GS芦蛍!絶対幸福大作戦!!! FINAL (混沌の魔法使い)
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リポート1 横島家の新しい日常
その1


リポート1 横島家の新しい日常 その1

 

人の波に逆らいながら歩くフードの男――しかし人々はその男に気付かないとでもいうように、交差点を歩く人達は不自然にフードの男を避け、フードの男とすれ違っていく――そんな時、ふと男が歩みを止めると周囲から色が消え、歩いていた人々の動きは止まり交差点に満ちていた音全てが消え去った。

 

「皆様は運命という物をどう思われますか?決して変える事が出来ない不変の物?それとも己の行動によって変える事が出来る物?」

 

手にしていた本を開き、そこから金色に輝く6枚のカードを取り出しながら、男は誰に聞かせる訳でもない。世界に定められた唯一無二の決まりを謡う様に語り始める。

 

「不変――世界に定めれた役割・運命という物は覆す事が出来ない。それもまた1つの答え」

 

男の手から浮かび上がった3枚のカード――それには法衣に身を包んだ女性・己に手を伸ばす様々な人物の手を振り払い天へ続く道を歩む男・黒い糸に縛られた道化師の姿が浮かび、崩れ落ちるように消え去った。

 

「運命は変える事が出来る――世界の定めた役目・運命という物は壊すことが出来る。それもまた1つの答え」

 

残された3枚のカードが浮かび上がり、先ほどのカード同じ様に絵柄が浮かび上がる――漆黒の鎧に身を包み血涙を流す女性・文字盤が砕け、二度と時を刻む事の無い時計の前で車椅子に乗った男とその車椅子を押す女・そして右半身が消え、左半身は罅割れた顔の無い道化師の姿が浮かび、先ほどと同じ様に崩れ落ちるように消え去った。

 

「そのどちらも正しく、そしてそのどちらも間違っている。この世界に絶対的な正義などは無く、また絶対的な悪も無い。全てが等しく正しく、そしてその全てが等しく間違っている」

 

この世に正しい選択などはないと男は子供に言い聞かすように語る。

 

「この本によると救世主たる者は破壊者であり、そして破壊者たる者は救世主でもある。稀有な二面性を抱き、今まで己が築いた絆を胸に抱き、その者が下す決断がこの世界の運命を定める。神魔は既に運命を定める事が許されず、そして人もまた選ぶ事が出来ない――全てはただ1人の心優しき少年によって定められる」

 

風も無いの開かれた本には横島の後姿だけが記されている。しかしその先は無数に別れ、どれが正しい道で、どれが間違った道なのか――その全てが判らない闇に満ちた旅路だった。

 

「これより始まるのは終焉への旅路――その先に待つのは……」

 

虹色に輝くカードが本の中から飛び出し、1つは虹色のまま、もう1つは漆黒へと染め上げられた。

 

「救世主による救済かそれとも破壊者による終焉か……」

 

世界に色が戻り、再び歩き出したフードの男と横島達がすれ違う。だが横島達の視線はやはりフードの男に向けられる事は無かった……。

 

「これより始まる最後の物語……その先に待つ物とは?」

 

宙に浮かんだ2枚のカードは男の手の中の本の中に消え、そして本が閉じられると共に男の姿もまたどこかへと消えているのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

色々あった京都から無事に帰ってきた訳だが……俺達には俺達で別の……しかし先送りにすることも出来ない大きな問題が待ち構えていた。

 

「これより第1回 横島家会議を始めます」

 

良く判ってない様子のチビとうりぼーが楽しそうに鳴くのを見て、一瞬ほわっとしたが和んでいる時間は俺には無かった。

 

「横島。昼飯はまだか?」

 

「ご飯まだ?」

 

「うん、ごめんな?少し待ってて、シズク。ごめん、先にお昼ご飯の準備を……」

 

「……しょうがないな。タマモ、私の代わりにちゃんと見ておいてくれ」

 

「はいはい。判ってるわよ」

 

茨木ちゃんと紫ちゃんがお腹空いたと言うので、シズクにお昼の準備を頼み、行き成り1人抜けた状態で横島家の初の家族会議が始まった。

 

「やっぱり部屋数足りないわよ」

 

「まぁそうだろうな」

 

元々東京の借り家だ。普通の男子高校生が住むには広すぎるが、今の俺、タマモ、シロ、シズク、ノッブちゃん、牛若丸、ゴールデン、紫ちゃん(結構な頻度で俺の家にいる)茨木ちゃん――うりぼー、チビ、あと帰ってくるであろうモグラちゃんと孵化待ちのドラゴン……総勢9人と小動物軍団では本格的に手狭になってきている。しかもここに蛍達も泊まりに来る時があるので2階建ての借家でも限界が見えてきている。

 

【飯の時間ずらすか?】

 

「それは嫌」

 

一緒に暮らしているのに食事の時間が別とか俺には絶対耐えれない。

 

「無理よ。横島は寂しがりやなんだから」

 

「せんせーらしいでござるな」

 

否定出来ないのが辛い。でも1回賑やかなのに慣れてしまったら、それが無くなるのって凄い辛い。

 

【あー、俺ッチ無理に食わなくても大丈夫だぜ?】

 

「でも食べれるなら食べたほうがいいだろ?金時の霊力の回復にもなるし」

 

【いやまぁそうなんだけどさ……】

 

【それは最初に私達が提案して却下されてますよ。金時殿】

 

食べれるなら皆で食べた方がいいし、楽しいので基本的に仲間外れは無し。

 

「はいッ!せんせー」

 

「どうしたシロ?」

 

「沖田殿が住む所無いって言ってたでござる」

 

「マジかよ、沖田ちゃん。住む所無いのかよ……」

 

「このアホ犬!余計な事を言うんじゃないわよ!」

 

「……はぁ!?」

 

言った後に気付いたと言う顔をしているシロは確実にアホの子だろう。俺も人の事言えないけどさ……でも知り合いが住む所が無いって言うのを聞くと助けてあげたいって思うんだよなあ。

 

【沖田の奴は眼魂に入れてやれば良いじゃろ。食事代は借金返済で苦しいと思うから期待は出来んが……】

 

沖田ちゃんは眼魂で住む所はこっちで用意して上げれるけど、やっぱり食事の問題が大きいなあ……。チビ達も案外食費が嵩むし……

 

【やはりあれだな。部屋数と食事問題は深刻だな】

 

「だよなあ、心眼先生。何かいいアイデアは?」

 

心眼ならば何かいいアイデアがあるかもしれない……そう期待していると心眼は割りとすぐ解決する問題だと俺に告げた。

 

「心眼。それ無理じゃない?美神からは流石にこれ以上貰えないわよ?」

 

【確かに、相場以上貰っていますからねえ】

 

「本当そこは申し訳無いって思ってる」

 

頭数が多いので美神さんが追加で食費を出してくれている。GS助手としての賃金も相場より大目だし……これ以上くれって言うのはかなり厚かましいと思う。

 

【違う、もっとシンプルで、しかも即効性がある解決策だ】

 

マジで?そんな魔法みたいな方法があるのか?と全員で顔を見合わせていると心眼が疲れたように答えを教えてくれた。

 

【横島。お前が作っているシルバーアクセサリー……霊具としての側面もある、琉璃か六道、くえすでもドクターカオスでも良い売りに行け。それなら即金になるぞ】

 

「いやでも知り合いだし」

 

【知り合いだから安く売れるんだ。厄珍に持ち込んでみろ。馬鹿みたいな値段をつけるぞ?それなら琉璃達の方が相場で買い取ってくれる筈だ】

 

色々な形を作る練習をしているから、結構作ったシルバーアクセサリーはある。正直さほど値段は付かないと思うけど……心眼のアドバイス通り、1回琉璃さんに見てもらおうと思う。

 

「……出来たぞ。野菜炒めと味噌汁だ。机の上を片付けろ」

 

「「「はーい」」」

 

シズクの言葉に頷き、俺達は机の上を片付けて食事の準備を手伝い始めたのだが……やっぱりリビングに9人は非常に厳しくて、本当近いうちに引越しをしないと死活問題になると言うのをひしひしと感じるのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

琉璃と共にオカルトGメンに向かい、用意されているマリア7世の来日の打ち合わせの書類を見て眉を顰めた。

 

「これ、何とかならかったんですか?」

 

「なるならしてるよ。僕に出来る範囲では努力してこれだ。申し訳無い」

 

マリア7世の来日と共に持ち込まれる1つの聖遺物――黒い竜の紋章が刻まれた旗。それは私が中世に時間移動したときにマリア姫に預けたジャンヌ・ダルク・オルタの武器であり、その象徴たる聖遺物だった。

 

「やっぱり1枚噛んで来ましたか」

 

「美術的価値に加えて歴史的価値もあるし、なによりも霊具としても一級品だからね。呪われるけど」

 

マリア7世は現代ではヨーロッパで自治区を治めている女性だ。本来ならば周辺の国に合併される様な小さな自治区だけど、ドクターカオスの残した霊力を回復させる泉や、精霊石には劣るが、霊力を圧縮して精製される鉱石の鉱山等を持ち合わせ、侵略行動に抗う用のゴーレムまで用意されている。正直やりすぎ感はあるのだが……それだけマリア姫の事をドクターカオスが思っていたと思うと遠い未来でもマリア姫の子孫が苦しまないように出来る限りの手を打った結果なのだろう。

 

「……これマジ?」

 

「大マジだ。マリア7世が正式な所有者に旗を譲渡すると聞いて、オカルトGメンと国際GS協会の一部の馬鹿が暴走して、美術館に展示されている旗に触れて発狂し、霊力を失った」

 

運び出す前のメンテと言い張り、レプリカの旗にすり替えようとしたオカルトGメンの職員は発狂した上に霊力を失った。

そして国際GS協会の職員は漆黒の炎に包まれて、全身やけどの重傷。うわごとで黒い鎧の女に燃やされたと繰り返し呻いているそうだ。

 

「洒落にならないわね……これ」

 

「やっぱり間違いないですか?」

 

「多分ね、ジャンヌ・オルタだわ」

 

黒い鎧に身を包んだ女を見たと言う発言――それは間違いなくジャンヌ・オルタだと断言出来る。

 

「もう霊力は蓄え終えているって感じかな?」

 

「横島君が近づいたら連鎖召喚されると思うわよ」

 

横島君とジャンヌ・オルタの縁は強い。旗を奪おうとしたら強い怒りを見せた事を考えると、もう半分くらい現界していると見て良いだろう。

 

「令子ちゃん。ジャンヌ・オルタってどんな性格かな?」

 

「くえすを10倍酷くした感じ、プライドと独占欲の権化」

 

「……くえすを酷くした感じってもうこの世の終わりじゃないですか」

 

「うん。でもそうとしか言い様が無いのよね……」

 

くえすと本当に良く似た気質だった。言動は刺々しく、そして敵意に満ちていた。だけど心を許した横島君には相当甘く、自分が消滅する事も覚悟して1度狂神石に飲まれかけた横島君を救い出している……そして横島君本人も慕っているというレベルだ。

 

「実力の方は?」

 

「小手先の技術なら圧倒的な霊力で押し潰す強烈なパワータイプ。でも術系統も優れてて、霊体にダメージを与える黒い炎を駆使する近~中特化のインファイターね。真っ向からぶつかれば小竜姫様も危ういんじゃないかしら?」

 

生半可な結界ならそれごと相手を破壊する。しかも炎を操り、遠距離攻撃も可能とバランスの取れた能力を持っている。少し防御が弱いと思うけど、あのパワーと瞬発力があれば多少の防御の甘さは十分に補える。

 

「私達と敵対する可能性は?」

 

「……正直に言ってあると思うわ」

 

ガープによって属性を反転された英霊だ。普通に考えれば恨みや怨念の塊――それを一時的にでも味方にした横島君のコミュ力の高さには正直脱帽するが、根本的には悪に分類される英霊だ。それこそ、横島君を攫って私達に敵対する可能性はゼロじゃない。

 

「……ちなみに、横島君はマリア7世からの招待状を受け取ってる」

 

なんか海外からの封筒で相談があるって言ってたけどそれかッ!

 

「つまりジャンヌ・オルタの出現は回避出来ない」

 

「そうなるね。うーん……まぁ、日本の馬鹿は政治家達は痛い目を見ると言うことで良いと思うんだけど……問題が大きいな」

 

ジャンヌ・オルタの旗を正式な所有者から買い取ることを考えている馬鹿は正直どうでもいいんだけど、ジャンヌ・オルタが召喚された場合の対処の方が難しい。

 

「これ小竜姫様達にも頼んでおきましょうか?」

 

「それこそ全面戦争になるわよ?横島君に頼みましょう。そんな嫌そうな顔をしないでよ」

 

「してないですけどー?」

 

いやめっちゃしてるから、横島君が好意を抱いている相手に横島君を近づけるの凄い嫌って顔をしてる。ころころ笑うくせに自分の感情を隠すのが上手い琉璃にしては珍しいくらいに感情を剥き出しにしている。

 

「うん、神代会長を見れば納得したよ」

 

「助かるわ」

 

「なんで私で納得したんですか!?」

 

琉璃は不服そうだけど、私と西条さんからすれば納得する要素しかない。あの琉璃の感情を剥きだしにさせて、自分以外の全て死ねという感じだったくえすに不器用ながらに社交性を覚えさせた。

 

「「横島君って凄いなあ……」」

 

「その微笑ましい物を見る目で私を見るのやめてくれませんかねッ!?」

 

「「無理」」

 

私と西条さんには横島君がある意味猛獣使いのように見えてしょうがないのだった……それは耳をほんのりと染めて、声を荒げている琉璃を見て私も西条さんも確信した事なのであった……。

 

 

 

 

~???視点~

 

砕けて周囲に散っていた何かが集まってくる……。

 

それが集まれば集まるほどに不明瞭だった「何か」の意識は強くなる。

 

何かが考えるのは1つだけ……「会いたい」ただそれだけ……。

 

ずっとずっと昔に感じた暖かさにもう1度触れたい。

 

絶対に己を否定することも拒絶する事も無い相手にまた会いたい……。

 

それはきっと恋と呼ぶには歪で……。

 

愛と呼ぶには歪んでいた……。

 

それでも会いたいと願ってしまえば……。

 

間違っていると判っていても……。

 

自分が思うことが許されないことだと判っていても……。

 

その思いを会いたいと思う心を止めることは出来ないのだ……。

 

例えそれが仮初の肉体に与えられた偽りの感情であっても……。

 

例えそれが死者が決して抱いてはならない想いであったとしても……。

 

芽生えた誰かを愛おしいと思ったその心は決して間違いではないのだから……。

 

「マリア様。また参られていたのですか?」

 

「ええ、また泣いているような気がしたんです……」

 

月明かりに照らされた古めかしい城の一室――その中にガラスケースに入れられて保管されている1本の旗……。中世からずっと保管されているのにも関わらず、作れたばかりのような状態を維持しているその旗は満月の夜の度に振るう物もいないのに、風も吹かないのに独りでにその旗を揺らし、ガラスケースの中から出せ、出せと言わんばかりに何度も何度もガラスケースの中ではためいていた。

 

「私には判るんです。会いたくて会いたくて、今すぐにでもこのガラスケースからこの旗は外に出たいのですわ」

 

「マリア様が仰られるのならきっとそうなのですね……」

 

「だから早く連れて行ってあげましょう。それがこの旗の持ち主が何よりも望んでいる事ですから……大丈夫ですよ。すぐに会わせてあげます、だからもう少しだけ待っていてくださいね」

 

物言わぬ旗をガラスケースごしにマリア7世は手を伸ばす。そして幼子に言い聞かせるように語りかけると独りでに動いていた旗はその動きを止める。だがガラスケースの外部には黒い炎が燻っていた……それは約束を破ったら許さないと言わんばかりにマリア7世の回りを脅すように揺らめき続けていたのだが、マリア7世の顔から穏やかな笑みが消えることは無く、大丈夫と告げるとその炎は何事も無いように消え去った。

 

「マリア様、大丈夫ですか!?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。爺や、それよりも日本に向かう準備は整いましたか?」

 

「はい、今週末には出発できます」

 

今週末には出発できると言う執事からの言葉を聞いてマリア7世は安心したと言わんばかりに微笑み、漆黒の竜が描かれた旗に背を向けてその場を後にするのだった……。

 

 

 

リポート1 横島家の新しい日常 その2へ続く

 




今回はレクス・ろーの独白を入れてみましたがややポエミーとなってしまいましたね。ウォズ感を出す為の物でありええ?って思うかもしれませんが、温かい目で見てください。私の中でのウォズはオサレ属性なんです……多分きっと某死神漫画に影響を受けていると思いますが、突っ込みはスルーでお願いします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート1 横島家の新しい日常 その2

 

 

~愛子視点~

 

横島君やピート君達が通う高校は紛れも無く普通の学校だった。少なくとも私の記憶ではそうだった……確かに普通の学校の幽霊とかはいたが、それでもごく一般的な学校だったのは間違いない。だけどそれは先月までの話だった。

 

「オリオン、はよー」

 

「今日も熊してるな!」

 

「おう、元気そうだな。ガキ共ッ!と言うか熊してるってなんだよ?」

 

さも当然のように熊のぬいぐるみに声を掛ける男子生徒。しかし話しかけているのはくまのぬいぐるみではなく、れっきとした英霊であり、アルテミスさんの影響を受けているオリオン座になった狩人だと言うのだから驚きだ。手先の器用な生徒が用意したミニチュアハウスで暮らしているのだが、当然前の世界にあんな存在はいなかった。

 

「アルテミス様。おはよー」

 

「おはようございます。アルテミス様」

 

「はぁーい、おはよう。今日も元気そうね、また面白い話が合ったら聞かせてね」

 

教室のロッカーの上に腰掛けている女神アルテミスさんなんて絶対にいなかった。一体何故、何がどうなってこうなったのかが不思議でしょうがない。

 

(……それは私もなんだけどなあ……)

 

机の上から離れる事は出来たのは良いけど、アルテミスさんの巫女にされて霊力とか神通力が上昇しているのは本当にどうすれば良いのだろうか……。少なくとも並のGSよりかは霊力が増えたのは認めるけど、机妖怪――いや、今は机巫女?アルテミスさんの巫女?……正直良く判ってないけど、神魔の末席に近い存在になっているのはどうすればいいのか本当に判らない。

 

「愛子さん。おはようですジャー」

 

「はい、おはよう。今日も元気そうね」

 

「はっはっは、大分体力が付いてきたと思うですじゃ」

 

「おはようございます、愛子さん」

 

「愛子、おはよー」

 

「おはよう」

 

教室に入ってきたタイガー君に続いてピート君とシルフィーちゃんも登校して来て挨拶をかわす。

 

「そうそう、昨日横島君を見たから今日は学校に来ると思うよ」

 

「え?本当?元気そうだった?」

 

最近姿を見ていなかった横島君は元気だった?と尋ねるとシルフィーちゃんはなんとも言えない顔をした。

 

「神魔の女の子と、鬼の女の子と一緒だったかな?」

 

「……何があったの?」

 

チビちゃん達を連れているのは良く見るけど、何故神魔と鬼の少女と一緒だったんだろうか?

 

「まぁ、いつもの横島さんじゃないけん?」

 

「それで納得するのはどうかと思うんだけどその通りかもね」

 

横島君と言えば人外と少女みたいな所がある。煩悩が控えめになったら子煩悩がました……本当に横島君って両極端なのよねと笑いあっていると教室の扉が開いた。

 

「おはよー」

 

「おう、横島久しぶりだな」

 

「1ヶ月ぶりくらいじゃない?もうちょっと学校に来なさいよ」

 

久しぶりに見る横島君にクラスメイトが次々と声を掛けるのだが、私はその場から動けなかった。久しぶりに見た横島君になんと声を掛ければいいのか判らなかったとか、そういう話ではない。

 

(なに……この感じ)

 

柔らかい笑みを浮かべた何時も通りの横島君だ……それなのに足の竦むような恐怖を感じる。妙な息苦しさを感じた時、私の目の前に白いドレスの裾が入り込んだ。その時だった、全身を縛り付けるような恐怖も息苦しさも一瞬で消え去っていた。

 

「おう、横島。おはようー」

 

「おはよう。横島」

 

「オリオンもアルテミス様もおはようございます」

 

オリオンとアルテミスさんが私の前に立ち、横島君に声を掛けている。柔らかく微笑んでいるのだけど、その目は剣呑な光を宿していて……横島君が姿を見せない間に何か、とんでもないことが起きたのだと私が悟るのにそう時間は掛からないのだった……。

 

 

 

 

~ピート視点~

 

昨日横島さんが久しぶりに教会にやってきたのを見て、僕は正直安堵していた。京都でまたトラブルに巻き込まれたと言う話を聞いていたので、5体満足で元気そうしているのを見て本当に良かったと思う。ただ……1つ気になっている事があるとすれば……。チビ達の他に連れていた2人の少女の事だろう。

 

(あの鬼と神魔の子供は一体?)

 

さも当然のようにおんぶしていたのと手を繋いでたのは驚きはした。だけど、横島さんの何時も通りかと思えば何の問題もないように感じた。京都土産だと言って僕達に生八橋などの京都のお菓子をお土産に持ってきてくれたし、何時も通りの横島さんだと僕もシルフィーも感じていた。

 

『ピート君。明日学校にもし横島君が来たら様子を良く見ておいてくれるかい?』

 

『友達だからという考えは捨て、除霊の様子見のつもりで横島をよく見ておけ、ピエトロ、シルフェニア』

 

唐巣先生と父さんに言われた言葉をその時は全然理解出来なかった。だけど、翌日学校で横島さんに会った時。その言葉の意味を僕は理解した。

 

(2人の言っていた事はこう言う事だったのか……)

 

横島さん自体は全くの自然体だ。何時も通り、チビとうりぼーをつれて朗らかに笑いながら皆にお土産を配っている。

 

「タイガー、これ。エミさんとお前の分な?」

 

「おお、これはありがとうですじゃー」

 

タイガーさんは普通に対応している所を見ると何も感じていないのだろう。僕とシルフィー、そして愛子さんだけが気付いた奇妙な違和感……それは魔力の存在だと思う。横島さんの霊力には元々魔力が混じっていましたが……その密度が信じられないほどに上がってる。

 

「……」

 

「シルフィーちゃん?どうかした?」

 

「……」

 

ぼーっとした様子で横島さんに歩みを進めるシルフィーの肩を掴んで止めた。

 

「え、あ……兄さん?」

 

完全にシルフィーが惹きこまれ掛けていた。それほどまでの濃密な魔力だ……昨日は教会だったから気付かなかったけど、これは正直良い傾向とは言えないと思う。

 

「寝不足か?大丈夫?」

 

「う、うん。そうかもね、ありがとね、心配させちゃって」

 

シルフィーが誤魔化すように笑うが、横島さんはその顔を見て怪訝そうな顔をしている。

 

「調子悪いなら無理しないほうがいいぞ?」

 

いつもの優しい横島さんなだけに、どうして魔力がここまで深く横島さんに根付いているのか……教会に帰るまでの間、僕はそれがどうしても気になってしまい、今日の授業の内容は殆ど頭の中に入って来なかった。

 

「父さんと唐巣先生の気をつけろと言う意味が判りました。横島さんの霊力にかなり魔力が混じっていました」

 

「そうか……実は昼間に神代琉璃に聞いたのだが……横島は平安時代で狂神石の力に飲み込まれたらしいのだ」

 

父さんの口から出た言葉を最初僕は理解出来なかった。少し時間を掛け、言われた言葉を理解した時――僕の声は震えていた。

 

「よ、横島さんは人間ですよ?何故狂神石に影響を……」

 

「神代会長が言うには変身していた時の影響だそうだ」

 

唐巣先生に言われなくても、僕にはわかっていた。変身していれば横島さんの状況は霊体に近い――英霊や神魔に影響を与える狂神石に影響を受けるのは当然というのは判っていたのだ。でもそれでも、違うと言って欲しいからこそそう口にしていたのだ。

 

「すいません」

 

「いや、良いよ。君達が抱えるには大きすぎる……勿論横島君にもね。シルフィー君は?」

 

「寝てます。調子が悪いみたいで」

 

「違う。シルフェニアは惹かれているのだ、横島もまたな……」

 

「どういうことですか?」

 

シルフィーが惹かれていると言うのは判っていた、だが横島さんもまたと言われどういう意味かと問いかけると父さんは机の上に1枚のチラシを置いた。

 

「これってマリア7世の……」

 

「そうだ。そして来日目的は竜の魔女の旗を正式な持ち主に引き渡す事――つまり横島の事だ。そしてこれは英霊の触媒でもある」

 

「……そんな英霊いましたか?」

 

竜の魔女の旗――旗が象徴の英霊というとジャンヌ・ダルクが真っ先に思い浮かぶが、チラシに写っている旗は禍々しくとてもジャンヌダルクの旗には見えなかった。

 

「ジャンヌ・ダルク・オルタ。ガープが召喚し、存在を歪めた英霊。それと横島君はかなり強い縁で結ばれているらしい、それが日本に近づいているから横島君も影響を受けていると見て良いだろう」

 

「……それは大丈夫なんですか?」

 

「判らん。だからこれからカオスの元へ向かう。お前も来い、マリア7世の来日……それを切っ掛けに大きく動くぞ。出来うる限りの対策をとる」

 

父さんと唐巣先生の言う事は判る。だけど……何故毎回横島さんばかりがすべての事件の中心にいるのか……それを知る必要があるのではと感じていた。

 

(何故今まで僕はそれを疑問に思わなかった)

 

偶然などでは片付けられない何かが横島さんにはある。父さんも唐巣先生もそれを口にしないのは何故なのか?そして何故僕は今までそれをおかしいと思わなかったのか……背筋が冷たくなるものを感じながらも僕は唐巣先生と父さんの後を追って歩き出したが……1度芽生えた疑問の種は僕の胸の中から消えることが無いのだった……。

 

 

 

 

~高城視点~

 

横島を守るように命じられてから魔界や天界の情勢に正直疎い。ブリュンヒルデやメドーサ、そしてルキフグスが教えてくれるが、ルイ様に意図的に情報封鎖をされているらしく、部下からの連絡は無し。横島の事を知りたければ、横島の家に訪ねていくか、散歩で遭遇するしかないという徹底振りだ。

 

(ルイ様らしいといえばルイ様らしいのだが……)

 

私が右往左往しているのを見て楽しまれているのは判る。ルイ様にとっては自分以外の全ては玩具――それは部下であっても変わらない。

 

「あれ?高城さん。どうかした?」

 

「ん、いや。ちょっと散歩にな」

 

横島の様子を見るためにふらりと立ち寄った横島の家の前で横島と鉢合わせたのだが、その姿を見て私は眉を細めた。

 

(なんだ。何があった?)

 

666の女帝が横島に執心している事から横島に魔人の適正があることは判っていた。だがそれは微々たる物で、横島という器の中に霊力6・竜気2・魔力1・神通力1という割合だった。京都に行く前に確認していたからそれは間違いないのだが、今目の前にいる横島は人間の証である霊力が減退し、竜気も弱まり、魔力が随分と活性化しているように見える。

 

「ゴミでもついてる?」

 

「肩に葉っぱが付いているぞ?」

 

え?マジ?と言って肩に乗っている葉を振り払う横島の姿を見ていると、横島の家の庭に見慣れない2人がいるのに気が付いた。

 

「……なんだ?凄い気配を感じる」

 

「びりびりするぅ……」

 

子鬼……ではないな。この感じだと上級の鬼だ……それこそ中級神魔に匹敵するレベルだな。もう1人の導師服のチビは……随分とちぐはぐだな。

 

「ああ、茨木童子と紫ちゃんって言うんだ。京都で会ってそのままつれて来たんだ。2人とも、高城さんって言うんだ。ご挨拶」

 

横島がそう声を掛けると2人は一応と言う感じで手を振りかえして来る。それを見て小さく手を振り、踵を返す。

 

「あれ?帰っちゃうの?お茶でも飲んで行きません?」

 

「……いや、買い物も残っているし、用事もある。また今度ゆっくり出来る時にでも来よう」

 

本当ならお茶でもしてから帰ろうと思っていたが、それ所ではなかった。横島の様子がおかしいからと言う訳ではない、横島の魔力が強まっているからではない。

 

「……なんだこれは」

 

自分でも上手く理解出来ないどす黒いなにかが胸の中に逆巻いていた。判らない、こんな感情は私は知らない……あのまま横島の家にいたらそのどす黒い感情に任せて暴れてしまいそうだった。

 

「……嫉妬したのか、私が……」

 

横島の家で当然のように暮らしている2人に嫉妬したのか?ありえない……そう思って首を振ろうとしたが、それを否定できる材料が私の中にはなかった……。

 

「私は……」

 

そこから先の言葉は私の口から発せられる事はなかった。それ以上の言葉を発してしまえば、高城雅という存在が崩れて壊れてしまうような気がしたからだ。嫉妬だけならばいい、だが■■は駄目だ。それは神魔として、ベルゼブルとしての私を壊してしまう。

 

「……はぁ」

 

こんな事ならば自分の紛い物の討伐に何て行かなければ良かった。そうすればこんな感情を知らずに済んだのに……私は足元に落ちている石を八つ当たりで蹴り飛ばし、逃げるように横島の家の前から歩き去った。

 

「散歩の時間だよね!」

 

「そうか!では鯛焼きだな!」

 

「散歩=おやつではないでござるよ?」

 

「あんまり食べるとシズクに怒られるわよ?茨木」

 

「む、むうう……」

 

「はは、そうだな。じゃあ鯛焼きはまた今度にして、今日は普通に散歩にしよう」

 

背後から聞こえて来る楽しそうな声が余計に私の神経を逆撫でした。私がこんなにも悩んでいるのに、何故お前はそんなにも普通に過ごしているんだと罵ってやりたいのをぐっと堪えて、横島の家の向かうときは軽やかだった足が、やけに重いと思うのだった……。

 

 

 

~ドクターカオス視点~

 

東京の霊脈の上に特設された博物館を見てワシは税金の無駄遣いと思わず心の中で呟いた。

 

「どうですか!ドクターカオス。この素晴らしい博物館は!」

 

「ま、見た目は最高じゃな。霊的防御も悪くない」

 

霊脈を利用しての霊的防御は非常に強固だ。それに加えて装飾にも拘っているのが良く判る――用意されている英霊の触媒なりえる観覧物さえなければ正直賞賛しても言いと思えるレベルだ。

 

「ありがとうございます!ドクターカオスにそう言って貰えれば私共も安心出来ます。では……」

 

「悪いが、ワシもワシの準備がある。これ以上は無駄話をしている時間はない、お前の話はゆっくり出来る時にでも聞きに行くよ」

 

気を良くしていた政府からの案内役の男にぴしゃりというと男はハンカチを取り出して、汗を拭った。

 

「流石と言う所でしょうか?」

 

「ふん。ワシはただの爺じゃよ。ほれ、はよう案内せい」

 

ワシの霊力に当てられ青い顔をしている案内役にせっついて、マリアとテレサと共に取り分け豪奢なデザインの一室に足を踏み入れた。

 

「お主ら、馬鹿な事は考えんほうがいいぞ?」

 

「……な、何のことでしょうか?」

 

「竜の魔女の旗を金を積んで譲ってもらおうと考えておるようじゃが……そんな事をすれば東京が消し飛ぶぞ」

 

見た目は豪華な作りだが、あちこちに仕掛けが施されているのが良く判る。マリア7世の言う真の所有者を閉じ込めて、金による交渉を企んでいるのは明らかだったが、それは取らぬ狸の皮算用と言わざるを得ない。

 

「……しかしですね」

 

「旗の所有者は英霊じゃ。それから奪えると思っておるのか?」

 

ワシの言葉に案内人は息を呑んだ。GSに関わっていれば英霊がどんな存在かなんて誰もが知っている。

 

「霊脈の上、それに展示物。全部マリア7世の指示じゃな?」

 

「……はい、その通りです。まさか」

 

「全部英霊召喚の魔法陣じゃよ」

 

ひっと引き攣った声を出す案内人だが、ワシは博物館に入った瞬間からそれを理解していた。

 

「……やはり手を引くべきですか?」

 

「当たり前じゃろ。まぁ、お主は不運すぎるからワシが一筆書いてやる」

 

お願いしますと頭を下げて展示物の無い部屋にワシとマリアとテレサだけが残される。

 

「ドクターカオス。魔法陣をずらせば……」

 

「出来んな。核の物はそう簡単に動かせる代物ではない、一杯食わされたわ。流石マリア姫の子孫だけある」

 

新しく作らせた博物館もマリア7世が出資したのだろう。最初から最後まで英霊召喚のためだけに通路から展示物が用意されている。

 

「大丈夫なのそれ?」

 

「まぁ大丈夫だとは思うんじゃが……現れる相手が心配じゃなあ」

 

現れるのは間違いなく黒き聖女――正直あの娘が現れたらどうなるか想像するだけでも怖いが、ここまでお膳たてされていてはここから邪魔をするのも不可能だ。

 

「ドクターカオスも大変なのでは?」

 

「そうそう、マリア7世からの手紙凄いじゃん」

 

毎日5通は届くマリア7世からの手紙。何を見たとかそういう感じの物で、帰って来いという内容の手紙では無いが毎日何通も来れば流石に恐怖してくる。時差も計算しているのがまた怖い所だ……。

 

「それはおいおい何とかするとしよう。まずはこの召喚陣を補強する」

 

「「はいッ!」」

 

マリアとテレサの元気の良い返事を聞きながら召喚陣の補強を始める。知らないで作られている召喚陣は少し不安定で、補強を加えないと安定して召喚も出来ないかもしれない。そうなると余計に暴走の危険性を高めることになるだろう……それはなんとしても避けなければならない。

 

(まぁ安定したら安定したで問題はあるんじゃがな)

 

テレサとマリアの恋敵が増えるのは間違いない。しかし不安定な状態での召喚は東京も危ない上に、小僧にも強い精神的な負荷を掛けることにもなりかねない――それらを加味した上で召喚陣の補強に踏み切ったが、これが吉と出るか凶と出るか……それはワシを含めて今は誰にも判らないのだった……。ただ1つ判っている事があるとすればマリア7世の来日がすべてにおいて、大きな転換期となると言う事だけなのだった……。

 

 

 

リポート1 横島家の新しい日常 その3へ続く

 

 




次回は蛍や沖田達を絡めてほのぼの風味の話で書いて行こうと思います。今回はシリアスタッチの横島の回りの話でしたからね、次回は違う感じで話を進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート1 横島家の新しい日常 その3

 

~蛍視点~

 

「おっさんぽ~♪おっさんぽ~」

 

調子はずれの歌を歌いながら歩いている揚羽と手を繋いで歩きながら私は横島の家へと向かっていた。平安時代での戦いでお父さんは正式にガープ達に協力する事を約束した。活動拠点こそ違えど、ガープやアスモデウスと連絡する事は多く、以前のような和やかな暮らしというのはやはり難しくなってしまった。私と蓮華はまだ良いけれど、記憶が無く、幼い幼女の揚羽にはその環境はやはりストレスになっていた。その事を考えて、私は揚羽を横島の所に連れて行く事にしたのだ。

 

「横島ー。遊びに来たわよ」

 

「いらっしゃい、蛍。お、揚羽ちゃんもか、いらっしゃい」

 

縁側から顔を見せた横島を見て揚羽の顔が輝き、満面の笑みを浮かべて横島に向かってジャンプする。

 

「よこちまー♪」

 

「はっはッ! 揚羽ちゃんは元気だな」

 

揚羽を抱きとめて、そのまま回転する横島に揚羽がきゃっきゃっと楽しそうな笑い声を上げる。こういう子供の扱いって横島っ手凄い手馴れてるわよね。

 

「蛍ちゃーん♪」

 

横島に抱きかかえられ後満悦という様子の揚羽を見ながら合鍵で玄関を開けて家の中に入る。

 

「はい、これ。お土産」

 

「……肉か、ありがとう」

 

「ううん、気にしないで、食費って結構今大変でしょ?」

 

「……まぁな」

 

基本は眼魂から出てこないけど金時もいるし、茨木童子に紫ちゃんと一気に3人も増えたのだ。横島の家の家計簿は火の車だと思い、お土産で牛バラと豚バラを買って来たけど、やっぱり買ってきて正解だったみたいだ。

 

「誰ですか?」

 

「紫だよ!こっちはイバラギン」

 

「変な渾名をつけるな、紫」

 

縁側に靴を脱いでリビングに入ってきた揚羽が紫ちゃんと茨木童子を見てその目を輝かせる。

 

「あそぼー♪」

 

「良いですよ。遊びましょう!」

 

自分と同年齢に見える幼女を見て紫ちゃんと一緒にはしゃいで楽しそうな声を上げる揚羽。

 

「茨木ちゃん、ちょっと様子を見ていてくれる?」

 

「全くしょうがないな、吾がいないと駄目というのなら聞いてやらんことも無い!」

 

「うん、茨木ちゃんじゃないと駄目なんだ」

 

横島に煽てられ、そこに茨木童子もINした。偉そうにしているけど、基本的に揚羽達と大差ないのよね……。

 

「みっむーみみー♪」

 

「ぷぎゅー♪」

 

【ノーブウー♪】

 

そして更にチビ達も加わって横島の家の小さな庭でボールで遊び始める。その光景自体は凄く可愛いし、見ていて凄く和むんだけど……。

 

(GSとしては駄目よね、和んだら)

 

小悪魔、神獣、精霊、鬼、人造神魔、幼女っが一緒に戯れてるって考えなくても凄い光景なんだと思う。

 

「これさ、蛍も一緒に行かない?」

 

 

「え?何?」

 

どこかに行かないかと言われて、デートのお誘いかと一瞬思ったんだけど、机の上のカラフルな便箋を見て思わず顔が引き攣った。

 

「どうかした?博物館とか嫌い?」

 

「ううん、そういうじゃないわよ?」

 

机の上にあったのはマリア7世が持ってきた旗を展示するという博物館のチケット――美神さん達が必死になって動いているのを知っていると、そのチケットが地獄行きのチケットのように思えるから不思議だ。

 

「タマモとシロはこういうの好きじゃないって言うし、シズクはめんどくさいって言うからさ。無理だったら良いけど」

 

「ううん、行くわ。一緒に行きましょう」

 

横島が行く事でほぼ確実にジャンヌオルタは現れる。なんでも昨日博物館を見に行ったドクターカオスが言うには博物館全体魔法陣だったらしい、そんな所に横島が行けば確実に召喚陣は起動してしまうだろう。そうなるとジャンヌ・オルタが何をしでかすかわからないので抑止力はやっぱり必要だと思う。勿論横島が博物館に行く時は周りに美神さん達もいるから最悪の事態にはならないと思うけど、やっぱり1人は一緒にいたほうが良いだろう。と言うか私が断るとくえすを誘いそうだから、それだけは絶対に阻止したいって言うのが本音だった。

 

「俺博物館とか初めてでさあ、めちゃくちゃ楽しみなんだよな」

 

【貴重な霊具とかも展示しているそうだ。良くみて勉強するといい】

 

心眼に伝えたいけど、心眼に伝えると確実に横島にも知られてしまうので話す事も出来ないし……でもまぁ、凄く楽しそうにしている横島を見えるから、それでトントンかなと思うことにした。

 

「どんなのがあるのか楽しみだなあ~」

 

はじける笑顔の横島を見るだけで大概の事は気にしなくなってしまうのもあれだけど、ジャンヌ・オルタの最後の瞬間を思い出すとどうしても憎めないし、美神さん達が危惧するような最悪な展開にはならないだろうと私も楽観的に考えていたのだが、それが間違いだと悟るのはそう遠くない日の事なのだった。

 

 

 

 

~沖田視点~

 

 

あちこちから頼まれる除霊の助っ人を終えて東京に戻った私はすぐに横島君の家に足を向けた。

 

【横島君、お土産ですよ!!】

 

縁側に座り幼女を膝の上に乗せている横島君にお土産の袋を見せながら、私は早足で横島君の所に向かうのだった。

 

「紫だよ。よろしくね!」

 

【これは丁寧にどうも、沖田総司です】

 

中華系の導師服の少女が笑顔で自己紹介してくれるので挨拶をかわしながらお土産の袋を横島君に渡す。

 

「もみじ饅頭だ」

 

【ええ、広島の有名なお店で買って来たんですよ!】

 

「おやつ?」

 

「なんだ?菓子か?吾もくれ」

 

……なんか鬼まで住み着いている。一体横島君は京都に行っている間に何をしていたんだろう?と本当に心配になったが、突然尋ねてきても嫌な顔をせずに迎えて入れてくれる優しい横島君なので、きっとその関係なのだろうと思い詳しく尋ねる事はなかった。

 

「……茶を淹れるから少し待ってろ」

 

【いやあ、すいませんね、何かお手伝いしましょうか?】

 

「……土産を持ってきてくれたんだ。気にせず座ってろ」

 

口は悪いけどシズクさんも良い人だ。いや、神様ですから人って言うのはおかしいんですけど、良い人なのは間違いない。

 

「お、沖田殿!久しぶりでござるな!!」

 

【沖田殿。元気そうで何より】

 

【牛若丸さんにシロちゃんも元気そうですね。また今度一緒に稽古をしましょう】

 

鍛錬に行っていたシロちゃん達も帰ってきて、一気に横島君の家が騒がしくなるのだが、その騒がしさが何かとても心を安らかにしてくれる。

 

「あれ?沖田じゃない。何?また横島の家に直行してきたの?」

 

【ええ、他に行く所もないですしね】

 

幽霊だからマンションを借りたりするのもおかしい物ですし、助っ人をした事務所で寝泊りする事もある。

 

「眼魂持ってく?中快適ってノッブちゃんとか言ってるけど?」

 

【いえ、それは横島君が持っていてください】

 

眼魂があればどこでも快適に過ごせるし、霊力の回復も早まるけどあれは横島君に持っていて欲しいのだ。

 

【駄目じゃって、眼魂があれば横島の家に合法的に訪ねる理由が出来るんじゃから受け取る訳ないじゃろ?あぶねえっ!?】

 

【なんで……なんでそういう事を言うんですかねえッ!!!】

 

よりにもよって横島君の目の前で知られてはいけないことを暴露してくれたノッブを私は刀を抜いて追い回す。

 

「あのお姉ちゃんどうしたの?」

 

「さぁ?別に俺は尋ねて来てくれるのはぜんぜん気にしないんだけどなあ」

 

「美味い!この菓子美味いな!!」

 

横島君はぜんぜん気にしていない様子なのが逆に凄くつらい上に、居た堪れない気持ちになる。

 

【シャアッ!!】

 

【死ぬわッ!?】

 

これもあれも全部ノッブが悪いので刀を振るい続ける。するすると逃げ続けるノッブに苛立ちばかりが募ったその時。

 

【げぼああッ!?】

 

ノッブに制裁を加える前に私の体が限界を向かえて、私は吐血しながら顔面から倒れ込んだ。

 

【たす……ほわああッ!?】

 

へたり込んでいるノッブの最後の意地で刀を投げつけたが、命中せず私はその場で完全に動けなくなった。

 

「大丈夫?ちょっとごめんな」

 

【けふ……こちらこそ申し訳ありません】

 

横島君に抱えられて縁側に運ばれ、折り畳まれた座布団の上に頭を預けて横になる。

 

「顔に砂ついてるな、ノッブちゃんも人が嫌がることを言ったら駄目だぞー」

 

【いやな、お前が関係してるんじゃよ?】

 

「俺?俺なんか関係ないだろ、責任転嫁良くない」

 

ノッブを注意しながら横島君が私の顔に付いた砂や草をハンカチで綺麗に拭ってくれる。

 

【やっぱり横島君は私のお父さんになってくれる少年でしたね】

 

「相変わらず訳のわからない事を言っているでござるな」

 

【まぁあれが平常運転みたいな所もありますからね】

 

「血吐いたけど?大丈夫?」

 

「なんじゃ、こいつ呪われてるのか?」

 

横島君の優しさにときめいている間もなく、一気に騒がしくなったんですけど、この騒がしさがなんか凄く心地よく感じて、横島君が帰ってきたなあと実感するのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

先日横島がふらりとやって来て買い取って欲しいと言っていた5つのシルバーアクセサリーを見て、私は思わず満足げに笑ってしまった。

 

「これで10万とは安い物ですわね、やれやれ、もう少し強欲でも良いんですけどね」

 

横島の作るシルバーアクサせりーはどれも質がいい。しかも横島の家の様々な力が練りこまれているので魔法の触媒や、魔法道具の作成にも非常に融通が利く。私は最初それを見て100万を提示したのですが、横島は多すぎると言って1万で良いと言ったが、それでは私は納得する訳も無く、押し問答の末10万円で買い取ったのだ。残りの90万は美神に渡し、横島への食費にするように言っておいたので、回りくどい方法だが100万が横島の家に行ったのでこれで暫くは安泰だろうと思う。

 

「……ここまでの逸品となると手を加えるのが惜しくなりますわね」

 

片眼鏡を外して、手袋越しにシルバーアクセサリーを持ち上げる。三日月状のペンダントトップ、実に私好みのデザインだ。黄昏の月なんて呼ばれた事もあったが、それは私が月型のアクセサリーを好む傾向があったからだ。

 

「……緊急時の障壁、自動反撃……何を仕込みますかね」

 

ずっと身に付けているのならば緊急時に発動する術式がもっとも相応しい、障壁なんかは守られている感覚がして良いのではないか?と考え三日月のアクセサリーに術式を刻み、それが定着するのを待ちながら紅茶を口にする。

 

「楽しみが出来ましたわね」

 

魔道書を買いあさり翻訳するのも楽しいが、何よりもこうして横島が作ったシルバーアクセサリーを眺めながら、どんな術式を刻むのが相応しいかと考えるのもまた楽しい。

 

「……でもまぁ。ちょっとはこれじゃないって感じはありますけれどね」

 

どうせなら贈り物として貰えたらもっと心が踊っただろう。だがまぁ困っている横島を助けると思えば、それも決して苦ではない。

 

「……そう言えばそろそろですわね」

 

マリア7世の来日と黒い魔女の旗が日本に来る日が近い。確かそれの護衛でめぐみもこっちに来ると言っていたのを思い出し、シルバーアクセサリーを丁寧に箱の中に戻し私は顔を上げた。

 

「竜の魔女……ですか」

 

報告書を見ただけだったが、随分と横島が心を許していたらしい。しかもそれが暴走しかけている自分を正気に戻し、自分を庇って死んだとなれば横島も正直気を裂くのも当然の事だった。だけどだ……。

 

「腹立たしいですわね」

 

英霊は所詮死人である。生きている横島の心を大きく埋めると言う事が私には許せなかった。信長や牛若丸は良いだろう、横島を守ろうとしている。それならば死人なら死人らしく、死ぬ事の無い身体で横島を守ってくれればそれでいい。だがそこに恋愛感情が混じってくれば話は別だ。

 

「所詮は写し身、何を思い、生者に思いを寄せるのが許されると思っているのか」

 

死者は死者、生者は生者という明確な線引きが必要だ。正直に言えば、横島が気を許しているがあの沖田だって私は正直気に食わない。紛い物如きが何故愛を語ると言いたくなる。そして分不相応にも死者でありながら生者の横島に思いを寄せると言うのならば……。

 

「己のあり方くらいは弁えさせなければなりませんわね」

 

どの道私にも応援の声が掛けられているのだ。己の身の弁え方というものを教えてやるのも重要な事だ。

 

「ふん、所詮は英霊崩れ、恐れるに足りませんわ」

 

ジャンヌダルクの紛い物。そんな者が横島に近寄ろうとすること自体がおこがましい事だ、それを霊核にきっちりと刻んでやろう。私はそんなことを考えながらマリア7世の来日を待つ事にするのだった……だがそれが私の予想を超える展開となる事と今の私は知る良しも無いのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その1へ続く

 

 




今回はくえすにフラグを作ってもらいました。くえすとジャンヌオルタは絶対激突しますからね、性格的に。その為のフラグですね、次回はセカンドから待っていて貰った竜の魔女リターンズで行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート2 竜の魔女リターンズ
その1


リポート2 竜の魔女リターンズ その1

 

~シロ視点~

 

せんせーの家で暮らすになってから拙者が思うのはせんせーの性格変わりすぎだなあと思うことだった。別にそれが嫌って訳ではない、遊んでくれるし、散歩も行ってくれる。それに修行にも熱心で前よりもずっとせんせーとして尊敬出来る。

 

「なんかせんせーが可愛いでござるな」

 

「……頭どこか打った?急に何言ってるのよ」

 

思わず零れた独り言にタマモがへんな物を見るような視線を向けてくる。だけど、今目の前の光景を見ると可愛いと言う感想しか出てこないと思う。

 

「ぷぎゅるー」

 

【のー……】

 

「すーすー」

 

「……ふご」

 

うりぼーに埋もれ、心眼をアイマスク代わりにして、茨木童子とチビノブに左右を挟まれ、そして頭の上にチビを乗せて昼寝をしているせんせーは無防備で、そして無邪気な感じがして可愛いと思う。タマモもじっと見つめ、少し考え込む素振りを見せる。

 

「なんで私達があーだこーだ考えている中で、こいつは昼寝なんか出来るのかしら?」

 

「いやいや、その感想はおかしいでござる。そもそも、せんせーに説明してなければそうでござろう?」

 

せんせーは知らないのだ。美神殿達がジャンヌダルク・オルタを警戒しているという事を、最悪の場合はそのまま除霊する事も考えていると言う事を知らない。だから悩むことも無く、こうしていつものように昼寝が出来ている。教えないと言うのは優しさと思えばいいのか、それとも除け者にしているのか……そこは拙者には判断が付かなかった。

 

「……横島は普通に旗を見に行くつもりなだけだからな」

 

【やっぱさぁ?説明した方がいいんじゃね?】

 

【でもそれだと、主殿の反感を買いますよ】

 

拙者はそのジャンヌ・オルタ殿の事は全然知らない。いや、きっとこの場にいる全員がジャンヌ・オルタ殿の事を詳しくなんて知らないのだ。1番知っているであろう心眼から告げられた情報も決して多くはない。

 

1つガープに召喚された反転英霊であるということ。

 

1つせんせー達と1度敵対した上にせんせーを拉致した。

 

1つせんせーに絆されたガープに反逆した。

 

そして最後に憎悪に飲まれかけたせんせーを元に戻し、それと引き換えに消滅した女性であると言うことだ。

 

「拙者は悪い人ではないと思うでござるよ」

 

【私もですね。主殿を助けてくれたのだから、信用は出来ると思います。信頼出来るかどうかは別ですが】

 

拙者と牛若丸殿の意見は1度せんせーと戦い、拉致したとしてもそれでもせんせーを助けてくれたのだから信用は出来るという物だ。

 

「私は違うけどね。反転英霊でしょ?元が聖女って言われるほどの存在なんだから反転したら悪党でしょうに」

 

「……英霊は完全に消滅すればその記憶を失う。縁で再召喚されても横島の知るオルタではないだろう」

 

タマモとシズク殿の意見は反転存在であるから危険という物と、消滅した英霊だからその記憶はないよって完全に別人だというもの。

 

「ノッブ殿の意見は?」

 

【ん?ワシ?興味ナイネッ!!】

 

興味が無いと言い切ったノッブ殿は煎餅の包みを開けて、それを齧りながら呆気からんに笑った。

 

【人狼、九尾の狐、邪龍、英霊、悪魔、神獣に鬼じゃろ?そんなのを集めて平然と笑って暮らしてる横島が一緒にいたいって言うならそうじゃろうし、敵だと言うなら敵じゃろうし、下手な考え休むに似たりって知ってる?】

 

……確かに拙者達が何をどう心配しても、せんせーがこれだ!って決めてしまったらそれは絶対に覆らない。1番せんせーの性格を理解しているのは実はノッブ殿だったかもしれない。

 

「とーう!お兄さん!遊びに来たよッ!!」

 

「ふぐっふうッ!?」

 

隙間から飛び出してきた紫のフライディングボデイアタックで起されたせんせーの呻き声がリビングに響き、拙者達の話し合いは強制的に終わりを迎えた。

 

「散歩!散歩行こう!!」

 

「んおお?なんじゃ、ふああ……もう散歩の時間か?」

 

「いちち、そうだなあ、散歩行くかあ」

 

「ぷぎゅうッ!!!」

 

せんせーの散歩に行くかの声に寝ていたうりぼーが身体を起こし、せんせー達がもみくちゃになる。だけどその顔は楽しそうで、何の不安も心配もしていないのが伝わってくる。

 

(ノッブ殿の言う通りかもしれないでござるなあ)

 

考えた所で物事の流れというのは変わらない、それならば自然体でその流れに沿うというのもまた1つの正解なのだと思う。

 

「シロとタマモは散歩行く?」

 

立ち上がって散歩の準備をてきぱきとしているせんせーに拙者はすぐに行くと返事を返し、チビ達の中に混ざっていく。頭を使った後は運動でござる、やっぱりごちゃごちゃと考えるのは拙者の性ではないと心から思うのだった……。

 

 

 

~雪之丞視点~

 

つい先日横島の家から白竜寺にやってきた英霊――「坂田金時」はさも当然のように白竜寺に馴染んでいた。

 

「なんで違和感ねえんだよ」

 

「性格が似てるからだろ?考えるな、感じろ」

 

「陰念先輩は考えることを放棄したら駄目だと思うんですけど……」

 

大体横島のやつはどっか行くと変な物を拾ってくるのは正直止めた方が良いと思う。今回はなんだっけな……。

 

「横島が今回連れて来たのなんだった?」

 

「人造神魔、鬼」

 

「……あいつ本当に何考えているんだろうな?」

 

どっかの霊能の会社が作っていた人造神魔、それと鬼と英霊――それと普通に暮らしている横島の感性って絶対どこかおかしいと思う。

 

【おーう!雪之丞!陰念!修二!鍛錬しようぜ!】

 

扉を勢い良く開いた巨漢の男――金時の言葉に跳ね起きる。

 

「おう!!やろうぜ!今日は1本入れるからな!!」

 

【その意気だぜ!!】

 

英霊とかそういうの関係なしで金時は普通に良い奴だ。それに強いから、組み手の相手として申し分ない。

 

「俺としても金時みたいな強い相手と組み手を出来るのは嬉しいが、良いのか?横島の家に居なくて」

 

フィンガーグローブなどを用意しながら陰念が尋ねる。すると金時は明らかにその顔を歪めた。

 

【いやよ、確かに横島は良い奴だぜ?性格もさっぱりしてる。だけどよ……俺ッチにあの家は無理だ。女だらけで落ちつかねえ】

 

「「「あー……」」」

 

俺達の声が重なった。そっか、そうだよな。横島の家って何時行っても女だらけだよな……。

 

「つうか、あいつって何考えてるんだろうな?」

 

「何がですか?」

 

「いや、あんだけ好き好きって感じのを向けられてるのに、誰かと付き合ったとか聞かないだろ?鈍感ってしても酷いだろ?」

 

陰念が何でだ?と言うが、多分全員がそれを思っている。

 

「……怖いからじゃないですかね?」

 

「「「何が?」」」

 

「いや、神宮寺さんとかすっごい怖いと思うんですけど」

 

……確かに神宮寺は怖い。と言うか横島の周りにいる女はみんな怖いし、強い……そんな中で横島が誰かと彼氏彼女になったとすると……。

 

「横島さん……殺されるんじゃ?」

 

「心中もあるかもな……」

 

【横島なりの防衛術なのか?】

 

血の雨が降るかもしれないから、あえて曖昧な態度を取っているのだろうか?とか色々と話をしているとママお師匠様が姿を見せた。

 

【ああ、金時も一緒に居たわよ。メドーサ】

 

メドーサ?なんでママお師匠様とメドーサが一緒なんだ?と首を傾げる。

 

「天界と魔界から仕事の依頼だよ。お前らこれ知ってるか?」

 

メドーサが俺達の前に出したのは最近商店街でも張られているチラシだった。

 

「あーなんかマリア7世が凄い物を持って来日するって言う」

 

「そうでしたよね、確か新しい博物館に展示するとか……それがどうかしたんですか?」

 

なんか凄い嫌な予感がした。絶対面倒事になる予感しかしなかった。

 

【なんかね、この旗聖遺物らしくて】

 

「横島と縁のある英霊の出現率が高いんだが……それがガープに手を加えられた英霊の可能性が高くてね。それを警戒しての博物館の回りの警護の依頼だ。なんもなくても依頼料が出る――まあほぼ100%とやばい英霊が出て来るんだけど、引き受けたから準備しときな」

 

……また横島かよッ!!って言葉はこの時は何とか飲み込んだ。だが陰念の質問に答えたメドーサの言葉には流石に耐え切れなかった。

 

「ちなみにその英霊って言うのは?」

 

「ジャンヌダルク・オルタ。竜の魔女って言われてるな、性格は神宮寺と良く似ているって聞いてる」

 

「「「また女かッ!!!」」」

 

今度は駄目だった、しかもあの神宮寺と性格がそっくりって地雷以外の何者でもない。なんで横島の周りには危険もしくは、1人で東京を壊滅させる事が出来る女ばかりが集まるのかと俺達は思わず叫び声を上げるのだった……。

 

 

 

 

 

~マリア7世視点~

 

プライベートジェットで私の護衛を勤めてくれている魔鈴めぐみさんと共に私はやっと日本にやってきた。

 

「大分時間が掛かってしまいましたね。ご迷惑を掛けてしまいすいません」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。めぐみさん」

 

本当ならもっと早く日本に辿り着ける予定だったが、国際GS協会とオカルトGメンのやっかみで随分と時間をロスしてしまった。その理由にされためぐみさんは悪くないですよと笑いかける。

 

「まさか出国の段階で絡んでくるなんて」

 

向こう側の言い分としては魔女であるめぐみさんの身辺が怪しい。こちらが派遣した護衛を使えと言う物だった。半日を越える時間を押し問答を行う事になったが、めぐみさんが矢面に立たされる事になっただけで、国際GS協会とオカルトGメンが出てきた本当の理由は竜の魔女の旗にあった。私がこれを日本に住む正当な持ち主に渡す……それが不服でしょうがなかったのだろう。

 

「大丈夫ですか?これから」

 

「ええ、問題ありませんよ。そもそも私は国際GS協会もオカルトGメンも好きではないですから」

 

ドクターカオスがマリア様のために用意した鉱山やゴーレム、そして貴重な除霊具の作成のマニュアル等の引き渡し要求をしてくる国際GS協会もオカルトGメンも私は好きではない。特にオカルトGメンのイクサという男は物腰こそ丁寧だが、その下に隠されている獣性が見えるようで嫌悪さえ抱いている。

 

「いい気味だったと思いませんか?」

 

「それはその……まぁ少しは……」

 

竜の魔女の旗が偽物とすり変えられているかもしれないから検分させて欲しいと言って、竜の魔女の旗に近づいた瞬間黒炎に飲まれた国際GS協会とオカルトGメンの職員の事を思い出すと、今でも笑いが込み上げてくる。私達が何も言わなくても、旗自身が本物であると証明したのだ。そしてそれと同時にお前達には触れる事を許さないと言わんばかりの炎とそれに飲まれ、完全にパニックになっていた職員達は日本で言う自業自得という奴だと思う。

 

「マリア様。飛行場の安全が確保されました、こちらへ」

 

「ええ、ありがとう」

 

日本の職員ではなく、国から来た護衛の皆様が安全を確認したと言ってくれたのならば安全であると証明されたと等しい。めぐみさんと共にタラップを降りて入国手続きを済ませる。

 

「マリア姫様。ご機嫌麗しゅう」

 

「ドクターカオス。お久しぶりです、お元気そうで何よりです」

 

私を出迎えてくれたのはドクターカオス。そしてその後ろに控えたマリア様と同じ姿をしたアンドロイドマリアと……もう1人?

 

「マリア様。お久しぶりです、お元気そうで私も嬉しいです。この子は私の妹のテレサになります」

 

「て、テレサです。よ、よろしくお願いします」

 

日本に行く前にはもっと片言な喋り方だったマリアが滑らかに喋った事にも驚いたが、妹も出来たと言う事に更に驚いた。

 

「テレサさんですね。よろしくお願いします」

 

おっかなびっくりという感じで差し出されたテレサさんの手を握り返す。するとテレサさんは柔らかく微笑んで、その笑顔につられて私も笑みを浮かべた。

 

「マリア7世。この度は来日お疲れ様です。GS協会会長神代琉璃と申します、今回の来日大変喜ばしく思っております」

 

「オカルトGメンの西条輝彦です。長旅、お疲れ様でした」

 

国際GS協会とオカルトGメンの人間という事で少し警戒したが、ドクターカオスが同席を許しているという事で人格的には問題ないという事だと判った。

 

「今回はよろしくお願いします。それと……美神さんですね?漸くお会い出来ましたね」

 

「私の事知ってるの?」

 

正式な場なのでスーツ姿でも、その容姿は代々伝わっているマリア様の手記に記されている物と同じだったのですぐに判った。

 

「はい、手記に記されておりましたから、お弟子さんはいらっしゃらないのですか?」

 

確か芦蛍という黒髪の少女と竜の魔女の旗が会いたがっているバンダナの青年――横島忠夫が無い事を尋ねる。

 

「流石に正式な場所だから来てないわ。博物館で会えると思うわよ」

 

「そうですか……それは少し残念ですね」

 

あれだけ竜の魔女が会いたがる人物と言う事で興味があったんですが……この場では会えないと言う事が残念……。

 

「うわああああッ!?」

 

「ぎゃああああッ!?」

 

その時響いた男の悲鳴に私は小さく溜め息を吐いた。こうして話している間に盗人のように近づくからああいう目に合うのです。

 

「勝手に近づかないようにと言った筈ですよ。やれやれ、程度が知れますね」

 

国際GS協会でもオカルトGメンの腕章も付けていないところを見ると、日本政府の一部の役人の独断という事は判りますが、やはり面白い物ではありませんわね。

 

「今の炎は」

 

「竜の魔女の炎です。邪な想いや浅ましい願いを持つ者が近づくとあのように炎で威嚇するのですよ。しかし、ああなると暫くは近づけませんし……まだまだ空港にいることになりそうですね」

 

1時間は炎の壁は消えない。あれは物を燃やすことはないですが、それでも燃えている旗を連れて空港を出るわけにも行かない。もう1度飛行機に戻らないといけないと判り溜め息を吐いた。

 

「すいません、マリア姫様」

 

「いえいえ、貴方方が悪い訳ではありません。この事はちゃんと日本の首相にしっかりと賠償して貰うので大丈夫ですよ」

 

歴史的価値があるのは判りますが、それでも盗人というのは許されない。燃やされている竜の魔女の旗のレプリカを見て心からそう思う。

 

「ドクターカオス。それに美神さん、後神代さんと西条さんもついでにご招待します。私のプライベートジェットで話をしましょうか?」

 

こうして近づけば燃えると言う事が判ったので、近づく者はいないだろう。1時間もあれば炎は消えるので、その間は話をしましょうと笑いかけ、私はめぐみさんと共にプライベートジェットに足を向けるのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その2へ続く

 

 




切りの良い所なので、今回はここまでとしたいと思います。次回はジェット内での美神達との話を書いて、最後のほうで博物館に向う横島達と言う所で終わりにしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート2 竜の魔女リターンズ その2

 

~美神視点~

 

マリア7世のプライベートジェットは流石一国の女王の物と正直感心した。赤い絨毯に一目で判る豪奢な装飾が施された家具、それに加えて精霊石や破魔札、結界札なので霊的防御も完璧。空飛ぶ要塞と言っても良い具合だ。しかし、今は私はその要塞が刑務所のように思えていた。

 

「西条さんと神代さん。今回の件はしっかりと日本政府に抗議させていただきます」

 

「「はい」」

 

「まさか空港で盗みに来るとは思っても見ませんでした」

 

「「……はい」」

 

「別に怒ってる訳ではないんですよ?ただ、そうですね。常識がない一部の政治家は本当に……ふふ」

 

……この人やばいわ。若いけど冥華おば様と同じ雰囲気がする……つまり下手に関わったら命が危ないタイプの人種だ。西条さんと琉璃がだらだらと汗を流して俯いている……針の筵なんて言う甘い状況じゃない。それこそ下手をすれば、西条さんと琉璃がどこかに島流しになってもおかしくない案件だ。

 

「そう責めてやらんでくれるかの?この2人はワシが信用して連れて来たんじゃ。西条と神代が悪いのならワシも悪い」

 

「まさか、そんな事はありませんわ。責めているわけではありません、カオス様」

 

公の場だからPTOを弁えてドクターカオスと呼んでいたが、他者の目がないと判るとカオス様と親しさと敬愛が込められた口調でドクターカオスの名を呼んだ。その目に込められているのは父親や祖父を尊敬する眼差しだったけど……なんか、こう危うい感じがあるのは気のせいだろうか?

 

「恐らくイクサが手を回していたんでしょう。抗議するのなら日本政府よりも、オカルトGメンの方がいいと思いますよ?」

 

「そうですか、めぐみがそういうのならそうでしょうね」

 

魔鈴めぐみ――くえすと同じで魔法を実戦に転用出来る数少ない魔女。その専門は白魔術と聞いていたけど……思った以上に覇気が強い。これで白魔術しか使えないとか完全にガセだろう……そうでなければマリア7世の護衛として一緒の飛行機で日本に来る訳がない。

 

「イクサですか、やはりちょっかいを?」

 

「ええ。あの男は何度も何度も我が国に来てて……ふふ」

 

あの小さい笑い声はなんなのよ、飛行機の中の温度が急激に下がった気までするじゃない。

 

「失礼ですが、マリア姫様は完全な独立権を所有している筈ですが……本当にイクサが?」

 

「ええ、旅行という名目で何度も来ていますよ。我が国の物をよこせと遠回しに何度も何度もね?」

 

ドクターカオスが国を出る前に用意したゴーレムや特殊な霊石を排出する鉱山、それに中世に設計されていても、今もなお最高峰の能力を持つ除霊具――それらを作成するノウハウはドクターカオスとマリア7世しか持っていない。それはどこの国も喉から手が出る程欲しい代物だ、壊れかけですらオークションに掛かれば何百億と値が付く代物――それらを作る設計図を欲しいと考えるのは判るが、まさかザンス王国と同じく特権で鎖国同様にしている国にまでちょっかいを掛けるとか……本当正気じゃないわね。

 

「まぁそれは良いです。個人的に来ていると言われればそれまでですしね、さて。博物館の件ですが、そちらは万全ですか?」

 

「は、はい、それに関しては神魔の協力も得ております」

 

「そうですか、それなら良いのです。横島へは招待状は届いておりますか?今回の来日は全て彼の為の物です。彼が来なければ何の意味もありません」

 

笑みを浮かべているがその目がスッと細まった。これで横島君が来ないとか聞いたら、このまま国に帰りそうな勢いだ。

 

「それに関しては大丈夫です。横島君も博物館が楽しみだと言ってましたし、最初のプレオープンの日に向かうと言ってました」

 

横島君自身も竜の魔女の旗を見たくてしょうがないのだ。だから行かないと言う事は絶対にありえない、何があっても博物館に向かうだろう。そして……ジャンヌ・ダルク・オルタは召喚される。

 

「プレオープンの日なら私もご案内出来ますね。私も楽しみです、マリア様の手記は見ましたが……どんな人達か、こうしてあえるのがとても楽しみです」

 

にこにこと笑っている。目の中も穏やかな光を帯びているが……それでもその笑みが怖いと思うのはやはり最初に冥華おば様に似ていると思ったからだろうか。

 

「あのさ、マリア姫様」

 

「なんですか?テレサさん」

 

「本当に旗横島にあげるの?稀少な物じゃないの?」

 

幼い人格のテレサが素直に何の勘繰りも無く、マリア7世にそう尋ねる。するとマリア7世は穏やかにテレサに笑いかけた。

 

「あれは私が預かっていた物です。それをお返しするのは当然の事です、それにあの旗見てくれたでしょう? ずっとあの旗は横島に会いたがっていたんです。それを邪魔する事なんて誰にも許される事はでありませんわ」

 

今もなお黒い炎を上げて、誰も触れてくれるなと威嚇を繰り返している竜の魔女の旗……誰が見ても、あの旗に魂が宿っているのは一目瞭然だった。

 

「よろしいんですね。マリア姫」

 

「ええ、大丈夫です。あの旗が無くても、我々には何の問題もありませんから」

 

国際的に歴史的価値もあれば、霊具としての価値も高い。それが1種のアンタッチャブルとなっていた……それを手放す事のリスクは十分判っているだろう。それなのに、旗に宿る魂の為に日本に来てそれを手放すという選択をした。その決断力と何百年も前のマリア姫様の遺言を果たそうとするその意志の強さは凄まじいと思った。

 

「もうそろそろ火が消えるでしょうね。では行きましょうか」

 

ふんわりと笑い、めぐみを連れてタラップに足を向けるマリア7世。その後姿を見て、私はドクターカオスに視線を向けた。

 

「女王とかじゃなくて、あれ女帝じゃない」

 

「……うむ、ワシもそう思う。前に会った時はあんな感じではなかったんじゃがな……」

 

男子3日会わざれば刮目して見よとは言うがのう……とぶつぶつドクターカオスは呟いていたが、そんな物じゃない。あの短いやり取りで私は十分に理解した。

 

「役者が違うわね」

 

「……本当それですね」

 

琉璃も十分に人の上に立てる人間であり、女王としての風格を持っている。だがマリア7世はそれを完全に上回っている……あれは女王なんて生易しいものではない。自分の意見を通す為ならどんな事でもするまさに女帝とも言う風格を持っている……1時間にも満たない会談で私はそれをひしひしと感じているのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

 

博物館のプレオープンの日――ジャンヌさんの旗が飾られている、それを見に行けると思うだけで俺は本当に嬉しかった。

 

【あの娘には感謝しかないな】

 

「……うん。俺もそう思う」

 

俺はきっとあの時ジャンヌさんがいなければ完全に闇に堕ちていただろう。俺を引き戻してくれたジャンヌさんには本当に感謝しかない……。

 

【お前は悪くないそう悔やむな】

 

「……心眼……うん」

 

ジャンヌさんは俺をガープから庇って消滅した。消え去る最後の瞬間まで俺を激励して、そして励ましてくれた。何にも出来なかったのに、俺に会えて良かったと楽しかったと笑ったその顔は今も俺の脳裏にくっきりと焼きついている。

 

「また……どこかでって約束したからさ」

 

【ああ、会いに行かないとな。約束を破る事になる】

 

さよならは言わなかった。また会おうと約束したから、だから会いに行かないと……約束は破ったらいけないから。

 

「お前にも早く会いたいよ」

 

クローゼットの中の籠の中にタオルに包まれている卵を軽く撫でて、前に蛍に買って貰ったシャツとズボン、そしてジャケットに袖を通す。

 

【忘れるなよ】

 

「判ってるよ、心眼」

 

ジャケットの内ポケットにチケットを入れて俺は部屋を後にした。

 

「なー吾も言ったら駄目なのかー?」

 

玄関で靴を履いていると茨木ちゃんがつまらなそうにしながら尋ねてくる。俺は下駄箱の上においていたチラシを茨木ちゃんの顔の前に向けた。

 

「こういうの見るだけで、騒いだりしたら駄目なんだけど、それでも来る?」

 

「……うーん」

 

博物館みたいな所は茨木ちゃんにはきっと向いていない。それにチビ達も悪戯したら弁償なんて出来ないので、今回はお留守番だ。

 

「行かない」

 

「だろ?今度は遊びに行ける所に行こうな。じゃ、行って来るな」

 

「……気をつけてな」

 

「ま、たまにはチビ達の面倒を見ててあげるから」

 

「せんせー、お土産があったらよろしくでござるよー」

 

「みむー」

 

「ぴぎゅう!」

 

【ノブブー】

 

玄関にお見送りに来てくれたシズク達に手を振り、俺は駆け足で蛍と待ち合わせをしている駅に向かうのだった。

 

「……さてどうなるかな」

 

「連れて帰ってくるんじゃない?」

 

「まぁそうなるでござるだろうなあ……」

 

確実にジャンヌダルク・オルタは現界する。それを知っているシズク達はなんとも言えない表情で楽しそうにしている横島を見送るのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

横島と一緒に出かけるのは凄く楽しいし、嬉しい。しかもチビ達もいないから2人きりだ。嬉しくない訳が無いんだけど、確実に召喚されるであろうジャンヌダルク・オルタの事が気掛かりだった。

 

(……うーん)

 

こんな事を言うのは何なんだけど、私はジャンヌダルク・オルタに親近感を抱いている。普通なら横島を私から引き離す存在として嫌うんだけど、私……蛍じゃなくて、ルシオラはジャンヌ・オルタが嫌いではない。そうだからこそ、何とも言えない複雑な感情を抱いていた。

 

「蛍!ごめん、お待たせ」

 

「ううん。大丈夫、走ってきたみたいだけど大丈夫?」

 

「全然平気」

 

私が選んだシャツとズボン、それにジャケットを着てくれくれた横島に小さく微笑んだ。Gジャン、Gパン姿がやっぱり横島って感じがするんだけど……この黒を基調にした服も本当に良く横島に似合っていると思う。

 

「じゃ、行きましょう?」

 

「おう!なんか博物館とか初めてだから楽しみなんだよなあ」

 

楽しそうにしている横島と共に電車に乗り、郊外の博物館に向かう。

 

「ほへー……なんか想像してたのと違うな」

 

「そうね……正直私も驚いたわ」

 

博物館の前には10人にも満たない招待客と、規制線の外側にTVクルーの姿があり、大々的なイベントの割には人の数が少ないという印象が強かった。

 

「チケットを確認します」

 

「あ、はい、俺と蛍で2人で」

 

チケットを受付にいた老人に差し出す横島。それを見た老人は小さく笑って、深く頭を下げた。

 

「お待ちしておりました。横島忠夫様、芦蛍様」

 

どうして私達の名前をと困惑していると老人――おそらく執事はもう1度深く頭を下げた。

 

「遠い過去にて救われた事を私達は決して忘れずに来ました。そしてマリア様もその恩に報いる為にこうして日本に参りました。どうぞ、貴方方が預けた竜の魔女の旗をご覧ください」

 

そう告げた執事さんは鎖を外して、私と横島を博物館に続く道へと案内した。

 

「今日という日を向かえる事が出来た事を大変喜ばしく思います。日本との友好を築ける事を願います」

 

マリア7世のスピーチの後解放された博物館の中に私と横島は足を踏み入れた。

 

「……はぁ、すげえ」

 

「そうね。これは驚きだわ」

 

博物館というだけあって絵画やステンドグラスが所狭しと展示されているんだけど、そのどれもに圧倒されるようなパワーがあった。

 

「素晴らしい」

 

「これだけの物が見れるなんて……」

 

「……この幸運に私は感謝します」

 

私達以外の数組のお客さんも展示物を見て、感動にその身体を震わせていた。私達には絵や展示物の素晴らしさは判らない、それでもその1つ1つに込められている霊力や思いを感じて素直に凄いと思った。

 

「チビ達がいなくて正解だった」

 

「そうね、こんなの弁償できないわ」

 

チビ達の毛が落ちただけでも大惨事だ。本当に大人しくお留守番をしてくれて良かったと思う、そんなことを考えながら赤い絨毯の上を進んでいると横島がある物に気付いた。

 

「なあ。蛍……あれって」

 

「……驚いたわね、残ってたんだ」

 

横島がマリア姫様が保護していた子供達と遊んでいたボールが展示されていた。しかも、その近くには横島の事を描いているであろう絵画もあって、横島は少し複雑そうな顔をしていた。

 

「いいじゃないの」

 

「うーん。そうかな?」

 

サッカーの伝統とか少し変わっていると思うけど、子供を元気つけたいと思った横島の行動は間違いじゃないし、攻められる物でもない。こうして横島の優しさの証とが残っているのが私は素直にいいと思った。飾られている物の多くが中世にタイムスリップした時の物で、懐かしさを感じながら横島と展示物を見ながら歩いているとふと曲がった所にマリア7世がいて、思わず2人とも固まった。

 

「ようこそ、お待ちしておりました」

 

「え、えっとどうも?」

 

「ふふ、そんなに緊張なさらずに、さ、どうぞこちらへ」

 

首から下げた鍵を使い、開かれた扉の中に入っていくマリア7世。その後ろを見ているとマリア7世が顔を出して笑った。

 

「どうぞこちらへ、竜の魔女の旗はこちらです」

 

そう言われ、私と横島は博物館の中心に続く細い廊下を歩き出した。

 

「マリア様からの伝言で我々はずっとこの旗を護り、そして代々引き継いできました。すべてはこの旗を横島様にお返しする為です」

 

「えっとありがとうございます」

 

「いえいえ、感謝するのは私達の方です。貴方達がいなければ我々は死んでおりました、だからこそ、その時の感謝の思いを込めて我々はこれをずっと護っていたのです」

 

マリア7世は扉を開けて、私と横島に道を譲った。

 

「どうぞお通りください」

 

恐縮しながら円形のホールの中に足を踏み入れる。その中心に飾られた竜の絵が描かれた漆黒の旗……何百年も前の物なのに新品同然のそれに私も横島も驚いた。

 

「……本当に大事に護ってくれてたんだ」

 

「そうね」

 

太陽の光が降り注ぐように設計されているのだろう。ステンドグラスの下の旗に日の光が当たり、煌く姿を2人で見つめていると、突如円形のホールの縁を沿うように黒炎が上がった。

 

「えっ!? こ、これってジャンヌさんの炎!?」

 

「横島!」

 

慌てていると横島の手を掴んで、念のために持っていた結界札を手にする。だが私達を囲んでいる黒炎はとても優しく、そして暖かい炎だった。そして黒炎は徐々にその円を狭めながら私と横島へと近づいてくる。だが不思議と私と横島に近づいてくる炎への恐怖は無かった……。

 

「なんだろう。凄く懐かしい気がする」

 

「そうね。うん。きっとそう」

 

美神さん達はジャンヌ・オルタの降臨を警戒していた、だけど……美神さん達の考える最悪の展開にはならないと私も横島もそう感じていたのだった……。

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

横島さんと蛍さんが博物館にはいるのを確認し、そこからはヒャクメに監視して貰っていた。

 

「どう?何か問題はある?」

 

「大丈夫そうなのね、普通に博物館を楽しんでいるだけみたいなのね」

 

このまま何も起きなければ良い、反転英霊の降臨……それが無ければ良いと私は思っていた。

 

「まぁ、なんにもなきゃ、楽に金が貰えるから俺達は嬉しいけどよ」

 

「……駄目だな。来るぞ」

 

周囲の霊力が博物館の中に吸い込まれていき、それと共に周囲に雑霊が現れた。

 

「やはりですわね。ま、判っていた事ですけど」

 

「ああ。こうなる事は判っていた。博物館の形状からな」

 

博物館自体が召喚の陣。そしてそこに横島さんが踏み入れた事でもうその魔法陣は起動を始めていた。

 

「暴れない事を祈るしかないね」

 

「ですね」

 

槍を構えるメドーサを見て、私も剣を構えた。英霊が召喚される為に高まった魔力、それに惹かれて集まって来た雑霊や怨霊を切り捨てながら、心から思った。

 

(どうか、横島さんが知るジャンヌであってください)

 

暴走した英霊を倒すだけの戦力は集まっている。だけど、それを倒す光景を横島さんに見せたくない。召喚される事はもう止められない……だからこそ最悪の展開にならない事だけを祈らずにはいられなかった。

 

「魔力、神通力、霊力、竜気の増大を確認したのね!召喚までは後3……2……1!霊基確認……クラスは「復讐者(アヴェンジャー)」ッ!!」

 

ヒャクメの叫び声が響いた召喚されたのは復讐者のクラス――調停者であるジャンヌの反転存在と考えれば復讐者のクラスはある意味的確と言える。

 

「召喚される事は判ってるんだ!そんなくだらない報告よりも横島と蛍はどうなってるんだい!?」

 

「そんな事はどうでもいい!横島は大丈夫なんですの!?」

 

「ヒャクメ!先にそっちを特定してください!!」

 

「ま、待つのね!?召喚の影響で全然中が確認できないのね~!!」

 

私達の怒鳴り声に半分泣きそうに……泣きながらヒャクメが返事を返した。召喚と共に周囲に溢れていた雑霊や怨霊はその姿を消した……後はジャンヌ・オルタが何をするかそれだけが懸念材料だった。願う事は1つ……どうか横島さんの記憶にあるままのジャンヌダルク・オルタであることを祈りながら博物館に向かって走るのだった……。

 

 

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その3へ続く

 





次回でジャンヌオルタ召喚の所を書いて行こうと思います。後は小竜姫様やくえすとは別のほうで悪霊とかと戦っていた美神との視点での話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート2 竜の魔女リターンズ その3

 

英霊とは英雄や歴史的な発明や発見を行った者がその死後、信仰によって人間霊から精霊へと昇華され、英霊の座にその存在が刻まれた存在である。その性質上人に知られていればいるほどにその力を増す。横島の家に居候している信長や牛若丸は日本の英霊という事もあり、日本で抜群の知名度を誇り、ただでさえ高い能力が更に増加されている状態だ。たとえ普段馬鹿な事をしていても、上から数えた方が早い大英霊――その能力は下手な神魔を遥かに越え、比叡山を焼き払った信長は神殺しの適正を持ち、神魔に対してのジョーカーと言ってもいいほどの能力を持つし、牛若丸は現代に至るまでの平家物語の影響を受け、様々な能力を付与されている。

 

良いも悪いも英霊という存在は「人間」によって大きな影響を受ける。それが正しい存在であったとしても「悪」とされ、間違った存在であっても「善」とされるように……長い月日の中で人間の影響を受けてその存在は大きく変わることもあるし、変わらない事もある。元が人間霊であるが故にその影響は極めて大きい。神魔との関係性に近いと言っても良いが神魔よりも遥かに受ける影響が大きい。

 

人間の信仰によって英霊は存在しているが、人の信仰によってその存在を変えるのもまた英霊だ。だがそれに共通しているのは人に知られている事……それが英霊の絶対条件と言える。その条件で言えばガープによって存在を歪められた「ジャンヌダルク・オルタ」は本来の段階では英霊として存在するだけの条件が全く足りていなかった。しかしだ、マリア姫によって代々その旗を敬い、そして祀り続けた事で、ジャンヌダルクとは別にジャンヌダルク・オルタへの信仰が集まった。そしてその信仰によって、座が生まれ、英霊としての格を得た。だがそれだけではジャンヌダルク・オルタが英霊として召喚される事はない、あくまで地方で信仰されている弱い英霊だからだ。

 

しかし「竜の魔女の旗」と言う世界的に知られる触媒を得て、それが知られれば知られるほどにジャンヌダルク・オルタの知名度は広がり、英霊としての格を徐々にだが上げた。そして最後に何よりも、誰よりもジャンヌダルク・オルタを信仰している者……横島が竜の魔女の旗の前に現れた事で英霊召喚の条件が全て揃った。

 

【サーヴァント、アヴェンジャー。ジャンヌダルク・オルタ……なんです、その間抜け面は?もっとちゃんとした顔をしなさいよ、横島】

 

黒炎が魔法陣を描き、そこから現れた漆黒の鎧を身に纏った女性――ジャンヌダルク・オルタの姿に横島は目を大きく見開き、硬直していた。こうなることを判っていた蛍でさえも、こうして目の前で英霊召喚がなされたと言う事実に驚きを隠せなかった。

 

【ちょっと、待って……あんた私を知らないとか言わないわよね!?】

 

横島の反応が余りにもない事にジャンヌ・オルタは慌て、さっきまでの冷静な態度は消え去り、慌てふためく姿を見せる。その姿に硬直していた横島はやっと目の前の光景を現実として受け入れた。

 

「ジャンヌ……さん?え、嘘?夢?」

 

【夢だけど夢じゃないわよ、夢の続きを見に来たって所かしらね。って言うか好い加減にその間抜け面……「ジャンヌざあああんッ!!!」鼻水ぅぅぅううううッ!?!?】

 

号泣しながら抱きつこうとする横島をジャンヌ・オルタは絶叫しながら片手で受け止める。滝のような涙と鼻水を流し、えぐえぐ言ってる横島を片手で捕まえて、吊り上げているジャンヌ・オルタに蛍が何とも言えない表情を向ける。

 

「あー、なんか久しぶりって言えば良いのかしらね?」

 

【とりあえずハンカチ!ハンカチ貸して!挨拶は後でいいから!】

 

「えうえう……」

 

なんか新種のゆるきゃらみたいになっている横島を見ながら蛍はポシェットからハンカチを取り出す。

 

「はいはい、泣かないの。ほら」

 

蛍が声を掛けながら横島の涙と鼻水を拭う。それでも横島の目から滝のような涙は流れ続けている。

 

「多分ショックと嬉しさで訳が判らなくなっているんだと思うわ」

 

【それは見れば判りますけど、え?なんですか?落ち着くまでずっとこのまま?】

 

「多分」

 

【はぁッ!?何それ!?なんでこんなにぐだぐだなのッ!?もっと、こうあるんじゃないの!?】

 

「あったとしても私がそれをさせないわ」

 

蛍とすれば横島とデートのつもりだったのにそれを攫われたようで面白くないのは当然だ。一瞬きょとんとした様子だがジャンヌオルタはすぐににいっという感じの音がする笑みを浮かべた。

 

【なに、何にも進展してない訳?なにやってるのよ】

 

「いや、それはその……」

 

【へたれー】

 

「うるさーいッ!!」

 

「えうえう……」

 

ゆるキャラのように泣いている横島とそんな横島を挟んで口論をしている蛍とジャンヌオルタ……形容しがたい地獄絵図がそこにはあるのだった……。

 

 

 

 

 

~美神視点~

 

あれほど大量に出現していた悪霊や怨霊の出現がぱたりと止まった。しかもそれだけではなく、霊力の流れも凄まじい勢いで博物館へと向かい始めた。

 

【やっぱりねッ! 英霊召喚の流れよッ!】

 

三蔵が声を上げた。今まで私達は英霊が召喚された後しか見た事がなかった……しかしこうして初めて英霊が召喚される場に立ち会って判る。その存在が善であれ、悪であれ、英霊という存在の力の凄まじさを肌で感じていた。

 

「ぐっく……な、なんですか……これは」

 

「あ、頭が痛いんですジャー……」

 

ピートやタイガーと言った霊的防御がまだ甘い面子が頭を押さえて蹲っている。

 

「唐巣先生ピート達をお願いしますッ!琉璃!ブラドー伯爵、行くわよッ!」

 

「判ってます!」

 

「やれやれだ。想定していた事だが、まさか本当にその通りになるとはな」

 

神卸しのエキスパートの琉璃と、魔術の専門家のブラドー伯爵がいれば、小竜姫様達と協力して最悪の場合は避けれる筈。そう判断して私達も博物館に向かって走る。

 

「周囲の霊力の流れはこっちで整えておく!気をつけてなッ!」

 

「お気をつけて」

 

ドクターカオスとマリアの言葉に手を上げ、私達はそのまま厳かな雰囲気を持つ博物館に足を踏み入れた。パニックになるかもしれないから、博物館の中は早足で進んでいると、先に博物館に突入していたくえすや小竜姫様達を見つけた。

 

「どうして私達を通さないと言うのですか?」

 

「横島様達が中に居られるからですわ。お邪魔するのは私が許しません」

 

マリア7世に足止めされているようでくえすが明らかに苛立っている素振りを見せる。

 

「マリアさん、私達は最悪の場合に備えなければなりません。通してくれませんか?」

 

「危険ならば横島様達も出てくるでしょう?だから大丈夫ですわ」

 

「素人判断は危険だって判らないのかい?」

 

「大丈夫ですよ。私は生まれた時からあの旗を、いえ、あの旗に宿っている魂と触れ合ってきました。横島様に危害を加える事は無いでしょう」

 

うわ……小竜姫様とメドーサ、しかもくえす相手に一歩も引かないとかやっぱりマリア7世は冥華おば様の同類だわ。

 

「どうしても駄目ですか?」

 

「神代さん。はい、駄目です」

 

交渉の余地すらない……なんでこんなに押しが強いのだろうか。

 

「マリア7世、私が誰か判るかな?」

 

「ブラドー伯爵様でしょうか?」

 

「そうだ、何度かマリア姫には便宜を図った筈だ。危険だと判断しなければ我々は何もしない、通してはくれまいか?」

 

そっか、ブラドー伯爵とマリア姫は同じ年代の人物――ブラドー伯爵の事もマリア7世は知っている筈。

 

「う、ううん……判りました。ブラドー伯爵様がそう仰られるのならば」

 

「感謝する、行こう」

 

小竜姫様達でも駄目だったのにブラドー伯爵なら少し悩みながらも了承したマリア7世の前を通りながら、私はマリア7世の評価を改めていた。清楚で可憐に見えるけど、強かで自分が信用している以外の人間は基本的に信用しないタイプの人種だ。しかもなまじ口調が丁寧なので、勘違いしやすいというおまけ付き……この性格なら楽にコントロールできると思い痛い目にあったオカルトGメンや国際GS協会のお偉いさんの姿が容易に想像出来た。

 

【あーもう、泣かないの!ほら私ここにいるでしょう!】

 

「ね、もう泣かないで落ち着いて」

 

「むぅうりいいい……」

 

【横島はメンタル案外脆いからな。落ち着くまでは歩かせるのも無理だな】

 

竜の魔女の旗を飾っていたガラスケースが砕け、その前でへたり込んで泣いている横島君とそれを泣きやませようとしている蛍ちゃんとジャンヌ・オルタ……。

 

「なにこの地獄絵図……」

 

私が考えていた最悪の展開とはまるで違うが、それでも酷すぎる光景に私は思わず天を仰いでしまうのだった……。

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

後処理をドクターカオス、ブラドー伯爵、そして英霊召喚の気配を感じて合流してくれた聖奈さんに頼み、私達はなんとか泣き止んだ横島君を連れてGS協会に来たのはいいんだけど……空気がめちゃくちゃ重かった。

 

【なんでそんなに泣いてるんですか、ほら。もう、目が真っ赤じゃないですか……ほら、水を飲みなさい】

 

「はい、冷たいタオル」

 

「ありがひょ……」

 

泣きすぎて目が真っ赤の横島君に水を飲ませるジャンヌ・オルタと目が真っ赤の横島君の顔を拭う蛍ちゃん。

 

(想像していた光景と違うんだけど……)

 

ジャンヌ・オルタはガープによって存在が反転した英霊。口調は確かに刺々しいんだけど……その言葉の中にどうしても善性というものを感じてしまう。強いて言えば、悪ぶろうとしているお嬢様という感じが抜け切れない。

 

(元が良い人過ぎた?)

 

そもそもジャンヌダルクという人物は100年戦争時代に神の声を聞き、戦争を止める為に動いた女性だ。その結末は魔女としての処刑ではあったが、それでも最後まで恨み言を言う事は無かったと言う。そして死後25年後に復権裁判が行なわれ、正式に聖女として認められた経歴がある。それらを加味するともっとも悪人から程遠い人物を反転させたガープのミスなんじゃないかと思う。

 

【なんですか? 人をジロジロ見て、不躾な】

 

……ただなんだろうなあ、この口の悪さ……くえすにそっくりだわ。

 

「では改めて尋ねますが、貴女はもうガープに組することはない……と言う事でよろしいですね?」

 

【何度言わせればいいんですの?私とガープには何の関係も無い、神は悔い改めて、そして改心しようとする者にあらぬ罪と疑惑を向けるのですか?ああ、なんと恐ろしく傲慢なのでしょうか】

 

ぐっと小竜姫様が唇を噛み締める。この悪意100%の発言を聞いていると、彼女自身は神に対して強い敵意を持っているのは明らかだ。

 

「じゃああれだ。あんたが横島に害を成さないつて言うなら私達も何もしない、その代り横島が危険な時は助けてやって欲しい」

 

【ふん、言われるまでもありませんわね、態々こんな所にまでつれてきて、本当に時間の無駄ですわね】

 

ジャンヌ・オルタは横島君に呼ばれて……いや、横島君がいたからこそ強引に現界したと考えれば横島君に害なす事は無いだろう。本人の言う通り、横島君を守ってくれるのも確実だ。だけど……。

 

(納得行かないわねえ)

 

横島君が全幅の信頼を向けているのが正直イラっとする。そしてジャンヌ・オルタ自身もそれが判っているのは自慢げな表情をしているのが余計に腹立つ……。

 

「……ちっ」

 

【は、なんですか、随分と品の悪い女ですわね】

 

「あ?幽霊風情が何言ってるんですの?」

 

【はッ!その幽霊風情に何も出来ない人間が何を言ってるんですか?】

 

くえすとジャンヌ・オルタの額に青筋が浮かんだ。それを見て、私が胃が痛くなるのを感じたのは言うまでも無い。

 

「【やんのかコラァッ!!!】」

 

沸点低い2人組みだからすぐに臨戦態勢に……なにこの地獄絵図。今この場にいない西条さんに心の中で恨み言を叫びたくなった。

 

「あれ、おかしいなあ。ジャンヌさんとくえすさんって仲良くなれると思ったんだけど……」

 

一触即発の空気の中横島君がのんびりとそんな事を告げた。いやいや、ジャンヌ・オルタとくえすが仲良くなるとか絶対ありえないから、同属嫌悪って一目で判るのになんで仲良くなれると思ったのか不思議でしょうがない。

 

「何で仲良くなれると思ったの?」

 

「え?2人とも黒が好きだし、格好良いからですけど」

 

判断基準ッ!横島君の判断基準がどこか所か、根底からおかしいんだけどッ!!

 

(なんで横島さん、こんな不思議ちゃんになっているんですか?)

 

(ええ、わ、私のせいじゃないですよ。元々横島はド天然です)

 

いや、ド天然にも程がある。明らかに同属嫌悪し合ってる2人が仲良くなれると判断している段階で問題しかない。

 

「ちっ、横島に免じてここは引き下がってあげますわ」

 

【はいはいどーも、ありがとうございますぅッ!】

 

だけど横島君の発現に毒気が抜けたのか、一時は互いに身を引いてくれた。だけどこれから不安でしかないんだけど、絶対くえすとジャンヌ・オルタが揃うと揉め事になる結末しか見えない。

 

「えっと話が終わったなら帰っても良いですか?」

 

「え、あーそうね、横島君と蛍ちゃんは帰っても良いわよ」

 

本当はここにいて話を聞いていて欲しいんだけど、横島君の集中力とか限界そうだし、帰っても良いわよと返事を返す。

 

「良かった、じゃあジャンヌさんも行きましょうか」

 

「「「はい?」」」

 

普通にジャンヌ・オルタを連れて行こうとする横島君に一瞬何を言っているのか、私達には理解出来なかった。

 

「えーっとやっぱり?」

 

「ジャンヌさんだって慣れてる顔の方が過ごしやすいだろうし、空き部屋はあるから俺の家で良いと思うんだけど、それに眼魂もあるし」

 

……あ、引き取る気満々ってことね……本当はもう少し警戒態勢とかを強めて監視したかったんだけど、ここで駄目だって言うと横島君の反感をかいそうだし、ここは横島君の好きにさせるしかないみたいね。

 

【ま、私はどこでもいいですけど、横島の所にお世話になるとしましょうかね】

 

「……じゃ、その私、着いて行きますね」

 

勝ち誇った顔をくえすに向けて笑うジャンヌ・オルタと疲れた表情をしている蛍ちゃん。

 

「大丈夫? 疲れてるのか蛍」

 

「ううん、大丈夫。大丈夫よ」

 

そして良く判っていない様子の横島君の3人が部屋を出て行き、くえすも無言でそれこそ視線だけで人を殺せる顔をして部屋を出て行った。

 

「凄く地獄絵図なんですけど」

 

「……そうね、私も胃が痛いわ……」

 

「最悪の展開は避けれたんですよね?」

 

「いや、これ絶対最悪の展開だと思うよ私は、勿論別の意味で」

 

修羅場という意味で最悪の展開になっている事に私達は深い溜め息を吐くのだった。と言うか横島君が引っ掛ける女の子の癖が強すぎるんだけど……。

 

「琉璃、自分は違うって思ってると思うけど、貴女も大概だからね?」

 

「え。そんな訳……え?私くえすとかと同類?」

 

うんうんと頷いている小竜姫様とメドーサさんを見て、思わず泣きたくなってしまったのは……多分これからの不安しかない毎日の事を思ってからで、決してくえすの同類と思われているのが悲しかったからではない……と私はそう思いたいのだった……。

 

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その4へ続く

 

 




今回はジャンヌ・オルタ召喚とそれに伴い、ジャンヌ・オルタにかまいたくてしょうがない横島という図式になりました。次回は横島家に迎え入れられたジャンヌ・オルタとか、不機嫌なくえすとかを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート2 竜の魔女リターンズ その4

 

~タマモ視点~

 

蛍と帰ってきた横島は黒い女を連れていた。色素の薄い髪と白蝋のように青ざめた顔、そして口元に浮かんでいる嘲笑の色が混じった笑みと毛皮のマント姿……それを見た私の感想はこの一言に尽きた。

 

(駄目やん……)

 

中世でも見たけど、あの時より更に悪党って言うオーラが増している。ノッブ達が私を見て、聞いてた話と違うと言う顔をしているけど、それは私も同じだ。

 

「こちらがジャンヌさんです」

 

【ジャンヌ・ダルクよ。よろしく】

 

よろしくとは言っているけど、観察するような、見下すような視線をしているのがジャンヌのプライドの高さを現している。くえす見たいな人格破綻者はそうはいないと思ったけど、こいつは間違いなく同類だわ。

 

「邪ンヌか、邪と言うのが良いな!吾は茨木童子だ。よろしく」

 

【ええ、よろしく】

 

能天気馬鹿2号め……ッ!なんでジャンヌの邪の部分だけを聞いて友好的になれるのかが不思議でしょうがない。

 

「ぷぎー」

 

【ああ、あの時の猪ですか、元気にしてましたか?】

 

「ぴぎ!」

 

横島が友好的なのでうりぼーも警戒心0……この能天気な連中が多い中、私とかシズクがジャンヌを警戒しないといけないと思うと少し、いや、かなり頭が痛かった。

 

「シロでござるよ、せんせーをお助けいただき感謝するでござる」

 

【私からも感謝を、主殿をお助けいただき感謝します】

 

ジャンヌの視線が私やシズク、そしてノッブと警戒している組に向けられたが、その瞳はある一言を物語っていた。

 

『こんな能天気ばっかりで大丈夫?』

 

(それは私が言いたいわよ!)

 

基本的なポテンシャルは高い筈なのに、何故こうも警戒心が皆無なのか。もっとこうあるだろう?と言いたくなる……特に横島も含めてだ。

 

「とりあえず、あの荷物置き場を片付けるとして、倉庫の鍵ってどこだっけ?」

 

「あーえっと……【のぶうー】お、ありがと!チビノブ」

 

庭の倉庫の鍵の場所が判らなかった横島にチビノブが机の引き出しを探り、鍵を横島に差し出した。

 

【私は別に眼魂でもかまいませんよ?】

 

「駄目駄目、お客さんなんだから、まぁジャンヌさんは座っててくれて良いから」

 

上機嫌な横島と本来なら警戒するはずなのに、何故か横島と一緒にジャンヌの部屋の準備をする蛍……一体何故と私は疑問を抱かずに入られなかった。だが私のその疑惑の視線に気付く事は無く、横島と蛍はチビ達や茨木童子をつれて部屋を出て行ってしまい。リビングには私、能天気馬鹿1号と牛若丸とノッブ、そしてシズクの4人とジャンヌという図式になってしまった。しかもノッブは興味なしでメロンパンを齧っているし……なにこの地獄絵図……本当に何とかして欲しいんだけど……。

 

「……ん、お茶」

 

【お気遣いどうも】

 

言葉は丁寧なのに、その態度のせいで凄く刺々しい感じがする。なんでこんな性格の……っとここまで考えた所で気づいた。そうだ、こいつ神宮寺に似てるんだ。普通の人間なら警戒心を抱く神宮寺に非常に友好的な横島だから、似ているジャンヌにも友好的なんだと気付いた。

 

【……変な味ですね。これ】

 

【そうか?これは良い茶葉だぞ?お前が日本茶に慣れてないだけじゃね?】

 

【……そういうものですかね。あ、この薄っぺらいのは美味しいですね】

 

「……どら焼きだな。もう少し食うか?」

 

【貰いましょうかね】

 

……警戒しあっているんだけど、表立ってもめていると横島が心配する。だから互いに相手の出方を探りながらの状況での茶会をしながら、私は溜め息を吐いた。

 

「タマモ。美味しくないでござるか?」

 

「違うわよ、馬鹿」

 

馬鹿とはなんでござるかーと怒鳴るシロを横目に、私は本当にジャンヌが横島に危害を加えないのか……それが心配でしょうがなかった。

 

【……ねえ、それなに?】

 

【これですか?刀ですよ】

 

【へえ……なんかそれ、良いじゃない】

 

……日本刀に興味を示しているジャンヌの声を聞いて、警戒している自分が何か馬鹿の様に思えて、言いようのない悲しさと寂しさを感じながらどら焼きを齧るのだった……甘いはずのそれは少ししょっぱい味がした。

 

 

 

 

 

~美神視点~

 

横島君と蛍ちゃんがジャンヌ・オルタをつれて帰ってしまった後。私達はジャンヌ・オルタの今後の扱いに頭を悩ませていた。

 

「とりあえず、横島君に危害を加える気配はなさそうですけど……」

 

「味方とも言えない雰囲気ですよね」

 

とりあえず体裁的な部分では友好的に見えるけど、それは横島君がいるからだろう。自分がもめれば横島君が気に病むから、形だけでも友好的にしているだけで、その目には神魔への強い嫌悪感が見て取れた。

 

「まぁ、経歴を考えれば当然だけどね。正直どうするよ? 爆弾ではないけれど、それでも味方と考えるには難しいぞ?」

 

メドーサの言う通りである。1番守らなければならない横島君のそばに不確定要素を置いて置くのは不安でしかない……だが、これで横島君から引き離すことを考えたとしても……。

 

【……とんでもなく大暴れすると思うんだけど、あたしはね?言っちゃあ悪いけど……長期戦に持ち込めれば勝機はあると思うけど……そうじゃないとあたしでも勝てないわよ?】

 

三蔵が不安そうに口にする。1級品の英霊でも勝てないと断言するほどにジャンヌ・オルタは強い英霊だ……眼魂でも判っていたが、防御リソースを全て捨てての圧倒的な攻撃力は1度勢いに乗れば止める事が不可能なほどに強烈で苛烈だ。

 

「ガープはそこを見出したって事ね」

 

国を救いたいという願いと強烈な信仰心――それらを反転させる事で生まれる憎悪と殺意……ジャンヌ・ダルクを反転させる事で切り込み隊長的な役割を果たす英霊を手にしたかったのだろう。ガープにとっての計算外は、横島君に絆されてしまった所だと思うけど、もしもガープの想定通りに運用されていたら神魔はその数を大きく減らしているか、それとも狂神石で洗脳されてしまっていたと思う。

 

「とりあえず当面は様子を見るしか無いでしょう。紫ちゃんを横島さんの所に連れていく時とかに様子を見て見ます」

 

「ま、それしかないだろうね。小竜姫、向こうが挑発してきてもそれに乗ったら駄目だよ。横島が神魔への不信感を抱く事になるだろうからね」

 

そこが最大のネックと言っても良いだろう、小竜姫様やメドーサはその立場的にジャンヌ・オルタを警戒しなければならない。だが横島君はジャンヌ・オルタを恩人と思っているので不快感や不信感を抱く事に繋がるだろう。

 

「ジャンヌ・オルタの事もありますけど……私達はそればかりに気をとられているわけには行きません」

 

目先の問題が大きいが、ほかにも広い範囲で様々な問題が起きている。

 

「……外交のほうは?」

 

「西条さんが「とても」頑張ってくれています。後教授も」

 

とてもを強調する琉璃に西条さんに差し入れを持って行こうと心に決めた。絶対大変な事になってるだろうから……でも考えてみればそれは当然で、国宝と言っても良い竜の魔女の旗をすり替えようとしたとしたなんて普通に考えて裁判沙汰だ。誰かに譲り渡すと聞いて盗みに動くとか、国際GS協会もオカルトGメンもずいぶんと品格が落ちたと内心呆れていた。日本政府はお得意の尻尾きりをするし……本当に今の世の中で禄でも無さ過ぎる。

 

「だけど、それは大した問題じゃないです。国交問題なので政治家が頑張ってくれれば良いですから」

 

下手をすれば国際裁判レベルの問題を大したことじゃないと言い切った琉璃は1枚の紙を机の上に乗せた。

 

「これは柩が予知をして、そしてどうしても覚える事が出来ず。それでも必死に書いてくれた物です」

 

そう前置きされた絵は走り書きで、絵の構図もぐちゃぐちゃで必死に形に残そうとしたのがこれでもかっと伝わってきた。

 

「……これ、横島君?」

 

【いやいや、横島君はこんな顔をしないわよ……でも……】

 

「どう見てもこれは……」

 

「横島だな」

 

いつもの柔和な横島君の顔ではない、冷酷な光を宿したオッドアイにはなにもかもを見下している冷酷な光が宿り……。

 

全身に巻きついている紅く禍々しい蛇、そしてその背後に浮かぶ時計の羅針盤……。

 

「眼魂ですね……でもなんですか、この禍々しい姿は」

 

「……この眼魂に操られているって事か?」

 

「それは判りません……ですが、横島君にとっても、私達にとっても良くないことであると言うことは間違いありません」

 

ガープの仕業なのかは判らない……だがまず間違いなくガープの仕業と考えて良いだろう。

 

「柩は何て?」

 

「もう殆ど何も覚えてないらしいのですが、凄まじい喪失感と恐怖を感じたと……」

 

柩が思い出せないという段階で相当な異常現象だ。柩の瞬間記憶能力は物を忘れられないと言う欠陥を持っている、それに加えて予知能力によって常に脳を圧迫されているから短命で、常に発狂している状態なのだ。そんな柩がその事を忘れていると言うことでどれだけの異常現象かが良く判る。

 

「これが何時の事かも判りません……でも決して楽観的に考えられる状況でもありません。これはありえる1つの結果として、覚えておいてください」

 

この予知の時が何時訪れるのか……それは私達には判らない。だが柩の予知と言う事でこれがいつか訪れる確定した未来というのは間違いない、横島君が敵に回るかもしれないと言う最悪の結果の1つは私達の胸の中に深く刻まれる事となるのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

能天気に私とあの英霊が似ていると言っていた横島の事を思い出すとどうしても苛立ちを覚えずにはいられなかった。横島が悪い訳ではない……それでもだ。私と同様の信頼を横島から向けられているというのが心底、面白くなかった。

 

「……ええ、ええ……判ってます。判ってますわ」

 

横島が悪い訳ではない。自分の信用した人間を無条件で信頼するのが横島だ。誰かが危険だと、気を許すのは危ないと言っても自分が信じたいと思った相手を信じ続けるのが横島だ。その中にはきっと私に似ている相手もいる……それがジャンヌ・オルタだったというだけで……ッ

 

「ッ!ああ、忌々しい」

 

手にしていた魔道具を思わず握り潰してしまっていた。自分の向けられていた横島の視線が別の相手に向けられている……たったそれだけの事が心底腹ただしく、そして忌々しい。だが私が気に食わないからと言ってジャンヌ・オルタを紛糾したとしよう……そうなれば、横島は私を嫌う事になるだろう。もしそうなったら私はそれに耐えられない……。

 

「ああ、本当に忌々しいですわね!」

 

今までの私ならば自分が嫌う相手は排除すれば良いと考え、そしてその通りに行動してきただろう。だがその行動の結果が横島が私を憎み、嫌う事に繋がるかもしれないと思うと恐ろしくてしょうがない。

 

「……本当に人を愛するって言うのは難しいですわね」

 

想い人の行動1つで一喜一憂する。それは常に冷静であれという魔法使いの信条に反する物で本来ならば唾棄するべきものだ。だけど……。

 

「私は横島を好いてしまった……」

 

胸に手を……いや、首から下げている安物だが、横島が選び、私に似合うと言ってプレゼントしてくれたそれはどんな高級な物よりも、私を幸せをもたらしてくれる物だ。だが横島が私を嫌えば、これはその姿を見る度に私自身の心を傷つける物となるだろう……そうなってしまったら私はきっと耐えられない。

 

「……苦しいですわね」

 

人に憎まれる、疎まれると言う事には慣れているつもりだ。だけど、横島に憎まれるという事を想像するだけで胸が張り裂けそうなほどに痛む。辛くて苦しくて、悲しくて……私はきっとその痛みに耐えられない。

 

「……我慢するしかないのですかね」

 

憎いと思ってもそれを今は耐えて飲み込むしかない。私達が必要以上に警戒しているだけで……ジャンヌ・オルタがそう悪くない存在である可能性も十分にあるのだから……だけどそれと心情的に受け入れることが出来るかどうかは別問題ではあるが、横島は少なくとも私達が仲良く出来ると思っているのならば、内心どう思っていても表面上は仲良くしておいたほうが良いだろう。

 

「……でも横島の信頼を裏切ればその限りではないですわよね?」

 

1度裏切った相手は何度も裏切るに違いない、そうなれば裏切られた横島の心は深く傷つく事になるだろう……。

 

「そうなったら殺してしまっても大丈夫ですわよね」

 

横島も1度自分を裏切った相手を受け入れるなんてことはしない筈だ。そうなれば大手を振ってジャンヌ・オルタを排除出来る。

 

「……偽物の英霊なんて横島には必要ありませんわ」

 

元々英霊が横島のそばにいるのも私には不満だった。死者の分際で生者と共にあろうとする事自体がおこがましい……だけどそれでも横島が気を許しているからしょうがないと割り切っていたが……ガープによって作られた英霊なんて信用なんて出来る訳がない。

 

「絶対にその尻尾を捕まえて見せますわ」

 

絶対にあの英霊は横島を裏切り、そしてその心を傷つける……そうなったら私が排除するしかないではないか。

 

「ふふふ、そうですわよね。簡単な話でしたわ」

 

こんなにも悩む事も、苦しむことも無いのだ。物事はもっと簡単で、そして単純な話だった。どうしてこんな簡単な事に気付かず悩んでいたのか、自分の愚かさに思わず笑ってしまう。

 

「そうと決まれば準備は必要ですわね」

 

英霊を倒す事は簡単ではないが、ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクの反転存在なのだから明確な弱点が判っている。炎や神魔を憎むことが彼女の存在理由ならば、それが弱点となる。横島が好きだといった笑みではなく、暗く邪悪な笑みを浮かべていると判っていたが、それでも自分の存在を脅かす相手をそのままに出来るほど、私は寛大な人間ではない。私は誰にも知られずにジャンヌ・オルタを消滅させる為の準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その5へ続く

 

 




くえす暴走モードオン、この人基本的に病んでますからね。自分の存在を脅かす相手は許しません、特にキャラ被りしている相手なので余計に苛烈です。くえすの対策が火を噴くのか、その前に和解イベントがはいるのかが勝負の分け目ですね。次回はジャンヌさん視点で話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート2 竜の魔女リターンズ その5

 

~ジャンヌ視点~

 

学校に行ってくると行って横島が出て行ったので暇だ。暇って言うか、何をすれば良いのか判らない状況だ。こうして現界出来たのは私に取って幸運だったが、何日、何ヶ月、何年、それとも何百年? ぼんやりと眠っているのか起きているのか判らない状況で過ごしていたからか時間の感覚がまるでない。

 

【て言うか、学校って何よ?】

 

と言うかそもそも私は正規の英霊ですらないので、この時代の事は殆ど何も判らない状況に等しい。ぽつぽつと現代の知識はあるけど、それも歯抜け出し……横島は学校って言ってたけど、そもそも学校が何かすらも判らない。

 

【お前何を……あ、ああ。そうか、そう言う事か。学校って言うのはな、子供が勉強して文字等を学ぶ所だ】

 

【文字を? え? 横島って実は凄いお金持ちとか言わない?】

 

私の知っているのはオリジナルのジャンヌダルクが持っていた中世時代の記憶が大半だ。後はぽつぽつと必要最低限の知識がある状態だ、服の着方とか、日本語とかそんな感じで、もっと必要な事あっただろって言いたくなる。

 

【現代では寺子屋は普通に通えますからね、それなりの賃金は必要ですが一部の人間だけの特権ではないのですよ】

 

【ふーん、そうなんだ】

 

正規の英霊だけあって知識は私よりも上ね。癪だけど、それは認めないといけないみたい。

 

「みむう」

 

「ぷぎゅ」

 

「シズクー、散歩に行ってくるでござるよー」

 

シロって言う狼人間の子供がチビ達を連れて家を飛び出して行く、映像を映す箱の前では変な髪形の子供が煎餅を齧ってるし……。

 

【あのさ、この家って人間少ない?】

 

蛍と横島以外人間を見なかったわねと思いそう尋ねる。私を警戒していた人間は大分見たけど、この家では全然見なかったし……実際どうなのか?と尋ねる。

 

【少ないって言うか基本的に横島だけじゃな】

 

【蛍も遊びに来ますけどね。基本的には主殿だけですね】

 

……横島ってあいつ本当に大丈夫なのかしら?こんな言い方をするのは何だけど、人間の方が圧倒的に少ないこの環境でよく平然と暮らせるわね……。

 

【あいつって何考えてるの?】

 

【基本的に何も考えて無いな】

 

【まぁ偏見がないので我々も過ごしやすいので文句はありませんよ。主殿の警戒心の弱い部分は我々が何とかすれば良いだけですし】

 

ああ、横島が無警戒な分。周りの連中が警戒すると……。

 

【馬鹿しかいないのかしら?】

 

「それね。私がずっと思ってることよ」

 

煎餅を齧っていたタマモが死んだ目をしてそう呟いた。笑うべきなのか憐れに思うべきなのか、それとも同情するべきなのか……私は何とも言えない表情をするしかなかった。

 

「……おい、買い物行くぞ。タマモ、ジャンヌ準備しろ」

 

「えーめんどくさ、なんで私?」

 

【というか私もですか?】

 

シズクにそう言われてタマモと一緒に文句を言うと、凄い目で睨まれた。

 

「……お前の服を買いに行くんだ。後紫のも」

 

「あーなる、OK」

 

【服? そんな物必要ないですけど?】

 

「……マントと鎧で出歩くつもりか?」

 

……確かにそう言われると外に出れ無いと言うのは面白くないと気付きシズクの申し出を受け入れる事にしたのですが……

 

【痛い痛い!! なにするんですか!?】

 

「……眼魂の中に入れようと思って」

 

【だからって頬に押し付けます!?】

 

「……大丈夫大丈夫」

 

【何がッ!?】

 

出発前の1悶着で私が疲れ切ったのは言うまでも無いだろう……。

 

 

 

~西条視点~

 

ジャンヌダルク・オルタは要警戒扱いだが、基本的には無害らしいので僕は僕で別の仕事に掛かりきりだった。

 

「今回の件でマリア7世は大変お怒りです。何て事をしてくれたのですか」

 

『そうは言われてもだな。私が命令した訳ではない』

 

「そんな言い訳が通用すると思いますか?僕のほうではどうしようも出来ないですからね」

 

『待て、オカルトGメンの人間として説得に』

 

「もう僕に出来る範囲では十分に協力しました。即日国際裁判所に訴えないようにしてもらっただけで手一杯です。では失礼します」

 

待てと叫んでいるオカルトGメンのヨーロッパ支部の支部長の言葉を無視して受話器をおいて、ついでに電源コードも引き抜いた。

 

「先輩も随分と無茶をしますね?」

 

くすくすと笑っている魔女その物というべき服装をしている魔鈴めぐみ君に苦笑する。

 

「めぐみ君……仕方ないだろう?これで日本での問題と言われこの地位を降ろされる訳には行かないんだ」

 

権力が欲しいわけではない。だが今の僕には権力を伴う力が必要なのだから、何をしてもオカルトGメン日本支部の所長という立場を失う訳には行かない。

 

「先輩変わりましたね?前みたいに女たらしじゃなくなりました」

 

【おや?西条君は女たらしだったのかネ?】

 

「ええ、毎日毎日違う女性を連れていたんですよ?教授」

 

【はっはっは!!いやあ、これは良いことを聞いたネ】

 

「止めてくれないか2人とも……あの時は僕も若かった。それだけだよ」

 

イギリスのオカルト学科の後輩だっためぐみ君は僕の学生時代の事を知っているだけに、懐かしさもあるが、それと同時に天敵に等しい。特に教授にその事を話したのは本当に止めて欲しい……教授なんて絶対弱みを握られてはいけないタイプの人種だから余計にだ。

 

「くえすも随分と丸くなってますし、本当に少し見ない間に随分と変わりました」

 

神宮寺君が丸くなっているって言うのはあれで?って思うかもしれないが、あれでも確かに丸くはなってはいるんだよな。元がとんがり過ぎていたと言うか、凶暴すぎただけで……。

 

【え?彼女あれで丸くなってるノ?】

 

「すぐに呪いとか銃をぶっ放すことは無くなりましたから」

 

【それ基準なノ?】

 

10人が10人間違いなく美人と答えるのが神宮寺君だ。だがその外見に目を奪われ、近づけば焼かれるか、銃で撃たれるか……触れれば切れる所か近づけば殺されるが以前の神宮寺くえすだった。それに暗殺専門の裏のGSだった経歴を考えれば間違いなく危険人物だ。今は一切そういう事をしていないとは言っても以前の経歴が全て消える訳ではない。

 

「そんなにも横島君でしたっけ?彼にぞっこんなんですか?」

 

「ぞっこんというか執着だね。横島君は素直すぎるからか、神宮寺君にも随分と懐いているよ」

 

自分の経歴を知りつつも、今の神宮寺君は優しいから良い人って言って、100%の信用と信頼を向けている。それがくえすにとっては心地よくて、そして手放したくない物と感じているのだろう。

 

【でもさ、それってかなりやばいよネ?マイボーイにガールフレンドなんか出来たら……】

 

教授がそこで口篭った……と言うかあれだ。うん……あれだよ。

 

「その女殺すってふつうにやるでしょうね、くえすなら」

 

言わなかったのに!!!神宮寺君の凶暴性と横島君への執着心は凄まじい物がある。それこそあれだ、慈愛に満ちた表情で横島君に近寄って、その後には瞳孔が開いた骸が……。

 

「【駄目だ、殺人事件になる展開しか想像出来ない】」

 

神宮寺君のやばさを再認識する事になった。むしろ自分の想像力の豊かさに馬鹿と言いたくなった。

 

「そんなに心配なら私が1度くえすを見て来ましょうか?私とくえすじゃないと解析出来ない魔道書もありましたし」

 

今の話を聞いていたら普通は逃げることを選択するだろう。それなのに見に行ってくれると言ってくれためぐみ君には感謝しかなかった。

 

「危険だ」

 

「大丈夫ですよ。一応ほら、友人ですし、魔法使い同士で話も出来ると思いますから」

 

そう笑って出て行くめぐみ君を見送ったのだが、2時間後公衆電話からのめぐみ君の電話に僕と教授は絶句した。

 

【完全に逝ってますね、これはやばいです。爆発寸前です】

 

聞きたくなかったくえすの爆発寸前状態を聞いて、僕迷わず受話器を手に取った。

 

「あ、もしもし?令子ちゃん?悪いんだけど、明日でいいんだけど横島君に神宮寺君の所に行って貰える様に頼めないかな?そうそう書類

書類、僕とか神代会長だと神宮寺君がへそを曲げるかもしれないだろ?だから横島君に頼みたいんだ。あ、良い?ありがとう、ごめんね」

 

受話器を戻すと教授がジト目で僕を見つめていた。

 

【マイボーイに爆弾処理でもさせるつもりかな?】

 

「……だってそれしか手段が無いだろう?ほかに何か良いアイデアある?」

 

【ないネ!でもなぁ、彼女バリバリ肉食だヨ】

 

「そこだけが懸念材料なんだ」

 

爆発物処理に横島君を送り込んで、そのまま押し倒されないかという心配はあったが、爆発寸前のくえすを止める方法はこれしか僕達には思いつかないのだった……。

 

 

 

 

 

 

~愛子視点~

 

久しぶりに横島君が学校に来ていたけど、提出物とかテストの受けなおしとかで横島君が教室に顔を見せることは無く、下校時間になってしまった。

 

「横島さん。顔見せてくれなかったですノー」

 

「大分課題も溜まっていたみたいですからね」

 

もしかしたら顔を見せてくれるかもしれないと思って待っていたピート君達の間にもそろそろ帰ろうかという雰囲気が出てきた頃。教室の扉が開いた。

 

「お?ピート達まだ残ってたのか」

 

横島君の声がして私達は反射的に声の方向に視線を向けて、そのまま動きを止めた。

 

「お散歩まだー?」

 

「荷物を持って帰ったらな」

 

横島君の背中に導師服って言うのかな?中華系の服を着た幼女がぶら下がっていた。でも人間じゃない、彼女からは神通力と魔力が発せられていて神魔であると言うことは明らかだった。

 

「あの、横島君。後の子は?」

 

「おう、愛子にも紹介するぜ。紫ちゃんって言うんだ。京都で知り合ったんだけど、凄く懐いてくれて一緒にいるんだ。机の上に座ってるのが愛子、金髪なのがピート、そこのでかいのがタイガーだ。紫ちゃんもご挨拶」

 

「紫だよ、こんにちわ♪ お兄さん、お姉さん」

 

にぱっと笑いながら自己紹介をしてくれる紫ちゃんは穏やかで、そして礼儀正しい女の子だった。

 

「ねー早くお散歩行こうよ。お兄さん」

 

礼儀正しいと思ったのは気のせいかな?いや、多分普段は礼儀正しくて大人しい子なんだろう。ただ横島君に遊んで欲しくて、構って欲しくてしょうがないのか、服を引っ張ったりして自分に視線を向けさせようとしているのは本当に子供という感じだった。

 

「ちょっと待ってね、えっと……参考書参考書……あったあった」

 

机から参考書を取り出し、横島君が鞄の中に参考書をしまう。

 

「まだ横島さんは忙しい感じなんですか?」

 

「授業を受けなくて大丈夫?」

 

紫ちゃんには悪いけど、私達も久しぶりに会うのだから少しくらい話をしたいと思い、そう声を掛けたんだけど、ピート君と完全にダブってしまった。

 

「んーぼちぼちかなあ、まだ暫くばたばたしそう」

 

「それはあのジャンヌ・オルタって人のせいですかノー?」

 

「そうそう、でも美神さん達が警戒するほど悪い人じゃないんだぜ?ちょっと口は悪いけど、優しくて良い人だよ?神宮寺さんみたいな感じでさ」

 

……いや、それは横島君だから特別優しいって事じゃないかしら?言ったら悪いけど……あの人良い人って言う概念から180度間逆の存在だと思う……。

 

(いやいや人は見かけによらないって言うし)

 

ちょっと怖くて、殺気に溢れてて、目が合うだけで殺されるって思う……。

 

(駄目だ、恐怖が先にくる!)

 

1回会っただけの神宮寺さんが恐ろしすぎて、彼女に似ている良い人って言うのが全然想像出来ない。

 

「なんか随分騒がしいですね?」

 

「どうしたんですかノー?」

 

「誰かいるのかしら?美神さんとか?」

 

門の所がやけに騒がしいけど、美神さんが横島君でも迎えに来たかな?と全員で窓の外を見て、私達は思わず絶句した。壁に背中を預けて、腕を組んでいるとんでもない美女がいたんだけどファー付きジャケットに、なんだろうボディコン?身体にフィットする感じのワンピースに編み上げのブーツ。黒一色のコーディネートにやばい人だって言う印象がどうしても強い。モデル顔負けの美人だけど、その冷たい眼光に皆が虫の子を散らすように逃げていく……いや、本当にやばい人にしか見えないんだけど、それに横島君の言う通り神宮寺さんに恐ろしいほどに良く似ている……。

 

「あ。ジャンヌだ」

 

「本当だ、遅いから様子を見に来てくれたのかな?ほら、愛子、ピート、タイガー。あの人がジャンヌさんだよ」

 

横島君が凄いにこにこと笑いながら言うけど、いやいや、横島君はもう少し見る目を養ったほうが良いと思う。あの人はどう見てもやばい人にしか見えない。

 

「迎えに来てくれてるから帰るわ」

 

「帰り道でお散歩も忘れないでね!」

 

判ってる判ってると紫ちゃんをおんぶして教室を出て行く横島君。暫くすると横島君が姿を見せるとうりぼーやチビ、シロちゃん達がその周りを跳ね回り、横島君にお帰りと言わんばかりのジェスチャーをして喜びを露にしているのは見ていて微笑ましいと思える。

 

「……」

 

あのクールを通り越して、冷酷って感じのような感じだったジャンヌが柔らかく微笑んだのだ。横島君に向かって、その顔を見れば彼女も横島君に想いを寄せているのは明らかで、そして横島君も非常に気を許している。

 

(私の方が付き合いが長いのに……ッ)

 

ポッとでの相手になにもかも掻っ攫われたような気がする。しかしだ、直接戦っても勝てる気がまるでしないと言うか怖すぎる相手だ。

 

「あの、愛子さん。大丈夫ですか?」

 

「ワタシはゼンゼンダイジョウブダヨ?」

 

「駄目っぽいですノー」

 

なんでこんなにも出遅れてしまうのだろうか、やっぱり外を歩けるようになったからもう少し積極的になるべきなのだろうか?ジャンヌさんをポーっとした表情で見ていた生徒達は横島君の知り合いと判ると人間じゃないと判ったのか離れ始める。

 

「どうしたら良いのかしら?机の中にもう皆飲み込んでしまおうかな」

 

もう机の中に飲み込んで、タマモちゃんがスイーツ洗脳空間と呼んでくれた中に閉じ込めてしまえば良いのだろうかと思い始める。ピート君やタイガー君が落ち着いてという声が聞こえたが、余りに引き離されたリードをどうやって挽回するか……私はそればかりを考えているのだった……。

 

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

なんかジャンヌ・オルタが凄い現代風の服を着てる……シズク?それともタマモが買い物に連れて行ったのだろうか?美神さんのようなボディコンタイプのワンピースに編み上げのブーツ。そしてファー付きのジャケット……威圧感が半端無いのに不思議と凄く似合っている。

 

「紫ちゃん、あーそーぼー」

 

「良いよ! 遊ぼ♪」

 

横島の散歩コースの公園で揚羽と遊んでいる時にやって来た横島達。この時間帯なら会えるって判っていたけど……ジャンヌ・オルタまで一緒にいるとは思ってなかったのでかなり驚いた。

 

「遊ぶでちゅー!」

 

「わーい♪」

 

前に横島の家で会っていた事もあって、揚羽は人見知りする事無く紫ちゃんを誘い、紫ちゃんが了承すると揚羽の顔がぱぁっと輝いて2人で手を繋いで滑り台に向かって走っていく。その姿を見て横島も満足そうに笑っていた。

 

「ぷーぎゅ、ぴぎー!」

 

「みむう!」

 

【ノブノブー♪】

 

チビとうりぼーは砂場にダイブしてごろごろ転がっている。動物の本能に勝てなかったと思うんだけど、お風呂直行ね。

 

【横島は何時もこんな事をしているのですか?】

 

「雨の日以外は基本的に遊んでるかな、チビ達も喜ぶし」

 

「あとついでに夕食の買出しとかも兼ねてるわね」

 

シズクに買い物を頼まれるのでそのついでに散歩とかにも来るしと私が言うと、ジャンヌ・オルタはふーんっと興味なさそうにしているけど、楽しそうにしている横島を見て口元が緩んでいる。

 

(やっぱり悪い相手には見えないのよね)

 

攻撃的な言動をするけど、決してジャンヌ・オルタは悪人ではないと思う。言動とか行動で誤解されがちだけど、味方に出来ればやっぱり頼もしい相手だと思う。

 

「あれ?揚羽ちゃん?紫ちゃん?」

 

滑り台を滑り降りた2人の姿が消えて、私と横島が立ち上がり。その姿を探しているとジャンヌ・オルタが上!と叫んだ。

 

「上?「「とーうッ!」」ふべえッ!」

 

紫ちゃんの黒い空間からのワープ。それで横島の上に移動した2人が横島の上からボデイプレスをする。

 

「いちち、コラー!」

 

「お兄さんが怒ったー♪」

 

「よこちまが怒ったー♪」

 

横島に追い掛け回されて楽しそうにはしゃいでいる紫ちゃんと揚羽は本当に楽しそうだ。

 

「みむ♪」

 

「ぷぎ!」

 

【ノッブウ!】

 

「な!?チビ達も!?今日は皆いたずらっ子過ぎるだろッ!?」

 

そこにチビ達がボールなどを投げて、横島にいたずらを仕掛け、横島がチビ達も捕まえようと手を伸ばす。追いかけっこをして貰っていると思っているのか、公園の中に楽しそうなチビ達の笑い声が響き続ける。そんな中私はジャンヌ・オルタに一歩近づいた。

 

「1個だけ聞きたいの」

 

【私が横島を裏切るかって?】

 

黄色の瞳に射抜かれ、私が背筋を伸ばすとジャンヌ・オルタはくすりと笑った。

 

【私は裏切らないわよ。私にとっては横島は特別なの、だから裏切るなんて真似はしない。あいつが楽しそうに笑って過ごせるように、またこっち側に踏み込まないように私は私なりの方法で横島を助ける。これで満足?】

 

その目は真っ直ぐで本当の事を言っているということはすぐに判り、一瞬でも疑った自分を恥じた。

 

「だーッ!ジャンヌさん!蛍手伝って!1人じゃ無理!」

 

掴まりかかるとワープで逃げてしまうし、ワープで他の人も跳ばせる紫ちゃんがいるので1人では無理と判断した横島が私達に助けを求める。

 

【しょうがないわね、ほらちびっ子共覚悟しなさいよ。すぐに捕まえてあげるんだから】

 

「あんまり悪戯が過ぎるのも駄目よ」

 

私とジャンヌ・オルタと横島に追い掛け回されも楽しそうに笑いながら逃げ回る紫ちゃん達。これってもしかして逃げ回る相手を柄回る訓練になるんじゃないか?と思うレベルで跳ねて、滑って、走って逃げ回る紫ちゃん達を私達は必死で追いかける。その日陽が落ちるまで公園から楽しそうな声が消えることは無いのだった……。

 

だけど私は1つ誤解をしていた。確かにジャンヌ・オルタの性格は悪人からは程遠い、だけど自分の譲れない物を目の当たりにした時――龍の様に怒り狂う、人型の龍としての側面を確かにジャンヌ・オルタが持っているという事を思い知らされることとなるのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その6へ続く

 

 




ジャンヌオルタINであちこちで心労がマッハとなっていたり、闇落ちが生まれかけておりますが、大丈夫です。平常運転ですからね!
次回は横島君の爆弾処理です、失敗してくえすが暴走するかどうかは全て横島君次第と言う所ですね。後は関係ない話ですけど、ジャンヌ・ダルク・オルタ・リリィって可愛いですよね。深い意味はないんですけど、ただ霊力を使い果たして小さくなるとか伝統芸だなあって言う話です。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

リポート2 竜の魔女リターンズ その6

 

~蛍視点~

 

西条さんがくえすへの届け物を横島に頼んだと美神さん聞き、更に西条さんに呼ばれている美神さんに頼んで、私も西条さんの所に行くのに同行させて貰っていた。既に横島は今頃くえすの元に行っているだろうけど、それでも何故横島に1人に行くように頼んだのかがどうしても解せなかった。

 

「いや、私も大分考えなおすように頼んだんだけどね。どうしても横島君じゃないと駄目だって言ってて」

 

「でも正直今のくえすってめちゃくちゃ危険だと思うんですけど……」

 

正直何故西条さんが横島に届け物を頼んだと言うのが気になっていた。こういったらなんだけど、今のくえすの精神状態ってかなりめちゃくちゃだと思う。

 

「横島君が危ないのは私も承知してるけど、ノッブと牛若丸もいるから大丈夫だと思う」

 

「……それでもめちゃくちゃ不安なんですけど……」

 

とりあえず西条さんには何故横島に届け物を頼んだのか、そこの所を問いただそうと意気込んでオカルトGメンの所長室に足を向けていると、そちらから琉璃さんの声が響いてきた。

 

『いやいや、正気!?今のくえすに横島君を会いに行かせるとか鴨ネギよ!?』

 

『それは僕も重々承知してるんだけど、正直神宮寺の手綱を握れるのって横島君だけだと思うんだよ』

 

琉璃さんの意見には私も100%同意出来る。横島が無防備で尋ねて来たら凄いチャンスだと思うと思う、特にくえすみたいな性格だと甘言で単純な横島を取り込もうとすると思う。

 

『それは生贄って言うのよ!?』

 

『……大丈夫だと思う』

 

『まぁまぁ、西条先輩は余計な事を言わないで、神代会長の言い分も判ります。ですが、同じ魔女として大丈夫ではあると私が断言します』

 

西条さんと琉璃さんの話し合いにもう1人の声が加わった。でもこの声は知らない人の声だ……。

 

「誰ですか?」

 

「魔鈴めぐみ。マリア7世と一緒に来日してるのよ」

 

美神さんに言われてやっと思いだした。だけど良く考えると私達と魔鈴めぐみってあんまり関係性がなかったから、記憶の中の人物と声が合致しなかったのだろう。

 

(それにあんまり重要視していなかったしなあ……)

 

白魔法の専門家で攻撃的な技能は余りにも貧弱、確かに一定レベルの攻撃は出来るが美神さん達よりも格段に劣っている相手でお父さんも興味を抱いていなかった。それにこの世界ではくえすという圧倒的な能力を持つ魔女がいるからこそ余計にめぐみさんに対する興味が低かったみたいだ。

 

「西条さん。入るわよ」

 

美神さんがそう声を掛けてから西条さんの部屋の中に入り、その後を追って私も西条さんの部屋の中に入ると琉璃さんを宥めている如何にも魔女という風貌の女性がいた。その姿を見てやっと私はめぐみさんの事を思い出せた。

 

「あら?美神さん、こんにちわ。そちらの子が美神さんのお弟子さんですか?」

 

「そうよ、芦蛍ちゃん。それよりも魔女だから大丈夫って言うのはどういう事?」

 

私の事を紹介し、すぐに魔女だから大丈夫と言う発言の真意を尋ねる美神さん。少し声に棘があったのだが、めぐみさんはにこりと微笑み、私達に椅子に座るように促した。

 

「魔法使いと魔女の違いって判りますか?」

 

「何それ?言葉遊び?」

 

私もそう思った。魔女と魔法使いの違いなんて私にはあるように思えなかった。魔法を使うって言う意味では同じに思えるし、魔法使いと魔女の違いなんて無いように思える。

 

「なるほど、では先輩と神代会長はわかりますか?」

 

「いや、僕も降参だ。魔女と魔法使いは同じではないのかな?」

 

「私もそう思うんだけど……何か明確な違いがあるの?」

 

やっぱり美神さん達も判らないと告げてめぐみさんに降参だと告げる。するとめぐみさんはふふっと小さく笑い、小首を傾げた。

 

「私も判りません」

 

「「「「おいッ!」」」」

 

あれだけ自信たっぷりな表情をしておいて判らないと言うめぐみさんに思わずおいっと言った私達は絶対に悪くない。

 

「だから私の私見になるんですけど……魔法使いは現実をまだ知らず、夢を見ていられる時。そして魔女は受け入れ難い現実を知り、心が

磨耗した時の事を示すと思うんですよ」

 

それは余りにも抽象的だった。現実を知っているか、知らないか?それが何故魔女と魔法使いという存在を分けると言う意味は全く意味が判らなかった。

 

「受け入れ難い現実って言うのは魔法使いの心を傷つけます。そうして心が砕けたら魔法使いは魔女となり、そして悪魔になります。判りますか?魔法は魔の術、使えばその心を蝕み、夢を願いを失えば……人間でありながら、魔法使いや魔女は魔神にも、悪魔にもなってしまうんです」

 

それは判らない話ではない、魔法や魔術は魔族の術だ。それを人間が使えばその魂が魔族に近寄るのは当然だ……そうならないように踏み止まる何かが魔女と魔法使いには必要だとめぐみさんは言った。

 

「人間性って事?」

 

「ええ、己を失わず、人間としての道徳と善性を残す事……それが魔法使いにも、魔女にも必要とされるんです」

 

「「「「道徳と善性?」」」」

 

「こほん、まぁ確かにくえすは善性とは皆無な性格ですけど……ヨーロッパにいた時はにこりともしなかったんですよ?それを考えれば、

横島君でしたね。彼の存在はくえすにとって人間側に踏み止まる楔石なんです。自分の気持ちだけを強引に押し付けて嫌われる事をくえすは何よりも恐れている、だから大丈夫なんです」

 

「だから大丈夫だって言いたいんですか?それは余りにも楽観的では?」

 

私がそう言うとめぐみさんは判ってますよと言わんばかりの笑みを浮かべ、なんか凄く居心地が悪く感じた。

 

「適度にガス抜き出来れば良いんですよ。くえすも少しガス抜き出来れば落ち着くでしょう、彼女は誰よりも自分を律するって事を徹底してますからね」

 

横島君と話をすれば落ち着くでしょうとしたり顔で言うめぐみさんだけど、やっぱり私達には信用出来なくて本当とかなあという気持ちの方が強かった。

 

「所で琉璃も西条さんに文句を言いに来たの?」

 

「あ、いえ、それはついでで、本題は冥華さんからの頼みで」

 

「「じゃ、そういうことで」」

 

「逃がしませんよッ!」

 

冥華さんの名前が出て逃げようとした私と美神さんの服を掴む琉璃さん。横島の事で文句を言いに来たのに、まさかそれが更なる地獄に私達を引きずり込むことになるとは夢にも思わないのだった……。

 

 

 

 

 

~くえす視点~

 

めぐみの語る魔女と魔法使いの関係性は当たらずとも遠からずだった。魔に属する術を使う以上己が魔に落ちないように、踏み止まれる何かの心の支えが必要だった。それがなければ心を蝕む魔力には勝てず、魔に染まることは当然の事だった。魔女、魔法使いに限らず闇側の術を使う者には最後の一線を踏み越えない為の何かが必要だ。人によってはそれが道徳であったり、人を信じる心であったりと様々だ。それが依存や執着と言った負の感情であったとしても、魔に完全に落ちる前に踏み止まれる要素であれば人には必要となる。それが神宮寺くえすと言う限りなく魔に近い魔女にとっての外付けの良心――横島忠夫と言う存在だった。

 

「わぁ。この紅茶美味しいですね」

 

「ミルクと砂糖をそれだけ入れておいて紅茶の味が判るんですか?」

 

良い茶葉を使っているのに砂糖をミルクをたっぷりと入れた横島にそう言うと、横島は肩を竦めて申し訳なさそうな顔をした。

 

「うっ、それを言われると辛いですね」

 

「別に怒っている訳ではないのですのよ?ただ飲んでから味を調整して欲しかったんですのよ」

 

別に横島を悲しませたい訳でもないので、すぐにそうフォローを入れる。正直に言えば100gで8000円を越える最高級のダージリンだ。その香りを楽しんで欲しかったという気持ちがないわけでは無いが……横島には少し早すぎたかもしれないと少し後悔した。

 

「今度はココアにしましょうかね?」

 

「いや、それは流石に……」

 

「それだけ砂糖とミルクを入れているんですから、そっちの方が飲みやすいのでは?」

 

ロイヤルミルクティーでもそれだけミルクを入れないだろうという量を入れているので、最初から甘い方が横島には喜ばれるのかもしれない。

 

「でもケーキと一緒に食べると丁度良いですよ?いやむしろ甘すぎる?」

 

【横島よ、そのケーキを合わせる用の紅茶だ】

 

「そうですわよ?だからミルクと砂糖は殆ど入れないのが普通ですわ」

 

「マジか……」

 

心眼が横島と一緒なのは当然の事だからそれに目くじらを立てない。むしろ心眼は私も琉璃も蛍も観察して、誰が1番横島に相応しいと考えている素振りさえある。ならば心眼を味方につけてしまえばかなり有利になるのでは?とさえ思っている。

 

「……えっと、もう1杯貰えますか?」

 

「ええ、良いですわよ?」

 

空になったティーカップに紅茶を注いで横島に差し出す。すると今度は香りを嗅ぐ素振りを見せ、驚いた顔をする。

 

「凄く良い香りがします。えっと花って言うか、うーん。凄く熟した果物みたいな……?」

 

「そういう種類の茶葉ですからね。セカンドフラッシュと言うのですわ」

 

夏に摘んだ最高級のダージリンだ。その香りも味わいも紅茶の中では1・2を争うほどの物だ、それこそ紅茶の女王と言われるほどの品なのだと説明すると横島は感心したような表情を浮かべる。

 

「やっぱり神宮寺さんは凄いですね」

 

ぽやぽやとした警戒心も敵意もない、純粋な尊敬と好意がその表情から伝わってくる。その顔を見ているだけで荒んでいた自分の心が落ち着いてくるのが判り、思わず苦笑する。どれだけ自分が横島に惚れ込んでいるのか、それが自分で判ってしまったからだ。

 

(めぐみになにも見抜かれているようで面白くはないですけどね)

 

横島が西条からの届け物と言って持ってきた封筒には1枚の書類――と言うか手紙で、要約すると少しガス抜きしなさいと、そして早く2人じゃないと解読出来ない魔道書の解読を始めようと言う旨の手紙だった。私がイラついているのも、ジャンヌ・オルタを敵視しているのも、何もかもわかってますと言わんばかりのめぐみの反応が凄く腹が立つ。

 

「何か怒ってます?」

 

「いえ、別にそう言う訳ではないですわよ。ただ色々考える事があるって事ですわね」

 

私がそう言うと横島は申し訳なさそうな顔をして、私の反応を窺うような顔をした。

 

「ジャンヌさんの事ですか?」

 

横島の口から出たジャンヌ・オルタの名前に眉が寄った。それを見て、横島はすみませんと謝罪の言葉を口にする。

 

「その神宮寺さんが俺の事を心配してくれてるのは判るんです。でも、ジャンヌさんは悪い人じゃないんです」

 

上機嫌だったのが一瞬で最低の気持ちになるのが判る。これがまだ蛍の名前だったのならば、自制も利いただろう。だがジャンヌ・オルタは駄目だ。駄目な理由も判ってる、あいつと私は余りにも似ている。だからこそ私は腹が立つ……同属嫌悪と言うやつと言うのは判っている。

 

「それを私に言って横島は何を望んでいるのです?仲良くしろとでも?」

 

横島の頼みでもそれだけは聞き入れられない。むこうも同じだろう、余りにも似通っているからこそ私達は決して相容れない。

 

「あ、いや、別にそういうわけじゃなくて……そのえっと……」

 

「言いたい事があるなら、はっきりと言いなさい」

 

私が強い口調で言うと横島はそのしどろもどろになりながらも自分の考えを口にした。

 

「そのジャンヌさんはジャンヌさんで、神宮寺さんは神宮寺さんで、これからもまた神宮寺さんには色々助けて貰えたらなって思うんですよ」

 

ジャンヌ・オルタを特別視している訳ではない、しかし私を特別視している訳でもない。でもそれが横島らしさなのではと思った、そう思うと上手く説明出来ないのだが、何かこうストンと腑に落ちるものがあった。

 

(ああ、簡単なことだったのですね)

 

横島がジャンヌ・オルタだけを特別視し、自分への興味や、今までのように頼られることが無くなると言うのが嫌だったというのが判ると、自分でも馬鹿馬鹿しい事で悩んでいたと思わず笑ってしまった。

 

「えっと?怒ってます?」

 

「良いでしょう。助けてくれと言うのならば何度でも助けてあげますわ。そうですわね、ジャンヌなんかよりも私の方が優れているという

事を教えてあげましょう」

 

「いや、そういうことじゃな「とにかくこの話は終わりですわ、今日はもうジャンヌの名前を聞きたくありません」……うい」

 

横島は争って欲しい訳ではないと言ったが、私とジャンヌの追突はまのがれない。その上で私の方がジャンヌよりも優れている――それを横島に教えてやればいい、そう思うと私は笑いを抑えれず、横島がどうしようと言う顔をしているのを見て、更に笑いがこみ上げてきた。

 

「別に喧嘩する訳ではないので安心してくれて良いですわよ?」

 

「ほ、本当ですか?喧嘩とかしないでくださいよ」

 

「ええ、約束しますわ」

 

屈服させて、悔しそうな顔をしているのを見下すの面白いと思い喧嘩しないと横島に約束した。だが私とジャンヌが出会った時に始まったのは喧嘩なんて言うものではなく、殺し合いへと発展する事になる事をこの時の私も、いえ、誰もが予想にもしないのだった……。

 

 

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

ジャンヌダルク・オルタに関しては最高指導者から様子見と言う指示が降りた。その理由は簡単だ、排除すれば横島さんの反発と反感を買う事が判っているからだ。

 

「横島はもう少し警戒心とか人を疑うことを覚えさせるべきだと思う」

 

「ですね。横島は警戒心とか皆無ですし」

 

メドーサとブリュンヒルデさんが溜め息と共に言うと、今回特別に話し合いに参加していたルキフグスさんがエプロンで手を拭きながら、私達の座っている机の一角に腰を下ろした。

 

「横島ですけど、警戒心はかなり強いですよ?私がルイ様のお願いでお手伝いをしているときも最初は凄い警戒してました」

 

「は?いやいや、嘘だろ?」

 

「私もそう思うんですけど、何か証拠でも?」

 

私達の知っている横島さんとルキフグスさんが見ていた横島さん――そこには大きな認識の差があるような気がしてならない。正直横島さんが誰かを警戒している所なんて見たことがない。

 

「簡単に言うと信用しているからでしょうね。貴方達が自分や自分の周りに害を与えない――そう認識しているから無警戒なんですよ。横

島本人はかなり人見知りですし、かなり慎重ですよ」

 

「「「嘘だぁ……」」」

 

魔界の宰相なんて言う役職にいるので人を見る目はあると思うんですが、横島さんが警戒心が強いとか正直信じられない。

 

「よく観察していれば判りますよ。警戒するべき人間とそうじゃない人間を一瞬で判別してるので、かなり判りにくいと思いますけどね」

 

私達とルキフグスさんの差と考えると日常的に横島さんの家にいるかどうかだと思う。もしかすると私達の見ていない所で……見ていない所で……。

 

「駄目ですね、警戒心の強い横島さんが想像出来ません」

 

「その前にシズク達が排除しそう」

 

「私も同意見です」

 

横島さんの警戒心よりも牛若丸さん達の方が警戒心が遥かに上だ。ルキフグスさんの言う通り横島さんの警戒心がかなり強いとしても、それ以上にシズクさん達の方が警戒心が上という風にしか思えない……そんな事を考えていると私達の部屋の電話が鳴った。

 

「……物凄く嫌な予感がするんだけど」

 

「私もです」

 

龍の直感と言っても良い、この電話は様々な切っ掛けとなると判っていた……それでも取らざるを得ない。この番号を知っているのは美神さん達だけ、紛れも無く何かが起きようとしている。

 

「もし『もしもし小竜姫様!?悪いんだけどすぐにこっちに来てッ!』ッつう」

 

もしもしと言い切る前に美神さんの悲鳴にも似た声が響き思わず受話器を耳から離した。その焦りようから間違いなく最悪の事態だと言うのは判った。私の反応を見てメドーサ達もただ事ではないと悟り、臨戦態勢に入る。

 

「落ち着いてください美神さん!何があったのか教えてください!」

 

『除霊の依頼があって横島君達と仕事に出ていたのッ!それにジャンヌ・オルタもついてきて』

 

「ちょっと待ってください!ジャンヌ・オルタを連れ出したんですかッ!?何故そんなことをッ!」

 

ジャンヌ・オルタの扱いは慎重に慎重に対処してくれと言ったのに、何故除霊なんて言うイレギュラーの発生確率の高い場所に連れて行ったのかと思わず怒鳴ってしまった。

 

『勝手に着いて来たのよ!私のせいじゃないわッ!そ、それよりもジャンヌ・オルタが急に私達に怒り出したのよ!私達のせいで横島君がこちら側に来てしまった、お前達は何をしていたって!横島君を気絶させてどこかにいったのよ!』

 

こちら側?その言葉の意味は判らない、判らないが友好的だったジャンヌ・オルタが急に敵対するほどの何かがあったと見て間違いないだろう。

 

「判りました。すぐに私達も其方に向かいます、今どこにいますか?」

 

『ジャンヌ・オルタの魔力の痕跡を追いかけてる所!蛍ちゃんに変わるから詳しくは蛍ちゃんに聞いて、全員しっかり掴まっててよ!』

 

電話越しに聞こえる悲鳴とアスファルトを削る音を聞いて、追いかけながら電話をしていたのかと今悟った。

 

『もしもし小竜姫様ですか!?』

 

「はい、落ち着いて何か目印があれば、その近くまで行きますからある程度で良いんです、現在位置を教えてください」

 

空を飛べるので合流まではそう時間は掛からない、なにか目印があれば良いと伝えると蛍さんは場所が判りますときっぱりと告げ、私にその場所を告げた。

 

「すぐに合流します、メドーサとブリュンヒルデさんも一緒に行くので安心してください」

 

受話器を電話に戻し、険しい顔付きをしているメドーサとブリュンヒルデさんに視線を向ける。

 

「どこへ行けば良い?」

 

「遠い場所ですか?」

 

武具を展開している2人を見ながら私も2振りの神刀を装備し、龍神の武具を素早く身につける。

 

「場所は博物館です。龍の魔女の旗が飾られていたあの博物館だそうです。急ぎましょう、横島さんが危ない」

 

ジャンヌ・オルタが召喚された博物館。旗が飾られていた部屋の真ん中で眠る横島を大事な宝物に触れるように撫でるジャンヌ・オルタの瞳は酷く優しい。自分の着ていたマントを横島に着させ立ち上がるジャンヌ・オルタ。立ち上がった時、その瞳には何もかもを焼き尽くす激しい憎悪の炎が宿っていた。

 

【まだ間に合うぞ。ジャンヌ】

 

【はッ!余計なお世話よ、心眼。私はね、許せないのよ。判る?いや、判らないでしょうね。私はアヴェンジャー、復讐者。この怒り、この憎悪は誰にも理解などされぬ】

 

【判る。お前の怒りは判る】

 

殺気を帯びた視線を心眼に向けたジャンヌ・オルタは何かを悟ったような表情を浮かべた。

 

【そう、あんたもそうなの。じゃあなんで、そんなに冷静なの?】

 

【私は横島の信じた者を信じると決めているからだ。お前ももう少し様子を見ろ、今なら私が弁解を手伝ってやる】

 

【あんたも随分なお人よしね、でも私は違う。私は許さない……このまま戦えば横島は戻れない】

 

【そうとは限らない】

 

【いいえ、なるわ。私には判る、横島が堕ちてしまう、私達の側に来てしまう。私はそれを許さない、そして私は私自身を許さない、そして私は横島をここまで追い詰めたすべてを許さない】

 

【悲しむぞ。考え直せ】

 

【駄目よ、言葉で止まるほど私の憎悪は、怒りは安くない。大人しくここにいなさい、どうせ出れないだろうけどね】

 

そう告げて歩き出すジャンヌ・オルタの姿は漆黒の甲冑に包まれ、竜の魔女の旗と剣を腰に携えその場を後にする。

 

【止めなければッ!横島!おい横島起きろッ!】

 

眠り続ける横島を起そうと叫ぶ心眼、だが横島に起きる気配は無くまるで胎児のように丸くなり、横島は深い深い眠りに落ちていたのだった……。

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その7へ続く

 

 




次回はボスバトル ジャンヌ・オルタになります。ジャンヌが何を感じ、そして何を悟り怒ったのか、心眼とジャンヌ・オルタの共通点とは?そこを次回は書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート2 竜の魔女リターンズ その7

 

 

~美神視点~

 

恐れていた事が現実になってしまった。ジャンヌ・オルタが突然の激昂、そして横島君を連れて姿を消した。幸いにもジャンヌ・オルタの圧倒的な魔力を追いかけてきたから見失う事はなかったけれど、正直この魔力の残滓は業と残してきているように思える。

 

「……美神。お前どう思ってる」

 

「正直に言うと、ジャンヌ・オルタの怒りは判らない訳でもないのよね」

 

突然だったから動揺もしたが、落ち着いて考えればジャンヌ・オルタの激昂の理由が判らない訳ではなかった。

 

【お前達は何をしていた、何故横島をこちらに踏み込ませたッ!もう戻れない、何故、お前達は何をしていたッ!!】

 

私達に向ける怒りと共にジャンヌ・オルタは自分自身にも怒りを覚えていたのが伝わってきていた。

 

【説得は出来なくも無いと思うが……そう簡単にはいかんぞ?】

 

ノッブが険しい顔をして私達に言う。それは私達も判っていた、ジャンヌ・オルタがガープの手先だったわけではない……ジャンヌ・オルタが怒ったのはきっと横島君の霊力の中に狂神石の力を感じただからだろう。狂神石の脅威を知るジャンヌ・オルタだからこそ、怒りを爆発させたのだろう。

 

【ジャンヌ殿は主殿を常に気に掛けておられましたからな。口調は悪いですが、悪い御仁ではなかったと思いますよ】

 

横島君の家で一緒に過ごしていたからその人となりを理解した牛若丸がジャンヌ・オルタのフォローをする。私達も話し合いの余地があれば、それで済めばいいと思ってる。

 

「だけど、物事はそんなに簡単じゃないわ」

 

ジャンヌ・オルタは人型の龍と言っても良い、その気性の激しさ、そして己の守りたい者に執着するのはある意味龍の特性と言っても良いだろう。

 

「今のジャンヌに話し合いの余地がありますかね?」

 

「……多分、無いわね」

 

博物館の天井をぶち抜いて上がった火柱を見て私も蛍ちゃんもシズクもノッブ達も目が死んでいた。駄目だこれって一目で判る最悪の行動だった。そして更に最悪は重なった……背後から聞こえてきたくえすの声に振り返ると完全に目のハイライトがOFFになっているくえすがいた。

 

「なるほど、横島をさらった挙句、この挑発行動。殺しても良いですわよね?」

 

殺意しかない、くえすの瞳孔が完全に開いている。一目で判る駄目なやつだ……そらそうだ、あれだけ魔力を撒き散らして行動しているんだ。くえすが気付かない訳がない。しかしだ、くえすとジャンヌ・オルタの正面衝突とか地獄絵図でしかない。お互いに炎の専門家……博物館に展示されている貴重な霊具などが消し飛ぶ光景が脳裏を過ぎる。

 

「ちょっと待ちなさいくえす。小竜姫様達が来るまでは突入は駄目よ」

 

博物館に突入しようとするくえすの肩を掴んで止めようとしたが、その肩に触れた瞬間……私はくえすの肩から手を放していた。凄まじい熱と魔力に驚いたからだ。元々神魔で考えれば中級クラスと言われていたくえすの魔力が上級にまで上がっているのを触れただけで私は感じ取った。

 

「私は行きますわよ。あいつを消し飛ばして横島を助ける。簡単な話ですから、小竜姫など関係ありません」

 

この傍若無人っぷりはくえすって感じだ。だけど相手は近接戦闘のエキスパート、魔法タイプのくえすの勝算はかなり低い筈だ。

 

「ハッ、私が切り札も無しに動くと思いますか? 余計なお世話ですわよ」

 

自信に満ちた表情を見ればくえすが何かジャンヌ・オルタに対する鬼札を持っているのは判った。

 

「……慢心するな、相手は英霊だ」

 

「神魔でありながら英霊相手に何も出来ず横島を攫われたお前に言われることなんて何もありませんわ」

 

シズクの忠告にも喧嘩腰だ。刺々しい態度と何も見ていない瞳――横島君に出会う前のくえすに完全に戻っている。

 

(実際此処まで追詰められていたってことか)

 

くえすが想像以上に追詰められていた、そしてジャンヌ・オルタの魔力とこの場にいない横島君の姿を見て完全に切れていると私は悟った。

 

「大体、私はあの英霊を元々信じていません。それなのに横島と一緒にいることを許した貴女達にも問題があるのですわ、あんな危険な英

霊は即刻排除するべきだったのです」

 

「それは違うんじゃないくえす。ジャンヌ・オルタが怒ったのは横島の中に狂神石の魔力を見たからだわ、つまり私達に怒っているのよ。ジャンヌ・オルタにこの行動をさせたのはくえすも含めて私達全員だわ」

 

くえすの排除しろと言う言葉を聞いて蛍ちゃんが前に出て、くえすの肩を強引に掴んで止めた。くえすが振り解こうとするが、蛍ちゃんはその肩を離さず、きっぱりとした口調でジャンヌ・オルタが悪いのではなく、私達が悪いのだと告げたのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

くえすの気持ちは判らない訳でもなかった。それにジャンヌ・オルタの行動も決して許される事ではない。だが、盲目にジャンヌ・オルタだけが悪いというくえすをそのままにする事なんて出来る訳がなかった。

 

「蛍はあの贋作の味方ですか」

 

「ふざけないで、誰にも贋作なんて言う権利はないわ」

 

「ジャンヌダルクの偽物を贋作と呼んで何が悪いのですか?」

 

「そう、その傲慢な考え反吐が出るわ。横島がいないと猫を被ることもできないのかしら?」

 

殺気に満ちた目で私を睨むくえすを睨み返す。私とジャンヌ・オルタは似ている……だから私はどうしてもジャンヌ・オルタに肩入れしてしまう。それがこの場合悪手だったとしてもだ……ジャンヌ・オルタのフォローをすると言う事はその行動を認めた事になる。

 

「私は何もしてませんわよ、それとも私を敵としますか?」

 

「そうね。くえすは何もして無い。いえ、私達は何か1つでも出来た?見ているだけ、私達の知らないことで動いている事に巻き込まれてるそれだけじゃないかしら?」

 

私の言葉にくえすが眉をひそめた。くえすは確かに今は何もしていない、だけど逆に言うと私達に出来たことがどれだけあると言うのだ。

 

「今までの事殆ど横島が何とかしてきたわね。私達は確かに霊能者としては横島より上だけど、私達が明確に出来た事って何か1つでもあった?」

 

今まで色んな事件があった。だけどその中でどれか1つでも横島が関係しないで解決できた事件は1つもない。全部横島が中心になるか、それとも横島の行動によって何かの糸口をつかめた。

 

「何が言いたいんですの?」

 

「だから私達は何も出来なかった。それだけよ、何も出来なくて横島が狂神石を投与された。それは私達全員の責任で、不甲斐無い私達にも、何も出来なかった自分自身にもジャンヌ・オルタは怒ってるのよ」

 

止める機会はあっただろうし、横島があそこまで力をつける前に私達がもっと力をつけていればもっと結果は異なっていた。だけどそれが出来ないから、横島はあそこまで進んでしまった。それは全て私達の力の無さが原因だ。

 

「それで、それと横島を攫う事に何の関係があるんですの?」

 

「戦いから遠ざければ少なくとも狂神石の影響は出ないわ。ジャンヌ・オルタはこれ以上横島の魂が狂神石に浸食されないように、力を求めないようにしようとした……私はそう解釈しましたけど、小竜姫様達はどう思いますか?」

 

私の問いかけにやってきたばかりの小竜姫様、メドーサさん、そしてブリュンヒルデさんは小さく頷いた。

 

「完全にその通りだと言う訳には行きませんが、蛍さんの予測はかなり正しいかと……狂神石はアスラの神通力の一種。それを固形物にしたものですから戦いから遠ざければその効果は薄まる可能性はあります」

 

アスラ――インド神話の悪神の名前だ。確かガープの決起の再にインドの神々を襲撃して回っていたと聞いている。しかし完全な武闘派の魔神から狂神石なんてものが作り出されているとは夢にも思っていなかった。

 

「成分が判ったってことですか?」

 

今まで狂神石と言う名前、そしてその性質だけが一人歩きしていたけど、その性質の大本が判れば解毒薬みたいな物の開発もいずれ可能になるだろう。

 

「まぁ少しだけだね。ほかにも色々混じってるけど、大本はそれってことさ。闘争本能の固まりみたいな癖しておいて、絡め手も出来るって言う規格外の神の1人だよ、デタント反対側のね」

 

操られている訳ではなく自発的に協力している相手と言うのは厄介だけど、これは大きな一歩と言える。しかし、それは今の横島には関係の無い話だ。その証拠にくえすが苛立ちを隠しもせずに小竜姫様を睨みつけた。

 

「それで?横島を救出せずにそのままにしておくと?」

 

「いえ、そう言う訳ではありませんし……ただ匿ってしまう、隠してしまうというのは神魔側でも提案されていたことの1つです」

 

戦いの中で狂神石が活性化するという性質があるのならば、憎悪も戦いも望まない環境に半分軟禁してしまえば良い、それも1つの解決策の1つではある。勿論それに納得できるかどうかと言われると別問題になる訳だけど……。

 

「解決策だとしても最善ではないって事ね」

 

「ええ、横島さんの気質を考えれば100%反発されますし、何よりもラプラスがそれを止めてます。しかし、今はそれはおいておきましょう、どうして横島さんを攫ったのか……彼女に真意を尋ねてみる事にしましょうか」

 

博物館の扉が吹き飛び、凄まじい魔力を放つジャンヌ・オルタが竜の魔女の旗、そして漆黒の剣を腰に携えてゆっくりと姿を現す。凄まじい怒気を放ってはいるが、殺気や邪気はまるで感じられないその姿に敵意を持って私達の前に立ち塞がっている訳ではないと私は悟るのだった……。

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

旗をゆっくりと振るい、黄金に輝く瞳で私達を見つめるジャンヌ・オルタの姿に私は眉をひそめた。竜の魔女と言う2つ名、そしてその信仰、伝承によって彼女は竜の属性を帯びている。

 

【神魔……ふーん、でもまぁ。邪魔よね、あんた達】

 

私とメドーサを見つめたジャンヌ・オルタが旗の石突を地面に叩きつける。その瞬間に凄まじい重石を付けられたように、私とメドーサ、そしてシズクさんが膝をついた。

 

【へえ?抵抗出来るのね、でもまぁその有様じゃ戦えないわよね。そこで大人しく見てなさい】

 

何が起きているのか判らない。術や何かではない……これは「龍」である私達に左右する何かだ。

 

「ちょっ!?シズクッ!?小竜姫様もメドーサもどうしたの!?」

 

この場の最大戦力である私達が行動不能になった事に美神さんの驚いた声が響くが、私達には返事を返す余力も無かった。倒れないように踏ん張っているのがやっとだった。

 

「……わ、わかりま……せん」

 

「か、身体が……お、重い……」

 

「……う、動けない……んだ」

 

【私は竜の魔女、そうあれと、こうあるだろうと考えられた女。英霊は人の想いの影響を受ける、竜を従える者であると私は定義されている。だから龍であれば私には勝てない、抗えない。理解したかしら?】

 

竜の魔女――その2つ名は伊達でも偽りでも無く龍を操る物。最悪の展開――私達が操られるという展開を避けることは出来ましたが、ジャンヌ・オルタと戦うのにブリュンヒルデさんだけになってしまった。

 

「どうしてこんな事をしたのかだけ聞いてもいいかしら?」

 

闘争心を露にするジャンヌ・オルタを前にして神通棍を手にして美神さんが問いかける。返答はないと思っていたのだが、ジャンヌ・オルタはその問いかけに返事を返した。

 

【私は復讐者のサーヴァント、忘れる事は許されないわ。これは呪いでもあり、祝福でもある。だから私には判る横島には「復讐者」のクラス適正が与えられている。そこの2人も判っていることだと思うけれど】

 

横島さんに復讐者の英霊としての格が与えられている、その信じられない言葉にノッブさんと牛若丸は沈黙で返事を返した。その沈黙がジャンヌ・オルタの言葉が真実であるという事を雄弁に語っていた。

 

【現代で英霊になる者は少ない。だが横島はそれを与えられた……世界に目を付けられている。意図的に、横島を中心に事件を起させ、それを解決させその魂の格を上げようとしている。私はそれを認めない、横島を世界の操り人形にはさせない】

 

宇宙意志――英霊であるが故にジャンヌ・オルタはそれを感じ取り、そして横島さんの中にある狂神石の繋がりと悪と言う側面で世界に召抱えられているジャンヌ・オルタだけがそれを感じ取ってしまった。

 

「それは貴女の思い込みではありませんこと?それとも横島を独占する為の狂言では?」

 

【悪いけど、あんた達相手なら嘘も騙しもするけど、横島にだけは私は誠実よ。嘘はつかない、騙さない、私はそう心に決めている。だからこそ、私はお前達を許さない。あのお人よしの馬鹿が好きこのんでこちら側に足を踏み込む訳が無い、それをさせた者を、世界を、私は憎み破壊する】

 

旗を振り回しながらジャンヌ・オルタの闘志が増していく、周囲を覆う黒い炎もまたその勢いを増させて逃げ道を断つ。

 

【だから私はもう横島を戦わせない、安心しなさい。殺しはしないわ、だけど横島を戦わせないと言うまでは痛めつける。私を倒せないようでは、また横島だけに負担を掛ける。あいつ1人に全てを押し付けるのならば、こんな世界は壊れてしまえ】

 

恨み、憎悪はある。だがそれは決して殺意ではない。世界と言う大きな歯車に横島さんが組み込まれようとしているのを必死に阻止しようとするジャンヌ・オルタ本人の献身とも取れる感情を感じた。

 

「はっ、亡霊風情がよくも生者にそこまで執着できますわね。見苦しいことこの上ないですわ」

 

「くえす、悪いけどあんまりジャンヌ・オルタを挑発するのはやめてくれるかしら?彼女は彼女なりに横島君の事を考えてくれてるのよ」

 

その方法は決して褒められた物ではない、だが横島さんを思っていると言うことだけは嘘ではない。

 

「つまり貴女を倒せるだけの実力があればいいってことでしょ?」

 

【さぁ?どうかしら?まぁ少なくともこの女は潰す】

 

「やってみろ、この亡霊」

 

ジャンヌ・オルタと神宮寺さんの笑い声が博物館の前に響く、口元は笑っているのに目元が全く笑っていないのが恐ろしい。

 

「小竜姫様、巻き込まれるので」

 

「す、すみません」

 

私は蛍さんに安全圏まで引き摺られて移動したのですが、シズクさんとメドーサはブリュンヒルデさんに酷い運ばれ方をしていた。

 

「……もう少し丁寧に運べ」

 

「文句言うな、私なんか、襟元掴まれて引きずられてるんだぞ」

 

俵抱きにされているシズクさんと引き摺られているメドーサには哀愁さえある。

 

「【殺すッ!!】」

 

私達が安全圏に離脱するかどうかと言うタイミングで凄まじい爆発が起こり、私達は博物館の前にアスファルトの上を凄まじい勢いで転がる嵌めになるのだった……。

 

 

 

~ルイ視点~

 

爆風に吹き飛ばされ転がる小竜姫達を見て私は声を抑えきれず、思わず大声で笑い声を上げた。

 

「ああ、面白い。こんな喜劇があるとは最高だね、ルキフグス。お疲れ様」

 

「楽しんでいただけた用で何よりです」

 

ルキフグスは優雅に一礼したが、その後ろに控えているベルゼブルは不満そうだ。

 

「どうかしたかな?そんなにショックだったかな?」

 

「……ご存知だったのですか?」

 

「勿論だよ、会った時から知っている」

 

横島に復讐者の適正があるのは初見の時から気付いている。あの優しさは時に呪いとなり憎悪になる。

 

「君は横島の光に引かれた。だが強い光は闇にもなる、それを知らない訳ではないだろう?」

 

「……失礼します」

 

ベルゼブルは一礼し、逃げるようにその場を後にした。少し悪戯が過ぎたかな、魂の運行に関わるだけに英霊の座に囚われた人間の末路を知るからこそ、受け入れたくなかったという所かな。

 

「ルキフグス、2人分お茶を用意してくれ、客人が来る」

 

「おや、客人とは私のことですかな?」

 

フードで口元以外を隠している怪人の姿に私はにやりと笑い、座るように促す。

 

「君なら来ると思っていたよ、さ、座ってお茶を飲みながらあの戦いを楽しもうじゃないか」

 

「趣味が悪いですね、まぁお付き合いしますがね」

 

ルキフグスが用意した茶と茶菓子を楽しみ、横島を守ろうとするする黒き魔女に視線を向ける。

 

「純粋だ、純粋ゆえに彼女は視野が狭い」

 

「だがその純粋さは貴女の好むものでしょう?」

 

「ああ、その通りだよ。だからこそ、この戦いがどう終わるのか楽しみだ」

 

意地と意地のぶつかり合い。これは身体の限界を超えても、精神が折れない限りは決して終わることはない。これが終わるとすれば横島が動き出したときだろう。

 

「囚われの王子様がどう動くか楽しみだよ」

 

「やれやれ、本当に趣味が悪い」

 

肩を竦めるローブの男――フォーティスの言葉に笑みを浮かべる。

 

「自分が消え去る瞬間まですべては娯楽であるべきだよ」

 

にやりと笑うとフォーティスは肩を竦めて無言で紅茶を口にした。私はそんなフォーティスにまだまだ傍観者としては甘いと思いながら美神達とジャンヌ・オルタの戦いに視線を向けるのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その8へ続く

 

 




戦闘開始まで行きたかったですが、ちょっとずれました。戦闘は次回の頭から書き始めようと思います、ルイ様とフォーティスが見ている中ジャンヌ・オルタとの戦いがどうなっていくのかを楽しみにしていてください。


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その8

リポート2 竜の魔女リターンズ その8

 

 

~ノッブ視点~

 

ジャンヌ・オルタの旗の一撃を受け止めただけで全身が軋み、膝が地面につきそうになる。そこに英霊としての格の差を感じさせられるわい。

 

(つうか、こいつ化け物かッ!?ワシも似た様なものじゃけどッ!)

 

英霊同士の戦いと言うのは基本的に霊力の削りあいになる。そこで明暗を分けるのは知名度や英霊としての格が大きく左右する――ワシと牛若丸は妙神山で霊基を強化した事で現れたばかりの英霊よりも霊力の量も質も圧倒的に上の筈だ。それなのに召喚されたばかりのジャンヌ・オルタの方が圧倒的なまでに自分を上回っている事にワシは驚きを隠せなかった。

 

【なーに?英霊の癖に随分と弱いことッ!!】

 

【ぐうっ!?】

 

挑発するようなジャンヌ・オルタの言葉と共に振るわれた旗に牛若丸が弾き飛ばされ、こっちに転がってくる。

 

【大丈夫かの?】

 

【大丈夫と言えたら良いんですけどね、これはかなり厳しいですね】

 

正直な所ワシも横島の魂の質が変質しているのは感じていた。むしろ英霊なら誰しもそれに気付くに決まっている……平安時代で何があったのかワシは知らない、横島や美神、蛍から話を聞いている。それでも完全に理解しきれているわけではない、明確に判っているのは横島の魂の質が魔に傾きかけているということ、そして狂神石の影響を受けていると言うことだ。

 

「くたばれ、このクソアマッ!!」

 

【ざーんねんでした。私はもう死んでるからしねませーん♪】

 

くえすの放った魔法を腰から抜き放った……っておいッ!!

 

【【退避ぃいッ!!!】】

 

ジャンヌ・オルタのやつがこっちに魔法を弾き飛ばしてきたので頭を抱えて、牛若丸と同時に飛ぶ。その背後で炸裂した魔法の余波で石つぶてとかが顔や背中にばしばし当たる。直撃してたらやばかったぞ……あの威力……思わずワシと牛若丸の額から汗が零れ落ちた。

 

「このッ!」

 

【霊体ボウガンなんて効かないわよ!】

 

蛍と美神の放った霊体ボウガンを受け止め、それを投げ返してくるジャンヌ・オルタ。その隙を突いてくえすが魔法を使うが、それを片手で握り潰す。

 

「はぁッ!!!」

 

【悪いけど神魔はこの勝負に関わってきて欲しくないわねッ!!】

 

ブリュンヒルデの一撃を旗で受け止め、そのまま剣と旗の二刀流でブリュンヒルデに襲い掛かるジャンヌ・オルタ。その太刀筋を見れば、本気でブリュンヒルデを打倒しようとしているのが判る。

 

【そのまま押さえてろッ!】

 

【ふっ!】

 

だが相手が目の前の敵だけに集中していると言うのならばこれほどのチャンスはない。ジャンヌ・オルタの背後に回り、その無防備な背中を狙った瞬間。ワシと牛若丸の足は止まった、本能的に今近づけばやられるというのを感じ取ったのだ。その証拠に英霊であっても致命傷になりかねない黒炎がジャンヌ・オルタの全身を守るように吹き上がっていた。

 

「ブリュンヒルデッ!」

 

「ブリュンヒルデさんッ!」

 

至近距離でジャンヌ・オルタと打ち合っていたブリュンヒルデは当然炎の中に飲み込まれ、美神と蛍の心配そうな声が響く中。炎で全身を焼かれたブリュンヒルデが飛び出してきたと思った瞬間ジャンヌ・オルタがそれを追って飛び出してきて、その細い首に手を掛けた。

 

「うっ……うぐっ!?」

 

【私は神魔って大嫌いなのよ。だから大人しく寝てろッ!!!】

 

首を掴んだまま地面に叩きつけられたブリュンヒルデの身体が跳ね上がり、追撃のヤクザキックで蹴り飛ばされ博物館の壁に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちた。

 

【ふんッ!!】

 

【甘いってのッ!!】

 

隙を突いたつもりだったが、態勢を立てなおすのが余りにも早い。反射速度も、攻撃、防御勘も高い水準で纏まっている。

 

【ちえいッ!!】

 

牛若丸がワシとジャンヌ・オルタが切り結んでいる間に飛び上がり刀を振るう。だが首を後に逸らすだけで避け、ジャンヌ・オルタの篭手に包まれた右拳が牛若丸の胴を捉えた。

 

【げほおッ!?】

 

カエルのような呻き声を上げて吹っ飛ぶ牛若丸を案ずる時間もなく、ジャンヌ・オルタの圧力が爆発的に増しワシは両手で刀を持ち、押し返そうとしたがそれすらも許されず、地面に押し潰される。

 

【チビ達がいないわね、横島でも助けに行ってるのかしら?】

 

【何のことじゃ?】

 

【別に隠そうとか思わなくて良いわよ。どうせ助けに行ったって開けれないだろうし】

 

チビ達は別口で博物館に向かい横島の救出を試みているが、ジャンヌ・オルタにはそれすらもお見通しだったようだ。

 

【お主、実際の所何がしたいんじゃ?】

 

膝が折れ、地面に座り込みながらそう問いかける。

 

【言ったでしょう?横島をこちら側に踏み込ませたお前達が憎いって、あいつに全部押し付けるような世界は滅んでしまえってね】

 

それも紛れも無くジャンヌ・オルタの本心じゃろう……だがそれだけではない。

 

(どうせワシは此処までじゃ。それならば……)

 

神魔殺し、対英霊に特化してるジャンヌ・オルタにはワシや牛若丸では勝てない。相性が絶望的に悪いのだ、だがその精神は別物だろう。最後の力を振り絞り、無理やり剣を押し返し、ジャンヌ・オルタの耳元に口を寄せる。

 

【建前はじゃろ?本当は横島の回りにいるあいつらが妬ましくてしょうがない、違うか?】

 

ジャンヌ・オルタの返答は鉄拳で、吹っ飛ばされながら怒り心頭という様子のジャンヌ・オルタを見て、ざまあっと思いながら背中から地面に叩きつけられ、何度か跳ねてその場に倒れこむ。

 

【マジでいてぇ……】

 

これは完全に駄目な奴……立ち上がることも出来ないダメージと目の前がチカチカと光るのを感じ、その場に倒れ込んだまま夜空を見上げる羽目なった。

 

【生娘をからかい……ぐっふううッ!!】

 

余計な事を口にしたからかくえすの魔法をこっちに弾かれた、爆炎に吹っ飛ばされ仰向けからうつ伏せになり、本当にピクリとも動けない状態にされた。

 

【口は災いの元って知ってます】

 

【うん、今身を持って知った】

 

奇しくも吹っ飛ばされた方向は牛若丸と同じ方向で、2人とも立ち上がることも出来ない状態でその場に突っ伏すのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

信長と牛若丸が速攻で潰され役立たずと言う言葉が脳裏を一瞬過ぎったが、それを言うのは酷だと思った。

 

(瞬発力と攻撃力に特化しすぎている――相性が悪いという事ですかッ!)

 

私の2丁拳銃の攻撃も移動するだけで回避し、霊体ボウガンは仮に命中しても霊力の出力差でダメージにもなりはしない。しかもその上近接攻撃は神魔であるブリュンヒルデを圧倒し、竜族の小竜姫とメドーサ、そしてシズクを行動不能にする。あれがただの村娘であるジャンヌダルクを基にした英霊とは思えないほどの凄まじい能力にインチキも大概にしろといいたいレベルだ。

 

【そんな豆鉄砲で私をどうにかできると思っているんですか?】

 

「その豆鉄砲を必死に避けてる奴に言われたくありませんわね」

 

突っ込んでくるジャンヌ・オルタから後退しながら、両手の銃の引き金を引き続ける。それを必要最低限の動きで回避し、地面を蹴りどんどん加速しているジャンヌ・オルタに眉を細める。

 

(このレベルの強化でも振り切れませんか……)

 

今私に出来る最大の身体強化をしても振り切れない。並みの相手ならばこれ以上魔法を使わなくても圧倒できるレベルだと言うのに……本当にインチキめいた強さだ。

 

「このッ!!」

 

【温いッ!その程度で私は止められると思っているんですか?】

 

美神が私に追いつこうとしていたジャンヌ・オルタに向かって神通棍から伸びた霊力の鞭を振るう。背後、しかも蛇のようにくねる一撃を見もせずに受け止めるのには驚いたが、一瞬動きが止まれば十分。

 

「それならこれはどうですか!」

 

私の使う銃弾はそれ全てがエンチャントを施した銃弾だ。当たれば勿論ダメージを与えるが、それに加えて地面に打ち込めばそれ自体が魔法陣のとなる。当たっても、当たらなくても、攻撃に応用できるように作り出している。

 

「こいつでDeathっちまえッ!!!」

 

広場に打ち込んだ銃弾全てを触媒にし、銃口に展開した魔法を更に強化した渾身の魔法を私も近くに居るんだけど!?と叫ぶ美神を無視してジャンヌ・オルタ目掛けてぶっ放した。

 

「くえーすッ!私まで巻き込むつもりッ!?」

 

「避けたんだから問題ありませんわ」

 

これで美神を潰して横島を私の内弟子にと言う考えがなかったわけではない。髪の先と右半身に霜がついている美神の抗議の言葉を無視して、ジャンヌ・オルタを閉じ込めている氷棺に視線を向ける。旗を盾にして防いだが、そこを基点に全身が凍り付いている。

 

「殺す気はなかったんだ」

 

「元々死んでいる相手をどうやって殺すんですか」

 

英霊と人間では隔絶した差がある。勿論ある程度は戦えるだろう、倒す事も可能だろう。だが英霊はあくまで召喚されているだけの影法師だ。しかも霊核を砕くか、霊力を完全に使いきらない限りはそう簡単には消滅しない。ガープが狂神石と魔術によって手を加え、過度な霊力や神通力を与えられた場合はその限りでは無いが、並みの除霊技術では消滅させる事も出来ないのが英霊だ。

 

「まぁ氷の中で頭を少し冷やせば良いんですわ。その間に横島【誰が頭を冷やすって?】ちいっ!」

 

氷の棺を強引に砕き、旗を槍のように振るってくるジャンヌ・オルタ。咄嗟に銃を盾にし直撃は防いだが、その代りに銃身が捻じ曲がり飛び道具としての効力は完全に失われた。

 

「凍った振りとは英霊の癖にみっともない」

 

【別に振りではなかったですよ、でもまぁあの程度の氷では私の炎は消えないのよッ!】

 

使い物にならなくなった銃を投げ捨て、横島から買い取ったシルバーアクセサリーを触媒にし、魔力刃を作り出し振るわれる旗を受け止める。

 

「いい加減にとまったらどうかしらッ!」

 

「こんな事をしても何にもならないでしょうにッ!」

 

私の振るう魔力刃と蛍と美神の振るう神通棍を旗で受け止めて弾き返したジャンヌ・オルタ。その瞳は爛々と輝き、私達を睨みつけていた。

 

【何にもならない?いいえ、なりますよ蛍】

 

旗を回転させながら振るうジャンヌ・オルタの声は冷ややかで、しかしその声には凄まじい激情が込められていた。

 

【私はお前達が憎くて憎くて仕方ない、横島をこちら側に踏み込ませたお前達が憎い、殺したい程に憎くて憎くて仕方ない。そしてそれと

同時に横島がいなければ成立しない世界なんで滅びてしまえと思っているのも本心です。別に貴女達を鍛えようとか、そういう意図はない】

 

ジャンヌ・オルタの足元を始点にして黒炎が広場を埋め尽くし結界を作り出した。それは私達を逃がさず、そして邪魔者が入ってこないようにする結界だ。

 

【勝てないから横島に頼る、私達には出来ないから横島に任せるしかない。そんな甘っちょろい考え方でガープをどうにかできると思っているのならば、お前達はここで死ね。ガープが世界を滅ぼすのを何も出来ず見ていればいい、お前達からは本気で戦おうという、抗おうという意志が感じられない。自分達が駄目でも横島がいれば大丈夫って言う考えが見えているのが気に食わない】

 

静かだがその言葉は信じられないほどに良く通り私達の耳を打った。違うと言うことも出来ない、私達では解決出来なかった事が余りにも多すぎたからだ。

 

【その考え方を変えるまでは私は止まらないッ!本気でそれこそ、私を殺す気で来いッ!でなければお前達はここで死ねッ!】

 

その叫びと共に振るわれた旗から噴出した炎に私達は防御することも、避ける事も叶わず。大きく後ろに向かって弾き飛ばされるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

炎の幕による範囲攻撃でフッ飛ばされはしたものの、それは私達を全滅させるほどの威力はなかった。一種の脅しとも取れる攻撃に近かったのが良く判る。

 

(本気だったらあれで死んでいた)

 

ブリュンヒルデさんを一撃で戦闘不能に追い込む炎が扱えるジャンヌ・オルタだ。その威力のまま広範囲攻撃を繰り出すのだって可能だったはず……それをしなかったと言うだけでジャンヌ・オルタが優しいように思えた。それに事実その通りだと思った……出来ない、横島ばかりがと思って私達はそこから戦う事を諦めていたのかもしれない。

 

【良いじゃない、やっとそれらしい顔付きになったんじゃない?】

 

追撃も出来るのにジャンヌ・オルタは私達が立ち上がるのを待っていた。

 

「殺す気で来いっておきながら随分と優しいのね」

 

【これは余裕って言うのよ。ほら、横島ばかりに頼ってないって言うならそれを私に見せて見せなさいよ】

 

指を曲げて挑発するジャンヌ・オルタ。その目に宿っていた憎悪の光は僅かに緩まっているが、それでも見定めてやると言わんばかりの挑発的な光が宿っていた。

 

【やれば出来るんじゃない】

 

「別に卑怯とか言わないわよねッ!」

 

何も言わずに身体強化をしての神通棍による刺突――完全な奇襲だったのにジャンヌ・オルタは刀身で簡単に受け止めて獰猛に笑う。そのまま横薙ぎ、突き上げと攻撃を重ねる。

 

【言うと思う?】

 

「あんたなら言わないわよねッ!」

 

【そういうことッ!】

 

私の攻撃の影から美神さんが鞭に変形させた神通棍を振るう。それは複雑な機動を描き、私の神通棍を避けてジャンヌ・オルタに迫る。だがジャンヌ・オルタはそれを片手で掴み引き寄せた。

 

「ちょっ!?」

 

「いっつうッ!?」

 

引き寄せられた美神さんがこっちに飛んで来て美神さんの頭と私の頭がぶつかり、苦悶の声を上げると同時にジャンヌ・オルタの回し蹴りが叩き込まれ私も美神さんもサッカーボールのように蹴り飛ばされる。

 

「あんまり調子に乗ってると痛い目に合いますわよ?」

 

【ッ!】

 

吹っ飛ばされる瞬間にジャンヌ・オルタの足に貼り付けた破魔札をくえすが銃弾を指で弾いて打ち出すというとんでもない力技で起爆させる。流石のジャンヌ・オルタも足を爆破されれば姿勢を崩す。

 

「お返しよッ!」

 

バランスを崩した所に美神さんが鞭を伸ばし、その腕を絡めとり引き寄せる。バランスを崩していることもあり、ジャンヌ・オルタが前のめりになった瞬間を私は見逃さず。この一撃で神通棍がお釈迦になることを覚悟して霊力をつぎ込んだ一撃をジャンヌ・オルタの胴に叩き込んだ。

 

「えっ」

 

完全に当たったと思ったのだが、神通棍の手応えは無く、空虚な物で手元を見ると神通棍は中ほどから消滅し消え去っていた。

 

【悪いわねえッ!こっちもそっちの好き勝手にやらせるつもりはないのよッ!】

 

「くうッ!?」

 

大きく振りかぶったジャンヌ・オルタの拳を咄嗟に腕でガードしたが、骨が軋む音がしてその痛みに顔をゆがめたまま。私はジャンヌ・オルタから吹っ飛ばされた。

 

「いっつうう……」

 

何とか態勢を立て直して着地したけど、右腕が完全に死んだ。折れてはいないけど、完全に手が痺れて握力が全然ない。少なくとも、このダメージはこの戦いの中では抜けないと思う。

 

「ただの町娘の癖に随分と乱暴ですわね!」

 

【そんな事は知りません、私は私。私のオリジナルの事なんて興味も何もありませんからッ!】

 

くえすとジャンヌ・オルタが激しく打ちあっているがやはりジャンヌ・オルタの方が優勢だ。でもこの状況は何度も体験している……むしろ私たちの方が楽かもしれない。横島はもっときつい状況で戦って来ていた……。

 

「ならこんな所で止まってれないわよねえッ!」

 

右手が駄目なら左手がある、両腕が駄目なら足がある。歯を食いしばって前に出る横島をあそこまで追い込んだのは、私達でもあるのだ。

 

「こんにゃろうッ!!!」

 

「この美神令子を舐めるんじゃないわよぉッ!!!」

 

私が精霊石を握りこんだ拳を突き出したのと、美神さんが同じ様に精霊石を握りこんだ拳を突き出したのはほぼ同じタイミングだった。

 

「全く馬鹿ばかりですわねッ!」

 

くえすがバックステップで後に飛びながら指を鳴らし、地面から伸びた鎖がジャンヌ・オルタの手足に巻きつきその動きを封じた。

 

【かはぁッ!!!】

 

息を合わせたわけでもない、打ち合わせをしたわけでもない。本当に突発的な私達の行動が結果的に連携攻撃になり、ジャンヌ・オルタが始めて苦悶の声を上げて吹っ飛んだ。広場に2回、3回と跳ねごろりと横たわった。

 

「「いったあああッ!!」」

 

「馬鹿ですか?」

 

だけど私と美神さんにそれを見ている余裕は無く、精霊石を握りこんで霊力を解放した事によるノックバックに手首を押さえて蹲っていた。痛いとか、そういうレベルじゃなくて冗談抜きで手が吹っ飛んだと思ったわ……これと似た様な事を何回もしている横島に正直驚いた。

 

「だけど、これで」

 

「「あ」」

 

この場合のこれで終わりって完全に戦闘続行のフラグだ。思わずあって声が出た私とくえすは絶対悪くない。

 

【これで?何を言ってるんですか、これからですよ】

 

倒れていたジャンヌ・オルタが跳ね起き、その姿を黒い炎に包み込んだ。私とくえすは思わず美神さんを見た。

 

「いやいや、フラグだったとしても私は悪くないわよッ!?」

 

美神さんはそう言うが絶対美神さんはフラグを踏み抜いてくれたと思う。炎の中のジャンヌ・オルタの圧力が明らかに増しているし……絶対やばいって霊感とかなくても判ると思っていると炎が弾けとび、姿を現したジャンヌ・オルタはショートカットだった髪型が腰元まで伸びた長髪になり、マントを脱ぎ捨て鎧も一部軽装になっていたがその圧力と存在感は倍以上に跳ね上がっていた。

 

【これからよ。これからが私の本気よ。言っとくけど……気を抜いたら一瞬で殺すから】

 

ジャンヌ・オルタの背後に漆黒の巨龍の姿を見て、私達は冷や汗を流しながら再びジャンヌ・オルタと対峙するのだった……。

 

「みむむうううーーッ!!」

 

「ぷぎーぴぎーッ!!」

 

【ノブノブッ!!】

 

一方その頃チビ達は博物館の1番奥に辿り着き、そこにいるであろう横島の救出を試みていたのだが、電撃も効かない、チビノブビームも効かない、しまいには巨大化したうりぼーの頭突きさえも無効化する扉に怒り心頭と言う様子で鳴き声を上げながら攻撃を繰り返していた。

 

「みむう!」

 

「ぷぎ!」

 

【ノッブウ!】

 

チビの合図で増えたうりぼーとチビノブの破壊光線が放たれ、その暴風が博物館を駆け巡り、窓ガラスをびりびりと揺らす。

 

「みぎゃあ!?」

 

「ぴぎッ!?」

 

【ノーバア……】

 

しかし扉はびくともせず、チビ達は嘘だろと言わんばかりに目を見開いていた。この戦いをとめれるであろう、唯一の人間はまだ眠り続けているのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その9へ続く

 

 




霊基再臨をして最強モードに進化。美神達とジャンヌ・オルタの戦いはまだまだ続きます。そしてチビ達も扉と戦っております、ジャンヌ・オルタが強化した扉が最強すぎる件です。チビの攻撃力を超えるとか壁として成立していいのかどうかですね。それでは次回の更新も胴かよろしくお願いします。


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その9

リポート2 竜の魔女リターンズ その9

 

~心眼視点~

 

横島が寝かされている部屋の外から轟音が響き始めて30分近く経とうとしている。正直な所ジャンヌ・オルタに対しての美神達の勝率は無い訳ではない……むしろその勝率は横島がやってきた事を考えれば答えを得て戦いを有利に進めることも可能であろう。問題は……美神達がそこに気付くかどうかであるが……今私が優先すべき所は美神達の安否を気遣う事ではなく、眠り続ける横島をどうやって起すかにあった。

 

【横島!良い加減に起きろ!】

 

「むにゅー」

 

何がむにゅーだぁッ!紫とかと昼寝しすぎて移ってるんじゃないのか!と言うかこれだけドンパチしてるのに何で起きない!絶対これ東京中に響いているぞ。

 

【ええい、この音に気付いて茨木童子か金時が助けに来ないのか!?】

 

家で待機しているというか、勝手に出歩いてはいけないと言う約束を律儀(シズクが怖いのと、横島との約束)に守っている茨木童子は心眼の願いに反して動き出す気配は無かったりする。

 

~一方その頃の横島家~

 

「なぁ、金の字。これどうやって使うって言っておったか覚えておるか?」

 

【……捻る奴どうした?】

 

「千切れた」

 

【それは壊したって言うんだよ!?どうすんだよ、水神様に怒られるぜ】

 

平安クオリティの茨木童子と金時はこれくらいの大騒動は妖怪退治では当たり前の事なので、別段動じる事無く、むしろ茨木童子がねじ切った電子レンジのつまみのほうが大きな問題に感じていた。

 

「くっつかないか?」

 

【いや、無理だろよ】

 

駄目元でつまみを近づけるが当然くっつくわけが無く、ポロリと転がり落ちる。

 

「お、怒られるどうすればよいのだ!?」

 

【素直に謝るしかないんじゃないのか?俺ッチはしらねぇぞ】

 

「いいや、逃がさんぞ!お前も道づれだ!」

 

【なんでだよッ!?俺ッチ関係ないじゃねかッ!】

 

「うるさーいッ!お前も吾と一緒に叱られろ!」

 

【なんでだよ!?理不尽が過ぎるぞッ!】

 

電子レンジを壊した事に対してシズクに怒られるかもしれないということで茨木童子、金時の両名は電子レンジの前で口論を続けていた……。

 

【ぬう、どうしたものか。助けに来る可能性はあると思うが……距離か、それとも迷っているか……どっちだ。タマモかシロが神代琉璃に状況を伝えに行っていると信じるしかないか】

 

そんな事になっているとは夢にも思っていない心眼は茨木童子、もしくは金時が博物館までの道が判らない、もしくは電車とバスを乗り継ぐと言う距離の問題で到着に時間が掛かっているのかとその2つだと考えていた。となれば横島が攫われた段階で応援を呼びに行っているタマモとシロが戻るのを信じるしかないのかと考えていると、凄まじい振動が心眼を揺らした。

 

「みぎいーッ!!」

 

「ぷぎーぴぎーッ!!」

 

【ノブノーノブノブーッ!!】

 

扉の外から響くチビ達の声と扉を破壊しようとしているのか部屋の中に響く轟音を聞いて、心眼は僅かに希望を見出した。

 

【この声はチビ達か!頑張れ!】

 

心眼の声を聞いて、この中に横島がいると確信したチビ達の攻撃はどんどん激しくなり、徐々に扉に亀裂が入り、結界に亀裂が入る。だがその惨劇の中でも横島は眠り続けているのだった……。

 

 

 

 

 

~美神視点~

 

霊基再臨を行なったのかただでさえ強かったジャンヌ・オルタの圧力は更に強くなり、全身から迸る魔力は最早上級神魔に匹敵すると言っても良いだろう。人間では絶対に勝てない……それが頭の中では判っているのだけど、不思議なことに恐怖は殆ど感じていなかった。

 

(……うん、こんな風に思ったらいけないけど……ジャンヌ・オルタには感謝しないといけないかも)

 

今までは横島君と別行動をしていても横島君が合流してくれると頭のどこかで思っていた。自分達と横島君は攻撃力が違いすぎる……そう思って横島君が合流するまで耐えればいいと思っていた節があるのかもしれない。師匠としてやらなければならないこと、すべきことがある。政治的、社会的場面で横島君を守る事を考えていたけど……それはもしかしたら逃げだったのかもしれない。

 

「こっのおッ!!!」

 

【はっ!少しは良い面構えになってきたんじゃないのッ!】

 

こうして自分達でやらなければならない状況に追い込まれないと横島君に頼りきりと言う事に気付けなかったのはあまりにもみっともない。

 

「そうね!あなたのお蔭で目が覚めた気分よ!だからふん縛った後は弁解くらいはしてあげるわよ!」

 

【大きなお世話だってのッ!】

 

神通棍とジャンヌ・オルタの旗がぶつかる。だけど吹き飛ばされる訳でもなく、押し潰される訳でもない。完全な鍔迫り合いに持ち込むことが出来た……でもそこから動く事が出来ず、必死に霊力をコントロールする。

 

(ぐっぐぐう……や、やっぱりきついッ!!)

 

考えてみたら私を含めて全員が思い違いをしていたのかもしれない。確かに眼魂は強力な武器である。英霊や神魔の力を借りて戦えるのだ、普通に考えれば人間には過ぎた力と言える。そして変身することで横島君も実際に桁並外れた力を発揮していた。でもこれが根底からの間違いだったのかもしれない、横島君の膨大な潜在霊力、そして英霊や神魔の力が上乗せされれば1+1以上の力を発揮していると思うのは当然だ。いや事実霊力や神通力、魔力は倍以上に増幅されていた。しかし、しかしだ、それならば平安時代で横島君が暴走した時に私達は全滅している、だって考えてみてほしい1体1体が下級とは言え神魔に匹敵する12神将に、眼魂に狂神石だ。普通に考えてガープクラス、いやもっと言えばガープすらも越えているだけの神通力が横島君に集まっていたのだ。攻撃の余波を防御するだけでも魂が砕かれ、肉体は無事でも精神的な死に追い込まれていても不思議ではない。

 

「貰ったぁッ!」

 

【ッつうッ!?】

 

鍔迫り合いをしている私とジャンヌ・オルタの回りを炎が覆っていたが、それを貫通した霊体ボウガンの矢がジャンヌ・オルタの胸部を捉える。ダメージには程遠いが、それでも胸を攻撃されたことで本能的にジャンヌ・オルタが身体を庇った。

 

「でやああああッ!!!」

 

後退したジャンヌ・オルタを追って両手で握り締めた神通棍を全力で振るった。トラック同士……いや、重機同士がぶつかり合ったような轟音が広場に響き渡り、ジャンヌ・オルタが吹っ飛んだ。その姿を見て、私も、蛍ちゃんも、くえすもやっと確信を得ることが出来た。

 

「まさか現代の除霊形式と全く異なる技術を要求されるとは……やれやれ、戦い方も1から見直しですかね」

 

「そうね。でもこれがこれから必要となる技術なのかもしれないわ」

 

思い違い――それは単純に私達が長い時間を掛けて身に付けた現代式の除霊術にあった。良く考えれば、平安時代と言えど人間という面では私達と平安時代の人間にさほど差はない。強いて言えば霊力の濃い・薄い程度の差があるが……人間としての差は殆どないと言っても良い、では何故現代の霊能者よりも平安時代の霊能者が強いのか?それは簡単な理屈だった。

 

「私達も勘違いしてたって事ですよね。横島が強いんじゃない、横島が私達と異なる霊力の運用法をしていた……それだけだったんですね」

 

「絶対そうとは言えないけど……これはかなり近いと思うわ……」

 

私と横島君の違い……それは本当にシンプルな物だったのだ。私達の除霊の基本は戦う相手の霊力を常に上回るように自分の霊力を調整し、相手より強い力をぶつけて消滅させると言う方式だ。仮に自分の霊力が相手より劣っていたとしても、霊体ボウガンや神通棍を用いて霊力を増幅し、相手の霊力を上回ると言うものだ……例えるのならば自分の霊力を1、そして道具や魔法などを用いて1、その2つの1を足すと言う図式だ。これが現代式の除霊の基本であり、霊力を枯渇させず、霊体に負担を掛けない安全性を考慮した戦い方だ。これを私達は幼い頃から叩き込まれている、それが私達の勘違いであり、私達が横島君と違うと思わせる1つの理由になっていた。

 

「霊力=強さじゃないって事なんですね」

 

霊力、そして神通力、魔力は1種のステータスである事は間違いない。だが霊力=強さではないのだ。考えてみればそれは当たり前の事で、眼魂を使い英霊や神魔の力を借りたとしてもだ、眼魂に収まるレベルの霊力と神通力で最上級神魔のガープに届くか?と考えれば答えは10人が10人こう答えるだろう「不可能」だと。変身していても人間が神の霊力をそのまま受け入れられるわけがない、それは神卸しの巫女である琉璃が証明している。だが例えばだ……ずっとその霊力を使おうとするのではなく、一時的に例えば攻撃する時だけ、防御する時だけと限定的に絞ればそれは不可能ではない、更に言えば自分の霊力と眼魂の力を掛け合わせるだけで……いや、眼魂を使わなくとも霊力の放出経路を限定し、ホースの手元を押さえるが如く、放出する経路を細めれば……一時的に相手の霊力を上回れば、人間であっても神魔にその攻撃は届く、神魔であっても常に最大で力を維持している訳ではないのだ。確かに人間と比べれば、その霊力や神通力は圧倒的だろう。しかしそれだけに脅え、身体を硬直させれば受け流すことが出来ず押し潰されるだろう、力を集束させようなんて思わないだろう。霊力を安定して使う事を身体に染み付いている私達には思いもつかない戦い方だ、下手をすれば霊力の枯渇に繋がるし、霊体にも深刻なダメージを与えるだろう。

 

【恐れているだけでは何もつかめないし、何にも辿り着けないと判ったかしら?】

 

「ええ、ありがとう。貴女のお陰よ、これで手打ち……じゃないわねえ」

 

【当然よ、私は面白くないんですよ。ええ、とても面白くない、例えお前達が神魔や英霊と戦う術を手にしたとしても、横島をこちら側に向かわせたことを私は許さない。そしてもっと言えば……私以外に横島が笑いかけるのが気に食わない】

 

「「「は?」」」

 

ジャンヌ・オルタの口から零れたまさかの言葉に思わず間抜けな言葉が出た。

 

【ここからはただの八つ当たりです。ええ、そうですね、死者の場違いの八つ当たりです、でも死者でも想う事は自由でしょう?死者が生者に想いを寄せても良いでしょう?】

 

……待って、お願いだから待ってさっきよりも圧力が増しているんだけど、しかも横島君の側にいるのが気に食わないって言う嫉妬でここまで圧力増す?

 

【そうですね、ここで私が勝ったら横島は暫く私のものと言う事で良いでしょう】

 

「「なにが良いものかぁッ!!!」」

 

蛍ちゃんとくえすが爆発し、さっきまでシリアスだった雰囲気が木っ端微塵に砕け散るのを私は感じて深く溜め息を吐くのだった……。

 

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

タマモとシロに横島君がジャンヌ・オルタに攫われたと聞いて、唐巣神父、ブラドー伯爵、三蔵法師様の3人に応援を頼んで博物館に来たんだけど、そこで繰り広げられている光景に私達は揃って絶句した。

 

「殺す!幽霊の分際で!」

 

【幽霊でも今こうして生きているんだから良いでしょう?なんですか?腹黒嫉妬魔女♪】

 

「……殺すッ!!!」

 

それは殺伐とした雰囲気ではなく、なんと言うかじゃれあいに近い状態に見えた。

 

「これはどういうことかな?」

 

「判らん……が、ふむ。痴話喧嘩か?」

 

身も蓋もない言い方をするのはやめてくれませんかね、ブラドー伯爵。でも実際にそう見えるのよね、美神さんも下がってきて、動けないでいる小竜姫様達の所にいるし……。本当にどういう状況なのか私達に判るように説明して欲しい……。

 

「これどういうことかしら?」

 

「いや知らないわよ。攫われる前は凄い殺伐としてたのよ?」

 

「今は喧嘩してるだけみたいに見えるでござるが……」

 

本当にそのとおりである。と言うかその内容も私としては受け入れられるものではない。

 

「あのさ、マジで言ってる?」

 

【ええ、本気も本気ですよ?英霊が人間に恋したら駄目ですか?】

 

「いや、その駄目じゃない……「そこは駄目って言え!ポンコツへタレッ!!」誰がヘたれかあッ!!!」

 

……これはあれだ。その……なんだ……うん。横島君の取り合いである……ただの痴話喧嘩です、本当にすみません。

 

「琉璃君。私は帰っても良いかな?」

 

「我もだ」

 

「あ、はい、すみませんでした」

 

唐巣神父とブラドー伯爵にすみませんでしたと頭を下げ、帰っても良いですよと口にしかけた時三蔵法師が待ったを掛けた。

 

【待って確かに痴話喧嘩だし、ある意味横島君が悪いって言えるんだけど、まだ帰るには早いと思うわ。ねぇ?力の抜ける会話はそのあたしも気になるけど、ジャンヌ・オルタと戦ってるのよ?2人が】

 

そう言われて私もハッとした。そうだ、霊力量、魔力量で言えば蛍ちゃん達の2倍、いや3倍はあるジャンヌ・オルタと真っ向から打ちあっている。それは異常な光景だ押し潰されて、当然戦うなんてあり得ない光景だ。それなのにまともに戦えている……その光景は私達には衝撃的な光景だった。

 

【別に少しくらい良いじゃないですか!別にとって食うわけじゃないんですし!】

 

「「信じられるかぁッ!」」

 

例え3人の会話がとてつもなく脱力する光景だったとしても、これは神魔、英霊と戦う事になることを考えると蛍ちゃんとくえすが何かを手にした可能性を示唆していた。

 

「琉璃君。少し思う事はあると思うんだが、もう少し落ち着けないか?」

 

「……これはその……はい」

 

横島君の取りあいならば私にだって参戦する権利は十分にあると思うんだけど、この炎の結界のせいで中に入れないし、近くに来てくれて状況説明をしてくれている美神さんの声も凄く聞こえにくい。

 

「少し待て、こちらで補助する」

 

ブラドー伯爵が魔法を発動させると美神さんの声がやっとしっかり聞こえるようになった。

 

「どういう状況ですか?」

 

「普通に横島君の取り合いって言えたら良いんだけど……ジャンヌ・オルタのお蔭で神魔と戦うヒントをつかめたって言う所。完全に逆行する形になるけどね」

 

「それはどういう……」

 

美神さんの言葉の真意を知りたいんだけど……多分今は駄目だ、横島君の取り合いの口論が激しくて、話の内容が全然頭の中に入ってこない。

 

「タマモ、何を不機嫌になってるでござるか」

 

「お子様にはわからない所よ」

 

「拙者子供でないでござるよ!?」

 

タマモとシロの口論もあるし、目の前の炎の結界の中での……。

 

【大体そっちが尻込みして何の関係の変化もないなら私が割り込んでも良いわよね!このヘタレ共ッ!】

 

「「うぐう……」」

 

止めてその一言は私にも効くわ……確かにこういざってなると尻込みしてたのは認めるわ。こう今の曖昧なこの感じって嫌いじゃないのが悪いって言うか、横島君が関係を進めようとすると逃げるのが悪いと思う。

 

「OK、判ったわ。もうここでくえすとジャンヌには脱落して貰いましょうか」

 

「それはこっちの台詞ですわ。2人脱落、私にとっては好都合です」

 

【大丈夫ですよ。私は優しいですからね、少し……そうですね。2ヶ月ほど横島を独占するだけでお返ししましょう】

 

3人の間の空気が歪み始めるのが良く判る。重く、邪気に満ちた3人の笑い声が木霊するのが心底恐ろしい。

 

「……横島君はもう少し態度をしっかりするべきだと思うんですがどうですかね?ブラドー伯爵」

 

「うん?見目麗しい少女達だ、取り合いなどせずに横島が全員娶ればそれでよいではないか、誰が本妻で妾かさえしっかりしていれば良いだろうに」

 

「あ、ああ。そうでしたね、中世の価値観ではそうですね」

 

ブラドー伯爵からすれば喧嘩の理由は意味不明なのだろう、中世と言えば妻と妾は何人もいて当然だし……事実神代家はそういう面がないわけではないから私も忌避感は殆どない。ただ自分が本妻で、妾がいてもいいと言う認識だけど……。

 

【うーん、あのさ。琉璃】

 

「は、はい?三蔵法師様なんですか?」

 

三蔵法師さまに言われて振り返った時だった。凄まじい轟音と……。

 

「へぶろおおおおおおーーーッ!?」

 

【「「あ……」」】

 

「み、みむううううーー!?」

 

「ぴ、ぴぎいいいーーッ!?」

 

【のばああ!?】

 

「「「横島くーんッ!?」」」

 

横島君の悲鳴とチビ達の悲鳴、そしてやっちまったと言う顔をしている蛍ちゃん達。私は油の切れたブリキ人形のような動きで三蔵法師様に視線を向けた。

 

【ぎゃてえ……博物館から横島君出てきたって言おうと思ったんだけど……遅かったわね】

 

「すいません、遅すぎです」

 

すいません、三蔵法師様。そういう大事な事はもっと早く言ってください。消えた炎の結界と責任の擦り付け合いをしている蛍ちゃん達を見ながら、私は喧嘩している暇があったら手当てをしなさーいと叫ぶのだった……。

 

 

リポート2 竜の魔女リターンズ その10へ続く

 

 




今回はここで話のク切れが良いので終わりにしたいと思います。次回はこの光景を見て爆笑をしているルイ様とこの事件の後始末を書いて行こうと思います。これももっとギャグの要素を入れて行きたいと思っております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その10

リポート2 竜の魔女リターンズ その10

 

~ルイ視点~

 

横島を抱えて慌てて帰っていく美神達を見ながら私はにんまりと笑みを浮かべた。

 

「実に良い出し物だった。もう少し面白みがあれば御の字だが、まぁ今の段階ではあの程度だろう」

 

本当に趣味が悪いとフォーティスが呟くが、私からしてみれば自分が消えるまではすべては娯楽あるべきだと思っているので趣味が悪いのではなく、神魔ゆえの退屈さを紛らわせたいと思ってくれたほうが良い。

 

「おや?もう行ってしまうのかい?夕食をご馳走しようと思っていたのだけど?」

 

「お気持ちだけで十分ですよ。ルイ・サイファー……見届けたい物は見ましたから」

 

「道が繋がったというだけで満足かな?」

 

私の言葉にフォーティスは薄く微笑み、手にしていた本を開いた。ページが青白く燃え上がり、私の見ている前で消え去った。

 

「竜の魔女によって全てが壊される。その結末は消え去りました、どうも彼女は純粋でそして幼すぎた」

 

「だけど君は最悪の展開に備えていたのだろう?」

 

「さぁ?どうでしょうね……私は今はまだ傍観者――表舞台に立つ気はありませんよ。ではまた何れ……」

 

溶けるように消えていくフォーティスを見て、隣に控えていたルキフグスが信じられない者を見るような目をする。

 

「ルイ様、あの男は一体何者なのですか?人間にしか見えなかったのですが……」

 

「そうだね。彼は人間である事は間違いない……だけど私達の領域に足を踏み入れているのさ。だからこそ面白い」

 

何をしてあそこまで力をつけたのか、そして世界を超える力を持ち何を見届けようとしているのか、何もかもが分からないからこそ面白い。

 

「さてと、私はベルゼブルのフォローでもしてくるかな。ルキフグスは横島がどうなったのか見てきてくれたまえ」

 

「畏まりました」

 

一礼し屋根の上を飛び移って去っていくルキフグスを見送り、傘を片手に歩き出す。

 

「ルイ様……さきほどは失礼しました」

 

「いやいや。別に怒っている訳ではないよ?とても面白かったしね」

 

私の命令に逆らい、自分の感情を優先したというのは実に面白い。私よりも横島を優先したということはそれだけベルゼブルが横島に気を許していると言うことであり、実に面白かった。

 

「申し訳ありません。私は……」

 

「良いさ、神魔であれ心はある。心を御すという事は面白みもなく、つまらないことだ。そんなことで私は目くじらを立てはしない」

 

この全てが娯楽であるべきだと私は考えている。だからこそ、神魔で上から数えた方が良いほどの地位にいるベルゼブルが人間に絆されたというのが面白くて仕方ない。

 

(当面はなさそうだしねえ)

 

ガープ達は準備をしていて動く気配がない。人間共は政治闘争をして内輪揉めをしているので実に馬鹿らしい……つまりだ。私が楽しめる物が今はないのだ。月で何かしているようだけど、実際問題月神族は余り好きではないし、絶滅しようが、高レベルの魔力や神通力を抽出されようが、それこそ孕ませ袋になろうが興味はない。傲慢で愚かで閉鎖的な思考の月神族を気に掛けている神魔なんていないし、月から地球に何かされるまでは私は静観するつもりだ。

 

「さてと、ベルゼブル。共をしてくれるかな?」

 

「畏まりました。どちらへ?」

 

「そうだね。適当にフラフラしてみようかなあ、暇つぶしに」

 

天界も魔界もそれこそ人間界でもいい、私の暇を潰せる物を探してベルゼブルと共に博物館に背を向ける。

 

(さてさて、どうなるかな)

 

世界は最早横島を中心に回っていると言っても良い、最高指導者達が世界を巻き戻し、何かを成そうとしていた。その何かが横島であることは明らかだ……そう考えれば最高指導者が隠している事がなんなのかを予測するのは簡単なことだった。だがそれは愚かな選択だ、逆行というのは大きなリスクを背負う事――これだけ横島を中心に世界が動いているのは全て逆行の影響だ。今頃容易に逆行なんて言う選択をしたのを悔いているのではないだろうかと思いながら私はその場を後にした……今度はどんな面白いことがあるのか、それを想像し、その困難を苦難をどうやって乗り越えるのか――それも困難を乗り越える事が出来ず、心を砕いてしまうのか……何があっても退屈する事だけはないだろうと思い、これからおきる事を想像しながらその場を後にするのだった……。

 

 

 

~ルキフグス視点~

 

横島の家に戻った私は目の前の光景を見て思わず声を失った。巨大な影が横島の家と庭を埋め尽くしていたからだ。

 

「「「ずもおおお……」」」

 

そんな効果音が聞こえてきそうなサイズのうりぼーの分身体が周囲を埋め尽くしていたからだ。

 

「だから横島君の誤解だって、話をしましょう」

 

「横島さん、何もしませんから。約束しますジャンヌ・オルタにはなにもしませんから」

 

「横島ー。本当に何もしないって約束するから」

 

美神達が声を掛けているが横島からの反応はまるで無く、メドーサ達が困り果てた表情で庭や家の前の道路に腰を下ろしていた。

 

「これはどういう事なのですか?」

 

「ルキさん……えっとですね。私達がジャンヌ・オルタに何かすると思っているのか篭城してしまいまして」

 

「そんな話をしたのですか?」

 

横島の性格を考えれば処罰するとなれば反対するのは明らか、それを匂わすような事を口にしただけで横島が篭城するのは当然だ。

 

「いや、そういう話はしてないんだけど……かなり刺々しいというか」

 

【まぁ恋心の暴走という感じね】

 

見ていたから分かっていましたが、ライバルと認定してギスギスしているのをジャンヌ・オルタを処罰しようとしていると勘違いしてしまったようだ。

 

「横島君。大丈夫だ、君の心配しているようなことにはならない」

 

「大丈夫だ。信用して欲しい」

 

全員での説得態勢だ。横島も相当頑固だから中々OKを出さないのかもしれないですね。

 

「やっぱりくえすが悪い」

 

「はぁ!?責任のなすりつけは止めてくれませんか」

 

「いやでも事実1番くえすが刺々しかったわよ?」

 

余りにも進展しないのでついに責任の擦り付け合いが始まってしまった……しかしそれだけ焦っているとも解釈出来る。しかしよく見るとシズクや、タマモ達の姿がないので家の中でも説得は間違いなく行なわれている筈だ。しばらくそのままの状態で睨みあいになっているとうりぼーが小さくなったので、また大きくなる前に横島の家の中に入る……するとそこでは。

 

「なに馬鹿やってんのよ」

 

「ぷぎい」

 

「みみーむうー」

 

タマモにチビとうりぼーが叱られていた。そしてリビングのソファーの上では……

 

「【死ーん……】」

 

「……ああ、やっと入って来れたか、悪いんだが手当てを手伝ってくれ」

 

ジャンヌ・オルタと横島が揃ってダウンしており、シズクが呆れた顔で治療をしていた。

 

「横島君じゃなかったんだ……」

 

「そうみたいですね。というかよく考えたら横島さん何も出来ないですよね」

 

ジャンヌ・オルタ、蛍、くえすの攻撃を受けた横島は当然気絶したままだし、ジャンヌ・オルタは魔力の消耗でダウンしていた。

 

「せんせーではなく心眼が動かしていたでござるよ」

 

【揉めてる間に休ませようと思ったのだ】

 

ああ。なるほど、口論している間に横島を休ませるほうが有意義だと判断した訳ですね。私はジト目で美神達を見つめ深く溜め息を吐いてキッチンに足を向ける。

 

「軽く夜食でも用意します。色々と思う事はあると思いますけど、状況把握よりも自分の欲求を優先するのはどうかと思いますよ?」

 

「「「はい……」」」

 

恋心を御すのは難しいと判ってはいますが、それでも優先順位を間違えないで欲しいと反省を促し夜食の準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

ジャンヌさんと神宮寺さんと蛍の喧嘩を止めようとしたらぶっ飛ばされた、正直あ、死んだと思うくらい凄まじいダメージだった。

 

「……あんまり動くなよ、ジッとしていろ」

 

「うい」

 

シズクにあんまり動くなよと注意され、ゆっくりと身体を起こしたが正直痛すぎて動きたくない。でも美神さん達が話し合いをしているので、それを聞くだけでも聞くべきだと思い何とかソファーに背中を預けて座る。

 

「とりあえず野菜スープにしました、皆さんもどうぞ」

 

「ありがとうございます、ルキさん」

 

ルキさんが用意してくれた暖かいスープを飲むと身体がじんわりと暖まってくる。しかも熱が伝わると身体の痛みも軽減されている……様な気がする。

 

「それで今回のはジャンヌなりの私達の訓練だったと……」

 

【まぁ最終的にはそうですけど、もしも何も変ろうとしないのならば私は殺す気でしたよ】

 

殺すつもりだったというジャンヌさんの言葉に思わずその顔を見つめる。

 

【……】

 

「……」

 

顔を背けて逃げるので痛みを我慢して無理に視線を合わせる。暫くそうしているとジャンヌさんが白旗を上げた。

 

【……いや、そこまでするつもりは無かったと言うか……シズクがいれば治るしって思ってたのはあります】

 

殺すつもりというのが嘘だったと判り、思わずホッと一息ついた。本当博物館を出た時にジャンヌさんと神宮寺さんと蛍が喧嘩をしているのを見た時は肝を冷やしたので、こんな心臓に悪い事はもう出来ればしないで欲しい。

 

「ジャンヌさんもこういってますし……許してくれますか?」

 

「……まぁ、こいつのおかげで新しい事を見つけましたし、少し考えを改めないといけない部分もあったのでそれでトントンという事で」

 

「私もそうかな、と言うか多分ジャンヌ・オルタがいないとこれは身につかなかったし……思う所はあるけど、本気じゃなかったって事で良いと思うわよ」

 

神宮寺さんと蛍も許すと口にしてくれた。そのまま美神さんにも視線を向けると美神さんは小さく頷いた。

 

「正直追詰められた事で出来るようになったし、私としてもちょっときつめの訓練だったって思うことにするわよ。今回の件はそれでおしまい。それで良いわよね?小竜姫様」

 

「……思う事はありますが……それで良いというのならば私から言うことはありません」

 

「私もです、それに確かにジャンヌ・オルタとの戦いの中で美神達は新しい物を見せてくれましたしね」

 

天界と魔界でも今回の事は問題にしないと聞いて心の底から安堵した。後俺が気になっているのは1つだけ、リビングの隅に視線を向ける、そこではタマモがチビ達を叱りつけていた。

 

「あんた達も勘違いしすぎ、もっとよく考えて行動しなさい」

 

「みみむー」

 

「ぷぎい」

 

【ノブウー】

 

タマモがさっきからずっとチビ達に怒っているんだけど、一体何があったんだと首を傾げているとシロと心眼が教えてくれた。

 

「ジャンヌ殿が危ないと思って美神殿達を締め出したでござるよ」

 

【お前が気絶していたからチビ達なりに考えたんだがな……方法に少し問題があったな】

 

ジャンヌさんが小竜姫様達に連れて行かれないように考えて行動してくれたんだと分かり、チビ達を説教しているタマモを止めようと思いタマモの名前を呼んだ。

 

「甘やかしたら駄目よ」

 

「チビ達も反省してるみたいだし、とりあえずそこらへんで……」

 

「……おい、茨木童子、金時。電子レンジが壊れているんだが……?」

 

【こいつがやった】

 

「吾を庇わぬか!」

 

【俺ッチがいない時に壊したのに何で俺ッチまで叱られなきゃなんねえんだ。素直に謝っとけ】

 

「横島助けてくれ!吾は悪くない!」

 

シズクに睨まれてこっちに逃げてくる茨木ちゃんとチビ達の助けてという視線を向けられる。庇ってあげたいのは山々なのだがどちらか1人でも怖いのにタマモとシズクの2人なんて絶対に無理だ。

 

「どうして神魔に効果的な戦い方を知っていたの?」

 

蛍がそう問いかけるとジャンヌさんは眉を細めて小さく呟いた。

 

【私は1回別の場所で召喚されたからよ、あんまり詳しくは覚えてないけど……神魔と戦う事もあった。だから知っているだけよ】

 

別の場所で召喚されたという言葉の意味が判らず思わず首を傾げる。ジャンヌさんは深い深い溜め息を吐いて、俺を指差した。

 

【私は知ってるのよ、復讐者のこいつを】

 

復讐者?俺が?思わず自分を指差してしまった。美神さん達は目を見開きジャンヌさんに視線を向ける。

 

【……ぐっ……やっぱり邪魔が……ッ】

 

美神さん達が口を開く前にジャンヌさんが苦しそうな呻き声をあげた。額からは脂汗が滴り落ち、自分の身体を抱き締めてその痛みに耐えているような素振りを見せる。

 

「なにが……まさかこれはッ!?」

 

【黙りなさいッ!それ以上は言うな!お前達が消えたら誰が横島を守り育てるッ!】

 

鬼気迫る表情のジャンヌさんは俺を指差し、苦痛に顔を歪めながらも微笑みかけてきた。

 

【ごめんね、今は……私はこれが限界みたい……だけど……また会えるから】

 

「ジャンヌさん……?」

 

【大丈夫よ。少し寝るだけ……本当はもっと話したいこともあった。教えたいこともあった……だけどこれ以上は世界が許さないみたい……気をつけなさい……世界は横島を欲している……ッ!ぐ……くそおッ……時間切れ……ッ!】

 

悔しそうに時間切れという悔しそうな言葉はジャンヌさんの口から発せられ、その身体が弾ける消滅し、凄まじい光が俺達の目を焼いた。

 

「まぶしッ」

 

俺だけではなく、美神さん達もその光を直視して眩しいと口にしている。時間切れという言葉に最悪の結果が脳裏を過ぎったが、英霊は消える時には粒子になって消えるので絶対に違うと心の中で思う……そして光が消えた時、ジャンヌさんの姿は無く……いや無いと言うのは正しくなかった。

 

【サーヴァントランサー、ジャンヌダルク・オルタ・リリィです! これからよろしくお願いしますね、お兄さん♪】

 

「「「「うえ?」」」」

 

紫ちゃん達くらいの背丈になったジャンヌさん――いや、ジャンヌちゃんがピースサインをしているのを見て、俺達の口からは揃って間抜けな声が零れるのだった……。

 

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その1 へ続く

 

 




ジャンヌさんが霊力を使いきりジャンヌちゃんにクラスチェンジしました。次回からのリポートは日常系の話で書いて、1度横島君を魔界でアリスちゃんとマスコットとロリーズときゃっきゃさせて、美神さん達はトレーニングをして、おキヌちゃんの合流、ガープの攻撃とイベントを続けて行こうと思います。まだ暫く日常で穏やかな感じの話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート3 迷いの竹林と月の姫君
その1


リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その1

 

~横島視点~

 

昨晩は深夜まで起きていた横島は目覚ましの音で起きる事が出来ず、チビ達もそれぞれの寝床で大きな鼻提灯を作って眠っていた……そんな横島の部屋の扉……ではなく、横島の眠っているベッドの上に黒い穴が開き、そこからひょこっと紫が顔を出す。

 

「大丈夫ですわ。まだ寝てます」

 

紫の言葉を聞いて続いてジャンヌダルク・オルタ・リリィと茨木童子が逆さまで顔を出した。

 

【お寝坊さんは起さないといけないですからね。規則正しい生活大事です】

 

「……横島が起きてないとシズクに怒られそうで怖い」

 

ちびっ子の朝は早い、約1名。電子レンジを破壊したことでシズクの機嫌が最低なので、横島に助けを求める意味でも紫に同行しているが……

 

【「「せーのどーんッ!!!」」】

 

「ふがああッ!?」

 

フライングボディプレス×3で哀れ、横島は強制的な目覚めと腹部に走った凄まじい激痛でベッドの上で痙攣しながら呻き声を上げる事となるのだった……。

 

「超いてえ……」

 

「災難ねえ、あんたも」

 

「大丈夫でござるか?せんせー」

 

呆れた様子のタマモと心配そうにしているシロに大丈夫と返事を返しながら、机の上に突っ伏す。大丈夫とは言ったものの凄くだるい……。

 

「なあ、心眼。すげえだるいんだけど、なんで?」

 

【……霊力のバランスが乱れたか、昨日の神通力とかのぶつかり合いに当てられたのだろう】

 

「霊力酔いってやつかぁ……」

 

頭が痛いし、身体が重い、正直まだ寝ていて良いのなら寝ていたいとさえ思う。けど多分駄目だな、リリィちゃんの目がめっちゃキラキラしてる。これでまだ寝ると言うと凄いショックを受けそうなので、昼寝の時間まで気合で我慢しようと思う。

 

【新聞ですよー♪】

 

「ありがと、リリィちゃん」

 

【はいです!】

 

なんかジャンヌさんが霊力を使いすぎて、霊力の使用を極端に押さえ込んで消滅を避けるための状態が今のリリィちゃん状態らしい。同一人物だけど、子供なのでジャンヌさんの知っていた事は知らず、紫ちゃんと同じ位の精神年齢で知識もないらしい。

 

(どういう意味だったんだろうか……)

 

復讐者の俺という言葉の意味も、世界に囚われると言う言葉の意味も俺には理解出来なかった。美神さんに考えないようにと言われていたが、どうしても考えてしまう。ちょうどその時シズクの手を叩く音が響いて、考え事を中断させられる。

 

「……朝御飯にするぞ」

 

【はい!ではこれで最後にしますゆえ!】

 

【おっしゃあッ!!】

 

庭から響いてくる木刀同士のぶつかる音が響いて来る。牛若丸と金時だろう……特に牛若丸はジャンヌさんに勝てなかったのが相当悔しいのか、明らかに気合の入った顔をしているのが判る。

 

【うーおはよー】

 

「おはよー、ノッブちゃん」

 

寝ぼけ眼で足を引き摺りながらノッブちゃんが顔を見せて、そのまま顔を洗いにいった。

 

【ノブノブー♪】

 

「むむ、吾が悪いから仕方ない」

 

電子レンジを破壊したと言うことでチビノブと配膳を手伝っている茨木ちゃんを見ながら、新聞に挟まれているチラシを見る。

 

「やっぱ電子レンジ買わないとなぁ」

 

「……ないとやっぱり不便だな」

 

家電製品のチラシを見ながらどこかで電子レンジが安いのないかな?と探していると稽古を終えた牛若丸と金時が庭から家の中に入ってきて、それに続くように顔を洗って来たノッブちゃんがリビングに入ってくる。それを見て新聞を一回閉じてソファーの上におく。

 

「「「【【【【いただきます】】】】」」」」

 

皆揃っての朝ご飯……なんだけど本格的に家が手狭になってきたなあと思いながら俺は豚汁を啜る。

 

(美神さんに相談したら何とかなるかなあ)

 

電子レンジを買いなおしたいし、時期が時期だから炬燵とか、ストーブも欲しい。だけどそれを置くには家が狭すぎるし……1回駄目元で美神さんに相談しようと思いながら、お椀を机の上において小さく切られたリンゴを持ち上げた。

 

「はい、あーん」

 

「みーむー」

 

はむはむとりんごを頬張るチビを見て、これからどうするかなあと頭を悩ませるのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

横島達が食事をしている頃、蛍達はGS協会に集まっていた。それも蛍達だけではなく、ピート、シルフィー、唐巣神父とブラドー伯爵の教会組。陰念、雪之丞、クシナ、三蔵の白竜寺組、教授と西条さんのオカルトG面組、マリア、テレサ、ドクターカオスの3人に、エミさんとタイガーと東京にいる霊能者の中で上位と言われるメンバー全員が集められていた。

 

「はぁ……はぁ……ごめんなさい、すこし遅れちゃったわ~」

 

「えろうすんません」

 

「申し訳ありません、ちょっと迷ってしまいまして」

 

いないなと思っていた冥子さん達も遅れてやって来て、これで本当に東京にいる主戦力になるメンバーは全員集合した。

 

「横島は?」

 

【横島君は呼んでないわ。今回の話は横島君には何の意味もない話だからね】

 

三蔵さんの言葉に雪之丞がむっとした顔をする。でもその気持ちは判らない訳ではなくて、同年代で横島だけが突出しているので焦る気持ちは判らない訳ではない。だがそれで劣等感を抱かれ、そこをガープに付け込まれる訳にはいかない。

 

「こら、別に横島君を特別視してる訳じゃないわ。横島君と私達の違い、それが判ったからそれの説明会なのよ」

 

「俺達と横島の違い?眼魂とかじゃなくてか?」

 

「ええ、確かに横島君は霊力は多いけど神魔ほどじゃない。そんな横島君が何で神魔と戦えたのか、それを説明してくれるって聞いてるわ。だからしっかり話を聞きなさい」

 

クシナさんが注意してくれた事でなんとかなりそうね。でもジャンヌ・オルタとの戦いがなければそれに気付かなかったので本当にジャンヌ・オルタに感謝しなければならないかもしれない。

 

「朝早くからごめんなさい、でもこれは早い内に情報共有をしたかったの」

 

「これからの戦いに必要な技術って事、皆しっかり覚えて。それを身体に馴染ませて頂戴。じゃ、ドクターカオス。詳しい説明を」

 

美神さんと琉璃さんに言われ、ドクターカオスが映像を使って昨日判った事……霊力で自分達を圧倒的に上回ってる相手との戦い方の詳しい説明を始める。

 

「まずじゃが、我々は1つ大きな思い違いをしていた。横島が神魔と戦えるのは霊力でも眼魂ではなかったんじゃな。確かに霊力は重要な要素ではあるが、それは絶対的なものではない」

 

横島が変身している時の姿の霊力の合計値がグラフで映し出され、その隣に小竜姫様達の姿と霊力の合計値が映し出される。

 

「え?こんなに差が?」

 

「……信じられないな」

 

英霊であるノッブや、牛若丸の力を借りたとしても横島のマイト数は3000に届くかどうかという数値だ。小竜姫様はそれに対して5000ほど、2000近いマイト数の差があった。

 

「3000という数値は確かに人間としては多いが、神魔には届かない。では何故横島が神魔と戦えたか?答えは単純で、そしてワシ達霊力を扱う事に長けている者では気付かない所じゃった。横島の霊力の使い方は旧世代、それこそ冥華達がルーキーと呼ばれていた年代の霊力の使い方だったのだ」

 

霊力の扱い方も除霊方法も確立しておらず。霊力同士のぶつかり合いをしていた時代――その時代は霊能者の殉職も多かったと聞く、それを安定させ、除霊具を扱い霊力を枯渇させないように安定して戦う技術が発達した。それが今の霊能者の戦い方の基本だ、だが横島の戦いは今時代と逆行した物となっているのだ。

 

(でも納得したわ)

 

横島が霊体ボウガンや神通棍に対する適正が低い理由。それらの霊具は少量の霊力を増幅させるのが基本構造だ、10個しか入らない入れ物に20個物を入れようとしても入らない。そんな単純な理由だ、そしてそれが横島にとっての普通で私達の教えていた技術を自分に合うように適合させ続けていた……だから私達とは違う霊能力の運用形式に辿り着いたのだ。

 

「つまりなんだ、カオスのジーさん。そのやり方を覚えれば俺達も横島に届くのか?」

 

自分が持っている霊力を一時的にしろ拳、足などに1点集中し、霊力の放出口を細くする事で相手の霊力や神通力のバリアを突破する。だがこれはコントロールを一歩間違えればそれこそ霊力の枯渇を引き起こす危険な方法だ。だがこれを習得しなければ何時までも見ているだけ……それが嫌ならば死に物狂いでこの技を覚えなければならない。

 

「理論上はな。じゃがこれは常に霊力の枯渇と隣り合わせじゃし、なによりも身体に染み付いている霊力の運用と違う。教えはするがやる、やらないは自分達の判断に任せるという事でいいんじゃな?」

 

「はい、この方法に関しては他言無用、私達の間だけでの情報共有とします。それに加えて霊力の枯渇の危険性があるので、決して1人で

鍛錬をしないこと、それを徹底するという事をこの場で約束してください。これはエンゲージの術式で契約してもらうので口約束だけではなく、魂の契約だと理解してサインして「これで良いんだろ?そいつをくれ」……期待してるわよ、雪之丞君」

 

琉璃さんの説明を最後まで聞かずにサインし、指導書を受け取り部屋を出て行く雪之丞。それに続くように陰念達もサインして、指導書を手にして出て行く。私と美神さんが指導書を受け取ろうとした所で先に指導書を受け取っていた冥子さんと鬼道さんが振り返った。

 

「お母様が呼んでたわ~後で六道の屋敷に顔を出してね~」

 

「なんでも横島君がいてくれれば交渉が楽になるとかで、詳しくは知らないんやけど、よろしく頼むで」

 

冥華さんの所に、しかも交渉の為に横島と一緒に来るようにと頼まれ、私と美神さんは揃って肩を落とした。

 

「断れないかなあ……」

 

「多分無理ね。今回はどんな面倒ごとかしら……」

 

今回の博物館の周りの火事の件も冥華さんが手を回してくれているので、また貸が出来てしまっているので断ることが出来ないと美神さんが肩を落とす。

 

「ちなみに私も今度の六道の除霊実習旅行の為に予定を開けておけって言われてますよ?たぶんというか確実に……」

 

「私達もね……」

 

厄事が続きすぎる……とは言え冥華さんがいなければ解決できない問題も数多あったので、多少面倒でも、それこそ嫌だと心の底から思っても引き受けないといけないのだ。人の良い顔の下でどんな悪巧みをしているのか……やはり霊能、政治の両方の中枢部に踏み込んでいるだけあってその考え方から恐ろしすぎる。

 

「横島君を連れ出すって事は神魔との交渉?何か聞いてない琉璃」

 

「いえ、特にそういう話は聞いてないんですけど……とりあえず冥華さんに会いに行ってみたらどうですか?」

 

「関わりたくないってことかしら?」

 

「ノーコメントで」

 

その一言で琉璃さんの今の心情を理解してしまい、私と美神さんは揃って肩を落とし、まず横島を迎えに行く為にGS協会を後にするのだった。

 

(でもやっぱりあの話はしないのね)

 

ジャンヌ・オルタが幼くなる前に告げた言葉――復讐者のクラスに至ってしまった横島と世界が横島を欲していると言う言葉……出来ればこのことを詳しく知りたかった。

 

「今は気にしないようにしましょう」

 

「美神さん、でも……」

 

それは問題の先送りではないか?と口に仕掛けたのだが、琉璃さんに駄目よと強い口調で言われてしまった。

 

「ジャンヌ・オルタが弱体化させられたこと、そして横島君を見守る者がいなくなるってことは同じなのよ、深く踏み込みすぎれば……世界からの干渉を受ける。小竜姫様達が調べて結果が判るまでは考えないようにしましょう」

 

「まさか……そこまでなんですか?」

 

「あくまで可能性だけどね、私達ももっと強くなって、そして横島君が世界からの甘言を退けるだけの強い意思を持ってもらわないといけないわ」

 

私達ではどうしようもない大きな力の流れが動き始めている――それを何とかしたくでも私達に出来る事は何もなくて……私も美神さんも肩を深く落としたまま歩き出したが、何を話せば良いのか判らず黙り込んだままなのだった……。

 

「良し、これでOKっと、じゃあ皆行くぞー」

 

「「【【おー】】」」

 

一方その頃横島はと言うと、美神に連絡がつかなかった為。いっちゃんに留守電を頼み、自分の通帳から預金を出して電子レンジを買う為に街に繰り出していたりするのだった……。

 

 

 

 

~???視点~

 

深い竹林に風が吹き込みさわさわと音を立てる、その音を聞きながら竹林の中にあるには似つかわしくない日本家屋の縁側で2人の少女が寝転がっていた。

 

「暇ね」

 

「何回も暇って言うなよ。私まで暇になるじゃないか」

 

街を歩いていたら10人が10人見惚れるような美少女なのだが、その2人からはなんとも言えない気だるさが滲み出していた。

 

「ゲームとか買いに行きたい」

 

「それでまた騒動を起こすのか?」

 

前にゲームを買いに行き、アイドルにっと追い回されたことを思い出したのか、働いたら負けと言うTシャツを着ている長い黒髪の少女は止めておこうかしら?と小さく呟いた。

 

「それならあれだ、ほら。魚釣りは?」

 

「えー、あれも飽きた」

 

「じゃ、竹の子掘り」

 

「んーそれも良いわねえ」

 

暇を持て余している2人の少女……それは平安時代で横島と共に過ごした2人の姫だった。

 

「もこ、何時になったら横島殿に会えるのかしらねえ」

 

天性の美と艶やかな黒髪、整った顔とすれ違う誰もが魅了される美を誇りながら働いたら負けと言うTシャツが全てを台無しにしている……月の元姫「蓬莱山輝夜」

 

「言うなよ。本当何時なんだろうなあ……」

 

銀髪を大きなリボンで結び、上はカッターシャツ、下は赤いモンペをサスペンダーで吊るすという独特のファッションをしている「藤原妹紅」は輝夜の問いかけに待つのは疲れたといいたげに深い溜め息を吐いた。

 

「どうする、竹の子掘りに行く?」

 

「なんか気分じゃなくなった。輝夜が行くなら行くけど……」

 

「私も嫌かなあ……ゲームでもする?」

 

「そうしようか……」

 

不老不死ゆえに退屈を持て余している2人は今が横島が生きている時代なのか、どうかも判らず。この結界の張られた竹林に出る事は時間制限が掛けられている為、横島を探しに行く事も出来ず。いつか横島が見つけてくれるのかなあと言う願いを抱きながら、代わり映えのしない日々を過ごす。

 

「……これは言わない方が良いわね」

 

覇気のない顔をしている2人を見た。ここ、永遠亭の医者――「八意永琳」は手にしている六道の印が押されている封筒を懐に戻した。

 

「本当六道の家の人間は厄介よね……これから忙しくなりそう」

 

冥華から送られた手紙にはこれから必要になる薬の効能と、それに伴う副作用を極限まで抑えるようにと無理難題が幾つもあった。無理だと永琳には突っぱねる事も出来たのだが、その下の文を見てその無理難題を受け入れざるを得なかった。

 

『この要求を受け入れてくれるなら、これから薬の受け取りは横島君に任せるからね~♪』

 

横島を送りつけてくると言われては永琳としても無理だと思いながらもそれを受け入れざるを得なかった。そろそろ横島に会えるかな、まださきかなとそわそわしている2人をもうかれこれ100年近く見て来た。横島に会うのは早いといって了承しなかった冥華が自分から横島を寄越すと言い出したのだから苦労に見合う対価を出して来た。

 

「本当厄介な人間だわ」

 

六道の人間は厄介極まりないと疲れたように言いながらも、その顔は楽しそうで羽ペンで了承したと言う旨の返事を書いて、式神に手紙を運ばせる。

 

2人の姫と横島の再会はもうすぐそばに迫っているのだった……。

 

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その2へ続く

 

 




ロリーズのボデイプレスで起される横島君を書きたかった。なので後悔も反省もありません、じかいも引き続き日常ですが、このリポート3のあいだにぐやともこに再会させたいと思います。その後はアリスちゃんのターンですね、アリス、ジャンヌオルタリリィと着たので後はジャックを出すだけ、それでFGOロリーズがそろいます。アリスちゃんが違う? HAHA、何の事か判りませんね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その2

 

~金時視点~

 

俺ッチは横島達と一緒に買い物に出ていたのだが、まずは横島を取り囲む環境に驚いた。自分の常識とは違う世界がそこにはあったからだ。

 

「あら?また居候が増えたの?」

 

「茨木ちゃんとリリィちゃんって言うんだ」

 

【リリィです!こんにちわ】

 

「……茨木」

 

にこやかに挨拶をするリリィと横島の後ろに隠れて挨拶をする茨木。茨木童子は鬼だ、人間など簡単に殺せる。それなのに茨木の奴はずいぶんと横島に慣れている、もうそれこそ兄貴のようにだ。

 

(いや、何があったんだよ)

 

確かに茨木の奴は鬼としては生真面目でどちらかというと人間気質だったが、それでもこれは異常だと思う。

 

「どこに行くの?」

 

「電子レンジが壊れたから買いに行くんだ」

 

家の掃除をしていたおばちゃんと世間話をしている横島もそうだが、これだけ人外が出歩いているのに動揺しないって正直どうなんだと思わず首を傾げた。

 

「……慣れたんだよ」

 

「まぁ横島の家に出入りしてるの8割が人間じゃないし」

 

「せんせーの家はお化け屋敷って言われてるでござるよ」

 

【それは良いのか?】

 

もっとこう言ってやるべき言葉があるんじゃないか?と俺ッチは思ったのだが、信長はカカカっと声を上げて笑った。

 

【横島の回りはこれで良いんじゃよ】

 

【落ち着きますからね】

 

これ取り憑かれてるんじゃないか、それともあれか女難を極めすぎているんじゃないか?と思いながら俺ッチは横島の後をついて歩き出した。

 

「えっと電子レンジと布団と……後子供服だな」

 

「せんせー!拙者ジャーキーが欲しいでござる!」

 

「犬用じゃなくて普通のジャーキーな」

 

「判ったでござる!」

 

「お菓子を買っても良いのか!?」

 

「後でね」

 

……父親?父親なのか?どれだけ横島の父親力が高いんだ?子守に特化しすぎじゃないだろうか……?

