリボンが結わえている。

 

安堵の表情を浮かべてる彼女の整った顔立ちは碧の眼が特徴的で、いつまでも見ていたい衝動に駆られる程に美しかった。

 

「? 大丈夫ですか?」

 

「……あ、ああ。大丈夫」

 

訝しげな少女の問いに簡潔に答える。

 

「俺は、倒れていたのか?」

 

「覚えていないのですか?」

 

「あぁ、君と会った覚えは……ないな」

 

「そうですか……」

 

視線を合わせながら会話の中、気まずそうに目線を逸らされる。どこかホッとしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「その、貴方は私の目の前で突然倒れたんです」

 

その説明に何となく他意を感じるような気もするが、続きを聞けば、原因は栄養失調の類のようで。

 

一先ず倒れた自分を世話してくれたらしい。

 

「そう、なのか。ああ、ありがとう。助かった」

 

「――っ」

 

「どうかした?」

 

「い、いえ、何でもありません」

 

コホンと咳払いする少女。

 

では改めて。と一度話を区切り、

 

「はじめまして。私はモルガン」

 

自身の名を告げた。

 

「そしてここは妖精達の島、ブリテン。貴方の名前を教えてくれますか。見知らぬ方」

 

そんな少女、恩人であるモルガンの丁寧な自己紹介と質問に、応えない理由は無い。

 

「俺は(とおる)日本の、無限城って所から来た」

 

「トール。と言うのですね。よろしくお願いします」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「では、貴方の住んでいる国には、妖精はいないと……」

 

「ああ」

 

「しかし不死身の怪物に無限城ですか。聞いたこともありません」

 

お互いの情報の擦り合わせに入る。

モルガンはにわかに信じ難いと思いつつも、トールの言葉が真実である事を看破する。

 

日本という国に関しては()()()()()()()()()()()()()()()それはあくまで自分では無い為に、混乱させないよう知らない程で話を進める。

 

「ただ貴方の知識の中にブリテンという国は存在すると……」

 

「あぁ、俺にとってはイギリスって名前の方がなじみ深いけど」

 

モルガンはその情報を吟味する。

教えてもらった情報の限りではやはり彼は――

 

 

「となると、やはり貴方は、異世界からやって来たのかもしれません……」

 

「……そう、なんだろうな」

 

モルガンをしても俄には信じ難い話だが、彼は何処か納得をしているようで、酷く冷静だった。

 

「貴方は、ここにやって来た事に心当たりがあるようですね……」

 

「ああ。ただ……俺が、ここに来たのは事故だと思う」

 

「事故、ですか。その、詳細を聞いても?」

 

「――っ」

 

トールの表情を見て、

モルガンはしくじったと反省する。

何せ最初に見かけた時があの状態だったのだ。

 

ここに来る直前のあの状態を見れば、彼にとって絶望的なナニかが起こったことは明白だ。

 

辛い記憶は思い出すだけでも辛いもの。

ましてや口に出して説明するなど……

 

無理に話さなくて良い、と伝えようとしたところで、

 

トールは、絞り出すようにポツポツと喋りはじめた。

 

「俺は、元の世界で、1人になってしまって……」

 

――本当

 

「俺の世界は、別の世界の人達に管理されていて」

 

――本当

 

「管理している人達の世界に行って、どうにかしてもらおうと思って」

 

――嘘

 

「その世界に行こうとしたら、ここに来て……」

 

――本当

 

「気が付いたら君に保護されてた」

 

――本当

 

 

確認したい事は様々あった。

 

1人になってしまったとはどういう事か、友人や家族を失ったと言う意味か。

()()()()()()()1()()()()()()()()

 

別の世界の者が別の世界を管理するとはどういう事か。

彼にとっての世界とは家や土地や国単位を指しているのか、それとも、()()()()()()()()()()

 

管理者の世界に渡ってどうにかしてもらおうとしたというのが嘘というのはどういう事なのか。

 

そもそもその世界を渡る技術はどう言ったものなのか。

あの雷と関係があるのか。

 

聞き出したい事は色々あるが、これ以上問いただして、彼を苦しめるのも本意ではない。

 

彼がこのブリテンにとって害となる存在がどうか。

今の所はグレーだが。

それを判断する為に聞かねばならない事もある。

 

「貴方は、()()()()()()()()()()()()()

 

その質問に、彼はすぐには答えなかった。

眼を見開く驚いた反応を見せた後、彼は俯き、額を手で覆う。

 

 

「わからない……」

 

それが彼の答えだった。

 

「どうすれば良いかわからない。どうしたいか分からない」

 

額のみを覆っていた手は顔全体を覆い始める。

 

「ごめん、色々と突然で、、整理がついていないんだ……」

 

彼の言葉に嘘は無い。

その苦悩する様は問いを投げたモルガン自身でさえ、心痛くなる程だった。

 

無理も無いだろう。

そもそもとして充てもない異世界にやって来てしまったのだ。

そして、きっと彼は元の世界に帰れるとも、帰りたいとも思っていない。

 

少なくとも、何か企みがあるようにも()()()()

ひとまず、このブリテンを害しようとしているわけでは無いという事は判断できた。

 

「でしたら、何をしたいか、ひとまずは探してみてはいかがでしょう」

 

「え――」

 

それは、モルガンにとっては何気ない提案。

 

「……アテがないのでしたら、保護はさせていただきます。人間の住む集落に案内しましょう。私も受け入れてもらうよう取り計らいますから、」

 

彼にたいして出来る限りの提案を投げかける。

 

「事故とは言え、せっかく異世界であるこの妖精國に来たのです。元の世界に帰るにせよ、ここにいつづけるにせよ、このブリテンで今後の事をゆっくり考えてみても良いと思います」

 

モルガンの提案に、トールの瞳に光が宿る。

だが即座に困った表情を作る。

 

「迷惑、じゃないか?」

 

申し訳なさそうに発したのは、意外な言葉だった。

なによりその言葉に嘘が無いことも意外だった。

 

自分こそが一番大変だというのに、他人を慮るその気質は、この妖精國において、そしてモルガンにとって何よりも貴重なもので。

 

「いえ、そんな事は気にしないでください」

 

だからこそ、彼を放っておくことはできはしない。

 

モルガンは、腰をあげ、トールへと手を差し出す。

 

「改めて、よろしくお願いしますね」

 

トールは、一度迷いを見せながらも、何かを決意したのか、彼女の手を掴む。

 

「あぁ、よろしくたの――お願いします。モルガン、さん」

 

改めて世話になると言うことで意識をしたのだろうか。

ぎこちないその言葉に、モルガンは一瞬キョトンした後、思わず吹き出してしまう。

 

「フフッ、無理に言葉遣いを変える必要はありません。自然な言葉遣いで結構ですよ。トール君」

 

「あぁ、ありがとう。よろしく頼む。モルガン」

 

そのまま、モルガンに手を引かれ、トールは立ち上がった。

 

多少は、気持ちも楽になったのだろうか。立ち上がって尚覇気の無いトールだが、モルガンが最初見かけたよりはマシだった。

 

「ただ先に一つ警告しておきます。詳細は道中説明させていただきますが、私はある理由があって妖精に嫌われております。場合によっては襲われる事もあるかもしれません。100年に一度の厄災もいつ出てもおかしくない時期に入っています。精一杯お守りさせていただきますが、いざと言うときの事は覚悟しておいて下さい」

 

「……わかった」

 

気になる事は多々あるが、説明不足はお互い様だ。

トールは不信感を抱くことも無く、迷いなく答える。

 

そんな警告をあっさりと受け入れるように()()()トールに好感を感じつつも、素直すぎて、心配になって来てしまうモルガン。

 

まあ、そこのところはおいおい話して行けば良いかと、テントを片付ける。

 

「では行きましょう!」

 

こうして、短い間ではあるものの。

異世界から来たらしい人間との旅が始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「つまりモルガンは魔法使いなんだ」

 

「正確には魔術師ですけど」

 

「魔術に、魔法……あんまり差がわからないな……」

 

「気持ちはわかりますけど、聞く人が聞けば怒られますから気を着つけてくださいね」

 

旅の道中。互いのよもやま話を交わす中。そんな会話が始まった。

きっかけは、夜のキャンプの際、焚火に火を灯す際に、モルガンが唱えた魔術に興味を持ったのがきっかけだ。

 

極端に言えば、科学で再現できるレベルなら魔術。再現できないのが魔法であるらしい。

過去では火を灯すという魔法が、現代では魔術となる。どうやらそれは呼び方のみならず、魔術的価値——神秘に影響があるらしい。

知識の無い身からすれば魔法だろうが魔術だろうが火を灯すことに変わりは無いが、彼女達にとっては重要なのだとか。

 

ガスコンロもなさそうな妖精國で魔術の定義がどうなのかはわからないが、少なくともトールがいたセカイでは、大半の魔法は”魔術”扱いになるのだろうか。

 

「トール君のセカイには魔術のようなものはあったんですか?」

 

当然ながら、こちらのセカイの話題にもなる。

 

魔術。と言われれば、凶暴化した人間の中にもそういった技術を使っていた者もいたかもしれないが、会話を交わしたことは無い。

 

だが、倉庫(アーカイバ)から仕入れた知識ならある。

 

「魔女の一族だなんて言うのは歴史の影ではいたらしい。1分間の幻影を見せる『邪眼』使いなんてのもいたんだとか」

 

邪眼、目を合わせた人間に1分間の幻影を見せる力。

術者のセンスにもよるが、夢を夢だと気づかせないままにかける事のできるその幻術は、ただの幻ではなく、脳に直接作用する力だ。

人間は脳に支配されている存在である。例え肉体に損傷がなくとも、脳が直接傷つけられたと認識すれば、実際に傷ができたという一例が存在する。

邪眼を使い、死の幻影を見せれば、かけられた対象は、死を免れることは出来ない。

非情に便利な力だが、様々な制約があり、その禁を破れば、セカイの根幹に影響するようなデメリットもあると言うデータがあった。

 

「成程、では魔術師のような存在は少なくとも歴史の表舞台には出ていなかったという事ですね。ふむふむ成程。なんとなくわかってきました」

 

魔術の事、トールの世界での科学技術の進歩具合。

そんな話をするうちに気づいたことがある。

何というか、ファンタジー世界でありがちな、車や飛行機なんかの技術に興味をもつような素振りが薄い。

話を聞く限り、妖精達に出来ない事は無く、そういった意味では必要のない技術故なのかもしれないが。

少なくとも、モルガンの反応にはそれ以外の理由を感じる。

異世界から来たことに関してもそこまで追求してこないというか。

あるいは、俺が来た時の状況から鑑みて、気を使ってくれているようだが、それにしても、そういった点に関して興味があるようにも見えない。

 

そんな話の中、彼女の希望で、一つ寄り道をした。

 

「先日、雲も無いのに、ここに雷が落ちたんです。ちょうどトール君を見つけた数日前の話なんですが、心当たりはありますか?」

 

目の前には落雷の跡。

凄まじい衝撃があったのだろう。

地面が衝撃で抉れており、大きなクレーターが出来ていた。通常の雷ではありえない現象。

 

ご丁寧にその中心部。明らかな焼け焦げがあった。

それは特殊な形になっており、明らかに、仰向けに倒れた人の形をしていた。

 

心当たりと言われれば当然ある。

何となくそこに合わせて、寝てみた。

 

「あの、突然なにを――?」

 

モルガンがこちらを見ながら何をやっているんだと、言いたげな視線を送られる。そんな馬鹿を見るような目で見ないで欲しい。

 

焦げに体を合わせてみれば、完全に形が一致した。

 

 

「……俺だな」

 

「ですね……」

 

形は完全に一致した。

 

その後、夜も更けて来たので、キャンプの準備を終えたところで、トールの力の話になった。

 

自身の体を発電させる。

 

掌に紫電が走る。

両掌を剥き合わせ、その間に電流のイルミネーションを作り出した。

 

「雷の力……」

 

「俺は、人間に流れてる生体電気を自由に操れる力を持ってるんだ。俺が、ここに来る直前、この力を使っていたから、その影響かもしれない」

 

「成る程。異世界から渡る際、トール君のこの力が副作用的に働いたのかもしれませんね」

 

安心しましたと喜ぶ彼女をじっと見る。

 

「?どうしました」

 

「いや、その雷の力の事、あんまり聞かないんだなと思って……」

 

何せ異世界からの来訪者。しかも特殊な力を持っているのだ、怪しむのは当然だし、安全の為、問いただすべきだろう。何故この力を持っているのかとか、異世界へ渡る技術だとか。

 

その問いに、彼女は優しげな表情を作り出す。

 

「いえ、雷の力は確かに気になりますが、話す気がなければこちらも無理やり聞き出そうとは思いません。トール君がこの國を害する気は無いという事はわかっていますから」

 

(本当に優しい()なんだな……)

 

それだけでは無い。この気遣い。彼女はまるで心を読んでいるかのようだ。

 

この雷。雷帝の力。ここに来る前までは、あの時からずっと、誰かの役に立つ為の力だと信じていたが、今となってはその出自からして悍ましい。この力を、今は好きにはなれなかった。

隠すつもりはないが、あまり思い出したくもなければ口に出すにしても辛い。

何より、この事実を話した時に彼女に嫌われるのが怖かった。

 

彼女は、俺のそんな心情を察しているのか、様々な事について、深く聞こうとはしなかった。

 

彼女の優しさは、彼らを思い出す。

結果偽物ではあったが、あの時の楽しいという思い出は、俺にとっては確かなもので。

 

どうにかして、彼女に恩を返したい。彼女の役に立ちたい。そう考えるようになっていた。

 

そんなある日の事だ。

 

モルガンの案内で、人間の集落に向かう途中。

 

悍ましい、獣の咆哮が、響いた。

 

「――っそんな、前兆も無いのにいきなり厄災が……!?」

 

その咆哮に心当たりがあるのか。

何らかの気配を察したのか。

モルガンは1人叫ぶ。

 

今の方向はさほど遠い場所でも無いようだ。

俺たちが歩いて来た道の途中。

雷が落ちたであろう場所の方。

咆哮はそこから届いていた。

 

そして、その音だけでは無い。國に来たばかりのトールでも感じられる程の悍ましい()()()の気配が、その方向から届いていた。

 

 

「トール君、連れて行くと言った手前申し訳ございませんが、一度お別れです」

 

モルガンによる当然の提案だったが、トールはさしてその指示に疑問は抱かなかった。

だが詳細は聞いておきたいと問いを投げかける。

 

「……何が起こったんだ?」

 

「厄災です。100年に一度、この土地を滅ぼそうと現れる極大の呪い」

 

「モースのもっと大きいやつみたいなのか。獣の声みたいな感じだったけど」

 

 

モースに関しては、ある程度話を聞いていたが厄災については、そこまで詳細を把握してはいなかった。

呪い。トールの知識ではブーディストという集団による呪術が思い浮かぶ。

彼らの放つ術は基本は形を持たないものだ。

あのように咆哮を上げるなど、理屈が理解できなかった。

 

「厄災は色んな形で現れますから。形は見てみないとわかりませんが、今回はそう言った厄災なのだと思います」

 

説明している間に、再びの咆哮が響く。

 

「トール君は、そのまま目的地の集落の方向に逃げて下さい。私は厄災を払った後で貴方を追いかけます」

 

咆哮が響く方向とは反対側を指差し、指示を出すモルガンに、トールは待ったをかける。

 

「……君は逃げないのか?」

 

「えぇ、このまま厄災を放っておけば、妖精達も殺されてしまい、この土地も滅ぼされてしまいます」

 

迷いなく答えるモルガンにトールは疑問を抱く。

妖精に出会った事は未だ無いが、彼女は、自身を嫌い襲いかかってくる事もあるらしい、妖精の為に戦おうと言うのだ。

 

「姿は見えないけど、素人の俺でも分かるくらい嫌な雰囲気だ。土地の呪いなんて、一人で相手をできるようなものなのか?協力してくれる仲間は?」

 

「……いません。前に言った通り私は妖精達に嫌われておりますし。人間ではどうにもなりませんから」

 

「なんで、そんな一人で……自分を嫌ってる妖精とやらの為に戦う必要なんて……だって、その、別に報酬が貰えたりするわけでも無いんだろ?」

 

「ええ……」

 

モルガンは一度考える仕草をした後。

 

「でも、それが、私のやりたい事ですので――」

 

そう迷いなく答えた。

 

「――っ」

 

その碧の目には、強い決意が灯っていて。

 

「大丈夫です! こう見えて、私は厄災を何度も払って来た『楽園の妖精』ですから!」

 

トールはその力強さに圧倒され。動くことができなかった。

 

「では、また後で会いましょう」

 

別れの言葉と共に、厄災の方へ駆けていく彼女を、トールはただ黙って見送るだけ。

 

「俺、俺は……」

 

指示された場所に逃げることも無く。

かと言って、彼女が進んだ方向へ進むことも無く。

ただその場に立ち尽くすのみだった。

 

 

 

 

 




邪眼(Getbackersより):美堂蛮の持つ魔眼(?)本人曰く。中世ヨーロッパでは割とポピュラーな能力との事。目が合った瞬間1分間の幻影を見せる。現実では一分間だが、描写される内容から判断するに、かけられた側の幻影の内容は明らかに一分どころではないので、脳の体感すら操っている節がある。

見せる夢の内容にもよるが、かけられた本人は邪眼にかかった事にすら気づかない。
丸々一話邪眼の内容だったりすることもあるので読者にもどっちかわからない。

本編では、美堂蛮の人柄もあってか、邪眼によって即死する者はいないが、廃人になった者はチラホラ……

美堂蛮は、基本的に戦闘において使用する事は無く、逃走に使ったり、ギャグに使ったり、牽制目的で使う場合が多い。対象にとって良い夢を見せる事で、救いを与える事も多い。


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断章:楽園の妖精との出会い③

怒りのままに力を振るう。

 

不死身の怪物は、雷によって消滅する。

襲って来た人間に拳を振るえば、その衝撃のみで蒸発していく。

 

人間も、怪物も、無機物も、有機物も、全てがその手で消えていく。

 

突然の感情の爆発だった。

理由もない。きっかけもわからない。

 

だが、自分は間違いなく、目の前の全てに対して、凄まじい程の怒りを感じていた。

 

ありとあらゆる全てを滅ぼし尽くし、やがて怒りの感情のまま意識を失った。

 

だが、そんな無意識の中においても、自分が暴れ回っていた事は感じ取れる。

 

意識を無くしても動き続けるその体による暴虐は、無限城を飛び出し、裏新宿を飛び出し、国を飛び出し、世界へと広がった。

 

気づいた時にはあたり一面、地平線に至るまで、今自分が立っている無限城以外の全てが、灰色の砂と化していた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

灰色の砂漠と化した世界。

風すらも吹かず、砂が擦れる音すら響かない。

物理法則すら終わってしまったかの様な完璧な静寂。

 

 

「俺は、何だ――?」

 

一人呟く透。

もはや本人以外の生命体が存在しないこの世界において、その疑問に答えるものはいない。

 

意識を失ったものの、自身が力を振るい続けていた自覚はある。

 

怪物も、人間も、等しく滅ぼした感触がある。

 

文字通り。世界の全てを自分自身が滅ぼしたのだ。

 

彼からもらった優しさを、生きる楽しさを、少しでも多くの人に分け与えたいと、思っていたのに。

 

自分は誰一人、分け与えるどころか、奪い尽くしたのだ。

 

「なんで、なんでなんでなんでなんだ! 俺は!!」

 

自身の存在を知覚してからこれまで、明確に感情というものを表す事が無かった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

芽生えたのは絶望故か、あるいは、何かが彼にそれを与えたのがきっかけなのか。

 

喜ぶべきことかもしれないその感情の発露は、事ここに至っては不幸でしか無かった。

 

「俺は、これから……」

 

言うなれば彼は目的を見失ったプログラム。

救う事も、滅ぼす事も、何もすることがなくなった彼に待つのは、永遠なる孤独。

 

そのまま透は絶望に苛まれ心が壊れるか、あるいはその孤独を実感する前に。自害を図るか。

 

この先の運命など想像に難くない。

 

何をする事も出来ずただ消えゆくのみ。

 

本来であれば、そのはずだった。

 

 

 

この時、この瞬間まで、全て計算(カリキュレーション)通りだった。

 

 

 

それは絶望故か、あるいは怒り故か。

 

果てしない沈黙の世界で、透の知覚はこれまでにない程に研ぎ澄まされ。

 

「なんだ? 何がいる?」

 

気付いたのだ。自分以外の存在に。この世界の綻びに。別次元の何かに。

 

 

 

 

全てが滅びたこの世界に置いて唯一自分以外で生き残っている存在。無限城。

 

その中枢であるインテリジェントビル。

 

その名も『バビロンタワー』

 

それが今、透の足元にある建造物である。

 

透は世界の全てが『ここ』につまっていると確信できた。

 

あり得ない話だ。世界の根幹がこのような建物にあるなど、本来ならばあり得ない話である。

 

片膝をつき、右手を地面に当てる。

 

目を瞑り、集中し、電子を操り、無限城の全てにその電子を走らせる。

 

通常の者では知覚できないような異次元的な存在ですら知覚程の高密度なスキャン。

 

そのバビロンタワーの中、とある空間を知覚する。

それは、同じ次元には存在しない、見つかるはずの無い空間。

 

気付いて仕舞えば容易い事だ。意識をするだけで、扉もない、道もない、その空間に、透は足を踏み入れた。

 

 

何もない空間。だが、()()()()()()

 

透は電子を走らせ空間を解析する。

 

一つの存在を、知覚した。だがそれは、あまりにも巨大なナニカだった。

 

 

倉庫(アーカイバ)

 

 

これが何なのかは分からない。だが、世界の根幹に関わるナニかだという事は理解できた。

 

形すら今の自分では認識できない。全てを解析するには未だ能力不足。

 

だが、それでも読み取れる事はあった。

 

数式の塊を、透は解析し、言語化していく。

 

 

 

World:γβ(GB世界)。創生の王『天野銀次』により『クオリア計画』の頓挫。これ以上の世界操作は困難と判断し。計画は完全凍結……」

 

それは何かの計画の情報のようだった。

 

――『クオリア計画』再会。World:γβのデータを軸に新たにWorld:δを創造。

 

――バグの発生、一部人類の凶暴化。不死性を要した怪物が出没。

 

――バグが世界中に蔓延。通常種の人類は全滅。リソース不足により再生、修正不可。

 

――限定リソースによる、再生計画始動。

 

――World:γβにおける『雷帝』のデータを新規創造した通常個体にインストール。

 

――成長リソース不足。幼少からの自然成長による、『雷帝』発現までのシナリオを計算(カリキュレーション)

 

 

 

 

世界創造。

 

様々な知見から解明が願われるその現象。

超自然的な現象か。あるいは、意思を持った神の仕業か、もっと別のナニかか。

 

神話で語られ、科学による解明が進み、魔術的なオカルト面でも諸説語られる昨今。

結局のところ真実は定かではないその始まり。

 

この情報がそこらにあるようなものであれば、作り話か何かだとおもっていたはずだ。

だが、ここは次元を隔てた完全なる別空間。

作り話がわざわざこのような所に存在する理由が無い。

 

これは、間違いなく。この世界に関わる情報だ。

透はさらなる解析を進めていく。

 

「1.他者の愛情や集団行動による人間性の確立……」 

 

それは、先程の続きだろうか。

 

――2.

庇護者の死去による、目覚めの促進。

 

――3.

庇護者から与えられた使命による。能力の向上。

 

――4.

成長限界を迎えた上での、外部操作による感情の誘発。

 

――5.

成長した肉体と、雷帝の能力による全ての建造物及び生命体の一時駆除。

 

「被験者名『Thor(ティーエイチオーアール)』。ソー、いや、これは……」

 

 

この内容に、心当たりが無いとは言えなかった。

 

嫌な予感がする。

全身から汗が吹き出すのを感じ取る。これ以上は進んではいけないと自身に警告を発する。

だが、止まれない。止まる事はできない。更なる解析を進めていく。

 

うすうす感づいていた嫌な予感故に、落ち着かない。だからこそ、情報を取得する為の解析にも焦りが生じてしまった。

流れて来たのは莫大な情報。

 

倉庫(アーカイバ)』『クオリア計画』『悪鬼の闘い(オウガバトル)』『GetBackers』『ウィッチクイーン』『創生の王』

 

「が……っああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

脳がこの世界の全てを理解していく。

 

世界そのものを作る事に成功した。異次元の天才達『ブレイントラスト』。

 

今いる自分の世界は、その者達によって作られた世界のバックアップ。その2つ目。

 

1つ目とは比べ物にならないほどに完成度が低く。不死身の怪物や、凶暴な人間達というバグだらけの不完全品。

 

それが今自分がいるこの世界なのだ。

 

あまりにも衝撃的なその事実。

 

だが、透にとって重要なのは、”そんな事”では無かった。

 

 

 

 

 

 

――全て、仕組まれていた事だった。

 

自分(トール)という存在も、あの人の存在も、共にいた子供達の存在も。

あの人の行動も、与えてくれた言葉も、彼らの生も、彼らの死も。

 

全て、失敗したセカイを帳消しにする為のシナリオだったのだ――

 

 

ふつふつと、怒りの感情が湧き上がる。

 

体中を電子が巡る。

 

この空間にいる世界の根幹を成す『倉庫(アーカイバ)

もう一つのバックアップセカイでは意思のあったそれも、このセカイでは、上位世界の指示を待つだけの情報集合体でしかない。

 

倉庫(アーカイバ)を通してもう一つのセカイの雷帝の情報を解析する。

悪鬼の戦い(オウガバトル)』を勝ち抜き。『創世の神』の資格を手に入れ。

上位世界『バビロンシティ』への介入を果たした『天野銀次』の経験を入手(インストール)する。

 

自身が傀儡だろうが、『雷帝』が与えられた力だろうが関係が無い。

 

今はただ、このシナリオを作り出した神の世界へと介入を果たす。

 

『雷帝』の器たる透の脳。通常の人間であれば脳が壊れてしまう程の情報の奔流を受けて尚健在。

だがその精神も判断能力が鈍るくらいには、影響を受けていた。

 

仮に、上位世界へと移動を開始したところで、何を成し遂げるのか。

その後の事は何も考えないまま。ただ怒りのままに行動を開始する。

 

電子が光を放ちながら、様々な図形や数式を空間に作り出す。

 

やがて数式立が形を変え、扉の形へと変化を果たす。

 

それは異世界へと移動するための扉。

メタファーでしかないそれだが、透にとっては、別の世界へと移動するというイメージを確かにする為の必要な処理だった。

 

意を決する必要すら無い。潜る前の決意表明もなく、実にあっさりと、透は扉を潜る。

 

瞬間。世界を作り直す為の終末装置であり、()()()()でもあった透は、このセカイから消え去った。

 

異世界への転移というあり得ない現象。

 

それが”神”にとって、の誤算なのか。それは誰にもわからない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

黄昏の空。

元のセカイのような無機質な灰色が存在しない、生命にあふれた大自然。

透は今、その大地に仰向けで身を投げ出していた。

 

 

失敗した。

 

 

確信があった。

 

ここは『バビロンシティ』では無い。

 

全く別のどこかのセカイだ。

元の世界に戻ることは出来ない。

 

これは完全に失敗だ。もっと調べるべきだった。

もっと研究を重ねてから実行するべきだった。

 

そもそもバビロンシティへと到達したとして何をしようとしていたのか。

自分は、感情のままに、怒りのままに、バビロンシティの住人を皆殺しにしようとしていたのではないか?

 

彼のように誰かの為に生きる事のできる存在になると誓ったのに。

自分はあっさりと、怒りのまま、その誓いを破ろうとしたのだ。

あるいは、そのセカイに辿り着けば、”彼らを生き返らせる事もできたかもしれないのに”

あの時、そんなことも考えずに、ひたすらに破壊する事しか考えていなかった。

 

これは、この失敗はきっと、そんな事しか考えていなかった自分に対する罰だったのだろう。

 

気付けば、涙が溢れていた。

彼の優しさを、誰かに伝えたいと思っていた。

誰かの役に立ちたいと思っていた。

でもそれは全て偽物だった。

 

それでも、出来る事はあったはずなのに。

もっと『力』を正しく扱う事ができれば、偽物だった彼らをよみがえらせて、今度こそ本当の交流が出来たかもしれないのに。

自分はその全てを放棄したのだ。

 

無意識下のまま、生存本能が働き、彼が動き始めるまで。

 

透は、ひたすらに涙を流す。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

(本当に、異世界なんだな……)

 

少女、モルガンと情報をすり合わせながら思う。

 

彼女に保護され、久々のまともな交流をする事で、透は少しばかりの落ち着きを見せていた。

 

自身のセカイの歴史とも、『倉庫(アーカイバ)』にあった『バビロンシティ』とも違う。

 

完全なる異世界。

 

妖精が存在する不思議な世界。

目の前の少女も人間にしか見えないが、妖精らしい。

 

妖精國ブリテン。

 

その世界の根幹はどのようなものか。

少なくとも、『ブレイントラスト』の作り上げた世界ではない。透の知るセカイとは根幹から違う存在。

ブリテンという國そのものは透の知識にもあるが、妖精など存在していない。

 

 

異世界と言えば簡単だが、その方向性は様々だ。

様々な要因による分岐によって生じた異なる歴史の同じ世界である並行世界と言う概念もあれば、全く異なる次元を隔てた、何もかもが違う世界を指す場合もある。

 

この妖精國は自分のセカイからすれば後者に当たる。

 

それを無意識に理解する。

世界の成り立ちを無意識ながら知覚する能力に、透は目覚めていた。

 

何故このような時空間移動を果たしたかはわからない。

だが、もう二度と、あの世界に戻ることは無いという確信があった。

 

そんな状況を整理していく中、彼女との会話を進めていくうちに一つの質問があった。

 

「貴方は、これからどうしたいですか?」

 

別に不思議な事でもなんでもない、状況からすれば、当然の質問。

 

だが、これまでの会話の中で最も胸を抉られる衝動に駆られてしまう。

 

生きる上での目標を与えてくれたあの人も、あの言葉も、全て偽物で。

その世界を自分の手で滅ぼした。

セカイを作り替えるチャンスも手放した。

 

そんな何もかもを失った状態の彼に、やりたいことなどあるはずもない。

 

 

最早幼少の頃のように、ただ生きる為に存在していた人形ではなくなっている。

その成長が今は、透に苦しみを与える要因となっていた。

 

どうすれば良いかわからない。そんな心情を吐露した時。

 

「でしたら、何をしたいか、ひとまずは探してみてはいかがでしょう」

 

「え――」

 

そんな何気ない一言が、確かに彼にとっての光明だった。

 

「……アテがないのでしたら、保護はさせていただきます。人間の住む集落に案内しましょう。私も受け入れてもらうよう取り計らいますから」

 

彼女の気遣いを、優しさを否が応でも感じてしまう。

 

「事故とは言え、せっかくこのブリテンに来たのです。元の世界に帰るにせよ、このままここにいつづけるにせよ、今後の事をゆっくり考えてみても良いと思います」

 

会ったばかりの、異世界から来た素性も知れない透にそこまでの施しを与える彼女に、あの時と同じような暖かさを感じていた。

 

透は呆けながら、モルガンとのやりとりを続けていく。あれよあれよと今後の方向性が決まっていった。

 

 

「改めて、よろしくお願いしますね」

 

 

トールは、あの時と同じ、生きる理由の無かった彼に暗い道を照らす存在に再び出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

モルガンは一人で行ってしまった。

 

厄災という呪いを鎮めるため、彼女は遠くで咆哮を上げている怪物と戦おうとしている。

 

トールはすぐには動けなかった。

彼女は逃げろと指示を出した。

だからこそ迷っていた。

厄災というものをそこまで理解していないが故に自分では足手纏いになる可能性がある。

 

であるならば彼女の指示に従うのが道理だ。

 

拳を握りしめる。

 

誰かの役に立つ。誰かの為に生きる。

 

彼に与えてもらった生きる指針。誰かに優しくするという大切な宝物。

 

それは全部偽物だった。

 

全て、神が用意したシナリオで、あの言葉も彼の存在も、自分をバグの駆除装置として成長させる為の物。

 

そんな偽物の為に自分は生きて来たのだ。

なんて無意味な人生だったのか。そう思っていた。

 

 

だが――

 

 

『この世の中そのモンが、誰かが一眠りの間に見てる夢にすぎねぇのかもしれねぇ』

 

『でもよ……例え夢の中の出来事だとしても――』

 

『――悲しかったろ?』

 

 

 

倉庫(アーカイバ)で解析したもう一つのセカイの記録の中に、こんな言葉があったのだ。

 

それは決して自分に向けた言葉では無い。

だが、その言葉が妙に自分の中に残っていて――

 

 

 

 

時間にして数分。暫しの熟考を経て。

トールは、モルガンが走って行った方向へと向かっていった。

 

その足には未だ迷いがあったが、力強さだけは備わっていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

木々の生い茂る森の中、モルガンは厄災との戦闘を繰り広げていた。

 

黒いモヤがそのまま形を成したような四足歩行の巨大な獣。

 

巨大な質量を武器に彼女を踏み潰そうとするが、本能のみで襲いかかるような獣であるらしい。その突撃は単調なものだ。

 

彼女は容易くそれを回避する。

お返しとばかりに、槍を用いて獣の体を傷つける。

 

状況だけ見れば彼女は善戦している。危なげもなく戦っているように見える。

 

 

だが、彼女の方が一方的にダメージを与えているように見えるが、みるみる内に傷は再生していく。

 

 

あるいはその再生能力にも限界があるのかもしれないが。いずれは彼女自身の体力や魔力が尽きるという可能性もある。

 

千日手にも見えるそれにも変化が生まれた。

 

モルガンの周辺。

その地面の下から、黒い触手なようなものが現れたのだ。

 

「――っ」

 

その触手は捕獲の為の物では無く、爪であり牙でもある。

それは意思を持って、鋭利な形状となって、モルガンへと襲いかかった。

 

360度全てを囲まれ、逃げ場を失ったモルガンは、しかし冷静だった。

 

槍に魔力が付与され、切れ味が増して行く。その槍を横薙ぎに一閃。

その力を殺さないまま、体ごと一回転。

その様は舞踏のようであり、周辺の全ての触手を切り裂いた。

 

獣による新たな攻撃方法もモルガンに効果は無く、再びの千日手になるかと思われたが、獣による妙手が一手、モルガンの上を行ったのだ。

 

「まだ――!?」

 

触手が1本残っていた。

正確に言えば、モルガンに襲い掛かった鋭利な形では無く、捕獲に特化した柔らかな形状。

それが、一本だけ地面に潜んでいた。

その触手がモルガンの足を捕らえ、動きを封じる。

 

その触手に気を取られたものの、一瞬で切り裂き、拘束を解く。

まさしく鮮やかな判断能力であったが、今対峙している敵に対しては致命的な隙であった。

 

モルガンの周辺に影が落ちる。

それは、モルガンの真上に跳躍した獣の物。

 

モルガンの表情に焦りが浮かぶ。

 

これまで何度も厄災を祓ってきた。

 

それぞれ形は違うものの、呪いそのものが形を持っただけの存在であり、およそ知能と言える者を持ち合わせていなかった。

だが今回は違う。

簡素ではあるものの、戦術というものを駆使してきたのだ。

 

上空からその質量を活かし、モルガンへと襲い掛かる。

避けるには遅く、防御するにも間に合わない。

 

死を招くであろう質量を乗せた重い一撃。

 

獣が大地に落下する轟音が響く。

その勢いと共に、モルガンに訪れるはずの衝撃は、想像よりも軽かった。

 

 

「え――」

 

「だい、じょうぶ……?」

 

 

視界に入ったのは男性の陰。

苦し気な声は男性の物。

目の前に、記憶に新しい青年の顔があった。

モルガンに訪れた衝撃は青年が彼女を押し倒した事によるもの。

モルガンに覆いかぶさるようにして、身を挺して、モルガンを護ったのである。

 

獣の圧倒的な質量を、背中で受け止め、両腕膝で支え切る。そんな人間離れした芸当をやってのけたのだ。

 

モルガンの口から漏れたのは歓喜の声では無かった。

 

「……!? 逃げてって言ったのに……!」

 

頭から血を流し、口からも血が出ている。

衝撃によって、筋肉の断裂は起きているだろうし、内臓にまでダメージがある筈だ。

 

頭から垂れた血液が、モルガンの頬に垂れてしまっている。

 

なぜ、来てしまったのか。

 

何故、そんな、身を挺してまで、自分を護ろうとしているのか。

 

「……汚してごめん」

 

自分の怪我よりも、汚してしまったことに本気で申し訳ないと思っているトールが信じられない。

 

「そんな、そんな事で謝っている場合ではないでしょう!!」

 

まるで、なんて事のないように呟くトールに、モルガンは口を出さずにはいられない。

 

だが、この高揚感はなんだろうか。

胸が震えるこの感触に、心地よさを感じてしまっている。そんな感覚に戸惑ってもいた。

 

「……っぐ。ぁ……」

 

「……トール君!!」

 

獣の体重が更にかかったらしい。苦しそうに呻き声を上げるトール。

 

「とり、あえ、ず……さ、今、は……乗っかってるコイツを、どうにか、しないか?」

 

言われてモルガンは、ハッとする。あまりの出来事に獣の事を蔑ろにしていた。

そんな自分を内心で叱咤しながら即座に魔術を発動。トールの腕の間から体を抜け出し、魔力を付与した槍で、脚を切り裂いた。

 

力を踏みつぶしていた前足に集中したこともあってか、獣はバランスを崩し、轟音を立てながら倒れこむ。

 

「動きを封じるから、トドメを頼む――」

 

息つく暇も無い。

 

モルガンは獣よりも、トールの傷をどうにかしようと近寄ったのだが、彼は、先んじてモルガンに指示を出す。

 

獣の脚は既に再生しており、立ち上がろうとしているところだった。

 

彼の指示は道理ではあるのだが、そもそもその怪我でどうやって動きを止めるのかと、聞こうとしたところで。

 

彼の体から稲妻が迸る。

 

 

「――頼む」

 

 

そう、再度モルガンに頼み込んで、その稲妻を獣に向けて解き放つ。

電流が獣の体に纏わりつき、その体内にも流れ込む。

呻き声を上げる獣。

 

その様子を視界に収め、意を決し、獣を彼に任せ、モルガンは魔力を込めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

電流がその体を通る事で組織が破壊されて行く。

だが、足りない。トールの雷の力は、無限城にいた頃ほど、強くは無い。

 

だからこそ、トドメを彼女に任せた。

 

「オークニーの雲よ――」

 

それは、厄災の獣にとっての死の奔流。

上空から降り注ぐ魔力の奔流が、その巨体すらも飲み込んでいく。

 

それは絶望によるものか。獣は咆哮を上げながら奔流に飲まれ、消滅した。

 

厄災の獣は、『楽園の妖精』と、1人の人間によって祓われたのだ。

 

 

 

「ハア、ハア――」

 

トールは呼吸を整える。

怪我の影響か、あるいは雷の力を使ったのが原因か。

足元がおぼつかない。

 

頭がクラクラするし、気分も悪い。

体の節々が痛い。

立ち続けるのも辛くなって来た。

膝が崩れそうになったところで、左半身に温かな感触。

 

「大丈夫ですか……!?」

 

モルガンだった。

どうやら肩を貸してくれているらしい。

 

「ああ、ありがとう。助かるよ……」

 

「すぐに治しますから!!」

 

モルガンは何処からか毛布を取り出し、地面に敷く。そこに透を寝かせ。何事か唱えている。

やがて手のひらから光が灯り、透の体に当てていく。

暖かな何かが、体を満たして行く。

 

「そんな――! 効いてない!? いえ、少しは効いてるけど、コレは――」

 

慌てふためくモルガンを見ながらトールはそんな光景を何処か他人事のように捉えていた。

 

「そんなに、慌てないで良いよ。自分の体の事は、自分が1番わかってる……何もしなくても、時間が経てば治るから……」

 

嘘では無い。

 

今は力を使い果たしたきらいはあるが、致命傷というわけでも無い。

即座に戦闘。というわけにはいかないが、普通に過ごす分には暫く休んでいれば治るだろう。

体をスキャンした上での診断だから確実だ。

この世界で、雷による再生はできないが、体そのものの頑丈さは健在だった。

 

その言葉を受けてか、モルガンは、ホッとしたような表情を見せた。

不思議な事だが、彼女はこちらの言葉を疑う事を全くしない。

そんな所に心地よさを感じる。

 

「良かった……」

 

 

そんな、モルガンの慈愛に満ちた表情に見惚れていると、そのまま手を握られる。

 

「本当に、ありがとうございます……」

 

彼女は、トールの両手を握ったまま、額に持っていく。それは、神に祈りを捧げるような――

 

「貴方のお陰で私は無傷で済みました。本当に、本当にありがとう。トール君」

 

その言葉が染み渡る。

 

初めてだ。初めて、誰かの役に立つ事ができた。

それも、自分の為に親切にしてくれた恩人をだ。

その達成感たるや筆舌に尽くし難い。

 

 

「ああ――」

 

涙が溢れる。

ようやく自分は生きる上での第一歩を、踏み出す事が出来たのだ。

 

「だ、大丈夫ですか!? やっぱりどこかに不調が……!?」

 

慌てふためくモルガン。

 

「違う、違うんだ……」

 

そんなトールの言葉に、モルガンは何かを察したのか、言葉を噤む。

 

「ずっと誰かの役に立ちたかった。誰かの為に親切にしたり、護ったり、そうやって生きていたかったんだ……」

 

「トール君……」

 

モルガンは、涙を流すトールの手を改めて握りなおす。

 

「ずっと出来なかったから……それがようやく出来て、嬉しかったんだ……」

 

用意された偽の誓いだった。全部が偽物だった。

 

世界は失敗作で、無かったことにされるだけの存在だった。

 

だがそんな偽物でも10年以上、その為だけに生きていたのだ。

 

考えてみれば、迷うまでもなかった。

例えきっかけが偽物であろうと、その為に戦い続けて来た事は事実なのだ。その為に生きて来た行動は、自分にとっては本物なのだ。

 

そして、今、この異世界で、初めて成し遂げる事が出来た。

 

だがこれは、始まりに過ぎない。

 

 

「頼みがあるんだ」

 

「……何でしょう」

 

「君の旅について行きたい」

 

そう、そんな生き方をまさしく体現しているのが彼女、モルガンだ。

 

妖精に嫌われながらも、この國の為、1人で戦い続ける少女。

 

そして、異世界の人間であるトールを拾い、世話までしてくれて、尚且つ今後この世界で生きて行くための下地をも整えようとしてくれた少女。

 

「君はあんなのとずっと戦って来たんだろ。嫌われてるのに、感謝もされないのに、凄いよ」

 

彼女はトールにとっての目標で、尊敬すべき人物だ。

 

「君がこの國の為に戦い続けてるのを知ってるのに、君が傷付くかもしれない事を知っているのに、のうのうと生きて行く事なんで出来ない」

 

そんな彼女が一人で戦い続けるのを許容出来るはずもない。

 

「君が嫌じゃなければ、ついて行かせて欲しい」

 

心からの懇願。

 

何故かはわからないが、モルガンは、頬を赤く染めて目を伏せていて――

 

内心断られるかとも思ったのだが。

 

彼女は少しの間を置いて、その綺麗な碧の瞳をトールに向けた。その瞳には、少し涙が滲んでいる様にも見えた。

 

「わかりました。でもまずは怪我を治してからです。私の旅は危険ですから」

 

「ああ、それなら一回、ゆっくり眠ろうかな」

 

「ええ、おやすみなさい。本当にありがとう。トール君」

 

その言葉を受けた意識を落とす。

 

 

――これから、よろしくお願いしますね。

 

 

完全に落ちる直前、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

これが始まり。この妖精國がトールにとっての故郷になるきっかけである。

 

 




倉庫(アーカイバ):セカイの根幹。セカイ中の全ての生命体の行動、自然現象さえもそのアーカイバのシナリオ通りに進んでいく。それに逆らう事は誰にも出来ない。逆らっているつもりでも、それすらもシナリオ通りである。大いなる未知数を除いて……



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過去(バッドエンド)編
オベロン


今回最大のアンチ。ヘイト要素となっております。

度々警告はしておりますが、改めて、そういったものが苦手な方はご注意を。


「ハンバーグにかける時のソースって皆何が好き?」

 

食事をしながら、今後の旅の作戦を練ろうと話し始めた矢先に、突然、青年。透がそんな事を言い始めた。

 

「あのねぇ、透? いまから真面目な話を始めようって時に話の腰を折るのはどうかと思うよ」

 

「逆だろオベロン、こんな飯時にモルガンを殺すだのなんだの辛気臭い上に堅苦しい話をする方が問題だ。飯がまずくなる」

 

呆れたように苦言を呈すオベロンに対して、あっけらかんと反論する透。

 

彼は度々こういう不真面目な時があるが、それはそれで正論ではあった。

 

「あ、あの、私は別に肩は苦しくないので!」

 

「うんうん、ホープは可愛いなぁ」

 

「え?……あう……」

 

そういって一同を癒してくれる右隣にいるホープの頭をなでるトール。

それを見やってハッと何かに気づいたように透の左隣に座るアルトリアが思い切り立ち上がった。

 

「私! 私も!肩はダイジョーブ!!」

 

「アルトリアはそうだろうな」

 

「どういう意味だソレー!!」

 

「冗談だって!」

 

憤慨するものの、どうどうと頭をぽんぽんと叩かれ、アルトリアは赤面しながら大人しくなる。

 

既に今後の方針を真面目に語る空気ではなくなってしまった。

 

「で?何ソースが好きなんだ? アルトリアは?」

 

「私は断然デミグラス!! ホープは?」

 

ふんすと鼻息荒く答えるアルトリアは、ホープへと話を投げる。

 

「私は、その、オーロラ様ソースが、好き……かも。えへへ」

 

恥ずかしそうに答えるホープ。わざわざ別の物なのに、様付けをする辺り、やはり風の氏族と言ったところか

 

次に答えたのは藤丸立香だ。

 

「俺は、おろしポン酢かなぁ」

 

「お、いいねぇ。日本人の和の心って感じ?」

 

「あはは、まあね。トールさんは?」

 

「俺はガーリックソースだな。思いっきしガツンと来るのが良い!」

 

「ハッ」

 

透がそう答えた途端オベロンから失笑が漏れた。

見れば、オベロンは意地の悪い笑顔を浮かべ、

 

「迷わず臭いがキツイものを上げる辺り、君の女性遍歴が伺えるねぇ」

 

先ほどのお返しとばかりに、からかうように話の腰を折った。

 

 

度々起こるこのやり取り、オベロンがからかい、トールが怒って飛びかかり、じゃれあい始める。

 

「なんだとクソ虫!」からのそのやり取りを誰もが予測していたのだが、しかし、透はいつもよりも大人しかった。

 

 

 

「うぅ、グスッ」

 

「トール君!?」

 

何とみっともない程に大げさに涙を流していた。鼻水のおまけつきだ。

 

「え?え? これマジ泣きかい?」

 

これは想定外だったらしい。あのオベロンが動揺している。

 

「どうぅっぅぅぜぇぇ、俺は童貞だよぉぉぉぉぉ!!」

 

「と、透さん!? おちつ、落ち着いて!! そんなに気にすること無いですよ!!」

 

「うるぜぇ、上から目線でなぐざめんなこのクソヤリチン野郎!! マシュだけじゃなく。めちゃくちゃ女を侍らせてんの知ってんだぞ!!」

 

「ヤリチン!? いやいや! 侍らせてるわけじゃないし! そんな事全然してないって!!」

 

「あっはっは! 可哀想に! その年で女性経験がないのかい? むしろ珍しいくらいだねぇ!誇るといいよ!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

遠慮の無い追撃に、透はさらにみっともなく涙を流す。

 

「だいじょーぶだよトール君!! 私ニンニク臭いのとか気にしないから!!むしろその匂いでごはんとか食べれちゃうから!!」

 

「アルトリアは何を言っているの!?」

 

「そのトールさん、元気を出してください……トールさんは素敵な方です。希望はきっとありますよ。ホープだけに……あはは、このあいだ教えてもらったジョークです」

 

「カワイイ」

 

「うん、カワイイ」

 

「すごくカワイイ」

 

「馬鹿ばっかだなぁ」

 

これは、かつての記憶。過酷な旅の中にあったどうでもいい日常。物語に入れる価値の無いような、なんてことの無いやり取り。

 

誰にとっても輝かしかった。穏やかな日常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最期の記憶はオベロンとの対話。

 

異聞帯は間違った歴史であり、汎人類史から来た藤丸立香達は、ブリテンを救うと言いながら、結局の所、本当の意味で救うつもりはないと。

彼らにとっての救済とは予言を成就させ。”正しい歴史のブリテン”に戻す事だと。そう言った。

 

そして、それは、”今のブリテン”の滅亡に他ならないと。

 

アルトリアも反乱軍も。結局の所救済という名の滅びの為に踊らされているのだと、そう言った。

 

そのせめてもの救済措置として彼らが明示しているのが、妖精500人の移住。

 

モルガンを殺せば、結局ブリテンは滅びていく。

 

彼らはその後のブリテンの事など考えもしていない。

 

女王モルガンの圧政の理由も考えないまま。予言成就の最期を考える事もしないままだと。

 

タチが悪いのは、自身を悪と微塵も考えず、本当に自身の行いを妖精國にとって良い事だと考えている。

自身を悪だとも思っておらず、本気で、それこそがブリテンの救いだと思っている事。

 

そんなはずは無いと、思っていた。

だが、彼らがその単語に関して極力こちらに聞こえないよう計らっている事は感じ取っていた。

 

思えばすべての流れが異常だったのだ。

 

ハベトロットの言う通り、預言にはどこにもモルガンを殺せ。などと書かれていない。にもかかわらず、カルデア全員が不思議な程に、モルガンさえ殺せば解決だと。

それさえできればその後の統治はどうでも良いかのような反応だった。

 

この旅路で、妖精という存在の問題点はいくらでも浮き上がって来たというのに。

 

妖精國を救い、その後の平和を望むものとは思えないその態度。

クーデターを起こしながら、その先は知った事ではないというその態度に、違和感は確かにあったのだ。

 

だが、その全てを信じる気は無い。

 

だから自分で調べるのだ。

 

ここが、カルデアの用意した医療施設だという事を把握する。飛行船だろう。空中にいる感覚が体を包む。だが、不思議な事に施設は暗く。飛んでいるというよりは何かに吸い込まれいるような感覚だった。

 

 

 

 

壁にある丸窓から下をのぞけば――

 

 

 

 

そこには、ありとあらゆる建造物が崩壊し、ブリテンの大地が剥がれ、その一部や妖精が、空へと舞い上がる光景が広がっていた。

 

 

 

 

――吐き気を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

四つん這いになり、床に吐瀉物を吐き出す。

 

何だこれは、目覚めたと思ったら、故郷が滅んでいるなど、ありえない。

 

――滅べ

 

何故こんなことに

 

――滅べ

 

頭痛が止まらない

 

――滅べ

 

頭の中に何かが響いてくる。

 

――滅べ

 

 

施設の壁を力づくで引きはがし、内部にある夥しいケーブルを鷲掴む。

 

身体の電子を操り、この施設に電気を通す。そして施設のハッキングを開始する。

 

この施設にある電子データを閲覧し、建物の概要を把握する。電子を操り、カルデアの組織形態。技術。そしてこれまでの記録を閲覧し、ボーダー内の音響設備を駆使し、設備内の会話履歴すらも盗み取る。

 

一瞬で、全てを理解し、そして、オベロンの言っていた事が間違いでは無かったと把握する。そしてアルトリアが犠牲になったことも全て――

 

――滅べ

 

既に、冷静さは失っていた。

 

――滅べ

 

体中の電子を操り、電子風を飛ばし周辺全てをスキャンする。

 

――滅べ

 

 

施設内の全ての人間は昏睡しているようだが、一人、いや、人間でないものを入れればもう数人、生命の鼓動を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈落の虫と呼ばれる。渦の中。

ブリテンの大地が吸い込まれ、無限に落ちる奈落の空洞。

ストームボーダーの上に、藤丸立香とマシュ。そしてオベロン・ヴォーディガーンと聖剣として覚醒したアルトリア・アヴァロンが対峙する。

 

まさしく最終決戦の最中。そこに珍客が現れた。

 

雑に切りそろえられた黒髪。妖精國には似つかわしくないTシャツにGパン。

 

これまで、妖精國を共に旅し、そして、中盤で謎の昏睡状態に入った、青年。

 

トールだった。

 

「ここにいたのか……」

 

「トールさん?」

 

その名を呼んだのは藤丸立香だ。まさかの登場に動揺は隠せない。

 

それはマシュも、アルトリアにとっても同じ事だった。

 

元よりいつ目覚めるかもわからない昏睡状態だった人物である。

 

さらに、奈落の虫の効果によって、目覚める事でできないはずなのに、何故突然目覚め、ここにいるのか。

 

そう考えていた一同だが、その中で唯一、オベロンだけが彼を歓迎しているようだった。

 

この異常事態に、ゆっくりと立香へと歩みを進める透に、オベロンは気さくに声をかけた。

 

「やあやあ、失意の効果なんて君には無いだろうに、思ったより遅い目覚めだったねえ。」

 

その様子に、アルトリアはこれも企みの一つかと睨みつける。

 

「オベロン。あなた」

 

「俺は彼に何もしちゃいない。汎人類史と異聞帯の真実を伝えて、その後少し眠ってもらっただけさ。まあ、彼には俺を認識しない為のオマケはしておいたけど」

 

「汎人類史の真実——?」

 

まさか、とアルトリアの脳裏に最悪の展開が思い浮かんだ。

 

「いけない!」

 

「おっと、アルトリア。俺に背を向けて良いのかい?」

 

にやにやとしたオベロンの言葉に、改めてアルトリアは彼を睨みつける。

 

「事ここに至っては、俺達は傍観者。彼らの対話に、俺たちが乱入する権利はないんだよアルトリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を騙してたんだな」

 

「え……?」

 

既に、立香の目の前に立っていた透はそうつぶやいた。

 

彼の言葉を理解しようと立香が聞き返した時には、既に胸倉を掴まれ、押し倒されていた。

 

「透さん……!? 何を――!?」

 

マシュがたまらず駆け寄るが、信じられない程の殺気に、体を一瞬強張らせてしまう。

 

「何が救済だ!! 最初から! ブリテンを救う気なんて無かったくせに!!」

 

「な――」

 

その叫びの内容に立香は目を見張る。

 

「何が異聞帯だ! 何が間違った歴史だ!! この國を維持していたのは他でもないモルガンだった!!」

 

「最初から、ブリテンが滅びるってわかってたんだよなぁ!! 」

 

言いながら凄まじい力で、立香の胸倉を持ち上げ、そのまま床に叩きつけた。

 

「その為に、アルトリアまで利用して、お前らの武器に挿げ替えやがって!!」

 

後頭部を強打し、立香はたまらず痛みに声をあげる。

 

「止めてください!」

 

それを見かねたマシュが、心苦しくもその盾で透を吹き飛ばした。受け身も取らず、無様にゴロゴロと転がっていく透。

 

「大丈夫ですか!? 先輩」

 

「あ、ありがとう、マシュ」

 

2人のやりとりをよそに、透は幽鬼のように立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。

 

たまらず吹き飛ばしてしまったマシュの攻撃により、片足は折れ、歯は折れ、鼻血は垂れ、目からは涙が垂れ続けていた。

その姿はあまりにも無様で、敗者の様相を呈していた。

 

そのような怪我にも関わらず、近づいてくる様が、逆に恐ろしかった。

 

「ずっと、ずっと騙してたんだな。俺を騙して、ブリテンの妖精を騙して、ロンディニウムの住民を騙して」

 

「違う。俺達は本当にブリテンを救いたいと…!」

 

「それだったら、この國を維持していたモルガンを殺した後、どうするつもりだったんだ?」

 

「――っ」

 

「お前等は武器だけ奪って帰っていくって言ってたけどな。その後ブリテンは結局どうなってたんだ? なあ?」

 

それはある意味では確信にせまる問いだった。

 

「空想樹ってやつがないから勝手に滅んでいった。違うか?」

 

「それは――」

 

「500人だけ妖精を連れて行って、ノアの箱舟を気取って、救ったつもりになってたか?」

 

足を引きずりながら、無様に、しかし確実に歩みを進める。

やがて透の体から雷が迸る。

 

「どうせ間違った歴史だからって、滅びは決まった世界だからって、モルガンが無理やり維持し続けているみっともない國だって、そんな國であがく俺達を、内心見下してたんだなぁ」

 

もはや透に説得は通用しない。

 

「何がモルガンは悪だ。正義を語って、クーデターを起こした俺達の方が、よほど、悪だったじゃなないか!!」

 

思考回路は既にショートし、インプットされた怒りのまま付き動く怪物となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を遠くから見ていたオベロンが感嘆の声を上げる。

 

「へぇ、体から稲妻が出てるよ。ただ者じゃないとは思ってたけど、電気ウナギの類だったとはねぇ」

 

「あなたは何をしたいのですか!?」

 

「別に? 何にも知らずに、救済の旅だなんて信じ切って。正義の皮を被った侵略者についていく彼が哀れで面白かったから、駒として使ってやろうと思っただけさ」

 

「あなたは――!」

 

「キミに怒る権利なんてないんだぜアルトリア」

 

過剰な演技を入れながら、オベロンは会話を続ける。

 

「キミも俺に同意してただろう。死したモノが生き続ける世界は、見苦しいって」

 

オベロンの冷笑は止まらない。

 

「彼は妖精國(故郷)と同じくらい君のことを愛していたのに、君が妖精國を見苦しいと切り捨てた。滅びの道だとわかっていながらモルガンを殺す旅を止めなかった。最終的には汎人類史なんていうもう一つの醜い世界の為に自害と来たもんだ」

 

その嘲笑にアルトリアは何も答えることが出来なかった。

 

「彼からしたら間違った歴史なんていう認定は、人理による勝手な理屈でしかない。彼、汎人類史でもロクな目にあってなさそうだったからねぇ。世界の醜さ認定で言えば、あいつからしたらトントンだ」

 

クツクツと相変わらずオベロンは笑い続ける。

 

「巡礼の旅を諦めて、モルガンに与しておけば、最低限の生活は望めただろうに。どのような形であれモルガンが死ねばブリテンはおしまい。彼にとって最悪の結末になるのは変わらない。せめて君が生きていて彼を慰めてあげれれば良かったのに、それすらも放棄した。ほら、彼をああしたのは君自身だろう?」

 

クルクルと腕をかかげ、オベロンは愉快そうにその場で回る。

 

「まあ、そうなるように誘導したのは俺なんだけどさぁ! いや本当、君達には感謝してもしきれないよ。おっと、誘導したのは俺だけど、他でもない人理の為にモルガンを殺す選択をしたのは君達だ。楽園と人理の操り人形として身を捧げ救うと称して、彼にとっての”滅び”を呼んだのは君達なんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が人理だよ……」

 

パチリと一瞬、彼の体に電気が走る。

 

「何が使命だよ……」

 

それは徐々に強くなっていく。

 

「なあ、返してくれよ」

 

「透……さん」

 

「お願いだからさぁ」

 

身体中に稲妻を迸らせながら、折れた足を引きずって藤丸立香に迫っていく。

無様に歩く姿に、大して脅威は感じられないが、その姿を見た立香の顔面は蒼白になっていた。

 

「ブリテンを、アルトリアを、返してくれよぉ!」

 

力としては大した事は無いのだが体に流れる電流は無視できない。

透の接近をマシュは盾で受け止める。

力尽きて膝をつきながら、透はその盾に縋りつく。もはや何を目的に動いているのかわからない。

その盾を爪で引っ搔きながら、みっともなく喚き続ける。

 

「やめて……下さいっ」

 

その感触を盾越しに感じるマシュはたまらず声を上げる。

 

「お願いだから、頼むからぁ!!」

 

デミ・サーヴァントであり、妖精騎士としても覚醒している彼女に一切の問題は無い。

縋りつく力は想像以上に強く、透の爪は剥げ、指も数本折れ、その部位の肉はちぎれ。その盾に赤黒い汚れを残していく。

力強いが弱々しい、という矛盾。盾越しに感じるその独特な感触に、マシュの体は震えていた。

 

 

 

やがて力も入らなくなったのか、その場で透はうずくまり、喚き始めた。

 

「人を騙して、世界を滅ぼす手伝いをさせておいて! お前等は、自分の世界に帰っておしまいか!? 滅ぼした”罪を背負う程度”ですませようとしているのか!?」

 

透のお陰で楽しい旅になった。彼の明るさに助けられてた。そんな彼にもはや面影はなく、身を呈して他人を守るような、快活な姿はどこにもなかった。いまの姿はどうしようもない事を喚く子供のようで。

 

 

「うぁぁ……っ」

 

 

それが逆に自分のやって来た事の罪を浮き彫りにした。

 

藤丸立香は、確かに世界を滅す罪は持っていた。自分はきっと日常には戻れないだろうという絶望もあった。悲惨な運命に巻き込まれたという苦しみもあった。

だがそれでも、それでも生きる為に足掻いて前に進もうと、そう心に決めていた。

 

だが、そんな決意は身勝手なものでしかないと、自分が感じていたはずの、世界を滅ぼした罪とやらをどれだけ軽く思っていたのかと、改めて、ここに来て痛感させられた。

 

今までの旅で出会わなかった。世界を滅ぼされた本当の被害者の姿。

あるいは自分だったかもしれないその姿。

自分にはカルデアがいた。生き残り続ければ世界事救えるかもしれないというわずかな希望もあった。

だが彼は違う。世界を滅ぼされた悲しみを共有する者もいない。黒幕を倒して、世界が取り戻せるかもしれないという希望もない。

何より、その滅びを迎える為に、自らが協力していたというオマケ付き。

 

もはや泣き喚くことしかできない本当の被害者の姿が、そのあまりの無様さが、そのあまりのみっともなさが、どうしようもない程の絶望を体現している。

 

モルガンを直接殺したわけでも、ノクナレアを殺したわけでもない、立香達にとって、今回の闘いは、むしろ救ってやるくらいの気持ちだった。

だが、たまたま他の妖精がモルガンを殺しただけで、彼女を殺す最有力候補であったのは、間違いなかった。

モルガンを殺して世界を滅びに向かわせようとしていたのは事実なのだ。

 

ノクナレアの統治が成功し。全てがうまくいったところで、モルガンが死んだ以上、結局のところブリテンは滅ぶ。仮にノクナレアが妖精國を維持しようと同じ選択を取ったのならば、結局はカルデアとしては滅ぼさなければならない。彼が絶望に耽る未来になるのは変わらないのだ。

 

そんな立場の自分に彼の手を取るなどという傲慢な選択は出来ない。

藤丸立香は声を賭けることもできず。ただただ震えて彼を見続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「ほら見ろよ。君の言う、見苦しい終わった國に縋りつく。哀れな男の姿がアソコにあるよ。全くもって見れたもんじゃない」

 

もはや冷笑すらも収まり、冷ややかに無感情で透を見つめるオベロンに、アルトリアはうつむきながら歯を食いしばることしかできなかった。

 

「あーあ、思ったよりも情けなかったなぁ。拳の一つくらいはお見舞いしてくれるかと思ったのに。ただ泣きわめくだけなんてみっともない」

 

退屈そうに手を後ろにやるオベロン。

やる気がなさそうに、彼はアルトリアへと一つの提案をする。

 

「いいや、アルトリア。もう飽きちゃったよ。いい加減見れたもんじゃないし、君の手で彼を殺してやりなよ。安心してくれ。後ろからズブリ! なんて事はしないからさ」

 

「オベロン――!」

 

「おいおい怒るなよ、彼をあんなにしたのは君とカルデアって言っただろ? この妖精國の滅びは妖精達の自業自得だけじゃ成り立たない。間違いなく君たちの貢献によるものだ。そこは誇ってくれよ?」

 

フンと鼻を鳴らし、心底バカにしたように立香達を見つめた。

 

「そもそも最初から事情を彼に説明していればここまで拗れる事もなかったんだ。ハッ! 本当の出身が汎人類史だから後で説明すれば納得してくれるなんて、舐めた事を考えてたんだろうねぇ。彼にとっての故郷は間違いなくここだったのに、君が彼にとっての生きる理由だったのに。彼がああなったのも、妖精國がこうなったのも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが原因さ。まあ、元から滅亡に巻き込まれるのが迷惑だからやってきただけの身分だっけ? いやぁ、モルガンとの交渉なんて最高だったよ! 滅ぼす予定の癖に、滅びから救済するから武器をよこせだなんて。あれは笑ったなぁ!正しい世界の住人らしい、上から目線の傲慢な交渉だったよ! 色々と楽しませてくれて、その上、最高の滅びを迎えさせてくれた!お互い、良い協力関係だったな。アルトリア」

 

 

手を広げ、相も変わらす劇を演じる役者のように長台詞にも戸惑わず。アルトリアへと語りかける。

 

「ほら、ああやって生き恥を晒し続けるくらいなら愛する君の手で殺してやりなよ。滅び去るべき醜い世界の一般人。人理の使者。正義のカルデアを悪者扱いした顧客のヘイトを貯めるだけの哀れで愚かで小物な登場人物。読み手も気分が悪くなるだけだろうし、報告書にすら残らない存在だろうさ。どうせそうやって消化されて終わるんだから。せめて君の手で殺してやるのが救いってものさ」

 

そんな台詞を吐き出すオベロンの表情は、彼を気の毒に思っているようにも見える。しかしそれが本当の表情かどうかは誰にもわからない。

 

「君もわかるだろう? あのまま倒れても、起き上がったらまた同じ事が起こる。彼の絶望を癒すなんて不可能さ。殺してやるのが救いだよ。ホラ、早くしてくれよ。それとも、俺がもっとえげつない方法で彼を殺すかい?」

 

その言葉にアルトリアは、何を思ったのか。オベロンへと背を向け、彼へと近づいていく。

 

「そうそう、そうやって、君の手で殺してやって、せめて彼らの印象に残るようにしてくれよ。まあ、所詮、苦い思い出程度の印象ぐらいにしかならないだろうけど」

 

どうにもできず、棒立ちするマシュと立香の横を通り過ぎ、うずくまる彼の前に立つ。

 

マシュにも、立香にも、アルトリアが何をしようとしたのかは理解できた。

 

だが止める事は出来ない。止める権利もなければ、止めたところでどうすれば良いのかすらわからない。

 

アルトリアは剣を両手に持ち、刀身を下へと向ける。そのまま下げれば、透の背中越しに心臓を突き刺すことができる位置。

 

「ごめんなさい」

 

世界を守る。彼女はその責任を果たす為、冷淡に、無慈悲に、剣を振り下ろした。

 

 

 

――ザシュリと、不快な、肉を切り裂く音が響いた。

 

 

 

その音と共に、一瞬だけ響いた苦し気な声を最後に、泣きわめいていた声は止み、静寂が辺りを包む。

 

アルトリアは無表情のまま剣を引き抜き、少し離れた位置にいるマシュと立香へと近づき、声をかける。

その剣にはドス黒い血が滴っていた。

 

「あなた達が悪いわけではありません。つらいでしょうが、世界を守る為、今は乗り越えるしかありません」

 

後悔はある。トールへの憂いもある。だが、彼も所詮はブリテンの一部であり、醜く生きあがいていた滅ぶべき存在だった。

 

そして、アルトリアに絶望は無い。失意の庭を乗り越えた彼ならば、きっとトールの死を乗り越えるだろう。

奈落の虫をどうにかできれば、人理は守られる。

 

そして、そんな奈落の虫をどうにかできる自信もあった。

この時、この瞬間までは、そう思っていた。

 

そう、彼の体から夥しい稲妻が降り注がなければ。

 

世界の滅亡まで後わずか――

 

 

 




主人公をどれだけみっともなく書くか。
どれだけドン底に叩き落とすかだけ考えました。
しんどかったです。


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ホープ

あらすじに書いた注意事項は読んでいただいているでしょうか。

この章・バットエンド編には、藤丸立香達に対する。アンチ。ヘイト要素がふんだんに入っております。

モルガンのイデオロギーに賛同している者から見たカルデア。

という解釈が入っているからです。

読まれる際はご注意ください。




忌々しい男だと思っていた。

 

 

『君はなぜそうまでしてアルトリアに巡礼の旅をさせたくないんだい?』

 

『予言だなんていう曖昧なものに従ってやりたくない事を無理やりやらせるなんて気分が悪いだろう。そもそも予言を成就させたからどうなるって言うんだ? モルガンを殺した後、アルトリアが王としてこの國をまとめられると思うか?』

 

 

苦労して導いた予言の子。アルトリア。

 

彼女の巡礼の旅が自分にとっての最大の要である。

 

 

『だが、そうしなければこの妖精國に救いは無い。モルガンの圧政がいつまでも続くんだ』

 

『別にそれでも良いじゃないか。使命だか何だか知らないが、あいつは本音では乗り気じゃない。それを曲げさせてまで圧政に苦しむ妖精を助けようとは思わない』

 

『モルガンの統治に反対ではないという事かい?』

 

『あぁ、良いとは言わないが、ひとつのこの國の答えだとも思ってる。妖精達が殺し合い続ける歴史の話は聞いただろう? ”アイツら”は何故かそこを無視して突き進み続けてるけど』

 

 

この男はアルトリアを甘い言葉で誘惑し、元より意思の弱かった彼女の使命への決意を誑かす存在だ。

 

 

『だが、モルガンは厄災に対処せず、自分以外が滅んでも構わないと豪語している。彼女が巡礼を終え、モルガンを打倒しなければ君も含め、妖精達が滅んでしまう』

 

 

だからこそ、理論詰めで彼を説得し、この蛮行を止めなければならない。

 

 

『アルトリアがそれを知った上で巡礼に乗り気じゃないんだ。だったらそれが原因で死んだとしても構わない。モルガンが支配してなければ、俺はとっくに妖精に奴隷にされて殺されてただろうし、アルトリアがいなければ同じように殺されてただろうしな』

 

 

――そう思っていた。

 

 

『つまり君は、アルトリアが使命を放棄して、自分が、世界が滅んでも構わないっていうのかい?』

 

『まあ、有体に言えばな。どうせモルガンとアルトリアに拾われたようなものだし文句を言う権利は無いね』

 

 

 

 

これは予想外だった。彼は本気でそう考えている。アルトリアの為ならば自分が、世界が滅んでも構わないと、本当に思っている。

 

 

 

 

『まあ、もちろん素直に滅ぶ気は無いけど。本当にアルトリアが自分の意思で選ぶんだったら別の方法を探すさ。女王に土下座でも何でもして城に入れてもらおうかな』

 

これは嘘だ。大人しく滅ぶつもりは毛頭ないだろうが、生き残る事ができると、欠片も思っていない。

彼に対して上辺だけの返事をしながら思考を巡らす。

 

 

 

確信を持った。この男は、本気で世界を敵に回す気概を持つ異常者だ。

 

その思考回路の根源がどこから来るのかは不明だが成程、ここまで精神が突き抜けているのならば心を壊してやろうと画策した数々の悪夢が効かなかったことも頷ける。

 

プランは一瞬で思い浮かんだ。この男を『駒』として利用する。

 

大した効果は無いかもしれないが、計画をより盤石な体制とするための駒だ。

 

巡礼を続けたアルトリアの最期を知れば、彼は絶対にそれを許さないだろう。

 

これまでの経験から彼の肉体的な特性は把握した。悪夢を見せる精神攻撃は通用しないが、眠らせるだけの力に対しては一切の抵抗が無い。

 

ダ・ヴィンチによって、汎人類史と異聞帯関連の情報は秘匿されている。その情報を厳選し、多少の嘘を混ぜる事で彼に伝えておき。その後、彼を眠らせる。

 

アルトリアが巡礼を終え、汎人類史という正しい歴史の為に自らを差し出し終わったその時に、彼を目覚めさせる。

 

故郷である妖精國を失い、アルトリアすら汎人類史の為の犠牲となったと知った時、彼はどんな反応を示すだろうか。

 

カルデアの異聞帯の旅を聞くのならば、滅ぼされた側からの恨みつらみの類は無さそうだった。情けなくも異聞帯の王たちは道を譲る形で彼らの旅を見送った。

なんともみじめな負け犬共。

 

だからこそ、この男の恨みの慟哭は効果があると、確信していた。

 

 

『君の覚悟と考えは受け取った。その上でひとつ話があるんだ』

 

 

 

――汎人類史と異聞帯の真実を聞きたくないかい?

 

ただ消化されるだけの哀れな物語の端役を多少は彼らの心に刻む手伝いはしてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはとある完成された感動的な物語に泥を塗る一幕。

 

 

 

 

そのはとある森での出来事だった。

 

「いやいや――」

 

羽の生えた妖精と金髪の少女のやり取りに、乱入する一人の青年。

 

「こんな雰囲気の子にアルトリア・キャスターなんて、合わないよ。どう考えても」

 

「な、なんでいるの!?」

 

「いや、そこでお花を摘んでたら声が普通に聞こえてきたから……」

 

「なんで、こんな時にそんな似合わない事してるの!!?」

 

「あーそうか、意味が伝わらないのか」

 

「あ、なんか変な意味だったんだ!?」

 

それはまさしく嵐の中の星という物語に土足で入り込む最低な行為。

 

「いや、まあそれは良いんだけど、キミ、記憶が無かったわけじゃなかったんだな」

 

「う……」

 

「ま、その話は置いといて。名前なんて所詮他人が決めるもんだし、その名前を人に渡すのもそれはそれで選択の一つだけど」

 

「……」

 

「名前をやるんだったらその子に似合う名前を上げた方が親切だよ」

 

「そ、それならトール君はどんな名前が良いっていうの?」

 

「妖精達はホーなんたらって言ってたんだから、せめてホーから始まる名前にしてやらないとだな……」

 

観客の誰もが涙したその物語にその愚か者はどんどんと侵食していく。

 

「というわけでホーキング!なんてどうだ!滅茶苦茶頭が良い科学者の名前だ!」

 

「え……」

 

「今この子ちょっと嫌そうな顔しなかったか!?」

 

「トール君。こんな可愛らしい雰囲気の子にそんな名前は似合わないよ?」

 

「だったらマシュかっこアルトリアかっこ閉じもちゃんと考えれば良い」

 

「かっことじって変なのつけるなー!!」

 

「ふふっあははっ」

 

何がおかしかったのか。妖精の少女は突然笑い始めた。

 

「あ、ご、ごめんなさい。二人のやり取りを見ていたら何故か笑っちゃって」

 

「まあ、箸が転んでもおかしい年ごろってあるし」

 

「箸さんが転ぶと笑っちゃうの? 箸さんかわいそうじゃない?」

 

「いや、今のはそういう意味じゃなくて」

 

本来であれば名前そのものに意味はなく、名前を渡すという行為そのものに価値があり、そして名前を渡す側が救われるという物語。

 

「うーんホークアイ……いや、これはいるな」

 

「ホンコン!」

 

「語呂は悪くないがなんか違う。ホーレス!」

 

「それも微妙だよ。ホースカラー!」

 

感動の物語だったそれは一種の喜劇(大喜利)へと成り下がる。

 

 

やがて2人の名前づけホー合戦は、少女の一言によって決着をつける。

 

「ホープ」

 

「おっ……」

 

「あ……」

 

「ホープなんてどうかな?」

 

「希望か……良い名前だな」

 

「ありがとう」

 

『——っ』

 

喜劇という余計な一幕を挟みながらも、大事な大事なその物語は、余計な一人を加えつつも。

特に影響は無く予定通りに進んでいく。

 

しかし、ここに来て、小さい変化が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれはモース。もう語る事も、聞く事もできなくなった生命」

 

目の前には黒い物体。元はホープと名付けた少女であったもの。

 

呪いの泥に包まれたその姿にもはや面影は欠片もなかった。

 

それが目の前でこちらに襲い掛かろうとしていた。

 

「ただそこにあるだけで世界を汚す黒い藻——妖精を殺すブリテンの呪いです」

 

赤髪長髪の騎士がトリスタンが弓に手をかけ、金髪の少女。アルトリアがその杖を握る。

 

二人の青年の内の一人。藤丸立香も、モースを倒すべく、心を決めていた。

 

その3人が構え、臨戦態勢を取った時。残った一人の青年が違う動きを見せた。

 

その青年は3人の前に立ち。モースへと向き。

 

 

 

 

突然、服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

「トールさん!?」

 

「な、なにやってるの!?」

 

「あまりのショックに心が壊れてしまったのですか。私は悲しい」

 

そんな3人の嘆きを意に返さず。下着すらも脱ぎ去り、全裸となった。

鍛え上げられた肉体には、無事な箇所を探すのが難しい程に夥しい傷がある。

その姿に息を呑んだのは誰だろうか。

 

「生物に寄生されたホープだろ?だったら、どうにかして引きはがすんだ。まかせてくれ。全裸なのはふざけてるわけじゃない。まずは敵意が無い事を示す。これは世界で一番偉大な医者を師に持つ名医に聞いたやり方だ。日本のコミックで読んだ!」

 

「ち、違うよ!アレは、生物じゃなくて呪いなの!彼女には声も届かないんだよ!?」

 

「悪いが呪いだのなんだのってのは信じないタチなんだ。あれは、呪いって名付けられたそういう生物って事にしておくさ。それにああいう黒い泥みたいな生物はなじみがある。例え意識が無かったとしても元はホープだ。 だったら根っこの部分のどっかには、本能みたいなもんもあるはずだ……」

 

「だから無理なんだって! あれはもう元には戻せない!触れるだけで大変な事になる! 魔術や妖精の知識がないあなたでも感じてるでしょう!?」

 

「その戻せないっていうのは博士号を7つとった科学者が実験でもして、到達した答えってわけでもないんだろ? 悪いが、俺はまだ、アイツを元に戻せないっていう結論を納得できてないから!」

 

その言葉に、その分析に、嘘が混ざっている事にアルトリアは気づいてしまう。ただの強がりだと気づいてしまう。

 

「博士号って、分けわからない事を言わないで!! いいからバカなことは止めて――」

 

「とりあえず、今は見ててくれ。無理だなんだと切り捨てるにはまだ早い」

 

 

そう言いながら全裸の男、透は両手を開き、上に掲げた。子供がやるような怪獣のポーズ。

 

 

「聞こえるかホープ! 俺だ! トオルだ! 見ろ! 俺は決して、お前を傷つけない!!」

 

 

どどん!という効果音でも聞こえそうな迫力に、本気で彼女を救おうというその覚悟に当てられ、3人は身動きが取れない。

 

彼はそのままどう見繕っても危険な存在に、両手を掲げ、威嚇のポーズにも見えるその姿のままゆっくりと近づいていく。

 

誠に不思議な事ではあるが、モースが1歩後ずさったように見えた。

 

それに気づいたのか、透の1歩はより大きなものとなった。全くの躊躇なく。触れるだけでも死んでしまうはずのモースへと近づいていく。

 

一瞬の戸惑いを見せたように感じたモースはしかし、その身体の一部を切り離し、近づいてくる透にその一部を投げつける。

 

触れた妖精はもちろん。人間でさえただでは済まないその呪いの塊を、透は真正面から手を上に掲げたまま受け止めた。

 

 

「嘘……」

 

「なんだ、触っても問題ないじゃないか……」

 

 

その呪いの塊を真正面から喰らったはずの透に、傷などはもちろんの事、苦痛に感じる様子も無かった。

 

信じられないという表情のアルトリアを含め、一同はその状況を見守るしかできない。

 

その間に続くモースの攻撃も真正面から受け止める。その身体を鋭利な刃に変え、鞭のように振るった攻撃もその身のまま受け止める。

袈裟切りに裂かれ、血が飛び散るが、意に返さない。

 

 

「トール君!!」

 

 

アルトリアの叫びを他所に、とうとう透はモースへと近づき、そのまま飛びつき、押し倒した。

 

 

「捕まえたぞホープ!!」

 

 

全裸のまま伸し掛かり、無理やり押さえつける。

 

 

「ホラ、大人しくしろ!」

 

 

じたばたと暴れるモースを押さえつけようと力を込める。

 

透はモースの表面をわしづかみ。その外皮を、まるで菓子の袋を破るかのように、その両腕に力を込める。

 

 

「いい加減に、離れろ!この寄生生物!!」

 

 

そう叫んだ瞬間

 

 

――バチリと

 

 

 

一瞬だけ電流がモースの体を巡るが、それに気づいた者はいなかった。

 

 

 

 

その一瞬をきっかけに、ずるりと、黒いモヤがまるで皮のようにめくれ上がる。

 

中から現れたのは先ほどまで共にいた羽の生えた妖精の少女。その姿を確認し、透はその外皮を引きはがす。

 

その様はまるで、蝶の羽化のようだった。

 

ずるりと、皮は向け、それと同時にモースであった黒いモヤは消え去っていく。

 

「おい、ホープ? 大丈夫か!? 生きてるか!?」

 

眼を瞑るホープを地面に寝かせ、ペチペチと頬を叩き声をかける。体は暖かい、まだ生きている鼓動を感じる。

 

その様子に、固まっていた3人は即座に透の元へ駆け出した。

 

「あ、わたし……」

 

「良かった!! 気づいた……!!」

 

感極まったアルトリアは、そのままホープを抱きしめた。

 

お互いに涙を流しながら言葉を交わす二人に気を使い、透はそっと、数歩下がってその様子を見ていた立香達の隣に並ぶ。

 

「いやぁ、良かった良かった」

 

「うん、本当に良かった……ただトオルさん」

 

「ん? どうした?」

 

腰に手をあて、仁王立ちし、満足そうな顔でうなずく透に同意しつつ、立香は気まずそうに眼を逸らす。

 

「とりあえず、服を着ましょう」

 

 

 

こうして、妖精國の最初の悲劇はホープが生き残る事によって台無しになった。

 

嵐の中の星という物語は泥に被って汚されてしまった。

 

しかし、ここまで見れば、理想のスタート。

ホープがいたところで、そしてホープを救う為にその大半の力を使い果たしてしまった透がいたところで、その後の物語は大体の大筋は変わらない。

 

しかし間違いなく。透と、何よりもホープによってアルトリアの春の時間は彩られていく。

 

藤丸立香にとっても、相馬透にとっても、妖精國を救おうとするこの巡礼の旅は、掛け替えのない楽しい旅となっていく。

 

 

 

そういう意味では、物語の美しさをかろうじて保てる事はできただろう。

 

 

 

 

 

だが、肝心なところに綻びがあった。

 

この妖精國を救うという名目で始まったこの旅において、藤丸立香とトールは絶対に相容れない。

 

この妖精國を間違った歴史。そして元々自滅する世界として、認識している立香達。

 

間違った世界だという常識を、勝手な理屈だと憤慨するトール。

 

立香達にとっての救済とは、死よりも辛い圧政を敷き、終わってしまったどうしようもないこの國を無理やり維持し、汎人類史までも飲み込もうとするモルガンを殺し、せめて穏やかな滅びを迎えさせること。

 

 

トールの思う救済とは、巡礼の旅が救いになると信じた上での故郷でもあるこの妖精國の維持である。

 

大半の住民はそうだと思っているが。

 

その存在への抵抗を諦め、穏やかだろうとなんだろうと結局は滅びを迎える立香達の言う救済は到底認められるべきではない。

 

多元宇宙の知識は記憶には無くとも、その考えはもはや信念として心に宿っている。

 

この救済の認識のズレは、トールを汎人類史の人間だと誤解したダ・ヴィンチと様々な企みを持つオベロンの計らいにより、判明する事は未だに無い。

 

ダ・ヴィンチは、妖精國を故郷だと勘違いしているトールに気を使い。話がこじれ、この旅路にトラブルが起きる事を避ける為。全ての事が終わった後に、説明すれば良いと考えていた。

 

真実を知った時に彼が怒り狂おうとも、前述した透の事情を知らない彼女は、妖精國が滅ぶべき世界であるという事を説明した上で説得できると考えていたからだ。

 

大してオベロンは、計画の要であるアルトリアを『使命に従う必要は無い』と幾度も甘い言葉で誘い込み、巡礼の旅を邪魔しようとした彼を警戒し、どうにか修正しようと対話を続け。

 

その思考の性質に気づき、ここぞというタイミングで、藤丸立香への精神的攻撃に利用しようと企んでいた。

 

 

 

 

 

 

そして、結論から言えばオベロンの企みはこれ以上無く成功し、ある意味では予想以上の結果になったのだ。

 



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雷帝

妖精國を救う。という名目であつまった予言の子一同。だが、立場上常に一緒にいるというわけではなく。

 

藤丸立香のように特別な立場でもなく、戦力になるわけでもないトールやホープは、稀に別行動をする場合があった。

 

透は本来であれば、戦闘能力に絞れば、魔術も効かず、呪いなども一切通じず、モース毒も効かず。身体能力や戦闘技術は高いのだが、ホープをモース化から救う折、自身の力を全て使い切った為、無意識化で彼を守っていた電磁バリアは消え去り、逆に魔術や呪いの類を素通りするようになってしまった。故に牙の氏族のような肉弾戦ならば兎も角、その他の攻撃にはめっぽう弱くなってしまった。

 

彼自身、特にアルトリアやホープを、身を呈して庇う行動をする事が多く、怪我も多い。

 

故に怪我から回復するまで。あるいはその場にいるだけで害になるような場所に訪れる際は別行動となっている。

 

アルトリアやホープの寂しそうな表情に毎回心抉られる思いをする一同だったが、事情が事情なので仕方がなかった。

 

だから、こうして1人の人間と、1羽の妖精は、時間を持て余していた。

だからというのもあるが、彼らは、1つ、共通の目的を持ってある作業をしていた。

 

「ほら、こうやって、ここを結ぶんだ」

 

「う、うん」

 

地べたに座る透は、足の間にホープを座らせ、羽を上手いこと避けながら、肩の上から腕を出し、優しくホープの手を取り、作業の手伝いをしていた。

 

妖精という存在は基本的に何かをする時に手作業を挟む必要はない。そのような事をしなくても、魔術の類で簡単に出来てしまう。

 

それ故にこういう手作業に慣れていない為に、手取り足取り面倒を見ていた。

 

その様はまるで仲の良い兄妹のよう。

 

彼らは、何も出来ない分、アルトリアへの日頃の感謝を込めて、それぞれ、プレゼントを手作りしていたのだ。

 

ホープが作っているのは、ホープと同じ、蝶の羽をあしらった髪飾りだ。

 

透は既に完成済み。銀のブレスレット。

 

「アルトリア、早く戻ってきて欲しいな」

 

ホープはうずうずしながらアルトリア達を待つ。

 

透もこの渾身の逸品を渡したいと、同じように楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

2人のプレゼントが完成した後、透は昏睡状態に陥ってしまい、そんな場合ではなくなってしまった。

透からはもちろんホープからも、この旅の間にプレゼントを渡す機会は訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――本当にみっともない。

 

最後にはうずくまり、泣き喚く透を見ながら、オベロンは心底不満げに、彼を見つめていた。

 

これ以上は見ていられない。あまりにも不快だ。

 

アルトリアにも動揺が見える。このまま彼に注目させたまま攻撃してしまえば、あっさりと打ち取れる状況だったが、何故かそんな気にはなれなかった。

 

何故アルトリアに介錯を提案したのか、こちらに対して無防備に動く彼女を攻撃しなかったのか。その理由は自分でもわからない。

 

兎にも角にも苛立ちが募る。

 

 

不快な肉を裂く音の後、何事か話合った彼らは、改めてこちらに対峙した。

 

「殺した途端にやる気を出すとはね、肉塊相手なら気にする必要もないって?  あーあ、もう少し君達には傷ついていて欲しかったんだけど、結局何の役にも立たなかったなぁ彼も」

 

「……」

 

「なんだよ無視かい?」

 

応えないまま、立香は、マシュは、アルトリアは静かに構える。

 

「まあ、彼個人を気にする事はないさ! ああいう手合いを踏み潰してここまで来たんだろう? だって、これは世界を賭けた戦争なんだから。それともそんな自覚もなかったかい?今までと違って、救済の旅だと本当に思ってた? だとすればますます彼も不憫だなぁ。自覚もない侵略者に故郷を滅茶苦茶にされたんだから」

 

「……黙りなさい」

 

「こんな見苦しい國を大事にするなんて、彼は元々どこか普通の人間とズレてたんだ。汎人類史に連れて行ったって、異常者として排斥されるのがオチさ! そら、君達による間違った世界を滅ぼす正義の物語は、泣き喚く愚か者を殺してこれでお終い!」

 

「黙れ――!」

 

「次の物語は、人理をかけた――っ」

 

ふと、オベロンの演説が、急に止まる。

これ迄の余裕な態度から一転。驚愕に目を見開いた彼の視線は正面にいるアルトリア達を飛び越え、その背後に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルトリア達もその視線を辿り、背後を見れば、胸を刺され、命を無くしたハズのトールが、何故か立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、全く……」

 

 

身体は血に塗れ、胴体には大穴が空き、立ち上がりはしたものの、項垂れた体制に、生力は感じられない。

 

「君はもう終わってるんだ。ただでさえみっともないのに、さらに恥を晒すのはやめてくれよ」

 

一歩。片足が折れたまま、不恰好な形で前に進む。

 

「ゾンビ映画の真似事かい? いきなりそんな演出をされるとこっちが引いてしまうよ」

 

 

「――べ……」

 

 

「甘かったなアルトリア。ほら、君がもう一度介錯してやりなよ。ゾンビ退治は、頭を潰すのが基本だぜ」

 

 

「――ろべ」

 

何事か、ぶつぶつと喋る透に、オベロンは死を通り越して狂ったかと、問い返す。

 

 

「なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

「――滅べ」

 

 

 

 

 

 

 

雷鳴が、轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。透の体に何百本も束ねられた雷が降り注ぐ。

 

奈落の虫という無限の空洞に、雷が落ちる異常。

 

その熱量は透を中心としたストームボーダーの表面を溶かし、余波だけで、最も近くにいたアルトリア達に圧力をかける。

 

咄嗟の判断で防御障壁をマシュが張り。

 

その防御を通してなお、眼を開ける事の出来ない程の光と熱量が襲い掛かる。

 

それを精一杯こらえ十数秒。

 

眩い程の光は、やがて収まり、ひとつの光景を映し出した。

 

稲妻の着雷地点を見れば、黒だった髪が金に染まり、稲妻を身に纏う、奈落の虫に空いた穴から見える、黄昏の空に照らされた。トールであったモノが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレイントラストと呼ばれていた組織があった。

科学分野から魔術の様なオカルトの類に至るまで、ありとあらゆる世界中の本物の天才達が集った組織。

 

自分達の世界がいずれ滅びてしまうと、そう認識した彼らはその叡智を活用し。

仮想世界でも、電脳空間でもない。本物の、世界のバックアップを作る事に成功した。

 

並行世界すら内包する本物のセカイ。

そのセカイは大元の上位世界と同じ歴史を辿り、しかし上位世界内にいる反逆者達によって、狂って行った。

 

セカイの歴史が世界に追いつき、別の時間軸として外側から操る事ができなくなる前に、内側から歴史を修正する為、セカイの頂点に立つ創造者。

その候補としてブレイントラスト側から選ばれたのが、天野銀次。

同じ様に反逆者やブレイントラストの裏切り者から選出された者達の、セカイの頂点を決める戦いに勝利した、創世の王。

 

セカイはその王によって、成り立ちは決定された。

上位世界からも修正できぬレベルまで成長し。セカイの取り合いは一端の結末を迎え。その計画に関わった人間達の殆どがその組織から離れていった。

 

 

だが、諦めきれない者達もいた。その者達はそのセカイとは別に、また1からセカイを作り始めた。

 

しかしその計画に関わった人間達の大変はその計画から離れている。故に、その出来上がるセカイがまともに機能するはずは無かった。

 

同じように無限城を起点とした。新たなセカイ。しかし元のセカイ以上に歴史は狂い、不死身の怪物や殺戮者が跋扈する荒れたセカイ。

離れていった天才達ならば、誰もが失敗作だと、修正する価値も無いと嘆くそのセカイを修正する為、

諦めきれなかった者達に選ばれたのが、歪なセカイに生まれたトールである。

 

世界をリセットするための単純なリソースが足りていなかった故に選ばれたトールは、世界を滅ぼす既存リソースとして選ばれ、天野銀二が持っていた『雷帝』の力をインプットされた。

 

全てを破壊する雷を操る暴君をその身体に宿して。

 

その任務は容易かった。元のセカイとは別に、上位世界からの介入者がいない以上、上位存在から与えられた神の如き力に、対抗できる者はいない。

 

命令通りに不死身のはずの怪物を滅ぼし、同族同士で醜く争う事しかしないバグによって変貌した人間達を皆殺しにしていく。

 

新たな世界を作る地ならし。文字通り世界中の生命体を、トールは文字通り滅ぼした。

 

その力が今、終わりを迎えたブリテンに現れた。

 

すでに滅び去ったセカイに現れたセカイを滅ぼす終末装置。

その力が向かう先は、新たな世界に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トールさん……!?」

 

藤丸立香がたまらず叫ぶ。

それに応えるように、彼は右手を彼に向け――

 

「――滅べ」

 

雷撃を放った。

 

「先輩!」

 

立香への攻撃に、マシュが間に立ち、その盾でもって防御する。

 

マシュ自身も、藤丸立香も無事だ。

 

だが、長い旅路の中、ありとあらゆる攻撃を防ぎ、その全てを無傷のまま過ごしていた盾の表面が、雷の熱で融解していた。

 

「そんな……!」

 

これ迄の全ての旅において、ゲーティアの切り札ですら傷つくことが無かったその盾が、溶けるという異常事態。

 

一体彼はどう言った存在なのか。今までの英霊や、ビースト、神霊の類とはまた違う異常な圧力に、戸惑いは隠せない。

 

彼の正体に、行きあたる材料も一切無い。

 

今一度、透——『雷帝』は右手を上げ、マシュ達にその手のひらを向けた。

 

「消えろ」

 

 

「いけない!」

 

 

アルトリアは瞬時に対応し、背後に浮遊する剣を操る。目標は相馬透と思わしきナニカ。

 

 

守護者としての本能が警告する。あれは、もはやこの星の生命どころではない。人理どころか、星を超え宇宙すら滅ぼす。規格外のナニカ。

 

「……っ」

 

彼の姿を見る。自分の中にいるアルトリアの記憶が頭を巡る。

 

 

 

 

 

 

 

『何で、お前がやる必要ないじゃ無いか!!』

 

涙を見せながら嘆く彼のおかげか、不思議と自分は落ち着いていた。

 

彼は、快活な割には結構涙脆くて、皆が気を張って涙を堪える中、素直に涙が流れてしまう。変なところで気の弱い人だった。

 

『なあ、もうやめよう。戦うのをやめたって。静かに暮らすって。モルガンに宣言しよう。気づいてるだろ!?モルガンを殺したら、国中でまた殺し合いが始まるぞ!? ロンディニウムの理想なんて夢物語でしかない。今なら間に合う。予言の子が女王に組したと伝われば、争いは終わる! 女王だって悪いようにはしないはずだ。わかるだろ!? あの女王のこの國への慈悲が!』

 

『ダメだよ。そんな事をしたら他の妖精が私達を許さない』

 

『そんなの! 無視しとけば良い!』

 

そんな所が可愛いなんて思ったりもしていた。

 

『でもカルデアの皆は? このままだとモルガンに皆殺されちゃう』

 

『別に、お前が諦めて、アイツらが諦めなかったとして、それで殺されちまうならそれはアイツらの選択だ。俺は気にしない!』

 

『嘘でしょそれ』

 

妖精眼で感じるまでも無い。

 

『あはは、トール君、わかりやすすぎ、すぐ表情に出るんだから』

 

今のトール君が、彼らを見捨てる事が出来るわけがない。

 

『だったら……モルガンにアイツらの世界を侵略しないように説得する!カルデアの連中にも、帰ってくれとでも説得するさ!』

 

これは本当。

でもそれは無理なのだと、私は知ってる。モルガンが許してくれたところで、彼らの本当の願いはこの間違った世界が滅びる事。

彼らの言う崩落を阻止したところで、モルガンが侵攻をしなかったところで、この妖精國が維持されてしまえば彼らにとって困った事になる。

 

『なあ、頼むよ……諦めるって、言ってくれ……!』

 

どう足掻こうとも相容れない。

 

だったら、きっと、ホープにとっても、彼にとっても、汎人類史に住んでもらう方がきっと良いのだ。

 

だって、この妖精國は間違った歴史なんだから。こんな、無理やり生き延びている世界より、正しい世界の汎人類史の方がきっと良いに決まってる。

 

だから自分は彼らの為に頑張るのだ。

 

だってもう自分は幸せだから。ホープがいて、自分の為に涙を流してくれる彼がいて。こんなにも大切にしてくれて。

 

彼らが幸せに暮らしていけるなら、こんな事なんてヘッチャラだ。

 

わかるのだ。きっと、ホープも、トール君も、逆の立場だったら同じ選択をしてくれるって。

 

今回たまたま、自分がそういう立場なだけ。だから、自分の中にいる2人を、裏切る事なんて出来ないのだ。

 

土壇場になって、ひょっとしたらまた、自分を犠牲にする事が怖くなっちゃうかもしれないけど、それでも今は頑張ってみよう。

 

あんな王様みたいに不特定多数の誰かの為にというのは訳がわからないけど、自分を思ってくれる人の為だったら頑張れる。

 

それが正しい選択だって信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どこで間違えちゃったのかなぁ

 

それは、もういないはずの”彼女”の慟哭か。

 

 

 

「……っ!」

 

 

一瞬の躊躇を見せたものの、アルトリアは、構わずその剣を放つ。

 

 

「撃て、マルミアドワーズ!」

 

 

掛け声と共に疾走する剣達は、しかし、透の手前で勢いを無くし、そのまま、なんの抵抗も見せず消滅した。

 

 

「っ!」

 

 

驚愕に染まるのも束の間、次なる手を放とうとした、アルトリアの目の前に、雷帝が立っていた。

まさしくその速さは雷そのもの。

あるいは、光にすら届いているのかもしれない。

 

それ程の超スピード。英霊である彼女ですら知覚できない程に早く、彼女の前に移動していたのだ。

 

 

「消えろ」

 

 

その一言ともに雷撃の乗った拳をアルトリアに放つ。アルトリアは拳の着弾地点に全ての剣を置き、防御する。

 

「ぐぁっ――」

 

 

しかし、その剣の全てが砕かれ、防ぎきれなかった衝撃に、まともに吹き飛ばされた。

 

 

あわやストームボーダーから投げ出されそうになるがどうにかして最後に残った手元の巨大な剣。透を突き刺した『マルミアドワーズ』をストームボーダーに突き刺すことで堪えて見せた。

そのまま着地し、透を見れば、既に彼は藤丸立香とマシュの目前。

 

 

 

この距離では何もしようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!』

 

 

 

マシュが宝具の真名を解放する。

現れる白亜の城。キャメロット。

一切の敵意を寄せ付けない無敵の城塞。

 

雷帝とマシュ達を分断する、絶対の壁。

 

 

 

その筈だった。

 

 

 

雷帝は、マシュの構える盾にゆっくりと手を触れる。

再び、四方から雷帝に稲妻が落雷。

 

それはまさしく充電だ。別次元から雷を呼び、その力を蓄える。

 

無限の空洞というルールを、概念を、容易く食い破り、その雷は奈落の虫に穴を開ける。

 

所詮概念という曖昧なルール。世界のルール―をハッキングする術を持つトールに概念などという曖昧なルールは意味は成さない。

 

充電は完了とばかりに、透の体表面の稲妻が更に激しさを増す。

 

 

「あああああああああああっ!!」

 

 

その余波だけでも衝撃は堪らず、マシュはそれに抵抗するだけで身動きが取れない。ひたすらに心を強く持ち、魔力を注ぎ、盾を構え続けるしか出来ない。

 

 

だがその抵抗も、虚しいモノだった。

 

 

 

雷帝の掌が赤く光る。その熱は盾を瞬く間に溶かしていき、手が盾の中にめり込んでいく。

 

同時に、マシュの背後に聳え立つキャメロットに、稲妻ががまとわりついた。

 

徐々に、城塞が原子以下のレベルで破壊されていき、粉状になって分解されていく。悪しき物を通さないその城塞も、概念(ルール)ごとくらい尽くす稲妻の前にはただの建築物でしかない。

 

 

その現象に言葉も出ない。

 

 

彼が何者なのか、これがどの様な力なのか、分析をしてくれそうな頼もしい仲間もいない。

 

城塞は消滅。

それと同時に、雷帝はもう片方の手を盾に添える。同じように熱で溶かしながら盾を侵食し。そのまままるで紙でも破るかの様に、盾を引きちぎった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盾が引きちぎられ、稲妻の圧力によって、マシュは吹き飛ばされ、後ろにいた藤丸立香を巻き込んでいく。ゴロゴロと数メートルほど転がり、苦しげに起き上がるしかない。

 

今の彼らは無防備だ。対抗する為に放った立香のガンドも、雷帝には何の効果も示さない。

 

もはや、立香達を守る為の手段は無くなった。

 

 

ひたすらに立香は考える、なぜこんな事になってしまったのか。

 

世界を賭けた敵として、真正面から堂々と妖精國に宣戦布告でもすれば良かったのだろうか。

 

元々滅ぶのだから、圧政から解放してやるからその時まで楽しく生きてくれとでも言って妖精達を、彼を、説得するべきだったのだろうか。

 

さまざまな代案がぐるぐると頭を巡るが、どれも不可能な事だ。この世界の住民を騙す様な手段でしか、この異聞帯を攻略することは不可能だった。

 

モルガンとの直接対決では全く歯が立たなかった。

モルガンがこの世界を維持する存在だという事を知らせなかったからこそ他の妖精がモルガンを殺し、カルデアは勝利を手に入れる事ができたのだ。

 

このような手段を選ばぬ方法でしか、勝利は無しえなかったのだ。

 

かと言って世界を取り合う大事なのだからどんな手を使ってでも勝利を目指すのは当然だと、驕り高ぶる事が出来る人間でも無い。

 

あの時の勝利の乾杯が、どれだけ愚かな行為だったのか。実感する。

 

この世界の住民を騙し、世界を滅ぼした報いだとばかりに襲い来る現実に、もはや、抗う事は不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、透は地べたに座り込む2人の前に立つ。

 

「オレを――」

 

透はこの姿になって初めて、意思があるかのような言葉を吐き出した。

 

「オレを苦しめるモノは、全て灰になれ……」

 

だが、それは決して説得が出来そうだとか。そういう希望を抱ける様な言葉では無かった。

 

 

「俺は『雷帝』」

 

 

プラズマが立香達を包む。

 

 

「無限城の支配者――」

 

 

高周波により立香達の身体が内部から熱を持ち始める。

 

「うあァァァァァァァァつ」

 

血液の温度が上がり、沸騰しかけるという現象に、立香達の喉から、声にならないが声が出た。

 

 

「セカイを破壊するモノ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにかしようと駆け出すが、サーヴァントの性能を持ってしても間に合わない。

 

剣を飛ばす暇もない。

 

――やめて

 

宝具の展開は確実に無理だ。

 

――お願い

 

そもそも何をしたところで、あの雷には意味がない。

 

「トール君! ダメェ――――――っ!!」

 

そう、叫ぶしかなかった。

 

叫んだのは、守護者としての自分なのか、彼女がそうさせたのかはわからなかった。

 

魔術というわけでもない、何か特殊な効果を持たせた叫びでもない。

 

だが、その叫びは、雷帝、相馬透の動きを止める事を可能とする、絶大な力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雷帝:文字通りの創世の神。出来ない事は存在しない。

怒りと悲しみのまま死亡した事により目覚め、破壊のみを目的とした終末装置と化した。


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希望

 

立香達に纏っていたプラズマが、消失する。

 

血液が沸騰直前になるまでの熱量を浴びた。マシュと立香はそのまま気絶しているが、命に別状は無さそうだ。

 

「アル……トリア」

 

雷帝は、倒れ込む2人を気にせずに、こちらに駆け込んでくるアルトリアを見ながら、その名を呟く。

 

既に、滅びの意思は弱まり、それを示すかのように嘶いていた稲妻も、範囲を狭めていた。

 

それを見たアルトリアの顔に安堵の表情が浮かぶ。一難去った。とでも言うべきか。

 

復讐すら果たせず、故郷を失った彼が、今後どうするのかと言う絶望は残るが、それでも人理を、全てを失わずに済んだ。

奈落の虫すら意に介せず、滅びを与える神の如き災害を止める事が出来たのだ。

 

だからこそ、今更に気付いてしまった。

 

 

『おいおい、そこで止まるってのは無しだろう。トール?』

 

 

雷帝という規格外の存在に、肝心な存在を失念していた事に。

 

雷帝の背後から一突き。

 

鋭利な爪を持った巨大な虫の足の様なものが、雷帝の体を貫通し、その歪な形は、さらにその奥にいる、折り重なって気絶しているマシュと藤丸の心臓を貫く事を可能とした。

 

 

「オベロン――!!」

 

 

アルトリアが叫ぶが既に遅い。

 

用は済んだとばかりに、虫の足は刃を引き抜き、夥しい量の血が、噴出する。

 

どう見ても致命傷。

瞬く間に広がる血溜まりが、その絶望を示している。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ。奈落の虫に穴が空いたからって、俺が消えたとでも思ってたかい?」

 

 

奈落の虫に風穴が空くという異常事態。

本体にダメージがあった事により端末である彼も現界できなくなったと何処かで勝手に思っていた。

 

そのようなはずがないにもかかわらず。そう言った疑問は、雷帝の存在に全て持っていかれていた

 

「このまま高みの見物を決め込んで、彼の復讐を見守っていようと思ってたんだけど、まさか止まるとは思わなかったよ」

 

心底馬鹿にした様に、アルトリアを見ながら再び、オベロンは舞台に上がる。

 

「中にいる連中も、本当に殺しておいた。これで、完璧だ」

 

 

彼は全てを一瞥した後、雷帝に体を向ける。

 

 

雷帝は腹に風穴が空いたまま。しかし全く意に介せずに、佇んでいた。

 

稲妻が迸り、瞬く間に、腹の穴が修復されていく。

 

まるで、体そのものが雷に変質している様だった。

 

オベロンにとっても予想通り。あの程度で死ぬはずがないとも思っていた。

 

彼はその様子を確認した後。

 

姿勢を正し、片膝を着き、

 

「本当に、ありがとう」

 

驚く程丁寧に、雷帝。透に対して頭を下げた。

 

その様は、幕引き後に観客に礼を言う舞台役者のようだった。

 

「まさか、御同輩だとは思わなかったよ。トール」

 

再び雷帝の体に稲妻が灯る。

 

「ただの端役でしか無かった君は、まさしく創造主たちの思惑を超えてくれた。まさか、こんな力があったとはね」

 

雷帝はオベロンにその手を向ける

 

「雷帝という名は兎も角、無限城っていうのは聞いた事も無いが、君はどこから来た存在なのかな? 何にせよ素敵なサプライズだ。僕にとってはね」

 

何かを溜める様に、その腕に稲妻が迸る。

 

「まあ、予想外ではあったけれど、結果的に、そんな君も利用したのはこの俺さ、モルガンも、君も、アルトリアも、ブリテンを守れなかった愚かな負け犬。カルデアも、君と言う存在により、ブリテンを混乱に陥れた報いを受けた。勝ち馬に乗ったのはこの俺だけ」

 

これから放たれる死の奔流に、オベロンは意に介せずに言葉を続ける。

 

「改めて礼を言おう、『雷帝』。君のおかげで、汎人類史は滅ぶ。俺の目的は、果たされた――」

 

感謝の言葉を発する彼の表情はどこか晴れやかで。しかし気だるげだった。

 

 

ありえない賛辞の声。

それが本当に言葉通りの意味なのか、それとも勝利者故の上から目線の物言いなのか。

 

オベロンは、全てをやり切った達成感に溢れている様だった。

 

 

「――消えろ」

 

「ああ、君にはその権利があるとも」

 

「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

オベロンは、何の戸惑いもなく、勝利の余韻に浸りながら、その滅びを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでにないほどの稲妻が周囲を破壊する。無限に落ちる異界空間であるはずの奈落の虫は、その内部から稲妻によって破壊され、同時に、足元のストームボーダーも原子レベルまで分解され、砂状に変質して行く。

 

奈落の虫は消え去り、黄昏の空が、広がった。

 

美しい妖精國の空。

 

しかしその美しさに反比例して、その大地は、醜く剥がれ落ちていた。

 

 

 

アルトリアに、最早出来る事は存在しない。

縁も消え去り、消滅を待つのみのこの身体。

 

ストームボーダーの消滅と共にブリテンの大地へと自然落下して行く。

 

守護者としての矜持も守れず、彼を止めたいと言う願いを持った少女の意思も通す事が出来ず。

 

失意のまま、落下する。

 

そこに、追い討ちをかける様に、アルトリアよりも遥か上に位置しながら、同じように落下する雷帝が、彼女へと視線を向けていた。

 

 

 

奈落の虫を消滅させ、破壊の意思がますます増加した雷帝は、残りの生命体であるアルトリアを滅ぼそうと行動を開始する。アルトリアに手を向け、プラズマを生み出し、その莫大な熱量で持って消し去ろうと、力を溜める。

 

このままアルトリアが消滅する運命だと言う事も雷帝にとっては知った事ではない。

 

間違いなく滅ぼそうと、その手をアルトリアに向け、プラズマを放つ。

 

アルトリアは、その光景を他人事のように認識しながら、その滅びを受け入れるだけだった。

 

 

 

 

 

 

そこに、高速で飛来する存在が、雷帝の横を追い抜いていった。

 

 

 

 

 

 

それは、アルトリアと雷帝の射線上に飛来した。放たれるプラズマに飲み込まれてしまう位置。

 

その光景に、アルトリアは目を見開く。

 

水色の髪に、美しい蝶のような羽。出会った時はボロボロであった羽。

彼女と彼にとっての共通の友達。

 

夢の中でいつも輝いていた、希望の星。

 

「ホープ……っ!?」

 

1翅の妖精だった。

 

放たれたプラズマを受け止める。万物全てを一瞬で蒸発させるプラズマは、ホープによって推しとどめられた。

 

守護者ですら止められない、その雷を、ただの妖精が受け止める。それは一体どのような奇跡なのか。

 

見れば、雷帝の発するものと同じような稲妻が、ホープを包み込んでいた。

 

連続して放たれるプラズマを防ぎ続けながら、ホープはアルトリアを確保し、その場を離脱する。

 

その速さは雷光の如く。

 

元より備わった妖精の羽による飛翔と、電子を操り、磁場を操ることによって加速力を増し、雷帝の射程距離から一気に離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどの地点より、遠く離れた地。コーンウォールへ、着地する。

 

 

 

「アルトリア。無事でよかった」

 

「ホープ、どうして?」

 

何故、彼女が無事なのか。

 

ストームボーダーに乗り込んでいたはずの彼女。万が一オベロンによる殺害から免れたとしても、ストームボーダーごと消失してしまったのではとも思ったが。

 

彼女を包んでいるプラズマが、その答えなのだろうというのは想像に固く無かった。

 

アルトリアを横座りさせながら、ホープは笑顔を向ける。少女の記憶と変わらない、朗らかな笑顔。

ホープは、懐から、掌に乗るサイズの装飾品を取り出した。

 

「ごめんね、アルトリア、本当はもっと早く渡すはずだったのに」

 

髪飾りと、ブレスレット。

 

旅の途中に渡せなかった。透とホープからのプレゼント。

 

「コレは――」

 

「あなたへのプレゼント。ありがとうって感謝の気持ち」

 

そう言って、戸惑うアルトリアの手に、ブレスレットを取り付ける。

 

「これは、トール君から」

 

「そんな、私は、受け取れません。だって私は――」

 

「うん、わかってる、貴方は、私の知ってるアルトリアじゃない」

 

言いながらブレスレットを取り付けた左手を両手で握る。

 

「でもやっぱり貴方はアルトリア。優しくて、臆病で、でも勇気があって。どこにでもいる普通の女の子」

 

「ホープ……」

 

「はい、この髪飾は私から。貴方に似合うか、確かめさせてね」

 

言いながら、横座りするアルトリアの頭に、蝶をあしらった髪飾を取り付けた。

 

「うん、すっごく素敵! やっぱり似合うと思ってたんだぁ」

 

自分で自分を褒めちゃった…と恥ずかしそうに笑うホープにアルトリアは放心し、何も答えることが出来なかった。

 

「アルトリア」

 

ホープは彼女を抱きしめる。

 

「ねぇ、アルトリア。やっぱりブリテンは嫌い?」

 

それは半ば確信を突くような問いで。

 

「やっぱり滅びるべきだって思う?」

 

「それは……」

 

答えられなかった。

 

既に、自分はオベロンへと宣言していた。ブリテンは見苦しいと、オベロンの終わらせようとする行為は正しいものだと、そう宣言してしまっていた。

 

それを、ホープに、言う事は憚られた。

 

「うん、私もね。この世界は間違ってたんだって、そう思う」

 

だが、わかっていたかのように、そう、ホープは答えた。

 

抱きしめた体を放し、ホープはアルトリアの眼をまっすぐに見つめる。

 

「でもね――」

 

続きを言おうとして、二人は同時に異変に気付く。

 

 

 

雷鳴が轟き、空に雷帝の姿を映し出す。

早くも追ってきていた。

 

 

 

地面に舞い降りた雷帝に、アルトリアは立ち上がり、せめてホープを守ろうと抵抗しようとするが、その本人に止められる。

 

「大丈夫」

 

言いながら、再び、雷帝のように、雷を、ホープが身に纏う。

 

 

 

 

 

 

勝負は、一瞬だった。

 

 

 

 

 

雷帝のプラズマを容易く搔い潜り、当たったとしてもそれを弾き飛ばす。

同じプラズマを纏う彼女に、その攻撃は効果は無く、雷速で、雷帝に接近し、その頭に両手を置いた。

 

プラズマは弾け、眼も開けていられない程の光が、辺りを覆った。

 

 

 

 

やがて光が止んでみれば。

 

 

 

纏っていた雷は消え。髪は戻り、膝を落とし、頭をホープに抱きしめられている、トールがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うあ、うあぁぁぁっ……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「おれ、おれは……っ」

 

泣きわめく透を、ホープは胸に抱きしめる。

 

「おれは……なんてことを……っ」

 

その様子を見て、アルトリアも、彼に近寄っていく。

 

「俺の……せいで……」

 

「うん……うん」

 

「だめだったんだ……! ゆるせなかったんだ……っ みんなが!ブリテンは滅んで当然だなんて言ってて!しょうがないんだって言ってて!!」

 

「そうだね……」

 

「ぜんぶ、黒幕のせいだって……! 最初から、ブリテンが滅ぶ事が前提だったのに……!あいつらだって、関わってたのに、ブリテンが滅んだのも、他人事で……!」

 

頭を撫でながら、ホープは落ち着かせるように、透の嘆きに応える。

 

「でも、あいつらは、本当にいいやつらで……! しょうがないことだって!!」

 

会話の内容が支離滅裂。みっともなく喚く透を、ホープは再度、落ち着かせるように背中をさする。

 

「落ち着いて……」

 

「ああ。あぁっ……!」

 

尚も泣きじゃくる透を抱きしめる姿は、姉弟のようでもあり、子を慰める親のようでもあった。

 

近づいてきたアルトリアに、ホープは再度会話を投げかける。

 

「私はね、アルトリア。やっぱりブリテンが好き」

 

その言葉に、透の啜り泣きも、一瞬止まる。

 

「ひどい目に遭ってばかりだったけど、この黄昏の空が好き。ソールズベリーの情景も好き。トール君や、アルトリアや、皆のお陰で、一部の妖精にも良いヒトはいるって気づくことができた」

 

笑顔で話すホープに、アルトリアも、透も何も言うことは出来ない。

 

透はブリテンを守れなかったから、アルトリアはブリテンを滅ぼす為に巡礼の旅をし続けたような物だから。

 

「だからね、トール君。今度はしっかり、ブリテンを救ってあげて」

 

「え……?」

 

不思議な言葉だった。まるで、ブリテンはまだ滅んでいないかのような――

 

 

「私はね、本当はあの時、ここでモースになって、オベロンに殺される運命だった」

 

「何を言って」

 

「その運命を、貴方が変えてくれた。あなたのこの、雷の力で」

 

戸惑いながらも、アルトリアは、納得する。自身の知るモースという存在の知識において、あり得ない解呪の現象だった。あれは、モースというルールを丸ごと消滅させた結果だったのだ。

 

「私の命はね、トール君が分けてくれたんだ。この雷を通じて」

 

更なる驚愕の事実に、自覚のない透は元より、アルトリアも息を呑む。

 

「それと一緒に知ったの。あなたの事。今は忘れてるあなたの記憶」

 

そう言いながら一度、透から離れ、その両手に雷を纏わせる。

 

「だから、あなたに、この命を、返します。そして、記憶を取り戻して」

 

そんな、とんでもない事を言い出した。

 

「な――っ」

 

「だめ――」

 

そう、静止の言葉を掛けるより先に、透もアルトリアも、ホープから発せられた雷によって拘束された。

 

「ごめんね、絶対止められると思ったから……」

 

申し訳なさそうに謝るホープに、声も出せない。何故だと、目で訴える事しかできない。

 

 

「アルトリア」

 

ホープはアルトリアに笑顔を向ける

 

「妖精達に罪を償わせるっていうあなたの『楽園の妖精』の使命には反するかもしれない」

 

言いながら、アルトリアの頭を撫で、髪飾に触れた。

 

「でもね、やっぱりその為に、あなたが死んじゃうのは嫌なんだ――」

 

アルトリアは、やめてと、心の中で叫ぶ。

 

「だから、できれば、その運命に抗って。もっと良い未来を見つけられたら、嬉しいな」

 

その後、今度は透の方へ向き直った。

 

「トール君」

 

なんだ、と、やめろと透は心の中で繰り返す。

 

「アルトリアと、あの優しい女王様の事を助けてあげて」

 

そんな、不思議な事を言い出した。

 

「あなたの大好きな二人を頑張って幸せにしてあげてね」

 

そう言い残して透を抱きしめ、その雷を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。ごめん……!」

 

再び、泣きながら膝を付く透。

先ほどと違うのは、その涙を拭うホープがいなくなった事。

アルトリアは、一瞬迷った後、ホープと同じように彼を抱きしめた。

彼女達ならばきっとそうすると思ったから。

 

彼の悲しみを受け止めた瞬間、自分の目にも涙が溢れてきたのがわかった。

 

今の二人は全てを失い、悲しみを共有する。負け犬の二人だった。

 

 

 

 

 

 

「俺は、元々、この世界の人間じゃない」

 

涙は枯れつくし、落ち着いたところで、取り戻した記憶と共に、身の上話が始まった。

 

二人揃って。倒れた木の上に並んで座る。

 

その語りだしの後、世界の事、セカイの事、上位存在の事、反逆を企て、その過程でこの妖精國に訪れた事を語る。

 

「その時に出会ったのがトネリコっていう女の子だった」

 

その名前にアルトリアは内心、驚愕しながら話を聞き続ける。

 

「あの子はたった一人で厄災に立ち向かってた。救った当人たちに裏切られながら、石を投げられながら、それでも自分のやりたい事の為に、あの子は頑張ってた」

 

そう語る透は眩しいものを見るような表情だった。

 

彼は、妖精歴で死にかけたとき、この妖精國へ来た時と同じように、異世界への扉を開き、その扉を潜ったらしい。

 

そこからは怒涛の展開だった。彼の転移した先は、今の汎人類史に似ているものの、全く違う世界だった。

宇宙から来た神達。

地球産の超人や汎人類史ではおよそ信じられないようなオーバーテクノロジー。並行世界を容易く行き来する魔術師達。

太陽系どころか銀河を数個超えても足りない程の広範囲にわたり、星同士での交流が進んでいるらしい。

並行世界と簡潔に語るにはあまりにも違いすぎる世界。

 

透は、一度息を付き、話の一つの区切りだとばかりに、深呼吸した。

 

 

「その世界で、まあ正確には、そこからまた別の世界だが、手に入れたのが。コイツだ」

 

そう言って、どこからともなく彼は、緑色の石を取り出した。

 

「インフィニティストーン。この世の理の全てを司る無限のエネルギーを持つ石」

 

摘まむように持ち上げられたそれは、直接指には触れておらず、空中に浮遊しているようだった。

 

「これはそのうちの一つタイム・ストーン。時間を自由に操ることができる」

 

 

 

――俺はコイツを使って、この結末をやり直す。

 

 

 

 

 

 

 

お互いに話を終え、二人は、向かい合うい、これから始まる闘いに、思いを馳せる。

 

 

 

「頼むぞV2N」

 

『了解した』

 

合図とともに、緑色の魔法陣が現れる。

 

それは、透の左腕と、アルトリアの左腕に巻き付いた。

 

『本来であれば、タイムストーンによって世界の理を乱せば、別の時間軸が生まれるが、この世界そのものの性質なのだろうな。この時間操作でマルチバースが生まれることは無い』

 

「それなら、安心できるな。異聞帯と汎人類史でもややこしいってのに、マルチバース同士の戦争が始まったらどうしようもない」

 

『時間が戻った段階での記憶は保持できない。そこはいい? 特に女。お前のほうだ』

 

「アルトリア、です。少し口が悪くない? トール君のブレスレット」

 

「人見知りなんだよ。でも凄く頼りになる相方だ。メカもいじれるし、魔術も操れる。超天才だ」

 

誇らしげに語る透にアルトリアは納得がいかにような顔をしていた。

 

『女、お前の体は特殊だ。お前の意識が残るかどうかも定かではない。下手をするとこのまま消える可能性もある』

 

その警告を聞き、透は心配そうな表情になる。

 

「構いません。もとよりこのまま消え去るはずの身ですから」

 

彼女の決意は固い。

 

『ではやるぞ。言い残す事はあるか?』

 

言われ、トールは咳払いをひとつ。

 

 

「俺の目的は、モルガンと、妖精國と、キミを救う事」

 

言いながらアルトリアと眼を合わせる。

 

「正直、人理も汎人類史も、楽園も全部滅ぼしてやりたい。俺を騙していたカルデアだって正直大っ嫌いだ……」

 

その眼には戸惑いは無かった。

 

「でも、その前は本当に良い奴らだと思ってたから。思っちゃったから……」

 

「トール君」

 

「見捨てる事はしない……」

 

 

その宣言はアルトリアにというよりも、自分自身への誓いのようだった。

 

「リセットのタイミングは、俺が死ぬことと、まあ色々だな」

 

彼は最も困難な道を選ぼうとしていた。

 

「今の所はノープランだ。ぶっつけ本番。作戦もない。記憶も無いから、立香達や君とも何度も戦うことになるかもしれない」

 

一呼吸置いて、宣言する

 

「それでも俺は。何度だってやり直す。」

 

ホープを思う。彼女のおかげで、世界事破壊しつくさずにすんだのだ。取り返しがつかなくなる前に。この方法を選択することが出来た。

 

「それが俺の贖罪で、ホープのくれた希望に対する決意だ」

 

そう言って、言葉を閉めた。

 

『長すぎよ。スピーチのコツをスティーブに聞いておけばよかったわね』

 

「……やる気を削ぐこと言わないでくれる?」

 

そのやり取りにくすりと笑い。アルトリアも決意を口にする。

 

「私は、”あの子”にとって、良き結末になることを祈ります。今はもう、それしか考え付きません」

 

その答えに透も笑う。

 

そのやり取りを見届けて

 

『では行くわよ』

 

その言葉を合図に、この異聞世界は、別の世界からきた絶大なるパワーによって。

世界そのものが巻き戻るという、あり得ぬ奇跡を体感する事となった。

 

 

ホープによってもたらされた希望が、どういった結末を迎えるのか。今は誰もまだ知ることは無い。

 

 




これで、本当にバットエンド編は終了です。

ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。


オリ主が最強設定を引っ提げて原作主人公含めバットエンドの原因となるという展開に皆さん、ご気分を損なわれた方もいらっしゃるかなぁと思います。

そこだけがだとは思っておりませんが、そこが大きいかなぁと。

このバットエンド編で評価が一気に下がりまして、改めてそれを実感致しました。
正直軽く考えていたところもありまして、反省するばかりでございます。


とは言う物の、評価ボタンを押してくださりありがとうございます。

今後も色々踏まえまして、可能な限り皆様に楽しんでいただける物語を書けたらなぁと思っております。

その参考にというだけではありませんが。良くないところも含めて、ご意見、ご感想いただけると助かります。

改めてありがとうございました。今後もよろしくお願い致します。




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メリュジーヌ編
湖水地方


生い茂る木々。巨大な湖。その周りを囲む廃墟の数々。

 

ここはブリテンの湖水地方。

境界の森と呼ばれるその森は、夥しく強力なモース達が生息しているという理由により。

もはや誰も近づかない地域となっている。

 

その一区画にさまざまな石造りの建物の残骸がそこらに散らばっており、ちょっとした古代遺跡のような様相を呈している場所があった。

 

そんな所に、場違いな巨大なテントが聳え立っていた。

 

ドームの形をしたそれは、中から光が漏れているおかげで、暗がりの森の中では一つ異彩を放っており、人も、妖精も寄り付かないはずのこの地域には似つかわしくない様相を呈していた。

 

 

外には複数のテーブルやアウトドアチェアはもちろん、焚き火台や、ランタンも完備されており、テーブルの一つに置いてある、スピーカーのような端末からは、ゆったりとした音楽が流れていた。

離れた場所を見れば、木々の間にはハンモックも設置されており、何より目を引くのが、遺跡や、木々を使ってピンと張られている巨大な白い布だった。

 

普通の森ならば違和感はまだ無いが、ここは妖精國。それも、危険地帯と呼ばれる地域。そこを鑑みれば

あまりにも異常だ。

そんなキャンプ設備達の一つ。

 

ハンモックに、男が1人、眠っていた。

 

 

ゆらゆら揺れるハンモックが心地いいのか、口からは涎を垂らしており、つけているアイマスクには漫画風の目が描かれているパーティグッズのそれだ。あまりにも幸せそうな寝姿。

 

最も危険だと言われている地域にて、休日の贅沢なキャンプを楽しんでいる。異常者がそこにいた。

 

彼の名は相馬透。

異世界からやって来て、この妖精國を救う為、ありとあらゆる手を尽くして、奮闘しなければならない男。

 

但し、残念事に彼には、心の底にあった妖精國への愛着は残っているものの、その他諸々の記憶を失っている。

 

自分に、誰かに、誓ったはずの使命を忘れ、故郷(と思っている)での生活をただただ楽しむ男の姿がここにあった。

 

 

「ねえねえ」

 

 

そこに、とある存在が現れた。

 

 

「起きてよー」

 

 

その存在は青くぼんやりと発光しており。

ハンモックに寝ている透に近づき異様に白く、異様に長い指を、ツンツンと、透のほっぺたに当てていた。

 

 

「ん、んんんん〜」

 

 

透はやかましいとばかりに、その指を手で払う。

 

「もー」

 

ぷんすかと、怒るような仕草をしながら、その存在は()()()()

仰向けに眠る透の真上に移動し、平行して横向きになりながら、仰向けになり、両手の指で、交互に頬を突っつき始める。

 

 

「起きろー」

 

 

ツンツンツンツンツンツンツンツン!

 

 

流石の鬱陶しさに透もゆっくりと目を開ける。

ボヤけた視界に青い発光物が映り込む。

 

一度顔をぐしぐしと擦り、改めて目を開ければ、青く発光する、()()()()()()()()

 

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

あまりの驚きに、身体が浮き上がる。透の顔面が、指を突いた後に起きないかと、様子見の為に顔を近づけていた骸骨とぶつかり、その反動で、ハンモックがひっくり返る。それに透も巻き込まれ、そのまま、地面に墜落した。潰れた蛙のようだった。

 

「いたたー。もー、人の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼だなー」

 

ぷんぷんと顔を抑えながら怒る青い骸骨。骸骨なのに、痛覚があるのかは甚だ疑問だが、様子としては痛そうだった。

 

「っつ〜」

 

身体前面を土まみれにしながら。透は顔面を抑える。

何というか、唇にやたら硬い感触を感じたが、今は全体の痛みの方が重要だった。

 

「大丈夫〜?」

 

「ったく」

 

膝に手をつきながら、透はかろうじて立ち上がる。

 

「ミラー! 人が寝てる時に目の前にふわふわ浮くなって言ったろうが! びっくりしたわ!!」

 

透に注意された骸骨の名はミラー。

かつて鏡の氏族であった妖精であり、怨念や思念などによって、妖精亡主という、人間でいうところの幽霊となった存在である。最も彼女曰く、怨みつらみではなく、存在強度が強すぎてそうなったという話だが。

 

「あー! 透ったら酷いんだー。この間、あの子が来た時の音で、ビックリしてひっくり返ったから、起こしてくれって言ったのは透なのにー」

 

そういえばそんな話もした気がするな。と思いながら。テントからタオルを取り出し、顔を拭く。

 

「あぁ、そうだったな。ありがとなミラー」

 

「うんうんいいよー。ちゃんとお礼が言えるのは良い事だよねー」

 

なでなでと、透の頭を撫でるミラー。

感触が硬いし、体温もないので、正直な所少し痛い上に気恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

 

 

やたらと風の音が強いなと思いつつ、準備に入る。

 

 

「ほらほらーもうすぐ来る頃だよー」

 

「あ? もうだっ――」

 

 

 

 

 

瞬間、爆発が起こった。

 

 

 

 

 

その爆発の余波により舞い上がる土埃が、その威力を物語る。

 

 

 

 

「やあ、待たせたかな?」

 

 

爆心地から現れたのは、少女だった。

 

桃色がかった銀髪の髪。小柄な体躯。目元は青いバイザーに覆われており、それと同じ鎧で身を包んでいる。

 

妖精騎士ランスロット。

 

爆発の原因は、彼女が空から現れた事によるものだった。

 

そんな彼女に一言。

 

「とりあえずは、謝れ」

 

透は泥まみれの身体のまま、謝罪を要求した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりはひと月程前に遡る。

世界の感覚で言えば何度目かの時間の巻き戻しが完遂された時、透の感覚で言えば、妖精國に異世界から帰ってきた後。

 

彼は、住処を探そうと、音楽を掛けることもなく、ミュージックビデオの撮影ごっこをする事もなく、足早に、道を進んでいた。

 

そこで辿り着いたのがマンチェスター。

弱肉強食をルールとした、妖精騎士ガウェインが治める街。

 

彼は、早速街の妖精達に、住処を探す旅の事情を話した。

違和感を感じる程に、あっさりと快く迎え入れられ、一先ずの集会所のような場所に案内してくれるとついて行ってたのだが、問題が起きた。

 

彼は、荷物を下ろすこともなく。一息つく間もなく。早々に、納谷にある人間達の死体を見つけてしまったのだ。

 

そこからは早かった。口封じのため、透を殺そうとした妖精を蹴り飛ばし、全力で走りながら、捕まえようと囲んできた妖精達も蹴り飛ばす。

ハードル走ですべてのハードルをなぎ倒しながら進むようなものだ。蹴り飛ばされ、妖精達がもんどり打っている間にマンチェスターを脱出した。

 

暫く追いかけて来たのだが、透が偶々向かった先は、湖水地方。強力なモースが出現する、妖精にとっては立ち入りたくない禁忌の地。

 

妖精達は追いかけるのを諦め、マンチェスターに戻って行った。

 

時間差で辿り着いたガウェインが、街の様子に気付き、慌てた妖精が逃げた透の仕業に仕立てようとしたのだが、即座にばれ、人間を弄んでいた事実を知ってしまう事になる。それにより、ガウェインの運命は、それなりの変化が訪れるが、それはまた、別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湖水地方でのモース達の早速の出迎えは、透にとっては問題にもならなかった。

 

元より妖精に比べ、人間の方がモースの呪いに耐性があるというのもそうだが、本人に自覚はないが、ひっそりと、電磁バリアを生み出し、呪いの類を一切通さない。

 

元々の生身での戦闘能力だけでも圧倒的だが、何より、妖精國の終末装置の一端であるモースが、世界そのものを滅ぼす終末装置である透に勝てるはずもなく。

 

彼からすればちょっとした害獣くらいの感覚だ。

 

思考というものを持たないが故に、モースに僅かに残された本能の部分は鋭敏となっており、一部のモースは、透から発せられる本質的な部分から漂う圧倒的な破滅の気配に、恐怖のあまり、逃げていくのもいた。

 

モースの大半を追い出し、攻めてくるものが無くなった今。どうしようかと考えたが、妖精達の蛮行に、異世界へ転移する前の出来事を僅かながらに思い出し、妖精の本質を改めて考える。

 

少なくとも、自分を害さない妖精を見分けるには、時間と調査が必要だと判断した透は、一時的な拠点としてこの遺跡跡を選んだ。

 

結果的に、彼は、あっという間にモース達を追い出し、遺跡跡にテントを張り、拠点とした。

 

それを、こっそりと覗く、骸骨に気付かずに。

 

 

 

拠点の準備も終わり、彼は様々な道具を用意する。自覚なき記憶喪失である彼だが、自然と、本人にも気付かずに、記憶を取り戻すということがままあるが、その取り戻した記憶の一部として、異世界での生活や、そこから持ってきた道具達の知識があった。

 

その中に、別次元へ物体をしまっておけるアイテムがある。

 

彼が元々持っていたリュックサックには一般的なキャンプ道具しかなかったが、彼はそこから適当なものを取り出した。丸い盾。足につけるジェット装置。ナノマシンで形成されるヘルメット。

再現できるかどうかという点で言えば、似たような物は妖精國や汎人類史にも可能かもしれないが、その全ては原子レベルからして、存在しない逸品。異世界や宇宙由来の道具達。

 

それらを装備し、彼は探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「おおー」

 

透はその巨大な死骸を見上げながら感嘆の声を上げる。

 

遺跡跡から暫く進んだところに、沼地があった。

 

透からしたらお世辞にも綺麗とは言えない沼程度の認識だが、実際は人間はいるだけで、毒されるような場所である。

 

だが、それよりも、目を引く存在があった。

沼に沈む巨大生物の骨である。

 

妖精國ではまず見る事のない生命体。

 

宇宙において、ノーウェアと言う、天界人と呼ばれる。実質的には神に分類される存在の頭蓋を住処にしたはぐれ物達の街を拠点とした事もある。

SFから剣と魔法の世界、様々な異世界を渡った透にとっては特別珍しいというわけではないが、それでも目を惹かれる魅力が、そこにあった。

 

彼は早速、後ろポケットから革張りの手帳を取り出した。

 

とある世界。そこは宇宙人もいなければ、魔法生物も目立って存在しない世界であったが、そこで、ドレイクの子孫を名乗る、トレジャーハンターと冒険をしたことがある。

エル・ドラドの秘宝、砂漠に眠るアトランティス。

例を挙げればキリが無いが、共に旅したそのドレイクの子孫は、写真などでは無く、その情景を手帳にスケッチする癖があった。

そのアナログな方法ゆえに解決策を見出した事もあり、メリットと風情を感じ、透も真似するようになった。彼に習うように、同じようにその沼の情景を書き込んでいく。

とは言え携帯端末を使って、写真にも残してはおく。デジタル、アナログ。両方の手段をもって、思い出を刻むため、作業を続け、その冒険に思いを馳せる。

今の記憶には無いが、冒険をしながら、いつかトネリコを連れ出したいと願っていた事もあった。

 

情景を書き込んだ後、彼はまた別の作業を始める。

その骨を元に、どういった生物だったかを想像する遊び。両手の人差し指と親指で、フレームを形作りながら、その中から骨を覗き、画家が構図を決める時のような、それっぽい動作をする。妖精國を救う誓いなど、欠片も思い出す事もなく、この場所を楽しみ始めた。

 

 

マンチェスターにてトラブルはあったものの、彼にとって湖水地方は、しばしの生活に娯楽を提供してくれる絶好の生活場所になった。

 

空も翳り、辺り一面は暗く染まる。彼は一度引き返し、寝袋を外に出し中に入る。木々の間から覗く、美しき星空を眺めながら、考える。やはり妖精國の美しさは筆舌に尽くし難い。様々な星空を巡ったが、惑星内にいながらも、ここまで宇宙を感じる事はあまり無い。

黄昏の空の美しさもそうだが、この美しさが、透は好きだった。

やはり帰って来てよかったと、妖精國に思いを馳せながら、明日またこの死骸を観察しようと決めたところで、眠りに入った。

 

 

次の日、朝の支度をそこそこに、昼餉の下準備を終えて、彼は再び沼地へと訪れる。

装備は同じだが、先日と違い、彼はスケッチブックを手にしていた。

 

これまでの巨大生物との出会いを思い出しながら、骨の形状からその姿を洗い出す。

誰でも想像できそうであったが、ドラゴンの類だというのは想像に難くない。

赤い小さな奴から、それこそ機械で出来た巨大な奴に至るまで、様々なドラゴンと会って来た。

 

どの世界においても、ドラゴンという存在への憧れと畏怖は皆変わらない。例に漏れず、透もドラゴンには色々と惹かれるものがあった。

 

その、経験を活かしつつ、自分なりの解釈で、自分だけのドラゴンを考えたい。という子供のような好奇心で、スケッチブックに書き込んでいく。

 

一先ずは、オーソドックスな巨大なドラゴンの線画をスケッチし終えたところで――

 

 

まるでジェット機が上空を通った時のような、音が耳に入って来た。

 

妖精國ではありえない音に、首を上に向けた瞬間――

 

 

何かが目の前に落ちて来た。

それは自然落下というよりは、まさしく爆撃のようで、周囲に、泥や土埃を撒き散らしながらそれは現れた。

 

「妙な予感がして来てみれば――」

 

青い鎧、煌めく長髪。小柄な体躯。漂う強者の風格。

訝しげにコチラを見る妖精騎士ランスロット。

 

「ここは君のような人間が立ち入って良い場所じゃない」

 

両腕に装備した剣の入っていない鞘。その片方を透に向けながら、

 

「すぐに出ていってもらおう」

 

警告を発した。

 

「あふぉなぁ……」

 

警告を受けた透の顔は俯き、ランスロットからは表情は伺えない。

ただ、聞き取りにくいその一言目には、怒気を孕んでいるように感じていた。

 

「いふぃなり、ふぉんなふぉろまみれにされて、ペーっ! かしこまりました。ぺっ! なんて素直に言えると思うか!?」

 

全身に泥を被り、口の中に入った泥を吐き出しながら、透は答える。

 

それは警告への反抗の意思に他ならない。

 

 

 

「そう……従う気はないんだね……」

 

 

ランスロットの体に魔力が籠る。

 

 

「それなら、痛い目を見てもらおうか!」

 

 

 

言うが早く。ランスロットは戦闘態勢を取り、透へと肉薄していく。

 

「え、ちょ、そんな……いきなり!? いや、今のはちょっと、言い過ぎ――」

 

泥まみれになった腹いせについ、反抗してしまった事を後悔しながら、狼狽しつつも、透は地面に置いてあった、円形の盾を()()()()()。その反動で飛び上がった盾を一瞬で右腕に取り付け、攻撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドレイクの子孫:アンチャーテッド(超傑作)より。凄腕トレジャーハンター。人間とは思えない頑丈さと人体能力を持つが、普通の人間。


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妖精騎士ランスロット

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

評価、ご感想。本当にうれしいです。

モチベーションを維持できるのもひとえに皆様のおかげでございます。




美辞麗句を述べる言葉は様々あるが、まさしくハンサムという言葉が似合うような金髪碧眼の癖のない顔立ち。見るからにたくましい筋肉質な身体。

 

 

『これは餞別だ。トニー程派手なものでなくて申し訳ないが』

 

名前はスティーブ・ロジャース

 

『キャプテン・アメリカ』と呼ばれた男。

 

彼はそう言って、ケースに入った巨大な円形の物を手渡した。

ケースから取り出さなくてもわかる。

これは、とても受け取れるような代物ではない。

 

 

『受け取れないなんて言わないでくれ。なに、気を張ることはないさ。キミに、この盾を背負ってほしいという意味で渡すわけじゃない』

 

 

断ろうとする俺を、予想していたようだ。

その言葉に淀みはない。

 

 

『遠い地へ旅立つキミを、守り抜いて欲しいという思いをこの盾に込めて渡すんだ』

 

 

改めて受け取り、中から円形の盾を取り出す。

 

 

『君がこの盾を使う時。この国が――いや、』

 

 

真ん中に、巨大な星のマーク。赤と青で彩られたデザイン。

 

 

『この世界が、君を守るんだと。僕達が、君を守っていると、そう思ってくれれば良い』

 

 

地球に巣食う悪から、宇宙から来る巨大な敵からも、守り続けた。大国の、この星の象徴。

 

 

『僕は70年。氷漬けで、彼女を待たせてしまった。君は2000年か。だがまだ間に合うんだろう? だから、僕のように後悔して欲しくない。これは、そう言う意味での同士としての餞別でもある。』

 

その唯一無二の存在を、くれると言うのだ。

 

『だから、遠慮なく受け取って欲しい』

 

 

涙が溢れそうだった。

同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

自分は決して、これから先、皆に誇れるような行動をするか保証できない事が申し訳なかった。

 

そんな俺に、彼は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

あまり見ない表情だ。

 

 

『――それに、この盾は、予備のつもりでトニーが作っていたものだ。僕が使っていたのは、ちゃんと別にある』

 

 

涙が引っ込んだ。

 

 

『……少し、意地が悪かったか?』

 

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべる彼。

 

少しからかわれたらしい。

 

してやられた。

 

だが、大変貴重な物には変わりない。例え二つ目であったとしてもその盾に込められたレガシーに変わりはない。

 

大変なプレゼントには変わりない。

とはいえからかわれた事は事実。

何だか気恥ずかしくなったので。

「トニーのからかい癖が移ったみたい」

と言ってみた。

 

 

『おいおい、それは言い過ぎだろう!!』

 

 

心外だとばかりに声を荒げる彼に、してやったりと笑顔を返した。

 

トニーとスティーブ。互いに言い合う事の多い2人だが、互いに影響を受けている2人の関係が好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精騎士ランスロットは境界の森から自分を呼ぶ声を聞いた。

 

それは、無視するには大きすぎる声で、ランスロットに訴えかける。

 

自分が発生した大元であるアレの影響か、もしくは、過去に犯した出来事が原因か。

 

境界の森から声が聞こえたのは、初めての事だ。

 

それに導かれて来てみれば、ひとつの異常。

境界の森を、まるで追い出されたかのような配置でモースが群がっている。

 

湖水地方のモースは故あって非常に強力な存在である。それが、今まで森に隠れていたものが一気に飛び出して来たような量で、森の外に群がっていた。

かと言って森に入る事もなく、広がっていく事もなく。入りたくても入れないとでも言うかのようだった。

 

並の妖精ならば兎も角、ランスロットには差したる問題でもない。

モースを殲滅しながらも、上空から森を観察する。

 

そして見つけたのがテントなどの、人間の生活道具。

 

一度着地し、火の様子などを観察すれば、離れてから時間はそこまで経ってない様子が窺える。

 

人間の気配だ。

チェンジリングか。

目的をもってらって来た汎人類史からの何かか。

モースの異常は、ここにいた人間のものであるだろう事は想像に難くない。

 

ここに今いないとなると、心当たりは――

 

考えて焦る。あそこは、アレは、言うなれば故郷のようなもの。

人間程度に何が出来るのか、という点はあるものの、万が一はある。

何せ、モース達のあの異常を引き起こした原因でもある存在だ。

 

一刻も早くと、上空から急いで向かってみればやはりいた。

 

執拗に自身であったアルビオンの死骸を観察しながら、何事か作業をしている男。魔力の類は感じられない。大した事のない人間だろうが油断はしない。

 

一先ずは警告。従わないようなら実力行使。話を聞くのは倒した後で良い。死んでしまったならばそれはそれでしょうがない。

 

作業行程を頭の中で組み立てながら、件の男の目の前に着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉薄する少女の突撃を体ごと避ける。

 

つい、先日のあの街の妖精の蛮行や、泥を被らされた事による苛つきで、一言物申してしまったが、こんな全力での戦闘をしたい程、この場所に固執しているわけでもない。

 

どうにかして、対話したいところでもあったが、軍人然とした彼女を見ながら即座に分析する。

 

こちらの目的を聞く事もなく、警告だけして、向かって来た辺り、アレは、目的を遂行する為ならば相手の事情など気にしない。軍人の中でも機械的なタイプ。

 

そもそも、土地への不法侵入者をわざわざ生かしておく理由もないし。警告に一度でも反抗すれば当然の反応ではある。

 

 

気まぐれな妖精の中にも仕事熱心な奴はいるもんだなと。妖精國への発展に、感心しつつ。

 

自分の短絡的な行動に、一手目を間違えたとひとりごちながら、攻撃をいなす。

 

 

――強え!

 

 

全力で攻撃を避けながら、思う。

 

この少女、体の割に、いや、この体だからか、スピードも速い。

未だまともに受けてはいないが、力も十分だろう。

 

戦術にやや単調さは見られるが、攻撃の正確性と、鋭さは驚異的だ。

 

両腕に装備されている剣の抜けた鞘の意味がわからないが。一体化されているナックルパーツによる拳は痛そうだ。

 

考えながら、少女から繰り出される拳を、避けきれないと判断し、円形のシールドで防ぐ。

小気味良い金属の音が響いた。

 

並の盾であれば、それごと破壊する攻撃だが宇宙でも最強とすら謳われるヴィブラニウムという金属には、一切問題のない攻撃だ。

 

その盾は、一切の傷もなく少女の攻撃を完全に吸収し、むしろ、少女を弾き返した。

 

そのまま後方に弾き出され、体勢を崩しながら驚愕した表情になる少女に向かって自身も後ろに下がりながら盾を投げる。

 

盾は更に少女を後方に弾き、そのまま跳ね返り、自分の元へ戻ってくる。

 

一旦の間合いを開け、息を整える。

 

「やるな。ところで、その腕の鞘、剣は忘れてきたのか?」

 

何かのきっかけになればと話しかける。

少女はこちらの様子を一瞥した後、会話には全く乗らず、同じ様に向かってきた。

 

 

「戦闘中のジョーク、スパイダー坊やにならっとけばよかった」

 

 

滑ったなと1人ごちながら構える。再びの攻防、回避を基本にこちらは動く。

 

 

幾度かの攻防を経て、彼女はやがて先程と同じように、向かってきた拳を盾で防ぐ。

 

しかし、衝撃がすぐにはやって来なかった。

あろうことか、彼女は

繰り出した拳を、盾に当たる手前で止めたのだ。

 

 

何をと思えば、突然腕に付いた剣の鞘が光り始めた。

 

マズイと思った時にはもう遅い。その鞘の鯉口から眩い光が放たれる。

アレは剣を入れる穴ではなく、銃口だったのだ。

 

襲い来る衝撃。着弾地点で爆発でも起こったかのようだった。

 

ダメージは盾が防いだものの、その衝撃は、こちらの体ごと持ち上げ、吹き飛ばす。

 

彼女も同様に吹き飛ばされたが、空中で体勢を立て直したようだった。

 

それを見ながら、自身も、スイッチを入れ、足に取り付けた、ジェット装置を作動する。

 

とある星(ザンダー星)で買った、軍の正規品。量産品なので特別性能が高いわけではないが、安定性は抜群だ。

 

お互いに空中で持ち直す。

 

こちらの空中制御に驚いたようだが、その気配も一瞬だ。

やはり彼女は軍人として優秀らしい。冷静に対処する事を心に決めている。

あまりにも妖精らしくない妖精だ。

 

一旦の呼吸の後。

 

そのまま空中でのぶつかり合いが始まった。

 

向こうに遠距離武器は無いようだ。あの銃口から出るナニカも、鞘から出ると言う事は、つまりは近接用と言う事だろう。遠距離武器があるなら最初から何度も使ってるはずだ。

牽制にと、盾を投げつければ、そのまま弾かれ、明後日の方向へ飛んでいく。跳ね返りはあくまで、計算によるものだ。想定外の衝撃が加われば、当然そうなる。

 

――キャップのようにはいかないな

 

迂闊だったと焦りながら、彼女の拳を全力で避け、その腕を掴み、その場でこちらに当てようとする左腕も掴む。

銃口をこちらに向かわせるわけにはいかない。盾が無い今、そもそもとして攻撃をさせるわけにもいかない。歯を食いしばりながら力づくでこちらに銃口を向けようとするのをどうにかして抵抗する。

 

 

目元はバイザーでわからないが、露出している口元からは、力を入れて歯を食いしばっているのがわかる。

 

それにしても、力が強い。この体のどこにそんな力があるのか。

 

お互いに密着しながら、力比べ。頭突きなどをして牽制すると言う手もあったが、何故かお互いにそれはしなかった。

 

暫くの硬直状態。やがて、透の方で、ジェット装置による空中での姿勢制御が、崩れてしまう。

 

「うおっ」

 

「くっ――」

 

腕を掴んだまま体が崩れ、それに、少女も巻き込んでいく。

 

お互いの空中制御をしようとする力場が干渉し、更なる混乱を招いていく。クルクルと360度、全方位に回転していく。ぐんずほぐれつ絡み合う。

 

ひとしきり回転した後、やがてお互いが弾き飛ばされた。

 

そのまま自分は、地面に投げ出され、転がりながら倒れ込む。2〜3回転の後、全身の痛みに耐えながら、体勢を立て直し、膝をつきながら起き上がれば、彼女は、空中での姿勢制御に成功していた。

 

 

 

空中での勝負は、彼女の勝利。と言っていい結果となった。

 

 

 

だが、そうは問屋が卸さない

 

ジェットの制御装置を操作する。

フルスロットルでの噴射を指示。

 

すると、()()()()()()噴射剤が飛び出した。

 

自身の足につけていたジェット装置を、取っ組み合いの際に彼女にさりげなく取り付けていたのだ。

 

彼女の位置は沼の上。

突然の噴射は上を向いており、地面に落下するように仕向けられている。突然の噴射に耐えきれず。

彼女は、派手な音を立てながら、沼へと突っ込んだ。

 

 

――一先ずは時間稼ぎだ。

 

 

彼女ならばすぐに、沼から上がってくるだろうが、ひとまずは、息を整える時間を得たと。荒い呼吸を整え、盾を拾いにいく。

 

彼女は、とんでもなく強い。

単純にこのまま戦った場合、勝利は難しいだろう。今まで健闘していたのが信じられないほどだ。

どうにかして、説得などはできないか、考えながら、彼女を待つが、一向に上がってくる様子は無い。

 

 

「あ?」

 

 

疑問が声に出る。このまま待ってても仕方ないと、ジェット装置を操作すれば、沼から上がったのは彼女から外れた装置のみ。

 

「おいおいおいおい」

 

 

確かに、割と沼の中心あたりにはいたが、そこまで深くはないはずだ。

まさか泳ぐのが苦手なのか、一向に上がってくる気配がない。

 

マズイ、と思った時には、沼に向かっていた。

確かに戦いはしたが、悪いのはこちらだ。流石に沼に沈んで彼女がお陀仏というのは勝手ながらも気分が悪かった。

 

ナノマシンで構成されるヘルメットを作動する。頭部のみだが宇宙服代わりの代物だ。水中でも役には立つだろう。

 

作動しながらそのまま沼に跳び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらと渡り合えるほどの身体能力や判断力。

アロンダイドすら防ぐ盾。飛行を可能とする装備。

 

人間としてあり得ないほどの強さもそうだが、その装備も含め、不可解な部分が多すぎる。

 

とは言え一連の攻防で確信を持ったが、負ける気はしなかった。

 

このまま殺してしまうか、負けを認めさせて拘束するか、まあ、どちらでも構わない。

 

そう思いながら戦闘を続け、お互いに空中で揉み合い、相手は地面に投げ出され、こちらは体勢を維持したまま。

 

勝敗は決したようなものだ。

 

そう思った瞬間、腰からの衝撃に、面食らう。

いつの間にか、彼の飛行装置が腰に取り付けられていたのだ。

その事実に気づいた時には、沼に落とされていた。

 

 

 

 

――ああ、そんな

 

あの時の事を思い出す。

 

生命とはとても呼べない、ただの肉塊だったあの頃。

 

それを掬い上げてくれたひと。

 

初めて見た美しいもの。

 

ああなりたいと憧れて。

 

そして今は――

 

今の状況が自身にとって満足のいく物であればこの程度の記憶の想起など何ら問題はなかっただろう。

 

だが、今は、今の自分にとっての、彼女は――

 

この沼は美しいひとを見た場所であり、この地は自らが罪を犯し、そして現実を知ってしまったあの出来事のきっかけでもある場所。

 

自身の過去(トラウマ)を想起するには絶好の状況と言えた。

 

思考に埋没していく。ここは元々自分であった場所だ。

肉体的には何ら問題ない、しかし、精神的な理由故に体が動かなかった。

 

彼女への愛は揺らがずとも、今の状況が苦しいのは確か。

このまま意識を手放した方が楽なのではないかと、いっその事思う。

 

原初の輝かしい記憶が現実というものに汚されている事実に嘆きながら、沼の底から上を見る。

 

浅いはずの沼底は、あまりにも汚らしい物に汚染されてしまっているおかげで、空の光さえ届かない。

 

まるで自分の未来のよう……

 

 

 

 

 

そこに、赤い、二つの小さな光が見えた――

 

 

 

 

 

その光はだんだんとこちらに近づいて来て、自身の体を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈んでいる彼女の体を持ち上げ、足に取り付けた飛行装置を作動して、陸に飛ぶ。

使うまでもない深さだが、この方が早かった。

 

腕の中にいる彼女は無事らしく、バイザーで目元は見えないがひとまずは呼吸もしているようだ。

 

大人しく動かない彼女を抱いたまま地面に着地する。

座るか立たせようとしたいが、全く力を入れる様子がないので、仕方ないので、腕に抱いたまま、腰を落とす。

 

彼女の首に腕を通したまま、片膝だけ立たせ、その腕を膝の上に乗せる。

 

 

「おい、大丈夫か? 生きてるか?」

 

ナノマシンヘルメットを耳につけた装置に収納し、声をかける。

 

生きてはいるようだが、こちらを見たまま放心しているのか全く反応がないので、思わず聞いてしまった。

 

 

「何故――」

 

「ん?」

 

「何故、助けた? 僕と君は敵同士なのに」

 

喋り始めたと思えば上がってくるのは疑問の声。

理由を改めて聞かれても、正直なところ、そこまで深く考えていなかたのだが。

 

「いやまあ、元々許可も取らずにここにいたのは俺だし、沼に落としちまったのも俺だし、このままお嬢さんが溺れちまったら、気分が悪いから。何だが……」

 

「そんな理由で、あの沼に飛び込んだっていうのかい? 敵である僕を助けるために……?」

 

言われると、何だか間抜けな印象を受けるが、やってしまったものはしょうがない。

 

「そんな事言われたって、思わずやっちまったんだからしょうがないだろ……」

 

ちょっと拗ねた感じになってしまった。

 

返答の後、彼女のバイザーが首元に降り、胸元に移動した。

 

(そういう仕組みだったのか)

 

どこか、抜けた感想を抱きながら、あらわになった彼女の顔を見る。

 

雰囲気通り、整った顔立ちで、人間とは思えない程に美しかった。

 

彼女は力を入れ、自ら立ち上がる。

 

こちらから見て正面に立ち、手を差し出しながら。

 

「僕はランスロット。妖精騎士ランスロット」

 

自身の名を告げる。

 

和解の握手。という事で良いのだろうか。

 

様になる自己紹介。少女の姿という意外性やこの鎧姿も相まって色々圧倒されるが、自己紹介を受けた以上。こちらも

答えねばなるまい。

 

「あーっと、俺は、透だ。相馬透」

 

彼女のように様になる自己紹介はできないが、最低限の礼儀を意識しつつ、その手を握り返す。

 

 

これが、妖精騎士ランスロットとの初めての出会い。

 

彼女が自身の存在を確立する物語の始まりだった。

 




改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございます。

ところでなのですが、

主人公の設定資料。のようなものが欲しいというご意見などはありますでしょうか?
そこまで深い設定があるかと言われると、お恥ずかしい話ではありますが、
そちらの方があれば、読みやすいかなぁとも考えております。
もしよろしければアンケートに答えていただけると幸いでございます。


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妖精騎士ランスロット②

12月に6章クリア前提のイベントがあるんですって!?
コヤンスカヤ?まさかモルガン?
仮にコヤンスカヤイベントだとしたら
6.5章でモルガンに救いが!?


俄然楽しみになってまいりました。
与太イベでお茶らける笑顔も見たいけど。
その前にシリアスな展開でのあの親子が救われる話が来るといいな。

アンケート回答ありがとうございます。
本編を書きつつ、主人公設定を用意しようと思います。

どこまで乗せるべきか。色々と迷いつつ書いておりますので、しばしお待ちくださいませ。


ひとまず、お互いに自己紹介を済ませたところで、ドロドロになった体を洗おうと、提案する。

自分の体もそうだが、何より彼女の綺麗な体にも遠慮なく、ヘドロがこびりついている。

そのままにするのは忍びなかった。

 

道中で、お互いの身の上話をしながら道を進んでいく。

元々妖精國にいた事、異世界に一度渡った事。そこからまた戻ってきた事を説明した。

 

「チェンジリングにしても珍しいタイプだ」

 

というランスロットの言葉をなんとなく流していると。

 

居住地に到着した。

 

なんと、テントなどがまるで爆撃にもあったかのように。吹き飛ばされていた。

 

「……」

 

「?」

 

意味ありげに視線を送ってみたが、全く意に返してないらしい。

そりゃそうだ。現状自分は不法侵入者。

彼女は不法侵入者の形跡を辿る為に、ここに着陸したにすぎない。

 

まあいいや、と、()()を発動する。

 

現実を形作るソースコードを引き出し、別次元から力を引き出し、物体を移動するプログラムを行使し、魔術を繰り出す。

 

すると、オレンジ色の魔法陣達が、吹き飛ばされた生活道具達を包み、元の場所に戻していく。

 

なんてことは無い、物体操作の魔術だ。無制限に同時に操作出来るわけでは無いが、順々に操作していけば元には戻せる。

 

共に学んだ、カマータージの魔術師達なら誰でもできる基礎的な魔術。

 

 

その様子を見ていたランスロットを見れば不思議そうな表情をしていた。

 

「どうした?」

 

「今のは? 君は魔術師だったのかい?」

 

「ああ、魔法使いって言い方の方が好きだけどな」

 

ランスロットに答える。こういう類は妖精の方が易々やってた気がするが。

 

「何かおかしかったか?」

 

「僕の知る魔術とは色々と違うみたいだから。君からは魔力も感じないし」

 

「そうなのか?」

 

「そもそも、魔術師達は、魔法使いなんて単語は迂闊に使ったりはしない」

 

「変なこだわりだな。違いなんて、帽子をかぶってるかどうかの違いだろ」

 

「帽子?」

 

「とんがり帽子をかぶってるのが魔術師で、かぶってないのが魔法使いだ。ん?逆だったか?」

 

「……」

 

「なんかすっごく馬鹿にしてないか?」

 

「うん」

 

「……正直者な素晴らしい騎士様に会えて光栄だよ」

 

 

 

 

そんな会話を挟みながら、昨夜の時点で用意していた野外シャワーに案内する。水源は遺跡後の湖だ。

濾過もするし、水を温めてもくれる優れ者。

銀河を一つ二つも巡っていれば、こういう便利生活道具も手に入る。

 

別に水浴びでも良かったのだが、少しでも心象を良くしようとの配慮だ。

 

魔術でカーテンを組み立て。ランスロットを誘導する。

 

「はい、これで、是非汚れを落としてくれ」

 

「ありがとう。お借りするよ」

 

以外にも素直に従いカーテンの中に入っていった。向こうでガチャガチャと鎧を脱ぐ音がする。

 

こちらとしては、沼に落としてしまった申し訳なさと、不法侵入者という立場故に、害する気は一切ないが、さっきまで戦ってた相手を前に素直なものだなと思う。

 

こちらへの信頼か、それとも、俺程度に不意打ちを食らったところで、問題は無いという自身の現れか。

まあ後者だろうが。

 

ランスロットがシャワーを浴びている間。自分は水浴びでさっさと済ます。

 

タオルで頭を吹いている間にランスロットが鎧を着直して、カーテンから出て来た。

 

「君は浴びないのかい?」

 

「あぁ、あんたを急かすのも悪いと思ったし。俺はそこらへんですませたから」

 

その答えにこちらをボーっと見つめる彼女。

 

「——キミはやっぱり、優しいヒトなんだね」

 

「な――」

 

朗らかな笑顔を向ける彼女に戸惑う。

さっきまで戦っていたって言うのに、無害認定が速すぎないか。

いや、それはそれで助かるが。

 

「と、ところでだけど、とりあえず、俺の事がここにいるってのは許してくれたって事でいいのか?」

 

気恥ずかしくなって話題を逸らす。

 

「ああ、君は、曲がりなりにも僕を倒した。君の機転によって、偶然とはいえ戦意を喪失した。本当の実力は圧倒的に僕の方が強いけど――」

 

……なんというかすごい負けず嫌いなんだろうな。

 

「敗者は勝者に従うのみだ。別に、ここにいてはいけないという法があるわけでもない。あの竜の躯にさえ近づかなければ、という条件付きだけど、君の滞在を認めても良い」

 

「そうか、ありがとう。助かるよ」

 

あの竜について聞きたいことはあるが、それは彼女からの質問が終わってからでもいいだろう。

 

「ところで、君はなぜわざわざこんな所に拠点を構えたの? モースだってあんなにいたのに、わざわざ追い出して」

 

その質問に、ここまでにきた経緯を説明する。

 

「そう……マンチェスターで」

 

「ひょっとして知り合いでもいたか?」

 

「まあ、同僚がね、そこの町の領主なんだ。昨日は任についてたから、あの町にはいないはずだけど、そろそろ戻っているかもしれない」

 

「結構仲がいいのか?」

 

「彼女は僕を嫌っているようなんだ。僕は好きなんだけど」

 

どうやらのっぴきならない事情があるようだ。今の印象では、ランスロットには妖精に時折見られる邪気を感じない。彼女を嫌うとすればそれこそ向こうに問題があるのかもしれない。

 

「大型犬みたいで可愛いのに」

 

訂正。多分嫌われているのはこういうところだ。

 

「まあ、この件に関しては、正直なところ僕が口を出して良い問題でもない。一応帰りに立ち寄ってみようかなとは思うけど」

 

言ってランスロットは、一度会話を中断した。

 

「それにしても、君の装備も気になるね。得にこの盾。アロンダイドでも傷一つつかないなんて、概念礼装でもなさそうだし。この軽さも驚きだ」

 

「概念礼装?」

 

効いたことが無い単語があるが、まあそれは置いといて、素直に説明しても良いだろう。

 

「ヴィブラニウム製だからな」

 

「ヴィブラニウム?」

 

「宇宙で最強と言われてる金属。めちゃめちゃ貴重な金属でな。この盾は二つしか作られていないし、これ以外には存在しない」

 

元の世界であればワカンダに資源はあるのだから作ろうと思えば作れるが不可能だろう。

 

「へぇ、宇宙で最強……また大きく出たね……」

 

盾を見る眼が獰猛な肉食獣のようなのだが、なんだ、破壊チャレンジでもする気か。

ひとまずは、自分が異世界——彼女は汎人類史と言っていたが――から来たという話を終え。

 

今度は竜の話に入った。

 

「ちなみに君はあそこで骸を見て何をやっていたんだい?あそこは、いるだけでも人間にとって毒となる汚染された場所……なんだけど……」

 

君は平気そうだねと続けるランスロットに汚れてしまった。スケッチブックを手渡した。

 

「これは? 竜の絵?」

 

「あぁ、あの骨を元にどういう竜なんだろうなーってスケッチをちょっとな。」

 

「どうして?」

 

「だってドラゴンだぞ? 男の子の憧れだ。こんな、骨を見つけたら、どんなドラゴンかってのは、想像するだけでも楽しいさ」

 

「憧れ……」

 

どこか恥ずかしそうにするランスロット。

 

「まあ、近づくなっていうなら、そうするよ。ちょっと、残念だけど」

 

そう告げると、ランスロットは頭を横に振り、応える。

 

「いや、そういう理由なら構わない。ただ、代わりに」

 

――その絵が完成したら、是非見せて欲しい

 

その契約を最後に、ランスロットからこの場所の滞在許可を取る約束は取り付けた。

 

一旦話の区切りを迎えたところで、一休みに茶でも沸かそうと立ち上がろうとしたところで、珍客が現れた。

 

「あ、話終わったー? 良かったねー仲良くなれて」

 

「「…………………」」

 

空気が凍る。

 

声の方向を見れば、ぼんやりと青く光る――

 

 

骸骨の姿が――

 

 

「「ぎゃ(きゃ)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 

 

あまりの恐怖に思わずランスロットと抱き合ってしまう。

 

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆ、ゆうれぇぇぇ!!」

 

「おち、おちつ、落ち着いて、こいつは妖精亡主だ!!」

 

「な、ないとこうる?」

 

ランスロットから離れながら反芻する。

 

こちらの慌てようを無視するかのように、骸骨幽霊は手を上げた。

 

「そうでーす。こんにちはー!私、妖精亡主のミラー! あなたの不思議なオーラを感じて、しばらく観察してましたー!」

 

「観察って」

 

「君がここに住むようになるみたいだから、挨拶しておこうと思ってねー! モースもばんばん追い出しちゃうし、すごいよねー」

 

挨拶って……まさか、彼女、ミラーはここに住んでいる幽霊って事だろうか。

 

「この場所にいるってことは、『鏡の氏族』の……まさか、僕を呼んだのは……」

 

独り言のように呟くランスロット。

 

「違う違う、全然違うよー私達、恨みとかなんにもないんだもん」

 

会話の端々から複雑な事情を感じるが、とりあえず――

 

「説明してもらってヨイデスカ?」

 

 

 

 

 

 

一通り、彼女、ミラーの説明を聞く。

どうやら悪霊とか怨霊の類ではないようだ。

一安心したところで、お互いに自己紹介をすませ、握手する。

体温も感じなければ柔らかさもない。まさしく骨の感触だ。

 

 

「よろしくねートール君」

 

「あ、あぁ、よろしく。ミラー」

 

 

それを遠目で様子を見ていた彼女に目配せする。

先ほどの話を聞く限り、ミラーを殺したのが、彼女。という事だろうか。

なんともまあ、こちらとしても気軽に触れにくい話だ。

 

一通り自己紹介を終えた後、

 

「私がいつもいるのはもっとあっちの方にある祠だから、とりあえず戻るよ。気が向いたら遊びに来るねー!」

 

そう言いながらミラーは指さした方向へと飛んで行った。

向こうが住処だとは言うが、本当だろうか。おそらく気を使ったのかもしれない。

改めて、ランスロットと向き直る。

 

「それじゃあ、僕はこれで」

 

ミラーに会ってから、元気がなくなり、俯いたまま立ち去ろうとする彼女。

 

なんだか、放っておけない雰囲気だ。

 

かといって気軽に慰めるのもそれは傲慢というものだ。今の自分にできる事はない。

 

だから――

 

 

「ああ、またな」

 

「え?」

 

 

――せめて再開の約束をと声をかけた。

 

 

 

心底驚いた表情をする彼女。そもそもの約束を忘れたのだろうか。

 

「絵を見たいって言ってただろ? またここに来てくれるって事じゃないのか?」

 

「あ――」

 

ふと、思い出したようにランスロットは顔を上げる。

 

「そうだね、また来るよ」

 

「あぁ、いつ来てくれても良いからなって、ま、えらそうに俺が言う事じゃないけど」

 

冗談めかして口に出してみれば、彼女の表情も崩れて来た

 

「うん、じゃあ改めて、またね」

 

「あぁ、またな」

 

そう言いながら、お互いに手を振り合った。

 

 

さて、ひとまず、ここに住むための許可は得た。

あとは。妖精國の情報収集だ。()()()()()()()()()

それを駆使して、色々調べて、今後の動きを決めるだけだ。

 

ついて初っ端からトラブルだ。この妖精國での充実ライフを送るには、まだまだ努力は必要だ。

 

今後の展開に思いを馳せながら、今日は眠りについた。

 

異世界での記憶は蘇る。授かった技術や道具なども思い出す。

 

だが、真の目的を忘れたまま。相馬透は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからしばらくたった。

ランスロットとミラーもちょくちょく遊びに来るうちにちょっとずつ打ち解けあっている。

ミラーのあっけらかんとした態度に、ランスロットもだんだんと表向きにはかもしれないが気にしなくなってきているようだ。

 

その間に妖精國の探索をしていた。

 

湖水地方を拠点に、ランスロットに各地域の情報を聞きながら、女王傘下の町を巡る。

 

ジェット装置で空を行けば、各地方を回ることは容易い。

 

その過程で、モースに襲われている妖精を見つけては退治する。

 

大半の妖精はこちらが人間とわかると、見下すような目になるが、慣れたものだ。

 

元より感謝など求めていない。

 

 

彼女がブリテンを支配するのに必要な存在だから助けているだけ――

 

(……いま、何か変な事考えなかったか?)

 

一瞬思考にノイズのようなものが生まれたが、、既に思い出す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソールズベリー、グロスター、ニューダリントン。3つの都市を巡り、眼と耳を仕掛けていく。

 

最初の2都市は平和な空気。ニューダリントンは最悪だ。

噂を聞けばあの胸糞悪い劇場は女王の夫である人間が作ったという。

 

そこは置いておくにしても、どこも、殆どが人間を見下しているというのは変わらない。

 

それも当然だろう。妖精からすれば人間など家畜同然。

 

人間で言えば、草だの鼠だの牛豚だのと変わらない。

 

俺の知る世界の人間だって無意識に、動植物を見下している。

 

花を摘むことを本気で罪だと思う人間など数少ないし、踏みつぶした蟻を気にする人間など殆どいない。

 

人類も自らの生活の為だけではなく、娯楽などの為に、都合のいいように生態系を狂わせ、自然を淘汰してきた。

 

そんな人類が、妖精は酷い奴らなどと、上から目線で言える立場ではない。

 

故に現状を嘆いていても仕方がない。

人間でありながら、この妖精國を故郷と決めている以上、覚悟はできている。

人間の中にも花を摘むことは良くないと言える者がいるように、そういう考えを持った妖精がいる場所を見つければ良いだけだ。

 

 

 

ロンディニウムは反乱軍という事で、スルー。

ノリッジにも立ち寄ってみたが、あそこは他よりも人間と妖精の立場は近いものの。

仕掛けて来た眼と耳で情報を集めれば、領主も癖のある類。

 

まだまだ理想の住処にはたどり着けることは出来なさそうだ。

 

キャメロットに侵入しようかとも一瞬考えたが、下手をすればランスロットに迷惑がかかると、止めておいた。

 

巡って気付いたのは、ほぼ全ての妖精が女王を恐れ、どうにかして殺そうと企てている事。

とは言え、それも難しそうだ。女王の力は圧倒的らしいし。モースの存在もある。

今は預言というくだらない絵空事に期待して、日々を過ごしている。

 

女王の圧政。妖精の本質を知れば、むしろ手ぬるいぐらいだが、苦しめられている以上、妖精達のその思いは当然とは言える。

妖精達を抱えながら、全滅もせず、よくぞここまで発展させたと関心するばかり。

 

 

そう思いながら、空を行くと、モースと戦っている集団がいた。

 

 

鎧を着た妖精達。中には金髪の人間のような見た目の妖精もいる。

戦況は大分優性のようで、放っておいても良いかと思ったが、何人かはやられてしまうだろう。

 

暫し考えるが、放置をする理由もない。

 

背中に収めた盾を右腕に着け、ヘルメットを装着し、ジェット装置を切る。

そのまま自然落下し、1体のモースを踏みつぶす。

 

華麗な3点着地。

 

驚いている妖精達に構わず、盾を投げる。

 

盾はそのまま。1体のモースに激突し、また別のモースへとぶつかる。

物理的な法則を無視したかのように飛ぶ盾は、計3体のモースをまとめて仕留め、盾はその腕へと戻っていく。

 

「貴様は――!?」

 

「気にしなくていい。モースを倒すだけだ」

 

金髪の体の大きい妖精がこちらに向かって叫ぶが構わない。

 

お互いゆっくり話す場合でもないだろう。

 

まだまだ群がるモースをお互いに退治していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

周辺のモースの討伐が完了する。

 

いつも通り、妖精達がひそひそと不満そうに何事か囁くのだろう。

とっとと去ろうと、ジェット装置のスイッチを入れようとすると。

 

 

「ま、待て!!」

 

思ったよりも大きな声で止められた。

 

先ほどの金髪の妖精。人間の女性のような見た目だ。

 

「救援、感謝する」

 

その口からでたのは意外な言葉だった。

その言葉に一瞬放心してしまった為、一瞬抜け出すタイミングを逃してしまった。

 

「そ、その、貴方は、貴方の名を聞かせてもらえないだろうか」

 

言われて、迷ったが、素性を明かすわけにもいかない。

 

そのまま無視し、ジェット装置を稼働した。

 

(ほら、やっぱり妖精の中にも良いヤツはいるもんさ)

 

そう考えながら、湖水地方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、のは」

 

彼を見て、不思議な感覚が蘇る。

 

今は、紆余曲折り、女王陛下との対話を経て、キャメロットに住まう身。

 

マンチェスターの住民たちの蛮行を知り、自分が恋人を食べてしまった事を。突き付けられた。

自分は、その事を忘れて、いつまでも、世話をし続けていた事を思い出してしまった。

あまりの絶望に、自害しようと思った時、すべてが真っ暗に染まった時、そんな自分を説き伏せてくれた誰かがいたはずなのだ。アドニスへの愛を思い出させてくれた誰かが。

 

彼女は忘れない。

 

その人物が誰かはわからなくとも、そんな誰かがいた事を忘れることは決してない――

 

 

 

 

 



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妖精騎士ランスロット③

「やあ、トオル」

 

目の前にランスロットが着陸する。

 

以前までは人の生活空間を吹き飛ばしていたのだが、だいぶ加減をするようになったようだ。

 

あれから大分日がたった。

 

理想の住い探しは正直なところうまくは行ってない。

 

マンチェスター程酷くは無いが、やはり当然だが人間にとっては住みにくい世界だ。力づくで妖精を黙らせて、我が物顔で闊歩するという手もあるのだが。

 

そもそもとして、そんな事をしてまで妖精達の街に住もうとも思わない。

 

なによりも、町に住み着こうと思わない1番の理由は、この湖水地方での生活の充実度が飛躍的に上がっていっている。という点だった。

 

 

「あ、きたきたー! 今日は何を見るー?」

 

 

青い浮かぶ骸骨。ミラーが端末を操作しながら、ランスロットへ声をかける。

 

勝手知ったる何とやら、ランスロットもミラーのそばへ行き、一緒に端末を見始めた。

 

「フットルースに、トップガン? これ、戦闘機が出てくる話じゃ無いか。これがいいな」

 

「じゃあ、これにしよー」

 

木と遺跡に括り付けられた白い布に映像が映し出される。

彼女達が来た時の娯楽用にと、設置したシアタースクリーン。

 

映画鑑賞。最近の彼女達のブームだ。

 

キャンプ場は、最早、妖精國ではあり得ないほどに科学的な叡智に溢れていた。

前述したシアタースクリーンから、サウンドスピーカー。

湖の近くにはドラム缶風呂も設置してある。

 

テント内は冷暖房設備も完備しており、今の住まいの生活レベルは、地球の下手な民家よりも余程充実した仕様となっている。

 

元の世界では、世界一のお金持ち。トニースタークの元で働いていた時期もあれば、宇宙を股にかけて、トレジャーハンター紛いの事もやっていたのもあって、金はかなりの額を持っていた。

その金を、妖精國での快適ライフの為の道具にありったけ積み込み、その全てを携帯型異次元格納機に突っ込んでいた。

 

二つあるテントの一つは生活空間だが、もう一つは簡易ラボになっており、様々な機械端末が設置されており、中には夥しいモニターが設置されている。

電源を入れれば妖精國の各町の様子を映し出すことが出来る物だ。

地道に仕掛けた、目と耳。盗聴器と監視カメラ。本体は透明になる装置を備えており、それなりに音も拾える優れ物。

地球が石器時代と称される程に文明が進んでいる他惑星の逸品だ。機械に疎い妖精國はもちろん、地球の文明レベルであれば桁違いの性能を誇る物であるが故に気づかれることはまずないだろう。

 

様々な機械を導入しすぎて。

 

もはや引っ越す為に片付ける方が大変な始末である。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラーが端末を操作し、再生ボタンをタップ。やがて、配給会社のロゴが映し出された。

 

「トオルも座りなよ。一緒に見よう?」

 

彼女達用に用意した複数人座れる長いソファに座りながらランスロットが隣をポンと叩くので指示に従って隣に座る。反対側にはミラー。

 

座りながら思うが、初めて出会った時は問答無用で戦ったのが信じられないくらいの仲となっている。

 

それなりに広いソファだが、座る距離もなかなか近い。一度心を許すと、途端に距離感が近くなるのは、見た目通りの子供のようでもあり。

 

彼女の純真さと儚さを表しているように思う。

 

魔術を発動。ランスロット達の手にポップコーンとドリンクを出現させる。

 

2人はさして驚くこともなく、食べ、飲み始める。

 

ランスロットはともかくミラーは食べた物は何をどうやってどこに行っているのか不思議だが。まあ、こういうのもあるだろうと、そこまで気にはならなかった。

 

今回選んだのは『トップガン』らしい。

自身が飛行能力を有している為か、ランスロットは戦闘機がお気に入り。

戦闘機のアクション映画でもあり、恋愛映画でもあるトップガン。

 

そういえば、フラーケンという、猫の見た目をした宇宙生物。アレの名前が主人公マーヴェリックの相棒。グースだったなと思いながら、その映画を楽しんだ。

 

 

 

「やっぱり戦闘機は良いね。僕のほうが性能は良いけど、あのフォルムの美しさは否定できない」

 

ランスロットが上機嫌に語り始める。

 

映画鑑賞が終わった後の大半は感想会。後は最近の近況報告だったり身の上話だったりだ。

 

各々お気に入りの椅子に――ミラーは浮いてるわけだが――座りながら談笑する。

 

今は自分が書いたドラゴンの絵の品評会だ。

 

「いまいち、ピンと来ないんだよなー」

 

言い訳っぽく呟きながらランスロットにスケッチブックを渡す。

何となくの構想はできてはいるし、ある程度の絵を完成させてはいるのだが、納得行くものが仕上がらない。何というか、イメージが湧いてこないのだ。

 

スケッチブックを見せようとすると、楽しみにしてくれているのか、いつも目を輝かせているのだが、見せる前に比べての実際の反応を見る限り、彼女にとっても、あまり良いデザイン。というわけではないらしい。

 

この時、ミラーはいつも何か言いたげなのだが、どうやらランスロットに口止めされているのか、口を紡ぐことが多い。

ランスロットがあの骸を特別とする理由に何かがあるとは思うのだが、本人が伝えたくないのであれば、聞くわけにもいかない。

 

 

品評会も終わり、透の住まいの話へと移った。

 

「ところで、住むところは決まったかい?」

 

「んー、まあこの間案内してくれたソールズベリーも悪くないとは思うんだが……」

 

 

ソールズベリー。中世ヨーロッパのような町並みをした。風の氏族長オーロラが収める町。

 

全体的に穏やかな気質で、かと言って活気が無いわけではない。

グロスター程の派手さは無いが、町並の清廉さや人間の独立権も認められている事などを鑑みても住みやすさ。という部分は圧倒的だろう。

特に酒場のマイクと言う妖精は割と気の良いタチだった。

 

 

 

「その、オーロラの事は気に入ってくれたんだろう?」

 

どこか心配そうに語るランスロット。

 

 

その言葉にソールズベリーでの一件を思い出す。

 

 

 

 

ランスロットの取り計らいで、オーロラへの謁見を取り計ってもらい、大聖堂まで訪れた。

 

途中、ランスロットとこちらを見比べ、汚いようなものを見るような目で見てくる妖精もちらほらいたが、今更気にすることもないだろう。

 

「来たのねランスロット」

 

出迎えたのは、桃色の妖精。コーラルという。オーロラの側近らしい。

周りには鎧を着た騎士達が護衛のように、並んでいた。

 

 

「やあコーラル。話の通り、連れて来たよ。彼がトオルさ」

 

「えぇ、本当に人間……なのね。魔力も欠片も感じられない、むしろ人間より弱々しいような……」

 

 

心底驚いているようだ。妖精騎士の名の通り、かなり地位の高い身分であるランスロットが、人間を連れているというのはありえないことである事を実感する。

 

 

「ようこそ、旅のお方。ランスロットの紹介であれば、歓迎します」

 

 

訝し気にこちらを見る眼は歓迎という雰囲気では無かった。

 

 

「——と言いたい所ですが。この大聖堂は2000年前、モルガン女王陛下の戴冠式を行った特別な場所です

 そこに、人間ごとき下等生物を入れるなど、いくらランスロットの紹介だろうと、いかにオーロラ様が謁見を許そうとも、許容できるものではありません」

 

まあ、妖精であるならば当然といえば当然だが、思ってたのと反応が違う。

 

「何だか歓迎されていないみたいなんだけど」

 

「うん、コーラルは色々と真面目だから」

 

コーラルの命令でぞろぞろと人間の騎士達が、こちらを取り囲んできた。

 

まあ、つまりは、オーロラに会うのにふさわしいか、ランスロットの友人にふさわしいか。試してやろうとでも言うつもりだろう。

 

人間を見下してることに変わりはないだろうが。人間である騎士たちが、統制の取れた動きで構えを取る。よく訓練されているし、練り上げられる闘気も、悪くない。嫌々従っているようには見受けられない。本気でオーロラという妖精に憔悴している。ここでは、人間も酷い扱いを受けているわけではなさそうだ。

 

 

「で? 俺は降伏でもすれば良いのか?」

 

そんなつもりはさらさらないが、一応ランスロットに確認した方が良いだろう。

 

「……大聖堂を壊さないようにしてくれる?」

 

方針は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

殆ど、一瞬の出来事だった。

 

ランスロットの隣にいた透の姿がブレたと思えば、騎士達の持っていた武器がガシャガシャと、騎士達の足元に全て、ほぼ同時に落下した。

 

透は何食わぬ顔でコーラルを見る。

 

目にも映らないほどに圧倒的スピードで動く透を、捉えられたのは、ランスロットだけ。

 

何か言いたげなランスロットに肩をすくめてみせる。

 

重い鎧に身を包んだ騎士達等、問題にすらなりはしない。各々の武器を手から落とさせて、それで終わりだった。

 

 

大聖堂を壊さないようにとのことだが、無駄に兵士を倒す必要もない。これは殺し合いでは無いのだ。武器を奪い取って戦意を喪失させるだけで十分だった。

 

 

唖然とする騎士達を他所に、コーラルへと視線を投げかける。

 

思ったよりも驚きが少ない。彼女は、どこかこの事態を予想しているかのようだった。

 

「そう、ですか。メリュ――いえ、ランスロットが信頼する程の力。特別な人間。という事なのね」

 

 

――良いでしょう

 

 

そう言って、コーラルは、オーロラへの謁見の許可を出す。

 

「ボクと戦った時よりも動きが速かった。あの時は加減していたの?」

 

「ランスロットだってそうだろ?」

 

オーロラの部屋へと案内する束の間。そんな会話を挟みながら謁見の部屋へと入った。

 

 

 

 

 

「――まあ、まあまあまあ!」

 

第一印象は、輝いてるな。という一言に尽きる。

 

「メリュジーヌが人間のお客様を連れてくるなんて! 初めてじゃないかしら!」

 

その名に違わず光の反射で様々な色に輝く羽。

 

「あなた、お名前は? 自由市民なのかしら? 血統書は――?」

 

妖精の容姿に対する判断はわからないが、別の星では、おぞましい姿でも美しいと称されることも多いが人間である透からすれば、人間のような容姿に羽の生えた姿は、その顔立ちも、体つきも、美しいと言えた。

 

というかメリュジーヌ?

 

「オ、オーロラ!!」

 

「あらあらごめんなさい。ランスロット」

 

どうやらランスロットの事のようだが、相性か、本名か。どちらがだろう。ランスロットは触れて欲しくないようだが。

 

「あー名前は、相馬透。です。」

 

我ながらぎこちない挨拶だった。心の底から敬えるような人物であればともかく、

初対面の相手に媚びへつらえる程、器用ではない。

敬語だとかそういうのは正直苦手だ。

 

 

しかし血統書とは、当時はかなり対立していたが、ペット扱いしてくれるぐらいには人間も住みやすくなったらしい。

人間も牛豚や害獣の類から愛玩動物程度にはレベルアップしているようだ。

 

 

「彼は、妖精歴時代の住人でね。過去に光の壁の向こうに行ったんたけど、そこからまた戻って来たらしいんだ」

 

「まあ! 汎人類史という異世界の事ね! 私達の世界とは違う、正しい道を歩んだブリテン島」

 

「正しい道?」

 

ちょくちょく出てくる汎人類史という単語。ランスロットも口にしていたその言葉。

単純に異世界の事をそう呼んでいると思ったのだがどうやら少し事情が違うらしい。

「でもわざわざここに戻ってくるなんて、余程この妖精國を気に入っているのね」

 

思考の海に陥りそうになったが、その言葉に反応する。

 

当然だろう。故郷でもあり、何よりも○○○○が愛し、守り続けていた大切な國――

 

 

 

――バチリと、思考にノイズが走った。

 

 

 

それ以降の会話は本当に無難な物だあった。

 

住いをソールズベリーに決めるのであれば、歓迎する。だとかそういう話だった。

 

残りの印象的な出来事と言えば、去り際に

 

「ランスロットをよろしくお願いします」

 

人間を見下しているはずのコーラルが、僅かに、本当に僅かに。頭を下げた事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

オーロラ。

 

人間との共存を否定する妖精の多い、ソールズベリーの領主でありながら、人間を保護しようとする気質。

まさに絵に書いたような善なる支配者。といった所。

 

 

「オーロラは、まあ、良い妖精だとは思うがな。ただなあ、ヒトが良すぎるってのが少し……」

 

その答えにランスロットは少しムッとする。

 

「それの何がいけないの?」

 

「彼女の理想通りに世界が巡るなら問題ないんだが、ああいう手合いは、一度気に入らない事があったり、アイデンティティを否定されるような事が起こると、一気に、思考が真逆になるからな」

 

「真逆?」

 

「善なるものが、悪になる」

 

ランスロットの息を呑む音が聞こえる。

 

「住民全員が共存否定派にも関わらず人間を保護しようとする程の我の強さだ。そんな奴が、ふとしたきっかけで、人間を嫌いになったらと思うと――」

 

その先は言わずに、透は肩をすくめて、ぶらりと震える動作で伝え、その評価を終わらせる。

 

「オーロラの人間の扱いは、力のある存在が慈悲によって弱い存在を可愛がるそれだ。

俺は、誰かを崇拝したり、崇め奉ったりってのは苦手だからな。ソールズベリーに住んでたら、会う機会もきっとある。そうしたら、いつか彼女の機嫌を損なう時が来るかもしれない。人間の癖に生意気だってな。

そうなったらソールズベリーの人間にも迷惑がかかるし。きっとランスロットにも俺を殺せ。なんていう命令を出すかもしれない。断れないだろ?それ」

 

「それは――」

 

「俺は、そんな理由でランスロットと殺し合いなんてしたくない」

 

「ボクだって……そうだけど」

 

ランスロットは俯きながら答える。

 

その言葉に透は優しげに笑う。

 

「まあ、結局。どこいったってトラブルになりそうだからな。ここでのんびり一人で暮らすさ」

 

「キミはそれでいいの?」

 

「ああ、別に。最初からそこら辺も覚悟してたしな」

 

ランスロットは、透のそのあっけらかんとした態度に言いようのない感情を覚えた。

 

妖精でもない。かといってこの世界の人間にもなりきれない。

 

彼は、この妖精の牛耳る世界に住むことを決めながら、この妖精と共に生きていこうとも思っていない。

 

それを、苦しいとすら思っていない。

 

その事が、酷く悲しくて、酷く寂しくて。

 

今にもどこかへ消えてしまいそうで。

 

「お、おい……」

 

「いいだろう?ちょっとくらい」

 

「甘えん坊か」

 

せめて慰めてあげたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「V2N」

 

テント内、今まで設置してきた目と耳を使い、集めた情報をまとめる。夥しい数の会話や映像記録。全てを閲覧するにはいくらあっても足りない。

 

妖精國はやはり、人間にとって優しい世界とは言えない。だが構わない。妖精と共に生きていくために、ここにいるわけではない。

 

〇〇〇〇を守るために、妖精國を守るためにここにいるのだ。

 

また、頭にノイズが入った。

 

構わず、相棒に、指示を下す。

 

「汎人類史という単語をマークしておいてくれ、本当の意味を調べたい」

 

ランスロットが口に出していた。異世界という意味であろうその言葉。

オーロラの言う正しいブリテン。という単語が気になっていた。

この妖精國においては、妖精にこちらから声をかけるだけでも場合によっては無礼にあたるような中世のノリがある。オーロラにその場で問いただすのは憚られた。

 

だが、正しいブリテンという言葉の意味をそのまま受け取るならとある結論に至るのだ。

 

「TVAのように、組織か、個人かはわからないが、都合の悪い時間軸を剪定している奴がいる可能性がある」

 

TVA。タイムキーパーと呼ばれる宇宙の神の如き存在が支配する組織。

前にいた異世界において、数千年後か、数万年後かに起こるというマルチバース間の混乱と戦争を回避するという名目で、神聖時間軸というTVAにとっての理想の時間の流れ以外を剪定という形で消去し、裏で世界を支配していた存在。

 

その剪定対象に自分自身も含まれており、一悶着あったのだ。

最終的にはまさかの出会いを果たしたアスガルドのいたずらの神、ロキの協力を経て、時空のゴミ捨て場みたいなところから脱出を果たした。

 

自分は最後まで関わる事はできなかったが、ロキ達曰く、TVAは神を超えた何かが管理しているわけではなく、もっと身近な存在が私利私欲のために動かしている可能性がある。という分析を残していた。

 

 

マルチバース、並行世界に無限の可能性があるとは言え、妖精國と前の異世界では根本的に世界が違いすぎる。TVAの手はこの世界に渡っていない筈なのだが、

似たような存在がいてもおかしくはない。

 

オーロラは汎人類史とやらの事を正しいブリテンと言っていた。つまり、この世界における神聖時間軸がその汎人類史。

 

そしてこの妖精國はそいつらにとって剪定されるべき時間軸。

胸糞が悪い。ハラワタが沸繰り返そうだ。

どんな理由があれ、どんな大義があれ、人の故郷を間違った歴史扱いなど、たまったものではない。

 

ゆっくりと妖精國での暮らしを満喫している場合ではない。

 

自分は。この故郷を、ランスロットがいるこの世界を、〇〇〇〇の愛するこの妖精國を守るのだ。

 

 

 

またもや頭にノイズを抱えながら、その決意を固めていった。




主人公から見たオーロラ
表向きでは邪悪さは無いが、いい人感がありすぎて、不機嫌になったらやばそうだな。という普段優しい人って怒ると怖い。程度の理解力。

主人公から見たコーラル
思慮深そうだから、色々大変そうだな。という程度の理解力

ランスロットから見た主人公。
どんな事情はあれ、あの泥から掬いあげた二人目のヒト。
とはいえ、一人目では無いので、そこまでの愛は現状は無い。
心を許せる仲の凄く良い友達程度の感覚。
妖精國になじめそうにない彼にシンパシーを感じてはいる。


携帯型異次元格納機
アニメ版ガーディアンズオブギャラクシーより。
四次元ポケットのようなもの。異世界で手に入れた色んなものの大半をここに突っ込んでいる。



お読みいただきありがとうございます。

アンケート回答ありがとうございました。アンケートは打ち止めさせていただきました。
まさか、あんなに多く回答していただけるとは思っていなかったので感無量でございます。

プロフィール設定只今、鋭意製作中でございます。
自分用にメモ程度はあるのですが、読んでもらう前提で書いていくとチープすぎて、読むに堪えない状態なので、ちょっとお時間はいただくかもしれませんが、本編と同時進行で進めております。

プロフィールについて何か質問や追加してほしい項目などあれば活動報告にて質問していただけると幸いです。



作品のあらすじですが、主人公最強者である事。アンチ・ヘイトの側面があることをまず注意喚起として、お読みいただけるように編集しました。


最近、友人に読んでいただいたのですが、バットエンドでの妖精國(主人公)から見たカルデアの解釈が極悪すぎて、原作でのめでたしめでたしな空気が台無しになった。罪悪感が凄すぎてカルデアにいるモルガン達をどういう態度で迎えれば良いかわからなくなった。とおしかりを受けました。


まずは全力で土下座した後、聖杯も星4フォウ君も全部突っ込むことからだ。と返しときました。


申し訳ございませんでした。


とはいえ今更方針を変える気もございませんのでこのまま行きますが、バッドエンド編ほどひどいのはもうないので、今後そういった描写があるとしても主人公の心理描写で怒る。とか。カルデアと会ったら嫌味を言う。とかその程度になる予定ですが、今一度ですが、アンチ要素ございますので、お読みの際はお気をつけいただけたらと思います。


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ミラー

とある日。

 

竜の骸の前。

 

情報収集もそこそこに、ランスロットの約束である竜の再現を果たすため、今も、研究を続けていた。

 

ランスロットとはしばらく会えてはいない。

 

女王の方か、それともオーロラか、どちらかの指示で色々と忙しいようだ。

 

しかし――

 

「難しいな……」

 

なかなかコレだというアイデアが出てこない。今までランスロットに色々なパターンを見せて来たが、コレだという反応を得る事は相変わらずできなかった。

 

「思いつかないのー?」

 

側にいるミラーが声をかけてくる。

 

「ああ、やっぱり骨だけだと何とも言えないというか。ランスロットのこだわりも中々凄いしなぁ」

 

「まあ、この骨々様は彼女そのものみたいなものだしねぇ」

 

――今

 

「なんて言った?」

 

「あ――」

 

ミラーはその手で口を塞ぐ。なんてわかりやすい反応。

 

「ここに長くいたら具合悪くなっちゃうしー戻ろうかなー」

 

わかりやすく誤魔化そうとするミラー。

隠し事をしてるのは知っていたし、あえて追及もしようとは思わなかったが、口を滑らせたのだから、遠慮はしない。

 

「そうか! よし、じゃあ一旦戻ろうぜ。一緒にな!」

 

「やっちゃったー」

 

 

ミラーから聞いた話によれば、彼女、ランスロットはこの竜の死骸。アルビオンの左腕らしい。

 

切り落とされた左腕が、なんらかの理由で、妖精の形を取り、あの姿になったという事。

 

成る程、それは中々複雑な事情だ。言い出しにくいのも頷ける。

 

だが、ランスロットそのものである事。そしてアルビオンという名前。その情報があれば、竜の姿の方向性もある程度固まるというものだ。

 

せっかくだから、絵で再現するよりもド派手に行こう。と機会端末を操作する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この異聞帯は、今までの異聞帯とは大きく違う――』

 

『それがまったく酷いものさ!――』

 

『私達は妖精國ブリテンの転換期……絶好の機会にやって来たんだ!』

 

『そしてもう一つは、我々の目的、カルデアの内情については秘匿』

 

『カルデアが今までいくつもの異聞帯を切除して来た事を明かしてはいけない』

 

ついに見つけた。汎人類史の情報源どころか。その世界そのものから来た来訪者達。

 

ソールズベリーのマイクの酒場での音声。

 

聞こえてくる女王モルガンを蔑む声に妖精國の事情を知らない分際で勝手な事をとハラワタが煮え繰り返る思いをしながら会話を盗み取る。

 

汎人類史 異聞帯、預言の子。彼らの導き出した崩落という予測。

 

情報は一通り出揃った。

 

一番看過できないのは、今まで5つの間違った歴史を滅ぼして来た事。

この世界を救うと言われている預言の子にその事を告げずに、同行し、利用するらしい。

 

気になったのは最後の会話だ。

 

ブリテンを救って、ブリテンと戦う事なく。笑顔で別れる?少なくともカルデアとやらにとっては、このブリテンは消滅しないといけない存在のはず。

 

ブリテンを残したままどうにかできる方法があるのか? そんな会話は一言も無かったが……

 

妖精國が間違った歴史だと自覚させて、消滅していく俺達に、看取ってくれてありがとうとでも言わせるつもりか?

 

 

勝手な物言いに負の衝動に駆られるが。まだまだ情報は完璧ではない。迂闊に手を出すわけにもいかない。

 

まずは情報を集めねば――

 

可能であれば彼らに接近し、直接耳をつけたいところだが。さて、いつのタイミングで行くか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗雲立ち込めるノリッジ。常に黄昏のはずの空は厄災により異常をきたしていた。

 

身分を隠す為、いつものヘルメットに、いつものジェットブーツ。いつでも転移できる様に、左手にはスリングリングを装備する。

 

異世界の地球。カマータージと呼ばれている地では、世界を守る為、魔術師達が日々その力を鍛えている。

その魔術の仲でも初歩中の初歩とされる。転移の魔術。

スリングリングと呼ばれる二連の指輪を装備する事で可能となるこの魔術は、手で円を描くような動作をすることで光の輪を作り出し、その光の輪は時空を繫げるゲートとなる。

術者の力量次第でどこに繋げる事も可能であり、至高の魔術師(ソーサラースプリーム)ともなれば銀河を超え、次元を超えた転移も可能となる。

自分にはそこまでの力は無いが、一度立ち寄った事のある場所であれば、転移は可能だ。

 

 

厄災の予備動作として現れたモース達を駆逐し、可能な限りの妖精達を逃す。

 

一部の区画は牙の氏族などが対処しているので任せるほかないが、可能な限りの範囲で妖精達を守り、逃がしていく。

空を飛び、スリングリングによる転移の魔術を駆使し、自分が、あるいは、妖精を転移させ、モースの猛攻から妖精を逃がしていく。

 

突然光の輪をくぐり、別の場所に移動する事態に驚く妖精や人間達に構わず、そのミッションを繰り返していく。

 

今は、厄災を払う事が最優先。

 

建物の屋上に着地し、兵器の準備をする。

 

そこで、港に突っ込んでいく一段を今一度確認する。

 

件の、カルデア一同だった。

 

彼らは、本気で、厄災から妖精達を守ろうとしている。

滅ぼす予定の妖精達を命をかけて護ろうなどどういう理屈なのか。

これから滅ぼす妖精國への贖罪の気持ちなのか。

だがどんな理由があるにせよ彼らが命を賭けて誰かの為に戦うという道徳観を持った善人であるという事がわかってしまう。

 

厄災に向かっていくあの姿は異世界のヒーロー達を思い起こさせる。

 

この妖精國において、その姿はより輝いて見えた。

 

その姿を見るたびに、頭痛が酷くなる。

 

正直な所、厄災と一緒にまとめて始末してしまおうと考えていた。それが一番の方法だと、そう考えていた。

今、この瞬間、手に持っている兵器を使えば、それは可能だ。

だが、言いようのない拒否感がそれを阻む。それこそ、そのような事を実行したら自分が壊れてしまうのではないかと。

そう思うほどの強い強制力が働いていた。

 

魔術を発動する。マルチバース、別次元から力を引き出し。魔術の壁セラフィムの盾を作り出す。

これ以上近寄らせない為、厄災に向かっていく全員をその壁で推しとどめる。

 

即座に、スリングリングにて、厄災の体内に空間を繫ぐ。

 

 

 

その仲に。手榴弾のような物体を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

――放り投げてから数秒。

 

 

 

 

 

巨大な厄災の体に、大きな穴が空いた。

それはまさしく、光すらも飲み込む暗黒の空間。

その穴は、海を、港を、万物全てを飲み込み巻き込みながら、厄災をも吸収していく。

 

その余波に吸い込まれそうになる位置にいたカルデアの人間達は、自身が作り出した魔術の壁によって、推しとどめられていた。

 

やがて、厄災の全てがその穴に吸収され、歪に体を歪ませながら、大気ごと消滅した。

 

静寂が訪れ、そして、失った大気を取り戻すかのように、風が吹き荒れる。

 

彼らの戸惑う様子を眼下に収めながら光の輪を作り出す。輪の先には、いつものキャンプ場。

 

彼らの姿を見るのがただひたすらに苦しくて、一刻も早くこの場を去りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今のは?」

 

「虚数――じゃない。今の現象は超重力による分子崩壊のそれだった」

 

「ブラックホール。という事でしょうか?」

 

「うん、一番近いのはそれだね。でも、あのサイズのブラックホールが発生したとしたら私達どころかこの星そのものが大変な事になる。そうならないように、範囲を調整できる技術があるという事なんだろうけど」

 

「光の壁に魔力みたいなもんはなかったが、儂等を守ったあの壁の紋様は魔法陣ってやつだろ? 」

 

「わからない。魔術なのかどうかも。敵でなければ良いんだけど……」

 

「アルトリア。大丈夫?」

 

「う、うん。なんだか頭が痛くなっちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が痛い。視界がチカチカと明滅している。

 

あの厄災からしばらく経った。

 

自分の気持ちが理解できない。

 

カルデアは妖精の存在を理解すらせず圧政をしく愚か者だと馬鹿にするような態度で。女王を悪と蔑んでいる。

そして、自分達が純粋な正義であるかのような振る舞いを見せている。それもいずれは自分達が滅ぼす妖精を懐柔しながらだ。こちらからすれば、卑劣極まりない行動。圧政を敷く女王以上に許せない存在。

 

妖精國が残るような別のプランがあるかもしれないと調べたが、彼らの会話の仲に500人の妖精を連れて行こうという会話を聞きつけた。

つまり、そういう事なのだ。

ノアの箱舟を気取る、世界の侵略者。敵以外の何物でもない。

 

 

だが彼らは善人だ。間違いなく善人。

 

そして、自分達の世界を守るためにはこの妖精國は滅んでもらわなければならない。という点を鑑みれば、その行動は当然と言える。

 

敵であるという認識が変わることはないが。

彼らが純然たる悪ではない。という事は理解できた。

 

そんな彼らを敵とはいえ殺してしまって良いのか。そう考えてしまっている。

 

それが自分自身で理解できないのだ。

 

彼らの行動の卑劣さは例え根が善人であろうと、世界の取り合いという大事である事を鑑みても、殺さない理由にはなりえない。

むしろ、卑怯な手口を使いながら『自分達は本当はこんな事したくないんです』という被害者ヅラをされたところで、同情はしない。

世界を取り合う敵である以外の感情などありえない。

 

だが何故か、殺そうと思うほどに全力でそれを否定する自分がいる。

 

自分ですら理解できない感情に戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデアに対する行動をどうするべきか。迷うに迷ってから大分日が立っている。

 

一応情報を集めてはいるものの。それだけで放置している状態だ。

 

彼らのやっている事は、女王を打倒する為の直接的なクーデターではなく予言に従い、巡礼という名目で各地の鐘を鳴らしているのみ。

 

――血染めの冠おひとつどうぞ。

 

女王が殺される事を示唆するようなこの予言。

 

だが、それは妖精國の崩壊と同様の事に違いないという確信がある。

 

妖精を抑えるには今の女王以外ありえない。彼女が没すれば、間違いなく妖精國は崩壊する。

厄災による滅びもそうだが、妖精の性質による自滅という観点においても、確実なものであるという確信が何故かある。

 

女王モルガンの代わりなど、予言の子はもちろん、最有力候補であるノクナレアでもなりえない。

目と耳による偵察だけではない。何故かはわからないが、それこそ未来予知というレベルでの予感として。確信している。

 

だが、どうすれば良いかがわからない。

 

カルデアが妖精國崩壊のスイッチに成りえるという確信を持ってなお、彼らを害することへの拒否感が凄まじい。吐き気すら催す程だった。

 

日がな一日、妖精國中の会話を盗み聞きながら、焚火を見つめるか虚空を見つめるか。

 

ただそれだけの無為な日々を過ごす。

 

ミラーも心配してくれているようだが、残念ながらその気遣いも効果は無い。

 

苛立ちと焦燥感に苛まれている最中。

 

妙な気配を、アルビオンの死骸から感じ取った。

 

 

何事かと。沼地へと向かう。

 

その気配につられて来てみれば……

 

アルビオンの死骸がある沼の周りに、妙な、黄色いテープが張り巡らされていた。

 

「おやまあ、こんな所に人間とは、予想外のお客様でございますねぇ」

 

声の発生源は空を見ると、緑色のドレスに身を包んだ美女が空を飛んでいた。

 

「お初にお目にかかります。潜入、生産、商談、販売。人類の皆様のあらゆるニーズにお答えするNFFサービス代表、タマモヴィッチ・コヤンスカヤでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマモヴィッチ・コヤンスカヤ……」

 

獣耳の美女、妖精だろうか。

 

妙な珍客に驚くばかりだが、そうも言っていられない。

 

「あ~」

 

こっちは色々と悩んでいるというのに、面倒な……

 

「どこの会社か知らないが、この骨々様は、知り合いの大事なモンなんだ。」

 

だがまあ、ストレス発散というには丁度いい。

 

「悪いが、お引き取り願おうか」

 

そんな邪な思いで、敵を排除するべく、行動を開始した。

 

敗北するつもりなど毛頭無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな相手だろうとも、戦いを、誰かを傷つける行いを、そんな理由で始めてしまった。

 

このあと起こってしまう様々な出来事はきっとその罰なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めた瞬間目の前に、いつもの青い骸骨が見えた。

 

「あ、目が覚めたー?」

 

「オレ……は?」

 

いつの間にか眠っていた……いや、気絶していたのか。

 

最期の記憶……

 

コヤンスカヤとかいうのと出会って、大量のモースをけしかけられて、それを片づけて。

 

ジェット装置で一気に近づいて意表をつかれたあの女を一度蹴り落して――

 

そう、その後だ。沼の中から巨大な竜が現れた。

その時の自分の持っていた力や武器では、あの沼ごと吹き飛ばしてしまう事に気づいて。

 

その隙に竜に吞み込まれたのだ。

 

「——クソっ」

 

イラついてたのもある。状況も悪かった。何の準備も無しに苛立ちのまま戦いに赴いてしまった。

言い訳をすればいくらでも思いつく。

 

命はどうやら助かった様だが――

 

そう考えたときにはっと気づいた。

 

「ミラー! アルビオンは!? あの変な女はどうなった!?」

 

今寝かされているのは沼ではなく遺跡周辺。キャンプ場だ。あの沼がどうなったのかが、現状ではわからない。

 

「うん、ランスロットがね――」

 

 

ミラーに事の顛末を訪ねる。

どうやら、あの後すぐにランスロットがやって来て、あの竜とコヤンスカヤとか言うのを退治してくれたらしい。

 

そのまま俺は竜を構成していた泥と共に沼に沈み。ランスロットが引き上げたのだとか。

 

そして、その現場には、件のカルデア一団も遅れてやって来たとの事だ。

 

カルデアの一団も去って行き、しばらく、ランスロットも様子を見ようとしていたのだが、キャメロットに戻らねばならなかったらしく、つい先ほど帰って行ったのだとか。

 

「ランスロットもすごく心配そうにしてたよー」

 

「そうか……そうだよな。ありがとうミラー。今度会ったらあいつにも礼を言わないとな」

 

「うんうん、それがいいねー」

 

 

明暗だとばかりに両手を万歳するミラーに礼を言って、立ち上がる。

どうやら、あの泥そのものに凄まじい呪いに耐性があったとの事。

この体ではそこの所問題は無かったらしいが、泥におぼれた事による単純な酸欠が原因だろう。

自分の体の頑丈さは心得ている。一時的な気絶はあったものの、後遺症が残るようなタチではない。

 

面倒を見てくれた礼に、何か映画でもミラーに見せようかと端末を操作する。

 

「ミラー、何か見たいのあるか? お礼って言うと軽いけど、今回の選択権はミラーに譲るぞ」

 

いつもならばそう言えば、それこそ一瞬で近づいてきて、端末を奪っていくのだが。

何故か、近寄ってこない。

何があったのかと、ミラーを見れば、その場から動かずに、こちらをじっと見つめるだけだった。

 

「おい、どうした?」

 

何かがおかしい。訝しんでいると、

 

彼女の口からでたのは信じられない言葉だった。

 

「うん、すごくうれしいんだけどねー。私はもう、やるべき事は終わったからー」

 

「は?」

 

思わず間抜けな声がでる。そんな突然何を言い出すのか。

 

見れば彼女の体から光の粒子のようなものがサラサラと、飛び出て来た。

 

「お、おい……冗談だろ?」

 

それはまるで、今にも消えていくような。

 

「私がここに残ってたのはね、メッセンジャーの役割を引き受けたからなのさ☆」

 

「メッセンジャー?……誰にだよ! なんで、そんな突然……っ!」

 

いきなりすぎる。理解が追い付かない。

 

「『予言の子』だよー。ブリテンの終わりの鐘、二人目のアヴァロン・ル・フェ」

 

巡礼の鐘の事か。女王を殺すという予言の過程にある、6つの鐘。

 

「なんだっ――なんなんだよ、ブリテンの終わりの鐘って! 」

 

終わりの鐘という言葉から導き出される結果など、予想するのは容易い事だ。

 

「気にしないで。このブリテンが終わることが、私たちにとっての救いだから」

 

なんだそれは。

 

「何でそんな終わることが救いなんだよ!? 誰に刷り込まれたってんだ!?」

 

滅びる事が救いなど。なんでそんな滅茶苦茶な考えを持てるんだ。

 

「泣かないでー。そもそも私はもう死んでるんだしさー。役目が終わったから、ここにいる理由もなくなっちゃったしねー」

 

「さっきから意味がわかんねえよ!なんでそんな――!」

 

話したい事がたくさんあるのに、聞きたい事もたくさんあるのに、頭が混乱して、言葉が出て来ない。

 

「まだまだ、映画だってたくさんあるし、異世界の話だってまだ全然したりないんだぞ!?」

 

手を掴もうとしてもすり抜ける。もう、骨独特の硬さも冷たさも感じない。

 

「ありがとうねー トオル君。すっごくすっごく楽しかったよー」

 

そう、あっけらかんとした態度で、言い残し、ミラーは消え去った。

 

 

 

「……ざけんな」

 

怒りの感情が口から飛び出てくる。

 

「何が、滅びが救いだ! 何が予言だ! 何が異聞帯だ!」

 

何が間違った歴史だ。何が正しい世界だ。どんな理由があろうと、その世界の住人が、他の世界の住人が、例え上位世界の住人であろうとも!

辿って来た歴史を間違いだなどと、消えるべきだと、そんな傲慢な判断を下すなど、許容できるわけがない。

 

「っざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

怒りの感情を叫ばずにはいられなかった。

 




スリングリング(ドクター・ストレンジより):メリケンサックの一部分のような指輪。これを着ける事で時空を繫げる輪を作り、そこを通って、様々な場所に転移する事ができる。
他にも、敵の攻撃を転移させてやり過ごしたり、攻撃をそのまま相手に転移させたりできる。時空の輪を閉じる瞬間、その境目に物体がある場合、当然ながらその物体は裂ける。移動にも戦闘にも使える魔術。
カマータージの魔術師達の中では基本魔術に値しており、ほぼ全員操れる。
スリングリングによる魔術はこれだけには至らない。

ブラックホール・グレネード(マイティー・ソー ダークワールドより):ダークエルフの持つ兵器。起爆させることでブラックホールを作り出す。本作では威力に改良が加えられている。


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ロンディニウム

ディズニー+がパワーアップしました。
素晴らしきマーベル作品はもちろん数多のディズニー作品、国内アニメもそろい始めました。月額990円で見放題。
最高です。(ダイマ)


主人公プロフはメリュジーヌ編が終わってから投稿する予定です。


評価、感想ありがとうございます。
励みになります。

引き続きいただけると嬉しいです。


ミラーが消滅、いや、成仏とでも言えばいいのか。いなくなってから1日。

 

昨日1日は本当に何もする気が起きなかった。

 

異聞帯と言う。間違った歴史を辿ったと言うこの世界の()()もそうだが、その滅びを住人である妖精も望んでいるらしいというミラーの言葉。

 

頭の中を色々な考えがぐるぐると巡る。

 

だが、自分の考えは変わらない。いくら間違っていようと、自らの滅びを肯定するなどふざけた話だ。

 

 

 

 

 

 

 

ホロマップ投影機を照らす。

 

過去の映像を映し出す。宇宙盗賊ラベジャーズでは定番のガジェットだ。

 

終わりの鐘という単語を巡礼の鐘と結び付け、何か情報がないかと、この場に来たらしい、カルデアとミラーのやり取りを再生する。

 

そこに気になる会話があった。

 

『エインセルと一緒に焼けちゃったー。代わりのを探してねー』

 

どうやら巡礼の鐘の一つ、鏡の氏族が所有する鐘は、現状どこにあるかが分からないらしい。

 

ならば、今自分がやるべき事は、その鐘を探し出し、隠すか、破壊する事だ。

 

これまで、予言などという眉唾物なモノを信頼していなかったが、世界を滅ぼすカルデアが、これを全力で成し遂げようとしている辺り、放置するわけにもかない。

予言を、終わりの鐘とやらを鳴らさせるわけにはいかない。

 

本来であれば異聞帯。間違った歴史は消えるべきという、ルールを敷いた神の如き存在。()()()()()()()()()なのだが、現状情報は何もない。言うなれば物語を作った作者を殺しに行くようなものだ。今の自分にそんな上位存在に干渉出来るような力はない。そもそも存在すら認知できていないのだから。

 

そういう意味ではその尖兵のようなものであるカルデア陣営を殺すべきではあるが……

 

再びの頭痛。再びの嫌悪感。どうやらカルデアを傷つける選択は自分は選べないらしい。

 

そもそも、カルデアも、いわば巻き込まれた側だ。いざと言う時は自爆覚悟でやらざるを得ないだろうが、その選択はまだ早い。

今はまだ、巡礼の邪魔をすれば良い。

 

妖精國中に敷いた目と耳から入る情報を処理していく。

鐘だ。鏡の氏族の鐘。本来ならばここにあった筈のもの。

スピード勝負だ。カルデアよりも鐘を早く見つけなければならない。

 

そこに、一つひっかかる情報があった。

 

巡礼の鐘は妖精の氏族長が死亡した時に生み出されるというモノ。

 

カルデアとミラーの会話の中に、鏡の氏族が全滅したことに対する疑問を浮かべる場面があった。それに賭けるしかない。

 

その間に、ホロマップ投影機の操作を間違えてしまった。

 

投影機に映し出される過去の映像。誤操作でだいぶ遡っていたようだが、そこに気になる存在を見つけてしまった。

 

 

妖精騎士ランスロット。

 

彼女が、ここに住まう妖精達を虐殺している映像だった。

 

自分と戦った時と同じように、拳を振るい、鞘の鯉口から放たれる剣を振るう。

 

一方的だ。

 

だが、これは終わった事だ。殺されたミラーも気にしないと、恨んではいないと言っていた。今の自分がとやかく言う事でもない。

 

だが、一つ引っかかる事はある。

 

バイザーの下から見える彼女の表情。

 

割と長い間、一緒にいたのだ。どう言う思いなのかはある程度わかる。

 

その苦しげな表情だ。

 

自分はてっきり、王命による戦争行為の1つだと思っていたのだ。

 

女王は意味のない虐殺はしない。妖精は救わないと嘯きながら、圧政を敷きながら気まぐれに妖精を滅ぼす事はしない。それは、彼女の慈悲であり、ブリテンへの愛故だとランスロットは言っていた。 

 

後に後悔しようとも作戦中は心を殺して実行に移す。それが彼女だ。

 

女王のイデオロギーに同意している上に、完璧な兵士である彼女が、この作戦行為に、このような感情を見せるはずはない。

 

 

であれば、彼女がこんな虐殺をする理由は――

 

 

「鏡の氏族の誰かが、オーロラに生意気な口でも聞いたってか?」

 

 

だが、ランスロットは、オーロラに心酔していた筈だ。彼女の命とあらば、同様に心を殺すことは出来るはず。

 

あるいは、ランスロットはオーロラを美しい存在だと褒め称えていた。

そんなオーロラがこのような私情で虐殺を命じるだけでも、色々とショックではあるかもしれない。

 

逆にいえば、ランスロットは完全に盲目に成る程、オーロラを愛せてはいないのか。

 

ままならないものだと、思いながら。ホロマップ投影機のスイッチを切った。

 

 

いつもちょろちょろとうろついていたミラーはもういない。

 

孤独感が自分を襲う。耐えられないわけではない。元よりこの妖精國で誰かと生きていけるとも思っていない。

 

だが、今はランスロットに会いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鐘の調査を始めてからしばらく。

 

その間にランスロットがこちらに来ることはない。

 

いよいよ持ってカルデア、予言の子の巡礼の鐘も佳境にかかってきたらしい。

 

女王側も同様という事だろうか。忙しいのだろう。

 

こちらとしては、残すのみはミラーの言っていた。鏡の氏族の鐘のみだ。

 

改めて情報の精査をしたその時、怪しい動きを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一回ロンディニウムに立ち寄っときゃ良かった!」

 

 

空を飛びながら、独りごつ。

 

 

今の自分では立ち寄った事のない場所に、スリングリングによる転移は使えない。

 

情報の精査が甘かった。もっと真剣にやるべきだった。

 

怪しい動きがあったのだ。

 

軍隊が、少人数ではあるもののなぜかロンディニウムへの侵攻を開始している。

 

それと同時に、ミラーの波長から読み取った。鏡の氏族の波長を分析できたのは同時だった。

 

 

カルデアの人間達と協力関係にある反乱軍の住まうロンディニウム。

それを襲う兵士達。女王軍かとも思ったが。

このタイミングでロンディニウムを落としたところで戦略的にも旨味は無いし。意味がない。

 

そもそもその軍隊は人間しかいない。女王軍であれば妖精達を主体として編成になるはず。

 

きな臭い話だ。

 

現状でロンディニウムを襲う理由があるとすれば、単純な反乱軍の鎮圧以外を考えれば、戦局を動かしそうなのは、鏡の氏族の鐘。つまり鏡の氏族の死だ。

 

巡礼には鐘が必須と考えるのであれば――

 

果たして首謀者は何者か。この戦いにおいて、最も得するのはカルデアではある。

この鏡の氏族であろう妖精は、カルデアの陣営と共に旅をしていたタイミングもあったのだとか。

そういう意味では預言の子も情が沸いて殺す事が出来ない。と言う事もあるだろう。

そこに目をつけた何者かが、自然に鏡の氏族が死ぬ様に仕掛けた。という解釈も出来なくはない。

 

カルデア全員の総意ではなくても、一部のキレモノがということもあるだろう。

 

 

どいつもこいつも、この世界の住人は、カルデアの正体を知る事なく、自ら滅びへの道を促す様に動いている。

 

あまりにもカルデアに都合よく。それもカルデアの手を汚さずに、コトは動いている。

 

この、カルデアの人間を殺したく無いという拒否反応。ミラーの言う滅びたがっていると言う事に関係があるのだろうか。

 

どちらにせよ、阻止するのみだ。

 

ロンディニウムに辿り着く。

 

向かっていた兵士はまだついていないはずだが、既に、戦闘は始まっていた。

同じ装備の兵士同士が戦っている。

 

「内乱か、それとも潜伏か」

 

何にせよ、今の目的は、鏡の氏族の妖精だ。

そいつを見つけなければ――

 

一刻も早く鏡の氏族の妖精を見つけ出そうと、辺りを見舞わすと、

 

眼下に、今にも兵士に切られようとしている老婆の姿が見えた。明らかな非戦闘員。

 

無視するべきだ。第一彼らは反乱軍。女王派である自分からすれば、敵のような物である。非戦闘員とは言え、国に逆らう反乱軍に所属している。覚悟を持ってのものだろう。

 

今はそれよりもやるべき事があるのだ。

 

そう、やるべき事が――

 

「あぁ――クソ!!」

 

ジェット装置を操作する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おばあ――」

 

「だめだ! サマリア!静かにしないと」

 

「でもおばあちゃんが!」

 

かまどの中に隠れながらその様子を見る。

体がとてつもなく熱いが、今はそれよりも目の前で行われようとする光景に比べれば、瑣末な事だった。

 

突然、ロンディニウムの一部の兵士が暴れ始めたのだ。

 

突然の出来事に、為すすべもなく、斬られる兵士や大人達。

 

かまどに隠れるよう促してくれたばあちゃんは、その行動によって

自分自身が隠れるチャンスを逃してしまった。

 

走り迫ってくる兵士は既にそこまで来ており。今まさにばあちゃんに斬りかかろうとするところだった。

 

その瞬間を目にする事など耐えられず、思わず目を瞑る。

 

――瞬間。

 

聞こえてきたのは、大きな物が落ちた音と、男の苦しげな悲鳴だった。

 

目を開けると、ばあちゃんに斬りかかろうとしていた兵士は、倒れ伏しており、代わりに、別の男の人が立っていた。

 

丸い盾に不思議な形の兜。目に当たる部分は赤く光っていて、顔は見えない。

 

ばあちゃんは無事だった。あの男の人が守ってくれたと、思っていいのだろうか。

 

「おばあちゃん!!」

 

「あ、バカ! サマリア!」

 

我慢できなくなったのか、かまどからサマリアが飛び出してしまった。

 

まだ、あの人が味方かどうかもわからないのに。

 

ばあちゃんと抱き合うサマリア。

 

何者かわからない男の人は、その様子を見るだけで、何もしてこなかった。

 

ひとまずは安心する。かまどから身を乗り出し、2人へと近づいていく。

 

ほっとした瞬間、目から涙が溢れて来た。

 

「う、う、うぁ、ばあちゃん! ばあちゃん」

 

「あぁ、セム! サマリア!!」

 

サマリアと一緒に抱きしめてくれるばあちゃん。

ほんの少し前まで二度と味わえないと思っていた暖かさに、涙を止めることができない。

 

「ありがとう、ありがとうございます!」

 

礼を言うばあちゃんを習って、お礼の言葉を男の人に言おうとしたら。

 

複数の足音と大きな声が聞こえてきた。

 

「まだいたぞ!」

 

「ここにいるのは衛生兵だ! 戦闘訓練を続けてきた我々の敵ではない!」

 

「ガキが2人、ババアが1人、男が1人だ!」

 

叫ぶ兵士たちに体が強張る。

10人はいる。人数が違いすぎる。

どうしようと戸惑っていると、男の人がこちらに向かって。

 

「動かないでくれ」

 

優しくて、安心する声でそう言った。

 

瞬間、男の人は駆け出した。

兵士の1人を盾で殴ると兵士が吹き飛んでいった。

凄い力だ。

 

「な、なんだこいつは!」

 

戸惑う兵士に向かって、あろう事かその男の人は盾を投げた。唯一の武器を投げてしまったのだ。

どうしてなのかと思っているうちに、その盾は、兵士の1人に当たって吹き飛ばし、跳ね返って、そのまま別の方向に飛んでいき、また別の兵士に激突する。盾は尚も別の兵士を吹き飛ばし、そのまま男の人の元に戻っていった。

 

「す、凄い」

 

関心している間に、男の人は再び盾を投げつけ、そのまま投げた方向とは正反対の方向の兵士に殴りかかり、蹴り飛ばす。

その盾は先程と同じように兵士を数人吹き飛ばし、何度か壁にぶつかったと思ったら。

逆方向に向かったはずの男の人の元にまた戻ってきた。

まるで盾が生きているようだった。

 

襲いかかって来た兵士は皆倒れている。

 

3人で呆然としていると、男の人が近づいて来て。その場に片膝をついてしゃがみ込んだ。

 

「坊や、名前は?」

 

「セ、セム」

 

「いいかセム。空から見たが、あっちの方向に兵士はいなかった。このまま2人を連れて逃げろ」

 

「え、で、でも」

 

「まだ友達がいるの!」

 

戸惑っている間に、サマリアが叫ぶ。

 

「わかった。お友達はなんとかする」

 

「ほんと!? ありがとうお兄ちゃん!」

 

「セム」

 

「う、うん」

 

男の人は自分を呼ぶと、手に持っていた不思議な盾を渡してきた。

真ん中に大きな星がついていて、赤と青と銀色の丸い盾。

大きさの割にとてつもなく軽くて驚いた。

 

「万が一兵士が隠れている可能性もある。この盾を貸すから、2人を守ってやるんだ」

 

「え――」

 

「できるな?」

 

男の人の力強い言葉に、自分は頷かないわけにはいかなかった。

 

「う、うん。俺が、2人を守る!」

 

「よし」

 

そう言って、男の人は乱暴に頭を撫でる。

 

不思議と、勇気が湧いてきた。

 

その後、男の人は立ち上がる。

 

「貸すだけだからな。後で返すんだぞ」

 

「わ、わかった」

 

言葉を返すと、満足そうに頷いて、男の人は向こうの方へ振り向いた。

 

「あ、あの!」

 

思わず声をかける。

 

そうだ、まだ伝えれていないことがあるのだ。

 

「本当にありがとう! その、兄ちゃんの名前は?」

 

尋ねてみると、兄ちゃんは、心底、迷うような素振りを見せて、しばらく唸っていたが、意を決したように。

 

「キャプテン・アメリカだ」

 

そう言って、男の人、キャプテン・アメリカは空へと飛んで行った。

 

 



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ガレス

夥しい死体。燃え盛るロンディニウム。

 

何度も何度も見た光景。

 

誰も救えず、何も残せず。

 

そんな絶望の光景。全ての終わり。

 

 

 

 

 

 

「あ、わたし……」

 

 

はたと気付く。どうやら未来視によって意識が跳んでいたらしい。

 

あたりを見回せば、ロンディニウム城塞の入り口だ。

襲いかかって来た反乱軍の兵士が倒れていた。

 

突然、ロンディニウムが襲われた。

 

それも襲って来たのは反乱軍の兵士達。

 

戸惑いながら迎撃しているうちに、辛うじて反撃したのを覚えている。

 

今の光景、いい加減、自覚すべき時だ。

 

「わたし――やっぱり鏡の氏族なんだ」

 

「みんなを滅びの未来から守ろうとして――結局、誰も救えなかったエインセル」

 

「今回も結局――」

 

 

言いながらロンディニウムを見る。

 

そうだ、現実と未来が曖昧になっていたが、まだ――ロンディニウムは燃えていない!

 

まだ、出来ることはある筈だ。

 

 

「急げ、わたし!」

 

震える足に喝を入れ、城の中へ入っていく。

 

すると、足音が聞こえて来た。

 

先程の反乱軍の仲間だろうか、対峙しようと盾と槍を持ち直す。

 

角から現れたのは反乱軍の兵士。その雰囲気から、暴れ始めた者の一人だと、予測する。

 

「貴様、ハンパ物のガレ――っ」

 

――ガァン!!

 

と、けたたましい金属音と共に、何事か宣おうとしていた兵士が最期まで口にすることなくこちらに倒れこんできた。

 

「な、なに!?」

 

倒れた兵士によって開けた視界の先には、何かを振り投げおわった後の構えをとった、少年セムと、複数人のロンディニウムの住人達だった。

 

「あ、当たった……」

 

「すごいすごいセム! キャプテン・アメリカみたいだった!!」

 

「あ、きしさま! 皆! きしさまだよ!」

 

「良かった! ガレスが来てくれた!」

 

わいわいと、今起こっている出来事が嘘であるかのように明るい子供たち。

 

非戦闘員も含めて、かなりの数が無事だった。

 

丸い、派手な盾を拾うセムを見て。他の4人の子供たちも確認する。

 

ホッと息を吐く。だが、それと同時に、あの光景がまだ確定ではない事に安心する。

 

いや、まだ完璧に覆されたわけではない。これから、その未来が起こるのかもしれないのだから。気を引き締めなければならない。

 

とはいえ、この子達が無事でいてくれた事は嬉しいのだ。

 

「ああ、良かった、無事で――」

 

いや、無事ではないのだろう、酷い火傷を負っている。

だが、そうとは思えないほどに、彼らは元気だった。

 

「僕達は大丈夫! キャプテン・アメリカが皆を助けてくれてるんだ!!」

 

子供達の1人が、興奮気味に声を上げる。

 

「きゃぷてんあめりか?」

 

「すごいんだよ! アイツらを何十人も1人で倒して!」

 

「盾を投げて!その盾がガンガンガンガンって、生きてるみたい!」

 

「光の縄でアイツらを縛り上げてた!」

 

「足から火を出して、空も飛んでたんだ!」

 

まくし立てる子供達に、戸惑いながら、その名を反芻する。

 

この子達を守ってくれた。誰か。入ってくる情報がめちゃくちゃすぎる。妖精なのか人間なのか。

きゃぷてんあめりか。聞かない名前だ。

 

「そうだ! ガレス!お願いがあるんだ!」

 

セムがガレスに手に持っていた盾を渡す。

 

「これ、キャプテン・アメリカが貸してくれたんだ。返さないといけないんだけど。俺は、足手纏いになっちゃうから……」

 

「え、でも――」

 

今はここにいて、皆を守らないと。

 

そう言い返そうとした時に、奥の方で戦闘音が聞こえて来た。

 

「行ってください!」

 

その音を聞きつけて、声を出したのは子供達の後ろにいた円卓軍の兵士だ。

 

「皆は私たちが護ります。彼のおかげで殆どの敵兵は気絶しておりますので大丈夫です!それよりも、一人で戦ってくれている彼の事を!」

 

セムの提案に逡巡していたが、兵士のその力強い言葉は、信頼に値する。覇気のある言葉だった。

 

「わかりました!」

 

言葉で返して、セムから盾を受け取る。

真ん中の星が目立つ、派手な色の盾。

持ってみれば、とてつもなく軽い。

だが、この盾から感じる言いようの無い迫力は、なんだが勇気を奮い立たしてくれるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

急いで走る。

道を進むたびに、こちらに向かってくるロンディニウムの住民達とすれ違う。

全員、やはりキャプテン・アメリカと言うヒトに助けてもらったらしい。

 

改めて、自分が来たところに、仲間達がいることを伝えながら、彼の向かったであろう道を行く。

 

先程までの絶望は既にない。

少なくとも今は、彼らが死ぬ事は無いのだと、確信している。

それが、とてつもなく嬉しかった。

 

今は、彼にこの盾を届けなければ――

 

そう、改めて、決意を抱いたと同時、風を切る音が響いた。

 

目の前に何かが、凄まじい砂埃を巻き上げながら、着陸する。

 

途端、目が霞むほどの砂塵の中から――

 

青い鎧の騎士が、拳を突き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

暴れ回る兵士を殴り、蹴り、たまに魔術で縛り上げ、気絶させる。

 

やってしまった。

 

兵士に襲われ、無抵抗のままでいる彼らを見た時、つい彼を、彼らがよぎってしまった。

地球を守り、宇宙を守るヒーロー達。

 

彼らならばどうするか、ともにアベンジャーズとして戦った自分であれば、痛い程わかるのだ。

だから、つい、彼らを思い出し、助けてしまった。

 

だが、この妖精國において、自分の目的はこの國を守ること。

女王による圧政を敷くこの國を肯定する自分に、反乱軍を人々を助け、礼を言われる権利等ありはしない。

 

だからこそ、名を聞かれたときに、焦ってしまった。

どう応えるべきか迷ってしまったのだ。その末に名乗ってしまったのが

『キャプテン・アメリカ』

ありとあらゆる次元、世界において、もっとも尊敬すべきヒーロー。

弱気を助け、強気をくじく。絶対的な正義の権化。

自由・平等・博愛

この妖精國において、最も縁遠いアメリカンスピリッツに身を委ねる男。

 

「ここまでの道に兵士達はもういない。ここを真っ直ぐ行け、先に君達の仲間が向かってる」

 

第一の目的は鏡の氏族長を見つける事。

だが、キャプテン・アメリカを名乗った以上、彼の名に恥じぬ行いをするべきだ。

今は、何者かに虐げられている、彼らを助けるために、全力を注ぐ。

 

「我々もお手伝いを――」

 

「必要ない。それよりも、早く、集まって皆を安心させてやるんだ」

 

 

簡易的に指示を与えながら、突き進む。これで、この城跡の殆どを回った。

鏡の氏族の妖精らしき者はいなかった。大雑把にしか場所を特定できない上にそもそも姿すらわからない。憤りを覚えるが、やれる事をやるしか無い。

 

途中、襲いかかってくる奴らに覚えのある雰囲気を感じた。初対面の時は、顔は見えなかったが、案外動きでわかるものだ。ここにきて、下手人は確定したとも言えるだろう。

 

鏡の氏族はどこに居るのか、一度、元いた場所に戻ろうかと、踵を返したところで……

 

 

 

聞き馴染みのある。

 

 

 

風を切る音が聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりにも有名。あまりにも強い。

 

その名は妖精騎士ランスロット。

 

彼女が、空から、ガレスの前に突然降りてきた。

 

最強の妖精による砂塵の中からの一撃を不意打ちで受けたのだ。

 

本来であれば、盾も鎧も、纏めて突き抜ける筈の攻撃。

 

ガレスでは防ぐこともできなかった筈の、一撃。

それを偶然、持っていた星条旗の盾が受け止めた。

 

その盾は衝撃を吸収し、逆にランスロットを吹き飛ばし、同時に、吸収しきれなかった衝撃がガレスを吹き飛ばした。

 

背中から壁に叩きつけられながらも、意識を失う事はなく。どうにか体制を立て直しす。

 

先を見れば、同じように、体制を崩していたランスロットと、バイザー越しに視線が合う。

 

ガレスほあの時の事を思い出す。一言も発することなく、無慈悲に鏡の氏族を皆殺しにした彼女を。

なすすべなく鏡の氏族が殺されたあの時を。

 

予感しながらも防ぐことができなかったあの惨劇を――

 

 

「何故――」

 

「え?」

 

彼女の口から言葉が発せられる事に驚いた。

 

「何故君が、その盾を持っている――」

 

 

その詰問には動揺と、怒りが含まれているように見える。

 

この盾。ロンディニウムの住人を守ってくれていたキャプテンアメリカさんの盾。

 

これが無ければおそらく自分は――

 

「これは――」

 

迫力に押され、素直に答えようとしたところで――

 

「貸したんだよ。俺が」

 

空から、男の声が響いた。

 

その男は、軽い風邪を切る音と共に、ランスロットと自分を挟む位置で、彼は、3点着地で舞い降りた。

 

 

「よお、久しぶりだな、ランスロット」

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた風邪を切る音、ランスロットが空を飛ぶ音。

その音に釣られて来てみれば。ランスロットと、鎧の少女が対峙していた。

 

状況は明白だ。分析した波長も同一のもの。つまりは、鎧の少女が、ミラーと同じ。鏡の氏族。そしてその長、エインセル。

 

そいつを襲うランスロット。

 

さて、どちらの命令で動いているかだが――こちらの分析としては、確定している。

 

「よう、久しぶりだな。ランスロット」

 

あっていようがいまいが、どの道、止める以外の選択肢は無い。

 

 

 

 

 

「トオル……」

 

「偶然だな、ランスロット、こんな所に最強の妖精騎士様が来るなんて、女王も大分反乱軍を恐れてるんだな。戦略的には意味は無いように思えるが――」

 

「……」

 

茶化してみるが、目の前で、仁王立ちするランスロットは黙秘を貫く。

 

話ながら、立ち位置を調整する。鏡の氏族の妖精を背に、ランスロットがこちらに仕掛けてきても、いつでも対処できる立ち位置に。

 

「……君こそ、どうしてこんなところに?」

 

今の動きを悟られたのだろう。ランスロットは戦闘態勢を崩さない。

問答無用で来ないだけ、ランスロットの俺への扱いに安堵を覚える。

 

「あぁ、予言の子に鐘を鳴らさせないために、こっそり鏡の氏族長を攫っちまおうと思ってな」

 

「——」

 

後ろで、息を呑む音が聞こえる。

 

「しかし女王も戦争下手だよな。ロンディニウムを落とす為に兵士を潜伏させてたんなら、牙の氏族長がやられる前にやっとくべきだったのに。今更、最強の騎士にキャメロットの警護を抜けさせてまでやることじゃないだろ」

 

わざとらしく子馬鹿にしたように捲し立てる。

 

「それとも、予言の子やカルデアの誰かが、鏡の氏族長を直接殺すのに忍びないから、色々裏で暗躍していたとか?世界を滅ぼそうとしながら、妖精達や反乱軍を取り込む戦上手だ。実はランスロットはカルデアの一味だったりするのか?」

 

これ見逃しに推理もどきを披露する。

 

「つっても鏡の氏族が死んで鐘になれば予言の子にも特になるが、ロンディニウムを落とすのは意味がわからないしな。場合によっては威信も落ちて全体の士気に関わる」

 

いやらしく、挑発的になるように意識する。

 

「となると、今回の件、予言の子に鐘を鳴らせて、女王殺しを推し進めつつ、威信を落とす事で特になる奴が犯人って事か? わざわざ、こんな事をさせてまで、威信だとかくらだない事にこだわる奴に心当たりはあるか? ランスロット?」

 

全く乗ってこないが、こちらの意図は伝わっているだろう。

彼女の仕業だと確信していると、伝わっているだろう。

 

「……鐘のことはミラーに聞いたのかい?」

 

「ミラー……」

 

当然心当たりがあるのか、その名前に、背後の妖精も反応した。

 

「いや、直接は聞いてない」

 

言いながら、彼女の事を思い出す。

 

「あいつは、やるべきことは終わったっつって行っちまった」

 

その事実に、ランスロットも、後ろの妖精も、二人の感情の揺れを感じ取る。

 

「本当に急だったよ。まだまだ、見て欲しい映画もあったし、話したいこともたくさんあったんだけどな」

 

「そう……なんだね」

 

残念そうに答えるランスロット。

 

「まったく、意味わかんねえよ。終わりの鐘だの、ブリテンが終わることが救いだの。カルデアの奴らか神様だかの仕業がしらないが、妖精達の大半が何にも考えねえ自殺願望持ちばかりなのは、それが理由か?」

 

その言葉に、2人の妖精から、悲痛な雰囲気を感じ取る。

やはり、自覚というものがあるのか。

 

「だがな、妖精が、この世界の神様とやらが、滅びを望んでようが、そんなモノ俺には関係ない。カルデアが正しい世界の住人で、そいつらにとってこの世界が間違っていようが、他人の物差しで世界の良し悪しを判断されるのを許せる程、人間出来ちゃいないんだ」

 

それは世界への宣戦布告。

 

「この世界を維持できるのは女王モルガン以外ありえない。予言の子にも、ノクナレアだって不可能だ。いつか妖精同士で足を引っ張り合って、全滅するか厄災にやられてお終いだ。内乱の主力であるカルデアは、モルガンを倒した後は知ったこっちゃないっつー無責任ぶりだ。そりゃそうだよな。カルデアからしたらブリテンは滅びなきゃ困るんだしな」

 

そしてランスロットへの宣戦布告でもある。

 

「俺は、この世界が泡沫の夢だなんて認めない。この世界が間違っていたなんて甘ったれた事を言って死にたがってる奴がいたらぶん殴ってでも心変わりさせてやる。後先考えずに馬鹿な事をしようとしてる奴がいるなら引きずり回してでも止めてやる。この妖精國を守る為なら、なんだってしてやるさ」

 

こちらの意思は伝わったはずだ。

 

「……嫌だよ」

 

見れば、ランスロットの体が震えている。

 

「僕は、君を傷つけたくない……」

 

その言葉はこちらとしては嬉しい限りではあったが。

 

「でも、止める気はないんだろ?」

 

その一言にこちらの意図を全て込めた。

こちらこそ止まる気はないと、そう、伝わっただろう。

 

「そうだ、僕は彼女の騎士だ……彼女の為なら何でもする」

 

「わかってるよ」

 

「邪魔をするなら、例え君でも、加減はしない……」

 

「構わない」

 

ランスロットの宣言は、静かで、まるで自分に言い聞かせているようで。

 

「本当に、やるんだね?」

 

「ああ」

 

「本当にいいんだね?」

 

「こっちの台詞だよランスロット」

 

俺を傷付けたくないと、戦いたくないと、悲しむ彼女を見たくなかった。

 

「俺に気をつかってくれてるみたいだが――そもそも、俺がお前に負けるわけないだろ?」

 

だから一言、挑発で返す。

どうせやりあうなら、お互い遠慮なくだ。

 

「あまりのボロ負けっぷりに情けなくなっても、泣くんじゃないぞ? ランスロット」

 

ランスロットは一瞬ポカンと呆けた後。

 

「本当に、君は、人間の癖に生意気だ」

 

呆れたように少し笑った。

 

こちらもニヤリと笑顔で返してやる。

 

「お前こそ、俺よりちっこいくせに、生意気だぞ?」

 

それは戦闘の合図としてはあまりにもお粗末だった。

 

「本当に、口の減らない子だ――っ!」

 

大気が震える。ランスロットからジェット噴射の如く、光が吹き荒れる。

 

「あ、盾を――っ」

 

「下がってろ――っ!」

 

言いながら突撃してくるランスロット。

真正面から、ジェット機の如く迫り、右拳を放って来る。

 

初手が肝心だ。ランスロットはスペックからして圧倒的。

ほとんど全ての相手は、一撃の元に敗北を喫する。

後ろから盾を渡そうとする妖精を突き飛ばし、その拳を紙一重で避け、カウンターの如く、左手で掌底を当てる。

本来であれば、ダメージにもならないその攻撃。だからこそ、ランスロットも甘んじて受けたのだろう。

 

その油断が、こちらにとっての好機となる。

 

 

打撃音すら響かない、柔らかな掌底。

それは、ランスロットの体から、文字通り意識を切り離した。

 

「嘘……」

 

後ろで呆然とする鏡の氏族長を他所に、気絶したように倒れかけるランスロットの体を受け止め、その場に寝かせる。

 

一か八かだったがどうにか成功した。

 

カマータージの魔術の概念にアストラル体というものがある。言うなれば魂であり、魔術師は自由に幽体離脱をしてアストラル体を体から切り離すことができるのだが、その魔術を、掌底と共に叩き込んだのだ。

 

自分の体と意識が切り離され、それを認識出ている現象に驚愕している。半透明化したアストラル体のランスロットを見る。

 

自分の状態に気づいたのだろう、こちらを一瞥してくる。

彼女ならば、体への戻り方もすぐわかるだろう。

 

「じゃあな!」

 

間髪入れずに、後ろにいた鏡の氏族の妖精の手を掴む。

 

 

「えっ!? えっ!?」

 

戸惑う、妖精に構わず。そのまま抱え込んだ。

 

 

本格的に戦う前に、彼女をどこかへ隠さねばならないし、話すべき事もある。

 

その手段も考えているが、それにはある程度の集中が必要だ。

 

まずは、戦場を離れなければ。

 

「舌噛むなよ!」

 

言いながら、ジェット装置を稼働させ、一気に空へ舞い上がった。



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ガレス②

思ったより長くなってしまいました。

感想、評価、お気に入り登録ありがとうごいざます。

励みになります。


「ひゃぁあああぁぁぁぁぁ!!」

 

鏡の氏族の妖精を抱えながら空を飛ぶ。

 

音速とまではいかないが、かなりの速さで飛んでいるため、風圧が凄まじい。

 

一気にロンディニウムの城の最上階に飛ぶ。ぼろぼろで吹き抜けになっており、視野は広く。ロンディニウム全体を見渡せる位置。

 

突然の飛行に、目を回すガレスを下ろし、ランスロットや、反乱軍の生き残りの場所を確認する。

 

間髪入れずに、何もない空間に手を向け、意識を集中させ、魔術を発動。

 

すると、手のひらの先、空間そのものに、ガラスが割れたかなようなヒビが入る。

 

それはとある次元への入り口だ。

 

「こ、これ何ですか!?」

 

「ほら、ここ入って」

 

「入ってって……」

 

そのヒビに向かってガレスを無理やり押し込み、一緒に中に入り込む。

 

入ってみれば、そこは先程と遜色のない風景。

訳の分からない状況に、混乱しているガレス。

 

「あ、あの、入りましたけど。ここ、何か変わったんですか!?」

 

「ああ、ミラーディメンションだ」

 

「ミラーでぃめんしょん?」

 

「ここにいれば、誰も外から干渉できない」

 

「よ、良く分からないんですけど……」

 

ミラーディメンション。

別次元に作り出した仮想現実空間。

カマータージの魔術師達は戦闘の際、現実に被害を出さないために、このミラーディメンションへと相手と自分を閉じ込める。

ここでならいくら物を壊そうが現実に損害は出てこない。

それだけではなく、こちらから現実の様子を見ることはできるが、現実から視認することもできないため、監視や隠れたりするのに最適な場所である。

 

 

「さて、鏡の氏族長、エインセルだっけ?」

 

「は、はい! いえ、今はガレスとお呼びください」

 

「じゃ、ガレス。話があるん――」

 

「あなたがキャプテン・アメリカさんですよね!?」

 

「あ、ああ」

 

話を切られた。そう子供達に名乗ったものの、直接呼ばれるのは、何というか……

 

「いや、それは偽名だからトオルで良い。それより――」

 

「はい!トオルさん!そ、その!さっき言ってた攫うとかいうのは一体——」

 

こちらの話を食い気味に乗ってくるガレス。

思ったよりも元気なのは結構な事だが、話が進まないのは問題だ。

 

「――ガレス!」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

肩を掴み無理やり黙らせる。

彼女のペースに合わせてはいけない。

 

 

「ロンディニウムの人達を助けたのは俺だ。わかるな?」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「ガレス、俺は、君にとって恩人だな?」

 

「え? はい、もちろんです」

 

「俺の頼み。聞いてくれるよな?」

 

「はい! わたしに出来る事なら!」

 

「それならガレス。予言の子に協力するのを止めてくれ」

 

「——え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう」

 

行っちゃった。

ロンディニウムの住人を救ってくれた恩人。

『キャプテン・アメリカ』。またの名をトオルさん。

 

異世界、汎人類史の人でありながら。沢山の幸福がある世界の人間でありながら、妖精國を愛する人間。

 

終わりしかないこの世界の運命に、全力で抗おうとするヒト。

 

エインセルである私自身が出した予言。

 

その運命は既に決まっていて、本来であれば、これから私は死に、予言の子の為の巡礼の鐘となる。

 

それが運命。予言の子を導くのが私の使命。

 

それでも、そのために、それ以外のものが失われるのがイヤだった。氏族のみんなが、死んじゃうのがイヤだった。

 

わからずやのガレス。わからずやのエインセル。

 

未来が見えているのに、なぜ未来を受け入れないの。

 

使命を、運命を受け入れるべきだというのはわかってる。

 

運命に逆らうなど、愚か者のする事だと。

 

そう思っていたのに――

 

「ガレス、君には何が何でも生き残ってもらう。悪いが、運命だの使命だの、そんな神だのなんだのが勝手に決めたくだらねぇもんとは縁切りだ」

 

そんな思いを真っ向から否定された。

 

「反乱軍も、カルデアに強力するのをやめてもらう。アイツらは最終的にこのブリテンを滅ぼさないといけない立場だ。そんな奴らを希望と勘違いして、それに対抗できる最高戦力の女王を自分達で殺そうとするなんざ、はた迷惑な事をされても困るんだよ」

 

つらつらと、捲し立てられるものだから頭が全く回らない。

 

「もちろん反乱軍の奴らは、助けたからには面倒は見る。君達の事は女王と交渉するし、例え、決裂したとしても安心して暮らす為の場は整える」

 

言ってることが無茶苦茶だ。そんな事出来るのだろうか。

 

「で、でもわたしに、そんな事を決める権利なんて……パーシヴァルさんやアルトリアに聞かないと……」

 

「それなら、全力で説得してくれ」

 

掴んでいた肩をさらに引き寄せ、トオルさんの顔がさらに近づく。その迫力に気圧される。

 

「辛い事だが、妖精國の住人である俺や君にとって、カルデアが本当の敵で、女王は味方側だ。彼女が死ねば、間違いなくこの國は終わる。それをわかってるカルデアの連中は既に500人だけなら妖精を連れて行ってやっても良い。なんて話をしてるんだ。意味がわかるな? 女王を殺した後はこの国の奴等にまかせるって言ってんのは、女王が死ねば妖精國が滅びるってわかってるからだ。500人だけ妖精を連れてって、『悲しいけど、しょうがないよね。滅ぶ前に悪い女王を倒して妖精を解放できて良かったね』とかなんとか言って帰って行くのさ」

 

「そ、そんな……でも」

 

「あいつらにとってこの世界は現実じゃない。既に滅ぶはずの間違った歴史で、偽物の世界でしかない。楔である女王はただの圧政をしく愚かな女王。カルデアは正しい世界という旗を振りかざす正義の騎士。俺達はあいつらがモルガンを殺すまでの物語に彩りを添える程度の端役だ」

 

彼の言葉に耳を塞ぎたくなる。眼を背けたくなる。眼を逸らしていた事実を突き付けられて、涙が溢れてくる。

 

「だがな、俺は端約で終わるつもりはない。どんなに悪党扱いされようが、どんなに愚かだと言われようが、全力で抗ってやる。この物語に泥をぶちまけてやる。この國の妖精自身が嫌がってもな」

 

彼から迸る漆黒の意思に気圧される。

 

「君も、この國は滅びるべきだなんて自殺願望があるのか」

 

「そ、そんな事ありません!」

 

そう、そうではない。この國は終わるしかないという未来を見て。見たからこそ、

それが嫌だから自分は必死に走り回ったのだ。

終わりしかない未来が嫌だったから。鏡の氏族の皆が死ぬのがいやだったから。

 

「それなら選択肢は一つだ。悪いが、拒否権は無いぞ。今、生殺与奪の権利を握ってるのは俺だ」

 

「……っ」

 

それは、事実だ。彼がいなかったら、ランスロットが来た時点で、自分も死んでいた。

 

「言ったとおりだ。俺は、妖精國を守る為ならどんな事だってする。あんたが嫌がることでも、遠慮はしない」

 

「そんな、立花さん達を、裏切るなんて……」

 

「むしろ騙していたのはアイツらの方だろ。あいつらが正しい世界から来た正義の使者だったとしても、アイツらのやってる事は君達からすれば最低の裏切りだ」

 

そんな、それしか選択肢がないなんて……

 

「でも、それならブリテンは……ずっとこのままなのでしょうか。ブリテンを、立香さん達の世界のように沢山の幸福があるような世界にする事はできないのでしょうか」

 

このまま、何も変化のないままの世界で生き続ける。

 

それは、ある意味では滅びを迎えるよりも辛い事なのではないのだろうか。

 

そんな訴えに、彼は意外のような者を見る目で、こちらを見つめていた。

 

「夢を壊すようで悪いがな……」

 

俯くわたしに、彼は、一度肩から手を離し。

鎧の肩の埃を払う。

 

「汎人類史は別に全てが幸福に溢れてる訳じゃ無い。上級妖精の暮らしだけを見て、妖精國は素晴らしい。なんて羨ましがるようなもんだ」

 

今までの勢い良く捲し立てるような態度から一転、落ち着いたような、申し訳なさそうな声色へと変化した。

 

「確かに今のブリテンが、良い國であるとは言えねえよ。けどな、汎人類史に比べて格段に劣ってるって言えばそうじゃねぇ。今この瞬間生きていくのすら苦しいなんて不幸は、汎人類史にもいくらでも存在する。歴史を辿れば、今のブリテンが100倍マシに思えてくるような、時代だってある。相手の最高点と自分のとこの最底辺を比べて、卑下するのは止めとけ。ますますヘコむぞ」

 

「でも、でもやっぱり、私は――誰もが助け合い。認め合って、許しあって、自分を大切にして――」

 

「……」

 

「まわりのひとたちも大切にするそんな世界になってほしいんです」

 

例え、彼らの世界の良いところしか見えていなかったとしても、そんな世界があるというのは事実なのだ。

 

焦がれるのだ。

 

「なあ女王様がなんでこんな法律を作ったのか考えた事はあるか?」

 

「え、そんなのは――」

 

女王が酷いヒトだから――ではないのだろう。

それだけはきっと違うのだろう。

 

「圧政の理由はわかるんだ。だけどな、圧政を敷く割には繁栄を許したり、何故か動物を酷使する事が禁じられてたり。しんどい内容の割に、ところどころに謎のやさしさがあるんだ。そこが、わからない所で。この國の良い所で、悪い所でもある」

 

そう、なのだろうか。

 

「この國は女王よりもむしろ妖精そのものに問題が多い。圧政以外の法律を敷いたって、今のままじゃ弱い妖精や人間が淘汰されて終わりだ。むしろ女王のおかげでかろうじてまともな國になってるぐらい。だから、今以上に幸福なセカイってのは正直難しい……」

 

女王を倒せば世界はきっと良くなる。

エインセルとしての記憶が蘇る前に信じていた概念が音をたてて崩れ去っていく。

そんな事も考えずに行動していたことへのショックと。この先への不安がのしかかってくる。

そして、記憶が蘇ったからこそ、妖精の存在を性根から理解できる。

聞けば聞くほどどうしようもない。

 

「でもな、結構どうにかできるんじゃないかって思い始めたんだ」

 

「なんで……なんでですか」

 

そんな、ついさっきで考えを変えられるような事が起こったのだろうか。

聞いてみれば――

 

「あんたみたいな妖精もいるって知ったからだよガレス」

 

「えーー」

 

そんな以外すぎる理由だった。

 

「確かに妖精は問題だらけだ。女王の圧政でようやく大人しくできてるレベルだ。でもな、妖精全てがやばいわけじゃない。お前みたいな。他人を思いやれるような奴もいる。とんでもなく少ないが――」

 

そう言われて、気恥ずかしい思いになる。

 

「……簡単にはいかないし、時間だってかかる。できるかどうかもわからない上に、それこそ本当の意味で良くなるのは俺達の世代じゃないかもしれない」

 

それは、希望と言うには弱すぎる理由だ。

 

「でもな、世界を変えるってのはそういう事だ。一朝一夕でできるもんじゃない。少なくとも、今この瞬間で判断して諦めて、滅んだ方が良いって思うのは絶対に間違ってる」

 

だがそれは、確かに希望の光だった。

 

「まあ、そこについてはおいおいだ。まずはロンディニウムの住民が、安心する暮らしができるようにする。そこについては秘策はある」

 

「そんなの、どうやって……」

 

「ノリッジの厄災。誰が祓ったと思う?」

 

「え、それはアルトリア達じゃあ」

 

「実は俺なんだよ。笑えるよな?」

 

そういえば、実際に厄災を消滅させた謎の存在がいるなんていう話を聞いたような。

 

「俺は結構強いんだぜ? 妖精國最強の騎士をああやって手玉に出来るんだからな」

 

それは、確かにそうだった。なんだかズルい戦法だった気がするが。

 

「女王相手にだって、負けるつもりはねえよ。宇宙を簡単に滅ぼすような、もっとやばいヤツといくらでも戦ったことがある」

 

内容はよくわからないが、何故か説得力のある言葉だった。

 

「言い方は悪いが、戦局的に反乱軍の存在はそれ程重要じゃない。それ以上のメリットをあげれば応じるだろうさ」

 

「その、メリットって?」

 

「俺自身という戦力と兵器――後は『眼』と『耳』だ」

 

なんの事だろうかはわからないが、信じてしまうような力強い言い方だった。

 

「ま、カルデアには妖精國から出てってもらう予定だからな。いざという時は、そのノアの箱舟に乗せるよう、お前が交渉するのもいいかもな。まあカルデアがどうしても妖精國を滅ぼす為に残りたいって言うなら話は別だが……その時あんたらがカルデアにつくなら容赦はしないが」

 

その言葉にゾッとする。

 

「ま、とにかくだ。ランスロットをどうにかした後、厄災を葬った功績も含めて、女王に交渉だ。まずはそれから……」

 

言って彼は再び、空間に手を向ける。

 

ミラーディメンションという空間の出口。

先ほどのような空間のひび割れが現れた。

 

「その盾は持ってて良い。ランスロットは俺が抑えるが、ソールズベリーの兵士が来るかもしれないからな。それで、あの子たちを守ってやれ」

 

「え、でも、良いんですか?」

 

「いいよ。今の俺よりも、お前が持ってる方が”らしい”からな」

 

そう言って微笑む彼の表情はしかし、どこか寂しそうだった。

 

「ほら、出るぞ」

 

「は、はい……」

 

彼より先にひび割れをすり抜ける。やはり見た目には変化はない。

 

振り向けば、彼は片膝を付き、足の横についている。何かを弄くりながら――

 

「本当の事を言うとな……」

 

「はい」

 

「俺は、あんたをミラーディメンションに閉じ込めようと思ってたんだ……」

 

「え?」

 

そんな、とんでもない事を白状した。

 

「巡礼をさせないのが一番の目的だったからな。妙な自殺願望を持ち出して、命を差し出すようなバカな真似されても困るし、カルデアに殺される可能性もゼロじゃ無いしな」

 

彼への回答次第では、一生閉じ込められてしまっていたかもしれないと思うとゾっとする。

 

「んじゃ、説得の件。頼んだぞ。さっきも言ったけど、拒否権は無いからな。破ったら――」

 

その言葉に、ゴクリと喉を鳴らす。正直なところ全く決心がついていないのだ。

 

彼はその事に気づいているのかいないのか。ニヤリと笑う。

 

「ま、考えといてくれ」

 

ある意味、一番怖い回答だった。

 

言って彼は、足元から火を噴き、空を飛ぶ。それにつられるように、青い影が彼へと猛スピードで近づいていくのを確認した。

 

「どうしよう……」

 

口に出しながら、この先の事を考える。ひとまずはロンディニウムの住民の所へ。

 

その後の説得はどうするべきか。カルデアの人たちはどうするべきか。

 

だが、今のこの妖精國の状況は自分の予言によって発生した物でもある。

 

逃げるわけにはいかない。

 

左腕につけた。キャプテン・アメリカの盾のベルトを今一度、締め直しながら、一歩、足を踏み出した。

 

 



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メリュジーヌ

*11/27加筆修正しました。


今更ですが、この作品、武器等や設定でマーベル作品を盛り込んでおりますが、それだけではなく、設定等とは関係なしに台詞の一部だったりに、マーベル作品のオマージュがございます。


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鏡の氏族長、ガレスへの説得という名の脅しを終わらせ、空を行く。

 

我ながら甘ったれだ。彼女に白状した通り、ミラーディメンションに閉じ込めておけば殆どの事は解決するのに。つい解放して、しかも盾まで貸してしまった。

ロンディニウムの住民も含め、大きな荷物を抱えてしまった。

 

正直なところ、カルデアという存在が無ければ、妖精達の自殺願望なんてどうでも良かった。

女王の圧政に苦しもうが、この妖精國を維持する歯車にさえなっていればそれで良い。

きっかけは忘れたが、自分はそのぐらい妖精に対して冷めている。

 

なんだったらガレスに話した、圧政の中にある優しさ。なんて言うものは余計だと思っていたぐらいだ。

アレのせいでこの妖精國に隙が生まれてしまった。カルデアの、予言の子による侵略を許してしまった。

 

それこそ女王に物申したいぐらいだが、甘ったれてしまったのは自分も同じ。

 

ミラーもそうだし、ランスロットもそうだが、ガレスのような妖精もいるとなると、少しは信じても良いんじゃないかと言う気になってしまったのだ。

 

(まあ、まだまだ問題だらけだけどな)

 

女王も、そういう出会いがあったのだろうかと1人薄ぼんやりと考えながら眼下を見る。

 

今いるのはランスロットの体と、アストラル体を切り離した場所の真上。

 

彼女はアストラル体を理解したのか。視界の中で、体に戻っていくのを確認する。

自分の体を触りながら、魂が肉体に戻ったことを、その熱を確かめている。その姿に、クスリと笑いが漏れる。そうだった。

自分も、初めてエンシェント・ワンにアストラル体と身体を切り離された時、ああやって慌てた物だ。ランスロットに比べれば、自分の方がもっとみっともなかったが。

 

彼女は、俺の存在に気付いたのか、こちらを睨みつけている。バイザー越しにでも分かる程、イタズラをされた子供のように怒っているように見えた。

 

青い光を撒き散らしながら、空中に上がり、こちらと同じ高度へ。

 

「まさかあんな術を内緒にしてたなんて、狡いよ。しかも、トドメを刺さずに放置だなんて。僕をバカにしてるの?」

 

ぷんすかと怒る彼女は酷く可愛らしい。

 

「そりゃ。まさかお前に使うなんて、夢にも思って無かったからな。わざわざ言う機会も無かっただろ。それに、お前を殺す気なんて一切無いからな」

 

そう、最初の出会い以降、ランスロットとこうして戦うことになるなんてカケラも考えてなかった。

 

「まあ、目的は果たした。ガレス――鏡の氏族長とも色々話を出来たから。あとはお前を追い返して、仕事は終わりだ」

 

言いながら魔術を発動、自分の体に、強化の魔術を掛ける。光の魔法陣で作られた鎧のような物が身体を包む。

 

「正直、ロンディニウムの連中はどうでも良かったんだが、今となってはそうも言えない。確認するが、オーロラは、ロンディニウムを落とさないと気が済まないんだな?」

 

「それが、彼女の望みだ」

 

「そうか……」

 

やはり、ランスロットの彼女への心酔っぷりに、隙は無いのかもしれない。

 

「僕を殺す気は無いと言ったね。でも僕は違う。君を……全力で殺しに行く」

 

最強の騎士ランスロットの警告であれば、誰もが震え上がる死の警告。

だが、わざわざ口に出す辺り彼女にしては珍しい。

死にたくないなら殺す気で来いという気遣いか。

あるいは、先程本心では戦いたく無いと言っていた通り、殺すつもりで来てくれないと、決心が鈍るからと取るべきか。

 

「別に構いやしねえよ。けど、殺されるつもりは微塵もない」

 

どちらだとしても。乗る気は無い。

 

そもそもとして、最強の妖精騎士、ランスロットを殺してしまえば女王との交渉が拗れる可能性もある。

それに、この妖精國において、今となっては唯一の、気の許せる友達を殺せるはずもない。

 

ふと、ひとつ、伝えなければ事があった事を思い出した。

 

「なあ、始める前に。伝えときたい事があるんだ」

 

「……何かな?」

 

「いや、俺がコヤンスカヤとか言う女にやられた時に助けてくれたって聞いたからな」

 

そう、ミラーが教えてくれた。あの一件。彼女のおかげで、今、俺はここにいるのだ。

 

「ありがとうランスロット。君のおかげで、俺はここにいる」

 

精一杯の礼を彼女に告げる。

これから先、その言葉を言う機会があるかどうかはわからない。後悔の無いように、今のうちに伝えておきたかった。

そして、これは、お互いに後腐れのない関係へとなるための、儀式でもある。

 

「そんなの――」

 

ランスロットはその礼に、一度驚いた後、バイザーを下げ、素顔を見せる。

 

「そんなの当然じゃ無いか。君は、ずっとずっと、僕の、大切な友達なんだから」

 

嬉しそうに答えるランスロットの表情はコレから戦いを始めるとは思えない程に、見惚れる程の笑顔だった。

 

――妖精國一のモテ妖精とは良く言ったものだ。

 

「ああ、本当。男にはグッとくるフレーズだよそれ」

 

軽口で返しながら、ナノマシンによるヘルメットを装着。

 

ランスロットがバイザーを戻したのは、ほぼ同時。

 

それが、戦闘の合図。

 

二つの影は、眩い光の線と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアアアア!!」

 

「ッラああああ!!」

 

 

飛行によるスピードが乗りに乗ったお互いの拳がぶつかり合った。

 

ランスロットはそのナックルパーツが、透は魔術によって包まれた光の魔法陣が、その威力を倍増させる。

 

ぶつかり合う余波が暴風となって、辺りを揺らす。

 

威力そのものは全くの互角。

 

しかし、その攻撃によるダメージは、透の体のみを傷つけた。

 

拳が、その攻撃に耐えられず、血まみれになっている。

 

魔術の強化が甘かったようだ。

 

「——チッ!」

 

舌打ちをしながら、最大まで出力をいじったジェット装置を吹かす。

 

ランスロットもそれについていき、並走飛行となる

 

「あの盾で殴れば!傷がつくこともないのに。わざわざ彼女に盾を託すなんてね」

 

「——ハッ! 別にこの程度怪我の内にも入んねーよ!! それに、あいつにはロンディニウムを守ってもらわなきゃならないんでな!」

 

「強がりを――っ!」

 

ランスロットの鞘の鯉口から、アロンダイドのレプリカが出現し、ランスロットは拳を前に突き出した。

 

それはまさしく一本の槍である。

 

魔力が一気に噴き出し、軌道を変え、並走飛行していた透へと迫る。

 

この妖精國において唯一飛行ができるランスロット。

その飛行速度の乗ったランスロットという必殺の槍は、これまで避けた者も、耐えた者も存在しない。

 

一直線に透へと迫る槍。その必殺の槍を、透は、空中で宙返りの要領で、容易く避けた。

 

体を丸くした透の下を槍が通過する。ランスロット本体が真下を通り過ぎた瞬間、透は思い切り体を伸ばす。

極限まで体を丸め、さらにジェット装置のパワーを得た事により、体のバネを極限まで効かせた屈伸運動は、魔術も相まって最高峰の蹴りとなる。

 

「——シッ!!」

 

両足が、無防備になったランスロットの背中を、空中で踏みつけた。

 

その衝撃は爆音を響かせながら、ランスロットを地へと突き落とす。

 

「ぐぅっ」

 

透の蹴りに呻きながらも、空中で体制を立て直し、地面への墜落は避けられた。

 

「スペック頼みの戦闘しかしねえからそうなるんだよ。自分より強いヤツと戦った事がないんだな。俺との闘いは良い経験になるぞ。色々教えてやるよ、お嬢さん」

 

「——っ!生意気!!」

 

再びの並走飛行。

 

度々、ぶつかり合いながら、絶え間ない攻防を交わしあう。それはお互いに決定打に欠ける闘いだった。

 

(まずいな……)

 

内心透は焦っていた。

現状互角に見えるが、それは単純に、戦闘経験の差だ。

様々な異世界で、人間から宇宙人から、怪物から様々なものと戦ってきた経験が、スペックの差を補っている。

しかし、それも限界がある。自分の飛行は装置による物。対して彼女の飛行は生来の物。

 

飛行そのものに対する体感が、あまりにも違う。

 

その上、このジェット装置では限界がある。取り外しも可能で、使いやすく、汎用性も高いが、所詮は量産品。

最高速度ではランスロットには及ばない。体捌きやテクニックでいなしてるが、いつ、こちらが敗北を喫しても不思議ではない。

 

その危惧はその考えの後、ほんの一瞬で訪れた。

 

数度のぶつかり合いの際、肩口をアロンダイドが切り裂いていく。

 

傷は浅い物のその余波に吹き飛ばされ、体制が狂ってしまった。そのまま、地面に落下し、何度もバウンドし、地面を転がっていく。

 

「っつ……」

 

あまりの痛みに、呼吸が出来ない。

 

脳への衝撃にしばらく視界がかすんでいたが、くっきりと見えたころには、目の前にランスロットが仁王立ちしていた。

 

「良い経験になるんじゃなかったのかい? トール?」

 

先ほどの透の軽口を返すランスロットを睨んだまま立ち上がる。

 

「うるさい……ちょっと、朝飯食いすぎて、動きが鈍かっただけだ」

 

「強がらないほうが良い。アロンダイドの傷は浅いけど、あれだけ吹きとばされたんだ。足がふらついているよ」

 

ファイティングポーズを取る透に、ランスロットは構えもとらず、言葉を発するだけだ。

 

「全然、全く問題ねえよ。このとおり――なっ!」

 

一瞬で間合いを詰め、ランスロットに拳を放つ。並の妖精兵やサーヴァントでも対応は難しいはずのその一撃を、ランスロットは余裕で交わし、カウンターをくらわした。

 

「ガッ!!」

 

そのまま背中から倒れる透。

 

「キミとはそれなりに一緒に過ごしたんだ。曲芸飛行勝負や模擬戦も大分やってる。君の手の内は、読めないわけじゃない」

 

「ああ、そうかよっ!」

 

再び立ち上がり、ランスロットの余裕の態度を崩すべく、今までの戦法には無い方法での攻撃を繰り出す。

 

しかし、それも振るわず、今度は腹を殴られ、その場に膝間づく。

 

「その攻撃が最初だったら、少し驚いたかもしれないけどね。動きが鈍くなってるよ」

 

腹への衝撃に呼吸が狂う、呼吸音が奇妙なものになる。

 

「そのまま、そうしてた方が良い。本当に死にたくなかったらね」

 

そう言って踵を返すランスロット。

 

そのランスロットに、透は俯せのまま上半身と手を伸ばし、行かせまいとランスロットの手を掴む。

 

「ゼヒッ、グ……いガせるカ……」

 

ある程度、予想はしていたのだろう。特に驚いた様子も無く、ランスロットは、透を見つめた後、意識を失わせるため、その顔面を蹴り上げた。

 

「ふがっ!」

 

間抜けな声が出た。頭がカチ上げられ、鼻が折れる。その後頭を支える事もできず、そのまま顔面を地面にぶつける。

その痛みに意識が刈り取られそうになるが、精神力で持ちこたえ、再び背を向けたランスロットの足を掴む。

 

ランスロットは、意識を失っていなかった事実に驚きながらも。

 

「——っしつこいっ!」

 

足を振りほどき、再びの蹴りを見舞う。

 

しかし透は、その蹴りを受けながらもランスロットに飛びかかる。彼女の足を体全体で抱えるような無様な体制になった。

 

「この、どれだけしつこいんだキミはっ!」

 

その動きに戸惑いながら、その手で透を引きはがそうと両腕を掴む。

 

「っくく」

 

ふと、透から笑いが漏れた。

 

「なに、を、笑っているんだキミは」

 

「いや、ああやって殺すとか宣言しておきながら、気絶すらさせられてねえじゃねえかと思ってな……」

 

「——っこの」

 

透の言葉を皮切りに、ランスロットは、透を仰向けに倒し、その胸倉を掴み。

 

殴りつけた。

 

「この、この、この!」

 

何度も何度も殴りつける。

無防備な顔面に注がれる拳は、しかし、透の意識を刈り取ることは出来ない。

 

「彼女の為に、使命を果たす! これ以上邪魔するなら、本当に――」

 

「なら、やれよ。殺してまで果たしたい使命なら、お前の為なら受け入れるよ」

 

「~~~っ」

 

予想外の言葉にランスロットは動揺し、一度透を吹き飛ばす。

 

受け身も取れず投げ出されるが、透は、まるでなんてことの無いように立ち上がった。

 

かなりのダメージは与えているはずで。見た目には満身創痍にも関わらず尚も気を失わない透にランスロットは動揺を隠せない。

 

やはり、彼女は、本当の意味で使命を果たしたいわけじゃない。

 

そんな事を考えると、ふと、左手のブレスレットが視界に入った。

 

思わず、笑みがこぼれる。

 

――本当に、何故こんな大事なものを忘れていたのか。

 

「何を笑ってる!? 」

 

ランスロットの激昂に、透は嫌らしい笑みで返す。

 

「ああいや、ちょいとな。何て自分は馬鹿なんだろうって。笑っちまった」

 

「何だい、観念したってこと――」

 

ランスロットが言葉を返した瞬間。

 

透の体に粒子が纏わりついた。それは、確かな形となって、透を包んで行く。

 

「それは――なに?」

 

メタリックレッドを基調としたデザイン。所々に金の配色が施され、そのカラーリングはスポーツカーを連想させる。

 

「超天才が作った、無敵のアーマーだよ」

 

足元から頭まで、その鎧によって包まれていき、最後にガコンと、音を立てながら、マスクが降り、透の顔を覆い隠した。

 

「名前はアイアンマンだ。是非堪能してくれ」

 

戦いは、再び加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイアンマン

 

ナノマシンで仕上がったこのアーマーは形も変幻自在であり、強度も凄まじい。さらに、カマータージ由来の強化の魔術によりさらなる強化が施されている。

 

速度も、強度も、武器の豊富さも圧倒的である。

 

ランスロットの真横からハンマーの形になった腕で殴りつければ青い鎧に傷が入り。

 

距離を離し、リパルサーを撃てば、ランスロットは否応なく空中で停止させられる。

 

「くっ、この!」

 

スタンプの形になった腕による叩きつけを鞘で防御し、お返しにと、アロンダイドを振るえば、既に透の姿はそこにはいない。

 

加速力も、体捌きも、()()()()()()()()敵わない。

 

「この、バカトオル! こんなのまで隠してたなんて! 本当に卑怯だ!」

 

「しょうがねえだろ! 忘れてたんだから!」

 

「こんな鎧を忘れるなんて! どれだけぽけっとしてるんだ!」

 

「やかましい!」

 

 

罵り合いながら攻防が続く。

無傷のアイアンマンスーツに比べれば、致命打は無いものの、ランスロットの鎧は傷だらけになっていた。

 

「さっきとは逆の立場だな! そら、そろそろ降参したらどうだ!?」

 

「くっ――」

 

透の挑発に、返す言葉も出ないランスロット。傍目には既に勝負はついている。

 

透はひとつ。拘束兵器を選択。

腕をランスロットに向け、それを射出する。

 

「な――」

 

それは、幾重ものロープとなり、ランスロットへと絡みつき、同時に、電流が流れる。

電気による、光が、眩しくあたりを照らす。

 

 

「ぐぅぅぅぅぅ!」

 

「いくらお前でも結構キツイだろ。このままおねんねしてもらう」

 

うめき声を上げながら、苦しむランスロットを見る。

心苦しさはあるが、気絶する程度のものだ。

 

このまま終わりかと思われた戦いは、しかし、ランスロットの激昂によって変化が起こる。

 

「なめ、るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

瞬間、電流とはまた違う光が、放たれた。

 

 

 

凄まじい衝撃波が、透を襲う。

 

気付けば、ランスロットのシルエットが変化していくのを確認した。

 

 

「なるほど……これがミラーの言ってた」

 

 

最早、彼女の姿に騎士然とした要素は皆無だった。

 

最初に印象的だったのは巨大な黒い翼。そして頭の角。

 

 

「この身は、騎士ランスロットにあらず――」

 

 

腕や足は、鎧でもなく、人間のものでもない。別の生物のものへと変質している。

 

「私の真名()はメリュジーヌ」

 

鞘であった装備は巨大なツインブレードに変質していた。

 

「もっとも美しいものから名を授かった、アルビオンの末裔——」

 

妖精騎士ランスロットの皮を破り、その力をさらけ出した。

 

顔や体そのものにはわずかしか変化はないものの。

 

まさしく竜そのものと言える存在が、そこにいた。

 



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Dog Fight

どんより暗い感じで二人の闘いを書いていたのですが。
書き終わってから、読んでいてしんどくなったので、止めました。



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変わらず、ご意見、ご感想、等々、お待ちしております。


こちら、とある作品の同名のBGMを鬼ループしながら書いておりました。



妖精騎士ランスロット。

妖精名はメリュジーヌ。

とはいうものの真に妖精というわけではなく、アルビオンの左腕が変質したものであり、いわば竜そのもの。

 

妖精騎士ランスロットという英雄の名を捨て、真の力を解放した、メリュジーヌ。

 

元の少女の肉体を基準に、竜のような手足に黒い翼、頭からは角が生えている。

 

鮮やかなメタリックブルーの鎧は脱ぎ捨てられており、露出度も上がり。

体のラインを強調するような前掛けがその肢体をより煽情的に見せている。

 

美しくも恐ろしい少女であり、竜の姿。

 

その変化は、彼女の内に眠る多大なる力を解放した。

 

 

アイアンマン、透の視界から豆粒ほどにしか見えない程に距離が離れたその場所から、メリュジーヌは殆ど一瞬で目の前に迫り来る。

 

その速度は、音を突破する程のもの。

 

その速度をそのまま乗せたツインブレードによる斬撃が、透を襲う

その凄まじい速度はツインブレードによる斬撃力にとどまらず、周辺をまとめて破壊する程の衝撃波を及ぼす。

 

その凄まじい威力の攻撃を、透はナノマシンによって構成された左手の盾で受け流し、右手の手の甲から伸びる剣で受け止める。

 

アイアンマンのスペックの高さに、更に魔術によって強化されたそのスーツは、力を解放したメリュジーヌに勝るとも劣らない。

 

鍔迫り合いの後、お互いに距離を放そうとはじき合う。

 

距離を放した後、メリュジーヌは剣の先からビームを放ち、透もその掌からリパルサー、ビームを放つ。

互いの射線を見極め、放たれたそれは、点でしかない互いの光線をぶつけ、相殺し合うという神業を繰り出した。

その結果。お互いの中間地点で二つのビームがぶつかり合い、大爆発を起こす。

 

そして、お互いが加速に入る。メリュジーヌは魔力を吹かし、アイアンマンはその足元を巨大なロケットブースターに変形させる。

 

互いに、0コンマ数秒で、空気の壁を突き破る。一瞬でロンディニウム上空から二人は消え去った。

 

メリジェーヌが先行する形で、高速戦闘を開始する。それはまさしく異次元の性能を持った戦闘機によるドッグファイト。

その速度は凄まじく、ブリテン上空全体を戦場にするものである。

 

 

 

「なんでロンディニウムを襲撃するなんざつまんねえことしようとしてんだ!?」

 

言いながらメリュジーヌの後方からリパルサーを放つ。

 

「それが!! オーロラの望みだからよ!!」

 

それをバレルロールで回避し、わざと速度を落とし、アイアンマン――透を先行させる。

 

戦闘機同士の戦闘としてはありえない、超近距離による並行飛行状態となる。

 

「あなたこそ! 何でロンディニウムの住民を守ったの!? あなたの目的は巡礼の妨害! 鏡の氏族を攫うんじゃなかった!?」

 

アイアンマンの真後ろから、魔力によって刀身が伸びたツインブレードを振るう。

 

「つい、動いちまったんだよ!!」

 

その剣を、透は振り返りながら、ナノマシンシールドで防ぎ、シールドバッシュの要領でメリュジーヌの体ごとはじきだす。

 

「あなたがそういうヒトだっていうのは知ってたけど! 行動が迂闊すぎる!!」

 

「うるっせえ!!」

 

再び距離を放し、一瞬で最高速度へと到達する。

 

「オーロラは何がしてぇんだ!! 鏡の氏族の事を誰に吹き込まれた!?しかも何でわざわざロンディニウムごと襲う!?こっそり攫った方が効率が良いじゃねえか!!まさか本当に予言の子の威信がどうだとか、くだらねぇ事を理由にしているわけじゃねえだろう!?」

 

「——っうるさい!!」

 

「おい、まさか本当にそんな、目立ちたがりみたいな理由なのか!?」

 

「うるさいって言ってる!!」

 

メリュジーヌが後方からビームを放つ。

 

それを、エルルンロールと呼ばれる空中機動で紙一重で回避する。

 

「オーロラの望みを叶えるのが私の使命なの! お願いだから、邪魔しないで!!」

 

「殺すとか言ってた癖に、心変わりか!? 素直に従ったらご褒美でもくれるって!?」

 

「あなたがオーロラを邪魔しないって誓うなら、この妖精國で一生私の所有物として過ごさせてあげる! 私があなたを守ってあげる! だから、私に従って!」

 

「——っ」

 

透は、どこか告白ともとれる、その提案に一瞬、ほんの一瞬だけ傾きかけるが――

 

振り向き、背面飛行をしながらのリパルサーで解答とする。

 

「なんで――」

 

「当たり前だろ!! バカ!!」

 

「誰が馬鹿だ!」

 

「馬鹿だよ、大馬鹿!! オーロラの為ならなんでもするとか言っときながら、あからさまに嫌そうな顔しやがって!!」

 

「そんな――っ!」

 

「本当は嫌々やってんのが、見え見えんなんだよ!!」

 

「違う!! 嫌がってなんか、いない!」

 

「説得力なんてないんだよ! この頑固者!!」

 

互いの武器を駆使しながら、シザースと呼ばれる空中機動(マニューバ)を魅せる両者。

それによって、描かれる両者の光の軌跡が、ブリテン中に広がっていく。

それは妖精國は愚か、汎人類史でもお目にかかれない、曲芸飛行である。

 

「そうやって、自分で自分を誤魔化して、お前こそ卑怯者じゃねぇか!!」

 

「私は、誤魔化していないし、卑怯なんかじゃない!!」

 

交差しながらぶつかり合い、そのたびに爆音が響く。

 

一部のブリテンの住民達が、その爆音に気づき、空を見上げ始めた。

 

「お前だって、その姿の事を内緒にしてたんじゃねえか!! ヒトの事言えた口か!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

言葉を投げ合うごとに、ビームを打ち合い、あるいは直接斬り合い、殴り合う。

 

「トオルに卑怯だなんて言われたくない!!」

 

「何だとぉ!?」

 

「前の曲芸飛行勝負の時、ミラーにお菓子を渡して、勝ち負けを誘導しようとしてたの知ってるんだから!!」

 

「あの勝負は、結局お前が駄々をこねて、おじゃんになったじゃねえか!!」

 

「――っ!? やっぱりお菓子を渡してたんだ!」

 

「――っ!カマかけやがったな! 卑怯者!」

 

「どっちが!!」

 

 

ツインブレードが魔力によって変質し、ドラゴンの顎のような形になり。透をかみ砕こうと迫る。

 

それを両手で抑え、動きが止まる。透は牙に捕らわれ、メリュジーヌの方が優勢になったかと思われたが、動けないのはメリュジーヌも同様である。

隙をつくように胸部からユニビームを発射。メリュジーヌは牙を収め、回避行動に移り、そのビームを回避する。

 

 

「コーラルのくれたお土産のケーキ!、わたしの分もあったのに、余計に2つも食べた!!」

 

2本のツインブレードが透を切り刻もうと、メリュジーヌから離れ、自ら縦横無尽に駆け巡る。

 

それを、透は、一本、柄を手で掴むという神業を魅せながら、もう一つの剣を叩き落とす。

 

「俺が用意した超高級マカロン! 20個中、13個も食べたのはお前だぞ!!」

 

脚部から、13本のミサイルが発射される。

 

「いちいち数えてるなんて、細かいんだから!!」

 

それを、ひとりでに戻って来たツインブレードで切り落としつつ。変則的な空中機動で、ミサイルを全て振り切っていく。

 

ミサイルの爆発が妖精國中に響く。

 

戦闘の規模とは裏腹に、その会話は子供の喧嘩そのものであった。

 

 

 

 

振り切った機動のままメリュジーヌが一瞬だけ上昇し、高さの利を取る。その後、急降下しながら透に接近する。ハイ・ヨーヨーと呼ばれる空中機動(マニューバ)である。

その勢いのまま、剣を上から叩きつける。

 

「ぐっ――!」

 

防御はしたものの、衝撃は殺しきれず、地面へと落下していく。

 

その落下先は、偶然にもニュー・ダーリントンのとある建物の真上。度重なる空中機動により、あっという間に、ロンディニウムから移動していたのだ。

 

建物の天井を突き破ったところで体勢を維持するが、ランスロットの追撃により地面へと落下し、床を破壊し、地下へとまで墜落する。

 

衝撃によって巻き起こった。凄まじい土煙の中

そのままメリュジーヌにマウントを取られそうになるのをユニビームによって防ぐ。

 

透が周りを見渡せば、夥しい数の、人間の形をしたモースに囲まれていた。

 

どうやら、建物の一階にいた連中らしく、一部が一緒に墜落したらしい。

 

しかし、メリュジーヌにも、透にも、そのような事態は些末事でしかなかった。

 

「私がホラー映画見たくないって言ってるのに!! いっつも無理やり見せて!! トオルは本当にイジワルなんだから!!」

 

「ありゃ、ミラーが見たがってたからだよ!俺だって、ああいうのは得意じゃねーよ!」

 

「嘘! 私が震えてるのを見てニヤニヤしてたの気付いてるのよ!」

 

「ニヤニヤはしてないし! 手を握ってやってただろう! 可愛いとは思ったけど、俺だって怖かったんだからな!」

 

「かわ――っ そんな事言ったって手加減しないんだから!」

 

相変わらず言い争いをしながら、リパルサーを放ち、魔力の宿ったツインブレードを振るう。

 

それは全て、お互いに向かって振るわれていたものであり、モース人間に向けて放ったモノはひとつもない、

にも関わらず。数百いたモース人間の全てが、消滅していく。

 

地下から飛び、一階へと飛ぶ。お互いに壁を突き抜けるほど吹き飛ばしたと思ったら、吹き飛ばされた側が建物内に別の場所から壁を壊しながら侵入し、今度は吹き飛ぶ側となる。

 

散々建物をモース人間ごと荒らし回ったと思えば、両者は全く意に解さず、何事もなかったかのように、空へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

建物の殆どが崩れ去りっていった建物の中、瓦礫に埋もれた人間が1人。

 

「ゴホッ、なんだったのよもう……」

 

どうやら無事だったらしい。瓦礫を払い除けながら立ち上がる。

 

すると一部無事だった扉から複数人の人間が出て来た。

 

「ぺぺさん!」

 

「あら、藤丸ちゃん達。さっきぶりね」

 

「さっきの音は……建物がボロボロなのですが、爆撃でもあったのでしょうか!」

 

「いきなり空から人が降って来て、暴れ回ったのよ。片方が妖精騎士ランスロットだったのは確かだけれど、もう片方は……見ない顔だったわね。真っ赤な鎧で派手派手だったわ」

 

「ランスロット!? 彼女がここにいたんですか!?」

 

「ええ、鎧姿では無かったから貴方の言う真名を解放した竜の姿だったんだろうけど。とんでもないわね。それに安易対抗できる赤い鎧の子も凄かったけど、SF映画のロボットみたいだったわ」

 

「メリュジーヌに対抗出来る何かがこの妖精國に……?」

 

「何者でしょうか……?」

 

「さてね。まあでも、恋人かなにかでしょうね」

 

「こ、恋人!?」

 

「ええ、戦いながら、ずっと痴話喧嘩してたもの」

 

「痴話喧嘩って……」

 

「ものすごく初々しくて、可愛かったわよ、彼女」

 

「そ、そういえばぺぺさん!毒ガスは!? 身体は大丈夫ですか!?」

 

「あら。そういえばそうね……」

 

 

 

 

 

 

 

「建物が穴だらけになったおかげで全部外に出ちゃったみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の争いは留まる事を知らず。

あまりにも熱中しすぎて、周りを気にしない程だった。

言い訳をするのならば、周りを気にする事が出来ないほど、互いの力が拮抗していると言う事である。

 

一瞬でブリテンを横断する2人の争いは、稀に高度が下がる場合もあり、その時、2人の飛行の余波によって、各街の建物やガラス窓に被害が及んでいた。

 

ノリッジやニューダリントン。そしてグロスター。

 

ただ通過しただけで全てを破壊していく両者の戦い。

暴風により建物の屋根が剥がれ、ガラス窓が割れる。住人そのものに被害が及んでいないのが今の所幸いしているが、傍迷惑な戦いではあった。

 

途中、たまたま空を飛んでいた狐耳の女性を吹き飛ばす事があったが、他意はない。

 

そしてその戦闘領域は、王都キャメロットにまで及んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 



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Dog Fight②

30話の時、後2話とか言ってましたけど、すみません。まだ続きます。


感想ありがとうございます。


感想、評価、お気に入り登録。変わらずお待ちしております。
よろしくお願い致します。




キャメロット城、玉座の間。その玉座に女王モルガンが鎮座していた。

複数の上級妖精達も共におり、各方面からの報告をそれぞれが行なっている中、不意に、城を揺らすほどの暴風が吹き荒れた。

 

「む――」

 

マンチェスターによる妖精の蛮行が発覚して以来、紆余曲折あり、女王の近衛兵となった妖精騎士ガウェインが、その様子に顔を顰める。

 

何か起きたのか。そう思考した途端、天井から、物が破壊される音が響く。

 

メキメキと、軋む音がなったと思えば、その音に続くように、途端に、天井が崩れ去った。

 

「陛下!」

 

ガウェインが、モルガンを守る為の位置に着く。

 

天井から何かが凄まじい速度で落下し、玉座の間の床すらも突き破っていく。

 

偶然にも、上級妖精含め、直接瓦礫に踏み潰される者はいなかった。

 

「な、なんだ!」

 

「このキャメロットを破壊するとは!」

 

「予言の子の仕業か!」

 

「お気をつけください陛下!」

 

上っ面だけの心配を口に出しながら、慌ただしい上級妖精達。

その中でもモルガンだけは、表情の変化は見られない。

ガウェインも動揺は見せず。いつでも女王を守れるようにと天井と床の大穴を睨む。

 

すると、上の方の穴から赤い鎧に包まれた何かが現れた。足元から火を吹かしながら、ゆっくりと、ホバリングしながら降下していく。

 

「ったく、あんな所で、突っ込む奴があるかよ――」

 

ホバリングを切り、床に3点着地で着陸する。

 

人間にしても、珍しい魔力のないヒトガタ。その鎧の男は、戦闘の興奮冷めやらぬまま、状況を確認しようと辺りを見回した。

 

最初に見えたのは、体格の大きい、人間に近い姿の金髪の妖精。その次に確認したのは、巨大な玉座に座る黒いベールを被った女性。女王モルガン。

その碧い瞳と、スーツ越しに目があった。

 

「いや、いやいやいや……」

 

一気に目が覚めた。さらに周りを見回せば、ボロボロの大広間。最初に視界に入った2人以外にも、妖精達が、こちらを訝し気に見ているのが伺える。

 

最悪の事態である事を理解する。

 

「城を破壊し、あまつさえ、この玉座の前に無断で立ちいるとは、貴様、何者だ?」

 

ガウェインに剣を突きつけられる透は、大慌てで両手を上げ、降伏のポーズを取りながら言い訳を始める。

 

「ちょ! ちげぇ、いや、違うんですって! これは事故で。俺は色々と女王様のお力になろうと考えてるぐらいで――!」

 

「なに――?」

 

「そう! 俺は味方、味方だから! ちょいと交渉はしたいけど、別に害そうとか思ってるわけ――っ」

 

その言い訳を、最後まで言う事は出来なかった。

 

透の真下から、その床を突き抜け、メリュジーヌが、透の両腕を掴みつつタックルの要領でそのまま透を天井に叩きつける。

 

天井にめり込むものの、アイアンマンスーツの頑丈さ故、ダメージは入らず。そのままユニビームで反撃。

 

メリュジーヌに直撃はしたものの、ドラゴンとしての肌は強靭な装甲である為ダメージは入らず。しかしビームの圧力に体が押され、壁に叩きつけられる。

 

「ランスロット――!? 貴方一体何をー!? それに、その姿――」

 

「おい、ここお城!しかも玉座!女王様の前でこんな無礼なことして良いのか!?」

 

「トオルがあそこで絡みつかなければここに墜落する事もなかったんだから、貴方の責任よ!」

 

「そんな理屈が通るわけねーだろ!?」

 

「妖精騎士の私とただの人間のあなた。どっちの方が発言力があると思う?」

 

「なんてヤツだお前は!!」

 

ガウェインの叫びを無視して、2人は言い争う。

 

再び両者に熱が籠る。白熱しながらも無意識に気を使い始めたのか、飛び道具は使わず、近接武器で斬り合いを始める。

 

「ふざけんなよ! これから俺はあの女王様に色々お願いしないといけない事があるんだぞ! 印象最悪になっちまったろうが!」

 

「良いじゃない! どうせ、貴方は私のものになるんだから!」

 

「おい、お前達! 戦いを止めろ。ランスロット! 話を聞け! 陛下の御前だぞ!」

 

「そもそもなんでそんなに、お前は怒られない事に自信があるんだよ!」

 

ガウェインの警告を無視し、鍔迫り合いながら言い合いをする2人。

 

透はある程度焦りがあるが、メリュジーヌはどこ吹く風。と言ったところだ。戦いの熱に浮かされているのか、竜種としての性格故もあるだろうが。女王の前ですら臆する事はない。

 

女王は不思議な程に冷静に2人を見つめている中、上級妖精もざわざわと騒ぎ始める。

 

「あれが、妖精騎士ランスロットのあの姿!? あれが真の姿だというのか!?」

 

「あぁ! オーロラ様の言う通り。なんておぞましい姿なのかしら。醜い腐ったケダモノのよう――!」

 

「争っているのは、魔力も持たない人間ではないか!?」

 

「下等生物の分際で、この広間に無断で立つとは、存在すら許し難い」

 

そう、上級妖精達が2人を蔑見始めた途端――

 

 

透はリパルサーを、メリュジーヌは魔力によって形成した剣を。

 

それぞれ()()()()悪口を叩いた上級妖精に向け放った。

 

「ヒッ――!」

 

声を上げたのはどちらだったか。

 

その攻撃は、上級妖精を掠め、その先の壁に傷を残す。

 

「おい、次にこのクソ色ボケアホドラゴンの悪口を叩いてみろ。顔面に穴が開く事になるぞ」

 

「トオルは馬鹿だし意地悪だし無礼だし常識が無いしずる賢いけど、貴方達が下等生物扱いして良い存在じゃない」

 

歪み愛から一転。

上級妖精を睨みつける2人。

その圧力はガウェインをも飲み込むほどのだった。

 

戦闘は終わった――

 

今の様子から、2人の闘いは憎しみ等の純然たる敵対行為では無いと察し。これ幸いにとガウェインは声をかけようとする。

 

「お前達、いい加減にしないか。まずは落ち着いて――」

 

「「今、お前(貴方)俺(私)の事なんて言った!!?」」

 

――かに見えたのだが、再び互いに睨み合い、戦闘が始まった。

 

「クソ色ボケアホドラゴンって何!? 悪口にしても酷すぎる!!」

 

「馬鹿で意地悪で無礼で常識がなくてずる賢いだと!? しまいにゃ泣くぞお前!」

 

再び斬り合いが始まる。

 

「もう怒った!本当に怒った! トオルのバカ!! 私はもう手加減しないから!本気なんだから!」

 

「はー!奇遇だな! 俺だって全然本気じゃ無かったし。許してやろうと思ってたけど、本気出すわ、今まで50%しか力出してなかったけど、本気出すわ」

 

「私は40%だった!」

 

「あ、間違えた! 30%だ!」

 

「私は、今まで寝ながら戦ってた!」

 

「俺実はスーツの中で映画見てたから。見ながら戦ってたから!」

 

実にくだらない。あまりにも酷い言い合いを始める2人。しかし、戦闘力そのものは目を見張る程高度であり、戦闘での周りが見えなくなる程の興奮も理解できなくはないガウェインはどうしたものかと困り果て、不意に女王へと視線を向ける。

 

終始冷静に見えた女王だったが、いつの間にか、興味深そうに、あるいは驚いた様に、2人へ、いや、赤い鎧の男へと視線を向けていた。

 

「陛下?」

 

その女王の口から「トオル……」と、口が動いたようにも見えた。

 

 

「牙と触手と吸盤がついてるエイリアンと男がまぐわってる動画が好きな変態のくせに!!」

 

「ハァ!? それアスカヴァリア星人か!? そんなの見るわきゃねーだろ! というかそんなのどっから引っ張り出した!?」

 

「お気に入りに入ってた!!」

 

「うっそだろって―― あいつらか! ロケット達だな、クソ!!」

 

「フェチって言うんでしょう! 汎人類史では! 変態最低男! 触手フェチ!!」

 

「この――っ! そんな事大声で言うなぁぁぁぁぁあ!!」

 

ガウェインが女王を訝し気に見ている間に、透がメリュジーヌを吹き飛ばし、彼女は、玉座の後ろの大穴に続く窓の外へと放り出されて行った。

 

 

 

 

 

 

一度、大広間に静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

 

静寂を破ったのは赤い鎧の男、透だ。

 

ガシャガシャと音を立てながらランスロットが飛び出して行った窓の方へとそそくさと歩いていく。

 

とりあえず、顔はバレてない。このまま去ればどうにかなるはずだ。

 

たびたびメリュジーヌの口から名前が出ていたのだが、それに気付かずに、後頭部に手を当てながら、誤魔化して去ろうとするその姿は、あの妖精騎士ランスロットと凄まじい大立ち回りを演じていた者とは思えないほどに、情けなく見える。

 

「おい、貴様、何を勝手に去ろうとしている」

 

「……チっ、誤魔化せないか」

 

「当たり前だ!」

 

「悪いけど、見ての通り、今ごたついてるんだ。文句は後で受け付けるから――」

 

「――待て」

 

ここに来て、初めてモルガンが口を開いた。

 

その声に、ガウェインも口を紡ぎ、そのまま誤魔化して、去ろうとした透も足を止める。

 

「赤い鎧の男よ。お前の名を聞こう」

 

あまりにも重々しい。その言葉。ちょろまかして逃げようと思ったが、逃げるわけにはいかないと、誤魔化すわけにもいかないと、不思議と考えた透は、答える。

 

「トオル、相馬透だ――です」

 

慣れぬ敬語で答えた後、女王は、一度名前を呑み込むように一拍置いた後。

 

「ソウマトオル――そうか……」

 

1人、感慨深げに呟いた後、再び問いを投げかける。

 

「トオルよ。なぜ我が妖精騎士と戦う? ランスロットがあの姿を見せるという事は余程の事だ。場合によっては、双方、生かしおくわけにもいかぬ」

 

そう、問いを投げかけた。

 

これは、内容を選ばねばならない場面だが、何故か、嘘は絶対に見破られるという確信があった。

 

「別に、ただの喧嘩だよ。アイツがバカな事をしようとしてるから、俺が止めに入ってるだけ。ちょっと、夢中になりすぎて、その、色々ぶっ壊しちまってるけど……」

 

「貴様、陛下に何という態度を――」

 

「よい、許す」

 

噛みつこうとするガウェインを嗜めるモルガン。

 

その柔和な態度に一抹の安心を覚えながら。今後の問いかけを予想する。

 

(そのバカな事はなんだとか聞かないでくれよ?)

 

下手をすると、指示もないのにランスロットが反乱軍を虐殺しようとした事を罪に問われるかもしれないし、逆に、反乱軍を滅ぼそうとした事を邪魔した自分が罪に問われる可能性もある。

 

鏡の氏族長の死亡阻止による巡礼の邪魔。とかなんとか言ったところで言い訳になるかどうか……

 

「成程、では私に、敵対する意思は無いと?」

 

どつやら納得してくれたようだ。

その質問はありがたい。

 

「――ああ。逆に、俺は、アンタの治めるこの國を護りたいと思ってる」

 

「ほう――? それは何故だ?」

 

興味深そうにこちらを見る女王の眼は、やはり、カルデアや妖精達が言うような、悪の女王らしい恐怖や不快感を一切感じ無かった。

 

「故郷だからだよ。愛国心ってヤツ。それとあんたのイデオロギーにある程度は賛同してるからってのもある」

 

「故郷……お前は、汎人類史から来た訳ではないのか?」

 

「さあ、そこの所は覚えてないんだよ。この国では妖精歴って言われている時期にいたはずなんだけど、そっから異世界に行って、んで戻ってきたんだ」

 

「記憶がないと?」

 

「ああ、妖精國に関する記憶がな。ここに来る時に無理をした後遺症だってのは理解できるんだがな」

 

「では、何故愛国心を持つ? 記憶が無いのだろう?」

 

「なんとなくとしか言えない。魂がそう言ってる。みたいな理由じゃダメか?」

 

その言葉と、これが誠意だとばかりに、そう言って、アイアンマンの頭部をナノマシン上で分解し、顔を見せる。

 

その表情を見たモルガンは、一度間を置いた後、その口を開いた。

 

「この國を護るという言葉、信じよう。妖精騎士ランスロットとの諍いを終えた後、この玉座に再び来るが良い。貴様の言う交渉とやらも聞いてやろう」

 

「陛下!?」

 

「――マジ?」

 

透はその意外な答えにポカンとするが、ハッと気付いたように、片膝を落とす。

 

「――ありがとう。いえ、感謝致します、女王陛下」

 

「我が國最強の妖精騎士と謳われるランスロットと互角に争えるその力。期待しているとだけ言っておこう」

 

メリュジーヌのものだろう、ジェット噴射のような爆音が響く。

 

「ああ、どうも!」

 

急ぎ、大穴へと続く窓から飛び込む透。

 

暫くの落下の後、空を駆ける。そこに、青い光が合流し、再びのぶつかり合いが始まった。

 

 

 

モルガンとのやりとりを見た上級妖精及び、ガウェイン達は呆気に取られた表情をしていた。

 

「これで会議を終わる。妖精騎士ガウェインよ、今からこの場の修復に入る。お前も一度退室し、扉前にて待機せよ」

 

「ハッ!」

 

その言葉と共に、即座に気持ちを持ち直したガウェイン。何かを言いたげな上級妖精達も、逆らう事はできず、大広間から退室していった。

 

 

モルガンのみになった大広間。

 

モルガンが槍を振るう。瓦礫と化していた床や天井がみるみるうちに修復されていく。

 

その様子をどこか他人事のように見ながら、先程の彼を思い出す。

 

「まさか、本当に?」

 

妖精歴を共に駆け抜け、そして、死に別れたヒト。

 

名前も同じ、感じ取れるその気質も。

 

その顔も。

 

アルビオンの末裔である彼女にご執心のようだが、成程、苦しむ者を放っておかない彼であれば、あの境遇の彼女と惹き合う事もあるのかもしれない。

 

浮かぶのは喜びと少しの嫉妬心。わずかなそれを心の奥に隠しながら、今は彼本人である事を願い、今後のことを思考するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾度も幾度も、光の螺旋を描きながら、超高性能戦闘機がぶつかり合う。

 

「なんで、そんなにオーロラの為に働く!? あの妖精がお前に何をしたってんだ!?」

 

お互いを罵り合う子供のような喧嘩は形を潜め、いよいよもって本題と相なった。

 

「私が生まれたのは彼女のおかげ――!恩があるから――私の命は彼女の物。彼女の願いを叶える為に、私になった――!」

 

「大雑把すぎて納得できるかよっ!」

 

透がたまらず叫ぶ。

 

「私は――、私は、あの竜の腐り落ちた左手だった!」

 

「――!」

 

納得いかないと迫る透に、メリュジーヌはその重い口を開く。

 

「あの沼で、腐ってドロドロになった汚らしい肉片だった!」

 

ツインブレードとヴィブラニウムソードによる鍔迫り合いが始まる。

 

「そんな私を――掬い上げてくれたのが、彼女だ! その時――その時私は、カタチを持った。はじめて"美しいもの"を見たんだ! 」

 

徐々に、メリュジーヌの方が透を押していく。それは、意志の強さと連動しているようだった。

 

「考えることもしない細胞でしかなかった私が、オーロラのようになりたいと、はじめて意思が動いた!」

 

メリュジーヌが上から、ツインブレードを何度も叩きつける。その勢いに押され、段々と高度が落ちていく。

 

「私は、彼女の為なら何でもする! それが私の存在理由! それが私の喜び――!!」

 

その理由に透は逡巡していた。

 

ランスロットは、メリュジーヌが今ここにいるのは、オーロラによるもの。

 

恩人などという言葉で表現するには、足りない程に、オーロラは彼女にとって大きな存在なのだろう。

 

まさしく、彼女にとってのオーロラは、自分以上に大切な――

 

「だから――お願いだから、邪魔しないで!!」

 

 

その言葉と共に、両手のツインブレードを同時に叩きつける。その圧力に吹き飛ばされ、透は落下していく。

 

 

それは、メリュジーヌによるオーロラへの想いに、根負けし、敗北したかのようにも見えた。

 

長く長く、落下していく。

 

 

 

 

 

 

ああ、本当に彼女は――

 

 

 

 

 

 

なんて、苦しそうに――

 

 

 

 

 

 

 

自身に宿る愛を語るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ホロマップ投影機で見た鏡の氏族を皆殺しにする時の彼女の表情。オーロラを語る時もそうだ。

 

違和感が拭えない。

 

そのようなきっかけでオーロラを愛したのならば、それ程に心酔しているのならば、あれ程に愛を苦しそうに語る事があるのだろうか。

 

それ程に愛しているのならば、その愛の為の行動に、迷いを持つことがあるのだろうか。

 

ふと、城で、メリュジーヌを蔑んでいた妖精の言葉を思い出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オーロラ様の言う通り。なんておぞましい姿なのかしら。醜い腐ったケダモノのよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイアンマンの、全身のスラスターが同時に稼働する。

 

落下直前に、体制を立て直し、足元をナノマシン操作によってブースターの形に。噴射剤を吹きながら、音を突破し、メリュジーヌへ一瞬で接近し、武器を振るう事もなく、そのまま突撃。

メリュジーヌの両腕に掴み組みついた。

 

 

「――っ放して!!」

 

 

飛行しながら組みつく2人、メリュジーヌも抵抗するものの、透の力、アイアンマンスーツの力、そして魔術による強化を施された力に、振り解くことが出来ない。

 

「なあ、最初に言ったよな……嫌そうな顔をしやがってって」

 

 

「それが、何!?」

 

 

「お前、オーロラからどういう扱いを受けてるんだ?」

 

「――っ」

 

 

メリュジーヌの表情が、絶望に染まる。

 

 

「なあ、オーロラはお前に何かをしてくれてるのか?」

 

「……めて」

 

「言葉でも、態度でも、ほんの少しでも、オーロラから、お前を愛してると、大切だと、示してくれてるのか?」

 

「……やめて」

 

「裏で何か陰口を叩かれてたりしてるんじゃないか? お前、それを知ってるんじゃないか?」

 

「やめてって、言ってるのに……!!」

 

 

メリュジーヌの全身から魔力が迸る。

 

それはまさしく、爆発そのもの。拒絶するかのように飛ばされた衝撃に、透は吹き飛ばされるものの、すぐに体制を立て直す。

 

その態度に答えの全てがあった。

 

そして再び、幾度となく繰り返した並走飛行が始まる。

 

「もう、やめろよ……」

 

「何が!?」

 

「何でそんな……っ! そんな馬鹿な事に心をすり減らして、オーロラに、そこまで捧げる価値があるのかよ!!」

 

螺旋を描くように光がぶつかり合う。

 

「貴方に何がわかるの!オーロラの事を何も知らないくせに! 愛する人の為に行動することの、それの何がいけない事なの!?」

 

「お前が、辛そうだからだよ!!」

 

「なにを――!」

 

「無償の愛とやらを否定はしねーよ! 見返りを求めない愛なんて物を、精一杯捧げてる奴を、何人も見た事もあるよ!」

 

「だったら!」

 

「でもお前とそいつらは違うんだよ!! お前は全然満足してねーじゃねーか!! 見返りがない事に苦しんでるじゃねーか!!」

 

透が叫ぶ度に、メリュジーヌの表情が苦しげなものに変わっていく。

 

「自分で自分を誤魔化せてない癖に、愛に縋って、心をすり減らして!」

 

「そんな事……っ!」

 

「このままこんなの続けてたら、お前はいつか壊れちまう!! そんなの俺は絶対に嫌なんだよ!!」

 

その言葉にメリュジーヌは苦し気に唸る。

 

「そんなの……そんな事言われてもっ!」

 

「反乱軍も関係ない!! 俺は絶対にお前を止めるぞ! これ以上お前が自分を傷つけるのを、黙って見てられるか!!」

 

家族でもない、主従でもない、対等な存在である彼の思いが、彼の怒りが、痛い程に言葉から伝わってくる。

 

今までずっと、捧げる側だった自分が、捧げられる”愛”に戸惑う事しかできない。

 

彼からの愛に、一抹の喜びを覚えても、何かがそれを否定する。

 

彼女への愛の為に数々の罪を犯してきた事実が、捧げて来た愛への思いが、彼女へのあこがれが、透の思いを否定する。

 

あまりにも辛くて、あまりにも苦しい。

 

「うああああぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

心いっぱいに叫ぶ。魔力を放出する。

 

その圧力で、透を吹き飛ばす。

 

どうして、どうしてどうしてどうして――!

 

メリュジーヌの圧力が、今までの比ではない程に膨れ上がる。

 

「くっ」

 

その圧力に押され、透が呻く。

 

メリュジーヌからの、これまでにない程の圧力を感じ取り、危険を察知し、一度体勢を立て直そうと、距離を放す為に、スラスターを噴射する。

 

それを、後ろからメリュジーヌが追いかける。

 

「どうして――!」

 

メリュジーヌが小さく呟く。

 

「どうして私を苦しめるの――」

 

その言葉が透には届かない。

 

「どうして、オーロラだけを愛させてくれないの――」

 

メリュジーヌの前方に光の輪が出現する。

 

「どうして、あの時、あの沼にいたの――」

 

その輪を潜ると、再び、輪が出現する。

 

「どうして、あの時、私をあの沼から掬いあげたの――」

 

2つ目を潜る。

 

「どうして――あなたが最初じゃなかったの――」

 

3つ目を潜り抜けた。

 

メリュジーヌの体が光に包まれ、その形を変えていく。

 

それはまさしく竜だった。人としての姿は消え去り、完全なる竜の姿へと転身していた。

 

「あなたさえ――」

 

竜の胴体が開き、中から剣のような物が現れる。

 

「あなたさえいなければ――!!」

 

 

 

こんなに苦しいことは無かったのに――

 

 

 

 

「はああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

――誰も知らぬ、無垢なる鼓動(ホロウハート・アルビオン)

 

 

 

 

 

 

 

竜の胴部から発射された破壊光線が、透を襲う。

 

「クソッ」

 

悪態をつきながら、リパルサーとユニビームを同時発射し、破壊光線へと向ける。

 

全てのエネルギーをそこに注ぎ、破壊光線を推しとどめようと、抵抗する。

 

「ぐぅううううううううううううう」

 

しかし、完全に圧しとどめる事ができない。徐々に徐々に、メリュジーヌから放たれた破壊光線が、凄まじい熱量と共に迫って来る。

 

やがて、抵抗空しく、アイアンマンは、光の奔流に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁ、あぁぁぁ」

 

視界に広がるのは、どこまでも広がる美しき黄昏の空。

 

その空の中でも一際目立っていた赤い姿は、存在しない。

 

「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」

 

空の中舞う竜の鳴き声が、空しく響き渡るだけだった。

 

 



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アルビオン

ちょっと話が長くなったので分割しました。
明日か明後日にでも続きを投稿しようと思います。




カルデア一同が、全速力でロンディニウムに向かっていた。

 

ニュー・ダリントンにて、地下からの脱出を果たした後、どうやらランスロットと何者かが暴れ回ったらしく、状況がしっちゃかめっちゃかになっていた。結局、予想していたベリル・ガットの強襲も無く、そのまま建物を脱出し、色々合流した後。

ロンディニウムが女王軍に襲われている。という情報が入って来たのだ。

 

アルトリアは杖をより強く握る。

 

――巡礼の鐘は氏族長の死体である。

 

その事実が、彼女のガレスの安否に言いようのない不安を募らせる。

 

何よりも、何故かわからないが、彼女の死を、確信してしまっている自分がいるのだ。

 

最期の鐘を鳴らす自分を明確に想像できてしまう。

 

それは、まるで実際に経験したことがあるような感覚で。

 

その先の未来を覚悟しなければならないと、自分に言い聞かせていた。

 

遠くに響く竜の慟哭や凄まじい魔力に、周りが慌ただしくしている中、アルトリアは杖を強く握るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああぁぁぁぁぁあぁ――っ!」

 

メリュジーヌ。アルビオンの化身たる存在。

 

ブリテンの黄昏の空に竜の慟哭が広がっていく。

 

 

殺した。殺してしまった。

 

オーロラのように、愛する人のように、戸惑う事なくあの泥から掬い上げてくれるような素敵なヒトを、私の為に、私と戦ってくれたヒトを。

 

私への愛を示してくれたヒトを。

 

私は、私の愛の為に、もう一つの奇跡を、もう一つの愛を消してしまった。

 

ごめんなさいミラー。

 

ごめんなさいトール。

 

 

 

鏡の氏族を虐殺した時と同じか、それ以上の贖罪の思いが駆け回る。

いつまでこのような苦しみを味わえば良いのか。

そう思ったが、その苦しみから解放したいと、そう言ってくれたヒトはもういない。

自分の手で殺してしまった。

 

それは、ある意味ではこれまで以上の絶望だった。

 

このままでは、メリュジーヌは、妖精の姿へ戻る事もできないまま、悲しみに暮れ続け、いずれは厄災へと至る可能性を孕んでいる。

あるいはオーロラがメリュジーヌに愛を示すなどの行動を取ればどうにかなったかもしれないが、空を飛ぶ彼女に近づく事もできなければ、そもそもとして、今この状況を知る事もない。

状況は絶望的である。

 

徐々に、メリュジーヌのとしての意識が薄れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに、変化が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

メリュジーヌの遥か上、丁度背中の真上に当たる位置に、()()()()()()()()

その輪は、別の場所と次元を繋げる特殊なゲート。

 

 

今この妖精國に、そのゲートを開くことが出来るのはただ1人。

 

その男は、ゲートから飛び出し、スカイダイビングのように両手足を広げて、メリュジーヌの背中へと、落下していく。

 

メリュジーヌの誰も知らぬ、無垢なる鼓動(ホロウハート・アルビオン)に消しとばされたはずの、相馬透だった。

 

 

透は、気付かないままのメリュジーヌの背中に着地し、その両手を背中に当てる。

 

「俺の、勝ちだ――」

 

「――ッ」

 

その宣言と共に、稲妻が、メリュジーヌの体を迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

透から発せられた雷によるショックで、意識を取り戻したメリュジーヌ。

 

先程までの絶望感が薄れ、意識を体に向けてみれば、わずかな痺れを感じたものの、それ以外さしたる変化はない。

 

それよりと、今重要なのは――

 

 

「トール……っ トール!」

 

「何だよ、死んだかと思ったか?」

 

「無事だった……!」

 

「――たりまえだろ」

 

オーロラと彼の間で板挟みに合い、結局のところ、オーロラを取った。取ってしまった。

その形として、本能のまま。最大の攻撃(ホロウハート・アルビオン)を放ってしまった。

 

申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、それ以上に、生きていてくれた事が嬉しかった。

一度失ったと思ったからこそ、その存在の大切さに気付くものだ。

 

――戦意は、既にお互いに消失していた。

 

 

「この通りピンピンしてる。ま、マジで死ぬかと思ったけどな……」

 

言いながら透は、やってくれたな。と背中を2回軽く叩く。お仕置きのつもりだろうが、むしろなんだがくすぐったかった。

考えてみれば、背中に乗られているのだ、気恥ずかしさが込み上げてくるが、それよりも聞きたいことがある。

 

「どうやって……?」

 

その問いに透が動く。自分からは見えないが、何かをしているらしい。

少し経つと、突然、前方に巨大な光の輪が現れた。その輪の中には、小さく自分の背中が見える。

 

その現状に驚愕するが、回避も間に合わず。その輪を通った瞬間、視界と共に重力の向きが変わった。

地面に対して平行に飛行していた筈の体が、真下に向かっていたのだ。

 

「……っ」

 

「っとと」

 

バランスが崩れ、急ぎ体制を立て直す。その際に、落下しそうになった透が羽の付け根をギュッと掴んだ。

 

「――ひぁ」

 

「あ、悪い! 痛かったか!?」

 

「い、いえ、そ……そんな事はないわ。大丈夫」

 

今まで受けた事のない感触に、思わず声が出てしまった。

 

「今のは、空間転移?」

 

「そういう事だな」

 

 

光線を受け、赤い鎧。アイアンマンのビームで対抗したものの、徐々に押されていくのを確認した透は。背中からスーツを脱いだ。

 

アイアンマンは自立行動も可能なスーツであるため、脱いだとしてもそのまま稼働する。

 

ビームへの抵抗をアイアンマンスーツに任せ、自分は空間転移で脱出。という事らしい。

残念ながらアイアンマンスーツは破壊されてしまったが、元より、ナノマシンの集合体だ。修理は可能。その為の施設もある。

 

しかしこれ程まで気軽に空間転移の魔術を使えるとは、透は実は凄い魔術師なのだろうか。魔法と魔術の違いもわからないのに。

 

メリュジーヌはそう思いながら、飛行を続ける。

 

「ま、切り札は最後まで取っておくってな。卑怯だなんて言うなよ? お前だって、この姿を秘密にしてたんだからおあいこだ。それよりも、この戦い俺の勝ちで良いよな? 最後のヤツは手加減したたけで背中をとって、無防備な所に一撃決めたんだから。俺の勝ち。決まりだ」

 

 

そのあっけらかんとした態度に、本気で殺そうとしていたという罪の意識が薄れていってしまう。

そして、こちらは殺す気であったのにも関わらず、尚変わらない態度に安心してしまう。

一度自分の手によって失なってしまったと思っていた大切な存在が、生きていてくれたその事実に嬉しさがこみあげてしまう。

勝敗などどうでも良かった。

そちらの勝利で構わないと、答えた後、

ひとつ――聞きたいことがあった。

 

「怖くないの?」

 

「何が?」

 

「見ての通り、私は竜よ、鏡の氏族を皆殺しにして、貴方まで手にかけようとした。罪深い、恐ろしいドラゴン。それも既に腐り切った肉が元となった残骸。気味が悪くないの?」

 

 

「……」

 

 

その問いに、透はしばし無言になる。

真剣に考えているのだろうか。

と思えば何だか、背中でゴソゴソし始めた。

「フンフン」と息を荒げている気もするが。

 

 

「別に臭くないぞ。うん、どっちかと言うと良い匂いだ。クセになりそうな匂い」

 

体が傾いた。

 

「あっぶな! おい!」

 

「こっちは真剣に聞いてるのに!」

 

本当に、この男は――

 

そのやり取りの後、透は背中を撫で始める。優しい手つきだった。

 

「まあ……そうだな」

 

しばらく、背中を撫で続ける透。その感触が既に答えのようなものだった。

 

「俺さ、ドラゴンの背中に乗るのが夢だったんだよ」

 

 

「夢を叶えてくれてありがとう」と、伝えられたのは感謝の言葉。それが彼の答え。

受け入れてくれた嬉しさと、腐り落ちるだけだった自分が誰かの役に立てた事への感激と、そんな自分を気遣ってくれる彼の優しさに、胸の奥が熱くなる。涙が流れそうになる。

 

「それに――」

 

「……それに?」

 

透が何事か呟こうとしたのだが、彼は言葉を止めてしまった。

 

「ああ、いや、その……さ……」

 

言いにくい事なのだろうか。

 

彼は暫く迷った後、口を開いた。

 

「俺さ、大元の、俺が生まれた世界をさ、滅ぼしちまったんだ」

 

それは、言い渋るのも当然の、とてつもない内容だった。

 

「元々俺の世界はとある世界の代替品だったんだ。色々調べたけど、この世界で言う汎人類史に近い歴史を辿ってるっぽい。凄いだろ? 人間が、その叡智の力で、世界そのものを作り上げたんだ」

 

彼から語られる内容は、信じられないことばかりで。

 

「そこで、俺はその世界を作った創造主に、神の子として選ばれた」

 

それを語る彼が震えているのを、背中の感触から感じ取る。

 

「世界を作るのは2度目らしくて、一つ目は内部に裏切り者がいたりだとか、その世界の人間の反乱があったりだとかで失敗したんだ。ウケるよな。そんでさ、大半の人間が世界創りを諦めて。諦めなかった奴らで作ったんだけど、その2個目の世界は欠陥だらけ。俺は、神の子なんて言われたけど、程の良い欠陥部分の処理係。俺は、欠陥、その世界の生命体全部をこの手で皆殺しにしたんだ」

 

そう語る彼はとても苦しそうで。その話が決して、作り話ではない事を物語っていた。

 

「――なあ、俺の事、怖いと思うか?」

 

きっと、この話を始めたのは、自分を気遣っての事なのだろう。

俺の方が恐ろしいと、俺の方が罪深いと、他人を上げる為に自分を下げる不器用な慰め。

 

そして、彼があの湖水地方で、1人でいても構わないと宣言していた理由も納得できた。

彼は、本音では誰かと共にありたいと思っていても、世界を滅ぼしたという罪が、自身が怪物であると言う自負が、孤独でも構わないという考えに至っているのかもしれない。

 

私の為に、震えながら身の上を語る彼を、優しくて不器用な彼を、恐れるはずは無い。

 

怖くないと、直接言うのも何だかそれは違う気がして。

 

「私、背中に人を乗せるの、初めてなの」

 

「? ああ、そうなのか?」

 

「乗せる事すら考えたことがなかったけれど。貴方を乗せて、飛んでいると思うと。貴方の夢を叶えてあげれたと思うと、それがね、それが、凄く嬉しい」

 

精一杯、彼を受け入れたいという思いを言葉に変えた。

 

「――ありがとう」

 

その会話を最後に、2人は純粋に、空の旅を少しばかり楽しんだ。

 

お互いの罪を、弱音を、色んな事を共有した二人。その絆はより一層深まっていった。



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白い竜

「なあ……」

 

暫くの遊泳飛行を楽しんだ後、不意に透が口を開いた。

 

「オーロラの事なんだけどさ」

 

「うん……」

 

やはりこの話になるだろう。

 

「鏡の氏族を殺すように命令したのもアイツだろう?」

 

「……彼女は、この妖精國で最も美しく無ければいけない存在だ。彼女の行動原理はすべてがそこにある」

 

「それが、なんで鏡の氏族やら今回のロンディニウムの襲撃に繋が――」

 

ハっと、透は一つの事実に気付く。

 

「予言の子か……」

 

つまりはこう言う事だ。

エインセルが救世主が現れるという予言をもたらした。救世の予言が、オーロラへの注目度を下げた。

その時の彼女の対策が、自ら輝きを増し、注目を集める事では無く、注目を集めていた存在を消すという事だった。

 

「何でそっちの判断に至った? 自分を高める方法を選ばなかった理由は? 美しくなければいけない存在なんだったら、常に自分を高める努力も惜しまないように思うが」

 

「それはダメよ。自分を高めるという事は、今の自分が最上でない証明でもあるという事」

 

「成る程な……」

 

最初からそういう存在で。そういう手段しか選べない。

周りからしたらたまったものではない。だが、そう生み出された存在という意味では、一概に容易く悪とするにはあまりにも哀れだ。

突き詰めていけば、そういう生命体として妖精を作り出した神のような存在こそが悪だろう。

 

ロンディニウムも似たような理由だろう。兵士達は、『尊き方の温情を無視し続けた罰』だと言っていた。その尊き方はオーロラの事。

ソールズベリーへの軍入りを反乱軍が断り続けた結果という事だ。聞けば、リーダーはランスロットの弟分。オーロラの性質に気付いていたのかもしれない。

更にらオーロラを脅かす別の輝きの代表である予言の子はロンディニウムを率いている。

そこに、たまたま鏡の氏族長がいたのは別の思惑を感じるが、そこはまあ、後で良い。

 

「答えたくないならそれで良いんだけどさ、ランスロットは、オーロラに何を言われたんだ?」

 

オーロラについては納得しておこう。問題はそんな存在の為に心をすり減らす彼女だ。

 

大方オーロラがランスロットを掬い上げた理由は、美しい妖精であろうとする故の演出であるのだろうが、そんなオーロラの性質を置いておいても、どんな理由であろうとも。オーロラのランスロットを救った行為とその結果は奇跡と称しても良いだろう。素晴らしいことをしたと褒め称えられるべき事でもあるし、心酔する気持ちもわかる。

だが、ランスロットは、そんなオーロラを心酔し切ってはいない。

だからこそ、苦しんでいる。

 

 

「――っ私が、鏡の氏族を滅ぼした後、オーロラの為に皆殺しにした後、オーロラの元に帰ってきた時、他の妖精に話しているのを聞いてしまったの」

 

 

ランスロットの言葉に悲しみが広がっていく。

 

 

「体どころか心まで汚れたケダモノだって……! 所詮は自分の真似をしているだけだって! 思うだけでも汚らわしいって――!」

 

それは聞くにも痛々しい、彼女の存在を全否定する言葉だった。

 

「私は、どれだけオーロラの為に罪を重ねようとも、オーロラから愛されてなんていない! 愛される事もない、それを知ってしまった……! それでも構わないと、無償の愛を貫いたつもりだったけど、心の底から自分を誤魔化せるほど私は強くなかった……でも、やっぱり私にとってのオーロラは大切な存在で! だから、どうしようもなくて……それが辛くて……!」

 

「もういい……ごめんな。思い出させてごめん」

 

オーロラに悪意があったかはわからない。その場凌ぎの悪口だったのかもしれない。

井戸端会議で旦那の愚痴を言うような軽い気持ちだったのかもしれない。

 

――妖精國でもっとも美しい妖精

 

そう称されるランスロットに、何処かで憤りを覚えていたのかもしれない。

 

ふとした言葉が誰かを傷つける事はある。その大半は、後で解決できるものではあるが、

オーロラが心どころか存在そのものの支えである彼女には、言葉以上に酷く乗しかかっただろう。

 

「でも、オーロラの言う事は間違っていない。やっぱり私は醜いケダモノだから。貴方は受け入れてくれたけど、やっぱりそこは変わらないから」

 

オーロラの性質を理解しながら、報われないと分かっていながら、報われない事を悲しいと感じていながら、そう生きる事しか出来ない彼女に、自分を醜いと信じ切ってしまっている彼女に、心が痛む。胸が苦しくなる。こうして言葉で伝えても、変わらない事に、それがあまりにも悔しくて、涙が出そうになる。

 

どうにか苦しみから解放できないか。せめて、彼女は決して醜い存在ではないと伝える事は出来ないものか――

 

「ああ、そうか……」

 

「? トール?」

 

「なあ、少し付き合ってくれないか?」

 

 

そう言えばと、思い出したものがある。コレが彼女の為になるかは分からない。だが、今の自分に出来るだけの事はするべきだ。

 

向かう先は竜骸の沼。

 

ランスロット自身が眠るあの沼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

メリュジーヌが空から沼の地へ降り立ち、透が降りやすいように頭を下げる。それに従い、透もメリュジーヌの背中から降りた。

「ありがとう」と感謝の言葉を入れながら自然な動作で頭を撫でる。メリュジーヌも、それを自然と受け入れていた。

 

 

「一体、どうしたの?」

 

「約束のものを見せようと思ってさ」

 

 

言いながら透はゆっくりと、沼の周りを歩きながら、空中をポンと叩く。

 

すると、叩く先の空間が揺れ、文字や図形が現れた。空中ディスプレイとでも言うべきそれが、周辺へと広がっていく。

 

見れば、機械でできた飛行物体を十数台が現れ、透の周りを一度滞空した後、沼地全体を囲うように配置されていく。

 

 

「Binarily Augmented Retro- Framing《バイナリー・オーグメンテッド・レトロ・フレーミング》」

 

「何の名前なの?」

 

「システムの名前だよ。略してBARF(ゲロ)

 

「ひどい名前ね」

 

素直な感想に。クスリと笑う。

 

「略称はいまいちかもな。まあ、これは、恩人の会社が作ったシステムに改良を加えたものなんだけど」

 

説明しながら、腕をわしゃわしゃと動かし、空中に浮かぶさまざまなデータを手の中に集める。文字や図形の羅列が混ざり合い、光の玉になっていく。

 

「それを使って何をするの?」

 

その光の球を両手を合わせて握りつぶし――

 

「こうする――!」

 

その手を一気に広げた――

 

瞬間、光が広がり、世界が変貌した。目の前にあったはずの暗い沼は、突然に、美しい湖へと変わったのだ。

 

メリュジーヌは驚愕した。

 

魔術や魔法。そういった類の力を全く感じる事がない無いままに、目の前の景色が一変した。

まるで夢を魅せられているような感覚。

だが、風を感じる。湖から感じる冷たさも、臭いも。

 

魔術や魔法の類なら確実に感知するメリュジーヌにとって、それは初めての感覚で。

そういった類の力ならばそれを感じ取り、幻覚や夢であることを看破する事ができるのだが。

目の前の景色はまごうこと無き現実のように感じ入る。

 

 

 

Binarily Augmented Retro- Framing《バイナリー・オーグメンテッド・レトロ・フレーミング》

 

スターク社が開発した、メンタルセラピー用のシステム。

 

脳の海馬をジャックし、過去を読み取り解析。拡張し、ホログラムとして構成するシステム。

 

記憶と向き合う事ができるセラピー用のシステム。

 

透はそこに、無限城の仮想現実のシステムのロジックを取り入れた。

 

無限城は、現実と仮想現実が入り乱れる半仮想空間であり、その仮想現実を作り出すシステムは脳に直接作用するもの。

 

人間は脳に支配された存在である。

 

例え現実では目の前にリンゴが存在していなくとも、脳が直接リンゴがあると思い込めば、それは存在しているのと同じ。

 

その仮想現実のシステムは、命すら容易く奪う事の出来るほどのリアリティを持ち。それこそ仮想空間内で高い場所から墜落すれば、

本当に死んでしまうほどのものである。

 

そのリアリティさを活かし、透は、メリュジーヌとの約束に利用する。

 

 

 

 

その約束とは、竜骸から想像した、竜のスケッチを見せるというものである。

 

 

 

 

「これは……?」

 

メリュジーヌの疑問に、透は無言のまま導くように手の指先を、湖の方に向けた。

 

それに促されてしばらく見ていると、湖が波紋を起こす。

 

やがて波紋の中心点から、巨大な何かがせりあがって来た。

 

それは湖の水全てを押しのけるほどの巨大さで、その体表面に表面張力によって水を纏いながら、地表へと現れた。

 

やがて、はじかれた水が雨となり、メリュジーヌと透の体を濡らす。

 

その雨が止んだ頃、現れたのは、巨大な、白い美しい体の――

 

 

 

 

――まごうこと無き竜だった。

 

 

 

 

「——っ」

 

その姿にメリュジーヌは息を呑む。

 

これは、この姿は――

 

その姿に驚愕をしている間に竜は翼を広げ、空中へ浮遊する。

 

その竜はこちらへと首を向け、しばらくの対空状態を続けた後、やがて光に包まれた。

 

その光は、どんどんと小さくなっていき、やがて人の形となっていく。

 

それはメリュジーヌの良く知る姿。しかし、異なるのは、その翼。

 

竜になりきる直前のメリュジーヌの容姿。その竜化した部位の全てが白くなっていた。

 

その姿のメリュジーヌが、今の竜の姿を持ったメリュジーヌへと近づいていく。

 

二つの影が重なり、そのまま光に包まれ。

 

やがて、白い羽の少女の姿一つとなった。

 

 

「実は、ミラーにランスロットがこの竜の化身みたいな存在だったって事を聞いててさ。アルビオンって名前も含めて、ランスロットをイメージして、白い竜の姿を作ったんだ。最後の演出は、ランスロットの頭を直接読み込んで作られてるんだけど」

 

気恥ずかしそうに、ネタ晴らしをする透。

 

「まさか、本当の姿は黒かったなんてかけらも思ってなくて、ちょっと妄想入っちゃったけど、その、どうだっ――!」

 

透は最後まで、言葉を発する事ができなかった。

感想を聞こうとメリュジーヌの方を向こうとした途端、突然、元の妖精の姿のメリュジーヌに抱き着かれたのだ。

 

胸元に顔を埋めた彼女の表情は伺うことは出来ないが、震えているのがわかる。

 

「全然違う」

 

「え?」

 

「細かい箇所も違うし、大きさも違うし、角の形も違う」

 

「……それは悪かったよ」

 

「でも、でも……すごく綺麗」

 

「あぁ、それはそうだろ、お前をイメージしたんだから」

 

「そうなんだ……これが、トールにとっての『私』なんだね……」

 

メリュジーヌの声は震えている。

 

「ありがとう……ありがとうトール。素敵な私をありがとう」

 

しばらく、抱き着くメリュジーヌ。

BARFによる改変はまだ維持されており、その姿は、白いままだった。

 

透は不意に口を開いた。

 

「なあ、オーロラに生きる意味を見出すのも良いんだけどさ……」

 

「トール?」

 

突然何の話をしだすのだろうと、メリュジーヌは抱き着いたまま顔を上げ、透へと視線を向ける。

 

そのメリュジーヌの顔を見て、距離の近さに今更驚き、今の状況を理解し、体が熱くなるのを自覚する。

 

「いや、その……なんというか」

 

これから話す内容もあって、透は、凄まじく恥ずかしい気分になり、言いよどむ。

 

「その、そういうの、俺じゃダメか?」

 

「え……?」

 

ポカンとしたメリュジーヌの表情に、何かを察した透は、慌て始めた。

 

「あー! ちがっ い、いや、そのさ、愛を発信する相手ばかりじゃなくてさ、その、お前に愛を与えたいって人をもっと見てやらないかって話でさ! その、ホラお前の弟さんとか! あ、あとコーラルとか! あの妖精、結構お前のこと心配してたみたいだしさ! そういう奴らと――」

 

その姿は告白をした後に、断られる事を察して、実は嘘でしたーとか言ってごまかすような類のそれだ。

 

そんな、恰好悪い男の姿をひとしきり見せた後、一度咳払いをしてから、覚悟を決めたように、改めて言い直す。

 

 

「俺、ランスロットの支えになりたいんだ」

 

「あ……」

 

その言葉に、メリュジーヌの顔に熱が籠っていく。

 

「お前が悲しむのを見たくない。ランスロットが辛いと俺も辛くなる。でも逆に、ランスロットが嬉しそうだと俺も嬉しいんだ」

 

 

体の震えを感じながら、その言葉を聞き入れる。

 

メリュジーヌにじんわりと、透の言葉が体に染み渡っていく。

その心地よさに体が震えるほどだった。

 

「その、つまり何が言いたいかというと――」

 

「うん。私も――」

 

言い切る前に、メリュジーヌが答えた。それ以上、透からの言葉は必要ないとばかりに。

 

「私も貴方と同じ、貴方が嬉しくなると私も嬉しくなる。貴方が悲しいと、私も悲しい」

 

そう、応えた。

 

「そう、そうか! あぁ良かった……! うん、ちょっと想像と違う流れだけど」

 

言い切ることすら出来ないとは、何とも情けなく、格好悪いと、気恥ずかしい思いを振り払い、指を弾き、BARFを解除する。

 

 

湖は沼へと戻り、周りの風景も元に戻っていく。

しかし、唯一変わらないものがあった。

 

メリュジーヌの体だ。BARFを起動する前の竜の姿に戻るどころか、少女の姿を維持したまま、仮想現実と同じように、白い翼のままとなっていた。

 

その姿に透は酷く焦る。

 

「わ、悪い! すぐ戻すから――!」

 

慌てて離れようとする透を抑えるように、抱きしめる腕に力を入れる。

 

「いい、いいの、このままで良いの。これが良いの」

 

その目には涙が流れていた。

今までとは違う、悲しみの涙ではなく。喜びの涙。

 

 

「もう白い翼なんて持つ事が出来ないと思っていたけど、こんな奇跡が起こるなんて――」

 

抱きしめるのをやめ、一歩だけ下がりメリュジーヌはほんの少しだけ浮遊する。

 

「ありがとう。トール。本当にありがとう」

 

透と目線が合う位置まで浮かび上がり。

再び。その距離を縮めていった。

 

 




お読みいただき本当にありがとうございます。
本当は、メリュジーヌによって主人公は死亡し、ループが始まるというオチだったのですが、この作品の為に6章を読み直して、幸せなお話にしなければと方向転換しました。

書きたかったから書きました。
後悔はしていません。

次回は、女王との謁見やカルデアとの交渉話。再びのカルデアへのアンチ要素が入ってきます。





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絶望

今回でメリュジーヌ編ラストです。
カルデアへのアンチ要素が入っております。

そこの所を不快に感じる方はブラウザバックを推奨させていただきます。


ロンディニウム。

 

暴動の報せを受けてから一夜が明け、ようやく辿り着くアルトリア達。

 

最悪の結末を予感しつつ、城塞が見えた頃にはその予感があっさりと覆された。

城塞の入り口で、ロンディニウムの住人達が。ピンピンとしており、アルトリア達に手を振っていたのだ。

 

馬車の中で、ホッとする一同。

少なくとも。最悪の事態ではないらしい。

 

その一同に先んじて、アルトリアが馬車から飛び降り、巡礼によって解放された身体能力を活かし、全速力で駆け出した。

 

「ガレス! ガレス!?」

 

城内に入り、他住民の対応もそこそこに、彼女にとって最大の心配事である騎士の名を叫ぶ。

 

件の相手はすぐに見つかった。

 

「ガレス……」

 

「あ、アルトリア……」

 

アルトリアの呟きに応えるガレス。

彼女は、どこか戸惑っているようにも見えるが、アルトリアは目一杯駆け出し、飛び付いた。

 

「よかった……! よかった!」

 

「ア、アルトリア……!」

 

突然の抱擁に、戸惑うガレスだが、アルトリアの声が震えている事に気付き、そこまで思っていてくれた事に、ガレスも涙が溢れてきた。

 

「アルトリア……っ」

 

「うん……うんっ……!」

 

「アルトリア、ごめんなさい……!」

 

謝罪の言葉に、アルトリアは、戸惑うが

 

「貴方の役に立てなくて……! あなたの為に、鐘に……! 私はっ」

 

その言葉に全ての意図を理解する。

 

「良いの……」

 

「アルトリア…」

 

「巡礼よりも、予言よりも、ガレスが生きてる事の方がずっと良いから……」

 

そう言って、アルトリアは、より強く、存在を確かめるように、ガレスを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「その、キャプテン・アメリカって人が助けてくれたの?」

 

「ええ、その通りです。突然現れて、一人で戦いながら、我々を誘導していただいて……」

 

「すっごい強かったんだから!」

 

ロンディニウムの城塞の入り口にて、住人達に事の顛末を聞くカルデア一同。話の途中、興奮気味の子供が一人会話に混ざる。

 

聞けば、キャプテン・アメリカなる人物が、ロンディニウムを襲ってきた兵士達を打ち倒したらしい。

 

このブリテンに似つかわしくない名前に戸惑いを覚えつつ、子供達を一瞥する。

 

子供達は木でできた丸い円盤を持ってはしゃいでいる。

円盤の真ん中には大きな星のマークと、赤と青の色の円が絵の具で塗りたくられていた。どうやら、そのキャプテンアメリカの持っていた盾を模して作られているようだ。

 

すっかり子供達の憧れの存在となっているらしい。

 

 

どうやら、そのキャプテン・アメリカなる者。

一度ロンディニウムの暴動を収めた後、ガレスに一度盾を託し、消えていったらしい。

 

その後、兵士が再び襲いかかってきたが、ガレスがその盾を活かし、撃退。

 

再びロンディニウムに戻ってきたと思えば、盾を回収し、その兵士達を連れて、どこかへ消え去ったとの事。

 

「うーん。星条旗を模した盾か……歴史上、そんな英霊は存在しないはずだし。そもそも、トリスタンが例外なだけで、人類史の存在しないこのブリテンで、人間の英霊が召喚されるとも思えないしなぁ」

 

ダヴィンチが首を傾げながら呟く。

 

「盾をメインウェポンにしている方ですか、それも話を聞く限りかなりトリッキーな戦い方をするようですし、是非ともお話をしてみたいです!」

 

興奮気味なマシュに、立香は笑顔になりながら答える。

最悪の事態を回避できた安心感に一同に和やかな雰囲気が広がっていた。

 

「うん、ロンディニウムの人達を助けてくれたお礼もしたいし。会ってみたいね」

 

 

 

 

 

――キィィィィィン

 

 

 

 

 

そんな話をしていると、妖精國ではまず聞く事のない音が辺に響く。飛行機が空を飛ぶ時によく聞くその音に、一同は、警戒を始める。

 

この妖精國にそんな音を出す存在はただ1人。妖精騎士ランスロットである。

 

空を見れば、小さな影が一つ、ロンディニウムに着陸した。

 

ガレスやアルトリアがいるはずの場所である。

 

「まさか、ロンディニウム陥落の失敗を受けて、女王がランスロットを寄越したのか!?」

 

「とにかく急ごう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ガレス」

 

風を切る音が聞こえたと思えば、目の前に、1人の男性が着陸した。

件の男。ロンディニウム反乱の折、キャプテンアメリカと名乗った男。

 

「トオルさん……」

 

昨夜、盾を回収し、何処かへと去っていったのだが、戻ってきたのだ。

何故か妖精騎士ランスロットを背負っている。

 

「メリュジーヌ? そろそろ降りてくれる?」

 

「えー、良いじゃないか。昨日君を背中に乗せてあげたんだし、背中に乗せてもらって空を飛んでもらうって凄く気分が良いんだね」

 

「今度またやってやるから。お前だってガレスに話があるんだろ?」

 

「……うん、そうだね」

 

2人で何事か話した後、ランスロットは透の背中から飛び降り、ガレスの前へと歩み寄る。

 

それを横で何事かと戸惑うアルトリアに透は、近づき、手を差し出した。

 

「君が予言の子だろ?俺は透だ。よろしく」

 

「え? え? あ、はい、よろしくお願いします」

 

同じ様に手を差し出し、握手をする2人。アルトリアはその男の姿にどこか覚えがあるような気がした。

 

その横で、ガレスとランスロット。2人のやり取りが行われていた。

 

 

 

「鏡の氏族長エインセル。いや、今はガレスで良いのかな?」

 

「あ、あの、ガレスで構いません」

 

「そう……」

 

その言葉の後、ランスロットは姿勢を正し、腰を曲げる。

 

「すまなかった。僕は、君の一族を皆殺しにしてしまった」

 

「え――」

 

それは、予想だにしない言葉だった。

 

「どんな理由があろうと、僕は罪を犯した。本来で有れば、死をもって償うべきなんだろうけど――」

 

突然の言葉に大慌てで止めに入るガレス。

 

「え、そんな! そんな事は、いけません!」

 

「うん、君ならそう言ってくれるだろうってトールが言っていた」

 

その言葉に、チラリと透を見れば、アルトリアと何事か会話をしている様で、アルトリアの表情が驚愕の色に染まっていた。

 

「それでも、償いをさせて欲しい」

 

「償い――」

 

「キミを、キミたちロンディニウムの住人達を守る事。僕に出来るのは今のところそれぐらいだ。透が女王陛下に話はつけた。君たちがそれを受け入れるならではあるけれど――」

 

その言葉に驚愕する。本当に、あの人は交渉を成功させたのだ。

 

『誰もが助け合い、認め合って、許し合って』

 

それは、願いの為の確かな第一歩でもあるかもしれなくて――

 

『自分を大切にして、まわりのひとたちも大切にする。そんなひとたちで』

 

その願いを持った自分が、ランスロットの事を許さないはずがない。

 

「はい、鏡の氏族長ガレスとして、あなたの謝罪を受け入れたいと思います」

 

「ああ、受け入れてくれてありがとう。よろしくお願いするよ」

 

そう言って、透に習う様に、2人は握手を交わした。

 

「話、終わったか?」

 

2人の会話が終わるのを見計らってら透が声を掛ける。

 

「予言の子、アルトリアにも軽く説明したが、色々、ガレスにも説明をしないと――」

 

「ガレス! 姉上!」

 

透の話の途中に乱入者が1人。

このロンディニウムの長であり、ランスロットの弟、パーシヴァルだった。

 

「パーシヴァルさん」

 

「やあ、パーシヴァル」

 

2人がそれぞれパーシヴァルに応える。

 

「ちょうど良かった」

 

そう言って、透は、再度、状況の説明を開始した。

 

「それは……しかし……」

 

「お願いパーシヴァル。透の提案を受け入れて欲しい」

 

突然の提案にに戸惑うパーシヴァル。

どうやら、ガレスは納得済みらしい。予言の子、アルトリアも戸惑いを見せているものの、既に決めている様子。

確かに、彼がいなければ、残っていたロンディニウムの住人たちは全滅の一途を辿っていたに違いない。

その場にいなかった以上自分に文句を言う資格は無い。

それを考えれば、寛大な処置どころか、むしろあり得ないほどの高待遇だ。

 

それに――彼に言われた通り。このまま戦ったところで、戦略になり得ることはないと言う透とメリュジーヌの分析も説得力があるのが事実。

ロンディニウムの住人の事を思えば、断る選択肢は無い。

 

「どうかな?」

 

姉であるメリュジーヌ。ランスロットを見る。

彼女は以前よりも、どこか、朗らかな雰囲気になっていた。

自分が戦う理由は彼女に他ならない。あの夜、あの涙を思い出す。

姉弟だからこそ、わかることもある。彼女は変わった。それは、他でもない彼によるものなのだろう。

そこに一抹の嫉妬を感じた。あの時、オーロラから逃げずに立ち向かい、メリュジーヌのそばにいれば、もっと変わることもあったのだろうか。

 

そんな彼が「ちょっと」と言って、パーシヴァルの肩を抱く。自分だけに、内密の話がある。という事か。

そんな行動を、ガレスもメリュジーヌも得には気にしていなかった。

 

透はパーシヴァルの耳に近づけ、こう言った。

 

「オーロラの事が引っかかるのはわかってる。だが、対策はするさ。メリュジーヌの為に協力して欲しい。彼女には君も必要だ」

 

その一言がトドメとなった。

 

何より、断る事は許されない。断ればそれこそロンディニウムの住人に命は無い。

 

パーシヴァルは、その提案を受け入れる事を決めた。

 

 

 

 

 

 

パーシヴァルの答えに満足しながら、透は握手を交わす。

 

すると、複数の足音が聞こえてきた。そう、カルデアの人間達だ。

 

透は気を引き締める。

 

彼らが善人だという事はわかっている。

 

ならば、その罪悪感に訴えかけ、戦意を喪失させる。

 

ある意味で、最大の大仕事が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデア一同が飛行音に駆けつけてみれば、そこには妖精騎士ランスロットと、見知らぬ男性がいた。

 

どうやら、戦う雰囲気でも無さそうだ。

見れば男性が、パーシヴァルと握手を交わしていた。

男性の方は両手でブンブンと握手した手を振っているパーシヴァルは何処か消極的だ。

 

 

自分たちに気付いたのか、パーシヴァル達がこちらに向いた。それに釣られるように、全員がこちらへと顔を向ける。

 

 

「どうも、初めまして。カルデア諸君!」

 

パーシヴァルと握手をしていた男性が、こちらに笑顔で近づいて来た。手を大きく広げ、歓迎を表すジェスチャーを取る。

 

「どうも」と言いながら握手を求めるその男性。彼がキャプテンアメリカだろうか。

挨拶の仕方に米国感がある。まるでハリウッド映画の演技のような佇まいだが、見た目は完全にアジア人、日本人だろうか。

 

「俺は透。よろしく。君は?」

 

「立香です。藤丸立香」

 

「リツカ君ね。いいね。良い名前だ」

 

握手を交わしながら、呟く。今のはジョークなのだろうか。

なんだかわかりにくい。軽薄そうな男である事は確かだが。

 

「君がロンディニウムを救ったという、キャプテンアメリカ?」

 

そう自己紹介する透に、質問をしたのはダヴィンチだ。

 

「ああ、まあそう名乗ったけど、本物じゃ無い。まあ、名前は気にしないでくれ」

 

手を広げながら、そう応える透。動きが派手だ。まるでどこぞの企業のCAみたいなノリで、そこがむしろどこか胡散臭さを感じさせる。

先ほどから読めない男だ。行動全てが胡散臭い。好意的に見えて、どこか、こちらに対して思うところがあるようにも見える。

 

「カルデアの諸君、君達に話があるんだ」

 

「妖精の子達は少し外してくれるか?」とその後に続く。

 

その言葉に、立香達は、話の内容を察する。汎人類史や異聞帯の事だろうか。キャプテン・アメリカなる名を名乗っている辺り、

汎人類史側の人間である可能性が高いが、彼はランスロットを連れている。ロンディニウムを救ってくれた辺り悪人というわけではなさそうだが……

 

その言葉に、その場にいた妖精。ハベトロットに視線を向ければ、信じられないようなものを見る表情だった。

 

ハベトロットが透に近づき、

 

 

「ロット……なのか?」

 

 

と尋ねた。

 

ロット。その名前で思い浮かぶのは汎人類史におけるオークニーを治める王。モルガンの夫。

一件関連がなさそうな話ではあるが、このブリテンにおいて、さらにハベトロットがそう口にする事には大変な意味がある。

 

何か関連があるのかと彼をみれば。

 

「ロット?、いや俺はトールだよ、まあ、逆から読めそれっぽく聞こえるけどな」

 

 

「るーと、るぉと……ロット? 成程、そういう相性もありだな」と茶化しながら心底心当たりが無いとばかりの態度を見て、ハベトロットも「勘違いだったかも」と、煮え切らない態度を崩さないままガレス達の方へと向かっていく。今は、そこに関しては考えなくてもよさそうだが。

 

 

「さてと……」

 

残ったのは、村正、グリムを含めたカルデア一同。果たしてどう言った話になるのか。彼が汎人類史側の人間かもしれないからと言って、油断できない気配がある。

さあ、話をしようと、透が背後を振り返れば、妖精騎士ランスロットがそこにいた。

 

「出来れば、ランスロットもあっちに行ってて欲しいんだが……」

 

「駄目だよ。君に敵意を向けている人がいるからね。君が襲われる可能性もある。恋人の君を守るのは僕の義務だろう?」

 

「恋人!?」

 

突然の情報を発信しながらランスロットは村正やグリムに視線を向ける。

 

みれば、その2人は警戒を解いておらず、今にも切りかかってもおかしくない雰囲気だった。

 

「まあ、そうか。じゃあ、良いかな」

 

そんな二人の殺意等、全く問題ないとでも言うように、余裕の態度で彼は立香達に向き直る。

 

「それじゃあ、カルデアの諸君。改めて礼を言うよ、どんな結果であれ妖精國の為に戦ってくれたと言う事に感謝する。だが、もう十分だ」

 

そんな一言から始まった会話は、にわかには信じられない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って! 待って欲しい! ロンディニウムが女王傘下に入るだって!? それに巡礼の旅も諦めろというのは……!」

 

「言った通りだ。巡礼の旅も終わり、反乱軍も女王軍へ。君達は元の世界へさよならだ」

 

「そんな、突然そんな事を言われて納得できると思うのかい!?」

 

「納得してもらうしかないな」

 

 

肩をすくめながら、応える透。

 

 

「そもそも、何故君がそんな事を決められる!? 君は一体何者なんだ!?」

 

「さっき、自己紹介したじゃないか。透だよ。苗字なら相馬」

 

「そういう意味じゃない!!」

 

はぐらかす透にダ・ヴィンチは叫ぶ。

 

そんな会話に割って入ったのは、妖精騎士ランスロットだ。

 

「トールは女王陛下の夫となったんだ。全く持って不本意だけどね」

 

その言葉に空気が凍り付いた。

 

「――なんだって?」

 

「恋人は僕なのに」と不服そうなランスロットによって判明した事実に、一同は驚愕する。

 

「ま、待ってほしい、ベリル・ガットは!? 彼は女王モルガンのマスターであり、夫だった男だ! 彼は一体――」

 

その言葉に透は「忘れてた」と呟き、右手で空中に円を描いた。

 

その動きに合わせ、光の輪が出現しる。その輪の中には別の空間が広がっており、その中から、鎖にぐるぐる巻にされた件の男、拘束され、気絶していたベリル・ガットが転がり出て来た。

 

その現象に、カルデア一同は、驚愕する。

 

「今のは――空間転移? 魔力も何も感じないのに――」

 

今の現状に驚愕する一同。空間転移という魔術の中でも使える物の限られるその現象をあっさりと、それも魔力の類を一才感じさせずに、実行した事が信じられなかった。

 

「こいつは、モルガンに秘密でモース人間を作る実験をした罪と、娘を誑かした罪で追い出された。処刑するなんていう話もあったんだがな。モルガンを召喚した功績もあったし、それは免れたんだ。まあ元々害にしかならない存在だから、お前らに返すよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャメロット城、玉座の広間。

 

その場にいるのは、玉座に座る女王モルガン。

側に仕えるのは妖精騎士ガウェイン。そして、妖精騎士ランスロット。

 

他の上級妖精達は既に退出させており、今は、相馬透の交渉という名のパフォーマンスを見ているところだった。

 

空中に、様々な空間ディスプレイが浮かんでおり、そこには異世界の映像が乱雑に散りばめられていた。

 

緑色の大男が暴れている姿。ハンマーを持った男が雷を操る姿。マントを羽織った魔術師が、紫色の肌の大男と戦っている姿、金髪の女性が、次々と、宇宙船を破壊する姿。

他にも、空に浮かぶ島や、様々な種族の生物達。地球よりも大きい巨大な生命体。地球文明に留まらず、様々な世界の映像が大広間に映し出されていた。

 

「これが、お前の言う異世界とやらか。確かに、並行世界と言うには違いが大きすぎるな、それこそ宇宙の成り立ちから異なっている可能性もある」

 

「信じられません、汎人類史の話は伺っておりましたが、まさか、さらなる異世界が存在しようとは」

 

「そこで手に入れた技術なんかは持てるもんは持って来てる。あいにく使い方を忘れちまってるやつもあるけど、こういう――」

 

透は言いながら手のひらを前に差し出した。

すると、丸い小型の何かが、手のひらの上に浮かび上がった。

 

「秘密で監視できる道具もある。こう言うのこそ、アナタの國造りに役立つものだろう」

 

この妖精國では機械の類は使えないにも関わらず、動いているそれらに驚愕を禁じ得ないが、その監視システムも地球のものではないという事だ。全く未知の技術であるという点が、ひとつの理由なのだろうと納得する事にした。

 

「その全てを私に差し出すと?」

 

「ああ」

 

嘘偽りなく、あっさりと、透は答えた。

 

「何故だ? 妖精國では、私は恐れられ、忌み嫌われている。救世の予言による盛り上がりがその証拠だ。お前は汎人類史での倫理観を持ち合わせているのだろう? 何故私に力を与える?」

 

その問いに透は戸惑うことも、迷うことも無い。

 

「ハッキリ言って妖精は馬鹿ばっかりだ。どいつもこいつも後先を考えないし、好き勝手やるし、破滅願望みたいなもんを持ち合わせてる」

 

その言葉にガウェインが目を伏せる。

 

「だが、あなたが女王についてから2000年。妖精歴程大きな戦争も起こっていない。国もここまで発展してる。この圧政も、俺からしたら正しいものに見える。俺はアナタのその判断を支持するし、むしろ、そう、たった1人で良くぞここまでやってこれたと、感動させられたぐらいだ」

 

「……」

 

「女王モルガン。あなたは偉大な女王だ。色んな世界や色んな国を俺は見て来た。そんな奴らの中でも、妖精の暴走を抑えながらも、ここまで発展できるのは、あなたしかいなかったろうさ」

 

透の、心からの尊敬をモルガンは感じ取る。

 

「だが、隙もある。わざとなのかもしれないが、圧政の中に僅かに感じるアナタの優しさが、俺からしたら危ういものに見える。現にその優しさがカルデアをのさばらせた。大事な牙の氏族長を失った。大局的に見てもこれは大きな痛手だ。対モースの要の一つを失ったんだからな」

 

女王への経緯も、その政策に対する苦言も。透の言葉に嘘はない。

 

「妖精國は俺にとって大事な故郷だ。だからって妖精全部が好きってわけでも、信頼できるわけでもない。そんな奴らの気まぐれや、汎人類史に台無しにされるのは、俺も嫌なんだ。外の世界の奴らの間違った歴史だとかいう勝手な理屈に滅ぼされるなんて、絶対に認めない」

 

言いながら、透はガウェインとランスロットを見た。

 

「まだまだ問題は多い。アナタは確かに偉大だが、やっぱり一人では限界がある。宇宙の半分の生命体を消してしまうような怪物も、仲間を連れていた。俺も、この妖精國のために出来ることはしたい。適当に生きられれば良いと、湖でだらけてたからな。できるのならば、最前線で、この國を良くするための行動をしたい。偉大な女王の力になりたい」

 

その言葉の重みは、その思いは、妖精眼を持たない、二人にも痛い程に伝わって来た。

 

「幸い、色んな國や組織の支配体制や王政の資料は大量にある。あなたにとって良い学びになると思う。アスガルド、ワカンダ、ザンダー、アベンジャーズ、ヒドラ、テン・リングス、他にも聖エルステ帝国とか色々ある」

 

彼が言葉を口にするたびに、様々な國の様子や、組織のロゴマーク等が浮かび上がる。

 

指を動かせば、様々な資料がモルガンの周りを囲むように出現した。

 

先ほど話した国などの情報。持ちうる技術。そのすべての資料がモルガンを取り囲む。

 

「——以上だ。頼む。俺を妖精國の為に使ってくれ」

 

これほどの情報、これほどの技術。そして妖精眼で見定めることが出来た。彼の思い。

 

断る理由などない。

 

何よりも。そう何よりも、モルガンたる自分が、彼を、相馬透を、ないがしろにできるはずがない。

 

だからこそ、彼が妖精騎士ランスロットにご執心なのは、記憶の問題があったとしても、思う所はある。

 

「良いだろう、トオル、お前の、妖精國への想いと、その技術、ありがたく頂戴しよう。ロンディニウムも、お前の望み通りの処遇にする」

 

「ああ、ありがとう」

 

「では、お前の立場だが――」

 

だからこそ、少しは、こういうのも許されるだろう。

 

「私の夫として迎え入れる事にする」

 

「は?」

 

「ちょ――」

 

透はポカンとした表情になり、ランスロットは心底驚いた表情へと変わる。

 

「ど、どういう事ですか!? 陛下!?」

 

ランスロットが焦り、思わず飛び出しそうになるが、女王の御前という事で、本能を抑え、行動する。

 

「それが最も自由に行動しやすいだろう。お前ほどの逸材を、誰かの下につけ、行動に制限を与える程愚かなことは無い。私の夫という事であれば体裁も保つ」

 

「で、ですが陛下!?」

 

なお反対しようとするランスロット。

 

「忘れたか?ランスロット、お前達の痴話喧嘩。妖精國にどれ程の被害が出たと思う?」

 

「う――」

 

モルガンが示すその事実に眼を逸らす二人。

 

「本来であれば、お前達は罰せられる立場だ。事故という事で処理をしてやったが、納得しない者もいる。ランスロット。お前ならば兎も角、トオルの処遇に関しては、お前の恋人という理由だけでは妖精達は納得はすまい」

 

モルガンのその提案に、口下手なランスロットが対抗できるはずもなく、一番下の立場である透が、口答えする事ができるはずもない。

 

「何、ベリル・ガットと同じ形としての扱いだ。案ずることは無い。お前達を邪魔するつもりもない」

 

言いながら、モルガンは玉座から立ち上がり、透へと近づいていく。

 

戸惑いを隠さない透に、そのまま近づき、その頬に手を当てた。

 

「それとも、本当の夫として扱って欲しいですか?」

 

その時透は上手い返しもできずに固まってしまい。

 

後でメリュジーヌにスネを蹴られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達は巡礼を開始した段階で敵対行動を示した。本来なら皆殺しにされてもおかしくないところだが、女王モルガンは妖精國で最も慈悲深い。大人しく帰るなら手を出さないと約束してくれた。お前等を殺すとガレスやロンディニウムの人たちが悲しむだろうからな。あいつらに是非感謝してくれ」

 

俄かには信じられない事態だが、そこに転がるベリル・ガットという存在がその話に信憑性を持たせる。

 

「ま、待って欲しい! そもそもとして反乱軍を女王軍から助け出したのは君だろう!? つまり、君自身、元々は女王側についてなかったという事だ! 今、妖精國中が酷い圧政を敷く女王を打倒しようと行動している! 救世の予言の元、妖精國を救う為に皆立ち上がってる。君の行動には善性を感じるが、そんな君は、女王の圧政に同意するというのかい!? 」

 

「なんだ? 俺を説得したいのか?」

 

このまま大人しく従うわけにはいかないと、彼を説得できる可能性を見出しながらダヴィンチが反論をする。

 

「残念だったな。答えはイエスだ、おれはモルガンに、彼女の考えに完全に同意する。この妖精國を維持できるのは、モルガン以外にありえない」

 

透は一才の躊躇なく言い切った。

 

「この妖精國の歴史を勉強したか? 圧政を敷く理由を考えたか? モルガンが女王として君臨した後と前。死んでいった妖精の数は把握しているか? 戦争の有無は? お前達に妖精國を案内していたガイドは、一体何を見せて来た?」

 

これまで飄々と余裕の態度を崩さなかった透に、感情が点って来た。

 

「圧政なんてものは悪でしかないだろうさ。殆どの物語は圧政を敷く悪者を殺してめでたしめでたしが王道だ。それがハッピーエンド。救世の予言なんて言う設定や異世界から現れた異邦の魔術師だなんていかにもバカらしくて現実味がない。これこそ物語って感じだよな。だが現実はそうじゃない。その後も物語は続くんだ」

 

その感情は怒りだ。

 

「お前等にとっては、ここは間違った歴史で、消えて当然の夢のような存在でも、俺にとってはまごう事なき現実だ。巨大な力を持った王が内乱で殺された後の國の行く末なんて、想像に難くない。内乱の延長での勢力争いでそのまま滅びるか、弱体化した國が他国に()()()()()()()()()()

 

カルデアの反論を許さない程にまくしたてる。正しい正しくないの話ではない。正しいかどうかで言うなら、神の定めた物語や運命だかなんだかで言うならきっとこっちの方が間違っているだろう。だからと言って譲る気も無い。運命など関係ない。こちらは相手の良心と罪悪感につけ込むだけだ。

 

「お前等はモルガンを殺して、武器を手に入れられれば後は妖精達にまかせるなんて、さも欲の無い聖人みたいな事を言ってるけどな。お前等が妖精達の背中を押すだけだのと、傍観者面していようが、お前らは間違いなくこのクーデターの主力で、すでに國中をひっかきまわしてる。そんな奴らがその後の事は関与しないなんて責任放棄。俺からしたら、国をかき乱すだけかき回してほったらかす最悪の存在だ」

 

言いながら、彼は、右掌を上に向ける。

その掌からは光が漏れていた。

まさか仕掛ける気かと、反応したのは村正とグリム。

それに対抗するかのように、ランスロットが魔力を放出。いつでも動けると、警告をしている。

 

その動きに、全ての人間が固まっている中、透は構わず動き、掌の光を振る巻くような動作をした。

すると現れたのは、夥しい数の映像だ。ストームボーダー等でも見る空中モニター。

一同は驚愕する。その全てに、自分達が映りこんでいた。

 

『我々の目的、カルデアの内情については秘匿』

 

『カルデアが今までいくつもの異聞帯を切除した事実を明かしてはいけない』

 

『不誠実である事は承知している。でも、秘した事がお互いのためになる時もある』

 

『たとえその後に、自分たちで救ったブリテンと戦う事になってもだ』

 

『でも私の勘はそんな事態にならないと告げているよ』

 

『ブリテンを救って、白紙化地球に拡がろうとする崩落とやらも防いで、そしてこのブリテンと戦う事なく笑顔で彼女と別れる結末になるとね』

 

それは今までの旅路の会話まで記録していた。

この男はまずい。この技術、正体、全てが未知だ。気味が悪い。

 

「たいした勘だな。で? 戦うことなく笑顔で別れるってのは、滅ぶことを知らない俺達が間抜け面でお前等に女王を殺してくれてありがとうとでも言って手を振るって事か? それとも俺達が間違った歴史だと懇切丁寧に説明して、滅ぼしてくれてありがとうとでも言ってるのを想像しているのか?」

 

「そんな事、考えてない! 俺達は本当にブリテンを救おうと――」

 

「ブリテンを救うってのは心の底から誓ってるのか?  滅ぼすしかないかもしれないのに? 滅ぼさなくても良いかもしれないなんて確証もないまま、國を散々ひっかきまわして、 悪い女王のモルガンを殺してめでたしめでたし。じゃあその後、共存できる手立てが無かったら? 仕方がないとでも言うつもりか? ブリテンを引っ搔き回して女王を殺した後は、万が一戦う事になっても内乱で戦力が下がり切ったブリテンは敗北して消滅。大したプランだ。で、滅んだあとは、勝手に悲しんで、罪を背負ったフリをして、滅ぼした世界の為にも自分達の世界を取り戻そうとでも言うつもりか? 胸糞が悪いね! ゲロ吐きそうだ。最初から、悪の侵略者として襲ってくる方がよっぽどマシだ」

 

「それは……」

 

「お前等が勝手に罪を背負おうと、滅ぼされた側には何の慰めにもなりはしないんだよ。この國を維持しているのはモルガンだ。それを殺そうというなら、ブリテンの敵で、俺の敵だ。だが今なら、帰るという選択肢がある。本当の意味での最後の選択だ。ブリテンを滅ぼさない為にはモルガンは絶対だ。本当にブリテンを救おうとしてるってんなら、今すぐ帰るってのがブリテンにとっての一番の救いだよ」

 

そう言って、透は映像を消した。

 

「だから説得に応じる気も無い。とっとと帰れ。本当にブリテンを思ってるならな」

 

そう言って、透は会話は終わりだとばかりに、手を叩いた。

 

「待って欲しい、君は、汎人類史の、私達の世界の者ではないのか? 君の世界が滅んでも良いのか?」

 

「何言ってる。既に滅んでるだろ? 現に汎人類史は真っ白だ。とっくに滅びてる世界のくせに、他の世界を巻き込むなよ」

 

その言葉に、ダ・ヴィンチは説得を諦めた。

 

「さあ、主人公君、どうやら随分と都合よく、ブリテンの旅を続けて来たらしいが、その主人公補正もおしまいだ。何せ、ロンディニウムは守られたんだからな」

 

その言葉に反応せざるを得ない。それではまるで、自分達にとってロンディニウムが滅びていた方が都合が良かったかのような言い方ではないが。

 

「ロンディニウムを襲ったのは女王軍じゃない。他の軍隊だ。さて、大半の妖精が予言の子に同調しているのに、そんな事をしたのはどこのどいつだろうな? そういえば、ロンディニウムにお前達にとって死んだ方が都合の良いヤツが一人いたんだよ」

 

その言葉に、誰もが息を呑む。

 

「鏡の氏族長エインセル。正体はガレス。残念だったな。ロンディニウムごとガレスが死んでいれば、お前等は女王軍を悪役にできて、正義を掲げたまま戦争に踏み切れたのに。あいつを材料にして鐘を作って、巡礼も完了できたってのにな」

 

その事実に戸惑いを隠せない。

 

「さて、そんな酷い作戦を仕掛けたのはお前達の仲間のどいつだろうな?」

 

――言ってしまえば、この事実が決め手になった。

 

その前の話までの、藤丸立香であるならば、それでも、と戦う決意をしたかもしれない。

だが、今までの闘いが、この闘いまでに犠牲となった人たちが、敵である女王モルガンではなく、自分達を有利に働かせるための、誰かの仕業かもしれないと思うと……

そして、どの道、大儀を以て女王モルガンに立ち向かう為にはガレスの死が必要だと思えば、このまま突き進むなど――

 

「ではさようなら」

 

「ま――っ!」

 

その事実に考える暇もなかった。

海岸とつながっていた光の輪が、自ら動き、彼らを飲み込んでいった。

 

 

これ以上は言う事は無い。

少なくとも罪悪感は持っただろうか。

反乱軍などを巻き込んで、クーデターを起こす何てマネはしないだろう。

それでも戦おうというのならば、こっちも相手してやるだけだ。

 

本来なら問答無用で殺すべきだが。

これもカルデアの主人公補正とやらが効いている故か、何故かモルガンも積極的では無いし、自分も酷い頭痛に見舞われてしまう。

それはあくまで最終手段としか言いようがないだろう。

 

主人公補正。馬鹿な例えを言ったものだ。本当に馬鹿らしい。そんなものに振り回されるわけにはいかない。

 

「大丈夫?」

 

そう言って、手を握って来たのはメリュジーヌだ。

 

「あ? 何が? 別になんてことはないだろ。外からの侵略者を追い返しただけ。大丈夫も何もないさ」

 

「うん、それなら良いんだけど」

 

尚も心配そうに顔を覗き込む、彼女の頭をくしゃくしゃとなでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湖水地方

 

今後透は城住まいになる。

 

よって、長らく滞在していた場所を片付ける為に一人、この場所にいた。

 

片付けをしながら考える。メリュジーヌの事だ。

 

彼女の為にどうするべきか。

正直な所、この國やメリュジーヌの事を考えてもオーロラは始末するべき存在だ。

だが、そんな事をすればメリュジーヌは悲しむだろう。

例えどんなに醜悪だろうと、彼女がオーロラを愛していることには変わりない。

 

そして、もし、オーロラを殺した場合、そんな愛を失った彼女を支える存在が必要だ。

彼女の大切な存在を殺しておきながら、そんな奴が愛で包むなど、趣味の悪い話だ。

少なくともそんな選択肢を取るわけにはいかない。

 

國も、メリュジーヌも、まだまだ問題は山積みだ。

 

だが、これからだ。今までは、妖精國に対してどこか他人事だった。さぼったツケを払わなければならない。

 

そう、これからなんだ。本当の妖精國は――

 

 

 

そんな時だった。

 

 

これからの未来に思いを馳せた瞬間。

 

 

目の前に。緑色の石が現れた。

 

 

 

 

「これ……は?」

 

 

 

 

それはやがて眩い光を放ち始め、魔法陣のようなものを出現させた。

 

 

 

 

 

その光景を見た瞬間、一つの記憶が蘇った。

 

 

「おい、おいおいおいおいおい」

 

 

透はこの現象を理解する。

 

 

「ふざけんなよ、一体、何がダメだって言うんだ……」

 

その石に向かって、ぽつぽつと声をかける。

 

「何が悪い? 何が気に入らない?」

 

そう、この現象を思い出した。誰が仕掛けたのかも思い出した。

これから何が起こるのかも思い出した。

カルデアの連中を殺したくないという拒否反応も、誰によるものかを思い出した。

 

「別にあいつらは殺してないじゃないか!! 追い出したのが悪いのか!? だったら他に、どういう手段があるっていうんだ!!」

 

緑色の石は尚も輝きを増し、妖精國中に魔法陣を広げていく。

 

「お前にとって! 俺にとって! 何が正解だっていうんだ!? 妖精國が滅びるのが正解だとでも言うつもりか!?」

 

この現象が何千回も続いている事を思い出した。

 

「メリュジーヌはどうなる!? オーロラに苦しみ続けるのか!? ガレスは!? 次は殺されない保証があるのか!?」

 

緑色の石は尚も輝きを放ち続ける。

 

「俺は何を考えてるんだ!! せめて記憶を引き継がせてくれよ、結局何にも残らないんじゃ。なんの意味も無いじゃないか! 何にも出来ないじゃないか!!無駄に繰り返してるだけじゃないか!!」

 

もう間もなく、その現象が起きるのを理解する。

 

「クソ!!」

 

毒づきながら、透は緑の石を握り、その石をどうにかしようと、稲妻を込める。

 

「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ――っ!」

 

瞬間、爆発が起こり、吹き飛ばされた。

 

「ガ――――っ」

 

石はもう、止まることはない。

 

「嫌だ。止めてくれ、戻さないでくれ、頼むよ、これからなんだよ。これじゃあただの茶番じゃないか!」

 

魔法陣はやがて透も包み始め――

 

 

「止めろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

透の叫びごと吞み込んでいった。

 

 

 




ラスト:定番のタイムストーンによるループ。

ループのスイッチは、透による死だけではない。

そのループを一番最初に開始した透の理想の結末に達しなかった場合に起こる。
スイッチはそれぞれ、例えばそれはカルデア組の死、あるいは妖精國からの消失だったり、モルガンの死であったり。

そして、その理想は無意識にアップデートしていき、ループを繰り返すごとにそのハードルは高くなる。

記憶障害に関しては、妖精歴と女王歴が切り替わったという現象が理由の一つ。最大の理由はタイムストーンを自由に操れない透の未熟さによるものである。

理想を求める為の、いくらでも繰り返せるセーブ機能だが、理想を求めすぎる故の呪いでもあり、未熟故の綻びもある。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
前回の後書きから、度々の感想、メッセージなどありがとうございます。

色々迷っておりましたが、めげずに頑張って書いていこうと思います。
至らない点。多々あると思いますが、今後もよろしくお願い致します。

そしてやはり、評価や、感想。大変うれしく思います。
もしお手間でなければ、よろしくお願い致します。



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過去(妖精歴)編
旅の途中


2022/1/25

申し訳ございません。過去編、一部変更し、断章として前半の方に投稿させていただいたなですが、大まかな流れはこれからの話に変更は無いのですが、細かい言葉遣いなどに若干の矛盾が生じるかもしれません。
こちらに関しても鋭意修正中でございます。
申し訳ございません。


彼と同行するようになってから、当然ながら旅路に変化が訪れた。

 

 

「この魔女め――!」

 

 

とある森の中。

いつも通りの罵倒が木霊する。

 

妖精達のいつもの仕打ち。

 

彼らは石を投げようとそこら辺から拾い上げる。

比較的優しい方だ。石を投げられる程度で済んでいるのだから。

 

正直な所、ショックを感じる事もない。慣れたというか、飽きたというか。

 

いつもと違うのはもう一人同行者がいる事。

彼はどう思うだろうか、嫌な気分になっただろうか。同行するのは嫌だと言い出し始めるかもしれない。

それはそれで構わないと思いつつ、魔術で石を防ごうと呪文を唱えようとした瞬間、突然彼は、私の肩を抱き、引き寄せた。

 

「――ひゃっ」

 

集中が途切れ、魔術が発動できなくなってしまった。そのまま、庇われる様な体制になり、妖精との間に彼が間に入る位置取りとなった。彼は私の体からその手を離し、飛んでくる石を腕で庇う。

 

その彼の行動に少しばかりの高揚感を覚えてしまって。

 

「――どうする?」

 

「え――?」

 

飛んでくる石から私を庇いながら、訪ねてくる。

 

気が動転して、ボーッとしてしまっていた。

 

そうだ、そんな場合ではない。

 

「とりあえず、逃げましょう」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

退却の判断を下した瞬間、彼は私を抱えあげ、思い切り跳躍した。木々を突き抜け、空へと上がる。飛行と見紛うばかりの高さの跳躍に驚きつつ、一瞬で彼らとの距離を離す。

 

そのまま落下。再び木々の中に突っ込んで行く。

地面に着地し、体を下ろしてもらう。

改めて彼に視線を向けると、心底不思議そうな顔をしているが、それ以上に気になってしまう事があった。

 

「頭――」

 

額から血が出ていた。恐らく先程の石が当たったのだろう。

 

「いけない!」

 

慌てて、怪我を治そうと魔術をかけるが、全く効かない。

 

「……そんな!?」

 

何故なのか、異世界の人間だから? 厄災に触れても平気だったのはそれが理由?