 

「……おい、金時。電子レンジ買いに行くぞ」

 

【え?別行動なのか?】

 

「……牛若丸とかがついているから問題ない。それに電子レンジを使うのは私だから、横島達がいても意味がない」

 

確かに服とか布団とかの売り場と電化製品の場所は違うので、シズクの言う事も最もだと思う。

 

「……横島、先に電子レンジを見てくる。無駄遣いするなよ」

 

「りょーかい」

 

シズクの言葉に手を上げて返事を返す横島はリリィ達を連れて布団売り場へと歩いていく。その姿を見ているとシズクに脇を小突かれ行くぞと促され、俺ッチも電化製品売り場に向かって歩き出した。

 

「……スチームもあるのか。むむむ……」

 

【そのスチームって言うのは良いものなのか?】

 

「……蒸す料理も出来るようになる」

 

【そいつは便利だな。それにするのか?】

 

「……かなり高いから迷う」

 

この姿を見るととても龍神には思えないなと心から思う。というかなんで龍神様が人間の世話をしているんだよ……普通逆だろ。

 

「……普通逆だと思ってるだろ?」

 

【……いや、まぁ……普通そうだろ?】

 

横島の家の家事を全て取り仕切っているが、相手は龍神。世が世なら不敬なんて話ではすまない話だ。

 

「……私は好きでやっている。何れ横島は誰よりも強くなる、それを近くで見て、そして育てる。そして最後はふふふ……」

 

あ、これ駄目な奴だ。多分指摘しても誰かに話しても終わる奴……頼光の大将と同じ気配がするぜ。

 

「あ、いたいた、シズク、それと金時、横島は?」

 

俺ッチがそんなことを考えていると蛍がやって来て、横島はどこだ?と尋ねてくる。

 

【なんだ?除霊の仕事か?それなら俺ッチも手伝うぜ?】

 

「……まぁ買い物が済んでからになるがな」

 

俺ッチとシズクがそう言うと蛍は気まずそうに首を左右に振った。

 

「六道の仕事で横島が来てくれないと困るのよ」

 

「……あの狸、何をさせるつもりだ?」

 

【そいつは災難だな、とりあえず買う物だけ買って、横島と合流しようぜ】

 

俺ッチが生きていた頃も六道はそれなりに名家だったし、平安時代でガープ達と戦った時も世話になったが、六道の人間は悪人では無いが信用するには怖い相手だ。しかも待たせると怖いので、早いうちに顔を出した方が良さそうだ。

 

「……しょうがない、予算ギリギリになるがこれにしよう」

 

「あ、美神さんがお金見てくれるって言ってからもう一番高いのにしましょうよ」

 

「……そうか?じゃあこれで、金時これを積んでくれ」

 

【あいよっと】

 

とりあえず必要な物は買わないわけには行かないので、電子レンジを荷台に積みそれをおして横島の元へ向かう。

 

「え、良いんですか?」

 

「良いわよ、遠慮しないでちゃっちゃっと買い物して、冥華おば様の所に顔を出しましょう」

 

「うい」

 

横島の所には美神がいて、買い物のリストを手にとってこれこれっと言って、どんどん店員に荷物を積ませている。面倒見のいい奴だなと思いながらふと気になった事を尋ねて見た。

 

【六道の仕事ってなるとやっぱり除霊関係なのか?】

 

「なんか交渉らしいけど……横島じゃないと駄目って言うのが気掛かりで」

 

交渉で横島を指定する……それだけで六道の考えている事が判ってしまった。

 

【そいつは大丈夫なのか?】

 

「正直不安しかないわ……」

 

横島の人外や神魔に好かれる性質便りの交渉になるとすんなりと行くか、それとも好かれすぎて面倒事になるかのどっちかになると判り、俺ッチは蛍と一緒に頭を抱えながら、普通に服と布団の買い物に混ざっていくシズクを見て、小さく溜め息を吐くのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

横島君を迎えに行く前に事務所に寄ったらまさか横島君が買い物に出ているといっちゃんから伝言を聞いて、私と蛍ちゃんはすぐに横島君の家の近くのデパートに向かった。

 

(予想通りすぎて驚くわ)

 

遠くの品揃えの良いデパートではなく、近々閉店すると言われている店に向かったのは横島君の事だから全員連れていると思ったからだ。そうなれば遠くのデパートに行くには乗り継ぎが必要だし、住んでいる人数の多さで食費が多く掛かっているので無駄遣いが出来るわけが無く、歩きでもいけるデパートに向かうと判断するのは当然の事だった。

 

【一緒に行ったら駄目なんですか?】

 

「仕事の話で遊びに行く訳じゃないからね。シズクの言う事を聞いて良い子で待っててね」

 

【……はいです】

 

「判った!」

 

しょんぼりしているジャンヌダルク・オルタ・リリィ。くえすとそっくりだと思うほどに傲慢で人の話を聞かないジャンヌダルク・オルタの子供の時がこんなに素直とか絶対思わないわ……。

 

「せんせーが玩具を買ってくれたのでそれで遊ぶでござる!」

 

「こらーッ!力づくであけるな!壊れるでしょうがッ!」

 

家の中から聞こえて来るタマモの怒声に横島君は肩を竦めて笑った。

 

「すいません、お待たせしました」

 

「別に良いわよ、横島君には今日は休みだって言ってたしね」

 

今朝の会合に横島君を呼ぶ訳には行かないと言うのが私達の出した結論だった。そもそも横島君は元より戦う術を持っている、そこに手探りの戦闘術を組み込んでしまえば大本から崩れてしまうかもしれない。下手に手を加えず、横島君の戦闘スタイルを目標にし、私達がそれを十分に理解してから横島君との意見交流をしようというのが大前提だからだ。神魔や英霊への有効打撃のノウハウを持つのは今の段階では横島君だけだ。それが崩れてしまい、辿り着く場所が判らなくなるというのは何よりも避けなければならない事態の1つだ。

 

「それで冥華さんの所に行くって聞いているんですけど、何をするんですか?」

 

「私達も知らないのよ。とりあえず行きましょうか」

 

冥華おば様も今の情勢は判っているからそんなに無茶な指示だとは思わないけど……一体なにをさせられるのかという不安を抱きながら、私は横島君と蛍ちゃんを後部座席に乗せて六道の屋敷へと車を走らせる。

 

「み、み、むー」

 

「ぷぎぷぎぷぎゅー」

 

【ノブノブノノブー】

 

……冥華おば様の所に行くってだけで不安を抱いているのだから、後部座席でなんか歌って踊っているチビ達が厄払いしてくれないかなあっと思っている辺り、私も結構精神的に来ているわねと思わず苦笑する。

 

(でも本当に何かしら)

 

旗に関しては琉璃と冥華おば様がマリア7世と交渉を続けているし、博物館の周りの火災に関しては小竜姫様達が動いてくれているし……やっぱり琉璃の言っていた通り六道女学院の除霊旅行の件かしら?と思い当たる節を色々と考えながら六道の屋敷に辿り着き、すぐに冥華おば様のいる部屋に通される。

 

「わざわざごめんね~でもちょっーと難しい問題で~令子ちゃん達にお願いしたいのよ~そう、引き受けてくれるのね~ありがとう~」

 

まだ何も言ってないのに引き受けることが決定してしまった。だけど、正直冥華おば様には貸しを作りっぱなしなのでSランクの除霊を行なえとか言われない限りは引き受けようと私も腹は括っている。

 

「詳しい話を聞いてないんですけど……六女の除霊旅行の件と関係ありますか?」

 

「ん~それは勿論オカルトGメンとGS協会にお願いするつもりだけど、今回は別の案件なのよ~と言っても除霊とかじゃないから安心してね~」

 

除霊じゃないと聞いても正直全然安心出来ない。交渉に関わると聞いていたけど、六道が抱える交渉案件とかどう考えても古い神案件なので本当に勘弁して欲しい。

 

「交渉とか聞いてますけど……何と交渉させられるんですか?冥華さん」

 

蛍ちゃんが若干脅えた様子で尋ねる。すると冥華さんはそんなに怖がる事はないわよと笑ったが、冥華さんの目が全く笑ってないので怖がらなくて良いって言うのが土台な無理な話だ。

 

「今回ね令子ちゃん達にお願いしたいのは~薬師との交渉なのよ~」

 

「「「薬師?」」」

 

予想外の交渉相手に私達の声が重なった。神魔とかの交渉まで覚悟していたのに、まさか薬師……いや、薬師は薬師でも神魔の可能性もあるのでまだ安心は出来ない。

 

「冥華おば様、それは構わないんですが、なんで横島君を指名したんですか?」

 

「ちょっと気難しい人だからね~横島君がいれば交渉が楽かなあって~ほら、あれ見てみたらそう思うでしょ~?」

 

冥華おば様に言われて振り返るとチビ達がジッとしているの飽きたのか、悪戯を始めていた。

 

「みむ!みむ!!」

 

「チビ、こら!チビ止めるんだ!どうして今日はこんなに悪戯ッ子なんだ!?」

 

チビが横島君の髪の毛の中に潜り込んで髪を引っ張ったりして、横島君がそれを止めようとすると腕の中のうりぼーが大きくなり始める。

 

「おもッ!?」

 

「「「ぷぎー」」」

 

「しかも増えたッ!?」

 

大きくなった上に足元に分身が現れて横島君がフラフラしている。休みだから遊んで貰えるはずが、まだ話が続いているからチビ達が我慢できなくなってしまったのだろう。

 

【のぶぅー】

 

そしてチビノブは背中にびったり張り付いて口を動かしているから背中を噛まれているのが判る。

 

「とりあえず、蛍ちゃん助けてあげて」

 

「はい」

 

蛍ちゃんに横島君を助けるように頼んで、冥華さんにすみませんと頭を下げる。

 

「気にしないで~だって今日は横島君はお休みだったんだしね~悪いのは私よ~」

 

「ご迷惑を掛けるわけにも行きませんから、交渉先を教えて貰えますか?」

 

にこにこと笑っている冥華おば様。だけどチビ達が調度品にまで悪戯をしだすとそれこそ大変な事になると思い、交渉先はどこかと尋ねる。

 

「そうね~早く遊びに行かせて上げないと可哀想だからね~行き先は六道の所有する土地の迷いの竹林、その中にある~永遠亭って言うお屋敷ね~」

 

迷いの竹林と聞いて冥華おば様の前だが眉を顰めてしまった。迷いの竹林は低級とは言え悪霊や怨霊の自然発生率が高く、連続除霊や山中での除霊中に遭難した場合のサバイバル技術を学ぶ為の演習場だ。確か今では使われてないと聞くけど、まさかそんな所に人間が住んでいるわけが無い。

 

「相手は人間ではないのですね?」

 

「見た目は人間よ~?それに話も出来ない相手じゃないから大丈夫~♪これ地図よ~、この×印の所に案内してくれる子がいるからよろしくね~」

 

紹介状はもう送ってあるから大丈夫と笑う冥華おば様。その姿を見て完全にお膳立てされていると判り、がっくりと肩を落とす。蛇が出るか、鬼が出るか……とにかく行って見るしかないようだ。

 

「あいたたたた!!」

 

「みむぐう!」

 

「駄目だって!?チビ、蛍の指を噛んだら駄目だろッ!」

 

大人しい所しか見てないけど、癇癪を起こしているチビ達って案外危険なのかもしれない。そんな事を思いながら話は終わりだからと声を掛けて私達は逃げるように六道の屋敷を後にするのだった……。

 

「みむう……」

 

「あー大丈夫よ。チビは危ないって教えてくれたのよね?」

 

「みむ♪」

 

「え?癇癪を起こしてたんじゃなくて、あれチビの警告だったのか?」

 

「多分ね、今回の交渉の件も一筋縄じゃ行きそうにないわね……」

 

なお車に乗るなり暴れなくなったチビ。その姿を見てチビ達が悪戯をして、すぐに六道の屋敷から出ようとしているように思えて迷いの竹林とそこに住む薬師に会いに行くと言うのが実は相当の無理難題に思えて私と蛍ちゃんは頭を抱えるのだった……。

 

 

 

 

 

~西条視点~

 

古い時代の除霊術というのは危険性も高いという事も相まってその資料は決して多くない。なんせ命を削るような代物が標準だった時代だ、安全にそして確実に除霊が出来る方法があれば誰だってそれが良い。だが今はその危険な除霊術が必要なのだ、あんまり使うなと念を押されていたが、背に腹は変えられないと受話器を手に取り、ある電話番号をコールする。

 

『……もしもし?』

 

「すみません先生。1つお願いがあって電話しました」

 

ドクターカオスは中世の時代から今の時代に通じる除霊術を使っていた。だから僕の求める情報は持っていない、ドクターカオスが教えれる術となれば儀式をベースとした大規模な物になる。そんな時間の無駄をするのならば、普通に考えて除霊具を作ってもらった方が確実だ。

 

唐巣神父は禁術という事である程度は知っていたが、その術を主に使われていた頃は教会に所属していたので聖句などをメインにしていたので、こちらも当然あまり詳しくはない。

 

『よほどの緊急事態って事ね。何が知りたいの?』

 

「冥華さんが現役時代に使われていた除霊術の資料が欲しいのです」

 

『……なんでそんな物を?』

 

「神魔や英霊と戦うための術を1つ見つけたので、それを煮詰める為に」

 

僕達が手にしたのは切れ味の落ちた錆びた剣だ。これを研ぎなおして鋭い刃にしなければこれからの戦いに僕達は参戦出来ない、横島君だけに負担を掛けるのは大人として余りにみっともない上に情けない。

 

『……判ったわ、すぐに資料を送ります』

 

「すみません、ありがとうございます」

 

その言葉を最後に電話が切れる、先生は神魔に狙われているので電話をすること自体危険だった。先生に迷惑を掛けたなと思いながら、机の上の資料に目を通す。

 

【スケジュールは厳しいけど大丈夫かネ?】

 

「ええ、大丈夫ですよ。教授」

 

【ふふん。裏方と思いきや中々良い面構じゃないカ、ま、頑張りたまえヨ。私も手加減をするつもりはないからねェ】

 

にやにやと笑う教授の顔を見て気を引き締める。今東京にいる英霊で横島君と関係が無いのは、三蔵法師、マルタ、あとは横島君の所で居候している坂田金時を呼べるかもしれない。モリアーティ教授は横島君側だが、基本的に別行動を取っているので側にいなくても横島君は違和感を覚えないと言う考えもある。この4人に加えて、横島君がいない間に信長や牛若丸にも協力を求める事が出来れば色んな距離に特化した英霊が多くいるので、その中で戦いのマニュアルをより洗練させることが出来るはずだ。

 

「あとは小竜姫様達が来てくれるかどうかだね」

 

【多分来てくれるヨ、マイボーイに執心だからねェ、でも彼女達には悪いけどマイボーイをどこへ行かせるかだね】

 

「ああ、それが最大の問題だ」

 

今回の特訓は横島君を参加させる訳には行かない。訓練の予定が組めたのは良いが、僕達が訓練をしていればなんで横島君は自分だけ仲間外れなんだと思う筈だ。どこか安全で、神魔も容易に手を出せず、横島君が違和感も疑いも無く喜んで行ってくれる……そんな場所があれば都合が良いんだが、そんな都合の良い場所はないかと教授と揃ってため息をはくのだった……。

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その3へ続く

 

 




次回は前半ほのぼの、後半迷いの竹林に出発までを書いて行こうと思います。そして最後の西条さんの言葉はフラグです、並みの神魔では手が出せず、安全で横島が喜んで向かう場所が一箇所だけあるんですよね、リポート4はそこを舞台にしたいと思っております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その3

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その3

 

~美神視点~

 

冥華おば様からの依頼を聞いた私達はその打ち合わせをする為に事務所に集まっていた。

 

「さてと、横島君には霊地はどこまで説明したかしら?」

 

「えっと……霊脈の影響を受けやすい土地で、幽霊が集まりやすいでしたっけ?イタズラと肝試しに行く馬鹿が被害に合いやすいから気をつけないといけないんですよね」

 

膝の上にチビ達を乗せ、わちゃわちゃと撫で回しているのでちゃんと覚えているか不安だったけど、教えた分は覚えていていてくれたようだ。まだ初歩的なことしか教えてないから、それを覚えているだけでもこれからの説明がかなり楽だ。

 

「基本的にはそうね、でも有能な霊能者にとっては霊地は確保しておきたい土地でもあるわ。なんせ霊脈の影響を受けやすい土地だから霊力の回復やその質を高める事にも繋がるし、集まってくる悪霊とかのレベルが低ければ安全に除霊の訓練を出来るからね」

 

民間人の被害が出る可能性があるから街中にあると困るのが霊地だが、人が滅多に足を踏みいれない場所なら霊能者の誰もが確保したいと思うのが霊地でもある。

 

「確か日本の霊地の3割は六道の管理下でしたよね?」

 

「その通りよ。後は神代家が2割くらい、残りは政府や旧家と言われる霊能者が管理しているわね」

 

六道と神代家が確保している霊地で有名な所だと、富士の樹海や、イタコと協力して管理している恐山などがある。今は霊能者を排出していない旧家が昔の伝を頼って六道や神代家に管理を委託する事も多い。実際の所ガープの隕石落としの影響であちこちの霊地の悪霊などがパワーアップしているのでこれ以上昔の面子に拘ってられないって言うのが本当のところでもあると思うけどね。

 

「じゃあえっと迷いの竹林って言うのも管理されている霊地なんですか?」

 

「そうよ。私が六道女学院に通っている時は良く訓練の場所に選ばれた所ね」

 

複数の霊脈が重なる場所にある迷いの竹林は高密度の霊力が満ちていて、妙神山ほどでは無いが修行場としてはうってつけで、悪霊のレベルも高くないので泊り込みで修行をする場所として有名だ。

 

「じゃあ美神さんは迷いの竹林にいる薬師を知っているんですか?」

 

「全然知らないわね。そもそも迷いの竹林ってその名前の示す通り、進んでも進んでも奥にいけなくて元いた場所に戻されるって言うので有名なのよ。だから六道の財宝が眠っているとか、色々噂の多い場所でもあるわね」

 

自然発生の霊地じゃないとか、何かを隠しているとか、色んな噂が多いのが迷いの竹林という場所だ。今は除霊の経験がなくても、六道の監視下なら安全だろうと考え、六道の財宝を探してっと言って忍び込む六女の生徒が多いから封鎖されている場所でもあるけど、私に取ってはけっこう懐かしい場所だったりする。

 

「薬師もそうだけど、案内人って本当にいるのかしらね……」

 

在学中に迷いの竹林に足を踏み入れたのは10回や20回では効かない。しかし、案内人も薬師にも出会ったことが無いのが気掛かりだ。

 

「やっぱり神魔なんでしょうか?」

 

「まぁその可能性は高いわね。迷うように結界を張っているって考えるのもそうだし、格は高いけど戦闘力が弱い神魔だから霊脈の上に陣取っているっていう可能性も十分に考えられるわ」

 

人間でも影響を受けるのだ、神魔ならば霊脈の力を引き出せる。例え下位の神魔でも上級に匹敵する力は十分に引き出せるだろう……だからこそ薬師が陣取っているって言うのが気掛かりだ。

 

「案内人も幽霊だったりするんですかね?」

 

「みむ、みむ」

 

横島君の指にじゃれついて甘噛みしているチビを見ながら私はどうだろうと呟いた。霊脈の影響を受けて怨霊化しないで案内をしている幽霊というのも考えれられる。だからこそ案内人のあの字も聞いたことが無いのが私には不思議だった。

 

「引き受けた以上行かない訳には行かないわ。集合は明日の朝6時、装備は探索と除霊用の2つを準備して頂戴」

 

「シズクとかに応援は頼みますか?」

 

横島君の問いかけに少し悩んでから私は首を左右に振った。確かに何が起きるか判らないけど、シズクやノッブを連れて行けば威嚇していると思われる可能性が高い。

 

「力でこっちの考えを押し付けようとしているって判断されるとそれこそ最悪だわ。とんでもない条件を吹っかけられるかもしれないから

チビ達くらいなら許すけど、眼魂とか、シズク達の同行は止めておいた方がいいわね。勿論茨木童子もよ」

 

横島君相手だから少女のように振舞ってくれているけど、茨木童子は日本でも有数の鬼。連れて行けば話が拗れるのは目に見えていると言うと横島君は判りましたといって頷いた。

 

「厳しい交渉になりますかね?」

 

「五分五分って所ね、とりあえず今日はしっかり休んで明日に備えて頂戴、明日はよろしくね」

 

蛍ちゃんと横島君を送り出した後、すぐに受話器を手に取る。

 

「あ、もしもし?西条さん、迷いの竹林の事なんだけど何か知ってる事ってある?」

 

『迷いの竹林?随分と懐かしい名前だけどどうしたんだい?』

 

「冥華おば様の依頼でそこにいる薬師と交渉することになったの、でもあんなところに薬師がいるなんて聞いた事がないから何か知らないかなって思って」

 

私では集められる情報には限りがある。迷いの竹林について知っている可能性があるとすれば西条さん、琉璃、そして唐巣先生くらいだろうと思い、1番最初に西条さんに電話を掛けた。

 

『薬師、薬師かあ……確かに六道の薬師は凄く優秀だけど……うーん』

 

「思い当たる節はない?」

 

『力になりたいところだけど、申し訳無いが無いね、神代会長なら何か知ってるかもしれないけど一般の霊能者じゃ情報を得るのも難しいと思う』

 

「やっぱり……そうよね」

 

六道の管理している霊地だから普通の霊能者じゃ情報を得ることすら難しいだろう。噂程度の話を聞いても、それが真実とは言い切れないし……。

 

「忙しい所ごめんなさい」

 

『いや、構わないよ。出発は何時になりそうだい?』

 

明日の朝になりそうと伝えると可能な限り情報を集めるよと言ってくれた西条さんにもう1度感謝を告げて、今度はGS協会の番号をプッシュする。

 

(迷いの竹林の薬師……か、出発前に何か判ればいいんだけど)

 

交渉相手の事をこちらは何も知らず、向こうはこっちの話を聞いているという余りにアンフェアな条件、しかも場所も場所だし、それに加えて六道の専属薬師となると失敗するとどんなペナルティが発生するかを想像するだけで恐ろしい。出発前にどんな情報でも欲しいと思うのは当然であり、何か1つでも有力な情報があればと願わずにはいられないのだった……。

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

準備をするのも大事だと判っているが、下手に気負い過ぎると余計に失敗すると思い、準備は何時もしているから大丈夫だと開き直り、あげはを連れてきて横島と公園で少し息抜きをすることにした。

 

【ジャンヌオルタ・リリィです!こんにちわ!」

 

「リリちゃんでしゅか!あたちはあげはでちゅ!」

 

リリィと揚羽が楽しそうに笑いあい、公園で遊んでいるのを見ると肩に圧し掛かっていた重荷が少し降りた気持ちになる。

 

「横島は来てくれないのか?」

 

「お兄さんもあそぼーよ」

 

茨木童子と紫ちゃんに呼ばれた横島はちょっと待っててなーと返事を返して、膝の上で丸まっていたチビとうりぼーを抱きかかえる。

 

「すこーし、明日の事で話し合うから遊んでてくれるか?」

 

「みむ!」

 

「ぷぎゅ!」

 

チビとうりぼーが勇ましく返事を返し、チビノブがベンチの上から降りて横島の前に立った。

 

「チビノブもお願い出来る?」

 

【ノッブ!】

 

敬礼し、揚羽達の輪の中に加わるチビノブ。横島がいなくて少し不満そうだけど、友達が沢山いるから我慢してくれているようなので、今の内に明日の打ち合わせを済ませることにする。

 

「蛍は迷いの竹林って知ってる?」

 

「ごめん、私も知らないわね」

 

イタズラ半分の六女の生徒のせいで封鎖されているので、六道の関係者じゃなければその詳細は知る良しも無い。

 

【冥子にも会えなかったしな】

 

「普段の散歩コースなら鉢合うと思ったんだけどなあ……」

 

多分だけど、冥子さんは迷いの竹林の詳細を知っているから冥華さんに止められているのだと思う。ショウトラの散歩の時間を狙って散歩に出たのに、それが外れたので肩透かしをされた気分だ。

 

「竹の妖怪って何かいる?」

 

【竹と聞いても管狐くらいだな】

 

「私もそうね」

 

竹に関係する妖怪や神魔の話なんてそうそうある物じゃない。昔話ではかぐや姫とかあるけど……あれはフィクションとしての意味が大きいような気がする。

 

「横島の方が思い当たる節があるんじゃないの?」

 

横島の顔を見ると期待半分、不安半分という表情を浮かべているのでそう尋ねる。

 

「……いやさ、平安京での輝夜ちゃんの事を思い出してさ」

 

「輝夜って、横島がお世話になっていたって言う……」

 

「そうそう、もこちゃんと茨木ちゃんと良く遊んだんだぜ?」

 

転がって来たボールを拾い上げ、紫ちゃん達に投げ返す横島。私達はついに輝夜姫に会う事はなかった、私達が横島に合流したのは輝夜姫が逃げ、月神族の暴言と悪逆に横島が怒りに飲まれて暴走した後だった。

 

「迷いの竹林って聞くとさ……もしかしてって思っちゃうんだよなぁ」

 

「確かにね……そう言われるともしかしてって思うわね」

 

輝夜姫と言えば竹から生まれたという逸話がある。そう考えると迷いの竹林と輝夜姫は関連性があるように思える……横島を指定しているのも、その可能性に信憑性を与えていると思う。

 

(1回美神さんに相談した方がいいかもしれないわね)

 

可能性はゼロではない、むしろその可能性の方が高いような気がしてきた。

 

「あのさ、横島。輝夜姫ってどれくらいの年齢だった?」

 

だけど私が心配したのは横島との年齢関係とか、そこに恋愛要素があったかどうかと言う不安だ。

 

「え?あー……茨木ちゃんとかと同じ位かな?俺より少し年下って感じ」

 

(思いっきり駄目じゃんッ!)

 

月神族で、年下で横島の特攻に突き刺さっている。冥華さんが横島を指定したの、そういうのを期待しているように思える。

 

「あのさ、横島「お兄さん、遊ぼうよ!」「遊ぶでちゅよッ!」判った、判った!今行くよッ!」

 

「……あ」

 

輝夜姫の事を横島に聞こうと思ったのにチビッ子の手を引かれて横島は遊びの輪の中に加わってしまった。私は横島へと伸ばしたどこに向ければ良いのか判らず、膝の上に戻してスカートの裾を握り締めた。

 

「……行きたくないなあ……」

 

笑顔で遊んでいる横島達を見ていると凄く心が穏やかになるんだけど、迷いの竹林に絶対横島を好きな相手がいると判り、私は絶対行きたくないと思ってしまった。だけど冥華さんの仕事なので断る訳にも行かず、私は半分やけになって遊びの中に加わり考えることを放棄するのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

安全靴の紐をしっかりと縛ってから荷物を背負い、チビ、うりぼー、チビノブを抱かかえて振り返る。

 

「せんせー、拙者はお留守番でござるかあ?」

 

「吾もか?」

 

シロと茨木ちゃんが連れて行けと未練がましく言っていると、後ろからタマモのチョップが2人の頭に炸裂した。

 

「痛いでござるよ!?」

 

「何をするか狐!」

 

「黙りなさい、馬鹿2人。それともシズクに説教されたい?」

 

タマモに怒鳴るシロと茨木ちゃんだがタマモの視線の先を見て完全に動きを停止させる。何が?と思いリビングの方に視線を向けて、俺も動きを止めた。

 

「……(にたぁ)」

 

もう最近は全然見なかった邪悪すぎる笑みを見てひえってなった。氷の正座板を用意して手招きしてる姿は俺が対象じゃないと判っていても足が震える。

 

「せんせー気をつけて行ってくるでござるよ!」

 

「気をつけてな!」

 

駄々を捏ねるのを止め部屋に逃げていく2人を見て思わず小さく笑う。

 

「シズクにありがとうって言っておいて」

 

「はいはい、後あんた馬鹿なんだから交渉の時にしゃしゃり出ない方が良いわよ?」

 

「判ってるって。じゃ、行ってくる」

 

んっと言って手を上げるタマモに手を振り、俺は集合場所になっている美神さんの事務所に足を向けた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、横島君」

 

「……おはよ、横島」

 

なんか凄い蛍が元気ないけど、どうしたんだろうか?俺がその事を尋ねようとすると美神さんが俺の肩を掴んだ。

 

「すぐに出発するから話は後にしなさい。大丈夫よ、着くころには回復してるから」

 

「それなら良いんですけど……」

 

さっさと助手席に乗り込んでしまった蛍の背中を見つめながら俺はチビ達を連れて後部座席に乗り込み。美神さんの運転するバンはゆっくりと走り出した。

 

「迷いの竹林って結構遠いんですか?」

 

「ううん、かなり近いわよ?車で2時間掛からないと思う」

 

「マジですか?」

 

霊地と聞いていたのでかなり遠いと思っていたのに思った以上に近くて驚いた。

 

「厳密に言うとちょっと違うんだけど……これ、見える?」

 

美神さんの指先を見るとフロントガラスに貼られている札が見えた。

 

「なんですかそれ?」

 

「通行札。結界と結界を繋いで移動する札よ、人間で使える転移術ね」

 

美神さんの言う通り走り出して暫くし、復活した蛍がそう説明してくれ俺は驚いた。

 

「転移出来るんですか?こんなのが使えるならもっと移動が便利なんじゃ?」

 

転移札があるならそれに越した事はないのにと思いながら尋ねると心眼が違うと俺達の話に割り込んできた。

 

【1000年前の術式だ。今の技術では作れない】

 

「そういうこと、多分だけど高島とか西郷さんが準備してくれた物よ」

 

1000年前の術が現代まで生きているってことに驚いた。移動時間は2時間でも移動距離はとんでもないことになるのかと思い窓の外を見ると霊力の光に包まれているのに今気付いた。

 

「今霊力で移動しているのよ、外見ると多分酔うからやめときなさい」

 

美神さんの言う通り数秒外を見ているだけで気分が悪くなったので、うりぼーを抱っこしてその背中に顔を埋める事にするのだった。

 

「ぴぎゅ?」

 

「あーなんか落ち着く」

 

獣臭い訳ではないんだけど、こうなんか動物って感じの匂いが気分を落ち着かせてくれると思いながら俺は車が止まるまで、うりぼーやチビノブ達と遊んで過ごすのだった……。

 

「うわ。凄いですね、これ」

 

「前よりも凄くなってるわね、霊力を軽く放出させておきなさい」

 

迷いの竹林は薄い靄が掛かっていて、弱い浮遊霊や動物霊がこれでもかと浮遊していた。管理下と聞いていたので普通の場所を想像していたのでこの光景にはかなり驚かされた。美神さんの言う通り霊力を軽く放出し、地図を持っている美神さんに先導されて竹林の中を進む。

 

「横島、どこ行くの」

 

「え?あ、あ!?」

 

蛍に手を掴まれて辺りを見ると美神さんの後を歩いていたはずなのに、全然違う方向を向いていた。これが迷いの竹林が迷いの竹林と呼ばれる由縁……複雑に入り混じった霊力の影響で見た目は平坦でも複雑に入り組み、霊力による方向感覚の誤認……こんなにも感覚が狂わされるものなのかと俺の背中に冷たい汗が流れた。

 

「横島君じゃまだこの霊力に対応出来ないみたいね。蛍ちゃん、手を引いてあげて」

 

「いや、別にそこまで……」

 

「1人で囲まれたら困るでしょ?」

 

そう言われては何も言えず、俺は蛍と手を繋いで時折、てを引き寄せられながら薄靄に包まれた竹林を進む。どれくらいそうしていただろうか?20分……30分?1時間は経っていないと思うけど、突然竹林が開け広場のような場所に辿り着いていた。

 

「本当に案内人がいるのね」

 

「幻術で隠されていたみたいですね。これは全然気付きませんよ」

 

古い藁葺き屋根の一軒家だ。家の裏手には竃や畑があり、生活観に溢れている。特に竃からは煙が出ていて、今も何かを作っていると言う気配がひしひしと伝わってきていた。

 

「丁度いいわ、休ませて貰ってから薬師の所に案内してもらいましょうか」

 

「あ、それなら俺が聞いてきますよ!」

 

「そう、それなら悪いけど横島君にお願いするわね」

 

「気をつけてね」

 

「大丈夫だって!」

 

ただ着いて来ただけなので1番元気な俺が動こうと思い、立候補し美神さんと蛍に任せてくれと言って一軒家の扉を叩きながらすみませーんと声を掛ける。

 

「はいはーい、今行くよ」

 

家の中から聞こえて来たのは少女の声だった。でも俺が驚いたのはそこではなく、その声に聞き覚えがあったからだ。

 

「ご苦労さん、少しやすん……「もこちゃん?」ふあ!?」

 

扉を開けて出てきたのは大きな赤いリボンで髪を縛り、Yシャツとオーバーオウルのような赤袴という変った服装だったが、その美しい髪を俺は良く覚えていた。間違いなく、平安時代でわかれたもこちゃん本人だと俺にはすぐに判った。頬と鼻の頭に炭の後をつけているもこちゃんは俺を見て、奇声を上げた後口をパクパクとさせ、暫くするとわなわなと身体を振るわせ始めた。

 

「大丈夫?」

 

「うあわああああああああッ!!!」

 

「もこちゃんッ!?」

 

その様子を見て、どこか調子が悪いのでは?と思い尋ねた時だった。もこちゃんは突如大絶叫をして扉を勢い良く閉め、俺は思わず彼女の名を叫んだ。

 

「なんで閉めるの!?」

 

「ちょっと!ちょっと待ってくれ!いえ、待ってください!すぐ準備しますから!!」

 

どたどたという凄まじい音が家の中から響く、こけた音とか、悲鳴とか聞こえるけどこれはどうするべきなんだ……。

 

「横島君、もしかして平安時代での?」

 

俺ともこちゃんのやり取りを見て、座って休んでいた美神さんが近づいて来て事情を尋ねてくるので、俺は扉が開くまでの間もこちゃんの事を美神さんと蛍に説明を始めるのだった……。

 

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その4へ続く

 

 

 

 




いつもの六道の使いが来ていると思ったら横島だったので大絶叫して扉を閉めてしまうもこちゃん。炭塗れ、ボロボロの服装だったら乙女としてアウトの絶叫するのは当然ですね。次回は横島がもこちゃんの説明をして、永遠亭に辿り着くまでの所を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その4

 

~美神視点~

 

「横島君、どういう事なのかしら?」

 

藁葺き小屋の中でどたばたという音と少女の悲鳴に頭を抱えながら、横島君にどういう事なのかと尋ねる。蛍ちゃんから横島君が平安時代でお世話になっていた輝夜姫が神魔だったと聞いたと聞いていた。確かに竹林と輝夜姫は深い繋がりがあるけど……さっきの少女はどう見てもかぐや姫という感じではなかった。

 

「彼女がかぐや姫なの?横島」

 

「あーいや、違う。彼女は藤原妹紅って言って……藤原のお姫様」

 

「「おふ……」」

 

思わず変な声が出た。なんで藤原の姫が現代まで生きているのよ。かぐや姫は神魔のはずだから判るけど、藤原の姫は人間でしょうに……。

 

「みーむ、みむむー」

 

「ぷぎ!ぷぎ!!」

 

【ノブー】

 

『待って!今着替えてるから!わ、わわッ!?』

 

チビ達が扉にしがみ付いてカリカリやっているのを見ると相当慣れているのだろう。ずっと一緒にいる蛍ちゃんより、数日一緒だった藤原の姫に慣れているってどうなのよ……蛍ちゃん半分泣きそうな顔をしてるじゃない。

 

「えっとなんか不老不死の薬があるとか言ってたから……多分それを飲んだからだと思うんです」

 

ちなみに俺も薬を飲んで一緒に逃げようと言われましたという横島君に蛍ちゃんと一緒に天を仰いだ。これ絶対落としている……横島君のナチュラルボーンフラグメイカーレベルを私と蛍ちゃんはまだ侮っていたのかもしれない。暫く横島君から事情を聞いていると扉が開いて、少女が顔を見せる。

 

(……凄いわね。この子)

 

神通力と霊力の圧が凄まじい――神魔級なのは間違いないし、しかも威圧感からただの不老不死ではないと言う事がひしひしと伝わってくる。

 

「もこちゃん!」

 

「よ、横島様。お久しぶりです」

 

あだな呼びにショックを受けてる場合じゃないのに、崩れ落ちそうになっている蛍ちゃんの腕を掴んで立ち上がらせる。

 

「六道の使いで来たのだけど……今大丈夫かしら?」

 

「あ、ああ……あ、いや、大丈夫です」

 

さっき遠目で見た姿と違い着物姿だが、その言動を見る限り少しぶっきらぼうな喋り方が今の彼女の素なのだろう。目に見えておろおろしている姿を見て、横島君に視線を向ける。横島君は私の視線の意味をしっかりと理解してくれたのか小さく頷いた。

 

「喋りやすい風で良いよ?もこちゃん」

 

「え、でも……その大分喋り方変っちゃったし、変な風に思うかも……」

 

多分長い間に色々とあって喋り方や雰囲気も変ってしまったのだろう。それを見せて横島君に嫌われたり、変だと思われるのが怖いと……。

 

(なんで横島から少し目を離すとこうなるんですか?)

 

(諦めなさい、運命よ)

 

横島君が誰かを引っ掛けてくるのは諦めるべきだ。年下に好かれやすくて、人外に愛される。これはもう横島君の個性なので、どれだけ胃が痛かろうが受け入れるしかないと私は思うことにしている。

 

「大丈夫。俺も美神さんも蛍も気にしないから」

 

横島君にそう微笑みかけられた藤原の姫は1度だけ悩む素振りを見せて、大きく1度深呼吸をした。

 

「疲れてるだろ?食事は用意してあるから休むといい、その後に永遠亭に案内するよ」

 

おしとやかな口調から、快活なボーイッシュな少女という感じになる藤原の姫。その服装とかなりのギャップがあるのに違和感はまるで無く、そうあるのが当たり前という感じだった。

 

「ご飯も用意してくれたんだ。ありがとうもこちゃん!」

 

「あ、いやそんな大した物じゃない」

 

「用意してくれてるだけでも嬉しいから、ありがとう」

 

にぱっと子供のように笑う横島君は藤原の姫だけではなく、蛍ちゃんにも抜群に効果を発揮しており、んんっとそろって呻き胸を押さえる2人と良く判ってない様子の横島君を見て、軽い頭痛を覚えながら私達は永遠亭に向かう前の最後の休息を取る為に藤原の姫の住む家の中に足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

囲炉裏を挟んで反対側に座る少女――藤原妹紅と言う少女にはなんと言うか親近感を持てた。理由はやっぱり最初のあれだ、横島に炭塗れの姿を見られて絶叫したあの姿。私も良くオイルまみれとかで、乙女としてあるまじき格好を良くしているので、横島に見られて絶叫した気持ちは良く判るし、なんと言うか……そう、とても共感が持てる。

 

「なにか?」

 

「あ、いや、なんか仲良くできそうだなあって」

 

互いの視線がとある一箇所に向けられ、暫く互いにそのまま過ごして、私と妹紅はがっしりと握手を交わした。

 

「蛍ともこちゃんがもう仲良くなってくれたんだ」

 

「……そうね」

 

何も判ってない様子の横島となんで私と妹紅が仲良くなったのかを理解している美神さんが苦笑する。だけど胸囲の格差社会での敗者の気持ちが勝者である美神さんに判るわけが無い。これはとても辛く、そして相談しにくい辛い話題なのだ。

 

「竹の子ご飯と味噌汁、それと山菜と漬物。ちょっと肉とか魚はないけどいい?」

 

「いや、全然良いよ。ありがとう」

 

体力と霊力を消費しているので、こうして身体を休めつつ、食事も出来る事に文句はない。いただきますと口にして、竹の子ご飯を頬張った。

 

「「「美味しい……」」」

 

私達の声が重なった。普通の竹の子ご飯だ……それなのに信じられないくらい美味しい。

 

「ぷぎ!ぴぎゅーッ!!!」

 

うりぼーも茹でた竹の子を頬張り、とても興奮している。もしかしてこの竹の子が何か特別な物なのだろうか……?

 

「霊脈の力を吸って育ってる竹の子だから霊力を蓄えているんだ。霊能者にはぴったりの物だと思う」

 

「もしかしてこの竹林の?大丈夫なのかしら?」

 

これだけ怨霊や悪霊がいる竹林の竹の子が大丈夫なのかという不安を抱いて尋ねる。すると妹紅は竹の子ご飯を食べながらにっこりと笑った。

 

「もっと奥の永遠亭の近くの竹林を見れば大丈夫って判るさ、あそこら辺は聖域になってるからこことは全然違うよ」

 

「そうなんだ……ごめんね、変なことを聞いて」

 

「いや、良いよ。六道の使いにも何時もこんなやり取りしてるから気にしないよ。ほれ、チビ。みかんくらいしかないけど、ごめんな?」

 

「みむう♪」

 

妹紅からみかんを受け取り、頭の上で持ち上げて横島に剥いてくれと言わんばかりに鳴くチビ。その姿を見てなんとも言えない気持ちになった。私が餌を上げても受け取らないのに、何で妹紅の物は受け取ったのだろうか……。

 

(本当にチビの懐く基準ってなんなのかしら?)

 

【ノブー!】

 

「あ、俺もお代わりもらえる?」

 

「勿論、どんどん食べてくれて良いよ。美神と蛍は?」

 

人のいい顔でそう尋ねてくる妹紅に私と美神さんも空のお椀を差し出して、お代わりをお願いする。ここから永遠亭がどれくらい遠いのか判らないが、妹紅の口振りだとかなり遠いように思えたので、ここでしっかりと空腹を満たしておこうと思うのだった。

 

「美味しい?」

 

「こくこく」

 

霊力が回復したからかマスコットフォームからロリっ子フォームに変身したうりぼーを膝の上に乗せて、茹でた竹の子をひたすら食べさせている横島を視界の隅において、妹紅とこれからの話し合いを始める。

 

「永遠亭ってここからどれくらい掛かるのかしら?」

 

「んー日が暮れる前にはつくと思う」

 

……余りにも要領を得ない返答に美神さんとそろって眉をひそめる。

 

「みーむ♪」

 

「はい、あーん」

 

チビの口にもみかんを運んでいる横島はやっぱり今回も役に立たない……と言うか横島の出番はもっと後なので、今はリラックスしていてもらおうと思う。会議には代わりの人間が出ているので、横島は今回はお休みでも問題が無いのだ。

 

【ふむ。それは遠いとか、幻術、結界のいずれかという事か?】

 

「全部、ここはほら。私と輝夜の最後の砦みたいなところがあるし」

 

危惧していたかぐや姫の名前が妹紅の口から出ると、横島がチビとうりぼーを抱きかかえ、頭の上にチビノブがしがみ付いている状態で妹紅に視線を向けた。

 

「もこちゃん、輝夜ちゃんもいるの?」

 

「いるよ、元気にしてるから大丈夫。永琳もいるよ」

 

また新しい名前が出て来たわね。美神さんと一緒に横島を見ると、横島はあっと口にしてごめんと謝った。

 

「永琳さんは輝夜ちゃんの先生って事くらいしか俺は知らなかったから、あの時は説明しなかったんだ。平安時代で2人を連れて逃げてくれた人なんだ」

 

「ついでに言うと私と輝夜と同じで不老不死の蓬莱人。んで薬師でもあるよ」

 

この時やっと私達が会うべき薬師の名前が妹紅の口から語られるのだった……だが、妹紅の口にした最後の砦、そして平安時代で横島が暴走した話――それらが全て1本に繋がった。

 

「まだ月神族に追われてるのね?」

 

月神族の名前が美神さんの口から発せられた時、柔和な笑みを浮かべていた横島から感情が全て抜け落ちた。その姿を見て、慌てて私は横島の額に心眼を巻いた。今もまだ、月神族に対しての横島の怒りの業火が向けられている……それは今も尚、横島が暴走しシェイドへと変化するかもしれないという危険性をこれでもかと私と美神さんに伝えているのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

幻術、結界、最後の砦――それら全てを繋げるのは1000年前、そして月神族の事だ。

 

(……すこし見積もりが甘かったわね)

 

横島君が平然としていたので、ある程度折り合いがついていると思っていたんだけど、まだ月神族への怒りは収まっていなかった。いや、収まっている訳が無かったのである。

 

「最近は追われてはないんだよ、大丈夫。もう200年くらいは追われてないんだ。念のために隠れてるってだけで」

 

「……本当?大丈夫、もこちゃん」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。勘違いさせちゃってごめん、横島様」

 

念のためというのも、200年追われていないと言うのも嘘ではないだろう。それでも横島君と別れてから800年追われていたのは確実で、それはきっという事も躊躇うほどに辛い出来事だっただろう。

 

「……無理してない?」

 

「大丈夫だよ、それより準備が出来たら永遠亭に行こう、きっと輝夜も喜ぶよ」

 

妹紅の笑みを見て、横島君の顔色に血の気が戻ってくる。だけど、月神族の名前を聞いただけであそこまで変貌するというのは気をつけなければならない事だ。

 

【馬鹿者、追われているのならばこんな所に家など持っていないだろう。少しは良く考えろ】

 

「う、ご、ごめん。心眼、それに美神さんも、蛍もごめん」

 

私達に謝る横島君だけど、本来謝るべきなのは私達で、横島君に強い心的負担を掛けたのは私達に完全に非がある。帝に釘を刺されていても、無理にでも横島君と合流するべきだったと平安時代での自分の判断ミスは悔いても悔いても悔いたりない。だが余りにもデリケートな部分で容易に触れられないのも事実……。

 

「気にしてないわ。それよりも日暮れまで時間が掛かるって言うなら、そろそろ出発しましょうか」

 

師匠として弟子のメンタルケアも禄にできないのかと歯噛みしながら、あえて私は笑みを浮かべて永遠亭を目指そうと明るく言うのだった。

 

「はい、手を放さないでね。放した瞬間に逸れると思ってくれていいから」

 

迷いの竹林の奥に進めば進むほどに結界が強くなり、私達でも方向感覚がおかしくなり、全員で手を繋いで妹紅に手を引かれて竹林を進んでいた。

 

「普段もこうやって案内してるの?」

 

「いや?普段は何回も出発地点に戻されながら縄で互いを繋いで進んでるよ。私が子供みたいだからさ、甘く見ている六道の使いも多いのさ」

 

そういう奴は何回も何回も戻されて半泣きで案内してくれって言いに来るのさと笑う妹紅。六道の使いと言っても冥華おば様が全て管理できている訳ではない、今回横島君に白羽の矢が立ったのはどうも他の事情もありそうだ。

 

「妹紅は普段あの家で1人で暮らしてるの?」

 

「違うよ、大体永遠亭にいるかなあ。六道から薬を取りに来るって言う連絡があってからあっちに移動するのさ。でも今回は横島様達で驚いたよ」

 

華が咲くように笑う妹紅は横島君に会えて嬉しいというのを全身で表していた。歳相応の少女という感じで見ていて微笑ましいと思うが、それと同時に蛍ちゃんにまた強敵が現れたことを現していて、なんとも言えない気持ちになった。世間話をしながら永遠亭を目指して歩き続けるのだが、本当に遠い。

 

「みむ?」

 

「ぷぎゅ!」

 

【のぶう……】

 

「もうちょっとさ」

 

逸れないように横島君の頭の上とかに乗っているチビ達が飽きたと言わんばかりに何度も鳴き声をあげるが、妹紅はもう少しさとしか言わない。

 

「普段ずっとこんなに遠い道を行き来してるの?大変じゃない?」

 

「普段は飛んで移動してるんだ。横島様達は飛べないだろ?」

 

確かに人間だから飛べないわね……しかし蓬莱人って言うのは飛行能力まで持つのかと正直驚いた。

 

「そのさ、もこちゃん。横島様なんて言わなくても良いよ?」

 

「いいじゃないか、私は好きでそう言ってるんだからさ、それにもこちゃんって言われるの私結構好きなんだよね」

 

にこにこと笑う妹紅にもこちゃんという渾名で呼んでいる横島君は何も言えないのか、うーむと唸るにとどまる。

 

「悪霊とかの数が減ってきましたね」

 

「そうね、聖域だからかしら?」

 

さっきまで溢れていた悪霊が目に見えて減ってきた。妹紅の話では聖域と言っていたので永遠亭に近づいて来たのだろうか?と考えていると何十羽という兎が楽しそうに鳴いている姿が見えた。

 

(……霊獣だわ)

 

見た目は兎だが、凄まじい霊力を内包している。兎の姿をした霊獣、もしくは神獣なのだろう。私達に気付くと蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったが、あの兎が永遠亭がもうすぐ近くというのを私達に教えてくれていた。そして最後の竹林を抜けると、大きく開けた場所に出た。

 

「お疲れ様、あれが永遠亭だよ」

 

迷いの竹林の中にあるとは思えない立派な日本家屋が私達の目の前に広がっていた。深い竹林の中にあるのに、柔らかな光が差し込み、妙神山に匹敵する聖域に私は驚きを隠せなかった。

 

「これ凄いな」

 

「ええ、本当にね」

 

「迷いの竹林の中にこんな場所があるなんてね……」

 

絵画とか神話の中にあるような神秘的な場所だ。妹紅は200年前からここにいると言っていたので、私達が実習している頃にはここがあったのかと驚くのと同時に、六道の宝は確かにあったわねと思い、暫し余韻に慕っていると永遠亭の縁側を誰かが歩いてくる音が響いた。

 

「ふわあ……」

 

絹のように艶やかな黒髪、同性であっても綺麗だと思う白い肌をした15~17歳くらいの天性の美少女と言ってもいい子が、「働いたら負け」というとんでもないダサTを着て、スカートやズボンをはいておらず、だぼだぼのシャツが膝丈まであるのでスカート代わりになっているとんでもなく酷い有様だった。

 

「え、あれがかぐや姫とか嘘でしょ?」

 

「違うわよね?あれが永琳って言う薬師さんよね?」

 

私と蛍ちゃんがそう尋ねる。だけど横島君と妹紅は沈鬱そうに頷いた。ぼさぼさ頭で歩いているあの残念な少女がかぐや姫と知り私と蛍ちゃんは絶句した。その美しさを全て無かった事にするダサTの破壊力に驚いた。

 

「おい輝夜!そんな格好で出て来てどうする!?横島様がいるんだぞ!?」

 

「んん?もこ、横島なんているわけ……「輝夜ちゃん、ちょっとそのTシャツは正直どうかと思う」……んんッ?」

 

目をごしごしと擦り、ジーっと横島君を見つめた輝夜姫の顔が一瞬で赤くなり、青くなった。

 

「うあああああああああッ!!!!!!」

 

「このばかぁッ!!!!」

 

「えーりん!えーりぃぃんんんんッ!!!!!!」

 

号泣しながら永琳という人物の名を叫んで永遠亭の中に消える輝夜の姿は先ほどの妹紅と同じで、とてもデジャブな光景なのだった。

 

「……俺が悪かったんですかね?」

 

「「ううん、違うと思う」」

 

完全に気を緩ませていた輝夜が悪いんであって、横島君は悪くないわよと凄く複雑そうな顔をしている横島君に私と蛍ちゃんはそう声を掛けるのだった……。

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その5へ続く

 

 

 




妹紅とデジャブなことをしているぐやちゃん、ダサTはなんかこんな感じかなと思いこういう話になりました。次回はなんとか立て直そうとして自爆する輝夜とかを書いてギャグ展開で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その5

 

~横島視点~

 

泣きながら永遠亭の中に逃げ込んでしまった輝夜ちゃんはギャン泣きで酷い有様で、俺たちは永遠亭に入るべきなのか、それともここで待つべきなのか悩んだ。

 

「全くあの馬鹿はずぼらすぎるんだ。多分風呂とか、髪を整えたりしてると思うから中で待とう」

 

当然のように永遠亭の中に入ってくもこちゃんに促され、俺達も永遠亭の中に足を踏み入れるのだった。

 

「……なにかしらね。この実家のような安心感……」

 

「あ、判ります」

 

清涼な空気はなんか凄く安心する。畳って言うのも大きいと思うけど……足を伸ばして座っていると視界の隅でうりぼーがもぞもぞしているの気付いて慌てて立ち上がる。

 

「うりぼー!スティ!スティ!!」

 

「ぷぎ?」

 

「駄目!」

 

蹄で畳を削って寝床を作ろうとしていたうりぼーを抱き上げ、膝の上に乗せる。危ない所だった……うりぼーの習性を完全に見逃す所だった。

 

「なんか騒いでたけど、どうかした?」

 

お茶を用意してくると言って部屋を出ていたもこちゃんが戻って来たんだけど……その隣には大きな生き物がいた。

 

「きゅ?」

 

「「「でかッ」」」

 

レトリバーくらいの大きさの兎が頭の上にお盆を乗せて、茶菓子とお茶を運んでくる光景に思わず俺達の声が重なった。

 

「ああ、こいつか。永遠亭に住んでる神獣で案外賢いし、大きくなったり小さくなったりするあと増える」

 

「あ、うりぼーの仲間か。納得」

 

「「納得するな」」

 

美神さんと蛍に突っ込まれたけどつまりこの兎が何なのかは俺には十分理解出来た。

 

「つまり、この兎はマスコット!」

 

「きゅーん♪」

 

俺の背中にぐいぐいと頭をこすり付けていた兎を抱かかえ、兎はマスコット。それが俺の出した結論で、この兎が可愛くて人懐っこいと言う物だった。

 

【良かったな、横島は平常運転だ】

 

「「そういう問題じゃない」」

 

「?」

 

美神さんと蛍が疲れ果てているけどどうしたんだろうか?と思いながら抱かかえていた兎を畳の上に降ろす。

 

「みむ!」

 

「ぷぎ!」

 

【ノブ!】

 

「きゅッ!」

 

チビ達がわちゃわちゃと戯れはじめて、とても微笑ましい気持ちでそれを見つめながらもこちゃんが用意してくれた湯のみを手に取る。

 

「お、茶柱が出てる」

 

【運が良いな】

 

茶柱が出ているのを見て、これは交渉が上手く行く予兆ではなかろうかと思い、俺は温かい緑茶を啜る。

 

「凄くほっとしていいはずなのに、全然落ち着けない」

 

「……本当ですね」

 

「大丈夫?」

 

凄く疲れている様子の2人に大丈夫?と尋ねると美神さんと蛍が揃って溜め息を吐いた。

 

「「横島(君)のせいだからね?」」

 

「え?俺の「ふぎいっ!?」……わったたっ!?」

 

俺のせいと言われ、腰を上げ掛けた時。障子の向こう側から奇声が聞こえ、障子をぶち破りながら部屋に飛び込んできた輝夜ちゃんを反射的に抱きとめる。

 

「お前今日、ポンコツ極まれりだな。輝夜」

 

そんな俺達の様子を見て、呆れながら煎餅を齧るもこちゃんの声がやけに部屋の中に響くのだった。

 

 

 

~永琳視点~

 

六道の使いが横島である可能性は考えていたけど、まさか寝起きで下着もつけず、ぶかぶかのTシャツ姿の姫様と遭遇するのは私に取っても計算外だった。

 

「……」

 

「大丈夫?」

 

「ファアアア――ッ!!!!」

 

姫様の奇声にいい感じに壊れてるわねと苦笑しながら、妹紅が案内したであろう客間に足を向ける。

 

「姫様、何を騒いでいるんですか?」

 

「えーりん、えーりん!!!」

 

完全にキャパオーバーをして突撃して来た姫様を抱き止めて頭を撫でる。部屋の中では呆れた様子の妹紅と、至近距離で音波兵器を喰らった横島達が頭を振っているのが見える。

 

「大丈夫ですよ、でもこれに懲りたら、もう少し不摂生を止めるんですよ?」

 

少々効ききすぎたかもしれないが、ここ数百年の姫様の堕落具合は酷かったのでこれでもう少し人間らしい生活をしてくれればと思い、横島と妹紅が悪いのではなく、だらしなすぎた自分が悪いんですよというと、姫様は呻きながら小さく頷いた。

 

「うーわかったぁ……」

 

普通なら1000年の恋も冷めるほどに酷い光景を見たわけだが、寛容さが尋常じゃない横島は素直に姫様を心配しているのが見て取れた。

 

(なるほど、こっちが素ってことね)

 

永琳の知る横島は月の使者が来る前だったのでピリピリとして、強い緊張感と攻撃的な意志を見せていたので、永琳の中では横島は攻撃的な性格で、窮地を救われた事で輝夜達が好意を抱いたと考えていた。だがこうしてみる限りではぽやぽやとして何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか……とても穏やかな雰囲気を纏っており、この穏やかさと優しさに惹かれたのだと1000年越しにやっと理解した。

 

「初めまして永遠亭の薬師八意永琳と申します。永琳と呼んでいただいてよろしいですよ」

 

「美神令子よ。今回から六道の使いとして薬を受け取りに来るわ」

 

「芦蛍です。よろしくお願いします」

 

「永琳さん、お久しぶりです。元気そうで良かったです」

 

私と初見の2人はやや緊張し、こちらを観察する素振りを見せながら頭を下げ、横島は何にも考えてない様子でぽやぽやと笑う。その様子を見て思わず苦笑しながら、私も座布団の上に腰を降ろすのだった。

 

「こちらが六道家当主からのご依頼書になります」

 

「拝見させていただきますね」

 

長い間私達を匿ってくれていた六道家の頼みならば無条件とまでは言わないが、かなり優遇して受けるつもりではある。便箋はしっかりと六道の霊力で塞がれていて、美神達が見た痕跡はないのを確認し、決められた順番で霊力を通して便箋を開ける。

 

(……うーん、今回の薬はかなりの物ね)

 

以前まで要求されていた薬の大半は病気に対するものが多く、2割ほどが毒物や自白剤というものだった。だが今回要求されているのは自白剤や毒物が5割、残りが霊体の回復等に用いられる薬だ。

 

「出来ますか?」

 

「出来るかどうかで言うと簡単に出来るわね」

 

「「「え?」」」

 

私の言葉に拍子抜けした様子で返事を返す3人を見つめながら、そもそもなんで六道の使いの交代を要求したのかを説明する事にした。

 

「六道の使いは男が多くて、ここは女所帯、しかも3人しかいないのよ」

 

「……乱暴してくる人が居たって事ですか?」

 

同じ女だから私の言葉を聞いて蛍が青い顔で尋ねてくる。

 

「まぁいないっていえば嘘になるわね。見た目で侮ってくれるから返り討ちにしてるけど……そういうのって精神的に疲れるのよ。それなら信用出来る相手が良いって思うのは当然でしょう?」

 

あと姫様と妹紅が横島が来ると喜ぶって言うのもあるけど、一々迎撃するのがめんどくさくなって来たって言うのもある。

 

「えっと、今回の交渉は難しいって聞いてるんだけど?」

 

「いえ、別に普通に2つ返事よ?ただそうね……薬を作っている間は横島には姫様達と遊んで貰おうかしら?」

 

今までは基本的に六道の使いがいる時は姫様と妹紅は隔離していた。だけど横島なら心配はないし、何よりも2人がそれを望むと思う。

 

「あ、じゃあ今からでも遊んできましょうか?俺いても話判らんし」

 

「ええ、お願いしようかしら?美神は良いかしら?」

 

精神は肉体に引っ張られる。久しぶりに横島に会ってそわそわしている姿を見ては私も駄目とは言えないし、何よりも2人の様子を見て横島君が必要と言われた意味も理解していた。

 

「じゃあ横島君、輝夜姫と妹紅は任せるわ」

 

「はーい。よっしゃ、輝夜ちゃん、もこちゃん行こうぜ」

 

「ゲームがあるからそれで遊びましょう!」

 

「蹴鞠!蹴鞠がいい!!」

 

きゃっきゃっと騒ぎながら部屋を出て行く横島達を見送り、私は改めて美神と蛍に視線を向けた。

 

「さてと、じゃあ本題に入りましょうか」

 

「あら、判ってくれて嬉しいわ」

 

今回のメインは薬ではなくこれからの話だ。だから横島達を退けた、ここからが本当の交渉の始まりである。

 

「きゅきゅー!」

 

「くそ、早ッ!?」

 

「こっちこっち!」

 

「ぷぎーッ!」

 

「ああッ!くそ、やっぱりうりぼーは強いなッ!」

 

【のっぶうッ!】

 

「ふわッ!?」

 

「すげえ、チビノブスライデイング覚えてるッ!?」

 

【のぶぶー♪】

 

「待て!追え追え!」

 

「きゅきゅーん!!」

 

重苦しい雰囲気である美神達に対して、庭で遊び出した横島は兎軍団を仲間にいれ蹴鞠もといサッカーっぽい何かで戯れており、その温度差は凄まじい物であると言うことは言うまでも無いのだった……。

 

 

 

 

 

~雪之丞視点~

 

俺達の修行の為に白竜寺に顔を出しているのは、あの坂田金時だった。筋骨隆々でサングラスと金髪、上半身裸で直接コートを着ているのは謎だが、その鍛え抜かれた身体はある意味男としての目標到達点の1つだった。

 

【ぬるいッ!!】

 

「ぐっ!」

 

顔面を打ちぬかれ、地面を転がりながら態勢を立て直し金時に向かって再び駆け出す。

 

「おらッ!」

 

【霊力を1点に集中するんだぜッ!んな半端な攻撃は俺ッチにはきかねえぜッ!!】

 

ママお師匠様や綱手、そしてメドーサと組み手をするよりも熱が入る。やっぱりこう、自分より強いと判っていても女に拳を振るうのはどうしても乗り気にならないからだ。

 

【考え事をしてるんじゃねえ!】

 

「うおっ!?」

 

胸にラリアットを叩き込まれ、半回転して地面に叩きつけられる。

 

「行くぜッ!!」

 

【おう!来いよ!陰念ッ!!】

 

俺が立ち上がるまでの間に陰念が金時に攻撃を仕掛けるのを見て俺は怒声を上げた。

 

「割り込むなよッ!」

 

「文句を言うなら、さっさと立つんだなッ!!」

 

【はっ!2人同時に掛かってこいやッ!!】

 

陰念が足を掴まれ、金時の凄まじい膂力で振り回され、ボールのように投げ飛ばされて俺のどてっぱらに命中し2人とも砂煙を上げて地面の上に転がる。

 

「ちっ、しゃあねえ!俺は右だ」

 

「なら俺は左だな!」

 

左右からの挟み撃ちによるラッシュを金時は両手で全て防ぎ、いなし、あるいは反撃に拳を繰り出してくる。

 

「熱くなるんじゃないよ!霊力をもっと研ぎ澄ますんだ」

 

【当たる寸前に霊力を放出するの、普段と違ってもっと細く、鋭くよ!】

 

ママお師匠様とメドーサの声に意識を傾けて、早く鋭く攻撃を繰り出すが金時はそれを簡単に防いでみせる。

 

【足りない、そんなんじゃ足りないぜッ!もっと、もっとだッ!】

 

鉄拳が顔に、胸に、腹にめり込むがそれでも前に出る。これはどこまで行っても訓練であり稽古だ。決して死なないと判っているのだから無茶だって無理も出来る。

 

(ああ、情けねえ、情けねえなあ……)

 

横島が命を賭けて辿り着いた領域に、そのノウハウを真似しても尚俺は届かないのかと……情けなくて、みっともなくて涙が出る。届かない、遠い、余りにも遠すぎる。何故こんなにも差がついてしまったのか……後悔と羨望と追いつくと言う思いだけが俺を前に進ませる。

 

「守りを捨てなッ!攻撃にだけ意識を割けッ!」

 

「「だらぁッ!!!!」」

 

綱手の声に俺と陰念が吠えたのはほぼ同時であり、今まで感じた事の無い霊力の放出を感じた瞬間凄まじい金属音が白竜寺に響いた。

 

【つー、今のは良い感じだったぜ、雪之丞、陰念ッ!】

 

金時がその手に何時の間にか斧を手にし、その頬には確かに一筋の血が流れていた。それは間違いなく俺と陰念の攻撃が金時に届いた証拠であり、俺達は確かな充実感を感じながらその場に倒れこむのだった……。

 

【神魔さんよ、思ったより早かったんじゃないか?】

 

「才能のある弟子だからね。それより悪かったね、英霊にこんな事を頼んで」

 

【良いって事よ、ちゃんと給金ももらってるしな】

 

横島の家に居候している金時はこれで横島に世話になっている間の金に困ることはないと笑みを浮かべたが、その笑みは次の瞬間に凍りついた。

 

「じゃあ、もう少し給金払うから手伝ってくれ」

 

【あたしからもお願いするわ!良いわよね!】

 

着崩していると言うか、胸の谷間を強調するような三蔵と綱手にサングラスの下で目を白黒させながら、おうと返事を返してしまった。金時はこれから毎日、目に毒な美女3人と顔を見合わせることになり、横島の家と白竜寺どっちがましだったかなと悩む事となるのだった……。

 

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

美神さん達が六道のお抱えの薬師のもとに交渉に行っている間。私の元には雪之丞君達やくえす達の修行の途中経過のレポートが連日連夜届けられていた。

 

「雪之丞君達はある程度は形になってきたみたいね」

 

横島君の所に居候している坂田金時が修行の相手になってくれているらしく成長の幅が大きいらしい。

 

「くえす達は苦しいみたいね……まぁそれは私も同じだけど」

 

元々霊波格闘を主にしている雪之丞君達はその周波数を変えれば良いので、ある程度はコツをつかむのは簡単だろう。だが問題はある程度では神魔には通用せず、そこから先に辿り着く必要があると言う所だろう。それに対してくえす達は魔法として打ち出しつつ、それの波長を相手に合わせて調整する必要があり難航しているとのことだ。それは私も同じで神卸しをしない場合の私の戦闘方法はオールラウンダーだが、どちらかと言えば中~遠くらいの術が神代の得意な距離なので、出来ればそちらを補える形になると楽ではある。

 

「琉璃さん、横島さんを保護する場所の候補が見つかりました」

 

「え!?本当ですか!?」

 

私達が修行をしている間に横島君が自分だけ仲間外れにされていると思わないように、また不安定な私達の技術を真似して、完成している横島君の戦う術を崩す訳にも行かないので、横島君が不信に思わず、進んで向かってくれる……そんな夢のような場所の候補が見つかったと言う小竜姫様の言葉に思わず椅子から立ち上がった。

 

「浮かない顔してません?」

 

だけど見つかったと言う割には小竜姫様の顔が曇っていて、どうしました?と尋ねると小竜姫様は少し悩む素振りを見せてから口を開いた。

 

「安全性は天界・魔界の中でも上から数えた方が早い場所です」

 

うんうん。それを聞くだけでもかなり安心感があるわね、それなのに何故小竜姫様の顔色が悪いのだろうか?

 

「デタント反対派の魔族も手を出せない区画で魔界の中で1番安全と言えます」

 

「場所は魔界なんですか……まぁ、安全ならいいんですけど……」

 

天界は過激派が多いので魔界って言うのはある意味安全策だと思える。

 

「というか随分と言い渋りません?早く教えてくださいよ」

 

横島君が安全に過ごせる場所が見つかれば私達も安心なので早く教えて欲しいと小竜姫様にお願いする。

 

「……ベリアルとネビロスの所で1週間ほど預かって貰おうと思うんです」

 

「あ、それはいいですね。紫ちゃんとかも面倒を見てもらえるんじゃないですかね?」

 

アリスちゃんと同年代の紫ちゃんや茨木童子も一緒に預かって貰えれば、国際GS協会とかの目晦ましになると思う。

 

「でも魔界の子供が自分の使い魔を見つける時期で多分横島さんが行くと入れ食いになると思うんです」

 

「それは苦渋の決断が過ぎますね……」

 

横島君を安全に東京から離す事が出来るが、その対価に魔界の危険な動物の子供を無数持ち帰ってくる可能性が極めて高いと聞いて、私は小竜姫様の顔が曇っている理由を悟り、どうした物かと小竜姫様と揃って頭を悩ませるのだった……。

 

 

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その6へ続く

 

 




次回は輝夜と遊んでいる横島と、本当の交渉を始める美神達、そして横島がいない横島家の話を書いて行こうと思います。まだ猛暫くはこんな感じで穏やかな感じで進めて、ガープが動く時はめちゃくちゃシリアスにしたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その6

 

~ノッブ視点~

 

横島とチビ達がいないので静かと思いきや、案外そうではなかった。

 

【お掃除をするから部屋に行って下さい!】

 

座布団の上に寝転がっていたタマモを無視して座布団を引き抜くジャンヌオルタ・リリィ。フローリングに叩きつけられる前に人の姿になったタマモだが、机かどこかでぶつけたのか不機嫌そうな顔をする。

 

「いったぁッ!何するのよ!」

 

【お兄さんが帰ってくるまでに綺麗にお掃除して褒めて貰うんです】

 

ふんすふんすと胸を張って言うジャンヌオルタ・リリィ。攻撃的な言動をしていたジャンヌオルタよりも礼儀正しい口調じゃが、こういう力づくの行動に出る辺り同一人物だと思う。

 

【ノッブさんもメロンパンのカスはちゃんと掃除してから部屋を出てください!】

 

【はいはい、判っておるわい】

 

リビングでTVを見て過ごそうと思っておったが偉い張り切っているのがいるので、机の上を掃除してから縁側に出る。

 

「……良し、良い子だ」

 

「頑張り屋ですね」

 

【お兄さんに褒めて貰うんです!】

 

ワシ達を追い出して良い子とか褒めるシズクとルキは正直どうかと思うが、精神年齢が子供ってことで横島に褒められる事が最優先という感じのリリィを責めるのもどうかと思い、今回は大人になる事にする。

 

【さてとメロンパンでも……ってあぶねえっ!!!】

 

風切り音を立てて飛んで来たボールを仰け反って回避する。壁にぶつかり跳ね返ったボールを木刀の先で弾きキャッチする茨木童子が笑いながら声を掛けてきた。

 

「ノッブも遊ぶか?」

 

牛若丸考案の木刀でボールを打ちあうという謎の競技で遊んでいる茨城と牛若丸とシロの3人にワシは嘘偽りのない感想を口にした。

 

【その物騒な物を遊びって言うのは正直どうかと思う】 

 

「「【?】」」

 

【そこで心底不思議そうな顔をしないんで欲しいんじゃが?】

 

英霊、人狼、鬼の3人が打ちあっていればその速度は凄まじく下手に直撃すれば大怪我は不可避だ。しかしそれよりも先に牛若丸達は自分達がとんでも無い事をしたと言う自覚が在るのかと思う。

 

「……おい、馬鹿共。また家の壁を壊すつもりか?」

 

鬼の形相というか髪の毛を龍の頭にしたシズクが窓を開けて顔を見せた。

 

【退避ッ!】

 

「賛成でござるッ!!」

 

「説教はいらんぞッ!!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていくアホの子トリオに苦笑しながらメロンパンの封を切り、中身を取り出しているとルンルン顔の沖田の姿が見えた。

 

【横島ならおらんぞ?】

 

【え……またいないんですかッ!?】

 

横島がいないと聞いて崩れ落ち、ゾンビのように身体を引き摺って近づいてくる沖田に気持ち悪いなと思ったワシは悪くない。

 

【どこへ!?また長期任務ですか】

 

【横島に執着しすぎじゃろ】

 

【ノッブには判らないんですよ、ずっと同居してるんだから!横島君は私にとってオア……ゴブウ……】

 

エキサイトした沖田が吐血して倒れ、びくびくと痙攣しているのを見ながら振り返る。

 

【どうする?こいつ】

 

「……見て見ぬ振りも出来ないから家の中に入れてくれ」

 

【ええーワシが?】

 

「……メロンパン奮発してやるぞ?」

 

【良し判った、ワシに任せておけ!】

 

現在進行形でびくびく痙攣しながら横島の名を呼んでいる沖田は本当に気持ち悪いが、メロンパンの為ならばと思い沖田を家の中に引きずり込むことにしたのだが、その間も私のお父さんになってくれるかもしれないと不気味な寝言を呟いていた。

 

【……なんか横島が私のお父さんになってくれるかもしれない少年とか言ってるんじゃけど】

 

「……それは気持ち悪いな」

 

「いや、それ普通に変態」

 

【変態?】

 

1人だけ判ると言わんばかりに頷いているルキを見て、本当横島の回りのやつって癖が強すぎると改めて思った。

 

【そおぃ!】

 

そしてワシは今も気持ち悪い事を言っている沖田をソファーの上に投げて、気持ち悪かったと呟くのだった……。

 

 

 

 

 

~美神視点~

 

本当の交渉内容――ここからが私達が派遣された本当の理由だと思う。明らかに雰囲気が変っている……横島君を呼んだのも紛れも無く永琳の本心であろう。ドクターカオスが言っていたが、不老不死というのは言うほどいい物ではないと言っていた。

 

【肉体は老いぬ、死ぬことも無い。だが精神は磨耗する……ワシはそれに耐えられ何だ。だから不完全な不老不死の薬を作ったのだ】

 

肉体は若いままだろう、だが精神はそうではない。妹紅も輝夜も見た目からは想像出来ない老獪さを秘めていたが、横島君を見てから明らかに雰囲気が変ってきている。精神の死が近づいているのを感じて、冥華おば様は私達と横島君の派遣を決めたのだと永琳との話で感じていた。

 

「美神さんと蛍さんは月神族についてどこまで知っておられますか?」

 

「地球の神々から独立した神魔という事くらいしか知らないわ」

 

そもそも月神族には余りにいい印象が無い、平安時代の事もあるが……地球の人を穢れ人と呼び、地球の神魔を下等な神魔と呼ぶ……そんな驕りきった存在の情報など今の地球には必要ないものだ。

 

「独立と言えばいいですが、月神族はその傲慢さから地球を追い出されたと言ってもいいですね」

 

「……そこまで言います?」

 

同じ月神族でありながら嫌悪感を隠そうともせず吐き捨てるように言う永琳に蛍ちゃんが驚いた表情でそう尋ねる。

 

「ええ、言います。私は月神族が嫌いですから」

 

嫌悪だけではない、憎悪と殺意も感じられるその声を聞いて、永琳の月神族に向ける殺意が並大抵ではないと言うのを肌で感じ取った。

 

「そんな月神族は自分達の神としての階級を上げる為に私達を狙っています。私と姫様、そして妹紅は蓬莱の薬というものを飲み不老不死となっております。これを人間が飲めば不老不死になるだけではなく、霊力の向上に神通力も得るでしょう。そして神魔が飲めば古き神の座にまでその手が伸びる」

 

確かに普通の人間であるはずの妹紅が凄まじい力を持っているのは判っていた。それだけの効果を与える薬――人間だけではなく、神魔ですらも欲するだろう。

 

「月神族は貴女達を捕えて、その薬でも作らせようとしているって事かしら?」

 

私は薬を作らせる為に永琳達を探している……そう思っていた。だがそれはまだ私は月神族の邪悪さを理解していないだけだった。

 

「蓬莱の薬は適合しても、効果はまちまちです。私達は最大の効果を発揮していますが、他の神魔や人間が飲んでも同じ効果を得れるとは限りません」

 

「じゃあその事を伝えれば追われなくなるんじゃ?「物事はそう簡単ではなく、そして月神族の恐ろしさもそんな物ではないのですよ。蛍さん」……貴女達も見たはず、月神族に対して激しい怒りの炎を燃やす横島君を見たはずですよ。ですが、逃げている1000年の間にやってきた月神族はそれよりも遥かにおぞましく、そして醜悪でした」

 

魂さえも凍りつくような凄まじい怒気と殺意、そして金時から月神族が何をしたかというのは聞いていた。だがそれよりもおぞましく醜悪だったという永琳は私と蛍ちゃんを見てゆっくりと口を開いた。

 

「蓬莱の薬は肝に溜まります。肝に残った蓬莱の薬は適合者である私達の影響を受けて、その性質をより強力な物にします。そして蓬莱人は死んでも生き返る。そして「肝」を抉り出されても再生するのです」

 

その言葉を聞いて私も蛍ちゃんも顔から血の気が引いた……永琳が何を言おうとしているのか、理解してしまったのだ。

 

「私達を捕え、肝を抉り出し続け蓬莱の薬を作り続ける。そのために月神族は私達を追っています、最高の状態の蓬莱の薬を得る為に……」

 

「そ、それが仮にも神魔のやる事なのですか!?」

 

余りにもおぞましい、そして永琳、輝夜、妹紅を人間ではなく、ただの薬の材料としか見ていない月神族の邪悪さを聞いて蛍ちゃんが声を荒げた。

 

「やります、彼女達は自分達こそが絶対の正義であり、それ以外は何をしても良いと思っている。そして……私達の肝を喰らえば不老不死になると人間を唆し、追っ手として放ってもいます」

 

人間を使い永琳達を追い、自分達も追い続ける。恐らく現代にも永琳達の話は伝わっている……だからこんな迷宮染みた場所に隠れ住んでいる。そして襲われたというのも……。

 

「女だからじゃない、肝を求めてってことね?」

 

美女、美少女だから手篭めにしたいと思ったのも在るだろう。だが大本は蓬莱の薬を得る為に、冥華おば様の命令を無視して襲ったと考えて間違いないだろう。

 

「はめて楽しんで、薬も作れるとか言ってましたから両方でしょうけどね。人間も月神族も、神魔もどうしようもなくおぞましく、信用に値しない存在ではありますが……六道と横島は違う。姫様達はそう信じて今まで生きてきて、そして優しいままの横島を見て心から喜んでいる。そんな横島君が師として慕う貴女達だからこそこの話をしました。人は醜く、そして愚かでおぞましい、ガープを筆頭としたソロモンが動き出せば、その悪意に、その存在に心酔し悪意は広がり、止め様の無い騒乱が起きるでしょう。ガープが関係なくとも、私達はそれだけの悪意に晒されて来たのです」

 

とてもじゃないが横島君にこんな話を聞かせられない、それこそ再び狂神石に飲まれる事に繋がるからだ。だが永琳の言うことも判る、蘆屋のようにガープに見出された人間もいる。これから悪意が止められなくなるというのも判る……。

 

「永琳さん。貴女の本当の依頼とは……なんなんですか?」

 

永琳が望む本当の依頼……それはなんなのかと問いかける。だがそれは確認で彼女が何を望むかは判りきっていた

 

「月神族の抹殺、あるいは永遠の月への幽閉、そして私達の事を知る人間の殺害、あるいは投獄を求めます。それさえ成し遂げてくれれば、どんな薬品であれ、私はそれを作りましょう」

 

何の感情も込められていないその言葉には1000年間の間。裏切られ、騙され、追われ続け、自らが傷つきながらも輝夜と妹紅を守り続けた永琳の凄まじい激情の込められた言葉に反論する術も、考え直せという事も私と蛍ちゃんには出来ず、ただ震える声で六道と神代に進言いたしますというのがやっとなのだった……。

 

 

 

~輝夜視点~

 

冥華が買って来てくれたTVとゲーム。それは私と妹紅の暇を潰す為の物で、永遠亭の一室全てを埋め尽くしている。

 

【これくらいしか出来なくてごめんなさい】

 

冥華は若い時から私達に色々と便宜を図ってくれていた。そして今回は横島を連れて来てくれた……それだけで私も妹紅も嬉しくてしょうがないのだ。

 

「とっとと」

 

「ぬぬう……」

 

「あはははッ!横島も妹紅も遅いわよッ!」

 

TVの前に座り3人でコントローラーを握ってレースゲームをする。曲がるたびに私達の身体が傾いて、それぞれの身体が触れ合うのも悪くはない。

 

「みむ?」

 

「ぷぎゅー」

 

【ノブ!】

 

チビ達も画面の前に座り込んで私達の身体が傾く度にゆらゆらと揺れ、チビ達なりに楽しんでいるようだ。

 

「よっし、甲羅発射!」

 

「甘いわね!」

 

「あぶねッ!」

 

妹紅が妨害アイテムの甲羅を取り発射するが、それを私はドリフトで回避し、横島は車をジャンプさせて回避する。

 

「あーッ!」

 

跳ね返ってきた甲羅が直撃し、妹紅が操作していたキャラがクラッシュして川の中に落ちていく。

 

「このまま私の勝ちね」

 

「3連敗はしない、せんぞーッ!!!」

 

横島の操作するゴリラみたいのが追い上げてくる。だけど加速力のある私のキノコには……と思った瞬間。画面が光って私と横島のキャラが小さくなる。

 

「「あっ!?」」

 

「はははははッ!!!今度こそ私の勝ちだ!」

 

クラッシュした妹紅が雷をGETし、私と横島が小さくなっている間にゴールテープを切ってしまった。

 

「勝ったぁッ!!」

 

両手を上げてガッツポーズをする妹紅は良し良しと繰り返し笑う。

 

「じゃあ横島様」

 

「……あのさ、これなんか意味がある?」

 

意味があると言えば意味はある。言葉に出来ないがなんとも言えない幸福感がある、胡坐をかいている横島の膝の上に座りふふんと笑う妹紅となんとも言えない顔をしている横島。

 

「次は私がその椅子を奪うわ」

 

「防衛する!」

 

「俺椅子なの?」

 

最初に私がやり始めたが、あれは中々良い感じである。今度は妹紅を蹴落として、また3人でゲームをして今度は私が横島の膝の上に座ると意気込んで今度は落下や落水の可能性が窮めて高い水の都のエリアを選択するのだった。

 

「それ卑怯!」

 

「勝てばよかろうなのよ!」

 

「あーッ!」

 

妹紅が座っているので操作がしにくい横島が早速落水、実質このエリアでの勝負と言うか、妹紅が横島の膝の上に座っているのは僅か数分の事なのだった……。

 

「卑怯!」

 

「ふふふ!勝てば官軍よ!」

 

「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない」

 

私と妹紅が口論していると横島がそれを静止に入ってくる。完全な子ども扱いなんだけど……悪い気はしない。横島が自分達だけを見てくれていると言うのは、なんとも言えない幸福感と高揚感がある。ずっとこのままが良いと思っていたんだけど……不老不死の肉体であれど、眠気というものはどうしても存在する。

 

「ふわ……」

 

「あれ、眠い?」

 

「いや、眠くないわよ」

 

「あふ……ふぁああ……」

 

妹紅も私に釣られたのか大きく欠伸をする……いや、実際は本当に安心したのだと思う。正直な所六道の使いに紛れて私達を捕えに来る相手がいなかったわけではない。新しい六道の使いが来ると聞いていて、やはりどこか精神的に張り詰めていた部分があったのだと思う。横島を見て安堵したら、一気に睡魔が襲ってきた。

 

「昼寝する?」

 

「え、それは……」

 

「嫌かなあ」

 

寝ている間に横島が帰ってしまいそうな気がし嫌だというと、横島がうりぼーを抱き上げた。

 

「お昼寝の時間」

 

「ぷぎいッ!」

 

横島の手から飛び出したうりぼーが分裂して、部屋の中を埋め尽くす。その中でも本体だと思ううりぼーに横島が背中を預けると、チビが頭の上に飛び乗り、チビノブが横島の腕の中に潜り込んだ。

 

「俺も眠いから昼寝しよう。大丈夫、勝手にどこにも行かないよ」

 

そう言って欠伸をする横島を見て、私と妹紅はそろって欠伸をし、かつて……そうおじいさんとおばあさんと暮らしていた時、横島と平安京で出会った時のように、窓から差し込む日の光を浴び、うりぼー達に埋もれながら横島と共にとても幸せな気持ちで眠りに落ちるのだった。

 

だけど……最後まで幸せな気持ちではいられなかった。永琳から聞かされた横島の今の立場、私達よりも危険かもしれないと聞いてしまった。だから横島を永遠亭から出させないように、横島を連れて行ってしまう2人の前に立ち塞がる事にした。

 

「横島は行かせない。横島は私達と一緒に永遠亭にいるのよ」

 

「私も行かせない、だってお前達は横島と比べて弱すぎる。そんな奴と一緒に横島を行かせるものかッ!」

 

それは嫉妬にも、執着心にも似た私と妹紅の嘘偽り無いの気持ちの現れなのだった……。

 

 

 

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その7へ続く

 

 




バトルがないと思いましたか?残念あります。妹紅&輝夜VS美神&蛍。横島君幽閉中、リポート2に続き幽閉されるヒーロー、やっぱりよこしまはヒロインだった?事件ですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート3 迷いの竹林と月の姫君 その7

 

~輝夜視点~

 

膝をついて私と妹紅を唖然とした様子で見つめている横島の師の見下しながら2人で宙を浮かぶ。神通力をただ固めて球体にしたものを自分の周りに浮かべ、妹紅は両手に炎を灯している。

 

「姫様!どういうおつもりですかッ!?妹紅も何をしてるの!」

 

私と妹紅の蛮行を言ってもいい光景を見て永琳が声を上げる。そうそれは当然の事だ、私達は美神達に依頼している側。こんなことが許される立場ではない……だが私も引き下がれない。

 

「永琳――下がりなさい」

 

「悪い永琳。私も輝夜も駄目なんだよ、こればっかりは引き下がれないんだ」

 

姫の立場としての強い言葉で永琳に下がれと命じ、妹紅が悪いと謝りながらも自分の意見を曲げるつもりの無い強い意志の光をその目に宿した。

 

「一応聞いておくけど……どういうことなのかしら?」

 

「そうね。聞く権利はあるわよね。美神令子、芦蛍。横島を永遠亭において帰りなさい」

 

私の言葉を聞いて美神と蛍が驚きの色をその顔に浮かべた。

 

「横島はガープに狙われているそうね、それに人間達にも決して受け入れられている訳ではない……違う?」

 

私達は冥華から聞いている。横島がいまの霊能者の中では決して受け入れられない存在であると……勿論私と妹紅が直接聞いたわけではない、永琳と冥華の話を盗み聞きしたから知っているのだ。

 

「それは……ッ」

 

「違うって言えないんだな。じゃあ駄目だ、私はあんた達が違うって即座に言ってくれれば止めるつもりだった」

 

「ちょっと、なんでいきなり裏切るって言うのよ」

 

「守れるって言うならそれを信じたいって思うさ、横島様の話なんて大体美神か蛍か、チビ達の話だし」

 

横島が信頼しているのならば、それを信じたいと思う。だけどあの2人は横島の信頼に応えれる力を持っているかとなると私はそうは思えなかった。

 

「横島は心配ないわ、私の能力で横島は時間を認識しない。どれだけ暴れても、どれだけ時間が過ぎても横島はそれを認識出来ない」

 

「なんで……こんな事するの?」

 

「判らない?横島は優しいわ、私も妹紅も大好きよ」

 

そこにいるだけで幸せになるような、悩みも何もかもを聞いて話を聞いてくれる……絶対の安心が横島からは与えられる。

 

「でも横島は苛烈よ。私も妹紅も知ってる、貴女達も知ってると思うけどね」

 

月の使者を1人で食い止め暴れた横島を私と妹紅は知っている。何回か前に私達を捕えに来た月の使者が吐き捨てるように言っていたから……勿論そいつは殺したけれど、横島を悪魔と、破壊の使者と呼ばせたのは私と妹紅の責任だ。

 

「戦えば戦うほどに横島様の心は軋み、痛み続ける」

 

「そしたらいつかは壊れてしまうわ。貴女達は一緒に戦えない、弱過ぎるもの。だから横島が傷ついて、磨耗していつかは壊れてしまうわ。それなら戦わせない、横島を傷つける場所に行かせないって思って何が悪いの?」

 

横島の意志を私達は完全に無視しているのは判ってる……それでも私達は横島の事を案じているのだ。

 

「私達も良い事をしているなんて思ってないさ。だけど……うん、心配なのさ。横島様がさ……」

 

「だから大丈夫って見せてくれたら横島は返すし、ちゃんと謝るわ。でも無理って思ったら返さない」

 

私と妹紅の言葉を聞いて美神と蛍も覚悟を決めたのか、私達を睨みつける。

 

「耳が痛いけど、そっちの言う通りなのは間違いないのよね」

 

「でも横島は大切なの、貴女達2人を認めさせて連れて帰らせてもらうわ」

 

「駄々を捏ねてもちゃんと横島様は返すから、大丈夫って判ったらな」

 

「手加減なんていらないわよ?私も妹紅も死んでも生き返るし、生半可な攻撃なんて効かないんだからね、全力で掛かってきなさい」

 

挨拶代わりの霊波弾を妹紅と共に同時に撃ち出したのを合図に、私達と美神達の戦いが幕をあけるのだった……。

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

永琳さんの話を聞いて、私も美神さんも輝夜も妹紅も強くないと思っていた。だが実際は違っていた、地面の上を転がり目の前を通過した炎を纏った拳を回避する。

 

「そらそら!逃げてるだけじゃ勝てないぜッ!!」

 

「くっ!?」

 

速い上に重い、神通棍で受け止めた所が拉げ、そこから熱で溶かされ始めているのを見てぎょっとして、慌てて神通棍を振るい妹紅の腕を受け流す。

 

「っととッ!」

 

重心を崩された事で判りやすく妹紅が姿勢を崩す。本来なら追撃のチャンスだったんだけど、私は地面を蹴って後ろに向かって跳んだ。

 

「あら残念。それよりも妹紅。もうちょっとしっかりしなさいよ」

 

「いやさ。私達の敵って基本的に力で潰してくるじゃないか、技を使われるとどうもなあ」

 

輝夜は完全な中~遠タイプ、妹紅は接近戦タイプ――。

 

「とは言い切れないわねッ!!」

 

放たれた霊波砲が着弾すると弾け、美しい模様を描きながら私と美神さんに降り注いだ。

 

「いっつう!?」

 

「熱っ!」

 

一撃で致命傷とは言えないけど、攻撃範囲と速度、それに攻撃に付与されている熱が凄く厄介だ。

 

「うー……美神さん、攻略法とか思いつきました」

 

「全然無理ね。対処法が思いつかないわ……」

 

妹紅と輝夜に共通しているのは技術不足――スペックによるゴリ押し特化で体術等はあんまり得意ではない――のかもしれない。正直2人の戦闘力に関しては2人とも未知数とか言いようがない。

 

(あの霊波砲を見る限りだと技術が無いとは言い切れないんだけど……)

 

(やっぱりお姫様だからですかね?)

 

着弾し、距離が開くにつれて角度を変える霊波砲はかなり緻密な霊力の操作をしていると思う。それは美神さんも同意してくれた、今回は着弾したけど、霊波砲の特性状着弾させる必要は少なく空中で破裂する可能性も十分に考えられる。一種の芸術とも言える霊波砲に対して体術がお粗末なのはやはりお姫様だったからって事なのかもしれない。

 

「もうちょっと綺麗に散らせないの?」

 

「んー難しいんだよな。もっとこうぱあっと開きたいよな」

 

「そうそう、花火みたいな感じでね。横島が花火好きって言うんだからもっと綺麗にしましょう」

 

「おう!」

 

……なるほど、あの霊波砲は横島が花火が好きだからって言う理由で……。

 

「とりあえず1発殴っておきましょうか?」

 

「やめてあげてください、お願いします」

 

冗談よと笑う美神さんだったが、その目は全く笑ってなかったので多分本気だと思う。

 

「それッ!」

 

「行くぜッ!」

 

輝夜が霊波砲を撃ち出し、妹紅が地面を蹴り背中から炎の翼を噴出し爆発的な加速で斬り込んでくる。

 

「あんまり無駄話をしてると、火傷じゃすまないぞッ!」

 

「ご忠告どうもッ!」

 

神通棍で受け止めて、即座に受け流し姿勢を崩した所を神通棍で薙ぎ払ったのだが手応えが無い。生半可な攻撃が効かないって言っていたけど、もしかするとある一定のダメージ以下は無効化できるのかもしれない。

 

「ちょっとー!綺麗なんだからちゃんと見なさいよ!」

 

「見たら大怪我するでしょうがッ!」

 

美神さんは輝夜の霊波砲が破裂する前に打ち返し、輝夜が文句を言っているけどもしかするとこれが1番の正解の対処法なのかもしれない。

 

(後は私がどうするかね)

 

妹紅はあんまり霊波砲を使ってこない、圧倒的な身体能力と炎を併用した白兵戦だ。技術は無く、完全に喧嘩殺法。普通ならそれを切り返して反撃するのは基本と言ってもいいけど……その不死性と無尽蔵の霊力と神通力が大きな壁として立ち塞がる。下手に攻撃しても、バランスを崩すのがやっと、反撃してもダメージが通らない。逆に私は直撃を受ければワンパンはほぼ確定と来た――だけどその窮地は逆に私にとって歓迎するべきものだった。

 

(横島はこんなのを何回も潜り抜けてきたのよ。こんな所でビビッてられないわッ!)

 

確かに2人は本気で横島をここに軟禁するつもりかもしれない。だけどそれは横島の事を想ってくれていると言う証拠で、最悪の場合永遠亭に横島を匿って貰うもの私達にとっては決して悪い話ではない。納得は出来ないが、最善策の1つであると言う事は私でも判る。絶対に認めたくはないのでここで妹紅も輝夜にも負けを認めさせ、有事の際のシェルターの1つくらいにはしたいと思っている。

 

「ふー……」

 

息を長く吸い、長く吐く。意識して霊力の使い方を切り替えていく、私が動きを止めたのを見て不思議そうな顔をしている妹紅だったが、拳を握り締め再び突進してくる。

 

「シッ!」

 

「っと」

 

自分の間合いに入ったのを気配で感じ取り神通棍を振るうといままでとは違う手応えを感じた。妹紅は後ずさり、手をプラプラと振って再び握り締める。

 

「なんか変ったな」

 

「まぁね。私が弱いって言うのは自覚してるし、情けないと思ってるのよ」

 

そもそも私が横島を霊能の道に引き入れたのに見ているだけ、守られているだけって言うのにどれだけ歯がゆい思いをして来たか……妹紅と輝夜が怒りを抱いているように、私自身が私自身に怒りを抱いている。

 

「悪いけどこれ未完成なのよね。大怪我しても知らないからッ!」

 

「上等ッ!あんた達と一緒にいても横島様が大丈夫って私に思わせてくれよッ!」

 

恨みも殺意もない妹紅は私にとって理想的なスパーリングの相手だった。並みの攻撃は効かず、回復力があり、圧倒的な神通力と霊力を持つ――それは神魔、そして英霊との同じ条件だ。

 

(この中で掴んでみせるッ!)

 

霊力のコントロール、霊波の流れを読んだ攻撃方法――これから必要となる、横島が作り出した戦闘技法の切っ掛けを掴み、それを自分の物へと昇華させるという強い決意を抱き、私は普段と違う霊力の輝きを灯す神通棍を力を込めて振るうのだった……。

 

 

 

 

~輝夜視点~

 

跳ね返されてきた霊波砲を受け止め美神の評価を改めていた。私の霊波砲や神通力を用いた弾丸は基本的に横島に見せる為に暇つぶしで作っていたものだ。これは妹紅も同じなのだが……威力よりも見た目を重視しているからか破裂や着弾する前だと跳ね返されるという欠点がある。勿論跳ね返せるといっても並の霊能者や神魔ではそのまま押しつぶされるのが関の山だし、霊力とかの方向性を変えているのでこれだけ連続で跳ね返せると言うのも正直驚くべき点である。横島が師と呼んで敬う理由も判る――そしていま跳ね返されてきた霊波砲を受け止め、私は首を傾げた。

 

(なんか違う?)

 

私の霊波なのだから私にダメージは入らない、そもそも自分の分身と言っても良いのだからダメージなんか受ける訳がない……それが霊力や神通力の基本だ。跳ね返されたとしても、それに恐怖せず受け入れるように動けばその霊力は自分の中に戻ってくる。だけどいま受け止めた霊力は無効化こそ出来たが、身体の中に戻ってくる感覚がなかった。

 

(んんー……なんか試そうとしてる?)

 

妹紅も不思議そうな顔をしているのを見る限り、美神と蛍の2人は何かをしようとしているというのは私の目から見ても明かだった。

 

(まぁ少しは本気になったって事かしら?)

 

連れて行かせないと言うのは間違いなく私と妹紅の嘘偽りのない気持ちだが、横島はそれに反対する。それに永遠と須臾を操る私の能力で時間の感覚が止まっているが、横島はまだ人間なので何時までも止まった世界にはいられない……あんまり負荷を掛けない範囲だったとしても長い期間を止まった世界にいれば発狂するという実験の結果があるからいつまでも横島を永遠亭に置くのは無理だと私でも判っていた。それでもそれとこれは話が違う、横島を頼りきり彼にばかり負担を掛けると言うのならば永遠亭において、それこそまた蓬莱の薬でも、私達の生き胆でも何でも使って横島を蓬莱人にする覚悟が私にはあった。だってそうじゃないか、ただの1人に全てを押し付けて解決しようとしている。だけど私達には何も出来ないから頼るしかないから……そんなので誰か1人が頑張らないと滅びてしまう世界ならば滅んでしまえば良いと私は思う。そもそも蓬莱人は死ねないのだ、地球が滅んでも魔界なり天界なりで生きていける。一重に私達が地球に留まっている理由があるとすれば、それこそ横島がいるからに他ならないのだから。

 

「つうッ!?」

 

「よっしゃあッ!やっと通ったわねッ!」

 

跳ね返されて来た霊波砲を受け止めようとして後方に弾き飛ばされた。美神の喜びの声を聞いて、自分の手を見つめる。すぐに回復したが、一瞬とは言え自分の手が焼け爛れているのを見て眉を顰め、それと同時に美神と蛍が何をしようとしているのかを私は理解した。

 

「古い除霊術ね。それを見るのは何百年ぶりかしら……」

 

平安京が没落し、陰陽寮が目に見えて力を失い。六道が新しい除霊術の考案を始めた頃の除霊術だ……そもそも人間が攻撃に回せる霊力というのは決して多くはない。自分の魂魄を守る必要があるので攻撃に転用しつつ、自分の命を削らない安全圏は約3割ほどだ。元々の所有霊力が多ければ使える霊力は異なってくるが……それでも絶対に越えてはいけないのが3割と言うラインだ。これを越えてしまえば相手からの攻撃に対する防御力が大きく変わってくるし、何よりも霊力とは生命力だ。それを使えば使うほど弱るのは当然の事――いまの霊能者は霊力枯渇による死を防ぐ為に道具を使っている。

 

「それが貴女達の出した答えって言う訳ね、妹紅は大丈夫?」

 

弾かれてこっちに転がって来た妹紅に手を貸しながら尋ねる。すると妹紅は右手を上げて手をふらふらと揺らした。

 

「手が痺れて全然力がはいらないわ」

 

「そう、お疲れ様。ごめんね、付き合わせて」

 

元々妹紅は今回の事に関してはあんまり協力する意志が無かった。妥協案で横島を定期的に遊びに来てくれるようにしましょうよと言うと2つ返事だったけど……美神と蛍と戦わせる方向に行ったのは私が原因なので謝る。

 

「良いさ良いさ、別に気にしてないし。そもそも横島様に頼りきるって言うのなら本当に永遠亭にいて貰った方が思ったのは私も同じだし」

 

妹紅はそう笑うと両手と背中に纏っていた炎を消し、私もそれに続くように纏っていた霊力と神通力を弱くさせる。

 

「決着って言う事でいいのかしら?」

 

私と妹紅から闘志と敵意が消えたのを見て蛍がそう尋ねてくる。んー正直かなり難しい所ではあるんだけど……試行錯誤しているって言う点は十分に評価できるし……妹紅と見つめあいどうするかと悩み、2人で小さく頷いた。

 

「「ギリギリ妥協点」」

 

認めたくはないけれど、私と妹紅にダメージを与えたという点では神魔や英霊へもダメージを与えれるという事だ。となれば横島に頼り切ると言うことも無いとも思える。

 

「妥協点か……やっぱりどこが駄目とかあるかしら?」

 

「そうね。もっと霊力を研ぎ澄まさないと駄目だわ、それに攻撃に対して霊力を割り振りすぎね」

 

横島にだけ負担を掛けないようにどこが駄目なのかというのを美神に助言しながら永遠と須臾を操る力を解除する。もう少しすれば横島も庭に出てくると美神に伝えてから、どこが駄目なのかを指摘する。

 

「永遠亭に来るときがあれば今度はもう少し準備してから来いよ。私で良ければ稽古の相手をするし」

 

「え、い、良いの?」

 

「うん。だって蛍が来れば横島様も来るだろ?そしたらチビ達とも遊べるし、横島様もいる。それなら少しくらいは手伝っても良いかなあって思わなくもない」

 

それは私も同じかなあ、横島が来てくれるなら少しくらい助言しても良いと思える。

 

「あれ?美神さんと蛍?輝夜ちゃんともこちゃんとなにしてるの?」

 

私達と美神達が戦っていたなんて夢にも思っていない横島が能天気な表情でチビ達を抱えて何をしているのか?と尋ねてくる。

 

「みむう?」

 

「ぴぎゅ」

 

【ノブウ?】

 

それに対してチビ達は私達が争っていたのに気付いたのか、なにをしてたの?と言わんばかりの視線を向けてきて、思わず噴出してしまった。

 

「本当にどうしたの?」

 

「霊力の使い方について話を聞いてたのよ。いい勉強になるから横島君も話を聞くといいわ」

 

美神の言葉に返事を返し庭に下りてくる横島を見て、ジト目で美神を見る。文句ある?と言わんばかりに笑っている美神を見て、良い性格してるわねと苦笑しつつ、私と妹紅は揃って教えるって何を教えればいいんだろう?と昔の除霊術?でもあれ不完全な上に危ないし……かと言ってどんなことを教えてくれるのかなあと目を輝かせている横島に無理とは言えず、私と妹紅は悩んだ結果縁側でお茶を飲んでいた永琳に視線で助けてと訴える。すると永琳は苦笑しながらも私と妹紅の意を読んで助けに来てくれるのだった……。

 

 

 

~西条視点~

 

神代会長や小竜姫様、そして冥華さんがオカルトGメンを尋ねて来た。そしてその理由を聞いて、僕はうーんっと呻く事になった。危惧していた小竜姫様やメドーサ、ブリュンヒルデの協力を得れたのは本当にありがたい。正直な所古い除霊術を応用し、神魔、英霊に有効打撃を与えると言うのは実験段階に等しく、仮に下位に効果があったとしてもガープクラスに効果がなければ意味が無く、練習という意味でも小竜姫様やメドーサに協力して貰えればより完成度を高める事にも繋がるので僕としても、人間としても万々歳と言わざるを得ない。問題は僕達が鍛錬している間横島君をどこに行かせるかという提案を聞けば難色を示さずにはいられなかった。

 

「私は~良い案だと思うんだけど~?」

 

「冥華さん。それは僕達に管理を押し付ければいいと思っているからでしょう?」

 

そんな事ないわよ~?と笑うが目が笑っていない。

 

「ちなみにブリュンヒルデさん、その魔界の子供が自分の使い魔を捕まえると聞きますが、どんな物がいるんですか?」

 

魔界の子供と言えど人間とは比べ物にならないほど強い、そもそもアリスを見ればその強さの一片が判る。そんな子供が捕まえる獣とはなんなのか?と尋ねる。

 

「そうですね、一般的にはグレムリンやヘルハウンドの子犬と言った感じの獣になります」

 

横島君も連れているグレムリンやヨーロッパ方面では稀に確認されているヘルハウンドの子犬というのは判る。

 

「では危険とされるものは?そう言う個体も普通にいるそうですね?」

 

「私もそれは危険だと思うから西条さんに相談したのよ」

 

日本列島の倍近い大きさの区画に危険な固体の幼生も放し飼いにされており、それらを探し使い魔にすると言う魔界の子供が楽しみにしているイベントらしいが、人外に好かれる個性を持つ横島君をそこに混ぜるのはどうなのか?という不安がある。

 

「えっとぉ……首が3つになってなんでも食べる性質のドラゴンや、マッハで走り、短時間ながら空を飛べる陸上龍――あとは山を1つ食べて成長する怪獣とか……全身が鋼鉄で出来た恐竜とか、魔界でも太陽の化身と呼ばれて崇められてる蛾の子供ですかね?」

 

「「スリーアウト」」

 

どれか1体でも横島君が拾ってきたら日本が滅びかねないレベルのモンスターである。下手をすれば危険と言われた魔獣を全て拾って来そうなので完全にアウトだ。

 

「子供の時は凄くおとなしいんですよ?横島さんが躾けてくれれば……なんとかなるかも……」

 

「不安に思ってるじゃないですか」

 

尻すぼみになっていくブリュンヒルデさん自体が1番不安に思ってるのが良く判る。

 

【でもボーイをおいていくにはいい環境だと思うヨ、国際GS協会やオカルトGメンの査察をかわすという意味でモネ】

 

確かに教授の言う通りではある。余りにも日本をガープが狙いすぎているので査察が来るという話もある……だけど、だけどなあ……。

 

「大惨事の光景しか脳裏に浮かばない」

 

「私もです」

 

横島君が必死に巨大なモンスターに声を掛けている光景が脳裏を過ぎる。余りにも危険すぎる……危険すぎるんだが……国際GS協会やオカルトGメンの査察官に横島君を見せるわけには……暫く悩みでた結論は1つだった。

 

「行かせるしかないだろうな」

 

「ですね」

 

アリスの所となればネビロスとベリアルの膝元、更に魔界の子供となればその保護者もガープやアスモデウスに匹敵する実力者もいる。魔界はあちらのホームグラウンドだが、それゆえに隠居している魔界の重鎮を戦場に出すわけには行かないのでガープ達が動かないと僕達は判断し、不安はありつつも魔界に横島君を向かわせる事を決断するのだった……。

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その1へ続く

 

 




次回の前半は東京に戻った横島達と後半はアリスちゃんをメインで書いて行こうと思います。後魔界の危険なモンスターはモチーフがありますが、モチーフが何かと気付いてもお口にチャックでお願いします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


それと年始の休みの間は毎日昼の12時に更新しますので明日の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート4 横島INワンダーランド
その1


リポート4 横島INワンダーランド その1

 

 

~美神視点~

 

すったもんだあったが、無事に私達は永遠亭での交渉を終えて東京へと戻って来ていた。妹紅と輝夜は駄々を捏ねるかと思いきや、思いのほかあっさり私達を見送ってくれた。

 

(……あれはあっさりって言って良いのか迷う所だけどね)

 

横島君を止まった時間の中に幽閉、更に私達と一戦交えているのですんなり見送ってくれたか?と言うと疑問が残るが夕暮れ前に戻ってこれたら御の字だと思う。

 

「今度はシズクタクシーで来てくれって言ってましたけどどうしましょう?」

 

「……私は嫌よ?」

 

「一応聞いておきますけど美神さんは?」

 

即答で嫌という蛍ちゃんを見て横島君が残念そうにして、私はどうだ?と尋ねてくるが私の返事も同じだった。

 

「嫌に決まってるでしょう。あれは死ぬわ」

 

お風呂を用意しておくからシズクと一緒に来て欲しいと子供のような顔で言っていたが、出来ればと言うか絶対にシズクは頼りたくない。冗談抜きで戻すし、身体への負担が尋常じゃない。

 

「遊びに来て欲しいって言ってたし……俺個人的に永遠亭に出かけてもいいですか?」

 

「1人で永遠亭まで行くとか駄目だからね」

 

私が口を開く前に蛍ちゃんがNOを出した。横島君とチビ達が駄目ですか?と言わんばかりの円らな瞳を向けてくるが、私の返事も勿論NOだった。そもそも平安時代の結婚の方式は女性の所に男性が赴くと言う物だ。横島君が1人で言えば平安時代の恋愛間の2人は婚姻と認めてしまうかもしれないので、行かせる訳には行かないと思うのは当然の事だ。

 

「そう何度も出入りしていると神魔や輝夜達を追いかけている人間に場所が見つかるかもしれないでしょ?出かけるとしても冥華おば様の許可を得てからじゃない駄目よ」

 

私の言葉を聞いて横島君はあっという顔をしてすみませんと頭を下げた。

 

「そこまで考えてませんでした。すみません」

 

「気持ちは判るから良いわよ。でも慎重に行動して頂戴」

 

正直に言えば永遠亭は私達にとっても最後の砦になるかもしれない場所だ。横島君は余りに目立ちすぎるので神魔や他の組織の視線も集める事になり場所が割れるかもしれないので永遠亭に向かうのは薬を受け取りに行く時だけにするべきかもしれない。

 

「とりあえず横島君も蛍ちゃんも家の近くまで送るわ。今日はお疲れ様」

 

まず横島君を家の前で降ろし、蛍ちゃんを送る振りをしてから六道の屋敷へ車を走らせる。永遠亭の事、妹紅の事、輝夜の事――それら全てを知って冥華おば様は私達を送り出した筈だ。その真意を、どこまで知っていたのか? それを問いただす為に六道の屋敷に向かうとフリーパスで冥華おば様の部屋まで案内された。

 

「今回の件をどこまで知ってたか~?勿論全部よ~?」

 

悪びれも無くにこにこと笑いながら言う冥華おば様に本気で殺意を抱きかけた。この人には若い時からずっと世話になっているけど……今回の件は流石にやりすぎだと思う。

 

「……冥華さん。貴女は何をしたいんですか?」

 

「そうねえ~何をしたいかと言えば簡単ね~横島君は人の悪意を知るべきだと思うのよね~?」

 

「それは余計な「あんまり囲い込みすぎれば後悔するわよ~?嫌がおうにでももう横島君は傍観者でも、GS見習いでもいれないのよ~」

 

反論しようとした私と蛍ちゃんを一瞥するだけで威圧する。眼光に加えて霊力で完全に圧倒された……それは私達が今死に物狂いで習得しようとしている霊力のコントロール技術だった。

 

「冥華おば様はもう出来るですね……」

 

「まぁね~私の時代の除霊術だから出来ない訳が無いでしょう~?それよりも頭は冷えたかしら~?」

 

頭が冷えたというよりも一瞬死を覚悟したからか、強制的に意識が切り替えさせられたと言っても良いと思うけど、冷静にはなったと思い頷くと冥華おば様は良かったと笑った。

 

「とにかくね~横島君はもう全ての中心にいるの、横島君も貴女達ももっと強くならないと駄目なの~特に横島君は精神的に強くならないと駄目ね~魔力も狂神石の力も完全に使いこなせるようにならないと話しにならないわ~」

 

狂神石の力を使いこなせるようになれと言う無理難題を言う冥華おば様は口元は笑っているが、目が全く笑っていない。

 

「本気ですか?」

 

「本気よ~狂神石は向こう側の技術でしょ~?外側から活性化させられて暴走したらどうするつもり~?横島君を討伐対象にでもさせたいのかしら~?」

 

それをいわれるとぐうの音も出ない。だけど……そこまで。

 

「そこまでしない~なんて甘い考えは捨てなさいな~人間って言うのはね~どこまでも醜くて愚かなのよ。文殊、眼魂、魔力、狂神石に汚染――そのどれもが国際オカルトGメンやGS協会に知られるわけには行かないのよ」

 

間延びした口調ではない、きりっとした強い口調で言われ私も蛍ちゃんも反論の余地を全て封じられた。

 

「とにかく頑張りなさい、血反吐を吐いてでも鍛えなさい。横島君が魔界に行ってる間にね」

 

「「はいッ!……ん、魔界?」」

 

聞き捨てならない単語が冥華おば様の口から告げられ、思わず鸚鵡返しに尋ねる。

 

「魔界の子供が使い魔を集める時期なんですって~人間界に今横島君がいると~ちょっと都合が悪いから~魔界のアリスちゃんの所に預けるわ~魔界の凶暴な魔物を横島君が連れて帰ってこないといいわね~?」

 

「「どういうことですかッ!?」」

 

私達が永遠亭に行っている間に何があったのか、そして魔界の子供が使い魔を集める時期、アリスちゃんと凄まじい情報を押し付けられ、私と蛍ちゃんは同時に声を上げるのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

美神さんと蛍と別れ、家に向かって歩いていると反対側から琉璃さんと西条さんが歩いてくるのが見えた。

 

「どうしたんだろ?俺に何か用事かな?」

 

【かもしれんが……美神達を挟まないでお前に直接言いに来るか?】

 

「そうだよなあ……」

 

神宮寺さんとかが尋ねて来るのは判るけど、なんで琉璃さんと西条さんなんだろう?

 

「みむう?」

 

「ぷぎゅ?」

 

「判らんなあ……」

 

【ノブノブ】

 

チビ達と何でだろ?と話をしていると西条さんと琉璃さんが手を振り始めるので、俺もなんとなく手を振り返す。

 

「……ろー!……くんッ!……ろーッ!」

 

「よ……いッ!!あ……!!」

 

手を振り返していると琉璃さんと西条さんが何か叫ぶ声が聞こえて来た。いや、本当にどうしたんだろうか?

 

【む?】

 

「どうした心眼?」

 

心眼が怪訝そうな声を出すのでどうした?と尋ねる。

 

【いや、いま魔力の反応……】

 

「魔力?あ、もしかして神宮寺……「おッ!にいッ!!ちゃぁぁああああんッ!!!」……んごふうッ!?!?」

 

背中に凄まじい激痛とアリスちゃんの声を聞いて、俺はやっと琉璃さんと西条さんが危ないと叫んでいたのと、手を振っているのではなくアリスちゃんに気をつけろと後ろを指差しているのだと気付くのだった……。

 

「ごめんなさい」

 

「大丈夫、怒ってないよ。あいてて……」

 

西条さんと琉璃さんに家の中に運び込まれ、リビングに横たわりながらシズクに治療を施してもらいながら、スカートを握り締めてしょんぼりしているアリスちゃんに怒ってないよと返事を返す。子供だからしょうがない、感極まって突撃して来たとしてもそれはしょうがない事なので、怒るという考えはない。大体紫ちゃんも良く突撃してくるし、家の前だからと油断していた俺が悪いのだ。

 

「……動くな、少し痛むぞ」

 

背中の上に座ったシズクの手が腰に当てられ、徐々にだが痛みが引いてくる。

 

「横島君、大丈夫?」

 

「大丈夫っすよ?良くある事ですからね」

 

むしろスカートで俺の顔の近くに座る琉璃さんの方が危ないので、出来れば少し離れて欲しい所だ。

 

「心眼が気付かないとは……もしかして調子が悪いのか?」

 

【いや、魔力の感じがどうも把握しにくててな】

 

「……黒おじさんが見つからないようにって色々してくれたからだと思う」

 

なるほど、それだと確かに心眼でも気付かないかもしれないなと考えている内に腰の痛みが引いてきたので、胡坐をかいて座る。

 

「アリスちゃん、久しぶり。元気だった?」

 

「う、うん!げ……「もー気にしなくていいから、ほら笑顔笑顔」う、うん!」

 

アリスちゃんの顔が曇っているのを見て、自分の唇に指を当てて笑顔笑顔と言うとアリスちゃんも吊られて笑い出す。

 

「良し良し、良い子良い子」

 

「えへへー♪」

 

頭を撫でていると満面の笑みを浮かべ始めるアリスちゃん。やっぱり子供は笑顔が1番だとアリスちゃんの顔を見ていて本当にそう思う。

 

「所でなんで沖田ちゃんは吐血して倒れてるん?」

 

姿の見えない牛若丸やリリィちゃんの事も気になるが、一番気になっているのが枕を赤く染めながら、うーんうーんっと呻いている沖田ちゃんだった。どうしたんだ?と尋ねるとノッブちゃんがメロンパンを齧りながら呆れた様子で溜め息を吐いた。

 

【昼前に遊びに来てな、お前がいないと聞くと倒れた】

 

「大丈夫なのか?」

 

「変態だからほっておきなさい。そのうち復活するわ」

 

タマモの返事が辛辣すぎるなあと思いながら俺がアリスちゃん達と話している間待っていてくれた西条さんと琉璃さんに視線を向ける。

 

「すいません。無視してたわけじゃなくてですね……」

 

「気にしなくて良いよ、横島君らしくていいと思うよ」

 

「そうそう、なんか見ていてほっとするから気にしなくていいわ」

 

尋ねてきてくれたのにすいませんと頭を下げると2人とも気にしなくていいと言ってくれたのに安堵した。

 

「それで2人はなんのようですか?俺に何か用事ですか?」

 

「横島君と言うか、アリスちゃんも関係してるんだけど……横島君。魔界に行ってみない?」

 

「はい?」

 

魔界に行ってみないか?と尋ねられ、思わず間抜け声で返事を返す。ちょっと何を言われているか理解出来なかったんだけど……どういうこと?

 

「あのね、赤おじさんと黒おじさんがお兄ちゃんに遊びに来てもいいって言うからね!誘いに来たの!」

 

俺が困惑しているとアリスちゃんが黒助さん達に許可を取ったから呼びに来たと教えてくれた。

 

(う、うーん……でもなあ)

 

西条さんと琉璃さんが来ている段階で多分俺が魔界に行く事自体は問題ではないと思う……だけどほかに問題が……。

 

「お兄ちゃんは嫌?」

 

「いや、あーそういうわけじゃなくて……なんて言えばいいんだろうな」

 

アリスちゃんになんて説明しようかと悩んでいると家の扉が凄まじい勢いで開けられた音が響いた。

 

【お兄さんお帰りなさい!】

 

「横島も戻ったか!お疲れ様だ!」

 

「お兄さん!遊びに来たよー♪」

 

ルキさんとお買い物に行っていたであろう茨木ちゃんや紫ちゃん、それにリリィちゃんが帰ってきてリビングに駆け込んでくる。

 

【手を洗わないと怒られますよ。シズク殿は怖いですよ?】

 

「そうでござる、めちゃくちゃ怖いでござるよ」

 

牛若丸とシロに言われてどたどたとUターンして洗面台に向かう紫ちゃん達を見送りながら、アリスちゃんに視線を向ける。

 

「多分俺が来たら、皆ついてくると思うけど……大丈夫?」

 

紫ちゃんは絶対着いてくるだろうし、茨木ちゃん達も間違いない。俺に紫ちゃんにリリィちゃんに茨木ちゃん、それにチビとうりぼーとチビノブに……シロやタマモもついてくるかもしれないので人数が凄く多くなるよ?と尋ねるとアリスちゃんは満面の笑みを浮かべた。

 

「お友達が一杯出来るから嬉しい!赤おじさん達はアリスが説得するから皆で遊びに来て欲しいな!」

 

アリスちゃんが皆で遊びに来てくれると嬉しいと言ってくれたので俺も安心した。そうだよな、皆アリスちゃんと同じ位だから友達になれると思うと丁度いいかもしれない。

 

「えっと西条さん達が良いって言うのなら、アリスちゃんの所に行って見ようかなって思うんですけど……」

 

「良いとも、僕達は最初からそのつもりだったからね」

 

「美神さん達は私達から話をするから心配ないわよ。横島君達は出掛ける準備をしてくれていいわ」

 

西条さんと琉璃さんにそう言われ、アリスちゃんに一緒に行くよと返事を返し、再び廊下から響いて来る大量の足音を聞きながら茨木ちゃん達になんて説明するかなぁと思いつつ、魔界ってどんな所なのかと俺は期待に胸を膨らませるのだった……。

 

 

 

 

~アリス視点~

 

黒おじさんと赤おじさんがやっとお兄ちゃんを呼んでもいいと許可を出してくれたのでお兄ちゃんを呼びに来たんだけど……お兄ちゃんの家には沢山の女の子がいた。

 

「私ね、アリスって言うの!よろしくね!」

 

「私は紫ですわ、よろしく」

 

「吾は茨木童子だ!」

 

【ジャンヌダルク・オルタ・リリィです!よろしくです!】

 

皆で自己紹介をすればもうお友達だと思う。皆お兄ちゃんが大好きなんだからすぐに仲良くなれる。

 

「アリスの所でなにをするんの?」

 

「あのね、あのね、キャンプとかね。皆で追いかけっことかして遊ぶの!楽しいよ!」

 

魔界でもアリスと同じ位の子はあんまりいないけど……それでも10人くらいはいる。でも10人だと少し寂しいなっていつも思っていたので、お兄ちゃん達が来てくれるならいつもよりもっともっと楽しくなると思う。

 

「あとね、皆で使い魔を探すの、一杯ね使い魔がいてね。皆で仲良くなれるのを探すの!」

 

ぐーちゃんはビュレトおじさんから貰ったのでこの時に探した使い魔じゃないけど、とっても仲良しの子だ。だけど黒おじさんと赤おじさんに自分で使い魔を探すのも大事な事だと言われた。お兄ちゃんは使い魔と仲良くなるのが凄く得意だから、お兄ちゃんの都合さえ良ければ一緒に探しても良いと言われたので、こうしてお兄ちゃんを呼びに来たのだ。

 

【使い魔……チビちゃん達見たいのですか?】

 

リリィちゃんがリビングでちょこちょこ遊び回っているチビ達を見つめながら尋ねてくる。

 

「そうだよ。魔界にもグレムリンとか沢山いるよ♪」

 

お兄ちゃんのチビみたいに強いグレムリンはアリスも見た事無いけど……グレムリン自体は魔界に沢山いる。

 

「使い魔……横島が連れてるのか……」

 

「凄く楽しそうですわ!」

 

「うん!すっごく楽しいよ!」

 

正直野生の悪魔とかを使い魔にするまで仲良くなるのは凄く難しいけど……だけど凄く楽しいし、見た事のない可愛い子もいるので使い魔になってくれなくても一緒に遊んでいるだけで凄く楽しいと思うし、もしも使い魔になってくれたらもっと楽しいと思う。

 

「皆は本当に良いのか?」

 

お兄ちゃんがそう尋ねるとお兄ちゃんの家にいる人は皆首を左右に振った。

 

「私はパス、そういうめんどくさいのは行かない」

 

「拙者もでござるよ」

 

【主殿は私達に気を使わず、偶には思いっきり遊んでくると良いですよ】

 

【そーそー、気にせんで行って来い】

 

「……私達が行くと、それはそれで面倒事になりそうだからな」

 

「あ、私は先導のお手伝いをしようと思いますので、お付き合いしますよ」

 

あれ?ルキフグスのお姉さんだ……なんでお兄ちゃんの家でメイドさんをしてるんだろ?偶にルイのお姉ちゃんと遊びに来てくれてたけど、最近見ないからどうしたんだろ?って思って心配していたので手を振ると手を振り返してくれたので間違いなくルキフグスのお姉さんだ。

 

「とりあえず準備が終わったら出発してくれて良いからね」

 

「こちらは気にせずに遊んでくると良い。ただ1つだけお願いがある」

 

「「危険な使い魔は連れて帰ってこないように、これだけは約束して(欲しい)」」

 

お兄ちゃんがそう言われているけど、使い魔を探す森とか山には可愛い子しかいないから余計な心配だと思うんだけどなあ……偶に成長するとあれ?こんな感じだったっけ?って思う子もいるらしいけど、基本的に可愛い子しかいないから心配はないと思う。

 

「えっとじゃあアリスちゃん、行こうか?」

 

「はーい!」

 

お兄ちゃん達の準備が終わったので黒おじさんに預けられたベルを鳴らし、転移する為のゲートを呼び出してお兄ちゃん達と一緒に魔界に向かうのだった……。

 

「大丈夫かしら?」

 

「まぁ大丈夫だと祈ろう。令子ちゃん達には悪い事をしたけど、僕達にも時間的な余裕は余りないからね」

 

ゲートの中に消えていく横島達を見送った琉璃と西条は振り返る。横島の家にいるシズクや牛若丸に信長にタマモ――皆が並みの神魔を優に越える実力者揃い。横島がいない今協力してくれるように交渉するのは並大抵の事では無いが、横島がいれば話が拗れる。横島を追い出すように魔界に向かわせたのはそれらの都合が大きく関係していた。

 

「お話があるんですが、今良いですかね?」

 

「……別に構わないさ、横島がいないから時間はあるしな」

 

【そうですね、話を聞くくらいなら別に構いませんとも】

 

【カカカカカッ!!横島なしで交渉しようって言う気概は買ってやるぞ!】

 

横島がいないというだけで神魔としての、英霊としての格を身に纏うシズク達に西条と琉璃は冷や汗を流しながら話……横島がいない間の修行にシズク達も参加してくれるようにと頼み為の交渉に挑むのだった……。

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その2へ続く

 

 




横島ファミリー一時解散。英霊、神魔モードのシズクやノッブ達は普通に強いので、西条と琉璃も交渉に挑むのに緊張は隠せませんね。

リポート4は魔界での横島、リポート5は横島が魔界にいる間の美神達の話しという構成にするつもりです、リポート6からはそろそろガープやアスモデウスに動いてもらう予定ですので楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート4 横島INワンダーランド その2

 

~ハーピー視点~

 

横島のおかげでアリスちゃんの世話役と言う事でネビロス様とベリアル様の屋敷に就職できたのは、あたいの人生の中で1番幸福な出来事だった。

 

「よっと」

 

神魔の話し合いで一時魔界で横島を匿う事が決定し、その場所としてネビロス様達の屋敷が選ばれたのでベッドメイキングや、食器の準備、それに人間が食べても大丈夫な食料の準備と慌しく毎日を過ごし、今やっと準備が終わった。

 

「そろそろ来るかなあ」

 

アリスちゃんの出迎えに屋敷の外に向かうと丁度ゲートが開いてアリスちゃんと横島が姿を見せたんだけど……。

 

「うえ?」

 

人数があたいの予想よりも遥かに多かった……。

 

「ほーここが魔界かあ、暗いのに明るいって変な感じじゃなあ……」

 

鬼の娘が1人――魔界の空を見て物珍しそうにきょときょとと当たりを見ている。

 

【ちょっと空気がひんやりしてますけど、私は結構好きかも知れません】

 

神魔……?いやでも魔力は感じないし、英霊かな?アリスちゃんと同じ位の年頃の少女が1人。

 

「ふふ、こうやって皆で出掛けるのは楽しいですわね」

 

神通力と魔力を放っているドレス姿の幼女が1人――。

 

「ここに来るのも久しぶりですね」

 

……いやあれルキフグス様じゃない?なんであんな偉い人がメイド服で横島達と一緒にいるのかと一瞬頭の中が真っ白になった。

 

「あ、ハーピーお姉ちゃん!お兄ちゃん達連れて来たよー♪」

 

「お世話になります」

 

「あ、うん。判ったじゃん?」

 

何でこんなに多いの?と思いながらも楽しそうに話しているアリスちゃん達を見ているとそれを指摘するのは無粋と言うのはあたいにも判った。

 

(ベッドを増やさないと……)

 

とりあえず今あたいがやるべき事は増えた人数分のベッドと食器、それに食材を買って来ることだと悟る。

 

【ノブノブ!】

 

【ノブノブー!】

 

屋敷から出てきたチビノブと横島が連れてきたチビノブがハイタッチをし、ノブノブと合唱し、そこにチビとなんか猪?神通力はなってるけど多分猪が加わって鳴き声の四重奏が響く……なんと言うかとんでもない事になってきている。

 

「いらっしゃい横島」

 

大騒ぎに気付いたのかネビロス様が屋敷の外に出てきて、横島に声を掛ける。すると横島は鞄からワインとウィスキーのボトルを取り出して、ネビロス様に駆け寄る。

 

「黒助さん。どうもお久しぶりです、えっとこれお土産のウィスキーとワインです」

 

「これは丁寧にありがとう。所で……鬼に神魔の子供に英霊っとこれはどういう状況かな?」

 

ネビロス様も困惑を隠しきれない表情で横島に尋ねる。私達が事前に聞いていた話では横島とチビ達と聞いていたのに、更に子供が3人――これに困惑するなというのが無理な話だったのだが……。

 

「アリスのお友達」

 

「そうか、それならしょうがないな。ゆっくりと魔界を楽しんで行ってくれたまえ」

 

心底幸せそうなアリスちゃんを見てしまえば何も言える訳が無く、よろしくお願いしますと言う横島達をあたい達は屋敷の中へと招き入れたのだが、ネビロス様の耳打ちにあたいは凍りついた。

 

(もしかするとルイ様がやってくるかもしれない、もう少し多めに買い足しておいてくれ)

 

(……はひッ!)

 

魔界で決して触れてはいけない存在――ルイ・サイファー様もやってくるかもしれないと聞いて、あたいは勘弁して欲しいと心からそう思うのだった。

 

 

 

 

~ルキフグス視点~

 

横島達と判れ、この屋敷のもう1人の主――ベリアルの元を私は尋ねていた。

 

「どうもお久しぶりですね。ベリアル」

 

「……お前、何があった?」

 

メイド服姿で女になっている私を見てどうした?と尋ねてくるベリアル。そんな物聞くまでも無く判っているでしょうに……。

 

「ルイ様ですが何か?なんです?貴方も女の子になりたいですか?今ルイ様はチャイナ服が御気に召しておりますが?」

 

「……止めてくれ……頼むから」

 

神魔はそもそも性別なんてあってない物に等しい。ある程度の男性性、女性性は神魔は皆有しており、後は人間のインスピレーションや信仰で性別なんて容易に変るが、ルイ様は遊び半分でその性別を変える位は平気でやるし、着替えさせて脱げなくなる呪いの衣服だって簡単に精製してくれる。

 

「赤おじさんが赤おばさんになりますか?」

 

「ならんッ!」

 

「冗談ですよ」

 

まあルイ様が来たらどうなるか判りませんがと言いながらベリアルの前の席に腰掛ける。

 

「何か分かりましたか?」

 

「狂神石自身の原型は魔界統一戦の時にはある程度形になっていたが、そこまでの毒性も感染性もなかった。何百年の前の資料になるが……持って行け」

 

「どうも、助かります」

 

狂神石はかなり前からガープが研究していた物らしく、ちょうどビュレトが戦線の永久離脱を宣言した頃から開発が始まった物らしい。その頃にガープとアスモデウスと行動を共にしていたベリアルは当然狂神石の事をある程度は把握していた。未完成ではあるが、その作成方法などは貴重な対策になる。

 

「横島に狂神石が投与されたというのは本当か?」

 

「ええ。ですからこうして魔界に来たのですよ」

 

狂神石の危険性は人間界でも知られている。今は安定しているとは言え、横島の中にあると知れば神魔を排除するべきと声を上げる人間や、狂神石のサンプルが欲しい科学者達に横島が狙われる可能性がある。魔界の中でも最も安全であるこの区画に匿うのが1番安全だと言う決定は私も賛同している。

 

「面白くないのですか?」

 

「……なんとも言えん。哀れとも思うし、気に食わぬとも言える……」

かつての友の悪逆に巻き込まれた横島を憐れに思うが、自分の義娘が懐いているのを見ると気に食わないと思う……と

 

「では魔界にいる間に見極めればいいでしょう。どの道2週間は魔界住まいですしね」

 

「そうさせてもらうとするか……」

 

1度見に行くかと立ち上がったベリアルと共に部屋を出て、庭に視線を向ける。

 

「そりゃーッ!!」

 

「にゃあああーーッ!?」

 

「茨木ちゃーんッ!?」

 

ボール遊びで奇声を上げて吹っ飛ぶ茨木童子とそんな茨木童子を気遣う声を上げる審判席に腰掛けている横島の絶叫が庭の中に響いた。

 

「ぶいッ!」

 

【やりまし……「ふふ、勝ったと思うのはまだ早いですわよ?」……へぷうッ!?】

 

勝ち誇っていたアリスちゃんとリリィだったが、紫が障子の中にボールを取り込んで、そのままの勢いで跳ね返しリリィが水平に吹っ飛んでいく。

 

「ああ、リリィちゃんッ!?」

 

横島がその惨劇に声を上げるが、相手は英霊にゾンビに神魔に鬼だ。その程度でどうこうなる訳も無く……空中で身体を反転させて着地し、ボールを大きく振りかぶる。

 

【楽しいですねッ!】

 

音速の壁を突破して投げ返されるボールは人間の目には確認出来ない閃光となっている事でしょう。

 

「ふんぬうッ!!!」

 

風を切り裂く轟音と魔力と神通力と妖力の応酬と炸裂し破裂するボール。

 

「ほら、横島。新しいボールを入れてあげないと」

 

「え、あ……うん」

 

横島がボールをコートの中央に投げ入れ、アリスと紫が同時にジャンプする。

 

「そりゃーッ!!」

 

「うりゃーッ!!」

 

自分の陣地にボールを入れようとして2人のスパイクが炸裂し、ボールが粉みじんに吹き飛んだ。

 

「駄目だって、ちゃんとどっちかの陣地に入れないと」

 

ルールをいまいち理解していない様子の横島だがコートに視線を向け、輝かんばかりの笑顔をしているアリス達を見てボールを投げ入れ、再び轟音の応酬が始まるのを見て私とベリアルは同時に頷いた。

 

「楽しく遊んでいるようで何よりですね」

 

「アリスと真っ向から遊べる者がいるとは……驚きだ」

魔界の遊びは基本的に暴力的ですからね。手足が吹っ飛んでも治癒は出来ますし、そもそもこういった遊びの中で魔力のコントロールを覚えていくので、庭が抉れようが木々が吹っ飛ぼうが余り大きな問題ではない。

 

「みッぎゃあああああッ――」

 

「ぷぎゅうううッ――」

 

【「「「がんばえーッ!!」」」】

 

チビとうりぼーがボールを口と牙の間から撃ちだした破壊光線で打ち合い、その周りとアリス達がキャッキャッとはしゃぎ回るのを見て、とても楽しそうで良かったと私は笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

アリスちゃん達の全力のボール遊びで庭が消し飛んだのが2時間ほど前、そして夕食と風呂を出た後の俺の目の前には完全に元通りの庭と……作業員?の姿があった。

 

「心眼。あれなに?」

 

【スケルトンだな。魔界では割とポピュラーな使い魔だ】

 

ツナギ姿のスケルトンの群れが愛想よく手を振り返して来るのでとりあえず手を振り返す。そしてアリスちゃん達のボール遊びを改めて思い出した、吹き飛ぶ木々に花畑、抉れる地面に、砕け散るベンチや噴水――。

 

「あれは戦争だった」

 

【人間界では手加減していてくれて良かったな】

 

マジでその通りである。俺と遊ぶ時はかなり気遣ってくれているようだが、自分達と同じ様な存在ならば全力で遊べると、特殊能力などをガンガン使う凄まじいボール遊びだった。人間が巻き込まれたら死んでしまうような危険な遊びだったんだけど……不思議と怖いとは思わなかった。

 

【あれを見て、どう思った?】

 

「楽しそうで良かったなとは思った。ちょっと余りに派手に吹っ飛ぶから心配はしたけど」

 

【お前らしいな】

 

結局の所やっぱり俺は神魔や鬼や悪魔とかはあんまり気にしないって事を改めて実感し、チビ達を抱えてホールへと歩き出すのだった。

 

「動かないなー」

 

「みもももまあああ――」

 

お風呂に入り湯気を上げているチビにドライヤーの風を当てて乾かし櫛で綺麗に毛並みを整える。

 

「ほい、綺麗になった」

 

「みむう♪」

 

もこもことした毛玉その物になっているがチビが楽しそうなのでOKだ。満足そうに鳴いて頭の上まで飛んで来たチビに苦笑しながら、伏せて待っていたうりぼーを抱き上げて机の上に乗せる。

 

「ぷぎゅーぴぎー」

 

「まだ寝るなよー?」

 

毛並みを整えている間に眠ってしまいそうなうりぼーにまだ寝るなよ?と声を掛け、櫛で毛並みを整えていたが終わる頃には鼻提灯を出して眠ってしまっていた。

 

「しょうがないな」

 

風呂セットを入れていた桶の中の予備のタオルを取り出し、それを畳んでから濡れているタオル等の上においてうりぼーを抱き上げて寝かせる。

 

「ぷ、ぷぎゅー」

 

一瞬起き掛けたうりぼーだが、すぐにまた伏せて鼻提灯を出し始める。風呂に入ってドライヤーを掛けるとすぐに寝ちゃうんだよなあと苦笑し、そわそわとした様子で待っていたチビノブを膝の上に乗せる。

 

「チビノブも楽しかった?」

 

【のぶう!】

 

ふんすふんすっと鼻息を荒くして返事を返す素振りを見れば楽しかったというのが良く判る。ドライヤーの温度を変えて、チビとうりぼー用とは別のブラシでチビノブの髪を整えようとしていると黒助さんが姿を見せた。

 

「少し良いかね?」

 

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

【のぶう……】

 

不満そうにしているチビノブに少し待っててと声を掛けて、黒助さんに視線を向ける。

 

「えっとなんでしょうか?」

 

「なに、そんなに肩を張ることもない。ここら辺についてどこまで横島は知っているかな?」

 

「えっと魔界でも安全な場所と使い魔を捕まえるから一緒に来てってことくらいしか?」

 

追い出されるように東京を出たので俺の知っている事はあんまり多くない。

 

「なるほど、では簡単に説明するとここは「新生の地」だ」

 

「新生?」

 

「そうだ。神魔は死んでも生まれ変わる、天界・魔界・下界の3つのバランスを取る為に神魔の数は減らせられない、そして同じ権限を持つ者が必要になる」

 

権限?ちょっと良く判らない……ので心眼を頭に巻いた。

 

「どういうこと?」

 

【簡単に言うとあれだ。シズクは仮に死んでも水神であり、龍神として蘇る。記憶は欠落していたりするが、神の役割を果たす。そうしなければ地球は滅びてしまうのだ】

 

「本来の神魔の復活のサイクルとは違う形式の復活を行うのがこの土地なのだ」

 

なんか凄い話になってるんだけど……とにかく神魔にとって大事な場所と言うのは理解した。

 

「かつての戦で死んだ神や悪魔がアリスと同じ位の年齢で蘇り復活している。彼らと多く会う事になると思うが偏見や恐れなど無く触れ合ってくれれば良い」

 

「子守ですか?」

 

俺の問いかけに黒助さんは大声で笑い出した。

 

「はははははッ!そうだ、そうだな。子守と保父の手伝いをしてくれと言う事だよ。とにかく明日アリスと共に出かけて行ってくれれば判るだろう。よろしく頼むよ、ああ、そうそう。もしも使い魔を捕まえて連れて帰れそうに無いのならば預かってあげるから好きにしてくるといい」

 

期待していると言って屋敷の奥に消えていく黒助さんをぼんやりと見送る。

 

「俺に何を期待してるの?子守?」

 

【……まぁ半分はそうだろうな】

 

残り半分はなんだ?と心眼に尋ねようとしたのだが、風呂場に続くほうからアリスちゃんの声が響いて来たので立ち上がり、腰を落として受け止める構えを取る。

 

「お兄ちゃん!髪といてーッ!!!」

 

大砲のような轟音を響かせて突撃して来たアリスちゃんを抱き止めて頭を撫でる。

 

「順番ね。今チビノブの番だから」

 

【ノッブウ!】

 

話の間待っていたチビノブが遅いと言わんばかりに怒鳴り声を上げるのを聞いてごめんごめんと謝り、チビノブを膝の上に乗せてその髪を整え始める。

 

「お兄さん!私も!」

 

【じゃあ次は私ですよ!】

 

「めんどくさいから吾は寝るぞ?」

 

「茨木ちゃんはめんどくさがらない、髪をちゃんと乾かさないと風邪を引くからちょっと待ってて」

 

めんどくさそうだが待ってると返事を返す茨木ちゃんに苦笑し、ドライヤーのスイッチを入れて俺はチビノブの髪を整え始めるのだった。

 

「さて。どうなるかな?」

 

「ルイ様の戯れごとはいつも手が込んでますな」

 

「ふふふ、良いだろ?私にとっては全ては暇つぶしなのだからね」

 

横島と新生したばかりの神魔を合わせて遊ぶという事を思いつき、遠回しにオーディンにブリュンヒルデに横島を魔界で匿うのはどうだ?と提案させたルイは様子を見にネビロスとベリアルの屋敷に来ていた。ハーピー?ハーピーはルイを見た瞬間に泡を吹いて気絶しているのでソファーの上で今もうんうん唸っている所だ。

 

「どうなるか楽しみだな」

 

今蘇った神魔はさっちゃんに反抗したり、人間を軽視した神魔達だ。そんな神魔が横島に出会ってどうなるのかと楽しみでしょうがないと笑うルイにベリアルとネビロスは困ったような表情を浮かべ、それを誤魔化すようにワインを口に含むのだった……。

 

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その3へ続く

 

 




今回は導入なので短めです、次回は朝からほのぼのした感じで新生した神魔とかに出会うところまでを書いて行こうと思います。
後は魔界産のマスコットを遠目にみるとかそんな感じですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート4 横島INワンダーランド その3

 

~アリス視点~

 

ちびっ子達の朝は早い、特にお泊りとなれば興奮し普段より2割り増しで早くなる。しかし早く起きても横島やネビロス、ベリアルは寝ているわけだ。それは大変よろしくない、なぜならば暇を持て余すからだ。そしてその結果が……。

 

「瞬間移動出来るの!? 紫凄いッ!」

 

「私は凄いんですわッ!」

 

紫の転移による強襲である。紫だけでも破壊力抜群なのが、アリス、ジャンヌオルタ・リリィ、無理やり連れ出された茨木、チビノブ×2ともなればその破壊力は致命傷に等しい。

 

【楽しみですね!】

 

「はふ。ねむ……」

 

「わくわく♪」

 

「はーい、一列に並んで、まずはお兄さんから行きますわよー」

 

「「【はーい】」」

 

【【ノブー】】

 

そして紫の合図で整列したアリス達の姿が障子の中に消え、数分後に屋敷のあちこちから苦悶の叫びが木霊するのだった。

 

「むふうー♪」

 

「楽しそうだね、アリスちゃん」

 

「楽しいよ!」

 

お腹を摩りながら楽しそうだねというお兄ちゃんに楽しいよと返事を返す。お兄ちゃんもいるし、友達も増えた。こんなに楽しい事はほかにないと思う。

 

「ぐー?」

 

「でかい馬だなあ」

 

【本当ですね】

 

「イバラギン、リリィ。ぐーちゃんは何でも食べちゃうから近づくと危ないよ?」

 

アリスの警告を聞いて、すすすっと離れる2人。最近は大分何でも食べるっていう事は減ったけど、やっぱり少し警戒してくれたほうがいいかもしれない。

 

「そう言えばアリス、今日は私達もアリスの学校に行くと聞いてますけど、何をするんですの?」

 

「ぷぎ」

 

うりぼーの上に座って日傘を差している紫の問いかけにアリスは笑いながら返事を返した。

 

「えっとね。今日は使い魔の戦闘訓練をするんだよ」

 

「新しい使い魔を捕まえるんじゃないの?アリスちゃん」

 

戦闘訓練と聞いてお兄ちゃんが不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。

 

「遊んでいたりすると自然と友達になってくれる子もいるよ?アリスのぐーちゃんもビュレトのおじさんに貰ったけど、遊んでるうちにアリスの使い魔になってくれたんだよ?」

 

「ひひーん♪」

 

ねーというと楽しそうに鳴きながらぐーちゃんが返事を返してくれる。

 

「でもね、やっぱり自分より強くないと駄目って言う子もやっぱりある程度いるんだ。だから使い魔同士で勝負して勝ち負けでお友達になってくれるかもって期待するんだよ」

 

「勝っても友達になってくれない場合もあるの?」

 

「あるよ、だから戦うのは最後の手段で餌とかそういうのでまずね、仲良くなろうとするの」

 

「使い魔を捕まえるのって大変なんだなあ」

 

「みむぅ」

 

「ぴぎ!」

 

お兄ちゃんみたいに使い魔の方から寄って来るほうが珍しいくらいだ。きっとお兄ちゃんが優しいから大事にしてくれるって使い魔も判るからよってくると思う。

 

「むう、しかしそれだと吾は使い魔がおらんぞ?」

 

「私もですわね?」

 

【そう言う時はどうするんですか? アリスちゃん】

 

「使い魔を持ってない子はね、大人しい子がいる所でまずはね、お友達を増やすんだよ。それでね、自分の使い魔を持ってる子は珍しい使い魔とかを探しながらハイキングするの!」

 

アリスは良く判らないんだけど、基本的に大人しくて人懐っこい子を森とか平原とかに放牧して育ててるらしいんだとお兄ちゃん達に説明する。

 

【仮に聞くが、凶暴な使い魔はどんなのがいるんだ?】

 

「凶暴な子?んー山を全部食べちゃう子とか、成長すると首が三つになる子とかかな!ドラゴンとかの赤ちゃんだよ!」

 

「……なんだろうな、俺が想像してるよりずっと危険な気がする」

 

「そうでもないよ?そんな子はあんまり見ないし……凄く珍しいから多分今回も見つからないんじゃないかな?」

 

魔界のドラゴンなんてアリスもあんまり見たこと無いし、大丈夫だよとお兄ちゃんに言うとそっかとお兄ちゃんは安心したように笑った。

 

「ご飯じゃーん!」

 

ハーピーお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえて来たので散歩は終わりにし、朝ごはんを食べる為に屋敷へと引き返していくのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

なんか子守の手伝いって聞いてアリスちゃんの学校に同行する事になったんだけど……魔界の学校?いや幼稚園はなんか凄かった。、こうなんか想像してたの十倍くらいいる子が幼かった。もしかするとアリスちゃんが1番年上なんじゃ?と思うレベルだった。

 

「……あ、ルキー」

 

ついてきたルキさんにラクダに乗った幼女が満面の笑みを浮かべ、ルキさんに向かって音が出るような勢いでぶんぶんと手を振りながら声を掛ける。

 

「パイモン……貴女も新生したんですね?」

 

「うんー♪ルー様はげんきい?」

 

「ええ、とても元気ですよ。元気すぎるくらいですかね……」

 

舌足らずの幼女って感じだな。でも凄く元気で明るい感じがする。

 

「がおー♪」

 

「ふおッ!?」

 

突如鰐が立ち上がり両手を上げるのを見て思わず声を上げて仰け反ってしまった。

 

「にしし、驚いた?驚いたかー!」

 

俺のリアクションが気に入ったのか、鰐の口――ではなく、鰐の着ぐるみの中から顔を出した少年が楽しそうに笑い出す。

 

「アガレスなのだぞ!」

 

「あがれす?」

 

なんか凄い偉そうなだけど、アガレスって何だ?と俺が首をかしげると少年は着ぐるみの中に引っ込んでしまった。

 

「なんか横島のせいで落ち込んでおるぞ?」

 

「でもアガレスってなんですの?」

 

【知らないです】

 

「うわぁぁあああんッ!!!」

 

紫ちゃんとリリィちゃんの言葉がトドメになってしまったのかアガレスと名乗った少年は校舎の中に逃げてしまった。

 

【パイモンもアガレスもソロモンの魔神だ】

 

「え、マジッ!?ビュレトさんとかゴモリーさんと同じなの!?」

 

どう見てもただの幼女と少年にしか見えないんだけど、これが新生した神魔ってことなのか……?

 

「つめたッ!!」

 

首筋が急に冷えて振り返ると氷の結晶を背負った青い髪の女の子がイタズラ成功と言わんばかりに笑っていた。

 

「あ、チルノー、おはよー」

 

「アリス、おはよー」

 

イエーイとハイタッチをするアリスちゃんと……青いワンピース姿に青い髪、そして背中の氷の結晶みたいな翼を背負っている幼女――チルノちゃんを見ているとアリスちゃんがチルノちゃんを紹介してくれた。

 

「チルノはね、氷の妖精でアリスのお友達なんだよ!」

 

「あたいチルノ!お前は誰だ?」

 

「お兄ちゃんはねー、アリスのお兄ちゃんなんだよ?」

 

「お兄さんは紫のお兄さんなのよ」

 

【お兄さんは皆のお兄さんです!】

 

皆言ってることが違ってチルノちゃんの頭の上に??が浮かんでいるのが判る。

 

「人間じゃないのか?」

 

「人間だけど?」

 

「……なんで平気なんだ?」

 

「何が?」

 

話がまるで噛み合わない俺とチルノちゃんの頭の上で???が飛び交う。暫く俺とチルノちゃんが見詰め合っていると手を差し出されたので握り返しながら自己紹介をするとチルノちゃんはにぱっと笑った。

 

「あたいはチルノ!サイキョーの妖精よ!」

 

「それは凄い、よろしく」

 

にへへっと楽しそうに笑うチルノちゃんと良く判ってない様子の横島。余りに強すぎる霊力を持ち合わせ、常に暴走している状態のチルノの冷気は凄まじく、幼いとは言え神魔でさえも致命傷になりかねない。だが最初こそ無警戒だった横島はその冷たさに驚いたが、チルノを認識すればシズクの加護が効力を発揮し冷気を無効化する。それはゾンビやグールと言った死者系としか触れ合えないチルノにとっては初めての経験だった。

 

「紫ですわ」

 

「茨木童子……ちょっと冷たいな、お前」

 

【私は平気ですよ?】

 

そしてチルノの霊力に対抗出来る紫達もチルノの冷気に何のダメージも受けておらず、それを見たチルノは満面の笑みを浮かべる。

 

「使い魔バトルだー!横島も使い魔いるんだろ、あたいと勝負だ!」

 

「え?え?ええ!?」

 

チルノがそう宣言すると地面が光り魔法陣が描き出される。状況が理解出来ない俺に魔法陣の外にいるアリスちゃんが声を掛けてくる。

 

「使い魔の戦闘練習だから、お兄ちゃん頑張れー」

 

「え、あーおう!」

 

とりあえず六道でやった使い魔の戦いのようなイメージだと思えばいいのだろうか、足元にいるうりぼーと肩の上のチビを見て、チルノちゃんが俺に指を向けてくる。

 

「2対2!2匹とも気絶したら負けだからね!行け、たまちゃん」

 

「タマッ!!」

 

チルノちゃんの合図でボールに手足がついたようなアザラシが出てきて気合満天の声を上げる。

 

「うりぼー行ける?」

 

「ぷぎゅ!」

 

元気良く返事を返すうりぼーの頭を撫でる。やるぞーと気合を見せてくれたので、この場はうりぼーに任せることにした。

 

「良し、行け、うりぼー」

 

「ぴぐう!」

 

なんか良く判らない流れで俺は魔界での初めての使い魔戦闘を始める事になるのだった……。

 

 

 

~紫視点~

 

お兄さんとチルノの使い魔の戦いが突然始まってしまいましたわね。茨木童子とリリィもアリスの隣に座ってお兄さんとチルノの使い魔の戦いを見ている。

 

「ぷぎ!」

 

「アウアウッ!!」

 

なんか2匹とも気合満点なのか凄く元気に鳴いている。

 

「たまちゃん!体当たりだー!」

 

「タマァッ!!!」

 

気合満点の鳴き声の割にスピードがないですわね。ぽてぽてという感じでうりぼーに近づいて体当たりをしたたまちゃんの攻撃は……。

 

「ぷぎ?」

 

「アウッ!?」

 

何もしてないうりぼーの毛皮に弾かれ、全くのノーダメージ。逆にたまちゃんの方が弾かれてダメージを受けている有様だった。

 

「ぷぎぷぎ♪」

 

「た、たタマァァアアアー」

 

「たまちゃーんッ!?」

 

そしてうりぼーの反撃はたまちゃんを頭で押して転がすと言う物だった。目が回っているのかたまちゃんの悲痛な鳴き声が周囲に響いた。

 

「強いね、あの猪」

 

「うん!それに賢いね!」

 

私達は良く判らないけど、周りの子から見てもうりぼーは凄く強く見えるらしく、その言葉が凄く誇らしかった。

 

「ぷぎ」

 

「た、た、たまァ……」

 

うりぼーの転がすから解放されたたまちゃんはもう完全にグロッキーだった。

 

「あのボール見たいの弱くないか?」

 

【多分お兄さんのうりぼーが強いんですよ】

 

「そう思いますわね」

 

見た目は可愛い猪でもその強さはやはり桁違いだ。うりぼーが振り返ってお兄さんに攻撃していいのかな?という顔を向けているのがたまちゃんとうりぼーの強さの差を如実に表していた。

 

「ぬぬぬ、たまちゃん。ビームだ!」

 

「た、たまッ!!!アウウウウーーッ!!!」

 

大きく口を開けたたまちゃんの口から冷気を伴った光線が放たれる。

 

「うりぼー、ビーム!」

 

「ぷぎいッ!!」

 

うりぼーの牙の間が光って放たれた光線がたまちゃんの口から出たビームを簡単に弾き飛ばし、たまちゃんのほんの数センチ隣に着弾し、蜘蛛の巣状のクレーターを作り出す。

 

「え?」

 

「アウ?」

 

その信じられない光景にチルノとたまちゃんの2人は一瞬思考停止し、クレーターを見たたまちゃんはガタガタ震えだし、お腹を上にして転がった。

 

「アウアウ……」

 

動物がお腹を上にするのは降参の意を示しているらしい。今も物凄く震えているので、完全に気持ちが折れている。

 

「え、無理?死んじゃう?」

 

「アウ」

 

無理無理と言わんばかりに前足を振るたまちゃんにチルノは凄く悩む素振りを見せる。

 

「むむむ……ッ!1戦目は横島の勝ちだね!たまちゃん帰っておいで」

 

「アウ!」

 

ぴょこぴょこ跳ねてチルノの所に帰ったたまちゃんをチルノは抱かかえる。

 

「次の使い魔に交代よ」

 

「あ、そういうルールなんだ。うりぼー帰っておいで」

 

「ぴぎゅー♪」

 

お兄さんの指示で帰って来たうりぼーは頑張ったよと言わんばかりに尻尾をぶんぶん振ってる姿を見ると強いって言うよりも可愛いって言う印象が強くなるから不思議だ。

 

「やっぱりお兄ちゃんのうりぼーは強いね!」

 

「賢くて強いからな!おつかいも楽勝だ」

 

【ノブー!】

 

【ノブノブー!】

 

【そうですね、チビノブもいればもっと完璧になりますね】

 

それは強いの基準に入るのかしらと思った言葉をグッと飲み込み、お兄さんのチビとチルノの2匹目の使い魔の戦いに……。

 

「みむ!」

 

「はみ?はみみッ!?」

 

チビがなんか氷を背負ってる芋虫見たいのを引っくり返し、芋虫見たいのは短い手足を暫くじたばたさせた後。

 

「はみい……」

 

「ゆ、ゆーちゃんッ!!??」

 

地力で元に戻れず、無理と言わんばかりの弱々しい鳴き声を上げ、チルノがそれを見て崩れ落ちる。

 

「えっーと、俺の勝ち?」

 

「お兄ちゃんの勝ちー!」

 

アリスがお兄さんの勝ち名乗りをするのを見ながら魔法陣の中を見る。氷柱や凍りついた大地を見て、相当な強さを持っていたようだけど……チビの方が賢くて強かったという事なのだろう。私はそんな事を考えながら閉じていた日傘を開いて、お兄さんの所に向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

~タタリモッケ視点~

 

魂の牢獄によって死ねぬ神魔が再び蘇る時には主に3つのパターンがある。1つはその神魔の役割が出来るものがおらず即座に元の状態で蘇る場合、もう1つは別の神魔がその神魔の役割を代行出来る為幼年期から新生し、消滅する前よりも強い力を得て復活する事、そして最後の1つが自分よりも格上、あるいは同格の神魔によって殺され霊核に損傷を受けて完全に新生する場合だ。1のパターンではクローンあるいはコピーと言っても良く、ほぼ完全な状態の復活となる。2の場合は時間を浪費する変わりにより強く、時代や信仰、あるいは人間の影響を受けて権限に強弱の影響を受けながらの復活となりデタントや、人間の影響を色濃く受けての復活となる。そして最後の霊核の損傷を受けてからの復活はその神魔の人格や能力にも大きな影響を与え、完全に別人として蘇り、かつての己の記録こそ有しているが、それを自分の経験として実感できず完全に別の神魔として蘇る事もある。となると記録と記憶のすり合わせや力の習得のしなおしが必要となり、ここ新生の地は天界・魔界両方の陣営にとっての重要拠点であり、さすがのアスモデウスも攻め込んで来ない区域である。

 

「それで見てどうだったかな?」

 

「……そうですね、最初は不安でしたよ」

 

ネビロス様の問いかけに私――タタリモッケという妖怪は諸説あるが、その多くが子供に関係している。中には怨霊となっている個体もいるが、ここ新生の地にいるタタリモッケは皆子守に特化している者ばかりだ。

 

「横島忠夫さんでしたか……正直保父見習いで暫く面倒を見てくれと言われた時は何事かと思いましたよ」

 

「すまない。しかしオーディンや竜神王からの手紙である程度は把握してくれている筈だ」

 

「まぁそうなんですが、子供とは言えど神魔の面倒を人間に見せるなんて正気かと思いますよ普通、しかも使い魔と触れ合う時期ですよ?

魔界や天界の凶暴な獣も居るのに何を考えているんだと言いたいですよ」

 

横島は年齢的には17歳だが、タタリモッケの観点からすれば20歳を越えていないので子供という認定だ。守るべき対象と判断し、タタリモッケは当初子供と同じ扱いをするつもりだったのだが……それも数分で覆すことになった。

 

「保父さんに彼はとても向いているようだ。それに使い魔の扱いにも慣れているようです」

 

チルノの連れているたまちゃん、ユーちゃんはともに魔界のコキュートス近辺に生息する魔物で、冷気を扱う事に長けては随一の種族だ。さらにチルノ自身が氷の術者ということもあり、それは並大抵の個体よりも遥かに強い、現に使い魔バトルではアリスの次に成績が良いのがチルノなのだ。そんなチルノを一蹴するうりぼーとチビを連れている横島は十分に使い魔の能力を引き出しているといえるし、なによりも自身の能力で近づく者を凍らせてしまうチルノと触れ合っていても凍る気配がないのを見れば考えも変わるというものだ。

 

「ボールで遊ぶ人!」

 

「「「「「はーい!!!」」」」

 

「しゃ、いくぞーッ!!!」

 

「「「「「おおーッ!!」」」」

 

しかも今では普通に子供達に混じって遊んでいるのを見れば、生来の子供に好かれる気質と言うのは明らかだった。

 

「判りました、引き受けます」

 

「助かる、それと……今回の使い魔だが、どんな個体がいるんだ?」

 

「いつも通りですよ、ケルベロスやオルトロス、ヘルハウンドとかの一般的な物が大半です。まぁドラゴンとかもいますが、そういう個体は基本的に姿を見せないですし……」

 

魔界のある地方では神と崇められている燃える蛾の幼生や、大地や山を喰らって成長する地竜、陸も空にも対応する陸上龍や、魔界でも最狂最悪と言われるほど悪食な3つ首龍の幼生などもいるが、それらの個体は基本的に子供達が歩いていける場所には出現しないし、また万が一遭遇しても逃げるので心配はないですよと笑う。

 

「ではよろしく頼む、手伝いをしてもらうと言ってあるのである程度は理解してくれてる筈だ」

 

「はい、判りました。ではネビロス様もお気をつけて」

 

一礼し、談話室を後にしグラウンドに出る。子供達の楽しそうな声と、それに混じってしっかりと面倒を見てくれている横島さんを見て小さく笑う。

 

「皆さん、集まってください。そろそろ出発しますよー」

 

私が声を掛けると集まってくる子供達を見て、今日の日の為に用意しておいた栞と地図を配る準備を私は始めるのだった。だがこの時私は1つ誤解していた、あくまでお手伝いであり、期間が終われば横島さんに帰ってもらうつもりだったのだが……

 

「え?タタリモッケから横島の新生の地の手伝いを頼む声が?」

 

「子供達が何時来るのって声ばかりだと?」

 

1ヶ月に満たない滞在期間だったのだが、それで子供達のハートをガッつり横島は掴んで帰っていき、横島はいつ遊びに来るの?という声に負け、竜神王とオーディンに嘆願書が届く事になり、2人が頭を悩ませることになることを横島を含め、今は誰も理解していないのだった……。

 

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その4へ続く

 

 




魔界のロリィとショタの心をガッつり掴んでいる横島君、年下・人外キラーの破壊力は凄いという事です。なおチルノちゃんが連れている使い魔は決してタ○ザ○シとユ○ハ○ではありません、いいですね?決して○マ○ラシと○キ○ミではありません、ポケットでモンスターで似ているのがいますが決してポケットでモンスターではありませんからね?そこをお忘れなき用に、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

PS

関係ないですけど、フカマルとかメラルバとか可愛いですよね。


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その4

リポート4 横島INワンダーランド その4

 

~横島視点~

 

アリスちゃん達の先生――心眼の話ではタタリモッケという鳥の妖怪はハーピーさんと違って鳥という印象を受けない、物静かな茶髪のOLさん見たいなそんな感じだった。

 

「今回は人間の中でも使い魔の扱いに長けていると言うことで、横島忠夫さんに来ていただきました。こちらに来て自己紹介を」

 

「あ、はい。判りました」

 

呼ばれたので前に出た物の、自己紹介をさせられるなんて考えていなかった。それにチルノちゃんやパイモン、アガレスの3人以外にも、15人くらいの子供……と言っても神魔の転生や新生した姿がいて、俺をキラキラした目で見ている。

 

「えっと横島忠夫です。今回は皆の使い魔を捕まえるのに同行させて貰います、正直俺も初めての事なので良く判らないけど……使い魔の事はそれなりに詳しいと思うのでよろしく」

 

アリスちゃんが手を叩き、それに続いて紫ちゃん達が手を叩き始め、それにつられるようにして皆が拍手を始めるのでなんとも気恥ずかしい物を感じる。

 

「では今から出発しますが、基本的に凶暴な魔物を使い魔にしようとするのは避ける事。また使い魔を苛めたりしない事、それと立ち入り禁止の区域には侵入しない事、では出発します」

 

タタリモッケさんの注意を聞いて、皆で使い魔のいる区画へと移動する。

 

「楽しみだね!お兄ちゃん♪」

 

俺の手を握り楽しみだねというアリスちゃんにそうだねと返事を返す、茨木ちゃん達も使い魔と仲良くなれたら連れて帰ってもいいと言われているので気合満点だ。

 

「チビと同じ位賢くて強く、そして可愛い使い魔と仲良くなるぞ」

 

「私はそうですわね、犬みたいのがいると嬉しいですわ」

 

【ドラゴンが欲しいです】

 

「「「いや、ドラゴンは駄目(じゃ)(ですわね)」」」

 

ドラゴンが欲しいととんでもないことを言うリリィちゃんに釘を刺し、使い魔が放し飼いにされていると言う場所を見下ろせる丘の上にやって来た。

 

「おお……」

 

【これは絶景だな】

 

思わず感嘆の声が零れた。広い草原に天を突くような樹木が立ち並ぶ森林、水場の魔物が住んでいるであろう透き通った綺麗な川と海、少し遠くにはオーロラが見えるので、あそこがきっとチルノちゃんが連れていたたまちゃんとユーちゃんの住処なのだろう。

 

「お兄ちゃんも楽しそうだね」

 

「いや、まさか魔界でこんな所があるなんて思わなかったからさ」

 

魔界って聞くとイメージはおどろおどろしいお化け屋敷みたいな物を想像していた。まさかこんな世界中の絶景スポットが一箇所に集まったような場所があるなんて思ってもみなかった。

 

「みむー!むむう!!」

 

「ん?チビどうした……はぁ……これはすげえ」

 

チビの鳴き声に顔を上げると小さなグレムリンが群れになって飛んでいた。その先を飛んでいる大きな豹見たいのは、あれか大人になったグレムリンか、前に見た時は宇宙だったから良く判らなかったけど、結構いかつい顔をしているようだ。

 

「さ、行きますよ」

 

「あ、はい。すみません」

 

タタリモッケさんに注意され、楽しそうに飛び跳ねている子供達と一緒に俺はゆっくりと丘をくだり、使い魔のいる区画へと足を踏み入れるたのだが……。

 

「はっは!わんわんわんっ!!」

 

「ばうばうばう!!」

 

「きーきーッ!!」

 

「きゃんきゃんきゃんッ!!」

 

「うわああああーーッ!?!?」

 

入った瞬間に俺を待ち構えていたのは犬や狐、鳥っぽい物とかとんでもない数のマスコットの襲撃で、アリスちゃん達の悲鳴を聞きながら俺はもふもふの中に飲み込まれてしまうのだった……。

 

「……お兄ちゃん大丈夫?」

 

「うん、ごめん……ちょっと無理かな?」

 

おしくら饅頭状態で舐め回され、甘噛みされ、転がりまわされたので体力とかが正直かなりやばい。

 

「みむう……」

 

「ぴぎい……」

 

【のぶう……】

 

追い払ってくれたチビ達も大分疲れたのかぐったりとしており、俺はルキさんが用意してくれたブルーシートの日傘の下で完全にダウンする羽目になった。

 

「まさか待ち伏せしているとは思いませんでしたね」

 

「すっごい熱烈歓迎でしたね……はは」

 

六道の使い魔科の数十倍は酷かった。差し出されたお絞りで涎等を拭いて、水を口にする。

 

「少し休んだら見に行くから先に言ってくれて良いよ?もう皆行ってるみたいだし」

 

この場に残っているのはアリスちゃん達だけで他の子はもうマスコットと触れ合いに行っている。俺も回復したら行くからというとアリスちゃん達もゆっくりと森へ向かって歩き出し、その姿を見送りながら俺はグロッキーになっているチビ達を膝の上に乗せ、ブラシでその毛並みを整え始めるのだった……。

 

 

 

 

~紫視点~

 

お兄さんがダウンしてしまうし、茨木やアリス、リリィも皆各々に歩き出してしまった。

 

「どうやってお兄さんと合流するつもりなんですかね?」

 

一緒にいないとどう考えても合流できないのにと思いながら私はお兄さんが横になっている草原の近くの森の中を散策していた。

 

「ほーほー」

 

「……」

 

「きゅいー」

 

大きな梟に動くことの無い蛹、後なんか良く判らない動く茸――色んな生物がチョコチョコと歩き回っている。

 

「チビは確かグレムリンでしたわよね」

 

使い魔になってくれるかは運次第、後は相性らしいですけども……お兄さんのチビと同じグレムリンを探しながら、森の中を進む。

 

「スピシャア!「うるさいですわ」すぴいッ!?」

 

なんか巨大な蜂が突っ込んできましたが、邪魔なので日傘でフルスイングして飛んで来た勢いのまま弾き飛ばす。

 

「え、つよ……ごーやる事無いよ?」

 

「……ゴゴゴ」

 

「あら、私を助けてくれるつもりでしたの?ありがとう、でも私は強いので大丈夫ですわよ」

 

巨大な岩巨人を連れている少年に笑いかけ、そのまま森の中を進んでいると電撃の柱が見えた。

 

「あっちね」

 

チビと言えば電撃、つまりあそこに行けばグレムリンがいると意気揚々と進んだ私が見つけたのは……。

 

「ぴかあ?」

 

「……グレムリンじゃないですわね」

 

黄色い鼠だった。ちょっともふもふしてて可愛いかもしれないけど、グレムリンじゃないので首を傾げる。

 

「ねえ貴方。グレムリンってどこにいるか知ってる?」

 

「ちゃあ?」

 

「そうよね、判らないわよね……ごめんなさいね、変なことを聞いてこれ上げるわ」

 

使い魔と仲良くなる為にまずは餌付けと聞いていたので、渡されていた木の実を黄色い鼠の前においた。

 

「ぴっかぁ!」

 

「喜んでくれたのなら良いわ。さてとじゃあね」

 

木の実をカリコリと齧っている黄色い鼠を後にし、私は再びグレムリンを探し始める。だけど見つかるのは虫や歩く茸に、巨大な蝶や蜂だった。

 

「探してる場所がもしかして違うのかしら?」

 

お兄さんの連れているチビは普通のグレムリンと違うらしいですし……もしかしたら森じゃないのかもしれない、そんなことを考えていると茂みが動き1匹の魔物が姿を見せた。

 

「こん」

 

それは青い毛並みをした氷の結晶を纏う狐だった。

 

(タマモ……うん、狐でもいいのでは?)

 

お兄さんと一緒にいるタマモは狐、だから狐でもいいかと思い木の実を転がす。木の実と私を交互に見て狐は徐々に近づいてくる。

 

「こんにちわ」

 

「こん♪」

 

餌付けが功を制したのか私の足元で木の実を食べる青い狐の頭を撫でていると、背中にずしっと言う重みを感じた。

 

「ちゅう♪」

 

「まぁ、ついてきてしまいましたの?」

 

「ぴっかぁ!」

 

最初に木の実をあげた電気鼠がそこにいて、その子を抱き上げて狐の隣に座らせて頭を撫でるとぴりぴりとした静電気が伝わってくる。

 

「遊びましょうか?ボールは好きかしら?」

 

私の問いかけに返事を返す2匹を見て、私は鞄からボールを取り出したのだった。しかし紫は知らない、電気鼠も氷狐も魔界では指折りの稀少な使い魔であり、その愛らしい姿からは信じられない戦力を持ち合わせ、人気も高いのだが滅多に馴れないと言う性質を持つ為使い魔として人気がありながら、使い魔として連れられていると言う記録が極めて少ない魔物であるという事を……そして紫自身が人造神魔であると言うこともあり、通常の神魔の性質とは異なる事が2匹が馴れた理由であるという事を紫は知る良しも無いのだった。

一方その頃横島はと言うと……

 

「ぴい♪」

 

「……でかい芋虫だなあ……すげえモフモフしてる」

 

「ぴぴい♪」

 

「すげ、めちゃ人懐っこいなあ……しかも暖かい、冬場に湯たんぽ変わりになりそうだし、抱き枕に丁度いい重さだ」

 

顔回りが白い毛皮で覆われ、後頭部に角の生えた芋虫を抱き抱えて撫で回していた横島だが、その芋虫が小刻みに手を振り出したのを見て嫌だったかなと呟いて地面に下ろす。するとその芋虫はチビ達の元へ駆けて行き遊んでいるチビ達の輪の中へ加わる。

 

「ぴいぴい♪」

 

「みむう!」

 

「ぴぎ!」

 

【ノブウ!】

 

「ぴい♪」

 

「なんか楽しそうで良かったなあ、あ、そうだ。写真写真っと」

 

わちゃわちゃと遊び始めるチビ達を見て、横島は鞄からカメラを取り出してその姿を写真に収めていたりするのだが、その後でルキフグスの顔は引き攣っていた。

 

「太陽の化身……ッ」

 

チビ達と戯れている芋虫のような生物はSSS判定の太陽神の化身と言われる巨大な蛾のモンスターの幼生だったりするのだった……。

 

 

 

 

~茨木童子視点~

 

チビのように賢くて強い使い魔を捕まえると豪語したのは良いが……吾には問題があった。

 

「「「ぴゅ~~~ッ!!!」」」

 

「ぬあッ!吾が何をしたと言うのだ!」

 

「きゃいーんッ!!」

 

「しまった!」

 

吾を見ると皆逃げてしまう、餌付けすら出来ない状況に思わず地団駄を踏んだ。すると地面が砕け、その先にいた犬が地割れの中に落ちてしまい慌てて掬い上げるが目に見えて脅え、吠えながら逃げていくのを見て崩れ落ちた。

 

「イバラギンは強すぎるんだな」

 

「イバラギン言うな……」

 

鰐の着ぐるみ姿のアガレスが木の実を鞄に詰めながら吾に言う。その後ろを見ると水色で二足歩行する鰐が着いて歩いていた。

 

「捕まえたのか?」

 

「んん?まだ仲良くなってる途中。はい、あーん」

 

「わにッ!」

 

アガレスが投げた木の実を口にする鰐は尻尾をぶんぶんと振っている。

 

「もう少し奥じゃないとイバラギンを怖がらない子はいないかもね」

 

「むむう!判った!」

 

「でもあんまり奥まで行くと怒られるよ」

 

「それも判ってる!」

 

アガレスの注意に判ってると返事を返し、岩山の中に吾は進んだのだが……。

 

「ゴガアアア」

 

「キシャアアッ!」

 

目の前の怪獣決戦を見て心が砕けた、白銀の体をした巨大な二足歩行の恐竜と3つ首のドラゴンが争っているのを見て、回れ右をしてダッシュで走り去るのだった……。

 

「やばいやばい……死んでしまうぞ」

 

あれに巻き込まれたら流石に死ぬ、水筒の蓋を開けて水を飲んでいると茂みから変な生き物が出てきた。

 

「やぁん……」

 

ピンク色の奇妙な生き物が尻尾を何かに食われながら現れた。

 

「食われとるッ!!」

 

「やぁん?」

 

「ぱう?」

 

「お前自分の尻尾食われるとるぞ!?」

 

吾の言葉にピンクの生き物は尻尾を見て、犬みたいのがかじりついているのを見て……

 

「ぶみ(ぽろぽろ)」

 

「遅すぎだろッ!?」

 

今更痛いと気付いたのか泣き始めたので吾はあわてて尻尾に齧っている生き物を引き離すのだった。

 

「全くお前は何をしているんだ?」

 

「やぁ?」

 

「ああ、もう、食え食え」

 

「やぁん……」

 

カリコリカリコリと音を立てて木の実を齧っているピンクの生き物の背中を撫でる。齧られていた尻尾はもう殆ど回復していて、凄まじい回復能力だなと驚いた。

 

「ぶみい♪」

 

「……賢くもないしすごい弱そう……」

 

凄く馴れてくれたのだが賢くも無いし、強くもなさそうなこの魔物を見て、吾はどうするかなあと頭を悩ませるのだった……。

 

 

 

 

~ジャンヌオルタ・リリィ視点~

 

チルノと一緒に氷が浮かぶ海へとやって来た私は目の前の光景に歓声を上げた。

 

【綺麗ですね!】

 

「でしょーッ!でもね、皆あたいと一緒に来てくれないんだよ」

 

それはきっと寒いからだと思う、私は英霊だからあんまり寒いとか感じないけど……ちょっとここはひんやりしている。

 

「アウアウ!」

 

チルノの足元のたまちゃんが鳴き声を上げると海が盛り上がり、たまちゃんを大きくしたようなアザラシっぽい生き物が顔を見せた。

 

「オウ!」

 

「たまちゃんのお姉ちゃんだよ」

 

「オウ!」

 

【どうもです!ジャンヌダルク・オルタ・リリィです!】

 

私が頭を下げるとアザラシも手を上げた。凄く賢いみたいです。

 

「たまぁ♪」

 

「おう」

 

久しぶりに会えたのかもしれない家族に擦り寄って楽しそうに鳴くたまちゃんを見ながら、チルノと一緒に氷の上に立つ。

 

「リリィはどんな使い魔を探してるんだ?」

 

【ドラゴンです】

 

「……ドラゴンはここにはいないよ。危ないって言われてる場所に行かないと」

 

【じゃあ諦めます……】

 

お兄さん達にも怒られるのでドラゴンを諦めると口にし、辺りを見ていると奇妙な生き物を見つけた。

 

「でり!」

 

「ぷぎ」

 

白と赤の身体に背中に袋を背負った鳥……かな?袋の中の食べ物をうりぼーに良く似た生き物に与えている。

 

「おーぷーちゃん!」

 

「でり!」

 

チルノがぷーちゃんと呼ぶとその鳥は片手を上げて、とてとてと歩いてきた。

 

【お、おおお……サンタさん!】

 

「でり?」

 

真正面から見るとその姿はサンタそのもの、良い子にプレゼントをくれる伝説のヒーローッ!

 

「ぷーちゃんはプレゼントバードって言うんだ。良い子にしているとプレゼントをくれるんだよ」

 

「でりぃ」

 

チルノの手の中に果物を乗せ、私を見たぷーちゃんは私の頭を撫でて、私の手にも果物を乗せてくれた。

 

【ぷーちゃん!私の使い魔になってくれませんか?】

 

「でり」

 

駄目駄目と首を振られ、私は思わずその場に崩れ落ちた。

 

「そりゃ駄目だよ、ぷーちゃんはここら辺の自力で餌を取れない子を見て回ってるんだから」

 

【う、それは駄目ですね】

 

ぷーちゃんがいなくなると餓えて死んでしまう子がいるのならば、我慢するしかない。

 

「でりでりでいい!」

 

「ほーうんうん」

 

【判るの?】

 

「判る訳無いよ!」

 

自信満々のチルノに思わず崩れ落ちるとぷーちゃんが着いて来いと言わんばかりに手を上げて歩き出す。

 

「ぷーちゃんは駄目だけど、ぷーちゃんの仲間で着いてきてくれる子がいるかも行く?」

 

【行きます!】

 

サンタさんをお友達にすると言う熱意を抱いて、私はチルノと一緒にぷーちゃんの後を着いて歩き出すのだった……。

 

 

 

一方その頃広場では……何とも言えない雰囲気が広がっていた。横島が持って来ていた鞄に頭を突っ込んでいる大柄の白い身体をした狼を見て横島は無言でタタリモッケに視線を向け、タタリモッケも無言で横島を見つめ返す。

 

「ガルルル……」

 

唸り声をあけて鞄の中に身体を突っ込もうとしているが明らかに鞄よりもサイズが大きいので入れるわけが無い。

 

「バウ」

 

「ガウ」

 

もう1匹、今度は背中に山羊の頭、尾が蛇の獣がやってきて横島の鞄に頭を突っ込もうとし、哀れ横島の鞄はミチミチと音を立てる事になる。

 

「無理無理無理!破けるから!!」

 

流石に生地がミチミチと音を立ててきたので横島が慌てて止めに入った。なおこの2匹の考えとしては鞄の中には入れれば連れて帰って貰えるという考えの元手の行動だったが、見ての通り鞄のほいが小さかったので失敗となるのだった……。

 

 

 

「なるほどキメラとケルベロスって言うんですか、すごい人懐っこいですね」

 

鞄を取り上げられたキメラとケルベロスの頭を撫でながら横島がのほほんというが、当然キメラとケルベロスも早々馴れる生き物ではなく、鞄に頭を突っ込んでいたのは鞄に入れれば連れて帰ってもらえるかもしれないという実力行使の結果だった。

 

「魔界では割りとポピュラーな獣ですよ。まぁ懐くかどうかは運次第ですが」

 

「じゃあ俺は運がいいってことですかね?ははッ、くすぐったい」

 

ケルベロスが横島の顔をなめ、横島がくすぐったいと笑うのを見てタタリモッケは遠い目をし、上空を舞っている太陽神の化身を見つめその瞳から光が消えていた。

 

「……親が連れて来た?横島さんに預ける為に……はは、何の冗談ですかね……」

 

魔物でありながら神と崇められる太陽の化身が自分の子供を人間に預けに来る……その信じられない光景にタタリモッケは乾いた笑い声を上げるのがやっとだった。

 

「ぴい!」

 

「みむう」

 

「ぷーぎゅー」

 

【ノーブウ】

 

空を舞う自分の親を見て鳴いている幼生を見て、チビ達がすごいと言わんばかりに鳴いているのを見て、もしかして横島を預かったのは厄だねでは?と思い始めるタタリモッケなのだった……。

 

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その5へ続く

 

 




今回は3ロリィがメインでした。あれ?どこかで見たことあると思ってもスルーしてください。決してポ○ケ○ではありません、似ていても違いますからね?次回は横島君がマスコットと戯れますので楽しみにしていてください、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート4 横島INワンダーランド その5

 

~横島視点~

 

ブルーシートの上で横になっていたことで大分体力が回復して来たんで、そろそろアリスちゃん達を探しに行こうかと思い身体を起こす。さっきまで俺の近くで遊んでいたケルベロスとキメラはどこから雄叫びが響くと、名残惜しそうに鳴いて森の中に消えていったので多分親に呼ばれたのだと思う。

 

「大丈夫ですか?まだ休んでいても良いですよ?」

 

「大丈夫ですよルキさん。それにアリスちゃん達も待ってると思うので、探しに行ってきますよ」

 

心配そうに休んでいて良いと言うルキさんに大丈夫ですと言って靴を履いて立ち上がる。

 

「チビー、うりぼー、チビノブ行くぞー」

 

草原で遊んでいるチビ達に行くぞーと声を掛けるとすぐにチビ達は集まって来たんだけど……。

 

「ぴい♪」

 

「めーめー♪」

 

「ぶいぶーい♪」

 

「ぶるるる♪」

 

チビ達の他にもっと沢山集まって来たんだけど……え、なにこれ、動物園状態なんですが……。

 

「みむう……」

 

「ぷぎ?」

 

【ノブウ?】

 

チビ達もなんで?という感じで困惑を隠し切れていないのが良く判る。一番先頭で尻尾?多分尻尾を振っているのはさっきまでチビ達と遊んでいたやたらモフモフしていて暖かい大きな芋虫だ。その後には尻尾の先が球体になっている羊と茶色い毛並みをした犬……狐かもしれないけど、多分犬。そしてその後には鬣が燃えている子馬……更に空からも鳥とかが降りてきてるし、地面からのっぺりとした顔のなんとも言えない生物が顔を見せている。

 

「……ルキさん、どうすればいいですかね?」

 

「どうしましょうか?」

 

ルキさんも困ったように笑う。これ多分歩き出したら全部着いて来る様な気がするんだけど……どうしようか?俺とルキさんが頭を悩ませているとタタリモッケさんがやってきた。

 

「大丈夫です。私がなんとかしましょう」

 

「なんとか……なるんですか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。ここに集まってる子は基本的に大人しい子ばかりですし、自分の使い魔を見つけれない子と引き合わせて見せましょう。名前をつけていないのならば、多分使い魔にしてくれないかなと集まってる子達ですから」

 

名前などをつけてないので、あくまでここに集まっているのは俺がもしかしたら名前をつけてくれるかもしれないと集まっている子供の魔獣らしいので、タタリモッケさんによろしくお願いしますと頭を下げてから使い魔と仲良くなる為にと渡された木の実の入ったショルダーバックを背負って歩き出した。

 

「みむみむ」

 

「ぷぎぴぎー」

 

【ノブノブ】

 

「ぴぴいー♪」

 

 

さも当然のようにあの暖かいモフモフの芋虫もついてきてる。ジッと見つめると小首を傾げ、なーにと言わんばかりに俺を見つめ返してくる。俺初めてかもしれないな、虫が可愛いって思ったのと思いながらショルダーバックをしっかりと担ぎなおす。

 

「まぁいっか」

 

名前をつけたり連れて帰らなければ大丈夫だろうと思い、アリスちゃん達を探すために俺はゆっくりと歩き出す。

 

【名前だけは付けるなよ?】

 

「ういっす、心眼せんせー」

 

絶対駄目だぞ、振りじゃないという心眼に判ってるよと返事を返し、魔界の森を見つめながら俺はゆっくりと森林浴のような気持ちで歩き出すのだった。

 

「ふかッ!」

 

そしてそんな横島の背中を1匹の魔獣が見つめ、ふんすふんすっと気合を入れた様子で足踏みをする。

 

「ガブ」

 

「フカッ!」

 

そしてその魔獣が成長したであろう、精悍な顔付きの魔獣に背中を押され、その小さな魔獣は地面にまるで水の中に飛び込むように潜っていき、背中の小さなヒレを出して横島の後を追って地面を掘り進んでいくのだった……。

 

 

 

 

~ルキフグス視点~

 

ブルーシートの上に横になっているだけで数十匹の魔獣が集まって来ていた。それは横島ならば自分を可愛がってくれるという確信による物だと思いますが、まさか寝ているだけでこれだけ集まってくるとは想定外でしたね。

 

「あ、あの、わ、私とお友達になってくれますか?」

 

「メエー♪」

 

「わ、わわッ!」

 

横島が歩いて行ってしまい使い魔になれないのかと落ち込んだ魔獣は多いが、それでも転生や新生した神魔とふれあい、そのまま使い魔になっている子も少なくはない。

 

「ぶい!ぶいぶーい♪」

 

「はぁ……はぁ……まって、まって……」

 

「ぶい!」

 

捕まえたら使い魔になってあげるよと言わんばかりに草原を駆ける魔獣を追いかけている子を見ながら、後ろを振り返る。

 

「お友達になってくれるのね~?」

 

「ひん♪」

 

「ふふ、ありがとう~ラーちゃん、お友達よ」

 

「みゅー♪」

 

自分が腰掛けているラクダの背中を撫で、にこにこと笑っているパイモンの隣で鳴き声をあげている燃える子馬を見て、パイモンは本当に馬系の魔獣が好きだと苦笑する。

 

「タタリモッケ、どうでした?」

 

「ええ、どうもただの縄張り争いではないようですね、自分の子供を連れている姿が目撃されています」

 

地響きや火柱から争っているのは判っていた。ここは広い区画で海も山も川も岩山も全てが揃っている……本来ならば同種族でもなければ縄張り争いなんて起きないが、今回は別種族同士が争っている……それも神魔でも危険と言わざるを得ない魔獣同士がだ……。

 

岩山の中に眠る鉄等の鉄鉱石を食べてその身体をより強固にする重鉱龍。

 

最上級神魔でも命の覚悟をしろと言われる程の最凶最悪の暴食龍。

 

陸・空・海全てに対応し、恐ろしい力を有する陸上龍。

 

そして岩山や山を全て食いつくし巨大に成長する地龍。

 

最後に当然のように横島の使い魔に混じっていた太陽神の化身と言われる燃える蛾の幼生……。

 

それら全てがほぼ同時に、そして本来の住処を離れ草原に向かって進み、そこで遭遇した者同士で争っているそうだ。

 

「やっぱりこれは横島さんの影響ですか?」

 

「恐らくそうだと思います」

 

横島は天性のブリーダーと言っても良い、そしてその気配は神魔だけではなく、魔獣にも好ましい物であり、自分の子供を預けに来ていると見て間違いないですが……。

 

「とても人間界で面倒を見切れる個体ではないですよ?」

 

「……そこですね」

 

成長すれば10mをざらに越える物ばかり、とてもではないが人間界で育成出来る個体ではない。

 

「最悪ネビロスとベリアルが預かってくれるそうですが……」

 

「それはそれで問題です」

 

「まぁそうですね」

 

餌や養育する場所の問題もある、出来れば横島にはそれらの個体に出会わないで欲しいと願う事しか出来ない。

 

「……なんか駄目そうですね」

 

「ええ、そのようです」

 

私達の願いを嘲笑うかのように森の近くの岩場で霊波砲や火炎放射がぶつかり合う姿を見て、出来れば1匹か2匹だけにしておいて欲しいと改めて願うのだった。

 

 

 

~アリス視点~

 

森の中で散歩をしているとすぐにお兄ちゃんに会えて、アリスとお兄ちゃんは一緒に魔界の森の中を歩きながら、使い魔の観察をしていた。

 

「でけ……なにあれ?」

 

お兄ちゃんの視線の先には尻尾が巨大な樹木のようになり、肘の所から刃を伸ばした巨躯の緑の龍の姿があった。

 

「あれはね、葉樹龍って言うんだよ」

 

「龍?あれもドラゴンなのか?」

 

「ううん、違うよ。種類は蛇とか、トカゲとかそんな感じなんだ。でも凄く強くてドラゴンに見えるから葉樹龍って言うんだ」

 

アリスとお兄ちゃんが話をしている間にのしのしと足音を立てて葉樹龍は森の奥に消えていった。

 

「凄いなあ、魔界の魔獣って」

 

「怖い?」

 

「いや、でかいし格好良いなあって」

 

「みむうう!」

 

「いたいたい、ごめんごめん、チビ達は可愛い方が良い」

 

でかいし格好良い方が良いのかと怒るチビ達にお兄ちゃんが謝る姿を見て、くすくすと笑いながら2人でまた歩き始める。

 

「ぴい?」

 

「可愛いね」

 

「ぴ!」

 

お兄ちゃんが何時の間にか連れていた太陽神の化身の赤ちゃんを撫でるとモフモフと柔らかく、そしてじんわりと温かい。擦り寄ってくる姿も可愛い。

 

「お兄ちゃんの使い魔にしたの?」

 

「いや、多分面倒を見切れないからどうしようかなって」

 

チビ達と遊んでいる姿を見る限りではとても楽しそうだけど、お兄ちゃんの家じゃ確かに面倒を見るのは大変かもしれない。

 

「紫の転移で来れないかな?」

 

「どうだろ?人間界から魔界まで来れるのかな?」

 

紫の瞬間移動で魔界までこれるならいつでもお兄ちゃん達と遊べるので、紫に出来ないか聞いてみようかな?と話をしながら歩いていると甘い香りがアリスの鼻をくすぐった。

 

「あれ?なんか甘い臭いがする」

 

「もしかして!お兄ちゃん、行こう!」

 

お兄ちゃんの手を引いて甘い香りがする方へと走る。

 

「っとと、どうしたの?」

 

「凄い子がいるかもしれないんだ!」

 

木々を抜けて森の中にぽっかりと開いた広場にそれはいた。長い首と葉っぱで出来た翼、首元に果物を実らせた獣。その周りには小さな魔獣が沢山いて、木登りするように魔獣の首を登り、木の実や果実をむしり、周りにいる子に配っている。

 

「ゴンちゃん!」

 

「ぐーう!」

 

ぺたんっと伏せていたゴンちゃんが顔を上げ、翼をパタパタと羽ばたかせる。

 

「ゴンちゃん?」

 

「うん、ゴンちゃんって皆呼んでるの、確かね果獣っていうの、果物とか木の実を実らせて皆に分けてくれるんだ」

 

「へー……でもゴンちゃんは手届いてないことない?」

 

お兄ちゃんがゴンちゃんを見つめてそう呟いた。私もそれを見てうんっと行って頷いた。

 

「ゴンちゃんは自分で果物取れないんだ。だから皆に取って貰って分けて食べるんだよ!」

 

周りにいる魔獣達は意地悪をしたりするとゴンちゃんが分けてくれなくなると知っているのでアリスとお兄ちゃんにも果物を差し出してくれた。

 

「ありがとう!」

 

「ありがとな」

 

「ききー♪」

 

「みゃおみゃお♪」

 

楽しそうに鳴いている猿と猫に似た姿の魔獣の頭を撫でてお兄ちゃんと一緒に近くに岩に腰掛ける。

 

「はい、ぐーちゃん」

 

「ぐー♪」

 

「ほい、チビ、うりぼー、チビノブ」

 

「みむう♪」

 

「ぴぎぴぎー♪」

 

【ノブーウ♪】

 

「ぴいぴい♪」

 

バナナみたいのとか、林檎見たいのを皆で分けて食べる。りんごはお兄ちゃんがナイフで皮を剥いて、飾りを入れてくれている。

 

「じゃーん、兎ちゃん」

 

「可愛い♪お兄ちゃん凄いねー」

 

食べるのが少し勿体無いと思いながらも、お兄ちゃんが食べるのを見てアリスも林檎を齧る。口の中一杯に広がる甘酸っぱい味に思わず顔が緩む。

 

「あまーい、おいしー♪」

 

「本当だ、めちゃくちゃ甘くて美味しい」

 

初めて食べるお兄ちゃんも凄いなと言って驚いているのが良く判る。

 

「ゴンちゃんの果物は魔界でも有名な高級な奴なんだよ!」

 

ゴンちゃんは野生だけど、同じ種族の子は飼育されていて、それを販売しているって黒おじさんが言ってた。

 

「みむう~♪」

 

「ぷぎぷぎー♪」

 

【ノブノブ~】

 

「ぴいぴい~♪」

 

「ぐー♪」

 

皆も美味しい美味しいと喜んで食べている、本当はお世話をされていない果獣の果物はあんまり美味しくないんだけど、主クラスの実力があるゴンちゃんの果物は売っている果物よりもずっと美味しい、チビ達もその美味しさに大満足なのか凄く楽しそうに鳴いていてその鳴き声と姿を見ていると楽しくなってくる。

 

「良いなー、僕も兎に剥いて欲しいな」

 

「私も~」

 

アリスがお兄ちゃんに動物の形に剥いて貰った果物を食べていると他の皆も欲しいと言い出して、お兄ちゃんが苦笑しながら果実をナイフで器用に剥いて皆に配る。お兄ちゃんが構ってくれないのは寂しいけど、お兄ちゃんが凄いと皆が言っているその姿を見ればアリスも凄く誇らしくなってくる。

 

「はい、おしまいっと」

 

「お兄ちゃんお疲れ様」

 

果物を剥き終えたお兄ちゃんにお疲れ様と声を掛けたその時だった。よくこの森に散歩に来ているアリスでも聞いたことの無い鳴き声が2つ飛び込んできて、茂みからゴロゴロと取っ組み合いをしながら2匹の魔獣が姿を見せた。

 

「ヨギ!ヨーギッ!」

 

「フカ!フカアッ!!」

 

短い手足をぽかぽかとぶつけ合い、喧嘩をしている2匹の魔獣はアリスも見た事がない初めて見る魔獣の姿なのだった。

 

 

 

~横島視点~

 

小さな鮫?鮫に短い手足がついたような丸っこいのと、頭の上から角が生え、尻尾が花のように開いているマスコットがポカポカと殴り合っているのを見て俺は腰を上げた。

 

「ほらほら、喧嘩……「フカアッ!」「ヨギィッ!」ふごおおっ!?」

 

喧嘩を止めようとした瞬間、2匹が同時に突撃して来た。小さくて丸っこい姿のイメージ通りの凄い速さとその姿からは想像出来ないパワーと重さに吹き飛ばされた。

 

「お兄ちゃんッ!?」

 

アリスちゃんに大丈夫と言おうとしたのだが、そんな余裕はなかった。腹の上に乗っている2匹が重すぎた、コヒュコヒュっと言う奇妙な呼吸音が口から零れるのがやっとだ。

 

「フカフカフカー!!」

 

「ヨギ!ヨーギー!!」

 

そして俺の腹の上の2匹がなんか言ってる、なんか言ってるし、物凄いアピールしてるのは伝わってくるんだけど……。

 

(い、息が……)

 

重すぎて息が出来ない、やばい、これマジで落ちる……そう思った時だった。

 

「コッコォッ!!」

 

「モノッ!!」

 

茂みから飛び出してきた何かが俺の腹の上に乗っていた2匹を弾き飛ばした。再び腹に乗られる前にと慌てて座り息を整える。

 

「げほっ重かった」

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

「な、何とか……」

 

アリスちゃんに大丈夫と返事を返しゆっくりと深呼吸を繰り返して呼吸を整える。なんか俺魔界に来てからずっとこんな感じな気がする。

 

「フカ!フカア!」

 

「ヨーギ!ヨギ!」

 

「ココ!」

 

「モノモノー!」

 

見た目はちょっと大きめの子犬くらいの4匹が鳴きながら、口からビームを出したり、爪で地面を引き裂いている。なんだ、なんなんだこの地獄絵図は……見た目は可愛いのに周辺の被害が凄まじいことになっている。

 

「アリスちゃんなんて言ってる?」

 

「強いのは自分って言ってる、多分だけど……お兄ちゃんの使い魔になりたくて来て、それで喧嘩してる」

 

「マジでか……」

 

それは想像していなかった事態だ。と言うか1匹1匹が尋常じゃない様子で強いんですけど……。

 

「ごぉん」

 

ゴンちゃんが小さな魔獣を自分の背中に隠し、守る素振りを見せる。それだけ激しい戦いとなっている。

 

「ぐー!」

 

「う、うーん、止めない方がいいかも……皆初めて見る子だし、完全に興奮してるし」

 

ぐーちゃんが止めようか?と言わんばかりに前に出るがアリスちゃんが危ないから止めておいた方が良いと言う。

 

「説得出来そう?」

 

「んー無理」

 

「そっか、無理かあ……ってあぶねぇッ!?」

 

なんか霊波の固まり見たいのと岩の塊が飛んで来たのでサイキックソーサーで受け止めるが、思ったよりも衝撃があって後ろに弾かれた。

 

「やっべ、チビと同じ位強いのかよ……「みぎゃああああああッ!!!」……チビぃ?」

 

チビと同じ位強いとますます止められないと思っているとチビの雄叫びと共に凄まじい轟音が鳴り響いた。そして目を開くと喧嘩していた4匹は目を回して倒れていた。

 

「喧嘩両成敗って言ってるよ?」

 

「いや、これ両成敗ってレベルじゃない……」

 

ぴくぴくと手足が痙攣しているからギリギリ生きていると思うけど、どう見ても瀕死一歩手前だ。いかに喧嘩していたとしてもチビの止める手段が余りにも荒っぽすぎる。

 

「と、とりあえず手当てを……」

 

【待て、動かすな。下手に動かすと危険だ】

 

「で、でもこのままじゃ危ないよ?」

 

手当てをしようとする俺を心眼が止めるが、アリスちゃんがほっておいたら危ないと口にする。どうするどうするとおろおろしていると目の前にここ数日で見慣れた障子が浮かび上がった。

 

「凄い音しましたけど、お兄さん大丈夫ですか?」

 

「ぴか」

 

「こーん」

 

「チビは何をしたんだ?」

 

「やぁん……」

 

【お友達できませんでした……】

 

空中に障子が現れ、そこからひょこっと顔を出す紫ちゃん達を見て助かったと安堵した。

 

「この子達を連れて草原に帰りたいんだけど、あんまり動かさないで出来る?」

 

ちらりと倒れている4匹を見た紫ちゃんは少し考え込む素振りを見せてから大丈夫と返事を返してくれた。

 

「何があったんじゃ?」

 

【判らないですね……はぁ……】

 

「やん」

 

リリィちゃんの頭をぺちぺち叩いているあのもちもちしたのはなんだろうと思いながら、チビがKOした4匹の魔獣の手当てをしないとと思い地面においていた鞄に手を伸ばし、俺は動きを止めた。

 

「「「「キラキラ」」」」

 

【横島、凄いキラキラした目で見られてるぞ】

 

「分かってるけど今はそれ所じゃないって!!」

 

鞄を地面においている間に鞄の中にチビサイズの魔獣がこれでもかと入っていた。鞄に入ろうとしたチビ達が何とも言えない表情で俺を見上げてくる。早く手当てをしないと本当に大変な事になりそうなので鞄に入っている魔獣を外に出すのだが……。

 

「……(スタスタ、ぴょん)」

 

「……(とちとち、ぴょん)」

 

出しても出しても鞄の中に戻ってくる、そうしている間も雷の直撃を受けた4匹は痙攣を続けてるので俺はもう鞄から魔獣を出すのは諦めた。

 

「紫ちゃん、行こう」

 

「良いんですの?」

 

「もう無理、それより早く手当てをしよう」

 

∞ループなのでいつまでも終わりが無く、そんなことをしている間に死んでしまったらと思うと俺は気が気では無く、チビ達を頭の上や上着のポケットの中に入れ、みっしりと魔獣が入っている鞄を引き摺って俺達は紫ちゃんの作ってくれた障子の中に吸い込まれるように姿を消し、草原へと急いで戻るのだった……。

 

 

リポート4 横島INワンダーランド その6へ続く

 

 




次回で1度リポート4は終了です。リポート5の修行編の最後でおまけという感じでワンダーランドの話を書いて行こうと思います。リポート30話くらいからガープか蘆屋に出張って貰おうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


PS

600族っていいですよね、でも本当は私カイリューが1番好きなんですが、ミニリュウがミニじゃないので見送りです。


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その6

リポート4 横島INワンダーランド その6

 

 

~ルキフグス視点~

 

森の中に凄まじい雷が落ちて何事かとタタリモッケと共に身構える。私の記憶では電気を扱う魔物は殆どいない、個体数が絶対的に少ない電気鼠とかは生息している筈だが、自然で暮らしている個体はそれほど強力な電気技を使えない筈だ。

 

「ここら辺にあれほど強力な雷を使う魔物はいましたか?」

 

「いえ、ここら辺には雷を使う魔物は殆どいません」

 

一応タタリモッケにも確認し、アスモデウス一派が動いて来たか?と警戒を強めていると私達の目の前に障子が出現し、そこから横島が魔物を抱えて姿を見せる。

 

「すいません、チビが凄い怒って雷をこの子達に落としちゃったんですけど、なんとかなりますか!?」

 

口から煙を出し、目を回している4匹の魔物の子供を見て、私は天を仰いだ。タタリモッケも同様だ、危惧していた通りに魔界でも指折りの魔獣の幼生――しかも1匹1匹がかなり強力で並みの神魔なら返り討ちにするほどに強力な魔獣4匹が皆目を回している光景には私もタタリモッケも言葉を失ったが、ぴくぴくと痙攣しているのを見ると瀕死かそれに準ずる重傷で、このままでは親が怒り来るって突撃してくるかもしれないと慌てて治療に入るのだった。

 

「フカア……」

 

「ヨギ……」

 

「ココォ……」

 

「モーノーゥ」

 

アンニュイというかかなり落ち込んでいる4匹、幸いというのか、それともチビも本気ではなかったのか4匹とも雷の轟音にびっくりして気絶していたと言うのが本当で……一応直撃はしていたが、元々雷に強い種族なのでそこまで大きなダメージはなかったようだ。

 

「なんでチビに負けたの?」

 

「チビってグレムリンなのに……」

 

タタリモッケになんでなんで?と皆が群がって尋ねている。グレムリンは決して強い魔物ではなく、むしろ下から数えた方が早い魔物だ。しかも、それが幼生のままならなおの事だ。だがチビは現に成獣にならないと使えない雷を使いこなし、その知性も驚くほどに高い。

 

「みーむーみみーむ」

 

「手加減はしたから大丈夫。驚かせただけだって」

 

「う、うーん。それなら良いのかな」

 

横島に注意されて不満そうにしているチビの言葉をアリスが翻訳し、横島が反応に困った様子で腕組している。

 

「ぷぎ、ぴぎいー」

 

【ノブブーノーブウー】

 

「うりぼーとチビノブもあのままだったら、大怪我するまで止まらなかったからしょうがなかったと思うって言ってる」

 

「……んじゃあ、しょうがないな。でも、あんまり酷いことをしたら駄目だぞ」

 

「みむ!」

 

判ってると言わんばかりに返事を返すチビは本当に賢い。確実に横島の言葉の意味を理解し、怒られた理由もしっかりと理解しているのに驚いた。

 

(……異常個体なのでしょうか?)

 

特殊な生育環境などで変異する個体は確かにいるが、チビはそれで説明が付かないほどに強く賢い。異常個体の上に横島の育て方が良かったのだろうか?と首を傾げる。

 

「まず皆さんは1つ考え違いをしています。強い魔獣が絶対的に強い訳ではありません、確かに種族的にはグレムリンのチビと、暴食龍達の幼生では圧倒的に種族としての強さの格が異なります。ですがそれは魔界の学者などが実際に育成しその時の数値で判断した物であり、育つ環境や育ち方が異なればその能力は大きく変わります。それに皆さんだって殴られたり、言う事を聞けといわれるのと褒められるのでは全然気持ちが違うでしょうし、嫌いな物ばかり食べろと言われても嫌でしょう?」

 

タタリモッケの説明は大人が子供に言い聞かせるように非常に判りやすい物だった。

 

「まず使い魔は道具ではなく友達であり、家族です。貴方達が愛し、大切にすれば使い魔もそれに答えてくれます。チビはその究極系の姿と言ってもいいでしょうね、横島さんはどう思いますか?」

 

「え?あー使い魔が友達で家族って言うのは大事だと思います、はい。チビ、あーん」

 

「みーん♪」

 

急に話を振られて困惑した様子で返事を返し、チビの口の中に木の実を入れている横島の姿はある意味使い魔達とのふれあいという意味ではこれ以上に無い正解の姿なのだった……。

 

 

 

~茨木童子視点~

 

森の中での使い魔探しは昼食の時間という事で1度中断になり、昼休憩と使い魔と更に仲良くなる時間となった。

 

【……お友達を作れなかったんです】

 

「うーん、そう言う時もあるよ。今度は最初から俺も一緒についていくな?」

 

【はいです……】

 

リリィのやつはどうも友達を作るのに失敗したようだ。吾もある意味失敗したような物なのだが……ついてきている以上友達が出来たという事でリリィの奴に掛ける言葉が無い。

 

「フカー、フカフカ?」

 

「ヨーギ、ヨギヨーギ?」

 

「ココ!コッコ?」

 

「モーノ?」

 

ちょこちょこと寄って来た4匹の魔物は自分達も良い?と尋ねるような素振りを見せチビが前に出た。

 

「みーむ、みむむうーみ」

 

チビの姿にびくっと身を竦めた4匹だが、チビの言葉を聞いてにぱっと笑みを浮かべ、吾達が座ってるブルーシートの上に座った。

 

「なんて言ってたの?」

 

言葉が判らない横島が何て言った?と尋ねてくるのでアリスと吾があの4匹の言葉を翻訳する。

 

「あの4匹はこっちに居ても良いかって言っている」

 

「チビは喧嘩しないなら良いよって」

 

「なるほど、喧嘩しないなら一緒に居ても良い」

 

横島がそう言って木の実を差し出すと4匹はぱぁっと顔を輝かせ、木の実をその手に取り齧り始める。

 

「それでさ、茨木ちゃん。それが茨木ちゃんが友達にした魔物?」

 

「やぁん?」

 

横島がそう尋ねると桃色の獣はのんびりとたっぷりと時間を掛けて横島の顔を見上げた。

 

「……凄くのんびりした子かな?」

 

横島が言葉に困っているのは吾も初めて見たかもしれない、だが吾も正直困っていると言っても良い。

 

「尻尾を食われてるのに気付かず、半分以上食われて泣き始めたのでな。助けたら懐かれた」

 

「それはなんとものんびりやな魔物だな。見た目はモチモチしてて可愛いけど」

 

間抜け面をさらしてるだけなのだが、横島にはこれが可愛いのかと思ってみているとよちよちと歩き出し、木の実でも食べるのか?と思っていると背中に衝撃が走った。

 

「やぁん」

 

「重いッ!

 

背中からおぶさってくるピンク色の訳の判らない魔物に少しの苛立ちを覚える。だが懐かれているので何とも言えないのが本当の所だ。

 

「んで紫ちゃんは狐と……何?」

 

「私も判らないんですの」

 

紫が2匹使い魔を獲得しているが、1匹は狐と判るが、もう1匹がなんなのかまるでわからない。

 

「鼠だよ?」

 

「ピカァー」

 

アリスの言葉にその通りと胸を張る黄色い鼠らしい生き物はパチパチと静電気を発生させ、どーだという顔をした。瞬間、目視できる強力な電撃がチビから放たれた。

 

「みむ」

 

「……ちゃぁ~」

 

勝てないと判ったのか自慢げにしていた鼠はしょんぼりとして、紫の隣で木の実を齧り始めた。

 

【お友達になってくれませんか?】

 

「フカ!」

 

「モーノー♪」

 

リリィの言葉に鮫っぽいのと、毛で前髪が隠れている犬っぽいのが返事を返す。その返事を聞いてぱぁっと顔を輝かせるリリィ、友達にはなってくれるようで、その言葉に安心したのだろう。

 

「ヨギ♪」

 

「お、重ッ!?」

 

「ココ♪」

 

「ピイピイ♪」

 

「ぴぎー♪」

 

【ノブノブー!】

 

「無理ぃッ!」

 

わーっとチビノブ達が横島に群がり、受け止めようと頑張っていた横島はその叫んで、使い魔達に飲み込まれた。ついでにうと鞄から出てきた魔獣の群れも横島に突撃し横島の姿が魔獣の中に飲み込まれてきた。

 

「ぶみい」

 

「コンコーン♪」

 

「ちゃー♪」

 

「フカフカー♪」

 

「モーノー♪」

 

自分も自分もーと群れていく使い魔に団子状態になっている横島を助けようと腰を浮かせ、アリスと共に吾は足、アリスは腕を掴んだ。

 

「せーので引っ張るぞ」

 

「まって引っ張ったらお兄ちゃんの腕が千切れちゃうかも、あとでくっつくかな?」

 

【治療して貰えば大丈夫では?】

 

「「じゃあ、大丈夫だな」」

 

アリスの言葉に手に入れた力を緩めた所でリリィが後で治して貰えると口にしたのでもう1度引っ張ろうと力を込める。

 

【やめんか馬鹿者!横島を殺すつもりか!】

 

心眼の怒鳴り声に身を竦め、吾達の中で唯一手足を掴んでいなかった紫が信じられない物を見る目で吾達を見ていた。

 

「なんでそこで力づくなんですの?待って、なんで皆違うの?って顔をするのかしら?」

 

「違うのか?」

 

【違うんですか?】

 

「違うの?」

 

これが1番冴えた考えだと思ったのだが……紫の馬鹿を見る目が結構辛かった。でも他にどんな横島の救出方法があるのかと紫に尋ねようとしたその時凄まじい轟音が草原に響き渡った。

 

「みぎゃああ――ッ!!」

 

再び雷鳴が鳴り響き、横島に群がっていた魔物達がさっと離れた。

 

「みぎ、みーむ、みぎいッ!!」

 

めちゃくちゃ怒っているチビを前にうりぼー達が小さくなるのを見て、やっぱりチビが最強なのでは?と吾は思った。

 

「……何回もこんなのだと死んでしまうな」

 

【動物に好かれすぎるのも考え物だな】

 

ぐったりとしている横島と心眼の話を聞きながら、本当にその通りだなと思うのだが、そうなると吾も同じ様な枠組みな訳で何とも言えない気持になるのだった……。

 

 

 

~ルイ視点~

 

横島が魔界にいるとなれば私も当然魔界に足を運ぶのは当然の事だった。しかも滞在地は新生の地となれば、面白くなるのは当然。そして魔界の最上級の使い魔も横島に懐くのは確実となれば、そんな面白い物は近くで見なければ勿体無い。

 

「いやいや、予想通り過ぎて面白いね」

 

「喜んでいただけて何よりです」

 

横島がいないという事で私の付き人をしているベルゼブルの言葉に笑みを浮かべる。

 

「横島の回りは常に面白くて私を楽しませてくれる。見たまえよこれを」

 

流石に新生の地に乗り込むのは問題があるので使い魔を通してみているのがだが、これがまた面白い。

 

『重すぎて抱っこ出来ない』

 

『ヨギ~』

 

『ココォ……』

 

見た目は小さくても鉱石や石や岩を食べるあの2匹はとにかく重い、見た目に騙されて抱っこしようとして腰を粉砕されるのは一時期の魔界では有名な話だった。

 

「……これは特殊個体ですか?」

 

「多分ね、普通の物よりも大きいし、それに艶も良い。恐らく歴戦の個体が親なのだろう」

 

『タタリモッケさんもルキさんも凶暴って言ってましたけどすごく大人しいじゃないですか』

 

『グルルル』

 

『キシャア』

 

『『……ソウデスネー』』

 

3つ首の暴食龍、そして身体が鉱石で出来た暴君龍がその巨体を小さくさせて横島に頭をなでさせているのは見ていて実に面白い。

 

「あいつは本当に一体何者なんですかね?」

 

「天性のテイマーだよ、しかしまぁ、子供は豪胆な者だ」

 

子供と言っても転生した神魔だが、横島に頭を撫でてもらう為に伏せているその巨体を滑り台にするとは肝が据わっている。あれだけ親が強ければ子も強くなるのは当然、しかしあれだけ立派な個体は私でも見た事が無いな。

 

『フカフカッ!』

 

『わわわッ!くすぐったい』

 

しかしまぁ随分と懐かれてるね。横島が狂神石でおかしくなったのは報告に聞いていたけど、あの穏やかな様子を見ればそれほど心配する必要はないのかもしれない。

 

「ルイ様はどうお考えなのですか?横島に狂神石が根付いていることに関しては」

 

「そうだね、時期尚早かな。まだ横島には早すぎる、何れとは思っていたが……ガープに手を加えられたのは面白くないね」

 

「……ルイ様は横島が人間で無くても良いと?」

 

信じられない、望んでいた言葉ではないと言う顔をしているベルゼブルを見て私は笑みを浮かべた。

 

「構わないよ、横島が人間だろうが、魔族になろうが、私には興味がない。横島が横島であれば良い」

 

種族や何かを考えるというのは人間や神魔だけだ。横島という個人を考えれば、それがどう変るのかと考えるだけでも面白い。

 

「ルイ様、大変お待たせしました」

 

「いやいや、構わないよ。私が急に訪ねてきただけだからね」

 

ベルゼブルが口を開こうとした時、この屋敷のメイドが扉を開き口を開きかけたベルゼブルはその口を閉ざした。

 

「これはルイ様。お久しゅうございますな」

 

「やぁ、トト。元気そうだね」

 

ヒヒの身体にトキの頭を持つ異形の神――エジプトの「知恵の神」「創造神」「書記の守護者」「時の管理者」「月の神」「冥界の神」など数多の異名を持つが、今回はそれらに用があってきたのではない。

 

「魔界のレースに私が推薦する人間を参加させてくれないかな? 娯楽だから良いだろう?」

 

トトはギャンブルの神でもある、そして魔界の使い魔を使ったレースの胴元の1人でもある。これにはビュレトや、魔界正規軍、韋駄天なども数多く参戦する非常に品格の高いレースでもある。

 

「……ふーむ、人間、人間ですか」

 

「駄目かい?」

 

「駄目とは言いませんよ?どうせルイ様が推薦するという事は私に拒否権などはないですし」

 

からからと笑うトト。ベルゼブルが信じられないと言う顔をしているが、トトはずっとこんな感じだ。だからこそ、私が気に入っている神魔でもある。

 

「自分の神格を捨ててギャンブルだけにしたんだ。面白くして上げるよ」

 

「ははは、それは楽しみですなあ」

 

本来のトトの神魔としての格は最上級。だが今のトトの神格は下級だ、自分の権限の数多くを捨て、自分の好きな事をしている。トトは神魔でありながら1番自由な神魔と言っても良いかもしれない。

 

「1度私が見てからこの件は返事をすると言うことでよろしいですか?」

 

「構わないとも、でも君が見ても気に入ると思うよ」

 

「ははは、それは良い。才能ある者は私も大好きですよ」

 

これで横島の所に会いに行く口実が出来た。そして横島がレースに参加して勝てば懐も潤う、まさしく完璧なシナリオだ。

 

「くしゅんッ!」

 

「お兄ちゃん大丈夫?寒かった?やっぱり帰る?」

 

「えー、横島があたいの好きなところに着いて来るって言ったんだぞー」

 

「大丈夫大丈夫、誰か噂してるだけだって、はーしかし、綺麗だなー」

 

「本当ね、少し寒いけど、綺麗だわ」

 

オーロラを見上げる横島とアリスとチルノと紫の4人の綺麗な光景を楽しむ感性組の背後では……。

 

「うりぼーの仲間か!捕まえるぞ!」

 

「ぷぎ♪」

 

「でりー」

 

【ぷーちゃんッ】

 

綺麗な物よりも遊び、食事と言う茨木童子とリリィが雪原を駆け回り、寒さに対する抵抗値が低いマスコット軍団は暖かい太陽神の化身の側に集まっていた。

 

「ぴい?」

 

「み、みむう……」

 

「ふ、ふふふふかあ」

 

「よぎい……」

 

【ノブウー♪】

 

その暖かさと寒がっている姿を見て可愛そうに思ったのか、小さな炎を吐いて作ってくれた焚き火の傍でぷるぷると寒さに震えているのだった……。

 

 

 

~タタリモッケ視点~

 

横島さんが居てくれた事で今回の使い魔捕獲は過去最高の数を記録した……しかしそうなると私1人で面倒を見切れなくなってしまう。

 

「難しい所ですね」

 

そもそも使い魔と言っても新生したばかりの神魔にとっては下手をすれば返り討ちにあいかねないほどに強く。育成を間違えれば、その方向性は間違った方向に進んでしまう。

 

「オーディン様とサタン様に連絡を入れておきましょうか……」

 

本来横島さんは預かりでしたが、彼は保父さんとしてのスキルもかなり高いようですし、もう皆にも懐かれています。それにチビを見ればトレーナーとしての素質も十分。帰るまでの期間アルバイトということで頼めないか相談してみようと思う。

 

「それにあの子達の事もありますし」

 

幼生と言えど魔界では指折りの強力な魔獣と魔物だ。当然人間界に連れて帰るのは不可能になる訳なのですが、本人達は使い魔になる気満々なので諦めるつもりはないだろう。となれば預かる場所、横島さんが飼育できる環境を整えるまで預かる事も視野に入ってくる。

 

「それも相談するという事で良いでしょう、私に全部押し付けたんです。こっちも押し付けてやるとしましょう」

 

ベリアル様やネビロス様にも相談することになるでしょうが、まずはオーディン様とサタン様だ、知っていて私に押し付けたのだから自分の子供の様子を見に来る魔界の最強の魔獣達が齎す被害に関しては全部押し付けてやろうと思う。まだまだ横島さんが魔界に滞在する日時にはかなりの余裕がある。アリスちゃんの所で過ごすというのも暇でしょうし、横島さんも子供が好きみたいだから相談してみる分には良いかもしれない。私はそんなことを考えながらネビロス様の元へ手紙を持たせた使い魔を送り出すのだった……。

 

「「ここに私達の神の子供を預かっていると言う人間がいると聞いてきたのですが」」

 

「すいません、今出掛けているので少し待っていてくれますか?」

 

炎の衣装の入った巫女服を纏った双子の姉妹――太陽神の化身の巫女は常に2人1組であり、そして次代の子供を育てるという役割があるのに、その役目を人間に取られたという事で不機嫌そうにしている巫女達をなんと宥めようかと私は頭を悩ませるのだった……。

 

「保父さんか、それも良いだろう」

 

「アリスも学校があるからな、流石に横島を屋敷でうろうろさせる訳にもいかん」

 

「ではオーディンに了承したと連絡をするか」

 

タタリモッケの手紙を見たネビロスとベリアルは速攻でそれを認め、オーディンに手紙を出した。

 

「まぁ我が認めぬ理由も無い、問題はないな」

 

オーディンも魔界に横島が滞在する期間は長くて1ヶ月と聞いていたので、特に考えることも無くOKを出した。

 

「保父さんのアルバイトですか、そうですね。アリスちゃんが帰ってくるまでやる事も無いですし、引き受けます」

 

そして横島も深く考えずOKを出すのが、これが後に大騒動となる事を今は誰も予想だにしないのだった……。

 

 

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その1へ続く

 

 




次回からは東京での話を書いて行こうと思います。半分はよこしまでの魔界での話ですね、流石に鍛錬だけで1話は書けないのでリポート4の延長の形になりますが、ご了承ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その1
その1


リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その1

 

~蛍視点~

 

目の前を通過する白刃を上半身を仰け反らせるように回避し、地面を蹴って距離を取る。刀の持ち主牛若丸を見て私は冷や汗を流していた。

 

「はぁ……はぁ……死んじゃうわよッ!?」

 

今のは反応が少し遅れていたら胴体と首がおさらばしていた、それを確信し牛若丸に文句を叫ぶ。

 

【何を甘い事を、修行を頼んだのは其方だ。死ぬ気で、それこそ数度死んでもまだ足りんッ!】

 

凄まじい爆発音と共に牛若丸の姿が消える。周囲は地面を蹴る音が何度も響くが、その姿を確認することは出来ない。

 

【まだ私はこれでも手加減しているぞ、主はこれよりも早くても対応して見せたぞ】

 

投げかけられる言葉に唇を噛み締める。確かに横島の霊能力者としての知識は私達よりも遥かに劣るものだったかもしれない、だけど戦闘技術は窮地の中で磨かれ続けていた。見えないからとか、追いつけないとか考えている場合ではない、横島はこの速度に追いついている……ならそこに届かなければ私は何の役にもたたないと言うことだ。

 

(と言っても本当に何も見えないんだけど……どうしようかしら)

 

ちょっと頭のねじが緩んでいて天然だけど牛若丸の英霊としての格はかなり高い。むしろノッブとかも規格外の霊格の持ち主で神魔としても遜色ないのだ。馬鹿な事をしている頻度は高くても日本有数の英霊なのは間違いない、考えて考えてどうやってこの速度を見切るかと考えていると絶望的な言葉が耳を打った。

 

【後1分だ、後1分で攻撃を仕掛けるぞ】

 

60秒でこの速度を見切るのは不可能だ。回避は論外、防御は確実に貫かれる、攻撃は当たらない――どうすれば良いのか、時間がどんどん削られる中で答えなんてまるで見つからない。地面が弾ける音、牛若丸が壁を蹴りつけた音があちこちから響いて考えが纏まらない。

 

【いつまで考え事をしている。たわけ】

 

「ごっほっ!?」

 

牛若丸の声が聞こえた瞬間腹に強い衝撃を感じ、サッカーボールのように蹴り飛ばされる。

 

「げほげほごほっ!」

 

【動きを止めて咳き込むとは死にたいのか?】

 

連続で振るわれる刀を転がって回避するが、すべてを避けきれず防具が切り裂かれる。

 

(判ってた事だけどやっぱり強いッ)

 

戦闘技術や霊力が圧倒的に違う。そもそも生身の人間が英霊と戦おうというのが正気の沙汰ではない、だがそれを乗り越えなければ私達は何も出来ず見ていることしか出来ない。

 

(なんとかコツを掴まないとッ!)

 

英霊に打撃を与えるにはピンポイントで相手よりも霊力を上回り、その霊的防御を貫く必要がある。だがそれは現代式除霊とは間逆の方向性であり、染み付いた除霊の知識がそれを邪魔をする。

 

「くうっ!?」

 

【遅い、遅すぎるぞ】

 

神通棍が中ほどから曲がり始める、その光景がますます焦りを呼び私は混乱させる。どうすれば牛若丸の速さに対応できるのか、そして有効打を当てる事が出来るのか……判らない事ばかりだ。

 

「うっ!?」

 

その時だった牛若丸の蹴り上げた砂が目に入り、思わず目を閉じた。涙が滲み、目を開けない。牛若丸が迫ってくる音が聞こえてきて恐怖心が込み上げて来た時だった。

 

(あ……見える)

 

目は閉じているのに見える。牛若丸の霊力が尾を引いて空中に漂っているのを目ではなく魂で理解した。そして自然体で振り上げた神通棍が牛若丸を捉えたのを手応えで感じた。

 

【遅すぎる、それで主の師を良く名乗れるものだ】

 

「そうね……不甲斐無いにも程があるわ」

 

英霊の強さを恐れ霊視で見ることも思いつかなかったとか本当に馬鹿だと反省する。目潰しされたのも牛若丸なりのヒントであり、手助けだったのだろう。

 

「ふー……」

 

【主が何時帰ってくるかも判らん、早く戦い方を掴む事だな】

 

「うん、判ってる。続き大丈夫?」

 

【嫌だと言っても続けてやるッ!】

 

再び牛若丸の姿が視界から消えるが、それでも霊視の目には牛若丸の姿はぼんやりと映っている。しっかりと確認出来ないのは私の霊視の能力が劣っているからだろう、それを見て自嘲気味に笑う。私自身がまだまだと、知識を得ただけでそれを習得したと思っていた。ルシオラと横島蛍の知識があっても私はまだスタート地点にすら立てていないのだと実感した。言うならば攻略本や参考書を見ただけでそれを自分の物にしたと思いこんでいた子供だったのだと痛感した。

 

「ふっ!!」

 

【そんな霊力の練りこみでは私には届かないッ!】

 

反撃の蹴りに弾かれながらも神通棍を握り締め、歯を噛み締める。

 

「届かないなら届くようにするまでよッ!!」

 

見ているだけ、自分には出来ないなんて言う頭が良い振りをして諦めるのはもう止めだ。血反吐を吐いてでも、向かわなければならない領域がある、そこに届かなければまた横島だけを戦わせる事になる。

 

「それだけは絶対に嫌だからッ!!」

 

【気迫だけで何とか出来るなどと思うなよ】

 

「そんなのは判ってるわよッ!」

 

今までの知識は全部捨てる。新しく、現代式と旧式の除霊術を組み合わせて新しい戦闘スタイルを作り上げる。それだけを考えて、圧倒的格上である牛若丸へと私は向かって行くのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

確かに手加減なしで、多少の怪我はシズクが治してくれるから大丈夫とは言ったのは私だ。だけど……だけどッ!

 

「殺すつもりッ!?」

 

シズクとノッブのタッグ相手に私1人とか正直殺意しか感じない、思わず隠れていた場所から顔を出した瞬間だった炸裂音が響き、頬を霊波弾が掠めて行った……頬から流れる紅い血にさーっと血の気が引いた。

 

【文句は聞かんと言ったはずじゃ、ほれほれ、早くワシらの所に来てみい】

 

「……来れるものならばな」

 

霊波弾と氷柱の弾丸が私の隠れていた岩を粉砕し、その爆風に転がるようにして別の隠れ場所に身を潜める。

 

「あんまり壊しすぎると請求するわよ~」

 

「鬼いッ!!!」

 

修練場として場所を貸してくれた冥華おば様の言葉に思わずそう叫んだ瞬間、広範囲に雪の結晶が降り注ぎ氷柱を作り出した。

 

「……そこか」

 

【はっはっは!! 死ねいッ!!!】

 

氷柱にノッブの霊波弾が命中し、氷の散弾が広範囲にばら撒かれる。

 

「本当に死ぬッ!!」

 

頭を抱えて転がって散弾を回避する。ほんの少し掠めたけど掠り傷程度だ、だけど距離はどんどん離れているし、六道の敷地の破損範囲もひどいことになっている。

 

(本当にどうすれば良いの!?)

 

牛若丸とタイマンの蛍ちゃんも相当厳しいと思うけど、ノッブとシズクのタッグを相手にしている私も相当厳しいと思う。その時だった強烈な寒気を感じて咄嗟にしゃがみこむと頭上を何かが通過し、髪がこげたのか嫌な臭いが鼻をついた。

 

「あら?避けましたわね?」

 

「……なんでいるのかしら?」

 

オイルの切れたブリキのような緩慢な動作で振り返ると私の背後に燃え盛る薙刀を手にしている清姫がいた。彼女は口元に手を当ててころころと笑うが目が笑っておらず殺意が半端無い。

 

「それはもう勿論、横島様の師ということで尊敬されている貴方をころ……げふんげふん、修行のお手伝いに」

 

「今殺すって言おうとしたわよね?」

 

「気のせいですよ?」

 

そう笑うが目が全然笑ってない、本気で殺される気がしてきた。龍神2人に英霊1人とか完全に私のキャパシテイオーバーだ。

 

【ほれほれ、良く考えてみい】

 

「……切り抜ける策はあるぞ」

 

「手加減はしてあげますわ」

 

……無理。死んでしまう遠距離2人に近~中の距離のエキスパート相手では幾らなんでも対処方が無い。

 

「良く考えるべきですわね。平安時代で何を見てきたのです?」

 

「平安時代で……?」

 

清姫の言葉を鸚鵡返しでそう尋ね返すが、返答は無く振るわれたのは薙刀の一閃だった。

 

「手掛かりはあげました。後はご自分で考えなさい」

 

振るわれる薙刀と氷柱、霊波弾に追い回されては考える余裕なんてあるわけが無い……それでも必死に頭を働かせてこの状況を打破する術を考える。ヒントは平安時代……そこで私に出来た事なんて何もないに等しいけれど、何か、この状況を打破できるヒントがそこにある筈だ。

 

(平安時代、平安時代……霊力のコントロール?それとも札?何、何をすれば良いの……)

 

平安時代の事はあんまり思い出したくない、だけどそこにヒントがあるのならば思い返さなければならない。だが、平安時代で私に出来た事はほとんどなく、清姫達が何を言っているのかが理解出来ない。

 

「ふうっ!!」

 

「ッ!!」

 

清姫の口から放たれた広範囲の広がる炎を見て身体を強張らせる。逃げ道は無く、完全に袋小路――このままでは焼かれてしまう。

 

(精霊石も結界札も無いのにどうしろって言うのよ!)