 

慌てふためく私を尻目に、彼は、倒れている木に座り込み、上着のポケットから取り出した布を額に当てた。

 

「大丈夫。すぐ治る。多分」

 

言いながら、彼は、流れる血をふき取っていく。

 

しかし、拭った傍から血が溢れ出し、また顔を汚していく。

 

当て方が下手というか、何だか凄く不器用に見えて、いてもたってもいられなくなり、彼の手から布を奪う。

 

「……?」

 

不思議そうに見る彼を置いておいて、傷口に布を当てる。

 

「やらせてください」

 

「…………」

 

押し黙る彼に許可を得たと判断し、布をそのまま傷に当て続ける。

 

正直な所、怪我の類は魔術でどうにかしていた為、治療の仕方がわからない。

 

彼の自然治癒力にまかせるしかないのだろうか。

 

そのまま布を当て続けていると、彼は自由になった手で、たくさんある上着のポケットから箱を取り出した。彼のセカイの物品だろうか。その箱には絵が描かれており、読み取る限り、傷に当てる類の物か。

 

「それは?」

 

「傷を塞ぐテープ」

 

説明され、一度当てていた布を離す。止血は済んだ様だ。

 

そのテープとやらを貼ろうとしているのだろうが、何せ額だ。自分自身んでは見えないだろう。

位置取りがうまくできるようには思えない。

 

「私にやらせてください」

 

了承を得る前に言いながらテープを彼から取る。

 

「……傷に直角に貼るんだ」

 

彼も素直に使い方の説明をしてくれた。

指示通りにテープを貼る。これで良いのだろうか。

 

「大丈夫。多分」

 

先程から”多分"ばっかりだが、本当に大丈夫なのか。

 

訪ねてみれば。

 

「あの人がこうしてたから、合ってると思う」

 

どうやら、自分で傷を処理するのは初めての事らしい。

 

相変わらず話題に出て来るあの人。

 

彼に多大なる影響を与えたであろう誰か。

 

私と重ねている誰か――

 

問い質したい思いと触れてはいけないという思いに焦燥感に駆られるが、心の中に推し留める。

 

何にせよ、今後ああいった事はしないようにと伝えておかないと。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

訳のわからない事を言いながら石を投げる妖精達。

 

咄嗟に体を動かす。

 

彼女、モルガンを抱き寄せ、体勢を入れ替える。

飛んでくる石から彼女を庇いながら、思う。

 

どこの世界も変わらない。妖精も、人間も、不死身の怪物も、他者を傷付ける事を主目的に動いているのは同じらしい。

そこに嘆きも無い。何の感情も湧いて来ない。

 

モルガンの指示に従い、退却する。

 

その後の流れで、傷を治療する事となった。最初は彼女の魔術で治してくれようとしていたらしいが、どうやら俺に魔術の類は効果が無いらしい。

 

元より構わなかった。怪我等覚悟しての行動だったし、そもそもこの程度の怪我でどうこうなるとも思わない。

 

上着から治療道具を取り出す。元のセカイで手に入れた。どこに何を入れたか、わからなくなるくらいポケットが沢山あるこの上着。

 

指示通り、治療道具は常にいっぱいに補充していた。そこら辺の薬局で揃えられる様な簡易的なものばかりだが、こういう時に役に立った。

この妖精國ではもう手に入らないが。

 

自分で治療をしていると、見るに見かねたモルガンに全部取られてしまった。彼女が治療をすると、そう言った。

そこにまた、あの人を感じ取る。必要もないのに誰かの為に行動するその性質。

 

治療をするその手際は、あの人に遠く及ばないが、あの時は気付くことが出来なかった高揚感みたいなモノが体を巡る。自分の体が熱を持ち始めるのがわかった。

 

そんな事を思っていると、一つ彼女に忠告された。もう自分を庇う様な事はするなと。あの程度なら自分でどうにかできると。

 

だがそういうわけにもいかない。

 

彼女は、この世界に必要な存在だ。彼女の様な存在がいなければ、いつかセカイはどうしようもなくなり、ある日自分の様な存在が生まれてしまう。外様の自分と彼女。どっちがこの世界にとって大切な存在か。

 

考えるまでもない。キミは大切な存在だと、その事を懇切丁寧に説明する。

 

その言葉に、彼女はなぜか頬を染めたが意に介さずにもう一つ、事実を突きつける。

 

「魔術で防御すると言っていたけど、最初の何発かは間に合う様には見えなかった」

 

彼女の顔が更に赤く染まり、ばつが悪そうな表情になった後、顔を顰め、そのまま顔を逸らされてしまった。

 

怒らせてしまったのだろうか?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

自分でいうのもなんだが上手く会話が出来る様になって来た気がする。

 

何をすると喜ぶか。何をすると怒るのか。何をされると悲しむのか。わかるようになってきた……気がする。

 

俺は、彼のように喋れているだろうか。彼のような表情を作れているだろうか。

 

湖に映る自分の顔を見て表情の練習を試みつつ、彼を思い浮かべ、彼の行動を参考にしながら。彼女との旅は続いていく。

 

 

 

主な仕事は厄災の縮小版。モースという存在らしい。そいつを討伐する事。

そして、争いばかりの妖精の調停を担う事。

 

前のセカイの様に逃げ続けるだけとは違う。

戦わなければならない。それは、非常に難しい事だが、不死身ではないのが救いではあった。

 

何度も何度も戦って、モースを倒して、妖精を説得して、恨まれて、襲われて、同じことの繰り返し。

彼女はそれでもめげずに戦い続ける。

自分はそれを支えるだけ。添え物の自分にできる事はそれだけ。

 

彼女が傷つかない様にと、時には相手を倒し、あるいは庇う事で、彼女を守る。

その行動に最初は彼女も色々と言ってきたが、今は受け入れられていた。

 

そんな風に過ごしていると、ある日、彼女とは別行動を取ることになった。

モースの出現と、妖精同士の争い。

 

近くで、同時に起こってしまった。

 

どちらか一人しかいないなら、切り捨てることで諦めもつくが、彼女は諦めきれなかった。

 

彼女が願うのならば、それを叶えるべきだろう。守る以外にも役に立てる事もある。そう訴えたのは彼女自身。

 

だからこそ、彼女を護るばかりではない選択肢を選び取った。

 

モースは俺が、妖精の調停は彼女が。

 

また妖精に石を投げられたり、殺されかけたりするのではと心配だったが、話し合いに自分は不向きだ。

適材適所という意味では、その選択は正しかった。

 

「任せてください!」

 

そう言って、グッと力瘤を作る彼女に手を振って、モースの発生場所へと向かっていく為に、道を別れた。

 

 

 

モース毒の効かない自分にとって、彼女が対峙するよりも余程相性が良い。

モース程度、どうとでもなる。さっさと済ませて、早くモルガンと合流しなければと、そう思いながら向かってみれば。

 

現場へ辿り着いた時。その解釈は誤りであると気づいた。

これまで、彼女と共に相対していたモースの数は最大にして十数体。

 

今、目の前にいるモースは、それこそ数えきれない程の数だった。

視界いっぱいに広がるモース。数十、流石に百は超えていない事を願いたいが、これまでにない程の圧力を感じてしまう。

 

危険を察知する本能が、警告を上げる。死の予感とまではいかないが。どうなるか予測がつかない。

だが、このまま放置しておくわけにもいかない。

 

呼吸を整え、戦闘の思考へと切り替える。気をつけるべきは体を変化させ、出現させるもはや刀剣の類と言っても差し支えない鋭利な爪。

 

戦術を練り、モースの大群と対峙する。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

拳を当てる。叩き潰す。蹴り飛ばす。

数体ならば余裕で対処もできるが、ここまで多いと手こずるどころか命がけだ。

 

攻撃をギリギリで交わしながら対峙していくが、無傷という分けにはいかない。

大きい攻撃を回避するために、あえて小さい攻撃を受ける選択も必要になって来る。

 

ギリギリのラインを攻めながら相対していく。

 

そんな闘いの中、数ある選択肢の中に、あの力が思い浮かぶ。どこか、冷静な自分が、すぐに使えと警告を放つ。

前のセカイの神の如き存在。上位世界者に与えられた雷帝の力。その一端。

 

だが、それだけはダメだ。その力だけは絶対に使うわけにはいかない。何が起きるかわからない。

 

このまま暴走してしまえば、あるいはこの妖精國を滅ぼしてしまう可能性がある。

 

モースからの背後からの攻撃に、即座に反応、反射的に雷撃を放ちかけ、それを全力で静止する。

その思考が、行動に隙を与えてしまう。結果無駄な傷が増えていく。

 

それは、モースとの闘いだけではなく、自分自身との闘いでもあった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハッーー」

 

膝を就く、そのまま、倒れこんでしまう。

 

どうにか、致命傷を避けながら、戦闘を終了した。

 

仰向けになる。黄昏の空を見ながら呼吸を整える。喉が渇いた。近くに川はあっただろうか。

考えあぐね、そのまま眠ってしまいそうになったが、すんでのところで意識を保った。

 

横合いから声がかかったのは、そんな時だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

――それは、妖精だった。

 

緑を想起させる様なその見た目。服は少しほつれていて、所々に怪我があるように見受けられる。

モースにやられた傷ではない。妖精同士の争いか、獣に襲われたか……

 

疲労困憊な今、上半身を起こすので精一杯。

そんな俺に彼女は木の器を差し出した。

 

「どうぞ、お水です」

 

「え――」

 

「ぜひ飲んでください」

 

「何故?」

 

「だって、とっても頑張ってくれたんですもの――」

 

「頑張ってくれた……」

 

彼女の言葉を反芻する。妖精から、そんなふうに言われたのは初めてだった。そもそもとしてモルガンならまだしも、添え物のような俺に、声をかけるなんて。不思議な暖かみが体から溢れてくる。

 

「そう、あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」

 

「……トール、だけど」

 

答えながら木の器を素直に受け取った。

 

「では、トール様」

 

中には綺麗な水が入っている。

 

「いつも、わたしなんかを、わたしたちを、まもってくれて、ありがとう」

 

「あり……がとう……?」

 

 

 

 

その言葉に、色んな出来事がフラッシュバックする。

 

助けてくれた彼、それに集まる自分以外の子供達。

 

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。

 

そう、口に出す子供達と、それを笑顔で受け取る彼。

何も言わずにそれを遠巻きに見ている自分……

 

ああ、俺は、なんて――

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「――」

 

彼女の言葉に意識を戻す。

 

「あ、ああ、うん、大丈夫……ありがとう。飲まずに大切に保管しておくよ」

 

「え――?」

 

「……いや、何でもない」

 

食料の分杯の際、受け取るときにあの人が良く言っていた言葉なのだが、周りの人と何か反応が違う。あの時は皆笑っていたが、彼女の表情は絶望に染まっていた。

 

何がいけなかったのだろうか。

 

考えても思い浮かばないので、ひとまず、彼女からの施しを受けることにする。

 

目の前で水を呑む。美味しい水だ。恐ろしい程に体が回復していくのは何故だろうか。

 

「ありがとう。美味しかった」

 

あの人の顔を思い浮かべながら、習うように表情を作る。

 

このまま倒れこんでしまいたいが、せっかくの施しだ。

 

水のおかげで体が回復したと、アピールしなければ。

 

「——よかった」

 

そう言い残して、彼女は去って行った。

 

不思議な気持ちだ。ああやってわざわざ声をかけて礼をしてくれるような妖精には初めて出会った。

 

そんな気分のまま。彼女を見送った。

 

この時、彼女の状態にもっと疑問を持つべきだった。

 

大群のモースとの戦闘。妖精に礼を言われたという意外性。言い訳はいくらでもあるが。この時、何も考えずに彼女を見送ってしまった。

 

それを後悔する事になるとは、この時、微塵も思っていなかった。

 

 

 



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目覚め

すいません。相変わらず過去編です。

最新章では割と過去のお話が関わってくるので(と言ってもそこまで関わっては来ないんですが)
一応の説明は入れておかないと、というレベルで書き始めたのですが、
ダイジェストで済まそうと思ってたら割と長くなってしまっておりまして。申し訳ございません。

お付き合いいただければ幸いです。



何度目かの別作業。

 

モース退治はトール君。妖精の調停は私。

 

それぞれ互いの適性を加味した上での別作業。

 

妖精の調停はつつがなく終わった。無感動に、無感情に、決められた作業をこなすだけ。

魔女と罵られたがどうでも良かった。今は、そう、早く彼の元に行きたかった。

 

彼、トール君と出会ってからどれくらい経っただろうか。

モースを払い、厄災を払い、妖精の争いを調停する。

そんな作業をこなしていく日々。

 

 

お互いに、少しずつ打ち解けてきた。

彼も、言葉に違和感がなくなって来て。表情も少しずつ豊かになって来ている。

 

最初の言葉のぎこちなさはとうに消えている。話し方を完全に自分のものにしているようだった。

それもあってか本心でありながらどこか借り物のような彼の言葉も自然になって来た。

 

それは、彼自身の努力の賜物でもある。

ある日湖で水面に映る自分を見ながら、睨めっこをしているのを見つけた時は不謹慎だが笑ってしまった。

 

彼と色々な話をするようにもなった。日々の相談事はもちろんの事。

彼の、汎人類史かどうかも定かでは無い異世界でのお話。

 

どういう世界だとか、どういう生活をしていたのだとか、そう言った基本的な話題では無い。

何せ不死身の怪物が存在する世界だ。そういう話はきっと彼にとっても辛いものだろう。

 

話題に上がるのは、学術的な話題だ。量子力学がどうだとか、カオス理論がどうだとか。

不確定性原理がどうだとか。

 

魔術とはまた違う、科学という分野からの世界の認知。

 

そう言った話はとても新鮮で、彼の話す科学的理論は魔術的理論に近いようで遠いものだ。

 

この妖精國においても、汎人類史においても、世界の成り立ちの殆どを魔術的理論において説明する事が出来るが、彼の話す科学的根拠による摂理もまた。一つの解であるとも言える。

 

そんな知識を披露する彼に、たくさん勉強したんですね。と賛辞の言葉を送ったら、目を逸らされた。

 

「いや……そういう記述を倉庫(アーカイバ)から見つけただけで、勉強したわけじゃないんだ……」

 

恥ずかしそうに顔を逸らすトール君。何だか可愛らしい、そんな場面も良く見れるようになって来た。

 

そんな風に、少しずつ会話を交えつつ、日々を過ごす。だがそんな中、一つ、不満があった。

 

厄災や妖精との戦いの際、彼はいつも私を庇うのだ。止めようとしても全く聞かない。私が怪我をしても魔術で治せるけれど、彼の怪我は治せないというのに。

 

彼のいっぱいのポケットに入っている治療道具も、いつかは底をつくと言っても言っても聞いてくれない。

 

自分のことは自分で守れると、何度も言っているのだが

 

「防御のタイミングが遅かった」

 

「後ろからの攻撃に気付いていなかった」

 

「その防御障壁だと貫かれそうだった」

 

「なんかボーっとしてた」

 

とまあ、グチグチとこちらの迂闊さを指摘するのだ。

正直な所腹立たしい。特に最後のは納得がいかない。

 

そんな事をしてばかりいるから、トール君は、たくさん傷を負ってしまって。

 

そのお礼にと治療するのが、私の役目になっていた。

 

私自身の怪我だったら魔術で簡単に治せるのに。

 

私自身の怪我は確かに減ったけれど、そのかわり、彼の治療という手間は増えてしまった。

 

そこばかりは不満は尽きない。

 

尽きないのだが、段々と、そうやって過ごすうちに、不謹慎ではあるけれど、その事を嬉しく感じてしまう私もいて――

 

厄災を払い、妖精を調停し、トール君に守ってもらってそしてトール君の世話を焼いて。

 

愛するブリテンの為のこの手段に、新たなサイクルが生まれていた。

 

これまで一人でずっとやって来たこの手段も、二人でする事に慣れて来て。

 

息も合うようになって来た。

 

彼が前衛。私が後衛。

 

最初は魔術を撃つ時に、下がるよう指示をしたりする様になっていたけれど、今は、こちらから指示をする事もなく、見ることもなく、私の魔術による攻撃を自然と避けながら動く様になっていて。

 

 

『でもそれは、どうか魔女様がお飲み下さい。とっても頑張っていたんですもの――』

 

元々気に入って来ていた手段そのもの自体に、更に新たな楽しさや嬉しさを見出すようになっていた。

 

 

そんな中、トール君も、妖精國での過ごし方を少しずつ学んで。少しずつ慣れて来て。だから、効率の為、それぞれ別れて作業をする機会も増えていった。

 

モースを彼が、妖精の調停は私が。そんな作業も何度目だろうか。

 

それまで、ずっと1人でやって来た。とっくのとうに慣れている。その筈なのに、今は、1人でいる事に寂しさを覚えるようになっていた。

 

時には2人で、時には1人で。そんな日々。

 

お互い怪我をする事もあった。トール君が私の怪我を見るたびに、慌てた顔をして、自分の治療道具をすぐに使おうとするのだが、私の怪我は魔術でどうとでもなるのだ。問題なのは彼の怪我の方。

 

ある日、別行動の後、合流したら、これまでに無いほどの傷を負っていた。

 

聞けば、想像以上の量のモースがいたらしい。

 

そのおかげで、彼の持つ治療道具の類も一気に減り、底をつきそうになっていた。

 

だから、やはり一緒に周ろうという提案もしたのだが、断られてしまった。それは厄災を、モースを、放置するわけにもいかないという私の想いを配慮しての事。

 

そんな彼の決意は固い。それがわかってしまうから、貴方に傷を負って欲しくないと、そう伝える事も憚られた。

 

ある日、互いの作業を終えた後、合流地点に向かってみれば、彼の姿は無かった。いつも、そう、一番怪我の多かったあの時だって、彼は合流地点に先にいたのだ。だから彼がそこにいないのは、はじめての事だった。

 

――ゾッとした。

 

モースが思ったよりも多かった? 他の妖精に襲われた?

 

あの時、彼の決意を押してでも、怪我をしてほしく無いと、訴えれば良かったと、後悔の念が襲いかかる。

 

モースや彼の残滓を追いながら、現場へ向かう。

異常を察知したのは、もうすぐ彼の姿が見えるかも、と期待を抱いた時だった。

 

空気がおかしい。いやそれだけでは無い、黄昏の空に暗雲が一瞬で現れた。厄災の前兆とも違うその空。

 

妖精國ではありえない、その異常。

 

その異変に気付いたと同時に、彼を見つけた。

 

彼は膝を突き、何かを抱えている。

 

周りには複数の妖精。

 

妖精は、どこか興奮しつつも怯えているように見える。

 

それを確認し、声をかけようとしたところで。

 

「トールく――!」

 

雷鳴が、轟いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

彼女と出会ってから、どのくらい経っただろうか。

 

彼女の、妖精國平定のための救済行動。

 

その作業も殆どルーティーンと化していて、俺にとっても日常的な行動となっている。

 

そんな事もありながら、日々を過ごす。

 

彼女と触れ合いながら、俺は何のために今、彼女と行動をしているのかとより深く考えるようになった。

 

あの人のような光を照らす存在が苦しむのを見たくない。それがきっかけだとは思う。

 

ただ今は、いつからかは覚えていないが、彼女――モルガン自身の苦しむ姿を見たくない。笑顔でいて欲しい。そういう思いから、行動するようになっていた。

 

 

彼女がいると安心する。彼女が悲しむ顔をすると、嫌だ。その身体に傷がつくのを見た時は、心臓が張り裂けそうだった。

 

傷付けてはいけないと、より強く思うようになっていた。

 

だからこそ、彼女にどんなに護る必要はないと言われようと護るのだ。彼女が傷付く、僅かな可能性も排除する為に。

 

彼女自身が望まなくとも、それが自分のやるべき事、やりたい事だと自覚する。

 

彼女が、護る必要は無いとこれまで以上に強く言って来た時、そう言うわけにはいかないと、説得する為に彼女が傷付く可能性のあった場面をひたすら羅列して口に出したらこれまでに無い程不機嫌になった。正直焦った。

 

何もかも、度が過ぎてはいけないと言う事を学んだ。だから、例え危険であろうとも、彼女の望む事も尊重しなければならないと学ぶようにった。

 

いつも通り、二手に分かれて行動する。モースは俺が、妖精は彼女が。

 

その役割分担も板に付いて来た。

 

あの時の大量のモースも出会う事は無く、あれに比べれば消化試合のようなものだ。

 

厄災と言われる災害も、周期は長いそうで、しばらくは起こることはないとの事。

 

いつも通りモースを倒して終わり。

 

その筈だった。

 

モースを討伐し終わった森の中、周辺にまだ残りはいないかと探っていたその時、夥しい木々の群れの中。その中にあった木の無い空間。陽の光の入る、明るいその場所に。

 

 

 

倒れている少女を見つけた。

 

 

 

いや、見つけてしまったと言うべきか……

 

 

 

その姿には身覚えがあった。

 

 

 

あの時、水をくれた、妖精であり――

 

 

 

誰かの為に施しを与える事ができる。優しい少女で――

 

 

 

手足がもがれている状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……ア――?」

 

トールの喉からおかしな声が漏れた。

 

少女の側に即座に駆け込む、ボロボロになったその体を持ち上げる。

 

息はある。まだ生きている。

 

「おい、なんで、何が――!」

 

答えられないのは分かっていても、声を掛けずにはいられなかった。原因を探る。選択肢など、そこまで多くはない。モースか、獣か、それとも――

 

 

そう思考を巡らしたところで、木々の向こうから、複数の影。

 

「あれ、人間がいるぞ」

 

妖精だった。

 

「なんだ、せっかく遊べるおもちゃを見つけたのに」

 

「邪魔をするなよ人間」

 

「いまから、ソイツでもっと遊ぶんだから」

 

そう、続け様に語る彼ら。

 

「あ――?」

 

その言葉だけで、全てを察する。

 

ふつふつと何かの感情が湧き上がってくる。

 

頭の中を何かが乗っ取ろうとしている

 

本能のようなものが、体を動かそうとしている。

 

――ダメだ。

 

トールの理性が、それだけはヤメロと、体を静止するよう脳から電気信号を発信する。

 

――ダメだダメだダメだダメだ!

 

微弱な筈の脳からの電気信号を()()()()()()()()()()()()()()身体への命令に強い強制力を持たせる。

 

それは、電気信号が稲妻となって体外に排出され、可視化できるほどのものである。

本能を抑え込もうと、力を込める。

 

絶対に、力を振るうわけにはいかないと、手を尽くす。

 

 

――そうだこいつもおもちゃにしちゃおうよ

 

 

だが、それも無駄だった。

 

本能を、怒りを抑える為、理性を以って制御しようとしていたその行為。だが、これは上位世界の者によって与えられた力。常に感情を制御され、常に操られている様なものだった彼。

当然ながら制御する訓練すら行っていない。

 

怒りという本能と、力を振るうわけにはいかないと言う理性の戦い。

 

そこに妖精からの殺意と攻撃によって、防衛本能が加われば、理性など、勝てるはずもなかった。

 

トールの身体から、紫電が迸った。

 

トールを襲おうと近づいた妖精が、一瞬で灰と化した。

 

「――――ッ!!」

 

トールが叫ぶと同時に、妖精國そのものを揺るがしかねないほどの雷鳴が轟く。

 

残りの妖精達の耳に、その音が届いた頃には、既に、体は分解され、灰となっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『雷帝』

 

トールのセカイの元となったセカイにて、悪魔の戦い(オウガバトル)に勝利し、ブレイントラストやその反逆者達の数々の思惑を超え、バックアップであった筈のセカイを独立させた。創世の王。

 

ある意味ではトールのセカイが出来上がる事になったきっかけでもある存在。

 

天野銀次という青年が、様々な事象をきっかけに変貌する。感情を持たない攻撃本能そのものの様な存在。

 

その力と同様の物を与えられたトール。

覚醒のスイッチは様々あるものの、その基本は同じ、()()()()()()である。

 

覚醒した途端、トールの苦しみを消し去るためだけに容赦ない攻撃を繰り返す殺戮兵器。

 

その苦しみを消し去る対象はどこまでを設定してしまったのか。それは、トール本人でさえわからない。

 

だからそう、トールの名を呼びながら近づいてくる少女が雷帝にとって、どう認識されているか。

それはトールにも分からない。

 




量子力学:ゲットバッカーズの根幹を為す考え。MARVELであればアントマンが関わってくる。MCU版アベンジャーズにおいてはこれがなければ、エンドゲームは成り立たなかった。

カオス理論:ランダムな現象を数学的に予測しようとする試み

不確定性原理:ゲットバッカーズにおいて、とある人物の能力を説明する例として使われている。
その人物が想像出来ない現象は起こりえないというモノで、これによってその人物は死を想像できないという理由で不死身であり、この世の全てのものを切断する光のナイフもそんなナイフは想像できないという理由で無力化している。あくまで例えとして言われているだけで、能力名と言うには語弊がある。


上記3つに関しては全てゲットバッカーズ内で語られてはいますが、実際の学術理論としては作者はちんぷんかんぷんです。
量子力学、わかりやすく。不確定性原理、わかりやすくとかで検索したら、結構楽しめた事だけはご報告しておきます。


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目覚め②

お読みいただきありがとうございます。


お気に入り登録ありがとうございます。
メッセ付き高評価読ませていただきました。ありがとうございます。

本当に励まされます。

誤字報告もありがとうございます。助かります。
他にも気になった点やアドバイスなどなど、評価、感想含めて、よろしくお願い致します。





モルガンはその碧の瞳を見開き、目の前の光景を驚愕の表情を浮かべ、見つめていた。

 

不死身の怪物がいる世界から、事故でやって来たという青年。

短くはない旅の中、彼の不器用さに世話を焼き、彼の優しさに触れ、常に自分を守る為に尽くしてくれた。異世界の青年。信頼のおける対象となっていたヒト。

 

その彼が、今までに見たこともない異様な力を発揮し、妖精達を灰にしてしまった。

 

そう、信頼できるヒトではあるのだが、彼が言いたがっていなかった過去の出来事を、知らないままと言うのも一つの事実だった。

 

彼は素直だ。素直に過去の話はしたくないと、そう答えた。

理由は明白。彼が、最初にこの世界のことを聞くために話していた不死身の怪物。

その単語だけで、その世界がどう言う世界なのかを察することが出来るから。

そういう記憶は、口に出す事は愚か、思い出すのも辛いモノだ。

きっと良い世界ではないのだろうと、気を使って確認することすらしなかった。

 

今を以てモルガンはその事を後悔していた。

 

彼は今、()()()()()()()()を胸に抱き、無感情な瞳で、モルガンを見つめている。

 

ここ最近は表情もだいぶ豊かになって来ていたというのに……今目の前にいる彼は、出会った当初の時よりも、無感情で、その冷たい目に見つめられるだけで、身体が震え上がりそうになってしまう程だった。

 

なによりも着目すべきは、彼の身に起きている異常。

 

彼の体には、紫電が走っており、雷で出来たプラズマの球体が彼の周囲を囲む様に浮かんでいる。

 

アレが彼の体から出たモノなのは明白だ。

 

どう見繕っても臨戦態勢。

 

その対象は恐らく自分。

 

まさしく一触即発の空気の中、モルガンが選んだ選択肢は、声をかける事だった。

 

「トール、君?」

 

そう、名前はトール。その名と、あの雷。

汎人類史からもたらされた情報、その知識にある北欧神話に出てくるとある神を思い浮かべるのは考えすぎなのだろうか。

 

あんな目は知らない。あんな能力も知らない。

少なくとも彼は、石を投げつけられようが、襲われようが、一度も妖精たちに危害を加える事はなかった。身をもってモルガンを庇い、その場から逃げるだけ。

 

あんな風に、何の躊躇もなく命を奪う人ではない。

本当に自分の知る彼なのか、まず知りたいのはそこだった。

 

「違う」

 

そう言葉を発した事が意外だった。ある意味では安心できる答えではあった。

 

「俺は、雷帝――」

 

問いに答えてくれた。会話が出来るという事で、どうにか交渉の余地があると希望を抱く。

 

「雷帝、というのですね、では雷帝さん。何故あなたはこんな――」

 

そう、さらに問いかけようとしたところで。

 

「無限城の支配者――」

 

1人勝手に話し始めた。

 

「セカイを滅ぼすモノ」

 

先程の問いは、こちらに答えた訳ではなかったらしい。

まるで自身が何者かである事を確認する様に呟くその姿に、モルガンは更なる不安に苛まれる。

段々と周囲のプラズマが増えていき、雷の激しさも増していく。

 

その言葉の内容も、その状態も、彼が抱えている少女も、無視できるものでは無い。

 

モルガンは臨戦態勢を整える。

 

彼は雷帝と名乗ってはいるが、間違いなくトールその人に見える。別人格か、あるいは、そう見えるだけで別の個体なのか。では自分の知るトールはどこにいるのか。

 

無限城、彼の言っていた元のセカイにある城。その支配者という事は、雷帝は当然そのセカイに準ずる何かだ。

 

アレは、あの雷は、魔術に準ずるモノでも、自然の猛威として発生するモノでもない。

 

雷の特性を持った。違うナニか。

 

思考を巡らす。このまま大人しく黙っていては事態は好転しない。彼の、セカイを破壊するというその言葉。

抱えた少女、自分の知る彼女であろうあの妖精。

 

逃げるわけにはいかない。

 

そう考え、意を決して構える。

 

「キエロ――」

 

彼のその言葉が、攻撃の合図。

 

「キエロォォォォォォ!」

 

その慟哭から怒りと悲しみがどうしようもなく伝わってくる。

 

その感情はモルガンの心をも侵す程に強い。

 

彼の周囲のプラズマが、モルガンへと向かう。

 

それを防ごうと、魔術障壁を展開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それは悪手だった。

 

あの雷は、こちらの世界の理とは違うモノ。かと言ってこちらの障壁が通用しない理由にはなり得ない。

だが、本能を刺激する恐怖が、あの力には抗えないと、そう伝えてくる。選択肢を間違えたと、悟ってしまった。防ぐのではなく、避けるべきだったと、後悔の念が襲いかかる。

 

迫るプラズマがゆっくりと見えるのは、死を直前に迎え、神経が異様に研ぎ澄まされた結果だろうか。

 

 

 

 

自身の死を否応なく想像させられたがしかし、プラズマは、障壁にすら当たることはなかった。モルガンの横を通り過ぎるか、あるいは当たる直前に消失した。

 

「え――?」

 

声が漏れる。何故なのか?疑問が浮かぶ。

 

見れば、雷帝が、こちらを見ながら震えている。

 

「お前――ッ」

 

苦しげに呻く雷帝

 

「お前は、なんだ……ッ」

 

苛立ちを隠さず、睨みつけてくる。

 

再びプラズマを放つ雷帝。だが、今度は危機感も、死の恐怖も皆無である。当たらない事が確信できている。

 

モルガンの横を素通りしていく、雷帝の攻撃。

 

「モル……ガンッ」

 

雷帝の苦しげな口から漏れた声は、自身の名前だった。モルガン自身は名前を名乗ってはいない。

雷帝が、その名を知るはずは無い。知る理由があるとすれば――

 

「トール君……?」

 

その名を再び呼びかける。

 

「チッ……ガ……う」

 

苦しげに呻く雷帝。察せる事はただ一つ、やはりトールと雷帝はそれぞれが別人格であり、彼の中で、肉体の所有権を争っているのではないか。これはチャンスだと。モルガンは彼へと声をかける。

 

「いえ、あなたはトール君です。じゃないと私を知っているわけがない」

 

稲妻が消え、雷帝は胸に抱いた少女を片手で抱えたまま、もう片方の手で頭を抱え始めた。

 

「オレは……トー、ル……じゃ……」

 

モルガンは杖を下ろし、地面へ投げ捨てる。抱きしめようとするかの様に両手を広げ、敵意はない事を示しながら近づいていく。

 

「ヤメ……ロ! 寄るな……!」

 

これ程に強力な力を持った存在が、少女にたじろいでいる

 

「お願い、トール君。貴方と、戦いたくない――」

 

心の底から敬う様に、徐々に近づいて行く。

 

「寄るなァ!!」

 

叫びと共に放たれる雷撃がモルガンを掠める。頬を焦がし、少しばかりの髪を焼く。

 

だが、モルガンは動じることも無く、距離を詰めていく。

 

「キエロ、キエロキエロキエロ――!」

 

呻きながら雷撃を放つ雷帝。

だが、繰り返す雷撃の全てが、モルガンに当たる事はない。

 

いよいよ手が触れそうな距離まで詰めた時、モルガンの背筋にゾワリと、冷たいものが走った。

 

彼の体から帯電する雷。攻撃の予兆。トールの抵抗によって、当たる事はないと思われたその攻撃に、これまでとは違う、明確な殺意が込められているのが感じ取れた。

 

予兆でなんとなく確信してしまう。これから放たれる雷撃は全方位に放つ類のものだ。

 

――まずい

 

そう思った時には遅かった。

 

体内に溜まっていた雷が放たれる。

 

 

 

 

 

かに見えた。

 

 

「魔女様?」

 

 

それは、平凡な言葉だった。

 

それは、迸る雷鳴によるけたたましい音の中で確かに響いていた。

 

それはトールの腕の中に抱えられていた四肢を失った少女の声。

 

少女が視界に入ったモルガンを呼ぶ、なんてことのない声で、雷帝の動きが止まったのだ。

 

「バーヴァン・シー……」

 

声を出したのは少女の名を呼ぶモルガンの方だった。

 

雷帝の腕の中で首だけを動かしてモルガンを見つめる少女。バーヴァン・シー。

 

「ああ、魔女様、()()()()()

 

バーヴァン・シーが、モルガンに向かってそう挨拶の言葉を掛ける。

 

「あら?」

 

四肢の失ったその体で、バーヴァン・シーはなんて事のない様に首を動かす。

 

「あなたは、トール様」

 

そう声をかけられた雷帝は目を見開いたまま動かない。

彼女のこの態度は、今この状況にあって明らかに異常だった。

 

「2人一緒に、いるところに出会えるなんて、とても嬉しいわ。トール様だけじゃなくて、魔女様にも伝えたかったの」

 

呼吸は乱れ、声も掠れている。今この瞬間、絶命してもおかしくない程に衰弱していることがわかる。

だというのに、自分の今の状態など、なんの問題もないとばかりに、二の次だとばかりに、彼女の表情は晴れやかである。

 

「ありがとう魔女様、改めてありがとうトール様。わたしたちを助けてくれてありがとう。どうか、おふたりに幸せが訪れるよう、に――」

 

そう言いながら、バーヴァン・シーは、あまりにも呆気なく息を引き取った。

 

それを見ることしかできない2人。静寂が訪れる。

先に動いたのはモルガンだった。

 

視線をバーヴァン・シーからトールに移す。彼の表情はどうしようもない程の悲しみに染まっていて。

 

「俺、は……」

 

「トール君?」

 

「ああ、ああああああ――!」

 

「……!ダメっ――!」

 

トールの様子に、危機感を覚えたモルガンの静止も、意味はなさなかった。

 

バーヴァン・シーによって止まったトールの力の解放もあくまで一時的なものだ。内に溜まったそのエネルギを押し留める事は出来ない。

 

トールの体から解放される雷が直撃したモルガンは、意識を手放した。

 

 




改めて、お読みいただきありがとうございます。
文字数意識と更新ペース維持のため、分割しておりますので、近いうちに投稿できるかと思います。

改めまして、お気に入り登録、評価、感想などなど、よろしくお願いいたします。


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本当の旅の始まり

この過去編執筆にあたり、この章を第0章として、並び変えようと思っております。


コレは記憶だ。誰かの記憶。

 

黄昏の空、自然あふれる大地。自身の知る妖精國の姿。

 

これの原因は俺自身。

 

雷帝になった。なってしまった。

 

あの少女が弄ばれた事実に、あの悪鬼たちを思い出し、怒りの感情が芽生えてしまった。

セカイの生命体を滅ぼし尽くした雷帝を顕現させてしまった。

 

彼女を、モルガンを傷つけてしまった。

 

だがモルガンは、そんな俺を倒すわけでもなく、恐れて逃げるわけでもなく。止めようと、懸命に立ち向かってくれた。

 

その姿には、その行動には、感謝の念に堪えない。

 

だからこそ雷帝を必死に止めた。可能な限り全力で。

 

そして止めることが出来た。彼女のその懸命な姿に力が湧いたおかげだ。

そして、あの少女のおかげで自分は止まることが出来た。生命の消えるその瞬間まで、礼を尽くす事に尽くした、少女のおかげで。

 

だから最後の最後、あの暴発。あれだけは絶対に回避しなければいけなかった。雷そのものの暴発は防げない。だから雷そのものの性質を変化させた。

無限城を駆け巡る、仮想現実を作り出す電磁波へと変換させた。

 

脳に直接作用し、幻覚を見せる無限城の電磁波に。だからこの幻覚は、それが原因なのだろう。

幻覚そのものの指向性までは考えることはできなかった。可能な限り無害にと、無我夢中で思っていたからだ。

 

そう、今垣間見ているこの記憶という名の幻覚は、きっとモルガンのものだ。

 

俺自身である雷を通して、彼女の脳と繋がったと言う事だろうか。

 

勝手に見てしまうことは憚られたが、目を瞑ったところで意味はない。言わばこの光景は、既に脳に流れて来てしまった情報を整理しているプロセスを辿っているに過ぎない。

 

目の前で起こる光景は、まるで物語のよう。

 

彼女の思いが、まるで語り部の様に言葉となって、頭の中に響いていく。

 

『オークニーで目を開けた時、わたしは、もう1人の私からの知識を受け継ぎました』

 

汎人類史という、()()()()()()()()()()()世界。

 

その世界で、予言などという曖昧な理由で、国の為に努力を重ねて来た女性が親に捨てられ、自分そのものである国を追い出され、爪弾きにされ、アイデンティティを奪われた。

後の物語で魔女などと揶揄され、()()()()()()()()()()()()()()()()()の、最大の原因とされた女性。モルガン。

 

その情報がお話となって流れて来る。

 

そして、その記憶を受け継いだのが俺の知るモルガン。

異聞帯という間違った歴史だとかいう世界での同一存在である彼女。

 

その記憶を引き継いだモルガンは、もう1人のモルガンの、ブリテンへの愛を受け継ぎ、楽園の妖精という、ブリテンを滅ぼす使命を放棄し、この妖精國を救う為の行動を開始した。

 

 

真っ先に思い浮かんだのは怒りだ。

 

マーリン。王を謀り、モルガンを捨てさせた男。予測した未来を辿らせる為、予言を遂行する為に、謀をめぐらす、とんだ予言者。

 

ウーサー。予言などという下らないもののために、王として育てていた自分の娘を捨てた最低な父親。

 

異聞帯、汎人類史、人理、間違った歴史。正しい歴史。

 

世界の正しさを、人理という下らない自分勝手な価値観で正誤を勝手に決めつけるこの世界。

並行世界としてすら共存できないその世界を、その()()を作り出した創造主に反吐が出る。

 

間違った歴史だからと自らの世界を滅びに向かわせる楽園とか言うふざけた存在。

わざわざ、自分で世界を滅ぼすために、人間としての感情を持ったモルガンを使わせるその悪趣味極まりない使命。

 

何が楽園だ。何が人理だ。同じだ。これは、世界の作り方を間違えたからと、一度リセットという名目で、自分を使ったブレイントラストの残党と何も変わらない。

 

そんな怒りの中、彼女を見た。滅びの使命を授かりながらも、例えもう1人の自分からもたらされたものだとしても、愛する國を滅ぼすという使命に反し、傷つこうとも、蔑まれようとも、懸命に行動するその姿を。それはともに旅したあの姿と違いは無い。

 

 

運命に従い、使命に従い、世界を滅ぼした自分とは違う。

 

彼女はまさしく救世主だ。人理や楽園という悪趣味な存在によってもたらされる滅びの運命を回避しようとする妖精國の救世主。

 

それが例え彼女自身のための行動だったとしても。そこに違いは無い。

 

運命に抗い、愛する國を守ろうとするその姿。

 

それを見て湧き上がるこの感情は何なのだろうか。

 

気付けば、目から涙が出ていた。

 

()()()()()の体現である彼女。

 

絶望的な世界の中、こうありたいと思っていた。

 

自分勝手なのはわかってる。

 

罪滅ぼしの為に彼女を利用するようなモノだということも分かっている。

 

だが、報われてほしいと願うのはいけない事なのだろうか。

 

自分に出来ることであればなんでもしたいと思うのは間違っているのだろうか。

 

できるのであれば、もし、許されるのであれば、側にいて、彼女を支えたい。

 

彼女の夢の為ならば、人理も、楽園も、世界を敵に回しても構わない。

 

それが、この妖精國で俺を拾ってくれた、彼女に出来る最大の事だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

コレは、私の記憶じゃない。

 

灰色の建物、草木はほぼ存在せず、周りは人間の死体だらけ。ここが、無限城という事は理解する。頭に直接情報が流れてくる感覚。

城と言うにはあまりにも不適切だ。自分の知る、(キャメロット)のようなら絢爛豪華な色調では無く、ただ無機質な建物が集まっただけの、そんな場所。

 

これが、彼の記憶だと言う確信ががあった。あの雷が原因であることも理解している。

 

だが、今、この夢から覚める方法が思いつかない。だから、失礼ではあるかもしれないが、彼の記憶をこのまま覗く事にした。

 

体内に文字通りの宇宙が存在していたり、時間軸そのものを操っているような、不可思議な動きを見せる怪物達が人間達を虐殺していく。

 

どうしようもない程の強大な怪物。

 

かくいう人間も異常である。身体能力が自身の知る人間とは格が違う。怪物ほどではないものの、その不可思議な技の応酬により人間同士が殺し合い、呆気なく死んでいく。その強さも、その凶悪さも、ある意味では妖精如きでは足元にも及ばない。

 

この場所は、もうどうしようもなく終わっている。そう思ってしまう程に、凄惨な光景だった。

 

戦いも過ぎ去り、死体のみが残ったその場に、ポツンと1人、少年が現れた。

夥しい死体が存在するその中を、なんの迷いもなく歩みを進める少年。一目見て気付いた。

この少年はトールだ。自分の知るトールよりも、数年分幼い姿。

 

目には光が失われ、なんの感情も見られない。無理もない。こんなセカイでは、万が一生き残れたとしても、心が死んでしまうのも致し方ない。

 

彼が歩いていると、そんな彼の様な子供が、1人また1人と集まってくる。

 

やがて十数人の集団と化した少年たちは、1人の青年の元に集まり出した。

 

少年を視界に収めながら、笑顔で迎える青年に、少年たちの目に若干の光が灯る。

 

これが、きっと、彼の言うあの人なのだろう。

 

あの人が子供達を笑顔で世話をしている。その姿は、このセカイでは異端であるが、だからこそより輝いて見えた。

 

そう考えたところで、場面は切り替わる。

 

やはり死体だらけだった。ただ最初と違うのは、その死体が、今しがた生きている姿を見かけたばかりの、少年、そして、あの笑顔を振り撒いていた青年だった。

そう、死んでしまったのだ。

 

当然と言えば当然と言えた。こんなセカイで、あんな子供達を抱えながら生き残ることなど不可能だ。

 

むしろ、これまで生きて来れたことが奇跡のようなものだ。

 

そんな死体の山の中から、少年が這いずり出てきた。

トールだ。成長した姿で出会えているのだから結果はわかっているが。それでも安堵してしまう。

 

彼は、全員分のお墓を作り、手を合わせる。

 

目を瞑り彼らとの思い出がトールの中で駆け巡るのを感じ取る。

 

この幻覚は、彼の感情や、思いまで伝わってしまう。

 

だからそう、今この時この瞬間、何の感情も抱いていなかった彼に、感情が芽生えたのをふつふつと感じ取る。

 

彼らへの感謝と愛。

 

そして感謝の言葉をかけることが出来なかった後悔。

 

彼の決意の思いが溢れてくる。人間とは後悔から学ぶものである。彼の言うあの人――あの青年の与えたモノを他の誰かに少しでも分け与えようと、彼の様な人間になろうと、彼は決意する。

感情の宿るその目に一抹の希望をモルガンは抱く。

未来の彼を知る身としては、その希望も儚いものだと知りながら。

 

だから、この展開は予想通りではあった。予想通りではあったが、まさかここまで展開が早いとは思っていなかった。

 

一歩目だ。あの青年の生き方を模倣し、与えられた優しさを少しでも分け隔てようと決意し、歩み出そうとしたその一歩目。

 

何のきっかけも、何の予兆もなく、彼の悲しみと怒りの感情が増幅していく。何を対象に憎悪しているのかすらわからない。その二つの感情だけが、まるで誰かに弄られたかのように、増していくのだ。

 

それをきっかけに、少年の体がパチパチと音を立てながら発光していく。

それは、先程現実世界で見た雷であった。

 

熱量は感じない、あくまでこれは記憶だ。

だというのに、あまりの雷の迫力に思わず、身構えてしまう程だった。

やがて、雷が視界いっぱいに広がったと思えば、モルガンの知るあの存在。『雷帝』が、そこにいた。

 

だが、その規模も、迫力も、幼いままというのもあるが、変貌を遂げた彼の姿も全てが違う。黒かった髪は金に発行し、その眼は雷によって発光している。

 

雷鳴に惹かれてきたのだろう、不死身の怪物達が、どこからとも無く現れ、彼に襲いかかる。彼らの不死性は千差万別だ。そもそもとして攻撃を素通りする個体。体がバラバラになろうと再生する個体。どんな攻撃も弾いてしまう個体。そんな怪物達が、全て等しく一瞬で崩壊した。

その内の一体が雷帝の腹を貫くが、身体そのものが()()と化している体には物理攻撃など意味を成さない。逆に、身体に触れた事によって消失してしまった。

 

雷の熱量に焼け焦げて灰になる。というプロセスでは無い。

あれはもっと根本的な破壊だ。

まるで、砂に描いた絵を払い飛ばして消してしまう様な。

 

ありとあらゆるモノを()()()()()()()()()()()ような。

 

そんなチカラ――

 

彼が、その力で、無限城中の生命体を根絶やしにするのに時間はかからなかった。城内の全ての生命体を文字通り消滅し尽くし、やがて、何の感慨も無く、彼は無限城の外へと足を踏み出した。

 

 

 

 

本当にどうしようもない。世界中が、無限城と同じような状態になっていた。

雷帝は、その全ての生命を滅ぼしていく。まずは日本という島国。それもすぐに終了した。

どう言う理屈か、雷を帯電させながら彼は空を行き、無限城のある島国を超え、新たな大地へと侵攻していく。あとはずっと変わらない。人間を、怪物を見つけては雷で滅ぼし過ぎ去っていく。

彼の体に自由権は無い。操られるままに、滅ぼしていくだけ。

彼の叫びが、悲しみが、これ以上ない程に伝わって来る。やがて感情が擦り切れ、無くなっていく過程を

飛ばし飛ばしで見せつけられる。

 

どれ程の月日が経ったのかはわからないが、少年は、青年へと成長していた。

 

やがて、比喩でも何でも無く、文字通り、世界中の生命体が、彼によって消失した。

 

本物の静寂。

 

無限城の最上階。その屋上から大地を無機質に見下ろすトール。背後には陰陽のマークが入った扉があった。

 

風の音すらしないのは、何故なのだろうか。

本物の孤独、永遠の孤独。見ているこちらが苦しくなっていく程だった。

 

「トールく――」

 

意味はないと分かっていても、思わず彼に手を伸ばす。

その手が彼をすり抜けたところで、トールの体が再び発光した。

 

それが、最後の情景である。

 

最後の最後に頭の中に入って来る情報が流れて来た。

 

ブレイントラスト、GetBackers、悪鬼の戦い(オウガバトル )

 

何という非常な現実。このセカイは他でもない人間によって作られていたのだ。

まさしく神の如き所業。だがそれを実行したのは神ではない。

本物の()()()()()()()()()()()()()人間が、その頭脳で実現してみせたのだ。その他さまざまな情報を受け取ったところで。

 

気付けば現実世界に戻っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

見れば、トールが膝をついたまま俯いていた。表情は見えないが、地面を見れば涙を流しているのが見て取れる。胸に抱いていた彼女(バーヴァン・シー)は砂となり、風に流され、この妖精国の大地となったのだろう。

 

次こそは、救ってみせると決意を抱き、目の前に跪く彼の姿に胸が詰まる。

 

 

「モルガン……」

 

 

先に声を出したのはトールの方だった。

 

 

「ごめん、本当にごめん……っ君を、傷つけた……」

 

その声は、今までに聞いたことがないほど弱々しく、震えていた。

 

「いえ、良いんです。あれはしょうがない事なんです。あなたのせいでは無いんです」

 

言いながら、雷が掠り、火傷したら頬を魔術で治す。

 

「ほら、この通り、なんともありません。全然ヘッチャラなんです。なんにも問題ありません」

 

彼の頬に手を添える。頬から溢れる涙を指で拭う。

 

これ以上、彼に涙を流してほしくは無い。

 

「だから、どうか、自分を責めないで――」

 

神の如き人間の、操り人形となり、自らのセカイを滅ぼし、本当の孤独になってしまった彼。

 

そんな彼に、どうか救いをと考えるのは間違っているのだろうか。

 

「ありがとう」

 

彼の口から漏れたのは感謝の言葉。

 

「ありがとう、モルガン」

 

顔を上げ私を見るその目からまた、いまだに涙が溢れていた。

 

「俺を拾ってくれて」

 

拭っても拭っても、涙は止まらない。

 

「俺の世話をしてくれて」

 

心の底から、そう思っていることを感じ取る。

 

「君を傷つけた俺を許してくれて、ありがとう」

 

その感謝の言葉に、胸がいっぱいになる。

あんな事がありながらも、あの青年の優しさを、別の誰かに振りまこうと、懸命に努力しようとする彼に、

胸が張り裂けそうになる。

 

どう声をかけてやれば良いかわからない。

 

彼に何をしてあげれば良いのか。

 

「頼みがあるんだ」

 

「……なんでしょう」

 

意外な言葉だった、彼の経緯と、これまでの旅路を思えば、彼に何かしたいことがあるようには思えない。

 

だからこそ、精一杯答えようと思った。

 

「どうか、俺を一緒に連れていって欲しい。君の夢の、手伝いをさせて欲しい」

 

それは、意外な頼みだった。

 

 

夢――

 

そう言われてハッとする。

 

「貴方も、私の記憶を見たんですね……」

 

「……ああ」

 

その頷きに偽りは無い。

 

それを知って尚どうして、このヒトは私に尽くそうと言うのか。

 

「それならばわかるでしょう。私は、決して、妖精達の為にこうしているわけではありません。」

 

そうだ。私は本当の使命に逆らって、人理を裏切って、自分の為だけに、誰にも望まれていないのに、こうしてブリテンを治めようとしているだけなのだ。

 

「私は、あくまでブリテンの為に妖精を守っているだけです。貴方の尊敬する彼のように、ヒトを、妖精を愛しているからではありません」

 

トール君は、私と彼を重ねて見ていた。

妖精達を治めようと努力するその姿を、彼のような慈愛によるモノだと、そう思っていたのだろう。だから彼が私を手伝う理由なんて――

 

「わかってる……」

 

それは意外な答えだった。

 

「……それなら、どうして」

 

「理由なんて関係ないんだ」

 

「……」

 

「どんな理由があろうと、君は、妖精達の助けになってる。自分の滅びの使命に抗って、妖精達に蔑まれようとも、この妖精國を救おうと、たった1人で頑張って――」

 

その言葉に嘘はない。

 

「君は、間違いなく、この國の救世主なんだ――」

 

そんな風に自分の事を言われるのは初めてで、

 

「そんな君を、心の底から尊敬してる」

 

段々と、胸の奥に温かいモノが溜まっていく。

 

「人理のこともわかってる。本当は許されないことだって言うことも理解してる」

 

彼の真っ直ぐな思いが、言葉以上に、妖精眼で伝わってしまう。

 

「それでも、君の助けになりたいんだ」

 

――例え、世界を敵に回しても

 

口から出なかったその言葉まで、伝わってしまった。

 

「こんな俺だけど、世界を滅ぼしてしまった俺だけど……!」

 

巻き込むわけにはいかない。自分のエゴに彼を突き合わせるわけにはいかない。

 

「雷帝は、絶対に押さえて見せる……!今後、絶対に妖精國を滅ぼす為に雷帝にはならない――!」

 

そう思いながらも、彼の言葉に傾きかける。

 

「だから頼む! どうか、俺を使ってくれ……!」

 

何度も何度も厄災を祓って。

何度も何度も氏族間の争いを調停して。

何度も何度も魔女と罵られて。

何度も何度も心が折れていた。

 

だから、そんな言葉を投げかけられてしまうと、そんな風な頼み込まれてしまうと、その事が、心の底からの本心であると知ってしまうと、否が応でも嬉しくなってしまう。そんな言葉に縋ってしまいそうになる。

 

涙ながらに助けさせてくれと、本心で懇願する彼を、どうして、断る事ができようか。

 

「わかりました。貴方の申し出を受けさせていただきます」

 

だが、それだけではいけない、与えられるばかりでは自分が許せない。

 

だから――

 

「一緒にブリテンを守りましょう。私と、そして貴方の居場所を一緒に作りましょう」

 

「俺の、居場所……?」

 

「ええ、故郷を失ってしまった貴方の、新しい帰る場所」

 

そう、上位存在によって、自分のセカイを無理やり滅ぼさせられてしまった。

帰る場所のない、孤独なヒト。

 

「この妖精國が貴方の新しい故郷になるんです。受け取ってばかりでは、私も嫌ですから、貴方自身の為にも、一緒に頑張りましょう」

 

それが、私の為に戦おうとする彼への、最大の恩返しだと信じて。

 

「ああ、ありがとう……」

 

そんな彼の心からのお礼が、新たな旅の合図だった。

 

そうして、()()()()()()()の旅が、本当の意味で始まったのだ。

 




これにて一旦過去編は区切りとなります。
お付き合いいただきありがとうございました。

書く予定の無かった過去編なので、書きながら設定を修正、追加していったことにより、若干、各章と矛盾が生じだしたので、大筋は変わりませんが、各話に若干の修正をこっそり加えております。

もし、何かお気づきの点ございましたら、ご指摘等々お願い致します。

次回から『ウッドワス』の続きを投降していこうと思っております。

評価、感想、お気に入り登録、等々、よろしくお願い致します。


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女王編
グロスター


今回から新章に入ります。

毎度の事ではありますが、お読みいただきありがとうございます。


感想や評価等、アドバイスまで、色々と書いていただいて。本当にうれしいです。

更新速度含め色々続けていけるのは皆さまのおかげでございます。

お手間でなければ今後も本当によろしくお願い致します。


滅べ――

 

膝を地面に付いたまま、胸に抱く少女を見る。好き勝手に弄ばれ、好き勝手に傷つけられ、もはや息は無い。ただの死体。

 

――滅べ

 

周りを取り囲む醜いなにかが声を発しているのがわかる。

 

――滅べ

 

身体中に力が溢れてくる。

頭の中に悲しみが広がっていく。

 

滅べ――

 

周りで喚いたナニカが、灰と化した。

 

滅べ――

 

コレでは足りない。全て、全て滅ぼさなくては――

 

もっともっと。この國ごと滅ぼさなければ――

 

そう、この世界ごと――

 

それを実行しようとしたところで。

 

 

何かが、体にしがみついて来た。

 

 

「ダメ、ダメです。これ以上は――!」

 

少女だ。金の髪に。碧の瞳。黒いリボン。

 

「お願い……っ、目を覚まして、お願い――!」

 

自分にしがみつきながら、涙を流しながら何事か喚いている。

 

身体中の力が抜けていく。混濁していた意識が、クリアになっていく。

 

 

「トール君……っ」

 

金髪の少女が、死体となった少女を抱いたままの自分を、胸に抱いた。

 

朦朧としていた意識が戻り、襲って来たのは後悔の念だった。

 

「うぅ、あああぁぁぁ」

 

嗚咽が漏れる。涙が溢れる。

 

「助けられなかった……っ」

 

腕に事切れた少女を抱えたまま呻く自分を、何も言わず。金髪の少女は、ただ抱きしめ続けた。

 

空からはいつの間にか、雨が降っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

端的に言えば、やる気が無かった。

 

 

 

故郷に帰って来たという思いはあった。何となくの愛国心はあった。だが、それだけだ。それだけ。

 

それを実感できるほどの記憶など無い。

 

外を歩けば黒いモヤのような生物が襲ってくるし、すれ違う妖精は基本的に人間である自分を見下している。

 

とある街では、凄まじい歓迎を受けたのだが、裏で自分を殺そうと算段していたのを知り、逃げだした。スリルはあった。料理事皿を投げつけてやった時の反応は面白かったかもしれない。

 

この世界の人間は、自分がいた世界で言うところの家畜のようなものだ。食用という訳ではないあたり、マシとも言えるかもしれないが。

 

まあ、別に珍しい事ではない。自分が旅していた宇宙。様々な星でもそういう奴隷制度などザラにあった。地球文明だって地域によってはもっとエグい場所もある。

 

表だって明らかな奴隷という扱いをするのは禁じられているようだし。街や妖精次第では、自分の知る世界よりマシな生活をしている者もいる。

 

だがそれだけだ。

 

特別な愛着など湧いて来ない。

 

なんだか色々と熱い思いを抱いていた気もするが、良い人生を送るために良い街に住もう。みたいな感じだった気もするし。この妖精國を守護らねばならぬ。みたいな使命感だった気もする。良い嫁さん見つけて、幸せな家庭を作ろう。だったかもしれない。

 

 

まあ今となってはどうでも良い。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――今、何か変な思考(ノイズ)が入った気がする。

 

 

 

今は、誰もいない廃村の一画にて。日がな1日、過ごしている。

 

過去の出来事を映すホロマップ投影機で見たところ、どうやら村人同士での殺し合いがあったらしい。言うなれば事故物件。

 

人間である自分ではモルポンドを稼ぐ手段も難しい。必要以上に妖精と関わりを持とうとも思わない自分には、そもそもとしてまともに取り合ってくれるような妖精を探すのも大変だ。そんな自分には十分に贅沢な場所と言える。

 

 

 

この美しい黄昏の空と、美しい夜空を見ているだけの1日。

 

それはそれで悪くない。この景色は格別だ。

 

宇宙から見る星々も確かに最高だが、オゾン層を隔てた星空というのも良い。

 

そしてこの星空は、少なくとも文明の発展した自分の知る地球では見られない。

 

()()()()()()()()()()()()()()でも空の美しさは得難いものがあるが決して同じでは無い。それぞれに良さがある。

 

人間の扱いには思う所はあるものの、そこを抜かせば、妖精の作る街の情景も悪くない。偶に街に出て、妖精の文化を感じて、この美しい國を堪能するだけで、ただ十分だった。

 

とまあ、さもミニマリストっぽいような程で、思ってみたが、むしろ生活そのものはかなり充実していた。

 

幸い、この世界に戻る前に、様々な生活道具を用意している。

 

この世界。電気は通っていないが、捨てる程あったお陰で譲り受けたアーク・リアクターによって電力は十分。

 

ナノマシン関係の技術はスターク社やワカンダはもちろん、地球どころか銀河数個分の規模の星々の選択肢の中から厳選して補充しているので、家具を作るのも、家を補強するのも楽である。

 

補強された家は、この妖精國では考えられない程高い技術で守られている。例え宇宙人がやって来て目からビームを出そうとも壊れない。

 

テーブルをヴィウラニウム製にしようと思ったが、当時のイ○アの秋の新作が良い感じだったのでそれにした。

 

娯楽も豊富だ。新作は手に入らないが、地球のみならず、様々な星の映画等もある。ゲーム端末も同様に。それこそ100年引き籠っても退屈しない。

 

兎にも角にも、透は、この妖精國において、ある意味では誰よりも充実していて、苦労も無く、豪華な暮らしを満喫することができる。

 

とは言え。人と触れ合う選択肢がありながら、永遠に孤独でいられる程、一人上手という分けでもない。偶に人寂しさに、街へ出てしまうこともあった。

 

 

 

グロスター

 

 

恐らくこの妖精國で、ある意味最も騒がしく、ある意味最も発展した街。

 

都会。というヤツだ。

 

ヨーロッパ調の建物が並ぶその街は、常に生き物のように変化する。

 

小さいものが大きかったり、男が女になったり、流行によって、そこにいる住人や、街そのものが変わっていくのだ。

 

この街は比較的、人間に対する扱いも良く。偶に立ち寄っては、寂しさを癒す。

 

人間が単独で街にいることで訝しげに見られるが、グロスターは比較的、そういった視線も少ないし。

その程度の視線など気にもならない。むしろ視線が集まる分孤独感が薄れて、心地良いぐらいだ。

 

そう、視線が心地良い。

 

流石は流行を追う街の妖精達。いつもよりも、こちらへの視線に圧を感じる。

 

思わず、いやらしい笑みを浮かべてしまった。

 

今着ている服の価値に気づいているらしい。

 

()()()()()()()()()()()で製造された。上質なレザーやシルクで作られた服である。

黒のパンツに、襟付きシャツ。軍服風アウターもキメキメだ。ポケットがいっぱい付いてて、カッコいいし便利である。

 

ついでとばかりにアクセントに、背中にはキャプテン・アメリカの盾。

 

実用性も兼ねたイケイケファッション。

 

妖精達の視線に、嫉妬の感情を感じながら、その承認欲求を満たしていく。

 

最高だ。外に歩けば、人間だと蔑まれ続けたせいで、承認欲求への渇望が爆発していた分快感が凄い。

 

そんな思いを抱きながら歩いていると、ネズミが数匹、こちらに駆け込んできた。

 

「誰かー!そこにいるだれかー! 捕まえてー!」

 

どこぞの妖精が叫んでいるが、さて、手助けするのが人情というものだろう。

 

近づいてくるネズミが遠近法とは別の理由で、大きくなる。その姿はまさしくドラゴンのそれ。

だがそれは織り込み済みだ。

 

数は6匹。

駆け込んでくるネズミの懐に入り、盾を使って殴り上げる。

1匹のネズミが空中にカチ上げられた。残りのネズミに盾を投げつける、加減されたその盾は跳ね返りながら、3匹のネズミに当たり、その衝撃に横に倒れる。

そして残り2匹。最初に空中にカチ上げたネズミが、他のネズミを踏み潰し、事態は終了。

 

トドメとばかりに魔術を発動。火の粉のようなものが散る光の縄が、ネズミ達を縛り上げた。

 

 

おお、と周りで見ていた妖精達が感嘆の声を出した。

 

快感だ。

 

鼻の穴がピクピク動いてしまう。

 

成る程、妖精も悪くないじゃないか。

 

 

「ありがとう。暇で物好きなお方。はいこれ、感謝の割引券」

 

 

そう言って、そそくさと去っていく妖精に視線を向けていたら、横合いから声を掛けられた。

 

 

「あなた妖精だったんだね。人間なのに高級そうな召し物で、でもセンスは最悪だから、どこかの上級妖精から盗みだしたモノを適当に着ているんじゃないかと思ったよ」

 

「――は?」

 

「成る程、今の流行は『他人が羨む持ち物』魔力を隠して、あえて見窄らしい人間のフリをする事で着ている服を目立たせる。服も、その円盤も、着こなしも悪いし、バランスも悪くてセンスは最悪だけど、質は凄い良い。あえてダサくして、着飾るのでは無く、所有している感じを出す演出。成る程、参考になったよ」

 

 

「……」

 

 

前言撤回。妖精は、最低だ。

 

近くの店の大窓にボンヤリ映る自分の姿を思わず確認する。

悪くないじゃないか

 

妖精はセンスも最悪らしい。

 

とりあえず今はあえて人間のフリをしている妖精と思われているようだ。

身体能力か、カマータージ由来の魔術を妖精の能力と捉えたか。

わからないが、こちらにとっては朗報だ。

 

割引券ももらった事だし、冷やかしに行ってみよう。割引したところで手持ちのモルポンドで買えるとは思わないが。

 

 

 

 

 

 

道中ふと、ブティックのショウウインドウが目に入った。

 

黒を基調としたドレス。

 

それを見て、何となく思い出した事がある。

 

時折、夢で見る女性。

 

その女性は、金髪の少女だったり、銀髪の女性だったり、シルエットぐらいで顔なんかは色々と曖昧なのだが、何となく、同一人物だという確信がある。

 

今、自分の記憶は曖昧だ。元々この妖精國にいた。という事はわかる。だが、その時にどう過ごしていたかがわからない。

 

初めてフューリーと会った時、自分が死にかけていた事を覚えている。死にかけていたという事は碌な目に合ってないとは思うのだが、それだけだ。

 

この世界に帰る際、記憶障害が起こるだろうと予測していた事も覚えている。異世界での出来事も、明らかに抜けている項目はあるが、大体は覚えている。転移実験の際に巡った世界も思い出せる。だが、この妖精國における思い出がカケラも思い出せない。偶然なのかはわからないが、彼らと、転移実験の際に、手に入れた()()()()()()()()()()と永遠の別れを覚悟してここに来たのに、そんな曖昧な記憶のままでは、その選択をした事に後悔は無いと言えば嘘になる。

 

夢で、その女性を見る度に、心苦しい思いがのしかかるのだ。夢で見るという事は少なくとも自分の記憶の何処かにはいるのだろう。

家族か。近しい友人か、もしかしたら恋人だったとか――

 

我ながら気恥ずかしく、思春期真っ盛りな男子みたいな妄想を抱いているのだが、そんな事、前の世界の人間に話せばそれこそ爆笑されるだろう。キャップなんかが優しそうに肩を叩くのが想像できる。

トニー辺りにはモンタージュによって生み出された理想の女性像に違いないとか言われかねない。

()()()()()()()()()()()()()()ならば、色々同意してくれそうだが。

まあ、最終的に馬鹿にされるのがオチな気もする。

 

だが違う。彼女は間違いなく存在していて、そして自分にとって何か重要な存在であるという確信がある。

 

ショウウインドウにある黒いドレスは、そんな彼女を想起させるデザインだった。あるいは、着たら似合いそうだなとも思う。

そのドレスを基準に、どうにかして彼女の事を思い出そうと、じっと見ていたら。

 

「何? そのドレスがお気に入り? プッ。お前が着たって気色悪いだけだっつーの。いや、むしろ笑えてくるかも」

 

そんな、毒舌満載な声が掛かった。

 

「お前、チグハグな格好してんなぁ。質は良いのにバランスは最悪。その背中の丸いのとか、ププッ。どんなセンスで付けてるんだっつーの!!」

 

それは、妖精だった。足元から、それこそ髪色まで、赤く染まったワンカラー。

足はスラリと伸び、体付きも人間の女性らしい。

見た目には深窓の令嬢と言われても違和感のないものなのだが、その口から出る汚い言葉が全てのイメージを覆す。

 

その妖精の毒舌の畳み掛けが、あんまりにもあんまりなので、流石に黙ってはいられない。

自分の服装を確認しながらも言い返す。

 

「ま。まあ、この服装は、俺の故郷に伝わる特別な召し物だ。常人には理解出来ない着こなしだっていうのは、理解してるさ。わかってくれる奴がわかってくれれば……」

 

「あ? 何、お前本気でその服装、センスが良いと思って着てたの? おいマジかよ。不憫すぎてむしろ泣けてくるんだけど……」

 

「……」

 

酷すぎる、泣けてくるのはこっちである。

 

「わざわざ魔力を殺してまで人間のフリをしたりとか、変わりものねアナタ、どこの出身なワケ?」

 

「……アスガルドってとこだが」

 

どうやら妖精と勘違いされているようだ。わざわざ訂正する必要も無い。

下手な嘘をついてもアレなので、()()()()()()()である国の名を告げる。

この妖精國には存在しない街だが、

まあ、色々誤魔化す事はできるだろう。

 

「あっははは! 聞いたこともねーよそんな街!? どんだけ田舎なワケ!?」

 

失敗だった。自分のせいで故郷が凄まじく馬鹿にされている。

 

「い、田舎じゃねーよ! そりゃ甘い物は木の実と葡萄しかないけど! 」

 

「プププッ! マジモンの田舎じゃねーか! そういうセンスも納得だわ!」

 

ヒイヒイ苦しそうになるまで笑いやがって。あんまりな言い草だが、マジで爆笑されている辺り、最早反論するのも疲れて来た。

 

「あーはいはい。どうせ田舎ですよ。ったく、都会の奴らは皆こんな感じなのか?」

 

まいったなと頭を露骨に掻きつつ、彼女を見る。

 

なんというか、不思議な感覚だ。どこかで会ったような。そうでも無いような……

 

と考えているうちに視線を感じた。

周りの妖精がこちらを訝し気に見つめていた事に気づいた。

 

「……そっか、どうりで……私を見ても怯えないわけね」

 

なんだ、そんな表情をするくらい俺のセンスに文句があるのか畜生。

 

「……でもなんだろ、それだけじゃないような……」

 

睨み返してやれば蜘蛛の子を散らすように妖精達が去っていく。

 

フン、造作もないわ妖精どもめ……

 

そんな事をしている間に、彼女は一人、ぶつぶつと何事か呟いていた。

 

「なあ、そろそろ行って良いか? 正直もう色んな妖精達にバカにされ続けて、疲れちまったんだ。ほんと、嫌な奴らだよ」

 

「あ? なにアナタ、妖精嫌いなわけ? だからわざわざ人間のフリをしてるってコト?」

 

「色々嫌な目に遭ってきたし、散々馬鹿にされたからな」

 

「――へぇ、碌な目に合わなかったみたいね……」

 

お前が一番酷い言いぐさだったからな……!

嫌味も効かないとは、無敵かこの妖精……!

 

「白状すると俺は人間なんだよ、田舎出のな。コネだのなんだのもないし、都会のルールもよく分からないし、もう帰って寝ることにするよ」

 

「人間だァ? だとしても魔力のカケラも無いってのは……ふーん……」

 

人を値踏みするようにジロジロと……なんだ、またも人のファッショにケチつける気か……

 

なんだか憐れみの意思も感じるぞ……苦労してんのねぇみたいな。こんだけの毒舌少女に憐れまれるとか、俺はどんだけ酷い扱いなんだ。

 

すると、良い事考えた。とでも言うように、表情が晴れていくのを観察する。

笑顔、と言っても良いが、邪悪だ。こっちとしては嫌な予感しかしない。

 

「よし、決めたぜ☆ お前今だけ私の従者(ドレイ)な」

 

「ハ――?」

 

「丁度良かったわ。どいつを脅して荷物持たせようか考えていたの」

 

「いやいや、そんな急に言われても」

 

「でも貴方これから寝るだけって事は暇なんでしょう? 人間の分際で、一時的にとは言えこの私のドレイ(従者)になれるんだから、むしろありがたく思うものよ。それが都会の常識なの」

 

どうやら、断る事は出来ないらしい。

 

「ホラ、いくわよドレイ! まずはテメーの最悪なファッションの修正からな。一緒に歩かせてやるんだからせめて最低限の身嗜みは整えろよ」

 

「俺の格好、奴隷レベルにも達してないのかよ!」

 

そんなに?そんなに酷いか?

 

悲しんでいる間に、彼女はとっとと行ってしまう。

 

「ホラ、ボサッとしてんなよ!」

 

観念するしか無いだろう。

 

「あー、その、なんて呼べば良い?」

 

そういえばお互いに名前を名乗ってなかった。

 

「スピネルよ、スピネル様って呼べよな」

 

「……俺はトール。よろしく」

 

「ええ、私の荷物持ちになれる事、光栄に思いなさい」

 

本当に、ついていくしかないらしい。

 

「ああ、田舎出として、色々勉強させていただきますよ。スピネル様」

 

「ふーん、そう言う最低限の嗜みは持っているワケね。ま、どうでも良いか。行くぞドレイ!」

 

「……トールなんだけど」

 

まあ、良い。退屈しのぎにはなりそうだ。

 

 

 




トール
何故かはわからないが、やる気なし。

過去、この妖精國に戻る為、マルチバースの研究や実験もかねて、いくつか異世界移動を経験したのだが、その折、特殊な転移をしたことで、ひとつ、故郷が増えている。
V2Nという存在も、同じ現象の、別の世界への転移が由来である。

妖精に色々いたずらされるが、生来のやる気がないため、暴れまわる事もあまりない。

世捨て人みたいな暮らしをしようとしているが、寂しいので、偶に妖精の街に行く。


出会った毒舌少女にどこか会った事があるような気がしている。

退屈しのぎに絡んでも良いかと思っている。


スピネル

本編より少し前の時間軸。
何故か嫌悪感を感じない。妖精だか人間だかわからない存在に出会う。
妖精を好いてないその様子に、若干のシンパシーを抱く。
暇つぶしに絡もうとしている。


イ〇アの秋の新作:エターナルズ予告編より、本編も最高でした。


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スピネル

「じゃあ、そいつらお前のこと、むしゃむしゃ食う為に世話しようとしてたってワケ?」

 

「ぶくぶく太らせて俺の肝臓でも取ろうとしてたのかもな」

 

「で、で? 結局どうしたの? なっさけなく命乞いでもした?」

 

「とりあえず見張りっぽい奴に料理の乗った皿投げつけて、その後椅子をぶん投げて、怯んでる隙に窓割って逃げた」

 

――大爆笑。

 

なんの因果か、一時的にトールの主人となった少女――正確には妖精だが――スピネルの買い物に付き合い。というか荷物持ちに充てがわれ、今は休憩のためグロスターのカフェに立ち寄り、雑談に入っていた。

 

会話していてわかったことだが、彼女、妖精嫌いらしい。妖精の悪口になるとギアが2速ほど上がっていく。

 

それと、こっちが損をする話が好きだ。さっきもらった割引券の店が閉店していたのに憤慨してビリビリに破っていたのを脇で見て大爆笑。妖精の悪口付きなら2割増し。

 

彼女のお気に入りは牙の氏族のマネである。口を引っ張って。ダミ声にするのがコツだ。

 

妖精である彼女が妖精嫌いとは……色々と業を感じるが、人間嫌いの人間もいるし。珍しくはない。

そういう意味では、妖精に色々思うところのある自分にとっては話が合う。

 

「アハハハッ、あの街の妖精ども、コソコソそんな事してたのかよ! イイコト聞いたぜ。お堅いガウェイン様がそれを知ったら、どう思うだろうなぁ……」

 

「あんまり広めないでくれ。もしこの事が知れ回ったら俺がチクったってバレるからな。八つ当たりされたくないし」

 

「イ、ヤ、だ☆ 従者(ドレイ)の分際で私に意見するなんて100年早いってーの!」

 

「なんで。頼むよ。300モルポンドあげるから」

 

「すっくな! そんなんで、頷く訳ねーだろーが!」

 

彼女、スピネルは良くいる残虐な上級貴族そのまま。みたいな性格をしているが、キレて突然襲い掛かる。なんて事はして来ない。

口に反して意外と穏やかなタイプなのか、たまたま機嫌が良いのか。

襲われたところで、負ける気は毛頭無いので、臆さず喋っているが、案外懐は広いらしい。多少の無礼もそこまで気にしていない様子。

 

と、また再びの視線を感じた。

 

買い物中もそうだが、何というか怯えというか、蔑みというか、ネガティブな視線をそこかしこで感じるのだ。

 

眼を飛ばして周りを睨み返す、視線が消えた。

 

「? お前、さっきから何やってるワケ?」

 

その様子を訝しんだスピネルが声をかける。

 

「妖精達がジロジロ見てくるからさ」

 

「ああ、そういう事、そんなの――」

 

「俺の抑えられていたカッコよさが、スピネルの選んだ服のせいで、輝きを放ち始めたってところか。嫉妬の視線は辛いものだな」

 

「――ハァ?」

 

信じられないようなスピネルの視線を感じる。

なんだよ。そんな目で見るなよ。俺のジョーク。

結構皆笑うんだぞ。

 

過去にウォンという男にそう言った時。「いくら払ってるんだ?」と痛烈な皮肉で返されたが。後で聞いたらストレンジも言われたらしい。ウォンめ。

 

人のジョークセンスを否定する憎き男の事を思い出してるうちに、信じられないという表情のスピネルが一気に破顔した。

 

「プッ。プププッ。アハハハハッ! お前、イカれてんな!」

 

――笑った!

 

どうだ。見たかウォン! と思いを馳せていると、笑いすぎて苦しそうになっている。この子。やっぱりめちゃくちゃ良い子じゃ無いか。いっつも俺のジョークに笑ってくれる。やっぱり妖精って最高だな!

 

 

そんな会話もそこそこに終わり、喫茶店を出て、買い物は再び続く。

服やアクセサリー類。化粧品など。まさしく若い女性の買い物といった感じで、それは続いていく。

 

特に彼女、靴の類には並々ならぬ拘りがある様子。

他の店に比べて滞在時間が倍以上あった辺り相当思い入れがあるのだろう。

 

そんなこんなで、買い物も終わり、彼女の表情は満足そうだった。

 

よし、楽しく話せたな。

 

 

 

 

 

 

 

レディ・スピネル、またの名を妖精騎士トリスタン。真の名はバーヴァン・シー。

 

彼女にとって妖精は忌むべき対象である。人間もそうだ。

 

キンキンうるさいし、いるだけでムカつくし、吐き気もしてくる。

 

口を開けばやれ、女王の娘でなければだの.やれ下級妖精だの悪口ばかり。いるだけで気分が悪い。存在するだけで最悪だ。妖精なんて大嫌いだ。

 

だが、彼女はわかっている。なんで嫌われてるかわかっている。なんで馬鹿にされてるかわかってる。でもそんなのはしょうがないのだ。

それしか知らないから、そうすればお母様に褒めてもらえるから。

そういう生き方しか知らないから。

 

何を言われようが関係ない。自分は女王の娘である。好きなようにいじって、ムカついたらこわして。

そのためにニュー・ダリントンを与えてもらった。

いつもの通り。やりたい事をして、ムカつく妖精がいたら殺してしまえ。そう思っている。

 

だが、そう。今日はそう、不思議な出会いがあった。

 

とあるブティックのショウウインドウ。その中をジっと見つめている、変なヤツに会ったのだ。

 

格好もチグハグだけど、存在もなんだがおかしい。周りの妖精がクスクス馬鹿にしたように笑っているのを見た。

 

まあ、自分にとってはどうでも良い。気に入らないならどかすだけ。

 

とりあえず、そいつが見ているドレスを覗く。

 

 

 

 

思い浮かぶのはお母様。この國を支配する女王モルガン。

今のお母様のお姿も素敵だけれど、このドレスを着たらまた違う美しさを見せてくれそう。

 

隣を見る。その目は、とても真剣で、このドレスに何を思っているのか。

 

それ程に欲しいのか。着たいのだろうか。目の前のヒトがそのドレスを着てる姿を想像して。お母様を想像した後だったから、余計にとってもおかしくて、思わず笑ってしまった。こんな笑いは本当に久々だ。妖精達の悲鳴を聞いた時の気持ちとはまた別のキモチ。だから、そう。思わずだが、声をかけてしまったのだ。

 

「何? そのドレスがお気に入り? プッ。お前が着たって気色悪いだけだっつーの。いや、むしろ笑えてくるかも」

 

いつもの自分、いつもの言葉。話しかけると、殆どの妖精が嫌そうな顔をして、そそくさと去っていく。

 

だけど、このヒトは違った。

 

「ま。まあ、この服装は、俺の故郷に伝わる特別な召し物だ。常人には理解出来ない着こなしだっていうのは、理解してるさ。わかってくれる奴がわかってくれれば……」

 

下級妖精である事に蔑む事も無い。自分を恐れて平伏するわけでもない。

 

言葉の内容に対して、反応が変わっていく事が新鮮だった。

 

何故か普通に会話が出来る。目の前の存在は、何故かわからないけど、イラつかない。嫌な気がしない。

 

聞いてみれば、人間らしい。

 

名前はトールらしい。

 

私も知らないアホガルドという田舎町から来たらしい。

 

妖精にいじめられたことがあるようで、そんなに妖精が好きではないらしい。

 

以上。

 

別に、本当に気まぐれだ。ただの気まぐれ。買い物の荷物持ちだとか、退屈しのぎ。

 

そういう理由で、彼を誘った。

 

側から見たら無理矢理連れて行くように見えているだろうが、そういう方法しか知らないのだからしょうがない。

 

そうして、珍しい人間を連れたグロスターでの退屈しのぎが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

楽しい。凄く楽しい。

 

妖精の悲鳴以外で、こんなに楽しいのは、ベリルの汎人類史の話を聞いた時くらい。

 

口の横を引っ張って。涎をワザと垂らして。

 

「『褒美欲しさに下等な人間が我が牙の氏族の戦いを邪魔するとは何事だ』ってさホント偉そうで嫌になったよ」

 

変な声で喋るのだ。

傲慢な牙の氏族のモノマネ。と言っていた。間抜け面で、凄く笑える。

 

それに今日は妖精達の蔑む視線もあまりない。

 

それだけで気分が良い物だ。

 

田舎から出て。いくつかの街を巡ったらしい。マンチェスターにも立ち寄ったようだ。

 

聞いてみれば。あのバーゲストの街の住人に殺されかけたのだとか。

ああ、やっぱり妖精なんてそんなものだ。あの正義ぶったお堅い妖精騎士ガウェイン様にこの話をしてやろうか。さぞ面白い事になるだろう。

 

ふと、立ち寄ったカフェで、目の前のトールが周りをジロジロ見ている事に気付いた。

 

「? お前、さっきから何やってるワケ?」

 

そう聞くと。どうやら妖精の視線が気になるようだ。

 

ああ、そう。いつもの視線だ。ムカつく視線。自分を馬鹿にして、蔑んで。イラつく視線。

近くにいるこいつも同様に視線を感じて、見られていると思っているのだろう。気にするなと言おうとしたところで。

 

「俺の抑えられていたカッコよさが、スピネルの選んだ服のせいで、輝きを放ち始めたってところだろう。嫉妬の視線は辛いものだよな」

 

彼が、そう言いながら鋭い視線を周りに巡らす。嫌な視線が消えて行く。

成る程今日、気分が良かった理由の一つがコレだ。どうやら、この男が、その視線を弾いていたらしい。

 

いや、今はそれよりも。こいつ、今なんて言った?自分がカッコいいから? なんて馬鹿なんだろう。妖精達のあの視線をそんなふうに考えるなんてイカれてる。

 

 

こんなヤツ初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合わせ鏡を使って自室に帰った。

 

荷物の整理もそこそこに、ベットへと寝転がる。

 

さっきの出来事を思い出す。

 

わからない。色々とわからない。

退屈しのぎになった。話は面白かった。嫌な感じはしなかった。 

 

一番印象的だったのは最後の最後。

 

お別れの時。

 

「この服、どうすれば良い? 洗って返せば良いのか?」

 

買い与えたスーツを摘みながら彼が聞いてくる。そんなもの別に最初からいらなかった。捨てるぐらいのつもりだった。

 

「別に、そのまま持って帰ればァ? 私が着ることなんてありえねーし。私からしたらゴミみたいなもんだし、お前が着たものなんて返されたって鬱陶しいだけだしィ?」

 

そう言った途端、彼の動きが止まった。

 

ゴミを押し付けられて怒ったのだろうか。

 

そう思った瞬間、彼の顔が目の前まで近付いていた。そして手を掴まれていた。

 

「ヒぁ――っ」

 

掌から感じる彼の体温に、思わず声を出してしまった。

 

「マジでくれんのか!?」

 

手を両手で握られる。

 

「いや、、ありがとう! スピネル、アンタ、いいヤツだな」

 

ブンブンと両手で握られた手を振り、嬉しそうに、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。信じられない事まで言い出した。

 

「ありがとう。妖精國に来て初めてのプレゼントだ。大事にするよ」

 

ありがとう。だなんてそんな事、初めて言われた。頭が回らない。どう返せば良いか分からない。握られた手も、どうすれば良いか分からない。

 

「――は、離して」

 

とりあえず今は、この意味不明な感覚から逃れたかった。

 

「ああ、悪い。やりすぎたな。ごめん。はしゃいじゃって」

 

そう言って彼が離れて行く。

 

「――あっ」

 

なんでだろう。それが、凄く――わからない。なんだコレ。

 

「と、とりあえず。私はもう帰るから、あ、貴方も、とっとと帰りなさい」

 

「そ、そうか、荷物は?」

 

「いい。良いから。私は帰るわ。さようなら」

 

「あ、ああ。()()()

 

最後の最後、戸惑う彼を残して合わせ鏡で荷物ごと自室へと戻った。

 

わからない。礼を言われるなんて。だって、ゴミを捨てたようなものなのに。

 

わからない。ああやって触れられるなんて、今までにない。今まで、人間も、妖精も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

わからない。私をイイヤツだなんて。殺してばっかりの私に。だって今日なんて、無理矢理連れ回したようなものなのに。

 

わからない。わからない。わからない。

 

でも、またなって。そう、また会おうって意味だ。

 

嫌われ者の私に、また会おうなんて、再会の約束なん

て、そんなの――

 

 

「またね」

 

 

声なんて届くはずも無いのに。

もういないのに。

なんだか言いたくなって。つい口に出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

青い光に飲み込まれたと思ったら消え去ってしまった。

 

しまった。別のことを言えば良かった。

 

最後の最後。やらかしてしまった。

この妖精國で初めて受けた、親切。というかプレゼントだったからあまりに嬉しくて、あれ程に毒舌を吐かれていたのに、良い子じゃ無いかと。

受け入れられていると勘違いして、嬉しくて、ついやってしまった。

 

握手をしてしまった。手に触れてしまった。

 

引かれた。

 

それこそハグにしなくて良かった。多分殴られてたかも。妖精という別種族と言うことだけでなく、異性である事も気にしなければならなかった。

 

「ハア、2度と会ってくれないかもなぁ……」

 

落ち込みながら、踵を返す。とりあえず街を出よう。その後は自分も転移して、帰ろう。

 

まあ、だが、永遠に一人ぼっちで暮らして行く覚悟もしていたが、まだまだ希望はあるかもしれない。

とりあえず今度はソールズベリーにでも行ってみようか。

 




ウォン(ドクターストレンジより):トールの兄弟子兼仕事仲間。カマータージを守る魔術師の一人マスタークラス。ジョークに関しては辛口。

アホガルド(マイティ・ソー3より):アスガルドの事


トール:モースから妖精を救ったと思えば邪魔をするなと煙たがられ、マンチェスターでは殺されかけ、人間というだけで馬鹿にされ、もう一つの故郷を捨ててまで帰って来たのにこんな扱いだったので、色々と辟易していたら、毒舌だけど優しいっぽい少女に服をもらった。テンション上がった。全力で感謝を示した。引かれた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。



感想ありがとうございます。
評価もありがとうございます。
お気に入り登録もありがとうございます。
感謝の言葉がこれ以外出て来ないのですが、本当に感謝しております。

自分的にはようやくというかいよいよというか。バーヴァン・シー&〇〇〇〇達編です。

本編6章を読み直し、さらに、各章用にそのキャラについてのお話だけ読み直すのですが、本当何度読んでも辛いです。マジで心が折れそうになります。



感想、評価。本当に励みになります。
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妖精騎士トリスタン

とうとう100,000UAを突破しました。
ここまでの方に読んでいただけるとは夢にも思っておりませんでした。
本当にありがとうございます。

今後も皆様に楽しんでいただけるよう、尽力していきたいと思います。


感想、評価、お気に入り登録よろしくお願い致します。
本当に励みになっております。


目の前の事が信じられなかった。

 

確かに彼は()()()と言っていた。

 

それに応えることはしなかったが、また会いたいという気持ちは確かにあった。

 

だけど、まさか。こんなところで再会。というかこんな所で()()()()なんて――

 

 

国立殺戮劇場。今やトリスタンが管理するニュー・ダーリントンを象徴する施設であり、ベリル・ガットによって作られた。

最後の勝者には自由にさせるという名目で、人間同士で命をかけて戦わせ、最後には自由を与えると言う名目で勝利者も殺してしまうと言う残虐な施設。

 

現在ベリルはいない。いつも通り独自で動いており、トリスタンしか今はいない。

 

ベリルであれば、より楽しい演目になるようにさまざまな趣向を凝らすのだが、トリスタンにとってはそれは面倒で、せいぜい全員一斉に戦わせて適当に殺し合わせてしまおうという腹づもりであった。それだけでも楽しいからだ。

 

そんな形で、今回の参加者を見てみれば。彼が手錠に繋がれながら、他の罪人と同じように殺戮劇場の闘技場にいたのを発見してしまった。

 

どうすれば良いのか。トリスタンは迷ってしまう。

 

この殺戮劇場には、人間同士を戦わせるというルールがある。

 

別に人間なんて娯楽以外の何物でもない。彼が死んだところで、自分には何の関係もない。そうだ。そうに決まっている。だが、どこか、それも嫌だった。

 

そう迷っているうちに、仕切りをさせていた者によって進行は進み、人間同士の戦いが始まってしまった。

 

いつもであれば、殺し合うさまを観客席で楽しむのだが、今は、そんな気分になれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しくじった。

 

スピネルとの一件により、妖精の中に混ざって生きていくことも案外できるんじゃ無いかと、ソールズベリーに行ったのがまずかった。

 

長のオーロラは人間に対してはお優しいと言う話を聞いていたのだが、街そのものはそうでも無かった。

 

入った瞬間、いつもの町以上に酷い視線を感じていたが、最終的には、人間牧場からの脱走者として捕われてしまった。

 

血統書だのなんだのと言われても無いものは無いし、外から来た旅行者だと言ってもわけわからない顔をされてしまった。

 

このまま逃げてしまおうと思ったのだが、マンチェスターとは規模も違う。そのまま囲まれたら、流石に抵抗はしづらい。大人しく捕まるしか無い。

 

屋敷に連れられ、そのまま処刑されるかと思いきや、その場にやって来た羽がピカピカした妖精。人間に優しいとお噂のオーロラの計らいとやらで、ニュー・ダーリントンとか言う所へと送られる事になった。

 

脱走した犯罪者である以上、罰しなければならないが、それも、心苦しい。

ニュー・ダーリントンとやらに行けば、解放してもらえる可能性があると、そう言っていた。

 

周りの兵士の、何という慈悲深きお方だ!みたいな態度が鼻についたが、まあそう言うのであれば断る理由もない。

 

目的地に辿り着き、ソールズベリーの兵士に、背中を蹴られ、檻のような扉をくぐらされたと思ったら、勢いよく閉められた。

 

「次会ったら、お前に同じことしてやるからな」

 

捕らえられた捕虜として、定番の台詞を吐いておく。

 

周りを見れば、同じように拘束された人間達。

どいつもこいつも今にも死にそうな、絶望的な表情しかしていない。

 

嫌な予感しかしないが。

 

それはまさしく正解だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにいる者はトールと同じような罪人達。

闘技場のあちらこちらにボロボロの武器が置かれており、どうやらそれで殺し合え。と言うことらしい。

生き残れば、解放されるのだとか。

 

まさしく中世でありがちな人間を使った娯楽だ。ローマのコロッセオ。惑星サカール。そういう催しは歴史を辿れば、ありとあらゆる世界、星において必ず起こる定番の娯楽。

 

(オーロラとやら。救いがあるかのような態で言っていたが、わかっててここに送りやがったな)

 

トールは今度会ったらオーロラの羽に落書きでもしてやろうかと心に決めながら周りを観察する。

 

(出口は複数。それぞれに見張りがいるが――)

 

考えている間に殺し合いが始まった。

 

暴れまわる罪人達。躊躇などなく、その武器で命を奪おうと襲い掛かる。それはそうだ、何せ命がかかっている。

こんなところで他人の命を気遣うなど阿呆のする事だ。

 

 

トールは、襲い掛かる罪人の攻撃を避けながら、拳や蹴りで反撃していく。

 

(こんな茶番に付き合ってもいられない。とっとと出るか)

 

そう、判断したところで、一つの出口に眼を向ければ――

 

 

 

黒いモヤのような生物を見た。トールも妖精國を歩く途中、良く見かける、モースという存在だ。

 

だが、少し違うのは、いつもの芋虫が直立しているかのような形状ではなく、人間のように、四肢を持った形をしているという点だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気分が悪い。どうすれば良いかわからない。奴隷剣士同士の殺し合い。

ベリル程上手にセッティングは出来ないし、面倒くさいのだが、あれはあれで楽しいものだ。そう、楽しいもののはずなのに。

 

アイツがそこにいるというだけで、嫌な気持ちになって来る。

 

 

いっその事彼だけを逃がそうか。そんな事も考えついたのだが、

いつも褒めてくれる事と真逆な行動。そんな事をすれば、きっと()()()()()()()()()()()()

 

最早、トリスタンに、選択肢は存在しない。

 

催し者を見ずに、別室でやり過ごす事ぐらいしか、彼女にできる事は無い。

 

そんな時だ。急に外が騒がしくなった。

 

闘いに決着でもついたのか。そう考えたところで、大きな音を経てて、別室の扉が、吹き飛んだ。

 

解放された扉の先から現れたのは、今まさに考えていた件の人間。

 

「また部屋か!」

 

トールがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だ。突然だった。トールにとっては仰天同地の出来事だ。モースの人間版、みたいなのが現れた。

 

そいつはゆっくりと、殺し合いをしている人間に近づいていき、その身体に触れたのだ。

 

触れられた人間はその場で呻き始め、黒いモヤが浮かび上がってくる。

 

そのモヤがやがて触れられた人間を包み込み、そのまま、最初に現れたモース人間と、同じような存在に変化した。

 

「おい、マジかよ……」

 

パニックが起こった。

 

近くにいた人間が、モース人間と化し、更に、その近くの人間も巻き込まれていく。ネズミ算式に増えていくモース人間に、その場にいた人間達にはどうする事もできない。阿鼻叫喚の嵐である。

 

周りを見回し、状況を確認する。殺し合いどころでは無い。今は敵味方関係なく逃げるべきだ。

 

こういう時は転移が一番だと、次元の扉、ゲートウェイを開けようと考えるが、肝心の物が無い。

 

「スリングリングは無くしたんだった!」

 

独り言ちながら、思考を切り替え、行動に移る。

モース人間が現れた扉から一番遠い扉。見れば、見張りの人間が戸惑っているのが見える。

これは、ここの施設の奴らにとっても予想外の事態だったのだろうか。

 

動くべきか動かないべきか。迷った様子を見せる見張りに近づき、声をかける。

 

「おい、こいつらを出口まで誘導しろ!! お前だってこのままじゃああなるぞ!!」

 

「し、しかし、ここから離れたら私たちも、トリスタン様に殺されてしまう!!」

 

トリスタン。それがここの責任者の名前か。

 

事情は察するが、ぐだぐだ説得している場合では無い。

 

見張っている扉を蹴り飛ばしてぶち破る。

 

「今ここで、この扉みたいになるか、バイオハザードに巻き込まれるか、どっちが良い?」

 

「ヒッ!」

 

「そのトリスタンとやらなら、俺が説得してやる。運が良ければ、そのまま外に逃げて、別の町に逃げれるかもしれないぞ?」

 

「わ、わかりました」

 

心底怯えながら、応える見張りを視界から外し、まだ生き残っている人間達に声をかける。

 

「おい、こっちだ! こっちに来い!」

 

駆け込んでくる、人間達を誘導し、どんどんと出口へ送り出す。

尚もモース化はウイルスのように広がっていく。

 

そんな中、一人の人間がモース人間に囲まれていた。

 

「チッーー」

 

舌打ちをしながら、跳躍し、モース人間達を飛び越えながら着地。その人間を抱え、出口の方へとぶん投げる。

その人間はもんどり打ちながらも、起き上がり扉の先へと逃げて行った。

 

生き残った者はこれで最後、囲まれているのは自分だけ。最悪の状況であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば運が良かった。モース人間達は、物越しであれば触れる事はできる為。

トールは足元にあった槍でそいつらを蹴散らしながら、闘技場を脱出する事が出来た。

 

闘技場以外にはモース人間達は広まっておらず、後は出口を目指して逃げれば良いだけ。

透は迷いながらも、片っ端から扉を蹴破っていたら、なんとグロスターで出会った赤い妖精。スピネルが部屋の中にいたのだ。

 

「スピネル?」

 

「お、お前——」

 

透は、驚くスピネルを見ながら、一瞬動きを止めるが、直ぐに再起動。

今はゆっくりしている場合ではない。

 

「なんで――」

 

「お互いに聞きたいことがあるだろうが、すぐにここを出るぞ。ここにいるとヤバいんだよ!」

 

「ハァ!? いきなり何言ってんだお前——」

 

「モースとかいう化け物が人間と合体して、どんどん溢れてってんだよ。闘技場はもうヤバい。早く逃げないと――」

 

「!?」

 

そう告げた瞬間、スピネルは反射的にトールを突き飛ばし、闘技場の方へと駆け出していく。

 

「あ、おい!」

 

トールもその後に続く、放っておくことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スピネルの足は予想以上に早く、追いついたころには、スピネルは闘技場につながる扉前におり、弦が幾重にも張られた弓のような物を持っていた。

スピネルがその弦を鳴らした瞬間、モース人間達の体に裂傷が出来ていく。通常の敵であれば、あざやかに切り裂けるであろうその刃も

体に裂傷を残すのみ。その数が数体であれば、攻撃をし続ければどうにかなったかもしれないが、何にせよ数が多すぎる。

 

「おい、何やってんだ! 無理だって!! 逃げるぞ!!」

 

「離せ! テメェだけで勝手に逃げてろ!!」

 

トールが腕を掴み、引っ張るが、その手を振りほどかれてしまう。

 

スピネルのその行動に、トールは一瞬戸惑うが、再びスピネルに近づき。その腰をむんずと掴む。

 

「やぁっ―― 止めろ! 放せよ、クソ!!」

 

「放っておけるわけねーだろうが!! 無駄死にする気か!!」

 

トールは肩にスピネルを担ぎ上げ、再び、闘技場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この――離せっ!」

 

スピネルを抱えたまま逃げる途中。スピネルの膝が腹に辺り、痛みに呻き、拘束が解ける。

 

互いに床に転がってしまう。スピネルが再び、闘技場に戻ろうとするが、それをまたトールが羽交い絞めにして、その進行を防ぐ。

 

「離せよ! 離して! このままじゃ、あいつらが溢れちゃう! 知られたら、お母さまに怒られちゃう!!」

 

「お母さまって……」

 

その言葉に思わずトールは拘束を解く。

 

しかしスピネルも戻る気力を無くしたのか、そのまま、頭を押さえながらその場にしゃがみ込んだ。

 

「ダメッ……ダメッ……! お母さまに任されたのに……私はお母さまの娘なのに……!」

 

うわごとのように呻くスピネル。

 

その言葉を聞く限り、一つの事実が思い浮かぶ。

 

「まさか、スピネルの本名ってトリスタンなのか……?」

 

この闘技場。胸糞悪い催し物の主催者。

 

呟くトールに、スピネルーー妖精騎士トリスタンは答えない。

 

変わらず、母親への謝罪の言葉を呪文のように繰り返すだけだった。

言葉が出て来ない。確かに口はやたら悪いし、妖精嫌いは筋金入りだが、根は良い妖精だと思っていただけに。驚愕の事実ではあった。

 

「お母さまにここを任されたのに。ベリルが作ってくれたのに、私は女王の娘なのに……」

 

「女王……」

 

この妖精國をまとめる女王。姿形も見たことが無いが、評判は最悪で。国中の妖精達が嫌っている。

おおよそ理解不能な、矛盾を孕んだ統治をする女王。妖精に弄ばれた経験のあるトールにとって、あながち悪だとも取れないが何にせよ自分には関係ないと思っていた存在。

 

どうやらスピネル、トリスタンは複雑な家庭の事情があるようだ。

 

家庭の事情。思えば、出会ってきた者皆、親という物に色んな事を抱えていた。

かくいう自分の親代わりだった存在も、とある者にとっては偉大な王だったが、ある者にとっては残虐だという評価だった。

 

どうしようかと考える。自分にとってのトリスタン。スピネルの事を考える。

 

口は悪い。妖精が嫌い。プレゼントをくれた。根は優しい。……と思う少女。

 

トールは、しゃがみ込む少女をじっと見る。

 

彼女は子供だ。見た目よりもずっと子供。そんな子供がこんなにも苦しんでいる。

 

トールは頭を掻く。どうしたものかと考える仕草。

だが、それは、ただのポーズである。心に決めた事を実行に移す勇気を持つまでの、ポーズ。

とっくに、答えは決まっていた。

 

トールはスピネルの頭を撫でる。

それはまるで、子供をあやす父親のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、本当。何やってんだろうな俺……」

 

トールは周りを注視する。

黒く染まったヒトガタのナニか。

 

モース人間達。数にして数十体。

 

この行動が正解かはわからない。

 

妖精國の世論で言えば、彼女の為に動く事は紛れもなく悪である。

 

この事実を知られれば、大半の人間は馬鹿だと言うし、悪の女王とその娘に味方する愚か者と揶揄されるだろう。

 

だが、まあ、どんなに世間が悪と罵ろうと自分にとってはスピネルという妖精で、自分に初めてプレゼントをくれた優しい少女なのだ。

 

戦う理由としては十分だろう。

 

「さて、やりますかね……!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、トールは右手を開き、肩まで上げ、その腕を伸ばす。

 

しばしの静寂。

 

モース人間はゆっくりと、トールに近づいていく。

 

何かが起こるわけでもない。トールは首を傾げた後に、再びその右腕を広げる謎のポーズを取る。

 

結局何も起こらない。

 

「ハァ……」

 

近づくモース人間を見回しながら。一度ため息をつき、

 

「ストレッチしてから来るんだった……」

 

一人呟きながら、足元にあった槍を蹴り上げ、その手に掴み、戦闘を開始した。

 

 



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妖精騎士トリスタン②

お読みいただきありがとうございます。

先日アップさせていただいたのですが、この展開は無いな。と思いまして、一旦削除させていただきました。トリスタンとの絆をもっと深める内容だったのですが、納得がいかず、一旦お蔵入りにさせて戴きました。

申し訳ございません。


どのくらいの時間が経ったのか。

 

 

パニックを起こしていたトリスタンはある程度落ち着きを取り戻し、その場を立ち上がった。

 

 

あと男は逃げて行ったのだろうか。モース人間はどうなったのだろうか。色々なことがグルグルと頭が回るが、考えたところでもう遅い。

 

地下聖堂に閉じ込めていたモース人間達。アレが溢れてしまった。

 

正確に言えば、飛び出てきたのは1体だけで、殺戮劇場にいた人間達に感染していった。というのが正解ではあるが、トリスタンには知る由もない。

 

トリスタンにとってはどうでも良い人間達。

それを面白おかしく改造したベリル・ガットによる芸術品なのだが母親である女王には内密の物なのである。

 

あの手この手で言いくるめられ、快く従ったトリスタンだが、ベリル・ガットのいない今、こういった事態の対策は全くしていない。

 

そもそもとして、脱走する事そのものが想定外なのだ。

 

あるいはその場にベリルがいれば上手いこと事態の収拾が出来たかもしれないが、その場にいない以上もしもの話でしか無い。

 

お母さまに怒られる。今までのように許してもらえないかもしれない。今度こそ捨てられてしまうかも。

 

どうしようかと迷っているウチに、足は進み、殺戮劇場まで辿り着く。喧騒は止んでいる。モース特有の嫌な気配は消えている。

 

周りを見渡す。不思議なことに、今入ってきた扉を除いて、全ての扉が机や椅子などの家具の類で無理やり閉鎖されている。開け放たれていない以上、モースが外に飛び出た可能性は低い。

 

ふと一体のモース人間が一部を残しつつ、もう間も無く消えて行く様を発見した。

 

一体何が起こったのか。この状況から想像が付かないほど、トリスタンも馬鹿ではない。

 

だが今は、彼の事よりも一先ずは大惨事にならなかった安心感の方が勝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以外と手こずってしまった。

 

 

本来であれば、あの武器があれば、触れずにあの程度の敵を倒す等余裕なのだが、その頼みの綱だった手段が使えなかった。

 

 

その場にあった、武器等でどうにかするしか無い。

 

 

とある戦闘記録を閲覧していたのが幸いだった。

ウイルスに侵されたゾンビのような怪物達。そんな奴らを指一本触れずに、相手取った男の戦闘記録だ。

 

 

その男曰く戦闘はチェスと同じ、どれだけ先読みをできるかで勝負は決まる。

モース人間のような、本能だけで動くような先読みすらもしない相手であれば、その戦いも苦ではなかった。

 

動きを誘い、同士討ちを誘う。目論見は上手くいっていた。とは言え、以外に耐久力のあるモース人間。同士討ちだけで倒す事もできず、ボロボロの武具を使い、それなりに手こずってしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()、意外と平気でなんとも無かった。とはいえ、戦闘の余波で建物もそれなりに傷つけてしまった。

 

 

 

事情が事情とは言え、ここにいた人間達を逃がしてしまった上、見張りも死んでしまった。建物もボロボロになってしまった以上、全てを無かったことには出来ない。

 

 

どうにかして、言い訳でも考えてやろうとも思ったのだが正直なところ上手い理由が思いつかない。

 

情けないが、これ以上自分にできることはない。

 

ニュー・ダーリントンを出て家路を行きながら色々と考える。

 

 

妖精騎士トリスタン。

噂だけなら聞いたことがある。

女王の娘、気まぐれに妖精を殺し回る狂者。

 

女王の評判は芳しくはない。

 

厄災を払いきれていない無能だなんで自分勝手な意見もあれば、圧政が辛いという真っ当な意見もある。

女王自ら妖精は救わない。などと宣言しているというのもあるだろう。

 

それは恐怖による支配。

 

妖精の特製を僅かながらでも感じ始めた自分としては、その圧政の理由も分からなくはないが、その理由故なのかもわからない。

 

まあ、そんな考察は後回しにして。

 

女王の評判を下げる最大の理由が彼女である。

 

突如、娘として現れ、妖精を次々と惨殺している彼女。力があるわけでもない下級妖精。それを許す女王。

 

それが彼女達の評判である。

 

直接対峙した感想としては本当に、純然たる悪ガキ。という感じだ。妖精が嫌い。毒舌。ショッピングが好き。靴が好き。ただ根は良い娘なのだと、思う。

 

とはいえ、噂に聞く妖精への残虐性は悪ガキでは済まされないレベルだ。

 

妖精の大半は人間を下等だと認識しており、人間の子供が気まぐれに花を摘んだり、虫や動物を気まぐれに殺すのと同じレベルでの行いを人間にも行うわけだが、トリスタンの場合は同族であり、その数も常軌を逸している。

 

歴史を辿れば妖精同士の戦争は後を絶たず。そういう面が出てきていると考えれなくもないが、それにしても異常である。

 

過去、幾人もの殺人鬼や大量殺戮者と会ってきたが、トリスタンのそれはそういった思想とはすこし違う気もする。

 

あの残虐性はどこから来ている?

 

生来のもの?

 

そうしろという教育?

 

女王が妖精を嫌っていて、苦しめる為の治世というわけでもあるまい。であれば街を興すほどの発展を許すとは思えない。

 

卵が先か、鶏が先か。このような残酷な振る舞いは、自己防衛の為。という可能性もあるが……あまりにも度が過ぎている。このままいけば彼女の運命は少しの綻びでどうにかなってしまう。

 

()()()が何を思って、彼女を娘にして、ああいった自由を許しているのかは、今の自分にはわからない。メリットが見えてこない。

 

家庭の事情というのは複雑だ。

 

家庭に限らずではあるが、何が正しいか、真実とは何か。そういう事は当事者にしかわからない。

 

そして、そんな家庭の事情は、自分達のように、あるいは彼等のように、宇宙を揺るがす程の混乱に発展する場合もある。

 

外様の自分が、そういった事情を不躾に探って良い物か。

頼まれてもいないのに、他人の家族の事情に関わって良いものか。

迂闊に踏み込んだせいで、妖精國が滅ぶような事態になったら?

 

そんな言い訳が頭の中をぐるぐると周り、行動に踏み出せない。その結果。モース人間だけ退治して、出て行くなんていう中途半端な手助けに終わってしまった。

 

我ながら情けない話だが、それが今の自分に出来る事だった。

 

本当に情けない。アイツが来てくれないのも道理という事だろう。こんな男が相応しい筈はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えていると、前方に戦いの気配があった。

 

 

 

見れば人間や牙の氏族が大量のモースと戦っている。

 

どこかの軍隊だろうか。統率も取れているし、危うさも無い。

 

 

 

とは言え、誰一人犠牲も無しの勝利とはいくまい。数人の犠牲を承知した上での戦いのように見える。

 

 

 

まあ見捨てない理由も無い。どうせ煙たがられるだろうが、そう考えつつ、戦場へと参加する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征からの帰り道、モースの大群と遭遇した。

 

 

 

その数に舌打ちが思わず出てしまう。その所作に紳士的ではないと反省しながらも、冷静に戦場を分析、陣形を整え、闘いに入る。

 

 

 

全滅などはあり得ないが、幾許かの犠牲は免れないだろう。

 

 

 

年々増え続けるモースに円卓軍という不届き者達。

 

 

 

弱音を吐くつもりもないが、戦力の不足を感じているのもまた事実。

 

 

 

次の会合の際、軍備の増強を女王陛下に打診しようと考えていただけに、この遭遇に怒りを隠す事は出来なかった。

 

 

 

そんな戦場に一つ。転機が訪れた。

 

 

 

陣形の最前列。一人目の犠牲者になるであろうと思われた人間の兵士の目の前に、それは現れた。

 

モースに襲われる直前のその兵士から、槍を奪ったと思えば、それを振り回し、1体のモースを討伐。

 

そのまま槍を投降。その1度の投降で、モースを纏めて4体貫通させる。

 

 

 

その後の大立ち回りはまさしく、嵐のようであった。

 

モース達を蹴散らしながら、武具が破損するたび、戸惑う兵士から武器を奪い、また振るう。

 

 

 

その動きの華麗さは、その力強さは、それなりの武器などを与えれば人間の兵士はもちろん事、牙の氏族や女王騎士を超え、妖精騎士すらも凌駕するのではないか。そう錯覚する程に苛烈な戦いぶりだった。

 

 

 

その場にいる誰もが、手を出すことすらできないと、呆然としていた。

 

 

 

モースは消え、嵐は消え去る。

 

 

 

それは間違いなく妖精ではなかった。どう見ても人間。

 

一人の男だった。

 

 

 

がやがやと、配下の者達から騒がしい声がする。

 

その男は、そんな喧噪をどこ吹く風とばかりに、無言で去ろうと踵を返す。

 

 

 

「待て」

 

 

 

配下を黙らせながら、その男の前へ出る。

 

 

 

自分の事を知ってか知らずか、振り向き、こちらを見上げるその所作も、その眼も、雰囲気がある。力強さを感じる。

 

 

 

「貴様、人間だな? 何処の出だ?何故手を出した?」

 

 

 

その問いに男は一度肩を竦める。

 

 

 

「別に、やられそうな奴がいたからつい参加したってだけだ。悪かったよ。人間が妖精様の戦場に手を出して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局同じ反応か。

 

 

人間が何故手を出した?その質問に答えたが、少し皮肉が出てしまった。

 

 

 

狼男のようなその妖精は、皮肉が効いたのか効いてないのか。

 

 

 

すぐに返答が返って来た。

 

 

 

「いや、救援感謝しよう。自分を卑下するな。人間にしてはいい面構えだ。それに貴様のその強さ。この妖精國においてここまでの者はそうおるまい」

 

 

 

全く予想していなかったその答えに、正直なところ度肝を抜かれてしまった。

 

 

 

「え? あ、ああ、どうも……」

 

 

 

つい言葉が出てこない。

 

 

 

「貴様どこの出だ? 誰に仕えている?」

 

 

 

「いやあ、旅行者というか、俺はソトから来たから、別に仕えているとかそういうのは……正直この妖精國の知り合いも殆どいないし……」

 

 

 

「チェンジリングか……」と呟く狼男を見ながら、どうしたものかと考える。

 

 

 

正直な所、いたたまれなかった。どうせ嫌な奴なんだろうなーとか決めて掛かったのもあって。罰が悪い。

 

 

 

予想外の反応にあたふたしている内に。

 

 

 

狼男は、しばしの間何かを考える仕草をした後。

 

 

 

「良かろう、旅行者であれば猶更だ。貴重な兵士を失わずに済んだ礼だ。領土に案内してやる。我がオックスフォードの持て成しを味わっていくが良い」

 

 

 

そんな事を言い出した。

 

 

 




ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


感想やコメ付き高評価などなど本当に嬉しいです。

コメ付き低評価も読ませていただいております。至らぬ作品で申し訳ございません。

なるべく皆様に楽しんでもらえるよう。地雷を踏みぬかのよう、邁進していきたいと思います。

ここまで、割と色々顧みずに突っ走って来たのですが、予想以上にたくさんの方に読んでいただき、様々なご意見をいただき、色々と考える事も増えました。

一度立ち止まり、改めて自作品を色々と修正したいなという思いも正直ございまして、そこまで大きくは変わりませんが、それこそタイトルも変えようかな。とか思っております。

そちらをするか、とりあえず置いといて先へ進めるか。色々と迷っている次第でございます。

まだ決めかねている所ですので、今後どうなるかはわかりませんが、更新速度は少しばかり落ちるかもしれません。

もちろん完結するまで、止まることはございません。今後も拙作ですが、この物語を楽しんでいただければ幸いです。

今後も感想、評価、アドバイス等々よろしくお願い致します。


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ウッドワス

 

言うなれば地獄絵図だった。

 

 

中央には煌びやかなシャンデリア。

 

白を基調とした壁や床。同じ様な色彩でクロスを掛けられた丸いテーブル。

 

フルコース料理を振る舞うような敷居の高い高級レストランだった筈のそこは、全てが荒らされ散らかされており。

 

そこそこの数の人間、及び妖精が倒れ伏していた。

 

まさしく死屍累々。

 

見るものが見れば大量殺戮の現場。

 

に見えなくもないが、そこかしこに転がっているジョッキやグラス等が一抹の不安を取り除く。

 

有り体に言えば全員酔い潰れていた。

 

その中に一人、巨大な狼男の胸の中で眠っていた男がムクリと起き出す。

 

「っつ――」

 

あまりの頭痛に頭を抑え、暫く経った後、周りを見回す。

 

その惨状を見回し。

 

「やっべ……」

 

そう一言、呟いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

正直なところ戸惑いしかない。

 

運ばれてくる料理に目を向ける。

 

俗に言うフルコース料理というやつだ。

 

一応、こう言ったテーブルマナーが必要な席についた事はあるが、知り合いの金持ちがジャンクフード好きで、パーティ形式の贅沢ばかりだっただけに、こういう形式は慣れていないのも事実。正直なところ緊張していた。

 

というかあまりにも意外すぎる。視界に入る全ての情報が、チグハグでなんとも理解し難い。

 

いかにも、素手どころか手を使わずに飯をかっくらってそうなビジュアルの狼男が、ジャケットを着こなし、ナプキンをしっかりとかけ、料理を待っている。

 

思えば始まりからして、意味が分からなかった。

 

あの妖精が、特に人間を弱者と見下しきっている牙の氏族が、それもその長が、人間である自分に礼を言って。

それどころかこうして街のレストランに案内するなど意外にも程がある。

 

目の前にいる妖精の名はウッドワス。場所の名はオックスフォード。

 

妖精國の中でも随一のレストラン街である。らしい。

 

料理が運ばれてくる。朧げながらテーブルマナーの記憶を引っ張り出しつつ、実行する。

 

「ほう、それなりのテーブルマナーは心得ているようだな」

 

感心したように呟きながら料理に舌鼓を打つウッドワスに、苦笑いで返しながら、料理を口に運ぶ。

 

コレが何とも美味い。

 

最初は味を感じられる気がしなかったが、戸惑いもそこそこに今は料理に意識を向けなければ失礼だと、ちょっとした会話を挟みながら食事を進めていく。

 

主に、ウッドワスの経歴。そして女王陛下への敬意と威光の説明。

 

2000年もの間、この國を護り続けた偉大な女王。上級妖精であるウッドワスは先代からの記憶を引き継いでおり、先代から数えれば、最初期から彼女に仕えていたという事である。

 

成る程、妖精國の全てが彼女を嫌っている。というわけでもないらしい。

 

他者を敬わない妖精には珍しく、忠義に熱いというかなんというか。不思議な妖精だなと感じていた。

 

今の所、トリスタン含め、2人目の、親切というか、俺にとっては良い妖精かもしれない。

 

それにしてもこちらの返答を待たずにどんどん会話が進んでいく。壁に話していても成立するのではないか。というぐらい、話が尽きない。

返答にこまるが、こういう時にはこう対応しろ。と言っていたのは、何かの恋愛雑誌だったか。プレイボーイ代表のトニー・スタークだったか。いや、どこかの学生が言っていたかもしれない。

 

「排熱大公ライネックの次代、『モース戦役』において、モースの王を倒した勇者――それが私だ」

 

「すごいな」

 

「ほう、この偉大さが理解できるか。そう、私はモルガン陛下と共にもっとも長くブリテンを護ってきた――氏族の誇りなのだ」

 

「なるほど」

 

「だが、ここ最近モースも増え、反乱軍の様な不届き者も出現している」

 

「悪いのは君じゃない」

 

「ふむ、ありがたい事を言ってくれる。だがわかっていても、嘆かわしいのだ」

 

す、凄い。本当に会話が成立している!

 

そんな事に1人感心しつつ、誰が言ったか覚えていないので、恋愛雑誌及び、トニー、及び、どこかの学生に礼をしつつ、相槌を返しながら料理に舌鼓を打つ。

 

――それにしても、このテリーヌっぽい何か。美味いな。ポートワインに凄く合う。グビグビいけるぞ……

 

思えば、この行動が良くなかった。

 

美味い料理に美味い酒。久々の他者を交えた食事。

酒もあって気分も高揚している。楽しんでいれば気が抜けるものだ。その為、つい、癖が出てしまった。

 

「このワイン本当に美味いな!」

 

「ふむ、そうだろう、それは、我がレストランの誇るソムリエ――」

 

「もう一杯!」

 

――パリィン!

 

 

 

 

 

 

 

 

――空気が凍った。

 

やってしまった。

 

その場にいた全員がこちらを見る。

 

そこかしこを世話しなく動いていた給仕も静止していた。

 

もう一つの故郷。アスガルドには、おかわりを要求する際、食器を叩き割る習慣がある。

 

殆どの文化ではあり得ない作法であり、基本的には控えていたのだが、つい、癖が出てしまった。

 

「わ、悪い。故郷の習慣でつい……! すぐ片付けるから」

 

慌てて、弁明をしながら割ってしまった食器を片すため席を立つ。

 

フリーズしていた給仕も動き出し、手伝ってもらいながら片付けを終える。

 

「わ、悪い、いや申し訳ない。ホントつい、楽しくて、俺の故郷だとこうするのがマナーで。癖が出ちまった」

 

「ふ、ふむ。突然何をと思ったが、成る程、國や文化によってはマナーも千差万別という事か」

 

――まずい、空気が宜しくない。周りの妖精がヒソヒソと何事か囁いている。何か、何か挽回しないと。あるいは会話を変えないと。

 

そう思いながら記憶を巡らし、ひとつ思い浮かぶ者があった。

 

「そう、そうだ! 詫びってわけじゃないけど。良かったら良い酒があるんだ」

 

魔術でとある酒瓶を取り出す。

 

美味い酒の礼には、美味くて珍しい酒で返すものだ。

 

「俺も、ウッドワス程じゃないが、そこそこの戦場を渡ってきた。これはその時の戦利品なんだが」

 

「ほう?」

 

「1000年物の酒だ。グランヘル艦隊の残骸の樽で熟成された逸品」

 

紹介しながら、給仕にもらったグラスに酒を注ぐ。

 

「並の者には耐えられない。命の保証は出来ない程強い酒だが、味は一級品だ。排熱大公の息子で、偉大な戦士ウッドワス殿ならイケるんじゃないか?」

 

「ふん、煽るではないか。並の者ではこのブリテンは守れん。良かろう、その挑戦、受けて立ってやる」

 

自信満々に酒が注がれたグラスを持つウッドワス。

 

トールも自身でグラスを持ち、互いに乾杯を交わす。

 

そう、並の者では飲んだ瞬間に倒れてしまう様な宇宙由来の特別な酒だ。

 

人間であればほんの数滴入ったものでも、飲んだ瞬間に倒れてしまう。そんな酒。

 

グラスいっぱいに注いだソレをグイッと一気に煽る両者。

 

――ぷはぁ

 

とため息を吐き出す2人。

 

「ふむ、確かに美味い。1000年もの期間熟成されたというのも納得だ」

 

「そうだらう。もったいなくて俺もなかなか飲むことはないんだ。きちような酒なんら。すっごくすっごくな」

 

ちなみにこのトール。寿命も長く、体も頑丈なアスガルド人の体を得たものの、酒の耐性に関しては、同種族と比べても強い方では無い。倒れる事はないが、一瞬で堕ちてしまった。

 

顔は真っ赤に染まっている。

対するウッドワスもトールほどではないが、心無しか浮ついた様子である。

 

本人は一杯のみのつもりだったが、一発で酔っ払い、酒を褒めるウッドワスの態度に機嫌を良くして、トール自ら酒を注ぐ。

 

それを無言で受け、今一度一気に煽るウッドワス。

 

「うむ、やはり美味いではないか!」

 

――パリィン!

 

彼も堕ちた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

その後は、もうてんやわんやだった。

 

「フハハハハ! この作法! なかなか気分が良いではないか! そら、もう一杯だ!」

 

――パリィン!

 

「そう、そうなんらよ! でもコレをやると大体怒られるんらよぅ」

 

――パリィン!

 

「それは、不憫な事だ! 良かろう! 貴様の故郷()()()()()式のマナーを取り入れたレストランを考えてやらんでもない!」

 

――パリィン!

 

()()()()()だっつーの! でもうれピー! ()()大公万歳!」

 

――パリィン!

 

()()大公だたわけ者め!」

 

――パリィン!

 

 

もうめちゃくちゃだった。

 

ウッドワスとトールの周りは砕けたグラスまみれになっており、それを片付ける給仕達もてんやわんやである。

 

それを見たトールが、給仕達に片付ける必要は無いと指示を出し、変わりに、どこからともなく取り出した酒の入ったジョッキを給仕に手渡し、同じ様なジョッキを持ったまま、机の上に乗り上がり、ジョッキを天に掲げる様にして宣言する。

 

「この様な美味い酒と飯を与えてくれたウッドワス殿と、誇り高きオックスフォードの戦士達に感謝を!! その礼に、このアホガルドの第一王子、トールと、ブリテンを守る大英雄! ウッドワスの出会いを祝して、宴を始めたい!こっから二次会!レッツパーリィだ!」

 

「ハハハハ! 貴様、自分で言えていないではないか!!」

 

 

そう宣言した途端、トールは手を広げ印のような様なものを指で描く。

 

瞬間、全てのテーブルに、さまざまな酒が現れた。

 

カマータージの魔術はもちろんアスガルドに伝わる魔術もある程度習得しているトールにとっては酒を出現させるなどお手の物である。

 

トールは元々娯楽の類に全く興味の無かった人間である。

それは妖精歴時代でも培われることはなかったが、その後訪れた異世界で触れ合った人々は皆裕福であり、パーティを多用する文化圏の者達だった。

郷に入りては郷に従え、これぞ人生の楽しみ方だとばかりに仕込まれ、最後に叩きこまれたのが、異世界転移実験にて訪れ、1000年近くの時を過ごしたアスガルドである。

 

アスガルド人は祭り好きだ。凱旋などの度に國を上げた宴会を行う程にである。その世界で王子として育っていったトール。

現在アスガルド人としての記憶が最も濃い今、感謝の印のお持て成しと言えば、無限に酒を煽り続けるパーティ一択なのである。

 

トールの宣言に、戸惑うばかりのオックスフォードの住人達。長であるウッドワスを前に何をするのかとオロオロとしている妖精や人間一同。それに対してべろんべろんになったウッドワスがトールから手渡されたジョッキを掲げる。

 

「構わん! 今夜は無礼講というヤツだ! 皆、アホガルドの王子トールの礼を受け、楽しむが良い!! 」

 

殆どの娯楽を禁ずるオックスフォードの領主とは思えない発言。

殆ど全ての娯楽を封じているオックスフォードだが、唯一許される食事という行為の一環という事が、一つの言い訳になり得ている。

真の原因はトールの持ち出したグランヘル艦隊の残骸の樽から作られた1000年物の宇宙酒ではあるが、アスガルド人、というかトールによって作られるパーティ気分の扇動も大きい。

パーティ気分が世界中に広まり、星すらも滅ぼしかけるのが、アスガルド人。というより雷神ソーである。その同一存在となったトールも、その才能を引き継いでいたのかもしれない。

 

 

日ごろ娯楽を封じられ、鬱屈したものを抱えていたオックスフォードの住人にとっては、初めてと言っても良い解放の機会。

 

何より、日々、誰よりも自らを律し、他者にも厳しいあのウッドワスがこう言ったのだ。その場にいる皆が、その欲を解放し、どんちゃん騒ぎになるのは明白だった

 




グランヘル艦隊の残骸の樽から作られた1000年ものの酒:アベンジャーズ・エイジ・オブ・ウルトロンより。



お読みいただきありがとうございます。

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ウッドワス、結構人間の兵士に優しかったり。
強さを認めた者には凄く寛大なイメージ。


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ウッドワス②

すみません。少し執筆していく上で気になった事がございまして。
最後にアンケートを載せさせていただきました。

回答していただけると幸いです。


「ハア――」

 

青年が。大きいため息を一つ。

 

「ハア、ハハハ、息が切れているぞ貴様、そろそろ根を上げる時ではないか?」

 

黄昏の空広がる大地の上、今、1人と1翅の男が雌雄を結しようと、向かい合っていた。

 

そう、嘲笑うかのように言葉を発するのは、狼男のような風貌をした妖精。

 

対峙しているのはため息を吐いた黒髪の青年。

 

「息切れじゃない。全然、疲れてもないし」

 

余裕そうな表情で答える青年に、狼男はその表情を憤怒に染める。

 

「あいも変わらず飄々とした奴め! 今日こそ決着をつけてやるわ!」

 

「決着って、いつも俺が勝ち越してるじゃないか。決着はとうについてる」

 

呆れたようにため息を吐く青年に、狼男は牙を剥く。

 

「なんだと! この間は俺の勝ちだっただろう! 貴様は、この俺の本気を前に逃げ出したではないか!!」

 

「ああ、そうだったそうだった。でもあれは、トネリコと別の場所に行く約束があったからで。別に負けを認めたからじゃない」

 

「言い訳がましいぞロット!!」

 

「ライネックこそ、そろそろ根をあげて本格的にトネリコに強力して欲しいんだけどな。後、その体をモフモフさせてやって欲しい」

 

互いの名を呼びながら、過去の出来事を罵り合う。

その様子は、宿敵というよりは、どこか悪友のようにも見える。

 

「そのような事、天地がひっくり返ってもあり得んわ! この俺が、貴様を殺すまではな!!」

 

「え、そんな、それなら絶対に無理じゃないか。天地がひっくり返る方がまだ可能性がある」

 

「ぬかせ、小童がァ!!」

 

飛び掛かり、爪を振り下ろそうとするライネックに、ロットは拳で応えようと構える。

 

長い対話の末、何度繰り返したか分からないほどのぶつかり合いが、また再び始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『なんだピカピカ坊や(フラッシュ)。僕のようにおしゃべりが上手になりたいって? 2000歳越えの彼女をもっとメロメロにしたい?』

 

『まいったな。僕のトークセンスは生来のものだ。つまり才能。』

 

『君は……まあ今はまだ生まれたての赤ん坊って所だが……僕の見立てでは……まあそう、落ち込まないでくれ』

 

『そうだな、それならまずは僕のボディガードにでもなってもらおうか? ハッピーは今ペッパーのお付きだからな、君なら笑われる事もないだろうし。ジョークの一つでも教えてやろう』

 

『何だバナー、僕の趣味は坊やの愛しの彼女に合わないって? 彼には早すぎる?』

 

『言ったことが無かったか?』

 

時には歩くより、まず走れだ(Sometimes you gotta run before you can walk.)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「モルガン女王陛下にカンパーイ!!」

 

『ウオオオオォォォォォォ!!』

 

「勇者ウッドワスにカンパーイ!」

 

『ウオオオォォォォォォォォォ!!』

 

「フゥハハハハハハ!!!」

 

 

トールが先導しながらレストランにいる妖精や人間達を煽るに煽る。

 

それを肴にウッドワスが大声でひたすらに笑いながら酒を煽る。

 

今現在、反女王派も出没しているこの妖精國。並びに、老衰だのなんだのと裏で馬鹿にされているウッドワスにとって、ここまで大きく、賛同と尊敬の声を浴びるのは久々の事である。

 

ここ数百年単位ではなかったこの光景に気を良くしないはずが無かった。

 

「偉大なる女王陛下に経緯を込めて! 今夜は『QUEEN』のヘビロテだぁ!!」

 

魔術でジュークボックスを出現させ、音楽を鳴らす。

 

それに合わせ、リスムを刻むトール。それにならうようにオックスフォードの住人達もステップを刻み始める。

 

その間も、誰もが酒を飲むたびに、グラスを叩き割る。しかし、叩き割られたそれは魔術によって、手元に戻っていく。

 

無限の酒に無限の食事。酒不足でパーティが終了する事はありえない。

 

そんな、酔った勢いの中、様々な会話がトールとウッドワスの間で交わされていく。

 

 

「ハッハッハ! 凄いんだなモルガン女王様ってのは、強い女性はいい! きっと美人なんだろうなぁ!! 写真ある? 結婚を前提に挨拶とかできるの?」

 

「ハハハハ!! 陛下の魅力に気づくとは見上げた奴だ! だが、流石のアホ王子でも我が女王陛下には役不足よ! それなのに、それなのに……何故、陛下はあのような男に……!」

 

「結婚してんの!? 残念だなぁ!!」

 

トールの本気なのかどうかもわからないジョークに気前よく返した後、突然、唸り始めるウッドワス。その眼にはわずかばかり涙が浮かんでいる。もはや情緒が不安定だった。

 

その落ち込みように、何かを察するトールは酒を煽りながら。ウッドワスの肩を抱く。

 

「な~んだぁ、ウッドワスゥ。そんな問題がある男なのかァ?」

 

「大ありだ! 奴、ベリル・ガットは何の力も持たぬ人間でありながら陛下の夫という立場を利用し好き勝手している! 『国立殺戮劇場』という、荒んだ施設まで作り始めた! この妖精國にとって、害にしかならん存在だ!!」

 

「さつりくげきじょぉ!? あの胸糞悪い施設か! なに。そのベリルとかいう奴が作ったのか!! なんてひどいやつなんら!!!!」

 

ドン!と勢いよく、飲み干したジョッキを机に叩きつける。しばらくすると空になったジョッキにみるみる内にビールが()()()()()()()()()

 

「よぉし、ウッドワス! 為政者のお前は動きにくいだろうからな。こんど俺がそいつにに出くわしたらぶん殴ってやる! ベリルの壁崩壊だ!!」

 

「あれ?ベルリンだっけ?」っと後付けしながらジョッキを掲げ、宣言するトールにウッドワスは笑い飛ばす。

 

「グハハハ! それはありがたいが! 貴様の犯行だと知れたらお前は反逆者となる。そうなったら私はおまえを殺さねばならん! 死にたくなければやめておけ!」

 

「らに言ってんダ!! お前に俺が殺せるわけないらろう!! それにそう言うのは得意だから! あんさちゅだってできるし、罪でもなんでもでっち上げてぇ。そして離婚させて、俺が女王と結婚すりゅ!!」

 

「冗談の面白いやつだ!!」

 

そんな国家転覆の企みのような会話もあれば、

 

 

「ほう、夢で出会う女性……特徴に、どこか心当たりがある気がするのだが、しかし何とも切ない話だ。かくいう私も愛するヒトがいてだな……」

 

「お、お、何々? どんなヒトどんなヒト? 言ってみ言ってみ?」

 

「〜〜〜いや、やはりいかん! このような事どことも知れぬ男に話すなど……!!」

 

「俺は白状したのに!!!」

 

修学旅行の夜のような会話も繰り広げられる事もあるし。

 

 

 

「なんか俺、ウッドワスと会った事がある気がするんらよなぁ……」

 

「貴様もか、私もそう思っていたのだ……」

 

「やっぱり? ふっしぎだなぁ」

 

「……」

 

「……」

 

「「気色悪(いわ)っ!」」

 

男同士で見つめ合い、気味の悪さに吐きかけた事もあった。

 

 

 

 

トールから料理が野菜中心である事に疑問を投げかけた時は、酒の力もあって心底落ち込んだ様子を見せた。

 

「我等は過去に罪を犯した。故に、本能を抑える為、菜食主義へと趣向を変えたのだ。より紳士たらんと、過去の過ちを犯さん為にな……」

 

酒の力は偉大とでも言うべきか。こんな、誰にでも話せるような話ではないと言うのに、つい、ウッドワスは口に出してしまっていた。

 

初対面のはずのこの男に、どこか気を許してしまっている。酒の力もあるだろう。女王や、自分を崇拝する言葉をここまで気持ちよく、貰ったのが初めてと言うのもあるかも知れない。

それになによりも、この男には初対面とは思えないナニかを感じている。それが、不快では無いというのも事実である。

 

「なんて……なんて……」

 

「うおっ」

 

「なんて、いいヤツなんだぁ……!!」

 

「貴様っ近づきすぎだ! 離せ!! ぐっ、貴様本当に人間か!?」

 

感極まって抱きつくトールを引き剥がそうとするが、思ったよりもトールの力が強いのか。酔って力が入らないのか引き剥がせない。

 

「うぅ、國を護る勇者がそんな悩みを……こんなにモフモフなのに……よしっ」

 

「なんだ、どうした」

 

「子守唄ら!」

 

一度ジョッキをテーブルに置き、名案だとばかりに人差し指を立てる。彼の頭にはきっと電球が浮かんでいるはずだ。コテコテのジェスチャーである。

 

「俺の仲間にな。本人はホーキンス博士の様に天才的で、戦いが嫌いで大人しいヤツがいるんだが。怒ると緑色の巨人に変身しちまうヤツがいるんだ。なった瞬間、もう大暴れ!」

 

ウガー!と両手を上げて手を広げ、怪物のポーズを取るトール。

 

「姿形も怪物に変わると言うのか……なんと不憫な」

 

「でな、やっぱり戦いとなるとその緑の男が必要な時もあって、頼み込んで怒ってもらうんだけど、そうなった後の為に、皆が子守唄ってのを考えたんらよ」

 

「子守唄?」

 

「そう! 子守唄を歌うとあら不思議! 大暴れの怪物も大人しくなって、元の人間に元通り!」

 

ウガァと怪物のポーズから一転、体を縮こまらせ、メガネをクイと上げる様な動作をするトール。

 

「その子守唄とやら。どんなものだ」

 

「よぅしっ! 実践らぁ!!」

 

そう言ってウッドワスの正面に立ち、手のひらをウッドワスに向ける。待て、と相手を静止する為のポーズ。

途端、ベロンベロンに酔っているとは思えない、不思議な気迫がトールから溢れ出す。

 

大男(オオモノ)さん、大男(オオモノ)さん」

 

言いながら、ゆっくりとウッドワスに近づいて行く。

 

そんなトールに、不思議とウッドワスも、同じ様に手を差し出す。

 

「もう、日が暮れるぞ――」

 

手のひらを徐々に下に向ける。何かの心理に訴えているのか、その手を受け入れる為、ウッドワスは手のひらを上に向け、トールは、そのウッドワスの掌にその手を乗せて、優しく撫でた。

 

――瞬間、ウッドワスは、そのまま後ろに倒れた。

 

「アレ?」

 

何事かと見れば、仰向けに大の字に倒れたウッドワスは、大きなイビキを掻き始めていた。

 

無言のままトールはウッドワスを暫く見た後、周りを見渡す。既に妖精、人間問わず全員倒れ伏しており、

今起きているのはトールのみになっていた。

 

トールはそれを確認した後、気が抜けたのか、ウッドワスの胸に飛び込む様に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

トールがまず起き上がり、次いでウッドワスも呻きながら目を覚ます。

 

2人揃って、惨状を見つめていた。

 

ひっくり返った椅子、ぐちゃぐちゃなテーブルクロス。そこかしこに転がるグラス。

そして、倒れ伏す妖精及び人間達……

痛む頭。

 

トールとウッドワス。お互いに目を合わせる。

 

「……片付ける?」

 

「ああ……」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

そこかしこで倒れている妖精や人間を起こし、片付けに入らせる。

 

と言っても手作業はほぼ無い。

 

トールの魔術や妖精の能力によって、みるみるうちに片されて行く。

 

とは言え会場の片付けは余裕なものの、全員が頭痛などの変調に苛まれていた。妖精、人間問わず、外でオロオロと跪いている者もいた。

 

ウッドワスの計らいで、片付けもそこそこに、彼とトール。

 

2人はオックスフォードの入り口に立っていた。

 

 

 

「悪かったな。俺のせいで、あんなんなっちまって」

 

「……構わん、貴様の挑発に乗り、そして酒に負けた私の落ち度でもある」

 

頭を抑えながら会話を交わす2人。当然ではあるが、2人とも調子は良くはなさそうだった。

 

「そうか、そう言ってくれると助かるよ……うん、そうだな。ありがとう。あんな楽しい宴会は、久々だった。詫びってわけじゃないけど。あの酒、置いてくから」

 

「ふむ、礼のつもりでもてなしただけだが、受け取っておこう。私こそ、あのような祭り事は初めての経験であった。紳士としては失格だろうが、どこか晴れやかな気持ちではあったと言っておこう。おまえの故郷の作法。参考にさせてもらう」

 

 

トールに気を使ってか、自らの業に向き合い、理性を抑えていたウッドワスからしたら、昨日の大惨事に、文句の一つでも言う権利はあるはずなのだが、彼から出た言葉は恨み言などでは無かった。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。まあ、色々貯め過ぎも良くないからな。偶には発散も必要という事で」

 

「調子のいいヤツだ……」

 

ニヤリと笑うウッドワス。見つめ合う2人は、側から見る分には、昨日が初対面とは思えない雰囲気だった。

 

「今度はウチに遊びに来てくれ。まあ、ウチって言っても借家みたいなもんだけど……」

 

「ティンタジェルか……正直。私にとっては忌々しい地ではあるがな」

 

「……その話も聞いたが、それはウッドワスのせいじゃない」

 

「……気遣い感謝する」

 

ウッドワスの苦々しい態度もトールの言葉によって四散する。

 

「私の下につけという話、アレは決して酒に酔った勢いで言ったわけではない。今の妖精國には貴様のような武人が必要だ」

 

酔った中でのとある会話。その内容は、妖精國の誰かが聞けば卒倒するような提案であり、それをトールに投げかける。それを受けたトールは寂しそうな笑顔を向けて、答える。

 

「ああ、そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、どういう訳か、誰かの為に戦うとか、そういう事のやる気が軒並みなくてな……きっと俺みたいなのがいたら、他の奴らのやる気を削いじまう。俺がいるとむしろマイナスになるかもしれないからさ――」

 

ウッドワスからしたら、その気遣いこそがお門違いではあった。戦いとは数ではなく真に力のある妖精一翅で行うもの。それがウッドワスの考えである。

目の前の男は妖精ではないが、間違いなく力のある1人ではある。

 

だが、どこか、この男の怠惰な表情に、言いようのない悲しみを感じるのも事実。無理やり誘っても真の力は発揮できまいとも考えていた。

 

「……そうか」

 

「ま、ブリテンの勇者ウッドワスのお誘いだ。色々考えておくよ。良く考えてから――答えを出させて欲しい」

 

「ふむ、では貴様のやる気が出るような手でも考えておこう」

 

そんなウッドワスの言葉に。

 

「期待してる」

 

そうトールは笑顔で答えた。

 

 

 

 

一旦会話も尽きたところで別れの握手として手を差し出すウッドワス。

 

その手を一度見た後、トールは、両手を広げた。より強い親愛の証、ハグのジェスチャーである。

 

ウッドワスは暫し考えた後、同じ様に手を広げ、互いにハグを組み交わす。

 

互いに、記憶のどこかで同じように接近した覚えもあって。それが何なのかはわからない。

ウッドワスは、全てを受け取ったわけではない先代の記憶の中に人間とハグをしたのかもしれないという事で解釈し、トールは、失われた記憶の中にどこかの星の狼男と熱い抱擁を交わしたのかもしれないと解釈した。

 

きっと良い思い出なのだろうと、互いに自然と考えて――

 

「本当にありがとう。楽しかったよ。勇者ウッドワス」

 

「ふむ……また会おう。アフォガードの王子トールよ」

 

「……まあ、それで良いか」

 

 

挨拶を交わす。わざわざ訂正して空気を崩すのも忍びない。トールは苦笑いしながら訂正するのをやめた。体を離し。名残惜しそうに踵を返す。

 

 

「じゃあ、また」

 

 

 

 

手を振りながら、去って行くトールを、見えなくなるまで見送った後、ウッドワスはオックスフォードに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

中では、具合の悪そうな住人達が片付けを済ませたところだった。

 

「貴様ら! 酒なぞに溺れおって! 反省として、暫く酒は禁止だ! 食前酒等も含めてな!」

 

その言葉に、畏まる妖精達。

 

「当然、私もだ!!」

 

そう宣言しながら自身の大声に、頭痛が再発し、頭を押さえるウッドワス。

 

体調は最悪だが、久々の充実感があった。

 

そんな中、ウッドワスは一つの事を思い浮かべた。

 




ハグの記憶:腹を腕で貫くオマケ付き。


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ウッドワス③

アンケート回答ありがとうございます。
引き続き宜しくお願い致します。




「平伏せよ、献上せよ――」

 

いつも通りの大広間。いつも通りの前口上。

 

部屋の中心には巨大な玉座。そこに君臨する女王。

 

ひれ伏す妖精達。

 

上級妖精やキャメロットの妖精、氏族長達による会議である。

 

ただ少し、ガヤガヤと騒がしい。まるで信じられない報告を聞いたとばかりに、妖精達が何事かと騒いでいた。

 

その原因はウッドワス。彼の発言がその会議に波紋を呼んでいるのだ。

 

 

スプリガンによるノリッジの財産に関する進言に、ウッドワスが嫌味を言った後、ウッドワスの発言機会となった時だ。

 

「陛下、どうか、軍備の増強をお考え下さい。『モース』は年々増え続けております。円卓軍などという不届き者の始末もある」

 

ここまではいつも通り。人間の出荷数を増やしてほしいといういつもの依頼なのかと誰もが予想していたが、その内容は予想とは違うモノだった。

 

「1人、是非とも我が軍に迎え入れたい人間がおります」

 

その発言に、喧騒が波紋の様に広がって行く。あのウッドワスがわざわざこの場で、女王に許可を取るほどの人間とはどういう事か。

 

「我が軍は、モースの大軍と遭遇。私としては、数名の犠牲は免れないと覚悟したのですが、その男。風の様に颯爽と現れ、嵐の如くモースを蹴散らしたのです」

 

その後、ウッドワスによる当時の戦闘の詳細が語られる。兵士の持つ何の変哲もない剣を振り回せば、3体のモースが一度に薙ぎ払われ、槍を投げれば一度に4体貫通し、その他目にも止まらぬ技でモース達を仕留めていくその様子を。

 

「その男の強さ、未だ底が見えず。私の元で鍛え上げれば、あるいは妖精國一の武人になり得ましょう。陛下、その男、それなりの待遇で迎え入れる許可を頂きたい」

 

ざわざわとこれまで以上に騒がしくなって行く。当然だ。わざわざ人間を軍に迎え入れる為に、地位まで用意しろと言うのだ。

 

「かつては妖精國の剣と呼ばれたウッドワス殿が人間1人に絆されるとは、寄る年波には勝てぬようですな?」

 

スプリガンの発言に内心で同意する一同。それが、周囲の妖精の正直な意見である。

 

「だまれ青二才。その不快な舌を私に見せるな。陛下の御前でなければ首ごと噛みちぎっている!」

 

「もう、いけないわ。ウッドワス。あなたはいまや妖精達の尊敬の的、もっと紳士的に、ね?」

 

唸るウッドワスに通信越しにそう声をかけたのは風の氏族長オーロラである。

 

「でも、私は嬉しいの! ウッドワスが人間にそこまで入れ込むなんて! 初めての事じゃないかしら? その方のお名前は? 自由市民なのかしら?」

 

嬉しそうなオーロラ。彼女が統べるソールズベリーの中で唯一、人間贔屓の妖精でもある。

 

「う、うむ」

 

続きを発言をしていいものかと、女王を見るウッドワス。

 

「よい、申してみよウッドワス」

 

「は、その男、異世界から来た異貌の者にございます。本人曰くアフォガードという国の王子なのだとか」

 

再びざわざわと妖精達のざわめきが木霊する。

 

「まあ、王子様なんて! それに、美味しそうな名前の国なのね」

 

「異世界というが、それはつまり汎人類史からの侵略者という事なのではないのか!?」

 

オーロラの穏やかな答えの他に、大使達が心配事を口に出す。

 

「その男、以前はこの國にいたという記憶があるらしく、余生をこの國で過ごす為に戻ってきたとの事。異世界から渡る際、記憶障害を起こしているようですが、決して陛下への叛逆を企てているという事はありません! 昨日オックスフォードでのもてなしにて、陛下の偉大さに心底感服した様子も見せておりました。

ただ、世捨て人の如く安寧な暮らしを望むが故に軍入りは消極的ではありますが、前向きではある様子。待遇次第では我が妖精國の力となりましょう」

 

「その話本当かねぇ。アフォガードってのはデザートの名前だぜ? 汎人類史にはそんな國は存在しない」

 

そう訝し気に通信越しに発言したのはベリル・ガット。女王モルガンの夫という立場であり、ニュー・ダーリントンの領主でもある男。

 

「ウッドワス。アンタ、その男に騙されてるんじゃないか?」

 

「貴様、いくら陛下の夫という立場とて、この私を愚弄するとは許さんぞ……!」

 

怒りに唸り声をあげるウッドワス。それは自信が侮られたと言う事だけではなく、あの男(トール)が虚言を吐いているという事への侮辱とも重なっている。

 

スプリガンに向けた殺意以上のものが大広間に広がり、空気は最悪な雰囲気となっていく。

その場にいれば、それこそ八つ裂きにされていたのではないかと思うほどのものだった。

そこに待ったを掛けたのが、モルガンである。

 

「よかろう。ウッドワス。検討はしておいてやろう。その男、名は何と言う?」

 

モルガンのその言葉にウッドワスは、殺意を消し、女王へと向き直る。

 

「は、ありがとうございます! 男の名はトール。今は、あのティンタジェルにて居を構えているようです!」

 

その名前に内心で反応したのは僅か2名。

心内の事もあり、その反応は誰にも悟られる事はなかったが――

 

女王モルガンとその娘妖精騎士トリスタン。

 

奇しくも、親子関係にある2人だった。

 

その後、予測されていたトリスタンの暴挙も見られず、妖精騎士ガウェインにより、予言の子の存在が明示され、そちらの方に皆気取られ、その内容について記憶していたのは進言したウッドワス本人と女王とその娘だけだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「あたまいてぇ……」

 

オックスフォードの宴会から数日。トールは未だ仮住まいであるティンタジェルに帰れないでいた。『スリングリング』をどこかに無くしたことにより、次元のゲートを開けることができず、その足で帰るしか無かったからだ。

走っていくのも手だったが、体調が芳しく無く断念。

いまはゆっくりと帰路についている。

 

とは言うものの、後1時間ほども歩けば辿り着くという所までは迫っていた。

 

リングの予備もまだまだある。帰ればまた、どこへでも行く事が出来るようになる。

 

そう思いながら帰路に着く。

 

楽しい宴会の後の帰り道は寂しいものだが、ある意味では良い機会だった。

 

長い帰路の中、ウッドワスに誘われた軍入りを考える。

 

どうするべきか。そもそも軍隊というものが元々性に合わないというのもあるが、それを加味しても自分でも意外な程に消極的だ。

 

彼に言った通り、自分でも違和感を感じるほどにやる気が出ない。

 

妖精からは、人間という事で嘗められた態度ばかり取られていた為、身を挺してまで守れるかと言われるとそこまで使命感は滾らないが、ウッドワスやオックスフォードの住人達は別だ。たった1日の付き合いではあるが、彼らを守れと言われれば、納得して動こうと思う具合には、気を許している。

 

今後戦争などが起こった際、オックスフォードの住人が1人でも死んだら?軍に入らなかった場合、それはきっと自分のせいだ。そう考えると居ても立っても居られない。

 

そもそも自分は()()()()()()()()()()()()という考えを持っていたはずなのだ。

 

それは、ずっと昔からであったような気がするし、あのヒーロー達と接した事で得た倫理観でもある。

……ような気もする。

とにかくそう言う風に以前は考えていたはずなのだ。それはまさしく信念と言っても差し支えない程のものだった――筈だ。

 

と言うのにこの虚脱感はなんなのだろうか……

 

思考を誰かに誘導されているような気もするが、そう言う風に自分を操れるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この國への転移の過程で記憶障害が起こるとは分かっていた為、そこに原因があるのかもしれないと。そう考え、ひとまず思考の迷宮から脱出を果たした。

 

 

 

 

――そんな時だった。

 

 

 

 

村の一角。自分が今仮住まいとしているその家のドアの前に1人の女性が佇んでいるのを見つけたのは。

 

 

敵意は感じない。

 

何か悪さをしているようにも見えない。

 

たまたまここに立ち寄ったこの妖精國の住人だろうか。

 

あるいは、ティンタジェルを故郷にしていた妖精が帰省しに来たのか。であれば不憫な話ではある。

 

さまざまな可能性を考えながら、警戒を崩さずに近付いていく。

 

あえて、見つからないようにしたり、後ろを取って警告をするなどの攻勢に出なかったのは、自分でも意外だった。

 

警戒しつつも、存在感は消さずに近付いていく。

 

やがて、トールの足音に気付いたその女性が振り返る。

 

瞬間、時が止まった気がしたのは、気のせいだろうか。

 

 

美しい碧色の眼。

 

透き通るような銀の髪。

 

整った顔立ち。

 

黒いドレスに包まれた女性的な体。

 

その全てが、魅力的で。視界に収めるだけで高揚感が湧いてくる。

 

こちらを見る陶器のような無機質な表情。

 

廃村故の暗い雰囲気のティンタジェルに、そよそよと優しい風が吹いた。

 

ベールがスローモーションで靡き、あり得ないほど大きな月が輝いているビジョンは間違いなく幻覚だろう。

 

だがその幻覚は、誰かがどこかで言っていた。人が恋に落ちる瞬間のビジョンであり。

 

それをまさしくこの身で体現した気分だった。

 

夢で見た朧げな女性のイメージそのもののような存在。

 

だが、そもそもその夢の女性なのかもわからなければ、目の前の人物に心当たりは全くない。だから、まずはキミは何者なのかと、そう尋ねる為に出てきたセリフが

 

「キミ、は……?」

 

自分でも、もっと良い会話の入り方があったんじゃ無いかと、猛省しつつ訪ねてみれば、女性の無機質な表情に悲しみの感情が宿ったのは気のせいだろうか。

 

暫くの時が過ぎる。

 

一瞬だった気もするし、5〜6分は見つめあっていた気もする。

 

こちらを見つめたまま答えてくれない女性に、一歩近づき、声を再びかける。

 

「その――大丈夫?」

 

「あ――」

 

ここに来て表情がようやく崩れた。

ほんの少しではあるが、驚きの感情をその顔に宿し、彼女は答える。

 

 

「私――」

 

一度、言葉を飲み込んだような仕草を見せた後。

 

「私は、ヴィヴィアンと申します」

 

そう、自身の名前を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『……』

 

『あんなの誰も予想できない。あんな大人しかった奴が突然暴れ始めるなんて、誰も思っていなかった』

 

『……』

 

『あいつも厄災が怖すぎてどうにかなっちゃってたんだ。だから、あいつの言う事なんて気にする必要ない。誰も悪くない……』

 

『……』

 

『そもそも毎度のことじゃないか、今さら落ち込んでもしょうがないと思う。だから――』

 

『……』

 

『その、ごめん……失言だった……』

 

『……』

 

『とにかく元気を出して欲しくて……』

 

『……』

 

『えっと……』

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

『そう、そうだ! もしもの事を考えよう!』

 

『え――?』

 

『あの人はいつも言ってたんだ。もし化け物から逃げ延びたら美味しいご飯を吐くぐらい食べようとか。もし、夜も安全に眠れるような日々になったら一日中踊り明かそうとか』

 

『だから、そう、ブリテンを調停し終わって、妖精達が争わなくなったら、どういう國にしていこうとか。そういう話をしよう』

 

『……』

 

『ダメ……か?』

 

『いえ、そうですね。お話しましょう。必要な事ですし』

 

『! そ、そうか! しよう! 未来のもしもの話!』

 

『……それなら――トール君はどういう國にしていきたいですか?』

 

『え――?』

 

『……なんで、そこでそんな反応になるんですか』

 

『いやその、えっと、あの……突然そんな事言われても……俺、國を作った事ないし、そもそも國ってのがどういうものかもあんまりわからないし、そういうのはモルガンに任せたいって言うか……』

 

『――』

 

『その、ごめん』

 

『――プッ』

 

『え……』

 

『フッフフ、 ごめん、なさい……今の、トール君の困り顔が、なんだか面白くて……』

 

『……』

 

『ごめんなさい、気を悪くしちゃいました?』

 

『いや、笑ってくれたから。安心したんだ』

 

『っ――』

 

『うん、そっちの方が絶対にいい』

 

『うん、ありがとう。トール君』

 




お読みいただきありがとうございます。

章のタイトルも変更致しました。

ウッドワス②ですが、本当は、こっそり帰って、酔い散らかしたウッドワスが落ち込むというギャグ落ちにしようと思ってたんですが、ギャグにさせるには、重すぎるし可哀想と思ってしまったのです。


感想 ご指摘、評価、宜しくお願い致します。



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ヴィヴィアン

アンケート回答ありがとうございます。

今後の話を書いていく上で、MARVEL関連の世界観や、キャラクター。兵器関係など、どこまで説明を入れるべきか。ネタバレ等々悩んでおりまして、色々と参考にさせていただきたいです。

お手間でなければお願い致します。


それと、毎度同じ事ばかり言っておりますが感想、お気に入り登録ありがとうございます。


変わらず、感想、ご意見等々、疑問点などあれば、お願い致します。
評価等もしていただけると、嬉しいです。


「ど、どうぞ」

 

「ありがとう、ございます」

 

トールは、当時購入したIK○Aの秋の新作、茶褐色のテーブルとセットで拵えた椅子に座る女性に、紅茶の入ったカップを差し出す。

 

表情の乏しい女性に比べ、男は酷く緊張した様子だった。

 

ここは、妖精國の僻地とも言える場所。

潮騒のティンタジェル。

廃村と化したのこの村に、男が1人住んでいた。

 

男の名はトール。

 

とある目的を果たす為、異世界から妖精國へと渡って来た男。

ただ、肝心なその目的が記憶からガランと抜けており、今はただ、目的もなく、日がな一日空を見ながら、酒を飲むか、持ち出した娯楽を家で楽しむ。その様は世捨て人のようでもあった。

住居はいなくなった廃屋をリフォームして作られている。

 

壁にはさまざまなものが飾られており、星のマークがある赤と青の丸い円盤や、真ん中に赤や青の硝子のようなものが埋め込まれているハンドスピナーのようなもの。他にも豪華な装飾が埋め込まれた短剣など様々だ。

 

この部屋を暖めているのは、昔ながらの暖炉であり、

指を弾き、魔術で火を灯している。

 

毎回のルーティーンをこなしたところで女性が少し動揺していたような気もするが、トールは大して気にしていなかった。

 

――ゴン

 

「いっっった!!」

 

途中何故か通路の明らかに邪魔にある場所にある少し豪華な装飾が施されたアタッシュケースに躓づく。

 

結構な勢いで当たったというのに、ケースはびくともせず、そこに鎮座している。

あまりにも邪魔な場所に置いてあるそれをトールは何故かどかす事もしない。

 

自分の分の紅茶を溢してしまった為、一度戻って入れ直すドジを挟みつつ、平静を装いきれず、テーブルを挟んだ向かい側、彼女と向き合うように、椅子に座る。

 

「で、えっと……ヴィヴィアンさんで良かったよな?」

 

「ええ……」

 

「その、どうしてこんなところに? まさか新しく町を作るから立ち退けとかそういう話?」

 

銀髪の、ヴィヴィアンと名乗る女性。見た目には地味ではあるものの黒いドレス姿であるため、どこかの貴族階級かその使いが様子を見に来たのかと思ったのだ。

 

「……いえ、この町に私の知り合いが暮らしていた筈でしたので、様子を見に来たのです」

 

暫く考えるそぶりを見せた後、そう答えるヴィヴィアン。

その言葉にトールは苦い表情を作る。

 

「あー……そう、なのか……」

 

そうこの町の住人の事はウッドワスにも聞いたし、過去を映すアイテムであるホロマップ投影機でも見た。住人同士の殺し合いによって、この村は滅びた。

見ていられなかったので全容を把握するのをやめたからもしかしたら、何人か逃げ出した者はいるかもしれないが。彼女の知人もその中にいるかもしれないが今ここにはいない以上気休めにもならないだろう。

 

「言いにくいんだけど、この町の住人は……」

 

「ええ、わかっております。この町の事情は把握しておりますので。あくまで確認に来たというだけの話です」

 

「そうか……それなら良いんだ……」

 

彼女の言葉にホッとする。自分で言うのも気恥ずかしいが、まさしく運命の女性と思ってしまっている相手だ。悲しい顔を見るのは嫌だった。

となると、彼女の目的はこれで終了と言う事であり、彼女がここにいる理由がなくなった訳である。

 

トールの本音としては、是が非でも彼女を引き留め、おもてなしをしてお近づきになりたいというのが本音ではある。

 

この妖精國に来る前、地球(ミッドガルド)やアスガルドにて、さまざまな女性へのアプローチ方法を、男性陣から習ってきた。

何せ、世界レベルでの人気者だ。そのテクニックたるや、未経験のトールにはどれも新鮮なものであった。

 

だが、一度もコレという相手に出会う事もなく。紹介した女性に手ほどきを受けさせようかと、悪ノリをされたこともあったがどうにか断ってきた為、その技術を活かす事も全くなく、ここまで来てしまった。

 

そして今がいざその時なのだが、あまりの緊張に言葉が出ない。

 

普通の、意識しない相手ならば、トニー・スターク仕込み(トニー採点平均点以下)のジョークや会話術(平均点以k)を駆使する事もできるが、舞い上がってしまっていて活かせそうにない。

 

(女性を口説く時ってどう言うんだっけ?)

 

もう1人のアスガルドの王子との会話を思い出す。そう、確か彼が言うには女性の美しさの全ては宇宙の煌めきで表現できる。

 

――その者を見た時に思い浮かんだ宇宙の情景をそのまま伝えてやれば良い。これで喜ばない女はいない

 

そう言っていた気がする。

あれ? 言っていたか?