 

私が持ち込む事を許されたのは神通棍のみ、それで何をしろって言うのよと自棄になりながら自分に迫ってくる炎に向かって神通棍を振るった。

 

「あ……れ?」

 

炎は簡単に消えた。龍族の姫、しかもエリート中のエリートの攻撃をやけっぱちの攻撃で打ち消せる訳が無い。それに妙に身体が熱い……自分の身体が自分の物じゃないようなそんな感覚……だがそれは数秒で消え、私はその場に崩れ落ちた。

 

「……うっく」

 

指一本動かない、凄まじい疲労感が襲ってくる。長いこと霊能者をしているけど、こんな感覚は初めてで何がおきたのか分からない。

 

「少し前に進めたようですわね」

 

「……な……にを?」

 

「起きたら説明してあげますわ、よいしょっと」

 

自分よりも遥かに身長の低い清姫に担ぎ上げられ、引き摺られている私は意識を失ってしまうのだった。

 

【不完全じゃなあ】

 

「……切っ掛けはつかめただろ。前世が魔族だ、人間でも同じ事は出来る」

 

【負担は大きいじゃろうがな!】

 

前世が魔族メフィストである美神はある程度魔族の能力を引き継いでいる。しかし先祖返りはしていないので表に出ていない、あるいは美神とメフィストの性質が合わないというのもあるかもしれないが、窮地に追い込む事で目覚めていない魔族の性質をノッブ達は引き出そうとしていたのだ。

 

「……元々はサキュバス系列の能力だ、他の人間の霊力や神魔の神通力を取り込んで己を強化できるはず」

 

【さっきやって見せたしの、これで漸く舞台に立たせそうじゃ】

 

他人の霊力を取り込み己を強化する、今まで色んな霊能者が理論を考えたが実用出来なかった物――それを美神に習得させる。それがノッブとシズクの計画なのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

美神や蛍達が決死の修行をしているなんて夢にも思っていない横島は魔界のベリアルとネビロスの屋敷とタタリモッケの所で保父のアルバイトに精を出していた。

 

「せんせー、せんせーあそぼー」

 

「よこー遊ぼうよー♪」

 

「はいはい、今行くよ。チルノちゃん、降ろすね」

 

「ヤダーッ!!抱っこーッ!!」

 

「チルノちゃんは甘えん坊だなあ……よいしょっと」

 

遊ぼう遊ぼうと足元にじゃれ付いてくる5歳くらいの神魔達に、その性質上温かみを知らなかったチルノに纏わり付かれ、忙しいながらに慕われるというのは横島自身もそう悪い気はしないのか、元々面倒見が良く子供に優しい横島はタタリモッケの手伝いを社交辞令ではなく、心から楽しみながら魔獣と新生した神魔の世話をしていた横島は自分に懐いてくれている子供達を寝かしつけてから、使い魔同士で遊んでいるチビ達の中から太陽神の化身の妖精だけを抱き上げ、チビ達に少し待っているように声を掛けて応接間に足を向ける。

 

「すいません、お待たせしまして」

 

「「いいえ、構いません」」

 

温かい太陽神の化身の赤ちゃんを抱っこして応接間に入ると、赤とオレンジの巫女服を着た双子の女性がいて、俺は少し驚きながら小さく頭を下げてからタタリモッケさんの隣に腰掛けた。

 

「ぴい、ぴい!!」

 

「ちょいちょいちょい!!悪戯しない!!」

 

膝の上の幼生がよじよじと俺の身体を登ろうとするので、それを止めて再び膝の上に戻すがそれでもまだよじよじと動いている。それを見てこれは悪戯とかではなく、目の前の女性達から逃げようとしているように俺には思えた。

 

「「何故お逃げになるのですか?私達は貴方に使える巫女ですよ?」」

 

「ぴー!!ぴゆーッ!!!」

 

その視線から逃れるように暴れる姿を見て、この子が巫女を怖がっていると俺は確信し、Gジャンの上着の中に幼生を隠す。すると巫女さん達は俺を睨みつけてくる。凄い美人なので睨まれるとかなり怖いが、幼生は服の中で震えているのでこの子のためにも引く訳には行かなかった。

 

「「何故そんなことを?」」

 

「この子が怖がっているからです。タタリモッケさんから貴女達が本当はこの子の面倒を見る役目というのは聞いてます、でも失礼ですが貴女達は世話役に向いていないと思います」

貴女達は世話役に向いていないと思います」

 

「「何ですって?人間に何が判るのですか、私達の一族は「そんなもんは俺に何の関係も無い。この子が怖がってて逃げようとしてる、俺に重要なのはそこだけです」

 

この人達が巫女としてどんな風に生きていたかなんて俺は知らないが、それでもだ。1つだけ分かる事がある……この人達が見ているのはこの子の親の太陽神の化身と言われる燃える蛾であり、この子本人(?)を見ていないと言うことだ。

 

「すいませんが、お帰りください」

 

「「ですが」」

 

「お帰りください」

 

タタリモッケさんがつよい口調で帰ってくださいというと渋々という様子で2人は立ち上がり応接間を出て行った。

 

「すいません」

 

「かまいません、私も横島さんと同じ気持ちです。この子が何れ太陽神の化身へと至り、神となるとしてもそれは偶像ではなく、生きている存在なのです。それが分からないのならば……彼女達は巫女として相応しくないのです」

 

俺の知ってる巫女さんはおキヌちゃんや琉璃さんだけど……あの2人はどうもあんまり巫女さんって感じはしなかったような気がする。

 

「あの人達に引き渡す事はないので安心してください。それと保父のお手伝いは嫌になっていませんか?」

 

「全然、皆良い子ですし、俺も楽しくやらせて貰っていますよ」

 

「そうですか、それは良かったです。大してお礼も出せずに申し訳無いですが、そろそろおやつの時間なので。配膳を手伝って貰えますか?」

 

タタリモッケさんの言葉に分かりましたと返事を返し、俺はおやつの準備を手伝い始めたのだが……。巫女服が木の陰から見えていてどうすればいいのかと思わず動きを止めてしまった。

 

「あまり意識をしないでください、あの人達はすこし凝り固まった考えをしているのです。少し広い世界を見るべきなんです」

 

「そういうものですか……タタリモッケさんがそういうのなら良いんですけど……」

 

隠れているつもりで思いっきり丸見え巫女さんが同じ魔獣と遊んでいる太陽神の幼生を凝視しているのは本当に大丈夫なんだろうかと不安に思いながらも、

 

「もーアリスちゃんもチルノちゃんももっとゆっくり食べないと」

 

「えへへー」

 

「むふー」

 

ほっぺに生クリームをつけている2人にしょうがないなあと苦笑しながら、ハンカチで生クリームを拭ってあげるのだった。

 

「「……あんな風に楽しそうな姿を見た事がない……私達は間違っていた?」」

 

閉鎖された空間で生きていた巫女達は信じられないと言う顔で、チビ達の輪の中に加わり美味しそうに果物を食べている太陽神の化身の幼生をジッと見つめているのだった……。

 

「さてと、もうひと踏ん張りだな」

 

保父さんのアルバイトを終えて帰ってきたが、俺にはまだもう1仕事残っていた。それは……

 

「みむう?」

 

「ぷぎゅー」

 

「ふか?」

 

「よぎー」

 

「ココ?」

 

「モノーモー」

 

皆と遊びすぎてドロドロの泥まみれのチビ達を綺麗に洗うことだった。帰宅後にネビロス達の屋敷の風呂場で腕捲りをし、ブラシを手に懐いてついて来た魔獣の身体を洗っていたりする。

 

「はいはい、暴れない」

 

「ふかッ!! ふかあああーーッ!!」

 

悲痛な声を上げて暴れる手足のある小さな鮫にお湯を掛け、ペット用ボデイシャンプーを付けたブラシでごしごしとその身体を擦る。

 

「ふ、ふかあ……」

 

「怖くない怖くない」

 

初めてのシャンプーを恐れて暴れていると俺は思ったので大丈夫大丈夫と声を掛けながら、泥や鰭の間に挟まっている砂、爪の間も綺麗に洗い泡を洗い流した後にお湯を張ったタライの中に入れる。

 

「ふかぁ~」

 

気持ち良さそうにぷかぷかと浮く鮫の頭を撫でて幾つも並んでいるたらいに視線を向ける。

 

「こーん♪」

 

「ちゃあ~」

 

「やぁん」

 

茨木ちゃん達が捕まえて来た魔物も綺麗に洗って入浴中、やっぱりお世話になっている人の家を汚す訳には行かないからなと思いまだ洗ってない魔物に視線を向けた。

 

「脅えすぎじゃない?」

 

「ぴ、ぴいい……」

 

「よぎい……」

 

「こ、ここここッ」

 

芋虫と角の生えた子鬼とメタリックな犬が物凄い脅えていた。もうバイブレーションかってレベルで震えているので大丈夫?と声を掛けるとぎゅっと目を瞑り、ぷるぷると震えているので手早く洗う事にする。

 

「ぴ、ぴいいいいいい――ッ!」

 

「よぎゃああああッ!!!」

 

「―――!!!」

 

【水が苦手みたいだな】

 

心眼の言う通り水が怖くて仕方ない様子なので急いで洗い、泡を洗い流してタライの中に入れる。

 

「「……」」

 

鳴き声もあげずぐったりとしている3匹を見て悪いことをしたかな?と思いながら足元に手を伸ばし、うりぼーを抱き上げる。

 

「ぴぎ?」

 

何?と言わんばかりの様子を見ると自分がお風呂とは思っていなかった様子だが、うりぼーも今日はお風呂の日である。

 

「お風呂の時間です」

 

「……ぴぎい……」

 

嫌なんだけどというのを全身で表現するうりぼーに駄目っと言って叱り、うりぼーもシャンプーをつけて洗い始めるのだった。

 

「みむう~♪」

 

なお1番最初に洗ったチビは知らないと言わんばかりに犬掻きでタライの中を泳ぎまわりご満悦という表情を浮かべていたりする。

 

「綺麗になったね」

 

「ふかッ!」

 

「よぎい!」

 

洗い終えドライヤーとタオルでしっかりと乾かしたチビ達はきゃっきゃっとはしゃぎ回っている。

 

「もっちもちになったな、お前」

 

「ぶみい?」

 

ごろっと寝転がり今にも寝そうな茨木ちゃんが捕まえて来た魔物のお腹を撫でると独特な感触が手に伝わってくる。

 

「抱き心地は良くなったな、うん」

 

「やあん」

 

ぴこぴこと尻尾を振るピンク色の魔物は毛並みがないので良く判らないんだけど、すごくもちっとした独特の抱き心地になっていた。なんかこう癖になる柔らかさである。

 

「綺麗にして貰ってよかったわね」

 

「こん♪」

 

「ちゃ♪」

 

青い狐と黄色い鼠も紫ちゃんの周りを跳ね回って楽しそうだ。もふっとした柔らかそうな毛並みが良く判る。後はドライヤーとブラシで毛並みを整えれば完璧な状態になるだろう。

 

【お兄さん、この子どうすれば良いんですか?】

 

「うーん、どうしようか?」

 

水を怖がった3匹は今も沈黙して虚無状態であるのでどうしようか?とリリィちゃんとうーんっと唸っているとチビがマイペースにブラシを持ってきた。

 

「みむう♪」

 

「あーうん、判った」

 

とりあえずブラッシングしながら考えようと思いチビを膝の上に乗せてゆっくりとブラッシングを初め、それが終わった頃には落ち込んでいた魔獣達も楽しそうに鳴き始め、俺は安堵の溜め息を吐いていた。

 

「お兄ちゃん。明日はね、皆でハイキングに行くんだよ。お兄ちゃんも一緒に行こうね」

 

「うん、判ったよアリスちゃん」

 

東京で美神達が血反吐を吐くような修行をしているなんて夢にも思っていない横島は魔界で穏やかな時間を過ごし、狂神石の影響で傷ついている魂の回復に努めているのだった……。

 

 

 

 

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その2へ続く

 

 




東京と魔界で温度差が凄まじいことになっておりますが、リポート5は大体こんな感じでお送りします。今回は美神蛍ペアでしたが、次回はぺつのグループの修行を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


現在鳴神ソラ様の作品とコラボ中です。

仮面ライダー要素メインのGS芦蛍!絶対幸福大作戦!!! 仮面ライダーメモリークロスヒーローズという作品でWやオーズと共にとある事件の捜査をするという作品になっております。

下記にアドレスを記載しておりますので鳴神ソラ様の作品GS芦蛍!絶対幸福大作戦!!! 仮面ライダーメモリークロスヒーローズもどうかよろしくお願いします。


https://syosetu.org/novel/277162/


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その2

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その2

 

~陰念視点~

 

深く深く息を吸い、長く長く息を吐く……体内の霊力を吐き出し、外の霊力を取り込む……霊力循環をより深く、より長く、己の体内の霊力を全て吐き出すような気持ちで霊力を放出し続ける。

 

【陰念呼吸が浅いわ、もっと深く】

 

「はい」

 

お師匠様の言葉に頷き、より深く瞑想を深めていく……自分の中にある霊力と外にある霊力――それをしっかりと把握し、己の中で1つとする。

 

「ぐっ」

 

「くっ……」

 

「ッ」

 

俺だけではなく、雪之丞とクシナの苦しそうな声が重なる。限界ギリギリまで霊力を放出し、結界の中の澄んだ霊力と入れ換える。それは口にするのは簡単だが、実際にするとなれば一時的に霊力の枯渇を引き起こす危険な鍛錬だ。徐々に苦しくなって、瞑想を止めようとするがお師匠様の声とメドーサの檄が飛び意地で瞑想状態をキープする。

 

【苦しいけど、もう少しよ。頑張って】

 

「霊力枯渇は確かに危険だよ、だけど1番安全な死に近づく事だ。魂に強い負担を掛けろ、でなければお前達は殻を破ることは出来ない。

横島は何度もやって来た。だからお前達に出来ない道理はない」

 

全く持ってその通りだ、横島に出来て俺達に出来ない訳が無い。苦しくて止めたいと思っても瞑想状態を続け……突如何がが自分の中で砕けたような音がした。

 

「……これは」

 

「すげえッ!前よりも全然、魔装術を使ってる時よりも力が漲ってるぜッ!」

 

「……なるほどこれが霊力の枯渇からの超回復……確かにこれを意図的に繰り返していれば横島君のあの強さも納得ね」

 

霊力の枯渇状態は悪霊や悪い霊気の影響を受けやすくなる。悪霊に取り憑かれたり、運勢を極端に悪い物にしたり、もっと言えば霊力は生命力と言っても良い枯渇から回復するだけのポテンシャルがなければそのまま死にかねない危険な行為だ。だがそれゆえに魂魄に強い負荷をかけ、生きたいと言う強い意思が霊力を多く発生させる。

 

「ママお師匠!もう1回やっても良いか!」

 

霊力を爆発的に上昇させれると知り雪之丞がもう1回と叫ぶが、お師匠様とメドーサは首を左右に振った。

 

【駄目よ、霊力の急上昇をしたら、今度はそれに身体を馴染ませないといけないわ】

 

「それに雪之丞、魔装術を展開してみな」

 

メドーサに言われ雪之丞が魔装術を展開しようとし、その顔を歪めた。俺とクシナも驚きに目を見開いた、雪之丞は魔装術を鍛え続けて来た、だが雪之丞の霊力はもや状に浮かぶだけで、物質化する気配が無い。

 

「霊力が高まりすぎたのかッ」

 

【そうなるわね。高まりすぎた霊力をコントロールする術が雪之丞にはないし、陰念とクシナも多分同じね。まずは増えた霊力をコントロール出来るようにしましょう、時間が無いからスパルタ方式になるけどね】

 

スパルタ方式――とお師匠様が口にし、メドーサがにやりと笑うとビッグイーターが俺達を囲むように出現する。

 

「とにかく戦え、戦って戦って戦いの中で掴め。お前達にはそっちの方が良いだろ?毒は抜いてあるからかまれても大丈夫だから安心しな」

 

確かにその通りだ。あーだこーだと考えているよりも戦っているうちに霊力をコントロールする術を自然に見に付けている方がよっぽど俺達らしい。それに毒が無いのなら毒が回って死ぬ心配も無く、人間よりも遥かにタフなビッグイーターは鍛錬の相手として申し分が無い。

 

「武器使う?」

 

いつもと比べるまでも無い不安定な収束がやっとの状態のクシナが神通棍を使うか?と尋ねてくるが俺と雪之丞は首を左右に振った。

 

「いや、良い」

 

「俺もだ」

 

神通棍を手にするクシナに大丈夫だと返事を返し、うっすらともや状に収束するのがやっとな霊力を手足に纏い、牙を剥き出しにし飛び掛ってくるビッグイーターに向かって拳を突き出すのだった……。

 

【ちょっとスパルタが過ぎるかな?】

 

「いや、あいつらはあんなもんで良いさ」

 

ビッグイーターと陰念達の戦いを見ながら三蔵は不安そうにメドーサに問いかけ、メドーサは心配しすぎだと鼻で笑った。

 

「弟子が可愛いのは判るが、あんまり構いすぎても駄目になるよ」

 

【うっ、綱手までそんな事言う……でも正直かなり無謀だとあたしは思うのよ】

 

無謀――人間が英霊と正面切って戦おうとすることも、神魔を倒そうとするのも無謀である。三蔵の言う事も一理あるだが、メドーサと綱手は三蔵に鋭い視線を向けた。

 

「それでもだよ。これからはもっとガープの攻勢は激しくなる。私達が英霊と神魔である以上狂神石の影響を受ける可能性を十分に考えないといけない」

 

「話によれば蝙蝠を使って狂神石を直接投与したって言うじゃないか、神魔が派遣した英霊、神魔が纏めて敵になる可能性はゼロじゃないんだよ」

 

【ぎゃてえ……それはそうだけど……やっぱり心配だわ】

 

三蔵は心配そうに戦いに視線を向ける。ビッグイーターによる戦闘訓練は何回も行っているが、今回はどう贔屓目に見ても陰念達が押されていた。

 

「ぬ、ぬあああああッ!!」

 

「しゃあッ!そのまま抑えてろッ!!うおらあッ!!!」

 

噛み砕こうとするビッグイーターの牙を受け止めた陰念に向かって雪之丞が不安定な霊力を球体にし、それを殴り飛ばす。それはビッグイーターの体内で炸裂し、その隙に陰念は離脱する。

 

「ちっ、全然駄目だな」

 

「攻撃力が足りないわね。どうする?」

 

「んなもん、突っ込んでぶちのめす。これで決まり」

 

「「お前は黙ってろ、脳筋馬鹿野郎」」

 

3人で2体のビッグイーターを相手にするには今の霊力の練りこみが不十分な陰念達にはかなり厳しい相手だ。

 

【もう少し練り込みが出来てからでも……】

 

「大丈夫だよ、心配ない。あいつらはやるさ、師匠として口出しするんじゃなくてちゃんと見ててやりな」

 

やばいと思ったら割り込めば良いのさと言う綱手の言葉に頷き、片手で印を結ぶ三蔵を見てメドーサは背を向ける。

 

「どうしたんだい?」

 

「魔界にいる横島の様子を見に行けって言われてるんでね。んじゃ陰念達は頼むよ」

 

魔界で療養中の横島の様子を見に行けと言われているメドーサは2人にそう告げて人間界を後にし……

 

「あ、メドーサさんだ。はい、みんな挨拶してね」

 

「「「こんにちわー」」」

 

「がうがーう」

 

「みみむー」

 

「フッカー!」

 

保父さんとしてアルバイトをしていたからかエプロン装備、そしてその上魔界でも凶暴と言われる魔獣が横島の周りをぴょこぴょこ飛び跳ねている光景を見てメドーサはもう終わりだと言わんばかりに天を仰ぐのだった……。

 

 

 

~西条視点~

 

オカルトGメンの地下の演習場で僕は教授と対峙していた。飄々とし、茶目っ気のある老人であったとしても教授――ジェームズ・モリアーティはれっきとした英霊であり、日本であるからこそ一定の弱体化を受けていても英霊は英霊……身体能力、そしてその老獪な戦術に、恐ろしいほどの空間認識能力……くやしいが僕とは隔絶とした戦闘力の差があった。

 

【おいおい? こんな老人の細腕が怖いのかね?】

 

「老人は老人でも教授は別だよ!」

 

抉りこむように放たれた貫手を辛うじて避けたが、風圧で肌が裂け血が流れる。咄嗟に地面を蹴って離れようとしたが、背中に何かが押し当てられる感触がし、一気に引き寄せられる。

 

【甘いね。攻撃を受けて下がる……セオリーだが、ベストではないヨ】

 

貫手はフェイク、服の袖から伸びたステッキを鎌の様にし、僕を引き寄せた教授は右拳を握りこんでいた。

 

【まずは1回目の授業料だヨ。しっかりと学びたまえヨ、西条君】

 

「ごぽああっ!!」

 

その軽い言葉と共に放たれた豪腕に肺の空気を全部強制的に吐き出され、僕は演習場の壁に叩き付けられ崩れ落ちるように座り込んだ。

 

(はぁ……はぁ……強い)

 

1日1時間――それが僕の取れる鍛錬の時間であり、それ以上はオカルトGメンの都合もあり難しい。その1時間で戦闘勘を取り戻し、そして英霊の攻撃手段を手に入れる……それはかなり無茶な代物だ。

 

【……さてト、いつまで座っているのかネ?】

 

懐中時計を手にしていた教授が蓋を閉じるとステッキが僕の顔に向けられる。

 

「くっ!」

 

頭を庇って大きく転がる。あのステッキ自体が教授の武器であり、放たれた霊波弾が演習場の床を抉る。

 

【西条君。君は私と同じタイプだ、だから徹底的に鍛えてあげよう。良いかネ?君は戦闘者としては落第点ダ、それを胸に刻みたまエ。マ

イボーイ、美神、蛍にも君は届かなイ】

 

それは認めたくないことではあるが、嘘偽りの無い事実だった。確かに僕は高水準で纏まった能力を持っているかもしれない、だけど突出した物を持たない。言うならば究極の器用貧乏だ……これは先生にも何度も言われていた事だった。

 

【切れる手札を死に物狂いで増やすんだヨ。剣術、棒術、射撃術、体術、霊力の放出、身体強化。足りなイ、全く持って足りないヨ】

 

普通の人間ならば十分な手札だが、教授は足りないときっぱりと言い切った。

 

【邪法、正攻法何でも良イ。己の物にするんダ】

 

「オカルトGメンなのにですか?」

 

【そうだヨ?正義だ、悪だなんてくだらなイ。それとも正義だの悪だのに拘って何もかも落とすのかネ?】

 

「まさかッ!」

 

霊波砲による反撃を試みるが教授は反撃の素振りすら見せず、それを弾いてみせる。

 

【英霊や神魔に人間の霊波の放出は効果はほぼ無いヨ。そうだね、神宮寺君なら突破できるかもしれないけどネ】

 

人間が攻撃に転用出来る霊力は高が知れている。精霊石などでブーストとしてやっと一矢報いる事が出来るかどうかだ。

 

【1つヒントを上げよう。私も英霊としての格はさほど高くはない、だが神魔にダメージを与えることが出来る。それは何故か?答えは……身を持って理解したまエ】

 

超神速の抜き打ちに打ち抜かれたと知ったのは吹っ飛ばされた瞬間だった。地面と水平に飛び、僕の体を貫いた霊波弾の痛み……気が遠くなりそうになる中、僕は何を受けたのかを理解していた。

 

「……ッ!」

 

普段はそんなことをしない、指鉄砲の形を作り1発だけ、薄れ行く意識の中1発だけ霊波弾を放ち、僕は地面に叩き付けられ意識を失うのだった。

 

【……西条君もやるネ】

 

直撃こそしなかったが、服の一部が千切れ飛んでいるのを見て教授は楽しそうに笑った。霊力を螺旋回転させて突破力を上げる――無論それは決め手とはなりえないが複合する術を持てば、神魔にもダメージを与える術になる。自分の身体でそれを知り、一発勝負で再現して見せた。それは西条もまた天才肌であると言うことの証明であった。

 

「なんかとんでも無い事をしてますね?」

 

【おや、琉璃君。少し早かったネ?】

 

地下に入ってきた琉璃に教授はにこやかに手を上げるが、琉璃は引き攣った顔を浮かべた。

 

「私もあんな感じですか?」

 

【んーレディには私は優しいヨ?マイボーイに嫌われても嫌だしネ。さてと始めようかネ?】

 

「はい、よろしくお願いします」

 

【琉璃君が覚えるべきなのは、自分よりも強い霊力をコントロールする術。マイボーイの変身と同じ理論ダ】

 

「だけどそれは人間には危険」

 

【その通リ。だけど君は神降ろしの一族ダ。だから並の人間よりは適正があル、神卸しを維持したまま私と組み手だヨ】

 

圧倒的な格上と戦うだけで集中力は凄まじい勢いで削られていく、その中で神卸しを維持するには相当に厳しい。

 

「解除してしまったら死ぬかもしれないですね」

 

【そうだネ、でもマイボーイはそれで戦い抜いてきたヨ】

 

少しでも判断ミスをすれば死ぬ、横島はそれを戦い抜いてきた。他の人間にもそれが出来ない道理はない、琉璃は小さく笑い霊刀を抜き放つ。

 

「少し髪型とか変わったらすいません」

 

【構わないヨ?レディに切ってもらえるんだからネ?】

 

軽く笑う教授を張り詰めた顔で見つめる琉璃は地面を蹴り、霊刀とステッキがぶつかり合い凄まじい火花を散らすのだった……。

 

 

 

~紫視点~

 

お兄さんとアリスの学校の皆でピクニックに来た時の事だった。皆でお昼ご飯を食べて、休憩も終わったらそろそろ遊ぼうかなとそわそわし始めたときの事だった。

 

「うん?どうか……」

 

「かぷッ」

 

鮫っぽいの口の中にお兄さんの頭が消えた。一瞬草原の時が止まり、次の瞬間悲鳴が木霊した。

 

「お、おおお、お兄ちゃんがッ!」

 

「た、たべたべ……ああああああ――ッ!!」

 

「こ、これ叩いて大丈夫なのか!?」

 

【だ、駄目ですよ!?お兄さんの首が飛んじゃいます!】

 

「ど、どどどどッ!!!」

 

私もどうすれば良いのか判らずおろおろしていると鮫が口をパッと離した。

 

「んん?どうしたの?」

 

「「「【無事だッ!?】」」」

 

お兄さんの首が無事で思わず声を上げる。お兄さんはなんでそんなにびっくりしてるの?と言わんばかりに不思議そうな顔をしている。

 

「ふかッ!」

 

「甘噛みは判るけど、頭は良くないなあ、ビックリしたぞー?」

 

ビックリしたと言って駄目だぞーと注意をしているが、そういうレベルじゃなくて……お兄さんがのんびりしているのは知っているけど、ここは怒る所だと私は思う。

 

「みぎいッ!!!」

 

「ふぎゃあッ!?」

 

チビの飛び蹴りで吹っ飛ばされ、うりぼーの掘った穴の中に埋められる鮫。私達だけではなく、チビ達も怒っているようだ。

 

「ふか!ふかかあ!!」

 

「ココッ!」

 

「ヨギヨギ!!」

 

「ぴぴぴー!」

 

「モノーッ!!」

 

皆に怒られて砂を掛けられて埋められて、石まで乗せられている。お兄さんが怒らない分までチビ達が凄く怒っていた。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

【大丈夫だろ?ドラゴンだしな、しかし危なかった。下手をすれば私は涎まみれだったぞ……】

 

心配そうにしているお兄さんと涎塗れにならなくて良かったと安堵している心眼の声を聞きながら、鞄からボールを取り出す。

 

「お兄さん!あそぼー」

 

「ボールか!良いな!」

 

「お兄ちゃん、遊ぼう!」

 

「あたいも混じるぞー!」

 

【行きましょう!】

 

アリスと私達だけじゃなくてチルノ達の混じり、困惑しているお兄さんを半分担ぎ上げるようにして連れて行く。お兄さんは優しいから鮫も出してあげようって言うと思うけど、悪いことをしたら反省させないと駄目だからね。優しいだけじゃ駄目って小竜姫も言ってた。

 

「よいしょー!」

 

「っとと、よっし、じゃあ遊ぶか」

 

「「「「おーッ!」」」」

 

お兄さんもボールを受け取れば遊ぶ準備を始めてくれ、皆でボール遊びを始める。30分位したら反省したとチビ達が判断したのかチビ達に監視されながら遊びに混じってきて、皆の使い魔の鳴き声と私達の楽しそうな声が草原に響き始めるのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

目の前に広がっている金色と少し軽めの圧迫感に苦笑しながら、胡坐をかいている俺に向かい合う感じで抱きついてきているアリスちゃんの背中をなでる。

 

「うーお兄ちゃんはアリスのお兄ちゃんだもん……」

 

チルノちゃん達が俺に懐いて来たのは良かったのだが、最初はにこにこしていたアリスちゃんだが、段々嫌になってきたのかその結果がこの抱っこちゃん状態のアリスちゃんだ。

 

「うーっ」

 

「大丈夫大丈夫、俺はここにいるから」

 

「……うん」

 

普段の力とは比べ物にならない弱い力でぎゅっと抱きついてくるアリスちゃんの背中を撫でて上げると、少しくすぐったそうに笑う。

 

(多分だが、自分と近い友人がお前に懐いてしまったのが面白くなかったんだろうな)

 

(ちょっとした嫉妬みたいなもんかな?)

 

(多分な。満足するまでそうしていてやれ)

 

チルノちゃんとか、パイモンちゃんとか、アガレス君とかはいるが、アリスちゃんよりは一回りは幼くて友達と言うよりかは弟や妹という感じなんだろうな……紫ちゃん達は友達って感じだけど、やっぱりこう複雑な感じがあるのだと思う。

 

【あ、お兄さんとアリスいましたよ!】

 

「遊んでいるですの、私もですわー♪」

 

「突撃-♪」

 

「みむー!!」

 

「ふかふかーッ!!!」

 

「ちょいちょ!まっ」

 

「わわーッ!!」

 

俺とアリスちゃんを探していたのか、紫ちゃん達とチビ達が突撃してきて、待ってという間もなく一瞬で押しくら饅頭のような状態になり、全員が部屋の真ん中で寝転がる事になった。

 

「むふー♪」

 

【んふふーお兄さん】

 

寝転がったままで満足そうに笑っている紫ちゃん達にしょうがないなと思いながら、アリスちゃんに視線を向けるとアリスちゃんも楽しそうに笑っていたので少しだけ安心する。

 

「このまま昼寝するか」

 

昼寝時間も近いにこのまま昼寝をしてしまおうと言う事になり、広い部屋の中の真ん中でぎゅうぎゅうになりながら俺は目を閉じるのだった……。

 

 

「もー、どうせ昼寝するならもっと広い部屋で寝るじゃん、でもまぁ……幸せそうだから良いかな」

 

横島を中心にして眠っているアリス達を見てハーピーは困ったように笑いながらも、その幸せそうな寝顔を見てしょうがないと笑い。横島達に毛布を掛け、おやすみと声を掛けてその場を後にするのだった……。

 

 

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その3へ続く

 

 

 




陰念達と琉璃さん、西条さんの訓練中です。新しい戦闘技術の確立、戦闘スキルの向上が横島がほのぼのしている間に行なわれております。次回はくえすと恵のペア、そしてタイガーとエミさんを出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その3

 

~くえす視点~

 

めぐみと私が揃う事でやっと解読出来るようになった魔道書――しかし、その解読は難解を極め、何を記した本なのかが私達にはまるで理解出来なかった。

 

『白は黒、黒は白。破壊もまた癒しであり、癒しもまた破壊である』

 

「……私解読間違ってます?」

 

「いえ、私もそれであっていると思いますが……」

 

言葉のニュアンスが間違ってる可能性はありますが、大本は間違っていない筈……。

 

「白魔術が破壊?」

 

「黒魔術が癒し?」

 

ありえない、確かに魔力という概念で考えれば大本は同じではある筈ですが……黒魔術で癒し等出来るわけが無く、白魔術で破壊が出来るわけがない。魔力を相手に-の指向性のエネルギーに変え、そこに属性を付与することで炎や雷を作り出すのが黒魔術だ。その魔力の指向性は-のベクトルを帯びている。それに対して白魔術は与える事で現象を引き起こすのが大前提であり、与える事が根底にある白魔術は攻撃力に乏しい。

 

「……どういうことなんでしょうね?」

 

「判りませんわ……1つ言えるのはこの魔道書を作った人間は性格がとても悪いという事ですわ」

 

「くえすといい勝負だと……いひゃいッ!」

 

失礼な事を言うめぐみの頬を抓り上げながら魔道書に視線を向ける。

 

(確かに文字は読めました……ですが……)

 

文字は読めたが、最初のこの文の意味を理解しなければ他のページを読む事が出来ない作りになっている。

 

「どうすれば良いんですの?」

 

「……ううう、判りませんよぉ……」

 

今蛍達が学んでいる霊力の扱い方は私達には相性が悪い、あれはあくまで攻撃時に霊力を転用する事で威力を出すもので放出した段階でコントロールをするのは不可能になるので私やめぐみが神魔の性質に合わせて一点特化で相手の守りを突破するのは難しい。

 

「1度考え方を変えて見ませんか?」

 

「変えるとは?」

 

「黒魔術による回復と白魔術による攻撃です……な、なんですか、その馬鹿を見る目はッ!」

 

「いえ、随分と馬鹿に……」

 

苛立ちを持って馬鹿と言おうとした私ですが、待てよと……考え方を変えるのは間違いではない、ただそれを白魔術を攻撃に、黒魔術で癒しと言う訳ではない。

 

「……零地点突破」

 

単純に言って白魔術は足し算、黒魔術は引き算だ。それはどこまで言っても交わることはない……それは算数の考え方でだが、数学と考えれば同じ領域に入り込めるかもしれない。

 

「ふぇ?」

 

「馬鹿やってるんじゃないですわよ、20過ぎてぶりっ子しないほうが良いですわよ」

 

「素ですよッ!それで何を閃いたんですか?」

 

「めぐみは力を増幅させなさい、私は-で力を放出させ続けます」

 

めぐみも馬鹿ではない、魔法という形ではなく魔力を放出し続ける、増幅させ続けるで私が何をしようとしているのかを理解した様子だ。

 

「下手をすれば吹っ飛びますよ?」

 

「屋敷の1つや2つ問題ありませんわ」

 

横島を1人で戦わせない為ならば屋敷が吹っ飛ぼうが私に取っては何の問題もない。めぐみは一瞬驚いた顔をして、小さく笑った。

 

「良い風に変わりましたね」

 

「うるさいですわ、さっさと始めますわよ」

 

魔道書を中心において、手の平を互いに向けると同時に魔力を放出し、めぐみは魔力を増幅させる。魔法と言う形にならず、荒れ狂う力の奔流が髪や衣服を持ち上げる。

 

「うっ……もう少し弱く出来ません?」

 

「そんな泣き言は……聞きませんわッ」

 

方向性の違う2つの魔力が私とめぐみの間で混ざり合い放電を繰り返す。少しでもコントールをミスれば私の屋敷所ではない被害が出る程のエネルギーが私とめぐみの間で生まれ、衣服を……肌を切り裂くが私は魔力のコントロールを続ける。

 

「……うっ」

 

「くうっ……」

 

私とめぐみでは魔力の内容量が違う、どうしてもめぐみの魔力が劣る。

 

「少しは気合を入れなさいッ」

 

「うっ判ってますよぉッ!!」

 

徐々に徐々にスパークが緩まり、私とめぐみの魔力の波長が1つになっていく……本来方向性が異なる物である筈なのに、それが1つになり、さっきの暴れ方が嘘の様に静かになったと思った瞬間。何かが弾ける音が地下室に響き、私とめぐみは同時に弾き飛ばされた。

 

「きゃっ!?」

 

「つっうっ!?」

 

互いに水平に弾き跳び、地下室の壁に叩きつけられて尻餅をつくように座り込んだ。頭を振りながら立ち上がった私の目の前に広がっている光景に思わず息を呑んだ。

 

「……凄い」

 

「凄まじいですわね」

 

地下室の壁に映し出された数多の魔法の術式、それは見知った物から初めて見るものまでその種類は恐ろしい数だ。その中心にあるのは封印を解こうとしていた魔道書……。

 

「なるほどこういう代物だった訳ですか」

 

「ロストテクノロジーですねえ」

 

魔道書ではなくあれはデータベースだった。魔力により投影し、こうして存在しているだけで常に魔法を作り続ける。今で言うコンピュータ―……それが私とめぐみが長い時間を掛けて解読していた魔道書の正体なのだった……。

 

「凄い……こんな術式……思いつきも……」

 

「……悔しいですが、これを作った魔法使いは紛れも無く天才ですわ」

 

魔法陣の大きさによる魔法の出力の調整、ほんの僅かな文字の変更により魔法の効果すらも変える。今まで思いつきもしなかった高度な魔法……私とめぐみは寝る間も、食事をする時間も惜しみ、過去の魔法と私達が身に付けた魔法を組み合わせ新しい魔法の開発を始めるのだった……。

 

くえすとめぐみが寝食を削って研究に没頭している頃――魔界の横島はと言うと……アリス達とかくれんぼをしていたりする。

 

「みーつけた」

 

体育座りで帽子をギュッと抱え込んでいる幼女は横島の言葉に顔を上げる。血のように紅い瞳に青みが掛かった緩くカールしたショートカットに、ピンクを基調にしたドレスとふわっとした独特の帽子を被った少し風変わりな印象もあるが間違いなく美幼女と呼べるほどに整った容姿の幼女は口元から鋭い牙を見せながら笑う。

 

「ふっ、流石横島ね。私のこの完璧な姿隠しを見破るなんて褒めてあげるわ」

 

体育座りで頭を抱え込むのは完璧な隠れ方なのだろうかという言葉をグッと横島は飲み込んだ。この吸血鬼の少女は見た目こそ幼いがその強さは桁違いであり、ゾンビの大軍+チビ達の連合軍とも単騎で戦えるほどに強いので怒らせるのは得策ではないと判断し、両手を広げている少女を抱っこする。

 

「レディの扱いがなってないわ。そんな風に抱っこするものじゃないの」

 

ただその抱き上げ方に文句があったのか、ぺしぺしと横島の頭を叩きながら自らの翼で宙に浮かぶ。

 

「腕を曲げて、そう、それでいいわ。そこに私が座るから」

 

腕を自分の思うように動かし、満足した様子で吸血鬼の少女は横島の腕を椅子に見立てて腰掛ける。

 

「こう?」

 

「そう、それで良いわよ。さぁ行きましょうか」

 

横島の腕に腰掛けご満悦という表情の吸血鬼の少女を見て、楽しそうだから良いかと思い再び隠れているアリス達を探し始める横島だが、横島は実は知らない、1番最初に見つかった子は次の人が見つかるまで抱っこして貰えるというルールが出来てしまっているが故に、横島が探し出すまでの間に1番最初に見つかる役を賭けて音速を超えた壮絶なジャンケンが繰り広げられていると言う事を……。

 

「最初の1人はすぐ見つかるんだけどなあ……」

 

「ふふ、皆そう簡単には見つからないわよ。頑張りなさいな」

 

最初の1人は何時もすぐ見つかるのにとぼやく横島と、そんな横島の腕の上に座りご満悦な吸血鬼の少女と、酷く穏やかな空気の中かくれんぼは続いていた。

 

 

 

~エミ視点~

 

口につけていた笛をそっと放し、目の前で疲弊しているタイガーに視線を向ける。滝のような汗を流し、先ほどまで全身を覆っていた霊力が霧散し、タイガーが地響きを立ててその場に崩れ落ちる。

 

「はぁ……はぁ……どうでしたジャー?」

 

周囲の破壊の跡、それに加えて鍛錬の相手をしてくれていた小竜姫様とあたしの意見は同じだった。

 

「論外、使い物にならないワケ」

 

「酷な言い方になりますが、タイガーさん。貴方の覚悟は何の意味もありません」

 

ショックを受けた表情をするが事実その通りだ。元々タイガーの霊能は霊力の物質化と憑依の二重属性。霊力を物質化し、動物の魂を憑依させることで獣そのものになる特殊な交霊術。確かに精神感応等も紛れも無くタイガーの霊能ではある、だがそれは本来の霊能から零れ落ちた弱い弱い物だ。

 

(厄介ね)

 

タイガーのトラウマ――自分の村を、家族を襲った虎を悪魔を単独に寄る撃破。だがそれは自分の村の守り神を殺すのと同意儀であり村人から迫害を受けた、人の中で暮らせず森の中へと逃げた。そして自分を守り導いた祖父の死によってタイガーは人ではなく、獣に寄り添いすぎた。若干のイントネーションの違い、意思疎通の難しさがここに関係してくる。

 

「そんなに駄目ですかノー?」

 

「確かに攻撃力は十分、速度も悪くない。一撃の突破力もある」

 

それじゃあと目を輝かせるが、あたしは首を左右に振った。

 

「あたしは弟子を人形にするほど冷血じゃないつもりだし、2人一組じゃないと戦えないってデメリットしかない訳」

 

トランス状態になり、霊力を物質化させ獣を憑依させたタイガーをあたしが黒魔術と笛で操る。それはタイガーの提案した作戦だが、トランス状態のタイガーに自分を守ると言う考えは無く、ただ命じられるままに戦う人形――それはかつてあたしが公安で働いていた時の事を思いださせ、どうしても受け入れられる物ではなかった。

 

「自分でコントロールできるようになるべきだと思います。十分に貴方の霊能は神魔に届く」

 

既に回復しているが小竜姫様の腕には切り傷が刻まれている。それはタイガーの爪で引き裂かれたものだ、横島とはまた違うベクトルの霊力の固形化技術――正直美神達が死に物狂いで習得しようとしている過去の除霊術とは方向性は違うが神魔に有効打を与えれる技なのは違いない。

 

「だけど、あっしは……」

 

手が小刻みに震えているタイガーを見て、私も小竜姫様も溜め息を吐いた。確かにタイガーは横島を除けば今の人間の中で確実に神魔と英霊にダメージを与えれる存在である。だがかつてのトラウマがそれを邪魔する、自我を失わなければ使えないのでは宝の持ち腐れにも程がある。

 

(かといってこれはあたし達には無理なワケ)

 

霊力の固定と物質化は並みの霊能者では無理だ。そもそもこれは鍛えて習得出来る物ではなく、本人の才覚が大きく関係している。

 

「タイガー、怖いのは判るワケ。だけど何時までも怖い怖いと逃げていたら、大事な時にオタクは大事な物を取りこぼすわよ」

 

「……ちょっと走ってくるんじゃー」

 

逃げるように、いや実際あたしと小竜姫様から逃げたタイガーを見て頭を抱える。

 

「小竜姫様はどう思うわけ?」

 

「横島さんの次に神魔と正面から戦えるだけの才能はあると思います。ですが……」

 

「戦えないんじゃ意味がないワケ……」

 

誰かが前に言っていた強すぎる力は争いと悲劇を呼ぶ――タイガーはその典型であり、かつてのトラウマを乗り越える事が出来なければタイガーはこれからの戦いについて来れない。

 

「エミさんはどうするつもりですか?」

 

「どうもしないワケ、あたしは道筋を作った。後はタイガー次第、自分で戦えないのなら……タイガーはここで脱落ね」

 

弟子だからこそあたしはあえて突っぱねる道を選ぶ、自分で奮起しなければ前に進もうという意志が無ければ何れは立ち止まる。そんな相手に時間を割いている余裕はない。

 

「それも1つの道でしょうね、それでエミさんはどうしますか?」

 

「判ってるでしょ?組み手を頼むわ」

 

そしてあたし自身も美神達と同様に古い除霊術を身につけなければならない。悔しいが、霊能者としてはあたしは中の中くらい。霊体撃滅は神魔に効く訳が無く、美神達ほど霊具の扱いに長けているわけではない。そして神宮寺ほど黒魔術に秀でている訳ではない……どこまで言っても凡人だ、ベリアルの名を語る木っ端悪魔。あれを契約していた時期があたしのピークであり、その恩恵を失いつつあるあたしは衰えていくしかない。

 

「私はエミさんのような人は嫌いじゃないですよ」

 

「ありがと、でも訓練とそれは別でお願いするワケッ!!」

 

「大丈夫です。私は訓練で手を抜くような性格ではありませんから」

 

余りにも重い小竜姫様の反撃を必死で受け止め地面を蹴って距離を取る。自分に出来る事はなんでもやる、どんな細い糸でも掴んでそれを手繰り寄せて己の力とする。無様で決して華々しくない……だがそれだけがあたし、小笠原エミが前に進む為のたった1つの道なのだから……。

 

 

 

~ビュレト視点~

 

魔界から送られて来た便りを見て俺は眉を細め、そのままその便りを手に西条の元へと足を向けた。

 

「どうかしたかな?ビュレト」

 

「問題と言えば問題があってな、丁度良い。琉璃もいるならば無駄な手間が省けた」

 

西条から琉璃を呼んで貰えばいいと思っていたが、余計な手間が省けると魔界から送られて来た手紙を机の上に乗せる。

 

「魔界のレースの開幕のお知らせ?」

 

「これがどうかしたのか?」

 

「参加者の一覧を良く見ろ」

 

参加者の一覧を指差し、そこに視線を向けた西条と琉璃の顔色が変った。

 

「ビュレトさん……なんで横島君がエントリーしてるんですか?」

 

「知らん」

 

何故か横島がうりぼーと一緒にエントリーしていたから俺はこうして西条の所に来たんだ。

 

「主催者はトート神……なんとか説得出来たりしないか?」

 

「主催はトートだがスポンサーはルイだ」

 

ルイの名前が出て西条と琉璃の目が死んだ。明けの明星が絡んでくれば人間に出来ることなんてあるわけがない……。

 

「胃痛が……」

 

「なんでこんな事に……」

 

「時期が悪かったな」

 

魔獣が子供を産む時期とレースの時期は殆ど同じだ。それにルイが目を付けないわけがないんだが……正直横島を参加させるとか正気か?と思うレベルだ。

 

「……西条、琉璃……横島の魔界での状況なんだけどさ……これ見てくれる?」

 

ふらふらと入ってきたメドーサが机の上に写真をばら撒いてソファーに座り込んだ。

 

「……うわあ……なんだか大変な事になってるぅ……」

 

「神代会長、しっかりするんだ。現実と向き合うんだ」

 

横島の回りを飛び跳ねている魔獣、その数が10を優に越えている。新生した神魔もいるので全部横島に懐いた魔獣とは言い切れないが、その中の数人……いやもっと言うとは全員が横島に懐いている可能性もあり、何とも言えない表情を私を含めて全員が浮かべた。

 

「この魔獣ってどんなのですか?」

 

「全部魔界でも触れるなと言われるレベルだな」

 

全部特級の危険な魔獣の幼生だ。見た目は愛くるしいが、その内確定で化け物になるのが決まっていると言うと西条と琉璃はその場に崩れ落ちた

 

「「もう駄目だおしまいだぁ……」」

 

完全に目の前の現実に心が折れているか……俺は頭を振り2人に提案を出した。

 

「くえすを連れて魔界へ行く、そこで俺が見定めてこよう。危険そうならば、ベリアルとネビロスに預かるように頼んでもいい」

 

俺の言葉に西条と琉璃は跳ね起き、よろしくお願いしますと殆ど同時に叫ぶのだった。

 

「ねぇねぇ、柩ちゃん。私と魔界に行かない?」

 

「やだよ、何でボクがそんな所に……「横島君が魔界のレースに出るんだって、見に行かない?」何をぐずぐずしてるんだゴモリー、早く出発の準備をするんだ」

 

「私、柩ちゃんのそういうところ大好き」

 

なおゴモリーと柩も魔界へ向かう準備をしていたりするのだが……ビュレトは当然それを知る由も無いのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

新生や転生した神魔の学校で保父さんのアルバイトをしている間に俺は何時の間にかせんせーと呼ばれるようになっていた。お兄ちゃんと呼ばれる事もあるが、その多くはせんせーである。なんかむずがゆい気もするが慕われていると判っているので、実はそう悪い気はしていなかった。

 

「ねーねー、せんせー」

 

「何?」

 

「あのね、あのね。くーちゃんが家の中で柱を噛んだり、家具を壊したりするの。せんせーどうすれば良いか知ってる?」

 

「ケルチャンもなのー」

 

「せんせー、教えてー」

 

いや教えてくれって言われてもなぁ……俺は少し考えてからモグラちゃんとかうりぼーを相手にしている時のが効果があるかな?と思い、ちょっと待っててと声を掛けてタタリモッケさんの所へと走った。

 

「丈夫な縄?そんなのどうするんですか?」

 

「ちょっと欲しくて何とかなりますか?」

 

「運動場にならあると思いますが……」

 

運動場にあると言う言葉を聞いてありがとうございまーすと口にし、俺は校舎から運動場に飛び出し運動場の用具入れから縄を引っ張り出して校舎へ戻った。

 

「お兄ちゃん、そんなのでどうするの?」

 

「うん、昔うりぼーとかモグラちゃんが暴れてる時にちょっとやったんだ」

 

縄を許可を貰ってから短く切って、暴れると聞いているケルベロスやヘルハウンドの前で縄をぷらぷらと振る。

 

「……」

 

ジッと見つめ、縄の動きに合わせて首が動く噛み付こうと口を開いたタイミングでパッと持ち上げて空振りさせる。

 

【お兄さん何をしてるんですかね?】

 

「わかんない」

 

「遊んでるのでしょうかね?」

 

リリィちゃん達の不思議そうな声を聞きながら、目の前のケルベロスの赤ちゃんに視線を向ける、最初は1つだったが、今では3つの首全てが動いている。頃合だと思い、真ん中の1番リーダーだと思う首に縄を噛ませる。

 

「うおっと」

 

「ウウウーッ!」

 

思ったより強い力で驚いたが、しっかりと縄を持ち綱引きの形でケルベロスと遊んでやる。いらついた素振りが消え、その目に楽しそうな色が浮かんでくる。そして満足したのかぱっと縄を放し、自分の主人の元へ向かうケルベロスは尻尾をぶんぶんっと振って上機嫌だ。

 

「こうやって闘争本能とかを満足させてあげれば落ち着いてくると思うよ。あんまり力任せにやらないで、優しく引っ張ってあげてね」

 

「「「はーい」」」

 

縄を配り、自分の使い魔と綱引きで遊ばせる。やっぱり暴れるというのは体力が有り余っていたり、闘争本能を発散できないのが理由だと思う。

 

「フカー、フカア!」

 

【にゅにゅーッ!】

 

「ほれ、噛め、噛んで吾と綱引きだ」

 

「やあん?」

 

「あら、器用ですわね」

 

「ちゃぁ~♪」

 

綱引きをしていたり、縄を見て興味なさそうにしている子がいたり、両手で持って器用に綱引きをしていたりと皆思い思いに遊んでいる。

 

「みむ!」

 

「ほいほいっと」

 

小さい手で縄を掴み、ぐいぐいっと引っ張るチビの力に合わせて優しく綱を引っ張る。あちこちで聞こえて来る楽しそうな声……。

 

「ふぎゃあッ!!」

 

「やぁん?」

 

「痛い!引っ張らないでぇ!」

 

「ワニワニワー♪」

 

茨木ちゃんとアガレスの悲壮な悲鳴が聞こえてきて、何とも言えない気持ちになったが皆が楽しそうにしているのは間違いない事でこれで良いかなあと思う事にしようとしたのだが、割りとすぐにそれは間違いだったと気付く羽目になってしまった。

 

「ふかっあ!!」

 

「ぴいいいッ!!!」

 

鮫っぽいのの小さな爪に光が集まり、振るわれると飛ぶ斬撃が放たれ。それを太陽神の化身の幼生が火炎放射で迎撃する。

 

「グルルルルルルッ!!!」

 

「しゃああッ!!!」

 

ケルベロスとオルトロスが唸り声を上げ、身体をぶつけ合う。しかもあちこちでバトルが始まってしまい、大変な事になったと思って慌てているとタタリモッケさんが大丈夫ですよと俺に声を掛けてきた。

 

「使い魔になっているとは言え、魔獣ですから闘争本能があります。それを我慢する事を覚えているので、普段は我慢しているのですが横島さんのお蔭で穏便な形で発散出来そうです」

 

「穏便な形……?」

 

「はい、穏便な形です」

 

……これが穏便……?魔界の人の考えは俺にはちょっと理解出来なかった。

 

「ゴガアアアッ!!!」

 

金属で出来た小さな犬見たいのが巨大な岩を投げ……。

 

「モーノオオオッ!!」

 

犬見たいのは目からビームが出てるし……。

 

「みっぎいッ!!!」

 

「ぷぎゅーッ!!!」

 

「チビとうりぼーまで!?」

 

うりぼーの上に乗ったチビが電撃を乱射し、使い魔達を次々とノックアウトしている。だが使い魔達はすぐに復活し、使い魔同士の戦いを再開する。

 

「がんばえー!!」

 

「ゆーちゃんとたまちゃん、頑張れ!!」

 

わーわーっとあちこちで応援合戦も始まってしまい、本当に大丈夫なのかと心配になる。

 

「お前はいかんのか?」

 

「やぁん?」

 

「……やっぱりこいつ駄目そうだ……」

 

茨木ちゃんに懐いた桃色の良く分からない生き物だけがごろりと寝転がり動く気配が無く、俺は目の前の怪獣決戦にすっかり心が折れて、その魔獣のそばに座り込んで抱き上げる。

 

「やぁ?」

 

「うん、お前はそのままでいてくれると嬉しいかな」

 

もちもちとしたそのボデイに癒されながら目の前を飛び交う火炎放射や、氷の礫、雷に突風を見て俺は思わず遠い目をしてしまう。

 

「「……なんて楽しそうな」」

 

「……」

 

そして巫女さん2人も楽しそうに見えるらしく、俺は思わず天を仰いだ。

 

「美神さん達が普段感じてるのってこんな感じなのかな」

 

【どうだろうな……】

 

俺が魔獣とかを連れて帰って来ている時の美神さんや琉璃さんの気持ちはこんな感じだったのだろうかと思う。

 

【チビ!右!ああ、えっと左!!】

 

「違うよ、上だよ!!」

 

「いえ、簡単ですわ!うりぼーローリングッ!!!」

 

紫ちゃんの指示でうりぼーが放電しているチビを乗せているまま回転し、周囲に電撃の嵐を撒き散らすのを見てもうどうにでもなれと諦めの境地に達するのだった……。

 

「やぁ、横島。ちょっと君に頼みたい事があるんだけど良いかな?」

 

「ルイさん?どうしたんですか?」

 

保父さんのアルバイトをし、アリスちゃん達の魔界でのんびりと過ごしている俺の元にルイさんが尋ねて来たのは、チビがタタリモッケさんの学校の使い魔すべてを打ち倒し、最強の名を獲得したその日の夜の出来事なのだった……。

 

 

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その4へ続く

 

 




次回はピートの話を入れて、後半横島をメインで話を書いて行こうと思います。魔界レースですね、こういうギャグ系を1ついれて、あと1回鍛錬を入れたらシリアスな戦闘な話を書きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

最初に見つかった吸血鬼の女の子はカリスマ吸血鬼モチーフですが、名前は明言しておりません。もしもカリスマだろと読者の皆様が思えばレミリアになる予定です。


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その4

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その4

 

~ブラドー視点~

 

神魔と英霊と戦う――口にすれば簡単だが、それを実際にするには考えられないほどの問題が立ち塞がってくる。

まずは神魔と英霊は人間とは桁違いの霊的防御力を有している。それを貫通するのは並大抵の苦労ではなく、古い時代の除霊術により一点に霊力を収束し相手の防御を突破すると言うのは確かに攻撃する為の手段ではある。だがそれは自分の防御を下げるという事でもあり、諸刃の剣である。カオスが何かを開発しているようだが、それでも命を懸けた戦いとなるだろう。

 

次に伝承である。神魔を神魔とし、畏怖し信仰を集める伝説。そして英霊が英霊となる逸話――それら自身も強固な鎧、強固な矛となる。人間に知られているから弱点が容易に判るというのは馬鹿の考える事だ。弱点を知られているから勝てないなんて言う馬鹿な神魔や英霊は存在しない、自分の弱点を知り、その対策を持ち、相手がそこを狙ってくると判っているからそこを待ち構える。英霊と神魔と戦うにはその弱点を利用しつつ、相手を出し抜くずる賢さ、自分の持てる札を効果的に切る頭脳が必要になる。

 

「ピエトロよ。お前には才能が無い」

 

「それはッ」

 

訓練を見続け、稽古の相手をした上で我はそう言いはなった。苦渋に顔を歪めるピエトロに指を向ける。

 

「お前は魔には向かん、更に言えば聖句も完全に使いこなせる訳ではない。そして体術も遠距離攻撃術も全てが中途半端だ」

 

我は魔法も体術も剣術も極めている。ピエトロも同じ様に複数の事を人並み以上に出来る才能がある……だが決して一流には届かない、どこまで言っても二流それがピエトロの限界だった。

 

「ブラドー伯爵、幾らなんでも言い過ぎでは?」

 

「黙ってろ唐巣、これは親子の問題だ。お前にはシルフェニアのような魔を扱う術はない、吸血鬼だから聖句も満足には扱えぬ……良く言えば万能型、悪く言えば器用貧乏のお前にだけ出来る事があるのに気づいているか?」

 

「……父さん、それはどういう……」

 

「考えろ。ヒントは与えている、それで判らぬのならば才能のある・なしではない、お前は間抜けだ」

 

ここまでの鍛錬でヒントはこれでもかと与えた。それでもまだ気付かぬ、それでもまだそこに辿り着こうとしていない。ならば1度叩き伏せ、現実を教えるしかない。

 

「光と闇を扱うのはそんなに簡単な話では」

 

「違う、そんな問題ではない。お前の武器はそんなありふれたものではない」

 

光と闇を扱えるのは長い歴史の中でもピエトロが初だろう。だが我が言いたいのはそんな話ではない、むしろそんなことしか思いつかぬのならば我が息子ながら無能と言わざるを得ない。

 

「良く考えろ、伊達雪之丞、横島忠夫にあってないもの、お前にだけある物はなんだ?」

 

これ以上のヒントを出すつもりはない。これは自分で気付かなければ意味がない物だ。同年代で、自分よりも高みにいる2人にあってない物……それは何よりも稀有な財産だ。我では手に出来ぬ物……とても稀少で、それであると同時にとても残酷な現実。

 

「……酷な言い方かもしれない。だけど私もそう思っている目に見える才能ではない、きっと何故と思うかもしれない。だがとても素晴らしい才能がピート君。君にはある」

 

唐巣もそれに気付いていたのだろう。だがそれは若いピエトロには受け入れ難い才能だ――とても残酷で救いが無い、目に見える武器ではない。そして秀でている武器でもない……だがそれは何よりも素晴らしい武器である。

 

「僕には雪之丞や横島さんのような武器はないです……弱くて、届かなくて……それでも僕は……諦めたくない。弱いままでいたくないんです。届かないなんて判ってる……それでも僕は前に進むことしか出来ないからッ!」

 

ピエトロの言葉に我と唐巣は頷いた。

 

「そうだ、それがお前の武器だ。お前は自分の限界を、そして届かぬ場所を知っている。それでも前に進む意志がある、努力し続けることが出来る。不屈、諦めぬ心は何よりも武器になる」

 

目に見える成果などピエトロには無い。何時まで努力しても結果が出ないのに耐えれる物はそうはいない。それでもピエトロは歯を食いしばり、結果の見えぬ努力を続けて来た。その諦めない姿勢、くじけぬ心は賞賛に値する。

 

「努力し続けることも才能なんだ。天賦の才がなくても、努力し続ける事――それは何よりも得がたい才能なんだ」

 

「……努力し続ける事が才能」

 

「そうだ。これから我と唐巣はお前に徹底的に技術を詰め込む。苦しいだろうし、逃げたくもなるだろう。それでもお前はついて来れるか?」

 

我の問いかけに強い意思が込められた返事を返すピエトロを見て、大丈夫だと我は確信した。

 

(決して折れるなよ、ピエトロ)

 

気持ちで折れなければ、心が負けなければ吸血鬼は負けない。それは半分とは言え、ピエトロも同じだ。心が折れれば、気持ちが負けを認めれば吸血鬼の再生能力は著しく弱体化する。どれほど現実に打ちのめされても、届かない高みに挫けかけても歯を食いしばって歩き続ければ必ず結果は付いて来る。

 

「早速始めよう、私とブラドー伯爵と続けて組み手だ」

 

「だが、唐巣の時は光を、我の時は魔を使え。有効打にならない戦いの中で、戦い方を学べ、そして自分だけの技術を作り出せ」

 

「はいッ!!」

 

力強く返事を返すピエトロ、だが吸血鬼の身体能力を持ってしても疲弊を覚えるほどの長時間の鍛錬。負け続ける鍛錬、吐き戻すほどに叩きのめされても、ピエトロの目から決意の炎は消えず、燃え続けているのだった……。

 

吸血鬼の身体を生かしての地獄とも言える鍛錬をピートがしている頃――魔界の横島はと言うと魔界に来て1番の窮地に追い込まれていたりする。

 

「「何時婚姻しますか?」」

 

「はい?」

 

「ぴい」

 

太陽神の化身の幼生を膝の上に乗せて毛並みを整えていた横島の前にふらりと現れるなり、婚姻はいつか?と尋ねてくる双子巫女に横島は怪訝そうに首を傾げ、膝の上の幼生も横島を真似て首を傾げていた。

 

「えっとどういうことですかね?」

 

詳しい説明を求めると双子巫女は無表情のまま口を開いた、その表情があまりに無機質なので横島は内心脅えていたりする。

 

「「化身様の使いは私達の種族の長になるという決まりですが、貴方は人間なので長にはなれません」」

 

「うんうん」

 

「「長老やおばば様が集まって連日話し合いました」」

 

「うんうん」

 

「「それで横島に入り婿してもらおうかと」」

 

「どういうことですかね?」

 

話し合って何故その結論が出たのかと横島は心底困惑した。そもそもそれほど双子巫女と仲が良いわけではないし、そもそも名前を知らないのに婿入りと言われても困惑するしかないだろうが、双子巫女は別の方向で困惑していた。

 

「「私達結構顔は良いと思うんですけど」」

 

「そういうことじゃないんですけど」

 

「「???」」

 

「なんでそこで不思議そうな顔をするかなあ……とりあえず結婚はしないのでお帰りください」

 

「「料理も裁縫も得意ですよ?」」

 

「そういうことじゃないですからね、とりあえずその長老さん達に断られたとでも言っておいて下さい」

 

まだ諦めていない双子巫女を追い出した横島はふーっと額の汗を拭う素振りをした。

 

「魔界の人の考えはわからねえな」

 

【人間とは価値観が違うからな、仕方あるまい。人間界に帰ればあきらめるだろう】

 

横島に会えなくなれば双子巫女も諦めるだろうという心眼の言葉を聞き入れた横島だったが、横島に遊んで欲しくて応接間の近くで待っていたアリス達は横島達の話を聞いていた。

 

「婚姻ってなんだろう?」

 

「わかんないですわね……」

 

【判らないなら聞いてみれば良いんじゃないですか?】

 

婚姻が分からないから他の人に聞いてみようと言う事になり、行動に出たアリス達だがその行動が後に大騒動を起こすことになる。

 

 

~横島視点~

 

魔界で保父さんのアルバイトをし、アリスちゃんと同じ学校に通ってる吸血鬼の幼女とか、パイモンちゃんとかと仲良くなってきて保父さんのアルバイトも楽しいなあと思っている頃に突然フラッとルイさんが尋ねてきて、俺は黒助さん達と一緒に応接間にいた。

 

「ふ、ふかあ……」

 

「よ、ヨギィ……」

 

「も……ものお……」

 

「ぴい?」

 

付いて来たチビ達はルイさんを見るなり頭を抱えて小さくなっている。自分よりも小さなチビの背中に隠れているのは正直無謀と言うか、無茶だと思う。

 

「また見たことない子が増えているね、使い魔にしたのかな?」

 

「あー言え、面倒を見切れないと思うのでどうしようかと……」

 

本音を言えば懐いてくれているから面倒を見てあげたいという気持ちはある、あるんだけど……

 

「魔界でも凶暴な魔獣の赤ちゃんって聞いてるから悩んでるのかな?」

 

「いや、面倒を見る場所がないなあと、むしろそっちの方が問題で……ドラゴンの卵とモグラちゃんって言うでっかいモグラがその内帰ってくるのと孵化すると思うので……」

 

正直今の段階でもかなり手狭なのに、これ以上はちょっと家で面倒を見るのが問題があると思う。面倒を見るのなら見るで伸び伸びと出来る環境を整える必要がある筈だ。

 

【琉璃達に申し訳無いしな】

 

「それは正直かなりある」

 

茨木ちゃんの事でかなり苦労をかけさせてしまったので、これ以上という気持ちもある。

 

「ふうん、なるほど。面倒を見る場所がないから駄目と……それなら私にいい考えがある」

 

「あの、すみません。話を聞いてましたか?色んな人に迷惑を掛けるって言うのもあるんですよ」

 

「子供は大人に迷惑を掛けるものだよ、横島君」

 

ドヤアってしてるルイさんの言葉には何とも言えない説得力があった。

 

「実はね、魔界でレースがあるんだ」

 

「おい、まさかこいつを参加させる気か?正気か?」

 

「勿論正気だとも、競馬は知ってるかな?」

 

「え、まぁ……」

 

競馬とか競艇とかは一応は知っていると返事を返すとルイさんは心底楽しそうに笑った。

 

「私も馬主の様な物をしているんだ」

 

「ルイさんってIT企業の社長じゃ無かったんですか?」

 

前はそんな事を言ってた気がする。あ、でも除霊関係の会社の社長とかでもあるって……あれ?

 

「ルイさんって何をしてる人なんですか?」

 

「私は自分の暇を潰す為に面白そうな物になんでも手を出してるからね、これって言われると困るな」

 

なんか想像以上にルイさんは凄い人?いや神魔?黒助さん達も敬語だし……ルイさんって本当に何者なんだろうか。

 

「まぁ私が何者かなんて大した問題じゃない、私と横島は友達。それで良いだろう?」

 

「そうっすね。それで良いかもしれないですね」

 

あーだこーだ考えるよりもそっちの方がよっぽどシンプルで良いと思う。

 

「それでだ。友達の横島君に頼みがある。私の馬がね、調子が悪いんだ。君が変わりに参加してくれまいか?」

 

「……おれ、馬なんて乗れないですよ?」

 

「大丈夫、うりぼーがいるじゃないか」

 

「ぷぎい?」

 

急に話を振られたうりぼーの鼻提灯が割れて、何?と寝ぼけ眼を俺に向ける。

 

「ルイさん、うりぼーは猪です」

 

「大丈夫。そのまま走ってる奴もいる、猪だとか馬だとか些細な問題さ。君が頷いてくれればそれでいいんだ」

 

「それで良いんですか?」

 

「私が良いと言ったら大概の事は良い、駄目と言えば駄目だけどね。私の言う事を聞いてくれるのならば、横島の悩みが解決するように私も協力しようじゃないか。どうだい?やってみてはくれないか?」

 

ここまで言われて断るのもあれなので、やりますと返事を返した翌日――。

 

「心眼」

 

【なんだ?】

 

「もしかして断るべきだった?」

 

【……判断に悩むな】

 

予想の数百倍は規模がでかいレース会場と盛り上がりを見て、場違い感が凄いと正直後悔した。

 

「お兄ちゃん、お菓子かって!」

 

「私はアイスが良いですわ」

 

【私もー!】

 

「かき氷がいい」

 

「あーうん、そうだね、買おうか」

 

アリスちゃん達の頼みを聞いて出店でアイスクリームやアイスを買い込んでいると……。

 

「ボクもアイスを買ってくれるかい?」

 

「了解了解、何味にする?柩ちゃん……ふぁッ!?」

 

アリスちゃん達の中にさも当然の様にいた柩ちゃんの存在に気付き変な声が出た。振り返ると俺の後にはフリフリのレース付きのドレスを着て、クヒヒっといつものように不気味に笑う柩ちゃんがやぁっと笑いながら手を上げていた、

 

「誰だ?知らない奴だ」

 

【お兄さんの知り合いかな?】

 

「……誰だっけ、見たことあるような……ないような……」

 

困惑しているアリスちゃん達に柩ちゃんのことを軽く紹介しようとし……。

 

「相変わらず騒がしい事」

 

「神宮寺さんまでッ!?」

 

魔界にいるはずのない神宮寺さんの姿まである事に驚き、俺は思わず声を上げてしまった。周りの視線を集めた事に気付き、すみませんすみませんと謝りながら会計を済ませて出店の前を後にする。

 

「えっとなんで神宮寺さんと柩ちゃんが魔界に?」

 

「クヒヒ、ゴモリーが魔界でレースがあるから見に行こうって言うんでね。着いて来たのさ、くえすに会ったのはさっきだねえ」

 

「私もビュレト様に誘われ、横島の様子を見に来たのですが……また大変な事になってますわね」

 

ジト目で俺を見る神宮寺さん。何が言いたいかは明らかで、俺の足元でちょこちょこ動いているチビ達の事だ。

 

「まぁなんか色々とありまして」

 

「色々とありすぎでしょう?全く何をしているのやら……」

 

あきれた様子で魔界で懐いた魔獣――鮫っぽいのに手を伸ばした神宮寺さん。大人しくしているし、アリスちゃん達に噛み付いたりしないから大丈夫と思ってみていたのだが……。

 

「ガウッ!!」

 

「ッ!」

 

「ファアアアアアーーーッ!?」

 

神宮寺さんの手に噛み付いたのを見て俺は思わず絶叫を上げた。

 

「ば、馬鹿馬鹿!なにしてッ!「大丈夫ですわよ」え?」

 

神宮寺さんはゆっくりと内側から鮫の口を2本の指で開けてニッコリと微笑むとそのまま手刀を頭に振り下ろした。

 

「ギャンッ!?」

 

「全く私でなければ大変なことになってましたわよ?」

 

「すみませんすみませんすみません」

 

アリスちゃん達には大人しく頭を撫でられていたのに、何でと思いながら何度も謝罪の言葉を口にする。

 

「何ともありませんでしたが、それで終わりとは言えないですわね……さてどうしましょうか……」

 

「俺に出来る事なら何でもしますんで、本当すみません」

 

俺に出来る事なんて高が知れているけど、それでもそれで手打ちにしてくれと頭を下げて頼み込む。

 

「まぁ良いでしょう。私と横島の仲でですしね」

 

許してくれると聞いて俺は心底安堵したのだが、頭を下げている俺は気付かなかったが神宮寺さんは計画通りと言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべていたらしい……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

ビュレト様とゴモリーの招待券で入った貴賓席で紅茶を口にしながら思わず緩む口元。それだけ自分が上機嫌だと判る、そんな私を見て柩がやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「クヒヒ、本当に怖い女だねえ」

 

「貴女が予知したからその通りにしただけですわよ」

 

警戒して噛み付いてくると聞いたので、それを利用して横島から何でもすると言わせる状況を作り出しただけである。怖い女等と言われる謂れはない。

 

「私は別に悪くないと思うけどね、自分から雁字搦めにくるなら好都合だと思うけど?」

 

「貴女の保護者もそう言ってますわよ?あ、そうでしたわね。柩は縛るよりも縛られるほうが好きでしたか」

 

「……それはそれ、これはこれ」

 

私は縛り付ける自分の側にだけいないと納得しませんが、柩は自分が縛られていれば満足なので、そこは性癖の違いと言う事でしょう。

 

「所でゴモリー。あれはありなんですの?」

 

『さぁ4番人気韋駄天八兵衛、5番人気の九近衛。いつも通りの韋駄天ペアです』

 

これはレースであるはず、なんで走る韋駄天が出ているのだろうか?とゴモリーに尋ねる。

 

「早ければ良いのよ」

 

『さあ、それに続くは6番ヘルズエンジェル。魔人のスピード狂が参戦だッ!』

 

「参戦したら駄目でしょうッ!?」

 

何普通に魔人を参加させているのかと思わず声を上げた私は絶対悪くないと思う。

 

「まぁあいつは走ってれば満足だから大丈夫じゃない?」

 

『そして最終走者は一部の神魔に圧倒的な人気人間横島忠夫です。猪に乗り、頭の上にグレムリンを乗せての参戦です』

 

ブーブーというブーイングが上がり、思わず眉を細めたのだが、すぐにそれは緩むことになった。

 

『なおルイ様推薦の参加者です。ブーイングを上げておはよう明星を喰らいたくなければ拍手で迎えましょう』

 

解説の言葉でブーイングは一気に歓声と拍手に変わった。それだけルイ・サイファーを恐れているのかというのが良く分かるが解説の悪魔の言葉の意味が良く分からなかった。

 

「おはよう明星って何さ、ゴモリー」

 

「……その昔、ルイ様を時代遅れ、今の神魔には勝てないとか言っていた馬鹿がいたわ。その馬鹿が起きた瞬間、おはよう、そして死ねとルイ様が告げて、高密度の神通力と魔力で放つ大爆発、ある意味ルイ様の代名詞の明けの明星って言う必殺技が炸裂してね、魔界の地形を変えた上に神魔でも立ち入り出来ない地獄に変わったのよ。つまり死刑宣告ね、ただそれは良くないってことでルイ様本人がおはよう明星、おやすみ明星とか言い出したんだけど、魔界の神魔にとっての悪夢ね」

 

「それはまた……とんでもないですわね」

 

偶にフラフラとしている姿を見ることがありますが、やはり明けの明星と呼ばれるルイ・サイファー。その実力は段違いって事ですね……しかしおはようとお休み明星とはなんとも間の抜けるネーミングですが、その破壊力は段違いなのでしょうね。

 

「ところでくえすも何でチケットを買ってるんだい?」

 

「買うに決まってるでしょう?横島は勝ちますわよ」

 

横島の賭け券を机の上におく、倍率がとんでもなく高いこの馬券は確実に万馬券になる筈である。

 

『さぁ各者一斉にスタート。ロケットスタートを決めたのは横島とうりぼー、圧倒的な速度でぐんぐん前へと進んで行きます。その後は韋駄天が続き、ビュレト様、ヘルズエンジェルが後方から追い抜くタイミングを探っております』

駄天が続き、ビュレト様、ヘルズエンジェルが後方から追い抜くタイミングを探っております』

 

やはりうりぼーは直線が早いですわね。でもあのスピードで曲がれるんでしょうか?

 

「曲がれるかしら?」

 

「曲がれる?」

 

『さぁ第一コーナーにはいっ……「ぷぎいいいいい――ッ!」「あーッ!!」「みぎゃああああ――ッ!」曲がれずに横島とうりぼーコースアウトッ!柵を突き破り脱線だぁ。さぁトップは韋駄天八近衛、九近衛を先頭にビュレト様、ヘルズエンジェル、魔界正規軍の騎兵隊が続きます』

 

「普通にコースアウトしたね」

 

「うり坊ですからね……これってコースアウトどうなるんですか?」

 

「ゴールまでに復帰できれば大丈夫よ」

 

じゃあコースアウトでも大丈夫の可能性はありますわね。しかし競馬の何百倍のスケールのレース場と言うのは中々迫力がありますわね……。

 

『さぁ最終コーナーを曲がり、トップはビュレト様とヘルズエンジェルの一騎打ち。ビュレト様の愛馬のバイコーンとヘルズエンジェルのバイクが唸り声を上げます。早い早い早い!!これはコースレコードが……「ぷぎゅうううう――ッ!!!」おーっとここでコースアウトしていたうりぼーが復活だぁッ!!上にご主人である横島を乗せて、え、待ってあれ気絶してない?大丈夫?』

 

激走するうりぼーの上で横島が完全に脱力して、右へ左に揺れているのは心臓に悪い。

 

「大丈夫ですの?」

 

「くえす、手震えてるよ」

 

「うるさいですわよ!柩だって貧乏ゆすりしてますわよ」

 

これを見て手が震えないわけが無い、自分だってそうなのに他人を指摘するなと反論する。

 

『並んだ並んだ!ビュレト様、ヘルズエンジェル、うりぼーがなら……でかくなったぁ!!うりぼー巨大化してラストスパートッ!圧倒的歩幅でゴールへと突き進む。早い早い!どんどん差が開くッ!2……3……4!気が付けば6馬身差でゴール!二着はビュレト様、確定しました。1着横島&うりぼー、2着ビュレト様、3着ヘルズエンジェルとなります』

 

悲鳴と歓声が巻き上がるのを聞きながら手元の万馬券を見つめる。

 

「良い元手が出来ましたわね」

 

「だねえ~いやあ、嬉しい臨時収入だ」

 

久しぶりに横島に会えた上に普通の除霊では手に出来ないほどの圧倒的な賞金を手にし、私と柩は殆ど同時に席を立った。

 

「とりあえず横島を見に行きましょうか」

 

「確実に瀕死だろうしねぇ……」

 

気絶している間横島を背中に乗せて激走していたうりぼーの姿を見れば横島にとんでもない負担が掛かっているのは明らかであり、私と柩は早足で横島の元へ走るのだった……。

 

 

 

 

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その5へ続く

 

 




次回でリピート5は終了、リポート6――おキヌちゃんの合流のあたりに入って行こうと思います。そこからは原作のシナリオを勧めつつ、ガープとかに暗躍ヒャッハーして貰おうかなっていうプランですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート5 鍛錬/その頃の横島君 その5

 

~ルイ視点~

 

宙に舞う馬券と怒号にも似た歓声を聞きながら私は隣で驚いた様子で笑っていたトートに視線を向けた。

 

「面白いレースだっただろう?トート」

 

「ええ。悪くない、とても良いレースでしたよ。いやはや、ルイ様が連れてくるだけはありましたね」

 

正直コースアウトの段階で想像していたのと違ったと思ったのだが、気絶した横島を背中に乗せたままレースに復帰したうりぼーには思わず笑った。あとその後で横島が落馬……落猪しないようにチビが両手でしっかり横島を支えていたのは面白かったな。

 

「それで横島に賭けたのは?」

 

帳簿を確認するトートはほほうと感心した様に笑った。

 

「5人ですね。その内の2人は人間でゴモリー様とビュレト様のチケットで入場しております」

 

「ああ。なるほど、神宮寺くえすと夜光院柩か」

 

ゴモリーとビュレトが動くなら面倒を見ているあの2人も同行するのは当然だなと納得する。

 

「残りの3人は?」

 

「ゴモリー様、人間界から遠隔売買でメドーサ、それときーやんですね」

 

「はは。大穴で赤字から復活したか、まぁそれも良いだろう」

 

赤貧生活をしているきーやんが今回の大穴で回復したのなら、今度はもっとしっかり地獄に叩き落してやろうと思う。

 

「じゃあ配当金を貰おうかな」

 

「大赤字ですなあ。まぁ良いレースでした、ルイ様さえ良ければあの、横島という青年をまた参加させても良いですよ」

 

トートが穏やかに笑いながらそう私に提案してくる。確かに人間と言う事で横島は侮られていたが……今回のレースでそれも変わるだろうし、何よりも横島が金に困っているのも私は知っている。

 

「良いだろう、交渉してみよう」

 

「良い返事をご期待しております。ではこちらが配当金になりますので、どうぞお納めください」

 

アタッシュケースを受け取り、トートの部屋を後にする。

 

「さてさてどんな反応をするかな?」

 

横島は小市民だからこれだけの大金を見ればどんな反応をするだろうか?とほくそ笑みながら私は選手控え室に足を向ける。

 

「中々面白いことをしたな、横島」

 

「いや、途中で俺気絶していただけですけど……?」

 

「うりぼーは曲がれなかったな。まぁ良いさ、その内曲がれるようになる」

 

ビュレトや韋駄天達の声が部屋から響いて来る。それ以外の声が聞こえないとなると横島にやっかみをいれようとした別の騎手は追い出されたと見て良いかもしれないね。

 

「なんで横島がレースに参加してますの?」

 

「あ、いや、ルイさんに代役で参加してくれって頼まれて」

 

【お兄さん、お兄さん。うりぼーに私も乗って良いですか?】

 

「え、あ。うん、良いよ。うりぼー、頼んでも良いか?」

 

「ぷぎッ!!」

 

部屋の中に入らなくてもどんな光景が広がっているかが容易に想像出来る。そして持ってきた金でどうなるのかと想像しながら、私は控え室の扉をノックしてから扉を開いた。

 

「やあ、横島。とても良いレースだったよ、悪いね。急に無理な頼みをして」

 

「あ。ルイさん、いや、ご期待に応えれたなら良かったんですけど……あれ?どうかした?」

 

私が現れた事で控え室にぴりっとした空気が広がったのだが、良く判って無い様子の横島を見て私はくすりと笑うのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

なんでさも当然のように横島は明けの明星と仲良くなっているのか……横島以外の全員がピリッとした雰囲気になっているのに、なんで横島は平気そうにしているのか……そこの所を問い詰めたくなってくる。

 

「あれ?うりぼー疲れた?大丈夫?」

 

「ぴぎーッ」

 

「疲れたみたいだなあ、リリィちゃん達。うりぼーに乗るのはまた今度ね、よいしょ」

 

腹を上にして仰向けになっているのは降伏の証である。それなのにうりぼーを抱き上げてブラシで毛並みを整えようとする横島。

 

「あれ?めっちゃ震えてる。どうかした?」

 

「ふふ、疲れたんじゃないかな?」

 

違いますわよ、横島。明けの明星が怖くて震えてるんですからね?疲れたとか言ってる貴女が1番怖がられてるって判っている筈なのに平然としているその面の皮の厚さに驚かされる。

 

「何をしに来たんだ? ルイ」

 

「いやあ、私の騎手の代わりに横島君が参加してくれただろう?配当金を持ってきたのさ」

 

重々しい音を立ててアタッシュケースが置かれ、明けの明星が楽しそうに笑った。

 

「さぁ、これが君の報酬だ。受け取ってくれたまえ」

 

「報酬なんて……きに……」

 

アタッシュケースの中身を見た横島が完全に停止した。ちらりとアタッシュケースの中を見ると魔界の通過ではなく、しっかりと日本円で用意されていた。

 

(……2億と言った所ですか)

 

これだけの規模のレースの配当金で2億ほどと言うのは正直少ないと思う。私と柩でさえ軽くその5倍近い配当金が出ている、勿論日本円に変える必要があるのでレートによってはもう少し減るだろうが2億と言うのはかなり少ない。

 

「これはほんの一部の手付金だ。本当に助かったよ、遠慮しないで持って帰ってくれ」

 

「……はい?」

 

「だからこれは君の物だ」

 

横島が明けの明星とアタッシュケースを見て、ズザザザっと後ずさった。あのスピードで動きながらもチビとうりぼーを回収して、抱かかえているのは器用な物だと感心する。

 

「どっきりですか?」

 

なんでそこでどっきりって言う発想になるのかが判らない。控え室にいる全員が呆れ顔だ。

 

「正当な報酬だぞ、横島君。良かったじゃないか」

 

「俺達よりは少しばかり少ないが、飛び入りだからだろう。今度は最初のほうから参加してステップアップして行ったらどうだ?」

 

韋駄天2人がそう声を掛ける。なるほど、魔界でも格式高いレースだから飛び入り参加の横島の配当金が少ないと言うのは当然の事だろう。

 

「お前にやる気があるならライセンスを発行すれば良い、オーナーがルイなら余計なやっかみを掛けて来る奴もいないだろう」

 

「お兄ちゃんもレースに出るの!それなら毎回遊びに来てくれるね!嬉しいなー♪」

 

ビュレト様とアリスの言葉に横島がフリーズから回復した。

 

「待って待って、今回限りでしょう!?」

 

「うん、だけど横島君が望むなら私がオーナーになって君は騎手をやればいい。金は幾らあっても困らないだろうし、うりぼーは思いっきり走れて楽しい、そしてアリスは横島達と遊べて嬉しい。ほら良い事しかない」

 

明けの明星は横島を手元においておきたいのか?観察眼には自信があるつもりですが、明けの明星に関しては本当に何も判らない。恋慕なのか、友愛なのか、それとも己の愉悦の為なのか……これに賛成するべきなのかどうなのかが判断に悩む。

 

「お兄さん、私はアリスと遊べると楽しいですよ」

 

「吾も面白いな、人間界だと暴れすぎると周りの被害が怖くてな」

 

【判ります、お兄さんの所は楽しいんですけどね。周りを壊さないようにするのは難しくて……】

 

紫や茨木童子の言葉を聞いて横島がむむむっとうなり始めた。本当に自分の事よりも、自分の懐に入れた相手の意見には弱いですわね。

 

「くひひ、良いじゃないか。横島、良い小遣い稼ぎだ。霊具とかを買うのはお金がいるからね、美神だけに迷惑を掛けるのは君も本意ではないだろう。ちょっとした小遣い稼ぎ、本免許もちのGSからすればはした金だ」

 

「……いや、これはそんな可愛い物じゃないと思うんだけど」

 

皆の意見を聞いて明らかに横島が揺らいでいる。これはもしかしたら好機なのではないか?柩が動いたことを考えればそれは確実……。

 

「良いじゃありませんか、何をそんなに嫌がるのです?」

 

「いや、Wワークとか良くないんじゃ……」

 

一瞬何を言っているのか判らず、少し間を置いて私と柩は声を揃えて笑った。

 

「別にそんな規定はありませんわよ。GSの職業で必要とされるものは多岐に渡りますし、他のGSだって副業してる人は結構いますわよ?」

 

GS一本で食べていける人間は一握りだ。それこそ私や美神クラスでなければ無理だ。CやDクラスのGSは事務所に所属しつつ、サラリーマンをしている者も居る。

 

「お袋の話が違う?」

 

「まぁあれじゃないですかね?普通の会社の常識と比べたのでしょう。GSは副業OKですわよ、普通に申請出せば問題なく受理されますわ」

 

「そんな事を心配してたんだね。くひひひ、さてそれで不安が無くなった横島はどうするんだい?」

 

柩の言葉と期待を込めた目で見ている紫達の視線に横島は考え込む素振りを見せたが、それは少しの間だった。

 

「じゃあ、よろしくお願いします。あ、でも一応美神さんと蛍には相談して、その結果ってことで」

 

「良いともさ、私も同席しよう。君の事を預かる訳だしね」

 

明けの明星が同席すれば美神達がNOと言える訳が無く、横島が明けの明星の元でレースの騎手となる事が決まり、先祖返りである美神と蛍はあまり魔界に来れる存在ではなく、必然的に横島のみになる。そして私と柩はビュレト様とゴモリーに頼めば魔界に来れる。

 

(ふふふ、流れが着ましたわね)

 

横島の使い魔達は魔界の環境で遊ぶ事が出来て楽しい。

 

アリスは横島を大歓迎だし、茨木童子達も人間界よりも魔界の方が全力で遊べて楽しい。

 

正直魔界にいる凶暴な使い魔と接点を持たせるのは不安要素ではありますが、もう懐いてしまっている以上はしょうがない。

 

(それに好都合なことが多いですしね)

 

魔界のレースの配当金はかなりの額だ。今横島が暮らしている家は最近手狭になってきているのでレースの賞金で引越しを考え始めるだろう。そうなれば私が仕掛けを施すのも可能だ、余りにも私達に都合が良い。

 

(何が幸いするか判りませんわね)

 

横島から狂神石の影響を抜く為の魔界行きでしたが、想像以上に私達にもメリットがあり思わず小さく私は笑ってしまうのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

メドーサが魔界から持ち帰ってきた新聞を琉璃の執務室で蛍ちゃんと読んでいたんだけど、途中で頭痛が凄まじくてそれを畳んで机の上においた。

 

「……横島君を魔界に行かせたのは失敗だったかしら?」

 

「どうだろうな、精神的に落ち着いているのは間違いない。コラテラルダメージって奴だろ?」

 

やむをえない犠牲って……私とかの琉璃の胃を破壊するほど悩ませる事が当たり前って思われるのは正直いやなんだけど……。

 

「メドーサさん、横島がおんぶしてるこの子って有名だったりするんですか?」

 

驚愕っていう書き出しだけど、何が驚愕なのかっていまいち良く判らない。氷の結晶に似た翼と青いワンピース姿の朗らかな幼女に見えるんだけど……。

 

「あー、魔界でも有数の氷の使い手でチルノって言うんだけど、まだ生まれて間もないけど、普通に下級神魔なら凍り付かせて倒すくらい出来る妖精だ」

 

「「妖精の定義間違ってない?」」

 

妖精は自然界の力の具現化、あるいは擬人化で、そこまで強い能力は持っていない筈なんだけど……。

 

「イレギュラーって奴だろうな。多分成長したら普通に上級神魔レベルになるんじゃないかって言われてるぞ。冷気のコントロールが出来ない筈なんだが……多分シズクの加護の影響だと思う。普通生きてる奴が近づいたら凍り付いて即死か酷い凍傷で手足を失う案件だ」

 

……なんでそんな化け物みたいな妖精と仲良くなってるの?エプロンをして保父さんのアルバイトをしているのは判るんだけど、もうちょっと普通の……。

 

(普通って何だろう?)

 

私達の中で普通の定義が崩れて来ていると思う。

 

「あのーこのラクダっぽいのに乗ってる女の子とワニの着ぐるみのは?」

 

「パイモンとアガレス」

 

「「「はい?」」」

 

「パイモンとアガレス」

 

「「「何でソロモンッ!?」」」

 

普通にソロモンの魔神と戯れているの止めて欲しいんだけど!?

 

「大丈夫大丈夫新生したばっかりらしいから、ただの子供だよ。うっすらと記憶持ってるくらい」

 

うっすらでも十分にやばいと思うんだけど……何?今度からアリスちゃんが遊びに来るとチルノとか言う妖精とパイモンとアガレスが付いて来るの?

 

「……東京滅ぶんじゃ……」

 

「止めて、思っても言わないで実現しそうだから……」

 

胃薬を飲んで青い顔をしている琉璃に思わず合掌する。一般のGSでよかったと今ほど思うことはないわね。

 

「美神さん、GS協会で昇級するつもりありません?」

 

「ごめん、無い」

 

ここで昇級すれば間違いなく責任担当にされるので即決で断る。色々と恩恵があったとしても絶対にお断りだ。

 

「おっふ」

 

「蛍ちゃん、どうしたの?」

 

仮にも年頃の少女が口にして良い声では無かった。どうしたの?と訪ねると蛍ちゃんは無言で新聞を差し出してくるので、それを琉璃と一緒に見た。

 

『魔界でも極めて稀少かつ凶暴な魔獣の幼生が一同に揃うという珍事。人間がテイムに成功』

 

「「おっふ」」

 

私と琉璃も変な声が出た。え、何これ……ええ……思わずメドーサとブリュンヒルデに視線を向ける。

 

「魔界でも凶暴かつ強い魔獣の幼生です」

 

「完全に懐いてるから、もう手遅れだな」

 

なんでそんなのを懐かせるのよ……読み進めると人間界では育成出来ないのでアリスちゃんと言うか、ネビロスとベリアルに預けるって書いてあるけど……。

 

「琉璃、これ来たら……」

 

「止めて下さい、想像したくないです」

 

「でも」

 

「すいません、本当勘弁してください。もう茨木童子と紫ちゃんと酒呑童子の眼魂で私はキャパオーバーなんです」

 

 

まぁそうよね。うん……私は1度紅茶を飲んで、小さく息を吐いた。

 

「うちの弟子がごめんね」

 

「悪いと思うなら昇格してくれません?」

 

「それは嫌」

 

昇格は絶対にお断りである。私まで胃を崩壊させたくないからである……そんなことを考えながら新聞を捲る。

 

『魔界で最も格式高いレースに初の人間の優勝者 横島忠夫とうりぼー。ルイ様がオーナーになり魔界のリーグに参戦決定か!?』

 

「……ねえ。ブリュンヒルデ、メドーサ、これどういうことかしら?」

 

横島君、貴方魔界で何してるの?なんでジョッキーになってるのよ……。

 

「多分ルイ様の悪乗りかと」

 

「もう逃げられないね」

 

そうかぁ……駄目かあ……蛍ちゃんと琉璃と一緒に揃って深い溜め息を吐いた。

 

「1度コースアウトしたものの、復帰し、最後の直線でごぼう抜き……なお横島は気絶しており、グレムリンのチビが落猪を阻止」

 

「……情報量が多すぎるわね……」

 

本当に魔界で横島君は何をしているのだろうか?楽しそうに笑っているけど不安要素が余りにも多すぎる。

 

「そんなに魔界に行かせて大丈夫でしょうか」

 

「そこが不安よね……」

 

魔界はガープ達のホームグランドだ。そこにそうほいほい横島君を行かせて良い物かと悩んでいるとブリュンヒルデが口を開いた。

 

「レース場は魔界でも戦闘行為禁止区域ですし、ルイ様が良く出没する店などもありますから魔界で1番安全な場所ですよ?ルイ様が結界を張っているので不許可での転移等も出来ないですし」

 

「人間の裏切りがあるかもしれない東京よりは安心出来る場所になると思うぞ」

 

メドーサの言う通りだ。今は人間界は疑いと欺瞞に満ちている……横島君みたいな単純な性格の子は案外コロリと騙されてしまうかもしれない。

 

「琉璃はどう思う?私はそう悪く無いと思うけど」

 

「……胃痛がマッハですけど、私もいい考えだと思いますよ」

 

安全なシェルターは幾つあっても困らない。清姫とシズクのガードも完璧ではないし、安全圏って言うのはいくつもあってもいいと思う。ただ問題があるとすれば……。

 

「私や美神さんは行きにくいって事ですね」

 

「そうよね」

 

先祖返りなどは魔界では受け入れられにくい物だ、そもそも人間と魔族のハーフというのでさえ偏見があるので私や蛍ちゃんでは魔界にいけず、魔界に行っても受け入れられる人員はかなり少ないと行っても良いだろう。

 

「横島君の事も心配ですけど、もう1つ問題があります。そろそろ舞ちゃんとおキヌさんが東京に出てきますけど、おキヌさんが霊体と肉体にズレがあるそうで……」

 

琉璃の言葉を聞いて私は眉を細めた。霊体と肉体にズレがあると言う事はまだ現世に未練のある幽霊や悪霊が寄ってきやすい状態の事だ。

 

「途中まで迎えに行きましょうか?」

 

「それがベストだとは思うんですけど……無事に合流できるかどうか……とは言え、これ以上は氷室神社でも匿えないらしいのでナナシ達に頼ってこっちに来て貰うしかないんです」

 

神代家の護衛がついていても合流するのが難しいほどの状態と聞けば状況は最悪と言っても良いだろう。しかし氷室神社まで迎えに行くのも今の状況では難しい。

 

「……本当に最悪ね」

 

「だな。よりにもよって東京でこいつが目撃された時にあいつらがこっちに来ないといけないとかな……」

 

ガープ一派に降った堕ちた陰陽師――「蘆屋道貞」その姿が東京で目撃され、GSが何人か行方不明になっている。それは今まで沈黙していたガープ一派が再び動き出したと言う証なのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

そろそろ帰る頃合かなと思っていたのだが、神宮寺さん達が言うにはまだ帰って来いとは言っていなかったと聞いたので、俺はまた保父さんのアルバイトに精を出していた。

 

「さぁ、横島!リヴァイヤサンを見に行くわよ!!」

 

「なんでレミィがお兄ちゃんの隣なの!!」

 

「私の方がお姉さんだからよ!」

 

「私より背が低いのに!」

 

「私より子供っぽいのね!」

 

 

「「うーッ!!!」」

 

シャーと威嚇しあうアリスちゃんと吸血鬼の少女レミリアちゃんの争いに頭を悩ませる。紫ちゃんやリリィちゃんも不思議そうな表情を浮かべる。

 

「おかしいですわね……普段はもっとレミリアも大人しいのですが」

 

【私達とも仲がいいんですけどね、なんでアリスと一緒だと喧嘩しちゃうんでしょう?】

 

「2人はあんまり仲良くないの~」

 

「横島がいるから余計に仲悪いな」

 

パイモンちゃんとアガレス君の言葉を聞いて俺はレミリアちゃんとアリスちゃんの間に立ってその手を握る。

 

「これで良いだろ、行こうか」

 

「うーまぁ良いわ、これで」

 

「アリスも良いよ!」

 

喧嘩が止まってくれたのに安堵し、次の不安はリヴァイヤサンに移っていた。

 

(大丈夫なのか?)

 

リヴァイヤサンと言うと俺でも知っているが巨大な龍の筈だけど、見に行って大丈夫なのだろうかと不安を覚えながら歩いていると遠くから木々が倒れる音がした。

 

「タタリモッケさん、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ、ここは散歩コースなので並みの魔獣では近づけない結界があります」

 

そうか、それなら安心……と思ったのも束の間でどんどん木々を粉砕する音が近づいてくるのは気のせいだろうか。

 

【近づいて来てるな】

 

「……タタリモッケさん?」

 

「大丈夫な筈なんですけどね……よっぽどの魔獣じゃなきゃ大丈夫なんですけど」

 

不安そうにタタリモッケさんが振り返るので、それにつられて振り返る。

 

「フカ?」

 

「ヨギ?」

 

俺に懐いた魔界でも強力な魔獣を見てタタリモッケさんは小さく頷いた。

 

「……ちょっと駄目かもしれないです」

 

「グオオオオンッ!!!」

 

「でしょうねえッ!!!」

 

もう目の前に凄いでかい2足歩行の龍がいて思わず俺はアリスちゃんとレミリアちゃんを背中に庇って身構えたのだが、目の前の龍は雄叫びこそ上げたが攻撃をしてくる素振りは無く、俺を見て頭を小さく下げた。

 

「……?」

 

とりあえず俺も頭を下げて会釈をすると目の前の龍はうんうんという素振りで頷いた。

 

「あんまり危険じゃない?」

 

「ううん、斧龍はあの子達の親と同じ位危険な魔獣だよ、お兄ちゃん」

 

「ええ、あの顎の横の斧の切れ味は凄まじいのよ、横島。上級神魔でも重傷を負うレベルでね」

 

アリスちゃん達の説明を聞いてやばい魔獣なのは良く分かった。そして斧龍は重い音を立てて歩いてくると、その尻尾を俺の方に向けてきた。

 

「キバ!」

 

尻尾で運ばれていたのはどこと無く目の前の斧龍に似た小さなドラゴンだった、だけど色が違っていた。斧龍は金色っぽい感じだが、目の前の赤ちゃんドラゴンは灰色って言うか黒っぽい感じだった。

 

「色違い個体ですか」

 

「色違い?」

 

「ええ、偶に生まれるんですよ。強大な力を秘めた色が違う個体、どうもこの子は色違いの個体みたいですね」

 

色違い個体……そんなのも居るのかと思っていると斧龍はその短い手で自身の子供を抱き上げ、俺に差し出してくる。反射的に受け取るとまたうんうんと頷いて斧龍は重い足音を立てて森の中へと消えていった。

 

「え?」

 

「キバ?」

 

【……受け取ってどうするんだ、馬鹿者……】

 

心眼先生の呆れた声と俺の手の中でキバーと楽しそうに鳴く赤ちゃんドラゴンを見て、俺はタタリモッケさんに視線を向けた。

 

「……受け取った以上は育てれる環境が出来たら預かってくださいね?」

 

「……はい」

 

俺になんで自分の子供を預けに来るかなあとがっくりと肩を落し、抱えていた赤ちゃんドラゴンを地面に降ろす。

 

「皆仲良くしてあげてな?」

 

「みむ!!」

 

「ぷぎゅー!!」

 

とりあえずマスコットはマスコット同士で仲良くなって貰おうと思いチビに任せることにし、再び海を目指して歩き出し数分後……遠くに巨大な龍が見えた。

 

「近くに行って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫よ!行きましょう!」

 

「大丈夫だぞ!行こう!」

 

レミリアちゃんとチルノちゃんが大丈夫と言うが本当に大丈夫なのだろうかと思いながら海に到着した俺は驚きに目を見開いた。

 

「これがリヴァイヤサン?」

 

「そうよ、これがリヴァイヤサンよ」

 

「可愛いでしょー」

 

海からちょこちょこ這い出てくる灰色の小動物――これがリヴァイヤサンらしいのだが、俺にはある動物にしか見えなかった。

 

「ペンギン……」

 

「「「ペンギン?」」」

 

アリスちゃん達は分からないらしいが、俺にはペンギンにしか見えなかった。群れでちょこちょこと歩き回っているリヴァイヤサン(ペンギン)にアリスちゃん達が駆け寄り可愛い可愛いと頭を撫でているのを見ていると思わず微笑んでしまう。

 

「リヴァイヤサンは群れで行動して、水を龍の形状にして身を守っているんですよ」

 

「擬態って奴ですか。結構賢いんですね」

 

見た目が小さくて可愛いから他の魔物に食われてしまったりしてしまうのだろうかと考えていると視線を感じてそっちに目を向けると1匹のリヴァイヤサン(ペンギン)が俺をジッと見つめていて、次の瞬間には大声で鳴きながら俺の足元に駆け寄ってきた、

 

「くあああああああッ!!!」

 

「え、何々!?きゅうにどうした!?」

 

信じられない大声で鳴くので俺が動揺しているとタタリモッケさんは口元を押さえてくすくすと笑う。

 

「懐かれているんですよ、リヴァイヤサンはあんまり鳴かないので懐いたり、好きって言うのを表現するのに鳴くんです」

 

「な、なるほど。でもけっこうるさいですね」

 

足元に頭を寄せて羽を羽ばたかせて尻尾を振る姿は確かに愛らしいのだが……。

 

「「「くあああああああッ!!!」」」

 

群れの殆どが俺の側に集まって鳴き出してしまうと流石にうるさいと思うのだが、凄く懐かれているのもわかるので無碍にも出来ない。

 

「餌を上げれば大人しくなりますよ、はい、皆さん集まってください。餌を上げましょうね」

 

「「「はーい!!」」」

 

タタリモッケさんが箱から餌の魚を取り出し、アリスちゃん達と一緒に俺も受け取りリヴァイヤサン(ペンギン)に餌を与えると、そこに座り込みはぐはぐと魚を食べ始める。

 

「可愛いね」

 

「可愛いわよね」

 

「うん、確かに可愛い」

 

魔獣は凶暴だと思っていたけど、大人しくて可愛い子もいるんだなあと思い、チビ達の餌を取り出してチビ達にも餌を合えながら穏やかな時間を過ごすのだった……。

 

「それ魔界の媚薬だけど大丈夫?」

 

「……凄いですか?」

 

「そりゃもう凄いわよ、壊されちゃうかも」

 

「……とりあえず一本だけ」

 

「じゃ僕も」

 

「まぁ進展なさそうならありよね、この後はドレスとか見にこうと思うんだけど良いかしら?」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

「たまにはおしゃれも大事だしね」

 

くえすと柩はゴモリーと共に買い物を楽しんでいるが、魔界製の魅惑などの効果付与のドレスやネックレスを買い漁っているあたり、どんな方法でも良いから横島を手中に収める気満々の愛の重い2人にゴモリーは苦笑しつつも、それを取り扱っている店に向かう辺り、それすらも楽しんでいるようだ。

 

「くあ!」

 

「くー」

 

「……ええ……どうしよう」

 

一方その頃横島はリヴァイヤサン(ペンギン)の群れのリーダーの雛であろう、小さなリヴァイヤサン(ペンギン)を差し出されていた。

 

「くあー!」

 

「くー……」

 

受け取れ、育てろと言わんばかりのボスリヴァイヤサン(ペンギン)と回りで鳴声をあげるリヴァイヤサン(ペンギン)に逃げ道を断たれた横島は斧龍の赤ちゃんに続き、ボスリヴァイヤサン(ペンギン)の雛を受け取る羽目になってしまうのだった……。

 

リポート6 亡者の嘆き その1へ続く

 

 




次回からはおキヌちゃんがメンバー復帰する話を書いて行こうと思います。それに蘆屋というスパイスを加えて、かなりのハードモードで話を進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート6 亡者の嘆き
その1


リポート6 亡者の嘆き その1

 

~シズ視点~

 

氷室神社の周辺に現れる悪魔、悪霊の数を見てワシは眉を細めた。日に日にその数は増え。ナナシとユミルが善戦してくれているが戦力の差は明らか、琉璃が寄越した神代家の護衛も連戦に次ぐ連戦で疲弊しきっていた。

 

(何よりも、このままでは不味い)

 

悪魔による制圧も目的ではあるが、倒した悪魔の魔力が周囲を汚染している。このままつづけば周辺の動物までも魔獣になり、敵ばかりが増えることになる。どうするかと考えていると背後から声を掛けられた。

 

「シズさん、もうこれ以上は持たないのではないですか?」

 

【キヌ。お主が気にする事ではない】

 

目を覚まし、氷室家でリハビリをしていたおキヌが沈鬱そうな顔をしているのを見て、キヌは関係ないと言うがおキヌは首を左右に振った。

 

「いえ、私には判ります。今回の襲撃は私が原因だと……そうですよね?」

 

【……そこまで気付くほどに力を高めたか……】

 

おキヌの霊能者としての才はこの時代では異常というほどに高い。300年前に人身御供として選ばれたのもその霊力の質にあった、修行をしてないので目覚めていなかったが名家と言われる霊能者に匹敵するほどの霊力を持ち合わせていた。

 

【……確かに悪魔の襲撃はお前が関係している。どうも身体の方に細工をされていたようだ】

 

厳密に言えば魂だが、ガープかアスモデウスか、それとも蘆屋か……誰かは判らないが、氷の中で眠り続けるおキヌの肉体に細工が施されていた。目覚め、霊力が高まれば発動する時限式の悪辣な呪。しかも蘇生の妨害にならないように念入りに隠蔽されたそれにワシは気付けなかった。

 

「では私は氷室神社を出たほうが……」

 

【いや、その判断を下すのは早すぎる。狙いはお前だけではないのだからな】

 

「え?」

 

ガープ共の狙いは確かにおキヌだろう。だがそれはあくまで副次的な目的を遂行する為の罠でもある、ガープ達の狙いはおキヌ、そして……。

 

【舞を手に入れる事にある。あの子は神楽の天才じゃ、古の神を呼び戻す儀式に利用されかねん】

 

琉璃は神降しの天才だが、舞もまた神楽の天才だ。神楽を用いて古き神を呼び戻し、その力を得る為に利用されるだろう。

 

「ではガープ達の目的は……」

 

【お主と舞の2人を手にすることじゃろうな】

 

今はまだ霊力の方向性が定まっていないおキヌはどんな色にもその霊力を変える。蘆屋とガープの2人がいればどんな霊能者に変えることも可能だ、そしてそこに神楽の天才の舞が加わればどんな事も可能になる。

 

【最も最悪なのが氷室家の霊脈が汚染され、お主ら2人がガープの手に囚われる事。その次は霊脈が汚染され、お前達が2人ともガープの手に落ちる事。そして1番程度が軽いのがお前達のどちらか片方が囚われる事だ】

 

本当に悪辣だ。どれか1つでも成し遂げられれば人間界、そして天界に想像も出来ない甚大な被害を齎しかねない……。1つの行動が複数の策の起動元になっていると言うのが本当に厄介だ。

 

「ではどうするつもりですか?」

 

【氷室神社は出て貰う。だが向こうの思惑通りにはさせん、とにかく準備が出来たら声をかける。それまでは身体を休めていろ、動き出せば身体を休めている時間など無いのだからな……】

 

ワシがそう言うと深刻そうな顔をして部屋を出て行くおキヌ。その姿を見送りワシは溜め息を吐いた。恐らく、いや恐らく何て言葉はいらない。おキヌと舞の2人だけを氷室神社から逃がすのも恐らく向こうは計算している……それを踏まえた上で相手の裏をかく必要がある。

 

【出来る限りの事はする……が、どこまで欺けるか……】

 

ナナシとユミルの2人でどこまで守りぬけるか、そして美神達が合流してくれるのが間に合うか……自分達だけではどうにもならない運の要素が絡んでくる事に唇を噛み締め、ワシの策がどこまで通じるかそれを祈る事しか出来ない己の無力さ。そして姿を見せる事はなく神魔全てを手玉に取っているガープに恐れさえ抱く……。

 

【だが……お前達の思い通りにはさせん】

 

ワシは所詮己の本来の名さえ思い出せぬ出来そこないの神ではあるが、それでも神としての誇りもある。長く生きた知識を生かし、なんとしても無事のおキヌと舞を無事に東京まで送り出すための策を必死に練り始めるのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

おキヌちゃんと舞ちゃんの2人が東京に出てくるという話を琉璃に聞いていたんだけど、状況は3日の間で大きく変っていた。蘆屋の目撃で東京のGSの警戒は跳ね上がったのだが、それを嘲笑うように蘆屋の姿はあちこちで目撃されていた。それこそGS協会内部、オカルトGメン、六道女学院と東京の主要の霊能関係の場所に現れていた。

 

「氷室神社からおキヌちゃん達が出発したって!?なんでまだ準備出来てないのに!?」

 

早朝から呼び出された私は琉璃の言葉を聞いて声を上げた。蘆屋が目撃されるだけならば良いが、蘆屋に改造された元・日本軍の軍人や無数の式神の攻撃によって朝方まで動き回っていて、睡眠時間2時間では流石の私も声を荒げてしまった。

 

「氷室神社周辺でも東京都同じ位悪魔と式神が確認され、神代家の護衛と氷室神社では守りきれないと言う判断によってです」

 

その言葉を聞いてやられたと悟った。ガープ達お得意の多角的な攻撃――蘆屋という危険人物に目を奪われ、多方面への攻撃への警戒を緩めてしまったのだ。

 

「今2人はどこくらいにいるんだい?」

 

「判りません。電車等を使い民間人に危害が及ぶ可能性を考え、シズの使い魔とナナシとユミルと一緒でこっちに向かっているとしか……」

 

公共の交通機関を使う事によって生まれるリスクを考えたのは判るが、今回は悪手だ。どこにいるか判らず、合流するのが難しくなる。

 

「ある程度の予想される進路は大きく4つですが……」

 

「全部悪魔や使い魔が確認されているエリアってワケ」

 

「最悪ね……」

 

東京近辺のGSが動き回っているが数は減らず、消耗ばかりしている中での強行軍。それに加えて東京に向かってくる進路がわからない……。

 

「ねえ、シズク。場所特定できたりしない?」

 

「……まぁ出来ない事は無いが……なんで私が」

 

この反応はまず想定通り、横島君がいないので塩反応なのは私も十分に理解している。

 

「助けれるのにおキヌちゃんを助けなかったってなると横島君が怒ると思うけど……」

 

「……しょうがないな、助けてやるとしよう。全く、ほうれんそうが大事というのに」

 

とぷんっと言う音を立てて姿を消すシズク。良し、これでおキヌちゃん達が来る進路は判るから……そこら辺の安全を確保すれば……。

 

「会長!監視中のGSから緊急連絡!霊団及びレギオンが多数確認されました!」

 

霊団だけならまだ良いが、レギオンが確認されたとなると状況は最悪を通り越して最低に近づいている。

 

「レギオンの方が僕とめぐみ君、唐巣神父達で行く、霊団は多分おキヌ君を狙う筈だ。そっちは令子ちゃんに任せるッ!」

 

西条さんがそういうが早く部屋を飛び出していく、私も立ちあがって机の上の予想進路をメモした地図を手に取る。

 

「とりあえず私も動くわ、シズクが見つけてくれると思うからその間に準備をするから」

 

牛若丸とシロは多分2つ返事で協力してくれるはず、タマモとノッブはちょっと判らないけど、2人にも声を掛ける事にする。

 

「美神さん、気をつけて、霊団なら判りますが、レギオンは自然発生はしません」

 

「判ってる、十中八九蘆屋の仕業ね」

 

霊団は複数の怨霊や悪霊が集まり1つになった悪霊だ。そこに知性は無く、霊力を取り込むことしか考えていない。だが周囲の悪霊を取り込み続け巨大化し、その上核がないから片っ端から成仏させるか圧倒的な火力で消し飛ばすしかないと言う厄介な相手だ。

 

それに対してレギオンは核の悪魔を中心に周囲の雑霊や怨霊を取り込んで生まれる下級悪魔だ。その性質は霊団と類似しているが、核の悪魔がいる分知性があって厄介だ。ここで話し合っても何も始まらない、とりあえず動きながら状況が変わればそれに合わせて臨機応変に対応する。これしかないと思い動き出そうとした瞬間、雷が落ちたような音が響き、くえすと柩が弾かれたように姿を見せた。

 

「くえす!?それに柩まで!?どうしたのよ!」

 

琉璃が席を立ちどうしたのかと問いかけるとくえすは手を貸そうとしていた琉璃の手を弾き血走った目で立ち上がった。

 

「横島と逸れましたわ。魔界も大騒動で今の内に人間界に戻るように言われて、転移した瞬間に何者かに攻撃を受けましたわ」

 

「ちょっちょ!?それってじゃあ横島君がどこにいるか判らないってこと!?」

 

「くひひ、そうなるねえ。ボク達みたいに人間界に戻れていたら良いけど……魔界にいるとかになったらこれは正直洒落にならないよ……」

 

苛立った様子のくえすと、笑いながらもその目を鋭く細めている柩――ガープの攻勢は人間界だけではなく、魔界と天界にも広がっていると知り、もう立ち止まっている余裕はないと私達はトランシーバーだけを手に琉璃の部屋から飛び出して行くのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

魔界でガープの侵攻が始まったので横島がいるからと言われるとまずいというルイ様の言葉で神宮寺さんと柩ちゃんと一緒に大慌てで人間界に帰る準備をする羽目になった。

 

「……お兄ちゃん、また遊びに来てくれる?」

 

「また来るわよね?」

 

「せんせー……また来てね」

 

仲良くなったレミリアちゃん達も急な別れに悲しそうな顔をするが、あぶないと言うことは分かっているので俺を引き止める事はしなかった。

 

「また絶対遊びに来るよ、約束する」

 

保父さんのアルバイトは俺も楽しかったし、それに懐いてくれたアリスちゃん達や魔界の動物達もこれでさよならと言うのは俺も寂しいので、絶対にまた来ると約束し、紫ちゃん達を連れて部屋を出る。

 

「横島、急ぎなさい。転移封じの結界を張られたら帰りようがありませんわよ」

 

「くひひ……流石にこれは予想外だねぇ」

 

険しい顔をしている神宮寺さんと、笑っているが顔が引き攣っている柩ちゃんに促され魔法陣の所へと走る。

 

「俺達が維持してやる、戻るまでは安全だ」

 

「GS協会って所に跳ばすからね」

 

ビュレトさん達の説明に頷き、魔法陣の中に足を踏み入れ人間界へ転移している途中、強烈な光と振動を感じたと思った瞬間俺は腰を強かに打ちつけていた。

 

「いっ……ごぶうっ!?」

 

コンクリートではなかったが、固い土の上だったので思わず呻き、次の瞬間に紫ちゃん達が団子状態で落ちてきて何とか受け止めようとしたが、時間が余りにも無く俺は紫ちゃん達に押し潰される事になるのだった……。

 

【大丈夫ですか?お兄さん】

 

「ごめんなさい……」

 

「ちょっと痛かったけど、大丈夫。心配ないよ、リリィちゃん、紫ちゃん」

 

何度も謝ってくるリリィちゃんと紫ちゃんの頭を撫でて大丈夫だよと笑いかける。身体の痛みよりも今の問題は俺達がどこにいるのか判らないって所にあるんだよな……樹木があるから森の中だと判るけど、ここが魔界の森の中なのか、それとも人間界の森の中なのかが判らないのが問題だ。

 

「うりぼー、どこか判ったりする?」

 

「ぷぎゅうー」

 

申し訳無さそうに鳴くうりぼーにごめんごめんと謝る。そうだよな、うりぼーに判る訳がないんだから今の質問は俺が悪い。

 

「茨木ちゃん達は?」

 

「地面に落ちる前に木の枝を掴んで離れていたので近くの様子を見にいってくれたんだと思いますわ」

 

子供の姿だけど、こう言う時の動きの早さは流石鬼って感じだな。でも1人で大丈夫だろうかと思わず周囲を見回してしまう。

 

【心配ない、チビが付いて行ってるからな、それよりもまだ動くなよ、茨木とチビが戻るのを待て】

 

「うい」

 

腰を上げようとした瞬間心眼に釘を刺され、上げかけた腰を下ろす。

 

【まずあの光は間違いなく攻撃だ。次にくえすと柩がいないことから分断あるいは、転移の魔法が暴発している。現在地を確認するまでは動くな、だが周囲の警戒は緩めるな】

 

心眼の言葉に小さく頷く、身につけていた荷物は後日アリスちゃんが送ってくれると言っていたので完全に手ぶらだ。最初はアリスちゃんの家においていくのは悪いと思ったが、この状況で考えると旅行の荷物を持って移動するのは厳しいので預かってくれると言ってくれたアリスちゃんには正直感謝している。

 

「横島」

 

「みむう!」

 

「茨木ちゃん、チビ。何か判った?」

 

木の上から頭の上にチビを乗せた茨木ちゃんが飛び降りてくる。その姿を見て咄嗟に立ち上がり、茨木ちゃんに駆け寄って何か判ったか?と問いかける。

 

「いや、吾は現代の立地などは判らんから周辺をぶらっと見て来ただけだ。赤い塔が見えたからそんなに横島の家からは離れてないと思うが……どうもかなり嫌な感じだ」

 

赤い塔……東京タワーの事だな。東京タワーが見えるって事は確かにさほど俺の家から離れていないだろう。俺の気配さえ判ればシズクが迎えに来てくれるだろうから、それを待っていても良いと思ったんだけど……嫌な感じと言われて、何かあると悟った。

 

「雑霊と怨霊の集団が凄い、あちこちで暴れておる。それに……遠目だが2人の女を追い回す、異様な男を見た」

 

「2人の女って、神宮寺さんと柩ちゃんか!?」

 

2人の女を見てと聞いて思わず茨木ちゃんの肩を掴んでそう尋ねてしまった。

 

「いや、あの2人ではない。長い黒髪の女と青みを帯びた髪をした小柄な女だ」

 

長い黒髪、それと青みを帯びた髪をした小柄な女の子――と聞いて俺の脳裏を過ぎったのはおキヌちゃんと舞ちゃんの2人だった。いや、だけどあの2人は氷室神社にいるはずだから東京の近くにいるわけがない……だけど、余りにも特徴が似すぎている。もしもあの2人だとすれば……2人を追いまわしている男は……。

 

「茨木ちゃん、異様な男ってどんな?」

 

「んん?やたら背が高くて、着物姿の……どす黒い霊力をした変な男だ。陰陽師だと思う」

 

背が高くて、着物姿でどす黒い霊力をした陰陽師――その条件に該当する男を俺は1人知っている。

 

「心眼……」

 

【駄目だと言っても行くんだろう?】

 

おキヌちゃんと舞ちゃんが蘆屋に追われているのならば、俺は行かないといけない。確かに蘆屋は危険だ、俺1人でどうこう出来る相手じゃないし、そもそも眼魂を全然持っていない今戦いに行くのは正直リスクしかない。賢い選択をするのならば、ここは待つことが正解なのだろう。だけど……俺にはそれが出来ない。

 

「お兄さん、怖い顔してるけどどうしたの?」

 

【どうかしたんですか?】

 

心配そうに俺を見上げる紫ちゃんとリリィちゃんの前にしゃがみこんで視線を合わせる。

 

「俺の友達が敵に追われてるんだ。俺は行かないといけない」

 

「あ、危ないですわ。1人じゃ……私と一緒に戻って」

 

確かに紫ちゃんがいれば戻れるし、美神さんと合流する事も出来るだろう。だけど……それでも間に合わないかもしれない。

 

「いや、駄目だ。間に合わないかもしれない、2人を追いかけている相手が危なすぎるんだ」

 

【そ、それならなおの事紫と一緒に戻りましょう!】

 

リリィちゃんが俺の服の裾を掴んで戻ろうというが、俺はゆっくりと首を振った。

 

「俺も馬鹿じゃないから戦うってつもりはないよ。陰陽術で何とか時間を稼いで逃げてみる、だから紫ちゃんとリリィちゃんは茨木ちゃんと一緒に逃げて美神さん達を呼んできて欲しい、うりぼーがいれば俺の匂いを追いかけて来れるはずだ」

 

「で、でもでも……」

 

「我がままを言うな、紫。ここで駄々を捏ねていればそれだけ横島が危険になる。横島の事を思うのならば、早く戻って美神達を連れてくるのだ」

 

【い、茨木、で、でも……】

 

「愚図愚図するな、横島。早く行け、吾達は美神達を連れてすぐ戻る。方角はあっちだ」

 

俺がいれば2人が了承することがないと茨木ちゃんに遠回しに言われ、2人に頼んだと言って俺は背を向けて茨木ちゃんが指差した方角へ走り出した。背後から紫ちゃんとリリィちゃんの涙交じりの気をつけての声を聞きながら、茂みを掻き分け心眼を頼りにし、俺自身もあの緋立病院で感じた蘆屋の霊力を思い返しながら走り続けるのだった……。

 

 

 

 

 

~おキヌ視点~

 

ナナシとユミルを左腕に抱かかえている舞ちゃんの右手を引いて、私は必死に森の中を走っていた。

 

「んんんー、追いかけっこは楽しい物ですなあ」

 

背後から聞こえて来るネットりとした男の声に嫌悪感を抱き、必死に前に進み続ける。自分がどこにいるかも判らない、だけど前に進まないという選択肢は私には無かった。

 

「すまない……油断しておったわ……」

 

「ぐっ、無念……」

 

「ナナシとユミルが悪いんじゃないから」

 

シズさんの使い魔で途中まで飛んでいたが、まさか空中で転移してきて札をぶつけられるなんて想像していなかった。その札によって使い魔は消滅、ナナシとユミルは身体を拘束されて動けなくなってしまっている。

 

「はぁ……はぁ……ごめんなさい、運動音痴で」

 

「大丈夫よ!頑張って!!」

 

舞ちゃんを励ましながら必死に走る。墜落する前に東京タワーの位置は確認してる、だからそこまでいければ……。

 

「んん、ここまでですな」

 

突如私達の前に私達を迎撃した男が立ち塞がり、にやにやと笑う光景に絶句した。

 

「私も仕事がありますからね。ここで遊びは終わり……いや、遊びは続きますな。貴方達に呪を刻みましょうか、美神達に会えばおぞましき化け物となり、かつての仲間と殺しあう。んんー良い演出ですなあ」

 

目の前に立つ男の言葉に舞ちゃんが悲鳴を上げるが、私はその男をキッと睨み返した。

 

「恐ろしくないのですかな?」

 

「怖いです。だけど私は諦めないッ!」

 

美神さんも横島さんも諦めなかった。だから私も諦めない、片手で握りこんだ砂を男の顔に投げ付け舞ちゃんの手を引いて走り出そうとしたが……。

 

「残念でしたなあ、生身の人間ならば怯みもしましたが、拙僧は既に人間ではありませんので、正しく無駄な努力という奴ですなあ」

 

「うっ!?」

 

素早く伸びた男の腕が私の首を掴み、片手で吊り上げてくる。

 

「おキヌさん!」

 

舞ちゃんの悲鳴が聞こえる中、私は自分の首を絞めている男の腕を両手で握り締めた。

 

「ふーッ!ふーッ!!」

 

「はは。手負いの獣ですな、貴女は良い兵器になりそうだ」

 

男がそう笑い、黒い札を私に近づけてくる。それが恐ろしい物であると言うことは判っていた、本当は泣き叫びたいほどに怖い。だけど、それでも勇気を振り絞り男を睨み続ける。

 

(負けない、絶対に負けない、泣いてなんかやるもんかッ!!)

 

息も吸えない、化け物にされるかもしれない、それでもそれでも泣かない、例えダメージにならなくても足を動かし抵抗を続ける。最後の最後まで諦めない。

 

「雷撃のぉぉおおおおッ!!!ファーストブリットオオオオオッ!!!!!」

 

「なっ!?何故ここ……うぐあああああッ!!!」

 

黒い札が私に触れる――その瞬間ずっと聞きたかった声が響き渡り、私の首を掴んでいた男が凄まじい勢いで吹っ飛んだ。支えが無くなり、尻餅をつき咳き込む私に舞ちゃんが駆け寄ってきて背中を摩ってくれる。

 

「げほっ!ごほっ!!!げほごほっ!!!」

 

「おキヌさん、おキヌさん!!」

 

大丈夫と返事を返したいのに声が出ない、何度も何度も咳き込み必死に肺に酸素を取り入れようとする。涙でかすむ視界と息苦しさの中でも顔を上げる――そこには横島さんの背中が目の前に広がっていた。

 

「助けに来たぜ、おキヌちゃん、舞ちゃん」

 

勝利すべき拳を展開し、私達を庇うように立つ横島さんの背中を見て、私は堪えていた涙が溢れ、それでも助けに来てくれた事に安堵し泣き笑いの笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

 

リポート6 亡者の嘆き その2へ続く

 

 




次回からはぎりぎりで間に合った横島君VS蘆屋の話を書いて行こうと思います。今回のリポート6は原作と全然違う話にしていくので、霊団、レギオンがどうなっていくのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート6 亡者の嘆き その2

 

~おキヌちゃん~

 

強烈な放電音と逆巻く霊力によって宙を舞う青いGジャンの裾――それほど時間が経っていないのに横島さんはずっと大きくなっていた。

 

「よ……こ……げほっ……ごほっ!」

 

「おキヌさん、大丈夫」

 

横島さんの名前を呼ぼうとしても途中で咳き込んで最後まで言葉に出来なかった。舞ちゃんに背中を摩られても、首を絞められていた事と濃密な殺気に当てられて、どれだけ息を吸おうとしても肺が引き攣ったように動いてくれない。

 

「ごめん、遅れた」

 

「だい……じょうぶ……です」

 

助けに来てくれたそれだけで涙が溢れる。蘇っても記憶は失わなかった……だけど横島さん達に会えない日々が辛く、そして悲しかった。

だからこそ、この窮地に横島さんが助けに来てくれたことが嬉しくて仕方ない。

 

「んっふふふ、お久しぶりですね。横島忠夫」

 

「蘆屋道貞……ッ」

 

雷を纏った拳で腹に風穴が開いて反対側の景色が見えているのに蘆屋と呼ばれた男からは血液1つ流れていない。その異様な光景を見て私達を追いかけていたこの男が人間ではないという事を初めて知った。

 

「んん?今更気付きましたかな?私は既に人間等と言う矮小な存在から脱しておりますゆえ……ほれ、この通り」

 

すっと腹を撫でる蘆屋。その手が離れると同時に腹に開いていた風穴は最初から存在しないように消え去っていた……そのどす黒い霊力から普通じゃないのは判っていたが、あの致命傷にしか見えない傷も何の痛手にもなっていない事には驚かされた。

 

「化け物め」

 

「んふふふ、陰陽道を極めたと言って欲しいですね、この通り」

 

空中に印を結び蘆屋の前に赤黒く輝く星が浮かび上がった。

 

「炎舞将来、我が敵を燃やし尽くし、その命を刈り取れッ!急急如意令ッ!!」

 

星から黒い炎を纏った無数の死神が飛び出し、その目に深い憎悪の色を浮かべて私達に襲いかかってくる。

 

「霊札の力を散らしめよッ!急急如意令ッ!」

 

横島さんが指を噛み切り、空中に文字を刻み剣指を振るうと蘆屋の放った術は私達の目の前で霧散した。

 

「ほう、随分と力をつけたようで、ガープ様から聞いておりましたが、平安時代で随分と術のバリエーションを増やしたようですなあ。いやあ、善哉善哉」

 

自分の術を無効化されたというのに蘆屋は楽しそうに、嬉しそうに微笑んだ。

 

「何が面白いんだ。てめえ」

 

「んふふふ。この時代の陰陽師は名ばかりの出涸らしで飽き飽きしておりましたゆえ……こうして術比べが出来るのは実に良いッ!!雷精将来ッ!!業火となりて我が敵を喰らえッ!急急如意令ッ!」

 

「ッ!水精将来!我を悪意から守れッ!急急如意令ッ!!」

 

水の幕が蘆屋の放った陰陽術を防ぎ、横島さんが今度は攻撃に一歩前に出る。

 

「火精将来!我が敵を喰らえッ!急急如意令ッ!」

 

「火精将来!霊札の力を散らしめよ散ッ……んぐっ!」

 

横島さんの陰陽術を無効化しようとした蘆屋だが、炎に飲まれ苦悶の声を上げた。

 

「風精招来っ!我に宿りて敵を追えッ!急急如意令ッ!」

 

横島さんが地面を蹴り蘆屋と肉薄し、肩までの霊力の篭手、栄光の手の進化した霊能である……勝利すべき拳で殴り掛かる。

 

「んふふふ、陰陽師同士なら術比べだけでは飽きますからなあッ!」

 

「行くぜおらぁッ!!」

 

凄まじい追突音と風切り音を立てて横島さんと蘆屋の姿が現れては消えるを繰り返す。姿を見せる蘆屋が殴られているのを見て、横島さんが優勢だと私も舞ちゃんも思った。

 

「駄目だ……効いてないぞ」

 

「あの化生を倒すには何かが足りんッ」

 

ナナシとユミルが効いていないと告げると同時に横島さんが姿を見せたが、額からは汗が滴り落ち疲労の色が濃かった。

 

「偶には一方的に殴られるのもと思いましたが、足りませんな。さてさて……何時まで遊んでいるつもりですかな?」

 

遊んでいる?その言葉の意味が私には判らなかった。陰陽術も体術も横島さんの方が上で、何らかのカラクリがなければ横島さんが勝っていた筈だ。

 

「私が生きていれば貴方の知人があの病院で見た兵器になるかもしれない、それとも自分の意志と反して人を殺すかもしれない。それなのに私を倒せるかもしれない手段を残すのですか?んんん?後悔しますよ」

 

蘆屋の言葉に横島さんが肩を竦め、勝利すべき拳が空中に霧散し消えた。

 

「心眼」

 

【……仕方あるまい、このままではジリ貧だ、だが判っているな?】

 

「判ってる、美神さん達が来るまで他の眼魂は使わない」

 

横島さんが眼魂を取り出し横のボタンを押し込む、それと同時に腰にベルトが現れ開いたバックルに眼魂を押し込んだ。

 

【アーイッ!シッカリミナーッ!シッカリミナーッ!!!】

 

「んふふふ、流石にその力には私も些か不利、さてさて、我が外法の秘術と貴方の力、どちらが上か試して見ましょうか」

 

「覚悟しやがれ、変身ッ!」

 

【カイガンウィスプッ!アーユーレデイ?】

 

ベルトから飛び出したパーカーが蘆屋に襲い掛かり、その姿を後方へと弾き飛ばす。だがそれだけに収まらず、袖から伸びた細い紐で蘆屋を殴りつけている。その姿に私は妙な違和感を抱いた……。

 

「来いッ!」

 

横島さんが呼びかけると反転し、横島さんが掲げた手にハイタッチをし、私達の見ている前で横島さんの姿が変わる。

 

【OKッ!!レッツゴー!イ・タ・ズ・ラ!ゴ・ゴ・ゴーストッ!!!】

 

「……ぐっ」

 

黄色いパーカー姿とハロウィーンのかぼちゃに似た顔のマーク。いつもと同じウィスプの姿――だけど横島さんは胸を押さえて膝をついた。

 

「どうかしましたか?調子でも悪いのですかな?」

 

「うっるせえッ!!」

 

地面を蹴り蘆屋へと殴り掛かるその姿を見て、私は違和感の正体に気付いた。鮮やかな黄色いパーカーだった筈だが、裾や背中に黒いラインが入っている事に殴りかかった姿を見て気付き、その黒いラインに言い様の無い恐怖と不安を抱いた。

 

「舞ちゃん、鞄から笛を」

 

「え、は、はい!」

 

霊感が囁いたとでも言えば良いのか、それが必要になると思い、私は出発前にシズさんに作って貰った御神木で作った笛を舞ちゃんに取るように頼むのだった……。

 

 

 

~心眼視点~

 

今なら判る、魔界からおキヌの近くに転移させられたのはアスモデウスによる物だと……元々この場所に転移させられた段階でその可能性は十分に考えていた。しかし蘆屋と鉢合わせにされるとは想定外の事であった、それと同時に変身する事で横島の中に狂神石が活性化するというのは私にとっては計算外にも程があった。

 

(今はまだ大丈夫だが……時間が経てばどうなるか判らんぞッ)

 

パーカーに入った黒いライン――それが狂神石の影響をウィスプも受けていると言う証だった。

 

「いやいや、やはり強い。何故その姿になると私の外法を貫いてダメージを与えてくれるのか……んんー不思議でなりませんな」

 

「おらあッ!!」

 

横島の打撃は確かに蘆屋にダメージを与えている。しかし蘆屋はにやにやと笑っており、何かを待っているような素振りを見せている、何か等と言う必要はない。待っているのだ、横島の中の狂神石が活性化し、横島の中の闇が姿を見せるのを待っているのだ。

 

(まさかこれほどまでとは……)

 

魔界で穏やかに過ごしていたから狂神石の影響はある程度抜けたと思ってしまった。それが余りに楽観的な推測だとも知らずに……ベルトからパーカーゴーストが出現した時に攻撃的な挙動を見せた時にもっと警戒するべきだった。紫達が美神達を呼びに行っているが、それが間に合うかどうか……いや、そもそも蘆屋には正体の判らない不死性がある。美神達が応援に現れた所で狂神石が活性化し、シェイドになったらそれこそ横島が戻って来れない可能性が……どうする、どうすると考え込んでいると笛の音色が鳴り響いた。

 

「♪~♪~」

 

おキヌが目を閉じ凄まじい霊力を秘めた笛を口にし、一心に笛を吹いている。その音色が鳴り響くのに連れて魔の方に傾いていた横島の霊力が元に戻り始めていた。

 

(なんだ、何が……)

 

「身体が軽くなった。それになんだ……凄く心が軽いッ!」

 

「っぎゃああああああッ!なんだ、なんだこの耳障りな音楽はぁぁあああああッ!!!」

 

私が困惑している間に戦況は大きく変わろうとしていた。横島の魂に負担を掛けていた圧力が消え、蘆屋は耳を塞ぎ苦しみ悶えている。

 

(おキヌの霊力の属性は「浄化」かッ!)

 

前の世界ではおキヌはネクロマンサーとして活躍していたが、除霊に関しては攻撃的な技能を殆ど持ち合わせていなかった。悪霊の浄化、そしてヒーリングによる癒しに特化していた。それゆえに今回の世界でもおキヌの霊力の属性は「癒し」だと私も思っていた……だがこの世界のおキヌは名も無き神霊であるシズの影響を色濃く受けている。神通力によっておキヌの霊力の属性は更に進化を遂げ「浄化」へと変化していた。

 

【横島、いまだ攻め込むぞ!金時眼魂だッ!】

 

「良いのか!?」

 

【ああ、今ならいけるッ!一気に畳み掛けろッ!】

 

いつまで笛の効果があるか判らないが、少なくとも今は眼魂を使ったとしても狂神石の影響は受けない筈だ。

 

「行くぜッ!」

 

【カイガン!金時!雷光!正義!ゴールデン・スパークッ!】

 

金色の雷光が降り注ぎ金時魂に変身した横島は地面に突き刺さった黄金喰を抜き放ち、笛の音色に苦しんでいる蘆屋に向かって駆け出した。

 

(助かった……おキヌ、お前がいて、私は初めて良かったと思っているぞ……)

 

悪霊染みたことをし、横島のストーカーをし、執着を隠そうともしなかったおキヌは害悪で、生き返っても横島から遠ざけるべきかと真剣に検討していたが、笛の効力で狂神石の影響を軽く出来るのならば話は少しだけ変わってくる。そう、最低だったのが少しだけ好感を抱けるくらいにはおキヌの重要性が出てきた。

 

【一気に畳み掛けろ!時間が無いッ!】

 

「判ってるッ!!」

 

「ぐっぎいッ!おのれッ!!!」

 

頭を抑え、白目と黒目が反転し、鋭く伸びた牙を隠そうともしない蘆屋。恐らく倒し切る事は不可能だが、ここで手傷を負わせて活動を封じる事は出来る。私は近づいてくる美神達の霊力を感知し、ここが勝負所だと判断し横島にへと声を掛けるのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

くえすと柩だけが転移して来て横島を探す為にあちこち移動していた時、空中に障子が現れそこから紫ちゃん達が姿を見せた。

 

「お、おに、お兄さんが」

 

「落ち着いて、何があったの、ゆっくりで良いから教えて」

 

パニックになっている中でよく自分の異能をコントロール出来たと思いながら何があったのかを尋ねる。

 

「吾達もしっかり把握している訳では無い、巫女と青い髪の小柄な女が背の高いどす黒い魂の異様な風貌な男に追われていて、横島はそれを追いかけて行った」

 

巫女、青い髪の女、異様な風貌の男――それが何を意味しているか私と美神さんはすぐに理解したのと同時に、くえすと柩と横島がバラバラに転移させられた理由を知った。

 

(やられた)

 

横島は誘い込まれた形になる、おキヌさん達を庇いながらとなれば変身する事になるだろう……狂神石の影響を受けていることを考えれば、心眼がそれを止めるだろうが状況次第では嫌でも使う事になるだろう。

 

「場所はどこですの?」

 

【えっとうりぼーが匂いで追いかけれるから……えっと、紫!】

 

「は、はい!私の転移で近くまでなら送れます!」

 

十分すぎる、私と美神さん、それとくえすは目配せして頷き合う。小竜姫様達がいないのが響くが、紫ちゃんが転移してきたと言う事は転移妨害はない、シズクも横島の気配を感じ取って向かっている可能性がある。仮にいなくとも、私達3人の霊力を感知すれば間違いなく合流してくれる筈だ。

 

「私とくえすと蛍ちゃんをその場所に送って、うりぼーだけついて来てくれる?」

 

「ぷぎいッ!」

 

「ありがと、チビは紫ちゃん達を琉璃達の所まで連れて行く、出来る?」

 

「みむう!」

 

正直ここで紫ちゃん達を単独で行動させるのは不安があるが、横島が孤立している状況の方が不味い。

 

「お兄さんを助けて」

 

障子に入る前に告げられた紫ちゃんの言葉に頷き、私達は障子による転移で東京を後にした。

 

「……これ、笛の音ですか?」

 

「そうね。何かしら?」

 

森の中に転移した私達を出迎えたのは笛の音色だった。霊力を込めて吹き鳴らされる笛――そこに曲は無く、それでも包み込むような優しさを感じた。

 

「おキヌさんだ。多分、舞さんの神楽に合わせて音楽の練習をしていたんじゃないですか?」

 

うりぼーに案内され走りながら笛の音色の正体を告げる。美神さんとくえすは知らないけど、おキヌさんは癒しに特化したネクロマンサーだ。笛を媒介に霊能を扱う、そう考えればこの音色の正体はおキヌさん以外ありえない。

 

「なるほど、舞は神代の名は捨てましたが神代家の人間、神楽系の知識は豊富ですわね」

 

「それは判るけど、なんで笛を……いや、考えてる場合じゃないわね!」

 

降り注ぐ雷と鋭い金属音――それだけで横島がまだ戦闘中であるという事を示しており、私達はその音の方に向けて全速力で走り出した。

 

「♪~~♪……っ♪」

 

「頑張って、笛を止めないで……ッ」

 

音色が途切れ途切れになり始めた頃に私達はやっと遠目に横島と蘆屋の姿を視界に収めた。

 

「はぁ……はぁッ」

 

「くっふふふ……その子娘の笛の音色が留まれば、お前はこれに抗えぬ。しかして拙僧も音色が響いている間は決め手に欠ける……千日手でございますなあ」

 

金時魂の左半身が赤黒いシェイドの色に染まっていた。顔の半分もシェイドの鋭い獣の眼光に変り始めていた。だが笛の音色が響くと赤黒い半身が元の金色の色へ戻るが、今はノイズ交じりに赤と黒、金色が目まぐるしく変わっている。

 

「狂神石を盾にしているのですかッ!?」

 

蘆屋は不気味に脈動する赤黒い盾を手にしており、それに攻撃を防がれると金時魂に走るノイズが激しくなる。

 

「呑まれかけてる、考えてる間はないわッ!」

 

「判ってます!」

 

狂神石を横島から遠ざけないといけない、それだけを考えて精霊石の粉末を用いて特殊な方法で精製した霊体ボウガンの矢を番える。

 

「くえす、あいつにダメージを与えれる?」

 

「五分五分ですわね」

 

「いまはそれで十分、おキヌちゃんの笛が聞いている間は効果が十分にある筈、とにかく1発叩き込んで横島君を連れて撤退するわ。出来るわよね、シズク」

 

地面から沸き出るように姿を見せたシズクに私とくえすはぎょっとした。

 

「……問題はない、とにかく横島から狂神石を引き離すッ」

 

近くにあるだけでも横島がシェイドになりかけているのを見て話をしている時間はないと誰もが理解していた。

 

【ダイカイガンッ!金時ッ!オメガスラッシュッ!!】

 

「ぐっ……はぁッ!!」

 

赤黒い雷電を纏った黄金喰いを振りかぶる姿を見て蘆屋が嘲笑うように狂神石の入った瓶を掲げる。それを見た瞬間が好機だと誰も口にしなくても理解していた。

 

「なっにいッ!? ぎぎゃああッ!?」

 

予想外の角度からの霊体ボウガン、そしてくえすの魔法は蘆屋の掲げていた左腕を跡形も無く消し飛ばし、狂神石を消滅させた。

 

「きっつうッ!!横島君ッ!今ッ!」

 

「急ぎなさい!時間がありませんわッ!」

 

ごっそりと霊力を持って行かれた感覚がした。訓練とは違う、実戦で、蘆屋と言う化け物に対して使う為に霊力を使ったのは初めてだった。一撃で霊力の半分近く持って行かれる異様な感覚――だがそれでも横島を苦しめていた狂神石を消し飛ばすにはそれだけのリスクを背負う必要が合った。

 

「おおおッ!!!」

 

狂神石が消えた事で完全な金色の姿に戻った横島が飛び上がり、その手にした黄金喰が纏う金色の雷が空中でその激しさを増す。

 

「黄金衝撃(ゴールデンスパーーク)ッ!!!!」

 

「ぬ、ぬおあああああああああ――ッ!!!」

 

横島と蘆屋の絶叫、そして雷が炸裂し視界が白一色に染め上げられる。その凄まじい霊力と雷の破壊力……何故か再生能力が弱体化している蘆屋に間違いなく致命傷を与えている……私達はそれを確信していた。

 

【オヤスミー】

 

「はっ……はっ……くそ、化け物が……」

 

変身解除を表すベルトの言葉に続き、横島が悔しそうな声を上げる。その声だけで倒しきれなかったという事を悟り、雷と膨大な霊力で乱されていた感覚が元に戻り、目の前に広がった光景に絶句した。

 

「あれでもまだ生きてるのッ!?」

 

「どれだけの外法を使っていると言うのですか……ッ!?」

 

左半身が雷で焼け爛れ、右半身に深い切り傷があるのに蘆屋はまだそこに立っていた。着物が風で捲れ上がると無事に見えたのは外見だけで、胸から下がごっそりと抉られ、背骨で辛うじて上半身と下半身が繋がっていると言う状況なのに、蘆屋は血も吐かず、苦しそうな顔もせずに平然とした顔でそこに立っていた。

 

「再生が始まったッ」

 

雷でおキヌさんの笛の音色が止まり、私達の見ている前で蘆屋の肉体がビデオの巻き戻しのように再生していく。

 

「……判ったぞ、どれだけの魂を取り込んでいるんだあの化け物は……ちいっ、無理にでも転移する!おキヌ、舞!横島を捕まえろッ!」

 

魂を取り込んでいると言う言葉の真意を尋ね返す間もなく、シズクの指示が飛んだ。

 

「んっふふッ!どうもこの勝負拙僧の「黙れ化け物、喰らえ血のアンダルシアッ!!!」がぼっ、お、己……ま、魔人が何故」

 

だが目の前で逃げるのを蘆屋が許すわけが無く、蘆屋の手が横島の身体に伸びた瞬間、血のような赤い閃光が私達の前を通り、蘆屋の身体が何かに貫かれ宙に浮いていた……いや、何かなんて言わなくても判っている。血のアンダルシア――その名を聞くだけで身体が竦んだのを感じた……目の前には私達を完膚なきまでに打ちのめした相手がそこにはいた……。

 

「鮮血のマタドール……ッ」

 

「何故魔人までもここ出てくるのですか……ッ」

 

豪華な装飾が施された服、肌は愚か、皮膚すらない異形の顔――蘆屋を貫いたのは鋭い切っ先をした片手剣、余裕と言う顔を崩さなかった蘆屋の顔が初めて崩れた。しかし助かったと安堵する事は出来なかった、蘆屋に加えて魔人マタドールまでがこの場にいる。何故、どうしてという言葉が脳裏を過ぎる中、マタドールは蘆屋に蹴りを叩き込み、骸骨の姿から美しい男装の麗人の姿に変わる。

 

「ニーニャの魂を穢してくれた事に対する私の恨みとでも思ってくれたまえ、おい!ここは引くぞッ!龍神、私も連れて行けッ!」

 

横島を肩に担ぎながら叫ぶマタドール、自分も連れて行けというマタドールに誰もが嫌な顔をした。

 

「ニーニャを汚染している魔力を退ける方法を私は知っているぞ、好き嫌いでそれを手放すか?私はそれでも構わんがね、その後に魔人にしてしまえば良いのだから、だがお前達はそれで良いのかな?」

 

汚染している魔力――狂神石を無力化する方法を知っていると声を上げる。それを聞けば私達はマタドールを連れて行くしかない、シズクの嫌そうな舌打ちの音が響いた瞬間私達は水に包み込まれその場を後にしているのだった……。

 

「やれやれ、まさか魔人から離反した者が出てくるとは想定外でしたなあ、やはり欲張ると身を滅ぼすというのは本当の事のようですね」

 

よっと軽い感じで立ち上がった蘆屋の身体はビデオの巻き戻しのように再生するが、血のアンダルシアが直撃した胸の中心部だけが抉り取られたように再生が阻害されていた。

 

「まぁ良いでしょう、どうせ今回は拙僧の役割はないですし、少し欲張ったのが悪かったとしましょうか。ガープ様に命じられた事は成し遂げましたし」

 

恐らく転移で人間界に帰ろうとするのでお前の近くに送るとガープから聞いていた蘆屋には驚きは無く、そしておキヌと舞を改造するつもりもなかった。ただ……そうすればもっと怒る、もっとこっちに近づくという横島の心を揺さぶるためのパフォーマンスだった。

 

「効果は絶大、やはり本人を狙うより周りですな」

 

今回の事で横島が最もダメージを受けるのは何かを見出せたし、狂神石の影響具合も確認する事が出来た。イレギュラーはマタドールだけだったが、概ね想定通りだ。

 

「レギオンと霊団をばら撒きましたし、後は様子見としましょうか」

 

東京から上がる火柱やどす黒い霊力の渦を見て蘆屋はにやりと笑い、服の中から狂神石の入った瓶を取り出し、それを無造作に地面に撒き散らし、懐から取り出した巻物に印を付けその場に後にするのだった……。

 

 

リポート6 亡者の嘆き その3へ続く

 

 

 




変身しましたが狂神石の影響でBADコンディションになるように変化、そして久しぶりにマタドールの登場とほのぼのメインの話が多かったですが、久しぶりにシリアスな話となりました。次回はマタドールの話を書いていくつもりです、後は魔人と狂神石の関係性とかも触れたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート6 亡者の嘆き その3

 

~西条視点~

 

会議室のど真ん中に水球が現れ、それが徐々に大きくなるに連れて横島君達が姿を見せる。

 

「舞ちゃんにおキヌさんもいるわ……良かった」

 

「最悪の展開はま逃れた……訳ではないようだねッ」

 

最後に現れた1人――明らかに人間ではない、雰囲気が異様だ。なんだ……なんなんだ、あれは……魔族?いや、神魔?どっちだ。紅をモチーフにしたあれは……闘牛士の衣装か?短い紫の髪で男に見えるが……女か?

 

「ふむ、途中で捨てられると思ったが、案外律儀だな。龍神」

 

「……うるさい、黙れ」

 

「くっくっく、怒りを理性で抑えるかね?それもまた良かろう。だが時に感情を発露するのも悪くない、こんな風にな?」

 

鋭い金属音が響き渡り、会議室の机を吹き飛ばしながら小竜姫様が男装の女に切りかかるが、小竜姫様の一撃を男装の女は片手で受け止めて楽しそうに笑う、その仕草だけで小竜姫様よりも目の前の女の力量が上だと嫌でも悟ってしまった。

 

「マタドールッ!横島さんに何をしたッ!!」

 

「おいおい、勘違いするなよ。私は助けてやったのさ、なぁ?そうだろう?」

 

マタドール……ッ!魔人の1人かッ!なんでそんな奴が一緒にいるんだと困惑すると同時に警戒を強める。

 

「確かに助けられたわ……小竜姫様も今は剣を収めて、横島君がぐったりしてるのは狂神石の影響を受けていたからよ」

 

狂神石の名を聞いて、横島君が疲弊している理由を悟り会議室が一気に騒がしくなる。だがその争いは一瞬で鎮められた、何時の間にかおキヌさんが口に当てていた笛の音色――それを聞いた瞬間に焦りも動揺もどこかに消えてしまった。

 

「……落ち着いてください、いえ、落ち着けないのは判りますが……今は落ち着いて席について話し合いましょう」

 

「随分と肝の据わった娘だな。ふふふ、少しはこの娘を見習ってはどうかね?」

 

くっくっくっと喉を鳴らすマタドール。その姿は圧倒的強者だけが持つ、強者の余裕とも呼べる物があった。

 

「横島。立てる?」

 

「あ、うん、大丈夫。疲れてはいるけど……今まで程じゃない、よっと」

 

足が震えているが立つ事は出来ている。だがそれはおかしいのではないか?あの様子を見れば変身していたのは明らかで、今までなら疲弊しきり動けなくなる筈……それに狂神石の影響を受けていたのならばそれこそ動く事が出来ないのでは?

 

「失礼、マタドールでしたね。お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

「構わないとも、元々そのつもりで私はここに来たのだからね」

 

おキヌさん達も状況を把握していると思うが、態々敵陣に乗り込んできたマタドール――そこに何か意味がある筈、ボクはそう考えてマタドールに話を聞かせてくれと声を掛けたのだった……。

 

「さてと、まずだが……あの蘆屋とか言う似非陰陽師、あれとニーニョは戦っていたのであり、私はニーニョとは剣を交えていない」

 

蘆屋道貞、旧日本国軍の霊能特殊装備開発室局長蘆屋道貞――あの蘆屋道満の子孫とされている男で、詳細は抹消されているが外法に特化した男であり、六道を初めとした家の弟子となりその家の術を奪い、己のものとし続けた怪人。そして人類を裏切り、アスモデウス一派についた男だ。

 

「なんて無茶を……」

 

「いやあ、舞ちゃんとおキヌちゃんが追われてまして……こればっかりはしょうがないっす。それにあの緋立病院の人間兵器にするって聞いたら止まってられないですよ」

 

背もたれに背中を預け戦った経緯を教えてくれた横島君。確かにその状況ならばしょうがない、僅かに遺体を回収しただけだが、人間に昆虫や獣の手足をつける実験の犠牲者を横島君は知っている。おキヌさん達がそうなるかもしれないと聞いたら止まっていられる訳が無い……単独で戦う事になったのは僕達の初動の遅さであり、横島君を責める事は出来ない。

 

「私にもちょっかいを掛けてきたのでね、報復に向かったらニーニョが戦っていたと言うわけだ。しかし、見て驚いたものだ。良く人の身で魔人の力をコントロールしていると感心したものだよ」

 

魔人の力をコントールしている――その言葉に会議室にいる僕を含めた全員がヒュっと息を呑む音がするのだった……。

 

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

魔人の力をコントロールしている……その言葉が何を意味するか、それが判らない者はこの場に誰一人としていない。

 

「ハッタリ……ではないようですわね」

 

「その通りだ。そもそもだな、お前達が変身というあの姿……あれこそがニーニョの魔人としての姿の雛形と言ってもいい。あれから魔人化が進めば、より魔人として適した姿に変わっていくのだよ」

 

仮面ライダーの姿が横島さんにとっての魔人の姿……それをありえないと否定する術は私達には無かった。もう1人の仮面ライダーは陰念さんで、彼もソロモンの魔人の力の影響を受けてその力を手にしている。それにレイは複合神霊の力を持つホムンクルス――そのどれもが神魔であったとしても異質と呼べる力だ。そう考えれば魂に影響が出てもおかしくはない……おかしくは無いが……。

 

(魔人……いえ、横島さんにそんな気配はない……でも……)

 

神通力と魔力が複雑に入り混じった魔人独特の気配はない……でも横島さんが黙り込んでいると言う事は思い当たる節があるという……誰もが神妙な顔をしているとマタドールが大声で笑い始めた。

 

「まだまだ蛹と言う所だ、魔人として孵化するにはまだまだ足りぬ、取りこし苦労という奴だ」

 

「離せ、あの骸骨をぶん殴ってやるッ!!」

 

「落ち着くんだ!くえす!勝てる訳無いだろうッ!?横島止めるのを手伝ってくれ」

 

「神宮寺さん、落ちついて、落ち着いてください!」

 

「ちょっとお!?横島は重傷なのに動かないのッ!」

 

「……やれやれ、気持ちは判るが少しは落ち着け」

 

マタドールの言葉に怒り、暴れている神宮寺さんを取り押さえようと横島さん達が奮闘していると、それを見てマタドールが更に笑い出す。

 

「野郎!ぶっ殺してやるッ!!!」

 

更にヒートアップする神宮寺さんの姿を見て、何故か逆に落ち着いてきた。誰かが怒り狂っていると周りの人間が落ち着くって言うのは本当の事なのかもしれないですね。

 

「魔人の力が影響しているのは本当と言う所ですね?」

 

「ほう?何故そう思う?私が嘘をついているとは思わないのかね?」

 

「思いません、蘆屋にちょっかいを掛けられたという事はガープ達でも判らない何かが魔人にはある……違いますか?」

 

その何かと横島さんの変身の反動が軽くなっていると言う事……そこに何か関係性がある筈だ。

 

「猪突猛進と思えばそうではないようだな。魔人には狂神石は効かないんだ、元から強い耐性があるからな」

 

狂神石に耐性があると語るマタドール。しかし狂神石は神魔を狂わせる物――魔人は後天的に神魔に至った者とも言える。影響を受けない……そんな事があると言うのか?

 

「……元から狂っているからか」

 

今まで黙り込んでいたブラドー伯爵がそう呟くとマタドールは額に手を当てて大声で笑い出した。

 

「くっくく、はっはははははッ!!」

 

笑い声が大きくなるに連れて皮膚が消え、本来の骸骨の魔人としての姿になる。

 

「流石は始祖の吸血鬼、黙り込んでいると思ったら考えを纏めていたか」

 

「お褒めに預かり光栄だ、それで答えはどうなのだ?」

 

ブラドー伯爵の問いかけにマタドールにその通りだと頷いた。

 

「元より魔人は狂っている。狂っている物が狂う訳がなかろう?神魔を狂わせる力が人間に耐えれる訳が無い、こうして自我を保っていいる段階でニーニョは無意識に魔人の力を使っていると言うわけなのだよ」

 

自我を保っていると言う事が何よりも横島さんが魔人としての力を扱っていると言う証拠だとマタドールは断言した。

 

「……じゃあなんだ、俺は狂神石に近づく事に魔人化が進むってか?」

 

「当たらずとも遠からず、魔人の力と狂神石の力は反発しあう。狂神石の力に抗えば抗うほどに魔人の力は増大していくだろう、魔人として更なる高みに至るか、それとも人のままかは、ニーニョお前自身が決める事である」

 

マタドールはそう言うと立ち上がり、腰に挿した剣を抜き放ち虚空を切り裂いた。

 

「余りヒントを与えすぎるのも成長を止めることになる。悩み、絶望し、苦しみ、前に進むがいい。そして今よりももっと強くなるのだニーニョ」

 

空間の切れ目に身体を滑り込ませ、既に半分ほど消えているマタドールは最後に1つだけ助言を与えようと口にし、横島さんにその骨だけの指を向けた。

 

「己の業、罪に気付いてはならぬ。魔人には己の司る罪がある、それを自覚すればお前は即座に魔人へと至るだろう。それでは足りぬ、私はもっとお前が強く、成熟した後に魔人になるべきだと思っている。ゆえに己を見つめすぎない事だ」

 

「俺の罪……業?何のことだ」

 

罪と業……横島さんにもっとも程遠い言葉だ。今の横島さんのような善人に罪も業も無い人に何の罪と業があると言うのだろうか……。

 

「罪も業も生きている限りついて回る、そしてお前が担う罪も業も誰よりも優しく、慈悲深い、だがそれゆえに残酷であり冷酷だ。魔人の中で唯一欠落していた罪の形……それを自覚しない事を祈るよ。ではまた何れ会おう、今度は闘争の場でな」

 

最後まで意味深な言葉を残しマタドールは姿を消した。だが横島さんの罪と業――それが魔人へと至るとはどういう……会議室にいる全員が困惑していると重々しい音が響き渡った。

 

「横島!やっぱり無理を……ッ!」

 

「ナイチンゲールの所へ連れて行きますわよッ!」

 

マタドールが消えた事で緊張の糸が切れたのか横島さんが崩れ落ち、蛍さんと神宮寺さんの悲鳴にも似た声が響いた。

 

「令子ちゃん、横島君達を病院へ、後は僕達が何とかする」

 

「西条さん……ごめんなさいッ!行くわよッ!」

 

横島さんを背負い会議室を出て行く美神さん達を見送る、本当は着いて行きたい。だが東京を囲むように出現している霊団・レギオンの問題は解決しておらず、横島さん達を守る為にも私達には立ち止まっている時間なんて存在していなかったのだった……。

 

 

 

 

~ガープ視点~

 

東京から戻って来た蘆屋の報告を聞いて、私の考えていた1つの推測が当たっていた事を理解し、それだけで東京にレギオンを配置した価値があったと考えていた。

 

「やはり横島には狂神石に対する耐性があったか……」

 

「かなり近づければそれなりに影響は出るようですが、シェイドへと変身する事はありませんでした」

 

純度の高い狂神石を蘆屋に持たせ、横島に遭遇すれば近づけてみることで反応を見ようとしたが、シェイドへと変身する事は無かったと聞いて、私の予想が少し違っていたという事を知った。

 

「ふむ、狂神石に近づければシェイドになり暴走状態に入ると思ったが……やはり魔人同様耐性があると言うことか?」

 

「左半身のみのシェイド化は見られました。あとおキヌとか言う巫女が笛を吹くと、私の力もかなり抑制されるのを感じました」

 

おキヌ――あの巫女か、あの巫女の霊体と肉体がずれるように術は仕込んでおいたが……それは想定外だったな。

 

「狂神石の力を抑制する能力者なのかもしれんな。信じたくは無いが……」

 

神魔であれど正気を失わせる狂神石の魔力を浄化する能力者――神魔であれば判るが、まさか人間がそのような能力に開眼するとは正直想定外にも程がある。一点に特化した能力者としてもそんな人間が都合よく生まれるとは正直信じたくないと言う気持ちの方が強いな。

 

「そんな能力者が人間に生まれるものでしょうか?余りにも都合が良すぎると思うのですが……」

 

横島達の陣営に狂神石を無効化あるいは弱体化させる能力を持った人間がいる……それは確かに都合が良すぎる展開だ。

 

「それが宇宙意志なのかもしれん」

 

宇宙意志によって我々も都合の良すぎる展開というものを何度も経験してきている。横島達の陣営に狂神石の力を抑制する能力者が入ったのも、宇宙意志と考えれば話の辻褄は合う。

 

「その抑制力も完璧ではないのならば、問題はない、笛の音色、いや霊力が弱まれば侵食が進んだのならば誤差の範囲だ」

 

笛に霊力を載せて演奏していればその消耗は著しい物だろう。音色に篭もる霊力が弱まり、狂神石の干渉に耐えれなくなるのならば誤差の範囲と言ってもいい、それよりも問題はそこではない。

 

「マタドールが現れた事の方がよほど問題だ」

 

横島が魔人化の影響を受けている事は私も把握していた。魔人には狂神石の影響は殆どない、現に純度の高い狂神石を近づけてもマタドールが平然としていたのがその証だ。

 

「……実に興味深い」

 

魔人化が進んでいるのならば横島は狂神石の影響を受けないはず。しかし現に狂神石の影響を受け、笛の音色がなければシェイドになりかけていたとなれば横島の魔人化は完全ではないと言う事になるが、人間でありながら狂神石の影響を受けても一瞬で発狂しないのならば横島も耐性を得ていることになる訳だが……矛盾している結果に何か根本的に分析が間違っている部分があるのかもしれない。

 

「蘆屋、お前はもう少し東京で状況を観察していろ。どの道霊団とレギオンはただの布石、失敗しようが成功しようがそこに大きな差はない」

 

あくまで霊団とレギオンは次の計画に進むまで東京に足止めするのと、東京で何かする為にと警戒させる為の物だ。警戒して東京に篭もってくれれば私の計画通り、仮に離れたとしてもそれでも良い。なんせ今回の襲撃は横島を新生の地から引き離す為の物で、あそこに籠もられると流石の私とアスモデウスでも攻撃を仕掛けることは難しくなる。

 

「レイを連れて行ってもよろしいですかな?」

 

「……様子見程度にしておけ、平安時代での戦いからどれほど進歩したか、それを見極める程度だぞ」

 

一礼し再び人間界へ向かっていく蘆屋を見送り、机の上の眼魂に視線を向ける。レイの眼魂で研究しより高位の神魔を封じた眼魂の数々、その中には勿論私達の眼魂もある。

 

「下地は出来ている筈……次の段階に進む時が近いな」

 

平安時代の戦いで横島の魂に狂神石を流し込んだ、それによってシェイドという闇の側面が活性化し、横島自身の霊能力にも大きな影響を与えた。そして狂神石を近づけた事でシェイドが表に出ようとしていた……これは完全に横島の魂に狂神石が根付いた証拠であり、より純度の高い狂神石を近づけることでシェイドはより活性化し、平安時代のように横島の身体を乗っ取り、シェイドは身体の主導権を得る事になるだろう……。

 

「我らの目的が達成させる日も近い……」

 

私の計画通りに進めば今までの戦いの勝敗など取るに足らない物となる。どれほど負けてもいい、逃げてもいい……。

 

「最後に勝てば勝ち負けなど取るに足らない事だ」

 

私達は何度も負けた、何度も逃げた、何度も仲間を失った……それでもここまで進んで来た。失った物、敗北の屈辱も全ては勝つ為の布石となるのだ。

 

「我らはかつ、大願を成し遂げる。その為には横島が必要なのだ……」

 

我らだけでは成し遂げれない事がある、我らの目的を成し遂げるためには特異点である横島の力が必要だ。しかし我らの求めるレベルまで、横島に辿り着いて貰う必要があった……そして我らの求める力量まで横島は辿り着こうとしている……かなりの労力を使った、そして何度も辛酸を舐めた、しかしそれら全てが報われる時がもうすぐ側に来ていると思うと込み上げてくる笑いを抑える事が私には出来ないのだった……。

 

ガープが新たな策略を打つ準備をしている頃、東京の病院ではカルテを手にナイチンゲールが深刻そうな顔をしていた。

 

【大丈夫とは言いましたが……果たしてこれはなんと言えば良い物か】

 

面会時間ギリギリと言う事で美神達を帰す為に大丈夫と告げたナイチンゲールだが、その後の診察結果を見てその顔を深刻そうに歪めていた。

 

【ミス・おキヌとミス・舞の体調も決して良い訳ではありませんし、ナナシとユミルの状態も深刻です】

 

蘆屋に追われていた2人は体力を限界まで消耗しており、それに加えて挫いた足で走り続けていたので足の状態は最悪の一歩手前だ。ナナシとユミルの2人は蘆屋の悪辣な術で霊力と体力の上限とでも呼ぶべき物を削られており、戦闘に復帰出来る程に回復するにはかなりの時間を有する事が予想されている。

 

【……霊団とレギオンによる霊症の影響も大きいです。なんと悪辣な……】

 

無数の霊団とレギオンによる生者を憎む声によって体調を崩している者も多く、霊能関係の医療を行なっている病院はてんてこ舞いとなっている。そのため六道女学院の医療系の霊能を持つ生徒も借り出され、東京の今の状況は戦時と言って良い状況だ。だからこそナイチンゲールは横島の診察結果を口にする事に躊躇った。元から眼魂を使う横島は眼魂に宿る英霊や神魔の影響を受けて肉体変化が顕著だった……一戦事に別人のように身体能力の変化は記録されていた、だが今回は今までの変化が嘘のような異様な変化を遂げていた。

 

【骨格、筋力量、霊力上限、魂魄強度……それがここまで変化するなんて……これでは最早神魔の域ではありませんか……】

 

成長ではなく変化、骨格から全てが別人と良いレベルに強化されている。

 

【これが狂神石の影響だというのですか……】

 

神魔を狂わせる狂神石――それの齎す脅威、そして今は元の人格を保っているが、それが何時崩壊するか判らないと言う恐怖――そして何よりもナイチンゲールが恐れたのは今の状況だった。霊団とレギオンの恐怖の中、人間では無くなりかけているかもしれないよこしまの事を公表すれば吊るし上げ、それこそ魔女狩りのような状況になりかねない。騒乱と恐怖は人間の正気を容易く奪い去る――それを知っているからこそナイチンゲールはある行動に出た。

 

【やはりこの事は言えませんね……仕方ありません】

 

手にしたカルテをシュレッダーに掛け、ナースコールを聞いてナイチンゲールは自分の診察室を後にした。医者としてではなく、英霊フローレンス・ナイチンゲールでもなく、1人の少し凶暴ではあるが、心優しい女性として横島に降りかかるであろう困難を少しでも減らしたいと思っての行動だった……。

 

 

 

リポート6 亡者の嘆き その4へ続く

 

 




怪しげなフラグをばら撒いていきます、次回は霊団・レギオンとの戦いに身を投じる美神達と入院中の横島達の話で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


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別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~人間編~

別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~人間編~

 

最高指導者の執務室ではキーやんとサッちゃんの唸り声が響いていた。2人の机の上には書類山が幾つも出来上がっていたが、これは決して最高指導者としての仕事ではなく、トトカルチョの胴元としての責任の仕事だった。

 

「……おかしい、もっと早く決着がつく予定だったんですが」

 

「ヘタレすぎたからなあ」

 

想像を超える人数になり、いまだ決着が着くとは思えないトトカルチョの結末……それらが重なり合い1番最初に発券したトトカルチョの有効期限が切れてしまった事による一時払い戻し、娯楽に餓えている最上級神魔だからこそ降りる事は無いが再び賭けなおす為にもより詳しい倍率、そしてキーやんとサッちゃんの観点からの分析結果も付与せよと言う要望があり、それを纏めなおす作業に2人は頭を抱えていたのだ。

 

「……まず人間からで良いですかね?」

 

「神魔は大変やから人間からで良いやろ……でもそれだと人間・神魔・妖怪とかでジャンル分けなあかんけど……どうないしよか?」

 

「……頑張りましょう」

 

「そやなあ」

 

トトカルチョの胴元としてなさねばならない仕事。部下に投げるわけにも行かない、もしも投げてしまえば神魔混成軍が壊滅するかもしれない内容なだけにキーやんとサッちゃんの2人は額に鉢巻を巻いて、栄養剤の瓶をダース単位で執務室に運び込み、愛情などを司る天使や悪魔から借りて来た秤等を用いて限りなく正確な現在のトトカルチョの状況の纏め作業を始めるのだった。

 

 

 

~美神令子 倍率1.0→リタイア  愛情度0 狂愛度0 師弟愛70 友情度50~

 

「まさかねぇ。巻戻す前の世界の勝者がリタイアとは思いませんでしたね」

 

「まぁワイは予測してたけどな、えっと払い戻しが……ひーふーみーよっと」

 

美神令子さんが勝つと予想していた神魔には全額払い戻しとなり、サッちゃんが返す金額の計算を淡々と行なう。

 

「これは横島さんの成長具合ですかね?」

 

「んーそうやろなあ、そもそも前の世界の煩悩なら……とうに決着ついてるで」

 

「確かにですねぇ」

 

令子さんに匹敵する美女・美少女が多いのだ。とっくの昔に煩悩が振り切っていて下手をすれば誰かを妊娠させていてもおかしくないのだが、この世界線の横島さんは想定の斜め上を行く進化をしてしまった。

 

「子煩悩が高くなりすぎましたね」

 

「元々横っちは子煩悩やし、動物にも優しいからなあ」

 

グレムリンと呼んで良いレベルではない何かに進化したチビ達とのふれあいの間で煩悩0、子煩悩100。天職保父あるいはブリーダーに進化してしまった横島さんでは本当にトトカルチョに決着がつくのだろうか?という不安を抱きながら美神令子さんの情報を書き纏める。

 

「前の世界の後悔から完全にトトカルチョから手を引いた。えっと前世の縁はあるがそちらは友情と師弟愛へと変化し愛情度等は無くなり、完全に異性としてみることは無くなった……こんな感じですかね?」

 

「あとあれやな、蛍と横っちをくっつけようとしてなんかしてるみたいやな」

 

「では蛍さんのサポートになったという事でいいですね」

 

備考として蛍さんのサポートに着いたと書いてファイリングを行い、次の資料の山に手を伸ばした。

 

「今度は蛍さんですね。どれどれ……おっふ」

 

「なんや。変な声を……おっふ……」

 

サッちゃんがどうしたんだ?と尋ね机の上の秤を見て私と同じ様に変な声を出した。

 

~芦蛍 倍率1.3倍→3.3倍 愛情度80 狂愛度30 師弟愛20 友情度70 ヘタレ度180~

 

「倍率爆上がりしてるやんッ!?」

 

「なんでなんですかねえ……1番有利だった筈なのに……」

 

美神令子さんの次に倍率が低かったのに……3倍近い倍率になっている。

 

「これ間違ってないか?」

 

「いえ、この秤は間違いではないはずです」

 

愛情を量る天使の秤等を使っているのでこの分析結果は間違いではない筈だ。数値は決して悪くないのに……倍率が高くなっている理由。

 

「「ヘタレ度か……」」

 

愛情友情などの数値を全て台無しにするヘタレ度……今までの蛍さんの行動を考え直す。明らかに勝負を決めるチャンスはあった、だがそのチャンスに行動出来ず完全に出足が遅れていた。

 

「もしかしたらこのまま脱落してしまう?」

 

「……どう……おっふ」

 

「どうしたんですか……おっふ」

 

今度はサッちゃんが奇妙な声を出し、量りを見た私も変な声が出た。その理由は秤が最後に示した数値――執着度280。

 

「この執着度が原因な気がしますね」

 

「ワイもそう思う……って言うかここまで執着するならはよ動けや」

 

横島さんに思いを寄せる人が増える前に決着をつければよかったのにと思いながら最後の纏めを書き始める。

 

「倍率は高くなったが、愛情・友情は依然として高いのでまだ勝ち目はあると思うが、ヘタレ度が不安要素となるだろう……っと、こんなもんでどうや?」

 

「私もそれで良いと思いますよ。では次に行きましょう」

 

調べなおす人はまだまだ沢山いるので美神さんと蛍さんの事はそれなりにショックだったが、倍率は上がりもするし、下がりもする。今後の蛍さんの行動に期待と思いながら次の資料の山の一番上に手を伸ばし、その動きを止めてしまった。

 

「これ……どうします?後回し?」

 

「……怖い物見たさもあるやろ?ワイはこれを見ようと思うで」

 

美神さん、蛍さんと続き、次はおキヌさんだと思っていたのだが……次の名前は神宮寺くえす。一体どんな結果がでるのかとドキドキしながら神宮寺さんの愛情の重さを量る為の秤に手を伸ばすのだった……。

 

 

 

 

 

神宮寺くえす……かつてビュレトを召喚した魔法使いの末裔にして、その魔力を宿した娘。上級神魔に匹敵する魔法を行使出来る今の人間界では絶滅寸前の魔女の1人……その愛の重さはどんな物なのかと秤に重りを載せる。

 

「「おもっ!?」」

 

はじき出された数値に思わず声を上げてしまった。

 

~神宮寺くえす 2.7倍→0.8倍 愛情度120 狂愛度200 友情度100 執着度300 策謀度900 愛欲度∞~

 

「重い、重い……重過ぎる」

 

「無限ってなんやねん、これ油断したら横っち食われるで。いやからからに絞る取られるやろ」

 

100って言う数値がデフォルトの筈なのに……なんでそれを悠々と越えていくんや……。

 

「神宮寺くえすの愛情は化け物か」

 

「サキュバス越えてますよ。むしろサキュバスが可愛いレベルですよこれ」

 

やばいっていうか、ええって感じである。よくもまぁ横っちはこんな奴と普通に一緒に入れるなって言うレベルだと思う……。

 

「でもまぁ彼女は結構誠実ですよね?」

 

「ん、んまぁな」

 

内に秘めている物は特別危険だが、横っちに大しては誠実だし素直だ。それに横っちの危険には率先して動いてるし……。

 

「あれ?結構優良物件か?」

 

悪い噂は多いが横っちを守ると言う目的の為によるものであり、神宮寺くえすがいれば横っちへの守りも牽制にもなるわけで……。

 

「帰ってくる金全部突っ込むかなあ……」

 

「ずるいですよ!?」

 

「赤貧してるお前が悪いんやで」

 

見目麗しく、そして横っちへの思いは紛れも無く本物だ。それに実力行使でも守れるとなれば全然ありだとワイは思った。

 

「愛情は重いがその重さゆえに横島への思いは本物、倍率は低い故に勝利者になる可能性は高いっと」

 

「ただ愛が重すぎて暴走する危険性ありってしときや?さてと次々……おっ、次は冥子か」

 

六道冥子、横っちと良く散歩してるし、仲も良い。結構普通な感じだろと思って秤に重りを載せる。

 

~六道冥子 2.7倍 愛情80 友情80 信頼度80~

 

「普通?」

 

「ちょっと重めやな?」

 

狂愛などのステータスは無いが、それ以外の数値が軒並み高い……にこにこしている割に中に全部溜め込んでしまうタイプなのだろうか?

 

「でも冥子さんは良妻賢母と言えると思いますが……母親は」

 

「狸っていうか邪悪の権化やな」

 

冥子自体に問題は無いが母親である冥華には問題しかないわけだ……数値があんまり良くないのは完全に冥華のせいって所やな。

 

「良妻賢母、夫を立てる古きよき妻の像。仲も良く、使い魔同士も仲良しだが完全に母親が邪魔をするだろうっと」

 

「OKOK、ささ、どんどんいこか」

 

まだまだ調べる人間は沢山いるのだ。どんどん作業を進めるかと次の紙を引き寄せる。

 

「えっと次はおキヌさんですか」

 

「まぁこれも怖い物見たさかなあ」

 

おキヌは基本真っ黒なのできっと怖い数値が出るんだろうと思いながら秤に載せたのだが……。

 

~氷室絹 2.4倍→1.7倍 愛情80 友情80 友愛80 驚きの白さ シズエール∞~

 

「「驚きの白さシズエールってなんだ!?」」

 

訳のわからない表記に思わず声を上げる。と言うか狂愛とか執着が凄いイメージなのに、それらの数字が映し出されないってことにも驚いた。

 

「……どういうことなんでしょうね?」

 

「分からんわ……んん?」

 

執着の化身みたいな筈やったんだけど……なんでや?と首を傾げる。

 

「そういえばおキヌさんの黒さは闇に落ちていたシズモ姫の影響でしたね」

 

「ああ、そやったな。神様に戻ったからそれでおキヌの黒さも浄化されたってことか……」

 

だとしても驚きの白さシズエールってなんやねんっと突っ込みをいれたワイ達は絶対に悪くないと思う。

 

「横島とも仲も良くて、炊事洗濯も得意な良き妻候補。ただ偶に暗黒面に落ちる可能性ありっと」

 

「まぁ元が黒いからな」

 

今は白くても何れ黒くなるかもしれないってことで警戒は緩めては駄目と言う事で良いだろう。

 

「次は柩さんと琉璃さんどっちが良いですか?」

 

「琉璃にしよか、柩は黒そうっていうか闇深いし」

 

自分が恋人妻になるよりも首輪を付けられて飼われるのを望むのは業が深すぎるので先に琉璃のほうを見ようとなったのだが……

 

~神代琉璃 7.7倍→4.1倍 愛情度70 狂愛度10 友情度20 執着度70 策謀度380 愛欲度∞~

 

「「なんでやッ!?」」

 

なんでなんで巫女なのに愛欲度カンストしてるの!?一応清らかな巫女のはずやよな!?

 

「ちょっと柩さんを見て見ましょうか」

 

琉璃の数値が余りにもあれだったので柩の数値を見てみたのだが……。

 

~夜光院柩 3.2倍→2.8倍 愛情度■■ 狂愛度▲▲ 友情度●● 執着度∞ 愛欲度∞ 飼われたい欲∞~

 

「バグッてる!?」

 

「遅すぎんたんや業が深すぎる……」

 

ゴモリーが業が深いって言ってたけど深すぎるだろと思わずワイとキーやんは絶句し言葉を失った。

 

「……横島さんって実は肉食獣に囲まれていたんですね」

 

「もう終わりやな……プレデターしかおらんやんけ……」

 

愛欲って……少なくとも神代琉璃は巫女のはずやろが……。

 

「巫女だからこそ余計にそういうのに興味があるのかもしれないですね」

 

「やめいや、生々しいで……えっと纏めとしては……神代琉璃は愛情は強いが、執着度と……」

 

「ちょっとむっつりでいいでしょう。むっつり巫女」

 

「キーやん。言い方ってもんがあると思うで?」

 

でもまぁむっつり巫女って言うのはある意味的を得てると思うのでむっつり巫女と書き綴る。

 

「柩さんは自分が勝利者にならなくても良し、愛人とかでも良いと考えている節がある上にめちゃくちゃ重い感情を抱いているのでちょっと危険と……そしてむっつり」

 

「やめい言うとるやろッ!?」

 

なんでむっつりを付け加えるんやと言いつつも神代琉璃は巫女である間は性交渉は出来んし、でも当主という立場だからそういうもんも学ばせられるから耳年増だとうし、柩に至っては死ぬことが分かっていて横っちがヒャクメと交渉し作らせたチョーカーで延命しているから感情が重いのも、性交渉に興味があるのも仕方ないんやろうなと話しながら次の書類を手にした。

 

~妹紅&蓬莱山輝夜 2.2倍 愛情度80 狂愛度10 執着度40~

 

「普通やな」

 

「普通ですね……備考としては……月神族への不満と恨みばかりですね。後は横島さんと過ごせるだけで良いと高望みはしないと」

 

「……健気やなぁ……」

 

月神族がおるから横っちへの被害や自分達に迫る危険性を考えて永遠亭から見送ったと思うんやけど、ちょっと愛が重すぎる連中ばかりを見ていたのでその健気さには思わず目頭が熱くなった。 

 

「やっぱり月神族はなんとかしないといけないですね」

 

「そやなあ、でもあいつら結界で月を覆ってるからなぁ」

 

追い出された神の癖に自分達が至高の神魔であると言っている月神族は面の皮が厚いってレベルじゃないわな。

 

「1000年近く1人の男をおもっとる健気な2人組み。月神族を何とかしなければ難しいっと……やっぱりお姫様だから家庭系のスキルは駄目か?」

 

「いえそれが1000年の間に何時横島さんと再会してもいいように花嫁修業は欠かしてなかったと……」

 

「くっ……健気過ぎる……」

 

やっぱりなんとかして月神族への交渉パイプを作らないといけないのではないか?と思いながら次の書類を手にし、秤に重りを載せる。

 

~マリア&テレサ 3.2倍 愛情度80~

 

「人造人間だから人に恋して良いのかと悩んでいる姉マリアと少しずつ感情を学んでいるテレサ……」

 

「ワイこういうの駄目なんやけど……」

 

2組続けて涙腺を攻撃してくるのは卑怯だ。しかも秤も愛情しか示さない辺りかなりの純愛と言えるやないか……。

 

「神の最高指導者としてはどうや?」

 

「人を愛する心に罪なし。私はこの無垢な魂を祝福します」

 

「これで許さんとかいうとったら殴ってるわ」

 

「私をなんだと思っているんです?」

 

キリスト教の教えに反する存在ではあるが、その清らかな愛は人間にも決して劣らないだろう……その清らかさをワイは買いたい。

 

「さってと次は……ええ?嘘やろ」

 

「し、信じられない」

 

愛情を量る秤が爆発したその信じられない光景に思わずキーやんと共に我が目を疑った。愛情を量る秤を破壊した者……それは

 

~花戸小鳩 11.1倍 愛情度∞ 狂愛度∞ 執着度∞ 愛欲度∞ 策謀度∞ 狡猾度∞~

 

「……これ化け物やろ」

 

「人間かどうかも怪しいですね……しかし、ええ……?福の神付いててこれですか?」

 

「むしろ福の神が軽減してこれかもしれんな……」

 

福の神の善性があってこの軽減だとしたらもうこれは悪魔のような女や……愛情がブラックホールレベルになっとる……。

 

「横島さんとあんまり縁が無くてよかったですね」

 

「これ監禁とか投薬とか普通にするレベルや……おっそろしい女やで……しかし秤が壊れてまったでこれは休憩やなぁ……」

 

「そうですねえ……これさりげなく横島さんに注意したほうが良いかも知れないですよね……」

 

とんでもないクリーチャーが近くにいると横っちに伝えたほうがいい、これ最悪後からブスリもあると悟り、くわばらくわばらと呟くのだった……。

 

 

 

 

 



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別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~英霊編~

別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~英霊編~

 

小鳩さんのせいで壊れた愛情を量る秤の修理が終わったので次となったのだが。サッちゃんと顔を見合わせてうーんと唸る。

 

「これ今神魔を見たら壊れると思うんですよね」

 

「確かになぁ……新型じゃないと壊れそうやな」

 

神魔は愛が重いなのでまた壊れてしまう、そうなればいらない出費が出てしまう……これは決して安いものではないですし……人間で壊せるくらい横島さんへの愛情が重い人がいるのならば神魔は絶対に壊れてしまう。

 

「こっち見て見いへん?」

 

サッちゃんがそう言って差し出した物を見ると数枚のプロフィール表であり、愛情を量る秤でその者の愛情等を読み取るための物だが……神魔では無く、英霊のプロフィールだった。

 

「それなら壊れそうもないですね」

 

「そやろ?おまけみたいな感じでつけてみよか!」

 

限りなく人間に近い英霊だが、やはり霊は霊だ。性交渉こそ出来ても子供を身篭ったりは出来ないし、この時代の人間ではないと言う事を踏まえてちゃんと理性ある反応を……。

 

~牛若丸 愛情度170 狂愛度100 執着度125 愛欲度97 夜伽心待ち度100 忠犬度∞~

 

「「自重してなかったあッ!!!」」

 

下手すれば人間勢より酷い分析結果に思わず叫んでしまった。ついでに言うと愛情の重さを量る秤は既に煙を上げていて瀕死だ。

 

「忠犬って人のステータスちゃうやろ……」

 

「って言うか夜伽命令待ってどうするんですか……」

 

牛若丸……いや、義経の経歴を考えれば分からない事はないですが……自分の忠義を疑われ、敬愛する兄に殺されて、最後まで人の心を理解出来なかった悲運の武将である牛若丸にとって横島さんは理想的な主かもしれないですが……。

 

「これそのうち食われそうやな……」

 

「口八丁手八丁で魔力供給とかで横島さんを丸め込みそうですね……」

 

これはやばいですね……おまけ程度に考えていたのですが、蛍さん達よりも圧倒的に愛情が重い……。

 

「英霊って事が逆に色々と思い悩ませるんやろうか?」

 

「でもこれ生身だったらもう食いに行ってますよ。平安時代価値観を甘く見てはいけない」

 

一夫多妻は普通だし貞操観念も割りと緩いので生前に横島さんに出会ってなくてよかったと思うべきなのだろうかと思いながら2枚目の紙を秤に掛けると音を立てて天秤が机の上に落ちた。

 

「なんや!?誰を乗せたんや!?」

 

「お、織田信長……」

 

さばさばしていて、横島さんを導く事を最優先にしているから牛若丸より酷くないと思ったのだが、牛若丸よりも数倍酷かった。

 

~織田信長 愛情度77 狂愛度25 執着度300 愛欲度220 我慢度400~

 

「……我慢ってあれか?」

 

「あれでしょうね……」

 

言うまでもないあれだろう、捕食者として横島さんを喰らう時を待ってるのだろう。これが何時になったら起爆するのかは判らないが、横島さんは自分の家に捕食者を最低2人は住ませている事になる。

 

「横っちって爆弾処理得意なんかな?」

 

「その可能性もありますよね。ギリギリで回避しているのかも……」

 

起爆寸前の所でパーフェクトコミュニケーションで回避して、最悪は回避してるがその分蓄積してるから牛若丸と織田信長の数値がひどいのだろうかと私とサッちゃんは頭を悩ませ、そして恐怖しながら残り数枚の英霊のプロフィール表に視線を向ける。

 

「これパンドラの箱ですけど……どうします?」

 

「ここまで来たんや、最後まで見ようや」

 

英霊の数はそう多くないから秤に負担を掛けたとしても壊れる事はないだろうと言うサッちゃんの言葉を信じて、私は次のプロフィール表を秤の上に乗せるのだった……だがサッちゃんの願いも空しく、パンドラの箱を再び開く事になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

英霊は既に死者ではあるが、感情もあるし、エーテルで作られた擬似的な肉体もあるので限りなく生者に近い死者ではあるが……良く考えれば人外という区分になるので横っちの人外キラーの効果を受けるのは予想出来た事だった。

 

~フローレンス・ナイチンゲール 愛情40 信頼度20 心配度180~

 

「「普通だ……」」

 

いや、ナイチンゲールは殺しても治療するとかなりアレな性格ではあるが、やはり医療従事者としての矜持が強いみたいで……

 

~初恋度14~

 

「「っておいッ!!!!」」

 

なんで最後に初恋度なんて化け物みたいな数値が出てくるんや……数値が低いとは言え、ナイチンゲールも爆弾を抱えていると言うことで先行きが不安だった。

 

「横島さんが入院する事になると大体ナイチンゲールの所ですよね」

 

「そこ以外に入院させれる所ないからな……どうか横っちがこれ以上パーフェクトコミュニケーションをしませんように……」

 

狂神石や眼魂の力を使う関係上普通の病院には入院出来ないのでナイチンゲールの所に行く事になるのはしょうがないが、横っちの社交性などを考えると一気に好感度が跳ね上がりかねないので恋愛に直結する部分の数値は頼むから上げないで欲しい。

 

「ナイチンゲールも結構な美人ですしね」

 

「まぁそやな」

 

胸が大きくて腰がくびれていて、尻が大きいとボンキュッボンの具現みたいな感じなので横っちの好みにストライクなので、好感度を上げてしまい責められると弱そうだ。

 

「……美人婦長深夜の個人「それ以上はアカンッ!!!」ふぐっ!?」

 

急にAVみたいな事を言い出したキーやんに地獄突きを行い、ナイチンゲールのプロフィール表を回収し、絶対にセーフだと思う英霊のプロフィールを秤の上に乗せた。

 

~マルタ 愛情度50 信頼度48……~

 

「ふう、流石聖女やな。自制心は……

 

聖女と言われるだけあって清らかな考えを持っていると安堵したのも束の間……次の分析結果に思わず白目を向いた。

 

~期待度50 姉度170~

 

「なんでやッ!!!なんで最後に色物がつくんやッ!!!」

 

一体ナニに期待して、そして何故横っちに弟を見出しているのか……1度天界に呼び戻して話を問い詰めたくなった。

 

「マルタは確かに聖女でその姉御肌から面倒見も良いですが、天界ではこう言われています」

 

「……なんて呼ばれてるんや?」

 

最高指導者と呼ばれているとは思えない下種な笑みを浮かべてキーやんはにっこりと告げた。

 

「そのおっぱいで聖女は無理、むしろ性……「なんで天界側がそんなことばっかり言ってるんやッ!!」目がッ!!目があッ!!!!」

 

目潰しに悶絶している馬鹿にワイは激しい頭痛を覚えた。天界側の方がサキュバス的なことをしてる、これならワイの部下のサキュバスの方がもっと清らかなんじゃないかと思うレベルだ。

 

「……だって分かるでしょ?」

 

「それ以上言ったら金すぐ返してもらうで」

 

脅しを掛けてやっと黙ったキーやんに呆れながら、どうか聖女のままでいてくれることを心から祈り、次の英霊の愛情の重さを量る。

 

~三蔵法師 愛情度75 信頼度60 無欲度200……~

 

「おお、こうや、こうや、これこそ英霊のあるべき姿やろ」

 

「いやいや、まだ分かりませんよ。あんな水着みたいな服装してるんですから」

 

「なんでそう下衆んや……と言うかブッちゃんも自分の趣味じゃないって言ってたやろ」

 

「ふっ……ブッちゃんはむっつりなんですよ。きっと多分メイビー」

 

「ホンマに殴られるので?」

 

怒ったら説法(物理)をしてくるので本当に弄るのは止めた方が良いと話をしていると

 

「私がなんです?」

 

「ほわッ!?」

 

「あれ?ブッちゃん……ってなんや、ハヌマンか」

 

「はっはっは、声真似上手いじゃろ?」

 

ハヌマンが悪戯成功と笑いながら愛情を量る秤を見て楽しそうに笑う。

 

「ワシも混ぜてもらおうかの、おお、そうだ。竜神王とオーディンも……お師匠……なんで横島が自分の弟子になる事を期待してるんですか……」

 

師匠に頭の上がらないハヌマンは三蔵法師の愛情を量る秤から最後に算出されたステータス。

 

~期待度(弟子)200~

 

の数値に何とも言えない顔をして深い溜め息を吐いたが、確かに竜神王とオーディンを呼ぶのは天界と魔界の横っちを好きな相手の反応を見るのに良いかもしれないと思い、最高指導者命令で2人を執務室に呼び出す事にするのだった……。

 

 

 

横島に向けられている愛情を秤で確認すると言うのは正直少し悪趣味に思えたが、トトカルチョを行なう上で重要な判断材料になると思い、今まで出された分析結果に目を通した。

 

「重いの」

 

「めちゃくちゃ重いんや」

 

「重すぎて草生えるwww」

 

キーやんは相変わらず暴走しているおるが、確かにこれは笑う。横島に想いを寄せている者の感情が全部重すぎて笑い話にもならない……。

 

「次は誰じゃ」

 

「沖田総司です。彼女は中々あれですし……きっと面白いものが見れますよ」

 

にまにまと笑うキーやんに本当にこいつは神側の最高指導者なのか?と思う物の、それを口にせず分析された感情のデータに視線を向ける

 

~沖田総司 愛情度60 信頼度120……~

 

「普通に100を突破してるの」

 

「普通に皆突破してくるんや」

 

普通100が最大値なのにそれを普通に突破するのはどうなんだ?と思う物の、全部横島のせいだなと思い残りはっと少しずつ分析されている感情に視線を向ける。

 

~愛欲度70 横島に父性を感じてる度∞~

 

「……分かってた事やけど、こいつも変態やな」

 

「それ以外にいえることはないな……」

 

沖田の外見的な年齢は20代前半――これは元になった人間の女優の年齢だが、精神は肉体に引っ張られるので少し精神も成長している筈なんじゃが……。

 

「この女優、ショタコンです」

 

「……それに惹かれてるにしても酷いな……」

 

「いや、横島の父性も凄い事になってるからな」

 

チビ達やアリスと触れている間に煩悩が弱くなり、子煩悩が強くなっているのは間違いない。ルキフグスとかも父性を感じてるし、神魔を駄目にする人間とか言うふれこみが最近出ておるし……。

 

「横島は色んな方向性に進化するな」

 

「煩悩があってもモテモテでしたしね……まぁそのお蔭で面白いんですがね」

 

「ワイも賭けの対象にしてるから言えんけど横っちは凄すぎるわ」

 

愛欲度の数値が高いのが心配じゃが……まぁ押し倒されたとしても周りにセコムが沢山いるから大丈夫と思う事にする。

 

~■■■■ 愛情度■ 信頼度▲ 執着度■■■■ ~

 

「「「誰だ!?」」」

 

次に出てきたのは全部が表記がバグっていた。しかしバグっているのは良いとしても名前も表記されていないので誰だと困惑している中、秤はどんどん名前を吐き出してくる。

 

~■■■ 愛情度☆ 信頼度■■■ 執着度■■■■~

 

~■■■■■■■ 愛情度▲ 信頼度■■■ 執着度☆☆~

 

~■■■■■■ 愛情度■▲ 信頼度■■ 執着度■■■~

 

~■■■■ 愛情度■■■ 信頼度■■■ 執着度■■■ 監禁度■■■

 

~■■■■ 愛情度■ 信頼度☆ 食欲度☆■

 

「本当に誰や、しかも食欲ってなんやねん……」

 

「物理的に食べる気となると鬼ですかね……」

 

「受難が続きそうじゃな……」

 

恐らくだが牛若丸などの縁で出会うことになるであろう英霊になるであろうが……余りにも横島が不憫に思えてくる。

 

「名前が分かれば対策もあるんですけどね」

 

「もうどうしようもないわ、横っちのパーフェクトコミュニケーションに賭けるしかないで」

 

英霊がこれだけ召喚されるとは思わんが……今後は少し警戒をしておくべきかもしれない。

 

「さてとこれで最後ですけど……」

 

~ジャンヌ・オルタ・リリィ 愛情度50 信頼度70 お兄ちゃん子度97~

 

「なんか癒されますね」

 

「確かになぁ」

 

「これが普通なんじゃろ、ちょっと周りが……んん?」

 

リリィの余りにも普通の評価に安堵したのも束の間、秤がもう1度動き出し吐き出された紙を覗き込んだワシ達は思わずひえっという上擦った悲鳴を上げた。

 

~ジャンヌ・オルタ 愛情度250 信頼度200 狂愛度300 執着度450 依存度650 愛欲度700~

 

「重い重い重い……ッ」

 

「無限じゃないのが逆に怖すぎるッ!!」

 

「やばすぎるじゃろ……」

 

秤を壊す程に重いジャンヌ・オルタの横島への愛情の重さ、∞はむしろ軽いと思うほどに重い、むしろ数値化されている事が恐怖を覚えるほどじゃ……。

 

「ちなみに予備があるのでこのまま神魔の愛情も量りましょう」

 

「マジでか!?少し休もうとか思わんのか!!」

 

「恐怖には鮮度があり、今麻痺している間に量りましょうよ、神魔なんてみんなどいつもこいつも愛が重いって相場が決まってるんですから」

 

本当にキーやんが神魔側の最高指導者なのは何かの間違いではと思う物の、キーやんの言う通り神魔は愛情が重いと昔から相場が決まっているわけで。後でまた恐怖するくらいならとこのまま神魔の愛情も量りに向かったのだが、想像を超える愛情の重さに後に合流する竜神王、オーディンと共に戦慄すると同時に横島の危機回避能力の高さに驚愕する事になるのだった……。



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別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~神族編~

別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~神族編~

 

 

人間、英霊と横島さんの回りの女性陣の闇に内に抱えている欲望を可視化してきたが、ここからは確実にそれを越えるパンドラの箱である。

 

「……あー最高指導者よ、止めておかないか?」

 

「部下をこれからどう見たら良いか分からなくなるのは少し困るのだが……」

 

竜神王とオーディンが呪われたパンドラの箱を開けるなと言うが、ここまで来たのですから引くことは出来ない。

 

「駄目ですよ、トトカルチョの胴元として参加者には正確なデータの提供が求められるのですから」

 

「まぁここまで来て神魔は何でないって言われても困るしな、ちゃっちゃと量ってみようか」

 

それに恐ろしくもあるが見て見たくもある。一体横島さんがどれだけの神魔を狂わせたのか、その魔性の人外愛されボデイの力をこの目で確かめて見たいのだ。と言う訳で1枚目の紙を量りの上に乗せることにする、やっぱり最初の1人はこの人以外いないと言える人からだ。

 

「シズク様かぁ……」

 

竜神王が大丈夫か?と不安そうにしている中、シズクさんの愛情を量ろうとした瞬間――すさまじい轟音を立てて量りの皿が机の上に叩き付けられた。

 

「「「「!?」」」」

 

竜族の愛情は重いし、神魔の愛情もかなり重い……それこそ神魔の愛が狂っているのがデフォルトみたいな不名誉な事を言われているが、それでもこの重さは尋常じゃないと言えるだろう。

 

~シズク 倍率2.7→1.9倍 愛情度450 信頼度700 狂愛度500 執着度650 依存度50 愛欲度900 我慢度1200~

 

「やばいやばいやばいやばい」

 

「……おっふ……」

 

「あ、あははは……」

 

「もうおしまいやんけ……」

 

英霊の中で最高の重さのジャンヌダルク・オルタを簡単に越えてきた。流石龍族、そしてシズクさんと言えるだろう……。

 

「1番長くいる神魔って言えますもんね」

 

「それこそ1000年規模……まだ自重してるか?」

 

「そう言えるだろう。もし自重してなかったら……」

 

竜神王が深い溜め息と共に黙り込んだ。そこで黙られると困るので視線で続きを言えと促すとお茶を口にした竜神王は喉元まで来ていて押し留めた言葉を口にした。

 

「下手をすると新種の竜族が生まれているし、横島が枯れ果ててるかもしれない」

 

「「「……ハハ……ッ」」」

 

笑えない、本気で笑えない……だけどシズクさんは横島さんの前世からの繋がりと言えるし、横島さんも凄く信用しているし……。

 

「ロリと美女で2度美味しい」

 

「やめい」

 

べしっと頭を叩かれるが、シズクさんはロリフォームと大人フォームを使い分けできるので、その内横島さんが食われる事が確定した未来に思えた。

 

「竜族の中では大本命っと言えるかも知れんの。じゃがワシ的にはこいつが気になるわい」

 

斉天大聖が量りに置いたのはタマモさんのデータ……妹そしてマスコットみたいな感じで横島さんがかなり大事にしてますが……果たしてどんな……。

 

「「「「ふあっ!?」」」」

 

机が砕けた……だと!?シズクさんを超える愛情の重さとか信じられない……と思っていたのだが、表記されているのを見て更に信じられないと顔を歪めた。

 

~タマモ&タマモナイン 5.7倍→■■倍 愛情度×■○ 信頼度▲■○ 狂愛度◎◎◎ 執着度◎■◎○ 依存度○○▲☆× 愛欲度☆○◎■▲× 我慢度■☆◎○×▲☆~~

 

「「「「誰だ!?タマモナイン!?しかもバグが凄い!?」」」」

 

何者だ、タマモナインって!?その上数値が全部バグっててなんなのか全然分からない……。

 

「玉藻の前って天照の分霊でしたっけ?」

 

人間社会に興味を持ち、自分の分霊を作ったと言う話は聞いていたが……詳しい話は私も知らない。

 

「確かそうだが……あの人は基本的に俗世に関与しないからな」

 

「日本の神魔の中で最高権威ですしね……」

 

天照大御神は世界各国の神魔の中でも数少ない太陽神の神格を持つ神魔だ。それに加えて日本人の高い信仰心も合わさって最上級神魔でもある。だがその性質上人間界に関与できないわけで……。

 

「もしかして分霊が分霊を増やして分霊の数が9人いてタマモナイン?」

 

「……ありえる」

 

「でも見たことないぞ?」

 

ちょっと分からない事が多すぎるが……その線がかなり濃いと思うわけで……。

 

「とりあえず様子見で」

 

「「「賛成」」」

 

藪を突いてなんとやら……それに玉藻前には色んな伝承が多いので悪の面が表に出て来ても困るので私達としては様子見だ。

 

「サッちゃんどうしましたか?」

 

「あ、いや、ほれ。横っちって九尾の狐と縁深いやん?」

 

「まぁ確かに……」

 

がっつり縁が繋がっている神魔の一人と言えるが、それがどうしたのか?と尋ねる。

 

「いやまた分霊作って人間界に降りてきたら横っち……高天原に拉致されん?」

 

サッちゃんの言葉にこれまたあり得ると私達は完全に言葉を失うのだった……。

 

 

 

 

 

最高指導者から呼び出されたがその内容は横島の回りの愛情の重さを量ると言う物で、何をしているんだと言いたくなったのだが、タマモの次の愛情の重さを見て私は完全に動きを止めた。

 

~天魔 11.10倍 信頼度55 お兄ちゃん子75~

 

~紫 11.2倍 信頼度120 愛情度20 お兄ちゃん子125~

 

天狗の姫まで何時の間にか横島に懐いていた、それに小竜姫の報告で少し問題になった人造神魔の紫と続き……。

 

~天竜姫 11.8倍 信頼度80 お兄ちゃん子100~

 

「解せぬ」

 

何故だ?何故私の娘までここにいる?いや、まぁ確かに横島には懐いていたが……数値の高さゆえに好きであり、愛では無いが……少し先行きが心配だった。

 

「竜神王。子供は横島さんに勝てないんですよ」

 

「でっろでろに甘やかすしな……あと優しいし」

 

「まぁあれだ。頑張れ」

 

……何を頑張れと言うのだ……まぁ良い、愛情とかに芽生えていないと言うだけである程度の安心感はある。それよりも私が心配しているのは清姫の方である。

 

(頼む、まだ普通であってくれ……ッ!)

 

だが私の願いはやはり簡単に打ち砕かれる事になる。

~清姫  5.1倍→2.1倍 愛情度550 信頼度400 狂愛度800 執着度750 依存度750 尽くし度666 愛欲度1000 我慢度1400~

 

「……もう駄目かも知れんな」

 

「諦めるの早すぎません?」

 

「でもこれはあかんやろ」

 

「あの暴走特級娘ならやる。間違いなくヤル」

 

ヤルの文字が絶対違うだろ、オーディン。貴様の娘2人も相当やばいことになってるのに何を笑っていると怒鳴りたくなるがぐっとその言葉を飲み込む。

 

「まぁシズクがおるから大丈夫じゃろ、清姫の事はあやつが防ぐと思うぞ?」

 

「そ、そうですよね?」

 

清姫とシズク様の相性は最悪……どちらかが必ず妨害するので最悪の展開は間逃れる筈だ。

 

「まぁ最悪横島さんが2人に貪られる事になるでしょうね」

 

なんで天界の最高指導者はこんなのなんだと嘆きたくなるが、今の私には嘆いている時間はない……何故ならば……。

 

~小竜姫 4.4倍→2.7倍 愛情度250 信頼度700 狂愛度500(未来) 執着度666(未来) 依存度750(未来) 愛欲度900 我慢度1200~

 

~ヒャクメ 3.5倍→3.7倍 愛情度550 信頼度700 愛欲度2500 盗撮回数10000~

 

~地龍トリオ YESショタ・ノータッチ 1000 ファン度1000 M度1000 ストーカーしたい1000~

 

「んごふッ!!(吐血)」

 

冗談抜きで吐血した……特に地龍トリオ……結界に秀でていて基本真面目だと思っていたのに……。

 

「問題児しかいねえッ!!!」

 

「……笑えへんよ……普通に犯罪者おるやん……」

 

「……(自分の所は大丈夫か?と言う不安の顔)」

 

「精神修行をさせるべきか……?」

 

もう無理だ。頼れる部下も変態だった、元から問題児はガチの犯罪者だった。そして結界の使い手として派遣しようとしていた3姉妹は変態の上にドMでストーカーだった。

 

(まだ救いはあったのか……)

 

横島に思いを寄せている神族はまだ少ない、だからこの程度のダメージで済んだ。だがもっと多ければ間違いなく私の胃は心労によって穴が空いていただろう……まだこの人数で良かったと思うべきなのだろう。

 

「次はお前だな、オーディン」

 

「……そうだな。笑ってもいられないだろうしな」

 

魔族の陣営は私よりも遥かに横島に思いを寄せている相手が多いし、何よりもルキフグスや、ベルゼブルと言った超大物もいる……それらがもし横島に想いを寄せているとしたらそれはもう大変だ。大騒動になるし、確実に私よりも痛恨の一撃を受けるであろうオーディンのことを思いながら口元の血を拭っていたのだが……。

 

「なんかスカサハとかでてますけど?」

 

「は?」

 

「……これから横っちが会う神族何やろうなぁ……見てみ、竜神王」

 

差し出されたリストを見て私は目の前が暗くなるのを感じた……何故ならば……。

 

~スカサハ ???~

 

~カーマ ???~

 

「何でだ!?どこで出会う!?」

 

どう考えても繋がり何て無いのに何でどこで、どうやって出会うんだと叫んだ私は悪くない筈だ。

 

~エレシュキガル 8.9倍 純愛度500 信頼度700 依存度1000 ヘタレ度700 ポンコツ度800~

 

「「「「……ああ、なんか納得する」」」」

 

古き女神であるエレシュキガルだが、彼女は確かに強大な神魔で、死神として最高度の神格を持つ。だが善性が強く、お人よしで、そして悪辣になりきれない女神でもあるからだ。

 

「横島、遊びに来たのだわ」

 

「エレちゃん、いらっしゃい」

 

そして今も普通に横島の家に遊びに来て、他愛もない話して帰る。1000年以上生きているのに、同年代の少女のように過ごしているその姿はどう見ても神魔の物ではなく、年頃の少女のものだった。

 

「へっくし!」

 

「大丈夫?風邪でも引いてる?」

 

「んー違うと思うのだわ……誰かに噂されてると思う」

 

「それなら良いけど、身体には気をつけてな?」

 

竜神王達の微笑ましいという気配を感じ取りくしゃみをしたエレシュキガルだったが、横島に風邪に気をつけてと心配されたことに満足そうに笑う辺り、どうしようもないポンコツ具合とヘタレ度が滲み出ているのだった……。



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別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~魔族編~

別件リポート トトカルチョメンバーの愛情分析~魔族編~

 

人間・英霊・神族と横っちに対する愛情の重さを見てきたが、今度のが下手をすると1番危険かもしれない。

 

「……もしルイ様が出てきたら」

 

「止めてくれ、考えるだけでも恐ろしい」

 

「……確率は低いが0ではないですね」

 

魔族の中には当然ルイ様も含まれる、もしも……ルイ様が横っちに恋慕の情を抱いていたら……もしその名前が出てしまえば……。

 

「おはよう明星か? それともおやすみ明星か……どっちにせよ、ワイ達は死ぬ」

 

「じゃあ止めますか?」

 

キーやんが止めるかと尋ねて来る。確かに約束された地獄行きのチケットだ、普通に考えればここで止めるのが1番の正解だと思う。

 

「でもここまで来たらやらないわけにはいかんのではないか?」

 

「魔族だけデータが無いとなれば間違いなく文句を言われる。ここまで来たら……やるしかない」

 

命に関わると分かっているが……やらない訳には行かないのだ。そもそも神族や英霊の感情を量ったのを知られたらその瞬間に死だ……毒を喰らわば皿まで……もう逃げることは出来ないのだ。

 

「最初は……我の娘で頼む」

 

「分かったで」

 

ダメージが少ないうちに見届けたいと望むオーディンに頷き、ワルキューレの愛情から図り始める。

 

~ワルキューレ 3.8倍 愛情度55 信頼度120 狂愛度0 執着度30 依存度0 愛欲度0~

 

「「「「この安心感はなんだ……」」」

 

流石は自分にも他人にも厳しいワルキューレだ。信頼度こそ高いがそれ以外の数値はいままで見た中で1番まともで、異常な数値が殆ど無くて安心する。

 

「これならブリュンヒルデも大丈夫そうやな」

 

「彼女も軍人で非常に厳しい性格じゃからな、ワルキューレと同じ位まともな数値じゃろ」

 

ワルキューレを見て、大丈夫だろうと判断しブリュンヒルデの愛情を量り……後悔した。

 

~ブリュンヒルデ 7.7倍→2.8倍 愛情度155 信頼度170 狂愛度800 執着度380 依存度70 愛欲度1000~

 

「オーディン。お前自分の娘にどんな教育をしたんだ?」

 

「……我は普通の教育をしたぞ」

 

「普通の教育でこんなクリーチャーになります?」

 

……キーやんはもう少し歯に衣を衣を着せるべきだ。しかしブリュンヒルデも相当な化物である……愛情・信頼より圧倒的に高い、狂愛と愛欲の数値が不味すぎる。

 

「……もしかして伝承の影響を受けてます?」

 

「その可能性はある」

 

ブリュンヒルデとジークフリートの伝承。それとオーディンの娘と直接的な繋がりは無いが……魔族も人間のインスピレーションの影響を

僅かながらに受ける。愛に狂った戦乙女の伝承……それがブリュンヒルデに影響を与えているのかもしれないな。

 

「後同期が皆結婚してるからな」

 

「「「間違いなくそれだろ」」」

 

同期の魔族が皆結婚していれば行き遅れをどうしても意識する。それがブリュンヒルデの愛情の重さに大きく影響を与えているのかもしれへんな……。

 

「となるとメドーサやばくないですかね? 1番行き遅れてますよ」

 

「それを聞かれたら殺されるぞ、最高指導者よ」

 

メドーサは横っちに想いを寄せてる者の中でもかなりの高齢だが……女性の年齢で揶揄するのは死に直結すると言う事をキーやんはしっかりと理解するべきだと思うなあと思いながらメドーサの愛情を量り始める。

 

~メドーサ 2.6倍→2.5倍 愛情度200 信頼度170 狂愛度10 執着度370 依存度70 愛欲度200~

 

数値は中々重いがブリュンヒルデよりもまともだし、人間組よりも数値はかなりマイルド……。

~期待度10000~

 

「「「……」」」

 

「何の期待度だ?これは」

 

「分からん……だが異様な期待をしているのは間違いないな……黙り込んだが、何か思い当たる節があるのか?」

 

オーディンと竜神王はわからないだろうがワイ達は何に期待しているのか分かっている。同じ未来の記憶を持っているから、その時を待っているのだろうが、かなり地雷が待ち構えていると言っても良いだろう……。

 

(これって月神族の所で爆発するんですかね?)

 

(多分……今回も同じになるとは言い切れないんじゃが……かなりその可能性は高いじゃろ)

 

歴史は変わっているが、どうしても変わらない部分はある。多分月神族の下りでメドーサが若返るのは確定の筈やから……。

 

(若返ったらどうなると思う?)