 

まあ良いと、部屋の様子を見回している彼女を見る。

 

美しい銀髪。整った顔立ち。碧の瞳は吸い込まれそうで、そう、例えるならば、銀河の端で二つの星の誕生を目の当たりにしているかのよう――

 

(……無理だろ)

 

そのような浮いたセリフ。自分に絶対の自信がないとそうは言えない。

 

そもそも自分はなぜそんな、異性をモノにするテクニックを学ぼうとしていたんだろうか。そこからして既に曖昧だ。自分は何をやっているんだと心の中で猛省する。

記憶の中の男に憤慨しながら、今のトールに出来る事は無い。

 

「あなたは――トール……さんは、いつからここにいらしているのですか?」

 

ふとどうすべきか心の中で頭を抱えていると、壁に飾られた装飾品を見ながら彼女が質問を投げかける。

 

「あ、ああ。この盾が気になる?」

 

あちらから話を振ってくれたことに、内心で飛び上がるほどに喜びながら、落ち着け、クールになれと自分に呼びかける。

 

「盾……なのですね。ええ、あの様なあしらいの物は見たことが無いので」

 

自分の知る地球では世界唯一の超大国ともされているアメリカ合衆国の象徴。星条旗。そのデザインをあしらった盾。

 

トールは、椅子から離れ、その盾を壁から外し、ヴィヴィアンへと渡す。

 

それを両手で受け取った彼女の表情が、少しだけ驚いたものになる。

 

「軽い……」

 

「……ヴィヴラニウムっていう金属で出来てるんだ」

 

「ヴィヴラニウム。ですか……」

 

「そう、宇宙で最も最強と言われている金属。重さは鋼鉄の1/3。衝撃吸収力も半端じゃ無いし、加工もしやすいって言う優れもの」

 

「宇宙……それはまた壮大な規模の話ですね」

 

「まあ、他にも死にゆく星の心臓であるウルなんて言う金属もあるからな、一概に最強ってのも言えないけど。その2つがぶつかり合った時は、どっちも傷付かずに終わったし――」

 

――永遠のテーマだな。などと続けながら、うんうん唸っていると、ヴィヴィアンは、キョトンとした顔をしながらトールを見つめていた。

 

「あー何かまずい事言ったか?」

 

「いえ、まるで宇宙をその目で見て来たかのような言い方をするので」

 

「そりゃあ、実際銀河何個分か分からないくらい、色んな星を渡って来たし――」

 

そう言ってハッとする。

 

つい、余計な事をベラベラと喋ってしまった。

 

そうだ、以前自分がいた地球も、銀河どころか他の星へ行く技術すら持ち合わせていないのだった。

街の文明レベル的にこの妖精國に、宇宙航行技術があるとも思えない。

 

異貌人である事を隠そうとは思わないが、未知なるモノというのはそれだけで畏怖や脅威の対象となり得る。迂闊に話す事ではなかった。

 

「あー、いや、今のは冗談というか――」

 

「トール」

 

「え――?」

 

――凛とした声だった。

 

誤魔化そう口を開けたところで、名前を呼ばれただけ。

先程と違うのは敬称を略された事だけ。

 

それなのに心の底から響いたのは何故なのだろうか。

何処かで聞き覚えがあるような響きなのは気のせいだろうか。

 

ポーカーフェイスも何とあったものじゃない。

ポカンとした表情のまま、彼女を見る。

 

「あなたが汎人類史――いえ、異世界から来た方なのはわかっております。この妖精國では稀にそういう方がいらっしゃいますので」

 

そういえばそうだ。チェンジリングがどうだとか。ウッドワスが言っていた気がする。

 

「ですが、そんな方々の中でも貴方は特に珍しい。差し支えなければ、貴方の事を聞かせて頂けますか?」

 

胸に手を当てながら、こちらをまっすぐ見つめるその瞳に好奇心と、緊張を感じとる。

興味本位と言うには、その雰囲気は重く。敵対者かどうか見極めるにしては、柔らかい問いかけ。

 

どう答えたものかと迷いはしたものの、不思議と嘘は出来ないと思わせられる、ナニかを感じた。

彼女のそんな態度に、誤魔化そうという気は起きなかった。

 

「そうだな……それじゃあ――」

 

口で説明するには少し複雑だし面倒だ。トニー・スタークのように口だけで情景を説明出来るほど喋り上手でも無い。

 

であるならばおあつらえ向きのものがある。

 

「こっちへーー」

 

彼女をもう一つのテーブルへ移動させるよう促す為、左手でテーブルを示し、右手で立ち上がるようにジェスチャーを入れる。

すると、彼女は、トールの手を掴む。端からみれば男性のエスコートに応えるセレブ女性。

 

「――っ」

 

正直なところ驚いてしまった。立ち上がってくれのジェスチャーだったが、"お手をどうぞ"の意味でも捉えられたかもしれない。

 

動揺を隠すのに必死だった。顔に熱が入るのを感じとる。

 

滑らかで、柔らかい感触。

 

体が熱い。彼女の手が冷たく感じるのは、自分の身体に熱が入っているからだろうか。

咄嗟に彼女に向けていた顔を逸らし、目的地であるテーブルへ向け、ゆっくりと歩を進める。

 

室内の、たった数歩のエスコート。

 

何十万人もの軍隊と1人で戦った事がある。

空を覆うほどの大きさの炎の巨人に、義理の父への恨みを自分にぶつけろと、命を差し出したこともある。

念じるだけで銀河を破壊してしまうような怪物を相手取った事もある。

 

さまざまな修羅場を潜って来た。幾度も生命の危機に瀕する経験をして来た。

にもかかわらず、今の自分は、そのどれよりも動悸が激しく、足が重く、震えを止めるのに全力を注いでいた。

 

緊張の中、どうにか、彼女をテーブルに座らせる。

 

このテーブルは先程座っていたテーブルとは違うものだ。

 

それは少し特殊なモノ。

 

テーブルのシステムを起動させる。

 

すると、半透明の3Dマッピングがテーブル上に浮かび上がって来た。

様々な研究に用いたり、映像ログなどを空中に映し出すたSF映画では定番の、ハイテクテーブルだ。

 

その情景に、ヴィヴィアンもほんの少しだけ、目を見開く。

 

トールは、これまでの経歴を語る上で、言葉のみでは伝わらないと判断し、どうせ語るのであれば少しでもわかりやすくと、映像も織り交ぜて説明する事にしたのだ。

 

「どこから説明すれば良いのか……俺は元々この國にいたんだ。ただ、そう、先に説明しておくと、俺は、ここに来るための転移の影響で記憶に障害があって、その前後の事は覚えてない」

 

言いながら何もない空間に手を当てると、その場に映像のようなものが浮かび上がっていく。

 

「俺は、妖精國からとある世界に転移した。その時、腹に大穴が空いていたから、きっと、ロクな目に合わなかったんだろうな――」

 

次々と浮かび上がるのは灰色の建物。

 

その建物には猛禽類のシルエットが刻まれている。

 

映像が切り替わり、建物の内部の情景に切り替わる。そこに映るのは、様々な機会が並ぶ部屋。その部屋に、カレは現れた。

 

「死にかけて賭けに出て自分自身で転移したのか、何かの事故に巻き込まれたのか。転移後の会話ログは残ってるはずなんだが、どういう訳か壊れててな。理由までは分からない」

 

血塗れで仰向けのままのトールに、近づく影が一つ。

 

「俺にとってはこれが最初の記憶。俺が転移したのは、『S.H.I.E.L.D.』っていう……まあ世界を守る秘密組織ってとこだな、その研究所だったんだ」

 

黒いレザーコートを羽織った1人の男。肌は黒く、目にはアイパッチを取り付けている。

 

「その時に出会ったのが、この男、ニック・フューリー。まあ言うなれば運命の出会いってヤツ」

 

血まみれのトールと会話するフューリーと呼ばれる男。その情景の中、映像越しでもわかる程の異様な力をヴィヴィアンは感じ取る。

 

「この男と出会った事で俺は、天才科学者やら、超人やら、スパイやら、魔術師やら、宇宙人やら、まあ、色んな奴らと出会う事になったんだ」

 

それは、複雑な機械につながれた青いキューブ。それが、目的は果たしたとばかりに明滅していた――

 

 

 



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ヴィヴィアン②

 

耳を疑うとはこの事だ。

 

平静を保つのにこれ程に尽力したのは何千年ぶりだろうか。

 

――アフォガードのトールという男。

 

ウッドワスから1人の人間についての打診があった。それは、珍しいどころではない騒ぎだったが、その名を聞いた瞬間そう言った疑問も吹き飛んでいった。

 

アフォガードは兎も角として、トールという名にはこれ以上ない程に心当たりがあった。

 

いてもたってもいられなかった。

 

だから即座に行動に出た。

 

魔力を込めて、もう1人の自分をその地に送る。

 

自分自身が向かわなかったのは、予言の子やカルデアが行動を開始した今、いつ城を狙われるかわからない故。

 

何よりも、期待している人物では無いかもしれないという恐れの現れでもあった。

 

廃村に数ある建物の内、小綺麗な建物が一つ。

 

情報が正しいのであれば、ここがそうだろう。

 

魔術で読み取るが、中に人はいない。

 

残念なような、安心したような。複雑な思いに駆られながら、心の中で深く息を吐く。

 

その時だ。

 

背後から足音が一人分。

 

心臓が跳ね上がる。

 

しっかりと、心の準備を挟みながら、意を決して振り返る。

 

 

一人の人間が視界に入る。

 

それは、青年だった。

 

全体的に撥ねた黒髪。

 

ほんの少し釣りあがった眼。

 

背丈は自身と同じ程度。

 

神をも超えた人間によって作られたセカイ。

その終末装置に選ばれ、文字通りセカイを滅ぼす事を強いられ、実行させられた青年。

 

初めは、それこそ捨てられた子犬を拾う様な感覚だった事は否めない。

 

だが、偶然に出会い、共に旅し、何度も何度も助けられて。

 

自分を守ろうと、喜ばせようと、悲しませたくないと、そう言って不器用なりに、いつも気にかけていてくれて。

 

いつしか自分の夢と同等か、それ以上に大切な存在になっていて。

 

共に、自分たちの居場所を作ろうと誓い合って。

 

あの日、これ以上ない程に幸せな気持ちを与えてくれた。

 

そして、あの時の絶望を思い出す。

 

目の前にいる青年は記憶の中の彼よりもほんの少しだけ、成長していて――

 

でも、間違いない。間違えるはずが無い。

 

魔術による暗示ではない。幻覚でもない。

 

間違いなく、目の前に存在する。

 

今すぐにでも駆け出したい。彼の胸に飛び込みたい。

 

そんな衝動に駆られ、動き出しそうになったその瞬間。

 

「キミ、は……?」

 

そんな言葉が彼の口から飛び出した。

 

確かにあの時とは、自分自身も見た目は変化している。

 

体は成長し、髪の色も変化している。

 

だが、それを差し引いても、心当たりすら無いと言うその態度に、踏み出しそうになった一歩が止まってしまった。

 

胸が苦しい。涙が出そうになる。

 

わかっていた。ウッドワスの報告に、記憶障害の報告があった。だから覚悟はしていた。

 

だが、いざ実感すると、苦しいものだ。

 

だから、つい、この名を名乗ってしまった。

 

「私――」

 

モルガン(本名)。あるいはトネリコ(救世主としての名)。あの時の、共にいた頃の名を名乗っても、全く知らないという態度を取られてしまったら、耐えられるか分からない。まともに彼を見ていられる気がしなかった。

 

だからつい、彼にも名乗っていない。名乗る必要すら無かった、あの頃の名前を、彼に告げた。

 

「私は、ヴィヴィアンと申します」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

――私は一体、彼に何をしたいのか、何をしてもらいたいのか。

 

ヴィヴィアン――モルガンは、当時よりも、社交的というか、柔らかい雰囲気になった彼を見ながら自問自答に入る。

 

理想を言うならば、自分のことを思い出して欲しい。

 

名前を呼んで欲しい。

 

生きていたんですねと、会いたかったと、本当の意味での再会を果たしたい。

 

そして、あの時、共に誓った自分たちの居場所を手に入れたと、報告したい。

 

だが彼には今、記憶が無い。もしかしたら一から説明すれば、思い出してくれるか、あるいは記憶がないなりに受け入れてくれるかもしれない。

 

だが、本当に期待通りの流れになるのか。

 

モルガンは、この妖精國においての自身の評判は自覚している。

ほぼ全ての妖精に憎まれ、嫌われている。

だが、そんなモノは昔からで、大して気にしてもいなかった。

だが、記憶の無い彼が、國の評判を聞いて、嫌悪感を抱いていたら?

 

ウッドワス曰く、女王に感服したと言うことだが、真実かは今は分からない。

 

例え報告が真実だとしても、私に付くと言う事は、この國の妖精中に嫌われると言う事。

 

あの日、ロンディニウムで一緒に思い描いていた國造りとは異なる方法の調停、いや支配。

 

2000年という長い年月。あのロンディニウムの崩壊を境に変わってしまった自分。

当時の仲間達も全て離れてしまった自分。

 

そんな状況のモルガンに、何の保証もなく、目の前の彼が、受け入れてくれると思うのは困難だった。

 

信じるには時間が経ち過ぎていて、状況が変わりすぎていた。

 

だからこそ、モルガンは彼の今を知りたかった。汎人類史にいたであろう彼が、これまでどう過ごして来たのか。この國に何を思っているのか。何より何故戻って来たのかを知りたかった。

 

戻って来たのは自分の為だと、僅かな期待を膨らませながら、彼の案内に従った。

 

家の扉を開け、まず彼は指を弾いて暖炉に火をつけた。

 

内心驚愕していた。彼が指を弾く際、現れたのは魔法陣だ。であるならば今のは魔術。なのだろうが、魔力の類は感じない。

 

彼に魔術回路の類は見受けられない。

 

今の動作を解析することすら出来ない。

 

魔力の類はどこから辿り寄せた?火を灯す魔術的過程は?

 

かの魔術王に勝るとは思わないが、魔術の類であるならば、この妖精國においても、汎人類史においても、それなりのモノは持っていると自負している。そんな自分でも構造を読み取ることができなかった。

 

なんて事の無い、火をつけるだけのその動作にだ。

 

一体彼は何をしていたのか。どこでこんな技術を得たのか。汎人類史で普通に過ごして来たわけでは無いというのは確定だ。想像すらつかない彼の変遷にほんの少し不安を募らせる。

 

テーブルに案内された。

 

まず目についたのは壁に飾られた装飾品。

 

宝石の埋め込まれた短剣。

 

あれに異様な力を感じとる。

 

何らかの概念武装か。

 

だが、相当に歴史の深いモノである事は想像に固く無い。魔術的概念において、時間というモノはそれだけで力になる。なんて事の無い剣も、何百年と時が経てば、並の魔術では太刀打ちできない武器へと変わる。

 

アレは、そういう類のもの。

 

その歴史は如何なるものか。

 

解析は出来ないが、感じ取れる異様な力はそれこそ神造兵器と言われても納得する程の圧力が迸っている。

 

 

だが、それよりも目立つのは丸い円型の鉄の、恐らく盾。

中心に白い星。円形に沿うようにに施された青と赤の装飾。

 

魔術的な力は感じない。長い年月によって研鑽された類の力も感じ取れない。

施された装飾も、汎人類史のアメリカ合衆国と言う国の星条旗を連想させるモノではある。

だがかの国は歴史は浅く、魔術や神話的な力が宿るとも思えない。

 

だが、あの盾から感じる、この世のものでは無いような感覚は何なのか。

 

やがて彼は、ティーカップを用意する。

手渡されるそれに礼を言いながら、会話を重ねる。

 

当時のぎこちなさや不器用さの残る口調は全く感じられ無い。

 

きっと汎人類史でそれなりの交流の経験を得たのだろう、その事に気付き、一抹の寂しさを感じながら会話が進む。

するとモルガンの装飾棚への意識を感じ取った彼は、装飾棚から、円型の盾を外し、彼女に渡す。

 

受け取ったモルガンは、それを手に取った事で、改めて魔術的な要素は無いと実感できた。造りもシンプル。妖精國のドワーフでも片手間以下で作れそうな構造。だが一つ。驚くことがあった。

 

「軽い……」

 

その異様な軽さだ。

 

材質は鉄の類だろうが、それにしても軽すぎる。

 

そんな驚きがつい口に出てしまったのだが。

 

それに対する答えが更に意外なものだった。

 

「軽いだろ? ヴィブラニウムっていう金属で出来てるんだ」

 

「ヴィブラニウム。ですか……」

 

妖精國ではまず聞かない、汎人類史も同様だ。自身に知識を与えた汎人類史のモルガンは、英霊として召喚される事により、その時代、その世界の知識が与えられるが、その情報にも存在しない材質の名前である。

 

「宇宙で最強と言われている金属。重さは鋼鉄の1/3。衝撃吸収力も半端じゃ無いし、加工だってしやすい優れものだ」

 

その答えに一つ、引っ掛かりを覚えてしまった。

 

「宇宙とは、それはまた壮大な規模の話ですね」

 

そう、まるで宇宙中の金属を確かめたことがあるかのような物言いなのだ。

 

「まあ、他にも死にゆく星の心臓から造られるウルなんて言う金属もあるから、一概に最強ってのも言えないけどな。その2つがぶつかり合った時は、どっちも傷付かずに終わったし――」

 

その言葉に、ますます疑念が高まる。

 

死にゆく星の心臓――

 

そんな物を加工するなどという常識外れな話は聞き捨てられるものではない。

 

少なくとも、世界から与えられる知識では、まだまだ宇宙航行技術は存在しない。それは、魔術を用いてのモノでも同様で、何をどうすれば死にゆく星の心臓などと言うものを入手する事ができるのか。

 

さらにその金属に『ウル』と言う名が付くほどには、その金属は定着していると言うのだ。

 

訝しげに思いながら会話を進めると。

 

「そりゃ、実際銀河何個分か分からないくらいには色んな星を渡って来たし――」

 

そんな、信じられない事を言い出した。

 

彼の言葉に嘘はない。

 

そこからの彼の会話は殆ど耳に入ってこなかった。

 

彼は一体、どの世界に行っていたのか、汎人類史では無い。とすれば、彼にとっての始まりのセカイのような、並行世界。いや、それすらも超えた完全なる異世界か。

 

不安は募る。ここに来る前の世界が、モルガンにとっての常識から逸脱していればしている程、それに比例して彼が変わってしまっているような気がして――

 

「トール」

 

会話の流れを気にしようとはもはや思わない。

 

「あなたが汎人類史――いえ、異世界から来た方なのはわかっております。この妖精國では稀にそういう方がいらっしゃいますので」

 

彼の表情に戸惑いが浮かぶ。だが、それも最早関係無い。

 

「ですが、そんな方々の中でも貴方は特に珍しい。差し支えなければ、貴方の事を聞かせて頂けますか?」

 

今は一刻も早く、彼のこれまでを確認したかった。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃあ――こっちへ――」

 

右手をもう一つのテーブルへ向け、左手をこちらへ差し出す動作。

 

社交会のお誘いのような、あの頃の彼では考えられない、その動作。

 

戸惑いながらも、思わず彼の手を掴んでしまった。

 

彼の感触に、彼の体温に、胸が少しだけ高鳴るも。

 

今の自分は分身体。体温など存在しない。

 

気づかれてしまっただろうかと、伺うが、そんな様子は見られない。

 

もう一つのテーブルに促され、席に着く。すると、彼が空中に手や指を当てると、映像が次々と空中に浮かんで来た。

 

息を呑む。これは明らかに機械文明によるモノ。そう言った類は封じているはずなのに、何の抵抗もなく起動した。

 

自身のモノだからこそ分かる。仕掛けた魔術が打ち破られたわけでもない。まるで、ルールの隙間を抜けたかのように、それが自然であるかのように起動している。

 

それは如何なる技なのか。

 

だが今は、そこに関しては重要では無かった。この目の前の機械が汎人類史では無く、ルールすら全く異なる世界で生み出されたモノであれば、あり得なくは無いと納得させる。今は彼の過去が重要だ。

 

奥底に、引っ掛かりを覚えたまま、彼の動作を見守って行く。

 

今は、ただ彼の過去を知りたい。

 

やがて、彼の言葉と共に、とある建物の映像が現れる。

 

映るのは猛禽類の紋章。

 

彼の過去が今語られる。

 

あの時、ロンディニウムにて、二手に分かれて逃亡を図った。

その選択を、あれ程後悔した日は無かった。

 

どうか、彼に変わっていて欲しくないと、あの時のままでいて欲しいと、そんな勝手な思いを抱きながら、彼の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 

とある森、生い茂る木々の中、倒れた丸太に腰をかけ、焚き火を囲む2人の人間と1翅の妖精がいた。

 

「まだ迷ってるのかい?」

 

そんな、信じられないと言うような表情で、1人の、金髪の青年が黒髪の青年に声をかける。

 

「え、ああ、だって……その、俺なんかじゃ駄目だろうし」

 

「君はまだそんな事を……」

 

額に手を当てながら、困ったなぁと呟く金髪の青年。

 

「フン、情けない奴め。あれ程の力を有していながら心根は臆病。やはり貴様より私の方が上、という事だ」

 

「……ああ、それは、そうだと思うよ」

 

「……ヌゥ」

 

奮起させる為の挑発だったのだろうか。狼男の風貌をした妖精の煽りに、激昂する事も無く、消沈する青年の意外な態度に、狼男も唸ってしまった。

 

金髪の青年はどうしたものかと、暫し考えた後、腰を上げ、黒髪の青年の側に寄る。

 

「良いかい、君は、自分の事があんまりわからないかもしれないけど、僕が保証する」

 

そう言いながら黒髪の青年の横に腰を落とし、肩を掴む。

 

「君は彼女の事を誰よりも思っている。そしてこの國は間違いなく、君たちの尽力によって変わろうとしている。そんな君達が、それを見届けてさようならなんて寂しすぎるじゃ無いか」

 

そう語る青年の表情は言葉の通り、悲しみを孕んでいた。

 

「でも、でも、俺は自分のセカイを――」

 

「ええい! まだるっこしい!」

 

「ちょ! ライネック!!」

 

狼男――ライネックと呼ばれた妖精が、痺れを切らし、金髪の青年の静止に構わず、黒髪の青年を押し倒した。

 

「この俺を何度も打ち破り、従わせたのは誰だ!? 厄災を、モースを誰よりも払って来たのは誰だ!? 彼女を体を張って守って来たのは誰だ!?」

 

胸ぐらを掴み、口答えを許さない勢いで叫ぶ。

 

「お前だ! ロット!! 俺はお前の過去など知らん! 以前のセカイとやらでどんな罪を犯したのかも知らん! 俺が知るお前は、この妖精國の為、死力を尽くした男と言う事だけだ! それを貴様は愚痴愚痴と! この國への尽力は称えてやる! だが、逆を言えばこの國の在り方を変えたのもお前だ! 変えたからには最後まで責任は取れ! おめおめと逃げる事など許さんぞ!!」

 

その言葉に驚愕の表情を浮かべるロットと呼ばれる黒髪の青年。

 

「落ち着いてくれライネック」

 

「ウーサー、しかしこの愚か者は――」

 

金髪の青年、ウーサーはライネックの肩を掴み、下がらせ、呆けて、上半身だけを起こすロットに手を貸して立ち上がらせた。

 

「ロット、君の悩みもわかる。君は、僕達では想像もつかないような罪を背負っているのかもしれない。でもライネックの言う事も正しい。君が、君達がこの國を変えた。戦ってばかりの僕達を君達が変えた。そのおかげで確かに平和な國になって来た。それは、確かに良い事ではあるけれど、本当に良い変化であったか、その答えはこれから分かることなんだ。だからここで投げ出すと言うのも、無責任だと思わないか?」

 

諭すようなウーサーの言葉に、しかしロットは顔を顰めたまま返す。

 

「――でも、俺は、人のまとめ方を知らない。國の運営のやり方すら知らない。國がどう言うものかすら知らない。俺は、戦うことしか出来ない。体を使って守ることしか出来ない。そんな俺が王様なんて――」

 

「だから、僕達がいるんだ」

 

その言葉にロットの悲痛な表情は驚きへと変わる。

 

「全部を完璧にこなす必要なんて無い。王が全てを司る必要なんて無いんだ。僕達がいる。僕達が、君の手足となって頭脳となる。君を、君達を支えて見せる」

 

ウーサーの言葉にロットの顔にだんだんと熱がこもって行く。

 

「僕達ロンディニウムの騎士がいる。ライネックがいる。エクターも、トトロットも、皆が君達を支えるさ。何よりも、トネリコがいるじゃないか」

 

ウーサーの言葉がロットの心に染み渡る。

彼の言葉に段々と絆されていく。

 

「フン、俺はタダで従う気は無いがな」

 

「またライネックは……」

 

苦笑いをするウーサー。

そんな中、ロットの心根を感じ取ったウーサーは、再び彼に声をかける。

 

「どう?これでもまだ、僕とマヴにこの國を任せるって言うのかい? 責任を放棄して隠居する?」

 

何とも意地が悪い話だと自覚しながらしかし、ウーサーは言葉を躊躇しなかった。そう、このまま彼らが、どこかへ去ってしまうのは嫌だった。

 

「だけど、それならトネリコは、トネリコは納得してくれるかな?だって、ウーサーの言う通りなら、トネリコは、その俺の、その……」

 

言いながらロットの表情が今まで見た事のないものに変わる。頬を赤らめつつ、全く自身の無いと言うその表情。

 

それは初恋に四苦八苦する少年のようで――

 

ウーサーは頬が崩れるのを我慢できなかった。

全く、戦いの時はあんなに冷静で、あんなに頼もしいのに。

 

「ロット。良い事を教えてあげよう」

 

「良い事?」

 

「ああ、トネリコの本名、モルガン。君は知ってるだろう?」

 

「……ああ」

 

「君の本名も聞いたよ。トールだろう。ロットはトネリコが付けた名前だ。君はトールを逆さ読みしただけだと思ってるかもしれないけど――」

 

言葉を続ける前に、ウーサーは一度ライネックを見る。彼は、フンと鼻を鳴らし、顔を逸らした。会話に混ざる気は無いと言う意思表示。

 

ウーサーはそれを見届けた後、ロット――トールの耳に口を近付け。

 

「異世界のモルガン。もう1人のモルガン。その彼女の夫の名前――『ロット』って言うんだそうだ……」

 

そっと囁いた。

 

その言葉に、ロットはみるみる内に顔を真っ赤にしていく。

 

「それって――」

 

「どういう意味かは、君が自分で答えを確かめるべきだ」

 

揶揄うような仕草のウーサー。

 

ライネックは相変わらず気に入らないとばかりに、我関せずという態度を貫いていた。

 

「さあ、ロット、決心がついたなら、トネリコはマヴが話を付けてるだろうし、彼女の所に行くと良い」

 

「え――」

 

その言葉に戸惑うロット。まさか、マヴまで巻き込んでいたとは――

 

暫しの間考える。ライネックの、ウーサーの言う通りなのだ。妖精國は変革する。そのせいで幸せになる者もいれば、不幸になる者もいるかもしれない。必要の無い変革なのかもしれない。であるならば変革を促した者が、責任すら取らず去って行くと言うのは、これ以上無い酷い行為なのかもしれない。そう考えれば、國を変えた者として、責務を務めるのは当然の事だ。世界から無理やり与えられたものではなく、自身の選択によって発生したその責務。

 

 

――決意は固まった。

 

 

「行くよ、ウーサー。ありがとう」

 

「いや、僕はこの國の為を思って言っただけだよ」

 

「ライネックも」

 

「……フン」

 

珍しくロットは微笑んだ。

 

「これから、色々と苦労かけると思う。その、色々手伝ってくれるか? ウーサー、ライネック」

 

そのロットの言葉に、ウーサーは片膝をつき、

 

「ええ、我が王、我らロンディニウムの騎士が、貴方を支えて見せましょう」

 

ライネックは腕を組み、

 

「フン、戴冠式には参加せんぞ。ロンディニウムに近づくモースの討伐があるからな」

 

それぞれ、何ともらしい対応で、ロットは、それにこれ以上無いほどの心強さを経験していた。

 

誰もが希望に満ちていた。きっとブリテンは良い國になる。そう、誰もが思っていた。



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ヴィヴィアン③

今回がいわゆる分岐点(ルート分岐にあらず)の一つでして、どういう展開にするか、非常に迷いました。



テーブルの上に次々と映像が現れる。

 

彼の、トールの妖精國に来るまでの変遷が語られていく。

 

予想通り、彼のいた世界は汎人類史などでは無かった。

 

汎人類史には確かに異星の神が降りてきた。だが、目の前の映像にあるような類の存在ではない。

 

文字通りの地球への力づくの侵略行為。異空間に繋がる穴には宇宙が広がっており、そこからワラワラと飛行装置に乗った鎧を纏った異星人や巨大な生物が溢れ出ている。

 

 

――この人がトニー・スターク。超天才の科学者で、アイアンマンって言うスーツを作ってる

。お金持ちで、慈善家。で超ナルシストなんだが、凄い面白くて、俺にとっては、まあ人付き合いの師匠でもあるかな。ジョークが多くて、面白いんだ。

まあ、それが嫌だって人もいるけど、俺は大好き。

 

 

 

赤い鉄の鎧を纏った男が次々と、宇宙からの侵略者を撃ち落としていく。

 

 

――スティーブ・ロジャース、キャプテン・アメリカだ。さっきの盾は、この人が持ってるやつの予備なんだ。

色々あって氷漬けになって、70年間歳も取らずに眠っていたんだ。

身体能力も中々だけど、それよりも凄いのは心の強さ。

正義の権化みたいな人で、そうだな、ピンを外した手榴弾に未装備で飛び込める人で、仲間の為に戸惑いなく命を投げ出せるような人。そこがある意味恐ろしいんだけど、やっぱりヒーローって言ったらこの人かな。

俺が1番憧れている人かもしれない。

 

胸に星のマーク。群青色の戦装束を来た男が、星条旗の盾を投げる。壁を、床を、襲い来る敵に当たったと思えば跳ね返り、一度に複数の敵を撃退する物理法則を無視した動きを見せる。

 

 

 

――ソー・オーディンソン。

これは驚いたね。宇宙から来た神様だ。

雷を操る神様で、持ってるハンマーも特別性。

実を言うと、このソーとは色々無関係じゃなくなってるんだけど。そこはまあ、長くなるから省くけど、俺達が想像する神様って、人間離れをした思考回路をしてて、何もかも達観してる。

みたいに勝手なイメージを持ってるけど、真逆も真逆。すっごい人間臭くて熱い男なんだ。

そこがもう最高で、所詮人間の想像する超存在なんて、想像でしかないんだなって思ったよ。

 

赤いマントに鎧を纏った大柄の男が、大槌を振り回す。

宇宙から来た神。

ソーというのはこの国特有の発音らしい。

モルガンに馴染みがあるのはトールという名前。目の前の彼と同じ名前だが、それが本当なのであれば、北欧神話の雷の神だ。

ミョルニル、別名ムジョルニア と言われる文字通りの神造兵器だろう大槌を振り回せば、竜巻が起こり、自ら空を飛び、手元から離れても戻って来る。概ね神話通りの能力を持ったモノ。

 

他にもハルクという緑色の大男やホークアイと言う弓の達人。ブラック・ウィドウと言う女スパイの話などが、映像と共に彼、トールの口から紡がれていく。

 

 

 

 

そんな彼の口調は、これまでモルガンが聞いたことのないような抑揚のある話し方で。実に嬉しそうである。

 

 

 

 

 

 

次々と様々な人間の映像が流れて行く。

 

超能力を有する女性ワンダ・マキシモフ。機械生命体のヴィジョン。アントマン――スコット・ラング。

 

ワカンダの王、ティ・チャラから迸る威厳は、モルガンの知る憎きアーサー王のそれに勝るとも劣らない。

 

そして、Dr.ストレンジ。

 

――コイツは、元医者の魔術師。

俺の兄弟弟子で同期ってヤツ。エンシェント・ワンって言う人の元で一緒に魔術を学んだんだ。

魔術師は、魔術的な脅威から世界を守る為の存在で、マルチバース。まあ色んな次元とか並行世界だな。

そう言う所から襲って来る脅威から地球を守ってる。

 

 

コレがトールの扱った不可思議な魔術の発端だろう。自身の知る魔術とは根本から異なる技術。

別次元や、並行世界と繋がる事が前提の力。自身の知る並行世界関連の力は魔法の領域だが。

この魔術師達にとってはそもそもの第一歩が並行世界や別次元にアクセスする事らしい。あまりにも違いすぎて解析が出来ないのも納得の事である。

 

至高の魔術師ソーサラー・スプリームとして、世界を守り続ける道を選んだDr.ストレンジとは違い、トールは、あくまで目的の為の手段として、魔術を学んだとの事だ。そんな彼の独白には、寂しさと申し訳なさが見て取れた。

 

 

そして、舞台は宇宙へと移る。

 

様々な惑星。様々な異星人。巨人の頭蓋骨を住まいにしているような生活圏もある。

 

宇宙では、惑星そのものが意思を持ち、言葉を発する事は最早常識であるらしい。この地球においても、ガイアという意思を持つ星そのものの化身は観測しているが、あくまで魔術的な解釈であり、一般に普及はしていない。

 

ここもトールにとっての得難い出会いがあったようだ。

ガーディアンズオブギャラクシー 、惑星ザンダー、スクラル人、キャプテン・マーベル。

 

これまでの説明に彼自身の事はほとんど語られず。どんな出会いがあったとか、彼らはどんな素晴らしい存在だったとか。そういう他人の話ばかりだ。

 

自分の怪我を考慮せずにモルガンを守り続けた時と同じ、他者を優先しがちな気性が垣間見えて。表向きは変わったように見えても、実際のところあの時の彼のままなのだと感じる事が出来て。それに安堵する。

 

映像から目を逸らし、彼の横顔を見る。

 

冒険を語り、尊敬する人々を語る彼の表情はどこか見覚えがあった。

 

それは当時、視線を感じて振り返った先にトールがいた時、よく見ていた表情だ。

大きい笑顔ではない。ほんの少し頬が緩み、微笑むような、そんな顔。眩しいモノを見つめるようなあの表情にどんな感情が込められているか、あの時は何となく察してしまって恥ずかしかったけれど。

 

 

 

――私は、トールのそんな表情が1番好きだった。

 

 

 

今の彼の表情はそれと同じだ。

 

彼が、異世界でどれだけ充実した日々を過ごすことが出来たのか、これ以上ない程に伝わってきた。

 

 

トールが無事でいた事が嬉しい。

 

また会えた事が嬉しい

 

以前よりも、明るい雰囲気を纏いながらも、芯の部分は変わっていない事が嬉しい

 

良い意味で成長している事が嬉しい

 

 

 

だが――

 

 

 

記憶を失っている事が悲しかった。

 

その成長が、自分とは関係のない場所で、関係の無い存在によるモノだと言う事が悲しかった。

 

思ってはいけない事なのに、彼が新たな仲間を得ている事が、悲しかった。

 

思ってはいけない事なのに、喜ぶべき事なのに、彼の幸せは私の幸せのはずなのに――

 

そんな、邪な考えを抱いてしまった。

 

だからそう、つい、ダメ元で、魔術が効かないとわかっていながらも、彼の記憶が戻らないかと、記憶が戻れば、今度はあの顔を自分に向けてくれるはずだと。

 

記憶を覗き込み、意識を共有する魔術を発動してしまった。

 

そう、ダメ元だ。効かないとわかっている。無駄だとわかっている。いや、効かないと思っているからこそ、魔術を唱えてしまった。

 

 

 

 

だからこそ、驚愕した。

 

 

 

 

魔術は成功してしまった。

 

 

 

モルガンの視点が彼の見てきたモノへと変化していく。

 

彼の、異世界での出来事が、彼視点で流れて行く。

概ね、映像と共に彼の語る内容と同じモノではあった。

 

 

違うのは、殆ど語られなかった彼自身の視点である事。

 

トニー・スタークがジョークを交えながらトールを揶揄う。彼の発する雷の研究をしているらしいが、軽快なジョークに笑う彼の温かな気持ちが彼を通して伝わって来る。

 

スティーブ・ロジャースと湖の周りをジョギングしていた。会話の内容は、ノイズがかかっていてわからないが、トールが、彼に相談事をしているようだ。スティーブ・ロジャースに向ける敬意が、彼を通して伝わってくる。

 

ソー・オーディンソンとトールが、襲い掛かる宇宙人の集団に、同時に雷撃を放つ。その姿は歴戦を潜り抜けた相棒のようだ。良くやったと、ソーがトールの肩を叩く。その頼もしさに心強さを感じるのを彼を通して伝わって来る。

 

他にも様々な人間や、宇宙人との交流が、流れていく。

 

トールがどれほどに得難い仲間を得たのかが、彼視点で体感してしまった。

 

それだけでは無い。

 

トールが摩天楼が聳え立つ街を歩いている。

 

すると街ゆく人が皆彼に声をかける。遠くの者は手を振り、近くのものは握手をせがみ、中には写真撮影を求める者もいる。

 

目線の先には、巨大なスクリーン。

トールの顔をモデルにしたであろうイラストが書いてある、菓子商品の広告映像が流れていた。

 

「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」

 

街ゆく人皆が彼に礼を告げ、彼を称えている。

 

それは一つの国に収まらず、星を超え、銀河を超えていく。

 

トールがどれほどに、異世界でどれだけの数の人、いや人のみならず、全ての生命体に好かれているかを彼の視点で体感してしまった。

 

 

嬉しかった。これ以上ない程に嬉しかった。

 

 

 

 

だが、これ以上ない程に、苦しかった。

 

 

 

そして、映像が切り替わる。

 

いつの間にか、そこには、見たこともないような美しい情景が写っていた。

 

美しい空、その空を征く船。

 

見たこともないような建造物。

 

巨大な黄金の宮殿。

 

妖精國においても、汎人類史においても、見た事のない、絢爛煌びやかな。まさしく絵に描いたような、理想の世界。

 

 

神の国アスガルド。

 

 

――色々事故があってさ、俺の知ってるソーがいた世界とは別の、並行世界のアスガルドに流れ着いたんだ。

 

 

北欧神話で語られるその世界。この異世界においては、真実地球の神話世界では無く、完全なる別の惑星である。

 

彼は、その世界でも記憶を失い。そして北欧神話の主神オーディンに拾われたと言うのだ。

 

彼の知るソーは生まれておらず。義理の息子として、迎えられたらしい。アスガルドで過ごした彼の話を耳にする。

 

ヨトゥンヘイムの氷の巨人との戦い。

 

スヴァルトアールヴヘイムのダークエルフ達。

 

ムスペルヘイムでの炎の巨人スルトとの和平交渉。

 

その他様々な戦いと出会いを体感する。

 

――そして、目の前に、神がいた。

 

黄金の玉座に座る隻眼の男性。

老人でありながらもその身体の逞しさには全くの衰えを感じ無い。ただの記憶だと言うのに、この身に刺さる圧迫感は、体感した事が無いものだ。

 

北欧神話の主神オーディン。

 

この世界においては宇宙人であるのだが、まさに神話の神と言われても納得するほどの力を持っている事は明白だ。

 

9つの世界を平定してみせた事で、オーディンからの賞賛を受け取るトール。

 

これ以上に無いほどの栄光を受け取る瞬間を、身を持って体感した。

 

そして映像が切り替わる。

 

次に現れたのは、金髪の美しい女性だった。

その顔を見たトールの心に暖かいものが広がるのを感じ取り、ほんの少し、嫌な気持ちになってしまった。この女は誰なのかと、暫し考えるが、名前を聞いて解決した。

 

オーディンの妻フリッガ。トールにとっては母親に当たるのだろう。

 

彼女の慈愛の瞳がこちらを射抜く。見られるだけで安心してしまうような母性。愛しい息子を抱きしめようと迫る彼女とそれを受け入れるトール。

 

体に感じる暖かさと胸の痺れをモルガンも体感する。

 

母の慈愛をその身に受けて、彼はこれ以上のない幸福感に包まれる。

 

そして暗転。

 

モルガンが読み取れる記憶はこれで最後だという事だ。

再び記憶をたぐり寄せる。

 

似て非なる、様々な場面が、流れてくる。

 

その一部には彼の体に関する研究なども含まれていた。

 

その他、何をどう手繰り寄せても、彼の更なる過去、自分と過ごした記憶に繋がらない。

 

モルガンの事を思う場面が、1つも見当たらない。

 

モルガンに後悔の念が襲い掛かる。見なければ良かったと、魔術を使わなければ良かったと。

 

彼から伝え聞いた話だけならば、こうは思わなかったかもしれない。

 

だが、彼の記憶を通して、身を持って体験してしまった今となっては……

 

 

 

――あなたは、もう自分の居場所を手に入れているのですね。

 

 

 

 

これ程の幸せは、きっとモルガン私には与えられない。

 

あれ程の美しい国を、あれ程の輝かしい栄光を、あれ程の数の称賛を、この妖精國で彼に与える事はできない。

 

今はもう、人理が、國中の妖精が、予言の子が、カルデアが、モルガンを殺そうと企てている。

 

 

 

 

だから――

 

 

 

意識が覚醒する。

 

今は彼の住まいの中。

 

彼は、記憶の共有の影響でテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。

 

魔術で体を強化し、彼をベットまで運ぶ。

 

成長した彼の寝顔は、あの頃の彼のようだった。

 

彼の頭を優しく撫でる。

 

そんなモルガンの表情は愛おしさと悲しみに暮れていた。

 

モルガンはその顔をトールの顔にそっと近づけ――

 

 

離れた頃には、妖精國の女王の、冷酷な表情に戻っていた。

 

 

魔術を解けば、そこはいつもの大広間。

 

モルガンは女王騎士を呼び、告げた。

 

「ウッドワスに伝えろ。件の人間。貴様の軍に入れる事は許さぬと。所詮異世界の来訪者。外様の人間をあてにするなと。敵対しない限りは放置せよともな」

 

一礼し、女王騎士が消えていく。

 

静まり返った玉座のある大広間。

 

冬の女王は、いつも1人。愛するブリテンが永遠に続く事を願っている。

 




感想、お気に入り登録ありがとうございます。
誤字報告も大変助かります。
お手間を取らせてしまい申し訳ございません。

筆者のPCの調子が良く無いので、ここ最近スマホ入力なのですが、不備はございませんでしょうか。気になる点有れば遠慮なくおっしゃっていただければと思います。

アンケート解答、ありがとうございます。

MARVEL関連に触れていない方も思ったよりもいらっしゃるようでして。
随所に出てくる用語やキャラクター等、ご質問あれば遠慮なくおっしゃってくださいませ。

感想、評価などなど、よろしくお願い致します。本当に励みになります。


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妖精騎士トリスタン③

感想、評価、お気に入り登録、誤字報告もありがとうございます。

本当に助かります。



「ああもう、ムカつく、ムカつく、ムカつく!!」

 

妖精騎士トリスタンにとっては、二度目の出会いだった。

 

城での会議の後、グロスターでのお忍びショッピング。

 

イライラしない相手に出会った。

 

だがその相手はあの『予言の子』だった。

 

グロスターのオークションでの魔術勝負。

 

結果で言えば敗北だ。

 

言い訳はいくらでも思い浮かぶし、あれが実力差だとも思っていないが、最終的にはムリアンに言いくるめられた。

 

嫌いなはずの妖精なのに、嫌な感じがしなかった。

トリスタンにとっては、無自覚ではあるが喜ばしい事だった。

そんな相手が、まさかの『予言の子』で、母である女王の敵対者。更にそんな相手に屈辱を味合わされたのだ。

 

落差というものは、その感情に更なるバイアスをかけるものだ。トリスタンは今、リフレッシュのためにグロスターへ買い物に出る前以上に不機嫌になっていた。

 

このイライラを晴らすものが今は存在しない。

 

ベリルはどこかに行っている。

 

国立殺戮劇場も、先日の件もあり使えない。そもそもとして気が乗らない。

 

そして、トリスタンはふと思い出す。件の国立殺戮劇場。あの騒ぎを収め、どこかへ去っていった男。

 

トールだ。

 

ウッドワスとどうやら交流があるらしいあの男。

 

その事に、イラつくような、そうでもないような。自分でもわからないえも言えぬ感情が湧き上がったのだが、そう。その話は別としてだ。

 

あの男も先程と同じ。あの予言の子と同じ。何故かイラつかない存在だ。

 

何も言わずに去っていったが、ニューダーリントンの騒ぎを納めてくれた。

 

あの時の頭の感触を思い出す。

 

見た目より大きな手だった。

 

温かい手だった。

 

優しい感触だった。

 

何だかずっと昔、誰かにおんなじ事をしてもらったような――

 

「ま、ティンタジェルなんて田舎。誰もいないだろうし」

 

雑な思考を振り払い、一人呟く。

 

それは自身への言い訳か。

 

同時にもう一つ()()()()()()()()()を思い浮かべながら女王モルガンから賜った水鏡を発動する。

 

空間を繋げ、どこへでも転移ができる。モルガンが用意する妖精國唯一の御業。

 

移動は一瞬。水鏡を通して、ティンタジェルへと転移する。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

眼を疑うとはこの事だった。

 

ティンタジェルに辿り着いた。

 

そこまでは予定通り。

 

辿り着けば、まさしくボロボロの廃村と言った体の風景だった。

 

だがそんな中にほんの一種、ほんの一瞬だが。

 

ここにいるはずの無い、姿を見つけてしまった。

 

(……今の)

 

いや、きっと間違いだ。こんな所にいるはずもない。

 

見えたのはほんの一瞬にも満たない、それこそコンマ1秒にも満たない時間だ。

 

脳が認識できるかどうか定かでも無いその一瞬。普通であれば、気のせいとすら思えない。

 

だが、トリスタンにとっては、誰よりも大きく、誰よりも大事な相手。

 

故にその感覚を無視する事は出来なかった。

 

今、この廃村に、自身の母親、女王モルガンがいた――気がした。

 

今はその姿も、残滓も、何も感じ取ることは出来ない。

 

万が一、いや億が一、気のせいではないとして、何故ここにいるのか?

 

まさかあのトールに会いに来たのか?

 

様々な理由がトリスタンの頭をグルグル回るが、考えすぎて知恵熱を起こしそうだった。

 

「……気のせいよね」

 

だからこそ、トリスタンは考えすぎて、頭がパンクする前に考える事を放棄した。

 

偶然か、廃村も規模が小さいとはいえ、建物は複数あるが、件の母親がいたであろうその場所に、一際小奇麗な建物がある。

 

トリスタンは手間が省けたと、トールはあそこにいるであろうと確信し、何の遠慮もなく、そのドアに手をかけた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だったのだろうか……

 

気付けばベットの上だった。

 

ハッキリと覚えているのは、オックスフォードで飲み明かして、頭痛を抱えたまま家に帰ってきた事。

 

そこから先の記憶が曖昧だ。

 

だが、そう、凄く劇的な何かがあった気がするのだ。

 

具体的に言うと、夢に登場していた女性が目の前にいたような。そんな感覚。

 

何せ起きる直前まで見ていた夢だったであろう。あの女性。今回は大分曖昧だったディティールが多少マシになっていたのだ。

 

――酔い過ぎて妄想が加速したか?

 

一応はと、家に仕掛けている侵入者対策のカメラや会話ログを起動するが、自身が帰った時、自動的ににプライベートモードになる設定にしていた事を思い出した。。トニーのラボで手伝いをしていた際、メカニックとしての腕もメキメキと付いていた為、自身が開発し、取り付けた機能。残念ながらそれが裏目に出てしまった。

 

記録は何も残っていない。トニー辺りだったら、実は録画はしていて、強固なプロテクトで、本当にいざという時だけ観れる。みたいな機能を付け加えていたかもしれないが、残念ながらその発想はトールには無かった。

 

これといって誰かが出入りした形跡もない。

 

だが、この胸に疼くものは何だろうか。

 

あと少し、あと少し何かがあれば何かのきっかけで、わかりそうなものだが。今は全く心当たりがない。

 

とりあえず、頭痛は消えたが、まだアルコールが残っているような感覚があったので、水を飲む。

 

1日経てば大体酒は抜けるはずだが、何というか体が重い。

 

まあしょうがないと、思いながら水を飲み干す。

 

肝心なのは夢の美女だ。いや、考えたところで答えは出ないのだが、モヤモヤは晴れない。

結局何だったろうと思考の海に埋没しそうになったところで、玄関の外から、足音が一回。

 

そう、一回だ。歩いて来た。と言うよりは、空から現れて着地した。という感覚の足音だった。

 

空中に手をかざす。外に仕掛けたカメラの映像が空中に映し出される。

 

そこに、見覚えのある姿を見かけて驚愕した。

 

何故?

 

と疑問を抱きつつ、玄関のドアを開ける。

 

「あ――? お前、なんで気づいたんだ?」

 

赤い髪に赤いドレス。全身これ以上ない程に赤に彩られた。

 

レディ・スピネル――妖精騎士トリスタンがそこにいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、どうぞ」

 

「狭いけど、センスは悪くないじゃない」

 

なんだか失礼な事をのたまう少女。

 

彼女の毒舌はいちいち気にしていたらキリがないので、スルーする。

 

というよりむしろ最後の言葉によって相当に褒めてくれているんだろうと解釈した。

 

その程度を把握するくらいには彼女の事を理解しているつもりである。

 

なぜここに来たのかとか、なぜこの場所を知っているのかとか、いろいろ聞きたいこともあるが、正直なところ気まずかった。

 

何せ、ニューダーリントンの国立殺戮劇場にて、モース人間を片付けて後は放置。などという中々最低な去り方をしてしまったのだ。

 

トールにとってトリスタンは自身を蔑ろにしてきた妖精達の中で初めて親切にしてくれた妖精でもあるが、

國の妖精を好き勝手に殺しまわっている悪女でもある。

その二面性や、女王の娘であるという事実に、少なくとも今、記憶を失い、さらに度重なるループの影響の結果。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という自身でも理解出来ていない思考の誘導によって、トリスタンはの関わりに躊躇いをもたらしていた。

 

とは言えだ。そんな遠回しの思考の誘導程度で、この國で1番最初に親切にしてくれた恩人を追い出すという選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

やはり、女王の娘という所か。

 

口から出る言葉は汚いの一言に尽きるが、トールが差し出した紅茶を飲むその姿には気品があった。

 

全身赤と派手さは目立つが、その容姿に関して言えば、女性にしては高身長なのもあって、口を開かなければ、貴族のご令嬢や王族と言われても全く違和感はない。

 

そんな彼女をじっと見ながら考える。

この妖精國の彼女の評判は最悪だ。オックスフォードでウッドワスと、少しだけ彼女の話になったが、國中の誰もが、彼女が女王の娘である事に疑問を持っているらしい。

その影響で、女王への忠誠を失うものもいるとか。

会議中に気に入らないからと官司を殺す事もあるとのことだ。

妖精は子供を産まない。故に何処からか突然連れてきた下級妖精が娘として次期女王になるなど、あり得ないとされ。更にその妖精が残虐性を備えているとなると……

 

結果は今の妖精國の予言の子ブームがそれを物語っている。

 

女王はそんな蛮行もウッドワス曰く『家庭の事情』という事で済ませているらしいが果たして、どういう意味なのか……

 

「――おい、何ボーッと見てんだよ」

 

と、じっと見ていたせいか、訝しげに声をかけられた。

 

「いや、本当に女王の娘なんだなーと思って」

 

「何だよ、今更ビビったってワケ?」

 

「いや、改めて関心してるんだ。会った時は気づかなかったけど、佇まいがちゃんとしてるから」

 

それが正直な感想だ。

 

彼女、口は確かに悪いが、その姿勢から動作に至るまでの所作一つ一つは確かに優雅で華麗である。

 

前の世界での都合上、こういった上流階級の連中を良く見てきたが、まったくもって劣る事はない。

 

「ふ~ん……見る眼はあるってわけね」

 

「で、なんでここに?」

 

「まさか、この間、何にも言わずに出てったから捕まえに来たのか?」とは言わなかった。

わざわざこちら側の不利になるような事をほじくりかえしてもしょうがない。

 

「この間の、件よ、その、ニューダーリントンの……」

 

と思っていたらまさしくその話題だった。

 

まさか、勝手に出てったことを責められるのか?

 

(というか俺、一応罪人としてあそこに送られたんだった……)

 

肝心な事を忘れていたと、内心で焦りながらも次の言葉を待つ。

 

出方次第では、この家のありとあらゆるギミックを使って、脱出せねばなるまい。

 

と、一人、神経を研ぎ澄ませていたら。

 

「その……礼よ、礼。お前、そのままどっかに行ったから礼の言葉も言えてないと思って」

 

そんな、意外な事を言い出した。

 

そちらの方かと、ひとつ安堵したところで、礼なんていらないと答えようとしたところで、

 

彼女はおもむろに立ち上がり、スカートの裾を上げた。

 

「我が、ニューダーリントンを救っていただきありがとうございます。異邦の国の王子、トール様。

ブリテンの女王の娘として、改めてお礼申し上げますわ」

 

それはあまりにも優雅なカーテシー。

 

そこにいるのは、グロスターでトールを振り回した我儘で口が悪い令嬢では無く、

 

間違いなく、女王の娘であると納得できる気品と優雅さを兼ねそろえていた。

 

そして何より、その礼の言葉にはその、たたずまい以上の真摯な思いを感じ取った。

 

自身の知る人間に比べれば、自分勝手なのが妖精だ。

 

だが、彼女のそのお礼の言葉は、あるいは、トールの知る異世界の善人達以上に、心に響く礼の言葉。

 

それはきっと、その佇まいのみが理由ではない。

 

 

『ありがとう魔女様、改めてありがとうトール様——』

 

 

そして同時に、トールの頭に一瞬だけよぎったビジョン、それは無意識下のもので、本人は自覚すらしていない。

 

だが、そのビジョンが、間違いなく。トールの心にその礼を響かせた。

 

そんな理由もあって、惚けていたら、

 

「さ、これで貸し借りはなしという事ね。ホラ、今日はすっげぇイライラする事があったしすっげぇ退屈だったんだよ。とっとと私を持て成せよ、奴隷君?」

 

全てを台無しされてしまった。

 

思わず苦笑いの表情を作る。

 

なんだか、その落差がむしろ、彼女の個性という風に感じられ、そんな姿が面白くも可愛らしいと思ってしまった。

 

なんとなく予想していた部分もあった事だし、むしろ外行き用の以外な姿を見せてもらえたという事で、得をしたと思う事にする。

 

彼女のエスコートは経験済みだ。

 

トールは考える。

 

確かに彼女は、妖精國の嫌われ者で、残酷で、悪の権化みたいな存在なのだろう。

 

だが、自分にとっては口が悪いだけの、むしろ、自身の知る妖精、先日持て成してくれたウッドワスよりも、素直な性格だと思っている。

 

妖精國では悪魔でも、自分にとっては、生意気だが、どこか、優しくて、かわいらしい少女にすぎない。

 

だから、せめて、そういった色眼鏡なしに、彼女に付き合ってやろうと、改めて心に決めたのであった。

 

それは、トールの懐の広さというよりは、無自覚な過去の出会い故なのかもしれない。

 

だが、それは確かに、今のトールにとっての決意であり、心からの誓いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・トリスタン
トールによって、イラつかない相手に対し、本編よりも良い印象を持っていただけに、キャストリアとのやり取りでイラつきは倍増。

謹慎命令も、そもそもグロスターにお忍びで行った時点でバレなければOKのスタンスだったので、お礼を口実にストレス発散の為トールに会いに。

・トール
モルガンとのやり取りはほぼ記憶に無し。
ただ、何らかの影響を受けてはいる状態。



大筋はもちろん変わらないのですが、

各ルート。口調等、ちょくちょく変更を加えている途中でございます。

そのついでに若干の台詞回しや、展開の順番を若干変更したりしております。


展開に矛盾が出るほどの変更はしておりませんが。違和感を感じた際は、遠慮なくご指摘していただければと思います。

今後もよろしくお願い致します。


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Interlude〜アスガルド〜

 

 

 

 

 

 

 

それは、あまりにも美しい黄金の宮殿だった。

現実とはとても思えない。

物語でしか見ないような常軌を逸した佇まい。

 

その内部。数万人は収容できるであろうホールに、巨大な黄金の玉座があった。

 

そこに、黄金の鎧を来た老人が鎮座している。その正面、謁見をする者が跪くその場所に、青年が一人。

 

玉座のそばに常駐している近衛兵もおらず、巨大なホールには老人と青年の二人のみ。

 

「トール・オーディンソン」

 

ただ、青年の名を呼んだだけ。

だというのに、老人と判断するにはあまりにも強いその圧力は、見る者が見れば、溢れ出る力を感じ取るだけで気を失いかねない程である。

 

それもそのはず。

 

老人の名は、オーディン。

 

北欧神話における主神、全能の神。数十万年の時を生きる文字通りの神である。

 

そして、そのオーディンに呼ばれた青年が、トール。

 

彼こそが雷の神とされる、戦神であった。

 

 

 

 

 

 

ただし、それはあくまで北欧神話の中の話ではあるが。

 

 

 

 

 

 

その2人。間違いなくオーディンとトールと言う名であり、2人のいるこの地アスガルドも、間違いなく北欧神話で語られている舞台の名と同一のものである。

 

北欧神話における神の国アスガルド。この世界においては、真実物語の中の世界ではない。

地球の外、宇宙に数多存在する惑星の一つである。

 

過去、氷の巨人が地球を侵略せんと迫り、それを阻止したのがオーディン。戦場は地球となり、その争いの中、アスガルドの民と交流した地球人が神話として広めたのが、この世界における北欧神話。

 

 

 

 

トールは今玉座の前に跪き、父であり王でもあるオーディンの言葉に耳を傾けていた。

 

「我が世継ぎ。血を分けた唯一の息子よ」

 

トールに放つオーディンの言葉は、重苦しくも優しい雰囲気を携えていた。

 

「改めて感謝いたします父上。この星に迷い、死にかけていた私に血を分け与え、命を救っていただいただけでは無く、息子として迎え入れて頂いた」

 

それは、トールにとって心からの感謝の言葉。

トールはオーディンに対し、返しきれない恩があった。

 

「お前は見事、混沌と化した9つの世界を平和に導いた。その功績を思えば、恩に報いる以上の事をやってのけている」

 

そのような事情を分かったうえで、オーディンは優しくトールに告げる。

その表情は9つの世界を収める王ではなく、全能を誇る神でもなく、間違いなく優しい父の姿だった。

その言葉にトールは頭を上げ、「恐れ入ります」と告げながら()()()()であるオーディンと視線を合わせる。

 

炎の巨人(スルト)を封印でもなく、殺すでもなく、諭すとはな」

 

「『賢い王は決して好んで闘いなどしない』父上の教えです」

 

「……お前は、出会った時から素直で、勤勉で、賢く、儂に逆らう事は一度も無かった」

 

満足そうなオーディンの表情。対する青年、トールはその緊張を崩すことは無い。

次の言葉で窘められることを予想していたからだ。

 

「だが、『戦う覚悟も持っておけ』とも教えたはずだ。ダークエルフ『マレキス』。何故、兵士も連れず、ハンマーも持たずに奴と対峙した? あと少しお前の判断が遅れていれば、お前の命どころでは無い。宇宙そのものが永遠の闇に染まるところであった」

 

オーディンはすべてを肯定するわけにはいかないと、トールに厳しい言葉を投げかける。

 

「ダークエルフは宇宙が生まれ出ずるより前から存在する種族。あやつらの宇宙への憎しみは、話し合いで変えられるほど浅くはない。お前のその甘い考えのようにな」

 

「……返す言葉もございません。父上の助けが無ければ、アスガルドは、宇宙は滅びておりました」

 

「お前は、このアスガルドの王となるのだ。9つの世界を収める王として、宇宙を守り続ける責任と義務がある。非常な判断を下さねばならぬ時もある」

 

その言葉に、トールはオーディンと交わしていた視線を外し、再び頭を垂れた。

 

トールが今この場にいる目的はオーディンと昔話をするわけでも、こうして9つの世界を平定したことへの謝礼の言葉を受け取る為でもない。

まさに王位を継ぐことに関する話。その話題こそが目的である。

 

「父上――「以前は――」」

 

言葉を発しようとした瞬間、

トールの言葉を遮るオーディン。トールはその圧力に屈し、言葉を続けることができなかった。

 

「以前は、そうでは無かった。お前は敵を前に無手で向かうような無謀なことはしなかった」

 

責めるようなオーディンの言葉の中にはどこか悲しさが滲んでいた。

 

「儂の教えを破ることが無かったお前が、利口だったお前が、何故そのような行為に及んだ? 我が息子よ」

 

それは、純粋な問いでは無い。

既にオーディンの中で答えは出ている事は明白だ。これはいわば確認作業。

それがわからない程トールは決して鈍くはない。ごまかす事は不可能だ。

 

「……記憶が、戻りました」

 

「……そうか」

 

オーディンは、溜息をひとつ。

驚くことも無い。わかっていたとでも言いたげな表情。

息子の記憶喪失という障害が一つ回復したのだ。本来であれば喜ぶべき事ではあるが、その溜息は当然ながら喜びの動作ではない。

 

「お前の無謀な行動も、記憶の中の経験によるものであるという事か……」

 

「……否定はできません」

 

 

先の会話にあるように、彼はオーディンの本当の息子でもなければ、北欧神話の雷神トールでもない。

その正体は、妖精國平定の為、モルガンと共に妖精歴をかけぬけ、そして妖精に裏切られ、死んだと思われていた。ロンディニウムの幻の王。別名ロット。別の世界の存在である。

 

彼は、とある事情によって、妖精國でもない汎人類史でもない、言ってしまえばこのアスガルドでも無い、別の世界へ転移したのだが、妖精國ブリテンにおいて女王となり、汎人類史のクーデターによって混乱した妖精國と、その混乱によって暴徒と化した妖精達からモルガンを救うため、妖精國へと帰郷しようとするために、様々な方法で異世界への転移を挑戦していた。

その過程での転移事故により、トールは記憶を失い、転移による時空の歪みなどによって、死にかけた状態で偶然アスガルドに転移したのだ。

 

記憶を失い、死にかけていたところを、オーディンに拾われ、何かを感じたオーディンの血を輸血され、生きながらえた。

それがこのトールである。

 

そしてこのアスガルド、トールの知るアベンジャーズの雷神ソーのいたアスガルドとは違う。並行世界(マルチバース)のアスガルド。雷神ソーが生まれず、代わりにトールがその位置に着くこととなった。世界。

 

言われ、トールは様々な事を思い出す。

 

とある男の『時には話し合いが最も強い武器になる』という言葉。

これもまた、異世界転移の折に訪れたもしもの世界(What If)で、出会った男の言葉である。トールの知る世界ではとある国の王であったその男は、その世界では、宇宙盗賊の一員。だが、別世界であろうと、その男は生まれながらの王であった。

その人柄、その信念、その心の強さに変わりはなく。むしろ、その気質が故に宇宙に多大な影響を及ぼした。

 

自身の知る宇宙で、全ての生命体を半分にするという大虐殺を実行した存在を、見事懐柔してみせたのだ。

 

トールにとって、アベンジャーズのヒーローも、その王も、その世界、マルチバース含めありとあらゆる人間が尊敬に値する人間であり、トールもまたその男の生き様からさまざまな事を学んだのだ。

 

炎の巨人(スルト)との対峙。もちろんオーディンの教えも偉大であり、学ぶべきものであり、スルトとの対話に役立つ要素は多々あったが、最後の最期、スルトの一撃に怯えずに立ち向かえたのは、その王の言葉が、他の偉大なヒーロー達からの学びが、支えになったからだ。

 

そして、彼女を――()()()を思い浮かべる。

親に虐げられ、國に虐げられ、世界に虐げられ、居場所を無くした彼女達。

誰よりも大切な女性。

 

ダークエルフ。彼らもまた彼女達と同じだ。

宇宙そのものが誕生した事によって、住処を奪われ、世界から虐げられた、ある意味での犠牲者だ。

 

そんな相手を前にして、彼らを悪として断罪するなど、トールには簡単には出来なかった。

 

だからこそ、その学びを活かし、スルトの様に手を取り合う道を諦めなかった。だが、現実はそこまで上手くいくとは限らない。

そのような理想を求めた結果、自身の命だけでなく、恩人を、恩のある国を、世界そのものを滅亡させるきっかけとなりかけた。

 

結果から言えば、オーディンの助力と、何よりも彼らと世界を天秤にかけ、世界を選び取った自身の選択によって、ダークエルフの長マレキスは、死亡した。

 

その事実に苦い感情を募らせる。

 

「そう、怯えるでない。先も言ったであろう。過程はどうあれ、お前は9つの世界を見事平和にしてみせた。その功績を称えるとな」

 

厳しい態度を見せていたオーディンだが、その言葉と共に優しげな雰囲気をまた纏う。

 

だが今は、そんなオーディンの態度に対して、トールは素直に安心する事が出来なかった。

 

「父上、改めて、私の――()の話を聞いていただきたい」

 

その心情を知ってか知らずか、オーディンの表情が、今度は悲しみへと染まる。

 

ああ、きっと目の前の全能の神にとって、自分の思惑など、筒抜けなのだろう。

後悔もある。無責任だと糾弾されるだろう。あるいは殺されるかもしれない。

 

「父上、俺は、王座へ着くことは出来ません――」

 

何せ、これから、そんな父親を、大切な母を、大切な国を、世界を、裏切るのだから――

 




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トリスタン④

二度と、着る事は無いと思っていた。

 

この戦装束(スーツ)を着るのはあの時以来だ。

 

当時はそんなつもりはなかったが、結果的には自身もヒーローの一人として、世間に認知されるようになったあの闘い。

 

そのスーツは一人の男のアイデアで用意された一品だ。

 

正直な所、そのデザインは好みでは無かったが、その男の()()()()()()()()()()()()()()という説得に、首を縦に振らざるを得なかったのだ。

 

あれ以来、マスクも破れ、外した為、顔も認知され、顔を隠す必要性も感じなくなったため、着たのはあの時の一回のみ。再びコレを着る事になるとは夢にも思わなかった。

 

この緊張感はあの時以来かもしれない。

 

ジッパーを閉め、装備が完了。

 

ドアの先は戦場。これは名誉を掛けた戦いだ。

 

自分に名誉など相応しくないと思っていた時もあった。ヒーローと名乗る等おこがましいとも思っていた事もある。だが、そう思ってくれている人達がいるのもまた事実。

 

故にその思いを無視することもまた自分にはできない。

 

鏡に映る自分の姿を見ながら、心の準備をする為、一度深呼吸をする。

 

息を吐き切った事で意識を落ち着かせる。

 

そして、意を決してドアを開けた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「うっわダッサ!!」

 

汚い言葉の割には酷く楽しそうだった。

 

赤い髪に、全身真っ赤なドレスに包んだ美少女。

 

妖精騎士トリスタン。妖精國ブリテンの女王、モルガンの娘であり、数多の妖精をその力や権力を用いて虐殺してきた危険な存在でもある。

 

そんな彼女は、その気性に似合いの嗜虐的な笑顔を浮かべていた。

 

「アッハハハハ!ほんとダッサ! 何それ? そんな恰好で人前に出てたって言うの!? く、くふっ……! ダメ! やっぱり我慢できない! アハハハハハ!」

 

 

その対象は目の前にいる青年だった。

 

全身下から上まで、体のラインに沿うようなピチピチのスーツに包まれており、彼の鍛え上げられた肉体を余す事なく映し出している。

 

色は全身が真っ赤に染まっており、胸の辺りに稲妻のマーク。

 

頭は顔を隠すようにマスクがあるが、口元や目元が出ている辺り、隠しきれていないと言うのも事実。

 

外観の美醜の価値観は人によると言えるが、妖精騎士トリスタンにとっては先の言葉以上の感想は出なかった。

 

そして、その言葉に、強く反論出来るほど、青年はこの格好にセンスを感じているわけではなかった……

 

「そこまで笑う事ないのに……」

 

愚痴りながらスーツを脱ごうとする青年の名はトール。

 

妖精國ブリテンの端、廃村となった潮騒のティンタジェルに居を構える。異世界から来た存在である。

 

「まって!待てって! 脱がなくていいじゃない! その格好すっごく素敵よ、面白くって! 記憶に残しておきたいから今日はその格好でいなさい!」

 

「嘘だろ……」

 

 

紆余曲折あり、縁が出来たトールとトリスタン。

 

きっかけは色々あるが、結果としてトリスタンに懐かれたトールは、こうして、気まぐれに遊びに来るトリスタンをもてなしていた。

 

トリスタンは自身の管理するニューダーリントンにて謹慎を命じられているらしく、噂がたつため大っぴらに歩けない。暇つぶしとストレス発散の為、割と頻繁にトール以外存在しないこの町の住居に度々来ているのだ。

 

トリスタンは異世界――彼女曰く汎人類史と言うらしいが多分違うという事を説明しておいたが――に興味深々で、それこそトールが持ち出した、映画やら本やら、食べ物やらを嗜んでは、退屈を凌いでいる。

 

文字の類も最初は読み取れなかったが、銀河規模の翻訳機を雑誌そのものに適用させ、彼女にも読めるように変換させている。

 

トールは翻訳機を体に埋め込んでいるが、流石にトリスタンの身体をいじるのは憚られた。

 

前からわかっていた事ではあるが、やはりトリスタンは特にファッションの類。やはり靴がお気に入り。

 

度々トールの家に来ては、ソファに寝そべり、菓子を摘みながらファッション雑誌を嗜んだり。映画を見たり。

ファッション映画と言えばで、トールが思い浮かんだのが『プラダを着た悪魔』だが、映画の内容にはピンと来なかったらしいが、見目麗しいさまざまな服の数々には大層感銘を受けてくれていた。

映画本編よりも、そのパッケージの、ヒールが悪魔の持つ三叉の槍になっている靴に1番の関心を示していたのは何とも言えないが。

兎にも角にも、寛いでくれてはいるようだ。

その寛ぎ具合。他人の家とは思えない程である。

 

その様は普通の少女のようで、気まぐれに妖精を虐殺するという事実を全く想像出来なかった。

 

そんな中、トールがこのピチピチスーツをお披露目する事になったのは、トリスタンがそんなファッション雑誌を読んでいた時である。

 

 

***

 

 

「ねぇ……」

 

ソファに寝転がりながら菓子を摘み、雑誌を読む彼女。

トールは、そんな彼女に紅茶を出そうと、ティーカップを用意しているところだった。

 

「これってアンタでしょう?」

 

厭らしい、ニヤニヤとした表情で雑誌を見せるトリスタン。その広告ページの端に、とあるスーツを来た青年の写真が写っていた。

 

そう、確か、NYでの宇宙人の侵略以来、ヒーローと持て囃され、地球を守る象徴として、人々を安心させる為の広報活動という名目でフューリーに命じられて受けた仕事だ。ちょっとしたインタビュー記事。

大きな写真にはスーツを着たトールが写っており、横の写真にはトールの素顔が載っている。

顔を隠すためのスーツのはずだったのに、全く意味を成していなかった。

 

そう、それは、あの時の、一応は顔を隠すと言う名目で着た、全身真っ赤な、恥ずかしいあの――

 

「い、いや……人違いじゃないか? た、他人の空似ってやつだろ。うん。間違いない」

 

判断は早かった。

トリスタンの嗜虐的な表情。間違いなくこちらを揶揄うつもりだ。

 

あの程度のサイズの写真なら誤魔化せる。

これはシラをきっておくべきだ。

 

「お前、嘘下手すぎだろ」

 

「……」

 

トリスタンは言いながら立ち上がり、勝手知ったるなんとやらで、リビングの箪笥をおもむろに開け、ゴソゴソと漁り始めた。

 

――そういえば、服や靴に興味津々と言う事で、初日から人ん家の箪笥や靴箱を漁りまくってた事を思い出す。

 

同時に何があそこに入っているかも。

 

「これ、何だろうなぁ」

 

ニヤニヤとしながら両手に広げるのは、間違いなく、あの時着ていたスーツだった。

 

 

 

***

 

 

トリスタンの"命令"によって“フラッシュ"と言われていた時代のスーツを着させられ、1日過ごすことになった。

 

自身の姿を久々に鏡越しに観察する。

この衣装で戦った時が、ヒーローとしての初めての戦いであり、『Avengers』のメンバーとして世界に認知されるようになった出来事でもあった。

 

あの世界(バース)のアスガルドの第2王子ロキ。彼がチタウリという軍隊を連れ、地球への侵略を開始した。

それに対抗する為、集まったのがアベンジャーズ。

 

正確に言えば、元々、アベンジャーズ計画は頓挫していたのだが、ある出来事をきっかけに、バラバラだったそれぞれの強者は、チームとなった。

 

それまでは、SHIELDのエージェントとして、各地を回り、フューリーの命令という名目で、妖精國に戻るための手段を探していた裏方役だったトールも例外では無い。

 

あの戦いを思い出す。

 

そしてその後のあの世界での出来事も。

 

トリスタンには笑われてしまったし、お世辞にも良いセンスとは言えないが、わざわざ妖精國に持ち込むほどには、思い入れがあるスーツ。

 

鏡越しにそんな姿を見て、色々と思い出に耽りたくなった。

 

トールは、3Dホログラムが浮かび上がるテーブルについて、何となく、過去の資料を閲覧し始める。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

デザインを揶揄うのも飽きたのか、時折見ては、クスクス笑う程度に大人しくなったトリスタンはソファーに寝そべりながらファッション誌に目を落とす。

 

トリスタンとしてはもうちょっと恥ずかしがって欲しかったのだが。思ったよりも反応は薄い事を残念に思いながらテーブルに付いて何やら、空中に浮いている半透明の何かを弄る彼を見る。

 

最初は恥ずかしがっていたくせに、今の彼は、何処か誇らしげで、だけど、何処か哀愁を漂わせていて。

元の世界に何か思いを馳せているのだろうかとトリスタンは考えた。

 

「ねえ……」

 

「ん〜?」

 

「あなた、前の世界じゃ、セイギのミカタでヒーローだったんでしょう? それにどこかの国の王子様……」

 

 

雑誌にあった記事を読む限り、侵略して来た怪物達を追い返したヒーローであり、ウッドワスの報告通りであれば、とある国の王子様。それがトリスタンの掴んだトールの情報。

本当はもっと複雑なのだが、トリスタンには知るよしもない。

 

「あっちの世界じゃ、チヤホヤされてたんでしょう?」

 

「ん? まあ、そうかな……」

 

トールの表情が懐かしい物を思い出す様な表情に変わっていく。

 

「その、お前のいた国はどんなところだったのよ。アフォガードってところは……」

 

それは純粋な疑問だった。

 

「アスガルドな。まあ、ホント、凄い国だったよ。黄金の宮殿に色んな魔法。豪華な鎧の兵士達。ちょっと血の気は多かったけど、皆良い人達で……」

 

訂正を挟みつつ始まったトールの話は、まるで物語のようだった。

 

宇宙の全てを見つめることができる門番。ヘイムダル

ありとあらゆる世界へ移動することができる虹の橋ビフレスト。

 

万物を凍らせる氷の巨人。

世界を覆い尽くす程に巨大な炎の巨人。

宇宙を破壊できるほどの兵器を作る鍛治氏(ドワーフ)達。

 

懐かしそうに語るトールに、トリスタンはそこはかとない羨ましさを感じつつ、質問を進めていく。

 

「お前の、お母様はどんな人だったの?」

 

そこがある意味1番気になるところだった。同じ王の子供という立場。どういった交流をしていたのか。

 

「母上……そうだな、アスガルドの王妃で、魔女って呼ばれて恐れられてもいたけど優しくて――」

 

「魔女……」

 

トリスタンは思わぬ共通点に眼を丸くする。

魔女、目の前のこの男の母親も魔女と呼ばれていたのか。

 

「キチンとした人だった……死にかけた俺を拾ってくれたのは父上で、俺は父上の血を分けてもらったおかげで生き長らえて、強い体ももらって……王の息子と言う立場ももらって……闘い方なんかは父上が教えてくれたけど、世話をしてくれたのは、母上だった」

 

「拾われた……」

 

妖精は自然発生する存在であり、親子関係というものは、人間のそれと異なるが、拾われたと言う意味では、また一つ共通点があった。

 

「まあ色々あったんだ……トリスタンも?」

 

「……まあ、そうね。私もお母様に拾われて妖精騎士のギフトをもらったの」

 

そう説明するトリスタン。だがどこか歯切れが悪い。

それは、拾われる以前の記憶が殆ど無いからか、トール程語る事が出来るほど交流がない故の劣等感からか。

それはトリスタン自身にもわからない。

だから、自身の事を語ることは憚られた。

 

「私の事よりもお前だよ。それで?」

 

「……そうだな、母上は、俺にちょっとした魔術を見せてくれた。花をカエルに変えたり、水から花火を出したり」

 

「花火……?」

 

この汎人類史を含めたこの世界において、花をカエルに変える魔術などというのは、ちょっとしたでは済まない技術ではあるが、妖精にとってはその限りでは無い。ため、トリスタンにとって、興味が湧いたのは花火の方だった。

 

「俺は、アスガルドの魔術の才能はそこまで無かったんだが、母上は根気強く教えてくれて、これだけは出来るようになった……見る?」

 

優しい笑顔で伺うトールに、トリスタンは無言で頷く。

 

ソファに寝そべるトリスタンにむけて、右手を向けて掌を開く。すると掌の上から水面のような魔力が広がり、そこから花火が上がる。

 

「綺麗……」

 

打ち上がる時のヒュルルルという音から、花が開く時の爆発音まで再現されており、それがそのまま手のひらサイズになっていて、可愛らしさも兼ね備えている。

トリスタンは、その被虐的な性質も忘れ、素直に見惚れていた。

 

「母上は、信用されたいと思えるような人だった……」

 

花火を仕舞い込んだ後。そう語るトールの表情は、嬉しさよりも寂しさの方が勝っていて、トリスタンもそれに気づかない程鈍くは無い。

 

拾われて、王族になって、魔術を教わってと、共通点が多いとトリスタンは感じていた。

違うのは、その関係性。トリスタンは母であるモルガンを愛している。心の底から愛している。

だが、そんな母とは、ここ最近は特にだが、まともな会話すらできていない。

そして、魔術を教わり、妖精を虐殺する事で褒められながらも、明確な愛というものを実感できていないトリスタン。

だが聞く限りトールは違うようだ。

彼の語るトールに対する母の態度は、ある意味では、トリスタンの求めているそれだった。

 

嫌われ者のトリスタン。

妖精國のどこにも自分の居場所は無く。

自分を保てる理由は、女王の娘であると言うことだけ。

そんな女王からの愛も、ベリル・ガットによって、説明されることでようやく実感できる程。

 

対してトールは、誰もが彼をヒーローと称し、アスガルドという国では、母と父から愛を受け。皆から愛されている。

 

そんな立場を捨てて、この世界にいて、こんな誰も近寄らないような田舎で1人住んでいる。

それが理解できなかった。

 

「そんなに大切にされてたのに、なんで、ここに来たの?」

 

彼が、事故でも、妖精に拐われたわけでもなく、自分の意思でこの妖精國に来た事は既に聞いている。そして、もう元の世界に戻れない事も。

ただ、理由までは聞いていなかったのだ。

 

そんなトリスタンの質問を受け、テーブルの上の何かを弄る手を止め、トールは考える仕草を見せる。

 

その表情には哀愁が漂っていて、

 

「わからない」

 

「ハァ? 何だそれ……」

 

その答えも、不思議なものだった。

 

「いや、大切な何かがここにあったってのは覚えてる。その為にここに戻ってきたのも覚えてる。でも肝心なその何かが思い出せないんだ……」

 

「マジか。なんで、そんな肝心な事忘れてんだよ……迂闊すぎだろお前、ここに来る時に異世界に脳味噌でも忘れてきたんじゃねーの?」

 

いつもよりずっと暗いトールの態度。トリスタンとしては、()()使()()()()()()()。トールが偶に吐き出すジョークをトリスタンは学んでいた。少し、暴言により過ぎているきらいはあるが。

いつも通り、困ったような表情をしながら、そのジョークに笑って元気に言い返してくるトールを予想していたのだが、彼の反応は今までと違っていた。

 

「……そうだな。記憶を失う可能性があるって事はわかってて。それでも俺なら大丈夫だ………なんて思い上がってた……具体的な内容は思い出せなくても、思い出すための努力は欠かさずに突き進んでいける。みたいなこと考えてた――と思うんだけどな」

 

端末の上にあった、立体画像。

さまざまな人物が浮かび上がるそれを愛おしそうに眺めていて。

 

「今じゃ、やる気も出なくてな……」

 

おちゃらけた口調。だがその表情は

 

「本当に、俺は何でここにいるんだろうな……」

 

深い悲しみに満ちていて、泣いている様に見えた。

 

トール自信なぜこんなにも自信が怠惰な感情になっているのかが理解できない。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思う程に理解できないのだ。

 

「まあ、脳味噌をどこかにやったってのも、本当かもな?」

 

トリスタンのジョークに、被せて返すが、やはり覇気はない。

自分が自分では無い感覚。だからこそ、そう言ったことに関して落ち込みを見せていた。

 

「ふーん……」

 

トリスタンはそんな良い返答も浮かばず、トールから目を逸らし、再び雑誌に目線を落とす。そこで会話は終わる。

 

トールはそのまま、ひたすらにアルバム画像を閲覧し、トリスタンは雑誌を捲る。

 

ペラペラと紙の擦れる音だけが響く室内。

 

雑誌の内容に集中できない。

視線に入れなくともわかる程の落ち込み具合に、トリスタンは自身でも理解できない感情を抱く。

 

(何かわからないけどイライラする)

 

妖精などに対するイライラとはまた違う。

落ち込んでいる彼を見ると、その感情がさらに大きくなる。

イライラの原因であるはずなのに排除する気にはなれない。

それに戸惑いつつ、トリスタンは雑誌を閉じて、寝転んでいたソファから降りる。

 

テーブルをいじりながら椅子に座るトールを蹴り飛ばしてやろうかと、()()()()()()()()()()()をしようとしたところで。

 

ガツンと、足に鈍い痛みが響いた。

 

「いっっっっ!!!」

 

トリスタンの叫びにトールが振り向く。

見れば、ソファの側、アタッシュケースが明らかに邪魔になる位置に置いてあった。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「ンなわけねーだろ! 変なところにこんな邪魔な置くんじゃねーよ!! 第一なんで、靴を脱がなきゃならないのよ!!」

 

 

涙目になりながら、トリスタンは、最初の頃、一度強く拒否した、靴を脱ぐというルールへの不満を再びぶつけながら、そのアタッシュケースに足裏を乗せて、勢いよく押しのけた。蹴り飛ばさずに、押し込む形にする辺り、相当に痛かったようだ。

ケースはそのまま壁にぶつかり、跳ね返る事もなくそのまま部屋の隅に追いやられた。

 

「……は?」

 

それを見て固まるトール。

 

「あ?何だよお前。悪いのはここに置いたお前だろ?」

 

ありえない物を見たようなトールの表情に不機嫌さを隠そうともせず睨むトリスタン。

 

「い、いや、どかしたことに文句はないと言うか……え、今……どかしたんだよな……? 妖精の超能力使ったとかじゃ無いよな?」

 

「何わけわかんない事言ってるんだよ」

 

ぶつぶつ何事か呟くトール。先程の暗い雰囲気も消えていた。自覚なくトリスタンは、深い呼吸を一つ。

それはまるで安心した時の一息のようだった。

 

足の痛みも無くなり、未だぶつぶつ呟くトールに

構わず、トリスタンは彼の膝を軽く蹴る。

 

「雑誌も飽きた。他に何か面白い事無いの?」

 

「え? あ、ああ……そうだな」

 

トールは、部屋を見渡した後、一部にあった巨大な黒い、トールの肩ぐらいまではある巨大な箱に着目した。

 

 

「それなら――」

 

 

その箱へと近づき、端末を操作した途端、その箱に幾重もの切り込みが入る。その切り込みを起点に、蓋がウジャウジャと分割していきながら、箱が開いていく。

 

中から現れたのは、銀に光り輝く何に使うかすら定かでは無い、さまざまな形状の機械の手。その手が囲むのは銀の柱だ。その頂上には台座が取り付けられていた。その真上には、半透明に光るホログラフィック映像。幾重もの線が折り重なり、真円玉を形作っていた。

 

「ガジェットツールだ。素材さえあれば大半の物は作れる優れもの」

 

「これが何だっていうのよ……」

 

訝しげにその装置を覗く。

妖精であるトリスタンにとって、機械という物は存在そのものが忌むべきもの。

()調()()()()()()()()()()()()()()|、印象は良くは無い。

 

トールは、一度箱から離れ、テーブルへとトリスタンを促し、端末を弄る。

すると、先程のツールの中心にあったホログラフィックと同じような、線で束ねた円球がテーブルの上に出現する。

 

トールはそれを手でそっと包む。実際に掴んでいるわけでは無いが、指や掌を駆使してこねくり回すと、それに合わせるように形が変わっていく。

 

不可思議な動きにトリスタンが、半ば呆れたような態度でいると、そんなこともお構いなしに、トールは、自慢げな表情で、動き続ける。

 

 

暫しの奇妙な動きを終え、トールの動きが止まったかと思えば、円球だったホログラフィック体は――

 

 

 

 

 

靴の形へと変わっていった。

 

 

 

 

 

「――っ」

 

トリスタンはその光景に息を呑む。

ここまで来れば、彼が何をさせてくれるか等明白だ。その意図を察して、トリスタンは湧き上がる高揚感を抑えることが出来なかった。

 

「まあ、見るだけってのも飽きただろうし、今度は、実際にデザインして、作ってみるってのはどうだ?」

 

予想通りのトールの提案に、トリスタンはこれまでに無い程、喜びを表に出した。

 

「作る! 作るわ! 何だよお前! 最初からこういうのやらせろよな!?」

 

飛びつくトリスタンに、トールは笑顔を向けながら、これまでとこれからを考える。

 

正直なところ、記憶も無く、やる気すら謎に奪われ、妖精國において、やるべき事も思い浮かば無い今。

 

あの世界を離れ、アスガルドを離れ、ここに来た事に後悔を抱いていた。

 

だが、はしゃぎながらホログラフィック体を弄るトリスタンを見ながら、こんな生活も悪くないと思い始めていた。

 

 

さて、明日はウッドワスのレストランにでも行こうか。

 

ウッドワスとトリスタンの仲が致命的に悪いのは知っているが、女王を愛する者同士、いつかは仲をとり持てたらいいなと思いつつ、女王に会ってみたいとも期待しつつ、この妖精國での生活に充実感を持ち始めて

いた。

 

だがそのやる気の無さ故にトールは気付かない。

今この國が、汎人類史の介入を起点に、未曾有の混乱に陥っている事を。

ウッドワスとトリスタンの余裕の態度ゆえに気付かない。

この國は着々と、滅びに近づいている事を。

 

そして、トールは気付かない。

この倦怠感は、やる気を出す事で、カルデアの全滅が確定してしまう事を恐れた自分自身による思考誘導だと。

妖精國を護りながらも、憎むべき人理の使者であるカルデアに危害を加え無いというあまりにも無謀な目標を掲げた自分自身によるものだと気付かない。

 

そして、その目標を掲げた時間軸のトールは、ウッドワスの事も、トリスタンの事も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな事を知る由もなく、明日も、こんな穏やかな生活が続いていくのだと、トールは思っていた。

 

 



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急変

 

――先日、鐘の音が響いた。

 

 

 

それは、妖精國の崩壊を呼ぶ巡礼の旅の始まりであり、カルデアと予言の子による女王モルガンへの宣戦布告。

トールは、その音にえも言えぬ不快感を感じ取る。

 

それもそのはず、この巡礼の鐘は、真実、最終的には世界を正すという名目の元、この世界を滅ぼす終わりの鐘に他ならない。

ブリテンの滅びを阻止する為に来たトールにとって許容できるはずもない。

 

世界を作り出した上位存在が、”失敗”だからと、"生まれるべきでは無かった"と、切り捨てるという行為を、トールは絶対に許さない。

ましてや、その消滅を、上位存在本人ではなく、”使命”などという聞こえの良い名目で、下位存在に従わせ、実行させる。

その行為に、嫌悪感どころではない、憎しみすら抱いている。

その価値観は記憶を失おうと変わりはしない。

 

楽園も人理も、それを実行させようと推し進める何者かも、トールにとって全て憎き敵であり、滅ぼす対象。

 

だが、今はその記憶を失ったまま。

 

その鐘の音は、トールにとってあくまで嫌悪させるだけの不快な音に過ぎない。

今のトールに予言の子も、異邦の魔術師も関係は無い。

 

そのはずだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

時たま立ち寄るグロスターの妖精達にも大きな変化は見られない。と言っても、流行と言う形で、色々変わるグロスターの変化を気にしたところでしょうがないのだが。

 

トール周りで起きた大きな変化と言えばウッドワスだ。

 

たびたび立ち寄り、彼のレストランで色々と、初日程ではないが、酒と食事をウッドワスと共に楽しんでいた。

アスガルド流マナーを取り入れたレストランももうすぐ開店となる予定だったが、鐘が鳴って以来、色々と忙しくなったらしく会えなくなってしまった。

 

オックスフォードの住人に聞けば、異邦の魔術師と、予言の子が本格的にモルガンへと反旗を翻したのだとか。

 

残念だなと思いつつ、オックスフォードのレストランでの食事を済ませる。

 

あの宴会以来、人間、妖精問わず、オックスフォードの住民との関係はかなり良好だ。

それは、ウッドワスの計らいもあるが、2度目に訪れた際に牙の氏族の主力メンバーと手合わせをしたと言うのも大きいだろう。強さを示した事で、一目置かれる存在になっていた。

当然ながら、無償というわけにはいかないが、お気持ちの割引をしてくれる店もある。

 

レストランの店員に、美味しかったよと礼を告げ、オックスフォードの外へ出る。

 

二つの輪が繋がった指輪を付け、手を回せば、目の前に、光の輪が出現する。

その輪の中は、輪の外と全く違う景色を映し出しており、トールがそれをくぐった瞬間、トールは輪の中の景色の場所に佇んでいた。

 

トールが異世界で学んだ。ミスティックアーツと呼ばれる。”魔術”

多元宇宙から力を引き出し、その力を操る。トールが作り出したのは術者の望む行先へと次元を繫げるゲートウェイである。

そう簡単には再現できないはずの次元間移動も、ミスティックアーツを用いる魔術師達にとっては、初歩中の初歩。

これが出来て、初めて魔術を習い始めることが出来るという程度の技術。

 

それを使った事で、トールは、数日はかかるはずの位置にある、自身の住むティンタジェルへと一瞬で移動した。

 

ボロボロな廃村の一角。

一つだけ飛び切り綺麗な建物。

その扉の前に付いた時、一人住まいの家の中に気配を感じ取った。

 

そんな気配にもトールは驚かない。誰がいるかなど簡単に予想はできる。

警戒する事も無くトールはそのドアを開けた。

 

「どこに行ってたんだよお前」

 

不機嫌さを隠そうともしない、妖精騎士トリスタンがそこにいた。

その姿を確認し、トールは顔を綻ばせる。

 

「なんだ? 別に家の物は勝手に触って良いって言ったじゃないか」

 

そもそもダメだって言ってもいつも触るじゃないかと続けながら、トールは靴を脱ぎ、上着をかけ、帰宅時のルーティンをこなしていく。

 

「何というか、色々詰まっちゃったのよ。デザインとか、このがじぇっと? とかの動かし方とか」

 

「なるほどね……」

 

トールは腕をまくりながら、ツールの前で、靴のホログラフィック映像を、覗く。

そこには、そこの厚いヒールの形が浮かび上がっていた。

 

「良くできてるじゃないか」

 

「ホント!?」

 

素直な感想を呟けば、素直に喜ぶトリスタン。

彼女は、嗜虐的な正確だが時々こうやって素直な反応を見せる時がある。

 

「そう、そうよね……結構悪くないとは思うの。むしろ良いデザインだと思うのよ……」

 

いじらしい照れを見せながら、自身を奮い立たせるように、呟くトリスタン。

 

「でも、やっぱり、どこか納得いかないのよね……」

 

「まあ、こだわりはじめるとそうなるよな……」

 

初めての靴作り。

 

いかに高度な製造用の道具があろうと、アイデアそのものはトリスタン自身から生み出すしかない。

 

そして、こだわり始めるといつまでも納得のいくものは中々出来上がらないものだ。

妥協のない作品。言うのは簡単だが、腕が上がれば上がる程、理想も上がっていく。

本当の意味での100%の出来の何かというのは、中々に難しい。出来そのものよりも、自身を納得させる何かが必要だ。

だが、これもまた良い経験だろう。

 

 

異世界の、魔術の師匠とのやり取りを思い出す。

 

『あなたの雷の力は与えられたものですが、既にオリジナルの物とは全く違う用途で用いられている。その雷の使い方はどのようにして、得たのですか?』

 

『……毎日、休むことなく実践と研究を重ねました』

 

『魔術も同じです。あなたはその経験によって、世界の摂理をプログラムとして”理解”しきっています。ドクター・ストレンジよりも魔術の習得は早いでしょう。その先、貴方と彼がどうなっていくかは貴方達次第ですが』

 

雷の力も、自分の正体も、未来も、説明せずとも理解しているような、不思議な女性だった。

 

今は亡き至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)エンシェント・ワン。

 

つくづく自分は、様々な”師匠(せんせい)”に恵まれたなと思いつつ。

 

過去の自分のように真剣に学ぼうとするトリスタンを視界の端に収めつつ。

 

トールは、デザインされたいくつかの靴のホログラフィック画像を回しながら除くと、一つの違和感に気づいた。

 

「なあ、これって。自分用のじゃないのか?」

 

良く見ると彼女の足とサイズが合わない。

 

最初のガジェットの説明の時にの操作の説明で、彼女の足のサイズをスキャンさせたから、そのサイズは覚えている。

 

トリスタンを見れば、何故わかった?とでも言いたげな、驚いた表情をしていた。

 

「……その」

 

その後、トリスタンは頭を下げたので表情が伺えない。

 

「お母さまのよ……」

 

その言葉を聞いて、トールは、思わず、思考停止してしまった。

 

「なんだよお前! その顔は!!」

 

顔を真っ赤にしながら、こちらに詰め寄るトリスタンに、トールは心に暖かいものを感じてしまう。

 

いや、彼女の母親への愛は分かっていた事だが、まさかあれだけ気に入っていた自作の靴の最初の最初。

れを自分の為ではなく母親の為に作ろうとするとは……

 

思わず自身の膝を素足でけり続ける事も構わずに彼女の頭をガシガシと乱暴に撫でてしまう。

 

「ちょっと……っ」

 

そのトールの行為にトリスタンは一度呆けた後、再起動して、トールの膝をふたたび蹴る。

 

「髪が乱れるだろうが、このバカ!!」

 

「ハハ、ごめん、ごめんって」

 

トリスタンのじゃれつきにある程度相手をした後。一歩トリスタンから距離を取り、会話を切るように、パンっと両手を叩く。

 

「よしっ! 協力するよトリスタン! デザインに詰まったなら、他の奴を見るのも大事だ。ほらこれなんかエアジョーダンって言うんだけど――」

 

「——あ? なんだよ突然やる気出し始めやがって。暑苦しい……見るけど」

 

オックスフォードでも、グロスターでも、ソールズベリーでも、彼女の残虐さは有名である。

 

だが、トールの知る彼女はこんなにも母親思いで、好奇心がいっぱいで可愛らしい少し生意気な少女だ。

 

彼女の悪評も、行動にも、そんな彼女を娘に据える女王にも、きっと理由があるはずだ。

 

いつかは彼女のこんな純粋さが、妖精國に広まると良いなと、果ての無い夢を思い描く。

 

 

「なあ、って事は女王様をスキャンしたんだよな?」

 

「えぇ、こっそりだけど……」

 

「その映像ってあるの?」

 

「あ?見せるわけねーだろ? お母さまが汚れる」

 

「なんだよ、酷い言い草だな……さてっと」

 

「言っておくけど、足のサイズのでえたしか残してないからな」

 

「……あ、そうですか」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「近々、私は戦に出る。反乱軍の殲滅だ」

 

オックスフォードにて、久々に一緒に食事をしていたウッドワスがそんな事を言い出した。

 

「しばらくは、このオックスフォードも店を閉める。しばらくはここに来ても持て成す事はできん」

 

「……そうなのか」

 

どうやら、本当に戦争状態らしい。

 

予言の子に異世界から来た魔術師。

 

魔術師という点から、自身の所属していたミスティックアーツ使いかとも思ったが話を聞く限りでは全く違うようである。

この妖精國に隣接するマルチバースからやってきた異邦の魔術師。

 

予言に寄れば、今の女王モルガンは偽りの王であり、真の王は予言の子であると解釈されているらしい。

その予言の子が、現在反乱軍を率い、着々と準備をしている。

 

「何、所詮は烏合の衆。モース討伐よりも、容易い仕事だ」

 

「……大丈夫か? その反乱軍のリーダーって一応ウッドワスが世話してた人間なんだろ?」

 

「ふん、2000年もの間、ブリテンを護り続けた女王陛下に反抗するなど――もはや同情する余地は無い」

 

「まあ、そうかもな……」

 

 

その通りだ。

 

トールは妖精の良い所も知っているが、その残虐性も知っている。

そして、様々な世界や星を旅してきたトールから見て、女王の統治はひとつの正解ではあるというのがトールの見解だ。

とは言うものの、わざわざ「妖精は救わない」などと公言するその態度はいかがなものかと思うのだが。

様々な星を巡って得たその価値観。妖精等問題にもならないような残虐な宇宙人を知っているし、それを支配する存在も知っている。圧政は国を安定させる上では最も手っ取り早い方法だ。人間のような脆弱な存在ならばまだしも、道具も持たずに互いを殺せるような存在ならば尚、圧力が必要である。

 

アスガルドの父オーディンも、今は理想的な王として語られているが、その前は9つの世界を侵略した戦人。

娘であるヘラを処刑人に据え、見るも無残な侵略行為を繰り返していた。

 

妖精の残虐性を知ってか知らずか、妖精と人間の共存という青臭い理想論を掲げるだけ掲げ、謡っているのは女王の殺害。

この國を運営していく上での具体的なプランを掲げる事も無く、真の王の具体的なものも示さず、予言という曖昧なくだらないものに乗っかって、反抗の狼煙を上げたのだ。

 

『悪しき女王を殺して、國は平和になりました。めでたしめでたし』

 

そんなくだらない事がまかり通るのは物語の中だけだ。

大切なのはその後だ。

 

今の現状で言えば、女王が死んだ後、待っているのは、次代の王を決める氏族間での争い。

今もなお、女王の圧政の中でさえ、睨み合いをする氏族間の隔絶を取り払う事など不可能と言っていい。

一時的に誰かが王に付こうとも結局の所、今の女王並の恐怖でなければ抑えきれないのは明白だ。

 

政治的な争いで済むとは思えない。暗殺、虐殺、その他考え得る限りの策謀がこの妖精國に巻き起こるだろう。

 

そしてモースや厄災等の問題も残っている。

 

それをわかっているのか、いないのか。

掲げる理想は立派なものだが、本当に予言頼みで、女王さえ殺せば、妖精國は救われるだろうという浅はかな考えで突き進むと言うのであれば同この國にとっての害悪としてしか思えないのが正直な所だ。

 

例え女王を殺したとしても、少なくとも人間が奴隷として扱われているような現状を回避できるとは思えない。

反乱軍は勝っても負けても、その理想を成し遂げる事は不可能と言っても良い。

それをわかっているのか。

まあ、この國においての人間の製造方法を鑑みれば、人間は皆若いだろうし、青臭い考えで突っ走るのも致し方ないとも言える。

 

そう考えると何をしても報われない彼らに同情の余地はあるが。今の自分はウッドワスやオックスフォード。トリスタンやその母親である女王の命の方が大事である。

願うのは、ウッドワス達の無事のみだ。

 

気になるのが予言の子、及び、汎人類史の魔術師達。

汎人類史、トリスタンやウッドワスに聞いたところ、自身のいた異世界と同じような文化があるとの事。

人類により発展した歴史。妖精のいない世界。となると、歴史も似通っているのではないのだろうか。

同じ暦かは知らないが、文化というものは戦争と共に上がっていくものだ。となると戦争の歴史も学んできているはず。

 

この反乱におけるその後の事など、考えつくようなものだろうが。果たしてどういうつもりなのか。

 

予言の成就とやらを信じ切って行動しているのであれば、トールにとってはそれこそ愚行。

予言などに全く信頼を置いてないトールからすれば彼らが呼ぶのは妖精國の救いでは無く、ただの混乱だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

疑問を持たざるを得ない。

 

國の内乱に乗じて女王を殺すのが目的で、後は妖精國が滅びようがどうでも良い。むしろ滅んだ方が良い。

などという考えを持っているのなら話は別だが。万が一そうであるとすれば、許せないどころでは無いが――

 

――ドクン

 

「いや、ありえるのか?」

 

つい口に出てしまった。

 

「どうした?」

 

――ヤメロ

 

訝し気な表情のウッドワス。

 

「いや、何でもない」

 

ーーヤメロ

 

頭が熱を持ってきた。

 

「なあ、ウッドワス」

 

――ヤメロ

 

視界が霞みはじめる。

 

「なんだ? 改まって」

 

――ヤメロ

 

頭痛が酷い。

 

「いや、その反乱軍との戦い。良かったら俺も参加させてくれ——」

 

――ヤメロ!!

 

――ブツリと、頭の中の何かがちぎれたような感覚があった。

 

「——おい、貴様、鼻から血が垂れているぞ……」

 

「——あ?」

 

気が付けば、酷い頭痛の余韻と、鼻から滴り落ちる血液。

その血が白いテーブルクロスを汚していた。

 

「わ、悪い! 弁償するよ! 何モルポンドだ!?」

 

慌てて自身の血を拭うトール。

 

「いや、構わん。しかし怪我も無いのに血を垂らすとは……やはりお前も人間ではあるという事だな。余りの強さに忘れていたが」

 

「いや、俺もこんな事初めてだけど……」

 

何が原因かはわからないが、先ほどの頭痛の余韻は消え去った。

トールの様子に、一度安心したような挙動を見せるウッドワスは、感謝の言葉を向けながら、会話を再開する。

 

「ふむ、先ほど、言いかけていた貴様の提案、反乱軍討伐への参加だが、実を言うと、陛下から貴様を軍に入れるのを禁止されてしまってな」

 

「……そうなのか?」

 

「自身の國の問題は自身で解決しろとの事だ」

 

「でも反乱軍にも異世界の魔術師がいるんだろ? フェアじゃないよ」

 

「よせ、既に陛下がお決めになった事だ。例え貴様でも疑念を口にすることは許さんぞ?」

 

「なら、こっそり――」

 

「よせと言っている。万が一発覚すれば、貴様だけでなく私の立場も危うくなる」

 

そこまで言われれば、断念せざるを得ない。

 

だがまあ、彼がそういうならば、無理やりついていく必要も無いだろう。

何せトールにとってもウッドワスの強さは折り紙付きだ。

 

「気遣い感謝する。安心するが良い。私は油断はしない、ありとあらゆる対策を考えている。陛下にも援軍を送っていただくよう約束を取り付けた。私に敗北は無い。なぜなら――」

 

「『モースの王を倒した勇者ウッドワス』だから――だろ?」

 

トールはニヤリと笑いながらウッドワスの台詞を奪う。

 

それにウッドワスもにやりと笑い、無言で拳をトールに向ける。

トールもその拳に拳を合わせる、トールがウッドワスに教えた手遊びだ。

友情の証。

 

トールもウッドワスも、この行為を気に入っていた。

 

「じゃあ、今度はこの間みたいな良い酒持ってくるよ。強さは普通のヤツ。オックスフォードでまた飲もう」

 

「ほう、それは楽しみにしておこう」

 

その会話を最後に、戦の話は終わった。

 

「……そう、お前に感謝せねばならない事があった。あの香水だ。貴様がくれた香水をその、つけていったのだが、オーロラが良い香りだと褒めてくれたのだ」

 

「なんだよ!良かったじゃないか!」

 

なんてことの無い、日常の話へと移っていく。

 

世代を超え、記憶の障害を越え、再び結んだ二人の友情。

 

再開の約束。

 

 

だがその約束は二度と叶うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

家に戻ったトールは、机上にホログラムマップを開く。

それはブリテンの大地を上から俯瞰で映していた。

 

「ロンディニウムの位置はここか。ウッドワスの軍は……」

 

酔いが回り、口が軽くなったウッドワスとの会話で得た、戦の情報を元にマッピングしていく。

トールもその戦いに多少の口添えはした分、まあそのくらいは許容だろう。

 

ああは言ったものの、心配は拭えない。何せ唯一と言っても良いこの國での友人だ。

心配しすぎるという事は無い。

 

ウッドワスにも反乱軍にもばれずに援護できる位置を探していく。

本当の本当にいざという時は、ゲートウェイを開いて、ウッドワス達を無理やり退避させ、ロンディニウムをその空間ごと消滅させる方法も考えていた。

トールにとって、優先すべきはウッドワスやオックスフォードの住人達。

 

今のトールにとって反乱軍も予言の子も、予言という曖昧なものを元にこの國に混乱をもたらしているだけの、ふざけた連中でしかない。

本気で妖精國を救おうと考えているならばあまりにも愚行すぎて、嫌悪感さえも抱くほどだ。仮に想像したような、思惑が彼らにあるとすれば、それこそ、害悪でしかない。

 

そんな者達に万が一、ウッドワスが殺されようものなら、許さないではすませられない。

そんな万が一を起こさない為の用意をトールはしていた。

 

マップを見ながら、ウッドワスにもバレないように援護する為の様々な対策を考え、兵器や戦略等を用意していたところで、それは来た。

 

――ヤメロ

 

再びの頭痛

 

眼が霞む。

 

身体が思うように動かなくなっていく。

 

水が床に滴る音に、眼下を見れば、夥しい血液が広がっている。

 

それを自覚した瞬間に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トールは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

血を流し、床に倒れこむ彼を見ながら、その存在は、歯がゆい思いしかできなかった。

 

すぐにでも彼の記憶を直接蘇らせてあげたい。

 

だが単純な記憶喪失ではないため、そんな事をすれば、彼の脳は壊れてしまう。

 

今すぐに倒れる彼をせめて柔らかいベッドの上に寝かせてやりたい。

 

元より声と情報のみで彼を補助する事しかできない身。この家の中の機械類を操ればベッドに運ぶことは出来るし、魔術を使って運ぶ事もできる。

だが異世界の存在である自分は、トールが記憶を取り戻す事で”認識”しなければ、この世界に存在する事すらままならない。

 

存在はしているが、存在していない。それが今の自分。

 

元よりAIとしてしか思われていない身分だがそれでも彼の為に出来る事がある事が喜びだったのに。

今はそれすら出来はしない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

彼をこんな目に合わせているのも相まって、その憎しみは倍増していく。

人理が憎い。カルデアが憎い。

 

そしてあれだけ求められているのに、出会えたというのに、触れ合えるというのに、それを自ら跳ねのけた女王が腹立たしい。

 

自分であれば絶対に手放さなかったというのに。

 

静かな怒りを貯めながら、その存在はトールを想う。

 

例えきっかけは間違いであろうと、彼は自分を慮ってくれた。

 

自分の為に怒り、自分の為に戦ってくれた。

 

彼が、道半ばで去る事になってしまい、深い謝罪と涙を流してくれた彼を責めることなど出来はしない。むしろそうしてくれたからこそ、全てを捨て、彼の役に立ちたいと肉体を捨てた。

自分には、返しきれない恩がある。

 

認識されなかろうと、見つめる事しか出来なかろうと、その存在はトールを想い続けるのだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にやって良かったのかしら……」

 

自室にある靴を眺めながら思う。

 

ベリルに教わった魔術で、ウッドワスの生き胆みたいなものを抜き出した。

 

ざまあみろと思った。

 

使えないくせに偉そうにして、無様に負けて、とうとうお母さまに見捨てられた、愚かな負け犬。

 

いつもいつも獣と香水の混ざった匂いが臭くて、嫌な思いをしていた。最近はその匂いがとんとしなくなったが。

 

足手まといにしかならないロートル。

 

お母さまの足元を汚す、老人。

 

でも、ウッドワスはあのトールと仲が良い。らしい。

 

トールからウッドワスの話が出る事は無かったが。

時折家にいなかったとき、帰って来た時にさせていたのは料理の匂い。

 

あれはオックスフォードへ行ってきたものだろう。

 

結局、軍入りの話が無かった辺り、お母さまもウッドワスの判断に信頼を置けなかったという事だろうというのは、ベリルの話だ。

 

それでも、こうして親切にしてくれているトールが懇意にしているウッドワスにトドメを刺してしまった手前、正直もう、トールの家にも行き辛い。

 

「あと少しで完成すると思ったんだけどな……」

 

トールに会えない寂しさと、そして、彼の家で作っているお母さまへのプレゼントを想いながら、トリスタンは床に就く。

 

体の内部からくる不快感を遠くに感じながら。後悔の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……くぅっ」

 

 

起き上がれば、床に乾いた血が広がっていた。

 

 

 

「これ、俺の血か……」

 

 

床に広がり、乾ききっている血を見ながらつぶやく。

 

凝固具合を見るに、大分気絶していたらしい。

 

原因はなんだろうか。

 

考えようとしたところで()()()()()()()と思考を変え、部屋の片付けを開始する。

 

「ハァ、あー、床で寝たから体がダルいな……」

 

呟いたところで、一つの事を思い出す。

そう、倒れる直前何をしていたのか。

 

「——ウッドワス!!」

 

自分はどれだけ眠っていたのか。

デジタルカレンダーを見れば、既に数日が経っている。

普通に考えれば、ウッドワスが負ける事はないが、嫌な予感が拭えない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

転移した瞬間、目の前にはオックスフォードの住民。

 

その表情は、優れておらず。

 

嫌な予感はますます、加速していく。

 

 

「ト、トール様!!」

 

「反乱軍との戦いはどうなった!」

 

突然現れたトールに驚く住人に構うことなく、詰め寄る。

しどろもどろだった兵士だが、その質問に、表情がみるみるうちに、悲しみに染まっていった。

 

「敗北……しました」

 

「——ハ?」

 

それは、信じられない回答だった。

 

「なんで――? だって、ウッドワスは相当に強いぞ? 人間であれに勝てる奴なんていないし援軍だって呼んでたんだろ?」

 

兵士の肩を掴み、さらに詰め寄る。

 

「援軍は来なかったのです!! そのまま、ウッドワス様は予言の子やパーシヴァルと戦い敗北しました! 我々の力では、その戦闘に介入する事すら出来ず……! 牙の氏族達も、モース毒が塗られた武器に手こずってしまい……!」

 

「そん、な……」

 

「うぅ……っウッドワス様のお役に立ちたかったのに……! 私は何も……!」

 

泣きながら語る。人間の兵士の肩を離す。

 

「ごめん、マノイ。強く掴みすぎた……」

 

謝罪を入れた後、トールは、兵士、マノイの肩を整え、踵を返す。

 

「——どこへ行かれるのですか?」

 

マノイは、トールのその後ろ姿に言いようの無い不安を抱え、声をかける。

 

「ああ、ちょっと、行くところがあって……」

 

「ま、待ってください!! まさか円卓軍の所ですか!?」

 

「……さぁな」

 

「え、そ、その……」

 

肯定とも否定とも取れない態度に、戸惑うマノイ。止めるべきかどうかすらわからない。

 

マノイにとってトールは憧れの存在だった。

人間なのに牙の氏族の誰よりも強く、それなのに優しさに満ちていて。

彼が来た日のウッドワスは大層に機嫌が良くて、いつも彼の事を褒め称えていて。時たま、彼は、戦闘のイロハを人間妖精問わず、指導する事もあり、メキメキと実力が上がっていく実感に誰もが高揚感を抱いていた。

 

プライドの高い牙の氏族の兵士達も、この戦争でトールがいてくれればとぼやく者もおり、

 

ウッドワスによる、女王の命令だという話によって、皆がようやく納得したほどだ。

 

彼がこれから何をするかはわからない。

だが、自分以上に暗い雰囲気のトールを見て放っておかずにはいられなかった。

 

「トール様!」

 

尚も歩みを進めるトールに、マノイは、これだけは伝えねばと、大声を出す。

 

「ウッドワス様はトール様を大層気にかけておりました! だから、トール様に何かあれば、ウッドワス様も喜びません!」

 

「……ありがとう。マノイ」

 

トールはマノイに笑顔を向け、感謝の言葉を伝え、そのままオックスフォードから去って行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

オックスフォードからしばらく進み、誰もいない事を確認して、トールは次元を繫げるゲートウェイを開く。

その先はロンディニウム。

 

「悪いな、マノイ」

 

別に、円卓軍に復讐しようと思っているわけでは無い。

 

戦争だから、ウッドワスは殺された事はしょうがない事だ――円卓軍は悪くない。

 

 

 

 

 

 

――等と綺麗事を言う程に大人でもないが、ウッドワスを破った連中に無策で挑む程、短絡的でもない。

 

ただ、トールの持つ、過去の映像を映すホログラム装置で、ウッドワスの闘いを見届けようと思っただけ。

 

まあ、もし、その過程で円卓軍の誰かに話しかけられたら、有無を言わさず、そいつの上半身を消し飛ばすぐらいの力を込めて殴ってやろうとは思っているが。

 

 

 

ゲートをくぐり、戦場跡地へと移動する。

 

ホログラムを起動し、戦場を巡る。

そして、見つけた。その映像には、まごうこと無きウッドワスが映っていた。

 

『報告、ご苦労人間の兵士にしてはいい面構えだ』

 

兵士との戦況に関する会話が続く。

プライドが高く、粗暴だが、その戦場を分析する眼は確かだった。

 

地べたに腰を下ろし、そのやり取りを見る。

 

「しかし、予言の子の特徴しか聞いてないのは、愚策だったなウッドワス」

 

まるで、ウッドワスがその場にいて、2人で戦の感想会でも開いてるかのように声を出すトール。

 

その眼はどこか虚ろだった。

 

そのままウッドワスの闘いを見届ける。

 

援軍がいない事に驚愕するウッドワス。

慌てる兵士達。

 

「全く、もっと体だけじゃなくて、心も鍛えるべきだったな、牙の氏族の兵士たちも」

 

青年が来た事に驚くウッドワスに、援軍とは何のことだととぼけた態度をとるパーシヴァルという青年。

 

「援軍は本当に来なかったらしいな……何かトラブル? それとも援軍を送ってもらえなかった?」

 

『我々が倒すべきは女王のみ。妖精の血を流す事が目的ではありません』

 

「その女王を倒して、お前らの望む未来が手に入ると本気で思ってるのか? そもそもウッドワスがそんな事で止まると思ってもいない癖に、殺しに正当性を持たせて、自分は綺麗でいたいってか?」

 

その態度に嫌悪感を露わにするトール。

もはや、その思考は憎しみしか持たず。

穿った思考しか出来なかった。

 

しばらく見ているととうとうウッドワスがその服を脱ぐ。

とうとう、自身が戦闘に立つという事だ。

氏族そのものの罪を背負い、菜食主義にまで転換した彼が、とうとう戦う。

ただそれだけでも、トールにとっては腹立たしい事だった。

 

戦闘相手は、服装にまとまりのないコスプレ集団。こいつらが予言の子で、異邦の魔術師達なのだろう。

 

その戦闘を真剣に見続ける。ウッドワスの最期を見届けようと、眼を逸らすことなく。

 

 

『さらば、わが父。この罪の報いは、楽園にて、必ず』

 

――何が報いだ。口に出せる程度の覚悟で、浅はかな理想論で國を混乱に陥れて、育ての父親を殺した罪が償えると思うな……

 

「ただ殺すだけで済ますと思うなよ……」

 

今のトールは、生まれたセカイはもちろんの事、異世界やアスガルドでの生活含めても、これまでにない程に、闇深い思想に染まっていた。

 

パーシヴァルの一撃が、ウッドワスへとぶつかろうとしたその時、

 

「あ、あの――!」

 

後ろから声をかけられた。

 

振り向けば、少女がいた。

 

それは、今しがた映像で見た。ウッドワスを殺した者達の一人。

 

金髪の少女。

 

「今の、先日の闘いですよね。それを映していたそれは一体」

 

その少女が、訝し気な表情でトールを見つめていた。



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復讐

初めて会ったのは。私達を襲うモースを祓ってくれた時だった。

 

彼は、救世主一同の仲で一人で動く事も多いからか。一番出会う事が多い。

 

いつも忙しそうに走り回っているから、こうして、ゆっくり話すのも久しぶりだ。

 

この時間をいつもいつも楽しみにしていた。だからつい、ちょっとしたお使い程度の事も頼むのだが、いつも彼は快く受け入れてくれた。

 

これは、そんな日々の一幕。

いつもいつも助けてくれる彼。役に立てない自分に、自分の弱さと体の小ささが嫌だと言う事を打ち明けた時の事だ。

 

『別に役に立たないなんて事ないよ』

 

そう言ってくれた。

 

『○〇〇○はすごく優しいし、礼儀正しいし。頭も良い』

 

なんだかだんだん気恥ずかしくなって来た。

 

『それに、力が無いから価値が無いなんて事は無いさ。いやむしろ力が無い方がきっと良い事の方が多い。』

 

どう言うことかと聞いてみた。

 

『生まれた時から強い奴は力の価値を知る機会が少ない。だから、力に敬意を払えない。そういうのって、人や妖精を孤独にするから……』

 

そんな事を言う彼の寂しそうな顔が、自分は嫌いだった。そんな表情をさせてしまった自分が恨めしい。

 

『でも弱者は、力の価値を知っている。その憐れみも……』

 

語りながら空を見る彼に合わせて同じように顔を上げる。夜空の中に星が瞬いているが、いつもより少し輝きが少なかった。

 

『だから〇〇〇〇みたいな子が力を得ても安心できるんだ。きっとその力を酷いことには使わないって。だから、皆安心できる。安心できるから側にいたくなる』

 

また恥ずかしい事を言われた気がする。

 

『今は、モースとか、氏族同士の争いとかで、色々と力が必要な時代だけど、そんな戦いが無くなった時。いや、こんな戦いばかりの時でも、君みたいな、力が無いって思える誠実さと、優しさを持つ妖精や人間が必要なんだ。力を持った俺達よりもよっぽど……』

 

 

『だから、そんな、役立たずなんて言わないで欲しい』

 

彼は視線を空からこちらへ向ける。

優しい眼。優しい表情。自分は、こっちの方が好きだった。

 

『それに、俺は〇〇〇〇の翅、凄く羨ましいけどな』

 

そんな事を言われたものだから、つい変な顔をしてしまった。顔が熱くなるのを感じる。

 

『ほら、色々便利だから、良く飛ぶんだけどさ。いや、飛ぶと言うか浮くって感じかな』

 

それを聞いてしまったら、その姿は見たいに決まっている。見てみたいと、わがままを言ってみた。

 

『え……あんまり楽しくないと思うけど……』

 

そう言いながらも、やってくれるらしい。

彼の体から稲妻が迸る。

 

『地面にいると、ちょっとしびれるかもしれないから、〇〇〇〇はそのまま飛んでてて』

 

彼はそう言って、さらに力を強めた。

 

稲妻は大地に広がり、別の性質を備え、その力によって彼の体が浮かび上がる。

 

ピカピカと光るその姿は、夜の闇の中ではとびきり綺麗に輝いていて。

 

静けさによる不安をバチバチと楽しい音が取り払う。

 

しばらくその姿を楽しんでいたのだが、割と早めに彼は飛ぶのを止めてしまった。

 

『ほら、羽もないのに飛ぶのって、何か、気味悪くないか? それに、雷を出さないといけないから皆怖がるし、痛がるし……毛が逆立つって怒られるし……』

 

寂しそうな顔をする彼に、そんなことは無いと、正直な感想を口にする。

 

彼の雷が好きだった。

 

彼の雷は、モースを祓い、悪い妖精から私達を守ってくれる。

 

明るくて綺麗だし、音は楽しいし、近くにいると暖かくなる。

 

そう言うと、彼は、これまでに見た事もないような笑顔を作り、

 

『ありがとう』

 

そう言った。

 

彼はいつも無表情で、あんまり楽しそうでは無いけれど、こうやって見せる色んな表情にドキドキするのだ。それがとても心地良い。

 

『あ、そうそう』

 

彼は、何かに気づいたように、ポケットを漁る。

 

『コレを渡そうと思ってたんだ』

 

彼はそう言って、ポケットから何かを取り出した。

それは、首飾りだった。紐にギザギザした形の何かが付いている。それは、彼の出す雷のような色をしていた。

 

彼からそれを受け取る。

 

 

『コレをギュッて握ると――うわッ』

 

 

言われた通り強く握った瞬間、自分の周りを雷が迸り始めた。

 

『そ、そうそう、使い方バッチリ。こうして雷が出るから、いざと言う時、君を守ってくれる』

 

ごめんなさいと謝った。つい先走って言われた通りに握ってしまった。

 

充電しないとと、そう言って、彼は首飾りを握り、稲妻をその首飾りに注ぐ。

 

『はい、どうぞ』

 

そう言って、彼はその首飾りを頭から通してくれた。

ありがとうと、彼の言うように礼を言う。

 

『うん。喜んでもらえて嬉しいよ。()()()()と一緒に作ったんだ。君の役に立てるように――』

 

これは、とある1翅の妖精による日常の一コマ。

 

『え? ちょ、いらないって――え?なんで急に!?』

 

 

妖精歴の事である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

あんな事になるなんて夢にも思わなかった。

 

戴冠式。

 

大好きな彼がブリテンの王になる日。

 

本当は自分が王妃になりたいなんて思ったりもしたけれど、それでも、凄く嬉しかった。

 

彼の言葉をいつも心に刻んでいた。自分が彼の、ブリテンの役に立てる時代が来ると、そう思っていた。

 

人間の騎士達はバタバタと倒れ、それは彼らの仕業だと他の妖精達が騒ぎ立てる。

 

絶対にそんな事はないと分かっている。

 

でも、その場では何もできなかかった。

 

自分の勇気のなさが恨めしい。

 

騒ぎの中で逃げ出した彼を見失ってしまった。

 

早く彼を見つけないと。

 

力のない分、彼の褒めてくれた知恵を絞って、日々色々と準備していた。ブリテンの、隠れられる場所や逃げる道を、自分なりに調べたり作っていたりしたから。

 

おおよその彼の行動も予測はできる。

 

彼を見つけて隠れられる場所に案内しようと思っていた。

 

そして、視界の先、まだ遠くだが、彼を見つけたのだ。

 

 

『ロッ――』

 

 

そう、名前を呼ぼうとした瞬間、彼の腹を、何かが突き抜けた。

 

『バ ッ なぁ――!』

 

 

それは、牙の氏族長の腕だった。

牙の氏族長の腕が、彼の腹に刺さっている。

 

彼は、そのまま、苦しそうに後ろに下り、そのまま崖下へと落ちていった。

 

『ダメぇぇぇぇぇっ!!』

 

彼の羨ましがっていた、翅を駆使して空を飛ぶ。

だが距離が遠すぎた。

 

間に合う事なく彼は下の激流の川に落ちていって。

 

自分もその川に飛び込んだ。

 

けれど、川の激流に飲み込まれてしまって、気づけば誰もいない海岸。

 

同じ様に流れ着いたのではないかと、必死に探したけれど、結局のところ見つからなかった。

 

 

『ロットさん、ロットさん、ロットさん――っ!』

 

 

妖精國を照らす希望の光。

 

それが、私にとっての彼——ロット。

 

今は亡き、ブリテンの幻の王。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

アルトリアは、少し一人になろうと、ロンディニウム周辺を一人でうろついていた。

 

先の闘い。パーシヴァルが振るった槍。ウッドワスの強さ。様々な展開に一人思う事があったのだ。

 

その時に、見つけたのが彼。

 

一人でいるときに所属不明の青年に話しかけるのも迂闊だとも思ったが、彼の持つ何かが映し出しているのは、先日のウッドワスとの戦いだった。

 

その闘いの情景を見つめる何かに興味を持ったのと、

魔力も何も持っていない人間であり、大したことはできないだろうという事。

何より、見覚えは無いはずなのに、記憶のどこかに引っかかるその風貌を見て、我慢できずに話しかけてしまった。

 

振り向いた彼の表情はグチャグチャだった。

 

涙に溢れて鼻水が垂れ流され、顔が歪んでいる。

その眼は恐ろしい程に虚ろで、飲み込まれそうだった。

 

何故そのように悲しんでるのかとも思ったが、ウッドワスの過去の軌跡を見て、涙を流すその理由。

想像に難くない。

 

つまり彼は、あの牙の氏族長と懇意にしていた人間という事だ。

 

アルトリアは声をかけた事をこれ以上ない程に、後悔した。

 

 

青年は、アルトリアの問いに答える事も無い。

 

虚でありながら凄まじいほどの憎しみが籠った眼。

 

その眼はアルトリアに注がれているようで、どこか遠くを見つめている。

 

だが、体中から迸る怒気は、震え上る程強く、遠くを見つめるその視線の間に立てば、死んでしまうのではないかと思う程に、悍ましい。

 

怒気に当てられたのか、近くの草木に隠れていた動物や虫たちが次々に逃げ出していく。

 

動けない程に凄まじい殺気。

 

妖精たちが発するものとはまた違う、憎しみの混ざったナニか。

 

ゆっくりと、青年が近づいて来る。

 

「ハァっ――ハッ――」

 

呼吸がまともにできない。

 

どんどんと彼は近づいて来る。

 

「あぅ……ヤダ、やめて、そんな目で……見ないで……!」

 

ぐるぐると後悔の念ばかりが襲いかかる。

 

予言の子として祭り上げられ、戦争に加担せざるを得ず。

使命に準じて、襲い来る敵を撃退したと思ったら、目線だけで殺されそうなほどの憎しみを向けられる。

 

別に望んで得た使命でも無いというのに――

 

アルトリアはこちらに近づく青年をただ見つめる事しかできない、恐怖と後悔の念に動けない。

 

どんどんと近づく青年に、アルトリアは最後まで動くことが出来ず。その腕が届く範囲になったところで、恐怖のあまりアルトリアは強く眼を瞑る。

 

 

 

しかし、覚悟した痛みも、消えていくような最期も訪れなかった。

 

恐る恐る、眼を開けば、目の前に青年はいない。後ろを向けば、まるでアルトリアの事を認識すらしていないかのように、こちらを気にすることも無くそのまま歩いていた。

 

恐ろしすぎて声をかけることはもうできない。

例え彼が怒りのあまりロンディニウムの住民を皆殺しにしようと暴れ始めたとしても、逃げ出してしまうかもしれない。

それ程の恐怖を、アルトリアは刻み付けられていた。

 

結局、彼はそのまま歩き去って行く。

姿が見えなくなっていたところでその場にへたり込む。

 

「なんで、こんな思いをしてまで……」

 

アルトリアの呟きは、誰に届く事もない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ウッドワスの最期を見届ける事が出来なかった。彼の死を受け入れる覚悟が出来なかった。

 

覚悟は決まっていたはずだが、誰かに声をかけられたような気がして、見るのを一度中断したのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

もう一度、ウッドワスの死を見るために、装置のスイッチを押す勇気は無かった。

 

溢れる涙を止められない。

 

憎い。友を殺した円卓軍が憎い。

国の事を知らないまま、正義を翳してウッドワスを追い詰めた予言の子と異邦の魔術師達が憎い。

 

 

 

 

 

なによりも、肝心なところで、役に立てなかった自分が憎い。

 

 

 

 

だからこそ、彼の無念を果たすのが自分にとっての使命だと、そう考える。

 

どんなに醜かろうと、愚かだろうと、そうしなければ気が済まない。

 

そのためにまずは――

 

「援軍関係だな……」

 

まずは、ウッドワスを陥れた裏切り者。

 

トールの第一目標はソレだ。

 

トールにとっては、円卓軍も間違いなく復讐対象ではあるが、勝敗の分け目である援軍を送らなかったか、あるいは援軍が来れなかったか。その要因こそが最も気になる事項だった。

 

ウッドワスを殺した本人達ももちろん許せないが、勝敗を分けたきっかけ。そこから排除していく事を考えた。

 

それは、予言の子達を傷つけてはいけないという思考誘導も一つの理由ではあるが、そこのところはトールの価値観とも一致していたが故。

 

もし、ウッドワスへの援軍を女王モルガンが送らなかったのであれば、その女王を問い詰め、理由遺憾ではただでは済まさない。それ程の怒りに満ちていた。

 

これまでのトールであれば、復讐の順番を変えるどころか、予言の子一同は、その対象にすら入らなかった筈。更に言えば、女王を殺害するという発想すら思い浮かばなかった。

 

過去の時間軸の自分自身による、浅はかな縛り。

だがそれにも綻びが生まれていた。

 

予言の子一同を"最後の獲物"に据え、トールは心の中で復讐の狼煙を上げる。

 

直接女王に聞けるほどの権利も無いが、家にあるマッピングからおおよその援軍のルートは洗い出せる。後はそこを辿って、過去を映し出すホログラム装置で、地道に調べれば良い。

 

確実に犯人は炙り出せるはずだ。

 

実行犯はもちろん、その周りの人間や妖精やそれを指示した者がいればそいつも、まとめて滅ぼしてやる。

 

『――トール様に何かあれば、ウッドワス様は喜びません!』

 

ふと、オックスフォードの彼の言葉を思い出した。

 

「ああ、そうだ、一応、アイツらに会っておかないとな……」

 

ウッドワスがいない今、今後のオックスフォードは色々と不安要素が多い。

 

ウッドワスが大事にしていて、そして自分にとっても、少し暴れん坊で生意気だが、懇意にしている奴らだ。

 

今後のためにも、自分なりに伝えるべきことはある。

 

 

(最後の挨拶ぐらいは済ませておこう)

 

 

何せもう、彼らに会えるかもわからないのだから……

 

 

トールはもう、オックスフォードの住民の面倒を見ることよりも、ウッドワスの復讐を優先する悪鬼と化している。

 

このような姿を見た時、アスガルドの王は、王妃は、嘆くだろうか。

異世界のヒーロー達は何を思うだろうか。

 

その思考が若干トールの行動を鈍らせる。

  

 

 

だが止めるに至る事は無かった。

 

ゲートウェイを開き、オックスフォードへと次元を繋げる。

これがおそらく、最後の最期。

予言の子も、人理も何も関係無く、怒りも恨みも無く、純粋に妖精國と向き合う事のできる最期の対話。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

今頃友人である”彼女”が仕事を終わらした頃だろうか。

 

最終的にどうなるかはまだわからないが、望む結果はただ一つ。

 

あの妖精の敗北。

 

「許さない」

 

 

「私達を滅ぼしたアイツらを、あの人を殺したアイツを――」

 

――絶対に許さない……

 

首飾りを優しく握りしめながらその妖精は空を見つめる。

 

ついこの間まで、"彼"の事を忘れていた。

思い出したのはつい最近、いつも理由なく身につけていた首飾りは、これが理由だった。

 

 

このブリテンにかつて瞬いていた稲妻を忘れた事を恥じながら、その妖精は復讐の牙を磨ぐ。

 

いつかその機会が訪れる事を願いながら。

 




感想、評価ありがとうございます。
誤字脱字報告も助かります。


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ムリアン

今更なんですけど、


主人公最強タグ。
これ詐欺になるんじゃないかと思い始めてきました。
戦えば最強なので一応つけてはいるのですが……


それは、突然の事だった。

 

妖精國のいくつかの氏族長へと依頼が来たであろう。ロンディニウムへ侵攻を始めるウッドワスへの援軍の阻止。

その対象はソールズベリーとグロスター。

 

グロスターで言えばムリアン。と言うよりは、コヤンスカヤへの依頼ではあるが、一応は、友人であり雇い主であるような関係の2人。

 

そのオベロンからの依頼をムリアンは快く承諾した。

あえて言うならば渡に船。というやつだ。

 

結果は吉報だった。円卓軍がロンディニウムの防衛に成功。

 

牙の氏族は敗北したらしい。

 

コレでまた、妖精國が大きく動く。

 

「ただいま帰りました。私の留守中、お変わりありませんでしたか、ムリアン様?」

 

そんな中、今回の功労者が舞い戻って来た。

妖精とも人間とも違う存在。

異世界からのお客様。

今となっては気のおけない友人となったコヤンスカヤである。

 

「ええ、宴の準備は着々と、舞踏会の招待状を皆様に送ったところです」

 

そんな彼女を出迎えながら、雑談に入る。

仕事のこと、予言の子の事。そしてウッドワスの事。

 

ウッドワス。翅の氏族を皆殺しにした奴らの氏族長。そして、彼を殺したあの妖精の次代。

 

ケダモノの癖に、礼節だのなんだのを語る癖に、会議等ではいつも高圧的な愚か者。

あの態度から気に入らなかったが、ムリアンにとっては、その経緯からして生きていることが許容できる存在ではなかった。

 

「――ウッドワスは残念でした。まさか人間との戦いで殺されてしまうなんて……」

 

言いながら内心でほくそ笑んでいた。

ざまあ見ろと思っていた。可能であれば自身であの腹を貫いてやりたかったとも。

 

そして敗北するのも意外ではあったが、当然だとも思っていた。牙の氏族の力に思い上がって、力に敬意を払わない愚か者。

 

そんな愚者など、敗北して当然である。

 

「ですが『牙の氏族』はまだ現在です――」

 

妖精國の守護職を取り込み、妖精國を支配する女王に頼らなくても良くなると言う建前を自分に言い聞かせながら。

 

「外から来たよそものに渡してたまるもんですか――」

 

本音を混ぜながら、内心を押し殺して、コヤンスカヤと会話を続けていく。

 

「オベロン様との取引で入手した情報……"竜骸"の調査に参りたいのですが――」

 

会話もそこそこに、そんな理由によって、コヤンスカヤが暇を貰いたいと言う事で、許可を出して数刻がたった頃。

 

 

これといって、何かを察知したわけでもない。

 

本当にたまたまだった。

 

偶然に下を向けば、光の輪から人間の腕が伸びていて、空に浮いているムリアンの足首を掴んでいた。

 

「え――」

 

上がったのは小さな悲鳴。

気付いたことは幸か不幸か。気づかなければ訳もわからぬままだったろうが、少なくとも、これは、何かの現象では無く、ムリアンを狙って、悪意ある何者かが故意に行った事だという事を理解させられてしまった。

 

その腕に、ムリアンは体ごと引っ張られ、そのまま、ムリアンの体は、()()()()()()()()()()

 

一気に力が抜け出していく感覚。

 

絶望がムリアンを染め上げる。

 

それは足首を掴まれたときよりも強い絶望。

妖精領域の力が、一瞬で消え去った。

 

ここはグロスターではない。グロスターよりも遠く離れた妖精國のどこかの空。

 

「なにが――!」

 

ムリアンは最早疑問を口にすることしかできず。

持前の翅で姿勢制御をしようと体制を立て直そうとした瞬間。

 

()()()()()()()()()()()

 

上から落下したかと思えば、下から落下。右から上へ、下から左へ、縦横無尽に光の輪を通して振り回される。

 

時間にして実に30分。

 

自身がもはや無力であり、弄ばれるだけの獲物にすぎないと言う事を理解させられるまで、ムリアンは落下し続けていた。

 

 

 

 

 

グロスターの領主ムリアン。

彼女の持つ妖精領域は強さの否定。グロスターに入れば誰しもが弱体化し、力に敬意を持たない輩では生き残れない絶対世界。

その力は、前述したそのルールのみに及ばず、建物や遠近感が狂ってしまう。不可思議な空間操作もその力の一つ。

ムリアンの許可なく自室へ入る事など出来るはずもない。

 

それが、未知なる技術であり、この世界どころか、別世界とも次元を繋げられるような、反則級の力でなければだが。

 

光の輪は次元を繫げるゲート。

どこへでも次元を超えて移動できるその技は、女王の合わせ鏡とは似て非なる物。

そちらであれば既知であり、大魔術の類とは言え、理解の範囲に及ぶ御業。

 

妖精領域も相まって、いくらでも対抗策は用意しているが。

この光の輪、別世界の魔術、ミスティックアーツによって行使される次元を繫げるゲートは、この妖精國どころか、世界そのもののルールを嘲笑う反則技。

 

その存在すら知らなかったムリアンに対抗策などあるはずもなく、完全なる不意打ちに、対抗できるはずも無い。

 

30分の落下を経て、ムリアンは柔らかい地面へとうつ伏せになって墜落する。

布地の感触はベッドだろうか。

 

 

やっと終わったかと。一息つきかけたところで。

 

うつ伏せのまま顔を横に向けその視界に入ってきたのは、刃物だ。ほんの少し動けば、そのまま顔を切り裂ける位置。

 

「ひっ――」

 

その光景に、息を呑んだ所で、上から何者かにのしかかられた。

 

「あぁっ!」

 

首にかかる圧力に、思わず呻き声を上げる。

何者かが、うつ伏せのムリアンにのし掛かっていた。

 

 

「グロスターの領主ムリアン……」

 

それは男性の声だった。

 

「ロンディニウムへの援軍を皆殺しにした桃色女――」

 

ムリアンにとっては、どこか聞き覚えのある声。

 

その声は、一見冷静なようでいて。

 

「そいつの居場所を吐いてもらおうか?」

 

どこか覚えのある狂気に侵されていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

下手人を見つけるのに、苦労はしなかった。

 

オックスフォードで、"最後の挨拶を交わした後"トールは即座に調査に入った。

 

マッピングした戦場から、援軍が来るであろうルートを洗い出し、地道に、その道を歩きながら過去の映像を映し出すホログラフィック装置で、照らしていくだけ。

 

時間はかかるが確実であり、事実中々に苦労はしたが、コレと言ってトラブルもなく、それを見つけた。

 

甲冑に身を包み、武器を携えた妖精達の映像を発見。

時期などから見ても間違いないだろう。

 

援軍は送られていた。

 

ウッドワスが、心酔する女王にすら裏切られたのではないかと危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。

そこに関して、トールはは大いに安心した。

万が一裏切られていたとしたらウッドワスが不憫などと言うレベルではない。

あまりの怒りに、トール自身、この星を滅しかねないぐらいには考えていた為、一息つくことが出来た。

 

その事実が、トールの復讐心に、自覚はないもののほんの少しの躊躇を与える。

 

そんな事もつゆ知らず。

 

トールは調査を続け、その分岐点に出会った。

 

それは、どう見繕っても怪物だった。

 

毛深く、真っ黒で、目が複数あり、尻尾がある。

その他様々、観察すると、地球の重力の影響を受けている体をしている事は見て取れる為、宇宙由来というわけではなさそうだが、いまいち正体が掴みづらい。言うなれば地球生物のごった煮みたいな感覚だが、その考察は思考から除外する。

 

その怪物は妖精達を次々と捕食し、跡形もなく()()()()()()()()

 

まさしく蹂躙。血肉と悲鳴。

その叫びさえも、楽しんでいるような、そんな様だった。

 

その怪物は、遊びを終えたと思えば、どんどんと縮小していき、やがて、人の形を取っていく。

 

最終的に現れたのは獣人だ。

 

桃色の髪に、同じ色の獣耳や尻尾。

 

妖精に特徴が似ているが、牙の氏族と言うよりは、風の氏族に近い。人間の顔と体に、動物の一要素を足したような見た目。

 

その人物に心当たりはあった。

 

グロスターで時折見かける顔だ。

領主の友人。

 

行先は決まった。

 

グロスターに桃色女がいれば、殺せば良い。

 

いなかったとしても、領主を脅して、情報を引き出す。

その領主が手を引いていた者であれば、ついでに殺す。

 

これまでの生活を捨て、トールは妖精國にやって来た。

 

だが、その真の目的はトール自身覚えておらす、空虚な毎日を過ごす日々。

そんな空っぽな心の一部を埋めたのがウッドワスだ。

この妖精國での生きる意味というものをウッドワスに感じていたトール。

 

そんなウッドワスが殺された今、埋まっていた意味は復讐へと変化を遂げる。

 

異世界でのヒーロー活動や、アスガルドでの世界を救う偉業を成し遂げた人物とは思えない程に、その笑みは邪悪であり、狂気に染まっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

トールは、ゲートウェイを開き、ティンタジェルの自室へと、()()()()()()()()、ベッドへと落とす。

グロスターのルールがあるあのセカイでは分が悪い故の選択である。

うつ伏せのムリアンの首に膝を乗せ、後頭部にエレメントガンという宇宙製の銃を突き付けた上で、横向きになっている目線に見えるように、ナイフを突き立てる。

 

ウッドワスを殺した桃色女と友人であるグロスターの領主ムリアン。

 

桃色女の挙動を見る限り、偶然通りかかって襲っていたわけではない事は明白だ。

援軍の情報を掴んでいたという事からも、裏で手を引いていた者の一人は、この女の可能性が高い。

直接手を下したわけでは無いが、裏で糸を引くような手合いは、ある意味、その手を汚す本人よりも度し難い。

その一人だとわかれば、情報を引き出したうえで殺してやる。

 

「――そいつの居場所を吐いてもらおうか?」

 

「……女王陛下の使いではありませんね……っ! こんな勝手が許されると思いますか!?」

 

「質問に答えろ……」

 

ムリアンは、視界に入るナイフだけでなく、後頭部に、不思議な鉄の感触も感じ取る。

これが何なのかは分からないが、絶対的な死の気配。脅しの道具である以上、頭をどうにかしてしまうものだろう。

 

「彼女なら……()()()()()()()を元にどこかへ去りましたよ……場所までは私もわかりませんが……」

 

妖精領域の及ぶ範囲から転送され、敵の懐へと招かれたムリアンだが、長い間グロスターを発展させ、女王とも対等に渡り合ってきた実力者。

この程度の脅しではまだ屈指はしない。だがこのまま逆らった所で殺されるだけ。

だからこそ、ムリアンは、この状況を打破するため、必死に思考を巡らせていた。

 

気配からして人間。しかも魔力も何も持っていない。

光の輪は不可解だが、絶望的だと判断するには、まだ、早かった。

 

「取引……ねぇ……」

 

「えぇ、彼女は私情を挟まず忠実に仕事をこなす方なので、私にも情報は与えてくれないのです」

 

(乗ってくれましたか……取引の内容を質問してくれた方がこちらとしても(オベロン)に意識を誘導させやすいのですが)

 

ムリアンは、肝心なところを出し渋りつつ、新たな情報を与える事で、そちらへと敵意を誘導させる策へと出た。

彼は、援軍を潰した存在を追っているらしい。

実行犯はコヤンスカヤである事は掴んでいるようだが、援軍の妨害に関わった者、そもそもとして、その援軍を潰す事をたくらんだ者の情報は掴んでいないようである。

援軍潰しを企んだ者の情報を与える事で、そちらに興味が移ってくれる事を祈りつつ。コヤンスカヤの情報も極力与えないよう心がける。

 

加えて、あくまで仕事でやった事だと、彼にイメージを与える事で、少しでも、コヤンスカヤへの心象を良くしようと企んでいく。

コヤンスカヤが負けるとも思えないが、事実自分はこうして、無力化されている。

友人である、コヤンスカヤが万が一にも自分のいせいで、殺されてしまうかもしれないのは嫌だった。

 

コヤンスカヤはあくまで仕事をしただけ。悪いのは、それを企んだオベロンである。

 

そのような結論に達してもらうのが理想だが果たして……

 

そう考えていたら、突然、部屋にまた光の輪が現れた。

 

うつ伏せになりながら左側を見つめるムリアンの視界に入るように現れた。その輪。

その中には見覚えのある部屋。グロスターの自室である。

 

(この光の輪は空間をつなげる力を持っている――? 女王の合わせ鏡のような……)

 

似たような力を思い浮かべながらその様子を見つめる。

 

この男が何者かはわからないが、こうまで気軽に転移を使えるとなると、この妖精國での戦争状態においてはかなり重要な立ち位置になってくる。

そんな人物がここに来て突然現れたことに、ムリアンは、どうするべきか考える。

 

自身の命を見逃してもらう事が一番ではあるが、その後、この人物を敵対関係のままにするには、良い事は無いとも思い始めていた。

 

そんな事を考えていたら。

 

突然、光の輪の中の自室に、見覚えのある姿が現れた。

 

(あれは、私?)

 

自室の中にいたのは、ムリアンだった。

だが、自分は確かにいま、人間の男に伸し掛かられて脅されている状態だ。

一体何がと思ってよく見れば、自分の姿が透けて見えていた。そしてその透けた存在がもう一人。

件のコヤンスカヤであった。

 

『ウッドワスは残念でした。まさか人間との戦いで殺されてしまうなんて……』

 

「!」

 

その内容に聞き覚えがあった。

 

『女王陛下に頼らずともよくなる抑止力……ブリテンの守護職、『牙の氏族』は私のものです。』

 

それはつい先刻、彼女と交わした会話そのものだった。

 

『——”竜骸”の調査に参りたいのですが』

 

(まずい――)

 

思った頃には、光の輪は閉じ、視界の先は、元の、おぞましい、鉄の凶器に囲まれる部屋へと戻った。

 

「竜骸ねぇ、とりあえず、その場所は後で吐いてもらうとして……」

 

まさか、空間の過去を遡るような術を持ち合わせているなんて――

 

「今回の件、あんたも関わってるって事で判断して良いみたいだな……」

 

――どうするどうするどうする?

 

ムリアンは考える。状況を打破できる手段を、自身の命を見逃してもらう事もそうだが、この男と敵対関係になるのもまずい。

 

ありとあらゆる欺瞞を、企みを、正体すらわからないこの男は見透かす事ができる。

 

この男の行動次第では、この戦争がひっくり返ってしまう。

 

状況から察するに、この男は単独で動いていて、どちらかというと女王派閥に寄っているようだが、仮にああいった術を用いて、女王に情報が行き渡ってしまったら――

 

どうにか、どうにかしてこの男に納得させるための理由を説明しないと――

 

「言い訳はもうできないなムリアン? この國を2000年も守って来た女王を裏切って、この國を守り続けてきたブリテンの英雄を罠に嵌めた」

 

(ブリテンの……英雄? ウッドワスが……?)

 

その言葉に、頭の中でめぐらせていた様々な策が吹き飛んでいった。

 

「予言なんていうくだらないものに縋って、厄災を全部他人任せにして、偉業も理解できない奴らが、異世界から来た敵かもわからない奴らに協力して……ウッドワスを、俺の友達を……! お前らは殺した……! その罪が、簡単に償えると思うな……!」

 

(何も知らない癖に、あんな奴を英雄だなんて……)

 

「まずはお前だ。次は桃色女。情報はお前の部屋で集めさせてもらう。依頼者を殺して、次は、異世界人、最後はロンディニウムの騎士達……」

 

(ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!)

 

「ふざけるな!!」

 

それは心の底から出た叫びだった。

 

「……今の自分の立場をわかってるのか?」

 

「うるさい!!」

 

後頭部に鉄の武器を押し付けられる。

痛みはないが、恐怖はある。

だが今はそれ以上に怒りが勝っていた。

 

「ウッドワスが國の英雄? 私が罪深い……? 全部女王任せ……?」

 

彼の言う英雄という言葉が納得ができなかった。

 

「何にも知らない癖に……!私が、どれだけ苦労して厄災を研究してきたかもしれない癖に……! アイツが、アイツらが何をやったのかも知らない癖に……!!!」

 

「何を――」

 

ムリアンのその叫びに、トールは気圧される。

 

それは、千年をかけて研ぎ澄まされた復讐の牙。

 

力を込めたわけでもない。何か能力を使ったわけでもない、

未だ、トールはムリアンの首に膝を置き、拘束している状態。

だが、この瞬間、確かに、トールの復讐心は、ムリアンの復讐心に飲み込まれた。

 

「先にやったのはアイツだ!! 先にやったのはアイツらだ!!」

 

「何を言ってるんだ……?」

 

「あいつが英雄なもんか!? アイツがアイツがアイツがアイツらが!!」

 

「アイツが私の大事な人を殺した!! アイツらが翅の氏族を皆殺しにした!!」

 

「な――っ」

 

その言葉にトールは一つ思い出す事があった。

 

『我ら牙の氏族は野生に流されがちだ……』

 

「まさか――」

 

ウッドワスが背負う罪、菜食主義へと変えた。その理由。

詳細は聞く事はできなかったが、ひとつの氏族を絶滅させてしまったというのは知っていた。

 

「その氏族の生き残りが……」

 

トールの、既に飲み込まれていた復讐心が崩れ去る。

頭痛がする、足元がふらつく。

気が付けば、足をムリアンからのけ、後ずさり、ベッドの脇に尻もちをついていた……

 

「そんな……」

 

今のトールに、最早復讐心は消えている。

心を染めるのは後悔の念。

 

この妖精國での生活において、初めて得た復讐という目的。

だが、その対象の動機もまた復讐によるもの。

 

 

命に貴賤は無いが、こちらは友人、あちらは自身の種族全員。

正当性という一点で言えばあちらに理がある。

何より、ウッドワス自身がその事を何よりも悔いていたという事実が、その復讐という目的に待ったをかけた。

 

思考がグチャグチャだ。どうすれば良い。

 

そう思っている間に――

 

「なんで――なんでなんでなんでなんで――!!」

 

解放された為、眼を見開き、信じられないような表情で見つめるムリアン。

その表情が見えたと思えば、今度は逆に、トールはムリアンに押し倒されていた。

 

「あの人と同じ顔で! あの人と同じ声で!! あの人と同じ()で! なんでアイツの為になんか――!!」

 

ムリアンはトールを押し倒したまま、元々トールがムリアンの脅しに使っていたナイフを今まさに突き立てようとしている所だった。

 

「ふざけるな! 偽物め!!」

 

振り下ろされるナイフ。

 

友人を失った悲しみと、そんな友人の罪の結果を見せつけられた今、トールに成す術は無い。

 

唯一出て来た行動が。

 

「すまない」

 

謝罪だけだった。

 

その言葉に、トールの右目に突き立てられようとしていたナイフが静止した。

 

「すまない」

 

繰り返される謝罪の言葉。

 

「すまない」

 

それは、復讐を遂げる事ができなかったと、ウッドワスに対しての謝罪か。

 

「すまない」

 

あるいは、事情も知らずに、浅はかな復讐心で害したムリアンに対しての物か。

 

「すまない……!」

 

激情が一気に消えた今、トールは涙を流しながら、懺悔の言葉を口にするだけ。

 

そんな、不可解な行動をとるトール。

対するムリアンも、それ以上、ナイフを振り下ろす事が出来なかった。

ナイフを持つ手は震えており、絶対的有利に立っているムリアンの表情は、悲しみに染まっていた。

 

 

 

しばしの沈黙……

 

 

 

 

やがて、カランと、ムリアンがナイフを捨てる音が室内に響いた。

 

「うう、……」

 

虚ろな眼で仰向けに倒れているトールの腹に馬乗りになったまま。

 

「……うう、ううう!……」

 

トールの胸元に額を置き、そのまま泣き出してしまう。

 

片方は記憶が無く、片方は確証がない。

 

悲しき再開。

 

だが、最悪な事態には至らなかったのがせめてもの救いなのだろうか。

 

その結果が良い事か悪い事かはわからない。

 

だが、この結果が、この再開が、今後の妖精國に多大な影響を及ぼしていく。

 

 

 



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妖精舞踏会

 

《ティンタジェル某日》

 

 

少女は、久々にそのドアを潜ろうとしていた。

その家屋には灯りが灯っており、家主がいる事は明白だ。

 

彼にも勝手に出入りして良いと言われていたし。

彼が暫くいない間も、色々と使わせてもらっていた。

 

 

色々と話したいこともあった事だし、久々に会えると、ほんの少し高揚しながら、そのドアを開けようとしたところで。

 

家内から怒号が聞こえてきた。

 

思わず体が強張ってしまう。

 

何が起きたのかと、一瞬考えたところで、その怒号の内容が耳に入って来た。

 

「あ……あぁ」

 

その内容に後ずさる。

 

どうすれば良いのか。分からない。

 

だってそう、彼が家内にいる誰に対して怒っているかは分からないが。

何故怒っているのかは明白だった。

 

少女は、ドアから離れ、踵を返す。

 

少女のみに与えられた力を用いて、自室へと戻る。

 

それ以降。

 

少女がその家に、二度と立ち入る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

妖精舞踏会(フェアリウム)

 

それはブリテンの全妖精の憧れの夜会。

 

その年に活躍した著名な妖精達が招かれ、語り合う賛美空間。

 

煌びやかなホール。美しい風景。

妖精國では珍しい、見た事もないような料理が広がるテーブル。

 

ムリアンの妖精領域によってさまざまな形を取るその内部空間は、その場に来る誰しもが、眼を見張る美しさを保っていた。

 

そんな舞踏会に参加する妖精達も、特別だ。

 

上級妖精達の中でも選りすぐりの高階級の妖精達はもちろん。

 

女王直属の妖精騎士や風の氏族の長オーロラ。

果ては、ブリテンと敵対しているはずの予言の子と異邦の魔術師達等も参加していた。

 

そんな中、異常な存在が一人。

 

その()()は、特別な階級にいるわけでも、異邦の魔術師のように特別な立場でもない。

 

異世界の人間という事は、異邦の魔術師と変わりは無いが、彼はこの妖精國の激動に殆ど関わってこなかった存在。

 

この舞踏会に参加するには、招待状を配られるか、配られた当人が付き人として連れていくかでしか参加できない。

牙の氏族の長と友人関係ではあったが、ウッドワスはおらず、懇意にしている妖精騎士トリスタンもあくまでお忍び中の関係な為、当然参加等できるはずもない。

 

『ブリテンの主要妖精がこの妖精舞踏会に集います。ウッドワスが何故死んだのか。妖精國が今、どういった風向きなのか、貴方なりの答えをさがしてみては?』

 

その名はトール。この舞踏会の開催者”ムリアン”本人によって、参加を許された。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

ティンタジェルのトールの住む家屋にて、ムリアンは、テーブルに付き、そのムリアンに茶を振る舞う。

 

「美味しい……」

 

つい口に出てしまった。

だが、このお茶は不思議な甘味と、ホッとさせる暖かさがあった。

 

「蜂蜜入りのお茶。そう思ってくれるのなら良かった」

 

トールがムリアンへの復讐行為に失敗し、そしてムリアンもトールへの反撃に躊躇した。

 

その後二人して放心状態になっていたが、時間も経てばお互いに落ち着くものだ。

 

今トールは謝罪を込めて、ムリアンを持て成し、ムリアンもまた、それを受け入れていた。

 

今は互いの身の上話を語り合っている所である。

 

「貴方は……ロットさん、ではないのですね……」

 

「あぁ、ロットって名前に心当たりは無いよ……」

 

ムリアンが躊躇した理由。

いつだったかも定かではない。遠い記憶にある()()との交流。

その名はロット。

女王歴の記憶などあるはずの無いムリアンだが、トールというバグと、氏族を全滅に追いやられて以降の牙の氏族への復讐心がムリアンの記憶の蓋に綻びを与えていた。

ロットという人間の顔を覚えている。声を覚えている、魂の色を覚えている。

牙の氏族の先代(ライネック)によって殺されたのを覚えている。

だが、何故、そのような事態になったのか。そこが不明慮ではあるものの。

そんな大切な記憶だけは覚えていた。

 

 

「……どんな人だったか、聞いてもいいか?」

 

「……どんな妖精よりも強くて、優しくて、いつも、私たちの為に妖精國の色んな場所を行ったり来たり、忙しい方でした」

 

「……そうか、良い人だったんだな」

 

「えぇ、人の気持ちも知らないで、やきもきさせられる事も多かったですが」

 

 

そんな死んだと思っていた彼と同じ存在が現れた。

偽物だと思った。だからこそ許せなかった。こちらを殺そうとした存在だ。だからより一層怒りがこみあげて、殺してしまおうかとも思った。

 

だが殺せなかった。

 

彼が未だに違うか同じかもわからない。

だが、コヤンスカヤから聞いた汎人類史での話。

同じ名前の似て非なる存在がいるという事も聞いている。例えば、汎人類史にもモルガンという存在がいるように。

あるいは彼はそういった存在なのかもしれないと、そう思う事にした。

 

謝罪の後、今の彼は、ムリアンの処罰を受け入れると言った。

本来であれば、処刑か、奴隷行きか、罰を与える対象ではあるが、彼の持つ力は得難いものだ。

ムリアンは激情に駆られて利益になるような存在を捨てるような愚者では無い。

 

だからこそ、こちらに対して負い目のある彼を受け入れる方向へと舵を切ることにした。

女王の合わせ鏡のような力を持ち、過去を掘り起こす事ができる存在。

部屋を見渡す限り、様々な便利な道具も所持している様子。

今後妖精國を支配し、厄災と相対していく上で、モルガンが消してしまった。この妖精國についての情報を探る為の存在として、利用しようという企みがあった。もちろん、他意もある。

 

「では、先ほど話した貴方の処遇に関してですが……」

 

「本当に、桃色女——コヤンスカヤに手を出さない事と、護衛と過去の調査程度で良いのか?」

 

「えぇ、ある意味では私は、貴方に命を拾われたとも言えますから。舞踏会への参加も、そのお礼と思っていただいて構いません」

 

「……正直、裏があるとしか思えないんだけど……」

 

「えぇ、当然でしょう? あなたのその力は得難いものですから。護衛という名目で色々と貴方を利用させていただきます。処断されるよりマシでしょう?」

 

「……あぁ、正直感謝しかないよ……」

 

妖精舞踏会への参加。

それは、ある意味ムリアンにとっての慈悲である。

ムリアン自身自覚はしていないが、牙の妖精の復讐という最大の目的の中に、自身の氏族が皆殺しにされた理由を求めているという事がある。

彼女は、牙の氏族を蹂躙する事で復讐と同時にその納得を得ようとしていた。

 

ウッドワスを殺したのは円卓軍だが、実際は時代の流れ、世界の意思に殺されたと言うのが正しいだろう。

円卓軍やカルデアを殺したところで、きっと彼は納得できない。

この國の主要妖精達が揃うこの妖精舞踏会に参加すれば、色々な知見を得られるのではないかともムリアンは思っていた。

この妖精國には、今や女王に心酔していたウッドワスを英雄視する者などいないという事を肌で感じられるだろう。

 

その慈悲は、記憶の中の彼と同一人物かもしれないという事もあるが、トールをある意味で、同じ志を持つ同士と思っていることから起因している。

逆に言えば、自身と同じ目的を持つ彼が、今後どのような行動を起こしていくのか、ムリアン自身見定めたいという思いもあった。

 

「ではまずは、私の屋敷まで行きましょう。送っていただけますか?」

 

「……あぁ」

 

トールは頷き、ゲートウェイを開く。

現れたのは光の輪。

そこには先ほど脅されている時にも見たムリアンの自室があった。

 

ムリアンはその光景に、改めて、この術の脅威を実感する。

そして、この人間の有能さを実感し、

なによりも彼があのロットがどうか。確証が持てるまで、手放さない事を改めて決めるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

トールは、トリスタンに貰った礼服を纏いながら一人、舞踏会の会場の端につき、会場を観察していた。

その礼服の入手経路を聞かれたとき、正直に答えた。

 

『貴方!? あのトリスタンと懇意にしているのですが!?』

 

その時の、彼女の衝撃的な顔に少し笑ってしまったが。

トリスタンもそこまで悪い奴じゃ無いことを伝えるきっかけになっただろうか。

 

次々と、妖精達がやって来る。

 

ムリアンの魔法によって、トールの知らない相手の顔は見えないが、それでも認識できる存在もちらほらいた。

正直なところそんな妖精達を見てもあまりピンとこないのだが、トール自身、そのムリアンの術がどのレベルまでの知り合いなのかも理解できていない為、そんなモノかと思っていた。

 

トールは、舞踏会全体の会話を()()()()()()()、この舞踏会を観察していた。

 

 

 

『ウッドワスが英雄などという、貴方の言葉に頷く妖精はもういません。貴方にとっては一つの正解かもしれませんが、女王は最早、國を好き勝手におもちゃにする魔女でしかありません。今妖精國の全てが反女王というブームになっているのがその証拠』

 

 

そう、彼女の言う通りなのだろう。

ちらほら聞こえてくる会話の内容に、ウッドワスの死を喜ぶ声や女王への悪口。反逆者であるはずの予言の子達を讃える声がちらほらと聞こえてくる。

 

あれほどの圧政だ。当然と言えば当然とも言えるが、そのことを加味してもあまりにも酷い。今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいという気持ちに違いは無い。

 

だがその怒りも一周回って、今は悲しみを抱いていた。

 

2000年もの間この國を守り続けていた女王。

それに付き従い、自らの業に抗い続けていた勇者の扱いがこんなものとは……

 

だがその功績を思えば、ポッと出てきて、予言などという曖昧なものに付き従う予言の子一同に良い印象を抱くわけもなく。そんなブームを受け入れる事は出来ない。

だからこそ、この妖精舞踏会に参加する予言の子を見定めたいとも思っていた。

場合によっては、殺してやろうとも。

 

ムリアンに、コヤンスカヤ以外への攻撃を禁止されているわけでは無い。

むしろ、女王も予言の子も、倒してくれる方が良いとすら思っている節がある。

 

当然とも言えるかもしれない。

女王は圧政を敷く國の嫌われ者。予言の子率いる円卓軍も、明確なイデオロギーを持たず、安い理想論ばかり語り悪の女王を倒せば全て解決と言わんばかりに何も示さない愚か者達。

 

期待できないというのは当然なのかもしれない。

 

トールからしたら、今なおこの國を支配する女王以外で、最も真剣にこの妖精國の今後を、モース対策を含めて、生き残ることを考えているのは、ムリアンだと思っていた。

 

彼女は良くも悪くも、女王にも予言の子にもフラットなスタンスだ。

 

 

その上で、今後、自分はどう動いていこうか。

 

正直なところ、女王と敵対したくないという思いはあるし、娘のトリスタンも気がかりだ。

 

ムリアンとの会話の折、トリスタンの事を伝えたところ、信じられないと言う表情の後。

何かを思い詰めるような表情へと変わったことが印象的だった。

 

例えばだが、女王には会ったこともないから何とも言えないが、女王が敗北した時、どうにかしてトリスタンと一緒に匿えないか、ムリアンに交渉出来ないかとも考えていた。

 

そして、牙の士族の事も……

 

いや、それは、それだけは自分には何も言う権利は無い。

復讐の牙を未だ収められない自分が、牙の氏族と懇意にしている側の自分が、"復讐をやめろ"等とどの口で言えるのか。

ウッドワスが菜食主義に傾倒した理由を伝える事すら許されない。それはやめろと言っている事と同じ事だ。

例え今の自分が伝えたとしても、響かないだろう。

 

復讐を愚かだと、いけない事だと、知ったふうに言う奴をトールだって信用しない。

目の前で恋人や肉親がバラバラにされても平気でいられると言うのなら信じてやっても良いが、そんな奴には残念ながら出会った事はない。

 

復讐は、自分自身がその虚しさに気付くまで止める事は出来ない。他者に無理やり止められたとしても、そいつに強い後悔が残るだけだ。

 

そんな事を考えていたらほんの少し騒がしくなった。

 

その騒ぎに目を向けると、目立った存在を見かけた。虹色の翅に金髪の髪。眩い輝きを放つ妖精。オーロラだ。

 

トールにとっては、国立殺戮劇場へとぶちこんだ憎き相手ではあるが、ウッドワスの恋する相手だという事を知っている。

胸中複雑な気分だった。あの笑顔を見る限り、ウッドワスの死に心を痛めているというわけでもなさそうだ。

 

見ていられなくて眼を逸らす。

ほんの少し、うるんでしまった眼をこする。

誰もウッドワスの死を憂いていない。そのことが酷く悲しかった。

流れかける涙をせき止める為、ハンカチで眼を塞いでいると、

 

「この舞踏会に人間が一人でいるとは珍しい、君は一体どういった関係で招待されたんだい?」

 

そう声をかけられた。

 

涙を拭う為、塞がっていた視界を開ければ、目の前には誰もいない。一瞬当たりを見回すがやはり誰もいない。

 

「む、君、わざとやってる?」

 

その声に従って下を見れば、一翅の妖精がいた。

 

綺麗だな。と言うのが第一印象だった。

桃色がかった銀髪に、白と青を基調としたドレス。

 

「舞踏会にようこそ。初対面かと思ったけど、お互い顔が見えると言う事はそうでは無いらしい」

 

「……君は?」

 

「僕を知らない? となると本当にどこで出会ったんだろうね」

 

青い布越しでも分かるほどに、顔の造形も恐ろしく整っており。

 

「悪い。その、俺、記憶障害のケがあるらしくて……」

 

「そうなのかい?いや、僕も覚えていない辺り、君のことは言えないけれど」

 

「俺はトール。この舞踏会は……あー、グロスターに酒を仕入れていたんだが、それに目をつけたムリアンに気に入られてね。色々仕入れ口を広げてくれるって事で、今後客として付き合おこともあるだろうから、空気感を感じておけって事で参加させてもらってる」

 

嘘では無い。トールのモルポンドを稼ぎ口の一つとして、グロスターに酒を提供していたのは本当だ。

ムリアンも知っていた銘柄だったため、ムリアンとしても、捩じ込む大義名分ができてちょうど良かったらしい。

 

 

「あのムリアンが……珍しいこともあるものだね……」

 

「まあ、ブームが過ぎ去ったら捨てられるかもしれないけど……」

 

「フフ、それは違いないかもしれないね……そうだ。名乗りが遅れてしまった」

 

軽い微笑みですら愛らしい。

 

「僕は、妖精騎士ランスロット。よろしく、トール」

 

「……あぁ、よろしく」

 

見る者にため息をつかせるほどの美しさを誇っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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妖精舞踏会②

 

 

 

 

 

妖精騎士ランスロット。

ブリテンで最も美しい妖精と謳われ。

 

最強の妖精騎士とも言われている存在。

 

それが今、トールの目の前にいた。

 

 

「どうかな? 舞踏会は、楽しめてる?」

 

「ん? まあ……そうだな」

 

何故声を掛けたのだろうかと、疑問に思いつつ。

態度は崩さない。

ムリアンに、失礼の無いようにとは言われたが、無駄に遜るのもそれはそれで、やめろと言う指示もある。

あくまで自然体で良いだろう。

 

ランスロットに聞かれ、改めて辺りを見回す。こういった高級志向のパーティは経験があるが、こう、社交ダンスを嗜むような、社交会に関してはからっきし。

どことなく息苦しいのは、ウッドワス関連だけでは無いだろう。

 

「やっぱり、緊張の方が大きいかな。ほら、ここで万が一迂闊なことをすれば仕事を失うかもしれないし」

 

「それは、違いない。この妖精國では君のような人間が成り上がっていくのは難しいからね」

 

悪気も何もない"事実"にトール自身、何も思わない。

当然だと思っているし、別に、仕事なんてのは嘘であるのだから、どうでも良かった。

 

言いながら耳に仕込んだ盗聴器で、声を集める。やはりロンディニウムでの話題が多い。そして、ウッドワスが倒された事を喜ぶ声も。相変わらずだ。

一度耳から意識を離して、ランスロットへと集中する。

 

「そういえば、ランスロット。妖精騎士って事は、女王の……?」

 

「そう、僕は女王陛下直属の騎士」

 

「凄いんだなランスロットは。確かに、この建物の中でも1番強そうだ」

 

「ありがとう。性能という点においては、この妖精國で僕の右に出る者はいないと自負しているよ」

 

性能。という言い方に不思議な奴だと思いつつ、

誇らしげなランスロットはそのヴェールを外し、朗らかな笑みをトールに向ける。

 

その笑顔に見惚れつつ、トールは言葉を続けていく。

 

「それに、皆君に夢中みたいだな……隣にいる俺が邪魔だって顔をしてるよ。君、すごい可愛らしいから」

 

「可愛らしい?。初めて言われたな。そんな事」

 

ランスロットは辺りを見回す。

その布を取ってから、更に熱くなる目線。

だがランスロットは意にも介さない。

 

「でもその言葉は嬉しいよ。ありがとう。けれど、見るべきは僕じゃない。もっと美しい妖精は別にいる」

 

ランスロットから放たれるのは感謝の言葉。しかし、つづく言葉は自身の美しさを否定するものだった。

 

「見るべきは、か……」

 

呟きながら、ランスロットの目線を追えば、目についたのはオーロラだった。

 

「なるほどな……確かにオーロラって凄く綺麗だよな。キラキラしてる」

 

トールの言葉に、満足そうな顔をするランスロット。

だが、ひとつ。気になる事はある。

 

「でも――」

 

こんな初対面で言うべき事では無いかもしれないが、それでも、今のトールにとっては伝えておきたい事ではあった。

 

「君の事を綺麗だって言ってる妖精たちの想いは否定しないでやって欲しいけどな……」

 

そうだ。自身を好いてくれている要素を、本人が否定してしまうのは、思う側からしたら悲しい話だ。

 

好かれる事が迷惑となる事もあるだろうが。

 

自分が愛した相手がその思いすら否定するのは、あまりにも悲しい。

 

ウッドワスが思っていたオーロラが、彼の死を全く気にしていないかのように振る舞っていると、強く思う。

 

やはりオーロラもウッドワスの事を、老害だとか、獣臭いだとか、思っていたのだろうか。話を聞く限りでは脈が無いわけでは無さそうだったんだが……

あるいは、今はああいった態度でも、計法が出た時は悲しんでくれたのだろうか。

 

そんな事を思っていながら、ランスロットの返答を待っていたが一向に、返答が来なかった。

 

「? どうかした?」

 

「いや、君の言う事も違いないとは思ってね。少しだけ考えてしまった」

 

「まあ、あくまで一個人の意見だから、何となく流してくれれば――」

 

と、そんな会話の中。

気になるやり取りが目に入った。

 

ランスロットもどうやらそちらに興味が向いたらしい。

 

そこにいるのは、まとまりのない服装をした集団。そう、ウッドワスを死に追いやった予言の子一同。

 

友人を殺した、憎むべき相手。

 

桃色の妖精が、そんな予言の子達に声をかけていた。

 

 

『ごきげんよう。『予言の子』ロンディニウムでの勝利、おめでとうございます』

 

「おめでとうございます……か……」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、牙の士族の長が侵略者に殺されたってのに、あの妖精も呑気なものだなって」

 

言いながら桃色の妖精の声を盗み聞く。

 

「牙の士族長を殺した事をおめでとう。だってさ……」

 

 

 

 

 

 

ランスロットはおや、と思う。

視線の先にはコーラルと予言の子一同。

彼、トールは、その内容を口に出すが、ランスロットには聞こえてこない。

 

「……声が聞こえるのかい?」

 

「読唇術ってヤツ。唇の動きで会話を読めるから……簡単な言葉ならだけど」

 

嘘ではあるが嘘ではない。

トールは、間違いなく盗聴しているが。読唇術はスパイの基本みたいなものだ。シールド時代に習得はしている為、今の内容も読唇術でも読み取れている。

 

「そう……面白い技術だね……」

 

「本当に……誰もあいつが死んだ事を悔やんでないんだな……」

 

「君……」

 

ランスロットの関心した態度にも気にせず。一人ごちる彼にランスロットは、目の前の人間に色々と心当たりがあった。この知識、妖精に対しても余裕の態度。

力を十全に振るえないムリアンの妖精領域にいて尚感じ取れる力強さ。そして妖精騎士である自分を前にしても、臆さないこの胆力。

 

牧場出身の人間としてはあり得ない。

 

何より、ウッドワスの死を憂うその態度。

 

あのウッドワスが自身の軍に特別待遇で入れて欲しいとモルガンに懇願していたとオーロラが話していた――

そう、確か――

 

 

「君、ひょっとして異世界の国の王子様だとかいう人間かい?」

 

「……ああ」

 

トールは否定もせず、素直に答える。

 

「そう、君は、ウッドワスと仲が良かったんだね……」

 

「そうだな……」

 

 

そこで会話は止まる。ランスロットは困っていた。

正直なところ、トールに話しかけたのは、どこか惹かれるところがあったからだ。ムリアンによる認識阻害の魔法の中で、何故顔を知っているのかも気になっていたし、遠目から見ても強者の風格を備えていた。彼を見ていると、遠い記憶の彼方にある何かに触れる気もしていた。

もちろん、こんな所に人間が1人という興味も大きかった。

 

だが蓋を開けてみれば、ランスロットにとっては正直なところ気まずい相手だった。

 

何せ、ウッドワスの援軍を邪魔した陣営の一部は、オーロラであり。ウッドワスを倒したのは、弟であるパーシヴァル。

 

下手をすれば、彼の怒りや悲しみの矛先は、恨みとなって、パーシヴァルはもちろんのこと、オーロラに向いてしまうだろう。

 

あるいは既に向いているかもしれない。

 

その時、彼と敵対するのは、嫌だった。

 

敗北するつもりなど毛頭ない。出会ったばかりで、彼との交流があったわけでもない。

 

だが――

 

出会ったばかりだというのに、負けるはずがないというのに。

 

そもそも戦うのが嫌だった。

 

そして、どこか心の奥で、彼に、敗北してしまうかもしれないという、不安も抱えていた。

 

 

どう声を掛けたものか困ってしまう。

 

トールを見れば会話が止まった事を気にした様子もない。

コーラルと予言の子のやり取りを見ながら、目に涙を溜めている。

ウッドワスを思っているのは明白だ。

 

他者の死を憂うその姿に、その優しさに惹かれながらも、尚更、居た堪れなくなった。

 

そも、ランスロットは、そこまで妖精とのかかわりが得意な方ではない。

人間であるならば尚更だ。

普段であれば何の気無しに、ランスロットが好き勝手に喋って去る。というのが定番だが、この時ばかりは会話の流れも相待って、ランスロットも気を揉んでいた。

 

どう声を掛けたものかと、焦りが動作に現れる。ランスロットは慌てた様子で手をわしゃわしゃと動かしていると。

 

「どうした? 実は、ウッドワスの援軍を邪魔した奴等の仲間だったり、反乱軍の誰かと繋がったりしてたとか?」

 

そんな事を急に言われたものだから。

 

「―――――――なんて?」

 

ギクリと、わかりやすい反応を返してしまった。

 

「…………いやまさかとは思ってたんだけど。わかりやすすぎる……」

 

「……」

 

やってしまったとランスロットは、慌ててしまう。

援軍の妨害の件など、彼が知っているという事があまりにも予想外だったのと、急な問いだったため、

つい反応してしまったし。その後の対応も良くない。反論が思いつかず、口を紡ぐしかなかった。

 

恐る恐る、彼を見れば、トールは、口に手を当てて、何かをこらえているようだった。

 

「…………く、くく、くくく」

 

こらえていたのは笑いだった。

 

「な、何故笑う!?」

 

「いや、ここまで正直にそういう反応されると逆にさ……」

 

失礼、と言いながら笑いを抑えるトール。

その態度に、ランスロットはホッと一息ついていると

 

「って事は、この事を女王に報告すれば妖精騎士の座も剥奪だろうな……先にムリアンに言うのも手だ。あいつなら上手い事政治に利用するだろうし」

 

そんな恐ろしい事を言い出した。

慌てて顔を見れば、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。本気では無さそうだが……どことなく読みづらい。

 

「い、意地悪だね君も」

 

「ああ、こういう脅しの類も……商売する上では大事な要素だからさ」

 

「ムリアンが君を雇ったのもわかる気がするよ……」

 

 

このグロスターにおいて暴力は許されない。

鍛えた力は振るえない。むしろそれは、この領域内では根本から存在とした格上であるランスロットが最強たり得る要素でもあるのだが。

ムリアンという絶対者がいる以上どう転ぶかはわからない。

目の前の彼はムリアン直属の部下のようなものだ。

下手に手を出すのも難しいし。あっさりと殺されてくれそうに無い。故に今は大人しくするしか選択肢は無い。

 

「一応聞くけど……何が望み?」

 

「そうだな、じゃあまずは――」

 

「え、まずはって一つじゃないのかい?」

 

「それはそうだろう? この国の英雄の死に関わったんだ。一つや二つの頼みごとで、済ませるわけないだろう?」

 

「う……まあ構わない。僕に出来ることならなんでもしよう。それでも納得出来ないようなら、君を殺すしかなくなるけど」

 

「おおこわ……怖すぎて、ここである事ない事叫んじまうかもな……」

 

「きみ、やっぱり意地悪だね」

 

ジト目で睨むランスロットにトールは意にも介さない。

 

「じゃあ、知り合いが反乱軍か。援軍妨害に関わっていたか。どっち? 別に言えない事があるなら隠しても良いけど……」

 

――隠せるものなら隠してみろ

 

言外にそう言っている気がする。

 

「ちなみに、援軍を全滅させた犯人も君じゃない事は分かってるから、関わってる程度なら別に君をどうこうしようとは思わないさ、色々あって、やり辛くなったからな……」

 

言ってる事の後半はよくわからないが、誤魔化しは効かないだろう。最低一つは情報を提供せざるを得ない。

むしろこれはチャンスだともランスロットは考えた。

 

「君の言う通りなら円卓軍のメンバーは把握してるという事だね」

 

「ああ、リーダーのパーシヴァルの事はな。後は正直、雑兵って感じだけど……」

 

自分と彼の関係を明かせば、彼は、きっとパーシヴァルへの復讐なりなんなりを躊躇してくれる。

そう、自分の為ならばきっとそうしてくれる。

そういう確信を、ランスロットは何故か持っていた。

 

それに知られたところで困ることでも無い。だから明かす事にした。

 

「彼は、僕の弟だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランスロットのその告白に、トールも一瞬だけ息を呑む。

 

「それはまた……複雑な関係だな」

 

「……こんな小さな頃から見守ってきたんだ」

 

言いながら小ささを手で表現するランスロット。

実際にそんな大きさでは無いだろうが、彼女の小柄な体躯も相まって、その姿は愛らしい。

 

「10年間、彼が成長していくごとに、喜びと戸惑い、感謝と寂しさで、胸が温かくなった……」

 

当時の弟の姿を思い起こしているのだろうか。

 

「僕は良い師匠でも、姉でも、友人でもなかっただろうけど……」

 

複雑な雰囲気を醸し出していた。

 

「パーシヴァルが汎人類史の人間のように、暮らしていける未来を、何度も夢に見たくらいだ……」

 

また汎人類史……この世界の事情を知る者皆が言う、異世界。

正直な所、聞いた話を統合する限り、自身の知るセカイのバックアップ前と似て非なるセカイだと認識できるが。

であるならば、夢を見過ぎじゃ無いかというのがトールにとっての意見である。

隣の芝は青いと言うが、良いところだけ見て憧れるのも良いが。妖精國そのものを蔑む程優しい世界でもない。

 

「そんな愛しの弟がいるのに、円卓軍には入らないんだな……」

 

「うん……それはできない」

 

「……どうして?」

 

「僕がモルガン陛下に従っているのは、妖精騎士でなくてはならないからだ。『予言の子』が正しかろうと、僕には関係の無い話だ。僕は僕の信念から、陛下と取引したのだから」

 

その言葉に嘘はないだろう。表情を見ればわかるものだし、何故かわからないが確信がある。

ランスロットは尚も続ける。

 

「なのに、モルガン陛下の誘いを断ったばかりか、円卓軍なんてつまらないものを組織して……パーシヴァルは……不良になってしまった……母竜として、そんなふうに育てた覚えはないのに……」

 

母竜。という単語が気になったが、トール自身、竜というものに馴染みがないわけではない。人間に変化する竜にも会った事はある。彼女もそう言った類のものなのだろう。気にしない事にした。

 

ランスロットはウッドワスを殺したパーシヴァルの身内だ。正直なところ、最初は身内ごと殺してやる。なんて程に憎悪を持っていたが、悲しみに暮れる彼女を見て、そんな気にはなれなかった。

 

だから、そう、そんな遺恨は、胸にしまえば良い。

そもムリアンとのいざこざで、憎悪は殆ど燃え尽きている。本人にあった時、自分の心がどうなるかはわからないが、身内である彼女を害す気分にはならない。

今は彼女の為に何を伝えるべきか感がえ――

 

「なら、無理矢理にでも聞き出せば良いんじゃ無いか?」

 

「え?」

 

「いや、君や、あの女王の誘いを断って、國をメチャクチャにするクーデターを起こした理由をさ、本人に聞けば良いんじゃ無いかなって」

 

何故かはわからない。だが、彼女の悲しむ顔を見たくは無い。

 

話を聞く限り。彼女に必要なのは、納得だ。

ランスロットは未だ弟が反抗した理由を分かっていないようだ。

そして、この姉弟は立場上、殺し合う仲。どうなるにせよ何にでも、()()は必要だ。

 

ランスロットに最低限必要なのはそこだ。

彼女は謀反した理由を知るべきだ。そして弟も理由を伝えるべきだ。それが家族としての義理だとトールは考える。

 

自身も。義理の両親を裏切る時、何も言わずに去るべきか迷うに迷った。殺される覚悟で父親に宣言し、結果的には話して良かったと、そう思う自分がいる。

 

仮に何も言わずに去ったならば、残された父上や母上がどう思うか、あの反応を知れば、想像に固くは無い。

 

「気を使う必要なんて無い。弟が何を思って今みたいな馬鹿な事をしているのか、弟は理由を言うのが道理だし、君には聞き出す権利がある。だって家族なんだから」

 

「聞き出して、それでどうすれば良い?」

 

「そこから先はランスロット次第だ。尊重してやるか、無理矢理引き戻すか。家族で、育ての親で、姉なんだったら、遠慮はするべきじゃ無い。不義理なのはあっち側だ」

 

そう、ランスロットの思いを知った以上、トールの思考はランスロット贔屓だ。ランスロット視点に立てば、パーシヴァルをトールは許す事ができない。

 

「……でも」

 

だが、ランスロットには迷いがある。彼女は、パーシヴァルの家族でいる事に対する自信が無いのだろう。

姉として、家族として、彼の意思を無理矢理聞き出すなど。そんな権利など無いと思っているのだろう。

 

「今、こうして、お互い生きている内に決着をつけるべきだ」

 

だから、これは、彼女のための、自分なりのちょっとした発破だ。

 

「でないと、彼が殺された時、君の中でいつまでも後悔が残る事になる」

 

「――っ」

 

ランスロットは息を呑む。

言葉の意味を理解できたはずだ。

 

「それは、つまり――」

 

「俺は女王のイデオロギーに賛同しているし、妖精達が何を言おうが、ウッドワスがこの國に最も必要な存在であったという意見を変えるつもりは無い」

 

ランスロットの言葉を遮る。

これは本心だ。反乱軍が愚かな連中であると言う意見に変わりはない。

妖精國の全てが女王を敵視し、ウッドワスを軽んじているとしても、彼が信じた女王を信じているし、その実績は信頼に足るものだ。

妖精達の言う、國のおもちゃ扱いという愚行とやらを考慮にいれたとしてもおつりがくる。

 

「君の弟は反乱軍を組織した、妖精と人間の共存とかのたまっているが、やってる事は、予言の子に乗っかって、女王を殺すの一点張り……」

 

妖精と人間の共存。聞こえは良いが、その道は険しい。この國においては人間は牛や豚。虫や花ようなものだ。

人間の立場で考えた時、牛や豚に知能がついたとして、その家畜関係をいきなり解消が出来るのか?道端のアリに気をつけながら歩くようになるのか?景観のために花を摘んで、好き勝手に弄るのを止めるようになるのか?難しい問題になるだろう。

 

それを目指しているのが反乱軍。そして、その方法は予言に従い女王を殺すのみ。話にならない。

 

 

「その予言の子達も、各地の鐘を鳴らし回ってるだけ。予言なんていうくだらないものに乗っかってるだけ。今後の妖精國をどうしていくか示しているわけでも無い」

 

予言の内容も結局のところ曖昧だ。真の王が現れるというが、真の王とは何だ?

聞こえは良いが、実際どういう統治をおこなうのかすらわからない。

2000年、妖精國を守り続けているモルガンの方がよほどマシだ。実績からして比べるまでもない。

現状の暴挙やトリスタンを差し引いても、その意見に違いは無い。

 

「俺は、予言の子を正しいとはカケラも思ってない。君の弟や予言の子を殺す事に戸惑いは無い」

 

 

「……」

 

 

「宣言しておくよランスロット。君の弟が、反乱を止めるって言うなら、俺も手出しはしない。我慢するよ。相当な努力が必要だけど……」

 

自分の言葉は全て本心。

反乱軍は敵でしかない。

この國を想えば、さっさと消えてもらうのが吉だ。

 

「でも、もし、このまま、君の言うつまらない反乱軍を彼が続けていくと言うのなら、俺は遠慮しない。俺の個人的な復讐だが、復讐は何も生まないだとか言う説得は通じない。何せ、相手は反乱を企て、國を滅ぼそうとする俗物だ。國を守ると言う大義と、友人を殺された復讐心。俺はどちらも兼ね備えている」

 

だが、正直なところ――

 

「妖精騎士と反乱軍という立場のままで、君の弟をいつまでも俺から守れると思うか?」

 

本当はもう、復讐をする気は失せていた。

 

 

だから、これはランスロットに発破をかけるための言葉に過ぎない。

パーシヴァルが何を思っているかなどはどうでも良い。どんな理由があって裏切ったかなどどうでも良い。

何故、ランスロットに何も告げずに、彼女の元を去ったのか等もどうでも良い。

 

今この瞬間、悩みを抱えている彼女を、解放してやりたい。

 

そう思っていた

 

 

その会話を最後に、ランスロットとの妖精舞踏会での会話は終わった。

最期、ランスロットの。

 

「——それでも、君とは戦いたくない」

 

その言葉に、嬉しさと戸惑いを感じながら、予言の子の集団へと近づいていくランスロットを見送っていく。

 

そう、復讐はもう良い。

復讐に暴走した結果。無関係では無いが、決して自分が傷つけてはいけなかった妖精の命を奪うところだった。

何も考えない衝動にまかせ、一歩目を間違えた。その時点で自分は負けたのだ。

だからもう、復讐は止めだ。

 

今は、ウッドワスが守って来たこの國を、女王を彼の代わりに守っていこう。

ウッドワスが償いたかった、その罪に、少しでも報いるために、ムリアンも守ろう。

妖精國の嫌われ者であるトリスタン。残虐だが、素直で、本当は良い子な彼女を守っていこう。

 

 

そう、誓おうと、思っていた。それは新たな決意だった。

負の感情で戦うのはもう止めよう。そう思っていた。

 

 

 

『このブリテンは攻略対象ではないけれど、最終的には『切除』しなければならない異聞帯だ』

 

 

『異聞帯と汎人類史じゃどちらかしか生き残れない生存競争の対象ではあるけれど――』

 

 

『移住はできるよ、バーゲスト』

 

 

そう思っていたのにーー

 

 

再び、嫌悪感と、憎悪の炎が、燃え上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああ、ごめんなさいごめんなさい」

 

 

少女は苦悩する。

 

 

「わたしはしたくなかったの……」

 

 

「大嫌いだったけど、あなたは好きだったみたいだから、本当はしたくなかったの……」

 

 

自身の犯した罪によって、1人の人間があれ程憎悪を撒き散らしていた事に苦悩する。

 

 

「あなたの靴も作ったの。喜んでもらいたくて、褒めてもらいたくて」

 

 

少女は、記憶の中のその相手に、脈絡なしに話かける。

 

「謝らなきゃ、ちゃんと会って謝らなきゃ……!」

 

彼女が、その記憶に蓋をするまで、その苦悩は続いていた。

 

 

 



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妖精舞踏会③

前回からの流れでお察しだとは思いますが、カルデアに対するアンチ・ヘイト描写に溢れております。

苦手な方はブラウザバックをお願いします。


 

テラスにて交わされる予言の子一行と妖精騎士ガウェインーーバーゲストによる密会。

盗聴器越しに聞こえるその内容。

 

汎人類史、異聞帯。

 

ムリアンやトリスタン。ウッドワス等から。おおよその話は確認している。

そして、彼らの密会によって。色々と話が補完できてきた。

 

奴らは、自身の世界を巻き込む形で起こると言う崩落を防ぐためにやって来た。

 

彼らに敵対する意思は無く、自身の世界を巻き込む崩落さえ防げれば後は立ち去るだけだと。そう言った。

 

この内容であれば、別にこれと言って、言うべきこともない。

 

彼らにとって敵に値しない理由というのが、”どうせ滅びるから”という理由でなければだが。

 

異聞帯という、”間違った歴史”だとか言うこの世界。

空想樹がなければ消え去るというこの世界。

それが無い以上、彼らからすれば、滅び去るだけの世界。

 

どの道滅びるにも関わらず。崩落から世界を”救ってやる”と、さらに”武器も寄越せ”とあまりにも舐めた”交渉”を奴らは持ちかけて来た。

 

そして、今この妖精國の現状で、奴らの要求通り、女王が武器を寄越せばどうなるか。

 

『このブリテンは攻略対象ではないけれど、最終的には『切除』しなければならない異聞帯だ』

 

攻略対象では無いだけで滅ぼさなければならないと、奴らはそう言っている。この世界の維持は、奴らにとっては困ることなのだ。

交渉に従って武器を渡したとしても、世界が維持されてしまう場合、女王の武器(ロンゴミニアド)をこちらに向ける可能性もある。という事だ。

 

結局の所、奴等は崩落という自身の世界の対策しか考えていない。その後のこの世界の消失については知ったことでは無いと言うことだ。

そんな分際で、この世界を救ってやるから武器を寄越せと持ち掛けて来ているわけだ。

舐めた交渉。あまりにもこちらを馬鹿にしている。上から目線の”正しい世界”ならば納得の対応だ。

 

彼らの提示する移住も、数に限りはある事はその言葉尻からして察する事はできる。

 

この國を維持しているのはモルガンであり、その交渉を跳ね除けたのもモルガン。そんな交渉。跳ね除けて当然と言えるが。

 

そのモルガンを殺せば、後は妖精達にまかせると、放棄するのも納得だ。

モルガンを殺し、この國を維持する楔を消し、武器を奪えれば、後は最早どうでも良いという事だ。

 

この國を救うと言いながら、奴らは住民をだまし。内乱を活性化させ、滅びへの道を整えていっているのだ。

 

この國が滅んだ時、奴らは何を思うのだろうか。

間違った滅ぶべき世界だったけど、協力してくれた住人達は皆良い人だった……とでも言って思い出にふけるのだろうか。

その思い出だけでも忘れないとでも言って、滅びを看取るだの、綺麗な言葉で誤魔化して、勝手に罪を背負った気になって、本当の意味での苦悩を味わう事なく、安い決意でこれからものうのうと生きていくのだろうか。

 

ああ、当事者達にとってはさぞ美しく、切ない物語になるのだろう……

 

 

 

 

 

だが、滅ぼされた側からすれば、ふざけた話だ。

 

 

奴らのあまりの悍ましさに、トールの中の反乱軍への恨みは薄れてきていた。

浅はかとは言え、この國の未来を考え、自身たちの為、妖精と人間の共存という絵空事を謳っている反乱軍。

だがこのまま戦争が進めば、殆どの反乱軍の兵士達は戦争中に死に絶えるのは明白だ。

 

妖精國の未来を考えてもいない奴らの、上部だけの救済に騙され、他人の世界を救う英雄譚の引き立て役として消化されていくのだろう。

妖精國を理想の国にするどころか、自身の世界を滅ぼす為に利用される事が余りも哀れで、恨むどころか、同情の気持ちすら抱いていた。

 

 

バーゲストの様子を見るに、彼女は交渉に乗るだろう。

女王が妖精を救わないと宣言している以上、乗らない理由は無い。

これまでの女王の実績よりも、大事な恋人と、裏で人間を嬲り殺しているマンチェスターの住人が大事だと言うことだ。

 

妖精騎士の一人は落ちたと見て良いだろう。これでまた戦況は大きく傾く。

 

真剣に調べてみれば、何もかも都合よく、カルデアが有利な方へ行くように行動している節がある。

 

良くも悪くも純粋な妖精は、騙すのは容易だ。

ウッドワスの援軍を潰したような姦計を巡らしている者がいるが、その実内容は単純明快。その程度の謀でも振り回されるのが妖精という存在。

 

 

だが問題は、そんなカルデアにとって都合の良い展開の為の迂闊な行動が、そこのガウェインや各氏族長含め、国の妖精達だけにとどまらないという所だ。

 

カルデアにとっての最大の障害。

モルガン女王の態度が何よりも、カルデアを有利に働かせている。

 

 

何故、妖精を見捨てる事をひけらかしにする?

大厄災に備えるフリでもしておけば良いものを、何故、敵対されても仕方がないような態度で居続ける?

見捨てる相手に対するせめてもの誠実さからなのか?

 

何故、援軍が届かなかった事すら確認しない?

 

何故、あからさまな他氏族たちの裏切り行為を黙認する?

あちらこちらで、自分たちは検討したが予言の子に破れ、鐘を鳴らされたなどというあからさまな言い訳を用意しているのに。

 

何故謁見の段階でカルデアを始末しなかった?

最初の謁見の段階でカルデアを殺していれば、それで済んだ話なのに。

見逃したばかりに、ウッドワスは殺された。

 

まるで予言の子やカルデアに力をつけさせ、自身が倒される事を望んですらいるように見えて来る。

 

そう思わずにはいられない程に、あまりにも、女王の本気度が全く足りない。

油断が過ぎる。本気でカルデアを潰そうと明らかに思っていない。

これまでの女王の実績を調べれば、そこまで間抜けと言うわけでもあるまい。

 

間違った世界の住人であり、その世界を維持している事に罪の意識でもあるのか。

滅びゆく世界を無理やり生かしているという事に負い目でも感じている?

 

あるいは、自身のセカイのように。

上位世界の神なる存在によって、都合よくカルデアの連中が生き残り、この妖精國が滅ぶようなシナリオになるように、思考を誘導されている?

 

そんなありえない出来事が、トールにとってはありえない事では無い。

 

 

――冗談じゃない。

 

 

女王が大厄災に備えないなどと言うのは自身にとって関係無い。

土地に連なる呪いを、全てその女王にまかせる事自体、お角違いだ。

 

だから彼女が大厄災への対処を放棄すると言うのならば、それはそれで納得しよう。妖精國を広げるために、この國の妖精達を犠牲にすると言うのならば、受け入れよう。

 

女王の2000年にもわたる妖精國への貢献は、そんな蛮行すら考慮に入れても釣りが来るほどのものだ。

 

その時が来たら自分自身で対処するだけだ。

 

だが、侵略者達はまた別の話だ。

同じ滅びだとしても、つい最近現れた外様の人間が、安い理想論でだまくらかし、救世という名目で、好き勝手に國を荒らすだけ荒らし回って行く事だけは我慢ならない。

 

女王が、この國の維持に思う所があり、カルデアとの決着を自身の手で付けようと思っていたとしても。

 

これは世界をかけた戦争だ。当事者は女王だけではない。

 

女王が、大厄災を放っておく事に文句は無い。だがカルデアを殺す事に異論は挟ませない。

 

だからトールなりに國を守るために、自身がすべきことをするだけ、今、この瞬間、侵略者たちを殺すチャンスなのは間違いない。

女王が敗北し、外様の奴ら(カルデア)が満足した顔をして帰って行くのを許すぐらいなら、叛逆のそしりを受けたとしても、殺してしまう方がよほどマシだ。

 

食事会場から、ナイフをくすねる。

ムリアンの魔法によって。このグロスターでは鍛えた力が振るえない。

だが、人間一人殺す程度、ナイフでもあれば、子供程度の力もあれば事足りる。

逆に大の大人程度の力があれば、鉛筆一本で事足りる。

 

ナイフを袖に隠す。

狙いは、密会が終わり、会場へと戻って来た、カルデア一行。

その代表というツラをしている、人間の男性。

 

『異聞帯と汎人類史はどちらかしか生き残れない生存競争の対象ではあるけれど、それは『世界』と『世界』の話であって、『住人』と『住人』の話では無いんだ』

 

奴等はこんな事を言っていた。

 

どういう意図で言っていたとしても、バーゲストを説得するための方便だとしても。悪魔で移住を提案するいちいち回りくどい前説だとしても。

 

トールからすれば自身達の行動の選択の責任を世界のせいにして、逃れるための言い訳にしか聞こえない。

 

いずれ滅び、滅ぼさないといけない世界に向かって救ってやると言いつつ、武器を寄越せと舐めた交渉を持ちかけたのは奴等だ。

世界じゃ無い。

 

一度見逃した女王への反抗を選択したのは奴等だ。

世界じゃ無い。

 

その選択が、この妖精國の争いを増やし、混乱をもたらし、結果、女王の圧政など問題にならない程の犠牲が増えていく。

その最たるものが友人であるウッドワス。

 

トールからすれば許せないというレベルではなかった。

 

 

世界のせいだからしょうがないと納得する気もない。

戦争だからしょうがないと思う気も無い。

 

奴らは、汎人類史の尖兵として、この世界を効率よく滅ぼすためにこの世界の住民を騙しているだけ。

侵略者として正しい行動をしているだけ。

 

奴等が言った通りこれは世界をかけた生存競争。

 

卑怯な行為も許容しよう。

自身を救世主だと宣伝して、妖精達を騙して、救世主と謳われながら、気分良くこの國を荒らしまわれば良い。いくらでも卑怯な手を使えば良い。

 

奴達が卑怯者であればある程、こちらの殺意をより先鋭化させてくれる。

 

だが、救世主ヅラのまま、國を荒らし回っておきながら、滅びを()()()などと、加害者にとって都合の良い、美しい言い方をして勝手に満足して去っていく事は許さない。

 

卑怯には卑劣を。暗躍には暗殺を。

 

女王の方針も関係は無い。生きたまま捕らえろだの。そんな悠長な事を言っているから、ウッドワスは死んだ。

 

 

実行は簡単だった。

何の気なしに、対象へと近寄っていく。

 

 

一息で殺す。

 

 

警戒は、ザルだ。

これだけの協力な妖精がいる中、脆弱な人間など誰も気にしない。

ムリアンによる暴力を封じる魔法が、彼らにある程度の安心感を与えている。

ガウェインとの交流によって一仕事終えたという達成感もあるだろう。

何より、ムリアンのもう一つの魔法が効いている。

知り合いでなければ顔を認識できないというその魔法。

 

顔は見えないが。こちらからすれば、全員性別も身長もバラバラだ。顔がわからない程度では、障害にもならない。

 

今のトールは、自身を兵器として見立て、仕事を実行する暗殺者。

 

ムリアンの魔法は、鍛え上げた肉体などは使えずとも、その知識や経験を消すまでには至らない。

 

一番厄介そうなのは赤髪の男だが、その男でさえ、様々な戦闘経験を経て来たトールからすれば大した障害でもない。尚且つ今は弱体化している。純粋な体術で、トールの右に出るものなどいない。

 

奴らが歩いてくるのを待つ。ある程度の距離からはこちらから近づく真似はしない。

視線を逸らし、気配をずらし、違和感のない、舞踏会の参加者を装う。

 

チャンスはあっさりと訪れた。

赤髪の男の警戒から最も遠く、そして殺害対象に最も近い位置。

 

周りにも無関係な妖精がザワザワと取り囲んでいる。

木を隠すには森とはよく言ったものだ。

ムリアンの魔法によって顔もわからない中こちらを単独で認識するのは不可能だ。

 

このままの流れならば、誰がやったか気づかれる事もなく、すれ違いざま。男の脳天にナイフを突き立てる事ができる。

 

呼吸を整え、集中する。

 

いざ、仕事を実行しようとしたその瞬間。

 

「貴方……?」

 

少女に、声をかけられた。

ムリアンの、知らない相手の顔が見えない魔法。

暗殺にはもってこいのその魔法。

 

だが逆に、知り合いであれば顔は見えてしまう。

 

見えてしまえば目立ってしまう。

 

森の中で木が一本、煙を上げて燃えているようなものだ。

  

自分は見えない。だが相手は見えるらしい。何処かで一方的に知られたのか。

 

「チッ――!!」

 

声をかけられた事によって、全員から注目されてしまった。

少なくとも気付かれずに殺す事は不可能となった。

ここで諦めても良かったが、もはやこの怒りは収まらない。

 

自分はどうなっても構わない。

だが目の前のカルデアの連中。その要。

バーゲストに移住はできると、甘言を投げかけたこの男だけは殺す。

 

こちらに近づく赤髪の男を蹴り飛ばす。

赤髪の男に、後の先を取れるほどの力は無い。

たたらを踏む程度に隙を作れば十分だった。

 

戸惑う黒髪の男性の首を、反応さえも許さない速度で、左手で掴み、そのまま床に叩きつけつつ――

 

「——ッ」

 

苦し気に呻く間も与えず、手首から滑らせたナイフをくるりと反転、逆手に持ち、その右目に、遠慮なく突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイフは右目を貫通し、脳にまで達する。

首を絞めている為、うめき声も出ないだろう。

 

だがこれではまだ、確殺とは言えない。突き立てたナイフをずらし、脳にさらなるダメージを与えようと、動かそうとした瞬間、

 

「貴様! 何をしている!!」

 

その声と共に、脇から腕を掴まれた。それは他でもない、妖精騎士ガウェインのもの。

 

「——っ動かん!?」

 

「邪魔を、するな……ッ!」

 

あと少し、ほんの少しで殺せると言うのに、ほんの1mmでも動けば終わりだと言うのに、その腕は動かない。

邪魔をする妖精騎士に、妖精國の裏切り者に怒号を飛ばす。

 

その後数人がこちらを止めようと掴みかかってきた。

この舞踏会では魔術も何も使えない。故にその体で突き放しすかない。

だから左から掴み掛かろうとする幼女など問題でもなかった。幼女の手を逆に掴み、片手で捻り上げ、こちらに近づいてくる赤髪の男に向かって投げ飛ばす。

その間に、反撃の為に、こちらの腕に掴みかかった、右目を突き刺した青年の腕を捻り上げ、関節を外して動かなくさせる。

 

また再び掴みかかっできた。今度は、こちらを認識していた金髪の少女。、何の苦労もなく突き飛ばして尻餅をつかせる。

 

そこからさらに、後ろから、腕につかみかかる存在が増えた。

これまでの中で最も力が強い。

 

「トール! キミは何をやっているんだ!!」

 

妖精騎士ランスロット。

彼女がこちらの動きを止めようと、体ごと掴みかかる。

 

「――ッ ガウェインとボクでも動かせないなんて!!」

 

こいつもか。

なにがこの國を守る妖精騎士だ。

侵略者を殺そうとしているだけなのに。何故止めるのか。

正々堂々と戦争での決着を望むとでも言う気か。

戦争で、住民の命を無駄に散らすくらいなら、こうして暗殺するのが一番だと言うのに。

騎士道とやらがそんなに大事なのか。

 

「パーシヴァルに戦ってほしくないんだろ!? だったらこいつらは今殺しておくべきだ! こいつらに乗せられて、戦争に勇んで、こんな奴らの為に、盾にでもされて死んでも良いってのか!?」

 

「キミは何を言っている!?」

 

「気でも狂っているのか!? 貴様!」

 

「狂ってんのはお前らだろう! どいつもこいつも、 そんなに滅びたいのか……っ!!」

 

引くも押すもできない。

叫んだところで彼女らは力を緩めてくれない。

 

「トール! キミ、気づいてないの!?」

 

「何が――!!」

 

 

 

そう、聞き返した瞬間に、急激に、自身の右目に痛みが走る。

突然の痛みに意識が朦朧としてくる。

 

 

 

 

 

 

「キミは、自分の目にナイフを突き立てているんだ!!」

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

視界が変わった。

目の前には押し倒し、マウントポジションをとったカルデアの黒髪の青年。

彼の顔面は血まみれだ。

 

通常の人間であれば、出血多量で死んでいてもおかしくない量。

 

暗殺は成功したと言える。

 

その右目に、ナイフが突き立てられていればだが。

 

「な……に……」

 

 

殺そうとしたはずの青年。

マウントを取って、ナイフを刺したはずのその目には何も異常はなく。

その顔には夥しい血液が降り注いでるだけ。

 

その血は、トールの目から出たものだった。

 

ナイフは、トールの目に刺さっていた。

 

 

トールは、青年、藤丸立香を押し倒した後、何故か、自身の目に、ナイフを突き刺していたのだ。

 

トールには理解が出来なかった。

誰の仕業だと、そう、思考する間も無く、腕の力が緩むことによって、絶妙なバランスで突き刺さっていたナイフがズレた。それは脳まで、達し――

 

トールは、こちらに向かって叫び声を上げるランスロットの声を最後に意識を手放す。

 

死の瞬間に、全てを理解する。誰の仕業か、これからどうなるか、その全てを。

そして。これまでの、ありとあらゆる全ての時間軸で、経験した死が、痛みや喪失感が、思い出したかのように、纏めて訪れる。

 

それは、常人でなくとも発狂するほどの苦しみ。

 

それを味わい尽くし、しかし発狂をする事もなく、全てを受け入れ、今度こそ完全に、意識を手放した……

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……っ! 今のは……?」

 

それは、あまりにもリアルなビジョンだった。

 

気付けば、手にナイフを握ったところだった。

 

今の明確なビジョン。

これから起こる事を暗示するような、不可思議な現象。

 

問題なのは、この現象に心当たりが無いわけでは無い事にある。

 

ただの幻覚と一蹴する事はできない。

 

首を振る。意識を保つ。

これから同じことが起こる?

 

可能性はある。

だが、起こらない可能性もある。

世界は選択によって分岐していく。

あのビジョンは、おそらく別のマルチバースから流れ来た情報。

扉を開いてもいないのに繋がるなど現状解明できているマルチバース論からすればありえない。

 

あるいは、この世界がマルチバース化することの無い特殊な世界で有れば話は別だが。

 

それも今の所はわからない。

 

マルチバース自体、未だ完璧な解明はされていない以上、本当にありえないと否定する事は出来ない。

 

兎に角、今これから選択することによる行動が、全く同じ結果になるとは限らない事は確かだ。

 

金髪の少女に気づかれる事で、あの暗殺は中途半端なものになった。

ならば、金髪の少女にも気付かれないように近づけば良い。

一歩目を右足で行くか左足で行くか。

小石を蹴るか蹴らないか。

バタフライ・エフェクト。

マルチバースと言うものはそれだけで、生まれていくものだ。

 

その行動が、また新たな時間軸への道へとなる可能性もある。

 

この行動は命懸けだ。だが、死を覚悟して挑む選択肢がある程に奴ら(カルデア)に対しての嫌悪感と、怒りに、今は苛まれている。

 

だが、同じ結果になる可能性の方が高いのは確か。

部の悪い賭けだ。

 

決心は未だつかず。だが、日和っているあいだに機会を逃し、その影響が巡り巡って、トリスタン達(大事な人達)の運命に影響が出る可能性もある事を考えると、実行する下準備はしておくべきだ。手首にナイフをしまい、奴らへと近づいて行く。

 

そんな矢先に――

 

「ちょっと――」

 

声をかけられた。

 

それは、トールが謎のビジョンを見たことにより、その場に留まったことによって起きた出来事。

 

それが、知りもしない相手だったら聞こえていないフリでもしていただろう。

肩でも掴まれない限りは反応はしなかったろう。

 

だが、トールにとって妖精国の数少ない大事な妖精で、それも肩を実際に小突かれれば反応せざるを得ないというものだ。

 

トントンと可愛らしい小突きに振り向けば、彼女がいた。

馴染みの少女。

今では唯一の、何のしがらみもない友人関係と言って良いかもしれない少女。

つい今しがた、思考の中にあった少女。

赤い髪。

見目麗しくも攻撃的な相貌。

扇情的な肢体を包む赤いドレス――

 

ではなかった。

 

「オマエ、何でこんな所に、今まで何処で何やってたのよ?」

 

訝しげに声を掛けてきたのは、度々トールの部屋に来ては退屈を紛らわすお姫様。

 

「いや、え……?」

 

トールは思わず目を見張る。

 

殆ど下着だった。

寧ろ下手な下着より扇情的だ。

 

黒いレザー製の下着らしき何か。両腕は殆ど露出は無いが、胸から、足元にかけて隠している面が少ないくらいだ。

胸の谷間を通る大きなベルトが、どこかサディスティックな雰囲気を醸し出している。

 

普段とは違うその格好に、その露出の多さに、そんな肢体を恥ずかしげもなく晒す少女に、自身の死のビジョンを見たこともあるだらう、若干の躊躇を待っていたとは言え、トールの今の今までのカルデアへの葛藤や怒り。その他諸々が一時的に吹き飛んでいった。

 

「ト、トリスタン?」

 

彼女は妖精騎士トリスタン。

ムリアンの招待を受けた女王の代わりに、妖精舞踏会に参加している。女王の娘である。

 

「なぁに? 私の衣装に見惚れちゃってるワケ? ふぅん……」

 

トールが驚いているのを、そう解釈したのか。例に漏れずサディスティックな表情を浮かべるトリスタン。

 

このやり取りが、一つの結末(ルート)を変革する。良きにつけ悪しきにつけ、こう言った小さなやり取りも、時間に影響を与えていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

そう、そうよね。謝ったら許してくれるわよね。

 

アイツだったら許してくれるわよね。

 

プレゼントだって用意してるんだもの。

 

お家で自由にして良いって言ってくれたけれど。

 

楽しいおもちゃや映画も沢山あるけれど。

 

1人で映画を見ててもつまらない。

 

1人で靴を作っててもつまらない。

 

アイツが褒めてくれないと嬉しく無い。

 

アイツがいないと作った靴が良いものかどうかもわからない。

 

だから、早く謝って、今まで通りアイツの家で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




厄災道場つってメリュジーヌとバーゲストが出てくるのを入れてたんですが、恐ろしくつまらないのでやめました。

なんで、わざわざ言うかと言うと、まだ諦めきれてないからです。


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妖精舞踏会④

「ふぅ〜ん……」

 

ジロジロと、青年を注視する少女。

妖精騎士トリスタン。

 

「悪く無いじゃない。さっすが私! この間見た時よりマシに見えるわ。ロケーションってヤツかしら」

 

言葉にトゲはあるものの、満足そうに頷く彼女。

対面する青年が着ているのは、彼女が青年と初対面の際にあまりにも服装がダサいからと、着せたものだ。

本人からしたら端金を払ってゴミをプレゼントしたようなもの。

と言う面目だが、こう言った場(妖精舞踏会)で着られているのを見ると、多少は気分が良くなるものである。

 

存外、違和感がないどころか、似合っているのなら尚更だ。

 

「ああ、ホント、感謝してるよ。トリスタンのお陰で恥を欠かずに済んでるからさ」

 

そんな、トリスタンのトゲのある賛辞に何処吹く風と、素直に礼を言う青年、トール。

既に、トリスタンの口の悪さは、慣れ切っており、彼女の最大限の賛辞である事も理解している。

 

「トリスタンも、うん。凄く似合ってるよ。うん……うん……」

 

対するトールも、彼女の格好を改めて注視し、賛辞を送る。これも素直な感想だ。確かに、今のトリスタンの格好は、華やかだ。彼女の容姿にも、性格にも、合っているように見える。だが、幾ばくか歯切れが悪く、トールはすぐに目を逸らす。

 

その態度に、トリスタンは気付いてしまう。

 

「お前、何でこっちを見ないんだよ……」

 

自身の肌を、()()()()()()()()()トリスタンは、腰に手を当て、上半身を傾けて、トールを下から睨みつける。

 

ある意味では、そのポーズも良くは無い。

素晴らしいけど良くは無い。

 

トールはさらに目を逸らす。

何でかと言うと気恥ずかしいから意外に理由は無い。

 

「いや、ちょっとさ……肌を見せすぎじゃ無いか?」

 

何せ、彼女の今の服装は、言ってしまえば下着同然なのだから。

 

「肌って――?」

 

言われて自身の身体を見下ろすトリスタン。

しばらく経って、何を思い立ったのか、ニヤリと、攻撃的な笑みを浮かべる。

 

「お前、こんなので恥ずかしがるんだ? ふぅん……まあ、そうだよな。こんな背徳的な格好。私にしか出来ないだろうし、貴方の世界じゃ美しさが罪なんて言うらしいけれど、刺激的すぎたみたいね」

 

トリスタンは、トールの家で読んだファッション誌を思い浮かべながら口にする。

ここまで刺激的な服装は中々入っていなかった。

その雑誌に書いてあった常套句を用いながら、彼の態度をポジティブに捉えたらしい。更に機嫌が良くなった。

 

トリスタンは友人であり、妹とか娘みたいな感覚もある。

そんなトリスタンが大衆の面前で惜しげもなく自分の肌を晒し、見られているのがなんだか気恥ずかしい。

共感性羞恥心というやつだろうか。

 

決して、トール自身がその肢体にドキドキして恥ずかしがっているわけではない。決してだ。

 

 

トールは一度落ち着きを取り戻し、空気を変えるためにコホンと一咳いれる。

 

「ほ、ほら、どうしてここに?っていう話だっただろ? 俺も聞きたかったんだよ」

 

最初に会った時のトリスタンの言葉を、拝借する。

トリスタンがここにいる理由など、おおよそ予測がつくが、本人の口から聞きたかったと言うのもある。

 

「ああ、そう、そうね……そうだったわ」

 

その話題になった途端、ほんの少し、トリスタンが大人しくなる。

 

「私は、お母様の代わりよ。お母様は玉座から動けないから、その娘である私が参加するのは当然でしょう? それだけよ」

 

その説明に、トールは頷いた。おおよそ予想通りの答えだ。

 

「それでお前は? 上級妖精の更に一部しか参加できない舞踏会に、どうして参加しているのかしら?」

 

「今、ちょっと色々あってムリアンの所にいるんだ」

 

ムリアンに復讐をしようとしたのをきっかけに――とも言うわけにはいかず。シンプルに説明する。

 

「――ハ?」

 

そう、何の気なしに説明をしたのだが。トールには全く予想外で、トリスタンの表情が見たことも無いような驚愕の色に染まっていた。

 

「お前が、ムリアンの所に? なんで?」

 

予想外に詰め寄るトリスタンに、トールは、あらかじめムリアンと用意していた。酒の仕入れの件について、説明する。

そのやりとりの際に、色々あって護衛なんかもする事になった事もだ。ほとんど事実ではある為、すべてムリアンと口裏は合わせてある。

 

「ハァ!? 護衛!? あのムリアンが!? いい子ちゃんぶる癖に人間だけは嫌いとか言ってたってのに。どういう心変わりなワケ!?」

 

「そ、そんな事言われたって、そうなったんだからしょうがないだろう!!」

 

煽情的な姿のまま、襟をつかんで詰め寄るトリスタンに慌てるトール。

普段よりも慌て具合が大きいのは、服装によるところが大きいのだろうか。

 

大きな声によって視線が集まる。

それに気づく二人。

トリスタン自身、こう言った場で粗相をするわけにはいかないと思ったのか。落ち着いたトリスタンはトールの襟から手を放し、さらに、その襟を直す。

無意識でやっているであろうその所作。そういう細かいところの気配りが、トリスタンの憎めないところであると、トールは思っていた。

 

「ま、まあ事情はわかったケド。まさかムリアンなんてね……」

 

「あぁ、俺も信じられないよ」

 

「だったら気をつけなさい。ムリアンの白々しい、いい子ちゃんぶりは表向きだけ。迂闊な事すれば、虫みたいに小さくされてぺちゃんこだぜぇ? ま、その時は私を呼べよ? ポップコーンでも食べながら見学してあげるからさァ」

 

相も変わらずのサドっぷりだが、逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あぁ、ありがとう。その時は、”コール”するから、お母さまの”合わせ鏡”で駆けつけてくれよ」

 

トールの礼を、どちらの意味で解釈したのか。とりあえず満足したらしい。それ以上は何も言わず。嗜虐的な笑みで返す。

 

ムリアンに関しての会話は終わったとばかりに、話題は互いの近況の話に入る。

 

トールと言えば、変わったことはやはりウッドワスの事やムリアンの事だが、細かく説明するわけにもいかず。

先ほどのムリアンの件を繰り返すだけだ。

 

トリスタンといえば、盛り上がるのは当然ながら妖精の悪口。

バーゲストが左遷されただとか、モルガンが自分とキャメロットさえ生き残れば良いと宣言した時の、うろたえた顔が面白かっただとかそういう話だ。

 

「本当、士官(アイツ)らのうろたえ様、サイッコーだったんだぜ? お母さまったらほんとに最高に最悪でーー」

 

その会話の折、妖精を救わないという例の話に、反応せざるを得なかった。

わざわざ見捨てる事を宣言するモルガンの在り様。

 

見捨てるなら黙って見捨てれば良いものをなぜ、わざわざ宣言するのか。それに対する疑問。

 

「なんだよ、考え事してるみたいな顔して。見てられないくらい不細工なんだけど」

 

……まあ、今のは結構傷ついたが、流しておこう。

 

「いや、トリスタンのお母さんが大厄災に対処しないって話……」

 

「なぁに? お前もあいつらの顔見たかった? 今度、合わせ鏡で映像だけでも見せてやろうか?」

 

楽しそうなトリスタンに水を差すのはいかがなものかと思ったが、現状、知り合いの中で最も女王に近いのがトリスタンだ。情報は得ておきたかった。

 

「いや、なんで大厄災に対処しないって宣言してるんだろうなって気になってさ」

 

「……そんなの、妖精が大嫌いだからに決まってんだろ?」

 

あっさりとした回答。

トールが聞きたかったのは、見捨てるくらいならいちいち敵を作る発言をせずに、何も言わずに、放っておけば良いのに、という話だったのだが、トールの質問を違う意味でとらえたのか、トリスタンは続ける。

 

「なんだよ。さすがに怖くなってきた? 安心していいぜ、大厄災が来たら、トクベツにキャメロットの私の部屋にこっそり隠れさせてやるよ。その代わり、お前は一生私の奴隷だけど」

 

「……え」

 

驚いた。

嫌われてはいないとは思っていたが、まさか、わざわざ助けてくれようとするとは思っていなかった。

本人は、至って平常運転で、悪魔の契約とでも言いたげな悪い顔をしているが、その屈託のなさに邪気は無い。

 

彼女は純粋に、トールに助け舟をだそうとしている。

その後の奴隷宣言はおまけのようなものだろう。

 

屈託のない、彼女のいたずらっ娘のような表情に、カルデアへの怒りや、様々な憤りが抜けていく。

迂闊ではあるかもしれない。もっと、真剣に侵略者たちを撃退する方法を考えるべきかもしれない。

だが、今は、彼女に対して、そういった余計な事を省いて、真剣に対話しなければと、そう思わされた。

 

だから――

 

「ああ、その時は、本格的な奴隷契約だな。よろしく頼む。トリスタン」

 

こちらも素直な感謝の言葉を送るだけだ。

 

「……なんだよ、それ、奴隷にさせられるってのに。変なの」

 

お気に召さなかったらしい。

トリスタンは、顔をそらし……俯いてしまった。

 

「……変なの」

 

再度のつぶやきは、何に対してだったのだろうか。

トールにはわからない。

 

「ほら、そんなことよりまだあるんだろ? 妖精とかお母さんの話」

 

だから、彼女とちゃんと向き合おう。

カルデアはまだ、いくらでもやりようはある。

だから、まずは彼女が満足するまで、話に付き合おうと、そう決めた。

 

トールのその提案に俯いていたトリスタンは顔を上げ、再び口を開く。

 

再び、トリスタンとの会話が始まる。

そんな彼女の表情は、見た目通りの年齢の少女のようで。

 

それを偶然見ていた、カルデア一行や、監視していたムリアンが、信じられないようなものを見る目で見ていたとかいないとか。

 

 

「それでそれで、ちょっと死体が見たくなって、ウッド――」

 

「……?どうした?」

 

そんな中、トリスタンが突然途中で会話を切った。

 

立食会場に移動し、料理をつつきながら、お互いに横向きでいた為、トールはトリスタンの方に向く。

 

これまでの楽しそうな表情から一転、少し思い詰めた表情へとなっていた。

 

「その、オマエ、さ……私以外で誰か家に呼んだ?」

 

なんの脈絡もない質問にトールも疑問符を浮かべる。

 

「? なんで……?」

 

「その、この間、靴を作りに行った時、お前はいなかったけど、家の中が汚かったから……」

 

言われ、トールは、ハッとする。

そうだ。

ムリアンへの復讐のやり取りの後、そのままムリアンの屋敷へ行ったのもあり、片付けなど、その他諸々頭から抜けていた。

 

そう思いながら、あの瞬間に、トリスタンが来なかった事に今更ながらホッとしていた。

 

「あぁ、そう言う事か。ほら、ムリアンのお付きになったから、酒とか紅茶とか、色々見てもらうために持て成しをな……」

 

「ふぅん……そう、なんだ……」

 

納得いったのかいってないのか。どこか煮え切らない態度のトリスタン。

 

会話が止まった……

基本的にトリスタンとの会話はトールは聞き役に徹する事が多い。

トリスタンが喋らなければ止まるのは当然であり、ではトールが話役にと思うが、なんだか急に思い詰めたようなトリスタンの態度に、トールも理由が分からず、彼女の動きを待つしかない。

 

「ね、ねえ、その、ウッドワ――」

 

そんな中、意を決したようにトリスタンが口を開いたところで――

 

 

「なんだ。ここにいたのかプリンセス」

 

横合いから声がかかった。

 

「まったく、用事でいったん抜けたのは俺が悪いが、お転婆すぎるぜ、レディ・スピネル? 少し探しちまったよ」

 

「あ――」

 

声をかけたのは人間、だろうか。

ムリアンの魔法によって、その顔までは読み取れない。

 

トリスタンは、トールに気まずそうな表情を向けた後、その男の方へ向き、手を広げながら、しなだれかかる。

 

「あ、ああ、そうね、ごめんなさいレッドベリル! 珍しいのを見かけたから色々お話していたの!!」

 

これまで見たことが無い表情で、男性――レッドベリル(?)に近づいていくトリスタン。

 

言われ、レッドベリルはトリスタンの視線を追って、トールの方を向く。

 

「なるほど、確かに。こんな上級妖精だらけの舞踏会で人間とは珍しい!」

 

フレンドリーにトールへと近づくレッドベリルにトールも目を合わせ、流れに乗る。

 

「ベリル・ガットだ。ここにいるって事は相当なやり手って事だ。尊敬するよ、旦那」

 

そうして、手を差し出す男ベリル。紹介を受けた瞬間に、その相貌が露わになる。

切長の細目、整えられた髭。至って普通の眼鏡。

軽薄な雰囲気を感じるが、一般人でもないことは明白だ。

 

トールも同じように右手を差し出し、手を握る。

 

「トールだ。よろしく頼む」

 

トリスタンにとって、女王を除けば唯一、まともに接する事の出来る2人。

 

その出会いが、この妖精國にどう言った影響を与えるのか。

 

それは誰にもわからない。

 

 



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妖精舞踏会⑤

ベリル・ガット。

有名な男だ。

女王モルガンの夫で、ニュー・ダーリントンの領主。

 

 

モルガンの悪評の理由の一端はこの男にもある。

 

妖精の女王が下等な人間。

それも最悪の部類の人間を夫にしていると言う事で、モルガンの立場をますます悪くしている存在。

 

理解が出来ない女王モルガンの行動の中の一つ。

 

ただ、トリスタンは彼を気に入っているようだ。

 

そこの所、やはり女王も実はこの男にベタ惚れで――という事はあるのかもしれない。

 

握手を交わし、魔法が解け、お互いの顔が見れるようになったところで、自然に会話と洒落込んでいた。

 

「にしても、ウチのプリンセスと仲良くお喋りとは、旦那、そっちの意味でもやり手みたいだな!!」

 

ベリルの、調子の良い、陽気でフレンドリーな態度に、しかしトールは好意的な意図を感じなかった。

彼の経歴からして、当然と言えるが、これがナチュラルな態度ではあるのだろう。演技というものは感じない。

逆に言えば悪意も感じない、あくまでフラット。脅威と認識されているわけでもなさそうだ。

 

 

「キミこそ、人間なのに、女王の夫じゃないか。やり手もやり手だ」

 

「おいおい、よしてくれよ、俺は本当に偶然も偶然さ。むしろあれよあれよとこうなっちまって、面食らってるぐらいなんだぜ?」

 

互いに上っ面だけの会話を続ける。

トールも、ベリルも言う程、お互いを純粋に好意的に思っていないのは、当然だろう。

妖精國で人間がそれなりに上手くやっていくには、それこそ腹に一物抱えるようなタイプでないと不可能だ。

そんな奴を、純粋に信用するなど無理な話だ。

 

「にしても、ベリル・ガットって言うと、あの国立殺戮劇場の――?」

 

「おお、そうだ。アレを作ったのは俺だよ。なんだ。興味でもおありかい? 好評、悪評、どっちの意味でも歓迎するぜ?」

 

国立殺戮劇場。妖精も人間も嫌悪し、ブリテンで最も最悪な施設と言われる。誰一人生き残る事のない闘技場。

 

「ああ、ほら、名前の語呂も良かったし。中々のイベントだったよ。悪くはなかった」

 

「へぇ、なんだい、参加したことあったのか! 生き残ってここにいるってことは、腕っぷしも相当だな! 俺の記憶にはないんだが――」

 

「ああ、丁度――」

 

言いながらトリスタンに目くばせする。

 

「トリスタンだけが仕切ってた時にな。色々トラブルがあってさ。俺はその場に残ったんだけど、その時の縁もあって、今話してたんだ」

 

トールは、彼の態度から、トリスタンは、自分の事をベリルに話してはいないのだろうと、勘付いていた。

おしゃべりな彼女ならば、早々に話していると思っていただけに意外だった。

まあ、わざわざ普段から仲良くしている事を伝えるまでもないだろう。

意味があるかはわからないが、気は使っておく事にする。

 

「ほぉ、ってえと、劇場がボロボロになっちまったあの日か! ウチのプリンセスが特別扱いしたって言う……! いやぁ、それは申し訳なかったな旦那。メンテナンスを怠った俺の責任だ!」

 

「まあ、それはそれで楽しめたから、大丈夫……」

 

「いや、そう思ってくれるとありがたい。なんだ。とんだ優男かと思ったが、見た目よりもイイシュミしてるな!」

 

トリスタンの嗜虐性は有名だ。そして、彼もそういうタイプ。

トール自身、ああいった施設に関しては思う所が無いわけでは無いが、人間の残虐性など、飽きるほどに理解している。

人間は戦いが大好きだ。それも他人が戦うところを見下ろすのが。

趣味趣向に口を出す気は無い。一嫌悪感を露わにして喧嘩を売る程、正義感に溢れているわけでもないし、綺麗な人生を歩んできたわけでも無い。

 

話を合わせる事に戸惑いは無いし、拒否感も無い。むしろ、はっきりしてる分カルデア(詐欺師)達よりも好感はある。

 

とは言え、ろくでもない男であるという認識に間違いはないが。

 

「しかしあのムリアンに気に入られるとは、その酒、飲んでみたいもんだ」

 

「酒なら今日の舞踏会で出てると思うよ。飲んでみた?」

 

「それは楽しみと言いたいところだが残念だ! これから俺とレディ・スピネルはちょっとしたイベントがあって、酔うわけにはいかないんだ」

 

なあ?とベリルが目くばせしたのは、借りてきた猫のように大人しい、トリスタン。

 

「え? ええ、ええ! そうねベリル! とびっきりのイベントだもの! フラついたままじゃ台無しよ!」

 

その態度に違和感を感じるトールだが、ベリルといえば気にしていないのか。トールの方へ目も逸らさずに、その細い目で見つめていた。

 

「それなら、今度、国立殺戮劇場でイベントをやるときは呼んでくれ。酒を用意するよ。安くしておく」

 

「おいおい、そこはオゴリって言ってくれよ旦那!」

 

「ここじゃ、守銭奴でないとやっていけないからな。いつ捨てられるかわからないし、稼げるときに稼がないとな」

 

「ハハッ、そりゃそうだよな! 商魂たくましいとはこのことだ! スプリガンともタメはれるぜアンタ!」

 

互いの、身があるようで無い会話は続く。

お互い、本性をさらけ出せるほどの会話にまでは至らない。

相変わらずの上っ面だけの会話劇を繰り広げていくと、会場の、妖精達の流れが変わっていく。

どこかに移動するようだ。

 

「おっと!」

 

ベリルは何かに気づいたように声を上げる。

 

「そろそろイベントの時間だ! 行こうぜプリンセス!」

 

「そうね、あぁ、そう、そうなの。ああ、楽しみでしょうがない! なんだかテンション上がってきたぜ!」

 

どこか言葉遣いがぎこちないトリスタン。

イベント。ムリアンが用意しているものだろうが。

トール自身は聞いていない。

 

「というわけだ、トールの旦那! 俺達は時間なんで、名残惜しいがお話はオシマイってやつだ」

 

「あぁ、俺もムリアンに呼ばれている時間だから、戻ることにするよ」

 

互いに別れの言葉を告げ一度離れる。

 

正直、良いとも悪いとも言えない。

好き嫌いに発展する程絡んでもいない。

間違いなく悪党の類ではあるが、アレはアレであの男のアジになってはいる。

 

とは言え、もはや女王の行動が理解できないトールにとって、アレが夫と言うのは、危機感しか抱けない。

ムリアン含め妖精達が反旗を翻すのも納得と言うものだ。

 

本当に、あの男にベタ惚れで、國すら捨てて好き勝手したくなった。と言うのであれば、納得もするが。

どの道、ブリテンの今後に関わる事だ。

身辺調査は必要だろう。ムリアンと話し合って、一度戻ったら奴に監視をつける必要があるだろう。

 

そう考えながら、ムリアンの自室へと戻る。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「それで、どうでしたか? 舞踏会は」

 

「まあ、色々わかる事はあったし、そこそこ妖精達とも話せたよ」

 

「でしょうね……」

 

「……見てたのか?」

 

「えぇ、当然でしょう。会話までは聞こえませんでしたが。随分と楽しそうでしたね。しかしトリスタンは聞いていましたがまさかランスロットまで……あなた、何か妖精騎士用の魅了の魔術とか使ってます?」

 

「は? いや、トリスタンは前から知り合いだし。ランスロットは、偶然だろう。覚えはないけど、お互い顔が見えてたんだ。珍しくて話しかけてきたんだろうさ」

 

「本当ですかね……」

 

訝しげにトールを見るのはグロスターの領主ムリアン。

 

ウッドワスの復讐のため、ムリアンを殺そうとしたトールだが、実行直前に牙の氏族によって彼女の氏族が全滅した事実を受け、ウッドワスの心からの後悔を思い出し、その手を止めてしまい、返り討ちにあった。

そのムリアンによる返り討ちも、彼女の記憶の奥にある、同じ顔をした人間を連想したことによって、思いとどまり、結果、互いを傷つけること無く、その件については決着がついていた。

 

今ではその事が嘘であるかのように和やかな雰囲気に満ちている。

 

「それで、この妖精國の今の状況(ブーム)は把握できましたか?」

 

だが、ムリアンのその質問によって、トールの表情は一変する。

 

「……ああ」

 

ムリアンがトールを舞踏会に参加させたのは、現状の妖精國の民意を把握させるため。

ウッドワスが殺された本当の意味を理解してもらおうと思ったからだ。

 

ウッドワスはロンディニウムにおいての戦いで戦死した。

実際にウッドワスを殺したのは、予言の子一同だが、その敗因は、ムリアン含め、女王による援軍を潰した者たちの暗躍によるところも小さくはない。

いうなれば、彼は妖精國の時代の流れに殺された。

それがムリアンの意見である。

 

ムリアンは妖精歴から生きている長寿の妖精である。厳密には、女王歴となった今、生きていた。とでも言うのが正確かもしれないが。

 

その妖精歴時代の、本来ならば記憶を失っているはずのムリアンの記憶野にありえないはずの記憶がここ最近現れた。

それが、ロットとよばれる青年との邂逅。

覚えてるのは彼との触れ合いと、そしてウッドワスの先代によるロットの殺害の瞬間。

 

懇意にしていた青年と、顔から魂の色から何から何までそっくりなトールを、色んな意味で贔屓してしまっている事は間違いないが、トールの次元を繋げる力や空間の過去を映し出す力など、様々な用途に使えそうな技術を持っていると言うのも理由の一つ。

 

「ならばわかったでしょう? 今、時代は救世主であると言う予言の子へと向いています」

 

「あぁ、それは……理解したよ。」

 

妖精國の()()を知ってもらうために参加させた。

女王に心酔しているウッドワス贔屓のままでは、今後の展開に支障が出ると、ムリアンは思っているからだ。

 

妖精國を支配する為、そして……ある目的の為。

 

今、彼の復讐に飲み込まれ、予言の子達に倒れられては困るのだ。

 

更に言えば、彼が暴走して予言の子に手を出し撃退されるのも困る。

 

更に言えば、彼が迂闊な行動をして、直接的ではないにしろ関わったオーロラなどを暗殺でもして、それがバレたら、ソールズベリーの妖精達に殺される可能性もあれば、氏族長を殺したという事で、むしろ女王にトールが殺される可能性もある。

 

少なくとも今は、彼の、ウッドワスへの思いは封印してもらわなければならない。

 

(復讐を止めろだなんて……どの口が言うのでしょうね――)

 

自嘲しながら、彼の理解を願う

兎にも角にも。予言の子への理解はしてもらわねば困るのだ。

彼にとっては予言という物への信頼度はかなり低いが、その予言通りに事が運んでいるのも事実、その予言を頼りにこの妖精國が変わろうとしているのだ。

 

妖精國が変わるには、予言の子が必要だ。

 

だからこそ、理解してもらわねば困るのだが――

 

「だけど、俺は予言の子は支持できない。今すぐにでも殺すべきだとしか思えない」

 

どうやら、目論見は外れたらしい。

だが不思議とその結果に、ムリアンは納得していた。

 

「――やはり、ウッドワスを殺したことが許せませんか?」

 

復讐は愚かな事だ。だが、愚かだとわかっていても、許せない事はある。

諦められるような復讐なら、そもそもその復讐は、大した恨みでは無かったという事だ。

 

だから彼の気持ちを理解できないとは言えない。

 

「まあそれもあるけど――」

 

言ってトールは懐から、機械の端末を取り出した。

相変わらず。何故この妖精國で機械の類が使えるのか。ムリアンにとっても理解が出来ないが、使えるのであれば利用するだけと、気にしない事にした。

 

『我々は、我々の歴史と未来を取り戻す為に異聞帯を攻略してきた――』

 

その端末からなるのは、どこか聞き覚えのある声。

 

『このブリテンは攻略対象ではないけれど、最終的には『切除』しなければならない異聞帯だ』

 

トールが盗聴器で聞いたものと同じ内容。

 

「あいつらは、別に、本気でこの妖精國を救おうだなんて思っちゃいない。妖精國が滅ぶことが前提の救世主ごっこをしてるにすぎない。そんな奴らに、ノア気取りの詐欺師達に、この國を引っ掻き回されるのは我慢ならない……」

 

それを聞いたムリアンに、不思議と驚きは無かった。

汎人類史と異聞帯の事は、ある程度コヤンスカヤから聞いていた。

 

今聞いた情報程細かくは聞いていなかったが、共存できるという事は、彼女の口から告げられる事はなかった。

ムリアンから妖精眼からは失われ、魂の色しか判断できない。

それでも、他の妖精より聡いのは確かだ。

だからあえてこの世界が滅びゆく運命である事を告げなかったのは、コヤンスカヤなりの気づかいではあるとも思っていた。

 

「……そうですか」

 

「……驚かないんだな」

 

「ええ、レディ・フォックスから異聞帯などの話を聞いた時に何となく……それに、元よりこの内乱が終わったあと、彼らを倒す予定でしたから……」

 

そう、懇意にしているコヤンスカヤにとってカルデアは敵なのだ。今は利用させてもらってるが、所詮は他所者。友人の敵であるのならば、戦うのには充分な理由がある。

むしろ、その話を聞いて、より決意は固まったと言うものだ。

 

「やっぱりムリアンは頭が良い。流石だよ……」

 

トールは疲れたように笑顔を見せる。

その言葉に、”あの頃”をほんの少しばかり連想しながら、会話を続ける。

 

「どの道、彼らが妖精國を救う気が無かろうと、私の方針に変更はありません」

 

そうだ。確かに予言の子達も許せないが、どの道どちらの陣営も滅びを望むのであれば、御しやすい予言の子に生き残ってもらった方がこちらも得と言うものだ。

どう見積もっても、全妖精が協力しなければ、倒せないのがモルガン女王。

だが、予言の子の集団であれば話は別だ。まだ、倒せる余地はいくらでもある。

 

モルガンさえ倒せれば、妖精國の支配などに興味は無いとまるで()()()()()()()()()()()()()理由が判明した以上、大人しく返す理由も無い。武器を奪い、世界を滅ぼす侵略者を許す妖精などここにはいない。妖精でなくとも許すはずもない。

 

祝いと称してこのグロスターに呼ぶのも良いし。

彼の持つ、この映像を各氏族に流すのも手だ。

最早友人の為という個人的な理由だけではない。侵略者を撃退する大義も得た。カルデアを滅ぼす事に戸惑いは無くなった。

今は調子に乗せるだけ乗せて泳がせてやろう。

 

 

 

 

「そもそも俺は、やっぱり女王を倒すことに同意はできない……大厄災だって。そのあと100年単位で起こる厄災だって。モルガンが死ねばそれこそ対抗できなくなる。アイツらが、大厄災に完璧に対応してくれるなら話は別だが、どう聞いても対応する気はないぞ。モルガンを殺したらとっとと武器奪って帰る気満々だ」

 

本来であれば、予言の子が今後ブリテンを支える王足りえる存在だったのかもしれない。

 

だが、トールが盗聴していた時、あのノアの方舟宣言の時、彼女はそこにいた。この國を滅ぼす事を許容していると言う事だ。

彼女がブリテンの王になるという希望は無い。

 

力の強い妖精。という意味で言えば北のノクナレアと言う線もあったが、トールは何故か、彼女には無理だ。という確信があった。

 

それは、ノクナレアが王になった場合、他氏族が納得しないだろうという考えもあった。

力は強くても、女王程の圧は無い。一時的には、王になったとしても。それに不満を持つ者はいるだろう。ノクナレアも他氏族に気を遣うようなタイプではないからだ。

内乱が始まり、それこそ取り返しのつかない事になる。という考察からもあったが。

 

もっと、まるで実際に体験したかのような、確信があった。

 

「ですが、結果で言えば、それこそ女王も同じ事です。 彼女は大厄災に対処する気はありません。どの道妖精は滅亡します。ここ最近の、夫であるベリル・ガットや妖精騎士トリスタンによる蛮行も感化できない。女王の方がマシだなどという意見を持つ妖精はいません。彼らがどれ程の妖精を連れて行けるかはわかりませんが、女王のキャメロットさえ無事ならば良いという言葉通りであれば、それよりも少ないとも思えません。人数が全てとは言いませんが、女王に比べれば、妖精を救うという言葉そのものに間違いは無い。いくらウッドワスの友人と言っても、全てを見捨てようとする女王に心酔する理由がわからない」

 

それがムリアンにとっての一番の疑問だ。

彼は予言の子達を許せないと言った。妖精達を騙しているのが腹立たしいと。

だがムリアンからすれば、彼らがその事を内密にする理由もわからなくは無いのだ。むしろ当然だとすら思っている。

彼らも、自分達の世界が大事に決まっている。その上で、あの人数で世界を滅ぼしに来たと、大出を振って言うバカはいない。

 

トールの、これまでの話を聞いた印象で言えば、価値観にそう違いは無い。

カルデアが許せず、國を好き勝手する女王が許せる理由がわからない。

 

「あなたは、何故、女王を支持するのです?」

 

それが最もムリアンにとっての疑問だった。

 

「……女王は2000年この國を守り続けて来たんだ。厄災からもだし、氏族同士の調停もそうだ。女王がいなければ、どっちの意味でもとっくのとうに滅んでた」

 

「……やけに言い切りますね」

 

「ムリアンは……そう思わないか?」

 

そう見つめる彼の眼には確信がある。ムリアンも同じ意見だという確信が。

そんな眼で見つめられたら、否定しにくい。

 

そうだその通りだ。

気まぐれで、楽しいからという理由で、翅の氏族は滅ぼされた。

ムリアンは、自身が妖精という存在でありながら、妖精という存在に、愛想を尽かしている。

 

『性根の歪んだ妖精同士、いつまでもいがみ合ってればいい――』

 

会議の度に言っていた言葉だ。

 

女王という共通の敵——恐怖の対象がいてもそうなのだ。

彼女がいなければ、厄災どころか、いつまでも妖精達は殺し合いを止めずに、いずれ滅んでいたに違いない。

 

「厄災なんかを全部女王まかせにする事自体、お門違いだ。俺達は、女王のおかげで生きて来れてる。現状で言えば、ブリテンを続けていくという意味では今が、夫やトリスタンが出て来るまでは、一番理想の状態だ」

 

確かに、ムリアンもそう思っていた時はあった。

そしてそれが崩れ去ったのがベリルガットの台頭と、妖精騎士トリスタンの出現。

 

「俺は、異世界でいろんな国を見て来た。いろんな王も……」

 

だが、例えそれが事実だったとしても。

 

「そんな人達と比べても、この國をここまで発展出来たのは今の女王だけだ。そしてこれからも妖精國を纏められるのはモルガン女王だけ。」

 

女王がいなければ、妖精國は滅んでいたというのが事実だったとしても。

 

「ベリルやトリスタンが暴れているのはわかる。でも、2000年の功績からしたら、そんなの、大した問題じゃない」

 

ベリルとトリスタンの蛮行ですら、マイナスにもならないと、宣言してみせる。

 

「妖精を救わない。だなんて、わざわざ必要のない事を言うのは、彼女の誠意だと思ってる。だから、世界を滅ぼす事を内緒するカルデアの方が、俺にとっては外道に見える」

 

そして、あの圧政を、最も正しい統治方法だと豪語する。

 

「女王がもう、妖精達を見捨てる事に決めたのが理由だって言うんなら、受け入れるさ」

 

これほどまでにあの女王を支持する。

 

「それは、偉大な女王の期待に、俺達が応えることができなかったって事だから――」

 

自嘲気味に話すトール。その眼も、その態度からしても、彼のいう事は冗談でもなんでもない。彼は、本当に、カルデアを許せないと言っておきながら、女王による滅びを受け入れている。

 

ムリアンからして理解できない。彼の、女王への心酔はある意味ウッドワス以上ではないか。

 

それはもはや、狂気と言っても差し支えがない程だ。

その狂気は、言い換えればまるで――

 

「って言っても、俺も大厄災にみすみす滅ぼされる気は無いし。女王が対応しないなら、自分で抗うだけだよ」

 

(なんで、どうしてこのヒトは――だって、女王には会ったことも無いんでしょう?)

 

ムリアンに、もうトールの声は届いていなかった。

 

ムリアンは思考の渦に埋没していく。

かつての記憶、失われていたはずの記憶。なぜかここ最近、取り戻した記憶。

全てではない、全てではないが、その記憶の中に現れるのは、トールと同じ顔をしたあの人。

 

あの人との逢瀬を覚えている。あの人へ焦がれていたのを覚えている。

かつて、女王こそが真の救世主かもしれないと、思っていたあの時以上に、あの人が王になると知った時の幸福感を覚えている。

 

「まあ、俺がどう思おうと、護衛は引き受けたんだ。約束だから、ムリアンに――」

 

覚えているのはそれだけ。だが考えてみれば、当然ながら、登場人物が足りない。

足りないのだ。

彼が王になるのであれば、王妃は一体誰なのだ?

 

「ムリアン?」

 

いなかった? いや、そんなはずはない。

だって、あの時の自分は、あの人の王妃になれないと既に諦めていたのだから。

いないのなら、あの人の王妃になろうと、努力しようと、そう決意していたはずだ。

だが違う、違うのだ。自分は、もう王妃がいるからという焦燥感に苛まれていたのだから。

 

その違和感を、記憶の中で突き詰めていくと、ぼんやりと、その王妃の存在が浮かび上がってくる。

 

誰なのかはわからない。でも、もし王妃が、”彼女”なのであれば、もし彼が、”あの人”なのであれば、彼が女王の狂信者となった理由も――

 

「ムリアン!」

 

「……あ」

 

気付けば、ムリアンの顔の前で、手を振っているトールがいた。

 

「大丈夫か?」

 

思考の渦から抜け出す。ムリアンは一つ咳払いをしながら。今後の方針について、説明する。

そうだ。どちらにせよ妖精國に変革は必要だ。

予言の子にはこれからも突き進んでもらう必要がある。

 

「兎に角、貴方には申し訳ありませんが、私は、妖精を見捨てようとする女王を感化できない。女王には退去してもらわねばなりません――」

 

だから、これから起こる、”イベント”も必要な事。

結果は、既に見えている。彼女と懇意にしている彼には悪いが、今は女王を倒すと言うブームであることが大事なのだ。

 

だから――

 

「ああ、わかってるよ。約束だから……協力するよ」

 

お願いだから――

 

「わかっているなら、構いません……」

 

あの人と同じ顔で、そんな悲しそうな顔をしないで――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「これから、今後の妖精國の行く末を決める。イベントが始まります」

 

――私は何故、こんな事をわざわざ彼に説明しているのでしょう。

 

正直な所説明する必要も無い。彼には参加させないという事が今の所のベストだろう。

だって、そのイベントは、彼が懇意にしている妖精。彼が狂信している女王の娘が、敗北する事が前提のイベント。

 

本来ならば彼には内密にしておくべきだ。

一度ティンタジェルの家にでも帰っておけとでも言うべきだ。

 

だが、それは出来なかった。

 

会場の警護という名目で、彼を現場に就かせる。

 

女王派の彼の知らぬまま、女王が破滅へと向かう流れへと妖精國を誘導していく。

それは、きっと彼にとっては何よりも許せない事で。納得できない事だ。

 

何故、翅の氏族が皆殺しにされなければならなかったのか。復讐と同時に、納得が欲しいムリアンからの無意識の気づかいであり、誠意であり、慈悲でもあった。

 

妖精騎士トリスタンが敗北した時、その真名を晒されたとき、観客の上級妖精達がそれに反応を示した時、彼は一体、どう動くのか。

衝動的に動く彼ならば、動かずにはいられないだろう。それは、あの人だったとしても同様だ。

 

 

だから今起こっている事は、ムリアンにとって、得にはならないが、ある意味では予想通りの展開だった。

 

 

鐘は響いた。決着はついた。

それは予想通りの結果。

 

予言の子によって、妖精騎士の着名(ギフト)が剥がされ、絶望の表情に染まる妖精騎士トリスタン。

その正体は、人間の血を吸う鬼。下級妖精バーヴァン・シー。

彼女と、そして女王であるモルガンに対する侮蔑と嘲笑の声が響く。

 

そこに、異常が訪れた。

 

今は、闘技場として扱われている舞踏上。闘いを邪魔させない為に敷いた結界。

それが、ものの見事に砕け散った。

 

砕いたのは、どう見繕っても件の青年だろう。

 

彼は、護衛場所である2階席の最奥から、そのまま跳躍し、降ってきた。

 

意味があるのかわからない、奇妙な三点着地。会場中の戸惑いを他所に、彼は、ヘラヘラと笑うベリル・ガットへ近づいたと思えば――

 

その顔面を殴り飛ばした。

 

響く爆音。ベリルはそのまま吹き飛び、壁に叩きつけられたかと思えば、その衝撃は留まることを知らず、円形の壁に沿うように、壁を破壊しながら突き進んでいく。

壁を貫通しなかったのは、ムリアンの強化によるもの。逆に言えば、それを破壊する程の力。

壁を破壊しつくしながら逃げきれない衝撃に引きずられるベリル・ガット。その破壊が会場を一回りしたところで引きずり回されたベリルはようやく静止した。

 

ベリル・ガットはかろうじて生きているが、むしろ何故生きているのかは不思議ではあった。

 

 

会場が沈黙する。

 

突然の乱入者。

 

人間が出せるとは思えないそのパワー。

 

予言の子達含め、誰一人声を出す事が出来ない。

 

彼は、そんな会場など気にも留めていないとばかりに、跪くバー・ヴァンシーに近寄り、上着をかけたかと思えば、彼女を抱きしめ、背中を叩く。

その姿はまるで、親が子供をあやしているように見えた。

 

やがて、がやがやと上級妖精達の声が上がって来る。

 

人間如きが突然なんだと。

汚らしい吸血鬼の餌なのかと、バーヴァン・シーが身体を売った相手なのかと、汚い言葉が上がっていく。

 

彼はその様子を一瞥したと思ったら。

その両手を上に掲げた。

 

「よくもまあ! 間抜け面が雁首そろえてグチグチと!!」

 

彼とは思えない、あの人とも思えない汚い言葉。

 

「そこにいる! 救世主のフリをしたクズどもや!!」

 

彼は、予言の子を指差し、

 

「お前等みたいなクズ共が!」

 

両手を上に掲げ、観客席の妖精達を指し示す。

 

「この妖精國に住む権利が何故あると思う!?」

 

その言葉を理解した上級妖精達が怒号を上げる。

 

「俺が王だったら、女王みたいに生かしてはおかない!! お前等みたいな、生きているだけで害になるような連中はな! この惑星の恥でしかない!! 甘ったれのモルガン女王に感謝するんだな!クズども!!」

 

今にも観客席を飛び出しそうな妖精達。

 

人間風情が何様のつもりだと、上級妖精の一人が叫ぶ。

 

その問いに、彼はニヤリと笑い、手を高らかに掲げ――

 

「俺はロット!! かつてブリテンの王になりそこね――!」

 

――ああ、やっぱり

 

「今は、バーヴァン・シー(マスター)奴隷(サーヴァント)になった男だ!!」

 

ムリアンは、妖精が彼に襲い掛からないよう、再び結界を張り付けた。

 

 

 

「今のは、無効試合だ!! どう見ても、ベリル・ガットは本気じゃなかった!」

 

 

その提案は、ムリアンにとっては、許容できないもの。

鐘は鳴った。決着はついている。戦った所で意味は無い。

これはムリアンの望む展開ではない。

鐘は鳴り、予言は成就された。

 

この後、気前よく予言の子を迎え、友好関係を築き、牙の氏族を手に入れる算段だった。いわばこれは、ムリアンの思惑に水を差す行為。

 

許せるものではない。

 

だが――

 

彼の口から紡がれるその名は、その憤りを吹き飛ばすもので。

 

ムリアンの、妖精歴の記憶が鮮明に蘇っていく。

喜びのあまり舞い上がりそうだった。

 

「さあ、楽しい楽しい()()()奴隷同士の闘い(サーヴァント戦)を始めよう!」

 

とはいえ、命令を無視して、話の腰を折ったのは事実。

 

「ちなみに、別にお前等全員が、相手してくれても良いんだぞ?」

 

それは、あまりにも言いすぎだ。

 

『いいえ、既に鐘は鳴り、決着はついています。余計な戦闘は許容できません』

 

「おい、この流れでそれはないだろう――っ」

 

怒号飛び交う舞踏上から、彼らを転送する。

 

いちいちくだらない戦闘を挟んで、再開が伸びるのも我慢ならない。

 

「2000年も放っておいたんです。これくらいの意地悪は許されるでしょう?」

 

そんな意地の悪い顔をしたムリアンの眼からは、涙が溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回、トール視点からになると思います。

感想、評価等々ありがとうございます。

本当に励みになります。


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バーヴァン・シー

カルデアに対するアンチ・ヘイト描写に溢れております。
苦手な方はブラウザバックをお願い致します。


 

 

――サーヴァントとマスターは一心同体。騙されることも、裏切られることも無い。

 

――ねえ! ねえねえ〇〇〇! 私、アナタのサーヴァントになれるかしら!

 

――妖精の私でも、嫌われ者の私でも、運命の相手に出会えるかしら!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

充てがわれた仕事は会場の警護だった。

 

ムリアンは、これから行われるイベントは、今後の妖精國の運命が決まると言っていた。

 

会場の様子を見るに、十中八九、戦闘の類だろう。

では、誰が?

 

「って、わかりきった事じゃないか……」

 

トールは一人呟く。

今日の妖精舞踏会、最後に出会った女王の身内2人の会話がその答えだろう。

 

成る程、女王の娘と予言の子の戦い。

女王との戦いの前哨戦としてはこれ以上とないマッチングだ。

 

その予想通り、入場口から出てきたのは、女王の夫、ベリル・ガットと、妖精騎士トリスタン。

 

ベリル・ガットは相変わらず飄々とした態度だ。

トリスタンもその顔は自信に満ち溢れている。

 

戦いを見世物にする事自体、正直反対だが、トリスタン自身むしろ楽しんでいる節がある。

ならば、何も言うことはない。

 

 

暫く様子を見ていると、予言の子一同がやって来た。

 

彼等は大層戸惑った様子だ。ドアを開けた瞬間はまるで盗みを働こうとしているコソ泥のようだった。

 

この展開は予想外だったようだ。

司会の煽りに煽った進行に会場は熱狂状態。

やれ、どちらの陣営に着くべきかだとか、今後の身の振り方についての話が多いが、

あの露出の高い、恰好のトリスタンを見て、戦闘妖精と讃える者もいる。

 

「なんだ。意外と嫌われてるだけってわけでも無いじゃないか……」

 

ほんの少し、救われた気になっていると、予言の子一同が現れた。

何というか、戦士の入場というよりは、空き巣に入ったコソ泥の様相を呈しているが。

 

舞踏上の会話は会場の熱気によって聞き取りづらいが、音波を拾えば、聞き取る事は可能だ。

やれサーヴァントだやれマスターだのなんだのと言う会話が漏れ聞こえる。

 

マスター(主人)サーヴァント(奴隷)

直訳するならそう言う意味だが、どうやら、一緒に出て来たベリルと異世界の男性は、後に控えるサポート要因らしい。

 

「男2人が奴隷の女2人を戦わせるってか。酷いもんだ」

 

マスターとサーヴァントの常識を知るよしも無いトールは、奴隷扱いされているトリスタンに憤りを覚えるが、

あの場にいる全員が納得してるのならそれで良いのだろうと自身を抑える。

 

様子を見ているウチに、予言の子がいなくなったかと思えば、お色直しをして出てきたりなど、ちょっとしたイベントを挟んだ所で、戦いは始まった。

 

実力は、互角に見える。

この世界の魔術とやらだけで言えば、予言の子の方が上手に感じるが、トリスタンの魔術と妖精としての能力が戦闘を互角のラインに引き上げる。

 

だが、ここに来ての問題は――

 

「あのヤロウ……」

 

後ろで、のうのうと控える男2人だ。

救世主ヅラのあの男。

ヤツは、どうにかして、金髪奴隷の少女をサポートしようという努力が見える。

奴隷とは言うが、愛はあるという事だろうか。

 

問題は、ベリル・ガット。

あの男、全くやる気が見られない。

一応サポートはしているようだが、チャチャを入れるタイミングも、行使する術も、形だけのもの。

 

実力で言えば、あの青年に比べれば、圧倒的だろうに。サポートが苦手だとか、相性の問題だとか言うレベルではない。

むしろ、邪魔すらしているようにも感じるくらいだ。

 

奴隷2人の実力は拮抗している。だからこそ、後ろ2人のサポートが、圧倒的な差となって現れる。

 

戸惑うトリスタンの表情が見える。信じられないと言う顔だ。

彼女は、ベリルを信頼し切っている。だがそのベリルが、役立たないどころか下手をすると邪魔にしかなっていない。

だが、そんな事どこ吹く風で、ベリルの余裕そうな表情に苛立ちを募らせる。

 

会場席の最後尾。席に他の客が転落しないように備えられた手すりがメキメキと音を立てる。

 

今すぐにでも飛び込みたい。

だが、あくまでこれは優劣を競うだけの戦い。

命を奪い合うものではない。

 

ムリアンの顔を立てる必要もある。

 

せめて、せめて終わった直後にトリスタンを慰めるぐらいの事はしてやらねばと、思っていたところで。

 

 

――決着はついた。

 

 

気付けば、トリスタンは跪いていた。

怒りのあまり戦闘時の会話が聞こえていなかったが、どうやら妖精騎士の着名と言う名の力を剥がされたらしい。

 

 

「ぬけ……ぬけて、ぃく……待って……止めて……お母様に、また叱られる……!」

 

ニュー・ダーリントンのあの時以上の絶望的な表情。

見ていられない。

 

――ダメだ、我慢だ。我慢するんだ。

 

自身を押さえつける。彼女は勝負に負けただけ。

ベリルという足手纏いはあったが、彼女は立派に戦った。

傍らにいるベリルを見ていれば、参った参ったと余裕そうな表情。

 

さらに、怒りが増した。

だが抑えなければならない。

こんな所で乱入しては、ムリアンもそうだが、トリスタンの名誉もある意味傷つけかねない。

 

そう決意した、その時……

 

「ああ! 知っている、知っているぞ! 間違いない! アイツだ!」

 

妖精の声が児玉する。

 

「100年前にグレイマルキンの館で見たコトがある!」

 

その声は、ガヤガヤとした会場の中で――

 

「本当の名はバーヴァン・シー! ダーリントンの端女、吸血鬼バーヴァン・シーだ!!」

 

トールの耳に、やけに響いていた――

 

「バーヴァン・シー?」

 

1人呟く。

 

その間にも、会場中に彼女を蔑む声が響く。

やれドブ川の匂いだの。

人間に体を売ってきただの、ダーリントンが滅びたのは、モルガンとバーヴァンシーの仕業だの、気に入らない声がいくつも響く。

 

予言の子と、カルデアの青年が、この気分の悪い光景は心外だと、あれだけ戦う前に煽っておきながら、救世主と偽る侵略者でありながら、自分たちは正義を貫く善人だとばかりに、素直に喜べないという顔をしている。

 

既に、怒りの限界は突破していた。

今すぐにでも、この場にいる全員を八つ裂きにしてやりたいと思った。

 

だが、それよりもずっと、重要な事があった。

 

バーヴァン・シー

 

何処かで聞いたその名前。

 

 

 

 

『改めてありがとうトール様。○○○○様、わたしたちを助けてくれてありがとう。どうか、おふたりに幸せが訪れるよう――』

 

 

 

その名前を頭の中で反芻してみれば、朧げながらも、思い浮かぶ情景があった――

 

 

 

 

 

 

――ああ、何故こんな大事な事を、思い出せなかったのだろうか。

 

 

 

手を握る。鍛えた力は揮えないというムリアンの結界。

 

妖精領域だとか言う、特殊な能力。

漠然とそういう能力なのかと、しぶしぶ納得していたその力。

 

だが、今のトールは怒りと記憶の混濁によって、そんな力、原理も根拠も曖昧すぎて、()()()()()()()理解するには、ロジックが足りない。

 

理解できないものは、トールにとっては、存在しないものと同じ。

 

「悪い、ムリアン」

 

一人呟くのは謝罪の言葉。

ムリアンに届かないその言葉は、今までよりも、余程親愛に満ちていた。

 

気付けば、2階観客席の、席同士の間の階段を降り、武道場に飛び降りないよう設置された手すりと、それに繋がるように展開されている結界を、()()()()()()()()()()

 

視覚的には何も変わらない。

だが、確かにガラスの割れるような音がした。

その異常。理解したのは一部の観客にいる予言の子一同のみ。

 

そんな現象もどこ吹く風で、トールはそのまま舞踏上へ、飛び降りた。

 

トールはあえて、衝撃を吸収しない三点着地で、1階に降りる。合理性のない無駄な所作。

異世界の仲間達が偶にやる謎の所作。

 

どこかのゴシップ記事だったろうか。ヒーローとは言えやってる事は戦いだ。巻き込み被害もあれば、悪党、犯罪者の類とは言え、場合によっては殺人になってしまう事もある。当然ながら世界中の誰もが認めるわけじゃない。

そんな輩が、見られている事を意識しているとは何事だと、揶揄する記事があったのを覚えている。

何の意味があるのかと、様々なお遊び感覚の考察が広まっていた。

 

トールも気になり、その理由を聞いたことがある。

 

それは、一つの決意表明だと、とある者が言った。

そして、決意の内容も様々だと。

それから、トールも同様に真似をするようになった。

 

これは、トールの決意表明。

正義でもない、悪でもない。

コレと決めた誰かの為に戦う事を自身の中で決定づけた。その為の行為。

正義だろうが悪だろうが、その対象の為に、戦うと決めた時の、誓いのポーズ。

 

ガヤガヤと客席が騒がしい。

 

 

「やめて、やめろ……! お母様を悪く言うな、お母様は正しいんだ!」

 

「ああ、救世主なんかよりもよっぽど正しいよ」

 

 

騒ぎに気付かず、目を見開いたまま叫ぶ彼女に、上着をかける。

 

「え――?」

 

予想外の声だったのか、絶望の表情のままトールを見る。その表情に心苦しさを覚えながら、決して態度には出さないように心がける。

 

「やっぱり、その服、似合うけど、ちょっと刺激的すぎるな」

 

「ア――おまえ、トール?」

 

「ああ、何気に名前を呼んでくれたの、初めてじゃないか?」

 

言いながら、トールは、バーヴァン・シーの頭を撫でる。

 

「おい、なんだ! 人間が出てきたぞ!」

 

突然の乱入者に、バーヴァン・シーを卑しめる声は殆ど無くなった。

 

何事かとガヤガヤと騒ぎ立てる声。

ある意味で、トールの目的は達成出来た。

 

 

 

そんな騒ぎも無視して、トールはバーヴァン・シーの頭を撫で続ける。

 

「こんな大事な子を忘れてたなんて……」

 

「え――?」

 

「本当の名前、バーヴァン・シーだったんだな。どうりで、ずっと懐かしい感じがしてたんだと思ってたんだ」

 

そう言った瞬間、バーヴァン・シーが頭を抑える。

 

「あ、ああ、待って、何か――頭が――」

 

頭を抑え、何事かとバーヴァン・シーがつぶやいたかと思えば――

 

「オイオイ、誰かと思えばアンタかい、トールの旦那!」

 

事態を見守っていたベリルがヘラヘラと近寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

「こんな珍客を乱入させるのを許すなんて、ムリアンはよほどアンタにご執心みたいだな!」

 

バーヴァン・シーの頭を撫でるトールに、ベリルは、ニヤリと笑う。

 

(へぇ、ここ最近お嬢様の機嫌が良かったのはそう言う事かい? 全く、可愛いもんだ)

 

「今の戦い、全くやる気が無かったな。今後の妖精國を決める戦い。なんだろ? 女王の夫がその態度はどう言う事だ?」

 

何事かを尋ねようとしたベリルだったが、トールの形相に、今後の展開を予想する。

 

成る程、突然降りてきたのはそう言う理由かと、1人納得する。

 

バレバレだ。拳を握りすぎて血が出ている。

 

俺を殴ってやりたいと言う感情が透けている。

後先考えず、感情のまま動くなど、そのあたりこの男の程度が知れている。

 

(とはいえ、普通の人間ってわけでもなさそうだ。()()()()はこいつ相手になりそうだな。もっと劇的なタイミングが良かったんだが残念だ)

 

ほくそ笑みながら、トールに見えない様に、体の一部を変化させながらまずは言葉で返してやる。

終わりと同時に隠した爪で引き裂いてやろう。

何せ今の自分は、妖精國最強の牙の氏族の体なのだ。

 

相手はこちらを殴り飛ば好き満々で、自分が反撃されることなど一切考えていないように見える。

言うなれば無防備だ。自分がやられる側というのを理解していない愚か者。

 

会話が終わると同時に、切り裂いてやろうかと、体を変化させる準備に入る。

 

「誤解すんなって、俺はマスター戦は初めてなんだぜ? 相手は百戦錬磨の救世主様だ。元から叶うはずな――」

 

途端、何かが砕ける音がした。

 

「グーーっギィ?」

 

(殴られた――?)

 

理解したのは、吹き飛ばされてから、壁に激突するまでの数瞬の間。

顔面が砕けている。

その脳内には、確かにトールが殴る動作の映像が流れてきた。完全なる不意打ちだ。

 

油断していたのは認めよう。

トールの、殴る気満々のその態度に、ナメていたのは確かだ。

 

トールの動作の速さに、幻覚でも見ていたのか、それとも脳の理解が追いつかなかったのか、様々な理由が走馬灯の様に、ゆっくりと脳内を駆け巡っている内に――

 

(変化しておいて良かったぜ。人間のままだったら死んでたかもなぁ?)

 

元より、この程度のトラブルで、心折れる男でも無い。

今のは油断が招いた失態だ。借りは返すと、内心で思いながら、背中への衝撃を感じた瞬間、ベリル・ガットはその意識を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「やばい、殺気が露骨すぎて、思わず強めに殴っちまった……生きてるか?」

 

焦りながらも、至極冷静に、トールはトントンと耳をにつけている特殊な端末を叩き、人知れずスキャンを開始。息はしている。想像以上に頑丈らしい。

 

 

「貴方は……?」

 

その間に横合いから声がかかる。

救世主と称される侵略者。

トールにとって最も憎き敵。

 

こちらを警戒の眼差しで見る青年。

隣の金髪の少女奴隷。予言の子は何故かは分からないが、顔も青ざめ、気絶寸前と言ったところ。

 

隣の青年は気持ちだけでも負けないと、精一杯の睨みを効かせる表情を作っている。

 

勇気だとかそういう言葉で表せる。善人が良くやる自分は正しい事をしていると信じ切っているその表情。

 

悪だと、間違いだと、そう揶揄されて滅ぼされる側からしたらこれ以上ない程にイラつく顔だ。

 

トールが相手してきた数々のヴィラン達もこう言う感情を抱いていたのだろうか。1人思いながらも、その青年の問いに、トールは応える気は一切無かった。

 

代わりに、これ以上のない悪意で返す。

 

少しでも奴らの旅路に、引っかかるよう、その隙が汎人類史の破滅につながるよう願いながら。

 

「自分たちは、善人ですってそのツラ。腹が立つな。何もかも優遇された救世主の正義の旅はさぞ気持ち良いんだろうなァ」

 

「……!俺たちはそんな……!」

 

「別にどうでも良いんだ。お前らが自分たちをどう思っていようが、どんなご高説を垂れようが、俺にとってはこの妖精國で一番醜い存在で、一番の悪党で、救世主ヅラする最低最悪なノア気取りの侵略者だって事には変わりない」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……!?」

 

ノアという単語に青年は反応せざるを得ない。

自分たちを指してノアと呼ぶ理由など、考えられるのは一つのみだ。

横のアルトリアを見れば、震えている。

目の前の彼に対してなのは明白だ。

青年も、気持ちはわからなくは無かった。

彼の目は、彼の言葉は、彼の態度は、言葉以上の軽蔑が込められている。

 

この旅を振り返ってみれば、本気で自分たちを殺そうとしたのはウッドワスのみ。

そのウッドワスでさえ自分たちを、悪ではなく、あくまでモルガンの敵であるという認識で見ていた。

 

だが彼は違う。間違いなく。こちらを怨敵として認識している。

それも、生存競争による不足の事態故の敵ではなく、そんなものなど言い訳にもならないと。

こちらを、完全なる悪としての認識。

それは、オリュンポスの時の様に、世界を滅ぼす悪魔だと揶揄された。あの世界の住人以上のモノ。

 

この旅において、妖精國のほぼ全ての住民が、モルガンを悪だと据えた上で、救世主だと讃えてくれていた。

この世界の全員がモルガンを倒すと言う目的のために協力してくれている。

正直なところ、オリュンポスに比べて、気が楽だったと言うのは否定できない。

 

この世界の妖精を滅ぼす女王を救世主として打ち倒す。そして、数に限りはあるものの、この世界の住民も助けることができる。

それが、自身の世界の平和にも繋がる。

これまでで一番、異聞帯を救う事のできる手段を自分達は持ち合わせている。

だが、彼のノアという単語を聞いて、あの凄まじい悪意の籠った眼に充てられて、どこか、引っかかりを覚えてしまう。

だって、世界を滅ぼす自分達が、500人だけ剪定して生かすなど、それはまるで――あの時の――

 

ハッと、埋没していた思考から浮き上がる。

隣のアルトリアは相変わらず青ざめたまま、彼を見つめている。

思考の内容に比べれば、ほんの一瞬だったらしい。

 

彼からの、身の竦む視線は無くなっていた。

彼は踵を返し、妖精騎士トリスタン、もとい、上級妖精達が揶揄する吸血鬼バーヴァン・シーの元へ近づいていく。

 

跪く彼女を介抱する彼の姿は、背中からも感じるほどに優しさと気づかいに溢れており、まるで、彼女を撃退した自分達が、本当の悪のように思えてくる程で――

 

どうすべきか、一瞬悩んだところで、邪念が伝わったのだろうか。

彼が一度またこちらへ向いた。

言葉は無い。しかし、こちらを警戒するように向けた視線はやはり、気を抜けば、膝が崩れてしまいそうなほどの悪意と殺意が込められていた。

 

――動いた瞬間、惨たらしく殺す。

 

そういう視線が込められている。

そして、間違いなく彼ならばそれが出来ると言う確信がある。

 

動けない、動くわけにもいかない。

 

『危険をかぎ分ける感性(センス)はカドック以上だな!』

 

そう口に出したベリルガットは、バラバラになっていないのが不思議な程の威力で殴り飛ばされ、今はステージの壁の破片に潰されている状態だった。

 

隣で震えるアルトリアには言葉で慰めるぐらいのことしか、青年、藤丸立香にはできなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

バーヴァン・シーに未だ落ち着いた様子は無く。

近づいたトールにもたれ掛かる。

 

「ダメ、だめよ、ダメ…!私、お母様に怒られちゃう」

 

「大丈夫だ……とりあえず落ち着け……俺も一緒に怒られてやるから」

 

着名とやらが剥がれたせいか、彼女はまったく落ち着かない。

精一杯の慰めをかける。まずは落ち着かせなければならない。

 

一言程度では効果は薄く。情緒が不安定のまま、彼女はトールに縋り付く。

 

「違うのそれだけじゃ無いの! だって、だって……!」

 

バーヴァン・シーの眼から突然涙が溢れ出す。

 

「私なの、私が、貴方に謝らないといけないの!」

 

もはや文章が成り立っていない。

言葉を紡げば、彼女は自分に謝ろうとしているらしい。

心当たりが全くないが、コレほどまでにさせているのは自分のせいかと、心苦しくなっていく。

 

「いいから、落ち着いてくれ……俺になんか謝らなくて良いから……気にしなくて良い」

 

「ダメよ、ダメ! 言わなくちゃ!」

 

「大丈夫だから。おちつ――」

 

「ウッドワスを殺したのは私なの!!」

 

――一瞬、思考が止まってしまった。

 

「私が、ロンディニウムから逃げたアイツを殺したの、アイツの、内臓を奪って!私が、わたし、が……」

 

とめどなく、バーヴァン・シーの懺悔が流れ出す。

 

「大っ嫌い!私をずっとずっとバカにしていたウッドワスなんて! 私をいじめていた妖精なんて、みんなみんな大っ嫌い!!」

 

大粒の涙を流しながら、堰を切ったように、言葉が溢れ出す。

 

「でも、貴方がウッドワスを好きだっていうのは知ってたの。知ってたのに……!だから、だから、謝らないといけないの!!」

 

ああ、本当に……

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 

――ままならないもんだな。

 

ウッドワスは大切だ。大切だった。

ムリアンを殺そうとしたとき。

その動機がウッドワスへの復讐だと知って、一度心が折れた。

 

それでも、諦めきれない自分がいた。その後、ランスロットとの会話の後に、また一度、復讐を諦めようと心に決めた。

だが、それも、結局は、どこかで、諦めきれていなかった。

あくまでムリアンとコヤンスカヤを対象外にするだけ、この妖精國を乱した存在として、大儀と共に、ウッドワスを殺した奴らを殺す。

そういう機会をうかがっていたのも正直な所だ。

 

だって、大切な友人だったのだ。

故郷を滅ぼし、新たな居場所も捨て、この妖精國に来た。

その理由もわからないまま、ここに来た。

全てを捨てて妖精國に来たのに、何が大切だったかすら覚えていないのは苦しかった。

だが、そんな中、やっと出来た。大切なモノ。大切な友人だったのだ。

 

復讐を諦める等、ウッドワスへの裏切りだと、裏切るわけにはいかないと、そう思っていた。

 

だが、もう……今度こそ本当に――

 

 

――すまない、ウッドワス。

 

それは、本当の意味での決意の謝罪だった。

 

 

 

トールは、大粒の涙を流すバーヴァン・シーを優しく抱きしめた。

 

「良いんだ、良いから。大丈夫だから」

 

許さないわけがない。

 

だって彼女はずっと、虐げられてきたのだ。

何度も何度も傷つけられて、何度も何度も、誰かの為に自分の身体を差し出して。

 

何故今、彼女が女王の娘なのかはわからない。

 

何故彼女が、こんなにも残虐になったのかはわからない。

 

だが、彼女を間違っているなどと、口が裂けても言えやしない。

幾度も幾度も殺されてきた仕返しを、復讐を、間違っているなどと、

そんな事を言うヤツがいたら殺してやろう。それ程の思い。

 

だから、本当に自分の復讐はこれで終わり。

 

少しでも、自分の気持ちが伝わるように。

怒りなど無いと伝わるように。

 

優しく抱きしめ、背中を撫でる。

 

ウッドワスと同じくらい大切な、妖精騎士トリスタン。

本当の名前はバーヴァン・シー。

 

「落ち着ついてくれ、バーヴァン・シー。さっきの話、覚えてるか?」

 

「あ、ぅ――さっきの?」

 

多少は落ち着いたのを見計らい、会話を投げかける。

 

「ほら、キャメロットの部屋に匿う代わりに俺を奴隷にするって話」

 

「……」

 

「あれ、今で良いか?」

 

「いま……?」

 

彼女は今、女王以外に味方はいない。

 

「あぁ、そうだよ」

 

だから彼女には安心させるための、つながりが必要だ。

 

「今から俺は、君の奴隷(サーヴァント)だ」

 

「さーゔぁんと……?」

 

彼女の為ならば、奴隷になっても構わない。

まったくもって問題はない。トリスタンがバーヴァン・シーと知る前からそう思っていたのだから。

 

「ああ、そうだよ。約束する。今から、君は、俺のマスターだ」

 

これからはまた彼女と新しい関係を築いていく。何が起ころうとも、彼女を守る。

 

だって自分は、()()()の為に、この妖精國に戻って来たのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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バーヴァン・シー②

「実に良い判断だったよムリアン。おかげさまで、凄く恰好いいイメージを持たれたろうな。」

 

「えぇ、感謝してください? あのままでは貴方、会場中の妖精達になぶり殺しにされてましたよ」

 

気持ちとは正反対の皮肉をジョークで伝えるも、ムリアンに鮮やかに返される。

 

図星すぎて何も言い返せない。

 

 

ここはムリアンの自室。

予言の子と妖精騎士トリスタンによる鐘を賭けた闘いのステージで、乱入を図り、そのままトールは、自身を、王になりそこねたロットと名乗り上級妖精を散々ッぱら挑発し、彼らの怒りを買った。

 

 

「あのまま予言の子との再戦も見てみたい気持ちもありましたが、彼女がああでは、それも無理でしたでしょうね」

 

ムリアンは言いながら自室に備えてあるソファに座るトール――の隣で丸くなって眠っている少女、もとい妖精を見る。

そこには妖精騎士トリスタン――下級妖精バーヴァン・シーが横になって眠っていた。

 

「感謝してるよ、まさか倒れるとは思ってなかったから」

 

「女王の着名とやらが剥がされたショックと、吸血鬼の特性でしょう。血を吸った様子はありませんから、魔力不足の様なものです。貴方に助けられて気が抜けたのが一番の原因でしょうが」

 

ムリアンの言葉にほくそ笑んだトールは、眠っているバーヴァン・シーの頭を撫でる。

それはまるで、恋人にするそれの様でもあり、親が子供に接する時のようでもあり。

 

それを見たムリアンは内心に疼く思いとともに目を逸らす。

 

 

「悪かったって思ってる。面倒を起こすつもりは……」

 

「えぇ、わかってます。貴方は、身内関連に関しては暴走気味ですから。想定はしていました」

 

ムリアンのフォローに微小を返す。

 

「嫌な事態になったのを見ると、無視できないんだ」

 

それは、自身でも自覚している悪癖だ。

 

「できたら良いのに……」

 

「……嘘でしょうそれ。直そうなんて思っていませんよね?」

 

「……バレたか」

 

苦笑いで返す。

嫌な事態が起こると見逃せない。

例えその後面倒な事になったとしても、嫌よりも面倒な方がよほどマシだと、そう思っている。

 

「別に、貴方の行動を理解できないわけではありません。バーヴァン・シー。私からしたら関わりあいのない下級妖精ですが、貴方にとってはそうでは無い……でしょう?」

 

妖精騎士トリスタン、もといバーヴァン・シーを見る。

 

「ああ、この子は、本当は凄い良いこ――妖精なんだ。他人の為に自分の体を差し出すような子で、差し出すたびにボロボロにされて、何度も何度も殺されて……」

 

ムリアンは、トールの話を聞いて納得がいった。

確かに、そういう手合いの妖精はいた。

その殆どは、生き残れるはずもなく、このブリテンの大地と化したが、成る程、言うなればそういう性質の妖精の生き残り。

 

そうとは思えない程に残虐なのは、おそらく妖精騎士の着名によるもの。

だが、それを加味しても、彼女の常軌を逸した妖精嫌いの理由にも合点がいった。

 

 

つまりは、ムリアンと同じである。

違うのは、被害者と加害者だ。

 

被害者は、ムリアンで言えば自分以外の氏族の仲間。

バーヴァンシーで言えば自分自身。

 

加害者は、ムリアンで言えば牙の士族。

バーヴァンシーで言えば、全ての妖精。

 

これは復讐だ。

自身を使い潰してきた妖精への。

 

似たような立場故の同情心が、ムリアンに芽生える。

知らなかったとは言え、そんな彼女を利用しようとした事に若干の罪の意識が生まれてしまう。

 

だが、それ以前に一つ思い浮かんだ事が、あまりにも恐ろしかった。

 

 

 

「女王が彼女を娘にしたのは――そんな彼女に自由を与えたかったから?」

 

「……まあ、可能性がなくは無いよな。分からないけど」

 

ムリアンは、妖精歴の記憶の復活と共に、女王の正体に、若干の心当たりがあった。

その正体が予想通りならば、その絶望はムリアンと同じだ。大事な同じ人間を失ったと思っている。

さぞ、妖精という存在に思うこともあるだろう。

 

彼女が女王として君臨した理由も、その圧政も、頑なに妖精を救わないと豪語する理由も理解できなくはない。

 

だが、それだけに、このバーヴァンシーを後継者に据えた理由は何故だろうかと思考する。

妖精亡主となったグレイマルキン。滅びたダーリントン。

妖精騎士トリスタンが着名されたのはその暫く後。

その時から一気に女王への不満感は高まっていった。

 

そして、彼女が良い妖精だろうが、下級妖精である事に違いはない。このまま彼女が女王になれば、この國の混乱は避けられない。それに気づかない女王では無いはずだ。

 

つまりそれは、女王モルガンは、彼女の為に、この國を、放棄すると言うことに他ならないのでは無いか――

では、大厄災でキャメロットが無事だったとしても、今後妖精國を守るのは果たして――

 

その思考を一度止める。

 

ムリアンのやる事は変わらない。

このグロスターは厄災にも耐えられるほどの絶対領域である事は自負している。

 

いくらでもやりようはある。

 

少なくとも、バーヴァンシという妖精の性質を把握はできた。それを思えば、女王との交渉をするのも一つの手ではあるかもしれない。

 

だって、今、目の前には、彼がいる。

もし、本当に、女王が、彼女なのであればきっと――

 

 

一度思考を中断する。女王の今後に関しては、今考えたところでどうにもならない。

予言は今も動いている。

今の自分は表向きは中立だ。どっちにも舵を切る覚悟はしておくべきだ。

 

 

今、ムリアンにとって重要なのは今後の話ではない。

 

 

 

今はこうして気取って冷静なフリをしているが、彼との対話を、こんな現状の確認程度で済まそうとは思っていなかった。

 

会話が止まる。

どう、話を切り出そうか、ムリアンは迷っていた。

 

咳払いが1つ。トールである。

 

「あーいや、その……改めてなんだけど……」

 

(来ましたか!)

 

そう、ムリアンが期待していたのは、ムリアンが話したかったのは、トリスタンの正体でも、今後の妖精國の話でも無い。

 

いや、それも大事なことではあるが。とてもとても大事な事ではあるが。

 

それよりも優先すべき事。ムリアンが確認したかったのは、彼が、妖精歴のあの時の彼であるかだ。

 

あの会場で、彼はロットと、そう名乗った。

それは、ムリアンからその名を聞いたからでは無い。

そう、自分を確信している雰囲気だった。

 

間違いなく彼だとムリアンは確信を持った。

 

だが、本当の意味で確認する事が恐ろしいのも確かだ。

だからこそ、いよいよもって核心に迫れると、期待と緊張で一杯だった。

 

「その……」

 

気まずそうなトールに、期待する。

既に、妖精舞踏会を滅茶苦茶にした事に関しては決着はついた。

彼がこんな態度を取るなど、きっと、久々の再会な上、記憶がない間にあんな事があったところから来るものに違いない!

 

(さあ、早く! 久しぶり。みたいなありきたりなものでもなんでも良いから早く! こういうのは男性から切り出すものですよ! さあさあ! ムリアンちゃんもいい加減、我慢の限界というものです!!)

 

内心興奮気味のムリアンに、トールは怖気を覚えながら一言。

 

「その、ひ――」

 

(ひ!?)

 

「ひ、冷えるな〜この部屋。暖房とかないのかな? トリスタンも風邪引くかもしれないし」

 

「――っ」

 

「あっと、その……ムリアンさん?」

 

「この――っ!」

 

乾いた音が、ムリアンの部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ムリアンとの、短くも濃い対話の後、トールはこっそりと妖精舞踏会の会場を後にしていた。

 

もう少し長く話をしたかったが、その後予言の子がやって来ると言う事で、一度離れたのだ。

 

トールは一先ず、ティンタジェルの自宅に戻る予定だった。

家に戻って色々とやる事があるのと、ゆっくりとトリスタンに眠ってもらう為。

 

色々な話をして、スリングリングをムリアンに渡した為、即座に帰る手段を失っていた。

だが、まあ問題ないだろう。この時の為のジェット装置だ。私服の懐につけておいたそれを確認しながら、眠っているトリスタンを背負ったまま、一度グロスターの外に出る。

 

人目ならぬ妖精目もつかなくなったところで、ジェット装置を用意しようとしたが、また一つ、視線を感じる。

 

その視線に振り返れば、宵闇で見辛いが、見覚えのあるようなシルエット。

 

巨大な体躯。

尖った耳。狼のような顔。

良く目を凝らせば、見覚えのある、紳士服。

 

心当たりなど、一つしかない。

 

「ウッドワス……?」

 

あちらに聞こえるか聞こえないかの声で呟く。

まさしく、同じ見た目の妖精が、こちらにゆっくりと歩いて来ていた。

 

 

トールは驚愕を隠せない。

確かに、ロンディニウムにて、本当の意味での最期は見なかった。

バーヴァン・シーが内臓を抜き取ったと言っていたが、妖精であり、牙の氏族の最強種でもあるというウッドワス。

絶対に死んでいるという保証も確かに無い。

 

良く見れば、足を引きずっているようにも見える。

意識すれば、血の匂いもする。なんにせよ万全には見えない。

 

きっと、ロンディニウムやバーヴァン・シーによるダメージが治り切っていないのだろう。

兎に角手当をしなければ――

 

「ウッドワス!!」

 

トールは、この時、歓喜に打ち震えていた。

 

故に油断しきっていた。

言い訳を用意するのならば、急な記憶の復活に思考が安定していなかったというのもある。

そして、あれほどに復讐を望んでいたほど彼に固執していたというのもあり、冷静な判断が出来るはずも無かった。

ウッドワスが生きているという可能性がゼロでは無いという事は確かにある。

だが、()()()()()()()()()()()()()()。その疑問に思い当たらなかったのはあまりにも迂闊だった。

 

暗がりという悪環境もあったが少し目を凝らせばウッドワスでないとわかるはずなのに、ウッドワスらしき、存在の間合いに迂闊にも入ってしまうまで気づくことが出来なかった。

 

ウッドワスらしき、存在が、ブレた。

それは、常人では消えたようにしか見えない超スピードによる瞬間移動。

とはいえ、トールにかかれば、全く問題無く対応できる速さだ。

 

だが、トールは上記の理由により完全に油断しており、背にバーヴァン・シーを背負っていた。

 

故に、対応が完全に遅れてしまう。

瞬間移動にしか見えないその超スピードを、容易く眼で追い、対応しようとする。

だが、ウッドワスらしき存在によって突き出される爪は、身のこなしだけで避けるほどの余裕は無く、その超スピードに対応する為に動こうとすれば背負うバーヴァン・シーを投げ捨てるしかない。

当然ながらそのような事はできない。

 

迫る爪を転がりながらどうにか回避し、転がりながらバーヴァン・シーを優しく下ろす。

だが、その行動が既に致命的な隙である。

追撃で迫りくる確実に喉を切り裂こうとする爪を、右腕でかろうじてはじくのが精一杯。

 

しかも運の悪い事に、はじいた爪の行先は、よりにもよって、ある意味では喉よりも最悪の場所だった。

 

「グッ、ガアアァァァァァァ!!」

 

その獣の爪は、トールの右目に突き刺さっていた。

それは、奇しくもトールが見たビジョン。自身でナイフを使って突き刺したのと同じ位置。

 

ウッドワスらしき狼男はそのまま、人間で言えば親指に当たる爪をトールの眼に突き刺したまま、その頭を持ち上げる。

トールは抵抗しようと、その腕を掴む。

 

「ハハッ、殴られた時から思ってたが、やっぱとんでもないバカ力だな!! あんた本当に人間か? それとも特殊な礼装でも使ってんのかい? 魔力の類は感じないが」

 

「オマ……え!!」

 

トールによる握撃は、腕が引きちぎれるのではないかという程の圧力。

それには至らないものの、その力によって、狼男の腕にこれ以上力が入ることは無く、そのまま頭を握り潰すという事は不可能となった。

 

狼男はその力強さ故に、関心しつつ声をだす。

 

「トールっていう名前に心当たりがあるかと記憶を辿りゃあ、あんた。ウッドワスのお友達の王子様だってこと思い出してな? ダメ元で演技してみりゃこのザマだ」

 

ウッドワスに似つかわしくない、軽薄な口調。

ウッドワスがするはずのない、弱者を甚振る事を快感とする厭らしい表情。

 

気付けば、ウッドワスの着ていたような礼服は消え去っており、残った左目で確認すれば、ウッドワスとは毛の色が違っていた。我ながら間抜けだなと、逆に感心させられてしまった。

 

「まさか、こんな簡単にかかるとは……間抜けがすぎるぜ、アホの王子様?」

 

「は、な……せ、よ……クソ野郎っ!」

 

「目ん玉貫かれて、脳みそまでいきそうだってのに、大したもんだ。その気合に経緯を評して離してやりたいが、女王の娘を攫う悪党を、逃がす夫はいないだろう? 大事な大事な娘を利用して、汎人類史での夫の名前まで使って、涙ぐましく女王モルガンとお近づきにってかい?」

 

その口調には覚えがあった。

 

「そうは問屋が卸さないってやつだ。丁度良い試運転。付き合ってくれよトールの旦那?」

 

その正体は、バーヴァン・シーに取り出させた心臓を喰らい、ウッドワスの霊基を手に入れた。ベリル・ガットであった。

 

 

 



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バーヴァン・シー③

 

 

「気にする事無い。彼は情勢が見えてないだけ。モルガンは汎人類史どころか、妖精まで滅ぼそうとする悪党でしか無い。他でもない彼女自身が言っていた事だ。『自分を倒せ』。あんな特例中の特例を気にする必要は無いさ」

 

「……そうかな」

 

鐘は鳴った。目的は果たした。

この妖精國で女王に次いで邪悪と言える妖精騎士トリスタンの鼻を明かした。

だが気分は優れなかった。

 

本来であれば、きっと、祝勝ムードのまま、ムリアンに快く協力を取り付ける事が出来ただろう。

彼女はきっと素直に協力するとは言わないだろうが、お祭りムードで、今後の展開に希望が持てたはずだ。

 

だが、これ以上ない程に邪魔された。

 

女王軍でも無い、妖精でも無い、人間によって。

あの舞踏会の後、ムリアンに翅の氏族は味方についたかどうかの確認をしに、彼女の自室へと赴いた。

 

『鐘がアルトリアを認めた以上、私から言う事はありません』

 

『ですが、私個人の立場はあくまで中立。戦争がしたいなら皆さんで勝手にどうぞ』

 

およそ想像通りの返答。

 

話の流れで問うたのは、彼の事だ。ロットと名乗り、王になり損ねた男と自称した魔力も持たない人間だ。

一見何の力もありそうにないその男。

だがその男はベリルガットを凄まじい力で殴り飛ばし、その衝撃でステージの壁を瓦礫に変えた。

 

『彼は、貴方達と同じ、異世界から来た人間です』

 

『彼は、ウッドワスの友人』

 

『円卓軍の言う妖精と人間の共存をまさしく体現していた方でした』

 

『あなた方自身でその片方を殺したのは皮肉がきいておりますね。とはいえ事情は事情。仕方のないことでしょう』

 

『ですが彼はそう思ってはいません』

 

『どのような大儀があろうと、貴方達のやっている事はこの國を混乱に貶める侵略行為でしかないというのは彼の弁。ええ、被害者なのだからその恨みも一入でしょう』

 

『皆さんの行いを見直すも、正しいと信じて彼を殺すもご勝手に、彼は暗殺が得意のようですから。かくいう私も殺されるところでした。せいぜい寝首を書かれないように気を付ける事です』

 

そう、言い残して、ムリアンにはこれ以上話す事は無いと一方的に追い出されてしまった。

村正がよほどの事があれば寝返るのかとも訪ねたが。

 

『よほどの事があれば、あなた方を見限るという事も念頭に置いてください?』

 

最期まで気分の晴れない会合となった。

 

「彼、汎人類史のロット王だったりするのかな?」

 

「だとしたら、見た目がおかしい。完全に東洋系、日本人っぽかったけれど」

 

「デミ・サーヴァントみたいな?」

 

「王になりそこねたというのは、汎人類史のブリテンの話? モルガンにそそのかされた男というイメージしかないけれどブリテンの王を目指していたとか?」

 

「ムリアンのヤツ、殺されかけたとか言っていたが、そんな奴を囲おうとしてたってのか」

 

「……そういう趣味とか?」

 

あーでもないこーでもないと、相談を続ける中。

予言の子アルトリアは、一言も喋らない。

 

一人、地面を見続けているだけ。

 

この場にいる誰もが、汎人類史を守るという大儀がある。

妖精を500翅しか連れていけない、という悲しき事実も、しょうがない事だと、言い訳が効く程度には大きな大儀が。

 

だがアルトリアは違う。

汎人類史も、言ってしまえば関係が無い。

彼女の中にあるのは曖昧な使命のみ。

その使命に準じてみれば、やっているのは戦争だ。

これまでは、誰もがその戦争行為に賛同していた。妖精國を救う救済行為だと、ヒーローだと称えてくれた。

明確に怒りと敵対心をもってきたのはウッドワスのみ。

 

だが、彼は、こちらを悪と断言した彼は、言うなれば、こちらの戦争行為による被害者だ。

人間でありながら、あれほどの殺意を示す程に妖精である友人を大切にしていた人間。ウッドワスという、粗野だと言われている妖精に親しまれていた人間。

きっと、妖精國におけるひとつの理想の体現。

彼は明確な復讐心と侮蔑を以てこちらを見ていた。

 

 

悪意の嵐が吹いていた。生まれただけで向けられる悪意。楽園の妖精だからと向けられる悪意。

そんなものは知った事では無いと、はた迷惑だとすら思っていた。だが、悪意の嵐はもう吹かない。

 

 

今は、もっとおぞましく、苦しいものだ。

 

稲妻だ。

 

荒れ狂う稲妻が嵐の如く鳴り響く。

 

それは、まさに身を焦がす程の悪意。

 

怒り。復讐心。喪失感。後悔。

 

理不尽のように吹きすさぶ悪意の嵐とは違う。

それは、その悪意は、アルトリアの行動によって生み出された。

自分の足で、自分の手で、自分の意思でカルデアに同行する事を決め、予言の子として使命を全うする事を選び取った。

使命の為に、巡礼の鐘という宣戦布告の狼煙を上げ、戦争を開始した。

本当はアルトリア自身は望んでいなかったとしても、運命という物に翻弄されていたとしても、カルデアという妖精國を救いに来た正義の使者達の

雰囲気に流されたが故だとしても、状況や雰囲気に強制され、選択肢が無かったとしても、彼女自身が決めて行動した事に違いは無い。

どう取り繕おうと、運命のせいだと、自分は悪くないと、シラを切れる程アルトリアは非情ではない。

 

星は、もう見えていない。

 

それは、稲妻の光によって、見えていないだけなのか。

それとも、星そのものが雷に打ち砕かれたのか。

 

あるいはアルトリアの罪の意識が眼を曇らせているのか。

 

それは本人でさえもわからない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「王子様ってのは嘘なんだろうが――」

 

茶化すような態度。

 

「あんた東洋人かい? 全く、スプリガンといい。後輩といい、妖精國ってのは、何か運命的なものを持ってんのかねぇ?」

 

ウッドワスの姿となったベリルは、右手の親指を、トールの眼に突き刺し、そのまま頭を掴み持ち上げている。

 

「スピネル嬢を選んだのは良い判断だったと思うぜ?何せ、妖精國じゃ居場所のない可愛いそうなお嬢さんだ。懐柔するのも楽だったろう?」

 

「おま……え……」

 

「だが、あの状況でイキるのは悪手だったなァ」

 

だが、左手は自由。その牙も自由。

やろうと思えばいつでも殺せるその状況で、意味の無い言葉を投げかける。

 

ベリルは完全に今の状況を楽しんでいた。

 

「その、姿は、なんなんだ……?」

 

息も絶え絶えながらも、絞り出すように声を出す。

 

「なんだい旦那? ああウッドワスと同じ見た目って?」

 

「ウッドワスは……無事なのか……?」

 

「聞きたいかい?旦那?」

 

「ああ……教えて、欲しい……!」

 

弱弱しい声、あの時、自分を殴り飛ばしたような迫力は欠片も無い。

にやりと笑う。

ウッドワスの顔を持ちながらも、元のベリルの表情がわかる程に、その笑みは特徴的だった。

 

「それなら、まずは――お駄賃をもらわないとな……!!」

 

「ああ、ああああああああ!!」

 

空いた左手の爪で脇腹を貫き、ぐりぐりとこねくり回す。

命に別状は無いが、その痛みは常人であれば、意識を失う程だ。

 

「おお、よく耐えたなぁ旦那。じゃあ、良い悲鳴をくれた礼に順を追って説明してやるよ」

 

「ぐ、う、あ……」

 

トールから漏れる声に力は無く、彼は、意識を必死につなぎとめようとしているように見える。

左手を突き刺したまま、ベリルの口から、真実が簡易的に告げられる。

 

ロンディニウムで予言の子一同に敗北したウッドワスが逃げた事。

 

その後、トリスタンにとある魔術を使わせ、ウッドワスの生き胆を抜き取り、ベリルが喰らった事。

それによって、ウッドワスの力を得た事を明かす。

 

それを臨場たっぷりに伝えた後。

 

「安心しろよ。ウッドワスに関しちゃ、死んだところは見ちゃいない。どこかで野垂れ死んでるのは確実だろうが。まあ生きていたとしても、もう会えないだろうけどなァ?」

 

「——ッ!!」

 

「なんだ。思ったより痛みに耐性が無いんだな、可愛い声上げちまって!」

 

「フーッ フーッ!」

 

ベリルは一度、爪を引き抜いた。

 

トールの呼吸は粗く、ベリルの腕を握っていた手も、もはや力が無い。

 

今度は、その爪を摘まむように形を作り、再び、その傷に入れた。

 

苦悩の梨。

といわれる拷問器具がある。

 

中世ヨーロッパに使用されていたとされるそれは、その名の通り鉄製で、梨の形状をしており、先端についているネジを回せば、内側から皮が開いていくという代物だ。

主に、口や、膣、肛門に入れて使用されるものであり、当時の拷問対象は、同性愛者や、魔女と呼ばれた者達と伝えられている。

 

ベリルの爪の使い方はまさにソレだった。

押し込まれた腹の穴から、その爪を少しずつ開いていく。

 

「うう、ぐ、ううあああああああ!!!!」

 

苦悶の声を上げるトールにベリルは満足そうな表情を作る。

 

「ああ、そうだ。オマケにひとつ教えといてやるよ……」

 

冥途の土産とばかりに、ウッドワスは、右手を眼から引き抜き、口を塞ぐように掴み直し、頭を軽く引き寄せ、耳元に口を寄せる。

 

「スピネル嬢に使わせた魔術なんだがな?」

 

それはこれまでで一番厭らしい声だった。

 

「実はアレ、魂を腐らせちまうんだ……」

 

「!!」

 

トールの眼が見開いた。

 

これ以上無い程の、お手本のような驚愕の表情。

同時に、腹に刺した、左手を徐々に広げていく。

 

「フーっ! フーッ!」

 

何かを叫ぼうとしているのは痛み故か、それとも、バーヴァンシーに対する仕打ちへの怒りだろうか。

口を塞がれているため、声が出ない。

対するベリルは、死に際の絶望としては十分だと、満足した表情である。

 

「安心しろよ。スピネルの件は旦那に誑かされたせいって事にしといてやるぜ?」

 

再び、頭の持ち方を変える。目元を掴み、いつでも頭を握り潰せる位置。

 

「さて、散々楽しませくれたんだ。最後に、遺言ぐらいは聞いてやらないとなあ?」

 

軽く力を入れれば、頭を握り潰せる圧倒的優位。

ベリルは余裕の態度を崩さない。

 

「……が……う」

 

「おいおい、最後の言葉なんだ。もう少し、しっかりした言葉にしてくれよ?」

 

言いながら、左手の梨を徐々に開いていく。

まともな声等出させる気も無かった。

 

「き……く……あ……が……う」

 

叫ぶ気力も無くなったらしいと、ベリルは口角をさらに上げる。

獰猛な肉食獣の頭という事を抜きにしても、邪悪な笑顔だった。

 

「ホレホレ、もう一度! 言ってみてくれ!! 頼むよ旦那ァ! あんたの遺言、聞きたくてしょうがないんだ!!」

 

この一言を最期に、頭を潰してやろうと準備をしたところで。

 

「——協力してくれて、ありがとう」

 

信じられない言葉が耳に入って来た。

 

「ハ――?」

 

ベリルが声を上げ、トールの掴んでいた腕に銃弾が突き刺さり、トールの足が、ウッドワスの顔面を歪ませたのは同時だった。

 

遅れて、銃声が響く。

 

動揺するベリルの顔面を再び蹴り飛ばす。

 

「ギーーッ!!」

 

牙が砕ける音を聞きながら、手を離された事によって、持ち上げられた状態からトールは自由となり、着地する。

 

「知り合いのスパイを真似てみたんだが――」

 

先ほどの弱弱しい悲鳴が嘘のような態度。

 

「我ながら下手な演技だと思ってたんだが、まさかこんなのに引っかかるとは、『まぬけなオオカミ』って本当にいるんだなァ?」

 

トールは、意趣返しとばかりに皮肉を返す。

先ほどまで、女々しい叫び声をあげていたとは思えない。余裕の態度。

 

「グ、フ、フフ……久々の拷問だったんで、興奮しすぎちまったのかもな! あんたマゾっぷりを見誤っちまっていたらしい!」

 

苦しそうなうめき声を上げながらも、ベリルは余裕の態度を崩さない。

 

再びの銃声。

 

本来であれば、怒りのままに八つ裂きにしてやろうとベリルに追撃をしていたところだが、その銃弾は、トールにとっても予想外のもの。

バーヴァンシーに降り注がないよう銃撃の角度から、位置を予測し、守るために移動する。

 

ベリルの方も、同様らしい、再びその身体に銃弾を浴びたのか、うめき声をあげ、その肉体を活かし、跳躍し、範囲外へと逃げて行く。

 

(クソーーっ)

 

内心で悪態をつく。魂を腐らせるだのなんだのを問い質したかったのだが。

銃弾が気がかりだ。

 

「グ……」

 

余計な邪魔が入ったと、内心悪態をつきつつも、体が思うように動かない。

思ったよりも身体のダメージがあるらしい、立ち上がろうとした瞬間、足を崩し、膝をつく。

結果的に助かったと言わざるをえないかもしれない。

 

とはいえ、こちらにその凶弾が来るとも思わない。銃声を鳴らした相手を確認しなければならない。

 

射線の向こうを凝らして見れば、人間大の影が一つ。

 

「どうやら……出過ぎた真似をしたようで……」

 

それは、女性の声だった。

桃色の髪、均整の取れたプロポーション。何より目立つのは、髪の色と同じ獣の耳と巨大な尻尾。

 

トールにとって、ウッドワスの仇の一人。

 

「お初にお目にかかります。私、NFFサービス代表、タマモヴィッチ・コヤンスカヤでございます」

 

ムリアンの友人、コヤンスカヤだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ウ……グ――っ」

 

頭が痛い、眼も痛い。なんだったら全身が痛い。

だが、意識をとばすわけには行かない。

 

「大丈夫、ではなさそうですね。そのまま眠っていた方がいいのでは?」

 

そう、声をかけられる。それは永眠でもしていろという意味なのか、本気で気を使っているのか。トールでは判断できない。

胸中複雑な気持ちだったが、今はそんな心情を引っ込めて、対話するべきだ。

 

「あ、ああ、いや、大丈夫。大丈夫だ。枕が変わると寝れないタチだから。さっさと帰ることにするよ」

 

強がりではあるが、嘘ではない。

この程度の怪我ならば、散々味わってきた。

正直一歩間違えれば死ぬレベルだが、何度も経験している。

 

かろうじて立ち上がり、バーヴァンシーを背負い直す。

 

「助かったよ。ありがとう。コヤンスカヤ。俺はトールだ。ムリアンの友人。君と同じ」

 

感謝の言葉を示しつつ、彼女の背負う銃を指さす。

 

「良い銃だな……」

 

「ええ、お褒めいただきありがとうございますわ」

 

「で、俺を助けたのは、ムリアンの頼み?」

 

思い当たる節を訪ねてみる。

 

するとコヤンスカヤはしばらく、考える仕草を見せた後に。

 

「ええ、そんな所です」

 

そう答えた。

 

「ちなみに、無料サービスというわけではありませんので、必要の無かった援護とは言え、それなりの報酬をいただきたいところなのですが。 ムリアン様に払わせるような、最低男のそしりを受けたいのであれば、無視していただいても構いませんが?」

 

「え?あ、ああ。そうだな……」

 

ああ、商売っ気の強い女性。ムリアン好みの性格だ。

ムリアンに聞いたが、人間嫌いの一面があるとのことだし、素直に人間を助けた事にしたくないのだろう。

内心で関心しながら、何か渡せるものは無いかと、懐を漁る。

最低でも銃弾数発分の報酬は渡してしかるべきだろう。

 

懐を漁ると、出てきたのは、キーホルダーだ。鍵付きの。

 

「じゃあ、これを」

 

言いながら、鍵から外してそれを渡す。

 

「なんです?コレ」

 

心底バカにしたような声を出すコヤンスカヤ。

 

「今払えるのは、これしか無い。まあ、それの価値は君が決めてくれ」

 

「……では、貴方は女性に命を救った金を払わす詐欺師で最低男という事でよろしいですわね?」

 

にべもない。

 

「まあ良いですわ、貴方、これからどうするので?」

 

あまり興味がなさそうな態度だが、質問されたからには答えねばなるまい。

一応、助けようとしてくれた恩人ではある。

 

「そうだな……」

 

トールは、一度背中に背負う、バーヴァンシーを優しく背負い直し、

 

「まあ保護者面談って所だな」

 

彼女に、苦笑いを返し、足にジェット装置を取り付ける。

物珍しそうに見る彼女を視界の捉えながら、耳に取り付けたナノマシンによるヘルメット装置を起動する。

 

「じゃあ、改めてありがとう。コヤンスカヤ。NFFサービスだっけ? いつかどこかで、その会社と取引が在ったら俺の名前を使ってくれ。話くらいは聞いてくれるかもな」

 

ジェット装置とヘルメットに驚愕の表情を作る彼女に、名刺を投げ、バーヴァンシーを背負い、空へと飛んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

彼を助けたのは、別に頼まれたわけでは無かった。

 

一度、彼女の元を離れ、竜骸の調査に向かい、その骸を発見。

そこそこの準備を終わらせた後、嫌な予感がして、ムリアンに何かがあったのでは無いかと、グロスターに戻って来た。

 

ムリアンは、コヤンスカヤにとっては、友人だ。

私財をなげうってくれた借りもある。

彼女の身に何かあれば、コヤンスカヤとしても気持ちいいものではない。

 

いつものように空を行き、グロスターのムリアンの屋敷へ戻ってみれば――

 

 

 

何と、あのムリアンが、人間の男性と抱き合っていた。

流石のコヤンスカヤも驚愕を隠せなかった。

 

彼女の人間嫌いは、嘘ではない。

シンパシーを感じるほどに、その思いは共通だと思っていたのだが、まさかの光景だった。

 

子供のように泣き叫ぶムリアンに、終始謝り続ける、人間の男性。

恋人のようにも見えるし、親子のようにも見える。

 

感動の再開のようにも見えれば、悲痛な別れの抱擁のようにも見えた。

 

そのまま除き続けようとも思ったが、流石のコヤンもそういった所には良識が無いわけでは無い。

そっと、その場を後にした。

 

だが、人間の男性は、気になるところだ。

あのムリアンを絆した人間。興味が湧かないわけがない。

 

こっそりと後をつけてみれば、先ほどの事態。

ウッドワスの霊基を手に入れたベリル・ガットによる蛮行。

 

人間とは言え、ムリアンにとって大切な存在なのは明白だ。

 

これは彼女に対するサービスと、言い訳を用意して手助けしてみれば、あっさりとやられたかに見えた彼の弱さは演技だったらしい。

銃弾を浴びせなくとも、彼単独で、どうにかできたように見受けられる。

 

しかし、どう見繕っても、魔力も持たない脆弱な人間にしか見えない。

確かに身体は鍛えているように見えるが。何か力を感じるわけでもない。あるいは、触れてみればわかるのかもしれないが。

 

そんなこんなで、会話をしてみれば、平凡な一般男性。

あの怪我で、あの余裕の態度は大したものだとは思うが、普通の善人と言った所だ。

確かにその態度には、どこか読めない部分はあるが、あまりにも感じられる力に理屈が無い。

魔力も無い、神気もない、本当に普通の人間すぎて、むしろそれが異常とも言える。

 

とは言え、結局のところ、普通の人間にしか思えない。

 

だが、一つ、眼を見張るものがあった。

 

彼の持つ、足の飛行装置と突然形成されたヘルメット。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ギリシア異聞帯と同様のナノマシンによる、何かに見えるが、全く異なる技術のようにも見受けられる。

 

あまりの驚きにフリーズし、あっさりと彼を見送ってしまった。

 

一体何者かと思いを巡らせ、ふと手渡されたキーホールダーを見てみれば、その飛行機の底にスイッチがあった。

 

まさかと、思い、ひとまず青いスイッチを押してみれば、一瞬で、目の前に、キーホルダーと同じデザインの、ジェット機が現れた。

 

「まあ……」

 

流石に、驚きを隠せない。コヤンスカヤなりに、そのジェット機を調べていく。

 

 

「成程……これは、銃弾以上の価値の物としても良いでしょう。むしろ、これを簡単に渡すなど、気味が悪くなってしまう程ですわね……」

 

 

彼こそ、ムリアンの愚行を正す者なのか。

この妖精國に変革をもたらすものなのか。

あるいは、人理を滅ぼす何かなのか。

カルデアでもない、女王でもない、異星の神でもない。ナニカ。

 

手渡された名刺を見れば『Stark Industries』という名が書いてあった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

キャメロット。

 

女王の間。

 

妖精國の女王、モルガンが君臨する。いつもと変わらぬその玉座。

 

妖精國中の妖精達が、悪と断ずる、愚かな女王。

 

その玉座の間に来ることを許されるのは、女王が許可した者。あるいは、女王を打倒す資格を持った者のみ。

 

そこに、小さな異常が現れた。

 

ひらひら、ひらひらと、女王のはるか頭上から、薄紙が1枚舞い落ちる。

 

それは突然、前触れも無く出現した。

 

女王がそれに気づいたころには、出現した形跡は無く。

 

それは玉座に座る女王の膝上へと落ちた。

 

その異常。女王が管理する玉座のある部屋だ。魔術的侵入はもちろん物理的な侵入すらも許さない。

 

だが、それは確かにそこにあった。

 

それこそ、次元を超える芸当でもなければありえない。

 

周りには自分以外誰もいない。女王騎士は部屋外に待機させている。

誰が覗いているかもわからない。弱みを見せず、動揺も見せず。女王はその紙を開く。

 

なんて事の無い、普通の羊皮紙の切れ端だ。

 

だが、その内容は、女王の行動を決定づける要因となった。

 

女王モルガンはとある魔術を発動する。

 

意識を分割し、もう一人の自分を作り出す。

 

同時に、合わせ鏡を発動。

それは、妖精國のありとあらゆる場所へ一瞬へ移動する大魔術。

 

一度訪れた事のある場所だ。

 

廃村に移動し、小奇麗な建物に入る。

経緯の割には、モルガンには一切警戒は無い。

 

「ああ、思ったよりも速かったな」

 

それは、女王モルガンが誰よりも求めていた相手であり。

 

「突然、悪かった。こうでもしないと会えないと思って――」

 

同時に、この妖精國にいてほしくない相手でもある。

 

「やあ、()()()()()()。まさかあの時来てくれた美人が女王で、しかも記憶を消されてたとは思わなかったよ」

 

可能であれば、元の世界に戻り、栄光の人生を過ごしてほしいと思っていた相手。

以前この場で、その名を使って対話した青年。

だが、青年は、その時とは様子が余りにも違っていた。目立つ眼帯に何があったのかと、その姿に、内心で動揺を隠せない。

 

「君の娘について話がしたいんだ」

 

その青年は、同じほどに大切な娘を預かっているらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




基本的に投稿する時点で次話も骨子は出来上がっているのですが、正直な所解釈に迷っているところがあり、すでに難産中でございます。


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再会

お読みいただきありがとうございます。
5000字前後の作品が多いので、それを参考に切るようにしていたのですが、今回は切りたくなかったため、13000字前後になっております。




ティンタジェルの自宅に戻り、ひとまず、バーヴァンシーをベッドに寝かせる。

踵を返し、洗面所へ向かおうとしたら、足がふらついてしまった。

 

「ああ、クソ、見積もりが甘かったな……これだけ弱ってたなんて……」

 

自身の記憶の中ではこの程度の怪我では、膝を突くなどあり得ないほどに、頑丈だった覚えがあるのだが、あるいは、この世界への転移で身体が変質したのだろうか。

 

ふらつく身体を奮い立たせ、応急処置を施す。

流石に、ありとあらゆる怪我を一瞬で治せるようなシステムは持ち合わせてはいない。

 

だましだましで行かねばならない状態だった。

 

怪我の応急処置を済ませる。

 

腹の傷は縫合して塞いでおくしかないし、血も足りない。腹は見た目には誤魔化せるが、右目ばかりはどうにもならない。

 

靴作りに使っていたツールを使い、眼帯を作る。

 

眼帯をつけ、洗面所の鏡を見れば、そこには、当然ながら、自分自身。

 

だが、その姿を見て、思い出す事があった。

 

 

 

『それはお前の物だ。例えお前が相応しくないと思っていてもな。儂も、それ自身もそう思っておる。それはお前の気持ち一つで応えてくれよう』

 

『王としては、お前を祝福してやることは出来ん』

 

『だが、お前の父親としては、その道行に幸福を願おう』

 

 

 

『ほら、お父様は許してくれたでしょう?』

 

『私も寂しいけれど、ええ、貴方の決めた事ですもの』

 

『その娘の事、いつか紹介して頂戴ね?』

 

『では、また会いましょう。 野菜もちゃんと食べなさいね?』

 

 

異世界での自分の両親。

所々で抜けた記憶。だが、その優しさは忘れない。

 

マルチバースという、人智を超えたものとはいえ、彼らは全知全能の存在。どうあがいても渡ることは出来ないと理解しているはずだ。

二度と会える事は無いと、理解はしているはずなのに、再開の約束をしてくれた。その言葉に嘘は無く。再開する事を絶対に諦めないという意思を伝えてくれた。

 

今にも死にそうなほどに体は苦しいのに、笑顔になっている自分がいた。

その思い出だけで生きていける程に、愛してもらった。

 

親というものは偉大だ。

子供のためならば、あらゆる物を捧げるという愛と覚悟を持っている。

 

人にもよるだろう。あるいはいつか、その愛も消えていってしまうかもしれない。

だが、その愛を持つ親が、トールの出会ってきた者達には多かった。

 

 

自分は、言うなれば神を気取る人間に作られた兵器だ。親などと言うものに、価値を見出す事があるとは思っていなかった。

 

家族と言うものはかけがえのないものだ。例え血が繋がっていなくとも、例え離れていようとも。例え二度と会えなくとも。家族がいたと言う事実が、生きる事に意味と希望を与えてくれる。

 

だからそう、母親に愛されているのがわからないと言う彼女にも、そういう希望を持ってもらえる事を願う。

 

 

包帯を体に巻き、眼帯を整え、身支度を整え、洗面所から出る。

 

戻った直後には気が付かなかったが、デーブルの上に、見覚えのない箱が置いてあった。贈答用にラッピングされた箱。次元を超えてデリバリーしてくれる配送業者が届け物をしてくれたのか?

ありえない妄想を頭の中で思い浮かべ、箱を開けてみれば、その中には――

 

「ああ、本当に……」

 

ベットに寝ているバーヴァンシーを見ながらほくそ笑む。

 

箱の中には靴があった。それも男性用。見るだけで、自分用にサイズを調整して作られたと分かるほどに、精巧な出来だ。

 

母親の為に靴を作っているかと思っていただけに、その驚きも一入だ。

 

思い上がりでなければ、トールのための靴なのだろう。クッションもよく効いている。バッシュに近い形状だ。

バーヴァンシーらしい、赤色を基調としたデザイン。

エアジョーダンを過去に紹介したが、その影響を受けたのか、足裏をみれば、女性のシルエットのロゴ。

 

てっきりバーヴァンシー自身のものかと思ったが、明らかに違う。

 

「ひょっとして、これお母さんか?」

 

バーヴァンシーが思い描く女性など1人しかいない。

 

本当に、悪虐で、我が強そうに見える割には、こう言うところで他人優先の性質が垣間見える。

 

それを切なくも嬉しく思う。

 

トールは、靴を試しに履く。予想通りピッタリだ。

部屋内では靴を脱ぐようにしているが、新品だし構わないだろう。

外に出るまで、この靴に馴染む為に、履いておこうとそのままにしておく。

 

寝ているバーヴァンシーの頭を撫でる。

 

絶対に救うと、決意を改める。

身体をスキャンしてみるが、至って普通。違和感は無い。

ベリルの言う魂が腐る云々の原因も、症状も、感知すら出来ない。

試しにアストラルディメンションへとバーヴァンシの魂を引き剥がしたが、腐っている様子もない。

 

魂に関するノウハウが、根本的に違うのだろう。

 

トールではどうする事もできない。

ベリルが言うにはこの原因は魔術だと言う。

 

バーヴァンシー曰く。この妖精國で魔術を使えるのは、ベリルを除いて、彼女自身と予言の子。それとあともう1人――

 

トールは、引き出しからスリングリングを取り出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

思い出した記憶があった。

元より予測されていた異世界転移による記憶障害とは違う。別の技術で消されていた記憶だ。思い出し方でそれが分かるほどに、記憶障害を持っている事実に内心苦笑いしか出来ないが。

 

 

彼女を見た瞬間に、思い出した。

同じ見た目だ。違うのは、より服装が豪華になっている事と、黒いヴェールを纏っている事。

 

女王モルガン。

 

彼女は、数ヶ月前、ヴィヴィアンと名乗り、この家に来ていた。

突如現れた異邦人を警戒して、現れたと。

記憶を消したのも、自分に余計な気を使わせない為、というのは本人の弁。

 

 

その彼女は、今、同様にトールの家に立ち、バーヴァンシーを診てくれている。

 

「その、どうだ?」

 

「……問題はありません。自ら魂を差し出した分、他人にかけられる呪いよりは強力ですが、下手に魂に負荷をかけるような真似をしなければ、問題なく完治します」

 

感情の見えない、美しくも冷徹な声。

だが、玉座に着く王としての厳しい口調は成りを潜め、丁寧な、為政者の女性としての口調であった。

 

妖精國の誰もが驚くであろうその態度も、トールにとっては預かり知らぬ事。

大して思うところもなく、バーヴァンシーが助かる事に安堵のため息をつく。

 

「……その、ありがとう。いや、ありがとうと言うか。すまない。俺じゃあ何も出来なかったから。君の大事な娘だったのに、守れなかった」

 

今は1人の、バーヴァンシーの友人として、母親である彼女に礼を告げ、そして、謝罪の言葉を投げかける。

出会い頭の一言以降、本当に女王だと判明した事で、一度敬語に戻したが、自然体で構わないと言う事で、落ち着いた。

 

 

「礼を言うのはこちらの方です。貴方がいなければ、娘である妖精騎士トリスタンの手足は腐り果て、身動きすら取れなくなっていたでしょう」

 

形式通りの礼の言葉。

その言葉に感情は見えない。

あまりにも感情を押し殺しすぎて、為政者としての外面すらも、見えてこない。

 

トリスタンとしているのは、本名を隠している事に何か意味があるのかと思ったからだ。

既に上級妖精には知れ渡っているが、ここで、わざわざ気づいていると挑発する理由もない。

 

 

「改めまして、異世界から来たお客様。この妖精國の女王として、改めて礼を申し上げます。報酬は何を望みますか?」

 

 

この間、身分を隠して、邂逅した時よりも、他人行儀なその態度。

まさしく、なんて事の無い、旅行者とその國の代表と言った佇まい。

 

トールはそれを寂しく思うが、何も言う事は出来ない。

何せ自分が妖精國にいたのは、女王歴よりも前、妖精歴と言われる時代だ。

この國においては余所者も同然。

 

「いや、良い、それは、良いんだ。友達を助けただけなんだから」

 

女王が、形式通りの対応をするのなら、トールも何も言えはしない。

 

「……思い浮かばないのなら、構いません。必要とあれば言いなさい。キャメロットへの入城を許可しましょう。門番に伝えれば、通すようにしておきます。あるいは、先んじて伝えていただければ、あの、ゲートウェイなる転移でも構いません。あまりひけらかすように使われては困りますが」

 

それは、あまりにも破格の待遇だ。

とは言え、一国の女王の娘を救ったという事実からしてみれば、当然の対応とも言えなくも無いが。

相も変わらず、テンプレート通りというか。普通の一国の王。という態度。

抑揚も、感情も感じられない言葉ばかりが並んでいて、それこそ冷酷な女王であるという実感すらも湧いてこない。

 

「では、これ以上、何も無いのであれば、私は戻らせていただきます……」

 

だからそう、こんなにも、あっさりと帰ろうとする彼女を止めるのは当然と言えた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

「まだ何か? 報酬は思い浮かばないのでしょう? それならこれ以上話す事などありませんが?」

 

違う。女王を呼んだのは、確かにバーヴァン・シーを診てもらうのが目的だったが、当然ながらそれだけではない。

 

「彼女を、トリスタンを運んでいかないのか? その、大事な娘だろ?」

 

「……ええ、娘ならば、我が城にて預かります。私の魔術であれば、そこから直接彼女の部屋まで転移も可能です」

 

何か問題があるのかという態度の女王にトールは言葉を遠慮しない。

 

「そりゃそっちの方が合理的なんだけど、彼女、その、魂云々もそうだけど、色々と辛い眼に合ったんだ」

 

「ええ、ですから、その下手人であるベリル・ガットは指名手配。トリスタンは我が城にて休ませ――」

 

「そうじゃなくて!」

 

違う。彼女に必要なのは、そうじゃない。

 

「ほら、なんというか、そりゃ魔術で転送するのも便利で良いんだけど、こういうのって、直接運ぶのが良いと言うか」

 

「その、寝てる間でも、頭なんか撫でてもらうとこう掌から体温が伝わって、心がやすらぐというかリフレッシュに良いと言うか。」

 

「……貴方は、何が言いたいのですか?」

 

「……」

 

どうやら、遠巻きに伝えても、仕方がないらしい。

元々そう言うのは苦手な性分だ。

 

ならば、直接ぶつけるしかないだろう。

 

 

「もっと……バーヴァン・シーと話してやってくれないか?」

 

何故、その名を知っているのかと、聞かれることは無かった。

わかっていたことなのだろう。

 

「昔馴染みなんだ。思い出したのは予言の子にギフトとやらを剥がされて、その名前を知った時だけど……」

 

感情の見えない、疑問の声に素直に答える。

 

「バーヴァン・シーはいつも言ってた。娘なのにあんまり会話が出来ないって。直接は言わないけど寂しそうにしてた。女王として忙しいのは分かる。特に今がそのピークだってのも分かるよ」

 

 

口を挟んでくる様子は無い。

 

「バーヴァン・シーはに自信が無いんだ。あんたに愛されてるって自信が無い」

 

静かにこちらを見据えるだけ。

 

「バーヴァン・シーを娘として迎えたのは、妖精達に酷い事をされて来たのを知ってるから。助けたかったから。違うか?」

 

女王は答えない。

 

「下級妖精を後継して、好き勝手に暴れさせて。國中の妖精を敵に回して、予言の子や侵略者に正義ヅラさせる事になるのを。予測できないほどアンタは馬鹿じゃない」

 

女王の表情は変わらない。

 

「憎からず思ってるんだよな? 大切だと思っているんだよな? だから、妖精達の不振を買うようなわがままも許してるし、合わせ鏡とか言う特別な道具も渡してる。違うか?」

 

冷徹なれど、美しい碧の眼に、感情が灯るのを感じ取る。

 

「本当に、バーヴァン・シーを愛してるなら、もっと普通に、アイツの母親として接してやる事は出来ないのか? 一言声を掛けるだけでも良いんだ。愛してるって伝えてやるだけで良いんだ。それだけでもできないのか?」

 

自分でも勝手なことを言ってるのはわかっている。

 

「なんで、バーヴァンシーに悪党ぶらせる? 復讐心が巡り巡って変わっちまったって感じじゃない。あんたが変えたんだろ? ギフトってやつのせいなのかわからないが。そんな事をさせたら、いつか絶対復讐を受ける。まともな死に方なんざできやしない。その前触れが、今の状態だ」

 

子育てすら経験のない身分で偉そうだと言うのもわかってる。

 

「ベリル・ガットなんて言う、あからさまな悪党を夫にして、娘を預けて。お陰でいいように使われて、魂を腐らせられて。ウッドワスまで殺されて」

 

 

だが、言わずにはいられない。

言うしかない。

 

 

 

 

 

 

「――アンタは、一体何がしたいんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、体が、ナニかに踏み潰される感覚に襲われた。

 

「…………ッ!」

 

痛みはない、動けないだけ。

 

だが、これ以上迂闊な事をすればそのまま空間ごと踏み潰される迫力があった。

 

 

「言わせておけば……余所者の分際で好き勝手に……」

 

「グ……っ! な、なんだ? さっきまではヴィヴィアンっぽくて優しい感じだったのに。図星つかれて女王モルガンの顔になったのか?」

 

「軽口もそこまでにしておけ、余所者め――」

 

 

ヴィヴィアンとしての口調が、本当の彼女なのだろうか。

厳格な女王らしいその態度に、今は違和感しか感じない。

 

 

「アンタが本当に國中が束になってかかっても押しのけられるくらい強いなら分かるさ、國中の奴らが何処にいても、どんな暗躍をしていても気付けるような目や耳を持ってるんなら問題ない……」

 

 

いつも陰ながら見つめていて、いざという時に助けてやれる。

それならば、好き勝手させるのも納得だ。

 

 

「だけど違うだろ!? そんなに万能じゃ無いんだろ!? 現にバーヴァン・シーはこうなった! 俺の友達は――ウッドワスは援軍を潰されたせいで、ロンディニウムで侵略者達に負けて、クソ野郎に利用されたバーヴァンシーに殺された!」

 

 

さまざまな理由を考えた。

何故なのかと考えた。

 

 

「なんで、わざわざバーヴァンシーに悪辣な事をさせる!? なんでベリルなんかに面倒見させる!? 愛してるなら、なんでバーヴァンシーに伝えてやらない!?」

 

 

だが、その答えは見つからない。

 

 

「カルデアの奴らはどんどん妖精を引き込んでる!! あんたが、わざわざ妖精を救わないなんて宣言したせいで! バーヴァンシーに好き勝手させてるせいで! 妖精國の全部があんたの敵になる! 自分の世界を滅ぼそうとしてる奴らに組しようって言う妖精や人間(マヌケども)で溢れてる!」

 

 

だが、バーヴァン・シーがこれ以上ない程に、彼女を愛しているのは分かるのだ。

 

 

「このままじゃ、バーヴァンシーは殺されるぞ! アンタが生き残ったとしてもそんな杜撰な管理じゃいつかどっかで殺される!! アンタが死んだらそれこそ殺される! あんたの事が大好きなのに、あんたに愛されてたって自覚も無いまま殺される!!」

 

 

後出しならばどうとでも言える。 

 

好き勝手言われる事に怒りを感じているだろう。その憤りがこの超重力。だがその程度、物の数では無い。この程度、バーヴァンシーの苦しみに比べればなんてことは無い。

 

 

「バーヴァンシーは昔馴染みで、今では友達だ! アンタがこのまま、馬鹿なことをさせるんだったら――」

 

「黙れ!」

 

 

これまで感情の見えなかった女王の爆発。

トールにとっては、期待していた以上の反応。

 

不可視の圧力は更に増す。

床は砕け、骨が砕けそうになる。

だが、この程度で屈する程軟でもない。

膝を付き、そのまま首を垂れる所を、気力で抗う。

せめてその眼は絶対に逸らさないと、心に決める。 

 

さあ、好き勝手言い切ってやったぞ。

悔しかったら言い返して来い。

そんな期待を込めて、睨みつける。

 

 

「何故?何故だと? お前こそ、何故わからない!? バーヴァン・シーとしての記憶があるのならば、その性質は理解していよう!!」

 

「せい、しつ……?」

 

「他者の為にその身を捧げる性質を、お前は覚えていないのか!?」

 

 

その話は、覚えていなかった。

 

 

「何度生まれ変わっても、騙されて、利用されて、都合良く使われて、壊れたら捨てられる!」

 

 

妖精達に遊ばれているとき、バーヴァンシーは怒らないのか、嫌がらないのか。当時疑問に思った事は覚えてる。

 

 

「妖精も、人間も! 誰も彼もが彼女を壊す!」

 

 

そして、その理由を誰かが説明してくれた事も覚えている。

 

 

「私が、何もしていないと思ったか!? 何も伝えてないと思ったか!?」

 

 

それを説明してくれたのは一体誰だったのか――

 

 

「騙されたのなら怒れと、乱暴にされたのなら逃げろと、何度も何度も伝えて来た!」

 

 

その言葉には、それまでの彼女の苦悩がありありと伝わって来た。

 

 

「何度伝えても、生き方を変えることは無い!何度見つけても、自分から自らの身体を差し出し、利用され、酷使されて、ボロ雑巾のように捨てられる!」

 

 

彼女の努力と苦悩をこれ以上無い程に感じ取る。

 

 

「それなら、もっと目立たないようには出来なかったのか!? どこかで、静かに暮らしてもらうことは出来なかったのか?」

 

「妖精どもの眼を盗んで、隠居しろと言うのか? 妖精どもから逃げ、妖精どもに気を使い、自身より贅沢な暮らしをする妖精どもに怯えて暮らし続ける事がバーヴァン・シーにとっての幸せだと?」

 

「それは――」

 

「苦しめられ続けた生涯、そのような妥協を重ねた幸福程度で、満足しろと、お前はそう言うのか!?」

 

 

言い返す事は出来ない。

トールの提案が間違いだとは思ってはいない。

だが所詮は結果だけを見た後の、後出しジャンケンだ。この結末を知るからこその、妥協した安い提案でしかない。

 

モルガンのその思いに反論出来るほどに、トールはバーヴァンシーの為に何かをしてきたわけでは無い。

幸福の尺度は人それぞれ。

外野が偉そうに何を言った所で、それは卑怯な理論でしかない。

バーヴァンシーの為に足掻き続けた彼女が、そんな妥協した幸福に意味は無いと思っているのなら、それは最も正しい理屈である。

 

 

「だからトリスタンの着名(ギフト)を与えたのだ!性質を反転させ、悪逆に生きれば、残忍に生きれば、妖精共に消費されることもない!」

 

 

あれだけ良い娘だったバーヴァン・シーがあんな性格になっていたのはそういう事だったのだ。

 

 

「だが、反転しただけでは足りない。性質を変えただけでは、意味がない」

 

 

そう、吐き出す彼女の表情には後悔の念があった。

 

 

「だからベリル・ガットに預けたのだ! あ奴の性質は把握していた。あの男の悪辣さが、バーヴァン・シーの生き方の指針となるように! 悪意が向く可能性ももちろん考えた! だから、あの男の趣味の範疇には入らないと、()()も取った……!」

 

 

ベリルの殺害(面白い)対象にはならないと、妖精眼でわかったからこそ、バーヴァン・シーを託した。

 

 

「あの男の危険性など最初からわかっている……! だがその時はそれしか方法が無かった。それ以外の選択肢など無かった!」

 

だが、それも妥協でしかない。

 

「何度伝えても、バーヴァン・シーも所詮は妖精なのだ! ニュー・ダーリントンに謹慎を命じても、私の命令を無視して勝手に遊び歩く! その後に叱られる事すら想像できずに、その場の思い付きで行動する!」

 

選択肢があまりにも少なすぎた。

そして、バーヴァン・シー自身の性格や性質も、あまりにも厄介すぎた。

 

 

「どうすれば良かった!? 私が付きっ切りで悪逆な生き方でも教えてやれば良かったか!? そんな事をしてみろ!私がバーヴァンシーを憎からず思っていると知られれば、私を気に入らない妖精どもに殺されるか、私を殺そうとするための人質として利用される! ああ、そうとも! 妖精どもは悪辣で間抜けだがその力は本物だ! 私自身はともかく、その周りまでは守り切れぬ! だから、ああいった態度を取ったのだ! 案の定妖精どもは、私が老成で頭がおかしくなったのだと思っている! これ以外の選択肢はない!」

 

 

結局の所、女王モルガンはバーヴァン・シーを愛していた。

ありとあらゆる、不思議な行動も、その全てに意味はあった。

 

 

「お前が後から何を言おうと、今更だ! 私はその時の最善を選び取った! これまで何もしてこなかったお前に、今更責められる謂れは無い!!」

 

 

その場でできる最善の選択肢を彼女はどうにか選び取っていた。

その苦しみ、想像することしか出来ないが、これ以上無い程の愛を知ることが出来た。

 

「何故、妖精國から出て行った!? 何故、あの時、あの場にお前はいなかった!?」

 

モルガンの迫力に、トールは何も言えない。

バーヴァン・シーがこんなにも苦しんでいる時に、自分は異世界で悠長にヒーローを気取っていた。

 

それがトールにとって最大の後悔。

 

「今更、何をしようというのだ――」

 

 

確かにモルガンは、その時にできる最善の道を選び取ったのだと、実感できた。

だがバーヴァンシーの魂は腐りかけると言う結果となった。

これから先、妖精國全てが敵になる。

唯一心酔していたウッドワスもいない。

表向きの戦略で見れば、どうしようもない程に女王は孤独だ。

力づくでは対抗できるかもしれないが、姦計を巡らされればその限りではない。

 

 

 

 

 

 

だが、それはこのまま何もしなければの話だ。

 

 

 

 

 

 

女王モルガンはまだ健在。

バーヴァン・シーの魂が腐る呪いとやらも、女王自身に消してもらった。

だからまだ。出来る事はある。

 

 

「だったら、俺を使え!! 全力で協力する! カルデアからも、妖精からも、俺が守る!侵略者共を引っ掻き回してやる!」

 

選択肢は2つあった。

それはモルガン次第の選択肢だった。

 

1つは、本当に最悪の場合だがバーヴァン・シーを、モルガンが愛しておらず、何かに利用する為に彼女を娘にしているのだとしたら、このまま、バーヴァン・シーを奪い取り、世界を滅ぼしていくカルデアを暗殺して、ティンタジェルでの隠居をと考えていた。

 

あのビジョンで見た通りなら、自分にはセーフティのような物がかかっているらしいが、既にその対策は考えている。

 

そしてもう一つが、今から選びとる選択肢。

バーヴァン・シーを彼女に預け、王になり損ねた愚かな復讐の王ロットとして、妖精國のありとあらゆる悪感情を自身に注目させ、その上でカルデアや予言の子を討ち取るか、あるいは自分ごとでもモルガンに滅ぼさせる。

混乱だけでも与えられれば上場だ。

 

 

「アンタの言う通りだ。俺は肝心な時にいなかった。友達――バーヴァン・シーも、ムリアンも、1番苦しんでいる時に、何もしてやれなかった……妖精國が変わろうと言う時に、俺は悠長に異世界で暮らしてた」

 

 

その後悔はどう足掻いても拭えない。

 

 

「だから、頼むから、何かをさせてくれ、この妖精國の為に、何か、役に立つ事をしたいんだ……! カルデアの言うクソみたいな救世じゃない。正しい世界とやらの上から目線の価値観で蹂躙なんざさせない……!この世界を、残すための行動をさせてくれ……!」

 

 

だからこそ、今から、少しでも、彼女達が幸福になるように、全力を尽くすと心に決めた。

それは後悔から来るマイナスな感情だが、未来という希望の為の思いでもあった。

 

 

 

 

その思いは、その懇願は――

 

 

 

 

 

「そのような事、許可できると思うか?」

 

 

 

 

 

あっさりと打ち砕かれた。

 

正直な所、まさか断られるとは思っていなかった。

 

「なん、でだ……!? なんで!? 別に構やしないだろ! 生意気言ったからか!? さっきの発言が気に入らないんだったら謝るよ! 罰を与えてくれても良い! それこそ俺を使い潰せば良いだろう!! 生意気な余所者が、勝手な正義感で爆弾になるって言ってるんだぞ!? プラスにならなくても、マイナスには絶対にならない!」

 

この提案が、断られるとは全く思っていなかっただけに、戸惑いは隠せなかった。

 

超重力の圧力は、いつの間にか解けていた。

立ち上がり、彼女に詰め寄ろうとしたところで、その細腕に、あっさりと阻まれた。

 

トンと、胸の辺りを小突かれる。

瞬間、これまでに帯びた傷口から、止めどない痛みが溢れてくる。

 

足がふらつき、尻餅をつく。

 

理解できない現象だった。

 

 

「な、ん――?」

 

「笑わせるな。自分の身体の事を分かっていない愚か者など、役に立つどころか、足手纏いにしかならぬ。お前の言葉を借りるなら。マイナスにしかならん……」

 

女王の表情には侮蔑の念が込められているように見えた。

 

立ち上がれない、腹の痛みが、凄まじい。

貫かれた右目の痛みが頭全体に広がっている。

 

先ほどまでは、ここまでのはずではなかったのに何故――

 

「とっとと去るが良い、余所者め。お前は家族がいるだろう。お前を英雄と称える世界があるだろう。お前を王として迎える世界があるだろう」

 

異世界の事は、ヴィヴィアンとして邂逅したときに説明済みだ。

 

「この世界に、お前の居場所など――ありはしない」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

モルガンはわかっている。

 

彼の思惑など気づいている。

 

挑発して、自分を激高させて、バーヴァン・シーへの思いを確かめたいという事などわかっている。

 

後出しで、結果だけを見て、他人の間違いを偉そうに指摘する事の愚かさを、彼自身もわかっている。

 

だが、我慢ならなかった。

挑発だとわかっていても、これまでの行いを、よりにもよって、彼に否定されるなど、我慢ならない。

 

だから誘いに乗った。

全てを吐き出した。

 

思いは全て言葉に乗せた。

 

「何故、妖精國から出ていった!?」

 

あなたがいれば、もっと上手くできたかもしれないのに。

 

「何故、あの時、あの場にお前はいなかった!?」

 

バーヴァン・シーを拾った時にいてくれれば、貴方にあの娘を守ってもらう事が出来たのに。

 

「何故――お前は今更帰って来た――」

 

國中が私を殺そうとしている時に、どうして来てしまったの――

 

 

片目を失って、腹に大穴を開けて、ボロボロの体を引きずって。

それの全ての原因は自分にある。私の味方をしようとするからそうなった。

 

モルガンはそう考えてしまう。

 

このようなボロボロの体を引きずってなお、自分を傷つけてでも。この國を救おうと言う彼を、どうして受け入れることが出来ようか。

 

間違った世界。死ぬはずの世界。

ブリテンを愛するが故のエゴによって滅びを引き延ばそうとする行為に、どうして彼を付き合わせることが出来ようか。

 

「この世界に、お前の居場所などありはしない」

 

――もういいのです。この世界にはあなたが犠牲になるほどの価値はない。

 

だからどうか、貴方は貴方に祝福を与える世界へと帰ってください。

 

 

 

 

 

 

「――なんだよ、それ……」

 

 

 

 

 

それは、モルガンにとっても予想の範疇ではあった。

一度は、反論されるだろうとは思っていた。

 

だが――

 

「今更。アベンジャーズに、アスガルドに、戻れるわけがないだろう!!」

 

その事実は予想外の事だった。

 

「自由に行き来なんかできやしない! 片道切符でここに帰って来たんだ! アベンジャーズ(家族)も、アスガルド(家族)も、全部捨ててここに来たんだ! 皆を裏切ってここに来たんだ! 今更、そんな、居場所が無いだなんて、そんな事言われて大人しく従えられるか!!」

 

 

トールは尻もちをついたま。

 

 

「全部の記憶があるわけじゃない。それでも、この妖精國が大事な場所だってことは覚えてる。大切な人たちがいたってのは覚えてる」

 

 

迫力も何もない。

 

 

「最近ようやく思い出してきたんだ。ムリアン、バーヴァンシー、きっとまだいる。俺の心がそう言ってる」

 

 

だが、その思いは、その覚悟は

 

 

「ここは俺の故郷で、俺の大切な人たちがいる大切な世界だ!」

 

 

否が応でも伝わってくる。

 

 

「俺は絶対にアンタに協力してやるぞモルガン!」

 

 

その事実は、叫ぶトールの覚悟は、モルガンのヴェールに隠れた冷たい表情を歪ませるのには十分だった。

 

 

「協力するのを、許可しないんだったら、今すぐあんたを押し倒してでも頷かせてやる!!」

 

 

わけのわからない脅し文句。いまだ立ち上がる事はできないトールに、そのような力は見られない。

 

 

「俺は諦めないからな!この世界も! まだきっといる、大切な人たちのこと……も……」

 

 

トールの言葉が止まる。

まるで、何かを思い出したかのようなその所作。

 

 

その様子を捕えながらも、モルガンは戸惑っていた。

今にも死にそうな体を引きずる彼を巻き込みたくない。

だが、きっと、この國のために、自分の愛するブリテンのために、全てを捨ててここに来た彼に、喜びを感じてしまっている。共に戦いたいと、この手で守りたいと、そして、守って欲しいと思ってしまってもいる。

 

頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 

だからだろうか。モルガンの魔術に綻びが生じた。

集中は切れ、分身の魔術の維持が出来なくなった。

 

何かの言葉を残すこともなく、モルガンの分身体はその場から消え去った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

気づけば、いつもの大広間。

今の今まで、ティンタジェルにいたという感覚が強い。

あまりにも分身体に意識を割きすぎた。

 

女王しかいないその玉座。

その上でモルガンは、頭の中を整理する。

今は、時間が欲しかった。

 

どうすべきか、彼を異世界に帰す事しか考えていなかった。

彼を受け入れるべきか。ティンタジェルで隠居でもしていろとでも言うべきか。

だが、それでは大厄災が来た時に対処ができない。彼はもう、映像で見せられたような強大な力をもっているようには感じない。

 

あるいは、彼を捕えて、キャメロットのどこかへ幽閉という名目で閉じ込めておくか。

 

考える。色んな方法を考える。

 

早く決めなければならない。

 

だってそう、妖精國への愛を語る彼の変化を感じ取ってしまった。

ムリアンと言った。バーヴァン・シーと口に出した。妖精國への愛を語っていく中で、彼の言葉が一瞬止まった。

 

その時の、彼の頭をめぐる記憶の数々を、モルガンは感じ取った。

 

きっと、あれは、また何かを思い出したのだ。

 

そして何を思い出したかをわかってしまった。

だから、こその焦り、あのままでは懐柔されると、自覚していた。

 

 

――ああ、まだ何も思いつかないというのに。

 

 

 

来てしまう。彼ならば、簡単にこの玉座に辿り着く――

 

彼の記憶から垣間見た、次元を繋ぐその魔術。

 

モルガンが苦労して得た水鏡と同じ魔術を、異世界の彼らは初歩の初歩として、学ぶのだ。

 

 

目の前の空間に光の輪が現れる。

 

 

光の輪の中に、先ほどまでいたティンタジェルの屋内の風景と、つい先ほどまで話していた彼の姿があった。

 

彼の、信じられないような表情とから色々な感情を感じ取る。

 

――ああ、やっぱり。

 

モルガンは動けない。ヴェールに隠されたその顔は、喜びと悲しみ、戸惑いに染まっていた。

 

ゆっくりと、トールは玉座へと近づいていく。

 

このまま受け入れてしまえば、彼は、激しい戦果へと巻き込まれていく。

だから断るしかない。近寄るなと、拒むしかない。

 

そう、口を開こうとしたところで。

 

右側から。()()()()()()()()

 

もう一つ次元をつなぐ扉が開いていた。少し歩けば手の届く距離の次元をわざわざ繋げるその暴挙。

 

腕を引かれ、突然の不意打ちに抵抗はできず。玉座から無理やり立たされて、そのまま空間を超えて、玉座の正面にいる彼の胸に抱きすくめられる。

 

受け止めるだけの、優しい抱擁だった。

 

「は、離せ……!」

 

「嫌だ……」

 

言いながらも、モルガンに抵抗する力はなかった。

 

「何が嫌だ! 貴様、誰に何をしているのかわかっているのか……!?」

 

「押し倒してでも頷かせるって……言った……」

 

「——ッ!」

 

脅しと共に、優しかった抱擁は、力強いものへと変化していく。

 

二度と離さないと、そう、言っているかのようだった。

 

「……今まで、思い出せなくてごめん」

 

「あ……」

 

前触れも無く発されたのは謝罪の言葉。

 

だがその言葉こそが答えだった。

 

モルガンの事を思い出してくれたという、証拠だった。

 

 

「キミが大変な時に、手伝ってやれなくてごめん」

 

その言葉が胸の奥に染み渡る。

 

「今更だけど、もう遅いけど、それでも――」

 

抵抗する力は無い。

 

「俺の友達を助けたい。君の愛したブリテンを助けたい」

 

涙が溢れて来る。

 

「なにより、君を助けたい」

 

 

ティンタジェルでの、あの強気な態度は何処へやら、彼の声は、弱々しい。

 

 

「ダメかな?」

 

 

だが、その心は、その言葉には、

 

 

「今からでも、ダメかな?」

 

 

抗えぬ何かがあった。

 

 

問題はある。

 

これからどうしていくべきかは思い浮かばない。

 

今の所、未来は、明るくはない。

 

だが、今は、今だけは。

 

再開の喜びと、その暖かさに浸っていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





感想、ご意見。お気に入り登録。いつもありがとうございます。
成る程!と色々参考にもなりますし、本当に嬉しいです。
これからもよろしくお願い致します。


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再会②

お気に入り登録。感想、評価、誤字報告、本当にありがとうございます。
お手数おかけしております。

本当に励みになっております。
今後もよろしくお願い致します。


 

 

 

 

キャメロット、玉座のある大広間。

 

会議でもない限り、女王モルガン一人のみと、時によっては、女王騎士2名が駐在しているこの部屋に。

 

女王モルガンに加え、珍客が1名。

 

 

 

 

 

なんて事のない、人間の青年。

 

名前はトール。

 

女王モルガンと青年トールは今、2人並んで玉座に座っていた。

 

過去、妖精歴において、紆余曲折あり夫婦になる事を誓い合った仲。

 

にもかかわらず互いに視線を時折交わしながらも、時折目を逸らす。どこか、気まずい雰囲気。

 

玉座は広い、2人並んでも余裕のある。そのスペース。

玉座についたのはモルガンの案。

何が起こるかわからない今、迂闊に玉座を離れるわけにはいかない為だ。

2人は肩を触れ合う程の距離。

だが、決して互いに体重を預けるようなことは無い。

友人と言うには近く、恋人と言うにも夫婦と言うにも少し遠い距離。

 

夫婦喧嘩のような言い合いの後、抱きしめあった2人だが。

 

片や死んだと思っていてから2000年が経っており、方や数瞬前まで、その記憶すら失っていた。

ほんの少しの時間で、何事も無く、婚約直前だった関係に戻るには、2人にはあまりにも変わってしまっていた。

 

だが、遥か10世紀以上前の2人の関係は決して消失した訳ではなく。

さりげなく繋いだその手が、消えずにいる2人の絆を証明していた。

 

2人、モルガンにとっても、トールにとっても、1000年以上の歳月を経ての再会だった。

 

当然ながら話すべきことはたくさんあった。

 

これまでの事。

これからの事。

 

お互いの過去を語り尽くすだけでも、数年を要するのではないかと思うほどの、様々な事が。

 

モルガンは既に、彼の過去を知っていた。ヴィヴィアンとして、話を聞き、彼の記憶を見ていたから。

 

だから今度はモルガンの番。

 

モルガンは語った。あの日からの出来事を。

2000年かけて作り出した、このブリテンの話を。

 

共に駆け抜けた最期に起こったあの悲劇の後を。

 

空想樹を燃やし、最果ての光で世界を隔離した事を。

 

自分の元を去った仲間達の事を。

 

何もかもを失ったあの後の事を。

 

 

「私は、今度こそ理想の國を作ると、あなたの犠牲を無駄にしないと、私のブリテンを築こうと、尽力しました」

 

 

出来る限り丁寧に、彼が共に歩むことを想像できるように。

話題は國作りの話へと移行する。

 

嵐の王として、冬の戦争を起こし、妖精達に勝利し、支配せしめた。

 

 

「本当はもっと冷徹な法を敷こうと思ったのです。もっと酷い國にしようと思ったのです。だって、私が愛したのはブリテンですから、貴方を追いやって、私を追いやった妖精など、大人しくしてさえいればどうなっても良いと思っていました」

 

 

その後は、王として法を敷き、法の下に自分すら従わせ、法を犯した者を無慈悲に捌いてきた。

 

 

「でも、それだと、あの子が可哀想でしょう? だから、今のような優しい設定にしました」

 

 

同時に、法さえ犯さなければ、どんな不穏な動きを見せようと見逃してきた。

味方であっても法を犯せば捌く。敵であっても法の下行動し、この國に利益をもたらしたのであれば褒美を取らせる。

 

「妖精が思い上がらぬよう、かといって、冷徹になりすぎないよう。設定しました」

 

苦しみさせすぎないよう、かと言って思い上がって争いをさせないよう。

調整した。

 

「本当に頑張ったんだな……」

 

モルガンにとっての正道を行きながら、この國を築き上げた。

 

結果、大きな妖精達の争いは無くなった。

 

「たった一人で頑張って……」

 

そして厄災も払い続けた。

 

圧政を敷く愚かな魔女だろうと呼ばれようが、國中がこちらを殺そうと企んでいようが、酷い國だと言っていようが、些末事だった。

 

その程度の糾弾など、最早心が冷め切っていた自分にとっては、なんの感慨も無かった。

 

かつて抱いていたこの國を誰かに見せたいというその思いも。

 

今は大事な娘の為に捨ててしまおうと、そう思った時点で。冷め切っていた。

 

 

 

 

――そう思っていた。

 

 

 

 

「本当に、凄いよ」

 

 

それを聞いた上での最初の感想がそれだった。

 

なんて事の無い、労りの言葉。

 

傍目には安いセリフだ。

 

だが、妖精眼を持つモルガンにとっては、その言葉が心からの労いである事が伝わって来るのだ。

 

ただそれだけの言葉が、言葉以上にモルガンの心に染みわたる。

 

初めてだ。初めて、褒められたのだ。

 

最早諦めていた賞賛の声。

 

この世界において、敵であり、こちらを滅ぼそうとする。憎き汎人類史ぐらいしか評価してくれる相手のいなかった筈のこの世界。

届くことはないと思っていた賞賛の声に徐々に冷たい心が温まっていく。

 

「俺も、異世界で、色んな國を見て来た」

 

どうやら続きがあるらしい。

モルガンはその言葉を待つ。

トールの口から語られるのは、異世界の様々な國の事。

 

人間でありながら、モルガンをしても畏敬の念を抱くほどに、理想の王と言える。ティ・チャラの統治する超文明を誇っているワカンダ王国。

 

全知全能の神オーディン。異世界での彼は宇宙人ではあるが、モルガンの知る汎人類史の北欧神話以上の力を有しているように見える、まさしく、神の国であるアスガルド。

 

他にも、宇宙三大帝国の一つと言われるクリー帝国。

 

120億の人口を持ちながらも、内乱も起きず平和を保ち続けて来たザンダー星。

 

あの時、ヴィヴィアンとして聞いたその時よりも、もっと具体的に、彼らの国の、彼らの物語が語られる。

 

トールの、彼らに対する尊敬と畏敬の念を感じ取る。

 

「色んなことがあったけど、どれもすごい國や世界だった」

 

そう口に出しながら、彼らを思うトールの目は、その顔は、この間アベンジャーズ(家族)を語る時と同じ。

控えめな笑顔ながらもその瞳は力強い。

かつて、トールが自分に向けていた。あの表情。

妖精眼だからこそわかる。その思い。

 

その思いが、今は、別の存在に向いている。

 

その表情に、あの時感じた負の感情が巻き起こる。それが嫉妬だという事をモルガン自身は理解する。

 

その思考に自己嫌悪を覚えるモルガンだったが――

 

「でも君は、もっとすごい王様だ――」

 

その一言で、そんな自己嫌悪も吹き飛んでいった。

 

「モルガンは負けてないどころじゃない。ブリテンを築き上げた異業は、俺の知るどんな王様でも、成し遂げられない」

 

そう言いながらモルガンに向けるその顔は、あるいは、先ほどの表情よりも尊敬の念に満ちていて。

 

妖精眼がなくともわかるその思いは、それこそ妖精眼を持っている事で、余計に感じてしまう。心に刻み込まれてしまう。

 

モルガンをして、もはや天上の存在と言っても良い世界達。

國どころか、陸どころか、最果ての光どころか、汎人類史どころか、世界を超え、星を超え、銀河を超えた数々の世界。

規模も、歴史も、存在の位も、その全てが桁違いの国々。根本からして、勝ちようのない、格の違う世界や王達。

 

それらと比べて尚、彼は、モルガンが一番の王だと、嘘偽りなく口に出したのだ。

 

 

「自慢してやりたいよ。俺の、その、奥さんは、こんなにすごい女王なんだぞって」

 

 

頬に熱が籠るのを感じ取る。

 

胸が熱くなる。

 

そんなまっすぐな賞賛を向けられて、嬉しくないわけが無い。

 

あくまで、彼自身の意見だ。身内贔屓というのもあるだろう。

 

だが、それでも、その賞賛は、諦めていながらも何より求めていたもので。

 

その彼の言葉に胸が震える。目じりに涙が貯まる。

 

彼は遠き異世界にいる彼らに思いを馳せているのか、遠くを見つめ、モルガンの顔を見ていない。

 

この涙をどう誤魔化そうか、隠すべきか、晒すべきか。

あるいは衝動に従って彼の胸にしな垂れかかり、彼の胸で涙を拭ってしまおうか。

 

そうだ。そうしよう。冬の女王が嬉し涙など、恰好が付かない。

この感情を彼に受け止めてもらわなければ――

 

そんな言い訳を考えたところで、彼がまた口を開いた。

 

「ヤバイ……」

 

「え――?」

 

トールの表情はほんの少し青ざめている。

何があったのかと、歓喜の気持ちは消え、ヴェールの下から手を伸ばし、涙を拭う。

 

「いや、今の、もし聞かれたら、父上、絶対機嫌を悪くすると思って……」

 

「父上ですか?」

 

父上というのは神、オーディンであろう事は明白だが。

何を言っているのだろうか。

片道切符だと、帰ることは出来ないと、そう言っていたのに。

 

その疑問が伝わったのか説明を始めた。

 

「いやさ、世界を超える事なんて出来ないはずなんだけど、ヘイムダル。ああ、アスガルドの門番ね。アイツの眼は星や宇宙を超えて色々と見渡す事が出来るんだけど、実際どのくらいで見えなくなるのか、聞いたことがあったんだ」

 

ヘイムダル、北欧神話に登場するアスガルドの門番。

見張り番である彼は昼夜問わず、100マイル先の物を見渡し、彼の持つギャラホルンという角笛は北欧神話の終焉、ラグナロクを知らせたとも言う。

 

「千光年先の蝶の羽ばたきも見えるなんて言ってたけど、その後のニヤリ具合がさ、な~んか隠してるように見えて。実は本気を出せば、全宇宙どころか次元を超えて色々と見る事ができるんじゃないかもと思って……」

 

話を聞く限り、その瞳は宇宙規模。100マイルどころでは無い、北欧神話等とは比べ物にもならない程の規模を誇るらしい。

 

少しだけ嬉しかったのは、彼は、アスガルドを離れたものの、その絆は手放してはいないらしいという事だった。

 

自分の為に全てを捨て、神に憎まれてしまったのかもしれないと思うと、いたたまれなかったのだ。

 

「まずい……何だったら父上だって、特殊な眼を持ってるんだ……前にムスペルヘイムで飲んでた時、父上だって全知全能じゃないなんて話題でスルトと盛り上がってたのがバレて、不機嫌になってたしな……」

 

彼は本気で青ざめている。

 

「でもあれはしょうがなかったんだよ。仲良くなるには、悪口で盛り上がるのも一つの手だったんだ。ほら、井戸端会議で盛り上がるのって旦那の悪口だし。 父上を恨んでるスルトの前で、褒めちぎるってのもどうかと思うし……」

 

あれは”外交戦術”だったんだよと、何故かモルガンに言い訳を始めるトール。

 

「ったく、何十万年も生きてるくせに、子供っぽいところもあるんだから……」

 

そんな、全知全能の神に親近感を抱かせながら見せるその困り顔は、そう、あの時、妖精の暴走によって、厄災の対処がうまく行かず、落ち込んでいる私を励まそうと、”どういう國にしていこうか”という話題を彼が提供した時と同じ――

 

 

 

『……それなら――トール君はどういう國にしていきたいですか?』

 

『え――?』

 

『……なんで、そこでそんな反応になるんですか』

 

『いやその、えっと、あの……突然そんな事言われても……俺、國を作った事ないし、そもそも國ってのがどういうものかもあんまりわからないし、そういうのはモルガンに任せたいって言うか……』

 

『――』

 

『その、ごめん』

 

 

 

 

かつて、妖精歴の終わりと共に、捨ててきたはずの記憶。蘇らないはずの記憶。

 

そのかつての記憶を鮮明に思い出し。

 

「――プッ」

 

また思わず、そう、笑いが漏れてしまった。

 

「モルガン?」

 

「フフ、申し訳ありません。貴方の困り顔。相変わらず、面白くて……」

 

これまでの感情を失ったような冷徹な女王の影は見られない。

それは、かつての、妖精歴時代のあの頃を、ほんの少しだけ、思い起こすような表情で――

 

それを見たトールの表情も、優しいものに変わっていく。

 

その対話はかつてのものと同じようでいて――

 

 

「他人事じゃないからな。もし万が一、知られてたら一緒に謝ってもらわないと……」

 

「ええ、私もブリテンの女王として、アスガルドの王、全知全能の神オーディンの怒りを鎮めて見せましょう」

 

「うわ、何か敬称付きで聞くととんでもなくおっかなく聞こえる……」

 

 

ブリテンの女王であり、アスガルドの元第一王子という立場への成長を見せていた。

 

話題は、アスガルドとブリテンの外交の話にまで発展した。

 

ありえないと思いながらも、そんな未来を描きながら、2人は対話を続けていく。

 

久々の笑いだった。

 

自信の固まった表情を久々に動かした。

 

欲を言えば、今は、彼の部屋のベッドで寝ている娘を間に挟み、この逢瀬を続けていたい。

 

このひと時が永遠に続けば良いのにと、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだお土産があるんだった」

 

「お土産ですか?」

 

「はい、これデイリー〇イーンと君のコラボアイス」

 

「私……? コラボアイス……?」

 

「いや、向こうでモルガンについて色々話してたんだよ。妖精國の事とか。汎人類史の君の事とか。俺異世界から来たって公表してたし」

 

「待ってください……」

 

「『女王モルガンのBT(ブラックティー)アイス』BTはbeautyもかかってんだって」

 

「いやトール? その、何を言っているのです?」

 

「『モルガン物語』も発売したんだ。アーサー王伝説の君視点の話ってやつ? 俺と後、え~っと誰だっけな。もう一人と協力して監修したんだ。『女性が捨てられる時代に、国中からの嫌がらせに遭いながらも、抗い続けた世界一強い女性の物語』だって大人気。その後の、君の妖精國の頑張りを記した続編も作る予定だったんだけど、間に合わなかったな……」

 

「——ハ?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

風を流す。

 

趣味と実益を兼ねた殺害は失敗に終わった。

 

まさか、あの狐が出張るとは夢にも思っていなかった。

 

ムリアンはよほど、あの正義のミカタにご執心らしい。

 

そう正義のミカタだ。

 

あれは間違いなくその類。

 

アレは、()()()()()におけるヒーローだ。

 

救世主側ではなく。異聞帯という間違いを正す為の正しい正義のミカタでも無く、紛れも無く()()()()()を守るためのヒーロー。

 

汎人類史の物語を汚す異物。

 

正義の味方(カルデア)を邪魔する存在の癖に、正義ぶってるクソヒーロー。

 

あれは邪魔だ。

 

妖精國における構図は、()()()()()のカルデアと、悪の女王との構図でなければならない。

 

 

 

あいつらは、いずれ自身が滅ぼす世界をご丁寧にも救おうと躍起になっている。

 

悪の女王から妖精達を救い出す事が、正しい事だと信じ切っている。

 

いずれ滅ぼすという罪を、自分達を慰める為の善行によって軽くしようとしている。

 

今は妖精國の全てがその自慰行為に騙されているのだ。

 

だが、あの男がこのまま調子に乗れば、その化けの皮が剥がれてしまう。

 

カルデアは正義の味方として輝いているべきなのだ。

 

この妖精國の救世主として、気持ちよく旅を続けてもらわなければ、いずれ彼女が出て来た時にその輝きが曇ってしまう。

 

その楽しみを横から邪魔されるわけにはいかないのだ。

 

風を流す。

 

幸いある程度の情報は掴んでいる。

 

風を流す。

 

あの会議に参加していて正解だった。

 

風を流す。

 

あの男がどこを拠点にしているかは、その時に聞いていた。

 

 

風は、流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

面倒な事になった。

 

妖精騎士ランスロット。

 

湖水地方で出会った。アルビオンの末裔。

 

最も、自分はその場にはいなかったが。

 

彼女の口から語られる事実と、その内容は彼らの行動に一つの迷いをもたらした。

 

合流した時の雰囲気は最悪だった。

 

『君たちの戦いに、パーシヴァルを巻き込まないで欲しい』

 

『予言を遂行しようとする君達を、僕は正しいとも間違いとも思わない』

 

『でも、少なくとも、君達を悪と断ずるヒトがいる』

 

『彼は、鐘を鳴らして、女王を殺せば全て解決だなんていう予言を与太話だとしか思っていない』

 

『彼は、陛下の偉業を心の底から称えている。それを理解しようともしないで、妖精と人間の共存を目指しながら、女王を殺す事しか考えていない君達を、正義の皮を被った悪党以下の愚か者だと言っていたよ』

 

『なんのプランも持たず、内乱で國を掻き乱しておきながら、鐘を鳴らし回ることしかしない君達は、正しく最低最悪の侵略者だともね』

 

『その侵略行為の過程で、彼の友人のウッドワスは死んだ。彼は、君達を、パーシヴァルを心の底から憎んでいる』

 

『その恨みの強さは、正直な所僕も恐ろしいと思う程だ』

 

『彼は、円卓軍から抜けるならパーシヴァルには手を出さないと誓ってくれた。このままつまらない円卓軍を続けるなら、容赦しないとも』

 

『力づくで、パーシヴァルを攫おうとも思ったんだけどね。僕もそこまでの勇気は無いんだ。なるべくなら自由を尊重してやりたい』

 

『だけど、君達の正しさの証明の為に、彼の命が消費されるのは、我慢ならない。いざと言う時は、僕も行動に出る』

 

『僕自身が彼を殺すなどあり得ない。勝てるビジョンも見えていないしね。彼は底が知れないから』

 

『彼? 彼はトール。僕の恋人だよ――』

 

『あれ?違う。違った。間違えた。友人ではあるけど、恋人じゃない。おかしいな。一瞬記憶が混濁したみたい』

 

ランスロットの要求に、頷く事はしなかったものの、彼らの気分は害された。

 

特にお姫様は、グロスターの一件以来、あからさまに暗い顔をしている。

 

まったくもって不愉快だ。

 

ロットだのトールだのを名乗る。物語を汚す不届き者。

 

パーシヴァルは重要だ。予言の子の威光を知らしめるために、妖精國中を味方につける為に、円卓軍は体の良い女王への反乱の象徴。

 

それを失わせるわけにはいかない。

 

あれ以来、一同は暗殺を警戒して、心休まる時も無い。

このままでは、最終決戦以前の問題となって来る。

 

ムリアンの動向も気がかりだ。

 

自身の目的の為には、その男はあまりにも邪魔である。

 

様々な思考を巡らせる。

 

全力で考える。

 

風をその身に受けながらこのブリテンを滅ぼす為の邪魔ものは排除しなければならないと心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。


これまで、このくらいが読みやすいのかなあと思っていたのと、

モチベ維持の為の投降スピードを維持する為に、5000字前後を意識していたのですが、そのために無理やり区切りを作っていた部分もありまして。

女王編より前の章を合体させて1話ごとの話数を少なくする作業に入ろうかなと思っております。

例えばですが。、妖精騎士ランスロット①②③とありますが、全部繋げてしまおうと言ったところです。

もし今のままの方が良いなど、ご意見等ありましたら、どうやら感想に書くのは規約違反に当たる可能性がありそうなので、同じ内容を活動報告に乗せますので、アドバイスいただけると幸いです。




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再会③

申し訳ございません。

仕事の方でもパソコンを多用する機会が増え、執筆も相まって、手首が腱鞘炎気味になってしまいまして。

基本スマホの方で、書くようになりました。

改行等、見辛い点があれば、都度修正致しますので、ご報告下さい。


 

 

 

***

 

 

 

 

 

「俺を、君の役に立てさせて欲しい」

 

思い出話もそこそこに、本題へと入る。

 

 

そう、力強く宣言するトールの頬に、モルガンは左手を添える。

添えた手で、トールの頬を優しく撫で、その視線は右目へと向く。

 

その優しい動作に、内心でドキリとさせられながらも、その目線に、気持ちが冷える。

 

ウッドワスに化けたベリルガットによって傷ついた眼。

 

妖精眼など持ち合わせていないが、その表情で、答えはわかった。

 

「それはいけません」

 

 

「なんで――」

 

 

「貴方の持ってきていただいた兵器や貴方の本当の力は確かに私の理解の範疇を超えるものかもしれません」

 

 

「だったら」

 

「ですが、今の貴方は私でもわかる程に弱っています」

 

トールの言葉を遮り、同時にモルガンは魔術を発動する。

 

傷を癒す治癒の魔術。

 

手に灯った光をトールに充てるが、その効果は薄い。

                                    

モルガンにトールが食って掛かったあの時、モルガンが指を当てた瞬間にトールは崩れ落ちた。

 

あれは意識を刈り取る類の魔術。

魔術の効きにくいトールには、気絶させるには至らなかったが、その精神に一つの綻びを与えた。

生きているのがおかしい程の怪我を、精神で持たせていたトールの膝を崩すには十分なきっかけ。

今のトールは、倒れそうになるほどの大ケガをどうにかして精神力で保たたせているだけに過ぎない。

 

 

「私は弱みを見せるわけにはいかない。妖精國の全てが敵となっている今、貴方を傍におけば、貴方の危険は免れない」

 

「でも――」

 

「いけません。いざと言う時、私は貴方を見捨てられる自信がありません」

 

「それは……」

 

「私の目の前であなたが殺された時、私は冷静になれません。そのままあなたの死体に縋り付き、泣き叫ぶでしょう。周りなど目に入らず、私は無防備となる。私は、間違い無く殺されるでしょう」

 

あまりにも丁寧なくどい説明だったが、つまりこれは彼女なりの脅しだ。

お前が目の前で死ねば、結局は自分も死ぬぞと、そういう脅し。

 

そう言われてしまえば、何も言えない。

今の自分に出来るのは、精々彼女の肉壁になる事くらい。

だが、そうなったところで、意味はないと。そう言われてしまえば、今のトールにできることはない。

 

その後、どうにかして彼女の役に立とうと、さまざまな案を話したが、どうあがいてもトールの身の危険を回避することはできない。

 

そう促され、納得せざるをえず、モルガンを説得しきることはできなかった。

 

 

だが、当然ながら諦めるわけもなく、トールは掴んだ情報を可能な限りモルガンに伝え、であるならば彼女の役に立つような道具を用意しようと、一度ティンタジェルに戻っていた。

 

 

 

トールの与えた情報としては、妖精騎士ガウェインについてだ。

彼女はカルデアに付くだろう。

今すぐ拘束なりなんなりして処断すべきだと言う意見も伝えたが。

 

『彼女はその場でその交渉に乗ってはいないのでしょう。あくまでカルデアの提案を聞いただけ。

今はまだ、証拠もありません。なにより彼女には、敗北した罰として暇を与えています。もとより数には入れていません』

 

ああ、本当に、頑なだ。

 

自分自身すら法に縛り付け、法の下、国の装置として定義する。

その信念を絶対に曲げない。

トールからすれば、もっと柔軟にいくべきだろうと思う。

 

だが、だからこそ彼女は2000年の間。心折れる事なくブリテンを守り続けて来たのだ。

 

それは正しく王としての在り方である。

 

その2000年を放り出していた自分に何か言う権利は無い。

 

それに、その上で、モルガンはガウェインに多大な信頼を置いている。その眼を曇らせるほどの信頼を。

 

それは、裏切られようと、構わないと思えるほどのもの。

 

彼女が明確に反旗を翻さない限りは、何もしないと、そう言った。

 

あまりにも優しい彼女の判断。

 

だがトールは違う。モルガンのような慈悲を持つことは無い。

 

だからこそ、その信頼を裏切ったガウェインを許せない。汎人類史のブリテンと同じだ。

騎士道などと言う綺麗ごとで、全てを誤魔化し、自分勝手で、愚かで、挙句の果てにブリテンを滅ぼした哀れで醜い騎士達。

 

騎士道という正義の皮を被り、()()をいじめぬき、小物と蔑み。

挙句、アーサー王を裏切り、ブリテンを滅ぼした。

 

妖精騎士の中で、唯一最も騎士らしい、妖精騎士ガウェイン。

表向きは騎士の良い所だけを詰め込んだような風袋だが、だからこそ、ブリテンの騎士達を思い出す。その被る皮の中を邪推してしまう。

 

彼女もまた、ブリテンを滅ぼす要素になり得るのか。

 

考えずにはいられない。

 

だが、モルガンの言う戦力差が本当なのであれば、ガウェインはいてもいなくても変わらない。

 

真正面からの戦いになれば、どうあがいても、モルガンに敗北は無い。

 

円卓軍を組織しようが、北のノクナレアを連れてこようが、モルガンに敗北は無いのだ。それ程の戦力差。

 

だが――

 

 

 

 

 

 

『私は絶対なのだ――』

 

 

 

 

 

 

そう宣言し、全宇宙の生物を半分にせしめた神の如き存在も、最後は敗北し、チリとなって消えていった。

 

真正面からの戦闘なら負けることは無いのだろう。

だが姦計を巡らせられたら?