 

(全部の数値がやばくなる)

 

(確定した未来やな)

 

若返ったメドーサはすぐに死んでしまったが胸も尻も大きくて、非常に良い女だった。それにメドーサは誠実で義理堅い性格でもある、若返れば今まで以上に誠実に働いてくれるだろうし……まあそのままでも良いだろう。本人もそれを理解してその時を待っているのだからあの期待値なのだろうし……元の数値はまだ割りと常識的だし、若返っても大丈夫だろうとワイは思う事にし、次の愛情の重さを量る事にするのだった……。

 

 

 

 

~アリス 6.5倍 愛情度60 信頼度88 お兄ちゃん子度200~

 

~レミリア・スカーレット 8.8倍 愛情度20 信頼度30 執着度178 懐き度78 お兄ちゃん子度97~

 

~チルノ 111.2倍 愛情度30 信頼度112 懐き度200 お兄ちゃん子度300~

 

~パイモン 7.8倍 愛情度20 信頼度40 懐き度77 お兄ちゃん子度156~

 

「なんでパイモンまでおるんや……?」

 

「さぁ? でもあれじゃないですかね? 新生の地で横島さんが保父さんでアルバイトしている間に懐いたんじゃないですかね?」

 

「そもそもその短期間でお兄ちゃん子度?とか言うわけの分からない数値が爆上がりしてるのが問題だと思う」

 

正しくそのとおりですね、アリスは分かる。ずっと横島さん大好きっ子ですし、でもほかの子供達(?)のお兄ちゃん子度数と懐き度の上がりようが尋常じゃないのは気になりますね。

 

「もう少し成長してくれておればな」

 

「倍率が下がるんですけどね」

 

「違うわ、もう少し神魔としての力が強ければ横島の安全はある程度確保されたじゃろ」

 

新生の地の神魔は皆強力な力を有しているが、子供だけに力を使いこなせていないのは確かだ。

 

「せめて人間で言う16歳くらいならば……」

 

「だがそれだと100年単位の時間が必要になる」

 

神魔の肉体的な成長速度は凄く緩やかだから……横島さんを守れるだけの力を手にするのは横島さんがきっと亡くなった後になりそう……。

 

「これ横島さん死んだらネクロマンシーされません?」

 

ネビロスが横島さんをゾンビとして復活させそうだと言うとオーディンはいやっと小さく呟いた。

 

「ブリュンヒルデが戦争を覚悟でヴァルハラに拉致しそうだな」

 

「いや、その前にエレシュキガルが出てくるんじゃなかろうか?」

 

……とりあえず横島さんは生前・死後共に大変になりそうだが、英霊の座に囚われるくらいならそっちの方が幸せかもしれない。

 

「提案ですけど、閻魔にも会わせて見ます? 避難先多い方がいいですし」

 

「閻魔……閻魔かあ、大丈夫か? 確か今の日本が管轄の閻魔は……四季映姫と……」

 

「研修中の紅閻魔ですね」

 

「どっちにせよ、ロリやないかい!?」

 

「だから勧めているんですが?」

 

ロリ系なら横島さんの特攻が突き刺さるので日本の地獄も横島さんにとっての安全圏になる筈だ。

 

「とりあえず保留や、保留! 次ッ!」

 

サッちゃんに強引に話を切り上げられましたが、私としてはいい考えだと思ったんですけどね……。

 

~茨木童子 懐き度200 お兄ちゃん子度400~

 

「……鬼なのに純粋すぎる」

 

「愛情とかがないのが余計にリアルだな……」

 

「むしろこれが妹として正しい姿なのでは?」

 

鬼としては間違ってるかもしれないですが、妹、義妹というジャンルで考えれば茨木童子が1番正しいのかもしれない。思わずほっこりし、次に出てきた紙に私達は思考を停止した。

 

~ルキフグス 3.2倍 愛情度47 狂愛度5 執着度20 愛欲度1200 我慢度2400~

 

「「「……」」」

 

魔界の重鎮なのに……きっと心労が祟っている所に横島さんにデロデロに甘やかされた結果がこれなんでしょうね。

 

「これ肉体関係だけでもいいって言う……」

 

「……疲れてるんや、きっと。今なんか脱げないメイド服と女にされてるやろ?絶対疲れてるだけやって……って言うかそうであって欲しい」

 

魔界の重鎮が人間に熱を上げている。とんでもないスキャンダルになりかねないので、横島さんが浄化してくれる事を願う。ただし確率で更にダークサイドに落ちるかもしれないということも視野に入れておくべきだろう。

 

~マタドール 10.7倍 殺し愛 10000~

 

「なんで魔人マタドールが出てくるんや!?しかも物騒すぎるッ!」

 

「いや、だがマタドールで考えれば……おかしくないのか?」

 

戦闘狂のマタドールなのだから普通の愛情表現ではないと言うのは分かるが、殺し愛だけ、しかも非常に数値が重いというのは問題だ。

 

「横島を鍛えておく方がいいかの?どの道必要なことじゃし」

 

「それに関しては反論は無いが、強くなりすぎても問題ではないか?」

 

「どういうことです?」

 

「……いや、あの手のタイプは負けたら負けたで愛情のベクトルが変わるぞ?」

 

……確かに戦闘狂の女と言うのはどんな風に変化するのか分からない、マタドールも何かおかしい方向になる可能性は十分にある。

 

「ですが、横島さんを強くする必要はありますよ」

 

「それは分かっているが……この問題もかなりデリケートだろう。今となってはな」

 

元々神魔の過激派の中で横島さんはかなり危険視されている、それがいまや狂神石を投与された事で封印するべきという意見も出ている事を考えれば横島さんを強くするのは問題があると言わざるを得ない。

 

「やけど、全部の基点は横っちや、やっぱりある程度は押し通す必要があると思うで?」

 

「……神魔には出来る事とできない事がありますしね、最高指導者としては横島さんを強くすることには賛成です」

 

前回の事を考えれば神魔は何も出来なかった。アシュタロスよりも悪辣なガープ達ならば前回よりも酷いことになる可能性は十分に考えられる……それに抗えるように横島さんだけではなく、人間全体に強くなってもらう必要がある。

 

「決定というのならば異論は挟まないが、状況を良く見る必要はあるだろうな」

 

「過激派の特定を済ませてからが1番安全だろうか……」

 

前回の事を話せないオーディンや竜神王には悪いが、この決定は覆すつもりが無いと理解して貰おう。

 

「げぇ……」

 

「ん?どうしました?キー……げぇ……」

 

キーやんにどうした?と尋ねながら吐き出された紙を見て私も呻き、それはあっという間にこの場にいる全員に広がった。何故ならば……

 

~レイ 200.7倍 愛情度1 信頼度1 執着度999 依存度400~

 

「……これはガープの作ったホムンクルスだろ、何故出てくる?」

 

「わ、分かりません……しかし自動的に愛情を量る機能もあるのでそれではないかと……」

 

前もそうだが、その人が自覚していなくてもこの量りは反応して感情を数値化して吐き出す。自我が無いと思われていたレイだが、その内にはかなり重い物を抱えていたようだ。

 

「うーむ……想定外ではあるが、好都合かも知れんぞ?」 

 

「上手く横島が取り入ってくれれば裏切ってくれるかも知れん」

 

聞こえは良くないが、横島さんの人外たらしならば……ワンチャンあるかもしれない。

 

「我は反対だ、リスクがありすぎる」

 

「信用度に問題がある。ガープがそれさえも加味してるかも知れん」

 

「追々の可能性と言う事でいいでしょう。さてと次……皆さん、ここで私達は死ぬかもしれません」

 

次に吐き出された紙を見て、私は十字を切り死を覚悟した。

 

「なんだ!急に……」

 

「……このサバトに来るべきでは無かった……!?」

 

「ああ……ワイや、うん、心底愛してるで?はは、こういう事はちゃんと口にせんといかんやろ?」

 

「……お師匠、先に行く不出来な弟子をお許しください」

 

全員が後悔した理由……それは吐き出された紙にあった。そう私達が危惧したもの……それがそこにあった。

 

~魔人姫 ??倍 愛情度? 信頼度? 狂愛度? 執着度? 依存度? 愛欲度? 期待度? 我慢度?~

 

~明けの明星 ??倍 愛情度? 信頼度? 狂愛度? 執着度? 依存度? 愛欲度? 期待度? 我慢度?~

 

全部?になってるが間違いなく人間と神魔にとって、いや世界にとって触れてはいけないアンタッチャブルがそこにはあった。逃げるべきか、そうではないかと悩んだが、悩むのではなく即座に逃げるべきだった。

 

「いけないなあ、人の感情を量るなんて……許されないことだよ」

 

「「「「!?!?」」」」

 

振り返るとルイ様が日傘を広げ、机の上に座り足を揺らしていた。可憐な少女その物だが、その余りの威圧感に言葉すら出ない。

 

「でも私は優しいからね、許してあげよう」

 

魔人姫と自分の紙を持ち上げてびりびりに破き捨てる姿に安堵する。だが助かったと思ったのも束の間の事だ。

 

「だけど……彼女は許してくれるかな?」

 

ルイ様の指差したほうを振り返ると顔を真っ赤にし、髑髏の装飾が施された杖を両手で持ち羞恥と怒りで震えているベルゼブルの姿があった。

 

「ま、話「死ね」ぎゃああああああ――ッ!!」

 

交渉の余地も無い死刑宣告と共に放たれた漆黒の波動に打ちのめされ、私達はボロ雑巾のようにその場に倒れこむのだった。

 

「さて、君の横島への愛情が分かったわけだが……どうしたい?」

 

「……私は別にそんな……」

 

「嘘は駄目だ。ここにちゃんと数字出ているんだからね。好きか、嫌いかでちゃんと言ってくれないと駄目だ」

 

~ベルゼブル 3.7倍 愛情度220 信頼度145 狂愛度70 執着度140 依存度80 愛欲度250 期待度444 我慢度170~

 

「……多分……好きだと思います」

 

「よろしい、自分の感情には素直にね?」

 

自分の横島への愛情が記された紙を目の前で振られ、ベルゼブルはぷるぷると震えながら消えてしまいそうな声で好きだと告げるとルイは満足そうに頷き、その紙も破り捨て、態々全員を踏みつけてから出口に足を向ける。

 

「じゃあ横島の家に行こう、土産を持ってね」

 

「はい……」

 

Sな上司に苛められる中間管理職は拒否すら出来ず、赤面したまま横島の家と連れて行かれるのだった……。

 

 

美神令子 倍率1.0→リタイア

芦蛍 倍率1.3倍→3.3倍

神宮寺くえす 2.7倍→0.8倍

六道冥子 2.7倍

氷室絹 2.4倍→1.7倍

神代琉璃 7.7倍→4.1倍

夜光院柩 3.2倍→2.8倍

妹紅&蓬莱山輝夜 2.2倍

マリア&テレサ 3.2倍

花戸小鳩 11.9倍

シズク 倍率2.7→1.9倍

タマモ&タマモナイン 5.7倍→■■倍

天魔 11.10倍

紫 11.2倍

天竜姫 11.8倍

清姫  5.1倍→2.1倍

小竜姫 4.4倍→2.7倍

ヒャクメ 3.5倍→3.7倍

エレシュキガル 8.9倍

ワルキューレ 3.8倍 

ブリュンヒルデ 7.7倍→2.8倍

メドーサ 2.6倍→2.5倍

アリス 6.5倍

レミリア・スカーレット 8.8倍

チルノ 111.2倍

パイモン 7.8倍

ルキフグス 3.2倍

マタドール 10.7倍

レイ 200.7倍

ベルゼブル 3.7倍



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その4

リポート6 亡者の嘆き その4

 

 

~くえす視点~

 

横島達を病院に叩き込んだあと、思う事はありますが私は美神、蛍と共に霊団、レギオンへの対応へと回る事となりました。シズクや信長は横島の護衛に回す必要があり、しかし単独で霊団やレギオンと戦うのは自殺行為となればある程度戦力が均等になるように人員を配置するのは当然だからだ。

 

【アアアアアーッ!!!】

 

【シニタクナイ、シニタクナイィイイイイィッ!!!】

 

【タスケテ、ダズゲデエエエエエッ!!!】

 

しかし戦う中で私や美神達はある違和感を抱く事となった。霊団やレギオンは複数の魂が交じり合い自我と言うのは極めて薄い……それなのにこれだけ叫ぶと言うのはおかしな話だった。

 

「助けてあげますからさっさとあの世にいけッ!」

 

「くえす、もうちょっと言う事無い?」

 

「ありませんわ」

 

助けてくれと言っているのでさっさとあの世に行って生まれ変われるようにしてやったほうがよほど慈悲があると私は思いますがね。

 

「それよりもどう思いますか?」

 

「かなりおかしいと思うわ、むしろ異常ね」

 

「やっぱりそう思います?」

 

私達の話に蛍も加わってくる。通常の霊団とレギオンとは異なる動きをし、生身の肉体を取り込もうとしない異様な動作……。そして横島が病院送りとなった原因である蘆屋の事を考えるとこの不穏な動きをするレギオンたちには何らかの目的があるように……。

 

「ちっ、私に触るな」

 

地面から霊体を伸ばして来たレギオンの触手を蹴り飛ばし、手にした霊波銃で消滅させる。

 

(ああ、苛々する)

 

注意力散漫になっていたのは認めるがレギオン等という下等な……っとそこまで考えた所で違和感に気付いた。確かに苛々していたのは認めますが、そこまで注力散漫になるというのは私としてもありえない。巻きつかれた足を見ると妙な霊力と魔力の膜が張っていた。それを見て、負傷者が多い理由を悟った。

 

「なるほど……そういうことですか、美神!蛍!そのレギオンの触手に触れてはいけませんわッ!その後1度撤退しますわ」

 

私が声を上げると美神と蛍は一瞬驚いた顔をした。まぁ確かに私は基本的に1度除霊をするならそれが終わるまで撤退するという事はしない。それでもだ、この「レギオン」は特別製だ。そして悪辣な性質をしている……何の備えもなしに戦える相手ではないと判断したのだ。

 

「了解っと、撤退したら説明よろしく」

 

「とりあえず結界札と精霊石で行きますね」

 

「OK、それで行くわよ!」

 

手早く精霊石と結界札でレギオンの動きを封じて下がってくる美神と蛍を術式の中にいれ転移を発動させる。

 

(しかしかなり厄介ですわね)

 

もしも私の予想通りならば、このレギオンを早急に処理しなければ面倒な事になる。とにかく今は撤退、そして対策を練る必要がある。無策で突っ込んで勝てる相手ではない、むしろ霊団とレギオンはある程度経験を積んだGSならばある程度は苦戦するが、十分に対処出来る部類の悪魔になる……それが罠であるとも気付かずに戦い、蘆屋達の術中に嵌る事になる。

 

(これは専門家ではなければ判りませんわ)

 

黒魔術、あるいは聖句、または召喚術……それらに精通している者しか蘆屋の悪意に、そしてこのレギオンと霊団の悪辣さには気付けない……私は悟ったのだった……しかしそれに気付いたのはくえすだけではなく……六道女学院の正門前で長い紫の髪を翻し、バリケードを乗り越えたマルタも同じだった。

 

「片っ端から精霊石と結界札持って来て!」

 

「は、しかしマルタ先生、優勢だったのでは?」

 

卒業が近い六女の生徒とレギオンを食い止めていたマルタだが、直接触れてレギオンの危険性を悟ったのだ。

 

「優勢じゃないわ!こいつを倒したらそれこそ大変な事になる!とにかく今は動きを封じるわよ!早く!」

 

「「「は、はい!判りました!」」」

 

マルタの怒声に頷き弾かれたように動き出す六女の生徒を見ながらマルタは腕に巻きついているレギオンの触手を祈りによって消滅させる。

 

「これは不味いわね、本気で……」

 

今までの中で一番やばいという事をマルタは感じ取り、険しい顔でビルよりも巨大化しているレギオンを睨みつけた。

 

「ピート君!陰念君!雪之丞君!撤退だ!」

 

「はッ!?ぶっ潰せるのに何でだよ!?」

 

「唐巣先生、どういうことですか!?」

 

そしてそれは白竜寺と協力し、レギオンを食い止めていた唐巣神父も同じだった。

 

「とにかく説明は後だ!そのレギオンは「倒してはいけない」んだッ!クシナ君!」

 

「何の事か判らないけど、とりあえず今は言う通りにするわよ!全員下がりなさいッ!」

 

精霊石と結界札の輝きによって動きを封じられたレギオンに背を向け、唐巣達は走り出す。

 

「唐巣神父、倒してはいけないと言うのはどういうことなんだ」

 

「あいつ自身が召喚術式それと、人間の精神を乱す術式を織り込まれているんだ。下手に倒せば……」

 

「精神汚染が広がり、それに加えて悪魔が出てくると?」

 

「その可能性が高い、倒すんじゃない。浄化する方針で行かないと駄目だ」

 

「浄化って、あんだけの化けもんを浄化なんて出来るのかよ!?」

 

「判らない!判らないから今は話し合うんだ!とにかく急ごう!何時までも持たないぞ!」

 

複数の魂で構成されたレギオンと霊団を浄化するのは唐巣でも短時間では無理だ。しかし霊脈に辿りつかれれば召喚術式が作動してしまう、浄化ではなく倒せば精神汚染が広がる――悪辣な術式がいくつも込められたレギオンを前に唐巣と言えど撤退という選択肢を取るしかなかったのだ。

 

「んふふふ、さてさてさて我が術式破れる物ならば破ってみるが良い」

 

「……」

 

逃げていく唐巣達を見て嘲笑を浮かべる蘆屋とその隣で冷めた表情で唐巣達を見つめるレイの姿があるのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

GS協会、オカルトGメンの若手、中堅が入院しているのは私も西条さんも把握していた。だけどくえす達からの報告を聞いて、鍛錬不足や実力が不足していたのではないと判り眉を顰める事となった。

 

「精神汚染と人間の闘争心や不信感を掻き立てる能力……」

 

「それに加えて倒せば召喚術式が稼動する……か」

 

くえす、マルタさん、唐巣神父、そしてエミさんと黒魔術、聖句に特化した面子だから見破れたレギオンに仕込まれた仕掛け――それは余りにも悪辣だった。

 

「下手に近づければ仲間割れ、怨嗟の声で発狂、倒せば何かが召喚される――安全に処理するには……浄化しかないが……」

 

「レギオンの中にどれだけの魂が内包されているかも判らないと来た」

 

霊団の平均的な魂の内容量は約200体ほど、それに対してレギオンはその5倍近い1000体が一般的とされている。浄化は除霊の数倍の時間が掛かるが……あれだけ仕掛けを仕込んでいるレギオンの事を考えると浄化も簡単に出来るようにはなっていないだろう。

 

「……レギオンの進行方向を考えると東京の霊脈付近となるな」

 

「そこまで進軍されれば召喚術式が作動するって事ね、レギオンの数って今の所どうなってるの?」

 

美神さんの問いかけに報告所に目を向けて、思わず溜め息を吐いた。

 

「6体ですが3体は動きを封じる事に成功、残りの3体の進路は全て霊脈を目指しています……」

 

唐巣神父、マルタさん、くえすが3体の行動を封じてくれたけど、残りは3体――動けるGS協会、オカルトGメンの面子が動きを封じに向かってくれているが、まだ成功したと言う報告は……。

 

「すいません、少し席を外します」

 

電話が鳴り受話器を手に取る。

 

『おう、会長さんよ。なんとかこっちは動きを止めたぜ』

 

「ありがとう、ご苦労様。とりあえず警戒しながら帰ってきて」

 

『判ったぜ、帰る途中に須田のほうも見てくらぁ』

 

「無理はしなくていいからね、不動さん。気をつけて帰ってきてください。勿論須田さんもですよ」

 

『わぁったら、今のGS協会の戦力つったら俺と須田くらいだろ?はっは、問題児を2人も抱えてあんたも大変だな」

 

問題児ではあるけど働き者の不動さんに気をつけてと言いはしたが、その次の言葉に判ってるなら大人しくしろと叫んで受話器を叩き付けた。

 

「何、琉璃、もしかして不動と須田を送り出したの?」

 

「……逆に聞きますけど、私の言う事を聞いてくれる直属の部下って他に誰がいると思います?」

 

私の言葉に会議室にいた面子が黙り込んだ。事務職などは充実しているが戦闘班は鍛えなおしの最中で戦力不足にも程がある。ならば多少の問題児でも戦闘力は一級品の不動さんを使うしかない今の私の状況を理解して欲しい。

 

「こほん、ともかくです。倒す事も、下手に近づくも出来ないのではレギオンを倒すのは容易ではありません、そもそもレギオンと言うのは霊力で削るというのが一般的な対処法ですからね」

 

小竜姫様の言う通りだ。レギオンはとにかく内包している霊を削るのが一般的な対処法で、近づけば発狂する術式を付与されているレギオンに近づくのは文字通り自殺行為に等しい。

 

「近づいた令子ちゃん達に聞くけど、どんな感じだった?」

 

「んー正直実感は殆ど無し、だけど……何か提案されても不信感を先に感じたわね。それに自分の身を守ろうって言う意志も弱くなる感じで……もし近づくなら一撃離脱だけど……」

 

そこまで言った所で美神さんが口ごもった。勿論その理由は私達も判っている……。

 

「火力が足りないですね?」

 

「うーむ、かなり深刻な問題じゃな」

 

火力が足りないのだ1発の突破力・貫通力で考えればここにいる面子は決して秀でている訳ではない。むしろ広範囲攻撃に特化している面子が多く、この中で一点突破の破壊力を求めるのならば雪之丞君、陰念君、ピート君、唐巣神父の4人が候補に上がるが……。

 

「正直に言ったら悪いけど、雪之丞達をアタッカーにすえるのは正直賛成しないわ」

 

「おい、クシナ」

 

「黙ってなさい、雪之丞。そもそもだけど、雪之丞達はガープの術の実験体にされてる、もちろんあたし含めてだけどね。容易に操られる

可能性のある私達をメインにすえるのはリスクがありすぎるわ」

クシナさんの言う通りで、白竜寺の面子はかなりの期間ガープの影響を受けている。今は味方だったとしても意識していない部分で操られる可能性が高い。

 

「ドクターカオス、平安時代から持ち帰ったものを改造をすると言うのはどうだろうか?」

 

「うーん、それは今進めておるが……実用には程遠いなあ」

 

平安時代の霊具の解析は進めているが、それを今で実用レベルにするにはまだまだ時間が掛かる。

 

「あのー1つ提案があるんですけど」

 

会議を聞いていた蛍ちゃんが手を上げて若干気まずそうに声を上げる。

 

「何か良い考えでもあるの?」

 

「いや、そのですね。おキヌさんが笛で横島の暴走を抑えていたじゃないですか……そのーあんまり乗り気じゃないんですけど、狂神石を

浄化出来るならレギオンも弱体化させれるんじゃないですか?」

蛍ちゃんの言う事は仮説だけど、かなり有効なアイデアに思えた。問題は……おキヌちゃんの現在の状況と……。

 

「浄化って言うとネクロマンサーの笛ですわね」

 

「確かオカルトGメンに一本保存してある筈だが……」

 

「後はナイチンゲールさんとの話し合いですかね」

 

あのバイオレンス婦長が入院患者を戦場に連れ出すと言って許可してくれるか、そしておキヌちゃんにネクロマンサーとしての資質があるかどうかという問題はあるが、現段階で最も勝利の目があるのが蛍ちゃんの提案だけなのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

ベッドに横たわったまま、ナイチンゲールさんの診察を受ける。と言っても点滴や脈を図るという感じで身体自体は健康体だ。

 

【身体自体は健康体とか思ってませんか?】

 

「……すんまへん」

 

ギロリと睨まれ即座に降参する。ナイチンゲールさんに凄まれると怖いので即座に降参してしまう、目力が半端無いんだよな。

 

【横島何度も説明したが、今のお前は動ける状態ではない。大人しく、ナイチンゲールが良いと言うまで入院だ】

 

【心眼さんの言う通りです。もしもいう事を聞かないと言うのならば……】

 

ゴキリと拳を握り込まれ、俺は反射的に判ってますと返事を返した。

 

【よろしい、では大人しく療養をしているように、それと余り騒がなければ私は怒りませんので、では】

 

一礼し出て行くナイチンゲールさんを見送り、俺の診察中大人しくしていた紫ちゃん達に視線を向ける。

 

「怖かった」

 

「吾も……」

 

【チビ達も怖がってましたね、私も怖かったですけど……】

 

「みむう……」

 

「ぴぎ」

 

怖かった怖かったと言う紫ちゃん達。お見舞い希望があるが、子供達とチビ達と言う事で大人しくは出来ないだろうと個室を用意してくれたナイチンゲールさんには感謝しているし、正直に言えば身体自体は健康体と感じているが、身体が重くて立ち上がれる気がしないと言うのもあったのでベッドに再び背中を預ける。

 

「お兄さん、大丈夫?」

 

「どこか痛いのか?」

 

【ナースコール押します?】

 

「それは止めて」

 

ナースコールを押そうとするリリィちゃんにストップを掛ける。紫ちゃんが頭の上に乗せていたチビとうりぼーを膝の上に乗せて、その頭を撫でる。

 

「めちゃくちゃ遊んだときみたいにしんどいんだよなあ……」

 

霊力枯渇とはまた違う感じのしんどさがある。なまじ元気な分、何とも変な感じだ。

 

「はーい、どうぞー」

 

コンコンというノックの音がしたので、美神さん達か、シズクがきたのかと思いどうぞと返事返す。

 

「失礼します」

 

「横島さん、失礼しますね」

 

「おキヌちゃん、それに舞ちゃんも、出歩いて大丈夫なの?」

 

俺と同じで入院している2人が俺のお見舞いに来たことに驚きそう尋ねる。

 

「お兄さん、だぁれ?」

 

「横島さん、その子たちは……?」

 

互いに困惑している様子のおキヌちゃんと舞ちゃん、そして紫ちゃん達を見て互いの事を紹介しようとするとまた俺の病室の扉が開いた。

 

【ノブノブノッブ】

 

【ノブノブノッブ】

 

【ノブノブノッブ】

 

「「「なんか沢山来たッ!?」」」

 

それぞれが鞄を頭の上に乗せてチビノブ軍団がやってきて思わず驚愕の声を上げる。

 

「……心配ない、増えたんじゃなくて分身だ。終われば元に戻る」

 

「だから大丈夫でござる」

 

「いや普通は安心出来ないからね?」

 

タマモの突っ込みに何故か安心している俺がいる、俺も大概天然だけどこのチビノブ軍団には流石に驚いた。

 

「チビノブ、あそぼー」

 

「今度はトランプで勝つぞ」

 

【あそぼー♪】

 

【ノブノブ♪】

 

俺の見ている前で分身していたチビノブ達が1つに戻り、鞄からごそごそとトランプを取り出し病室の床に引いてあるカーペットの上に座って遊び始めた。

 

「えっと?」

 

「あの導師服の子が紫ちゃん、人造神魔。その隣の鬼の子が茨木童子、んで銀髪の子がジャンヌさんがちっちゃくなったジャンヌダルク・オルタ・リリィちゃん。皆はリリィちゃんって呼んでる」

 

「……なんか少し見ない間に随分と賑やかになりましたね」

 

「それ!?おキヌさん、今の説明を聞いて第一声がそれですか!?」

 

舞ちゃんの突っ込みの切れ味が凄い、と言うか俺達って基本的にド天然の集まりなんだよな。考えるな、感じろって言う面子ばかりだから基本本能で生きていると思う。

 

「まぁ横島さんですから、子供と人外に好かれますから」

 

「納得して良いんですか?」

 

「横島さんですから」

 

「ねえ?それって俺の事馬鹿にしてない?」

 

「いえ、子供と動物に好かれる優しい人だなって思ってますよ」

 

余りにストレートな言葉に思わず照れてしまう。なんというか……うん、言いたい事はたくさんあるし、多分美神さんと蛍がいないのにこれを言うのはなんか反則だと思ったけど、言わずにはいられなかった。

 

「おキヌちゃん」

 

「はい?なんですか」

 

急に名前を呼ばれて困惑しながらも笑みを浮かべるおキヌちゃん、幽霊ではなく生きた姿でそこにいる。

 

「おかえり」

 

「……はい、ただいま」

 

紫ちゃんやリリィちゃん、茨木ちゃんにチビ達がいてもこう、なんか物足りない、何か欠けていると感じていたけど、生きているおキヌちゃんを見てその足りない何かが埋まった……俺はそう感じるのだった……。

 

「なんで拙者達いるのにせんせーとおキヌ殿だけの空間みたいになってるでござるか?」

 

「おかしいわね。おキヌは真っ黒い筈なのに白いわ……どうなってるのよ」

 

除け者が面白くないシロとタマモがぶつぶつと呟く中、舞はさっさと横島とおキヌから離れていた。

 

「混ぜて貰ってもいい?」

 

「ん?良いぞ、よしカードを配りなおしだな」

 

「あーずるいんだー、負けてるからカードを集めちゃうのはずるいんだー」

 

【ずるいー】

 

「良いんだ。仲間外れの方が良くないッ!」

 

舞が仲間に入れてと言ったのでこれ幸いとカードを集める茨木童子に紫とリリィの不満そうな声が上がる。だが茨木童子はそれを無視しカードをさっさと配りなおし、自分の負けゲームをなかった事へとするのだった……。

 

リポート6 亡者の嘆き その5へ続く

 

 




今回はインターミッションでしたが、横島がさらりとおキヌちゃんの好感度を上げております。ナチュラルボーンだから仕方ないですね、次回は話を進めてレギオン対策と攻略を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート6 亡者の嘆き その5

 

~蛍視点~

 

レギオンの攻略は思ったよりも難航していたのでおキヌさんの名前を出したが、正直に言えばおキヌさんの状態を知らずに彼女の名前を出したのは余りにも卑怯だと思った。

 

(あー凄い後悔してる)

 

数少なくなっって来ている未来を知ると言うアドバンテージを切ったのは良いが、正直罪悪感とか後悔が凄い事になっている。

 

「蛍ちゃん、どうかした?」

 

「あ、美神さん。いや、自分で提案しておいてなんなんですけど、おキヌさんの名前を出したのは卑怯だったなと……」

 

「入院患者だしね……でも対策が無いのも事実なのよね」

 

精神感応に特化し、倒されれば召喚陣を起動させるレギオンの対策はないと言ってもいい、これが霊脈を目指してなければ結界と精霊石を応用して足止めし、その間に聖句で内部の霊を少しずつ除霊するというてもあったが、霊脈を目指していると言う事は召喚陣を起動させ強力な何かを呼び出そうとしていると見て間違いない。悪魔とかならまだいい、だがこれが英霊となれば対策が本当になくなってしまう。

 

「ドクターカオスの発明は間に合いますかね?」

 

「ギリギリじゃないかしら。唐巣先生にマルタにエミとくえす……めぐみが未知数な所もあるしね」

 

ルシオラとしての記憶ではめぐみさんに目立った能力は無かった筈。でもくえすと実力を二分する魔法使いとなれば、それ相応の能力はあるのだろうか?そんなことを考えながら歩いていると目的地に到着してしまった。

 

「美神さん……」

 

「何?」

 

「折られないですかね?」

 

「……交渉次第だと思うわ」

 

病院の入り口が地獄に続く門に見えるわねと揃って呟き、ナイチンゲールさんにおキヌさんを連れて行くことを許してもらえないかと交渉に向かうのだった。

 

【条件付ならば許可します】

 

緊張していた私と美神さんに対し、ナイチンゲールさんの返事はかなりあっさりとした物だった。

 

【なんですか?その顔は】

 

「いや、入院患者だからふざけるなと怒られると思ってたのよね、説得しないとって思ってたからまさかこんなにあっさり許可がでるなんてって驚いたのよ」

 

美神さんの言葉にナイチンゲールさんはカルテを取り出して、私達に差し出してくる。それを受け取って軽く目を通す、おキヌさんの状態は軽い疲労と左足の捻挫、それと若干の霊力酔い状態とそこまで深刻な様子ではなかった。

 

【捻挫は酷いので移動は許可できません、それと霊力の過度の使用も極力控えて欲しいです。ミス・おキヌに何をさせるおつもりですか?】

 

詳しく聞かせてくれというのでおキヌさんにネクロマンサーの笛を吹いてもらおうと思っていると返事を返す。するとナイチンゲールさんは深い溜め息を吐いて受話器を手に取った。

 

【ミスター・言峰を呼んでください。リハビリ中だったはずです、はい。すぐに診察室へ、よろしくお願いします】

 

言峰を呼び寄せるナイチンゲールさんに私も美神さんも揃って首を傾げた。実力がある事は間違いないが、何度も逃亡しナイチンゲールさんに叩きのめされている姿を見るとどうしても信用出来ない部分がある。

 

【レギオンの除霊ならば聖句に長けた人間が必要でしょう。彼は確かに聖職者とは思えないほどに体を鍛えていますが、勤勉な聖職者でもあります。そろそろ退院の頃合ですし連れて行くと良いでしょう。それとおキヌさんの退院も認めますが、ミスター・横島は入院を続けてもらいます。それで良ければどうぞ】

 

ナイチンゲールさんが言峰を呼んだのは横島の変わりという事だった様だが……その深刻そうな表情を見て、私も美神さんもいやな予感が脳裏を過ぎった。

 

「狂神石の影響が?」

 

【……判りません。なんせ未知の症例ですから、とりあえず様子見をしたいと言うのが大きいです。ほんにんはかなり健康そうですが、霊体と肉体の繋がりが不備があるように思えます。凶暴性なども出ていないので、大丈夫だとは思うのですが……念の為という事です】

 

「嘘じゃないですよね?」

 

【嘘はつきませんよ、ミス・蛍。私は医療に携わる人間として嘘はつきません、様子見という事でミスター・横島には今の段階で特に不穏な要素はありません】

 

ですから大丈夫ですと繰り返し言われ、おキヌさんが横島の入院している部屋にいると言われ私と美神さんはナイチンゲールさんの部屋を追い出されてしまった。

 

「どう思います?」

 

「嘘は言ってないと思うけど……安心は出来ないわね。とりあえすシズクと牛若丸、それとノッブはここに配置で決定ね」

 

横島を戦わせない為にこちら側の戦力としての最大戦力を全て病院に配置する。これは多少無理でも琉璃さん達にも認めて貰うしかないだろう。

 

「そう心配する事はない。レギオン相手では英霊は相性は決して良くない、それが判らぬ神代琉璃ではなかろう」

 

「言峰神父……」

 

「そう警戒するな。私はこれでも聖職者なのだからね」

 

その死んだ目で聖職者っていわれるから不安になるのよねと思いながらも、唐巣神父と同等の実力者である事も確かで協力してくれるのならば頼もしい助っ人だろう。

 

「横島君、入るわよ?」

 

「はーい、どうぞー」

 

横島の病室に入るとベッドで上半身を起こした横島の膝の上に子犬、子狐フォームのシロとタマモが寝ていて、おキヌさんが林檎を剥き、部屋の隅では舞さんが茨木童子達の輪の中に入りトランプをしていた。

 

(……良い感じに力が抜けたわね)

 

余りにも普通な光景に肩に入っていた力が抜けたのを感じてリラックス出来た。

 

「美神さん、蛍ちゃん。お久しぶりです」

 

「元気そうで良かったわ、いきなりで悪いんだけど……お願いがあるんだけどいい?」

 

「私に出来る事なら協力します」

 

何をするとも聞かずに頷いてくれたおキヌさん、それは自分の能力――そして前の記憶を持っているからの即決だろう。

 

「大丈夫ですか?俺は」

 

「横島は大人しく入院してて、今回は戦いじゃなくて聖句による浄化なの、私達じゃ何も出来ないって言っても良いのよ」

 

事実その通りで、除霊と浄化は似ているようで全然違う。今回のレギオンに関しては無力と言っても良いので、横島にちゃんと入院しているようにと釘を刺す。

 

「じゃあおキヌちゃんは何をするんだ?」

 

「笛を吹いて貰うだけよ、横島君にも思い当たる節がある筈よ」

 

狂神石の力を押さえ込んだ笛の音色に用があると聞けば横島も納得した様子で頷いた。

 

「判ってくれたなら良いわ、とりあえず横島君は養生をしてて、牛若丸とノッブも寄越すから勝手に外を出歩いたりしないでね」

 

美神さんもしっかりと横島に釘を刺し、私と美神さんはおキヌさんを連れて病室を後にするのだった……。

 

その日の深夜。横島は眠れず、開かれたカーテンの先の月を見ていた。眠れという心眼に判ってると返事を返し畳んでその意識を眠らせてからずっと月を見ていた。

 

「……こんばんわ」

 

窓の外から響いた鈴のような声――霊感がずっと囁いていたのだ、眠ってはいけない。おきていなければならないと……そしてその霊感の囁き通りある人物が窓の外にいた。

 

「……夜はこう挨拶するのでは?それとも私は何かを間違えましたか?」

 

「そうだな、それで合ってるよ。こんばんわ……レイ」

 

黄金の髪を夜風に靡かせ、血のように紅い瞳で横島を見つめ柔和な笑みを浮かべる人外の美を持つと言ってもいいレイの姿がそこにはあった。

 

「俺を攫いに、それとも殺しにでも来たか?」

 

「……いえ、臥せていると聞いたので様子を見に来ただけですよ。何も命令されていない、私は蘆屋について来ただけ、戦うつもりも殺す

つもりも無いと言えば安心してくれますか?」

 

どこまでも透明感のある声で言うレイに謀をしているようには見えず、横島は疲れたように溜め息を吐いた。

 

「心眼どう思う?」

 

【……これはどういうことだ?】

 

「俺が知りたいくらいだよ」

 

突然現れたレイに横島も心眼も驚きを隠せず、そんな2人を不思議そうに見つめてくるレイを横島と心眼も不思議そうに見つめ返すのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

悩みはしたが俺はレイを病室に招き入れて、シズクが用意してくれていた粉末の緑茶を2人前用意し、1つをレイに差し出した。

 

「……これは?」

 

「お茶知らないのか?」

 

「……毒?」

 

「飲み物だよ、あちっ!」

 

先に飲んだら思ったより熱くて舌先を火傷してしまった。レイはそれを見ても普通に飲もうとするので冷ますように忠告すると、息を吹きかけてちびりと緑茶を口にした。

 

「……不思議な味」

 

「さいですか」

 

喜んでいるのかもよく判らない無表情に困惑しながらも俺も緑茶を啜る。

 

「……別に戦う気はないからそんなに警戒しなくても良いのに」

 

【それをはいそうですかと信じるほど馬鹿ではない】

 

【まぁそうじゃな、横島。ワシにも茶をくれ】

 

「ほいほい」

 

ノッブちゃんと牛若丸の分のお茶も用意して、2人に差出し目の前に座るレイに視線を向ける。

 

【それでお前は何をしに来たんだ?】

 

満を持して心眼がそう尋ねるとレイはこてんと首を傾げた。

 

「……蘆屋が横島が入院してるって言うから見に来ただけ」

 

「マジで本当にそれだけ?」

 

「……そうだけど?」

 

ええっという声が思わず出たけど、俺は絶対悪くないと思う。心眼達だって絶対そうだと思う、一応敵同士な筈だ。一応はいらないと思うけど、一応念のためにだ。狂神石の影響が抜け、子供になった姿を見ているから敵だとは言いにくいけど、それでも敵である事は間違いない。

 

「ガープに追い出されたりした?」

 

「……何も言われないだけ、言われてないからなにもしない」

 

これは下手に刺激しない方がいいかもしれない。またあの時みたいに暴走されても困るから、素直に様子を見に来てくれたと思うほうが良いのか……。

 

(いや、無いな)

 

(ああ、無いな)

 

何か目的があるような気がしてならない。だけど下手に口を開いて戦闘になるわけには行かず、レイと向かい合って無言でお茶を飲み進める事しか出来ない。

 

「……じゃあ、帰る」

 

「【【へ?】】」

 

俺達の間抜けな声が重なり、平然と帰ると告げたレイは立ち上がり窓に足をかける。

 

「いやいや、本当に何をしに来たんだ!?」

 

思わずそう叫ぶとレイは振り返り、再び俺に視線を向けた。

 

「……狂神石を入れられた、同じ。だけど……違った」

 

それだけ告げるとレイは窓の外に飛び降りその姿を消した。いないと判っていても、俺は窓へと駆け寄りその姿を探した。

 

「なぁ、皆。どう思う?」

 

さっきのあの顔……まるで迷子が家族を見つけたような、だけど違ったような……喜びと悲しみに満ちた顔をしていた。

 

【案外……仲間を求めているのかもしれませんね】

 

【そのあり方は認められんけどな】

 

狂神石を入れられた人間と人造人間――もしかしたら自分の同類になっているかもしれないと期待してレイは俺に会いに来たのかもしれない。

 

「なんだろうな、あいつも寂しいのかもしれないな……」

 

【だが同情は出来ない。この事は美神達にも伝えるぞ】

 

「うん、判ってる」

 

【ノッブ。美神達に伝えてくれ、横島は身体を休めろ】

 

【了解っと、ちょっと行ってくるぞ】

 

レイがいると言う事は敵として立ち塞がってくるという事だ。命令を受けていないからとは言っていたが、安心出来るわけが無くノッブちゃんが美神さん達にレイが現れた事を伝えに行き、俺は心眼に言われた通りベッドに再び横になったが……レイの寂しそうな顔は瞼の裏に焼きついていて、どうしても眠れる気がしないのだった……。

 

 

 

 

~おキヌ視点~

 

琉璃さん達が準備してくれた舞台に立ち、私はシズさんが作ってくれた笛ではなく、前の世界では自分の唯一の武器だったネクロマンサーの笛を手にしていた。

 

「おキヌちゃん、霊脈の流れに沿って東京中に音を響かせる事は出来るわ。だけど……」

 

「大丈夫です。心配ありませんよ」

 

心配そうに言う琉璃さんの言葉を遮って私は笑った。前の世界では私は盾であるネクロマンサーの笛しか持っていなかった、盾だけでは守る事は出来ても共に戦うことは出来ない。だから私の霊力を攻撃的な霊波に変換する事が出来る神木の笛を私は欲し、シズさんは迷惑を掛けたという事で私の望む通りの笛を作ってくれた。私のイメージによって霊波変換する事が出来る笛だ、だがそれに鎮魂の効果は無くネクロマンサー、神木の笛――その2つの笛がこれからの私の武器となる。それに今の私の霊力ならば何時間吹いたって枯渇する事はないし、氷室神社で目的を持ってトレーニングして来たので心肺能力だって相当上がっている筈だ。息切れして笛の音色を止めるなんて事は多分ないと思っている。

 

「大丈夫なのね?」

 

「はい、大丈夫です。これが私の戦いですから」

 

私は美神さんのように指揮を取る事は出来ないし、蛍ちゃんのように共に戦うことは出来ないだろうし、小竜姫様のように導く事だって出来ない。私に出来るのは何時だって応援する事だ、武器を手にしても私に出来る事はきっとそこまで多くはない。だから自分に出来る事は誰にも負けないくらい全力でやりたいのだ。

 

「案ずる事はない、神代琉璃。例え人造神魔が来たとしても私はあの少女を守り抜こう」

 

「おう、心配すんな。絶対に守りきってやるさ」

 

言峰神父と不動さんの2人が私と琉璃さんの守りだ。厳しい戦いである筈なのに力強く笑う2人によろしくお願いしますと頭を下げて笛を口元に当てる。琉璃さんに目配せし、琉璃さんが頷いたのを確認してから私は息をゆっくりと笛に吹き込んだ。

 

(適性はあっても私はきっと前みたいにネクロマンサーの笛をふけない)

 

あの時のお婆さんには会えず、西条さんから受け取ったネクロマンサーの笛。確かに霊に対する同情や悲しみの心はある。だけど……私を今動かしているのはやっとだと、やっと私はスタートラインに立てたのだという歓喜だった。生き返れると判っていても不安で、生き返った後もやっぱり不安で……それでも私はまたここに戻って来た。諦めたくない、本当に大好きなのだ。だから今度はその大好きな人の助けになりたいと私は心から願っている。だけどその思いは簡単に崩されてしまった……。

 

♪~♪~♪~

 

風ではない、霊脈に乗ってネクロマンサーの笛の音色が東京中に響き渡っていく。

 

(悲しいよね、苦しいよね、もう痛いのは嫌だよね)

 

ネクロマンサーの笛から伝わってくるのはレギオンに取り込まれている人達の苦しみだ。きっと何度も何度も実験されて改造されて、そして今の姿になったのだろう。その悲しみが伝わってくると同情心が再び込み上げてくる。そしてそれと同時に私の原点、私を好きだと言ってくれた横島さんは優しい私が好きだと言ってくれていた事を思い出した。

 

♪~♪~♪~♪

 

「凄い……これがおキヌちゃんの力……」

 

「これほどのネクロマンサーは世界を見てもそうはおるまい……まさか日本にこんな術者がいるとは……」

 

「そうかあ?俺に音楽は判らんぜ」

 

ネクロマンサーとして私は前の世界では世界最高峰と言われていたが、その壁を越えた気がする。心を込めて、もう苦しまなくて良い、だからほんの少しだけ痛いのを我慢して欲しいと祈りを込める。

 

♪~♪~

 

どれだけ吹いていたのかは判らない、だが疲労感と息切れを感じ笛から口を離す。

 

「上手く行ったみたいですね」

 

「そうね、後は美神さん達の仕事よ」

 

あれだけ巨大だったレギオンの姿は既に無く、かなりの数が除霊され小さくなっただろう。後はきっと美神さん達が上手くやってくれると思う。天に昇っていく霊魂を見つめながら私はレギオンに囚われていた魂が成仏する事を祈るのだった……。

 

 

 

~レイ視点~

 

笛の音色が止まった事で私を襲っていた頭痛も止まったが、蘆屋は額から大粒の汗を流し倒れたままだった。

 

「馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!こんな能力を人間が持っているわけが無いッ!くそくそくそッ!!」

 

拳を地面に叩きつけ怒りを露にする蘆屋を私は冷めた目で見つめていた。相手の能力を計り間違えたのは事実だが……こればかりはどうしようもない事だと思う。

 

「レイ、今から戦う事は出来ますかね?」

 

「……無理」

 

私自身も相当霊力を消耗しているし、狂神石を無効化する相手がいるのならば今の手持ちの狂神石では不安要素の方が大きいと思うと言うと蘆屋は悔しそうに顔を歪め着物の汚れを払って立ち上がる。

 

「狂神石も絶対ではないと判っただけで収穫はあったとそう思うべきですかね。レイ、戻りましょう」

 

「……ん」

 

完全に狂神石の力を無効化された訳では無いが、それでも本来の力を大分抑制されている。私はどうでも良いが、狂神石に絶対の自信を持っていたガープ達の今後の方針転換も視野に入れなければならないだろう。

 

「嬉しそうですね、レイ。失敗したのが嬉しいのですか?もがッ!?」

 

白目と黒目を反転させ、怒りに満ちた表情で私を睨む蘆屋の口の中に買っておいた鯛焼きを突っ込む。

 

「敵が強ければガープ様は喜ぶ。それに横島の成長にも繋がる」

 

「……ごくん、まぁ確かにそれも一理ありますな。やれやれ、失敗しても良いといわれていたのに焦りすぎましたかね」

 

派手に立ち回り、自分達の目的が東京にあると思わせるのが今回の作戦であり、成功しても失敗しても大きな意味が無いのならばここで深追いする理由なんて無い。

 

「それにもう布石は打ちましたしね」

 

「……そう言う事」

 

今回のレギオンは東京が英霊が出現しやすい土地とする目的のための物で、倒されても、浄化されてもその霊力の残滓は東京の霊力を汚染することで今回の目的は成し遂げられている。

 

「……英霊なんてそんなに出現するの?」

 

「いえ、現れるのは影。本来の英霊とは比べ物にならないほどに劣悪な者ですが、それでいい」

 

「……何故?」

 

「くふふふふ、条件さえ満たせば真にいたる。精々気付かれないように影が立ち回り真に迫ってくれる事を祈るとしましょう」

 

そう笑う蘆屋と共に東京を後に魔界へと引き返す。

 

「どうしました?」

 

「……ん、なんでもない」

 

ほんの少しだけ私は足を止めた。その理由は私にも判らず蘆屋の開いた亜空間の中に足を踏み入れた。レイが足を止めたのは本人も気付いていなかったが未練、迷いと言った物だった。

 

(……違った)

 

横島が狂神石に呑み込まれたのならば、横島も自分の同類となり人間と一緒には居られない。そうなればもしかしたら自分と一緒に居てくれるのではないか?ガープの誘いに乗ってくれるのではないか?そんな子供染みた考えがあった。それはおキヌの笛の音色で狂神石によって齎される狂化がほんの少しだけ薄まりレイの自我が表に出た、いや自我が形成されようとしている証なのだった……。

 

 

リポート6 亡者の嘆き その6へ続く

 

 




今回は笛とレイのくだりで終わりましたが、次回は少し時間を戻しておキヌちゃんが笛を吹いている間の美神達を書いて行こうと思います。それでリポート6は終わりでリポート7の六女を含めたほのぼのとかギャグを書こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

リポート6 亡者の嘆き その6

 

 

~雪之丞視点~

 

ママお師匠様達が策を練り、結界を張り、術を作った。それでもガープが作ったレギオンはべらぼうに強かった。

 

「くそがぁッ!!」

 

氷の魔装術は時間制限が通常の魔装術よりも遥かに短い。それもその筈、ガープと同じソロモンの魔神であるバルバトスの能力を使っているのだ。人間である俺には余りにも負担が大きい、音を立てて砕ける氷の魔装術を見て思わず叫び声を上げる。

 

「落ち着きなさい!雪之丞!陰念ッ!!」

 

「判ってるッ!」

 

【ダイカイガンッ!ホロウッ!オメガドライブッ!!】

 

漆黒の流星がレギオンの触手を押し返すが、すぐに弾かれアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂を走らせながら陰念が着地する。

 

「ちっ、堅いな」

 

「それだけじゃなくて再生能力も段違いね」

 

俺、陰念、クシナの3人はその性質上他のGSとは連携が取りにくい……と言うか、はぶられていると言っても良い。まぁそれはそれで構わないが……正直ガープの実験体にされていたから何時暴走するかも判らないと言われればその通りだが、面と向かって言わずひそひそというその根性が気に食わない。

 

「ママお師匠様の術は効果が出てるんだよな?」

 

「ついでに言うとメドーサ様の術も効果が出てるわよ」

 

「……それでこれか……ッ」

 

再生能力も精神感応もかなり弱体化している。それでもこの強さ……レギオンではなく別の個体と言っても良いのではないかと思えてくる。

 

「陰念、もう少し削れないか?」

 

「殴りがいければいけると思うが……今は厳しいな」

 

黒い霊力の壁――怨念その物の壁に近づけば発狂か、精神状態がおかしくなる。しかし内包している魂の数を減らさない事には勝利の道も無い……どうしたものかと頭を巡らせた時風に乗って、いや霊力に乗って笛の音色が鳴り響いた。

 

【―――ッ!!?】

 

声にならない絶叫を上げ、出鱈目に触手を振り回すレギオンの身体から青白い光が徐々に零れていく……。

 

「はっ!これがネクロマンサーの笛の効果ってか」

 

「段違いだな……なるほど、切り札になるというだけはある」

 

巫女の幽霊のおキヌが生き返り、それが切り札になると聞いていたが、正直眉唾だったがその音色を聞けば嘘ではなかったと判った。

 

「大丈夫なの?雪之丞」

 

「ああ、行けるぜぇ、クシナぁッ!!」

 

パキパキと音を立てながら砕け散った筈の氷の魔装術が復活し、フェイスガードが展開される。排気口から霊気を伴った氷の粒子が撒き散らされる。隕石が落ちてきた時の完全体モードに自分の意志で初めてなれた事に驚きながらも笑みを浮かべる。

 

「冷てぇよ、もう少し制御しろ馬鹿野郎」

 

「はっ!出来たらやってるぜッ!少し我慢しやがれ陰念ッ!」

 

冷たく燃え盛る魂の炎。青い炎を纏う両拳を握り締め、見る影も無く小さくなったレギオンを睨みつける。

 

「クシナ、準備は出来てるか?」

 

「いつでもOKよ。後は雪之丞と陰念次第ね」

 

レギオンの核を封印する為の特別な札をクシナが手にしたのを見てから、陰念と目を合わせる。

 

【ダイカイガンッ!ホロウッ!オメガドライブッ!】

 

「御仏の加護を見せてやる」

 

ホロウの両肩のパーツが変形し、巨大な腕となり陰念の動きをなぞる。その動きを横目で確認しながら俺も飛び出すタイミングを計る……レギオンを覆う漆黒の霊力の壁――それが霧散した瞬間俺と陰念は同時に駆け出し、鳴り響く笛の音色で小さくなったレギオンのその拳を叩きつける。

 

(見極めろ、霊視を続けろ)

 

取り込まれているだけの無害な霊とガープに手を加えられた霊を見極め、ガープに手を加えられた霊だけを弾き飛ばしていく……そして核を守っている霊の壁が消滅したところでクシナの投げ付けた札が核を覆い隠し、乾いた音を立ててあっけなくレギオンは俺達の目の前から消え去った。

 

「なんだ、随分と呆気ねえな」

 

「何を言ってる馬鹿。あの笛がなきゃ俺達の負けだったぜ」

 

変身を解除し、その場にへたり込む陰念を見ながら俺も魔装術を解除し、その場に座り込んだ。

 

「他の所も終わり始めてるみたいね、2人ともお疲れ様」

 

クシナに言われて顔を上げると俺達の目の前に発生している霊力の柱を見て、他の所も終わったのだと判り、アスファルトの上に寝転がる。

 

「しかしよぉ、これからこんな事ばかり続くのかねえ?」

 

「判らないわ、でも……その可能性は高いって言うしかないわね……」

 

今まで大人しくしていたガープだが、恐らくそれも終わる……今回の事件はガープが俺達を試している者であると言う事はこの場にいる誰もが理解しているのだった……。

 

 

 

 

~ピート視点~

 

耳ではなく魂に響くような優しい音色……それが響くと僕達の目の前にいたレギオンは苦しそうに呻きながらその身体を小さくさせていっていた。

 

「ピート君!シルフィー君!左右に散るんだッ!」

 

「「はいッ!!」」

 

唐巣先生の合図で左右に散り、僕達で三角を描くようにレギオンを囲む。

 

「私に合わせるんだ。行くよッ!」

 

唐巣先生が謳う様に聖句を口にする。それを追う様に僕とシルフィーも聖句を口にする、3人の声が重なり大きな響きとなり全方向から聖句を投げかけられているレギオンの動きが少しずつ、少しずつ緩慢な物に変っていく……。

 

(どうか安らかに眠ってください)

 

確かにレギオンは悪性の霊団であり、そして悪魔でもある。だがガープによって手を加えられ、生者に苦しみを与えるだけの存在となったその姿を哀れみ、そして安らかに眠れる事を心から祈る。

 

(この声は……なんて清らかな響きなんだ)

 

その声は紛れも無く聖句――だがその響き、その神聖さは僕達の物よりも遥かに上だった。そして何よりも3人の聖句よりもただ1人の聖句の方が圧倒的に強力な物だった……こんな聖句を歌えるのは1人しかいない。

 

(聖女マルタさん、僕は彼女を誤解していたのかもしれない)

 

少し乱暴ででも面倒見の良い姉御肌の人――聖女というのは少し疑問が残る人だったけど、今の聖句を聞いて紛れも無く彼女が聖女であるという事を僕は思い知らされた気分だった。

 

「ゆっくり眠りなさい、もう君を苦しめるものはいない」

 

剥きだしのレギオンの核に唐巣先生が声を掛けながら札を張り、レギオンの核を完全に封じ込める。

 

「終わったね、お兄ちゃん」

 

「うん。終わった……だけどこれは始まりだよ」

 

今回の事件はどうも裏があるように思えてしょうがない、ガープ本人にとっても捨て駒の作戦ではないか?と父さんも言っていたが、僕もそう思い始めている。

 

【お疲れ様、唐巣神父。そっちはどう?】

 

「マルタ。私の方も封印完了だよ」

 

【ん、じゃあこれで3つ……後2つだけど……1個消し飛ばしたみたいね】

 

マルタさんの視線の先を見ると凄まじい魔力反応が見て取れた。

 

「い、良いんですか!?」

 

「構わない、元々くえす君には消し飛ばしてもらうつもりだったからね」

 

消し飛ばす予定だったと聞いて僕とシルフィーが驚いた顔をするとマルタさんが自身が封印したレギオンの核を掲げる。

 

【天界と魔界にそれぞれ預けて、1つは東京で封印、もう1つは分析に回すみたい。ガープが何をしようとしているのか、それを調べる為にね】

 

「それはこれからに備えてという事でしょうか?」

 

「そうなるね。今回の事件はガープにしても杜撰に思える」

 

【悪辣ではあるけれどね】

 

ガープらしい悪辣な手だが、それで終わりというのが違和感として残る。それに姿を見せているだけで、実際に戦闘に現れなかった蘆屋の事もある……それらから導き出されるのは1つ。

 

「今回は蘆屋の作戦だったと?」

 

「多分ね。何がしたかったのか、それを改めて調べなおす必要がありそうだね……」

 

丸眼鏡のフレームを上げながら唐巣先生が疲れた様子で空を見上げ深い深い溜め息を吐いた。1つ事件を終えても安堵する事が出来ない、どんどん積み重なっていく不安に僕とシルフィーも深い溜め息を吐くのだった……。

 

 

 

~めぐみ視点~

 

鳴り響く鎮魂歌は不思議と心に、いや魂に馴染んでくる感覚があった。不快ではないし、元気が出てくる音楽ではあった。

 

「どうーも、私達に相性が悪いみたいですね。くえす」

 

「……ちっ」

 

白魔術と黒魔術の使い手である私達にはその鎮魂歌の相性は最低だったみたいですけどね……。

 

「私下がっても良いですかね?」

 

「良いですわよ。どの道役立たずですわ」

 

酷い言い草ですけど、事実なんですよね。私は白魔術師なので攻撃系の術は殆ど無い。霊波砲とかは使えますが、そこまで威力が高いわけではない。護衛のゴーレムも動きを止めてしまいましたし……。

 

「これ請求出来ると思います?」

 

「さぁ。知りませんわ」

 

完全に機能停止しているゴーレムの修理費用とか請求出来ますかね……駄目ならかなりの赤字になってしまうんですけど……。

 

(まぁ、割り切りますかね)

 

ドクターカオスに相談すれば何とかなるかもしれないと思いながら結界を張り魔法陣の中に隠れる。

 

「……光と闇、死者と生者。相容れぬ……」

 

鎮魂歌で動きを緩めているレギオンを睨みつけ、くえすは冷静に、そして淡々と詠唱を重ねていく……。

 

(さてどんな威力になるのか楽しみですね)

 

対神魔の魔法の試作品。まだ完成はしていませんが……試し撃ちの相手としては十分だろう。

 

(まぁ先輩も判ってくれるみたいで良いですけどね)

 

魔法使いなんてものをやっていれば倫理観なんてものは吹き飛んでいる。私もくえすほどでは無いが、人格破綻者と言われれば違うとは言い切れないですし……。

 

「街やビルをフッ飛ばしてはいけないですよ」

 

「明けと宵闇、善と悪――光と闇の狭間にて真理の理を見るが良いッ!!お前はここでDeathッちまえッ!!!」

 

突き出された両手から放たれた光と闇、白と黒の入り混じった螺旋回転する圧倒的な魔力の奔流がレギオンに向かって放たれ、レギオンに魔力の渦が触れた……その瞬間にレギオンは抉り取られるように消滅し、僅かに残った霊力の残滓もくえすの魔力に吸い込まれるようにして消えていた……鞄から回復薬の瓶を取り出してくえすに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

へたり込んで青い顔をしているくえすに瓶を見せながら問いかける。

 

「……よ、よこ……」

 

「はいはい、判ってますよ」

 

回復薬の瓶の蓋を開けてくえすに差し出すとひったくるようにして奪われ、くえすは震える手で瓶を口元に運び、ドレスを濡らしながら回復薬を飲み干した。

 

「それでどうでした?」

 

「……死ぬ一歩手前ですわね……」

 

袖で口元を拭い、立ち上がったくえすの足は震えており、相当消耗しているのが一目で判る。

 

「禁術の類ですかね?」

 

「……いえ、純粋に私の魔力が足りないだけですわね」

 

くえすでも魔力が足りないですかあ……やはり古の霊能者の魔力の高さが判りますね。

 

「肩貸しましょうか?」

 

「必要ありませんわ。とにかく使った事で判った事も多々あります。これから更に改良していけば良いんです」

 

私に背を向けて歩きだすくえすの後姿を見て私は小さく笑った。押さえ切れない興奮と歓喜、あの震えは疲労だけではなく喜びもあるのだろう。

 

(あのくえすをあそこまで変えますかー、横島さんってどんな人なんですかね)

 

ゆっくり話す時間はありませんでしたが、人の良さそうな青年だったのは覚えている。この事件が終わったら会いに行ってみても良いかもしれないと思いながら振り返る。

 

「小笠原さん。見たのは黙っててくれるととても嬉しいです」

 

「……これでも黒魔術師の端くれなワケ、今のがどれだけやばいのか判ってるの?」

 

「判ってますよ、判ってて使うんです。ね?私達は覚悟を既に決めています、それをとやかく言われるのは嫌なんですよ。判りますよね?」

 

「……はいはい、黙ってれば良いワケ。人の良い顔をして、オタクも随分とやばい女なワケ」

 

小笠原さんの言葉に私は声を上げて笑い、ぎょっとした顔をする小笠原さんとタイガー君でしたっけ?彼を見下ろして、笑った。

 

「魔法使いがまともな訳無いでしょう?」

 

魔法使いなんてどいつもこいつも異常者だ、私だって……その1人。魔術から手を引いたいや、魔術の真奥にたどりつくことを止めた小笠原さんとは違うんですよと笑い、くえすの後を追って歩き出すのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

レギオンの触手を打ち払い、防ぎ、霊体ボウガンでの反撃で少しずつ少しずつレギオンの勢いを削ぐ。少しずつ笛の音色は響いてきているが、どうも私達の当たったレギオンが1番強力な個体だったようだ。

 

「ちえいッ!!!」

 

【■▲◎!?】

 

シロの振るった霊波刀から飛んだ霊力刃が触手を切り飛ばし、回復させないようにすぐにタマモの狐火が傷を焼き回復を阻害する。

 

「突っ込みすぎ!もうちょい間合いを見なさいよ!」

 

「大丈夫でござるよ、タマモがフォローしてくれるでござる……ふぎゃあッ!?」

 

「なにやってるのよ、この馬鹿ぁッ!!」

 

油断しているシロにレギオンの霊波弾が直撃し吹っ飛ぶのを見て私は頭痛を覚えた。

 

「ねえ、蛍ちゃん。シロとタマモを出すの早かったかしら?」

 

「シロが油断してただけじゃないですかね?」

 

こうして会話しながらも私達はレギオンへの攻撃を続けているが、最後の1体という自覚があるのか随分と粘ってくれる。

 

「核が全然見えないわねッ!」

 

【■ッ!?】

 

攻撃は確かに当たっているし、内包している霊も確実にその数を減らしている……それなのにレギオンは全然小さくならない、元から内包している量が桁違いに多いのだ。

 

(シズクがいれば余裕だけど……正直手数が足りない)

 

金時の力を借りる事も考えたが、私はそれをしなかった。英霊の力を借りずに自分達の力で何とかしてみたいと思ったのだ……でも力が足りない、なら答えは1つしかない。

 

「シロ、タマモ!蛍ちゃんと協力して耐えてなさい!」

 

「「はぁッ!?」」

 

「了解です!」

 

困惑した様子のシロとタマモと違い、力強く返事を返す蛍ちゃんに背を向けて走り出す。

 

(……判る、判るわ)

 

シズクとノッブとの戦いで私の霊力を感じ取る力は格段に上がっていた。見えない攻撃に対応する反射神経、地面からの奇襲、空中からの奇襲……ありとあらゆる角度からの攻撃は私の生存本能を刺激し、そして前世のメフィストの力を引き出すための講義は私の知恵と成った。

 

「ここッ!」

 

霊脈の外れ、それでも膨大な霊力が集まっている支流を見つけその上に手を押し当て、目を閉じて意識を集中させる。

 

(……)

 

視覚ではない、魂で周りの霊力の流れを感じ取る。霊脈という澄んだ霊力に触れ続け、研ぎ澄まされた感覚はある存在を感じ取る。

 

「シロ!そこから10時の方角の顔を狙って!」

 

除霊される量よりも、おキヌちゃんの笛で浄化する量よりも遥かに多い、霊を呼び寄せ続けている何かがいる。それを見つけ、それを狙えと叫ぶ。

 

「10時の方角ってどっちでござるかあッ!」

 

「このド馬鹿ぁッ!!あたしが狙ってあげるから霊波刀をぶちこみなさいッ!」

 

タマモが指差した顔目掛け霊波刃が飛び、凄まじい苦悶の雄叫びが周囲に響き、風船に穴が空いたように霊が飛び出して行く……あれが蓋、そして呼び水になっていたのだ。

 

「一気に畳み掛けるわよッ!」

 

合図を出して一気にレギオンへと駆け出す。どんどんしぼんでいくレギオンの中の悪霊だけを見極め、それを弾きながら核を探す。

 

(このレギオンは特別性……ならッ)

 

そのレギオンの核を封印し、調べる事でガープが何をしようとしているのかを知ることが出来るはずだ。

 

「見つけたッ!」

 

通常のレギオンの核とは違う別種の格を見つけ、それに結界札を叩きつける。

 

「封印出来たでござるな」

 

「疲れたわねえ……」

 

喜んでいるシロと疲れたとぼやいているタマモを見ながら私と蛍ちゃんはその顔を歪めた。

 

「どうしたでござるか?」

 

「なによ、まだ敵がいるっていうの?」

 

不思議そうな顔をしている2人に封印したレギオンの核を見せる。

 

「なんでござるか?模様?」

 

「魔法陣?」

 

「ううん、多分これは召喚の魔法陣――だけど……」

 

「こんな魔法陣は見たことがないわ……めちゃくちゃよ、何よこれ……」

 

魔法陣の術式、円や線の角度――これじゃあまるで……。

 

「制御する気が無いみたいじゃない」

 

最初から制御する意図がなにも無い、ゲートをひらっきぱなしにするためだけの召喚陣だ。だけど規模が余りにも小さい、これで一体何をしようとしているのかそれすらも判らない。

 

「とりあえずGS協会に戻りましょう。ドクターカオスや小竜姫様達の意見も聞きたいわ」

 

専門家の意見を聞かないと何も判らない。結界札だけでは不安で更に封印を施し、私達はレギオンの核を抱いたまま、その場を後にするのだった……。

 

本当に小さな小さなレギオンの細胞が自身の消滅と引き変えに一瞬だけゲートを開き、何かを召喚した事に美神達は気付く事が無く、償還された何かは瓦礫の影に身を潜め、その場から高速で去っていくのだった……。

 

 

リポート6 亡者の嘆き その7へ続く

 

 




おキヌちゃんが笛を吹いている間に起きた出来事はこんな感じでした。美神達が見逃したのは浮幽霊にも満たない弱い何かだったので、周囲の霊力の波動で気付けなかったという感じになります。次回は回収したレギオンの核の話をして、リポート6は終わりにしたいと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート6 亡者の嘆き その7

 

~琉璃視点~

 

レギオンの封印は滞りなく終了した。複数の核を封印したとはいえ、1箇所に集めると何がおきるのか判らないのでくえすには消し飛ばしてもらったけど、残りの5つは全て無事に封印出来たのは御の字と言えると思う。

 

「まずは皆さんお疲れ様でした。大きな怪我とかがなくて本当に良かったです」

 

おキヌちゃんがネクロマンサーの笛を長時間吹いた事で霊力を極端に消耗し、緊急入院となったけど、それ以外は皆大きな怪我も無く勝利と言ってもいいだろう。

 

「だけどまだ安心するには早いわ。皆これを見てくれるかしら?」

 

美神さん達が封印したレギオンの核――それは他のレギオンの核よりも大きく、そして封印されても尚不気味な脈動を続けていた。誰がどう見てもこれがガープの本命であり、今回のガープの侵攻の作戦の肝だと判る。

 

「これが何か判りますか?私には召喚陣として破綻しているように見えるんですけど……」

 

ブラドー伯爵達だけではない、小竜姫様やビュレトさん達にも問いかける。少なくともこの魔法陣が召喚の物だとは判るが、どこかおかしい……陣の一部が欠損していて、これではまるで「送還」する気が無いように私には思える。

 

「間違いではない、これは召喚陣としては破綻している。これは元より、戻す事を考えていない」

 

召喚は呼び出す事、そして戻す事を前提としている。戻す事を考えていない召喚陣――私が破綻していると感じたのはやはり間違いでは無かったようだ。

 

「そんなことをして何の意味があるの?東京の魔力と霊力を使い果たすとしても余りにも無駄が多すぎると思うんだけど」

 

召喚は膨大な魔力と霊力を消費するが、送還する事を考えていないのならばその消費は大分少なくなる。しかし送還する事を前提にしていないのならば召喚の前提が崩れており召喚した存在がいう事を聞くようには思えない――この魔法陣は何もかもがおかしい。

 

「意思疎通をするつもりが無いのだろう。いや、もっと言えば意志を持つものを呼ぼうとしていないと見て良いだろう」

 

「意思を持つ者を呼ぼうとしていない?下級悪魔ということですか?」

 

ブラドー伯爵の意見を聞いてくえすがそう尋ねるとブラドー伯爵は違うと断言した。

 

「影だ、ガープは影を呼ぼうとしているのではないか?」

 

「影?ブラドー伯爵、それは一体なんなのですか?」

 

影と言われて思いつくのはドッペルゲンガーだが、あれはそこまで強い妖怪でもなんでもない。都市伝説では見た者の寿命を削ると言われているが、実際にドッペルゲンガーにはそんな力は無く、強いて言えば人間の方が考えすぎて弱体化していくというのが定説で、そもそも一般人には効果はあるが霊能者には何の効果もないと言ってもいい。私含めて皆が何とも言えない顔をしている中ビュレトさんが口を開いた。

 

「影……影か……なるほどな」

 

「ビュレトさん、何か思い当たる節があるのですか?」

 

小竜姫様がそう尋ねるとビュレトさんは絶対とは言えないがと前置きしてから話を始めた。

 

「これは俺がまだガープ達と共に戦っていた時の話だが……サタンの軍勢と俺達では圧倒的なまでに数の不利があった。戦争初期は戦力は

ほぼほぼ互角だったが、徐々に錬度の差や戦力の差で劣勢に追い込まれていた。俺達に賛同し、倒された中級神魔や上級神魔の数は決して少なくはなかった。俺はこの時には既にこの戦いに勝ち目が無い事は感じていたが……ガープ達は戦力の差を覆す事を諦めず、足りない戦力を補う方法に舵きりを始めていた」

 

今でこそ狂神石で操り、戦力を増やすと言う方法を手に入れたガープ達。しかし狂神石はアスラを仲間に加えてやっと精製出来るようになったら物だと聞いている……戦力を増やすにも洗脳という手段がないガープ達が何を目的にしたのか?それを段々と私達は理解し始めていた。

 

「召喚術ですか?」

 

「その通りだ、召喚術による戦力の増加を考えた。この頃からだろうな、ガープが英霊召喚を考え始めたのは……元々あいつは聖遺物のコレクターで英霊に関しても非常に詳しかった」

 

「だけど英霊はどう考えてもガープ達には協力してくれないわよね?」

 

英霊はあくまで人理の抑止力――私利私欲に加えて、魔界の戦に協力してくれる訳がない。美神さんの問いかけにビュレトさんはその通りだと頷き、自分の手を天井に向かって伸ばした。

 

「英霊そのものを使役出来ないのならば、その影を操る事をガープは考えた。俺達神魔も英霊もその基本的なシステムは同じだ」

 

上級・最上級神魔の多くは倒されても復活するようになっている。今目の前にいるビュレトさんも魂の牢獄にいる本体の分身と言えば英霊と同じ様な立ち位置、いや、英霊が神魔に似ているとも言える。

 

「魂の牢獄と英霊の座は極めて似通っているシステムですが、それと影に何の関係性があるのですか?」

 

「魂の牢獄、あるいは英霊の座に本体を光とすれば強い光には影が生まれる。その影、つまり英霊や神魔のデッドコピー……ガープがシャドウと呼んでいたが、シャドウを作り出す研究をしていた。元々影で知性はそこまで高くない、英霊や神魔だが敵を倒せという単純な指示

は理解する筈だ。周囲の霊力、神通力、魔力を吸い上げデッドコピーを召喚し続ける」

 

「そうなればデッドコピーとは言え、並みの神魔よりも遥かに強い」

 

「その上で数の暴力で神魔とも戦える……」

 

単純な命令だけを魔法陣にプログラムとして組み込んでおけば、劣化したとは言え神魔、英霊の能力を持つ軍勢を手にする事が出来る。

 

「これは不味いですね」

 

「ああ、日本だけではない、海外のGS協会、オカルトGメンにも警戒を促す必要があるかもしれない……」

 

レギオンは決して強い敵では無いが、今回のように精神感応と合わせれば退治せざるを得ない……しかし対処を間違えれば劣化英霊や神魔が溢れる事になる……レギオン自体は倒されなければ精神感応で人間同士の仲間割れを誘発させ、そして倒されれば制御不能の暴走召喚陣となる――。

 

「力があるくせに本当に厄介な事をしてくれますね」

 

「今度こそあいつらは今の情勢を引っくり返すつもりだ。その為ならば手段なんぞ選ぶつもりはないと言う所だろうな……」

 

ガープ達の戦い方は余りにも泥臭く、そしてほんの少しの切っ掛けから莫大な被害を相手に与えようとする……この戦法はどう考えても圧倒的な力を持つ神魔の戦い方ではない。

 

「ガープ達の戦い方は人間その物と言っても良いな」

 

「これは厄介ですね……本当に」

 

人間よりも強い力を持つ存在が人間のような戦い方をする……それは反逆者であり、自分達が圧倒的に劣勢で戦い続けてきたガープ達が手にした全く新しい戦い方であり、神魔のような圧倒的な力による制圧戦に加えて人間のような幾重にも策を張り巡らせ、自分達が有利になるように立ち回る。それは恐らくかつての魔界統一戦の敗北によって身につけた物であり、ガープ達の厄介さがより明確にされた瞬間なのだった……。

 

 

 

~ルイ・サイファー視点~

 

「良い加減に座ったらどうだい?淑女としての嗜みが足りてないよ」

 

ミニスカートで立っている冥界の女神に声を掛けると、怒りに満ちた表情でエレシュキガルは腰を下ろした。

 

「そんなに怒る事か?女神よ」

 

「……死者を冒涜する事は私を冒涜する事と同意義なのだわ」

 

ネロの言葉にエレシュキガルは怒りを隠そうともせずそう吐き捨てた。その姿を見て私は小さく笑った。死後を司る女神だとしてもここまで死者に対して感情移入する神も少ないだろう。

 

(なんとも人間らしい事だ)

 

冷酷無比・残酷と言われている割には甘い性格をしているように思える。ホムンクルスの器に入れられているからか、それとも元々こんなに甘い性格をしているのかと少し考えてしまう。

 

「しかし今回は横島は出てこなかったな、詰まらん」

 

「まぁ、確かにそうなのだわ」

 

「別に私は横島が出てくるなんて言ってないのに、押しかけて来たのはそっちだよ」

 

元々横島は今回入院しているので戦闘に出てくる訳がない。今回はアスモデウス達が何をしようとしているのか、それを暇つぶしで見に来ただけなのだからと言うとネロとエレシュキガルは驚いたような表情を浮かべた。

 

「入院!?入院しておるのか!?」

 

「だ、大丈夫なのだわ!?」

 

おっと、これは思った以上に爆発してしまったなと笑いながら、ベルゼブルに用意させた紅茶を口にする。

 

「検査入院という奴で大事はない、まぁ心配する事はないさ。重病ならお見舞いに行くか位は言うさ」

 

狂神石の影響を受けているとは口にせず、心配する事はないと笑うと2人はそれもそうかと呟いて腰を下ろした。

 

「しかしなあ、あやつらも何がしたいのやら」

 

「元々敗残兵の集まりだしね、深く考えても大して意味はないさ。まぁエレシュキガルはその限りではないみたいだけどね」

 

「当たり前なのだわ、あんな死者を冒涜するような真似は許せないのだわ」

 

怒り心頭という様子だが、人間相手にはこれほど効果的な一手はないと思う、精神攻撃は基本っと言った所だと私は思う訳だ。

 

「まぁ良い、余は飽きた。ではな」

 

「私も帰るのだわ、つまらないのだわ……」

 

時間の無駄だったと言わんばかりに立ち上がり虚空に消えていく2人を見送り、くっくっくと喉を鳴らす。

 

(私は面白かったけどね)

 

横島が出てくるかもと期待し、そして来ないとわかり落胆した顔を見るのは中々面白かったと思いながら、椅子から立ち上がる。

 

「片付けておいてくれ、私は用事がある」

 

「はい、判りました」

 

「片付け終わったら好きにしてくれて良いから」

 

ベルゼブルにそう言い残し、人間界を後にする。目的地はそう遠くはないし、長居するつもりもない。ただ少し、確認しておきたい事があるだけだ。

 

「……なんだ、こっちは外れか」

 

神魔の中にも閉鎖空間というものはある、孤立した世界で今の情勢に関わるつもりはないと明言している者は非常に多い。今回のレギオンは無作為に召喚する為のゲートであり、本命は英霊の影をこの世界に呼び出す事だろうけど、正直それを目的にするのならば態々人間界でやる必要はないし、そもそも精神攻撃と言っても無駄があるように思える。その上大型レギオンを6体も準備するなんてそれこそ無駄の極みと言っても良いだろう……。

 

「妖精郷は違うか……さてさて本命はどこなのかな。オリュンポスかな、それとも……まぁなんにせよ、暫くは楽しめそうだね」

 

アスモデウス達は本気で今の神魔の情勢を、あり方を変えようとしている。だが正直な所アスモデウス達だけで神魔混成軍を、もっと言えば今のデタントを維持したいと思っている数多の神魔を相手に出来るかというとそれは不可能だ。ではどうするか?簡単な話だ、別の時空に隠遁している今の情勢を面白く思っていない神魔を引きずり出す事を考えているはずだ。あの6体のレギオンは2体でも霊脈に辿り着ければ別時空の道を開くだけの術式が組み込まれていた。最終目標と最低目標、どちらを達成できても良いと考えているので欺かれる。

 

「次は……あいつらの所にでも顔を出してみるかな」

 

古き支配者達、クロノスやロキと言ったどの神魔の陣営にも属せない。神魔の敵、圧制者、暴君――それらが封印されている牢獄にむかい、無人の場所を見て私は面白い事になってきたと呟くのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

美神さん達が戦っているのに1人だけベッドの上と言うのは非常に苦しかったが、ナイチンゲールさんに監視されているし、牛若丸やノッブちゃんもいればその目を掻い潜って戦場に出るというのは不可能で、大人しくしているしかなかった。それに不安が無かったと言えば嘘になる、狂神石の影響は紛れも無く俺の中に残っている。戦場で再び暴走するリスクを考えれば、俺は大人しくしているしかなかったのだ。

 

【ミスタ横島】

 

「は、はい!なんですか!」

 

ぼんやりとしていたのか耳元で声を掛けられて驚きながら返事を返す。ナイチンゲールさんはしょうがないですねと言わんばかりに肩を竦めて笑った。

 

【今連絡がありましたが無事に戦いが終わったそうです、負傷者はおらず、ミス・おキヌが疲労で検査入院するくらいです】

 

「怪我をしているとかじゃ?」

 

おキヌちゃんが検査入院と聞いて大丈夫なんですかと尋ねるとナイチンゲールさんは優しく微笑みかけて来た。

 

【ありませんので心配ありません、これで貴方も安心したでしょう?ゆっくりと休んでください】

 

「そ、そうですか……良かった」

 

レイや蘆屋を見ていただけに心配で心配でしょうがなかったが、その言葉を聞いてやっと俺は安堵の溜め息を吐く事が出来た。

 

【皆さんの心配をするのも判りますが、まずは自分の身体を治す事を優先してください】

 

【その通りだ。横島も寝て休め】

 

心眼とナイチンゲールさんの2人に言われれば、俺に反論の余地は無く、反対側のベッドに団子状態で寝ている茨木ちゃん達を見て、おれも大きく欠伸をした。

 

「じゃあ、すみません。少し寝ます……」

 

ナイチンゲールさんにそう告げて、俺はやっとベッドに横になり目を閉じて眠りに落ちるのだった……。

 

【それで実際の所はどうなんだ?ナイチンゲール】

 

【実際の所も何も特に異常が無いのは本当の事です。ただ、強いて言わせていただければ……ミスタ横島は強迫概念が強すぎる。定期的なカウンセリングが必要です】

 

肉体的に問題が無くとも精神的にはそうではないと言われ、心眼はそうかと黙り込む事になる。

 

【これ以上悪化しないようにメンタルケアに力を入れるようにとミス・美神、ミス・神代にも伝えておきます。貴女達も近くに居るのならば良く様子を見ておいて下さい】

 

念入りに気をつけるように言われ、心眼は勿論話を聞いていた牛若丸達も渋い表情を浮かべる。

 

【どうすれば良いのですか?】

 

【強迫概念かあ……ワシらには縁のない言葉じゃなあ】

 

元々が平和な時代で生きていた横島には戦い自体が過度なストレスになっている可能性が高い、元々戦争や戦時代の牛若丸とノッブにとってはその悩みは縁の無いものでどうすれば良いかなんて判らないなと揃って呟いた。

 

【少なくとも紫やチビ達は横島にとってはかなりの癒しになっているのは間違いない】

 

【んーではもう少し増やして良いか許可を貰いますか?】

 

【いやあ、でも面倒を見るところが無いぞ?】

 

横島へのストレスを軽減する為に何が必要かと話をする心眼達だがその方向性がどこか、と言うかかなりズレた方向に進み。最終的にはもう少し、横島が喜びそうな何かを捕まえる、あるいは育成する許可を美神達にもらおうという方向へと進み、頭が良いが、横島の事になるとかなり残念な性質になる心眼と、ボケ属性の牛若丸とノッブと突っ込み不在の中話は進んでしまうのだった……。そして至極まともな顔をして使い魔の増加を交渉された美神が死んだ目をしつつも効果的かもしれないと検討するまで後8時間……。

 

リポート7 初めの一歩 その1へ続く

 

 




今回はシナリオエンドの話なのでやや短めの話となりました。最終目標 ガープの本当の目的は閉鎖した世界への扉を開く、次にシャドウサーヴァントの召喚環境を作る。最後に人間達の不信感をあおり、裏切りや騙し討ちが蔓延する世界を作る。そして結局の所失敗しても、成功してもどうでも良くて本命は別のところで進行中って言うのがいやらしい所ですね。次回からはほのぼのメインでのんびりした話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート7 初めの一歩
その1


リポート7 初めの一歩 その1

 

~横島視点~

 

【もう良いでしょう、お昼には退院しても良いですよ】

 

レギオンの襲来から3日後の昼に俺にやっと退院許可が下りた。思わずぐっと握り拳を作り、叫びたくなったが病院という事もありそれをグッと堪えナイチンゲールさんに向かって頭を下げた。

 

「ありがとうございます。えっと運動とかは……、あ、いえ。ごめんなさい」

 

凄まじい眼力で睨まれ即座に俺は白旗を上げた。美人なだけに睨まれた時の迫力が凄まじく怖い……頭の上のチビもみむうっと脅えたような鳴き声をあげている。

 

【軽いランニングくらいなら良いですが、霊力の使用などは細心の注意を払い、心眼が一緒にいるのが第一条件、次にミス・蛍や美神、シ

ズクと言った保護者と共にいるのが条件です。これに詳しく書いてありますので、それを必ず守ってください】

物凄い長い診断書と厳守と書かれた運動メニューを差し出され、俺はそれを受け取り小さな声で返事を返すのがやっとなのだった。

 

「おキヌちゃんはどうだった?」

 

「私ですか?私は普通ですよ?見て見ます?」

 

同じ日に退院で、俺の方が診察が長引いていたのでシズクやチビノブ達と片づけをしてくれていたおキヌちゃんの差し出してきた診断書とリハビリメニューを見るが厚さが倍以上に違っていた。

 

「マジか……」

 

「……お前な。無茶を続けているんだから大人しく療養しろ」

 

【その通りだ。散歩くらいは許可するが、筋トレなどは禁止だ】

 

シズクと心眼にも怒られ、弱々しい返事を返し、ふと病室を見ると紫ちゃん達の姿がない。

 

「紫ちゃん達は?もしかしてシロとかタマモに連れられてもう家に帰ってる?」

 

「……待ってる間暇だから外で遊んでるって分身のうりぼー達と外に出てる。帰り際に拾っていけば良いだろう、よし。こっちは準備OKだ」

 

「私の方も大丈夫です」

 

「なんかごめん」

 

俺の荷物を片付けてもらっていたので罪悪感を感じて謝るが、2人は気にしなくていいと笑ってくれたが……やっぱりどうしても申し訳なさを感じてしまう。

 

「……それよりも早く家に帰るとしよう。申し訳ないと思っているのならば早く身体を治す事だ」

 

「そうですよ、横島さん。無理をしても何にもならないですからね」

 

シズクとおキヌちゃんの言葉に頷き、病室を出ようとするとうりぼーとその上に乗っているチビノブに服の裾を噛まれて止められた。

 

「ぷぎゅ」

 

【ノブ】

 

「え?どうした?うりぼー、チビノブ」

 

駄目駄目と言わんばかりに首を振るうりぼー。これはもしかして……あれですかね?

 

「歩いて帰るの駄目とか?」

 

凄く良い顔で頷くシズクとその通りだという心眼に俺はもう1度マジかと呟いたが、当然うりぼーを振り解ける訳も無くうりぼーの背中に乗せられ、背中にしがみ付いてノブノブ鳴いているチビノブになんでこうなったんだろうなと思いながらも移動を始めて正面玄関から外に出ると同時に何かが飛んできた。咄嗟に抱きかかえると茨木ちゃんが頭を左右に振っていた。

 

「ふわッ!?い、茨木ちゃん?何してるの?」

 

「うむ……うりぼーの上に乗ってレースをしていたのだが、曲がりきれず吹っ飛んでしまったのだ」

 

失敗したなと言う茨木ちゃんを地面の上に降ろすと自分が乗っていたうりぼーのそばに駆け寄り再び跨る。

 

「ゆっくりで良いからな、良し行けッ……ああ!?」

 

「ぷぎいッ!!」

 

前足を上げて全速力のうりぼーの分身。そういえば分身なのに個性って言うか性格が違いすぎるのよな。

 

「なぁ、心眼。うりぼーの分身って本当に分身なのかな?」

 

【分け身と言っても良いだろう、うりぼーの性格の一部を引き継いで自分で考えているんだ、分身よりも高位の技術だぞ】

 

「うりぼーそんなことをしてたのか?」

 

「ぷぎ?」

 

何のこと?って言いたげな円らな目をしているけど……本当に心眼の言う通りなのだろうか……?でも心眼が間違ったことを言ってるとは思えないから多分その通りなのだと思うことにする。

 

「くすくす、茨木は下手ね。もっと丁寧に指示を出さないと」

 

「ぷぎゅう」

 

暴走うりぼーを大人しくさせようと悪戦苦闘しつつも、大人しくなり減速するうりぼーを見てホッとしていると、軽やかな動きで俺の目の前にうりぼーが止まり、その上には紫ちゃんは足を揃えて座り、日傘まで差し完全に貴婦人という雰囲気だ。

 

「なんかさ、紫ちゃんの気品が日に日に増してる気がする」

 

「……まぁ人造が付くが神魔だからな」

 

「そういうもの?」

 

「……そういうものだ」

 

神魔だから気品が溢れてるって事なのだろうか?と思っているとリリィちゃんの悲鳴が木霊する。

 

【あわわわああああーーッ!?】

 

「ぴぎーッ!?」

 

スピンしているうりぼーの上に必死にしがみ付いているリリィちゃん、これはあれだ。完全に曲がりきれなかったって感じがする……。

 

【もっと丁寧に指示を出して、スピードを出しすぎていたら止める位が大事ですよ】

 

【どうどう、よーしよし、良い子じゃ】

 

……牛若丸とノッブちゃんの指示が凄い堂に入ってる。うりぼーなのに馬に乗ってるように見えるな。

 

「えっと私も乗るんですかね?」

 

「大丈夫大丈夫、ゆっくりゆっくりって声を掛ければ早く走る事はないし、うりぼーは頭がいいから」

 

初めてうりぼーに乗るので不安そうにしているおキヌちゃんに大丈夫大丈夫と声を掛ける。

 

「よし、じゃあ家に帰ろう。な、うりぼー」

 

「ぴぐッ!」

 

元気良く返事を返すうりぼーに揺られ、俺達は家へと岐路へ付いたのだが……すれ違う車や通行人にガン見されたのは言うまでもない……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

レギオンの生き残りや霊団からはじけた悪霊が残ってないか見回りに行っていたGS協会の職員からの電話で、うりぼーに乗って横島君っ達が移動しているって聞いた時は卒倒しそうになったけど、美神さん達がここにいるので足が無かったということだろうと思い、どうしましょうか?と判断を仰いでくる職員に指示を出す事にした、

 

「横島君はほっておいていいから、ええ、うりぼーも害はないし、大丈夫。移動する足がなかったって事でお咎めなしでいいわ。そのままパトロールを続けて」

 

パトロールを続けるように告げて、美神さんに視線を向ける。

 

「……ごめん」

 

「まぁしょうがないですよね、うん、しょうがないしょうがない」

 

面子が面子だし、うりぼー達と共に公共交通機関は使えないのでしょうがないと割り切るしかない。

 

「そんなに気にしなくてもいいわよ~大丈夫大丈夫、家の冥子も同じ事をしてるから~」

 

にこにこと笑う冥華さんがいるのも私達のメンタルをゴリゴリ削ってくれているのだが、喉元まで込み上げて来た言葉をぐっと飲み込んだ。

 

「それで舞ちゃんとおキヌちゃんの編入の件なんですけど……どうなりますか? 冥華おば様」

 

「そうねえ~無理じゃないわよ~だけど~時期的にね~」

 

時期が悪いと冥華さんにしては珍しく言葉を濁す。六道女学院の卒業生である美神さんは勿論、一時期在籍していただけの私も今の時期――つまり夏を控えている今が良くない時期と言うのは判っている。

 

「六道の除霊実習ですね」

 

「ええそうよ~今年は不安要素が多いからねぇ~」

 

小間波海岸の除霊実習を兼ねた臨海学校は六道での一種の篩である。この実習での成績によって進学の際のカリキュラムが大きく変わる、除霊メインか、土地を清めるという方針への選別なのだが、小間波海岸は悪霊や霊が溜まりやすい立地で、ガープ達が派手に行動しているだけに、例年とは違うパターンになる可能性が高い。

 

「1番ベストなのは~臨海学校が終わった後だけど~1年くらい先になるわよ~?」

 

「それだと遅すぎます、冥華おば様。おキヌちゃんも舞ちゃんも素人ではないですし、編入しても大丈夫では?」

 

神楽のエキスパートの舞ちゃんと今のGSでは稀有なネクロマンサーの笛を使えるおキヌちゃんは出来る事ならば、早い段階で戦力として数えたい。1年も待っていられるわけが無いし、そもそも一年後に日本が地球に残っているかも怪しい。

 

「ん~それなら~臨海学校前の対抗試合に出るスケジュールで組む事になるけど~正直舞ちゃんはかなり厳しいわよ~?横島君が来てるから使い魔学科のレベルがめちゃくちゃ上がってるし~?」

 

「それは承知してます、だけど舞ちゃんなら大丈夫です」

 

六道女学院に編入すると決めた段階で舞ちゃんも氷室神社で修錬を積んでいる。元々霊力のコントロールとかには秀でていたので、何の心配もない。

 

「令子ちゃんも~それでいいかしら~?それなら1ヶ月の間に編入準備は出来ると思うけど~?」

 

「それでよろしくお願いします。その代りに私達も今年の臨海学校には参加しますし……「横島君も忘れないでね~?」判りました。横島君も連れて行きます」

 

その言葉を聞いてにっこりと微笑み編入届けを取り出す冥華さんに心の中でたぬきめと呟いた。最初から対抗試合の時期に編入させるつもりだったのに、随分と回りくどい真似をしてくれたと思う。

 

「これを書いて貰ってね~後は~そうね、近いうちに見学に来るといいわ~」

 

言葉にはしてないが横島君も連れてと目が物語っているので、本気で六道に横島君の血を入れるつもりって言うのが良く判る。

 

「じゃあ私は用事があるから帰るわ~」

 

そう笑って会長室を出ようとした冥華さんが思い出したように振り返った。その目は鋭く、試すような色が浮かんでいた。

 

「人造神魔を京都で作ってた連中だけど、南武と西武が手を組みそうよ。そこら辺を少し調べておくといいわね。それじゃあねえ~」

 

口調をガラッと変え、それを元に戻してひらひらと手を振り帰って行く冥華さんを見送り、私と美神さんは揃って溜め息を吐いた。

 

「これあれよね、編入までの期間に尻尾を掴めって事ですよね?」

 

「間違いないわね。はぁ……参ったなあ」

 

最後に告げた言葉。それは冥華さんからの六道女学院への編入の条件と見て間違いないだろう。しかし日本の霊能工業の中で随一と言ってもいい南武・西武グループが手を組んでいるとなると相当厄介な案件だ。

 

「躑躅院に電話してもいいですか?」

 

「……それしかないでしょ」

 

関西の情報は京都をホームグラウンドにしている躑躅院に聞くのが1番早い、GS協会の傘下になるとは言ったが、まだ口約束で十分な取り決めもしてない中で協力を要請するのは怖いけど、しょうがないと溜め息を吐いて私は受話器を手にするのだった……。

 

 

 

~おキヌちゃん視点~

 

横島さんの家でお昼を食べ、そのままTVを見たり、トランプなどで遊んでいると美神さんが迎えに来てくれた。

 

「おキヌちゃん、一応聞いておくけど……六女の寮か、私の事務所がどっちがいい?」

 

「美神さんの所でお世話になりたいと思います」

 

帰る場所、そして住む場所としてどっちが良いかと言われ、私は迷う事無く美神さんの事務所と返事を返した。

 

「ん、OK。ああ、それと横島君、1週間は学校を休む事、あと霊力を使うのは最低限にしておきなさい」

 

「ういっす。それじゃ、お疲れ様です」

 

お疲れ様と返事を返す美神さんの隣でまた遊びに来ますねと横島さんに声を掛けて、横島さんの家を後にする。

 

(ちょっと惜しかったかな)

 

無理強いすれば横島さんの家に居候出来そうだったけど……それは流石にやりすぎかと小さく舌を出す。

 

「どうかした?」

 

「いえ、何でもありません。行きましょう」

 

美神さんの車に乗り込み、美神さんの事務所へと向かう。

 

「そういえば蛍ちゃんは?」

 

「空き部屋を掃除してくれてるのよ、一応掃除はしてるけど……「本当ですか?」……少しだけ」

 

美神さんはやれば出来るのに、本当に掃除も料理もしないですねとくすくすと笑う。

 

「しょうがないですね、一緒に暮らすから私がちゃんと面倒を見てあげます」

 

「もう、これじゃあどっちが年上か判らないじゃない」

 

「あれ?私300歳越えてるんで、美神さんよりずっと年上ですよ」

 

私がそう言うと美神さんは声を上げて笑い、私も釣られるように笑ってしまった。

 

「そうね、じゃあおキヌさんって呼びましょうか?」

 

「嫌だなあ、おキヌちゃんでいいですよ。私、あの呼ばれ方好きなんですよ」

 

横島さんにそう呼んで貰ったから、私はあの呼ばれ方が好きなんだ。勿論こんな事は誰にも言いませんけどね。

 

「ふふ、判ったわ。それじゃあ話は変るけど、おキヌちゃんは六女に編入してもらう事になるわ。その代り対抗試合の時期になるから、そっちに参加してもらう事になると思う」

 

「そうですか……不安ですけど頑張ります」

 

それに関しては問題ない、ここは前と同じ流れだ。だけどその前に……南武グループの依頼がある筈だけど……。

 

(いけないいけない)

 

もう私の知る未来の記憶は何の役にも立たないのだ。この思い込みはこれから邪魔になる、頭を振ってその考えを頭から弾き飛ばす。

 

「どうかした?」

 

「いえ。何でもありません、これから頑張ろうって思ったんですよ」

 

生き返ってからの私の大事な初めの一歩――それはこれから始まるのだ。見ているだけじゃない、嘆くだけじゃない、涙を流すだけじゃない……。

 

(今度は力になれるように頑張ります。だから待っててください、横島さん)

 

私の知っている横島さんとは違うけど、優しさは変わらない。そしてどこまでも歩いて行こうとする姿は自分の知る横島と同じだ……前は見ていることしか出来なかった。嘆く事と悲しむ事しか出来なかった。だけど……今回はついて行ける様に、おいて行かれないように力をつけると心に決めていた。置いていかれるのも、待つのもしない。私はその後を追っていくと、そして横島さんの心も身体も守れるようになると心に誓うのだった……。

 

 

~一方その頃魔界では~

 

「お兄ちゃんの鞄が落ちてたけどどうしよう……」

 

「ふか?」

 

「ここォ!」

 

「モノモーノ!」

 

ガープの妨害によって転移時に取り落とした鞄を散歩をしていたアリス達が見つけどうしようか?と頭を抱えていた。

 

「赤おじさんと黒おじさんに聞きに行こう。持てる?」

 

「ふかッ!」

 

「ぴいッ!」

 

「やぁん?」

 

「……うん、判らないなら判らないで良いよ?」

 

茨木に懐いた怪獣はいまいち理解していない様子でぼんやりとした返事を返し、それ以外の魔界でも危険とされる怪物の赤ちゃん達は横島に会えるとるんるんとした様子で散らばっている荷物を集めてくる。

 

「よーし、綺麗に鞄につめて赤おじさんと黒おじさんが良いよって言ったらおにいちゃんに会いに行こーう!」

 

アリスの言葉に元気良く返事を返す魔獣達がいるとは夢にも思っていない横島はというと……。

 

「鞄と着替えどこいっちまったんだろ……アリスちゃんに預けてない奴……」

 

【仕方ない転移の時にどこかに落したのだろう。また買うしかないな】

 

「やっぱりかあ……あーあ、勿体無い事をしたなあ……」

 

魔界に行った際の荷物が紛失したと思い込み酷く落ち込んでいたりするのだった……。

 

 

 

 

リポート7 初めの一歩 その2へ続く

 

 




アリスちゃん襲来フラグと人造神魔編、六道女学院編のフラグと3つの今後の話の準備をリポート7でして行きたいと思います。
後は地獄の天使が神魔だとばれるとかそんな感じの話も混ぜて行きたいですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート7 初めの一歩 その2

 

~蛍視点~

 

おキヌさんが美神さんの事務所に再び下宿を始めたのだが、やっぱりと言うか判ってたと言うべきか、そこにおキヌさんの姿はなかった。

 

「おキヌさんは?」

 

「ん?おキヌちゃんなら六女の編入書類に必要な証明写真とかの準備をするって言って私の朝ご飯を用意したらすぐ出て行ったわよ?確か8時半頃だったかしらね?」

 

味噌汁の入った椀を机の上に戻し、魚の干物に箸を伸ばしている美神さんから視線を逸らし時計を見ると9時を少し過ぎた頃合だ。

 

「横島君の所に行くならこの書類ついでにお願いしても良い?」

 

「ありがとうございます。貰って行きますね」

 

何か理由が無ければ横島の家に行く必要がないので、美神さんが差し出してくれた書類の入った封筒を手にして、私は美神さんの事務所を後にし、横島の家へと向かうのだった……。

 

「蛍殿、おはようでござるよ!」

 

【おはようございます。何か主殿に御用ですか?】

 

庭で木刀を振るっているシロと牛若丸におはようと返事を返し本題を切り出す。

 

「おキヌさんは来てる?」

 

「おキヌ殿でござるか?いえ、来てないでござるよ?」

 

【ええ、来てませんが何か?】

 

来てると思ってたんだけど来てなかったと知り、少し拍子抜けした気分になりながらバイクの荷台から封筒を取り出す。

 

「横島に届け物とおキヌさんを探していたのよ。来てないなら先に横島に渡す事にするわね」

 

どうぞどうぞというシロと牛若丸の横を通り、玄関の鍵を開けて家の中に足を踏み入れる。

 

【あ、おはようございます】

 

【ノブウ!】

 

家に入るなり姿を見せたのはチビノブとリリィちゃんの2人だった。雑巾とはたきを持って頭にバンダナを巻いている姿を見て、思わず笑ってしまう。

 

「おはよう。横島は?」

 

【お兄さんですか?お兄さんは何かを作ってます!暇つぶしって言ってました】

 

【ノブッ!】

 

何かを作ってる……ああ、そうか、横島はシルバークレイを趣味にしてたのを思い出し、小遣い稼ぎを兼ねて何かを作っているのだと思いありがとうと声を掛けてリビングの扉を開く。

 

「ふおお……これは凄いなッ!」

 

【銀細工かあ……こんなのも作れるんだな】

 

「まぁ手先だけは器用だからなあ……軽い散歩くらいしか出来ないならこれが良い暇つぶしになるんだよ」

 

銀細工を作っていることに驚いている茨木と金時に少し気恥ずかしそうに言う横島。ひょいっと机の上を見ると確かに売り物と遜色が無い銀細工がこれでもかと並べられていた。

 

「横島。おはよう」

 

「ん?蛍か、おはよう!」

 

笑みを浮かべておはようと返事を返してくる横島の真向かいに座り、改めて机の上の銀細工に視線を向ける。細かい細工が施されたそれをデザインナイフで更に細かく飾りを刻んでいる。

 

「そんなに根を詰めて作ると疲れるわよ?」

 

「でもなあ……他にやる事も無いしなぁ……ゲームとかは飽きるし」

 

どっちかというとアウトドア派の横島にとっては自宅療養は暇でしかないみたいねと苦笑しながら、横島の顔の前で封筒を振る。

 

【封筒?また何かの書類か?】

 

「うん、六女関連でね。美神さんから届けてくるようにって頼まれたのよ」

 

「冥華さん関連なら嫌だなあ……」

 

露骨に嫌そうな顔をしている横島に苦笑しているとチャイムが響き。お邪魔しますというおキヌさんの声が響いた。

 

「おはようございます。横島さん、蛍ちゃん」

 

「おはよう!おキヌちゃん」

 

「おはようおキヌさん」

 

巫女装束ではなくシャツの上にジャケットを羽織り、スカート姿のおキヌさんを見ると巫女装束しか見た事が無かっただけに新鮮な感じに見える。

 

「……おキヌまで来たのか。何の用事だ?」

 

「あ、はい。えっとですね、書類の事もあるので横島さんと一緒に書こうかなって思ったんですけど……お邪魔でした?」

 

机の上の工具やシルバークレイを見て邪魔でした?とおキヌさんが尋ねると横島はそんなこと無いよと言って笑い、工具を片付ける。

 

「もう仕上げは終わっって乾かす準備をするところから大丈夫。茨木ちゃん、それ持ってくれる?」

 

「え、吾がか?だ、大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫、そう簡単に壊れる物でもないし、あ、蛍、おキヌちゃん。悪いんだけど机のうえ軽く片付けておいてくれる?」

 

不安そうにしている茨木と一緒にシルバークレイを乾かす準備をしながら片付けておいてくれるかと言う横島に頷き、シズクが持ってきた布巾を受け取り、机の上に散っている粘土の屑などを片付け、書類を書く準備をする。

 

「これ終わった後市役所とか回るんですけど……手伝ってもらえたりします?」

 

「私で良ければ良いけど……私で良いの?」

 

横島の家に来たんだから横島に付き合って欲しいんじゃないのか?と思いながら思わずそう尋ねる。

 

「いえ、横島さんは自宅療養しないと駄目ってナイチンゲールさんに言われてますし、やっぱりそのー女の子同士で話をしたいこともあるじゃないですか」

 

そう言われればそれ以上詮索するのは無粋だと思い、私はおキヌさんの申し出を快く引き受けるのだった。

 

「……んん?除霊実習の臨海学校に俺も?いや、これ場違いじゃない?」

 

「冥華さんからの依頼だからそこは問題ないと思うけど……」

 

「ええ……あの人頭大丈夫か?」

 

その余りにもアレな言い方に思わず噴出してしまう。確かに女子高の臨海学校に男子を連れて来いという理事長がどこにいるんだと思うのは当然の事だろう。

 

「まぁ何か思うことがあるんじゃないでしょうかね?それにこう考えたらどうですか?ただで旅行が出来るって」

 

「いや、ただより怖いものはないぜ?おキヌちゃん……これ断れないかなあ」

 

明らかに乗り気ではない横島にこれはちょっと不味いかもしれないと思い、助け舟を出すことにする。

 

「でも横島、これだけの人数。自前じゃとても無理よ?」

 

「……」

 

ここにはいないけど、紫ちゃん。シロ、タマモ、シズク、茨木、ノッブに牛若丸、それに金時にチビ、うりぼーと普通の旅館じゃ絶対お断りの面子もいるわけで……。

 

「そうだな、うん、たまにはただの旅行もいいかもな」

 

ただでさえ食費でアップアップしてる横島は自分の稼ぎだけじゃ旅行が無理と悟ったのか意見を変える。

 

「旅行?旅か!それは面白そうだな!」

 

「……臨海学校と言うのだから海の近くか、面白そうだな」

 

「何々?旅行行くの?どこに行くのよ、パンフレットとか無いの?」

 

そこに畳み掛けるように茨木達の楽しそうな声を聞き、横島は苦笑いをしながら書類に了承のサインを書き込むのだった……。

 

「それで女の子同士とまで言って私を連れ出した理由って何?」

 

「え、えっとですね……わ、私ってあんまり流行とか詳しくなくてですね……」

 

指先をちょんちょんとやりながら言いにくそうにするおキヌさんに苦笑する。

 

「可愛い服とかを見に行きたいと」

 

「そ、そうなんですよ……やっぱりあんまり野暮ったいのもあれだと思いますし……だ、駄目ですかね?」

 

「別に良いわよ。とりあえず書類関連だけ片付けてから行きましょうか」

 

「は、はいッ!」

 

明るい笑顔で言うおキヌさんに苦笑しながらも、あんまり独占とかしようと思わずに少しは協力的に、むしろ仲間を増やす事が横島を手にするのに必要なことなのではないか?と思い、打算的な考えもありつつも同年代と買い物をすると言う経験が殆どないと言うこともあり、ちょっと楽しそうと思いながら2人で歩き出すのだった……。

 

一方その頃蛍とおキヌが帰った事もあり、リハビリを兼ねた散歩に出かけていた横島はと言うと……。

 

「凜さん、浮いてるんだけどどうかした?」

 

「ほ、ほわああああ――ッ!?」

 

オーラを放ちながら浮遊する凜にそう声を掛け、自分が浮いている事に気付き絶叫する女神と言うとんでもない事態に巻き込まれていたりする……。

 

 

 

~エレシュキガル視点~

 

散歩中の横島と遭遇したのは私にしては運が良かったと思うし、前に明けの明星達と横島の家に行った時にアクセサリーを作ってくれると約束をしたのだが、まさか本当に作ってくれているとは、そして何時会えるか判らないと言うことで横島が出掛ける際にそれをずっと持ち歩いているとは思っても見なかった。

 

「……だからと言って浮かれすぎなのだわ……私」

 

その話を聞いた時に嬉しすぎて神通力と魔力が解き放たれ浮いてしまった。しかも横島に指摘されるまで気付かないという体たらく……最上級神魔として恥ずかしい限りである。

 

「ぷぎぷぎ」

 

「みーむ」

 

【ノブーッ!!】

 

うりぼーとチビが慰めてくれるのでありがとうと言って頭を撫でようとした時だった。

 

「凜さんジュース買って来ましたけどー?」

 

「ふぁいッ!?」

 

今日の自分は駄目すぎるといわざるを得ない上擦った声で返事を返し、呆れ顔の横島(エレシュキガル視点)に更にメンタルブレイクを引き起こす事になるのだった……。

 

「あ、ありがとうなのだわ」

 

「いえいえ、どうぞどうぞ」

 

公園の中の休憩所で横島と並んで座り、横島が買って来てくれたジュースのプルタブを開ける。

 

「ぴぐッ!!」

 

「みむむーッ!」

 

【ノブノブーッ!】

 

「楽しそうだなあ」

 

視線の先ではチビ達がきゃっきゃっと楽しそうに原っぱの上を駆けており、横島は楽しそうにその光景を見つめている。

 

「何も言わないのだわ?」

 

「何か言う事あります?」

 

なんでそこで不思議そうな顔をするのだろうか……と思いながら私は手にしていたジュースの缶を机の上に乗せた。

 

「だって私は神魔だって隠して騙してたのだわ」

 

「別に知ってましたけど?なぁ心眼」

 

【むしろ何で隠されてると思ったんだ?】

 

「だわッ!?」

 

最初からバレてたと知り、顔が異様に熱くなるのを感じた。明星や女帝も人間じゃないって判っているのだろうかと思いながら、脳裏を過ぎった事を横島に尋ねた。

 

「私が何の神って知ってて優しくしてくれたの?」

 

私は死神、冥界の神である。それを知ってもなお優しくしてくれたのか?問いかける。

 

「いや知らないですけど、凜さんは凜さんだからそれで良いんじゃないですかね?」

 

余りにも能天気な言葉に少しだけイラッとした。私が死の神と判ったら、どうせ恐れて逃げるんじゃないかと言う考えがどうしても拭えない。

 

「私は死神なのよ?怖いでしょう、気持ち悪いでしょう?」

 

怖がられて、気持ち悪がられて終わり、どうせ脅えられて過ごすなら嫌われる方がずっと楽だと思い、そう言うと横島はその目を何故か輝かせた。

 

「凜さんは死神だったんですか!?凄いですね」

 

「凄い?何が、どうして凄いなんて言えるのだわッ!!私を馬鹿にしているのだわッ!!」

 

凄いと言われて怒りと共に立ち上がると横島はビクンっと肩を竦めた。

 

「えっとなんで怒らせたか俺には全然判らないんですけど……死神は慈悲深い優しい神様なんですよね?」

 

「え?」

 

「いやだって、死神がいなければ死んだ人の魂は現世を彷徨うから、死神はその魂を回収して輪廻の準備が出来るまでお世話をして、それで再び転生出来るように天国へと送り返すんでしょう?」

 

「……いや、まぁ……そういう仕事がない訳ではないのだけど……」

 

確かにそういう側面がない訳ではないけど、それでも私はどっちかというと気に入った魂は隔離しちゃうタイプの悪い死神だと思うんだけど……。

 

「じゃあやっぱり凜さんは優しい人じゃないですか、あ、もしかして俺が死に掛けた時に助けに来てくれませんでしたか!?」

 

「え、あ……覚えて?」

 

街を案内してくれたお礼に渡した冥界の砂を媒介に死に掛けている横島の魂を現世に戻した事はあるけれど……なんでそれを覚えているのかと正直困惑していると横島は私の手を取って笑った。

 

「助けてくれてありがとうございます。凜さん」

 

にこにこと悪意の無い顔で心の底から感謝する表情を浮かべて笑う横島。その姿は嘘をついているようにも、騙そうとしているようにも見えず。本当に私に感謝しているのが伝わって来た。

 

【思う事はあると思うが、受け入れてやってくれ、こいつは人を疑うって事をどっかに忘れてきてるんだ】

 

「いや、それじゃあ俺が馬鹿みたいじゃないか心眼」

 

【馬鹿みたいではなく、お前は馬鹿だ。こんな馬鹿だが、また見守ってやってくれると嬉しい】

 

ひでえっと嘆く横島と横島に厳しい事を言っておきながら私に、この冥界の女主人である私に生きている人間を見守ってくれと頼む心眼に思わず笑ってしまった。

 

「エレシュキガル」

 

「はい?」

 

「私の名前、凜じゃないの。冥界の女主人エレシュキガル。それが私の名前なのだわ」

 

凜という仮初の名ではない、エレシュキガル……私の本当の名前を横島に呼んで欲しかった。

 

「エレさん?」

 

「さんはちょっと……」

 

「じゃあエレちゃん?」

 

なんで横島は神相手にこんな風に人間みたいに接してくれるのだろうか?それに不思議と不快とも思わない私も実は馬鹿なんじゃないだろうかと思いながら笑う。

 

「しょうがないのだわ、エレちゃんで許してあげるのだわ」

 

神としてではなく、友人のエレちゃんとして接しようとしてくる横島に私はそう微笑みかけるのだった……。

 

「ふぁッ!? ば、倍率、倍率がおかしな事にぃッ!?」

 

一方その頃アシュタロスはエレシュキガルの倍率がおかしなことになっているのに気付いて絶叫しているのだが……その話はまたいずれ……。

 

 

 

~ネビロス視点~

 

部屋で本を読んでいるとアリスが部屋の中に駆け込んできた。

 

「こらこらアリス。部屋に入る前のノックを忘れているぞ」

 

「あ、ごめんなさい。黒おじさん」

 

しょんぼりとした様子で謝ってくるアリスを見ていると部屋の外から横島がアリスに預けて行った使い魔達が鞄を頭に掲げていた。

 

(む?あの鞄は……横島のではないか)

 

見送りした時に持っていた鞄なので横島の鞄と言うのが一目で判ったが、何故横島の鞄がここにあるのかと困惑したが、そういえば横島が帰った瞬間に強烈な魔力反応があったのを思い出した。ガープの襲撃だと騒動になっていたが、恐らくその時に鞄を魔界に落として行ってしまったのだろう。

 

「黒おじさん、お兄ちゃんの忘れ物を届けに行きたいんだ!」

 

キラキラとした目で届けに行きたいというアリス。その気持ちは判るが……。

 

(どうしたものか……)

 

恐らくだが後で待機している使い魔達も人間界に行くつもりなのだろう……まだ子供とは言え魔界の中でもS級の危険生物、それを人間界に連れて行くのは些か、いやかなり危険と言えるだろう。

 

「ふうむ、ではオーディンに連絡を取ろう。オーディンが良いと言えばアリスが届けに行けば良い、もし駄目と言われたら手紙を書いて、それを持って誰かに届けて貰おう」

 

「えーお兄ちゃんの所に行ったら駄目なの?」

 

悲しそうに言うアリスに心が痛むが、何でもいい、どんな物も与えるではアリスの教育上よろしくない。

 

「余りわがままは言う物ではないよ、アリス。そうだね、じゃあオーディンに手紙を書いてみたらどうだろうか?それでもしかするとオーディンが許可を出してくれるかもしれないよ」

 

私の言葉にアリスは顔を輝かせ、判ったと言って部屋を飛び出して行く。その姿を見て苦笑しながらハーピーが用意してくれた紅茶を口にする。

 

「やれやれ、随分とお兄ちゃん子になってしまったものだ」

 

前は黒おじさん、赤おじさんと付いて回っていたのに今はお兄ちゃんお兄ちゃんと横島の事ばかりだ。

 

「これも成長……か」

 

少し寂しくもあるが、これもアリスの成長と喜ぶべきなのだろうなと思う事にするのだった……。

 

「……これはどうするべきか」

 

なお後日、アリスの手紙と沢山の足型が送られて来たオーディンが心底困惑する事になり、そして子を持つ親としてアリスの頼みを無碍にするのは心苦しく……苦渋の策としてある1つの命令がジークに下された。

 

「司令」

 

「今は父でいい」

 

「父上、正気ですか?」

 

「……頑張ってくれジーク」

 

「何を!?僕は何を頑張れば良いんですか!?」

 

「逃走と人間界の破壊回避、それと横島の家に住み着こうとする事の阻止、そしてアリスの御守だ」

 

「無茶が過ぎますよ!?」

 

「お前なら出来る。人間界にはブリュンヒルデもいるので2人に任せたぞ、ジーク」

 

「父上、父上ーッ!!!」

 

ジークに丸投げすると言う暴挙に出たオーディンに対し、ジークの嘆きを伴ったオーディンを呼ぶ声が響く事になるのだった……。

 

 

 

リポート7 初めの一歩 その3へ続く

 

 




友達イベント、エレシュキガル、そしてアリス襲来イベントのフラグを準備してみました。次回は勿論アリスちゃんとマスコット襲来ですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


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その3

リポート7 初めの一歩 その3

 

~琉璃視点~

 

私は読んでいた書類を机の上に置いて、眼鏡を外し机の上の冷め切った紅茶を飲み干してから目の前にブリュンヒルデさんにもう1度問いかけた。

 

「……すいません、もう1回言ってくれません?ちょっと私耳が遠くなっちゃって」

 

ちょっとありえない事を言われた気がするけど、絶対気のせいだし、と言うか間違いであって欲しいと思いながらそう尋ねる。

 

「……魔界の獣10数匹とアリスちゃんが東京入りしました」

 

あははっ……そっか、そっかぁ……私の耳が遠くなった訳じゃないのかあ……。

 

「何してくれてるんですかッ!?」

 

「すいませんすいませんすいません」

 

私は生まれて始めて上級神魔に土下座で謝られるという稀有な経験をすることになるのだった。

 

「えっとですね、横島が人間界に転移する際にガープの攻撃を受けて、魔界に荷物を落していってアリスちゃんがそれを見つけてですね」

 

「それならアリスちゃんだけじゃ駄目だったんですか?」

 

アリスちゃんだけならまだ何とかなるけど、魔界の獣までセットでは私では対処しきれない。

 

「アリスちゃんが嫌だと」

 

これが普通の犬とかなら良かったんだけどなあ……いや、まだチャンスはある筈だ。

 

「ちなみに魔界の獣って何ですか?危なくないですよね?」

 

「……」

 

「こっち見てください」

 

思いっきり目を逸らすブリュンヒルデさんに私はコンマ1秒でこっちを見るようにと告げた。

 

「……これを、これを見てください」

 

差し出されたのは写真の束。嫌な予感がしながらその写真に目を通し……見るんじゃなかったと絶望した。

 

丸っこい身体で陸上に適応したような姿をしている鮫のような魔物。

 

見るからにモフモフとした紅い巨大な芋虫……いや蚕のような魔物。

 

岩のような硬そうな身体に額に1本角に広がった尾をした頑丈そうな魔物。

 

これと言った特徴は無く、強いて言えば黒い体毛を持ち、目を自らの髪で隠している一見犬のようだが、写真越しでもわかる竜気を伴った魔物。

 

鋼鉄の身体を持った小柄な恐竜のような魔物。

 

黄色の体を持った小さな放電をしている魔物に……

 

氷の結晶が身体の回りを覆っている青い狐……

 

そして桃色でぼけっとした何これ?って思う魔物……。

 

「これ全部ブリュンヒルデさんが危ないって言ってた魔物ですよね?」

 

「……親がですね、はい、横島なら上手く育ててくれると思ったのか親同伴で現れたそうです」

 

「何その地獄絵図……」

 

これの完全体と一緒に来るとか恐怖映像以外の何者でもないと思う。

 

「と、とりあえず名前は付けてないみたいですし、今もジークがついてるので大丈夫だと思います」

 

「そこは絶対大丈夫って言って欲しい所なんですけどね……」

 

自分も不安に思っているのだから大丈夫って嘘でも言わないで欲しい……。

 

「とりあえず、美神さんも呼んで様子を見に行くのでついてきてくれますよね?」

 

「はい、勿論」

 

元凶と言ったら可哀想かもしれないけど、責任の半分くらいはブリュンヒルデさんにあるので着いて来て下さいよと頼み込み私は受話器に手を伸ばすのだった……。

 

なおその頃横島家では……。

 

「ぷぎッ! ぷぎゅーッ!!」

 

「痛い!ぼ、僕が何を……いたいッ!しぬッ!殺されるッ!!!!」

 

「ステイ!うりぼーステイッ!!アリスちゃんはとりあえず縁側に座ってて、シズク!アリスちゃんにジュース出してあげて!」

 

アリスを連れてきたジークだが、出会いがしらにうりぼーのロケットずつきからの踏みつけ連打を、死ぬ、殺されると叫びながら頭を抱えて必死に転げまわって回避を続け、横島はエキサイトしているうりぼーを止める為に楽しそうに笑うアリスに縁側に座っているように言って、必死にうりぼーに止まるように叫びながらその姿を追いかけているのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

俺が魔界に落して来た鞄を届けに来てくれたアリスちゃん達とその先導役で尋ねてきてくれたジークなのだが、出会い頭でうりぼーの弾丸ずつきを喰らい、哀れなほど凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、その上容赦ない踏みつけ連打を見て、俺は慌ててジークの救出に向かったのだが、普段はいう事を聞いてくれるうりぼーは完全に興奮していて言う事を聞いてくれなくて本当に大変だった。

 

「こ、殺される所でした……」

 

「お前なんでそんなにうりぼーに嫌われてるんだ?何かしたのか?」

 

「……何かしたと思いますか?」

 

「思わないけど一応念の為に?」

 

うりぼーは基本温厚なんだけど、何故かジークに対してだけめちゃくちゃ当たりが強いのは何故なんだろうか?多分ジークは何もしてないと思うんだけど……。

 

「とりあえず家に入ったほうがいいかもな」

 

「それは死刑宣告ですか?」

 

「え?なんで?」

 

庭でうりぼー達が遊んでいるので家の中の方が安全だろうと思い、家の中に入るように言ったのに何で死刑宣告なんて返しをされるのかが俺には本気で判らなかった。

 

「僕1人で横島さんの家に入る勇気はありませんよ、それならうりぼーに突撃「ぷぎいッ!!!」ふぐうっ!」

 

「ジークッ!!!」

 

突撃されたほうがマシと言いかけたジークに弾丸のような勢いでうりぼーが突っ込んで、弧を描いて宙を舞うジークの名を思わず叫び、ジークは頭から落下し、そのまま大の字に倒れて痙攣してる。

 

「ぷぎ」

 

ふんすっと鼻息荒く鳴くうりぼーを抱きかかえる。自由にさせていると本当にジークの命が今日終わりそうだからな……。

 

「ぷぎい♪」

 

「なんでジークにそんな意地悪すんだ?」

 

「ぷぎゅ……」

 

わぁ、俺うりぼーのこんな不服そうな声を聞いたの初めてかもしれない。どんだけジークが嫌いなんだよと俺は内心思いながら、トドメを刺そうとするうりぼーを抱きかかえて拘束する事にした。

 

「お兄ちゃん、ジュース美味しかったよー」

 

「そっかそっか、良かった良かった」

 

荷物を持って来てくれたアリスちゃんはしっとりと汗をかいていたので、シズクにジュースを出すように頼んだけど、アリスちゃんはジュースを飲み終えると満面の笑みでまた飛び出してきた。

 

「鞄を見つけてくれたのはこの子達なんだよ。えらいでしょ」

 

「おお、それは本当に助かったよ、ありがとな」

 

庭でぴょんぴょんと跳ねる魔界で懐いた使い魔達を見ながら感謝の言葉を口にする。

 

「ふかふかッ!!」

 

「もーのー♪」

 

「ぴいぴい!!」

 

「ココォッ!!!」

 

なんか皆個性的な鳴き声だよなあと思いながら縁側の上のボールを2個拾って山形に投げる。

 

「みむう!!」

 

【ノブノブー!!】

 

「ふかあッ!!!」

 

「ココォッ!!」

 

「モノッ!!!」

 

「ぴゅい?」

 

ボールの争奪戦が始まってしまったが、楽しそうにボールを追いかけているので多分大丈夫だろう。

 

「ちゃぁ~」

 

「クウ」

 

「あーごめんなあ、紫ちゃんお勉強の時間なんだよ」

 

紫ちゃんに懐いた2匹がしょんぼりしているが、紫ちゃんは今頃妙神山で勉強中なので、帰って来るまで待ってて貰うしかないけどいつまでアリスちゃん達は家にいれるんだろうか?

 

「アリスちゃんは何時まで居るの?」

 

「夜ご飯の前までかな」

 

今10時くらいだから17時くらいまでって所かな、紫ちゃんは15時に帰ってくるから……2時間くらいは一緒にいれそうだな。

 

「茨木、あんた変なの捕まえて来たわね」

 

「あんまり強そうではないでござるな」

 

「……やぁん?」

 

【いや、馬鹿そうじゃな】

 

【全然駄目じゃないですかね?】

 

「吾に言うな!なんか懐いて付いて来るんだからしょうがないだろうがッ!!」

 

「……やぁん♪」

 

あのピンクの本当に人懐っこいって言うか、苦労してなさそうだよなあ……なんか見ていると変なリラックス効果がありそうな気がする。

 

「……横島、美神達が来るぞ」

 

「え?おかしいな、今日訪ねてくるって聞いてなかったんだけど」

 

抱えていたうりぼーを庭に下ろし、立ち上がると確かに美神さんの車が遠くに見える。

 

「何か用事かな?」

 

「……お前は戦える状態じゃないから多分、こいつらの事じゃないか?」

 

庭で飛び跳ねているうりぼー達を指差してシズクが言うけど、ただのマスコットなんだからそこまで警戒する事はないんじゃないかな?

 

「言っておきますけど、魔界でも1、2を争う強さの魔物ですからね?警戒するのは当然ですからね?」

 

「ええ、嘘だぁ……こんなに可愛いのに?」

 

ルキさんには悪いと思うし、魔界でもそうは言われたけど、大人しくて可愛いものだと思うんだけど……。

 

「グルアアアアッ!!!」

 

突然聞こえてきた唸り声に振り返るとアリスちゃんについてきた魔物が皆威嚇体勢にはいり、その小さい爪を美神さん達に向けていた。

 

「……これどういうことかしら?」

 

「……なんかすいません、敵じゃないから、この人達は敵じゃないから!」

 

ふーっと威嚇を続けているマスコット達を落ち着かせる為に俺は慌てて駆け寄ってそう声を掛けるのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

琉璃にもブリュンヒルデにも、小竜姫様にも聞いていたけど魔界で横島君に懐いた魔物は桁違いにやばい雰囲気を持った魔物だった。

 

(これが魔界の生態系の頂点の生き物か)

 

偶に人間界に出現するブラックドッグや、ケルベロスやオルトロスの幼生でさえもGSが何十人と集まりやっと対応出来る魔物だが、今横島君の周りにいる魔物はそれなんかよりも遥かに強いというのを肌で実感する。

 

「ふか」

 

「そうそう、敵じゃない敵じゃない。よーしよし、良い子だ」

 

横島君に撫でられて落ち着きを取り戻したみたいだけど、これで名前をつけていないと言うのだから横島君の妖使いの適正がどれだけ高いのか良く判る。基本的に魔物と言うのは人間よりも強い、契約や名前で縛ってやっという事を聞かせることが出来ると言ってもいい、それを名前も契約もせずに言う事を聞かせるって言うのは横島君の能力の高さを示していると言っても過言ではないだろう。

 

「やっぱり人見知りが激しいみたいで、威嚇はしたけど、悪意はないと思うんです」

 

横島君がフォローするように言うけど、実際の所は人間と神魔に警戒してたと言っても良いと思う。それだけ警戒心が強い魔物なのだろう。

 

「こんにちわー♪」

 

「こんにちわ、アリスちゃんも元気そうね」

 

「アリスは元気だよー!」

 

横島君の隣に座り、満面の笑みを浮かべて手を振るアリスちゃんに手を振りながら挨拶を返す。しかし、本当に横島君に懐いてるわよね……子供と人外に好かれるのは横島君の個性だけど、段々それが強力になってる気がするわね。

 

「アリスちゃん、横島に荷物を届けれましたか?」

 

「うん!ちゃんと届けてね、お兄ちゃんにありがとうって言って貰えたよ」

 

にこにこと嬉しそうに笑う姿を見ると偶にゾンビってことを忘れそうになるのよね……プロのGSとしては褒められた事じゃないけど……それだけアリスちゃんには悪意と敵意が無いってことなのだ。

 

「では夕方には帰りましょうね」

 

「ええー」

 

アリスちゃんだけでなく、アリスちゃんの周りに居る魔界の獣達も不服そうな声を上げる。その声を聞いて、私はちょっと待ってと声を上げた。

 

「美神さん?」

 

「琉璃もそうだけど、ブリュンヒルデもさ、態々来てじゃあ帰りましょうって連れて帰るのは余りにも酷だと思わない?」

 

正直褒められた事をしようとはしていない。ただ、この状況は使える――私はそう思ったのだ。

 

「1日や2日は泊まっても良いんじゃない?」

 

「良いんですか!?」

 

「良いの!?」

 

横島君とアリスちゃんが嬉しそうな声を出し、その声を聞くと少し罪悪感を覚えるが……これは実は良い機会だと思う。

 

(横島君は眼魂に頼りすぎている)

 

確かに眼魂の力は強力だが、それ以外の霊能だって横島君は他のGSと比べてもかなり高いのだ。陰陽術に栄光の手、勝利すべき拳にチビ達……そのどれか1つだって業界のトップを取れる力だ。1回横島君は自分の力をもう1度見つめなおす必要があると私は思うのだ。

 

「うーん……はぁ……しょうがないですね。泊まるのは良いですけど、横島君絶対名前をつけたら駄目だからね?あとアリスちゃんもあんまり周りにゾンビとかを召喚しないこと」

 

「うい!」

 

「判った!」

 

名前をつけてしまえば使い魔になってしまうので名前は絶対に駄目、ネクロマンサーのアリスちゃんには当然ゾンビを召喚する事の禁止が琉璃から言いつけられる。

 

「良いんですか?」

 

「良いって言うか、これで駄目って言えるほど、私冷血な人間じゃないんですよね」

 

うるうるとした目で見ているアリスちゃんを見れば、思う事はあるが駄目とはいいにくい。

 

「判りました、では私の方からお伝えします」

 

「多分判ってると思うけどね」

 

アリスちゃんの荷物を見れば最初から泊まる事が前提にされているのが良く判る。ネビロスとベリアルはどうだか判らないけど、アリスちゃんが泊まるって騒ぐのは判っていたと思う。

 

「じゃあお兄ちゃんの所で泊まって良いの!?」

 

「1泊2日ですけどね……それくらいなら許可も降りると思いますよ」

 

やったーっと喜ぶアリスちゃんを見ながら、これからの事に頭を巡らせる。明日がおキヌちゃんの六女の見学と、それと霊能のテストだ。臨海学校にスタッフとして招集される横島君の検査もあるし、チビやうりぼーは良く見られているので、それ以外の、しかも使い魔でもない魔物を操っている姿は妖使いとしての力量を十分に示すに相応しいと思う。ちょっと悪い事を考えているけど、これも今後の横島君の事を考えれば必要な事だと思う。

 

「それで何か用事がありました?」

 

「明日六女に行くから、それだけ伝えにきたの、ちゃんと準備をしておく事、じゃあね」

 

ほかに言う事もあったけど、とりあえず今はそれだけ良いかと思う事にして琉璃とブリュンヒルデと共に横島君の家を後にする。

 

「なんか横島君に古い神魔の霊力纏わりついてたけどあれ何?」

 

「……多分というか確実に目を付けられてますね」

 

「なんでそうなるですかね……」

 

古い神魔が東京にいるのは把握しているけど、あれはすれ違ったとかそういうレベルじゃなくてガッツリ接触している上に、完全にそうあれは……魂に目を付けられている。シズクレベルなので確実にアウトなレベルだと思う。

 

「凄く疲れた気持ちだわ」

 

「私は美神さんのせいでもっと疲れてますよ?」

 

「それはごめんって……」

 

アリスちゃんの純粋無垢な瞳を見ていると言いたくても言えないことって結構出て来るのよね……子供を泣かせるのってなんか嫌だなって思うし……。

 

「アリスちゃんの事が問題なのは判るけど、ちょっとあからさますぎない?」

 

「こっちも調べているんですけど、中々尻尾が掴めないんですよ」

 

意図的に横島君の悪評が広がっているのがどうにもおかしい。そもそも横島君が療養中なのに、どうしてこれだけ悪評が流れるのかが不思議でしょうがない。

 

「ガープは関係なさそうね」

 

「そこまで暇ではないでしょう。考えられるのは1つ……」

 

「私達を良く思っていない中堅所のGSと言う所でしょうね。裏で手を引いてるのは誰ですかね」

 

実力があればGSはどこまでも成り上がっていけるが、昔気質――つまり血族などでGSをやってる連中からすれば私達は当然面白く無いだろうし、自分達の意見を聞き入れない琉璃の存在も邪魔と思っている可能性は高い。

 

「本当禄でもないことばかりが続くわね」

 

人間同士で足の引っ張り合いをしている場合じゃないって言うのに……私も琉璃も揃って深い溜め息をはく、早い段階で悪評を流している連中を潰さないと、それこそ査問会だなんだのって乗り出してきかねない状況に持って行かれかねない。そんなくだらないことで足止めを受けるつもりはないので、向こうが準備を終える前にこちらから仕掛けるつもりだが……恐らく本当の黒幕には辿り着けないという事を私は感じていた。

 

(一体誰なのか……何をしようとしているの)

 

躑躅院かと思っていたが、躑躅院は味方のようだし、何よりも冥華おば様の目を欺ける人間が居るとは思えない。つまり躑躅院は白になるわけだが、ではそうなると誰が?一体何の目的でという謎が私達の前に立ち塞がっているのだった……。

 

「ふおおお……可愛いのが一杯居るでちゅ!」

 

「アリス、遊びに来てくれたの!」

 

「……横島、これどういう状況?」

 

「こういう状況だよ?」

 

「説明になってないわ」

 

美神達が頭を悩ませて居る頃、そんなことになっているとはつゆとも知らない蛍は庭を埋め尽くすマスコットの群れとアリスの姿に頭を抱え、勉強を終えて帰ってきた紫と遊びに来たあげはは満面の笑みを浮かべアリスへと駆け寄っていたりするのだった……。

 

 

 

 

リポート7 初めの一歩 その4へ続く

 

 




ほのぼのには幼女とマスコットが必要不可欠だとわたしは思います、アリスちゃんが続投してますがお許しください。次回はちょっと久しぶりにシリアス気味で六女の話を書いて行きますが、幼女とマスコットが居るので少しほのぼの感も残したいとおもっております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


PS

単発札でライダーダヴィンチGET 漫画で分かるのガチャはする気が無かったので、これは嬉しいサプライズでした。


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その4

リポート7 初めの一歩 その4

 

~小鳩視点~

 

六女の雰囲気はあんまり最近良くないと私は感じていた。そう言っておきながらも私もその要因の1つであるので偉そうな事は言えないけど……。

 

「火野さんはどう思ってます?」

 

「まぁ正直に言えば私は情報操作かなって思ってる。天城は?」

 

「ええ、私も同意見ですわね。そもそも余りに横島GSとは程遠い話が多すぎます」

 

「だよなあ……あの人悪意とか程遠いって言うか善意の塊みたいな所あるし」

 

使い魔学科の皆がうんうんと頷いてくれた。使い魔学科の皆は横島さんの事をとても良く知っている。だからこそ、霊能科や、霊具科で最近噂になっている事に反発している。

 

「と言うかさあ~横島がさ~悪い事してるとか~想像できないんだよねぇ~」

 

【へけ~】

 

机の上に突っ伏して眠そうな視線を向けてくる近衛さんとその使い魔のなんか良く判らないのがのほほーんっとした声を上げる。

 

「怖くないとかさあ~暴れてるとかさあ~ありえないっしょ~?」

 

「まぁそうですわね。そもそも強力な使い魔で美神お姉様達を脅迫しているとか信用できませんし」

 

「いやああの子達強いけどさ、大人しいしね」

 

余りにも横島さんへの悪評が多すぎる、では何故そんなことになっているのかが私には理解出来ない。

 

【簡単なこっちゃ、小鳩。面白くないんや】

 

「面白くない?どういうこと?福ちゃん」

 

突然口を開いた福ちゃんにどういうことなのかと説明を求める。すると日野さんや天城さんが口を開いた。

 

「簡単に言いますと、横島の家は霊能関係ではありません。突発的な霊能覚醒者は疎まれる傾向にあります」

 

「それに加えて、六道家が抱え込んでるし、もう名前だけの衰退した名家には疎ましくて疎ましくてしょうがないのよ」

 

「いやあ~耳が痛いなあ~」

 

「あんたの所はまだ全然名家でしょうが、近衛」

 

「にっししっ、私が跡継ぎだからもう殆ど終わりだよ~。大体さあ、名家とかそういうのってつまんないんよ~名前で仕事をするわけじゃないんだからさぁ~」

 

やる気のない言動だけど、近衛さんはちゃんと状況を見ているのか名前で仕事をするんじゃないと笑った。

 

「どうすれば良いと思います?」

 

「ん、んー正直私達に出来る事ってあんまりないと思いますよ?使い魔学科ですし」

 

「まぁ爪弾き者と言えば私達も良い勝負ですしね」

 

GSなのに倒すべき妖怪や悪魔と共にいる妖使いの私達の評判はあんまり高くないけど、それにしたってあんまりだと思う。

 

「あ。あれ?よ、横島さんだ!」

 

「え、嘘ッ!?」

 

「わぁ本当だ……んん?待って、待ってなんか凄い事になってる」

 

凄い事?どうなっているのかと私も窓の外を見て、思わず自分の物とは思えない低い声が出てしまった。

 

鬼の少女に、ゴスロリドレスの少女が2人、それに楽しそうに跳ねている女の子が1人……。

 

「ちょいちょい、ダークネス小鳩になってるわよ」

 

「小鳩横島大好きだからねえ~」

 

「きゅうーん……」

 

「にゃ、にゃーッ!!」

 

皆がひそひそ言ってるけどそれ所ではない、なんでなんで横島さんの周りにはあんなに女の子が多いのだろうか……私は全然会えないし……。

 

(凄く不公平だ)

 

想っているのに会えない、それなのに他の人は毎日あえる。これはあんまりにも不公平だと思う……。

 

「んん?待ってあれ幽霊のおキヌさんじゃない?」

 

「いや、あれ生きてるよ」

 

「生き返った?え?そんなこと……いやいや、なんか使い魔が凄い事になってるう!?」

 

使い魔?と言われて窓の外を見て私は思わずうわあっと呆れ半分、そして凄いという気持ち半分でつい最近勉強で習ったことを思わず呟いていた。

 

「百鬼夜行だ」

 

凄く沢山の使い魔の首にリードを繋いでいる横島さんを見て、私にはその光景が百鬼夜行に見えてしまい、使い魔学科の皆もうんうんと頷いているのだった……。

 

 

 

~おキヌちゃん視点~

 

私の編入試験に合わせて横島さんも臨海学校のスタッフとしての話を聞く為に一緒に来てくれたんですけど……横島さんはいきなり予想の斜め上の行動に出ていた。

 

「はいはい、動かない動かない」

 

「ふかあ~」

 

「うーん、首にはリードを巻けないな。よし、尻尾にしよう」

 

アリスちゃんと魔界から出てきた魔界の獣の1匹、1匹にリードをつけていた。

 

「ジーク、そっちは出来……「ぐぶっ……ぼ、僕には無理だって……言ったじゃないですか」ジークーーーーッ!?」

 

「ココッ!!ココォッ!!(頭突き)」

 

「モノ!モノモ!(噛み付き)」

 

「ピー(火の粉)」

 

「あーッ!!!」

 

ジークさんがボロボロにされてる。と言うか攻撃力が段違いにやばいような……。

 

「消火。消火してやれ」

 

「やぁん?(水鉄砲)」

 

茨木ちゃんが抱きかかえているピンク色の生物が水を吐き出し、火達磨のジークさんはずぶぬれで六女の庭に横たわる事になった。

 

「なんでジークをそんなに攻撃するんだ?」

 

「ぷぎー」

 

「ふかー」

 

うりぼーちゃん達を筆頭に不満を爆発させているけど、本当になんでなんでしょうね?

 

「ジークは龍殺しや魔獣殺しの逸話があるので、相性が根本的に悪いんですよ」

 

「……それを知って何で僕を連れてきたんですか?大姉上」

 

「泣き言を言ってる場合ではないでしょう?横島の護衛ならマスコットに好かれるくらい頑張りなさい」

 

ブリュンヒルデさんの言葉に好かれる前に殺されてしまいますと啜り泣いているジークさんに美神さんも蛍ちゃんも視線も向けてない。

 

「大丈夫か?」

 

「ガブガブ」

 

「ゲシゲシ」

 

「……横島さん、噛まれてる上に踏まれているんで少し離れてくれますか?」

 

「え?あ!?こら、駄目だろッ!?なんでジークを苛めるんだ」

 

横島さんは心配していましたけど、その間も攻撃を受けてジークさんがガチ泣きを初め、横島さんはリードを握りジークさんの方に近づかないように引っ張り始めた。

 

「ジークってあれで上級神魔でしたよね?」

 

「シッ!言っちゃ駄目よ。あんなに小さくても上級神魔相当とか絶対に言ったら駄目よ」

 

ジークさんよりも強い子犬サイズのマスコット軍団……確かにあんまり大声で言って良い感じではないかな?と思う。

 

「とりあえず冥華さんの所に行きましょう、おキヌさんと舞ちゃんの編入の書類も提出しないといけないですし」

 

琉璃さんに言われて私達は六道女学院の中に足を踏み入れたのですが、どうも雰囲気がおかしい……あちこちから敵意みたいのを感じる。

 

「……すごい居心地が悪い」

 

【確かに、敵意を感じるな】

 

「……威圧しておくか?」

 

「いや、良いよ。多分女学院に男がいるのが問題だと思うからさ」

 

横島さんはそう笑っているけど、これは絶対におかしい。

 

(美神さん、これ……)

 

(調査も兼ねてるの、余りに六女、ううん、六女以外の霊能学校もおかしくてね。横島君には言ってないから普通にしてて頂戴)

 

美神さんに頷きはしたものの、余りにアウェイな雰囲気になんでこんな事にと思いながら私達は学園長室に向かって歩き出すのだった。

 

 

 

~冥子視点~

 

お母様は勿論私も最近六女の雰囲気がおかしいのは感じてたわ~でも何も判らなかった。調べてもおかしい所なんてなくて、噂に振り回されているのか、それとも家に何か命じられているのかと勘繰ることになってしまう、でも今はそれをしている場合じゃなくて~でもどうすれば良いのか判らなくてずっと苦しい思いをしていた。

 

「冥子ちゃん、こんにちわー」

 

「こんにちわー」

 

【こんにちわ】

 

「……んん?あいつ吾の時代にもいなかったか?」

 

にぱっと笑って手を上げてくる横島君達を見て~私は安堵の溜め息を吐いた。

 

「横島君も元気そうねえ~」

 

「俺はいつも元気ですよ、冥子ちゃんは……ちょっと疲れてます?」

 

「ん~ちょっとだけ疲れてるかなあ~」

 

普段通りにしていたけど一目で疲れているか?と聞かれて正直ビクっとした。まさか初見で見抜かれるとは思わなくて、本当にビックリした。

 

「あんまり無理はしないほうがいいですよ?」

 

「そうね~体には気をつけるわ~」

 

正直に言えば疲れよりも精神的な疲労の方があるけど~それを見抜かれてしまうのはちょっと驚いたわ~。

 

「編入試験って難しいの? 冥子ちゃん」

 

「ん~普通の学科のテストと霊能や悪霊とかの理解を確かめる感じかなあ~それよりも~ちょっと見ない間にまた使い魔が増えたのね~」

 

「ちょっと魔界にいる間に懐いちゃって、でも俺の家じゃ面倒を見れないんで、名前とかは付けてないんですよ」

 

名前をつけなければ使い魔とは認められないけど~この子達は完全に使い魔になるつもりね~やる気とかがひしひしと伝わってくるわね~。

 

「貴方はだ~れ~?」

 

「吾か?吾は茨木童子だ」

 

「茨木ちゃんね~よろしくう~」

 

鬼の女の子まで横島君の家にいるのね~でもまぁ悪い子みたいじゃなさそうだし~多分大丈夫よねえ~。

 

「わふわふ!」

 

「むふう~♪」

 

【わあい、可愛いです】

 

ショウトラちゃん達も懐いているのが良く判るし、本当に横島君が悪い人間だとか、ガープとうらで手を組んでいるとか~、強力な使い魔や英霊で令子ちゃん達を脅しているとか~根も葉もない噂にも程がある。

 

(でも~どこから~)

 

これだけの噂が六女の中に広がると言う事は誰か噂を流している相手がいると思うんだけど~手掛かり1つ無いのは本当に謎だ。マルタさんやキアラさんにマー君も頑張っているのに、尻尾を掴む所か影すら見つからないって言うのは本当に理解出来ないことだ。

 

「今度また一緒に散歩しようか」

 

「そうねえ~今回の事が終わったらまたお散歩しましょうねえ~」

 

これだけ動物や子供に好かれる横島君が悪人とか絶対無いわよね~お母様と令子ちゃん達が話をしている間に横島君とのんびり世間話をする。

 

「クッキー食べる~」

 

「あ。良いの?貰うね」

 

「クッキー食べるー♪」

 

「菓子か!吾にもくれ!」

 

【クッキー食べます】

 

「……私も貰うかな」

 

皆が食べると言うのでちょっと待っててね~と声を掛けて、理事長室の隣の部屋からクッキーの箱を取りに向かう。

 

「貴方だれ~?」

 

見た事のない清掃服と嫌な感じがする男を見て、私は早歩きでクッキーをとりにいき、この事をお母様に伝える事にするのだった……霊感が囁く感じがあり、今六女の雰囲気がおかしいのは何かあの男が関係しているように私には思え、ずっと見つける事が出来なかった手掛かりを手にしたように思えた。

 

(やっぱり私も早く何とかしたいわ~)

 

根も葉もない横島君の悪口を聞くのは辛いし、それに知りもしないのに令子ちゃん達にも妙な、もっと言えば下賎な噂が付き纏うようになって来たのも誰か黒幕がいるように思えてならなかった。

 

(誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてあげるわ~)

 

にこにこと笑う仮面の下で冥子の怒りの炎が燃える。六道家の人間は穏やかでのんびりと気質であることが有名だが何か切っ掛けを得ればその気質は大きく変わる。冥華と言う六道家最高傑作を母に持つ冥子の覚醒は大きく遅れていたが、友を、そしてまだ気付いてはいないが愛する者の為に長い雌伏の時を経てその才能が開花しようとしているのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

編入試験は確かに行なわれるが、正直な所を言えばそれは建前に近かったと冥華さんは隠す事無く告げた。

 

「大分調べてはいるんだけど~全然判らないのよ~霊力関係じゃないのかしらぁ?」

 

六女に入ってからずっと嫌な視線は感じていたけど、霊力やそういう流れはあんまり感じる事はなかった。冥華さんがお手上げだと言うのも判る。普通は霊力などが関係して攻撃的になっていると思うのが普通だが、それすらも感じられないと言うのは正直異常だ。

 

「結構不味い感じになってますね」

 

「正直ね~このままだと教師陣の話も聞かなくなりそうなのよね~」

 

余りにも悪い噂が広がりすぎ、その噂を訂正しようとする教師陣に反抗している生徒も多いと聞けば冥華さんが困ったと言うのも良く判る。

 

「えっとこんな状況で編入試験をやって大丈夫なんですか?」

 

「わ、私もそう思うんですけど……」

 

舞ちゃんとおキヌさんが心配そうに言う。その気持ちは判るけど、逆に言うと今やる必要があると言っても良いかもしれない。

 

「編入試験って言う名目じゃないと私達が六女に大手を振って入れないって言うのもあるのよね」

 

卒業生であってもそこまで堂々と入れるものじゃないし、冥華さんが講師として呼ぶにも限度がある。

 

「今の悪い雰囲気が広がってくれば私達が来ても何も変わらないから、まだその噂を信じてない生徒がいるうちに何が原因なのかを突き止めたい、もっと言えばそれを止めさせたいのよ」

 

何らかの霊的攻撃である可能性は極めて高い、今は生徒達だけだがその内教師にも広がってくるかもしれないし、何よりも教師の中にも影響を受けていてそれを隠している者がいるかもしれない。

 

「万全な準備をしておキヌちゃんと舞ちゃんには編入試験に挑んで貰うわ、下手をすると意図的に合格出来ないような編入試験を仕掛けてくる可能性もあるし、なによりも何かが起きる可能性は凄く高い筈だけど……正直こういう機会じゃないと六女の運営体制にてこ入れ出来ないのよ」

 

正直な所六女がこんな事になっているなんて思っても見なかった。隕石落しや、大地震事件で不安になってると思っていたんだけど、事はもっと大きな問題になっていたのだ。

 

「編入試験はどんな感じになるんですか?」

 

「一般的な~霊能の知識の試験と除霊実習の2つね~2人ならまず合格は間違いないと思うけど~」

 

「逆を言うと無理な編入で六道が発言力を強めようとしていると思われかねないって言うのが問題ですね?」

 

口ごもった冥華さんの言葉に繋げる様に美神さんが口を開き、冥華さんに尋ねる。

 

「そうなのよ~京都五家の本家筋は問題ないんだけど~分家がねえ~陰陽寮がつぶれちゃったし」

 

潰れたというか躑躅院がGS協会の傘下に入る事を選択し、人員の再編成を行なっている。これで京都の名家だからという理由で陰陽寮に就職出来た名前だけでGSとしての能力の無いボンボンは就職先を失ったが、今回の件はそれが関係している可能性も高い。

 

「だけど~そういう関係者は家の取引先とかにはいれてないし~」

 

「どこから入ってきているのかと、どうやって細工をしているかですね」

 

「確かに問題はそこですね、正直どうやっているのかも皆目見当が付きませんし……」

 

六道も馬鹿ではない、京都の連中を入れているとは思えないし……かといって京都の連中が一般人を洗脳しているとも思えないし……本当に噂だけでここまで六女がおかしくなる……いや、それは本当にありえないと思うんだけど……。

 

「ねぇ皆~さっきね~見た事のない清掃員がいたの~」

 

行き詰まり掛けた時に冥子さんが私達にそう声を掛けてきた。

 

「見た事の無い清掃員?そんなの普通にいるんじゃないの?」

 

「ううん~1回面通しした人じゃないと六女には入れないのよ~だからおかしいなって~それじゃあ私は~横島君とお茶してるね~」

 

言うだけ言って冥子さんは横島君の所に行ってしまい、ちびっ子達と横島君と一緒にクッキーと紅茶を飲みながらティータイムを過ごしているけど、これは有力な手掛かりになってるかもしれない。

 

「誰かが手引きしている可能性が出て来たわね、冥子はあんなんだけど記憶力は悪くないし」

 

「でもそれだと六女の教員の中にスパイがいることになりません?」

 

「証拠が出にくい短時間の暗示って可能性もあるわよ。後は……」

 

「その家だけに伝わってる固有の霊能や、それを独自に改造している可能性もあるわね~」

 

固有の霊能かぁ……ああいうのは資料がないから見つけにくいのよね。もしくはそれにまで手を加えているとなると通常の警戒網じゃ発見するのは難しいし……。

 

「ちょっと本腰を入れて捜査する方が良いわね。冥華おば様、良いですか?」

 

「ええ~それでお願いするわ~正直家の警備員達じゃ見つけられなかったし~正直今までのやり方じゃ駄目になってるのかもしれないしねえ~」

 

人間同士で足の引っ張り合いをしているとは思いたくはないけど……どこかの分家筋をガープ達が焚きつけている可能性もある。横島君に悪意が向けられるのも避けたいし……六女は出来れば最後の砦にしておきたいという気持ちもある。だからここで獅子中の虫をあぶり出し、安全な拠点を少しでも多く確保しておきたい。

 

「正直~私の都合で悪いけど~協力よろしくね~」

 

冥華さんはそうは言うけど、冥華さんが陥落してしまうと私達の陣営はほぼ総崩れと言っても良い。冥華さんには東京の霊能関係者のトップ、そして六女の理事長でいて貰わなければ困るのだ。

 

「それじゃあ蛍ちゃんはおキヌちゃんと舞ちゃんの編入試験のサポートをよろしく」

 

「判りました。美神さんと琉璃さんも気をつけて」

 

蛍ちゃんに見送られ私と美神さんは揃って理事長室を後にする。どんよりと重い空気はやはり気のせいではなく、何らかの霊的攻撃や呪なのかもしれない。

 

「編入試験まで2時間、その間に何か仕掛けをされて無いか探すわよ」

 

「判ってます。急ぎましょう、出来れば西条さんが来る前に何か手掛かりを掴みたいですね」

 

編入試験はオカルトGメン、GS協会の人間も関わってくるので開始時間が決まってる。オカルトGメンからは西条さんが来てくれる手筈になっているが、忙しい仕事の合間に来てくれるので出来るだけ早く手掛かりを見つけたい。

 

「そうね、とりあえず冥子が見たって言う清掃員と、掃除をされた場所を調べてみましょうか」

 

「了解です」

 

私は美神さんの指示に頷き、六女の校舎内をゆっくりと歩き出すのだった……。

 

 

 

リポート7 初めの一歩 その5へ続く

 

 




人間同士の足の引っ張り合いイベントを入れてみました、今回の件はガープはノータッチなのでガチで足の引っ張り合いですね。
次回はシリアスメインで進めて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート7 初めの一歩 その5

 

~政樹視点~

 

氷室おキヌと氷室舞の編入試験の7人の試験官の1人に僕は選ばれたんやけど……思ったより、いや、僕が甘かったんやろうな。

 

(こりゃ不味いで……)

 

冥子はんにも気をつけてと言われていたけど、どいつもこいつも良い噂を聞かない試験官ばかりや。

 

「この時期に編入を認めろなどと……やれやれ我侭が過ぎる」

 

「神代会長は自分の立場を勘違いしておられているのではないでしょうか?」

 

最終的な決定権を持つ3人が試験に反対では完全なアウェイな環境での試験と言っても良い。これでは合格できる者も不合格になってしまうだろう。

 

(……これはかなり不味い雰囲気やなぁ……)

 

僕も冥華さんの指示で色々と調べているがやはり六道女学院の雰囲気は決して良い物ではない。しかし調べてもからくりが見えてこないので頭を抱えるしかない。

 

「横島GSの臨海学校の参加ですか……」

 

「何故そこまで横島GSに拘るのでしょうね。彼はあんまりいい話を聞きませんが、そう言えば鬼道先生は少しの間勉強を見ていたそうですね、横島GSについてどう思いますか?」

 

僕と冥華さんの子飼いの部下は賛成派、残りの2人は試験に関しては中立。但し横島君を臨海学校に参加させるのはやや納得していないと言う様子だ。

 

「そうですね、最近の六女の噂は全部がせやと思いますよ」

 

曰くガープと手を組んでいる

 

曰く美神はんと蛍を強姦し従えている。

 

曰く悪魔と契約しておりチビはグレムリンの姿をしている最上級悪魔。

 

曰く戦いを好み、己が傷つくこともいとわない。

 

曰く幼女性愛者。

 

とか単純な悪口から根も葉もない話まで横島君に対しては悪い話が多すぎる。

 

(これも関係してるかも知れんなぁ……)

 

一時期は横島君に関しても好意的な話が多かったのに、何故今はこうも悪意に溢れているのか……人の噂も七十五日というけど、毎日毎日違う噂が出ているのは正直異常だと思うやなあ……。

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、彼はかなり努力家ですよ。それに知識がないからちょっと変わったこともしますけど、面白い発想もしてますし、美神はんが助手にするのも納得だと思いますよ」

 

少しでも横島君の印象を良くしようとしていると、待機室を出ようとしていた2人が踵を返し歩いて来た。その気配を感じて僕は作戦成功だと内心ほくそ笑んだが、それを隠しながら振り返った。

 

「それは鬼道先生が見る目が無いだけではありませんか?」

 

「僕が見る目がないなら六道理事長も同じですよね。反対意見があるなら直接理事に言ってみてはどうでしょうか?」

 

「……彼に良い話は聞かない」

 

「悪い話を聞こうとしているからやないですか?使い魔学科の生徒にも貴方達は辛辣ですし」

 

使い魔学科の生徒は確かにGSとしては異端だが、それも稀少な才能で努力していると僕は思う。使い魔学科は六女に相応しくないと主張したくともそれをすれば六道の批判にも繋がるのでそれすらも出来ない臆病者だ。その代りに生徒に異常な量の課題を出したりするのは余りにもお門違いだ。

 

「GSなのだから妖怪や悪魔を頼るのはどうかと思っているだけですよ」

 

「じゃあ冥子はんや僕はどうなんですかね?冥子はんは12神将で神魔を使ってますし、僕も式神使いですよ」

 

僕の反論に言葉に詰まる3人を見ながら僕はにっこりと笑った。

 

「学びたいと思う者を自分の好き嫌いで判別するのはどうかと思いますよ。仮にも試験官なんですから中立でいないとね」

 

思いっきり喧嘩腰になるが、元々反りが合わないのでこれくらいで丁度良い。それに態々喧嘩を売るような立ち回りをしたのも理由がある、ちらりと時計を見て足止めは十分に成功したと僕は確信した。そもそも僕が態々こんな喧嘩腰で声を掛ける必要なんて無かった。

 

(なにかしそうやしな)

 

しかし試験場に先に行かれて何か仕掛けをさせない為にこうして無駄話をして、向こうが面白くないと割り込んでくる事も計算していたのだ。扉が開く音がして1人の男性が待機室に入ってきた。

 

「いやすいません、仕事が遅れまして、オカルトGメンの西条です。今回の試験には僕も試験官として参加させて頂きますね」

 

オカルトGメンの西条さんの姿を見て目を見開く2人の横をサッと通り書類を手渡す。

 

「こちらが六女の編入試験のテストと実技試験の内容になります」

 

「ふむ、ありがとう、目を通させてもらうよ。それと試験場の視察もしたいな、案内を頼んでも?」

 

「判りました。では僕が西条さんをご案内しますね」

 

さっさと話を進め2人で試験場へ向かう。その道中で結界札を使い会話を誤認させながら話を進める。

 

「試験官は中立が2人、賛成派が僕ともう1人、反対派の3人で計7人です。それと試験内容の改竄などが疑われています」

 

「ここまで堂々とやるかね……六女がおかしいと言うのは本当の事のようだね。とにかく僕は僕のやれる事をしよう」

 

「よろしくお願いします、試験にまで手を加えられては合格できる者も合格出来ないですからね。あとは……」

 

「何らかの証拠を掴むだけということだね」

 

「はい。いま美神さんと神代会長が調べてるそうです」

 

正直六女の警戒を潜り抜けて細工を出来るとは思えないが、それでも可能性を探る必要がある。

 

「試験が終わり次第僕も参加しよう。後は……横島君にそれとなく注意をしておいてくれるかい?」

 

窓の外を見てそういう西条さんになんだろうと思い窓の外を見て、僕は思わず苦笑した。

 

『あはははははッ!!』

 

『にゃーっ!!!』

 

『だーらしゃああああッ!!!』

 

幼女2人を両腕にぶら下げてぶんぶん回転している横島君とそんな横島君の近くに座りのほほんと笑っている冥子はんをみて、僕は判りましたと返事を返すのだった……。

 

 

 

 

 

 

~西条視点~

 

六女の入って感じたのは空気が悪いという事だった。令子ちゃんを経由して預かっていた教授の眼魂をポケットの上から触る。

 

(どうだい?教授)

 

(うーん、これはあれだねえ……結界の類かなあ、多分だけど私は正規の英霊じゃないシ……普通じゃ判らないかもネ)

 

教授……いや、ジェームズ・モリアーティは反英霊に属する悪の英霊だ。悪だからこそ判る何かが今の六女に渦巻いていると言うことか……。

 

(何か判ったら教えて欲しい)

 

(任せて欲しいネ。なーに、これもマイボーイのためさ!)

 

そう言うと眼魂から抜け出し、霊体化して駆けていく教授を見送り、筆記試験のテスト用紙の確認をする。

 

「確かに六女の編入試験の物だね、じゃあこれは僕が届けてこよう」

 

「いえいえ、私共のほうで」

 

顔色を変えてくる2人を手で制しテスト用紙を持ち上げる。ここまで確認してすり変えられるなんてアホのする事だ、そもそも僕は試験官を信用していないので届けさせる訳も無い。

 

「僕の知り合いでもあるから激励と共に届けさせて貰うよ。すぐに戻る」

 

そう告げて2人だけの試験会場に足を踏み入れる。

 

「編入試験頑張ってくれよ。なに、君達なら大丈夫さ」

 

テストの内容は2人なら何の問題も無く正解出来る内容だ。仮にすり変えられていても問題なく正解できるだろうけど、それはそれで別の問題になりそうだからね。

 

「西条さん、ありがとうございます。頑張りますね」

 

「が、頑張ります」

 

頑張るという2人に背を向けて手を振りながら試験会場を後にし、待機室に向かう道中で今回の犯人についての考えを纏める。

 

(分家筋の暴走の可能性が高いか……案外協力的だったな、躑躅院は)

 

六道に牙を剥く者と考えて1番可能性が高いのは陰陽寮関係者だ。ただ宗家は既に監視下にあるので分家の者や一部の過激派の暴走である可能性が高い。

 

(結界と悪意か……独自の物か?それにそこまで出来るとなると……六女にも協力者がいそうだな)

 

人間側も一枚岩ではない、この状況でもまだ己の利権を得る為に行動出来るとは恐れ入る。とにかく今は尻尾を掴む事だ、オカルトGメン、GS協会の膝元で反乱分子がいるなんて洒落にならないからな。

 

「試験の様子はどうかな?」

 

「カンニングとかの気配も無くて真面目なものですよ」

 

「そうだろうとも、彼女達ならば飛び級で海外の霊能科だって入学出来るさ」

 

令子ちゃん達に面倒を見てもらっているおキヌ君は言わずもがな、神降ろしの才がないからと養子に出された舞君だって非常に優秀だ。

 

『終わりました』

 

『採点をお願いします』

 

『は、いえ、まだ時間はありますけど』

 

『大丈夫です。採点をよろしくお願いします』

 

ほらね、2時間なんて必要ない50分ほどで採点を求めるおキヌ君達に苦笑し、受け取るようにと放送で声を掛ける。

 

「これで落第点なら笑いものですね」

 

「ありえないね。それこそすりかえでもされてなければね」

 

多分早く終わらせろと言うのは指示なのだろう。筆跡のコピーなどを防ぐ為の物で可能な限り早く採点を求めろと言われていたに違いない。試験用紙を回収してきた試験官の元に向かい、テスト用紙を確認する。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、海外の方では編入試験で気に食わない者のテストを交換するというのは割りと多くてね、二人の筆跡かどうか確認しただけだよ。問題はなさそうだね、採点を頼むよ」

 

鬼道の言うには中立派の2人が採点を行なうのを見ながら、反対派に視線を向ける。

 

(……やはり何かしけていたか)

 

忌々しそうな顔をしているのを見てやはり何かをしようとしていたのだと悟るが、良くもまあこんな環境出来る物だとあきれてしまう。

 

(……いや、待てよ)

 

正常な判断が出来ていないのか?結界の類と教授は言っていたが……精神に作用する物なのか?いやそんな物ならば気付かない訳が無い。

 

「では次は実技試験ですね。行きましょうか」

 

とにかく気になる事はあるが、今は早急に編入試験を終わらせるべきだ。何をしてくるか判らない以上、余計な茶々が入らないうちに筆記も実技試験も終わらせるべきだと思い強引に話を進め、実技試験を始めようと声を掛ける。

 

「そんなに急ぐ事はないでしょう」

 

「ええ、筆記試験の疲れもあるでしょうし」

 

反対していた3人がおキヌ君達を気遣うような発言をした。それだけで裏があると思って間違いないだろう、だが休憩時間を取らせるというのは正しい意見で僕の意見が間違っているとも言える。

 

「それなら理事長から回復札等を預かっていますし、お昼から生徒の除霊実習もありますし本人達が大丈夫というのなら試験をすることにしましょうか」

 

「鬼道先生、それは余りにも酷いのではありませんか?」

 

「筆記が50分で終わってしまっては3時間近く待たせることになります。それだと気が緩んでしまうかもしれませんし、編入試験の悪霊はG~Dランクとは言え、気が緩んでしまえば危険な事故もおきかねません。僕達がどうこう言うよりかは本人達の意志を尊重しましょう」

 

上手く取り成して、いや、冥華さんが既にこの展開を予測していたのだろう。余計な横槍を入れさせまいと準備してくれていた事に感謝し、僕は手を大きく叩いた。

 

「本人達の意見を聞いてその上で決める事にしましょうか、それじゃあ2人はどうする?」

 

扉の開く音に振り返るとそこにはマルタさんとおキヌ君達がいて、話を聞いていたのは明らかで、今から実技試験は大丈夫か?と問いかけると2人は満面の笑みで大丈夫ですと返事を返した。

 

「では今から実技試験だ。実技試験の試験官は「私がやるように言われているわ」ではマルタさんに頼みます。僕達は採点ということでよろしいですね?」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしている2人を無視し、僕達は六女の敷地内除霊実習場へと向かうのだった……。

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

実技試験場の観客席に腰掛けおキヌさんと舞さんの実技試験の応援という名目で会場に細工をされていないかと監視をしていると、携帯電話の鳴る音がし、私は1度双眼鏡を椅子の上に乗せて携帯電話を手に取った。

 

『蛍ちゃん、そっちはどう?』

 

「今から実技試験を行なうみたいです。予定より早いですけど、多分妨害対策だと思います」

 

実技試験を50分で終わらせたって聞いてるし、それも多分妨害対策の筈だ。

 

『冥華おば様ならそれくらいするわね。蛍ちゃんから見て2人はどう?』

 

「問題はないと思います。むしろこれで不合格なら横槍を疑いますよ」

 

ナナシ達の影響もあると思うけど普通に六女のエリートと呼ばれる生徒よりも遥かに知識もあるし、勝負勘もある。まず普通にやれば失敗する事はないと思っていると私の手から携帯が取り上げられた。慌てて振り返るとそこには教授がにこやかに手を振っていた。

 

「教授?」

 

【やあ、西条君について来たんだヨ。ちょっと電話を借りるヨ、あ、もしもし?私だ、モリアーティだ。私の調査のほうは結界系と見た、

それとGSとして大成しなかった卒業生の怨念も関係してそうだヨ。うん、うん。蛍君に代わるよ、ほい】

 

差し出された携帯を受け取り、教授を見上げながら携帯を耳に当てる。

 

『教授と一緒に行動をしてて、また何かあればこっちから連絡するわ』

 

その言葉を最後に携帯は沈黙し、私は隣に腰掛けている教授に視線を向けた。

 

「どういうこと?」

 

【夢見て六女に来て大成せず引退した者の恨みや嫉妬は強烈な悪意となるのだヨ。恐らく今の状況はそれらを利用していると見て間違いないネ、ほんの少しだけ刺激してやればそれは爆発してしまうのだヨ】

 

「理屈は判るけど、本当?」

 

六女の生徒だからと皆が大成するわけではない。無念を抱いたまま引退する者もいるだろうし、除霊助手をしている間に怪我をして引退せざるあるいは、裏方のまま終わってしまうというのもありえない話ではないけど……。

 

【悪意って言うのはどんな聖人君子の胸の中にも存在するものだヨ。とは言え……それをコントロールして術式に組み込もうとするって言うのは驚きだけどネ】

 

普通に考えてコントロールできるものではなく、確実に自分に牙を剥く。それを操っていると言うのは正直信じがたい内容なんだけど……横島が関わっているのなら教授が嘘をついているとは思いにくいし……。

 

「かなり厄介ってことね?」

 

【そう言わざるを得ないだろうネ、マイボーイが君達といる限り付き纏う問題ダ】

 

横島への偏見はかなり強い、それが牙を剥いた……いや、それを利用されたと言っても良いと思うんだけど、正直かなり陰湿だ。

 

【自分は関係ないって顔をしてるけド、君も関係してるからネ?】

 

「うえ?」

 

私も関係していると言われ、思わず間抜けな声が出てしまった。教授はそんな私を見てやれやれと言わんばかりな大袈裟ジェスチャーをしてきて正直かなりイラッとした。

 

【君も沢山嫉妬してるだろう?マイボーイの女性関係に】

 

「う、それは……そうだけど……」

 

【そういうのも利用されているんだヨ。色恋ほど利用しやすいものはないヨ、危ない趣味の子がいないわけじゃないシ?】

 

女学院特有のお姉様って言う関係が無いとは言い切れないのよね……実際そういう趣味の子は六女には多いって良く聞くし……。

 

「もしかして……」

 

【うん、君もそういう対象で見られてる可能性が高いよネ】

 

教授にそう言われて思わず自分の身体を抱き締めて震えてしまった。横島が好きなのにそういう目で見られているなんて悪夢以外の何者でもない。でもそう言われると熱っぽい視線で見られていた事があったのを思い出し、思わず鳥肌が立った。

 

【まぁあくまで可能性だけド、そういうのは利用されやすいのサ。とりあえず何時でも乱入出来るように身構えるくらいはしておこうカ】

 

「そ、そうね。判ったわ」

 

何が起こるか判らない、このまま普通の試験で終わってくれれば良いんだけど……試験場に入場してくるおキヌさん達を見て無事に終わって欲しいと思いながらも、嫌な予感は消えず私は鞄の中の縮めた神通棍の柄を無意識に握り締めているのだった……

 

「これより除霊の実技試験を始めます。双方リラックスして冷静に対処してください」

 

「「はい!」」

 

「では始めッ!」

 

マルタの合図でおキヌと舞の2人の前に悪霊が出現した頃――横島と冥子はというと……

 

「も、もう無理ぃ。死ぬ、死んじゃう……」

 

「「【えーっ】」」」

 

「ハイパースイングはもう無理、ちょっと休憩……ぜえ、ぜえ……」

 

紫達を両腕にぶら下げて回転していた横島の体力が尽きていた……もっともっとーと紫達は言うが体力的にレッドゾーンなので横島は首を左右に振った。

 

「僕が変わりにやりましょうか?」

 

「「「【やだ】」」」」

 

「ええ、判ってました、判ってましたよ」

 

即答でやだと言われてジークが項垂れる。横島が特別なだけで紫達はちゃんとした警戒心をしっかりと持っていた。

 

【あちこちで走ったりして疲れただろう。ここは1度休憩だ】

 

「そうよ~お茶を用意してあげるから~お茶にしましょうか~」

 

「「「【はーい】」」」

 

「みむー♪」

 

「ぷぎー♪」

 

「ふかー♪」

 

お茶の言葉に六女の裏庭で遊んでいたチビ達も集まってきて、のんびりとお茶会の準備をしていたのだが、そんな横島達を見つめる黒い靄に誰も気付くことはないのだった……。

 

 

リポート7 初めの一歩 その6へ続く

 

 




次回はおキヌちゃんと舞の2人の視点の話、美神達の視点の話で話を書いて行こうと思います。次回もシリアスメインで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

リポート7 初めの一歩 その6

 

~おキヌ視点~

 

私が六女に入る為の編入試験――私の記憶では筆記試験だけだった気がするけど、それは最早些細な問題だ。

 

「♪~♪」

 

飛びかかってくる小さな悪霊を見て手にしていた笛を唇に当てて、軽く霊力を通し一節だけ曲を演奏する。

 

【……ああああ……】

 

【……】

 

苦しみに満ちた声から安堵した声と安らかな表情を浮かべて成仏していく悪霊に一瞬だけ視線を向けて、地面を蹴って後ろに飛ぶ。

 

「……悪霊じゃないみたいですね」

 

【……シケンシケン】

 

「はい、判ってますよ。大丈夫です」

 

私の前にいるのは式神ケント紙ではない、もっと高級な紙で作られた式神だ。マルタさんがちらりと私に視線を向けてくるけど、私は大丈夫だと笑った。

 

(こんな所で躓いてられない)

 

確かに目の前の式神はかなり強いだろう。だけど神魔と比べればそれは弱いと言わざるを得ない、横島さんの隣を歩いて行こうとしているのに、こんな相手に躓いていては私の願いは叶わない。

 

(敵が多すぎますね)

 

式神の伸縮自在の手を避け、サイキックソーサーのような攻撃力はないが笛を口に当てたままでも展開できる霊力の壁で霊波弾と、悪霊の突撃を防ぐ。今の状況は私も判っている、既に私の記憶なんて何の意味もなくて、この世界の歴史も情勢も大きく変わっている。

 

(だから私は横島さんの助けになりたい)

 

守られるのではない、助けれるようになりたいのだ。横島さんには味方も多いけど、それと同じ位敵も多い。権力や自分達の立場を脅かされる事を恐れる者……正直に言えばアスモデウスやガープがあれだけ動いているのに人間同士で足の引っ張り合いをするなんて正気じゃない。だけどこれがある意味人間と言える原因なのかもしれないと私は頭のどこかで考えながら旋律を奏で続ける。

 

(私は知ってるし、見てきた。だから、だからこそ……私は許さない)

 

蛍ちゃんは知らない記憶と事実。横島さんと美神さんが結婚したばかりに2人の暗殺計画や、横島さんを文珠の製造装置にしようとした組織などもあった。それらの計画は全部失敗したし、もっと言えば未来の小竜姫様が現在の小竜姫様に干渉したり、メドーサさんが動いたりしてその組織は表に出ることも無く消滅していると思う。

 

「♪~♪~♪~」

 

【し、しけ……シケン】

 

だけどどうしてそれに安心出来ると言うのか?もうこれだけ私の知る世界と今の世界は違う。確かに前の世界で危険だった者は全部消えているかもしれない、あるいは投獄されているかもしれない。だけどそれに安心出来る要素なんてどこにも無いのだ、それ以上に危険で、それ以上に悪意のある者が今もどこかで牙を研いでいるかもしれない。

 

「だから私はこんな所で止まりませんし、止まれません。こんな悪意に私は負けない」

 

「……たまげたわねえ……おっとりした顔して、そこまでやる?」

 

「やります。私には何をしても成し遂げたい、ううん。やり遂げなくてはならない事があるんです」

 

式神のコントロールを奪いその肩に座る。それはその式神が既にもう本来の術者の手から離れたという証……そして私が編入試験の壁を全て乗り越えた証拠でもある。

 

「氷室おキヌ! 編入試験合格ッ!!!」

 

「ありがとうございます」

 

誰にも文句をつけさせない完璧な条件での編入試験の突破。それが私が美神さんに要求された事、1回も被弾せず、そして混ざってくるであろう教師の式神のコントロールを奪ってみせる。ここまでやれば誰も文句は言えないだろうと思いながら、隣のコートで試験に参加している舞ちゃんに視線を向ける。

 

「……頑張れ」

 

舞ちゃんだって六女の生徒に負けているわけが無い。私は届かないと判っていても頑張れと応援の言葉を口にするのだった……。

 

 

 

 

~舞視点~

 

ナナシもユミルもいなければ、私にはお姉ちゃんのような霊刀を使うような技術も無い。それでもだ、それでも私に出来るはいくらでもある。1つに秀でた物を持たないのならば10の引き出しを持って、相手を凌駕すればいい。才能が、そして誰が見ても強力な霊能を持っていたとしてもそれは1。1流に届かない二流だったとしても1流にその牙を届かせる術はいくらでもある。

 

【ウボアア!?】

 

【ぎゃああッ!?】

 

「4、6……よし」

 

除霊した数はこれで下級霊が4体、試験の規格に合わない悪霊が6体で合わせて10体――まずまずの数を倒せたと思っているけど、まだ試験終了の合図は入らない。

 

(まぁそうだよね)

 

冥華さんとお姉ちゃんは一部のGS、そして霊能関係者にとっては目の上のたんこぶ。私をそう簡単に合格させてくれるわけが無いと言うのは判っていた。

 

【……】

 

【……シャア】

 

(とはいえ、ここまでする?)

 

動物型と武人型の式神まで出てきた時は流石に思わず心の中でそう呟いた。蘆屋を名乗る怪人がいなければナナシかユミルも協力してくれたと思うけど……今の六女の事を思うと、私の力だけで合格する必要がある。

 

「ふうう……」

 

両手に霊力を込めながら深く深く息を吐いて、意識を集中させる。私が秀でている物は神楽舞だが、神楽舞は神の怒りを静める物で攻撃に使えるものではないし、使える物でもない。

 

(出来る事はなんでもやる、使える物は何でも使う)

 

ナナシが言っていた。足りないのならば足りるようになるまで何でも使えば良いし、なんでも利用すれば良いのだ。正直に言えば私は霊力の扱いも決して秀でてる訳ではないし、ある程度の霊能力は使えたとしても専門家には遠く及ばない、運動神経なんて限りなく0に近いくらいだ。

 

(でもそんなのは私が1番知ってる)

 

才能が無いのも、秀でた物が無いのも全部私自身が知ってる。嘆きもしたし、悲しみもした。だけど、それはもうずっと前に通り過ぎた。今は自分に出来る事でお姉ちゃんの助けになれるように頑張るだけだ。

 

「ふっ!!」

 

【!?】

 

人型の式神の心臓部に左掌底を当てる。コンクリートを殴ったような痛みが伝わってくるが、歯を噛み締めて右拳を前に踏み込みながら突き出す。

 

「シッ!!」

 

強烈な炸裂音と共に式神が弾き飛ばされる。しかし気を緩めている余裕は無く、太腿のホルスターから霊札を取り出し顔の前で印を結ぶ。

 

【ぐるるるっッ!!】

 

霊力の壁に遮られてもなお爪と牙を振るう式神の姿を見て、私は内心あきれていた。確かにこの式神は強いと思う、紙も上質だし、触媒もかなり上物だ。だけど……余りにも操っている者の程度が低すぎる……それに外法が使われてる。この式神には動物の魂が封じられているのを感じ取り、私はとても悲しい気持ちになった。

 

「ごめんね」

 

私にはおキヌさんのように力尽くで相手のコントロールを奪うなんて事は出来ないし、区分こそ妖使いだけど操っている訳じゃなくてナナシ達が個人的に協力してくれてるだけだし、そもそも横島君みたいにあんな名前も付けないで、普通に飼いならしてるほうがよっぽど異常だ。あくまで私は普通の霊能者であり、特に特出した物もないのであくまで基本に忠実に、そしてそれをどこまでも正しく遂行するだけ。

 

「おやすみ、もう良いんだよ」

 

式神にそう声を掛け、封じられていた魂を解放をする。

 

「貴様何を私の「私の何だって?試験用の式神だから問題ないでしょう?」……うっ」

 

試験官がマルタさんに睨まれて黙り込み、マルタさんは私を見て満面の笑みを浮かべた。

 

「氷室舞!編入試験合格ッ!」

 

合格宣言を聞いて私は小さくガッツポーズを取るのだった……。

 

 

~美神視点~

 

「そう言えば今頃試験中ね、おキヌちゃんは大丈夫だと思うけど舞ちゃんって正直どうなの?」

 

六女の霊力溜りなどを調べながら琉璃にそう問いかける。琉璃の妹だけあって霊力は多いけど神楽の使い手って事と、ナナシとユミルって言う規格外の妖精を連れてるって事しか私は知らない。

 

「そうですね。自分は凡人、才能が無いって思い込んでる逸脱者ですかね」

 

「……どういうこと?」

 

「まぁ私とか美神さんとか蛍ちゃんとかと比べると確かに突出した物はないんですよ。神楽の才能は私なんかよりずっと優れてますけど」

 

それは知ってる神楽の舞手としては間違いなく日本一の才能であると、これは小竜姫様達も言っていたので間違いなく、もう少し昔なら神託の巫女としてかなりの地位にいただろうというのも聞いている。

 

「でも他のはやっぱり劣るんですよ。なら足りてる所から、組み合わせれば、って言う風に色々と手を伸ばして、霊札とか格闘術とかなんでも覚えてる感じですね。まぁ本人が運動神経が絶望的なんで護身くらいですけど、普通に舞ちゃんは強いですよ」

 

「格上には勝てないけど、自分と同等の相手には負けないって事ね」

 

格上を倒す切り札は無いが、自分と同等の相手には引き出しの数で勝利する。1つの手段で勝てないなら10個でも20個でも策を使う……。

 

「私に似てるわね」

 

「そうですね。霊具に特化してない美神さんって感じですかね」

 

私も特化している者がない部類のGSだ。どんな道具でも人並み以上に使える才能はあるが、正直言えば突出能力はないと言ってもいい。

巧さと立ち回りで実力で上回る相手に勝利してきたことを考えると舞ちゃんは確実に私と同じタイプだ。

 

「それじゃあ心配はないわね。出来るだけ付け入る隙は残したくないから」

 

「ええ。2人とも合格してくれると思いますよ。私達は私達のやる事に専念しましょう」

 

今の六女のままにしておけば必ず牙を剥く、そうなる前に私達は六女を正常に戻す必要がある。

 

「……やっぱり霊力溜まりがおかしいですね、細工されてる」

 

「……気付きにくい箇所ね。それと冥子が見た清掃員。やっぱり関係してるわね」

 

霊脈の中でも気付かれないにくい、あるいは元々霊力が澱んでいるから気付かれにくい場所……だけど。

 

「こんなに判りやすいことしてくるかしら?」

 

「そこですね」

 

霊力溜まりに仕掛けって言うのは余りにも一般的過ぎる。それに今は霊力こそ澱んでいるけどそれだけだ、特にこれと言った気配を感じるわけでもない。

 

「ここは中継地って所ですかね?」

 

「その線で考えると犯人は六女にはいないって事になりそうね」

 

霊脈に干渉するのは難しいけど、出来ない事はない……それに霊力が滞っている事と結界って事を組み合わせると精神操作くらいは可能だと思う。

 

「とにかく他の霊力溜まりを……美神さんこれはっ!?」

 

「嫌な予感がするわね、琉璃。行くわよ!」

 

六女の中庭に強烈な霊力の反応があった。確か冥子が横島君とお茶会をするって言っていたのも中庭だった筈……。

 

「私横島君が疫病神に憑かれてるって言われても信じますよ!」

 

「奇遇ね、私もよッ!」

 

横島君の周りには何かが起きる。今回は遠ざけていたのに、また横島君のそばで何かが起きているかもしれないと思うと、本当に疫病神に憑かれてると思うのは当然の事だ。ただ今は横島君は眼魂などを持っていない、それは戦う術が無いと言う事を意味しており、私と琉璃は中庭に向かって全力で走り出すのだった……。

 

 

 

 

 

~横島視点~

 

おキヌちゃんと舞ちゃんの編入試験の後に俺も臨海学校のスタッフの試験を受けると聞いていたので、それまで冥子ちゃんやアリスちゃん達と中庭でお茶会をしながらのんびりと過ごしていた。

 

「本当にこんな事をしてて良いのかなあ」

 

「良いのよ~それに今の六女で横島君がうろうろするのはあんまり良くないし~」

 

話によれば俺への悪意が強くなっていると聞いている。危ないし、偏見で謂れも無い罵声を浴びせられるかもしれないからと冥子ちゃんと一緒にいるけど、美神さんの手伝いをしなくて良いのかなあとか、編入試験の応援をしたかったと正直思っている。

 

「お前は本当に野性が無いな、本当に魔獣か?」

 

「やぁん?」

 

クッキーを食べてお腹を上にして寝転がっているピンク色の魔獣のお腹を撫でながら茨木ちゃんが声を掛ける。

 

「横島の使い魔と比べて弱そうだし」

 

「あら~そんなことないわよ~結構霊力を蓄えてるから~その気になれば強いとおもうわよ~」

 

冥子ちゃんがにこにこ笑いながら言うので、思わず茨木ちゃんと揃って視線を向ける。

 

「ぶみい、ぶみい……」

 

舌が口からはみ出て鼻提灯を出しながら眠り、足が微妙にピコピコ動いている。

 

「弱そう……」

 

「見た目は可愛いけどな」

 

のほほんとしていてなんか見ていて和むけど、強さは感じられない。

 

「……いや、実際かなり強いぞ。私と同じ水系統だから判る」

 

「うおっ!?シズク、急にどうしたんだ」

 

自分で調べる事があると言って別行動していたシズクが急に現れて思わずびっくりとして仰け反る。

 

「……霊脈の確認が終わったからな、ジークだけじゃ心配だからこっちに合流した訳だ」

 

さらっとジークをディスってやるのは止めてやって欲しいんだけどな、ジークってメンタル豆腐だから……。

 

「でも強いって嘘だろ?」

 

「……茨木、こいつは強いぞ。その気になるかは別だけどな」

 

「それってもしかして本気を出せば強いけど、本人にその気が無いって言うパターンか?」

 

「……まぁそうとも言う」

 

強い事は強いらしいが本人のその気が無いパターンらしい、今もゴロゴロ転がってるのを見て本気を見る時はあるのだろうかと思わず茨木ちゃんと沈黙する。

 

「でも強さなら茨木が十分に強いから別に問題ないのでは?」

 

「ちゃあ~」

 

「コン!」

 

黄色の電気鼠と青色の氷狐を肩の上に乗せて穏やかに笑う紫ちゃんは2匹の口元にクッキーを差し出す。もくもくと食べる2匹も本当に良く紫ちゃんに懐いていると思う。

 

「それよりも私はお兄さんに言いたいことがあります」

 

「うん?何?」

 

畏まって言いたい事があると言う紫ちゃんに何?と尋ねる。

 

「リリィがお兄さんと呼ぶので私と呼び方が被っています」

 

「うん、そうだね」

 

「だから呼び方を変えたいと思うのですが良いですか?」

 

「いや、別に好きにすれば良いと思うけど……」

 

別に呼び方に拘りはないし、好きに呼んでくれたら良いと思うというと紫ちゃんはぱあっと華の咲いたような顔で笑い、俺に相応しい呼び方を考えますと笑った。

 

「良く懐いてるわね~やっぱり横島君は優しいから子供に好かれるのよ~」

 

「そうですかね」

 

優しいからと面を向かって言われるとなんともむず痒いくて照れてしまう。

 

「みむう!」

 

「あーはいはい、ごめんな」

 

膝の上で構えと怒った様子で鳴くチビを手の上に乗せて、揉むように転がす。

 

「みむー♪」

 

「チビは本当にこれが好きだな」

 

俺としては潰さないかって言うのが心配なのだが、チビはこうやって包まれてるのがかなり好きなようだ。うりぼーも小さくなってもちゃもちゃされるのが好きみたいだし、安心感とかがあるのかなとのんびりと思う。

 

「ふかふかー!!」

 

「モノー」

 

【ノッブウッ!!!】

 

ボール遊びをして庭を駆け回っているチビノブ達も楽しそうだし、ただやっぱり人型のチビノブの方がかなり小回りが利いていて追いきれない感じだけど楽しそうにしている。

 

【よいしょっと、痒いところはないですか?】

 

「ヨギッ!」

 

「気持ち良いって」

 

【それなら頑張りますねー、あ、後私の使い魔になりませんか?】

 

「ヨギヨギ」

 

「ココ」

 

「それはイヤだって」

 

がぼーんっと言う擬音が聞こえてきそうなくらいにショックを受けているリリィちゃんを見て思わず笑いそうになったのだが、首筋にピリっとした電気が走るのを感じ、抱きかかえていたチビをブルーシートの上に乗せて立ち上がる。

 

「ジーク」

 

「はい、間違いないです。これは殺気です、集まって!何か出てきます!」

 

「全員集合ッ!」

 

好き勝手遊んでいたリリィちゃん達をブルーシートの近くに呼び寄せ、栄光の手を両手に作り出し周囲を警戒する。

 

「心眼、どこから来る?」

 

【近いぞ、お前達の前方3Mだ】

 

3Mと聞いてかなり近いと更に警戒態勢を強める俺の前に黒いコールタールのような、不気味な人型の異形が姿を見せた。

 

「な、なんだこいつ……」

 

醜悪という言葉が相応しい歪な人型がどんどん地面から生えるように姿を見せる。なんで六女みたいなGSの育成施設でこんな化け物が出てくるんだと思わず混乱してしまう。

 

「コンプレックスだわ~」

 

「コンプレックス?冥子ちゃん、それがこの妖怪の名前なのか!?」

 

コンプレックスなんて妖怪は俺の本には書いてなかったと思うけど、新しい妖怪の一種なのかと思いながらそう尋ねる。

 

「そうよ~嫉妬心とかを糧にして生まれる妖怪で~ここ近年目撃されるようになった妖怪なのよ~」

 

「……嫉妬、なるほど。そういうことか」

 

「どういう事なんだシズク!?」

 

自分だけ理解するのを止めてくれとシズクに説明を求める。

 

「……卒業してもGSになれなかった者、大成できなかった者、除霊で怪我をして命を落とした者。それらの無念や大成したGSへの嫉妬や妬み……それらがここには渦巻いている。このコンプレックスという妖怪が生育されるのはうってつけの場所という事だ」

 

「まじか……」

 

今もどんどん数を増やしているコンプレックス。もしも本当に嫉妬や妬みを糧にして生まれる妖怪だとしたら……倒しても倒しても切が無いということだ。六女の今までの歴史の中で大成しなかったGSや、卒業出来なかった学生はきっと数多く存在する……目の前を埋め尽くすほどに増えているコンプレックスを見て、俺の額から汗が滴り落ちるのだった……。

 

 

リポート7 初めの一歩 その7へ続く

 

 




と言う訳で六女に潜んでいる怪異はコンプレックスとしました、正し操られ、コントロールされている個体なので原作のような愉快な能力を持たないコンプレックスだと思ってください。次回は横島達とコンプレックスの戦いをメインに書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート7 初めの一歩 その7

 

~???視点~

 

妬ましい

 

恨めしい

 

何故何故何故何故ッ!?

 

私達は優秀だった筈だ。

 

優れた血筋だった筈だ。

 

何故下等な霊能者に劣る。

 

何故私達を認めない。

 

凡人は私達に従えば良い。

 

優れた血筋で当主になった我らに従わねばならぬ。

 

何故陰陽寮を捨てた者が我らを罰する。

 

何故我らを糾弾する。

 

我らは護国の使者なり、国に望まれた正義の執行者。

 

なのに何故、何故、何故我らを排除する。

 

「好き勝手したのが悪い」

 

「血筋だけで己を磨く事を怠った」

 

「全てを犠牲にして己だけ生き延びた」

 

好きな事をして何が悪い。

 

血筋に宿る術を使い、片手間ではあるが人を護った事もある。

 

我らは優秀な存在。下等な者も我らを守れて嬉しかろう。

 

「お前達はもう護国にあらず」

 

「お前らこそが悪鬼なり」

 

「血など何の意味もない」

 

「己の犯した罪を悔いるが良い」

 

「もうお前達には誰も従わぬ」

 

「何時までも古い考えに縛られた遺物」

 

「もう~貴方達は~必要じゃないのよ~」

 

うるさいうるさい、私/俺/我/あたし/ワシを見下すな、お前達は我らを崇拝すれば良い。

 

なのに何故私達は何もかもを奪われた。

 

なのに何故私達の言葉を天皇は聞いてくださらぬ。

 

何故

 

何故

 

何故

 

下等な霊能者の方が私/俺/我/あたし/ワシよりもみとめられているのだ。

 

恨めしい

 

妬ましい

 

憎ましい

 

だが私/俺/我/あたし/ワシの言葉は誰にも届かぬ、ああ、憎い、恨めしい、妬ましい……。

 

「復讐したくないか?君達を捨て1人で逃げた者を、お前達を切り捨てたかつての部下を」

 

にやにやと笑う怪しい男の誘いと狂おしい憎悪だけが私/俺/我/あたし/ワシの全てであり、それを晴らせるのならばと差し出された手を握り返すのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

【横島!しっかりしろッ!!】

 

脳裏に響いた心眼の怒声、それで俺は意識を取り戻した。だが膝をついてその場に崩れ落ちた。

 

「げほっ!おえッ!!な、なにが……うえッ!!」

 

栄光の手で殴り飛ばした。その瞬間に俺の意識は飛んでいた。凄まじい闇に飲み込まれたような……なんとも言えない不快感、その不快感から込み上げてくる吐き気を堪える事が出来ず何度も何度もえづいた。

 

「……ちっ、散れ」

 

シズクが舌打ちし、両手を広げると氷の弾丸がマシンガンのように放たれ、俺達に近づいていたコンプレックスを押し留める。

 

「……肩を貸してやる。少し離れろ」

 

冥子ちゃんやジークが戦っているのに1人だけ下がれるかと思い、シズクに大丈夫と言おうとするが俺の言葉は最後まで紡がれず、激しい吐き気によって言葉に詰まる。

 

「いや、だい、だいじょ……うえっ」

 

【横島、シズクの言う通りにしろ。冥子】

 

心眼が冥子ちゃんを呼ぶと俺のすぐ隣にショウトラとマコラが現れて俺を支える。

 

「お、俺はだ……だい……丈夫……だから」

 

紫ちゃん達がいるのに弱ってる姿を見せれるわけが無く大丈夫と言おうとするが、手足が鉛のように重く寒気も止まらない。自分がどうなっているのかまるで判らない。なんでたった1回攻撃しただけでこんな事になっているのかが理解出来なかった。

 

「横島君~無理しないで~横島君とは相性が悪すぎるのよ~」

 

心配そうに駆け寄って来た冥子ちゃんが無理をしたら駄目だと俺の手を掴んで止める。

 

「ど、どういう……?」

 

【あれは恨み、妬み等の集合体だ。こんな言い方をしたく無いが……力の方向性は狂神石に似ている】

 

コンプレックスが狂神石に似ていると聞いて、俺の不調の原因が何なのかを俺は理解した。

 

「……狂神石が活性化してるのか?」

 

【いや、そこまでは行っていない。だが少なくとも横島、お前はあのコンプレックスとは戦うな】

 

あのという言葉をやたら強調する心眼にどういう事だと尋ねる。

 

「多分だけど~あれは~作られたコンプレックスなのよ~悪意を増徴させて、正気を喪失させるタイプの~仲間割れを誘発させる為に誰かが六道の地下で培養してたのよ~」

 

作られた妖怪と聞いて遊園地のスライムの事を思い出した。

 

「そんな……ことをする奴が……いるのかよ……」

 

【六道と琉璃を面白く思っていない奴は少なくとも存在するからな。とにかくお前は休んでいろ。チビ!出番だ!」

 

「みむう!」

 

心眼の言葉に頷きチビ達が俺の前に出る。やる気と気合に満ちている様子のチビ達は大丈夫だからと言わんばかりに勇ましい鳴き声を上げる。

 

「紫ちゃん達~横島君を見てて~」

 

「判った!イバラギン!」

 

「イバラギン言うなッ!!」

 

どたどたと駆け寄ってくる茨木ちゃんに連れられ、俺は無理やり前線から引き離される。

 

「でえいッ!!!」

 

「……倒しても倒しても切がない」

 

「バサラちゃん、頑張ってえ~」

 

ジーク達が戦っている姿を見て、戦えない自分が情けなく、そして怒りを抱く、何故何の為に、どうしてという言葉ばかりが脳裏を過ぎり……。

 

【大丈夫ですよ。私が助けてあげますからね】

 

蠱惑的で、どこか甘ったるい女性の声が聞こえ、身体のどこかで何かが大きく脈動するような感覚と共に俺の手の中には1つの眼魂が現れているのだった……。

 

 

 

~ジーク視点~

 

魔界でも権力闘争、政敵なんてものは幾らでも存在する。だが六道家と神代琉璃を落としいれようとしている相手の策略は悪辣でそして悪意に満ちていた。

 

「ちっ!なんて厄介な物を作ってくれたんだ」

 

バルムンクでコンプレックスを切り裂き、両断すると同時に黒い霊力が吹き出る。その霊力を見て、僕は確信した。六道の人間が何故おかしいのか、何故東京にこれほどまでに悪意が広がっているのかを……。

 

(どれほど手を加えたんだ!)

 

コンプレックスという妖怪は魔界や天上界にも時々出没する妖怪である。妬みや嫉妬を糧にして生まれる陰気の結晶だが、まさかそれに手を加え倒された事で人に寄生し、正常な判断力を奪う個体が生まれるなんて想像もしていなかった。

 

「……浄化する」

 

「お願いしますッ!」

 

僕はあくまで魔族なので浄化することは出来ない。シズクさんに浄化を頼み、バルムンクの切っ先を再びコンプレックスに向ける。

 

(……鬱陶しい)

 

手足に纏わり付くどす黒い霊力――神魔である僕に浸食する事は無いが、それでも手足は重くなる。コンプレックス自体はとても弱い妖怪だ。それこそ力を込めずにバルムンクを振るだけでも倒せる、それこそ人間だって霊力の心得があれば十分に倒せる相手だろう。だがそこが罠だ、コンプレックスを倒せばその中に封じ込められていた悪意が噴出し、その人間を浸食する。そうする事で疑心暗鬼が広がって行く……実に考えられた悪辣な戦略だ。しかし僕には分かっていた……これはガープではない、人間が人間を害す為に作り上げた術だと……。

 

「みーむうううッ!!!」

 

凄まじい轟音と光が鳴り響き、雷がコンプレックスを焼き払う。

 

「助かります」

 

「みむふ」

 

不服と言うのが目に見えているが、横島さんを助けるためだからと協力してくれているようだ。

 

「ぷぎッ!!」

 

「ふーかーッ!!」

 

「やーあーん」

 

うりぼーの牙の間から霊波砲が放たれ、魔界の獣達も思い思いの攻撃でコンプレックスを撃破する。

 

「……中々厄介になってきた」

 

「うん~凄く粘りっこいわぁ~」

 

悪意の質が変わってきている。粘りっこい更に重い執着と嫉妬……これは人間には間違い無く毒だ。しかもコンプレックスの出現の頻度も爆発的に倍増してきている。今はまだ抑えられているが、これが校舎の中に、いや六道の外に出てしまえばそれこそ大惨事だ。人間の街が崩壊すると言ってもいい、それだけはなんとしても防がなければならないが頭数が足りない。

 

「冥子、ジーク、シズク、状況はどうなってるの!?」

 

戦闘音を聞いたのか美神さん達が合流して来てくれたのを見て、僕は声を張り上げる。

 

「コンプレックスを倒すと凄まじい負の瘴気が噴出します!美神さん達は浄化に専念してください!」

 

「……お前達が来たなら私も戦いに専念する」

 

美神さん達に浄化を頼み、これで僕とシズクさんはやっとコンプレックスとの戦いに意識を向ける事が出来るのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

六道の中庭を埋め尽くしているコンプレックスの群れ、シズクの氷の壁があることで生徒がこっちに来る事は無いが、それも何時まで持つか判らない。

 

「ッ! 重いッ!?」

 

「結構厳しいですね、これッ!」

 

コンプレックスは夏場の海などで出現する事が多い妖怪で、人の陰気を糧にして生まれる妖怪だが、例えば彼女がいる男が羨ましいとか、そんな感じの思春期にありがちな嫉妬心を糧に生まれる妖怪で対して強い妖怪ではないのだけど……。

 

「舞ちゃん連れて来れば良かった!」

 

「私はおキヌちゃんね。とは言え、何があるか分からないから慎重になるべきだけどね」

 

ジークとシズクが倒したコンプレックスの霊力を只管浄化するのだが重い、本当に重い。凄まじいまでの妬みや嫉妬などの悪意――明らかに自然発生ではない誰かが作為的に作り出したコンプレックスだ。

 

「でもこれで納得したわねッ!」

 

コンプレックス相手に精霊石を使うなんて冗談じゃないけど、下手を打つともっと大きな大災害になりかねないので精霊石で纏めて浄化する。

 

「コンプレックスは簡単に倒せるから練習のつもりで除霊してって事ですねッ!」

 

倒されて寄生して、その人の嫉妬心などを取り込んでその身体を捨てて別の場所で生まれ直す。道理で証拠も何もないワケだ、調べた所調べた所は既に生まれた後。寄生されている相手も嫉妬心などが消えて明るくなってるから証拠もない……。

 

「どこの馬鹿よ!こんなコンプレックスを作ったの!冥子ッ!」

 

「はいはーい。バサラちゃんお願~い」

 

冥子の合図でバサラがコンプレックスを飲み込み消し飛ばしていく、コンプレックス自体は弱いのでバサラの許容量には関係ないのがありがたい。

 

「横島君は大人しくしてなさい!」

 

「……はい」

 

物凄く不服そうな声で返事を返す横島君に危機感を覚えるけど、このコンプレックスは横島君と相性が悪すぎる。

 

【紫、霊波砲は使えるな?それで攻撃してくれ、アリスちゃんも同じだ。茨木は好きにしてくれ】

 

「吾の扱い雑いなッ!?」

 

茨木が文句を言いながら大剣を振るい、コンプレックスを消し飛ばし、アリスと紫の霊波砲がコンプレックスを消し飛ばす。

 

【よいしょおッ!!!】

 

【のーぶッ!!!】

 

リリィちゃんも実は強かったのねと内心驚いた。旗を振るうと火球が飛びコンプレックスを飲み込み火達磨にし、チビノブは相変わらず口からビームを吐いている。

 

(でもこれで一安心かしら)

 

横島君は正直戦わせたくない、顔色が悪く明らかに不調を露にしている。コンプレックスの負の霊力と狂神石が反応している可能性を考えれば横島君は安全な場所においておきたい。

 

(後は教授と蛍ちゃん、それに西条さんに何とかしてもらうしかない)

 

ここに来るまでにコンプレックスの出現と共に姿を消した教員がいると追いかけている蛍ちゃん達に会い、犯人を捕らえることが出来ればこの大騒動も終わる。それまではコンプレックスを六女の敷地から出ないように、そしてもっと言えば私達も負の霊力に汚染されないように立ち回る必要がある。

 

「琉璃、とりあえず片っ端から浄化していくわよ!」

 

「分かってます!」

 

私はあんまり浄化は得意では無いが、琉璃は専門家だ。2人で当たれば十分に対処出来る……戦いに参加したばかりはそう思っていた。

 

「……ちいっ!」

 

「くっ!?強いッ!」

 

最初は一撃で倒せていたコンプレックスの中に倒せない個体が混じり始め、そして浄化も間に合わなくなるほどの濃厚な瘴気が中庭に広がり始めていた。

 

「さ、流石に~これ以上は厳しいわよ~!」

 

「なんとか踏ん張って!!」

 

「でもこれ……本当にやばいですよ!?」

 

余りにもコンプレックスが強すぎた、いや正確にはコンプレックスの中に封じられている術式が余りにも厄介すぎた。霊力の毒に負の霊力、それにほかの個体を倒すと強化される者……。

 

(これを作った奴は最高に性格が悪いわね!)

 

思わず舌打ちしたくなるレベルでコンプレックスの種類は豊富で、そしてこちらを苦しめる事を徹底していた。ある程度の装備は持って来ていたが、それでも普通の除霊の半分くらいの装備しかない、これでも十分だと考えていたのだが計算が甘かった。本気でコンプレックスを作り出した術者は六女を潰すつもりだったのだろう、こうして横島君が来た事でここまで本格的に動き出すなんて想定外だった。

 

「お兄ちゃん!?駄目だよッ!!」

 

「お兄さん何をッ!?」

 

皆に疲労の色が見えてきた時アリスちゃん達の悲鳴が聞こえ振り返ると、赤黒い霊力が横島君の全身を包み、放電を繰り返していた。変身こそしていないが、その手にはガンガンブレードが握られており、空いている左手には半透明の眼魂が握られていた。

 

【離れろ!これ以上は抑えられんッ!!!】

 

心眼の言葉に頭を抱えて横っ飛びする。次の瞬間、ガンガンブレードに半透明の眼魂がセットされ横島君が大上段にガンガンブレードを構える。

 

【牛王招雷・天網恢々ッ!!!】

 

横島君の声ではない、女の声が横島君の口から発せられ赤黒い稲妻がコンプレックスの群れを一瞬で焼き払った。

 

「……お前何者だ!」

 

【ふふふ、さてさて、どうでも良いでしょう?私は我が子を助けただけ、文句を言われる筋合いはありません。ふふ、私がもっと完全ならよかったんですけどね。お前達を殺せたから】

 

「お前、お前!頼光かッ!横島に何をした!」

 

頼光ッ!横島君が平安時代で遭遇した英霊のッ!思わず後ずさり身構える。

 

【助けただけと言っているでしょう、虫が、言葉も理解出来ないのですか?まぁ虫ですからしょうがないですね。ではまた何れ……私が寄り完全になった時に……】

 

ガンガンブレードから半透明の眼魂が自動で吐き出され、空中で砕け散ると同時に横島君の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。咄嗟に駆け寄り声を掛けるが反応はない。だけど呼吸もしているし、脈もある。

 

「心眼、何が起きたの……?」

 

【平安時代で何時の間にか消えていた頼光眼魂。それがコンプレックスの負の念に呼応して顕現しようとしたようだ。だが力が足りず中途半端に横島に憑依した形になったようだ】

半端に横島に憑依した形になったようだ】

 

「それはもしかしてまだ狂神石の影響下にあると言うことなのですか?」

 

【恐らく……そうだろう、私を押さえ込むほどに強力な神通力の持ち主だ。不味い事になったな】

 

沈黙していた頼光眼魂がコンプレックスの、ううん。六道家と冥華おば様を陥れ様とした連中のせいで覚醒した……この想定外の結果に私達は頭を悩ませる事となるのだった……。

 

 

 

リポート7 初めの一歩 その8へ続く

 

 




平安時代で消えていた頼光眼魂の復活です。ただし中途半端な覚醒なので変身は出来ない感じですね、しかし心眼を押さえ込めるタイプの神霊眼魂なので普通に危険な眼魂となります。次回で六女編は終了ですが、黒幕は最後に少し出す予定です。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その8

リポート7 初めの一歩 その8

 

~美神視点~

 

コンプレックスと頼光眼魂の事を冥華おば様に報告する為に中庭から校舎へと移動する。

 

「うりぼー、ゆっくりね」

 

【ゆっくりね、大丈夫だからね】

 

「ぷぎ!」

 

気絶している横島君はうりぼーに運んでもらい、私達は先ほどの現象について話をしていた。

 

「……横島は頼光眼魂を持っていなかった」

 

「ええ、それは私達も確認したわ」

 

ポケットの中や手の中を調べたが眼魂はなかった。しかし横島君は半透明の眼魂を持っていた……その理由は大体だが判っている。

 

「眼魂は霊的な存在ですから、位相がずれているのでしょう」

 

【ジークの言う通りだな。位相がずれているから私達には確認できない、だが確かに横島の近くに存在しているのは間違いない】

 

霊的位相が違う、一種の霊視と言っても良いだろう。頼光眼魂は今の状態では除霊・あるいは封印される可能性があるからずれた位相に身を潜めているのだろう。

 

「無理に呼び出すのも危険ですね」

 

「それは避けた方が良いわね、リスクがありすぎる」

 

仮に弱体化している今ならば除霊出来る可能性もあるが、横島君の身体を使われる可能性を考えるとそれは出来れば避けたほうがいい。

 

「茨木、頼光ってどんな感じ?」

 

「うん?吾を蟲と呼んですぐ殺しに来る。あいつは怪異を許さない、んで気に入った奴を自分の子供にして取り囲もうとする。詳しくは金時に

聞いたほうが良いと思うぞ」

 

少し聞いただけだけど、どう考えても犯罪者ね。監禁はやばいと思う……これが有名な武将の真実ってなると正直萎える物があるわね。

 

「どう思う?除霊した方が良いと思う?」

 

「絶対止めておきましょう」

 

琉璃も賛同してくれたので危険は承知だが、暫くは頼光眼魂には触れないほうがいいとい結論になる。

 

【私もその方が良いと思う。下手に刺激しないほうがいい、出来ればそうだな。小竜姫様から追加の竜気が欲しい所だ】

 

心眼は小竜姫様の竜気で出来ているから竜気が増えれば押さえ込める可能性もあるって事ね。

 

「……私と清姫は構わんぞ?」

 

【……破裂するだろ】

 

「心眼が?」

 

【いや、横島が】

 

「「駄目だよ!?」」

 

紫ちゃん達に言われなくても判っている。って言うか破裂するって何?いや、まぁ分からないでもないけど……。

 

「まぁ~竜気だから~人間じゃ無理よね~とにかく~横島君は霊的防御をもっと上げる必要があると思うわ~」

 

「わふ!」

 

「ショウトラちゃん達が~自分達の神気は~って」

 

「「「それも駄目だと思う」」」

 

12神将は高島の最高傑作だ。余りにも危険……って言うか、ちょっと待って……横島君の霊力を回復させれば何とかなるのならば、回復とまで行かなくても魂の護りを高めれば何とかなるのなら対処法はすぐ近くにあると思う。

 

「12神将眼魂を使えば何とかなる?」

 

「……あれ東京で使われたら大惨事なんですけど」

 

【周囲の神魔が出張ってくるかもしれないな】

 

「神魔混成軍からは絶対にだめですね」

 

12神将魂はアスモデウスでさえも退けた眼魂だ。平安時代ならまだしも現代で使えば反デタントの神魔や横島君を危険視している海外のGSとかが出張ってくるだろう。

 

「分かってるわよ、短時間なら何とかならないかなって思っただけよ、ごめん、冥子。危ないから止めとくわ」

 

「ううん~良いのよ~私も駄目かなあ~って思ってたし」

 

これだけ駄目って言われたら治療目的でもやるべきではない、とりあえず無理させず時間を掛けて様子を見る方が良いかもしれないわね。

 

「う、うん……こ、こは……」

 

「お兄ちゃん!」

 

「お兄さん、起きたんだね」

 

【良かったぁ……】

 

「何が……美神さん、琉璃さんも……何が、いやあのコンプレックスは!?」

 

気絶していた横島君は幸いにもすぐに目を覚ましてくれた。だが戦いが終わっているという事と自分が気絶していた事に気付くとその顔を悔しそうに歪めた。

 

(危ない傾向だわ)

 

横島君には穏やかに過ごして貰わなければならない。特に狂神石に汚染されていた眼魂の影響を受けていたのならば、普段よりも更に気を使わなければならない。

 

「横島君。気にしなくて良いわよ、これは本当に相性の問題よ」

 

「琉璃さん……でも俺はなんも出来なくて……」

 

「悔しいのは分かるわ、でもGSって言うのは適材適所なのよ。横島君にはああいう精神タイプの悪霊とは相性が悪い。それが分かっただけで十分よ、普通は死んでる。生きて自分の弱点の傾向が分かっただけで儲け物よ。良く頑張ったわ」

 

除霊で自分の弱点、あるいは相性の悪い妖怪とぶつかり死亡する事例と言うのはかなりある。狂神石の影響で意識を失ったのではなく、コンプレックスの影響で気絶したと思って貰った方が良い。

 

(自分で呼び込んでしまう可能性があるしね)

 

霊能者が口にするとその結果を呼び寄せてしまう事がある。言霊というが、強い霊能力者はその傾向がある。霊力などをコントロールすればそれを避けることも出来るが、今の横島君にそれを望むのは酷なので意識させないようにする必要がある。これからの事を考えていると携帯の着信音が鳴り、琉璃に目配せしてから通話に出る。

 

『もしもし美神さんですか?教授と西条さんと協力して主犯を捕まえました。出来るだけ早く理事長室に来て下さい。結構不味そうです」

 

「蛍ちゃんがこの事件の主犯格を捕まえたみたいだから冥華おば様の所に行くわよ。今回の事の反省はその後」

 

焦っているのか用件だけ伝えて電話を切った蛍ちゃん。これは相当不味い事になっていると判り、横島君達に急ぐわよと声を掛けて六女の廊下を走り出すのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

理事長室には数人の男が縛られて転がっていたのだが、その顔に見覚えがあり思わずめまいを感じた。

 

「めまいを覚えるのは当然だね。僕もそう思うよ」

 

西条さんも額に手を当てている。それもその筈、六道の除霊のアドバイザーや、講師と言った生徒と最も触れる時間の長い教師が今回の事件に協力していたようだった。

 

「陰陽寮が実質潰れたからねぇ~自棄になってって所ねぇ~」

 

縛られ口を塞がれている連中からは憎悪と殺意が込められた視線が向けられてくる。口を塞いでいるのは聞くに堪えない暴言を吐いているからと言う所だろう。

 

「蛍は大丈夫だったのか?」

 

「うん、教授と西条さんが殆どやってくれたからね。私は呪縛ロープで縛ったりしてただけよ」

 

蛍ちゃんが怪我をしてないと聞き、横島君が目に見えて安堵した表情を浮かべる。だけどその気持ちも分かる、だって六道の教師はGSランクで言えば最低でもAランクから、かなりの上位のGSが10人規模で反逆をしていたとか悪夢が過ぎる。

 

「それで~御影の分家の貴方はなんでこんな事をしたのかしら~」

 

1人だけ拘束されていない作業着姿の男を見て、私は眉を顰めた。御影家、人を操る事に秀でた催眠術や洗脳に特化した一族だ。それ故に

日陰者だが、今の当主は洗脳術などに適性が無く、前向きで明るい青年だった。御影家の霊能は変わる時が来たと明るい未来を夢見ていたあの人と瓜二つの顔……双子だったのね。

 

「なんで?簡単じゃないか、GS協会もオカルトGメンも必要ない、陰陽寮があれば日本は安全なのに、それを排除したお前達に制裁を加えようとしたのさ」

 

「陰陽寮は不正と犯罪の巣窟になっていたわ。そんな組織は必要ないわよ」

 

「犯罪?不正?ははははははははッ!!!選ばれた者は何をしても良いんだよ。女を犯そうが、物を盗もうが全て許される!それが護国の守り人である陰陽寮に与えられた特権だッ!!!」

 

聞くに堪えないってこの事を言うのね。私だけではなく美神さん達も眉を顰めている、これが躑躅院が陰陽寮を潰そうとした理由。もう陰陽寮に価値は無く、犯罪者の巣窟となっていたって事かも知れないわね。

 

「悔い改める気はないのね~」

 

冥華さんの最後通告に御影家の分家の当主は唾を吐きかけた。

 

「死んでしまえ裏切り者め!下等な家の分際で吾ら陰陽寮を裏切った事を悔いろ!!」

 

「そう、じゃあ……貴方達が死になさい」

 

静かな死刑宣告と共に冥華さんから放たれた指向性の霊力――でも霊波砲でも霊刃でもない、ただ押し潰すことに特化した霊力に押し潰され、御影達は泡を吹いてその場で倒れ込んだ。

 

「西条君、彼らを逮捕してくれるわよね」

 

「ええ、その為に僕は来ていますからね。令子ちゃん、神代会長。悪いけど、僕はこれで帰るよ。これから忙しくなると思うからね」

 

深刻な表情をした西条さんは携帯を取り出し、どこかに電話をすると御影だけを引き摺るようにして理事長室を後にした。

 

「……」

 

横島君が無言でどうしてという顔をしている。若い横島君には分からないかもしれないけど、霊能は昔は特別な物だった。それが今では一般人にも使える者が増えてきた。それに焦ったのが家柄だけで霊能を磨かなかった者達と、古い特権を忘れることが出来なかった過去の遺物。それらの妄執が今回の事件を呼んだと言っても良いかもしれない。

 

「これはねえ~名家って言われる霊能者の家では珍しくないのよ~横島君。昔は……10年、ううん、40年位前は~こんなのは日常茶飯事だったのよ~」

 

私は当事者じゃないから知らないけど……冥華さんが現役だった時、いやもっと言えばまだ六道家が京都にあった時代は霊能の暗黒時代と言われていたと言うことは知っている。当事者達が恥と言う事で詳しい資料は残されていないが、霊能者の犯罪が多発していたと言うことは知っている。

 

「大分潰したつもりだけど~まだね、残ってるのよ。横島君達はこういう風に驕ったら駄目よ~霊能は特別な力じゃないし~それが使える

横島君達も特別じゃないの~普通の事なのよ~さてと後処理があるから令子ちゃん達はもう帰ると良いわ~」

 

霊能は特別ではないのだと冥華さんは笑い、美神さんに横島君達を連れて帰るようにと促す。

 

「……はい、そうさせてもらいます」

 

「うん、お疲れ様~あ、冥子。令子ちゃん達に迷惑を掛けたから~ご飯でも奢って上げてね~」

 

「は~い。お母様~皆行きましょう~」

 

私だけを残して美神さん達を追い出した。本当なら私も付いていきたかったなと思いながら私は冥華さんに視線を向けて、気になっていた事を問いかけた。

 

「冥華さん。今回の事判ってましたよね?」

 

冥華さんにとって今回の事は全て計画通りに思えてならない。確かに作られたコンプレックスは想定外だったとしても、それ以外は冥華さんも把握していた可能性があると思う。

 

「さぁ~どうかしらね~でも~現実って見ないと駄目だと思わない~?」

 

にこにこと笑う冥華さん。人の良い顔の下で何を考えているのか本当に判らない。嘘をついているようにも見えるし、本当の事を言ってるようなきもする。

 

「何がしたいんですか?」

 

「そうねえ~何でもかんでも答えを欲しいって思うのは良くないな~って私は思うわよ~」

 

狸っと心の中で吐き捨てながらも私は冥華さんが何をしようとしていたのかは理解していた。

 

「冥華さんはやり過ぎてると思います」

 

「そう~?でも私はねぇ~人間の悪意ほど怖い物はないと思うわよ」

 

間延びした口調ではなく、はきはきとした口調の冥華さんに私は何も言えない。必要なことかもしれないしのは判る、だけど……冥華さんのやり方はどうしても私には賛同しかねる物だと改めて実感するのだった……。

 

「あ、そうそう~横島君達は合格だからねぇ~臨海学校よろしくって伝えておいて~今回の事は生徒も見ててくれたし~横島君を見る目も大分変わると思うわ~」

 

「……それも計算してましたよね?」

 

生徒が見やすい広場で横島君達は戦っていた。あんな所で派手にドンパチしていればどんな馬鹿だって見に来る。そう思えばあそこに中庭で遊ばせていたこと事体が冥華さん様の手の内だったとしか思えない。

 

「良いじゃないの~これで横島君の見る目が変われば~それで良いでしょ~私が何を考えてたとかってそんなに重要?」

 

その言葉を聞いて私は冥華さんに背を向けた。確かに味方にすれば頼もしい人ではあるがそのやり方は私が到底受け入れられるものでは無かったし、今回の事があってもなくても最初から横島君を理由をつけて連れて行くつもりだっただろうにと思いながらも、私は判りましたと返事を返す。

 

「おキヌちゃんと舞ちゃんも合格だからねぇ~冥子は多分このお店に行ってると思うから~3人も合流してあげてね~」

 

優しくて面倒見のいい冥華さんと冷酷で何かも利用する冥華さん。その2つの顔が目まぐるしく変わる、この奇妙な内面性は1体どんな経験をすれば生まれるのか、そして……。

 

(どっちが本当の冥華さんなんですか……なんて聞けないわよねぇ)

 

どちらが本当の冥華さんでどっちが仮面なのか、それとも本当はどちらも嘘なのか……私には冥華さんの仮面(ペルソナ)を見破る事は出来ないなと理事長室を出た所で呟き、待機室にいるであろう舞ちゃん達の下へと歩き出すのだった……。

 

 

 

~???視点~

 

「馬鹿な!輸送車が消えただと!?一体何が起きたんだ!」

 

『わ、分かりません!収容所に到着し扉を開けた時には中には誰もいなかったんです!』

 

「どうなっている!結界を張り霊能は使えない、どうやって脱走したと言うんだッ!」

 

六女に霊能テロを仕掛けた御影を含む13人の霊能者が全て念入りに霊能を封印され、そして輸送車自体も結界により完全に霊力を遮断していたのにオカルトGメンから、収容先までの1時間の間に御影達は忽然と消えていた。

 

「不振な事は無かったか?」

 

『い、いえ何もありませんでしたし、監視カメラで随時確認しておりました』

 

「……とにかく僕もそっちへ行く、周辺の捜索は霊具を装備して行え、洗脳されるなよ」

 

『『『りょ、了解!』』』

 

御影家の霊能である洗脳により脱走を手伝わされ、そしてその記憶を失ったと考え自身も捜索に向かった西条だが……既に御影達は東京に……いや、現世には存在していなかった。

 

「な、なんで殺す!僕達はお前の言う通りにしただろう!?」

 

12人の仲間がたった1人の男に追い回され嬲るように殺される。目の前でカートリッジを交換している男に何故自分を殺すのかと御影が叫ぶと、男はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて首を左右に振る。

 

「失敗しただろう?使えない駒は処分する。単純な事だ、そんな事も分からないのか?」

 

「お、お前は正否は問わないって言ったじゃないか!なんでなんで……僕達を助けに来たんじゃないのか!?「とんだ甘えた坊やだな」……あ、ああ……」

 

御影の言葉を遮り銃声が響き、御影の額に風穴が開いた。

 

「成功すれば取り立ててやる。失敗すれば排除する、だから正否は問わないと言ったんだ。しかし所詮はスペア、この程度か」

 

既に絶命している御影や、12人を六女に反逆するように仕向けたのはこの男だった。自分の手を汚さず、そして六道にダメージを与える計画が頓挫した以上、証人を生かしておくつもりは無かった。

 

「ロード。お迎えに参りました、如何でしたか?」

 

「偶に人間狩りも悪くないな。だがやはり私は妖怪を狩る方が楽しい」

 

老執事に自身が手にしていた拳銃を投げ渡し、ロードと呼ばれた男は車に悠然と乗り込む。

 

「いかがいたしますか?食事にでも参りますか?」

 

人間を殺したばかりだというのに食事をするかと問いかける老執事にロードは楽しそうに笑う。

 

「それも悪くないな、馬鹿な女を引っ掛けるのも悪くない」

 

「では参りましょうか、我が君」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

老執事の運転する車がゆっくりと走り出し、男は後部座席で死体の山に視線を向ける。

 

「最後の見世物くらいにはなるか」

 

銃弾によって作られた穴が広がり死体を飲み込んでいく姿を見て、歪んだ笑みを浮かべた男を乗せたまま車は進み、オカルトGメンの車とすれ違う。後部座席から西条を確認した男はつまらなそうに鼻を鳴らした、

 

「西条、お前は愚かだ。ノブレス・オブリージュ等必要ない、高貴な者は何をしても許される、愚民は高貴な者に従えば良いのだよ、お前なら私の右腕になれたのに全く愚かだよ」

 

胸元に光るオカルトGメンのバッジを外した男がそう鼻を鳴らした瞬間だった。男の隣に浮き出るように1人の人物が現れた……黄金のように輝く金髪と男性にも女性にも見える中性的な美を持つその人物に気付いたロードと呼ばれた男は驚いた表情を浮かべた。

 

「神の炎が何をしに来た?」

 

「いえ、近くまで来たので我々のメシアは元気かと」

 

ニコニコと楽しそうに笑う神の炎にロード――イクサは深い溜め息を吐いた。

 

「まだその時ではない筈だ。それまで私は自由では無かったのか?」

 

「自由ですよ?ただミカエルもラファエルもガブリエルも少々放任が過ぎると私は思うのです。貴方はまだ子供、導いてあげなければならないでしょう?」

 

身を乗り出しイクサの肩に手を乗せようとしたウリエルの額に手を当ててイクサはそれを押しのける。

 

「子供ではない、私はお前達の元で十分に知恵も戦う術も身につけたはずだ」

 

「ええそうですね。でも貴方は少々自制心が弱いと思うんですよ、産めよ増やせよ血に満ちよですが……余りにも下等な女を使うのは如何な物かと」

 

「只の戯れだ。遊びくらい好きにさせてくれ」

 

「やれやれ、昔はもう少し可愛げがあったんですがねえ」

 

「与太話は良い、何をしに来た?」

 

「……蘆屋道貞がどうも貴方の回りを嗅ぎまわっている様で、少しの間護衛として派遣されたのですよ」

 

護衛として派遣されたというウリエルの言葉にうんざりとした表情を浮かべるイクサ、そしてそんなイクサを見て楽しそうに笑う大天使ウリエルを乗せ、車は市街地の中へと消えていくのだった……。

 

「ふっかーふかふかー」

 

「モノーズー」

 

「ふわあ、こんなお店があるんだなあ」

 

「そうよお~使い魔を連れてるGSの御用達のお店なのよ~」

 

「みむう♪」

 

「ぷぎぃー♪」

 

「……うん、美味い。なんだ私達が食べても普通に美味いな」

 

「確かに、これは驚きだわ」

 

使い魔を連れているGS専門店、看板も出していない一見さんお断りのレストランで美神達は食事を楽しんでいた。

 

「あー」

 

「あーはいはい、はい、あーん」

 

「んんー♪」

 

「私も、私もあーんあーん!」

 

【あーん】

 

紫達が雛鳥のように口を空け、横島は苦笑しながら紫達の口に料理を運ぶ。

 

「ココー」

 

【ノーブ】

 

「やばいな、これめっちゃ忙しいわ」

 

そしたら次はチビノブ達も自分達に食べさせろと群がってくる。忙しいと言いつつも横島は楽しそうに笑っており、美神達も安どの表情を浮かべる。

 

「せーんせー来たでござるよー」

 

「ったく普通迎えに来るでしょうよ」

 

【おーい、横島ー、沖田が干乾びてから連れてきたぞー】

 

【ううう……すいません、ご迷惑を掛けます】

 

「ふう、随分と大所帯になっちゃったわね」

 

「でも大勢で食べたほうが楽しいと思うよ。お姉ちゃん」

 

「すいませーん。ちょっと遅れちゃってー」

 

ノッブに沖田、タマモにシロ、琉璃に舞にそしておキヌも加わり、転入合格祝いの食事を始める横島達は日本にイクサが既に来ている事を知る由もないのだった……。

 

 

 

 

 

 

六道の乗っ取り未遂を阻止し、おキヌと舞の転入祝いを終えた美神は事務所の金庫にしまっていたありとあらゆる方法で封印した小箱を取り出していた。

 

「今回も何も出来なかった。これじゃ修行の意味がないじゃない……」

 

努力はして来た、だがその成果は余りにも出ていない。いや……もっと言えば理解を超える現象が続きすぎているのだ。美神達の努力では埋める事が出来ない大きな壁……それに再び直面した美神は深いため息を吐いてから取り出した小箱の封を開ける。

 

「……これは何なのかしらね」

 

念入りに封印された小箱の中身は以外にも1枚の紙切れだった――だがそれ自体が膨大な神通力と魔力を秘めた霊具でもあった……それは別の世界の横島がこの世界に現れた時に再び現れたタケル達【※GS芦蛍!絶対幸福大作戦!!! 仮面ライダーメモリークロスヒーローズ】参照……平行世界の横島が変身するディケイドのオリジナルである門矢士から渡されたウィスプが描かれたライダーカードであった……それを手に持って弄りながら美神は渡された時のを思い返す。

 

 

「美神令子、こいつをお前に渡しておく」

 

大事が終わり、異世界のメンバーが各々に元の世界に戻ったり、次の世界に行く中で士に呼ばれた美神はウィスプのライダーカードを渡された。

 

「これはウィスプのライダーカード?どうしてこんな物が……」

 

「それを絶対に手放さず、誰にも盗られない様に持って置け、芦蛍にも氷室キヌや神宮寺くえす、そして六道冥華にも、そのカードの事は教えるな」

 

告げられた事に美神は驚いた、何故誰にも話してはいけないのか、そして何故士がウィスプを知っているのか、そしてその力を何故受け継いでいるのか……余りにも謎が多すぎた。

 

「ちょ、なんで私に!?それなら蛍ちゃんが良いんじゃ!?」

 

「いや、お前自身じゃないとダメだ。今もなお、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()お前自身じゃないとな」

 

出てきた言葉に美神は茫然とする……何を言われたのか理解出来ず困惑する美神に背を向けて歩き出す士に我に返って慌てて叫ぶ。

 

「ちょ、いったいどういう意味よ!?」

 

「それは自分自身が見つけないと意味がない。これだけは言って置く。横島とお前達の繋がりが断たれた時、もしかするとそれがお前達を再び繋ぐ鍵の1つになるだろう」

 

手をヒラヒラさせて答える気はないと言う士を美神は見送るしかなかった。

 

「ホント、どういう意味なのよ。私自身の無意識の罪とか、横島君との繋がりが断たれるとか……」

 

 

とある時空の狭間、そこで士は1人立っていた。夏海達と移動した筈なのにこんな場所にいるかを察してため息を吐いて振り返る。

 

「またお前か」

 

「どうも世界の破壊者、余計な事をされては困りますね」

 

士と向かい合うローブの男――レクス・ローの声は穏やかだが、その声には強い怒りの色が滲んでいた。

 

「お前も世界を破壊し続けてきたはずだ、何故俺の邪魔をする」

 

「簡単な話ですよ……俺の作る物語の邪魔をするな、イレギュラー。お前はこの世界には何の繋がりも縁もない、面白半分で引っ掻き回されては困るんだよ」

 

肩を竦めて言い返す士にレクス・ローは滲ませていた怒りを噴き出して士に叩きつける。その凄まじい怒気と殺意を叩きつけられている士は動じず涼し気に笑みを浮かばせる。

 

「やっと本性を見せたか、ならばどうする?」

 

「簡単だ、お前を潰す」

 

ベルトを取り出すレクス・ローに士もまたディケイドライバーを取り出して装着する。

 

「やってみろ、簒奪者」

 

「吼えたな、世界に己の居場所を持たぬ半端者風情が」

 

「悪いな、本来の歴史と言われてる並行世界の俺と違って俺は俺の世界は見つけてるが、五代の様にいろんな世界を旅するのが好きになったのと頼まれたから色んな所を歩んでいるんだ。自分で世界を捨てて放浪しているお前にそんなことを言われる筋合いはないな。変身!!」

 

「いい加減に邪魔されるのも飽き飽きだ、ここで貴様を潰すッ!変身ッ!!

 

その言葉と士の変身の言葉を合図に同時に変身してぶつかり合う……時空の狭間で歴史の簒奪者、そして世界の破壊者がぶつかり合った……勝者なき戦いは再びこの世界に大きな波紋を落すのだった……。

 

リポート8 穏やかな日々/暗雲へ続く

 

 




と言う訳でセカンドで少し触れていた妖怪狩りのオカルトGメン、イクサを今回はしっかりと登場させて見ました。サイコパス系で、頭と顔が良く、表と裏の顔を使い分ける男となり、GSでは登場していない4大天使も出してみました。次回はほのぼのとシリアスを組み合わせた話で進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


クリームヒルト狙いで10連したら

イバラギン
べォのアニキ
シャルルでした

シャルルをお迎えできましたがクリームヒルト欲しかったですね。


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リポート8 穏やかな日々/暗雲
その1


リポート8 穏やかな日々/暗雲 その1

 

~横島視点~

 

カーテンの隙間から差し込む朝日が顔に当たり、俺はゆっくりと目を開いた。

 

「ん、ぐぐう……いてえ……」

 

ベッドから身体を起こし背伸びをするとあちこちがメキメキと嫌な音を立てる。その音を聞きながら首に手を当てて、軽く首を回す。

 

「めっちゃ体が鈍ってるな。まだOKでないしなぁ……」

 

走りこみや鍛錬の禁止が出ているので身体がめちゃくちゃ鈍っているのを感じながら、額ではなく首に心眼を巻いた。

 

【おはよう、横島。気分はどうだ?】

 

心眼の言葉に少しだけ言葉に詰まる。気分はどうかと言われれば良いとは嘘でも良いなとは言えなくて、言葉に詰まっていると心眼が馬鹿と俺を叱った。

 

【相性の問題だと言っただろう?そうだな、それだけ後悔しているのならばナイチンゲールから許可が下りるまで瞑想の鍛錬でもするか】

 

「ん、んんー……お願いしますぅ」

 

本当は身体を動かすほうが好きなんだけど、そんな事も言ってられないので心眼の指導で精神を鍛える鍛錬をして、今度は精神攻撃をされても負けないようになろうと思いながらベッドから降りようとして足をベッドの上に戻した。

 

「……凄い事になってる」

 

【寝てる間に入って来たんだな。一部は両手が使えるから、器用な事だ】

 

カーペットの上にアリスちゃんが連れてきた魔界で俺に懐いた魔獣が寝転がって寝ている。

 

「ふ、ふかああ……」

 

へそ天して鼻提灯して涎を垂らして寝てる。そーっと手を伸ばすと無意識なのがガチンっと言う音を立てて口が閉じる。

 

「……俺もう少し腕伸ばしてたら腕食われてた?」

 

【だろうな、寝ているが下手に近づくな。やばいぞ】

 

むしろ寝てるから本能的な何かがあるのかもしれないと思うが、トイレに行きたいし何とかして部屋から出ないといけないんだけど……。

 

「ヨギヨギ、ヨギヨギー……」

 

凄まじい勢いで口を開け閉めしてるのがベッドの周りにいて移動不可能だ……。大人しく寝てる組がせめてベッドの近くに居てくれたら何とかなったかもしれないんだけどなあ……。

 

「部屋に鍵をかけるべきだろうか?」

 

【粉砕されて終わるぞ】

 

否定できないなあ……どうやって部屋から脱出しようか……自分の部屋なのに脱出って変な話だよな。

 

「みみう、みむうう」

 

「ぷごおー」

 

ベッドの上の籠で寝ているチビとうりぼーを指で突いてどうやって脱出するか考えていると部屋の真ん中に切れ込みがはいり、ゆっくりとそれが開いて紫ちゃんが顔を見せる。

 

「あーもう起きてる。つまんない」

 

「紫ちゃん、ナイスタイミング。部屋から出れないからさ、連れてってくれない?」

 

「良いよ、そっちに行くね」

 

とりあえず俺は紫ちゃんが朝の強襲ボデイアタックをしに来たことによって、とりあえずの尊厳は守れたとだけは言っておこう。

 

「私がお兄ちゃん」

 

【私はお兄さんが良いですね】

 

「吾は横島で良いがな」

 

「呼んだ?」

 

リビングでわちゃわちゃしているアリスちゃん達に呼んだ?と尋ねながらブラシでうりぼーの毛並みを整える。

 

「はい、今度はごろん」

 

「ぴぎ」

 

ごろりと寝返りを打ったうりぼーの反対側の毛並みを整えていると紫ちゃんがふんすっと気合に満ちた表情を俺に向ける。

 

「何て呼んでもらえたら嬉しいですか?」

 

「んん?何の話?」

 

話の内容が分からずどういうことか説明を求めると雑誌を見ていたタマモが顔を上げた。

 

「呼び方がリリィとダブってるから別の呼び方にするんだって」

 

「何それ?」

 

ちょっと何を言ってるのか判らないのだが、紫ちゃんの顔を見るとアリスちゃん達にとっては重要な事のようだ。

 

「別に好きに呼んでくれたらそれで良いんだけど……はい、うりぼー終わり」

 

「ぴぎい♪」

 

毛並みが整えられ上機嫌で歩いていくうりぼーを見ていると子狐フォームのタマモが膝の上に座る。

 

「はいはい、今日は甘えん坊の日ね」

 

「グルぅ」

 

タマモは基本クール系だが、稀にチビとかうりぼーみたいに甘えてくる日がある。それが今日のようで、タマモの毛並みを整えながら頭を撫でる。

 

「むうーこれは大事な事なんです」

 

「そうなの?」

 

「そうなんです!にいにとかだと子供過ぎるでしょう?それに兄さんって言うのもなんかなあって」

 

まぁ確かににいにはちょっとおかしいよなあと思わず苦笑する。

 

【あれじゃろ、呼び名には拘りたいんじゃろ、ワシが猿って呼んでたのと同じじゃな】

 

「それはただの悪口だと思うでござるよ」

 

【ノッブは苛めっ子ですね】

 

【なにおう!猿は本当に猿みたいな奴じゃったんじゃぞ!?】

 

「……相変わらず騒がしい奴らだ」

 

【まぁ暗いより良いんじゃねえの?おはよう、横島】

 

「おはようゴールデン」

 

久しぶりに帰ってきた金時に手を振っているとタマモに腕を甘噛みされた。

 

「ごめんごめん」

 

ブラシを通すと穏やかに鳴くタマモに今日は本当に甘えん坊の日だなあと苦笑する。

 

「お兄様は?」

 

「ええ、俺お兄様ってキャラじゃないって」

 

馬鹿だし、様って言うほどカリスマもないと思うんだけど……。

 

「それいいでござるな、なんかせんせーのパワーアップ版に思えるでござるよ」

 

「私も悪くないと思うよ」

 

【私は呼び方がダブらなければ良いですよ】

 

なんで高評価なの?いや様ってキャラじゃないですよ。

 

【私は兄上を推します】

 

「「「それはない」」」

 

【しょぼーん……】

 

「いや、お兄様も兄上と同じ位ないことない?」

 

兄上もお兄様も大差ないと思うんだけど……多分俺の意見は無視されるんだろうなというのを本能的に感じた。俺の意見が全部却下される時の独特な雰囲気とも言える物が感じられた。

 

【横島君の包容力を最大限に現していますね】

 

そして沖田ちゃんのなんか良く判らない意見が決め手となり、紫ちゃんが満面の笑みを浮かべた。

 

「じゃあお兄様で決まりー♪」

 

花の咲くような笑みで笑う紫ちゃんにもうどうにでもなれと俺は苦笑する事しか出来ず、タマモの毛並みを整え終えてから立ち上がる。

 

「散歩行く人ー」

 

走りこみとかは駄目だけど散歩なら許可されているので、散歩に行く人と声を掛けると一斉に手が上がり、チビ達も短い手をぴこぴこ振ってるのを見て気分転換に俺は散歩に出かける事にするのだった……。

 

 

 

~おキヌちゃん視点~

 

六女の編入試験については合格を貰いましたが、コンプレックスの事、教師陣に問題があるかもしれないということで編入には少し時間をおくことになり、その間に制服の寸法合わせや、教科書、後授業で使う霊具など買い揃えるものが沢山あり、私は美神さんと蛍ちゃんに助けを求める事となりました。

 

「美神さん、おキヌさんならこれでどうでしょうか?」

 

「……んー、そのメーカーのは使いやすいけど霊力の変化が難しいのよね。んーっと、これ、中級者向けだけど霊力さえコントロールできれば十分使えるし、形状変化も出来るからお勧めよ」

 

「美神さんがそういうのならそれにしますね」

 

美神さんと蛍ちゃんが力を入れていたのは霊具の選択で、使いやすく長持ちする物を私に選んでくれた。

 

「神通棍って太腿にホルスターで固定するのが一般的だけどおキヌさんはどうする?」

 

「んー私は除霊の時を巫女服を使おうと思うのでそれはちょっと」

 

除霊の時は巫女として、ネクロマンサーの笛とシズさんの笛を使うつもりなので、巫女として余り素肌を見せるのはと難色を示す。

 

「一応今はこんな巫女装束もあるネ!」

 

店主の厄珍がカタログを引っ張り出してくれたので3人で覗き込み、美神さんそのカタログで厄珍を殴りつけた。

 

「代金は払うわよ。蛍ちゃん、おキヌちゃん、行くわよ」

 

結局厄珍で買えたのは神通棍と除霊札のセットと霊体ボウガンと必要な物の半分にも満たない物だった。

 

「なんであんな服あるんですかね」

 

カタログにあった服は極端なミニスカートだったり、肌が露出している物が多く礼装というよりかはコスプレ衣装に近い物だった。

 

「まぁ技術のある変態ってどこにでもいるのよね。でも間違っても買っちゃ駄目よ、ああいうのは特注で買わないとろくな事にならないのよ、製作者の生霊とかついててね、ノイローゼになる子って結構多いのよ」

 

製作者の生霊、コスプレに見える過激な衣装……そして美神さんの話を聞いて、私と蛍ちゃんは揃って自分の身体を抱いた。

 

「ま、まさか……」

 

「インキュバスの大量発生事件とか昔あったのよ。だから衣装は信用出来る女の製作者で、自分も立会いの物にするって言うのがベストね」

 

……除霊の世界にこんな裏話があるなんて聞きたくなかったと一瞬思うが、聞いておいて良かったとも思う。凄く複雑な気持ちだ。

 

「技術のあるGSは自分で作ったりするけど、私はめんどくさいから嫌ね。くえすとかは自分で作ってるはず。魔法の術式とか組み込む必要があるからだと思うけどね、まぁ頼むならドクターカオスが1番だと思うわよ」

 

マリアとテレサがいるし、そもそもそういう変なことを考えるタイプじゃないし、値段は張るけど1番信用出来る。逆に厄珍は論外と言う美神さんの解説を聞きながら次の必要な道具を買う為に移動を始める。

 

「次は何を買うんですか?」

 

「そうね。んーおキヌちゃんだから結界札とか、防御を補ってくれる霊具が欲しいわね。とりあえず六道の管轄の店に行って見ましょうか」

 

美神さんの運転する車で移動を始めたのですが、道中で公園でアリスちゃん達と遊んでいる横島さんを見て、凄く微笑ましい気持ちになったんですけど……。

 

「私凄く出し抜かれてる気がします」

 

「……うん、負けてるわね」

 

なんか普通に神宮寺さんがいて横島さんと楽しそうに話しているのを見て私と蛍ちゃんは揃って溜め息を吐いた。

 

「まぁーくえすは積極的だし横島君も気を許してるから強敵じゃない」

 

「なんでそんな楽しそうに言うんですか」

 

「部外者から見ると色恋で四苦八苦してるのを見ると案外面白い物ね」

 

楽しそうにくすくすと笑う美神さんを見れば横島さんに対して思う事がないと言うことは分かるけど、隣にいる蛍ちゃんを含めた沢山の横島さんの事を思う恋敵の事を思い、私と蛍ちゃんは隣り合わせに座ったまま何とも言えない表情を浮かべ、美神さんがそんな私と蛍ちゃんを見て微笑ましそうに笑っているのを見て、私と蛍ちゃんは更に仏頂面を浮かべる事になるのだった……。

 

「どうかしましたか?横島」

 

「あー、いや、さっき美神さんのコブラを見て、仕事かなーって思ったんですよ」

 

【何を馬鹿言っている。今は自分の身体を休めることを優先しろ】

 

「その通りですわ。もっと穏やかに心を静めて過ごしなさいな」

 

「……うい」

 

心眼とくえすに叱られた横島は蛍とおキヌちゃんに似た何とも言えない表情を浮かべながら、ボールを抱えて楽しそうに遊んでいる紫達にその視線を向ける。

 

「お兄様ー!」

 

「お兄ちゃーん!!」

 

元気良く兄と呼ぶ紫とアリスに手を振り返す横島だが、その肩をくえすに掴まれた。

 

「えっと?」

 

「何でお兄様になっているんですの?お兄さんと呼んでませんでしたか?」

 

「あーなんかリリィちゃんと呼び方がダブるから呼び方を変えるって、呼び方は重要だからって」

 

横島の視線にはうりぼーの上に乗り、公園を走り回っているリリィの姿がある。

 

【曲がりますよー】

 

「ぴぎいいいーーーッ!?」

 

【ふにゃああああッ!?】

 

曲がりきれずスピンするうりぼーと猫のような悲鳴を上げるリリィに横島が笑っているとくえすが手を叩いた。

 

「確かに呼び名は重要ですね。ではくえすとお呼びなさい」

 

「はい?」

 

「くえす」

 

「いや、だから」

 

「くえす」

 

「あの……ですね?」

 

「くえす」

 

「くえす……さん」

 

ハイライトOFFの合図でくえすとしか言わないくえすに横島はちょっと恐怖しながらも、くえすさんと呼んだ。

 

「それで結構です。私だけ苗字呼びでなんか疎外感があって嫌だったんですの」

 

「そ、そうなんですか……」

 

押しの強いくえすに横島は苦笑していたが、くえすは名前呼びで関係が進展したとガッツポーズを小さく取っていたりするのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

西条さんがGS協会に持ってきた調査報告書を見て私は思わず眉を細め、西条さんに厳しい言葉を投げかけた。

 

「ちょっと職務怠慢だったんじゃないですか?」

 

「……それを言われると面目ない……」

 

コンプレックスを製造し六女を中から潰そうとしていた御影家の連中と、そいつに従っていた六女の教師の全員の死亡が確認された。十中八九今回の犯罪を示唆した黒幕の仕業である事は間違いないが、余りにも手が早い。

 

「これ私達の所にスパイいませんか?」

 

「……その可能性は極めて高い」

 

死亡推定時刻は六女からオカルトGメンに移送され、そこから霊能者専用の牢獄に移送されるまでの時間は僅か2時間ほど、その短時間で犯人は僅かな肉片だけを残して姿を消した。

 

【姿を晦ます為に肉片って考えたんだけどネ、まさか頭部の肉とは想定外だヨ】

 

発見された肉片には僅かな脳漿が付着しており、まず十中八九死んでいると言う監察医の解剖結果がでている。

 

「それで考えると犯人は頭部だけを持ち去った……って可能性もありますね」

 

「その可能性は極めて高いと言えるだろうな」

 

霊能の多くは魂が関係しているが、その血に宿っている場合と脳に禁呪を使い、擬似的に蘇生する事でデータベースとしたと言った事例もある。それで考えれば頭部だけを持ち去り、異能の分析をしようとしていると考えるのは当然の事だった。

 

【問題はそんな大規模な事が出来る組織がいるかということだネ。少なくともガープ達ではないのは間違いない】

 

教授の言う通り人間の異能なんか高が知れており、ガープが態々動くとは思えない。そして余りにも見事な手際を考えると相手は異能狩りの専門家の可能性が高い。

 

「言峰神父は?」

 

「僕もそれを疑ったけど、唐巣神父の所にいたと言う証言がある」

 

「つまり他の異端狩りってことね」

 

後ろめたい噂の多い言峰神父を疑うのは当然だけど、唐巣神父達が庇う必要もないので言峰神父の身の潔白は明らか。

 

「査察組はホテルにいた。それに……」

 

「正直そんなことが出来るって思えないわよね」

 

血筋と家紋だけでオカルトGメンとGS協会の上層部にいるような連中が異端狩りなんて出来るとは思えない。無能を装っている可能性もあるけど……正直肥満体か枯れ枝のような貧相な身体を見て、もし無能を装っているのなら私達の目が腐ってるとしか言いようがないだろう。

 

「マリア7世の護衛は?」

 

「それも確認出来ているから違う」

 

【……となると正規ルートじゃないかも知れないネ】

 

教授の言葉に私も西条さんも眉を細める。正規のルートではないと言う事は密入国、そしてどこかの国の暗部と言う可能性がある。

 

「やっぱり私達はそこまで信用されてないって所ですね」

 

「それもあるが、神魔が多く日本に駐在しているのもあるな。神魔の力を取り込めると思っている国は山ほど入るからな」

 

私と西条さんにGS協会とオカルトGメンの信用が余りないのと、横島君関連で神魔が多く駐在している事。そして馬鹿な考えを持つ一部の人間による暴走……。これは本当に良くない傾向だと思う。

 

「馬鹿が乗り込んでこないと良いですね」

 

「それは絶対にないとは言えないな」

 

日本がガープやアスモデウスを退けている話は流したくなくてもどんどん世界に広がってしまう。災厄と呼ばれるレベルの神魔が何十体も日本に出現し、何かの騒動を起す。それは世界規模で見ても異常なことだ、そうなればどうして日本にここまで神魔が集まるのかという話になり、世界からの注目が集まってしまう。

 

【まぁ竜の魔女の旗の事もあるし、ドクターカオスもいる。それに日本には現存する神器も多いからネ】

 

三種の神器に目を付けている国もあるし、竜の魔女の旗をすり替えようとしたのは日本国内にも、海外にもいる。そして1000年の時を生きる錬金術師ドクターカオスも当然国内外からの注目が寄せられている……。

 

「これはもしかすると特異点の影響なのかもしれないね」

 

「……確かにその可能性はありますね」

 

歴史を改変する力を持つ横島君だが、それは何も歴史の改変だけに作用する力ではない、特異な力は様々な怪異を呼び寄せる。

 

眼魂然り、文珠しかり、そして狂神石然り……。

 

【ちょっとマイボーイの事についてはもう少し調べる必要があるかも知れないネ】

 

意図していない何らかの現象が横島君に起きている可能性もある……1回ヒャクメに来て貰って横島君の今の状態を詳しく見て貰ったほうが良いかも知れない。

 

「……気を休める時は無いが、頑張って行こう」

 

「ええ、分かってます。大丈夫ですよ、西条さん」

 

惚れた弱みと言うのもあるが、それを差し引いても横島君は好感が持てる。だから苦労をしても、横島君を助けたいと思うのはきっとその人柄もあると思うのだ。

 

「ところでアリスちゃんが連れてきた魔界の獣だけど、どうするつもりなんだい?」

 

「それは何として連れて帰ってもらうわ」

 

確かに横島君の為になら苦労は買うけど、さすがにそれは無理と私は即答するのだった……。

 

 

 

リポート8 穏やかな日々/暗雲 その2へ続く

 

 




リポート8はほのぼの視点2・シリアス視点1の編成で4話くらい勧めて行こうと思います。とりあえず琉璃さんと西条さんには胃薬が必須なのは言うまでもないですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート8 穏やかな日々/暗雲 その2

 

~シズク視点~

 

穏やかな昼下がり……と言いたいのだが、今現在の横島の家はそれ所ではなく、私は家の中に響く泣き声に深い溜め息を吐いた。

 

「いーやーだー、アリスまだ帰らないもん!!」

 

「ふかーふかかー!!」

 

「ココー!!」

 

「ぴぴいッ!!」

 

「ヨーギイー!!」

 

迎えに来たブリュンヒルデに全力拒否をしてるアリスと魔界で横島に懐いたと言う獣達が横島を取り囲むこの状況を見ていると軽い頭痛を覚えてくる。

 

「あーもうちょっと駄目ですかね?」

 

「……う、うーん、出来れば魔界軍が動ける間にアリスちゃんには帰ってきて欲しいんですけど……」

 

横島の背中に張り付き、断固拒否の姿勢を崩さないアリス。横島が悪いのか、駄々を捏ねているアリスが悪いのか……。

 

「……どっちだと思う?」

 

「両方」

 

「せんせーだと思うでござるよ」

 

【両方じゃね?横島は子供に好かれすぎじゃし】

 

【むしろ人たらしでは?】

 

まぁ私も両方だと思っていたがやはり満場一致かと苦笑しているとチャイムがなる。

 

「……ちょっと見てくる」

 

あいあーいと手を振る横島から背を向けて玄関へ向かい扉を開ける。

 

「……暇人か?」

 

「実際暇ですわよ?私」

 

竜気を感じていたが清姫か、暇つぶしに横島の家に来るなよとジト目を向けるが清姫は平然とした顔をしている。こいつ本当に面の皮が厚いな……。

 

「えっとですね。シズクさん」

 

「……小竜姫。もっと手綱を……は?」

 

小竜姫の背後から天竜姫と天魔、そして紫がひょこっと顔を出した。

 

「遊びに来ました」

 

「横島はいますか?」

 

「むふー♪」

 

友達が増えたと上機嫌の紫と喜色満面という様子の天竜姫と天魔、そして清姫を前にして私は深い溜め息を吐いた。分かっている悪いのは小竜姫ではなく、権力を傘にゴリ押しをしたであろう清姫が1番悪い。清姫が行くならということで着いて来た天竜姫と天魔は自分達が悪い事をしているなんて言う自覚は当然無いだろうし、紫はアリス達が帰ってしまう前に一緒に遊びたかったのだろう。子供らしい可愛らしい我が侭だから紫達は許そう……。

 

「……お前あんまりめちゃくちゃな事をして横島に迷惑を掛けるなよ」

 

「私が横島様に迷惑を掛けるなんてありえませんわ」

 

現在進行形で色んな所に迷惑を掛けているのに、この自信は一体どこから来るんだと思いながらも、来てしまった者を追い返すことも出来ず結局家の中に招き入れる事になった。

 

「……横島。お客さんだ、清姫達が遊びに来たぞ」

 

「いらっしゃい、あ、天ちゃんと天竜姫ちゃんも久しぶり」

 

ぽやぽやとした様子で笑みを浮かべ清姫達がやって来た事に嬉しそうに笑う姿を見て、私達が何を言っても無駄なんだろうと諦観に似た気持ちで私は小竜姫が土産にと持ってきた菓子でも横島達に出してやろうと思いキッチンに足を向けるのだった……。

 

 

 

 

~アリス視点~

 

お兄ちゃんを訪ねて来た沢山の人を見てやっぱりお兄ちゃんは優しいから色んな人に好かれるんだとアリスは思わず笑みを浮かべた。

 

「天魔です、天狗の長の娘です」

 

「天竜姫です。こんにちわ」

 

ぺこりと頭を下げる2人に少し遅れてアリスとリリィも頭を下げる。アリス達と同じ位の年齢のお友達はとても珍しい、年上か年下が当たり前なので同じ年齢くらいの友達は凄く嬉しく思う。

 

「アリスだよ、こんにちわ」

 

【ジャンヌ・ダルク・オルタ・リリィです。リリィと呼んでください】

 

互いに自己紹介をしているとお兄ちゃんがアリス達を見てにこにこと嬉しそうに笑っている。お兄ちゃんが笑っているのを見るとアリス達も嬉しくなってくる。

 

「……お菓子を持ってきたぞ。それとジュースとお茶」

 

「横島様、天界でも珍しいお菓子なので是非食べてみてください」

 

白い着物の竜族の人がお兄ちゃんにスススと擦り寄るが、その間にシズクが割り込んで防御する。

 

「何してるの?」

 

「わかんない」

 

「私も」

 

なんで近づくのを邪魔するんだろと思いながらアリス達はシズクが持って来てくれたお菓子を頬張った。

 

「美味しい♪」

 

「あまーい」

 

【美味しいですッ!】

 

あんまり食べたことの無い味だけど、凄く甘くて口の中で溶けるように消えるその食感はまるでアイスのようだ。

 

「本当だ、美味い。こんなの初めて食べる」

 

「確かに美味しいわね。天界にもこんなお菓子があるのね」

 

「美味しいでござるよ!」

 

【そうかあ?ワシはメロンパンの方が好きじゃ】

 

【ノッブは味音痴ですからね】

 

【なにおう!?ワシはグルメじゃぞ!?】

 

【はいはいはい、喧嘩しないで食おうぜ】

 

ノッブ達が一瞬喧嘩しそうになったけど、金髪の身体の大きな英霊が割り込んで仲裁する。

 

「美味い、シズク。これはもう無いのか?」

 

「……あるが、1回で全部は出さないぞ」

 

「けちー」

 

茨木がケチと言って口をすぼめるのを見て、お兄ちゃん達が楽しそうに笑う。お兄ちゃんの家はいつも笑顔に溢れていて、そして急に訪ねてきても嫌な顔を1つせずに迎えてくれるから本当に嬉しい。

 

「横島さん。すいません、急に訪ねてきてしまって」

 

「いやあ、全然良いですよ。俺あんまりで歩いたりしたら駄目って言われてるんで遊びに来てくれると本当に嬉しいですよ」

 

お兄ちゃんはあんまり体調が優れてない、本人は全然覚えてないけど一瞬だけ物凄く怖かった。それがお兄ちゃんの体調不良の原因だとするのなら1度黒おじさんと赤おじさんに尋ねてみても良いかもしれないと思う。

 

「それじゃ、外に遊びに行かないほうが良いですね」

 

「何か皆で遊べる物はありますか?」

 

「あるある、ゲームもあるし、メンコとかベーゴマもあるし」

 

お兄ちゃんの家には魔界では見ない、面白い玩具が沢山ある。きっと今日もそれを出してくれるんだろうと思い、ワクワクしながらアリスはシズクが出してくれたお菓子を頬張るのだった……。

 

 

 

~天魔視点~

 

天竜姫の所にお勉強と言う事で妙神山に行ったのですが清姫様が横島の所に行くと言うので、天竜姫と一緒に横島の家に遊びに来る事になったのですが……。

 

「フカフカッ」

 

「ヨーギィッ!」

 

「ぷぎゅう」

 

「ステイステイステイ!!!庭を穿り返さないッ!!」

 

見たことのない使い魔が凄く増えてました。天竜姫に視線を向けると天竜姫も驚いている様子なので、最近使い魔にしたのでしょうね。

 

「お兄ちゃん、何をして遊ぶのー?」

 

【庭って事は外で遊ぶ物ですか?】

 

英霊とゾンビ……本当に横島の所は賑やかで面白い所ですね。鞍馬山ではあんまりお友達がいないので余計にそう思います。

 

「ちょっと待ってね?んぎいッ!!」

 

「ヨーギイー」

 

岩っぽい体をした小さな使い魔を気合を入れて持ち上げ、地面から引き離す横島。確かに庭をずたずたにされると大変だから引き離そうとしていると思うんだけど……。

 

「駄目って言わないんですか?」

 

「お兄様の使い魔じゃないからね。あんまり言う事聞いてくれないんだよ」

 

紫が日傘をくるくると回しながら私の疑問に答えてくれる。

 

「横島の使い魔じゃないんですか?」

 

「うん、あっちは使い魔になりたいみたいなんだけどね。お世話する所がないから」

 

「「あー」」

 

確かにその通りだ。横島の家は人間の一般的な大きさの家だ。あれだけ沢山の使い魔は面倒を見切れないだろう……。

 

(上手く行きそうですね、天竜姫)

 

(うん!横島も喜んでくれそう)

 

(がんばろー)

 

妙神山で3人で遊んでいる時に天竜姫と私と紫の3人なら出来ると思ったある事。今日横島の家に来た事でそれが絶対喜んで貰えると私達は確信し、思わず笑みを浮かべる。

 

「これね。これをこうやって糸を巻いて、それッ!!」

 

バケツに布を張った物の上に金属で出来た小さな駒を回す横島。初めて見るそれに思わず天竜姫と一緒に手を叩いた。

 

「器用ですわね。横島様」

 

「まぁな。こういう遊びは好きだからね、子供の時から遊んでるし。じゃあ天竜姫ちゃんと天ちゃんもやってみようか」

 

横島に教わりながら私達はベーゴマという駒を使って遊び始めたのですが……。

 

「パクッ!モグモグモグ……げふう」

 

「けっぷ」

 

駒が弾け跳んで地面に落ちる前に鮫のような使い魔と金属質の光沢を持つ小さな竜が飛びついて食べてしまい、今庭に転がって満足そうに転がっている。

 

「お腹一杯だって」

 

「うん、見れば分かるかな……んーベーゴマは中止ッ!」

 

横島が手で×を作るのを見て私達の誰も反対する事はなく、むしろちょっと申し訳無い気持ちになったのは言うまでも無かった。というのも、被害はそれだけではなく、庭の端のほうでは……。

 

【い、痛い……痛すぎる……】

 

【ゆ、油断してましたね……】

 

「い、痛いでござるよ……」

 

神魔の力でフルパワーで回転させられたベーゴマの回転は凄まじく、ぶつかった瞬間に砕け散るのも珍しくなく、もっと言えば砕けた破片が周囲に凄まじい被害を齎している有様で……破片が命中してしまった人達がぶつかった箇所を押さえて蹲っている。

 

「……ちゃんと掃除を手伝う」

 

「……はい」

 

「なんで私まで……」

 

破壊してしまった横島の家をシズク様達が掃除をしてくれていて……楽しかったとは言え少しはしゃぎすぎてしまったかもしれないと申し訳無い気持ちになる。

 

「お兄ちゃん、怒ってる?」

 

「全然、なんで怒るんだ?子供は遊んで物を壊すのは良くある事だからな。そんなのじゃ怒らないさ、ただこれ以上壊すとシズクが凄く怒ると思うから今度から遊ぶのは家の中で遊べる物にしようか」

 

困ったように、でも怒っている訳ではなく、楽しそうに遊んでいる私達を見て本当に楽しそうにしている横島に頷いて、今度は家の中で双六をして遊ぶ事になったんですけど……。

 

「お兄ちゃんのサイコロだけ凄いね」

 

「イカサマとかしてないよね?」

 

【お兄さん、凄いですね……】

 

「うーん……俺は見てるほうが良いかもしれないなあ……」

 

横島がサイコロを振ると絶対良いマス目にしか止まらなくて全員が何とも言えない顔をすることになってしまうのでした……。

 

 

 

~???視点~

 

薄暗い研究室の中に無数の細長いポッドが並べられ、その中には無数の魔獣が浮かんでいる。だがそこにいるのは純粋な生物ではなく、体の一部が機械や別の物に置き換えられた生物兵器とも言える生き物達だった。

 

「んんん、流石ですなあ。拙僧が与えた少しの情報でここまで出来ますか」

 

「蘆屋さんのお蔭ですよ。生物兵器の製造を禁止され南部だけではなく、西部や東部グループまで破滅してしまい、路頭に迷っている所を助けてくれたことに感謝しています」

 

何人もの科学者が蘆屋に向かって何度も何度も頭を下げる。その光景に蘆屋は人のいい笑みを浮かべながらも、内心は見下した笑みを浮かべる。

 

(これだから人は愚かなのでしょうね、まぁ愚かだから拙僧の仕事も楽なのですがね)

 

表立って攻撃を仕掛けるだけが全てではない、このように裏に回り人間同士の疑心暗鬼、そして権力欲。そして認められたいという承認欲求……それらをほんの少し刺激するだけで仲間割れをし、何もしなくても人間は崩れていくのだ。

 

「後は美神令子達に依頼を出して、私どもの霊能兵器と戦わせるつもりです」

 

「なるほどなるほど、しかし美神令子達は強いですからなあ。どれ拙僧からもう1つ贈り物をしましょうか」

 

そう言うと蘆屋は懐から赤と金の美しい鳥の羽を取り出した。

 

「そ、それは……」

 

「ガルーダの翼ですよ、これを差し上げましょう。私共と私の主君は貴方達に期待しておりますので、では次の成果を楽しみにしていますよ」

 

南部、西部、東部グループから切り捨てられた霊能兵器部門が作り出した程度としては低い霊能兵器を手にして蘆屋はガープが科学者達が与えた研究所兼屋敷を後にしようとし、足を止めた。

 

「失礼ですが、このホムンクルスは?」

 

「あ、ああ。はい、我々のノウハウを次ぎ込み作り出したホムンクルスの1号です。能力としては霊力の物質化を重点においております」

 

解説を聞きながら蘆屋は培養液に浮かぶ少女の姿をしたホムンクルスを見つめる。

 

(なるほど、人間も侮れませんな)

 

蘆屋から見ても完成度の高いホムンクルスだ。幼い少女の姿は人間の油断を招き、そして霊力を物質化させるというのも中々に面白い能力だろうと蘆屋は笑う。だが1番面白いと感じたのは少女というアバターを選んだ事にあった。

 

(んふふふ、これはどうなるか見物ですねぇ)

 

霊能兵器にホムンクルス。その何れも強力な武器ではあるが、人外という区切りにいる以上横島にどれだけ効果があるのかと言うのは不確定要素であるが、それすらも計算していない科学者達に馬鹿めと吐き捨て、今度こそ蘆屋は屋敷を後にするのだが、突如その足を止めた。

 

「……なるほど、人間の割には技術があると思いましたが……そういうことですか」

 

人造魔獣に神魔、そしてゴーレムなどを使役する術を科学者の割りに習得出来ていると思っていましたが……拙僧がてこ入れする前に更に梃入れした存在がいるようだ。

 

「とは言え見捨てられているようならば問題はありませんな」

 

恐ろしい神通力を秘めた純白の翼を踏み躙り、今度こそ蘆屋はその場を後にするのだった……。

 

 

 

リポート8 穏やかな日々/暗雲 その3へ続く

 

 




と言う訳で今回のほのぼのはロリーズでした。でもなんか悪巧みをしているようで、そろそろ横島専用の幻想郷が誕生するかもしれませんね。そしてシリアスは蘆屋が人造魔族編のてこ入れに参上、こちらもフラグメインの話となりました。次回はロリーズの続きとシリアスでお送りしますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート9 穏やかな日々/暗雲 その3

 

 

~愛子視点~

 

めちゃくちゃ久しぶりに横島君が学校にやって来たのは凄く嬉しいんだけど……ちょっと別の問題があった。

 

「横島君、それどうしたの?」

 

「ん、いやさ。置いて来ようとすると暴れるから連れて来たんだ」

 

「ふかぁ!」

 

丸っこい体の鮫っぽい奇妙な生き物が小さな両手をぶんぶん振る。

 

「よ、ヨギ……」

 

動くたびにミシミシと床が音を立てるのでおっかなびっくりという様子で動いている尻尾が扇状に広がっている1本角を持つ生き物。

 

「……ココ」

 

「モーノッ!」

 

そして金属質な光沢を持ち、既に床にめり込んでいる獣を前髪で目を隠している犬のような生き物が救出しようと頑張っている。

 

「みむッ!」

 

「ぷぎゅう」

 

おっと、そこにチビとうりぼーも加わってるけど、3匹でも全然動かないとかどれだけ重いの?。

 

「ぴい」

 

そして陽炎を纏っているやけに暖かい人懐っこい芋虫……少し見ない間にとんでもない事になっている。

 

「横島さん、新しい使い魔ですかのー?「ヨッギシャアッ!!!」ふぐおうッ!?」

 

「「「タイガーッ!!!」」」

 

タイガー君が1匹の頭を撫でようとしたら腹パンされて天井まで吹っ飛ばされ、思わず私達の絶叫が重なった。

 

「ヨギッ!」

 

ふんすっと鼻息荒く、触れてくれるなと言わんばかりの態度をしているのを見て、私を含めて可愛いと思ってみていた女子達が距離を取った。

 

「……えふ……横島さん……どういう?」

 

「すまんタイガー、こいつら俺の使い魔じゃなくて、魔界でもめちゃくちゃ危険って言われる魔獣の子供なんだ。だけどなんか懐いてアリスちゃんの所に預けてるんだ」

 

見た目は可愛いのに魔界でも危険とされる魔獣と聞いて、思わず身構えるが床に座って、ぺちぺちとボールを叩いている素振りを見れば非常に大人しく見えて、その上可愛いが……根本的に人に馴れるつもりがないのかその視線は警戒するように辺りを窺っている。

 

「……横島、お前プリントやるから教室から出てくれ、危険すぎる。多目的室の鍵を職員室で受け取って今日はそっちで自習してろ」

 

「すんません」

 

横島君が移動するとぞろぞろと皆付いていく、その姿を見送りながら私は折角横島君が学校に来たのにと肩を深く落とすのだった……。

 

 

「ふかー、フカフカ」

 

「愛子。なんか懐かれたな」

 

「……そうね」

 

プリントを届けるように多目的室に行ったらなんか懐かれた。私の周りをちょこちょこと動き回り、興味津々と言う様子で私を見つめている。

 

【基本的に人間嫌いだからな、お前は人間じゃないから心を許したのだろう】

 

「心眼せんせー、それだと俺はどうなるんだ?」

 

【お前は人外に好かれることに特化してるからな、それの所為だと思え】

 

何とも言えない顔をしている横島君だけど、これはある意味チャンスなのでは?と前向きに考える事にした。

 

「判らない所あるでしょ、教えてあげるわ」

 

「マジで?助かるぜ、愛子。全然判らなくてなぁ……」

 

休んでいる時間が長くて自習では判らない事があるだろうと思い。これを機会に一気に距離を詰めてしまおうと思い、私も多目的室で横島君の隣に座って一緒に自習を始めるのだった……。

 

「そこは、そこの数式を使って」

 

「あーなるほどなるほど?」

 

「分かってる?」

 

「……ちょっとだけ」

 

なるほどと言いつつ少ししか分かってないの?とからかう様に言って、横島君が申し訳無さそうに笑う……自分で言うのもなんだけど凄くいい感じだと思っていたんだけど……。

 

【横島。もうすぐ診察の時間だぞ】

 

「え、あーもうそんな時間か、悪い愛子。まだ俺通院しないといけないからさ、今日は帰るわ」

 

「あ、うん。分かった、気をつけてね。プリントとかあったら届けてあげるから」

 

でもその楽しい時間はあんまり長くなくて、時間にして半日くらいかな?お昼休みに入るかどうかという時間で横島君は帰り支度をして多目的教室を出て行ってしまった。

 

「……まぁしょうがないわよね」

 

まだ横島君が通院中で激しい運動も駄目というのは知っていたので、しょうがないと割り切り教室へと戻ったのだが……。

 

「……なんかまた見ない間に横島の周りに幼女が増えてたな」

 

「なんでだよ、なんであいつばっかりモテるんだよ」

 

「……でもさ、あれって多分人間じゃないよな?だって横島って人間にモテるか?」

 

「「「あー……」」」

 

「なんでそこで私達を見るのかしら?」

 

「ええ?酷くない?」

 

横島君が好かれるのは基本的に人外だと、それで私とシルフィーさんを見るのは少し酷いと思う。

 

「いや、でもよ、結構昔もいたぞ?人間には全然だけど神魔に好かれるの」

 

「ダーリンの事ね!」

 

「……そうそう、俺とかね?ははっ」

 

乾いた笑い声を上げるオリオンさんに私達の誰も何も言えなかったけど……。

 

「このままだと横島ロリコンになる「そおいっ!!」あーっ!」

 

横島君がロリコンになるんじゃないかと笑った男子に目潰しにラーフルを投げ付けた私は悪くないと思うけど、なんか憐れな者を見る目で他の女子達に見られ、何とも言えない気持ちになったのはいうまでもない。だけどその……横島君が幼女嗜好になるとか言う最悪な事を言ったほうが悪いと思うので、私は絶対に悪くないと主張したい所である。

 

 

 

 

~紫視点~

 

アリスとアリスが連れてきた沢山の魔物達。アリスの家でお世話になっている時に懐いてくれたので私も当然思い入れはありますし、懐いてくれているので可愛いとも思うのですが……。

 

(お兄様に迷惑をかけるのは駄目ですわ)

 

お兄様の家はそこまで大きくはない、正直な所を言えば凄く狭い。天竜姫に天魔にアリス、それに魔界の獣と来れば完全にキャパオーバーだ。眼魂に入れるノッブ達が眼魂に入ってくれたお蔭で寝るところはありましたが、食事をするにもお風呂に入るにも一騒動が起きてしまう。これでは駄目だ、お兄様に迷惑が掛かってしまう。

 

(しかし、天竜姫と天魔には感謝ですね)

 

アリスはかなり意固地になっていたのだが、自分よりも年下(に見える)天魔と天竜姫にこう言われては折れない訳には行かなかった。

 

【あんまり横島に迷惑を掛けるのはどうかと思いますよ?】

 

【私ももっと遊びたいですけど……色んな人に迷惑を掛けるのはどうかと思います】

 

とてもまともなことを言ってくれたのですが、とてもにこやかに次の瞬間私が判断に悩む事をにこやかに告げた。

 

【【私達の所に遊びに来て貰うと良いとも思うんです】】

 

お兄様の家で狭いのならば自分達の家って言うのは判らないでもないんですけど……ちょっと正直あれかなと思ってしまったが、明後日には帰ると言う事に同意してくれたので、まぁしょうがないと思うべきだと思うのです。

 

「おーい、紫」

 

「はい?わっと!?」

 

茨木に呼ばれて振り返るとゴムボールが飛んできて、それが身体にぽんと当たる。

 

「紫ちゃんアウトー」

 

ピーっという笛の音とお兄様のアウト宣告が響き、牢屋……という設定のお兄様が座っているレジャーシートの上から先にアウトになっていた面子が弾かれたように走り出した。

 

「今度は紫が鬼ね」

 

【逃げろー】

 

「ず、ずるいですわよッ!?不意打ちです!」

 

追いかけっこをしながらボールを当てあうという遊びをしていて、ぼんやりとしていてワーッと逃げていくリリィ達に思わずずるいと叫ぶが、もうどこにいるかも分からない有様だ。

 

「むう」

 

「はは、頑張れ紫ちゃん」

 

「はい!頑張りますわ、お兄様」

 

そう言うと同時に私は障子を作り出し、その中に身を潜めて転移する。そもそも転移能力を持つ私を鬼にすると言うのがどういうことか……。

 

「教えてあげます……へぶうっ」

 

「紫の能力はちゃーんと分かってますよーだッ!!」

 

「逃げろー♪」

 

転移で出現した瞬間に天魔の扇でボールを跳ね返され、とんでもなく憐れな声が出た。お兄様が何とも言えない顔をして見ているのに気付き、顔の痛みとは別に心が痛んだ。

 

「良いでしょう、良いでしょう……私を本気にさせたことを後悔させてあげましょうかッ!!お兄様!ボールをください!」

 

「え、あ。うん」

 

お兄様から渡された予備のボールを2つ、私の顔面に跳ね返ってきたボールで計3つを障子の中に取り込み、いつでも射出できる準備に入る。

 

「なんかアリス。凄く嫌な予感がするな……」

 

「……うん、紫。凄く怒ってる」

 

「……やりすぎた」

 

【でも、ボールは3つですし、だいじょ……キュボッ!……】

 

リリィの大丈夫という言葉は最後まで発せられる事は無く、凄まじい勢いで飛んできたボールに吹っ飛ばされ、障子の中に飲み込まれて消えていった。

 

「……死ぬ事ない?」

 

「全力で逃げるッ!!」

 

横島の前で無様な声かつ、余りにも変な姿を見せ付けることになった紫は完全に切れており、デストロイヤーかつ、暗殺者のように茨木達を追回し、1人ずつ確実にボールを当て、障子の中に閉じ込めていく……それは正しく狩りの形相を呈していた。

 

「元気そうだなあ」

 

【魔界でもあんな風に遊んでいたから問題なかろう。紫はちゃんとしているしな】

 

ボールを射出してもしっかりと回収し、周囲に被害を齎していないので大丈夫だろうと横島と心眼は判断していた、何故ならば魔界であんな風に遊んでいたのでちょっとはしゃぎ過ぎている位だろうとと認識していたのだ、その為にレジャーシートの上で丸くなり眠っているチビ達の頭を撫でながら、本気で狩られると恐怖し逃げているアリス達を微笑ましそうに見つめているのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

おキヌちゃんと舞ちゃんの六女の入学の予定も決まり、横島君の完治の目処も立ち。状況自体はかなり良い方向に傾いてきていると言っても良いと思っていたんだけど……ここでもまた想定外の事態が起きようとしていた。

 

「この依頼、断れないかしら?」

 

琉璃からの直属の依頼だけど、私はこの依頼を受ける事は正直断りたかった。依頼の内容事態は単純、良くある古い屋敷に巣食っている怪異の駆除と除霊なんだけど、霊感がこの山は受けるなと囁いてる。

 

(どうもきな臭いのよね)

 

立地はまるで用意されたかのような人里から離れた山の中、しかも周囲には何の霊的歴史もなく、霊症とは皆無の土地……リゾート開発でかつて華族が使っていた屋敷を改築したいというこれも良くある内容なのだが……どうも違和感を感じ、断れないか?と尋ねたのだが琉璃は申し訳無さそうに目を伏せて首を左右に振った。

 

「とても厄介な所からの依頼なんです。しかも美神さん達を指名しています。依頼両は最低4億、最高で6億まで出すと」

 

昔の私なら飛びついていたけど……今の私なら絶対に引き受けないわね。問題はどこからの依頼かとなるけど……琉璃が断れない場所からの依頼となると可能性は3つ……。六道はまずないので、それ以外でもっと厄介な所からと見て間違いないだろう。

 

「国際?それとも霊防省?」

 

琉璃はGS協会のトップなのである程度はその権限で依頼を断れる筈だ。有名な所で言うとやはり日本3大悪霊や、殺生石に関する依頼はGS協会として発注する事も受注する事も禁止している。今回の華族の屋敷の件だが、私の勘では禁則に近い依頼だと感じている。国際GS協会か、それとも国からの命令かと問いかけると琉璃は深い溜め息を吐いてから依頼主を告げたのだが、それは信じられない言葉だった。

 

「両方です」

 

「は?」

 

「国際GS協会と霊防省の両方からです」

 

ありえないという言葉が脳裏を過ぎる。国際GS協会はその名の通り国の間の大きな霊症に対応するための組織で、霊防省はあくまで日本の範囲の仕事だ。その2つが連盟で依頼を出すなんて事は到底考えられない……。

 

「……査察部が関係してる?」

 

「分かりません……横島君の事は漏れてないと思うんですけど……」

 

査察部が日本にいる時は横島君を遠ざけていた。あくまで横島君は除霊助手であり、本GS免許はまだ配布されていないから報告する義務はないから……どこかで情報が漏れた……あるいは……。

 

「美神だからかしら?」

 

「……その可能性はあります」

 

ママが生きていた時はママは国際GS協会と日本のGS協会の両方に所属していた。その娘と言う事で高難易度の依頼をやらせて実力を図ろうとしている……前向きに受け止めればそうだけど……裏があるようにしか思えない。

 

「多分美神さんたちの実力と、なんでアスモデウス達に狙われているのかの見極めだと思います。監視とかは多分……ないとは思いますし、一応偽造の線も疑ってはいるんですけど……」

 

「良いわ、断ってこれ以上西条さんと琉璃の立場を悪くする訳には行かないしね」

 

「……すみません」

 

「謝るのはこっち、散々迷惑かけてるしね」

 

断って西条さんと琉璃の代わりの人員が来たらまず十中八九、横島君は逮捕される事になる。表向きは保護と言う形にして、文殊だけを精製するように洗脳、あるいは……自我崩壊し、機械に組み込まれるまで想定される。

 

「出来れば偽造だと良いんだけどね……」

 

「でも逆を言うとそれを偽造出来るだけの誰かがいるって事になりますよね」

 

どっちにせよ面倒なことになって来ている事は間違いない……偽造か、それともどの事件も私達が中心になって事件が解決されているからそれを疑っての事だと思うけど……冥華おば様の言っていた人間の悪意。その意味と、恐ろしさの片鱗を私と琉璃は感じ始めているのだった……。

 

 

リポート10 悪意 その1へ続く

 

 




次回からは章その2にはいります。なのでオサレなレクスが再び出てきます、後はそうですね。サバイバルの館の半分はマスコットが持って行きます。後ついでにガルーダもお持ち帰りしますし、人造魔族もお持ち帰りする事になると思います。家が狭い? はは、もう無理だって理解してもらうための話になると思ってくださいね。では次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート9 悪意
その1


リポート9 悪意 その1

 

月に照らされるビルの屋上でレクス・ローが夜になっても光の消えぬ街を見下ろす。

 

「人には善と悪の心があり、絶対なる善も絶対なる悪も無い。人の心とは移ろう物であり不変ではない」

 

ビルの縁から飛び降りたレクス・ローの身体は重力に反し宙へと留まり、レクス・ローは存在しない階段を降りるかのように闇の中を歩き出す。

 

「神族は絶対の善性であり、悪を持たない。独善的ではあるが、それも正義の1つの側面である」

 

レクス・ローは誰に聞かせる訳でもなく歌うように言葉を紡ぐ。

 

「魔族は絶対の悪であり、正義を持たぬ。だが悪には悪のルールがあり、それには1つの秩序と正義がある」

 

神族と魔族について語るレクス・ローの言葉には蔑むような響きが込められていた。

 

「そうあれと、そうあらねば存在出来ぬ神魔とは実に不自由であり、そして愚かである。確かに慈しむ心も、誰かを愛する心もあるだろうが……神魔である以上避けられぬ己の存在理由が存在する。神魔は絶大な力を持つがゆえに、世界の操り人形でもあるのだ」

 

善と悪、世界に当てはめられた役割から脱する事の出来ない神魔をレクス・ローは事実蔑み、そして憐れに思っていた。本当の意味で自由であるのはルシファー以外存在しないと言う事を知っているからだ。

 

「だが人間の悪意は神魔を越える。恨み、妬み、蔑み、相手を陥れようとする人間の悪意には底が無く、どこまでも闇が深いものである……7つの大罪は人間が神魔を越える悪意を抱いていると言う証でもある」

 

傲慢――己が誰よりも優れていると思い、己を高める事を忘れ、相手が既に己を越えている事にすら気づかぬ。

 

強欲――財宝が欲しい、地位が欲しい、名誉が欲しい。それに果ては無く、決して満たされる事が無い。

 

嫉妬――自分よりも優れている者を妬み、恨み、誰からも認められたいという醜き心。

 

憤怒――己を認めぬ全ての存在を恨み、憎み、そして怒る。最も怒らねばならぬのは己自身とも知らずに……。

 

色欲――一時の快楽を求め、そして良い女を、自分よりも優れた者を組み敷く事に喜びを抱く者。

 

暴食――決して満たされることの無い貪欲なる器、それは人の業そのものを占めしていると言っても良い。

 

怠惰――己の意志で動くことなく、そして己の意志で動く事を止め自堕落に過ごす、それでもなお己は優れていると醜き心……。

 

「人間誰しも心の闇を抱き、そして罪を犯す。だがそれはある意味人間であると言う証明でもある……悪魔よりも恐ろしい人間だからしょうがない。かつてそう吐き捨てた人間がいた、魔族よりも、悪魔よりも恐ろしいのは人間なのである」

 

人間だからこそ、神魔にあるような世界に与えられたブレーキがないからこそどこまでも人は罪を犯すのである。

 

「横島達がこれより立向かうは人の悪意。世界とは決して清らかな物だけではない、世界とは美しい物であると同時に醜い物なのである。その悪意に直面し、そして絶望を知り、希望を失えば……最も愚かな結末が人間に、そして神魔へと下されるだろう」

 

レクス・ローが開いた本には1つの場面が映し出されていた。血涙を流し闇を纏う横島の姿は最早人間ではなく、龍であり、悪魔であった。その手は血に染まり、その瞳には光がない。その周りにはその爪で引き裂かれたであろう数多の人間の姿があり、横島の後には人に殺された人なざる者達達の姿があり、その中にはシロやタマモの姿があり、横島と並び立つのはアスモデウスやガープ、そしてブリュンヒルデと言った魔族の姿であり、横島達と対峙するのは美神や蛍達を初めとした人間と小竜姫達を筆頭とする神族と対峙するその姿は悪鬼その物であった。だが横島を悪鬼にさせたのは独善的な正義を掲げた人間と神族だった。

 

「悪意は決して消える事無く、そして薄まる事無く広がり続ける。その悪意を退けるか、屈するか……それとも選択の時を待たずに滅びるのか……人の悪意が滅びの引き金を引くのか、それとも人の善意が滅びを退けるのか……その選択はもうすぐ側にまで迫っているのである」

 

本を閉じたレクス・ローの姿は闇の中に溶けるように消えていくのだった……。

 

 

~蛍視点~

 

 

美神さんから仕事の打ち合わせがあると聞いて早朝から事務所に来ていたのだが、おキヌさんの姿はあったが横島の姿が無く、すぐに内密な話にしたい内容だと私は悟った。

 

「おはよう、朝早くからごめんね。だけどこれは横島君に聞かせるには少し悩む内容なのよ、私も出来れば請けたくない依頼だわ」

 

「それは分かってますけど……美神さんがそこまで言う依頼って何ですか?」

 

正直に言えばお金にがめつくなくなった美神さんは現在の日本ではNO.1と言っても良いだろう。そんな美神さんが受けたくないって言う依頼はなんだろうかと思い問いかける。

 

「華族の屋敷の除霊と土地の清めの依頼よ」

 

依頼の内容を聞いて私もおキヌさんも正直拍子抜けしたと思う。その内容はいつもの美神さんの依頼の内容で、華族の屋敷となると恨みなどが蓄積していてかなり厄介な可能性はあるが十分に達成出来る内容だと思う。

 

(でも美神さんがここまで言うって事は……何か裏がある?)