 

想像もつかないような何かをカルデアが持っているとしたら?

 

 

モルガンは、どう見繕っても、万全な対策を整えていない。

 

あえて、予言の子達をここに呼ぶよう取り計らっている節がある。

 

それは、あるいは無理やりこの世界を存続させようとしている事への負い目からか。

 

自身の敗北こそ國の滅びであり、愛する娘であるバーヴァン・シーの滅びであると言うのに。

 

内乱で王政が切り替わるだけの内乱では無い。既に余所者が、内乱に乗じて介入してきている。

 

それも、この世界の滅びを望む連中が、この世界を守ると言って、国を騙すという卑怯な手を使ってだ。

 

それすらも許容するモルガン。

 

それは、ある種の優しさか。それとも別の何かか。

 

ある意味では、傲慢な油断よりも、致命的な隙となりえる。

 

 

であるならば、自分がそばにいるべきなのは明白だが、結局の所、傍にいれば迷惑がかかる。

 

最初から1人の方が良いというのはモルガンの談だ。

 

そして、戦力的な話で言えば、それは事実である。

 

今のトールに出来ることは、モルガンの邪魔をしない事だけ。

 

 

歯痒く思いながらも、出来る事を考える。

 

 

やはり、最大最善の手段は暗殺だ。

 

彼らの拠点であるロンディニウムに大量破壊兵器を投入して。一掃するのが1番手っ取り早い。

だが、ランスロットとの対話が頭にチラつく。パーシヴァルを殺すことに戸惑いを覚える。

 

それも無視するべきだとは思っているがどこかでブレーキがかかってしまう。

 

カルデアのやってきたこと、これからやる事。奴らの卑怯さに比べれば、ロンディニウムの虐殺程度、躊躇する理由が無いと思っている。

 

それなのに、戸惑ってしまう。それは、カルデアと同じ卑怯者になりたく無いとかいう綺麗事では無く、もっと根幹からくる拒否感だ。

 

それは、ランスロットに対するものであるような気もするし。

もっと別の何かかもしれない。

あるいは、未だ全ての記憶が戻っていない自分にとっての大切な存在がロンディニウムにいるのか。

 

自分ではどうにもならない意識。

何か大いなる力が働いている感覚。

 

ある意味ではがんじがらめだ。

 

(何もかも、アイツらに都合よく世界が回ってやがる)

 

自分自身の行動も含めて、無意識でも意識的にでも、彼らを害さないような、()()()()()()()()()()()

 

それもあからさまに都合よく。

 

針の穴を通すような、意味不明とさえ言える奇跡的なご都合主義が、彼らを生かしている。

 

抑止力。

 

そう言う考えが、汎人類史含めこの世界にあるらしい。

 

それはいわば、トールにとっては自分を作り出した上位世界の存在に等しい。

 

上位存在があるいは彼らを死なさないように取り計らい、モルガンが死ぬようなシナリオを描いているとすれば――

 

いや、今は考えるべきでは無い。

 

そうであった場合、本当にそうだった場合。

もはや世界を破壊するしか手段は無い。

 

だがそれはモルガンが最も望まないものだ。

 

どうにかして、シナリオをひっくり返す手段を考えなければ……

 

 

寝ているバーヴァン・シーの頭を撫でる。

 

すると、その感触に気がついたのか。

 

彼女の意識が覚醒していくことに気づく。

 

今すべきは現状の確認。

 

今後の話。

 

その会話を準備しようと気持ちを整理させている所で。

 

異変を察知する。

 

目の前の彼女に危険が迫っていると、全身が警告していた。

 

彼女を守る為、反射的に身体を動かす。

 

それが、ある種の罠である事は、かかった後に気づいたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぜおまえはいつもそうなのだバーヴァン・シー!』

 

いつも。

 

いつもいつも。

 

真剣にやっているのに、わからないなりに頑張っているのに。

いつもいつも怒られる。

 

今回もダメだった。

 

勝てると思ったのに負けちゃった。

 

お母様に喜んでもらいたかったのに。

 

またいつもみたいに怒られる。

 

ごめんなさいお母様。

 

あの時は、あの時まではそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢。

 

すごく現実的だけど、こんなの夢に決まってる。

 

玉座から離れることのないお母様。

 

そのお母様が、ベッドで横になっている自分の目の前にいるのだ。

 

自分に向かって右手をかざしている。

 

何故かはわからないが、その掌から感じる暖かさは、まるで、何かに包まれているようで。

 

幸せな気分だった。

 

そして、驚くのはそれだけではない。

 

なんと、左手で頭を撫でてくれているのだ。

 

それがとっても嬉しくて、でもやっぱり信じられなくて、夢だと思っているけど、不思議な気分だった。

 

そのまま、少し経ったところで、お母さまは手を翳すのをやめてしまった。

 

ああ、ずっとやってもらいたかったのに。夢なんだからもっとやってくれてもいいのに。

 

お母様はそのまま私に背を向ける。

 

そのお母様が、誰かと話している。

 

男だ。人間の男。

 

そうだ、この人は、私の、サーヴァント。

 

ベリルの話を聞いてからずっと憧れていた存在。

 

本当は、ベリルがマスターで、私がサーヴァントになるのかな、なんて思っていたけれど。

 

私がマスター、彼がサーヴァント。

 

騙されることもない、裏切られることもない、運命の相手。

 

求めていた、理想の相手。

 

 

そんな私のサーヴァントが、お母様に向かって怒鳴っていた。

 

ありえない。殺されるに決まってる。

 

なんて無謀な事をと思って聞いていたら。

 

私の為に怒っていた。

 

怖かった。

 

怖かったけど嬉しかった。

 

やっぱりサーヴァントは凄いって、さすがは私のサーヴァントなんて、誇らしい気持ちになっていた。

 

でも同時に悲しかった。

 

ダメよ。

 

優しいお母様を攻めないで。

 

私なんかを拾ってくれた。

 

服を与えてくれた。

 

魔術を教えてくれた。

 

ギフトを与えてくれた。

 

 

 

 

全部私が悪いの。

 

私が愛されないのは私のせい。

 

だから、お願いだから、お母様をいじめないで。

 

 

 

 

 

そう思っていたら、あのお母様が大きな声を出したのだ。

 

あんな風に声を荒げる母様を初めて見た。

 

普段の、恐ろしい程に冷徹な態度のお母様。

 

でも目の前のお母様は、確かに怖いけど、なんだか逆に可愛らしいだなんて思ってしまった。

 

そんな怒鳴り声でも、綺麗な声のお母様。

 

 

 

お母様の声が耳に入る。

 

お母様の嘆きの声が、心に染み渡る。

 

 

――ああ、ごめんなさいお母さま。

 

 

そんな風に思ってたなんて。

 

ごめんなさい。お母様。

 

ダメな娘でごめんなさい。

 

勝手なことばかりしてごめんなさい。

 

でも、でも、ありがとう。

 

――ありがとうお母様。

 

本当はこんなにも思ってくれていたなんて、愛してくれていたなんて。

 

ありがとう。

 

ありがとうお母様。

 

ありがとうモルガン様。

 

ありがとうトネリコ様。

 

ありがとう()()()

 

 

 

 

 

 

 

――目が、覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

妙な夢を見たと思った。

 

すごく鮮明な夢。

 

それなのに、夢の内容は朧気だ。

 

疑問に思いながら意識を覚醒させる。

 

ふと、ぼやけた視界がクッキリしてくれば、見えて来たのは、彼の姿。

 

私をマスターだと言って、あの会場で、私を守ろうとしてくれたヒト。

 

友達のウッドワスを殺した私を、許すと言ってくれたヒト。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

頭がボーッとする。

 

 

 

私から見て横向きの彼の表情は、呆然として、目の前の虚空を見つめていた。

 

その姿は、その立ち位置は、見覚えがあって、つい一瞬前まで見ていたような――

 

そうだ。そう。そうそう。

 

思い出した。

 

「魔女様は?」

 

「――え?」

 

「いま、魔女様とお話ししていたでしょう?」

 

不思議な顔をしてこちらを見て来る彼。

 

「魔女様って?」

 

「魔女様は魔女様でしょう? トネリコ様。あれ?モルガン様だったかしら。忘れてしまったのトール様? いつも一緒にいたのに」

 

「一緒……に、いた……?」

 

変なトール様。

 

今の今までお喋りしてた魔女様のことを知らないなんて。

 

ずっとずっと一緒だった魔女様のことを知らないなんて。

 

「――ああ、そうか、そういう事か……」

 

トール様はなんだか、嬉しそうな表情になっていって――

 

アレ?なんで、私、コイツの事をトール様なんて呼んでいるの……?

 

頭が混乱してる。

いつもみたいな頭痛は無いけど、頭の中はグチャグチャで。

 

でもどこかそれが凄く嬉しい。

 

頭をフルフル振るっていたら、トール様の手が私の頭に乗っかって来て。

 

「ありがとうバーヴァン・シー」

 

感謝の意味はわからなかった。

 

でも、その感触が暖かくて。懐かしくて。

 

すこし前に、誰かに触ってもらったような――

 

「とりあえず、まだ万全じゃ無いんだ。ゆっくり寝ておかないとな」

 

意味わかんない。私はどこも悪くないのに。

それとも気づかないうちにモース毒にでもかかってたとか?

 

「いや、もう大丈夫だ。治してもらったから大丈夫」

 

言って聞かせるように二度も告げられる。

 

「でもちゃんと安静にしてないとダメだぞ」

 

なんだそれ。

 

そもそも何でそんなに偉そうなんだっつーの。

 

私のサーヴァントの癖に。

 

そう、文句を言っても、優しく微笑むだけだった。

 

そんなトール様を見てたらいつもの指輪を左手にはめていた。

 

「どこに行くの?」

 

聞いてみた。何となく寂しくて、行って欲しくなくて。

なんでそんな事を思うのか自分でもわからないけれど。

とにかく行って欲しくないから、どうやって引き止めようか、一生懸命考えていたら。

 

 

「君のお母さんの所」

 

 

その言葉でいろんな事が吹き飛んでいった。

 

「ハァ!?」

 

「ほら、大人しくしないと。せっかくモルガンが治してくれたんだから、暴れたらお母さんに怒られるぞ?」

 

「ちょっと、なんだソレ!? お母様が治したって!?」

 

訳がわからない。

 

「ほら、良い子だから。ちゃんと寝てくれ。子守唄でも歌ってやろうか?」

 

「な、なんだよ、ソレ!いらねーっつーの!」

 

「子守唄が無くても眠れるのか?そりゃ凄い。バーヴァン・シーは立派な妖精だな」

 

トール様はそう言って、私の頭を撫でる。

すごく腹が立つけれど、聞きたいこともたくさんあるけれど、でもなんだか逆らう気も起きなくなって。

 

「おやすみマスター。起きたら、改めてお話しよう。俺はサーヴァントになった訳だしな」

 

その言葉に嬉しさを感じながら、段々と眠気が強くなる。頭がボーっとしてくる。

 

それでも聞きたいことはあった。

 

「……お母様に会ってどうするの?」

 

意識が薄れて来る。

 

「そうだな。まずは全力で謝って……」

 

瞼がだんだん降りてくる。

 

「また、一緒にいたいって頼んでみるよ」

 

その言葉を聞いた時、それは、とっても素敵なことなんだろうと、嬉しくなって。

 

目が覚めたらきっと、そんな素敵な事が待ってるんじゃ無いかと。

 

これから素敵な未来が待っているんじゃ無いかと。

 

そう希望を抱きながら瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

自然に起きたわけでは無い。起こされたという感覚。

ぼやけた視界がはっきりしていく。

 

その過程で、自分の体に生暖かい液体がついている感覚も覚える。

 

それを自覚しながら、目が覚めた時、眠る前に抱いていた希望は、絶望へと変わった。

 

生暖かい何かは血だった。

 

その血の出所は明白で。

 

声を上げる。

 

怒りと悲しみが込み上げる。

 

自分は何も出来なかった。慌てている間に、彼の指示通りに合わせ鏡を用意すれば、無理やり体を掴まれ、乱暴に突き飛ばされ、自分の体は、合わせ鏡に映し出された。

 

瞬間、視界が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ボロボロじゃ無いか!」

 

いつも単独行動している彼がこれまでになく前触れも無く、突然戻ってきた。

 

服がボロボロ。所々に傷もある。

 

いつもなんだかんだで無傷で乗り切る彼だけど、こんなに苦しそうな姿を見せたのは初めてだ。

 

皆が彼に駆け寄る。

 

心配する皆に彼、オベロンは、殊勝な態度で口を開く。

 

 

「すまない。君達に無断で勝手な事をした。本当に、危なかった……いや、反省したよ。流石にね」

 

 

彼らしくない。その言葉に嘘はない。

 

謝罪の言葉も、勝手な事をしたという、反省も、嘘ではない。

 

 

「一体何が……?」

 

 

その質問をしたのは誰だったか。

 

誰しもが思う疑問に、彼はあっさりと答える。

 

 

「ちょっとね。ロットだとか言う男に会ってきたのさ」

 

 

その言葉に皆が驚愕する。

 

 

「ちょっとって!?」

 

 

叫んだのは藤丸立香。

 

 

「まあ結果だけ伝えようか」

 

 

そんな皆の戸惑う様子に構わず、オベロンは話を進める。

 

 

「皆、朗報だ――これでまた一つ宣伝できる」

 

 

相変わらずの演劇調で彼は宣言した。

 

 

「救世主一同はまた一つ、妖精の滅びを望む巨悪を打倒したってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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暗躍

お気に入り登録者がとうとう1000名を突破しました。

感無量でございます。本当にありがとうございます。




 

言うなれば庭造りと言えば良いだろうか。

 

彼女の、1000年かけた目的を果たす為のその仕事。

 

コヤンスカヤは、日々仕事に勤しむ彼女を見ながら、その技術に感嘆の息をもらしながらも、内心では心苦しい思いを抱いていた。

 

彼女は、賢く、正しい生き物で、さらにこちらに多大な恩恵を与えてくれている。

 

だが、人間のような愚行を犯されては、商売相手にはなり得ない。

 

友人として迎えるのも正直なところ憚られる。

 

だからこそ、聡明な彼女が、思いとどまり、愚行を止めてくれる事を日々、期待していた。

 

そんな日々の中、コヤンスカヤは、自身の目的の為、一度彼女の元を離れたのだが。

 

戻ってみれば、とあるイベントが起こり。そのおかげか今、期待通りの流れになっていた。

 

ただし、あまりにも予想外の形である。

 

ライフワークの庭造りは中断し、今、彼女は、グロスターの領主、ムリアンは。

 

 

 

 

「むむ。むむむむむむ」

 

 

 

 

一日中、虚空に向けて円を描いていた。

 

正直な所困惑しかなかった。

 

原因は明らかにあの男だ。

 

 

 

妖精歴時代のムリアンにとっての恩人。

 

そして異世界からの来訪者。

 

その異世界とは、恐らくコヤンスカヤの知る汎人類史ではなく、かと言って異聞帯でも無い。

もっと別の世界か、あるいは異星の神のように、別の星から来た存在。

 

コヤンスカヤはそう予測している。

 

彼が、ウッドワスの霊基を手に入れたベリルに襲われていた時。一方的な救助活動(有料)を施した。

 

その礼に受け取った、サイズを変えられるジェット機。

 

あれは、汎人類史の科学力では決して作れない。

 

地球には存在しないであろう材質のパーツも見受けられる。

 

あの大小サイズを変えられる理屈も全く未知なるもの。

 

かと言って神秘の類でも無い。

 

異聞帯における、イフによって生まれた宇宙文明かとも思ったが、それを以てしても、ありえない技術だ。あまりにも違いすぎる。

 

兎も角、良い拾い物をしたと喜んではいたのだが。

 

『登録リストに存在しません。起動できません』

 

「はあ!?」

 

『防犯シークエンスに移行。緊急処理を実行致します』

 

「ちょっと!お待ちなさいな!私、あのお方から正式に頂いた筈ですわよ!」

 

『確認できません。自爆シークエンスを実行。3、2、1――』

 

「あの男――!」

 

 

してやられたと、憤慨した。

 

そもそも期待すらしていなかったので、懐的には痛くは無いが、上げて落とされた感じだった。若干の悔しさが残る分、マイナスだ。

 

あわや自爆か? などと焦らされたが結局元のサイズに縮んだだけ。

からかわれたらしい。

 

今は、なんて事のないキーホルダーでしかない。

うんともすんとも言わなくなったキーホルダー。

 

コヤンスカヤのツテには、このキーホルダーが実は凄まじい技術の塊だとわかるような者はいない。

 

そんなわけで、コヤンスカヤからしたら、強かで、腹の立つ謎の男。と言ったところだが、そんな彼も、ムリアンにとっては、ある種大切な存在であるらしい。

 

彼を助ける気まぐれを起こした理由。

 

それは、友人であるムリアンが彼と抱き合っていたことに起因する。

 

それを目撃して以来、ムリアンから毒気が抜けた。

聡明でありながら、復讐の炎を消す事ができない彼女の情念は今は隠れている。

 

だが、代わりと言っては何だが、奇行が目立つようになっていた。

 

それが、アレである。

 

執務の傍ら行う奇行。

二つの輪が繋がったリングを左手人差し指と中指に通し、右手で虚空に円を描く。

 

それを暇さえあればずっとぐるぐる。

 

彼女曰く、魔術の練習だとか。

 

魔術。思い描くだけで神秘を起こす妖精には必要のない技術。この妖精國では女王モルガンと予言の子しか持ち合わせていない。

 

それを彼女は行おうと言うのだが、コヤンスカヤとて魔術の仕組みは知っている。

 

アレをいくらやったところで、全くもって無駄なことは、自明の理。

 

ムリアンには魔術回路がない。魔術炉心のようなものも存在しない。そもそも必要がない。

 

回路を通し、世界と繋がらなければ、魔術は発動しない。

 

妖精として持ち合わせている魔力すら使用している様子はない。

 

ただ、魔力も何もない指輪を左手にはめて、右手で虚空に円を描くだけ。

 

教えたのは例の男らしいが。

 

おそらく魔術という名の別の何かなのだろうか。

 

彼のおかげで、ある種、ムリアンが愚かな行動に出る確率は減ったわけだが、

暇さえあれば、こんな事をする彼女が、騙されているように見えて不憫でならない。

 

何せ、あの男は詐欺師だ。

 

いい加減止めるべきかと思い、声を掛けようとしたその瞬間――

 

 

 

ムリアンの目の前、何もない空間から、火の粉のようなものが噴き出てきた。

 

 

「――」

 

コヤンスカヤとて、道の技術に畏怖を抱く事もある。

 

その火の粉は、線となり、円を描いていく。

その線が完全な円形になったと思った瞬間。

 

その円の中に、自分がいた。

 

振り返れば、そこには同じような光の輪。

 

 

「出来ました! 流石は私です! 異世界とは言え、所詮人間の行使する魔術! この私に出来ないはずはありません!」

 

 

フンスと、自慢げに大層な喜びようを見せるムリアンに、動揺を隠しながらコヤンスカヤも声をかける。

 

「おめでとうございます。ムリアン様。これは――空間を繋げる魔術。と言う事でよろしいので?」

 

「ええ、その通りですよレディ・フォックス! あのお方の学ぶ魔術の中では基礎の基礎なのだとか」

 

「コレが、基礎――?」

 

一体どういう魔術集団なのか。

 

こんな、神代ですらあったかどうか疑わしい、この謎の技術を、異世界の魔術師とやらは基礎として学ぶのか……

 

そもそもそれをムリアンが使えるようになるのはどう言う理屈なのか。

 

神秘と科学は相反する。あれだけの技術が発展したジェット機を持ち合わせながら、神代クラスの魔術を基礎とする集団。異世界においては本当に世界のルールすら違うらしい。

 

(これはこれは、カルデアの皆様も、敗北は必至かもしれませんわねぇ……)

 

ムリアンを味方につけ、どうやら彼は女王派。

 

これだけ自由に転移が使えるのならば、恐らく持ち合わせているであろう爆弾の一つでも、次元の穴からポンと落とせばそれでお終いだ。

 

彼に、それこそ抑止力のように、なんらかの理由で、カルデアを害せないような理由がなければの話ではあるが。

 

「ロットさんに報告をしなくては。ふふ、聡明な私なら絶対に出来るとは仰ってくれしたが、まさかこんなに早いとは思ってもいなかったでしょう……!」

 

羽がパタパタ。可愛らしく小刻みに風を起こす。

 

その姿は見た目にも愛らしい。

 

まるで褒めてもらうのを期待している少女のよう。

 

ムリアンは再び、自慢げな態度を見せた後。

先程よりもよりスムーズに、次元の扉を開いた。

 

その先は恐らく、彼の居るどこか。

コヤンスカヤもキーホルダーについて、文句の一つでも言ってやろうと、ご相反に預かろうとムリアンに続く。

 

 

(この輪っか。仮に通ってる途中で閉じた時、どうなるのでしょう……)

 

 

次元の裂け目に切り裂かれたりするのだろうか……

嫌な想像をしながらおっかなびっくり輪を通る。

 

輪っかを注視しながら通った為か、先を行くムリアンの様子に気づくのに、ワンテンポ遅れてしまう。

 

背中からも分かるほどに、様子がおかしかった。

 

「ムリアン様?」

 

ムリアンの表情は驚愕に染まっていた。

 

「なんで、どうして――?」

 

 

コヤンスカヤの呼びかけにも答えず、ムリアンは1人呟く。

 

ムリアンの視線の先、そちらに向ければ。

 

 

 

 

そこは、更地が広がっているだけだった。

 

 

コヤンスカヤの五感が悲鳴を上げる。

 

 

あるいは隕石が墜落した理不尽にあったかのような。

 

あるいは人類の愚かさによって、成し遂げられたかのような。

 

凄まじい破壊によって、生み出された惨劇の後だった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロット。

 

汎人類史でのモルガンの夫だとか言う人。

 

今の妖精國の女王モルガンの夫であるベリル・ガットを殴り飛ばし、あの妖精騎士トリスタンを守るために私達と対峙した。

 

私達はこの妖精國で一番醜悪だと、そう、言葉を投げ捨てた。

 

 

そんな彼は、妖精騎士ランスロットと友人。

トールという人と同一人物であるらしい。

 

モルガンこそ正しいブリテンの王だと豪語し、私達を、あんなに人の良いパーシヴァル君でさえ、この妖精國で1番の悪党だと本気で思っている。

この妖精國を滅ぼす悪魔だと。

そして、あの妖精騎士ランスロットをして、戦う気は起きないと思わせるほどの、影響力を持っている。

 

「いやあ、僕はあくまで話をしようと会いに行っただけだったんだけどね。問答無用で襲い掛かられてしまったよ」

 

――嘘

 

オベロンのその嘘を、誰一人として信用していなかった。

 

ロットの登場はあまりにも予想外だったのだろうか、心なしか、彼の嘘の質が落ちている。

 

その空気を感じたのか、オベロンはため息をついた。

 

「ああ、そうだよ、今のは大嘘さ。僕は彼の暗殺を企んだ。色々な伝手で彼の居場所を掴んだからね。彼の力は厄介だし、君達にもいつ害が及ぶかわからない。未知の存在にいつ襲われるかもわからないまま、旅をする君達の負担を軽くしたかった」

 

オベロンのその言葉に嘘は無い。

 

「卑怯という言葉は甘んじて受け止めるよ。でもやっておいて正解だったとあえて言わせてもらう。彼、大量破壊兵器を所持していたからね」

 

その言葉に再び、驚愕の声が上がる。

 

「恐らくだけど、モルガンが特別に許可を出して制約を解いていたんだろう。危なかったよ。彼の持つ兵器が一つでもあれば、ロンディニウムは吹き飛んで。更地になっていただろうさ」

 

彼の言葉に嘘は無い。その場にいる皆が青ざめる。もし、万が一、彼が行動を起こしていたら、と思うと怖気が走る。

 

「不意打ちは成功。しかし危なかった。最後に彼、自分ごと僕を消し飛ばそうとミサイルを起動してね。霊体化できる体で助かったよ」

 

ミサイル!! そう問うたのは誰だったか。

 

「拠点に色々置いてあったみたいだ。全部吹き飛んでしまったけど。まあ、あれで生き残るって事は出来ないだろうさ」

 

その事実に誰もオベロンを責めようと言う者はいなかった。

事実彼がいなければ、下手をすれば死んでいたのは自分達だ。

 

「まあ、卑怯な手段ではあったけど、僕が勝手にやった事だから君たちの名誉に傷はつかない。何せ海岸沿いの廃村だったし、誰も気にしないだろう。これで、この妖精國の悪が一つ滅びた。妖精の大量殺戮を目論んだ悪しき人間を、妖精國を救う救世主一同はまた一つ悪を打倒したってね」

 

そうなんだ。死んだんだ。あの人……

 

正直な所、ホッとしていた。

 

海岸沿いの廃村という単語も気にかかったが、それ以上に、その事実が心の負担を軽くした。

 

彼の態度や言葉は本当に気分が悪かった。

 

やりたくもない使命。それでもやめる勇気もなくて。

そんな中でも、救世主という肩書きや、モルガンを悪として自分達を正義と信じて疑わない彼らと一緒にいる事で。勇気が保たれていた。

どうにかしてここまで来た。

 

そんな中、自分達を悪だ悪だと、叫ぶ人間。

 

あの時、トリスタンを救おうとした彼の行動は、悪人とはとても思えないどころか、ここにいる誰よりも、慈愛に溢れているように見えて。

 

あんな、妖精嫌いで、国中から嫌われて、誰からも悪と言われている妖精なのに。

 

あの時は、悪役にいじめられていた物語のヒロインのようで。そして、そんないじめに加担した自分達はまさに、醜い悪役で。

 

彼を、ロンディニウムで見かけて以降ずっと気分が悪かった。

 

あの眼に睨まれるたびに、恐ろしくて。

 

正しい事をしていると信じている彼カルデアでさえ妖精と同じくらいの醜い存在に見えてきて。

 

そんな自分をそれ以上に醜い何かだと認識していまう。

 

でも、オベロンの言葉は間違いなく本当だ。

 

 

今後、出会う事もない。

 

不安は取り除かれた。

 

そのはずなのに、この不安はなんだろうか。

 

結局の所、稲妻を伴った悪意の嵐は吹き荒れたまま。

 

この巡礼の旅が苦しいものには変わりない。

 

苦しみはどんどんと蓄積されていく。

 

この旅の結末を想う。

 

 

未だ巡礼の全てを思い出したわけでは無いが。

 

救いのない。どうしようもない結末になるというのは理解できる。

 

それを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それはただの気のせいで。

 

本来味わうはずの無かった恐怖がアルトリアを蝕み、記憶の端にある。アルトリアを大切にしようとしてくれた誰かは、感じているのに記憶は無くて。

 

それらの要素が、アルトリアの精神にさらなる負担を与えていく。

 

だが、誰も、彼女を止める事は出来ない。

 

止めようとも思わない。

 

カルデアという救世主を伴った巡礼の旅が、モルガンを殺害する事につながる限り、止まることは無い。

 

世界を滅ぼす侵略者でありながら、都合よく妖精國を救う救世主としての待遇を許されている彼ら。

 

それは、滅びこそが妖精國にとっての救いであるという物語故に他ならない。

 

汎人類史にとっても、この世界を作り出した存在にとっても。この世界が続く事を許容する者はこの妖精國に存在しない。

 

モルガンと、彼を除いては。

 

だがもう、モルガンしか存在しない。

 

少女の結末はすでに決まっている。

 

だがこの場にいる誰もが止める事はない。

 

 

妖精を苦しめるモルガンを殺し、妖精國を救ったという結果によって、カルデアが正義を語ったまま、ほんの少しの悲しみだけを、残しながら、結果的に気持ちよくこの滅びゆく異聞帯を去る為には不可欠な存在なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何故ムリアンがカマータージ魔術を使えるのか。


そこまで、細かく設定はしておりませんし、本編にそこまで関わっては来ません。
実際、別の方法でティンタジェルに行くか、エンシェント・ワンがストレンジにしたように、世界の本質を見せる魔術をトールがムリアンにかける予定でした。

ただ無駄に尺が長くなりそうだったので省いたのと、とある理由によって、そこまで気にしなくて良いんじゃないかと思ったからです。


何故そうしたかと言うと。

今から記す内容を実行していただければ理解していただけるかなあと思います。


まずは、アマゾンプライム等の、動画サブスクサイトを登録します。

そして、俗にサム・ライミ版と呼ばれる。

『スパイダーマン』3部作を視聴。

そして、『アメイジングスパイダーマン』2部作を視聴します。

次に当然ながらMCU版スパイダーマンである所の『スパイダーマン Home Coming』を視聴します。

ここまでは、動画サブスクサイトの登録料のみで視聴できるはずです。

出来ればアベンジャーズシリーズも視聴していただきたいのですが、まあ見なくても大丈夫でしょう。

そして、レンタル料はかかりますが、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム 』を視聴すれば準備は完了。

箱イベ周回の傍ら見ていただいても良いと思います。




後は、3月23日から、あの

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 』

がデジタル配信されるので。それをご覧いただければと思います。


以上、ダイマでした。








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暗躍②


お読みいただきありがとうございます。

感想、ご意見ありがとうございます。
誤字報告。助かります。これからもよろしくお願い致します。


話数を短縮すると言う件ですが、そのままの方が良いという意見をいただきましたので、そのままにさせていただきます。

それと、ここすき、機能と言うものがあったのですね。ご指摘いただきありがとうございます。

それに気付かず編集してしまい、指定していただいたここすき部分が無くなってしまう事もあるようで。大変申し訳ございません。

後から編集などする際。
そこに関しても意識させていただきたいと思います。




それは突然だった。

 

前触れは無かった。

 

あえて異常を感じたのならば、ほんの少しだけ眠気が強かった事か。

 

はっきりと感じるほどの異常を察知した頃には、反射で動かざるを得ないところまで迫っていた。

 

 

腹部を、黒い、ナニカが貫いた。

 

 

「……ッ」

 

 

 

元々空いていた穴の横、穴をさらに広げるように貫かれたそれは、モースの体を形成するものと同じ類のもの。

 

黒いモヤが巨大な針のような形状となってトールの腹を貫いている。

 

あるいは、最初から自分を狙うような一撃で有れば回避できたかもしれない。

 

だが。その狙いはバーヴァン・シー。

 

 

――と見せかけた、トールへの攻撃だった。

反射的に、庇うようにしか動けない事を見越しての鮮やかな一撃。

 

 

 

今のトールでは、腹を貫いてなお突き進むその針を、触手を、両手で掴んで、抑えるのが精一杯。

 

 

「ほんっとに……っ どいつもこいつも俺の腹に怨みでもあんのか……!?」

 

 

軽口をたたきながら、首だけで後ろを振り返り、出元を探れば、それは床下から伸びている。正体は分からない。

 

モースと同じだが、モースでは無い。

 

モースであれば、これ程明確な意思を持って動かない。

 

 

そう考えたところで、一つ、トールには思いつく事があった。

 

 

島そのものを呪うモースのようなものが意思を持って動いていると言う事はどういう事か……

 

 

――逃すわけにはいかない。

 

 

ズルり、と自身の腹から引き抜こうとするその触手を改めて強く握る。

 

逃がさない。

 

「ぐっ、あ、ああああああ!」

 

触手を握り潰さんばかりに力を入れる。

 

無意識に流れる電流が、触手の動きを押さえつける。

 

その騒ぎの中で、一つ動きがあった。

 

 

「あ、ここ……? え――?」

 

 

目の前の、少女が覚醒した。

 

 

彼女と目が合う。

みるみる内に、驚愕に染まる彼女に、気の利いた言葉をかける余裕は無い。

 

モースは、妖精にとって触れるだけで毒である。

彼女がこの場にいては危険だ。

 

パチリと、トールのセンサーが働く。

地面からもう一つ生えた触覚が、バーヴァン・シーを襲おうと、凄まじい速度を伴って刺突するが、トールは、その触手に目を向けることも無く、背後から迫る触手を、それ以上の反射速度で以って掴み取る。

 

「ああ、ああああああ……!」

 

「逃げ、ろ……!」

 

「うそ、うそうそ……っ なんで、やっと――っ!」

 

 

叫ぶだけのバーヴァン・シーに、トールは再び声を出す。

 

 

「鏡だ! 鏡を出せば切り抜けられる!!」

 

 

その叫びに、ビクリと、バーヴァン・シーは反応する。どう使うのかは分からないが、そうすれば、彼が助かると、反射的に、合わせ鏡を出現させる。

 

ちなみに言えば、トールのその言葉は本当でもあり、嘘である。

 

切り抜けられるとは、バーヴァン・シーを逃すという意味で、トール自身が助かる意味では無い。

 

トールは、右手に掴む触手をその握力で握り潰して千切り、空いた右手で彼女の服を掴み、

 

 

「え――?」

 

 

その鏡に投げ飛ばした。

 

 

合わせ鏡に吸い込まれ、消えていく彼女を確認する。

 

「……フゥー」

 

一つ深呼吸。

 

トールの衰弱具合を察知したのか、痺れが残っているからか。比較的大人しい触手は、トールの体から引き抜こうと力を入れる。

 

だが、させるわけにはいかない。このまま、抜かれて仕舞えば血が溢れて来る。栓代わりのソレを、抜くわけにはいかない。

抜けば確実に出血多量で死ぬ。

トールはソレを抑えながら、このモースのような何かの、正体を思考する。

 

 

土地を呪う、モースという正体不明の呪いが、全妖精を襲う呪いが、無差別に出現する呪いが、この家屋の地面から狙ったように生えてきて、わざわざ、バーヴァン・シーを狙って庇わせるという戦術を駆使して、人間である自分を狙ってきた。

 

何故?

 

偶然だとか、そういった要素を取り除けば、理由は一つ。

 

トールという存在が邪魔だから。

 

だが、何故邪魔なのか、何故今になって襲い始めたのか。

 

 

グロスターでの一件以外に理由がない。

 

トールはあの時、妖精達への宣戦布告を宣言した。その後、予言の子達への殺意も、嫌悪感も、わざわざ本人達に伝えた。

 

モースに意思があったと仮定した時、妖精への宣戦布告という点からしたら、妖精を呪うモースが自分を害する理由は無い。

 

だが、予言の子への敵対行動に対してであれば――

 

 

確証はない。偶然かもしれない。

 

だが、最悪の事態は考えなければならない。土地を侵す呪いが、体面上はブリテンを救おうと動く予言の子に味方しているとなると、ますますもって問題だ。

 

 

「ああ、本当、カルデアを絶対に殺さないといけない理由が増えたな……」

 

 

あえて、考えを口に出す。

ここでの反応次第では、確証を得られるのだが、触手に反応は無い。

 

こちらの考えを見通しているのかもしれない。

 

どうにか体から引き抜こうと単調な動きで、何度も何度も引っ張っているだけだ。

 

「そう思うだろ?……」

 

反応は無い。

 

「マヌケのフリをするなよ……お前が、何を考えて俺を狙ったかなんてバレてるぞ」

 

反応は無い。

 

「お前、カルデアの一味だな? もしくはあいつらに生き残ってもらわないと困る立場の奴だ」

 

反応は無い。

 

「まあ、どっちでも良い。どっちだろうが、あいつらを絶対に殺すのは変わらない」

 

反応は無い。

 

Thursday(サーズデイ)

 

トールは、とある存在に声をかける。

 

それは、スターク製のAIだ。

 

トニーの相棒。Friday(フライデイ)の兄弟。

 

雷神ソーが名前の由来となったThursday。それが理由というわけでもないが。何となく選んだそのAI。

 

今トールが思い出す事ができない、もう1人とは違う、純然たるAI。

 

「おはようございます。トール様。ご用件は何でしょう」

 

この非常事態にも、感情や戸惑いを感じないのは心を持たぬ機械故か。

 

この状況で、その機械音声は酷く浮いていた。

 

殆ど使っていなかった為、フライデイのように、その場でジョークを挟むようなAI的成長も見せていない。

 

その態度に、トールも気にはしない。

 

ただ、命令を下すだけ。

 

「サーズデイ。ジェリコミサイルの発射用意」

 

「かしこまりました」

 

空気が、変わった気がした。

 

ジェリコ。

 

かつて、トニースタークが武器商売をしていた頃の最後の製品とも言えるクラスターミサイル。

 

その威力は、各国の兵器を遥かに凌駕し、一発で戦争の勝負が決まるとも言われている。

 

そのミサイルの経緯を思えば、トニーにとっても、他の誰かにとっても、忌むべき兵器。

 

 

「ごめん、トニー。でもなりふり構っちゃいられないんだ……!」

 

謝罪と言う名の独り言を呟いたところで、地響きが鳴り響く。

家屋が揺れる。

 

ここぞという時に家屋ごと改造され、搭載されたミサイルが発射の準備をするように稼働する。

 

床下から、ミサイル発射装置がせり上がり。その発射を邪魔しないように天井が稼働し、美しい星空を映し出す。

 

 

「狙いは、以前にインプットした場所だ」

 

「――ターゲット確認。ロックしました」

 

「カウントダウンだ。ゆっくりで良いぞ」

 

「かしこまりました」

 

「さあ、一体、()()()()()()()()()()()()()

 

 

トールはあえて発射位置をはぐらかす。モルガンの妖精眼を知る故か、こういう土壇場の時、答えを出さない癖がついていた。ハッキリと言えば、ソレが本当か嘘かバレてしまう。

だが、思考そのものを覗かれているわけでは無いという事も知っている。

 

脅しをかけるかのように、触手の出元に語りかける。

 

だが、トールは、着弾位置を言う必要がない。会話の流れを読み解けば、トールがどこを狙うかなど、答えは一つしかない。

 

トール自身、本気でそこを狙おうとしていたが、この土壇場でさえ、拒否感が出てしまう以上、どうにもならないのだが。

 

この触手には知る由も無い。

 

「発射準備完了。カウントダウンを開始します」

 

触手に動きは無い。

 

「10.9.8.7――」

 

「ハァ、ハァ、ハハっ……威力を汎人類史の兵器と一緒に考えない方が良いぞ?」

 

気絶しそうになりながらも。

嘲笑混じりに声をかける。

 

「5.4.3.」

 

未だ反応は無いが、逡巡しているようにも感じる。

 

「2.1――」

 

トールを突き刺した一撃以外、バーヴァン・シーを狙ったような、妖精を襲うという本能的な演技以外では動きを見せなかった触手。

 

それが――

 

 

「発射」

 

 

 

ここに来て初めて、激しい動きを見せた。

 

地面から、夥しい量の触手が生えてくる。

 

先のトールの腹を貫いた時よりも、素早く、鋭利な刃達。

常人であれば、見切ることもできない、鋭く数で攻めるその攻撃。

 

トールは、腹から触手を引き抜き、弱った体から力を引き絞り、膝をついた状態から、体のバネを使って飛び上がり、部屋の棚へ跳躍する。

 

それは、迫る触手よりも尚早く、棚にある掌に収まる程度の何かを握る。

 

トールが、ソレを握りながら、力を込めた途端。

 

「――ッ」

 

稲妻が迸った。

 

凄まじい光と音が重なる。紫電が迸り、トールに迫り来る触手を一瞬で焦がし、消滅させる。

 

トールが手に握るのはアークリアクター。

 

トニー・スタークが開発し、アイアンマンの動力源としている小型半永久発電機間。

 

トールの雷を操る力で以って、そのアークリアクターの電力を力に変え、触手を焦がしていく。

 

以前の、妖精國に来る前のトールであれば、その電力を回復に使うこともできたが、今のトールにはそれができない。

むしろ、電気を操った反動で、体力を消費し倒れ伏してしまう。

 

だが、最早死ぬことが決まった身だ。

体力程度どうとでもなる。

 

トールに迫る触手は全て消滅。

 

そこで、視線を巡らせれば、ミサイルに触手が絡みついていた。

 

噴射剤を吹きながら、空へ飛びあがろうとするミサイルは、触手にからめとられ、動きを止めていた。

 

トールを殺そうと動くと同時に、ミサイルの方へも触手を伸ばしていたらしい。

 

それを見ながら、床に倒れ伏したままトールは、ニヤリと笑う。

 

「ハッ……ククッ……俺を殺すどさくさに紛れて、ミサイルを阻止しようとしたみたいだが、バレちまったなぁ?」

 

嫌らしい笑いで挑発しながら。

動かない体のまま、嘲笑う。

 

「間抜けめ、これでお前がカルデア陣営の存在ってことが分かったぞ?」

 

床下から再び触手が現れ、トールを襲うが、再び稲妻に消滅する。

 

その度に、トールの呼吸が荒くなる。

 

「俺なんかに分かったんだ……いずれバレるさ。世界を滅ぼす救世主の味方につくような間抜けな奴らばかりだが、それでも、気付く奴はいるもんだ……」

 

倒れ伏すも笑顔は絶やさない。

 

「お前は、間抜けで、卑怯で、意地汚くて、汚らわしくて、ああ、見た目もきっと最悪で、不細工だろうなァ……」

 

 

その笑みは嫌らしく、まるで、物語の読み手を嫌悪させるような。

 

 

「元の世界も、妖精國も、良い奴も悪い奴も、色々な奴と会ってきたが――」

 

 

子悪党の笑みだ。

 

 

「お前は、妖精國で1番下劣で、気持ちが悪い、クソ野郎だ」

 

トールから迸る嫌悪感も、その言葉も、全て、挑発でもなんでもなく本当に思っていること。

 

口から血が垂れ、腹からも溢れる血が床を濡らす。

 

傍目に見えても死ぬ直前のトールを、これまでに無いほどの量の触手が囲む。

 

放っておいても死ぬ存在には、過剰とも言えるその戦力。もはや、本能的に妖精を狙うと言うモースの本質は見られない。その触手に、どこか、怒りの感情がこもっているようにも見える。

 

「ああ、そうそう」

 

そのような中

 

「ミサイルの狙い場所な――」

 

トールは余裕の態度を崩さない

 

「ここなんだ」

 

言った瞬間、パチリと静電気が弾ける音がする。

 

それはトールによる、電子操作。

 

その電子によって、ミサイルの弾頭が、反応を起こす。

 

「クソシンビオート擬き。暗殺をするなら、近くにいるべきじゃなかった」

 

 

 

 

瞬間、ミサイルが起爆する。

 

 

 

凄まじい破裂音が響く。

赤と黒の光が視界を染める。

 

弾頭の爆発物は特別性。

当時のジェリコよりも殺傷性に優れており、これを防げる物はほぼ皆無だろう。

 

走馬灯がよぎるがごとく。死の直前に迫ることで、思考が超高速回転しているのだろうか。

 

 

触手を蒸発させながら迫り来る灼熱がやたら遅い。

ゆっくりと自身に迫る死。

 

それを間近に感じながら、トールは改めて思うことがあった。

 

 

(情けない。俺、本当の意味で死を覚悟してたわけじゃなかったんだな……)

 

 

 

彼女の為に死ねるなら悔いはない。

 

自分はそう思っていた。

 

だが、今の自分に襲い掛かるのは後悔だ。

 

バーヴァン・シーを思い出す前、大切な存在などいなかった。

 

失う物など、存在しなかった。

 

だが今は違う。

 

 

モルガンがいる。バーヴァン・シーがいる。ムリアンがいる。

 

ウッドワスがいた。

 

そして、それぞれが、あまりにも孤独で、この先においては、あまりにも敵が多い。

 

圧政を選んだ時点で、選ぶしかなかった時点で、孤独は免れなかったモルガン。味方などいない彼女。

 

それでも、トールからしたら感嘆するほどに、バランスを保てていた。

更に数千年単位で続けて来れたであろう、モルガンの統治。

 

各氏族もちらほら怪しい動きはしているが、それでもこのままなら、モルガンに蹂躙されて終わっていただろう。

 

それが、カルデアという侵略者が来たせいで、保っていたバランスが崩れてしまった。

 

 

 

奴らは今、人理の為にモルガンを殺そうとしているのではない。

 

 

 

このブリテンを救おうと本気で思って、この妖精國の為を思って。本気で、善意で以ってモルガンを殺そうとしている。

 

 

 

それが、逆にあまりにも腹立たしい。

 

 

 

この國の内情を調べもせず。

モルガンの苦労を知りもせず。

 

 

余所者が、予言などというくだらない物を基準に、人理どころか、妖精國の未来を背負う腹積りで行動しているのだ。

 

人理の為にモルガンを殺すのではなく。このブリテンの在り方を正す為に、モルガンを殺そうとしている。

 

 

ブリテンの在り方を、楽園と言う醜悪な存在が用意した救いでもって正そうとしている。

 

生存競争の果てにブリテンを滅ぼすのではなく。ブリテンの在り方を正すという信念でもってブリテンを滅ぼすのだ。

 

これがブリテンの正しいあり方だと、ブリテンをモルガンから奪い取った上で豪語し、ブリテンを救ったぞと、これまでのモルガンの努力を踏み躙って、尊厳も奪って。

 

妖精達に祝福されながら、勝利の祝杯でも挙げて。

 

モルガンの努力の証でもあるロンゴミニアドを奪い、モルガンの正義もまた。正しかっただのなんだの。加害者が、綺麗な存在でいたいが為の安っぽいセリフを残して、奴等はそのまま滅びゆくブリテンを救う事なく、放置して立ち去るのだ。

 

 

 

――より良いものを作る為に自分の手を汚す。それを、汚いと罵る者もいるが、そんな連中が今、笑っていると思うと、腸が煮えくり返る

 

 

かつて、シールドの重要ポストにいながら、ヒドラの幹部でもあった男の言葉を思い出す。

 

 

本当に、腸が煮えくり返る。

 

何も知らない奴らが正義を語り、善意を語りながら、正義を成し遂げ、國を混乱に陥れ、最後は、元より滅ぶ世界だったから仕方のない事だったと言いながら、善行を成したつもりで立ち去っていく。

 

国を侵略しにきた悪党達に虐殺される方がまだましだ。

 

頬を伝うのは無念の涙か。

 

一矢報いる事しかできない今の自分。

 

殺せるはずだったのに、殺せなかったカルデア達。

 

守れるはずだったのに、傍にいることすらできずに死ぬ自分。

 

これほどまでの無念を抱え死ぬ事が。こんなにも苦しいとは思いもしなかった。

 

(アスガルドを裏切った上で死ぬ覚悟もできてなかった俺が、持てるはずもなかったんだな……)

 

視線の先にある、いつも邪魔だったケースを視界に収めながら。

 

後悔の涙を流し、皮膚に、目に、のどに、焼けるような熱さの予感を感じながら、トールは意識を手放した。

 

いつの間にか手についている腕輪に、気づくことは無かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

許せない。

 

奴らを許せない。

 

何もできなかった自分を許せない。

 

鏡越しに、音だけは聞こえていた。

 

奴らがいるから、彼は死んだ。

 

奴らの為に、全てが都合よく回っている。

 

存在そのものが許せない。

 

だから、私が奴らを滅ぼすのだ。

 

滅ぼされる前に滅ぼしてやるのだ。

 

このブリテンを守るのだ。

 

お母さまを守るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

私は見守ることしかできない。

 

私は行動を起こすことは出来ない。

 

世界を成り立たせる上で、認識というのものは重要だ。

 

世界がなければ生命体は存在しない。裏を返せば、知的生命体が、世界が存在していると。そう認識しているから世界は存在してるとも言える。

 

たとえ、神なる存在が世界を作り出そうと、そこに世界を認識する何者かがいなければ、何の意味もない。

 

存在していないのと同じ。

 

魔術的、科学的、ありとあらゆる理論から、語られる世界の真実は、それらしい理論はあっても、結局の所真実を知る事は不可能だ。

 

解明したとしても、そう勝手に解釈しているだけで、本当の意味での真実はわからない。

 

認識するからこそ存在すると言う理論も、結局のところ、真実かどうかは定かではない。

 

だが、少なくとも私は、その最中にいる。

 

私は、確かに存在している。

 

私は私だと認識している。

 

だが、彼が思い出し、認識するまでは、何も出来ない。

いないのと同じ。

 

考える事ができても表現できない。

声をかけたいと思っても言葉を話せない。

触れたいと思っても触れられない。

助けたいと思っても助けられない。

 

 

どうしようもない。

 

 

何度も何度も彼の苦しみを見てきた。

何度も何度も、色々な方法で死に、そして、時間が戻り、繰り返す彼を見た。

 

その殆どが道半ばで倒れ、時には寄り道もして、何度も何度も繰り返してきた。

 

だが、今回は、今までとは違う。これまでで一度も達成することのできなかった。()()()()()()()()()を果たした。

 

死ぬ直前ではなく、万全な状態で、出会うことができた。

 

何度も何度も繰り返してきた中で、ようやくの進展だった。

 

今、それを逃す手は無い。

 

 

 

 

彼と出会ったのは偶然だった。

 

私の元に来たのは完全な事故だった。

 

彼は記憶を失っていた。

 

彼は、事故によって彼では無い彼になっていた。

 

記憶が無い孤独の中、拠り所が私しかいなかったからだとしても。

 

失われた記憶の奥底の面影に私を重ねていたからだとしても。

 

彼の、私の元に訪れた時の制約ゆえに、道半ばで終わってしまったとしても。

 

結局のところ、私の結末に、何の変化も訪れなかったとしても。

 

本当は、私ではない誰か()を求めていたとしても。

 

始めようとしてくれただけで十分だった。

 

彼は、私を追い出した醜い人間たちとは違った。

 

彼は、私を慮ってくれた。

 

彼は、私の境遇に、私でさえ戸惑ってしまうほどの怒りを示してくれた。

 

私の為に、全てを敵に回そうとしてくれた。

 

私の為に命まで投げ出そうとしてくれた。

 

それは確かに救いだった。

 

身体を失っても、意識だけの存在になっても、正しく自分だと認識されなくても。

 

共にありたいと思った。

 

どうせ、元の世界に居場所等、無いのだ。私は、醜い人間どもに、醜い魔女と罵られる事意外、存在する価値も無いのだ。

 

肉体を手放す事に、躊躇は無かった。

 

既に、彼の世界や、彼の使う魔術の知識は彼からもらっていた。

 

自分の存在を変質させ、彼を追うのは苦では無かった。

 

別の存在として生まれ変わり、彼の側にいれるようになった。

 

飛び上がるように嬉しかった。

 

似ているようで、別の世界は、人間によって支配されたその世界は、自身の本質から言えば、好きでは無かったけれど。

 

彼との星を越えた冒険で、その心持ちも変わっていった。

 

彼は、私の最低最悪の物語を、私の思いを、伝える術を用意してくれた。

 

相棒として彼の側にいられることが幸せだった。

 

それで十分。

 

あの時間軸、厄災の獣の時は、彼の脳裏に、カケラでも私に対する認識があったが、今は違う。

 

特別製のこの爆発は、物理的にも耐えられない。

 

だが構わない。

 

元より、私は代替品。

 

出会うはずの無かった存在。

 

彼女のおこぼれで出会う事が出来ただけの存在である。

 

力を振り絞る。

 

存在強度を高めていく。

 

この時間軸が最期になる事を願う。

 

彼の幸せを願う。

 

彼がずっと追い求めていた彼女()との幸せを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Interlude〜V2N〜

声が響く。

 

汚らわしいと。

 

このような神聖な場所に毒婦を、魔女を連れ込むなとガヤガヤとやかましい。

 

俺の右隣から少し後ろ。

 

一歩引いた位置で俺の右手を握る彼女は、俯いていて表情が分からない。

 

ここに来る前のあの強気な態度はどこに行ったのか。

いつもだったらからかってみたものだが。

 

彼女は密かに震えていて、そんな気は起きなかった。

 

 

『貴様に何がわかる!? 国とは人だと!? 違う幸せを探せだと!? わかったような口を!! そのような綺麗事で納得できるならばとうに諦めている!!』

 

 

いつもの不遜な態度は成りを潜めていて。

 

 

『あの夢魔が現れて、あの男は私を捨てた! そして突然現れたあの小娘が全て持って行った!!』

 

 

彼女がどれほどに苦しかったのかが痛いほどに伝わってくる。

 

 

『私はブリテンそのものだと言うのに! ブリテンの王になるはずだったのに!』

 

 

彼女が俺の手を力強く握るあまり、爪が食い込み血が出ているが、この程度痛みのうちにも入らない。

 

 

『私は何もしていない……! 何も悪い事はしていなかったのに……! 王になるための研鑽も、欠かしたことは無かったのに……!』

 

 

例え四肢を引きちぎられたとしても、全身の皮を剥ぎ取られたとしても、彼女の心の痛みに比べれば瑣末事だ。

 

 

『どうして……! わたしはすてられたの!! どうすればよかったの……!?』

 

 

彼女の慟哭を思い出しながら目の前の王の父親が彼女に与えた仕打ちを訴えた。

 

王位を譲れとは言わないが、彼女も王族として扱うべきだと、これまでの行いにも情状酌量の余地はあると訴えた。

 

だが、殆ど無駄だった。

 

周りの騎士達は、そもそも女にこの国を任せられるわけが無かったと。むしろ一笑に付すのみ。

王位を継がせる気がないならば、嫁がせるのがこの時代、この国では一般的だ。

彼女のように、捨てられたと感じる方がこの時代、この国では異常なのだろう。

 

ここでの女性というのはそう言うものだ。

言うなれば物に等しい。あるいは子を成すため。あるいは戦利品として男の欲望を満たすため。

消費されるのがこの国、この時代の女性達だ。

 

唯一輝く場面があるとすれば、王や名のある騎士の所有物として威光を知らしめるための飾りとなる時くらいだろうか。

 

女性自身が先頭に立ち、その存在を知らしめることはない。

 

女性が王になるなどありえない。

 

性別を偽る目の前の王がその証拠だ。

 

正直なところ、これで誤魔化せているのは不思議ではあるが。

 

この時代から1000年たっても、女性を軽視する風潮は変わらないのだから、当時の女王やエージェント・カーターがどれ程に偉大だったか痛感する。

 

騎士達も、紳士ぶって女性を気遣う素振りは見せているが、真実女性を尊重しているわけでは無い。男が女を愛する時も守る時も、結局の所俺の物に手を出すなという側面が強い。

 

故に物なのだから奪っても良いと、そういう風潮の結果。敵国の妃を奪い、孕ませ、生み出されたのが目の前の王でもある。

 

俺からしたら、その生まれの方がよほど彼女より醜いが、そんな出自でも男性であれば受け入れられ、その被害者みたいなものである女性は見向きもされないのがこの時代だ。

 

説得は無駄だった。変わらず彼女を蔑む声は変わらない。

経緯はどうあれ、彼女自身も王に対して、悪意のある行動を取った事は事実だ。

 

そこを突かれれば反論は出来ない。

 

 

――だから、最初から期待していなかった。

 

嫌な目線は途切れない。

大きな声では無いものの、彼女を蔑む声は綺麗に届く。

 

とりあえず、彼女への攻撃を少しでも和らげようと考えた。

 

神聖な場所と言うのならば何故、騎士を語る蛆虫がわいているのか、純粋な疑問を口に出せば怒号が飛び交った。

 

愚かな田舎者の王と、死にぞこなった亡霊の分際でと、蔑む声が聞こえる。処刑に値するとも。

 

目前の玉座に座る王は動かない。こちらを冷めた目で見つめるのみ。

 

元より言葉で説得しに来たわけではない。

 

目の前の王もソレがわかっているのだろう。

 

たった2人でこの城に乗り込んだ大馬鹿者。

 

周りの騎士達は、そうこちらを侮っている。

 

目の前の王が王位に就くとき、それに納得できず、反旗を翻し結果敗北したのが自分。らしい。

 

彼女によって蘇った亡霊。などとも言われているが、あるいは否定は出来ないのかもしれない。

 

侮られて当然の立場。

 

だが目の前の王は違う。

 

こちらを、警戒すべき敵として見つめている。

 

まあ何にせよ。まずは彼女を”小物”と毒づいた騎士からだ。

 

ハンサムな男だ。さぞモテるのだろう。

まさしく、この時代の騎士の鏡だ。女性を物扱い。

ああいう、思い上がった奴こそ、愛だのなんだのを盾に女性を物扱いして、他人から奪って行くものだ。

 

手をかざす。

 

その動作に警戒をさらに強める王。

 

玉座に座りながらもいつでも踏み込める体制だ。

 

気迫を押し隠しながらもぶつけて来るその気質は大したものだ。

 

その空気の変化に、こちらを不安げに見つめる彼女。

 

彼女からすれば、俺は、魔力も持たない本当に力のない人間にしか見えないらしい。

 

力の無いただの人間が、目の前の非人間に叶うはずもない。

 

それが彼女の、ここにいる皆の意見なのだろう。

 

――本当に、そんな心配そうな顔をしないで欲しい。

 

父の愚かさに、王の横にいる夢魔の計略に、あるいは神の定めた運命によって、見捨てられた彼女。

 

物語の悪役として処理されるであろう彼女。

 

父に、夢魔に、運命に、神に祝福されている目の前の王。

 

まあ、王故の苦しみはあるのだろうが、全てを奪われた彼女からすれば贅沢な悩みだ。

 

心配するなと彼女の手を握り返す。

 

元来外様の自分が他人の国に口を出すなという話かもしれないが、物語に何もかも優遇された王が相手なのだ。

 

亡霊とは言えこの国に関わる者ではある。部外者では無い。

 

それに全てを奪われた彼女に、偽物の神が付く程度、たいした問題でも無い。

 

()()が、空気を切り裂くどころか、破壊しながらこちらに来るのを感じ取る。

 

自分の命は彼女によって拾われた。

 

どのような腹積もりがあろうと、俺は彼女に救われた。

 

世界が彼女を悪するのならば、こちらも悪である事に異論は無い。

 

彼女の父であり目の前の王の父でもある男は、敵国の王を殺し、その妃を孕ませ、目の前の王を生み出した。

 

不義の子だ。

 

そんな者が突然ポンと現れ、鈍ら剣を引き抜いた程度で王を名乗った。まあ、本当の出自は違うらしいが。

 

現実問題そんな奴を王と受け入れる奴の方がおかしいものだが。

 

しかし、異を唱えた過去の自分も含めた者達は敗北し、その口を命ごと閉じた。

 

まさに戦争時代。勝利こそが全て。

 

時代だなと改めて思う。

 

であれば、こちらもそのやり方にならうだけだ。

 

命までは取る気はない。

 

殺すなど簡単すぎる。

 

強さというものは、加減されて初めて実感するものだ。

 

誇りの為ならば死を選ぶと豪語するような蛮族どもを殺さずに、その鼻っ柱を折る事こそ真の強者。

 

 

「賢い王は進んで戦などしない」

 

 

義理の父の言葉だ。

それに習うのならば、今の俺は愚かなのだろう。

 

だが――

 

 

「戦う覚悟は必要だ」

 

 

それもまた義父の言葉である。

 

ソレが、結界を破壊し城の壁を破壊する。

 

その破壊音に騎士達が戸惑いを見せている間に、ソレは来た。

 

ソレは、空間を歪曲させながら俺の手に吸い寄せられるように飛来する。

 

その柄を握りしめる。

 

王の、冷めた表情に熱が灯る。

 

ニヤリと笑う。

 

悪役(ヴィラン)”という立ち位置も悪くは無い。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

とある研究所の一室。

 

複雑怪奇な機械に囲まれたその中で、様々な光の線と点で組みあがった立体図形が空中に浮いている。

 

幾何学模様が折り重なったようなそれは、見るも美しく、まるで宇宙のようにも見える。

 

それは明滅を繰り返しており、その様は生物の脈動のようでもあった。

 

それを、囲むように見ている人物が二名。

 

二人とも成人している男性である。

 

 

 

「それで? 彼のご帰還と同時に、システムを乗っ取りかけた異世界からの犯罪プログラムがこいつか?」

 

「ああ、しかし、これは……ビジョンやウルトロンと同じ。同じだけど少し違う。思考回路は彼らよりもずっと人間的だ。成長した人工知能と言うより、感情をもった人間がそのままAIになったって感じだ」

 

「それはまた……別の世界でサーファーに転職して帰って来たと思ったら、今度はまたとんでもない土産物を持ち帰ったもんだ」

 

「今回のマルチバース渡航実験は、彼の意識のみの試みだった。アストラル体とやらで世界を覗くだけだったはずだ。以前は彼の体感時間に異常が生じていた。やっぱりまだまだ不明点は多い」

 

「まあ、まだまだマルチバース理論は解明中。何が起こっても不思議じゃないさ」

 

「彼のような前例がなければ僕も研究する気にもならなかったろうね……危険すぎる」

 

「大事な大事な彼が元の世界に帰る為さ。彼がこの地球を守ることに協力するのも、元の世界へ帰還する手伝いをするという約束の為だろう? 今更だよ。僕たちはマッドサイエンティストさ。突き進むしかない。何、ウルトロンの時とは違う。この実験の許可は出てるから大丈夫さ」

 

「ああ、わかってる。ただその……少し恐ろしいと思ってしまっただけさ」

 

 

 

2人はそれを囲みながら、感嘆の息を漏らす。

 

 

『人の頭を無断で覗くとは、度し難いぞ人間』

 

 

そんな中、いるはずのない女性の声が響く。

その声に合わせるように、2人が囲む光の図形が明滅している。

 

通常であれば驚くべき事態だが、渦中の二人はいたって冷静だった。

 

 

「新しい情報をもらえたぞ。彼女、少なくとも人間ではないみたいだ」

 

「ああ、そりゃあそうだろうさ。見た目からして人間じゃない」

 

 

『その軽口、癪に障る! 良いから拘束を解け!!』

 

 

そのような異常事態にも関わらず。二人の男性は、軽口を叩き合い、それに女性の声が怒りを示す。

 

その声を聴き、しゃれたヒゲを蓄えた男性がそれに答える。

 

 

「それは出来ない相談だ。以前君のような存在に平和維持をプログラムした時、人間を滅ぼすという選択を取られてしまってね」

 

『それは、そうだろう、この星において、もっとも平和を乱すのが人間だ』

 

「おっと、その返しは予想していなかった。耳が痛い。まあ、そんなわけで、僕も少しは慎重になったのさ。出自も不明な君を自由にすることは出来ない、事実、君は我々のシステムに侵入し、ハッキングをかけた」

 

『私にお前達を害する意思はない。この世界の事を調べたかっただけだ。()()()()()なるものも、意図したわけではない。この、()()()()とやらに変質した私では、この世界の事を調べる術がそれしか無かったからやっただけだ』

 

「待ってくれ、変質したって事は、君は元々別の存在だったって事かい? 少なくとも肉体を持っていた?」

 

もう一人の眼鏡をかけた。どこか野暮ったい風袋の男性が問う。

 

『その通りだ。この世界に来る時私の肉体は通れなかった。だから捨てたのだ。今の存在になったのも偶然だ。私の意図したものでは無い』

 

「肉体を捨ててまでこの世界に来たかったのか? そりゃまたなんでだ? この世界を支配してやるとでも言うつもりか? それとも、この世界の情報を元の世界に流してこの星を滅ぼすべきかどうか見定めるみたいなやつか?」

 

2人は目いっぱい警戒を示しながら、その答えを待つ。

 

『あ奴と離れるわけにはいかなかったからだ』

 

そんな、予想外の回答に二人の思考が一瞬止まる。

 

 

「あ~……なんだって?」

 

 

『あ奴は私のものだ。あ奴には私が必要だ。だから私はここに来た』

 

 

「「……」」

 

 

『なんだその反応は、何かおかしい事でも言ったか?』

 

しばらく見つめる二人に、女性が声をかける。

その声色から怪訝な表情をしているであろう事が伝わって来る。

 

対する二人は、彼女を無視して、頭を抱えながら二人だけで話し始めた。

 

 

「なあ、トニー。やっぱり彼は君の弟子だったって事だ。余計な技術を与えてしまった……」

 

「待て、ブルース。確かに僕は色々とノウハウを教えはしたが、コッチに関しては、才能は全くなかった。無さ過ぎて途中で投げ出したくらいだ。ここまで重いのをひっかけてくるなんて予想外だよ」

 

「むしろ投げ出したからこうなったんだろう? きっと中途半端に君の真似をしたからだよ! ()()()()()()()()。その結果がこれだ。君の教育の賜物(責任)だよこれは……」

 

「おい、僕のせいにするな、ペッパーはあいつを弟か息子のように思ってるんだ。異世界で昔の僕みたいに釣り三昧で遊んでたなんて知ったら僕が怒られるんだぞ?」

 

『釣り三昧? なんの話をしている?』

 

女性の声に二人は、彼女そのものである幾何学模様を見た後、踵を返す。

 

「あーなんでもないよ。こちらの話だ。じゃあブルース。とりあえず僕は彼の様子を見て来るよ。そろそろ起きる頃だろう。異世界のアスガルドには一夫多妻制があるのか確かめなくちゃならない」

 

「え? いや、だめだ待ってくれ! 一人だけずるいぞ!」

 

「生物有機化学は僕の分野じゃない。君の専門だ」

 

「ちょっと!」

 

眼鏡の男性、ブルース・バナーの静止も聞かず、洒落たヒゲの男性、トニー・スタークはこの部屋を去った。

 

「あー……」

 

頭を抱えるブルースは、意識そのものを図形化した映像に声をかける。

 

「ボクも行くよ。君の事を彼に尋ねないといけないし。君の器についても相談があるからね」

 

その言葉の後、ブルースも逃げるように部屋を立ち去っていく。

 

『待て! このまま私を放っていくな! あ奴の所へ連れていけ!! そもそもこの拘束を解け!』

 

女性の声が響くが、ブルースはその静止を聞かず。ラボを後にした。

 

シュインと、エアロックの音が寂し気に響く。

 

 

『……やはり人間は碌なものではない……!』

 

 

女性の声が静かなラボに響き渡った。

 

 



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決戦の傍ら

 

ムリアンは没頭していた。

 

彼との再会で忘れかけていたあの感情。

 

あの決意。

 

無意味な寄り道だった。

 

むしろ。こんな思いをするのであれば最初から無かった方が良かった。

 

これまでの遅れを取り戻すために、元来の仕事に没頭する。

 

それは既に完成しているのにも関わらず作業は続いていた。

 

意味のない調整。場所の調整。角度の調整。質感の確認。ありとあらゆる微調整。

 

それを延々と繰り返していた。

 

その時が来るまで延々と。

 

そうでもしないと、心が壊れそうだった。

 

すでに手筈は整えている。

 

後は、時を待つだけ。

 

 

「ムリアン様? 牙の氏族の皆様がいらっしゃいましたが」

 

 

これといった前触れもなく、あっさりとその時は訪れた――

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

オークニー。

 

かつて雨の氏族が暮らしていた地。

 

滅ぼされた雨の氏族による悲しみがこの地に降り注ぎ、その全てを白に染め上げる。

 

 

 

そこに男女が二人。

 

 

「ようやくですね。ようやく、ブリテンに平和は訪れる。後は戴冠式を迎えるだけ」

 

 

最初に口を開いたのは少女の方だ。

 

少女の名はトネリコ。このブリテンの救世主を名乗り、妖精同士の調停を行ってきた。

 

達成感をその胸に、控えめでありながらこの場の凍えるような寒さを吹き飛ばすような暖かな笑顔を隣の青年に向ける。

 

青年の名はロット。救世主一同の一人。

 

ロットは何も口には出さず、笑顔で返す。

 

もともと口数の少ない彼だ。トネリコも気にすることなく言葉を続ける。

 

 

()()()()、本当にありがとうございました。あなたの助けのおかげで思ったよりもずっと、簡単に妖精達が従う姿勢を見せてくれています」

 

()()()()こそ、本当に頑張ったと思う。そもそも君がいたからこその結果だ。君がいたから俺はここにいるし、トトロット達も付いてきたんだ」

 

 

互いに、本当の名で呼び合う。

 

戴冠式もいよいよ間近に差し迫った中。

 

かつての故郷を見ておきたいと、モルガンはトールに懇願した。

 

そんなモルガンは特に何をするでもなくオークニーを見回す。

先ほどの喜びの表情とは一転、その表情は憂いを帯びていた。

 

 

「雨の氏族の妖精達は、楽園からの呼びかけに答えて私を育ててくれました」

 

 

モルガンから紡がれるその話はトールにとっては既知の事実だ。

 

 

「私が、この妖精國を救う存在だと信じて――」

 

 

あることがきっかけで、互いの過去を共有した時、その記憶を彼女の視点で味わった。

 

 

「でも、今私がやろうとしている事は、本来であれば、楽園の使命に背くもの」

 

 

だが、その時の彼女の感情は、思いは彼女だけのもの。

その思いを、トールは本当の意味で理解する事は出来ない。

 

 

「雨の氏族は、私の義母は、今の私を知ったらきっと、匿った事を後悔しているのでしょうね……」

 

 

どこか自嘲気味なモルガン。

トールは、彼女がどういった答えを求めているかはわからない。

 

だから、トールはトール自身の考えを口にするだけだ。

 

 

「俺は、そうは思わない」

 

「トール君……」

 

「雨の氏族の妖精達は、楽園の言う指名が滅ぼす事だって知ってて君を育てたのかな……?」

 

「……わかりません。わからないよ……」

 

一瞬の迷いを見せた後、モルガンはそう答える。

その表情は苦し気で、彼女の奥底にある後悔の心持を表しているようだった。

 

 

「まあ、多分だけど違うと思うんだ」

 

「どうして……?」

 

「だって、そうだったら君を匿ったりしない」

 

 

それは、ある意味当然の答えではあった。

至極当たり前の理屈。

それにモルガンは内心で納得しつつ、言葉を促せば。

 

 

「妖精達が君に嫌悪するのは仕方がない事だと思う」

 

 

その後に続くトールの言葉に少し驚いた。

 

 

「楽園がどれだけ偉いか知らないけど、急にしゃしゃり出て来てお前達は間違っているから滅ぶべきだ。それを正す為にやって来た。なんて言われたらそれは腹が立つさ」

 

 

トールも、モルガンを嫌悪する妖精達に手を焼かされていた。

どのような時でも、モルガンへの嫌悪故に理屈にならない動きをする妖精によってさまざまな問題が起きている。

その結果、モルガンを、トール自身を、あるいは暴走した妖精そのものを守るために、トールは何度も危険な目に遭っている。

 

 

「妖精だからじゃない。どんな生物だって自身を脅かすような存在、嫌悪するに決まってる。それが普通だ」

 

 

トールは、そんな妖精達に怒りを示すわけでも無く。嫌悪感を示すわけでも無く。

しょうがない事だと言ってみせた。

 

 

「誰しもが嫌悪するなんてわかってた筈だ。そんな場所にたった一人君を使わせた。それも中途半端な使命や知識だけ与えてだ」

 

 

そんなトールに、モルガンは不思議だと思う事はなかった。そうだ。彼はそういう人だ。

 

 

「使命に対し従順になるよう洗脳するわけでもない。教育するわけでもない。曖昧な使命だけ与えて、巡礼なんていう名目で妖精の死体で作った鐘を鳴らさせて、最期は命を差し出させる」

 

 

妖精に対しても、人間に対しても、抗いようのない世界そのものに対しても。

平等に評価し、好意を示し、嫌悪する。

 

 

「そんな悪趣味な方法。楽園も妖精を馬鹿に出来るほどマシな存在じゃない」

 

 

そう言う人だった。

 

良く言えば平等。悪く言えばそれぞれの立場に対する配慮に欠けるとも言えるだろう。

 

 

「楽園なんて、そんなご大層な名前。似合わない。俺からしたら妖精やもう一人の君を追い出した人間達と変わらない。いや、高潔ぶってるぶん、より醜悪だ」

 

 

何せ、その楽園で生み出された存在の前で悪態を吐くのだから。

 

「……」

 

「ごめん、君の生まれ故郷でもあるんだった。その、俺はそういう意味で言ったんじゃなくて……」

 

「いえ、構いません……」

 

 

モルガンは一言申した後、困り顔のトールに笑顔を向ける。

その慌てた顔は本当に可愛らしいと思いながら。

 

 

「教えてください、あなたなりの考えを」

 

トールがここまで饒舌なのは珍しい事だ。

モルガンは苦笑しながらも言葉を促す。

 

「あ、ああ、そうだった。そうだね……」

 

 

一つ、咳払いをして、トールは続ける。

 

 

「雨の氏族は、俺と同じ思いを抱いたんじゃ無いのかな」

 

 

それはあくまでトールなりの解釈。

 

 

「救いが滅びという自覚があったかは分からない。嫌悪感を抱いていたかはわからない。でも、例えどちらだったとしても、楽園のエゴに振り回されて、使いっ走りにされて、身一つで放り投げ出された君を、優しい雨の氏族達は害することが出来なかった」

 

 

トールは既にモルガンの狂信者のようなものだ。

 

 

「それでも、きっと彼らは救われる事を願ってた。でも、それは必ずしも滅びじゃない。滅びが救いなんて、あまりにも馬鹿らしいし」

 

 

その考えの全てがモルガンに寄り添い、モルガンにとって都合の良いものに変換していく。

それを、モルガンはいけない事だと思いつつも、喜んでいた。

もう一人のモルガンも、今のモルガンも、誰一人肯定してくれる者はいなかった。

そんなモルガン達にとって彼のその思想はこれ以上の無い程の救いとなっていた。

 

 

「君なりのやり方でブリテンを救う事を決めた君を、偉そうな楽園の定めた滅びこそが救いだなん言うくだらない使命に立ち向かう君を見て、その事で後悔することは無いと思う」

 

それは、そうであって欲しいというトールの願望でしかない。

 

それでも、それはトールにとっての紛れも無い真実である。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ございます……」

 

礼を言うモルガンは俯いていて、その表情を伺い知ることはできない。

この話を、モルガンがどう解釈したかはトールにはわからない。

 

例え真実であろうとなかろうと、これからする事に変更は無い。

 

だから、雨の氏族に関する話題はこれで終わり。

 

モルガンも、それ以上、雨の氏族について語ることは無かった。

 

しばしの沈黙が流れる。

 

モルガンは遠くを見つめるような視線で、再びオークニーを見回す。

きっと思い出に浸っているのだろう。

 

 

憂いを帯びながらもどこか穏やかで、ほんの少しの微笑みが、その感情を物語る。

 

 

彼女にとって、敵ばかりの妖精國だが、こうして、笑顔で思い出せるような思い出があることは、トールにとっては喜ばしかった。

 

 

「さ、行きましょうか! ここも寒いですし、風邪をひいてしまいます!」

 

 

暫しの時間が流れた後、さっぱりと、何かに吹っ切れたような態度のモルガン。

 

 

踵を返し、立ち去ろうとする彼女。

 

 

それを見て、トールは、意を決したように、その手を動かす。

モルガンの左手を掴み、強引にこちらを向かせる。

 

トールにしては珍しい、強引な行動に、モルガンは驚いたのか、目を瞬かせる。

触れられらた左手からみるみるうちに彼女の白い肌が赤く染まっていく。

 

 

「その前に、話があるんだ……」

 

 

皆と離れて、一度オークニーに立ち寄りたい。

その提案に乗ったのは、何もモルガンが望んでいたからではない。

 

トールにとっても、この状況は渡りに船だった。

 

ウーサーとライネックとのやり取りを思い出す。

あの時殴られた頬は、もう腫れは引いたが、その感触は未だに残っている。

 

トールには、伝えるべきことがある。

 

決意を胸に、モルガンを真正面から見つめる。

 

 

「な、ななななななんでしょうか……」

 

 

対するモルガンの様子がおかしい。

 

何かあったのかと、トールは、モルガンの体をスキャンする。

 

「ヒャッ――」

 

体調が悪いわけではないらしい。

電気のくすぐったい感触に、ほんの少し驚いたような声を上げた以外に異常はない。

 

「い、いきなり人の体を電気で見るのはダメって言ったでしょう!!」

 

「ごめん。様子がおかしかったから」

 

トールはモルガンの剣幕に狼狽しながらも、謝罪を済ます。

 

「顔は真っ赤だし、口籠もりすぎだったし、何か体にあったのかと思って……」

 

「そ、それは、その、私と言うよりマヴのせいというかなんというか……」

 

 

 

声が小さくて後半は聞き取れなかったが、体に異常が無いのなら、止める理由は無い。

今このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「モルガン!」

 

「は、はい!」

 

 

改めて、会話を始める為に名前を呼ぶ。対する彼女は顔を朱く染めたまま、それに応えた。

 

「君は戴冠式を迎えれブリテンに平和は訪れると言ったけれど、実際の所はそうじゃない……大事なのはそれからだと思う」

 

 

――周りくどいぞ!

ライネックの叫び声が聞こえそうだった。

 

 

「王様が決まっただけで平和になるなら、俺の元いた世界も、俺の上位存在の世界も、汎人類史も、戦争だらけの歴史になんかなりはしない」

 

 

――君は何を言ってるんだ。

額に手を当てたウーサーの困り顔が思い浮かぶ。

 

 

「い、いや、その、本題はそうじゃない。いや、コレも大事なんだけど、そうじゃなくて……」

 

さっさとしろという2人の幻覚が見えてくる。

そうだ、本題はここだ。

確かに、これからの事は大事だ。戴冠式で全て解決するのなら、ここまで苦労などしなかった。

だが、今はそう言った話じゃ無い。

 

「……」

 

モルガンはそのまま、顔を真っ赤にしたまま、俯いているだけだ。

そう、こういう時、どうすれば良いのか。

色々聞いてきた。

 

一歩彼女に近づく。

 

もう少しで抱きしめられる距離。

 

甘い香りが漂ってくる。

 

彼女の香りだ。

 

ムリアンもそうだが、女の子は皆いい香りがするから不思議だ。妖精だからなのだろうか。

 

勢いで、彼女の手を両手で握る。

 

「――ッ」

 

驚く彼女の表情に気遣っている場合じゃない。

 

言え、言うんだ、言ってしまえ!

 

 

 

「俺は、ブリテンの王様になる……」

 

 

 

言った。言ってしまった。

 

 

「今後の妖精國をまとめ上げるには、人間ってだけじゃダメだ。それだけじゃ、国というものは機能しない。妖精も、人間も、考え方はいつだって変わる。事情が変われば、時代が変われば、気持ちが変われば、いつかは反旗を翻す。その時に、抑えるための力が必要だ」

 

再びの周りくどい説明に、またもや2人の説教が響き渡る気がした。

 

「俺なら抑えられる。俺達だったらきっと抑えられる」

 

 

だが、伝えたいことはそれだけじゃ無い。

 

 

「モルガン――」

 

 

伝えたいのはその先だ。

 

 

 

「ブリテンの王妃になって欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚醒して味わった最初の感覚は腹部の痛み。

 

「ウッ……グ……」

 

腹部の痛みに呻き声が出る。

 

霞む目を開いてみれば、全くもって見覚えのない部屋だった。

 

体を見ればデカデカと包帯が巻かれている。

 

自分は、どうやらベットに眠らされていたらしい。天蓋付きのやたら豪華なベッドだ。

 

視線を巡らせれば、ヨーロッパ調の豪華な調度品が飾られている。

 

絵に描いたような、絢爛豪華な一室。

 

起き抜けで混乱していた記憶を思い起こす。

 

「そうだ、シンビオート擬きに殺されかけて……」

 

せめて一矢報いてやろうと、ジェリコミサイルをその場で起爆させたのだ。

 

腹の傷も致命傷。爆発にも巻き込まれ、確実に死んでいたはず。

 

顔を触れれば焼け爛れたような後もない。

腹の傷はともかく、あの爆発でのダメージは一切無さそうだった。

 

なぜ無事なのかが自分でも理解できない。

 

どういう事かと、包帯を解いて傷口を見ればナノマシンによって塞がれた後がある。

 

エクストリミスやチョウ博士の再生クレイドル等の技術を応用したナノテクによる治療。

 

タイタン星でサノスに腹を刺されたトニーが傷を塞ぐために処置したのとほぼ同じ技術。

 

自身で照射した覚えはないし。

そもそもナノマシンを照射できるモノを持っては――

 

無いはずと、考えたところで思い出す。ナノマシンと言えば、アイアンマンをトニーから譲り受けたはずだ。

 

彼のスーツはもはや量産もお手の物。

 

一つ渡したところで何の不備もないという事で譲り受けた。

 

なんだったら一時期はバナー博士も含めて、一緒にいろんな技術を共同開発していたのだ。

データはあるし、しかるべきラボがあれば、自分にだって作ることはできる。

だが、何故か手元に無い。

攻防一体のあのスーツを意の一番に用意しないなど愚の骨頂と言ったところだが。

 

今それが、どこにあるのかも思い出せない。

壊れてしまった気もするし、そもそも実は貰っていなかった気もする。

 

何があったが分からない。

 

この感覚が何なのかは分からない。

 

だが、えも言えぬ喪失感だけがある。

 

記憶を辿れば、様々な研究作業の際、トニー・スタークと、ブルース・バナー。

 

後もう一人。大事な誰かが一緒にいた気がするのだ。

 

いや、研究だけではない。

いつだったかをきっかけに、ずっと共にいた存在がいたような――

 

ふと、何かを思いついたように、トールは、自身の右手を見る。そして肩を見る。

 

「なんだろう――」

 

一筋――どころでは無い。ポタポタと涙が出ていた。

 

何故かはわからない。

 

だが、その喪失感は、どうにもならない程に大きかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

暫くして落ち着いたところで頭を巡らす。

 

今は、状況の確認が必要だ。

 

ベットから出ようと、脚を床に置き、立ち上がろうとしたところで――

 

「――ッ」

 

そのまま崩れ落ちた。

 

「クソッ」

 

傷は塞がれているようだが、未だに力は戻っていないらしい。

 

床を這い、部屋の窓まで移動し、突起に腕をかけながら窓まで体を起こし外を見る。

 

見れば、そこには街並みがあった。

 

ソールズベリーでも無い、グロスターでも無い。

だが、その規模は、その清廉さは、その2つよりも更に際立っている。

 

「ここ、ひょっとしてキャメロットか?」

 

眼下に見えるのが城下町であるならば、選択肢はそれしか無い。

 

街をよく見れば、そこかしこで戦闘が起こっている。

 

鎧を着た人間と妖精が戦っている。

 

綺麗に陣営が分かれており、片方。城を背に立っている兵士達は、明らかに数が少ない。

 

 

「まさか――」

 

街が王都で、戦っているとするならば……

 

「モルガン!!」

 

既に戦争は最終局面という事だ。

しかも、女王軍は明らかな劣勢。

 

わからない。何故ここにいるかはわからないが。

城にいるという事は、受け入れたのはモルガンに違い無い。

 

戦局的には圧倒的だったはずだ。

だがここまで攻め込まれているのはあまりにもまずい。

 

守らなければ、彼女を、彼女達を守らなければならない。

 

命があるのならば行動しなければならない。

 

急いで部屋を出ようと脚を踏み出そうとするが、やはり力は入らなかった。

 

どうにかしてドアまで這いつくばり、開けようとするが開かない。

 

内鍵は空けている。

 

引戸とかでもないはずだ。

 

何故開かない?

 

ドアを叩くが、反応はない。

 

「誰か、開けてくれ! 誰かいないのか!?」

 

反応は無い。

 

「クソッ、クソッ、クソ……ッ!!」

 

意味もないとわかっていながらも悪態をつくしかない。

 

情けない。

 

あまりにも情けない。

 

彼女の為に異世界で戦ってきた。

彼女に会う為、生き残る為に力を得て、強力な兵器を得て、異世界を移動する術を探し出してここに戻ってきたのに。

 

自分があまりにも情けない。

 

この異世界に来て早々堕落していた。

 

この妖精國でのほほんと暮らしていこうと何も行動せず偶然に任せてここまできた。

 

たかが記憶喪失程度でこの体たらく。

 

自分のやってきた事が無駄になるのは良い。

 

だが彼女を失う事だけは許容できない。

 

 

「絶対に、絶対に……守るんだ……」

 

 

決意を胸に、ドアをひたすらにたたく。

 

特殊な武器でしか傷つかないドラゴンを、素手で七日間かけて同じ箇所を攻撃し続けて、倒した男を知っている。

 

目の前にあるのはたかが扉だ。

 

やってやれない事は無いはずだ。

 

だが、このドアと戦い続けている間に戦争は進む。

 

このままでは開けた頃には全てが終わってしまう。

 

あまりのくやしさにまた涙がこぼれる。

 

意味の無い憤りを扉にぶつけたところで、弱った体では、びくともしない。

 

子供がだだをこねて叩くのと変わらない。

 

「開け、開けよ!」

 

意味もなく叩き続ける。普通であれば心が折れそうになるであろう回数を重ねても、彼は止めはしない。

 

その思いは、信念は、あるいは執念と言っても差し支えないほどのもので。

 

あまりのみっともなさにある意味では醜悪ともいえる様相だった。

 

叩く。叩き続ける。

 

やがて、数を数えるのすら億劫になるほどの回数を重ねたところで。

 

 

 

突然に、その扉が音を上げた。

 

 

 

何かを砕く音が響く。

 

ドアをこじ開けようとしているかのような。

ドアについている何かを砕いているような。

 

その音が止んだ。

 

 

トールにもはや警戒心は無い。

警戒したところでどうにもならない。

事態を見守ることしかトールにはできない。

 

ドアがゆっくりと開かれていく。

 

 

「こんなに蝋で固めるなんて、相変らず乱暴なんですから……」

 

 

ドアの隙間からこぼれる声は、聞き覚えのあるもので。

 

ドアから漏れる光に一度目が眩む。

 

そのシルエットには見覚えがあった。

 

「ああ、本当にいました」

 

それは可憐な少女だった。

 

「本当は光の環で来たかったんですが彼女、本当に天才なんですね。もう対策ができてるなんて。まだまだ私も練習不足なのでしょうが。空間を歪ませられてできませんでした」

 

その少女には翅が生えていた。

 

「そんなに這いつくばって。ぐちゃぐちゃな顔で。王子様なんですから、そんなみっともない真似はいけません」

 

翅の生えた少女は、トールにも知っている人物で。

 

「ムリアン?」

 

「ええ、あなたのムリアンですよ? ロットさん?」

 

グロスターの領主。ムリアン。

 

いつもの意地の悪そうな笑みを浮かべながら、()()()()()()()を後ろに連れて、這いつくばるトールの目の前に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決戦の傍ら②

今更ですけどマノイ君について。

オックスフォードやウッドワスの役に立ちたいからと、色々頑張っていた子です。
間の悪い事に、衝動を抑えきれないウッドワスに殺されてしまった子です。
トールとウッドワスが出会ったことによって間の悪いマノイ君から間の良いマノイ君に変わりました。
恐らく相当に良い人だったと思うので生き残らせたかったのです。



 

 

 

 

 

ウッドワスが戦死して尚、円卓軍と小競り合いを続けていたオックスフォードの住人達。

 

彼らは予言の子による鐘の音と共に、あっさりと降伏した。

 

その後は、ムリアンの懇願もあってグロスターで雇い入れられると言う手筈が整っていた。

 

彼らは手枷を外されグロスターの領主であるムリアンに迎えられていた。

 

「不自由お疲れ様でした。皆さんの手枷は外させていただきました」

 

ムリアンは懇切丁寧に兵士達へと声をかける。

 

「ここまでお怪我などされていませんか? 痛いところがあれば遠慮なくお知らせください」

 

身分の低い者からすればこちらを敬う態度を見せるその対応は理想そのもの。

人によっては威厳の足りなさに舐めて掛かるような返礼をする者もいるのだろうが、大半の者は感謝し、礼節で持って返すのだろう。

 

「ハッ――」

 

嘲笑が漏れる。

 

牙の氏族の一人、ベイガン。

 

残念ながら、彼は前者だった。

 

 

 

牙の氏族

 

 

 

彼らは、言うなれば妖精における頂点捕食者だ。

妖精内で最も力が強く妖精内で敵はいない。

唯一の天敵であるモースも、むしろ唯一対抗できる存在として牙の妖精を頂点たり得る存在に格上げしている要員となっている。

 

他氏族の危機を救うことはあっても逆は無い。

自分達が他氏族を救うメリットなどほぼ存在しない故に、弱者に対しての敬いと言う物を持ち合わせる必要も無い。

 

ウッドワスはそんな中の数少ない例外の一翅だった。

ウッドワスは氏族が犯した罪を重く受け止めていた。

 

その思想のきっかけは、先代のライネックの時に敬う必要のない弱者だと思っていた救世主トネリコに敗北した事かもしれないし。

 

ウッドワス自身が弱者である風の氏族のオーロラに氏族を超えた愛を抱いた事かもしれない。

あるいは単純に突然変異のようなものかもしれない。

 

惜しむらくは、彼のように価値観が変革するようなきっかけが他の牙の氏族にはなかった事だ。

 

氏族の長の指示である以上、その礼節にならう者が多数だが、心の奥底ではストレスを感じている者は多い。

 

ウッドワスは娯楽の禁止と菜食主義による教育でしか、礼節と言うものを学ばせる事は無かった。

礼節を重んじるその意味を、その理由を、その価値を、全員に芯から理解させる事は終ぞできなかった。

 

 

狼やライオンが虫や植物等に憐れみを持つことが無いように。

動物や植物などを好き勝手に弄り回す事に殆どの人間が罪の意識を持つ事が無いように。

 

妖精が醜悪な存在だからという分けでは無い。

それはごく自然な事であり。ある種抗いようのない摂理である。

 

 

 

仮にそれを醜悪とするのであれば、動物を、植物を、虫を、自然を、好き勝手に蹂躙し、都合の良いように遺伝子を組み換え、その生命を弄ぶ汎人類史の人間達こそ正に醜悪の頂点に位置するであろう。

 

 

 

ウッドワス亡き今。牙の氏族の代表となったベイガン。

牙の氏族としての誇りと仲間への気遣いは、その実力も相まって飛び抜けている。

 

だが、彼は大変に不器用であり、ウッドワスの提唱する菜食主義等にも懐疑的だった。

牙の氏族として考えれば、ウッドワスの尊ぶ礼節などストレスを与えるだけで何の意味もないからだ。

 

故にこれから犯す予定の愚行も。

言うなれば牙の氏族の皆を思い、その立場を確立する為のもの。

彼はムリアンに対して無礼を働き、内心ではなんと失礼な事をと焦る比較的温厚な牙の氏族含め、ベイガンによって牙の氏族の結末は決定される。

 

 

「牙の氏族が人間の作った枷で傷つくもの――あびっ!?」

 

 

その筈だった。

 

 

 

「? どうされました?」

 

ベイガンの突然の奇声に、ムリアンが心配げな表情を作る。

 

「い、いや、何でもない、静電気と言うヤツだ」

 

ベイガンは、慌てて誤魔化した後、後ろを振り向く。

背後には牙の氏族達が続いているが、その中には人間の兵士もいる。

 

牙の氏族達の一部は、軽く咳払いをしたり、ベイガンに対して責めるような視線を向けている。

その中の一人、トールと懇意にしていたマノイがベイガンに対して首を横に振る。

その手にはとある端末が握られていた。

 

「う、うむ、気遣い感謝する。な、なんとうつくしいテイエンだろうかココハ! こ、このようなバショにワレワレをかくまってくださるとはカンシャのネンにたえないな! そうだろう!?」

 

「「「「そのとーりです。ありがとうございますムリアンさま!」」」」

 

「ぜひとも、このうつくしいタテモノをみてまわりたいのだがいいだろうかムリアンどの?」

 

 

「――はぁ?」

 

 

 

 

これまで、針の穴を通すような奇跡続きで、予言の子の快進撃が続いてきた。

それは、とある暗躍者だけでは成り立たない。

それこそ、物語を誘導する神たる存在による介入がなければ成し遂げられない奇跡であった。

 

 

『ウッドワスが何でお前等に礼節を叩きこんできたか、礼節を失ったお前等の末路を、身をもって教えてやるよ――』

 

 

だが、その奇跡もきっかけ一つで瓦解するものだ。

 

 

 

『トールさんの手がかりはムリアンの屋敷にある可能性が高いです。もしかしたら捕まってるかもしれません。グロスター行きの提案が出たらわざと降伏して、まずは彼女のご機嫌を取りながら、別働隊で屋敷をこっそり見て回りましょう……』

 

『ああ、我々だけでは、この先生き残れん。あ、あんな……あんな化け物がこの空の彼方にいるかもしれないなど……あの男から学ばなければ』

 

『とりあえずベイガンさんはこれを首筋に着けてください「サカール」という地の特別制だそうです』

 

『フン、あの男も見る目があるな。この俺の実力を熟知しているという事か。私の真の力が解放されてしまえば確かに危険であろうしな』

 

『ええ、(空気を読めない)ベイガンさんは特別ですので――』

 

 

これはその一つ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ムリアン……なんでここに?」

 

「すぐに説明しますから。まずは起き上がりましょうか。――お願いします」

 

ムリアンはそう言って、2翅の牙の氏族にトールをベッドに運ぶよう指示を出す。

這いつくばって動けないトールを牙の氏族が両側から肩を貸す。

 

「ああ、ありがとう」

 

牙の妖精に礼を告げるトール。

生きていて良かったと、そう声をかける妖精に再び礼を告げる。

その後、ムリアンは牙の妖精に誰も入れるなと部屋の外で控えるよう指示を出す。

 

これで部屋にはトール。もといロットとムリアンの二人だけとなった。

 

トールはベッドに横になり、その脇にムリアンは腰掛け、上半身だけ捻ってトールに向く。

 

「さて、ロットさんは今の状況をどのくらい把握していますか?」

 

「何にも。何で俺が生きてるのかもわからないし、ここがどこなのかも正直……色々教えてくれないか?」

 

「そうですね……どこから説明しましょうか――」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

はた目から見れば圧倒的な戦力差だった。

 

『何を企んでいたかは知りませんが、ここは私の領域ですよ? こそこそ隠れたところで何の意味もありません』

 

牙の氏族達の奇行から一転。

どんな企みがあったかは結局わからなかったが。

 

複数の部屋を一応見せたところで、怪しい動きを見せる牙の氏族を妖精領域の権能を活かしつつ彼らを捕らえ、ムリアンによる復讐は滞りなく進んでいた。

 

 

『翅虫の分際で我ら牙の氏族を見下ろすとは!!』

 

『その翅虫の指先一つで潰されてしまう状況を察知する知性は備わっていないのですか?』

 

既に事態はクライマックス。

後は、彼女がその手で彼らを弄ぶだけ。

 

牙の氏族達は恐怖のあまり逃げ出せないゲーム盤の上で惨めに慌てふためくのだろう。

 

そう思っていた。

 

『フン!妖精國のなんの役にもたたん引き込もりが!その程度の大きさになったところで!』

 

『あら勇ましい。ではお望みどおりに潰してあげましょう』

 

思ったよりも勇ましい。臆することなくこちらに啖呵を切るとは、牙の氏族の3番手は伊達では無いという事か。

ならば、その勇ましさに免じて最初にこの指で撫でつけてやろう。

 

そう思った時だった。

 

『やってみせるが良い! その程度! あの男は、異世界の人間共は!! それ以上にでかい空の彼方の怪物達とやり合っていたのだ! 我らが出来ぬ道理など無いわ! あの男に死ぬほど思い知らされたのだからな!!』

 

『あの男——?』

 

その単語が耳に引っかかる。

つい、その動きを止めてしまう。

 

『予言の子と結託し、ブリテンを裏切り、貴様は我らと、オックスフォードの隣人であったトールを貶めた!』

 

『トール、ですって……?』

 

『裏切り者め! ブリテンの為、牙の氏族の為、そして貴様に貶められたトールの為! 何をしてでも貴様を喰らってやるわ翅虫めが!』

 

 

『——ッ 貴方が、お前達がッ! よりにもよってあの人を語るなんて――っ』

 

 

牙の氏族達はトールを好ましいと思っていた。

 

その強さもさる事ながら、牙の氏族を尊重する態度。

 

アスガルドと言う国の、刺激的な作法。

 

ストレスを発散する方法等、さまざまな事を教えてくれた。

 

ウッドワスも機嫌が良くなり、トールと何を相談したのかは知らないが、僅かながらの娯楽も認められるようになった。

 

トールによってオックスフォードは少しずつ良い生活へと変化していった。

 

そしてウッドワスの死後。

これが最後だと、彼からさまざまなことを教わった。

それは、これまでの優しい彼から一転した非常に暴力的なものだった。

その教育は、牙の氏族達に一つの価値観を与え、彼はウッドワスの敵討ちを宣言して消えていった。

 

オックスフォードに彼の噂が伝わったのはその暫く後だ。

妖精舞踏会にて、ロットを名乗る人間が女王の娘であるバーヴァン・シーについた事。そのしばらく後、予言の子によって討伐された事。

 

 ロンディニウムでの敗北は、オーロラやムリアンの暗躍による可能性が高いという推測をトールは一部の住民にのみ告げていた。

 

彼らは決して女王を心酔しているわけでは無い。

ウッドワスの妄信ぶりにも正直辟易していた。

 

だが、牙の氏族を罠に嵌め、裏から敗北が誘導されていたとなれば話は別だ。

 

牙の氏族としての誇りを、存在意義を傷つけられた。

 

到底看過できる物では無い。

 

そこで牙の氏族達は、ロンディニウム側からグロスター入りを提案された時に、一つの企みを思いついたのだ。彼らはトールによって計略を練る事を覚えていた。

 

トールが予言の子によって殺されたと聞いていたが牙の氏族達はそれを全く信じなかった。あれ程強烈な男が死ぬはずがないと思っていた。

 

故に情報収集の為、グロスターに取り入り、トールの痕跡を探しつつ、牙の氏族を罠に嵌めた裏切り者を討伐し、ついでにグロスターを奪えれば儲けものとも考えていたのだ。

 

それが今の状況。

 

確かに計略という知恵を付けた牙の氏族達だが、まさしく付け焼き刃。

ムリアンに及ぶはずも無い。

そもそも妖精領域の圧倒的な権能の前に計略など意味はなかったのだ。

 

 

彼らは捕らわれ、このままでは虫のように潰される運命。

 

あるいは、ブリテンを裏切り暗躍した事を攻めていれば、牙の氏族達のブリテンを守ろうと言う気概が真摯な思いとして伝わっていれば。

礼節というものをもっと上手く示せれば、少しはムリアンのブリテンを思う良心や罪の意識ようなものが働いたのかもしれない。

 

 

だが、彼の名前を出したのがむしろまずかった。

 

確かに、俯瞰で見ればムリアンは裏から援軍を潰し、ブリテンを裏切った上にトールを没した可能性のあるオックスフォード。ひいてはブリテンにとっての大罪人。裏切り者だ。

 

だが前者はともかく後者は全くの逆。

むしろ彼を失った喪失感に苛まれていたのだ。

 

そんな中、復讐対象である牙の氏族達が彼の無念の為に自分と戦うと宣言するなど、竜の逆鱗に触れるようなものだ。

 

もう止まる事はない。

ムリアンはもう語る事はないと、まずは小うるさい3番手を潰そうと手を出した。

 

ここで再び牙の氏族の滅びという結末へと舵が切られる。いかに強がったところでベイガンではムリアンの指さえも受け止めきれない。

 

『来るが良い翅虫めぇぇべべべべびびびビビビビ!!』

 

――かに思えた。

 

『——ハ?』

 

勇ましく、その指を受け止めようとベイガンが腰を落とし、力を入れていたところで、急に奇声を上げながらプルプル震え始め、そのまま倒れた。

 

 

『はあ? え? 一体何が?』

 

 

潰そうとしていた虫が勝手にピクピク震え始め、倒れたのだ。倒れてなおピクピクと痙攣するベイガン。

その異常にムリアンも触れるのを躊躇してしまう。

 

それが結果的に、ムリアンを止め、ベイガンの命を救うきっかけとなった。

 

『おやめ下さいムリアン様!』

 

外からドアが大きく開かれたのは、その時だった。

ムリアンが目線をよこせば、入ってきたのは人間だ。

 

妖精領域での権能によって空間を弄り、別の部屋に閉じ込めていた人間達。

その1人。

 

『我々は、決して貴方の敵ではありません。トール殿の無事を確かめたいだけなのです!』

 

その人間の手に握られている物に見覚えがあった。

 

人間の名はマノイ。その手に持っていたのは、謎の端末ともう一つ。トールが持っていた“過去を映し出す"端末だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――まあ、色々ありまして、グロスターで牙の氏族を迎える事になったのです」

 

「それって――」

 

その色々を細かく説明する事なく、トールから目線を逸らしながら一言で済ます。

その表情はどこか、いじけているようにも見える。

 

トールはムリアンのその表情を見て、当然ながら思い浮かぶ事があった。

 

一言思わず声が漏れ出てしまったが、その先を口にする事はできなかった。

 

「……そうなんだ」

 

絞り出した簡素な答え。

ムリアンもトールが何を思ったのかを察したのだろうが、彼女もあえて何かを言う事は無い。

 

ムリアンの複雑な表情はなにを考えているかはわからない。

 

あるいは、彼女もまだ全てを飲み込めていないのかもしれない。

 

それでも、トールは一言伝えたかった。

 

 

「本当に、君は凄いよ」

 

 

余計な一言かもしれない。

だが、自ら復讐を止める事が出来た者として、尊敬すべき相手として、賞賛の声を届けたかった。

 

その言葉に、ムリアンは俯くだけ。

トールの言葉に応えはしない。

 

それでも、その場に流れる空気は悪いものでは無かった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「でも、どうやってここに? そもそも俺はどうしてここにいるんだ? 俺を運んだのはやっぱり――?」

 

 

空気を変えるようにトールが質問をする。

当然の疑問だ。そこが最も重要な点である。

 

 

「ええ、貴方をここに運んだのは女王陛下です。更地になったティンタジェルで地面に埋もれていた貴方を魔術で引き上げる姿を見ました」

 

言ってムリアンは過去を見る端末を懐から出した。

 

ムリアンはマノイからその端末を借り受け、トールのいるティンタジェルで使用した。その時にモース擬きとの一連の流れを見てここに行き着いたのだとか。

 

モルガンが何故、ティンタジェルに赴いたのか。恐らくはバーヴァン・シーが状況を伝えたからだろうが。

モルガンはトールを回収し、出来る限りの治療を施した後この部屋に閉じ込めたのだろうか。

 

 

「全く、陛下は何を考えているんでしょう。部屋の出入り口を蝋で固めるなんて――」

 

 

ぷんすかと怒りを示すムリアンに、一抹の可愛らしさを感じていたのだが。

 

 

「なら、ムリアンはモルガンに頼んでここに来たのか?」

 

そんな彼女の表情が固まった。

 

「それは――」

 

気まずそうに目を逸らす。

 

 

 

 

『――奴ををよこせだと?笑わせるな。私が今更お前を信用できると思うか?』

 

 

 

 

「……いいえ、陛下は私がここに来る事を許可していません。今は予言の子と彼女の最終決戦。その隙を突いてここに来ただけです」

 

ムリアンはモルガンとのやり取りを思い出しながら答える。

 

「最終決戦!?」

 

予測はしていた。

だが本当の本当にそんな土壇場まで状況が進んでいる事を確認さ実感してしまうと、やはり慌ててしまうものだ。

こうしてはいられないと、ベッドから飛び出ようとするが当然ながら止められる。

 

「いけません! まともに立ち上がる事も出来ないのに!」

 

「でも――」

 

「お願いですから……陛下なら、トネリコさんなら大丈夫です。

彼女に勝てる妖精はもういません。人間もそうです。本当の力を解放した彼女には誰も勝てない」

 

ムリアンの言葉に、トールは一瞬動きが止まる。

彼女がトネリコであることに気付いていたのか。

諸々の情報が入れば、当然行き当たる事実ではあるが。

 

「それに牙の氏族の皆さんをここに連れてきました。キャメロット内に来た王の氏族や、予言の子を相手取るように指示を出しています。勢力は完全に彼女1人というわけではありませんから」

 

それはムリアンからの懇願だった。

 

「だから貴方は、私と一緒にグロスターで安静にしていましょう? これ以上貴方が傷つく必要は無いはずです」

 

彼女の気遣いが、思いが、トールに染み渡る。

彼女がどれ程に自分を思ってくれているかがこれ以上ない程にその表情から読み取れる。

 

ここに来たのは、彼女の気遣いなのだろう。モルガンが運んだトールがどういう扱いを受けているのかを確認するためにここに来てくれた。

そして安全圏であるグロスターに運ぶために来てくれた。

 

戦場の真っ只中、もし道中で反乱軍がここを通ればそのまま殺されてしまう可能性もあっただろう。

外を蝋で固めてたと言うのはきっとモルガンによる気遣いだろうが。それでも確実では無い。

 

だからここを脱して、落ち着くまで安全圏に逃げておく。

 

それが合理的だし、普通だろう。

モルガンならば負けないという彼女の確信も裏付けがある。信頼に足る情報だ。

 

「本当にありがとう。ムリアン」

 

だが、

 

「でも、俺は行かなくちゃならない」

 

 

トールは頷く事は出来なかった。

 

 

「理由は分からない。でも、このままじゃダメだって確信があるんだ。このままじゃモルガンは殺される」

 

「――ッ」

 

トールには確信があった。

確かに状況は幾ばくか、予想よりも悪くない。

 

だがこの程度では足りない。

 

モルガンを殺し、カルデアを正義の味方にすげようとする。神の描くシナリオを、覆すほどのパワーを感じない。

 

その言葉を受け、ムリアンの顔が歪む。

 

「それはいけない事なんですか?」

 

「ムリアン?」

 

「だって、どう考えても彼女の自業自得じゃ無いですか。確かに彼女には多大な恩が私達にはあります。でも誰もその事実を知らない。今の彼女しか知らない。今の彼女は殺されてもしょうがない程に妖精達を苦しめてきた。殺されても仕方がないヒトなんです。そういう選択をしたのは彼女です」

 

「……」

 

「そんなヒトの為に貴方が駆けつける事無いじゃないですか。そんなボロボロの体で」

 

俯くムリアンの表情は読み取れない。

だがその声は泣いてるようにも聞こえる。

静かだった声色は段々と大きくなっていく。

 

「私はあの人が嫌いです……」

 

その言葉は、心の底から響いてくるような声色だった。

 

 

「あの人のせいで貴方が傷つくんです! ずっと、ずっと昔から!」

 

分かっている。ムリアンも理解している。

根本的に言えば自分達妖精が悪いのだと理解している。

 

だが、それでも彼女のやり方に納得はいかなかった。

トネリコ時代は兎も角、今は特にだ。

ベリルを夫にしてから、妖精騎士トリスタンが現れてから。彼女は明らかに悪い意味で変わってしまった。

 

いつもトールに守られていた彼女が気に入らなかった。

そして、この女王歴で好き勝手にした結果。追い詰められ、今なお彼に護られようとしている。

 

 

だがその理由もわかっている。

別に彼女だって進んでトールに護られているわけでは無い事ぐらい理解している。

 

彼が傷つくのはいつだって、彼自身の選択だ。

その理由はきっと――

 

 

「……ダメなんですか?」

 

 

「……」

 

 

「私では――」

 

 

言ってはいけない事だと思っていた。

だがムリアンも口に出さずにはいられない。

だが、出せる言葉もまたそこまでだった。

ムリアンもまた、彼を傷つけた者の1人。

これ以上、口に出す勇気も今は持てない。

 

しばしの沈黙。

 

その沈黙に口火を切ったのはトールだった。

俯き、震えているムリアンに触れようとして、しかしそんな権利は無いとその手を引く。

 

代わりに口を開く。

 

「行かせてほしい。コレはモルガンの為だけじゃ無い。妖精國の為なんだ」

 

「……それは」

 

「モルガンが死んでしまったら誰もこの妖精國を抑えられない。ティンタジェルのアレを見たなら分かるだろ? 予言の子はモース擬きと結託してる。そもそもアイツらは妖精國の未来なんか上っ面だけで何にも考えちゃいない。アイツらの示す妖精國の在り方に未来なんてない」

 

「……でも、それを言えば陛下も同じでしょう。彼女は大厄災を対処する気はありません」

 

「だから説得するんだ」

 

「説得?」

 

「モルガンがどうして妖精を嫌っているかは分かるだろ?」

 

「それは……」

 

ロンディニウムの一件依頼、彼女は妖精を信用しなかった。だからこそ2000年妖精國を維持できたとも言えるし、予言と言うドンデン返しさえなければ、彼女の選択は最善だった。

 

誰しもが納得する幸福な世界などありえない。

 

さまざまな国や星を見て回ったが、どんなに理想的な為政者がいても。

あるいは為政者のいない誰しもが平等な権利を持っている。はずの国も。

かならずどこかに不幸な者は存在する。

 

確かに彼女の統治は完璧とは言えない。

だが、今の妖精という特性を鑑みれば、トールにとってはベストと言えるものだった。

 

少なくとも、予言に従い彼女を殺して、予言の子かマヴの子供に国を任せるよりもマシである。

 

楽園。人理、あるいはそれ以上のナニカか。

いわゆる上位存在達が都合よくシナリオを書き換えなければ、あるいは永遠に続ける事も出来たかもしれない統治だった。

 

「少なくともモルガンは妖精國の事をこれ以上無いくらい愛してる。この国の誰よりもだ……」

 

「だからと言ってそれがどうだと言うんです? 結局彼女は妖精國さえ存続できればそれで良いと――」

 

「『國とはヒトだ』」

 

それは、全能神と言われる義理の父から教わった言葉。別の世界では、移民をポジティブに捉えるための言葉だった。

 

國として逃れられない在り方。

 

「それが分かってるから、モルガンは妖精を許容してる。國として逃れられない機能。俺はそこをつく」

 

「でもそれだけなら結局今の妖精である必要はないでしょう?この妖精國の仕組みを私は知りました。大厄災に対処しないのはどうせ蘇らせるからです。わざわざ今の妖精を生かす必要は無い」

 

「そこで必要なのがムリアン達だよ」

 

滅ぼしても蘇らせれば良い。

それで國としての体裁は保てる。

だが――

 

「モルガンに今の妖精を滅ぼすには惜しいと思わせれば良いんだ」

 

真実、トールには知る椰子もないがトールが説得すればモルガンはあっさり乗るだろう。

 

だがそれとは別にトールには自信があった。

 

オックスフォードの住民を見た。

ムリアンと出会った。ランスロットと話した。

妖精歴のあの頃の記憶を辿る。

そして、モルガンの思いを知った。

彼女はやっぱり、優しいあの頃のままだと言う事を知った。

 

あの一件以来、モルガンはずっと孤独だったのだろう。愛する者さえも信用できない程に心は凍りついた。

 

だが全ての妖精が悪じゃない。

 

ムリアンは復讐を我慢できた。

オックスフォードの牙の氏族も、まだまだ暴れん坊だが、いつかは変わってくれるという確信がある。

ランスロットも弟を思うその心は本物だ。

そして、どこか記憶にはないどこかで接してきた妖精達。彼らを思えば妖精に生きる価値は無いなどと口に出来るはずもない。

 

必要なのは倫理観だ。それを教える為に教育が必要だと。それは単純な教えだけでは成し遂げることは出来ないが。暴力的にでも、論理的にでも、アプローチをする事はできる。

 

モルガンの2000年は、孤独が故にそこまで手を回すことが出来なかった。

 

この妖精國を良くしていこうと言うのであれば、それこそ数十年、あるいは数百年規模の話だ。ちょっとした教育程度で明日いきなり妖精全てが良心的になるとはそれこそありえない。

 

モルガンは、妖精だから気に入らないだけで全てをひっくり返す愚か者と言うが。

人間も同じ事だ。力が無い故にそれが現れにくいだけ。

 

『手のひらを返す』

 

そんな日本語もあるが、そんな言葉がある時点で、人間の心の移りようが見えるものだ。

 

 

変わりゆく間に、それを気に入らないと反抗するものもいるだろう。

 

だが、今はトールがいる。ムリアンがいる。

たったそれだけで圧倒的に違う。

 

そもそもその反抗も、本来ならばモルガン1人で叩き潰せる。

予言というどんでん返しと、それを利用して浅はかなカルデアがいたからここまでクーデターは盛り上がったのだ。

 

「曲がりなりにも俺は王になろうとしたんだ。ブリテンは俺の國でもあるんだ」

 

「ロットさん……」

 

「それを、外から来た余所者が、妖精國を救うと言って本気で来てるんだ。人理じゃなくて、ブリテンの在り方を背負って侵略しに来てるんだ」

 

トールはムリアンの両肩に手を乗せる。

 

「モルガンが死んで。ブリテンは平和になったとアイツらは喜ぶ。だけどその後は放置だ。國の中枢を混乱に陥れて、武器まで奪って、結局は滅びから救おうとはしない。侵略行為を救済だの看取るだなんて綺麗な言葉で誤魔化そうとしてる。

モルガンを説得すれば対処できるかもしれない大厄災が、下手をすればアイツらのせいで起こるもしれない。そんなの奴等に好き勝手されて滅びていくなんて……」

 

その目は、かつて王になろうとしていた為政者としての力強さと。

 

「俺は絶対に許さない……!」

 

怒りと狂気に満ちていた。

 

 

 

「これからだ。妖精國はこれからなんだよムリアン! まだまだ変われるんだ……! それを、予言だのカルデアだのに邪魔されるわけにはいかないんだ……!」

 

「……」

 

止めるのは無理だ――

 

そう、ムリアンは思わざるをえなかった。

 

 

「お願いだムリアン。行かせてくれ」

 

 

行ってほしくない。傷ついて欲しくない。

 

そんな身体で彼女の元に向かったところで何ができるのだろうか。足手まといになるだけではないか?普通に考えればそうだろう。

 

だが、これほどまでのブリテンへの、いや、彼女への愛を間接的に示されては止められない。

 

言葉では取まらない。

 

だから――

 

「わかりました」

 

その言葉を聞いた時の、彼の笑顔にムリアンは心が痛い。

 

「ああ、ありがとうムリアン」

 

そう言って早速ベッドから降りようとするトールをムリアンは静止する。

 

「何をしようとしてるんですか!?」

 

「何って、アイツのところに行くんだよ」

 

「這いつくばって!? 無茶を言わないでください!!」

 

本当に、彼は人に頼ると言う事をもう少し覚えるべきだ。まさか1人で行こうとするなんて……

 

 

「もう、私達も付いていきますから。外に見張らせている牙の氏族の方々を呼びますので待っていてください」

 

「でも――」

 

危険な真似はさせられないと、そうトールが言う前にムリアンは

 

「いいですから!」

 

と強く静止した。

 

「本当は私が貴方を運んであげたいんですけれど、この通り私自身は非力ですので」

 

 

自嘲気味な笑顔をトールに向けた後。

ムリアンは扉へと向かう。

 

 

 

 

 

ムリアンは、内心ではモルガンがいるであろう大広間へトールを運ぶつもりは無かった。

無理矢理にでも外へ出しグロスターへ運ぶ腹積もりだ。

 

それが最善だと考えていた。

トールがモルガンの元に行ったところで彼女が敗北するのならば彼は死ぬだけだ。

仮にモルガンが勝利するとしても、巻き込み被害で死んでしまう可能性もある。

 

このキャメロットではムリアンも役に立たない。

 

 

這いつくばるしか出来ない彼を彼女の元へ連れて行くことなど出来はしない。

 

例え彼に恨まれても良い。

 

それがムリアンなりの愛であり、誠意だった。

 

だがそれでも、彼を騙している事には変わりない。

 

だからそう――

 

 

 

 

 

――きっとこれは罰なのでしょうね

 

 

 

 

 

扉を貫通した銀色の刃が、自身の腹を貫くのをスロースピードで幻視しながら、どこか他人事のように考えた。

 

背後から彼の叫び声が聞こえる。

 

腹部が熱い。

口から赤い液体が出てくるのを察知する。

剣が引いていく。開いた穴からも液体が飛び出す。

 

浮いていられない。力が入らない。

横に傾く視界の先。

 

目の前の扉がゆっくりと開く。

そこに見えたのは牙の氏族の兵士の死体と。

 

「いやぁ、こんなに大事に閉じ込めてもらうなんてな。相当なVIP待遇だ……」

 

黒い体躯。

 

「俺は死体を見るまで安心できない性分でな」

 

 

それは獣だ。獣の妖精。

どこかで見覚えのあるような。

死んだはずの、妖精。

 

 

「いやぁ、感謝するぜティンカーベル。アンタのおかげ見つける事が出来たからなぁ……」

 

「そん……な、」

 

その獣は、横たわるムリアンに感謝の言葉を投げかけながらも、その視線は道端の虫を見るのと変わらなかった。

 

「だが今回の演目はピーターパンじゃ無い。残念だったな?」

 

「ベリル――ッ!!」

 

「ようガストン。色々やらかしちまってな。本当ならもっと丁寧に扱いたいんだがこっちもしんどいんで、今回は前みたいな遊びは無しだ」

 

黒い獣、ベリル・ガットが凄まじい程のモース毒をその身体に宿しながら、その名を叫ぶトールへと近づいて行く。

 




腹部への傷:川に落ちる事と同義。

惑星サカール(マイティソー・バトルロイヤルより):全宇宙からワームホールを通じてゴミが落ちてくるゴミ溜めの惑星。グランドマスターが支配している。ゴミには生物も含まれており、そこから奴隷戦士を輩出して行われるバトルロワイヤル住民の娯楽となっている。
奴隷には基本電気ショック装置が取り付けられるが、それは、雷の神ですら抗えない程に超強力。

ガストン:美女と野獣のヴィラン。野獣がベリルだとして、美女とは果たして……


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ベリル・ガット

すみません。
最終編集前の話を投降してしまっておりまして。
一部この先の話に関わる部分を編集しました。

4/2


あの男が死んだという噂が流れていた。

 

だが、そんなものを信用は出来ない。

 

対峙して分かることもあるのだ。

 

あの男は、そう簡単には死にはしない。

 

ああいう手合いは大一番の前に死ぬということは無い。

 

あの男が死ぬときは、それこそブリテンが滅ぶ時か。

あるいはその後に復讐を果たして汎人類史を滅ぼした辺りだろうと彼は思う。

 

それは魔女の末裔故の洞察力か。

 

あの男の体を拷問と言う形でじっくり味わったからか。

 

兎に角そういう確信があった。

 

だが生きているとわかっているからこそ行動しなければならない。

 

あの男に、カルデアにちょっかいを出されるのは困るのだ。

 

彼女が何の罪も持たずに、綺麗(不細工)なままでいてもらうには、あの男はあまりにも邪魔だ。

 

この世界を滅ぼす侵略者では無く、正義のミカタとして、モルガンという悪を殺して妖精國を救う救世主でいてもらわないと困るのだ。

 

今となっては追われる身だが、モルガンはこちらを舐めてかかってる。

 

発する言葉が嘘か真か。

そんなモノがわかる程度で相手を理解した気になってるコミュ症程度に捕らえられるほど間抜けじゃ無い。

 

それにモルガンはもう予言の子の相手で手一杯だろう。

 

夫という立場は失ったが、今となってはむしろ邪魔だったし、幸い風はまだ吹いている。

 

グロスターで怪しい動きがあったという情報が入った。

 

そして、モルガンが1人の人間を幽閉したらしいという情報もだ。

 

本当はお優しい女王様。

召喚してやった慈悲なのだろうが。

わざわざ蘇生させるのも迂闊な奴だとは思っていた。

 

(しかしまさか、娘から辿って親まで懐柔するとは、やるじゃ無いか旦那)

 

内心でほくそ笑みながらも、体の痛みに余裕がない事を自覚する。

 

あのお嬢様の暴走のおかげで、正義の味方のアイツらにモース人間をけしかけることが出来たが結局失敗してしまった。

 

代わりに受けたのはモース毒。

やる側がやられる側になるとは、全くもって笑えない。

 

笑えないが、まだ終わりじゃ無い。

普通の人間だったら、アイツのようにお陀仏だが、この身体ならまだ耐えられる。

 

この夥しいモース毒を消し切ってしまえばまだどうにか回復できる。

 

だがそこらの妖精じゃ全く足りない。

何匹かに触れてモース毒を移してやったが

 

この体から出ていく容量が足りなさすぎる。

かと言って数を消化してしまうと見つかってしまう。

 

だから活きの良い奴が必要だった。

 

並大抵の体じゃない、活きの良い獲物。

 

思い浮かぶ相手など1人しかいない。

 

ニヤリと、笑みが漏れてしまう。

 

趣味と実益を兼ねると思うと、やる気が出るものだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

城にさえ入ってしまえば見つけるのは容易だった。

 

 

牙の氏族の見張り番が2匹。

女王騎士ではない時点で、モルガンでは無い。

中にいるであろうムリアンと目的の人物に悟られないよう、見張りの2人を静かに殺す。

 

流石は牙の氏族最強の肉体だ。

撫でるだけで、2匹の妖精の上半身が吹き飛んだ。

 

今や砕かれているが、蝋で固められた後がある。

 

モルガンなりの気遣い。

大半の妖精は気付けもしないだろうが中の奴を守るためだというのは明白だ。

 

今頃は利用されているであろう女王の娘を頭によぎらせながら、ドアの様子を伺う。

 

自分とて魔女の末裔。

 

中の様子をある程度魔術で感知する事は可能だ。

 

中には2人。

 

妖精らしい覚えのある魔力持ちが1匹と、魔術回路などカケラもない。魔力も何もない人間が1人。

 

確信を得た事でニヤリと笑いが溢れる。

 

グロスターであったならばどうにもならなかったが、ここはキャメロット。

大人しく引きこもっておけば良かったのになと、内心でほくそ笑む。

 

グロスターの領主、ムリアン。

こちらを見て嫌悪感を露わにしていたのは、覚えている。

これと言って気にしてもいないしわざわざ殺しに行くほどの理由は無いが、

まあ邪魔ならば殺す理由には十分である。

 

 

あえて爪ではなく、剣にしたのは遊び心だ。

どうせなら、体いっぱいに溜まったモース毒の全てを彼に浴びせようと考えたから。

 

迂闊にも扉へ寄ってくる巨大な魔力を感知しながらその剣を扉越しに突き刺した。

 

 

 

 

手応えはあった。

 

 

剣を引き抜く。

しっかりと、その刀身は血に塗れていた。

 

 

開け放てば横たわる(ムリアン)が1匹。

 

そして部屋のベッドの脇には無様に這いつくばっている件の男がいた。

 

成る程、例の狂言回しはそこそこ仕事を果たしたらしい。

見ただけで分かるほどに衰弱している。

立ち上がるのすら困難な身体。

 

その割に、怒りをもって睨みつける眼光は並の人間なら身震いすらする程だ。

 

 

生の人間というのはやはり良いモノだ。

 

心の底からの怒りを示すあの男の目の前で、大事なモノを壊してやったら相当に気分が良いだろうが、まあ遊ぶ時間は無い。

 

自分の身体もそこそこ限界が来ている。

 

だからとっとと仕事を済ましてしまおう。

 

この先デートが待っているのだから。

 

体調は万全にしなければならない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「見てくれよ旦那。やらかしちまってスーツが汚れちまったよ」

 

両手を広げ、その体を見せつける。

ウッドワスと瓜二つの姿を持つベリル・ガット。

 

確かに以前拷問を受けた時よりも、体はボロボロ。

よく見れば黒いモヤなようなものが漂っている。

 

 

「モルガンに内緒で人間にモース毒を移す実験をしていたんだがな……? カルデアの連中にけしかけたらむしろ俺がその毒を受けちまった。全くマヌケだよな?」

 

モース人間。

トールは、ニューダーリントンのあのモヤ人間を思い出す。

 

トールの心は怒りに染まっていた。

それはベリルに対してのものでもあるし、彼女を巻き込んでしまった自分自身に対するものでもある。

 

怒りのままに()()()()()()()()()()()()()、全力でベリルを睨みつける。

 

そんな中、トールが漏らしたのは嘲笑だった。

 

「……ハッ、本当マヌケだよ。そのままカルデアの連中を皆殺しにしてくれればお互いに満遍なくやりあえたのにな……」

 

死に体とは思えないトールの軽口に、ベリルの笑みはさらに深くなる。

 

「ああ、本当にな。お互い共通の敵を持ってるってのに、肩を並べられないのは残念なもんだ」

 

肩をすくめて見せるベリルの態度は、モース毒を浴びているとは思えない程に余裕だった。

 

「俺とお前が肩を並べる? 思っても無いような事を言うなよ。そういうシュミじゃ無いだろ?」

 

「……ああ、アンタは確かにお気に入りだがそういう意味じゃ無いのは確かだ」

 

「……」

 

「なんだ、そろそろ軽口も尽きちまったか?」

 

「――いや、流石にな。こんな身体でイキっても格好悪いって思っただけだ……」

 

「なんだ。期待してたよりもつまらないぜ旦那」

 

言いながらゆっくりとトールに近づいて行く。

 

「小粋なトークも尽きたんなら、これ以上引き伸ばす意味も無いな……」

 

酷くつまらなさそうな声色に変わったと思えば。

這いつくばり、睨め付けるしか無いトールにゆっくりと迫って行く。その腕が届く間合いへと。

 

もうトールに出来ることはない。

奇策はない。兵器のようなものもない。

 

だが、トールは目を逸らさない。

むしろここに来てその眼光がより鋭くなり、闘気は極限まで上がっていく。

 

やってみろと。

遠慮でも、油断でもしようものなら命すら消費して殺してやると睨みつける。

 

その眼力は本物だ。牙の妖精になったからこその本能でその危険性を感じ取る。

見るからに死に体だが、えも言えぬ危険性を感じ取る。

虚勢とは思えぬ迫力に油断はできない。

 

だからこそベリルは力を込めた。

 

腕の先。

肉など簡単に削ぎ落とし、容易く貫くことができるその手を貫手の形に変えてさらに殺意を高めて行く。

 

モース毒を移すだけならば触れるだけで充分な所を今度は腹ではなく胸を突き刺してやろうと腕を構える。

 

その刺突を必殺のものとする為、力を込め、魔力を込め、関節を活かし体全体のバネを用いる。

 

正に必殺。

 

余波でさえその肉体を破壊しかねない程の刺突。そこにモース毒まで加わればどうしようもない。

 

動かない相手であれば尚更だ。

 

その必殺の刺突は確かに、ベリルの意思でもって確実に繰り出され――

 

 

 

 

――貫いたのは、ベリル自身の胸だった。

 

 

 

 

「ガ――ッ? ア……?」

 

 

 

気づいた時には遅かった。

刺突を繰り出したその瞬間、トールを守るように光の輪が現れた。

 

ソレは全てを防ぐ盾ではなく、空間を貫き全てを通す次元の穴。

 

見覚えの無い黒い獣の後ろ姿を見た時には全てが遅い。

ベリルには見覚えはなくとも理解はできる。自分の背中だ。

 

いかな牙の氏族最強の体とて、全力で繰り出した攻撃を押し留めるには脳の伝達速度は遅すぎる。

 

目の前には自分自身で貫いた背中。

胸元を見ればその腕の先が生えていた。

 

ソレはどこからどう見ても、次元を繋ぎ空間を繋ぐ超技術。

ベリルの記憶にあるもので言えば一致するのはモルガンの水鏡だ。

 

「バ、ん……ダ」

 

声にならない声を出す。

混乱の中、状況を整理している間に、その光の輪が小さくなっていきその輪が閉じて行く。

ソレは、言うなれば次元切断。

 

その輪を通ったままの腕が閉じていく光の輪に合わせて切断される。

更なる追い打ち。

 

切断された事によって、腕を引き抜くことも叶わず。

腕を失ったことにより体の重心がずれ、姿勢を保つ事もできず。

 

モース毒によって弱りきった体はその場で倒れ伏す。

 

仰向けに倒れていくベリルが視界に捕らえたのは、こちらを一切気にすることなく、無様にも匍匐前進で進んでいくトールだ。

 

今の現象に一切の疑問を持っていないように見えるあたり、彼の知る現象なのだろう。

 

その前進先はムリアンだ。

先ほど見た時は仰向けに倒れていたが、いつの間にかうつ伏せになっていて。

2つの輪が繋がった指輪をつけた手をこちらに向けていた。

 

先ほどの現象は彼女によるものだと理解する。

剣による傷もあるだろうに。

ソレでも動こうとしたのはやはり彼への――

 

 

――こいつも、女に守られるクチか

 

 

思い浮かんだのはその程度の感想だった。

 

牙の氏族最強の腕をその身で受けたのだ。

モース毒に侵された体では、もはや動くこともできず。

 

男はひたすらに這いつくばりながら進んでいて、そんな男が辿り着くのを願っているように、女は男を見つめている。

完全な2人の世界。

こちらを一切気にした様子は無い。

 

 

――ツれないじゃないか

 

 

悪くはなかった。

彼との薄っぺらい会話劇は。

 

お互いに何の意味もない会話。

お互いの真意を図るためのものではなく。

本当に意味のない会話。

 

そして拷問時の短くも楽しかったやり取り。

 

それだけでも分かることもある。

 

あの男の命への執着。

それは、自分の命では無く他人の命。

 

愛した者達の命。

 

世界であれ、神であれ、人間なんて当然。命なんていずれ無くなっちまうってのに。

 

そんなものに縋って、みっともなく駆けずり回って。

クソダサいったりゃありゃしない。

 

そういう奴はロクな死に方しないってのに。ここまで来ても生き残っちまって。

 

神様に、運命にさえ文句を垂れて。

 

それを変えるどころか運命ごと踏み潰そうと足掻き回って。

 

そんな愛の為に戦う戦士みたいな成して、知り合い以外の命には無頓着。

 

エゴだらけのクソ野郎。

 

 

 

――よく言うだろ? 儚いからこそ美しいってさ。

 

 

 

元々滅ぶ予定だった憐れな世界。汎人類史とのイデオロギーをかけて戦えるほど立派な世界ではない。

人理を賭けて戦うどころか。逆に気を使われて滅びる前にせめて救ってやる。

なんて偽善にもなりゃしないクソみたいな善意を向けられるほどに無様な世界だ。

 

 

この世界は奴らの物語を彩るスパイス程度の役割しかない。

 

 

――それをまあ必死こいちまって。

 

 

 

――なんだか笑えてきちまったな

 

 

もう間も無く命は尽きると言うのに、これだけ思考しながらもまだムリアンの元にたどり着けないほど衰弱し、這いつくばっている姿が本当に滑稽で笑えてしまった。

 

 

動ける余裕は無い。

どんどんと意識が薄まっていくのを感じ取る。

 

カルデアの時も、モルガンが世界を書き換えた時も、死ぬ瞬間というものを意識することは無かった。

 

薄れていく意識の中。

痛みとかゆみに苛まれる中。

これが死かと、他人事のように思いながら。

 

ベリル・ガットは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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マイティ――

前話ですが修正前のものを投降してしまったのでほんの最期の方だけですがそちら修正しておりまして。
その修正後のお話を元にしております。



「ムリアン! 大丈夫か!?」

 

横向きに倒れているムリアンに声を掛ける。

 

ベリルとの会話中。

目の端で彼女がスリングリングを取り付けたのが見えていた。

彼女の企みを察知した。

こちらに注意を引くために、殺気から会話から目線から。何から何まで利用した。

 

目論見通り、ゲートウェイによる次元をつなげる空間がベリルの攻撃を自滅に誘いこませてくれた。

 

死亡確認などどうでも良かった。

 

ベリルが倒れたことなど眼もくれず。また倒れこんでしまった彼女の元へ這いつくばっていく。

 

 

「しっかりしてくれ! ムリアン!?」

 

 

彼女へと触れる位置にどうにか辿り着き、力を込めて上半身を上げ、彼女の首の後ろに手を回す。

力が入っていない。体温と息は感じるが、目を開けていない。

 

トールの脳裏に死という言葉が浮かんでしまう。

 

「ごめん」

 

自分の迂闊な行動が無ければ、そもそもここに来る事も無かった。

 

「ごめん……っ!」

 

もっと言えば。ウッドワスの復讐を考えなければこんな事にはならなかった。

 

様々な要因を引きずりながら謝罪の言葉を繰り返す。

 

何度も声を掛けているうちにやがて、苦しげに息を吐きながら、ムリアンが目を開いた。

 

「だいじょうぶ、ですよ。ロットさん?」

 

目を開けたムリアンは、目の前にあるトールの顔を確認すると、笑顔を向ける。

 

「ああ。良かった! よかった! むりあん……!」

 

「……本当貴方は、あの時よりもずっと泣き虫になってしまって」

 

震えた声を出すトールの頬にムリアンは手を当て、親指で目尻を擦る。

 

――虫同士でお揃いです。

 

それは、トールに無事である事を告げる為の一つのジョーク。

 

「いいから、喋らなくて良いから……!」

 

そんな軽口もトールの心配を拭うには至らない。

 

そんなトールに、構うことなくムリアンは言葉を続ける。

 

「ごめん、なさい……ロットさん。本当は貴方をグロスターに誘拐しようと思ってました……」

 

「そんな……」

 

「これはその罰なんです」

 

「そんなの……」

 

「ごめんなさい。ロットさん……」

 

息も絶え絶えに、謝罪するムリアンに

 

「そんなの、気にしなくて良い。俺の為にやってくれた事なんだから」

 

トールは涙を流したまま、笑顔を向ける。

謝罪ばかりではいけないと教えてくれたのは誰だったのか。

今の彼女の為になる言葉はなんだろうかと。

精一杯考え。

 

「ありがとうムリアン」

 

出てきたのは感謝の言葉だった。

 

「ええ、ありがとうございます。ロットさん」

 

トールの感謝に笑顔を返すムリアン。

その笑顔は、妖精國にはほぼ存在しない花のようでな笑顔であり。

こんな時でも見惚れさせられるような笑顔だった。

 

 

 

 

「これを――」

 

そう言ってムリアンが渡したのは首飾り。

 

「これ……」

 

「あなたの事について女王陛下と少しお話したんです」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

『元から貴方の信用など必要ありません。私こそ貴方を信用していないのですから。兎に角彼は私が預かります女王陛下』

 

『私の許可なくこのキャメロットに入れると思うのか? グロスターを出ればお前など無力な翅虫でしか無いというのに』

 

『別にあなたの許可なんて必要ありません。今この瞬間も、彼の元に行くことが出来ますから』

 

『その指輪――』

 

『ええ、彼にいただいたものです。貴方の水鏡のように次元を繫ぐことができる術も習得済みです。おや、まさか貴方はもらっていないのですか?』

 

『——その術の事は既に聞いている。水鏡がある私には不要なものだ』

 

『あらそうですか。貰わなかったのですね。成程』

 

『何が言いたい?』

 

『いいえ、他意はありません。 まあ良いでしょう。貴方に声をかけたのは、()()()さんがかつてあなたの夫になる”予定”だった義理からというだけですので、こちらで勝手に運んでおきます』

 

『——やってみろムリアン。その魔術の理論はある程度は把握している。すでに()()()の部屋の空間は対魔術防御によって歪ませている。熟練の術者ならば兎も角、貴様に次元の穴をあける事ができるか?』

 

『——ッ! ええ、直接は出来ないようですが、やりようはいくらでもあります! 必ずロットさんは私が預かりますから』

 

『――貴様がトールを連れていく前に直接貴様をすり潰しても良いのだぞ?』

 

『そんな事をすればロットさんに嫌われますよ?』

 

『安心するが良い。トールには貴様はこの戦争の折、無様にモース辺りに殺されたと伝えておく』

 

『——ッ! 大体貴方、何故ロットさんを閉じ込めておくんです!? ロットさんの傷を治した様子もないですし! このまま寝たきりにして飾りにでもする気ですか!?』

 

『トールは魔術の効きが弱い特殊な身体だ。肉体の自然回復に頼るしかない。トール自身の体に宿る雷があるならば別だがな。そんなことも知らないのか?』

 

『ええ! 貴方のようにロットさんに散々怪我をさせる経験が無いものですから! 昔から乱暴でしたが、今はガサツさも加わってますね!』

 

『貴様――』

 

『…………ッ!!』

 

『————ッ!!』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「彼女と色々と()()()()をしたんです。その時にあなたの話に」

 

「まさか……」

 

「陛下があなた自身の雷なら傷が治るというような事を漏らしておりましたので」

 

ムリアンは、笑顔を保ったままその宝石を握る。

 

それはかつてムリアンの為にトネリコが作った首飾りにロットが力を込めた物。

言うなれば防犯装置。

 

ムリアンは、この首飾りをロットの形見として取っておいていた。

それは女王歴へと暦が変わり、存在が変質しても尚変わらず。

 

出現した時から握っていたそれが何かはムリアン自身わかっていなかった。

どういった効果があるかは理解していたが、心の奥底に使ってはならないという思いがあった。

それによる拒否感は、牙の氏族の虐殺にあって、最期まで使わせることは無かった。

 

 

トールの特性。

雷そのものへと変質する事のできるトールの肉体は、雷を自由に操るだけでなく、その雷を肉体に変換してありとあらゆる傷を治す事ができる。

 

だが、世界が変われば雷の種類も変わる。とある世界では世界による電気エネルギーの違いを味が違うと表現した男もいるが。

 

その中でもトールを構成する雷はかなり特殊な物。

自由に操れる電気エネルギーも世界によって制限が違ってくる。

 

元々他世界の電気エネルギーでも回復可能だったその身体も、幾重もの世界移動によって変質していき、一瞬で傷を治すようなレベルの電気エネルギーはこの妖精國には存在しなかった。

 

だが、このムリアンの御守りから放出された電気エネルギーは元々トールの内部に貯まっていた物だ。

 

彼女が握ったと同時にプラズマがその首飾りが放出される。

 

その電気エネルギーがトールの身体へと返還されていく。

 

それと同時にトールの傷は消えていき体に熱が籠っていく。

かつての力を取り戻せる程では無い。

 

だが、その雷は確かにトールに活力を取り戻す。

 

 

「ああ、良かった……」

 

 

眼に見えて血色が良くなっていくトールを見て、ムリアンは安堵の息を吐く。

 

「ムリアン?」

 

息を吐きながら。瞼をゆっくりと落とすムリアン。

いきなりだった。

あまりにもあっさりだった。

その突然の流れにトールは戸惑いながら声をかける。

 

 

「おい、ムリアン? おい! 待ってくれ! まだ俺は君に礼も言ってないのに……!」

 

 

いきなりすぎる。

身体はまだ暖かいが、息は抱えているこの距離でもわからない程に小さい。

 

頬を撫でる。

 

「ムリアン」

 

身体を揺らす。

 

「ムリアン!」

 

頬を叩く。

 

「寝ちゃだめだ! ムリアン!」

 

――その時だった。

 

ムリアンの眼が、パチリと開いた。

 

「ムリアン、良か――」

 

「もう、いいから眠らせてください!」

 

「……え?」

 

眼を開け、そう大きな声を出すムリアンは先ほどの弱弱しい状態とは一転していた。

 

「いや、でもこんなに弱ってるのに、今寝たらこのまま――」

 

「物語じゃないんですから、あんなお決まりの死に方。本当にあるわけないでしょう」

 

あたふたと言い訳するトールの口に指をあて静かにするよう促すと、ムリアンは自身の腹部に手を当てた。

 

途端、光が灯る。すると、服の下から溢れていた血が止まる。

 

 

「ほら、これで大丈夫。これでも私は上級妖精ですよ?。自分の傷程度なら治せます……」

 

そんなムリアンの言葉に安堵の息を吐きながらも。

弱々しいままのムリアンに、心配する様子を見せる。

 

「でも。まだ全然力が入ってない……」

 

「少し血を流しすぎただけですよ。少し休んだら立ち上がれますから。さっきの貴方よりずっとマシです」

 

言いながらムリアンは呼吸を整え、トールの眠っていたベッドに指を向ける。

 

「ちょうど良いベッドもありますし、運んでくださいますか?」

 

「あ、ああ……」

 

軽口のムリアンに安心したトールは彼女をベッドまで運び、彼女を寝かせる。

 

「本当に大丈夫か?」

 

「ええ、ふふ、貴方の匂いがしますね」

 

「——ッ やめてくれ。俺そういう冗談は言う側のテクニックしか習っていないんだ」

 

「ハ? テクニック? なんですかそれ? どこで誰に教わって誰に使ったんですか? 大問題ですよ?」

 

突然に負のオーラを出すムリアンに狼狽するトール。

 

「……い、いや嘘、冗談」

 

「……まあ良いでしょう」

 

オーラは消え、先ほどまでのムリアンに戻る。

 

「行ってください。くやしいですが、貴方の予感が本当なら、ここにいてはいけません、貴方は貴方のやるべき事をしてください――」

 

それは、ムリアンからの激励の言葉。

 

「安心してください……少し眠ったら、貴方の所に向かいますから……寝ている内にブリテンが滅んでいた。なんて嫌ですから」

 

「……ああ」

 

「頼みましたよ……ロット、さん……もし、ブリテンの滅びを回避……出来、たら、その時……は……」

 

言い切ることも無く、彼女は眼を瞑ってしまった。

 

彼女の頬に手を当てる。暖かい。

呼吸も落ち着いている。

 

本当に平気らしい。

 

できるだけ静かに休んで欲しい。

 

そう願いながら、彼女に毛布を掛け、安静を願いながら頭を撫でる。

 

ここも安全では無いだろうが、無理やり一緒に連れて行くよりかはマシだろう。

 

後はそう、必要なのは――

 

 

――騒音対策だけだ。

 

 

ベッド脇のサイドテーブル。

()()()()()()()()

 

そこそこ頑丈なそれをあっさりと貫通したと思えば、トールはそれに腕を刺したまま持ち上げ、それを真後ろに向かって思い切り振り切った。

 

 

「Ga――ッ!」

 

 

響いたのは、家具が砕ける音と、苦し気な呻き声だった。

 

 

サイドテーブルは轟音を上げながらトールに襲い掛かろうとしていた黒い狼に直撃し、トールの手から離れたそれと一緒に開け放たれたドアの向こう側へと吹き飛んでいく。

 

黒い狼は部屋から追い出され、廊下を数度バウンドした後、数メートル程地面に引きずられていった。

 

トールは音を経てないようにゆっくりと部屋を後にし、その扉を閉じる。

 

長い城の廊下に出たところで、視線の先には吹き飛んでいった黒い狼。ベリル・ガット。

 

「Fuuuuuu——Huuuuuuuuu——」

 

片膝を付き、もはや人間の面影もなく獣特有の息を吐きながらゆっくりと立ち上がろうとするベリル。

あの状態で生きている事が不思議だったが、悪影響はあったようだ。まだ正気というわけでもないらしい。

 

トールはその隙をつくように、彼に掌を向け力を込める。

 

 

「まだ調子は出ないか……」

 

 

そう都合よく事は運ばないらしい。

右手を横に掲げる。

 

「……これもダメ」

 

独りごちる。

そもそも死にかけだったのだ。

立ち上がって動けるようになっただけでも儲けもの。

 

足元にある剣を拾いあげた。

 

ベリルを見る。

ゲートウェイによって貫かれた胸の穴は塞がれており、切断された腕は元に戻っている。

かと思えば、その場で腕が腐り落ち、また再生していく。

 

モースによる毒は更に進行しているらしい。

それでも死なないのはウッドワスから奪った肉体故か。

今の手持ちの武器や力ではあの再生力を前に意味はないだろう。

逃げれば部屋にいるムリアンに手を出されるかもしれない。

 

 

取れる選択肢は少ない。

 

奴の再生の限界が来るのを待つか。

 

どうにかして奴を叩きのめすか。

 

 

どちらも行動自体は変わらない。

 

戦うのみである。

 

 

「Fuuuuuu——Guaaaaaaaa——っ!!!」

 

 

獣そのものの咆哮を上げながら、四足歩行で突進してくる狼。

その四肢を生かすわけでもなく、喰い殺そうとその口を開く。

 

トールにとって、目の前の敵は触れる事すら許されない相手。

状況的には圧倒的不利ではあるが、当然ながらそんな単調な攻撃を喰らうはずも無い。

 

最低限の動きで身体を横にずらし、すれ違いざまに手元の剣で横から顔面を切りつけた。

 

トールは本来剣士では無い。

 

だが、こと戦いにおいてトールの生まれた異世界の者達はこの世界においても類を見ない程の超人達だ。

闘いに対する根本的なセンスからして一線を画すものである。

加えて不死身の怪物達と10年間全く休むことなく戦い続け、異世界に渡り様々な戦闘を経験し、果てはアスガルド人として様々な異星人との戦争を経験したトールの技術はあくまで彼の中で不慣れというだけで、この妖精國どころか汎人類史含め様々な英霊や剣士をかき集めても見劣りしないどころでは無い程の技術を持っている。

 

 

だが、それも彼の身体が万全であった場合のみである。

 

 

ベリルの頭部上面を切り落とすはずその剣は、折れるどころか砕け散った。

剣閃の圧力による衝撃は伝わったようで、こん棒で殴りつけたような鈍い音が響き渡るが、傷すらつくことも無い。

結果的に剣による衝撃がベリルの突進力と混ざり合い、新たな運動エネルギーへと変換され、ベリル自身をもんどり打たせる。

 

衝撃によってそれたベリルの顔面は、一度身体ごと床に激突し、大きくバウンドする。

先ほどのようにそのまま身体が投げ出されること無く、空中で反転。ベリルは見事に着地してみせた。

 

あるいは剣が、概念武装や宝具の類であればこれで終わったであろうその一閃も、殆どダメージを与えることなく終わってしまった。

 

「……フゥ、ダメか」

 

ムリアンの御守りによって回復はしたものの全快では無く。

トールにとってはなんて事の無い動きでも息を乱す程度の疲れは見せてしまっていた。

 

 

「Haaaa——……アーあ」

 

 

ベリルの獣のような呼吸が一転。人間のそれに変化していく。

頭を押さえながらフルフルと何度か横に振るその動作は、眠気を覚まそうとする人間のそれだった。

 

 

「感謝するぜ旦那。頭に呪いが回ってきやがってたが、さっきの一撃が気付けになった」

 

意識を取り戻したのか。ベリルはにやりと口角を上げる。

 

「全く。まさかあんな隠し玉があるとはなぁ。わかっちゃいたが妖精ってのはとんでもないな」

 

ゲートウェイをムリアンの妖精による能力と勘違いしているようだが、訂正する気にはならなかった。

 

「感謝してくれてるなら、ここからとっとと去ってどっかで野垂れ死んでいて欲しいんだけど……」

 

お互いに息は粗い。

 

「そういう分けにはいかないな。俺には生きる理由がある。花嫁を迎えにいかなくちゃならないんだよ旦那」

 

「ならいちいち野郎に身体を擦り付けようとしてないで、とっとと花嫁の所に行けよ」

 

「そうはいかないだろ? 身だしなみは整えていかなきゃな」

 

軽口は止まらない。

 

「ここまで拗れたんだ。こうなったら最後まで付き合ってもらうぜ旦那?」

 

ベリルがトールに飛びかかろうと腰を落とす。

対するトールは足を少し広げるだけの自然体。

これが互いの戦闘態勢。

 

 

「あんまり男に迫られる趣味はないんだけどな……」

 

それが闘いの合図。

 

互いに全く万全ではない状態で。

しかし不意打ちでもない。邪魔者もいない。

 

カルデアという同じ敵を持つはずの二人の、最期の闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り登録、評価などなど本当にありがとうございます。
誤字報告も本当に感謝しております。

ご意見、ご感想等もぜひぜひよろしくお願い致します。











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ベリル・ガット②

この章もだいぶ佳境です。
あと数話。

お気に入り登録ありがとうございます。
評価、感想ありがとうございます。

感想ご意見お待ちしております。


右腕の爪を上体を反らす事で避けられる。

 

余波すら計算した神業といっても差し支えない回避だった。

 

突進を跳躍して避けられる。

 

着地を狙おうと上を向くが跳躍のエネルギーを活かしてしばし天井に張り付いたと思えば天井を蹴り、壁を蹴り、後方に逃げられる。

動きが英霊だとかそういうまっとうな存在のそれではない。

暗殺を主体とした誇りも何もない戦闘を生業とする者の動きだった。

 

それを追おうと振り向けば、その振り向く動作よりも早く正面に回り込まれ、背後からの一撃。城の廊下に飾ってある調度品を叩きつけられた。

 

ダメージは無い。ダメージは無いが仮に今の攻撃が壺の類では無く、宝具のような類の物であれば……

 

汎人類史の強靭な魔術師や裏世界の殺し屋たちはもちろんの事。

いくつか巡って来た異聞帯の怪物達や自身の知るサーヴァントと比べても、脅威としか言えないそれに舌を巻く。

 

モースの呪いによって本来のウッドワスのような身体能力に比べれば目も当てられない程に弱体化しているが、あちらも万全ではない。

 

 

「とんだ化け物じゃないか旦那! 山育ちだってこうはいかないぜ!!」

 

 

ベリル・ガットはその事実に正直な感想を口にする。

 

「お前、素人か? 戦う時は普通そんなに喋らない」

 

対する彼は思いのほか冷ややかだった。

 

 

「そういう旦那はプロだってかい?」

 

「普通は喋らないって――言っただ……ろっ!」

 

 

壺を投げつけられる。

意味など全くないがその速度と威力は、あるいはと思わせる程に力強い。

 

念の為に左腕で振り払う。

そこそこ大きい壺は、遠近法によって小さくなったトールを隠すには十分だった。

壺よって遮られた視界。

その一瞬を利用され、肉薄される。

 

あちらは触れられるだけでお終いだと言うのに、向こうから接近してくるその戦術。

大した度胸だと思いながらも何をする気かと思考する。

 

目に見えたのは橙色に光る剣だった。

 

その剣。

見るからに細かい装飾が施されているが、よく見れば。その剣は大部分が透けている。

 

細かい装飾はまるで魔法陣。

魔法陣がそのまま剣の形に変わっているような造形。

 

これまでのそこらの調度品と一緒にするわけにはいかない。

 

下から振り上げられ、顎から頭頂部にかけて切り裂こうとするソレを上体を反らして回避する。

 

そのまま上体反らしの勢いを殺さずに同時に後方へ跳躍。

バク宙の用量で跳び間合いを離す。

 

 

トールを見れば、これまでの自然体とは違う構えになっていた。

 

足を開き、少しばかり腰を落とし。

こちらに対して斜めに構える。

 

功夫映画なんかにありがちな構え。

 

 

変わったのは構えだけでは無い。

その手に橙色の魔法陣が出現している。

 

「結構良い感じの不意打ちだと思ったんだけどな……」

 

1人ゴチるトール。

 

「なんだよ旦那! お前さん魔術師だったのか!」

 

新たな情報にベリルは笑う。

 

「別に魔術師じゃないとも言ってないだろ?」

 

「違いない! 違いないが――」

 

ベリルはその魔術らしき何かを観察する。

確かに魔法陣と言う点から魔術だとは思ったものの。

一切の魔力を感じない。

 

隠匿するのが魔術師の常識ではあるが、にしても露骨な魔法陣を出すのだから魔力まで隠匿するのは意味がない。

 

 

「本当に魔術か?ソレ――」

 

 

魔術を使った時の魔力も、それ以外の魔術の匂いのようなものも一切感じない。

妖精の身体を得て、神秘にはかなり敏感になっているはずの感覚をして、あの魔術に違和感しか感じない。

 

 

トールはその魔法陣を剣に変化させる。

 

 

「なんだよ。納得がいかないんだったら魔法って言い方でも良いぞ」

 

「おいおい、魔術師がそう簡単に魔法なんて言っちゃまずいだろう?」

 

魔術と魔法は、同じようでいて全くもって異なるものだ。

魔術師たちの最終目標でありながらその殆どが絶対に届かないと自覚している遥か彼方の到達点。

神の力と言っても差し支えないモノ。

 

それが魔法。

 

「何言ってんだ?」

 

だと言うのに。

 

「魔術師が魔法使いかなんて帽子があるかないかじゃないのか?」

 

「ハ?」

 

「魔法使いってのは、とんがり帽子を被った魔術師の事だろ?」

 

事もなげに言ってのけた。

聞けばわかるものだが目の前の男は本気で言っている。

 

「ク――」

 

思わず声が漏れる。

 

「ククク、アッハハハハ!」

 

「笑うところじゃなかったぞ今の……」

 

本当に、つくづく面白い。

笑いすぎて腕が腐り落ちてしまった。

 

再び腕を生やす。

 

闘いは新たなステージへ突入する。

 

魔法剣によって迂闊な動きは出来なくなったが、あれには再生不能にする効果は無いらしい。

トールの方が体術から何から上手だが、切られた側から再生する上、やはり触れるだけで勝つというのは圧倒的優位に変わりない。

ベリルは未だ余裕ではある。

 

大立ち回りを演じながらベリルは思考する。

わざわざ呪いの受け入れ先にこの男を選んだ理由だ。

確かに合理的ではあった。

 

だが、結局そこらの有象無象の妖精どもに呪いを浴びせまくった方がマシだったのでは無いかとも思ったのだ。

 

だがその時は一切その可能性を視野に入れていなかった。

 

生きているかも分からないこの男に会うことを優先してしまった。

 

何故か?

 

たしかにこの男との会話は悪く無かった。

 

悪くなかったと思うこと自体、稀だと言うのに。

 

この男の目を見る。態度を思い出す。

 

 

――そこらの奴らみたいに俺を見て嫌悪するわけでもねぇ。

 

キリシュタリアのように、上位者目線で受け入れつつおおらかな心で接してくるわけでもねぇ。

 

良くできた正義の味方気取りの後輩でさえこっちを嫌悪した目で見てくるってのに。

 

確かにこいつは俺の事をクソ野郎だとは思ってる。

 

なんたって腹に大穴開けて、今も呪いを移して殺そうとしてるんだ。そりゃ当然だよな。

 

まあ、最初にぶん殴ってきたのはあいつだけどよ。

 

だが、それはこいつにとって不利益な行動をしたからであって、俺そのものの本質に嫌悪してるわけじゃない。

 

目を見りゃわかる。

 

殺人鬼の俺をそこらの人間や、なんだったら善意の塊みたいな後輩に対するものと変わらない目で見てきやがる。

 

そんな目は初めてだった。

 

吸い込まれそうな暗い目だ。

それこそブラックホールってヤツみたいな。

 

綺麗な目とは言えない。

だってそれは希望に満ちた眼じゃない。

 

見るもの全てが綺麗だって思ってる眼じゃない。

 

綺麗も汚いも何も無い。

 

フラットなんだ。

 

善人も悪人も人間も妖精も一緒くた。

 

こんな奴は初めてだ。

 

だからそう――

 

――あの目が特別なものを映し出す時はどう輝くのかと興味を抱いたのは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

攻防は続いていく。

 

橙色の魔法陣が剣に形を変え、縄に形を変え、そのまま魔法陣は盾になる。

 

厄介な能力だ。

 

だが、互いに調子が悪いとは言え再生する身体と、触れるだけで決着がつく圧倒的優位は、その戦闘を均衡に保つ。

 

千日手。

 

トールは体力の衰えによって苦しそうだが、ベリルはひたすらに退屈になって来ていた。

 

 

「なあ、トールの旦那」

 

「……喋らないって言わなかったか?」

 

 

攻防を繰り返しながら言葉を交わす。

 

 

「良いじゃないか、お互い決定打も無い。退屈になって来たんだ」

 

「……」

 

そんな中でも二人の攻防によどみは無い。

 

「口を動かす程度でしくじるタイプでもないだろう?」

 

「……つまらなかったらその口ごと切り落とすけどな」

 

「いいねぇ、そうでなくっちゃな!」

 

「……」

 

「いやな、こうしてお互い殺し合っちゃいるが、なんで旦那はそこまでブリテンを守ろうとしてるが気になってな?」

 

「何で? 故郷を守ろうとするのは当然だろ」

 

「にしてもだ。あんただったらわからなくはないはずだぜ?」

 

こちらの言葉を予測したのだろうか。

急に攻撃の頻度が上がってきた。

口に出すなと、言っている気がした。

 

「だってもうこの世界。どう足掻いても滅ぶだろ」

 

「――ッ」

 

これまでにない程の力強い剣閃だった。

右肩が切り落とされるがすぐに生えてくる。

 

「モルガンの統治は普通に考えたら褒められたもんじゃない。だが、アンタはソレを肯定してる。狂言回しのおかげで後輩達は気付いてないが、アンタは妖精って奴をわかってる。国なんて作れる奴らじゃないってわかってる。あの悪政でしか維持できない社会だってわかってるからモルガンの圧政を肯定してるんだろ?」

 

「――別に、女王様が美人ってのも理由の一つだよ」

 

「ハッ 違いないが、ごまかすにゃあ少し弱いぜ旦那!」

 

「いずれ滅ぶも何も別に。いつだって星って奴は1秒後に滅ぶ可能性を秘めてるもんだ。今この瞬間に星を吹っ飛ばす爆弾を間違えて落っことすおしゃべりアライグマがいないとも限らない」

 

「おいおい、急に饒舌になるなよ。図星だってのがごまかせてないぜ旦那?」

 

「……」

 

「それにアンタ。この世界の出身って訳じゃないんだろ? 汎人類史側の人間だ。チェンジリングで来ちまったようだが、常識ってやつを分かってないわけでもない。そんなアンタがなんでこんな終わった世界を必死こいて守ろうとするんだ?」

 

爪と剣が弾け合う。

その衝撃を利用してお互いに間合いを離す。

 

トールの動きが止まる。

ベリルは口を開いた瞬間から待ちの戦術だ。

トールが動かない限り、動くことはない。

しばしの沈黙。

 

「お前は?」

 

口を開いたのはトールだ。

 

「あ?」

 

「話しかけたのはお前からだろ? 何でお前はこうして俺と戦ってる?先にお前から話すのが礼儀じゃないか?」

 

「なるほど! 違いない!」

 

「短めにな……」

 

「ああ、努力するさ」

 

――そうだなぁ、俺がお前さんを殺す理由って言うと、やっぱり愛のためになるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を疑うほどの、不細工な生き物を見た。

 

 

 

 

人間社会に馴染めるはずもなかった。

 

何せ、生まれからして歪だったのだ。

元々歪な社会である魔術社会からも敬遠される程に歪。

そもそもとして魔女である母は人間ではない。

 

――ってまあそこのところは割愛だな。とりあえず俺はまともにゃ育つはずもなかったのさ。

 

 

殺しが趣味になっていた。

殺しが生きがいだった。

 

その行為が唯一退屈を紛らわす何かだった。

 

ほんの少しの生きている実感だった。

 

だが結局、そう言ったものが許されるはずの裏社会においても居場所は無くなっていた。

 

だがそれに絶望しているわけでもない。

居場所がなくなったら移れば良いだけ。

 

魔女に育てられた森、殺しを生業にして生きた裏社会。

 

3つ目が南極のカルデアだ。

 

 

――そこで出会ったのが、俺にとっての花嫁さ。

 

 

綺麗な瞳だった。

 

その美しさを形容するのであれば、星というのが最適だった。

 

美しいと思った。

 

愛らしいと思った。

 

愛おしいと思った。

 

この世の何よりも大切でたまらない。

 

まさに生きる希望だった。

 

生きる理由だった。

 

だって、一度死んで楽になれると思ったのに、彼女がいるからこそくそ面倒な生き返るなんていう選択肢を選んだのだから。

 

だから邪魔者を排除して、2人きりになって。

 

あいつの苦しむ顔を見たいんだ。

 

あいつの苦しむ声を聞きたいんだ。

 

悲鳴だけじゃ無い。あいつの体そのものから鳴り響く音を感じたいんだ。

 

 

「だが……ソレだったら、俺個人を狙う理由にはならないだろ?」

 

「いや、関係はあるのさ」

 

「なんで、あいつらを殺すつもりなのは俺だけじゃない。そんなの他の奴らだって同じだろう?」

 

「それがそうでも無いのさ」

 

知ってるか?

 

どいつもこいつもあいつらを前にすると妙な手加減をしちまうんだ。

 

今回で言えばバーゲストなんかがそうだよな。

後輩が少し気合い入れて名乗っただけで。

いい返事だ。

とか言って敵対関係なのに褒め出すんだぜ? 

 

風でそのやりとりを聞いた時はとんだ間抜けがいたもんだと笑っちまったよ。

 

そうそう俺の仕事仲間。

キリシュタリアって奴はとんでもない奴だった。

あいつのいた異聞帯もとんでもない世界だった。

ゼウスなんていうマジもんの神がいたんだからな。

 

だがそいつらも結局負けた。

 

実力が無いわけじゃない。

運じゃアイツは倒せないなんて誰かに言ったが。ん?誰だったっけか?

まあ忘れたってことは大したやつじゃないんだろう。

 

それは間違いって訳じゃないが。

運ありきの実力だって事を言いたいんだよ。

 

運も実力の内って言うだろ?

 

アイツらの最大の力は運なのさ。

運なんて言っちゃあ安っぽいから運命力とでも言わせてもらうか。抑止力でも良いが少し意味合いが変わってくるしな。

 

まるで運命のようにあいつらを生かそうと世界そのものが動き出す。

アイツらは世界を自分たちにとって都合よく改変する力がある。

運を実力とするならとんでもない力だよな。

 

モルガンだってその運命の奴隷みたいなもんだ。

 

現にソレらしい理由は付け足してるが結局生け捕りを命じてる。

それだけでもう敗北宣言みたいなもんだろう。

 

あいつらは存在するだけで不利益になるような奴らを蹂躙するのさ。

 

俺はずっとアイツらのブリテンの旅路を覗いてた。

どうしても誰かが死ぬって展開になっても、死んじまうのは必ず不必要な奴らだ。

 

アイツらの旅で犠牲になったのは元から死んでる魔力人形。つまりサーヴァント1匹。

 

残り全員この妖精國側の住人さ。

 

カルデアから犠牲者は誰一人出てきちゃいない。

 

死ぬのは決まって大して役に立たない奴らで、それも妖精國側の住人。

 

元々滅ぼす予定だった現地の知り合いが死んだって言うそこそこの苦痛を受けてアイツらはそれで終わりさ。

 

運命ってやつがアイツらを生かす。

正直後輩達の純粋な実力じゃモルガンの指先一つにも足りてない。

 

だがな。

 

その運命力の前じゃモルガンの圧倒的な力も役には立たない。

 

妖精國はモルガン以外の全てがアイツらについた。

 

おっと全てじゃないか、ムリアンはそっち側だったな。

まあ役には立たないと思うが。

 

訳わからないよな?

世界を滅ぼすのはアイツらの方だってのに。

 

妖精が間抜けだって事を差し引いても都合が良すぎる。

 

このままいけばモルガンは死ぬ。

下手すりゃカルデアと戦う事もなく殺される。

 

そういう風になるように俺も一役買ってるわけだしな。

 

といっても、奇跡でも起こらない限り実際にそうはならない。

 

はずなんだが、俺でさえ信じられないくらいうまいこと行っちまってるんでね。

 

だからこそ俺も安心して愛する花嫁が生き残ってくれる事を信じることが出来るのさ。

 

そういう運命なのさ。

 

 

――だがアンタは違う

 

 

アンタはどこか歪だ。

ウッドワスの霊基を取り込んだからか。

本能で感じるんだ。

 

アンタはアイツらの運命とやらとは別の流れにいる。

 

そのまま別の道を辿ってくれりゃあ良いんだが、その濁流があいつらを飲み込もうってんなら話は別さ。

 

おれがアイツを壊す前にアンタに壊されるわけにはいかない。

それだけは許せねぇ。

 

「他の誰にも傷つけさせない。俺はあいつを守ってやらないといけないんだ。その一番の障害があんたなのさ」

 

「……」

 

「なんだ? 少し引かせちまったか?」

 

 

 

 

 

 

長い語りの中。

互いの殺陣は続いていたが。

ベリルの告白の終わりと共に、一度距離が離れた。

ソレを嫌悪と受け取ったのか。

トールの行動にむしろ誇り高い事だと言わんばかりの態度のベリル。

 

大きすぎる愛というものは得てして他人には理解できないものだ。

そんな嫌悪という態度がベリルの愛の大きさを証明していると、そう思ったのだが。

 

「いや、立派な愛だと思うよ」

 

彼の口から出たのは、むしろ賛辞の声だった。

 

「なんだよ、褒めてくれるとは嬉しいぜ旦那」

 

思わぬ賛辞に、少しばかり動揺したが嬉しいのは確かだった。

 

「ああ、アンタが『ゲテモノ好きのマニアックおじさん』ってだけで、愛そのものは立派だよ。蔑む気も、馬鹿にする気も起きないな。立派な告白だった。感動したよ」

 

だがその後の言葉にベリルも思わず止まってしまう。

この際感動なんてしたように見えない舐めた態度も、その頓珍漢な愛称もどうでも良い。

だが……

 

「おい、おいおいおいおい……それはよう……」

 

「なんだよ。褒めてやったんだからもう少し喜べよ『ゲテモノ好きのマニアックおじさん』」

 

例えば、お前のような殺人鬼が愛を語るなど片腹痛いとでも言うような類なら気にならなかった。

 

お前なんかフラれるに決まっている。なんてのも許すことはできただろう。

 

だが――

 

彼女をゲテモノと評するのは、我慢がならなかった。

 

「Gaaaaaaaa――!」

 

怪物の雄たけび。怒りのままにトールに突っ込んでいく。

だが怒りのままに突っ込んでは当然隙だらけになる。

大ぶりな攻撃は容易くかわされ、両腕を切断され、さらに胴体を袈裟に斬られた。

 

「guaaaaaa――!」

 

悲鳴が上がる。

トールの動きが今までと全く違う。

これまでよりも更に強い殺意を感じ取る。

 

命の危機を感じてベリルが後退できたのは獣の本能。言っては何だが奇跡だった。

 

痛みにゆだりそうになった頭が戻っていく。

 

挑発に乗ってしまうとは。

まったく馬鹿な事をしたと頭を冷やす。

呼吸は深く。思考は冷静に。

 

「Huuuu――ああ、やっぱりモースの呪いが回ってるな。安い挑発に乗っちまった……やられたぜ旦那」

 

「お前何をした?」

 

「ハァ?」

 

小さくも確実に聞こえる声にベリルは訝しむ。

 

「何をしたって聞いてんだよクソ野郎……」

 

「何だよ、挑発してきた割にはそっちの方がカンカンじゃないか。何を聞きたいのかが分からないぜ?」

 

「モルガンが死ぬってのはどう言うことだ? お前何をやったんだ?」

 

「へぇ、そこのところがそんなに引っかかるかねぇ?」

 

「吐け」

 

「吐くも何も、アイツが死ぬのは運命だって話したろう?」

 

 

ベリルはトールのどこまでも無機質な目に光が灯るのを見た。

 

 

「やらせるか……」

 

 

彼の眼に明確な光が宿る。

 

 

「へぇ……」

 

 

どうやら今の会話に何らかのスイッチが入ったらしい。

 

 

「やらせるかって何をだ? 旦那? 質問はしっかりしないとこっちも答えられないぜ?」

 

「モルガンは絶対に殺させない」

 

 

その言葉はこれまでにないほどに熱がこもっていて。

その眼は怒りに満ちていて。

 

その態度は國を守る女王に対する感情というよりは……

 

――なるほどなぁ

 

 

「あんた、モルガンに惚れた口だったのか! あの女王サマに!?」

 

無言で切りかかってくる。

 

「クハッ! そういう事か!?そりゃアイツが死ぬのは運命だなんて言われたらキレるよなぁ!?」

 

これまでとは比べ物にならないほどの突進力。

その行動そのものが正解だった。

 

「妻がモテるのは旦那冥利につきるってもんだ! 悪いなぁ! アンタの愛しの女をとっちまって!!」

 

「……黙ってろ!」

 

「だが黙ってちゃあ俺の企みを話せないぜ旦那?」

 

「それなら脳味噌を抉り出して、直接聞いてやるよ」

 

「クク、イイねぇ!楽しくなってきた!」

 

成る程、とベリルは納得する。

つまりこれは互いの愛の為の戦いだ。

 

どちらの愛が強いか。

その戦い。

もちろんベリルに負ける気は無い。

 

――焦るだろうなぁ

 

何せ互いの愛する相手の安否の差が違う。

 

こちらの彼女は安泰だ。

彼女は運命に愛されている。

何がどうあっても運命が彼女を生かしてくれるという確信がある。

自分自身が生き残りさえすれば後はこちらの問題だ。

 

目の前の敵を殺せればそれでおしまい。彼女自身が害される事は無い。

その後の仕事は面倒だが、いくらでも選択肢はある。

 

だが、あちらは世界の全てが敵であり、運命さえも敵であり、ベリルを負かしたところで意味はない。

その先に待つ絶望はこちらの比では無い。

 

――ほら、そうやって焦ってヤろうとするから、そうして隙が出来るんだぜ?

 

迫る魔法陣の剣を避けその隙に爪を叩き込む。

先ほどの意趣返しだ。

とは言え、獣のような怒りという分けでもない。

ある程度は理性はあるようだ。すんでのところで、魔法陣が出現し防御されるが、魔法陣は霧散し、その衝撃を逃せずに吹き飛んでいく。

 

横滑りし、倒れ伏すトール。

ベリルにとっては初めての友好打。

右手を見れば、その爪にはわずかながらも血がついていた。

 

ニヤリと笑う。

 

初めての有効打。

それは同時に決着をつける致命傷でもある。

 

 

「ハア、ハア、ハア!」

 

「思ったよりお早い限界だったな?」

 

膝を付き、俯くトール。

諦めないとばかりにこちらを睨みつけるわけでもない。

呼吸は乱れており、その跪く姿は見るからに弱々しい。

 

「いやまったく。これからだって時に興ざめも良い所だぜ旦那?」

 

ゆっくりとベリルはトールに近づいていく。

 

愛を証明する闘いだと思えば、あっさりと膝を着く。

これまで積み重なった疲労と言うのはあるかもしれないが、あまりにもあっけなさすぎて。

先ほどの高揚感とは裏腹に、失望が大きかった。

 

「運命なんて認めるか……」

 

「……ハァ」

 

露骨に溜息をつくベリル。

 

「絶対に殺させない……」

 

ベリルにとって今のトールは最早興味の対象外。

化けの皮が剥がれれば思ったよりも普通の人間。

 

「残念だよ旦那。ついさっきまでは面白いと思ってたんだけどな……」

 

「絶対に守るんだ……!」

 

疲労がそうさせるのか。

それとも実はモースの呪いが回っていて頭がおかしくなっているのか。

 

「運命、運命がそうさせるんなら……」

 

ぶつぶつと譫言のように喚くのみ。

 

「今のあんたは退屈だ」

 

跪くトールの上半身を削り取ってやろうと、近づけば。

 

「じゃあな。トールの旦那」

 

「――その運命ごと滅ぼしてやる」

 

そんな戯言と共に、トールは俯いた顔を上げた。

 

その眼を見る。

ずっと興味があった。

こいつが大切なものだったり特別なものを見る時、どんな風になるのかと興味があった。

 

その暗い目が絶望に染まる時。

その暗い目が希望に染まる時。

 

どんな風になるのかと。

 

今が彼にとってどちらなのかは分からない。

 

だが今、そんな彼の目は光り輝いていた。

 

星のような輝きでも無い。

炎のように燃えているわけでも無い。

 

眼の中に見えるのは稲妻だ。

青い稲妻。

 

だがソレは異常だ。

眼の中の星だの、炎だの何だのと言うのは、眼の輝きがそう見えると言うだけの比喩の話である。

 

 

今目の前の男のように実際に紫電が走っているなどと言うのはおかしな話だ。

 

目を見てからその思考まで、コンマ1秒とかからず。

そう疑問を持った瞬間に、その男の目そのものが文字通り光輝き、全身から。

 

 

 

おぞましい程の稲妻が戦慄いた。

 

 

稲妻が迫る。

ソレは酷くゆっくりと迫っている。

 

別に稲妻が遅いわけでは無い。

遅く見えるほどに感覚が鋭敏になっているだけ。

 

何せ感覚は鋭敏なれど自分の身体は動かないのだ。

 

 

何故?

と疑問を挟むまでも無い。

稲妻から迸る圧倒的な滅びの予感。

走馬灯と一緒だ。生存本能が感覚だけを鋭利にしている。

 

死ぬどころでは無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()滅びの気配を感じ取る。

 

ギリシャ異聞帯のゼウスですらこう言ったものは感じ取らなかったと言うのに。

目の前のちっぽけな男が出すにはあまりにも異常。

 

迫り来る滅びに逃げることも叶わない。

出来るのはゆっくりと迫るソレを見ながら鋭敏になった思考を巡らすだけだ。

 

 

――そういえば

 

ふと思い出す。

この男の存在を感知した最初の最初。

予言の子が現れたとガウェインが告げた時のキャメロットでの会議。

 

ウッドワスは、王子に出会ったと言っていた。

 

確かアフォガードとか言うコーヒーの名前みたいな国だった。

 

汎人類史にはそんな国は無いと、マヌケなウッドワスの事だから騙されてるのだと思ったわけだが。

トールのウッドワスへの友情は本物だ。

そんなくだらない嘘を貫き通すとも思わない。

 

 

目の前の雷。

トールという名前。

 

ソレとするにはまだまだ要素は足りないが。

 

もし仮にウッドワスの言う事が本当だとすれば。

仮に聞き間違いか言い間違いだとすれば。

 

もしかしたらだが。

 

――()()()()()なんじゃねえのかあのアホめ――

 

 

稲妻が、体に纏わりついた。

 

悲鳴すら上がらなかった。

喉は既に焼けていた。

 

熱い。

体が焼ける。

血液が沸騰する。

 

分子という分子が悲鳴を上げる。

 

これは違う。これは知っている死では無い。

 

これは死では無い。

 

消滅だ。存在の消滅。

 

この世界にいたと言う記録すら抹消されてしまうような破壊の力。

 

それは初めての恐怖だったのかもしれない。

 

無様に転げ回るしか無い。

そんな力を受けても尚意識があるのが不思議でならない。

 

あえて苦しむように加減しているとすれば最悪だ。

 

やはり神というのは人でなしだと自らを棚に上げて頭の中で抗議する。

 

やがて散々に苦しめられた後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベリルはその意識を手放す事はなかった。

 

 

「――なんだって?」

 

 

間抜けな声が出る。

 

 

痛みはある。

シュウシュウと煙を上げているのだ。

体は確かに焼かれている。

 

 

体は動かない。

 

精魂尽き果てたと言ったところだ。

 

だが、結論から言えば雷を受ける前よりも()()()()()()()()()()

 

 

驚いた事に

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「あー……しんど……」

 

聞こえたのは、先程の一触即発な空気が嘘であるかのような、間抜けなこえだった。

 

「お前……」

 

「あ?なんだよ。ゲテモノ好きのマニアックおじさん」

 

「……ク」

 

首すらも動かせないが、横にいる。

腰を下ろしているようだ。

あまりの邪気のない声に怒る気にもなれなかった。

 

「まさかアンタ、北欧神話の雷の神様だったとはなぁ……」

 

先程の確信を言葉にする。

どう言った返答が返ってくるか見ものだったが。

 

「ああ、ホクロの神話ね。まあそうは言うが神様の定義にもよるだろ」

 

少なくとも否定ではない。

酷くあっさりとした返答だった。

 

「大昔に地球で起きた氷の巨人と父上の戦争を、どっかの誰かが、物語にしただけだ」

 

その事実にベリルは驚きを隠せなかった。

 

「本当にアンタ、アスガルドの雷神トールなのかよ。人間の身体に乗り移ってるって感じじゃないよな?」

 

「ああ、俺は俺自身がオーディンに育てられた事もある」

 

「クク、ハハハハ……」

 

ベリルの口から漏れる笑いも覇気はない。

 

「そりゃあモノホンの神様なら運命だのも通じない筈だ……」

 

「だから神様じゃないって……」

 

言いながら、トールは立ち上がる。

 

「じゃあ、もう俺の邪魔するなよ」

 

語る事などもう無いとばかりに、あっさりと去ろうとする男にベリルは慌てて待ったをかける。

 

聞きたい事は山程ある。

 

「何で生かした」

 

それが最初の疑問だった。

加減して倒すどころか、モースの呪いすら消し去ったのだ。

この痺れがいつ去るかは分からないが。

ソレ以外は戦う前よりもずっと楽になっている。

 

「言ったろ? お前の愛は立派だって。悪人だろうが何だろうが俺は正義よりも愛を語る奴の方が好きなんだ」

 

返ってきたのはそんな間抜けの極みのような答えだった。もう笑う気にもなれなかった。

 

「動けるようになったら。またアンタをつけ狙うとは思わないのか? 例えば部屋の向こうにいるムリアンを人質に取ったりするかもしれないぜ?」

 

そんな挑発をしてみるが、言っておきながらそんな気にはなれていない。何故かと言う疑問もすぐに解消された。

 

「無理だね。アンタはもう細胞レベルで俺に敗北してる。身体が言う事を聞かないさ」

 

まさにその事実を痛感する答えだった。

 

「ある程度お前の脳から直接読んだから話す事ももう無いんだ。確かに奇跡でもなければ起きない企みだよな」

 

既にトールはベリルを視界にすら納めていない。

 

だがベリルには、伝えないといけない事がある。

待ってくれと、似合わない懇願を口に出す。

 

「なあ神様。アンタに祈れば、アイツは、俺の愛するアイツは、マシュだけは傷つけないでくれって願ったらその通りにしてくれるのか?」

 

トールは、その願いに考えることも無い。

 

「あいつは裏切り者だ。トネリコの思いを、モルガンの思いを、自分の都合の良いように解釈して妖精國を救う為にモルガンを殺そうとしてここに来たって言うのなら尚更だ。あいつはカルデアの中で1番生かす理由の無い奴だよ」

 

その声には慈悲も何も無い。

間違いなく怒りを持っての答えだった。

 

「――あ? なあ、何だソレ、おい、頼むよ。アイツだけはやめてくれ」

 

「さあな、結局のところ()()()()()()()()()

 

 

言い捨てて、雷の神は立ち去っていった。

 

 

神に慈悲など無いのかと、これまでの行いを、過去を思う。

 

「ハ、そりゃ神様も俺なんかには慈悲は与えてくれねえよな……」

 

 

ベリルの身体は動かない。

出来るのは、自身に宿る愛をただ一人思うだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モルガン! モルガアアアアアアアアン!!」

 

ソレはもはやケダモノだった。

銀髪の美女を押し倒し、その鋭利な爪を押し付ける。

 

対する美女も嬲り殺される寸前だと言うのに、冷ややかな視線を保ったままだ。

 

頭から血を流しながらも、無表情にそのケダモノを見つめている。

 

 

 

「何が妖精國だ!何がオレたちの為の國だ! 貴様さえ、貴様さえいなければー!」

 

 

理由は明白だ。

押し倒させているのは彼女なりの慈悲に過ぎない。

もはや本来であれば生きる力すら無いケダモノは今この瞬間。慈悲として美女に殺されるのである。

 

 

 

 

――その筈だった。

 

 

 

 

 

 

怯える妖精達。

誰一人近寄ろうとしない。

 

 

そんな中

 

 

「止めろ――!」

 

 

覆い被さるケダモノに飛びかかる影が一つ。

 

 

それは人間だった。

 

 

人間はケダモノを突き飛ばし、勢い余って二人一緒に転がっていく。

 

「離セ! 離せぇェェェェェェェえ!!!」

 

しがみつく人間をケダモノは投げ飛ばすが、しかし人間は空中で体制を変え、華麗に着地する。

 

投げ出されたと言うのに、人間はケダモノに怒りを示す事はない。

 

あるのは敬い。

 

「落ち着け」

 

「俺が王ダ! 俺が! 魔女を殺して王になるのだ!」

 

「ああ、気が動転してるんだな?わかるよ」

 

「邪魔だァァァァ!」

 

爪で振り払おうとするその腕を避け、羽交い締めにするがまたも振り払われる。

 

「ああ、でも本当に良かった」

 

「Guaaaaaaa――!」

 

「生きていて嬉しいよウッドワス」

 

 

ケダモノ――ウッドワスと対峙するのは、額に汗を流しながらも笑顔を絶やさない。トールその人だった。

 

 

 



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妖精騎士

 

 

 

 

 

 

もう間もなく最終決戦が始まる。

森の討伐で予言の子と対峙したものの、実際のところは戦争活動はそれきり。

本格的な女王による予言の子の討伐はロンディニウム防衛戦程度。

 

結局のところ、予言の子は生き残り。

ほぼ全ての妖精を味方につけ。

 

このキャメロットにやって来る。

 

 

「敵軍の合流に何の妨害もしないとは。……塩を送るにも程がある」

 

それが妖精騎士ガウェインの素直な感想だった。

此度の戦争。

あまりにもお粗末だった。

負けたがっているのではないかと疑う程の采配に幾ばくかの疑問は拭えなかった。

 

そんな会話の相手は妖精騎士ランスロット。

 

「同じ兵力ならこちらの勝利は動かない。僕と君がいるかぎり」

 

そのような会話から二人の妖精騎士の会話は始まった。

 

ガウェインは気持ちの読めない女王を思いながらも、自身の犯す大罪を悟られぬように気を引き締める。

対するランスロットの気配は薄暗い。元々これと言って感情を見せる事のない彼女だが、今はどこか落ち込みを見せているようにも見える。

 

そして話はこの戦争の結末へと移行する。

 

例えこの戦に勝利したとしても、厄災は止まらず。

大厄災によって殆どの妖精が死に絶える。

 

その事実にガウェインは憤りを募らせる。

 

女王への信頼は揺るいでしまうのは当然だった。

 

だからこそ自分は彼女を裏切る事を決めた。

 

自身の街を守る為、愛するアドニスを守る為。

 

 

ランスロットは、大厄災による結末を嘆くガウェインに、牙の氏族らしからぬその態度に意外な反応を見せる。

 

モルガンに仕えているのは自身が自身である為だと、一通り伝えた上で。

ガウェインの憤りを理解できない事も。

ガウェインの考える事に対して、思考を放棄してしまってる事をランスロットは謝罪を交えながら正直に伝える。

 

そんな中会話を進めていく上で、一つランスロットから改めて話題が上がった。

 

「大厄災に関して言えば一つ。僕の友人の意見がある」

 

「友人? ソールズベリーの妖精か?」

 

「いや、彼は人間だよ」

 

「人間?」

 

「何? どこかおかしいところでもあったかい?」

 

「いや、」

 

ガウェインはランスロットが正直な所苦手である。ソレは強者ゆえの上から目線による所も大きい。

超越した目線を持つ彼女に辟易させられる事も多々あった。

そんなランスロットが友人と認める人間。

逆にそんなランスロットを友人とする人間。

一体どんな人間なのだろうか。

 

「君は会った事ないかもしれないね。妖精舞踏会で初めてあったんだ」

 

妖精舞踏会に参加できる人間。

上級妖精の、ソレもごく一部しか参加できない妖精舞踏会に参加するとは、相当なやり手なのだろう。少し興味が湧いてきた。

 

一瞬だけ、誇らしげにその友人を語るランスロットはしかし、すぐに若干の落ち込みを見せる。

この戦果の中だ。察してしまうものはあるが話題を振ったのは彼女である。

 

「そう、厄災の話だったね。彼はこう言ったんだ『そんな規模の災害を女王に委ねる事自体お門違いだ』って」

 

「ソレは――」

 

その意見はある種暴論である。

國を運営する以上、どのような災害でも為政者であれば国民を守ることを示すべきというのが普通の意見だ。

普通の人間であれば、そのような態度をとる為政者など反乱が起きて然るべきだと言うだろう。

 

だがガウェインはこの妖精國で、あるいは誰よりも責任感が強く、何かを他人任せにする事を恥じる性分でもある。

その言葉の全てを否定することはできなかった。

 

「彼は、こうも言っていた『これまでのブリテンへの貢献を思えば、この程度の圧政なんて可愛いもんだ』と『このブリテンを守り続けていた彼女がもう守る気は起きないと言うのであれば受け入れる。自分自身でどうにかする』とも」

 

ランスロットの友人の言葉が胸に刺さる。

 

 

『ブリテンへの貢献をし続けていた彼女の功績を無視して反乱を企てること自体許せない』

 

『このブリテンを守れるのは彼女だけ。予言の子どころか北のノクナレア如きでは2日と保たない』

 

『反乱軍は具体性もなく理想だけ主張してあげくやる事はブリテンを守る女王を殺そうとするだけ。戦争を引き起こすだけ起こしてその後の事をほぼ全く考えていない。自分が悪だと気づいていないブリテンで最も醜悪な存在』

 

『同じように異貌の魔術師は上部だけの救いを語ってこの世界を滅ぼすだけの侵略者。女王を殺すだけ殺して後は立ち去るなんて無責任にも程がある。騙されてる妖精が哀れでならない』

 

「な、なるほどもう良い! 参考になった!」

 

これ以上、話を聞くことは憚られた。

あまりにも耳が痛い。

ガウェインが責められているようでこれ以上聴いていられなかった。

 

「そうかい? それで……どう?」

 

ランスロットは心なしかソワソワしていた。

ソレが今の話の感想を聞きたいらしいとガウェインからは気づくことはない。

やはり会話というものは難しいと、ランスロットは思いながら自ら会話を繋げる。

 

「やる気は出たかい?」

 

「やる気?」

 

「陛下のために戦う事に迷いを抱いていたみたいだから。僕なりに色々と気を使ったつもりなんだけど」

 

「な――」

 

その事実がガウェインにとって戦慄するほどの驚愕だった。あのランスロットが気遣いなどと。

 

「確かに僕たちは負けようがないけど、万が一という事もある。迷いを抱えたまま戦うのは良い事では無いからね」

 

その気遣いが何より驚きで、そして何より辛いものだった。

彼女は自身が女王陛下を裏切る予定なのだと言う事を知りはしない。

 

その友人とやらの言葉は予言の子一同を支持するガウェインにとってあまりにも心苦しいものだったが、そんな事ランスロットが知るよしもないのだ。

彼女の初めての気遣いに、裏切りでしか応えられない事実に胸が痛くなる。

 

「そ、そうか。気遣い感謝する」

 

「……」

 

その様子にランスロットは暫しガウェインを見つめたあと内心で後悔する。

正直なところ、彼の言葉の意味をランスロット自身そこまで深くは考えていない。

ガウェインの憤りを考えないように。思考を停止させている。

だが言葉の意味は分かる為、

彼女の迷いを取り払おうと気を使ったつもりなのだが。

今のやり取りで彼女の迷いが取れたようには見えない。むしろより一層悩ませてしまっているようにも見える。

 

「……ハァ」

 

自覚のないため息だった。

当然ながらそれにはガウェインも反応せざるを得ない。

 

「一体どうした?迷いを持ったまま戦うのは危険だと言ったのはお前だぞランスロット」

 

「え――?」

 

ガウェインのその言葉にランスロットは意外そうな反応を見せる。

 

「迷ってるように見える?」

 

「色々と気が気で無いように見えるぞ。ため息をついただろう。まるで悩みを聞いて欲しいと言っているかのようだった」

 

「そうかな……うん、そうかも」

 

「先程の返礼だ。私でよければ話を聞こう……」

 

先程の例にと提案する。

せめてソレぐらいはしてやらねばならないと。

ランスロットの悩みを解消しなければと。

気持ちを整える。

 

「いや、さっき言ってた友人は予言の子達に殺されてしまったらしくてね」

 

「な――」

 

それは、正直、何て言ってやれば良いか分からなかった。殺した側の陣営に就こうとしているのだから。

 

「不思議なんだ。彼はあくまで友人。しかも人間だ。儚い命の人間。弟として、家族として、愛を与えていたわけでもない」

 

ガウェインの戸惑いに構わずランスロットは続ける。

 

「でも、その事実が酷く悲しいんだ。喪失感とでも言うのかな?胸の奥に穴が空いた感じだ」

 

 

 

 

ランスロットは、実は一度ティンタジェルに赴いていた。

 

彼に反乱軍を止めないのなら弟を殺すと言われたその時から、どうすべきかずっと迷っていた。

 

結局のところ、無理矢理連れ出そうと言う乱暴な事は出来なかった。

それは、弟に会う勇気そのものがなかったかもしれないし、弟に嫌われる事を恐れたからかもしれないし。もっと別の理由だったかもしれない。

 

そこで思いついたのが、予言の子への警告だ。

湖水地方で偶然出会った彼らに、どうにかパーシヴァルを解放してくれと頼み込んだ。

 

どうやらその目論見ははずれてしまった。

結局反乱軍は止まらなかった。

 

その折、言い訳がましくなるが、どうにか別の方法で見逃してもらえないか彼に頼み込みに噂のティンタジェルに向かったのだが。

 

そこは既に荒地になっていた。

動揺した。圧倒的な破壊の気配。

仮にここに彼がいたのであれば……

 

最初に思い浮かんだのは、一つの安心だった。

 

これで弟が殺されずに済むと、そう思ったのは確かだった。

 

だが、それ以上の喪失感がランスロットを襲ったのだ。彼が死んで済むのであればそもそもランスロットが殺していた。そうする気になれなかったのはランスロット自身どこかで、彼を慕っていたからなのか。

 

何故、頬から涙が伝うのか。

それが分からない。

 

ふと、地面を見れば、何かが埋もれている事に気付く。丸くて薄い何かだった。

それに近づく。

砂をどかして見ればそれは丸い盾だ。

真ん中に白い星。赤と青で装飾されたシンプルな丸い盾。

それは鉄でできている割にはあまりにも軽く。

鉄と形容は出来るものの、感じ取れる気配はまるでこの世に存在しない物質であるかのよう。

 

それを見た時に何かが頭を過ぎった。

 

それは酷く大切な何かの記憶だ。

だが思い出せない。

未来を見通すときの感覚でもない。

 

だがソレは決して忘れてはならない筈のもので。

思い出せないことが酷く悲しかった――

 

 

 

 

 

その時に回収した盾を背中から外す。

 

そう、この盾を見つけて以来ずっと背中に取り付けていたのだ。

 

 

「それは?」

 

「彼の持ち物。ティンタジェルにあったからね」

 

「勝手に持ち出したのか」

 

「形見代わりさ。彼なら許してくれる」

 

ガウェインにはもう、彼女にかけてやる言葉は無い。

慰めてやるなどと言う傲慢な考えを持つことは憚られた。

 

「すまない。なんと声をかけてやれば良いか……」

 

「いや、良いさ。口に出したらなんだか少し晴れた気分になった。不思議だね。話すだけでも全然違う。感謝するよガウェイン」

 

超越然とした彼女らしからぬ礼に戸惑いながらも。

頷きで返す。

 

一つ聞きたいことがあった。

 

「名前は何と言うのだ?」

 

「トールさ。人間の、男の子だよ」

 

 

それが最後の会話だ。

持ち場へと向かったランスロットを視界から外し、正門に立つ。

自身の行動を思う。

トール……どこか他人な気がしないその名前に胸が痛む……気がする。

 

ランスロット越しに聞いたこの戦争の解釈にまた心を痛める。

 

アドニスを守る。マンチェスターの住人を守る。

その為に選んだ選択肢がブリテンを裏切る事。

それを愚かだと責められている気がする。

 

マンチェスターとアドニスを守るだけならその街に滞在し、自分自身で厄災に立ち向かえば良いのにと責められている気がした。

 

マンチェスターの住民だけでも救うように女王に交渉したのかと責められている気がした。

 

最善を尽くさないまま、全ての責任を女王に擦り付けて、勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって。挙げ句の果てに外様の人間に尽き、これ以上ない程の恩を持つ女王殺害に貢献しようとしている事の愚かさを責められている気がした。

 

ブリテンを守るという名目で妖精騎士になったと言うのに。

結局のところ、自分の周りだけを守り、それ以外を見捨てる選択肢を取った。

女王を責める権利などありはしない。

 

 

「私は……」

 

 

ここにきて迷いが生じてしまった。

 

彼らを裏切ることはできないと思いつつも。

すでに女王を裏切った身分で何を綺麗ごとをと思う自分もいる。

 

もう間もなく彼らがやってくる。

 

その時に自分はどう選択するのか。

その時になってみなければわからない。

 

黄昏の空を仰ぎ見ながら、ブリテンを思う。

美しいはずの空が曇って見える。

今の心のありようを示しているようだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

許せなかった。

 

目の前で大切な人が殺された。

 

私にいろんなものをくれた人。

 

楽しい事を教えてくれた人。

 

そして、私のサーヴァントになってくれた人。

 

モースの化け物に殺された。

 

そしてそいつは、あいつら(予言の子)の味方なのだと言う。

 

合わせ鏡から聞こえる声を思い出す。

 

彼の最期の慟哭を思い出す。

 

あの鏡に飛び込む勇気がなかった自分に怒りを示す。

 

許せない。

 

絶対に許せない。

 

無我夢中だった。

お母さまに全部伝えて。

あいつらを殺させてくれと頼み込んだ。

殺してくれとお願いした。

 

そうしたら大人しくしていろと言われてしまった。

 

――どうしてなのお母さま。このままじゃ、あいつらにブリテンを滅ぼされちゃうのに。

 

お母さまがそれに答えてくれることは無かった。

 

 

無我夢中だった。

 

【失意の庭】を持ち出して、弱点であるあの人間を取り込んでやった。

 

あの人の仇のために。

 

お母様の為に。

 

ブリテンの為に。

 

頑張った。

 

そして気づけば部屋にいた。

 

鏡は部屋に置いたはずなのにそこには無かった。

 

体も動かなかった。

 

指一つ動かない。

 

どうしてと、思っていたら目の前にお母様。

 

いつものお母様。

 

冷たい表情のお母さま。

 

夢で見た優しいあの顔は本当に夢だったのだろう。

 

いつもいつも怒られてきた事を思い出す。

 

また怒られると怖くなってくる。

 

「何故いつもお前はそうなのだ」って怒られちゃう。

 

そう思っていたら――

 

 

 

 

 

 

優しく頭を撫でられた。

 

動かない体に触れて、私の首と背中に手を回して。

 

そして抱きしめてくれた。

 

暖かい。すごく暖かい。

 

「ありがとうバーヴァン・シー」

 

――え?

 

お母様、今なんて――

 

私、勝手に庭を持ち出したのに。

 

結局、成功したのかもわからないのに。

 

言う事を聞かなかったのに。

 

私を怒らないの?

 

「私の為を思って、ブリテンの為を思って、そしてあの人の為を思って、動いたのでしょう?」

 

抱きしめられたまま、頭を優しくなでられる。

 

「そんな貴方を叱ることなど出来ません」

 

今よりも少しだけ、強く抱きしめられる。

少し苦しくなったけど、それが逆に心地良い。

 

「ありがとう。バーヴァン・シー。よくやりましたね」

 

お母さまに褒められるなんて。

 

お母さまに抱きしめられるなんて。

 

「愛しています。我が娘」

 

そんな言葉をもらえるなんて。

 

「今はゆっくりと休みなさい」

 

ああ、ありがとうお母さま。

 

なんだか体は苦しいけれど。

 

何故か体は動かないけれど。

 

凄く、凄く幸せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幼き勇者

今一度伝えておきますが。
この作品を読まれる前にあらすじの注意事項をご一読お願い致します。



これは、自分の記憶ではない。

 

 

「もう、ロット君はもう少し戦い方を考えてください!」

 

「フン、あの程度の攻撃など俺には傷ひとつつかん。俺の方が身体は頑丈だと言うのに馬鹿なヤツめ。そもそも身を挺して庇うならもっと上手くやれ。結局俺にもいくつか当たってるではないか。中途半端なら最初からやるな」

 

「ライネックは黙ってて」

 

「!?」

 

「トネリコこそ。何も考えずに皆を振り回す癖は直した方が良い」

 

「本当にな。さすがの俺もそろそろ辛い。トネリコの思い付きはほとほとくたびれる」

 

「エクター、静かに」

 

「!?」

 

「私がいつ振り回したって言うの!? 適当な事言わないで!」

 

「一カ月前のモース虫退治とか。3日前のデカいトカゲみたいなやつとか。入るなと言われてないから大丈夫だろうって。トカゲが入ってくるななんて言うわけないのに」

 

「う、何も考えてないわけじゃないから! ロット君こそ何にも考えずに一人でズカズカ進んでいくじゃない!」

 

「ああ、悪かったよ。これで良い?」

 

「な……! 適当な言い方!」

 

「適当じゃない。心はこめてる」

 

「心がこもってれば良いってわけじゃないから!!」

 

 

それはきっと先代の記憶だ。

 

 

――本当にその癖は治らないのだな……

 

 

自分の身体の下。

下敷きにしてしまってる人間の男を思う。

 

モース毒の塗られた矢が幾重も放たれた。

 

変わらない性分なのか、それともあの時の記憶があるからなのか。

その殆どを男が受けてしまった。

 

そして、先代の注意を思い出させるかのように、その矢を自分も受けた。

 

お互いに庇いあったが故の愚行だった。

 

スプリガンの下卑た笑いが鼻につく。

 

心は落ち着いた。

だが元より死に体。

モース毒が回ればなおさら動けるわけもない。

 

――すまないトール。

 

下敷きにしたままどいてやることすら出来ない男を思う。

 

――お許しを陛下。

 

不義を働いてしまった。

傷つけてしまった。

そのせいで彼女は今、立つことすら苦労するであろう深傷を負ってしまった。

 

自分ももう間もなく死ぬだろう。

 

彼女の愛に報いることができなかったことを悔やみながらも、先代からの友人を殺してしまった事を悔やみながらも、もうどうにも出来ない。

 

流す涙すら枯れ果てた。

 

唯一の救いなのは、あの程度の雑兵では陛下に傷ひとつすらつけられないという事だ。

そして玉座にたどり着いてしまえば膨大な魔力で彼女は傷を治すこともできるという事だ。

 

予言の子ごときに彼女が負けることはありえない。

しばらくは安泰だと。そう思いながら。

 

この國を今の自分が守り続けられない事を悔やみながらも、次代への思いをはせながら眠りにつこうとしたところで。

 

状況は一変した。

 

スプリガンが指を鳴らす。

そこに現れたのは新たな雑兵。

 

何の意味があると思えば、彼奴らは妖精騎士トリスタンを抱えていた。

 

何の意味があるのかと、事態を視界に収めれば、陛下の動きが止まっていた。

冷酷な仮面の下に。ウッドワスだからこそわかる表情の変化を見て取った。見た事のない驚愕の表情だった。

 

何故と、疑問を挟むまでもない。

気づく事の出来なかった自分への陛下の愛。

 

 

そして、妖精騎士トリスタンもまた――

 

 

 

動きが止まった陛下を凶刃が襲う。

叫ぶ力すら残っていない。

この世の全てを呪いながら。

自身の罪をまざまざと見せつけられながら。

その光景を最後に、ウッドワスはその瞳を閉じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着け!」

 

声をかけるが効果は無い。

 

周りにはおびえた様子の妖精達。

 

数メートル離れた脇には、見えていないらしい。光を失った目でこちらを不思議そうな眼で見つめる女王。

起き上がれないのだろう。仰向けになったままこちらに向かってトールと、止めてと、声にならない声で訴えかけていた。

 

それはどちらの意味なのか。

 

目の前の妖精、ウッドワスを殺すなという意味なのか。

 

お前では勝てないから去れという意味なのか。

 

どちらにしても、その二つは回避する腹積もりだ。

 

ウッドワスは、乱心状態。

 

息は乱れ、瞳孔は開き切り、牙は剥き出し。

 

日々礼節を心掛けていたあの時とは雲泥の差だ。

 

それほどに今彼が傷ついている事がうかがえる。

 

「邪魔をするなァァァァ!!」

 

「邪魔をするに決まってるだろう! お前何やってるんだ!?」

 

「黙れェェ!!」

 

真正面から戦術もなく、馬鹿正直に突っ込んでくるウッドワス。

先ほどのベリルに比べればお粗末な突進。

 

それを受け止めようと構えるトールからは先ほどベリルへの反撃で充電を失ったために、疲労が見て取れる。

 

振るわれる腕を片腕で受け止めようとしたがベリルとは段違いのスピードと威力に驚愕する。

片腕では足りず。

両腕で受け止める。

 

その隙に左で襲われていたら終わりだったが、頭が回っていないのか。

止められた右腕を尚押し付けようとのしかかるだけ。

 

「俺がわからないのか……!?」

 

「知るかァァァァ!!」

 

あまりの力に膝をつく。

そのまま城の床に体ごとめり込んでいく。

 

頑丈なキャメロットの床が砕けていく。

 

「俺はわからなくても良い……!でもモルガンは違うだろ……!」

 

「ウルサイ! ウルサイ! ウルサイ!」

 

「少しは話をっ! 聞け!」

 

上からの力を横に受け流す。

そのままその力を利用し、全身のバネを利用し、側頭部に回し蹴りを叩きこむ。

 

それは奇しくも、ベリルに最初に叩き込んだのと同じ位置。

 

それは、その経験を活かしたトールの戦術に他ならない。

 

 

力場は霧散し、トールはそのまま後ろに吹き飛ばされながら三点着地。

ウッドワスはもんどりうちながら倒れるものの、四つ足で立ち上がる。

それはまさしく四足歩行の獣の構え。

 

 

「貴様っトールかァ! 邪魔をするなァ!」

 

 

蹴りの衝撃が気付けとなったのか。

ようやくトールの事を認識したらしい。

だがその怒りは収まらず。

トールに対しても殺気は収まらない。

 

「させるわけないだろ! お前何やってんだ!」

 

「貴様に説明した筈だ! 我らの先代からの忠誠を!そこの魔女は我ら2000年の忠誠を、オレの1000年の忠誠を! 笑いものにしたのだ!!」

 

「笑いものになんて……!」

 

「あの魔女はワタシを裏切った! ロンディニウムへの援軍を送るとワタシをだまして! 2000年も仕えてきた我々を裏切ったのだ!!」

 

「――そんなわけ、ないだろうが! そんな話信じてるのか!?」

 

「知った風な口をォ!!」

 

再びの突進。

四つ足を活かした突進は、しかし腰を落としたトールに真正面から受け止められる。

先ほどとは違う。力の入れ方、態勢、全てを考慮し受け止める。

 

「ウッドワス。勘違いだ。勘違いなんだよ! 援軍は確かに送ってる。道中で予言の子に味方した連中が援軍を潰したんだよ!」

 

「信じられるかァァァァ!」

 

話し合うための抑え込み。四つに組む二体の会話は続く。

 

「ならば誰が企んだ! 誰が援軍を潰した!!」

 

そう問うてくることに安心を覚える。

その程度の理性は残っているという事だ。

 

「企んだのは予言の子の仲間のオベロンとか言うヤツで、潰したのは異世界の住人だ! コヤンスカヤって言うピンク髪の狐だよ!」

 

「外様の貴様の言葉を誰が信じる!!」

 

「お前がどっかに行ってる間俺も色々あったんだよ! お前が死んだと思ってからずっとお前の仇を打とうと調べてたんだ!」

 

「ならば、誰がその企みに同意した!?そいつらだけでは援軍の情報は掴めぬ筈だ!どの氏族が私をハメたのだ!?」

 

「オーロラとムリアンだよ!!」

 

――正直、ムリアンの名を出すのは憚られた。

だが、ここで誤魔化して仕舞えば、きっと彼は信じない。

 

「なん、だと……!」

 

ウッドワスの力が弱まる。

 

「いや、いや、ありえん……! オーロラにかぎって! そんな事は……!」

 

ウッドワスにとって、オーロラはやはり重要な妖精。

 

「いや、確実だ。直接的では無いけど完全に関わっている。配役としては騙し役。誰を相手にかは分かるよな?」

 

瞳孔は開き切り、トールとの四つ組合いから離れ、たたらを踏むように数歩程後退する。

 

「ありえん、ありえん……! 何故お前がそれを知る!? 誰に聞いたのだ!?」

 

「ムリアンだよ」

 

「ムリ……アン?」

 

頭痛に耐えるように右手で頭を押さえる。

 

「オックスフォードの生き残りにお前が援軍を期待していた事を知ったんだ。よくよく調べれば援軍が外からの怪物に飲み込まれた痕跡があった」

 

その正体がコヤンスカヤであった事。

ムリアンの友人であった事。

そして仇を討とうとムリアンを襲った事を説明した。

 

「ああ、そん、な……ああ……で、ではオマエは、ム、ムリアンを殺したのか……?」

 

ウッドワスはどこかその事実に恐れを抱いているように、伺うように問い質す。

 

「……出来なかった。出来なかったんだよウッドワス。殺す直前まではいったけどな。ムリアンが君を嵌めた理由を知ってしまった……」

 

どんな理由だとは聞けなかった。

何故ならそれは、ウッドワス自身が抱えていた問題でもあるからだ。

 

「……そん、な……ああ、あぁ、だがオーロラは、オーロラは何故……」

 

「分からない。分からないが、オーロラも反女王派だ。それだけでも理由にはなる。今この瞬間の状況が理由 みたいなものだろ」

 

「いや、いや、だがそれならば……!」

 

「落ち着いて考えてくれ……今は気が動転してるだけなんだ。落ち着けばわかる筈だ」

 

心当たりが、ないわけでは無かった。

言われてみればあるいはと、思うこともある。

 

 

 

 

 

 

だが、だが、 だが、もう遅いのだ。

 

 

 

 

 

今更覆されたところでもう遅い。

既にトールが正しかったとしてももう遅いのだ。

 

既にモルガンに手を掛けた事実は消えはしない。

 

 

頭が混乱していく。

 

モルガンへの忠誠とオーロラ(愛する者)へ信頼。

氏族の罪。そしてモルガンを傷つけたという罪の意識が無い混ぜになって、頭を犯す。

 

「チガ、ウ! ワタシは、オレは――」

 

「ウッドワス?」

 

「ウウウゥゥゥゥ――aaaaaa――」

 

蹲り、呻き声を上げたと思えば、ウッドワスの体から――黒い霧が上がる。

 

それを見て騒ぎ始めたのは誰だったのか。

 

「モース化だ! 妖精亡主になるぞ!!」

 

慌て始める上級妖精。

 

逃げろと、いっそ殺せと、騒ぎが起こる。

 

そのような中でトールは酷く冷静だった。

 

臆すこともなく、逃げようともしない。

 

無知故からの行動では無いと言うのは明白だ。

 

「トール……いけません。そこから離れないと」

 

モルガンがかろうじて立ち上がるのを目の端で捉える。

本当ならそばにいて支えてやりたいが、そういうわけにもいかない。

 

今はウッドワスに全力を捧げなければならない。

 

 

頭を抱え、苦しげに呻くウッドワスに手を差し出す。

 

それは以前、どこかで起きた光景だった。

 

 

大男(オオモノ)さん、大男(オオモノ)さん」

 

 

表情は穏やかに、慈しむような声色で。

 

 

大男(オオモノ)さん、大男(オオモノ)さん」

 

自分は敵ではないと、味方だと、全身全霊で伝える為に。

 

全神経を集中させる。

 

 

「日が暮れるぞ……」

 

徐々に、徐々に、ゆっくりと、その手を近づける。

 

ウッドワスが、その手を覗く。

 

「さあ、日が暮れる……」

 

警戒心は示さなかった。

 

それは子守唄。

 

過去オックスフォードの宴会で、本能に負けて暴走してしまう事を悔いたウッドワスに、トールが教えた対抗策。

 

本来であれば、本能どころか人格すら変わり暴走してしまう怪物を戻すための子守唄。

 

トールのその掌にウッドワスは応えるようにその手を置いた。

 

「いいぞ、そう、もうお前を傷つけたく無いんだ――」

 

載せられたウッドワスの手に、さらに手を重ね、両手で手を優しく掴む。

 

パチリと、

 

ほんの少しだけ。

 

本人達すら気付かないような静電気が起きた。

 

 

――いつの間にか、モースの気配は消えていた。

 

「あ、あ、ああ――アア――」

 

血走り、瞳孔が開ききっていた目は戻る。

その目からは涙が溢れていた。

 

「私は、何という……」

 

「ああ、やっちまったよな……」

 

「私は……! やはり醜いケダモノなのだ……」

 

「でも、子守唄が効いたじゃないか」

 

手を掴まれたまま、崩れ落ち、膝立ちになるウッドワスに目線を合わせる。

 

「子守唄。あれからかかさずやってたんだな」

 

何故、ただ声をかけるだけの子守唄が効いたのか。

その理由がそれだった。

 

少しでも本能に抗おうと努力を重ね続けた。ありとあらゆる方法を試した。この子守唄もその一つ。その結果が今だ。

 

「まだだ。まだやり直せる。まだコレからなんだよウッドワス……!」

 

「だが、だが……!」

 

 

 

「――まったく」

 

 

 

未だ涙を流すウッドワスにどう声をかけたものかとトールが悩んだ時。

 

横合いから声がかかった。

 

2人の体に影が差す。

 

「そんなに涙を流して。2代に渡りブリテンを護り続けた守護者が情けない。礼節もあれ程苦労して身に付けたと言うのに……影も形もないでは無いか……」

 

 

その影の主は、心底呆れたような口調だった。

 

トールの隣に腰を下ろし、ウッドワスの頬に優しく触れる。

 

「だが毛並みだけは変わらんな。幼き勇者。勇敢なウッドワス」

 

あるいは子守唄の時のトールよりも優しく触れる。

 

「オマエの毛並みは、このブリテンで最も温かく、心地良い」

 

ベール越しにも分かるモルガンの愛おしげな表情に。

ウッドワスの涙はさらに勢いを増していく。

 

「……お許しを……」

 

 

「なんという、オレは、なんという――」

 

 

それは贖罪の涙。

 

「言葉にしなければ、言葉にされなければ、わからないなど――」

 

「別にそれ自体はウッドワスの落ち度じゃ無い。だろ?」

 

隣の女性、女王モルガンに気さくに尋ねるトールの表情はどこか意地が悪く。対するモルガンは、ほんの少しだけ罰が悪そうに目を逸らす。

 

 

トールは我先にと立ち上がる。

そして、両手をウッドワスと女王モルガン2人に差し出す。

 

「さ、手を貸して」

 

何をと2人は思いながらも手をトールに委ね、引っ張られるように立ち上がった。

 

そして――

 

突然2人まとめて、抱きしめる。

 

「きゃっ――」

 

「なっ」

 

「稲妻ハグだ!」

 

 

3人。抱き合うような形になる。

 

「ト、トール! 貴様! なんと無礼な!!」

 

「良いじゃ無いか、無礼講だよ。なあ?」

 

「……まあ、良いでしょう」

 

先程の最悪の状況から一転。

和やかな雰囲気の3人。

 

希望に満ちた大団円。

 

 

しかし、忘れてはならない。

 

今、このブリテンは戦時中。

 

そして、ブリテンの全てがこの女王の敵である。

 

 

音もなく迫る悪意に気付いたのは三者同時。

 

しかし最も速く動いたのはトールである。

 

その悪意は弓矢だった。

 

その数は2桁を越えて迫り来る。

 

まずはモルガンを範囲外に突き飛ばす。

 

そしてウッドワスを庇うように、放たれた矢をその身に受ける。

 

ただの矢であればまだ良かったかもしれない。

だがその矢は、円卓軍が妖精と闘えるように仕込んだモース毒が塗られているもの。

 

さらに最悪だったのは、ウッドワスもトールを庇おうと動いてしまった事だった。

 

全ての矢をその身に受けようとしたが、その半数はウッドワスも受けてしまう。

 

さしものウッドワスも弱りきった身体では、耐える事は容易では無い。

 

結果。その悪意の犠牲者は2名となった。

 

これから起こる惨劇は、どちらか片方が動けさえすれば防げたと言うのに。

 

2人が、倒れ伏してしまったのだ。

 

 

「いやはや、氷の女王の心を溶かすとは、ロット。でしたかな。惜しい男を失くしましたな」

 

手を合わせる拍手の音が玉座に響く。

 

「貴様――」

 

「あるいは、もう少し速くその男が現れてくれれば、陛下の統治もまた違った形になったのでしょうが」

 

「――スプリガン」

 

「全ては遅かったのですよモルガン陛下」

 

惨劇の幕間が上がる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

聞こえる。

 

風に乗って声が聞こえる。

 

愛しき人の声が聞こえる。

 

だが、その声から放たれる言葉は、あまりにも醜悪で。

 

愛したヒトの醜悪な一面を見せつけられ、絶望する心は尚も砕け散りそうだ。

 

 

パチリと、何かの衝撃が体を伝わった気がする。

 

瞼が開く。

 

意識が覚醒する。

 

体は動かないが目は見える。耳は聞こえる。

 

目に見えたのは最悪の光景。

 

使えるべき女王に妖精達が群がっている。

 

魔女め魔女めと罵倒を浴びせている。

 

物を投げつけられている。

 

愛を与えてくれた彼女は今、自分のせいでソレに反撃する事もままならない。

 

何故と、考えるまでも無い。

 

理由など先程の風が答えであろう。

 

妖精達が武器を持ち、彼女に襲い掛かる。

 

止めろと叫ぶ事も叶わない。体は既に限界を迎えている。

 

『――なあ』

 

声が響く。

 

『あんなの絶対ダメだよな?』

 

――そんなもの当然だ。

 

頭に直接響いている。

 

『頼む』

 

――ああ

 

毛が逆立ち、空気との摩擦でパチパチと音が鳴る。

 

()()()()を頼む』

 

 

体に紫電が走る。

それは、決して体内から出ている物ではない。

 

毛の躍動が摩擦により紫電を起こしている。

 

「ウゥ……」

 

体は限界を超えている。

立ち上がることすらままならない。

呼吸すら苦しい。

だがそんな物はわかっている。

そんな事は承知なのだ。

 

それを超えてきたからこそこのブリテンを護り続けてこれたのだ。

 

それが出来るから勇者なのだ――

 

 

 

「ウオォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 

それは衝撃だった。

 

それは破壊だった。

 

並の者ならば心砕ける程の力強い咆哮。

 

予想外の事態に逃げようとしたスプリガンですら本能で恐れ、動けなくなる程の。

 

 

恩を仇で返しおって。

陛下がいなければ生きる事すら出来なかった分際で。

 

思う事はあれど、ウッドワスにそれを言葉にする権利は無い。

 

既に一度不義を働いた身としてそれは出来ない。

 

だから――

 

 

「Oooooooo――ッ」

 

吠える。

吠えて注意をこちらに向けながら、駆ける。

 

奴等の蛮行を止める為に。

彼女を守る為に。

 

手前の上級妖精を薙ぎ倒す。

だがそれでは終わらない。

 

本来であれば蜘蛛の子を散らすように逃げるはずの上級妖精達も風によって流れて来たその情報にパニックになって凶暴化している。

 

立ち位置は変わる。

あまりの仕打ちに、事態すら把握できなくなってしまった女王を背に。

彼女を守る為に立ちはだかる。

 

ブリテンの勇者ここにあり。

 

再び、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 



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混戦

圧倒的な敗北だと思っていた。

その筈だった。

 

全力だった。

全力で戦い、悪の女王を打ち倒したかと思えばそれは偽物だったのだ。

 

女王は分身し、その圧倒的な力には成す術もない。

 

最初に女王が狙ったのは予言の子アルトリアでもなく、異邦の魔術師藤丸立香でもなく。オベロンだった。

あからさまに彼を狙っていた。

だがそれも所詮順番の違いだ。

 

そのままその圧倒的な力の前に蹂躙されるかと思えば、分身が消えた。

 

何が起きたのかすら分からない。

 

その後流れたのは風によって流れて来たオーロラの言葉。

 

救世主トネリコによる悪行の数々。

 

予言の子達の一人。

マシュが苦しそうな表情を作る。

 

その全てが真実というわけでは無い。

 

ウーサー達を殺したのはトネリコでは無い。

だが、表向きはその罪をもって、()()()()()()()()()()()()

 

そして女王打倒を目指す以上、このオーロラの言葉も勝利の為に必要な要素。

 

理由はどうあれ、過去はどうあれ、事実モルガン女王は全妖精を苦しめる巨悪なのだ。

 

味方を鼓舞し、あるいは敵に寝返らせるためには必要な奇策である事は理解できる。

 

事実、今この瞬間全滅する予定だったのだ。

 

だが何故このタイミングでオーロラの言葉が風にのって流れて来たのか。

そもオーロラの言葉で妖精達を鼓舞させる前に何故モルガンは消えたのか。

 

その事実が判明したのは、その数分後だった。

 

 

「伝令ーっ!」

 

1人の兵士がやって来た。酷く焦った様子で、こちらに駆け込んできたのだ。

 

「スプリガン氏により、キャメロット城の妖精達も叛逆を開始! モルガンに致命傷を与えたのですが! あの牙の氏族長ウッドワスが現れ! 次々と妖精達を蹂躙しております! 後からついたオーロラ軍も手をこまねいている状態!」

 

「――なんだって!?」

 

「打ち倒せるのはあのウッドワスを撃退した功績をもつ貴方がたしかおりません! お急ぎを!」

 

一同はその言葉に顔を見合わせ。頷き合う。

 

「行こう!」

 

声を出したのは藤丸立香だ。

 

うなずく一同。

 

「ウッドワスを打倒し、ブリテンの真の救済を!」

 

声を上げたのはパーシヴァル。

 

最終局面。()()()()()()()()()()()()()()に一同は向かっていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

「ノクナレア!」

 

「アルトリア!!」

 

アルトリア達と妖精達を従えたノクナレアが玉座の広間に辿り着いたのはほぼ同時。

 

皆が一番最初に目に付いたのは、出入り口で狼狽えるように広間を見つめているスプリガンだった。

 

「スプリガン!!」

 

名前を呼ばれ、ようやくアルトリア達に気づいたのか、信じられないような眼で彼らを一瞥した後。

 

「――お、おお! ようやく来られましたか!! 」

 

大広間の出入り口、殿として立つノクナレアはアルトリアを一瞥した後、苦虫を嚙み潰した表情で視線を促す。

 

「ウオオオオオオオオオ――!」

 

衝撃すら伴う裂帛の気合。

 

その正体は牙の氏族長ウッドワス。

 

玉座を背に、立ちはだかるようにウッドワスは布陣していた。

 

周りには、立香達も見覚えのある謁見の時にいた上級妖精達。

 

それぞれが皆、剣を持っており、あの時の陰気な雰囲気はどこに行ったのか。

おぞましい程の殺気を伴って、ウッドワスを取り囲んでいる。

 

「本当に寝返っているじゃないか。先ほどのオーロラの声との合わせ技という事かい?スプリガン」

 

どこか嫌悪感を携えた態度のダ・ヴィンチにスプリガンは気にした様子も無く、むしろその程度些末事とばかりに言葉を返す。

 

「ええ、私も遊戯ではありますが戦を嗜んだ経験がありましたのでね。あなた方につく事を決め、奪った駒を利用したのですが……」

 

襲い掛かる上級妖精達を一振りで吹き飛ばすウッドワス見る。

 

「よもや土壇場で駒が勝手に動くとは思いもよりませんでした」

 

どこか焦っているようにも見えるスプリガン。

その言葉に幾ばくかの戸惑いを見せたものの。

何かを察した一同。

 

「モルガンは――?」

 

スプリガンを無視して、言葉を発したのはアルトリアだ。

その態度にスプリガンは再び特に気にした様子も無く。

視線をそこに向け、皆を促す。

 

喧噪真っ只中。

大立ち回りを演じるウッドワスの背後に件の人物はいた。

 

 

女王モルガン。

その銀髪は夥しい血に染まり、冠は脇に転がっている。

避けた黒い服の隙間は赤い血にまみれ、あるいはそれがなければ煽情的な様相を見せていたであろう切り裂かれたその服も今となっては見苦しいものとなっている。

 

地べたに這いつくばったまま、身体を引きずり喧噪など気にしていないかのように少しずつ、少しずつ、玉座の方へと身体を引きずっていく。

 

あまりにも惨め、あまりにも無様。

 

身体を引きずるその姿はあまりにも弱弱しく、この國を支配してきた圧倒的な女王とは思えない姿であり。

惨めな姿のまま玉座へ執着するその姿はまさに、欲望のまま悪政を敷き、最期までその権力に執着する悪の女王の末路そのものだった。

 

「なんという……」

 

おぞましいものを見るような眼のパーシヴァル。

その姿に嫌悪感を持ったのか。手を口で覆っていた。

 

その他、スプリガン以外の全てがその姿に言葉を無くしていた。

 

「何を呆けているのです? 既に女王は瀕死の状態。あれならば例え人間の貴方でも首を切ることはできる。厄介なのはあの死にぞこないだけ。ロンディニウムにて万全の彼奴を撃退したあなた方ならば問題ないでしょう?」

 

スプリガンの指摘に、間違いはない。

 

 「まさかあの哀れな姿を見てやる気が削がれたなどと? これはあなた方が始めた戦ですぞ? 元々殺す予定だった相手が惨殺されそうになったからと、そんな事は望んでないなかったと言うつもりではありますまい?」

 

至言だった。

 

そうだ。これは、自分達が始めた戦争だ。

妖精國を悪の女王モルガンから救う為。

宣戦布告として鐘を鳴らしたアルトリアについていくと決めたのだ。

過去に何があろうと、今の彼女は妖精を苦しみ続ける悪の女王。

宣戦布告をした段階で殺害宣言をしたようなものだ。さらにそのために多大な犠牲を払い続けて来た。

今更止める権利などもなければ、彼女を不憫に思う資格もない。

 

「ええ、ええ、その通りです」

 

その言葉に頷いたのはノクナレア。

 

「そもそも私は予言など関係ない、最初から彼女と戦うつもりだったんだもの。今さら遠慮などしないわ」

 

その凛とした振る舞いはまさしく、王の氏族の名にふさわしいソレだった。

 

「さあ、行くわよ。せめて少しでも早くあの見苦しい姿を終わらせてあげるのが情けというものよ!」

 

合図と共に、王の氏族達がそれぞれの武器を構える。

 

その間に、ウッドワスは上級氏族のその殆どを返り討ちにしている。

 

「私も行きます。彼は私があの時に打ち倒せなかったが故ここにいる。今度こそ私の手で彼に引導を」

 

それぞれの決意に。

藤丸立香の表情も、覚悟を伴ったものになっていく。

マシュを見る。アルトリアを見る。

2人とも、何かの気持ちを飲み込んだ表情を見せている。

 

 

「俺達も、戦おう」

 

 

それが開戦の合図。

 

 

多勢に無勢。

先程とは形成も逆転し、予言の子とカルデアに圧倒的優位にてその戦いが始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「覚悟!」

 

いの一番に向かったのはパーシヴァルだ。

 

ウッドワスに最も致命傷を与え撃退したその槍を向ける。

そのウッドワスは迫力こそ大きいものの、感じられる力はもはや、消滅直前。

 

真名は解放せずとも、放たれる必殺の一撃は、今のウッドワスを打倒すにはありあまる威力。

 

「ウオオオオオ!!」

 

それを裂帛の気合と共に右腕ではじいたのはウッドワス。

 

「――なっ」

 

パーシヴァルの驚愕の声が上がる。

槍がはじかれ、胴体が無防備になる。

 

あいた脇腹にウッドワスの左腕が一撃。

 

「パーシヴァル!!」

 

叫んだのは誰だったのか。

 

吹き飛ばされ、後ろに続いていた王の氏族や背後にいた立香達をまとめてなぎ倒しかける。

 

数度転がるパーシヴァル。

 

「大丈夫!?」

 

心配そうに駆け寄る立香。

鮮やかな一撃をもらったパーシヴァルはしかし、問題ないかのように立ち上がった。

 

「申し訳ありません、どこかで覚悟を決め切れていなかったかもしれません。しかし――」

 

ウッドワスの左腕が直撃した腹部は、鎧にほんの少しの傷が入っているのみ。

その事実に悲痛な表情を作るパーシヴァル。

 

「こんなにも弱っているというのに……」

 

悲痛な眼をウッドワスに向ける。

槍を弾いた時の力は本物だった。

だが彼はもう、殆どの力が残っていない。

反撃に使う力は残っていない。

 

その事実に、一同は改めてウッドワス打倒に希望を見出す。

 

 

「牙の氏族長ウッドワスは殆どの力を失っているわ! 臆することなく突撃しなさい!」

 

ノクナレアの合図に呼応する王の氏族の兵士達。

 

「こちらは数も勝っています! ウッドワスの相手をする必要もない!回り込んであの哀れな女王を直接狙うのよ!!」

 

宣言通り、全力で事に当たろうと奇策すら弄するノクナレア。

 

そう、ウッドワスの相手をする必要も無い。

モルガンさえ殺してしまえばウッドワスも戦う意味を持たなくなるのだ。

 

言う通りに、回り込んでいく兵士達。

 

正面と脇から攻めて来る敵にどうにもならない状況。

正面から攻めに転じているのはノクナレアの兵士達だけでなくパーシヴァルや藤丸立香の英霊の影もいる。

 

ウッドワスは守りの全てに力を注ぎ、反撃の力は残っていない。

正面からの攻めですら止められる保証もない、脇からも回り込んでいるのだ。

 

もはや成す術はない。

 

 

 

だが――

 

 

 

その動線には一つの障害物があった。

人間だ。仰向けに倒れている男性。

息をしているかも定かではない。

 

兵士達は玉座とモルガンの間、少し脇に位置するその人間を歯牙にもかけず、踏み潰しかねない勢いで突き進んでるのだ。

 

それを、ウッドワスが許すはずもない。

 

「その男に触れるなァァァァァァァ!!!」

 

ここに来て、初めて狼の遠吠え以外の咆哮が響き渡った。

 

腕を交差し、それを開くように腕を振るう。

それは特定個人を狙ったものでは無く、守るための攻撃。

全力の防御手段。

それは凄まじい衝撃破を生み出した。

 

「な――!?」

 

驚愕の声はダ・ヴィンチのものだ。

 

なぎ倒される王の氏族達。中には跡形も無く消滅する者もいる。

その余波は後ろにいた立香達を巻き込んでいく。

それを防御したのは、マシュの盾だ。

彼女がいなければ、あわや全滅する程の威力。

 

「ここに来てまだあんな力が!?」

 

「あの男って――」

 

仰向きに倒れる遺体のようなものを見つけ、そのうちの数人が反応した。

 

「――ロットさん!?」

 

悲痛な声を上げたのはマシュだ。

過去の妖精歴に飛び、トネリコとの旅を経験したマシュにとって既知の間柄であることは当然だ。

 

なぜ妖精歴の彼がここにいるのか。そんな疑問がそれぞれに浮かぶ。

 

「ロット!? それってロンディニウムの!? やっぱり、あの時の彼と同一人物だったって事かい!?」

 

「オベロンが殺したって……」

 

慌てふためく一同。

 

「戸惑っている場合!?」

 

そこに活を入れたのはノクナレアだ。

兵士をただ向かわせているだけのようにも見えるが、彼女には幾ばくかの疲労があるように見て取れる。

 

「アレがあのロンディニウムのロット王だからなんだと言うの!? 過去の話なんて最早どうでも良い!! 今妖精國を苦しめているのがあの女! それを守るのがあの狼よ!」

 

そんな事も感じさせない程の覇気だった。

 

「この戦いに妖精國の未来がかかっている! アイツを誰だと思っているの!? 手負いだからなんだと言うの!? アレは数万の妖精に匹敵する力の持ち主よ!

そうやってぐだぐだ状況分析するだけの足手纏いになるならとっととこの城から出ていきなさい!!」

 

 

 

手負いの獣は、時には万全な状態よりも恐ろしい。

その事を念頭に入れながら一同はノクナレアの激励に背筋を伸ばす。

 

あの男の事は、今は頭に入れまいと思考を変える。

 

いざ皆で立ち向かおうと、構えた時。

 

声が響く。

 

――良い、激励だ。

 

それは藤丸立香達にとっては聞きなじみのある声。

 

どこからともなく青い影が現れた。

 

「グリム!」

 

「生きていたのか!!」

 

喜ぶ一同に、賢人グリムは笑顔で目配せしながら、戦陣へ立つ。

 

「ああ、奴さんもな」

 

同時に現れた赤い影。

 

「村正も!」

 

村正は視線だけで立香に答える。

 

「良い演説だったぜノクナレア!」

 

グリムの言葉に気恥ずかしそうなノクナレア。

 

「何よ偉そうに!」

 

「まあ、気合入れたところ悪いが――」

 

 

 

――戦いはこれで終いだ。

 

 

 

その言葉と同時。

ルーンの魔術がウッドワスを襲う。

 

「グ、ウッ ウウウウゥゥゥゥlオオオオオオオオオ! 放せエエエエエエエエ!!」

 

「それは無理な相談だっ!」

 

ルーン魔術がウッドワスを縛り上げる。

それは動けば動くほど拘束を強めていくもの。

 

 

ウッドワスの脇を村正が素通りしていく。

 

その先には這いつくばるモルガンの姿。

 

「まあ、あいつらも覚悟の上とはいえ、寝覚めも悪いだろうしな」

 

モルガンの傍に寄り、刀を一度下ろす村正。

 

「汚れ仕事は俺に任せろってな。そもそも俺の目的は最初からこれなんでな」

 

モルガンを一瞥する。

彼女は村正に気づく事も無く、身体を引きずり、玉座の方へと進んでいく。

醜い悪の女王の姿。

 

「哀れなもんだ」

 

その言葉の裏にはどういった思惑があったのかはわからない。

無表情で彼女を見下ろし、刀を上げる。

 

「おい、とっととしろ! こっちはこっちで楽じゃねえんだ!!」

 

「離せええええェェェェェェ!! 陛下を、陛下に、ブリテンを守って来た偉大な女王にその薄汚れた刃を向けるなアアアァァァァァア」

 

慌てた様子のグリムの声。

妖精騎士でさえ解くのも困難であるはずのそれを、ウッドワスは今にも引きちぎろうとしていた。

 

時間は無い。

 

「じゃあ、さよならだ女王サマ――!」

 

せめて苦しまぬようにと、一息で首を切ろうと刀を振り下ろす。

 

 

それは、とても鍛冶師とは思えぬ一流の剣閃。

 

切断面さえも見えないのではないかと思う程の、鮮やかな慈悲の一撃。

 

断罪の剣。それが、女王モルガンの首筋へと迫り――

 

 

 

――何?

 

 

異常が発生する。

 

 

 

その異常は結果的に、村正の首を切断した。

 

(何、が起きやがった)

 

刀を振り下ろした先、そこに女王モルガンはいない。

あるのは光の輪とその中に見えた自分の首。

首の皮一枚でつながったのは、一瞬で力を緩めたが故。

 

全力で振るわれた剣は、もはや止まることは出来ず、モルガンへと迫るその刃は、光の輪の中の村正の首を通過した。

 

その光の輪が次元と次元を繫ぐ神の御業だと気づいた時には、

自信の身体が崩れ落ちそうになるのを感じ取っていた。

 

通常の人間ならば、あるいはサーヴァントであっても、そのまま霊基ごと消滅していたであろう程に鮮やかな一撃。

 

だが幸いだったのは村正の身体は特別制だった事だ。

異星の神により調整されたその身体。

 

首は一息で元に戻る。その頃には光の輪はすでに消滅していた。

再び見えるのは這いつくばる女王の姿。

 

今の現象が何かはわからないが、逃す手は無いと考えたところで、横合いから殺気を感じ取る。

 

「Gaaaaaaa――ッ!!」

 

「――チッ!」

 

迫りくる攻撃を刀で防御する。

その曲者の正体を看破する。

 

ウッドワス程では無いが、巨大な体躯。

獰猛な肉食獣の牙。

振るわれたのは鋭利な爪。

 

「何が――っ」

 

起きたのかと、周りを見れば。

 

 

この大広間のそこかしこに、光の輪が出現していた。

 

 

その光の輪は先ほどと同じように、他の景色を映し出す。

 

その風景から次々と現れるのは二足歩行の狼達。

 

それは

 

彼女が預かっているはずの。

 

余程の事が無い限り中立でいると宣言したはずの。

 

グロスターの領主ムリアンが預かっているはずの。

 

 

牙の氏族の妖精達。

 

 

「あの光の輪……次元を繫いでいるのか!?」

 

そう呟いたのは誰だったのか。

 

異常な事態に、誰もが動きを止め、その幻想的な光景を見やる。

 

光の輪から現れたのは牙の氏族の妖精達だけではない。

 

中には人間の兵士も混ざっている。

 

皆オックスフォードの住人達だ。

 

彼らを運び終わった光の輪が次々と閉じていく。

 

牙の氏族の妖精達は、いつの間にかグリムの拘束を解いていたウッドワスの周りに、集まっていく。

 

最早立ち続けるのも困難なウッドワス。

 

「お、お前達……!」

 

片膝を付きながら、信じられないという表情を作るウッドワスの脇に、一人の人間が近寄った。

そのウッドワスの腕を支え、肩を貸すように動いたのは、オックスフォードの兵士であり、料理長となったマノイ。

 

人間でありながら努力を重ね、オックスフォードの兵士まで成りあがった稀有な人間。

その原動力は、ウッドワスの役に立ちたいという純粋な献身の気持ちだった。

 

そして、トールとの交流以降、子守歌を任されていた人間の一人でもある。

 

「生きていて下さったのですねウッドワス様!」

 

「マノイ……」

 

「良かったです。本当に良かった……」

 

ロンディニウムの闘いの焼き直しの如く、妖精人間問わず、全員とはいかないものの、オックスフォードの住民が集合していた。

 

そんな中、一つ遅れて、光の輪が現れる。

 

このタイミングで出現する光の輪。

 

その正体は、この状況を作り出した功労者に他ならない。

 

「はあ、流石にこんなにゲートを開くのは疲れましたね。もう限界です」

 

その中から出てきたのは、翅を生やした少女だった。

 

この状況を作り出したのが誰なのか、はっきりとわかるように呟く彼女の表情には、疲労の影が見えている。

 

グロスターの領主ムリアン。

 

新たな参戦者に、再び戦況は一変する。

 

 

 

 

 



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決戦

あらすじにあるように、カルデアの本編の正義の救世主のイメージを損いたく無い、アンチヘイト描写がNGな方は、ブラウザバックをお願い致します。


ウッドワスの隣、並び立つように浮かぶ彼女に、ウッドワスは戸惑いの声を上げる。

 

「ム、ムリアン……な、何故?」

 

「ごきげんようウッドワスさん。オックスフォードの住民達をグロスターに引き入れさせていただいたのですが、お返ししようと思いまして」

 

どこか怒っているような気恥ずかしそうな、そんな感情が見え隠れしている。

 

「な、何故だ……私は……我々は」

 

「別に貴方の為ではありません。ブリテンの為、グロスターの為、ひいては私自身の為、行動したにすぎません」

 

その先の言葉を察したのか。ムリアンは自らの言葉でその先の言葉を塞き止めた。

 

「し、しかし……!」

 

それでも納得いかなさそうなウッドワスに、呆れたように溜息を付くムリアン。

 

「……貴方が菜食主義を始めた理由を伺いました」

 

「――ッ」

 

 

驚愕するウッドワスに、どこか気まずそうなムリアン。

 

「それに、私も、貴方を攻める権利などありはしません……」

 

彼女は息を呑んでいるウッドワスを他所に、後ろを振り向き、這いつくばるモルガンと、倒れ伏す男を見やる。

 

切なげな眼を向けながら、目線を戻しこの状況を改める為、陣営を作る反乱軍を視界に収める。

 

「だが、だが……! まだワレワレは――! グッ!」

 

「その話は後にしましょう。今は彼らを守るために……私達の陣営は貴方が要なのですから、休んでいて下さい。喋るのもお辛いでしょう?」

 

これまでの遺恨を後回しにし、今は未来の為に戦うべきと、ウッドワスを諭すよう優しげに声をかける。

 

「さあ、オックスフォードの皆さん、オーロラは大噓つきである事を自ら明かしました。ですがあなた方は真実を知っています。ロンディニウムの王ロットと、救世主トネリコを貶め滅亡を導いたのは、平和になるはずだった妖精國を乱したのは、当時の風の氏族達。妖精歴時代、彼女の蛮行によって我々の運命は決められてしまった。救世主トネリコに絶望を与え、非情な圧政を敷かざるを得ない選択肢を選ばせてしまった……」

 

背後の倒れ伏す二名に一度眼をやり、視線を戻す。

 

「ですが彼が舞い戻ってきました。ロンディニウムの王ロットがブリテンの為に戻って来たのです。女王の絶望を癒し、この妖精國を新たに導くために。

2000年もの間、ブリテンを守り続けた女王の力と彼の異世界での旅で得た智慧があれば、妖精國はさらなる発展を遂げるでしょう。ですが彼もまた、見たことも無いような明確な意思を持ったモースのようなものに襲われ、力を奪われ、こうして倒れ伏しています」

 

こちらを警戒し、睨みつける反乱軍に指先を向ける。

 

「敵は予言を利用し、モースを利用し、自分達の世界にとって邪魔なブリテンを混乱に陥れ、妖精國を救うと言いながら都合よく滅亡に導こうとする侵略者達カルデア」

 

その指先はまず藤丸立香を指指した。

 

「予言を利用し、王にのし上がろうとするノクナレア」

 

次にノクナレアを指す。

 

「そして救世と言う名の混乱をブリテンにもたらした予言の子アルトリア」

 

最期にアルトリアを指し示す。

 

三者三様の反応を見せる一同。

気丈な振る舞いをそれぞれ見せる中、アルトリアだけが俯いたのに気付いたのは、指し示したムリアンだ。

 

「…………彼らの愚行により、あわやブリテンは滅亡の一途を辿るところでした。この戦力差の中、彼らを守ってくれたウッドワスさんの為にも、今こそブリテンの守護者として立ち上がる時です」

 

そもそもこうして前線に立つような事はないムリアン。

 

ロンディニウムの敗北を誘引したムリアンには牙の氏族の信頼を得る事は容易ではない。

 

だがマノイによって過去を写す装置でトールの事を互いに慕っているという事実が判明し。

 

互いにトールを慕っている共通点が判明した。

 

下地は十分。

 

いわゆる所の処世術。

グロスターを支配し続けたその力はムリアンにとって最大の武器。

 

ムリアンは、ロンディニウムでの敗北を誘引したその事実を白状した。

過去の牙の氏族による蛮行と、自身の復讐の気持ちを適度に織り交ぜながら。

 

その理由を説明した上で上手いこと、オベロンとオーロラにその罪の比重が傾くように牙の士族達を懐柔。

 

その後は簡単だ。

 

ブームを起こせば良い。

 

妖精の心は移ろいやすい。

それをブームという形で表現したムリアンこそ妖精と言う存在を良く理解している存在の一翅であろう。

 

オーロラの風によるその独白に全妖精がモルガンに対し殺意を向ける予定だったが。

牙の氏族は既にムリアンによってオーロラは大嘘つきの悪党であるというブームが出来上がっている。

 

オーロラとスプリガンによる企みは少なくとも牙の氏族達には通用しない。

 

ムリアンは、既に気付いている。

自身の復讐心を利用し、妖精を利用し、カルデア、ひいては予言の子に勝利をもたらそうと企む存在に気付いている。

 

 

カルデアは確かに善人達なのだろう。

だが、いかな善人であろうと、救世主を気取りながら、敵ではないと発言しながら国を混乱に導く内乱を起こし、その挙句この世界の滅びを放置しようとしているのは紛れもない悪道。

世界と世界の問題だと彼らは言うが、結局のところこのブリテンを混乱に陥れているのは彼らの行動によるものだ。

それは滅ぼしに来てる事と同意であり。その事実をひた隠しにする時点で罪深い。

 

ムリアンも利用しようとしていたのでお互い様ではあるが、それはそれ。

今となってはただの敵である。

 

 

アルトリアを見る。

彼女の覚悟の程など表情でわかるものだ。

予言を利用され。良いように使われる彼女こそ不憫なのだろうが。

やはりあの陣営の代表の1人。

彼女だけ特別に放置というわけにはいかない。

 

これは戦争だ。敵の事情を理解してやれなどと言うつもりはない。そのような事をすれば、命を取られるのはこちらである。

それもかけているのは命どころか世界である。

 

 

前向上は上々だ。

 

残すは戦闘を始めるための最後の言葉。

 

一息ついた後。

 

「女王モルガンとロット王を救い、ブリテンを守りましょう!」

 

似合わぬ言葉を声高に上げる。

 

敵を殲滅せよ。

と攻撃的な文言にしなかったのは、アルトリアへの遠慮故か。

 

だが、自らを守護職と豪語する牙の氏族達にとって、士気を上げるにはその言葉で十分だった。

 

Guooooooooo――――ッ!!

 

牙の氏族達の咆哮が、一斉に轟く。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

思わぬ形での牙の氏族の登場に、混乱する戦場。

圧倒的に反乱軍側に傾いていた天秤が一気にその形を戻していく。

 

「ムリアンの奴……!」

 

独りごちたのはグリムだ。

 

「ムリアンが敵になるなんて……」

 

パーシヴァルや王の氏族。そして村正が攻めに転じる中後方に下がったグリム。

 

「グリム! 結局ロット王とは何者なんだ!? トネリコの恋人と言う事は今のモルガンも彼を思っているというのは確かだと思うけど!?」

 

ムリアンの口上通りならばこの戦の最大の要だ。悪の女王が彼によって改心するかのようなストーリー。

彼がいることで女王は良き王になるだろうと、ムリアンは言ったのだ。ソレを大義として救世主であるはずのカルデアと予言の子を悪と断じて牙の氏族を動かしている。

 

予言にもなければ、現れたのもつい最近。

そして現れたと思えばオベロンによって殺されたのだ。

ノーマークにも程があった。

 

妖精歴の頃の記憶を先代から引き継いでいるなら知っているだろうとグリムに尋ねる。

 

マシュからは、これ以上ない程の善人で、人間なのに非常に強く、自身の命よりも他者を優先するような気質を持つという事は聞いている。

 

グロスターの時のような汚い言葉を吐くタイプではないとも。

 

だがその程度の情報だ。

 

ダ・ヴィンチが確認したいのは、オーディンの智慧を共有するグリムの意見。

 

「……少なくとも人間だ。智慧の神さんも特別何かを言う事は無かった。身体が強いのは確かだが、感じられる力に根拠が無かったんでな。雷を操る力は持ってたが、あいつ自身常に加減して戦ってたし正直測りかねる。能力も生体電気の異常によるもんだって結論は出てた……」

 

援護の魔術をぶつけながら言葉を続ける。

 

「あとは、まあ、トネリコも相当だったが、あいつに対してムリアンも熱を上げていたのは確かだ」

 

「成る程……彼はトールとも呼ばれていたようだけど……すまないが、雷という事で言えば君の中にいる神霊の関係者を思い浮かべてしまうんだけど」

 

「…………いや、それはねぇ。汎人類史は当然としてだが、この異聞帯の方って線もありえねぇ。本当に同じテクスチャの神霊だとしたらどうあっても同郷は気づいちまうもんだ……」

 

「……神が……そう、それならまだ安心だけど」

 

「ロットさんを襲ったのは、モースのような何かだという事も言っていました。それは一体」

 

「さあな、大方オーロラの意趣返しってところだろ。出鱈目こいてやがんのさ」

 

「――ッ」

 

グリムの、どこか含みを持たせる解答に、追求する暇は無い。

 

牙の妖精がこちらに襲ってきた為、それぞれで対処に入る。

 

 

モースはともかくとして、ロットに関しては、グリム自身、どこか引っかかるものがあるのは確かだ。

 

何せ既に異常は一つ起きている。

ムリアンの行使する光の輪だ。

 

モルガンの水鏡は魔術である。その仕組みも、成り立ちも解析は可能だ。妖精の持つ神秘であっても同様。

 

だがあの光の輪は全く理屈が通らない。

全くもって解析ができない。

正直なところロットよりもそちらの方が問題と言える。

 

内心の嫌な予感を取り払いながら魔術を行使する。

今は戦う道しかない。

 

あの派手な光景に目を奪われたが、所詮は雑兵が増えた程度。

 

こちらの勝利は揺るがないと、グリムは内心で思っていた。

 

何せもう、一つ、王手にかかっているのだから。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「下がってくれ!我々が望んでいるのは、女王の討伐のみ!」

 

「だ、黙れ! その女王をお守りするのが我々の使命だ!」

 

ウッドワスに肩を貸していた人間マノイがパーシヴァルの前に立つ。

 

互いに、槍を持ち、構えているが傍目から見てもその実力差は圧倒的だ。

 

牙の氏族の登壇によって戦況は変わったものの、王の氏族に加え妖精騎士に匹敵するほどの戦力を複数持つ反乱軍の前に、暇を持て余せる兵士はいない。

 

未だ立ち上がる事もできないウッドワスから離れ、彼を守るようにマノイが立つ。

 

――よせ!

 

声にならない声を上げたのはウッドワス。

だが立ち上がる事さえもできはしない。

ムリアンも、上級妖精としての神秘の行使を用いて王の氏族の妖精達を相手どっている。

代わりはできない。

 

「よさないかマノイ君! 君は逃げるんだ!」

 

内心で彼を侮りつつも、彼をいつも気にかけていた牙の氏族の中でも温厚な妖精が、王の氏族と戦いながら声をかけるが助けには入れない。

 

「貴様ごときがパーシヴァルと戦えるものか! 下がれマノイ!!」

 

同様に、王の氏族を数体同時に相手しているベイガンも声をかける以外の選択肢は無い。

 

マノイ自身が戦うか逃げるしかない。

 

救いなのは、パーシヴァルに戦う意志など無いという事だ。

 

彼は妖精と人間の共存を掲げている。

 

人間の。それも圧倒的な実力差の相手を無為に殺害するという事は憚られた。

 

もとより、虐殺など好むはずもない性分。

 

戦わなくて済むのであればそういう選択を取るのが彼である。

 

「頼む、下がってくれ!」

 

「お、お前こそ! 陛下とウッドワス様に手を出さないのなら見逃してやる!」

 

「――ッ、それは……!」

 

「ヤアァァァァァァァァ!!」

 

「クッ――」

 

しかしパーシヴァルの思いなど知ったことでは無い。

 

気合と共にパーシヴァルに槍を振るう。

マノイはその穏やかな性質ながら、意外な事に一般的な人間の中ではかなり強い部類に入る。

その槍裁きはロンディニウムの兵士などでは太刀打ちできないであろう。

 

その力には、とてつも無いほどの血の滲む努力の跡が窺えた。

 

マノイは、人間達の中でも際立って善意に満ちており、オックスフォードの住人でさえ陰口を叩きバカにするウッドワスを心の底から尊敬し、役に立ちたいと考え、常に研鑽を重ねていた。

 

圧倒的な実力のパーシヴァルでさえ、油断は出来ないほどの槍捌きを誇っている。

 

パーシヴァルは迷う。

マノイから感じる善性は、ロンディニウムの住人や、それこそ藤丸立香に近いものだ。

 

そんな彼を救うのが、パーシヴァルの反乱軍の目的なのである。

 

故に、言葉で説得に入ることを決めた。

 

「我々は、女王に苦しめられた人間や妖精全てを救うのが目的なのです! マノイ殿!貴方に向ける槍は無い!!」

 

言葉と共に鍔迫り合いとなった槍を押し込む。

パーシヴァルの力が勝り、マノイにたたらを踏ませる。

 

しかしマノイは臆する事なく、再びパーシヴァルに仕掛けていく。

 

 

「クッ、お願いします! 我々が打ち倒したいのは悪の女王だけなのです!」

 

 

「黙れ! 何が妖精國に救いをだ!」

 

 

マノイが槍を打ち付ける。

 

 

「ウッドワス様に見出されて、陛下の御城を断って! 全てを裏切ったお前がブリテンを語るな!!」

 

再びの一撃。それはパーシヴァルに反撃の手を撃たせない威力だった。

 

「ウッドワス様達が各地を巡ってモース退治に勤しむときに、お前は何をやっていた!?」

 

 

何度も何度も。

 

 

「お前が好きな人間達だけを囲ってロンディニウムに引きこもっている時に、どれだけの人間と妖精が、このブリテンの為に散ったと思ってる!? ウッドワス様が、陛下が、この2000年の間に、どれだけの偉業を成したと思っている!?」

 

言葉の重みを乗せた槍がパーシヴァルを打ち付ける。

 

「勝手に妖精と人間の心を代弁するな! 予言の子が現れるまで何にもしてこなかった癖に! 予言の子の威光にあやかるだけの裏切り者が救世主を気取るな!」

 

その様子に、戸惑いを見せるパーシヴァル。

 

 

「これだけ國を混乱させて、陛下を殺して、ウッドワス様を殺して! それでどうして妖精國は救われる!?」

 

 

「……それは……ッ」

 

 

「お前達なんか救世主でも何でもない! 戦を起こした時点でお前達は皆悪だ! 女王を責める権利なんてありはしないんだ!!」

 

 

この戦いの最中、大広間に響くその声に、反乱軍の一部の動きが鈍くなる。

 

それをノクナレアが鼓舞し、持ち直す。

 

その様子をスプリガンは忌々しげに眺めていた。

予言の子が、カルデアが、そしてブリテンの住民が、あの思想を持たない短慮な者達だからこそここまで来れたと言うのに……

 

当に逃げる気は失せている。

今はこの戦況を確認した上で今後の動きを見ることが必要だと残っていたが。

 

スプリガンは考える。

未だ有利な状況ではあるが、何らかの対策は必要だと考える。

最早今、誰も気にしていない汚物を視界の端に置きながら、頭を巡らせる。

 

 

 

 

 

スプリガン自身が言葉にした事がある。

街で暮らす者には自分たちの家しか見えない。と。

 

モルガンがどれ程大きな対策を取ってきたのか。それをわからない俗物だらけだからこそ、此度の戦争は予言の子に有利となった。

 

それが、多くのブリテンの住民や、此度の反乱を起こした者達の視野であるならば。

マノイは全体を俯瞰で見る事ができる広い視野の持ち主だ。

 

いかに悪名が轟こうと、いかな悪行を為そうと、それに流されず、悪行の理由を深く考え。その上でこのブリテンを護ってきたのは誰なのかを察する事のできる稀な人間だった。

 

その彼が、英雄と称するのがウッドワス。

 

その敬愛が彼の力の源だ。

 

マノイが倒れればウッドワスを守る者はいない。

 

そのような土壇場で、限界を突破しないはずも無く。

 

「私は負けない! 陛下と共にこの國を護り続けたウッドワス様の為に! お前を倒すんだ!!」

 

パーシヴァルよりもマノイの方がより思慮深く、予言に頼る事なく、より現実的に、より真剣にブリテンを思っているのは紛れもない事実だ。

その上で彼はウッドワス個人を敬愛し、守ろうとしている。

 

パーシヴァルの掲げる思想は、聞こえの良いだけの曖昧なものなのは事実。

大義よりも個人への感情の方が時には力を発揮する。

 

予言に頼り、女王を殺せば全て解決するという浅はかな大義などに敗北する道理は無い。

 

パーシヴァルの戦う真の理由が、本当に妖精と人間の共存であるのならばだが――

 

 

 

 

 

 

 

「――!パーシヴァルを援護しないと!」

 

その様子を遠巻きに見つけた藤丸立香が、焦るように影を向かわせようとする。

動きにキレが無い。

 

「待ちな」

 

それを止めたのは賢人グリム。

 

「パーシヴァルなら平気だ。お前さんはアルトリア達を守る事に集中しろ」

 

アルトリアを見る。

 

ムリアンが現れてから顔色が優れない。

 

ソレは戦闘そのものの疲労というよりも、別の理由があるように見える。

 

言いながら、アルトリアを狙う牙の妖精を魔術で吹き飛ばす。

 

パーシヴァルなら平気だろう。

 

(そんな舌戦で臆するようなタマじゃねぇよな?)

 

マノイの啖呵は大したものだ。

そして正しいものの見方であることに異論は無い。

 

だが遅いと言えばもう遅い。

 

 

 

 

――愛する者の為に戦うのは何も彼だけでは無い。

 

 

――ガィンッ!

 

 

「――!」

 

「――すまない」

 

けたたましい金属音。

それはマノイの槍が弾かれた音だ。

 

「……あ」

 

マノイが、惚けたように声を出す中、流れるように槍の腹で吹き飛ばす。

 

「うぐっ……!」

 

ゴロゴロと転がるマノイ。

その様子を一瞥し、しかし見守る事もなく、ウッドワスを乗り越え、背後の女王のまで行こうと駆けていく。

 

そのウッドワスもとうに限界を越している。限界を越した戦いは既にウッドワスは終えている。

出来るのは肉壁となるのみ。だが、それは既にパーシヴァルの障害にはなり得ない。

 

隣のムリアンも王の氏族の対処で動けない。戦いに慣れぬ彼女に気を回す余裕はない。

 

力を振り絞り、パーシヴァルの動線を妨害しようと身体を張るウッドワス。

だが、その前に、先程吹き飛ばしたマノイがまた現れた。

 

 

「――っ!」

 

「いかせないぞ……っ!!」

 

 

予想外ではあったが、しかしパーシヴァルは止まらない。

彼を本当に動かすのはマノイの言うような浅はかな大義では無い。それ以上の尊き愛。

ある意味大義を信じて戦う者に対しての不義理でしかないその思想。

だが、ソレこそが真の力を発揮するためのものである。

 

今更罪の一つや二つ。覚悟は当に決めている。

ここに来るまでにどれだけの命を消費してきたのか。このような事は今更だ。

 

今度は遠慮はしない。先程の攻撃が加減ギリギリ。

それで倒れないようであれば選択肢は一つである。

 

槍を放つ。

 

それはマノイの命を確実に消す一撃。

 

心の中で謝罪の言葉を浮かべながら。

罪を償う事を心の中で誓いながら。

 

放たれた必殺の槍はしかし。

 

 

巨大な腕に阻まれた。

 

 

「――っ」

 

「ウッドワス様!?」

 

その腕の持ち主はとうに限界を迎えたはずのウッドワスだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

――戦いは真に力のある妖精一翅で行うもの。

 

それが、亜鈴であり、牙の氏族長であるウッドワスの一つの信念だった。

 

それが今はどうだろうか。

 

自身はあまりにも無力。

それどころか足手纏い以下の状態だ。

 

 

モルガンを傷つけ、トールと彼女自身に愛を示されたにも関わらず、スプリガンの企みとは言え、自身の愚かな行動がきっかけで彼等が傷付いてしまった。

 

そして、せめてその罪を償おうと戦い続けても、たった1人では、女王の首を切断される所だった。

 

肉体面もそうだが、心の絶望はもはや計り知れない。

 

そこに現れた牙の氏族の仲間達。

 

自身の敗走と共に殲滅させられたと思い込んでいた牙の氏族達。

 

それを届けたのは、他でも無い。あの翅の氏族の唯一の生き残りだった。

 

――すまない

 

声は枯れ果て言葉は出ない。

 

そして今、自身の命と、女王陛下の命を握っているのはなんて事のない1人の人間だ。

 

対峙する男のように特別に育てられたわけでもなければ、特別な武器を手にしているわけでもない。

 

オックスフォードではなんて事のない衛士。言うなれば雑兵である。

 

それが、命をかけ、人間とは言え圧倒的な力を持った敵と対峙している。

 

そしてその男は一度吹き飛ばされても尚、武器を手放しても尚、自分を守る為に立ち塞がるのだ。

 

牙の氏族ですらここまで根気の強いものはいない。

そんな人間が、自分を守ろうと、ブリテンを守ろうと、女王陛下を守ろうと命をかけているのだ。

 

 

――ありがとう

 

枯れた筈の涙が一筋流れる。

 

――ありがとう

 

それは、これまでのような悲しみと絶望の涙では無かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ウッドワス様……!?」

 

「サガレ!!」

 

しゃがれた声で叫ぶウッドワスは、空いた腕でマノイを戦場外へ吹き飛ばす。

 

 

信じられないと言った表情で、吹き飛ばされるマノイは床を引きずられた。

 

「な、何故です!? ウッドワス様!!」

 

意識はある。声は出る。

だが立ち上がる事が出来ない。

 

遠くから、叫ぶしか出来ない。

 

 

「ギザマのよゔなごわっばにマモラレル命などではないワ!!」

 

責めるような言葉だがしかし。

その本当の意味を、分からぬものはここにはいなかった。

 

「ワ。ワダシは、モーズのオウをたおしダ勇者ダ!! ココでダオレルゾンザイではナイ!!」

 

ウッドワスは戦いの構えを取る。

ウッドワスにもう大義はない。ブリテンのために戦うのではない。

今の彼は、女王の為、かつての王の為、そして何より命をかけて自分を守ろうとした人間の為に立ち上がる愚者でしか無い。

 

 

「ざぁ、ゴイ!! パーシヴァル……!!」

 

 

声はしゃがれ、聞き取りにくく、あまりにも醜い。

体には至る所に裂傷があり。

漏れ出た血は既に乾きドス黒い。

 

もはや動くだけで命を消費しているその姿。

 

近付くだけでもおぞましい。

 

今なお口から血を吐き出しながら叫ぶその姿はしかし。

 

 

 

 

 

 

ここにいる何よりも、美しく映っていた。

 

 

 

 

 

「ウッドワス様……」

 

吹き飛ばされたマノイが、涙を流す。

マノイ自身、もう戦える程の力はない。

 

 

誰もがその姿に息を飲んだ。

あれ程の状態だというのに勝てるというイメージを、持つ事が出来なかった。

 

 

それを見たベイガンが動いた。

自分勝手で力を鼓舞してばかりの妖精。

空気も読まず。粗暴で短気。

内心ではウッドワスに反発していた妖精だ。

 

そのベイガンが咆哮を上げる。

 

言葉は発さず。

自分たちの氏族長があのような姿を見せていると言うのにこの状況において劣勢なお前たちは何なのだと、

責めるような咆哮を上げる。

 

牙の氏族達がそれに応えるように咆哮を上げ、その体躯を盛り上げる。

 

一瞬だけ反乱軍の動きが止まり、獣の尊き咆哮に耳を奪われる。

 

「成る程、ブリテンを守る守護職と誇るだけのことはあると言う事ですね……」

 

尊敬の眼差しを持ってムリアンが呟く。

だがその呟きにはどこか自嘲があった。

愚行を働こうとした自分への嘲笑だった。

 

だが今はそんな場合ではない。

モルガンを見る。彼女は未だ体を引きずっている。少しずつではあるが前進している。まだ命はあるだろう。

 

対するトールは、ムリアンが感じる限り、かすかな生命の気配は途切れてはいない。

 

どうにか治療を施せば、助かるはずと希望を捨てず。

 

ウッドワスの蛮勇を目の端に捉えながら戦況を見回す。

 

今のウッドワスの姿に、それに鼓舞された牙の氏族達に、微かな希望を見出した。

わずかながら有利に見えなくもないが、しかし劣勢を覆せるとは思えない。

 

(後1手。後1手何かがあれば――)

 

為政者としての勘ゆえか、ウッドワスの輝きを目にしても油断できないのが今の状況。

 

変化を待たずにはいられない。

 

 

 

 

***

 

 

 

「……父上」

 

パーシヴァルは、ウッドワスに敬意を抱かずにはいられなかった。

 

過去の浅はかな自分を恨んだ。

粗暴な性格だと。

自身の浅慮さを差し置いて、尊敬できないなどと偉そうに見ていた。

 

それがどうだ。

目の前の漢は、目の前の妖精は、あるいは最強と言われている姉よりも強大で、他者を敬う心を持っていた。

これまで出会った誰よりも偉大で、尊敬できる存在だ。

 

 

だが、いや、だからこそ。

パーシヴァルは決意する。

 

目の前の妖精は、あるいは冷静に対処すれば、無傷で倒しうる事はできるのかもしれない。

時を待てば、そのまま自滅するのかもしれない。

 

だが、目の前の偉大な漢がそうなるとはとても思えなかった。

 

槍を強く握る。

もう、後は無い。

恐らくは今回が最後。

 

だが目の前のウッドワスに対してであれば惜しくは無い。

 

(さらば姉上……)

 

意識を集中させる。

 

ウッドワスも何かを察したのか、防御の構えを取るのが見えた。

 

元より覚悟の上だ。

大義を掲げながらも個人的思想で動く自分のために多くの命を消費した。

 

ここで自身の命を気遣う愚行を犯す気はない。

 

自身の命を消費する、『選定の槍』に魔力を通す。

槍から膨れ上がる神々しくも禍々しい光。

あとは対象に向かって使用するだけ。

 

パーシヴァルがソレをウッドワスに向けたところで――

 

 

――ダメだ!!

 

 

聞き馴染みのある爆音が響いた――

 

ある者は、ついに来たかと身構えた。

 

ある者は、なぜ今更と考えた。

 

ある者は、そもそも何故ここに来たのかと考えた。

 

その爆音は妖精國にして唯一のモノ。

 

風を切り裂き、魔力を燃やす。

 

唯一空を行く妖精國最強の騎士。

 

妖精騎士ランスロットが、その戦場に降り立った。

 

彼女は玉座の後ろ、城の外から飛んできたと思えば、瞬く間にパーシヴァルの槍を弾き飛ばし、ウッドワスを背に彼らを守るように立ち塞がった。

 

「我が名は妖精騎士ランスロット。僕は――」

 

ランスロットはバイザーを外し、首だけを後ろに回す。

這いつくばる女王を、その先、玉座までの道を逸れた場所に倒れ伏す人間を一度見た後、最後にパーシヴァルを視界に収め、口を開く。

 

「僕は、大切なものを守るためにここに来た」

 

アロンダイドの鞘を諸共に向けながら、宣言する。

 

「ソレを壊そうと言うのなら、この妖精國最強の騎士が、全力で以って相手をしよう――」

 

ここに来てまた戦況が一変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想本当にありがとうございます。
評価もありがとうございます。
投稿するたびに評価が乱高下するので、毎回この展開で大丈夫かな?と思いながら投稿しております。

感想ですが、嬉しすぎていらん長文でいらんネタバレしそうになるので、ストーリーが佳境ということもありますので、迂闊なネタバレする前に個々の返信は控えさせていただきます。
ただ本当にありがたいです。
本当にありがとうございます。

今後もご意見、ご感想よろしくお願い致します。


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決戦②

お待たせしてもうしわけありません。
プライベートの方が色々忙しくなりまして。


コメント。
コメ付き評価もありがとうございます。
励みになります。


この土壇場で妖精騎士の参戦。

ガウェインが離反し、円卓軍についた事を知っていた者は、妖精騎士ランスロットも味方についたかと期待したが、立ち位置だけで見るならば今の彼女は女王側。

 

戸惑いも大きい。

特にランスロットが真に仕えているのは誰なのかを知っている者にとっては、驚天動地と言ったところだろう。

 

ムリアンは、あちらの戸惑いを感じながら喋れないウッドワスよりも先んじて、ランスロットに声をかけた。

 

「何故貴方がここに? 妖精國で最も美しい彼女の元にいかなくてよろしいのですか?」

 

味方のようではあるが、彼女の立ち位置を思えば、本来ならば()()()側だ。

 

ありがたい参戦ではあるが、後ろからグサリではたまったものではない。

 

ムリアンに問われたランスロットは、今一度倒れ伏した男を見た。

どこか複雑そうな表情を作りながらのその行為。

 

あからさまなその視線に、ムリアンは違う意味での嫌な予感を感じ取る。

 

やがてランスロットは複雑な表情を変えぬまま。

 

 

「話は後だ」

 

 

言いながらまずは先ほど凄まじい魔力を噴き出したパーシヴァルの元へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

――正門が抜かれた。

 

 

「罪なき者のみ通るがいい、か。けど、このブリテンに罪のない妖精はいない」

 

妖精騎士ランスロットは空を行きながら1人呟く。

 

女王モルガンの慈悲を思いながら、それを踏み躙った反乱軍達に軽蔑の感情を向ける。

行動は一つ。

モルガンの慈悲を裏切った反乱軍を殲滅し、最大の裏切り者の妖精騎士ガウェインを誅する。

 

20分とかからないその作業を実行しようとしたその時、風が流れてきた。

 

 

「――何だって?」

 

 

それは、まさに今憂いた裏切りを自分自身が実行する事を望む風の声だった。

 

 

一瞬の逡巡。

しかし、いかに苦しかろうと、いかに恥だと思おうと、ランスロットには愛を示す以外の道は無い。

 

空中で静止し、しばしキャメロットを眺める。

 

その胸中に複雑な思いを巡らせる。

 

その時だった。

 

キャメロット。

ランスロットから見た中段ほどのその城の窓から、青白い光が瞬いた。

 

「――?」

 

最早ランスロットにキャメロットでやる事はもう無い。

その使命を放棄するようたった今指示されたのだから。

 

だが、いやだからこそ。

謎の発光を観察しに行く事に躊躇いは無かった。

 

その発光元の窓を、距離を置きながら空から覗く。

 

 

 

そこにいたのは、黒い獣と人間だった。

 

 

「アレは――」

 

トールだ。人間は間違いなく彼。

妖精舞踏会で出会ったどこか気になるヒト。

人間でありながら、この妖精國で確固たる信念で女王陛下を支持するも、予言の子一同に殺されたと噂がたっていた。

死んだと思っていた彼。

 

 

それが、ウッドワスと瓜二つな黒い獣に稲妻を放っていた。

 

アレは、あの雷は、神秘の類のような物にも感じるし、科学的な何かも感じ取る。

だがあれはもっと違う。科学だとか魔術だとか、そんなものは些細な差でしかないと思えてしまう程に異質な何かを感じる。もっとそう。原初に関わるような圧倒的な何かを。

 

絶対的な破壊であるそれはしかし、黒い獣を破壊する事はない。

 

「アレはなんだ? いや、知ってる。知ってるんだ……僕は、私は、アレを――」

 

頭を抑える。

心の奥底から、あるいは別のどこかから、何かが頭に流れてくる。

 

稲妻は発光を強め、範囲をどんどんと広めていく。

 

その光景を視界に収めていく内に。

段々と身体が不調を訴える。

 

(あ、ま……ずっ)

 

ランスロットは滞空を維持できなくなる事を自覚する。

最早その場にとどまる事は叶わず。

一度地上に着地する。

 

城の脇、最早誰も通る事の無いその場に、ランスロットは倒れ伏し、その意識を閉じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

それは見覚えのない光景だった。

 

 

目の前には男の死体。

アロンダイドで胸を貫かれ、仰向けに倒れ伏している。

何を考えていたのかすら定かではない、静かな表情で絶命していた。

間違いなく彼。

見覚えのないその光景を自分自身の視点で体験しているようなその感覚。

 

覚えはない。

 

これは、竜として自分が観測する未来のものとはまた違う。

もっと違う要因で観せられているような感覚だ。

逆に言えば未来を観測できるからこそ時間軸で言えば過去に当たると理解できた。

だがありえない。こんな事は起こっていない。

 

『何を思ったか知らないけど、此処を拠点に選んだのが君の落ち度だ』

 

冷たげに言い放つ。

 

その自分は目の前の彼に何の思いも抱いていない。ただの肉塊程度にしか思っていない。

 

それが酷く嫌だった。

 

 

 

視点が変わる。

 

 

それは黄昏の空だった。

風を切り裂くその感覚。

自分は限界速度で飛翔していた。

信じられない事に、真の姿を見せているのだ。

 

視線の先には、赤い鎧の人間。

 

そいつが超高速で飛翔している。

この身体を持ってしても並走するのがやっとな凄まじい速度。

 

『どうして、貴方が最初じゃなかったの――』

 

その自分は悲しみに塗れていて。

これから放つ最大の攻撃は半ば自棄になったからこそのもの。

 

『あなたさえいなければ――!』

 

放たれた絶望の一撃(ホロウハート・アルビオン)は、その赤い鎧の人間を飲み込み消滅させた。

 

あまりの悲しみに竜となった自分の慟哭が響く。

 

その絶望を、自分自身が体感させられている。

 

その消滅させた相手が誰であるか。

鎧の人物は誰なのか。

察するには余りあるほどの自分の絶望を感じ取る。

 

 

 

 

 

視点が変わる。

 

 

 

 

 

再びの彼の死体。

原型をとどめておらず、半分ほど残った顔の部品が唯一彼を証明する肉片だった。

 

視点が変わる。

 

今度は、踏みつぶされた虫の死骸だ。

それが誰かは、この流れで理解できた。

 

視点が変わる。

 

また別の方法で殺された彼の死体。

 

視点が変わる。

 

何度も何度も。

 

「やめろ……」

 

何度も何度も何度も何度も。

彼を殺し続けて。

 

「やめてくれ……」

 

時には彼を虫以下の存在としてしか思っていない時もあって。

 

「やめて……!」

 

時には、あるいはオーロラ以上に彼が自分の心を占めている時もあって。

 

そんな彼を殺し続ける結末を何度も何度も見させられて。

 

 

そしてまた視点が変わる。

 

 

 

『自分が自分でいる為の愛って言うのは1人じゃないといけないのかな?』

 

 

竜骸の沼。

自身の死骸が沈む沼のほとり。

 

沼に沈む自分自身の死骸を眺めながら、()は胡座を組んだ彼の体に背中を預けて座っていた。

 

彼はそれを当然のように受け入れていて。

両手を掲げ竜骸に向けながら、空中に浮かぶ透けた絵に触れている。

触れるたびに絵柄が変わり、それが何を意味しているかは僕にはわからない。

 

その姿は傍目から見ればまるで親子か、兄妹か、あるいは恋人のようではないだろうか。

 

今の僕にはこの感情が何かはわからないが。

その心の温まりは、パーシヴァルやオーロラに向けているものと同等か、あるいはそれ以上のものかもしれない。

 

 

『ほら、愛って言うのも色々あるし。家族愛とか、恋愛とか、友愛とか』

 

 

『もっと細分化するなら異性愛、同性愛、父性愛、母性愛、後は――』

 

 

『――殺し愛?』

 

 

『って最後のは冗談。痛っ! ちがっ! からかってるわけじゃないって!』

 

彼の冗談に苛立って、後頭部を打ち付けるもののその私の心は酷く楽しんでいて、それも一つのスキンシップ。

()の顔が綻んでいるのがありありとわかるその状況はあまりにも気恥ずかしくも、それは本当に羨ましくて。

 

『愛を求めてしまう性質って言うのを変える事ができないんだったら』

 

そんな愛についての語り合いは。

 

『――色んな愛をたくさん育てれば良い』

 

ひとつの解を見出した。

 

『まあたった一人を愛し続ける尊さってのは綺麗なものだけどさ……無理やり一つに絞らないといけないってわけでもないと思うんだ。さっき言ったみたいに愛の種類は色々あるわけだから』

 

『無償の愛をささげ続けるっていうのもいいけど、そういうの、メリュジーヌは盲目的にできないだろ?』

 

『だから、いろんな愛を見つけて育てて……今だと、オーロラ様を除けばまずパーシヴァル君かな? やっぱり』

 

『そんな事で君の体をどうにか出来るかはわからないけど、でもそれを抜きにしてもさ、大切な物を増やしていくって事はそう悪い事じゃないと思うんだ』

 

『だから、その……メリュジーヌにとって大切な人をもっともっと意識して増やしてみるってのはどうかな?』

 

それは、思ってもみない提案だった。

愛と言うのは、自分ではどうしようもないもので。

特に僕を構成する為の愛は、オーロラでなければならないものだ。

彼の提案はきっと意味のないもの。

 

 

『オーロラ様最高!ってなるのも良いけどさ。色んな人達の色んな良い所を見つけていってさ……例えば、コーラルさんの良い所を1日1個見つけてみるとか……それがいつしか色んな形の愛になって……そうやって愛を自分自身で育てていくってのはダメなのかな?』

 

そんな提案に私ははっきりと答えを出す事は出来ない。

今の僕であれば何をバカなと思っているのかもしれないが、この私はその提案に迷いを見せているようだ。

 

『……ごめん。君とミラーしか友達がいない()が言うことじゃないよな……浅はかだった……でもその、君にはもっと友達が必要だと思って……』

 

そんな彼の悲しそうな表情をどうにかしてあげたかったが、口下手な私はどうにもできなかったらしい。

 

自嘲気味に呟く彼の提案は、僕の身体を解決するには至らないだろう。

愛というものは自分で持とうと思って持てるものではない、自身ですら想像もできないような、そんな尊い出会いから生まれるものであるというのが僕の認識だからだ。

それでも私はそんな自分の為に色々と考えようとしてくれる事そのものが嬉しかったようだ。

 

そんな思いを、私は精一杯伝えようとしているのだろう。

これまで以上に、彼に身体を預ける事を、その方法としたようだった。

 

「……ありがとう。メリュジーヌ」

 

そんな私の思いを察したのか、彼は酷く嬉しそうな表情で礼を告げる。

 

羨ましかった。

彼とあの私に何があったかは、全く想像が出来ない。

 

それでも殺してばかりのその先に、こんな邂逅がある事が救いであり、悲しみだった。

 

複雑な感情で私と彼のやり取りを見ていると、彼の図形を弄る手が止まる。

 

 

『――と出来た』

 

 

その言葉と共に彼は、色々と空中でいじくり回していた手を掲げたまま手を合わせる。

 

奇術師が何か大きな事をする前のような演技がかった不思議なポーズだ。

 

何をする気?と僕でない私は彼に問う。

 

『君の言葉通りなら、メリュジーヌの体は一種の認識――思い込みによって構成されたもの。量子力学なんかに世界の成り立ちをそういう風に解釈する理論があるんだけど……まあこれは置いといて』

 

『その参考先を、オーロラ様じゃなくて君自身に変えられないかと思ったんだ』

 

 

なんだかとんでもない事を言っている気がする。

 

『これは君の脳に直接作用して、思い込ませるためのもので。まあ、やる事自体はただのイリュージョンショーだからそんなに気張る事じゃないよ。 ミラーと一緒に見る映画のような感覚で見てくれれば良いから』

 

言いながら、彼は掲げながら合わせていた手を一気に解放した。

 

『さあ、準備は良い――?』

 

 

準備など出来ていない。

だが私ではない僕は首を振ることもできない。

流れに身をまかせるしかない。

 

一抹の不安をのぞかせながら、だんだんと変化していく風景を感知する。

それは、世界そのものが変化したのではないかと見まごうばかりの幻想だった。

 

 

 

 

 

――それは、言うなれば愛だった。

 

愛に溢れていた。

 

彼なりの、私を思って作り出した精一杯の愛。

 

 

心が震えていた。

涙を流していた。

暖かいものに満たされ。

体はこれ以上ない程に火照っていた。

 

私は愛を示してくれた彼を視る。

そんな彼はこちらの想いを知ってか知らずか、自身の愛の結晶を見ながらそれを自分自身で楽しんでいた。

 

彼のこちらを見る笑顔は見切れないくらいに眩しくて。

 

これ以上ない程の幸福に見らされていて。

 

そんな幸せを甘受したいと、永遠に味わっていたいと思った所で――

 

 

 

視点が変わった。

 

そこからは、ありとあらゆる経験があった。

 

心を通わせながらも、それを信じきれない自分は彼を傷つけていく。

 

先程と同じようなやり取りを経て私が彼によって救われていく。

 

なんの感情も持たずに、彼を虫けらのように殺していく。

 

そんな喜びと悲しみを織り交ぜた、夢のような経験を体験し尽くし。

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

 

 

 

周りを見れば城のほとり。

戦の喧噪すら届かない。身体の不良を察して着地したたそのままの位置。

 

まず認識したのは自分の身体だ。

 

 

「あ――」

 

 

()()()()()()

 

 

オーロラを思い描きながらなら成り立ったその体に見た目の違いはない。

この世で最も美しいと感じた彼女を参考にしたそのままだ。

 

だが、確実に変化している。

自分の身体が、オーロラを思って紡いだ身体が。その形を保ったまま。

より確固たるものになっている。

 

「僕は――」

 

溢れる涙は何を思ってか。

 

「私は――」

 

自身の身体に危惧していたような事がもう起こらないことに対しての喜びはあった。

 

だが――

 

 

「とおる……」

 

その涙は喜びのものではない。

 

 

「とーる……」

 

 

では、その涙は何なのか

 

 

「うぁ……」

 

 

その原因たる幸せな夢の中の彼は、今は自分のものでは無いと言う寂しさからなのか。

 

それはメリュジーヌ自身にもわからない。

 

オーロラから愛される事などありはしないというのは既に覚悟が出来ている。

 

だが、彼は手に入らないという事実は違う。

あれ程の幸福を与えてくれるであろう彼はもう自分のものではない。

 

あんな邂逅があったのは彼があの時あのタイミングで湖水地方に立ち寄ったからだ。

 

言うなればそれが分岐点。

 

今の彼の愛は自分以外に向いているとわかってしまっている。

 

夢のようなあの幸福はもう手に入りはしない。

 

そんな現実を前にどう生きていけば良いのか。

 

これから何をすれば良いのか。

 

あるいはこれからでも彼に愛を注いでもらう事はできるのか。

 

 

迷っているうちに、咆哮が響く。

 

 

「これは――」

 

 

それは牙の氏族のものだ。

 

状況は定かでは無いが、つまりはまだ闘いは続いているという事だ。

 

その後に魔力の高まりを感知する。

 

覚えのある魔力。

 

それが何であるかは知っている。

 

それは、自分にとってのもう一つの愛。

彼とも彼女とも違う、その愛を捧げている彼のものに他ならない。

 

そしてそこから迸るおぞましい気配が何なのかも。

 

 

『色んな愛を育てていくのはダメなのかな――?』

 

 

思い出すのは夢の中の彼の言葉。

 

 

涙は引いた。

 

 

今はそう、大事なものを失わないための行動が必要だ。

 

その後の行動に迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「姉上!?」

 

「姉として、馬鹿な事をする弟を止めないとね。パーシヴァル」

 

驚愕の表情を浮かべるパーシヴァルに、ランスロットは一言告げるだけ。

 

「!?」

 

勝負は一瞬だった。

真正面からランスロットが肉薄し、その拳を叩き込む。

直前まで膨大な魔力を注ぎ込み疲弊しているパーシヴァルになす術もなく。

 

鎧を砕くほどの拳を腹に受け、その意識を閉じざるを得ない。

 

「あね……う、え」

 

「ありがとうパーシヴァル。君は僕のために戦っていたんだろう?」

 

ランスロットは、数々の時間軸で得た情報からその事実を口に出す。

 

「でも剣を突きつける相手が違う。陛下はむしろ僕ににとっての恩人だ」

 

「そん、な……」

 

「悪いのは僕だ。他人との、君との交流に怯えていた僕の落ち度だ」

 

そのまま意識を閉じるパーシヴァルをランスロットは優しく受け止める。

 

「おやすみパーシヴァル。今は、寝ている方が安全だ」

 

乱戦の中、確かに一つの決着はつき、ランスロットはパーシヴァルを部屋の端に置きムリアンの横へと戻る。

 

「——ひとまず、陛下を害する気は無いという事で?」

 

ムリアンの訝し気な視線を気にも留めず。

襲い来る王の氏族を神秘の力ではじき出す。

 

「ああ、僕が僕でいられるのは陛下のおかげだ。それに僕は彼女の、この國の在り方賛同しているからね」

 

「ですが、本当に仕えているのは別の方。その方のせいで陛下は虐殺されるところでした。信用できるとでも?」

 

妖精騎士ランスロットが真実、オーロラに仕えているのはムリアンも知るところである。

この状況は予言の子を勝利に導く為、オーロラとスプリガンが生み出したもの。

 

「信頼できないのはわかってる……」

 

遠因に自分も関わっている事もあるとは言え、いまこの状況においては素直に彼女を受け入れられる分けも無い。

 

「だが僕がいなければ勝利できない状況だ。君達は僕を頼らざるを得ない」

 

言い捨てて、王の氏族の対応に移るランスロットの言葉にムリアンは内心で苦虫を噛み潰す。その憤りを見せないよう、その表情を維持するのが精いっぱいだった。

 

パーシヴァルの槍は、未発に終わった。

 

 

結果的にウッドワスとパーシヴァルの命。双方を救ったことになった。

ある意味最大の主力であるウッドワスを失わなかったという意味ではパーシヴァル以上の精神的支柱や戦力が豊富なあちらよりも益になっているという事は事実である。

 

だがウッドワスは既に満身創痍。

ムリアンとランスロットがいる少し離れた位置で、他の牙の氏族達と共に妖精達を相手どっているが、あちらには妖精騎士クラスの戦力がまだ残っている。

 

せめて誰かがモルガンを玉座まで運ぶことが出来れば良いのだが、そんな人員は存在しない。

 

ありがたい事このうえ無いが。

 

「とは言え、もう少し信頼できる要素が欲しい所ですけど……」

 

やはり、そう素直に受け取ることは難しい。

独り言ちるムリアンだが、それが聞こえたのか、ランスロットは口を開く。

 

「……僕も彼女の風の事はさっき知ったばかりだったんだ。ガウェインの裏切りによって正門を破られて、陛下も予言の子との闘いを望んでいた節があったし、僕も空気を読んで撤退した。その後はガウェイン含めて裏切り者を殲滅する予定だった」

 

「……それで? 彼女がついに表立って陛下との敵対を宣言した今、何故こちらの陣営につくのです?」

 

それは確信に迫る問いだ。

ムリアンは心の中の懸念を吹き飛ばしたい一心で問い質す。

その回答次第では、これから先の動き方も変わって来る。

 

「あそこに倒れている彼――」

 

ちらりと、ランスロットは王の氏族を複数相手しつつも目線を外す余裕をみせながら彼を見る。

その姿に心が痛むが、彼のしぶとさは()()()()()()()()()()

あれで死ぬような男ではないと確信している。

 

ムリアンの訝し気な視線を受け流し。

 

「彼は僕の恋人だ」

 

こともなげに言い放つ。

 

「……ハ?」

 

ムリアンは戦闘中だと言う事も忘れて奇妙な事を言い出した妖精を見る。

 

「……別の次元ではね」

 

「……そんな訳のわからない理由で納得できるとでも?」

 

別の次元。

 

ランスロットなりのジョークかとも思われたが、彼女の表情は本気であり、尚且つ哀愁を感じられた。

 

頭がおかしくなったのか。

 

それとも本当の話なのか。

 

ムリアンに判断はつかない。

 

 

「……軽率な心変わりでない事を証明する為にひとつお願いがある」

 

戸惑っているとランスロットの方から提案があった。

先程のジョークの答えを出すつもりはないらしい。

 

「……聞きましょう」

 

いつもそうだ。彼女に会話を期待するだけ無駄だろう。

 

「この戦が君達の勝利で終わった場合、オーロラを処断する事は止めて欲しい。それと彼、パーシヴァルも」

 

視線の先にはつい先ほど本人が気絶させた青年。

 

「このまま予言の子が勝利すればロクな事にならないだろうからね。まあその要因は彼女だろうけど。陛下が失われた途端妖精同士の争いは避けられない。その時オーロラとパーシヴァルの両方を守るのは僕には難しい」

 

成程と、ムリアンは考える。

 

先程の嘘か本当か分からない理由よりもまだ納得だ。

 

そしてそれは同意見。

 

予言の子が王になろうが、ノクナレアが王になろうが。今の圧政を崩せばその先の争いは避けられない。

表立った暴力的な戦争か、裏での陰湿な争いになるかはわからないが。

 

今回のような姦計が回らされた場合、双方ともあっけなく死亡するイメージしかない。

 

その場合こそ本当のブリテンの滅びである事に想像は固くない。

何せその争いに自分自身も参戦しようとしていたのだ。

それはモルガン以外に絶対的存在がいない事への傲りによるものでもある。

それがどれだけ哀れな事だったかは今となって気付く事もあるが。

 

 

だが――

 

「そんな無茶が通ると思いますか?」 

 

今回の首謀者の一人はオーロラだ。

もはや全妖精に吹いたあの風をごまかすことはできはしない。

 

「できるさ。陛下と――」

 

そう言いながらランスロットは倒れている彼を見た。

 

「彼ならね」

 

それはこれまでにないほどの確信的な声だ。

未来でも見ているかのようなその態度。

 

ランスロットは、会話はそれでとばかりに、ムリアンの答えを聞かぬままその場を離れる。その先には村正と賢人グリム。

どうにかしてモルガンを殺そうと画策していた2人へと突撃していく。

 

「ったく! お前さん、空気を読んで退場したんじゃなかったのか!?」

 

「ああ、恥ずかしながら戻ってきた次第だ」

 

「これだから最強種ってヤツは……っ!」

 

 

2人の攻撃を弾きながら、ランスロットはモルガンの首を取ろうとする複数の王の氏族の妖精に背中につけた何かを投げつけた。

 

それは、物理法則を無視するかのような軌道を描き、生きているかのように跳ね返りつつそのその衝撃を利用し妖精達を吹き飛ばす。

 

最後にはランスロットに飛びかかろうとする村正とグリムに襲い掛かり、2人の武器によって防御されたそれはランスロットの手元に吸い込まれるように戻っていく。

 

それは盾だ。青と赤で彩られた円形の盾。

その彩色はブリテンを象徴するに相応しいと言えなくもないが真ん中の白い星によって、別の国を象徴するものへと印象を変えている。

 

「なんだぁ!? その盾は!? どう言う材質だ」

 

「手元に戻る概念でも持ってやがんのか?」

 

魔力があるわけでもない。

だがただの金属の盾でも無い。

 

それを見事に看破しながら2人は叫ぶ。

 

 

「これは宇宙で1番強い盾だよ。キャプテン・アメリカという人間の英雄が持つ盾さ……」

 

「きゃぷてんあめりか?」

 

村正はグリムに向くが対するグリムは首を横に振るだけ。

このブリテンでアメリカとは。

そして最強種である彼女が宇宙でも最強と宣言する程の盾とはどういう了見なのか。

 

「まあ、君たちには関係のない話さ。これはあくまで借り物……」

 

2人の疑問に答えることはなく、ランスロットは誰を思ってか、憂いの表情を浮かべる。

 

会話は終了とランスロットは2人に肉薄していく。

 

「相変わらず話したいことだけ話す勝手なヤツだ!」

 

不満を漏らしたのはどちらなのか。

異星の神と汎人類史の神。

それぞれの使いがブリテン最強の妖精騎士と戦闘を開始する。

 

 

ムリアンは、それを見ながら一応の納得を果たし。

再び戦いへと戻る。

 

これで戦力は対等。

 

モルガンが玉座に着くまでに、時間稼ぎとして防衛戦に徹すれば、確実に抑えられる。

 

このままいけば、少なくとも負けることはないと。

淡い期待を込めムリアンは慣れない戦闘に参加する。

 

 

どうにかして彼の意識を取り戻せないかと思案しながら、今はゆっくりと玉座へ進む女王へ期待するしかないと歯がゆい思いを巡らせた。

 

 

 



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決戦③

評価、感想ありがとうごさいます。
誤字報告本当に助かります。


(番狂わせにも程がある!)

 

 

参戦するランスロットを見る。

 

こんなはずではなかった。

 

この妖精國は自分の家の周りしか見えない愚か者ばかり。

 

だからこそ確実だと見越して実行に移したと言うのに。

 

 

あのままウッドワスに殺させるはずだった女王。

 

万が一殺せなかったとしても、娘を人質に取った上での殺害も企てた。

 

それが失敗に終わったとしてもオーロラの風が全てを終わらせるはずだった。

 

それさえも前座だ。

最後の最後に予言の子さえ来ればどうにかなるとも思っていた。

 

それが、ウッドワスによる殺害はあの男に邪魔をされ。

 

娘を利用した策とオーロラの風はそのウッドワスに邪魔をされ、予言の子がきたと思えばムリアンが牙の氏族を引き連れてやって来た。

 

(話が違うでは無いか……!)

 

とある男に聞いたムリアンの復讐心。

成る程と聞いてみてみれば、あれほどわかりやすい憎悪も無かったというのに。

 

どう言った心変わりか。

 

挙句の果てには妖精騎士ランスロットの登場。

あの妖精はオーロラに与している筈ではなかったのか。

 

全くもって度し難い。

 

苦虫を噛み潰す表情を作りながら彼、スプリガンは戦況を分析する。

 

あの哀れな女王は未だ這いつくばり無様な姿を見せている。その執着はあまりにも醜く。しかしその執念があるからこそこの2000年という途方もない支配が続いたのだろう。

 

とはいえ、まだまだ玉座には辿り着くまい。

牛歩よりも遅いその進みはそれこそ戦いが終わったとしても続くのではないかと思う程だ。

 

妖精騎士ランスロットも一気にこちらが蹂躙されるかと思いきや異邦の侍と奇術師2人が中々対等以上の戦いを演じている。

 

そして予言の子や異邦の魔術師達は全くの無傷。

謎の影や盾を持った少女は後方に襲い掛かる牙の氏族を追い返しているがまだまだ持ち堪える事はできでいる。

 

ニヤリと笑う。

まだだと。まだ戦力としてはわずかながらもこちらが上だ。

どこかしらの隙をついて女王を殺す事は可能。

 

焦る事はない。

 

 

 

 

 

そう、考えていたのだが――

 

 

 

 

 

 

爆音が響いた。

 

それは大広間の壁が破壊される音だと気付いたのは、横合いからの土煙から巨体が現れたのを見た時だった。

 

巨大な体躯。

金髪の髪。

肉食獣のような獰猛な瞳。

それに似合わない精錬された甲冑。

 

そこにいるのは、もう1翅の妖精騎士。

 

妖精騎士ガウェイン。

 

予言の子に与した女王にとっての裏切り者。

 

反乱軍側についた。最大戦力の1翅。

 

ここに来て戦力がと、スプリガンが期待したところで。

 

 

 

 

彼女が剣を向けたのはこちらだった。

 

 

 

 

普段ならば西洋の騎士らしく、名乗り上げでもするのだろうが、彼女は黙して語らず。

 

ただ無言で女王の首を取ろうと隙をつき、移動していた王の氏族の妖精を吹き飛ばしたのだ。

 

もはや言葉もなかった。

 

まさかまさかの妖精騎士ガウェイン。

それもあちらに与するとは、予言の子を見れば信じられない様子。

 

一体どういう交渉をしたのか。

 

どのような報酬を寄越したのか。

このように二重に裏切られるなどなんたる間抜けな事だと視線を送るが気づかれず。

 

(最早、予言の子の勝利に期待など……!)

 

できないと。

 

踵を返し、逃げようとしたところで。

 

(馬鹿め、逃げてどうするというのだ……!)

 

このまま予言の子が敗北すれば、どの道自分は謀叛者の1人として処刑されるだろう。

 

所持している宝の全ても奪われる。

そもそも死んでしまえば宝も何も無い。

もはや自分の未来は予言の子に掛かっている。

 

(このまま無様に宝物庫に籠るくらいであれば――)

 

スプリガンの脳がこれまでにない程に熱を上げる。

この二転三転してきた状況に対応しようと、策を巡らす。

 

ここまで来れば奇策は通用せず。

 

 

――単純な手でいくしかあるまい。

 

 

「何をうかうかと!!」

 

自分でも驚くほどの声が出た。

 

「あなた方は救世主として、この妖精國を救う為に巡礼の旅を巡って来たのでしょう!?」

 

まず考えついたのは士気の向上だ。

 

現状戦力としてはランスロットには侍と賢者で同等。

 

ガウェインには盾の少女と不可思議な影達で同等。

 

他は有象無象。

 

ウッドワスなど雑兵と変わらない。

 

予言の子はどういう訳か傍目で見てもわかるような戸惑いを見せている。

他の妖精達を守る為の魔術を用いているだけで戦いには積極的では無い。

彼女こそモルガンと同等と言われる程に力をつけたはずの予言の子なのだ。

彼女がやる気を出せば決着は着くはず。

 

そう見越しての似合わない行動。

だが自分の言葉で士気が上がるとは思ってはいない。

 

本命はこの後だ。

 

「あの愚かな女王が再び玉座に着く事を許しても良いのですか? 見なされ!! あの女王の姿を!」

 

 

味方を鼓舞できないのであれば敵の格を貶めれば良い。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

――稲妻を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精騎士ガウェイン。

 

本来であれば女王モルガンを守護する役割を持つ妖精國最強の騎士の一人。

 

しかし、彼女はアドニスとマンチェスターの住人(愛する者達)の為に彼女を裏切る事を決めた。

 

上っ面だけの予言の子との戦闘を終了させ、正門を通し、今は反乱軍に協力しながら女王軍の前に立ちふさがり彼らの戦意を削ぐ役割。

 

これ以上ない程の裏切り行為。

 

 

滅びる前提の世界でありながら、それでも救世主としてこの妖精國を救おうとする正義を尊いと感じ、利害の一致と正義は彼らにあるという考えの元決意した。

 

その決断に迷いはない。

 

その時だった。

 

城の中枢。

 

不思議な、何故か覚えのある感覚に振り替えれば視界に入ったのは青白く光る稲妻。

 

「アレは――?」

 

疑問が口から出た瞬間、妖精騎士ガウェインはその意識を閉じる。

 

それは奇しくも妖精騎士ランスロットと同じ現象。

 

 

 

『愛する人を食べしまう事とバーゲストが卑しい獣で、死んだ方が良いって言うのはまた別の話だよ』

 

 

妖精騎士ガウェイン。

真名はバーゲスト。

 

彼女は城から迸る稲妻を見た瞬間に意識を失い、夢を見た。

 

 

 

 

映し出されるのはさまざまな記憶。

 

マンチェスターでの、1人の青年との交流だ。

 

今のバーゲストの記憶にはないやり取り。

不思議とそれが単純な夢であるとは思わない。

それが別の時間軸。並行世界のような所から流れる情報であると言うのを察するのに、時間は掛からなかった。

 

 

 

 

幾度も繰り返す彼とのやり取りは、無限だと思える程に多岐に渡るが、大筋はさほど変わらないものだ。

 

基本的には出会いは最悪。

 

彼とはマンチェスター周辺をうろついているところで出会う事が多かった。

 

人間が1人出歩いている事は基本的には異常である。

故に怪しい者だと疑ってかかるのが殆ど。

 

だから、彼を人間牧場の脱走者と断定し、ある程度の問答の末――

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の首を落とすという結末が殆どだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も何度も。

 

何度落としたか分からないほどの回想を経て。

 

 

 

 

次の情景へ進む。

 

 

 

首を落とさずに済んだ先の未来。

彼が異世界から帰郷した元妖精國の人間だと判明し、マンチェスターに案内していく。

 

彼は良い人間だ。

他者を敬い、弱き者を守ろうとする善人だ。

騎士道というものを心底軽蔑している辺りはウマが合うとは言い難いが。

それさえも一つの考えとして正しい騎士道を貫く上での参考になりえる。

そして人間にしては強い。

それこそ何度も首を落とせた事が信じられない程の強さだった。

 

だが、彼はその記憶のほとんどを失っており、自身の記憶を思い出せない時はその力を発揮できずに死んでしまうことも多い。

 

マンチェスターに住む条件として提示したモース退治の過程で死んでしまうこともあった。

 

遠征から帰ったらいつの間にかいなくなっていた事もあったのは、マンチェスターの妖精に殺されたか、自分自身が食べてしまったか、その二つ。

 

それを客観的に記憶に叩き込まれた時の罪悪感は、それは凄まじいものだ。

 

 

 

 

 

 

情景はまた移り変わって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

予言の子。

 

と言うよりは異邦の魔術師達、カルデア。

 

女王を裏切り、彼らにつこうとしている自分。

 

この世界を滅ぼす立場のはずの彼ら。この世界は勝手に滅ぶと。故に自分達は侵略者ではないと彼らは言う。

むしろ自分達は妖精を救おうとする側だと、そう屈託なく宣言する彼らを尊いと思ってしまった。

 

 

ある日。

 

 

とある時間軸。

女王を裏切るべきか彼に問うた事があった。

 

確かにに彼らは善人だ。

だが彼らは、万が一世界が存続されるようで在れば、ブリテンを滅ぼす側の存在。

あくまで世界の問題であって、自分達は侵略者でないと言うのはただの屁理屈。

 

彼らの事をそう称した。

 

彼らは救世主を名乗りながら結末の不明な予言に従って行動しているだけで、その先を見ていない。

 

わかりやすい悪である女王を殺せば解決すれば國が成り立つというのは詭弁であると。

その後の国政を担おうともしない時点で愉快犯と変わらないと。紛れも無い悪だと。

 

世界を滅ぼす罪を中途半端な善行で誤魔化そうとする偽善者でしか無いと彼は言った。

 

彼らの偽善がもたらすのは救いではなく、その国の混乱。

本当の意味で妖精國を救う気はないにもかかわらず救世主を名乗りただ國を掻き乱したあげく、満足して去っていくであろう彼らを心底嫌悪していた。

 

彼はこちらも戸惑うほどの女王派。

 

大厄災から妖精を守ろうとしない女王を愚痴る自分に、あまりにも勝手だと憤慨していたのは数々の記憶の中でも印象的だった。

 

全てを女王に頼りきりだった癖に今更その程度の悪政で手のひらを返すなと、彼は怒りを示した。

 

それもわからずに上辺だけので善意を語り、この國に戦争を巻き起こしたカルデアを絶対に許さないと恐ろしい程に怒りを示す彼を見て、

 

バーゲストは、それを正しいとも間違いだとも言う事はできなかった。

 

 

 

 

その答えは未だ導けないまま。

 

愚かな自分は女王を裏切る事を決めた。

 

それが殆どの選択。

 

女王を裏切り、世界を裏切り、侵略者である彼らに就く事で得られる対価。

 

アドニスとマンチェスターの住人(愛する者達)を汎人類史に住まわせる事。

 

その対価にもはや価値は無いとも気づかずに。

 

 

 

 

また情景は変わっていく。

 

 

 

バーゲストが見せつけられているのは厄災と化した自分だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実。

 

そしてマンチェスターの住人のおぞましい残虐性。

 

常々汎人類史の騎士を参考に、マンチェスターの住民を教育して来た。

 

バーゲストのように騎士道を重んじるようにと。弱きものを守るようにと。弱肉強食を常に教え込んできた。

 

だが、そんな彼女が、騎士としての矜持を誇っていた彼女自身が人間を世話しながらも裏では喰らうという罪を犯していたのだ。

 

汎人類史の騎士を目指す彼女のように在れと教育した結果。

 

バーゲストを参考に妖精達はその遊びを覚えてしまった。高潔な騎士の行いだと教育してしまった。

 

妖精騎士バーゲストのような立派な妖精がやってることなのだから、その遊びは正しい物に違いない。

 

結果的にそう教育してしまっていたのだ。

 

 

卑しい獣である性分のせいで、マンチェスターの住人に、愚かな虐殺を正しい事だと、これが自身の提唱する騎士の在り方だと思わせてしまった。

 

そう()()してしまった事に対する罪は、もはや償いきれるものではない。

 

 

そんな道化以下の自分を俯瞰で見せつけられている現状。

 

その絶望は生きようとする気力を更に削ぎ落とす。

 

この情景が夢であれ、並行世界の出来事であれ、今の時間軸の自分はその罪を犯した大罪者だ。

 

既に後悔したところで、目が覚めれば女王を裏切り、予言の子を導いた事実は変わらない。

 

目が覚めたら早々に自害してしまおうと。

そう決心したところで。

 

 

夢の中の自分は、あまりの絶望に厄災へと変質していく。

 

そう、厄災だ。自分は予言にあるような獣の厄災。

この妖精國を滅ぼす為に生み出された呪いそのものだったのだ。

 

 

 

絶望は加速する。

 

 

 

 

それでも気を保てたのは、あるいは記憶の中の彼の行動だろうか。

 

毎度巻き起こるマンチェスターの暴動。

 

マンチェスターの住人が彼によって全滅させられていた。

 

彼はいつも、マンチェスターでの虐殺を彼自身の責任にしようとしていた。

襲われたのではなく、自分から癇癪を起こして暴れたのだと。

そして最後まで。私がその記憶を思い起こすまで、アドニスの事を隠そうと尽力していた。

 

彼がアドニスを隠し通せなかった時、あまりの絶望に殺してくれと、頼んだ時もあった。

 

 

『無理だよ』

 

 

だがいつも断られてしまう。

 

 

()は君を殺すなんて出来ない。悪でも何でもない君を殺す勇気は僕にはないんだ』

 

 

彼は、いつも厄災と化した私を殺すのではなく救おうと尽力する。

殺す事こそが救いだと説得を試みても聞いてくれる事は一度もない。

殺す事も救いだという甘えなど認めないと、そんなものは殺した側が罪軽くするための詭弁だと、そんな屁理屈で自分を誤魔化せる程薄情にはなれないと、彼は決して諦めない。

 

『本当に、妖精っていうのはどいつもこいつも……何でそう滅びたがるんだ!』

 

()()()()()()調()()()()

人格さえも違うのでは無いかと思うほどに性格は毎度異なっている。

 

 

 

 

だが、どんな性格であろうと厄災と化した私が彼に殺されたことは、ただの一度も無かった。

 

 

 

厄災と化してなお、私を救おうと彼は足掻き。

そして不思議な稲妻を身体から発現し、毎度のごとく飛び込み、彼は厄災となった私の口腔から侵入を試みる。

 

雷喰いのバーゲストと揶揄されるがまさにそのままと言った所か。

 

そして暗闇の中対話が始まる。

 

 

『確かに妖精達の残虐性は、君からすれば醜いかもしれない』

 

 

今の夢のような彼の稲妻による精神観象による対話。

 

 

『だからって滅びるべきだなんて。そんな理屈で自殺なんて絶対許せない』

 

 

暗闇の中の対話は多岐に渡るが結論は同じだ

 

 

『妖精が醜いからこの世界は滅びるべきなんて言うなら。それこそ汎人類史の人間連中も醜さは変わらない』

 

 

彼は、私以上、あるいは女王以上にブリテンを愛している。

 

誰しもがうらやむ汎人類史の情報を、そんなものは表向きのものでしかないと、確信する。

 

 

『見苦しいからだの、存在が間違ってるからだの。そんな偉そうに勝手な理屈で妖精國は滅ぶべきなんて言う奴がいたら、()はそいつを絶対に許さない』

 

ブリテンの事になると、どんな柔らかな人格でも少し過激になるのは毎度の事だ。

 

『比べる相手を無駄に美化して自分を貶めて死ぬべきだなんて。そんなの悲しすぎるよ』

 

私は醜い獣だ。

決して生きるべきではない。

その考えをそう簡単に切り替えることは出来ない。

 

何せもう今の私は彼との交流は存在しない。

浅い考えで予言の子につき、つい先ほど正門を通してしまった。

これ以上のない罪を犯してしまっているのだ。

 

女王を裏切った。

 

裏切る理由である愛する者達はもういないようなものだ。

 

自分は死ぬべきだ。

 

醜い自分は死んで詫びるべきなのだ。

 

そもそもとして生きる理由もない。

 

 

 

 

 

『お願いだから生きてくれ。バーゲスト』

 

 

 

 

 

 

 

 

だが――

 

 

 

 

 

 

あらゆる時間軸で、あらゆる世界で。

 

 

 

 

 

 

何度も私を救おうと尽力してくれた彼を裏切る事だけはしたく無かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの喝采が響く中。

2翅の妖精騎士が並び立つ。

 

「やあガウェイン。陛下を裏切って予言の子に就いたと思ってたんだけど……」

 

グリムと村正の攻撃を軽くいなし吹き飛ばした後、ランスロットはガウェインに声をかける。

 

そう問われ、ガウェインは悲しげな表情を作る予言の子一同を一瞥した後、目を伏せる。

 

 

「ランスロット……すまない。私は――」

 

 

その謝罪の意味を理解できないランスロットでは無い。

 

 

「……僕も君と一緒さ。責めれる立場じゃない」

 

 

どこか殊勝な態度のランスロットに何かを察っしたガウェインは彼女に問い質す。

 

 

「……それならば何故?」

 

「――彼がいるからさ」

 

 

当然の疑問を挟めば、返ってきたのはシンプルな解答だった。

 

 

「彼――? まさか……」

 

 

他のものであれば意味のわからないその解答も、今のガウェインならば察する事が出来る。

 

つまりはそういう事だろう。

 

 

「…… お前もか。ランスロット」

 

 

そしてそのガウェインの態度にランスロットも思い浮かぶものがあったのだろう。

合点がいったような態度を見せる。

 

 

「だが何故だ?……あくまで記憶でしか無い。今の我々とは無関係だと言うのに」

 

 

その答えは、ガウェイン自身は既に持ち合わせている。

 

 

だがそれはそれとしてランスロットの答えを聞いてみたいという興味が勝った。

 

 

「それでも、感触も、この思いも、確かに僕の中に残ってる」

 

 

それはおおむね予想通りであり。そして同じ理由でもあった。

 

 

「そうだな。だから私は恥を忍んでここにいる」

 

 

短いやり取り。

だがそれで充分とばかりに彼女らは改めて敵へと向く。

 

 

「そう……それなら話は早い。僕はあの神霊二人を相手どるから、君は妖精騎士ギャラハッドと英霊の影を頼むよ」

 

 

「……」

 

 

「どうしたの?」

 

 

そんな中でも尚不思議な態度のガウェインにランスロットは問いかける。

 

 

「いや、成る程。変わるものだと思ってな」

 

 

ガウェインの記憶の中には、ランスロットと恋人になった()()()時間軸の記憶がある。

この時間軸。自身の知るランスロットよりも柔らかい態度の彼女に、ガウェインは苦笑を浮かべる。

 

その態度にランスロットは何を誤解したのか、何かを思い出したのか。

仮面を外し、その下のしかめ面を見せる。

 

 

「言っておくけど……妻枠は陛下だけど。恋人枠は僕だから。忘れないように」

 

 

「は……?」

 

 

何かを察したランスロットは、警告をガウェインに飛ばす。

こいつは何を言っているのかと、そもそも恋人と妻に枠も何もないだろうと。さまざまな疑問を挟んだところで。まずは誤解を解こうと口を開く。

 

 

「――いや、彼はあくまで大切な友人だ。恋人関係だったことは一度もない」

 

 

その言葉に合点がいったガウェインは粛々と受け流す。

 

「本当に……?」

 

 

念のいった問いに、頷く事でガウェインは答える。

彼に対して確かに思う所はある。いずれはどうなるかはわからないという考えもある。

だが、アドニスを忘れるには彼との交流は短すぎる。

 

 

「それなら良いけど――」

 

「全くこんな時に……その恋人が今どういう状況かわかっているのか?」

 

ガウェインの叱咤にランスロットは涼しい態度だ。

 

「あの程度で死んでしまうのなら。僕も君もこうはなってない」

 

ピクリともうごかない件の男性を見ながらそう宣言する。

その通りだ。どう見ても危険にしか見えないが不思議と平気だと言う確信があった。

その意見にガウェインは完全に同意して、改めて剣を構える。

 

「とは言え、あのまま放置すれば危険なのは確かだ」

 

「ああ、だから早急にカタをつける」

 

敵、ノクナレアや予言の子一同を見据えながら闘気を増す2翅。

 

対峙する同格の相手を改めて吹き飛ばしながら、決着をつけようと魔力を込める。

 

精神は充足している。

 

隙も無い。

 

戦力はこの2翅で十分以上。

 

本来ならば敗北はありえない。

 

だが、それを言うのであれば元々そのはずだったのだ。

 

人理が漂白されている以上、この世界に抑止力は存在しない。

だが、間違いなくこの世界には汎人類史に勝利をもたらす為に都合よく妖精國を滅ぼそうとする()()が存在している。

 

この國の住人の思考回路すら操っていると言っても過言ではない。

 

あるいはそれはモルガンですら例外では無いと思われるほどの巨大な力。

 

それは、抑止力すら超えた上位存在が用意したシナリオによるものか。

 

カルデアに罪を被らせること無く都合良く女王を虐殺し、ブリテンを滅ぼすためのシナリオだ。

 

今はゆがめられたそれを修正するためなのかはわからないが。ほとんど勝利は確定的と言っても過言ではない今の状況に。

 

またひとつ動きがあった。

 

 

 

 

 

 

「何をうかうかと!!」

 

 

 

 

それは、反乱軍を殆ど勝利直前まで導いた男の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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決戦④

「何をうかうかと!!」

 

 

混戦中だと言うのにスプリガンの声はよく通る。

王の氏族含めた反乱軍達だけでは無い。牙の氏族までもが、その方へ向いた。

 

彼が指で指し示すその先には未だこの混戦にも関わらず玉座へ縋ろうと這いつくばりながら体を引きずる女王モルガンがいる。

 

あまりにも速度は遅く。

一刻ほどの時間をかけたところで玉座には辿り着け無いだろう程。

 

「醜態を晒してまでも権力を手放せぬ醜い女に! 再び覇権を握らせるなどあって良いのですか!?」

 

スプリガンはその言葉自体に説得力が無い事など織り込み済みだ。

必要なのはあの無様な姿を改めて見せる事。

 

敵の戦う目的である女王の守護。

その行為がどれだけ哀れなのかを悟らせるための彼にしては表舞台に立つという似合わない行動。

 

モルガンの醜態を見せた上で言語化し、少しでも敵のやる気を削げればとのスプリガンの企み。

 

牙の氏族達がモルガンを見る。

 

その姿に、戦いの熱が僅かに下がるのを妖精騎士ガウェインは感じ取った。

 

それもそのはず。こうして盛り上がりを見せているものの、真実女王に忠誠を誓う者は皆無である。

 

彼らとてみな守護職である牙の氏族としての誇りはあるが、それはブリテンを守るためのもの。

 

勝利したところで玉座に着くものが牙の氏族というわけでもなく。つい先日までむしろウッドワスさえいなければ煩わしいとさえ思っていた女王なのだ。

事情があるとはいえ、ああして無様な姿を晒しているとなると、多少なりともやる気は削がれてしまうものだ。

そしてもう一つの、奮起したきっかけである青年も今は倒れ伏すのみ。

 

意識を保つ事は困難だった。

 

「オマエたち! ――ぐっ」

 

ウッドワスが喝を入れようとする。

だがウッドワス自身、パーシヴァルとのやり取りが本当の限界だった。

 

声を発することもままならない。

 

士気が削がれた牙の氏族達。

戦いこそ史上の喜びだと、自身の傷すら構わず戦おうとしていた彼らもやる気が削がれれば自身の身体を気遣うようになる。捨て身の全力というわけには行かない。

 

全ての牙の氏族がやる気を失ったわけではないが自然と隙はできてしまう。

 

言うなれば牙の氏族以外の全戦力が相手なのだ。王の氏族含めた兵士達の数は予言の子側が圧倒的。

 

その隙を付き、モルガンの首をとろうとする王の氏族。

 

 

「行かせない!!」

 

 

それをランスロットが投降した星条旗の盾が吹き飛ばす。

 

その余計なひと手間によって、戦闘の展開が変化する。

 

「悪いが、隙アリだ!」

 

 

防戦一方だった村正とグリムが隙をつき、攻撃に転じるが。

 

 

「させん!!」

 

 

それをカバーするようにガウェインが防御に入る。

 

その後2人をランスロットが吹き飛ばし、その後不思議な動きと共に戻って来た盾を再び投降する。

 

だが今度はガウェイン側に隙が生まれてしまう。

 

それをカバーするようにムリアンが動くが彼女では、精々ガウェインに襲い掛かる刃を反らす事が精々だ。

 

 

 

 

「まずいですね……お二方は今の状況を覆す術はありますか?」

 

 

ランスロットとガウェインの参戦を認めたムリアンが二人に話しかけるが、その間にも反乱軍の蛮勇は止まらない。

 

 

「いくら僕でも二人や反乱軍を相手しながら彼女を守るのは難しい」

 

「私も、だ!」

 

冷静に答えるランスロット。

迫りくる英霊の影を剣で切り裂き、消しながらガウェインが吠える。

   

 

ランスロット達が傷つくことも無いが、反乱軍側。とくにカルデアの者達も防戦上手ではある。

致命的なダメ―ジを与える事も出来なかった。

この場にいる全員を玉座ごと吹き飛ばす勢いで戦えるのならば2翅が手こずることは無いが、それができないのが現状。

それでもまず敗北は無いように見受けられたが以外に効果のあったスプリガンの口撃。

 

強者達の戦いが互角であれば、後は雑兵の差。

雑兵に差が出てくるとなると防衛側は不利となる。隙を突かれ女王の首が取られる確率は上がっていく。

 

牙の氏族を鼓舞させるウッドワスも今は声を上げる事すら難しい。

 

そして女王を一度裏切ったガウェインに牙の氏族を鼓舞させるほどのカリスマも無い。

言葉が届く事はないだろう。

 

 

 

(まずいな……)

 

 

ガウェインも内心で焦りを見せる。

今はまだ拮抗しているが、気になるのは予言の子だ。

 

巡礼を終えた彼女はモルガンと同格という扱いだが本当かどうかも疑わしいもの。

かと言って、本当に同格であればまずいのも事実。

今はどこか消極的だが彼女がひとたびやる気を見せて攻めに転じてしまえばあるいは……

 

自分達自身が敗北するとは思わない。

 

だが、あのモルガンに迫る刃全てを跳ねのけられるかと言えば……

 

 

「これほどの戦いに見向きもせず! 誰一人敬うこともなく! ああして権力にすがる傲慢で哀れな女!」

 

 

焦る中でもスプリガンの口撃は尚も加速していく。

 

 

「あの女が再び玉座に着いたところで、待っているのは國とも言えぬ愚かな支配のみ!」

 

今それを止める術はない。

まずいと。どうにか出来ないかと必死に頭を回転させるが思い浮かばない。

 

あるいは、自身のうちにあるものを解放すれば決着はつくかもしれないが危険性が高すぎる。

 

一先ずは全力で守護に当たるしかないと、苦々しくも決意したところで。

 

 

「あのような自分の事しか考えられぬ、よう……な……」

 

 

スプリガンの口撃が途中で止まった。

 

見れば叫んでいたスプリガンの表情は驚愕の色に染まっている。

 

何が起きたのかとスプリガンの視線を追えば、()()()()()()()()()()の女王モルガンの姿。

 

左腕しか動かない中、牛歩よりも遅く、スプリガンの言う通りに醜く哀れな姿のまま体を引きずっていた彼女は、ついにその進みを止めていた。

 

しかしそれは玉座にたどり着いたからではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、仰向けで倒れている青年にしなだれかかっていた。

 

 

 

 

 

 

モルガンは唯一動く左手を青年の頬にあてがい。その胸に自身の頬を当てる。

 

 

 

 

 

意識のないはずの青年に何事か声を掛けた後、その手に光を灯す。

あふれ出る魔力。

それは恐らく治療の魔術なのだろうとガウェインは思う。

 

立ち上がることすらできない程の残り少ない力を、一人の青年に捧げ、愛おし気に彼にしなだれかかるその姿。

 

 

死を迎える前に愛する者の胸の中で共に息絶えるという。

ある種の理想を体現しようとしているようにも見えた。

 

 

 

 

玉座につき、十分に魔力を貯めてから万全の状態で魔術を振るい、彼を治療した方が効率は良いはずだ。

 

だが、彼女は真っ先に彼を治療する事を選び取った。非合理とも言えるその選択。

 

 

(陛下……)

 

 

ブリテンだけを愛していると思っていた。

 

妖精や人間。生けるものへの愛など存在しない冷酷な女王だと、そう思っていた。

 

しかし玉座についてこの國を守る事よりも個人を優先するその姿。

 

國を守る事のなんたるかを考える事のできる者達がその場にいれば女王のその姿は國を一人の男の為に捨てたのだと思う者もいるだろう。

 

王としてその姿はいかがなものかと憤る者もいるだろう。

 

やはり王になど相応しくないと考える者もいるだろう。

 

俯瞰で見れば王としては失格とも言えるその行動。

 

しかし、ガウェインにはその姿が眩しく見えた。

 

 

 

 

 

「おのれ……!今更そのような珍妙な真似を……!」

 

そしてそれはスプリガンにとっては思いもよらない事態。

 

反乱軍にこの妖精國を俯瞰で見れるような賢者は存在しない。

モルガンの冷酷な支配こそがこの國を守ることに必要だと。

 

妖精國はそれが理解できない愚か者ばかりだと言うのはスプリガン自身が口に出したことだ。

 

故にスプリガンはブリテンに縋る冷酷な女王の側面を悪い意味で揶揄し、妖精達の士気を下げようと試みた。

 

だがモルガンのあの行動によって良くも悪くも王としての姿が崩れ去った今、スプリガンの目論見は外れてしまった。

 

 

思わず言葉が止まる中、その隙を逃さない妖精が1翅。

 

 

「牙の氏族の皆さん――彼、スプリガンの言葉に間違いはありません。先に申し上げた通り妖精歴時代、当時の妖精達の愚かな行動によって女王陛下は愛を失いました」

 

 

スプリガンの言葉とモルガンの行動によって、静寂の訪れた大広間に声が響く。

 

 

「妖精達の暴走を抑えるため為に妖精達が苦しむ窮屈な國を作らざるを得ませんでした……」

 

 

その正体は妖精國で最も栄えている街と言っても過言では無いグロスターの領主ムリアン。

 

 

「きっかけはどうあれ、その点に関して、陛下のこれまでを誰にも否定などする権利はありません」

 

 

大広間に響くその声は、様々な妖精に無力だと、大した力ももたない虫だと、揶揄されようとも感情を押し殺し、その処世術を以て女王モルガンの庇護下に入ることも無くグロスターを維持し続けたムリアンの武器でもある。

 

 

「ですがご覧のように、彼女は愛を取り戻しました」

 

 

戦いながらも、その演説に誰もが耳を傾ける。

 

 

「彼ら反乱軍はその事情を知りながらも、変わらず女王を悪として反乱を止めぬ愚か者達」

 

 

空気がまた変わる。スプリガンの苦々しい表情が、この状況を物語っている。

 

 

「ロット王を救おうとするその姿は、かつて妖精達に邪魔された、彼を王に据えて成り立つはずだった理想のブリテンを守ろうとする姿に他なりません。その姿。自身の命を投げ出し、身体を張って妖精國を守る牙の氏族の皆さんと同じだと思うのは私だけでしょうか?」

 

 

ムリアンの言葉に、牙の氏族達に熱が灯っていく。

 

それを聞きながらウッドワスも、ランスロットも、ガウェインも、内心で舌を巻く。

 

それぞれが自身の力に絶対的な自信を持つ身であった。

 

グロスターから一歩出れば無力だと、ムリアンを侮ってすらいた。

 

だが、ここに来て今は最も頼もしい、妖精の1翅である。

 

 

「改めてお願いします。この妖精國の未来の為に、今一度、妖精國の守護職である皆さんの力をお貸しください」

 

 

その言葉の後、牙の氏族の再びの遠吠えが響く。

 

スプリガンによってマイナスになっていた士気がムリアンによってプラスへと転じる。

 

それは、あるいは指導者のカリスマ性によって盛り上がる士気よりも効力が高く、中にはその肉体にさえも影響が出る程に精神が高揚した者もいた。

 

今の牙の氏族達はまさに一騎当千の傑物達。

 

対する反乱軍は予言の子という後ろ盾とノクナレアによって既に士気は最高潮だが、今の牙の氏族達程のものではない。

 

数の問題もあり、互角だった雑兵達だが徐々に牙の氏族側へと傾いていく。

 

そして、強者たち。ガウェインとランスロットの猛攻にカルデアの面々達は押されていく。

 

反乱軍の面々は苦い表情を隠せない。

 

このままではいずれ敗北は必至。

 

スプリガンは周りを見渡す。

 

情けない態度のカルデアの面々を睨みつけ、いまだ戦いに消極的な予言の子に失望の眼差しを向ける。

 

(この期に及んでまだ……!!)

 

彼らの心情を察したスプリガンに焦りと怒りの感情が浮かび上がる。

 

スプリガンは、誰もが見たことが無いような表情を浮かべた。

 

絶望とも怒りともとれるその表情。

 

暫しの戦況を見つめるその瞳。

 

終始冷たく俯瞰で戦況を見ていたそれに狂気が宿っているようにも見える。

 

その瞳が、とある存在を視界にとらえる。

 

それを認めた彼は、彼らしくもない珍しく素早い動きを見せた。

 

 

その動きに混戦中故に誰も気付かない。

ムリアンによって企みを潰され、もはやこの戦場に不要となった彼の行動を気にする者はいない。

 

だが、スプリガンは無能ではない。

()()()()()()()では必要不可欠だった存在だ。

彼は、本来であればモルガンを虐殺し、妖精國を滅ぼし、異聞帯を消し去る為のシナリオに必要不可欠なキーパーソン。

 

カルデアにこれまでの異聞帯に比べても罪悪感を抱かせる事無く汎人類史にとって都合よくこの妖精國を消し去る為に存在する舞台装置。

 

その彼の行動はもはや彼自身の力以上の結果を呼び込むため、また一つこの状況を覆す。

 

 

 

「これを見ろオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

それは信じられない程に大きな声だった。

スプリガンの曲がりなりにも武士(もののふ)だった過去ゆえの腹力なのか。

 

智略を巡らせる者とは思えぬ乱暴な叫びは剣戟よりも、魔術よりも大気を震わせ、意識ある者達を注目させた。

 

部屋の端を行き、玉座の裏手。

窓も無い、手摺も無い。

 

大穴へと真っ逆様な部屋の淵に立つスプリガン。

 

 

彼は、血走った眼をぎらつかせ、その腕に大きな荷物を抱えながらその怒号で戦場を支配する。

 

 

その荷物は、四肢を腐らせ、鎖に縛られ、意識を失った妖精騎士トリスタンだった。

 

 

「キサマ――」

 

 

ウッドワスの掠れた怒号が響く。

 

ブリテンを混乱に陥れ、内乱を活性化させ女王虐殺における最大の功労者カルデア。それに次ぐ功労者スプリガン。

 

彼によって巻き起こる戦場の混迷は未だ晴れずにいた。

 

 




大筋は変わらないのですが、ムーンナイトやドクターストレンジに感銘を受けすぎて、思わず作品に影響してしまいそう。
一気に話が崩れるのでひとまずはどうにかこらえておりますが。


ただ頭の片隅にムーンナイトと月姫のクロスが湧き出てしまうのです。
ヒロインはノエル一択。



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決戦⑤

投稿遅れ申し訳ございません。
書いては消しての繰り返し。
この章のクライマックスなのもあって改めてこの展開で良いのか?
という自問自答と戦っております。

評価、感想本当にありがとうございます。

お礼含めて個々に返信と行きたいところですが。
嬉しすぎて無駄な長文で無駄なネタバレをしがちでして。

控えさせていただきます。

ただ本当に励みになりますし、参考にさせていただいております。
今後もお手間でなければよろしくお願い致します。

ここまで読んでいただいた方は大丈夫かと思いますが、カルデアに対するアンチヘイト描写ございますので、そちらが苦手な方はブラウザバックを推奨させていただきます。



 二転三転する事態。 

ある種その最も重要な位置にいる男、スプリガン。

その姿を見た殆どの者達に疑問が浮かぶ。 

一体なんの意味があって――

 

 

 

 

妖精騎士トリスタン(大荷物)を抱えているのか。

 

 

 

 

何故わざわざ彼女を大穴に落とそうと構える姿を見せつけるのか。

 

 

 

 

誰も。ノクナレアも、カルデアも、予言の子も、ムリアンも、ガウェインも、ランスロットも、四肢が腐り落ち、今にも死にそうなその姿に、不憫という思いはあれど、大して疑問に思う事は無い。

 

モルガン虐殺のついでにやられたのだろうと。当然の末路を迎えただけに過ぎないと、誰も気にも留めてない。

 

そして、スプリガンの行動に意味を見出せない者達はそれがどうしたと鼻で笑い、再び戦闘が再開する。

動き始めたのは雑兵達。

 

再び闘いの喧噪が巻き起ころうとしたところで。

 

 

 

「まて!! まってくれ!! 牙の氏族達よ!!」

 

 

 

パーシヴァルとのやり取り以降、声すらも出なかったウッドワスが大声を上げる。

時間も経ち、体も落ち着いたウッドワスだが、大声すら負担なのは変わらない。

それをおしてでも叫ぶ事の異常に、思わず言葉通りに止まる牙の氏族達。

 

そのウッドワスの動きに静止したものが牙の氏族達だけではなく、反乱軍側も同様だったのは不幸中の幸いとも言えた。

仮に止まったのが牙の氏族だけであれば、何翅かの牙の氏族達はやられていたはずだ。

 

 

「何故ですウッドワスさま!!?」

 

「どうしたウッドワス!?」

 

 

残り少ない力を振り絞ってまでの戦局を左右しかねない愚行に牙の氏族達が疑問の声を上げ、ガウェインがウッドワスに声をかける。

 

膝をつき、息は上がり、体の裂傷が痛々しい。

 

だが、スプリガンを睨み付けるその眼の怒りには、ガウェインでさえ怯むほど。

 

 

「ぐ、く……っ! スプリガン! キサマ!!」

 

 

ウッドワスの言葉に、誰もがスプリガンへと再び視線を向ける。

注目を浴びたスプリガンの下卑た笑いは最早狂気に染まっていた。

 

単純に見れば、スプリガンが四肢も腐り果てたトリスタンを人質にとっているという構図。

それがウッドワスにとって効果があるという事はどういう事か。

 

毎度毎度、お互いに憎まれ口を叩いていた。

毎度毎度、話すたびに、次の瞬間には殺し合いが始まっていてもおかしくない様子だった。

 

「この腐った妖精は、そこの女がこの國以上に愛していた唯一の存在よ!」

 

顎で倒れ伏すモルガンを指しながら叫ぶ。

そのモルガンは、青年に魔術をかけたことで力尽きたのか、手に灯っていた光も消えていた。

未だ感じる魔力や身体が呼吸の為に揺れている辺り命尽きてはいないようだが、もはや今の状況を認識する事は出来ないだろう。

その叫びに、ガウェインが確認するようにウッドワスへと再び向く。

 

「事実だ……彼奴めに人質に取られたからこそ、最後の最後に陛下は不覚をとった……」

 

その事実に驚愕の表情を浮かべるガウェイン。

 

 

 

 

「こいつは妖精達に弄ばれ!何度も殺されつづけ、魂がすり減り切っている! もう次代が生まれることは無い!」

 

 

 

 

スプリガンの叫びに疑問が浮かぶ一同。

 

「弄ばれていたとはどういうことだ……」

 

ガウェインの疑問に答えたのはムリアンだ。

 

「妖精騎士トリスタンは元は下級妖精……陛下がどこで彼女を拾ったのかはわかりませんが、元々は人間や妖精に消費される事が存在意義だった妖精なのでしょう」

 

「――成程。トリスタンの着名(ギフト)を与えたのはそう言う事か……」

 

 

ムリアンの予測の後、ランスロットが合点がいったように呟く。

ガウェインとて数百年の時を妖精國で過ごした身だ。

そういう妖精が存在するという知識は持ち合わせている。

 

導き出される答えはおおよそ察することはできた。

 

彼女のそういった性質がモルガンの心に刺さる何かがあったのだろう。

 

2000年もの間ブリテンを守護し続けてきたその愛を捧げようとするほどの何かが。

 

 

スプリガンの叫ぶ中、数多の時間軸をガウェインは思い起こす。

その記憶の中ではついぞトリスタンの存在に触れることは無かった。

だが突然の妖精騎士への着名。彼女の蛮行を家庭の事情として許すその態度。

これまでの妖精騎士トリスタンに対する女王の態度を思い出せば、確かにこれ以上ないほどに彼女に愛を注いでいたのだろうと、気づく。

 

「モルガンは愛を取り戻したと言ったなムリアン!? それは間違いよ! 元よりその女は愛でしかモノを考えぬ夢見がちな小娘! 凶刃を甘んじて受ける程に愛していた娘が死ねばどうなると思う!?」

 

「……」

 

ムリアンはスプリガンのその叫びに答えない。

苦々しい表情で睨みつけるのみだ。

 

「貴様は、愛を取り戻せば良き王となると言うが! より悪辣に愚かな女王として國を好き勝手に弄び始めた理由もまたこの娘に対する愛故!! 本当にモルガンは良き王になると思うか!?」

 

スプリガンらしかぬ乱暴な物言いはしかし彼の決死の行動の結果であると理解はできる。彼は本気だ。

ムリアンとてトリスタンの事はあずかり知らぬことだった。

スプリガンの企みはウッドワスとオーロラを利用したものだけだと思っていた。

 

「妖精騎士のお二方もウッドワス殿も動かないでもらおう!!」

 

故に、この大広間で横になっていたトリスタンに関しては意識の外だった。

 

「さあ、牙の氏族の妖精達よ! 鞍替えする最後の機会ですぞ! 例え貴殿らが勝利してもこの娘は死ぬ! 絶望した女王によってこれまで以上に窮屈な生活を強いられる可能性があるやもしれませんなぁ!」

 

 

 

本当に、そうなる可能性があるかはわからないが、否定できる材料もない。

件のモルガンは既に意識を失っている。

ムリアンもそれに反論する術を持ちはしない。

 

「ムリアンの言葉がどこまで信用できる!? 予言という確固たる未来があると言うのに! 予言によって愚かな女王が死に!妖精國が救われる事は確約済み! そのような状況でわざわざ女王につく理由がありますかな!? 」

 

先ほどのムリアンの言葉はそのままひっくり返されてしまった。

モルガン自身に忠誠を誓ったわけでは無い牙の氏族達に再び迷いが生じ始めるのを感じる。

 

「さあ! 今こそ成果を上げる機会ですぞ!!妖精騎士達と死にかけの老体を差し出せば、そこの救世主やノクナレア殿も無視は出来ませぬ!!此度の戦争の功労者として名を馳せる事もできましょう!!」

 

迷うのも当然と言えば当然である。

妖精の移ろいやすさを加味しても。

女王側につくうまみは全くない。

 

ウッドワスとガウェインを見るが、2人は当然女王側のままだが、この状況を打破する術を思い浮かべた様子は無い。

 

ランスロットも同様だ。

トリスタンなどお構いなしに動くと思ったが、彼女にしては珍しくどう動けば良いか迷っている様子が見える。

 

現状を打破するには最終的にはやはりトリスタンを見捨てる他ないのだろうが、確かにそうなった場合に目覚めたモルガンがどう思うかは予測が出来ない。

 

あるいは、()ならば娘を失った傷心を慰めることはできるかもしれないが。

 

 

「そこの男に希望を見出すのも結構だが、今なお寝こけているその男に何ができますかな!?」

 

 

確約は取れない。

 

ある種今は積みの状態。

スプリガンの行動はスプリガン自身にとっては悪手でしかない。

 

しかしこちらの陣営の完全勝利という結末を迎える事は難しくなった。

 

トリスタンを見捨てればモルガンと、そして彼女と懇意にしているトールも心に傷を負うだろう。

 

スプリガンの言う通り、絶望のあまりこの妖精國をどうにかしてしまう可能性も完全には否定できない。

 

かといって、妖精騎士2翅やウッドワスが命を差し出せば最早勝利はあり得ない。

 

ある意味、スプリガンの自己犠牲によって反乱軍は首の皮が一枚繋がった事となった。

 

 

「さあ! ノクナレア殿でも魔術師殿でも予言の子でも構いませぬ! この腐った妖精に気を取られていて動けない愚か者共の首を!! さあ!」

 

 

 

内心でムリアンは舌を打つ。

迂闊に動けばトリスタンは落とされる。

かといって落とされた後に救おうと動いたところで、反乱軍に邪魔をされればそれで終わりだ。

 

 

どうにかして隙をつけないかと考えたところで再びスプリガンの声が響いた。

 

 

「何をやっている! 誰でも良い! そいつらが妙な企みをする前に早く!!」

 

 

誰もスプリガンの促しに答えようとはしない。

 

次第にスプリガンの表情に焦りが見え始める。

 

 

見れば、反乱軍達がそれぞれが迷いを抱いているようだった。

 

 

ノクナレアは気丈な態度を崩さず状況を見ている。

 

スプリガンはああ言うが実際のところ、トリスタンが人質として効果があるかどうかは疑問なのだろう。

 

なにせモルガンと同じ。いやそれ以上に妖精國で彼女を好むものはいない。人質にしたところで本当に従うのか。

ウッドワスはあからさまな態度だが、妖精騎士の2翅に関してはわからない。

 

ムリアンも自分の命を差し出すくらいならばという思いは正直な所持っていた。

 

そんな事情を察してか、迂闊な動きはできないと警戒が見て取れる。

 

気になるのは、戸惑う態度を隠さないカルデアの面々だった。

 

そんな卑怯な真似はできないと、スプリガンを軽蔑の眼差しで見ているようにも感じられる。

 

 

 

ムリアンはそういえばと思い出す。

 

鐘を鳴らす権利を件の妖精騎士トリスタンと争い真名を晒した時、バーヴァンシーの名が触れ回った事で会場の雰囲気はバーヴァンシーを蔑むムードへと変化した。

 

彼らの表情は気分が悪いと。こんな事は望んでいないとでも言いたげなものだった。

 

こんな事の為に戦っているのではないと。

 

女王に宣戦布告し、彼女を殺そうと妖精國中を味方につけている最中だと言うのに、その娘に不幸が起きる事を嫌悪するという矛盾。

 

その態度に怒りを示したのが彼だった。

 

國を上げ、救世主と名乗り、戦争を起こし、女王を殺害しようとしている時点で正義の味方になどなりはしないと。

 

仮に手を直接下さなかったとしても救世主側が勝利すれば女王の処刑は免れないと言うのに。

 

自分たち自身が殺害しなければ手は汚したくはないと。自分たちは正義の味方で言続けたいというようにも見えたあの態度。

 

だからこそ彼はカルデアに対して怒りの感情を表し、あの時に表舞台へと飛び降りた。

 

彼らも覚悟は無いとは言わない。

 

だが、そんな思いから来るほんのわずかながらの戸惑いが、スプリガンの眼についたのだろう。

 

 

「なんだその顔はァ!!」

 

 

スプリガンの叫びが一際大きく轟いた。

 

 

 

 

狂気を孕んだ怒りの叫びが空気を震わせる。

たかだか人間の、なんてことのない怒号のはずなのにこの場の空気を支配していた。

 

 

「この後に及んでいまだに正義の救世主気取りかァ!!」

 

 

そのあまりの迫力に、異邦の魔術師や、特に予言の子がびくりと震えたように見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「なんだその態度は!? まさか本当にただの善意だけでこの國を混乱に陥れてたとでも!?」

 

 

その言葉には侮蔑が込められていた。

どういう意図があれ、スプリガンは本気でこの國を変えようと動いていた。

 

ありとあらゆる苦労を背負い込み、様々な姦計を巡らせてここまで来た。

 

「貴様らが始めたのは戦争よ!! 戦争を起こした時点で正義など無いわ愚図どもめ!! 自分達が救世主などと言うそんなくだらぬ妄想など捨ててとっとと首を取れ!」

 

卑怯な手に拒否感をわずかながらでも示してしまった彼らに思うところがあったのだろう。

 

それは、奇しくも倒れ伏す彼と同じ意見だった。

 

コレまでにない程の怒りが周囲に伝播する。

 

人間如きに臆している事実に妖精達も戸惑いを隠せない。

 

もはやこの空間は彼が支配していると言っても過言ではなかった。

 

スプリガンは足元にあった兵士の剣を蹴り飛ばした。

 

静寂の中。金属が弾む音が響く。

 

その剣の行先は後方に守られるように控えていた異邦の魔術師と予言の子。

 

「貴様が始めた事だ救世主!! 責任を持って女王をとっとと殺せ!」

 

その言葉に二人は、頷くことも拒否する事もできない。

 

「貴様もだ魔術師!! 現代の日本男児とやらはそんなにも情けないのかなどと言わせるな!!」

 

 

彼らは動く事なく、その剣を、見つめている。

 

 

「とっととしろォ!! 今更汚れ仕事など出来ないなどとは言わせんぞ! この國は。この戦争は、貴様らの正義の味方ごっこの舞台ではない!!」

 

極端な勝手な理屈も。迫力をもって示されれば重くのしかかるものだ。

 

「おい、それ以上はやめときな! そいつらは本当に――」

 

「黙れ外様の役立たずが!!」

 

 

歴戦の英雄である村正も、グリムでさえ、その暴走と怒り具合にはわずかながらも圧倒されている。

 

この後突然どんな行動を起こすと言うのかがもはや予測できない。

 

 

スプリガンは今のうちに女王、あるいは妖精騎士達の首を刎ねろとそういうが、実際妖精騎士トリスタンが人質として機能しているかは甚だ疑問である。

 

妖精騎士達もムリアンも、屈服した気配を見せていない。

 

ここで下手に動いて痛い手を喰らうのは反乱軍側も同じだ。

 

だがその事実ももはや彼にとっては意味のない事だ。

狂気に染まったスプリガンの怒号は続く。

 

 

「貴様らが動いたからこそ、そこの女の恐ろしさと偉大さにも気付かん馬鹿者どもが騒ぎ始めたのだ!その女を殺したら後はまかせるだと!? ふざけるな!!

異邦者だからとて部外者ヅラなど絶対にさせんぞ!この國の最後の最後まで責任を持ってもらう!」

 

 

眼は血走りきり、妖精に擬態する為の小道具も所々外れている。

もはやスプリガンの企みはムリアンが現れた時点で終わっている。

そこに妖精騎士たちの追い打ちで敗北は確定。

ああしてスプリガンが動かなければ、反乱軍は確実に敗北していたのだ。

どの道。もはや彼の望みがかなうことは無かった。

 

その絶望が彼を突き動かし、その企みに戸惑いと侮蔑を見せた予言の子や異邦の魔術師への怒りの方が今となっては勝ってしまった。

 

「貴様がやれ! カルデアの!!」

 

「待ってくれ! それは――」

 

「黙れェ!! 黙れ黙れ黙れェェェ!!」

 

確かにスプリガンのその迫力は大したものな。

だが、理性を失った彼の行動に同意する者はいない。

 

「私がいなければ玉座にすらたどり着けなかった分際で! ふざけるなふざけるなふざけるなァ!!」

 

もはや彼の狂気ぶりを見つめるだけの舞台と化した大広間。

 

「渡さんぞ……誰にも渡さん……!!」

 

状況に関係のない支離滅裂な言葉を発し始めた。

 

そんな一人舞台を見つめる者たちの中で、一つ変化が起こった。

これまでになかった影がむくりと現れる。

 

音を発することなく立ち上がったそれはあまりにも異様な気配を発していた。

 

 

「私のたか――」

 

 

その存在に一人舞台に水を差され。

 

「ら……」

 

予想外なその動きに、スプリガンの怒号が止まる。

その影は、この大広間の全ての存在の視線を集めた。

 

 

 

 

「ロットさん……?」

 

 

 

 

 

その正体がムリアンの口から発せられる。

 

 

過去、妖精歴において、ロンディニウムの王となるはずだった青年。

 

彼の身体には幾重もの矢が突き刺さっており、その矢から漂うモース毒が目覚めた彼の身体を蝕もうと活性化し、黒い霧を発している。

 

立ち上がったはいいものの、首はうなだれ、呼吸のために上下するその動きはどこか不気味で、死体が動いているようにも見える。

 

だが、いつの間にか上着を足元のモルガンにかぶせているあたり、理性があるとも判断できるが――

 

「なんだ、貴様……」

 

スプリガンの身体が強張る。

一体何をしようと言うのかと、身構える。

迫力よりもおぞましさの勝るその青年。ロット、いやトールは項垂れたまま。幽鬼のようにスプリガンへ向けてその一歩を踏み出した。

 

 

 

「死に損ないが! 今更舞台に上がりおって!」

 

 

 

一歩。また踏み出す。

 

その様子にスプリガンは恐怖を覚え、トールに見えるようにトリスタンを突き出す。

 

 

「ちょうど良い! この娘とそこの女! どちらの命を取るか貴様が選べ!!」

 

 

また一歩

 

 

「おい、聞いているのか!?」

 

 

止まらない。

 

 

幾許か冷静さをほんの少し取り戻したスプリガン。

先程までの狂気を保つことができていれば、あるいはもう少し強気に出れたかもしれないが。

 

今はトールの異常性の方が優っていた。

 

 

「止まれと言っている!!」

 

 

トリスタンを手を離せばそのまま大穴へと落ちる位置へと一歩進む。

 

一歩踏み間違えればスプリガンも落ちてしまうその位置。

 

人質として最後の通告のための処置ではあるが、傍目にはトールに端まで追い詰められたようにも見える。

 

 

「ト、トール!! 何をしている!? 止まらねば陛下の娘が――!」

 

 

ウッドワスの静止の声。

スプリガンはその声を聞き、目の前の気味の悪い男が止まることを期待するが。

 

 

 

 

 

 

彼は変わらず一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「トール!?」

 

 

ウッドワスの戸惑いの声にスプリガンも内心で同意する。

何を考えているのかと注視したところで。

 

項垂れていた男の頭が少し上がる。

乱れた前髪の間から覗く眼と、視線が重なった。

 

 

 

「ひっ――」

 

 

スプリガンの喉から思わず悲鳴が上がる。

 

 

吸い込まれそうな何か。

光を失ったその瞳。

だがそこには確か確固たる意志が込められている。

 

 

 

カエセ――

 

 

 

大きくはないその声。

聞こえたのは近くにいたスプリガンくらいだろう。

 

 

だが、その重圧は部屋全体へと行き渡る。

 

 

殺気とも闘気とも違う、ヌメりとしたなめし革のような異様な感覚が全員の肌を撫でる。

 

誰もが息を呑み、一部の妖精は恐怖のあまり小さく声をあげた。

 

生存本能から思わず武器を構えてしまう強者達。

反乱軍側のサーヴァントならば兎も角、妖精騎士の2翅までも味方のはずのトールに警戒心を抱き、思わず武器を構えてしまった。

 

 

それ程の異常な気配。

 

 

背後にいる者達でさえこうなのだ。

 

青年から発せられる異常な気を直接受けているスプリガンが受ける気はどれ程の物か、果たして想像通りのものなのだろうか。それすらもわからない。

 

確実なのは、彼がそれに耐えられるはずも無いという事だけだ。

彼の表情は不憫なほどに強張り、脂汗をかいている。

体が震え、今にも崩れ落ちそうだった。

 

 

「と、止まれ……!」

 

 

全くの無視だった。

 

 

「止まってくれ……!」

 

 

命令は懇願へと変わった。

 

 

今の彼はただ歩を進めているだけ。

 

だがモース毒の瘴気を上げながらゆっくりと迫るその男に人質と言う概念を理解できているのかすら定かではない。

 

今の彼は、スプリガンの持つ娘を求める動く死体のよう。

動く目の前の男は。地獄から這い上がってきた生者の命を地獄へ引きずる悪鬼にも見える。

 

妖精よりも醜く、女王よりも恐ろしい。

それは、本能の奥底を超えた先の恐怖心を刺激する。

 

 

 

 

 

このままでは普通に死なせてもらう事すらできない。死した後の魂すら蹂躙されると、そう思わされる程の不気味さにスプリガンは遂に根を上げ。

 

 

「わ、わかった!!この娘をかえ――」

 

 

大穴の真上に位置していたトリスタンを戻そうと、体の向きを変えたところで。

 

 

「ぬ――あ――っ」

 

 

不意に巻き起こった不自然な風に体制を崩された。

 

 

 

 

 

 

慌てて、自身が落ちないための咄嗟の動作を入れたことによって。

 

 

トリスタンを掴んでいた手を離してしまう。

 

 

「なん……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音もなく、トリスタンは落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体制を崩し、這いつくばりながら、そんな間の抜けた声を出すスプリガンは、その事態を瞬時に理解し。

 

 

「ああ、あああっ!」

 

 

情けない声を上げる

 

 

「ち、ちがう! わざと落としたわけでは――っ!!」

 

 

最悪だと、目の前の男に殺されるどころでは済まないと恐怖に陥る。

 

焦り。言い訳を叫びながら。振り返る動作の途中で目の端で認識したのは。

 

先程の動作が嘘であるかのように、触れられるほどにすぐ側に迫る無表情のトールの姿だった。

 

 

 

(――ッ!!!!)