 

「これならいつも依頼じゃないですか?何か問題でもあるんですか?」

 

私が美神さんの真意を考えているとおキヌさんがそう尋ねる。美神さんは大有りよと呟いて依頼書を私達に差し出してきて、それに押されている判子を見て私の顔が引き攣った。

 

「蛍ちゃん、なんでそんな顔をするんですか?」

 

霊能の知識はあるが、それに関する法律まで詳しくないおキヌさんが尋ねてくるので私は小さく1つ溜め息を吐いてから口を開いた。

 

「霊症に関しての依頼は大まかに5つあるの、1つは民間、美神さんの所に直接依頼者が来るパターンで、依頼料金とかは本人達で話し合いになる事が多いし、中抜けもないけど……詳しい霊症のランクが分からないって欠点があるわ」

 

民間人からの依頼なので悪霊なのか、土地神なのか、それとも雑霊なのか何も分からないって言うのが民間GSの痛い所だ。

 

「後は霊具とかの実費だから下手をすると赤字になるって場合もあるわ。次はオカルトGメン、GS協会からの依頼よ」

 

私の説明を美神さんが引き継いで寄り詳しい説明をしてくれる。

 

「オカルトGメンは幅広い除霊をしているけど、精々C~Bランクくらいの除霊に留まるの。それ以上の場合か、数が多い場合に斡旋って形で私達に依頼が来るわ。これは報酬が少ない変わりに霊具とかをオカルトGメンが見てくれるから駆け出しのGSとかが受ける事が多いわ。ただ公的組織なのでちょっと面倒な所が多いわね」

 

Gメンの言う通り警察組織としての役割もあるので面倒で手間な部分もあると付け加え美神さんは小さく笑う。

 

「次はGS協会。民間GSの私達も所属してるし、GSをやるなら所属しないといけない所よ。基本は民間と同じだけどしっかりとリサーチをしてくれるから不慮の事故はかなり少なくなるけど、調査費とかは当然取られるし、依頼の成功率で難易度も当然高くなるわね」

 

「琉璃さんとか冥華さんの依頼ですね」

 

おキヌさんの言葉に美神さんと揃って苦笑する。正しくその通りだからだ、その分私達の無茶も通るので無碍には出来ないっていうのも当然ある。

 

「で次が滅多に無いけど霊防省。これは文字通り日本からの依頼で難易度も高いし、当然だけど支援も事前調査も無いけど報酬は群を抜いて高いわ、だけど当然危険な依頼が多いわ、A級GSが引退とかになるのは大概ここからの依頼で無茶振りを押し付けられて断れない場合ね」

 

日本各地の厄地に関する依頼が多く美神さんクラスでも引き受けることが少ない事例だ。

 

「そして最後が国際GS協会。世界規模のGS協会と思ってくれていいけど、これも殆ど依頼の実体が無いけど、霊防省の以来と同じ位危険な物が多いわね」

 

丁寧に説明してくれる美神さんの話を聞いて私はやっと納得が行った。

 

「どちらかからの依頼で横島の事を隠しておきたいって事ですか?」

 

霊使いや霊力の固形化なら良いが、眼魂や文殊を隠しておきたいと美神さんが考えていると私は思っていたんだけど……事はもっと厄介な案件だった。

 

「両方」

 

「「はい?」」

 

「霊防省と国際GS協会の連盟依頼よ」

 

想像を超える美神さんの言葉に依頼書を捲ると確かに次のページに国際GS協会の判子が押されていた。

 

「……マジですか」

 

「大マジよ……」

 

これ絶対とんでもない厄ネタだ。しかも断れないと来ていれば美神さんも頭を抱えるだろう。

 

「シズクやノッブ達は連れていけない依頼になるわ」

 

「……ですよね」

 

神魔に英霊を連れて行ったとなれば日本には勿体無いと間違いなく絡んでくる。眼魂は横島と陰念しか使えないので問題は無いが、文殊を使うのをばれてしまうのも避けたい。

 

「今回は霊能を縛って依頼を成功しないといけないわ。かなり厳しい仕事になるわ」

 

使える手札を制限された状態で国際GS協会と霊防省の依頼を成し遂げなくてはならない……、その余りにも厳しい依頼に私は勿論おキヌさんも頭を抱える事になるのだった……。

 

 

 

 

 

~横島視点~

 

迎えが来てアリスちゃん達は帰ることになったんだけど、当然ながら帰る時も一騒動あった。

 

「ふかあ」

 

「ココ」

 

いやいやっとアリスちゃんに着いて来た魔界のマスコット達が拒否したのだ。気持ちは分かる、分かるんだけど……俺の家では面倒を見切れないし、帰ってもらうしかないので説得するしかないのだが、当然俺の言葉は通じないし……。

 

「茨木ちゃん。なんとかなる?」

 

「何とかなるならもうしてる」

 

「だよなあ……」

 

足にしがみ付かれているので正直に言うと痛くなって来ているので早く何とかしないと思っていると突然強烈な雷音が響き渡った。

 

「みっぎいッ!!」

 

チビが超怒ってる……ッ。その迫力には思わず俺も後ずさるレベルだったと思う……マスコット組は脅え出し、丸くなりチビがその前に立って前足を振りながら何か言ってる。何か言ってるんだけど……やっぱり俺には何を言っているのか判らない。

 

「なんて言ってるの?」

 

チビ達の言葉が判るアリスちゃん達に助けを求める。

 

「えっとね。もっと強くないとお兄ちゃんの迷惑になるって言ってるよ」

 

「可愛くて強くなったら横島も使い魔にすることを考えてくれると思うと言ってますね」

 

「だから迷惑をかけないでもっと強くなってから来るようにと」

 

【可愛さと強さを兼ね備えなければマスコットじゃないって】

 

……どういう事なんだ。みむやみみーしか言ってないんだけど、凄い内容をチビは考えているようだ。

 

「フカ!フカフカ!!」

 

「ココォ!!」

 

「モーノッ!!」

 

「ヨーギイッ!!」

 

気合満点の鳴き声を上げ、前足か頭を向けてくるのでとりあえず前足を出せる組は握手し、頭を差し出してきたのは頭を撫でると気合が入ったのか回りだして小さい身体で出来るだけのアピールを見せて来た。

 

「じゃあ、お兄ちゃん。今日は帰るね、また遊びに来るし、お兄ちゃんも遊びに来てね!」

 

「今度は天狗の御屋敷をご案内します。ですので今度は遊びに来てくださいね」

 

「お父様に許可を得たら横島を家にご招待しますね」

 

また遊びに来るし、今度は遊びに来てくれと言ってブリュンヒルデさんとジークと一緒に帰るアリスちゃんと、2人の天狗が担ぐ籠に乗って帰る天ちゃん、そしてご迷惑を掛けましたと頭を下げる小竜姫様が天竜姫ちゃんと清姫ちゃんを連れて帰って行ったのだが……。

 

「天狗ってどこに住んでるんだ?」

 

【妖界という妖怪が住む天界や魔界のような場所だな】

 

「人間は大丈夫なのか?」

 

【あ、それは大丈夫ですよ主殿。何を隠そうこの牛若丸、天狗と暮らしていた時期がありますので!】

 

そう笑う牛若丸にとりあえず人間が行っても大丈夫という事は判ったが、1日や2日で納得してくれるとは思えないので1週間、いやもしかするともっと滞在することになるかもしれないと思うと軽い気持ちで返事をしたのは失敗だったかなと思うのだが、あそこまで言われると俺としても断りにくかったし……しょうがないと割り切る事にして振り返る。

 

「とりあえずあれかな……引越しできるようにもう少し美神さんの手伝いを頑張ろうと思うんだけど皆はどう思う?」

 

今の家ではちょっと本気で手狭になってきているし、シルバーアクセサリーを売るのは食費の足しにするのが限界だ。

 

「……まあ確かに狭くなってきているしな……」

 

「広い家ってなれば庭もあるわよね」

 

「もっと広い庭でござるか!拙者は大歓迎でござるよ!」

 

「広い家だったらアリス達も遊びに来れるね、私も賛成だよお兄様」

 

「吾は木登りできる大きな木があれば満足だな」

 

【俺ッチは居候だし、文句はねえよ。でも横島が新しい屋敷が欲しいっつうなら俺ッチも協力するぜ】

 

【ワシは勿論大賛成じゃな、足を伸ばして入れる風呂がそろそろ恋しいし】

 

【私は主殿の意向に従いますよ。主殿が喜ばれるのならばどんな事でもする所存です】

 

【私は良く判りません】

 

リリィちゃんだけは駄目な方向にドヤ顔してるけど、まぁ概ね賛成ってことで良いんだよな多分……。丁度その時電話が鳴り響き、俺は美神さんから仕事の話かなと思い、庭からリビングに入り受話器を手にする。

 

「もしもし、横島です」

 

『横島君。悪いけど仕事の打ち合わせがあるの、えっと……今からだと15時ね。15時に事務所に来てくれるかしら?』

 

手帳にメモをしながら判りましたと返事を返す、これからも皆で楽しく過ごす為に張り切って除霊助手として、そしていつかはプロのGS免許を取ろうと決意を新たにするのだった……。

 

 

 

美神達がありえない依頼に不安を抱き、横島が未来への希望を抱いているその頃――東京から遠く離れた山の中の屋敷では途方も無い悪意が脈打ち始めていた。

 

「では須狩君、頼んだよ」

 

「分かりました。任せてください」

 

「キッヒヒヒ。西部を潰してくれた恨み……ここで晴らしてくれようぞ」

 

「西部だけでない、東部も潰してくれたのだ。それ相応の罰を受けてもらおうではないか、人造魔族の母体としてな」

 

「ヒャヒャヒャ。美神令子を母体とすればさぞ優秀な人造魔族が作れるじゃろうて」

 

かつては霊能兵器開発部門で己の好奇心を、そして会社の命令のままに悪逆を繰り返し、人体実験を続けてた西部・南部・東部・北部の4つの会社は倒産、あるいは霊能兵器開発部門を全てリストラした。それでもなお、かつての実験を、悪魔に犯される女を、悪魔に食われて死んでいく子供を見ると言う残虐な楽しみを捨て切れなかった者達はガープの庇護の元再び活動を開始していた。

 

「ああ、楽しみだ楽しみだ」

 

「復讐してやろう。我々をこんな僻地に追いやってくれた者達に」

 

「殺せ、壊せ、犯せ、奪え……力ある者は何をしても許されるのじゃッ!!」

 

人間でありながら悪魔よりも恐ろしい、そして自分達は選ばれたのだ、何をしても許されるのだという底なしの悪意……。

 

「ンンンン――人間でありながら悪魔であり、その魂は既に穢れきっておりますなあ」

 

廃墟の屋敷の屋上に立つ怪人――蘆屋道貞は嗤い続ける、おろかな人間を嘲笑い、その醜悪さを見て笑うのだ。

 

「絶望せよ、憎め、人を見限らせろ……ンンンンン、ガープ様のご命令ですが、今回は拙僧も楽しめそうですなあ」

 

霊能兵器を開発していた馬鹿達に入れ知恵したのも、貴重な神魔の体細胞を与えたのも全ては横島に人の悪意を見せ付けさせるため……。

 

「ンンンン、時に人は悪魔よりも恐ろしい……どうぞご覧あれ、人の悪意をね」

 

そう笑った蘆屋の姿は闇の中に溶けるように消えて行った、そしてそれから2日後横島達はこの悪意に満ちた屋敷に足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意 その2へ続く

 

 




かなり悪い感じになりましたが、今回の話は人間の暴走、そして悪意の表れというのを横島達に目撃させるという話になります。
つまりシリアスパートやマスコットパートに分かれて話が進む感じです。操るのではない、洗脳するのではない、自ら人間を見限らせ自分達の陣営に引き込もうとするアスモデウス達の策略が始まっていく感じです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート9 悪意その2

 

 

~くえす視点~

 

美神と蛍の2人から話を聞いた私は不機嫌に足踏みを繰り返した。国際GS協会と霊防省からの依頼――きな臭いと通り越して罠そのものと言っても良いだろう。

 

「くえすはどう思う?」

 

「100%罠でしょうね。文珠や眼魂を使えば横島は間違いなく保護と言う名の実験動物ですわ」

 

文珠も眼魂も人間が使っていい能力ではない、それを見られてしまえば霊能の保護という名目で横島を連れ出して、実験動物とするだろう。

 

「……やっぱりそうよね。一応それを使わなくても横島君は十分戦えると思うけど……もしもガープとかが出て来たらとなるとまず無理よね」

 

通常の除霊なら文珠と眼魂を使わなくても戦えるほどに横島は力をつけているが、レイや蘆屋が出てきたら眼魂を使わなければ間違いなく死ぬ。その状況ならば横島は駄目だと言われても眼魂を使うだろう……。

 

「くえす、助っ人でこれるかしら?」

 

「私は問題ありませんわよ」

 

態々私を呼んだという事は助っ人依頼と言うことは分かっているので、それを2つ返事で了承すると美神と蛍も笑みを浮かべるが、私がただで引き受けるとでも思っているのでしょうかと思わず笑ってしまう。

 

「これで良いですわよ」

 

指3本を立てると美神が小切手を取り出し、机の上においた。

 

「3千万?それとも3億かしら?」

 

AクラスのGSの相場から見てもかなりの高額をポンと出してくるが、金で動くほど私は愚かではない。

 

「作りたい霊具があるので3日ほど横島を貸してくれればそれで結構ですわよ?」

 

蛍がむっと眉を細めるが、いつもヘタレているので怒る理由なんて無いだろう。

 

「……変な事は駄目よ?」

 

「それは横島次第では?」

 

「1000%無いってそれは言うのよ?」

 

まぁそうですわね。女と一緒でも襲うようなタイプではないので、軽い挑発と言った所だろう。

 

「それでお願いするわ。くえすがいれば合流しやすいと思うし」

 

「引き受けましたわ、でも私を乗り物と思っているのはいただけませんわね」

 

分断されても転移で合流出来るだろうと思っているのは判りますが、乗り物扱いは解せないと睨むと美神は苦笑する。

 

「最悪横島君と合流さえしてくれれば良いの、頼めるでしょう?」

 

「はいはい、分かりましたわ。それで横島は何時来るのです?」

 

横島も打ち合わせに来ると聞いていたのですが、横島の姿が無いので何時来るのですか?と尋ねる。

 

「15時に来るように言っておいたんだけどね……」

 

「ちょっと様子見てきますね」

 

「なら私も行きますわ」

 

時刻は既に16時になろうとしている、なにか問題が起きたかもしれないと思い蛍と一緒に横島を探しに行こうとソファーから腰を浮かすと同時に応接間の扉が弾け飛んで横島が転がり落ちて来た。

 

「あいたたた……すいません、少し遅れました。ちょっと手間取ってて、モグラちゃん駄目だってッ!、小さく小さくッ!!、引っかかってるからッ!!!」

 

頭を振りながら横島が身を起こし振り返る。その動きにつられて応接間の入り口に視線を向けるとモグラが引っかかっていた。

 

「うきゅー……」

 

「いっちゃんは大丈夫!?」

 

【はい、私は大丈夫ですよ。ゆっくりモグラちゃんを助けてあげてください】

 

渋鯖人工幽霊壱号に声を掛けながら扉に引っかかっているモグラの救出をしている横島を見て、私は軽い頭痛を覚えた。トラブルなのは分かっていたがまさかモグラが付いて来るのは想定外だったからだ。

 

「……やっぱりトラブルでしたわね」

 

「そうね……ちょっと胃薬飲んで良いかしら?」

 

「どうぞ」

 

横島の使い魔であり現在妙神山で修行中のはずの龍の幼生であるモグラが何故ここにと思う反面、妖使いで登録されている横島には頼りになる援軍かもしれないと思い、私達はどうしてモグラがここにいるのかと横島に問いかけるのだった……。

 

 

 

~小竜姫視点~

 

東京と妙神山を繋ぐ拠点であるブリュンヒルデさんのマンションで私は机に突っ伏して項垂れていた。

 

「やってしまいましたあ……」

 

「何をしてしまったんです?」

 

「お真面目なお前がそこまで後悔するミスってなんだい?」

 

ブリュンヒルデさんは心配してくれているが、メドーサは尻拭いをさせられるのはごめんだと言わんばかりの冷めた目を私に向けてきている。

 

「……あのですね、天竜姫様が横島さんの家に遊びに行っていたんですよ。それをモグラちゃんが知ってしまいまして、自分も行くと物凄い大騒ぎだったんですよ」

 

「「あー……なるほど」」

 

モグラちゃんはまだ子供だが、土龍族の天才とロンさんが言うほどの逸材であり、恐ろしい強さと才覚を秘めている。そんなモグラちゃんが暴れていたと聞けばブリュンヒルデさんとメドーサも納得したって言う表情を浮かべる。

 

「でも駄目だと言ったんでしょう?」

 

「あいつをまだ地上に連れてくるのは危ないだろ?怒って駄目だって言うのも大人の仕事さ」

 

竜気のコントロールは6割ほどで、確かに地上に連れてくるのは些か不安がある。だから2人は私がモグラちゃんに怒って凹んでいる……と思っているのでしょう。

 

「いえ、連れてきました」

 

「なにしてるんですか!?」

 

「正気か!?」

 

酷い言われようだが、自分でも正直そう思う……だけど駄目だったのだ。

 

「……私はモグラちゃんに弱みを握られています」

 

「はい?何をしたんですか?」

 

「あいつそんなことするか?」

 

天真爛漫で努力家で横島さんが大好きな甘えん坊のモグラちゃんがそんなことしないだろ?と言わんばかりの視線を向けられますが、これは事実なんですよね。

 

「物凄く頼んで横島さんの胸像を作って貰ったんですよ。流石にそんなのを部屋に飾ってるって知られるとドン引かれるんじゃないかなって……それだけは隠さないとって思ったんですよ。いやいや、何ですかその目は……」

 

ブリュンヒルデさんとメドーサが物凄く引いた目で私を見ている、ついでに言うと椅子ごと引いている姿を見ると超ドン引きされているのが良く判る。

 

「いえ、それは引きます」

 

「正直気持ち悪い」

 

「そこまで言いますか!?」

 

自分でも正直ちょっと気持ち悪いって思っているんだけど……同僚にまで言われると正直泣きそうになってくる。

 

「でも確かにそれを紫ちゃんから横島さんに言われるとなると……」

 

「横島がお前から距離を取るな」

 

それが分かっているからモグラちゃんのおねだりという名の強迫に私は屈してしまったのだ。横島さんに蔑んだ目で見られるのだけは私は耐えられなかったのだ。

 

「でも、モグラちゃんが本当に言わないって限らないと思いますけど……?」

 

「と言うかあいつ横島の石像とか良く作ってるから横島に見せるんじゃないか?」

 

「はう!?」

 

子供が好きな人に自分が得意な物を見せるのは良くあることで、その事を失念していた私は思わず奇声を発して机に再び突っ伏すのだった……なおその頃美神の事務所では横島がにこにこと笑いながら鞄から自分の胸像を取り出していた。

 

「これモグラちゃんが作ってくれたんですよ。モグラちゃんって凄い器用みたいなんですよ」

 

「「……」」

 

「横島君、それとりあえずしまっておいてくれる?」

 

「……分かりました?」

 

蛍とくえすが胸像を見て怪しい顔をしており、話が進まなくなると判断した美神に片付けるように言われ、横島は何とも言えない表情で胸像を鞄の中に戻したが、くえすと蛍はモグラちゃんをガン見したままなのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

小竜姫様が連れてきてくれたモグラちゃんを膝の上に乗せて頭を撫でる。ちょっとした大型犬くらいの大きさで抱き抱えるとなんか落ち着く大きさだ。

 

「ちょっと獣臭いから家に帰ったらお風呂入ろうか?」

 

「……うきゅー」

 

「そんな嫌そうな鳴声しても駄目、丁度うりぼーとチビのお風呂の日だからモグラちゃんも一緒」

 

チビもうりぼーも嫌そうにしているがやはり定期的なお風呂は大事だと思う。むーっと嫌そうに伏せるモグラちゃんの背中を撫でながら机の上の書類を持ち上げる。今回の仕事の内容を確認して俺は思わず眉を細めた。

 

「文珠は分かるんですけど……眼魂とかシズクにノッブちゃんの力を借りても駄目なんですか?」

 

眼魂も駄目、文珠も駄目、そしてシズクとノッブちゃん達も駄目と、これは俺にしては初めての事だし縛りがここまできついのには驚いた。

 

「今回はちょっとかなり口うるさい所の依頼でね。あんまり珍しい霊能を使うとうるさいのよ」

 

【……霊防省か?】

 

「国際GS協会も関わってるのよ、心眼」

 

【むう……確かにそれでは眼魂などを使うのは良くないな。横島覚えているか?貴重な霊能の保護という名目で人を幽閉する機関があると説明しただろう?】

 

確かにそれは覚えている。めちゃくちゃ怖いって怖がったのも良く覚えているが……まさかと思わず美神さんに視線を向ける。

 

「その機関からの依頼なのよ、本当は断りたいんだけど琉璃達に迷惑を掛ける事になるからね、くえすを助っ人に呼んで、私と蛍ちゃんとくえすと横島君、それとチビ達でやり遂げようと思うの」

 

「じ……くえすさんとですか」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 

「ちょい待ち。なんでくえす呼びになってるの?」

 

蛍が待ったと声を掛けてくるがなんと説明すれば良いのだろうか?と思わず首を傾げる。

 

「付き合いも長いのにいつまでも苗字で呼ばれていたら面白くないですわ。だから横島からシルバーアクセサリーを買った時に名前で呼ぶように言ったのですわ、何かおかしい事でも?」

 

「……いえ、おかしくはないわよ?おかしくはね?」

 

蛍とくえすさんの間に火花が散ったように見えるけど気のせいかな、というか気のせいって思いたいなあ……。

 

「それで美神さん、この場所にはどうやって行くんですか?」

 

「ん、そうね。向こう側からヘリコプターで迎えにくるみたい。除霊と地鎮祭が済むまでは帰れないわね。蛍ちゃんとくえすも無駄話してないでこっちに混ざりなさい」

美神さんがパンパンと手を叩き、机の上に衛星写真だろうか、山に囲まれた屋敷の写真を広げる。

 

「これはまた……とって作ったような屋敷ですわね」

 

「……どうやってここまで来たのよ」

 

「確かになぁ……」

 

噴水付きの広場に薔薇園に石像と屋敷の持ち主がかなりの金持ちなのは分かるが、交通の便がおかしいと言わざるを得ない。写真を見る限りではどこを見ても屋敷に繋がっている道が無いのだ。

 

「これじゃまるで陸の孤島だ……」

 

陸地なのに海の真ん中に浮かんでいる無人島のように俺には思えた。

 

「陸の孤島……あながち間違ってるとは言えないですわね。美神、向こうはなんと?」

 

「隕石落し事件とダイダラボッチ事件の時の地震で山が崩落してるって言ってるわね。悪霊が周りに多いから屋敷と土地を浄化して工事を出来るようにして欲しいっていう話だけど……」

 

「全部は信用出来ないですね。陸路の移動は無理で、ヘリコプターでの移動するって事は地力で帰るのは無理かもしれないわね」

 

蛍の言葉を聞いて俺は首を傾げた。くえすさんがいるなら転移で東京に戻れるじゃないかと思ったからだ。

 

「まず見て見ないと分かりませんが、霊脈が乱れていたりすれば転移は難しくなりますわ。私1人なら可能ですが……」

 

「私達を連れては帰れないって訳。後はくえすに助っ人を頼んだのは屋敷の中で分断されたときに合流する為よ。この依頼自体が罠で各個撃破なんて洒落にならないからね」

 

罠と美神さんが口にするって事はやはり今回の件は相当込み入った事情がありそうだ。それにガープ達の動きも無いのでここら辺で動いてくるような気がしている。

 

「うりぼーが増えれるから物資はうりぼーに運んでもらって、ドクターカオスに簡易シェルターを依頼してるから拠点はそっち、あとは横島君はシズクに清めた水を用意して貰ってくれる?」

 

「清めた……あ、転移ってことですね」

 

普通の水でもシズクは転移できるが自分で清めた水ならばその精度は段違いに上がるし、シズクが転移してくることも、俺達が転移することも可能だろう。

 

「出来ればやりたくはないけど、本当に緊急事態に備えてって所よ、だから今日はとりあえず食料とかを準備するつもりよ」

 

食料までこっちで準備をするって事は本格的に依頼主も敵って言う可能性が高いって事が伝わってきて、嫌でも緊張するのが良く判る。

 

「GS商売をしていて名が売れてくればこんな事は良くあるわ。蛍ちゃんも横島君もそろそろこういう依頼を受ける時期って事よ、私も結構経験があるしくえすはどう?」

 

「そんなのあるに決まってますわ。有名になれば中堅所のGSには目の上のたんこぶですしね、まぁ馬鹿は全部返り討ちにしましたけどね」

 

美神さんやくえすさんも経験があるような自分達を陥れるような依頼――だがこれはGSになるのならば避けては通れない道だと言われれば俺も覚悟を決めるしかない。自分の夢を叶えるための第一歩なのだからビビッている場合ではないのだ。

 

「うん、良い顔になったわね。時間がないし、どこまで道具を持ち込めるかって言う不安もあるわ。だけどそんなことを言っていたら何も始まらないわ、今出来る最善をしてこの仕事に望みましょう」

 

美神さんの言葉に俺と蛍は同時に返事を返しくえすさんはいつもの様に私がいるのだから何も心配はないと自信満々という感じで言い放つ、確かに緊張も不安もあるがこれでこそって感じがするし、皆がいれば大丈夫だと思えば思わず笑みを浮かぶ、俺達は除霊に向けての準備の為に美神さんの事務所を後にするのだった。だが俺はまだ勘違いしていたのかもしれない……人の悪意と言うのはガープなんかよりももっと邪悪で、そして救い様の無いものであると言う事を俺はまだ理解していないのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意その3へ続く

 





次回からはサバイバルの館の難易度をルナティックにしてお送りします。原作より悪辣かつ用意周到な罠を用意して見ようかなと思います。特にくえすを入れたのは5人にして、2、2、1+マスコットって感じで話を進めて行こうと思います。まぁその割り振りでどういう組み合わせか分かると思いますがサバイバルの館はそんな感じで進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート9 悪意 その3

 

~おキヌ視点~

 

人造神魔、霊的兵器を作っている南部グループの依頼での山奥の館の除霊――それは私も覚えている数少ない事件だった。考えられる最悪に備えて準備して来た筈だが……軍用ヘリで運ばれてきて庭に降り立った段階で背筋が泡立つのを感じた。

 

(違う……これは全然違う)

 

私の記憶の中の館と何もかもが違う。作りも、場所も何もかも同じなのに全然違う場所に立っているように思えた。

 

「良く来てくれました。私は茂流田、こっちは須狩。リゾート開発部の者です」

 

「今回はよろしくお願いします」

 

にこやかに挨拶してくる男女のペアに美神さん達は眉を細め警戒心を露にする。依頼主ということは分かっているが、霊感的にどうしても受け入れられない何かを感じ取ったのだろう。

 

「悪いけど時間がないし、民間人をこの場に残すのも危険だからさっさと話を進めましょうか?ここでは何があったの?」

 

民間人は危険だからという名目だが、この人達を信用していないのだろう。今の状況を説明するようにと美神さんが促す。

 

「流石美神令子さんですね。頼りになります、まずはなのですが海外のこの館を建てた貴族の末裔から我々はこの館を買いました。自然を

生かしたリゾートホテルを作る為にです。ところがいざ改築作業に入ろうとした段階で霊的物件であるという事が分かったのです」

 

「なるほど、良くあるパターンですわね。それで美神に頼む前にほかのGSに依頼を頼んだと聞いていますが?」

 

「はい。まずは近場のGS4人の頼みましたが……全員消息不明となってしまいました。血痕などが見つかっているので、悪霊との戦いの中で何かがあったというのは分かっていますので、彼ら4人の捜索と館及び土地の除霊が今回の依頼内容となります」

 

茂流田達から行方不明になったGSの捜査資料などを受け取った美神さんはそれをすぐに開く事は無く蛍ちゃんに手渡した。

 

(あれ?どうしたんだろう……)

 

険しい顔をしている美神さん達。GSにとっては資料は何よりも大事なはずなのに……なんでこんなに怖い顔をしているのか理解出来なかった。

 

「では明日の朝に迎えに「来なくて良いわよ。これはそう簡単に終わる仕事じゃないわ、こっちから連絡するまで来なくていいわ」……分かりました。ではよろしくお願いします」

 

ヘリコプターに乗って帰って行く2人を美神さんと神宮寺さんは鋭い視線で見送り、ヘリコプターが飛び立って行くのを見送る。

 

「良いんですか?美神さん、あんなこと言っちゃって……」

 

「良いのよ、やっぱり今回の依頼は罠ね。くえす」

 

「分かっていますわ」

 

神宮寺さんが指を鳴らすと庭のあちこちから黒煙が上がった。その事に横島さんと驚いていると、今度は渡された資料の封筒からおぞましい悲鳴が木霊した。

 

「何が……」

 

【悪霊を封じてあったのと監視カメラだ横島】

 

悪霊が封じてあったとされる資料の入った封筒、そして監視カメラと聞いて横島さんが信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「本当ですか?」

 

「ええ、あれ開いてたら間違いなく呪われたか死んでたわね。かなり悪辣なタイプよ、それにほら。見てみてよ」

 

蛍ちゃんが封筒を引っくり返すと白紙のレポート用紙に血文字で殺・恨みと言った文字が大量に書かれていた。

 

「呪殺ですわね。これを資料と言って渡すとは、随分と面の顔が厚いようですわね?」

 

「警戒していて正解って所ね、監視カメラも全部潰したし、まずは拠点作りから始めましょうか。言っておくけど絶対単独行動は禁止、5

人で数的には良くないけど……3人と2人って感じで行動するわよ」

 

美神さんが矢継ぎ早に指示を出し、神宮寺さんが魔法で拠点用の準備を始めるのを見ながら私達は雷鳴が轟く屋敷を見上げる。

 

「あんまり見ないほうが良いわ。かなり呪術的な細工がされてる、とにかくまずは周囲を清めて、拠点を作るまではあんまり回りを見ないほうが良いわ」

 

蛍ちゃんにそう警告され、私と横島さんは屋敷から目を逸らす。

 

「なんか身体が重い気がする……」

 

「私もです……」

 

【心配するな周囲の霊力に当てられただけだ。すぐに元に戻るさ、とにかく今は安全な拠点の準備だ。それが終わらなければ何も始まらない】

 

「そういう事よ、ほら。これ飲んでおきなさい」

 

美神さんが私達に小さな栄養剤のドリンクくらいの大きさの瓶を投げ渡してくる。

 

「これは初めて見ますけど、なんですか?」

 

「私も分からないです……」

 

ラベルもない、黒い半透明の瓶で中の液体の色も分からず、これがなんなのかと横島さんと一緒に尋ねる。すると蛍ちゃんが蓋を開けて中身の香りに顔を顰めながらそれを口にする。

 

「危険域の負の霊力に汚染された場所でも活動しやすくなるような薬よ。味は最悪だけど飲んでおいたほうが良いわ、発狂対策みたいなものよ」

 

そう言われて蓋を開けるが、何とも言えない臭さに揃って眉を顰める。

 

「……鼻摘んで飲んでも大丈夫?」

 

「大丈夫よ。飲んでさえくれればね、その代わり全部しっかり飲むのよ」

 

美神さんにそう警告され、私と横島さんは半分涙目で、鼻を摘んで吐きそうになりながら、瓶の中身を飲み干す。

 

「まっず……」

 

「うっぷ……吐きそうです……」

 

不味いなんてレベルじゃなくて横島さんと揃って呻いていたが、横島さんが急に弾かれたよう顔を上げる。

 

「早いわね。おキヌちゃん、下がってなさい」

 

「美神さん……横島さん?何が……」

 

「随分と平和ボケしてますこと、敵ですわよ」

 

庭の土が盛り上がりゾンビが姿を見せ、上空からは巨大化した蝙蝠のような異形が次々と舞い降りてくる。

 

「くえす、どれくらい時間かかる?」

 

「そうですわね……15分と言ったところでしょうか?清め、結界、拠点、対毒・幻・霊力汚染対策まで込みで」

 

「OK、15分でそこまで出来るならそれくらい幾らでも時間を稼いで上げるわよ。横島君、チビ達にフォローを任せるわよ。私と横島君でフォワード、蛍ちゃんはセンター、おキヌちゃんは浄化札で復活阻止、行けるわね?」

 

矢継ぎ早に飛ぶ指示に頷き、私達は休む間もなく悪霊やゾンビ達と戦い始めるのだった……。

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

キッチリ15分でくえすは安全な拠点を作り出してくれたが、ゾンビや悪魔の襲撃は収まらず結局私達がくえすの作り出した拠点に足を踏み入れる事が出来たのは日が傾き、夕焼けになり始めた頃合だった。

 

「つ、疲れた……」

 

「確かにね……3時間、ううん……4時間戦いっぱなしは流石に疲れるわね」

 

「……」

 

おキヌさんは返事を返す気力も無く机に突っ伏し、私達の支援を全力で頑張ってくれていたチビ達も机の上で丸くなって寝息を立てている。

 

【かなり厄介な事になって来てるな。美神と神宮寺はどう見る?】

 

心眼が美神さんとくえすにそう問いかける。少し試すような声色だが、横島以外には心眼はいつもこんな感じだ。

 

「ゾンビが沢山ってことじゃないのか?」

 

【……横島?私がお前に教えた事をもう忘れたのか?】

 

若干心眼が怒っているような口調で横島に問いかける。助けを求めるような視線が向けられるがいつも助けていては横島が成長しないので、今回は意図的に無視する。

 

「落ち着いて良く考えるの、いつも頼ってちゃ駄目よ」

 

「そういう事ですわね。焦る事はないのでしっかりと考えなさい」

 

私とくえすの言葉に横島はうーん、うーんっと腕を組んで、教えられたことを必死に思い出そうとする。そして思い出したのか、手をぽんと叩いた。

 

「ゾンビは基本的に自然発生しないでしたっけ?」

 

横島の言葉に私達の正解という返事が重なった。ゾンビは基本的に自然発生せず何らかの外部要因が関わってくる。例えばネクロマンサー、ゾンビパウダー、ノスフェラトゥのような強い力を持つ吸血鬼――例をあげれば切がないがゾンビという存在に関しては自然発生しないのが常識だ。

 

「その通り。良く思い出せたわね、ゾンビは自然発生しない霊力澱みとかの現象が絶対に関わってくるし、仮にそのパターンだったとしても極少数になる。あれだけの数は誰かが手を加えないとまずありえないわ」

 

「ついでに言うとゾンビの割には硬いし、強かったですし、知能的な行動を見せた。空の下級悪魔がコントロールしていたとしても、その悪魔自身もかなり理性的な行動を見せていましたわ」

 

空の巨大蝙蝠は悪魔の中でも下位も下位、悪魔とも呼べないほどの弱い悪魔だった。そういう悪魔は本能で動くので、ゾンビをコントロールするなんて真似はまずありえない。

 

「……やっぱり琉璃さん達が危惧していた通りになりましたね」

 

「驚きはしたけど、想定外じゃないのは確かよ」

 

国際GS協会に霊防省――その二つが関わっている段階で嫌な予感はしていたし、最悪の状況も想定していた。ただ横島とおキヌさんだけは信じられない――いや、信じたくないという表情だが現実は残酷と言わざるを得ない。

 

「私達を殺そうとしたか、それとも実験台か、琉璃や西条さんを陥れようとした偽依頼、もしくは国からの暗殺命令って所ね」

 

「……本当にそんな事があるんですか?くえすさん」

 

「ありますわよ、そもそも霊能者って言うのは異端児で嫌われるか、排除されるかって言う傾向がありますわ。日本はそうでもありませんが西洋では良くあることですし、そもそも日本で言えば古い名門と繋がりのある政治家とかも多いですからね。それらが没落する可能性がある民間のGSに無理難題を吹っかけるのは良くあることですわ」

 

GSなんて命を賭けた仕事をしていても、権力闘争、政治の関与は良くある事だ。今回の件はかなり酷いが今回の敵はガープでも、悪魔でもない……。

 

「今回の敵は人間、しかも政治闘争や権力闘争の延長上にある……本当に面倒な仕事って見て間違いないわね」

 

今までの除霊とは違う、人間が操り、そしてこちらの弱い所を突いて来て、確実にこちらを殺しに来る。美神さんとくえすも口にする事は無いが、最初の4人は恐らくもう死んでいるだろう……GS家業をしていればありえない話では無いが……正直横島達には早すぎたと思わざるを得ない。

 

「どうするんですか?」

 

「とりあえず安全圏を増やして、行動出来る範囲を増やす。こういうパターンは大体ゲーム感覚でやってる奴がいるから首謀者は多分あの館の中にいる」

 

美神さんがシェルターの窓から館を睨みつける、その視線は当たり前だが剣呑な光が宿っている。

 

「琉璃さん達が来るのは待たないんですか?」

 

「連絡が途絶えれば救援に来てくれるだろうけど、それだと証拠を逃す事になる。こういう連中は確実に潰さないと被害者が増える一方なのよ。正直横島君達には早過ぎると思うけど、ここまで来たらそうは言ってられないわ。とにかく私達で確実な証拠を掴むか、首謀者を捕らえる……これは決定事項よ、今日はとりあえずどこから除霊をしていくかの打ち合わせと、身体を休めることを最優先にするわよ」

 

美神さんの鋭い口調に横島とおキヌさんは完全に気圧されながらも頷いたのを確認してから、私は琉璃さんから預かっていた地図を広げ、これからの事の話し合いを始めるのだが、言うまでも無く私達の表情は暗い物だったのは言うまでも無いだろう……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

事前調査では霊脈は存在しない事になっていると聞いていましたが、この館は霊脈の上に立っていた。しかしそれは正常な霊脈とは程遠い、歪んだ霊脈だった……。

 

「横島!そこですわ!楔石をッ!」

 

「急ぎなさいッ!流石にこの中での乱戦は厳しいわッ!!」

 

翌日から移動できる範囲、そして歪んだ霊脈の修正作業に追われていたが生者の霊力と生命力を奪い取る結界の中での除霊作業は困難を極めた。

 

(……私までもが飲み込まれるとは……)

 

ビュレト様の眷属である私でさえも霊力と魔力を縛られる――何とも恐ろしい仕掛けだ。

 

「♪~♪~ッ!!」

 

「おキヌさん!もう良いわよッ!でやああッ!!」

 

ネクロマンサーの笛ならば本来簡単に除霊されるゾンビ。だが霊力が縛られていれば効果はさほどでず、疲弊の色が濃いおキヌを蛍が庇いながら戦うのを見て、指を鳴らして炎を飛ばしてほんの少しだけ支援をする。ゾンビの群れにぽっかりと開いた穴を横島が駆け抜け、私が地面につけた目印に向かって腕を伸ばす。

 

「はいッ!モグラちゃん!頼んだッ!!」

 

「うきゅッ!!!」

 

横島の肩から飛び出したモグラが空中で見る見る間に巨大化し、竜気と神通力が込められた巨大な爪を地面に突き立てる。地面の中から甲高い悲鳴と金属質の何かが砕ける音が響き渡り、身体に圧し掛かっていた重圧がふっと和らいだ。

 

「うぼおお……」

 

「あああ……あああ……」

 

ゾンビがよたよたと近寄ってくるが、もうこんな有象無象に興味はない。

 

「モグラちゃん、大丈夫か?」

 

「う、うきゅう……」

 

「今引っ張り出すからッ!うりぼー!チビノブッ!!」

 

飛び出した勢いで地面に突き刺さっているモグラの救出をしようとしている横島に歩み寄りながら指を鳴らす。その一瞬でゾンビは火達磨になり消し炭も残さず消滅する。

 

「よいしょおッ!!!」

 

「みーむうッ!!」

 

「ぷーぎゅうッ!!」

 

【ノーブウッ!!!】

 

横島達の気合の入った声が響き、すぽんっと言う音が響いてモグラが地面から引っこ抜かれる。

 

「うきゅー……」

 

弱々しく鳴くモグラの爪には異様な光沢を持つ金属が今も突き刺さっていた。

 

「またこれね……どう見ても普通の金属じゃないわね」

 

「魔界製ですかね……表立っているのは人間だけど、スポンサーは神魔なんでしょうかね?」

 

浄化さえしてしまえば考察している時間はあるが、血みどろ、あるいは汗まみれと言うのは乙女として度し難い。

 

「考察は後でも出来ますわ、とりあえず1回拠点に戻りましょう。2連戦くらいでここまで疲弊してるんです、無理は避けるべきですわ」

たった2連戦、そして50体ずつのゾンビと悪魔を倒しただけで霊力と魔力が限界域寸前だ。

 

「そうね、相手のエリアなんだから安全策で行きましょうか、皆1回戻るわよ」

 

転移をする魔力も無く、へろへろの状態で拠点に戻りシャワーで汗と血を流し、霊薬を口にしながら浄化した霊脈と状況を再分析する。

 

「これで2箇所の霊脈を元に戻したけど……まだ館には入れないわね」

 

「そのようですわね。まだ結界が邪魔してますから」

 

館に無計画に突っ込まなかったので、私達の戦力分析目的か結界で館の中にはまだ入れない。使い魔なども飛ばせず、心眼の霊視でもあまり効果は出ていない。

 

【結界自体はあと3つほど楔石を破壊すれば十分だが……私はそれをすべきではないと思う】

 

「分かってるわよ。とにかく徹底して安全策、この方針は変わらないわ」

 

結界の強度自身は5つも楔石を破壊すれば十分だが、中に入ってまた弱体化しては目も当てられない。

 

「横島、ダウジングはどう?」

 

「んーんー……こことここ……ちょっと遠いけどここと……後は……ここかな?」

 

横島がダウジングで調べてくれた地図を覗き込み私達は揃って眉を細めた。

 

「……霊力澱みのど真ん中ね……もし行くとするならここは一番最後にしておかないと危険だわ」

 

「そうですね。だけど……ひーふーみー……数がおかしくないですか?」

 

「それもそうですけど、最初の楔石とはまた違いませんか?」

 

蛍とおキヌの言う通りで、最初横島が見つけた楔石は3つ、そして今は新たに4つで計7個――魔法陣の形としても7個と言うのはあまりにもおかしい。

 

「うーん、俺のダウジングの精度の問題ですかね?」

 

【いや、違う。楔石同士が共鳴して発見しにくくしているのだろう。くえす、魔法の専門家としてどう見る?】

 

「そうですわね……線と線で繋いだとしても歪すぎますし……少なくとも後5つはどこかに眠っているでしょう」

 

今発見されている楔石同士をつないでも陣にはならない、とにかく楔石を破壊して結界を破壊し、霊脈を正さない事には何にもならないだろう。

 

【やはりか……戦闘は長時間は厳しいが、籠城戦が出来るだけ救いはあるか】

 

「シズクから物資くらいは貰えるからね」

 

すぐにシズクとコンタクトを取ったが、シズクは転移が出来ず、私の転移も無理だった。この結界が邪魔をしているのは言うまでも無いが不幸中の幸いとして物資の移動は出来る。向こうはこちらを苦しめているつもりだろうが、今の所は大して問題が無い。

 

「とりあえず必要な物を書き出してシズクに頼みましょう。大分消費しているしね」

 

美神の言葉に頷き、消費した魔法の触媒や霊薬、そして食材や着替えなど必要な物をリストへと書き出しながら、窓から館に視線を向ける。

 

(何もかも其方の思い通りになるとは思わないことですわ)

 

館の外でこの有様なのだから館の中はもっと罠に満ちているだろう。この結界と霊脈で消耗しきった私達を刈るつもりだろうが、お生憎そちらの思惑など全て踏み越えて必ず制裁を加えてやると心に誓う。それと同時にこの館自体が横島を捕らえる、あるいは実験するための施設である可能性も十分にあるという事も私達把握している。

 

(お前達が誰に手を出そうとしたのか、身を持って味わわせてやる)

 

横島を実験動物にしようとした罪をその身を償わせてやる事を誓ったのだが、勿論そう考えていたのは私だけではなく、蛍、そしてこの場に来る事が出来ないが、シズク達もまた怒りの炎を燃やしていたのは言うまでもないだろう……。

 

 

リポート9 悪意 その4へ続く

 

 




次回の最後で館へ突入する予定で話を進めて行こうと思います。原作とは全然違う流れになると思いますが、勿論それは難しいや難易度が高いという方向になりますのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート9 悪意 その4

 

 

~横島視点~

 

屋敷と土地の除霊は思ったより長丁場になろうとしていた……今日で5日目だが、まだ俺達は屋敷の中に突入出来ないでいた。要石を壊し、結界による弱体化を軽減しまだ万全とは言わないが、それでも安定して霊力を使えるようになっていたがそれでも突入は無理だった。

 

「結界がかなり厄介ですわね、入ったら出れないタイプと見て間違いありませんが、それに加えて屋敷自体も特別な素材で作られているのは間違いありませんわね、華族の屋敷なんて大嘘にも程がありますわ」

 

なんでも古い感じに偽装されているが、作られて1年未満の新築である可能性が高く、この依頼自体が最初から罠だった事が分かりめちゃくちゃ驚いた。

 

「ネクロマンサーの笛とシズの笛でも効果がありませんでしたしね……」

 

屋敷全体が強力な結界で覆われている上に、屋敷自体が特別な素材で作られていておキヌちゃんのネクロマンサーの笛もシズの笛も効果なし、一応入り口からは入れるが、入ったら最後結界と屋敷の影響で更に弱体化が進むのは確実という調査結果が出ている。

 

「もうすこし要石を破壊して結界を弱体化させたいけど……横島、見つけれそう?」

 

「頑張っては見るけど難しいなぁ……複雑なパズル見たいになってるから……」

 

別の要石を壊すと別の場所を見つけれる、これの繰り返しだから……すぐにここッ!って言うのは無理だ。地道に歩いて少しずつ要石を破壊して、そしてまた別の要石を見つけるって事を繰り返すしかないだろう……と俺達がそれぞれの意見を話していると美神さんが眼鏡を外して深い溜め息と共に口を開いた。

 

「やっぱり心眼の言う通りっぽいわね」

 

地図に印をつけながら美神さんがそう話を切り出した。3日目の夜にどれだけ探しても要石が発見出来ず、そして今まで現れなかった悪魔や動く人形を見て心眼が俺達に告げた言葉がある。それは出来れば外れていて欲しかった言葉でもあるのだが……俺達の願いは叶わなかったと言っても良いだろう……その言葉とは……。

 

【まず間違いない、向こうはどう見ても研究者の集まりだ。私達の戦力を見極めるまでは恐らく向こうに動きはない。食事や休憩が満足に出来ず、成す術が無く屋敷に突入した場合にこちらを捕獲するつもりなのだろう】

 

改めて心眼が告げた言葉に美神さん達も表情が曇る。シズクの転移で物資は十分に確保出来ているが、シズク達はこの場所にはまだ来れていない。

 

「結界がなんとかなればシズク達もこれると思うんですけど、やっぱり無理そうですか?」

 

シズク達が来てくれればかなり有利になる筈だがと思いながら駄目元で尋ねると美神さん達は渋い表情を浮かべた。

 

「私達を弱体化させる結界と神魔の能力を制限する結界が入り混じってて、これは早々解除出来ないわよ」

 

「色々と調査をしましたが結界の基点は屋敷の中、此処からでは精々物資を届けてもらうくらいに結界を緩める事しか出来ませんわ」

 

専門家であるくえすさんの無理と言う言葉に俺は思わず溜め息を吐いた。5日、5日の時間を掛けてもいまだ弱体化する結界の解除には至っておらず、明らかに俺達の霊能に対応した個体までが出現し始めていることから心眼の言葉が真実味を帯びてきている。

 

「無理に屋敷に突入するのはリスクがありすぎるわね……」

 

「当たり前ですわ。外でこれなら中はもっと酷いに決まってますし……何よりも、この件は神魔も関わってますわ」

 

くえすさんが鋭い視線で神魔も関わっていると断言し、俺とおキヌちゃんは驚いたが美神さん達は驚いた素振りを見せず、むしろ納得したと言う表情だった。

 

「本当に神魔が関わっているんですか?」

 

「昨日と一昨日に出現した悪魔、あれは悪魔ですが、それと同時に使い魔でもあるのですわ。人間では召喚できない天界と魔界の狭間にすむ魔物」

 

昨日と一昨日と言われ、脳裏を過ぎったのは頭部が4つある不気味な姿をした獣だった。

 

「横島が思い出したのであってるわね……でもあれって正直なんなの? 正直天界と魔界の狭間に棲んでるって言われても全然分からないんだけど……」

 

蛍がそう尋ねるとくえすさんは小さく溜め息を吐いた。それは蛍に対しての物ではなく、それを作り出したものに対する呆れと言っても良いかも知れない。しかしあのくえすさんがこんな反応をするってどんな魔物なんだと思わず身構える。

 

「オファニムですわ。しかも堕ちて、天使にも悪魔にもなれない個体ですわね」

 

オファニム……?どっかで聞いたような……暫く考えでどこで聞いたのか思い出した。

 

「それって天使じゃ?」

 

ピートとシルフィーちゃんが教えてくれた天使が確かそんな名前だったような気がする。

 

「……そうよ。オファニムは物質の肉体を持つ天使の中では最上位……上から数えて3番目よ」

 

そんな凄い天使があんなのになるとかありえないし、何よりも10体近くいたのにと俺が思っているとくえすさんがより詳しく説明してくれた。

 

「オファニムは魔人大戦の折に死んでおり、今だ復活の目処が立ってないそうですわ。程度の低いレプリカを量産し、それを監視役として使っているのですわ、程度が低いので暴走するし、簡単に悪魔に堕ちるのですが……当然ながらそれでも強力な天使であることに変わりは無く、人間が作れるような固体ではない。それがこれだけの数出現すると言う事は間違いなく天使が絡んでますわね」

 

「それも多分、デタント反対の天使ってことね……デタントは覚えてる?」

 

「あーうん、大丈夫。それは覚えてる、要は天使と悪魔が本気で戦争すると世界が滅びるから仲良くしようって話だったよな?」

 

かなり大雑把だけど間違ってはないはずだ。

 

「その通りよ。だけど天使と悪魔が全員そう思ってるわけじゃないの、だから過激派神魔とかがいるのよね……でもそれまで絡んでくるとなると……正直私達だけじゃ厳しいわね」

 

美神さんが今まで見たことがないくらい険しい顔をしている……状況がそれだけ不味いって言うのは俺にも判る。

 

「どうします?文殊を使えば多分東京に戻れると思いますけど……」

 

「応援を連れて来たほうが良いんじゃないですかね?」

 

俺とおキヌちゃんがそう提案するが美神さん達は首を左右に振った。

 

「私達の気配が無くなれば何をしでかすか分からないわ。準備を整えて応援に来てもらうように頼んで、私達は屋敷の中に突入するしかないわ」

 

「この手の連中は何をしているか分からないし、それこそここら辺を吹き飛ばすことだって平気ですると思うわ。本当ならここで引き返して戦力と準備を整えたい所なんだけど……その間に姿を隠されたら被害がもっと大きくなるかもしれないのよ、結界を展開している間は向こうも思うように動けないのよね?くえす」

 

「向こうの結界を私が利用してますからね。こっちも思うように動けませんが、それは向こうも同じ。ですがこっちは東京と連絡を取る術もありますから条件的にはこちらが圧倒的に有利ですわね」

 

美神さん達も危険性もリスクも承知しているが、それでも撤退するわけには行かないと強い口調で言う。

 

【その通りだな、京都の事件の再発となりかねん。要石を破壊し、屋敷の中に突入し研究者達を捕らえるという方針は変わらないな、今日は身体を休めて、明日は1番瘴気の濃い森の中の要石を潰すか?】

 

「私達もそのつもりよ、霊力の澱みは蓄積していくからね、これ以上変なのが出る前に潰しておきましょう」

 

心眼と美神さん達の考えは同じらしく、とんとん拍子で話が進むのを聞いて、俺も自分のやるべき事を再確認する。

 

「とりあえず、こんな所ね。今日はもう休むけど、横島君はあとでくえすの所に行っておきなさい」

 

美神さんからくえすさんの所に行くように言われ、俺は片付けの手を1度止めた。

 

「えっとそれは良いんですけど……何かの手伝いですか?」

 

蛍とおキヌちゃんが心底嫌そうな顔をしてるけど……このタイミングで態々言う理由はなんだろうかと首を傾げる。

 

「横島君は魔力の調整が1人じゃ出来ないでしょ?くえすに整えて貰っておきなさい、明日はかなりきつくなるからね」

 

「わ、分かりました。じゃあ後でよろしくお願いします」

 

くえすさんに向かって頭を下げながらよろしくお願いしますと頼む。

 

「そんなことをしなくても見てあげますわよ。とって食うわけではないのですからそんなに脅えなくてもいいですわよ」

 

柔らかい口調だけどくえすさんの目力が凄くて、俺は曖昧な返事を返すのがやっとなのだった……。なおくえすさんの部屋に行く前に蛍とおキヌちゃんに色々と注意をされることになるのだが……。

 

適切な距離感を保てとか、あんまり近づかないように、逆に近づかれても警戒、くえすさんが薄着なら逃げる準備とか、脱がされにくい服を着ろとか……

 

「言うほうおかしくない?普通逆じゃないか?俺男で、くえすさんは女だぞ?」

 

魔術的なものなので俺とくえすさんしか駄目だと言われているが……普通は逆だと思うというと心底呆れた顔をされた。

 

「間違ってないわよ、というかくえすなら普通に横島を組み敷けるわよ、やばいと思ったら悲鳴を上げなさい」

 

「もうちょっと警戒心を持ったほうがいいと思いますよ」

 

「くえすさんをライオンみたいに言うのはどうかと思うんだけど……」

 

普通言う方が逆だと思うので、それを指摘すると間違ってないと言われて、くえすさんをまるで肉食獣みたいに言うなよと言うと……。

 

「くえすは肉食獣に決まってるじゃない」

 

「横島さんみたいな無警戒の人なんかあっという間に食べられてしまいますよ」

 

「……えええ?」

 

蛍達が俺とくえすさんの事をどう思っているのかと思わず困惑気味の声を出してしまった俺だが、蛍達の目がガープ達を目の前にしたような真剣な物になっており、俺は喉元まで込み上げて来たそんなこと無いだろという言葉をぐっと飲み込むのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

散々蛍、美神に釘を刺されてから私は霊薬や、魔法陣の準備を終えて横島が尋ねてくるのを待っていた。

 

(流石にそこまで私も馬鹿ではありませんわよ)

 

無警戒で横島がやってくるのはカモネギと同意儀ですが、流石にこの状況で盛るほど私も馬鹿ではないし、100%邪魔が入る上にこの依頼の後の3日間横島を借りる権利を失うと分かっているので大人しく横島の魂の調整を手伝うだけにする。

 

「入ってきなさいな」

 

ノックの音が聞こえたので入ってくるように言うと扉が開き、横島が部屋の中に入ってくる。

 

「失礼しまーす」

 

「くえす、分かってるわよね」

 

最後の最後まで釘を刺しに来るとか、ヘタレているくせにと思いながら、シッシっと蛍に向かって手を振る。

 

「デリケートな作業なんですから余計な事を言いに来ないで欲しいですわね。こんな空気が澱んでいる場所では細心の注意が必要なんですからね」

 

「……そうね、じゃあよろしく」

 

踵を返して引き返していく蛍だが、この様子では扉の外で待っていそうだと肩を竦める。

 

「なんかすいません」

 

【すまないな、私だけでは不安が残るから手間をかけさせる】

 

「大丈夫ですわよ。私は気にしていませんから」

 

横島といるようになってから丸くなった事は自覚しているが、かつての私を知る人間からは今も疑われているので、ああいう視線は慣れっこだし、そんなので傷つくほど柔ではない。

 

「とりあえず霊薬を飲んで、魔法陣の中の椅子に座りなさい」

 

「分かりました」

 

薬を飲んで座れと言ったのですが、薬の瓶を持ったまま立ち竦んでいる横島を見て、私は魔道書を閉じて横島に視線を向けた。

 

「どうしました?」

 

「この薬不味いですか?」

 

子供みたいな事を言う横島に思わずくすりと笑う。こういう所がどうも母性本能を刺激するんですのよねと思いながらも、和んでいる場合ではない、今は霊力の通りが良いが、これが狂うと失敗しかねない。

 

「当たり前ですわよ。薬なのですからね、それよりも早く薬を飲みなさい」

 

「……うい」

 

嫌そうに薬を飲み、顔を歪めながら椅子に腰掛ける横島の前に立ち、後頭部に腕を回す。

 

「心眼を借りますわよ」

 

「あ、はい。すいません、ぼんやりしてて」

 

謝罪の言葉を口にする横島に気にしなくていいですわよと言いながら、心眼を手首に軽く巻きつける。

 

「フォロー、よろしくお願いしますわよ?」

 

【ああ、分かっている。よろしく頼む】

 

心眼の言葉に頷き、薬の効果でうつらうつらと眠りに落ちかけている横島の額に触れて魔法を発動させる。

 

「んうッ」

 

意図してない嬌声が口から零れる。思わず赤面しかけるが、横島の意識がないのを見て全身を走る緩い快楽の波長を歯を噛み締めて耐える。

 

【大丈夫か?】

 

「大丈夫ですわよ。まぁ貴女も女みたいな物ですから気には……んう……し、しませんわ」

 

横島の魔力は純度が高い、竜気と神通力に消されないように……少量でも純度を高め続けたそれは魔の者にとっては最上級のご馳走と言ってもいい……思わず下腹部が熱くなるのを感じるが、それに気付き自分で自分の足を踏みつけて我に帰る。

 

(駄目ですわ……落ち着きなさい)

 

ここで欲望に身を任せてしまえば、私と横島は完全に魔に落ちる。魔法使いとは鉄の自制心で己を御す者……一時の快楽に身を任せるなどあってはならない事だ。

 

「……」

 

声として認識出来ない音が私の口から零れ、横島の両手足に魔法陣が浮かび光と共に弾け、一瞬鎖を出現させて消滅する。

 

【流石だな】

 

「まぁ専門と言えば専門ですしね」

 

狂神石に呑まれれば横島は高確率で変身する。それは狂神石にとって変身した姿が最も効率よく力を使えるからだろう、そして変身すると言う事は白兵戦がメインになるので、手足に封印を掛けておくのが1番ベストだ。

 

「霊力、神通力、竜気には反応しませんので普通に戦う分には問題ありませんわ」

 

【すまない、助かる。私ではそこまでの細かい封印は無理だ】

 

「専門的な物ですからね、これで最後ですわ」

 

後は外の魔力に反応しないように防壁を掛けて終わりなのだが……その瞬間に底抜けの悪意を感じた。

 

「ッ!」

 

横島の目が紅く輝き、犬歯が伸びているのを見て慌てて封印を上書きするが、魔力を殆ど持っていかれ、その場にへたり込んだ。

 

【大丈夫か!?すまない、私の警戒が足りなかった】

 

「いえ、大丈夫ですわ……深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいていると言う事を忘れた私が悪いのですわ……」

 

本当に一瞬だった……封印が完了し、私の気が緩んだ隙にこっちの魂に手を伸ばして来た。即座に防御をしたが、油断していれば私まで狂神石の影響を受けたかもしれないと苦笑する。

 

「ん……んん、じ、神宮寺さん!?だ、大丈夫ですか!?」

 

「くえすですわよ、手を貸してくださいな。少し疲れましたの」

 

薬の効果が切れて目を覚ました横島に手を借りて立ち上がるが、足が少し震えている。

 

「大丈夫ですか?」

 

「疲れただけですわ、ベッドまで運んでくれますか?」

 

「わ、分かりました」

 

ベッドまでと言うと赤面する横島に肩を借りてベッドまで移動し、倒れこむようにして横たわる。

 

「本当に大丈夫ですか?美神さんか、蛍を呼んできましょうか?」

 

「少し休めば大丈夫ですわ……でも何かしてくれると言うのなら……」

 

そこで悪戯っぽく笑い、指で唇を撫でる。

 

「一緒に寝てくれますか?添い寝とかではなく」

 

「だ、誰か呼んできますねーッ!」

 

本気ではないしからかうつもりで言うと思った以上に効果覿面で横島は心眼を手にとり、鼻を押さえて逃げ出してしまった。

 

「……やはりこの方向は駄目みたいですわね……正攻法じゃないと駄目ですか」

 

これで横島が来るのならば押し返すつもりだったが、あの反応を見る限りでは先に肉体関係を持ちそこからと言うのは無理そうだと分かったので十分と言えるだろう。

 

「まぁ正攻法で攻略するのが難しい男でもあるんですけどね」

 

正攻法でクリアできるのならば蛍が勝利している筈だ。どうも蛍がヘタレているだけが原因ではないようだと分かっただけで十分な成果だろう。

 

「はぁーい、くえす……覚悟は出来ているかしら」

 

臭気を放つ薬の瓶を手にして部屋に入ってきた美神を見て私の笑みは凍りつくことになるのだった……なお薬の味は最悪だったのは言うまでもないだろう……。

 

 

 

~蛍視点~

 

くえすが冗談を言っただけと横島は言っていたけど……確実にあれは誘惑的な何かをされたのは間違いない、くえすが本気ではなかったのは分かるが……もし横島が本気にしたらどうするつもりだったのかと文句も言いたくなる……と現実逃避はここら辺にして、目の前を見上げる。

 

「モグラちゃん、いけー」

 

「ギャオオオンッ!!」

 

横島の命令に咆哮を上げて、地響きを上げて進んでいく巨大なドラゴン――勿論それはモグラちゃんだ。大きく口を開けてブレスを吐き出す姿を見て咄嗟にスカートを押さえ、時間差で私達を襲ってきた暴風にスカートを押さえてなければ下着が丸見えだったと冷や汗を流す。

 

「わきゃあああ――ッ!?」

 

「おキヌちゃーんッ!?」

 

巫女服で暴風の直撃を受けたおキヌさんが吹っ飛び、横島が栄光の手を伸ばして捕まえる。

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

「モグラちゃん、張り切ってるから……美神さん達もごめん」

 

今も雄叫びを上げているモグラちゃんは尻尾を地面に打ち付けてやる気を見せ付けているが、吹っ飛ばされていたおキヌさんとそれを必死で助けた横島は何もしていないのにもう疲労の色が濃いのを見て、思わず苦笑してしまった。

 

「ちょっとやりすぎている感じはあるけど、これは良いデモンストレーションになるわ」

 

「そうですわね。これであの屋敷の馬鹿共も尻に火が付いたでしょう」

 

美神さんとくえすの言葉を聞いて私は何をしようとしているのか理解した。いや、理解してしまった。

 

「モグラちゃんに屋敷に攻撃してもらうつもりですか?」

 

「え!?」

 

横島は驚いているけど、私は本気でそれをするつもりだと理解していた。

 

「正解、それが1番早いわ。それに……うりぼーもがんばってくれてるしね」

 

美神さんの視線の先を見ると巨大化したうりぼーが足を踏み鳴らし、片っ端から浄化をしている。要石が砕けて結界が弱まったから本来の力を使い始めているのだ。

 

「でもそんなことをして大丈夫なんですか?モグラちゃん達が人を殺しちゃうと思うんですけど……」

 

横島の懸念も良く判る。だけどそれは取り越し苦労だ。

 

「横島。屋敷はフェイク、本命は地下ですわ。大体あんな目に見えたところで何かしていると思いますか?」

 

「あ……」

 

くえすの言葉に横島があっと呟いた。少し考えれば判ると思うけど……正直横島自身もかなり一杯一杯って所だったのかもしれない。

 

「屋敷が吹っ飛ぶかどうかで相手の出方も分かるし、モグラちゃんとうりぼーのおかげで土地の除霊も出来た。これ以上疲弊する前に屋敷に突入する目処が出来たのはありがたいわね、とりあえず今日はモグラちゃんとうりぼーに頑張って貰って、しっかりと準備をして屋敷へと突入するわよ」

 

美神さんの言葉に頷き、周囲の除霊、そして悪霊の噴出す霊地を浄化しながら遠くに見える屋敷に視線を向ける……結界に澱んだ霊地、ゾンビに危険な天使や悪魔……余りにも聞いていた話、そしておキヌさんの記憶とは違うが、ここで引いてより多くの被害が出る可能性があるのならばリスクを承知で突入するしかないのだ。

 

 

十分な休養、そして装備を身につけ私達は屋敷の前に立っていた。結界はかなり弱くなっているけど、まだ強固突破するのは無理だと分かるくらい澱んだ霊力が屋敷を包み込んでいるのが判る。

 

「籠城に切り替えたと言う所ですわね。まぁ無駄なのですがね」

 

屋敷を調べていたくえすが力技では無理と言いつつ、この結界は無意味だと笑う。人間では突破出来ないがフルパワーを使えるモグラちゃんとうりぼーが居ればこの結界は十分に破壊できるだろう。

 

「それじゃあ、横島君。お願いね」

 

「はい。モグラちゃん、頼んだ」

 

横島の言葉で抱き抱えられていたモグラちゃんが腕の中から飛び出し、空中で大きくなって行き巨大な龍となり地面に着地する。

 

「ゴガアアアアアアッ!!!!」

 

咆哮と共に放たれた火炎が屋敷を覆う結界を包み込み、ガラスが砕けるような音と共に結界を破壊した。

 

「うきゅー」

 

「モグラちゃん。お疲れ様」

 

横島に駆け寄って頑張ったよと言わんばかりに鳴声をあげ、横島がモグラちゃんを抱き抱えて立ち上がって屋敷を見上げる。

 

「やっぱり壊れませんでしたね」

 

「そうね。でもこれは予想通りよ、横島」

 

結界は砕けたが屋敷は煤1つない。あわよくばモグラちゃんが破壊してくれればと思ったが……やはりそんな簡単な話では無かったようだ。

 

「ここからが本番よ、まずは無理せず安全第一。危険なら即座に引き返すことを念頭に入れて、単独行動は避ける事。それじゃあ行くわよ」

 

美神さんの言葉に頷き、私達は7日目にて屋敷の中へと足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意 その5

 





今回は色々とイベントを起して、屋敷へと突入までは書いてみました。次回からは屋敷の捜索編に入りますが、話のボリュームをかなり増やして行こうと思っています。普段の倍くらいで色々な視点で書こうと思っているので楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート9 悪意 その5

 

 

7日目まで美神達が突入を待ったのは屋敷の守りや罠を暴く為だけではなかった。転移で来れないのならば、直接出向くまで待つリミットが7日目だったのだ。月の満ち欠け、そして霊脈などの都合もあり最大能力を発揮出来るのは7日目、8日目が限界で、それ以降はなだらかに霊力が弱まっていく、7日目までに応援が来なければ突入するというのは最初の打ち合わせで決まっていた事であった。

 

「……駄目だ。結界が強すぎる、しかもこれは……」

 

「対神・竜族の物ですね……シズクさんが転移出来なかったのもこれが原因でしょう」

 

小竜姫を始めとした応援部隊は屋敷のある県に突入する事すら拒まれていた。霊的だけではなく、物理的にも強固な結界が展開されており小竜姫でさえそれを破壊するのは極めて困難だった。

 

「近くまで来ているのですからシズクさんが転移するのは無理なのですか?物資も送っていたんですし、この距離までこれば不可能ではないのではないでしょうか?」

 

ブリュンヒルデの問いかけにシズクは渋い顔で無理だと呟き、手を地面に近づける。

 

「……くう」

 

指先が地面に触れる瞬間だった。地面から放たれた電撃がシズクの身体を吹き飛ばし、木に叩き付けられたシズクはその場に崩れ落ちた。

 

「……見ただろ、転移対策だ。それにこれは……」

 

「神魔大戦の時の天界側の結界」

 

「そんな!?何故」

 

「何故だと?わからないのかい、小竜姫。今回の件……絵を書いているのは天界、それも西洋系の天使達だよ」

 

メドーサが忌々しそうに呟き刺股を虚空へと消し、その視線を館へと向ける。

 

「私達に対策してやがる。通れるとしたら西洋系の神魔だけだろうよ。ブリュンヒルデ、あんたはどうだ?」

 

ブリュンヒルデが結界に触れると同時に弾かれ、その白魚のような肌は酷く焼け爛れていた。

 

「駄目みたいですね。連絡が取れるから突入できると思っていたんですけどね」

 

水を通じて連絡を取る事が出来ていたので直接来れば美神達の助けが出来ると考えていた小竜姫達は結界に阻まれ、無理に押し通れば神魔であってもしても、いや神魔だからこそ致命的なダメージを受ける事になると分かり悔しそうに唇を噛み締めながらその場を後にする。

 

「ヘリの飛行記録はないですって?」

 

『ああ。今確認したがヘリの飛行記録はないそうだ』

 

「待ってよ、美神達はヘリで現場に向かったんじゃないワケ!?」

 

ヘリで移動したのだからそのヘリを徴収すれば美神達の応援に行けると考えていた琉璃達も出発すら出来なかった。

 

『恐らく魔法、あるいは天使の変身だったのかもしれない、そうなると依頼書の住所や地図は何の役にも立たない』

 

「異界の可能性があるって事ですか……厄介な」

 

ヘリが東京から飛んだ記録は無く、そして美神達が乗っていたヘリの目撃記録も無いと琉璃はその顔をゆがめる。

 

「単発的な襲撃はこの情報を掴ませない為だったのね」

 

「どうしましょう~」

 

散発的な悪魔と悪霊の襲撃によってヘリの情報を掴ませないようにし、シズクの転移によって物資を送る事がで来ている事から転移やヘリの移動で応援に向かう事が出来ると判断し散発的な襲撃に対応していた事が罠であったと気付き琉璃達は苛立ちを隠そうとせず机に拳を叩きつける。

 

「ここでジッとしているわけには行かないわ、駄目元で私達も向かって……きゃあッ!?」

 

琉璃の言葉は凄まじい振動によって阻まれた。地震とは違う衝撃に窓に向かって走った琉璃達はその顔を驚愕に歪めた。

 

「ゴーレムッ!?」

 

「ゴーレムだけじゃないわけガーゴイルまでいるわけ!?」

 

「いやーんッ!!これじゃあ横島君達の応援に行けないわ~」

 

そして琉璃達もまた美神達の応援に向かえない様にといわんばかりに無数の霊的兵器の強襲を受けていた。美神達が屋敷へと突入した事で琉璃達の妨害もより本格的なものへと代わり始めていた。

 

 

 

 

~蘆屋視点~

 

横島に人間の悪意を見せるという目的で人造神魔を研究していた人間達に少しばかりのてこ入れを致しましたが、結果は拙僧の予想を遥かに上回る成果を見せてくれたと言えますでしょう。モニターに映る美神達を見て生唾を飲み込んでいる者を見て、拙僧は小さく隙だらけと呟き、その背後に回る。

 

「ひっひひ……やっぱり良い女だよなあ」

 

「前のGSの女も中々悪くなかったが、こいつらは別格だよなあ」

 

「薬を使って理性さえ飛ばしちまえば怖い物なんて何もねえしなぁ」

 

美神令子、神宮寺くえす、芦蛍、そして氷室おキヌ……タイプこそ違えど誰もが振り返るような美人を見て、卑猥な妄想に浸っている愚か者達に向かって小さくオンっと呟き陰陽術を施す。

 

「蘆屋さん、どうかしましたか?」

 

「んんん、いえいえ、何でもありませんよ。結界は壊されましたが罠はまだまだありますし、焦ることもありますまい」

 

土龍の一撃と横島のダウジングで結界の要を破壊されましたが、これは正直想定内だ。ビュレトの血を引く魔女がいるのだから容易に突っ込んでくるという事はありえないと分っていましたからね。

 

「そういうことじゃよ、若造共。焦ることはない、なーにちゃんとお前達にも回してやるから安心せい」

 

「ああいう気の強い女ほど好き物なんだよ。捕まえてしまえば好きに出来るんだ、もう少し待ってろよ」

 

「飽きれば悪魔や魔獣の一物で泣き叫んでいるの見て楽しめばよかろう」

 

この屋敷の地下にいる人間は醜悪としか言いようがない、自らの欲求を満たす為に偽りの依頼を出し、何十人もの女のGSを嬲り者にし、人造神魔の母体とし、死ねば悪魔の餌とする。

 

(なんと醜き事か、畜生にも劣る)

 

拙僧も人の事を言えた存在では無いが……それでも最低限のモラルは有しているつもりだ。だがこやつらにはそれすらもない、やはり人間は愚かで醜悪だと思い知らされる。

 

「どちらへ?」

 

「拙僧がやるべき事はもうございませんからな。後は其方で頑張ってくだされ」

 

お膳立ては全てした、これで横島達が敗れ囚われるのならば……所詮そこまでだったという事。だが抗い、ここまで辿り着いたのならば……また話は変わる。

 

「愚かなり」

 

拙僧が部屋を出るなり襲ってきた人造魔族を片手で引き裂き焼き尽くす。用が済めば情報が流出しないように殺す……それはある意味最も正しい選択ではありますが……拙僧を相手にするにはこの程度の人造魔族では何の役にも立たないという事を分っていないのが余りにも愚かで思わず笑ってしまう……。

 

「しかしこれで拙僧も計画通りに事を進めれるというものです。因果応報、ンンン、自分達の行いを後悔するとよろしい」

 

剣指を振るい仕込んで来た術を全て時間差で発動するようにし、鼻歌を歌いながら地下を後にする。

 

「敵の敵は味方と言いますし……たまには正義の味方をするのも悪くはない。まぁ、マッチポンプなのですがね!」

 

私達がそそのかし、そして矮小な欲望を肥大化させた者達の暴走ですが……既に拙僧の事は忘れてしまっているでしょうから、拙僧の名前があいつ達から出ることも無い。

 

「さてさて。参りましょうかね」

 

妖精や温厚な女の魔族を捕えている塔へと足を向ける。横島も其方に落とされる筈と微笑みながら拙僧は闇の中へと己の身体を沈みこませるのだった……。

 

 

 

~おキヌ視点~

 

人造魔族を研究していた南部グループの屋敷――これは私が覚えている事件だったが、余りにも事情が違っていた。まずは霊防省と国際GS協会からの依頼、次に堕天使や、大量のゾンビの出現に、極めつけは弱体化を促す元始風水盤のような結界と本当に同じ事件なのかと思うほどに状況は悪化していた。

 

「おキヌちゃん、横島君。入ってきた扉を閉めないで、それと鏡に映らないように気をつけて、くえす」

 

「わかってますわ」

 

神宮寺さんの放った銃弾が鏡を破壊し、鏡から黒い煙のような靄が吹き出る。

 

「今のは?」

 

「凄く嫌な感じがしましたけど……」

 

見ただけで気分が悪くなるような、そんな黒い煙、いや霊力だった。美神さん達にあれはなんだったのかと横島さんと一緒に問いかける。

 

「あそこと、あそこ、それと通路の鏡が全部繋がってるのよ、あの鏡で魔法陣が映し出される角度でね。もしも映っていたら……」

 

「「映っていたら?」」

 

そこで言葉を切った蛍ちゃんに横島さんと思わず唾を飲み込みながら、どうなるのかを尋ねる。

 

「最悪即死、その次で霊力の封印、幻覚、操られるとかね」

 

デストラップだったとしり、思わず横島さんと一緒に引き攣った悲鳴を上げた。

 

「そんなのがあちこちに仕掛けられてるのよ。下手に扉を開けたり、閉めたりしないで、何を基点にして術が作動するか分からないから」

 

美神さんの警告に壊れた玩具のように何度も何度も頷き、横島さんはチビちゃん達を抱き抱えて、余計な事をしないようにして扉から離れる。

 

「心眼、ここまだ仕掛けある?」

 

【ある、魔力の残滓があちこちにある……そこの花瓶と机の上の皿、それを破壊してくれ】

 

美神さんの問いかけに心眼が返事を返し、神宮寺さんが机に蹴りを入れて机を引っくり返す。

 

「くえすさん!?」

 

「これが1番手っ取り早いのですわ、なるほど……時限式のトラップと言う所ですか、蛍。そっちは?」

 

神宮寺さんが花瓶を引っくり返している蛍ちゃんにそう問いかける。すると蛍ちゃんはゆっくりと振り返り、不気味な人形を掲げた。

 

「姿写しの人形ね。これに完全に姿をコピーされてたら終わってたわ」

 

「そうね。身体の自由を奪われて完全に詰んでたわね、何されても抵抗も出来ないんだから……」

 

何をされても抵抗出来ない……それが何を意味するかは言うまでも無いだろう、人造魔族やゾンビを作っている連中がまともな倫理観を持っているわけがないので、慰み者にされて実験台か何かにされるのが目に見えている。

 

(お義父さんも言ってたし……)

 

女のGSが1番気をつけなくてはならない事だと口を酸っぱくして言われている。事実名家と言われる霊能者の家には優秀な女のGSを優秀な子供を産ませる胎盤くらいに思っている家もある……捕まった末路が脳裏を過ぎり、思わず身体を抱いて震える。

 

「……しかしこの狭い部屋にこれだけの呪物を用意するとはまともではないですわね」

 

「そうね、効果を発揮しやすい物をとにかくやたら滅多ら詰め込んでるって感じね。少なくとも霊能者がすることじゃないわ」

 

美神さん達も顔を歪めながら話をさっさとすり替えてしまう。だけど、それで良いと思う。こんな胸糞の悪い話は長くする物じゃないと思うから……。

 

「おキヌちゃん。笛吹いてくれる?」

 

「はい、分かりました。横島さん」

 

部屋を調べる前にネクロマンサーの笛で何か反応があるかどうかを調べる為に笛を巫女服の中から取り出す。

 

「これで何の反応も無ければまた1から調べ直しですわね」

 

「そうね、2階に続く階段も見つからないし、今の所3部屋にそれらしい物も無かったけど……隠し階段とか通路がある可能性はあるわね」

 

外目は2階建ての豪華な見た目の屋敷だったが、中は見た目と違って質素な作りであり、罠や仕掛け、呪物が多く仕掛けられているが殆ど空き部屋で生活の痕跡などは見当たらなかったけど……ここではどうだろうか、何か手掛かりがあればと思いながら私はネクロマンサーの笛に息を吹き込んだのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

誰も口にする事はなかったけど、多分ここで捕まれば自分達が慰み者にされる事は分かっていた。いや、もっと言えば国際GS協会や霊防省から見ても私達が強力な霊能者という事で、今回の暴挙に出た可能性もある。

 

(……本当かなって思ってたけど、この調子だと本当の事っぽいわね)

 

強力な霊能者を増やそうという話があって、有能な霊能者同士の結婚の強要、優秀な男のGSに何人もの若い女のGSを与えていたって言う話があったけど……もしかすると霊防省や、国際GS協会の絡んだ事件だったのかもしれない。

 

「……なんか蛍、今回の笛の音色。少し音が低くないか?少し寒くなって来た気がする」

 

横島がチビ達を抱き抱えながらそう尋ねてくる。確かに部屋全体の気温が下がってきているのは間違いない……。

 

「美神さん、これって」

 

「ビンゴ、当たりよ。本当は外れて欲しかったけどね」

 

私達の見ている前で血塗れの女の幽霊がその姿を見せる。思わず身構えかけたけど……私達はすぐに腕を下ろした。その幽霊の服装はGSの物であったからだ。その服装を見ればこの人が私達の前にこの屋敷に足を踏み入れて死んでしまった被害者である事は明らかだった……

 

【気を……けて……ここ……界】

 

ネクロマンサーの笛の音色で姿を取り戻した女性は掠れ掠れの声で私達に警告の言葉を告げる。

 

【……死ん……だ……めれて……地……極……げ……て……間……合う】

 

死んでもなおこの土地に縛られ成仏出来ないのだろう、ボロボロの姿は恐らく……その姿で死んだという証……余りにも酷すぎる。

 

「私達は貴女をこんな目に合わせたやつらを捕まえに来たの、だから教えて……どうすれば貴女をそんな目にあわせた奴らの所にいけるの」

 

美神さんの問いかけに幽霊は悲しそうに目を伏せて首を左右に振った。

 

【……分から……な……い】

 

「分からない?罠か何かって事?」

 

【……捕まって……た……苦し……いた……泣いても……くれ……い】

 

段々声が遠くになっていく、おキヌさんに視線を向けると大粒の汗を流しながらネクロマンサーの笛を奏でている。その姿を見て、何かの影響を受けているのだろう。もしかするとGSなのに、その霊体がこんなに崩れているのと関係しているかもしれない。

 

「これだけは教えて、これをやっているのは人間?」

 

美神さんの問いかけに幽霊は小さく頷き、その霊体は弾けるように消滅した。

 

「今の……もしかして霊体が砕け散った」

 

【いや、違う……恐らくこの屋敷のあちこちに身体が散らばっているのだろう……むごいことをする物だ】

 

心眼の言葉に横島が目を見開いたけど、私達も同じ意見だ。そもそもGSの霊体が四散しているっていう段階で異常だ。霊能者のよっぽどなことが無ければ非常に安定した状態になることが多いが、あそこまで消耗しているのを見ると相当嬲られた挙句に悪魔か魔獣の餌にされた可能性が高い。

 

「横島君、おキヌちゃん、蛍ちゃん。こっちに来なさい、彼女の成仏を祈るわよ」

 

本当は遺体を捜してきっちりと埋葬してあげたいけど……今は時間が無い、こんな非道をした連中を必ず捕まえると心に誓い、少しでも彼女の霊体の痛みが和らぐ事を祈る。

 

「もう1度来た部屋をきっちり調べなおすわよ、今のままじゃ余りにも手掛かりが無さ過ぎる。私達まで彼女達の二の舞になりかねないわ、慎重に、常に最悪を想定して行動してちょうだい、これをやっているのは人間だけどガープや魔族を相手にした戦いと思ってね」

 

口調はいつも通りだが怒りを露にしている美神さんに頷いて再び屋敷の捜索、2階、もしくは地下に続く隠し通路等のギミックを探す。

 

だがそれらしいものは無く、あったものと言えば勝手に動き出して襲ってくる人形。

 

引き出しを開けると鏡があり、天井などの線や家具と合わせて魔法陣を描き出すというトラップ。

 

と言ったブービートラップに油断している者を確実に仕留めに来るというタイプの罠ばかりだった。

 

「それらしい手掛かりはありませんわね、見た所の罠は全て潰しましたが……」

 

「そうね、どこかに階段とかを出現させるカラクリでもあるかと思ったけど……そういうのはないし……横島君、心眼にそろそろ霊視の結果が出たか聞いて見てくれる?」

 

まぁその罠も殆ど効力を発揮する事は無く、完全に効力を発揮する前に無力化したけど……どこもかしこもトラップばかりで正直うんざりして来た所で美神さんが横島に霊視を続けていた心眼に何かわかった事があるか聞いてみてくれと声を掛ける。

 

「心眼どうだ?何か隠されていたりしないか?これだけ探しても何も無いっていうのはおかしいだろ?」

 

しかし調べてもそれらしい手掛かりは見つからず、もっと言えば悪霊やゾンビの出現する気配も無いままに屋敷に突入して2時間が経過している。確かに調べればそれなりにおかしい物はある、だがそれはあくまでGSを殺す為の仕掛けであり、地下や2階に続く道を開くギミックではないものばかりだ。心眼が意識を集中させて霊視をすると言って30分ほど、そろそろ何かの成果が出たと思っていたのだが、心眼は申し訳無さそうに何も分からないと返事を返した。

 

【……かなり集中して調べているが……すまない。何も分からない……かなり強力な妨害が仕掛けられているようだ。恐らく対神魔や、霊視に特化した何かが施されているのだろう、今の私では調べる事は難しい】

 

心眼が念視を出来ないとなると事態は思っている以上に深刻なのかもしれない。

 

「部屋数は6つ……通路はほぼ直線で仕掛けもなし……こういう作りの屋敷ならばどこかに食堂や広場がありそうですが……」

 

「そういうのは見つかりませんでしたよ?ネクロマンサーの笛もシズの笛も試してみましたけど……隠し通路や結界っていう雰囲気はありませんでした……被害者の魂の反応はありましたけど……」

 

音に霊力を乗せての捜索も行ったが1階には隠し通路や何か特別な仕掛けも無かった。おキヌさんの笛で燻りだす事を期待していただけにこの空振りは想定外だった。

 

(うーん……ここも違うわね)

 

爪先で床を叩いて下に空洞があるかどうかを調べてみるが、どこもそれらしい反応はない。おキヌさんの記憶では落とし穴があって地下に落ちたらしいが……そんな気配はどこにもない。

 

「呪物が乱雑に配置されていただけで、これと言ったカラクリの気配もありませんでしたし……下手に吹っ飛ばすわけにも行きませんしね

思い切ってチビ達に何かしてもらいますか?もしかするとどこかで私達を監視している可能性もありますから、想定外の行動をして見るのもありだと思うのですが」

 

くえすがそう提案すると横島が抱き抱えているチビ達が顔を上げた。

 

「うきゅうー?」

 

「みむ?」

 

「ぴぎー」

 

【ノブブウー!】

 

「わっととと、駄目駄目ッ!やるとしても美神さん達の許可があってからだ!」

 

チビ達が動き出そうとするのを横島が必死に止める。確かに霊能の観点から調べても何も見つからないと言うのは私達の動きが逐一観察されている可能性が高い……このままでは疲労が蓄積する一方だ。そこまで考えれば答えは己ずと出る。

 

「くえすは少しやりすぎだと思いますけど、監視されているって言うのは当たってるかもしれませんね。もしかするとこっちが疲労するまでは動きが無いかもしれないですね」

 

元々向こうはこっちが疲弊するまで屋敷の中に入れるつもりが無かったのだ。それをモグラちゃんに頼んで結界を破壊して無理に侵入したのだ。万全な状態の私達を自分達の領域に招き入れる訳がない……。

 

「横島君、チビノブに床を攻撃して貰える?」

 

「チビノブにですか?分かりました。頼めるか?」

 

【ノブウッ!ノーブーッ!】

 

気合を入れたチビノブが小さな霊刀を振りかざし、横島の腕から飛び降りるが床に結界が展開されチビノブが弾き飛ばされる。

 

【の……ノブウー】

 

「ああ、良し良し、痛かったな……」

 

涙目で駆け寄って来るチビノブの頭を撫でて、横島が再びチビノブを抱き抱えて良し良しと宥める。

 

「ごめんなさいね、チビノブ。東京に帰れたら好きなメロンパンを買ってあげるから」

 

【ノーブウッ!!】

 

美神さんが謝るがチビノブは小さな身体を大きくして怒りを露にする。

 

「美神さん、ちょっと今のは酷いですよ」

 

「だからごめんって、霊刀の質はチビノブが1番いいからもしかしたらって思ったのよ……駄目だった見たいだけどね。となると……もうあれしかないわね」

 

美神さんは覚悟を決めた表情で荷物をあけて道具をどんどん取り出す。

 

「敵の策略に乗るわけですか」

 

「もうそれしかないわ。袋小路で大量の悪霊とかを差し向けられてもいつまでも耐えれない。リスクは承知で向こうの罠に乗るわ、全員しっかり装備を整えて」

 

「で、でも美神さん、そんなことをして大丈夫なんですか!?」

 

「それしかないのよ、おキヌちゃん。覚悟を決めなさい」

 

そう言いながら転移札をおキヌさんに握らせる美神さん、罠に掛かった振りをして転移札で合流する。単純だけど1枚億単位の札なので並のGSでは持っていないと踏んでの事だ。

 

「では横島、少しずつ離れますわよ」

 

「え、離れるんですか?」

 

「ええ、ある程度距離が動くと床が動いていましたからね、向こうはよほど私達を分断させたいのでしょう」

 

そう笑うくえすがゆっくりと後ずさると床の下で何かが動く音が響いた。

 

「そういうことね。分かったわ、横島はチビ達をしっかりと抱き抱えててね」

 

私もゆっくりと離れ、横島達もゆっくりゆっくり一歩ずつ後ずさる。そして全員の距離が一定の距離はなれた瞬間、床が消え私達は一斉に地下へと落ちて行くが、相手の思い通りにはさせない。

 

「転移札と合流札を同時に使いなさい!集まるわよ!」

 

落ちていく中美神さんの合図で札を発動させ、私達は青い光に包まれたのだが……何故か横島の姿だけは真紅に染まり、思わず横島の名前を叫びかけたが、私の声は横島に届く事は無く、そして転移した先に美神さん、おキヌさん、私、くえすの姿はあったが……。

 

「横島!?」

 

「横島君!?」

 

「横島さん!?」

 

「嘘……なんで」

 

私達は無事に1箇所に集まる事が出来ていたのだが横島の姿だけはどこにも無かったのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

横島だけが別の場所に飛ばされたのは研究者達にとってもある意味予想外の出来事だった。人造神魔を研究するためにグレムリンなど幼生を捕獲しており、それらが逃亡した際の捕獲のための術式が作動し、横島は研究塔に1人飛ばされてしまったのだ。

 

「あいたっ!!!うーいてて……美神さん達は大丈夫ですか?美神さん?蛍?くえすさん、おキヌちゃん!?嘘だろチビ達もいないぞッ!?」

 

尻から落下した横島は尻を摩りながら美神達に呼びかけたが返事が無く、顔を上げて辺りを見回すが美神さん達の姿はおろか、チビ達の姿も無く、思わず声を上げた。

 

【ギギ?】

 

【シンニュウシャ?】

 

俺の声はかなり遠くにまで響いたのか、機械合成音のような甲高い声が聞こえ、何かが近づいてくる気配を感じた。

 

【横島、隠れろ。何かが近づいてくる!】

 

「マジかッ……えっと……光精将来!我の姿を隠せ、急々如律令!」

 

隠れる場所が見つからなかったので陰陽術で姿を隠し息を殺す。

 

【いない……】

 

【キノセイ?】

 

ガチャガチャと音を立てて俺の目の前を歩くのは中世で見たガーゴイルに似ているが、銃などで武装しておりガーゴイルと言うよりかはロボットという印象を受けた。暫く周囲を探っていたガーゴイルだが俺の姿が見つからないと分かると来た道を引き返していく……その姿が

完全に見えなくなってから陰陽術を解除して一息ついた。

 

「ここはどこだ……少なくとも屋敷の中じゃないよな?」

 

【恐らく地下だ。人造神魔を研究しているような連中だ、実験動物の捕獲用の術式を仕込んでいたのだろう。それでお前だけが別の場所に

転移してしまったと言う訳だ】

 

「チビ達はじゃあ……俺とはまた違う場所にいるって言うのかッ!」

 

実験動物と聞き、チビ達が危ないと思い思わず声を荒げてしまい、慌てて口を塞いだ。

 

【焦る気持ちは分かるが、まずは落ち着け。チビ達も囚われている可能性は高い、だがここで無闇に動き回りお前まで囚われるというリスクは何よりも避けるべきだ。なに、心配ないチビ達は強い、研究者なんかに負けはしないさ。

 

「そうかなあ……大丈夫かな?」

 

なお横島がチビ達の心配をしている頃――チビ達はと言うと……。

 

「みむみむみむみぎーッ!!!!」

 

「げぼああッ!?」

 

チビは研究者をその短い腕でボコボコに殴り、怪しい注射器を持っていた研究者を完全にKOしていた。

 

「うぎゅああああああッ!!!」

 

「「「う、うわあああああ――ッ!!!」」」

 

「フーフーッ!!」

 

モグラちゃんはマスコットドラゴンフォームではなく、ガチのドラゴンフォームとなり研究施設を爪と牙で破壊し、力任せに牢屋を破壊して悠々と横島のいる研究塔を歩き出していた。

 

「ぷぎいーッ!!!」

 

そしてうりぼーは増える、巨大化するというコンボで捕らえようとしたガーゴイルやゴーレムを破壊し、横島の匂いを嗅いで探す為に走り回り、チビノブは……。

 

【ノッブウッ!!】

 

「ひ、ひいいいッ!!!」

 

チビノブソードを研究者の喉元に突きつけた後に、腹を殴りつけ気絶させ悠々とチビノブを実験台にしようとした研究者を壁に叩きつけ、ふんすと鼻息荒く既に脱出していたりする……。

 

「大丈夫かな……」

 

【大丈夫に決まっている。まずは横島、お前自身の身を案ずるんだ。敵地に1人だけなのだぞ?慎重に立ち回る必要がある。チビ達はきっとお前を探してくれているだろうから合流さえ出来れば心配することはない】

 

繰り返し心配ない、まずは自分の身を心配しろという心眼だが、美神さん達にチビ達……正直心配するなと言うのはかなり難しかった。

 

【お前の心配も判るが、美神達の心配を出来るほどお前は強いか?】

 

それを言われると俺は何も言えなくなってしまう……美神さん達は俺よりも強いし、知識もある。それに転移札で全員同じ光に包まれていたからきっと4人とも一緒にいると思うから俺よりも安全なのはきっと間違いない。

 

【分かったな?分かったのなら移動を始めるぞ、もしかするとここがあの屋敷の仕掛けをコントロールしている場所かもしれない、ここから美神達の援護が出来るかもしれないからな】

 

確かに心眼の言う通りだ。俺がここにいることで美神さん達の助けとなれるかも知れない。

 

「俺はどうすればいい、心眼」

 

【まずはここがどこなのかを把握することが最優先だ。危険だがガーゴイルが移動した方に向かってみよう。あれが警備、巡回用の使い魔ならば……この先に進まなかったと言うのは優先順位が低いからだ。進んで行った方角からはまだ音がしていた……それだけ重要区画とい

う事だ】

 

「な、なるほど」

 

さすが心眼だ。俺には到底思いつかないことを教えてくれる。俺は身を低くして、通路の先に視線を向けるとガチャガチャと何かが動く音に紛れて人の話し声見たいのも聞こえてきている。

 

「行こう、心眼もフォローを頼むな?」

 

【任せろ。手間取っている時間はない、手早くいくぞ】

 

栄光の手を右手に展開し、左手はいざって言う時にすぐに陰陽術を使えるようにフィンガーグローブも外しておく、小さく一息はいてから俺は気配を殺しながらゆっくりとすり足で足音を立てないように細心の注意を払って移動を始めるのだった……。

 

「おいおい、こいつなんでここにいるんだ」

 

「どうした?なっ!?横島GSなんで……」

 

しかしその姿は監視カメラに映し出されており、監視室が一時騒然となる。だがそれは一瞬の事で、すぐに監視室にいる者全員に猟奇的な光が宿る。

 

「丁度いい、人造神魔をこいつにぶつけようぜ、どうせ戦闘データを取るんだ。こいつが1人で邪魔が入らないうちに戦わせようぜ」

 

「良いな、それ。よし、俺研究室に電話するわ、ちょうど培養室の方に向かってるみたいだし丁度いい」

 

紫についで作り出した人造神魔の戦闘データを取るのに丁度いいと笑いあい、監視室の男達は研究室に電話を入れる。

 

「それは実に丁度いい。おい実験体を目覚めさせろ、横島忠夫とぶつけて戦闘データを取るぞ」

 

「了解です」

 

室長の命令でコンソールを叩く無数の白衣の研究者達の視線の先で培養液の中に浮かぶ、人造神魔が血のような紅い瞳をゆっくりと開こうとしているのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意 その6へ続く

 

 




次回からは美神達、横島、スーパーマスコットの視点で話を進めて行こうと思います。とりあえずマスコット軍団がイージー、美神達がハード、横島がパーフェクトコミュ出来ないとルナティックって言う難易度で進めていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。




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その6

リポート9 悪意 その6

 

~蛍視点~

 

転移札と合流札で相手の罠に嵌った振りをして合流する計画は最初の段階で頓挫してしまった。計画通り、私、美神さん、くえす、おキヌさんは転移札・合流札と合わせて億単位の出費をした代わりに合流出来ていたが、1番肝心の横島だけがこの場には居なかった。

 

「どうして横島だけ別の場所に……私達が転移札とかを使うことを向こうは予測していた?」

 

転移した場所は狭い小部屋で、所々血の染みがある。これが人間か、それとも悪魔の血なのかは判らないが、いて気持ちのいい部屋ではない。しかし状況を把握するまでは移動するわけにはいかず、準備を整えながら横島が何故この場にいないのかと考えているとくえすに小さな小袋を投げ付けられた。

 

「これは何?」

 

見た所正規の薬ではない、ちょっと独特な甘い香りもして思わず眉を顰めながらこれが何か?と問いかける。

 

「早めに飲んでおきなさい、媚薬……それも、霊力系を封印する魔界の薬物の複合品の香炉の残り香がします。私は耐性がありますが、それでもかなり強烈な物ですわ。並みの女なら発情して使い物にならなくなるレベルですわよ」

 

媚薬と聞いて、袋を開けて中身を慌てて口にする。対霊能者用の媚薬では下手をすれば一瞬で意識が飛んでしまうし、その上霊力を封印されては抗う術も無いので早急に対策が必要になる。

 

「うげ……まずぅ……」

 

「……私の薬より不味いわね」

 

「……えほ……げほ」

 

思わずえずいてしまうほどに不味い薬だが、薬の効果が出てきたのか頭の中がすっきりして来たような気がする。

 

「それと召喚の魔法陣、扉に手を伸ばせば何かが出てくる感じですわね。複数形――恐らくゴブリンや餓鬼と言った人間の女を攫って繁殖する習性のあるタイプの魔物。薬にもなりますからローパーって言う線も捨て切れませんが」

 

「どっちにせよ、最悪だわ」

 

女としての尊厳を全て奪われる。最も最悪の展開と言えると思う、くえすはナイフで床に刻まれていた魔法陣に近づいたので無力化すると思ったのだがナイフを中心に突き立て立ち上がる。

 

「無効化しないの?」

 

「ええ、今はしませんわ。どうせこんな悪辣で悪趣味な事をする人間ですからね、私達が犯されてる光景を見ようと監視している筈ですから、それを利用します」

 

「……聞いてるだけで気分が悪くなって来たんですけど……」

 

おキヌさんが小声でそう呟く、まぁ確かに聞いていて気分のいい話ではない。霊力などを使えなくする薬物と媚薬を組み合わせて、魔物に犯される……それは間違いなく女の精神を圧し折るのに最も適した方法と言える。しかも霊力を吸われれば霊力も扱えなくなり、そうなればただの女であり、霊能を使えない男にも抗えなくなる。

 

「案外そういう霊能犯罪者って多いのよね。駆け出しの若い女のGSが行方不明って大体そういうパターンでね」

 

「気分が良い話ではありませんがね。それより蛍、向こうの監視に幻術で犯されてる私達を見えるようにしなさい」

 

「えー……」

 

確かに幻術は出来るけど、そんな幻術はやりたくない。だけど美神さんにも言われて嫌々幻術を展開する羽目になる。

 

「さてと、向こうの動きが出るまで待機だけど……なんで横島君がいないのかしら……紅い霊力は見えたけど、やっぱり罠?」

 

「いえ、多分ですけど……ここ全体が魔物や魔獣を研究する施設なのでしょう。実験動物が逃げないように用意されている結界にチビ達を

抱えていた横島も反応してしまったって言う所ですわね……もしくは横島の魔力に反応したって言う線も捨て切れませんけど」

 

「最悪すぎない?想定外にも程があるんだけど……」

 

チビ達に反応したのならまだ良いが、横島の魔力に反応したとなればこの件の黒幕に横島の情報が流れてしまう訳で、状況はかなり悪い。

 

「し、来たわよ」

 

美神さんの声に息を潜めると下卑た笑い声が響いて来る。

 

『ローパーの麻痺毒で動けないうちにやっちまおうぜ』

 

『俺は巫女が良い。巫女の純血を汚すのが好きなんだよ』

 

『じゃあ俺はくえすが良い、魔女は好き者だから何人でもいけるだろ』

 

『楽しみだよなあ、前の女のGSはすぐに壊れちまったし』

 

『良い女だったんだけどなあ。ゴブリンにやらせたらすぐ壊れて、ケルベロスの餌だったろ?勿体無かったよなあ』

 

聞こえて繰る下卑た会話に拳を強く握り締める。美神さんも井形が浮かんでいるし、くえすは笑っているがその目は絶対零度の光を宿している。

 

「おキヌちゃん、とりあえず今は隠れてて、それと後でここでネクロマンサーの笛吹いてあげて、ここが多分あのGSの死んだ場所だわ」

 

「はい……心を込めて吹かせて貰います」

 

おキヌさんが隠れるのと、扉が開くのほぼ同時で拳を鳴らして立っている私達を見て呆然としている8人の男達に笑いかける。

 

「「「地獄に落ちろ」」」

 

私達3人の声が重なり、くえすの放った魔法によって男達の悲鳴が冷たい廊下に木霊し、神通棍で殴り男達を鎮圧するまでに掛かった時間は3分ほどの出来事だった。

 

「催眠術を駆使して連続強姦を繰り返していた尾崎に、指名手配中のキメラ合成師の木村……それと……強姦と拉致監禁で、懲戒免職になったGS協会の篠崎……」

 

「見事に犯罪者ばかりですわね」

 

「……これ本当に霊防省と国際GS協会に敵が居るんじゃないですか?」

 

GS協会と六道が指名手配している犯罪者ばかりだ。美神さんが確認をしながら眉を顰め、くえすが不能になる呪を掛けながら頭を抱える。

 

「尻尾きりで終わる可能性もあるけどね、まぁ良いわ。ここまで派手に暴れたら手加減なしで、大暴れ行くわよ」

 

「そっちの方が早いですし、横島も合流しやすいでしょうしね」

 

「女の敵は1人も残らず潰して行きますか」

 

ここにいるのが犯罪者だと判り、なおかつ何人も毒牙に掛けていると分かれば、もうなんのためらいも無い。自分達が何をしたのか、それを思い知らせて全員刑務所に叩き込んでやると意気込んで部屋を出る。

 

(横島……無事で居てよ)

 

チビ達が一緒に居てくれればいいけど、もしかすると横島1人かもしれないと思い私は横島の無事を祈りながら、通路に出ると同時に飛びかかって来たガーゴイルの顔面に神通棍を叩きつけ、その頭部を胴体から吹っ飛ばすのだった……。

一方その頃横島はと言うと……。

 

「……こんにちわ……ですの」

 

「こんにちわ?」

 

青い髪に真紅の瞳をした幼女とエンカウントしていたりするのだった……。

 

 

 

 

 

~横島視点~

 

石造りの通路を足音を立てないようにゆっくりと進む、ひんやりとしているのに額には汗が浮かんでくるのはきっとチビ達も居ない、ノッブちゃん達もいない、完全に自分の力だけで何とかしなければならないと言う緊張感による物だろう。

 

【そこで止まれ、陰陽術で姿を隠せ】

 

心眼の言葉に頷き、Gジャンの上着から札を取り出して術を発動させて姿を隠す。

 

「くそッ!美神GS達を媚薬で無力化させるんじゃなかったのかよ!」

 

「ぶつくさ言ってる場合か!ゴーレムと自衛ジョーを出すぞッ!!」

 

「あーくそッ!上手く行っていれば今頃お楽しみの時間だったのによぉッ!!」

 

どたどたと走っていく科学者3人。媚薬、お楽しみの時間という言葉に怒りが込み上げてくるが、美神さん達が暴れているのなら相手の罠を回避する事は出来たのだと分かり、小さく息を吐いた。

 

「心眼、どうする?俺達もあっちに行くか?」

 

あの3人の後を追って行けば美神さん達と合流出来るのでは?と提案するが、心眼は俺に待てと告げた。

 

【見た目は古い遺跡だが、中身は最新鋭の電子機器がある。着いて行った所で途中で立ち往生になる】

 

「……そんな偽造時間の無駄じゃない?」

 

【まぁ術とかの影響もあるだろう、とにかく着いて行ってもお前では無理だ。このまま進むぞ】

 

美神さん達と合流できるかもしれないという淡い期待が潰され、俺は落胆しながら再び石造りの通路を歩き出した。

 

「なんかさあ、凄い音してるけどこれなんだろう?なんかでかい化け物でもいるのか?」

 

ゴーレムとか言ってたし、美神さん達は大丈夫なのだろうかと通路に響く音をに顔を歪めながら心眼に尋ねる。

 

【いや、チビ達だな。ここよりもう少し地下か?霊視妨害で把握しにくいが、チビ達が暴れているようだ】

 

「チビ達は大丈夫か?心眼、状況は分からないか?」

 

チビ達が心配で心眼に分からないかと尋ねると少し待てと言って心眼は黙り込み、俺は待ての言葉の通り周囲を警戒しながら心眼が再び目を開くのを待ち……暗がりからぺちぺちと言う小さな足音が聞こえてきたので隠行札を解除して身構える。

 

「……こんにちわ……ですの」

 

「こんにちわ?」

 

暗がりから姿を見せたのは幼い少女だった、だけど幼い少女にしては扇情的と言えば良いのだろうか?半透明のスカートに、黒い下着、ノースリーブのシャツに、頬には涙のような刺青の入った青い髪をした少女がこんにちわと言うので俺もこんにちわと返事を返す。

 

(……人間じゃ……ないか?駄目だ、良くわからねぇ)

 

人の気配じゃないのは分かる。どこか紫ちゃんに似ているような気配だ。人間のような、小竜姫様のような神族のようであり、メドーサさんや、ブリュンヒルデさんのような魔族のような……そんな気配だ。

 

(うーん、どうしたものか)

 

見た目は幼女だが、敵なのか、それともただ迷子なのか……俺は少し考えてからGジャンを脱いで、内ポケットの札をGパンのポケットに捻じ込んで、少女に近づいた。

 

「女の子がそんな破廉恥な格好をしたら駄目」

 

スカートは半透明でスカートとしての役割を果たしてないし、少女には似つかわしくない黒い下着が丸見えだし、ノースリーブのシャツは脇丸見えでこれも服としての機能をまるで発揮していない。これでは余りにも良くないと俺のGジャンを着せてあげる事にした。

 

「……これは生き様ですの」

 

「駄目です。ほら、ここは寒いからこれを着ないと駄目、風邪引くから」

 

生き様ってなんだよと思いながら嫌がる素振りを見せる少女にGジャンを着せる。ダボダボだが、とりあえず膝丈くらいはあるから下着は見えなくなったなと安堵する。

 

「……暖かいですの」

 

Gジャンに包まりぽやっとした笑みを浮かべる。少女――ただ俺の見間違い出なければ、今手のひらの中に日本刀の切っ先みたいのが収納されたような……。人間じゃないのは確定かと思いながらも見た目が幼い少女なのでどうしても敵とは思えず、俺は鞄から糖分補給用の飴を取り出す。

 

「それは良かった。ほら、おいでおいで。飴ちゃん食べる?」

 

「……貰いますの」

 

とてとてと近づいてくる少女に飴を差し出し、俺も飴を頬張り少女と並んで壁にもたれかかる。

 

「俺横島、君は?」

 

「……名前?私の呼称なら人造神魔02号ですの」

 

人造神魔――京都のあれかと思うのと人造神魔02と言う番号を名前という少女を見て眉を細める。

 

「……どうかしましたの?」

 

きょとんとした顔をしている少女の顔を見れば自我があるのは明らかだった。それなのに番号で呼んでいた外道に怒りを覚える。だが今はそれよりももっと大事な事がある。

 

「そんな名前捨てちゃえ。んーミィなんてどうだ?可愛い名前だと思うんだけど」

 

名は体を現す、02号なんて言っていると本当にその通りになってしまうので、別の名前を名乗るようにさせないと思ったのだ。

 

「ミィ……ミィ……可愛い名前ですの、良いんですの?私、02号じゃなくて、ミィで」

 

「良いに決まってるだろ。決まり決まり、ミィちゃん。おいでおいで」

 

おいでおいでと言いつつ、ミィちゃんを抱き上げると驚いた様子だったが、にぱっと言う音が聞こえて来そうなミィちゃんに微笑みかける。

 

【もどっ……お前何を抱えている】

 

「ミィちゃんって言うんだ。さっきそこで会ってさ、物静かだけど良い子なんだぜ」

 

この子は紫ちゃんと同じだ。まだ何も判らないのならば悪い事は駄目と教えてあげれば良いんだ。

 

「……ミィですの」

 

「おー偉い偉い、自己紹介できたなあ」

 

「……むふー♪」

 

頭を撫でると満足そうにしているのでこれが正解の対応だと俺は確信していたのだが……。

 

【少しなら大丈夫と目を離した私が馬鹿だったか……まぁ良い、現状を説明する。良く聞けよ】

 

心眼の呆れた様な言葉に俺とミィちゃんは揃って首を傾げるのだった……。

 

なおその頃監視室にいた科学者達はと言うと当然阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたりする。

 

「何故02号は言う事を聞かない!?隙だらけなんだぞ!」

 

「駄目です!命令が通りません!?」

 

「馬鹿な!なんでだ!今まで何回も俺達の命令通りに暗殺をしていたのに何故言う事を聞かない!?」

 

横島に抱き抱えられているミィが少しでも力を入れれば簡単に横島を殺せる。なのにミィは幼い少女のような素振りをして、一切の攻撃性を見せない。その事に科学者達は激昂していたが、これはある意味当然とも言えた。もしも横島がミィを攻撃していれば、ミィは命令されていた通りに横島を殺そうとしただろう……だが横島は寒そうだからと自分の服を着させ、そして甘い飴を与えた。それは実験の度に身体を痛めつけられ、実験動物として扱われたミィにとって初めての事であり、そして心を暖かく満たした。自分に酷いことをする相手よりも、優しく、そして自分を気遣ってくれる相手に懐くのは当然の事であり、名前を与えられた事で既に人造神魔02号ではなく、ミィという個になっていた為、もうこの研究者達の声はミィに届いてすらいなかったりする……。

 

 

 

~心眼視点~

 

霊視と意識を飛ばすのを組み合わせ、私はこの石造りの通路の中を凄まじい勢いで進んでいた。

 

(あまり離れすぎるのも危険だ。急ごう)

 

姿を隠しているが、横島は隠行と戦闘を同時に行えないので移動する進路、そして状況把握を素早く行う事にする。

 

「みぎみぎみぎみーッ!!!」

 

【ガゴガアガガガ……】

 

「ば、馬鹿な……何故グレム……「みぎーッ!!」げぼああッ!!」

 

「みむいーッ!!!」

 

(チビは問題なし、というか横島がいないから凶暴性を見せているな)

 

ゴーレムをその短い手足で破壊し、研究員は頭突きで吹き飛ばし勝利の雄叫びを上げてるチビは問題なし。

 

「うーきゅうううーッ!!!」

 

【【【【あーッ!!!】】】

 

「馬鹿な、モグラが炎を吐くなんてッ!!!」

 

「うーきゅーあッ!!!」

 

「ぎゃあッ!?」

 

小さい姿から巨大化し、研究者を押し潰し丁寧に後ろ足で砂を掛けて歩き出すモグラちゃんも問題はないな。

 

 

「「「ぷぎぎーッ!!!」」」

 

「ぎゃあッ!?」

 

「ごぼおッ!!」

 

【損傷甚大……機能停止……】

 

【ゴガアッ!?】

 

うりぼーは巨大化した上に全力疾走で何もかも轢き飛ばしていくうりぼーはこの狭い通路では間違い無く最強だ。

 

【ノブ】

 

竹光ではなく、怪しい光を放つ日本刀を鞘に納めるチビノブ、それと同時に人形が全て両断され爆発する。見た目が子供の落書きのようだが、やはり信長の分身、その戦闘力は折り紙つきだ。

 

(……問題はなさそうだな)

 

横島が心配していたがこれなら問題はないなと安堵し、チビへと声を掛ける。

 

【チビ。聞こえるか?】

 

「みむ?みーみー?」

 

私の姿が見えないのできょろきょろと姿を探しているチビ。私ではなく、横島を探しているのだろうが、そこはしょうがないとにかく時間がないので手早く指示を出す。

 

【聞こえているな。横島は上の階にいるが、合流は難しい。この階層にうりぼーとモグラ、それとチビノブがいるからそれと合流しろ。うりぼーとモグラが入れば天井を破壊して合流できるはずだ】

 

「みむ!」

 

力強い返事を返して翼を羽ばたかせて飛んで行くチビを見送り、美神達の状況も確認するが、こっち問題はなさそうだな。そもそも全員が1級品のGSが集まっているのだから問題があるわけもない。

 

(やはり一番の問題は横島だな)

 

知識に乏しく、感情的になりやすい横島が1番不味い状況だと判断し横島の元へ戻ったのだが、紫と良く似た気配――人造神魔の少女を抱き抱えて笑っていて、手遅れだったかと少し焦りはしたものの……横島の弱点である幼い少女の姿をしているだけに、不意打ち奇襲の可能性を考慮すると先に仲良くなっていたのはある意味間違いではないかと思い、横島を追求する事は止めた。

 

【IDカードらしい物を持っていた研究者がこの先に居る。そいつからカードを強奪すれば少しは動きやすくなる筈だ】

 

「了解。追いかけて行けば良いんだな、心眼」

 

【ああ、ミィはそうだな……横島におんぶして貰うと良い】

 

「……おんぶってなんですの?」

 

そこからかぁ……横島の顔が目に見えて曇り、私も言葉に悩んでしまう。

 

「……大丈夫ですの?」

 

横島の頭を撫でながら大丈夫と尋ねるミィはとても兵器として作り出されたとは思えず、横島の見抜く力の強さが良く判る。

 

「大丈夫大丈夫。ほら、しゃがむから背中に乗って」

 

「……こうですの?」

 

「そうそう、よっし、行こう。心眼、道案内よろしく」

 

【ああ、こっちだ】

 

横島を誘導しながら、早足で走っていった男の気配を追うのだが……どうも進んでいる先が妙な感じだ。かなり強力な結界の気配がある……この先に何かあるのか?と内心困惑しながら横島を走っていった男の元へと案内する。

 

【まずだが、私達は今中層にいて、美神達は最下層、チビ達は私達と美神達の間の階層にいる】

 

「そんなにこの建物は入り組んでるのか?」

 

【違う、魔法か何かで拡張しているのだろう。少ない部屋を魔法で複数繋げていると言う感じだ、別の階層に移動するには魔法陣を見つける必要があり、そこは電子ロックで閉鎖されている。電子カードを手に出来れば移動はかなり楽になる筈だ……だがこの迷宮を作っている神魔と遭遇しないとは言い切れない、単独行動のお前が遭遇すれば間違いなく死ぬ】

 

これだけの迷宮を作れるのはかなり上位の神魔が関わっているだろう……ガープクラスまでは言わないが、小竜姫様やメドーサクラスの敵がいる可能性は極めて高い。

 

「そんなにやばいのか?」

 

【眼魂があれば戦えるが……それも無い、だから安全策を取る。研究者を襲って地図とカードを手に入れて美神達との合流を最優先だ】

 

「分かった。心眼の言う通りにするぜ」

 

状況と考えれられる最悪の展開を横島に説明しながら暗い通路を迷う事無く進んでいる男の気配を追う。

 

『むぐ、むぐううーーーッ!!』

 

『ヒヒヒッ!ああ、正しくこれこそ人外の美、これを知ってしまえば人間の女なんて抱けなくなる』

 

口を拘束されているのかくぐもった声と粘着質な男の声が通路の先から聞こえてきて、横島が足を止めた。

 

「……ミィちゃん。ちょっとここで良い子で待っててくれるかな?」

 

「……なんでですの?」

 

「君の事を番号で呼ぶ嫌な奴がいるかもしれない、俺が迎えに来るまでこれを持って待ってて欲しいんだ」

 

「……分かりましたの」

 

番号で呼ばれるのは嫌だったのかミィは素直に頷き、横島が渡した隠行札を両手で握り締めて座り込んだ。

 

「すぐ戻るからね」

 

「……はいですの」

 

ミィの頭を撫でて走り出した横島の顔はミィから離れると鬼の形相になっていた。

 

【落ち着け、狂神石に呑まれるぞ】

 

「心眼、でも」

 

【でもではない。落ち着け、ここは敵地なのだぞ?そこで理性を失ってどうする】

 

私の言葉に横島は少し落ち着きを取り戻したが、まだその魂は荒れ狂っている。それを宥めながら横島に声を掛ける。

 

【良いか、落ち着くんだ。敵が複数居る可能性もある、今のお前は眼魂が無い、確実にそしてリスクを最小限にして行動するんだ】

 

「……分かった、でも急ごう」

 

【それに関しては私も同意だ。急ごう】

 

足音を立てないように走り出す横島、進んだ先はすぐ行き止まりで私の感じた通り結界が厳重に張られた部屋が1つあった。

 

『この媚薬はね、神魔でさえ狂わせる強力な物なんだ』

 

『むぐうッ!!むぐぐうううッ!!』

 

『暴れても無駄さ、こんな所に誰も来ないよ。それにこの結界と魔法陣でお前はただの生意気な女に過ぎないんだよ、グーラー』

 

グーラーの名前に止まれと横島に声を掛けた。

 

「どうして止まれって言うんだ。心眼」

 

【横島、グーラーと言うのは食人鬼だ。分類は精霊だがゾンビの同類と言っても良い、助けてもお前を襲ってくる可能性の方が高い】

 

「だから助けるなって言うのか?」

 

【メリットより、デメリットの方が強い。無理をする必要は無いが……それは嫌なんだろう?】

 

「ああ。こんなの聞いて俺は黙ってられない」

 

狂神石とは違う、煮えたぎる怒りを感じこれは何を言っても無駄かと苦笑する。

 

【最悪グーラーが襲ってくる可能性がある。それだけは念頭に入れておけ】

 

「……分かった」

 

納得していない様子だが、形だけ頷いた横島が部屋の中を覗きこむ。そこには白衣の男が鼻歌交じりでピンク色の液体を注射器の中に注いでいる姿と、魔法陣の中心で縛られたグーラーの姿があったが、あの白衣の男の趣味なのだろう、荒縄で胸などを強調するように縛られ、M字開脚で足を固定されて涙目で猿轡をかまされている姿は扇情的だが、その姿が横島の怒りに油を注ぐことになる。

 

「ギリッ」

 

横島の歯を噛み締める音が響き、白衣の男が振り返り注射器をグーラーに向けた瞬間。横島は扉を蹴り開けた。

 

「だれ「性犯罪者撲滅ッ!!!」げぼおッ!!」

 

男の顔面に横島の右ストレートが叩き込まれ、白衣の男は壁に叩きつけられ泡を吹いて崩れ落ちた。

 

【良し、横島。まずは……】

 

「大丈夫ですか!?今ほどきますから」

 

私がグーラーをどうやって助けるかと言おうとするが、横島はグーラーを縛っている縄を言うが早くナイフで切る。

 

【止めろ横島ッ!まだ早いッ!】

 

事情を説明する前に解くなを声をあげるがそれは遅すぎて、自由になった腕で猿轡を外したグーラーの牙が横島の肩に突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

「ふーふーッ!!」

 

怒りと男に対する嫌悪感と恐怖がない交ぜになった瞳でグーラーは横島の肩に牙を突き立てる。だが結界と魔法陣で弱体化しているので即座に横島の肩を噛み千切るほどの力は出ないようだ。

 

【横島、今「大丈夫、もう大丈夫ですからッ!もう貴女を傷つける人はいませんからッ!大丈夫、大丈夫ですッ!!」

 

霊波砲でグーラーを弾き飛ばそうとした私の声を遮る大きな声と共に横島はグーラーの背中に手を回して大丈夫だと繰り返し声を掛ける。

 

【横島……】

 

「心眼、俺は大丈夫だから……もう大丈夫なんです、落ち着いて、大丈夫ですから」

 

「ふー……ふー……うぐ、ひぐ……うう……うあ……うああああ……」

 

興奮していたグーラーの瞳が冷静さを取り戻し、薄暗い部屋の中にグーラーの嗚咽が木霊する中。横島は大丈夫だと声を掛けながらグーラーの背中をなでるのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

館の地下は複雑に入り組んでいてまるで迷路だった。しかもその上中世で見たガーゴイルやゴーレムと言った霊的兵器の姿も多数居たのが想定外だった。

 

「銃火器持って来るべきだったわね」

 

「……ですね」

 

疲れた様子で蛍ちゃんが私の意見に同意した。霊的な存在に有効打を与えれる武器は多数用意していたが、ゴーレムやガーゴイルに有効打撃を与える武器は生憎持って来ていなかった。

 

「おキヌちゃんのお蔭でなんとかなったわ、ありがとう」

 

「いえ、私は直接戦えないですから……少しは力になれて幸いです」

 

おキヌちゃんの持っているシズの笛、それはガーゴイルとゴーレムの核になっている悪魔の自我を取り戻させていた。

 

『帰りたい……』

 

『魔界……魔界に……』

 

「ええい!分かってますから纏わり付くなッ!!」

 

くえすの一喝で核にされていた悪魔はくえすから離れる。弱い低級霊だったのか、魔界に帰りたい、帰りたいと繰り返し言うのでくえすに送還の準備をして貰いながらゴーレムの核になっていた悪魔に声を掛ける。

 

「貴方達を召喚したのは誰?」

 

『分からない、気が付いたら瓶詰めにされていて、人間に痛めつけられた。抵抗出来ないように封印されて、ガーゴイルやゴーレムの核にされた』

 

『人間恐ろしい……こんなことを良く出来る』

 

『痛かった、苦しかった』

 

『魔界に返してくれるなら少しなら手伝う』

 

悪魔に助けられるって言うのは想定外だったけど、かなりの長期戦になりそうなので身体を休めれるのは正直ありがたい。

 

「……悪魔が助けてって……ここの人間は悪魔より酷いみたいですね」

 

「そうね……まぁこれを見れば何をして来たか分かるけどね」

 

今私達がいるのはゴーレム・ガーゴイルが製造されているプラントの一角だ。シズの笛で自我を取り戻した悪魔が案内して来てくれたが、切り落とされた悪魔の腕や翼、瓶詰めにされた頭部や目に脳と酷い光景だが、私が言っているはそこではない。

 

「輝夜に妹紅……それに永琳。そして……横島君」

 

「……まさかもう横島の事を調べてるとは思ってませんでしたね」

 

研究室に集められた資料の中に蓬莱人の3人に加えて、横島君の身辺調査まであった。眼魂と英霊には辿り着いてないみたいだけど……かなり詳しく調べられている。

 

「……GS試験に原始風水盤までありますよ」

 

「それだけじゃないわよ。これ……隕石落しのまであるわ……」

 

私達が関わった事件全部の資料が事細かく集められている……、中にはGS協会やオカルトGメンでなければ集められないような物まである。

 

「……くえす、どう見る?」

 

「どうもクソも無いですわよ。かなりの大規模で情報流出してますわよ」

 

琉璃もかなり頑張ってくれているが、冥華おば様や西条さんも万能ではない、どこかで足元を掬われる可能性は考えていたけど……想像を遥かに越えるレベルで裏切りが横行していたようだ。

 

「でも資料はかなりあやふやな所を見ると木っ端か、中堅くらいって所かしらね……」

 

「琉璃も六道の狸の馬鹿ではないですからね。本当に大事な部分は上手く隠しているでしょう……状況は良くないですがね」

 

中途半端な資料とは言え、中心人物が横島君って知られてしまっているのは正直かなり不味い。

 

「とにかく向こうが本格的に動き出す前に、怪しいって言うのが判っただけでも良しとしましょう。小竜姫様達に横島君の周りを更に固めて貰えるように頼むわ」

 

「それとこんな馬鹿な事を計画している連中の親玉もしっかりと捕まえて絞り上げるとしましょうか」

 

「本当胸糞悪いってレベルじゃないですけどね……本当最悪……」

 

私達を胎盤にして霊的兵器を作り出すとか計画している。それを読めばここにいる連中は人間だが、もう悪魔と同格かそれ以下だ。ならば私達も躊躇う必要はない。

 

「ここは徹底的に潰すわ。こんな研究、存在する事すら許しちゃいけない……」

 

私達の前にここの研究者に捕まり実験台にされ、霊的兵器を作り出す為の胎盤として利用され、価値が無いと判断されて殺されたGS達、そして悪魔のみならず、妖精や精霊といった人間に友好的な種族までも実験台にしている……ここにいるのは人間だが、悪魔よりも悪辣で生かしていい存在ではない。

 

「ようこそようこそ、我らの研究室へ、待っていたよ。君達をね、君達は優秀な胎盤になるよ、この私が保証する。まぁ悪魔共に与える前に私達の楽しませて貰うが……抵抗は無意味だよ。なんせ君達の霊力を無力……「私達の霊力がなんだって?」な、何故霊力をつか……ぎゃあッ!?」

 

くえすが居なければあの科学者の言うようにろくな抵抗も出来ず、好き勝手にされていただろうが……こっちだって最悪の状況に備えて準備してきている。

 

「私達の前に出て来てくれてありがとうございますわ。態々探す手間が省けましたもの」

 

「そうね。とりあえず、この女の敵は全員地獄送り良いわよね」

 

「はは、地獄送りなんて優しいわね、蛍ちゃん。こういう奴らには貧乏神でもくっつけて、生かさず殺さずが基本よ」

 

「♪~♪~」

 

おキヌちゃんが吹いている笛の音色で石の通路から伸びた触手が科学者達の退路を塞いだ。

 

「GSが人を殺して良いのか!そんなことをすれば」

 

「何を言ってるの?私達は何もしないわ。やるのは……貴方達が弄んだ悪魔達よ」

 

私がそう言うと魔界に送還されのを待っていた悪魔達が再びガーゴイル、ゴーレムの中へと入りその目を紅く輝かせる。

 

『許さない』

 

『お前達を許さない』

 

『許さない』

 

許さないと言う悪魔達の声と科学者達の悲鳴を尻目に私達は奥の部屋――ゴーレムやガーゴイルを製造しているライン、そして瓶詰めされている悪魔や妖精が保管されている区画を破壊する為に動き出すのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意 その7へ続く

 

 




メガテンをやっていたのでややメガテンクオリティな話になりましたが悪意という大層なタイトルもつけているので、これで良いかなと思っております。私では珍しい残酷描写ありのシナリオですが、人の悪意は留まることを知らないので致し方なしと言う所です。
次回は横島視点から入っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート9 悪意 その7

 

 

~横島視点~

 

強姦される寸前だった魔族の女性は泣き止むと頭をかきながら、ばつが悪そうに俺から離れて苦笑いを浮かべた。

 

「……ごめんよ、もう落ち着いたよ……あーあ、人間に抱きついて泣くなんてあたしも相当参ってたんだねぇ……助けてくれてありがとうよ。あたしはグーラー……一応精霊だよ」

 

アニメとか漫画で見るインド人という感じなのか、褐色の肌に金の腕飾り素肌の上に胸を隠すくらいの面積の小さなジャケットとダボダボのズボンとどことなく野性味の強い美人という感じでグーラーさんが小さく頭を下げる。

 

「俺は横島、横島忠夫。ここには除霊の依頼で来たんですけど……罠に嵌ったって感じで……えっと凄く言いにくいと思うんですけど、何があったのか教えてくれませんか?」

 

美神さん達と何時合流できるかも判らない。心眼が言うにはチビ達は別の階層で、美神さん達は最下層の一歩手前で、俺は中層にいるらしいけど……罠が多く、別の階層に移動するのも難しいらしい……カードは手にしたので別の階層に移動は出来るが、もしもグーラーさんのような人がいるのならば可能な限り助けたいと思い何があったのかを尋ねる。

 

「……あたしの仲間ならもういないよ。皆やられちまった……オーガとかローパーにやられてさ、発狂して人間の……な「ごめんなさい……つらい事を聞いて本当にごめんなさい」

 

肩を震わせるグーラーさんの背中に腕を回してごめんなさいといいながら話を遮る。

 

「……ごめんよ……あたしもそんなつもりじゃ……な、ないんだ……でもさ……無理なんだよ……」

 

神魔と言えど心がある。グーラーさんの心の傷は相当に深いのだろう……気の強そうな口調で泣いて震える姿を見て、ここの研究者に対する強い怒りが込み上げてくる。

 

【思い出すのも辛いだろうが……耐えてくれ、お前達のような精霊や神魔はここに何人いた?そしてお前達を捕らえたのは誰だ?せめてそれだけでいい。教えてくれ】

 

「心眼ッ!そんな風に言わなくても良いだろ!?」

 

尋問のようなきつい口調の心眼に怒鳴り声を上げるが、それは静かな心眼の声で全て掻き消された。

 

【グーラーは決して弱い精霊じゃない、それが複数人囚われ、そしてオーガやローパーを使役できる上に迷宮まで作れる。これはかなりの強敵だ、今も監視されている可能性が高い以上詳しい情報は必要不可欠だ】

 

その強い口調に俺はなにも言えず、グーラーさんもそれが判っているのか俺の肩を掴んで首を左右に振る。

 

「心配してくれてありがとうよ。でも大丈夫さ、あたしも神魔なんだよ。普通の女じゃない」

 

「グーラーさん、でも」

 

「本当に大丈夫さ、でもそうだね。あたしを心配してくれるなら……あたし達をこんな目にあわせた奴に痛い目見せてやってくれよ」

 

拳を作り無理をして笑うグーラーさんの痛々しい顔を見て、俺は言葉を失い小さく頷いた。

 

「分かりました。絶対に後悔させます」

 

「ん、それで良いよ。それよりもだ、あたし達も監視されてる移動しながら話をするでい良いかい?」

 

【そうしてくれるなら助かる、連れも1人いる】

 

「それなら急ごう、ケルベロスやオルトロスもいるからね」

 

魔界で子犬のケルベロスやオルトロスは見たが、かなり凶暴な獣と言う事を知っているのでグーラーさんに先導されて部屋を出る。

 

「……横島。遅いですのよ」

 

「ごめんごめん、ミィちゃんおい……ぐっふうッ!!」

 

ぷくうーっと頬を膨らませていたミィちゃんに手を広げると、アリスちゃんのような勢いで突進して来た。何とか耐えたが靴底が大分抉れた気がする。

 

「……こいつって確か人造「ミィちゃんです」……ん、悪い。あたしの見間違いだった」

 

グーラーさんには悪いが、今俺に抱きついて頭をこすり付けている少女はミィちゃんで、グーラーさんの頭を過ぎった者ではないと強い口調で言うとグーラーさんは悪いと言って見間違いだったと笑って再び歩き出す。

 

「まずだけど精霊はあたし含めてかなりの数がいた。多分10や20じゃ利かない数だ、それと神魔も」

 

「本当に?」

 

それだけの数の神魔が精霊が捕まっていたと聞いて信じられずに思わず尋ね返す。

 

「本当だよ、殆ど奇襲で何があったか分からない内に捕まって霊力封じされて牢獄だった」

 

【どんな攻撃だった?】

 

「んー?多分魔法か精神錯乱系だと思うけど、良くは覚えてない。多分そこら辺は記憶を消されてる」

 

捕らえてどんな攻撃をされたかの記憶まで消す徹底っぷり……やっぱり心眼の言う通り相当やばい敵がいるのだろうと思いながら通路を走り、電子ロックのある扉の前に立つと背後から凄まじい咆哮が響いて来た。

 

「ケルベロスを嗾けやがった!横島早く!」

 

「えっとこうかッ!!」

 

電子カードをカードリーダーに通すが扉は開かず、パスワード入力画面が出てきた。カードを通せば通れると思っていたのでまさかのパスワード入力画面に思わず叫び声を上げる。

 

「パスワード!?パスワードってなんだ!?」

 

「カードの裏!カードの裏を見るんだよッ!!おい!ミィ!後ろ見てくれッ!」

 

「……遠くが赤くなってますの、どんどん近づいてきますのよ」

 

ミィちゃんも静かだが、その声に焦りの色が見えて俺はカードの裏のパスワードを入力するが……文字数が多すぎて思わず叫んだ。

 

「だあああーーッ!多すぎだ!!」

 

【焦るなよ!確実に入力しろ!】

 

アルファベットに数字――カードと入力画面を見比べて震える手で入力を進める。背後に聞こえる獣の唸り声と疾走する音を聞いて、焦りながら必死に入力する。

 

「やばい!もう来るよ!」

 

「……顔が見えましたの……」

 

「開いたぁッ!!!」

 

開いた扉に蹴りを入れて部屋の中にグーラーさんとミィちゃんと転がり込むように飛び込み、ぐるぐると回転する感覚の後に胃が上に上がるエレベーターに乗った時のような感覚がしたと思った瞬間に受身を取る事も出来ず、滑り台……いや、ウォータースライダーから吐き出されるように俺達は暗闇に放り出された。

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「……落ちますの……」

 

三者三様の声を上げて再び落下したのだが……地面に落ちたような感覚ではなく、ちょっと柔らかい……両手で柔らかい何かを鷲づかみにしている感じがして顔を上げるとグーラーさんの胸を鷲づかみにして、胸の谷間に顔を埋めているのに気付いた。

 

「ご、ごごご!?」

 

「……良いよ、事故だったから……でも離れてくれるかい?」

 

静かな声なのが余計に怖かったが尻餅をついたまま後ずさり、バクバクと早鐘を打つ胸に手を当てる。

 

「……私もバインバインになりますのよ、多分……」

 

むうっと頬を膨らませて自分の胸に手を当てているミィちゃんと腕で胸を隠しているグーラーさん……そして暗がりの部屋の中とケルベロスから逃げれてたのは良いけど、物凄く気まずい雰囲気になってしまったのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

虫の知らせって訳じゃないけど、なんかこうピーンって来た……。

 

「横島がラブコメしてる気がする」

 

具体的にはロリと美女に挟まれてる気がする……しかも結構面白くない感じのハプニングが起きているような気……ではなく、確信がある。

 

「……蛍ちゃん。急にどうしたの?」

 

美神さんが心底心配そうな顔を向けてくるけど私の勘は多分あたっていると思うし……何よりもくえすとおキヌさんも面白くなさそうな顔をしている。

 

「なんか凄く不愉快な感じですわね」

 

「……なんかこう……凄くイラってします」

 

くえすとおキヌさんも私と同じ様な顔をしているのを見て美神さんは深い溜め息を吐いた。

 

「まぁありえなくはないわね……この現状を見るとね……」

 

縛り上げられた科学者、研究者、そして護衛のGS崩れ達を別室に押し込み、恨みを晴らしたから依り代だった岩石や機械の身体の残骸が転がっている部屋の中で私達は机の上の資料を見て、想像を遥かに越えるレベルで今回の事件は闇が深いと言う事を思い知らされていた。

 

「神魔に精霊に妖精の霊力を封印して、性処理玩具として出荷する……」

 

「人間もここまで来ると悪魔と大差ないですわね」

 

吐き気を催す邪悪とはこの事を言うのだと思う。温厚な精霊や妖精の霊力等を封印して、媚薬などで正常な思考回路を奪い取り、高く売りつける……日本だけではなく、海外にも出荷している……罰当たりなんてレベルじゃない事がこの屋敷では行なわれていたのだ。

 

「この繋がりで国際GS協会にも伝を得たって所ですかね?」

 

「多分ね、とは言え……これはかなり大規模で動いてるわよ。それに仮に私達が無事にここを脱出して、証拠を提出したとしても……」

 

「トカゲの尻尾きりですわね……」

 

本当の主犯格は逃げて、部下とかが責任を全部押し付けられて投獄される可能性が高い。私達が頭を抱えているとおキヌさんが小さい悲鳴をあげた。

 

「おキヌさん?おキヌさん、どうしたの大丈夫!?」

 

書類を手にして震えている姿を見て尋常じゃないと思って近寄ると、おキヌさんは抱きついて来た。その肩は震えていて、背中に腕を回すとおキヌさんは少し落ち着いた素振りを見せる。

 

「おキヌさん、どうしたの?何を見つけたの?」

 

何を見つけたのかと尋ねるとおキヌさんは手にした書類を差し出してきた。

 

「これ……これを見てください……」

 

目に涙さえ浮かべていて、これはただ事ではないと悟る。だけど震えているおキヌさんを突き放す事も出来ず、背中をなでながら美神さんに視線を向ける。

 

「美神さん、書類を受け取ってくれますか?」

 

「……ええ。分かったわ」

 

沈鬱そうな表情で書類を受け取った美神さんが私の背後で書類をめくる音がする。その音は徐々に早くなり、背後から感じる凄まじい怒気に何事かと思わず振り返ると私の腕の中のおキヌさんが震える声で何を見たのかを口にした。

 

「わ、私達を誰に売るか……どういう風に薬漬けにするかとか……値段が……」

 

「なっ!?」

 

おキヌさんの言葉に思わず言葉を失った。その可能性は十分に考えていただけど、実際に目の前にすると怒りと、信じたくないという気持ちで頭の中がぐしゃぐしゃになる。

 

「琉璃の名前もありますわね……巫女だから需要も高いとまで書いてありますわね」

 

「……冥子の名前もエミの名前もあるわね……本当……ふざけた事をしてくれるわね」

 

人をなんだと思っているのかと怒りで目の前が真っ赤に染まる。私達の前にこの屋敷に突入したGS、そして捕らえられて実験台にされた神魔や精霊、妖精への強い同情、そしてこの施設にいる全ての者に対しての強い憎悪を感じる。

 

「ここで立ち止まってるのは危険だわ。くえす、貴女でどこまで媚薬とかに対応出来る?」

 

「一般的なものならば何とかなりますが、神魔と妖精にまで効果がある代物となると手持ちでは些か不安がありますわね」

 

くえすでも不安があると聞くと思わず身体が強張るのを感じた。薬で動けなくなされて身体を弄ばれる恐怖と嫌悪、そして薬で正常な思考を奪われて横島に害なすかもしれないという不安……1度芽生えるとその恐怖と不安はどんどん強くなる。

 

「ここまで徹底して女を売り物にしてる場所なら薬を調合してる場所もある筈、まずはそこを見つけることが最優先ね」

 

「そうですわね、抵抗する薬を用意しない事には不安が強すぎます。後は……オカルトGメンや国際GS協会、それに霊防省も信用出来ないのは確実ですわね」

 

元々信用していなかったが、今回の件でますますオカルトGメンや国際GS協会の株は落ちたのは間違いない、マリア7世と竜の魔女の旗、ガープが暗躍している今混乱していると言う理由で公表するのを政府からとめられていたが、今回のは駄目だ。こんな事が裏で行なわれていると知った今、黙っている事など出来る訳が無い。

 

「行きましょう。もしガスで媚薬をばら撒かれたらそれこそ全滅だわ。くえす、場所の予想ってつく?」

 

「魔界の植物の多くが原材料にされていますからね。魔力を辿れば恐らく材料を確保する事は出来ると思いますわ」

 

くえすの言葉に頷き、私達は再び移動を再開する――だが想像以上に深い人の業、闇を目の当たりにし、私達がどれだけ日本の事を思っても、誰かを守ろうとしても、それを無碍にする悪意と敵意はあちこちに存在していて……私達や横島が傷ついて守るだけの価値があるのかという疑問、そして理解されないことに対する憤り、そして不信感が私の中に芽生えるのを感じるのだった……。

 

 

 

 

 

~茂流田視点~

 

モニターの映る光景を見る度に私は苛立ち、己の髪を掻き毟った。簡単な仕事の筈だった……いつも通りに屋敷の罠に嵌めて媚薬や薬で正常な思考能力を奪い、人造神魔や霊能兵器を作るための母体として利用するか、国内・国外の政治家に性玩具として売りつける……南部グループを初めとした霊能兵器を製造している会社の暗部がずっと行って来た事だ。

 

「何故何故こんなにも失敗するっ!」

 

この土地に屋敷を構えて1年にも満たないが数十人の女のGS、そして捕らえた精霊や妖精を売りつけて莫大な利益を得て製造した人造神魔だが、1号は京都の地で消息不明、2号も横島にじゃれて幼子そのものという振る舞い、その上女のGSを捕えるように何度も調整したローパーやオーガ、ゴブリンやトロールと言った魔物は皆返り討ちにあっている。

 

「媚薬ガスは流しているんだろうなッ!」

 

「ずっと流していますわ!でも効果がまるででませんッ!!」

 

霊力に呼応し発情させ、思考能力を奪う筈の媚薬がまるで効果を発揮していない……その受け入れ難い現実に思わず親指を噛んだ。

 

(不味い不味い……)

 

どんどん証拠を押さえられている――このままでは私達が切り捨てられるのも時間の問題だ。

 

「ゴーレムだ!ゴーレムと自衛ジョーを出せ!」

 

「し、しかし!ケルベロス達への対応はどうするのですか?」

 

横島を殺すためにはなったケルベロスだったが、横島は転移でその階層を後にし、ケルベロスは今も暴れ回っている。助けを求めるコールが響くが、耳障りなそれを無視する為にコードを引きちぎる。

 

「美神GS達の出荷先はもう決まっているんだ!こっちが何よりも優先だッ!」

 

「まぁそうじゃろうな、研究員などはいくらでも補充が効くしの」

 

証拠を掴まれたとしてもこの屋敷から逃がさなければ何とでもなる……ッ!まずはなんとしても美神GS達を捕らえる事が何よりも優先するべき事だ。それさえ出来れば挽回は出来る……そう考えていた私の耳に緊急警報が鳴り響いた。

 

「何事だッ!」

 

「横島GSが連れていた使い魔達が研究区画を破壊しはじめましたッ!」

 

「馬鹿を言うな!グレムリン如きにそんなことが出来るものかッ!」

 

横島が連れていたのはグレムリンとモグラにうり坊、それに良く判らない精霊が1匹。そんな弱い使い魔がケルベロスなどの逃亡も想定している研究区画を破壊できるわけが無いと叫び、モニターに映せと叫んだ私の目の前に広がった光景を見て、思わず言葉を失った……。

 

『みむ!』

 

『うきゅうー!』

 

グレムリンとモグラがハイタッチし、モグラの上の乗ったグレムリンが放電し、周囲を電気で焼きながら通路を駆け巡り、自衛ジョー達を次々破壊する。

 

「馬鹿な!?グレムリンが何故放電などできるッ!?ええい!隔壁を下ろせッ!閉じ込めろッ!」

 

グレムリンは弱い悪魔だ。電子機器に悪戯する程度の能力しか持たないはずのグレムリンが何故こんな事を出来ると動揺しながらも隔壁を下ろして閉じ込めろと指示を出す。ゆっくりと隔壁が下ろされ、グレムリンとモグラの進路を塞いだ。

 

「良しこれで……『ぷっぎゅううううーッ!!!』ふざけるなああああッ!!!』

 

だがそれも一瞬で巨大化したうり坊が頭突きで粉砕し、放電を繰り返すグレムリンとモグラと合流し、通路の壁を突き破り研究区画を蹂躙していく光景に立ち眩みがした。出荷が済んでいたから最悪はま逃れたが、再び施設を準備する事を考えると仮に美神GS達を捕らえて調教し、出荷したとしてもコストが割りに合わない。

 

「ここまでなんて聞いてないぞッ!!」

 

「最悪だ……ゴーレム製造プラントも破壊されているんだぞ……」

 

ゴーレムを製造するプラントも破壊され、ローパー等の繁殖室も甚大な被害を受けている。

 

「くそくそくそッ!!どうしてこうなった!」

 

簡単な仕事だった筈なのに……国際GS協会、そして霊防省、オカルトGメンまで手を回して計画した完璧な計画は想定外の出来事が続き、完全に瓦解しようとしていた。

 

「最悪だ……」

 

思わず脱力して椅子に倒れるようにして座り込んだ。金が欲しい、名誉が欲しい、良い女を抱きたい――そんなの男として当たり前の欲求である筈だ、それが全て否定され崩壊する……裏切り、人を殺し、用意した全てが崩れ去る……。

 

(まだだ。まだ終わりじゃない)

 

美神、芦、神宮寺、氷室――1人では足が出るが、2人捕らえる事が出来れば……まだ何とかなる。若手NO.1の美神GSとその美貌で人を誘う神宮寺GSは勿論、助手の域を出ていないが神代の巫女と言っても良い氷室も、質の良い霊具を作る才能を持つ芦も美神GS達には劣るがそれでもは法外な値段が付いている。2人捕らえて逃げる事が出来ればまたやり直せる……そう考えていた私だがふと顔を上げ、目の前に広がる光景に今度こそ言葉を失った。

 

『みむううう!!』

 

『ぷぎ、ぷぎーッ!』

 

『うっきゅーんッ!!』

 

『ノブノブーッ!!』

 

『『『『みむううーーー』』』』

 

研究用に捕獲していたグレムリンの群れ、それら全てがなぜか増えているうり坊の上に乗り、横島のグレムリンに先導され研究通路を走る姿を見て、モニター室にいる全員が今度こそ言葉を失ったのだった……。

 

 

 

 

~グーラー視点~

 

悪夢と言っても良い監禁生活は長くは無かったが、短くも無かった。人を誘惑し、喰らうという性質を持つあたし達グーラーからすれば肌を重ねる事に抵抗はない、それが自分達のあり方だからだ。だが呪術で頭をおかしくされ、霊力や魔力を補給することも出来ず、与え続けられる快楽には精霊であろうと耐えられない……狂い、発狂し、本来餌である人間の男に蹂躙される――それはグーラーとしてのあり方を崩壊させた。1人2人と仲間が発狂し、そしてオークやトロールによって壊され喰われるか、ローパーやスライムの苗床にされ身体が体内から弾けて死に、複数の人間の男に弄ばれる……その光景を見続けたあたしには既にグーラーとしてのあり方を失っていたといっても良いだろう……サキュバス達も同様で、この屋敷は効率よく女を壊すと言う事に特化した恐ろしい場所だった。

 

(変な奴……)

 

グーラーとしての本能で男を求めつつも、男を恐れるようになってしまった。本当なら助けてくれたとは言え、横島と一緒にいると言うのは耐え難い苦痛となる筈だったのに……なぜか安らいでいるあたしがいた。

 

「……気持ち悪くありませんですの?」

 

「え?何が?ミィちゃん。空飛べたんだなあ……凄い綺麗だと思う」

 

横島の回りを飛ぶ……いや浮いているのか?ミィは横島の回りをくるくると飛びまわり、綺麗と言われた事を喜んでいるのが良く判る。

 

(まぁ分からないでもないか……)

 

この屋敷の人間はあたし達のような存在を売り物としか認識していない、恐れ敬う事は無く必要なのは男の劣情を誘う肢体であり、人外の力はおぞましい力であり、それを無力化することをここの人間達は徹底していた。それは恐らくこの屋敷の人間が作ったであろうミィも同じだ。だからこそミィは自分の空を飛ぶ能力が恐ろしくないか、気持ち悪くないか?と横島に問いかけたのだろう……。

 

「……そう言って貰えると嬉しいですの」

 

「わっととと、ミィちゃんは甘えん坊なんだな」

 

「……ふふふ」

 

空に浮いたまま横島に背中におぶさり、顔を摺り寄せて笑うミィは幸せそうであり、自分が受け入れられたと言う事を心から喜んでいる様子だった。

 

(しかしあれだなぁ……不思議な奴だ)

 

男に対する嫌悪感が会ったはずなのに、それが消えている……不思議な感覚がする。人間なんだけど……まるで自分の同族のような……人間だし、自分より幼いはずなのにまるで父か兄と一緒にいるような安心感がある。

 

「グーラーさん、どうかしました?」

 

「あ、いや……なんでもない」

 

不思議そうにあたしを見つめて来る横島になんでもないと言いながら、少し歩く早さを早めて横島の隣に並ぶ。

 

「とにかくだな、お前の仲間と合流しないと不味いって事だ。言ったら悪いけど……お前あんまり強くないだろ?」

 

「まあ、確かに……あんまり知識もないですしね」

 

強いGSや霊能者がもっているような雰囲気が無いのだ。別にそれが悪いと言う訳では無いのだが……やけにちぐはぐな感じがする。霊力は確かに持っているだろうし、心眼という強い使い魔も一緒だ。少なくともこの以前に屋敷に突入して来たGSよりかは強いのは間違いないと思うんだけど……。

 

【横島は強いぞ?ただ……ケルベロスと単騎で戦って勝てるかと言われるとそれは無理だが……】

 

「あたしでも無理だよ、死んじまう」

 

ケルベロスと単騎で勝てるとしたらそれは間違いなく下級以上、中級未満の神魔と同格だ。あたしは精霊だけど、とてもじゃないけどケルベロスには勝てない。

 

「それにここの魔獣は皆改造されているからな、普通の個体よりもずっと強い。後は自我がない操られている状態だから凶暴性も段違いだ。少なくとも真っ向から戦うのはただの自殺行為だよ」

 

「まじかあ……となると逃げ回るってのが一番ベストですかね?」

 

「多分ね、電子カードは手に入れてるから通れない道はあんまり無いと思うよ」

 

【問題は敵と遭遇した場合だな、グーラーは直接戦闘タイプじゃないよな?】

 

「まぁあたしはそれなりに肉弾戦も出来るけど……基本は幻術とか幻覚かな」

 

並みの人間やGSよりかは強いと言えると思うが……神魔や同じ精霊などと戦うとなると力不足だと認めざるを得ない。

 

「眼魂があれば負けないと思うけど……うーん」

 

「なんか切り札でもあるのかい?」

 

【切り札は切り札だが、この場には持ってきていない。余り人目につけて良い力じゃないんだ】

 

心眼のこれ以上詮索するなと言わんばかりの強い口調を聞いて、あたしはどこか納得していた。横島は強い力を持っているように感じられるのだが、横島本人は穏やかで戦いから程遠い性格をしている。

 

「……私これでも結構強いですのよ?」

 

「ありがとうな。でも良いよ、ほらおいでおいで」

 

「……はいですの」

 

実際問題ミィは少なくともあたしよりも強い、だけど幼い少女の姿をしているからか横島は戦わせたくないようで、強いと言ったミィをだっこして頭を撫でて甘やかしている。その姿を見ると横島の切り札は性格を変える物、もしくは強力な霊具のどちらかと当たりをつける。

 

「隠れながら移動だと時間が掛かるけどそれが1番安全だね。戦いを避けるのならね」

 

「ンンンン、それでしたら拙僧がご同行しましょうか?」

 

第3者の声が突如闇の中から響き、鈴の音が闇の中から響いて来た……通路の奥から漂ってくる気配は人間でも無く、神魔でも、そして魔物でも無く……全く異質な物で反射的に拳を握って身構えていた。

 

「ミィちゃん、グーラーさん!下がってッ!」

 

横島の顔付きが険しくなり、その両手が霊力で出来た篭手に包まれる。霊力の物質化……とんでもなくレアな能力、しかもそれを一瞬で行った……それを見て横島が強いと言う心眼の言葉の意味を本当の意味で理解した。

 

「蘆屋ぁッ!!!」

 

「ンンン、そんなに怖い顔をしなくても良いではないですか?拙僧はただ善意からお手伝いをしたいと思っただけなのですから」

 

筋肉質だが長身の優男を横島は蘆屋と呼び激しい怒りを露にする。それに対して蘆屋は柔和な笑みを浮かべ、その顔を見た横島は蘆屋に対して強い敵意を見せるが蘆屋と呼ばれた男は両手を上げて敵意はないと言わんばかりの素振りを見せる。

 

「今回に限っては拙僧は敵でありませんぞ。おぞましき人の業、それに囚われた罪なき者を助けに参ったのです。それなのに拙僧を敵だと言うのですかな?」

 

「……ぐっ……」

 

「ンンンン、拙僧も有力な情報を掴んでおりますぞ?ここは協力するが得策ではありませんかな?

 

粘着質で挑発的な口調の蘆屋の言葉に横島は唇を噛み締め、忌々しそうに顔を背け霊力の篭手を霧散させる。

 

「信用した訳じゃないからな」

 

「それで結構、敵の敵は味方と言う事でよろしいでしょう?」

 

悔しそうに顔を歪める横島はにやにやと笑う蘆屋からあたしとミィを庇うように前に出て、その背中であたし達を庇おうとしてくれた。その背中は人間不信で男に嫌悪を抱くあたしでも頼もしい大きな背中に見えるのだった……。

 

 

リポート9 悪意 その8へ続く

 

 

 




色々なイベントの準備のフラグを入れてみました。女性陣は色んな陣営への不信感、横島達は蘆屋とエンカウントと終盤に向けて動き始めました。序盤は人間が敵というコンセプトなのでやや暗いかつ、シリアスですがこの後はGSらしいギャグ展開もあります。具体的にはカーマとか愛子とか、アルテミスとかを使ってドタドタギャグを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その8

リポート9 悪意 その8

 

~蘆屋視点~

 

拙僧の予想した通り横島は人造神魔を仲間に加えていた。拙僧に関する記憶を失い、拙僧を敵と認識しているであろう追われてここまで逃げてきた科学者達の狼狽具合を想像すると思わず笑みが零れる。

 

(ふふふふ、横島相手に幼子、しかも少女を向ける段階で愚かなのですよ)

 

拙僧は元が人間なので余り効果はないですが、横島に対して好意的な感情を抱いている自分がおり、人外に好かれるという才能だけでもかなり脅威であると改めて実感しましたな。

 

「蘆屋。なんでお前がここに居るんだ」

 

「ンンン、我々の仲間も囚われておりまして、それを助けに来たのですよ。なんせ我々は敗残兵の集まり、仲間を大事にしているのですからね」

 

正確には拙僧達の情報を喋られては困るので回収に来たのですが、助けに来たとは十分に言えるはずだ。それに態々顔を見せたのも拙僧が負ける訳が無いと言う自負があったからでもある。怪訝そうな顔で拙僧を見つめている横島とその背中に浮かびながら抱きついている人造神魔とグーラーと数の上では拙僧が圧倒的に不利ではありますが……実力で言えば3人いたとしても拙僧の足元にも届かないという事は横島達も分かっている筈だ。だからこそ拙僧を警戒しつつも戦闘に入ろうとはせず、拙僧の言葉を信じて良いのか考えている素振りを見せている。

 

【良いだろう、蘆屋。ここはお前の申し入れを聞き入れるとしよう】

 

「分かっていただけで何より。では拙僧の持っている情報ですが、ここの研究者達は女のGS、精霊、神魔に薬を投与しその意志を奪って海外の政治家などに売り捌いておりました」

 

拙僧の言葉に横島の眉がピクリと動き、拳を強く握り締める。奥歯を噛み締める音が響くが横島は感情的にはならず、視線で話を続けろと促してくる。

 

「美神令子達に同行している神宮寺くえす。彼女は優秀な魔女ですから、ここの研究者達の安っぽい媚毒は全て無力化されており彼女達は無事でございます、良かったですな」

 

【お前は人の神経を逆撫でして楽しいのか?】

 

「ンンン、滅相もない。拙僧はただ貴方達を安心させたかっただけで他意はございませんとも」

 

不安を煽り、横島の中の狂神石を活性化させようとはしましたが……心眼という使い魔は思った以上に冷静ですな。まぁそうは言いつつも、この程度で怒りに呑まれて狂神石の力に取り込まれるのは拙僧としても興醒め、抗ってくれて良かったと言えますな。

 

「媚薬や毒が効かないようなので正攻法……つまりここの研究者達は自分達が開発した霊的兵器を持ち出して倒してから捕らえるつもりのようなので早く合流出来るように拙僧もご協力いたしましょう、さぁ参りましょう」

 

拙僧の今回の目的は横島に人間への不信感を植え付けること――惑わすのは程ほどにして先を急ぎましょうと声を掛ける。すると横島は拙僧に向けて手を差し出してくる。

 

「握手ですかな?」

 

「アホ、お前の札寄越せって言ってるんや、陰陽師に札を持たしておくアホがおるか」

 

気が立っているのだろう、大阪弁で捲くし立てるように言う横島に拙僧は苦笑しつつ、着物の内側から札を取り出して横島の手の上に乗せる。すると横島は剣指を振るい、札に内包されていた霊力を全て霧散させてから再び拙僧に差し出してくる。

 

(また腕を上げておりますな……)

 

陰陽師としてのレベルはあの病院で退治した時よりも格段に上がっておりますな……陰陽師と名前だけの陰陽寮の人間とは文字通り格が違うと言った所ですな。

 

「返したるわ」

 

「ええ。どうも、やれやれ、これでは大掛かりな術は使えませんなあ」

 

「お前の大掛かりな術なんて呪殺やろが、んなもんつかわんでいい」

 

「まぁその通りですけどね、では改めてまいりましょうか、カードキーが無くて先に進めなくて困っていたのですよ」

 

横島達を拙僧が立ち往生していた通路の前まで案内する。魔界産の金属で拙僧の術でも打撃でも壊せなかった扉を横島に見せる。

 

「……お前実は頭悪いんじゃないか?」

 

「ンンンッ!否定は出来ませんなッ!!」

 

ベコベコに凹んでいる扉と拙僧の拳の跡がくっきりと刻まれながらも崩壊する予兆すらない通路と、八つ当たり染みた破壊の跡を見て、拙僧が馬鹿じゃないかという横島の言葉を否定出来ない拙僧は苦笑いを浮かべながら道を譲り、横島に扉を開ける用に促しながら着物の中で剣指を振る。

 

(今の横島の力量をしっかりと見極めるとしましょうか)

 

扉の向こうには拙僧が捕獲し、研究者に渡した魔界の獣がいる。それらを捕らえている折を遠隔で解き放ち、眼魂なしの横島の実力がいかほどな物かそれを目の当たりにする事が出来る事に内心ほくそ笑みながら、ゆっくりと開かれる電子ロックの扉の先に視線を向けるのだった……。

 

 

 

 

 

 

~蛍視点~

 

霊能犯罪の中で最も重罪である魔界の植物の日本での栽培――その証拠を掴む為、そして媚薬の解毒剤を入手する為にくえすの先導で暗い通路を進んでいた私達だが、出現する敵の余りのバリエーションの多さには呆れを通り越してむしろ感心までし始めていた。

 

「中に武器を仕込んだゴーレムですか……図体の割には随分と精巧に作られていますわね」

 

両腕のマシンガンに頭部のミサイルと武装の数が実に豊富だ。それに身体も恐らく魔界の金属や鉱物で構成されているだろうから……攻撃力と防御力も恐らく段違いだろう……通路の影に身を潜めながらくえすが私達の進路を塞いでいるゴーレムを見ながら、淡々とした様子で総評を口にする。

 

「あ、あのおッ!こんなにのんびりしていていいんですかあッ!?」

 

おキヌさんが頭を抱え悲鳴をあげながらのんびりしていて良いのかと半泣きで叫ぶ。

 

「別にのんびりしてるわけじゃないわよ、おキヌちゃん。蛍ちゃん、見つかった?」

 

「いえ……駄目ですね」

 

ゴーレムと言うのは元々ユダヤ教に伝わる生きている泥人形で交霊術と召喚術、そして人形操作などの複数の術によって作り出される非常に高性能な使い魔と言え、正直真っ向から戦えば疲弊は必須、そして銃火器を装備しているので冗談抜きで死んでしまう可能生がある。極めて厄介な敵ではあると言える。だがその反面弱点も明白で、身体のどこかにヘブライ語で「EMETH(真理)」と刻まれているので、Eの文字を消して「METH(死)」にしてしまえば簡単に退治する事が出来る……筈なんだけど文字がどこにも見えない。

 

「多分あれね、腰蓑の下」

 

「……ですよね~」

 

女である私達が抵抗を持つであろう場所に文字を刻んだという所だろうが……正直相手は石像で確かに抵抗が無いと言えば嘘にはなるけど……。

 

「そんなので躊躇う馬鹿はいませんわ」

 

銃声が響いてゴーレムが股間を両手で押さえて蹲る姿に思わずうわあと呟いた。とは言えこれは大きなチャンスである事に変わりはない。

 

「今の内に倒すんですか?」

 

「倒すなんて勿体無い事はしないわよ。ゴーレムの言葉の意味は胎児――つまりは赤ちゃんと同意儀なのよッ!ゴーレム!あんたの主人は私たちよッ!私達に従いなさいッ!!!」

 

美神さんが霊力を込めた言葉でゴーレムに言葉を投げかける。するとゴーレムはその目を真紅から緑へ変え、私達の前に膝を付いて頭を下げる。

 

「え、え?なんでゴーレムが言う事を聞いて」

 

「文字を削られて存在が揺らいだからよ、それと霊能をかじった程度の研究者がプロを舐めるなって所よ。さ、ゴーレム。私達を守りながら進みなさい」

 

美神さんの命令に頷き地響きを立てながら歩き出すゴーレムの後を進む。予想通りと言うか、なんというか今まで戦ってきたGIジョーに軍人の魂を憑依させた物をゴーレムは踏み潰しながら進み、私達は死んでもなおこんな形で生かされている軍人の魂を成仏させた後にその人形を持ち上げ中身を確認すると予想通り人間の骨が埋め込まれていた……恐らく憑依させられていた軍人の骨だと思うが、まさかここまで邪悪な事が出来るのかと思わず言葉を失った。

 

「ここまでしますか……人間の方がよっぽど悪魔らしいとさえ思ってしまいますわね」

 

「確かにね……最悪は想定していたけど、それを上回る最悪具合よ」

 

女のGSや神魔を売り払い、人間の身体を切り刻み人形に埋め込んで魂を憑依させる……まともな人間なら到底出来ない悪魔の所業と言える。

 

「……こんな事をどうして平然と出来るんですか……」

 

「簡単ですわ。人間は悪魔よりも恐ろしいからです」

 

おキヌさんの言葉にくえすは平然とそう言う。悪魔より人間が恐ろしい……それを否定する事は今の私達には出来なかった。考えられる悪辣が全て行なわれているこの地下施設、そしてそれを楽しんでさえいるであろう研究者達……その魂は間違いなく人間ではなく悪魔の物であると言えるかもしれない……ゴーレムが破壊したことで進めるようになった通路の先を見て、ほんの僅かでも残っていた擁護の気持ちは完全に消し飛ぶ事になった。

 

「……これもしかして……」

 

「ええ。間違いないですわね、どうやって人形に魂を憑依させているのかと思いましたが……これを見れば分かりますわ、無理矢理肉体から魂を引き剥がしていたのですね……」

 

血液でかかれた魔法陣――その中には人型の器具がおかれており、その中は血と肉片で汚れている。なんらかの邪法で生きている人間の魂を引き剥がし、そしてその人間の骨を埋め込んだ人形に剥がした魂を憑依させる。

 

「おキヌちゃん、ゴーレムを残していくからネクロマンサーの笛を吹いてくれるかしら?ここで死んでしまった人たちを弔う為に」

 

「美神さん達は大丈夫なんですか?」

 

「私達は大丈夫よ、くえすもいるし、私もプロだから心配はないわ。ゴーレム、おキヌちゃんを守るのよ」

 

美神さんの命令に唸り声を上げて頷くゴーレムをその場に残し、背後から響いて来るネクロマンサーの笛の音色を聞きながら、魔法陣の先の部屋へ続く通路へと足を向ける。

 

「うっ……」

 

「かなりきついわねこれ」

 

通路の奥の部屋から漂って繰る腐った果実のような甘ったるい香り――それは幾度と無く嗅いで来た媚薬ガスの香りに間違いなかった。おキヌさんをあの部屋に残したのは魂を成仏させてもらうのもあったが、この先の光景を見せるのを躊躇ったからだろう。

 

「蛍ちゃんも引き返してくれてもいいわよ?」

 

「大丈夫です。覚悟はしていますから」

 

「まぁこんなので心を折るくらいならGSは諦めたほうがいいですわ、そうなったら横島は私が引き取って上げますわよ?」

 

「冗談きついわね、私は横島と一緒にGSになるの、だからこんな所でくじけるつもりはないわ」

 

くえすの冗談――冗談よね?それに反論しつつ、最後の扉を開ける。研究区画の最深部……それはこの屋敷の生命線であり、大事な資金源。

 

「あ……あああ……」

 

魔界の植物から伸びた触手に頭を貫かれ、脳を養分として吸われているのだろう。時折痙攣しつつ意味の無い呻き声を上げている無数のGS達――下腹部が植物の幹に取り込まれているが、成人女性としても明らかに小さい身体は恐らく手足を切り落とされ達磨上にされた上で魔界の植物の養分として埋め込まれているのだろう……。

 

「……眠らせてあげましょう」

 

「はい」

 

「出来るだけ苦しまないように、逝かせてあげますわ」

 

声こそ漏らしているがもうこの人達は死んでいる、それなのに生かされている。私達はそっと樹に近づき、手を合わせてから火を放つ……苦しみ悶える樹木の断末魔が響くが、樹に取り込まれた人達は驚くほど安らかな顔で白い炎の中へと呑まれていく……。

 

「くえす、こんなこと出来たんだ」

 

「別に普段やらないだけで出来ないわけではないですわよ……後は」

 

ごきりとくえすが拳を鳴らすと、電子ロックで封鎖されていた扉が開き、消化器を持った白衣姿の男達が雪崩れ込んでくる。私達は冷めた目で男達を睨みつけ、消化器を投げ捨て逃げようとした男達に向かって飛びかかる。こいつらを全員捕まえて霊防省との繋がりや背後関係を全て明らかにさせる。そうでなければここで死んで行った人達が報われない……絶対にこいつらを許さない。神通棍を手に逃げ惑う研究者達を追って走り出すのだった……。

 

 

 

 

 

~横島視点~

 

飛びかかって来た6つ足の巨大な蜘蛛のような身体に龍の頭部を持つ化け物を霊波刀で両断し、塵となって消えていく化け物の屍骸を前に俺は荒い息を整えていた。電子ロックの先は広場のようになっていて、通路の先から化け物や悪魔が凄まじい勢いで雪崩れ込んで来た。それからずっと戦いっぱなし、しかも初見の化け物だらけで気を休める時間も無い。

 

「はぁはぁ……くそッ!!」

 

【跳べ横島ッ!】

 

息を整える間もなく心眼の跳べという言葉に飛びあがると、凄まじい勢いで尾が通過する。着地し、栄光の手と霊波刀を構えながら強襲を仕掛けてきた化け物に視線を向ける。

 

「キシャアアア」

 

「……キメラって奴か」

 

複数の動物の身体を持つ異形の化け物を見てキメラの一種だと思うが、人の手足などが混ざっていて吐き気がする。

 

「ミィちゃんは大丈夫か!」

 

「……大丈夫ですのよ?」

 

「こいつ本当に強いよ、横島。あんたは目の前の敵に集中しなッ!」

 

ミィちゃんとグーラーさんも戦っている。出来れば助けに行きたいのだが、化け物の波状攻撃が止まる気配は無く大丈夫かと声を掛けると大丈夫という返事が返ってくるので、その言葉を信じ、俺は自分自身の戦いに集中するしかない。

 

「グルオオオオオッ!!」

 

「なろおッ!うおらぁッ!!」

 

キメラの爪を霊波刀で弾き、そのまま回し蹴りで顎をかち上げる。人間相手ならばこれで脳震盪でも起すだろうが……キメラは少しふらつくに留まる、だがその隙に札を取り出す事が出来たのでそれをキメラに向かって札を投げ付けてその巨体を弾き飛ばす。

 

「くそッ!まだ来るかッ!おいッ!本当にお前じゃないんだよな、蘆屋」

 

陰陽術で吹き飛んだキメラは痙攣すると悶えながら消滅したが、別のキメラが暗がりから飛び出してくる。人間の胴体と頭部をベースに手足は動物と昆虫の物に置き換わっており、その姿は夏子や銀ちゃんを襲っていた病院の化け物に酷似しており、キメラの爪を霊波刀で弾きながら蘆屋へと声を掛ける。

 

「ええ、拙僧ではございませんよ?こんな趣味の悪い継ぎ接ぎは作りませぬ、拙僧ならもっと良い姿で作りますとも」

 

生き物の手足を繋ぎ合わせ化け物を作っている段階でまともではないと思うが……緋立病院のはもっと姿に共通性が合った……様な気がするので、蘆屋は嘘は言ってないのかもしれない。

 

(格闘も人並み以上に出来るな、こいつ)

 

陰陽札は全て無力化したので、もしかしたらこの研究所の化け物が蘆屋にダメージを与えてくれないかと正直期待していたのだが、その期待は呆気なく崩れ去った。

 

「そらッ!!」

 

強烈な踏み込み音と共に拳が突き出され、化け物の胴体に風穴が開いた。蹴りを叩き込めば、爪先からカマイタチが発生し悪魔をバラバラに引き裂いた。術さえ無力化すれば勝機はあるかも知れないと思ったが……それは余りにも都合が良すぎたようだ。今は蘆屋は協力してくれているので倒す事よりもこの場を切り抜けることに集中しようと考えを切り替え化け物の胴体に蹴りを入れると同時に霊波刀を栄光の手へと変えて突き出す。

 

「伸びろぉーッ!!!」

 

突き出した手の形のまま巨大化しながら伸びた栄光の手は化け物を張り手の要領で吹き飛ばす。ほんの少しだけ波状攻撃が緩まったその瞬間にポケットに手を突っ込み、本当に危なくなったら使えと言われていた精霊石を前方に向かって投げる。

 

「急急如意令ッ!精霊石よッ!悪意を阻む壁となれッ!!」

 

精霊石だけでは防ぎきれないかもしれないと不安に思い、陰陽札も投げ付け印を結んで精霊石の力を増幅させる。乾いた音と共に現れた霊力の壁は通路を2つ塞ぎ、キメラ達の広場への侵入を俺が思ったとおりに防いでくれた。

 

「お見事、いやいや中々やりますなあ」

 

「お前に褒められても嬉しくもなんともないわ」

 

蘆屋が手を叩きながら俺を褒めるが、全く持って嬉しくない上に皮肉にしか聞こえない。

 

「ミィちゃん。だい……じょ?」

 

やっと振り返る余裕が出来てミィちゃんとグーラーさんの方を振り返り……俺の言葉は尻すぼみに小さくなっていった……。

 

「……ふふふ、優しく致しますのよ?」

 

「ぐ、グギャアアアア!?!?」

 

掌から生えてきた日本刀でキメラを壁に拘束し、短いヤクザ映画で出てくるドスのような物でぐりぐりと抉ってる姿を見て正直ひえってなった。頬に血が付いているのも下手なホラーより怖い光景だった。

 

「こいつめっちゃ強いけど、めちゃくちゃ残忍だわ」

 

「……敵は殺しますの」

 

「もう終わったから、落ち着いて。ほら顔に血がついてる」

 

「……ありがとうございますの」

 

それでも俺はミィちゃんに脅える事無く、ハンカチで頬に付いた血を拭ってあげると嬉しそうに微笑む。その姿を見てミィちゃん自身が決して悪い存在ではないのだと思った。ただちょっとあれだ、育っていた環境が悪かっただけっぽいので、ちゃんと面倒を見てあげれば素直な性格をしているのできっと優しい子になってくれると俺は信じている。

 

「微笑ましいので見ていて悪い気持ちにはならないのですが……あの通路から何か進入してきますが?」

 

蘆屋の言葉に振り返ると精霊石と陰陽術で作り上げた結界とは別方向の通路から凄まじい轟音が響いてきて、思わず身構えたのだが暗がりから出てきたのは見慣れた小柄で愛嬌たっぷりの姿姿。

 

「みむ?みむううううーーッ!!」

 

「ぷぎいッ!!」

 

「うきゅーんッ!!!」

 

【ノーブウーーーッ!!!】

 

「チビ、モグラちゃん、うりぼー、チビノブッ!!」

 

この屋敷の中に入ってから逸れていたチビ達の姿を見て、駆け出しかけたのだが……足を止めてしまった。なぜならば……

 

「みー」

 

「みむうー」

 

「みいー」

 

「みぐー」

 

物凄く沢山のグレムリンの赤ちゃん達が分身うりぼーの上に座って現れて、流石の俺も困惑し足を止めてしまい。俺に会えて嬉しかったのか突撃して来たチビ達に反応しきれず、俺は押し潰されるように広場の床に倒されるのだった……。

 

 

 

~ミィ視点~

 

通路から現れて横島に突撃して来たグレムリン達を見て敵かと一瞬思いましたのですが……敵意は無く、横島を押し倒すと嬉しそうに頭をこすり付けて鳴声を上げている。

 

「良かった良かった、心配してたんだぞ」

 

「みむう!」

 

特にグレムリンとは思えないほどに強い力を秘めているグレムリンが横島の頬に身体をこすり付けている姿を見て、私は手をぽんと叩きましたの。

 

「……横島の使い魔ですの?」

 

【ノブ?】

 

「……いや、これ使い魔?」

 

横島に懐いていると言う事は使い魔だと思うのですが……良く判らない者が多い……得にこの子供の落書きみたいなのは良く判りませんの……。

 

「そうそう、俺の使い魔って言うか家族かな、この子がチビ」

 

「みむう!」

 

ぴこぴこと手を振るグレムリンに手を振り返すと、にぱっと牙を出して笑みを浮かべてくれるチビ。

 

「……まぁ、愛想がいいですの」

 

「確かにかなり人懐っこい感じだね」

 

グレムリンは弱い悪魔なので警戒心が強いはずですが……とても愛想が良くて可愛らしい。

 

「モグラちゃん。大きくなったり、龍になったりする」

 

「……まぁ、それは凄いですの」

 

「待って、モグラのモグラちゃんっていうのかい?」

 

「そうですけど?」

 

「うきゅー?」

 

それがどうしたのか?と首を傾げる横島とモグラちゃん。グーラーはえって顔をしてますけど……モグラちゃんって名前凄く可愛いと思います。

 

「……私は可愛いと思いますのよ?」

 

「だよな。モグラちゃん可愛いよな?」

 

後で蘆屋がそういうことではないのですがとぼやいている声が聞こえますが……可愛いって言うのは間違いないことだと思いますの……。

 

「んで、うりぼー。見たら分かるけど増えて大きくなる」

 

「ぷぎいー」

 

「……もふもふですの」

 

「そうそううりぼーはモフモフで抱き枕にすると気持ち良いんだよ。はい、ミィちゃん」

 

一匹増えたうりぼーを横島が差し出してくるのでそれを抱き締める。

 

「ぷぎー」

 

「……可愛いですの」

 

「グーラーさんも抱っこします?」

 

「いや、あたしは良いよ」

 

こんなに可愛いのに……抱き抱えたままうりぼーの頭をなでるとぷぎーと鳴きながら頭を摺り寄せてくるので私も頭を撫でて可愛い可愛いと頭を撫でる。

 

「英霊の分身のチビノブ。この子も増えるし、大きくなるよ」

 

「横島、あんたの使い魔は増えるのが基本なのかい?」

 

「どうなんでしょ?俺も良く判らないですね」

 

「……増えると一杯モフモフ出来るので私は良いと思いますの」

 

可愛いのは沢山いても何の問題もないので抱き抱えたままモフモフと撫で回す。

 

「所で横島」

 

「なんだよ、蘆屋」

 

「何か持ってますぞ?」

 

蘆屋がそう言いながらチビノブを指差すと赤色の鮮やかな卵を抱き抱えていた。

 

「何これ?」

 

【ノブウ!】

 

「俺に?」

 

チビノブがその卵を頭上に掲げ横島に差し出す。それを横島が受け取ろうとするとチビノブは卵を横島から遠ざける。

 

「チビノブ?」

 

「……何がしたいんでしょう?」

 

差し出したのにと思って見ているとうりぼーが水の入った鍋を引き摺ってきて、モグラちゃんが火を吐いて……。

 

【ノ、ノーブッ!!!】

 

「まてえいッ!!!」

 

湯だったお湯の中に卵を投げ入れようとするのを見て、横島が慌てて卵をチビノブから取り上げる。

 

【ノブ?】

 

「みむーう?」

 

「うきゅ?」

 

「ぷぎゅー?」

 

食べないの?と言わんばかりに首を傾げるチビ達に横島は慌てた様子で卵を抱き抱える。

 

「大丈夫大丈夫! 俺お腹空いてないからッ!」

 

お腹空いてないから卵を湯でなくて良いと横島が言うと腕の中の卵が小刻みに震え始めた……これはもしかして。

 

「孵化しそうじゃない?」

 

「……孵化ですの」

 

「孵化ですな」

 

「ええ!?孵化、何、何が孵化するんだ!?し、心眼!?」

 

【神通力を発しているからな、神獣の類だろう、大丈夫だ。問題ない】

 

「いや、俺琉璃さんと美神さんに怒られ「ぴーッ!!」……孵化しちゃったよ……って火ぃッ!?あ、あれ熱くない」

 

孵化したと同時に火柱が上がり、横島が悲鳴を上げるがその火が自分を焼かない事に気付き、呆然とした様子で呟いた。

 

「温かいねぇ……癒されるようだよ」

 

「……本当ですの」

 

その温かさは私とグーラーにも広がり、その心地よさに思わず目を細める。

 

「あっつうッ!拙僧めちゃくちゃ熱いのですがッ!?」

 

ただ蘆屋だけは炎に焼かれて、熱い熱いとわめいていますが……きっとあれですね、敵だと認定されているのでしょう。

 

「ぴー♪」

 

そして炎が消えると鮮やかな赤と金の身体をした雛が横島の手の中で楽しそうに鳴いている。

 

「みむー」

 

「みー」

 

「みぐー」

 

「ぷぎー♪」

 

「うきゅー」

 

【ノブノブー♪】

 

孵化したのを喜び、チビ達が横島の回りを踊り、その外を沢山のグレムリン達がややぎこちない動きで踊っている。

 

「……可愛いですの」

 

「え?いやまぁ……あんたも大概だね」

 

「何かの儀式のようにも見えますなあ」

 

横島が雛を顔の前に掲げ、その回りを無数の小動物が踊る。可愛らしくて見ていると穏やかな気持ちになりますが……確かに儀式に見えなくも無いですの。

 

「横島君、それに蘆屋ッ!?どういう状況なのッ!」

 

「横島無事……え、えっとそれはどういう状況なの」

 

「……とりあえず蘆屋は殺せばいいですね?」

 

「……あ、思い出した」

 

他に4人の女性が広場に駆け込んできて、横島を見て困惑し、横島も私もグーラーも困惑する。

 

「ンンン、地獄絵図とは正にこのことですなッ!【やかましい】ふぐおうッ!?」

 

ただ1人蘆屋が馬鹿笑いをし、心眼の額から発射された霊波砲で吹っ飛ばされるのを見て、私はうるさかったので天罰が下ったのだと内心笑いながら横島の名前を呼んだ女達に向き直り頭を下げる。

 

「……初めましてミィと申しますの」

 

微笑みながら頭を下げ横島がくれた私の名前を胸を張って告げる。何も無い私が誇れるただ1つの物――それが横島がくれたミィと言う名前なのだった……。

 

 

 

リポート9 悪意 その9へ続く

 

 




この屋敷で横島が手に入れたもの、ミィ(人造神魔)何かの雛となります。後は全体的に人類側にヘイトが集まる事になりましたね。
次回はボス登場から倒す所まで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その9

リポート9 悪意 その9

 

 

~美神視点~

 

媚毒の原材料を見つけ、そして即席だが作り出した解毒薬と、国際GS協会、オカルトGメン、日本、海外含めてのこの屋敷から女性のGSや神魔を買っていた政治家の名簿も手にし、横島君と合流する為に只管に人造悪魔やガーゴイル、ゴーレムを倒し、やっと横島君を見つけた私達の目の前に広がったのは想像を絶する光景だった。

 

「ぴーぴーッ♪」

 

桁違いの神通力を放っている雛鳥を手の上に乗せ、困惑した表情を浮かべている横島君。それ自体はまだ良い、横島君が人外に懐かれるのはいつもの事だし、しょうがない事だと思う事にしている。本当は駄目なんだけど、もうどうしようもないので受け入れるしかないと思っているのだが……。

 

(誰?)

 

青い髪に真紅の瞳、そして目の下に涙マークのタトゥーの入った横島君のGジャンを着ている幼女はとんでもない神通力と魔力を有していた。そしてその隣にはアラビアンナイトにでてくるような服装をした褐色の肌の女性の姿をした精霊――恐らくグーラーの姿がある。

 

「みーむー♪」

 

「ぷーぎゅー♪」

 

【ノーブーノー♪】

 

「うっきゅっきゅー♪」

 

「みむー」

 

「みー」

 

「みぐー」

 

「みぎ?」

 

そして横島君の周りで輪になって踊るチビ達とその外周を踊っているグレムリンの幼生の群れと、火達磨になって転がりまわっている蘆屋――状況がまるで理解出来ない。

 

「あ、美神さんッ!蛍におキヌちゃん!くえすさんも皆無事だったんですねッ!」

 

私達に気付いて安堵した表情を浮かべ近づいてくる横島君とその後を分身したうりぼーを抱き抱えたまま少女が着いて来る。

 

「……初めましてミィと申しますの」

 

にぱっと笑みを浮かべて頭を下げてくる少女に私も頭を軽く下げる。

 

「横島。一体何があったのよ……なんで蘆屋が一緒にいるの?それにその女の子は?」

 

「あーうん、説明したら多分凄く長くなると思うんだけど……グーラーさんと、えっと人造神魔のミィちゃん。それと蘆屋はなんか捕まってる仲間を助けに来たとかでさっき無理矢理付いてきて「ぴーぴーッ!!!」この雛はさっきチビノブが持ってきてゆで卵にしようとしてたのが孵化して、グレムリンの群れは俺も良く判らない……チビについてきたと思うんだけど……」

 

「みむ?」

 

何?と言わんばかりに首を傾げているチビだけど、その反応は私達がするべきものだと思う。

 

「また拾って来たというわけですか」

 

「……駄目ですか?」

 

「駄目じゃないですわよ。もう、しょうがないですわね」

 

しょうがないのはお前だ、くえす。なんで厳しい事を言おうとしていて、横島君に言われるだけで掌を返すのよ……惚れた弱みとは言うかもしれないけど、余りにも弱すぎるでしょうに……。

 

「えっとミィちゃん?なんで横島さんの服を着てるんですか?」

 

「……私の生き様が駄目だと言うのですの」

 

ミィちゃんがGジャンの前を空けると、脇が丸出しのノースリーブ、しかも極端に短い、その上スカートは半透明で黒いアダルトな下着が丸見えだ。幼い少女らしからぬその服装は一部の性癖の人間の欲求は掻き立てるだろう……だけど私が眉を細めたのは彼女の全身から放たれている魔力と血液の名残の方だった。

 

(美神さん……この子も)

 

(間違いないわね)

 

人造神魔と言っていたから多分紫ちゃんの同類、紫ちゃんは自分の能力で逃走したけど、ミィちゃんは逃走できず、ここの研究者の言う通りに育ち、多分横島君を殺しに来て、横島君は言わなかったけど、この広場にいる魔物の屍骸の中には鋭利な霊刀で切り裂かされた死体が多く転がっており、それをやったのは間違いなくミィちゃんなのだろう。幼い少女とは思えない戦闘能力、そして情欲を掻き立てるであろう服装――人造神魔として出荷し、霊的兵器、そして性処理の道具として作り出されたであろう少女の姿に思わず拳を強く握り締めた。

 

「風邪引くからちゃんと前を閉じて……ほら」

 

「……はいですの」

 

横島君がしゃがみこんでGジャンのボタンを閉じ、頭を撫でながら私達に視線を向ける。その視線は深く触れないで欲しいと物語っており、私達もすぐに頷いた。

 

「それでグーラー。貴女は?」

 

「霊力とかを全部封じられてね、慰み者にされる寸前で横島に助けられて付いて来たのさ。悪いけどあたしは戦力にはならないよ」

 

さばさばとした口調で言うグーラーを見てくえすと蛍ちゃんは納得したような表情を浮かべる。横島君には同行しているけどそれだけと言う事なのだろう。

 

「可愛いですね」

 

「みぎッ!!」

 

「……おキヌちゃん、野生動物には簡単に手を向けないほうがいいわ」

 

「……はい……ぐす……」

 

赤ちゃんのグレムリンならもしかして懐いてくれるのではないかと思ったのだろう、おキヌちゃんが手を出して手を弾かれている。結構痛かったのか目に涙が滲んでいるが……横島君が特別なのであって、普通の人間には魔物や魔獣が懐かないという事をおキヌちゃんはもっとしっかりと覚えておく必要があるだろう。

 

「それで、蘆屋。なんで貴方が横島に協力しているのですか?貴方はガープの手下の筈。助ける道理はないはずでしょう?」

 

「ンンンンーまぁそう言われれば違うとはいえませんな、ですが貴女達はこの屋敷を見てどう思いましたか?拙僧よりも悪党の人間を見て何を思いましたかな?」

 

にやにやと楽しそうに笑う蘆屋の姿に私達は言葉に詰まる。ガープ達よりも悪辣な事をしていたのは神魔でも、精霊でも無く私達と同じ人間――その事実に私達は反論する術を失ってしまうのだった……。

 

 

 

 

 

~蘆屋視点~

 

拙僧の言葉に咄嗟に反論出来なかった美神達を見て、拙僧は今回の仕込みは十分に成果を発揮したという事を確信した。

 

「拙僧はただ囚われた仲間を助けに着ただけであり、そこに他意はございませんし、同じ目的を持つ横島を助けたいと思ったのも嘘ではございませぬぞ?確かに拙僧と貴女達は敵、それは変えようのない事実ではありますが……それでも同じ目的がある以上は味方と思っていただきたいものですな」

 

「戯言を」

 

銃口を拙僧に向ける神宮寺を見て、拙僧は思わず失笑した。

 

「何がおかしい、私が撃てないとでも?」

 

「ンンンッ!そんな玩具で拙僧を殺せると本気でお思いですか?貴女の魔法ならば拙僧に手傷を与える事は可能でしょうが……銃を持ち出した段階で悩んでいると言うところでしょう?」

 

神宮寺くえすの魔法ともなれば拙僧もそれなりの備えが必要だ。だが銃を持ち出した段階で攻撃をする意図が無いと言うのは明白、なんせ銃を構える間に魔法を使えるのだから、態々銃を向ける必要なんて最初から無いのだ。

 

「チッ」

 

苛立った様子で舌打ちし、銃を懐に戻す神宮寺を見つめながら服に付いた埃を払って拙僧はゆっくりと立ち上がり、横島の手の中の雛に視線を向けてにんまりと笑った。

 

(クックク……これは面白い)

 

何度も復元を試みて失敗を続けていたガルーダの複製――翼を持たぬガルーダもどきがいつくも生まれていたが、横島の手の中のガルーダには鮮やかな金と紅の翼がある。それは紛れも無く本物である証――宗教によってグルルと言う魔鳥に貶められた存在ではなく、正真正銘の神鳥ガルーダの雛である。正直神魔の中でも最上級の存在ではあるガルーダが人間の手に渡るのは拙僧としても思う所はありますが刷り込みで横島を親と認識しているようなので無理に引き離すのは良くないというよりも出来ない。

 

(ンンン、流石ガルーダと言った所ですな)

 

着物の下の火傷のダメージはまったくと言って良いほどに回復していない、外法によって限りなく不死に近い肉体を持っている拙僧でも流石に神魔にダメージを与える炎を好き好んで浴びる趣味はないのであのガルーダの雛は横島に差し上げることにしますかね。

 

「横島、本当?協力してくれたの?」

 

「怪しいのは確かだし、信用は出来ないけど……一緒に戦ってくれたのは本当だ」

 

「ンンン、拙僧嘘は付きませぬぞ?」

 

協力すると口にした以上、それを違えるつもりはないと言うと美神が自分の後ろにゴーレムを控えさせ、拙僧に鋭い視線を向ける。

 

「じゃあ聞くわ、ここの研究者達に神魔を捕獲する術を与えて、魔界の植物の種を渡したのはお前じゃないの?」

 

「疑われるのは当然ですが、拙僧ではございませんよ、それに協力者だとしたら何故拙僧も襲われているのですかな?」

 

嘘では無いが、真実でもない。記憶を消す前は協力者であったが、今は美神達同様敵という認識だ。どの道用済みとなれば排除する予定だったので美神達に人間への不信感を植え付けつつ処理させる予定だったので、信憑性を持たせるという意味合いもかねて拙僧も敵と認識させた方が都合が良かったと言うのもありますがね。

 

「じゃあどうやってただの人間が神魔や精霊捕まえることが出来るって言うの?」

 

「それはごもっとも、なので拙僧もとっておきの情報をお教えしましょう」

 

これはガープ様が手にした情報であり、それであると同時に神魔混成軍の中でもトップシークレットと言える情報だ。

 

「神魔の中の4大天使はご存知ですかな?彼らが最高指導者が魔界と協力する事に反発し、天界から脱走したそうですよ」

 

拙僧の言葉に美神達が信じられないと言わんばかりに顔を歪めるが、最高指導者よりも上位の神によって作られた4大天使は悪を認めない、デタント等を認めない、神を信じる人類と神だけがいれば良いという過激思考で天使の癖に魔族のような考え方をしている。

 

「信じられないわね」

 

「信じる信じないは貴方達次第――神魔の知り合いにでも聞いてみては如何ですかね?それに魔界側の戦力はよく横島の元に来るようですが……貴女達は小竜姫達以外の神側の援軍を見たことがありますかね?」

 

拙僧の言葉に再び言葉に詰まる美神達を見て、拙僧は内心笑いながら表面上は悲痛そうな表情を浮かべる。

 

「神魔と言えどデタントを認めない者は多いのですよ。それらが自分達に従がわない者をそのままにしていると思いますか?神魔の中には月神族のように独善的なものも多いのですよ?」

 

月神族と聞いて横島の目が赤く輝きかけるが、額当てに目が浮かぶとその色は一瞬で消え去った。

 

【お前の話を全て鵜呑みにはしないが、確かに捕獲術の痕跡は神に属する者の物だった】

 

「でしょうねえ、貴方ほど聡明な使い魔ならばそれを見抜くことは容易い筈だ」

 

実際拙僧は神と天使が捕獲した者を横流ししていただけで自分が手にかけたわけではない、まぁすこーし、ほんの少しだけ手を出したのは認めますし、天使達が自分達に忠実に従がう人間を増やそうとして用意していた媚毒や、その原材料を強奪し渡したのは拙僧ですが、それを準備したのは天使、そして天界側と言える。

 

「心眼、そんな話聞いてないぞ!?」

 

【確証がなかったからな。だが可能性としては十分に考えられる……過激派の天使や神ならばやりかねない】

 

「お分かり頂けたようで何より、では参りましょうか?この悪逆を成した者の顔を見に行きましょう」

 

「その必要はない」

 

広場に響いた第3者の声に振り返るとそこには拙僧に関する記憶を失い、最早生贄としての役割しか残されていない人間達の姿があり、拙僧は最後の仕掛けを発動させる為に着物の内側で再び剣指を作るのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

蘆屋から4大天使が離反していると言う信じられない話を聞いた直後に白衣を着た無数の男と女を引き連れた茂流田と須狩の2人が姿を見せた。

 

「よくも我々のビジネスの邪魔をしてくれたなッ!霊的兵器も、人造神魔も、性奴隷も何もかも台無しだよ、だが君達の快進撃もここで終わりだ」

 

口調は丁寧だが茂流田の額には青筋が浮かんでおり、口もぴくぴくと動いて苛立ちを隠そうともしていない。

 

「終わり?それは貴方達ではないのですかね?ただの研究者風情が私達を本気どうこう出来ると思っているのですか?」

 

「気の強いことだな、神宮寺くえす。お前のような女は酷く需要がある、大事に可愛がってくれる飼い主を紹介してやろう」

 

この期に及んでここまで強気に出れるって本当に凄いわね、もしかして本当に切り札が……。

 

(あの多分、切り札。横島さんが持ってます)

 

(あの雛?何か知ってるの?)

 

この事件の事を知っているおキヌさんがこそこそと喋りかけてくるので、横島の手の中の雛が何なのかと尋ねる。神通力を放ってるからフェニックスとか?

 

(ガルーダです)

 

(ハイ?)

 

(ガルーダです……でも私の知ってるガルーダと少し違うんです)

 

いやいや、待ってガルーダってインドの神鳥で、神鳥のランクで考えたら最上級の……。

 

「我々の切り札を見せてやろう、天使より授かった羽で作り上げたガルーダだッ!!」

 

「ガルーダですって!?上級神魔じゃないッ!そんなのをどうやって」

 

「いえ、そもそもガルーダはグルルに貶められている筈――ガルーダなんて今は存在しない筈ですわッ!」

 

茂流田が自信満々に笑い、美神さんとくえすが怒鳴りあう中、奇妙な機械がせり上がってくる。

 

「この中にガルーダの卵がある、お前達に見せてやろうッ!素晴らしき神鳥が蘇る様をな!……は?」

 

機械を開けた茂流田はその中が空っぽなのに気付き、間抜けな声を上げる。

 

「ピー?」

 

「ん?どうしたピー助?」

 

そして横島の頭の上で楽しそうに鳴いている雛を見て、唾を撒き散らしながら怒鳴り声を上げた。

 

「なんでガルーダがもう孵化しているッ!しかも何故雛なんだああッ!!!」

 

……なんか私達が悪くないのに、凄く悪い事をした気分になる。美神さん達も横島の頭の上の雛――というか、何時の間にか横島がピー助と名付けていた雛が羽をパタパタと動かし楽しそうな鳴声を上げる、美神さんが茂流田と須狩、そしてその後の研究者に視線を向ける。

 

「どうもそっちの切り札はこっちにあるみたいね」

 

「大人しく投降するならこちらもそれ相応の対応をしますわよ?ええ、それ相応のですが」

 

そのそれ相応は間違いなく死なない程度にフルボッコだと思うし、私もそうするつもりなので神通棍を握り締める。

 

「何故だ!何故!今まで上手く行っていたのにッ!人造神魔は寝返り、ガルーダまで奪われたッ!この厄病……」

 

頭を掻き毟り唾を飛ばしながら怒鳴っていた茂流田が急に糸が切れた人形のように沈黙し、異様な雰囲気が広がり始める。

 

「ンンンン、これは不味いですな……」

 

「何かしたんですか!?」

 

「拙僧は何も……ただ。そうですな……天使の悪辣さとでも言いましょうか」

 

蘆屋がそう口にした瞬間、俯いていた茂流田が顔を上げる。

 

「ハレルヤハレルヤ」

 

「「「ハレルヤハレルヤッ!!」」」

 

「な、何……どうしたのッ!?」

 

ハレルヤ――神を賞賛する言葉を突如繰り返し言い始めた同僚達に須狩が困惑した様子で振り返ると、全員の頭がぐるりと須狩へと向けられた。

 

「異端者」

 

「異端者だ」

 

「殺せ」

 

「神を讃えよ」

 

「ハレルヤ、ハレルヤッ!!!」

 

「や、やめッ!来ないで、助けてッ!やだッ!!やめてえええええッ!!!」

 

蜜蜂が雀蜂を殺すように全方位から取り囲まれた須狩の姿が人で出来た球体の中に消え、その中からくぐもった悲鳴が響き続ける。

 

「な、なんだ……何が起きているんだ」

 

「……分からないですの……でも凄く嫌な予感がしますの」

 

何が起きているのか判らないが、手足が震える――本能的に危険を察知していた。

 

「逃げるわよッ!ゴーレム!私達の盾に……【ゴガア……】……ゴーレムが一撃でッ!?」

 

ゴーレムに盾になれと命じようとした美神さんの目の前でゴーレムが光に飲み込まれて消し飛んだ。

 

「……とんでもなく強力な破邪の魔法……ッ」

 

「不味いよ、こんなの喰らったら……あたしも死んじまうよ」

 

「ンンンー拙僧も流石に不味いですなあ……」

 

どちらかと言えば闇よりの存在のくえす達が引き攣った声を上げる中、人間同士が折り重なった繭のなから半透明の腕が現れ、這い出るように異形が姿を見せた。

 

【ハレルヤ、ハレルヤ……我はシモベ、神たるシモベ……背信者に死の鉄槌を……】

 

幾重にも折り重なった人の声はガラス同士を擦り合わせたような聞くに堪えない異音で肥大化した頭部とそれと比べて小さい胴と左右アンバランスの腕……頭の上の輪と翼で天使のようなシルエットをしているが、それは到底天使には見えない異形の化け物だった。

 

「何これ……」

 

「交霊術で天使もどきを呼んだ……いや呼ばされたんだわッ!証拠を全て消し去る為に……ッ!皆集まって精霊石よッ!!」」

 

天使による最終防衛装置とも言えるその異形の天使は両手を頭上に掲げ、それを見た美神さんが集まれといって首から下げた10億円の精霊石のペンダントを引きちぎり結界を作り出すのと、凄まじい光が私達に向かって降り注いだのはほぼ同時の事で、光に視界を奪われたと思った瞬間、結界が砕け散る音と共に私は後方に向かって大きく弾き飛ばされた。

 

「いっつうう……」

 

「ちょっと冗談抜きでこれは不味いわね……完全霊体の天使モドキなんてどうすれば良いのよ」

 

おかしくなった茂流田達から召喚されているように見える天使は焦点の合っていない視線を虚空に向け、祈るように左右の手を合わせ祈っているように見えなくも無いが、その祈りが何に捧げられているのか、そして何を祈っているのかも分からない。

 

「とにかくあいつを倒さない事には脱出も出来ないですわね」

 

「そのようですなあ……ご安心めされよ、拙僧も協力しますゆえ」

 

ニヤニヤと笑う蘆屋に本当はこいつが何かしたんじゃ?と思いながらも証拠も何も無く、そして過激派神魔が証拠隠滅の為に何かしているかもしれないと言うのもありえない話ではなく信憑性があるとも言える。

 

【……背信者に死を】

 

ゆったりとした動作で動き出したと思った瞬間だった。短い腕が凄まじい勢いで伸びてきて、咄嗟に頭を抱えて横っ飛びする。

 

「うおっ!?」

 

「……わわっ危ないですの」

 

伸びた腕のまま振り回し、横島達が跳躍して回避した瞬間、その目を横島達に向けるのを見て、私は自分用の精霊石を横島に向かって投げ付けていた。凄まじい衝撃音が響き渡り、精霊石の結界が一瞬で砕け散った。

 

「蛍悪いッ!精霊石はまだあるのか!」

 

「気にしないでまだあるからッ!」

 

精霊石の予備はまだあるが、この調子で防いでいたらあっという間に枯渇するだろう。どうやって戦うかと観察していると白衣の男が1人崩れ落ち、目を見開いて痙攣し始める。その姿を見て私の脳裏を最悪の予想が過ぎった……証人を消そうとしているのならな目撃者である私達と、実験に参加していた者を処理しようとするのが道理だ。もしかして思い霊視をすると今倒れた男の身体に魂は無く、魂の緒すら消滅していた。

 

「美神さん!あれ!あれを見てくださいッ!」

 

「やっぱりッ!この屋敷に関わった全員を消すつもりだわッ!」

 

「ちっ、天使ならやりかねないですわねッ!証人を失うわけには行きませんわ」

 

「ど、どうすれば良いんですか!?」

 

霊体の天使は間違い無く、茂流田達の魂によって構築されている筈だ。今もその体が崩れ、また1人科学者が倒れて痙攣し生き絶える。

 

「心眼!核はどこですのッ!」

 

【今探しているッ!見つけたらすぐに言うッ!とにかく今は攻撃を避けるのを徹底しろッ!】

 

霊体の天使に攻撃を加える術が無いのは分かっているけど、あの攻撃力と瞬発力を相手にするには余りにも厳しいわね……今もハレルヤ、ハレルヤと繰り返し呟いている天使を見て、私達は顔を歪める。やっと見つけた証人であり、生きたまま捕らえようとしていたのが自ら死に向かっている。その上下手をすれば自分たちも死ぬかもしれないという余りにも最悪な状況に私達は顔を歪めるのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

茂流田達が組体操のように組み合わさり、その上空に現れた歪な天使――いや、あんな物を天使だとは信じたくはないけど、形式上天使と呼ぶ事になった。それを睨みつけ、一瞬の挙動すら見逃さないように意識を集中させる。

 

【……ハレルヤ】

 

「ぐうっ!!いってえええッ!!」

 

反射的にサイキックソーサーで防いだが、衝撃までは殺しきれず壁まで吹っ飛ばされる。

 

「……んしょおッ!!!だ、大丈夫ですの?」

 

「ごめんミィちゃん、大丈夫」

 

「……大丈夫ですのよ?」

 

壁に叩きつけられる前にミィちゃんが俺を空中で受け止めてくれたお蔭で叩きつけられるのは間逃れたけど、ミィちゃんに負担を掛けたかもしれないと謝ると大丈夫ですのとミィちゃんは笑うが、ふっと倒れこんでくる。

 

「ミィちゃんッ!」

 

「……だ、大丈夫ですのよ?つ、疲れただけですの」

 

「おんぶするから早くッ!」

 

疲れただけと言っているが、ミィちゃんは明らかに消耗しており俺はミィちゃんの前にしゃがみこんで、おぶさるように言う。

 

「……申し訳ありませんの」

 

「良いよ、気にしなくて」

 

ミィちゃんを背中に背負い、再び天使に視線を向ける。現れた時よりも一回り小さくなり、足元の茂流田達はもう大多数が倒れていて、このままでは本当に証人がいなくなるかもしれない。

 

「心眼、まだかッ!」

 

【邪魔が多すぎるんだッ!こっちも必死に探しているッ!】

 

心眼に怒鳴られ悪いと返事を返しながら、ちらりと横目でおキヌちゃんを確認する。

 

「♪~♪~」

 

笛を吹いて結界を展開しあまり戦えないグーラーさんと赤ちゃんのグレムリンを守ってくれているけど、その結界に向かって不可視の光が打ち込まれる。

 

「させるかよッ!!」

 

「シッ!!」

 

サイキックソーサーと蘆屋が投げ付けた札が不可視の光を防ぎ爆発する。

 

「……本当に助けてくれるんだな」

 

「ンンンン、拙僧は嘘を付きませぬぞ?」

 

そう笑う蘆屋だが、右腕は千切れ飛び血が流れ続け、左目も潰れている。何度か俺達を庇って直撃を受けたからだ……瀕死の有様なのに蘆屋は笑い拳を握り締める。

 

「気にしなくていいですぞ。拙僧は天使は嫌いですからねッ!!」

 

そう笑った蘆屋が拳を突き出し、伸びて来た天使の拳を明後日の方角に殴り飛ばす。

 

「みーむうッ!!!」

 

「Deathっちまえッ!!!」

 

チビの電撃とくえすさんの魔法が天使の身体に炸裂し、その体を構成している魂を吹き飛ばす。

 

「肉体を離れた魂よッ!あるべき所へ戻れッ!!」

 

その魂を美神さんが科学者の身体に戻るように命じるが、その大半は空中に霧散してしまう。

 

「魂を使った特攻兵器なんて洒落にならないわよッ!!!」

 

「こっ……のおおおおッ!!!」

 

美神さんと蛍の振るった神通棍が伸びて来た腕を弾き飛ばすが、2人――いや全員疲労困憊でその場に膝を着きかける。

 

「ぜえ……ぜえ……マジで洒落にならんぞ」

 

「……重いのですの?」

 

「全然平気ッ!しっかり掴まってるんだぞッ!!」

 

走り回り、飛んで、霊力を次ぎ込んで防いで流石に疲れてきたが、ミィちゃんは軽い物なのでしっかり掴まっているように言って、懐に手を伸ばす。

 

(文珠は……6つか)

 

切り札の文珠は6つあるが、心眼のサポートが無ければ複数文字制御は出来ない、それに仮に出来たとしても何の文字を込めれば良いのかまるで判らない。

 

(広・治・癒で皆回復させれるのか……いや失敗したら駄目だ)

 

6つしかないのだ、無駄撃ちは出来ない。文珠に伸ばしかけた腕を戻し栄光の手を両手に展開し、腰を落として身構えた時だった。

 

【左目だッ!天使の左目が核だッ!!あれを封印しろッ!!!】

 

心眼の言葉に俺は再びGジャンのポケットに手を突っ込み、文珠を取り出して封の文字を込める。

 

「美神さん!蛍ッ!フォローを頼みますッ!!!」

 

栄光の手を展開したまま文珠を握りこんで大きく振りかぶる。その隙だらけの構えに天使が俺に視線を向ける。

 

「やらせないわよッ!!!」

 

「みぎいいッ!!!」

 

「ゴガアアアッ!!!」

 

美神さんが振るった神通棍とチビの電撃、そしてモグラちゃんの火炎放射が不可視の光を相殺する。

 

【もう少し上だ、腕だけを霊力で強化しろ、外すなよ】

 

心眼の助言に心の中で頷き、霊力で腕を強化し天使の左目をしっかりと見つめる。

 

【ハレルヤ、ハレルヤッ!!】

 

不可視の光が駄目ならばと両腕が凄まじい勢いで俺に向かって伸ばされる。

 

「横島に手出しはさせませんわよッ!!」

 

「ぷーぎゅーッ!!」

 

【ノッブウッ!!!】

 

くえすさんの魔法とうりぼーとチビノブのビームで左腕をやっとの思いで弾き飛ばすが、残された右腕は真っ直ぐに俺に向かって伸びる。

 

「ンンン、今の拙僧はそちらの味方ゆえ、援護をさせていただきますぞ」

 

そう笑った蘆屋の飛び蹴りが右腕を弾き飛ばすが、天使の頭はまだ上だ。だがこれ以上時間を掛ければ茂流田達達が死ぬかもしれない――一か八かで僅かに残っている霊力を振り絞り大きく振りかぶる。

 

「♪~ッ!!」

 

「……お手伝いしますの」

 

鋭い音色とミィちゃんの声が響き、地面から伸びた大木と空っぽの鎧が宙に現れ、そこから発射された霊波砲が天使の胴を貫いた。ここがチャンスだと思って動き出したが、まだ異形の天使にまだ余力は残されていた……。

 

【……死の裁……き……を】

 

不可視の光でもない、伸縮自在でもない、触れるだけで死に絶えるというのを直感で感じる黒い波動が打ち出され、それが俺に命中する寸前に赤い輝きが黒い光を弾き飛ばした。

 

「ピーッ!!!」

 

「「「「ぴいいいいッ!!」」」」

 

ピー助とピー助よりも小さなガルーダの雛達の放った神通力の波動が死の波動を打ち消した。

 

【……ハレ……ル……】

 

「いっけえええええッ!!!」

 

今の攻撃が最後の抵抗だったのか、天使の胴が曲がり頭が下がる。それを見た瞬間俺は封の文字が刻まれた文珠を左目に向かって投げる。文珠は真っ直ぐに天使の左目に飛び込み、そこから伸びた霊力の鎖が天使を雁字搦めにしたと思った瞬間、風船が破裂したかのような音を響かせて天使の姿は呆気なく消え去り、本当に天使が居たのかと思うほどの呆気なさで、天使のいた場所に倒れて動かなくなっている茂流田の姿だけが、この場に天使がいたと言う証拠なのだった……。

 

 

リポート9 悪意 その10へ続く

 

 

 




と言う訳で今回の戦闘はほぼイベントバトルで終わりました。それとGSでミカエルとか出てないので彼らにはメガテンテイストで進んでもらおうと思います。なのでガープ達の敵だけど人類の味方ではないルートで敵の敵はやっぱり敵で進んで行こうと思います。
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その10

 

リポート9 悪意 その10

 

~くえす視点~

 

風船が弾けるような音を立てて消滅した天使――その消え去りようは実に呆気なかったが、その能力は間違いなく本物だった……霊能のれの字も知らない研究者が生贄だったのであの程度でしたが……霊能者を生贄にしていたらあの程度ではすまなかったと断言出来る。

 

(きな臭くなってきましたわね)

 

表向き、いえ、スケープゴートとして国際GS協会に霊防省が使われたようですが、そしてこの屋敷で見つけた資料から推測するにオカルトGメンやバチカンの1部も関わっていそうだ。蘆屋の話を全て信じるわけでは無いが……4大天使が関わっているとなると悪魔撲滅を掲げている教会や異端者狩りも関わっていそうだ。証人として確保しようとした研究者達も苦労して生かしたまま捕縛する事が出来たが……。

 

「……あ、あう……あ……」

 

虚ろな眼で虚空を見つめている研究者に蹴りを入れるが反応はまったくと言って示さない……。

 

「生きてますけどこれ死んでますわね。神魔に渡して情報を抜き出すくらいの価値しかありませんわよ?」

 

「そうね。でもちゃんと証言してくれそうなのも残ってるわよ、くえす」

 

自分で自分の身体を抱き締めて震えている須狩に視線を向けると、須狩はヒステリックな声を上げる。

 

「わ、私は何も知らないわよッ!知ってる事は話すわよッ!だけど私の知ってる事なんて殆どないわよッ!あ、あんな化け物の事なんかわ、私は知らなかったんだからッ!」

 

その狂乱具合から本当に天使の事は知らそうだが……天使の事を証言してくれるだけでも十分なので、こいつが生きていただけで最低限の成果はあったと思うべきでしょうねと私と美神が話をしていると当然のように蘆屋がその会話の中に割り込んできた。

 

「ンンンーこれぞ骨折り損のくたびれもうけという奴ですな」

 

「誰に断ってこっちに来ているんですか、手当てなどしてあげませんわよ」

 

今回は共闘したが元々蘆屋は敵であり、手当てをする道理はないと言うと蘆屋はにんまりと笑い、着物から小瓶を取り出した。血のように赤い液体……それがなんなのかはすぐに私達は悟った。

 

「蘆屋ッ!!」

 

「ンンンー手当てをしていただけないのならば拙僧は自分に出来る方法で治療する必要がある。それだけで他意はないですぞ」

 

ニヤニヤと笑う蘆屋が瓶の蓋を少し緩めた……それだけで横島の顔色が死人のように青くなる。狂神石の影響を受けているのか、その目が時折真紅に輝いている。即座に横島の周りに結界を張るが、殆ど変化は見られない。

 

「うっ……」

 

「……横島?大丈夫ですの?」

 

「……うっう……だ、大丈……ぶ」

 

「みむ!みむーッ!!」

 

「ぷぎゅうっ!」

 

チビ達が心配そうに擦り寄るが、狂神石の影響を受けている横島に返事を返す気力はないのか、頭を押さえて弱々しく大丈夫と返事を返すだけだ。

 

「蛍ちゃん!おキヌちゃん!横島君をお願いッ!」

 

蘆屋に対して無警戒でいることは出来ない。私と美神で蘆屋の前に立ち、蛍とおキヌに横島の処置を頼む。

 

「大丈夫じゃないでしょう!蘆屋ッ!これあげるから早くそれを片付けてッ!おキヌさん、ネクロマンサーの笛を」

 

「は、はい、分かってます!」

 

おキヌがネクロマンサーの笛を吹いて横島の中の狂神石を鎮めに掛かる、音色が響くに連れて横島の顔色が僅かに回復するが意識が朦朧としているのが遠めでも分かる。

 

「……これをくれてやりますわ」

 

貴重な霊薬だが、これで狂神石の瓶を開けられて横島が発狂しかねない。蘆屋が求めるであろう霊薬や薬を幾つも投げ渡すと蘆屋はやっと狂神石の瓶を懐に戻した。

 

「ンンンー、手当てをしていただけるのならば拙僧も貴重な狂神石を使わないで済むのでかまいませんぞ」

 

嫌々蘆屋に霊薬等を渡し、霊力を回復させると蘆屋は札で自分の腕を生やし拳を閉じたり、開いたりしてその感覚を念入りに確かめ、地面を蹴って私達から大きく距離を取った。その行動に思わず身構えるが、蘆屋は手を開いて待てというジェスチャーをしてくる。

 

「拙僧と貴女達は敵同士、それは勿論拙僧も分かっておりますゆえ、天使を退けた段階で共闘は終わりでしょう?」

 

「だから何?今度は私達と戦うとでも?」

 

「まさか、拙僧も消耗しておりますし、保護した仲間を連れて帰ると言う仕事も残っておりますゆえ……拙僧としても事を構えるつもりはございません」

 

そう笑う蘆屋だが、その目は挑発的でもしも私達が戦いを仕掛けてくれば自分には戦う準備が出来ていると言わんばかりだ。

 

(……本当に良い性格をしてますわね)

 

私達に今蘆屋と戦う余力はない……そもそも戦えるだけの装備も準備もしていない、戦うつもりがないと言われて助かったのは私達の方だ。

 

「魔族よりも天使の方が過激派が多いのです、これから気をつけるべきでしょうね」

 

「何が言いたいのかしら?天使と神魔は信用できないから自分達に協力しろとでも言いたいのかしら?」

 

天使に気をつけろと言う蘆屋に美神がそう尋ねる。すると蘆屋は楽しそうな笑みを浮かべて、懐から赤い札を取り出した。

 

「それを決めるのは貴女方ですな、ガープ様は優秀な者は人間であっても重宝してくれる方です。仮に貴女方がこちらへ付くと言うのならば……ガープ様は貴女方を仲間として迎え入れてくれる事でしょう」

 

お断りだと言おうとした私達だったが、次の言葉に言葉を失う事になる。

 

「天使が台頭し、そして天使に従がう霊能者が増えれば……日本は横島にとって生き辛い世界となるでしょうからね、懸命な判断をすることをお勧めしますよ。ではまた何れ……互いの命を奪うあう戦場にてお会い致しましょう」

 

横島に生き辛い世界――妖怪や悪魔と共に手を取り合える世界を願う横島にとって、天使が台頭する世界は言うまでも無く生き辛い世界になるだろう……私も含めて混ざり者や魔女や人狼等の人権が認められない世界。天使が望む世界は間違いなくそんな世界だ。私達が返答出来ずに入るのを見て蘆屋は慇懃無礼な素振りで一礼し闇の中へ溶けるように消えていく……誰もが口を開きたいが開けない……そんな異様な雰囲気の中美神がパンっと手を叩く音だけが広場の中に木霊する。

 

「……とにかくここを出ましょう。こんな所にいても気が滅入るだけだし、暗くなるだけよ」

 

「でも美神さん、こいつらは……」

 

精神の死を迎えた研究者達をどうするのか?と蛍が尋ねると美神は最後の精霊石と結界札を取り出した。

 

「精霊石の結界を張っておけば大丈夫だと思うわ、横島君。外に出たらシズクに連絡を取ってくれる?私達だけじゃ外に連れ出すのは無理だし、小竜姫様達を呼びましょう」

 

「待って待ってよ!私は!?」

 

「闇の中で反省する事ね、命だけ助かったんだし、それでいいでしょう?」

 

連れて行け、助けろと叫んでいる須狩をその場に残し、私達は屋敷の地下を後にした。だがこの屋敷で見たこと、そして蘆屋に告げられた言葉が脳裏から離れる事は無く、報告を聞いて直ぐに迎えに来た小竜姫達によって東京へと戻されたが暗く想い気持ちが払拭される事はないのだった……。

 

 

 

~小竜姫視点~

 

美神さん達からの連絡を聞いて直ぐに現場に向かいましたが、そこで見た美神さん達の表情を見て私は正直言葉を失った。口にはしていないが、神魔へ対する不信感、そして人間の悪意を目の当たりにした美神さん達の中に悪い、負の霊力が満ちていたからだ。これは良くないと直ぐに東京に戻って貰いましたが……今回の事件は余りにも人の闇に近すぎた。

 

「……酷いもんだね、良くもまあここまで出来るもんだよ」

 

「どうでしたか?メドーサ」

 

「あの区画だけ魔界と同じ雰囲気だね。そうじゃなきゃ栽培なんて出来ないだろうけど……どうやったのか私が聞きたいよ」

 

神魔や精霊、そして女性のGSの霊力や神通力を封じて性奴として売り捌き、人造神魔や霊能兵器を作っていたと言う人間には正直嫌悪しか抱かないが、問題はどうやってこれだけの物を人間界に集めたかだ。

 

「予想がついたりは?」

 

「全然付くわけないだろ?そもそも原始風水盤レベルじゃなきゃ魔界を人間界に召喚するなんて出来ないんだよ。それはあんただって分かってるだろ?」

 

「う、それはそうですけど……蛇の道は蛇って言いません?」

 

「言うけど知るかッ!!」

 

メドーサならと思いましたが、メドーサでも分からないと言われると正直私も頭を抱えるしかない。

 

「ヒャクメの調査結果が頼りですかね」

 

「良い成果が出ればいいけど……少なくとも私達より上位の神魔が関わってるよ。これ」

 

メドーサに言われなくても判っている。上級、あるいは最上級神魔がこの事件には根深く関わっていると……そして美神さん達の報告が事実なら……。

 

「ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエルですか……」

 

「充分にありえるだろ?と言うかあいつらが魂の牢獄からも消滅したって聞いてたけど信じてたのか?」

 

魔人大戦の折に魔人姫討伐に独断で向かい、消滅させられたと聞いていて私はそれを正直信じていたが……。

 

「西洋系の天界はかなり閉鎖的ですからね……今思えば実は生きていて、こっそりと天界に帰っていたといわれても信じられると思います」

 

「だろうよ、特に西洋系はなぁ、過激派が多いからな」

 

ブリュンヒルデさんや、ジーク、ワルキューレも西洋系の神魔の活動で魔界に落とされたが、元々は天使や戦乙女に属する天界の住人だ。

だが自分達の派閥に属さないのならばと徹底した工作により、魔族へと転化してしまっている。同じ天使にもここまで出来るのならば、死亡を捏造し、人間界で暗躍している可能性は捨て切れない。

 

「西洋の天界本部はなんだって?」

 

「……そんな事実はないと言って人間の報告を鵜呑みにするなと言っています」

 

ここで問題になってくるのが天界の派閥だ、魔界も決して一枚岩では無いが、魔族側の最高指導者であるサタンが1度全てを力で捻じ伏せ魔界の支配者となり、ルイ様がそれを認めたので魔界の勢力が形だけでも従がってくれているのである程度の統一は出来ている。だが天界はもっと酷い、派閥が多数あり天界側の最高指導者を認めないと言うものが多く、閉鎖的に政治を行なっている者が多く魔族撲滅を掲げる天使や神が多く、何度も何度も交渉を求めているが魔界を滅ぼし、地球を滅ぼしても天界は存続するので人類を滅ぼして再び創生を始めるべきだと訴えている者も多くいる……。

 

「ガープ達がいてもいなくても状況は変わらないかもしれないね」

 

ガープは確かに天界と魔界に戦争を仕掛けて来ている。それに対して神魔混成軍が結成されたが、それによってデタント反対派の西洋の天使は独立し、一切関わらないと沈黙を続けていたが……もしかするとガープと同等の脅威になりかねない……

 

「何か証拠を見つける事が出来れば良いんですけど……」

 

「精々見つかったとしても人間側の証拠くらいだろうね……ここまで徹底していて証拠を残すとは思えないよ」

 

人間に貴重な神魔の異物を与えて霊能兵器を作り、人造神魔を作る。それの製造プラントは美神さん達が破壊していたが、かなりの大規模、そして安定した状況で作られていた。

 

「小竜姫、メドーサッ!これを見て欲しいのね~」

 

ヒャクメの呼ぶ声が聞こえ、そちらの元へと走りヒャクメが指差している者を見つけ思わず額に青筋が浮かんだ。

 

「これは挑発ってことですね」

 

「やってくれるね……宣戦布告だよ」

 

4つの祭壇に見せ付けられるように置かれていた巨大な純白の翼と剣と秤、巻物と本、決して枯れぬ百合の花、そして杖と盾がそれぞれ掲げられ、神通力によって燃える炎が残されていた。

 

「4大天使の証……こりゃ本格的に調べないと不味そうだね」

 

神の前に立つ4人の天使の動かぬ反逆の証を前に私とメドーサ以外の神魔もそれを見つけ、信じれないと言わんばかりにその目を大きく広げる。神に最も忠実と言われた4大天使全ての離反――それは神魔にとって大きな衝撃を与えるのだった……。

 

 

 

 

~ルイ視点~

 

ベルゼブルが用意してくれた紅茶を口にし、読んでいた本を閉じて机の上に乗せる。

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「いや、充分に美味しいよ?そろそろ神魔混成軍が4大天使の反逆に気付いたころかなって思ってね」

 

魔人大戦の折に死亡が確認されたのは影武者で本物の4大天使は早々に逃亡しているのを私は知っている。

 

「ミカエルですか」

 

「そうあの出来損ないのバックアップだよ、しかしまぁ神もがっかりしてるんじゃないかな?」

 

人間界の伝承では私とミカエルは双子とか言われているが、実際は双子などではなく私のデッドコピー、自分に忠実な駒として神が作り出した天使だが……自分が指導者になると言ってキリストの奴に負けた事で虎視眈々と反逆を窺っていたのは知っていたが思ったよりも我慢できたなと苦笑する。

 

「しかしこれで面白くなって来た」

 

「……面白くですか?」

 

怪訝そうな顔をするベルゼブルだが、その本心は横島が心配と言うのが目に見えており、そのベルゼブルの反応すらも私に取っては面白くて仕方ない。

 

(ルキフグスは……まあうん……あれはあれで面白いか)

 

横島の股間に顔を埋めていたのは完全にあれだと思うが……まぁ仕事自体はちゃんとこなしているし大丈夫だと思う事にしよう。

 

「人間の悪意に天使・神の策謀、そしてガープ達……世界が滅びるか、そうじゃないかって言う状況は面白いだろう?」

 

ベルゼブルに同意を求めるが、ベルゼブルは無言で理解しかねるという表情をしている。

 

「もう少し頭を緩くしたほうがいい。ここは神の箱庭と言う事を認識したほうが良いな」

 

「前に説明を受けましたが、私はとても理解しかねる内容です」

 

世界には世界の意志とでも言うべき物――宇宙意志と言う物がある。世界はそれに基づいて運用されている。どれほど努力しても、運命を変えようとしても超えられぬ、変えられぬ物がある……それが宇宙意志……即ち神と呼ばれる物が作り出した法だ。

 

「全てが到達できる視点ではないが、確かに存在するのだよ、悪辣なゲームメイカーである神がね」

 

それを認識し、それを退けているから私は超越者と言われるのであって天と魔の最高指導者を経験する事が出来たとも言える。

 

「我々とは違う神という事なのですよね?」

 

「ああ、そういう認識で構わないよ。理解するのは難しいと思うけどね」

 

悲劇も喜劇も復讐劇も、全てを考えて悪辣に物語を描いている者がいる。それは運命であり、奇蹟であり、そして悲劇である。自分が望むがままに楽しむ為に物語を描いている者がいる。正直に言えば私もそれを神と言うのか、運命というのかは確証はもてないが……私は少なくともそれを神だと認識している。

 

「では4大天使の反逆も、アスモデウス達の行動も……魔人姫の復活もですか?」

 

「全ては神のシナリオだと私は思っているよ」

 

そもそも1つでも内容によっては世界を滅ぼしかねない事件がこれだけ多発していると言うこと自体がありえないと言える。4大天使は自分達に従がう人間だけの世界を望み、それを作ろうとする。その世界は恐らく神に変わって天使によって運用されるディストピア、神の秩序と言う名の束縛と支配によって繁栄する世界になる可能性が高い。そしてアスモデウス達は神と魔、そして人間と世界に住まうすべてに戦争を仕掛けようとしているが、勝っても負けても地球が滅びる可能性は極めて高い。魔人姫は……うん。

 

「魔人姫は横島に惚れてるからねぇ、進んで滅ぼす事はないと思うけど……あいつも楽しければいいって感じだからなんとも言えないね」

 

横島を魔人にするか、それともネロが横島の方に歩み寄るか、どちらにしろネロもキーパーソンなのは間違いない。

 

「人間の悪意を見てアスモデウス達に付くか横島には新しい道が示された。これからますます楽しくなるよ」

 

全ては横島を中心に回っている、横島が動く度に神のシステムが崩れるのは見ていて面白いし、絶対の法則が崩れる瞬間が見れるかもしれないという期待がある。

 

「シヴァに連絡してくれるかな?横島がガルーダの雛を見つけたとね」

 

「……カーマとシヴァがはちあいますよ?」

 

「それが狙いだよ。面白い事が見れるだろ?」

 

カーマとは個人的に繋がりがあるので横島の家に向かうように頼んでいた。殺した者と殺された者――それが横島の家で鉢合わせたらどうなるのか?人の闇を見て横島がどう変わったのかそれを見に行くのが楽しみだ。

 

「さてと、行こうかベルゼブル」

 

「日傘と帽子を持ってきます」

 

ベルゼブルが日傘と傘を持ってくるのを待っている間に魔人姫に連絡を繋げる。

 

【なんの様だ?明星】

 

「横島が人の悪意を見てね、どうなったのか見に行かないかい?」

 

【行く!横島の所に行くなら余も行くぞ!】

 

2つ返事を返す魔人姫に合流地点を伝え、ベルゼブルが持って来た日傘と帽子を受け取り横島が変わらなかったのか、それとも変わってしまったのかそれを見定める為に東京へと向かうのだった……。

 

 

 

リポート10 来訪者 その1へ続く

DEAD END その1へ続く

 

 




次回からは今回の話の後日談とそれによって変わる者とかを書いて行こうと思います。人の悪意を目の当たりにし、それから横島達がどう変わっていくのかを楽しみにしていてください。それとミカエルとかは真メガテン2をやっていたのでやっぱり天使は駄目だなって感じで新しい敵として抜擢しましたのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


なお今回は2話更新でDEAD ENDも投稿しております。かなりダークですが、こちらもよろしくお願いします。


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DEAD END

どうも混沌の魔法使いです。今回はタイトルの通り、DEAD END――行き止まりの袋小路のエンドになります。ほんの少しの掛け違い、ほんの少しの選択ミスによって成立してしまったフラグが完成した話となります。

今回のルートに入る条件は

1 美神達がなんからの方法で精神を砕かれる、または死亡
2 アリス達を始めとした横島が大事に思っている人外の死亡
3 人外抹殺を掲げる何らかの組織の台頭


となります。今回はありえた1つの結末と言う事で暗い上に重い話に加えて若干の性描写を含む話となりますが、今回の更新もどうかよろしくお願いします。




 

 

DEAD END 優しさゆえにかの者は狂う事を望み、それどかの者は狂えず

 

太陽が落ちてもなお灯が消えぬ街――東京の一角……かつて美神令子除霊事務所という看板を掲げていた廃ビルの屋上に腰掛け、レクス・ローが手にしている本を捲る。

 

「ほんの少しの掛け違いが取り返しの付かない悲劇を呼んだ……か、実に浅ましい、そして実に愚かだ」

 

かつては東京の中でも一等地と言われた美神令子除霊事務所の周辺は住む者のいない廃墟、砕けた瓦礫の山、そして黒ずんだ血痕――かつての姿は無く、本当に東京かと思うような酷い荒れようだった。

 

『東京市民の皆様は外出をお控えください、繰り返します。東京市民の皆様は外出を控えただちに自宅へお戻りください。凶悪な指名手配犯、「横島忠夫」「神宮寺くえす」が東京市内で目撃されました。繰り返します。神の教えに背き、反逆行動を続けている凶悪な指名手配犯「横島忠夫」「神宮寺くえす」が……』

 

遠くから響いて来るアナウンサーの声に耳を傾けていたレクス・ローの元に1枚の紙が飛んで来る。それを手に取ったレクス・ローは肩を落とし、深い深い溜め息を吐いた。

 

「神の教え……ね、善良な妖怪を狩り、少しでも優秀な霊能者は何をしても許される。そんな事をのたまう男が本当に神の代行者だと言えるのかな」

 

DEAD OR ALIVE 横島忠夫 懸賞金20億7800万

 

ALIVE 神宮寺くえす 懸賞金12億3500万

 

レクス・ローの手にしていた紙は指名手配書であり、既に×が打たれている者もいる……「唐巣神父」「言峰神父」「伊達雪之丞」……を始めとしたかつては有名な霊能者は×が打たれ死亡扱い。それに続くは奴隷として確保された一覧「六道冥華」「六道冥子」「小笠原エミ」……といった女性のGS達――がどこどこにおり、規定ランク以上の霊能者及びGSは何をしてもいいと大々的に書かれている。見え麗しい女に「何」をしてもいい――それが意味する者は言うまでもないだろう。

 

「反吐が出る。これで神の秩序の世界とはよく言ったものだ」

 

ほんの少しの掛け違い……4大天使の暴走を止められず、そして4大天使の助力を受けた作られた救世主を神の代弁者とし作り上げられたディストピア――それが今の東京の姿だ。

 

『勇ましく美しい戦乙女隊が出撃しましたので、市民の皆様はご安心ください。必ずは戦乙女隊は神に逆らう指名手配犯に正義の鉄槌を下す事でしょう』

 

自身が読み上げているニュースがさほど誇らしいのだろうのアナウンサーの顔は笑みに満ちており、街からは歓声も響いているがレクス・ローは冷めた表情を崩す事は無かった。

 

「勇ましく美しい……ね、浅ましく下品の間違いではないかな」

 

戦乙女隊と聞けば、聞こえは良いが殆ど裸同然の衣服に、頬を紅く染め興奮を隠し切れない表情をしている霊能者の姿は娼婦その物であり、事実神の代弁者とされている救世主の情婦でもあるのだからレクス・ローが下品と口にするのも当然の事だった。だが問題がその戦乙女隊の中に蛍や美神、そして琉璃達の姿もあることだった。同じ様に正気を感じさせない瞳、高揚し発情しているであろうその表情にかつての聡明さや誇り高さは感じられなかった。

 

「……憐れ、だがこれもまた1つの結末か」

 

ありえたかもしれない、悲劇的な結末……ほんの少しずつの掛け違い、そしてそれが取り返しの付かないレベルにまで進んでしまった世界・・・・・・それがこの神という名の浅ましき存在を讃える都市東京であり、避けられない滅びが確定した世界線の姿だった。

 

 

 

 

 

背後から迫ってくる怒声を聞きながら私は衰弱しきっている横島を庇いながら只管に走っていた。

 

(しくじった・・・・・・ッ!気が緩んでいましたわ)

 

文珠生成装置として横島がアルカディアに輸送されるという情報を掴み、心眼とタマモという犠牲を払い横島を取り返した。そして人間界を去るまで後少し、後少しでという所で僅かに気が緩んだ……それによって補足されてしまった。

 

「横島、横島。後少し、後少しですわ。しっかりするんですわッ!」

 

「……タマモ……タマモは……?タマモと心眼は……」

 

震える声でタマモはどうしたと尋ねてくる横島に私は唇をきゅっと噛み締めた。

 

「……死にましたわ、私達を逃がすために……」

 

横島も分かっていたのだろう、それでも信じたくなかった。あるいは嘘でもいいから生きていると言って欲しかったのだろう……だが今の私達にそんな甘い幻想に縋ってる時間はないのだ。無尽蔵にやってくる天使を退ける為に自身を霊力の爆弾にし、爆発の規模をコントロールする為に身体を捨て、タマモの自爆によって発生する魔力や神通力をコントロールする事を選んだ心眼は完全に消滅した。そして天使を消し飛ばしたタマモはもういない……横島を逃がす為に躊躇う事無く死を選んだタマモと心眼の死を悔やみたい気持ちも、泣きたい気持ちも判る。だけど私達に足を止めている時間はないのだ……。

 

(……甘く見ていた。見積もりが余りにも甘すぎたッ)

 

4大天使が人造救世主を作っている疑いがあるというのはあの忌々しい屋敷の中で分かっていた。だけど既に社会的な地位も権力も手にしているなんて思っても見なかった。私達の仲間と呼べる者は死ぬか、洗脳されて操り人形にされるかのどちらかだ。

 

「うっ」

 

口から滴り落ちて来た血を拭い、腹に手を当てる。傷はない、傷は無いが中身はグチャグチャだ。常に発情するように、冷静な思考が出来ないようにと言う処置の途中で無理矢理逃げ出し、霊薬等で誤魔化して来たがタマモを失い、心眼を失った今の私には横島を前に自分が健在であると言う痩せ我慢を続ける事しか出来なかった。

 

「くえす?」

 

「大丈夫ですわ。後少し、後少しですから」

 

美神も琉璃も蛍も向こうに落ちた。もう人間界にいる者で頼れる相手なんかいない、神の教えという名の洗脳によって全てが敵だ。

 

【神の敵を見つけました、陣営を組んで取り囲むのです!】

 

「「「ハレルヤッ!!!」」」

 

ビルの上から聞こえて来た声に私が反応する前に、横島の目が紅く輝いた。

 

「ジャンヌ……ダルクゥッ!!!」

 

激しい憎悪の声と横島から魔力が噴出した。それは心眼と言う制御を失った横島の魔人化を急速に進め、そして狂神石の力を目覚めさせる事になる。

 

「止めなさい!今の私達では勝てる相手ではありませんわッ!!」

 

「あいつがッ!あいつが殺したッ!!アリスちゃんを、紫ちゃんを……あいつが殺したんだッ!!」

 

「分かっています!分かっていますわッ!横島があいつを憎んでいるのは私も知っていますッ!ですが今大事なのは生き延びる事ですッ!」

 

4大天使の力を借りた救世主を名乗る男がやったのは単純で、そして非常に効果的な物だった。デタント反対派の天使や神魔を集めて最高指導者を幽閉、そして英霊の座への干渉を行い、4大天使が作っていた擬神が天界の最高指導者になった。それによって英霊の多くは退去、あるいは救世主へ付き従う駒となった。ジャンヌ・ダルクもその1人であり、横島の家に遊びに来ていたアリス達を虐殺したのもあの女だ。

 

「ううう……グルルルゥッ!!」

 

「横島!駄目ですわ!!横島ッ!!!」

 

怒りと憎悪に横島が呑まれかけている……だがその気持ちも分かる。横島が大事にしていた者は全てあいつに殺された、横島自身が殺されそうになった時にジャンヌ・オルタが横島を助けたが、霊核を砕かれていてアリス達の首を抱えて茫然自失になっていた横島を私達の所に連れて来ると同時に消滅した。横島が愛していた、ずっと続くと思っていた平和を壊したのがあの女だ。横島の憎悪の凄まじさは察してあまりある。怒りに飲まれ、ジャンヌダルクへ向かっていこうとする横島を引き摺るようにして必死に移動する。

 

「くえすッ!こっちへッ!」

 

「急げ!もう時間がないぞッ!!」

 

開かれた魔界への門から顔を出しているブリュンヒルデとベルゼブルを見て私は安堵した。

 

「横島、ここから先は貴方だけで行くんです」

 

「な、なにを……くえすもッ!」

 

私もと言う横島をブリュンヒルデとベルゼブルに向かって突き飛ばす。2人が横島を抱えたのを見て、私は自分の中で張り詰めていた糸が切れたのを感じた。

 

「いいえ、私は……ごほッ!こ、ここまでですわ」

 

咳と共に溢れ出した血が両手と服を染め上げた。それを見て横島の顔が絶望に染まるのを見て、私は小さく笑った。

 

「最後まで一緒にいてあげたかったですが……ごめんなさい、横島。私はここまでです」

 

「い、いやだッ!くえすも、くえすも一緒にッ!」

 

「駄目ですわ、私はあいつらに頭の中も腹の中もかき回されてる……心眼もタマモもいない……ハレ……ッ!!はぁ……はぁ……こうして

自我を保てるのも時間の問題なのです。だから……さよならですわ、ブリュンヒルデ、ベルゼブル。横島をお願いします」

 

頭の中に響く忌々しい賛美歌――1度刻まれた術式は消えない、これ以上は私もいつまで正気を保っていられるか分からない。完全に狂う前に、横島を託す事が出来る2人に合流出来たのは幸いだった。

 

「……分かりました。貴女の事は忘れません」

 

「その誇り高さ、私はお前を尊敬する」

 

「嫌だ、いやだッ!!どうしてッ!いやだッ!!離せッ!」

 

ブリュンヒルデとベルゼブルを振り払おうとする横島だが、今の横島にはそんな力はない。少しずつ魔界への門の中へ引き摺られていく横島を見て、私は零れ落ちそうになる涙を堪えて、今の私に出来る最高の笑みを浮かべた。

 

「……小さな夢がありました。好きな男の子を生んで、年老いて死ぬまで一緒に過ごす……そんなささやかな夢がありました」

 

でも中身をかき回された私は子宮を失った。もう子供を産むという女の幸せは2度と叶わない……。

 

「いやだ……くえすまで……俺を置いて逝くのか……」

 

「ごめんなさい、本当はずっと一緒にいたかったんですわ……でもそれが出来ないなら、あいつらに一泡吹かせてやります。横島……貴方は生きてください」

 

嫌だと泣き叫ぶ横島が魔界の門へ消えた……横島を生かして逃がすことが出来たなら……ここで死ぬとしても私は勝った。自分が成すべきことを……私は最後までやり遂げたのだ。

 

【神宮寺くえす。あのお方が呼んでいます、大人しく同行してもらいましょうか】

 

胸と秘部を隠すだけの下劣で下品極まる服を着ているジャンヌ・ダルクに向かって私は口の中に溜まっていた血を吐き出した。

 

「お断りですわ。私、そんな股の緩い女ではありませんの、好きでもない男に身体を開くような安い女ではないですから」

 

【そんな事を言ってもすぐにメシア様に奉仕する事が喜びになりますよ】

 

暗く澱んだ正気を感じさせない瞳で笑うジャンヌ・ダルク。そして遠くに見える美神達の姿を見て、私は肩を落とした。

 

(出来れば私が殺したかった)

 

美神達と対峙する事は横島を苦しめる……だから殺したかった、だけどもう私には時間がない。

 

【さぁメシアの元へ】

 

「くたばれビッチ共」

 

腹に手を当てて、魔法陣を起動させる。子宮を失った時、そのかわりに魔法の触媒を埋め込んだ。それを使う時がきたのだ、魔法陣が爆発的に私の身体を覆い尽くして行き……眩い光の中私は永遠に覚める事のない眠りに落ちるのだった……。

 

 

 

 

咽返る様な性臭で満たされた部屋からは女の喘ぎ声、そしてメシアを讃える声が通路にまで響く中、黄金の翼を持った1人の天使が部屋の扉を開けた。

 

「メシア。何故集合時間に来ないのですか?」

 

「ミカエル……ああ、すまない。もうそんな時間か、今日掴まえたこの女の具合が良くてな」

 

白目を剥き泡を吹いている女性を投げ捨てるメシア。すると壁際に控えていた女達がその女性に群がる姿を見ながらメシアはローブを羽織り部屋を後にする。

 

「産めよ増やせよだろう?ミカエル」

 

「ええ、そうですよ。ですが程度は弁えて欲しい物です」

 

ミカエルの言葉にもメシアはどこ吹く風と言う様子でミネラルウォーターのボトルを受け取る。

 

「横島忠夫ですが」

 

「ああ、文殊の生成器にするんだったな、輸送は済んだのか?」

 

「逃げられました」

 

「は?」

 

「逃げられました。消息をつかめないでいた神宮寺くえす達によって奪還されました」

 

ミカエルの淡々とした言葉を呑込めないでいたメシアだが、横島に逃げられたと知り怒りを露にし、手にしていたペットボトルを握り潰した。

 

「ジャンヌ・ダルクは、あの牝豚はどうしたッ!」

 

「神宮寺くえすが自爆したようです。生きているかどうかも定かではありませんね」

 

「神宮寺くえすまで死んだだとッ!あの女は私が目を付けていたのだぞッ!!」

 

救世主とは程遠い浅ましい姿を見せるメシアだが、ミカエルは柔らかく微笑んだままだ。

 

「貴方が行かなかったからですよ。ガブリエルやラファエルは魔族の進軍を食いとめていました。その間に神宮寺くえす達が侵入、横島忠夫を連れ出して、九尾の狐が自爆した。ガブリエル達は無事ですがテンプルナイトは全滅です」

 

自分が向かわなかったからとミカエルに言われメシアは黙り込む、狙っていた女が捕獲されたからそれを抱くことを優先した己の失敗を悟ったからだ。

 

「……これからどうするんだ?」

 

「特異点の横島が逃げた。これはとても不味い状況です、我々が作ろうとしている理想郷……偽神によって存在を定義された世界ですが、

特異点はそれを砕く事が出来る」

 

「俺達の理想の世界を守るには」

 

「横島忠夫の抹殺が必要不可欠です。そして魔界へ向かったという事は分かりますね?」

 

「全面戦争が少し早くなったと言うことだろう?」

 

メシアの言葉にミカエルは満足そうに微笑み、その通りだと頷いた。

 

「魔界には様々な陣営が集まっています、そして特異点の価値を知る者もいます。貴方が女を抱くのを好きなのは知っていますが、今は戦争に備える事を優先してもらいます」

 

「……俺だってそれくらい分かる。後顧の憂いをたっておけば後はお楽しみだ」

 

下卑た欲望を隠すつもりない様子のメシアを咎める事も無く、ミカエルは微笑んだ。自分たちの思い通りに動き、神魔を殺す能力を持った救世主――その能力さえあれば下卑た欲望を抱いていようが何をしようが問題ではないのだ。最高指導者を幽閉し、自分達が作り上げた神が統治する理想郷。その象徴たる存在はこの救世主であればいい、表向きだけでも清廉潔白な救世主を演じてさえいれば多少の目を瞑る事にミカエルに躊躇いはないのだった……。

 

 

 

 

神宮寺くえす達が命を賭けて横島を魔界へ届けたという一報は4大天使と偽りの救世主によって人間界を追放された神魔にとって大きな福音となった。特異点であり歴史の修正力、あるいは宇宙意志を越えれる者である横島は今の現状を覆す大きな希望と思う者が多いからだが……そこまで甘い話ではない。

 

「横島の状態は?」

 

「霊力も魔力も完全に枯渇寸前ですが、最も大きいのは精神の疲弊ですね、酷く衰弱しています」

 

ブリュンヒルデの淡々とした言葉に思わず私は机を殴りつけた。

 

「ベルゼブル。気持ちは分かるが、少し冷静に「気持ちは分かる。分かるだと!ふざけるな!横島がどれだけ衰弱していると思うんだ!それなのにお前達はもう横島を戦わせる事を考えているッ!あいつの気持ちを考えた事があるのかッ!!」

 

信じていた者に裏切られた、やってもない罪を被せられた。愛した者は操られて自分の敵に回り、自分を慕ってくれる者達を全て失った……。

 

「私はあいつの気持ちを考えると胸がいたい……もう良いだろう、もう戦わせなくて良いだろう?人間界と天界との繋がりを永劫に断ってしまえばいい。そうだろう」

 

横島は戦いを好む男ではない、穏やかで心優しい平和を愛する男だ。もう十分に傷ついた、十分に悲しんだ。これ以上、横島を苦しめる必要はないだろうと訴える。

 

「駄目だ。横島の力は必要だ」

 

「何故だ!もう我々は負けたッ!これ以上戦う事に何の意味があるッ!」

 

最高指導者は幽閉され、神通力と魔力を供給するだけの装置になった。膨大な神通力と魔力を得ている天使を倒すのは不可能だ、1体の天使を倒すのに複数の上級神魔が必要であり、そして殆ど相打ちになるという現状を横島1人が加わっただけで打開できるとは思わない。

 

「仮に繋がりを絶ったとしても天使達は魔界に攻め込んでくる。サタンも相手の手中に落ちている以上――完全に繋がりを断つ事は出来ないという事はベルゼブルも分かっているだろう」

 

オーディンの言葉に反論する言葉に詰まる。確かにサタンが既に装置に組み込まれている以上、向こうはこちらの座標をいつでも手に出来る。安全は何時まで続くか分からないということは私も判っている……。

 

「……それでもだ。私はもう横島を戦わせたくはない、お前達と袂を分かつことになってもだ」

 

「ベルゼブル様……」

 

席を立った私にブリュンヒルデが声を掛けようとして口篭る。その声に私は振り返って笑った、隠す意味も誤魔化す意味もない。

 

「私は横島を愛してる。だから……もう戦わせたくないんだ。横島の力を借りるのが1番だと言うのは私も分かってる……だけど女としての私はそれをしたくないんだ」

 

自分勝手だと、世界が滅んでも良いのかと言われることも分かっている……。

 

「私も存外女だったと言う事だ。軽蔑してくれても構わない、だが私は意見を変えるつもりはない。許してくれとは、理解してくれとは言わん。だがもう私は苦しむ横島を見たくないんだよ」

 

自分勝手な想いと言うのは分かっている。自分の感情を優先して世界が滅びるのを黙って見てみようとしている……許されない大罪だ。仮にも魔界の重鎮と言う立場のある私が取っていい態度ではない。だが私はもう世界の滅びを回避する事は出来ないと諦めている……ならその僅かな時間、数日にも満たない時間かもしれない……それでも仮初の短い平和だとしても、その中で横島を眠らせてやりたいと思うのは決して間違ってない事だとわたしは思う。会議室を後にし、横島が眠っている部屋の中に入る。

 

「……う……うう」

 

「やつれたな……」

 

大粒の汗を流し悪夢に魘されている横島の額の汗を拭い、その頬に触れる。やつれ、顔色の悪い姿は私の記憶のある横島とは程遠く、どれほどの心労、苦しみを背負って来たのかが容易に感じ取れる。

 

「ああ、ああああッ!!ああ、うあああ……」

 

飛び起きて大粒の涙を流し苦しむ横島の姿に座っていた椅子から立ち上がり、横島の身体を正面から抱き締める。

 

「大丈夫、大丈夫だ。もう良いんだ、もう苦しまなくて良いんだ」

 

「ああ……あああ……うう……」

 

胸の中で暴れる横島を抱き締めて自分を傷つけないように、優しく抱き締める。

 

「もう良いんだ、もうお前は戦わなくて良い……もう良いんだ」

 

こんな横島の姿を見て何故戦わせる事が出来る。何故これ以上苦しめるような選択が出来る……そんな残酷な事は私には出来ない。

 

「眠れ……眠るんだ横島」

 

魔法で眠らせ脱力する横島の身体を再びベッドに横にする。

 

「私にはサキュバスのような才能は無くてな……すまない」

 

穏やかな夢を見させることは出来ない、だけどせめて悪夢を見ないようにと私は震えている横島の手を両手で握り締めて祈った。もうこれ以上横島が苦しまないように、悲しまないように……例え偽りでも良い、穏やかな夢の中で終わりを迎えて欲しいと心から願うのだった……。

 

「お父様……私はベルゼブル様の気持ちが判ります。私も……もうあれ以上横島に苦しんで欲しくありません」

 

「気持ちは分かる……だがそうも言っていられないのだ。天使達が作り出した偽神――あれが存在すれば」

 

「世界は複雑に湾曲し、2度と戻らない。私達が戦争を始めたのはそれを防ぐためでもあったのだよ、オーディン」

 

「ガープ!それにアスモデウスまで!?どうして、どういうことなのですか、お父様!」

 

「……最早手段を選んでいる場合ではない、それにガープ達の力が必要なのだ」

 

天使を倒すには、そしてメシアを倒すには……そして偽神を滅ぼすにはアスモデウス達の力とガープの研究成果が必要だった。

 

「横島忠夫を引き入れたのならば私もこれをやっと使う事が出来る」

 

ガープが机の上に持っていたアタッシュケースを置き、オーディン達に見せつけるようにケースの蓋を開けた。

 

「なんですか……それは……ッ!」

 

ケースの中身を見たブリュンヒルデは身を震わせながら、それはなんだと問いかけた。凄まじい存在感と魔力を放つ無数の眼魂、そして複数の眼魂をセット出来るであろう篭手状のパーツの姿だった……。

 

「オメガコンダクター……私が作り出した眼魂の力を最大限に引き出すためのツール。ですがレイやレブナント達では使えない……恐らくこれを使えるのは横島忠夫しかいない。そしてこの眼魂は「レヴィアタン」「ベルフェゴール」「マモン」「アスモデウス」「サタン」の力が封じられている。残るは2つ……それを手にすれば神と天使と戦う事も不可能ではなくなるだろう。その為にはベルゼブルの力が欲しい」

 

ガープが上げた神魔の名前を聞いてブリュンヒルデはガープ達が何をしようとしているのか悟った。

 

「横島を、横島を7つの大罪の化身にするつもりですか!?」

 

「そうだ、それだけが我らが天使達を倒す術だ」

 

「それが何を意味するか判っているんですか、お父様」

 

「……分かっている。横島を世界の人柱にすることになるだろう、人類悪、あるいは復讐者……横島は悪として永遠に世界にその名を刻まれるだろう」

 

「そこまで……そこまでしなくてはならないと言うのですか、お父様ッ!!」

 

7つの大罪の名を冠する最上級神魔、そしてそれらを全て同時に行使出来る変身ツール……それらを横島に使わせる。未来永劫消える事のない悪名を横島に着せてまで世界を救おうとしている自身に父の言葉に信じていた物が崩れ落ち、立っていられなくなったブリュンヒルデはその場に崩れ落ちるのだった……。

 

 

 

 

高城さんの小さな身体を抱き締めると、高城さんが背中に腕を回して大丈夫だと泣くことはないと声を掛けてくれる。

 

「夢を……夢を見るんだ。皆……皆死んだ。それに美神さん達の見たくない姿を忘れられないんだ……」

 

血の海に沈むアリスちゃん達の姿や、死んだタマモ達の姿が眠る度に鮮明に浮かぶ。そして……美神さん達がメシアに付き従い、媚を売る姿に変わる。下品な言葉を使い、裸同然の姿でメシアに抱いてくれと懇願する姿が浮かんでは消える。

 

「もう良い、思い出すな。横島……もう良いんだ、お前はもう戦わなくていい」

 

「……うう……うあああ……」

 

信じていた、信頼していた美神さん達に騙されて俺は囚われた。文珠の生成装置にするのだと、お前は生きている価値が無いのだと笑い、命令を成し遂げたのだからご褒美をくれとメシアに枝垂れかかるその姿に絶望した。幸いなのは性交の場を見ずに済んだ事だが……俺を拘束して連れて行く天使達の後から聞こえて来た美神さん達や蛍、琉璃さん達の嬌声が脳裏に焼きついて離れない。

 

「もう良いんだ。横島、お前はもう戦わなくていい、悲しまなくて良いんだ」

 

大事な人達は皆いなくなった。守りたかった者も救いたかった者も……何もかも無くなった。高城さんの小さな身体を抱き締めて恐怖に震えることしか出来ない、もう戦いたくない、苦しみたくない。

 

「もう……良いのかな」

 

「ああ、誰もお前を責めない。もう良いんだ」

 

高城さんの優しい言葉を聞いても俺は顔を上げる事が出来ないでいると扉が開かれた。

 

「言い訳がないだろう、横島忠夫」

 

扉を開けて入って来た来たのはガープだった。口の中が乾いて言葉を発する事が出来ず、俺は口を明けたり閉じたりすることしか出来なかった。

 

「ガープ!横島は戦わせない、失せろ」

 

「ふざけるな、ベルゼブル。横島がいれば戦況は変わる、お前の独善的な思いを許すわけには行かない」

 

「うるさい!黙れッ!!私はもう横島を戦わせないッ!!」

 

高城さんとガープが言い合う中、俺は布団の中に隠れて震えていた。もう戦いたくない、悲しみたくない、もう嫌だ。もううんざりだ、守りたかった者も、大事な者も無くした俺に戦う理由なんてもうない……。

 

「お前はそれで良いのか?命を賭けてお前を救った者達の想いを無駄にするのか?」

 

「出て行け!横島、こいつの言葉を聞くなッ!!」

 

高城さんが激怒し、ガープを部屋の外へと突き飛ばす。

 

「お前が決めることだ。私は強要はしない、悔いのない選択をすることだ」

 

その言葉を最後にガープの姿は見えなくなり、布団から顔を出した俺を高城さんが抱き締めて来た。

 

「もう良いんだ。お前はこの部屋にいれば良い、もう良いんだ。苦しい事しか待っていない世界に行く必要はない、この中にいれば良いんだ」

 

高城さんの優しい言葉、もう良いのだともう傷つく必要はないのだという言葉と、ガープの言葉が脳裏を交互に過ぎる。ガープは憎い相手だ、だが……メシア、そして天使はもっと憎い相手だ。

 

「もう良い、もう良いんだ。横島、もう苦しまないでくれ、悲しまないでくれ……私はお前のそんな顔を見たくないんだ」

 

俺の事を心から案じてくれている高城さんの言葉は嬉しい、もう逃げてしまいたいという気持ちもある……だけど……逃げて良いのかと心が叫んでいるような気がした。

 

 

「やぁ、横島。元気そうだね」

 

「……ルイさん」

 

眠っている高城さんを起さないように部屋を出た俺の目の前にルイさんがいた。なんでもないように、かつての平和だった世界のように声を掛けてくるルイさんに俺は一瞬困惑した。

 

「ベルゼブルを抱いたのかい?」

 

「ぶぶうっ!?な、ななな、何を!?」

 

「なんだ、その反応はしてないのか……彼女はあれで、君に抱かれることを期待していたと言うのに……まぁ良いか、さてとほら」

 

投げられたそれを咄嗟に受け取る……それは白銀に輝く眼魂だった。

 

「私の力を込めた眼魂だ。あの部屋を、ベルゼブルの庇護から出たという事は……決めたのだろう?」

 

「……はい」

 

もう苦しみたくない、悲しみたくない、そして戦いたくないと思っている。だけど……だけど、俺を助ける為に沢山の人が死んだ。そして生かされている美神さん達だってあれは本心じゃなくて操られた結果だと知っている。

 

「その先には苦しみと悲しみしかない。それでもいくのかい?」

 

「……はい。メシアも天使もこのままにしておけないですから」

 

俺のように苦しんで、悲しんでいる人もいる。だからそれをほっておけないと言うとルイさんが俺に指を向けた。

 

「嘘を言っちゃ行けない、君の本心はそうじゃないだろう?憎いんだろう?殺したいんだろう?」

 

「……は、ははは……ですよね、分かりますよね」

 

表情は普通だと思っていた。だけど手で触れれば分かる、俺は般若のような顔をしていた。憎悪が、復讐心が顔に出ている。

 

「メシアも天使も憎いだろうが……君が1番憎いのは自分を捨てた美神達かな?」

 

「……いや、不思議と憎くはないですよ」

 

俺の思い込みかもしれない、そう思いたいのかもしれない。だけど美神さん達も好きでもない相手に操られて抱かれていると思うと不憫にさえ思える。

 

「これ以上好き勝手される前に」

 

「される前に?」

 

「……俺が殺します」

 

もう元に戻らないのだ。これ以上生きていても、メシアと天使達に好き勝手されるなら俺が殺すと決めた。誰でもない、俺が殺す。これ以上思い出の中の美神さん達を忘れる前に、綺麗な思い出を抱いていられる間に俺が殺す。

 

「横島!駄目だ、部屋に……ルイ……様」

 

俺を呼び戻しに来た高城さんを抱き締める。高城さんが俺の事を思ってくれていることは判っている、もう苦しまなくて良い、悲しまなくて良いという高城さんの言葉は凄く嬉しかった。だけど……無理なんだ、死んだアリスちゃん達の姿が、俺を逃がす為に死んだくえすたちの姿が留まろうとする俺の足を動かすのだ。

 

「力を貸して欲しいんだ」

 

「だ、駄目だ……お前は戦ったら駄目なんだ、悲しむだけだ。苦しむだけだ……」

 

「高城さん……お願いします」

 

「い、嫌だ……私はいやだ、お前が世界に囚われるなんて私には耐えれない」

 

「……分かってます。高城さんが俺の事を心配してくれているのも、俺が英霊に成る事を止めようとしているのも分かってます……だけど無理なんです、もう俺は止まれない」

 

心の中に燃える憎悪の炎から目を逸らす事が出来ない。もう無理なのだ、この怒りを、憎悪を解き放たなければ俺は狂ってしまう。

 

「……横島……後悔しないか?」

 

「しません」

 

「……永劫苦しむぞ?」

 

「分かってます、覚悟の上です」

 

俺が反英霊として悪逆をなした者となり、死後も囚われるとわかっている。それでも俺は決めたのだ、自分が終わらせると……。

 

「……もう止められないのだな?」

 

「……はい」

 

高城さんの思いを全て無碍にすると分かっている、だけど俺はもう決めたというと……高城さんの顔が目の前に広がっていた。唇に柔らかい感触があり、キスをされているのだと分かった。

 

「……私の思いが、お前を守るだろう。生きてる時も、死んだ後もだ」

 

泣き笑いの顔を浮かべる高城さんが俺から離れ、胸の間に黒く輝く眼魂が現れる。

 

「そこは押し倒すくらいしたまえよ」

 

「……いいんです、これで、もう分かってますから」

 

……俺はもう生きて高城さん達に会う事はないだろう、仮にあったとしても……もうそれは横島忠夫ではない、何かと成り果てているだろう。胸の中に脈打つ狂神石の鼓動を感じながら俺は会議室と銘打たれた部屋の扉を開けた。俺が入ってきた事で会議室が一気にざわめくが、それを一切無視してガープの前に立った。

 

「漸く見れた顔になった。それで私に何のようだ?」

 

「ガープ、アスモデウス。俺を日本に連れて行け」

 

ベルゼブル眼魂とルイ眼魂を見せるとガープがほうと感心したように呟いた。

 

「意味は分かっているんだろうな?」

 

「分かってるつもりだ、それにどうせ俺はそう長くない」

 

心眼がいなくなった今狂神石も魔人化も抑制する事は出来ないのだ。今こうしている間にも俺という存在が変質しているのはいやって言うほど理解している。

 

「くくく、良いだろう。なぁアスモデウス。良いよな?」

 

「構わぬ。この覇気を見れば我は何一つ文句など言わぬ、かつて敵同士であったものであれど我は強者を認める」

 

「と言うわけだ、オーディン。ここで何一つ実の出ない話し合いをしていても何の意味もない、それに私達と協力関係にあったとしても、轡を並べる事は出来ん。私達は好きにやる、それで良いだろう?」

 

「構わない、だが我達も出る」

 

俺の分からない政治的なやり取りをしているガープ達の声がどこか遠くに聞こえる。本格的に壊れてきているのだろう、目の前から急に色が消えたり、声が大きくなったり小さくなったりしているが……それでもまだ意識はしっかりしている。俺が何をやるべきなのかもわかっている。

 

「横島。これをどうぞ」

 

「蘆屋……は、前にお前が言ってた通りになったな」

 

「何れ拙僧達の道が重なるという事ですね。ンンン、事実は小説よりも奇なりと申しますしな」

 

にやりと笑う蘆屋から腕に装着する篭手と5つの眼魂を装着したホルダーを受け取って腰に巻いた。

 

「横島。今ならばまだ間に合います、自ら地獄に飛び込む事は」

 

「ブリュンヒルデさん、良いんですよ。心配してくれてありがとうございます」

 

高城さんと同じでブリュンヒルデさんも俺に何が起こるのか分かっているのだろう……だから止めようとしてくれている。だけどもう時間が無いのだ、後ほんの数日で俺は完全に壊れてしまう。そうなったらきっと俺はなにも分からなくなる……だから俺が俺であるうちに……俺がやるべきことはやっておきたいのだ。

 

「行くぞ、横島」

 

「……ああ」

 

人間界へ続く門を開いたガープの言葉に頷き、俺は歩き出す。もう戻る事は出来ない、狂神石の力も、魔人の力も抑えるつもりはない。全部俺が使える全てを使って……。

 

(全部……終わらせる)

 

もうこれ以上天使達の好きにはさせない、そして美神さん達の尊厳を奪わせない為に俺が全てを終わらせる。

 

 

鳴り響く警報と破壊の音――ガープや蘆屋達、そして量産型レブナント達が暴れているのを俺はぼんやりとした思考の中で見ていた。俺という存在が緩やかに壊れているのは自覚していた。歩いているつもりだが、実際に歩けているのだろうか……胸の中で脈打つ狂神石の鼓動、それと俺の心臓の音が徐々に重なる一瞬に思考がクリアになるのは俺の魔人化が進んでるのか、それとも拒絶反応なのか……それすらも定かではない。

 

「もうすぐアルカデイアの範囲に入りますよ。まだ壊れていませんか?」

 

「余計なお世話だ……壊れてねえよ」

 

それは残念と言う蘆屋を睨んでいると横から俺の名前を呼ぶ声と衝撃を受けた。

 

「横島!良かった無事だったのねッ!私も逃げてきたのよ」

 

「……蛍」

 

前に見た蛍とは違う、理性の色を感じさせる蛍の瞳を見て、その背中に腕を回す。

 

「無事でよかったわ。美神さんも琉璃さんも逃げて……ッ」

 

大事だった、何よりも守りたい存在だった……だけど、俺は馬鹿で何も知らなくて……足手纏いにしかならなかった。

 

「横……島……い、痛いわよ?」

 

蛍の身体を強く強く抱き締める。あんなにも愛おしかった、好きだった……なのに今の蛍に触れていても何も感じない。

 

「痛いって言ってるだろうがッ!!」

 

「ああ。そうだよな、分かってる」

 

俺の性格を知っていれば、俺が身内に手を出せないって事を知っていれば……俺が出て来た段階でメシアや天使がそうするのは分かりきっていた。ガープや蘆屋達が何も言わず、動かなかったのは、俺が本当に戦えるのかそれを見極めるためだったのだろう。

 

「屑がッ!!離せ!気持ち悪いんだよッ!!!」

 

蛍が俺に罵声を浴びせ、拳や肘を叩きつけてくるが俺は決して蛍の背中に回した腕の力を緩める事は無かった。

 

「私はもうお前なんか好きでもなんでもないんだよッ!離せよッ!!」

 

「……そうだな……俺もそうだと思う。だけど……俺は……心底好きだったよ」

 

腕の中で骨が砕ける音がして、蛍の身体がだらりと脱力する。苦悶に歪み切った蛍だった物が腕から零れ落ちる……。

 

「なんだ、愛しい女に合わせてやったのに殺したのか、それとも他人が抱いた女は嫌いか?」

 

メシアを名乗る男が天使を引き連れて俺達の前に現れた。いや、天使だけじゃない……美神さんや琉璃さん、それに小竜姫様達の姿もある。だけどその姿はかつての美神さん達とは似ても似つかない卑猥で淫靡な姿だった。メシアに擦り寄り、媚びる様な、男の欲情を誘うような姿をしているのを見て、やっぱり俺の知ってる美神さん達はいないんだなと改めて実感した。

 

「見ていた事は謝りますが……戦えるか見る必要があった。だが……余計な心配だったな」

 

【ゴーストドライバーッ!】

 

赤黒く染まったゴーストドライバーが腰に現れる。

 

「■☆の■は良い……■だっ☆」

 

メシアが何か言っているがその声ははっきりと聞こえない、だけど琉璃さん達の胸を掴んでいるのを見れば何を言おうとしているのかは大体分かる気がする……分かりたくもないが……腰にぶら下げていた7つの眼魂に手を伸ばし、1つずつゴーストリベレイターを押し込んで眼魂を起動状態にし、オメガコンダクターへ装填する。

 

【ラストッ!アスモデウスッ!!】

 

【グラトニーッ!ベルゼブルッ!!】

 

【グリードッ!マモンッ!!】

 

【スロウスッ!ベルフェゴールッ!!】

 

「……ぐっ!」

 

最上級神魔魂を装填する度に身体の中で嫌な鼓動がし、急速に自分が壊れていくのをが分かる。だけど眼魂を起動させる事に躊躇いは無かった。

 

「止めろッ!牝豚共ッ!」

 

「「「「はいッ!メシアッ!!!」」」」

 

メシアの声に付き従う美神さん達の声だけはやけにはっきり聞こえ、ガープ達と美神さん達が戦っている姿を見ていると目の前が赤く染まった。

 

(泣いてるのか……俺は)

 

だけど普通の涙じゃない、血涙が流れ拳に落ちるのもどこかぼんやりとした意識で見ていた。

 

【エンヴィーッ!レヴィアタンッ!!】

 

【ラースッ!!サタンッ!!!】

 

【プライドッ!!ルシファーッ!!!】

 

7つ全ての眼魂が起動し、無数のパーカーゴーストが俺の回りを踊り出す。

 

【ニクンデミローッ!!コワシテミローッ!!】

 

「……変……身ッ!!」

 

オメガコンダクターとリンクしているゴーストドライバーのレバーを引いた。

 

【マガンゼンカイガンッ!! デッドリーセブンシンズッ!!】

 

トライジェントに変わった俺の全身に1つずつパーカーゴーストが装着され、7つ目純白のパーカーゴーストが装着されると7つの翼が背中に現れ、それが俺を覆い隠し、その翼が弾けた瞬間7つのパーカーゴーストが1つになった禍々しさと神々しさを併せ持ったパーカーを纏った姿。仮面ライダーシェイド デッドリーセブンシンズ魂と俺は変身していた。

 

「……」

 

身体が冷えていく、俺と言う存在が崩れていく、俺が俺ではない何かへと変わっていく……そんな感覚を俺はどこまでも冷めた視線で見ていた。

 

「ッ!!」

 

何かを叫んで小竜姫様が突っ込んでくるのが見えた。だけどそれだけだった……腕を振るい、神剣ごと小竜姫様を真横に引き裂いた。

 

「……雨……か」

 

上半身と下半身が両断された小竜姫様だった物が噴出した血が雨のように俺に降り注ぐ、だけどやっぱり俺はなにも感じなくて……真紅に染まった左腕を振るいゆっくりと歩き出す。

 

「俺がやる。邪魔するな」

 

「……良いでしょう、今の貴方に勝てるとは思えませんし……好きなようにするがいい」

 

ガープの言葉に返事を返さず、俺は何かを喚いているメシアへとゆっくりと歩き出した。

 

(もう誰かも分からない……)

 

大事な人だった……拳で腹に風穴を開けて魔力で焼き尽くした。

 

尊敬していた人だった……ガンガンブレードで頭から両断した。

 

俺に道を指し示してくれた人だった……蹴りで上半身と下半身が泣き別れ血が噴出した。

 

俺を好きだと言ってくれた人だった……霊波砲で消し飛んだ。

 

俺の邪魔をする者を、大事だった者を、かつて愛した者を全て殺して、俺はメシアの前に立った。何事かをやはり喚いていたが、俺は何も

感じなかった。

 

【シンダイカイガンッ!!!デッドリーセブンシンズッ!オメガドライブッ!!】

 

「はっ!!!」

 

背中に生えた7枚の翼で跳躍し、空中で反転し空に描かれた7つの魔法陣を貫きながら、背を向けて無様に逃げていくメシアの背中に飛び蹴りを叩き込み、凄まじい魔力の爆発がアルカデイアを吹き飛ばすのだった……。

 

 

「……」

 

もう何も考えられなかった。何か言っている天使がいたような、そして神だとかなんとか言う奇妙な物体もいた……それも壊して殺した、ガープ達が私達の勝ちと言っていたが……俺は魔界に帰らず、変身したまま呆然と歩いていた。だけど壊れた身体はもう限界だった……どこかの廃墟に辿り着くと同時に膝から崩れ落ちた。

 

「……あ、は、あははは……なんだよ、未練しか……ないじゃないかよ」

 

もう何もない、燃やされた廃墟は紛れも無く俺の家だった。無意識にここまで来るとか……自分の弱さ、いや未練に思わず失笑し、手にしていたガンガンブレードの柄を握り締め、その切っ先を己に向けた。

 

「……ごぷ」

 

【オヤスミー……】

 

壊れた身体では膝立ちですら立っていられず、自らガンガンブレードに倒れ込んだ事で胸を貫いた切っ先が鮮血に染まる。

 

「ッ!!!」

 

遠くで誰かが俺を呼んだ気がした。だけど……俺はもう返事を返す事も出来なくて……自分の口から溢れた血を見つめ、痛みも何も感じないままに、泣き叫んで俺の名を呼ぶ誰かの声を聞きながら俺の意識は深い闇の中へと沈んだ……。

 

「最も憐れな結末……誰も救われない絶望的な終末……だがこれもまた人が選んだ道である」

 

自死を選んだ横島とそんな横島にすがり付いて泣き叫ぶベルゼブルの姿を見下ろしながら、レクス・ローは手にしていた本を開いた。すると3枚のカードが飛びだし、白紙のカードが黄金に染まり絵柄が浮かび上がる。

 

「狂戦士、復讐者、人類悪……余りにも後味の悪い結末だな」

 

愛した者を全て失い、守りたかった者も守れず……大事な者を自ら手に掛け、天使と神によって作られた理想郷を滅ぼした者……反英霊として世界に刻まれた横島の姿をレクス・ローは沈鬱そうな表情で見つめ、サーヴァントカードを本に挟んで誰にも知られずその世界を後にした……。

 

 

「……サーヴァント アヴェンジャー……俺みたいな壊す事しか出来ない馬鹿を呼んだのは誰だ……?」

 

呆然と俺を見つめる少女を見つめながら、大事な者を全部失ってもまだ生きてないといけないのかとかつて横島忠夫だった者は自嘲気味に笑うのだった……。

 

 

IFEND 優しさゆえにかの者は狂う事を望み、それどかの者は狂えず 終わり

 

 

 




これにてIFエンドの1つは終わりです。何もかも失い、狂神石と魔人化によって壊れていった横島の終わりです。IFの中では最も救われない、絶望的終末がこれです。人間の悪意、そして4大天使の暴走が齎したのがこれですね。におわす程度の性描写ですし、そこまで暴力描写もないので多分大丈夫でしょう。IFエンドはフラグが成立した後に次のリポートに入る前に入れたいと思いますが、その性質上たまにしか出ないと思っていただけると嬉しいです。それではこの横島のサーヴァント情報を出して、これでIFエンドは終わりたいと思います。なおサーヴァントステータスは完全におまけなので、これはおかしいだろって言う突っ込みはなしでお願いします。



仮面のアヴェンジャー
真名 横島忠夫
性別男
身長178cm 69kg
属性 秩序・悪

IFの結末を迎えた横島忠夫が辿る1つの結末。7つの大罪の最上級神魔眼魂を用いて変身したデッドリーセブンシンズ魂へと辿り着いた1つの到達点。狂神石と魔人化による人でも、神魔でもない超越存在となったが、愛した者を全て失い、守るべき物も失い生きているだけの骸となる前に……全てを滅ぼした復讐者。此度の召喚はアヴァンジャーとして召喚されたが、クラス適正は狂戦士・人類悪・復讐者の3つのクラスのみが該当している。

筋力EX(C)
耐久EX(A-)
敏速EX(A+)
魔力C(―)
幸運EX
宝具EX

クラススキル 復讐者D(EX) 忘却補正B+ 自己回復(霊力) C(EX)
固有スキル 狭間に立ちし超越者 EX 人外と共に歩む者――(EX)

狭間に立ちし超越者EX 様々な魔獣・神・妖精・精霊などの人外のスキルが複雑に織り交じり誕生した複合スキル。人間が使う前提ではなく本来は極めて多いデメリットがあるのだが――狂神石・魔人化・7つの最上級神魔眼魂との融合が不幸にも制御の役割を果たしており、龍の獰猛さ、鬼の残忍さ、魔獣の怪力など例を上げれば切がないほどの力が宿っており、本来ならば人間が受け入れられる力ではなく発狂する筈だが、魔人化によって狂えずただの強化スキルとなっている。「どうせなら狂えたら良かったのにな」とは本人の弁。

人外と歩む者――(EX)

人なざる者とわかり合い、友となる異質な才能。言葉を喋れぬ動物や幻想種、英霊や幽霊、人狼などの人と獣の姿を持つ者から愛され、あるいは親友になれる――人と人なざる者の橋渡しともいえる能力だった……が愛した者、守りたかったものを失った際に消失した。

復讐者D(EX)

本来はEX相当のスキルなのだが、横島の世界は剪定世界の1つであり、汎人類史に召喚された段階で復讐者のクラススキルは弱体化した。偽りとは言え人々が望んだ理想郷を滅ぼした悪鬼として理想郷を夢見た者達から恨まれている。

忘却補正B+

己が殺したかつて愛した者達を忘れる事ができない復讐者としての呪い。悔やみ続け、嘆き続け、それでもなお自ら死ねずそして狂えないぬ。生きる事こそが横島にとっての罪となっている。

自己回復(霊力) C(EX)

本来は魔力が回復するスキルだが横島は魔力ではなく、魂の力――霊力を使うため自己回復するのは魔力ではなく、霊力となっている。
横島自身の回復量は霊能者としても異質の高さだったが、魔人化によって霊力の上限値が大幅に上昇したため、本来EX相当の自己回復能力はCランクまで低下している。


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リポート10 来訪者
その1


リポート10 来訪者 その1

 

 

~琉璃視点~

 

美神さん達が持ち帰ってきた屋敷の地下にあった名簿、そしてGSと神魔を魔界の薬物で廃人同様にし、人身売買をしていたと言うおぞましい事実の証拠の数々は六道家の名前で世間に公表された。霊能倫理委員会や、オカルトGメン等を挟めば国にとって不都合な事実を知った事で美神さん……いや、横島君や蛍ちゃんに大きな被害が行く可能性が高かったからだ。

 

(どの道――国とは対立する事になるけど……こういうのは世論を味方にしたほうが有利だわ)

 

『霊防省の役員12名と現役国会議員8名の霊能法違反及び婦女暴行、殺人未遂等の疑いで霊防省に家宅捜索が行われる事になりました』

 

『依頼と言う名目で見目麗しいGSを拉致監禁し、人身売買で金を稼ぐ、こんな事をするのが国会議員とは世も末ですね』

 

『国会議員だけじゃなく、国際GS協会等も関わっているのでしょう?元々閉鎖的な組織というのは知ってましたが、やはりこれを機に一般にも情報公開をするべきなのではないでしょうか?陰陽寮はGS協会の傘下に入り、一般組織として再編されていますし、何よりも霊防省の役員の多くは古くからの霊能者の名家と言われる方々ばかりですが、それ故に閉鎖的ですし、後ろ暗い部分がないとは言い切れないでしょう?』

 

どこのTVもニュースも霊防省に関する批判が圧倒的に多い、そもそも霊防省と名乗っていても特に実体がないって言うのが批判の的になるのは当然の事だ。莫大な経費が計上されている割に、日本国内の霊症の解決の案件は民間GSが主であり、政府のGSチームは決して錬度が高いというわけではないし、強いて言えばかつての名家って事だと思う。

 

「随分と好戦的だね。神代会長は」

 

「そうする必要があったって所よ、良く来てくれたわね。躑躅院、呼び出しておいてなんだけど来てくれるか不安だったわ」

 

TVのスイッチを切りながら躑躅院にそう声をかける。

 

「おいおい、私をなんだと思っているんだい?私はこれでも真面目を売りにしているんだ。上司に呼ばれたら来るに決まっているだろう?」

 

一応上司とは認めてくれているのかと思いながら躑躅院に視線を向けると、躑躅院を真面目な顔をして私の顔を見つめ返してくる。

 

「霊防省はどう出てくると思う?」

 

「断言出来る。何も出来ないよ」

 

「それはまたどうして?」

 

「霊防省にGSは殆どいないし、もっと言えば霊能者も殆どいない。組織としての体と経費を得るためだけの天下り先の組織だからな」

 

まぁ私が陰陽寮を解体してGS協会の傘下になったからだけどと笑う躑躅院だが、その目は全く笑っておらず、地位も名誉も失った霊防省役員を嘲笑っているような表情だ。

 

(……やっぱり危ういわね)

 

優秀なのは間違いない、自分に被害が出る前に陰陽寮を解体し、邪魔な長老衆を排除、そしてGS協会の傘下に入った躑躅院は頭が間違い無く切れる……だがそれ以上に躑躅院には狂気を感じるのだ。

 

「でもこれからは国の支援を受けるのは難しいと言わざるを得ないだろうね」

 

「いいわよ、元々殆ど受けてないようなものだし」

 

ガープの隕石落しの件で分かっているが日本の政治家は既に降参ムードで私達に全ての責任を押し付けているのに等しいのだから、今さら霊防省と揉めた所で何とも思わない。怖いのはオカルトGメンと国際GS協会の方がよっぽど恐ろしいと言える。

 

「この後唐巣神父達と話し合いがあるからそれに参加してもらうわ」

 

「おや?良いのかい?国の暗部を務めていた私がスパイって可能性もあるんじゃないかな?」

 

にやにやと試すように笑う躑躅院に指を向ける。

 

「貴方の事は信頼はしないけど、その能力は信用出来る。それに使い潰される可能性を考えて霊防省を切り捨てたんでしょ?なら今は裏切らない筈、貴方自身の目的の為に霊防省、ううん。国は邪魔で、GS協会と私と冥華さんに組するほうがメリットがある。違う?」

 

躑躅院にとって今はGS協会にいる方が都合がいいから霊防省を切り捨てた。そしてGS協会に乗り換えたのだから今は裏切られる事はない筈だ。

 

「ふふ、否定はしないさ。私にだって目的も願いもある、だからその為には協力するとも」

 

「……私と貴方の関係性はそれくらいの方がいいわ」

 

何時寝首を掻きに来るかもしれない相手だけど、その能力だけは信用出来る。懐に敵を抱え込んでいるのに等しいけれど、これからの事を考えれば躑躅院は絶対に手元においておきたい相手だ。

 

「そうだ、横島君に会いに行っても良いかい?」

 

「それは絶対に駄目よ」

 

「随分と独占欲が強いんだね、愛の重い女は嫌われるぞ」

 

こいつ殺してやろうかと思いながらぐっと拳を握り締めて、無理矢理笑みを作る。

 

「ガルーダの雛が何十匹も横島君の家にいるからインドの神が引き取りに来るのよ」

 

「は?」

 

「だからガルーダの雛、グルルになる前の本当の神鳥の雛が数十匹いるのよ。インドの神が欲しくないわけが無いでしょ、貴方インドの神がいる中で横島君訪ねにいける?」

 

破壊神に創造神。そもそも日本の神族の多くはインドがルーツだ。宗教などの問題で悪魔に落ちた者が多い中で破壊神シヴァの乗り物と称されるガルーダの雛がいるとなればインド神族は絶対に来るし、交渉のテーブルにも着きやすくなる。

 

「流石に無理かな……」

 

「なんか破壊神シヴァが奪われたトリシューラを取り返したとからしくてね、結構仲良いらしいのよ」

 

「彼は一体何をしているんだい?」

 

それは私達が何時も思っているし、胃痛の原因でもあったりするのだ。あの館で横島君が見つけたガルーダに幼生グレムリンの群れに人造神魔のミィと言う少女は今仮処置とし、横島君の家に預けているけど大丈夫かなと私は躑躅院と話をしながら、横島君の家が大変な事になってないかなと心配するのだった……。

 

「ピーピー」

 

「ピー」

 

「ピーピー」

 

「みーみー」

 

「みー」

 

「みむー」

 

「はいはーい、今ご飯用意するからなあ」

 

「……私ちょっとノイローゼになりそう」

 

「慣れるしかないでござるよ」

 

【是非も無いよね!?】

 

琉璃が胃痛に胃を軽く撫でている頃、横島の家ではご飯ご飯と鳴くガルーダと幼生グレムリンの群れに横島がスライスしたソーセージとりんごの摩り下ろしの準備をし、それを手伝っているタマモ達は朝も昼も夜も関係なく鳴き続ける幼生と雛に少しだけげんなりとした表情を浮かべていた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ぴー♪」

 

【ゆっくり食べてくださいね】

 

「みーむー♪」

 

「……えっとこうですの?」

 

「それでいいんじゃないかの?」

 

只ちびっ子軍団は普段お世話してもらう側が世話をすると言う経験を楽しんでいた。

 

「……所で当然のように家に転がり込んだあの子供はなんだ?」

 

【一応紫の姉か妹になるらしい、横島が見つけて連れて帰ってきた】

 

当然のように横島の家で暮らしているミィにシズクはしょうがないと言わんばかりに肩を竦めその後に小さく呟いた。切実な横島家の現状を……。

 

「……真面目に引越しが必要かも知れん」

 

【確かにそうですよね……】

 

【俺ッチ達は別に眼魂の中でも良いんだけどなあ】

 

眼魂の中でも過ごせるノッブ達にも部屋をという考えの横島だが、予想外に増えた同居人にシズクは頭を抱えるのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

暗殺者を差し向けられる所までは覚悟していたが、流石の霊防省も国際GS協会もオカルトGメンも六道冥華の名前で全世界に発信された情報の火消しに忙しいのだろう。再び動き出す前に守りを固める必要があるが、少しの時間的猶予は出来たと思う。それに私達の名前は隠しての公表だが、名前の名簿にそういう趣味の者がいたのか写真やビデオで残しているので誤魔化し様が無いが……一番の問題はそこではない。

 

「やっぱりあっさり切り捨てましたわね、こいつら全員魔法で精神やられてますわよ」

 

権力を握った人間というのは往々にして権力に固執する事をやめない、冥華おば様の名前で公表されたとしても最後まで無様に足掻く筈だ。現に日本の政治家がそうだが、海外の連中は恐ろしいほどに無抵抗に罪を受け入れている。

 

「こいつら魂を地獄に縛られてるワケ、多分言う事を聞かないと永遠に地獄めぐりって脅されてる。こんな真似が出来るのは最上級神魔じゃなきゃ無理なワケ」

 

呪いの専門家のエミとくえすが言うのだから間違いないが……地獄送りの契約が出来るとなると並みの神魔では不可能であり、そして魔族ならば死んでから地獄に引きずり込むなんてまどろっこしい真似はしないので間違いなく神に準ずる者の仕業である事は明らかだ。蘆屋の話を全て信じているわけでは無いが、天使が最高指導者に反乱を起こそうとしていると言う話も真実味を帯びて来た。

 

「やはり4大天使の反乱が真実味を帯びて来たというわけか」

 

エミの言葉に唐巣先生が沈鬱そうな表情で呟いた。破門こそされているが、唐巣先生は今でも敬虔なクリスチャンだ。4大天使の反乱というのはやはり信じがたいのだろう。

 

「ありえない話ではない、元々天使は霊能者を魔女だ、魔法使いだといって宗教裁判に掛けていたからな」

 

「ブラドー伯爵、それマジですか?」

 

「事実だが?むしろ我も危なかった」

 

……天使って私達が想像してるよりも禄でもない存在なのかもしれないという考えが脳裏を過ぎる中、会議場に小竜姫様が転移で姿を現したが、その顔は非常に暗く、懐から取り出した神通力と魔力を放つ羊皮紙の巻物を開いた。

 

「ここに神魔混成軍及び、天界・魔界の最高指導者の決定をお伝えします。4大天使、ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルの4人の正式な反逆者認定が下されました。ランクはSSS、アスモデウス達と同様の天界、魔界、人間界への脅威と断定しました」

 

手にしている羊皮紙の内容を淡々と読み上げる小竜姫様の言葉に驚きは無かった。あれだけのことを人間を使って行なっていたのだから敵として認識されるのも分かると思っていたが、次の言葉に絶句した。

 

「人造救世主の製造の為に数百人の信者の殺害、及び犯罪示唆、温厚な精霊・妖精の殺害「待って、待って!そこまでしてるの!?」……これで罪状の半分にも行っていませんよ、自分達の信者を使って相当数の犯罪を重ねています」

 

想像を絶する天使達の罪状の数々に言葉も無い、しかもそれで半分にも行っていないと言うのだから驚きしかない。

 

「人造救世主ねぇ?天使が好きそうな物だね、今度は理想郷を作るでも言い出し始めるかな?」

 

躑躅院がからかうように言うが正直言って冗談じゃないと思うのと同時に、話を聞いている限りではやりかねないと思ってしまう。

 

「待ってください、小竜姫様。その人造救世主と言うのは?」

 

「神の代弁者たる奇跡の権限者として4大天使が作り出そうとしている霊能者だそうです。途方も無い数の人達が素材に使われ、精神的な死を迎えているそうです。詳しいのは調査中ですが……恐らく4桁台の人が犠牲になっていると思われます」

 

4桁の人間が犠牲になったと聞いて驚きに目を見開くのと同時に、どうやってそれだけの人間を実験台として確保したのかと言う事に疑問を覚える。確かにキリスト教の1部はかなり過激派だけど……それでもそこまではしないと思うだけに本当にどうやってやったのかと思う。宗教は麻薬というし、狂信者もいるだろうが……それにしたってそれだけの人間を確保するのは並大抵の事ではない筈だ。

 

「神魔も不甲斐無い物ですね。一体何をしているのですか?」

 

「……それを言われると耳が痛いです、元々西洋の天界がなにかをしていたのは私達も把握していましたが……ここまでとは想像もしていませんでした」

 

神魔だからそこまでの非道はしないと言う先入観か、それとも派閥による問題かは定かでは無いが……くえすの言う通りお粗末としか言いようが無い。

 

「その人造救世主とやらはどうなっているのだ?」

 

「……恐らく既に完成し、どこかの国へいるでしょう。その完成が4大天使が行動に出た理由だと思われますから」

 

人造救世主とそれを利用しての4大天使の語る理想への傾倒……これは言うまでも無くかなり不味い展開と言えるだろう。

 

「天界側は4大天使の事をどこまで把握しているんですか?」

 

「……日本側には今も殆ど情報がありません。西洋側が自分達の不始末は自分達で片をつけると一切の情報共有に同意していないのが現状です」

 

「小竜姫様、それ本気で言ってる?」

 

それでは何も変わらないし、神魔の発言を信用する事も出来ない。正直に言えば繋がりのある小竜姫様達だからこそ信頼しているけど、それ以外の神魔の話は正直今は聞きたいとも思えない状況だ。

 

「……私からはすみませんとか言えません……神魔側としては天界に逗留している英霊の派遣、それと私も日本への常時駐在それに日本への結界の強化という対応を取る予定です」

 

中間管理職と言える小竜姫様に当たるのはお門違いと分かっているし、だけど今の私達には今までのように神魔だからと言って信頼する事が出来なくなっていた。

 

(良くないことだと判っているのに……これじゃ駄目ね)

 

小竜姫様達が頑張ってくれているのは分かっている。分かっているのに疑いが拭いきれない……あの屋敷での一件は私達の心に重く深い澱みを残している事を今改めて思い知ったのだった……。

 

美神達が真剣に話し合いをしている頃、蛍が訪ねてくる前の横島家では……。

 

「お、お兄様は……ミィ見たいな服装が好きなの?そ、それなら恥ずかしいけど私も来た方が良いのかな?」

 

「駄目だからね!?絶対駄目だからねッ!」

 

耳まで真っ赤にして紫が横島が好きならと言うのに横島は駄目だからと声を上げる。

 

「……どうしましたの?」

 

半裸というか殆ど裸同然でふよふよ浮いているミィが不思議そうに尋ねてくるのを見て、横島はもう1度紫に駄目だからと言って立ち上がる。

 

「ミィちゃん、普通の服を着るんだ」

 

「……嫌ですの」

 

「なんで!?寒くないの!?」

 

脇だし臍だしのノースリーブに黒の下着に半透明のスカートと幼い少女がする服装ではないミィちゃんに普通の服を着る様に言う横島だが、絶対に嫌だと激しく抵抗される。

 

「何で!?」

 

「……これは生き様ですの」

 

「そんな生き様捨ててしまえッ!というか流石にやばいからね!?」

 

年上の女性にメイド服の次は幼い少女に半裸の強要なんて噂が出れば世間的に死ぬと横島は服を着せようと必死になるのだが、ミィちゃんはするすると空を飛んでかわし楽しそうだ。

 

「あいつ性格悪いわね」

 

「そうでござるなあ……見た目も奇異でござるが性格もまた奇異でござるなあ」

 

【あの格好が許されるのなら私も下穿きだけも許されるのでは!?】

 

「絶対駄目だからな!情操教育に悪いから!」

 

本来の姿がミィより卑猥な牛若丸は横島に叱られしょぼーんとし、ミィは楽しそうに半透明のスカートを翻し、絶対に普通の服を着ないと抵抗を続けているのだった……。

 

 

~蛍視点~

 

冥華さん達との話し合いに向かう美神さんに横島の様子を見ているように頼まれて横島の家に来た私は何故かドライヤーを手にしていた。

 

「みむうッ!」

 

「みーッ!」

 

シャーっと言わんばかりに毛を逆立たせて威嚇してくる幼生グレムリンにドライヤーを向けて、濡れているその毛並みを乾かす。

 

「ごめんな、蛍。ちょっと俺達だけじゃ手が回らなくて」

 

幼生のグレムリンをペット用シャンプーで洗いながらごめんという横島に大丈夫と返事を返すが、正直ちょっと悲しいって言う気持ちが強い。

 

「あ、ううん、大丈夫よ?只ちょっとここまで威嚇されると少し悲しいわね……」

 

チビで分かっていたつもりだけど、グレムリンはかなり警戒心が強い。横島のチビでもそれなのに全く人に慣れていないグレムリンが攻撃性をむき出しにするのは当然の事なんだけど……。

 

(ちょっとえぐくない?)

 

想像を遥かに越える威嚇レベルに少し……いや、かなり悲しい気持ちになりながら、威嚇を続けているグレムリンの濡れた毛並みをドライヤーで乾かす。

 

「はい、こっち来る」

 

「せんせーが美味しいのをくれるでござるから大人しくこっちにくるでござるよー」

 

タマモとシロが声を掛けるが1回は無視されて、タマモの額に井形が浮かび、シロは苦笑する。

 

「何ともまあ気難しいでござるな」

 

「……調子乗ってんじゃないわよ、横島が甘いからって私まで甘いと思ったら締めるわよ」

 

「タマモ、何か言ったー?」

 

「なんでもないわよー?」

 

横島の前だから猫を被ってるけど、ちょっとタマモもかなりキている感じね……。

 

「ぴー……」

 

「ぴよー……」

 

「すぴー……」

 

ガルーダの雛達が大人しく集まって寝ているのに対して本当に幼生グレムリン軍団は小生意気というか斜に構えていると言うか……。

 

「ちょっと目に染みるかもしれないから目を閉じような」

 

「みみー」

 

「よーし、よし、良い子良い子」

 

……なんで横島にだけあんなに素直なのかしら?横島が人外に好かれやすいのは知ってるけどちょっと説明がつかないような気がしなくも無い。

 

「……お水ですの」

 

「ありがと、ミィ」

 

「……かまいませんの……」

 

人外と言えばミィは当然ごねにごねてこうして横島の家にいるけど……あの屋敷の地下で見たままの正直あの外見の少女がしてはいけないアダルトな格好のままだ。

 

「ねえ、横島。なんでミイはあの服装のままなの?」

 

「……着替えてくれないんだよ……紫ちゃんとか、リリィちゃんの服なら着れると思うんだけど……」

 

「……これは私の生き様ですの」

 

何が生き様か……あの格好のミイを外に連れて行ったら一瞬で横島逮捕されちゃうじゃない……。

 

「なんかね、横島。紫にあの服装が好きなの?って言われてめちゃくちゃ着替えさせようとしたのよ」

 

「でも駄目でござったな……我がかなり強いでござるよ」

 

……紫ちゃんは多分横島が喜ぶのならと思ったんだと思うんだけど……アウト過ぎてなんも言えないわ……。

 

「ん?横島、今日誰か訪ねてくるって言ってた?志波さんが来るって言うのは聞いてたけど」

 

ガルーダの雛という事で志波さん――いや破壊神シヴァが直々に引き取りに来るって聞いてたけど、お昼過ぎって聞いてたからまだ大分時間が早い、ほかに誰か尋ねてくる予定があった?と訊ねると横島はタオルで腕を拭きながら何かを思い出すそぶりを取り、手をぽんと叩いた。

 

「あー、なんかルキさんがルイさんが来るとか何とか……言ってたような?ちょっと出迎えに行ってくる、チビー、皆の面倒を見ててな、悪戯させないように頼むぜ?」

 

「みーむッ!」

 

横島の言葉に敬礼して返事を返すチビはおいておいて、なんでそんな天界と魔界がしっちゃかめっちゃかになる大事な話をしてくれないのかと思わず頭を抱える、

 

「なんでそんな大事な事を1番最初に言ってくれないの?」

 

「ただルイさんが遊びに来るだけだろ?なんか問題あるのか?」

 

横島は不思議そうにしてるけど、シロとかタマモとか茨木童子とか顔がめちゃくちゃ引き攣ってるじゃない。誰が好き好んで魔界と天界で最強の明けの明星と一緒の時間を過ごしたいと思うのか……私達がなんでそんなに怖がってるのか分からないと言う様子で玄関に向かう横島を見ていると私達の背後で窓が勢い良く開く音がした。

 

【じゃ、ワシメロンパン買って来るから!】

 

【ちょっと天狗殿の所に行ってきます!】

 

逃げやがった……ッ!窓を開けてダッシュで姿を消す牛若丸とノッブに正直殺意を覚える。

 

【あー俺ッチ、白竜寺の奴らと訓練する約束だけど残るか?】

 

なんかただ事ではないと思ったのだろう……金時が気まずそうに言うがそれはこれは別だ。

 

「それは仕事だから行ってくれないと困るわよ?」

 

「……ちゃんと行って来い」

 

【お、おう、んじゃあ行ってくるぜ】

 

良いのかなあという表情をした金時を見送り、良く分かっていない紫ちゃん達を見ながら横島と共にリビングに入ってくるであろうルイさんの登場に身構えていたのだが……横島が連れてきたのはルイさんではなかった。

 

「なんかルイさんに言われて来たんだって、えっと誰さんでしたっけ?」

 

「カーマです、さっきも名乗りましたよね?」

 

ダウナー系とでも言うのか視線と表情が暗い銀髪の美女がやって来たのだがその名前に絶句した。

 

(カーマ?インドの愛の神がなんで横島の家に)

 

インド神話の愛の神、しかしシヴァによって殺された悲運の神でもあるカーマが何故か女性の姿でやって来たことに私は驚きと困惑を覚えながら、冷酷な笑みを浮かべて私達を観察しているカーマを警戒しながら頭を小さく下げるのだった。

 

 

リポート10 来訪者 その2へ続く

 

 




1人目の来訪者はカーマ(FGO使用)です、手持ちにいない鯖ですが、ちょっとイベントで使いたいので登場してもらいました。

なお私は水着と通常カーマは石を合計1200個くらい使いましたが、まだお迎えできておりませんので福袋でお迎えすることを常に祈っております。それでは関係ない話はこれくらいにして、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート10 来訪者 その2

 

~カーマ視点~

 

なんで私が人間の家に来なければならないのかと思いながらも、ルイ・サイファーの頼みと言う名の命令となれば断る事は出来ない。断った瞬間に物理的に首が飛び、霊体も砕かれかねない。ルイ・サイファーが現れたのならば、屈服するのが1番正解だ。

 

「カーマ……愛の神がなんで」

 

「え?カーマさん神様なの?」

 

なんで分からないの?こいつ一応霊能者じゃないの?というかそれ以前に普通にルイ・サイファーの名前を出したら2つ返事で家の中に招き入れるとか警戒心とかないのかと言いたくなる。

 

「ええ、一応愛の神とか呼ばれてはいますね、一応ね」

 

不思議そうにしている男……えっと確か横島忠夫と、一応を強調する私に芦蛍は私の背景を悟り酷く気まずそうな顔をする。なんて能天気な男なんだと思う……だがそれと同時に女の姿で行けばとても面白い物が見れると言われて態々女の姿に変化して来た私も私だけど……こいつの家は本当にどうなってるんだと自分の馬鹿さ加減よりも、横島の家の中に私は驚いていた。

 

「みーむーみー」

 

「みい?」

 

「みむう?」

 

「みーむうッ!」

 

グレムリンの幼生とは思えない力強さを持つグレムリンが小さなグレムリンに何かを指示を出しているし……。

 

(ガルーダがこんなにッ)

 

宗教によって魔獣に落とされたはずのガルーダの雛、それが何十匹も集まって団子のようになって眠っているのに気付いて思わず目を見開いた。

 

「ぷぎいー」

 

「痛い?ごめんね、お兄様みたいに上手にできないや」

 

「ぶー」

 

【もうちょっとだけ練習させてください】

 

「ぴぎー」

 

「すまないな、うりぼー」

 

神通力を持ってる猪と神通力と魔力を持っている幼女に英霊に鬼の小娘にだらしなく寝転がっている様子だが、私を警戒している狐……。

 

(九尾の狐……なんでこんなのが)

 

インドでも有名な悪鬼が何故人間の家にいるのかと疑問に思っていると横島が狐を抱き上げ、座布団の上に座り狐を膝の上に乗せて撫で回している。

 

「コン」

 

「ちょっと機嫌悪いな?どうした?」

 

いやなんで普通にペットみたいな扱いをしているのかと叫びそうになったのだが、背後からひやりとした冷気を感じて動きを止めた。

 

「お久しぶりですね、カーマさん。もう少しでルイ様もいらっしゃると思うので、座ってお待ちください」

 

「……茶くらいは出してやるさ、まあ、座れ」

 

なんでルイ・サイファーの配下のルキフグスがメイド服姿でいるのか、そして何故大蛇のシズクがいるのか……そして、

 

「うきゅー」

 

「……どうも」

 

なんで土龍が私にお茶を出してきているのか、良く感じ取るとこの家の中は神通力と魔力が渦巻いていて、とても人間の住んでいる場所には思えないほどだ。

 

「……お客さんですの?」

 

そして最後に私の目の前を通過した半裸と言うか殆ど全裸の幼女を見て、私は小さく頷いた。

 

「私は愛の神ですから、幼女性愛も許しますよ」

 

「違いますからねッ!?」

 

違うと横島は言うが、この有様を見れば誰がどう見ても横島は年端も行かない少女しか愛せない人間にしか見えない……ッ!

 

(この気配は……ッ!っとうに趣味が悪い)

 

ルイ・サイファーの気配と同格の神魔の気配が1つ、そしてその2人に囲まれていたからか感知出来なかったけど……この気配はッ。

 

「鍵があいていたから勝手に入ってきたぞ!横島元気そうだな」

 

「やれやれ一応はとめたんだけどね、我が侭お姫様は私の言う事なんて聞いてくれなくてね」

 

ルイ・サイファー、そしてもう1人……私の知らない神魔だが、桁違いに強力な神通力と魔力を内包した紅いドレスの女……。

 

「カーマ……何故お前がここに」

 

「シヴァぁッ!!」

 

憎い相手でもあるシヴァが人の姿で現れ、私は思わず身構える。すると部屋の中にいた英霊やルキフグス達も臨戦態勢に入る。

 

「ちょいちょい!待って!いきなり喧嘩しないでくださいよッ!なんで2人ともいきなり喧嘩腰でッ!ああっもう!事情、事情を聞かせてください」

 

戦いになろうかという寸前の所で横島が立ち上がり、事情を聞かせろと叫んだ事で即戦いとはならなかったが、一触即発の雰囲気のまま私は座布団の上に腰を降ろすのだった……。

 

 

 

~ルイ視点~

 

シヴァとカーマを会わせる。これはある意味神魔の中でもタブーとされていることだが、私にとって禁忌なんて事は何の意味もない。面白ければ私はそれで良いのだ。気不味い上に自分から頭を下げるのも嫌でカーマから逃げているシヴァと、謝罪もしくはそれなりの誠意を求めるカーマ。どちらが正しいかと言えばキッチリと段階を踏んでいるカーマの方が圧倒的に正しい、だがインドの神魔の中でも最上位に君臨するシヴァは頭を下げるなんて真似はしない。だからこそ私が1枚噛んだのだ、シヴァとカーマと横島の家で会わせる。多少問題はあるだろうが、最悪に備えて魔人姫を連れて来たのは護衛の4騎士が結界を張る能力に長けているので、シヴァが癇癪で第三の目を開いても大丈夫という打算があったからだ。

 

「それでなんで志波さんとカーマさんは顔を見合わせるなり喧嘩するんですか、一応ここ俺の家ですよ。人の家に来てすぐ喧嘩って絶対に何かあるでしょ」

 

横島が説明を求める、しかしこれは1つの命知らずとも言える行動だ。シヴァとカーマの因縁は神魔の中でも有名で、誰もが触れようとしない部分でもあるからだ。

 

「「……」」

 

互いに無言のシヴァとカーマ。当事者が目の前にいるので余計な事を言えない蛍の目が恨みがましいが、その程度でうろたえる私ではないのでスルーする。

 

「私はガルーダの雛を受け取りに来ただけだ。横島雛を渡してくれるか?」

 

「……私と話す事はないって事ですか?へーそうですかそうですか、本当に心の狭い男ですね」

 

「なんとでも言え、私は仕事に来ているのだ。お前と無駄話をするつもりはない」

 

カーマに同意するわけでは無いが、本当に心の狭い男だなと苦笑する。シヴァが睨んでくるのを受け流し、念話を行なう。

 

(なんだい?インドは私と戦争でもする気かな?)

 

(……そう言う訳ではない、何故カーマがここにいる?)

 

(そんなの決まってるだろ?面白いからだ)

 

私は面白ければそれでいい、自分含めてこの世すべては娯楽であるべきだ。愛し合うことも、憎み合うことも、それすら全てが面白くあるべきなのだ。

 

「志波さんが不倫したとかですか?俺の親父が昔それをやって相手が乗り込んできたことあるんですけど」

 

「「違うッ!!誰がこいつなんかとッ!!」」

 

カーマとシヴァが不倫と口にした横島に思わず噴出してしまう。互いに嫌悪感を露にして指を差し合っているからか余計に面白く感じてしまう。

 

「下品だぞ」

 

「あっははっ!いやいや、面白いじゃないか」

 

犬猿の仲の2人が、不倫ッ!言う事欠けてそれかと笑いを堪える事が出来ない。

 

「じゃあどういう関係なんですか、ちゃんと教えてくれないとガルーダは渡しませんよ。ちゃんと世話してくれる人じゃないと預けれませんからね、と言うか皆を部屋から追い出しているんでちゃんと事情を説明してください」

 

話し合いだからと部屋にいた人造神魔にグレムリンの幼生に九尾の狐たちを追い出したのだからちゃんと説明しろと横島が告げる。納得する話を聞かせなければガルーダは渡さないというのも間違いなく本気だろう。ガルーダの雛を抱き抱えて渡さないという素振りを見せる横島にシヴァが深い深い溜め息を吐いた。

 

「分かった説明する。俺は今人の姿をしているが神だ、シヴァと言う。名前くらいは知っているだろう……知らないのか?」

 

シヴァは有名だが横島はいまいちピンと来てないようだ。隣の蛍が目に見えておろおろしているのが憐れに思えてくるが、横島自身は霊能者としては駆け出しなのでシヴァがどれだけ偉いのかを理解出来ていないようだ。

 

(まぁ当然だよね)

 

横島は日本生まれなのだから日本系の神魔の理解を深めるのが最優先で、他国の神魔は後回しというのが普通だ。

 

「自信過剰(ぷふー)」

 

「あ?」

 

カーマに笑われシヴァがドスの効いた声を出すが、横島がジッと見つめているのに気付くとすまないと形だけの謝罪を口にした。

 

「インドではそれなりに有名な神魔だ、勿論俺も、カーマもだ。インドには数多の神魔がいるが……依然ターラカという魔神が暴れた事があった。横島ならそうだな、アスラと同様の悪神だ、それを倒すには俺の子供で無ければ不可能だったのだが……その当時の俺は修行に明け暮れていて妻をほったらかしにしていた」

 

妻をほったらかしにしていたの言葉に横島の目がスッと細くなった。完全に横島君の地雷を踏んだね、これでシヴァがガルーダの雛を持ち帰る事は100%不可能になったと言っても過言ではない。

 

「それでなあ……インドの神魔が愛の神であるカーマに頼んで、俺を愛情を深める矢で射ようとし……俺はそれに激怒しカーマを殺した」

 

「……私悪くないのにねー、焼き尽くされて魂も軋んじゃったんですよー酷いと思いません?」

 

カーマの言葉を聞いた横島は無言で立ち上がり、キッチンで腕組して話を聞いていたシズクに声を掛ける。

 

「……ん」

 

「ありがと」

 

何か……あれは鍵だな。鍵をどうするんだ?と全員が見ていると横島はそのまま金庫を開けて1枚の書類を取り出して……。

 

「ま、待て!それは流石に困るぞッ!」

 

それは私がシヴァから取り上げたトリシューラを横島に譲渡し、横島がシヴァに貸し与えると言う約束をした魔道契約書だった。

 

「そいやッ!」

 

妙な掛け声と共に破かれた事でトリシューラの所有権がシヴァから横島へと戻った。慌てて腰を上げるシヴァだが、横島の放つ妙な迫力に気圧される。

 

(おお……面白いことになってきたな)

 

(確かに)

 

想像していたのと違うが、これは中々面白い展開になって来たのではないか?と魔人姫とどうなるのかとワクワクした様子で見つめる。

 

「出てけぇッ!お前みたいな奴にピー助達はやらんッ!!」

 

「横島ぁッ!?ちょっと何言ってるの!?」

 

蛍が慌てて横島に駆け寄るが、横島の意志は想像以上に固かった。

 

「自分が悪い事をして謝れんような奴に可愛い雛はやれんし、このへんてこな槍も渡さんッ!帰れぇッ!!!絶対やらんからなあッ!!!」

 

シヴァの行いが横島の怒髪天に触れたようだ。絶対にやらんと怒鳴る横島の迫力にシヴァもたじろいでいる。しかしトリシューラをへんてこな槍と言う横島には流石の私も魔人姫もカーマも笑いを堪えきれず、腹を押さえて笑う事になった。

 

「だ、だがな」

 

「シャラップッ!!カーマさんに謝ってカーマさんが良いよって言うまではあんたの話は聞かんッ!!とっとと帰れぇッ!!!」

 

背中をぐいぐいと押されて追い出されたシヴァを見て、腹が捩れるほど笑った。だが横島の次の行動で涙が出るまで笑う事になった。

 

「ルキさん、塩!!」

 

「はいはい、どうぞどうぞ」

 

ルキフグスに塩を求め、庭からリビングに回って来たシヴァに向かって横島は躊躇う事無く塩を投げた。

 

「待て、せめて話を……「帰れって言っただろッ!!!今日はもうあんたの話は聞かんッ!!」あーっ!!!」

 

横島の怒声とシヴァの悲鳴に私達はリビングの床に転がって息が出来ないほど笑ったのだが、蛍は顔を青褪めさせて震えていた。シヴァ相手にとうてい許される行為ではないからだ、インドの神魔に喧嘩を売ったと思われてもしょうがないが……正直シヴァの若い頃の暴れっぷりは相当な物でカーマに同情している神も少なくはない、それにシヴァのプライドを考えれば誰かに泣きつく事も出来るわけが無くのでこのことも問題になる事もない、想像以上の面白い光景を見る事が出来て私はとても満足するのだった……。

 

 

 

 

~ネロ視点~

 

人の悪意を見たと明星に聞いていたが、見たところ横島に変化はない……悪い方向への変化ではなく、人の悪意を見たからか、前よりも穏やかで人を思いやれるようになっているように感じる。

 

「あっはははッ!良く人間なのに神魔に喧嘩を売りますね、頭おかしいんですか?」

 

愛の神が馬鹿にするような口調で言うが、その視線は柔らかく破壊神が追い出された事を楽しんでいるような節が感じられる。

 

「だってカーマさん悪くないじゃん、そもそも変な魔神が暴れてるのに修行優先って頭おかしいだろ?」

 

「ぶふーッ!!」

 

余りにも直球すぎる破壊神への悪口に思わず噴出してしまう。明星も腹を抱えてぷるぷると震えているし、噴出した余も余だが明星も明星であれすぎる。と言うかそもそも破壊神はインドの神魔の中でも有数な武闘派だ。その実力は業腹だが余の騎士よりも上と認めざるを得ないほどの実力者……それを追い出し、あまつさえ塩を投げ付けて目潰しを行なうとか怖い物がないのかと言いたくなる。

 

「やばいわよ、横島。相手インドのトップなのよ!」

 

「でもよ、ああいう奴は駄目だと思うぞ?絶対子育てとか向いてないって、こんなに可愛いガルーダが絶対魔物になるって」

 

ぴよぴよと鳴きながら横島に集まってくるガルーダの雛の群れ、その中でも一際美しい一羽を横島が抱き上げる。

 

「そりゃちゃんとした人なら俺だって渡すさ、正直今の家じゃ皆の面倒見切れないし、飼うなら最後まで面倒見ないといけないからさ。でも志波さんは駄目だ。向いてるとか向いてないとかそれ以前の問題だと思う」

 

破壊神と言えば自分の妻の入浴を覗こうとして、それを阻止しに来た自分の息子の首を切り落とした挙句、象の首を変わりに取り付けた男だ。確かに子育てには向いてるとか向いてない以前の男だろう。

 

「でも「大丈夫だよ、私が口引きしてあげよう。心配ないよ」……良いんですか?」

 

危険度で言えば明星も破壊神も同じ位なので蛍は警戒しているが、まぁ明星に任せておけば問題はなかろう。

 

「おお、良い服装をしているな。見所がある」

 

「……でしょう?」

 

この半裸に見える服装は実に余好みだ。自分の美しさを際立たせる最高の衣装と言えるだろう、余の言葉に横島が振り返り嘘だろって顔をしているが……。

 

「横島。あんた自分の状況をもっと考えたほうが良いと思うわよ?」

 

「せんせー、それ大丈夫でござるか?」

 

「え?何が?(幼生グレムリン・ガルーダの雛・増えたうりぼー、ちょっと巨大化したモグラちゃんを抱き抱え、頭でチビが踊っている)」

 

破壊神とは別に余りに面白すぎる光景にまた余と明星は揃って噴出す。

 

「普通の服着よ?ね?」

 

「……いやですの」

 

「お願いだから着てくださいお願いします」

 

「……いやですの」

 

半裸の幼女に服を着せようとして断固拒否されている横島が余りにも面白くて、淑女に相応しくない大声で笑ってしまうのだった……。

 

 

「とりあえずですね、私はインドに帰れないと思うんでどこか住める所ないですかね?」

 

「じゃあ俺の家「もうキャパオーバーしてるでしょうが」……確かに」

 

横島の家は人口過多なので愛の神を受け入れるのは無理だろう。しかしインドに戻れば圧力で無理に了承させられることになるのは目に見えている。

 

「ルキ、君の家で預かってくれないか?」

 

「……ルイ様、私の家は小竜姫とブリュンヒルデとメドーサとルームシェアしてるのですが……」

 

魔界の重鎮なのにルキフグスはルームシェアしていたのか……なんとも世知辛い世の中だな。

 

「なら余が預かろう。ホテルのワンフロアを貸しきっておるからな、1人くらい増えても構わんぞ」

 

それに愛の神ならば面白い事を引き起こすのに使えそうだし、本人は凄まじく嫌そうにしているが神魔が手を出せない所となれば余の場所しかあるまい。

 

「良いの、ネロちゃん」

 

「構わぬ、だがそうだな。横島よ、また余の為にアクセサリーを作れ、そうすれば引き受けようぞ」

 

横島の作るアクセサリーはとてもいい物だ。何よりも横島の心が込められているのが良い、それが手に入るのならば愛の神を受け入れるくらい何の問題もない。

 

「所で横島、トリシューラをどうするつもりだ?」

 

トリシューラを担いで庭に出ようとしている横島に明星が何をしようとしている?と尋ねる。

 

「え?物干し竿にもでしようかなって、俺槍なんか使えないし、物干し竿足りないから丁度良いなって」

 

「「「ぶふうっ!!!」」」

 

あのトリシューラを物干し竿にしようとした横島に思いっきり噴出した。明星の言う通り余りにも面白い物を今日一日でこれでもかと見た余は愛の神を連れて大満足で愛の神を連れて横島の家を後にした。

 

「なんで私を引き取るって言ったんですか、貴方魔人姫ですよね?」

 

「なーに、余も明星と同じで面白いことが大好きなだけでな!横島の知り合いの中にな恋愛空間という結界世界を持つ妖怪がいるから、お前がいればもっと面白く出来ると思ったのだ!」

 

「……っとに趣味悪いですね」

 

「はっはっは!余も明星も退屈を持て余しているからな!だがちゃんとお主の面倒を見るから安心するが良い」

 

安心できないんですけどねと呟く愛の神をつれ、余は泊まっているホテルへと足を向けるのだった。

 

 

 

~????視点~

 

人間界でも、天界でも、魔界でもない場所で弾むように楽しそうな、しかしそれでいて邪悪な響きを伴った声が響き渡る。

 

「■■さん、見つけたわ。見つけたの、お兄さんを見つけたのよ」

 

「へぇ、それは良いねぇ、前に少しだけ開いたのに閉じられた扉は開けたのかい?」

 

「ええ、開いた扉からお兄さんの気配を感じたから頑張ったの、でもね、私達だけじゃいけないかも」

 

「俺達だけじゃ駄目ってことなのか、じゃあ向こうから開いてもらうのを待つしかないさね」

 

「もう■■さんはお兄さんに会いたくないの?」

 

「さぁねえ、俺はあんまりそういうきゃらじゃないだろ?まぁ会いたくねぇわけじゃないけどサ」

 

少女に返事を返す声は嬉しそうではあるが、どこか気恥ずかしさを感じさせる声だった。

 

「もっともーっと扉を開いてもらいましょう?そうすれば私達もあちらに行けるわ、ふふふ、楽しみだわ」

 

「はいはいっと、お前さんはあの人好きだなあ」

 

「ええ、大好きよ。だからね、私はお兄さんを助けてあげるの、絶対に……復讐者にも、凶戦士にもさせないんだから……絶対、絶対に……」

 

弾んでいた声が暗く澱み、強い執着と粘着質な声へと変わり、その雰囲気も様相も大きく変わる。だがもう1人の女性はそれを決して口にする事無く、慣れた手付きで筆を動かし絵を描き続ける。

 

「……」

 

「とと様……■■■の言い分は俺も分かるんだよ。あんな優しいやつが壊れて狂ちまうなら……閉じ込めちまったほうが良いんじゃないかってサ」

 

「私はそれで良いと思いますよ。壊れるなら、壊れてしまうなら……真綿で首を絞めるようなやさしい世界で眠らせてあげたほうが良いって思いますよ」

 

この場にいる者は皆狂っている、狂って狂って狂って、それでもなお誰かを想っている。

 

「あははははッ!あはッ!後少し、後少しだわ。後少しで向こうへ行けるわッ!そしたらお兄さんに会えるの、そしたらどうしよう、なにをしよう」

 

「そりゃあれだろ、まずは初めましてじゃないか?俺達はあっちを知っていても、あっちは俺達を知らないんだからサ」

 

「ですね、まずは初めまして、その後は……悲しませる人、苦しませる物を全て壊して連れてきましょうか」

 

ジャンヌ・オルタと同じ様に異なる世界、異なる結末を見た者はいる。そしてその結末を認めぬと、こんな終わりは受け入れぬと世界を超えようとしている者達は狂気に満ちた瞳で今は破れぬ世界の壁を恨めしそうに見つめているのだった……。

 

 

リポート10 来訪者 その3へ続く

 

 




シヴァへの扱いが悪いですが、今回限りだけですのでご容赦の程を頼みます。カーマの参戦は愛子の机世界をより面白くする為ですのであしからず、それと???はジャンヌ・オルタと同じで鯖の横島を知るトリオです、参戦はまだ先ですがふらっと出てくる感じですね。
次回は横島がドン引く個性の塊が出てくるので楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート10 来訪者 その3

 

~美神視点~

 

ガルーダの雛を受け取りに来たシヴァ神の目に横島君が塩を投げ付け、その挙句トリシューラを本当に物干し竿にしていると蛍ちゃんから聞いて私も琉璃も小竜姫様もくえすも顔から感情って物が抜け落ちた。

 

「……なんで止めなかったの?」

 

「ガチ切れしてて……横島的にカーマへの対応を聞いて、ガルーダを預けるなんてとんでもないってなったみたいなんですよ……しかもルイさんがいて途中で抜けれそうな雰囲気でもなかったですし……」

 

半分泣いてる蛍ちゃんを見ればどうしてもっと早くと言い出す事は出来なかった。ルイ・サイファーと名乗って自由を楽しんでいるが、実際は明けの明星と呼ばれた神への反逆者ルシファー……正直彼女に何か意見出来る存在がいるとは私には思えない。

 

「……もしかして京都にやって来ていたあの紅いドレスの少女もですか?」

 

「はい……来てました。横島とも仲が良いみたいですし、しかもカーマを連れて行っちゃうし……本当に魔人姫だとしても私はおかしくないと思いますよ」

 

魔人姫――魔人の頭領にして最強の魔人。魔人達が神魔に起した魔人大戦……その折でも魔人姫にまで辿り着いた神魔はおらず、その姿を見た者もいない。

 

「マタドールが魔人姫は東京に居るって言ってましたわね」

 

「……可能性はかなり高いと思うわ、それに横島君の家に入り浸っている理由も説明が付くしね」

 

マタドールは何度も何度も横島君を未熟な同胞と呼び、横島君が強くなる事を望んでいる節がある……それで考えればネロ=魔人姫となれば1番すんなり納得の行く答えが出る。

 

「あのーですね、京都で横島にルイさんと一緒に会いに来てた金髪の女の人いましたよね?覚えてます?」

 

蛍ちゃんが凄く言いにくそうに切り出してきて、強烈に嫌な予感を感じながらもルイとネロに挟まれたおどおどとした様子の少女の事を思い出した。金髪で血のように紅い瞳をした少女だったわね……確か横島君は凜って呼んでたけど……。

 

「正体が判ったと?」

 

「……いや、実は大分前から知ってたのよ?でも切り出すタイミングが……無かったと言うか、恩を感じてるというか……売るような真似はしたくなかったと言うか……」

 

正体を知っているのにそれを隠していたと言うのは結構な問題だと思うけど……正体が判るのは今後のことを考えるとかなり大きい要素だ。

 

(でも全然正体が思い当たらないのよね……)

 

名前は和風だけど容姿は完全に西洋系だ。それにルイさんにあれだけ振り回されていることを考えると中級くらいの女神かしら?

 

「冥界の女主人って言えば分かりますか?」

 

「「「「はい?」」」」

 

私達の心底困惑した声が重なった……え、え……?冥界の女主人っつて……最上級神魔の……エレシュキガルの2つ名じゃない。

 

「め、冥界の女主人……エレシュキガル?え……冗談?」

 

「言いにくいけど本当です……彼女は冥界の女主人エレシュキガルだそうです……だいそうじょうに横島が殺された時に助けてくれたらしくて……言い出せなかったんですよね」

 

それは確かに言い出せなくなるのも判るけれどッ!!!ちょっと想像を超える名前だ。死と疫病の権限を持ち、天界に攻め入った事もある女神……戦に関する伝承はさほど多くないけど、女神イシュタルを圧倒したと言う伝承があるから戦闘力も間違いなく1級品――正直勝ち目がないレベルで強力な女神と言えるだろう。

 

「古き神の中でも極めて強力な女神ですわね……小竜姫、貴女なら取り押さえれますか?」

 

「……冗談止めて下さいよ。勝てないですよ……そもそも神格解放されただけで日本滅びますよ・・・・・・」

 

死神と呼ばれる神魔は数多いるが……エレシュキガルは別格中の別格と言えるだろう。人と神が共存していた時代の神魔だ、今の神魔とは文字通り格が違う……。

 

「交渉のテーブルについてくれるといいですね」

 

「……そうね」

 

生者を嫌うエレシュキガルがなんで横島君を気に入っているのは謎だけど……交渉で味方に引きこめるのならばそれに越した事はないと思う。

 

「でもまずは……パールヴァテイ様との会談がありますけどね」

 

小竜姫様の言葉に思わずうっと呻いた。本当はこの会談の後にガルーダを引き渡す手筈になっていたんだけど、先に横島君の所にシヴァ神行っちゃったのよね……これから大丈夫かしら?と不安を抱いた時に扉が開いた。

 

「どうもお忙しい時に失礼します、シヴァの妻のパールヴァテイです」

 

にこにこと笑っているが、その顔に思わず威圧感を感じてしまう。それだけ横島君のシヴァ神への対応が悪かったと私達は思っていたのだが……。

 

「ありがとうございます。うちの旦那はちょっと乱暴な所がありまして、そもそもガルーダの雛を受け取るって言ってるの家の旦那だけだったんですよ。正直今のインドの神界はガルーダを育成出来る場所ではないので出来ればこのまま人間界で育成して頂いて、その中でインドの神魔に懐いてくれた個体がいれば引き取らせていただくという事で、餌代などはこちらが見たいと思いますがどうでしょうか?」

 

シヴァ神への暴言に対する追求は無く、そしてこちらにとっても好都合な条件を出してくるパールヴァテイに一瞬安堵するが、相手もインド神界の重鎮であり、向こう側の話だけを聞き入れ陥れられるわけには行かないので差し出してきた契約書を読み進めるとん?っと思う部分があった。

 

「ガルーダの雛は横島に懐いているのですが、横島の家での生育を避けて欲しいとはどういうことですの?」

 

私が訪ねるよりも早くくえすがどういうことだ?と問いかける。正直に言えば横島君の家は悪魔に龍神に英霊と色んな存在が暮らしているので人間界というよりも魔界や天界に近い環境で生育環境としては優れていると思うのだけど……。

 

「それに関してなのですがガルーダは神獣であると同時に魔獣でもあるのはご存知ですよね?」

 

ガルーダはインド神話の神鳥で、仏の乗り物とされる。1番有名な所だとヴィシュヌの乗り物というのが有名な所だ、だけどスリランカの神話では悪鬼羅刹の一種グルルと貶められた存在でもある。

 

「もしや神通力と魔力がある環境では神獣に成長しない可能性があるのですか?」

 

琉璃がパールバティにそう問いかけるとパールヴァテイは深刻な表情で判らないと返事を返した。

 

「ガルーダは神にも魔物にもなる珍しい神鳥です。生育環境としては本当ならば申し分ないのですが……横島さんの住んでいる環境で考えると全く異なる何かに成長する可能性もあると思うのです……思い過ごしであれば良いのですが、最悪の可能性を想定したいのです。あとは新種の神になられてもなあっていうのは私の本音ですね」

 

チビやモグラちゃん、うりぼーの事を考えるとそんなことはないと言う事は出来ないのだが……1つ問題があった。

 

「えっと1羽刷り込みが起きてるので絶対離れないと思うんですけど」

 

卵から孵化しての刷り込みが強烈だ。ある程度成長すれば本当なら刷り込みの影響も薄くなると思うけど、横島君相手では多分薄くなる事はないと思う。

 

「その1羽だけは横島さんにお任せしますが……あの、監視体制はお願い出来ますか?」

 

神鳥でも魔獣でもない何かに成長する可能性のあるガルーダの監視は間違いなく必要だ。今までの経験を見て横島君なら魔獣に成長させる事はないと思うけど……分かりましたと2つ返事をする事はこの場にいる誰も出来ないのだった……。

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

パールヴァテイ様の要求は決して無理難題では無いが解決するのはそれ相応の労力が必要な物だった。とりあえずインドの方でまた再び話し合いますと言って帰られてから私達もガルーダの雛に対する問題を話し合い始めたのだが……やはり分かっていた事だがガルーダを安全に養育できる環境を見つけるのは至難の技だった。

 

「妙神山で育てれますか?」

 

「すいません、無理です。私は近いうちに東京駐在になりますし、老師やロンさんが面倒を見れるとは思えないのです」

 

「確かにおじいちゃんだもんね……」

 

斉天大聖をおじいちゃんと言うのは失礼かもしれないが、産まれたばかりの雛の面倒を見るのは大変だろう。

 

「ちなみに蛍さん。ガルーダの雛は何羽いるんですか?」

 

「……12匹、後グレムリンの幼生が10匹。鳴声で軽いノイローゼになりそうなレベルですね」

 

遠い目をしながら蛍ちゃんがそう言う。その光景を想像すると確かにノイローゼになりそうな気がする……

 

 

「はーい、お昼寝しようなー」

 

「ぴーぴよー」

 

「みむむう……」

 

籠の中に入れて纏めて寝かしつけている横島は振り返り、ぐったりしてるシロとタマモに視線を向ける。

 

「2人も寝ていいぞ?ガルーダとグレムリンは俺が見てるし」

 

「……お、おねがいするでござる……」

 

「悪戯好きが過ぎるのよ……」

 

ちょこちょこと動き回り、こちょこちょと悪戯をしているグレムリンとガルーダにシロとタマモは完全にグロッキーになっていた。

 

「んー……お兄様……」

 

「あふ……」

 

「はいはい、皆もお昼寝しような。うりぼー」

 

「ぷぎゅー……」

 

ちびっ子軍団も巨大化したうりぼーにベッド変わりに眠らせ布団をかけている横島の姿は完全に年季の入った保父さんの姿だったりする……。

 

「とりあえず環境は整えるとして……もう暫くは横島の家で預かって貰うとしましょうか。グレムリンはどうするつもりですの?」

 

「……デジャブーランドのオーナーが是非引き取りたいって言ってるわね」

 

本物のオカルトと出会える遊園地デジャブーランド……既にボガードを2匹保護妖怪申請で預かってくれてるけど……。

 

「美神さんから見て大丈夫なんですか?」

 

「オカルトの知識は本物よ、ボガードも随分可愛がられてるから大人しいし……」

 

「横島の同類ってことですか」

 

横島君ほどでは無いが、オーナーも人外に好かれる体質らしいなら……預けても良いかも知れないかな?

 

「とりあえず少し預けてみて様子を見るって事で良いですね。じゃあ次は……ええ……」

 

小竜姫様が持って来た書類を見て私は心底嫌そうな声を出した。

 

「どうしたんですか?」

 

「蛍ちゃんは知らないと思うんだけど、ダイダラボッチの時に地震を押さえ込んでくれた地龍がいるのよ。結界とかのスペシャリストで、横島君の家の周辺とかの結界の対応をしてくれるらしいの」

 

「いいじゃないですか、何をそんなに嫌そうな顔をするんですの?」

 

確かに能力は優秀だし、その対応も間違いなく早く文句はないのだが……人選が……。

 

「YESショタとか、はすはすとか、言ってたんですけど」

 

神魔からすれば人間は子供だと思うけど、ちょっとあれだ……横島君の股間に顔を埋めていたルキフグスさんとか、横島君に父性を感じている沖田さんレベルの変態である。

 

「ちなみにそれが3人います」

 

「「「帰らせたほうがいいわ」」」

 

「すいません、ほかに結界術に長けた人材が今いないんですけど……」

 

深刻な人材不足が過ぎる……なんで変態しか結界に長けていないのかと思わず天を仰いでしまう。

 

「……全員で監視体制取りましょうか?」

 

「それしかないって悪夢過ぎませんかね」

 

「……変な仕掛けをしないように厳重な監視が必要ですわ」

 

変質者に守りを頼むとか本末転倒でしかないが……それしかないと言うのならばそれは受け入れよう。だけど変態と横島君を接触させる事に私達は一抹の不安を抱いた。

 

「なんでそういう人材しかいないの?小竜姫様」

 

「……すいません、強いて言えば龍は癖が強いです」

 

「……小竜姫様も?」

 

「……否定は出来ないです」

 

見た目は真面目で清楚な小竜姫様も自分で癖が強いと認めてしまった。龍族は情が厚いというけれど、情が厚すぎて変態になってしまっているんじゃないかと失礼な事を思わず考えてしまうのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

結界を張って貰うのは必要なことだが変態を横島の家に連れて行くのは抵抗しかない、私達がいないときに横島の所に行かれても困るので別の場所で東京全体に結界を張って貰うと言う事で話が固まって横島を迎えに行ったんだけど……。

 

「ほいほいほいっと」

 

「みむー♪」

 

「ぷぎゅー♪」

 

「ぴー♪」

 

「うきゅー♪」

 

チビとモグラちゃんとうりぼーとピー助でお手玉をしていた。くるくると回転するのは面白いのか酷く楽しそうな鳴声をあげている。

 

「……どうした?」

 

「地龍に結界を強化して貰おうと思っているんだけど……横島君に会いたいって騒いでるから横島君にも同行して欲しいんだけど……」

 

横島にも同行して欲しいと言うとシズクの目がスッと細まり、小竜姫様に視線を向けた。

 

「……正気か?」

 

「……ほかに上級・最上級の神魔に対抗出来る結界をはれる神族がいないんですよ……」

 

小竜姫様がそう言うとシズクは深い深い溜め息を吐いて、デフォルメされた熊がプリントされたエプロンを縫いでそれを畳む。

 

【あれ?シズク。お出かけですか?】

 

「料理を教えてくれるんじゃなかったですの?」

 

「……面白いのに……」

 

ほかにもリリィたちが顔を見せてぶつぶつと文句を言っているが私達を見てお仕事かと残念そうな表情を浮かべる。

 

「……ルキが面倒を見てくれる。横島、仕事だそうだ。行くぞ」

 

「え?分かった。ほいほいほいっと」

 

1匹ずつ丁寧に受け止めて頭の上や肩の上に乗せて横島が立ち上がって背伸びをする。

 

「拙者もお手伝いするでござるか?」

 

【メロンパンをくれるなら手伝うぞ?】

 

シロとノッブがリビングから顔を出して手伝うか?と声を掛けてくる。

 

「大丈夫よ。ちょっと仕事の交渉にシズクと横島君を借りたいだけだから、夕方には帰すわね」

 

それなら散歩も大丈夫そうだとぽやぽや笑う横島に内心罪悪感を覚えながら横島を地龍が来る予定のGS協会前へと向かうと既に3人とも待っていた。

 

「あれ?誰ですか?ちょっと小竜姫様……いや、ロンさんの着てる服に似てますね?」

 

確かにロンさんの着ている服に似てる。ただロンさんの服よりも色調が暗い感じだ。でも私が感じたのは変態と利いていたけど割りと真面目そうな感じをしている事だ。

 

「地龍の神族なのでロンさんと同郷の人もいますよ」

 

「じゃあモグラちゃんと同じでモグラから成長したんですか?」

 

「……それはちょっと分からないですね」

 

横島の素朴な質問に小竜姫様が返答に困っているけど、モグラが全部龍族に進化するって思っているとしたらちょっと不味いかもしれない。

 

「どう思います?」

 

「多分本気で思ってそうなのが怖いわね……」

 

「もっと真面目に霊能に関して育てるべきではなかったのですか?」

 

くえすに呆れられた視線を向けられるけど、私達は出来る範囲で教育はして来た……ただ横島が斜め上に突き抜けているのが問題だ。

 

「ダイダラボッチの時に地震とかを封じ込める為に尽力してくれたのよ、横島君」

 

「マジですか、やっぱり龍族で神様って凄いんですね。琉璃さん」

 

琉璃さんに軽く紹介されると横島が凄いと満面の笑みを浮かべるとふひっと言う奇妙な音が響いた。

 

「うりぼー風邪引いた?」

 

「ぷぎゅ?」

 

豚みたいな鳴声と感じたのかうりぼーに風邪引いた?と横島が尋ねる後ろで3人の地龍が揉めている。

 

「なんでもう少し取り繕えないの!?」

 

「ふひっ!無理、推しが尊い……」

 

「引かれるからもう少し真面目な顔をしててよ~」

 

……やっぱり変態だった。琉璃さんも小竜姫様も美神さんもくえすも何とも言えない顔をしてる。

 

「……首を刎ねるべきか」

 

シズクが殺す気満々なのがやばいけど、正直私も同じ気持ちだ。

 

「初めまして地龍族のメイユウと申します」

 

眼鏡に黒髪の美神さんと同じ位の背丈の女性がぺこりと頭を下げるけど、声の感じからふひって言ってたのはこいつだ……見た目は真面目そうな出来るOLって感じなのに中身が酷すぎる。

 

「あたしはリーね、背は高いけどリンシンの妹よ」

 

ストロベリーブロンドをシニョンにしてダボダボの袖を振るいながら笑みを浮かべるリーさん。この人は割りと真面目なのかしら?

 

「リンシンです、よろしく」

 

琉璃さんより色の濃い青髪に白のメッシュの入った導師服のリンシンさんが小さく頭を下げて、横島に手を差し出した。

 

「握手をしていただいても?」

 

「え、あ。はい、よろしくお願いします」

 

自分からで良いのかな?という顔をしながらリンシンさんと握手をする横島に今度はリーさんが前に出て頭を下げる。

 

「頭をなでてください」

 

「はい?」

 

「はいって事はいいんですよね、なでてください!ハリーハリーハリーッ!!!結界を作るのに必要なんですよ、だから早くッ!間に合わなくなっても知らんぞッ!!」

 

「は、はいッ!!」

 

物凄い剣幕かつ早口で言うリーさんに横島が物凄く困惑しながらリーさんの頭を撫でるのを見て、私は神通棍を手にした。

 

「これ最悪すぐ取り押さえる必要があると思うんですけど」

 

「私もそう思うわ」

 

真面目そうな2人も変態だった。横島の家で会わせなかったのは正解だったと確信したけど、なんでこんな人達が結界のエキスパートなのか……世の中絶対間違っていると思う。

 

「すいませんすいませんすいません」

 

「いやいや、小竜姫様は悪くないですよ」

 

ぺこぺこと頭を下げる小竜姫様に琉璃さんが悪くないと言っているが本当にその通りだ。悪いのは変態を派遣した天界の上層部であり、中間管理職の小竜姫様は全く悪くないと思う。

 

「踏んでくださいッ!!」

 

「はぁ!?」

 

そして最後の変態は横島の足元に寝転がって踏んでくださいと叫んだ。

 

「やっぱりあの変態殺しましょう」

 

「そうね、それがいいわ。害悪だわ」

 

あんな変態が神族って絶対に間違っている。多分悪魔か何かがすり替わっているに違いない……。横島も流石に困惑の色を隠しきれないでいる。というか踏めと言われても人を踏んだらその段階で異常者と言わざるを得ないだろう。

 

「結界の仕上げに必要なんですよ。出来るだけ蔑んだ感じで、私を見下した感じで踏んでいただけると大変満足なのですが」

 

……こいつ普通に自分の欲求を付け加えている。止めに入るべきだとは思うんだけど、本当に結界に必要かもしれないと思うと止めに入るのも少し考えてしまう。

 

「……じゃあ、その失礼します」

 

「思いっきりで良いですから、手加減とかいらないですから!」

 

思いっきり踏めとメイユウに心底困惑した表情で靴を脱いだ横島がそっと踏むというよりかは乗せるという感じでメイユウの頭を踏む。

 

「ありがとうございますッ!私達の業界ではご褒美ですッ!!!」

 

横島が未だかつて見たことのない表情をしているのを見て、もっと早く引き離すべきだったと神通棍を手に私達は一歩踏み出すのだった……。

 

 

リポート10 来訪者 その4へ続く

 

 




変態とエンカウントした横島、周りにおされて頭を踏むの巻。変態はやはり危険です、技術はかなりあるのですがやはり危険人物ですね。次回はその変態への制裁から入っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート10 来訪者 その4

 

~琉璃視点~

 

ただの年下好きの龍族だと思っていたが年下好きのドMの変態と1つの属性でもお腹一杯なのに……。

 

「なんで靴を脱いでいるんですか!?靴がないと駄目なんですよッ!あ、でも罵ってくれればそれはそれでOKです」

 

「……」

 

横島君が未だかつて見た事ない表情をしてるッ!?泣きそうでありながら、嫌悪感も混ざっているし、でも結界に必要って言われてるから我慢するべきなのか……凄い葛藤が見え隠れしているッ。

 

(あ、あと横島君はSじゃない見たいね)

 

それとは別に横島君がSではないというのを心のメモ帳に記しておいて、太腿のホルダーから神通棍を取り出して伸ばしたその時だった。

 

「もっとこうグリッと踏んでくれても「……良い加減にしろ、この変態」あ――ッ!!!!」

 

シズクさんの影から伸びた龍の尻尾が変態の背中を叩いた。その悲鳴に横島君がビクッと肩を竦めて足を上げようとする。

 

「ひいッ!?」

 

尻尾で打たれた変態が横島君の足を掴んで無理矢理自分の頭に乗せ直す……一体何が彼女をあそこまで駆り立てるのか己の性癖に素直すぎる変態というのは余りにも危険すぎたと思う。

 

「どうせ鞭で打たれるなら横島君に打って欲しいッ!!!」

 

「た、助けてぇッ!!!」

 

変態の眼光に横島君がついに悲鳴を上げたその時だった……この場にいてはいけない最悪の存在の声が響いた。

 

「あらあらあら……駄龍が横島様に迷惑を……ふふふ、これは制裁が必要ですわね」

 

白い着物が神通力と竜気で黒く染まり始めている清姫さんが何時の間にかシズクさんの隣にいた。

 

「わ、私は関係ないですから!!」

 

「あ、あたしもッ!!」

 

シズクさんと清姫さんのコンビにリーとリンシンさんが逃げようとしたが、シズクさんの影から伸びた龍の腕に足をしっかりと捕まれる。

 

「……連帯責任って言葉を知ってるか?」

 

「ふふふふふふ……」

 

これは絶対に悪夢になる。互いに抱き合い首を左右に振る変態3人から私達はそっと目を逸らした。

 

「横島、こっち」

 

「こっちに来なさい」

 

「もう大丈夫よ、悪は滅びるわ」

 

なんか新種の緩きゃらみたいになってへたり込んであうあう言ってる横島君においでおいでと声を掛けると腰を抜かしているのか巨大化したうりぼーに横島君が運ばれて来た。

 

「こわがっだッ!!なにあれッ!!なんかわがらないげどごわいのおッ!!!」

 

変態とのエンカウントが心底恐ろしかったのか号泣しながら怖かったと言う横島君に大丈夫大丈夫と声を掛けながら私達は横島君の背中を撫でるのだった……。

 

「これ精神的な暴行ってことで慰謝料請求したいんだけど」

 

「え、あ、じゃあ地龍が溜め込んでる宝石とかを慰謝料として提出させましょうか?」

 

「じゃあそれで」

 

美神さんが小竜姫様と交渉して慰謝料請求をしているけど、これは確実に慰謝料を請求できる案件だ。

 

「……つ、冷たい……」

 

「じゃあ暖めてあげますわ」

 

「「「あーッ!!!」」」

 

氷土下座の上で火あぶりという拷問を受けている3人の悲鳴が周囲に響くが、結界が張ってあるので警察に通報される事はないけど、横島君は優しいので助け舟を出すかもしれないのでその悲鳴を聞かさないためにそっと耳を塞ぐのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

よほど恐ろしかったのか完全に腰を抜かしている横島を見ていると胸に込み上げてくる何かがある……それがなんなのかなんて言うまでもない……そうこれは嗜虐心だ。自分で言うのもなんだが……私はどちらかと言うとSっ気が強い誤解しないで欲しいが……横島の為ならば尽くす事も苦では無いがそれとこれとは話が別なのだ。

 

(ああ。なんて愛おしい)

 

惚れた弱みとしても余りにも歪だが、この泣いている横島が愛おしいと思うのだ。とは言え横島を傷つけたいと言う訳ではない。

 

「もう大丈夫ですわよ。シズクと清姫が制裁を加えてくれていますからね」

 

制裁というか拷問に等しいが横島をあれほど脅えさせたのだからそれ相応の罰を受けるのは当然だ。

 

「みむみむ」

 

「うきゅうー」

 

【ノッブウ】

 

チビ達と私達に慰められ横島も大分落ち着きを取り戻して来たようだ。私としてはもう少し泣いていてくれても良かったが、そうなると嗜虐心が抑えられなくなる可能性があるので今はこれで良いのだ。

 

「とりあえずこの変態は横島様の家に結界を張らせた後で龍族のほうでお預かりします、横島様には危害は及ばせないのでご安心ください。では連れて行ってください」

 

「「はっ!!」」

 

清姫付きの若い龍族に連れられていく変態龍3人衆、氷土下座に膝に重り、その上火あぶりと拷問されていたのだが、流石は龍族というべきかまだピンピンしている。

 

「これだけ痛めつけられたのならもう少し横島君と触れ合っても良いと思うんですけど!?小竜姫とか師匠とか言われて悦には入ってるでしょ!?」

 

「おにロリの振りしておねショタやろうとしてるんだろ!?私には判るからなッ!!」

 

「……もう止めて下さいよ……恥を晒すのやめましょうよ……あ、あのーご迷惑を掛けてすいませんでした……ちょっと欲望を抑えられなくて……」

 

……龍は愛情が深いといいますが、もしかして変態が多いだけではないのかと思わざるを得ない。

 

「はい、もう良いわよ。横島、諸悪の根源は消えたわ」

 

「……凄い怖かった……俺の知り合いにはあんな人いないし……ねぇ?なんでそこで目を逸らすの?」

 

あんな人(ドM)がいないと言う横島だが……少なくとも私は1人知っている。横島から貰ったチョーカーを見て悦に浸っている変態を1人知っている……琉璃も何とも言えない表情をしているが、少なくとも柩はMに分類されるタイプの人間である事は間違いない。

 

「でも横島、沖田さんとかルキさんとか膝枕してる時あるでしょ?あの時とは何か違うの?」

 

蛍がそう問いかけると横島は何を言ってるんだ?という表情を浮かべ、蛍が一歩下がって琉璃に小声で問いかける。

 

(私何かおかしな事言いましたかね?変態って言うならあの2人もいい勝負だと思うんですけど)

 

(いえ、間違ってないわよ?私もそう思うし)

 

横島を自分のお父さんになってくれる少年と言っている沖田に、横島に膝枕をさせ直ではないが、座布団越しに股間に顔を埋めているルキフグス……どちらも変態レベルで言えばあの龍族と良い勝負だと思うのですが……。

 

「だって沖田ちゃんは良く遊びに来ますし、ルキさんは家の事手伝ってくれてるし……あの人達とは全然違うって」

 

……横島が懐に入れた人間の判定に甘いのは知ってましたが、この発言を聞いてもっと目を光らせる必要があると誰もが思った。その判定でいくと、もしもあの3人と付き合いが長ければ普通に受け入れていた可能性があるからだ。

 

「と、とりあえず監視状態で結界は張らせますし、変な仕掛けもさせませんので安心してください。それと今回の件に関してのお詫びと謝罪は後日お伺わせていただきます!!」

 

小竜姫が腰を90度に曲げて深く謝罪し清姫が乗ってきたであろう龍が引く牛車に乗り帰って行った。

 

「あ。横島様、竜神王とロンさんから伝言を受け取ってきておりますのでご自宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

 

「OKOK、あ、そうそう美神さん、リリィちゃん達が晩御飯を作ってくれてるから美神さん達も良かったらどうですか?」

 

「……材料は沢山用意してあるしな、夕食を横島の家で食べていけば良いだろ?まぁ横島は帰った後に散歩に行くが……」

 

シズクの言い回しは横島が散歩に行っている間に話があると言う風に受け取れた。

 

「私は行きますわよ、呼ばれたのに断るのは横島とシズクに悪いですしね」

 

「じゃあ折角だからお呼ばれしましょうかね」

 

「帰りに少し食材を買い足して行った方が良いかも知れないですね」

 

「……仕事あるけど……息抜きで良いか。私も行くわね、横島君」

 

私達全員が行くと言うと心底嬉しそうに笑う横島を見て私達も笑みを浮かべましたが、基本的に私達が横島の家に来るのを良い顔をしないシズクが私達を招いた事に何か裏があるのではないか?もしくは横島がらみで何か問題が発生したのではないか?と不安を抱きながら私達は横島の家へと向かうのだった……。

 

 

 

 

~清姫視点~

 

久しぶりに横島様の家に足を踏み入れましたが……なんと言えばいいんでしょうか……うーん……上手く言葉には出来ないのですが凄い事になっていた。

 

「やっぱり庭に机と椅子だそうか?」

 

「……そうだな、良い天気だしそれでも良いだろう」

 

横島様の家は言いにくいですが、決して広いわけではない……それなのに住んでいる住人が爆発的に増えている。

 

(……紫だけではなかったのですね、人造神魔は……)

 

紫は妙神山で何度も見ている。真面目で自分に出来る事を増やして横島様の役に立とうとしているとても素直で良い子だと私は思っている。だけどもう1人の人造神魔はどうも紫とはタイプが違うようだ。

 

「……どうしても駄目ですの?」

 

【駄目です。散歩に行くのならばちゃんとした服を着ないとお兄さんの迷惑になります】

 

「せんせーが逮捕されてしまうでござるよ」

 

「……ぐむむむ……く、苦渋の決断ですの……」

 

独特の言い回しと天女のような服装をした少女は納得いっていないという表情でしたが、横島様と散歩に行きたい気持ちが勝ったのか天女式……即ちほぼ半裸かつ半透明の服から普通の服を抱えてリビングを浮いたまま出て行った。

 

「よっし、誘っておいて座る所もなくてすいません。それで清姫ちゃん、ロンさんからの伝言って何?」

 

外の準備を終えた横島様がリビングに入って来て、ロンさんの伝言が何かと尋ねてくる。

 

「ではお伝えしますね。モグラちゃん……妙神山に帰ってくるようにだそうです」

 

「うきゅう!」

 

手を×にして嫌だとアピールするモグラちゃん……この反応は私も想定通りです。

 

「どうしても帰らないと駄目なの?」

 

モグラちゃんを抱っこして駄目なの?という横島様に反射的に良いですと言いそうになったが、その言葉をグッと飲み込んだ。

 

「人化の術の最終試験をするそうです、これが終われば横島様の家にずっといて良いそうなのですが……それでも嫌ですか?」

 

「うきゅッ!!うきゅうっ!!」

 

横島様の家にずっといれると聞くとモグラちゃんは妙神山に行くと力強く、そして興奮した様子で返事を返す。

 

「そっか、モグラちゃん。頑張ってな」

 

「うきゅ!!」

 

横島様の所で暮らして良いと言えば駄々を捏ねずに連れて帰ることが出来ると聞いていましたが、本当にその通りで思わず笑ってしまう。

 

「……横島は遅くなる前に散歩に行って来い。皆そわそわしているぞ?」

 

「そうだな。普段の時間より遅れてるしな、じゃあ美神さん達はゆっくりしていてください。良し、行くぞー」

 

横島様がそう声を掛けるとチビ達が立ち上がり横島様の後をついて歩き出したり、空を飛んだりするのだが……。

 

「「「ぴよぴよぴよ」」」

 

「「「みむー」」」」

 

ぞろぞろと大量のガルーダの雛とグレムリンの幼生の群れもついて歩き出す。その行進に思わず私達は絶句し、横島様は散歩に使っているバッグを肩から下げながら少しだけ引き攣った声を出した。

 

「……今日はちょっと遠くに行くのはやめようか」

 

「そうですわね。ちょっと無理かもしれませんもの……」

 

【絶対に無理だと思います】

 

「吾も無理だと思う」

 

あれだけの幼生を連れて歩くのは無理だと判断したのか近場で散歩しようかと口にし、新しい鞄を取り出して蓋を開ける。

 

「全員しゅうごー」

 

開けられた鞄の中にぞろぞろとガルーダとグレムリンの幼生が入っていき、今度こそ横島様達は散歩に出かけて行った。

 

「……一応護衛で付いていく、ノッブ」

 

【おう。ワシもいく】

 

シズクと信長が横島様の護衛に付くといって横島様の後を追って家を出ていくのを見送っていると美神が疲れたように口を開いた。

 

「……あれを散歩させようとするとか正気とは思えないわ」

 

「でも美神さん、横島の性格を考えると仲間外れにするのは可哀想とかで絶対連れて行きますよ?」

 

「だから早くガルーダの雛だけでも引き取り場所を考えろと言ったではないですか」

 

「でもくえす、それを言うならどこに引き取ってもらうのよ?グレムリンはデジャブーランドが引き取ってくれることになったけど、ガルーダなんておいそれと持ち出せるものじゃないのよ?」

 

ガルーダの雛の扱いについて美神達が揉めている声を手を叩いて強引に中断する。

 

「ガルーダの雛の問題もありますが、横島様がいない間に進めたい話もあるのでそれは後回しにしてくれますか?」

 

横島様がいると出来ない話もあるのは勿論だが、私がこの場にいることで神魔の注目を集めるかもしれないので話は手早く済ませたい。

 

「ごめんなさい、話がそれちゃったわね。それで竜神王様はなんて言っていたのかしら?」

 

「4大天使が離反した今、神魔の情勢はめちゃくちゃで特に勢力の大きい西洋系は大惨事となっています。天界側から横島様の護衛として神族で送り出せるのは小竜姫のみとなる可能性が高い事を謝罪すると、出来れば本人が来たがったそうなのですが……」

 

「それこそ東京が吹っ飛びますわね」

 

「その通りです。なのでこうして隠行能力の高い私が伝言役に選ばれたのです」

 

竜神王が動いたとなれば魔族は勿論過激派神族、もっと言えば4大天使も動き出し東京を消し飛ばす可能性が極めて高い中で竜神王が動く訳にはいかないのだ。

 

「天界に常駐している英霊で横島様と相性がいい英霊をピックアップし東京に派遣するのと同時に、駄龍3人の結界で日本全域を守るという計画となります」

 

「英霊は何人くらい来てくれるのですか?」

 

「……正直言って分かりません。現在天界に常駐している英霊10人ほどと聞いておりますが、横島様との相性もありますが懸念があります」

 

「……4大天使のスパイ」

 

「はい。その通りです、天界に常駐している英霊の多くは西洋系、それもキリスト教に関係する者が多いです。今東京にいる聖女マルタは白と断定出来ていますが、他の英霊には不安材料が残るのも事実なのです」

 

4大天使がどこまで勢力を伸ばしているかは定かでは無いが、下手な神魔や英霊を派遣して横島様を暗殺されるような真似をさせる訳には行かない。

 

「かなり苦しい状況ってことね?」

 

「ええ。魔界はそうでもないらしいのですが、天界は疑心暗鬼に囚われている者が多いですね。まぁ私達が属している東洋系とインド系は独立しているので安全と言えますが勢力の規模が少ないのも事実です。なので竜神王はある決断を下す事にしました、成功すれば横島様の回りの守りを固める事が出来ると思います」

 

「何をするの?そんなに状況を変えれる何かなの?」

 

不安そうに尋ねてくる蛍に私は小さく息を吐いてから東洋系の天界が下した決断を口にした。 

 

「……英霊召喚です。主要な人全員に挑戦して貰います」

 

私の言葉に美神達が信じられないと言う表情を浮かべた。

 

「召喚出来ると思ってるの?」

 

「五分五分だと思っています。今の状況は英霊が召喚される条件を満たしていますから、後は相性ですね。正直に言うと神魔が所有している英霊召喚はかなり旧式の物でガープが用いている物よりも安定性は落ちますが召喚者と縁が優先されるので反英霊などが召喚される可能性が極めて低いというメリットがあります。その代り英霊由縁の霊具が出る可能性も高いですが、それでもそちらでも戦力強化は可能であると言う考えです」

 

私の説明を聞いても渋い顔をしている美神達、英霊召喚は決して安定度が高い技術ではなく、不確定要素も多い。それなのにそれに踏み切らねばならないほどに今の神魔……いや天界の情勢は逼迫していたのだ。

 

「ただいまーいやー、福引で肉当たったよ、肉!いやあ福引券って持ってるべきだよなあ」

 

【横島の幸運だけが高すぎるだけじゃろ?】

 

「……横島、お前は風呂に入って来い、チビ達が砂場ではしゃいでいるからな」

 

玄関の扉が開き横島様達の楽しそうな声が響いた。思ったよりも長く話し込んでいてしまったようだ。

 

「今はまだいつ実行するかも決まっていませんが、胸の内に留めておいて下さい」

 

美神達にそう声を掛けて私は立ち上がって厨房の中に足を踏み入れる。

 

「手伝いますわ」

 

「……ん、分かった」

 

過去が変わったからか以前のように喧嘩することは無くなったシズクと並んで私は夕食の準備を手伝い始めるのだった……。

 

 

 

天界でも魔界でも、そして人間界でもない空間の狭間の日本家屋の縁側に1人の女性が腰掛け朱色の茶器を呷る。色素の抜けた白髪に紅色の着物を纏い上機嫌に酒を呷り煙管の灰を落す。

 

「かんらからから、そうかそうか、あの悪戯娘を見つけたのか天魔」

 

「はい、横島の家にいるそうですよ」

 

「ほほーう、あのじゃじゃ馬をなあ。かんらからから」

 

天狗の長の娘である天魔に声を掛ける紅の着物の女性は本当に楽しそうに目を細める。無礼とも言える口の聞き方に天魔が起こらないのは目の前の女性が天狗として極めて高い能力を持っているからに他ならない。

 

「く……「やめい、その名で呼ぶでない。僕は鬼一法眼だ」……本当に今の情勢を見ても上役に戻ってくれないのですか?」

 

「かんらからから、僕はもうああいうしがらみはごめんだからな。まぁ相談くらいには乗ってやるが、それ以上はせんぞ」

 

本名を告げようとした天魔の口を塞ぎ、紅色の着物の女性――鬼一法眼は子供のような笑みを浮かべる。

 

「横島か、お前が最近良く口にする人間だな。どんな人間じゃ?」

 

「とても不思議な人ですよ、神通力と魔力に竜気を持っているのに自然体で人間のままで」

 

「ほほう?それは奇な事じゃな、普通はそこまで混ぜれば人間としては死んでいるが……良し、決めた」

 

天魔の言葉を聞いて鬼一法眼は自分の膝をパンと叩いて手にしていた酒器の中身を飲み干して立ち上がる。

 

「何を決めたのです?」

 

「遮那王の奴に用もあるからな、天狗の宝も持ち出しておるし、それを取り返すのを兼ねて横島とやらを見に行ってくる」

 

「……騒動だけは起こさないでくださいよ?」

 

「分かっておるわ、では行って来る」

 

言うが早く翼を広げて飛び立った鬼一法眼だったが、空中で旋回し天魔の前に逆さまで浮遊する。

 

「横島の家はどこじゃ?」

 

「……はぁ、今地図をご用意しますので少し待っていてください」

 

「かんらからから、悪いなあ」

 

悪いと言いつつまったく悪びれた様子を見せない鬼一法眼に天魔はしょうがないなあという様子で肩を竦め、横島の家の地図を書き上げる。

 

「では横島によろしく言っておいて下さい、それとまた時間が出来たら遊びに行くと」

 

「あい分かった。では今度こそ行ってくる」

 

大きく翼を広げ飛んで行く鬼一法眼を天魔は黙って見送り、気配を殺して自分の部屋へと戻る。そして半刻後には哨戒天狗達の鬼一法眼逃走という叫び声と鐘の鳴り響く音が周囲に響き渡るのだった……。

 

 

 

リポート10 来訪者 その5へ続く

 

 




次回でリポート11は終わりで12に入ろうと思います。最後の来訪者は天狗の鬼一師匠ですね、今回の話で登場人物がかなり増えましたが、今後のためと言う事で1つよろしくお願いします。それでは次回の行進もどうかよろしくお願いします。


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その5

 

リポート10 来訪者 その5

 

 

~横島視点~

 

昨日は色々と凄かった、言葉にするのは難しいけどとにかく凄かった。出来れば思い出したくなくなるレベルであれな人……いや、神族と出会ってしまった。

 

【世の中にはハイレベルな性癖を持ってる者がいるものだな】

 

「それな、めっちゃ怖かったわ……」

 

握手は分かる、頭を撫でろもまぁ分かる。でも踏めは……うん、思い出したらまた震えてきた……。

 

「どうしたのよ、横島。寒いの?風邪なら薬とってあげようか?」

 

タマモが立ち上がり薬箱に手を伸ばすので大丈夫と止めてから、何故震えていたのかを説明する。

 

「……あんたも変な奴に遭遇するわね」

 

【それは怖かったじゃろうなぁ】

 

呆れたと言う様子のタマモと楽しそうに笑うノッブちゃん……話を聞くだけでは確かに笑い話かもしれないけど、当事者には恐怖でしかない。

 

「いや、めっちゃこわ……ん?」

 

怖かったという言葉を最後まで言えなかった。その理由は今家にいる赤ちゃんグレムリンとガルーダの雛が移動しやすいように開けたままにしてあるリビングの扉から一斉にグレムリンとガルーダが移動して来たからだった。

 

「みむー」

 

「みー」

 

「ぴょぴよ」

 

ちょこちょこと移動してきて、俺の後ろに隠れるグレムリンとガルーダを見て首を傾げているとリリィちゃん達がリビングに駆け足でやって来た。

 

【どうして逃げちゃうんでしょう……お友達になって欲しいだけなのに】

 

「うう……やっぱり気難しいのかしら」

 

「うぬう……これだけいるのだから1匹くらい吾達の使い魔になってくれてもいいはずなのにッ」

 

どうやらグレムリンの赤ちゃんの群れからか、それともガルーダの雛の中から1匹でも良いので使い魔になってくれないかとアプローチをかけていたようだ。

 

「あれじゃ駄目ね」

 

「俺も分かるわ、駄目だって」

 

タマモが駄目と言ったとおり、俺も駄目だとすぐに分かった。少なくともグレムリン達はリリィちゃん達に対して恐怖を抱いているのは間違いない。

 

「駄目?駄目ってどういうことですか?お兄様」

 

【何か私達は間違えてしまったのですか?】

 

どうして?と尋ねてくるリリィちゃん達にどうして逃げられてしまうのか、その理由を俺は説明する事にした。

 

「リリィちゃん達だって急に自分より大きい人が追いかけてきたら怖いだろ?この子達だってそうなんだよ。追いかけられたから怖かったんだよ」

 

1箇所に集まっているのは怖がっている証だと説明するとリリィちゃん達はショックを受けた表情を浮かべる。

 

「怖がらせて……私はなんという事を……」

 

【失敗しちゃいました】

 

「……悪いことをしてしまったな……」

 

悪意があったわけではない、ただ知らなかったのだ。でもこうして反省したのならば再び仲良くなれるように挑戦すれば良いのだ。

 

「3人ともこれを使ってみるといい」

 

差し出すのは新聞紙で作った猫じゃらしだ。チビがこれで遊ぶのが大好きなので他のグレムリンにも効果があると思う。リリィちゃん達が俺が差し出した猫じゃらしを受け取り、ゆっくりと左右に振る。

 

「みむ?」

 

「みい?」

 

「みみー?」

 

「ぴよ?」

 

「ぴーぴー」

 

「ぴよぴよ」

 

最初は怖がっていたグレムリン達がその動きにつられ、俺の影に隠れたままだが顔を見せる。

 

「我慢……我慢ですわ……」

 

【ここで動いたらまた怖がらせちゃいます……】

 

「来い……来い」

 

猫じゃらしの動きを目で追っているグレムリンとガルーダが自分達に近寄ってくるのをぐっと堪えて待っている3人を見ているととても微笑ましい気持ちになってくる。

 

「……どうしてそんなに必死なんですの?」

 

「みむー?」

 

「ぴよ?」

 

「ぷぎいー」

 

ミィちゃんとその周りで不思議そうに首を傾げるチビ達の中にモグラちゃんの姿はない、昨日の夕食の後清姫ちゃんと共に妙神山に帰ってしまったからだ。だけどそこで修行の最後の仕上げが終わればまた一緒に暮らせるので、モグラちゃんが帰ってくる前に新しく寝床を新調しておいてあげようと思う。

 

「良しっとこんな物だな」

 

「本当手先器用ねぇ」

 

「まぁ昔から色々やってるしな」

 

玩具を欲しいといえば木材とナイフを渡されたのは本気で困惑した。しかも自分で作れと言われたので更に困惑した……流石にいい思い出とは言えないが、その時の経験は決して無駄になってはいない。

 

「チビ、うりぼー、ピー助出来たぞー」

 

綿をつめて作ったチビ達のサイズの布団を机の上に並べるとうりぼーがまずダッシュしてきて、空を飛べないピー助をチビが抱えて飛んで来る。

 

「ぷぎい!ぴぎーッ!!」

 

「ぴーぴぴー」

 

「みーむう♪」

 

身体を布団にこすり付けて匂いを移しているチビ達を見ていると、後からくいくいと服を引かれた。

 

【ノブゥ?】

 

「大丈夫、ちゃんとチビノブのも作るよ」

 

【ノブウ♪】

 

チビノブサイズの型紙を見せると俺の周りをチビノブが楽しそうに踊り出す。その姿を見ながら型紙を布に当てて切ろうとした時だった。チャイムが鳴り響いたのは……。

 

「お客さんかな、ちょっと見てくる」

 

「私が行ってもいいわよ?」

 

「……いや、同じ学校の奴だと見られると困るし俺が行くよ」

 

幽霊とか妖怪ばっかりだけど女の子と一緒に暮らしているのを見られると都合が悪い。タマモにありがとなと言って玄関を開ける。

 

「はーいどちら様……えっとどちら様です?」

 

銀髪ではなく白髪の紅色の着物を纏った女性が玄関にいた。全く知らない人物に僅かに警戒心を抱くのだが、目の前の女性は俺のそんな動きを見て楽しそうに目を細めた。

 

「急に訪ねてきてすまないな!僕の弟子がここにいると聞いてきたのだが遮那王はいるか?」

 

「遮那王?いや、そんな人はいないですけど……【横島、遮那王とは牛若丸の事だ】あ、そうなのか。はい、牛若丸ならいますよ?ただ今出掛けているので家にはいないですけど良かったら帰って来るまで家で待ってますか?」

 

「それは助かる、どれ邪魔するぞ」

 

牛若丸のお師匠さんならば何か大事な用事だろうと思い、俺は尋ねて来た女性を家の中に招き入れた。

 

「おかえり、んで誰?」

 

「牛若丸のお師匠さんだって、牛若丸が帰って来るまで待ってて貰おうと思って」

 

タマモとノッブちゃんの目が細まり強い警戒心が見て取れる。だが尋ねてきた女性は楽しそうな態度を崩す事はなく笑い声を上げ、自分の家のような感じで胡坐を掻いて座る。

 

「……客なら茶菓子でも出すか」

 

「おお、すまんな!出来れば饅頭と熱い茶を頼むぞ!所で大蛇、お前なんでここにいるんだ?」

 

「……別にどこにいても私の自由だろ?く……「鬼一法眼だ。古い名は余り好きではない」……我が侭なやつだ。横島、こいつは一見ちゃらんぽらんだが割りとまともな奴だ。仲良くしておいて損はないぞ、牛若丸の師匠だけあって実力は確かだからな」

 

「んん?僕に弟子入りさせるつもりか?んんー確かに才能はありそうだなぁ」

 

「……は、はぁどうも」

 

観察するような視線を向けてくる鬼一法眼さんに愛想笑いを浮かべながら頭を小さく下げながら早く牛若丸帰ってこないかなあと思うのだった……。

 

 

 

 

~陰念視点~

 

久しぶりに鍛錬が休みの日。息抜きで街に買い物に出た俺はそこで見かけたくない人物を見つけ、気配を殺してその人物を尾行していた。

 

「……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

東京の要所要所でお経を唱え手にした鈴を鳴らす僧侶……見た目は老年の僧侶だが、俺にはその人物の正体が判っていた。

 

「だいそうじょう。あんた、こんな所で何をしている?」

 

霊脈の近くで同じことをしようとしていただいそうじょうを見逃す訳にも行かず、ホロウ眼魂を握りながら声を掛ける。

 

「ほう、陰念か。久しぶりだな、元気そうで何より。それよりもワシが何をしているかだが……見れば分かるだろう?」

 

「ああ……分かるぜ、なんであんたは除霊をしている」

 

死が救済と言っていただいそうじょうが行っていたのは紛れも無く除霊だった。何故そんなことをしていると問いかけるとだいそうじょうはしわくちゃの顔で笑う。

 

「何、ワシも負けて思うところがあったという所じゃな。それに余りに哀れでな」

 

そう言うとだいそうじょうは俺の足元を指差した。それに連られ足元を見るとそこには無数の赤子の幽霊の姿があり、俺の足にしがみ付いていた。

 

「ッ!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

お経を唱えると赤子の幽霊は次々と成仏していく、赤子にお経を理解する知識はなく霊力を多く放出する事で除霊を行なったので軽く額に汗が浮かんだ。

 

「あんたか?」

 

「まさか、ワシは救済を行う者ぞ?赤子を使役するなどそのような下種な真似はせん、いもしない父母を求める子が憐れでの……極楽に導いてやろうと思ったのよ」

 

そう笑っただいそうじょうは鈴を鳴らしてゆっくりと歩き出す。

 

「除霊をして回るがいい、どこかに核がおる。その核を元に何かが生まれれば女は太刀打ち出来ぬぞ、水子は母を求める。女では勝てぬよ」

 

すれ違い様にそう告げて歩き去るだいそうじょう。思わず振り返り待てと叫んだが、既にだいそうじょうの姿はどこにもなかった。

 

「あーくそ……折角の休みなのによッ!!」

 

休んでいる時間がねえじゃないかと吐き捨て、俺はGS協会へと走った。

 

「緊急事態って聞いたけど……あんまり時間は取れないわよ」

 

今の状況を考えれば神代会長が忙しいのは判っている、だがこれは白竜寺だけでは対処が出来そうにない案件だ。

 

「さっきだいそうじょうに会った。今東京のあちこちに水子が生まれているからそれを除霊して回っているそうだ」

 

六道の大イベントの除霊実習を兼ねた臨海学校が近づいていると言う話は噂程度だが俺も耳にしている。神代会長が忙しくしているのはそれ関連だろうと当たりを付け手短に何があったのかを伝えると流石の神代会長も魔人出現と聞けばその顔色を変えた。

 

「魔人でも僧侶は僧侶って所かしらね、それでだいそうじょうは何て?」

 

「女を殺す何かが生まれるから気をつけろ、除霊を……いや、供養を行なえと」

 

水子は除霊ではなく供養の区分になるが、これほど大量発生するということは異常だ。

 

「レギオンが関係してそうね、判ったわ。教えてくれてありがとう、こっちも人員を割くけど白竜寺でもお願い。たぶんそっちが専門よ」

 

お師匠様にも綱手にも言っていないが、これは早急に伝える必要がある筈だ。俺はGS協会を後にし白竜寺へと走りだす。

 

(本当に厄介な事をしてくれるぜッ!)

 

レギオンが何かを召喚する為の生贄という話は聞いていたし、それを阻止するためにも戦った。だが実際は阻止出来ておらず、ガープの謀略の種が芽吹こうとしていると言う事に強い焦りを抱きながら走っている俺の耳に妙な声が響いた。いや、声と言うのは正しくないかもしれない、囁くようなとても小さな声だ。人の声のようにも聞こえるが動物のような声にも聞こえる……その声の主を探し思わず周囲を見渡した瞬間だった。

 

「つうっ!?」

 

膝に鋭い痛みが走り思わずその場に蹲った。痛みが走る部分に手を添えるとドロリとした感触と共に指先が真紅に染まる。

 

(切られただと……!?)

 

気配も何もなかったのに刃物で切り裂かれたかのような傷が出来ている。その痛みに顔を歪めながら傷口を裂いたズボンの切れ端で縛り立ち上がる。

 

「これは相当やばいかも知れんな」

 

だいそうじょうは言っていた女は太刀打ちできないと、だが男でも勝てるとは言っていなかった。既にだいそうじょうが俺に告げた何かが東京にいるのかもしれない……被害者が増える前に、そして完全にその何かが出現する前になんとかしなければならないと思い俺は痛む足に顔を歪めながら白竜寺への帰路を急ぐのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

六女の臨海学校が近づいているので冥子さんが事務所にやってきて打ち合わせをしていたんだけど、冥子さんから思わず自分の耳を疑う事を告げられた。

 

「え?愛子さんも同行させるんですか?」

 

「出来れば~連れてきて欲しいなあ~なんて思ってるのよ~」

 

冥子さんは机妖怪であり、正直に言えば六女に同行するのはリスクがあるように思えるのだが……。

 

「ちなみにその理由は?」

 

「うん~もしもね~今回の除霊実習の悪霊が強くなりすぎてたら凄く困るでしょう~?」

 

凄く困ると言っておきながら口調がこれだからどうしても危機感が感じられないが、その目を見れば本当に困っているのは明白だ。

 

「まぁ確かにそうね、元々悪霊が多く出現する場所だし……でも普段と日程おかしくない?普段ならまずは実技でスリーマンセルの試験があるでしょ?」

 

「そうなんですか?」

 

六女に入学していない私は勉強の日程を知らないが、そういう風になっていたのか?と尋ねる。

 

「ええ。だからおかしいなって思ってたのよ……そこのところどうなのよ?」

 

「……正直に言うとね~もう~教師が殆どいないのよね~ほら、追い出しちゃったから~」

 

「そこまで?」

 

「うん~そこまで~だから普通の日程じゃ無理だから~日数を増やして~集団実習ね~それと愛子ちゃんなら~机の中に色々と空間を作れるから~そこで詰め込み式で勉強して、本試験とか出来るでしょ~?だから連れてきて欲しいな~?」

 

駄目?と首を傾げる冥子さんだけど言っている事は分かる。今出来る最善はその方法だというのを理解した。

 

「OK、それじゃあ横島君に頼んで愛子ちゃんに同行して貰うように頼むわ」

 

「ありがとね~あ、それと水着と着替えとかも忘れないでね~?最低でも2週間、長ければ1ヶ月くらいで考えてるからね~?」

 

最後の最後に爆弾発言を残していった冥子さんに美神さんと揃って溜め息を吐いた。

 

「これ絶対あれだわ、冥華おば様が名家の連中を一掃する為に考えた奴だわ」

 

「……私もそう思います」

 

少しずつ排除していたようだけど、影響を受けていたであろう六女の生徒を隔離している間に一掃して六女だけではなく、日本の霊能者の力関係も一気に作り直すつもりだわ……。

 

「はぁ……とりあえず横島君に説明に行きましょうか」

 

「ですね……」

 

元々考えていた臨海学校は2泊3日の筈だったけど下手をすれば1ヶ月近い合宿になると知り、これはハードな事になりそうだと頭を悩ませながら横島の家へ向かうと……。

 

「こんの馬鹿弟子がぁッ!!!天狗の秘法を持ち出しおって!!!」

 

【も、申し訳ありません~で、ですが主の為には必要な物でして~ッ!!!】

 

牛若丸が天狗の団扇を手にした見慣れぬ美女の攻撃によって宙を舞っていた。

 

「だとしても筋を通せ筋をッ!!所で横島、僕の秘術はどうだい?凄いだろう!!」

 

「凄いですッ!俺の陰陽術とは全然違う」

 

「そうだろうそうだろう!僕は凄いのさ」

 

牛若丸への風と違い穏やかな風で横島達を宙に浮かしているのを見て頭痛の余り額に手を当てた。

 

「楽しいですわ~」

 

【ふおおお……泳いでるみたいです】

 

「……自分で飛ぶのとは違いますの、でも面白いですの」

 

「お、おおおお……ッ」

 

紫ちゃん達もその風で宙を浮いておりとても楽しそうだが何がどうしてこうなってしまったというのだろうか。

 

「お、美神殿でござるか、せんせーに用でござるか?」

 

「あーうん、そうなんだけどあの人だれ?」

 

明らかに天狗の関係者だと思うし、牛若丸を弟子と呼ぶとなると間違いなく大天狗と呼ばれる上級神魔だろう。

 

「……鬼一法眼だ」

 

「「マジで?」」

 

室町時代の陰陽師にして法師……それこそ英霊に匹敵する人物だが、詳しい事は判っておらず。人間かどうかも怪しいという話だが……あの姿を見れば間違いなく人間ではないと言うことは分かる。

 

「あ、美神さんに蛍。どうかしたんですか?」

 

ふわふわと風に乗って浮いている横島がどうかしたのか?と尋ねてくるがそれはこっちの台詞だ。

 

「とりあえず降りて来て、ちょっと大事な話があるから」

 

「分かりました。鬼一さん、下ろして貰ってもいいですか?」

 

「かんらからから、良いとも良いとも、いやあ、お前の反応が面白いからついやりすぎてしまったな」

 

「いやあ、でも本当楽しかったですよ」

 

……何してるんだろ本当に……横島が楽しそうなのは良いんだけど、どうして鬼一法眼なんて言う人物がいるのか、また何か厄ダネが来たんじゃないかと内心頭を抱えながら横島の後を追って家の中へ足を踏み入れる。なんと言うか元々いやな予感がしていた臨海学校だけどますます厄介な事になるんじゃないかと私に予感させる光景を見ただけにどうしても不安を払拭する事が出来ないのだった……。

 

一方その頃ネロが滞在しているホテルでは……ネロに加えてカーマとルイによって怪しげな儀式が行なわれていた。

 

「やっぱり君を選んだのは間違いじゃなかったね。カーマ」

 

「うむうむ、後は微調整をするだけだな!」

 

「まぁ言われた通りに作ったんですけど、何をするつもりなんですか?私は確かに幻術も使えますけどそれを矢の形にしろだの、私の情欲を少し込めろとか何をしたいんです?言う通りに作ったんですから何をするかくらいは教えてくださいよ」

 

逆らえる力関係に無いので言う通りにしたのだから、何の為にこんな物を作ったのか教えてくれというカーマにネロとルイは心底楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「何、机の中に奇妙な空間を持つ妖怪がいるそうでな。それが色恋に暴走しているらしいので少し手を加えてやろうと思ったのだ」

 

「どうせ精神空間だから生身の肉体に影響はないし、ちょっとアダルトな感じでも問題はないからね。それにほら、トトカルチョに変化がなくて面白くないから少し横槍を入れてやろうかなってね」

 

「……はぁそうですか、まぁどうなろうと私はいいんですけどね。精神に影響があれば肉体にも影響ありますよ?分かってます?」

 

カーマが気だるそうに言うとネロとルイはますます楽しそうに笑い、カーマは知らないと言わんばかりに肩を竦めながらも、自分が作った呪いのアイテムを押し付けられる妖怪を不憫に思うのだった……。

 

 

リポート11 臨海学校・序 その1へ続く

 

 

 




と言う訳で次回からは新リポートになります、今回の話は今後のフラグのみを多数準備する事になりました。鬼一法眼さんは次回でメインに据えて書いて行こうと思います、それと最後のカーマの矢は愛子の魔改造フラグです、アルテミスの巫女にされた挙句カーマの矢で改造される愛子さんの未来に幸あれ、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート11 臨海学校・序
その1


リポート11 臨海学校・序 その1

 

~美神視点~

 

シズクがお茶を全員に配り茶菓子にドラ焼きを添えようとすると紅色の着物の女性――鬼一法眼は待ったと手を上げた。

 

「僕は饅頭が良い」

 

「……我が侭な奴め、さっきもう食べただろうに」

 

「かんらからから、好きな物を食べたいと思うのは当然の事だろ?」

 

からからと笑う鬼一法眼にシズクは小さく溜め息を吐いて、少し待てと言ってキッチンに引き返していった。その姿を見れば鬼一法眼を名乗る女性が騙り等ではなく、シズクに物言い出来るレベルの人外だと嫌でも納得してしまった。

 

(とりあえず友好的で良かったと思うべきかしらね)

 

熱い緑茶を啜りながら鬼一法眼を観察する。見た目は20代ほど、愛想の良い笑みを浮かべているがその目は鋭く細められていて観察されているのが良く分かる。霊力の類を完全に隠しているが、私達を試すようにじわじわと霊力等を放出している。

 

「牛若丸。盗んだ物を出しなさい、盗む駄目絶対」

 

……なんで私達が互いの力量を確かめ合ってる後ろで横島君はマイペースなんだろうか……。もしかして強敵と戦いすぎたり、死に掛けすぎたりしてそういうのに鈍くなってしまったのだろうか……。

 

(多分命のやり取りがなさそうだからじゃないですかね?)

 

(……それはそれで問題だけどね)

 

今までを見ていれば警戒心はかなり強いはずなんだけど……ON/OFFが余りにも両極端になってしまったのかもしれない。

 

【わ、私の言い分も聞いてください!確かに私は天狗の霊具を盗みましたが、主殿の事を思ってですね】

 

「俺の事を思うならちゃんと筋を俺は通して欲しかったよ……盗んじゃ駄目だろ、盗んじゃ……天魔ちゃんに迷惑掛けてどうするの」

 

【うっ……確かにそれはそうですが……でも普通に行っても貸してくれるとは思わなくてですね】

 

「俺は悲しい……俺の事を心配してくれたのは嬉しいけど悪い事はして欲しくなかった……」

 

「あー!牛若丸がお兄様を悲しませた」

 

【いけないんですよ、悪いことをしたらまずはごめんなさいですッ!!】

 

「……横島を悲しませるのはいけないんですの」

 

「1番横島を困らせてるお前がそれを言うか……」

 

紫ちゃん達が一斉に牛若丸を責め、横島君は目を伏せてる。

 

【有罪、半年おかず1品没収】

 

「……妥当な所だろうな」

 

【それは酷いと思いますッ!!ちゃんと謝りますし返しますからッ!!!】

 

食事によって霊力を回復させているので1品没収は想像以上に深刻なのか、牛若丸が天狗の所から持ち出した霊具を机の上に並べるのだが……出るわ出るわ……瓢箪に天狗の面に団扇に下駄、それに印籠に山伏の服まで……。

 

「……本当すいませんすいませんすいません……ッ!!家の子がすいません」

 

流石に私もやりすぎだと思い蛍ちゃんと一緒に頭を下げる。天魔ちゃんと横島君と仲が良いが、それとこれとは話は別だ。明らかにやりすぎな上に天狗と事を構えることになりかねない……そう思っていたのだが鬼一法眼は楽しそうに笑い出した。

 

「天魔が随分と懐いている男と言う訳で僕は見に来ただけだよ」

 

「え、じゃあ取り返しに来たんじゃ……?」

 

「いや、一応天狗の中でも問題になっておるし、僕の娘を誑かして兵法を盗んだという前科もある」

 

……娘、娘を誑かしたと聞いてノッブ達がすすすっと距離を取った。

 

【なんで距離を取るんですか?】

 

【いや、まぁあれじゃん?昔と今違うじゃん?】

 

【それは私も同じですけどッ!?】

 

戦国・平安時代は同性愛は割りと普通だったけど、巻き込まれる訳には行かないのでとりあえず2人きりは今後は避けるべきかもしれない。

 

「それじゃあ許してくれないんですか?」

 

「んー、許してやってもいいし、天狗の長に口を聞いてやってもいい。それなりの条件があるがな」

 

鬼一法眼はそう言うと目を細め、横島君に指を向けた。

 

「お前僕の弟子になれ、面白そうな人間だから気に入った!それに才能もありそうだ」

 

「……俺?いやいや、俺ポンコツですよ」

 

「かんらからから、そんな訳あるか。お前は才能の塊だ、だがそうだな、この時代ではお前を指導出来る者はそうはおらんだろ、だから僕が面倒を見てやろうと言ってやるのさ、それなら弟子の指導という事で天狗の霊具を持ち出したと無理に納得もさせれる。どうだ?」

 

どうだと言いつつこれは実質拒否権の無い命令に等しい……。

 

「いや、俺美神さんの弟子ですし、小竜姫様にも面倒を見てもらってますよ?」

 

「かんらからから。師匠なぞ何人いても困らんぞ、それに僕は弟子だからと言って束縛するつもりも無い、それに……お前けったいなものに呪われてるだろ?僕なら何とかできるかも知れんぞ?」

 

にやりと笑い、一拍置いてからどうする?と問いかけてくる鬼一法眼だが、その目は断る事は許さないと言わんばかりに鋭く細められているのだった……。

 

 

 

~鬼一法眼視点~

 

天魔が好いている人間というだけあって裏表のない純朴そうな男だったが……その内部に良くない物が巣食っているのは一目で判った。

 

(今の時代に珍しい人間だな……)

 

かつて妖と神が人と共存した時代――科学が発展し、神や妖を敬い畏れる者が少なくなった時代で人でありながら妖怪に近い人間はそうはいないと思う。

 

「……タマモ悪いけど、ちょっと難しい話になりそうだから紫ちゃん達を連れてってくれる?」

 

「いいわよ。ほら行くわよ」

 

九尾の狐までいるじゃないか、それに天狗の団扇で風を操り戯れてやった子供達も皆人間ではない。神と魔族に混血児が2人に英霊が1人それに鬼までいる。この家が異界になっている理由も納得したし、好感が持てる理由も分かった。

 

「……分かりますか?」

 

「ん、分かるよ。泥……んー、ちょっと違うな、これはあれだな。魂に干渉する感じの悪い呪だ……お前の闘争本能を刺激したり、恨みや

怒りで活性化する物だな」

しかしこれだけ性質の悪い呪を受けてるなんて何をしたんだと首を傾げる。

 

「こいつ何したんだ?これ神の呪いだろ、教えてくれよ大蛇」

 

「……インドのアスラが関係してるそうだ」

 

「アスラ?ああ……道理で」

 

インド系の神魔となればかなり悪辣なものが多いだろう。その上アスラとなれば相当厄介と言えるか……。

 

「横島君の師匠になるってどういうつもりですか?」

 

「ん?単純に気に入っただけだよ、お前達もついでに面倒を見てやってもいい、人間の癖に分不相応な相手に喧嘩を売ろうとしてるだろ?そういうの僕好きなんだぜ?」

 

自分の限界と力の無さを知りつつも、くじけず前に進もうとするその意思は実にいい。こういう人間ばかりならば、僕も隠居する事は無かったと言える。

 

【問題を起こした私が言える立場ではないですが、師匠はとても優秀な人ですよ。それに気まぐれで滅多に弟子を取るような人でも無いのですが、自分から師匠になってくれると言っているのだから受けたほうが良い……】

 

「おーまーえーは何をつらつらと失礼な事を言ってるんだ?」

 

【い、いひゃいです……】

 

失礼なことを言ってくれる馬鹿弟子の頬を抓り上げ、いひゃいひゃいと呻いている遮那王の頬から手を放し、饅頭の追加を頬張って熱い茶を啜る。

 

「高名な鬼一法眼から教えを受けれるというのならば私達が断る理由はありませんが、我々は修行の為に東京を離れるので、その後に」

 

「修行か、いいじゃないか。僕もついて行ってやるよ。隠居してるのも飽きたしね」

 

修行すると言うのならばそれなりの立地の筈だ、僕も一緒に行った方が効率的な修行が出来ると言うものだろう。

 

「さてと、じゃあ天魔の奴から許可でももぎ取って来るかな、修行には僕も行くからな。忘れるなよ、あとその霊具は好きにしていいから」

 

ピッと横島達を指差して遮那王が盗んだ霊具を好きにして良いと言って窓を開けて翼を広げる。

 

「あ、そうそう、そこの神鳥の雛。預かる所がなかったら僕達が面倒を見てやっても良いよ。天魔も使い魔欲しいって言ってたし、良く考えて返事をしてくれよ」

 

一気に情報を与えてその場を去ることで道を狭めるというのは褒められたやり方では無いが、このままでは駄目だと分かってしまった。嫌でも僕の弟子にする必要があると横島を見て悟ってしまったのだ。選択肢を、使える物を増やさないとあいつはどこまでも進んでいって……そして……死んでしまう。そういう定めにある、それを覆すには横島本人も横島の周りももっと力をつけなければならない。

 

「やれやれ……下手をすれば地球ごと消滅ってどんな悪い冗談だよ……」

 

これからそれだけの事件が起きる。そうなれば神魔や妖怪等と言っている場合ではないし……何よりも。

 

「高島との約束もあるしな」

 

平安時代の天才陰陽師高島忠助――僕の弟子ではなかったが酒呑み友達だったあいつの生まれ変わりならば、僕は手助けをしないといけない……術比べで僕を倒した男の最後の願いなれば叶えないわけには行かないのだから……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

嵐のようにやってきて、嵐のように去って行った鬼一法眼さんはあっという間にその姿を消してしまった。転移とかではなく、ただ純粋に速いのだと分かる。悪い人には見えなかったが、俺達の話を殆ど聞かずに自分の用件だけを押し付けて行ってしまったのは正直少し困る。

 

【少々強引だったが、嘘は言っていないぞ。修行を見てくれるというのなら見て貰った方が得だ】

 

【まあ確かにかなり強そうじゃったけど……正直どうなんじゃ?牛若丸鬼一法眼と言うのは?】

 

【武器の扱い、術の扱い、結界などの術に呪まで、およそ戦闘に関係する全てが超一流です。私も師事しましたが、完全に習得出来たと胸を張って言えるものは殆どないですね】

 

天才を自称し、そしてそれだけの才能を見せ付けてくれた牛若丸でさえも、鬼一法眼さんの技術を完璧に習得出来た訳ではないと聞くと俺達がそれを習得できるかどうかの不安がある。

 

【あ、心配ないですよ。師匠は教えるの凄く上手ですし、面倒見もとても良いですし、優しいですよ】

 

「でも馬鹿弟子って言われてなかった?」

 

牛若丸がフォローするなか蛍がそう言うと牛若丸はあははっと困ったように笑った。

 

【私には時間がなかったもので、奥義書を盗んでしまいまして……それを怒っておられるのですよ。ですから主殿達はそのような真似を決してせぬように、呪われると大変ですから】

 

そんなことを言われても元々盗むつもりなんてこれっぽっちもないが……俺が気になっているのはそこではない。

 

「美神さん、良いんですか?」

 

臨海学校はあくまで六道の授業の一環であり、多分マルタさんとか鬼道さんとかが準備をしているのだろう。そこに勝手に指導者なみたいな人を連れて行っていいのだろうか?と尋ねると美神さんは呆気らかんとした表情で笑った。

 

「良いも何も無いわよ。小竜姫様に匹敵する神魔がロハで稽古を付けてくれるんでしょ?断る理由はないわ」

 

「いや、でも臨海学校近いんですよね?琉璃さんとかは……」

 

「無理でも許可は取るわ。冥子に無理な頼みもされてるしね……」

 

冥子ちゃんに無理な頼みと聞いて俺は最初嘘だろと思った。冥華さんなら分かるけど、冥子ちゃんはそういう無理難題を言ってくる感じが無いんだけど……。

 

「愛子さんについて来て欲しいって、道具とか運ぶのに助かるし、机の中は異空間だから修行の場に丁度いいって話でね」

 

「ん、うーん……それは大丈夫なのか?愛子に負担が大きいように思えるんだけど……」

 

愛子への負担が凄い事になるんじゃないか?と俺が言うと美神さんもそれは懸念していたようだった。

 

「それに関しては横島君には悪いんだけど愛子ちゃんに聞いてみてくれる?その結果次第では私も冥子に言いやすいし」

 

「分かりました、明日学校に行く予定があるんでその時にでも聞いて見ます」

 

自分の学校を休んで六道の臨海学校に参加するのでちゃんと書類を提出しないといけなかったのだが、思った以上に手続きに手間取ったのでかなりギリギリになってしまったが、こうなると逆に手続きに時間が掛かって良かったのかもしれないと思えてくる。

 

「これ、預かってた横島君がレースで稼いだお金ね。臨海学校と言えどメインは修行だから霊具もそれなりに準備もいるだろうし、紫ちゃん達を連れて行くんだから彼女達の水着とかもいるだろうし、少し多めに引き出しておいたからこれで準備を整えなさい」

 

少しというにはかなり厚めな気がするが……かなりの大所帯になるだろうからありがたく受け取っておこう。

 

「じゃあ、シズク頼む」

 

「……ん、預かっておく」

 

我が家の頼れるロリオカンに封筒をそのまま預けて、他の部屋で待っていて貰っていた紫ちゃん達を呼ぼうとしてふと気付いた。

 

「紫ちゃんって妙神山に結構行ってますけど、天竜ちゃんとか天魔ちゃんがもし自分もって騒いだらどうするんですか?」

 

今日はもう帰ってきているけど、明日も朝から妙神山で神通力の練習に紫ちゃんは行く筈だ。それに言う機会を窺っていたんだが、丁度良い機会だから言ってしまおう。

 

「なんか紫ちゃん、魔界にも行けるらしいんですよね」

 

どうも紫ちゃんの転移は非常に高性能で、痕跡を残さず追跡もさせずに転移出来るらしい。問題があるとすればあの闇の中でずっと見つめられているってことに精神崩壊しなければと付くが……俺は平気だし、紫ちゃんが自身の能力でおかしくなるわけないし、当然だがアリスちゃん達も全然平気だ。

 

「「……」」

 

「……盲点だったんだな、言うなと言うのは無理だと思うぞ。私は」

 

子供だからなあ遊びに行けると知ると絶対に言ってしまうだろう。それを駄目と言えば余計に言いたくなるのが心情だし、それを叱るというのも無理だと思う。

 

「……紫ちゃんって魔界にいけたの?」

 

「みたいだよ?前に天竜ちゃんの家に行ったって言ってたし、タタリモッケさんの所にも顔を出したって言ってたよ」

 

蛍の問いかけにそう返事を返すと蛍がそうととても疲れた様子で呟いた。

 

「……多分紫ちゃんに聞いたらアリスちゃんも来るわよね?」

 

美神さんの問いかけに俺はすぐに返事を返せなかった。アリスちゃんは基本的に寂しがりやだし、どこかに遊びに行きたいなって言っていたので紫ちゃんに聞いてしまえば絶対に行くと言い出すと思う……少し考えた後に俺は返事をする事が出来た。

 

「赤助さんと黒助さんにブリュンヒルデさんなら連絡付きますかね」

 

俺達がどうこう言うよりアリスちゃんの保護者の2人に聞いてみたほうがいいのでは?と言うと美神さんと蛍は揃って深い溜め息を吐いた。

 

「いいわ、私の方から聞いて見るわ、後でこっそり合流とかされたほうが怖いから」

 

「大惨事不可避ですからね……」

 

「アリスちゃんはそんな事しないと思うんだけど?」

 

アリスちゃんは少々わがままだが基本的にしっかりしていると思うんだけどと首を傾げる。

 

「何があるか分からないからね、アリスちゃんも来るんなら最初からしっかりとした準備を整えて、ジークとかワルキューレも呼び集めておきたいのよ。最悪に備えてね」

 

ガープ達が出てこないとは言い切れないし、あの屋敷みたいに天使に操られた人達が出てこないとは言い切れないと言われて俺が想像している以上に深刻な状況になっているという事を悟った。

 

「……迷惑を掛けると思いますけど、お願いします」

 

だけど俺に出来るのは宜しくお願いしますと頭を下げる事だけで、本当に申し訳ないという気持ちになる。

 

「アリスちゃんがいれば実践訓練で出来る事も増えるかもしれないし、参加する人が色々と準備してるから大丈夫よ」

 

「そういうこと、じゃあ、私達は琉璃に今回の事を報告してくるから横島君は臨海学校の準備とか書類を忘れないでね」

 

本当は俺も付いていって琉璃さんにお願いするべきなんだろうけど、私達に任せてくれればいいからという美神さんと蛍にもう1度頭を下げて2人を玄関まで見送る。

 

「お兄様、お話終わりました?」

 

「何の話だったんだ?」

 

玄関の扉が閉まる音がしてひょこっと顔を出す紫ちゃん達と、その後で疲れた様子のタマモとシロの2人を見て、疲かれきってる様子だけどまだ疲れさせる事になることに申し訳ないと思いながらも美神さんと蛍に言われた通り準備を始めないと臨海学校には間に合わないので……。

 

「旅行が控えているので買い物に行きます!」

 

【はい!行き先はどこですか!】

 

「海です!!」

 

旅行、そして海と聞いておおおーっと歓声を上げる紫ちゃん達を見て顔が緩むが、シロとタマモは心配そうな表情を浮かべる。

 

「大丈夫なの?」

 

「せんせー、こんな人数で泊まれる場所あるでござるか?」

 

「なんか六道が準備してくれるらしい」

 

「「それはそれで大丈夫なの(ござる)?」」

 

六道……即ち冥華さんが準備をしてくれると聞いて不安そうにしているタマモとシロの気持ちは俺も分かる。

 

「多分大丈夫だと思う。多分」

 

冥華さんの胡散臭さを考えるとどうしても多分がついてしまい、シロとタマモも不安に思ってるじゃないと苦笑する中、買い物に行くと聞いてにこにこと紫ちゃん達が俺達を呼ぶので不安は先送りにすることにした。

 

「シズク、ノッブちゃん、牛若丸。行こうぜー」

 

シズク達に声を掛けて抱っこと寄って来たチビ達を抱き上げ、既に外に出て行ってしまった紫ちゃん達の後を追って俺達も家を後にするのだった……。

 

 

リポート11 臨海学校・序 その2へ続く

 

 




臨海学校編はロリーズ全員集合します。海と言えばやはりきゃっきゃうふふは外せないですし、どうせなら全員集合とチャレンジャーな事をしたいと思います。次回は琉璃、くえすという風にメイン以外のキャラを視点に書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート11 臨海学校・序 その2

 

 

~琉璃視点~

 

机を挟んで反対側に座っている美神さんと蛍ちゃんの2人に向かって私は深い深い溜め息を吐いた。ある程度なら私の裁量でなんとでもなるが私の裁量を超えてくるのは本当に止めて欲しい……。

 

「何をどうしたら……アリスちゃん達まで来るんですか?」

 

「「……ごめん」」

 

「ごめんじゃないんですよ、ごめんじゃあ……それになんで鬼一法眼がガルーダの雛を受け取る事になっているんですか?」

 

「「成り行き……?」」

 

「どんな成り行きですか……そもそもなんで鬼一法眼なんてビッグネームが出てくるんですか……」

 

最悪、本当に最悪アリスちゃんだけなら何とかなると思う、だけどそこに何故天竜姫様と次期天狗の長の天魔ちゃんまでエントリーしているのかを説明して欲しい。

 

「なんか紫ちゃんって勝手に魔界と天界に行ってるらしいのよね」

 

「……どういうことですか?」

 

紫ちゃんの転移能力は知ってたけど、え、魔界と天界まで自由に移動出来ると言われてちょっと脳が理解を拒否していた。

 

「臨海学校についてくるって聞いて黙ってられると思えないんですよね」

 

「確かに」

 

絶対に言う、子供の口の軽さは凄いし、友達なら絶対に言いたくなるだろう。

 

「それでこっそり着いて来られるくらいなら最初からって思わない?」

 

「思いますけど、思いますけどッ!!それとこれとは話が違いません?」

 

六道の臨海学校に横島君を招待する段階でもかなり苦労しているのに+αが凄まじすぎる。って言うかちょっと待って……。

 

「アリスちゃんが来るって事は魔界の獣もセットですよね?」

 

「「……」」

 

「目を逸らすな」

 

すすすっと目を逸らす2人に思わず目を逸らすなと言った私は絶対に悪くない筈だ。

 

「私に問題を押し付けて楽しいですか?」

 

「悪いとは思ってるわよ、でもさ……もしアリスちゃんとかを後で紫ちゃんが連れてきて、怪我でもしたら……」

 

美神さんに言われた光景を想像し、最終的に脳裏に浮かんだのは……ゾンビだらけの日本である。

 

「なんで臨海学校だけでそんな地獄絵図になるんですか?」

 

「……横島のせいですかねぇ……」

 

分かってはいる。横島君が悪いわけではないのだ、ただ彼が少しばかり人外と幼女に好かれやすい性質って事で……。

 

「ベリアル様とネビロス様がアリスちゃんを旅行に連れて行ってくれるということで感謝と言って宝石を送りつけてきたんですけど何をしたんですか!?」

 

「なんか天狗の長と竜神王様から娘をよろしく頼むって連絡来てるんですけど何をしたんですか!?」

 

ブリュンヒルデさんと小竜姫様の悲鳴にも似た叫びに私は机に向かって思わず頭突きをした。

 

「なんで……なんでこんなに仕事が早いんですかあ……」

 

絶対これはあれだ、横島君の家にいる魔界の宰相のルキフグスさんの仕業だ……なんで、なんでこんな事に……と私は頭を抱えて思わず呻いてしまうのだった……

 

一方その頃横島家はと言うと……。

 

「浮き輪、浮き輪も買ったほうが良いかしら?」

 

「んー浮き輪だと落ちると危ないけど紫ちゃん達が欲しいなら良いよ?」

 

横島の言葉にるんるん気分で浮き輪を探し始める紫達の後姿を見ている横島にタマモとシロが近づいた。

 

「せんせー、大丈夫でござるか?」

 

「あの子達泳げるの?」

 

泳げるかどうか分からないと心配しているタマモとシロに横島は大丈夫と言って笑った。

 

「子供用のライフジャケットを買おうと思う。浮き輪で駄目そうならライフジャケットを着てもらえば良いと思う」

 

【なるほど、沈まないように服で対処するわけか】

 

【では色とかも選んだ方が良いですね】

 

ライフジャケットを念の為に買っておこうと話をする横島達の足元にずざああっと音を立てて何かが滑り込んでくる。

 

「【【うおッ!?】】」

 

その突然の事に横島達達は驚きの声を上げ、足元を見つめる。ピンク色の着物姿でぴくぴくと痙攣しているのは紛れも無く

 

「沖田ちゃん!?大丈夫!?」

 

【げふう……不覚、横島君の姿を見て全力疾走をしたらコフってしまいまして……げふ】

 

「だ、大丈夫か!?」

 

【本当このポンコツ駄目すぎるじゃろ】

 

血を吐いている沖田を抱き起こしおろおろしている横島に対して、常にこふっているか変態発言をしている沖田に対するノッブ達の視線は冷ややかなものであったりする。

 

「……浮き輪は買ったぞ、次は水着……なんだ、沖田までいるじゃないか」

 

【水着。横島君、海に行くんですか?いいなーいいなー私も行きたいなー】

 

「え?じゃあ沖田ちゃんも来る?」

 

【良いんですか、やったーッ!沖田さんも行……げふう……】

 

「沖田ちゃーん!?」

 

シロ達が止める間もなく横島が来ると尋ね、沖田は迷う事無く行くと即答し琉璃達の知らない所で新しい参加者が1人加わっているのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

六道の臨海学校のスペシャルアドバイザーとして同行すると言う事は霊能者としての仕事と同意儀ではあるが、正直に言えば六道の臨海学校の除霊実習で出現する妖怪の多くは船幽霊や源平合戦に関係した立地と言う事で武者の幽霊なども出没するが決して難易度の高い除霊ではない。仮に難易度が高く高レベルの悪霊が出現するような立地ならば六道と言えど除霊実習の場所に選ぶわけが無く、スペシャルアドバイザーと呼ばれてこそいるが、基本的には除霊の見本などをするのが仕事であり、その後は自由時間と言っても良い。

 

「くえす、それに柩も、もう少し仕事に真面目になりません?」

 

「失礼な、私はとても真面目ですわよ」

 

めぐみが真面目に問いいますが私と柩はこれ以上に無いほどに真面目だ。これ以上無いって程に真剣に水着のカタログを見ているだけだ。

 

「これなんかどうでしょうかね?」

 

私の好きな黒のビキニ、少々攻めすぎなデザインなようなきもしますが……見た目とデザイン的に1番心を魅かれたのはこれだ。

 

「くひ、どうだろうねえ、彼は初心だし……でもビキニ路線はありだと思うよね。でもこれだけだと僕は不味いと思うなあ」

 

「それはまた何故ですの?」

 

自分の容姿は十分に理解しているつもりだ。それを生かすのにビキニという路線は決して間違ってない筈だが……何故不味いというのか?と柩に尋ねる。

 

「ほら、ミィって言う人造神魔が横島の家にいるけど、ビキニに透明スカートみたいな感じで横島に女の子がそんな格好しちゃいけませんって良く叱られてるそうじゃないか」

 

屋敷で保護した人造神魔か……紫の妹に当るらしいがサキュバスが混じっているのでどうも言動が蠱惑的で、幼い容姿とのギャップでヒトを魅了するに長けているように私も感じていた。

 

「それから分かるように横島は基本的に初心で純情だから余り下品な物は良くないと思うから……くひ、これに合わせてパレオが良いと思うな」

 

「パレオ、なるほどそういうのもありですわね」

 

清楚さも加えることで横島を魅了する可能性を高めるというのは結構良い方向性だと思う。となると同じ黒系統か、反対色で白系統のパレオが良いかもしれない……横島は当然チビッ子軍団も連れてくるはずなので……それを考えるとと水着のカタログのページを捲り、似たようなデザインのビキニだが、少しばかり布の面積が増えている物の方が良いだろうかと頭を悩ませる。

 

「どこが真面目なんですか……」

 

めぐみが頭を抱えているが私は極めて真面目にどうやって横島を誘惑するかを考えているだけだ。海は開放的になるものだから、距離感をつめるのに最適な場所だ。除霊という仕事があったとしても、間違いなく距離をつめるのに最適な場所と言えるだろう。

 

「はぁー……頭の中までお花畑ですか?」

 

「別にそこまで難しい除霊ではないでしょう?あくまで六道の生徒の除霊の監修ですし」

 

私達が除霊してしまったら何の意味も無いので、六道持ちで旅行にいけると考えても良いはずだ。

 

「そうそう、そこまで……」

 

六道から回って来た旅の栞に目を通してた柩が急に動きを止めた。

 

「どうしましたの?」

 

「……悪魔がいる。僕はあの悪魔を許さない」

 

「どうしましたの?」

 

急に柩が真面目な顔になったので私も栞を確認すると机妖怪愛子の名前が書かれていた。

 

「愛子がどうしましたの?」

 

詳しくは知らないがアルテミスの巫女で机の九十九妖怪と聞いているが、対して強い妖怪ではない筈だ。

 

「あいつの机の中に飲み込まれるとね、洗脳されるんだよ……訳の分からない属性を付与されて大惨事になるのさ……横島をお兄ちゃんとか呼んで、甘えていた僕を思い出すと死にたくなるよ」

 

「「……ええ……」」

 

思わずめぐみと困惑した声を出してしまったが、常時キチガイの柩が横島をお兄ちゃんと呼んで甘えている……その光景を見るとドン引きしてしまう自分がいる。

 

「笑ってるけどなあ!お前達も飲み込まれたらなんか訳の分からない属性を付与されるからな!自分の性癖が表に出される地獄だぞ!」

 

性癖が暴露される地獄と聞いて水着のカタログを見ていた手がぴたりと止まった。

 

「……」

 

「くえす、くえす?なんで止まっているんですか?」

 

性癖が暴露される……私の性癖、私の性癖って……なんですの?そもそも横島に出会うまで考えたことも無かったわけで……全然思い当たる節がないが、柩の脅えようを見ていると自分の知らない何かが表に引きずり出されるかもしれないと思うとかなり怖かった。

 

「今の内に処理できないですかね」

 

「……アルテミスの巫女になってるから無理だよ……」

 

「何で除霊する方向になってるんです!?」

 

めぐみが叫び声を上げるがもしも、もしもだ。横島にドン引きされるような何かが出てしまうと恐ろしくなってくる。だけど良く考えると横島の同級生であるという事を考えると私達の仕業とバレるとそっちでも詰んでしまう。

 

「……記憶を消す薬を作りません?」

 

「お金は僕が出しても良いよ」

 

「なんで今度は記憶を消す方向になってるんです!?と言うか何を作るつもりなんですか!?」

 

自分達の黒歴史を作る存在を消せないのならば、出来てしまった黒歴史を消し去るのが1番の正解だという結論を出した私と柩に悲鳴を上げるめぐみに私と柩の視線が向けられる。

 

「意中の相手に猫耳とか付けさせられてにゃんにゃん言って甘えてる自分を見られたらどう思いますの」

 

「……普段表情死んでるのにお兄ちゃんお兄ちゃんって言って甘えてる自分を見られたたどうするんだい?」

 

動物なら横島が可愛がってくれるのでは?と考えた事があるので恐らく私が愛子に暴かれる性癖はそっちだと思う、と言うかそれであって欲しいと願っているとも言えるんですが……私と柩にそう問いかけられためぐみは無言で立ち上がり、机の上に鍋をおいた。

 

「何をしてるんです!早く薬の準備をしましょう!」

 

やっぱり自分も性癖を暴露される危険性に気付いて焦ってるじゃないかと思いながら、私達は最悪の状況に備えて記憶を消す薬の準備を始めるのだった……。

 

「水鉄砲……んー」

 

「みむう♪」

 

「チビはボールが良いか、じゃあボールを買うか」

 

「みみー♪」

 

【ノーブー】

 

「チビノブは……何それ?」

 

【ノブ?】

 

「あ、自分も分からないから面白そうって所か、じゃあそれも買ってみるか」

 

くえす達が自分達の黒歴史を消し去る薬を練成している間、横島は紫達が遊ぶようにスコップや水鉄砲を選んでいるが、その場所に紫達がいないのは勿論言うまでも無く……。

 

「……私はこれにしますの」

 

「……止めろマセガキ」

 

「……貴方も似たような物だと思いますの」

 

「あ、これ可愛いなあ」

 

【私もそう思います】

 

きゃっきゃわいわいと水着を選んでいる紫達の輪の中に入るのは流石のマナー違反だろうと言う事で、遊び道具を選びに横島は逃げていた。

 

【沖田さんはこれが良いですね】

 

【白とか無いじゃろ】

 

【白は透けますからね、ただの助兵衛ですね】

 

【ち、違いますからね!?沖田さんはそんなことを考えて選んでませんからねぇ!】

 

【【ええ~ほんとでござるかあ?】】

 

白ビキニを選び助兵衛とノッブと牛若丸に弄られている沖田と非常に姦しい中、タマモはパーカーやサングラス、麦藁帽子などを選んでいた。

 

「タマモは水着を選ばないでござるか?」

 

「尻尾がごわごわするから嫌なのよ。あと私はあんまり泳ぐの好きじゃないし」

 

「ふーん、そうでござるか」

 

タマモの返事に納得していない様子だったが、シロは深く追求せず自分の水着選びに戻り、タマモはそっと自分の胸に手を当てて、後2年かなあと自分の霊力の戻り具合と神通力の戻り具合を確認し、傾国乙女と言われた自分に戻るまでに勝負がつきませんようにと小さな声で呟いているのだった……。

 

 

 

 

~雪之丞視点~

 

ママお師匠様に六道から入った依頼――臨海学校への付き添いと言うのは正直乗り気しない物だった。

 

「なークシナ、本当に行かなきゃ駄目か?」

 

「駄目よ、報酬も先払いで入って、それで支払いを済ませているんだから、それより早く陰念と雪之丞も支度を済ませなさい」

 

荷造りしているクシナに駄目元で聞いてみたがやっぱり駄目か……。

 

「金を先に振り込んで逃げ道を断ってるんだ、諦めるんだな。俺はもうとっくに諦めてる」

 

「先輩、そんなに嫌がることはないんじゃないですか?ただ旅行出来るようなものじゃないですか」

 

今回呼ばれているのは俺と陰念とクシナの3人で、確かに向こう持ちで旅行に行けると前向きに受け取る事も出来る。

 

「確かにな普通なら俺だってそう考えるさ、だけどよ。六道って女子高だぜ?しかもあれだ。横島の事を好きな連中ばっかりの海だぞ?地獄以外の何物でもないぞ?」

 

俺の言葉に修二はアハハッと乾いた笑い声を上げるが、実際に海に行く俺達にとっては笑い話ではない。

 

「……しょうがねえよ、まぁあれだ、臨海学校で活躍すれば出会いの1つや2つあるだろ」

 

「俺はママに似ている女じゃないと嫌だ」

 

「そのマザコンいい加減にしとけ」

 

「そうねえ。それさえなければ雪之丞は割りとモテると思うんだけどねぇ」

 

呆れた様子の陰念と頬に手を当てて溜め息を吐いているクシナに余計なお世話だと吐き捨てる。

 

「おーう、準備は出来たか?」

 

メドーサが扉を開けてずかずかと入ってきて準備は終わったか?と尋ね、まだ荷造りしている俺達を見て深い溜め息を吐いた。

 

「乗り気じゃない仕事なのは分かるが白竜寺の為だ。ちゃんと仕事をして来な」

 

「分かってますよ。ただあれみたいで、ほら横島君と一緒だから」

 

「自分がモテないからって相手を僻んでるんじゃないよ、そんな暇があったら自分を磨きな」

 

本当にぐうの音もでねえよ……余りにもその通り過ぎるので反論も出来ずに荷物を多少乱雑だが詰め込んでいるとクシナとメドーサの会話が聞こえて来る。

 

「メドーサ様は来られないのですか?」

 

「一応は顔は出す予定だけど最初からは付き添えないね。ちょいと問題が増えちまって」

 

問題が増えたと聞いて強烈に嫌な予感がした。虫の知らせって奴かもしれない……聞きたくないと思いながらも聞かないといけない奴だ。

 

「何があったんだ?」

 

「天狗の長の娘と魔界の重鎮の娘、それと天狗の所から鬼一法眼が来る」

 

「「また横島かッ!!!」」

 

地獄のような追加メンバーと娘という言葉に俺と陰念は思わず声を揃えてまた横島かと叫んでしまうのだった……。

 

「……また横島さんですか」

 

「まぁ仕方あるまい、あの男は人外に愛される宿命があるような男だ」

 

「お父様、それは正直どうなんですか?」

 

一方ピート達もブラドー伯爵と唐巣神父に追加メンバーを聞いて遠い目をしてしまう。

 

「神魔が多く人間界にいたときはそういうことは良くあったんだよ、横島君はちょっと凄すぎるけど」

 

「ちょっとではないと思うんですが……?」

 

横島の人外の愛され具合はちょっとどころじゃないとピートが指摘すると唐巣も苦笑するあたり唐巣自身もそう思っているようだ。

 

「とりあえず大きな問題はないと思うから頑張って欲しい。臨海学校自身は特別に講師も来てくれるからピート君もシルフィー君もいい勉強になると思うよ」

 

「違う学問を学んできた者と共に学ぶのも良い勉強になる。励んで来るが良い」

 

いい勉強をしておいでと言うブラドーと唐巣にピートとシルフィーは明るい返事を返す。臨海学校はいままで学んできた物を試すのは勿論、除霊の中で更なる発展を望めると言う事で誰もが気合を入れて参加の準備を進めていた。

 

 

「どうしますか?六道に今回の臨海学校は見送ってもらうように連絡しますか?」

 

「馬鹿を言え、馬鹿を、見送らせては六道からの謝礼金も貰えん、このまま続行だ」

 

「しかし……源氏の亡霊武者がこれほど出現するのはいまだかつて無いですよ?」

 

「数が多かろうと普段除霊されている者だ、心配することはない。良いか、余計な真似をするなよ」

 

六道と提携している現地の霊能者は止めるべきだと進言するが毎年六女が臨海学校と除霊実習をすることで莫大な富を得ている地元の地主は現地の霊能者に余計な事を言うなと釘を刺し会議室を出て行き、残された現地の霊能者は監視されているので電話などで連絡を取る事が出来ずどうしたものかと頭を抱えながら余計な事は言うなと言わんばかりに威圧を掛けてくる黒服に囲まれながらその場を後にするのだった……。

 

 

 

リポート11 臨海学校・序 その3へ続く

 

 




海という事できゃっきゃうふふと言うフラグも用意しておりますが、今回は長編リポートなのでシリアスも入ってくるので不穏なフラグもばっちり完備しております。次回はアリスちゃんや愛子、ドクターカオスの話を入れて海へ出発して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

 

リポート11 臨海学校・序 その3

 

~愛子視点~

 

久しぶりに学校に来た横島君だけど、制服ではなく私服ですぐにまた戻らないといけないと言うので残念に思っていると横島君が私にしおりを差し出してちょっと散歩に行かないっていう軽いノリで声を掛けてきた。

 

「というわけで、愛子もアルバイトしない?」

 

「……ごめん、どういうこと?」

 

しおりの中身も見てないし、アルバイトと言うと霊能関係だと思うけど余りにも説明不足なのでどういう事なのかと尋ねる。

 

「六道の除霊実習があるんだ。俺とかピートとかも助手で呼ばれてる」

 

「うんうん」

 

霊能者だからそういう事に呼ばれるのは私も判る。だけどだからこそ分からないのだ、何故私にまで声が掛かるのかと……。

 

「んでちょっと六道の教師の方でトラブルがあって、授業が滞ってるらしい。それで愛子に霊具を運んで貰いながら机の中の空間で簡単な

除霊の訓練をさせて欲しいって頼んで欲しいって言われてるんだけど、無理なら断ってくれても良いぞ?」

 

「う、うーん……別に無理じゃないと思うんだけど……アルテミス様、そこのところはどうですか?」

 

教室の上の方に浮きながらファッション雑誌を見ている女神であるアルテミス様に尋ねてみる。

 

「んー?愛子ちゃんの机の中は異界になってるから全然大丈夫よ?そうね~入れる前にしっかりとイメージをしておけば大丈夫よ!所でダーリン、この水着どうかなー?」

 

「いいん……「見ないで適当に言うのは止めてよね!」ふぎゃあッ!!で、出る!な、中身が出るッ!!!というか俺らいけないじゃん!?何で水着いるんだよ」

 

「なんでダーリンは女心がわかんないのッ!!」

 

「み、みぎゃああああ……」

 

オリオンがぎゅっと握り締められて中身が出ると叫んでいるのはいつもの事なので、誰も気に止めない。何時もとおりの痴話喧嘩くらいに皆が受け入れている。

 

「でも私はあんまり運動とか得意じゃないし、そういう場所って山奥とかでしょ?私足手纏いに……「海だってさ、小間波海岸って所の高級ホテルが合宿地で料金も全部六道持ち」行くわッ!!」

 

合宿地を聞けば雑誌やテレビで紹介されるほどのホテルと海、しかも六道の貸切となればナンパとかもないだろうし、なによりも海ならば少しは横島君を落せるチャンスを得れるかもしれない。

 

「お、おお。じゃあ美神さんにOKって伝えても良いんだな?」

 

「うん。大丈夫」

 

滅多に学校に来ない横島君との距離を詰めるには好機を逃してはいけない。霊能関係で、しかも六女の合宿の付き添いだとしてもこのチャンスは確実に掴む。次の用事があるからと教室を出て行く横島君を見送った後にグッとガッツポーズを取ったのだが……。

 

「「「お馬鹿ッ!!!」」」

 

「あいたぁッ!!!」

 

後から頭を引っぱたかれて素っ頓狂な声が出る。

 

「何するの!?」

 

「何するのじゃないわよ!良い、考えて見なさい。横島が行くって事は間違いなく他の人も沢山来るのよ?」

 

「前にチラっと見ただけだと、くえすとかいう怖い人とか、蛍さんとか」

 

「横島を好きな人は沢山いるのッ!海をチャンスって思ってるのは愛子だけじゃないわよ!」

 

そう言われてハッとなったけど気付くのがあまりにも遅すぎたッ!だけどOKしちゃったし、もう横島君は行っちゃってるし……。

 

「ど、どどどど、どうすれば!?」

 

「まずは作戦会議よ。明後日だから時間はあんまりないけどやれるだけの事をしましょう」

 

「応援してるから頑張って」

 

今の横島君は結構女子に人気がある。助兵衛で無くなり、温厚で面倒見がいい本来の面が表に出て来てるからだ。だけど霊能者である横島君に霊能のない人間では付いていけないし、邪魔になるという事で身を引いている人は多いが……こうして助けてくれることには感謝しかない。

 

「何をすれば」

 

「まずは化粧、それと服と水着!胸の戦闘力で負けてるから別の部分で攻めるわ」

 

「「「ぐふう……」」」

 

胸の戦闘力で負けているの言葉に私含めて複数の女性とが胸を抑えて蹲った。決して、決して小さいわけではない……だけど横島君の周りの人の戦闘力が異常なだけで……私は決して貧乳ではないと言いたい。

 

「じゃあどんな方向性で行くの」

 

「清楚で行きましょう、愛子のイメージは絶対にそっちだわ」

 

「確かに、古き良き大和撫子で勝負ね」

 

不安はあると言うか不安しかないけれど、私だけでは前と同じで行き遅れで終わりかねないので皆の力を借りたいと思う。

 

「問題は愛子がへたれてるところよ」

 

「そうね、蛍さんと同じでへたれてるわよね」

 

「ヘタレすぎるからなあ……」

 

ただへタレを連呼されてメンタルはとっくの昔に死んでいて、私は机の上に突っ伏して動く気力を完全に失っていたりする……。

 

 

 

その日の夜、横島の学校にルイ、ネロ、カーマの3人が侵入する。

 

「あの本気でやるんですか?」

 

「当たり前じゃないか、その為に準備したのだからね」

 

「面白くしてくれ、愛の女神」

 

ネロとルイのにやにやした顔にカーマはどうにでもなれと言わんばかりの捨て鉢的な表情を浮かべ、さとうきびの弓を番えそれを愛子の本体である机に向かって打ち出し、その矢は溶けるように机の中へと消えた。

 

 

 

 

 

~ドクターカオス視点~

 

六道からの除霊実習の助っ人に来てくれないかという連絡はワシの元にも来ていた。確かに宿泊料免除や、助っ人料は中々に高待遇だったが、ワシは参加することを見送る事にした。

 

「ドクターカオス。本当に1人で大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃ、マリア。心配することはない」

 

だが完全に参加しないと言うのも六道にも、神代琉璃にも悪いと思いマリアとテレサの2人は参加させるといったのだが……マリアは酷く心配そうだ。

 

「六道の生徒が除霊をする所じゃからそこまで難しい仕事ではない。偶に息抜きのつもりで行って来い」

 

「ですが……」

 

ワシを残しておく事がよほど心配なのか渋るマリアに対して、テレサはルンルン気分で出掛ける準備をしている。姉妹だがやはり性格は大きく変わるなあと苦笑するとマリアは少しばかり顔をしかめた。

 

「ドクターカオス。心配しているのに笑うのは酷いです」

 

「悪い悪い、じゃが本当に大丈夫じゃ。それに合宿には小僧も来るんじゃ、ここで行かないでどうする」

 

ワシの言葉にマリアは耳をほんのりと紅くさせる。その仕草が愛らしくもあり、ワシのせいでこれ以上出遅らせるのは申し訳ないと思った。

 

「マリア姫の所にもいい加減顔を出さんといかん。暫くそっちに世話になるから心配はない」

 

何かと理由をつけてまだ日本に滞在しているマリア姫も何とかしなければならない。そこにマリアとテレサを連れてけば話が拗れるのは目に見ている、それを考えれば六女の助っ人依頼は好都合と言える。

 

「分かりました……ではその行って来ます」

 

「うむ、行って来い。テレサは行く気満々じゃが、いかんせん経験が少ない。ちゃんと見てやってくれ」

 

旅行に行く為に必要な物を買ってくると良いと紙幣を握らせ、マリアの背中を玄関へ押してやる。

 

「行った行った、ワシは心配ない、旅行に必要な物を買いにいっておいで」

 

玄関で姉さんまだーと声を掛けてくるテレサの声を聞いて、マリアもやっと歩き出し玄関の閉まる音を聞いた後にワシは目を細めた。

 

「……人造救世主……か。まだそんなことをやっておるんじゃな」

 

人造神魔の研究をしていた科学者達を雇っていた会社の多くが責任問題を追及され、それと繋がりを持ち神魔やGSを買っていた政治家達も一斉検挙されたのだが、どこから情報を掴んだのか冥華からの手紙にはかつて研究していた者としてどうだ?という一文があった。

 

「……最悪な流れじゃな」

 

人造救世主計画に携わったわけではない、確かにスカウトはされたが相手が人間では無い事を見抜き隙を見て逃げ出したという記録がこの世界のドクターカオスにはある。だがワシにはその記憶はない、過去が書き換えられたことで変わった歴史の1つだと思うが、これは禄でもない話だ。

 

「この世界のワシがマリアをアンドロイドに方針転換したのはここか」

 

人造人間――ホムンクルスを作れる錬金術師と知られると不味いと考えたのか、記憶を奪われたのか……気になる事は多数あるが、何よりもまず確認を取りたいのはそこではない。

 

「4大天使……か」

 

ラファエル、ウリエル、ガブリエル、そしてミカエル――数多いる天使の中で4大天使と言われ強大な存在であるが、アシュタロス事変の際に4大天使は降臨しなかったし、助太刀にも現れなかった。そしてこの世界では4大天使は離反し、別勢力を作り人造救世主計画を行なっていると聞く……。

 

「確かねばならんな」

 

マリア姫の事も気になるが前の世界の4大天使は何をしていたのか、そしてこの世界の4大天使の動向を神魔は掴んでいなかったのか……それとも知っていて見逃していたのか、それともガープ達の様に敗残兵だからと考えていたのか……疑惑は尽きないが早急に解決、いや問わねばならない事がある……それは神魔混成軍の中にスパイがいるのではないか?という疑惑だ。

 

「余りにも迅速すぎる」

 

前々から思っていたのだがガープの侵攻も、そしてあれだけの規模での霊能犯罪も余りにもスムーズすぎる。誰かが情報を流しているのではないか?もしくは神魔が指導している可能性がある。

 

「アシュタロスの奴にも確認を取っておくか……」

 

こちら側のスパイがガープ達の陣営に潜り込んでいると言う事がワシに余計にそう思わせる。前でさえギリギリの綱渡りだったというのに、それよりも悪化している現状を考えれば不確定要素は可能な限り排除しなければならない……。

 

「それがワシの最後の仕事じゃからな」

 

闇に踏み込み命を落とす事になったとしても……ワシはもう後悔も嘆くこともしないと心に決めているからこそ、ほんの少しの油断で命を失いかねない闇の中に足を踏み入れる覚悟を持ち行動に出る事が出来たのだった……。

 

「あのさ、あげはと蓮華も臨海学校で海に行かない?」

 

「横島も来るでちゅか!?」

 

「勿論」

 

「ならいくでちゅー!」

 

「あたしは止めとくかなあ」

 

「良いの?お金は気にしなくて良いのよ?」

 

あげはと蓮華も呼んでいいと美神に言われた蛍が海に誘ったのだが蓮華だけは行かないと返事を返し、気にしなくて良いのよ?という蛍の耳元に顔を寄せる。

 

(あたしまで居たら横島の目移りの先が増えるだろ?それより海に行くんだから少しは関係を進展させなよ?)

 

「……はひ」

 

いい加減に関係を発展させなと言われ、妹に気を使わせたことに気が付いた蛍は上擦った声で返事を返し、あげはは海が楽しみだとるんるん気分で鼻歌を歌っているのだった……。

 

 

 

~アリス視点~

 

クローゼットの中から沢山の鞄を取り出して床の上に広げる。アリスが使うには少し小さい鞄もあるけど、今回はこういう小さい鞄も必要なんだ。

 

「はい、これ」

 

「ふかッ!!」

 

紫がお兄ちゃんと海に旅行にいけるのでおいでよと言うので、黒おじさんと赤おじさんに頼んだらすぐOKが出た。アリスが行くと言う事は皆も付いてくる訳で、この玩具みたいな鞄も凄く役に立つと思う。

 

「よーぎ、よぎ」

 

「キッバー、キバキバー♪」

 

「くあああああ♪」

 

手が使える魔獣はアリスが渡した鞄の中に木の実や、お兄ちゃんにプレゼントするのだと集めた地中に埋まっていた宝石などを座って楽しそうに鞄の中に詰めている。

 

「はい、チルノ」

 

「ありがとう!!」

 

他の皆にも一応声を掛けたんだけど、やっぱり中々許可が降りない子が多くてチルノだけがアリスと一緒に人間界に行くことになったんだ。

 

「人間界の海はこっちの海と違うのかな?」

 

「なんか暑いって言ってたよ」

 

「む、むー暑いのか……でもあたいも横島の所に行きたいし……」

 

「大丈夫だよ。多分マグマ見たいに熱い所はないよ」

 

魔界みたいに金属が溶けるほどの場所はないと思うからチルノでも大丈夫だと思う。

 

「そうだよな、えっとタオルと、着替えと……水着と麦藁帽子」

 

「後ボールと水鉄砲もー」

 

「遊ぶもの沢山持って行かないとな!!」

 

黒おじさんと赤おじさんが沢山用意してくれている遊び道具をぎゅうぎゅうに鞄に詰め込んで鍵をかける。

 

「準備OKだね!」

 

「うん!後はブリュンヒルデお姉ちゃんが迎えに来るのを待つだけだね!」

 

紫は偶に魔界に顔を見せてくれるけど、お兄ちゃんを連れてくるのは難しいって言ってたから凄く残念に思っていたけど、アリス達からお兄ちゃんの所に行くなら何の問題もない筈だ。

 

「こんにちわ」

 

そんなことを考えていると空中に障子っていう奴が浮かんでそこから紫がひょこっと顔を出した。

 

「あ、紫だ。迎えに着たのか?」

 

「違いますわよ。準備が出来ているか様子を見に来たのです、どうですか?準備は出来てますか?」

 

「出来てるよー!」

 

アリスの言葉にお兄ちゃんに懐いて付いて来た魔獣達も元気良く鳴いて返事を返した。

 

「それなら良いですわね。アリスとチルノ、今回の旅行は天界から天竜姫と天狗の天魔も来ますから仲良くしてくださいね、喧嘩するとお

兄様が悲しみますから」

 

「大丈夫だよ!お兄ちゃんが大好きな子なら仲良く出来るもん」

 

「あたいも!」

 

態々魔界に注意しに来るなんて紫は心配性だなあと思っていると、紫が何時の間にか手にしていた扇子を音を立てて閉じた。

 

「あれ?そんなの持ってた?」

 

「今日買って貰いましたの、似合いますか?」

 

「えーずるーいッ!!!」

 

「ずるいぞーッ!!!」

 

似合っているけどお兄ちゃんからのプレゼントでずるいと声を上げると紫は口を扇子で隠して楽しそうに笑った。

 

「私ずるいですからお兄様のプレゼントを持って帰ってしまいそう」

 

「似合うよ!凄く似合うよッ!!!」

 

「紫って感じがする!!」

 

明らかにプレゼントのラッピングされた物を隠そうとする紫に慌てて言うと紫はころころと楽しそうに笑った。

 

「冗談ですわよ。はい、どうぞ。お兄様からのプレゼントの帽子ですわ」

 

「ふおおお……」

 

「おおお……」

 

アリスには白い帽子で赤いリボンが巻かれていて、チルノには青で白のリボンが巻かれていた。アリスが好きそうなデザインでお兄ちゃんがアリスの事を良く考えてくれているのが判って凄く嬉しくなった。

 

「そうそう、お兄様に魔獣のお世話が出来る空間を作るという計画ですが、天竜姫達も揃うのでここで1回しっかりと話し合おうと思うのですが良いですか?お兄様に内緒で」

 

「アリスは良いよー」

 

「なに?なにするんだ?」

 

「ふふー、私達が揃えば異界を作る事は出来る筈ですわ!」

 

「そこにねー、お家とか森とか川を作ってね、皆の遊び場を作るんだ!」

 

「それ面白そうだ!あたいもあたいも混ぜて!!」

 

チルノも加わってくれるなら面白い事が出来ると思う。お兄ちゃんも家が広ければ皆の面倒を見れると言ってたからきっと喜んでくれると思い、アリス達はひそひそとお兄ちゃんにプレゼントする異界の相談を始めるのだった……。

 

 

魔界でアリス達が悪巧み(?)をしている頃、横島はデジャブーランドに訪れていた。その理由は実験動物として捕獲されていたグレムリンの幼生の受け渡しだった。

 

「えっと1週間様子見で、もし駄目そうならこっちでお預かりします」

 

「横島GS、大丈夫だよ。デジャブーランドのスタッフは精鋭揃いさ!」

 

自信満々のオーナーの言う通り蛍達に一切懐かなかったグレムリンの幼生達は思い思いのスタッフの元へ向かっている。

 

「みー」

 

「可愛い!!」

 

「みむうー」

 

「おお……懐いてくれたのか」

 

横島は何匹か残ると思っていたのだが、連れて来たグレムリン18匹は皆自分の主人候補を見つけていた。

 

「驚いているようですね」

 

【ああ、私も横島も驚いている。一応ここに来る前に六女にも顔を出したんだが殆ど駄目だった】

 

「2匹だけだったからなんでって思ってはいます」

 

使い魔学科の生徒と顔合わせもさせたのだが、懐いたのはたったの2匹でグレムリンの育成の難しさを横島達は改めて実感していた中、スタッフ1人に対して2匹や3匹懐いているのを見れば驚きを隠せないのは当然の事だ。

 

「デジャブーランドのスタッフの多くは子供の時に妖怪と触れ合っていた者が多いのです。だから妖怪や悪魔に偏見がないですし、神社などの次男や三男などもいましてね、普通の人間よりも妖怪に懐かれやすいのですよ」

 

流石に横島GSほどではないですがと苦笑するオーナーだが、横島の懐かれやすさが異常なだけなのでデジャブーランドのスタッフも妖使い基準で考えれば十分に天才の部類である。

 

「ではグレムリンの育て方の講義をお願いします」

 

臨海学校には流石に連れて行けないので短時間だけ預かって貰うつもりだった横島だったが、グレムリンが懐いていることに安堵し自分がチビを世話している時の話や、餌として好む果物、それと好んで遊ぶ玩具などを時間が許す限り伝えデジャブーランドを後にする。

 

「明日から臨海学校かー、正直俺が行ってなんか役に立つかね?」

 

【そう卑下することもない、それに毎年六道が除霊実習をしてるんだ。そう難しく思う必要もないさ、息抜きの旅行程度に思えばいいと言っただろう?】

 

「まあそうなんだけどさ、なーんかなあ……引っかかるんだよなあ。うーん……」

 

【そう悩んでいると魔界から来たアリス達も不安に思うぞ?余り楽観視も良くないが悩みすぎるのも良くないぞ】

 

根拠はないのだが胸がざわめくのを感じる横島だったが、心眼の言葉にそうかと呟いて旅行の準備をする為に家へと足を向ける。

だが横島が感じたざわめきは決して間違いではない、美神や琉璃達の占いや事前調査で怪しくはあるが例年通りという結果が出たように、他の霊能者達も不安は感じていたが、概ね例年通りだろうと考えていた、では横島が感じたざわめきはなんなのか?それは横島だけが感じれる一種のシンパシーに等しいものであった。

 

【……憎い……にくいニクイ……】

 

鎧甲冑がガチャガチャと音を立て、水滴のような物がたれる音が闇夜の中に響き渡る。しかし鎧武者から滴る音は水などではなく、鎧武者の手が無造作に握っている生首から流れ落ちる血液の音であり、この鎧武者が毎年小間波海岸に現れる亡霊とは一線を隔した力を秘めた者である証なのであった……。

 

 

 

リポート11 臨海学校・序 その4へ続く

 

 




不穏なフラグを2つ用意してみました。やっぱりこういうのは大事ですね、臨海学校は序(ほのぼの系)破(ヒロインズのメンタル破壊を含むギャグ)急(デスエンカ)でお送りします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート11 臨海学校・序 その4

 

~美神視点~

 

ついに来た六道の臨海学校への出発の日――だが点呼の段階でもうお腹が痛くなってきた。

 

「横島ー!あたいが来たぞーッ!!!」

 

「チルノちゃんは何時も元気だなあー」

 

青いワンピースに青い帽子、そして氷の結晶を翼のようにしている幼女が勢い良く横島君に飛びつき、それを受け止めた横島君はそのままの勢いでくるくると回転しているが、その動きでとんでもない冷気を撒き散らしているのはどういうことなのか知りたい。

 

「……横島、凄く寒いんだけど……そのチルノちゃんのせいなの?」

 

「へっくちッ!!」

 

蛍ちゃんが寒いと口にし、蛍ちゃんに連れてきても良いわよと言っていたあげはちゃんがくしゃみをし、周りからもくしゃみの音が響く、夏で陽射しがきついのにここだけ冬のように冷え込んでいる。

 

「サイキョーの妖精なんだぞ!」

 

「チルノちゃんは最強なんだけど冷気をコントロール出来ないんだ」

 

……おかしいわね、私の知ってる妖精はもっと弱い筈なんだけど……夏の暑さを消し飛ばすほどの冷気を持つ妖精なんて初めて見る。

 

「お兄ちゃーんッ!!」

 

「っとと、アリスちゃんも元気そうだね」

 

「うん!私は元気だよ!!」

 

横島君に駆け寄ってにぱっと笑ったアリスちゃんだけど、横島君が抱っこしてるチルノちゃんを見て頬を膨らませた。

 

「チルノ!荷物を持って行かないで走って行ったら駄目でしょー!!」

 

「いひゃいひゃいッ!!!」

 

アリスちゃんに頬を引っ張られて痛いと呻いているチルノちゃんだけど、アリスちゃんが2個鞄を持って来たことを考えれば怒るのは当然だ。

 

「……この段階で凄い個性的なことになりましたね」

 

「言葉を濁さなくて良いわ。大惨事一歩手前よ」

 

最強の妖精のチルノちゃんにネクロマンサーのアリスちゃんだけでも手を持て余す案件だが……これだけで終わりではないのだ。

 

「フッカー!」

 

「ヨーギ!!」

 

てちてちと奇妙な足音を立てて魔界のマスコット軍団もやってきた。横島君にめちゃめちゃ懐いているのでひどく愛らしいが、これが別の人間が触ろうとすれば一気に攻撃性を見せるので対応は慎重になる必要がある。

 

「みむ!!」

 

「モノー!!」

 

【ノノーブ!】

 

【ノッブブー】

 

……ただ慎重になってもどうにもならない事は沢山あると思う。今横島君の回りを踊っているマスコット軍団なのだが、その中に1匹見覚えがあると言うか、人間界にいる普通の動物にしか見えない魔獣が居た。

 

「クア?」

 

と言うかどこからどう見てもペンギンだった。よちよちと歩いているがやはり見た目通りかなり遅い動きだ。

 

「ぺ、ペンギンさんでちゅ……」

 

「くあー?」

 

「か、可愛いでちゅ」

 

あげはちゃんが酷くペンギンを気に入ったのかぎゅっと抱き締め、危ないと一瞬思ったのだがペンギンは大人しくあげはちゃんに抱かれていた。

 

「魔界にもペンギンがいるのね」

 

「あ、違うんですよ、あのペンギン。リヴァイヤサンだそうです」

 

「「はい?」」

 

リヴァイヤサンと言えば水龍だが、どうしてそれとペンギンが繋がるのかと思わず首を傾げる。

 

「なんか水を操って龍に擬態するらしくて、海だから連れてきましたけど大丈夫ですよね?」

 

それは私の方が聞きたいんだけど……これ本当に大丈夫かなと不安を抱き、ふと後を振り返る。

 

「あらあらあら~ふふ、琉璃ちゃんは大変ね~」

 

「……ソウデスネ」

 

琉璃に丸投げをすることを決めた冥華おば様の言葉に死んだ目をしている琉璃に申し訳ない気持ちになったのだが、それも殆ど一瞬の事だった。空から龍が引いている牛車と天狗が駕籠を担いで舞い降りてきた……さすがの六女の生徒もこれには困惑を隠しきれない表情を浮かべている。

 

「今ここにガープが攻め込んで来たら全面戦争ですわね」

 

「やめて、お願いだから不吉なことを言うのをやめて……」

 

くえすが言うと冗談に聞こえないし、本当に起きてしまいそうなのでそういう不吉な事は言わないで欲しい。

 

「今日はご招待をしていただきありがとうございます」

 

「うきゅー」

 

「がうッ!!」

 

「……」

 

天竜姫とモグラちゃんとクマゴロー、そしてハイライトがOFFになった小竜姫様が牛車から出てきて、それに続くように駕籠が開いた。

 

「かんらからから!思いっきり楽しむとしようかの天魔」

 

「はい、そうしましょう」

 

やんごとなき雰囲気の幼女2人が合流し、ざわめきが少しずつ静まり返っていく……見た目は幼女だが纏う雰囲気が只者ではないのが分かるのだろう。そして鬼一法眼は言わずもがな只者ではないと一目で判る。

 

「てんりゅー、てんまー」

 

「わーい! あえて嬉しいでちゅー♪」

 

「紫ー! それにあげはも」

 

「来ました!」

 

イエーイとハイタッチするロリっ子チーム。見た目は微笑ましいが、1人だけでも六女の生徒を圧倒出来ると言う事を忘れてはいけない。

 

「アリスとチルノと後ミィだよ」

 

「アリスだよ!!」

 

「あたいはチルノー」

 

「……ミィですの」

 

天竜姫と天魔が初見のアリスちゃん達を紫ちゃんが紹介している後ろでは、籠に入っているガルーダの雛を横島君が鬼一法眼に渡していた。

 

「じゃあ、鬼一さん。よろしくお願いします」

 

「うむ、任された。これを幻魔の所へしっかりと連れて行けよ」

 

「「はっ!!!」」

 

2人の天狗が鬼一法眼に渡されたガルーダを丁寧に受け取り、籠の中に乗せてゆっくりと舞い上がっていく姿を心配そうに見送る横島君を見つめていると今にも死にそうな呼吸音が聞こえてきて振り返ったらジークが死にそうな顔をして大量の荷物を運んでいた。

 

「ネビロス様達からのお守りです。これを準備しておけばガープ達も追いそれと手を出せないと思います」

 

ブリュンヒルデの説明はとてもありがたいが、ジーク1人で運べる量じゃないって言うのはきっと触れてはいけない部分なのだと思う。

 

「ふふ、とても楽しみですわね」

 

「あれ!?清姫ちゃん」

 

「はい、貴方の清姫ですわ!天竜姫が心配なので着いてきたのです」

 

……あれ、なんで清姫まで……天竜姫が心配って言ってるけど、正直どの口が言ってる?って言うレベルだ……そんな事を考えながら目が死んでいる小竜姫様に視線を向けると小竜姫様は死んだ目のまま微笑んだ。

 

「……止めれると思います?」」

 

「「「無理」」」

 

「それが答えですよ……ふふ……」

 

胃が痛むのだろう腹に手を当てている小竜姫様は悲壮感しか感じなかった。

 

「美神さん。私海だから少しは横島と進展あるかなって思ってたりしたんですよ」

 

「私もそんなことを考えてましたわね……」

 

意中の相手と海となれば関係の進展を望むのはわかる。まぁ確かに臨海学校で、仕事も兼ねているから何をちゃらちゃらしてるって言わざるを得ないけど、気持ちは分かる。気持ちは分かるけど……。

 

「進展はあり得ないわね」

 

「ですよねー……」

 

「そうですわよね……」

 

口から魂が出そうな表情で深い溜め息を吐いている蛍ちゃんとくえすの視線の先には完全保父さんモードがONになっている横島君とその周りで踊っているチビ達の姿と、互いに自己紹介をしているロリっ子軍団の姿とどう考えても進展のなさそうな雰囲気になってしまっているのだった……。

 

 

 

 

~タマモ視点~

 

チルノという妖精は横島の話で聞いていたが、聞くのと見るのでは全然違っていた。掌に狐火を出して膝の上に乗せる、幻覚の炎だがしっかりと温かい。

 

「シロも欲しい?」

 

「ほ、欲しいでござるよお……」

 

「ん」

 

ノースリーブのシャツに短パンのシロに狐火を渡すと、蛍も視線を向けてくるのでこうなったらと全員に狐火を渡しながら私はチルノを観察していた。

 

「むむむ、むううう、むきいいいいい――ッ!!!」

 

「……チルノの負けですの」

 

【チルノは顔に出ちゃいますからねー】

 

ババ抜きで敗北したのか怒っているチルノの姿は紫達同様10歳前後の幼女だが、そうしているだけでも途方もない冷気が漏れている。

 

(コントロールできてないって言うのは本当みたいね)

 

妖精と言うのはその多くが自然現象の具現化だが、チルノはどうも通常の妖精とは比べ物にならないほどに強力な個体のようだ。龍神に天狗に鬼に妖怪とゾンビと人間より遥かに冷気への耐性が強いから普通に遊んでいるが、人間だったらそれこそ触れられただけで致命傷になりかねないだろう。

 

「そこの所どうなの?」

 

「……私の加護が発動している限り横島が冷気でダメージを負う事はない」

 

ふんすっと自信満々のシズクだが、まぁこれは私も同じで炎なら横島にダメージを負わせないようにする自信があるが……流石に今の中途半端な加護では不安が少し残るか……。

 

「お兄様も良い加減に参加してくださいな」

 

「そうだよ、お兄ちゃんも混じってよー」

 

「んーもうちょっと待って……良し出来た、チルノちゃんおいでおいで」

 

「なんだー!」

 

横島がチルノを手招きして呼んで首からペンダントを掛ける。あれって確かあれよね、心眼の提案で常に無色のシルバーアクセサリーを準備しておいて状況に応じて精霊を憑依させて守りを固めるだっけ?と心眼との話を思い出している中横島はペンダントトップを握り、片手で剣指を作る。

 

「氷精招来、チルノちゃんが普通に遊べますように」

 

ペンダントの飾りであるジルコニアの色が青く染まるとバスの中の冷気が緩まってきた。

 

「何をしたんだ?」

 

「ちょっとだけ冷気を俺の方でコントールしてみた、どう?天竜ちゃん達も大分寒くないんじゃない?」

 

横島の言う通り大分寒くないと言うか暑くなって来たわね。狐火を消すと先ほど身震いしたチルノの冷気はもう殆ど感じない。

 

「寒くないですね」

 

「ちょっと暑いですね……」

 

「でも夏は暑いものなので平気ですわ」

 

「吾も平気だな」

 

「アリスは良くわかんないや」

 

【私もですね】

 

冷気が緩まったと分かりチルノの顔が目に見えて明るくなった。

 

「あげはもトランプするぞー!」

 

「まざるでちゅー!!」

 

寒いからと言って離れていたあげはも寒く無くなったと言う事で、横島達の輪の中に加わる。

 

「これはずっとなのか!」

 

「ん?心眼どうなの?」

 

【即席だから長くは持たん、そうだな。今度はちゃんとして準備すれば長く冷気を抑制するのも作れるぞ】

 

「じゃあ作って!作って!!」

 

「あ、ずるい!アリスも欲しいー!!」

 

「わ、私も欲しいです」

 

「欲しい!!」

 

欲しい欲しいという声に横島は苦笑しながらも楽しそうだ。楽しそうな横島は見ていて私も楽しいのだが……。

 

【こうやって横島君本人の恋愛が遠のくんですかね?】

 

【確かにそうですよね、主殿はどうも自分よりも他人を優先しますからね】

 

【子供にじゃれつかれてる間は絶対自分の事は考えんぞ、難儀な男じゃなのー】

 

英霊3人の言う通り横島の悪癖と言うか、前もそうだけど横島は自分をあんまり優先しない性質だからなぁ……。

 

(もう少し勝負は考えないと駄目ね)

 

勝負所を間違えれば妹扱いで終わる……それを避ける為にはアプローチを掛ける場面を間違える訳には行かないわねと苦笑し、鞄から飴の袋を取り出す。

 

「舐める?」

 

「……うっぷ貰うでござる」

 

寒さが緩まり若干車酔いしているシロに飴を渡し、私も飴の封を切って飴を口の中に入れる。そのほのかな甘みと酸味を楽しみながら、難しいと分かりながらも好機はある筈だと頭を回転させながら窓の外を見つめるのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

美神さん達とは違う階層の部屋に荷物を置いて開いているカーテンから窓の外を見る。白い砂浜に綺麗な海と確かに高級ホテルというだけはあるなと実感する。

 

「場違い感半ぱねえな」

 

小波間海岸の高級ホテルにチェックインしたのだが、高級ホテルの名に相応しい装飾に家具の数々に俺みたいな一般市民には縁がないにも程があるなと苦笑する。

 

【横島、1つ言っておこう。お前のような一般人はいない】

 

心眼が呆れたように言われるが、俺は十分一般人に含まれると思うんだけどなあ……。

 

「美神さんとかくえすさんとか凄いお金持ちじゃん?俺金銭感覚的には十分一般人だと思うけどな」

 

【訂正しよう、金銭感覚だけは一般人だ】

 

だけを強調する心眼に苦笑しているとGパンの裾を引かれて視線を下に落とす。

 

「ふっか!」

 

「おーどうした?早く遊びに行きたいのか?ちょっと待ってくれな、今準備するから」

 

今日の夕方までと明日の午前中は自由時間なのですぐ海に出る準備をすると言うが、鮫っぽいのは俺の服の裾を引っ張るのをやめない。

 

「どうした?今日は随分と……「フッカ!!」……俺に?」

 

「フカア~♪」

 

アリスちゃんと来た時に小さな鞄を背負ってるなと思ってたけど、その鞄から出した青い宝石みたいのを差し出してくるのでそれを受け取るとにぱあっと満面の笑みを浮かべる。

 

「ヨーギー!」

 

「モノー」

 

「キーバッ!」

 

「なんだ、なんだ。俺にくれるってか」

 

果物や宝石、良く分からない金属片がどんどん俺の足元に並べられれば、言葉が分からなくてもプレゼントだと分かりありがとうなと声を掛けながら頭を撫でると嬉しそうに飛び跳ねるので見ていると俺も楽しくなってくる。

 

「よっし、じゃあ海行くかー」

 

用意していた鞄に水着とかを詰め込んでチビ達を引き連れて俺はホテルの所有しているビーチへと足を向けた。

 

「……ホテルは良かったけど、ビーチやばくないか?」

 

【確かに……】

 

なんで鳥居が……しかもそれだけではなくあちこちに霊力を秘めた石碑などが置かれていて……それだけ悪霊が多いという事なのだろうか……美神さんは旅行と思って大丈夫と言っていたけど、除霊が始まる時はしっかりを気合を入れる必要がありそうだ。

 

「じゃあ遊んでて良いけど、海の中には入らないように」

 

「みむ!!」

 

「フカ!!」

 

後でチビ達が水遊びを出来るようにプールを作る予定だが、ほかにやる事があるので砂浜で遊んでいるようにと声をかけるとチビ達は大興奮という様子で砂浜に突撃するが、リヴァイヤサンは俺を円らな瞳で見つめてくる。

 

「まぁリヴァイヤサンは良いか、でもあんまり遠くに行ったら駄目だぞ?」

 

「クア!」

 

俺の許可を得るなり弾丸のような勢いで海に飛び込むリヴァイヤサンと思い思いに砂遊びをしている声を聞きながらホテルのフロントで借りてきた荷物を広げ、ビーチの横に用意されている更衣室でちゃっちゃと着替える事にする。

 

「良し、やるか」

 

男の着替えなんて早い物でバミューダと上に羽織るパーカーで完了だ。だけど女の子はそうではないので来るまでの間にレジャーシートを広げて、ビーチパラソルを準備する。

 

「海だあああああ!!!」

 

「おい待て、馬鹿」

 

俺の横を駆け抜けて海に飛び込もうとする雪之丞の足を栄光の手を伸ばして捕まえる。

 

「へぶうっ!!!何しやがる横島!!!」

 

「お前こそ何やってるんだよ。これから三蔵さんとかクシナさんが来るんだろ。まずはレジャーシート、次にビーチパラソルを準備するのが男の仕事だろうが」

 

女の人に重労働をさせるのか?と言うと雪之丞はハッとした表情になった。

 

「久しぶりの海ではしゃぎすぎてたぜ……俺が悪かった」

 

「分かったら良い。手伝ってくれよ、ほい、ペグ」

 

「おう」

 

ペグを渡してレジャーシートを広げて隅をペグで固定し、大型のビーチパラソルを広げる。

 

「ターフのほうが良くないか?」

 

「あー確かにその通りだな。ターフってあったっけ?」

 

合流して来た陰念も俺と同じ考えだったようでレジャーシートを持っているが、その上に陰念はターフのセットも持って来ていた。

 

「借りてきてる。横島、雪之丞も手伝え」

 

男は日焼けを気にしないがやっぱり美神さん達だと気にするかもしれないという事でターフを3人で協力して広げていると背後からピートの声がした。

 

「ターフですか?僕も手伝います」

 

「おお、悪い……お前馬鹿か」

 

「変態がいるぞ。変態が」

 

「マザコンに変態って言われたら終わりだぞ、だがお前は変態だ」

 

「酷いですね!!?」

 

ピートが酷いと言うが俺達3人がバミューダなのにブーメランはない、何を考えてブーメランを選択しやがった。あのVラインは変態でなければ着る事すら躊躇うのに、なんでこいつは堂々としているのかと言いたくなった。

 

「お前な、六女だぞ、女の人ばっかりなのにその水着はない」

 

「変態だな、軽蔑するぜ」

 

「購買にバミューダが売ってたからそれを買って着替えて来い、変態」

 

「……ハイ……ワカリマシタ……ゴメンナサイ……」

 

俺達3人に変態を連呼され引き返していくピート。つうか何を考えて本当にブーメランを採用したのか問い詰めたくなるな……まぁ時間の無駄なのでそんな事はしないが……やっぱりあいつナルシストの気があるんだなと思った。

 

「タイガーはどうした、あいつこそ力仕事に必要だろ?」

 

「あーあいつ女性に対する免疫0で、暴走するとセクハラしまくるからホテルから出して貰えないんじゃないか?」

 

「……なんでそんな奴を連れてきた?」

 

「さぁ?」

 

性犯罪者予備軍になりかねないタイガーは可哀想だが、ホテルで時間を潰して貰うしかないだろう。もしくは時間をずらしてとかかなと話をしながらある程度の休憩所を作った所で伸びをしながら立ち上がる。

 

「横島、お前は泳がないのか?」

 

「いや、先にチビ達が水遊びするプールとか作るし、俺はそこからだな」

 

砂浜を満喫しているチビ達だが、泳ぐのも好きなのでちょっと穴を掘ってプール見たいのを作ってそこで水遊びをさせようと思っている

と言うと雪之丞は呆れたように笑い、俺の肩を叩いた。

 

「お前本当に保父が天職じゃねえのか?」

 

「どうだろうなー、まぁ俺の事は気にしないで良いぜ。あ、でも海に入る前にストレッチだけはしろよ」

 

陰念と雪之丞にストレッチだけしてから海に入れよと声を掛け、チビ達が水遊びをする為の穴を掘ろうとスコップを手にする。

 

「横島。随分早かったのね」

 

蛍の声が聞こえて振り返り、俺は言葉を失ってしまった……。

 

「変……かな?」

 

胸元にフリル、腰元にリボンがついた青いビキニ姿で頬を赤らめている蛍が水着の感想を聞いてるから返事を返さないといけないと分かっているのに、完全に見惚れてしまった俺は一言も言葉を発することが出来ず。それでも何とか返事を返さないといけないと思い、搾り出すように良く似合っていると口にするのがやっとだった。

 

「本当、いや私もちょっと不安だったから似合ってるって言ってもらえると嬉しいわね」

 

はにかむように笑う蛍に俺も笑ったのだが、ふと俺は気付いてしまった。

 

(あれ、もしかしてこれ全員に聞かれる?)