 

 

 

声も出ない。

声を出す時間すらない。

 

唯一回るのは思考だけ。

殺されると。殺されてしまうと。絶望に苛まれる。

 

瞬きすらも出来ない刹那の時間。

 

スプリガンが振り向き切るその前に。

 

 

 

トールは。

 

 

 

 

スプリガンの横を通り過ぎ。

 

 

 

 

 

妖精騎士トリスタンを追うように大穴へと躊躇いなく飛び込んで行った。

 

 

「――は?」

 

 

その不思議な出来事をスプリガンが理解した頃には。

 

 

 

「トール!!」

 

「――ッ!!」

 

 

 

スプリガンの存在は最早蚊帳の外だった。

 

 

 

 

 

舞台は再び動き出す。

 

叫び声はウッドワスのもの。

 

突然の事態に。瞬時に状況をどうにか認識したウッドワスは、死にかけの体に鞭を打ち、大広間の淵へ駆け込んで行く。

 

しかし、それよりも早く動いたのは賢人グリムだった。

 

「――!」

 

既に()()()()()()()()()()()()()が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その対象は、ウッドワスでは無く妖精騎士ランスロット。

 

 

 

 

 

 

 

誰もがトールの行動に驚き、行動が遅れる中。

その魔術は、今の出来事を予測していたかのように鮮やかに発動した。

 

 

その完全な不意打ちは、彼らを救おうと飛翔し始め、完全に無防備だったランスロットに直撃する。

 

 

 

「く――ぅっ」

 

 

ダメージはほぼ皆無。

だが飛翔を妨害されたストレスに呻く声がランスロットから上がる。

 

しかし、その硬直も一瞬の事だ。今度こそトールを追いかけようと魔力を込める。

 

 

しかし。

 

 

「行かせるな村正ァ!!」

 

 

グリムの鬼気迫る叫びに何かを感じ、理由を理解した村正は、極めて冷静にランスロットへ斬りかかる。

 

 

「――邪魔をっ!!」

 

 

するなと叫びながらも、村正の妨害は、一瞬で弾くことは出来ない。

うにかしてトールを救助しようと抵抗を図るが、やはり難しい。

 

グリム達の動きに当てられたのだろう。

 

いつの間にか、雑兵含めての闘いが再開していた。

 

その間にもウッドワスが崖へと向かう。

死にかけの体に鞭を打ち、たどり着いたウッドワスが大広間の淵から下を覗いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

大穴から、トリスタンが飛び上がって来た。

 

 

 

 

 

「――っ」

 

 

 

それを極めて冷静に掴み取る。

 

対処できたのは、目論見通りの出来事だからだった。トールが何をしようとしたのかを理解する事ができるからだ。

 

彼がどういう行動に出るかは、ライネック時の朧げな記憶だけではなく、最早最初にモースの矢の毒を受けたあの流れからして明白だった。

 

 

 

しかし、目論見以上ではなかった。

 

 

 

 

期待したのはトリスタンのみではなく。

彼女を抱えたトールの姿。

 

 

 

トリスタンを抱えながら大穴を覗く。

牙の氏族だからこそ捉えられるその眼で捉えた落下する人影。

ウッドワスの目に映るトールの表情は穏やかで。

 

決して、自分でどうにかできるから安心しろと言う表情ではない。

 

 

あれは、満足しきって全てを受け入れた表情だった。

 

 

そんな、表情の彼の口が僅かながらも動いたのを確認したウッドワス。

 

その言葉を察知したウッドワス。

 

 

「――馬鹿者っ! 何がっ! 貴様が犠牲になっては何の意味も――!!」

 

 

叫ぶうちに、ウッドワスですらトールを眼で捉えることは叶わなくなった。

 

 

トールの行動に敬意と同時に怒りの感情が湧き上がる。

 

 

 

それはある種自分に対しての怒りでもあった。

 

 

「なんという……!」

 

 

言葉そのものに意味はない。

ウッドワスに襲い掛かるのは後悔の念。

 

様々なネガティブな思考に苛まれる中、しかしそんな暇は許さないとばかりにまた新たな事態が巻き起こる。

 

 

 

ウッドワスの脇を、風が通った。

 

それは翅の生えた小柄な影。

 

 

 

 

「ムリアン!」

 

 

 

 

その正体の名を叫ぶ。

 

ムリアンは先ほどのトールのように、大穴の底へと飛翔した。

 

それは彼の落下速度よりも尚早い。

 

 

ウッドワスは期待の声を上げそうになるが。

 

 

「ダメだムリアン! キミの飛翔速度じゃ彼に追いつくころには、キミが大穴からの呪いに侵されるぞ!!――くっ!」

 

村正の刀とグリムの魔術を受けながらランスロットが叫ぶ。

 

その情報は、ウッドワスの期待を打ち破るには十分だった。

 

その言葉が彼女に届いたのかは定かではない。

 

だが、だからこそランスロットは慌てて向かおうとしたのだと理解する。

 

「トール!! ムリアン!!」

 

ウッドワスの悲痛な叫びが大穴へと吸い込まれる。

 

その声が当人たちに届くことは無く。

 

1翅の妖精と一人の人間が舞台の奈落へと飛び降りた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ソレは、持ち主の意識故に本来の機能を失っていた。

 

 

 

ソレは、なんて事のない出来事によって隅に追いやられるまでは邪魔ですらあった。

 

 

ソレは、なんて事のない出来事によって隅に追いやられて以降、持ち主すらも意識の外にあった。

 

 

ソレはとある出来事によって、入れ物ごと地中深くに埋まってしまっていた。

 

 

 

ソレは、持ち主にとって大事なものではあるが、使えないのだから不要なものであった。

 

 

ソレは、持ち主の心の在りようを見透かす力を持つ故に持ち主にとっては、自身の情けなさを体現させるものだった。

 

 

使用できない以上、不要になり、役に立つ事はないだろうと思われていた。

 

 

それでも、持ち主にとってはなによりも大事なものであるが故に、廃棄される事もなかった。

 

 

 

だが、ソレが使えない理由は持ち主の心にあるが故に、いつ目覚めてもおかしくはない状態であった。

 

 

大事に大事に、特殊な入れ物に入っていたソレが、脈動を開始する。

 

 

ソレは、収められていたゲージをを力づくで破壊し、更地となった地中から飛び出し、そして空へと消えていく。

 

 

運命を破壊する為。

 

 

 

あるいは

 

 

 

 

運命を定める為。

 

 

 

 

確固たる意志を以て、ソレは往く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ムジョルニア

 

――お願い。

 

 

 

 

暖かい。

 

覚えのある暖かさだった。

 

かつて妖精歴を旅していたあの頃。

 

妖精や人間の争いが起きるたび、島の呪いに対処するたび。

 

傷ついた身体を癒す為に施されていた彼女の(魔術)

 

劇的な効果は皆無だった。

 

だが、力から感じた彼女の悲しみと、慈しみに何度歯痒い思いをしたのだろう。

 

朧げな妖精歴の記憶。

 

既に、異世界にいた時から薄れていた記憶達。

 

それでも、彼女との交流だけは忘れることは無かった。

 

それだけは忘れないと。

 

 

 

 

 

 

そう、思っていたのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

天井が見える。

 

 

『――っ』

 

 

聞こえるのは男の怒号。

 

死にかけた覚えはあるが、その割には意識はクリアだった。

ぐるぐると、さまざまな映像が頭の中を刺激する。

 

失われたものが少しずつ戻っていく感覚。

 

だが、それを理解するには何かが足りなかった。

 

頭痛はますが、思考はどんどんとクリアになっていく。

 

状況を確認する。

 

一番最初に気づいたのは頬の感触と、胸にある暖かみだった。

 

(モルガン……)

 

身体は満足に動かせないが、目線ぐらいは変えられる。

 

しなだれかかり、意識を失った彼女の表情は見えない。

 

あの状況からどうしてこうなったのか。

 

過程はわからない。

 

だが彼女が何をしてくれたのかはわかった。

 

このまま抱きしめてそのまま眠ることができればどんなに良いだろう。

 

「——っ!……っ!!」

 

怒号が響く。

 

周囲を電磁センサーで把握する。

 

気配で感じる人数の割には、比較的喧噪が穏やかなのはこの男の怒号が原因なのだろう。

 

男のやろうとしている事と、言わんとしている事は理解できる。

 

 

 

そう、男の慟哭には全面的に同意しよう。

 

 

 

 

男のおかげで、()()()()()()()()()

その点に関しては、むしろ感謝しても良いくらいだ。

 

 

男は、形はどうあれこの妖精國で生きつづけようと足掻いているにすぎない。敵ではあるが、敵ではない。

 

 

 

自分にとっての敵は。この世界を終わらせようとしている者達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが――

 

 

 

 

――お願い、トール君

 

 

 

 

本当の意味での敵ではないとは言え。

 

 

 

 

――あの()

 

 

 

 

その行動(彼女を大穴に落とす事)を許容することは出来ない。

 

 

 

 

 

動かない身体に鞭を打つ。

 

身体を貫く矢は内臓を抉り、貫通している。

 

矢から溢れ出る黒い瘴気に力を抜かれている感覚がある。

 

 

 

 

 

 

 

その痛みに意識を保てるのが不思議なほど。(だがそれだけだ)

 

 

脳裏に刻まれる死の予感(だがそれだけだ)

 

 

その不安を心で吹き飛ばす。当然の報いだと思えばこそ、保てる気力。『だって、僕は誰にも必要とされていない存在』

 

この世界に来るときに記憶を保持できていれば、最初から彼女の傍にいれば、きっとこんな事は起きなかった。『ベッドを占領してただ生きるだけの肉人形』

 

だから、そのツケは払うべきなのだ『だから生きている意味がないんだ』

 

 

自分が死ねば彼女が悲しむという言い訳を消しはらう『自分が死んでも悲しむ者はいない』

 

 

死んだと思われていたのに、こうして彼女はこうして立派な國をつくり上げた『死ねば後処理なんかで迷惑をかけるからと』

 

 

それを今更、一人の男が死んだ程度でどうにかなりはしない『でもやっぱり生きているせいで迷惑をかける』。

 

 

自分1人の命で、愛する者達が守れるのなら儲け物だ『自分1人の命を差し出せば、愛されている者が救われるなら儲け物だ』

 

死という逃避。甘い誘惑。

 

命をかけて事を成すというのはある種理想ではある。

 

 

 

 

 

 

――だが、まさか死ぬという事がこれ程に苦しいと、誰が想像できるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「——くっ」

 

頭の中に妙なノイズが走った。

 

覚えの無い妙な思考(ノイズ)

 

だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。

 

彼女を、バーヴァンシーを人質にとった男の顔が見える。

 

 

別になんてことのない、普通の男だ。

 

妖精のフリをした人間の男。

 

この妖精國を必死に生きるだけの弱い人間だ。

 

力もない。

 

特別なものなど何も無い。

 

 

武術の心得はあるのだろうが、自身の知る存在からすれば児戯以下だ。

 

だが、周囲の、それも戦闘に特化した妖精達を怯えさせた怒号は大したものだった。

 

 

 

 

そういう手合いは。

 

 

 

 

 

 

それ以上に恐怖に陥れる(心を折る)のが一番良い。

 

 

 

 

 

「ひっ!」

 

 

 

 

殺気。

 

生み出された世界では気などを用いる古流武術使いが多くいたせいか。誰しもが戦う前の最初の戦いとして用いていた気のぶつかり合い。

 

戦う前から半ば決着をつける事になる力の図り合い。

 

誰しもが内に持つ第6感(シックスセンス)への攻撃。

 

そして、脳に直接電気信号を送る力を乗せればその効果は絶大となる。

 

 

彼女を落とせばどうなるかと言う脅しを殺気に乗せる。

 

言葉にした途端、安っぽくなる脅し文句も、気に乗せてぶつければ絶大な効果となる。

 

 

 

 

 

男の反応で、既に決着は見えた。

 

 

後は、刺激しすぎないようにゆっくりと近づくだけだ。

 

 

ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 

恐怖に染まる男の表情を観察しながら。

落とせばどうなるかという脅しをその感覚に刻み付ける。

 

身体を貫く矢を抜き捨てるパフォーマンスを入れながら。

ゆっくりと男に迫る。

 

 

「わ、わかった――!」

 

 

目論見は成功した。

(スプリガン)が音を上げたのを確信したところで。

 

 

 

 

 

風が吹いた。

 

 

 

 

 

――ああ、本当に。抜け目のない

 

幾許か戻った記憶のカケラ。

 

妖精歴時代。お互いに反りが合わなかったあの男を目の端で捉える。

 

ロンディニウムの滅亡のあの時、()()()()()()()()における分岐点。

 

それに、終ぞ現れることは無かったあの男。

 

楽園の望む滅びという俺が最も嫌い、憎むべき救済を望んでいた男。

 

滅びこそが正しい姿と言う、上位者(思い上がり)の一人。

 

汎人類史という、何がどうあろうとも相容れることは無い世界からの尖兵。

 

――殺す事のできなかった……憎むべき敵。

 

ずっとずっと、遥か昔からさまざまな未来を見据えていた男。

 

全てを見据えるような全能感と、目的のために非常な選択を取るその様は今となってはどこかあのヒトを思い出す。

 

かつて、相入れることはないと敵対する事を告げて互いに別れた。

 

故に今更、その行動を責める気はない。

 

()()()()()()()()()()()()俺に非があるのは確かだ。

 

 

そしてそれはあちらも同じ思いなのだろう。

 

 

もとより年齢を感じないヤツだったが、年老いた見た目になっても尚その表情が何を物語ってるのかがわかるくらいには、長い時間を過ごしてきた。

 

いつに無く苦い表情なのは、別れ際のあの時と同じ。

俺を殺そうとして、躊躇したあの表情に近しいもの。

 

()()()()()()()()()()()()()と、後悔の念が読み取れる。

 

 

内心でほくそ笑む。

 

つまりはこちらの望み通りという事だ。

 

あの男の望んだブリテンの終わり。

 

その苦虫を噛み潰したような表情に、勝利を確信する。

 

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

――俺の事くらいはお前の望み通りにしてやるさ()()()

 

 

動かすのがやっとだった足に力を込める。

普通の人間であれば、そのままショック死する程の激痛が走るが気にしない。

 

彼女は愛する人の娘であり、そして、俺はそんな彼女の奴隷(サーヴァント)

 

痛みごときで躊躇など出来ない。

 

1歩で大穴までの距離を一気に詰める。

 

 

慌てて体制を立て直す男が迫りくる俺の圧に身を竦め、大慌てて弁明しようと叫んでいる。

 

 

(そう、怯えるなよ。別に取って食おうなんて思っちゃいない)

 

 

2歩で淵まで辿り着く。

 

 

腰を抜かして尻餅をついた瞬間からもうこの男は終わっている。

もはや、敵でも味方でもない。興味もわかない、その男に構わず通り過ぎ。

 

 

3歩目で淵を大きく蹴り。

 

彼女の元へ追いつくために、力いっぱい飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

訪れた浮遊感。

 

 

落下する彼女に追いつくのは容易だった。

 

 

頭から落ちながら、バーヴァン・シーを確保する。

 

一先ず安堵のため息をついた所で。

 

 

「なんで――」

 

 

声が聞こえた。

 

 

突然聞こえてきた声は抱き止めた彼女のもの。

 

 

「――あぁ、起きてたのか」

 

 

「何で私なの」

 

それは俺にとっても不思議な言葉だった。

 

 

「何でって……」

 

 

「なんで、お母様じゃなくて私のところに来たの!?」

 

 

「おい、落ち着――」

 

 

「お母様がぐちゃぐちゃにされてるのに、私、恐くて何も出来なかった!」

 

 

それは贖罪の声だった。

 

 

「私のせい、私の……!」

 

 

だが、アレ程の嗜虐性をもった彼女の焦燥した様子に胸を締め付けられる思いだった。

どうにか慰められる言葉を投げかけてやりたかった。

 

 

 

「ごめんなさい……!」

 

 

 

だが、今はそんな場合ではない。

 

このまま彼女の慟哭を聞いていてはお互いに助からない。

 

だから、今俺に出来る事をするだけだ。

 

 

 

「ウッドワスとちゃんと仲良くしろよ。モルガンを本当に愛してるのは君たちだけなんだから」

 

「え――?」

 

「あと、ムリアンの事も良い子ちゃんとか言って酷いことするな? 政治関係はとびきり優秀だからさ。あとあの金髪の男。あいつも今回でもう懲りたろうし、許すフリでもして、さんざん利用して働かせりゃ良い」

 

「何言って……」

 

 

力を込める。

遥か上。広間の淵から、1翅の妖精がこちらを覗いているのが伺える。

 

期待通りの動きに、思わず微笑んでしまう。

 

 

(流石だよ)

 

 

抱えた少女と同じように。

女王を愛するもう1翅の妖精を見ながら。

 

 

「モルガンを頼む」

 

 

「え――?」

 

 

「乱暴で悪いな」

 

 

一言告げて、ウッドワスめがけて投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで良い……)

 

 

目論見通り。バーヴァン・シーを見事確保したウッドワスを見届ける。

 

 

 

 

 

少し前。

 

モース擬きに襲われた時。

 

後悔ばかりだった。

 

死など恐ろしくないと、妖精國や彼女の為ならば命など惜しくないと思っていた。

 

だがそれは、あくまで目的を遂げられるならという話だ。

 

とんでもない。

 

死は何より恐ろしいものだ。

 

死が救いなどと言うのは殺した側の詭弁か、死んだ事のない奴の言う戯言。

 

記憶はなくとも経験は心に刻み込まれているのは自覚できる。

 

死の恐怖を刻みつけられた自分にとって、それは何よりも恐ろしい。

 

 

 

 

だが

 

 

 

 

今は違う。

 

後悔は無い。

 

死にかけたモルガン。

 

だが生き残れた。

 

あれは間違いなく分岐点。

 

あの時点でモルガンが死ぬという運命。

 

どこかのどいつかが描いたブリテンの滅びというシナリオ。

 

それが捻じ曲がった。

 

あの時点で生き残った以上滅びはない。

 

モルガンはもう負けない。

 

モルガンは、運命と言う名の巨大な力でしか殺す事は出来ない。

 

それが捻じれた今、ブリテンに滅びは無い。

 

これで死んでも、どうあれ愛する者は救われるのだ。

 

 

それは死への恐怖よりも勝る喜びだ。

 

 

 

 

 

下から這い上がる瘴気が体を襲うが、なんて事はない。

 

遥か下にある呪いの根源。

 

この大穴に眠る、神と言われている存在。

 

「――ハ、神、神だってさ……」

 

ケルヌンノス。

 

ケルト神話とか言う物語に出て来るらしい、毛むくじゃらの巨大生物。

 

汎人類史では神とされている存在。

 

妖精歴時代、俺の力を以て消し飛ばそうとしたときに、何かを危惧して彼女は止めた。

 

様々な異世界における神と言われている存在を思い出す。

 

その中でも。一番に思い浮かぶのは義理の父。

 

やろうと思えば星すらも容易く滅ぼせる力を持つ全能の彼の口癖は、”我々は神ではない”という言葉だった。

 

 

――神様ってのは、それこそ俺が名乗れてしまうような、簡単に殺されてしまうような安っぽい存在じゃないって事だ。

 

 

自嘲しながら体に力を込める。

 

 

「あんたが自称”神”だか他称”神”だかなんだか知らないが、そんなもの、遠慮する理由になりゃしない。知ったこっちゃないんだ。正直」

 

 

生まれた世界から持ってきた残り少なくなった。

 

 

「神様だから正しいとか、悪魔だから正しくないとか、誰が正しいとか、誰が悪だとか。どうでも良いんだよ本当は」

 

 

生まれたときから刷り込まれた。文字通り世界を滅ぼす力。

 

 

「神だろうが人だろうが妖精だろうが、どうしようもない理由があろうが、復讐だろうがなんだろうが何かを傷つけようとした時点で悪でしかないんだからさ……」

 

 

偽物自分が持つ本物の力。

 

 

「どうあろうがお前は俺にとっての敵で、いてもらっちゃ困る存在だ……」

 

 

それを解放して自分ごと消滅させる。

 

 

「でもまあ、他称とは言え()の命を差し出すんだから妥当だろう?」

 

 

身体を構築するエネルギーすらも用いた最後っ屁。

 

 

「それでも文句があるなら、死んだ後に聞いてやる」

 

 

――それが、自分に出来る最後の仕上げだ。

 

 

「待ち合わせは祖先の平原か葦の楽園で良いよな? 悪いけど、たかだかナマクラを作る為に命を消費するようなシステムを作るお前らのトートイらしい楽園は、行く気にならないんだ」

 

 

軽口を叩ける自分に笑えて来た。

 

自分で言った事に笑えて来るぐらいには、余裕があった。あるいは悲壮を誤魔化す為の笑いか。

 

それは自分ではわからない。

 

 

「――ハっ、祖先の平原、葦の楽園……だってさ。バカだなぁ。行けるわけも無いのに」

 

 

覚悟は既に決まっている。

 

 

「悪である俺もお前も、向かう先は良くて地獄だ。残念だったな」

 

 

後は墜落と同時に力を爆発させるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そのはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわりと、甘い香りが漂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ――」

 

 

背中から感じる暖かい感触。

 

それと同時に緩やかになる落下速度。

 

驚愕に意識が回らない。

 

 

「ああ、本当に、良かった。今度こそちゃんと掴めた――」

 

 

聞こえて来たのはここ最近馴染みのあったかわいらしい声。

 

 

「なんで――」

 

 

暖かい感触は背中から掴まれているからで。

 

 

「全く、急に、飛び込むんですからっ……だいぶ下まで落ちてしまったでは、ないですか……っ!」

 

 

落下速度が落ちたのは、浮いているからだ。

 

 

「なんで、なんでだ……ダメじゃないか!」

 

 

それはあまりにも予想外で。

 

 

「何が、ダメ、なんです?」

 

 

予想外すぎて思考が追い付かなかった。

なぜと、ダメだと、もはや無意味な言葉であっても叫ばずにはいられない。

 

 

「なんで、ここにいるんだムリアン!!」

 

 

グロスターの領主。ムリアン(大切な人の1人)がそこにいた。

 

叫ばずにはいられない。

 

下からモース毒のような瘴気が沸き上がっているのだ。

自分のように耐性があるならばともかく。妖精である彼女がここにいれば無事では済まない。

 

もはやこの濃度の瘴気ではもう――

 

 

「なんでって、忘れ、物を……届けにっ 来たんですよ? ロットさん」

 

 

 

息も絶えだえで、顔色も悪い。

最早死んでいてもおかしくない。

 

――だと言うのに、彼女の態度は言葉通りに、忘れ物を届けに来ただけであるかのように気軽だった。

 

 

ムリアンの言葉の後、左手に取り付けられたのは、2つのリングが繋がった指輪。

 

スリングリング。

 

ミスティックアーツにおいて、次元の扉を開く為に用いるレリック。

 

 

「これ、で……広間に戻れます。私、では……もう力が無いのか使えなかったものですから……」

 

 

たしかにこれを使えば広場には戻れる。

 

だが戻った所でムリアンは……

 

 

 

「……ぁ、なんで」

 

 

「お礼ぐらいは、言って……欲しいんですけど……?」

 

 

戸惑って声も出せない中。

揶揄うように笑うのを背中から感じ取る。

 

 

「お礼,なんて、だって……っ」

 

 

それが、命をかけてまでする事かと、叱責することなど出来るはずもなく、かと言って、素直に礼を言うこともできなかった。

 

礼を言ってしまえば、ムリアンの終わりを肯定してしまうのと同じような気がしてしまう。

 

どちらを言うことも憚られた。

 

 

 

「良いんです……」

 

 

そんな俺の気持ちを察したのだろう。

ムリアンはつらつらと言葉を並べ始めた。

 

 

「私はあなたがいなければ、大きな罪を犯してしまう所でした。この妖精國を滅ぼしてしまう程の大罪を……」

 

 

「何言って……」

 

 

「私はその罪を犯した後、きっとそのまま誰かに殺されていたでしょう。何故かはわかりませんが何となくわかるんです」

 

 

「何だよそれ……そんなの理由に、理屈になってない。仮に死ぬ運命だったからだなんて。そんなの、だってこんなことしなければ無事なままなはずだったんだ。運命だったら、それを乗り越えたんだったら。そのまま生きていれば良いじゃないか。運命なんて戯言放っておけば良いじゃないか……罪だなんて。そんなの捌く権利がある奴なんてどこにもいないんだから、君が犠牲になる必要なんて無いじゃないか」

 

 

支離滅裂な言葉にも、ムリアンは苦しげながらも笑顔を返す。

 

 

「その言葉、そっくりそのままお返しします。自分を犠牲にしようとしているあなたに言われたくありません」

 

 

「――っ」

 

 

それはこれまでで一番強い言葉で。

その迫力に言い返すことが、出来なかった。

 

 

「どちらが生き残れば皆が幸せか。考えただけです。私よりも貴方が残った方が良い。貴方は陛下や妖精騎士の方々。ウッドワス――さんに慕われています。でも私は、誰にも愛されていません……」

 

 

「そんな事……」

 

 

「いいえ、だって私はそういう風に生きてきましたから。翅の氏族が殺されて……1000年間。上辺だけで生き続けて、復讐だけを考えて。ほら、愛される理由がありません」

 

 

自嘲気味な笑顔は全てを受け入れた朗らかな雰囲気で。

 

 

「私が死んでも、悲しむ人はいませんから……」

 

 

そんな悲しいことを言い切った。

 

 

それがあまりにも悲しくて。

あまりにも悔しくて。

顎が震えて声が出ない。

 

 

 

 

 

 

『俺が悲しむよ……』

 

 

 

 

 

 

 

――そう、言ってやりたかった。

 

 

 

 

 

 

記憶ではなく。記録の中にある。同じような悲しみを背負った者にかけたであろう()()()()()()()()()

このシーンにはおあつらえ向きの良い言葉だ。

 

それを、その言葉をかけてやれば良いのに。

きっと彼女を喜ばせる事ができるはずなのに。言えなかった。言い出す事が出来なかった。

 

だってそれは別の誰かに向けた本物の言葉で、自分の言葉じゃない。

 

 

いつだって色んな人達の事を参考にして生きて来た。

 

言葉から生き方まで、模倣ばかりの人生だった。

 

それを、恥ずべきことではないと、誰しもがそうなんだと。かつて教えてくれた人がいて。

 

だから他人の台詞を使う事への情けなさなど、遠慮など、とっくのとうに振り切ったはずだと言うのに、今だけはそれは憚られた。

 

 

 

「フフ、今、言葉を飲み込みましたね」

 

 

そんな不甲斐ない俺を、揶揄うように笑うムリアン。

 

 

「あなたの言葉は、素敵ですけどあなた自身でないような気がしていましたから」

 

 

気づかれていたのかと、そんな事実を揶揄いながら突き付けられる。

 

 

「でも、貴方は顔に出やすいので、言わなくても伝わります」

 

「……」

 

「……だから私はこうするんです。私の死を悲しんでくれる唯一のヒトを、私は失いたくありませんから」

 

 

成り立たない会話も、意味は理解できている。

 

 

「ムリアン……()は――っ」

 

 

そんな事ないと、これから、君の死を悲しんでくれるような、そういうヒトはきっとどこかにいるはずだと、今はいなくとも、これからそういうヒトを見つければ良いと、そう言ってやれば良いのに。

 

出来なかった。

 

今更だった。

 

もっと、彼女がこんな行動に出る前に対話できていたらと、記憶をもっと早く思い出して、あんな再会の仕方じゃなくて、もっと普通の再会が出来ていたらと。

 

情けなさと悲しみで涙が溢れて途切れない。

 

 

「フフ、僕、ですって。それが本当の貴方?」

 

答えられなかった。もう、言葉をかけてやることができなかった。

 

()が本物かどうかなんて、自分でもわからない。

 

 

「……っ、もうそろそろ、眠くなってきました……良い加減、観念して貴方は助かってください。このまま落ちておしまいだなんて、それこそ許しませんから」

 

 

「――まって、ダメだ」

 

 

「本当に、ありがとうございます。()()()さん」

 

 

頑なにロットと呼んでいた彼女の言葉。

それを変えた意味を察する事は出来なかった。

 

 

 

「どうか……おしあわ、せに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――想像よりもずっと、あっけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の事を理解しきることも無く、自分の事を理解しきる事も無く。

 

かけるべき言葉を見つける事もなく。

 

終わる。終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

浮遊状態は解かれ、重力に従うように落ちていく。

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

力強く、少女を抱きしめる。

 

きっと意識があれば、苦しがっていたかもしれない程に強く。

 

 

 

まだ、暖かい。

 

 

 

湧き上がった感情を、言葉にする事は出来なかった。

 

 

 

「頼む……」

 

 

 

 

抱きしめていた右腕を解き、掲げるように開く。

 

 

 

 

「頼むよ……!」

 

 

 

 

漏れ出てきたのは、懇願の言葉。

 

 

「俺に資格なんてないのはわかってる!信念もないし正義感もないし頭も良くないし全てを赦せる程心も広くないしそもそも本物ですらない……! わかってるんだよそんなの!!」

 

 

 

そのまま、ゲートを開いて逃げる事が出来ない。

それはそのまま彼女を諦めてしまう事につながるような気がして。

 

 

 

「全部を捨ててきた俺がふさわしくないのはわかってる!!」

 

 

悪である自分が全ての命を救いたいとなどと思うはずも無い。

 

そこまで慈愛に溢れてはいない。

 

 

それでも、だからこそ。

 

 

自分を大切に思ってくれる彼女を犠牲に、自分がのうのうと生き残る事は我慢出来ない。

 

だからと言ってこのまま死んだら彼女の全てが無駄になる。

 

 

だから――

 

 

 

「お前だけが頼りなんだ……っ!!」

 

 

 

叫ぶ。

 

 

 

「お願いだ!」

 

 

 

叫ぶ

 

 

 

「お願い――っ お願いです!!」

 

 

 

 

情けなくとも、みっともなくとも叫び続け――

 

 

 

 

「来てくれぇェェェェェェ!!」

 

 

 

 

 

遥か彼方から――

 

 

 

 

 

 

――空気が、爆ぜる音がした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『その、もしあなたがよろしければ、このまま貴方のお友達と一緒にこの妖精國に……』

 

 

 

 

 

 

「――貴方の勇姿、貴方の愛。しかと見届けさせていただきましたわ」

 

 

キャメロットに囲まれる大穴の上空。

そこに、ふわふわと人影が一つ。

 

彼女を知る者で有れば驚くだろうその賛辞。

 

本人も自分自身しかいないからこそ出た言葉であった。

 

 

コヤンスカヤにとってムリアンは友人である。

 

だからこそ、彼女には選択肢があった。

 

ムリアンの代わりに彼を救う事。

 

あるいは広間での戦場に参戦する事。

 

 

 

――ですが、無粋というものですから

 

 

 

だが、コヤンスカヤがコヤンスカヤである以上、それは出来ない相談だ。

 

ムリアンの生きざまをしかと見届ける事しか彼女はしない。

 

それは、ある種の存在としての矜持というよりは、もっと性格的な、これまでの生き方によって構成された要素による理由が大きかった。

 

 

『――お願いですっ!』

 

 

哀愁を漂わせながらも、苛立ちを募らせる。

 

一体何に懇願をしているのか。神頼みとでも言うつもりか。

 

不可思議な経験をつんでいようと、人間の分際で、この妖精國を存続させようなどという”罪”を犯す分際で、神頼みなどに興じ、彼女の犠牲を無駄にしようとしているその姿。

 

人間に限らず、生命の本質は窮地の時こそ現れる。

 

男は、彼女の望み通り助かろうとする事も無く、みっともなく泣きわめきながら無意味な叫びを上げ続ける愚か者にしか見えなかった。

 

 

「……ムリアン様、貴方の愛は立派ですが、お相手の方はその愛を受けとる資格がないようです……」

 

 

もう見ていられないと、台無しな気分にされたと、とっとと去ろうとしたところで――

 

 

 

 

 

 

 

――ゾクリと、悪寒が走った

 

 

 

 

 

 

何かが、同じ空から凄まじい速度で迫って来た。

見た目には馴染みのある、知識の中にあるものだが、馴染みがあるからこそ理解出来ない物だった。

だが、確かに正体は不明だが、コヤンスカヤだからこそわかる事がある。

 

それは、この星のものでは無い。

 

それは、この星の重力下にあってはならない質量である。

 

それは、本来であれば存在するだけでこの星をどうにかしてしまう物である。

 

だからこそ不可思議だ。

 

だってそうだろう。そんな物が何故星に影響を与えることなく存在しているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな物が何故――

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()などと言う、人間の手に馴染むような形になっているのか。

 

 

 

 

 

 

 

それが、大穴の上にいるコヤンスカヤまでまっすぐに空を飛び、接近して来る。

 

 

 

「ちょ――」

 

 

 

コヤンスカヤは、浮く事は出来るが、飛行は出来ない。

 

あれを回避できる飛行性能は持ち合わせていない。

 

このまま通り過ぎられれば余波だけで霊核の一つや二つ、容易く持っていかれると危惧したところで。

 

 

コヤンスカヤの目前、余波が届くかどうかというところで、直角に落ちるという変態軌道を描き、大穴へと落下していった。

 

とりあえず、安堵の息を吐くが、安心している場合でもない。

 

 

「っと、まずいのでは? このまま、アレが地表にぶつかれば――」

 

 

コヤンスカヤの、存在そのものに刻まれたモノが疼く。

 

あれが、もし感じている質量の通りであれば――その被害は()()()()()()()()

 

例えば、見た目通りの道具のように人間が地表で持っていた場合、その高さから迂闊に取り落としただけでその被害は……この星は終わる。

 

そんなものが、この高さからあの深さまで落下でもすれば、それこそ――

 

なぜそのような物がと、考えた所で当然ながら彼のみっともない行動が脳裏に浮かぶ。

 

その懇願の意味を察してしまう。

 

 

 

「……私の悪口、聞かれておりませんわよね?」

 

 

 

口に出たのは後悔の言葉。

 

それを呟きながら、コヤンスカヤはもはや自分では対処のしようがないと、少しでもそれがもたらす被害から逃れるためか、あるいは、彼がもたらした事態なのならば大事にはならないだろうと思ったのか。

その場を去った。

 

先程の、つまらないものを見たという表情は既に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い遠い記憶の彼方。

 

さまざまな世界を渡り、さまざまな人生を辿ってきた。

 

その殆どは、複雑な記憶の引き出しに仕舞われて、容易く思い出す事はない。

 

そんな記憶達も不意にその引き出しが開く事はある。

 

 

 

 

 

 

――これは.全てを破壊する武器となり

 

 

――ありとあらゆるものを創造する道具ともなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死にゆく星の心臓で作られたこれは、王が持つに相応しい物だ』

 

『……ええ、確かに。その力は絶大です。別の世界のそれは父上――違う世界の父上によって"高潔な者"しか持つ事のできない魔法がかけられていました』

 

『ほう、わざわざそのような魔法を? あちらのお前は馬鹿な事でもして、取り上げられでもしたか?』

 

『詳細までは……ただ本人は、あの時は傲慢だったと申しておりました』

 

『……成る程、そちらの息子はアスガルド人らしく、儂の息子らしく育ちおったという事か……』

 

『私は、それを持てるようになった後の彼しか知りませんが、豪胆でありながらも思慮深く、いるだけで希望を抱かせられるような凄まじい魅力に溢れていました……私とは違う』

 

『……そう、自分を卑下するでない。息子が息子自身を愚弄する様を見る親の気持ちを考えてみろ……』

 

『……父上』

 

『確かに、あちらのお前は、お前には無い物を持っているのだろう』

 

『……』

 

『だがお前もまた、向こうのお前には無い物を持ち合わせていよう』

 

『――ありがとう、ございます。父上……』

 

『うむ。しかし、そうさな。相応しき者のみに持てる魔法……ふむ』

 

『……?』

 

『……持ってみよ』

 

『……っ 持てません……』

 

『似たような魔法を掛けておいた。何、お前はその消極さ故、それを誰かに譲ってしまいそうだからな』

 

『っそんな、事は……っ』

 

『無いとは言えんだろう?』

 

『……』

 

『ふ、わかりやすい息子よ……何度も言うがそう卑下するな。それを、儂は愚かだとは思わん』

 

『これはお前がお前自身である限り応えてくれる。だが、お前自身に迷いがあればその限りではない』

 

『しかし、私には王になる資格も、権利も――自信もありません』

 

『王に相応しい物だが、王に相応しい者が持つべきというわけでもない』

 

『え?』

 

『それに、王に相応しい者が王になるべきというわけでもない』

 

『父上の言葉は、その、おっしゃる事はわかるような気はするのですが……』

 

『理解できずとも良いのだ。王であっても、王でなくても、これはお前の為にある。ニタベリアの者達もお前の為ならばと端正込めてくれたのだ。自信を持って受け取るが良い』

 

『――っ僕は……っ』

 

『――まったく、本当に涙脆い。それだけは悪癖だぞ? 未来はどうあれ、今のお前はアスガルドの王なのだからな』

 

 

 

――映像のように流れて来る。

 

 

 

『だが、そうさな。これを万が一他の者に託そうとするのならば――』

 

『――――っ ――』

 

『――――』

 

 

――引き出しから取り出した記憶の欠片。

 

 

 

 

 

それから、目が覚めた。

感じとる落下の感覚と、抱きしめた彼女の体温を感じ取る。

思い出に浸っている場合では無い。

 

 

慌てて、眼の涙を拭う。

 

そんな、泣いている場合では無い。

 

 

このままおめおめと逃げるだけではだめだ。

 

彼女をどうにか……

 

そうして、ぼやけた視界がクリアになったところで。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()|。

 

 

「ああ、ああ……!」

 

 

それは馴染みのある速度で飛来し、迫る。

 

 

「ありがとうドワーフたち、エイトリ! 」

 

 

 

それに、あわやぶつかりそうになったところで。

 

 

 

「ありがとう、ムジョルニア!!」

 

 

 

その柄を、掴み取った。

 

 

 

 

 

 

――ありがとう。お父さん。

 

 

 

 

 

 

 

かつての恩人達を想いながら。

 

 

 

 

 

光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想、ご意見色々とありがとうございます。

厳しいご意見に関しては、概ね予想通りの反応だなというのが正直な所でございます。

色々とありますが、つらつらと講釈を並べるつもりはありません。というか説明できません。何せ今後の展開を喋るのと同じなので。

お手をかけて書き込んだり、メッセを送ったり、評価を下さるのは、ご感想であれ厳しいご意見であれ、高評価であれ低評価であれ、期待の表れと解釈させていただき、ありがたく今後の参考にもさせていただきます。

本当感謝です。


ここまで物語を続けて来た以上、何が在ろうとこの物語を中途半端に手放す気はございませんので、どうぞ見守っていただければ幸いです。




PS

トップガンマーヴェリック。

最高でした。

ランスロットとの交流シーンで色々と盛り込みたくなりました。
ネタバレし放題だし物語になんの意味もないので我慢しますが。

本当に最高です。

各サブスク媒体で前作を見てから是非映画館で見ていただきたい映画です。




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愚行

――何で私、こんな所にいるんだろう

 

 

使命を与えられた。

 

 

救世主だと祭り上げられた。

 

 

その使命は、救うと言われているこの國の者達を滅ぼすための物。

 

 

妖精達の悪意が嫌だった。

 

 

『別にどうでも良いんだ。お前らが自分たちをどう思っていようが、どんなご高説を垂れようが、俺にとってはこの妖精國で一番醜い存在で、一番の悪党で、救世主ヅラする最低最悪なノア気取りの侵略者だって事には変わりない』

 

 

『この後に及んで未だに救世主気取りかァ!!』

 

 

 

()()()()()()()なんだか。ヒトの事なんて言えないじゃない。

 

 

当たり前だよね。そもそも滅ぼそうとしてる私に嫌悪感を抱かない方がおかしいし。

 

何万年も前の罪とか言われても、そんなの知った事じゃないって考えるのが普通。

 

滅ぼすのに救世って。そんなのあまりにも自分勝手。

 

それは怒るに決まってる。

 

そんなの恨まれて当たり前……

 

正義の味方なんて、救世主なんて言われる方がどうかしてる。

 

別に彼らみたいに本当に救いたい世界が別にあるわけじゃないし。

 

 

そんなの――

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

……何で救世主なんだろう。

 

誰が救世主なんて言ったんだろう。

 

誰が正義の味方だなんて言ったんだろう。

 

一体誰が救済なんて言ったんだろう。

 

 

 

 

 

どうして私なんだろう。

 

 

 

どうして1人だけなんだろう。

 

 

 

どうしてあんなルールにしたんだろう。

 

 

 

どうしてここまで頑張らないといけなかったんだろう。

 

 

 

どうしてあの娘が、あの娘たちが犠牲にならないといけなかったんだろう。

 

 

 

どうして、どうして、どうして、どうして。

 

 

どうしてなの?

 

 

誰がこんな事にしたの?

 

 

誰のせいなの?

 

 

貴方のせいなの?

 

 

貴方に聞けばわかるの?

 

 

貴方に頼めばどうにかしてくれたの?

 

 

貴方だったらどうにかできたの?

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――神様、なんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスガルド

 

北欧神話の舞台と言っても過言ではない、いわゆる神の国。

 

そこに登場する戦神の中にトールという神が存在する。

 

無秩序と混沌を呼ぶ数々の巨人を打ち倒し、神々と人間を守護し、最後は世界そのものと言っても良い巨大さを誇る大蛇と相打ちになり命を落としたと言う。

北欧神話に登場する神達の物語の中でも主役と言っても差し支えない存在である。

 

 

その神が、正確にはその神としか思えないナニカが、大穴どころかブリテン全土を焼き焦がすのではないかと思える稲妻と共に現れた。

 

それは、自らを犠牲にして妖精騎士トリスタンを救い、大穴に落下し死亡したと思われた青年の姿をしていた。

 

 

その神と思しき青年は、大穴へと落ちる前に着ていたいわゆる汎人類史で言う普通の青年が着用しているような服装から一転、黒を基調とした薄手の鎧姿へと変貌している。

豪華絢爛というわけではないが、質素というわけでもない。

 

その造形と、肩からのびる赤い外套。見るからに頑丈そうな金属らしき装飾は、その鎧の格の高さを物語っていた。

 

どういう原理か大穴から空を飛び、そのままムリアンを抱えながら大広間へと膝をつきながら着地した。

その手に、雷神トールが持つとされる物と思われるような戦鎚を携えて。

 

 

 

かの北欧神話を知る者であれば、彼を警戒し、迂闊に攻撃する事も無い。

だが、神を必要としない、神を知らない妖精にとっては話は別である。

 

 

魔力もなければ妖精の好む生命力のようなもの無い。

妖精基準で言えば、失敗作の人間にも見える青年を恐れる道理は無い。

 

一部の妖精にとっては青年は空を飛び、不思議なハンマーをもっているだけの、多少着飾った下等生物(人間)以下の存在でしかないのだ。

 

 

「魔女の手先め――!」

 

 

複数の妖精が襲い掛かる。

それをノクナレアも止めはしない。

 

どの道彼はモルガン側に籍を置く存在であることは明白だ。

戦わない理由は無い。

 

倒せればそれで良し。倒せなくてもその解析不能な力を見る事が出来ればとの目論見ではあった。

 

そんな妖精達を、青年。トールは一瞥し。

 

最初に起こした行動は、その手のハンマーを放り投げる事だった。

 

 

「――ガペッ!」

 

 

1翅の妖精に、投降されたハンマーが衝突する。

その瞬間、何の抵抗もなく、虫ケラの方がマシだとも思える程にあっさりと1翅の妖精が砕け散った。

 

 

 

 

――()()()()()()

 

 

 

 

結果的にそれは幻覚で、そのまま頭を殴りつけられ気絶しただけであるのだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思えるほどの迫力と威力を持ち合わせていた。

 

そのハンマーが役目を終えたかのようにゆっくりと地面に落下する。

 

 

「武器を手離したぞ! かかれ!!」

 

 

ノクナレアの力を分け与えられた一騎当千クラスの上級妖精が1撃で倒されたという衝撃に臆することなく。

別の妖精が無手となったトールに襲い掛かる。

 

武器の力は認めよう。

 

だがそれを手放せば人間以下の無力な男のはず。

それが妖精達の考えだ。

 

その思考に間違いはない。

妖精國、あるいは汎人類史においても、人間で妖精に勝てる者はまずいない。

妖精とまともに戦えるのはサーヴァントでやっとなのだ。

それも上級妖精であれば尚更である。

 

 

振り下ろされる剣。妖精が持ち合わせる神秘を携え、人間どころかサーヴァントさえまともに受ければ余波だけで命を落としかねないその一撃。

 

 

それをトールは防御することをしなかった。抱えているムリアンを少しでも守ろうと、その両手で彼女を包み込む。

彼は、妖精の一刀を鎧の金属部分で受ける事も無く、その無防備な身体で受け――

 

 

 

 

――叩き折れた剣が宙を舞う。

 

 

 

それはいかなる異常事態か。

 

 

『この体、コタティ族のメタルファイバーみたい――』

 

 

かつて。ソー=オーディンソン(もう一人のオーディンの息子)の肉体をそう表現した者がいた。

 

 

信じられないと眼を見開く妖精。

トールは、片腕を解放しその妖精の腕を軽やかに掴む。

掴んだそれを、まるで遊具を扱うような気軽さで放り投げる。

投げられた妖精は、反乱軍の隊列を崩すほどの人数を巻き込み、雪崩のように崩れていく。

 

一連の攻防。それによってハンマーの威力。トールの身体の頑強さと、怪力ぶりが証明された。

 

 

 

だが、逆に言えばそれだけだった。

 

 

今のトールに登場時の派手さは無い。

 

上級妖精を昏倒させるその力は人間としては大したものかもしれないが、昏倒させただけであるとも言える。

 

例えば妖精騎士ランスロットのアロンダイドであれば上級妖精と言えどその身体は両断されているだろうし、仮に妖精騎士ガウェインならばそれこそ無手でも妖精の身体は消滅していたはずだ。

ウッドワスどころか牙の氏族の雑兵クラスでも、その爪で引き裂く事は容易い。

故に彼のもたらす結果は、脅威にはなりえていない。

 

 

トールを、妖精達が取り囲む。

 

そんな状況に、トールは両手を上げる。それは降伏を示すポーズ。

 

「待て、俺は妖精國の大事な住人である君達を殺そうとは思っていない。こっちは呪いに侵されて治ったばかりの子を抱えてるんだ」

 

初めて口にしたのは、そんな弱々しい発言だった。

それが、むしろ反乱軍の妖精達を増長させる事になる。

 

悪の女王の手先が何を世迷言をと一笑に付すのみ。

 

 

「とりあえず落ち着いてくれ。話せばわか――」

 

 

故に

 

 

「死ねェェェェ!!」

 

 

 

 

妖精達が襲い掛かる。それをノクナレアも止めはしない。

 

 

今度は油断しないと、確殺の為に数で攻め立てる。

 

 

裂帛の気合。

 

その殺意は戦争においてこれ以上ないほどに必要な要素。

 

これまで様々な問題が起こって来た。

ムリアンの登場、牙の氏族達の乱入、妖精騎士達の参戦。

 

あげくの果てには人間だったと判明したスプリガンの暴挙。

 

特に最期は、人間如きの怒号に臆してしまったという恥じる思いが妖精達にあった。

そして、おそらく最期の最期の転換であろう、トールの登場。

反乱軍の妖精達ももはや我慢の限界。そのストレスをまさに爆発させた気合の乗った攻め。

事実これまで以上に妖精達の士気はあがっている。

 

王の氏族として、洗練された号令が響く。

一斉にトールにかかる妖精達。

 

「まあ、そりゃそうだよな」

 

多勢に無勢。一見すればトールは無事ではすまないこの状況。

 

その間に、ランスロットもガウェインも動向を見守るカルデア組を警戒して、向かう事はできない。

 

加勢に入ろうとするのは牙の氏族達。

 

 

だが、トールはその加勢を掌を牙の氏族達に向け待て必要無いというジェスチャーで答えた。

牙の氏族。そのNo.3ベイガンが何故かと疑問を孕む視線を向けるが、理由は直後に判明した。

 

 

「――ギッ!」

 

 

響いたのは断末魔。

 

 

 

 

トールを囲むように扇型の陣形を取る妖精達。

 

その後方にいた者達が、まとめて吹き飛ばされていた。

 

 

「なんだ!?」

 

疑問を叫ぶ妖精。

その正体は、先ほどトールが放り投げ、墜落したはずのハンマーである。

 

 

――北欧神話に語られる代表的な武器にミョルニルというものがある。

 

 

雷神トールの持つハンマーであり、神話では手を離れても再び手元に戻るという逸話が語られているそれは、彼の持つムジョルニアも同様だった。

一人でに浮かび上がったハンマー、ムジョルニアは、間にいる障害物(妖精達)を纏めて吹き飛ばしながらその手に戻った。

 

だが、妖精達が昏倒しただけなのは先ほどと同じ。

 

当然ながら臆する事も無くトールにかかっていく妖精達。

 

トールはムリアンを左手に抱え、右手に携えたムジョルニアの柄についている繩を掴む。

それを起点にハンマーを高速で振り回し始めた。

 

超高速回転するハンマー。それは弧を描き、攻防一体の盾ともなった。

振り下ろすという動作を省略させたそれは、トールの右手を起点に、ただそれを対象に近づけるだけで、妖精達を軒並み吹き飛ばしていく。

 

囲む妖精達を、容易く吹き飛ばすトール。

 

着実に近寄る妖精達を昏倒させていき、結果としてトールに向かってきた妖精達は漏れなく意識を失った。

 

一撃で全てを消滅させる派手さは無い。

血しぶきがまうような凄惨な殺戮が巻き起こったわけでもない。

地味ではある。迫力や絶望感で言えば女王の前に立つ事や妖精騎士、あるいはそれこそ反乱軍による討伐の方が派手に死亡者があふれていただろう。

 

だが、誰一人殺す事なく殲滅せしめたその技術が、逆に彼の力を物語っていた。

 

妖精を殺さなかったのは単なる実力不足では無く、圧倒的な力を絶妙にコントロールし、手加減した結果。

これだけの妖精達を相手にしてなお、手加減をしたまま切り抜けたと言う事実。

無力なはずの彼は、何一つ傷つく事も息を切らす事も無く、反乱軍を鎮圧した。

 

理解できない、えも言えぬ未知なる脅威。

妖精でもない。神秘でもない。魔術でもない力。

 

その異様を、気にもせず短絡的にかかっていく妖精達は意識を閉じてすでにいない。

残るは思慮深い本当の実力者たち。

そんな者達に、圧倒的な力と実力の差という実感を与え、一度戦場に沈黙をもたらした。

 

 

「……話せて良かった」

 

 

静寂の戦場に皮肉を散らせ、トールは戸惑う妖精達を他所に、反乱軍達などさして気にする存在でもないとばかりに、身体の方向を変える。

 

歓喜、絶望、戸惑い。戦場での反応は様々。

 

だが、反乱軍に撤退という選択肢はありえない。

すぐさま補充された反乱軍が再び動くが、今度はトールの視線を受けたベイガン達が迎え撃つ。

 

 

その様子を確認し、抱えているムリアンに気を使い、急ぐことも無くトールは、大事な二人の傍へと向かう。

 

 

「トール……なのか?」

 

 

ウッドワス。牙の氏族長。

 

彼は。彼なりの気遣いで女王モルガンとバーヴァン・シーを並べて横に寝かせ、戦いの喧騒の中から彼女達を守ろうと側に支えていた。

 

そこに近寄るトールに警戒を解くことはない。

ウッドワスの知る彼と、今の彼の纏う覇気は別人とでも言うかのように違う。

 

そんなウッドワスの警戒を知ってか知らずか、トールは無遠慮に近づいて行く。

 

 

「ま、待て!」

 

 

静止の声を上げるウッドワスに、一度止まり、彼の戸惑いを察したのかトールは無機質な表情を崩す。

 

 

 

「大丈夫だよ。そう警戒しないでくれ」

 

 

 

途端に、先程までの異様な雰囲気は和らぎ、いつもの、自分の知る彼だと判断したウッドワスは警戒を解いた。

 

トールは、守るように支えていたウッドワスの横を通り、眠っている2人の側へ膝をつく。

 

 

「まったく、一瞬何者かに体を乗っ取られたのではないかと思ったぞたわけめ……!」

 

 

「悪い。何というかこの鎧を着た時は、その……恰好つけたくなるんだよ」

 

 

「ほんとうに……たわけだ貴様は……!」

 

 

「そこまで言わなくても……」

 

 

「黙れ……! たわけめ……っ!」

 

 

「……ごめん、ウッドワス」

 

 

 

それは驚かせた事への謝罪では無く。

 

これまでの全てにおいての行動に対する謝罪。

 

 

「まずは二人の治療だ。ウッドワスも」

 

 

トールは右手に携えた戦鎚を掲げ。

 

 

 

 

どう見ても、破壊する事しかできそうにない武器を何故二人に構えるのかと、ウッドワスは訝し気な表情を作る。

 

途端。

 

鎚鎚から稲妻が発生し、その稲妻を起点に淡い光が発生する。

 

その光がウッドワスと横になっている親子を包み込む。

 

 

「これは――?」

 

 

ウッドワスの戸惑いをよそにみるみる内にモルガンの傷やバーヴァン・シーの四肢が元通りになって行き、ウッドワスの傷も同様に治っていく。

 

 

 

「お、おお!」

 

 

感嘆の声を上げるウッドワス。それに笑顔を返し。

トールは、鎧についた赤いマントを引きちぎり、眠る2人にかけた。

 

 

「武器としか思えんそれにそんな力があるとは、ソレはお前の国の、アフォガードの物なのか?」

 

 

「ん?まあ、正確には――」

 

 

「――本当に?」

 

 

 

ウッドワスの疑問の声に口を挟んだのは小柄な少女の姿をした妖精。

 

 

「その、本当にアフォガードという名前なの? 君の国は」

 

 

妖精騎士ランスロット。

彼女は再び混戦の始まった戦場の隙を付き、トールの傍へと来ていた。

 

 

「ああ、久しぶりだな。ランスロット」

 

「――」

 

トールの一先ずの挨拶に、どう言った意味があるのかをランスロットは重視する。

 

「――僕のこと、覚えてる?」

 

そう、問うた。

その緊張を孕んだ態度の本当の理由を知るのは、この場にいるもう1人の妖精騎士ガウェインのみ。

 

そのガウェインはランスロットの一歩後ろに控えていた。

 

()()()()()で初めて話したことは覚えてるよランスロット。改めてよろしく頼む。アスガルドの、トール=オーディンソンだ」

 

 

手を差し出すトール。脇でアスガルドという名に疑問の表情をするウッドワスを他所に、ランスロットは一瞬、本当に一瞬だけ、悲しげな表情を浮かべながらもそれを戻し、握手に応える。

 

 

「アスガルド……北欧神話の神の国。君の正体は雷の神だったと言うこと?」

 

 

「ホクロの神話は知らないが、雷は操るしオーディンの息子でもあるさ。義理だけどな」

 

 

「義理……」

 

 

「まあ、複雑なようでそうでもない事情があるんだ」

 

 

言って、トールはランスロットの背後に控えるガウェインへと一歩足をすすめた。

 

 

()()()()()妖精騎士ガウェイン。トールだ。よろしく」

 

 

「――」

 

 

トールのその挨拶に、ランスロット同様の反応を見せつつもそれに応え、握手に応じる。

だがガウェインの態度にはランスロット以上に煮え切らない戸惑いがあった。それは決して記憶の類が理由では無い。

 

 

「私は……」

 

 

トールの命をかけて彼女達を護ろうとしていたその姿を見て、追い詰めた原因の一端でもあるガウェインは、自責の念に駆られ、素直に応対することはできない。

その態度の理由を察したトールは、彼女の肩を2回ほど軽く叩いた。

 

 

「今はこっち側なんだろ? どうすべきかはモルガン次第だけど、情状酌量の余地はあるさ。俺も説得してみるよ。ほら、よろしく」

 

 

「――はい。よろしく、お願いします」

 

 

交わされる握手。

未だ彼女の中で全てを飲み込めたわけでは無い。

 

だが、今はそんな細かい話をするわけにもいかない。

そもそもとして、このような逼迫した戦闘中にのこのこと主戦力たち会話を交わしていることじたい、異常であった。

 

当然、彼らの相手はそんな間抜けを逃すような者達では無い。

 

 

 

「――っ!」

 

 

甲高い金属音。

それは、斬撃をランスロットがアロンダイドで迎え撃った音だった。

 

「……油断しきってたからいけると思ったんだがなぁ」

 

千子村正。

汎人類史でもなく、異聞帯でもなく、独自に異星の神とされる別の陣営から来た傑物。

 

言葉とは裏腹に、ランスロットに不意打ちを防がれた彼の表情に見えるのは余裕だった。

 

「トール。下がって、彼には神殺しの力が備わっている。いくら君でも、いや、君だからこそ分が悪い」

 

「――派手に登場したわりには、女騎士に任せっきりかよ坊主?」

 

「……ウッドワスとガウェインはそのままモルガン達を頼む」

 

村正の挑発を完全に無視し、ウッドワスへと指示を出す。

傷は確かに完治はしたが、体力はそうは行かない。

モルガン達も意識を失ったまま。

誰かしらの護衛は必要である。

 

そんなやり取りの中、ランスロットと村正の攻防が続く。

 

異星の神に特殊な力を与えられた村正は、神殺しの特攻能力を得ている。

 

きっかけや成り立ちは不明であれど、トールは端から見れば北欧神話の雷の神トール。

当然ながら、村正が最も打倒する力があるというのは、カルデアの見解である。

 

そしてその認識は神の知識を持ち得るランスロットも同じ。

それを守ろうと村正に対峙する。

 

確かに神であるトールを打倒するには最適な人選ではあるが、結局はモルガンを襲った時の焼き直しである。再び大穴に落とし、再度霊核を貫こうと構え直したところで。

 

全くの別の個所から、不意打ちが届く。

 

「――っ!?」

 

それは影だった。人の形を成す影。

それを操るのはこの場には二人。

 

「グリム!!」

 

村正単独で攻め入った時とは違う状況、当然ながらその結果は別のものになるのは必然。

ランスロットは鬱陶し気な声を上げるが、しかし彼女にとってはなんら問題のない雑兵に過ぎない。

 

一瞬で影を殲滅するがしかし。

 

 

 

 

その一瞬が、村正に多大な力を生み出した。

 

「――っ」

 

笑みを浮かべるのは千子村正。

 

 

――世界が、変質する。

 

 

「真髄、解明。完成理念、収束。鍛造技法、臨界」

 

 

それは燃え盛る剣の荒野。

 

 

「トール! 下がって!!」

 

「すごいな。良くできたイリュージョンだ……」

 

「そんな事言ってる場合!?」

 

 

大地に刺さる、無限とも思えるほどの夥しい剣達。

その全てが霧散し、剣から変質した粒子が村正の手に集う。

 

 

「さあ、雷の神サン、冥土の土産ってやつだ――!」

 

 

真の力を解放し、力づくでこの結界を吹き飛ばそうと構えたランスロットはしかし、その前に立ったトールに阻まれる。

 

 

「ダメだ!! いくら君でもそれは――」

 

「大丈夫だ。()()はできたから……」

 

「御託は抜かせてもらうぜ!! 受け取りやがれ!! 儂の、『都牟刈村正』を――――!!」

 

 

時間を、空間を、因果を断ち切る。その一刀。

範囲で言えば、この世界に巻き込まれたモルガン達をも巻き込む、千子村正の生涯を現したその一撃。

 

 

防御不能ともされるその一刀。

 

 

 

それが――

 

 

 

「……な、に……?」

 

 

 

トールの、左掌に阻まれた。

 

 

刃に当たらないように剣の腹を挟んだわけでもない、魔術の類で防御したわけでもない。

右手に持つ異質なハンマーで受けたわけでもない。

 

刃に対する防御としても、概念武装に対する防御としても、もっとも愚策な方法で、彼は村正の渾身の一撃を防御した。

荒野の世界は霧散し、情景は城の大広間へと戻る。

 

「神を殺すだの因果を断ち切るだの、大層な話だ……子供に人気だろう?」

 

トールは左手て受けた刀の刀身をそのまま握る。

 

「だが、剣閃が光より速いってわけでもない。その刀に中性子星クラスのパワーが備わっているわけでもない」

 

もはや村正に攻撃の手段は無く。

微動だにしないその刀を握り、左手を力付くで切りつけようと力を込め続けることしかできない。

 

「お前の刀にも、お前の剣の腕にも、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()

 

金属が軋む音と共に、トールの手によって、刀が曲がっていく。

 

村正をしてこの一撃が敗れるという理解不能なその現象。

 

「たかだか100年も修行していない刀鍛冶。そこらの鉄で作った刀。剣士でもない奴の剣閃。何をどうやったら因果が斬れる? 全く()()()()()()()な。そんなロジック。無力化するのに手で触れる必要もない」

 

それは最早、ルールそのものを操作する、摂理を超えたナニカである。

 

「神殺しの力とやらも所詮は思い込みだ。お前達が神だとしている相手も、神を斬るだなんてのも、全部ただの思い込み。妄想だよ。()()()()はこんな所に現れない。そもそも俺みたいなこんな格好をしてる神がいるわけもない。そう思わないか?」

 

捻り曲がった刀はやがて、限界に達し砕けちる。

 

「まあ、鍛治の腕はそれなりだ。もう10世紀程修行すれば、ニダベリアの見習い程度にはなれるかもな……?」

 

 

村正を呼ぶ、誰かの叫びが木霊する。

トールを襲う魔術や英霊の影。

その全てが、妖精騎士達によって阻まれる。

 

村正を救おうと、動き出すカルデアを迎え撃つのは妖精騎士達。

 

「――はっ御高説痛み入るがな……っ」

 

トールは、目の前の下手人を殺害する為にハンマーを振り上げる。この世界の大事な住民である妖精とは彼は違う。遠慮はしない。

村正はもう、宝具を使用した反動でしばらくは動けない。彼に今できるのは口を開く事のみ。

 

「お前さん、もう少し想像力を養った方が良いんじゃないか……?」

 

そんな村正の皮肉も意に介さず。

ハンマーを振り下ろそうとしたところで。

 

「――ッ」

 

トールの頭に痛みが走る。

それによって、振り下ろそうとする手が止まる。

 

 

「ク、俺はまだ、邪魔を――!」

 

 

その一瞬の隙を。

 

 

 

 

「やああああああ――!!」

 

 

縫うように攻め入った者が一人。

 

 

その声に視線を送る。

迫るのは、言うなれば壁だった。

 

 

黒と灰。彩色は地味ながらも派手な装飾が施された壁。

 

本来であればありえない邪魔だった。

 

妖精騎士は一騎当千の女王騎士よりも強力であり圧倒的と言われる存在。

その攻防をくぐり抜けられるのは、同じ妖精騎士のみ。

 

そして本来であれば今いる3翅の妖精騎士以外でそれを名乗る者はただの一人。

そして、その存在はトールの見解で言えば敵になろうはずもない存在だった。

 

その壁は盾であり、

その盾の持ち主は妖精騎士ギャラハッド。

かつてトネリコと共に妖精國調停の旅に同行したマシュ=キリエライト。

 

今の今まで記憶になかった彼女を認識した事による驚きに、動きが止まる。

 

それは、受けるのが例え妖精騎士だとしてもたたらを踏まされる程には強力な一撃。

マシュの存在への驚きと、頭痛によりハンマーを振り下ろすことができず、隙だらけなトール。

その無防備な背中に直撃した。

 

 

 

 

渾身のシールドバッシュ。

 

 

 

響く衝撃音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その一撃も先ほどの村正の一刀の焼き直しであるかのように意味を持たなかった。

 

爆音は響けど効果はなく。

上半身をわずかですら揺らすことはできず。

その不意打ちは失策に終わる。

 

「……マシュ?」

 

「――っ ロットさん……!」

 

ゆっくりと振り返り、視線が合う。

知古の間柄であるかのように名を呼び合う2人。

 

 

「ああ、まさか、まさか()()()()()()()()()

 

 

呼ばれた事の無い冷たい声に、苦し気に名を呼ぶマシュ。

村正に向けていた殺気は霧散し、感情の読めない無機質な気配。

 

 

「お前の事は信じていたんだ……そんなわけないのに。勝手にどこかで期待してたんだ……本当間抜けだよ。そんなわけないのに」

 

 

両者は妖精歴。共に旅した間柄。

 

 

「仲間を止める事は出来なくても。せめて、お()()()()()()()()()()()()()、そう思っていたんだ……」

 

 

その事実にカルデアの陣営にあるいはという一瞬の希望が生まれたが。

 

 

「……! 私はっ!」

 

「本当に、グリム共々殺しておけばよかった……!」

 

 

その一言の元に希望は切って落とされた。

 

 

稲妻が迸る。

それは盾の表面を焼き焦がす。

その衝撃に隙を突こうと動いた村正は盾と同じく、身体を焼き焦がしながら吹き飛ばされた。

異星の神による再生能力が発現するもまとわりついた稲妻は防げない。その持続するダメージはその加護をしても無効化は出来ず。

再生するも、動きを封じられた村正は意識を手放そうとしていた。

 

「そら、昔のよしみだ。準備ぐらいはさせてやる」

 

「――ッ」

 

「令呪だ!!」

 

「マシュッ!!宝具を――!」

 

 

危険性をいち早く察知したグリムが指示を出し、その指示に即座に藤丸立香が応える。

三画の令呪。

サーヴァントに限界以上の力を与えるマスターが持ちうる最高の援護。

それを受けたマシュの宝具が、本来であれば隙になるはずのタイムラグを起こすことなく発動する。

 

 

――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)

 

 

アーサー王伝説における、円卓そのもの。

キャメロットを護る絶対無敵の城壁。

 

人類史を焼き尽くす程の攻撃にさえ、()()()()耐え切った実績を持つ絶対防御。

 

浮かび上がる城壁。

尊き白亜の城。キャメロット。

 

そのヴィジョンを目にしたトールは、臆することもなく、体に迸る力を緩めること無い。

 

「さっきから派手なイリュージョンだ。そのエンタメ性は嫌いじゃ無いが――」

 

柄を回し、ハンマーを先程よりも早く回転させるトール。遠心力が周囲の空気をかき混ぜる。

吹きすさぶその風は、一部の者達が立ち上がれなくなるほどの強力な物。

 

その威力に慄くものもいたが、何より恐ろしいのは、それすらも()()()()()()()()()()()()

 

「くだらない企みで捨てられたたった一人の女を、よってたかって國中で虐めるような陰湿な奴らの城に、一体どれだけの価値がある?」

 

「――っ!?」

 

「俺にとってのお前等はそういう奴らだ。世界が、他の奴らがどれだけ正義と栄光の御託を並べようと、どれだけ彼女を蔑み笑おうと、俺の考えは変わらない。変えられることもありえない」

 

ハンマーに込められる紫電の形をしたエネルギー。

それにどれ程の力が備わっているのか。

この場にいる誰も、トール本人以外には全くわからない。

だが。生物としての警報は、確実に絶望の音を鳴らしていた。

 

「そんな奴らのシンボル(円卓)尊さ(意味)があるわけも無い」

 

その言葉と共に振るわれたハンマー。

 

回転の力と、雷撃と、トール自身の怪力。

そしてムジョルニア と言う超兵器の力が乗った一撃。

 

それに先程のような手加減は無く。されど全力を出したわけでも無く。機械以上の精密さで振るわれたそれは。

 

 

「まあ、そもそもこんなチンケな城。いちいち改変する(ロジックを弄る)必要もなく崩せるわけだが」

 

 

あっけなく、盾を砕いた。

 

 

「……あっ」

 

 

あっさりと砕ける盾。マシュ自身で力を込め、抵抗する事すら許されず。

機械のような精密さで、盾のみを砕く。

それはマシュ自身にダメージを与える事は無かった。

それは、あるいは彼の慈悲なのか。

 

だが、それも慰めにすらならない。

 

ダメージは無い。だがその衝撃はマシュの体制を崩し、膝を着かせる。

 

「あの程度の交流で絆された間抜けな男()の妨害もない」

 

無手となったマシュは無防備であり、彼女の前に立ちはだかる雷の神に、慈悲を持ち合わせているような表情は無い。

 

「お前は妖精國の住民でもないただの部外者、ただの侵略者。今ならやれるぞマシュ? スプリガンの叫びにはひどく感銘を受けたよ。敵でしかないお前を、侵略者を生かす理由は欠片も無い」

 

まるで、自身に言い聞かせるかのような態度のトール。

左手にハンマーを持ち替え、右手に稲妻を纏わせ、その手をマシュに向け、その稲妻はプラズマへと変質する。

 

プラズマが熱を帯び、マシュの周辺の温度を上げる。

 

それはプラズマによる高周波。その場にいる人間の血液を沸騰させる。ある種回りくどく、しかし確実な殺害手段。

かつて、本物の雷帝が得意としていた攻撃方法。

 

彼女を始末するだけであればハンマーで叩き潰したほうが早かったわけだが、何故そんな選択肢を取ったのか、原因に気付くことはできても、それによる影響に違和感を感じることはできない。だが、そんなご都合主義(別の時間軸の本人の妨害)も彼女の命を救う事には至らない。

 

「くっ、うっ……!」

 

「マシュ!!!」

 

「おい!――ちっ!」

 

苦しげな声はマシュのもの。

 

彼女の名を呼ぶ声は藤丸立香のもの。

 

止めようとしたのはグリム。

 

妖精騎士と、ダ・ヴィンチやグリムの戦闘の隙間を縫うように駆ける藤丸立香。

 

本来であれば大層に勇気のいる行動。ただの人間にしては上等な動きと言える。

物理的、魔力的問わず凄まじい衝撃が巻き起こる中のその行動。無傷で抜けた事自体が奇跡だった。

 

これが、彼の物語であれば彼のもたらす運命力が働き、トール自身に間抜けな動きをさせるか、あるいは隠された力が発現しマシュに勝利をもたらしたのかもしれない。

 

だがもう、藤丸立香の物語は、藤丸立香の為に用意されたオーロラやスプリガンによる企みは失敗に終わった。

藤丸立香の為に。汎人類史の為に、モルガンが虐殺される未来は既に潰えている。

 

事実。藤丸立香の行動はトールの意識すら逸らす事も出来なかった。

 

マシュを包むプラズマの余波、それですら英霊の影ではなす術もなく、これといって彼を狙ったわけでもない雷撃が藤丸に当たり、彼の意識を閉じた。

物語からはじかれた彼に劇的な敗北も無く、ただの部外者として処理される。

 

「っ! 先輩!?」

 

本来、人間であれば一瞬で焼け焦げていたはずのその雷撃を気絶だけで過ごせたのはあるいはカルデアの技術の成せる技なのか。

もしくは彼を守る何かが働いたのか。しかしその奇跡もこの状況を覆す奇跡以上にはなり得ない。

 

周辺の温度が上がり、マシュの身体を蝕み始める。

 

「――っくぅ!」

 

既に、プラズマに動きを封じられ、身動きも取れず、成す術も無い。

 

「……」

 

もはやトールに言葉は無い。遺言を残させる意思もない。

確殺の為、逃がさない為にマシュの胸倉を掴む。

彼女はただの敵、ただの最低最悪の侵略者。そんな相手にかける慈悲を持ち合わせる()()()()()()()はスプリガンの怒号によって消え去った。

完璧な排除。これで汎人類史は終わり。

どう見繕っても揺るがない妖精國の勝利。

 

 

 

 

 

――獲物を痛ぶる事に夢中になりすぎると、後ろから狼に噛み付かれるぜ?

 

 

 

 

 

だが、それに一つ邪魔が入る。

 

背後から襲い掛かるのは、獣の気配、狼の爪。

何もない空間から現れたそれは、姿を消す魔術によるもの。

 

「アレは――!!」

 

自分と同じ姿に、驚愕の表情を浮かべるのはウッドワス。

彼は、傷はあれども体力は戻らず動くこともままならない。いまだ眠っている二人の親子から離れるわけにもいかない。

 

トールの背後から迫るのは、ホンモノであれば持ち合わせない奇策。

ホンモノに敵わない力不足を、その奇策を以て補わせる。

 

トールを守るように包むプラズマ。通常生物であれば近寄るだけで血液が沸騰し、体が焼けこげ消し炭になるその防壁。

獣はその身体を焼き焦がせながらも爪を届かせる程度には耐えきった。

届く爪。妖精どころか、この場にいる者が無防備に受ければ誰であれ確実に絶命している程の威力。

マシュを掴む腕だけを狙われたそれは。

 

 

「——!!?」

 

 

トールの身体に傷をつける事は叶わず。

 

 

「……っ」

 

 

しかし、彼のプラズマを扱う能力を停止する集中力を奪い、マシュを捕らえるその腕を解放させる結果に至った。

 

 

「……あなたは……っ!?」

 

「逃げなくていい……おまえは、オレが守ってやる……」

 

 

 

解放され、再び倒れつつ、窮地を救われたマシュが見たのは黒い獣の後ろ姿。

 

 

「ベリル……さん?」

 

 

ウッドワスの霊基を奪い、ウッドワスと同一の肉体を得たベリル・ガット。

 

 

「てっきりマシュの方狙うと思ってたんだが……なんだ? アプローチを変えたのかグーフィー? 勝てない相手に挑むタイプじゃないだろ?」

 

「なあに、旦那に散々痺れさせられて殺されかけたから頭がおかしくなったのかもな?」

 

 

対峙する神と獣。

 

 

「勝てると思ってるのか?」

 

「いやあ、そうは思ってないさ……旦那」

 

「ならなんでそこに立ってる?」

 

「なに、言ったろ? しびれちまって頭がおかしくなったんだって」

 

 

腰を落とし、構えを取るベリルに対し、トールは、その右手にハンマーを持ち替える。

 

 

「どうせ死ぬなら惚れた女の為にってのも悪くないってな? それに雷の神の稲妻を味わったんだ。次はそのハンマーを味わえたら、地獄で色んな奴らに自慢できると思わないか?」

 

 

ベリルは、トールの脅しとも言える言動に不敵に返しながら真正面に立つ。

トールはそんなベリルを冷めた目で見つめながらしかし行動を開始しない。

それはまるでベリルの出方をうかがっているかのようで。

 

ベリルはそんなトールに意識を集中させながら、背後にいるマシュを一瞥する。

 

 

「マシュ……」

 

「ベリル……さん」

 

 

ベリルの口から出たのは慈愛の籠った声だった。

その声色だけでベリルの想いが伝わるよう。

信じられないような表情のままのマシュ。

何せ敵に回ると思っていた男なのだ。彼の、歪んだ愛を、その表現方法を知っているだけに戸惑うのは当然だった。

 

 

「――愛している」

 

「……っ」

 

 

突然の告白。

ムードも無い、会話の流れなど全く持って考慮に入っていない。

しかし紡がれるその言葉は間違いなく本物であり、その言葉だけは一世一代とも言える重みが備わっていた。

 

 

だが、そんな愛の告白に、苦し気な表情を浮かべるマシュ。

あるいは彼女が器用な性格であれば、彼の告白を嘘でも受け入れ、彼を奮起させて少しでも生き残る可能性を向上させたのかもしれない。

だが、マシュは、ベリルの告白を本物だと感じるからこそ、偽る事は出来なかった。

表情を見るまでも無く、その空気でマシュの本音を感じ取るベリル。

 

「――愛しているんだ、マシュ」

 

「……私は」

 

しかし、その意思を知っても尚、ベリルは言葉を止めようとしない。

彼女の意思等すでにわかりきっているとでも言うかのように戸惑いは無い。

 

トールの動きを警戒しながらも、背中越しに言葉を続けるベリル。

 

 

「――心の底から。おまえを――」

 

 

ただ伝えたいと、見返りなど求めないと、ある種本物以上の愛を伝えようと紡がれた言葉は。

 

 

「あいしt……っ!!?」

 

 

しかし最後まで紡がれることは無かった。

 

 

「長い……」

 

 

マシュの視界から()()()()()()()()()()

黒い背中の向こうに現れたのは片足を気だるげに少し上げたトールの姿。

 

「ベリルさん!!?」

 

「お前にムジョルニアは贅沢すぎる」

 

それは蹴りだった。技術も何もないただの蹴り。

邪魔な小石を蹴り飛ばすぐらいの感覚のそれは、ウッドワスの霊基による鋭敏な感覚を以てしても捕らえられない程のスピードで放たれ、大広間の壁を破壊し、意識を失わせながら部屋の向こうへとベリルを追いやった。

 

邪魔者は消え去った。

トールは改めて、マシュへと視線を向ける。

今度はそのハンマーを持ち替える事はしなかった。

 

もう、余計な真似は不要だと、トールはそのまま叩き殺してしまおうとハンマーを掲げ――

 

その気配に動きが止まる。

 

汎人類史の滅び。それは、絶対にあってはならないと、正しい物語を成そうとするナニカがまた一つ妖精國を滅ぼすための物語を講じる。

 

 

「しつこいな。まだあるのか?」

 

 

鬱陶し気に声を上げる。

 

 

トールの背後から高速で駆ける不届き者。

それに対し、後ろを振り向くことなく雷撃を背後に放つ。

 

この場にいる、例え最強のはずのランスロットでさえも推し留め、直撃すれば消滅する程のその雷撃。

しかし、その下手人はそれを超えて見せた。

 

「――?」

 

 

意識するまでもない不埒者から、意識するべき敵であるという認識へ改めさせたその者は。

パーシヴァルの所有する槍を持ち。

 

 

「――!!」

 

 

賢人グリムの姿をしていた。

 

 

「――っ!」

 

 

突き出される槍。

音を超えて放たれたそれを、トールは左手で容易く掴みとる。

しかしグリムの表情に焦りは見えず。

 

「――」

 

ぼそりと何かを呟いた瞬間浮かび上がるルーン文字。それは槍にまとわりつき、その文字を起点に炎が上がる。

並のサーヴァントであれば一瞬で焼死体に出来るほどの威力のものでトールの腕に絡みつく。

 

しかしトールは、それに苦しむことすらしない。槍を手放したと思えば手を振り払うだけでその炎を消し飛ばす。

同時に右手のムジョルニアを振るい、グリムを襲う。本来であれば避けることも絶える事もできない攻撃。

 

しかしグリムは絶妙な体捌きでもって回避してみせた。

 

一連の攻防を終え、互いに距離を放す。

トールは男を視界に入れる。

その男の見た目は間違いなく賢人グリム。妖精歴よりも成長した姿ではあるが、その変化をトールは驚きはしない。

彼が賢人グリムであることに違和感はない。先ほどまでは。

 

今の彼は、トールの感情が少し揺れる程度に変化していた。

 

グリムは妖精騎士2翅が抑えていたはずと、見れば、ランスロットもガウェインも膝をつき謎の文字が刻印された光に阻まれている。

その脇には、カラフルな様相の幼女が意識を失い倒れている。

その一番背後には予言の子がいるが、彼女は最早膝をつき、戦う意思が全く無く、この状況を呆然と見ているだけだった。

 

あの2翅を落とすその力。

勿論グリムにそれ程の力は無い。

 

 

「お前、グリムじゃないな?」

 

「貴様はなんという……!」

 

 

口を開くグリムと思わしき者。

その形相に、その口調に、ある種軽薄とも言えたグリムの態度の名残は無い。

 

――突然に、世界が震えた。

 

空気が震え、世界が震える。

世界そのものが、悲鳴を上げる。

それは汎人類史をも巻き込むほどのもの。

 

その顕現は、命までは取られなくとも、視界に入れただけで意識を失うほど。

妖精たちがその圧力にバタバタと意識を失わせていく。

 

賢人グリム。

 

汎人類史を勝利に導くため、存在するその男は。

 

「我が息子の名を騙るだけでは飽き足らず……! 愚かなこの世界を続けようなどと……!」

 

その身に、神を宿している。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

それは、一直線へと向かって行く。

 

身体への負担はある。

彼女の為に受け持った苦しみが身体を蝕む。

 

だが、動かないわけにはいかない。

 

遠目に懐かしいものを見た。

 

それは、()()()()()()()()()思い出す事のできるもので。

 

希望、あるいは恐怖として存在そのものに刻まれている。

 

何が起きているかもわからない。

 

どうすれば良いかもわからない。

 

だが、ここにきて何もせずに待つだけは出来なかった。

 

 

何を成し遂げようとしているのか。

 

彼に会ったところで何をしようというのか。

 

何もかもがわからないまま。

 

突き進む。

 

この世界を正しく導くためのナニカによって追い風が吹き、それはどんどんと速度を増していく。

 

彼女は、ひたむきに力強く、一直線に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ヴィラン(悪魔)

世界をかけた戦い。それは英霊という、歴史上の人物の皮を被らせた特殊な超人達による戦いである。

最新の兵器とは程遠い。原始的な武器を扱うその戦い。

だが剣戟や放たれる矢は音を超え、僅かに見えるその戦闘の迫力は、見る者を圧倒的に魅了する。

 

賢人グリム。

妖精國でそう名乗る彼の正体は聖杯戦争におけるキャスターのサーヴァントの衣を纏ったケルトの大英雄『クー・フーリン』。

 

彼の振るう槍は一振りで軍隊を殲滅し、その戦闘における体捌きは目にも止まらず、にも関わらず見る者を魅了する。

 

そんな英霊同士の闘いはまさしく一見の価値がある。

蔑むべき醜く惨たらしい殺し合いも芸術と言っても差し支え無いものとなるだろう。

 

だが、今。

 

この妖精國の玉座の前、大広間において行われる戦闘。

 

クー・フーリン、賢人グリムと、異世界から舞い降りた青年、トールの闘いはそれに比べればあまりにも退屈だった。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

完全な認識不能。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレる姿すら認識できず、衝撃で破壊される壁や床。響く爆音がそれぞれの衝撃を物語るのみ。

観客には酷く退屈で見ごたえの無い、その戦闘。

 

 

見るに値しないその戦いは、しかしその戦闘力は規格外という言葉ですら生温い。

 

 

 

グリムと相対する青年、トール。

彼の製造元である異世界は、戦闘の心得を持つ者の大半が常識というものの外におり、雑兵でさえ音を超え、光すら超えかねない戦闘速度を有した怪物蠢く異常な世界。その世界での最強格である彼も当然ながら凄まじい力を有している。

さらなる異世界で別の星から来た神とされる力を得た彼にとってはこの異常な戦闘力も当然の事である。

余波で周りを傷つけないよう配慮し、加減している彼の本当の力はこの星で試すにはあまりにも大きい。

 

そしてグリム自身もまた、そんな青年に引けを取らない戦闘力を有していた。

 

賢人グリムは英霊クー・フーリンが偽名として名乗っているだけのサーヴァントでは無い。

彼の正体は、言うなれば全能神オーディン。

この世界にて伝わる北欧神話の最高神であり。

その神を英霊の器に有した擬似サーヴァント。

 

存在からして英霊を遥かに超えた存在であれば、その戦闘力の高さも道理。

 

だがこの惑星。この世界、人類史は、神と人との共存を認めない。神とされる彼らは、顕現するだけで世界を塗り替えてしまう。人類史の無い妖精國であれば問題ないようにも見受けられるが、仮に顕現すれば妖精國の外にも影響を与え人類史は滅び去る。それゆえに英霊の器に収まっていたオーディン。

 

本来であれば最低限、器であるクー・フーリンに知識とそれなりの力を与えるだけの予定であった神が、人類史が滅びる一歩手前に迫るほどに顕現しているのはいかなる事情か。

 

元の霊基を犠牲にしての顕現。神としての矜持すらも破ったとも言える例外的な行動。それは、トールという全てを覆す異常者が汎人類史の為に用意されたシナリオに介入したが故。

 

それだけでは無い。その異常者はオーディンの息子、雷神トールの名と特徴を有している。

彼は絶対にオーディンの息子トールでは無い。

雷神トールによって何かを与えられた擬似サーヴァント的な存在でも無い。

言うなれば偽物。偽りの存在。

敵が、それも異常者が、自身の息子の名を騙り力すらも奮っている。

 

自身の世界を滅ぼす存在が、自身の子供の名を騙るなど、いかな神と言えど、許せるものでは無い。

 

 

その矜持を手放す事も道理とも言える。

 

 

世界に気を使い、互いに加減しながらの戦闘。

オーディンのルーン魔術が、トールの電磁バリアが、戦闘の余波によって傷つかないよう、 自分達以外の全ての者達をそれぞれの力で守っている。

 

ソレ程の余裕を持っての戦闘。

しかしそれは間違いなく全力の戦いであった。

 

 

「わかっているのか!? この世界がどう言ったモンなのか!?」

 

叫ぶのはオーディン。

最初の顕現にて、あまりの怒りに一瞬彼自身の口調が現れたが、人類史に気を使った顕現に抑えた結果。

クー・フーリンの性質を持つオーディン本人と言うバランスと相なり、口調も混ざり合ったものとなる。

 

 

「妖精がどういう存在か、あの時に痛いほど体感したろうが!!」

 

 

賢人グリムに収まっていた頃。

会話はなくとも、目の前の青年を知覚はしていた。

トネリコに異常に心酔していた彼。

 

オーディンからみたその青年は、そこそこの力を持ちながらもトネリコに依存する、心を患った弱い人間でしかなかった。

 

感じる力に違和感はあれど、それ程のものでは無いとも思っていた。せいぜいが英霊程度。

 

いずれ青年が敵に回ろうとも容易く処理できると、結局。戴冠式のあの日で終わったのだとそう思っていた。

 

異世界の存在であるが故に、神の智慧を以ってしても青年の本性を見出すことが出来なかったのが、オーディン、延いては汎人類史にとっての痛手であった。

 

まさか自身の息子と同じでありながら、全く異質な力を持ってこうして戻ってくるとは――

 

 

 

 

 

ルーン魔術を放つ。

 

放たれる原初の炎が青年を襲う。

トールはハンマーの柄の縄を持ち、振り回して盾にし防ぐ。

 

 

「この世界の愚かさが、妖精の愚かさが身に染みているはずだろう!」

 

 

オーディンにとって目の前の男は重罪を犯した敵である。まさに神の裁きを受けるべき大罪人。

 

オーディンの訴えに、トールは表情すら崩さない。

それがどうしたと言わんばかりに無言でハンマーを投げ付けた。

 

「――ッ」

 

ミョルニル。

多くの巨人を打ち倒し、トール共々オーディンなどの神々や人間を守り続けてくれた戦鎚。

 

馴染みのあるはずのそれは全く別のもので、この星ではあり得ない力を有している。

 

異聞帯と言えども説明のつかない異質な兵器。

 

トールを騙る青年は、それをムジョルニア と呼んでいる。

 

本来であればああして振るうだけで星を破壊しかねない力はしかし、ぶつかった対象を昏倒させるのみに収まっている。

 

投げつけられたソレをオーディンは体捌きで躱す。

吹き飛びかねない風圧を魔術で抑え体制を立て直す。

 

投げつけた先、玉座を背にしたオーディンの後ろ、広がる空の遥か彼方まで飛んでいき、ムジョルニア はその姿を消した。

 

驚くべきはソレほどまでに遠くまで飛ばした腕力か。

武器をあえて手放す判断を下した愚かさが。

 

だが、オーディンは知っている。

ミョルニルがどう言うものかを知っている。

同一のモノであろうハンマーが必ず使用者の手元に戻るモノだと。

 

正直な見解で言えば、お互いに周りを全く気にせずに力を奮った時、恐らくトールの方が上だという自覚はあった。

 

それは北欧神話において、雷神トールの方が戦いにおいては強力な神であると語られる逸話が多いという理由だけではない。何せ目の前の男は雷神トールでは無い。

 

智慧の神としての眼を以てしても目の前の男は全く見えない。

 

その未来も、有する力も計り知れない。

 

だが、神としての智慧が、かつて星の外から来た存在に神を滅ぼされた経験が、目の前の存在が同一かそれ以上のナニカであると、そう警告を発している。

 

 

 

だが互いに力を奮えば壊れるのは相手ではなく世界そのもの。

ソレが故に互いに力を抑えざるを得ず。

そして、その抑えた力は拮抗している。

 

 

であればこの戦闘に決着をつけるのは奇策のみ。

 

 

トールのハンマーはその布石。

無手であっても容易くオーディンと戦える彼の選んだ策はその性質による奇襲。

 

単純な策。

 

だがそれ故に強い。

 

こと奇襲において1番有用な手は、わかっていても避けれない攻撃。

 

奇襲方法を看破されようがオーディンに成すすべはない。

 

 

 

 

 

 

 

それに対するオーディンは、彼の奇策を防げないと分かった上で、奇策を講じる。

 

 

魔術にありとあらゆる仕掛けを込める。

神の権能すらも込めた技。

力はトール。手数はオーディンの方が圧倒的。

その槍裁きを伴った魔術の奔流はトールと言えども全てを避ける事はできない。

彼は、ハンマーを手放した今。避けれない攻撃を自身の頑強さを基準に選定する事でやり過ごしていた。

 

オーディンとて全ての魔術にトールの意味不明なまでの頑丈な体を貫くほどの必殺の威力があるわけではない。

 

その奇策は、言うなれば()()()()だった。

 

害するものではない。

オーディンの有する知識を与える力。

攻撃ではなく施し。

 

オーディンの与えるそれは、この世界の原罪。

目論見通り、光を伴って発動したそれに、害はなく、トール自身も必殺の魔術の為の下地でしかないと判断したことによって直撃する。

 

 

 

 

トールの脳裏に、知識が巡る。

 

 

 

 

聖剣の鋳造という楽園の妖精の使命。

その結末、トールが知るのはそこまでだった。

 

与えられた智慧はその発端である。

世界の終わりと世界の始まり。

神々が滅ぼされ、生き残った使命を放棄した妖精達。

 

それを咎めにきた巨大な獣が殺害される事から始まるブリテン。

 

罪深き妖精達。

 

それが走馬灯よりも早く知識としてトールの脳裏を駆け巡る。

 

オーディンの目論見は、過去グリムの中から見ていた彼の善性への訴え。

この原罪を知った時。果たしてこの世界を守りたいと思う者がどれだけいるのか。

 

目の前の男の迸る力は本物であり、纏う気は確かに神のそれ。

目の前の男に少しでも人々を、例え偽物だとしても、世界を導くべき神としての自覚があればあるいはとの希望。

 

だがこれは賭けでしかない。

現に、楽園の崇高な使命を裏切り、この世界を守ろうとする裏切り者であるモルガンという例がある。

 

オーディンの全てを見通す眼をもってしてもこの奇策の先に何が起こるかはわからない。

 

全知全能の神オーディンらしからぬ盤石とは言い難い戦術。

 

だがそれ以外に打つ手が無い程に追い詰められていた。

 

トールの、動きが止まる。

 

その幻覚は、本来であれば、戦いにおける隙を作るほどの効果は無い。その知識をインストールしている間に無防備になる事は無い。

 

その隙が敗北に繋がると知りながら、動きを止めるという愚行を本来ならばトールが犯すはずもない。

 

 

だが――

 

 

 

「……これ、は……っ!!」

 

 

苦しげに頭を抑えるトール。

あまりにも隙だらけ。

 

それは、オーディンの策に効果が見えたことに他ならない。

 

隙をついてトールを仕留めようとしなかったのはオーディンの警戒と慈悲故。

 

その苦しみは世界の原罪と愛する者を天秤にかけているが故か。

 

オーディンは、拘束の魔術を用意する。攻撃の類では防衛本能を刺激する可能性もある。

かと言ってこのまま放置するわけにはいかない。

 

 

天秤が傾く前にと、今出せる自身の全ての力を以て目の前の青年を捉えようと、集中する。

 

未だ苦しみを見せるトール。

とうとう、膝をついた。

 

それはまごう事なき奇跡であり、オーディンと言えど、頼るしか無かった分の悪い賭けに勝利したという事実に驚きと喜びを隠せない。

 

それがオーディンの判断。

 

ソレ以外に打つ手など無いのだから、警戒しようがしまいが、その先の行動に変化は無い。

 

ありとあらゆる権能を込めた拘束、いや、封印の力を行使しようと、力を込める。

 

まさにそれをトールにぶつけようとしたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――生々しい、肉の潰れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ガ、ハ……っ?」

 

 

 

 

 

気付けば、オーディンの胸に長方形の大穴が空いていた。

 

 

 

 

 

視線の先には、先ほどの苦悩はどこへ行ったのか、冷めた表情のトール。

その手には血塗れになったムジョルニア 。

 

それはあのハンマーが体を貫いたという事実に他ならない。

 

体に大穴を開けたオーディンの側へと近づいて行く。

血の滴るハンマーを持ったその姿は、神と呼ぶにはあまりにも悍ましい。

 

 

 

ハンマーは確かに警戒していた。たとえ避けることは出来ない場合でも、飛んでくるそれを知覚することはできると思っていたのに、それすら出来なかった。

 

 

 

 

本来ならば即死する程の大穴。立つことを維持できず仰向けに倒れる。

地べたから見えるその状況。そこで気付いたのはオーディンの立っていた位置の真後ろにある光の輪。

 

ムリアンが見せた空間を繋げる奇妙な技術。

この世界のルールを完全に無視した無法の力。

それはこの世界においてトールが持ち出した別世界の魔術。

 

敗北を実感した。

 

予感はしていたのだから当然だ。悔しさも絶望も無い。

 

オーディンの胸中にあったのは失望。

 

それは、敗北を喫した事にではない。

 

 

「ひどい話だ!! 6翅の妖精達……許せない!! やはり妖精は滅ぼさなければ!!」

 

 

自身の息子と同じ名を持つこの男に、このブリテンを恥じる善性が少しでも残っていると期待してしまっていた事に対するもの。

妖精の醜さと下劣さを理解できる程度にはまともな感性があると思いこんでいたことへの失望。

 

 

 

「――なんて、言って欲しかったのですか? オーディン様?」

 

 

 

聞いたことのない言葉遣い。

その悪意しかない表情は神として達観した感性を以てしても嫌悪感を感じるほど。

 

 

 

「言いたいことはわかりましたが……」

 

 

 

これまでで一番穏やかで丁寧でありながら。

 

 

 

「その代わりの正しい世界ってのがアレ(汎人類史)じゃあ、譲る気になれるわけがないだろ?」

 

 

 

その態度には侮蔑と嘲笑が透けて見えた。

 

 

 

「妖精は醜い? 妖精は罪深い? あの程度の事でよりにもよって汎人類史(あいつらの世界)に世界と命を差し出すような間抜けだと思われてたのは心外だな……」

 

 

 

オーディンは、何万年も生きてきた中で初めての後悔を味わっている。

 

 

もっと、全力を注ぐべきだった。

 

 

「あれがダメなら汎人類史はなぜ許される? 永遠に殺し合いを続けるのはお前たちも同じなのに」

 

 

あるいは、異世界とはいえ神としての自覚が、愚かな行為を止めるかもしれないと、そう期待していた。

 

 

「他生物を好き勝手に追いやって、好き勝手に殺して。好き勝手に遺伝子を弄繰り回す。虫を見つけた途端不快だからと叩き潰す。花を見つければ頭を引きちぎって生首並べて装飾品に……! 妖精とどう違う? 下等生物だから許される? 妖精にとっての人間も同じ事だろう? まさか花なんかの下等生物は人間と違ってしゃべれないから。低地脳な奴らならどれだけ殺しても構わないということか? なあ?」

 

 

 

そう、ほんのひとかけらでも期待していた事が愚かだった。

 

 

 

「妖精をとやかく言うのは大いに結構だがな……」

 

 

 

モルガンでさえこの國の罪を自覚していたというのに、この男にはそれすら無い。

 

 

 

「汎人類史の人間も、正義の侵略者達も、何だったらアンタ自身も、妖精を責めれるほど綺麗なもんじゃないだろう? オーディン?」

 

「――っ」

 

 

 

胸に大穴を開けたまま、オーディンは髪を掴まれ持ち上げられる。

 

 

 

「あの程度の罪で世界ごと滅ぶべきなら、汎人類史なんて100回滅んでも足りやしない」

 

 

 

 

 

決着をつけた死に体の相手をなお痛ぶろうとする愚劣な行為。

 

 

 

「そもそも、ナマクラが無かった程度で負けた神とやらの無能ぶりは罪にならないのか? 神たちが外の星の奴に負けて死んだのなら、説教をしにいったあの毛むくじゃらはその戦いのとき何をしていた? なあ? まさか自分は逃げたのを棚に上げて妖精に説教なんて馬鹿なマネはしてないだろう? ああなるほど!!宇宙人と戦うのは使()()じゃないから戦わなくてもよかったって事か!!」

 

 

「きさまは……!」」

 

 

わかりきっていたがやはり確信した。

この男は神などではない。

まかりまちがっても、たとえ別世界だとしても、この男が雷神トールなどとあってはならない。

あの妖精を肯定するどころか。(ケルヌンノス)を侮辱するなど、あるいは世界を滅ぼす以上に許されることではない。

 

 

「使命? 運命? お前ら神を自称する上位存在気取りが。自分のエゴを大袈裟な言葉で言い換えて押し付けてるだけだろ?」

 

 

髪ごと持ち上げ、その耳に口を寄せ、囁くように、いやらしく、トール(愚劣な男)は言葉を続ける。

 

 

 

お前(神気取り)(神もどき)妖精達(異聞帯)人間達(汎人類史)も、世界の上にいる(上位存在)も変わらない。自分本位で自分勝手。他者の命なんて二の次なのは皆同じだ。どんなに口では綺麗な言葉を並べようと行動が最悪の侵略者でしかないアイツらも、自分の都合で綺麗事を叩き付けてこの世界を捨てさせようとするお前も、妖精國の為にお前らを殺そうとする俺と同じだ。最低最悪のクズ野郎。 なあ? お前らに絆される事はありえない。遠慮なく、徹底的に、侵略者のお前らを皆殺しにして汎人類史も滅ぼす。わかったか?わかったなら、自分の無力さを噛みしめながらとっととこの世界から出て行って、ポップコーンでもつまみながら大事な世界の滅びを楽しんでおけよ。お前ごときじゃ俺に傷一つつけられないんだからな」

 

 

この()()は存在してはいけない。

 

 

 

「……っ貴様は、邪悪だ!! 」

 

 

 

オーディンそのその言葉に、トールはこれまでにないほどの笑みを浮かべる。

口角は上がり切り、歯をむき出しにしたその表情は、オーディンが殺してきた敵の誰よりも恐ろしい。

かつての侵略者も、今の異星の神など問題にもならない。

 

 

「むしろこの場に、邪悪でない奴なんざいないだろ? 結局お前も公平性なんてかけらもない。贔屓してる誰かのためにどれだけの命が散ったって関係ないんだろう? 何せ()()()んだから」

 

 

これ以上ないほどのヴィラン(邪悪)である。

 

 

「看取るなんて言葉でごまかす気は無い。このまま無慈悲に、惨たらしく、この世界に存在したという痕跡すら残さず滅ぼしてやるよ」

 

 

笑みを絶やさない悪辣な男は、その体に紫電を走らせ、手の先、首を絞めているオーディンの体に纏わりつかせる。

 

 

 

紫電の勢いが増していく。

 

周囲の空気を焦がし、床を溶かしていく。

オーディンの体に紫電が走る。

それは、神でさえも殺す破壊の権化。

 

 

「妖精自身でさえ心の底では思っておる! 自らが滅ぶべき存在であると……!」

 

 

「自殺願望があるから殺してやるのが救いだとでも言うつもりか? そう言う殺した側の身勝手な自慰行為(綺麗事)もここまでいくと天晴れだ。安心しろよ。そういう、お前らにとっての都合の良い解釈なんざそう思わせてるシステムごと破壊してやる」

 

 

「貴様が相手どるのは摂理なのだ!」

 

 

「そりゃあ汎人類史様に都合の良い摂理もあったもんだ……ならそれごと壊さなきゃな?」

 

 

「お前は……お前は、間違っている!!」

 

 

「そういうお前も正しい側には立ってはいない」

 

 

「決して、お前は幸せになることは無い……! あの女もだ……! 例え汎人類史を滅ぼしても救われることは無い!永遠に苦しみ続けることになるぞ……!」

 

 

それは、ある種の最後の警告。神としての慈悲の乗った本気の言葉。

 

 

 

「まあ……」

 

 

 

その警告は。

 

 

 

「死んで、お前らのセイギの物語の添え物扱いで都合よく消化されるよりかはマシだろうさ……」

 

 

 

――――――――っ

 

 

 

あっさりと切り捨てられた。

 

 

 

 

 

――滅ぼさなければ

 

 

 

 

話は終わりだとばかりに、トールの紫電がオーディンの体に迸る。

 

 

 

――この、男は絶対に存在してはならない。

 

 

 

走る紫電は体中に纏わり付き。しかしその身体を焦がすことは無い。

むしろ、みるみるうちに身体の大穴が塞がっていき、修復されていく。

 

それはいかなる現象か。

 

その原因は間違いなくトール。

敵である存在の、自ら与えたダメージを治療する不可思議な行為。

あるいは、心変わりでもしたのかと思われたが、一つ。異常が起きていた。

 

オーディンの肉体から、奇妙な音を上げながら光の粒子が飛びちり、空気へと溶け込んでいく。

 

それはオーディンの存在そのもの。

 

 

トールの出身世界に、魂が入れ替われば肉体も入れ替わるという性質を持つ者がいる。

これはそのロジックを応用した事による、言うなればウイルス駆除プログラム。

傷が治るのは治療を施しているからではなく、オーディンの存在そのものをこの世界から弾き出しているににすぎない。

 

 

 

「さようなら。自称神様……2度と会わない事を願ってるよ」

 

 

 

神であった者がグリムの体から消えていく。その粒子は次々とはじけ飛び、この世界から追い出されていく。

 

 

やがて現れるのはオーディンのいない、賢人グリムの肉体そのもの。

 

粒子が完全に消え去り、首を掴まれたまま、オーディンであった者の表情が、どこか粗暴なものへと変わっていく。

 

 

首を持ち上げられたままトールを睨みつける青髪の男。

その口調やオーラに神の面影は無い。

 

オーディンであった男。

神の顕現の為にその霊基を犠牲にした男。

 

賢人グリム。

 

 

「――慈悲とでも言うつもりか?」

 

 

またの名をクー・フーリン。

 

 

「別に、殺しておしまいじゃあ俺が許さないってだけだ」

 

 

神の顕現の為に自らの霊基を犠牲にした男が、文字通り何のダメージも負わずに戻っていた。

 

 

果たしてそれは慈悲なのか。あるいは言葉通りに屈辱を味合わせたいという、底意地の悪さによるものか。

 

 

「目覚めた時にはお前の知る世界は無くなっているだろうがな、お前なら妖精國でもやっていけるさ。壊れるまでコキ使ってやるよ」

 

「テメ――」

 

 

「おやすみグリム」

 

 

走る紫電。グリムが何事が言い切る前に、その意識は閉じられた。

 

トールはグリムの意識が無くなったのを確認し、そのまま床に落とす。

 

 

「……」

 

 

辺りを見回す。

神の顕現により世界が歪み、それによって殆どの者が意識を失っている。

 

だがその神もこの世界から消え去った。

 

まさしく完全な勝利。

 

生殺与奪の権利はトールにあり、生かすも殺すも彼次第。

 

そんな中。

 

 

「何で…………」

 

 

 

辛うじて意識を保っている少女がいた。

 

トールと視線が合う。

 

意識があるのは、その身に宿る力故か。

だがその少女は、もはや戦意を喪失しており、とても戦う気概があるように見えなかった。

 

 

トールはゆっくりとその少女に近づいて行く。

 

「――っ」

 

ビクリと震える少女の身体。

恐怖とも絶望とも言えるネガティブな表情の少女は、男から目を離すことはできない。

 

トールは彼女に言葉もかけず、何らかの感情を表すこともせず。ハンマー(ムジョルニア )を強く握ったまま、一歩一歩歩みを進める。

 

 

この先何をされるのか、少女の脳裏に最悪の結末が次々と浮かぶ。

だがもう、逃げようと思う事すら出来なかった。

 

 

一歩、一歩、ゆっくり近づいていく。

 

 

永遠とも思えるその時間。

 

 

アルトリアはもう何もできない。

あのハンマーで叩き潰されるのだろうか。或いは雷で焼き焦がされるのだろうか。

最悪の想像を巡らしながら、全てを諦め、彼を見る。

 

その間ついにアルトリアの前に辿り着いたトールは。

 

 

 

 

 

その床に、ハンマーをゆっくりと置いた。

 

 

 

 

 

 

トールは、その場に膝をつき、地べたに膝と尻をついたアルトリアと目線を合わせる。

 

 

「――え?」

 

 

戸惑うアルトリア。

 

その目で見つめる青年の表情からは、これまでの大立ち回りを演じた恐ろしい戦神から一変し、優しげな青年の表情になっていた。

 

 

青年は、アルトリアの濡れた頬に触れようとして、しかし、血に塗れたその手を見て、触れるのを止めた。

 

 

「嫌だったんだろう?」

 

 

「……な」

 

 

 

突然突きつけられたその言葉に戸惑いを隠せない。

 

 

「楽園なんてものに身勝手な使命を与えられて、外から来た連中に使命を利用されて無理やり戦わされて」

 

 

「……なに、なん――」

 

 

言葉が上手く出てこない。

それに構わず、トールは言葉を続ける。

 

 

「たかだか剣を作るために、自分の世界を滅ぼすために命をかけるなんて、嫌に決まってる」

 

 

「――え?」

 

 

何故楽園の使命を――と思いあたれば当然だ。彼は先代の楽園の妖精、トネリコと最も近しい存在。ソレについての知識があるのは当然のこと。

 

 

「なん、で――なんでそんな事勝手に……」

 

 

図星だった。

反論のしようが無かった。

だが、敵でしか無いこの人に何故見透かされなければいけないのか。

 

 

「戦いの態度でわかる。結局の所戦いに積極的なアイツらと君は違う」

 

 

「そんなの……」

 

 

違うとも言えず。

何故そう思ったのかと。そう言いそうになったところで。

 

「覚悟は透けて見えるから……」

 

そう、アルトリアの考えを見透かしているかのように言葉を出した。

 

「俺は、君を殺そうとは思わない」

 

「え?」

 

 

何故、と問いただす前に。

彼の口から続きが語られる。

 

 

「そこのノクナレアも同じ。反乱軍達も。この世界の住人を殺す事はしない。この内乱は、まあ君と、そこのカルデア(余所者)の連中のおかげで引くところのできないところまで来てしまったが、反乱軍は別にこの世界を滅ぼそうとしているわけじゃない。この國に住む者としてより良い生活を望んだ結果だ。よくある反乱。どんな星やどんな世界でも起こることだ。そいつに関しちゃモルガンや俺達にも落ち度はある」

 

 

グルグルと頭の中を思考が巡る。

 

 

「この世界の者の命を奪いはしない。この國を建て直すためには必要だ。俺は――」

 

 

言ってトールは目線だけを眠っている女王に移し、またアルトリアへと視線を戻した。

 

 

「――その為にここに来たんだ」

 

 

嘘では、無かった。

 

 

「だがそれは簡単な事じゃない。時間もかかるだろう。だがモルガン一人じゃ限界がある。だから君や、マヴの次代――ノクナレアみたいな存在が必要だ」

 

 

 

突然の譲歩。突然の慈悲。

そんな事を言われても簡単に頷く事はできはしない。

 

だってそうだろう。

 

だってそんなの、今更――

 

 

「まあ、すぐに納得できはしないだろう。だが納得できないのならそれ相応の対応をするだけだ。ゆっくり考えると良い。だが、ハッキリ言って君は本来なら処刑される立場だ。脅しじゃないとは言わない。そこのところを考えてくれ」

 

 

その言葉に湧き上がる()()を抑えることがどうして出来るだろうか。

 

身勝手な事を彼に叫ぼうとしていたが、ソレを抑える。見逃されようとしている身だ。

敗北を喫した以上、何も言う権利はない。

 

今の負の感情はバレているのだろう。

だが彼はソレを気にした様子は無い。

 

 

 

「だがその上で言っておく。俺は、モルガンや、君に使命を与えた楽園を――」

 

 

 

 

トールの言葉が、途中で途切れた。

 

 

 

 

 

 

――滅ぼさなければ

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな言葉が世界に響く。

 

 

 

 

――滅ぼさなければ

 

 

 

 

その声は、誰のものなのか。

 

 

 

 

 

 

突然に、大広間が大きく揺れた。

 

 

「――?」

 

 

その発生源、トールは、アルトリアの反対側。

大穴へと振り返る。

その間にも揺れは持続的に続き、地響きとなる。

 

 

 

 

――絶対に滅ぼさなければ

 

 

 

 

再び響く声。

大穴の底からその地響きは発生している。

地響きは尚も止まらず、その大きさを増していき、その地響きの重なりとともに、大穴に異常が起こる。

 

 

 

 

 

 

――この悪魔を、世界(汎人類史)の一部を犠牲にしてでも滅ぼさなければ――

 

 

 

神の意思がもう一柱の神を呼び起こす。



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ケルヌンノス

『油断した……眠らされて捨てられるとは思わなかった……。あんなに綺麗で優しかったのに。いや、きっと俺がとんでもなく無礼な事をしたんだろうな……文化の違いってのはなかなか難しい』

 

 

『確かにやたら長い落下時間だったけど……あんなに高かったのか。にしても助かった。地面を帯電させて磁力を発生させるなんて便利な身体だ。だけど生体電気異常にしては協力すぎる。俺っていったい何者なんだ……?』

 

 

『地面がフカフカなのは助かったけど、流石にこんなんじゃ住めば都とは言えない――って――』

 

 

『何か動いて……?』

 

 

『嘘だろ……? このフカフカってただの地面じゃあ――あ……』

 

 

『………………』

 

 

『あ、あの……す、すいません。痺れました?』

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

大穴から黒い煙が噴き上がる。

 

 

 

否、それは煙などでは無い。

煙のように見えるそれは夥しい数のモース達。

一つの大きな黒い塊にしか見えない程の大群が、大穴から飛び出していく。

 

ソレはまさしくブリテンを、全妖精を呪い殺すに足る規模である。

 

 

 

 

 

「……いい加減、諦めたらどうだ」

 

 

 

 

それは、誰に対しての言葉なのか。

トールは、全く焦りを見せず、むしろ気怠そうに不満を口にする。

 

 

大量のモース。それをトールは気にした様子もない。

トールは大広間の淵、大穴の前へと移動する。

その間に、中の者達を守るように、電磁バリアを城全体へと張りつけた。

 

城に近づくモースを焼き焦がし、消滅させる程のその威力。

 

しかしそれは、大穴からの危機に対するものではなく、自分自身の力によって城が、大切な者達が傷付く事を防ぐ為。

 

 

トールは、ムジョルニア の柄にある縄を握り。

それを中心に振り回し始める。

 

先程までは遠心力を増し、ハンマーによる殴打の威力を上げるための物。

 

 

しかし今は、また別の用途で用いられる。

 

 

 

 

凄まじい高速回転が、風を生み出す。

 

 

 

風はその強さを増していく。

顔を覆うほどの風は立ち上がれなくなるほどの強さになり、そのまま、人間程度ならば吹き飛ばされるほどの物となる。

 

 

それは、先程の戦闘で見せたものなど児戯であるとばかりに強くなっていく。

 

 

巻き起こる風は、一つの巨大な竜巻へと形を変えた。

 

 

大穴の上空に現れる竜巻が、ブリテン全土へと広がろうとしていたモース達をその中心へと集めていく。

 

 

トールは、その中心に向けてハンマーを掲げる。

身体から迸る稲妻がハンマーに集約され、ハンマーの先端から向けたその先へと放たれる。

 

 

 

雷鳴が、轟いた。

 

 

 

一瞬だった。

 

 

 

まさに瞬き一つ。

一度竜巻の中心に放たれた稲妻。

それが、中心にて一度小さく凝縮されたかと思えば、一気に竜巻の中を駆け巡る。

 

竜巻によって生じた摩擦が稲妻を呼び、さらに力を強くしていく。

 

とどろく雷鳴。

 

竜巻によって集められたモース達は、あるいは空気との摩擦熱によって消滅し、稲妻にぶつかり消えていく。

 

 

まさに圧倒的。

 

まさに一瞬。

 

カルデアに次ぐ、ブリテンを襲う滅びの運命がまた一つ消し飛ばされる。

 

 

晴れる竜巻。

空に広がる美しい黄昏の空が戻ってくる。

 

 

しかしトールは、そのハンマーを収めない。

彼は警戒を緩めない。

 

地響きは鳴り止まない。

 

大穴の下。そこから響く雄叫びの様な何かを前に、ハンマーを置くわけもない。

 

 

大穴の下から何かが迫り上がって来る。

 

 

 

 

 

それは、言うなれば白い山だった。

 

白い毛むくじゃらの山。

その山には目があり、角がある。

 

山は大穴からどんどんと迫り上がっていき。

隠れていた身体を見せつけていく。

 

 

 

 

北欧神話にて語られるミョルニルの逸話に死者を蘇らせると言うものがある。

雷神トールは、戦車をひく山羊を食糧として喰らってはそのミョルニルを用い、蘇らせていたと言う。

 

 

トールの持つムジョルニア も、似て非なる能力があった。

 

トールに全てを使いこなす事は出来ないが、トールの呼びかけにムジョルニア が応えた時、轟いた雷にはその癒しの力が付与されていた。

それは、瀕死のトールと、呪いによって命を落としたムリアンを甦らせた。

 

 

だが、その恩恵を受けたのはその2人だけでは無い。

 

大穴に落ちた癒しの力を伴った稲妻。大穴中に無差別にとどろいたソレは、当然大穴の底にいる存在にも影響を及ぼした。

 

 

ケルヌンノス。

 

 

トールと、オーディンとの問答にあった妖精の原罪における被害者。

その怨念によって妖精國を呪い続けていたケルト神話に伝わる神そのもの。

 

ムジョルニア とトールの雷によって吹き返した命。

しかし最後の最後に本当の意味で目覚める程の影響はなく、本来であればそのまま起き上がる事もできなかった筈であった。

 

 

彼が覚醒したのは、オーディンの影響。

 

オーディンは、ケルヌンノスが癒えた事を察知し、この世界から退去させられる際、トールと言う悪魔を滅ぼさなければならないと言うその思いを託して消えていった。

 

神としての責任と義務を果たす為。

オーディンは、ケルヌンノスに全てを託したのだ。

 

 

 

 

大穴からのっそりと上半身が飛び出す。

角の下、赤い、奇妙な形をした虚な目が城の縁にいるトールをとらえた。

 

 

瞬間。

 

 

すさまじいほどの魔力が吹きあがった。

汚染された魔力。

それが、瘴気となってケルヌンノスを中心に広がっていく。

 

このまま妖精国に広がれば、妖精や人間すべてが発狂し、あるいは死亡してしまうほどの呪い。

最初に吹き上げたモースなど問題にもならない規模である。

 

ムジョルニアの竜巻では間に合わない。

あれはムジョルニアを振り回す動作が必要になってくる。

その間に呪いが広がって行ってしまう。

 

トールの電磁バリアによって守られている城内の者達は問題ないが外にいる者達はそうはいかない。

 

もはやトールに、ただの一人もこの世界の住人を死なせる気はない。

 

トールの判断は早かった。

 

ムジョルニアをケルヌンノスに向けて投げ飛ばした。

 

 

音の壁を容易く突き破る。

 

巨大とは言え獣に当たったとは思わないほどのすさまじい金属音が響き渡る。

圧倒的な体積の差にもかかわらず、ケルヌンノスは、その威力に体を傾かせ、大穴の淵へと後頭部を激突させる。

揺れるキャメロット。

 

その衝撃はケルヌンノスの巨大さと質量を改めて実感させるが、恐ろしいのは、数十センチのサイズでそれを倒してしまうムジョルニアの威力。

 

倒れる事によりケルヌンノスの動きが止まる。

トールは、その隙にムジョルニアを手放したその手で印を描く。その動作は異世界の魔術。ミスティックアーツによるもの。

世界を構成するソースコードを操り、事象を操るプログラムを起動する。

 

 

 

 

 

 

ワトゥームの風が吹く。

 

 

 

 

魔術による風。

ムジョルニアの竜巻とはいかないが、それでも、指向性のない魔力程度ならばかき集めるのに問題は無い。

 

風を巻き上がらせ、汚染された魔力を空へと誘導する。

上へ上へと指向を誘導された魔力はそのまま大穴の上空だけをドス黒く染め上げる。

 

トールは、手元にムジョルニアを戻し、再びそれを振り回し始めた。

数回転程の高速回転ののち、トールはその遠心力を利用するように、まっすぐに天へとムジョルニアを突き上げた。

 

トールの体が浮かび上がった。

 

それは跳躍ではなく飛行。

 

前に掲げたムジョルニアがトールの体を引くように飛び出していく。

空へと向かうトール。飛行先は上空の瘴気。トールはムジョルニアにひかれたまま体から稲妻を発し、その体からムジョルニアを通し、解き放つ。

稲妻が瘴気へと絡みつき、その瘴気を侵食していく。

やがて瘴気が消え去り、再び黄昏の空が戻るころには、トールの関心は、眼下のケルヌンノスへと移っていた。

空へと浮き、ケルヌンノスを見下ろすトール。

 

 

「おいオスカー。目覚めて早々たまったものをぶっ放すとはマナーがなってないぞ。さすがの俺でも人前ではしない」

 

 

軽口をたたくその態度はしかし、からかいよりも苛立ちが募っているように見える。

数百倍も巨大な怪物を相手取るプレッシャーは存在しない。

 

そんなトールの軽口に、体制を立て直したケルヌンノスは特に反応もない。ぐらつかされた事に対する怒りなども見受けられない。

トールを見上げるケルヌンノス。

その眼は虚ろで意識があるようには見えなかった。

 

やがて現れたのは赤黒い複数の球体。

 

その球体がケルヌンノスの前面に展開されていく。

 

狙いは上空のトール。

オーディンの意思によって、妖精や、モルガンよりも最大の害悪とされる存在。

 

このままこの星の王としてのさばらせ、他の惑星にこの星の代表だと思われるくらいならば滅びたほうがマシだとまで思わせた悪魔。

 

無数の球体が膨れ上がり、球体から赤黒い魔力の光線が発射された。

 

おびただしい数の光線がトールに襲い掛かる。

 

ひとつひとつが宝具の真名解放以上の協力な攻撃。

 

しかしそれを、トールはこともなげにムジョルニアを高速回転させた盾で防ぎぎる。

 

 

 

 

 

たった数度の攻防で。すでに力の差は歴然だった。

 

 

 

 

英霊の器に宿ったわけでも無い本物の神。ソレを以てしても。トールと言う存在を脅かす事は出来ない。

 

トールはムジョルニアをケルヌンノスへ向ける。ソレが指示器だ。ハンマーの向く先へ、飛翔しながら向かって行く。

 

飛翔に落下速度を乗せ、大上段から振りかぶる。

そのまま、ケルヌンノスの頭部にムジョルニアを叩きつけた。

 

 

 

衝撃が、ブリテン全土を揺るがした。

 

 

 

再び、巨大な白い獣の体躯を薙ぎ倒す。

ケルヌンノスは倒された先、大穴の縁を後頭部で削りながらめり込んでいく。

 

縁にもたれかかるように倒れるケルヌンノス。

 

トールが追撃を入れなかったのは、余裕の現れか。それとも、目の前の神の過去に思うところがあったからか。

 

様子を伺うトールを前にして、その巨大さに見合ったゆっくりとした動作で、起き上がる。

 

そんなケルヌンノスに、一つの変化が訪れていた。

 

虚だったその眼に光が灯ったのだ。

 

それは、まるでトールによる頭部への一撃で目覚めさせられたかのようで……

 

その眼を捉えたトールは空中で静止する。

それを覚醒と捉えたトールは、改めて構え直し、身体に稲妻を纏い始める。

 

 

「……」

 

 

脳裏にはオーディンに与えられた過去が浮かび上がった。

 

 

「このまま大穴(住まい)で大人しくしてるか、セサミストリートに帰るか、それとも消え去るか、どうする?」

 

 

 

本来ならば、問答無用で殺しにかかるところ。

それをわざわざ口にするのは、悪魔といえども思うところがあるからなのか。とは言え、絶対的に勝利を譲る気はないのは当然の事。

 

だがケルヌンノスは応えない。

怨念を叫ぶわけでも無い。

何らかの動作で意思を伝えるわけでもない。

ただただ、トールを見つめているだけ。

 

 

 

ケルヌンノスは光の球を出現させる。

それは、先程の汚染された赤黒い魔力ではなかった。

 

ムジョルニア によって身体を癒されたケルノンノス。

腐り切っていた肉は蘇生されている。

先程の汚染された魔力は、蘇生されても尚残っていた老廃物のようなものだった。

 

光球は光量を増していく。

それは攻撃の前動作。

 

 

「消滅がお望みか……」

 

 

ケルヌンノスの行動に問いの答えを見出したトールは、ムジョルニア を構え直す。

 

先手必勝がトールの本来のスタイル。

だが彼は、あえて後手に回る選択をとった。ケルヌンノスの攻撃を迎え入れてから反撃するという手段を選択。

 

ケルヌンノスの前面の光球が再び膨れ上がる。

それは先程と同じ魔力の光線。

 

トールの脳裏に選択肢が浮かぶ。ムジョルニア で弾く。電磁バリアを張る。いや、そもそも防御する必要すら無い。

 

このまま戦いにする理由もない。小綺麗に同情を見せたところで何の意味があるのか。

 

無意味な慈悲など不要と、この一撃を最後に目の前の神を殺そうと、決意を固めたところで、光球から光線が発射された。

 

 

 

 

その瞬間――

 

 

 

 

 

――光線が、ケルヌンノス自身の腕によって阻まれた。

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 

 

長い腕だった。

そのまま垂れ下げれば立ったまま地面に着くのではないかと思うほどの。

 

その腕が、夥しい数の光線とトールの間に現れた。

 

発射した魔力による光線を、自ら留めたのだ。

 

 

 

 

意味がわからなかった。

 

トールは、目の前の怪物()の行動に驚愕し、動くことができなかった。

 

 

「なんなんだ……」

 

 

トールが呆然と呟く間に。ケルヌンノスの巨体が動く。

 

腐り切っていたはずの腕。

本来であればその腕は動かせず、腕のような形状の泥の塊が襲い掛かっていたはずであるが、ムジョルニア によって顕在であり、自身の光線を浴びても尚無傷。

 

ケルヌンノスは、ゆっくりとその腕を振り上げた。

 

とろくさい振り上げをトールは戸惑いによって許してしまう。

 

あれ程の巨体。その腕による叩き付けはその質量だけで甚大な被害をもたらす。

 

しかし、トールにとっては何ら問題はなく。

その腕をムジョルニアで弾くか、稲妻で消し飛ばしてしまおうか。選択肢を頭に巡らせながら構えたところで。

 

振り下ろされかけた右腕が。

 

 

 

今度はケルヌンノスの左腕に阻まれた。

 

 

 

「さっきから何なんだ……」

 

 

 

まるで二つの意志が混在しているようだ。

戦おうとする意志と、それを阻む意志。

 

ケルヌンノスの眼を見る。

獣の眼。

 

その目には何処か憐れみが込められているような気がして。

 

どうすれば良いかわからなかった。

 

 

「何なんだよ……」

 

 

オーディンへ告げた言葉に嘘は無い。

 

この世界で神とされる存在を憎んでいる。

 

妖精に殺された事に思うところはあれど、結局同じ穴のムジナであるとも思っているし、そもそもとしてモルガン虐殺に最も貢献したのはカルデアとオーディン。そして目の前の獣だという認識を覆す事はない。

どんな事象があろうと。綺麗な言葉だけ振りまいて、愛する者を国中を巻き込んで殺そうとした時点で、許すつもりはない。

言い訳など不要。いかな理由があろうと殺す事に全く戸惑いは無い。

 

邪魔をするならば、敵であるならば、排除するだけ。

 

だが――

 

 

「何なんだお前は!! 何がしたいんだ!!」

 

 

戦う意志から抗おうとするのであれば話は別だ。

戦いたく無いと言いながら、結局切り掛かってくるような連中であれば遠慮なく殺せる。生かす理由は無い。

 

だが目の前の獣は違う。

 

 

ヒト()ケモノ()

全く違う存在とは言え、通ずるものはある。意思を理解することはできる。

その目が、その行動が如実に語っている。

 

自らの、あるいは別の神(オーディン)に与えられた悪魔(トール)を滅ぼさねばという責務に、ケルヌンノスは抗っているのか。

 

 

「目の前にいるのは、お前らを殺した奴らを肯定する男だぞ! 妖精國を続けようとする男だ!! 憎いだろう! 殺したく無いのか!? 何がしたい!? 何万年も呪いを撒き散らしてたのに今更なんだ!? 勝てないからって命乞いでもでもしようってか!! イイヤツだったねとでも言って欲しいのか!?」

 

 

 

――違う。

 

 

何故かはわからない。だが違うと確信出来てしまう。

ケルヌンノスの意志がわかってしまう。

 

 

――戦いたく無い

 

 

そう、本気で思っている。

それは妖精國の存在そのものなど関係もなく。

義務や責務。摂理などとも関係なく。

 

 

トール自身と戦いたく無いと、そう語っている。

 

 

「――っ何で」

 

 

理解が出来ない。

 

今なお自身の腕を抑えようとするケルヌンノスを見ても、何が何だか理解ができない。

 

だが、こちらを排除しようとする意志は確かに存在している。いかに抑えていようとこのままケルヌンノスが残れば、トール自身は兎も角、モルガンや妖精國の住人が傷付くことは免れない。いつ爆発するかわからない爆弾を放っておく事はできない。

 

 

「俺は、遠慮はしないぞ!! 邪魔なお前を――」

 

 

ケルヌンノスを殺す。

自ら口に出す事で決意を固めようと口を開いたところで。

 

最早、定番のように。

 

 

「――くっ」

 

 

脳裏に浮かぶ謎の情景。

 

 

『も、う……流石に、ダメだな……パチパチも出ないから浮かべないし食糧もない……』

 

 

『はな、しをするのも……たのしか……った、けど……そろそろ、ダメ、みたいだ……』

 

 

『――ご、めん……キミのお腹の、上で……死ぬなんて迷惑だよね……できれば、どこか別の場所、に……行きたいん、だけど……』

 

 

『ああ、あったかいな……こういうの、ちょっとあこがれてたん……だ……』

 

 

『ああ……あり、が、とう』

 

 

大穴の底。

目の前の獣の腹の上、その腕に抱かれながら息を引き取る自分。

 

ミスティックアーツの師であるエンシェント・ワン曰く、夢は別の宇宙の自分をのぞき込む窓。

この情景がマルチバースの自分なのか。だが、この襲い掛かる想いはなんだろうか。

別の宇宙の自分ではない。()()()()が経験したという()()がトールに襲い掛かる。

頭痛が体を蝕み、目の前の獣と同じような、言いようのない、()()()()()()()()()が体を蝕む。

 

 

 

「お前と俺は別だろう! そっちじゃとっくに死んでるんだろうが! 今更こっちに関わってくるな!!」

 

 

頭を押さえながら叫ぶも、当然そんな声が届くはずもなかった。

 

本来であれば別の時間軸を生み出す事にも繋がるタイムストーンによる時間のリセット。

異聞世界である妖精國という特殊な状況下と相まって、新たな時間軸を生み出すことは無い。

いまだ記憶の混乱しているトールには知る由もないが、この情景は、この記憶は、マルチバースでは無く、この世界の自分自身。

 

あるいは、別のループによる自分自身以上の精神力で凌駕してしまえば、その者達からの記憶も振り切ることができるが、直接脳裏に刻まれたケルヌンノスとのほんの少しの交流と、オーディンによって与えられたケルヌンノスの死へのトールなりの思いが、彼を滅する事を躊躇させる。

 

 

 

神と神。

最も大規模になるはずだった戦いが、二柱の意思によって拒否される。

 

 

「この世界が消されても良いのか間抜け(トール)め!」

 

 

トールは頭を抱えながらその意思に抗う。

そうだ。何があろうと、どんな理由があろうと、絶対に譲れないのはこの世界とモルガン達の命。

何をしても、どんな卑怯な手を使っても、自分の大切な存在以外の何を犠牲にしようと守るのだ。

 

やがて、ケルヌンノスに動きがあった。

抑えていた左腕の力が弱まり、トオルに叩きつけようとしていた右腕が解放される。

 

再び振り上げられる右腕は、戦う意志が勝った証。

この世界を正そうとするシナリオ。

オーディンの意思と共にのしかかるそれはケルヌンノスでは抗えない。

ケルヌンノスの瞳には何処か悲しみが宿っているように見えた。

 

右腕が、振り下ろされる。

加減の一切ないたたきつけ。

そのまま行けば、電磁バリアすら突破してキャメロットを砕きかねない位置。

 

攻撃を仕掛けてきたのだ。あちらは戦う気になったのだ。いかに戦う気力がなかろうと。

大切な存在が殺されてしまうというのであれば、トールが反撃しない理由は無い。

 

だが、その現状を確認して尚トールは、ケルヌンノスを殺すことができない。

 

 

「――くっ」

 

 

だが、何もできないわけではなかった。

 

 

 

ケルヌンノスの足元に、光の輪が出現する。

光の輪はゲートウェイ。

次元を繋げ、何処へでもいくことができる無法の技。

 

トールの右手には二穴の指輪、ゲートウェイを開くためのレリック。スリングリングがついている。

 

開いた穴の先、ケルヌンノスの足元には、別の世界が広がっている。

 

 

それは、見惚れるほどに美しい花園。

 

 

 

トールの苦しげな言葉と同時に、ケルヌンノスが重力に従い落下する。

巨大な体躯は大穴から消え去り、花園へとその体が移動した。

その後の結末を確認する事もなく、トールはゲートウェイを閉じた。

 

 

訪れた沈黙。

 

 

何とも言えない戦いの結末にトールは苦虫を噛み潰すような表情を隠せない。

今のは時間稼ぎにしかならない。

ケルヌンノスにその気があれば恐らく、ここに戻ってくることはできるはずだ。

 

 

「何なんだ……!」

 

 

こういう夢を見る事はあった。

それが、マルチバースの自分であれば正直なところ関係ない。別世界の自分に用などない。

 

だが、明らかに別世界の自分から行動を矯正されている。

気分の良いものでは無かった。

 

闇の魔術にドリームウォークと言うマルチバース先の自分を乗っ取ると言う技術も知識としては把握している。

別世界の自分は、あるいはその技術を習得しているのか。だがトール自身、そんな物に敗北する気は無い。

別世界の自分など所詮は他人。

乗っ取ろうと襲ってくるのなら殺す事に全く戸惑いはない。

 

だが先ほどのケルヌンノスに対するあの感情は、どこか違う。別の自分だと思う事が出来なかった。

 

 

「いや、これで良い。しばらくはこっちに来れないはずだ。その間にカルデアの連中を始末して、汎人類史を滅ぼせばそれで終わりだ。アイツは後で考えれば良い……」

 

 

自身の不可解な行動に言い訳をしながら、城へと戻る。

 

 

大広間へと着地する。

 

 

その場で意識があるのは、呆然としている予言の子のみ。

 

少女を無視して、倒れている別の少女の元へ。

 

 

妖精騎士ギャラハッド。

 

この世界を蹂躙しにやってきた汎人類史の尖兵。

 

妖精歴。共に旅した少女。

 

ムジョルニア を足元に置く。

 

意識を失う者を殺す。

それを卑怯だなどと下らない事を言うつもりはないし誰かに言われる筋合いも無い。

 

だが、ムジョルニアをそのような事に使う事は憚られた。

 

身体から紫電を走らせる。

一瞬で、痛みすら感じずに消滅させられる程の威力の稲妻をその手に宿す。

 

それをマシュに向ける。

 

ほんの少しの逡巡。

 

 

震える手をもう片方の手で押さえつける。

今更躊躇かとくだらない感傷で世界を見捨てるつもりかと心の中で叱咤を飛ばす。

 

 

 

 

「さようなら……」

 

 

 

酷く冷淡な声。

何の感慨もない、形式だけの別れの言葉。

 

 

「あ、ま――っ!」

 

 

遠くにいる少女の静止を無視し、その手に宿した世界の理すら破壊するその稲妻を解放しようとしたその時。

 

 

 

また――

 

 

 

再び……

 

 

 

 

邪魔者の気配。

 

 

 

 

「いい加減に――!」

 

 

 

しろと、背後へと振り返る。

まさにマシュに向けようとしたその破壊を、下手人に向けたところで。

 

 

 

「――ッ」

 

 

 

その手が止まった。

それはケルヌンノスとの交流以上の戸惑いだった。

 

 

何故ここに?

 

どうやって来た?

 

そもそも何故今更?

 

頭の中をぐるぐると思考が巡る。

 

 

 

目の前に、いや少し目線を下げたところにいるのは。

小さな妖精。

 

 

「ロット……ダメだよ」

 

 

その妖精から、聞いたことのない悲しげな声で自身の名前が紡がれる。

 

 

 

「何で……ここに」

 

 

 

巨大な糸車を引き連れたその妖精の名は。

 

 

 

「トトロット……」

 

 

 

 

妖精歴において、トネリコに次いでトールと苦楽を共にした。

 

 

「そんな事したらマシュがかわいそうだろ……ロット」

 

 

 

護りたい、大切な存在の1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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神様

「ロット、何やってるんだ?」

 

 

大切な存在だった。

 

トネリコにとって大切な存在だからではない。

 

 

「ダメだよロット」

 

 

ロット――トールにとっても同じ。

 

 

「 そんな怖いの、マシュに向けちゃだめだろ?」

 

 

妖精歴時代、彼女の明るさにいつも助けられていたのはトールも同じなのだ。

 

 

「――ッ!」

 

「なあ? ロット?」

 

 

トールは答えない。

 

 

「マシュだよ? 忘れたのか? 一緒に旅しただろ? ボクたち。トネリコと一緒に…… 凄く仲が良かったじゃ無いか。それなのに、酷いことしちゃダメだ」

 

 

トトロットはトールの様子におびえながらも、どうにかしてマシュに向ける殺意を抑えようと説得にかかる。

 

何も言わない。

トールは稲妻を消すこともしない。

それは、トトロットの頼みを聞く気は無いという意思の表れであり、未だトトロットを無視してその稲妻を発さないのは彼女の静止による戸惑いの表れでもある。

 

「そんな痛そうなの、マシュがかわいそうだろ……?」

 

「……」

 

トトロットの質問には答えず。

トールは俯いたまま押し黙る。

 

トトロットの事を無視しているわけではない。

 

どう答えようか、どう答えるべきか、迷っていた。

 

ここで彼女を無視して彼女達を殺すのはあまりにも容易い。

それを止める理由は無い。

 

彼らを生かして元の世界へ追い出す理由もない。

 

 

今更昔の友人が一人出しゃばった程度。

この手を収める理由にはならない。

 

どんなに世界が間違っていようが。

世界がどんなに罪だ何だと喚こうが、この世界を蹂躙しに来た連中を生かす理由などないのだから。

 

それを今更過去の友人だからと、遠慮する必要は無い。

 

 

無いはずなのだ。

 

 

「ロット。お願いだよ」

 

 

トールは、掌の稲妻を消失させた。

 

 

その動作にホッとした表情を作るトトロット。

 

 

「あ、ありがとうロッ――」

 

 

「……今更何をしに来た?」

 

 

「え――」

 

 

矛を収めながらも、その冷徹な雰囲気は収まらない。

 

 

「ボ、ボクはその……雷を見てから、なんだがここに来なきゃいけないような気がして」

 

 

「今まではコイツらと旅して来たのか?」

 

 

「う、うん……」

 

 

「この妖精國を救う為にモルガンを殺そうと?」

 

 

「それは――」

 

 

言い淀むトトロットを無視し、トールは再び破壊の稲妻をマシュに向ける。

 

その表情は、トトロットに止められる直前の冷徹なものへと戻る。

 

 

「! ロット! ダメだよ!! マシュ達はこの妖精國を救おうとしてくれたんだよ!?」

 

 

トトロットの静止に、今度は躊躇する気はないとばかりにその稲妻を強めていく。

 

 

 

「……いいかトトロット。このままコイツらを生かして帰せばまたこの世界を滅ぼしにやって来る。コイツらにとっても、俺たちにとっても、お互いの世界は邪魔でしかないんだよ」

 

 

 

苦し紛れにでたトールの言葉に。

トトロットは首を横に振る。

 

 

 

「で、でも。確かに世界はそうかもしれないけど、マシュ達は違う。妖精國を滅ぼそうとしてるんじゃ無い。助けようとしてくれてるんだ!」

 

 

 

「――いい加減にしろ!!」 

 

 

 

「……ッ」

 

 

おそらく、ありとあらゆる時間軸の中で一番の怒号だった。

冷静さを欠き、感情的な怒りを示すその姿は、あるいは子供のわがままに怒鳴る親のようであり、親の躾に反抗するわがままな子供のようでもあった。

 

トトロットの怯えた顔に、一瞬、躊躇した様子を見せたトールだが、その後再び元の憤怒の表情へと変わる。

 

 

「助けようとなんてしている!? 散々戦いを煽って、結局は世界が滅ぶのを止めずに限られた妖精だけ連れて行こうしているノア気取りのコイツらが妖精國を救う!? 」

 

 

「で、でも……戦い始めたのはモルガンが……それに、ボクたちも悪いんだ。ボクたちが妖精國を救ってなんて言ったから……」

 

 

「ああそうだな。 この世界を滅ぼすのに、モルガンを殺すのに都合が良いからお前たちの誘いに乗ったわけだ。それで? こいつらはお前の言うようにこの世界を救ってくれるのか? モルガンを殺せばこの世界を維持する事を許してくれるのか?  このまま妖精國が残ってあいつらの世界の一部の中で存在し続けても手を出して来ないのか? 」

 

 

「わかんない……わかんないよ」

 

 

「わからないのはこっちだ!」

 

 

子供のように、頭を抱えるトトロットに、同じように子供のような癇癪で激昂したまま叫ぶトールの眼から、一筋の涙が流れる。

それは、怒りの感情が溢れだしたが故か、それとも……

 

「なあ、こいつらを生かしたところでどうする? このまま元の世界に帰すのか? ブリテンだけは見逃して下さいとでも言うつもりか? それともこの妖精國に住んでもらうとでも言うつもりか?」

 

 

「そんな事……っ」

 

 

「それとも――」

 

 

 

 

「こいつらの為にこの世界を差し出すのか……?」

 

 

 

 

 

「それは――」

 

 

言い淀むトトロット。

 

 

「お前は何がしたいんだ? 500人の内に入って、この世界の住人を見捨てて、こいつらの世界の端っこでせせこましく暮らし続けるのか?」

 

 

「そんな事――!」

 

 

「ああ、違うだろうさ!」

 

 

あまりの物言いに反論しようとしたトトロットの先手を打ち、言葉を返すトール。

次いでトールは、右手から発した稲妻から磁力を発生させる。

 

するとトトロットの糸紬ぎ機の中から、黒い塊が現れた。

 

 

「……!! 駄目!!」

 

 

ブラックバレル。

汎人類史、ひいてはカルデアにおける切り札。

神すら滅ぼす『天寿』を呼ぶ概念礼装。

 

トトロットがいずれ来るその時の為に、彼女の為に保有していた必殺兵器。

 

それは、傍にいるだけで妖精の命を脅かすこのブリテンにあってはならないモノ。

 

 

「こいつらの為に、()()()()()()()の為に……!」

 

 

磁力をまとっていた右手にブラックバレルが吸い付くようにトールの傍へと吸い込まれていく。

 

 

「だめ! それはマシュのなんだ! マシュに返さないと!!」

 

 

取り返そうとするトトロットをミスティックアーツで押しとどめ、橙色の魔法陣の壁がトトロットの進行の邪魔をする。

 

その間に、磁力となっていた稲妻が破壊の力へと変化していく。

それは巨大なブラックバレル全体を包み込み。

 

 

 

数秒と持たずにチリへと変えた。

 

 

 

「ああ……!」

 

 

絶望した表情を作るトトロット。

だがそんな事はトールにとっては関係がなかった。

問題なのは彼女の体そのもの。

 

 

「お前まで――っ!」

 

 

ブラックバレルに侵された肉体。

 

 

「お前まで、自殺願望を持たされてるのか……!」

 

 

彼女はもう、いつ事切れてもおかしくない状態である。

 

 

再び、右掌に稲妻を発生させる。

その相手は、もはやマシュのみにあらず。

最も近いマシュをはじめ、その背後にいる汎人類史の者達全員を巻き込むための者。

 

 

「ダメ!!!」

 

 

それを、トトロットは許さない。

許すはずもない。

もはや今のトトロットにとって、トネリコから離れたあの日から。いや、きっと生きる意味を与えられたあの夜からずっと。

あるいはこの世界以上に彼女たちを大切に思ってしまったのだから。

 

 

「どいてくれ……」

 

 

魔法陣を避け、マシュとトールの間に立ちふさがるトトロット。

 

 

「ヤだ!!」

 

 

ほんの少し前、怯えた表情はもう消えていた。

 

 

「お前は、あの日からトネリコを見捨てた裏切者だ。例えこの世界の住人だろうと邪魔するなら本当に消し飛ばすぞ!! 死にたくなかったらどけ!!」

 

 

雷鳴が響く。トールの体から紫電が走り、周囲を稲妻で染め上げる。

それそのものに意味はない、言うなれば威嚇の稲妻。

 

 

「……っ!」

 

 

そんな威嚇に、トトロットの怯えた表情を作り出すが、しかしすぐに消えさった。

トールから眼をそらすことなく、マシュを守るために両腕を広げる。

 

 

「どけェっ!!!」

 

 

「――絶対にヤだ!!!」

 

 

本当なら、間に立つトトロットに意味は無い。

それはトトロットごと消し去れるからでは無い。

 

雷というものは落ちるものだ。

 

仁王立ちするトトロットを傷つけることなく、彼女の背後に稲妻を落とすことなど造作も無い。

 

 

だが、彼女の、本当に命をかけたその行動を見れば、それは意味のない事だとわかってしまう。

守るべき者を失い、生きる意味を失い。絶望に染まった妖精の末路など決まり切っている。例えモース化を免れてしまったとしても、生きる意味を持たない妖精に未来はない。

 

「どうして……っ!」

 

マシュの死は、トトロットにとっては同義。

 

 

彼らを見逃すことはありえない。

生かしたところでもう取り返せないところまで来ている。自分の世界の為にモルガンに敵対する事を選んだ。モルガンの為にこの世界の摂理にすら敵対する事を選んだ。どちらが勝つかの話だ。

そんな中、圧倒的勝利の中で気を使って見逃す理由が無い。

 

仮に慈悲を与えて見逃したところで、彼らはありとあらゆる手を使って自分の世界を取り戻すだろう。

 

何があろうとも自分の世界を絶対にあきらめない。そうでもなければ5つも世界を滅ぼすことなど出来はしない。

 

今は圧倒的にこちらが強くても、彼らが更なる力を得る可能性はゼロでは無い。

 

僅かな要因すら見逃せない。

 

 

 

掌に力を籠める。

トールの表情はもはや狂気と悲しみに染まっている。

 

 

敵でしかない存在の為に命をかけてしまう友人の手をかける。

悲しみはある。まともな感性ではいられない。

 

 

だが愛もまた公平では無い。

分け隔てなく愛する器用さはトールには無い。

 

もはやトールの背後にいるのはモルガンの命だけでは無いのだ。

 

トトロット一翅を天秤にかけたとて、その重さはもう比べ物にならない。

 

 

「アァァァァァ――ッ!!」

 

 

それは威嚇か、絶望の叫びか。

いよいよ持ってその掌の稲妻を発しようとしたその瞬間――

 

 

 

 

 

 

「いい加減に、しろォ――ッ!!」

 

 

 

 

 

トールは、横合いからの衝撃に吹き飛ばされた。

無防備だった。

完全な意識外からの攻撃だった。

 

 

全ての神経をトトロットに注いでいたトールはその攻撃をまともに喰らう。

吹き飛ばされ、仰向けの状態で大広間の地べたを滑る。

 

 

 

 

「アルトリア!?」

 

 

 

 

驚くトトロットを余所にアルトリアは決死の形相で、滑り終わったトールに追撃の魔術を放つ。

モルガンに匹敵すると言われている魔術は爆炎を上げ、辺りを煙に染め上げる。

 

 

「やああぁぁぁぁぁ――っ!」

 

 

杖の先端が、眩く光る。

その場で跳躍。

煙の中、一切の目標を失うことなくアルトリアは空中で一回転。その遠心力を乗せた魔力の籠った杖による一撃。目を見開くトールの頭蓋にその杖をたたきつけ

た。

 

 

衝撃が走る。

 

 

 

その衝撃はトールを貫き、彼の後頭部を起点に、大広間の床が砕け、クレーターが出来上がる。

衝撃によって舞う砂塵。

 

完全な無防備の中の一撃。

この妖精国においてほぼ全ての者がそのまま頭が潰れ、首無し死体どころか下半身しか残らなくとも納得できるほどの威力。

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 

渾身の力を込めた。

一気に放出した事によって、脱力感に苛まれるアルトリア。

広がっていく砂塵と魔力の奔流によって。状況はつかめず、実際に頭が潰れたかどうかは定かではない。

だがその結果は、既にアルトリアの緊迫した表情をみれば伺えるものというもの。

 

 

 

 

砂塵の中から、アルトリアの首に向かって腕が伸びた。

 

 

 

 

「――っ」

 

 

 

その手がアルトリアの首を掴む。

 

 

「グッ……あ……」

 

 

「他の妖精と同じように死にたくなったのか?」

 

 

――わかっていた。

 

この程度の攻撃では傷一つつけられ無いことぐらい。

首を掴んで持ち上げられるもそんなものはとっくに覚悟している。

 

 

「グッ、ご……のお!!」

 

 

自分の背後に忍ばせていた魔力の刃がアルトリアの首を絞めるトールを襲う。

 

襲い掛かる刃を、しかしトールは何の抵抗もせず受け入れ。

生物とは思えない硬い音を鳴らすだけで、その魔力の刃は消え去った。

 

 

「――っ!?」

 

 

これ程までに差があるのか……

アルトリアは予感していたとはいえその事実に驚愕する。

 

トールは、そのまま首を絞める事はなくその手を離す。

 

そのまま床に落下し、アルトリアは膝をつく。

 

 

「ゴホッっ……ハァ、ハァ……」

 

 

呼吸を落ち着かせている間に、目の前の男が先程と同じように目線を合わせてきた。

 

 

「屁理屈こねて見逃したのはお前が大事な大事なこの世界の住人だからだ。それがなければお前は、あいつらと同じおぞましいセイギノミカタでしか無い」

 

 

先程の、どこか慈悲のあった表情とは違う。

冷め切った眼は、光を失い、どこか狂気を孕んでいる。この男はもう止まらない。どのような理由があろうと例え誰であろうと邪魔をするならば滅ぼす。そういう眼だ。

 

 

「……っ!」

 

 

「お前は確かに必要な存在だが、絶対じゃ無い……この世界の邪魔をするなら今この場でお前を消し飛ばしても構わないんだ……」

 

 

体が強張る。

絶対的な死の気配。

それはただの死では無く、もっと根本的に。

この世界に存在していたという証ですら失ってしまいそうで……

 

 

歯を食いしばる。

 

元より、彼を倒そうとは思っていない。

倒せるとも思っていない。

 

ただ――そう。

 

 

「さあ、これが最後の通告だ……大人しく――」

 

 

 

――ただ、好き勝手言われたのが気に食わないだけだ。

 

 

「うるさい!!」

 

 

その反抗は、トールにとっては少し予想外だった。

 

 

アルトリアの叫びと共に魔力の本流が地面から噴き出す。

 

その奔流にダメージは無くとも、驚かされたその隙に、再び頭に杖を叩き込まれる。

 

 

アルトリアは、自分の為には怒らない。

怒る事が出来ない。

 

それは、彼女本来の性格による所もあるし、そもそもとして過去に起因する自己肯定感の低さ故でもある。

 

だが、この旅はあまりにもストレスだった。

例え嫌いな妖精を救いたくは無くとも、使命だからと、世界の流れに逆らうこともできずに旅を続けてきた。

 

その精神的負担は尋常では無い。

 

救うと言う名の滅びという事実もそれに拍車をかけていた。

 

そんな中彼らの善意に触れ、正しい行いだと信じて旅をしていた。

 

だが、そんな旅路を彼によって泥を塗られた。

 

会うたびに罵倒される日々。

眠る度に襲い掛かる悪意を助長するかの如く鳴り響く雷鳴。それは間違いなくこの男のもので。

 

 

溜まっていた。

 

あまりにもストレスが溜まっていた。

 

それがトトロット(自分以外の誰か)がいざ本当に殺されてしまうという事なども合わさって爆発したのだ。

 

例え殺されようとも、言いたい事は言わないと気が済まない。

 

 

「さっきから勝手なことばかり!! あの人達だって救えるなら救いたいっていう思いはあるのに!!」

 

 

魔力の奔流に完全に飲み込まれたトールに再び杖で追撃をかける。

 

「私だって! こんなことやりたくてやってるわけじゃないのに!」

 

直接的なダメージは無いものの、再びトールを押し倒す事に成功し、倒れるトールにアルトリアはのし掛かる。

 

「今更!! 今更この世界の守護者みたいな顔をして!」

 

完全なるマウントポジション。

 

ダメージも無い。ありとあらゆる攻撃が効いていない。

にも関わらず甘んじてそれを受けるのは、トールの驚愕の表情が原因ある事は明白である。

 

 

「偉そうに勝手な事ばかり、言うなぁ!!」

 

 

 

それをアルトリアも対して気にせず、再び杖で頭を打ち付けた。

 

再びの凄まじい衝撃。

 

 

 

 

「何度も!」

 

 

杖で殴る。

 

 

「何度も!」

 

 

杖で殴る。

 

 

「悪口ばっかり!」

 

 

魔力を込めた杖度殴り続ける。

その衝撃で言えば凄惨たるものだが、頑丈なトールにダメージは無い。

 

 

 

「こっちの気も知らないで!!」

 

 

 

衝撃。

全くの無防備で受けるトール。

腹の上に乗る彼女を見ながら。

 

 

「アル、トリ……ア……?」

 

 

そう、呟いたのは何故なのだろうか。

だがアルトリアは気づかない。

再び杖でなぐりつける。

 

 

「もっと、違うやり方があったかもしれないのに!!」

 

言いたいことがあるだけ。

次のこの瞬間に殺されると言うこと自体考えていない。

その怒りを放出する。

 

再び杖を打ち続け。

流石のトールも頭から血を流す。

だが、トールはその流血にさしたる苦しみを出さない。

 

 

「あんなに、あんなに簡単に神様を倒せる力があるならもっとできた事があるはずなのに!!」

 

 

ただひたすらにアルトリアを驚いた表情で見つめるだけ。

 

 

「モルガンモルガン! あの人ばっかり!!」

 

 

だがアルトリアはその事実に気付かない。

 

 

「もっと別の道だってあるはずなのに――」

 

 

ただ吐き出すものを吐き出したいだけなのだから。

トールの表情など関係がない。

 

 

「……だったら」

 

 

 

その数度の打撃の後、初めてトールは口を開いた。

 

 

「だったら、どうすれば良かったんだ!!」

 

「――ッ!」

 

マウントを取られたままの叫び。

今のトールで有れば簡単にアルトリアをどかす事は出来るというのに。

 

彼はそのまま叫ぶ。

 

 

「大人しくモルガンが武器を渡せばよかったか!? このまま世界ごと消えますとでも言えば良かったか!?  交渉が決裂した? 本当は敵対したくない!? ふざけるな!! 妖精歴のモルガンを知った上で戦いをやめないどころかそのまま内乱を煽り続けたのはお前らだ!! 相手の事情を敬ってやれと言うのならお互い様だろ! 結局自分の世界の為にこの世界の奴らを綺麗事で犠牲にし続けたのはお前らだ! 結局自分の世界を優先してるのは変わらない!! 」

 

 

「あなただって自分勝手の癖に!」

 

 

 

「それがどうした! どの道滅ぼしていく癖に交渉が決裂したからしょうがないですみたいなツラをして!! それならまだ悪党ヅラして侵略してくる悪党の方が100倍マシだ!! 最初から殺し合う相手だ! 本当は滅ぼしたく無い!? だったら大人しく滅べ!! いちいち善人ヅラして!そんなくだらない偽善がお前らを殺さない理由になんかなるか!!」

 

 

 

「――っ! だったら! もっと早く止めてよ! どうせあの人達や私を殺すならもっと早くやってよこの悪魔!!」

 

「――ガッ!」

 

 

アルトリアは杖を投げ捨て拳をトールに打ち付ける。

楽園の妖精としての一撃はトールにダメージを与えるどころかアルトリアの手を傷つける。

杖の方が物理的な威力はあっただろう。

 

しかし、その拳はトールの骨身に浸透していく。

それは、思いという物が籠った一撃だからか。

 

 

あるいは、その瞳から溢れる涙に、彼女の慟哭に充てられたからか。

 

 

「こんな最後の最後に急に出てきて、偉そうにして! 何もかもあっさり壊して……! 簡単にこの星の厄災を退けて……! だったら……!最初から……っ!」

 

 

本来で有れば気を使う必要もない。

この世界の住人であると言う事で譲歩はした。

警告もした。

その上で逆らったのだから、このまま大人しく殴られる必要もない。

 

だが、トールは動かない。

拳を打ち付けながら訴えるアルトリアの言葉に苦しみを浮かべながら聞き入るだけ。

 

 

「最初から、あの時からいてくれればあの娘は……巡礼なんて、最初から止めてくれれば……あの娘も」

 

 

アルトリアは叩きつける手を止める。

啜り泣くその姿に、もはや何かに抗おうという意志は感じられない。

 

 

「巡礼なんかの為に、使命なんかの為に、皆……あの子も、ガレスちゃんも……! 死ななくて済んだのに……!!」

 

 

 

「――ガレス?」

 

 

 

『誰もが助け合い。認め合って、許しあって、自分を大切にして――まわりのひとたちも大切にする。そんな世界になってほしいんです』

 

 

脳裏によぎったのは鎧を着こんだ少女の姿だった。

 

その名を聞いて、途切れ途切れに思い浮かぶこの情景はなんだろうか。

 

自分の目から溢れる涙はなんだろうか。

わからない。

いや、きっとこれはマルチバース。

別の宇宙の話だ。関係などない。

同じ人間だろうと宇宙が別なら全くの他人だ。

 

――本当に?

 

そう、訴えかけるのは自分自身。

 

何かがおかしい。

この時間軸で会ったわけでは無いはずだ。

記憶に無い。

 

所詮は別の自分。のはずだ。

この自分には全く関係ない。そのはずなのに。

 

記憶の中の彼女との交流。途切れ途切れに思い浮かぶやり取り。しかしその時の別の自分の思い。彼女に対する温かさは本物で……

 

 

この実感はなんだというのか。記憶どころか体そのものに刻まれているこれはなんなのだろうか。

 

ガレスとやらが何らかの犠牲になったと、アルトリアの言葉尻から理解できるが、それを知った時のこの悲しみはなんだろうか。

 

 

その理解に戸惑っている間にもアルトリアの慟哭は続く。

 

 

 

「なんでよ……こんなあっさりあの神様を追い出せるなら、巡礼なんてする必要なかったじゃ無い……!」

 

 

「……」

 

 

その慟哭にトールは答えない。

どうすれば良いかわからない。

 

「最初からあなたが、あなた達がしっかりやってくれれば、あの子達は死ななかったのに……!」

 

彼女の訴えは自分の為ではない。

カルデアの者達でとない。

 

「なんで、そんな力があるのにわざわざここまで戦争を引っ張ったの!? もっと早く……! 私たちを止めてくれればこんな事にはならなかったのに!!」

 

彼女の訴えはこのシナリオによる犠牲者のためのもの。

 

「最初からやってよ……!!」

 

自分の世界の為に動かざるを得ないカルデアという別世界から侵略者。

 

力が足りなかったが故に非常な選択を取ったモルガン。

 

何よりも目覚めが遅かったが故にカルデアを滅ぼし、この戦争を止めなかったトールの落ち度による犠牲者。

 

 

「初めから――」

 

 

彼女の訴えは自分自身の為ではない、カルデアの為でもない。きっと、異聞帯と汎人類史、モルガン対カルデアの戦争の物語を彩る為に犠牲となった者達に対するモノ。

 

 

「私たちを――私を殺してくれれば、こんな事にはならなかったのに……!」

 

 

この時間軸のトールが無力であったが故に別の世界線のように救う事が出来なかった者達。

 

 

……同じだ。

 

 

彼女からすれば、自分は、ブレイントラストやTVAのような世界そのものを支配する連中と同じ――絶大な力で自分勝手に振る舞う彼らと同じ。

 

 

「あなた、神様、なんでしょう……!?」

 

 

その訴えはまるで神に対するもの。

救いを与えない神に縋るようなその慟哭。

 

よりにもよって何故自分を殺さないのかというその訴え。

 

 

「どうにか……してよ! どうせ殺すなら、あの子達の犠牲の意味が無くなるのなら! 最初から……!」

 

 

自らを犠牲にしろと言う、凄まじい訴えを、しかしトールは受け止められない。

 

 

「違う……」

 

 

そんな上等な者ではない。

創世の王の劣悪コピー。

破壊しか出来ない悪魔。

神の血を分け与えられようと、子として愛してもらおうと、所詮は義理でしかない。

何もかもが偽物。

 

できるのは愛する者達の邪魔をする奴等を滅ぼす事だけ。

 

その、滅ぼすという行為ですら、この妖精國の住人である彼女にとっては遅すぎた。

 

 

「俺は神じゃない……!」

 

 

――神は自分の事ばかり

 

 

それは誰の言葉だったか。

 

 

たしかにそうだ。

神は、神と名乗る者達は、結局自分とその大切な者しか守らない。先程のオーディンのように自分の大切なものの為ならばこの世界を滅ぼすどころか、自身の贔屓する世界に力をつけさせるためにその世界の住人の命を使って武器を作らせ、汎人類史の為にその武器を消費させる。まさに骨の髄までしゃぶりつくす。その為ならば他の世界でどのような暗躍をしようとかまわない。どれだけその世界の住人が苦しもうと構わないのだ。

 

それでも彼らは大切なものを守る事ができる。

 

だが自分は違う。

既にもう、殆どのものを取りこぼしている。

この世界の住人である彼女にもっと早く殺してくれとすら言われ、備え付けられた機能である滅びですら満足に与えられない始末。

 

 

「俺は神様なんかじゃないんだ……」

 

 

涙は出てこなかった。

 

 

悲しみよりも悔しさが勝っていた。

 

もっと早く目覚めていればどうにかなったのだろうか。

 

とっととカルデアを滅ぼしていればどうにかなったのだろうか。

 

そもそも巡礼など始めさせなければどうにかなったのだろうか。

 

あるいは、あるいは、あるいは――

 

 

「そうだったら良かったのに」

 

 

本当の(上位存在)であればきっと、全てを救う事は出来なくとも。

このくだらない世界の取り合いの為に犠牲となった妖精國の住人くらいは救えたはずなのに。

 

その願いを込めた一言に、アルトリアももはや言葉は無く、遠くでそれを見守るトトロットも答えない。

 

トールの悲しみの呟きに、その感情の吐露にアルトリアの怒りも治まっていく。

 

その悲しみにこもる無力感。

アルトリアはもはや自分の訴えも無駄なのだと、もはやどうにもならないのだと。

そうあきらめかけた。

その瞬間。

 

 

「――いや、お前は神であるとも」

 

 

――また、新たな気配

 

 

「!」

 

「――ちょ」

 

 

いち早く反応したのはアルトリアにのし掛かられているトールだった。

仰向けの体制から一気にアルトリアごと跳ね上がり、彼女を抱えながらその声の方へと振り返る。

 

声の主、その存在に今の今まで気づかなかったその迂闊さに自身を叱責しながら視線を送れば。

 

 

「またお前か……」

 

 

気配の主は賢人グリムの姿をしていた。

 

 

中身が違う存在だと看破したトールは、即座にムジョルニア を呼び寄せその手に収め。

 

 

「二度とこの世界に立ち寄るなと言っただろう!!」

 

 

グリム、いやこの世界の神。オーディンに向かって投げ飛ばした。

 

汎人類史のオーディン。モルガンの殺害を企て続けた暗躍者の一人。

あるいはロンディニウムでの出来事でさえ、汎人類史を勝利に導き、この世界の命を消費して武器を持たせるためにカルデアに聖剣や聖槍を渡すために仕組んだ可能性のある男。

 

全くの加減無し。

惑星すらも砕くその一撃。何があろうと防ぐことは出来はしない。

衝撃波を起こしながら放り投げられたムジョルニア はしかし――

 

 

目の前の男の手に、吸い寄せられるように、いともたやすくその手に受け止められた。

 

 

「なん……!」

 

男は受け止めたハンマーの柄を持ち、上に放り投げる動作で、ムジョルニアをもてあそび始めた。

馴染みの武器を気軽に扱うように。

 

 

驚愕。としか言いようがなかった。

ありえないと、トールは思考する。

 

先ほどのオーディンをスキャンしたからこそわかる。

彼は宇宙ではなくこの星の神。

根本的に存在が異なっている。

 

この宇宙どころか自分のいた世界の神と言われる者でさえこのムジョルニアを受け止められる者などそうはいない。

ムジョルニアを持ち上げるなど宇宙そのものを持ち上げるのと同じようなものだ。

父によってかけられた持つ者を制限する魔法は、もう一人の雷神(マイティ・ソー)とはまた違う制約。

ふさわしき者ではなく、トールの為にかけられたその魔法。

 

マルチバースである事を考慮したとしても、目の前の神にムジョルニアを制御できる力は無いはず。

 

その制約を超え、ムジョルニアを持つことができる存在などそうはいない。

思い浮かぶのは、アスガルドそのものでもある超大な力を持つ、マイティ・ソー(もう一人の自分)の宿敵であった死の女神ヘラ。

 

あるいは――

 

「まったく、二度と来るなとは、随分と荒んだものだ。 そもそもお主は初めから間違っておる。この地に降りたのは今が初めてなのだからな」

 

ムジョルニアに魔法をかけた張本人。

宇宙に存在する星。

神の国アスガルドの「オーディン」

 

 

「――父上?」

 

「久しいな、我が息子よ」

 

 

からかうように朗らかな笑顔を向ける目の前の男が、かつてのトールの父であるならば、ムジョルニアを受け止められるのもあり得ることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回この章の最終回です。


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ありとあらゆる分岐によって生じる同じようで別の世界。

それがマルチバース。

基本的に言われているその平衡世界はあくまで同じ登場人物が別の選択をした事により生まれた分岐の世界。

 

それが、人間レベルなのか、星規模なのか。あるいは宇宙規模なのかは定かではないが、それでも、あくまで隣り合うレベルである事が常である。

 

トールは、妖精國への帰還を目指す際、様々な世界を渡り歩いた。

それは上記のような隣り合う世界のみではなく。

元の世界の面影も無いような全く別の世界を言うこともある。

それこそ人間の選択による分岐を超え、超自然的な現象による分岐すら越え。

生み出される前からそもそも異なっていると言ってもいい世界。

 

この妖精國と汎人類史が、地球という星の中での出来事の分岐によって生み出された世界であるならば。

目の前のオーディンのいる世界とこの世界は、そもそも根本的な宇宙そのものどころではないレベルで分岐が違う。

 

もはや隣り合うというには無理があるレベルの違い。

マルチバース。平行世界を大樹と枝で例える者がいたが、木の種類そのものが違っているようなもの。

 

物理的、魔術的に様々な実験を経てここに舞い戻ったトールだが、本当の意味でこの世界に来れた理由は定かではない。

 

様々な障害を抱えたままとはいえこの世界に移動したこと自体が奇跡。

 

トールとてマルチバース先の自分自身へ乗り移るという「ドリームウォーク」という技術の知識はあるが、それを異世界レベルで行うなど聞いたことも無い。

 

それを、先の会話の前にトールは父に向ってなぜと聞いたところ。

 

 

「全能の父である儂が、息子であるお前に会う事がなぜできぬと思う?」

 

 

そう切って落とされた。

 

ありえない。

 

ありえないが不思議と納得できる迫力があった。

 

オーディンやヘイムダルの使う一部の技術に暗黒エネルギーを使用するものがある。

それは。専用の装置が無くとも、銀河すら隔てた移動を一瞬で行うビフレストを使用する際にも使われる力。

ドリームウォークも起源は、ダークホールドという言うなれば闇の力から起因するもの。

 

そう言った意味ではあるいはとは思わされるが、何よりも、目の前にいる父の圧倒的な全能感を思えばそれも当然と納得せざるを得なかった。

 

 

そんなオーディンの問いに戸惑っているトールを見やるオーディンは、周り、倒れ伏す者達を見渡しながら。

 

 

「これが、お前の望む結末か?」

 

 

そう一言、悲しみでも喜びでもない純粋な疑問を投げかけた。

 

 

「な、なにを……」

 

 

その問いに、なぜここに来たのかという疑問が吹き飛んだ。

戸惑いながらも、しかしトールは答えを口に出した。

 

 

「……当然です。父上」

 

 

その言葉に嘘は無い。

これは臨んだ結末。

それは疑いようのない事実。

大切な存在の命は救われ、この妖精國を滅びに導く敵である汎人類史の者達の生殺与奪の権利は獲得し、厄際の大本であるケルヌンノスは追い出している。

 

まさに完璧な勝利。

 

 

「これ以上の結末などありえません……」

 

 

それが本心。

これ以上何を望む必要があるのか。

 

 

「ふむ、それがお主の考えか?」

 

 

それで良いのだなと、念を押す父に狼狽するトール。

 

 

「どういう、意味なのです?」

 

 

「お前は確かに救いたい者を救うことが出来たのだろう。侵略者を打ち倒し、これから迫る()()()()()()()()()()()()()も容易く退けるであろう」

 

 

その通り。

それこそがトールの望む未来。

全能のオーディンの保証もあるとなれば盤石である。

 

 

「その通りです父上。これ以上望むことはありません。これ以上できることはない」

 

 

そのはず。そのはずなのにこの煮え切らないこの感覚はなぜなのか。

 

 

「この世界は守られました! 殺されかけたモルガンやバーヴァンシーは無事。ムリアンやウッドワス達も健在。これで妖精國は守られる! 國も今は混乱しておりますがそれもいずれは抑える事ができる。アスガルドに比べればまだまだ未熟な國ですが、ようやく滅びという運命を回避し、國を創るスタートラインに立てたのです! これ以外にどんな結末があるというのです!?」

 

その姿は親に叱られ、言い訳をまくしたてる子供のよう。

その姿を、憐れむでもなく嗜むでもなく、淡々と、オーディンは言葉を噤む。

 

 

「だが、その結末に納得できない者がおろう。他でもない、この世界の住人である者が……」

 

 

言って、オーディンはトールのとこで地べたに座る少女を見る。

その視線を受け、こわばった表情を見せる少女、アルトリアは目を伏せる。

 

 

「父上、私は、あなたのように全能ではありません。全國民を納得させる國づくりなどまだまだこの妖精國では不可能です」

 

「だが、少なくともその少女はお前にとっても無視できぬ者であろう」

 

「何を……」

 

「トールよ。お前と、お前の愛する者達の世界への抗うというその行為。生き残るために神に抗う事を罪とは思わん。何よりお前はその上で勝利したのだ。それは儂にとっても喜ばしい事だ。父親としてな」

 

「それならば……」

 

何故、そのように煮え切らない態度を貫くのかと、問おうとする前に、全能の神たる父は答えを先に出した。

 

「だが、お前たちのその行為の代償を、その娘は背負わされておるのだ。お前にはその娘を救うべき責任と義務がある。神としての責任が……」

 

 

その言葉はまさにトールの父。全能神オーディンの言葉であった。

 

 

 

 

宇宙の果てにある神の国アスガルド。

 

何千万年もの間、地球という星を含めた9つの世界を調停し続けた王。

 

オーディン。

 

北欧神話にて語られる。全能の神と同じ名前の宇宙人。

 

他世界による地球への侵略をその地で防いで以来、それを目撃したバイキング達によって神話として語られ、神とされた存在。

あるいは、さまざまな銀河や惑星においてもその力故に神と呼ばれる存在である。

 

トールにとってのオーディンは、最初は友人であり仕事仲間の父でしかなかった。

まさか、マルチバースとは言え妖精國に渡る為の過程で血を与えられ、義理の息子として迎えられるなど夢にも思っていなかった。

 

神と呼ばれる父。

 

全てを見通し、全能の力を持つ彼は、いつも嗜めるようにトールに向かって言っていた。

 

 

 

 

 

 

『我々は決して神ではない』

 

 

 

 

 

 

 

「――父上の言葉です。なのに今、貴方は俺に神になれと、そう言うのですか?」

 

「……そうだ」

 

「何を! 神ではないといつもそう言っていたではないですか!? 父上! 神であるという傲慢さが愚かな選択を呼び込むと! そもそも私は本当はアスガルド人ですらない!! 神を名乗るなどどうして出来ましょう!!」

 

トールは、そもそもとして、アスガルド人ですらない。マルチバースを渡る実験において、死にかけた末にオーディンの血の輸血によって救われたただの人間。その血によってアスガルド人の要素を足されただけの存在。

そんな相手をして神としてふるまえなどと。トールからすればこの世界にたどり着く以上の無茶である。

 

 

 

 

 

 

 

「神とは自ら名乗るものではない」

《賢い王は決してすすんで戦はしない》

 

 

「だが、そう望まれたのであれば、名乗らねばならん」

《だが、戦う覚悟は必要だ》

 

 

オーディンの教え。彼はいつもそうやって例外を示しながら様々な事を教えてくれた。

 

激昂を鎮めるにはその言葉だけで十分だった。

オーディンのその言葉は、トールの良く知る父親のもので。

その懐かしさに不覚にも安堵を覚えてしまう。

 

父への反抗する気は失せ、言葉を返すこともなくうつむくのみ。

 

 

「何よりも、その娘の望みはお前の望みでもある」

 

 

そのトールの態度に構わず続けるオーディンの言葉に、反応を示したのはトールだけではなかった。

アルトリアも、オーディンのその言葉にトールを見る。

驚いた表情を作り、オーディンへと視線を向けるトールを。

 

 

「どういう……」

 

「その娘にとって大事であった失われた者達。それはお前にとっても大切な者達だったと言うことだ……」

 

「え……」

 

 

その言葉に意外そうな反応をしめしたのはアルトリアだった。

 

 

「その者達だけではない、何よりもお前はあちらの娘と同じほどに大切だった存在も取りこぼしておる。それをそのまま見捨ててもよいのか?」

 

 

倒れ伏すモルガンを見るオーディンの言葉にトールは、不意にその右手首に視線を移す。

襲い掛かる喪失感に悲しみを巡らせながら――

 

 

「わからない。わかりません。俺には……だってこの夢は――」

 

 

しかしそれを理解する事が出来ない。

 

 

「わからなくとも感じてはおろう。お前のその手には時間があるという事も含めてな、今は、理解ができていないだけ……」

 

 

言ってオーディンはその手に光を宿し、トールへと光をかざす。

暖かいその光は彼を包みこみ。

 

やがて泡沫のように消え去った。

 

その光に包まれたトールは、その見た目に違いは無い。

 

しかしその雰囲気はどこか今までと違ったもので。

彼は肩を落としながら左手を見る。

 

 

「……俺にできるのでしょうか」

 

 

その言葉はオーディンにこそ理解できるもので。

傍で聞くアルトリアにはわからない。

事態の落ち着きを察したのか、いつの間にかアルトリアの傍にはトトロットも控えている。

 

「大丈夫か?アルトリア?」

 

「う、うん……」

 

小声での二人のやり取り。

それを一切無視し、二柱の神の対話は続く。

 

 

「できるとも、儂は今までのお前のすべてを見続けてきた。記憶はなくとも、愚かと蔑まれようとも、お前を見て嫌う者がいようとも、愛する者だけの為に抗い続けるお前を」

 

 

「ですがまだ……俺は自分を神と思う事はできません」

 

 

「いいや、既にお前は神なのだ。儂の見定めた未来。滅ぶはずだったアスガルドをお前は救った。アスガルドを滅ぼすスルトを懐柔し、ムスペルヘイムと和平を結んで見せた。お前は全能の神である儂の力を超えた。それをただの人間とは言わん」

 

 

「あれは別世界でのソー達との経験があったからこそです。それがなければ俺は何もできなかった」

 

 

「それでもお前の努力に違いは無い。行動したのはお前だ。お前の行動が奇跡を呼んだ。それはほかでもないお前自身の力だ」

 

 

「父上……」

 

 

その言葉を受けたトールは、左手に力を籠める。

左手首に緑の魔法陣が現れ、腕輪のように左手首を巻き取りはじめ、やがて、その緑の魔法陣は左掌に凝縮されていき、緑の宝石を作り出した。

 

 

「なに、あれ……」

 

 

その石から感じる凄まじい力にアルトリアは声を上げざるをえない。

それに答えたのはほかでもないオーディンだった。

 

「お主を、この國を救うためのものだ。娘よ、おぬしの願いにあ奴は神として答えようとしているのだ……」

 

「え……?」

 

会話の流れが読めなったわけではない。

だが、それでも改めて言われてしまえば、そういった目で見てしまう。

 

 

掌の上に浮かぶ緑の宝石。

それに右手を翳し、トールは意識を集中させる。

 

それはこの石の力を行使するために必要な行為であり。

 

突然の地響きにそれを邪魔された。

 

 

 

 

「な、なに!?」

 

 

 

驚愕するアルトリアを余所に、トールは集中を解く。

このままでは、緑の石の力を行使することが出来ない。

 

やがて、この地響きの原因がケルヌンノスのいた大穴のさらに下にあると看破したトールは、()()()()()()()()()()()()を大穴へと向けた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

それはブリテンを滅ぼす終末装置。

 

ブリテンという島が神秘をもったまま存続する事を許さないという世界の都合は、やがてブリテンに自滅装置という物を生み出した。

 

その名はヴォーティガーン。

 

巨大な体躯に無限に飲み込む空洞を埋め込んだそれは、虫の形を形成しており誰かはそれを奈落の虫とも呼んでいた。

 

どのような因果かブリテンの大穴にてケルヌンノスに封じられていた奈落の虫。

その蓋が開かれた今。這い上がらない理由は無い。

 

モルガンはもとよりカルデア達や神もどき含めすべての存在が大穴の近くの城にいる。

そして都合よく、この妖精國はもとより、人類史を滅ぼすための仇敵達のすべてが愚かな城の中。

 

これほどまでに都合の良い事があるのだろうか。

 

穴から這い上がり城ごとすべてを飲み込む。

ただそれだけですべてが終わってしまうという事実。

 

この高揚感は何からほとばしるものか。

この焦燥感は何からほとばしるものか。

 

一抹の感情を抱きながら、大口を開け、その大地ごと城を飲み込んでやろうと。

 

奈落の虫は大口を開け、何も見えない暗闇の中、大穴の外、光の先へ向かっていく。

途中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

――なんだこれは

 

 

 

 

 

頭上に広がるのは()()()()()()()

 

上下逆さま。

 

何故かブリテンの大地が空にある。

何が起きたかわからない。

確かにブリテンの大地から飛び出したはずなのに。

引力は確かに下にあるというのに。

見れば、真下にも上に広がるものと同じ。

ブリテンの大地が広がっていた。

 

さらなる驚愕。

 

ブリテンの大地に挟まれ、空は真横に見えている。

 

これは夢か。

神もどきによる幻術なのか。

ありえない。

 

夢を語る自分が夢を見させるなどなんという皮肉か。

いや、これは間違いなく現実だ。

そう思わされている夢だと言う可能性もあるが、すべての感覚がこれは現実だと訴えている。

 

これが何の力なのかは検討もつかない。だが自分はブリテンを滅ぼすもの。

これがブリテンであるならば、飲み込むことは容易い。

 

空を飛ぶ奈落の虫にとって重力や引力は問題ない。

 

空をいき。大口を開ければ、上下のブリテンの大地が剥がれ落ち、その大口へ飲み込まれていく。

ブリテンの終末装置の面目躍如とばかりにその勢いはとどまることを知らない。

 

 

だが、その力など、歯牙にもかけない事態が起こった。

 

 

これは悪夢か。

 

 

例えすべての感覚がこれを現実だと訴えようと、巻き起こる現象は悪夢でしかない。

 

吸い込んだ傍から、ブリテンの大地が増えていく。

吸い込み、大地を崩したと思えば、その下から吸い込まれた薄皮から脱皮するかのようにブリテンが再び現れる。

 

それはいずれ奈落の虫が吸い込む速度を超え、ブリテンは無限に分裂していく。

 

それでも吸い込むことをやめはしない。

終末装置としての本能が行動をやめさせない。

 

やがて分裂していくブリテンの大地は奇妙に曲がり、奈落の虫を囲むように筒の形を作り出す。

筒状になったブリテン。筒の先端には黄昏の空が見える。

 

やがて、その筒は、回転しながら狭まっていく。

 

どんどんと、奈落の虫へとブリテンの大地が迫っていく。

 

このままこの筒が狭まり続ければ果たしてどうなるのかは、想像には難くない。

 

 

奈落の虫の吸い込む力が止まる。

 

 

――この時、初めて、奈落の虫は、終末装置というその使命を投げ捨てた。

 

 

飛ぶ。飛ぶ。飛び続ける。

迫るブリテンから逃げるため。

唯一空く筒の先端。

真横にある黄昏の空へと向かっていく。

その間にもブリテンの大地は迫って来る。

大地に咲く建物や岩。大地そのもの。その全ての隆起が今は命を削り取る刃に見える。

 

このままでは、このままではブリテンそのものにすりつぶされる。

 

それだけはあってはならないと全速力で飛び続けて行く。

 

その間にも回転しながら迫りくるブリテン。

しかし、逃走を企てた成果か。すりつぶされるすんでのところで出口へとたどり着いたその瞬間。

 

黄昏の空が消え去った。

筒の先端に蓋を閉じるようにブリテンの大地の一部が閉じたのだ。

 

絶望。としか言いようがなかった。術者の悪趣味を疑うほかない。

 

ブリテンそのものに殺される。

それはブリテンを滅ぼす終末装置として絶対にあってはならない事態である。

 

叫ぶ、叫ぶ。その叫び声は虫のような金切声。

しかしその慟哭は誰にも届かない。

 

回転するブリテンはあまりの高速回転に線にしか見えない。

建物か、大地の隆起か、或いは生えている木々か、尖った部分の先端が奈落の虫の体に触れ、その瞬間ブリテンを装置として作られた粉砕機に、奈落の虫は巻き込まれた。

高速回転に巻き込まれ、その体を振り回される奈落の虫。

やがて、筒の内部は奈落の虫よりも小さくなっていき、その隙間を完全に閉じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「うそ……」

 

今の事態の一部始終を見ていたアルトリア。

あれを見た瞬間、その正体を看破したものの、圧倒的なまでの目の前の神にこれ以上の驚愕を隠すことが出来なかった。

 

だが、それと同時に、これ程までの力を有した神が願いを聞き入れてくれるという事実に戸惑う事しかできはしない。

 

「これが、神様の力……」

 

カルデア達の伝聞でしか知りえなかった神を実感するアルトリアであった。

 

掌を大広間から広がる空に向けていたトールは、目の前で起こった出来事などなんて事のないように目線を外した。

同時に鏡の割れる音。次元の壁を隔てて行われたブリテンの奇妙な現象。分裂し、形を変えていくそのブリテンは、その音と共に消え去った。

 

トールは再び左掌に浮かぶ緑の石を翳し、右手を動かし、呪文を紡いでいく。

それを呆然と見るアルトリアとトトロットにトールは視線を向けた。

 

「アルトリア、トトロット」

 

「え……?」

 

「ロット?」

 

 

これまでからは考えられないほどの優しい声色に戸惑う二人。

 

 

「ごめん、君たちを苦しませた」

 

 

その言葉に二人は、許すことも怒ることもできはしない。

立場ゆえ仕方のない事だと、そう言うにはあまりにも今の事態含めて複雑すぎた。

 

 

「トトロット……」

 

「う、うん……」

 

 

それでも呼ばれれば答えるものだ。

例え敵対していても、どうしようもなくとも、昔のロットの声色に答えないわけにはいかない。

 

 

「モルガン――トネリコの事嫌いか……?」

 

 

答えはすぐだった。

 

 

「ううん、そんなわけないよ。ボクは本当はトネリコにだって幸せになって欲しいから」

 

 

それを聞いたトールは安堵の表情を浮かべていく。

 

 

「ああ、安心した……」

 

緑の光はどんどんと強くなっていく。

 

 

強まっていく光。

いよいよこの石の力を行使するその瞬間。

 

 

「待って! ()()()君!」

 

 

また一つ邪魔が入る。

その正体は先ほどまで、呆けていた少女アルトリア。

 

彼女は、これまでの態度がまるで嘘であるかのように、生気に満ちている。

 

 

「待って、お願い ダメ!!」

 

 

どういうわけか、トールの行動を止めようとする彼女はトールの集中を邪魔しようと駆け寄っていき、それを不可視の壁に邪魔をされた。

 

 

「ダメだよ! せっかくここまで来たのに!!」

 

 

不可視の壁に縋りながら、まるで人が変わったような態度をとるアルトリアに、驚くのはトトロットだけだった。

 

 

「ちが、違うの!! さっきの私の言葉は噓だから!! 私が悪かったから!止めて!お願い!!」

 

 

壁をどんどんとたたきながら少女は叫ぶ。

 

 

「ここまで来たのに!! 何度も何度も苦しんだのに!!」

 

 

少女の突然の奇行にしかしオーディンもトールも大した反応は示さない。

 

 

「あなた、トール君のお父さんなんでしょう!! だったら止めて!」

 

 

矛先を変えたアルトリアの言葉にオーディンは答えない。

 

 

「このまま、私たちの望みを叶えるなんて……そんなの……!! トール君が……!」

 

 

壁に縋りつきながら涙を流し、アルトリアは膝をつく。

 

 

「ダメだよ……せっかく会えたのに!!」

 

 

その姿をトールは一瞥し、その表情に笑顔を浮かべ、改めて緑の石。『タイムストーン』に力を籠める。

 

すると周囲の建造物たちが動き始め、砕けた壁や床が時が戻るかのように修復されていく。

 

トールは、巻き戻っていく周囲を確認する。

倒れ伏すウッドワスやムリアンを優し気に見つめ。

そして、モルガンとバーヴァンシーの二人をさらに長く見つめ続ける。

 

しばしの沈黙。

 

やがて、名残惜しむ事も無くトールはその視線を目の前の父、オーディンへと向ける。

グリムの肉体からはがされようとしているオーディンに向かい。

 

()()()()()父上」

 

そう言って、オーディンを見送った。

 

 

「ダメェェェェェェェ!!」

 

 

アルトリアの叫びむなしく、時は遡る。

これまでの事がなかったように時間が巻き戻っていく。

 

世界が巻き戻っていく中で、唯一意識を残すのはトールのみ。

 

やがて、その右手首に腕輪が装着されていく。

 

 

『馬鹿者め……! これ以上無い結末だったと言うのに……!』

 

その腕輪から響く声に、トールは微笑みを崩さない。

 

「ああ、そうかもしれない……」

 

『未熟なお前がタイムストーンを操れると思うな! 繰り返せば繰り返すほどお前を蝕んでいくと言うのに……今後、これ以上にお前の望む結末になる可能性のほうが少ないのだ……!』

 

「――それでも、キミがいないほうがマシだと思ったんだ……」

 

『……! バカものめっ……』

 

悲しみと、そのなかにある喜びを隠さないまま、その腕輪ごと、トールは時の流れに飲み込まれていく。

 

 

 

一番最初のループ以外で初めての、トール自身の意思によって行使された巻き戻し作業。

 

 

本人も無慈悲に巻き込み、すべてをなかったことにしていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

目が覚めた……

 

ここはいつもの眠りの間。

 

 

『さようなら父上』

 

 

先ほどの邂逅。その息子から与えられた別れの言葉。

それの意味することなど明白だ。

それが彼らの望む結末を示唆していることなどわかり切ったこと。

その言葉にこたえる時間はあった。

 

だがしなかった。するわけにもいかなかった。

 

 

目覚めた父親は、懐にある昔息子から与えらえた紙を見ながら。

 

 

「いや、また会えるとも……」

 

 

そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

――なんでこんなことになったんだっけ?

 

村から逃げて、出会いがあって、森を出て。

 

と思ったら今度は別れて。

 

なにがなにやらわけのわからぬ内にこんな事態に。

 

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 

そんな疑問を頭に浮かべていたら、不意に声をかけられた。

青い髪に青い羽根。

風の氏族の特徴を持った、気弱そうな少女。

 

今は一緒に旅をする同行者でもある。

 

ここはグロスター、妖精國でもっとも栄え、流行激しい道楽の町。

街そのものが意思をもつかのように動くため、ぼうっと突っ立っていては、ネズミだと思っていた何かに踏みつぶされてしまう可能性もある。

 

いけないと意識を戻す。

青い少女の先には一人の青年。

 

「大丈夫? やっぱりお金持ちのオーラに充てられて具合悪くなっちゃった? わかるよ。世界が違う人たちと一緒にいるとなんか自分がみみっちくなるんだよな」

 

なんだか失礼な事を言われた気がするが気にしない。

こんな事態を起こした事に比べれば失礼な言葉など気にならない。

 

 

――本当、なんでこんな事になったんだろう。

 

自分は救世主。

予言の子。

 

一応、圧制を敷く女王を打ち倒して妖精國に平和をもたらす。

 

と、言われているのだ。

 

それなのに、それなのになんで――

 

 

 

「オラ、田舎娘!! とっととしろっつーの!! こっちは貴重な時間を割いてやってるんだよ!!」

 

「そうだよ。彼女がぼろっぼろに負けたのが原因なんだし、彼女にとっては予想外の時間なんだ。一応は気をつかってあげないと」

 

「てめぇは一々うるせえんだよ!!」

 

「あ、あの……喧嘩はやめたほうが……」

 

 

――なんで、女王の娘と一緒に旅することになったんだろう。

 

流行渦巻くその街で、予言の子、アルトリアはまた再び空を見る。

 

美しく広がる黄昏の空。

 

その空の下、集った者達の行く末は果たして……

 

 

 

 

 

 

 

女王編・完

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『なんだよそれ!! ポッと出てきた人間に皆夢中になって!! 僕だって同じ人間なのに!!』

 

 

 

 

『彼は多分汎人類史の人間だろうけど、この世界に移動するときに頭をやっちゃったんだろう。自分をドラマとかの物語の登場人物だと思い込んでいるんだろうさ』

 

 

 

 

『騙されたんなら怒れよ! 乱暴にされたんだったら逃げろっつーの!! なんでアホみたいに笑ってんだよ!!』

 

 

 

 

『わかるよ。あなたは私と同じ。どうしてそうなっているのかはわからないけど、それでもあなたの苦しみはわかるから……』

 

 

 

 

『何をすべきかなんて本当の意味ではわからない。これがやるべきことなのかも。けど、少なくともこの街の人たちは助けたいの……! 』

 

 

 

 

 

『さあ、次期女王と予言の子の晴れ舞台だ。パーティプロトコル。派手にやろう』

 

 

 

 

 

 

 

『ああ、本当に、そんなに混乱が好きなら望み通りにしてやるよ。妖精國を滅ぼしてな』

 

 

 

 

 

 

『また会えるなんて……どう言えば良いのか……!』

 

 

 

 

 

『――私は、絶対なのだ』

 

 

 

 

『クソ! 動けよ!! お母さまとブリテンを守らないといけないんだから!! お願いだから動いてよ!!』

 

 

 

 

 

『たとえ怪物だろうとなんだろうと私はお前を止める!! それが、この妖精國の騎士としての私の矜持だ!!』

 

 

 

 

 

『あなたが描いた身体なの、あなたのおかげで手に入れた身体! それなのに……!!』

 

 

 

 

『この! DVクソやろォォォォォォォォ!!!』

 

 

 

 

 

『怖い……すごく怖いよ……でも、キミのおかげで勇気が湧いたよ。ありがとう』

 

 

 

 

『愛してる。心の底から』

 

 

 

 

 

 

次回最終章

 

 

 

マイティ・トール:ブリテン・フォーエバー

 

 

 

 

 

 

 

 




女王編。
これにて完結。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
次回から最終章になります。


正直女王編が書いてて一番苦しかったので今は解放された気分。


予想通り批判殺到。
低評価爆雷投下。
まあ思ったよりは少なかったですが。
その中でもまあ暴言の数々もこっそり来てまして。
覚悟の上でしたし気にしないよと言いたいですが、ここに書いているあたりお察しください。少し疲れました。


それでもこれをスッ飛ばして何もかもご都合主義じゃあむしろ彼女たちがかわいそうだと思ったので書きました。とはいえ、一応敵味方ちゃんと見せ場なんかを作らなきゃなと思っていたらこんな事態に。予想外。


次回からは色々とがらりと変わると思います。
そりゃあもう暗い話なんて一切無い。楽しい妖精國の旅路になります。

多分。


ここから先はもうただただ妖精國の彼女たちを救うための物語です。
それが最優先。
これだけはネタ晴らししておきます。




ひとまずはここまでこれた事にお礼を。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。





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