 

そんなことはないとは言えないわけで……俺に人を褒めるボキャブラリーなんて殆どなくて感想を求められたら言える事なんて殆どない訳で……どうしようかと頭を悩ませている間に俺は再び背後から声を掛けられてしまうのだった……。

 

 

リポート11 臨海学校・序 その5へ続く

 

 




海で水着の感想を求められる横島君は次回から修羅ばります。特にくえすがぐいぐい来る感じですね、水着の感想の後はほのぼので海を満喫して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

 

リポート11 臨海学校・序 その5

 

 

~横島視点~

 

夏の日差しがジリジリと照りつけて暑い筈なのに……なぜか俺は薄ら寒い物を感じていた。

 

(心眼せんせー、助けてください)

 

(頑張れ)

 

頼りになる心眼は頑張れと一言言うだけで沈黙してしまい、助けてくれるつもりは無さそうだ。

 

「横島、私は褒めてくれないのですか?」

 

「え、あ……いや……言葉が出ないんですよ、くえすさん」

 

「さんをいい加減に外さないと怒りますわよ?」

 

青を基調にしていて胸元にフリルと腰元にリボンのある蛍の水着もとても魅力的だったし、良く似合っていた。だけどくえすさんは余りにも美しすぎたと言っても良いだろう。後ろに蛍がいるのが分かっていても、思わず見惚れてしまうほどだった。くすさんは黒を好んでいるだけであり水着もやはり黒色のビキニで、白い透き通るような肌と共にどうしても目を魅かれる。そして腰元にはスカートみたいな……布を巻いていて隠す所は隠し蠱惑的な雰囲気もあり、俺の顔を覗き込み胸の谷間を見せ付けるような姿勢を取るくえすさんに俺は完全に魅了されていた。

 

「え……あ……くえす」

 

「大変結構、で褒めてはくれないのですか?」

 

今までさん付けだったのだがくえすと始めて呼び捨てで呼ぶとくえすは酷く満足そうに笑い、髪をかきあげながら褒めてくれないのか?と悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけてくるが言葉が出ない。前門のくえす、後門の蛍という状況に俺は酷く冷たい汗を流すのだった……。

 

「おい、見ろよ。横島が修羅場してるぞ」

 

「馬鹿野郎見るな。巻き込まれるぞ」

 

雪之丞がからかうように修羅場ってる横島を見て笑うが、その修羅場が飛び火すると判っている陰念は見るなと警告だけして泳ぎ出そうとして動きを止めた。

 

「くあー!」

 

「……お前横島のところのペンギンか」

 

「くあ!」

 

海でテンションがあがっているリヴァイヤサン(ペンギン)はトプンと音を立てて海中に潜り、海面から飛び出したりして遊び始める。

 

「巻き込まれそうな気がするな」

 

見た目はペンギンでも魔界の獣なのは間違いなく、巻き込まれることを危惧して陰念は逃走したのだが、修羅場を見て笑っていた雪之丞は海の中でぐるぐると泳ぐリヴァイヤサン(ペンギン)が作り出した渦潮に巻き込まれたのだが……。

 

「こ、こいつは良いぞ!鍛錬になる!!!」

 

凄まじい吸引力で吸い寄せてくる渦潮から逃れる為に全力で泳ぎ、鍛錬としている辺り――やはり頭があれな男なのは間違いない……。

 

「あんまり横島君を苛めたら駄目じゃない」

 

「琉璃……別に苛めているつもりはありませんわよ」

 

「いやいや苛めてるでしょうに……この状況で感想を言えるような子じゃないでしょうに」

 

前門のくえす、後門の蛍という地獄で俺が言葉を失っているところに助け舟を出してくれたのは琉璃さんだった。白いビキニ姿でやっぱりくえすと同じ様に腰に布を巻いて、サングラスと麦藁帽子を被り蛍と似たような水着を着ている舞ちゃんと一緒だ。

 

「大体皆感想を教えて欲しいって言うのに横島君にそこまでボキャブラリーはないから皆似たような事を言われるわよ、それなら……」

 

ぴょこんと琉璃さんの頭に猫の耳が見えた気がした。それにサングラスで見えないがその目が悪戯っぽく光っているような気が……。

 

「おねーさん、日焼けしたくないからオイル塗って欲しいなあ?」

 

「すいませんむりです!!!」

 

水着の感想を言うだけでも一杯一杯なのにオイルなんて絶対無理、その手があったかと顔をしている蛍とくえすとにまにまと笑って塗ってくれないの?という琉璃さんの姿に勘弁してくださいと俺が叫ぶのは至極当然の事であった。

 

「もうしょうがないわね、変な所で初心なんだから」

 

「……お姉ちゃん、あんまり苛めるのはどうかと思うけど……」

 

「ふふ、反応が可愛いからね」

 

弄られて遊ばれるのはちょっと嫌なんだが、猫っぽい琉璃さんだとしょうがないと思うのが不思議な所だ。

 

「まぁ良いですわ、横島の反応を見れば似合っているようですし……でも褒め言葉くらいはいえないと失格ですわよ」

 

くえすもそうなのか琉璃さんの反応を見て少し雰囲気が変わってくれたようだ。

 

「後で遊びに付き合うことでチャラにしてあげますわ。あとさん付けしたら殺します」

 

「……はい」

 

呼び捨てを続ける事になってしまったが、あの目を見ると本気で凄く怒りそうなので今後は絶対さん付けしないようにしようと心に誓った。

 

「……横島の助平」

 

「……ごめんなさい」

 

でもさ、ほら。あれだし……うん……。

 

「……本当にゴメンナサイ」

 

胸に手を当てて目が死んでいる蛍を見て俺はそれしか言えなかった。下手に慰めても駄目だし、同情も出来ないし……非常にデリケートすぎる問題だからだ。

 

「……ちゃんと泳ぐの教えてね、それで許す」

 

それは別に問題はないのだが……蛍の方に少し問題があるかもしれない。

 

「アリスちゃん達と一緒だけど大丈夫?」

 

「……金槌を今年は克服したいのよ」

 

子供に混ざるのは蛍にとっても苦渋の決断だったのか少し躊躇いを見せたが、本気で泳げるようになりたいと思っているようなので分かったと返事を返そうとした次の瞬間、横殴りの衝撃に俺は吹っ飛ばされた。

 

「どうですか!どうですか!!似合いますか!!!」

 

「似合ってる!似合ってるからとりあえず降りよう!それは良くないッ!!!」

 

清姫ちゃんのタックルに吹っ飛ばされ馬乗りされ、座ってる位置とかビキニとか、妙に赤らんでいる頬とか全部何もかも良くない。

 

【ふっふっふ!どうですか沖田さんも水着を買ってみたんですよ!】

 

【日焼け酷くならんか?ワシは嫌じゃな】

 

白ビキニの沖田ちゃんに水着の上に「バスター」と書かれた紅いTシャツを着ているノッブちゃんとか、水着に着替えた人達がどんどんホテルから出て来てさっき以上の窮地に俺は追い込まれてしまうことになるのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

今回の臨海学校は本来の六女のカリキュラムである除霊訓練も兼ねているので1週間ほどのスケジュールを取っているので、私もたまには泳ぐかと思い水着に着替えて海辺に出たのだが……。

 

「……!!」

 

「!!!」

 

遠くに見えているだけだが横島君が蛍ちゃん達に囲まれておろおろしているのが見えた。

 

「オタクの弟子大変な事になってるワケ」

 

「まぁ自己責任だから」

 

横島君が引っ掛けたのだから責任は全部横島君にあるので、横島君が自分で何とかするべきだ。

 

「本音は?」

 

「巻き込まれたら死ぬ」

 

誰が好き好んで英霊や神魔の間に割って入れるというのか、止める=死と同意儀なのは見れば明らかだ。

 

「さ~横島君と遊びましょうね~」

 

「わふーん♪」

 

冥子とショウトラ達も行ったので確実にあそこは地獄だ。命に関わるので行くべきではないと霊感が囁くを越えて叫んでいる気がする。

 

「魔界の獣ってやっぱり化物なワケ」

 

「横島君には懐いてるけど基本的に攻撃性むき出しだしね」

 

砂浜の一角に巨大な砂山を作り、海から顔を出しているペンギンが濡らして、それを削り何かを作っているのが見えるが、全長30~50cmほどの小動物がそれを行なっているのを見ると本当に私達の常識を超えてるって思ってしまう。

 

「横島が名前をつけてなくてよかったわね」

 

「……でも引っ越したら面倒を見れるからって名前をつけそうで怖いのよ」

 

今はまだ良いが、横島君は引越しを真面目に検討しているので引越し先が大きければ懐いている魔獣に名前をつけかねない。だけど引越しは急務な訳で……。

 

「爆発寸前の爆弾を抱えてお疲れ様」

 

「……もう諦めたわ」

 

琉璃に押し付けているとも言えるが、私も私なりには頑張ってはいる……頑張っているのだが……。

 

「なんかね、年々横島君の人外と年下に好かれるのが凄くなってるのよ」

 

「……あれも一種の霊能みたいね」

 

霊能が強くなれば人外と年下ダイソンが強化される……長い霊能者の歴史の中でこんな事例はなかったわよねと思いながらも、もうどうしようもない段階に来ているので諦めるしかないと深い溜め息を吐いた。

 

「とりあえず軽く日焼けでもしながら様子を見るわよ」

 

「遊べる時は遊んでおくべきだしね」

 

マスコット軍団の事も心配だが、それよりも気になっている事がある……それは除霊実習の一環である筈の臨海学校でこれだけの面子を呼び寄せている冥華おば様の事だ――慰安旅行みたいな物と言っていたけど絶対裏があると見て間違いない。

 

(蛇が出るか、鬼が出るかって所ね)

 

とりあえずは休めるときは休んで英気を養って、何が起きるか備えておいた方が良い。そう考えて砂浜に置かれているサマーベッドに横になる、東京だと鬱陶しいだけの暑さだったが海の近くに来ると楽しくなってくるのは何故なのだろうかと思わず苦笑する。

 

(これが夏の魔力って奴なのかしらね)

 

悪い気分ではないのでのんびりと日焼けを楽しもうと思ったのだが……。

 

「もう無理だからぁ!!!俺のボキャブラリーはもうないからぁッ!!!」

 

と叫んで海に飛び込んでしまった横島君に思わず噴出した……限界が来てしまったようだ。そもそも横島君はかなり初心な部類なので水着姿の蛍ちゃん達に囲まれているのは結構辛かったようだ。

 

「美神さん、隣失礼しますね」

 

「小竜姫様?ええ、構わないけど……着替えなかったの?」

 

隣のサマーベッドに座る小竜姫様だけど水着に着替えておらず、どうしたの?と尋ねると小竜姫様は笑みを浮かべたがその目は死んでいた。

 

「……襦袢みたいのしかないんですよ。私」

 

羽の意匠のビキニにパレオ、そして白い帽子姿のブリュンヒルデが横島君達の間に入っていくのを見て恨めしそうにしている小竜姫様を見て、憐れさが勝った。

 

「……後で購買行く?」

 

「良いんですか?」

 

「うん。良いわよ、買ってあげるわ」

 

「美神さん、ありがとうッ!!!」

 

感極まったのか泣きながら私の手を握る小竜姫様を見れば私の判断は間違いじゃ……。

 

「ビキニなら横島さんも少しは意識してくれますかね」

 

「……どうかしら」

 

瞳に情欲の色を浮かべた小竜姫様を見て、選択を間違えたかもしれないと思ったけど……。

 

(まぁ横島君のせいだし、良いか)

 

私に被害がなくて、小竜姫様に貸を作れて、んで教授の言う通り今の関係性を壊したくないと逃げに回っている横島君も少し向き合うことをおぼえれば良い……横島君はどうにも自己評価が低すぎるし、かなり劣等感が強い性格なので愛される事で少しでもそれが改善されればと思うのだった……。

 

 

 

 

~タマモ視点~

 

1・2と準備体操の音頭を取っている横島の声が砂浜に響き、それから少し遅れてチビッ子軍団の声が続く。

 

「子供は元気ねぇ……」

 

タンキニタイプの色気のない水着を着ている私だが、今の体型ではこれが限界であり。自分に出来る最大限はやったつもりだが、余り人を褒めると言う事に慣れていない横島に気の利いた事を言えるわけも無く、無理っと叫んで海に飛び込んでしまったのは正直笑った。

 

「タマモは行かないでござるか?」

 

「私は良いわよ、ここで日焼けしてる」

 

「なんで海に来たのに泳がないでござるよ!?」

 

シロの突っ込みにはぁーと深い溜め息を吐いて掛けていたサングラスを外す。

 

「あんたみたいな体力馬鹿に付き合って泳いだら死ぬわよ、私は軽くで良いのよ」

 

シロみたいな体力お化けに付き合っていたら死んでしまうと言うとシロは不満そうにしながらもその通りだと思ったのか準備体操を終えて波打ち際へと走っていった。

 

「じゃあ泳げるか自信の無い人」

 

横島がそう声を掛けるとアリス達の殆どが手を上げる。その中に蛍とマリアとテレサが混ざっているのは正直笑ってしまう。

 

「少しずつ練習して行こうか、海は身体が浮きやすいから泳ぐコツを掴むのに良いと思うし」

 

「「「はーい」」」

 

元気良く返事を返すアリス達と海に入る横島だが、流石の横島もこれだけの泳げるかどうか分からない子供達を面倒を見るのは不安が勝ったのだろう。

 

「1人ずつしか見れないから、順番ね。どうしても海に入りたかったらライフジャケットと浮き輪をして貰うけど……もし良かったらチビ達と遊んでて欲しいかな」

 

砂浜の上で転がったり砂の城を作って遊んでいるチビ達が横島に呼ばれたと思い手を振る。

 

「チビ達と遊ぶのも楽しそうでちゅ!」

 

「確かにクマゴローもゴロゴロしてますし」

 

「……あの熊、クマゴローって言うんですの?」

 

海には興味津々のアリス達だが、砂浜の一角に陣取っているチビやアリスが連れて来た横島に懐いた魔獣と遊ぶのも魅力的に思えたのか、海に向かわず遊びに行き、横島の前にはアリスだけが残った。

 

「アリス泳ぎたい!」

 

「良し良し、じゃあ少しずつ練習しような」

 

「はーい!!」

 

横島と手を繋いで海に入り、足が着かなくなったアリスに脅えの色が混じるが横島が手を握っているのでその顔に安心の色が浮かんで、少しずつ泳ぎの練習を始めている。

 

「……こういう時水神は絶対泳げるからああいうのは無理だな」

 

「私も泳げるんですよね。はぁ~」

 

確かに手を繋いでもらって泳ぎの練習って言うのはかなり心踊るイベントではあるが……それを望むのはこの場合では得策ではない。

 

(アリスたちがいる以上横島はそっちを優先する。つまり割り込む隙はない)

 

横島は基本的に女子供に優しいが、幼いほうをより優先する。そして海という溺れる可能性のある場所で目を離す可能性は限りなくゼロだ……海で横島と遊ぶにはまず前提条件が異なってくるのだ。海で一緒に泳ごうと思えばアリス達がいないことが条件にあるが子どもの体力は無尽蔵なのでこれはかなり難しい、では海の他の遊びで何が良いかとなれば最も最適解がある。

 

(タイミングを見てビーチバレーくらいかしらね)

 

アリス達も混ざってくるし、他の面子も来て胸囲の格差で心が折れる可能性はあるが……海で一緒に遊ぶのならばこれが一番確率が高い。だけど当然それで満足する私ではないし、どうせ遊ぶのならば横島を独占したいと考えるのは当然の事……むしろ私は独占できなかったら自分が1番出なければ納得なんてしない。多分これはくえす達も同じだろう、側室がいたとしても自分が1番ならば許せる筈だ。

 

(このホテルは高級ホテル、ちゃんと室内プールもある)

 

タンキニではないちゃんとした水着を出すのならば室内プール。それも夜で邪魔が入らない時しかない……だから今やるべき事は胸囲の戦力差の確認と、横島にアプローチを掛けてくる相手の出方……それらを全て分析して自分の勝ち目を探し出さなければならない。

 

(絶対に攻勢に出るわ)

 

くえすや琉璃は絶対にこの海という立地を利用するし、スタイルも抜群だ。身体の成長ばかりはどうしようもないし、幻術は心眼と横島自身の耐性が高いのでまず無理……つまり私がやるべきことは違和感のないように妨害しつつ、自分の有利な状況を作り出すと言う物であると言う事を改めて確認し、日焼けをしながら策を練るのだった……。

 

「ドヤア」

 

「いや、水の上に立てるのは凄いと思うけどそうじゃないよ、天ちゃん」

 

水の上に立ってドヤ顔していた天竜姫がおどおどと海に身体を沈めるが明らかに脅えの色が強く、竜神の天才児にも弱点はあるのかと思わず微笑ましく思ってしまうのだった……。

 

 

 

~金時視点~

 

海に入る為に水着に着替えていた金時だったが、海辺に足を向けている途中で何かの気配を感じ取って海とは別の方向に歩いていた。

 

【……こいつは……間違いねぇ、刀傷だ……だけど……人間のもんじゃねえな、それでこの跡を隠してるこの結界……人間のもんだな。隠そうしやがったのか……】

 

かなり強力な結界だったが、俺ッチには何の意味もない。そもそも英霊を足止めできる結界を今の霊能者には用意出来るわけもないが、この結界は人間にはかなり強力な代物だろう……。

 

【この傷……入りと終わりで深さが違うな……考えられるのは不安定な現界か……】

 

傷跡を調べ終わった俺ッチは立ち上がり、外していたサングラスを再び掛けなおす。

 

【こいつはちょいと不味い事になったかも知れねえな】

 

比較的簡単な除霊と聞いていたが少しばかりきな臭くなって来たようだ……遊んでいる所に水を挿すような真似はしたくないが……危険な英霊が出てくる可能性がある事は共有しておくべきだなと思い、結界を完全に破壊しないように気をつけて外に出る。

 

「ん?お主どうした?」

 

【折角遊びに来ているのに何気難しい顔をしてるのよ】

 

ただ海に向かう途中で露出の激しい水着姿の天狗様達にあって、俺ッチは気恥ずかしさからしどろもどろになってしまったのだが、辛うじて自分が見たものを伝える事は出来たと思う。

 

「なるほどの……あい分かった。僕の方でも調べておこう」

 

【とりあえず横島達には言わないようにして美神達にだけ話を通しておきましょうか】

 

【ああ、俺ッチもそれで良いと思う】

 

休めるときは休むべきだし、もしも英霊相手ならば俺ッチ達が相手にした方が確実だし、安全だ。とりあえず英霊が出現する可能性があると言うことだけは美神達に伝える事で話を纏めた。

 

「お、金時、鬼一さんにマルタさん!ビーチバレーをするからこっち来てくださいよー」

 

横島が海辺から俺ッチ達を呼ぶので分かったと返事を返し、横島達の元へ向かったのだが……俺ッチはどうしてもあの結界で隠された傷がどこかで見た事あるような気がしてならないのだった……。

 

 

リポート11 臨海学校・序 その6へ続く

 

 




不穏なフラグを準備しましたが、この傷痕に関しては序の間ではもう殆ど触れませんのであしからず。次回はもっとほのぼのとして、楽しい描写をメインに書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

 

リポート11 臨海学校・序 その6

 

 

~横島視点~

 

海と言う事で水着という事は分かっていた。だけど俺は多分分かっていたつもりになってただけだった……。

 

(あかんあかん)

 

水着は下着とそう面積が変わらないのもあって肌色の面積が多すぎる。白い肌とか、胸の谷間とかがしっかりと見えてしまってどうしても居た堪れない気持ちになる。助兵衛なことを考えてはいけないと思っていてもどうしてもそっちに思考が寄りがちになってしまう。

 

「し、沈む……横島、沈む!!!」

 

「だ、大丈夫、大丈夫だからテレサ」

 

今手を繋いで泳ぎの練習をしているテレサもそうだが……海に来て俺はあることを知ったのだ。

 

(浮いてる……)

 

体は沈んでいるのに胸が少し浮いている……そう、胸は水に浮くのだと……救いな部分はテレサがビキニとかじゃなくて競泳水着みたいな物を着ている所だけど……それでもやはり刺激が俺には強すぎた。

 

 

「う、浮いた……お、おおお……泳げるッ!!わわッ!?」

 

「だ、駄目だって力を入れると沈むって!!」

 

浮いた瞬間に力を入れてしまい身体が沈んでパニックになるテレサをなんとか引き上げたが、意図してなくても胸が腕とかに当ってしまい、助ける・おっぱい・助ける・おっぱい・おっぱいと頭の中がめちゃくちゃになってしまい、俺もパニック状態一歩手前に陥ってしまい、1度泳ぎの練習は終わりッ!と叫んで水泳練習を強制中断するのだった……。

 

「……」

 

「……」

 

ジト目で見つめてくる蛍から目を逸らす、だけど背中に蛍の刺すような視線が向けられていてとても居心地が悪い。

 

「……横島、どうですの」

 

ミィちゃんがワンピースタイプの水着のスカートを捲りあげ、お尻を突き出すような格好をしながらどうですの?と声を掛けてくる。

 

「止めなさい、そういうの良くないから」

 

なんかどきどきしていたのが急に冷めるのを感じる。いや、別にミィちゃんが可愛くないわけではないのだが……理性のSTOPッ!!!って言う叫び声が脳裏に響いた感じだ。

 

「むきゅ……ッ!」

 

ミィちゃんは幼い容姿だが、人を誘惑や魅力する術に長けている……気がする。サキュバスの力の一部があると聞いているが、女の子がそんなことをしてはいけませんと頭を抑えると口を×の字にして不満そうな顔をする。

 

「止めなさい」

 

「……分かりましたの」

 

珍しく物分りが良いと思ったのも束の間、ミィちゃんはにこりと笑った。

 

「……横島は尻ではなく胸派と分かりましたので」

 

「何が!?」

 

突然明後日の方向に全力投球してくるミィちゃんに思わず叫ぶが、ミィちゃんは意に介した素振りも見せず紫ちゃん達の輪の中に加わって遊び始めてしまう……ノッブちゃん以上の自由人だがその言動が余りにもアウトを攻めすぎている。

 

「……でも横島って琉璃さんとくえすの胸を見てたわよね」

 

蛍の言葉が否定できぬ……そりゃまあほら、俺もその男だし……琉璃さんもくえすも胸を強調する際どいデザインのビキニだし……肌白いし……。

 

「……すみません」

 

「横島の助平」

 

俺は海に来て何度謝れば良いのだろうか……?でもやっぱり見せつけるようなポーズを取ってくるくえすとか琉璃さんにはどうしても目を魅かれるわけで……。

 

「もう、蛍ちゃん。そんなことばっかり言ってると遊びに来た意味がないですよ」

 

【むしろ横島にも男としての視点があって良かったと喜ぶべきじゃろ】

 

助け舟を出してくれたおキヌちゃんは凄くありがたいけど、ノッブちゃんのフォローはやっぱり明後日の方向だった。

 

「む……まあ確かに……」

 

【くだらない嫉妬をしている暇があったら少しは自分から歩むよるべきでしょう!ささ!主殿も遊びましょう、ビーチボールとやらをしましょう!!!】

 

「とっと!!」

 

俺が海から出てくるのを待っていたように牛若丸に手を引かれ、俺は蛍とおキヌちゃんから引き離されボールを持っている紫ちゃん達の所に連れて行かれ、その道中でホテルから出て来た金時達を見つけてビーチバレーに誘うのだった……。

 

「何やってるんですか……」

 

「いや、そのですね……」

 

【馬鹿なんじゃないですか……?あ、馬鹿なんですね】

 

「ぐう……」

 

胸のコンプレックスが凄すぎて横島を威圧しすぎていた事をおキヌと普段馬鹿してる沖田に説教された蛍は呻く事しか出来ない。

 

「そんなことしてたら嫌われて終わりじゃないですか」

 

「むきゅ……ッ」

 

【別に横島君は胸だけを見ているタイプじゃないと思うんですけどね~というか褒められてるだけで良いじゃないですか、沖田さんなんて何も言われてないんですよ】

 

「……馬鹿の一例だな」

 

「無様ですわね、横島様に気を許されているからと横暴が許されるわけではないのですよ」

 

「……はい……ごめんなさい」

 

胸囲の格差を見せ付けられつつの説教、その上に完全に正論を言われているので蛍のメンタルはみるみる削られる。だが稚拙な独占力を見せた蛍が完全に悪く、その稚拙さは付け込む隙をくえす達に与えていた。

 

「ゲームをしませんか?どうせ食事の時に横島はちびっ子達の面倒を見ますが、そこに割り込めないわけではないでしょう。面倒を見ると言う名目で手伝う事も出来ますし、その内ちびっ子達も休む筈……その時に邪魔をしないと言う事で……バレーボールの勝敗で決めませんか?勝利者の邪魔を一切しないと言うルールで横島を短時間だけでも独占出来るかもしれない権利と、一緒に食事の権利を得ると言うのはどうでしょうか?」

 

そしてくえすの一言でバレーボールがデスゲームと化すのだが、それに待ったを掛ける者は不幸な事に誰1人として存在しないのだった……。

 

 

 

 

~柩視点~

 

サマーベッドにボクは寝転がりバレーボールという名のデスゲームを見つめていた。

 

「くひひ……良くやるねぇ……」

 

独占欲は分からないわけでは無いが、ボクには縁の無い物と言っても良い。一番ではなく、横島にそれなりに愛されれば満足なのだ。多少酷い扱いをされればなお満足と我ながら歪み切っているが、これがボク。夜光院柩という人間のあり方なのだからどうしようもない訳だ。

 

(むしろボクは横島に人並みの性欲があった事に少し驚いているよ)

 

昔の横島は助平小僧だったらしいが、アリスやチビ達といる間に子煩悩にシフトして行ったそうだが……やはり元の助兵衛根性は中々抜けないようだ。だがそれで良いじゃないかとボクは思う、男は助平でなんぼだろうと死んだ母も言っていたし、父も母の他に何人も妻が居て子供がいたし……まぁそれは夜光院の人間が極めて短命で子供を残す事が一族で強要されていたのが原因だけど、それを知っているからボクもまともな恋愛感は持ち合わせていない。

 

「はっ!!!」

 

「くっ、このおッ!!!」

 

魔力と霊力で身体能力を強化してのバレーボール。轟音が響き、直撃を受けた者が面白いように吹っ飛ぶと言う異常事態。

 

「こ、これって止めた方が良いのかな」

 

【止めておいた方が良いわね、女の子には色々あるのよ】

 

「かんらからから、止めに入ったらお前も死ぬぞ、横島。それより子供達が呼んでるぞ、早くそっちに行ってやれ」

 

余りの有様に横島がおろおろしているが、その目はジャンプの度に揺れる胸を無意識に追っているので、ボクとしては良いぞ、もっとやれと言う所である。むしろこう、横島の獣欲とか性欲をもう少し刺激してくれた方が関係が進展するのではないかと思ってる。むしろ……あれだ、所構わず手を出すくらいの性欲を見せた方が良いんじゃない?とまで思っている。

 

「やぁ、会長殿。休憩かい?」

 

「……まぁね……次、くえすだし……本気で潰しにくるわよ。くえすなら」

 

「そうだろうねえ、くえすと書いて独占欲と……っとと「何か言いましたか?」全然?別に?」

 

ボクが横になっているサマーベッドの隣にくえすのスパイクしたビーチボールが炸裂し、地雷が爆発したようになってるがボクは気にしない。

 

「警告1だね、後1回は挑発しても大丈夫」

 

「……命知らずね」

 

「くひひひ、どうせ死ぬ命だったからねぇ、だからまぁ1回でも横島に抱かれれば後は死んでも良いよ」

 

横島が交渉して手に入れたくれたチョーカーがなければ死んでいた命だ。だから死を恐れるって事はあんまりない、性交渉1回でも出来ればそれで死んでもまぁ満足だろう。

 

「……本当歪んでるわね」

 

「くひひひ、それでこそボクだよ」

 

歪んで歪んで、壊れて捻じ曲がって普通の視点などないがボクだ。だからそれでいい、それでこそボクだと思ってる。

 

「よーいーしょ」

 

「来た来た、ほいッ!」

 

「てやーッ!!」

 

ロリっ子組みは楽しそうにバレーボールをしてるねぇ、まぁあれが本当の楽しみ方なんだろうけど……。

 

「くたばれッ!!!」

 

【金時ガードッ!!】

 

【えっ!?ぐぶおおおおおッ!!!】

 

【金時が死んだ!この人でなしッ!!!】

 

沖田が躊躇う事無く、既に敗退し審判になっていた金時を盾にし、くえすのスパイクを防いだ。悲鳴を上げて吹っ飛んで海に飛び込む金時とそれを見て笑いながらくえすを責める信長……。

 

「うーん、良い感じにカオスしてる」

 

「カオスしすぎて六女生徒ドン引きしてるわよ」

 

魔界の魔獣に、横島を取り合うある意味醜い女の争いと、ドン引く要素しかないけどボクは面白くて笑っていた。

 

「くひひ!半端な覚悟で横島の側に近寄る物じゃないんだよ」

 

横島は神魔も関わっての奪い合いだ、蹴落とし、足を引っ張り、それこそ押し倒し無理に既成事実を作るくらいの覚悟でなければならないのだ。

 

「まぁそういう意味では会長殿は不利だよね、巫女は純潔じゃないと駄目だからねえ」

 

「……そういう事いう?」

 

「くひひ、言うよぉ?」

 

ある意味女も性欲の権化だし?むしろ男より助兵衛なんじゃないと笑う。会長殿がドン引きしてるけど、全然ボクは気にしない。むしろ名家の当主で巫女で女の切り札を使えない会長殿が最終的に出遅れそうで、それが面白いとさえ思っている。

 

「ふーかー!」

 

「キバー!!」

 

鮫っぽいのと口の横に牙があるドラゴンがジャンプし、その間から犬っぽいのがジャンプしてボールを中に入れようとするが……。

 

「うーきゅ!」

 

「みむ!」

 

「こ、ココオオッ!!!」

 

モグラにディフェンスされ、チビにスパイク返しされ魔界のマスコット勢が敗れた。

 

「下克上失敗だね」

 

「……って言うかなんでチビが勝てるのかしらね」

 

「さぁ?」

 

種族的にはチビは最弱な筈なんだけどねぇ……と思っていると横島のぶばっと言う噴出す音が聞こえて振り返る。

 

「私の勝ちですわ」

 

【そ、そんなのありですか!?あああああーーーッ!!】

 

くえすのスパイクで水着の上を吹っ飛ばされ、赤面し、胸を隠して蹲る沖田とそんな沖田を見下し、勝ち誇っているくえす……そして横島と目が合い絶叫しながら吹っ飛ばされた水着を回収に走る沖田。

 

「なるほど、手段を選ばなくなってるね。まぁ目潰ししてるだけ温情はあるかな」

 

雪之丞達に目潰しをしているが、横島は直視してしまい蹲って紫達にどうしたの?って心配されてるし、地獄絵図ここに極まれるだね。

 

「そっちがその気ならこっちもそれ相応の事をするだけよ」

 

「横島に見られるよ?」

 

「横島君ならセーフ、というか前に殆ど半裸で抱きあってし私は気にしないわ」

 

その理論もどうかと思うけど、くえすが先に脱がしにかかり手段を選ばなくなった事でここから先は更にデスゲームになると分かり、ボクは笑みを浮かべながら参加しなくて良かったと思うのだった……。

 

 

 

 

~ゆみ視点~

 

おねー様達も参加しての臨海学校と除霊実習を心待ちにしていたのはきっと私だけではないと思うのですが、そこで待っていたのは想像を遥かに越える光景だった。

 

「……あたしはこんな地獄になると思ってなかった」

 

「奇遇ですわね、私もですわ。一文字さん」

 

もっとこう和気藹々とした楽しい催し物を私は想像していた。

 

「そーれ」

 

「むきゅッ!!」

 

「天魔!?くっ!!」

 

【むむ!流石天竜です!お兄さん!】

 

「OKッ!ほっと」

 

横島GS達とちびっ子……と言っても神魔と英霊ですがあっちは良い、とてもほのぼのしていて可愛らしい光景だが……。

 

「私は横島様と素敵な午後を過ごすのです!!!」

 

「……鬱陶しいストーカーめ」

 

龍神2人のバレーボールは危険すぎる……しかも横島GSの取り合い……。

 

「これさ、横島GSの取り合いなんだよね……」

 

「え、横島GSがやばいの?それとも横島GSがモテすぎてるの?」

 

横島GSがあっちこっちに手を出しているのか、それとも横島GSがモテているのか……。

 

「小鳩止めときなよ、死んじゃうよ!?それに下手すると脱がされちゃうよ!?」

 

「でも横島さんとワンチャンスあるなら私は行くわ、あと脱がされても横島さんが意識してくれるなら私は一向に構わない!!!」

 

 

「これ多分後者ですわよね?」

 

「うん、あたしもそう思う」

 

横島GSはナンパな性格には見えないと言うか……。

 

「あいたッ!!うー……」

 

「あーあ、大丈夫チルノちゃん。痛くない?」

 

「うー……ちょっと痛い」

 

「ちょっとはしゃぎすぎちゃったか」

 

こけた子供の手当をしている姿に疚しさや厭らしさはまるでなくて、本当に子煩悩なお父さんって感じですわよね。ロリコンとかの性犯罪者には見えなくて……本当に心優しい人って感じがする。

 

「ぶふうッ!?

 

「う、……うううううーーッ!!!」

 

小鳩さんが腕で胸を隠して走り去り、横島GSが鼻を押さえて蹲る。

 

「……私はどんな反応をするのが1番正しいのでしょうか……」

 

横島GSが助平というべきなのか、無謀にも神魔がいるバレーボールに参戦した小鳩さんが悪いのか……横島GSが喜んで見ているのならば嫌悪するが……。

 

「1回休憩しない?」

 

「やだーまだ遊ぶでちゅー!!!」

 

「フカーフカー!!!」

 

「ヨギィ!!」

 

「私もまだ遊びたいです」

 

「吾も!」

 

「……そっかー、じゃあもう少し遊ぼうか……」

 

気まずい顔をして帰ろうとしたのを見ると横島GSとしては、進んでみたいと思っているわけではないみたいですわね。

 

「あのさ、あたしの従兄弟で割りとナンパが好きな人居たんだけど、結婚したら凄い落ちついたんだ」

 

「急に何の話です?」

 

「いや、横島GSがあたしの従兄弟に似ててさ、もう落ち着き過ぎて恋愛に進まないんじゃない?」

 

なんでしょう……分かってはいけないのに分かってしまう自分が居て……同性でありながらこれくらい捨て身じゃないと恋愛に進まない状況になっておる芦GSを憐れに思うべきなのだろうか。

 

「ブリュンヒルデ、全く神魔のくせに人間にコナを掛けるとか恥を知りなさい」

 

「横島は私の英雄ですから……ふふ」

 

……今凄くひやっとした、もう命に関わるレベルの恐怖を感じた。

 

「おーい、弓さんと一文字さんもあそぼーよー」

 

遊ぼうと言いながら必死の顔をしている同級生を見ると巻き込まれるから逃げろ!と言っているのは明らかで、私と一文字さんは背後の轟音に恐怖しながら頭を抑えてその場から逃げ出しながら隣を走ってる一文字さんに声を掛ける。

 

「これ臨海学校の間ずっとこの感じですか?」

 

「……横島GS。少しで良いから自分から動いてくれないかな。これ絶対横島GSがなんもしないから悪いと思うんだけど」

 

「そうかもしれないですわね……」

 

とにかくこの悲劇の7割は横島GSが悪いと結論付けた私達は、この臨海学校の間横島GSには余り近づかないようにしようと心に誓うのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

あいつやりやがった……ッ!事故って顔をしてるけど確実に故意だ……確かに偽物の英霊もどきの映霊の沖田はもどきと言えど半分は英霊の要素を得ているのでかなり強力な霊だ。それを正面から倒すのは不可能として水着をピンポイントで、しかも破かず、本人に怪我もさせず弾き飛ばすスパイクとか一体どれだけの高等技術を使っているのかと言いたくなる。

 

「くえすも良い感じに壊れてるわね」

 

「何を言ってるの、元々くえすは壊れてるわ。恋は盲目って言うけど、基本暴走してるわよ」

 

初恋に暴走気味だが、押し倒しに行かないだけまだ良心的と思っていたが、水着を狙うのは正直どうかと思う。

 

「ふえーん……令子ちゃん、負けちゃったぁ~」

 

「……よく挑戦しようと思ったわね……冥子」

 

くえすが水着ブレイクをする前に敗退した冥子が半泣きでやってくるが、正直あの運動神経でビーチバレーと言う名のタイマンに参加しようと思ったと思う。

 

「だってえ~横島君、紫ちゃん達ばっかり見て構ってくれないのよ~これじゃあ折角遊びに来たのにつまらないわ~」

 

……これで私よりも年上って言うから困るのよね……エミもどうする?って顔をしてるけど、それを知りたいのは私の方だ。

 

「あい! して! まーすッ!!!!」

 

「~~~~ッ!!!!」

 

「ね、姉さんッ!ぱ、パーカー、パーカーッ!!」

 

清姫のスパイクでマリアの水着の上が吹っ飛んだわね、テレサがあわあわしてるけど位置的に真正面だった横島君と見られたことを認識したマリアのダメージが致命傷に見える。

 

「横島どうした?熱いのか?氷いるか?」

 

「チルノ、お兄様に氷をあげて欲しいわ」

 

「だ、大丈夫……」

 

半裸を見て赤くなって、チルノちゃん達に心配されて青くなる……血圧が凄い勢いで上下してるけど大丈夫かしら……?

 

「私いま少しだけ襦袢でよかったと思ってます」

 

「そうね、英断だと思うわ」

 

水着を買いに行っていれば間違いなく小竜姫様は突撃していただろうし、同じ目にあっていただろう……。

 

「誰か1人がやれば躊躇いがなくなるのは分かるけど、酷いワケ……」

 

パーカーを着たマリアが耳まで真っ赤にしてホテルに激走していく、その後をテレサが水着を持って追いかけてるけど振り回すのは正直どうかと思う。

 

「でも冥子、下手すると胸を横島君に見られちゃうわよ?焦らなくても後で遊べるんじゃない?」

 

「……横島君なら私別に良いのよ~?」

 

……またエミと顔を見合わせる、これはやばい。完全に本気である……冥子にタイムと言ってエミと額をあわせる。

 

(どうしてこんなになるまでほっておいたわけ?)

 

(わ、私のせいじゃないわよ!?)

 

そもそも冥子はぼんやりしているがガードはかなり固い、そんな冥子を本気にさせる段階で横島君がやばすぎるのである。

 

「冥華おば様に相談した?」

 

「頑張りなさいって~」

 

(どうするのよ、あの人動いたら終わるワケ)

 

(分かってる、分かってるけど!!)

 

冥華おば様なら六道に横島君の血が入るならOKって考えで正妻でも妾でもOKって考えだからゴリ押しして……。

 

「きゃあっ!!うう……」

 

「ぶうっ!?」

 

ブリュンヒルデの悲鳴と横島君の噴出す音に振り返るとくえすがまた水着を弾き飛ばし勝利し、ブリュンヒルデが胸を腕で隠し、赤面し蹲る姿を直視した横島君がKO寸前のボクサーみたいになってる。

 

【お兄さん、少し休憩しますか?】

 

「あげはも少し疲れたでちゅー」

「ずっと遊びっぱなしですしね」

 

「果実水を飲みましょうか」

 

「吾はかき氷が良い!」

 

「良し行こう、そうしよう!!」

 

ロリっ子達が休憩と言い出したのをこれ幸いと横島君がチビ達を連れて逃げていく、耳まで真っ赤でかなりダメージを受けているのが分かる。

 

「まぁあれはおいておいて良いわ」

 

「大丈夫なワケ?」

 

「横島君は最近なんか枯れてるから、少しは刺激を与えた方が良いわ」

 

保父さんとブリーダーで子煩悩が強くなりすぎているので、少しは刺激を与えた方が良いと思う。

 

「さて、横島がいないと言うことは手加減はいりませんわね、砂浜に頭から突き刺さる覚悟は出来てますか?」

 

「うふふふ、私はそんな事はしませんわよ、あられもない姿になる覚悟はおありでして?」

 

「横島がいないから私も手加減しないから」

 

「やっぱりね、お姉さんは距離を詰めれる機会って逃がすつもり無いのよねぇ」

 

バレーボールすら捨ててガチバトルする気満々の蛍ちゃん達を見て、私は深い溜め息を吐いてサマーベッドから立ち上がった。

 

「マルター、三蔵ちょっと手伝って」

 

【OK-!】

 

【あたしも良いわよー】

 

年齢的に色恋に暴走するのは分かる、分かるけど……今この状況で下手に魔力や神通力、勿論霊力も使えばそれこそこの周辺の結界を跡形も消し飛ばしかねないわけで……これでは何をしに来たのか分からないので止めに入る事にする

 

【【「良い加減にしなさいッ!!!」】】

 

私達の怒声にびくんっと肩を竦める蛍ちゃん達に説教をする為に私達は砂浜へと降りていくのだった……。

 

「別に喧嘩するなとは言わないけどね!もっと穏便にしなさい穏便に!!」

 

【不順異性交遊は駄目だからね!もっと健全な恋愛をしない、健全な恋愛を!!!】

 

【……あたし言う事ないんだけど……?えっと、あ、そうだ。くじ引きとかで順番にしたらどう?】

 

三蔵の妥協案が出され、何時の間にか始まった脱衣バレーボールは終了を迎えた。だが海について1時間も経たずにこの騒動――臨海学校の間にどれだけの問題が起きるかと思うと頭が痛くなってしまうのだった……。

 

「おーい!もうすぐお昼できるってー!!蛍達も早く来いよー!!」

 

横島君の呼ぶ声に弾かれたように動き出す蛍ちゃん達を見て、私は本当に反省してるの!と怒声を上げたが、案の定蛍ちゃん達が反応する事は無く、小竜姫様の姿もあって……。

 

「頭が痛い……」

 

【確かに、これは頭も痛くなるわよね……】

 

【ぎゃてえ……横島君が早く誰か1人に決めてくれたら良いのに……】

 

それも確かに1つの解決策だと思うけど、それはそれで修羅場になりそうで……、

 

「エミ……1番確実に丸く収まるのって何だと思う?」

 

「横島が全員娶る」

 

一瞬それしかない?と思った自分がいて、でも倫理的にそれはアウトなわけで……でも霊能者的にはあながち間違いではなくて……。

 

「とりあえず私達もお昼にしましょう」

 

横島君も呼んでるし、あんまり気を揉むのもあれだし、まずは食事という問題の先送りを私は選ぶのだった……。

 

 

 

リポート11 臨海学校・序 その7へ続く

 

 




突然始まってしまった脱衣バレーボール。これで横島の煩悩が少しONになりました。破では、ここで少しONになった煩悩を更にONにしたいと思いますね、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

 

リポート11 臨海学校・序 その7

 

~おキヌ視点~

 

夏の魔力というのはやはり凄いのだと思う、皆弾けてしまっていてとんでもない大惨事が勃発していた。六道の貸切に加えて、先に雪之丞さん達が追い出されていたから良い物の、もしもこれが普通の海水浴場だったのならば写真やカメラの撮影で酷いことになっていたと思う……だから。

 

「恥じらいは捨てたらいけないと思うんです」

 

「「「……はい」」」

 

年頃の乙女として捨ててはいけない物を捨てようとしていた蛍ちゃん達へのお説教である。

 

「私結構歳なんですけど」

 

「ならもっと落ち着いてください」

 

「……はい」

 

【沖田さんは被害者ですけど】

 

「人を盾にして良いと思ってるんですか?」

 

【……すいません】

 

「私ではなく金時さんに謝ってください」

 

沖田さんの場合は人としてやってはいけない事ですのでお説教です。美神さん達ではなく、同年代でなければ駄目だと思うから。

 

「琉璃さんも止めてくださいよ」

 

「……夏の魔力って凄くない?」

 

「それを言い訳にしないでください」

 

確かに横島さんと距離を詰めたいという気持ちは分かる。私も痛いほど分かる、本当に横島さんは私の知る横島さんとは別人の様になっている……いや、別人と言うのは正しくないか、結婚した後で蛍ちゃんが生まれた後の横島さんの面が強く出て来ているのだ。

 

「美味しい?」

 

【【「「美味しい~♪」」】】

 

「そっかー、良かった良かった」

 

「ごめんねえ、手伝って貰っちゃって」

 

「全然大丈夫っすよ! 鉄板とか使わせてもらってありがとうございます」

 

ホテルのスタッフがバーベキューとかの準備をしてくれていましたけど、普通の人よりも遥かに多く食べる天竜姫ちゃんとかがいて、間に合わずお腹を空かさせる訳には行かないと横島さんが料理組に回っている。

 

「……あいつ思った以上に器用だな」

 

「普通に美味いしな……」

 

「……横島さんって普通に凄かったんですね……」

 

横島さんの作る料理は焼きそばとお好み焼きでTHE・大阪の味って感じで普通に美味しい。

 

「横島GSは超絶優良物件……?」

 

「でも割り込んだら死ぬわよ、一般ピーポーの私たちじゃ無理よ」

 

「霊能者で一般ピーポーいうんのおかしいけどな!あ、焼きそば大盛りでおかわりー」

 

横島さんの優良物件具合が判りひそひそ話をしている六女の生徒もいますけど、自分達は無理だと言って諦めてる。正直横島さんはめちゃくちゃ、攻略難易度が高い。

 

「ふかー♪」

 

「あ、おかわり?はいはい、仲良く分けて食べるんだぞ?」

 

「ふかッ!!」

 

「ぷぎゅー♪」

 

チビちゃん達には素材そのまま、ちょっと焼いただけの野菜と果物。それでもチビちゃん達には美味しいみたいで、お皿を砂浜において皆でワイワイと楽しそうに食べて……。

 

「くあー♪」

 

「……え、これ焼くの?」

 

「くあ!」

 

「あー、うん。分かった」

 

リヴァイヤサンという名のペンギンが魚を小脇に抱えて海から出て来て、横島さんに焼いてくれと強請り、横島さんは少し困惑したものの下拵えを始める。

 

「……日常ですかね?」

 

「「「そんな日常はない」」」

 

私も少し無理があると思ってるんですからそんな全員で突っ込みを入れなくても………まぁあれです。話を戻すと横島さんを攻略するにはまずチビちゃん達に懐いてもらう、次にリリィちゃん達と仲良くなるが最低条件なんですが……基本的にチビちゃん達って人に懐かないんですよね……。

 

「美味しいねー」

 

「みむ♪」

 

「うむ、美味い」

 

「……美味」

 

「美味しいわね~」

 

「うきゅー」

 

……舞ちゃんと冥子さんはきっと別の法則で生きているんですよね?だから懐いてもらえるんですよね……?でも本当にチビちゃん達はなんで私達には懐いてくれないんだろう?そしてなんで当然のようにチビちゃん達の中に混じってご飯を食べているんだろう……。

 

「おーい!蛍達の分もそろそろ焼けるぞー?」

 

「はーい、今行きまーす」

 

とりあえずまだ言いたい事はありましたけど、折角料理を作ってくれた横島さんに悪いのでここで一回話を切り上げる事にしましたが……最後にこれだけは言っておかないといけないと思います。

 

「本当にこれだけは言いますけど、本当に焦るのは分かるんですよ。全然関係すすまないからって、焦るのは分かるんですよ。私もそうですし……でも乙女として超えちゃいけないラインは超えちゃいけないと思うんですよ」

 

焦りも分かるし、横島さんとの関係を進めたいって言うのも分かるし、他の人とくっついてしまうんじゃって思う気持ちも分かる。だけどそれでもやっぱり一気に一線を飛び越えて関係を進めようとしようとするのは間違っていると私は熱弁を奮うのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

めちゃくちゃ説教されたわ……いやまぁ確かにおキヌちゃんの言い分も分かるし、そっちが正しいって言うのも分かってはいるんだけど……。

 

(なんか悟ってない?)

 

横島君が何かを悟っているように見える時があるのだ……自分で言うのもなんだが、私はそれなりに自分の体型には自信がある。それを見て頬を赤らめるという反応こそすれど、それが長続きしないのよね。

 

「横島!おかわり!」

 

「良いけど、口の回りソースまみれだぞー?チルノちゃん」

 

「むぐぐー」

 

チルノちゃんの口をハンカチで拭いているように、今の横島君の場合煩悩よりも子煩悩の方が強いのかすぐにそっちの方にシフトしてしまうのだ。

 

「……正攻法で攻略出来るならそうしてますわ」

 

【ですよねー】

 

「お前は幽霊なんだから分を弁えなさい」

 

【いひゃいいひゃい!!!】

 

分かる分かると言う沖田さんの頬をくえすが八つ当たりで抓りあげているのを見ながら、横島君が作ってくれたお好み焼きを小さく切って口に運んで驚いた。

 

「え、美味しい……」

 

意外な美味しさと言うか、店で食べるお好みよりずっと美味しかった。ふわふわだし、食感も良いし……売ってるお好み焼きよりずっと美味しかった。

 

「お兄様は魔界でも色々作ってくれましたが、どれも凄く美味しかったですわ」

 

「アリスはねー、オムライスが好きだったよ~」

 

「あたいは焼きそばが好きだ!」

 

「吾はあれだな、たこ焼きと丸いどーなっつとか言う菓子が好きだな」

 

「あげははよこちまの作ってくれるホットケーキがすきー♪」

 

出るわ出るわ……あれが好きだった、これが美味しかったというアリスちゃん達の感想。

 

「シズク。横島様って料理出来たんですか?」

 

「……知らないな、だってあれだろ?男子厨房に入らずじゃ無いのか?」

 

……シズクの価値観ならそうなるか……横島君が料理できた事に驚いている様子だ。

 

「私も食べてみたいです」

 

「私も」

 

「んーでも今は道具持ってきてないしなあ……あ、そうだ。今度小竜姫様に届けて貰おうか、小竜姫様。お願い出来ますか?」

 

「え?あ、はい!私は良いですよ」

 

神魔に物を運んでくれって頼めるのって横島君だからよね……普通は無理だけど、横島君は普通に頼んでる。

 

「そこのところどう思います。美神さん」

 

「横島君だからしょうがないわよ」

 

「もう諦めの境地ですよね、美神さん」

 

「うん、無理」

 

「普通そこを止めるのが2人の仕事なんですけど?」

 

一応師匠なんだから横島君のそういうところは止めて欲しいところなんだけどと言うと分かりやすく目を逸らされた。後で私に全部押し付けてくるんだから、本当にそういうの止めて欲しいと心の中で愚痴っていると横島君が私の隣に腰掛けた。

 

「あーちょっと休憩、琉璃さん。隣失礼しますね」

 

「え、良いわよ、お疲れ様」

 

あって顔をしてるけど、横島君が料理の手伝いを始めたことで事前の取り決めがなかったことになったし、これは私が誘ったわけではなく横島君が私の隣を自分で選んだので私の責任でもない。

 

(……こんなので機嫌を良くするなんて私も軽い女だわ……)

 

横島君に掛けられている苦労も多いが、そこは惚れた弱みだからと我慢も出来るししょうがないと思う。だけどやっぱり少しこう役得欲しいなあって思うのは当然の事だ。まあ隣に座ってくれたってだけで満足してしまう私も私だけど……。

 

「ジュース飲むでしょ?鉄板の前で喉渇いたでしょ」

 

「琉璃さん、貰います。ありがとうございます」

 

ちょっと肩の当るくらいの距離の感覚って甘酸っぱい感じがして悪くないのよね。

 

「これ取ってきて上げましたからちゃんと食べなさい」

 

「海鮮BBQ美味しかったわよ」

 

【主殿ー、焼肉が絶品でした!】

 

「せんせー!これも美味しかったでござるよー!!!」

 

横島君が私の隣に来ても結局皆横島君の所に集まってきてしまうので、特別な感じはすぐに無くなってしまうけれど……このわいわいと騒がしく楽しい感じは私も嫌いではない……だけど。

 

「横島君」

 

「はい?」

 

「はい、あーん」

 

「あー……んッ!?」

 

反射的に私の食べかけのお好み焼きを食べて、驚いた顔をする横島君を見て私は舌先を少しだけ出して笑った。

 

「間接キスしちゃったねえ♪」

 

「☆■▲○×■ッ!?」

 

全然色気のない食べ物だけど、横島君のこの反応を見れば私達には満足だ。当然時間が停止していた蛍ちゃん達が一気に爆発するが、その騒動でさえも私には楽しい物で浮かべた笑みを崩す事はないのだった……。

 

 

 

 

~魔界マスコット視点~

 

ボクは龍……名前はまだない。でもそれはボクだけではなく、魔界で暮らしていたほかの魔獣も同じだ。

 

「キーッ!バッ!!」

 

「良し、頑張れ頑張れ、もうちょっとだぞ」

 

斧龍の幼生がご主人(候補)の元へよちよちと歩いている。産まれたばかりで足腰も弱く、歩くだけでも一苦労という様子だが、ボクも生まれたばかりはああなので、どこか懐かしいような気持ちになる。

 

「うーきゅーう」

 

……と現実逃避はここまでにして目の前の巨大なモグラの魔獣を前にして、身体を震わせる。武者震いとかではなく、普通に恐怖である。

 

「モノォ(死んじゃう)」

 

「こ、ココォ……(うりぼーより強そう)」

 

「ヨーギシャア!(負けないぞーッ)」

 

ご主人(候補)の使い魔に勝てればもしかしたら使い魔になれるのでは?と思って挑戦したのだが、うりぼーよりもモグラちゃんの方が圧倒的に強そうだ。

 

「フッカアア(うおおおおお――ッ!!)」

 

だがボクは負けない、勝ってみせると突撃し、ほかの3匹もボクと一緒に突撃を仕掛ける。

 

「うーきゅ」

 

「ふぎいッ!?」

 

「ぴぎゃあ!?」

 

「ものおッ!」

 

「よぎいッ!?」

 

だが前足の一撃でボク達は全員吹っ飛ばされ、目を回しながら砂浜に転がる事になった……。

 

「モノーモノー(強すぎる)」

 

「……ココぉお……(無理)」

 

「……ヨギ(次は勝つ)

 

名前持ちとそうではない使い魔の戦力の差はそうそう埋められるものではない。だけどボク達はご主人(候補)の使い魔になりたいわけで……。

 

(どうすれば成れるのだろうか?)

 

強くなるだけなら進化すれば勝てる……多分。

 

「可愛い可愛い、良し良し」

 

「みむう」

 

「うきゅー」

 

「ぷぎゅう!」

 

だけど可愛い可愛いとチビ達を撫でている姿を見ていると、何かを間違えているような……気がしなくもないと考えているとふと魔界の父と母を思い出した。

 

「フカア!(大変だ!)」

 

「モノ?(どうしたのー?」

 

「ココォ?(負けた事?)」

 

「ヨーギィ(怪我でもした?)」

 

のんびりとした仲間達――なお同じ魔界出身でも、戦闘意欲がないリヴァイヤサンと太陽神の化身はと言うと……。

 

「ぴー?」

 

「くぁ」

 

ご主人(候補)が連れている雛と共にヨチヨチと歩き回り。

 

「あ、温かいねぇ……」

 

「う、うん……」

 

「ちょっとはしゃぎすぎたみたいだな、暫くこの子の側にいると良いよ」

 

「ぴいー」

 

アリス達を暖めながらごろりと砂浜に寝転がっているが……あの2匹は別においておいても良いだろう。

 

「フカフカーフカ!(進化したら可愛くないッ!!」

 

「「「「!?!?」」」」

 

ボク達は進化すればどっちかというといかつくなる、そうなるとご主人(候補)に可愛いと言ってもらえないわけだ。可愛くないと使い魔にしてもらえないかもしれない……。

 

「ヨギ……ヨギャア?(このまま?)」

 

「……モノモー?(嘘……?」」

 

「ココーオオ(無理じゃない?)」

 

確かに進化とは成長だ。それを抑えるのは難しいだろう、だけどチビはそれをやっている。それが出来なければ使い魔として受け入れてくれないかもしれない……。

 

「フカフカー!!(やれば出来る!)」

 

チビが出来たのならばボク達も出来る!どうすれば良いのか分からないけどきっと出来る!そしてご主人(候補)の使い魔になるのだと奮起するのだった。

 

「なんか楽しそうだなあ、海とかやっぱり好きなのかな」

 

なお横島は当然マスコットの言葉など判らず、成長しないまま強くなるしかないと奮起している魔獣達の気持ちなど分からない。

 

「横島はさ、もし引っ越したらあの子達引き取るつもり?」

 

「え?そりゃそうだよ?俺に懐いてくれたんだからちゃんと面倒見ないと、あ、後鬼一さんに預けたガルーダの様子も見に行きたいし……

 

魔界の保育園にもたまには顔を出さないと……蛍、どうかした?」

 

「あ、ううん、別に?でもちょっと美神さんと琉璃さんに相談してくるわ」

 

横島の今後の予定を聞いてふらふらと歩き去る蛍を横島は心配そうに見つめていたが、アリス達に遊ぼうと言われ再び波打ち際に向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

日が落ち茜色に染まる空を俺は海に浮かびながら見つめていた。チビ達は遊び疲れて寝てるし、流石にアリスちゃん達のお風呂までは面倒を見れないので、蛍達に頼んで僅かな自由時間を楽しんでいる所だ、別にアリスちゃん達の面倒を見る事は苦ではないし、俺も風呂に入るかとも思ったが……こうして海に漂いながらぼんやりと考え事をするのも悪くない気持ちだった。

 

「……楽しかったなあ」

 

ワイワイと騒がしく、そして賑やかな時間だった。そう思ったところで昼間のバレーボールの光景が一瞬脳裏に浮かんで身体に力が入り、海の中に沈んでしまう。

 

「ぷはっ!あー……焦った」

 

とは言えそれは一瞬の事で、すぐに海面に顔を出して大きく息をする。海に沈んだからか火照っていた頬が程よく冷えたのが分かる……。

 

「……どうなんだろ」

 

琉璃さんとか、蛍とか、くえすとか俺の事を好きだと言ってくれる人はいる。だけどそれを信じて良いものなのだろうかと思う自分がいる……俺はなにもないし、決して褒められた容姿でもないし……それに対して皆美人だし、俺にない物を沢山持ってるし……。

 

「……わかんねえな」

 

1人で海に浮かびながらそう呟き、波にゆられながら俺はどうして好きって言ってくれるんだろうと本気で考えていた。

ここにもし心眼がいればそんな事はないと言ってフォローの1つもしているだろう。だが泳ぐとなれば濡れてしまうので心眼は部屋に置かれていて、この場に横島をフォローする者はいない。元来横島は暗めの性格をしており、自己肯定感が極めて低い。それは百合子達の叩いて伸ばす育て方によるものだが、横島は叩かれすぎて潰れてしまった。だから横島は褒めて伸ばし、感情的になる事はなく怒るとしても何がいけなかったのかと丁寧に説明し、頭ごなしに叱らないと、百合子達と真逆の教育方針を取り、その穏やかなさが子供に好かれる理由となっている。

 

(自分が嫌な事は人にしちゃいけないよなあ)

 

自分がやられて嫌な事は人にするものではないと心の中で考えながら海に浮かぶ横島。ここに横島の本質が現れている。表面上は明るいが、その内面は暗くネガティブな面があり、それ故に人に好かれるような人間ではないと言う考えが根底にこびり付いている。もしも一歩進もうとして今の関係が壊れたらと言う恐怖と、自分が好かれる人間ではないと言う考えが横島を臆病にさせていた。好かれる人間ではないと言う暗い部分が横島の対人関係の根底にあり、横島が自分を肯定出来るようにならなければ横島が恋愛をする事はない、教授が見抜いた脅えていると言うのは横島の明るい仮面の下に隠れたその本質を的確についていたのだ。

 

「ん?」

 

そろそろ帰ろうかと思い身体の向きを変えると遠くから絶叫のような物が聞こえた。

 

「……ぎゅうう……」

 

「おお……ふおおおお……」

 

「モグラちゃんと茨木ちゃんか?」

 

うりぼーと茨木ちゃんの声が聞こえ、目を凝らすとモグラちゃんが紐を咥えて泳いで茨木ちゃんを引っ張っていた。

 

「楽しい!!吾は楽しい!!!」

 

「うきゅうううう――ッ!!!」

 

水上ボートの比ではない速度で泳いでいるのを見て、あれ?このままだと追突される?と最悪の予想が脳裏を過ぎった。だがその最悪の予想が当る事はなかった……何故ならば。

 

「うきゅ?きゅうううッ!!!」

 

「のわああああ――!?」

 

「茨木ちゃーん!?」

 

俺に気付いたモグラちゃんがブレーキを掛け、茨木ちゃんが吹っ飛んで俺の上を飛び越えていく姿に思わず絶叫し、茨木ちゃんの方に泳いで近寄る。

 

「大丈夫!?」

 

結構な勢いと高さから海面に叩き付けられたので心配していたのだが、海面から顔を出した茨木ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。

 

「楽しい!!!」

 

「……そっか」

 

見た目は子供でも流石に鬼か、あの高さから落ちても平気なんだなと少し驚いた。

 

「もう暗くなるから帰ろうか?」

 

「吾はまだ遊びたいぞ!!」

 

嫌だと駄々を捏ねる茨木ちゃんの気持ちも分かるが、暗くなると流石に危ないだろう。

 

「ホテルの中で遊べる物もあるんだよ」

 

「何!?そうなのか!?」

 

「そうそう、ゲームセンターとかあるし、卓球とかもあるんじゃないかな?」

 

無理に帰ろうというのではなく、ホテルでも遊べると言うと茨木ちゃんは素直に帰ると口にしてくれた。

 

「モグラちゃん、ゆっくりな?」

 

「うきゅ!」

 

「行けー!!」

 

紐に捕まるとモグラちゃんゆっくりと泳ぎ出す。レジャーボートとかバナナボートみたいな感じで適度な揺れとスピード感が合って中々楽しい。

 

(……何か借りてもっと安全に出来ないかな?)

 

紐に捕まるんじゃなくて、何かに乗って引っ張って貰えばあげはちゃん達も遊べるんじゃないかと考えていると茨木ちゃんが楽しそうに俺に笑いかけてくる。

 

「海に来て良かった!皆と一緒でとても楽しいぞ!横島は楽しいか?」

 

「うん、俺も楽しいよ」

 

「それはいい!じゃあ宿に帰ったら風呂に入ってまだ遊ぶぞ!!」

 

「それも良いけど先に晩御飯じゃないかな?お腹空いてない?」

 

俺がそう尋ね、茨木ちゃんが返事を返す前にお腹が大きく鳴った。

 

「むう、確かに腹が空いている!」

 

「だろ?だからまずは風呂に入って、そこからご飯を食べてから遊ぼうな」

 

「うむ!」

 

「うーきゅう!!」

 

元気良く返事を返す茨木ちゃんとモグラちゃんを見ていると俺も楽しくなってくる。さっきまでの暗い考えもどこかに吹っ飛んでしまったようだ。

 

「良し!じゃあ帰るか」

 

「うきゅう!」

 

小さくなったモグラちゃんを抱き抱えてホテルに帰ろうと歩き出すが、茨木ちゃんがまだ波打ち際に居る。

 

「どうしたの?」

 

帰るって言ってたのにどうした?と尋ねると茨木ちゃんは波打ち際で完全に停止していて、その視線の先には海から顔を出している魔界で茨木ちゃんに懐いたピンク色の魔獣がいた。

 

「どおん♪」

 

海面から顔を出して酷く上機嫌に鳴いている。海辺の魔物だから海が好きなんだなと微笑ましい気持ちになる。

 

「なんだ?お前も海でご機嫌だな、でももう帰る時間だから出ておいで」

 

俺がそう声を掛けるとピンク色の魔獣はざばざばと音を立てて海から出てきたのだが……。

 

「どぉん?」

 

海から出てきた魔獣は海に来た時と違っていて、2回りくらい巨大化していて4足歩行から2足歩行になり尻尾に巨大な貝殻が……。

 

「え?」

 

「なんかでかくなってるんだが、どうすれば良いと思う?」

 

茨木ちゃんがどうすれば良いと思う?と尋ねてくるがそれは俺も知りたい。というか人間界の海にこんなでかい貝殻はないと思うんだけど一体どこから持って来たのだろうか……?

 

「どぉん?」

 

何どうかした?という魔獣を見て、俺達が困ってるのはお前のせいだよと思いながらも、巨大化しても基本的な部分は何も変わってないのかぼんやりとしているのでとりあえず着いて来る様に言うとちゃんと着いて来てくれる。

 

「どうする?」

 

「こういう時は美神さんに相談してアリスちゃんに聞こう」

 

魔界の生物なのでアリスちゃんなら何か知っているかもしれないし、俺ではどうしようもないので美神さん達に相談しようと思いホテルへと引き返していくのだった……。

 

 

 

リポート12 臨海学校・破 その1へ続く

 

 




と言う訳で序はこれにて終了、横島の本質に少し近づいて、ヤドンっぽいのがヤドランに進化して終わりです。次回は少しシリアスな部分を入れて、ルイ様の悪戯のトリガーをひいていこうと思います。横島の煩悩のスイッチを少しだけONになるギャグイベントで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート12 臨海学校・破
その1


リポート12 臨海学校・破 その1

 

~美神視点~

 

今までの精神的疲弊もあり蛍ちゃんだけではなく、くえすも随分と弾けている六女の臨海学校はある意味成功と言える。

 

(結構溜め込みがちだしね)

 

メンタルがなまじ強い分(横島君関連を除く)表面上は見えていないが、実際はやはり爆発寸前だったのだろう。普段の冷静な部分を投げ捨てて、あとついでに乙女の矜持も投げ捨てて遊んでいたが……まぁそれも良しとしよう。だが何時までも微笑ましい気持ちでは居られない、金時達から告げられた結界の情報と、ホテル周辺の地主に拘束されていた六道のGSからの報告に私は眉を顰めた。

 

「……マジか」

 

「申し訳ありません、なんとか報告しようとしたのですが……」

 

「いえ、貴方を責めてる訳じゃありません。その状態で良く報告してくれました、ありがとうございます」

 

琉璃の言う通りで六道所属のGSはやつれており、霊力も殆ど感じられない。体力の続く限り霊力を行使した反動だろう今にも意識を失いそうだ。

 

「ご苦労様~今は休んで頂戴~」

 

「……はい、理事……後はお願いいたします」

 

冥華おば様の言葉に頷きふらふらと立ち上がり、六女のスタッフに連れられて去っていくGSを見送り、私達は会議を再開する。

 

「それでこの傷痕は間違いなく源氏由来の物のワケ?」

 

【おう、こことここ……俺ッチの知ってるのと少し癖が違うが……源氏武者の対怪異の剣技の跡に似てる】

 

「確信はないのですか?坂田さん?」

 

【ん、んーいやな、どうも消えかけてる最中の攻撃だからな……あのGSだっけか?あれが報告してくれた場所を見に行けばまた何か違う

事も言えると思うが……今は俺ッチに言えるのは綱の兄貴じゃないってことだけな」

小竜姫様の問いかけに対してそう返事を返す金時だが、英霊は強いと言うのは分かる。日本というこれ以上ないホームグランドの補正もかかっている日本の英雄は間違いなく強いが……。

 

「綱の兄貴って渡辺綱よね?どれくらい強いの?」

 

【……多分怪異相手なら負けはねぇ。俺ッチと綱の兄貴だと……綱の兄貴の方が上だな。ちょっと細身の優男って感じだけどよ俺ッチ……腕相撲も模擬試合も勝てた記憶が殆どねえな】

 

もしもそのレベルの英霊が出てくるとなると今の新しい技を試している私たちじゃ手も足も出ないか……。しかし源氏武者はやばいと聞いているが、こうして実際に聞くとやばいなんてレベルじゃないわね。

 

「令子ちゃん~私が調査に行こうか~?ショウトラちゃん達いるし~金時と、ブリュンヒルデさんとかに手伝ってもらえば何とかなると思うけど~?」

 

「そうね、それが最善かしらね。冥華おば様は何かありますか?」

 

「ん~家の子の面倒も見て欲しいから~分断には反対しないわよ~?ただ~生徒にはばれないようにして欲しいわね~?」

 

そこの問題がある、あくまで今回は臨海学校であり六女の生徒もいる。ただでさえ数日後には結界を解除して周囲の悪霊を全部呼び寄せて除霊実習を行なうのだ。過度なプレッシャーは厳禁だが……私は冥華おば様に一言言いたかった。

 

「やめません?」

 

「やめないわよ~?」

 

普段なら精々船幽霊や蟹や貝の化物とまりだが、今回は本当にどうなるのか判らない。それなのに止めないと言う冥華おば様には何を言っても無駄だろう。

 

「とりあえず愛子の机の中で除霊経験を積んでもらう予定なワケだけど……実際どう?」

 

「そこまで強力な敵は用意出来ないそうですが、限りなく実戦に近いシュミレーションですね。私は少し試しましたがかなりの完成度でしたよ?ね、マルタ」

 

【うん、それに学校とか、森の中とかシュチエーションも選べるし……何人か監視と教導役がいれば十分実地は出来ると思うわよ】

 

「それなら捜索に出れるのは訓練中で、終わるまでに戻ってくるって所ですかね?」

 

「そうね、それが最善ね……ん?何か騒がしくない?」

 

とりあえず明日からの方針が決まった所でロビーがやけに騒がしいのに気付いた。臨海学校だからって羽目を外しすぎたのか?と注意する為に部屋を出たのだが……くえすや蛍ちゃんも輪の中に混じって困惑した表情を浮かべていた。一体何がと身を乗り出してロビーに視線を向けてみるんじゃなかったと後悔した。

 

「あ、美神さん。良かった……なんかでかくなっちゃって」

 

「どぉん!」

 

「でかくなってもお前は弱そうだなあ……」

 

「どぉぉおおん……ッ」

 

水着姿にパーカーを羽織っただけの横島君の後には茨木童子が抱き抱えていたピンク色の魔獣が二足歩行に進化し、尻尾にでかい貝殻を付けた怪獣がいた。

 

「「「「……」」」」

 

「あ、進化したんだー。この子ね、尻尾を貝に噛まれると進化するんだよお兄ちゃん!」

 

「……そうなんだ。人間界の貝でも良いんだな……ははッ」

 

横島君も困っているのかとても乾いた声で笑っている。私は少し考えた後に琉璃の肩を叩いた。

 

「後よろしく」

 

「なんで!?美神さんの担当ですよね!?」

 

「あれはほら、まだ横島君の使い魔じゃないし、そもそも魔界の動物なんて私に判らないし」

 

「そんなの私にだって判らないですよ!?監督責任って分かります?」

 

「嫌」

 

「嫌じゃなくて!?」

 

地響きを立ててロビーに座ってふわっと大きな欠伸をしている怪獣とその怪獣を立ち上がらせようとしている横島君と茨木童子を見て関わりあうべきではないと判断し、私は琉璃に全てを押し付けて逃げるようにその場を後にしたのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

目覚まし時計の音で俺は目を覚まし、ベッドの上ではなく布団の上で大きく伸びをした。

 

「流石に疲れたな」

 

ホテルに帰った後は寝ていたチビ達を起こして風呂で綺麗に洗って、夕食だったが……魔界で斧龍から預けられた赤ちゃんが雛鳥状態でそれが連鎖してアリスちゃん達まで入ってきて大騒動。その後はホテルのゲームセンターのUFOキャッチャーや卓球で遊んで……就眠時間になればアリスちゃん達は部屋に帰したが、魔獣組は付いてきちゃうし、寝るところないしでめちゃくちゃ大変だった。

 

「皆良く寝てるな」

 

六道のつながりで使い魔を連れているGSが多く滞在すると言う事で急遽用意された部屋に荷物を移して、使い魔用のベッドに魔獣達を寝かせてとかなりハードな1日を過ごしたと思いながら頭にバンダナを巻くと心眼が目を開いた。

 

【おはよう、横島】

 

「おはよう、心眼。朝の散歩ってどうなのかな?止めといた方が良いかな?」

 

今日のスケジュールは愛子の机空間で除霊実習の監督役の手伝いとアリスちゃん達の面倒を見るようにと言われていたけど、散歩には行かない方が良いだろうか?と心眼に尋ねる。

 

【散歩くらいなら構わないだろう。それに……もう来てる。上を見てみろ】

 

上を見てみろと言われて顔を上げると紫ちゃんが障子から顔を出していた。

 

「おはよう、紫ちゃん」

 

「おはようございますわ、お兄様」

 

優雅な素振りで扇子を開く紫ちゃんの背後からはアリスちゃんやリリィちゃんが顔を出す。

 

「お散歩行こう!」

 

【散歩です!!】

 

完全に行く気満々の様子を見れば駄目とは言えないし、俺達の話し声でチビ達も起きて欠伸をして目を擦っている。

 

「着替えたら散歩に行こう、ちょっと待っててね」

 

【「「「「はーい」」」」】

 

……声が多いな、姿が見えないだけで天ちゃんと天魔ちゃんもいたのかな?と思いながら俺は顔を洗いに洗面台に向かうのだった。

 

 

「で、朝から疲れてるのですか?」

 

「……まぁちょっとだけ……?」

 

シロも牛若丸も加わって想像以上の大所帯になればはしゃぎまくるし、うりぼーが海に突撃しようとするのでそれを止めるのに苦戦したりとちょっと疲れてる。あとくえすにジト目で見られると怖いので目を逸らそうにも、逸らしたら逸らしたで大変な事になると直感が告げているのでそれも出来ない。

 

「まぁ分かるけど、もうちょっと考えた方が良いわね、アリスちゃん達に言いにくいのは分かるけど」

 

「うい」

 

自由時間は用意されているが、今回の旅行の目的は臨海学校の付き添いであり、その多くの時間は訓練に当てられる。初日の自由時間が特別だったといえるだろう。

 

「でもさ、アリスちゃん達はどうするんだ?」

 

俺も訓練をする予定だけど、アリスちゃん達はその間どうするのか?と蛍に尋ねる。俺の疑問の答えは蛍ではなく、背後から告げられた。

 

「天竜姫様達も訓練をしますよ。ただそうですね、遊びの延長のような物です」

 

「かんらからから、見た目は幼子でも神だからな、己の力を操る術を学ぶのは当然だ」

 

小竜姫様と鬼一さんの言葉に少し驚いたが、確かにタタリモッケさんの学校でも軽い戦闘訓練みたいのはしてたなと思い出した。

 

「でもアリスちゃんってゾンビを沢山召喚したり、茨木ちゃんはロケットパンチとかしますけど大丈夫ですかね?」

 

手加減って言葉を絶対どこかに置き忘れてると思うんだけど大丈夫かなあと俺は不安を抱きながら、机の上のみかんを手に取る。

 

「はい、チビ。あーん」

 

「みーむう♪」

 

チビの口にみかんを入れてやり、今度はフォークでウィンナーを刺して持ち上げて鮫っぽいの口元に向ける。

 

「フカ♪」

 

ばくんっと音を立ててフォークごと食べてしまう鮫っぽい魔獣を見て、俺はうーんと唸ってくえすと蛍に視線を向けた。

 

「食事の躾ってどうすれば良いと思う?」

 

手加減って言葉を知らないのは魔界の魔獣組も同じで、食器ごと食べてしまっている姿を見てどうやって躾ければいい?と2人に尋ねたのだが……やっぱり俺と同じで答えはなかった。

 

 

「ふうふう……結構疲れた」

 

「安全な実戦って聞いてたけど結構疲れるわね」

 

愛子の机の中に入っての除霊実習の監督として俺も机の中に入っていたが、これはかなり厳しいのでは?と思った。

 

「柩ちゃん、これって前の事件のがベースなのか?」

 

「くひ、そうみたいだねえ……おっと、横島。リタイヤがそろそろ出るよ、迎えに行ってあげたまえよ」

 

「あ、うん。分かった、モグラちゃん。行こう」

 

「うきゅう♪」

 

柩ちゃんの予知で体力の限界を迎えた生徒を回収し、またスタート地点に戻る。これが監督としての俺の仕事だった、見知った顔もあれば知らない顔もいる。

 

「もう無理しない方が良いんじゃない?」

 

「よ、横島GS……はい、そうですわね。行きましょうか?」

 

「グルウ」

 

今回は使い魔学科の生徒の焔さんだったけど、本人も使い魔のカソも疲弊しきっており俺が厳しいと感じたのはやはり間違いでは無かったようだ。

 

(原始風水盤にシズの森の中、それにガープの隕石落とし……えげつねえ……)

 

監修は美神さん達らしいが、俺達が体験した戦いをベースにした戦闘訓練はやはりかなり厳しいと思う。

 

「ふう……中々歯応えがありましたわね」

 

「お疲れ様です。スポーツドリンクとタオルです」

 

「ありがとう、横島」

 

くえすは普通にクリアして帰ってきたけど、中には気絶、あるいは行動不能で魔法で帰って来てる生徒もいる。

 

「これ心折れないかな?」

 

【折れたならその程度、諦めた方が良いわよ。ここからは今まで見たいに優しい世界じゃないのよ、横島】

 

「マルタさん、でも」

 

【1回折れてまた立ち上がれればそれで良し、無理なら治療とかの除霊に変われば良いの、これは適性診断。とにかく自分達の限界、そして戦うであろう敵を知る事が大事なのよ】

 

俺では理解出来ない考えが美神さん達にあるのならば、俺は多分浅はかな事を言わない方が良いだろう。今も倒れている生徒の目は爛々と輝き、諦めないと言うのをその目で示している。休んで動けるようになればまた挑戦するのだろう……それを止める権利は俺にはない。

 

「楽しい!天竜、天魔もう1回行こう!」

 

「うん、行く」

 

「面白いですね、行きましょう行きましょう」

 

……だからあそこで六女の生徒の意志を纏めて圧し折っているアリスちゃん達は見ないようにして、あの3人は神魔だから人間じゃないからと説明するのに奮闘する事になった。

 

「え?蛍達もやるの?」

 

「そりゃやるわよ?私達も底上げしないといけないし、愛子さん。難易度最大で」

 

「六女の生徒はいないわね~?」

 

「はい、大丈夫です。ここにいるのは蛍さん達だけなので1番難しい設定でやりますね」

 

美神さんやエミさんを除き、蛍やくえす、それにシズクやおキヌちゃんという面子で、俺も参加しての戦闘訓練が始まったのだが……。

 

「あれ?なんで俺だけ?」

 

戦闘訓練が開始されすぐに俺だけが別の場所にいた。いや、俺だけって言うのは正しくないか……。

 

「みむー?」

 

「うきゅ?」

 

「フカー?」

 

チビ達も不思議そうに首を傾げて座っている。確かにチビ達は近くにいたけど、蛍達はどうしたんだろうか?と首を傾げる。

 

【……設定がどこかおかしかったのかも知れんな、そこのドアから出れないかどうか試してみてくれ】

 

広い部屋に出口らしき扉が1つ。そして何故か滑り台やボールといったチビ達が喜びそうな遊具が転がっている部屋に何の意味があるのだろうかと首を傾げながら扉を開けようとするがどうも外から鍵がかかっているようで、試しに栄光の手や勝利すべき拳を展開して殴ってみたがうんともすんとも言わなかった。

 

【しょうがない、中から開かないのなら蛍達が来るのを待つしかなかろう】

 

俺と心眼でどうしようもないのならば部屋の中で待つしかないとなり、俺は部屋の真ん中に腰を下ろして転がっているボールを持ち上げてチビ達の方に転がしてやる。幸い部屋の中にはチビ達が喜びそうな玩具が沢山転がっているし、蛍達には悪いが開けてくれるのをのんびりまつ事にするる、愛子も初めての事だし少し失敗する事くらいあるよなとそこまで深刻に考えず、俺がチビ達と遊んでいる間部屋の外がとんでもない地獄になっているなんて俺は夢にも思っていないのだった……。

 

 

 

~ルイ視点~

 

愛子という妖怪に仕込んだ魔法陣が起動した感覚がして飲んでいた紅茶のカップを机の上においた。

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

控えていたベルゼブルがそう問いかけてくるので、大丈夫だよと笑い掛けながら席を立つ。

 

「どちらへ?」

 

「魔人姫の所に行く、ちょっと急用が出来たんだ。ベルゼブル、君もおいで」

 

「畏まりました、すぐに準備をします」

 

「うん、よろしく頼むよ」

 

臨海学校とやらで海へ行くと聞いていたが思ったよりも早かったが、これでいい。最高指導者達がトトカルチョと称して横島の周辺の女を使って賭け事をしているが変化がなければ面白くない、これほど面白い題材だと言うのに何の変化もないというのは余りに勿体無い。

 

「ルイ様、どうぞ」

 

「うん、ありがとう。さぁ行こうか」

 

ベルゼブルが用意してくれた日傘と帽子を手に転移で魔人姫――すなわちネロがが拠点としているホテルへと転移する。転移するのなら帽子はいらないと思うかもしれないが、淑女として嗜みは必要不可欠だ。

 

「お?どうしたどうした?明星よ」

 

「やぁネロ。元気そうだね、カーマに作らせた矢が起動したみたいなんだ」

 

「なんと!ははは、良いではないか、丁度退屈しておった所だ。酒と軽い摘みを用意せよ、2人……いや、3人分だ」

 

「「「「畏まりました」」」」

 

4騎士が頭を下げてネロの部屋を後にし、残されたのは私とネロとベルゼブル……そしてもう1人。

 

「もしかして私の分ですか?」

 

「勿論だ!お前が功労者なのだ。労ってやろうと言うのだ!」

 

「そうだとも、だって私とネロが動いたら……なぁ?」

 

「うむ」

 

やろうと思えば出来ない事はないんだが……愛の神という専門家がいるのに私達がやるべきではないと言うか……。

 

「多分やりすぎる」

 

「うん、AとBを飛び越えてCに成る」

 

ちょっと横島の煩悩とか劣情とかを刺激しすぎて賭けを一気にゴールにしかねない……それは面白くないのだ。

 

「何をするつもりだったんですか?」

 

呆れた様子のベルゼブルに私とネロは少しばかり下品とも言える表情を浮かべて返事を返した。

 

「「ナニになってしまうかなと」」

 

横島の煩悩が子煩悩にシフトしているが、その子煩悩を煩悩に戻したらどうなるかなんて火を見るより明らかだろう?と言うとベルゼブルは耳を紅くして、失礼しましたと口にし頭を下げる。

 

「……はぁ……これで神魔の最高位って言うんだから世も末ですね」

 

カーマが呆れているが、少し動きを付けたいなと思っていたのにいきなりゴールでは駄目だ。それに……もっと面白くなるという予感があるんだ。偏屈な女神とかが出てくるし、神魔に反逆した王とかが来ると分かっているのにそれを待たずに決着とは余りにも面白くない。

 

「本当はルキフグスもいると面白かったんだが、間が悪いか、まぁ良い。小竜姫とかいるし、十分に楽しめるだろう」

 

「色恋に振り回される女と言うのは何時見ても面白いからなあ」

 

まぁ私から見ればネロもその振り回される1人なのだが、まだ自覚していないようなのでこいつも何時起爆させてやろうかとほくそ笑みながらモニターに映る困惑した様子の蛍達に向かって私は声を掛けるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

愛子さんの机の空間の中で六女の生徒の次に戦闘訓練を行なう予定だったんだけど……目の前のゲートを見て心底私は困惑していた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

ピンク色の門が毒々しい色でライトアップされている。と言うかぶっちゃけるとラブホにしか見えない、全員なんとも言えない表情を浮かべている中、柩とタマモが愛子さんに視線を向ける。

 

「やっぱりこの机妖怪殺そう、頭の中ピンクだからきっと性犯罪するよ」

 

「そうね、そうしましょうか」

 

「無罪!私無罪!!!」

 

無罪って言ってるけど、愛子さんの机の中は彼女が組みかえれるのだから潜在的な欲求とかじゃない?という疑惑がある。

 

【やぁ、元気そうだね。うんうん、良い事だ】

 

私達の前に魔力で出来たルイさんの姿が現れて思わず身構える。

 

【ちょっとね、私とカーマのプレゼントさ、面白いだろう?】

 

全然全く面白くないです、と言うか、この人が何をしようとしているのかが怖くてしょうがない。

 

【いやねえ、君達が余りにヘタレだからさ、ちょっと進展するように手伝ってあげようかなと】

 

余生なお世話と叫びたかったが、もし叫んだら死ぬかもしれないと思いその言葉をグッと飲み込んだ。それは私だけではなく、小竜姫様達も同じ様だ。

 

【横島君はこのゲートの向こう側の一番奥の部屋にいる、今頃は使い魔と一緒に遊んでるんじゃないかな?それとアリス達は普通に反対側の遊園地の入り口みたいな所から横島の所を目指してるよ】

 

姿が見えないアリスちゃん達は安全みたいで安堵したが、それは一瞬で崩れ去る。

 

【この門を潜るとね、自分達の1番の欲求と願望が形になるんだ。もしかすると横島が好きすぎて大人になってるかも知れないね】

 

笑ってるけど笑い話じゃないッ!!あのロリサキュバスがいるので非常にやばい……ッ!!だけど欲望と願望が形になるとか、1人ならまだしもこれだけの大人数でそれはない。

 

「とめないと……ッ」

 

「ですね……ちょっと笑えないですよ……」

 

ナニが起きるのか分からないので阻止しないといけないけど……。

 

「ここを通るのですか?」

 

「……怖いのですが」

 

「え?そう?あたしなんか面白そうだと思うけど?」

 

1人だけ天真爛漫がいるけど、楽しそうなんて欠片も思えない……だけど先に行かないわけには行かないわけで……。

 

【中はちょっと面白いゲームしかないよ?性癖暴露とか、脱衣とかコスプレしろそんなのさ、媚薬を飲めとかは無いさ】

 

「「「「何が面白いか!?」」」」

 

【ふふふ、カーマ監修だからきっと面白いよ、だってほら、シヴァの性欲を刺激しようとしたプランだし?】

 

【それで私死にましたけどねー?はは……本当にねぇ……なんでこんな事させられてんの私……】

 

カーマが超ダウナーだけど、気持ちは分かる。私も同じ気持ちだからだ……悪魔め、いや、悪魔だけどもう少し良心とか残しておいてくれないかな……?

 

【と言う訳で進むもここで躊躇うも好きにしてくれたまえ、でも子供達はもう進んでいるとだけ言っておこうかなあ?】

 

ここまで言われたら進むしかない訳で……強烈に嫌な予感を感じながら私達は毒々しい光を放つ門の中に足を踏み入れ……。

 

「「「「なによ、これええええええッ!?!?」」」」

 

自分の服装、そして周りの人の姿を見て誰もが絶叫する。今ここにかつて神に反逆した堕天使と愛の神プレゼントのデスゲームが幕を開けたのだった……。

 

 

リポート12 臨海学校・破 その2へ続く

 

 




ルイ様とカーマプレゼントのデスゲーム開始です。なお横島はマスコットと戯れてるので温度差マッハですね。次回は強制着替えさせられた蛍達の視点から入っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート12 臨海学校・破 その2

 

~蛍視点~

 

毒々しいピンク色の門を潜って数秒、誰もが絶叫する事になった。自分の欲望や願望が形になる……しかもそれが最上級神魔が関わっているとなれば隠せない物と言うのは分かっていた……分かっていたけど……ッ!!手加減とかもう少し手心を加えてくれても良かったんじゃないかと思う。

 

「「「「なによ、これええええええッ!?!?」」」」

 

耳がきーんっとなるくらいの絶叫が通路に響き渡り、山彦のように帰ってくる。それが逆に腹ただしくなってくるほどの静寂だ。

 

「……チガウンデス、チガウンデスヨ、ベツニヤマシイキモチナンテナクテデスネ」

 

……サキュバスも真っ青な際どい水着姿で違うんですと片言でトマトみたいな顔をして言っていても全く説得力の小竜姫様に……。

 

「私は何も気にしませんわ、まさにこれこそ私の願望そのもの!」

 

白無垢姿の清姫はまぁあれだ、分からなくもない。常に横島への愛を叫んでいるので願望がお嫁さんになる事も納得だ、納得するけどそれとこれとは話が違うけど……。

 

「……まぁある意味これが私の本当の姿みたいな所はあるしな」

 

巫女装束とは少し違うけど、神聖さを感じさせる法衣姿の美しい女性の姿になっているシズク。その姿めちゃくちゃ久しぶりに見た……パイパーの時以来だと思う。

 

「「「嘘付け」」」

 

「……いや、本当だぞ?子供の姿の方が横島に取り入りやすいし、霊力とかの消費も楽だから子供の姿をしているだけだからな」

 

めっちゃ堂々と言い切ったわね……いやでもシズクならそれくらいは普通にするだろうけど……もしかしなくても横島に気をつけるように言っておいた方が良いかも知れないと思った。

 

「姉さん、ちょっと視界が低いや」

 

「そ、そうですか……ええ、テレサはそうですよね、ええ、分かりますとも」

 

テレサはロリフォーム、これは多分あれだ。情緒が育ってないのでアリスちゃん達が横島と遊んでいるのを見て羨ましいと思ったテレサの子供らしさの現われだと思うけど、マリアさんは……うん。

 

「……マリアさん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「……もしかしてルキフグスさん羨ましいと思ってました?」

 

「……ちょっとだけ……」

 

超がつくフリフリのミニスカートにガーターベルトに胸を強調するような少し小さな上着姿にカチューシャとどう見てもメイド服なのだが、丈の短さとかがどうしても如何わしい何かを連想させる。

 

「全く浅ましい事を考えているからそう言う事になるのです」

 

「自制心って大事よね、うんうん」

 

「そうだよね。まぁとにかく早く横島を探さないと」

 

「ブーメランって言葉知ってる?3人とも?」

 

くえすはテレサと同じでロリフォームだ。まぁこれは良いだろう、普段がもうかなり淫靡なので、これはまだ許される範囲だと思うけど……琉璃さんと柩は絶対駄目だと思う……。

 

「いやもうあれじゃない? 開き直ろうかと……」

 

「それで猫耳ビキニになるのはなんでなんですか!?」

 

白ビキニに猫耳装備なのは何故なのかと尋ねた私はきっと悪くない、琉璃さんは一応巫女である筈なのに……何故と思う。

 

「……いや、ほら私巫女だし?純潔守らないといけないじゃない?でも当主だから次代ってことも言われるのよね」

 

「つまり耳年増でムラムラしていたと」

 

「シャラップッ!!!と言うかなんでもかんでも私に押し付けてどれだけ私がストレスを溜めてるのか考えたことあるのかぁッ!!!」

 

……琉璃さんが壊れてる……思わず目を伏せてしまうほどに琉璃さんの姿は痛々しかった。

 

「欲求不満と……はっ」

 

「死ねくえすッ!!!」

 

「だれが死にますか!!」

 

……もう駄目だ、おしまいだあ……まだスタートもしていないのに2人が脱落寸前になってる。

 

「会長殿もくえすも弾けてるねぇ」

 

「柩、貴女が1番はじけてると思うわよ?」

 

「くひひ、でもこれはボクの願望そのものだよ」

 

首輪、手錠……あと眼帯で片目だけ塞がれてて……拘束されてるようにしか見えず、幼い容姿も相まって犯罪臭が尋常じゃない。

 

「それが?」

 

「うん、あと服の下は荒縄で亀甲「それ以上は駄目よッ!?」……ちょっと気持ちよくて「駄目って言ってるわよね!?」……くひ♪」

 

笑い声が少し上って言うか嬌声が混じってる事にやばさしか感じない……と言うかドがつくMで対応に困る。これを友人と言ってるくえすと柩ちゃんと普通に呼んでいる横島が凄すぎる。

 

「理想とすればこんな感じなんだよね、拘束されて躾けられるの好きだよ、後は妊娠して捨てられても可。骨折までなら我慢するよ、横島相手ならね」

 

「業が深すぎる性癖を暴露するの止めてくれない?」

 

Mとかそういう次元じゃなくて只のやばいの奴だった。というか柩の中で横島はどんな感じになってるのかと少し問いただしたくなった……。

 

「どうせ後で暴露されるなら先に暴露しておいた方がいいじゃないか?」

 

「無敵か!?」

 

色んな意味で無敵すぎる柩……私の中で不気味って印象だったのに、この短い時間だけでやべーい奴になっている。

 

「でも蛍ちゃんも人の事言えないと思いますよ?」

 

「……いや、私控えめじゃない?」

 

割烹着姿のおキヌさんにそう言われるけど、ほかの色物よりずっとましだと思う。

 

「違和感しかないですわよ、偽乳」

 

「それやるならもうもっと吹っ切りなさいよ、欲望を解放しなさい。ムッツリ」

 

「良いじゃないですか!?ほんのちょっと胸が大きくなったらなあって思っただけですよ!?」

 

周りのアホみたいな胸囲とまでは言わないけど、2……いや、1カップでもいいから胸が大きくなって欲しいって思って何が悪いというのか……。

 

「私は悪くないと思うわよ」

 

「黙れ、諸悪の根源」

 

「淫魔は喋る権利はないわ」

 

「私の人権は!?」

 

ごめんフォローできないわよ。愛子さん……だって、だって……。

 

「愛子さんも小竜姫様と似たような服装してたら淫魔って言われるわよ?」

 

「私は淫魔じゃないんですけど!?」

 

小竜姫様が反論するが、その服装で淫魔じゃないは無理がある。防御力なんてどう見ても0だし、少し動けば胸が零れ出てしまいそうだし……アウトかセーフで言えば……。

 

「「「「1000%サキュバス」」」」」

 

「違います~!!!!」

 

赤面して叫ぶ小竜姫様だが、どう見てもサキュバスである。あと愛子さんは自分の格好を見て、胸を腕で押さえて蹲った。

 

「違う違う……いやいや……ええ……でも」

 

なんか自己弁護しようとして無理となったのか顔色を目まぐるしく変えてるけど、認めてしまえと正直思ってる。

 

「一応言いますけど、サキュバスは最高指導者の指示でそこまでアレな服装してないですよ」

 

「「「いや、嘘だろ」」」

 

もう殆ど服として機能していない格好のルキフグスさんに絶対嘘だろという突っ込みが重なるというか……。

 

「ルキフグス様は男性でしたよね?」

 

……ブリュンヒルデさん、その羽のついた際どいビキニはなんなんですかね?神魔って皆羞恥心皆無なんですか?と言いたくなるが、聞き捨てなら無いのはルキフグスが男だったという言葉だ。

 

「ルイ様のご気分で性別が変えられるので別に男とか女とかじゃないですよ?」

 

性別超越してた……と言うかこの人もルイさんに振り回される側の人だった……。

 

「じゃあ横島に興味はないと?」

 

「いえ、興味津々ですが?女の身体で得れる快楽も味わって見たいと思っています。それに……」

 

「「「それに?」」」

 

「横島の物は凄いです、股間に顔を埋めたから知ってます」

 

なんで真顔でこんな事を言えるのかと呆れる以前に一週回って真顔になるし、突っ込みすら出てこないわ……。

 

【そんなに凄いですか?】

 

「凄いというか……あれは多分……串刺し、壊されるのも視野に入れるべきかと」

 

【マジかあ……まぁそれはそれでワシも興味あるな!沖田はどうじゃ、何か言いたい事は】

 

【擬似親子って最高だと思いません?】

 

……聞こえない聞こえない、生々しすぎる会話なんて聞こえないし、英霊としての牛若丸のアウト過ぎる服装で少し成長してる姿とか、どこのモデルですか?って言うノッブの姿も私には見えてないし、変態発言も聞こえない。

 

「……魔界で買った媚薬投与しても大丈夫ですかね」

 

「死ぬかもね、快楽で」

 

ちょっと待ってくえすと柩は何の話をしてるの?って思ったけど、問いただすのもあれなのでずっと気になっていたほうに視線を向ける。

 

「それでタマモは何、その格好……顔付きまで変わってない?」

 

「……多分あれね。九尾の狐の誰かが私に干渉してるわね……何、このピンク色の髪にスーツって……趣味悪ッ!」

 

趣味が悪いのは分かるけど、思いっきり胸を開けてるのは正直どうかと思うのよね私、髪とスーツに文句を言う前にボタンを締めた方が良いんじゃないかしら?

 

「なんか出来る秘書って感じでござるな!」

 

「そうねえ~今のタマモちゃんなら六女の事務職も出来るかも~」

 

……全く変化していないシロと冥子さんを見て突っ込みに回ってたけど、私ってもしかして十分に淫魔脳なのかと思い、がっくりとその場に崩れ落ちるのだった……。

 

 

 

 

~紫視点~

 

願いが叶うよ☆って書かれていた門を潜った後、視界がぐんっと伸びたのを感じた。それに手足も伸びて……。

 

「大人になりましたわ!」

 

「……幻術だけど案外凄い」

 

幻術だとしても大人になったのは素直に嬉しい、お兄様が可愛い可愛いと言ってくれるのは嬉しいけどそれとこれとはやっぱり話が別なのだ。

 

【私凄く大きくなりました!】

 

「「「……なんかずるい」」」

 

でもリリィが1番成長していた……どこかとは言わないけど……言わないけどッ!!物凄い敗北感がある。私と天竜姫と天魔のずるいという言葉が重なる。

 

「何が?」

 

あとアリスは持ってる側だ……なんかこうあれですわね……なんて言えば良いのでしょうか……。

 

「私は別にあんまり気にしてないですけど」

 

「……まぁこんな物かと……」

 

「ですわよね」

 

どこかとは言わないが、大きすぎず小さすぎないので丁度いいはずだと思う……。天竜姫と天魔も着ている民族衣装をそのまま大きくして、凛とした綺麗な雰囲気がある。大人になってもやっぱりそんなに変わらないのですねと思っていると別人みたいになっているアリスが爆弾を投下する。

 

「でも紫はやっぱり胡散臭くなったね」

 

「胡散臭くないですわよ!?……なんで目を逸らすんですの?」

 

「……いや……その」

 

「悪巧みしてそう」

 

「何でですか!?そんな事は考えてません!」

 

胡散臭いって言われるのは何故なのかと思わず声を上げる。私は決して胡散臭くない……筈だ。

 

(でもお兄様にも言われたら……)

 

お兄様にまで胡散臭いって言われたら私はもう立ち直れないかもしれない、思わずその場にへたり込んでしまう。

 

(それに平行世界の私って……)

 

胡散臭いの権化みたいだった平行世界の自分を思い出し余計にダメージを受けてしまう紫、胡散臭い悪巧みしてそうの言葉は会心の一撃となって紫の心を貫いていた。

 

「だ、大丈夫ですよ。横島は多分、胡散臭いって言わないと思います」

 

「大丈夫だと思う、多分……」

 

「めちゃくちゃ不安に思ってるじゃないですか!私のどこが胡散臭いと言うんですか……」

 

置いてあった鏡を見ても別におかしな所はないと思うのですが……なんで感想が胡散臭いなんですか……。平行世界の私を見てあんな風にならないように努力して、お兄様に可愛いと言って貰える様に色々頑張ったのに……成長したら何で私は胡散臭くなってしまうのだろうか……。

 

一方、その頃平行世界のマヨイガではこんなやり取りが行なわれていたりする。

 

「へっくし」

 

「どうしたんです紫様?いきなりくしゃみして?」

 

「いえ、誰かに悪口言われた気がして」

 

「それは仕方ないと思いますよ」

 

「酷くない?」

 

その人物がくしゃみをしていたのは些細な事であったりする。

 

「……それはきっと雰囲気ですの」

 

「「「うわあ……」」」

 

ミィの言葉に振り返り、私と天竜姫と天魔は思わずドン引きした。お兄様が何時もちゃんとした服を着てと言ってるけど、その言葉の意味を理解してしまったかもしれない……なんと言うか……凄くえっちだった。

 

「……うわぁとは何ですの、うわぁとは……」

 

アリスとリリィ以上に大きくて、殆ど裸同然なのは絶対に良くないと思う。

 

「その格好でお兄様の所に言ったら怒られると思いますわよ」

 

「……良くない、凄く良くないと思う」

 

「駄目すぎます。もう駄目です、駄目駄目です」

 

【……私もそれは良くないと思います】

 

「アリス。良くわかんないけど、良くないと思う」

 

絶対良くない、もう駄目だと思う。本当にお兄様が本気で怒ると思う……だけどミィはふんすっと強気な態度を崩さない。

 

「……これで結婚の条件を満たせるので問題ないですの」

 

「結婚?なんですのそれ」

 

「なんかね、好きな人とずっと一緒にいれるんだって」

 

知らない言葉に首を傾げているとアリスがそう教えてくれた、好きな人……お兄様とずっと一緒……。

 

「いいですわね、それ!」

 

「うん、良いよね!」

 

大好きなお兄様とずっと一緒なのは凄く嬉しい事だし良い事だ。

 

【でも今もお兄さんとずっと一緒ですけど、何か違うんですか?】

 

「「うーん確かに?」」

 

お兄様は何時も優しいし、ずっと側にいてくれているけど……それと結婚は何か違うのだろうかと首を傾げる。

 

「……大丈夫ですのよ、「今」の私達なら横島がきっと優しく教えてくれますのよ?」

 

「「【??】」」

 

私と天魔とアリスはミィの言葉に首を傾げたが、天竜姫だけはスカートを握り、頬を赤くした。もしかして天竜姫は結婚に必要な物を、もしくは結婚する為に私達が覚えなくてはいけない事を知ってるのかもしれない。だけどそれを尋ねる事は少し難しそうだった……。

 

「……天竜姫は知ってるんですの」

 

「いや、あの、ちがくて」

 

「……大丈夫ですの、ね?んふふふ……ほらほら、何を考えたのか教えて欲しいですの」

 

「いやだからッ!!!」

 

「……大丈夫ですのよ、大きくなれば皆分かることですの、ちょっと天竜姫が早く知ってるだけで」

 

「う、うううう……ッ」

 

これは天竜姫がミィに苛められているだろうか助けるべきなのだろうか……ミィがにやにやしていて、天竜姫がうろたえていて……どうしようかと悩んでいると強烈な打撃音がした。

 

「……ちょっと待っててくれますか?すぐに戻りますから、ミィと大事な話があるので」

 

「……助けてくださいですの!ちょっと調子に乗っただけですの!!!ふぎいッ!?」

 

助けを求めるミィの頭に拳骨を振り落として黙りなさいと無表情で言う天竜姫が物凄く怖かったので、私達はミィを助ける事を秒で断念した。

 

「「【あ、はい】」」

 

目の据わった天竜姫が涙目で頭を抑えて口を×にしているミィを引き摺って通路の先に消える。連続で響いて来る打撃音とミィの許しをこう叫び声を聞いて、私達は思わず耳をふさいでその場に蹲った。

 

「お待たせしました、さぁ行きましょう。あ、後、結婚の事は横島には聞いては駄目ですよ?まだ私達には早いですから」

 

頬に紅い何かをつけて、ミィの頭を鷲づかみにして引き摺りながら横島に結婚の事を聞いてはいけないという天竜姫に私達は何度も何度も頷き、天竜姫に先導されながらお兄様を探す為に迷路のような通路を歩き出すのだった。勿論歩いている私達の胸の中にあったのは天竜姫を怒らせてはいけない、怒らせたら多分死ぬという確信めいた予感だったりする……。

 

 

 

~美神視点~

 

横島君達が愛子ちゃんの机の中で鍛錬を積んでいる間、私達は私達で金時が発見したという斬撃を放った存在の事を調べていた。

 

「今戻ったぞ、やっぱり頭数が多いと良いな。色々聞けたぞ」

 

陰念と雪之丞とクシナを連れて聞き込みに言っていたメドーサが帰ってくるなり、地図を広げていた私の前に座り込んだ。

 

「ここと、ここ、それとここの住人も殺されて首を持ってかれてる。性別は当然バラバラ、あと年齢もな」

 

このホテル周辺で霊能関連の事件と言う事で伏せられていたが、霊による無差別大量殺人が発生していたのだ。

 

「陰念達は何か聞けた?」

 

「ああ、どうもあれみたいだ、地元の名士の血縁関連とかではないのは確実だな。色々と調べてみたが遠くからこっちに移住してきてる連中が多い」

 

「一族ごと皆殺しみたいだったぜ、ただ妻だけが殺されていたり、妻以外が殺されていたりって全然統一性がねぇ。これ無差別殺人じゃないか?」

 

移住者が多いとなるとやっぱり地元の伝承の線は消えたか。それに皆殺しだったり、妻だけが生き残っていたり、妻も殺されていたりとこれまた繋がりがない……。

 

【今戻ったわよ、ちょっと興味深い話を聞けたわ】

 

【多分これ、手掛かりになると思うわよ】

 

マルタと三蔵、そしてピートの3人が帰ってきて、興味深い話が聞けたと聞いて思わずそっちに視線を向けた。

 

「本当?クシナ達が地元関連で調べてくれたけど進展無かったんだけど、マルタ達は何を調べてくれたの?」

 

私は生き残りのGSとかに話を聞いていたけど、黒い靄とか、全然要領を得なかったけど霊視がまともに出来ていないと言うのでやはり英霊や神霊、もしくは認識阻害に順ずる何かがあると言うことだけは分かった。

 

「僕達が調べたのは移住した人達が元々暮らしていた場所になります。そこに手掛かりを求めて、確かに手掛かりはありましたが……」

 

「んだよ、急に黙るなよ、出し惜しみせずに言えよ」

 

黙ったピートに雪之丞が強い口調で言えと言い、ピートがキッと雪之丞を睨みつける。

 

「あ?やんのか」

 

【止めなさい雪之丞、ピート君。雪之丞も悪気はないのよ、ちょっと口が悪いだけでね】

 

三蔵が仲裁に入ってくれたが、やっぱり雪之丞とピートの相性はかなり悪いみたいね。今後も調査の組み合わせは考えないといけないみたいだ。

 

【殺された人達とその人達が元々住んでいた土地で調べると……殺されたのは源氏由来の先祖を持つ者よ】

 

「ちょっと待っておかしくない?金時が言うには源氏の剣術なのよね?なんで源氏の子孫が殺されるのよ」

 

マルタの報告を聞くと源氏が源氏を殺していると言う事になる、これが平家なら分かる。だが何故源氏が殺されるのか?辻褄が合わないと私は思ったのが金時達は違っていた。どうも思い当たる節があるような表情を浮かべていたのだ。

 

【……擬似英霊っつうもんがある。これは英霊が完全に具現化できない際に親和性の高い現代の人間に憑依する形で現界するもんだ、ただ

基本的には生身の人間に英霊っつう組み合わせになるんだが……多分今回は英霊に英霊が重なってる】

英霊に英霊が憑依してると言われてもぜんぜん意味が判らない。

 

「つまりどういうこと?」

 

【簡単に言うとあたしの身体にマルタの精神が入ってるみたいな、2人が混ざってるみたいなそんな感じ】

 

「生身じゃないから出来る事ってことね、でも英霊同士だから完全に混ざり合って元に戻らないって所で主導権を持ってる方が多分平家由来の英霊で憑依されている英霊が源氏って所だと思うわ」

 

凄くごちゃごちゃして来た……英霊の事に対する理解が低いって言うのもあるけど、魂の混ざり合いなんて人間では触れない話題だ。

 

「そんなことってあるの?」

 

【普通はねぇ、だけど……見做し召喚されたのかもしれない】

 

「見做し?どういうこと?」

 

「英霊は基本的に抑止力として召喚されるわ。あたしと三蔵みたいに天界から派遣されてるのは自分の意志で来てるし、あたしは擬似肉体つきで生身に近いから完全に同じじゃないけど、基本的に英霊は自分の伝承の残る地以外に召喚されるのは難しいわ、だけど見做し召喚は違う。どこか似ている要素があれば、そこから強引に召喚出来る。多分だけど……海と源氏と平家の子孫が住む街ってことで……」

 

そこまで言われれば私でもマルタが何を言おうとしているのかが理解出来た。

 

「壇ノ浦の源平合戦を見做したって事?そんな馬鹿な」

 

壇ノ浦の源平合戦、海での大決戦を模したとしてもここにそんな伝承はない、無理矢理にも程がある。

 

【俺ッちもそう思うが、そのあり得ない馬鹿な事が起きていてもおかしくねぇんだよ。むしろ可能性はかなり高いと思うぜ】

 

源氏に滅亡させられた平家の怨霊が源氏の英霊を乗っ取って現界しているかもしれない……その最悪の可能性に私達は完全に言葉を失うのだった……。

 

 

 

一方部屋の外で惨劇が行なわれているなんて夢にも思っていない横島はと言うと……。

 

部屋の中にパチン、パチンと小気味いい爪きりの音が響く……そう、横島は時間があるうちにとチビ達の爪きりや毛並みを整えることに精を出していた。

 

「はい、次左」

 

「フカ!」

 

「良い子良い子」

 

鮫っぽい魔獣の左手をしっかりと持って爪きりで伸びている爪を丁寧に切る。それは勿論自分が怪我をしないためでもあるが、もっと大きな部分はアリス達の事を考えての事だった。

 

(アリスちゃん達だけじゃなくてあげはちゃんもいるし、ここはちゃんとしないとな)

 

その気になれば鉄板も切り裂ける爪だ、生身の人間はもちろん魔族や神族だって怪我をしかねない、保父さん根性が染み付いている横島はアリス達が怪我をしないようにと心配し、こうして爪きりを行なっていたのだ。

 

「ふひふひ」

 

「あれ?もしかして笑ってる」

 

「ふひっ♪」

 

【鑢の振動がくすぐったいんだろ、犬とかもそうらしいしな】

 

今もふひと笑ってるのを見た横島はやっぱりくすぐったいのかと思い、手早く爪を整える。

 

「はい、遊んできていいぞ」

 

「ふっか!」

 

前足を上げてボールの所に駆けて行く鮫っぽいのを見送り、爪きりを置いて今度はハサミを手に持った。

 

「チビ、おいでー」

 

「みーむうー」

 

ちょこんと膝の上に飛んで来たチビを寝転がらせて、櫛で毛並みを梳くとぴょこんと跳ねている部分があるのでそれをハサミで綺麗に切る。

 

「みむう」

 

「動いたら危ないからな、じっとしてるんだぞ?」

 

「みむ」

 

チョキン、チョキンとハサミの閉じる音と魔界のマスコット軍団の楽しそうな声を聞きながら普段中々出来ない爪や毛のケアを行なう。

 

「ぷぎゅ?」

 

「うきゅう!」

 

「チビの後な、順番順番」

 

鼻歌交じりの横島の声と楽しそうなチビ達の鳴声、部屋の外と中の温度差は凄まじい事になっていたりするのだった……。

 

 

 

リポート12 臨海学校・破 その3へ続く

 

 




今回は珍しくギリギリを攻めてみました。一部業が深すぎる人もいますがそれだけ想われてるってことですね、次回からはデスゲーム(性癖暴露系)の開始です。次も私としては珍しくギリギリを攻めてみようと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


オベロンがチャ40連は星4鯖すらでない大爆死となりました
無念


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その3

リポート12 臨海学校・破 その3

 

~天魔視点~

 

愛子という机の妖怪に飲み込まれた私達は幻術か何かで大人の姿になり、横島を探して迷路をうろうろしていた。この空間は通路・広間・階段という構成で広間にはアトラクションのような物があり、遊びながら進めるので中々に面白いと思ったんですけど……。

 

「てーやッ!!」

 

そして今私達がいるのは双六エリア、紫が気合と共にサイコロを頭上に掲げて投げ、それがドンッ!と音を立てて落ちてコロコロと音を立てて転がり出た目は……2。

 

「……」

 

ぷるぷると震えてるけど、多分泣いてないと思う。泣きそうにはなってると思うけど……。

 

「紫、サイコロ弱いね」

 

「……紫だけ殆どスタート位置だよ?」

 

【紫は運が悪いです】

 

「う、うるさいですわ!わ、私は私なりに頑張ってますわよ!?」

 

ほかの皆が6か5と大きな目でぐんぐん進んでいるが紫は殆どスタート位置のままで声を荒げながら2マス進んで……。

 

【時間内に4個ボールをゴールに入れてね♪時間をオーバーしたら振出にもどるだよ!】

 

「あ、あああああ……」

 

ぐるぐると回ってるゴールにボールを投げ入れろと言われ紫は絶望めいた呻き声を上げ、数分後……。

 

【振出にもどるだよ!!】

 

「あ、あんまりですわ~ッ!!!」

 

神通力か何かで振り出しへと引き戻されていく姿を私達はなんとも言えない表情で見送る事しか出来なかった。

 

「……よいしょ、あ、3ですの。んふふふ♪」

 

鼻歌混じりでミィがスキップでマスを進んで行き、止まったマス目においてあった箱を開ける。

 

「……遊園地のチケットですの!魔界と天界って書いてありますのよ!」

 

「ミィ~それって皆でいける奴?」

 

「……人数制限は書いてませんの!」

 

【やりました!これでまたお兄さんと遊びに行けますね!】

 

「うん!良し、今度は私!とやっ!!」

 

マスに置いてある箱にはぬいぐるみや遊園地のチケットとかが入っていて、罰ゲームか宝箱で皆わいわいと楽しくサイコロを投げている。

 

「宝箱!宝箱を開けましたわー!!」

 

スタート地点付近から紫の声が聞こえてくるが、流石の私も紫が掲げているのが小さすぎて見えない。

 

「何を当てたのー?」

 

「ふれあい動物園のチケットですわー!!!」

 

ふれあい動物園――横島がいれば動物が沢山集まってくるのできっと楽しいだろう。

 

「やったねー、紫。早くこっちに合流してー!!」

 

「……マス目が1か2しか出ないので無理ですわー!!!」

 

……まだ低い数字しか出てないのかと天竜姫と顔を見合わせる。

 

「どうします?」

 

「待っててあげようよ、可哀想だし」

 

【そうですね、さっきから振り出しに戻ってばっかりですしね】

 

まだまだゴールは先のようですし、それに机の中は時間が流れないという話も聞いているので紫と合流してそこから先に進もうと思い、宝箱を開けて入っていた本を取り出して紫が私達の所に戻って来るのをのんびりと待つ事にする。

 

「結構面白いですね」

 

「うん!面白い!」

 

【色々ありますし、遊園地みたいで面白いですよね】

 

「……分かりますの」

 

今は双六だが、その前には滑り台や輪投げもあって本当におもしろい場所だ。机妖怪と聞いていたけど、こんなに面白い妖怪もいるんだなと思いながらここにチルノとあげは、それに横島とクマゴローに茨木がもっと面白いのにと思わずにはいられなかった。

 

「わきゃあ~♪」

 

「お、おおおおーッ!?」

 

「す、凄い。おああああ!?」

 

「どぉん♪」

 

愛子の中に入らなかったチルノ、茨木、あげはの3人巨大ボールの中に入り、昨晩進化した怪獣の念力によって波を起してもらい、ボールの中で子犬のように転がりながら波乗りを楽しみ楽しそうな歓声を上げていた。

 

「……横島に懐いている子供って肝が据わってるな」

 

「並の事じゃ動揺しそうにないですね」

 

「……俺は普通に酔いそうだ。なんであんなに楽しそうなんだ?」

 

ボールが飛び、空中で回転し、逆さまで落下する。念力で操られてジェットコースターなんて目ではない大暴れをしているボールの中から響いて来る楽しそうな声に陰念達は引き攣った顔で子供って半端ないなと呟いていたりする……。

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

重い音を立てて台車が進んできて、ゴミのように乗せていた人物を投げ捨てる。死んだ目で仰向けになっている人物を見て私達は言葉を失っていた。

 

「……なんか言いなさいよ」

 

「「「なんかすいません」」」

 

「謝るなぁッ!!」

 

凄くドスの効いた声でなんか言えというタマモに思わず謝ると謝るなと怒鳴りながらタマモが立ち上がる。門を潜る前はスーツ姿だったが、リタイアして帰ってきたタマモは……網タイツにレオタード、うさ耳バンド……ぶっちゃけるとバニースーツ姿だった。ちょっと幼さが残ってるだけに犯罪臭が半端ない気がする。

 

「中で何があったでござるか?」

 

「あーうん、服をさ2個選べってあってこっちを選んで、その後にゲームクリア出来なかったのよ」

 

はぁっと深い溜め息を吐くタマモだが、2個選べる中でバニースーツを選ぶのはどうだったのだろうかと思う。

 

「これか逆バニーだったわ。あれはない、ありえないわ」

 

「「「逆バニー?」」」

 

逆バニー?余りにも意味不明な言葉に思わず訪ね返すとタマモは深い、深い溜め息を吐いた。

 

「下着丸見えで申し訳無い程度に服の機能がある袖とズボンだけのバニースーツ」

 

「「「それは無い」」」

 

バニースーツでもあれだが、逆バニーは更に無い、そもそも下着丸見えで袖とズボン、しかも申し訳無い程度にが付くとスリットとか入っていて服の機能すら本当になさそうだ。

 

「ああ、ルイ様が悪乗りで作った奴ですね、呪いの装備で着ると脱げませんよ。あれ、しかも発情します」

 

物凄い真顔でその逆バニーの効果を説明するルキフグスさんだが、やばすぎる呪いの装備にも程があると思う。

 

「……これタマモがこっち選んだから、そのマス目に止まったら逆バニーしかないんじゃない?」

 

1人ずつしか進めない呪いの双六場。何らかのゲームか指令が用意されており、ゲームに失敗か、指令を満たせないと1回ミス、それが3回でゲームオーバーか、心拍数が上がりすぎてもゲームオーバーで、しかも指令もゲームも着替えとか、脱衣とか、明らかにエロ系の物が多く、拒否や失敗を繰り返し何回もゲームオーバーをし、ルートを把握して来ているがタマモの止まったマスは初のマスで内容は着替えだが着替えが2択で、その内の1つがここにあるって事は逆バニーしかないわけじゃない?と言うと蛍ちゃん達が顔色を変えた。

 

「……タマモ!ルート、ルート!どっちに進んだか教えて!?」

 

「嘘は駄目よ!?これは乙女としての死活問題よ!?」

 

「えっと、こっちかな……んで……4か5だったと思う」

 

手書きの地図に髑髏マークを書いて絶対にそっちに進んではいけないと念入りに記録している蛍ちゃん達を見ているとスンッとした顔のくえすが門から出てきた。

 

「どうしたの?」

 

「解釈が違いましたわ」

 

「何が?」

 

「デロデロに甘やかされるのはそう悪い感じでは無かったのですが……完全に妹か娘視点っていうので冷めました」

 

「何のマスに止まったのよ?」

 

今まで確認されていないマスだったと思うから何があったのかと尋ねるとくえすはうーんっと首を傾げながら。

 

「横島の分身ですかね……それがいるマスがあります、多分私達が横島に望んでいる事をしてくるマスって所ですかね?」

 

「「「マジで?」」」

 

それ普通にやばいマスだと思うんだけど……そんなデスゲーム的なマスもあるの?と戦慄していると柩が不気味に笑いながら立ち上がった。

「じゃあ今度はボクが行こうかな」

 

性癖もメンタルも無敵の柩なら進んだ事の無いマスまでいけるんじゃと期待したのだが、5分くらいで帰ってきた、

 

「ふぅーふぅー♪全然対したことないね」

 

荒い息と上気した頬と興奮を隠しきれない様子の柩が対したことないねと言うが、どう考えても大した事があったとしか思えない。

 

「やばい、ゾクゾクする……言い値で買えないかな……横島に罵倒されて叩かれたの……めちゃくちゃゾクゾクする♪暫くこれを思い出すだけで全部満足しそう」

 

自分の身体を抱き締めて小刻みに痙攣している柩は完全にアウトだ。思わず蛍ちゃん達と目を合わせてしまうほどに淫靡な顔をしていた。

 

「集合」

 

私の声掛けに柩を除いた全員が集まってくる。

 

(大丈夫?)

 

(限りなくアウト)

 

(というかあれじゃないですか?ルイ・サイファーは私達に横島を襲わせようとしているのでは?)

 

無いとは言い切れない……そもそも神魔の倫理観は人間とは大分違うわけで……。

 

「じゃあ淫魔……んん、小竜姫様とブリュンヒルデさんに見てもらいましょう」

 

「今淫魔って言いましたよね!?」

 

布面積限りなくゼロの服装をしていて淫魔じゃないとか冗談にも程がある。だけどその言葉はグッと飲み込んだ。

 

「小竜姫様ならいけると思うんですよ、お願いします」

 

「竜族の幸運値ならワンチャンあると思うんです」

 

龍神族の幸運値ならチャンスはあるのは間違いない、淫魔と呼ばれて納得していなさそうだが……判りましたと頷いてくれた。

 

「淫魔って言わないでくださいよ、とりあえず別の服あると良いなあ」

 

ぶつぶつ文句を言いながら双六場に足を踏み入れた小竜姫様を見送る。

 

「行けると思う?シズク」

 

「……100%無理」

 

「小竜姫はあの年齢の竜族のなかで行き遅れてる方だから大分焦ってますしね」

 

……大丈夫かなあと不安に思いながらも、武神で龍神の小竜姫様なら鉄の自制心でなんとかなるのでは?と思っている矢先に台車が凄い勢いで飛びだしてきて、ブレーキと共に放り出された小竜姫がズザザァっと音を立てて私達の目の前を滑っていく……。

 

「「「……」」」

 

真っ赤になっているお尻を突き出した姿勢でピクリとも動かないその姿は笑うとか笑わない以前に憐れさを誘う。

 

「……新しい扉が開きそうです、横島さんに叩かれた所が妙に熱いんです、しかもなんか凄くゾクゾクするんですよ」

 

「それ以上はいけないッ!!」

 

何か新しい、決して開いてはいけない扉を開きそうになっている小竜姫様に思わず駄目だと叫んで、駆け寄ろうとするが肩をくえすに掴まれた。

 

「ブリュンヒルデの予定でしたが、ルーンで治療して貰う必要があるので次は琉璃ですわ」

 

「えっ!?待って心の準備出来てない!?」

 

くえすだけなら抵抗できたが蛍ちゃん達も逝って来てくださいと明らかにニュアンスが違う言葉で私を門の中へと押し込んだ。

 

「……はぁ、でもまぁ、双六だし……運が悪くなければ大丈夫でしょ」

 

私は自分で言うのもなんだけど、運は良いほうだし……着替えでも猫耳白ビキニは最底辺の筈だから、着替えも平気だと思いサイコロを振る。

 

「よっし、流石私」

 

最大の6。スタートから6マスはまだ開けられて無いマスだし、スタート地点だからそう酷いものはないだろうと思い鼻歌交じりで6マス進んだ所で私は石化したように足を止めた。着替えだったが、その選択肢が余りにもひどかった。

 

【好きなほうに着替えてね♪ もしくはリタイアで罰ゲームで新しい性癖を開いてね☆ ※あと開きすぎるとリタイアだよ☆】

 

「やかましいわッ!」

 

態々フルボイスでテンション高めの解説に落ちていたサイコロを拾い上げて投げ付けたのは許されると思う。

 

「……はぁはぁ……ちょっと、いや大分無いわ」

 

改めて着替えとして用意されている二択に視線を向ける。レース付きのフリフリのエプロンのみと、透けているドレスの2種……普通ならエプロンを選ぶのだが、下着以外全部脱げという条件が付与されている。

 

「……下着無いんですけど、水着って下着判定入るのかしら?」

 

【入りません】

 

「リアルタイムで見てるなッ!?」

 

独り言だったのだが即座に返事があり、これをリアルタイムで見られていると判り思わず声を上げると押し殺した笑い声が聞こえてきて凄くイラっとした。だが怒りよりも今の私には羞恥心の問題の方が大きい……今の私は猫耳に白ビキニ、それで水着に下着判定無いのなら全裸で透けているドレスを着るか、裸エプロンかしかない。

 

(無い無い、絶対無い)

 

まだ羞恥心は捨て切れてないし、そこまで捨てるつもりも無いし、幾ら同性しかいないとは言えどこかで紫ちゃん達に遭遇するかもしれないし、他に着替えマスに止まれなくてそのまま横島君の所に行く事になったら完全に恥女判定である……って待って。

 

(あれ。もしかして私って着替えマスって……)

 

下着のみは許される、んで私は水着で水着は脱がないといけない……そしてルイさん達は明らかにエロチックな服しか用意していないわけで……。

 

「やばいやばい……ッ!!」

 

この双六エリアか、別のどこかで着替え……それも下着を見つけないと恥女確定である。まさかとんでもない所で落とし穴が待ち構えていた。小竜姫様や愛子さんも面積は極めて極小だがそれでも下着ではなく服認定でその下に下着があるそうなのでまだセーフだが、私は水着で脱げば裸なので着替えマスがデスエンカである。

 

「……着替えマスで下着を見つけないと私は死ぬ」

 

脱衣もあるとか最初の説明であったのでなにかのエリアで脱衣に止まった段階で私は死ぬ。例え勝負下着系の物であったとしても私は下着を入手する必要が出てきた。

 

「とりあえず、今回は罰ゲームマスでこのエリアを抜けましょう」

 

罰ゲームを甘んじて受けて、次のマスを目指そうと思うが……性癖を開いての言葉が怖すぎるわねと思いながら罰ゲームエリアに足を入れる。

 

【琉璃さんのエッチ、そんな格好して誘ってるんですか?】

 

「よこッいったあっ!?」

 

耳元で横島君の声が聞こえ、一気に羞恥心が込み上げると同時にお尻を何かに思いっきり叩かれた感触がして思わず悲鳴を上げる。痛い、痛いのに一瞬横島君の声がしたからなんかなんとも言えない感情が込み上げて困るんだけど……私どっちかと言うとSなのにMに目覚めてしまいそうな気がして怖い……。

 

「いたい……これめちゃくちゃ痛い……なにこれ……えっと『年下の少年に苛められてMに目覚めよう』死ねぇッ!!!」

 

悪辣、しかも魔法か何かで横島君の声を完全再現してるし、しかも手のサイズも横島君の物に合わせてるとか悪意しか感じない……。

 

「……さっきの小竜姫様の言葉の意味が判ったわ」

 

多分小竜姫様は罰ゲームマスに進みすぎて新しい扉を開きかけたのだ、そして私も二の舞になるかもしれないと思い身震いしながら先に進む為にサイコロを拾い上げたのだった……。

 

 

 

 

~カーマ視点~

 

腹を押さえて転げまわっているルイ・サイファーとネロを見ながら私は魔人姫の配下が用意したサンドイッチを頬張る。

 

(案外美味しいですね)

 

魔人が作った料理なんか大丈夫かと思ったが、案外普通で安心している。

 

『媚薬を飲むか、横島の好きな所を10個叫ぶ(録音するよ)……媚薬なんて飲めないわよ!?』

 

罰ゲームマスに進みすぎて頬が赤く上気している人間が絶叫しているが、叫べば弱みを握られるわけで……罰ゲームマスにすすむしかないと地獄のエンカウントだ。

 

「あーッ!面白いね、でもカーマ。ちょっと罰が偏ってないか?」

 

「そうだな、痛みを与えるような物が多すぎるんじゃないか?」

 

『ひぎぃッ!痛い、痛いッ!!』

 

【凝ってますねー、マッサージしてあげますからねー】

 

『無理無理無理無理ぃッ!!!ひゃんッ!!?』

 

魔法で横島を再現してますけど、意中の相手の幻に触れているってのはどうしても興奮を隠し切れない物だ。水着の尻を触られて嬌声を上げた人間が落とし穴に落下するのを見てルイ達がまた爆笑しているのを見ながらジュースを口にする。

 

「これ私からのあの人間達への優しさですよ」

 

曲がりなりにも愛の神ですし、夜の生活とか?そういうのも知ってますし?それを前提にしてこのゲームは作られている訳だ。

 

「優しさならもっとこう……なぁ?ナニがあるんじゃないか?」

 

「そうそうこう震える奴とか、触手とかな」

 

「……もう少し包み隠すつもり無いんですか?」

 

別に出来ない事は無いが……それだとやりすぎるかもしれないし?流石に処女の乙女しかないのに、そういうのをぶっこむ冷酷さは私にはない。

 

「横島を受け入れる準備みたいな物ですよ、痛みを伴った快楽は」

 

ちょっと痛みが混じっているのは横島を受け入れる為の下準備だというとルイ達は不思議そうに首を傾げた。

 

「横島は自分から行くタイプじゃないだろ?」

 

「むしろ受身がちではないか?」

 

「全然分かってないですね、横島の独占欲と束縛欲は凄いですよ」

 

今は大丈夫だが、もしもこの迷宮に入っている人間が自分以外の男に惹かれたり、自分の側を離れるとなれば間違いなく横島のスイッチが入ってしまうと私は考えている。

 

「それっぽい予兆はないと思うんだけど、カーマが言うなら間違いないだろうね」

 

「愛の神だしな、んで、もし横島の独占欲が爆発したらどうなるんだ?」

 

「まぁ……あれじゃないですかね?孕ませて自分から離れられないようにするくらいはすると思いますよ。しかも横島はかなり溜め込んでますし、それで済めばいいって所ですね」

 

人当たりは良いがあれは内面に溜め込むタイプだ。爆発したら凄い事になるだろうし、獣のように襲ってくるであろう横島を受け入れる下地は必要だ。つまり何が言いたいかというと……。

 

「横島の性欲が爆発したら神魔もドン引くドSになります」

 

許しも聞き入れないだろうし、自分が満足するまでは決して手を止めないだろう。これだけの性欲を持ってる人間がいるとか正直信じられない面がある。

 

「そこまでか……へー、そうかあ」

 

「楽しめそうだなぁ」

 

(しーらないっと)

 

触れてはいけない者達が更に横島への興味を深めたけど、私には何の関係も無い。まぁシヴァを追い出してくれたのは感謝してるし……、トリシューラを物干し竿にしているのも見て笑わせてもらった。だからこれは一種の恩返しと言ってもいい、まぁ少々悪趣味だけど……。

 

(楔は多い方がいいですしね)

 

横島を繋ぎ止める物は多くなくてはいけない、それが分かっていても横島の行動に任せているルイとネロは正直恐ろしいと思う、人類悪の適正を持ち合わせている私だから分かるのだ、横島もまた人類悪であり、もしも目覚めてしまえばこの世界は滅ぶ。それを知ってもなお警告する事無く、横島を見て遊んでいるのだ、神魔の中でも超越者であるルイにまともな感性はないだろうが……それにしたって酷いと思う。

 

(少しは動け、へたれども)

 

緩い楔など何の意味もない、しっかりと強固な楔を打ち込め――でなければ……。

 

「貴女達は一生後悔する」

 

何をしても繋ぎ止めなくてはならない存在だ。人類悪になろうがならまいが……今のままではそう遠くない内に横島はいなくなると言う事を自覚するべきだ。だが私にはそれを伝える権利が無い、ルイとネロに見つめられ私は両手を上げて万歳した。

 

「言いませんよ、余計な事はね」

 

「それで良いよ、横島は面白いからね、余計な事をして欲しくないんだ」

 

「うむ、それでいいぞ。余計な事をすれば……殺すからな?」

 

シヴァとは別に魂さえも壊せる相手に監視されているんですから私に出来る事は殆ど無いんですよね……。

 

 

紫達は心から遊び、蛍達はメンタルブレイク、そしてカーマが脅されている頃、横島はと言うと……。

 

「ぴい?」

 

葉っぱを咥えて自分の安心できる場所に移動しようとする太陽神の化身の幼生は自分の足で葉っぱを踏んでしまい、何度もそれを落として不思議そうに首を傾げており、横島はそれを見て葉っぱを手に取る。

 

「ぴい!ぴいぴい!!」

 

「大丈夫取らないよ、ほらおいで」

 

太陽神の化身の幼生が1番安心出来る場所――寝床である籠の中に入れて自分のとなりに置く横島、すると太陽神の化身はすぐに籠の中には入り、尻尾を横島の脇に押し付けてながら葉っぱをむしゃむしゃと食べ始める。そんな幼生の頭を撫でながら横島は部屋の中を見回す。

 

「外には出れないけど、皆楽しそうだなあ」

 

ボール遊びをしていたり、滑り台で遊んで居たりとチビ達も思い思いに遊んでいる姿を見て横島は良かった良かったと笑う。その顔に邪気や不穏な気配は無く、子供その物とも言える純粋な笑みだ。

 

「キバ」

 

「ん、どしたーだっこして欲しいのかー?」

 

まだ赤ちゃんであり、上手く歩けない斧龍の幼生がはいはいで近寄って来たのを見て、横島が抱き上げると斧龍の幼生は嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り始める。

 

「キバ♪」

 

「良し良し、いい子いい子」

 

基本的に横島は叱ることをしない、甘やかして、褒める。叱る事はあっても何故怒られているのか、それをしっかりと理解させて叱るという方針を採っており、そして抱っこを求められたら拒否しない。抱っこする事で体温が伝わり安心感を子供は得ることが出来るからだ。

 

「フカー、フカ」

 

「ヨギぃー?」

 

「ぷぎゅー!」

 

【ノーッブ!】

 

「はいはい、順番順番。おいで」

 

斧龍の幼生が抱っこされているのを見て、自分も自分もとよって来るチビ達を抱っこしている横島を見て、心眼は横島の魂を見て安堵する。

 

(やっと安定してきたか、何者かは知らんが感謝しよう)

 

横島の荒れていた魂が丸く、本来の形に戻り始めているのを確認し心眼は横島の魂の中で安堵の溜め息を吐いているのだった……。

 

 

 

 

リポート12 臨海学校・破 その4へ続く

 

 




温度差は凄まじいまま進行中です。ヒロインズが新しい扉を開くかは今後次第ですね、そしてアニマルセラピーで横島の正気度はニュートラルに戻りましたので狂神石の影響ダウンです。とりあえず私にしては攻めている話はまだまだ続きますので次回の更新もどうか宜しくお願いします。


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HEROINES HAZARD

お正月特別編で番外編を書いて見ました。お正月になにやってるんだよっていうくらいの何も考えてないギャグの番外編です。それでは今回の更新もどうかよろしくお願いします。


 

 

HEROINES HAZARD

 

「へっくしッ!う-さむ……うりぼーが俺から布団を……え?ここどこ?」

 

俺はくしゃみの音で目を覚ました。またうりぼーが俺の布団にもぐりこんで布団を剥ぎ取ったかなと呟きながら辺りを見回し、俺の部屋ではない事に気付き、一瞬で意識が覚醒した。

 

「ここは……GS協会の琉璃さんの部屋か?」

 

窓は黒塗りで外の光景が見れず、明かりもかなり弱いので自信は無いが、部屋に置いてある家具などを見る限り、俺は来客用のソファーの上で寝ていたようだ。

 

「正解だよ、うん。頭の回転は流石に早いね」

 

「ルイさん……?」

 

聞こえて来た声に振り返るとルイさんが琉璃さんの椅子に座って楽しそうに笑いながら俺を見ていた。

 

「えっと、またルイさん何か企んでます?」

 

「うん、企んでるよ?」

 

「……なんでそんな事をするんですか?」

 

「面白いから」

 

……ルイさんの言葉に思わず俺は天を仰いだ。ルイさんが桁違いに強力な神魔で、そして悪ふざけや遊びが好きなのは知っているが、面白いからという理由で振り回されるのは本当に勘弁して欲しい。

 

「まずはここは夢の中だ。現実じゃあない」

 

「え?夜のGS協会とかじゃなくて?」

 

「うん、ここは夢の中だよ。まぁ正確には愛子の机空間を利用した夢の世界だ。だからここで何が起きても現実では「何も」変わらない。後は起きたらこの事は忘れるよ」

 

現実じゃなくて夢と聞いてホッとして良い物なのか、悪いものなのかと悩むが、現実では何も変わらないなら良いかと思う事にした。

 

「横島君。君がやる事は簡単だ。追っ手から逃げて、愛子の机の元へ向かう。それだけでこの夢は終わる」

 

「追いかけっこって事ですか?」

 

追っ手から逃げると聞いて脳裏に浮かんだのは追いかけっこであり、追いかけっこなのかとルイさんに尋ねる。

 

「その通りだよ。ほかにも細かいルールはあるけど、まずはやってみたほうが早い。この部屋を出たらスタートだ、他に聞きたい事が無ければこの部屋を出てくれればいい、それでゲームスタートだ」

 

他に聞きたい事が無ければ……か、ニヤニヤと笑っているルイさんを見る限りほかにも何かあるのは間違いないな。

 

「逃げるのは俺だけですか?」

 

「そうだね、逃げるのは基本的に横島君だけだ。鬼の数は……ちょっと私でも分からないから、基本的に私と横島君以外は鬼だと思ってくれていい」

 

鬼の数が分からないのは怖いな……あと基本的にと言ってるから何かの条件で俺以外に逃げる事になる人が現れるかもしれないと思ったほうが良いかも知れないな。

 

「愛子の机はGS協会の中にありますか?」

 

「それも分からない、追いかけっこの会場はここだけではないから、ここにあるかもしれないし、ほかの会場にあるかもしれないね」

 

鬼の数も分からなくて、ゴールも分からない……余りにも俺に不利な条件だが、まぁ夢の中だし、こんなものだろうと思う。

 

「じゃあ、いってきます」

 

「ん、いってらっしゃい。ああ、そうそう青い扉は安全地帯だ。そこには鬼は入れないけど、ずっと部屋の中に隠れていると安全地帯ではなくなるからね、それだけは覚えておくといい」

 

最後に休憩場所を教えてくれたルイさんにありがとうございますとお礼を言って部屋をでたのだが、この時俺は気付くべきだったのだ、にやりと邪悪な笑みを浮かべるルイさんに、そしてそれに気付いて部屋から出る事が無ければきっとこんな悲劇は起きなかったのだと心底後悔する事になる事を今の俺は知る由もないのだった……。

 

「うわあ……おばけ屋敷みてえ」

 

見習いとは言えGSだが、お化け屋敷はどうも苦手なんだよなあと心の中で呟きながら、薄暗いGS協会の通路を歩き出す。

 

(えっと確かここが3階で、3階は応接間と事務室と資料室だったかな?)

 

3階の殆どの部屋が資料室だった筈……愛子の机はかなり大きいし、資料室にはないと思い応接間と事務室に向かって歩いていると声が聞こえて来た。

 

(ったく、横島はどこにいるのですか)

 

刺々しい中に優しさを感じさせるその声は間違いなくジャンヌさんの声だった。逃げるのは基本的に俺だけと聞いていたけど、基本的にって言ってたし、ジャンヌさんなら手助けしてくれるかもしれないと思い俺はその声の元へ向かって歩き出したのだが……。

 

【横島、こっち見なさいよ。なんで目を逸らしてるのよ】

 

「あ、いや、近い、近いです」

 

ジャンヌさんは確かにいた。だがそのジャンヌさんの格好が余りにも目に毒だった……脇と胸の横の方が丸見えで胸元が大きく開いた水着と下はガーターベルトにショートパンツと薄暗い照明と合わさってとても直視できるものではなかった。

 

【こっち見ろって言ってるのよッ】

 

ジャンヌさんが痺れを切らしたのか俺の肩を掴んで無理矢理俺に正面を向かせる。だけど余りにも肌色の面積が多くて気恥ずかしさが勝り、頬が赤くなるのを感じる。

 

【横島、どうしてあんたはそうなの】

 

「……えっと何がでしょうか?」

 

思わず敬語で返事を返してしまうほどにジャンヌさんの声は鋭く冷たかった。

 

【どうして手を出さないのよ】

 

「はい?」

 

【そりゃ私は英霊だから、その子供とかは望まれても無理よ?だけど手くらい出してくれても良いんじゃない?】

 

「……なんの事でしょう?」

 

【あ?】

 

何を言われているのか分からずそう尋ね返した瞬間、ドスの聞いた声と共に俺はGS協会の廊下に押し倒されていた。

 

【口で言って駄目ならあんたは「分からせない」と駄目よねぇ?】

 

この時初めて気付いたのだがジャンヌさんは頬を紅くさせ、呼吸も荒く酷く興奮しているように見えた。

 

(これやばい)

 

物凄い窮地に追い込まれている事に今初めて気付いた。前にシズクに襲われかけたときと同じか、それ以上の危険を俺は感じていた。目の前で揺れる胸とかよりも、食われるという恐怖にひえっとなっていた。

 

【これは夢だからナニをしても良いのよね♪】

 

何の発音が明らかにやばい、でも腹の上に座られているので普通の方法では逃げられない……俺は少しの躊躇いの後、水着のリボンに手を伸ばし、それを勢いよく解いた。

 

【きゃっ!?】

 

水着が解け、目の前で胸が激しく揺れる。水着が解けた事に気付いたジャンヌさんが両手で胸を隠した隙にブリッジの要領でジャンヌさんを跳ね上げると同時に立ち上がって全力で走り出した。

 

「うっ」

 

捕まったら駄目だと分かって逃げているが脳裏には激しく揺れるジャンヌさんの胸の残像が残っており、俺は鼻の奥にツンっとした物を感じ、咄嗟に鼻を摘まむと背後からジャンヌさんの声が響いて来る。

 

【水着を脱がしたって事は同意したって事でしょうが!逃げるなッ!!】

 

捕まったら終わる。夢だとしても色々と何かが終わってしまうと俺は焦りと共に走り速度を上げる。

 

「あらあら、横島様。そんなに必死な顔をしてどうしたのですか?」

 

「清姫……ブッ!?」

 

真横から聞こえてきた清姫ちゃんの声に思わず視線をそちらに向けて、噴出すと同時に鼻血も噴出した。

 

「はい、貴方のお嫁さんの清姫です♪」

 

「なんて格好してるの!?」

 

白いビキニの水着に花嫁のヴェールを被り、ガーターベルトをしている清姫ちゃんに思わずそう問いただす。

 

「それは勿論……初夜の為ですわ♪」

 

……やばいと思って加速するが、清姫ちゃんは胸を揺らしながらぴったりと並走していてどうしても振り切れなかった。

 

「もう、そんなに逃げなくてもいいじゃないですか♪初心な御方」

 

「ひいいッ!!」

 

耳元のささやき声に背中がゾクゾクする。清姫ちゃんはいつもやばいけど、今回の清姫ちゃんは更にやばすぎる。

 

「私も経験はありませんけれど……2人で気持ちよくなりましょう?」

 

捕まる!そう思った瞬間俺と清姫ちゃんの間に何かが突き刺さる音がした。

 

【頭逝かれてるんじゃないの?あんた】

 

「ふふふふ……その言葉そっくりそのままお返ししますわ」

 

ジャンヌさんと清姫ちゃんが遭遇したのか、凄まじい怒気が廊下に満ち足が震えるが、2人の注意が一瞬俺から逸れた瞬間に近くに見えた青い扉の中に転がり込んだ。

 

「おや、早かったね?」

 

「早かったねじゃないですよ!?ルイさん、何したんですか!?」

 

「そりゃあ、あれだよ。ナニしやすいようにね?」

 

物凄い美人が平然と行なう下ネタに勘弁してくれと思いながらソファーに腰掛ける。

 

「どういう事なんですか?」

 

「だから追いかけっこだよ?君は君の事が好きな女性から逃げる、捕まったらナニされるだけ、でも大丈夫。夢だから妊娠するとかはない、肉欲に溺れても良いんだよ?起きたら忘れるしね?」

 

からからと笑うルイさんだが俺は乾いた声で笑うのがやっとだった。

 

「君が悪いというのもある。君がもう少し積極的ならこんな事をする必要は無かった、だけどこのままだとサキュバスの大量発生とかに繋がりかねないからね、情念っていうのは怖いんだよ」

 

情念が怖いっていうのは今正に体験したばかりだ。捕まったら食われるって言う恐怖をひしひしと感じた。

 

「この部屋の中には逃げ切るためのアイテムを用意しておいた。逃げ切るもよし、肉欲に溺れるもよし、受け入れるもよし、君の思うようにすれば良いよ」

 

言うだけ言って部屋の中から消えたルイさん、机の上には箱がおいてあって……これが逃げ切るアイテムなのかとはこの中身を見ると……。

 

「……馬鹿じゃないのかな、あの人」

 

箱の中に俺の写真が入っていた……これでどうやって逃げればいいんだよと嘆きながらも何かの役に立つかもしれないとそれを持って安全部屋を出て……。

 

「役に立つわけねえだろ!?馬鹿か俺はッ!!」

 

その写真を窓の外へ投げ捨てると俺の横を何かが通り抜け、窓を突き破って誰かが外へ飛び出していった……。

 

「今の小竜……いやいや、俺の気のせいだって、うん、絶対気のせい」

 

一瞬見えたオレンジの髪とか、割れた窓に引っかかってる見慣れた柄の着物とか絶対気のせいと自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「あの格好良い小竜姫様が変態なわけない、気のせい気のせい、さてと愛子の机を……」

 

愛子の机を見つけて逃げれば良いと呟いて歩き出そうとし、俺はすぐに足を止めた。何時もの黒ドレス姿だが、尋常じゃ無く頬が赤い上に荒い獣のような呼吸をしているくえすと鉢合ったからだ。微笑みかけて来たので思わず俺も引き攣った顔で笑みを浮かべ、即座にしゃがみ込んだ。

 

「……ナゼニゲルンデスウ?」

 

完全に目が据わっているくえすの伸ばした手で千切れた髪が目の前を落ちて行くのを見て、俺はそのまま4つ這いで薄暗いGS協会の通路を走り……曲がり角で誰かにぶつかってしまった。

 

「横島君のエッチ、そんなにお姉さんの下着が見たかったの?しょうがないなあ♪」

 

くえす以上に頬が赤くなっていて捕食者の目をしている琉璃さんが見せ付けるようにスカートをたくし上げ、下着が見えかけた所で俺は正気に戻った。

 

「ごめんなさーいッ!!」

 

琉璃さんが嬉々とした表情でスカートをたくし上げるのと、背後から迫ってくる足音に謝罪の言葉と共に俺は立ち上がり、再び安全な青扉を目指して走り、2階へと続く階段の前にあった青扉の中に頭から飛び込んだ。

 

「ぜーはーぜーはー……やばいって」

 

俺も男だから女性には興味はあるけど、それとこれとは話が違う。夢だからナニ……じゃなくて、夢だから何をしてもいいとかはやっぱり間違ってると思うし、しちゃいけないことだと思う。

 

「なんとしても愛子の机を見つけないと」

 

多分だけど朝になったら起きてこの夢の事は忘れて、また眠ったら夢の続きって言うパターンだと思う。この悪夢を終わらせるためにはなんとしても愛子の机を見つけなければと気合を入れて立ち上がり窓の外を見て絶句した。

 

「あれ……俺の学校だな、それにあっちは……妙神山……はは、地獄かな?」

 

愛子の机を見つけなければならないのだが、GS協会だけではなく、俺の学校と妙神山もあるということに絶望しかけるが、頑張れば何とか逃げ切れるかもしれないと気を取り直し、部屋から出ようとして……気付いた。

 

(やばい、いる……ッ)

 

扉の外に人の気配が幾つもある……青い扉は安全と聞いていたけど、外に出る時までは安全とは言ってなかった。

 

「これ出た瞬間に襲われるよな……でも何時までも籠城は出来ないし……」

 

この部屋に入れる時間であろうタイマーは今も減り続けて、残り半分。これが無くなれば外から開けれるようになるらしいし……かと言って今出たら待ち伏せされているので完全にアウト……。

 

「どうすりゃ良いんだ……」

 

籠城も無理、外に出たら捕食確定……部屋の中に閉じ込められてしまった俺はどうすればいいのかと頭を悩ませるのだった……。

 

 

続……かないよッ!!

 

 




と言う訳でちょっと思いついた物を書いたものをお正月番外編として投稿して見ました。臨海学校の後寝た後ではこんな事が起きていたとかだったら面白いかなと思って考えて見ました。続きは考えてないですが、捕食する気満々のヒロインに追われてる横島の一種の自業自得みたいな感じでそれを見てルイ様が愉悦してると思ってくれれば幸いです。だれか続きを書いてくれるなら、書いても良いのよ?(チラッ)



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その4

 

リポート12 臨海学校・破 その4

 

 

~蛍視点~

 

地獄のような双六場はなんとか突破出来たのだが、全員が心に深い傷を負うというか……新しい扉を開きかけていたのが大問題だった。

 

「叩かれて身体が熱くなるとか無いんです、無いんです」

 

「……あれくらい強引でも全然いいけどね」

 

カーマが関わっているので自分の内面的な願望かもしれないけど、小竜姫様が大分やばそうな感じだ。否定したいけど否定しきれないみたいで……タマモはSっ毛もあったみたいだけど、Mでもあったみたいで満更でもない表情をしているのが業が深い。

 

「冷静そうな顔をしてますけど、貴女も大概ですからね?蛍」

 

「言わないで……全部分かってるから」

 

幼女フォームのくえすに言われなくても分かってる。分かっているけど、自分でそれを認めたくないって言うか……認めたら何もかも終わるというか……。

 

【ムッツリじゃったな】

 

【実は助兵衛だったんですね】

 

【ヘタレ助兵衛】

 

「止めてくれないかなッ!?」

 

英霊組みから非常に不名誉な渾名をつけられそうになり思わず声を上げるが、その時に素肌に外気が当たる感じがして声が尻すぼみに小さくなる。

 

「ようこそ、こっち側へ、認めてしまって良いんですよ。蛍さん」

 

肩をぽんと叩き慈愛の表情を浮かべるブリュンヒルデさんの格好は白ビキニはそのままなのだが、ガーターベルトとニーソックスが追加されていた。

 

「……違うんです。違うんですよ……?」

 

「認めた方がいいですよ。ねぇ?」

 

清姫も同様だ。白無垢からウエディングドレスにランクアップしているが、やはりというかやっぱりと言うか……肌の露出が多かったり、胸を強調するデザインになっていたりとかなり卑猥な感じになっている。そして私も……ビキニ面積のウエディングドレスに首輪にガーターベルトにニーソックス……後ついでに言うと色が黒で卑猥さがとんでもない事になっていて、出た当初はレザーのアイマスクまで付与されていた。

 

「なんだ、蛍も痛いのがいいんじゃないか」

 

「違うから、ねえ。弁明させて」

 

「ムッツリでござったか」

 

「本当違うから、お願いだから判ってたって反応するの止めて、ゴールに着いたらこうなってただけなんだから」

 

別に双六場で着替えた訳じゃない、何回も脱落を繰り返して最終的に得た情報と必要なマス目を計算し、そして運を味方につけた私が上がり全員が突破出来たのだが……上がりと同時にこの格好になるのは正直解せぬと言うか完全な罰ゲームである。

 

「へんなかっこ」

 

「……そうですね。テレサ」

 

純粋無垢のテレサの言葉が耳に痛い。と言うか現状普通の格好のままなのはテレサだけで、自分がなんか欲望塗れに思えて凄く辛い。

 

「まだ私よりマシじゃない、これ……無いと思わない?」

 

ハイライトが消えてる琉璃さんに私は何も言えなかった。私の格好もあれだが、琉璃さんは輪に掛けて酷いと言うか……。

 

「やっとの思いで下着を手に入れてすぐ着替えマスでこれよ……はは……こんなの横島君に見られたら私恥女確定じゃない」

 

ローライズのショーツはまだ良いが、上が……上が暖簾のような物で胸を隠しているだけで、少しジャンプすれば胸がフルオープン、そして横から見れば殆ど見えていると正面に対しての防御力が僅かにあるだけで殆ど上半身裸は普通に罰ゲームである。恥女認定は間違いなくまのがれないだろう。

 

「……もう次の広間だな」

 

「早くない?」

 

「でも行くしかないですからね、行きましょう」

 

サキュバス系、卑猥系、縛られてる系、ロリ系……とんでもない集団になっている私達が踏み入れた次の広間ではファンファーレが鳴り響いた。

 

【ボーナスステージだよ。ゲームをクリアすれば君達が日常的に着ている服をGET出来るよ!】

 

いつもの服装に戻れるの言葉は間違いなく救済要素だが、あの愉悦趣味の愉快犯が普通の救済処置なんて用意しているわけが無いと身構える。

 

【ただ全員が手に入れたら面白くないだろう?だから君達には服の奪い合いをして貰います。今着ている服は水に塗れると溶けます】

 

「「「「はぁッ!?」」」」

 

水に塗れると溶けるの言葉と共に広間の床が消えプールと浮き島が出現する。だが流れるプールなのか浮島は右に左にと揺れに揺れている、下手をすればそのまま滑って落水で全裸のコンボまでありえるレベルで揺れている。落としてやるという悪意まで感じるレベルだ……その余りに救いのなさに絶望する。

 

【服の面積によって溶ける量は区々だ。面積が多いほどよく溶ける】

 

「……」

 

「くひ♪」

 

おキヌさんが死んだ目をしているけど、柩が妙にうれしそうなのが怖い……余りに無敵すぎて全裸でも気にしなさそうのが怖い。

 

【互いに潰しあっても、協力し合ってもいい。プールの中にも刺客はいるしね】

 

刺客の言葉に顔を上げると小型の使い魔が水鉄砲を手にふわふわと浮いていた。見つかったら絶対集中砲火されるパターンだと確信する。

 

【一応救済処置もある。全裸になった場合は水着を提供しよう、これだ】

 

指を鳴らす音と共にせりあがって来たマネキンには確かに水着を着ていた。きていたが……。

 

「馬鹿じゃないの!?」

 

「え、ええ!?流石にあれは……」

 

【下着より卑猥じゃね?】

 

【お尻丸出しですよ……あれ】

 

布面積の極めて細いスリングショットの水着で、絶望感が半端ではない。

 

【あとはあければランダムに着替えが手に入る箱もあるけど……超ミニスカメイドとか、ハイレグアーマーとかしかでないからね、まあスリングショットよりかはマシかどうかと思うかは君達の羞恥心って所かな】

 

スリングショットORエロコスプレという地獄のような選択肢しかないと知り絶望でその場に崩れ落ちそうになったが、これは足の引っ張り合いであり、救いの無いデスゲームなのだ。

 

(絶対裏切られる)

 

味方を作れれば良いが、絶対裏切りそうな面子しかおらず本当に救いはどこにも存在して無かった。

 

【ゴールさえ出来れば君達の私服を用意しよう。ほかの相手の服を溶かして裸にした場合、もしくは使い魔を撃破した場合は水を防ぐ盾をプレゼントだ。協力し合うも潰しあうも自由、まずは武器である水鉄砲を手にすることを最優先にするといい、ではゲームを楽しんでくれたまえ】

 

ゲームを楽しめって言うけど、こんなの楽しめるわけが無い。こんな絶望しかないゲームを良くも考えつくものだと恨んでも許されると思う。

 

「とりあえずどのレベルで溶けるか試して見ますか」

 

「はい?きゃあッ!」

 

そしてくえすが小竜姫様をプールに突き飛ばす、慌てて這い出てくる小竜姫様だが……。

 

「うわ、やば……」

 

「あの面積でこれって普通の服なら瞬殺じゃないですかぁ!?」

 

サキュバス的で布面積が殆ど無い小竜姫でさえも数秒水に使っているだけで虫食いみたいに穴だらけになっており、下手に動いたらその瞬間に服が弾け飛んでしまいそうな有様だ。

 

「でも全員で協力すれば」

 

「いえ、ありえませんね。ルイ様ですよ?絶対に誰かはあの水着にされます。多分スポットライトで照らされているのは2着あるので、最低2人はあの水着を着ないと私達は外にでれませんね」

 

ルキフグスさんが全然嬉しくない名推理をしてくれるけど、それはあくまで濡れないでクリアした場合であり全滅もありえるデスゲームに私達は心の底から恐怖するのだった……。

 

 

 

~天魔視点~

 

双六を皆で攻略して、プレゼントは預かり所と書いてある部屋に預けて次のフロアに来た私達でしたが、私達は完全にその広間に足を止めることになりました。

 

「こんなの私に似合うでしょうか?」

 

「似合うよ!天魔にピッタリだと思う」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

沢山の服がハンガーに吊るされていてここで好きに着替えて良いとあり、これが可愛い、あれが可愛いという話になって色々と服を着替えてみることになったのです、そして私は着慣れていない西洋の服を勧めて来るアリスにたじたじになってしまいました。

 

「これ面白いですわ、大人の姿も子供の姿も自由自在ですわ~♪」

 

【本当ですね!天竜、こんどは私と写真を撮りましょう】

 

「え、ええ……でもこんな格好私した事がなくて……おかしくないでしょうか?」

 

【可愛いから大丈夫です!はい、ピース!】

 

カシャっと言う音を立てて写真が撮られ、すぐに現像される。

 

「おお……」

 

【ね、似合うでしょ!】

 

リリィに可愛いと言われている天竜姫は満更でもない様子で、私もアリスが差し出してくれたワンピースに袖を通す。

 

「アリスとお揃い!写真撮ろうよ」

 

「は、はい!分かりました」

 

今の私とアリスは幻術が解除された普段の姿で2人で並んでカメラの前に立つとカシャっという音がして写真が現像される。

 

「はい、これ天魔の分ね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

天狗の山では殆ど見ることのない洋服姿の私はどこか新鮮に見える。これも大事に持って帰ろうと思って肩から下げた鞄の中に入れる。

 

「……敏腕秘書ですの、夜のお仕事までお任せですの」

 

「「「【おお~】」」」

 

ミィはスーツ姿に眼鏡と大人っという感じで思わず声が出てしまう。

 

「……大人の写真も撮ったら横島は可愛いと言ってくれると思いますのよ?」

 

「そっか!じゃあ、色々着替えて写真を撮ってみようか」

 

【私メイド服って言うのを着てみたかったんです!】

 

「きちゃおー♪」

 

大人の姿で写真を撮ると言うのは中々気恥ずかしい物がありますが、何事も経験ですよね。

 

「天魔はこれが可愛いと思うよ!」

 

「え。でも……これ短くないですか?」

 

「そうかな?普通だと思うよ!」

 

アリスが可愛いと勧めてくれた服は少し丈が短いような気がしますが、横島が可愛いと言ってくれるのならば悪くないかもしれないですね。

 

【天竜、私着物着てみたいです!】

 

「……私もです」

 

「え、これ短……分かりました。ちゃんと着付けてあげますね」

 

ミィとリリィに着物を着て見たいと言われた天竜姫が困惑してるように見えましたけど……私は用意されている着替えの部屋の中に入って服を脱ぎ始める。

 

「アリスも今度は着物を着てみますか?」

 

「うん!その服で一緒に写真を撮ってから着物を着て見たいな」

 

「それなら私も着てみたいですわ」

 

「紫も多分似合うと思うよ」

 

こうやって普段着た事の無い服を友達とワイワイと話をしながら着るのは凄く楽しい、写真を撮って記念に残すのも凄く楽しい。

 

「どうですか?に、似合いますでしょうか?」

 

やっぱり少し丈が短いような気がしますが……自分では似合っていると思う。

 

「バッチリだよ、凄く可愛いよ」

 

「ええ、とても似合っていますわ。さあ、写真を撮りましょう」

 

「はい♪」

 

アリスと紫と私の3人で写真を撮り、私達はまたきゃいきゃいと騒ぎながら着替えを選び始めるのだった……。

 

「……ちょっとそう、腕を寄せて前かがみで」

 

「こう?」

 

【この姿勢に何か意味があるんですか?】

 

「……凄く意味がありますの」

 

なおサキュバスが混じっているミィが見えそうで見えないに重点を置いたポーズを無知なアリスやリリィに取らせ、それを写真に収める。

 

(……1人で駄目なら大勢でですの♪)

 

自分1人で駄目ならば、大勢で魅了するという作戦に切り替え、完成した写真を見たルイはミィのアグレッシブさを気に入り、写真集のように纏めたのだが、若干いかがわしいコスプレ写真集みたいになってしまい、それを受け取った横島が噴き出す事になるのだが……その写真集がどうなったかは定かではない……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

英霊と思わしき存在による斬首殺人事件の調査をしていたのだが……金時の予測していた通り源氏の英霊に平家の英霊が人格と身体を乗っ取る形で憑依していると言うのはほぼほぼ確定となったのだが、その源氏の英霊が想定外の者の可能性が浮上してしまった。

 

「間違いないのかしら?」

 

「そこまで念を押されると僕としても不安なんだが……この刀痕を見る限り遮那王の物に近い」

 

遮那王――義経の稚児名で牛若丸と比べるとやや知名度は劣るが幼年期の義経という点では共通している。

 

「そんなことあるの?牛若丸は横島君と一緒にいるわよ?」

 

どうして横島君と一緒にいる牛若丸が英霊として出現しているのか理解出来ず、何かの間違いじゃないかと尋ねる。

 

「いえ。合ってるわよ。英霊はあくまで写し身、同じ義経という側面から牛若丸が横島の側にいるように、別の側面が召喚される事はありえないことじゃないわ」

 

完全に現界しているマルタがあたしの別の側面が出て来てもおかしくないしと付け加える。

 

【英霊は人間のイメージに影響を受けるわ、源氏だけど、源氏を憎んでいるって言う解釈をしてる人がいれば、それに信憑性があれば……】

 

「嘘もまことになるって事ね」

 

義経は兄である頼朝に殺された悲運の武将だ。源氏を憎んでいると解釈が出来なくもないが……今までそんな予兆は無く、何故急にという別の疑問が今度は浮上してくる。

 

「とりあえずこの周辺にいる源氏血筋を調べる必要があるわね」

 

この連続殺人はまだまだ続く、この海を壇ノ浦に見立てているのならば……この殺人に終わりはない。

 

「身体は遮那王でも中身が分からん。中身を特定する必要もあるぞ」

 

「ある程度予想はついたりしない?」

 

「恨みを持ってる奴が多すぎて特定なんて出来るものか、1度遭遇出来れば話は別じゃが……お主、死ぬ覚悟あるか?」

 

鬼一法眼の鋭い視線に一瞬息を呑むが、その気迫に負けずと睨み返す。

 

「私達が倒さないといけないのは神魔なのよ、英霊に怯んでる場合じゃないの」

 

英霊は確かに強いが、私達が最終的に戦うのはガープを始めとした最上級神魔の集団だ。英霊に恐れ戦いていては何にもならない、英霊と戦う事を恐れていては神魔と戦うなんて夢のまた夢だ。

 

「かんらからから、良い気迫だ。あい分かった!準備が出来次第夜、誘い出してみるかの」

 

「そんなこと出来るの!?」

 

「はっはっは!僕を誰だと思っているんだい?大天狗ぞ?源氏の末裔を見つけ、その魂の写し身を作ることなぞ訳ないわ!」

 

自身満々に笑い、胸を揺らす鬼一法眼の言葉に驚かされる。確かに不安要素はある、だが1度遭遇して正体を特定するのは必要なことだ。

 

【とりあえず結界とかも準備は出来ると思うし……最悪逃げるのは不可能じゃないわ】

 

リスクはあるが、英霊の正体を探るヒントを手にする為に私は鬼一法眼の策に乗ることにした。

 

「所で本気で横島を僕の弟子として面倒を見て見たいから天狗の山に連れて行ってもいいかの?」

 

「絶対駄目ッ!」

 

弟子として面倒を見てくれるのはありがたいが、天狗の山に横島君を連れて行くのは絶対に駄目と言うと鬼一法眼はケチじゃなと言うが、そんな人外だらけの場所に横島君を連れて行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかであり、下手をしたら古の盟約とか言い出して天魔ちゃんと婚約とかさせられないかねない場所に横島君を連れて行かせるのは認められないのだが、今一緒にいる間に天魔ちゃんが横島君に懐きすぎる可能性も十分にあって……もしかしてどっちにせよ詰みなんじゃ?という考えが頭を過ぎるのだった。

 

一方その頃デスゲームに参加している蛍達と言えば……

 

「きゃああッ!な、何するのくえすぅ!!!」

 

「事故ですわよ、事故」

 

「絶対わざとよね!?私と蛍ちゃん狙い撃ちしてるわよね!?」

 

「さぁ?そんなつもりはありませんわね?」

 

案の定くえすが裏切り、蛍と琉璃を集中砲火し、服を溶かしに掛かり自分は手にした盾で水を防いでゴールまで恐ろしい勢いで飛んで行く。

 

「きゃっ!?た、タマモちゃん!!」

 

「ちょっとお!?わ、私を道づれに……このッ!?小竜姫!あんた神様でしょ!?人間2人くらい支えなさいよ!」」

 

「や、やだあッ!!離して下さい!わ、私これ以上色物は嫌なんですぅ!!?」

 

足を滑らせたおキヌがタマモの服を掴み、プールに道づれにしようとしタマモが尾を伸ばして小竜姫に支えるように叫ぶが、最初に落とされている小竜姫は服が虫食いだらけでそれを両手で押さえている為動きが極めて鈍く、3人もろとも徐々にプールへと滑り始める。

 

「きゃあ……あうあう……や、やばい……」

 

「こ、これ以上は本当に……やばいです……」

 

「あははははッ!!これ楽しい!!」

 

【本当ですね!楽しいです!】

 

愛子とマリアは服としての機能を失う一歩手前で羞恥心でその場に蹲り、テレサと牛若丸は水鉄砲を回避し、使い魔を迎撃したことで入手した盾を使い、普通にサバゲー気分で楽しんでいた。

 

【お、お前ぇ!?わ、ワシの足を離せ!?】

 

【ノッブウ、お前も地獄に落ちろぉ!!】

 

【盾にしたのは謝るから放せ!】

 

【絶対に嫌ですよおお!!!】

 

ノッブに盾にされ全裸に剥かれスリングショット確定になった沖田はプールの中を泳いで進み、奇襲でノッブを水中に引きずり込もうとし、それを耐えて逃げようとするノッブとそうはさせまいとする沖田の泥沼の足の引っ張り合い。

 

「シズク。裏切るんですか?」

 

「……裏切る?はは、人聞きが悪いな……他にも着替えがあるかもしれないんだぞ?」

 

「いやあ……出来れば勘弁して欲しいなあ」

 

「……ちょっと横島に色欲くらい認識させないと何も始まらないじゃないか、だから全員……脱げてしまえば良いだろ?」

 

巨大な水球を作り雨を降らそうとしているシズクに気付き、あちこちから悲鳴が上がるがシズクはにちゃあっと邪悪な笑みを浮かべ指を鳴らす。それと同時に水球は炸裂しこの場にいる全員に向かって降り注いだ。

 

「だ、駄目駄目!?それは本当に駄目ぇ!?」

 

「終わった……何もかも終わった……」

 

「あっ!?あうう……」

 

「巨乳は皆死ねば良いんですよ」

 

「ちょっと!?おキヌが白かったのに黒くなったんだけどどうしてくれるのよ!?」

 

死屍累々の地獄絵図、辛うじて服が生き残っても動いただけで服が千切れ飛んでボロきれになるという地獄絵図、殆ど裸のスリングショットを着るか、エロコスプレが出現するアイテムボックスに走るかという地獄を強要された蛍達は究極の二択を選択する羽目になるのだった……。

 

 

 

美神達がいまだ正体不明の英霊に頭を抱え、紫達がコスプレ写真撮影会を行い、蛍達が極限の羞恥心と戦っている頃、横島はと言うとやはりのんびりというか穏やかな時間を過ごしていた。

 

「みむ」

 

「ぴ、ぴよおおおッ」

 

「く、くあああッ!!!」

 

「おお、ピー助とペンギンが飛んだッ!」

 

チビが飛んでいるのを見て、ピー助とリヴァイヤサンが翼を羽ばたかせ、飛んでいると言うか浮遊しているという感じだが間違いなく飛行能力を獲得していて、横島は凄い凄いと喜んでいたが、美神達が見れば冗談じゃないと言いたくなるような光景が広がっている。

 

「キバ?キバー?」

 

「ぷぎゅッ!」

 

「うきゅーん!!」

 

うりぼーとモグラちゃんが後ろ足で立って前足をピコピコと振り、斧龍の幼生に立ち上がり方を伝授しようとしたりと、ミィ主導で横島の倫理観を破壊しようとしているロリーズや、ルイの策略によって横島が欲情するような服装に着替えさせられている蛍達と部屋の外が地獄のような光景になっているとは夢にも思っていない横島は何時になったら開くのかなーと能天気に鼻歌を歌いながらマスコットとの触れ合いを楽しんでいる。だが愛子の机の中の世界でルイが行なった悪戯によって少しその関係性が変わろうとしているのだった……。

 

 

 

リポート12 臨海学校・破 その5へ続く

 

 




次回で机の中編は終わろうと思います。かなりカオスな展開で進んできた机の中編ですが、偶にはギャグ展開でこんなのも面白いなと思いやってみました。ルイ様の梃入れでヒロインとの関係性が少し進展するという感じになると思います、それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします。


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その5

リポート12 臨海学校・破 その5

 

~アリス視点~

 

愛子お姉ちゃんの机の中の世界は遊園地みたいで凄く楽しかった。ルイお姉ちゃんが用意してくれた玩具や遊園地のチケットもあったし、双六とか、的当てとか、本当に遊び道具が沢山あって楽しかった。

 

「ねーミィ。まだ大人の姿のままが良いの?滑り台の前に元に戻れるよってあるよ?」

 

沢山の玩具と遊園地で遊び、最後の滑り台が終わればお兄ちゃんの所に行けるって書いてある。そして滑り台の前には幻術を解除するゲートも用意されているのにミィは絶対に大人の姿のままが良いと言うのに首を傾げながら尋ねる。

 

「写真があるから子供の姿に戻った方がいいんじゃないですか?」

 

「……私はお兄様に胡散臭いって言われたら立ち直れませんわ」

 

天竜と紫は子供の姿に戻ろうと提案する。アリスもお兄ちゃんに分からないって言われると悲しくなるので、子供の姿に戻れるなら戻った方が良いと思う。

 

「ちょっと恥ずかしいし」

 

色々な服に着替えれたけど、楽しくなってそのまま進んでしまったので丈が短い着物だし、天竜姫や天魔はメイド服だし……ちょっとお兄ちゃんに見せるのは恥ずかしいような気がする。

 

【私は良く分かりません!】

 

リリィは良く分からないと笑ってるのでアリス達の意見とは違っていて、どちらでもないと言う立ち位置のようだ。

 

「私は横島に可愛いと言って欲しいのでこのままで良いと思ってます」

 

「……私もですのよ、折角これだけ可愛いですもの、横島にも見せたいですの」

 

でも天魔とミィの言う事も分かる。お兄ちゃんに可愛い、似合ってるって言ってもらえるのは凄く嬉しい……けど。

 

「お兄ちゃん分かるかなあ……?」

 

お兄ちゃんの知ってるアリス達よりも大分大人になってしまっているので、お兄ちゃんに気付いてもらえないかもしれないと思うと怖くなってくる。

 

「……大丈夫ですの、横島が私達を分からない訳が無いですの!」

 

ミィは自信満々だけど、やっぱり怖いって気持ちが……。

 

「……横島が気付いてくれなかったら皆でぎゅーって抱きついてなんで分からないんですの!って怒りましょうですの!」

 

……それはそれで面白いかもしれない、お兄ちゃんは多分困ったように笑いながらごめんねって言ってくれるかもしれない。ちょっと気付いてくれなかったって怒ってお兄ちゃんを困らせるのも良いかも知れないと思わず思ってしまう。

 

【じゃあもし分からなかったら、ここで見つけた遊園地とかに絶対に連れて行ってくれるようにお願いしましょう】

 

「それが良いですね。私も大人のままで行く事に賛成です」

 

「……ちょっと悩みますけど、私もそれで良いですわ」

 

リリィの提案でお兄ちゃんに絶対に遊びに連れて行ってくれるって約束してもらおうと言う事になり、ミィの提案に賛成する声が上がる。

 

「わ、私はちょっと」

 

それでも天竜はちょっと嫌かなあと渋っているので、どうして嫌なのかとアリスが尋ねようとした時だった。ミィが後から天竜に抱きついて……いや、あれは体当たりに近いと思う。

 

「……多数決でこのままですの!天竜、行きましょうですの!」

 

「ま、待って……わ、私は……私はい、いやああああああ――ッ!?」

 

滑り台を落ちて行く天竜の悲鳴が滑り台が怖いのか、それとも大人の姿でお兄ちゃんに会うのが怖いのかどっちだろうかと思ったけど、ミィと天竜が行ったからアリス達も目配せをして滑り台を滑り降りる事にした。

 

「あ、あわわわああああ!?」

 

思ったより急降下で、思わず声が出てしまう。この滑り台も魔法が効いているのか、皆殆ど同時に滑り台に入ったのにぶつかる事無く、一定の距離で滑っていけるけど……。その風圧でただでさえ短い着物の裾が捲れあがってしまい、慌てて両手で押さえるけど右に左に、急降下と続く滑り台に完全に無駄な抵抗で……遠くに白い光が見えたと思った次の瞬間に再び急降下で着物を抑える間もなく次の瞬間に感じる浮遊感――。

 

「っきゃあああああッ!?」

 

「あ、あぶなああッ!?」

 

物凄いスピードで落ちる感覚と浮遊感にアリスが悲鳴を上げるのとお兄ちゃんの悲鳴が同時を聞きながら、飛び出した勢いのままアリスは床に向かって落ちて行くのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

外に出ることは出来ない変わりにトイレも冷蔵庫も生活に必要な物は全部用意されているこの部屋で過ごしていた俺だが、ソファーにもたれかかりながら思わず暇だと呟いた。

 

「みむー……みむー……」

 

「キバ……きば……」

 

「ふかー……ふかああ……」

 

お昼ご飯を食べさせたら遊び疲れたのもあったのか、チビ達は大鼾をかいて眠り始めてしまったし……かと言って蛍達が迎えに来てくれるかもしれないのに眠っているのは悪いし……暇つぶしに本を見るか、それともTVでも見るかと考えていると急に目の前に看板が出てきた。

 

「なんだ?」

 

変化のない部屋での初めての変化。もしかしたらこれが外に出るヒントなんじゃと思い腰を上げて看板に視線を向ける。

 

『落ちてくるよ』

 

「落ちてくる?心眼、これなんだと思う?」

 

【とりあえず身構えておいた方が良いと思うぞ?】

 

落ちてくるってなんだ?と首を傾げていると遠くの壁の上の方に穴が空いたのが見えたと思ったら悲鳴が聞こえて来る。

 

「なんだ、落ちてくるってまさか!?」

 

蛍とかアリスちゃんが落ちてくるのかと慌てて穴の方に走るが、走り出すのが遅かった。既に穴から2人飛び出てくるのが見え、一気に踏み込んで全力で走り出すが、余りにも初動が遅すぎた……このままでは落下地点に回り込む前に飛び出してきた2人が床に叩きつけられてしまう。

 

【横島!サイキックソーサーだッ!サイキックソーサーで受け止めろッ!!】

 

「分かった!」

 

走りながら心眼の助言を聞いてサイキックソーサーを展開して、落下位置に滑り込みながらサイキックソーサーを展開する。

 

「っつうっ!?」

 

受け止めた衝撃とスライディングをした反動で思わず呻く、だが続け様に悲鳴が響き次々にサイキックソーサーに衝撃が伝わり、慌てて展開したサイキックソーサーは練り込みが甘く、落ちてきた誰かを4人受け止めた所で砕け散り、残りの落ちてきた面子は身体で受け止める事になり、その衝撃と痛みに俺は一瞬意識を飛ばしてしまった。だけど身体を鍛えていたのと、反射的に霊力で身体を強化していたのでそれはほんの数秒の事ですぐに意識を取り戻したのだが……目の前の光景に俺は意識を飛ばしたままの方が良かったと思ってしまった。

 

「ぶっ!?ぶふうッ!?」

 

目の前に広がっていたのは捲りあがったスカートとレース付きの白い下着……しかもガーターベルトまで付いている扇情的な下着は余りにも目に毒だった。そして咄嗟に視線を逸らした先に黒レースの下着があって更に噴出し、その音に俺の目の前の誰かが小さく悲鳴を上げた。

 

「きゃあッ!み、見ましたかッ!?み、見たんですねッ!?」

 

俺の声に気付いたのか俺の目の前でお尻を突き出すように倒れていた誰かが慌てて後ずさり、スカートを両手で押さえる。謝ろうと思ったのだが、その言葉は俺の口から発せられる事は無かった。

 

(だ、誰だ……?)

 

短めの黒髪でスレンダーな体型のメイド姿の美女。見た感じ……俺と同じか少し年上という感じなのだが、蛍達ではなく誰だ?と困惑したのだが……その目付きを見てあれっと呟き、マナー違反と分かりつつも思わず指差してしまう。

 

「て、天竜姫ちゃん?」

 

目付きや雰囲気で気付いたのだが、間違いなく目の前の美少女は天竜姫ちゃんだ。下着を見られたからか赤面し、ぷるぷる震えながらも頷く天竜ちゃんに驚いたが、その驚きの余韻に浸る間もなく横殴りの衝撃に吹き飛ばされる。

 

「あいたた……ッ」

 

吹っ飛ばされた衝撃に頭を振りながら、俺を突き飛ばした誰かに視線を向け俺は完全に硬直した。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。分かる?」

 

「お兄様、お兄様、分かりますわよね!?私胡散臭くないですわよね!?」

 

出る所は出て、凹んでいる所は凹んでいる絶世の美女としか言いようのない金髪の美女がコスプレにしか見えない胸を大きく開き、丈が異様なほど短い着物姿で近寄ってきて、その隣ではチャイナドレスの裾を大きく捲りあがらせて、太腿が丸見えでその捲れた裾の先に紐下着が見えて咄嗟に目を閉じるが、半開きで思わず胸元と紐下着を見つめかけハッとなった。お兄ちゃんとお兄様……そうやって俺を呼ぶのは2人しかいない……。

 

「アリスちゃんと紫ちゃん?」

 

ぽつりと呟いた瞬間に凄まじい罪悪感が襲い掛かってきた。俺の事をお兄ちゃんと慕ってくれている2人が大人の姿をしているだけで、獣染みた欲を感じた自分が酷く浅ましいように思った。

 

「やっぱりお兄ちゃんは分かってくれた!」

 

「嬉しいですわッ!」

 

「ととっ!?」

 

アリスちゃんと紫ちゃんがいつものように抱きついてくるのだが、今の2人は大人の姿をしておりあれやこれと柔らかい感触などに思わず目を白黒させてしまう。

 

【私も混ざります!】

 

リリィちゃんの大人の姿は完全にジャンヌさんなのだが、白いワンピース姿と満面の笑みでジャンヌさんと大分雰囲気が違う……等と考えていても俺の視線は物凄い勢いで暴れている双丘に完全に釘付けだった。大人の姿をしているアリスちゃん達の中で1番胸が大きいリリィちゃんの動きに胸が暴れ回り、その胸に完全に視線を奪われたまま飛びついてきたリリィちゃんの胸に顔面を殴られるという今だかつてない衝撃に完全に思考が停止した。

 

「「「「ぎゅーッ♪」」」」

 

いつものように抱きついて甘えてきているのだが、いつものと違う感触に完全に目を白黒させる。俺も歳若い男な訳で、ここまで無警戒に抱きつかれ、柔らかい感触を全身で感じているのと込み上げてくる何かがあって……本当にやばいと思ったその時だった。

 

「……良いんですのよ?皆横島が大好きですのよ?」

 

【横島!しっかりしろッ!魅了されているぞッ!】

 

耳元でミィちゃんがそう囁き、その囁きに従いかけた時――心眼の一喝で我に返り、胸のボタンを外して、胸の谷間を見せつけながらスカートを捲り上げて流し目を向けてくるミィちゃんの頭に思いっきり空手チョップを落す。

 

「むきゅッ!?」

 

口を×の字にして頭を抑えるその姿を見て、込み上げて来た欲求や、無防備な胸元や下着に向いていた視線が急に無くなった。

 

(良い子だけど危ない……)

 

心眼の一喝がなければもしかしたらアリスちゃん達を傷つけていたかもしれないと思うと、本気で怖かった。サキュバスが混じっているというのは知っていたけど……想像以上にミィちゃんの能力が危険だったと肝を冷やす。

 

「アリスちゃん達は何をしてたの?」

 

「遊んでた!あのね、あのね!一杯遊ぶところがあってね、凄く楽しかったんだよ!」

 

「玩具とか、遊園地のチケットとかもあったんですわ!!」

 

わいわいと楽しそうにどんな遊びをしていたのか、机の中で何があったのかと教えてくれる。姿こそ大人だが、中身は完全な子供のよく知っているアリスちゃん達のままで、本当にミィちゃんの魅了に抗う事が出来てよかったと思いながら何があったのかと楽しそうに教えてくれるアリスちゃん達の話に耳を傾けるのだった……。

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

シズクさんの裏切りと言うか……シズクさんの思惑のせいで服を全部溶かされて、苦渋の策でルイさんが愉悦で用意していた服に袖を通す事になったんだけど、絶対に2人はスリングショットを着なければならないという地獄……私達はじゃんけんで恨みっこなしで決めた。どっちにせよ、全員全裸で流石に横島君やアリスちゃんを探すのに全裸はない。スリングショットもルイさんが用意した服も似たような物で面積は殆ど差がないことが判ったことでジャンケンで皆納得してくれた。

 

「シロ、ちょっとこっち向きなさい」

 

「テレサ、こっち向いてくれますか?」

 

「なんでござッ!?」

 

「かこッ!?」

 

無垢すぎるシロとテレサさんはタマモとマリアさんに締め落とされた。とんでもない力技だが、羞恥心皆無で性知識も壊滅的な2人の意識を刈り取ったのはある意味英断だと思う。

 

「こいつは絶対駄目だと思うから」

 

「流石にこれ以上はテレサには早いです」

 

タマモとマリアさんの意見を聞き入れて、2人には比較的面積の多い服を着せる事になり改めてスリングショットになる2人をジャンケンで決めた……。

 

 

「……私は死にたい」

 

「さ、流石に……これは恥ずかしいですわね」

 

言いだしっぺの法則って言うけどさッ!なんで私とくえすがスリングショットなワケッ!?乳暖簾も酷かったけど、これは別の意味で酷すぎるんだけどッ!?辛うじて腰布があるけど、前も後も丸見えで本当に左右の腰についてるだけの短すぎるパレオ生地はない寄りましと言うか、ない方が良いレベルだし、下手に動いたら乳首が見えてしまいそうな幅なのにも悪意しか感じない。

 

「……これはちょっとマシですけど……」

 

「ほ、本当にほんの少しだけまし程度ですよ……」

 

一応服の体裁は保っているが、スカートと上のシャツが透明で下着丸見えのおキヌちゃんと蛍ちゃんが赤面し、辛うじて隠そうとしているが無駄な抵抗に等しい。

 

「……だ、駄目元で……ルイ様に反逆してもいいと思いますか?」

 

「し、死にますよ……あ、ああ……は、恥ずかしい……」

 

小竜姫様とブリュンヒルデさんはブラジャー強奪、ローライズで、胸に切れ込みの入ったTシャツのみ。シャツが長ければスカートのように見えなくもないがめちゃくちゃ短いので下着が殆ど丸見えだし、動けば胸が見えてしまうと完全に死にたいだ。

 

【……恥ずかしくて死にます】

 

【ワシは気にしないの】

 

【私は基本的に英霊の姿がこれですし?】

 

……乳暖簾なのになんであんなに堂々としてるんだろ……英霊組の倫理観とか羞恥心は私達と余りにも違いすぎると思う。

 

「……♪♪」

 

「……身体が熱くなって……んん♪」

 

……柩と清姫は無敵すぎないかしら……服の面積では一番大きいのにめちゃくちゃ太い荒縄で亀甲縛りで上気した頬と荒い呼吸が完全に欲情していてやばすぎると思う。あれな目で見られているのに全然気にした素振りを見せないのが本当に無敵すぎる。

 

「……これは流石に私も……」

 

「あんたの裏切りのせいだからね?分かってる?」

 

「……すこし横島に性欲を実感させようとしただけなのに……」

 

「まぁ確かにそれは必要かもしれないけどね……やって良い事と悪い事があると思うわよ」

 

1番酷いのはシズクとタマモかもしれない。本当に辛うじて胸を隠してるだけのブラジャーに、際どすぎるショーツ……その両方は鉄製で、なんと言うかあれだ。ハイレグアーマーって奴でお腹も背中も丸見えで、私とくえすと似たような内よりマシ程度の腰布に悪意を感じる。少し動くだけで捲れあがるし、ショーツも際どすぎるローライズだし……本当に完全に横島君を欲情させる事しか考えてない組み合わせだ。

 

「私に何かいうことはないんですか?」

 

「大体諸悪の根源の部下じゃないですか、何を言えって言うんですか。しかも恥じらいも何も無くて、堂々としてるのに愛子さんと違いすぎるじゃないですか」

 

ルキフグスさんは下着姿に透明な羽衣のみ……同じ格好の愛子さんなんて自分の身体を抱き締めてしゃがみこんでぷるぷる震えて、こんなの横島君に見られたら死ぬしかないって呟いてるのと比べれば恥じらいも何も感じさせないルキフグスさんに言う言葉なんて何も無い。

 

「……これ先に進んだら普通の服ありますよね?」

 

「多分ね。とりあえずそれを願って進みましょう」

 

まだこの迷路が続き、ちゃんとした服が手に入る事を期待しようと口にし、歩き出そうとした瞬間だった。ルイさんの幻が目の前に現れ、とっさに身構える。

 

【残念なお知らせだ。アリス達が先に横島の所についてしまってね、本当ならもう少し遊びたかったんだけど……今回はここまでにしようと思う】

 

アリスちゃん達がゴールしたので、これで終わりと聞いて満面の笑みを浮かべたが続く言葉に絶句した。

 

【実に残念だ、この後は君達が理想とする初夜を疑似体験させようとか色々と考えていたのに……】

 

【あ、幻ですけど、感じた感覚は全部魂に刻まれますからね?下手な麻薬とかよりよっぽどやばいことこの人しようとしてましたからね?】

 

……いやいや、無い無い……そんなことされたらどんな顔をして横島君に会えば良いのか分からなくなるじゃないの……。

 

【ほら、色んな意味で一皮剥けた方が面白いだろ?霊能者なんだから房中術でどれだけ霊力が強化されるか分かるだろう?】

 

……い、いやそれは分かるけど……強くなるとか、霊能者だからとかじゃなくて……そういうのは大事にしたいって言う乙女心もある訳で……。

 

【言っておきますけど、この人進展がないから無理や進展させようとして適当な事言ってるだけですからね?ただ面白おかしくしたいだけですからね、本妻と妾の争いを見たいとかそんな感じのことし考えてないですよ】

 

カーマさんがそう付け加えるけど、乙女の純情はそう安いものではない。と言うか本当に人の色恋とかを面白いとか、面白くないとかそういう考えで引っ掻き回さないで欲しい……。

 

【だってあんまりにも進展がないからね、面白くないじゃないか。ただちょっと激しすぎるロデオマシン耐久とか、君達と感覚がリンクしているピンボールとかを横島君にやらせようとしただけじゃないか】

 

物凄い軽い感じで言われてるけど、魂にその感覚を刻まれたらそれこそ肉欲に抗えなくなるレベルの呪いと言っても良い、正直アリスちゃん達が先に横島君の所に到着してくれて良かったと心からそう思う。

 

【真顔でこんな事を言う悪魔ですよ】

 

【失礼な、私は天使だったこともあるよ】

 

【はいはい……まぁとにかく言える事はこの人は貴女達の恋愛で遊びたいと思ってるわけで、それこそ自分の知り合いとか部下で人の性欲を刺激するような能力を持った奴を連れ出しかねないので本当に気をつけてくださいよ】

 

カーマさんが私達の事を感じてくれているのは判るけど、人間が感情を操るような最上級神魔にどう抗えと言うのか……。

 

【ただ私は進展して欲しいが、終わって欲しいわけじゃないんだよ。長く、心から楽しみたいんだ。だからあんまり動きがないと……また悪戯したくなっちゃうかもしれないな♪】

 

【1番早いのはこの机の中に来る事だと思いますけど……まぁそこは貴女達に任せますよ。ただそうですね……心は強く持ってください、分かっていると思いますけど……ここは魂に作用しますから……擬似サキュバスとかになりかねないですからね?】

 

カーマさんの言葉に完全に言葉を失った、いやいや、この羞恥心を刺激しまくる暗黒世界に二度とは入りたくないのに、定期的に入らないとルイさんが悪戯という名目でとんでもない事をしでかす、それを阻止する為に机の世界に入るけど、入れば入ったらで魂に干渉する感じのエロイ感じの何かが付与される……。

 

「どっちにせよ……死亡確定じゃない……ッ」

 

「ないない……そんなの死んじゃうじゃない」

 

この地獄のような机の中に入っても、入らなくても地獄……なんて恐ろしい事をしてくれたんだと心底恐怖する。

 

「ボクは一向に構わない、でもどっちかと言うとボクより、横島に干渉して欲しい。無理矢理にして欲しいんだけどボクとしては」

 

「無敵かよ……ッ」

 

「と言うか余計な事は言わないでくれますかね!?本気でやりますわよ、あいつッ!?」

 

性癖に関して無敵すぎる柩は余りにも堂々としている。と言うか横島君に襲われたいって言う願望を隠しもしないその姿は余りにも無敵すぎて恐ろしささえ覚える。

 

【いいじゃねーの?少し横島は性欲を刺激するべきだとワシ思うし!】

 

【私は組み敷かれるのありです!!】

 

賛成派、反対派、暗黒笑みを浮かべてるとか……本当に皆思い思いの反応をしてるけど、私的には絶対に無いと言いたい。

 

【いいじゃないか別に、ただの夢の体験さ。少しばかり鮮烈かもしれないけどね、でもね。君達が悪いんだ、あんまりにも進展がないから

見ていて退屈になるだろ?少しはアプローチとかしなよ、あと机の外に出たら普通の服には戻してあげるからね】

 

……人の色恋を見てつまらないとか言うの止めて欲しい。でもここで反論すると強制的に淫夢に落とされそうで怖くて何も言えない……。

 

【ま、そういうわけでやりたい事が全部出来なかったのは無念だけど、今回は特別に外に出してあげよう。但し……その格好のまま1分間は横島君の目の前にはいてもらうけどね?】

 

「「「「は?きゃあああああああッ!?!?」」」」

 

ルイさんの言葉の意味が判らず、はっ?っと言った瞬間に浮遊感を感じて足元を見ると落とし穴で、無駄な抵抗と分かっているが腰布を押さえるが本当に無駄な抵抗と言うか……。

 

「ミスったああッ!!!」

 

反射的に腰布を押さえたせいで、スリングショットが完全に外れてしまって滑り落ちる中で暴れまくる自分の胸を慌てて腕で押さえるが本当に無駄な抵抗で絶望感しかない。しかし絶望感に苛まれているのは私だけではなく、同じ様に滑り台に落とされた人達の悲鳴があちこちから聞こえて来る。

 

「やばいやばいやばいッ!!!?」

 

「いやあああああッ!!!」

 

「こんなの絶対に嫌です~ッ!!」

 

阿鼻叫喚の地獄絵図、そして遠くに光が見えたと思った瞬間に空中に投げ出され、そのまま地面へと落下する。叩きつけられる前に魔法か何かで減速したけど、そんな気遣いをしてくれるならそのまま外に出して欲しかった。尻モチをついたような感覚だったが、かなりの衝撃に一瞬意識を飛ばしてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

~横島視点~

 

アリスちゃん達を一瞬でも性的な目で見てしまった事を後悔し座禅を組んでいるのだが、どうしても集中し切れなかった。

 

「……」

 

【まぁあれだ。健全な反応と言えるだろう?しょうがないさ】

 

「駄目だって、良くないって」

 

心眼はしょうがないと言ってくれるが、これは本当に良くない。今までの関係を全て壊しかねないので本気で反省する必要がある。遊び疲れたのか欠伸を繰り返すアリスちゃん達を寝かしつけたのは良いが、ミィちゃんがまた下着を見せつけながら悪戯してくれても良いんですのよ?と甘く囁いてくる声にクラっと一瞬来てしまったので本当に良くないと反省するばかりだ。

 

「……」

 

座禅を組んで集中しようと思えば思うほどに水着姿の蛍達とか、そしてさっきの大人のアリスちゃん達の姿が脳裏を過ぎり、どうしても座禅に集中出来ない。

 

【横島。お前は蛍達が嫌いなのか?】

 

「……心眼、急にどうしたんだよ」

 

【答えるんだ、お前は蛍達が嫌いなのか?】

 

蛍達をどう思っているのか答えろと強い口調で言う心眼。それは否定も嘘も許さないと言わんばかりの強い口調に俺はゆっくりと口を開いた。

 

「好きだよ、本当に好き」

 

蛍達は本当に綺麗で、俺みたいに何も持ってない人間じゃ吊りあわないほどに綺麗で、触れるのもおこがましいと美しくて……本当に触れても良いのかとそばにいても良いのかと思うほどだ。

 

【なら健全な反応だろう。好いた女と共にありたいと思うのは当然の反応だ、そこまで自分を嫌悪することはないだろう】

 

「でも怖いんだ」

 

【何がだ?】

 

「全部無くなるのが怖い……だって俺には何もないんだ」

 

好きだと言ってくれるけど、蛍達の好きと俺の好きが違うかもしれない。関係を変えようとして、踏み込んで今までの信頼関係が崩れ去ってしまうのが怖い……。

 

【そんなことはない、横島。お前はお前が思うような無価値な人間じゃない】

 

頭が良いわけではないし、顔が良い訳でもない、そして金を持っているわけじゃないし、霊能者としても中途半端で、眼魂や牛若丸達がいなかったらまともに戦えない……なにもかも中途半端な俺に何が出来るのだと叫びたくなる。

 

【お前がそんな事を考えていると知れば蛍達はお前を怒るぞ】

 

「そう……かな」

 

【ああ、間違いなく怒る。お前は無価値なんかじゃ……む?】

 

心眼が急に黙り込んでどうしたと顔を上げるとアリスちゃん達が落ちて来たのと同じ穴が開き、そこから悲鳴が聞こえてきたと思った次の瞬間には蛍達が目の前に落ちてきた。

 

「え……」

 

目の前の光景に乾いた声が出た。目の前の蛍達の姿は余りにもその……俺には刺激が強すぎた。殆ど裸同然で透けた服や、胸が丸見えだったりするのを見て目を閉じようと思ったのだが、余りにも美しい姿に完全に俺は完全に目を奪われていた。

 

「え、あ……あ……」

 

俺の声に蛍達が慌てて座り込んだり、腕で胸を隠したりする。だが腕で胸が押し潰されたり、少し見えたりしている分与形に艶かしくて……。

 

「……あ……あ……ぶぶううっ!?」

 

余りにも刺激が強すぎた。アリスちゃん達とは違って、異性として蛍達は好きだった。俺では釣りあわないと思っていても大人の関係になることを妄想した事もあって……そんな蛍達の余りに艶かしい姿に鼻の奥が熱いと感じた次の瞬間には凄まじい勢いで鼻血が噴出した。

 

「「「「きゃああああああッ!?!?」」」」

 

鼻血が降りかかり蛍達が悲鳴を上げるのを聞きながら俺の意識は闇の中へと沈むのだった……。

 

 

リポート13 臨海学校・急 その1へ続く

 

 




もう少し続けたかったのですが、これ以上は書くとどう考えてもR-18な展開不可避だったのでここで終わりです。ただ横島の性欲を刺激するのは成功で子煩悩が少し低下し、煩悩UPは成し遂げれたと思います。次回からはシリアスな展開に入って行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート13 臨海学校・急
その1


リポート13 臨海学校・急 その1

 

~美神視点~

 

愛子ちゃんの机の中から横島君達が出てくるなり、血飛沫舞う地獄絵図に流石の私も悲鳴を上げた。机の中で何があったのか、想定していない何かのイレギュラーがあったのかと様々な可能性を考えていたのだが……。

 

「横島君が興奮しすぎてねぇ……良くあれだけ出血して平気だったわね」

 

戦場か何かかと思うレベルの出血が横島君の鼻血で、机の中でルイ・サイファーとカーマプレゼントとのどこのAVよと言いたくなる羞恥心地獄だったと教えてくれた琉璃に呆れれば良いのか、それとも横島君がちゃんと琉璃達を異性として認識してて良かったわねと言うべきか大分悩んだ。

 

「言っておきますけど凄い地獄でしたよ、私裸に透明な羽衣だけにされかけましたからね?」

 

「……マジで?」

 

「ええ、しかもなんか私達の身体と感覚が繋がってるピンボールとか、ロデオマシンとか、横島君の声つきの張り手とか、そっちを強く意識させられましたよ……」

 

疲れきった様子の琉璃だけど、羞恥心だけじゃなくて、性欲的なものもかなり刺激されてしまったのだろう。

 

「ちなみに琉璃と横島君だけだったら」

 

「本能に抗えないかもですね、人数が多くてよかったです。まぁ……自分の性癖みたいの知られて、自分でも知らなかった性癖まで認識しちゃって……ははは……死にたい」

 

カーマは愛の女神だからなんかされてもおかしくはないけど、そこは巫女として、そしてGS協会の長として踏み止まってくれて良かったと言わざるを得ない。でも今も瞳の光を完全に失っている琉璃に掛ける言葉がなくて咳払いをする。

 

「そろそろ本題いいかしら?」

 

「え、あ。すいません、ちょっと黒歴史が凄い事になってて、何でしたっけ?」

 

「とりあえずこれ、私達で調べた情報に目を通してくれる?」

 

軽く纏めてあるレポート用紙を琉璃に渡す。流石にGS協会の会長をしているだけあって切り替えはかなり早い、琉璃が読み終わるまでの間にお茶を用意してそれを啜る。

 

(朝の光景の理由も納得したわね)

 

うりぼーに囲まれて接触拒否していたのは横島君自身もかなり意識してしまっていて、蛍ちゃん達を見るとまた鼻血でも出しかねないからの措置だったのだろう。とは言え、何十匹のうりぼーに囲まれているのは朝から見るには凄い光景だったけどと思わず苦笑する。

 

「英霊ですか……正体は不明ですが、恐らく牛若丸に何かの英霊が上書きしていると?」

 

「多分ね、鬼一法眼が言ってるからまず間違いないわよ」

 

牛若丸の師なのだからその太刀筋を見間違える訳がないので、ベースになっているのは牛若丸で間違いない。

 

「問題は平家ですか」

 

「思い当たる節が多すぎるし、1体とも限らないのよね」

 

このホテル周辺を源平合戦に準えているとなると相当数の源平の幽霊がいるはず。

 

「レギオンタイプですかね?」

 

「可能性はあるわ、とりあえず今冥子達が色々と準備をしてくれるから、夜に誘い出してみようと思うけど……琉璃にお願いしたいことあるんだけど「分かってます。人払いは徹底します、横島君の切り札を使う事になるでしょうし」

 

文珠を使う必要性も出てくるかもしれない。源氏と平家にまつわる霊が多く出現する土地ではあったが、今回はここ20年ほどで最悪の規模と言えるだろう。そしてそれと同時に……今回の件は自然発生ではないと言うのほぼほぼ確定している。恐らくガープがなんらかの細工はしている筈だ。

 

「今回もかなり厳しそうですね」

 

「いつもの事だけどね」

 

今回の件も間違い無くとんでもない山になる。出来れば六女の生徒は巻き込みたくなかったけど、そうも言ってられない状況に私と琉璃は揃って深い溜め息を吐くのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

背中から砂浜に叩きつけられ、呻いているとそんな俺を鬼一法眼さんが覗き込んでくる。だけどその姿は女性の物ではなく、細身の男性の姿だった。姿を変える事なんて造作もないと言っていたけど、本当に凄い人なんだなと思い知らされた気持ちだ。

 

「筋は悪くないが……お前、混ざりすぎだな」

 

「……色々と教わりましたからねッ!」

 

腕の力で跳ね起きて、蹴りを放つが脇に挟み込まれて簡単に止められる。

 

「目線と身体に力を入れすぎだッ!!」

 

「どわったあッ!?」

 

そのままジャイアントスイングの要領で振り回され、俺は悲鳴と共に海中へと投げ込まれたのだった……。

 

「総評 中の中。まだまだ修行が足りないんぞ。かんらからから」

 

鍛錬が終わったという事で女性の姿に戻り、扇子を広げて笑う鬼一法眼さんを見ながら、中の中かあと思わず呟いた。

 

【徒手空拳ではやはり雪之丞達には劣るのは当然だ、あいつらは専門家だからな】

 

「まあそれもあるが、仙人に師事しているんだ。それは筋は良いって物さ」

 

綱手さんと三蔵ちゃんかあ……あの人たちも良い人だけど英霊と仙人だもんなぁ……。

 

「脇が甘い、霊力の練り込みをしっかりしろ」

 

「はいッ!!」

 

「甘い甘いッ!!」

 

雪之丞と陰念の打撃を片手でいなす光景を見ると、本当に半端ないなと素直に驚かされる。

 

【ですが師匠、主殿は筋はいいですよ?】

 

【なんでも覚えるしの】

 

「覚えさせすぎだ、戯け共」

 

ノッブちゃんと牛若丸の頭に鬼一法眼さんの空手チョップが落とされ、2人がむきゅっと呻き声を上げる。

 

「えっとお?駄目なんですか?色々と覚えるの」

 

「悪くはないぞ、臨機応変に色々と型を柔軟に変えるのは僕でも結構厄介だった」

 

あんがい悪い評価じゃないのかな?でも中の中って言われたし……何が駄目だったんだろうかと考えていると扇子が顔に突きつけられた。

 

「殺す術なんだよ。で、横島はそこまで教わってないんじゃないかな?」

 

「まぁ……俺GSですし、殺人術は教わってないですけど……」

 

あくまで俺はGSで殺人者ではない。殺人技を教わっていないから中の中と言われるのならばそれでも……。

 

「あいたッ!」

 

そう考えたところで扇子で頭を叩かれて思わず声を上げてしまうと、その様子を見て鬼一法眼さんは楽しそうに笑った。

 

「殺人技を覚えろと僕は言ってるわけじゃないぞ?ただ中途半端にやってるから駄目なんだ。捕縛なら捕縛でGS……だったか、霊能者らしいやり方の捕縛術を教えてやろう!」

 

立てと言われて立ち上がると鬼一法眼さんが掌を俺に向けてくる。

 

「目を逸らすな、女だからと言って油断すれば、戦えぬと言えば死ぬのはお前だ。まぁお前の場合は女を知らんというのもあると思うが、

相手が何であれ十全の動きは出来るようになれ」

 

「う、ういっす」

 

昨日の蛍達の艶姿が焼き付いていて、蛍達に会うのも気まずいのにと思いながらも返事を返した次の瞬間……鬼一法眼さんの顔が目と鼻の先にあって思わず赤面して硬直した。

 

「手加減はしてやる。耐えてみよ」

 

「へ?うわッ!!」

 

掌が押し当てられたと思った瞬間に俺の身体は大きく弾き飛ばされていた。身体が回転していて前後左右も分からない中で俺の視界に影が落ちた。

 

「それッ!!」

 

霊波砲ではない、霊力の玉をただ無造作に投げつけてきた鬼一法眼さんに俺は咄嗟に右手を突き出した。

 

「サイキックソーサーッ!!」

 

掌から展開された霊力の壁が霊力の玉を防ぐが、それが悪手だとすぐに気付いた。余りにも手応えが無かった……これはッ!

 

「虚を混ぜる事で相手の行動を制限し、操るのだよ」

 

「うっ、ぐうッ!?」

 

着物姿でオーバーヘッドキックなんかしてくるので、艶かしい太腿に完全に目を奪われ、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。

 

「やれやれ、この程度で動揺してどうする」

 

「あッ」

 

再び掌を押し当てられたと思った瞬間には砂の鎖で俺は完全に縛り上げられていた。

 

「かんらからから、まぁその初心な反応は僕としても面白いけど、修行には集中しなよ」

 

「すいません……」

 

揺れる胸とか太腿に完全に視界を奪われていた。少し思い返すだけでも、どの行動もミスばかりで恥ずかしいばかりだ。

 

「まぁそうするように誘導したんだけどね、霊能者は集中を乱されると途端に弱くなる、特にお前のような純情なタイプは女には弱すぎる」

 

鬼一法眼さんはそう言うと猫のようににんまりと笑い、俺の耳に顔を寄せてきた。

 

「僕が女を教えてやろうか?」

 

その艶かしい声に反射的に昨日の蛍達を思い出して顔が一気に紅くなる。今朝もまともに顔を見れなくて、うりぼーに隠れたのに、こんな有様ではどうやって蛍達と接すれば良いのかも分からない。だけど焼きついた艶姿を忘れるのは忘れるで勿体無いような気がして……俺自身どうすれば良いのか分からない感情を持て余していた。

 

【師匠!主殿を誘惑するのは違うと思います!】

 

「かんらからから、冗談だよ、さてと、これが陰陽術も組み合わせた捕縛術だ。お前は媒介も無しで使えるんだったな、ならこれほどお前に向いてる術はない。1つずつ、教えてやる。しっかりと覚えるのだぞ」

 

……鬼一法眼さんは悪い人じゃないんだけど……この短いやり取りで俺は鬼一法眼さんに苦手意識を持つことになるのだった……。

 

 

 

~小竜姫視点~

 

横島さんと鬼一法眼の鍛錬を見て私が思ったのはシンプルに1つ「面白くない」だ。確かに鬼一法眼は天界でも有数の指導者であり、天狗の本山から外に出ないことで有名なのに……横島さんと天魔様の繋がりでこうして表に出てくるなんて考えても無かった。しかも横島さんは基本的に素直で指導を受ける際は誰だって敬意を持って接するので鬼一法眼もまんざらでもない様子なのが本当に面白くない。

 

「言霊で陰陽術をつかうのは天賦の才だ。誇って良い、だが相手に聞かせてしまうのでは意味がない。口にしている言葉と思っている言葉を変えるんだ」

 

「……意味が判りませんけど?」

 

「かんらからから、良いか。精霊と言うのはな人間の言葉を理解している訳ではないんだ。言葉の中に込められている霊力を感じ取って、こうして欲しいのかと感じ取って行動している訳だ。つまり、口で話す中で霊力で別の指示を出せばこんな事も出来る」

 

その言葉と共に横島さんが鎖で縛られ、ガチャガチャと音を立てて横島さんが困惑している姿に妙にどきりとした。

 

「む」

 

「はッ」

 

蛍さんとくえすさんが凄い勢いで回れ右をしてガン見してるのをみて、無い無いと首を左右に振るとメドーサと目があった。

 

「むっつり助兵衛」

 

「違いますよおッ!?」

 

この短時間で私の評価が凄く悪い事になっていると思わず叫び声を上げた私は絶対悪くないと思う。

 

「で、ムッツリ助兵衛」

 

「違います」

 

「それは無理だろ、ガン見してたじゃないか」

 

メドーサにうりうりと頬を突かれるが、否定する言葉が出せなくて呻くしかない……だけど私よりも酷い相手はいると思う。自分よりも上司と同僚なので陥れるのは正直ためらったが、売らざるを得なかった。

 

「……カシャカシャカシャ」

 

「ありですね」

 

縛られてる横島さんを一心不乱と言う様子で写真を撮っているルキフグス様とブリュンヒルデさんを指差すと、メドーサも何ともいえない顔をした。

 

「……あれよりましじゃないですか?」

 

「……まぁ、確かに」

 

正直魔界でもかなり高い地位にいるのに何をしてるんだと言いたくなる。これで魔界の部下とかが見たらどんな顔をするんだろう……と思わずにはいられないのですが……。

 

「ほほう、中々いい筋肉をしてる」

 

「うひゃあッ!?な、なななな、なにをおッ!?」

 

「いや、縛られてるってことは僕が勝ってるってことだろ?なら敗者には何をしてもいいってことにならないか?」

 

「なりま……「そう怒鳴るなよ」うひいッ!?」

 

な、何てことを……ッ!鎖で縛っている横島さんの服を捲って、指先でお腹を撫でるとかなんてうらやまけしからん事をッ!?

 

「そそりますね」

 

「……悪くない。むしろ良い、やっぱりそろそろ食べ頃だろうか」

 

「私も混ぜなさいよ?」

 

「……もう少し頃合を見極めるべきか、どう思う?」

 

「私は全然GOですけどね。もう十分待ちましたわよ?」

 

「……確かになぁ……」

 

清姫様達が普通に横島さんの腹筋の評価から、横島さんを性的に食べる話にシフトしているのを聞いて止めようとしたとき、メドーサのチョップが頭に落ちた。

 

「何をするんですか!?私悪くないですよ!?」

 

「鼻血出てるぞ」

 

え、何を馬鹿なと思って鼻に手を当てると手が真っ赤になっていた。滝のように出ている鼻血に頬の火照りとは逆に身体が冷えるのを感じた。

 

「……チガウンデスヨ?」

 

「はいはい、そーですね。ムッツリ龍神」

 

「違うんですってぇッ!!!」

 

昨日1日で私がとんでもない色物枠にされてしまったような気がして、思わず悲鳴を上げることになる。なお、鬼一法眼さんの指導の結果、元々スポンジが水を吸うように何もかも覚えてしまう横島さんだ。それと鬼一法眼との相性は言うまでもなく最高で……。

 

「で、出来た」

 

「うんうん、よくやった。それで今度は僕が敗者だが……悪戯……するかい?」

 

しませんっと紅い顔で叫ぶ横島さんと冗談だよと笑う鬼一法眼のやり取りと言うか、横島さんが陰陽術で作った鎖を見て思わず頬が赤くなるのを感じて、違う違うと頭を振ったのですが、昨日の机の中での幻と分かっていても横島さんの声が脳裏を過ぎり頭を抑えて違うんですと呟きながら砂浜に頭を埋めた。同じ様に頭を振ってる蛍さんや、海に飛び込むくえすさんとかを見て、これが間違いのない確実の対処法だと確信するのと同時に……。

 

(カーマ許すまじ)

 

ルイ様に言われたからって、やっていいことを悪い事がある。絶対にカーマを見つけたら必ず報復すると誓うが……どうしても桃色の妄想が脳裏をよぎるのが止められなかった。

 

(練習って名目で縛って……違う違う)

 

縛られてお尻を叩かれた時の感覚を妙にリアルに思い出してしまい、こんなのを考えたら駄目だと思えば思うほどに思い出してしまい、私は完全にドつぼに嵌ってしまうのだった。

 

「……なにこの地獄絵図」

 

「あは~大変ねぇ~」

 

「こんなんで大丈夫なワケ?」

 

砂浜に頭を埋めていたり、服を着たまま海に飛び込む者がいたりと地獄絵図の有様に美神達は呆れ返っていたのだが、もしもここで余計な事を言うと愉快犯のルイに同じ様な事をされるかもしれないとぐっと喉元まで込み上げて来た言葉を堪えたのだが……。

 

「私~横島君なら~痛くされても嬉しいかな~奉仕するのいいけど~」

 

頬を押さえていやんいやんと身を捩っている冥子の姿に美神とエミの2人は顔を上げた。

 

「これ夏の魔力かしらね」

 

「夏の魔力にしてはとんでもない事になってるけどね」

 

本当に夜這いとかで大惨事になるんじゃと、英霊との戦いが備えてるというのに何をしているのかと天を仰いだ……眩いまでの太陽の輝きが今の2人には少しだけ憎ましく見えるのだった……。だが遊んでいられるのも今日で最後、この海周辺の殺人事件は満月のこの夜から爆発的に被害者を倍増させていくのだった……。

 

 

リポート13 臨海学校・急 その2へ続く

 

 




今回でリポート14はラストギャグです、次回からはシリアスメインかつ文字数も増える予定なので次回の更新もどうかよろしくお願いします。あと女性陣の方が、横島よりはるかにむっつりだったのはトトカルチョで分かっていると思いますので、これはないだろと言う突っ込みは受け入れませんのであしからず。


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その2

 

リポート13 臨海学校・急 その2

 

~蛍視点~

 

愛子さんの机の中でのあれやこれやで強烈に横島と性を意識することになってしまい、横島の顔を見るのも気まずい状況になっていたが、私達が愛子さんの机の中に入っている間に想像以上に話が進んでいた事を知り、意識を切り替える事になった。

 

「……うわ、えぐ……」

 

老若男女問わずありとあらゆる首なし死体に思わず息を呑んだ。余りにも鮮やかな斬首の跡も相まって、これが人間の仕業ではないのは容易に分かった。

 

「仮死状態ですか?何人かの被害者は仮死と書いてありますが」

 

くえすの言葉に資料を捲ると確かに被害者150人の内97名は仮死状態とある。首がないのに仮死状態……かなり特異な能力を持った英霊のようだ。

 

「昨晩の53名は完全に死んでいますが、死因は悪霊や妖怪に襲われての物です。結界札や精霊石による対処を現地の霊能者達が行っていたそうですが……中途半端な結界のせいで余計に妖怪を誘い込んだようです」

 

「良くあるGS崩れが起す二次霊害って所ね、本当いらない被害を増やしてくれたわ」

 

ブリュンヒルデさんと美神さんの言葉を聞いて、どんな状況だったのかを理解した。

 

「……まだGS協会に反発してる現地の霊能者がいるんですか?」

 

除霊実習の前に事件の予兆はあったそうなのだが……地主達と現地の霊能者のせいで情報が入ってなかったと言うのは私達も聞いているから、それだと思ったのだが琉璃さんは首を左右に振った。

 

「モグリのGSのせいよ、薄めた霊薬とかを高く売りつけて、それで大丈夫と思ってた人達が殺されたわ」

 

「付け加えると私達が配った精霊石や結界札を持っていた人達は大怪我こそ負っていますが、命に別状はないそうです」

 

モグリのGSの軽はずみな行動が被害者を倍増させたと知って思わず私は頭を抱えながら、資料に目を通すと既に逮捕されているモグリの名前一覧があり、その人数の多さにめまいを覚えた。

 

「2桁越えてるじゃないですか、やっぱり語りですか?」

 

「そうなのよ~はあ~ネームバリューが大きいのも考え物ねぇ~」

 

六道の除霊実習地であり、六道の霊能者が入り浸っているから六道の名を語る詐欺師がいるらしい。

 

「それで牛若丸、これを見てどう思う?私達はお前の別側面だと踏んでいるんだが……」

 

メドーサの問いかけと差し出された写真を見て、驚きの表情を浮かべたあとに思案顔になる。暫くそうしている牛若丸を見ていると牛若丸は小さく頷いた。

 

【……私の太刀筋ですね。間違いありません、ですが今の私でも、勿論義経となった私の物とも違います】

 

ちょっと謎掛けのような言葉だったけど、英霊と言う存在を考えれば牛若丸が何を言おうとしているかはすぐに分かる。

 

「全盛期とどっちが強い?」

 

【難しい所ですね、恐らくですが速度は私の方が早いです、力は多分義経の方が上です。ですが……総合すると私よりも強いのは間違いないですね】

 

速さは牛若丸よりも遅いが義経よりは早い、そして力は牛若丸より上で、義経には劣る。

 

「つまり牛若丸と義経の良い所取りと言うわけですか」

 

成長途中である牛若丸と成長しきった義経の中間の成長段階の牛若丸に何かが憑依しているということだろう。これはかなり厄介な英霊だ……英霊自体GSで勝つのは不可能に近い相手だが、このホテル周辺を壇ノ浦に見たてている事を考えると英霊の最大の武器である伝承補正が乗ってくる。

 

【それで牛若丸、憑依している何かに心当たりはあるのかしら?】

 

英霊に憑依するのは簡単な話ではない。英霊は星の防衛機構の1つであり、人間に信仰されている神の一種でもある。それを操るということ自体がとんでもない話で、それを可能にしたガープがどれだけ規格外という事だ。星の抑止力を使役し、人間を攻撃する。英霊と言う存在の大前提を崩す事と言えるだろう。そしてそれで考えれば英霊に憑依すると言うのも基本的にありえない話だが……それを可能とする可能性は1つだけある……それはその英霊と極めて高い親和性を持つほかの英霊の憑依だ。

 

【分かりません……本当に思い当る節なんてありません。自分で言うのもなんですが……私はどちらかと言えば異常者と呼ばれる部類の人間です。人の心が判りませんからね、そんな私と親和性のある英霊なんて、思い当たるわけもありません】

 

確かに牛若丸の伝承と牛若丸の行動を考えれば牛若丸はサイコパスと呼ばれる分類の人間なのは間違いない。

 

「となるとやはり僕の出番と言う事だね、とは言えかなり厳しい展開になるのは間違いないから逃げる手段だけは確実に用意して欲しい。流石の僕も出来る事とできない事がある。英霊を誘い出して、その上で逃走の術までは用意できない。逃走はそっちで何とかして欲しい」

 

鬼一法眼さんの言う通りだろう。源氏の殺しの英霊を誘い出すのだ、それだけでかなりの労力を使うのは間違いない。

 

(……やっぱり横島の力が必要になるのね)

 

この場にはあえて横島は呼んでいない。身内にはかなり熱くなる性格の横島だ、自分の知る牛若丸と違うとは言え牛若丸が何かに操られていると聞いて冷静でいられるとは思えないからだ。

 

【横島には正体不明で通すのかい?それは筋が通ってないと俺ッチは思うぜ?】

 

「ええ、金時の言いたい事も分かるわ。だけど先に伝えて横島君が単独行動をするのが怖いのよ、横島君には悪いけど必要以上に事前情報は与えないわ」

 

金時の目が細くなる。だけどそれでもこれが1番安全な手段だ。横島が単騎で突撃した場合に発生するリスクを考えれば横島を騙す形になるが……決して褒められた事では無いが、これが1番横島の安全を確保出来る手段だ。

 

【……ちっ、分かったよ。横島は俺達が守る、これで良いだろ?】

 

【是非もないよね】

 

納得出来ていない部分は勿論私もある。事実腕を組んで一言も発していないシズクと清姫の圧力は凄まじい……だけどこれだけ強力な英霊が自然発生するとも思えず、この事件の裏にもガープの姿がある可能性が極めて高い以上どれほど警戒しても足りないと言うことは無いのだから……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

雲の切れ間から覗く満月を見つめながら安全靴の紐を結び、フィンガーグローブを身につける。

 

【打ち合わせ通りだ。文珠と陰陽術を組み合わせて、ホテルまで帰還する。忘れずに印を刻んでおけ】

 

「分かってるぜ、心眼」

 

心眼の言葉に頷きながら鞄からGジャンを取り出して羽織ろうとすると音を俺の背後で扉が開く音がして振り返るとアリスちゃんが眠そうに目を擦りながら俺を見つめていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ、今回は偵察だし、すぐに逃げる準備もしてる。心配ないよ」

 

シズクの水の転移もあるし、俺の陰陽術に最後の切り札である文珠もある。だから大丈夫だよとアリスちゃんの頭を撫でる。

 

「うん……気をつけてね?」

 

「心配してくれてありがと、でも大丈夫だよ。心配しないで寝ておいで」

 

そろそろ美神さん達も準備を終えてロビーに集まっている頃だ。アリスちゃんに眠るように促し俺も残りの準備を済ませて部屋を後にした。

 

「雪之丞達は待機なんだよな?」

 

【ああ。ホテル周辺の悪霊がかなり増えている、六道の結界は自然に解除される部類だからな。解除が緩んでくると霊が増える、六女の生徒だけでは厳しいからな】

 

しかし本当なら海を封印している結界が解除された時に湧いてきた悪霊を除霊するだけの話だったのに英霊が出てくるとか……信じられない話だと思う。

 

(ガープが関係しているんだろうか……いや、そうとも言い切れないよな)

 

何かあるとガープの存在が頭を過ぎるが、あの忌々しい館の事を考えると人間もガープと大差ないのかもしれないな……。

 

「うっ」

 

人間にも悪意はあると思った瞬間――心臓の鼓動とは違う鼓動を感じて思わず胸を押さえて足を止めた。

 

【大丈夫か?】

 

「……大丈夫。ちょっと食いすぎただけ」

 

心眼が何も言わないって事は狂神石は関係ないはずだ。何かあれば心眼が何か言ってくれるからこれはきっと俺の考えすぎだ……抱いた疑心暗鬼がこんな事を考えさて、活性化もしていない狂神石が悪さしているように思わせているんだと自分に言い聞かせるように呟いて俺は集合場所であるロビーへと降りていくのだった……。

 

「来たわね、それじゃあ行くわよ」

 

俺が降りてくるのを見ると美神さんはすぐに出発すると口にした。普段なら念入りに打ち合わせをするのにそれもないのは珍しいなと思いながらも、月の位置で英霊がより凶暴化することを考えての事だと思う事にした。ちゃんと夕食の時に打ち合わせはしているので出発した後の流れは頭に叩き込んでいるので心配はない。それに今回のはあくまで偵察が目的であり、正体不明の英霊の姿を確認する事が目的で戦う事は最初から考えていないと聞いているので深く考えすぎると本当にその通りになってしまうので悪い予想はしないようにするべきだ。

 

「来たか、あんまり時間を掛けると厳しい。悪いけどすぐに始めさせてもらうよ」

 

広い何の障害物もない浜辺で何かの魔法陣を描いていた鬼一法眼さんはそう言うと印を結んで、良く分からない言葉を呟き始める。

 

「……蛍。これ、本当に大丈夫なのか?」

 

金時にシズク、ブリュンヒルデさんに小竜姫様……ノッブちゃんに牛若丸と味方は沢山いる。それなのに薄ら寒い何かを感じる……。

 

「横島、今の内に陣を刻んでおきなさい。私もします……想定以上の英霊かもしれませんわ」

 

「わ、分かりました」

 

くえすが険しい顔で言うので爪先で陣を描き、誰にも見えないように文珠を右手に握りこんだその時だった。俺達を囲むように紫色の炎の柱が現れ、闇の中から砂浜を踏みしめる音と女の声が響いてきた。

 

【ふむ、源氏の気配がすると思えばあるのは奇怪な人形……なるほど儂は誘い出されたわけか】

 

物静かな女の声を聞いて俺は首を傾げた。少しイントネーションは違うが、ずっと一緒に暮らしている声を俺が聞き違えるわけがない。

 

「この声……牛若丸?」

 

牛若丸の声よりも少し低いか?だけど間違いなくこの響きは牛若丸の物だ。足音の方に視線を凝らしていると突如浮き出るようにその何者かが姿を現した。白と赤の着物に鬼面を肩当にした鎧武者の姿がゆっくり視界に入ってくるが、その顔は仮面によって隠されていた。

 

【牛若丸?否、儂は景清。源氏を滅ぼす者――平景清なり、源氏死すべし】

 

ゆっくりと刀を抜き放つその姿を満月が照らし出す。圧倒的な存在感と敵意に俺達はその場から動く事が出来ないのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

平景清――牛若丸の兄である源頼朝を幾重にも狙った平家の武者とされている。だが謎の多い人物であり、平家に仕えていた藤原、伊藤と言う武家の息子であるとされたり、幾度討ち取られても景清を名乗る武者が現れ頼朝を何度も狙ったとされる不死身の怪人――それが平景清だ。

 

(壇ノ浦を見立てるわけだわッ!)

 

平景清が名を馳せたのは壇ノ浦の戦い――そして源氏を殺す存在とすればこれ以上にないと言うほどの英霊だ。正体が定かではない英霊と、頼朝に見捨てられた牛若丸。親和性が高い英霊に心当たりがないと牛若丸は言っていたが、牛若丸に思い当たる節がないとしても後世の伝承によって繋がりを持たされた……牛若丸の肉体に景清の精神が憑依出来るのは人間の創作によって影響を受けて形作られた英霊と言える。

 

【遮那王、遮那王よ……愚かなる稚児、哀れなる傀儡よ。今は引くがいい】

 

【うっ!】

 

牛若丸が回し蹴りを叩き込まれ海に蹴り込まれ、緩やかな動きで腰に挿していた2本目の日本刀を抜き放った。まだ間合いを詰められていない内に結界札を使おうとした瞬間に凄まじい殺気が叩きつけられ動きが止まった。

 

【動くな、儂が殺すは源氏のみ……だが、邪魔をすればその限りではないぞ?】

 

殺意に満ちた視線に私は蛇に睨まれた蛙の様に動きを止めてしまい。動きを止めた私の目の前を悠然と景清が歩き去っていく……。

 

「通しませんよ。これ以上何の罪も無い人を殺させるわけにはいきませんッ!!」

 

【龍神よ、そこをどけ。源氏は存在する事が罪、我は源氏を鏖殺するものぞッ!!】

 

紅い線にしか見えない強烈な斬撃に小竜姫様が苦しそうな呻き声を上げながら吹き飛ばされる。

 

「駄目だ。お前達は動くな、あれは怨みの集合体だ……下手に触れればお前達も汚染されるぞ」

 

鬼一法眼が険しい表情で私の腕を掴んで動くなと告げ、天狗の団扇を手にする。

 

「打ち合わせ通りに撤退だ。大蛇!僕に合わせろッ!!」

 

「……ち、命令するなッ!」

 

天狗の団扇から放たれた暴風が景清に襲い掛かる。人間では荒がう事も出来ない暴風だが……。

 

【丁度いいそよ風だ。礼を言おう】

 

「参ったな、こりゃ相当だぞッ!?」

 

鬼一法眼が驚きの声を上げる。最上級には劣るが、神魔である鬼一法眼が声を荒げるというのが相当な異常事態だ。

 

【黄金衝撃(ゴールデンスパーク)ッ!!】

 

初撃で頭から流血している金時が黄金喰を景清に向かって振るう。だが景清は金時の渾身の一撃を片手で受けとめて見せた。

 

【温い】

 

【なっ!?ぐあっ!?】

 

無造作に振るわれた一閃に切り裂かれ鮮血が舞い、金時が胸を押さえて後退し、膝をついて咳き込むと口から大量の血を吐き出した。その反応はどう見ても刀傷の物ではなく、毒か何かの影響を受けているように見えた。

 

【ぐふっ!な、なんだ……こりゃ】

 

【儂の刃は源氏を殺すもの……お前にはさぞ苦しかろう……今トドメをッ!?】

 

景清が刀を振り上げると同時にシズクが放った氷柱と清姫の炎の散弾が金時の前を通り、景清が飛び退いた。

 

「蛍ちゃんッ!」

 

「分かってます!横島ッ!」

 

蛍ちゃんが横島君の名前を呼ぶが横島君は返事を返さず、金時の眼魂を投げ渡してきた。

 

「悪いッ!俺は牛若丸の方にいくッ!伸びろッ!!」

 

横島君はそう叫ぶと海中に向かって刀を振るっている牛若丸に向かって栄光の手を伸ばす姿を見て、牛若丸に何か異常事態が起きていると私達は悟った。

 

「蛍ちゃん!金時をッ!」

 

金時眼魂を手にしている蛍ちゃんに金時を頼み、私は今の自分に出来る最善手を必死に考える。壇ノ浦を見立てた戦場を作り出した景清には今の段階では勝てる術がない。だけど何も出来ない訳じゃないッ!

 

「エミッ!」

 

「分かってるワケッ!!」

 

砂浜に手を突っ込んで霊力を解き放つ、この浜辺全体に景清の霊力が充満している。それをほんの僅かでも狂わせれば……ッ!

 

【動きが鈍くなったッ!ここッ!!】

 

「ここが攻め時ッ!」

 

壇ノ浦を再現する霊力が乱れれば、ここはただの浜辺に戻る。そうなれば僅かながらに景清の力を削ぐ事は十分に可能だ。

 

【小細工ではあるが……馬鹿には出来んな】

 

ほんの僅かだけ景清の動きが鈍った間に沖田ちゃんとブリュンヒルデが景清の動きを封じに掛かる。

 

「……清姫ッ」

 

「分かっていますわッ!もう、最近貴方と協力してばかりですわねッ!」

 

そしてシズクと清姫が砂浜を囲んでいた紫色の炎の柱を掻き消す。完全に消す事は出来なかったが……それでも身体に圧し掛かってくる圧迫感は消えた。

 

「撤退準備ッ!これ以上は無理よッ!」

 

これ以上戦っても消耗するだけだ。海の封印が解ける日も近いのに勝てない勝負でこれ以上疲弊する必要はない。

 

「掴まれッ!」

 

【主殿!申し訳ありませんッ!】

 

牛若丸が栄光の手を掴んだ瞬間、掃除機の巻き取りのように栄光の手が縮み、牛若丸の身体が海中から引き出されるとその足には大量の妖怪変化の姿があった。

 

「嘘でしょ!?まだ結界は効いてるワケッ!」

 

エミが声を上げるのも無理はない、この海は元々は悪霊の通り道でかなり危険な領域だ。それ故に年規模でしか解除出来ない結界を張っている……だから「海中」に幽霊が現れることはない筈なのにどうしてと叫びたくなるのも当然だ。

 

「……なにしてる。さっさと撤退するぞッ!!」

 

【こりゃ無理じゃなっ!残っても死ぬだけだッ!】

 

【逃がすと思って……ちっ】

 

景清が刀を振り上げた瞬間。その腕が消え去り、手にしていた刀が砂浜に突き刺さった。

 

「横島君ッ!」

 

横島君が文珠を砂浜に叩きつける。刻まれた文字は「発」「動」の2文字――昼間にこれでもかと刻んでおいた転移術や結界、捕縛術。ありとあらゆる妨害手段が一斉に発動し、私達の姿は一瞬の内に夜の砂浜からホテルへと移動していた。

 

【大丈夫!?】

 

「や、やばかった……すぐ対策会議、あと冥華おば様に頼んで西条さん達に調べ物をしてもらうわ」

 

桁違いの怨霊であり正面から切り崩す術なんてまるで思いつかないほどの規格外の存在である平景清だが、突き崩す一箇所は十分に見えた。腕が消えて刀が突き刺さった……多分だけどあれは英霊景清としての物ではなく、現存する刀の可能性が高くそして景清の寄り代となっているかもしれない。西条さん達に景清が使ったとされる刀がちゃんと保管されているのかそれを確かめて貰う必要がある、それがあるかどうかで景清への対策は大きく変わる……出来れば刀が神社に奉納されていれば良いのだけど半ば祈りながら私達は景清への対策会議をする為に痛む身体に顔を歪めながらロビーを後にするのだった……。

 

【逃したか……まぁ良い。今はまだ始まってもおらぬ】

 

景清はそう呟くと地面に突き刺さったままの刀を抜き放ち、鞘に納めるとホテルに背を向けてゆっくりと闇へと歩み始める。

 

【【【儂の……いや、儂達の源平合戦は終わらんぞ】】】

 

幾重にも重なった景清の声は波の音に飲まれて消え、そして景清の姿も何時の間にか闇の中へと消えているのだった……。

 

 

 

リポート13 臨海学校・急 その3へ続く

 

 




と言う訳で臨海学校のボスは景清にしました。強化イベントも組み込めて、強ボスとなると私の中では景清しかいなかったのでエントリーです。これで牛若丸とライトニングママの参戦フラグが出来たかなと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート13 臨海学校・急 その3

 

~西条視点~

 

毎年海開きの前に行なわれる六女の臨海学校は小間波海岸が選ばれる。霊脈の関係上雑霊や弱い海に関する妖怪が多数出没し除霊の経験を積むのに最適な立地だったからだ、極稀に平家と源氏の亡霊が出現するがそれは本当に極稀で、GSが何人かいれば対処出来る怪異だったが……どうも今年はかなり勝手が違うようだ。

 

「景清が義経の身体を奪って英霊として出没とは恐ろしい事例だな。西条支部長殿?」

 

「……西条でいい、協力感謝する。躑躅院君」

 

令子ちゃんからの連絡で小間波海岸を源平合戦に準え、強力な悪霊と景清が出現していると聞いて僕はすぐに躑躅院に連絡を取り、躑躅院と共に熱田神宮に向かっていた。景清が使っていたと言う刀――あざ丸が奉納されているからだ。これが消失しているかどうかで景清討伐の難易度は天と地ほどの差があると言っても良いだろう、

 

「出発前に言ったが、熱田神宮に向かう意味はないと思うぞ?」

 

「……一応念の為だ。宮司が言うには結界が張られていてあざ丸の奉納場所を見に行けないと行っているからな」

 

電話で連絡を取ったが熱田神宮のあざ丸が奉納された場所に結界が存在し、あざ丸の状態が分からないという返事を貰っている。恐らくあざ丸は奪われているか、霊刀としての力を失っているかのどちらかだが、熱田神宮には他にも稀少な霊具が眠っている。それの安否を確認する必要があると言うのも事実なのだ。

 

「まぁ良いさ。私は同行しているだけ、どうするかは西条さんに任せるよ」

 

やれやれといわんばかりに肩を竦める躑躅院に苦笑しながら、彼が持ってきてくれた資料に目を通す。車内という事でかなり見にくいが、移動している間も時間を無駄にする事は出来ないからだ。

 

(……没落したとは言え帝仕え、精査な資料だ)

 

既に陰陽寮は解散しているとは言え平安時代関連の書物や霊の事件の資料は今も大量に保管されている。とは言え、それは躑躅院家の所有物となっており流石にオカルトGメンの肩書きでも徴収することは出来ないからだ。

 

「それで景清についてだが……実在した人物なのか?」

 

「難しい所だ。確かに実在はしているが……躑躅院家と陰陽寮に伝わっている文献によれば一種のレギオンとされている」

 

日本にはレギオンは自然発生しないとされて来た。各地の有名な霊能者や霊脈を管理する一族、そして天皇家がそれぞれ結界を張っており、悪霊が集まりレギオンに変化する事が出来ないからだ。

 

「確かな話かな?」

 

「源氏を怨む者の集合体。源氏怨む者あれば、景清は死なずとある。恐らくは源氏を怨む者を取り込み、次の景清になる。つまり景清とはレギオンに極めて近い性質を得た悪霊なのだと私は考えている」

 

レギオンは個であり群態とされる悪霊だ。極めて強力な恨みを持つ霊を中心に雑霊が集まり変化した物だからだ。

 

「なるほど筋は通っている。源氏を怨む者を核にしていると考えれば景清をレギオンと捉える事も出来るな」

 

倒しても倒しても現れたとされる景清の伝説もレギオンが別の身体に取り憑いて変異したと考えれば景清伝説との整合性も出てくる。

 

「小間波にも同行してもらうことになると思うが……」

 

「構わないよ。依頼両は貰ってるしね、ただ私はそこまで戦闘に強いわけではないぞ」

 

「分かってる。除霊に参加してくれと言うわけじゃないさ、躑躅院の結界術は有名だからね、それを借りたいのさ」

 

六女の生徒も今回は完全に足手纏いになるだろうし、景清がガープに召喚された線も捨て切れない以上横島君を戦場に出すのはリスクが高すぎる。それにホテルは現在避難所になっているので民間人を守る必要もある。それらを加味すれば京都を1000年に渡り守り続けた結界の継承者である躑躅院の力を借りるのが最も最適案と言えるだろう。

 

「了解した、それよりもう着くみたいだ。1度返してくれるかな?」

 

「あ、ああ。すまない、非常に興味深い情報だったよ」

 

車が減速しているのと躑躅院に指摘されて気付き、資料を返して熱田神宮に視線を向ける。

 

「これはかなり不味そうだ。最悪の場合は頼めるかい?教授」

 

【問題ないサッ!これも仕事、私に文句はないよ】

 

横島君から借りているモリアーティ眼魂から響く陽気な教授の声に安堵する。最悪の場合は英霊である教授の力を借りれば切り抜けられるだろうと思い停車した車から僕と躑躅院は降り、離れていても見えるどす黒い結界に眉を顰めながら熱田神宮の鳥居を潜った。

 

「これは想定外と言えば想定外だね」

 

「ああ、これは僕も考えていなかった」

 

熱田神宮は数多の刀剣が収められている神社で、三種の神器である草薙の剣……いや「天叢雲剣」も奉納されている由緒正しい神社だ。その中にあざ丸も奉納されており、これを核にして景清が現れたと考えていたのだが……調査の結果信じられない事実が分かった。

 

【この結界は持ち出しを防いでいるネ。ふうむ……景清は本当に敵なのかネ?】

 

教授の分析の通り、この黒い結界は熱田神宮に奉納されている刀を守っていた。その中にはあざ丸も残されており、僕達の推理は最初から躓く事になった。そして更に信じられない事実が調査の結果明らかになった……いや、なってしまった。

 

「……これは思ったより厄介かも知れないね、結界は汚染されてるけど……これは内部からだ」

 

「奉納されている刀に細工をされたかもしれない、だが今の状態では調査も出来ない」

 

結界の内部に突入したいが、僕と躑躅院、そして教授だけでは結界の中に入るだけで相当量の霊力を消費するだろう。そうれば結界の中に敵が潜んでいた場合何も出来ずに殺害されるだろう。悔しいが今出来るのは結界の内部の瘴気が外に出ないように結界を強化することだけだった。

 

「どうですか? 刀はありましたか?」

 

「刀はありましたが、少々厄介な事になっています。本当ならばやるべきではないのですが熱田神宮の周辺に結界を張らして頂きたい。それとGS協会とオカルトGメンの人員を配置させていただきたい」

 

本来ならば熱田神宮お抱えの霊能者がいるのに横槍を入れるのは許される行為ではないが、神刀と呼ばれる刀の多くが恐らくガープの魔術によって細工されている。熱田神宮に駐在している霊能者は陰陽寮と異なりきわめて優秀な者が揃っているが今回は力不足と言わざるを得ないだろう。僕の表情を見て宮司は悩む素振りを見せたが、分かりましたと返事を返した。

 

「すぐに手配をします。西条さんも準備の方をお願いします、あなたにも責任者として熱田神宮に残ってもらいます」

 

「……分かりました」

 

令子ちゃん達の所に行きたいが、僕自身かなり無茶な要求をしているのは分かっている。宮司の要求も決して無理な要求ではなく、自分達で気付けなかったので結界の存在を感知した僕に残ってくれと言うのは至極当然の話である。

 

「躑躅院。現地に向かう役目を頼んでもいいかい?」

 

「良いとも、任されよう」

 

本当なら躑躅院を令子ちゃん達の増援に送るのは不安だったが、熱田神宮を離れる事が出来なくなってしまった以上電話などで伝える事の出来ない機密情報を伝えてくれる相手が必要だ。だがオカルトGメンの職員は極めて令子ちゃん達との相性が悪いし、GS協会の面子は信用出来るメンバーだが、東京を離れる事が出来ない――となると不安要素は強いが躑躅院に頼むしかなかった。

 

「東京でめぐみ君と合流して欲しい、その後は2人で神代会長達と合流して欲しい」

 

本当なら僕も観光地で有名な小間波ホテルで疲れを癒す予定だったんだが……どうも身体を休めるのはまだ先になりそうだと深い溜め息を吐きながら駐車場に向かう躑躅院を見送るのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

景清の触媒に熱田神宮のあざ丸が消えているかもしれないという事で西条さんに調査を頼んだのだけど、調査結果を持って来たのはめぐみと躑躅院の2人だった。何故躑躅院がと誰の目が物語る中躑躅院は淡々と何故自分がここにいるのかの説明を始めた。

 

「と言う訳で熱田神宮の神刀が全部魔力に汚染されていてね、西条は熱田神宮に残り最悪に備えることにし、私が代わりに来た訳だ」

 

熱田神宮に奉納されている刀は数多あるが、その中に天叢雲剣があるのが不味すぎる。三種の神器であり、日本の霊的の守りの要の1つ――それすらも汚染されているのは余りにも不味い。

 

「西条さんはなんと?」

 

「外側から可能な限り魔力の浄化を試みるが、最悪の可能性は考慮して欲しいとの事だ。あとあざ丸は残っていたから触媒や核にはなってなさそうだよ」

 

景清の事でも頭が痛いのに、熱田神宮が大変な事になってるとしり呻き声しかない。

 

「……最悪、最悪かあ……経津主神(ふつぬしのかみ)とか?」

 

「大蛇や伊吹童子の線もありますよ……?」

 

「どっちにせよ、かなり不味いですね……天界と魔界にも連絡を回しましょう。ブリュンヒルデは魔界にお願い出来ますか?」

 

「すぐに手配をします」

 

経津主神は刀剣を司る神で、日本神話に登場する多くの刀と繋がりが深い。更に天叢雲剣は八岐大蛇とも繋がりが深く、様々な鬼や神霊とも繋がりがある。

 

「シズク。何か感じたりしてない?」

 

「……今のところは何もない、何か異常があれば真っ先に私に反応がある筈……逆を言えば」

 

「それがない限りは熱田神宮は安全と言う事ですわね」

 

「……そう言う事だ。まずは景清だ、景清を何とかする事を最優先にしよう」

 

「そうね、目の前の問題を1つずつ、確実に処理しましょう……冥子、六道の結界はいつまで持つ?」

 

熱田神宮の事も気になるが、その事に気を取られすぎて景清を止める事が出来なかったでは話にならない。西条さんが熱田神宮を何とかしてくれる事を祈って、今は目の前の問題を確実に解決する事だ。

 

「ん~凄く言いにくいんだけど~多分明日ね~」

 

「……思ったよりも短いわね、普段ならもう少し余裕があることない?」

 

臨海学校であり、有名なリゾートホテルと言う事で六女の生徒も気が緩む。その事を加味して到着から数日は結界が解けるまで余裕を持たせているはずだが……明日には駄目になると言われ思わずどういう事か?と尋ねる。

 

「多分~景清の影響ね~普段よりも悪霊の発生が早いみたいだし~言いにくいんだけど~現地の霊能者が結界を勝手に弄ったみたいで~あちこち脆くなってるのよね~?」

 

思わず額に手を当てて天を仰いだ。私だけではなく、くえすや琉璃も似たような反応をしている。考えられる理由としてだが、観光地のツアーで六道の結界を見に行ってと言う所だろう――普段なら問題はないが、今は余りにも状況が不味すぎる。

 

「小竜姫様。景清を抑えれますか?」

 

「……条件が付きますが、可能だと思います。向こうが私を敵として認識して戦闘に入ってくれれば……動きを封じる事は可能ですけど」

 

「景清は源氏の血統を狙うから直接戦闘になりにくいと……?」

 

くえすの言葉に苦々しい表情で小竜姫様が頷いた。英霊と神魔では当たり前の事だが神魔が有利だ。それこそ、その英霊に神殺しの逸話などがあれば話は変わるが……基本的な力では神魔の方が圧倒的に有利なのは言うまでもない、それが武神であり龍神の小竜姫様なら尚の事だ。だが今回の件での問題は戦いになるかと言う点ともう1つ……。

 

【あの英霊が何をしたいのかが分からないのよね】

 

「人間の首を霊的に切断して首を持ち逃げする……仮死状態にする事に何か意味があるとしたら、それを明らかにする必要もあるわね」

 

三蔵とマルタの言う通りである。景清の行動には腑に落ちない点が多すぎる――昨日だってその気になれば私達を全員殺す事も出来たのにそれをしなかった。それに斬首したと思わせておいて源氏の末裔が皆生きているって言うのも謎が多い。

 

「とりあえず、このホテルを精霊石と結界石で強化して避難所にするとして、六女の生徒には通常通り雑霊を相手にして貰おうとは思っているんですけど……」

 

「不安要素はどうしてもあるワケ、でもあたし達だけじゃ出来る事は限られる。使えるものは何でも使うしかないワケ」

 

六女の生徒の除霊の腕前は愛子ちゃんの机の中で確認しているけど、下の上と中の中とまり――当たり前だが景清との戦いは勿論だが、出現率が上がっている源氏と平家の亡霊武者の相手をするのは不可能だろう。

 

「何人か監督出来る人間を用意して、ホテルの守りを固めるグループと景清の討伐、あるいは封印するチームに分ける必要がありますわね」

 

相手の目的が不明で、それを探る時間も無く、その上戦力を割かなければならないし、チーム編成もかなり考えないといけないが……1つだけ決まっている事がある。

 

「横島君はホテル防衛に回すけどいいわよね?」

 

「むしろホテルに配置しないって言ったら何を言ってるって言うレベルですわよ」

 

横島君と景清を近づける事は不安要素が強い、景清がガープに召喚されたのかそうでは無いのかが明らかになっていない以上横島君を前線に出す訳には行かない――これは私達の総意の意見で、横島君をホテルの防衛に残す事を決定事項としメンバーの配置の話し合いを始めるのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

美神さん達が作戦会議をしている間。俺や雪之丞達はホテル内部の展示物や家具を移動させていた。

 

「もう少し右、あー行き過ぎです」

 

「言うのが遅ぇよッ!!」

 

「どうどう、落ち着けって雪之丞。ピートどれくらい右に移動させれば良いんだ?」

 

「後半歩です。すいません、指示が遅れて」

 

「いいよいいよ、こんなんだれもやったことないしな」

 

今俺達がやっているのは家具などを移動させ、霊力の通り道を変化させて建物の中にも結界を作るという作業だ。なんでもこのホテルの家具や、展示物の多くはそういった用途の為の特別製で決められた位置に配置すれば結界として機能するそうなのだ。

 

「ちっ!悪かったな」

 

「いえ。僕こそすいません、中々この図面を見るのが難しくて指示が遅れました。今度は家具を持ち上げる前にしっかりと配置を確認します」

 

雪之丞とピートが互いに謝りあっている姿を見て、これなら大丈夫そうだなと思い首から下げたタオルで汗を拭い、一休みする。

 

「心眼はこういうの分からないのか?」

 

霊力の探知やコントロールに長けている心眼に家具の配置の位置が分からないのかと尋ねる。

 

【設計段階から城壁になるように考えられて設計されているからな。私の感覚でそれを乱してしまえばすべてが瓦解しかねない、余計な事はしないと言うことだ】

 

「な、なるほど……」

 

確かに霊力の通り道を下手に弄って、霊力溜まりが出来てしまうと凄く危険だと美神さんと蛍に注意されていたのを思い出した。

 

「そんなに複雑なのか?」

 

【かなりの代物だ。時間は掛かるが、ホテルのオーナーから受け取った地図を見ながら結界を仕上げていくのが確実だろう】

 

近道と楽は出来ないって事か……座っていた椅子から立ち上がり大きく背伸びをし、再び家具の移動を再開する事にする。

 

「くああっ!お、重いッ!!」

 

「金持ちの考えてる事は分からんぜッ!!!」

 

「お、重いんですジャーッ」

 

「ぬあああッ!!!霊力を使ってても重過ぎるッ!!」

 

金で出来た巨大な鳥の像を4人で抱え上げて移動させるが、金で出来ているので尋常じゃなく重く、しかも壊してしまえば結界の構築に不備が出るかもしれないと言う事で神経もすり減らすし、重すぎるしで本当に大変な作業だ。

 

 

「はぁーはぁ……死ぬぞ、こんな設計をした奴は大馬鹿野郎以外の何者でもねぇ……」

 

「た、確かにな……大体非常時の避難所にする予定ならこんな面倒な仕掛けにするんじゃねえよッ!!」

 

「……た、体力には自信があったんじゃが……し、しんどいですのー」

 

「はぁはぁ……た、確かになぁ」

 

結界を作動させたところで俺達は体力の限界を迎え、ホテルの通路で寝転がって荒い呼吸を整えていた。

 

「ジュースを買って来ましたよ!これで一息入れてください」

 

ピートがジュースを買ってきてくれたので、それを受け取りプルタブを開けようとした所で視界の隅に金色が映りこんだ。

 

「アリスちゃん?」

 

通路の影に消えていく小柄な影を見つけ、開けかけたジュースを机の上においた。

 

「どうした横島。のまねえのか?」

 

「あ、いや。今通路を歩いてる子供を見つけてさ」

 

「子供?おかしいですね、避難している民間人はこちら側に来れない筈ですよ?横島さんの気のせいでは?」

 

「お前のところの子供でもあれだけ駄目って言ったら来る事もねえだろ?気のせいだよ、気のせい」

 

確かにピートの言う通りでホテルに避難している人はこっちに来れない様になっている。それにアリスちゃん達にも危ないからこっちに来ない様にって念を押したから子供がいるはずないんだけど……。

 

「ちょっと気になるから見てくるわ」

 

どうしても通路を曲がって行った影が気になり、俺は雪之丞達に先に美神さん達の所に行ってくれと頼んで通路を曲がって行った影を追って走り出した。

 

「ちょっと、ちょっと待ってッ!」

 

小柄な影は遠目だが、金髪の幼い少女だった。待つように声を掛けるが少女は止まらずに歩いて行ってしまう――このままでは危ないと思って少女を追い掛けるが、全然距離が詰まらずどんどん先に行ってしまう少女に俺は少し違和感を覚えていた。荷物運びなどで疲れているが、それでも少女に追いつけないのはおかしいし、何よりも心眼が反応を見せないのも気になったが、まずはあの少女だ。避難している少女がこっちに来てしまったのか、それとも悪霊が忍び込んでいるのか……どっちにせよほっておける問題ではない、前者ならもしかすると耳が聞こえないのかもしれないし、後者なら結界の中に悪霊を閉じ込めてしまったことになる。あの少女が人間なのか、それとも幽霊なのか……それを知る為に少女を追いかけていると少女が足を止めた。悪霊の可能性も考えて、警戒しながら少女に近づくと少女は急に振り返り俺に笑みを向けてきた。

 

「こんにちわ。お兄さん」

 

にこにこと嬉しそうに笑う少女は黒い服を着ていて、ぬいぐるみを抱えた幼い少女だった。

 

「こらッ!こっちのほうは来ちゃ駄目だって言われてただろ!」

 

見た感じ悪霊ではないようだったので、子供が勝手にこっち側に来てしまったのだと思い叱ると少女はごめんなさいと素直に謝り頭を下げた。

 

「お母さん達も探していると思うから避難所に戻ろうか」

 

「お兄さん、私ね。アビーって言うの、お兄さんはいまは楽しい?」

 

「何を……?」

 

「ふふふ、お兄さん。私の事を忘れないでね?また会いに来るから、今度は私のお友達も一緒に」

 

【横島ッ!】

 

「え、し、心眼?あ、あれ?アビーちゃんは?」

 

【アビー?何を言っている。ここには誰もいなかったぞ、お前が人影が見えたと言っていたが……誰もいなかったぞ】

 

「いや、今確かに目の前に女の子がいたんだよ。アリスちゃん達くらいでぬいぐるみを抱えた女の子がいたんだ」

 

心眼の言葉が俺には分からず、目の前に女の子がいたと心眼に言う。

 

【いや、誰もいなかった。もしかすると既に悪霊がホテルの中に潜り込んでいるのかも知れない、美神達に報告に行くぞ】

 

「……分かった」

 

いなかったと言うのはどうしても納得出来ないが、現実に目の前にいないのは紛れもない事実だ。どこか腑に落ちないものを感じながら俺は来た道を引き返していくのだった……。しかし歩き去る横島の後姿をぬいぐるみを抱えた少女アビーはジッと見つめていた。

 

「ふふ、お兄さん。私は何時もお兄さんを見守ってるわ。あの人も一応はお兄さんの事も気にしてるみたいだし……今回は私は大人しく見てるだけ……」

 

アビーの姿はその影から現れたおぞましい触手と共に消え、僅かな魔力と霊力の残滓を残してアビーの姿は完全に消え去った。

 

【景清様。準備が出来ました】

 

【ならば良し、戦に備えよ】

 

【御意】

 

景清の指示に従い亡霊武者は消え、景清は小間浜海岸の沖に停泊している異形の戦船の船首に立ち、美神達がいるホテルをジッと見つめているのだった……。

 

 

リポート13 臨海学校・急 その4へ続く

 

 




海と言う事でアビーちゃんがふらりと出現、他の英霊出現フラグも準備してみました。次回は戦闘回をメインで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート13 臨海学校・急 その4

 

~美神視点~

 

満月の夜――即ち霊能者も悪霊も、英霊も神魔も異能に関係する能力を持つ者が例外なくその力を増大させる日に悪霊を封じている結界が解除される事になった。

 

「後1時間くらいかな~かなりの量みたい~」

 

いつもの間延びした声の冥子だが、その表情は鋭く引き締められており口調ほど現状を甘く見ていないようで安心した。

 

「これはかなり厳しいわね。冥子、ホテルに戻るわよ」

 

「OK~」

 

沖の方で大量の海関連の妖怪や悪霊がいるのは例年通りだが、そこに鎧武者や異形の戦船の姿が加わっている。確実に景清の軍勢だろうけど……その数と遠目でも肌が泡立つ様な負の霊力にかなり強力な悪霊だと嫌でも理解してしまった。

 

(小竜姫様の読み通りになっちゃったか)

 

かなり大規模の戦いになるだろうから長期戦に備えるように言っていたけど……どうやらその通りになってしまいそうだ。

 

「馬鹿やってないで着替えてくるワケッ!!」

 

ホテルの自動ドアを潜ると同時にエミの一喝と走っていく足音を聞いて、私はロビーに顔を出した。

 

「何怒ってるのよ?」

 

「……一部の馬鹿が水着で除霊するって言ってるから着替えて来いって言ったワケ」

 

エミの言葉に思わず天を仰いだ、なんで除霊で水着で行こうとするのか……今の六女は何を考えているのかと思わず立ちくらみしそうになった。

 

「……GSって仕事を甘く見てる馬鹿もいるのよ~補習とかしてるんだけど間に合わないの~」

 

泣きそうな声でごめんねと言う冥子だが、冥子が悪いわけではない――確かに霊能者の中には、その霊能の都合上素肌を見せないといけなかったり、薄着だったりするけど……それはちゃんと霊能や家に伝わる霊具を使う上で必要であって何の意味も無く薄着をしているわけじゃないんだけど、今のGSを甘く見ている連中にそんな事を説明しても時間の無駄かと溜め息を吐いた。

 

「まぁどこにも馬鹿がいるって事ですわね」

 

「なんともいえない所ですけどね……もう少し霊能って事をしっかりと考えて欲しいですね」

 

くえすとめぐみが眉を顰めながら立ち上がり、2人で足踏みをするとロビーの中心に魔法陣が浮かび上がった。

 

「ご苦労様、流石ね」

 

「どういたしまして、私も無謀な除霊をするつもりはありませんからね」」

 

「ふー、結構大変でしたけど安全に帰還できると思いますよ」

 

これで海辺の防衛と霊力と体力が危険域になったら戻る手筈は出来たわね。

 

「ねえ、くえす。本当にブリュンヒルデの言ってた通りになると思う?」

 

私は霊能に関しては負けない知識があると思っているが、魔術や魔法に関しては門外だ。ブリュンヒルデの言っていた最悪の可能性は魔術や魔法関連らしいので、本当にそうなる可能性があるのかと尋ねる。

 

「零ではありませんわね。満月、悪霊が自然発生するほどの霊道――条件は揃っていますので、異界となり明けない夜は十分に考えられます」

 

明けない夜――信長を騙っていたノスフェラトゥが封印されていた異界も明けない夜だった。高位の神魔、英霊ならば異界を作り上げる事が出来る。そして源平合戦と言うホームグラウンドを作った景清ならば朝が訪れない異界も、そしてホテル周辺に結界を作り出し私達を閉じ込める事も可能だ。

 

「くえすとめぐみの魔法陣が生命線になるけど、間違いなくホテルには帰ってこれるワケ?」

 

「それは問題ないと思います。景清の霊力の残滓はこのホテルへ続く周囲の道にしかありませんから。ただ逆を言うと……このホテル周辺が完全に陸の孤島となったって事ですね」

 

私達の移動範囲はかなり抑制され、ホテルの中には避難民が山ほど――そして……ホテルからの窓から紫の炎が周囲を覆うのを見てブリュンヒルデ達の言っていた最悪の展開になってしまった。

 

「プランBって事で良いですわね?」

 

くえすの問いかけに私達は頷いた。プランAは景清を相手に全戦力をつぎ込んでの強襲――海から現れる悪霊や妖怪は六女の生徒に任せる物だったが、異界に落ちてしまった以上強襲作戦は失敗すれば後が無い、自動的にプランB――海辺とホテルの両方に戦線を展開し、海に集まる妖怪とホテルを襲ってくる妖怪の両方を倒しその数を減らす。小竜姫様やブリュンヒルデに景清達を封じて貰っての耐久作戦が出来ればそれは避けたかったが……それしか道が無くなってしまった。例年通りの半分バカンスを兼ねた除霊指導ではなく、生死を賭けた戦いへと変わってしまった。民間人が多く、そして除霊をまだ甘く見ている生徒も多くいる。そんな生徒も除霊に借り出さなければならないほどに悪い状況だ。

 

「除霊実習としては最高ですわね。なんせいきなり命の危機を味わうのですから霊能者が甘くないって骨身に染みる事でしょう」

 

「そうね。問題は私達も死ぬかもしれないって事だけよ」

 

景清、そして源平武者の亡霊と戦うなんて想定していなかったので装備は最低限。冥華おば様が周囲の霊能事務所から装備を徴収してくれたけど、何もかも足りていない。余りにも絶望的状況だが、心を折るわけには行かない。こんな所でくじけていてはガープ達との戦いに勝つ事なんて出来ないのだから……。

 

 

 

~蛍視点~

 

海から凄まじい勢いで押し寄せてくる悪霊と妖怪の群れに向かって霊体ボウガンの矢を放ちながら声を張り上げる。

 

「何してるのッ!しっかりと狙って撃ちなさいッ!エリートなんでしょうッ!!」

 

六女のエリートなのだと威張っていた連中はその勢いに負けて明後日の方向に矢を発射している。下手をすればフレンドリファイヤになりかねないほどの酷い狙いにいい加減にしてくれと思うのは当然だ。

 

「シッ!!」

 

「狐火ッ!!」

 

シロが霊刀を振るい悪霊の群れに囲まれていた六女の生徒達を助け、タマモの狐火が退路を作る。

 

「戦えないなら下がりなさいッ!邪魔よッ!!」

 

琉璃さんがそう一喝し、海から飛び出て来た化け蟹を両断して蹴り飛ばすのを見て、その上に照準を合わせて引き金を引いた。

 

【ギャアッ!?】

 

「蛍ちゃんナイスッ!!はっ!」

 

数では圧倒的にこちらが不利だ。悪霊を1体倒せば、その隙を付いて別の妖怪が襲ってくるような状況だ。

 

「うおらあッ!!!」

 

「魔理さんッ!突っ込みすぎては駄目ですわよッ!!」

 

六女の生徒でまともに戦えている生徒は余り多くないけど、一文字魔理さんと弓かおりさんはある程度戦えているが……それは冷静さを保つ事が出来ているからだ。

 

「しっかり前を見て、対処しなさいッ!数は多くないけど決して強い悪霊じゃないわよッ!」

 

「GSになるつもりが無いならホテルに逃げ込むワケッ!」

 

美神さんの言葉に奮起する者もいれば、エミさんの言葉にホテルに逃げ込む生徒もいる――脅えて戦えないで味方の足を引っ張るくらいならホテルに逃げ込んでくれた方がまだ救いがある。

 

「ひい!?」

 

「あら?すいませんわね、少し手が狂いましたかね」

 

くえすの銃弾が六女の生徒の頬を掠め悪霊の頭を吹き飛ばした。その光景を近くで見ていたけど、私達は何も文句を言うことは無かった……何故ならばその生徒はほかの生徒を盾にしたり、悪霊に向かって突き飛ばしたりしていたからだ。

 

「貴女がやった事ですわよ?言っておきますわ、貴女のような屑はGSにはなれません、邪魔ですから消えなさい」

 

「ひ、ひいいいッ!!!」

 

銃口を向けられて魔法陣に飛び込んでホテルに逃げこんでいく生徒、だけどあんなのがいれば邪魔にしかならないのでホテルに戻ってくれた方が良かった。

 

【はッ!!】

 

【行きますよッ!!】

 

牛若丸と沖田さんが悪霊の群れの中を突っ切っていく、見た目は少女でも流石は英霊だ。ほぼ一振りで数十体の悪霊が消し飛んだ、だけどその光景は当たり前の事で動揺も驚きもなく、美神さんの合図で前に出る。

 

「少しは押し返せましたかね?」

 

「多分ね、相手も今日は様子見の筈……手札は温存するのよ、蛍ちゃん」

 

「分かってますよ、美神さんッ!!」

 

源氏と平家の亡霊も現れていないし、景清も様子見に徹しているのか沖合いの船の上でこっちを見ているだけだ。様子見に徹している姿を見る限り異界を作り上げるのに霊力を割いているのか、それとも異界を作ったので私達が逃げられないのでじっくりと狩って来るつもりか……どっちにせよ、長丁場になるのは間違いない。

 

【黄金衝撃ッ!!!】

 

金時の雄叫びと共に繰り出された斧から電撃が走り、海から沸いて出ようとしていた悪霊と妖怪を纏めて焼き払う。

 

【今の内に体勢を立て直せッ!】

 

ボウガンの矢や精霊石、除霊札等の消耗がかなり早かったので、金時の雷で悪霊が怯んでる内に装備を整えているとノッブの悲鳴が海辺に響いた。

 

 

【くうっ!やっぱり全部打ち落とすのは無理じゃッ!】

 

「少しでも良いんです!ホテルに向かう悪霊を減らせばそれでッ!」

 

ノッブとブリュンヒルデさんの悲鳴にも似た怒声が響き渡るのを聞いて反射的に霊体ボウガンを上空に向けるが、それはくえすによって止められた。

 

「私達は海の敵の筈ですわよ。地上から狙った所で届きません、無駄撃ちは止めるべきですわよ」

 

「ごめん」

 

「冷静さを欠いてはいけませんわよ」

 

本当にくえすの言う通りだ。元から空中の相手はブリュンヒルデさん達に任せるとしていたんだ。焦っている声に感情的に動いてしまったら折角押し返したのが無駄になる。

 

「浮き足立ってたわ」

 

「気持ちは分かりますわ、だけどあっちだって戦力は割いています。目の前の脅威に集中しましょう」

 

珍しく慰めてくれるくえすの言葉のお蔭で一息つけた。敵の数に動揺して冷静さを欠いていては何もかも総崩れになる、悪霊の数こそ多いが悪霊としての強さは下から数えた方が早い低級な悪霊だ。数に浮き足たたず、冷静に対処出来れば十分に戦える。それは私達も、ホテルの横島達も同じだ、それに冷静にやるべき事をやれば大丈夫と横島に言った私がうろたえて冷静さを欠いていては情けないにも程がある。

 

「落ち着いたわね、作戦通り精霊石の杭を打つポイントまで前進するわよッ!」

 

「霊力、装備を使いきった者は魔法陣でホテルに戻って装備を整えてッ!」

 

「ここからよッ!まだ気を緩めないでッ!周囲の警戒を続けてッ!精霊石の杭を持ってる生徒を守りながら前進ッ!」

 

美神さん達の指示が怒号のように飛び交う中、景清と悪霊達との攻防戦は激しさを増していくのだった……。

 

 

 

~クシナ視点~

 

ホテルの防衛という任務は雪之丞や陰念にとっては不満な物だったが、海に向かうチームは精霊石で作った杭を打ち込み結界を展開する役割があるので、結界や封印術に秀でている上に直接的な戦闘能力が必要でありくえすやめぐみ、エミさんと言った魔法使いが主な前線メンバーに選ばれるのは当然だ。後ついでに六女の生徒に除霊の現実を教えるという意味合いもある――重要度が高いと言えば民間人を多く保護しているホテルであり、そしてプロのGS免許を持ってる面子が海に出ているので仮免チームとマルタさんと三蔵法師様、そしてシズク様と清姫様という面子で防衛しないといけないので難易度は段違いだと思ってたんだけど……。

 

「冥子ちゃん!アジラとサンチラで電撃と火炎放射ッ!陰念と雪之丞は後退ッ!アンちゃんは霊波銃で悪霊を撃ってッ!!」

 

「分かったわ~アジラちゃん、サンチラちゃん。お願い~」

 

「射撃は得意なんで任せてくださいッ!」

 

横島君の存在が非常に大きかった――圧倒的に巧いのだ。今いる面子、敵の動き、霊力の消耗量の把握と疲労の蓄積具合――それらを全て把握する術に長けているのだ。そして六女の理事長である冥子さんが横島君に従っているので六女の生徒も文句を言うこと無いから、戦線が多少の動揺と焦りこそあれど、総崩れになることは避ける事が出来ている。

 

「よっとッ!!今の内に下がってッ!」

 

「あ、ありがとうございますッ!」

 

その上本人も霊波銃を兆弾させて全く違う方向の悪霊を吹き飛ばし、襲われていた六女の生徒を守るなんて事までやって見せている。

 

「流石横島様ですね、完璧な指揮ですわ♪」

 

「いやいや、必死なだけだよ。それとカートリッジありがと、清姫ちゃん」

 

「はい♪」

 

清姫様から替えのカートリッジを受け取って銃に装填している横島君を横目に私もカートリッジを交換しながら、ポシェットから取り出した霊薬を陰念と雪之丞に向かって投げる。

 

「助かるッ!」

 

「ッ!」

 

礼を言う雪之丞と言葉も無く霊薬を飲む陰念を庇うように前に出ると、同じようにピート君が前に出た。

 

「あら、手伝ってくれるのかしら?」

 

「勿論ですよ。それに横島さんばかりに負担を掛けるわけには行きませんからね」

 

負担を掛けるわけには行かないと言っているが、ちょっと彼にも危うい傾向が見えるわね……。

 

(横島君は良いも悪いも回りに与える影響が大きすぎるのよね)

 

横島君本人は善良で周りを良く見れる良い子だけど……突出しすぎている才能が周りの妬みと嫉妬を呼んでしまうのだろう。

 

【回復するまで下がっててッ!横島君達も無理をしちゃ駄目よッ!】

 

「シズクもサボってないで少しは働いて」

 

「……分かっているさ」

 

私が感じたように三蔵法師様とマルタさんが前に出て横島君が目立ちすぎないように指揮を取り始める。これで大分雰囲気は良い方向に向かい始めるだろう。

 

(周りを沢山見ないといけないけど、横島君が突出しないように見ててくれる?)

 

(分かってます。仲間割れとか、不信感で爆弾を抱えるのはごめんですしね)

 

マルタさん達も前に出てきたのは私が危惧していた通り横島君が過剰に目立ち過ぎないようにする為だ。恐らく今回の山はかなりの長丁場になる……味方同士の不信感や、詰まらない嫉妬で状況が悪化するのは出来れば避けたい。

 

「六女の実習を思い出しなさいッ!敵は下級・最下級の悪霊よッ!数は多くてもそれだけ、普段通りにやりなさいッ!」

 

【陰念と雪之丞はもう少し冷静に立ち回るのッ!敵は弱いのに必要以上に霊力を使ったら息切れが早いのは当たり前よッ!特殊な状況の除霊で冷静さを失っては駄目よッ!】

 

指示が矢継ぎ早に飛び、浮き足立っていた六女の生徒達も冷静さを取り戻し、自分達がフォローしなくてはと焦っていた雪之丞達も霊薬を飲んで落ち着きを取り戻している。

 

【勺、勺はいらんかねえッ!】

 

【ぷるぷる、僕は悪い妖怪だよおッ!!】

 

船幽霊に余りにも低級すぎて姿を作れない悪霊――本当に低級も低級な悪霊で妖怪だ。実際問題、これだけ霊能者がいれば全く問題のない悪霊だ。

 

(こっちにも巧い軍師がいれば、向こうにも巧い軍師がいるって事ね)

 

横島君が戦況をコントロールしているように向こうにも戦況をコントロールしてる者がいる。数が減ればすぐに悪霊を送り出してくるが、海の美神さん達を突破出来るだけの速度を持った悪霊を運搬する妖怪がいる。それが悪霊を効果的なタイミングで吐き出してくるので浮き足立ち、冷静さを保つ事が出来ないでいたが、英霊と教師として教鞭を振るってくれているマルタさんが前に出てくれたお蔭で皆冷静さを取り戻して確実に対処が出来始めているが、それも一概に良いとは言えないのが嫌な状況だ。

 

(相手の本陣はまだ動いてない……それに意図的に弱い悪霊を送り出しているとも考えられるし)

 

英霊が向こうの陣営にいるのだ。自分の霊力を分け与えて悪霊を強化するなんてお茶の子さいさいだろうし、武者幽霊も出て来ていない。ここで勝てる、悪霊がいても大丈夫と思われるのも不味いので適度な緊張感を危機感を抱いてい欲しいんだけど……。

 

【オアアアアッ!!】

 

「そうは思ったけどいきなり出てくるのは止めてくれないかしらねッ!?」

 

「伸びろぉ――ッ!!!」

 

「ナイスフォローッ!六女の生徒は下がりなさいッ!死ぬわよッ!!」

 

今まで出現していたのがDランクかギリギリDランクに届かない程度の弱い悪霊だったのが、急にBランク相当の鎧武者が現れた事で六女の生徒が悲鳴を上げてホテルの中に隠れるのを見ながら破魔札を手にして前に出ようとすると代わりに雪之丞とピート君が前に出てくれた。

 

「無茶すんな、俺がやるッ!」

 

「クシナさんは後方支援をお願いしますッ!」

 

2人に前衛を頼んで私はホテルの入り口前まで後退し双眼鏡を手にする。海辺から凄まじい勢いで突撃してきている悪霊を運んで来ている妖怪の姿が月明かりでもしっかりと確認する事が出来、私は即座に緊急事態を知らせるブザーの紐を引いて海辺へ緊急事態である事を知らせながら皆へと警戒を促す。

 

「どんどん来るわよッ!霊体ボウガンと霊波銃を準備してッ!」

 

美神さん達を突破して来た悪霊を運搬する妖怪とその上に跨っている亡霊武者の姿を見れば、敵が海辺よりもこっちを先に落としに来たのは明白で、ホテルに防衛を任された私達の背中に冷たい汗が流れるのだった……。

 

【さてとお手並み拝見……これくらい切り抜けて貰わねばな】

 

そして妖怪の目を通じて戦況を見つめている景清の声は真剣そのものであり、何か焦りと美神達を試すような声色をしていた……源平合戦を再現し、美神達の前に立ち塞がった景清の真意は今だ闇の中なのだった……。

 

 

 

 

リポート13 臨海学校・急 その5へ続く

 

 




と言う訳で今回はここまでです。次回は朝……と言っても太陽は昇らず夜のままですが、襲撃を切り抜けた朝の視点から入っていこうと思います。昨晩の戦いを切り抜け、六女の生徒が何を思っているのか、そして美神達がどういう作戦を立てるのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

PS1

FGOは7章クリアしたので記念がチャで最低保障。ガチャ運落ちてるなあってしみじみ思う混沌の魔法使いでした。

PS2

それと今回のオバロ版の飯を食えを卵掛けご飯という事で若干手を抜いてるかなあとか悩んでいると執筆しちゃいなよ!という内なる声が聞こえたので頑張ってダンまち版も書き上げることが出来ました。

21時にはオバロ版・ダンまち版の生きたければ飯を食えを更新しますので、21時の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート13 臨海学校・急 その5

 

~小鳩視点~

 

私はまだ除霊の経験が極端に少ないという事でホテルに配置された。最初は横島さんと一緒っと喜んだんだけど、私は他の使い魔学科の生徒と一緒にホテルの内部に配置され、横島さん達は外の最前線と同じホテルでも横島さんの顔を見ることすら出来なかった。

 

「中々タフな初日でしたわね」

 

「本当ねぇ~疲れちゃったあ~」

 

「全然疲れて無さそうに見えるよ、近衛」

 

火野さん、近衛さん、風野さんの3人も制服に着替えてロビーに降りて来てたけど、ほかの生徒の姿は殆どなくて使い魔学科の生徒が数人と前線に配置されていた霊具科のアン・ヘルシングさんがロビーで横島さん達と一緒だったのには少し驚いた。

 

「大分無茶したんだけど直りそう?」

 

「全然大丈夫ですよ、横島さん。予備も沢山ありますからッ!」

 

「アン。エンチャントされてない銀の銃弾はありますか?」

 

「ありますよッ! 神宮寺さんが使うと思って大分持ってきてます!でも流石にただでは……」

 

「安心しなさい、ちゃんと相場に色をつけてあげますわよ」

 

アンさんがアタッシュケースに視線を向けながら無償で提供するのは無理と言いにくそうに言うと、神宮寺さんはポンっと札束をアンさんの前に積み上げた。

 

「とりあえず、これで買える分だけくださいな」

 

「……ふぁいッ!!」

 

アタッシュケースから純銀の弾丸の入った箱を2つ積み上げる。あれだけの札束なのにたったの2箱なのかと驚いてします。

 

「高くない?相場?」

 

「ええ、私大分勉強してますよ!?そうですよね、神宮寺さん」

 

横島さんの言葉にアンさんが神宮寺さんに助けを求めている。

 

「この質なら安いくらいですわよ、横島。あの札束でも1箱買えるかどうかですから」

 

「ええ……そ、そんなに高いんですか?俺めちゃくちゃ乱射しちゃったんですけど……」

 

「あ、それは大丈夫ですよ。横島さんのは冥華様持ちですから」

 

「それはそれでなんか嫌だわ」

 

【同感だな、あの狸に貸しを作るのは自殺行為だからな】

 

酷い言われようみたいに思うけど、冥華先生めちゃくちゃ怖いからなあ……私も少し苦手だ。

 

「使い魔学科の生徒は集まれー、今日の予定を発表するぞー」

 

横島さんに挨拶したかったのに鬼道先生から集まれと声を掛けられ、後ろ髪を引かれる気持ちで会議室に向かった。

 

「さてと、まずやけど君達の移動していい場所はここからここまで、トイレと風呂は教員とGS側の使って、寝室も荷物を持って午前中に移動してな」

 

「えっと、何故移動するんですの?妖使い専用の部屋から一般客室では……火事になってしまうかもしれませんよ?」

 

「あたしもそれが心配なんですけど」

 

カソやヘルドッグといった炎を扱う魔獣を使い魔にしている火野さんや藤村さんが不安そうに鬼道先生に尋ねる。

 

「使い魔学科の生徒は楽しとるっておもっとる連中がおってな。いらんやっかみを受けん為や、そんな下らん事で内輪揉めしたくないねん」

 

鬼道先生の言葉に私を含めた使い魔学科の生徒の顔に怒りの色が浮かんだ。確かに戦うのは私達ではなく福ちゃんや、使い魔だけど戦いの中で肥大する闘争本能や凶暴性をコントロールしたり、仲間同士で攻撃しないようにしたり、霊力で強化したりとやる事は多岐に渡る。

 

「言いたい事は分かる。僕も式神使いやからな、普通に戦うよりも妖使いや式神使いは消耗が激しいのはよーっくわかっとる。だけどな、美神はん達に現実を思い知らされた連中はそうは思ってないって事や」

 

六女へ帰ったら1から勉強のしなおしやなとぼやいている鬼道先生を見れば相当数の生徒が見当違いの文句を言っているのが分かってしまった。

 

「あっははは~本当に馬鹿ばっかりやね~これやから自称名家は困ってまうわ~」

 

「へけ~♪」

 

「そんな簡単なことじゃないのにねぇ~」

 

下手をすれば使い魔は自分自身に牙を剥く、信頼関係を築き、共に戦う仲間と思ってくれるのがどれだけ大変かほかの生徒はまるで理解していないのだろう。

 

「自称名家の連中は皆役立たず言われてるから余計に反発してるんや、自分達は頑張ってるってな。でも頑張った所で死んだら意味無いって事を分かってないんやな……っと生徒に聞かせる話やないな、とにかく早い内にこっちに移動しい」」

 

鬼道先生に分かりましたと返事を返し、部屋に戻ったのは良いんだけど……。

 

「嘘ぉ……」

 

「こんなことしますかね、普通」

 

私達の部屋の取っ手がボロボロになっていた。無理矢理開けて部屋の中で待っている福ちゃんやカソちゃん達を奪おうとした生徒がいると分かった。

 

「1人ずついこか、私が守ってあげるから~はよ、荷物とってきい?」

 

近衛さんの言葉に頷き、急いで部屋の中に戻って荷物を纏める。

 

【どうしたんや? 小鳩】

 

「危ないから移動だって、福ちゃんも来て」

 

【おお、分かった】

 

「藤村さんは大丈夫?手伝おうか?」

 

「お願いしますわッ!」

 

福ちゃんを頭の上に乗せて、着替えと広げていた化粧品などをポーチに詰め込み、藤村さんの荷物を纏めるのを手伝い、カソちゃんの入ったゲージを持っている藤村さんの荷物を預かって部屋を出て、私は再び絶句した。

 

「おかえり~」

 

「こ、近衛さん。この方達は?」

 

上級生の証のリボンをつけた女子生徒が数人廊下に転がっていた。近衛さんは何時も通りニコニコしているが、ほかの皆の顔は引き攣っていた。

 

「わ、私達の使い魔を奪いに来たみたいで」

 

「信じらんねえ、こいつらあたしらを落ち零れって言ってた連中だぞ」

 

「あとGSの癖に妖怪を使うなんてって言ってた派閥の人もいますわ」

 

部屋の外で待ち伏せしていたのだと分かり、ゾッとした。

 

「まだ寝てる人も起して早く移動しようよ、これ危ない」

 

「そうだね~急ごうか~」

 

近衛さんの使い魔は相手を眠らせたり、痺れさせたりする事に特化している妖怪だから無力化出来ているけど、これがもし霊体ボウガンや破魔札を持ってきていたら私達も怪我をしかねないと気付き、大慌てでまだ寝ているクラスメイトを起こし、荷物を纏めて貰ってる間私と藤村さんは近衛さんと話をしていた。

 

「あの顔、見覚えない~?」

 

「え?顔?」

 

顔って言われても私は編入したばかりで先輩の顔とか覚えてないので言葉の意味が判らず困惑していると藤村さんが教えてくれた。

 

「解散させられたエリートクラスの生徒ですわね?」

 

「その通り~飴ちゃんを上げよう~」

 

藤村さんに飴玉を渡して、私にもくれた近衛さんは自分の飴の包みを開けて頬張る。

 

「馬鹿やった先生が追い出されて~エリートクラスは解散したでしょ?普通のクラスに編入して取り巻きも出来てるけど~結局家柄で威張るばかりで実力が全然追いついてないんだよねぇ~家柄で除霊するんじゃないのに~本当馬鹿ばっか~」

 

家柄で言えば近衛さんは六道家や、神代家に匹敵する京都の重鎮である近衛家の娘だが、古い価値観にはついていけないと言っていたが本当は違うのかもしれない。家柄やかつての名家と言われた栄光ばかりに寄ってくる人間や、自らを磨こうとしない人間が嫌いなのかもしれない。近衛さんはいつも家柄で除霊をするんじゃないって言ってたし、緩い人に見えるけど本当は凄い真面目な人なのかも……。

 

「いやあ~熱視線向けられても私はノーマルなんだけどなあ~」

 

「ち、違うからねッ!?」

 

「……」

 

「なんで逃げるのッ!?」

 

「いえ、ただ横島さんが無理だから同性に走られたら困るなと」

 

「本当に違うからね!?」

 

私はノーマルだから、特殊な趣味はないからと弁解するのだが、不思議なことに弁解している間にさっきまで感じていた嫌な空気は霧散し、何時も通りのどこか緩い穏やかな空気になっていて……異様な緊張感が嘘のように感じるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

賑やかなやり取りが通路の反対側から聞こえて来るが、その楽しそうな声を聞きながら眉を解すが、寄った眉は戻ってくれない。それほどまでの異常事態だからだ。横島の部屋に忍び込んで、霊具を盗もうとしていた生徒達を現行犯で捕まえるなんて夢にも思って無かった。

 

「全員、呼ぶまで、部屋から……出るなッ」

 

「「「は、はひいッ!!!」」」

 

マルタさんの怒りに満ちた言葉に倒れていた六女の生徒達が慌てて部屋へと引き返していく、その姿を見て私は深い深い溜め息を吐いた。

 

「あれ、エリートクラスの生徒ですよね?」

 

「そうよ、六女から追放された連中が面倒を見てた名家の跡継ぎばっかりよ」

 

「あれが跡継ぎって完全に世も末ですね」

 

霊能者の名門・名家と言われる人達が集められているクラスがあったらしいけど、エリートクラスの教師は反六道勢力であり、教育と言うよりも洗脳に近かったと聞いていたので僅かに憐憫の気持ちはあったが、まさか窃盗をしようとなると本人達の倫理観もかなり問題ありだ。

 

「退学させるわけにも行かないのよね、あれで霊能者としては優秀な血統だからね。GS免許は発行せずにどこかの事務所で事務職くらいしかやらせれないわよ」

 

霊能者はある意味血統が重要視されるけど、性格とそして霊能者としての技術に問題があるのにエリート思考って言うのは目も当てられない――しかも殆どが昨晩の戦いで役立たずだったので素質は優秀でも本人に問題がありすぎる。

 

「横島の陰陽札を盗みに来るとか馬鹿の極みよ、横島って陰陽札使わないし」

 

頼めば作ってくれるが私や美神さんの霊力に合わせて調整しているので基本的にワンオフだし、横島自身は剣指と僅かな血液で陰陽術を使えるので札を作る必要も無い。陰陽術師という事で札があると思って侵入を試みたんでしょうけど……本当に正気を疑う。

 

「……騒がしいがどうかしたか?」

 

「何か問題でも?」

 

「ううん、なんでもない」

 

……さも当然のようにシズクと清姫が顔を出して尋ねてくるのでなんでもないと返事を返して、マルタさんと一緒に使い魔学科の生徒が宿泊しているフロアに向かって歩き出す。

 

「最悪は回避できたわね」

 

「本当にそれですよ、チビ達もいますし」

 

チビ達マスコット勢の超火力にシズクと清姫が加わればこのフロアが吹っ飛んでいてもおかしくなかったので、事前に止めれて良かった。

 

「移動の準備は出来た?」

 

「出来てます。みんなに荷物と使い魔を連れてます、マルタ先生」

 

使い魔学科の生徒が元気よく返事を返す。皆こんな感じなら良いんだけどなあと心から思い掛けたところでダークオーラを纏っている小鳩さんを見て前言撤回と心の中で呟いた。皆あんなのだったら、六女はきっと壊滅してる。

 

(悪霊のレベルよ、あれ)

 

小鳩さんの纏うオーラは悪霊のレベルだ。下手したら怨霊のレベルかもしれない……やっぱり横島に近づけるのはかなり考えないといけないだろう。

 

「あ、舞さん、悪いんだけど私と一緒に来てくれる?」

 

私がこのフロアに来たのは舞さんの事だった。昨日の戦いで分かった改竄策、そして戦況を互角にする為に必要な要素として舞さんを探していたのだ。

 

「は、はい。マルタ先生、私蛍さんと一緒に行きますね」

 

「いいわよ、荷物は私が持って行って上げるから貸して」

 

舞さんの荷物をマルタさんが受け取るのを見て、私もすいませんと頭を下げて舞さんと一緒に別のエレベーターに乗る。

 

「舞に何を頼むのだ?」

 

「おキヌさんの笛と舞さんの神楽で味方全体に支援をして貰おうと思って」

 

ナナシの問いかけに美神さん達と話した内容を伝える、舞さんの肩の上のナナシが腕を組んでうーむと唸る。

 

「異界になっているので普段の効果は期待できんぞ?」

 

「うむ、それに舞の霊力の消耗も激しくなるだろうしな」

 

ナナシとユミルの言葉は私達も分かっている。だけど想像以上に六女の生徒が使えなかった、特に名家・名門といわれている生徒は素行も悪すぎて連携が組みにくかった。落ち零れ、退学、留年が近い生徒の方がよっぽど連携が組みやすく、実戦に向いていた。

 

(まあ分かってた事だけどね)

 

名門・名家って言われる人達はプライドが高いし、一族の秘伝とかを無理に使おうとして協力っていうのが最初から出来ない。しかもその秘伝が使い物になるかと言われるとそうでもないってのが本当に救えない。

 

「本当に異界なんですね」

 

「うん、この異界を解除して援軍を呼ぶか、一点突破か……そこの話し合いになると思うわ」

 

ホテルの防衛と景清の討伐――どちらか1つでもかなりの大仕事なのに、それを同時に行うのは余りにも難易度が高すぎる。今も会議を続けてる美神さん達が何か突破口を見出してくれてたら良いなと思いながら会議室になっている広間に向かう途中で横島がアリスちゃん達と戯れてる姿が視界に入り、異常事態の中でもこういう日常の光景は精神を落ち着けるのよねと思い見つめていると横島とアリスちゃん達が手を振ってくるので、それに手を振り返して会議室へと急ぐのだった。

 

 

 

 

~美神視点~

 

昨日の戦いで分かった事はかなり多かった。一般的な海の妖怪や魔物や普段通り六女の実習に選ばれる程度の強さだった、波状攻撃と効果的に攻め込んでくるので強く感じたが……実際には普段通りD~C-位のGSになったばかりの駆け出しでも戦える程度の強さだった。

 

「あの飛んでる妖怪がかなり厄介ですね」

 

「鋭利な姿をしていて速度もかなりありますし、あの妖怪自体もかなり強かったですね」

 

小竜姫様達の言う通り悪霊と妖怪を運搬している鮫のような妖怪がかなり厄介だ、霊力を円錐状に展開し、それを攻撃と防御に使い急降下で突撃し戦線を崩してから悪霊を展開をすると言うのは単純だがかなり強力な一手だった。

 

「アンちゃんが持ってきてくれた銀の銃弾と霊体ボウガンで迎撃出来ないか試すつもりですけど駄目なら後退して戦線の組みなおしですね」

 

「見たことないってのが厄介ね……なんなのかしら?」

 

さっきまで話し合いに参加していたシズク達も分からないと言うから、自然発生の悪霊の類ではないのかもしれない。

 

「私は誰かが手を加えたもんだと思うね」

 

「綱手もそう思う?」

 

「まぁあたしはこんなんでも仙人だし、霊力の流れとかは専門さ、あれは誰かが手を加えてる。合成獣みたいのだね、多分……人間がやってるよ」

 

人間の仕業と聞いて南部か東部の悪霊を兵器転用しようとしていた連中が作った者が流失したのか、それともそれを横流ししている連中がいるのか……。

 

「景清はどこで手に入れたワケ?やっぱりガープが召喚した?」

 

「それは言い切れないと思います。もしもガープが召喚したのなら……狂神石で強化してるはずです」

 

理性と思考を奪い、戦闘力を強化する狂神石――ガープが召喚したのならば、間違いなく投与してる筈。その気配が無いのは昨日の戦いで分かっている……そうなると景清を召喚したのは誰だと言う疑問が……

 

「わっ!?結構大きい音してるわね」

 

ノッブとマリアとテレサが今も空中から襲ってきている鮫のような妖怪を迎撃してくれているから、こうして話し合いが出来ている。だけどマリア達の消耗も考えると早い段階で対策を固めたいけど……景清と源氏と平家の亡霊武者がいまだ温存されているのが懸念材料か……。

 

(精霊石の杭で海からは食い止めてるけど、多分それも長くは持たないし……)

 

「異界を解除するのは止めておくべきだと思うんだが、賛同してくれるかな?」

 

黙って会議を聞いていた躑躅院が異界化について言及してきた。

 

「一応聞いておくけどその理由は?」

 

「分かってると思うけど異界を解除するときに1度時空の狭間が出来る。悪霊や景清と戦いながら異界封じは余りにも難易度が高い、解除するなら結界で民間人を逃がすのが優先だと思うよ」

 

悔しいがその通りだ。異界を解除して敵の強化を解除しようとして悪霊や悪魔が増えて窮地に追い込まれるのは良くある事だ。DやC級の妖怪や悪魔でもそれなのにS級の景清なら何が起きるのか想像するだけで怖い。

 

「だけど~相手が強化された状態だとかなり厳しいわよ~?」

 

「そこはおキヌちゃんの笛と舞ちゃんの神楽でどこまで軽減出来るかね……おキヌちゃん達に負担はかけるだろうけど……」

 

正直言って私の立てた作戦は人道的に言えば下種・外道の類になるし、不確定要素もかなり強い博打だけど……正直今の所はこれしか案が無い。

 

「偵察を兼ねた強襲ですか。普通なら正気を疑いますが、今回は最善策ではないでしょうか?」

 

おキヌちゃんの笛と舞ちゃんの神楽の有効範囲は前のレギオンの時に把握している。かなりの広範囲にまで影響があるし、効果もかなり強力だ。異界の影響がかなり強いので強化はそこまで期待出来ないけど、普通の動きは確保出来ると思う。

 

「そうなると眼魂を持っていって一気に展開も視野に入りますね。後は緊急時の避難に横島君の切り札も交えれば十分ですかね?」

 

「リスクはあるが、リスクを恐れていてはジリ貧になるしね、今度はあたしとブリュンヒルデで行くよ」

 

文珠による転移で即座に帰還が出来るからからの強襲だ。後はどれくらいストックがあるかによるけど、強化の2文字も準備できれば戦力差はある程度は埋めれると思う。

 

(使うのは当然ノッブ達ね)

 

文珠で時間制限付だが、全盛期の最強状態に戻せれば景清にも遅れは取らない筈……だがそれでも討伐には行かないと言うのは分かっている。

 

(景清は手札を残してる……その手札を暴ければ御の字)

 

前の時もそうだが景清はかなり余力を残していた。昨日も全く姿を見せなかったのは向こうは様子見に徹していたのは明白だ。向こうが余力を残しているのにこちらの手札を全て暴かれてしまっては勝てる物も勝てなくなる。

 

(あの余裕が気になるのよね)

 

英霊だから人間を見下すのは分かる。だが小竜姫様達を見てもその余裕を崩す事は無かった所を見ると英霊と龍神を相手にしても勝てるだけの手札を残している筈だ。その手札を暴く事が景清を討伐、あるいは封印する第1歩となる筈だ。

 

「とにかく時間はないわ、皆の意見も聞かせて頂戴」

 

トップクラスのGSとこれだけの神魔が集まっているのだ。必ず景清を倒す手段は見つけられる筈だ、様々な意見を纏め私達は時間の許す限り対策を検討し、そして夕暮れの逢魔が時に再び悪霊達の侵攻が始まるのだった……。

 

 

リポート13 臨海学校・急 その6へ続く

 

 




今回は自称エリートがやらかしたって話がメインになりました。1回プライドをおらない事には変わらないでしょうし、ちょっと必要な展開だったという事で、次回は横島達をメインに戦闘描写を書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


ククルカン狙いで30連

トラロックさん×2
恋のお呪い×2
魔性菩薩
虹演出からのライダー ケツアルコアトル

でした。無念


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その6

リポート13 臨海学校・急 その6

 

~ピート視点~

 

朝が訪れない異界では時計の秒針の動きだけが僕達の認識できる変化だった。

 

「ほいよ、ピート」

 

「っと、横島さん。ありがとうございます」

 

振り返り様に投げられたエナジーバーの包みを開け、それに齧り付いた。パサパサしていて、1口で口の中の水分が纏めて持って行かれる感覚がする。

 

「……水。ありますか?」

 

尋ねると同時に投げ渡された水のペットボトルの蓋を開けて、生温い水を飲んで一息ついた。ホテルの防衛が僕達の仕事だが、その難易度の高さに正直に言って海で悪霊と妖怪の群れと戦っている方がずっと楽だと思う。

 

「顔に出てんぞ、ピート」

 

横島さんに注意されて額に手を当てると眉が寄っている事に気付き深い溜め息を吐いた。

 

「すいません」

 

確かに六女の生徒の中で偏見や、言う事を聞かず勝手に暴走する生徒は決して多くない。だが極限状態の中ではその少数の印象ばかりが強くなって六女の生徒全体に対して僕は不信感を抱いてしまっていた。

 

「ま、気持ちは分かるけどな。顔に出さないほうがいいぞ、そりゃ嫌な奴だっているさ。でも全員が全員そうじゃないんだからよ」

 

僕以上に横島さんは嫌な思いをしているだろう。今は解散されているがエリート組と言われる名家や有名なGSの娘は横島さんの事を目の敵にしているし、それに冥華さん達が追放した反六道の教師をまだ慕っている生徒もいる。露骨に嫌そうな顔を向けられたり、舌打ちされている横島さんの方がずっと辛いだろう。

 

「横島、ピート。もう飯食ったか?」

 

「おう、今食ってる所だ」

 

「……エナジーバーじゃねえかよ。おら、林檎」

 

陰念さんが投げ渡してきた林檎を受け取り、服で拭いて横島さんと並んで齧る。少し酸っぱいが……エナジーバーなんかよりずっと美味しい。

 

「三蔵ちゃんは?」

 

「ママお師匠様はそろそろだと思うってよ」

 

三蔵法師様をちゃんづけで呼ぶ横島さんにママお師匠様と言う雪之丞さんに陰念さんと揃って溜め息を吐いた。英霊なのだからもっと敬うとか、尊敬するとかもっと別の反応がある筈だ。

 

(でもかえってこの方が良かったかもしれない)

 

良い具合の力が抜けた気がする。非日常の中の日常――それはどんな些細な事でも守るべき者を認識させてくれる。

 

「クシナさんはどうしたんですか?」

 

「お師匠様と綱手と一緒に来る。俺もそうだがクシナは霊力の循環が上手く行ってない、戦うにはそれ相応の準備がいるからな」

 

眼魂を使わないと霊力が使えない陰念さんは鋭い視線でアンちゃんが持ち込んだ霊波銃にカートリッジを装填している。

 

「横島は眼魂を使わないのか?」

 

「なくても俺は戦えるから大丈夫だ。栄光の手に勝利すべき拳、陰陽術に霊波銃もある。やり方は幾らでもあるって」

 

横島さんの魂に狂神石が混ざっているというのは僕達も聞いている。戦いの中でガープの横槍が無いとも言い切れないので横島さんは最悪を想定しなければならない――狂神石の活性化によるシェイド化はなんとしても避けなければならない自体だ。どこに目があるのかが分からない、シェイドを見られたら横島さん自身が逮捕、酷ければ抹殺対象になりかねない。いや下手をすれば何かの実験台にされる可能性もあると唐巣先生に言われてゾッとしたのは記憶に新しい。そしてもっと頑張らなければと奮起する事に繋がった。

 

(そうならないためにも僕達はやれる事を全力でするんだ)

 

鮫の様な悪魔が急降下し、消滅すると同時に地響きを立てて着地する幽霊武者が刀を抜き放つよりも先に地面を蹴って幽霊武者の間合いに飛び込んだ。

 

「はッ!!」

 

聖句の力を込めた打撃が鎧武者の胴を捉え、その巨体を弾き飛ばす。視界の隅では僕と同じ様に先手必勝を狙った雪之丞が幽霊武者の刀を素手で叩き折り、回し蹴りを頭に叩き込んでいる姿が映る。

 

【ッ!!】

 

「甘いッ!!」

 

幽霊武者の踏み込みは早いが、父さんと唐巣先生と比べれば全然遅い、ヴァンパイヤミストで上を取りロザリオを構えて聖句を唱える。

 

「アーメンッ!!」

 

【!?】

 

胴が丸く切り取られ、手足の具足が落下し消滅する幽霊武者を見て一息つく間もなく、両手に纏った魔力で斜め上から振り下ろされた刀の切っ先を受け流す。

 

「そう簡単にやられはしませんよ」

 

並みのGSでは苦戦する相手だろうが、僕達が戦うべき相手はもっと先にいる。こんな所で立ち止まっている時間も躓いている時間もないのだ、今まで積み重ねた物を実戦で使うには良い相手だと笑い、その笑みを挑発と受け取ったのか怒りを露にする幽霊武者と対峙するのだった……。

 

 

 

 

~雪之丞視点~

 

目の前を白刃が通り、切られた前髪が宙を舞う。少し間違えば首が胴からおさらばしていたが、その緊張感が俺をより高揚させていた。

 

「はっはぁッ!!行くぜオラァッ!!」

 

魔装術ではない、拳に霊力を纏わせただけ、そして初歩の初歩の身体強化のみを使ってBランク相当の幽霊武者に勝てと言うのが今回の襲撃の中で達成するべき俺の修行内容だった。

 

「おっと……思ったより早いじゃねえか」

 

頬が切られて鈍い痛みと共に血が滴り落ちてくる。それを親指の先で拭い、小さく息を吐いた。

 

(もっとだ、もっと集中しろ)

 

高まってくる闘争心と違い、俺の頭は恐ろしいほどに冷ややかだった。心は熱く、頭は冷ややかに……戦いの基本だ。

 

「ふっ!!せいッ!!」

 

ぶちおった刀だが、既にそれは再生し異形の刀をなっている。間合いが自在に変り、刃がチェーンソーのように動いている。少しでもかすれば抉りきられると分かっているが、魔装術無しでは俺に出来るのは牽制程度の霊波砲だけ、勝つためには前に出るしかない。

 

「うおおおおッ!!!」

 

【!?】

 

チェーンソーのような刃を霊力で強化した両手で受け止める。俺の霊力と幽霊武者の霊力がぶつかり合い火花を散らした。

 

「ぬるいんだよッ!!!」

 

勝ったのは俺だった。チェーンソーの刃を力で止め、動揺している幽霊武者の頭に頭突きを叩き込んで後退させる。

 

「おーいてえ……ははッ!!!」

 

兜に頭突きをしたのだ痛むのは当然俺の方がダメージがでかい、だがその痛みが余計に俺を熱くさせていた。

 

「こんな程度で引き下がっていられねぇんだよッ!!」

 

俺は弱い、弱くて弱くて反吐が出る程だ。目指すべき場所は遠く、ママに誇れる男になると言う俺の目標にはまだ全然届いていない。

 

「いつまでも魔装術に頼りきりじゃねえんだよッ!!」

 

魔装術とバルバトスの力は俺にとっての切り札だ。だが切り札を常に切り続ける馬鹿がどこにいる?切り札って言うのは効果的な場面で切るからこそ意味がある物だと俺は思っている。見せれば見せるほどに研究され、弱点を見抜かれる。そうなれば切り札は切り札ではなくなり、ただの技となる。

 

「ふうううッ」

 

横島の真似と言われれば違うとは言えないし、魔装術モドキと言われればそれも違うとも言えない。だが俺は器用ではない、陰念のように少ない霊力を駆使して様々な攻撃手段を作り出す事も出来なければ、クシナのように霊具を使いこなすことも出来ない。俺に出来るのは、俺に許された霊能はどこまで行っても魔装術しかないのだ。右腕が青く透き通った霊力の篭手に包まれ、溢れ出た冷気が俺の身体を凍らせる――それでも吐いた息が白く染まるのを見ながら俺は力強く幽霊武者に向かって踏み込んだ。

 

「でいやあああああッ!!!」

 

下から上に、アッパーの要領で拳を振り上げる。幽霊武者はそれを嘲笑うかのようにバックステップをし、その身体が左右にずれた。

 

【!?】

 

「うおおおおおッ!!」

 

着地と同時に身体を回転させ、遠心力を加えた肘打ちを放った。俺の肘は幽霊武者を捉える事は無かったが……幽霊武者の上半身と下半身がずれる。

 

「はっ、只の打撃じゃねえんだよ。馬鹿野郎」

 

肘から伸びた薄く鋭く伸びた冷気の刃――人間ならば一瞬で凍傷になるほどの温度のそれは霊体さえも切り裂ける刃だ。ただ生身で振るえば俺自身の腕が壊死する……それを防ぐ為の霊力の篭手だ。金時との戦いで霊力を一点に集中し、インパクトの瞬間に霊力を爆発させる術を学んだが、それでは魔装術と変わらない、バルバトスの霊力と組み合わせ作り出した魂さえも凍らせる絶対零度の霊波刃――これが俺の神魔、そして英霊と戦う為の術だった。

 

「とっととあの世に行け、いつまでも現世を彷徨ってるんじゃねぇ」

 

4分割に分割され消滅していく幽霊武者に背を向けて、霊波刃を解除しながら拳を振るう。その動きにそって氷の粒が散る中、俺の耳は小さな感謝の言葉を聞いていた。

 

「ああ。とっとのママの所に行ってやりな、この親不孝もん。いつまで待たせてんだ、馬鹿野郎」

 

これで母の所に逝けると嬉しそうに言う子供の声に背を向けながら俺は告げるのだった……。

 

 

 

~躑躅院視点~

 

ホテルの正面入り口に陣取って横島君達の戦いを見ていたが、私は少し評価を改めることになった。

 

(……悪くない、荒削りだが……伸ばせば伸びるな)

 

伊達雪之丞、ピエトロ・ド・ブラドー……どちらも去年のGS試験の参加者で、横島君と比べると劣るという評価だったが……なるほど恐ろしい伸び代だ。

 

(横島君がいい刺激になったという事かな)

 

とは言え横島君と比べれば相当劣る人材なのは変わらないが……。

 

「ん、なるほどこれか」

 

笛の音色が鳴り響き、周囲の重苦しさがふっと軽くなった。

 

(稀代のネクロマンサーと神楽の天才か……)

 

300年前に生贄にされた巫女と神代琉璃の実妹――反六道派が動いている時に六女に編入させるのを決めただけの逸材ではある。

 

「さてと……後はお任せしても?」

 

【ええ、構わないわ。しかしまだ隠れていたのね……】

 

信じられないと言う様子の三蔵法師の視線の先には私の式神で拘束されている何人かの女子生徒の姿があるが、白目を向いたその姿は悪霊憑きと言っても納得するだろう。

 

【己躑躅院ッ!この裏切り者がッ!!】

 

【裏切り者には、死の制裁をッ!!】

 

聞くに堪えない雑言だと鼻で笑った。裏切り者もなにも、最初から私は旧派閥には何の興味もないし、陰陽寮は私を縛る枷で邪魔以外の何者でも無かった。だが隠れ蓑がなければ私自身も危ない、時期を窺っていただけでそもそも私を飾り物の当主と言っている名家の連中にも陰陽寮にもうんざりしていたのだから裏切り者などと言われる筋合いはない。

 

「この者に取り憑きし悪霊よッ!去りたまえッ!!」

 

聖女マルタが六女の生徒に取り憑いていた悪霊――いや、生霊か。それを引っぺがしていく光景を見ていると三蔵法師が声を掛けてきた。

 

【どういうことなのかしら?】

 

「自分の魂の一部を切り離して憑依させる外道の術ですよ、名家とか言われてる連中は大体そういう禁術を取得してますからね」

 

とは言え中途半端な習得で取り憑いた自分の魂の欠片を地力で回収出来ないのだから愚か以外の何者では無いがね。

 

「それよりもここは聖女マルタに任せることにしましょう」

 

【分かってる、嫌な雰囲気がびんびん伝わってくるわ】

 

ネクロマンサーの笛と神代家の神楽舞――それらの効力は本物だ。六女の生徒に取り憑いていたかつての栄光に縋る愚か者を次々を表に出している。だがこれは前座だ……本命はこれからだ。

 

「私の予想が外れていればいいんですがね」

 

【……そうね、私もそう思うわ】

 

沖合いの戦船に強襲を仕掛けている美神達だが送り込んだ戦力は個々の戦力にこそ秀でているが、最小戦力だ。

 

「貴方、やっぱり何か知ってたんじゃない?」

 

「まさか、ただ私は伝承から紐解いただけですよ、神代会長」

 

「……詰問している場合ではありませんわよ」

 

景清は倒しても死なない、殺しても現れると言う逸話を持つ英霊だ。その伝承から考えれば景清の不死性の秘密の一端に触れる事は出来る。

 

「個にして軍、厄介な悪霊……いえ。英霊ね」

 

景清自身がレギオンに属する複数の魂を内包した悪霊。そして源氏に恨みを持つ者に取り憑いて景清へ変える――当って欲しくないと思っていたのだがホテルの周辺に次々に出現する凄まじい霊力の数々に私は自分の予想が当ったと理解し、ホテルに残っていた神代会長や神宮寺くえすと共に横島君達の助っ人をする前にホテルを飛び出していくのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

閃光にしか見えない凄まじい斬撃を反射的に勝利すべき拳で受け止める。だが凄まじい衝撃と痛みに意識を飛ばしそうになるが歯を食いしばってそれに耐える。

 

「ピートッ!雪之丞ッ!頼むッ!!」

 

ピートと雪之丞の名を叫んで栄光の手を2人に向かって伸ばす。

 

「よっしゃッ!良いぞ横島ッ!!」

 

「しっかりと掴みましたよッ!!」

 

2人の返事を聞き栄光の手を縮める事で一気にホテルの前まで後退するが、当然俺1人で止めれる勢いではなく、雪之丞とピートにぶつかって3人で地面を転がってやっと勢いを殺す事が出来た。

 

「いちち……悪い2人とも」

 

「かまやしねえよ。と言うかお前が死んだりすると周りの奴が怖いしな」

 

「ぎりぎりで間に合って良かったです、腕大丈夫ですか?」

 

ピートに腕は大丈夫かと聞かれ、俺は右腕を左手で押さえた。勝利すべき拳でガードしてもなお青黒く腫れ、折れてるか、折れる一歩手前の重傷だろう。たった一撃……たった一撃でこれだけのダメージを受けた。そんなことが出来るのは1人しかいない……悠然と歩いてくる3人の「景清」は腰の鞘から2本目の刀を抜き放った。

 

【面妖な。軽業師でもそのような真似は出来んぞ】

 

【然り、面白い人間よな】

 

【だが……邪魔をすると言うのならば殺す】

 

幽霊武者が突然景清へと変身したとでも言うのか、本当に一瞬の事だった。心眼の警告がなければ俺は間違いなく両断されていたか、栄光の手で受け止めていたら右腕を失っていたと分かるだけに背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

【黄金衝撃ッ!!!】

 

【御仏の力を見せてあげるわッ!!】

 

景清が再び突っ込んでくる前にホテルから飛び出してきた金時の黄金喰の一撃と三蔵ちゃんの拳の一撃が景清に向かって放たれる。

 

【気配は無かったが……】

 

【ふむ、本陣に斬りこんで来たのは考えがあっての事か】

 

命中するよりも早く後退され、2人の攻撃は当たらなかったがそれでも動きを止める事には成功していた。

 

「邪魔ですわッ!早くホテルに引っ込みなさいッ!」

 

「動ける人は怪我をしてる人を後退させてッ!それと精霊石も出し惜しみなしで使っていいわッ!」

 

くえすと琉璃さんの指示が飛び、ホテルから何人かの六女の生徒が姿を見せる。

 

「わぁ~大変だぁ~もけちゃん。お願い~」

 

「もけ~」

 

「ショウトラちゃん達もお願い~」

 

近衛ちゃんと冥子ちゃんの声がしたと思った瞬間。俺はショウトラの背中に乗せられ、ホテルの中まで後退させられていた。

 

「酷い怪我~今治すわ~ショウトラちゃんお願い~」

 

「わふうッ!!」

 

ショウトラのヒーリングを受けて腕の痛みが僅かに軽くなるが、腕が熱を帯びている感じがする。

 

「冥子ちゃん、腕折れてる?」

 

「う、ううん~でも折れてはないけど、結構重傷だと思うわ~」

 

右手の握力が完全に無くなっていたので折れてる事を覚悟したが、折れていないと言う言葉に安堵した。

 

【無理に動かすなよ、折れていないが……景清の呪いが付与されているかも知れん、魂を蝕んでくるかも知れんぞ】

 

心眼の言葉に同意するように小さく鳴くショウトラにゾッとし、握りこみかけた右拳をゆっくりと開いた。ただでさえ呪われているのに、それを上乗せするなんて冗談ではないと冷や汗を流しているとホテルのロビーが光り輝き、美神さん達が団子状態で落ちてきた。

 

「なにあの化物ッ!増えるとか大概にしなさいよッ!!」

 

「あいたたた……無事に戻って……よ、横島!?どうしたのその腕ッ!?」

 

美神さん達の方も沖の本陣に切り込んだ所で景清に囲まれたのだろう。全員ボロボロで帰ってきて、青く腫れている俺の腕を見て蛍が悲鳴を上げて這いながら近づいてくる。

 

「こっちも景清に囲まれてたんだ……いま三蔵ちゃんとか、くえすとかが応戦してくれてるけど……かなり不味いと思う」

 

ロビーに避難してくる生徒達を見て美神さん達もその顔を歪める。

 

【私はまだ余力があるので応援に行きますッ!】

 

【ワシも行くぞッ!!】

 

「ああ、くそッ!厄介な事しやがってッ!海に行ってる連中を戻せッ!押し切られるぞッ!!」

 

「すぐ連絡を入れますッ!!」

 

本陣に切り込んでいた牛若丸達も外の戦闘音に気付いて加勢に向かう。本来ならばこれなら安心と思える戦力なのだが……。

 

(これ、本当に勝てるのか?)

 

景清は幽霊武者を元に分身する能力を持っている。戦力が落ちれば良いのだが、分身をしていてもその戦闘力は尋常じゃ無く高い……牛若丸に小竜姫様達がいてもそれを上回る数に分身されれば数の暴力に負ける――小竜姫様達が負けるなんて思いたく無いが、俺にはどう考えても景清に勝てるとは思えない。

 

「大丈夫よ、横島。今回の事でまた分かった事はあるわ、だから大丈夫……横島、横島どうしたのッ!?」

 

大丈夫と励ましてくれる蛍の言葉は優しかったが、景清に斬り付けられた右腕が痛みを熱を発し始めている俺はその言葉に返事を返す事が出来ず、遠くなる意識の中蛍の悲鳴と……。

 

【大丈夫ですよ、母が守ってあげますからね】

 

狂気に満ちた女の声と手の中に現れていた硬質な感触を感じながら俺の意識は闇の中へと沈んでいくのだった……。

 

 

リポート13 臨海学校・急 その7へ続く

 

 




増える景清と呪いの攻撃で横島はメンタルに大ダメージを受けて今回のダウンに繋がりました。後は意識を失った理由とすればライトニングママ眼魂が完全になるために横島の霊力を吸収した所にあります。かなり厳しい展開になって来ましたが、ちゃんと勝つ流れに行こうと思いますますのでどんな展開が待っているのか楽しみにしていてください。


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その7

リポート13 臨海学校・急 その7

 

~美神視点~

 

机の上に置かれた結界によって動きを封じられた禍々しい紫の眼魂を前に私達は状況が更に悪い物になった事を悟った……景清が幽霊武者を媒介にして増えるという信じられない能力を発揮し、横島君から預かっていた文珠で命からがら転移で逃げてきた私達がホテルで見たのは真っ青でロビーの床へ倒れてる横島君と必死の表情で横島君の霊力を吸収している眼魂を手から取り外そうとしている蛍ちゃん達の姿だった……。

 

「小竜姫様、横島君の容態は?」

 

会議室に入ってきた小竜姫様に横島君の調子はどうだと尋ねたが、俯いているその姿を見れば返事を聞かなくても横島君の容態が分かってしまった。

 

「そんなに酷い状況なんですか……小竜姫様」

 

「霊力枯渇による死の心配はありませんが……頼光眼魂を具現化させた事で狂神石の活性化の可能性が極めて高い状態です。今は心眼に竜気を分け与える事と鬼一法眼さんに対応して貰っていますが……出来るだけ早く景清を討伐、あるいは封印してヒャクメに横島さんを診せないと不味い状況です」

 

狂神石の活性化の言葉に会議室にいた私達の顔が強張った……平安時代のシェイドによる月神族の大虐殺が脳裏を過ぎったからだ。

 

「元々横島は景清との戦いで主力にする予定はありませんでしたわ。横島の事は確かに心配ですが……ここで横島の事だけを考えて動かなければ共倒れ、まずは景清を倒す事……全てはそこからですわ」

 

冷酷とも言えるかもしれないが、優先順位を間違えてはいけないとくえすが不安と心配で揺れる瞳を強い意志の力で抑え込み、最も優先するべき事を間違えてはいけないと言う。

 

「景清を倒すにはまず景清の寄り代になる亡霊武者の出現を押さえ込まなければなりません。その手立てはもう準備しています、冥子さん……説明をお願いします」

 

「六道の結界を~何とかして復活させるわ~これはマルタと三蔵様と~私とお母様でなんとかするわ~」

 

「六道の結界を復活させるだけで何とかなるワケ?」

 

冥子の言葉にエミがそう尋ねる。それは私も思っていた……六道の結界は霊道を封じる物で、出現している悪霊を封印する物ではない筈だ。

 

「それはね~表向きの話なのよ~確かに霊道は封じてるけど、それだけじゃなくてあの結界は源氏と平家の悪霊だけを封印する物なのよ~でも1年で色んな雑霊が堪っちゃうから~海開きの時期に結界を解除してるのよ~大体おかしいと思わなかった~除霊実習って何時も1日で終わらせてるけど~普通それで終わると思う~?」

 

冥華おば様の言葉の意味が一瞬理解出来なかった……だがGSとして活動して来た私達はその言葉の真意をすぐに読み取った。

 

「意図的に生徒達が経験を積む為だけの悪霊を集めている……」

 

「大~正~解~まぁ~かなりグレーっと言うかあ~黒い部分なんだけど~悪霊を集めて源氏と平家武者と戦わせて~処理できない位集まったら、結界を解除して雑霊は生徒~源氏と平家武者は六道の霊能者が何年も倒してたのよ~?」

 

黒を通り越して霊能法で犯罪に当るレベルの事をしていた冥華おば様に目を見開いた。琉璃も初めて聞いたのか目を見開き硬直している。

 

「そうしないと~周囲が祟りで大変な事になっちゃうからねぇ~必要悪って事よ~ホテルのオーナーも知ってるわよ~?」

 

源平合戦の見做しがずっと行なわれていた土地だからこそ景清の出現に繋がってしまったのだろう、長い年月を掛けて蓄積した怨念が英霊召喚への道を作った。

 

「結界の復活は可能なんですか?」

 

「なんとかやってみるわ~多分半日くらいかしらねぇ~源平武者の亡霊は何とか封印できると思うわよ~」

 

ただ無理に封印するからまた近い内に除霊に来ないといけないけど~と付け加えられるが、景清を倒す為ならばそれくらいのリスクは背負おう。

 

「雑霊と妖怪はかなり数を減らしているので、私のルーンで処理出来ると思います」

 

「となると後は景清本人をどうするかですね」

 

ブリュンヒルデのルーンで雑霊と妖怪を封じ、源平武者も封じ込めれば残るは景清のみだが……その景清が1番の問題だ。主軸はノッブや牛若丸、沖田の英霊組みを主軸に当る事は間違いないんだけど……。

 

(凄い嫌な予感がするのよね)

 

誰も口にしないが言いようのない悪寒はこの場にいる全員が感じているはずだ。自分と同じ能力の分身を複数体作り出す能力自体かなり強力だが……景清にはまだ隠している手札があるように思えてならないのだった……。

 

 

 

~おキヌ視点~

 

吹いていたネクロマンサーの笛を口から放して頭を下げると拍手喝采が私に降り注いだ。避難してきている民間人の人達は外に出ることも出来ず、美神さん達の戦いの音で恐怖を感じているだろうから笛を聞かせてあげて欲しいと美神さんに頼まれていたのだ。

 

(とりあえず、これで良さそうですね)

 

疑心暗鬼、恐怖による暴走――民間人を保護した場合の最悪の可能性は聞かされていて、実際起爆寸前の雰囲気だったが私の笛の音色で尖っていた避難していた人達の魂が丸くなったことに安堵し、ぺこりと頭を下げて私はホールを後にした。

 

「おキヌちゃん。良い音色だったよ」

 

「うんッ!すっごい綺麗な音だった!」

 

「私お姉ちゃんの笛の音好きだよー」

 

「凄く心が安らぎました」

 

ベッドに座っている横島さんの賞賛の声に続いてアリスちゃん達も私を褒めてくれて気恥ずかしい気持ちになる。

 

「ありがとうございます。それでどうですか?大分楽になりましたか?」

 

「うん、ネクロマンサーの笛は回復も出来るんだな。驚いたよ」

 

横島さんの顔色も大分よくなっている事に安堵しかけたが、安堵もしていられない。ネクロマンサーの笛自体に回復等の効果はない、シズが作ってくれた笛ならば話は別だけど、ネクロマンサーの笛は魂に安らぎを与える能力だ。

 

(それだけ横島さんの魂が傷ついていたって事かな)

 

頼光眼魂を作ったことで横島さんは今回の件では完全に戦力外になってしまったが、私は正直言うとそれに安堵していた。ネクロマンサーの笛を使えるから分かるのだが今の横島さんの魂は余りにも不安定なのだ。普通の魂は丸みを帯びているのだが、尖っていたり、四角くなったり、魂の形状が安定しない。今も僅かに丸みは取り戻しているが鋭角な面が多く不安を感じる状態のままだ。

 

「あら?その眼魂はどうしたんですか?」

 

横島さんのお腹の上に眼魂が1つ乗っているのを見てどうしたのか?と尋ねるとチビちゃん達と遊んでいた茨木ちゃんが顔を上げた。

 

「酒呑の眼魂だッ!酒呑ならあの牛女より強いからなッ!横島を守ってくれると思ったのだッ!」

 

「そっか、茨木ちゃんは優しいね」

 

酒呑童子――決して良い妖怪ではないという事は知っているが、茨木ちゃんがあれほど信頼しているのならばきっと信用出来る人だと思う。

 

「ふか……」

 

「よぎぃ」

 

横島さんがベッドで横になっていて遊んでくれないのが不満そうに鳴いている魔獣にアリスちゃんと紫ちゃんが近づいて、後ろから抱っこする。

 

「お兄ちゃんが元気になったら遊んでくれるから、今は我慢しようね」

 

「そうですわ。お兄様だって調子の悪い時もありますわよ?」

 

動物と話せるアリスちゃん達に注意され、不満そうではあるが頷いてミィちゃん達の輪に加わっていく姿を見て思わず笑ってしまう。

 

「何か面白かった?」

 

「いえ、なんか保育園みたいに見えちゃって」

 

アリスちゃん達は10歳くらいなので保育園と言うのはおかしいかもしれないけど、不思議と保育園みたいに思えてしまったのだ。

 

「保育園か……タタリモッケさんにも言われたけど、俺保父さんに向いてるらしいぜ?ちょっと意外だけどさ」

 

「ふふ、私もそう思いますよ」

 

横島さんは意外だと言うけど、保父さんは横島さんの天職かもしれない。子供に好かれて優しい横島さんにはこれ以上ない職業だと思う。

 

「本免許取れなかったら保父さんの勉強をしてみようかなあ……」

 

「GSの免許をとっても保父さんの勉強をしてみたらどうですか?結構そういう人居るらしいですよ?」

 

子供でも強力な霊能に目覚める事は少なくない、そういう子供の面倒を見れる人は少なくてGS免許に加えて保父さんや保母さんの資格を取る人は少なくないらしいですよと言うと横島さんは勉強してみるかなあと腕を組んで呟いている。

 

(そっちの方が良いと私は思うんですよね)

 

戦い続けて有名になるよりも、横島さんはそっちの方が向いていると思う。アシュタロスの乱の英雄なんて呼ばれていた未来の横島さんはかなり無理をしていた……横島さんは優しくて戦うに向いていない性格だから別の道があっても良いとおもう。

 

【知識は無駄にならんし、私も勉強したほうが良いと思うぞ?お前は案外教師に向いているしな】

 

「教師……教師かあ……俺ぐうたらだぜ?」

 

【頭が良い事だけが教師の条件ではないと言う事だ。戦う事だけがGSではないのだぞ?おキヌ、悪いが林檎を剥いてやってくれるか?】

 

心眼さんも私と同じ考えなのだと思うと私の考えは間違いではないと思って安堵し、私はベッドサイドのお見舞いの果物の盛り合わせから林檎を手に取った。

 

「あ、お姉さん、私も食べたい」

 

「……私も欲しいです」

 

「みむー!」

 

「私も食べたいですが良いですか?」

 

「きーばー♪」

 

私が林檎の皮を剥こうとしているのを見てアリスちゃん達も食べたいと声をあげ、その周りでチビちゃん達が小さい前足をピコピコ振るのを見て私は小さく笑って良いですよと返事を返し、果物ナイフを手に林檎の皮を剥き始めるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

こう言っては悪いけど横島が頼光眼魂の影響を受けてダウンしてくれた事に私は安堵していた。横島は臆病で戦いに向かない性格なのに私達に危害が加わりそうになれば恐怖を飲み込んで戦いに出てくる。守ろうとしてくれている事は嬉しいのだが、戦うたびに狂神石の影響を受けるのならば横島は戦わないほうが良い――横島を戦わせない為に私達も昔の文献などを調べて英霊や神魔と戦う術を手に入れる為に努力して来たのだ。景清との戦いは厳しくなるが、実戦の中で分かる事もある。

 

【ぐうっ……冗談じゃろッ!?】

 

【馬鹿な、何故ここまでほどの差がある!?】

 

ノッブと牛若丸の悲鳴と動かない身体――私達は最初の段階で何もかも計算違い、思い違いをしていたのだ。

 

【ワシを敵と思っただろう、だがそれが全ての間違いよ。ワシは抑止力に呼ばれてこの場に来たのだ】

 

「反英霊が抑止力に召喚される事なんてありえませんッ!!」

 

景清の言葉に小竜姫様がありえないと声を上げる――景清の異常な強さ、それは抑止力によって召喚され、世界の後押しを受けていたからだった。

 

【ありえない事はないぞ?抑止力は世界を存続させる為の存在だ。抗わず、ガープ達が世界を支配する事で地球が存続するのならば……ガープ達と戦う相手を悪と見做すのではないか?】

 

足元が崩れ落ちる感覚と言うのはこの事を言うのだろう――世界はガープ達を是と認めたと景清が刀を振るいながら告げた言葉に私は身体から力が抜けたのを感じた。

 

「そんな馬鹿な話がある物ですかッ!!」

 

【ありえるはずが無いッ!】

 

三蔵様とくえすの魔力と神通力の攻撃が同時に放たれた。狙った訳ではないだろうが……感情任せの攻撃は混ざり合い相反する力が1つになった一撃は英霊は愚か、神魔ですら消し飛ばすであろう一撃を景清は刀の一閃で弾いて見せた。

 

【ワシを代弁者に据えるは正気かと思う所であろうが……事実は事実。今の人間ではガープは愚か天使にすら勝てぬ……天使が勝てば世界は滅ぶ、かといってガープが勝利しても世界は滅ぶ、だがまだガープの方が目があると考えた抑止力もいるということだ。源氏ではないおぬしらに怨みはないが……これもまた英霊としての仕事だ。この場で死に絶えてもらおうか】

 

景清が歩く度に具足が音を立てる。それが近づいてくるという事を如実に示しており、逃げなければ、立向かわなければと思っているのに、真実か虚言かも定かではない抑止力がガープを認めたと言う景清の言葉とその圧倒的な力と景清の身体から立ち上る神通力と魔力が景清の言葉に真実味を増させていて私から戦うという意志を奪い取っていく……。

 

「そんな馬鹿げた話を信じる訳が無いでしょうッ!!」

 

「例えそれが正しいとしてもッ!私はそんな言葉を信じないッ!」

 

【信じる信じないはお前達次第――だがワシに勝てねばワシの言葉が真実となるぞッ!】

 

美神さん達はまだ戦う意志を見せているけど、お父さんから神魔、英霊、抑止力等の話を聞いている私は景清の言葉が真実だと分かり、心が折れてしまった……戦え何をしているというくえす達の檄が飛び、立ち上がらないと……景清に立ち向かわないといけないと分かっているのに……足に力が入らない、いなくて良かったとこの場にいなくて正解だと思っていた横島の姿を無意識に求めた。その無意識の訴えに横島は答えた……正確に言えば横島ではないのだが、その願いに助けを求める気配に横島は答え、そして力へと飲み込まれた。

 

【カイガンッ!丑御前!迅雷!一掃!牛力招来!】

 

漆黒の雷が私達の目の前に降り注ぎ、其処から仮面の戦士が姿を現した。黒と紫のパーカーに赤く脈打つ狂神石の鼓動、そして牛の角と雷を模した模様がマスクへと映し出されている。

 

【抑止力の助力を受けているから自分は正しい?思い上がりも甚だしい、その様な狂言を口にする頭蓋ごと打ち砕いて上げましょう】

 

ガンガンブレードの刀身を赤黒い雷電が包み込み、緩やかに振るわれた暗い海辺に赤い三日月を描き出す。

 

「何で……ッ!?」

 

「あれだけ封印したのに何故ッ!?」

 

頼光眼魂はこの場にいる全員がその全てを使って封印した。なのにゴーストドライバーに頼光眼魂がセットされていた。

 

【頼光か、源氏武者がこの場に何をしに来た?】

 

景清の言葉に頼光が憑依している横島は喉を鳴らして笑った。

 

【我が子が助けたいと思っているのならばそれを手伝うのは母として当然でしょう?】

 

【気狂いめ、まぁ良いワシの前に立ち塞がると言うのならば……殺すまでッ!!】

 

【はははッ……はははははははッ!!!やってみろッ!!この亡者如きがッ!!】

 

景清とシェイド頼光眼魂の振るった刃がぶつかり合い、紫電を周囲に撒き散らす。ぶつかり合いの余波の衝撃に私達は耐えられず吹っ飛ばされてしまうのだった……。

 

リポート14 鬼神降臨 その1へ続く

 

 




次回は横島が何故頼光魂を持っていたのかから始めて行こうと思います。後は新しいキャラを1人投入してみたいと思っているので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

ククルカンガチャ最終日前に20連でククルカンをお迎えできました。
でもQPがないので育成間に合いません……無念


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リポート14 鬼神降臨
その1


リポート14 鬼神降臨 その1

 

 

~横島視点~

 

呼び声がする――幼い少女の声がずっと俺を呼んでいる。ぼんやりと意識の中……その声に導かれるように俺は歩みを進めていた。

 

こっちこっちだよ

 

楽しそうに遊んでくれと言わんばかりの弾む声だ。

 

(誰だ?)

 

ぼんやりとした意識の中――誰だと言う疑問が鎌首をもたげた。何者なんだと、いやそもそも俺は今どこにいるんだ?と言う疑問が次々に脳裏に浮かび足を止めかける。

 

駄目だよ、こっちこっち

 

だが止まりかけた俺の足は脳を揺さぶる少女の声によって俺の意思に反して再び歩みを進める。

 

「待ってたわ、ずーっとずーっと私良い子で待っていたのよ?」

 

熊のぬいぐるみを抱き抱えている少女が楽しそうに俺の周りを跳ねている。

 

(知らない、知らないぞ……俺はこの子を知らない)

 

……まれッ!それ……むなッ!!

 

意識がはっきりとしない中でもこの少女が俺の知らない少女なのは分かった。その時ノイズ混じりで酷く遠いが誰かの声が聞こえて……俺の中の疑問がしっかりとした形になり反射的に身構えかけると目の前の少女が足を止めた。

 

「駄目よ、お兄さん」

 

楽しそうな声が一瞬で身の毛がよだつような冷酷な響きに変り、俺の腹くらいの背丈しかない少女が酷く恐ろしい存在に感じた――それと同時にこれ以上目の前の少女のいう事を聞いてはいけないと思い後ずさろうとしたが俺の身体はその場から全く動く事が出来なくなっていた……。

 

「うっ」

 

影から伸びて来た太い紐のような触手が俺の首と両手足に巻きついて来た。痛みは無いが、少しでも目の前の少女の意に反する事をすれば一瞬で身体がバラバラにされるのを直感で理解した。

 

「だ……れだ……?」

 

「うふふふ、これで3回目よ?お兄さんは私を知ってる筈よ」

 

知っているはずと言われても思考がぼやけてどうしても目の前の少女の顔がはっきりと認識出来ない……だけどその声をその雰囲気を俺は間違いなく知っていた。ぼんやりとしていて酷く曖昧だが……好意を向けられたのを思い出した。

 

「……前に東京で……?いや、このホテルでも……」

 

そうだ、俺はこの子に会っている事を思い出した。幻のように消えてしまうこの少女を知っている……。

 

「嬉しいわ、私を思い出してくれたのね。でも今日は此処までなの、うふふ。これはちょっと預かるわね」

 

目の前の少女が俺の懐の酒呑童子眼魂を奪うのを見て、茨木ちゃんから預かっている物だから取り返そうとする。だが触手が絞まり伸ばしけた腕は無理矢理止められてしまった。

 

「妬けてしまうわ、私もお兄さん大好きなのに、お兄さんは私を覚えてないんですもの……だから私、悪い子になるの」

 

楽しそうなのに邪悪そうな声を響かせ、紫電を放つ頼光眼魂が胸に押し当てられた。

 

【大丈夫ですよ。母が貴方を守って上げますからね】

 

「あ、ああ……ああああああ――ッ!!」

 

ドロリとした黒い泥のような霊力が俺を包み込んでいく、その耐えがたい悪寒に俺の意識は悲鳴と共に闇の中へと沈んでいくのだった……。

 

 

 

~陰念視点~

 

アリス達が泣きながら横島がいないと聞いてホテル内を探し回っていた俺達は突如ホテルの通路に響いた横島の絶叫に足を止めた。

 

「ただ事じゃねえぞッ!」

 

「急ぎましょうッ!」

 

あの悲鳴はただ事ではない、まさかガープ達が侵入してきたのかと最悪の予想が脳裏を過ぎる中――横島の悲鳴が聞こえた場所に向かった俺達はその異様な光景に絶句した。

 

「あはッ!!あははははははははっ!!!」

 

狂ったように笑う幼い少女の影からは無数の触手が伸び横島を縛り上げ、胸に紫電を撒き散らしている頼光眼魂を押し付けていた。

 

「てめえッ!!」

 

雪之丞が反射的に霊波砲を放つが、触手を自身の影から伸ばしている少女は片腕を振ってそれをそのまま雪之丞に向かって弾き返した。

 

「がはッ!?」

 

「「雪之丞!?」」

 

身体をくの字に折って弾き飛ばされた雪之丞がホテルの壁に叩きつけられ、崩れ落ちる姿を見てホロウ眼魂に手を伸ばすが……。

 

「楽しかったのに興醒めだわ」

 

少女の足元から漆黒の闇が広がり、そこから伸びた無数の触手が俺達を縛り上げた。

 

「がはッ!?」

 

「うっくうッ!!」

 

「ううッ!?」

 

首を締め上げられた痛みに俺とピート、タイガーの苦悶の悲鳴が重なりその声を聞いた少女は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「このまま首を圧し折りましょうか?それとも手と足を捻じ切りましょうか?ああ、どっちが楽しいかしら?」

 

突き出された左手の指が曲げられる度に全身に痛みが走り、俺達が苦悶の声を上げるのを見て楽しそうに笑っていた少女だったが、突如俺達を解放した。

 

「飽きちゃった。先に行っててね、お兄さん」

 

闇の中に横島の姿が消える――それはまるで水の中に飛び込むような自然な動きだったが、ホテルの床で行われたその現象に俺達は目を見開いたが、いつまでも呆然としている訳には行かない触手が出ていない今ならばと飛び掛ると少女は驚いたように一切抵抗しなかった。

 

「お前の目的はなんだッ!」

 

「横島さんをどこへ連れて行ったッ!!」

 

何が目的で横島をどこに連れて行ったと問いかけるが少女は楽しそうに笑うだけだ。

 

「何でもかんでも聞こうとしたら駄目よ?でもそうね、1個だけ答えてあげる。私が、ううん、私達が何者かは……多分貴方のお父さんが知ってるわよ」

 

「父さんが!?どういう意味だッ!」

 

「さぁ?なんでも彼んでも教えてもらおうとしたら駄目よ?それじゃあバイバイ」

 

その言葉と共に少女の姿は意識を失っている金髪の俺達と同年代の少女へとその姿を変えていた。

 

「シルフェニア!?なんで……ここに」

 

意識を失っている少女を抱きとめて困惑しているピートに誰だと問いかけるとピートは信じられないと言う表情を浮かべながら、倒れている少女の素性を話し始めた。

 

「シルフェニアは僕の妹です。東京に残ってた筈なんですが……」

 

「ピートの妹がなんであんなガキになってたんだッ!?」

 

「そんなの僕が聞きたいですよッ!!」

 

「今はもめてる場合じゃねえだろッ!タイガーッ!お師匠様達に連絡を入れるぞッ!横島が連れ去られたってなッ!」

 

「分かってますのジャーッ!」

 

俺達にここからお師匠様達に連絡を入れる術はない、タイガーのテレパシーが頼りになる。

 

「ピートはシルフェニアを寝かせたら俺達に合流してくれ、まだホテルに忍び込んでる奴がいるかも知れないからな。行くぞ、雪之丞」

 

「おうッ!」

 

横島は連れ去られ、頼光眼魂も封印が破られてしまい、その上あれだけ厳重に張っていた結界の内側に侵入者と考えられない事態が続いている。

 

「あーくそッ!どうなってやがるんだッ!」

 

「ぼやいてる場合じゃねえッ! 今は俺達の出来る事をするぞッ!」

 

まずはホテル内の安全の確保、それとホテルの現状を景清と戦っている美神達に伝える事……それに少女がまた別の誰かに憑依している可能性も捨て切れないのでタイガーが合流次第精神感応での調査……ほんの一瞬で状況は最悪の物へと変り、やるべき事は山ほどあると言う異常事態に陥ってしまった。

 

(本当にどうなってやがるッ)

 

様々な事態は想定していたがこんな事体なんて想像もしていなかった。何をどうすれば良いのかも定かではないこの最悪の状況の中俺と雪之丞は対して得意でもない霊視と見鬼君を片手にホテルの中を駆け回り、その異様な光景に言葉を失った。

 

「なんだこれは……」

 

「どうなってやがるッ!?」

 

ホテルにいた民間人に冥華さんが連れて来た地元の霊能者。いやそれだけではない、神代会長の妹の舞の使い魔のナナシとユミルが応戦しようとしたその姿のまま寝息を立てていた。

 

「あのガキの能力かッ!なんなんだ、あいつはッ!?」

 

「分からん、だが少なくとも人間じゃないのは確実だ。特に中身がな……」

 

見た目は横島を慕う少女達と大差無いが、中身は全くの別物だ。根源的な恐怖を抱かせるナニかとしか言い様が無い。

 

「そんなのは俺でも分かってるッ!俺が知りたいのはあいつが何者かって事だッ!」

 

雪之丞が苛立ちと恐怖を振り払うように叫ぶ――その気持ちは俺も分かるが、動揺しうろたえている時間は俺達にはない。

 

「ブラドー伯爵が知ってるって言うなら今あーだこーだと話してもしょうがない、今俺達に出来る事をするんだ」

 

「チッ!分かってるッ!」

 

今の俺達に出来る事はあの少女の正体を探ることでも、横島を取り戻しに行く事でもない……情けない話だが、俺達は景清との戦いに出る事が出来ないからこそこの場に残されている事に拳を握り締め、砕かれた結界から侵入して来ようとする悪霊を食い止める為にホテルのロビーへ向かって走り出すのだった……。

 

 

~美神視点~

 

海が裂け、大地が割れる――景清と仮面ライダーシェイド 頼光魂のぶつかり合いは凄まじくそこに私達が割り込む余地は無かった。

 

【あはははっ!!あはははははははッ!!!】

 

【気狂いとは付き合っておれんなッ!!!】

 

狂ったように笑う仮面ライダーシェイド 頼光魂の赤黒い電撃が纏わりついたガンガンブレードに刀を砕かれた景清が地面を蹴り、離脱しようとした瞬間だった……ガンガンブレードが弓の形へと変化する。

 

【卜部の豪弓だッ!吹っ飛ばされるぞッ!!!】

 

金時の叫びに私達は咄嗟に砂浜に植えられている木にしがみ付いたが、風を待とう強弓の一撃は景清を貫くだけでは止まらず周辺に凄まじい破壊を引き起こした。

 

「くううッ!?化物ですかッ!?」

 

「やばい、やばーッ!?」

 

琉璃が悲鳴を上げながら吹っ飛ぶのを見て慌てて神通棍を伸ばして琉璃を捕まえる。

 

「た、助かりました」

 

「ごめん、助かってないわ」

 

「え?」

 

私のしがみ付いている木の根が盛り上がり、琉璃もろとも吹っ飛ばされる。

 

【せいッ!!】

 

【てえーいッ!!】

 

岩に叩きつけられる前に牛若丸と沖田ちゃんが受け止めてくれたお蔭で事なきを得たが、1歩間違えば確実に死んでいた。

 

「た、助かったわ……ありがとう」

 

「貴女が死ぬと横島様が悲しむから助けただけですわよ」

 

蛍ちゃんも清姫に助けられて無事な様で安堵しかけたが、すぐに顔を引き締める。

 

「小竜姫様!頼光眼魂は封印してましたよね!?」

 

「してましたよッ!なんで此処にあるのか分かりませんッ!!横島さんが持ち出したとも思えないですしッ!!」

 

そもそも横島君は戦える状態にないので紫ちゃん達と結界の内側にいる筈だから、外側の頼光眼魂に近づけるわけが無い。

 

「メドーサッ!結界の復活に回ってる面子を呼び戻してッ!」

 

「いわれなくてもやってるッ!!ああ、くそッ!!」

 

メドーサが舌打ちと共に槍を振り私達に直撃しそうになった業火を弾き飛ばす。しかしその熱が肌を焼き一瞬で汗が噴出した。

 

(これが平安時代最強の異形殺しの力……ッ)

 

分身だけではなく、頼光四天王の使った武器までも召喚し多角的に景清を攻め立てている仮面ライダーシェイド 頼光魂の圧倒的な力に驚くが驚いてばかりも入られない。

 

「なんとかベルトから眼魂を取り出さないとッ」

 

「……ああ、急がないと横島がやばいぞ」

 

横島君の霊力を無遠慮に吸い上げている頼光を見ればそう遠くないうちに横島君の霊力が枯渇して変身は解除されるだろうが、そうなれば横島君の命が危ない……あの戦いの中に飛び込むのは正直自殺行為だが覚悟を決めるしかない。

 

 

「ふふ、貴女達はお兄さんを助けようとしてくれるのね。でも思いだけじゃ、願いだけじゃ駄目なのよ」

 

無数の触手に上に腰掛けて狂気を宿した笑みを浮かべる金髪の少女の背後から着物を着崩した花魁のような格好をした少女が現れ、深い溜め息と共にその肩に手を置いた。

 

「おい、アビー。お前あの眼魂を渡したな?」

 

「ええ、そうよ、お兄さんが狂気に落ちてこっちに来てくれたら素敵じゃない」

 

「分からないでもないですけど、あんまり無茶はしないでね。壊れちゃったら困るわ」

 

「大丈夫よ、あの程度じゃお兄さんは壊れないわ」

 

「まぁ良いさ、最悪は乱入すれば良いだけだ」

 

「そうですねー今日は良い満月ですしね」

 

見た目は誰もが振り返るような美女、美少女達だが満月に照らされたその影は人の物とは程遠い異形の物ばかりだった。

 

「それどうするんだい?」

 

「これ?あの人達が頑張ってるようなら返してあげようかなって思ってるの」

 

アビーと呼ばれた少女は黒と紫の眼魂――酒呑童子眼魂を手の上でもてあそびながら楽しくてしょうがないと言う表情で美神達を見つめているのだった……。

 

 

リポート14 鬼神降臨 その2へ続く

 

 




今回は少し短めでしたが、横島が何故この場に現れたかの部分だったのでこのような形となりました。アビーちゃんはこんな性格じゃないと思う人もいるかもしれませんが、ちょっとダークに寄りすぎているという事でご理解していただけると嬉しいです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート14 鬼神降臨 その2

 

~琉璃視点~

 

常人ならば触れただけで発狂しかねない怨みが込められた斬撃と漆黒の雷を纏った斬撃が幾重も放たれる――それに加え炎や水の刃が海辺を破壊する。

 

【あははははははッ!!!ああ、良い気持ち……我が子の為に戦う事の何て心地よい事でしょうッ!!】

 

シェイドから発せられる声は横島君の物ではなく、いうなれば情念に狂った女の一方的な愛の叫びだ。

 

【取り憑いて殺すつもりか、見苦しいな】

 

【私が死んでいるのですから我が子も死んでないと駄目でしょう?じゃないと触れあえないですもの】

 

頼光の言葉に目の前が赤くなり、咄嗟に飛び出しかけるがそれをグッと堪えて頭を必死に回転させる。

 

(考えろ、考えるの、冷静になりなさい。神代琉璃ッ)

 

このまま怒りに任せて突っ込んだ所で無駄死するだけだ。小竜姫様達がシェイドの分身を食い止めてくれている間に打開策を見出さなければならない。

 

「なんとかして眼魂を取り出すのが一番確実なんだけど……」

 

完全に横島君に憑依しているわけではないので眼魂をゴーストドライバーから取り外す事が出来れば一番確実なんだけど……

 

「あの霊力の障壁が厄介ですわね……ぶち破るのは不可能ではないですが……」

 

「火力がありすぎると横島まで危険だわ」

 

景清の攻撃を殆ど無効化しているあの障壁が厄介だ。しかもそれが無意識に垂れ流されている霊力って言うだから性質が悪い。

 

「無理やり眼魂を引き抜いたことってありました?」

 

「ないわ、大ダメージで横島君を気絶させてばっかりね」

 

苦虫を噛み潰したような表情の美神さんの気持ちも分かる――確かに気絶させるのも確実な方法の1つではあるが今回はその手段は使えない。

 

【横島のやつ、こっちに来た段階で気絶してやがったぞッ!】

 

【誰かが変身させて連れて来たと思いますよッ!】

 

金時と牛若丸が攻撃の余波を弾きながら私達に向かって叫んだ。元から気絶している相手を更に気絶させる事なんて出来ないからノックアウトして変身を解除させるという手段が出来ないのだ。

 

「金時!なんとか正気に戻せない!?」

 

【やるだけやってみるが多分駄目だッ!ありゃ大将は大将でも牛頭天王も混じってるッ!】

 

牛頭天王の名前にこの場にいる全員が顔を歪めた。牛頭天王はスサノオと同一視されたり、セイオウボまで関わってくる――日本の道教によって様々な側面を持った鬼であり、神であり、雷神なのだ。

 

「あの桁違いの神通力はそれですかッ!」

 

「不味いわねぇ……突破口が見えないわよ」

 

眼魂を取り出せれば横島君を正気に戻せるが、近づく事も出来ないのでは眼魂を取り出すところの話ではない。

 

【がぁッ!?】

 

【はっはぁッ!!!】

 

景清が苦悶の声と共に吹っ飛び、狂気に満ちた笑い声を上げて頼光が追撃を加える。確かに景清も非常に強力な英霊だが、牛頭天王の力と頼光の両方の力を使えるシェイドを相手にするのは明らかに分が悪い。

 

「……霊力をギリギリまで使わせるか?」

 

「ソーマは持って来てますが……横島様が今それに耐えれるでしょうか?」

 

眼魂を取り出すために霊力を消費させるのは確かにシズクと清姫の言う通り一番確実な方法だが……。

 

「駄目だわ。それは本当に最終手段よ」

 

霊力枯渇程では無いが横島君はかなりの霊力を消費している。その状況で霊力を消費させるのは横島君の命に関わる……確実ではあるが、それで横島君が死んでしまえば何の意味もない――安全に無力化するなら三蔵法師様やマルタさんの結界に閉じ込めて霊力切れを待つのが一番確実だがそれに踏み切る勇気は私達に無かった。

 

【最悪命を拾えるだけも良いと思うべきだとワシは思うぞ、死ねばそこまでよ。生きていれば何とでもなる】

 

ノッブの言葉に誰もが言葉を失う……生きていれば、口で言うのは簡単だが四肢の欠損や、目を失っても生きていると言えば生きている。

それを良しと言えるはずが無い……。

 

「ねえ。文珠で一時的に霊格を上げるのは出来る?」

 

文珠で言葉を直接届ける事も考えたが、気絶している横島君に恐らく言葉を飛ばしても意味が無い。景清を押さえ込んで、頼光を押しとめる――それには一時的でも良いノッブ達の全盛期の力が必要だと思ったのだ。

 

【長くは持たんぞ?多分ワシの霊格の差もある】

 

【すぐに駄目になるかも知れねえぞ?】

 

文珠は万能の霊具だが限界はある――景清と頼光を何とかするのは恐らく文珠では無理だ。だが英霊であるノッブ達を強化するのはどうだろうかと提案する……だがノッブ達が渋い顔をする。

 

「無理なの?」

 

【出来なくはないと思うんじゃが……下手をしたらワシら座に帰る事になるぞ?】

 

英霊の座に戻る事になると聞いて駄目かと目を伏せた時、この場にいなかったもう1人の声が私達の頭上から響いて来た。

 

「あい分かった、僕が何とかしよう。霊基を少し調整してやればなんとかなる」

 

冥子さん達と海辺の封印を復活させに行っていた鬼一法眼さんが僕に任せてくれと言わんばかりの力強い笑みを浮かべて私達とノッブの間に着地し、手を差し伸べてくる。

 

「お願いしますッ!」

 

最後の切り札たる文珠を鬼一法眼さんへと託したのだった……。

 

 

 

~小竜姫視点~

 

分身――分け身であっても源頼光の力を持つシェイドに私は完全に足止めされていた。

 

(時間がないと言うのにッ!)

 

渡辺綱の刀――鬼切安綱とガンガンブレードを手にした紅いパーカーを見につけたシェイド頼光魂の斬撃は神魔である私でも直撃してはならない一撃だと一目で分かった。

 

「くうッ!」

 

【!!】

 

2本目の神刀を抜いて鬼切安綱の突きを弾いて反転して砂浜を抉りながら着地する。

 

「はぁ……はぁ……流石平安時代最強の怪異殺しと言われただけはありますね」

 

怪異殺しが狂神石の力で歪められて神殺しにまで昇華されている。下手に斬られたら神格を失うだけではなく、狂神石に汚染されかねない。しかもその上渡辺の綱の技量と頼光の技能が上乗せされたシェイドの分身は余りにも強い。

 

「ちいっ!!鬱陶しいたらないねッ!」

 

メドーサが舌打ちし私と同じ様に後退するのを見て私は声を上げた。

 

「メドーサッ!」

 

「あん!?」

 

指で合図を出すと私の意図を汲んだメドーサはにやりと笑い、ビックパイパーを召喚する。

 

【!!】

 

長巻が鎌へと変化しビッグパイパーを切り裂き、その後にいたメドーサを狙った青いパーカーを着たシェイド頼光魂の刃を私は神刀で受け止めていた。

 

「こっちの方が私にはやりやすいですね!」

 

「あたしもだよッ!!」

 

長巻と鎌へ変化する氷結丸は間合いを取って詰め将棋のような戦いを好むメドーサとは相性が悪い。そして私のように至近距離で戦う相手と鬼切安綱は相性が悪い――ならば相性の良い武器同士で戦えば良いだけの話だ。

 

「はッ!!」

 

【!?】

 

鎌を長巻に変形させようとするがそうはさせまいと地面を蹴って間合いを詰める。振り回す武器である氷結丸は懐に潜り込まれた時の対処が遅れる。

 

(固い……でもッ!!)

 

叩き付けた神刀が軋む音がする。余りの固さにうんざりするが……切れない硬さではないと全力で振り切ると×の字に深い切り傷が刻み付けた分身が胸を押さえて後退する。

 

「にがしゃしないよッ!!」

 

【!?】

 

鬼切安綱の間合いの外から閃光のような槍捌きで攻め立てるメドーサに紅いシェイドの分身が少し後退した時――この場に似つかわしくない激しい音楽が鳴り響いた同時に紅く燃える骨の拳が氷結丸を手にしているシェイドの分身に突き刺さった。

 

「なっ!?」

 

【第六天魔王波旬~夏盛~(ノブナガ・THE・ロックンロール)ッ!!!】

 

耳鳴りのするような激しい音楽が私の後ろから鳴り響き、燃える骨の拳が何度も何度もシェイドの分身を殴りつける。

 

「信長!?なんですかその格好はッ!?」

 

【別にどうでも良いじゃろ!それにイケてるしッ!!!】

 

水着姿の信長が異形の三味線を響かせるとその後ろのガシャドクロが激しく両腕を振るう――信長も間違いなく怪異殺しであり、神殺し、その格は決して頼光に劣るものではない。私とメドーサでは有効打を与えられなかったシェイドの分身にダメージを与えている姿に驚いていると更なる驚愕が私を襲った。

 

【必殺……ジェット三段突きぃッ!!!】

 

「は?」

 

メドーサの横を駆け抜けた沖田さんの突きが鬼切安綱を手にした分身を突き飛ばし、メドーサが信じられないと目を見開くが気持ちは私も同じだ。

 

【おっしゃあ、もういっぱーつ!!んで後は頼んだぞ!!ゴールデンッ!!!】

 

強烈なアッパーで氷結丸を手にした分身が宙へと飛ばされ、同じく突き飛ばされた鬼切安綱を手にした分身と縦に並んだ。

 

【おうさッ!!黄金……衝撃ッ!!!】

 

凄まじい咆哮と共に振るわれた黄金喰の雷を纏った一撃が纏めて分身体を両断し爆発させる。だが金時は砂浜に倒れこんだ。

 

【今ので俺はすっからかんだッ!!後は頼むぜッ!!】

 

「なにが……これはどういう作戦なんですか!?」

 

私とメドーサが足止めしている間に美神さん達が何か作戦を考えたのだと思い、どういう計画なのかと尋ねるが信長達の返答は作戦の説明ではなく焦りに満ちた叫びだった。

 

【説明してる暇はないッ!このまま一気に頼光まで肉薄するぞッ!】

 

【隙を見て眼魂を抜き取らないと本当に横島君が不味いですからねッ!】

 

聞きたい事はある、どういう計画でどう動けば良いのかそれを知りたいが、結局の所私達に求められるのは神魔の強靭な肉体と神通力と魔力だと当たりをつけ、鬼一法眼さん達と共に景清と頼光に駆けて行く美神さん達に続き走り出すのだった……。

 

【後お前ら盾じゃから】

 

「知ってましたよッ!!!」

 

「どうせそんな事だろうって思ってたよッ!!」

 

向かってる途中で信長に盾になれと言われて思わずメドーサと一緒に知ってたと叫んだのは正直あれでしたけどね……。

 

 

 

~美神視点~

 

鬼一法眼が文珠を加えて霊基を弄ったノッブ達はなぜか水着姿になってしまったが……霊力を格段に上昇させていた。金時は相性の問題で無理だというのでどうせ説得が無駄になるのならばと文珠で霊基が損傷しないギリギリの強化を施し1発に全てをつぎ込んだ一撃は鬼切安綱と氷結丸を手にしたシェイドの分身を作戦通りに撃破してくれた。

 

「景清が大分押されてますわよッ!」

 

くえすの言葉を聞いて顔を歪めながら全力で砂浜を駆け抜ける。大分距離を詰めたが、卜部と金時の宝具を装備したシェイドと頼光眼魂に攻撃されている景清の腕が吹き飛び霊力の放出が始まったのを見て作戦が総崩れするのを感じた。

 

「ブリュンヒルデッ!シズク、清姫もでかいのをお願いッ!!小竜姫様ッ!メドーサッ!頼光の足止めをッ!!」

 

景清を今倒される訳には行かない、頼光を倒すには景清の力が必要になる。源氏を倒す者と定義された景清の力が頼光を打倒……いやゴーストドライバーから頼光眼魂を取り出す唯一の方法だ。

 

【ワンワンワンッ!!!】

 

【シャアアアアアーッ!!】

 

「突っ込みますよッ!!」

 

「正気じゃないにも程があるよッ!!」

 

ショウトラ達と共に小竜姫様とメドーサが突撃する――ショウトラ達が奮起し卜部と金時の武器を持っている分身を一瞬食い止め、その間を小竜姫様とメドーサが突破し、景清にトドメを刺そうとしていた頼光に斬りかかる。

 

【あらあらあら、ふふ、可愛らしい児戯ですこと】

 

超加速による突撃にも関わらず頼光は2人を簡単に弾き飛ばした。だが小竜姫様とメドーサには悪いが2人は捨て駒だ、景清から頼光を少しでも引き離す為だけの攻撃だった。

 

「死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)ッ!!」

 

「行きますよ、全くどうしてこうなるんですかね」

 

「……それはこっちの台詞だッ」

 

【あら?】

 

仮面ライダーシェイド頼光魂に巨大化した槍と業火と水流が炸裂し、それによって発生した爆発に吹き飛ばされないように歯を食いしばって只管に前に出る。

 

「見えたッ!!でも消滅が始まってますよッ!美神さんッ!」

 

景清の消滅が始まっていると聞いて私はすぐ後の牛若丸に視線を向けた。

 

「本当に大丈夫?」

 

自分で考えておいてなんだが……これは下手をすれば全てが終わりに向かう博打に近い一手だ。全てを牛若丸に託すといえば聞こえは良いが……消滅寸前の景清を取り込んで義経になれと言うのは無謀の極みだと思うし、何よりも義経になったとしても景清の霊力で反転する可能性も捨て切れないのに私達は牛若丸に全てを託すしかなかったのだ。

 

【大丈夫ですとも、あれも問い詰めれば私なのですからッ!主は必ず助けますよ】

 

自信満々の様子の牛若丸の顔を見れば何も言えない、いや言ってはならない。それは牛若丸の決意も思いも全てを無碍にするからだ……。

 

「蛍ちゃん!くえすッ!作戦通り行くわよッ!!」

 

「はいッ!!」

 

「外したらぶち殺しますわよッ!!!」

 

くえすが展開した魔法陣の中心に立ち、アンちゃんが作ってきた霊波銃を構えると蛍ちゃんとくえすが私の肩に手を当てて霊力と魔力を放出する。

 

(ぐうう……ッ!!きっつうッ!?)

 

私の霊力と蛍ちゃんの霊力、そしてくえすの魔力が身体の中で渦巻いている。信じられない痛みに顔を歪めながら霊波銃に「増」の文字が刻まれた文珠を装填する。

 

「行くぞ、馬鹿弟子ッ!勝って来いッ」

 

【はいッ!!琉璃殿ッ!!】

 

「くううっ!こんなのこれで最初で最後にしてよッ!!本当にさあッ!!」

 

鬼一法眼の陰陽術と琉璃が神卸しで呼び出した義経の魂を牛若丸に叩きつけるように憑依させる――裏技も裏技だ。琉璃が出来る神卸しは神の力を一部借り受けるものであり、義経は神ではないので本来は不可能だが神社に祭られているのだから神と無理矢理認識する事でその力を借り受けれるのではないか?と提案したのだ。琉璃は無理だ、不可能だと叫んでいたが大事なのは出来ると思い込む事、そして自分なら出来るというある意味自己催眠だ。霊力は魂の力、イメージの力だ。義経の姿をしっかりと思い浮かべれば不可能ではない、そして私は2つ目の賭けに勝った。

 

「霊基を固定するッ!」

 

【長くは持ちませんッ!次をッ!!】

 

「いっけええッ!!!」

 

義経の霊基を鬼一法眼が固定し、牛若丸の意識が勝ってるのを確認し私は増の文珠を込めた霊波銃の引き金を牛若丸に向かって引いた。

 

【はあああああッ!!】

 

増幅の文珠によって高密度の霊気の塊となった牛若丸が景清へと体当たりし、2人の姿が閃光の中へ消える。

 

【主の身体は返してもらうッ!!】

 

【ふふふふ、あははははははははッ!!出来るものならやってみるが良いッ!!】

 

義経へと姿を変えた牛若丸が飛び出し頼光へと斬りかかる姿を見て、私は文珠と霊波銃に霊力を空っぽになるまで持って行かれた疲労でその場にへたり込んだ。

 

(お願い、牛若丸)

 

情けないことに私に出来る事はここまでだ、あとは牛若丸が横島君を取り返してくれることを祈るしかないと言う途方もない無力感に苛まれながら牛若丸の勝利を祈るのだった……。

 

 

 

リポート14 鬼神降臨 その3へ続く

 

 




牛若丸を義経に、そしてノッブ達を水着霊基に変えて突破しボス戦突入です。今回も美神達は出来る事が無いですが、まだ技術が完成していないという事でお許しください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート14 鬼神降臨 その3

 

~牛若丸視点~

 

点としか認識出来ない矢を刀を振るい弾き飛ばし、放電を繰り返す斧を後方へ飛んで避け、着地と同時に首を傾ける。

 

【良く反応出来ましたね?】

 

【そのおぞましい霊力が溢れている攻撃を避けれないと思っているのか?】

 

【ふふふ、減らず口を】

 

神速で振るわれる氷結丸による刺突はどれもが霊力の通り道を狙っての一撃必殺の攻撃の嵐だった。

 

【シッ!!】

 

刀を振るい氷結丸を弾き、受け流す。確かに頼光殿は強い……それは認めてしかるべき事実ではあるが……。

 

【くうっ!?】

 

動きが僅かに鈍った隙に刀を振るい頼光殿を弾き飛ばし、即座に反転する。

 

【はぁッ!!!】

 

【!?】

 

黄金喰いを持っていた分身を頭から両断するが、それでもまだ動いているので横薙ぎを続け様に放ち4分割になった事で分身はやっと消え去ったが、まだ卜部の分身体が残っている。

 

【まだ消えてくれるなよッ!!!】

 

消滅しかけている黄金喰いの柄をつかんで力任せに投げ付ける。

 

【!?】

 

予想外の攻撃に反応出来ず黄金喰いに両断され分身が消え去るのを確認し、地面を蹴って跳躍する。私の足元で紫電を纏った霊波刃が炸裂するのを見ながら空中で反転し頼光殿と正面から向き合う。

 

【ちっ、ちょろちょろと……鬱陶しい羽虫ですねッ!】

 

【主殿に憑依しているだけの亡霊に羽虫と言われる筋合いはないですね】

 

私の言葉に頼光殿は怒りを僅かに見せるがすぐに冷静さを取り戻さんとするので、そうはさせんと挑発を重ねる。

 

【それに私が羽虫ならば貴女は完全に現界も出来てない英霊もどきとお呼びしましょうか?】

 

【貴様ぁッ!!】

 

【振りは良いですよ、それに主殿の身体でそんな猿芝居は止めて欲しいですね】

 

怒りに満ちている、怨んでいる、狂っているように見えるが……頼光殿は正気だ、いや、牛頭天王なども混ざっているので完全に正気とはいえないが……彼女はまず間違い無い。

 

【狂神石克服しているのでしょう?】

 

私の言葉に美神殿達の驚いた声がするが、最初からそれは予想していた。1度は狂神石に呑まれた者だから分かるのだ……狂神石の力はあの程度ではない、頼光殿のような英霊が狂神石に呑まれればその被害はこの程度では収まる訳が無いのだ。

 

【ふ、ふふふふふふふ……この子が愛おしいのですよ、私はこの子を守る為に修羅にもなりましょう。ああ、愛おしい我が子】

 

自分の身体を自分で抱き締めるような動きをする主殿を見てまだ意識は戻っていないかと少しだけ落胆する。

 

(僅かに動きが鈍っているのは本能的なものか……)

 

主殿は自分の懐に入れた相手には限りなく甘い、義経の姿になっていても私だと認識し無意識に攻撃の手を緩めさせてくれているのだろう。完全に頼光殿が主殿の身体を支配しているのならば当の昔に決着はついている筈だ。

 

【狂神石に呑まれてはいないが狂ってはいるか……】

 

【愛は狂うもの、狂ってくるって溺れる物ですよ】

 

【生憎私にはそういう物は分かりませんねッ!!】

 

主殿がいつまでも頼光殿の霊力に耐えれるとは思えない。僅かでも抗ってくれているうちに、そして私が正気で居られるうちに突破口を見出さなければならない。

 

(まだだ、まだ暴れださないでくれ)

 

私の中にも源氏への恨みはある――今は私の存在が増幅されているから良いが、文珠の効果が切れれば再び景清が顔を見せる。義経と牛若丸、そして景清では義経の肉体は余りにも景清と相性が良すぎる。

 

【九郎判官義経……いや……牛若丸……推して参るッ!!!】

 

【あはははははッ!! 我が子と私を引き裂く者は何者であっても許しはしませんッ!】

 

私と頼光殿の刃が交される度に海が割れ、砂浜が抉られていく……この戦いに割って入れる者は誰一人として存在していないのだった……。

 

 

 

 

~頼光視点~

 

狂っている者は狂わない……当然の話だ。狂っている者が更に狂う訳が無い、ただし狂気の度合いの変化はあるかもしれないですが……狂っている者にとって狂神石は只の自己強化に過ぎない。

 

【はぁッ!!】

 

【ふふふ、無駄ですよ】

 

義経の身体を得た牛若丸の一撃を素手で掴んで引き寄せて頭突きを叩き込む。

 

【うあっ!?】

 

仰け反った頭を鷲づかみにして砂浜に叩きつけると同時に足を振り上げて踏みつける。

 

【くっ!?】

 

【あらあら、虫の癖に……いえ。虫だからでしょうか?】

 

踏みつける前に転がって私の足を避けた牛若丸に視線も向けず足元に落ちている刀を拾い上げる。

 

【只の刀ですね、ふふ、貴方の刀ならば私に、いえ、この身体に傷をつけれたでしょうがこんな神秘も何も無い刀では……】

 

指先に力を込めて刀を中ほどから圧し折って背後へ投げ捨てる。

 

【掠り傷をつけるのがやっとでしょうね】

 

【く……ッ】

 

もう1振りの刀を抜き放とうする姿を見て、私は地面を蹴って一瞬で間合いを詰めて腕を押さえて抜刀させない。

 

【言ったでしょう?こんなガラクタ……何の意味もないって】

 

裏拳で殴り飛ばしながら刀を奪い取り、これもさっきの刀と同様に圧し折って投げ捨てる。

 

【まだッ!】

 

【徒手空拳で挑んでくる勇気は買いますが……それは無謀と言うんですよ】

 

連続で振るわれた拳を全て掌で受け止め、反撃の横殴りのフックが牛若丸を捉え、牛若丸の身体は鞠のように跳ねて海面へと沈みこんだ。

 

【次はワシ……ッ】

 

【あっぐう……】

 

他の英霊が私の前に立とうとしましたが呻き声と共に膝を着いて砂浜に転がった。

 

【恥じる事はありませんよ、私の分身を倒した……それは賞賛に値しますが……そこまでです】

 

英霊は召喚される際にいくらか弱体化するが狂神石を使っている私は全盛期と同等の力がある。弱体化している英霊では勝ち目など……。

 

【あるわけもない】

 

振り返る事無く海から飛び出してきた牛若丸の蹴り足を掴んでそのまま頭上で振り回して投げ飛ばす。

 

(……可哀想に、可哀想に……)

 

私は知っている。我が子がこれからどれだけ傷ついて、傷ついて苦しんで悲しんでいくのかを知っている。もう思い出せないどこかで私は我が子に会っている。苦しんで悲しんでそして悪と定義された我が子を知っている……。

 

(どうしてそれを見過ごせましょうか)

 

ちらりと顔を上げるとそこには2人の少女と1人の美女の姿がある。狂気を感じさせるその瞳を見ればその目的が私と同じであると言う事は明白だ。只1人いなければ滅んでしまうような世界ならば滅んでしまえばいいのだ。

 

(世界意志もそれを認めた)

 

只1人の人間が居なければ滅ぶ世界ならば滅ぶのも仕方ないと認めたからこそ、世界の支援を受けて反英霊である景清が召喚されたのだ。滅びることも1つの救いであるからだ……。

 

(憎い、憎い憎くてどうにかなってしまいそうです……)

 

我が子を悪へと落すのはあの女達だ。何も出来ていない、なにも為す事が出来ない、見ているだけの傍観者……身体を返すにしてもあの女達だけは殺すかと視線を向け私は僅かに評価を覆す事になった。

 

【……ッ!ふふ、うふふふふ……ッ!そうですか、そうですか……それが貴女達の答えですか】

 

【主殿は返してもらうぞ……頼光殿】

 

ふらつきながら立ち上がった牛若丸の手には龍神が持っていた神刀が握られている。だがそれはただの神刀ではない、我が子を見捨て、あるいは生贄にし、あるいは忘れた女達の血と霊力が宿っている。

 

【取り返せるものならば奪い返すが良いッ!私だけではない、世界からも奪え返せッ!それが出来ないのならばお前達はここで死ねッ!!】

 

このままでは私は我が子を憑き殺すだろう……だがそれは慈悲であるのだ。辛い現実を、悪と定義され世界に刻まれる前に死ぬのは救いであり救済の形なのだ……・

 

 

 

~アビー視点~

 

吼える英霊を見て私は驚き、そして笑った。封印されていた眼魂を解き放ってお兄さんに押し付けたが……その英霊の叫びは私達が抱いている者と同じだった。

 

「ああ、そっか、そうなんだ」

 

「こいつはあ、驚きだ」

 

「確かに驚きました」

 

どこの時代のどの結末を見たのかは分からない、だけどあの英霊もお兄さんが辿り着いてしまう1つの可能性を知っているのだろう。

 

「死はある意味救いですからね。その後魂は持って行きますが」

 

「ま、そのつもりで見てるわけだしな」

 

お兄さんが進む道に光は僅かしかない、お兄さんは他の人の為に死ねる人、悪名を背負う事が出来る人……そして。

 

「自分が居なくても大切な人が笑ってるならそれで良いって笑えてしまう人……そんなの悲しいわ」

 

救世主と呼ばれることもあるだろう――だが救う者になったあの人を救う人はいない。

 

「復讐者なんて似合わないものになっちまう結末もある」

 

誰よりも優しくて誰よりも人の痛みを理解してしまう、そしてその結末が復讐者なんて私達は認めない。

 

「ならそうなる前に止めてあげないと駄目ですよねぇ~」

 

私達はそれぞれ別々の結末を見ている、見た上でそんな結末を認められるかとお兄さんが英霊になる前の世界を探して、世界を放浪して来た。大体はもう手遅れになっている事が多いけど……今回は珍しい事に手遅れになる一歩手前の世界だなあと思いながら指を鳴らす。

 

「これはこれは、おてんばなお嬢様だ」

 

「こんばんわ、良い夜ね。レクス・ロー」

 

私の触手で縛られても飄々とした態度を崩さない怪人――レクス・ローが手にした本を開くと私の触手は何処かへと消え去った。

 

「相変わらず分けのわからねぇ事すんな」

 

「そうですね、この人……人?良く分からないですよ」

 

「あっはははは、まぁまぁ私の素性などどうでも良いでしょう?」

 

殺す事も傷つける事も出来ない相手に労力を向けるのは愚か以外の何者でもないので、何をしに来たのかと視線で問いかける。

 

「見届けに着ただけですよ。ここも1つの結末ですからね」

 

「悪趣味ね」

 

「悪趣味だな」

 

「最低の趣味ですね」

 

私達は色んなお兄さんの末路を見てきたが、その場所に必ずこの男がいる。何度も顔を見合わせているが趣味が悪いとしか言い様が無い。だってもう取り返しのつかない破滅・終焉の時にしか私達はこの男に出会うことが無いからだ。

 

「……そう、貴女は行きたいのね、じゃあしょうがないわ」

 

お兄さんが持っていた眼魂が熱を帯びているのに気付き、私は眼魂を手から落とした。霊力を放ちながら光を強めていく眼魂を見つめながらふと思う。

 

(どうすれば良いのかしら)

 

色々と頑張って来た、助けようと努力もした……だけど上手く行った事は只の1回も無い。お兄さんは死ぬか、反英霊か……何をしても救われない存在にしかならない……どうすれば、どうすればお兄さんを苦しめる運命の鎖からお兄さんを助ける事が出来るのだろうかと私は頭を悩ませるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

宝具は英霊の象徴だ。得に牛若丸や義経と言った武勲を持つ武将にとって様々な逸話に関係する武器と言うのは極めて重要なファクターを占めている。義経の身体を技量を牛若丸に与える事だけを考えていた私達は大前提を失敗していたと言うのを頼光の言葉で気付かされた。

 

「ノッブの刀は!?」

 

【今ギターになってるから無理ッ!!】

 

「なんでギターになってるのよッ!?」

 

【知らんッ!!】

 

「清姫の薙刀は!?」

 

「渡せなくはないですが、これずっと燃えてますけど……大丈夫ですかね?」

 

「駄目っぽいッ!!」

 

「小竜姫様の神刀はどうですか!?」

 

「それでも力が足りませんよッ!これは竜気で強化することが前提なんですからッ!」

 

武器を渡さないといけないのに渡せる武器が無いとみんながパニックになっている中、くえすが真っ先に行動に出た。

 

「別の神刀を用意することですわ」

 

「は?はぁッ!?ちょっ!?」

 

くえすが自分の手首を切って神刀に血を吸わせ、刀身に自分の血で魔法陣を描いた。

 

「足りないなら血ですわよ、神刀を妖刀に変えてやれば良いんですわ」

 

止めてくれませんか!?って叫んでいる小竜姫様をガン無視して私達も手首を切る。

 

「ちょっとおお!?」

 

「我慢しろ」

 

「嫌ですよ!!」

 

「はいはい、我慢しろ」

 

「だからいーやーでーすーッ!!」

 

妖刀にしないでくれと叫んでいる小竜姫様を無視し、神刀に血を塗りたくり、その属性を反転させる。元が神刀なので妖刀に反転させた事で霊力を容赦なく吸い取られる。

 

「やっば……」

 

「ひゅーひゅー……」

 

「くう……」

 

「今手当てをする!動くなよッ!」

 

「ショウトラちゃーんッ!!」

 

【ワンワンッ!!】

 

霊力だけではなく生命力も座れているのか立ち上がる気力もなく、当然止血も出来ずぐったりとしている私達を鬼一法眼と冥子さんが慌てて手当てをしてくれる中、薄れ行く視界を頼光と牛若丸の戦いへと向ける。

 

【はぁッ!!】

 

【くっ!流石にそれは厳しいですねッ!!】

 

神刀を妖刀に変えるというとんでもない暴挙に出ただけの価値はあった……そう思った瞬間、満月の中眩い光の中で私達の前に影が落ちた

 

【よう頑張ったほうやなあ……ほな、うちも助けたろうかなあ】

 

ねっとりとした色気を帯びた声と小柄な人影は紫の着崩した着物を羽織っていた。

 

「……酒呑童子ッ!」

 

【お久しぶりやねぇ~お姉はん、んふふふ、頑張ったみたいやし……助けてやろう思うてなあ】

 

にこにこと笑っているが邪気に満ちたその気配に嫌でも警戒心を抱いてしまう。

 

「鬼、何が目的だ?」

 

【助けに来ただけやって、天狗。これでも律儀な女なんやで?あ、助けたら棲家よろしゅう】

 

とんっと軽い音を立てて酒呑童子の姿が宙を舞った。

 

【蟲ッ!なんでお前がッ!!】

 

【はいはい、よそ見したらあかんええ?】

 

頼光と酒呑童子には強い因縁がある。そんな相手が突如現れた事で頼光は牛若丸から視線を逸らし、明確な隙を露にした。

 

【不意打ちごめんッ!!】

 

正々堂々とはほど遠い一撃が頼光が憑依しているシェイドの背中を切り裂いた。

 

【ばぁーかッ!!】

 

【む、蟲いいイイイイイイッ!!】

 

酒呑童子がベルトに手を伸ばし、紫電を撒き散らしながらベルトから強引に頼光眼魂を引き抜いて変身を解除させると横島の首に腕に手を回して、自分の元に引き寄せると共に鋭く伸びた爪を横島の喉元に突きつけた。

 

【はい、助けてやったで?後はゆっくり座って話でもしよか?あんたも助けてやったのにそれはあかんやろ?】

 

「……うっ」

 

【卑劣な……やはり化生か】

 

【失礼やなぁ、ちゃぁんと助けてやったやろ?でもその後殺されたり封印されたら叶わんからなあ……この坊が無事かどうかはあんたらしだいやで?】

 

横島を人質にし、話をしようと言う酒呑童子を牛若丸がとめようとするが、爪先で抉られて呻く横島に動きを止められる。

 

「分かったわよ、だから横島君を放しなさい」

 

【駄目や、口約束ほど信用できんもんはないやろ?ちゃんと魔法陣を使った契約をするまではこいつは帰えさんで?】

 

頼光と景清を退けることは出来たが、新しい脅威になり兼ねない酒呑童子の言葉に私達は顔を歪めながら、分かったと返事を返すのだった……。

 

 

 

リポート14 鬼神降臨 その4へ続く

 

 

 




酒呑童子の奇襲から横島が人質で今回は終わりとなります。ヒーローの役割ですが、ヒロインしてる横島です。後眼魂を抉り出すところはハートキャッチしてる臓器をぐりぐりしてきたやばいときの酒呑童子になるのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート14 鬼神降臨 その4

 

~琉璃視点~

 

流石に酒呑童子を連れてホテルに戻る気力は私達には無かった。ただでさえ小竜姫様の神刀を妖刀に変えるのに生命力と血を消耗しているのだ。ホテルに連れて行って酒呑童子が人食いを始めたら止めるのは不可能――最悪この場でもう一戦事を構える覚悟をしなければならなかった。

 

「……横島を傷つけたら殺すぞ」

 

【怖い怖い、姉さん。妹には優しくしたってや?やないと……手先が狂ってまうかもしれへんわぁ】

 

酒呑童子が業とらしく怖がる素振りをし、爪先が横島君の皮膚に触れかけるのを見て、思わずこの場の全員が殺気を飛ばすが酒呑童子は飄々とした態度を崩す事は無く、それ所か私達の殺気を軽く受け流して顔を上げた。

 

【ほら見てみい、あの平家武者に囚われとった魂が解放されてるえ】

 

海から生首が飛び出し凄まじい勢いでホテルへと飛んで行く、だがその生首に悪意や邪気は無く、生きている身体に戻っていくのだろう。

 

【美味そうやねえ……ちょっとつまみ食いしてもええか?生きた魂の酒なんて乙なもんやろ?】

 

瓢箪を酒呑童子が掲げると魂が吸い寄せられ瓢箪の口の中へ吸い込まれる。

 

「止めろ鬼。やりすぎだ」

 

【おやまあ、鞍馬天狗はんですかあ。元気そやねぇ】

 

鞍馬天狗――鬼一法眼の本当の名前を口にし、ころころと笑う酒呑童子を見て確信した。

 

(こいつ、この状況を楽しんでいる……ッ)

 

自分が殺されても封印されてもどっちでも良いのだろう、今を楽しめればそれで良いと言うのがひしひしと伝わってくる。日本三大妖怪と言われるだけあって胆力が半端ではない。

 

「横島君は消耗しているわ。早く休ませてあげたいのよ」

 

【そやねえ、大分呪われてるみたいやし?分かった、はよ取引と契約しよか】

 

にこにこと笑い犬歯を剥き出しにする酒呑童子は指を4本上げた。

 

(4つ条件を飲めって事ですか)

 

(飲める条件なら良いんだけどね……)

 

横島君の命が人質にされているのでどんな無理な条件でも飲まなければならない……酒呑童子がほんの少し指を動かすだけで横島君は首を掻っ切られるだろう。たとえ小竜姫様とメドーサさんが超加速をしても、酒呑童子は自分の命が潰える前に横島君を殺すだろう。

 

【まずは1つ目やけど、うちの自由の保障やね。天界も魔界も妖界も天狗界もうちに関与しないことを約束して欲しいなあ】

 

いきなりのとんでもない条件に顔を歪める。それは私だけではなく小竜姫様や鬼一法眼さん達も同様だ。

 

「その範囲によります、貴女が平安時代のように暴れるとなればそれを認めることは出来ません」

 

【うんうん、そうやろねえ。でもなぁ、うちも姉さんは怖いんやなあ……】

 

その言葉で何を求めているのか理解した、理解してしまった。小竜姫様が視線で問いかけてくるのをみて私達は頷いた。

 

「横島さんの所に滞在したいと?」

 

【茨木もおるし、姉さんもおるし、それに眼魂の中で見取ったけど、妖怪や化物があんだけ暮らしてるんや、うちが居っても良いやろ?】

 

本当は駄目と言いたいがいざとなった時に酒呑童子を抑えれる戦力が集まっている横島君の家に滞在して貰うしかない。

 

「分かった。その条件を飲むわ」

 

【ん、良かったわぁ、んじゃ2つ目……この時代の美味い酒を沢山用意して欲しいなあ】

 

1つ目の条件と2つ目の条件に余りにも落差があり、思わず脱力仕掛けたが次の言葉に顔が凍りついた。

 

【なんかあれなんやろ?ん百年って言うわいんやっけ?あれ美味しいらしいやないの、他にういすきーとか、そういう美味い酒が欲しいなあ】

 

……これとんでもない額が吹っ飛ぶわね。少なくとも普通の人間が飲む量で満足する訳が無いし、連日求めてくる可能性もある。

 

「しょうがないですわね、天界の酒も付けて上げますわよ。そのかわり横島様に危害を加えないと約束しなさい」

 

【太っ腹やねぇ、流石竜族って所やね。んじゃこれも決まりって事で、ついでにこの坊の周りの人間にも危害を加えないって事で】

 

清姫が勝手に話を纏めてしまったが、良く考えれば竜族は酒にはかなり拘っているので人間界の酒よりも満足してくれる可能性はある。それに天界の酒と引き換えに私達の身の安全も約束させる事が出来たのは幸いだった。

 

【次は鞍馬天狗はん、うちの霊基弱らせて】

 

「それは構わんが……何故だ」

 

【いやあ、人間界で暮らす事を考えての事やで?あんまり迷惑かけたらかわいそうやし?】

 

もう十分迷惑は掛けられているが……今の全盛期よりも幾らか進んで弱体化してくれるのならば反対する理由はない。これも2つ返事で決まった。

 

「言っておきますが、この契約は反故出来ませんわよ」

 

【かまわへんよお、この坊の側が面白そうやしなぁ、とんだ色男……いや人たらしやねえ】

 

にまにまと楽しそうに笑う酒呑童子の目は私達の横島君への想いすら見透かしているようで凄く嫌な視線だった。

 

【最後はなぁ、あの娘達の正体を暴いてみいって事やねえッ!!】

 

酒呑童子が突如虚空に向かって霊波砲を放った。突然の凶行に私達は反応出来なかった。本当に何の前ぶりも無い動きだったからだ。

 

「困った人ね、折角封印を解いてあげたのに」

 

「鬼だからこういうものですよ」

 

「げえ……折角の絵が燃えちまったぁ」

 

三者三様の少女の声が響き、何時の間にか満月が雲が覆い隠した闇の中で浮かび出るように人影が現れた。神通力とも魔力とも違う未知の力を纏う3人に私達が硬直しているとそこに更に第3者の声が加わった。

 

「やれやれ、私はまだ表舞台に立つつもりは無かったと言うのに……」

 

「あらいつまでも隠れていては駄目よ?だって貴方……散々引っ掻き回して来たでしょう?あの隕石が落ちて来た時も、古い神様が動いた時もね」

 

ころころと楽しそうに笑う少女の言葉にフード姿の怪人が私達が経験してきた様々な事件の裏で暗躍していたと知り、思わず身構えた。ローブの怪人だけではない、あの3人の少女ですら片手間で私達を殺せるような規格外の存在だ。そんな存在を戯れと言わんばかりに引きずり出した酒呑童子を怨みながら私は4人の謎の人物へと視線を向けるとローブの男はやれやれと肩を竦め私達に視線を向けた。

 

「お転婆なお嬢様によってとは言え舞台に上がったのならば挨拶をしないのは我が道理に反するのでこの場は挨拶のみさせていただくとしましょうか」

 

そう言うと男はまるで舞台役者、いやピエロや道化のように大袈裟な素振りで一礼した。

 

「数多の世界を巡り、過去と未来を記録する。我は遠い過去と遠い未来より来たりてし者にして、未来から過去へと到りし存在、そして真なる歴史の簒奪者なり、我が名はレクス、レクス・ロー。何れまた世界の命運を分ける戦いの場にてお会いしましょう」

 

芝居のような口調と素振りを見せた怪人は闇の中に溶けるように消え去った。神通力も魔力も、もっと言えば霊力も感じさせなかった男の理解出来ない行動に私達は驚いたが、それにばかりに気を取られてはいられない。確かに謎の人物の1人は消えた……だが3人の少女は何のぬくもりも感じさせない絶対零度の瞳で私達を今も見下ろし続けているのだから……。

 

 

 

~小竜姫視点~

 

私達を見下ろしている3人組に私は背筋が凍るのを感じた。神魔であるから分かるのだ……あの少女達の異質さが……。

 

「生きているのに英霊……貴女達は何者ですか」

 

間違いなく生きている。だがあの3人は間違いなく英霊だ、生きて生身の肉体を持つ英霊だ。マルタさんのように受肉した英霊ではない……どういうカラクリなのかまるで理解出来ないがあの3人は生きている英霊だ。しかも並大抵の歴史の積み重ねではない、それこそ最上級の英霊に匹敵するだけの力を秘めている。

 

「まぁ神族だからそのくらいは分かるでしょうね」

 

「むしろ分からなかったら駄目駄目よ、そんなの生かしておく価値も無いから……殺さないと」

 

さらりと告げられた殺すと言う言葉には本気の殺意が込められてるのと同時に、私やメドーサ、ブリュンヒルデさんや、ホテルに居るルキフグス様まで殺せると確信した。

 

「とりあえず名乗るだけは名乗っておきましょうか。私はそうね……Sとでも呼んでもらおうかしら」

 

「あ、じゃあ私はユンユンで♪」

 

「あーんじゃ、あたしは北斎だ。北斎とでも呼んでくれや」

 

偽名……あるいは英霊としての何かを意味する隠語なのかもしれない……とにかく今は連絡をッ!?

 

「あっぐうッ!?」

 

「う、ううううっ!?」

 

影から伸びて来た無数の触手に縛り上げられ私達は宙に吊り上げられた。

 

「ふふ、おいたは駄目よ。今日のね、私は悪い子なの……悪い子だから……何も出来なかった役立たずの神様を殺したいの」

 

その言葉と同時に両手足の骨が全て同時に砕かれ、海辺に私の口から絶叫が迸った。信じられない痛みと苦痛に気が遠くなりそうになるが、気を失いかけると触手が絞まりその痛みで意識を失う事すら出来ない。美神さん達が何とかしてくれようとしているが、全く効果が見えないのを見る限りではこれは通常の霊的の法則から著しく外れているのが分かる。それに骨を砕かれているが、痛みはもっと奥――霊核に与えられている物で肉体ではなく魂を主とする神魔の倒し方だった。

 

「あはッ!!あはははははははははッ!!神様でも痛がるのねッ!!ならもっと苦しめてあげようかしらッ!!」

 

狂ったように笑い出すSにユンユンと北斎は額に手を当ててやれやれという素振りを見せた。

 

「止めとけよ、S。あんまりやりすぎるとあいつに叱られるぜ?」

 

「そうですよー?私も北斎もいっちゃいますよー?Sがまた悪い子してたって」

 

「ひ、卑怯だわッ!2人も私と同じ気持ちなのに、ここに居る全員を殺したいって思ってるはずだわッ!」

 

「まぁ否定はしませんけど……ここで殺すには早いでしょう?」

 

「そういうこった」

 

「うー……分かったわ。分かったわよ」

 

渋々と言う感じでユンユンと北斎の警告にSは私達を締め上げていた触手を緩めた。

 

「げほっ!ごほッ!!」

 

「うえ……ごほッ!!」

 

砂浜に4つ這いになって激しく咳き込む。身体と霊核への痛みで視界が歪む、呼吸を整えようとしてもまるで整える事が出来ない。

 

「まぁSに関しては悪いな、こいつは1番ガキで1番お前達に怒ってるんだよ、おっと謂れのない怒りなんて言うなよ?お前達は知らなくてもあたし達は知ってるんだよ。お前らがこれから横島に何をするかってな、正直に言えばあたしもお前らを殺したいけど、まだどうなるかも決まってない相手を殺すのはちょっとなあって思うわけだ」

 

「私も同じですね、例え貴女達が別の男に精神をグチャグチャにされて横島を裏切って、手足を切り落として達磨にして機械に組み込んだり、横島の使い魔や横島の周りの女の子を皆殺しにして高笑いしてる未来を知ってても……あ、駄目だわ。私も殺したくなった」

 

ユンユンが指折り口にする事実に私は目の前が暗くなるのを感じると共に目の前の3人組が何者なのかを悟った。

 

(駄目、聞いてはいけない……)

 

美神さん達に駄目だと言おうとしても私の口から零れたのは乾いた呼吸の音だった。

 

「何を言って……るの……?そんな事を私達が」

 

「するのよ、ああ、可哀想、可哀想なお兄さん。お兄さんは何時も頑張ったのに、誰も救ってくれないの、誰もお兄さんを助けないの、一人で堕ちて堕ちてどこまでも堕ちて壊れてしまうの……貴女達のせいで」

 

闇の中でも3人の目は黒く濁って澱んでいた。その瞳に込められている尋常じゃない殺意と怒りに誰も動く事が出来なかった。

 

「この場で味方だったのはくえすだけ、後はみーんな裏切った。今はちがくても、他の道があっても……世界意志はそれを認めないんだよ、救世主か人類悪、世界はそれを望んでいる。人身御供か、世界を滅ぼす悪鬼か……どっちでも良いけど、横島は救われない苦しみ続けるだけ。それを与える貴女達を私達は許さない、何度殺しても飽き足らないけど……今はまだ我慢してあげる。だけど……」

 

その先の言葉は発せられる事は無かった……だがその底なしの殺意と憎悪が物語っていた。「現在」の私達ではなく、「未来」の私達が行なうであろう裏切りと悪行を物語る瞳が全て真実だと理解してしまった。

 

「今日は帰るわ。でも私達は何時も見てるから」

 

「警告ですからね、闇は多い。そして生贄にしようとする悪意もある……憎くはあるけど、貴女達が鍵ということお忘れなき用に……」

 

「忘れた時はそうだな、横島攫っちまうか、人として死んだほうが……あいつの為になる、ま、この世界は滅ぶけどな」

 

三者三様の言葉を残し消えていく3人に誰も声を掛ける事は出来なかった。それほど深い怒りと絶望、そして失望の感情――知らないと、今の私達には関係ないということも出来た。だけどそれを思うことさえ許されない深い慟哭を感じ私達はこれから歩むであろう道の闇の深さに言葉を失うのだった……。

 

 

リポート14 鬼神降臨 その5へ続く

 

 




フォーリナー3人娘と酒呑童子で今回は終わりです。もう少し話を続ける事も出来ましたが、今回はこれで終わるのがベストだと思ったのでこれで終わりとします。次回はこの出来事を知らない横島をメインにした話を書いて見ようと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート14 鬼神降臨 その5

 

 

~横島視点~

 

昨日の事は俺の頭の中からすっぽりを抜け落ちていた。何かあったような気がするのだが……どうしても思い出せない。

 

「心眼、昨日の事覚えてないのか?」

 

【私も覚えていない。何故頼光眼魂があって、酒呑童子が具現化しているのか皆目見当もつかない】

 

俺が覚えていなくとも心眼ならと思ったのだが、心眼も覚えておらず本当に昨日何があったのかが気になってしょうがない。

 

(美神さん達も教えてくれないしなぁ)

 

事情を知っているであろう美神さん達は朝から会議室にこもりっぱなしだし、本当に何があったのだろうかと考えていると腕をてしてしと叩かれた。

 

「フカア!」

 

「きばッ!」

 

「ああ、ごめんごめん。はい、あーん」

 

ご飯ご飯と尻尾を振り口を開ける2匹の口にそれぞれソーセージとりんごを入れてやると小さい手で口を押さえて嬉しそうに笑っている。その愛らしい姿を見ていると自然に笑みが浮かんでくる。

 

【なあーお兄はん、お酒~】

 

「駄目です」

 

【けちんぼー】

 

「駄目な物は駄目です。朝からお酒なんて駄目、そもそも酒呑ちゃんは子供じゃないか」

 

うち鬼なんやけどなあ~とぶつぶつ言いながら酒を諦めてくれた酒呑ちゃんにふうっと溜め息を吐いた。

 

【横島、あいつは鬼だぜ?子供扱いすると後が怖いぞ?】

 

「んーでも俺から見れば子供だからさ、他の子がいないときなら良いけど今は駄目だって」

 

【……あいつにあんだけ強く出れるのお前くらいなもんだな】

 

別にそこまで強く言っているつもりはないんだが、アリスちゃん達が真似をしてお酒を飲んだら困るのでお酒を駄目と言っているだけのつもりなんだけどなあと首を傾げているとピー助達が机の上に飛び乗ってきた。

 

「ぴーぴー」

 

「くあー」

 

口を開けてご飯をくれと甘えてくる2匹に俺は魚の解し身の準備を始めるのだった。

 

「みむ、みみーむ」

 

「うきゅ!」

 

「みみむ」

 

なお普段ピー助達がこれほど甘える事はないのだが、美神達から横島が余計な事を考えないように甘えるようにと話を聞かされていたチビは横島の思考が切り替わる寸前で甘えに行くように指示を出していたりする……。

 

 

「横島、はい。くじ引いて」

 

「なにするの?」

 

朝食を終えて浜辺に出るとチルノちゃんがくじが入った箱を持って来て俺に引くように声を掛けてくる。

 

「水鉄砲で遊ぶの!チームわけ」

 

「あーはいはい」

 

そう言われてくじを引くと赤色のくじが出てきた。

 

「やったー♪アリスお兄ちゃんと一緒ー♪」

 

「私も頑張ります」

 

どうもアリスちゃんと天竜姫ちゃんと一緒のチームになったようだ。浜辺に準備されている水鉄砲とシールドを見ながらふと思った。

 

「これどうやって勝敗を分けるんだ?」

 

【これですよー】

 

俺の呟きに答えてくれたのはリリィちゃんだった。水着の上に白の無地のTシャツを着てVサインをしているのを見て、俺はああっと言って手を叩いた。

 

「水に色がついてるのか」

 

白のTシャツに色水が当れば誰が負けかすぐに分かる。単純で実に分かりやすいと納得する。

 

「その通りです。横島さん」

 

「シールドは1チームに1つまでな。皆持ってると勝負がつかないから」

 

私服姿のマリアとテレサがぱんぱんと手を叩きながらルールを説明してくれるから審判と言う事なのだろう。

 

「頑張る」

 

「あたいがサイキョーだって教えてやるぞー!」

 

皆気合満点で楽しそうだ。ご飯を食べたばかりだし、こういう遊びなら海に入らないから安全かなと思ったところでふと気付いた。

 

「なあ心眼、能力の事言ってた?」

 

【……言って無かったな】

 

……あれもしかしてこれ不味くない?と思ったときには既に遅かった。

 

「行けーッ!!」

 

「一斉射撃ですわ!!」

 

天魔ちゃんが烏を呼び出して水風船の爆撃を繰り出し、紫ちゃんは自分の後に沢山の障子を出して水鉄砲をマシンガンのように乱射してくる。

 

「なんのお!!!」

 

「水のあるところだとあたいはサイキョーだッ!!」

 

【えーいッ!!】

 

茨木ちゃんが燃える手で水を蒸発させ、チルノちゃんは海の水で盾を作り、リリィちゃんは水鉄砲を砂浜に突き立ててバリアを作っている。

 

「地獄かな?」

 

霊能者だけどこれだけの地獄には多分俺は対応できないと思う。見た目は可愛い幼女が戯れているだけだが、下手な戦争映画よりもよっぽど迫力がある。

 

「……さあ行くんですの」

 

【【【……】】】

 

「ならアリスもゾンビを出すもん!!」

 

……ミイちゃんの召喚した奇妙な生物の群れとアリスちゃんの召喚した子犬と子猫のゾンビがぶつかり合う。とても水鉄砲を使ったサバイバルゲームという状況ではなくなり、俺は生き残ることを最優先にする事に考えを切り替えた。

 

「天竜姫ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「チビ達ってありかな?」

 

うりぼーに乗れば機動力は大丈夫だし、モグラちゃんとかチビがいれば囲まれても大丈夫だと思うが、ルール的にどうなのだろうかと思って天竜姫ちゃんに尋ねる。

 

「多分大丈夫では?」

 

「チビ来てくれ!」

 

天竜姫ちゃんの大丈夫と言う声を聞いて、俺は砂浜で山を作って遊んでいたチビ達の名前を呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

~タマモ視点~

 

浜辺のサマーベッドの上に寝転がりながら私はうーんっと呻いていた。別にお腹が痛いとか、陽射しが眩しいとかではなく何かが引っかかっている感じがあるのにそれを思い出せない不快感がどうしても拭えないのだ。

 

(全然思い出せない、絶対昨日何かあったのに……それが思い出せない)

 

何かあったのは覚えている。シロも霊波刀を抜いて、私も狐火を出したし、チビ達も臨戦状態になっていたが……何が私達の前に現れたのかが思い出せないのだ。

 

「てやあッ!!」

 

「ふっふっふ!そう簡単には撃たれてあげんぞ!!」

 

【一斉攻撃ですよ!】

 

「当れーッ!!」

 

「やああああッ!!」

 

水鉄砲と盾を持って砂浜を走り回り遊んでいるアリス達と横島を見ながらうーんと唸る。思い出さないといけないことだと分かっている……だがそれと同時に思い出してはいけないことだとも分かっている。

 

【どしたん?狐はん】

 

「酒呑童子。悪いけど私あんたと馴れ合うつもりないのよ」

 

シッシと手を振るが酒呑童子はそんな私を見てにちゃあっと楽しそうに嗤った。

 

【そうやって邪険にされると余計に気になるなあ】

 

(本当こいつ性格悪いわね……)

 

茨木が持っていた眼魂から具現化したみたいだけど、この引っ掻き回すのが楽しいという態度と自分が生きても死んでも、面白ければ良い、楽しければ良いという享楽的な雰囲気が好きではない。

 

「あんまり酒を飲んでると横島に言うわよ」

 

【あーそれは困るなあ、あのお兄はん見た目よりもめちゃくちゃ押し強いからな……うち酒また取られてまうよ】

 

朝から酒を飲んでいた酒呑童子は横島に酒瓶を取り上げられていた。美神達が驚く中、横島の言葉には流石の私も笑ってしまった。

 

【子供がお酒を飲んじゃいけませんは驚いたわあ……】

 

「それが横島よ」

 

鬼だろうが、妖怪だろうが、神魔だろうが、見た目が子供ならば子供として扱う。それが横島である、鬼であるという事を説明し、どうしても酒が飲みたいと酒呑童子が強請って1日2本までに制限されてしまったのは驚きを通り越して横島に呆れてくるレベルだ。

 

「しゅーてーん!!酒呑も遊ぼうぞ!」

 

「……それは良いですの、私と茨木だけだと数が不利ですの、だから酒呑を仲間に加えますのよ」

 

「ほら、呼んでるわよ」

 

【んーまあええか、うちも遊んでこようかなあ】

 

茨木童子に呼ばれて離れていく酒呑童子を見てこれで鬱陶しいのがいなくなったと溜め息をはいて、ビーチチェアの上のジュースに手を伸ばしてストローを加える。

 

「ふう……」

 

フルーツジュースの甘みと酸味に一息ついたが、まだ胸の中の引っかかりは消えてはくれない。それは自分の種族的なものだ、九尾の狐である私は強さはおいておいても霊能に対する耐性は間違い無く神魔に匹敵する。シロ達はともかく私の記憶が操作されているというのがどうしても解せなかった。

 

(……考えられるのは別人格……かしら)

 

九尾の尾はそれぞれ人格があるのは知っているがそれは別の世界の事の筈……だが考えられるのはそれしかない。

 

(1回相談だけしておこうかしら、前のタマモキャットの事もあるし)

 

身体を乗っ取られる訳には行かないし、私を基点にして別の九尾の狐がこの世界にやって来ては不味い。

 

(……私知らないのよね……どんなのがいたのかしら……?)

 

ただ九尾の狐の転生態の中で最も歳若い私は他の個体を知らないのだ。逆に他の九尾の狐は間違いなく私の事を知ってるわけで……。

 

(まって不味くない?)

 

今も砂浜で遊んでいる横島に視線を向ける。もしも私の目を通じて横島を見ていたら……いや間違いなく断言できる。別の個体は私を通じて横島を見ていると……何故かは知らないが九尾の狐と横島はかなり縁が深い高島よりの前の前世とかが関係している可能性は十分にあるし……。

 

「やっぱり先に言っておこう」

 

あとで責任を追及されても困るから先に言っておこうと思いサマーベッドから立ち上がった。

 

「タマモも遊ぼうぜー?全然遊んでないだろ?」

 

「……そうね、折角だから混ぜて貰おうかしら」

 

しかし横島に誘われて足を止めてしまった。海に来たと言っても遊んでいる時間なんて殆ど無かったし、横島達は修行をしていたし、明後日には東京に帰るのだから遊び終えた後に言えば良いと思ったのだ。別の私が見ている可能性は十分にあったが、九尾に戻って大分時間が経っているが今までなんとも無かったのだから考えすぎかもしれないしと私は横島の元へ向かったのだが……後にそれが間違いだったと後悔する事になるのだが……それに気づいた時は時既に遅しなのだった……。

 

 

 

 

~マリア視点~

 

楽しそうに遊んでいる横島さん達の姿を見てほっと溜め息を吐いた。私は専門家では無いから自信はないのだが、とりあえず狂神石の影響が残っていない事が分かっただけで十分だった。

 

(これで美神さんの頼みは終わりましたね)

 

あれだけ動ければ横島さんの霊体の状態は万全だ。それに身体の状態も問題はないし、精神も問題が無い事が分かった。となればいざという時に拘束するように渡されていた霊具を使う必要は無くなったし、こうして審判役として様子を観察する必要も無い。

 

「姉さん。私も遊びたい」

 

「……実は私もなんですよ」

 

海に来たのは良いが横島さんと遊ぶ機会は全然無かった。精々初日の海水浴くらいで、それも遊べたと言うと満足するほどではない。着ていた上着を脱いで水着姿になり、その上から白のTシャツを着る。

 

「姉さんずるいよ!?私そんなのして無いッ!!」

 

「では待っているので着替えてきてください。私はテレサが着替えてくるまで待っていますよ」

 

先に遊んでたら怒るからと言って更衣室に走って行くテレサの後姿を見て小さく笑った。

 

(……確かに嫌なこと、辛い事は沢山あります。だけど前の世界より私はこっちが良い)

 

私の知る世界よりもこの世界は過酷な道を進んでいる。だけどそれでも私の知る未来よりもこの世界の方がずっと良い未来に繋がるんじゃないかと私は思ってる。

 

「姉さん、着替えてきたよ!」

 

「では行きましょうか」

 

「うん♪」

 

この水鉄砲を使ったゲームはサバイバル形式だ。ならば私達が飛び入り参加しても何の問題もない筈だ。

 

「横島さん、覚悟ッ!」

 

「ええ!?審判が乱入してくるのありかよ!?」

 

「ありだよッ!だって遊びだからねッ!!」

 

水鉄砲を手に私とテレサも砂浜へと駆け下りて水鉄砲の引き金を引いた。必中を確信していたのですが……。

 

「みぎゃあッ!?」

 

「ぴぎいッ!?」

 

うりぼーとチビが盾になって横島さんへの水鉄砲を防ぎ、魔界のマスコットが頭の上に水風船を掲げる。

 

「ヨーギッ!!」

 

「フカアッ!!!」

 

気合満点の鳴声と共に投擲された水風船が弾丸のような勢いで飛んでくるのでそれを横っ飛びで回避すると砂浜の一部が吹き飛んだ。

 

「ちょっとあぶな「きーばッ!」……まぁ皆強いわけじゃないか」

 

「そのようですね」

 

魔界のマスコットの中で1番幼い斧龍の幼生が投げた風船はワンバウンドして転がって来てぺちっと言う音を立てて私とテレサの足にぶつかって動きを止めた。

 

「きば? き、きばあああッ!?」

 

なんで?と不思議そうにしている斧龍にアリスちゃん達の水鉄砲の掃射が直撃し、半泣きになって横島さんの後ろへと逃げて行った。

 

「待って、動けない!?」

 

「きばー」

 

足にしがみ付かれて動けない横島さんが声を上げるのを見て、好機だと判断したのかアリスちゃん達が水鉄砲を片手に横島さんへダッシュする。

 

「わーいッ!!」

 

「楽しくなってきましたわね!!」

 

【負けないですよー!!】

 

友好的なアリス達の声を聞きながら私は水鉄砲の銃口を横島さんに向ける。

 

「なんで皆俺ばっかりロックオンする訳!?うりぼーが疲れるとか相当だぜ!?」

 

「ぷぎゅー」

 

「うきゅいー」

 

横島を乗せて駆け回っていたうりぼーとモグラちゃんだが完全にダウンして、今は横島さんの頭の上に乗せられている。

 

「説明して無かったのですか?」

 

私の言葉にアリスちゃん達はへたくそな口笛を吹いて誤魔化そうとしているのでくすりと笑って、このゲームの報酬を口にした。

 

「明日遊園地に行くのでその時に一緒に回る組み合わせが掛かっているんですよ」

 

「俺聞いて無いよ!?」

 

「だって優勝商品だから」

 

「ああ、なるほど、じゃなくてえ!?」

 

自分が追い回される理由を知った横島さんに向かって水鉄砲を撃つ。動けない横島さんに直撃すると思ったのですが……。

 

「ぴいいいいッ!!!」

 

「コッコォッ!!!」

 

芋虫の火炎放射と金属龍が地面に前足を叩きつけて作り出した砂の壁に阻まれて水鉄砲が横島さんに命中する事は無かった。

 

「手加減はしてくれないの?」

 

その壁から手加減してくれると嬉しいなあと言う感じで笑みを浮かべて尋ねてくる横島さんに私達も笑みを浮かべて首を左右に振った。

 

「NO-。何故ならば」

 

「短時間でも独占したいって思うのは皆一緒だからね」

 

「手加減して欲しいなあー!!!」

 

自分が獲物と知り手加減して欲しいと横島さんが叫ぶが、誰も手を緩めるつもりはない。

 

「とう!私も参戦ですッ!」

 

「運動音痴だけど頑張るよ」

 

「ふふふふふふふ」

 

「やばい、また敵が増えた!?」

 

そしておキヌさんと舞さん、ダークネス小鳩さんまでもこのサバイバルゲームに参加し、横島さんの勘弁してくれーっという悲鳴が響くが、その声色は楽しそうに弾んでいて困ってはいるものの楽しそうで、私達も笑みを浮かべながら遊びを再開するのだった……。

 

 

 

リポート14 鬼神降臨 その6へ続く

 

 




参加者でありながら優勝商品にされていた横島は大変ですが、楽しんでいます。根本的に横島は愛される事に餓えているのでこれが1番の治療であり、そして幸せな牢獄と言う奴ですね。しかし次回は美神達の視点で重苦しい雰囲気になりますが、どうか温度差にお気をつけください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

 

リポート14 鬼神降臨 その6

 

~くえす視点~

 

会議室の空気は分かっていた事だが非常に重い物になっていた。見せたくなかった横島の切り札を躑躅院に見せる事になったし、反英霊を地球の意思が召喚し、ここで私達を全滅させようとしていたのも紛れもない事実であった事が明らかになったからだ。

 

「景清が首を切った人達ですが、頭の中に天使の羽が埋め込まれている事が分かりました。恐らくですが景清は首を切って取り出せる物は取り出し取り出せない物は殺していたと思われます」

 

天使の羽と聞けば良い事がありそうに思うかもしれないが、今回の天使の羽は洗脳あるいは思考誘導の為の物であり、南部グループ達の裏にいた天使が日本国内で暗躍していたという紛れもない事実になった。

 

「天界側は動いてくれるのかしら?」

 

「日本や中華系の神が西洋系の神に警告をする予定ですが……」

 

小竜姫の暗い顔を見れば何を言わんとしているのか一目で分かり、美神が机を叩いた。

 

「効果は殆ど期待できないって事ね。神魔の最高指導者って何やってるのよ、自分の部下も御せてないじゃない」

 

「デタント反対側の過激派神族に賛同している者が多すぎるんです。最高指導者は頑張ってはいるんですが……すべてを御す事は出来ていないと、近いうちに謝罪に訪れる予定なのでそこで改めて話し合いたいと行っております」

 

最高指導者が日本に来ると聞いて私は正気かと声を上げた。

 

「そんな連中が来れば日本が特別だといっているような物でしょう。国際GS協会やオカルトGメンが日本入りする理由を作らないで欲しいですわね」

 

国際GS協会やオカルトGメンからすれば横島は間違いなく危険視される。今でも綱渡りなのに最高指導者が日本入りしたなんて分かればそれこそ大惨事になりかねない。

 

「小竜姫様には悪いですけど私も同じ意見ですね。いくら擬態したとしても完全に誤魔化せるとは思えないですし」

 

「謝罪したいって言う気持ちは分かりますけど……今は迷惑としか」

 

誰もが最高指導者が日本に訪れると聞いて良い顔はしない。魔界側はアスモデウス一派を野放しにしているし、天界側はセラフの離反と到底信じられない失態を重ねているからだ。

 

「其方に関してはこちらからも待つようにと言っているんですけど」

 

「あの方々がどう動くかは私達も予測がつかなくてですね……」

 

上級神魔の小竜姫もブリュンヒルデも天界と魔界では中間管理職に近い立ち位置だ。進言する事は出来ても止める事は出来ないようで苦々しい表情でそう言うとすみませんを頭を下げた。最高指導者来訪をどう防ぐかと頭を抱えているとある人物が声を上げた。

 

「分かりました。私の方からルイ様にお声掛けをしておきましょう」

 

ルイ・サイファーの側近でありながら現在横島の所でメイドをしているルキフグスがにこにこと笑いながらそう言った。

 

「止めれるワケ?」

 

「はい、出来ますよ?と言うか強さで言えば私の方が上ですし、ベルゼブルもストレス溜めてるでしょうし、彼女と私がいれば最高指導者2人相手でも勝てますよ?なんなら魂ごと消滅させれます」

 

それはちょっと困るが……叩きのめして追い返す事が出来ると言うのならばルキフグス達に任せても良いだろう。

 

【次は頼光殿と酒呑童子の事ですね】

 

【いや、その前にお前が取り込んだ景清は大丈夫なのか?】

 

【はい、それに関しては大丈夫です。霊格が上昇したので前よりも強くなりましたよ】

 

牛若丸が自信満々の表情で言うが、私達の心配している事はそこではない。

 

「また身体乗っ取られたりしない?」

 

【大丈夫ですよ。景清殿は何故反英霊がこんな事をしなくてはならんのだとぶつぶつ言いながら消えて行きましたから、あと短時間なら大人の姿になることも可能ですよ!】

 

景清に身体を乗っ取られないというのは安心だが、大人の姿と言うのは些か問題があるように見える。私だけではなく蛍達もなんとも言えない顔をしているが、とりあえず今はおいておくとしよう。

 

「……金時、頼光は今どうしてる?」

 

【うんともすんともいわねえな……もしかしてだけどあの3人が頼光の大将に何かしてたんじゃないのか?頼光の大将も俺ッチじゃ理解できねぇ事を言っていたし】

 

「その可能性はあるわね……そもそも頼光がどの時代で召喚されたのかも定かじゃないし」

 

ジャンヌ・オルタのように横島が最悪の結末を辿った世界の記憶を頼光も持っていたという可能性もあると考えているとパチンっと大きな音が響いた。

 

「与太話はもうよろしいでしょう?私が知りたいのはあの3人の正体です、酒呑童子も最高指導者も、私にはどうでも良いのです。あの3人の話が真実かどうかです、もしもそうだと言うのならば……」

 

清姫の瞳孔が縦に開き、純白の着物が漆黒に染まった。

 

「お前達を殺す。私は横島様を傷つける者を許さない」

 

本気の殺気を放つ清姫の怒りの最もだ。それにその言葉は私も気になっていた。

 

「私以外の全員が裏切ったと言うのも恐らく事実でしょうが……さてどうしましょうかね」

 

狂気に満ちていたがその言葉は真実だった。美神達が横島を裏切ると言うのはこれから分岐するであろう未来の1つの結末であり、紛れもない事実なのだろう……。

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

横島君をこの場に呼んでいないのもこの話を聞かせない為だった。くえすと清姫の怒りも最もだが、それは今の私達には知らない事でもある。だがそう遠くない未来でそうなる可能性は極めて高いと言える何故ならば……。

 

「南部グループ達の研究か、天使の羽か……さてさてどっちだろうねえ」

 

躑躅院がニヤニヤしながら口にし、思わず睨みつけると躑躅院は怖い怖いと言って肩を竦めた。

 

「だが事実だろう?女は洗脳されやすいというのは紛れもない事実だ、それに見目麗しい女を収集したいと言う悪趣味な連中はこの世には山ほどいるぞ?」

 

……それもまた事実である。南部グループの隠し研究所で魔界の媚薬などで精神に異常を来たした女性GSや魔界の機器に達磨にされて埋め込まれていたのも全部女性だ。

 

「神魔であっても、いえ神魔だからこそ……」

 

「抗えない物もあるという事ですね」

 

小竜姫様やブリュンヒルデさんの顔色も悪い。女であるからこそ、いや女だからこそ組みやすいというのは紛れも無くあるだろう。誰もが口にしないが魔法や媚薬などで動きを奪われ、そこを組み敷かれ犯されながら術を掛けられたらそれに抵抗する術は限りなく少ない。

 

(裏切ったって言うのも多分そうなのよね……)

 

考えたくは無いが私達は穢されたのだろう。そしてその上で操られて横島君に害をなした……その結末の1つがあの3人が見た絶望の未来なのだろう。

 

「清姫。天界から色々と薬剤の材料を持ち込む事は可能かしら?」

 

「構いませんよ、それで貴女方が横島様を裏切らないというのならば幾らでも協力しましょう」

 

清姫の怒りは今の私達ではなく、薬か、魔法か、人質か、何かは分からないがそれに屈した私達に向いている。正直信じたくはないのだが……最悪の可能性を私達は考える必要がある。

 

「冥華さん。永琳さんの所に行っても良いですか?」

 

「ん~今回は横島君に頼むわけには行かないしねぇ~良いわよ~」

 

流石に横島君に頼める内容ではないので気付かれないように永琳さんに頼むのに加えて、ルーン魔術とかで天使の洗脳術に耐える方法を見つける必要があるだろう。

 

「でも1番の対策は罠に自ら飛び込まない事のワケ。確実に国際GS協会とオカルトGメンは黒」

 

「そうねえ~私もそう思うわね~」

 

南部グループの屋敷に美神さん達を派遣するように命令が出た所で黒と言うのは確信している。だが逆らって会長の立場を失えばますます窮地に追い込まれるので従いながらも、相手の罠を打ち破る術を身につけるのがこれから要求されてくるだろう。

 

【あの英霊……普通では無かったぞ】

 

【ええ、間違いなく私達よりもはるか上ですよ】

 

S、ユンユン、北斎と名乗った3人組の英霊。3人が3人とも狂気に囚われ、その上小竜姫様の言葉の通りならば……。

 

「生きたまま英霊になるってどういうことなんですか?」

 

英霊は死んでいるから英霊である筈なのに生きているのに英霊とはどういう意味なのかと蛍ちゃんが問いかける。

 

「多分死ぬ寸前に世界と契約して、瀕死の状態で世界から隔離されたんだと思います。生きているから成長する、強くなる英霊と言えるでしょう」

 

「最悪ね、それ」

 

神魔は技術を鍛える事は出来ても、その神格の間でしか強くなれない。強くなる上限が最初から決まっていて、英霊も死んだときから全盛期の強さを得るがこれも上限が決まっている。だが生きているという事は人間という扱いだ、そして人間は成長できる。成長できる英霊という信じられない存在がS、ユンユン、北斎の正体だ。

 

「ただ普通は無理なんですよ。多分彼女達はなんらかの神の端末の1つなのではと思うのです」

 

「神の端末……それってつまり彼女達は操り人形って事?」

 

「いえ、そこはちょっと分からないです。ヒャクメに頼むつもりですけど……神に操られているのか、それとも神に憑依されているのか、それとも神と融合しているのかは定かではないんですが……1つだけ言える事があります。あの3人はそれぞれ3人とも違う神の端末であると言うこと、そして……私達とは恐らく法則の異なる神が関与している可能性が高いです」

 

小竜姫様達と法則の異なる神と聞いて脳裏を過ぎる存在があるが、美神さんやくえす達も同じ様だが全員があり得ないと言う顔をしている中小竜姫様が搾り出すように言葉を紡いだ。

 

「ピートさんから聞いたのですが以前シルフィーさんが異界を開いたらしくてですね……それをブラドー伯爵と唐巣神父が閉じたらしいんですけど……多分彼女がまだアンテナになってます」

 

「「「何やってくれてんだッ!!あの野郎ッ!!!」」」

 

これで決まってしまった。まず間違いなく今回の件に関与している神は旧支配者――ラヴクラフトの創作とされているクトルフ神話の神の数々……霊能者の中でも懐疑的な存在だが本当に強力な霊能者と言うのはその存在を知っている。だがこちら側から干渉しなければ良かったのだが……シルフィーちゃんが異界を開いた事で向こうがこちらを認識してしまった事が全ての原因であり、思わず私達の口から悪態が飛び出したのも当然の事なのであった……。

 

 

 

~躑躅院視点~

 

西条に言われて使いっぱしりにされ、苦労する事になったがその分の見返りは十分に得た。未来で美神達が誰かのメス奴隷になった挙句に横島君を裏切って殺すなんて……なんて……。

 

(なんて愉快なのだろうか……ッ)

 

所詮はその程度だったという事だろう。現にくえすはそれに抗ったと言うのだからなんともおかしな話だと声を上げて笑いそうになるのを我慢するのに必死だった。

 

「ほら、暴れない!」

 

「みぎーみぎやああッ!!」

 

「ぷぎゃああああッ!!」

 

「この色水全然落ちねえなあッ!!」

 

ホテルの窓から水で肌についた色水を落そうとしている横島君の姿を見つけて、それをジッと見つめる。

 

『私も遊びたかった』

 

「すまないね、美弥。でもこれも仕方ないことなんだよ」

 

脳内に響くいじけた半身の言葉にしょうがない子だと肩を竦める。今回は下地を作ることが目的だった、横島君の切り札を、隠しておきたい霊能を知った私はもう神代琉璃達も無碍に出来る存在ではない。私がほんの少し口を滑らせただけで何もかもが終わる。それをさせないためには私を囲い込むしかないのだ。

 

『明日は遊べる?』

 

「すまないね、此処に来ているのは私1人になっているんだよ。美弥、だから君は表に出れないんだ」

 

1人で来ているのに美弥を表に出すわけには行かない……そうすれば私と美弥の秘密が暴かれてしまうからだ。まだ私の、躑躅院の1000年に渡る願いは隠し通さなければならない。

 

「ほら、ちゃんと覚えてくれているみたいだよ」

 

『それなら良いけど』

 

私を見て手を振る横島君に手を振り返しながら思う。愛とは狂う物であると、狂って狂って壊れて、狂って……その者だけに尽くそうと、その者為だけに生きようとすれば他者の介入など取るに足らないものだ。人心を乱された?薬を投与された?そんな物は言い訳に過ぎない。

 

「あーあ、怖い怖い。貴方はいつも怖いわ、躑躅院さん」

 

突如聞こえて来た弾むような少女の声に振り返る。そこにはぬいぐるみを抱え黒衣を着込んだ金髪の少女の姿があった。

 

「君はS……かな?」

 

「ふふ、そうよ。こんにちわ」

 

聞いていた特長から昨晩現れた生きた英霊の1人だと理解し、Sかと問いかけると少女は狂気を孕んだ目で私を見つめて笑った。

 

「何をしに来たのかな?」

 

「暇だからうろうろしているだけよ、そしたら懐かしい人を見つけたら声を掛けたくなったの」

 

「私を知ってるのかな?」

 

「知ってるわ。くえすと同じで最後までお兄さんの味方だった人……身体が腐り落ちても、両腕を失っても口で剣を咥えて戦った強い人」

 

禁呪を使ったのかと思いつつも、私ならばそうすると直感で理解した。

 

「貴方は最後までお兄さんの味方でいてね?じゃないと……許さないから」

 

何の予兆も無く消え去るSの姿に驚き、何時の間にか手に絡みついていた触手の跡に苦笑する。

 

「言われなくても私はずっと彼の味方だよ。そう……1000年前からね」

 

躑躅院はその為だけにあるのだ。地位も名誉も富も名声も必要ない、1000年前から彼の味方である事だけがすべてである。

 

「何をしても……私は私達は……君の味方であり続ける」

 

結ばれなかった婚姻、救えなかった絶望……初代六道が自身を封印してまで生きているのと同じで初代躑躅院も同じである。違うのは霊体だけで存在しているのか、否かである。

 

「今回の事で分かった。私が何をするべきなのかを……」

 

ホテルの外で水道に繋いだホースで使い魔と戯れている姿に笑みを浮かべて背を向けて歩き出す。今はまだ彼の近くにはいれないけど……必ずあいつらの場所を奪ってやると改めて心に誓うのだった……。

 

 

リポート15 不思議の国の横島君 その1へ続く

 

 




と言う訳で臨海学校変はこれにて終了となります。かなり先行き不安なフラグが乱立しましたが、ちゃんと収集できるように計算しておりますのでご安心ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート15 不思議の国の横島君
その1


リポート15 不思議の国の横島君 その1

 

~横島視点~

 

雲1つない晴天、そして爽やかな風とほんのりと暖かい日の陽射しを浴びながら俺は原っぱの上に寝転がっていた。余りに穏やかでこのまま目を閉じてしまえばとても気持ちよく昼寝が出来そうだ。

 

【横島。現実逃避をしている場合じゃないぞ?】

 

「……うん、それは俺も分かってるんだけどさ……」

 

心眼の言葉に頷いて上半身を起した俺の目の前に広がるのは東京の街並み……ではなく、長く広い川に巨大な樹木、そして……空を飛んでいる幼女と少年に魔界の動物達の姿だった。

 

「がうがう~♪」

 

「待て待てー♪」

 

「ぶいぶーい♪」

 

「パオーンッ!」

 

魔界で仲良くなった魔界の子供達とその使い魔がきゃっきゃと楽しそうに駆け回っている姿は見ていて実に微笑ましい。

 

「みーむーッ!!」

 

「うきゅきゅーん♪」

 

あとチビとモグラちゃんも楽しそうにしているし、セクターシティで仲良くなった赤ちゃんと言うのは正しいかどうか判らないが魔界に預けていたグリード達(コラボメモリークロスヒーローズ参照)も楽しそうに飛び跳ねたり、原っぱを駆け回っている。

 

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

 

「こんな事になるって思ってなかったんです」

 

「悪気は全然なくて……すみません」

 

「お兄様、ごめんなさい……喜んで貰えると思ったんです」

 

「いいよいいよ、俺は怒ってないからおいでおいで」

 

しょんぼりとしているアリスちゃんと天竜姫ちゃんと天魔ちゃん、そして紫ちゃんに達においでおいでと声を掛けるが、3人とも一定の距離から近づいて来てくれない。呼んで駄目なら近づくしかないなと立ち上がって尻についた葉っぱを払ってアリスちゃん達に近づくとびくっと身体を竦める。

 

「大丈夫だって、タタリモッケさんに美神さん達が何とかしてくれるって、遊園地にいけなかった分遊ぼう。ほら、行こう」

 

「怒ってない?」

 

「怒ってない怒ってない、アリスちゃん達は俺の事を考えてくれたんだから怒る訳無いだろ?ほら、茨木ちゃん達も呼んでるから行こう」

 

逃げようとするアリスちゃん達の手を取って遊ぼーと声を掛けてくるアガレス君や、パイモンちゃん達の元へ向かって歩き出す。

 

(でもどうするんだ、帰れないんだぞ?)

 

(いや、くえすとかが何とかしてくれるって、大丈夫大丈夫)

 

俺が今いるのは魔界でも、人間界でもない……紫ちゃんの障子の中の異空間をアリスちゃんの魔法に天竜姫ちゃんの竜気と天魔ちゃんの妖気とかで拡張してチビ達が遊べて、魔界の子供達もやってこれる公園のような物を作ってくれたのだが……俺は入れたが出れなくなってしまったのだ。理由は単純で人間を前提にして無かったわけだが……タタリモッケさんにお願いはしたし、無理に出て身体がバラバラになっても困るので美神さん達が外から何とかしてくれるのを待つしかない訳だ。それに臨海学校の最終日に行く予定だった遊園地も駄目になってしまってアリスちゃん達は面白くなさそうにしていたし……それにこういうとあれだが、今の状況は結構好都合だと思ってる。

 

(それに今東京にいると美神さん達に迷惑が掛かるだろ?)

 

(まあそれはそうだが……ううむ。仕方ない、外からの救出を大人しく待つか)

 

臨海学校での頼光の顕現、そして景清や酒呑ちゃんと言った数多くの問題と、天使に操られ景清に殺害された人達の件で天界と魔界から査察部が東京に来るとは聞いていたが、俺の事を面白くないと思っている神族と魔族は一定数いるので小竜姫様にどこかに隠れてもらえると都合が良いと聞かされていたのでこの異空間にいるのはある意味好都合だと前向きに俺は受け取っていた。

 

「ほら。遊ぼう遊ぼう」

 

「本当に怒ってない?」

 

「怒ってないって、ほら行こうッ!」

 

とにかく今はどうやれば帰れるのではなく、失敗してしまったと落ち込んでいるアリスちゃん達に笑顔を取り戻すために遊ぼうと声を掛けてくれている茨木ちゃん達の輪の中へ加わっていくのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

天界と魔界からの査察部が今回の事件の事で調査に来ると言っていたが、やってきたのはヒャクメとワルキューレの2人でその2人の顔を見た段階で査察と言う名の現在の魔界と天界の情報を伝えに来てくれたのだと一目で理解した。

 

「最高指導者から許可は取っている」

 

「とりあえず、そちらの言い分を全面的に信用するのね~」

 

話が早くて助かる。神族のヒャクメと魔族のワルキューレが査察に訪れたと言うだけでGS協会やオカルトGメンの査察部はほぼ無力化出来たと言っても良いだろう。

 

「西条さんがもう少し頑張ってくれればこんな面倒な事をしなくても済んだのにね」

 

「そう言わないでくれ、僕も出来る範囲の事はやったんだ。なぁ、教授?」

 

【中間管理職の割には頑張っていたさ。只ね……オカルトGメンも国際GS協会もかなりやばいみたいだねネ】

 

楽しそうに笑い教授が差し出してきた調査報告書を見て、私は目を見開いた。

 

「待って、これ……嘘でしょ?」

 

「ちょっと冗談きついワケ」

 

同じ様に書類を見たエミも嘘だろと教授に問いかけるが、教授は楽しそうに笑うだけだった。

 

【喜んだら良いじゃないか、君の母君は生きているよ。まぁ詳しくは……あの狸と西条君に聞くと良い】

 

教授の言葉に西条さんに視線を向けると西条さんは肩を竦めた。

 

「先生は生きているよ。かなり厄介な立ち位置にいてね、あちこちの協力者に助けられて世界を転々としているよ」

 

「ママと話は出来るのかしら?」

 

「……出来なくは無いが、今は止めておいた方が良い。先生を追っているのは……聖堂協会の執行者に過激派の神魔だ。場所を特定される可能性のある行動は控えるべきだ」

 

「そう……分かったわ。生きてるって分かっただけで今は良いわ」

 

死んだと思っていたママが生きている。それはとんでもなく嬉しい話だが、それに喜んでいる場合ではない。分かっていた事だが……私達を取り囲んでいる状況は悪化の一途を辿っている。

 

「凄く言いにくいのですが……西洋圏の神界は結界による籠城に入りました。裏にはまず間違いなく4大天使がいるでしょう」

 

「魔界も似たような状況だ。ガープとアスモデウスにつく魔族が多くなっている。その理由は……言いにくいが……」

 

「4大天使に恨みを持つ悪魔と魔族という事ですね?」

 

琉璃の言葉にワルキューレが沈鬱そうな表情で頷いた。判っていた事ではあるが……4大天使がデタントに反対し、動き出したとなれば情勢は大きく変わるのは当然だ。

 

「4大天使に殺された魔族の眷属や、転生した魔族も復讐をする為にアスモデウス側についた。今の所は上級に留まっているが、最悪最上級も絡んでくるだろう。魔界正規軍が押さえ込んでいるが……どこまで抑えれるかは正直自信が無い、それだけ4大天使は恨みを買っている」

 

天使の中でも最上位の存在であり、ルシファーと対成す存在とされるミカエルを筆頭に4大天使――即ちセラフは悪魔の伝承にまず関わってくる。4大天使に恨みを抱いている魔族や悪魔というだけでどれだけの数がいるのか……想像するだけで頭が痛くなってくる。

 

「天界のほうは龍神王様を筆頭に過激派や戦争賛成派の押さえつけに入ったのね」

 

「それ愚作じゃないですか?」

 

「一応天使側の最上位のメタトロンも同意しての行動なのね。独善的な正義による暴走を食い止める為に致し方なくって所なの、天界は完

全な縦社会だからこれである程度は抑えれると思うのね」

 

ある程度は抑えれるって言われてもね……。

 

「「「4大セラフが離反してる所でどうなの?」」」

 

「ちょっと信用出来ないわね~」

 

小竜姫様含めてぐうの音も出ないようだが、まさか天使の最上位が離反するなんて誰も思わない。仮にも西洋の神魔のトップの一員であり、地位も名誉も十分にある筈なのに何故このタイミングで離反したかと考えれば、思いつくのは1つしかない。

 

「小竜姫様達のほうで人造救世主って見つけられないの?」

 

セラフが自分達の為に作り出した救世主が誕生したからに違いない、何百年も掛けて最高指導者の目を掻い潜り作り出した人造救世主が神魔、そして最高指導者でさえも倒せる切り札からこそ動き出したに違いない。

 

「探してはいるんですけども、人間と大差が無いんです」

 

「人間と大差が無い?人造生命体なのに?」

 

「多分なんだけど……普通の女性に産ませてると思うのね、魂に細工されていても肉体は普通の人間と同じだから神魔では見つけられないのね」

 

「全部繋がってたのか……南部グループから何もかも、全部」

 

西条さんが怒りを滲ませた声でそう呟いた。私達も当然人造救世主のカラクリに気付いた……まず間違いなく海外に売られた日本のGSや、旧家の霊能者の多くが人造救世主を作る為の実験台にされたのだろう。女性が多く海外に運び出されていたのも、資金だけではなく、母体として選ばれた可能性がある。

 

「こんな事をやっておいて救世主って呼ぶなんて正気じゃないワケ」

 

「本当ね~早く何とかしないと大変な事になるわよ~」

 

人を使い、霊能を奪い取り、1人の人間に霊能を全て集束させる……望むだけの能力を得るのにどれだけの人間が死んだのか、しかもそれを神魔が行なっていたという事が信じられなかった。だがそれが紛れもない事実であり、そして……。

 

(あの3人組の話と繋がるかもしれない)

 

私達が横島君を裏切り、そして殺す。人造救世主は間違いなくそれに関わっている筈だ。

 

「だけどそれが「美神さんッ!!横島が異界に行って戻れなくなったから助けてくれてって言ってます!!」……は?どういうこと!?なにがあったの!?」

 

人造救世主について、そしてこれからどうするべきなのかワルキューレ達を交えて話し合いを始めようとした所で蛍ちゃんが横島君が異界に落ちたと叫んだ。どうして家にいるはずの横島君が異界に落ちたのか、私達は何がどうしてそうなったのか詳しく説明を求める。

 

「それに関しては私が説明します」

 

「「「「誰!?」」」」

 

会議室に入ってきた短い茶髪の女性に思わず誰と叫んでしまった。初対面で失礼極まりないが、それだけ混乱していたのだ。

 

「魔界の新生の地の管理をしておりますタタリモッケと申します。横島さんなのですが……アリスちゃんや天竜姫様達が作りました、その……遊び場に行って帰れなくなってしまったんです。どうも横島さんへのプレゼントのつもりだったそうなんです、魔界の子供達や魔獣と横島さんが遊べるようにと……頑張ったみたいなんです。只人間が帰る事を前提にして無かったみたいで、なんとか外から抉じ開けてもらえないでしょうか?」

 

なんで今でも頭痛いのにまた別の頭の痛い問題がやってくるのか……私達は額に手を当てて、思わず天を仰ぐのだった……。

 

 

 

一方その頃、異界から帰れない横島はと言うと……。

 

「シャア?」

 

「もうちょっと上、そうそう、そこら辺」

 

「シャアッ!!!」

 

アリス達の作った異界には寝床などは無く、魔獣達に木を切って貰い、地面を均し、寝床の作成をしていた。

 

「ここらへんかな~?」

 

「もうちょっと左かな」

 

「じゃあここだッ!!」

 

「んーチルノちゃんは行きすぎかなあ?」

 

ここに横島がいれば遊んでくれると知っているチルノ達は張り切って切った木材などを運び、それを豪快に地面に突き立てる。

 

「もっと優しくしないと駄目だよ」

 

「……そうですの、横島が此処で暮らすんですから、ちゃんと考えてやりましょうですの」

 

「ううー分かった。たまちゃん、ゴーッ!!!」

 

「あうあうあーッ!!!」

 

たまちゃんの体当たりでチルノが突き刺した木材が地面から吹っ飛び、再び音を立てて地面に転がる。

 

「あ、あうあうあ」

 

「たまちゃん!?大丈夫ッ!?」

 

「休ませたほうが良いと思うぞ、でっかいたんこぶ出来てる、そのかわりに吾がやろう」

 

「うーありがとうイバラギン」

 

木材を吹っ飛ばした代償にでっかいたんこぶをこさえて目を回しているたまちゃんを見て茨木童子が休ませるようにチルノに促し、チルノとたまちゃんの変わりに家の組み立て作業に加わる。

 

【天竜姫ちゃん、そっち、天魔ちゃんはこっち。行きますよー、せーの】

 

「「よいしょっ!!」」

 

見た目10歳前後の幼女達が巨大な木材を運び、空を飛んで家を組み立てる光景を横島は信じられない物を見る目で見ていた。

 

「見た目子供でも皆凄いな」

 

【そうだな、だがいつ帰れるか分からないんだ。拠点はしっかり作るべきだし、また遊びに来る時の家にもなるだろうしな。しっかり作っておいて損はないさ】

 

「分かってるって、おーい、誰でも良いから俺を上に運んでくれるか?」

 

「「「はーい!!」」」

 

「ガウガウ!!」

 

「シャーッ!!!」

 

私が運ぶ、僕が運ぶと寄ってくる魔獣達にすっかり気を取り直して笑顔で駆け寄ってくるアリス達に横島は困ったような、それでも嬉しそうな笑みを浮かべて建築作業を再開する。

 

「お兄様ー♪色々持ってきましたわー♪」

 

「ふふ、このレミリアに感謝すると良いわ!」

 

「おーありがとうな、レミリアちゃん」

 

「ふふん♪もっと褒めても良いのよ!!」

 

横島は異界から出れないが紫達は移動出来るので魔界の新生の地から椅子や布団を運んで来て、完成した横島の家(仮)に次々と家具を設置する。

 

「良し、じゃあ夜はカレーでも作るか、カレー食べたい人ー」

 

「「「「はーい!!」」」」

 

「じゃあ皆でカレーを作るぞー!!」

 

「「「おーッ!!」」」

 

外で美神達が頭を抱えている中、横島はアリス達とキャンプに来ているような気軽さで異界に順応し、アリス達とカレー作りをしていたりする。

 

 

 

 

リポート15 不思議の国の横島君 その2へ続く

 

 




と言う訳で横島は異界入りしました。東方で言う幻想郷ですが、それよりももっと小規模な本当にキャンプ地のような場所になっております。前回がシリアス続きだったのでちょっとここで新加入の酒呑童子とかとのコミュをやりつつ、横島のいない間の美神達を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

 

リポート15 不思議の国の横島君 その2

 

~横島視点~

 

アリスちゃん達の作った異界から俺は出ることは出来ないが、アリスちゃん達はそうではないので魔界の新生の地や自分達の家から愛用のお皿とスプーンを持ってきたり、カレーを作るのに必要な鍋や食材を持って来てくれた。

 

【なぁ、お兄はん、うちお酒欲しいなあ?】

 

「駄目です」

 

【いけずう~お酒~】

 

「駄目って言ったら駄目。周りに小さい子しかいないんだからお酒は駄目」

 

お酒をくれ~と言う酒呑ちゃんに絶対駄目と言いつつ人参を食べやすい大きさに切って皿の中に入れる。すると机の下から小さい手が伸びて来て人参を掴んで引っ込んでいくので、なんだろうかと机の下を覗き込んだ。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

「はい、あーん」

 

「がーう」

 

「こらーッ!嫌いな野菜を食べさせない!」

 

「「「ごめんなさーいッ!!!」」」

 

「やれやれ、人参が嫌いなのはどこの子供も一緒なんだなあ」

 

【ノーブ、ノブウッ!!】

 

「おおー、チビノブ凄い!!」

 

【ノブウ♪】

 

 

人参が嫌いなのか自分の使い魔に食べさせようとしている子供を叱ったり、チビノブが刀を振り回して野菜を切り刻み、その姿を見て凄い凄いと子供達が大興奮したりと中々騒がしい中でカレー作りは賑やかしく進む。

 

「横島。酒呑がお酒欲しいって」

 

茨木ちゃんが酒呑ちゃんに変わってお酒を強請りにきて、思わず溜め息が出た。

 

「お手伝いしたら良いよ」

 

【よっしゃあ!うちに任せとき!!】

 

ぐでーっとしていた酒呑ちゃんが野菜を切り始めるが、見た目よりも遥かに手際が良いので少し驚いた。

 

「酒呑は基本的に何でも出来るぞ?やる気が無いだけで」

 

「1番困るやつかぁ……」

 

色々と出来るけど本人にやる気のないタイプらしい、ちょっと扱いに困るタイプだなあと思っているとアリスちゃんにエプロンを借りたのかミイちゃんがやってきたんだが……。

 

「……んふふ、可愛いですの」

 

元々半裸に近い服装を好む傾向があるミイちゃんはお尻を突き出すようなポーズをして回転するのでその頭に軽くチョップを落す。

 

「むきゅッ!」

 

「そういうのは止めなさいっていつも言ってるだろ、それに火傷するから着替えてきなさい」

 

「……分かりましたの」

 

おしゃまと言えれば良いんだけど、その目がちょっと怖い時あるんだよなあ……。サキュバスが混じっているので本能的に男性を求めるらしいが……アリスちゃん達に悪い影響がありそうでどうしようかと最近の悩み事の1つである。

 

「着替えてきたよー!」

 

「お料理私もします!」

 

ふんすと気合満点のアリスちゃん達も猫や犬の顔がプリントされた可愛らしいエプロンをしてお手伝いをすると笑みを浮かべる。

 

「よーし、じゃあまずはネコの手だ、こうな。こうやって野菜を押さえて……」

 

俺の言葉が最後まで発せられる前に背後でゴトンと言う凄まじい音がして振り返る。

 

【……あ、あわわわ】

 

「力を入れすぎたのかな」

 

リリィちゃんとチルノちゃんが気合を入れすぎてしまったのか机を両断してしまっていた。

 

「力を入れすぎない事、軽く力を入れるだけで切れるからね」

 

「「「はーい!」」」

 

猫の手、にゃーにゃーと歌いながら野菜を切っているアリスちゃん達を見ていると背後から視線を感じて振り返る。

 

「あ、あわわッ!」

 

紅い瞳に金髪でドレス姿の翼のある少女が慌てて木の陰に隠れるが、宝石のような物がついた翼と頭が木の影から出ている。

 

「私の妹なのよ、横島」

 

「レミリアちゃんの?前はいなかったよね?」

 

前に魔界に来た時にはいなかったと思うけどと尋ねるとレミリアちゃんは野菜の屑を口を開けている魔獣に向かって投げながら困ったような笑みを浮かべた。

 

「フランは人見知りがきつくてね、後引っ込み思案なのよ。今回は着いて来たんだけど、知らない顔が沢山いるから怖くて隠れちゃったのよ。横島なら何とかしてくれるかなって思ってるんだけどどうかしら?」

 

ひょこっと木の影から顔を出してこっちを観察している幼女の名前はフランちゃんと言うらしい、そして俺に何とかして欲しいとレミリアちゃんが言うのでおいでおいでと声を掛けながら手を動かしてみる。

 

「……」

 

俺の手をジッと見つめて木の影に隠れる、前に出ようとするを繰り返し、かなり長い葛藤を見せた後に木の影からフランちゃんが出てきた。

 

「こ、こんにちわ」

 

「こんにちわ。レミリアちゃんに聞いてるけどフランちゃんで良いのかな?」

 

「う、うん。私フラン」

 

おどおどしているが自己紹介をしてくれるフランちゃんの頭を良い子良い子と言いながら撫でる。

 

「今みんなでカレーを作ってるんだ。フランちゃんもやってみる?」

 

「えっと、えっと……」

 

おろおろしているフランちゃんがレミリアちゃんに助けてと視線を向けるがレミリアちゃんは首を左右に振った。

 

「あんまり部屋に引き篭もってるのも駄目よ。ここに貴女を苛める子はいないからやって見なさい」

 

一見厳しい事を言っているように見えるレミリアちゃんだがその翼はパタパタと動いていて、心配と言うのが容易に分かる。

 

「お兄ちゃん、誰?」

 

「ひうッ!」

 

「おっとと」

 

近くに隠れる物が無かったのか俺に隠れるフランちゃんだが、それはかなり悪手だと思う。

 

「レミリアの妹ですか?」

 

「ええ、そうよ。ちょっと人見知りがきつくてね」

 

「大丈夫ですよ、ほらほら。一緒にお料理しましょう」

 

「あわわ、あわわわあッ!!」

 

俺の側にいるという事でアリスちゃん達が集まって来て完全に逃げ道を断たれてあわあわわっとしているフランちゃんの姿に苦笑いを浮かべる。

 

「……お料理楽しいですのよ?」

 

【そうやあ、ほらおいでおいで】

 

ミイちゃんと酒呑ちゃんも声を掛けるが、2人の雰囲気が怖かったのか俺のGパンを握り締めて更に隠れる。

 

「……なんでですの?」

 

【なんでやろねえ?】

 

解せぬと言わんばかりだけどミイちゃん達は1回自分達の服装と雰囲気について考えるべきだと俺は思う。見かけからは想像出来ない妖艶さをどうにか出来るとは思わないが……その言動だけはどうにかなると思う。

 

【行きましょう、皆仲間に入れてくれますよ】

 

「そうですよ、行きましょう」

 

「え、あ、えっと……うんっ!」

 

凄く悩む素振りを見せたフランちゃんだがリリィちゃんと天魔ちゃんに手を引かれてパイモンちゃん達の輪の中に加わる。

 

「少し人見知りが治ってくれると良いんだけど」

 

「今回のが良い傾向になるんじゃないかな?」

 

アリスちゃんに好きなエプロンを選んで良いよと言われているフランちゃんの目は輝いており、レミリアちゃんの心配も分かるがすぐに馴染むと俺は思っていた。確かに仲間に入るまでは色々と思うかもしれないが、仲間に入ってしまば同年代だから仲良くなるのもすぐというのは俺の経験談でもあるからだ。

 

「みむ!」

 

「ぷぎゅー」

 

「ん、ありがとう」

 

チビとうりぼーが持って来てくれたりんごを摩り下ろしていると森の中から両手が巨大な槍のようになっている蜂が姿を見せ、一瞬身構えたが……。

 

「スピィ♪」

 

「ふかあ!」

 

「あ、ありがとう?」

 

俺に懐いた魔獣がどうも交渉に行って蜂蜜を貰って来てくれた様で、褒めてといわんばかりに頭を摺り寄せてくるのでその頭を撫でるとどうも周りの魔獣も食材を持ってくれば俺に褒めてくれると思ったようで……。

 

「くあああッ!!」

 

「ぴいぴい!!」

 

「がいがーう♪」

 

「ほげえ~♪」

 

「心眼、これどうしよう?」

 

森の中や地面を掘って食材を咥えて持って来て褒めろ褒めろと残像が見えるような速度で尻尾を振っている魔獣達の頭を撫でながら小山のようになっている食材の山を見て遠い目をしながら心眼に思わずどうしようと尋ねたが何時も頼りになる心眼の返事はどうにもならないと言うものであった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

今日の会議にはブラドー伯爵が参加してくれていた。あの夜の狂気に満ちた3人組の後にいる存在を知っているのはブラドー伯爵の可能性が高かったからだ。

 

「皆も分かっていると思うが、あれは外神に連なる者の一端だと我は思う。旧神や旧支配者と呼ばれる存在とも言える」

 

外れていて欲しかった予想がブラドー伯爵によって肯定され、思わず深い溜め息が出た。エレシュキガルのような古い神とは異なり、別の天体から地球にやってきた存在――それが旧支配者だからだ。

 

「間違いないのかしら?」

 

「ほぼ間違いない、シルフェニアが異界を開いた時に唐巣と共にすぐに封じたが……我々とは根底から異なる力を感じたからな」

 

余計な事をしてくれたと思うべきなのか、シルフィーさんも影響を受けていたのか定かでは無いが……この状況での第三勢力の登場には頭が痛くなる。

 

「小竜姫。直接戦った貴女に聞きますが、あれに勝てますか?」

 

「……無理です。恐らく最上級の神魔でも不可能です……あれは概念が違いますから」

 

概念の違い……物理法則や霊的法則の違いがあり、どう足掻いてもダメージを与えるのは不可能だという小竜姫様にブリュンヒルデさんが付け加える。

 

「あれは狂気そのものですから、下手に近づけば」

 

「私達も発狂すると……」

 

「はい。戦って勝利するのではなく、如何に発狂しないかが重要になると思います」

 

「「「それ無理ゲーにも程がある」」」

 

狂わせることに特化した概念から違う存在と対峙し、発狂しないようにするってどんな無理ゲーだと思わず声が出る。

 

「いや、そこまで不可能な話ではないと思うよ」

 

西条さんの言葉に会議室の全員の視線が向けられた。西条さんは困ったように肩を竦めながら不可能ではないと口にした理由を説明してくれた。

 

「確かに神自体には勝てないと思うけど、寄り代になっているあの3人なら打倒できる可能性は零じゃない。名前を隠したって事は彼女達もそれを把握しているからだ、彼女達の真名を見破る事が出来れば……勝機はあると思う」

 

真名……英霊であるからには避けられない弱点ではあるが、あの3人はどう見ても生まれも、場所も何もかも違うようにしか思えなかった。

 

「Sとユウユウと北斎って名乗ってたワケ」

 

「北斎はあり得ないでしょ?だってアレ男……いや、あり得ない話じゃないわね」

 

信長と牛若丸と言う前例があるので北斎も助成だった可能性もあると美神さんは口にしたが、私はそれに待ったを掛けた。

 

「何か思い違いをしてるような気がするんですけど」

 

「思い違い?具体的には?」

 

「いや、それは分からないんですけど……普通じゃない観点から見るべきではないでしょうか?それに神が憑依するとしても、何らかの繋がりが必要なはず……そこを調べてみて、そこから逸話を探るべきではないでしょうか?」

 

相手は常識外れの能力を持つ3人組だ。分かっているのもSが触手を使役するのと、ユンユンが炎を扱う事だけでまるで情報が無い。先入観は怖いと思うと付け加える。

 

「確かね。正体を隠そうとしているのだからミスリードを誘ってくるのは当然ね」

 

性別が違う英霊を何人も見ているのだ。英霊の正体を探るのも大事だが、それと同時にあの3人に力を与えている神も何のつながりも無い相手に力を授けるのは不可能な筈だ、何か、根本的に深い繋がりがある筈。

 

「難しい所ではあるな。余りにも情報が少ない」

 

「ジャンヌ・オルタが復活してくれれば何かヒントもあると思うけど……それは無理な望みね」

 

幼女の姿で横島と一緒にいるジャンヌ・オルタとリリィは完全な別人格なので多分尋ねても分からないだろうし……謎の3人組の正体について頭を抱えているとタタリモッケさんが会議室に入ってきた。

 

「今の横島の状況が分かりましたので報告に来ましたが大丈夫ですか?」

 

大丈夫か大丈夫じゃないかで言われると大丈夫では無いが、横島が無事かどうか知りたいので大丈夫と思わず反射的に返事を返した。

 

「すいません」

 

「ううん、良いわよ。行き詰ってたし、それでタタリモッケ。横島君は今何をしているの?」

 

タタリモッケさんが机の上に置いたTVのような機械に横島の姿が映し出されたのだが……。

 

『アガレス君は大盛り?』

 

『大盛りー♪』

 

『ん、分かった』

 

「「「「何これ?」」」

 

ログハウスの前に大鍋を置いてアリスちゃん達にカレーを振舞っている姿に思わずタタリモッケさんに視線を向けてどういう状況なのか説明を求める。

 

「私も良く分かってないんですけど、どうも皆でログハウスを作ってカレーを作ってるようです」

 

……私達が横島が無事か心配している中、当の横島はまるでボーイスカウトの引率のように異界で過ごしていると知り、思わず私達は天を仰ぐのだった。

 

 

 

~酒呑童子視点~

 

かれーとか言ううちの時代には無かった茶色い料理を口に運んだ。ええ香りがするなあと思っていたが、口の中に入れるとその香りはもっと強い物になった。

 

【美味いなあ、これ】

 

「吾は好きだぞ!甘くて美味い!」

 

カレーを口いっぱいに頬張って笑う茨木に良かったなあと笑いかけながら、1杯だけ貰えた酒を口にする。

 

(もっと飲みたいなあ)

 

ええ酒なのに1杯だけではまるで酔えず、うちの瓢箪を取り上げた旦那はんに視線を向ける。

 

「美味しい?」

 

「「「「おいしーい!」」」」

 

「良かった良かった。どんどん食べて良いからなー」

 

「「「「はーい」」」」

 

周りに座ってる子供は全員人間ちゃうのに、恐れる様子も無う、普通の子供のように接してるのに少し驚いた。

 

「横島は人とか人じゃないとかきにしないぞ?」

 

【そうみたいやねえ】

 

肝据わってるちゅう段階やなしに、わしと相手で種族がちゃうやらをまるで気にしてへんねんなぁ……。

 

(そりゃ茨木も懐くなあ)

 

器がでかい相手みたいや、訳隔てなく接するその姿は親や兄を連想させる。

 

(お姉はんもぞっこんになる訳や)

 

龍神なのに人に惹かれている理由もなんとなしに分かった気がするえ。

 

「茨木ちゃんと酒呑ちゃんはおかわりいる?」

 

「いるぞー!今度も山盛りだ!」

 

【うちはお酒がええなあ?】

 

カレーもうまいがそれよりも酒欲しいと流し目ぇ向けると旦那はんは深い溜め息を吐いて、取り上げた瓢箪を返してくれた。

 

「周りに小さい子がいるから、面白半分で飲ませないこと、分かった?」

 

【分かってるって!いやあ、ええ旦那はんやねえ!】

 

天狗や龍神、妖怪も纏めて引き寄せる何かを持ってる……。

 

(やっぱり正解やったなあ)

 

この人間の側にいれば側におったらおもろい事になる思たのは間違いでは無かったと笑みを浮かべながら酒を呷った。

 

【はーおいしいなあ】

 

「しゅーてーん、吾も「茨木ちゃんは飲んじゃだめ!」うぎゅう」

 

【あっははは、諦めやあ♪】

 

気ぃ真面目やさかい注意されては我慢するしかあらへん茨木を見て笑いながらうちは杯に酒を注ぎ入れ、旦那はんに視線を向ける。

 

「みーみー」

 

「ぶーいぶいぶいーい!」

 

「フカア!!」

 

「あ、あーん」

 

「ちょっと待ってちょっと待って、そんなに一気に無理だからぁ!」

 

ご飯を食べさせてくれと纏わりつかれ、困ったように笑いながらも楽しそうにしてる姿を見てうちはにやりと笑うた。

 

【ほんまにおもろい人間やなあ】

 

小僧や牛女に近い実力がありながら怪異に近う、寄り添うとするそのあり方がおもろおしてしゃあなかった。

 

(裏切ったらどんな顔をするんやろ)

 

「酒呑。それをしたら吾がお前を殺すぞ」

 

【あはぁ……ややなあ、そんなことせえへねんよ】

 

うちに釘を刺してくる茨木に誤魔化すようにそう言いはしたけど、うちを警戒するように見つめてくる茨木を見て、うちはますます笑みを深めた。

 

(ああ、本当におもろいなあ)

 

茨木がうちを殺すと言い切った。うちよりも旦那はんを選んだのだ、その事が面白くて面白くて込み上げてくる笑みをうちは隠しもせんと笑い続けるのだった。

 

 

 

 

~心眼視点~

 

 

美神達には悪いと思っているが、この異界は横島にとって非情に都合のいい物だった。人造神魔である紫、ベリアルとネビロスの娘のアリス、龍神族の天才児天竜姫、そして天狗として英才教育を受けていた天魔の4人が作り出した異界は正直に言えば妙神山の結界よりも遥かに強力な結界に覆われた次元の狭間と言えた。

 

「うー……」

 

「はい、あーん」

 

「う、うーあー」

 

人参を食べたくなくて口を閉ざしていたが、横島に口に運ばれて嫌そうに人参を食べている姿は子供そのものだが、次期天界と天狗界の長になる存在の天竜姫と天魔のポテンシャルはやはり凄まじいものがある。

 

「美味しいのに」

 

【私も人参は好きですよ!】

 

「アリスちゃんとリリィちゃんは好き嫌いが無くて偉いなー」

 

頭を撫でられ気持ち良さそうに目を細めているリリィとアリスに対抗するようにうーうー唸りながら人参を頬張ってる姿を見ながら、この異界がどんなものか考える。

 

(魔界とは自由に行き来出来る事、それと叱られるから東京には行ってないが紫達なら東京に向かう事も可能だろう)

 

では何故横島が結界の外に出れないかと言うと、これも予測は付いている。横島と何時も遊びたいという子供ならではの我が侭が無意識に横島を異界の外に出ることを拒んでいるのだろう。ここまでの自由度があり、神魔でも認識出来ない異界となり、更にアリスたちが拒めば外に出ることも叶わないという性質を考えると横島を守る事も、そして横島の敵対者を閉じ込める事も可能と応用力が桁違いに高い異界だ。ここまでの物となると最上級の神魔でさえも作れない全く新しい術式の世界と言えるだろう。

 

「みむみむ」

 

「うきゅー」

 

「はいはい、チビとモグラちゃんもあーん」

 

「みむう♪」

 

「むふー♪」

 

そしてチビ達が育つにも適した世界であり、アリス達が望めばどんな場所にも拡張出来る……。

 

(この世界は横島に必要だな)

 

この世界を放棄するのは余りにも勿体無い、横島の魂の状態も驚くほどに安定している事を考えればこの世界から脱出する事は忘れてはいけないが、この世界をいかに活用するかを考える事が重要なのだと私は思っている。

 

「お、美味しいよ?」

 

「そっかそっか。良かった良かった、おかわりも沢山あるからな」

 

「う、うん!」

 

それに何よりも横島が心からの安堵の笑みを浮かべているのが良い、悲壮感に満ちた顔よりもこの穏やかな表情をもっと見る為にはこの世界が必要不可欠と言うのが私の出した答えであり、外に出れば烈火の様に怒るであろう美神達をどう説得するかが私が今考えているすべてなのだった……。

 

 

 

 

リポート15 不思議の国の横島君 その3へ続く

 

 

 




レミリアが出たので妹のフランもINしました。後は東京側はフォーリナー3人娘の正体に思い悩み、そして酒呑は全部ぶっ壊しても良いかなあと思っているとほのぼのしていても爆弾が設置される横島となりました。次回は完全にキャンプのような話でわいわいとやっていこうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

30連でティアマトママをお迎えできました。
でも種火とQPがないので育成出来ないZE☆


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その3

リポート15 不思議の国の横島君 その3

 

~横島視点~

 

魔界の魔獣達とアリスちゃん達に協力して貰って作ったログハウスに似つかわしくないモフモフのベッドの上に座る。

 

「ふおッ!?」

 

あまりにふわふわ過ぎて視線が下がり思わず変な声が出た。チビ達もこんなモフモフの布団は初めてなのか布団の上で跳んだり跳ねたりして楽しそうにしている。

 

「そろそろ寝るぞー」

 

「みむ!」

 

「うきゅー」

 

「すぴーすぴー」

 

チビは元気よく返事を返し、まだ遊びたいモグラちゃんは少し不満そうに、そしてうりぼーは布団の中に埋もれてもう眠っていた。

 

「よっと」

 

「ぷーごー」

 

「ごめんごめん。でも潰したら危ないからな」

 

寝ていた所を持ち上げられたので不満を口にするうりぼーだがマスコットフォームのチビ達は小さいので寝返りで押し潰したりしたら危ないのでタオルを丸めた即席の寝床に眠らせる。

 

「ぷぎゅう……」

 

怒っていたが、眠気が勝ったのか再び寝転がり眠り始めたうりぼーに一安心しつつ、俺も寝る準備を始める。寝る準備と言ってもタタリモッケさんが持って来てくれたパジャマに着替え、枕と布団を整えて、寝る前に軽くストレッチをする。

 

「みーむ、みみむー」

 

「うきゅ、うきゅきゅ」

 

俺がストレッチをしている間にチビとモグラちゃんは布団を踏んだり、身体を擦り付けたりして自分に合う様に丁寧に寝床を整えてるのを見ながらベッドの下に視線を向ける。

 

「おやすみなー」

 

「ふかー」

 

「ヨーギッ!!」

 

「こ、ここお……」

 

「ぴいぴい!!」

 

「すぴょー、すぴょー」

 

「ぴよぴよ」

 

「クアアアー!!」

 

寝る気満々だったりまだ寝たくないとアピールしてたりするが電気を消せば必然的に眠るだろうと電気を消すと、天井近くを飛んでいたペンギンとピー助もゆっくりと床の上に着地し、タオルの中に潜り込んだり、用意しておいた箱の中に入って眠る準備を始めるのを見て、俺も布団に潜り込むとやはり慣れない場所ではあるが、ログハウスを作ったり皆とカレーを作ったりした疲れもあったのか自分で思うよりも早く眠りに落ちた。

 

「「「「3-2-1……どかーんッ!!!」」」

 

「おぶうっ!?」

 

フカフカでもふもふのベッドで安眠していたのだが、強烈な痛みで変な声を上げながら目を覚ます。一体何事かと痛みに顔を歪めながら目を開くと満面の笑みを浮かべたアリスちゃん達の笑顔が飛び込んできた。

 

「お兄ちゃん、お散歩、お散歩行こうよー!!」

 

「散歩だ、散歩に行くぞ。横島ーッ!!」

 

【散歩です!もう皆待ってるのです!!】

 

「わ、私も散歩行きたいなー」

 

「……お散歩ですの」

 

「お散歩ですわ!行きましょうお兄様!!」

 

「早く早く」

 

「朝ごはんはタタリモッケが作ってくれるから大丈夫ですので行きましょう!」

 

内臓が飛び出るんじゃないかと思うほどの衝撃と痛みだったが、目をキラキラさせて散歩に行こうと言うアリスちゃん達の姿に俺は全身の痛みを気合で堪えて笑みを浮かべた。

 

「良し、行こうか、着替えるから待っててくれる?」

 

元気の良い返事を返し部屋を出て行くアリスちゃん達の姿を見送ってから俺は膝を着き、ベッドサイドの机の心眼を掴んで頭に巻いた。

 

【だ、大丈夫か?】

 

「……心眼。俺ロリコンって言われても良いから明日があれば、広間に布団を広げて雑魚寝するわ」

 

目覚めのボデイプレスは駄目だ。1人か2人ならまだ何とかなるけどアリスちゃん、紫ちゃん、リリィちゃん、フランちゃん、茨木ちゃん、天魔ちゃん、天竜姫ちゃん、ミイちゃんの総勢8人は駄目だ。冗談抜きで致命傷だ……心眼が霊力を循環させて回復してくれなかったら間違い無く死んでいたと思うほどのダメージだ。

 

【そうだな。私もそれが良いと思う……その内死ぬぞ、人数が凄い事になってるからな」

 

「……うん」

 

昨日は疲れていたのもあるし、ちゃんとアリスちゃん達の寝る所も作ったから別々にしたけど……これは絶対に判断ミスだった。

 

「とりあえず着替えて散歩の準備するわ」

 

【霊力を循環させて回復させる。最初は無理をするなよ、起きたばっかりだからとか理由をつけて最初はゆっくり歩くんだ】

 

「……分かった」

 

外からきゃっきゃっと楽しそうなアリスちゃん達の声がしているのでいつまでも待たせるのは悪いと思い、パジャマから服に着替える間に心眼からの助言に返事を返しながら、思うように動かない体に四苦八苦しながら着替えてアリスちゃん達と散歩へと出かけるのだった。

 

 

 

~紫視点~

 

暖かく降り注ぐ太陽の光と爽やかな朝の風、そして風で揺れる木の葉の音……そのどれもが完全に自然の物だ。

(少し失敗してしまいましたが……その失敗以外は完璧ですわ)

お兄様が自由に出入りできないという致命的な失敗があった物の、それ以外は完璧だったと胸を張って言える。私の作れる異界は何もないがとても広い、その広い空間を天魔と天竜姫に協力して貰って改造した事でこの世界は完成した。

 

「朝も夜もあるけど、異世界なんだよな?」

 

「はい。天狗と竜族の秘術で作っています、ね。天魔」

 

「はいです。でも世界の枠組みを作ったのは紫ですよ」

 

「頑張りました!」

 

ふんすっと胸を張るとお兄様が頭をわしゃわしゃと撫でてくれて自然と笑みが零れる。

 

「……でも横島が帰れないのでは失敗では?」

 

ミィの鋭い言葉が胸に突き刺さった。私達も初めての事で試行錯誤をしていましたが、世界を作る事ばかりに集中しすぎて出入りを計算していなかったのは致命的なミスだと思ってる。

 

【そこまで気を落とすこともあるまい。くえす達が何とかしてくれれば横島も出入り出来る世界になる、この世界は良く出来ているよ】

 

普段、厳しい事を言う心眼に褒められた事に少し驚いて、思わずお兄様の方を見上げる。

 

「でも実際俺も良い所だと思うよ。自然が一杯だし、チビ達も喜んでるし」

 

お兄様も喜んでくれているようで良かったと安堵しながら皆でログハウスの周りを散歩する。

 

【ちょっと見ない間に凄く魔獣が増えてますね】

 

「お兄ちゃんがいるから魔界からこっちに来てるんだよ」

 

「横島は魔獣に大人気です」

 

優しいお兄様はアリス達にも私達にも、そして魔獣達にも大人気で、お兄様がいるので新生の地からこっちに遊びに来ているパイモン達や、魔界からこっちに移住してきている魔獣もいるくらいだ。

 

「横島ー!おはよーう!!」

 

「たまあーッ!!!」

 

そんな事を考えているとたまちゃんの上に座ったチルノが川を遡りながら手を振ってくるので皆で手を振り返す。

 

「そうだ。朝ごはんを食べたら湖に遊びに行きましょうか」

 

「湖まであるの?」

 

「ありますよ!天竜姫達と凄く頑張って色々作ったんですよ」

 

指折りしながら天竜姫と天魔と一緒に作った物をお兄様に教える。

 

「えっとまず森を作りました。次に原っぱで……」

 

「山と川を作って……後は……」

 

「チルノが氷河を作ってたと思います」

 

「……なんで氷河?」

 

お兄様が不思議そうな顔をして尋ねてくるけど私達からすれば逆になんでと言いたくなる。

 

「たまちゃん達とリヴァイヤサンがこっちに来てるからだよ?たまちゃん達はあんまり強くないから安全なこっちに移住してるんだよ」

 

アリス達と話し合って弱い魔獣がこっちで暮らせるように環境を整える事にしたのだ。

 

「でもあの子達とかと喧嘩しない?」

 

お兄様の視線の先ではお兄様の使い魔になりたい魔獣達が原っぱの上を転がったりして思い思いに遊んでいる。確かに心配するのは分かるけど紫達もちゃんと考えているので大丈夫だと満面の笑みを浮かべた。

 

「意地悪する子は魔界に追い返すから大丈夫なんです」

 

「ちゃんとこっちに来る前に説明してるんだよ!だから大丈夫」

 

あくまでこの世界は私と天魔と天竜姫の3人で作った世界なので、私達がある程度コントロール出来る。お兄様に会いたくてこっちにきても意地悪や喧嘩をするなら魔界に追い返すという事を説明し、そこからこっちに来ているのでお兄様の心配は大丈夫なのだ。お兄様は何か複雑な表情をしているけど、何でだろうと首を傾げているとたまちゃんが泳いでいる川のほうから奇妙な鳴声が響いてきた。

 

「ほ、ほげええ~ッ!!」

 

川を流されている赤いワニ……手をばたばたしているのを見て最初は手を振っていると思ったのですが……。

 

「溺れてる!?伸びろーッ!!」

 

どうも泳いでいるのではなく溺れていたようでお兄様が霊力の手を伸ばし、溺れていたワニを陸に引き上げた。

 

「ほ、ほげ……」

 

「ワニなのに泳げないんですのね?」

 

「そうだよ?この子は火山の近くで暮してるから泳げないんだ」

 

「そうなんだ……大丈夫か?」

 

「ほげ!」

 

お兄様の言葉にありがとうと言わんばかりに笑みを浮かべて、尻尾を振りながら赤いワニはぽてぽてと歩いていった。

 

「不思議ですわね」

 

「そうだねー」

 

ワニなのに泳げない奇妙なワニ、愛らしいその姿をみんなで見送っていると茨木が両手を上げた。

 

「横島!吾は腹が減った!そろそろご飯に戻ろう!」

 

「ん、そっか、じゃあ家まで帰ってそこからまた遊びに来ようか。時間は沢山あるし」

 

お兄様の言葉に私達は元気よく返事を返し、ログハウスまで戻ったんですけど……そこには驚きの光景が広がっていた。

 

「はっはっは!」

 

「くーん」

 

「きゅ、きゅ……」

 

大きな犬みたいな魔獣とその子供の目も開いていない子犬に、細長い身体をしたイタチみたいな魔獣が2匹とその間に尻尾で立っている小さな赤ちゃんみたいのがいた。しかもそれだけじゃなくて自分の子供を口に咥えて色んな魔獣がログハウスに集まって来ているのが遠目でも分かる。

 

「お兄ちゃんの所が1番安全だから皆集まって来てるみたい」

 

「そっかあ……これ犬小屋とか作らないと駄目かなあ」

 

「お手伝いしますわ」

 

【私もお手伝いしますよー!】

 

お兄様を頼って来ているのだからちゃんと寝床を作って上げようと話をしていると大きなお腹の音が響いた。

 

「寝床を作ってやるのは良いが、まずは吾達の朝御飯が先だ」

 

「……そうですの、お腹空きましたの……」

 

茨木とミィがお腹空いたと言った後に私達もお腹が音を立てた。

 

「良し、じゃあまずはご飯にしようか」

 

「「「はーい……」」」

 

お兄様にお腹の音を聞かれたと言う事を恥ずかしいと思いながら私達は返事を返し、タタリモッケさんが用意してくれた朝ご飯を食べる為にログハウスに向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

~レミリア視点~

 

メイドと執事に見送られて新生の地から紫達のいる異界へと足を踏み入れると沢山の魔獣が空を飛んでる姿が目の前に広がり、思わず笑ってしまった。

 

「弱い個体は全部こっちに流れて来たみたいね」

 

新生の地には魔獣の繁殖地もある。だけど弱い個体は強い個体に襲われ命を失う事もあるので、戦闘に向いていない魔獣が移住先を求めてこの異界に来るのは正しい選択だと思う。

 

(さてとフランはどうなったかしら)

 

家に帰ろうと声を掛けたもののこっちが良いと残ったフランには正直驚いた。人見知りがきついフランが半日くらい一緒にいただけで横島を選んだのだ。横島の側にいれば少しは明るくなるかなと思ってはいたが、流石に此処までの変化には驚きを隠せない。

 

(横島って何かフェロモン見たいのでてるのかしら?)

 

私含めてだが、なんと言うか横島に感じる妙な安心感の正体は一体何なのだろうか?冗談でフェロモンと言ったけど、それもあながち間違いじゃないのかしらと思いながらログハウスへと向かう。するとログハウスの方からトンカチか何かを振るう音が響いて来た。

 

「昨日の今日でもう増築してるのかしら?」

 

人が暮すには十分な大きさのログハウスだと思ったけど、何かあったのかしら?と少し早足で歩き出しログハウスの前を見てわたしは驚きに目を見開いた。魔界でも弱い個体の多くが横島の家の周りに集まってきたのか、横島達が小屋を作っていたのだが、信じられないことにその輪の中にフランの姿もあったのだ。

 

「きゃーうきゃーう」

 

「じぐー」

 

「くすぐったいよお。もうちょっとでお家が出来るから待っててね?あ、お姉様だ!見て見て、一杯集まってきたんだよ!」

 

私に気付いて見て見てと笑いながら魔獣の赤ちゃんを抱えて笑うフランの姿は以前とは考えられないほどに明るい物だった。

 

(半日でこれかあ……)

 

ほんの少しでここまでフランを変えるとは……やはり横島からはフェロモンが出ているのかもしれない。

 

「おはよう。横島」

 

「お?レミリアちゃんかおはよう」

 

【おはよーございます!】

 

「おはようです!」

 

横島におはようと声を掛けているとリリィ達も集まって来ておはようと声を掛けてくるので、おはようと返事を返しながら山積みされている木材に視線を向ける。

 

「小屋を作っているのかしら?」

 

「そうですわ。沢山集まって来ているので寝床を作ってあげているのです」

 

「レミリアも手伝え、やってみると案外楽しいぞ」

 

頬をペンキで汚しながら刷毛を差し出してくる茨木から一歩はなれる。

 

「レミリアは手伝ってくれないんだってお兄ちゃん」

 

「手伝わないとは言ってないでしょうアリス。ドレス姿で出来ると思うの?少し着替えるから待ちなさい」

 

自分達は汚しても良い服装に着替えているので良いが、私はドレスという事を考えて欲しい物だ。

 

「ログハウスの中にタタリモッケさんが用意してくれた服があるから手伝ってくれるならそれに着替えると良いよ」

 

「分かったわ。皆でやってるのなら私も手伝うわよ」

 

普段はこういう事はしないがフランもいるし、何よりもアリスに馬鹿にされるのは面白くないので手伝うと返事を返してログハウスの中に入って更に驚いた。

 

「どうなってるのよ、これ」

 

弱い個体は総じて警戒心が強い物だが、ログハウスの中で仰向けで寝ていたり、集まって団子になっていたり、思うように歩けないので地面を這っていたりともうとんでもない騒ぎだ。恐らく最初に寝かしていただろう毛布には1匹か2匹しか残っておらず、他の赤ちゃんはあっちこっちに移動している。

 

「……横島が人間界に帰れるようになっても定期的に来て貰わないと困るわね」

 

横島の側が安全だと認識して集まって来ているので、アリス達にはちゃんと行き帰り出来る様にしてもらわないと思いながら動きやすい服に着替えてログハウスの外に出る。

 

「ワニの姿をした小屋が作りたいのだ!」

 

「私はねぇ~ラクダちゃん」

 

「よーし、難しいけど頑張ってみるかあ」

 

きゃっきゃっと楽しそうに切った木材を組み合わせて新しい小屋を作っている横島に無理難題を言っているアガレスとパイモンに呆れながら、ペンキを塗っているフランの元へと向かう。

 

「お姉様もはい!」

 

「ありがとう。さてとこの私が完璧な色塗りを見せてあげるわ」

 

 

「赤一色ってなんで?」

 

「なんでよ、綺麗じゃない」

 

【いえ、ちょっと趣味が悪いかなーって】

 

「……ちょっとじゃなくて趣味悪いですの」

 

「なんで!?横島は良いと思うわよね!?ってフラン何してるの!?」

 

私の完璧な色塗りにアリス達に趣味が悪いと言われて、横島にどう思うのかと尋ねようと振り返り、思わず私はフランの名を呼んだ。

 

「え何?」

 

「なにお姉様」

 

「なんで私がやってるのを見てないの!?」

 

横島におんぶされているフランと、フランを当然のようにおんぶしている横島に向かって思わず叫んでしまった。

 

「赤ばっかりで詰まらないから」

 

「え?そう?赤ってレミリアちゃんって感じで良いと思うけど」

 

「そうでしょうそうでしょう、じゃなくて!なんで私を誘って横島と遊んでるのフラン!?」

 

横島が同意してくれた事で一瞬気がそれたがそうじゃないと私は地団駄を踏みながらフランを引き摺り下ろしに行ったのだが……。

 

「よいしょ」

 

「よいしょじゃなーいッ!!レデイを当然のように抱っこするのはマナー違反よッ!」

 

横島にすっと抱っこされて凄く落ち着きかけたが、そうじゃないと声を荒げる。

 

「じゃあ下ろす?」

 

「抱っこしちゃだめとは言ってないわよ!?」

 

別に嫌いとか嫌だってわけではないのだが、アリス達と同じって思われるのは何か嫌だけど抱っこはして欲しいし。

 

「どっち?」

 

横島が心配そうな顔で私の顔を覗き込んできて、私の中の何かのゲージが振り切れるのを感じた。

 

「ああああああ――ッ!!」

 

自分でも理解出来ない感情に葛藤し、私は横島に抱っこされたまま奇妙な鳴声を上げ続けて、冷静になった後にログハウスの中に引き篭もる事になるのだった……。

 

 

 

 

リポート15 不思議の国の横島君 その4へ続く

 

 




チビッ子の数が増えてきたのでボデイプレスが瀕死のダメージになり掛けている横島と幻想郷【?】の説明をしてる紫ちゃんと葛藤しているレミリアとかなりワイワイしております。最近シリアスターンが多かったので、偶にはこういうほんわかのんびりも良いと思います。次回は半分横島視点、半分蛍視点で異界と東京を繋ぐ門を作るところまで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします。


PS

全然関係ないですがデッドスペースのアイザック強いですよね。
我が家にはアイザックのフィギュアとプラズマカッターの玩具が合ったりします。


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その4

リポート15 不思議の国の横島君 その4

 

~横島視点~

 

紫ちゃん達の異界に閉じ込められて4日が過ぎた。最初は外に出れるのかと僅かに不安だったが、アリスちゃん達が魔界と行き来しているのでその内俺も行き来出来るようになるだろうと不安に思うのではなく、前向きに考えるようにした。

 

「フランちゃん、重いよ~」

 

人見知りがきついと言っていたフランちゃんも4日の間に俺に懐いてくれのか、良く背中におぶさってくるようになっていた。勿論紫ちゃん達とも仲良くなっていてレミリアちゃんが心配していた人見知りは完全に解消したと思う。

 

「むーフラン重くないもんッ!」

 

「ごめんごめん、散歩行くんだろ?ほら、1回降りて」

 

女の子に重いって言うのは悪かったなと自分の失言を謝り、降りるように促すと軽く羽ばたく音がして背中が軽くなる。宝石が付いている翼を羽ばたかせて俺の前に回ってくるフランちゃんは華が咲くような満面の笑みを浮かべていた。

 

「今日はどこまでお散歩に行くの?」

 

「んーどうしよっか?」

 

フランちゃんが降りてくれたのでリュックを背負い、ベッドの上で散歩を待っていたチビノブを抱っこする。

 

【ノブウ!】

 

「っとと」

 

だがチビノブは抱っこがあんまり好きではないのでよじよじと身を捩り、俺の身体をするすると移動して肩車のような態勢になり俺の頭の上に顎を乗せる。

 

【ノブウ~♪】

 

満足そうな鳴声を上げているチビノブにやれやれと肩を竦めながらログハウスを出る。

 

「みーむうー♪」

 

「ヨギ!ヨギー!!」

 

「ふっかー!」

 

「お兄ちゃん!早くお散歩行こうよ!」

 

「今日は氷河まで行くぞー!」

 

「たまぁ~!!」

 

きゃっきゃっと楽しそうに笑うアリスちゃん達とチビ達に笑みを浮かべながら散歩に行くぞーと声を掛けて日課である散歩を始める。

 

【お兄さん!私は氷河より原っぱが良いです!そりもありますし!】

 

「そりは良いな!あの原っぱを滑り降りるのは楽しいぞ!!」

 

「それでしたら私はブランコの方が良いですわ、お兄様はどうですか?」

 

「ブランコか、あたいもブランコは好きだぞ!!」

 

3人集まれば姦しいと言うが3人所ではないので物凄く賑やかだ。

 

「そうだなあ、じゃあ時間があるからブランコに行ってそこから原っぱに行こう。それなら良いだろ?どうかな」

 

どうせこの異界にいてやる事と言えば遊ぶ事や散歩に炊事洗濯に魚釣りやボール遊びくらいしかないのだ。お昼まで時間は沢山あるし、両方行こうと提案する。

 

「……それでしたら私、先に原っぱでそりの方が良いですわ」

 

「私はブランコの方が良いけどね」

 

「私も~レミと同じでブランコの方が良いわ~」

 

「えー、お姉様もパイモンもそりの方が楽しいよ、ね?ミィ」

 

「……ねー?」

 

「「「むーッ!!」」」

 

互いに行きたい所が違い揉めているアリスちゃん達を止める為に手をパンっと叩くとアリスちゃん達だけではなく、チビ達の視線も俺に集まる。

 

「喧嘩しないの、折角遊びに来たのに喧嘩したんじゃ意味が無いじゃないか、皆で仲良く遊んだ方がずっと楽しいと俺は思うよ」

 

ブランコもそりも、此処に来てから皆で作った遊び道具だ。勿論好みがあるのは分かっているが、それで喧嘩するアリスちゃん達を見るのは俺としてもとても辛い。

 

「ごめんなさい、お兄ちゃん」

 

【ごめんなさいです、お兄さん】

 

「怒ってる訳じゃないんだよ。でも皆で遊びに来てるんだ、楽しく喧嘩せずに遊ぼう。そうだな、ここからだとブランコが近いから先にそっちに行って、そこから原っぱに行こう」

 

保父さんに向いているって言われてるけど、こういう場合の仲裁とかの対応はまだまだだなと自分で思う。

 

(今度タタリモッケさんにきいとこ)

 

この異界にはこれからも度々来る事になるだろうし、タタリモッケさん達に保父さんとしての心得を教わろうと思っていると額をぺちぺちと叩かれた。

 

【ノブウ】

 

「ははは、ごめんごめん、チビノブもブランコ好きだよな。行こうか」

 

【ノッブウ♪】

 

ブランコが好きなチビノブが俺の頭の上で歌う声を聞きながらブランコのある巨木の下へ走っていくアリスちゃん達の後を追って歩き出すのだった……。

 

 

 

~アリス視点~

 

大きな木が沢山並んでいる広場には皆で作ったブランコがぶら下がっている。その内の1つに腰掛けて足をパタパタとさせながらまだかなまだかなとそわそわしながら待つ。

 

「よいしょー」

 

【ノーブウ♪】

 

「よいしょーッ!」

 

【ノッブウ♪】

 

お兄ちゃんがブランコの後を押してくれるのが楽しみで楽しみでしょうがない。ワクワクして待っているとお兄ちゃんにグッとブランコを押されたチビノブがタイミングよくブランコの上から飛び出した。

 

【ノーブッ!!】

 

「「「おおーッ!!」」」

 

空中でくるくると回転しVサインをしながら着地をするチビノブの姿に皆の楽しそうな声が響いた。

 

「お兄ちゃんあれ!アリスもあれやりたい!!」

 

「えー危ないよ?」

 

「大丈夫だよ!アリスもやるッ!!」

 

お兄ちゃんは危ないからと言うがどうてもチビノブと同じ事がやりたくて駄々を捏ねる。

 

「軽くだよ?」

 

「分かってる!!」

 

優しく押してもらっていても何回かそれを繰り返せば十分なスピードが出てくる。そしてブランコが1番高くなったタイミングでブランコから飛んで両手でスカートを押さえる。

 

「とっと、ぶいッ!」

 

着地の瞬間に少しバランスを崩したけど、スキップの要領で態勢を立て直してくるりと回転してお兄ちゃんに向かってVサインをする。

 

【お兄さんお兄さん!私も私もやります!】

 

「私も面白そうなのでやってみたいです!」

 

アリスが飛んだことでリリィ達も私も私もと言い出して、ブランコジャンプの飛距離を競う遊びが始まった。

 

 

「むふうー♪アリスが1番!」

 

皆も飛んだけど1番遠くに飛んだのはアリスだったのでお兄ちゃんと手を繋ぎながらそりの場所へ向かう。

 

「楽しかったみたいだけど危ないから俺かタタリモッケさんがいるときじゃないと駄目だからね?」

 

「「「「分かってるー♪」」」」

 

ブランコジャンプは危ないから俺がいるときじゃないと駄目だと繰り返し言うお兄ちゃんに分かってると皆で返事を返し、今度は原っぱでそり遊びをすることになったんだけど……。

 

「わっととと」

 

「きゃーッ♪」

 

皆1人で滑っているのにお兄ちゃんの膝の上に座って楽しそうな声を上げている紫を見て、そりが止まった所で皆が一斉に動き出した。

 

「私も、私も!!」

 

【ノーブウー】

 

「アリスもお兄ちゃんとそり乗る!!」

 

「あたいもーッ!!」

 

お兄ちゃんと一緒だともっとスピードが出るみたいだし、お兄ちゃんに抱っこして貰ってるみたいなのも良いなと思い、お兄ちゃんに皆で強請る。

 

「はいはい、順番な~あと喧嘩しないこと」

 

「「「「はーい!」」」」

 

1人ずつお兄ちゃんに抱っこされながらソリで原っぱを滑り降りる。1人で滑るよりもずっと早くて、お兄ちゃんに抱っこされているのも凄く良かった。

 

「もっかいもっかい!!」

 

「次アリスー」

 

「アリスはさっきやったでしょ、次は私よ。横島」

 

「私はまだ1回です、横島。私です!」

 

「ま、待って、ちょっと、ちょっと休ませて……」

 

「「「「やだやだやだやだッ!!!」」」

 

アリス達の駄々にお兄ちゃんは分かった分かったからと返事を返して、そりを抱き抱えたところで振り返った。

 

「紫ちゃん。上まで運んでくれない?」

 

「いいですわよ、でも次は私ですわ。いいですわよね?」

 

上まで運んでくれる変わりに自分が先と言う紫に不満はあったけど、多分お兄ちゃんが登っていくともう無理と言うと思ったので嫌だと思いながらもアリス達は良いよと言うしかなかった。

 

「きゃあああ――ッ♪」

 

でもその後に順番でお兄ちゃんに抱っこされたままソリ遊びが出来たので良いのかなと思う事にするのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

横島君が天竜姫達の作った異界から出れなくなって4日目……大分時間は掛かってしまったが私達の結論は決まった。

 

「異界は存続、観察した後に本当に安全だと分かれば異界と結界を強化して安全なシェルターにするで決まりでいいわよね?」

 

正直現状では天界も魔界も決して安全とは言えない状況だ。人間界だって決して安全とは言えず、どこに裏切り者がいるか分からない中で安全な拠点と言うのは喉から手が出る程欲しい物だ。天竜姫、天魔、紫ちゃんの作った異界がどれ程のレベルかは判らないが、天界からも魔界からも干渉できないと言うのならば横島君の隠れ家としてこれ以上最適な場所はないと言うのが私と琉璃、そして西条さんと冥華おば様の出した結論だった。

 

「私は最初からそうするべきだと言ってますわよ?」

 

くえすだけが最初からそうするべきだと提案していたが、いざとなると決断を下すのはやはり難しいしデリケートな問題なのだ。

 

「どの程度の異界か分からなかったからよ。それに異界が横島君にどんな影響を与えるか分からないし」

 

「やっぱりもう少し考えたほうが」

 

横島君の影響ということ場に蛍ちゃんがもう少し考えたほうがいいのではという意見を出す。

 

「私もやっぱりちょっと心配です」

 

「私も~」

 

おキヌちゃんと冥子も心配だと口々に言い出すと琉璃が手をパンと叩いた。

 

「悪い影響とは限らないわ、狂神石の力を弱体化させる可能性も十分にあるの。不安要素は確かにあるけど足踏みしているだけじゃ何も変わらないわ」

 

不安が無いわけでは無いが、横島君が安全に過ごせる場所の可能性が高いのならば非常にありがたい話だ。

 

「同行してくれるのよね?鬼一法眼」

 

「かんらからから。勿論、天魔は僕の弟子の1人だからね、ちゃんと師匠として見に行くとも」

 

「私も勿論同行しますよ、予定が合えばヒャクメも連れて来たいと思いますし……状況によってはその……地龍一族も」

 

「「「それはちょっとどうかなって思う」」」

 

結界の使い手としては優れているかもしれないが、余りにも人格面が-に振り切りすぎている。

 

「でも実際地龍の結界って凄く優秀でしたよね」

 

「これで人格面も優れていたらと思わずにはいられないわね」

 

事実東京の悪霊の出現率は大きく低下していた。流石に景清襲撃時に大量に発生した悪霊やガーゴイルを止めるのは無理だったが……それでも優秀な術者と言うのは間違いないんだけど……。

 

「なんであんな変態になったの?」

 

「……なんでも昔まだモグラだった時に面倒を見てくれたのが子供だったらしくて、600年くらい前の話らしいんですけど……その人と横島さんが良く似ているとかなんとか」

 

……高島の後の横島君の転生した姿とか言い出しそうな気がする。

 

「と、とりあえず今回は保留で、小竜姫様とヒャクメさんと鬼一法眼さんに同行して貰うという事でいいですよね?」

 

琉璃が強引に話を締めに来たが、今回はそれでいいと思う。これで下手に話を長引かせて地龍一族もってなるよりかはずっと良い。

 

「もう異界は開けるの?」

 

「横島の気配は覚えていますからね、別にすぐに開けない事はないですが……まぁ当然ながら私だけでは力が足りないので、これから小竜

姫達に手伝って貰って準備するって形になりますかね」

 

「それじゃあそっちはくえすにお願いするわ。私達は私達でちょっと調べたい事もあるし……」

 

4日時間が掛かったのは何も異界をどうするかとかだけの話ではない、今現在東京で起きている心霊事件の件があったからだ。

 

「西条さん。この連続辻斬り事件なにか分かりました?一応タマモに頼んでカマイタチを捕獲してますけど……」

 

ここ数日都内で頻発している辻斬り事件……最初は横島君の家に来ているカマイタチの仕業かと思いタマモとシロに監視をして貰っている。

 

「私絶対違うと思いますよ。あの子……結構ポンコツですし」

 

「蛍と同じですわね」

 

くえすが毒を吐き蛍ちゃんと口論を始める姿を見て額に手を当てて思わず溜め息を吐いてしまう。横島君がいないだけでこの相性の悪さである、元々決して相性が良いわけでは無いが横島君がいないとすぐに口論や喧嘩に発展してしまうのは仲が良いのか悪いのかと、それともそんな言葉で片付けられない何かがあるのか……仕事なら協力できるが、日常では本当にくえすと蛍ちゃんの相性は最悪だ。

 

「カマイタチに関しては解放してくれて良いよ。やっぱり彼女は白だった」

 

「ですか……おキヌちゃん、悪いけど横島君の家に電話して来てくれる?それとシズクに頼んで彼女が欲しいって言う物を買ってあげてって」

 

「分かりました。すぐに電話してきますね」

 

正直カマイタチはグレーだと思っていたが、こうして拘束して監視していたという記録があれば彼女の身の安全は保障されるような物だ。

本人も勝気ではあるが、素直な性分なので冤罪を押し付けられないように私も注意を払った形になる。

 

「恐らく幽霊だとは思うが、襲われているのは女性ばかり。後最近分かったが、襲われた女性は皆堕胎あるいは流産の経験がある」

 

堕胎もしくは流産だと聞いて思わず眉が動いた。

 

「もしかして水子関連?」

 

「だいそうじょうが目撃されていることを考えるとその可能性は極めて高いと思う」

 

水子関連の事件は出来れば私達は避けたい、というのも水子関連は女性GSにとっては致命的に相性が悪い。

 

「僕や唐巣神父、それに白竜寺の面子で対応してみるさ」

 

「ごめん、こればっかりは駄目だわ」

 

生まれる事を望んだ水子は宿る場所を望む、そういう面では女性GSは水子に目を付けられやすく倒す事も除霊も厳しいと天敵に等しい相手と言えるのでこれは西条さん達に頼むしかないか……。

 

「辻斬りで水子……ですか」

 

「何か思い当たる所でもあるのくえす?」

 

「いえ、ただ……なにか引っかかる事があるんですわ、霊感が囁くと言いますか……何か、上手く言えないんですが……妙な引っ掛かりがあるといいますか……暫くガープ達がまともに動いてないからか、嫌な予感があると言うところでしょうか?」

 

確かに全く動きを見せていないガープ達の事もあって過剰に考えすぎている気もしなくも無いが……。

 

(確かに少し気になるのよね)

 

水子が辻斬りしているとなれば既にその水子は悪霊になっていてもおかしくないのだが、殺された被害者はおらず傷も軽度と命の関わるレベルではないのも引っかかる。

 

(また何か見落としているのかしら……)

 

今は横島君を無事に異界から連れ戻す事、そして異界を安定した拠点としようとしているのは今後の事を考えての事だが……この先を考えての行動が何か致命的な間違いなのではないか?と言う云い様の無い焦りと不安を抱かせるが、これが今出来る中では最善のはずと胸の中の不安と言葉に出来ない焦燥感を飲み込もうとしたのだが、胸の中に燻る不安は時間が経つほどに強くなっていくのだった……。

 

 

 

リポート15 不思議の国の横島君 その5へ続く

 

 




次回で1度ほのぼのは終了で、お待たせしていたかもしれない「月編」にはいりたいと思います。これはかなりハードな感じになりますし、やっとレクス・ローも表舞台に上がって貰おうと思っておりますので館編と同じで長編となる予定です。原作のメドーサのイベントも少し変更してやる予定なのでどんな展開になるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

ドラコーを無事にお迎えする事が出来ました


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その5

リポート15 不思議の国の横島君 その5

 

~横島視点~

 

アリスちゃん達の異界は暑くも無く、涼しくもなく過ごしやすい快適な温度だ。異界と聞けば恐ろしいイメージがあるが、この異界はまるでキャンプ場のような雰囲気だ。

 

「頑張れば温泉とか作れないかな」

 

過ごしやすい温度で魔界の魔獣こそいるが、魔界の獣と言っても皆大人しくて温厚だ。それにとても人懐っこいなので魔界の獣と思わずに可愛らしい小動物と思ってくれればリラックス効果とかもあって良い気分転換になると思う。海もあるし、川もあるし、BBQが出来るような河原もある。流石にアリスちゃん達が喜んでいる滑り台やブランコにソリは美神さん達には合わないから温泉とかあれば良くないかなあと独り言のように呟くと俺の呟きを聞いていたのか太陽神の化身の赤ちゃんを撫でていた天竜ちゃんが顔を上げた。

 

「温泉ですか?んー作れると思いますけど……天魔どうかな?」

 

「ん、んー氷河が作れたから作れるとは思うけど」

 

「温泉!良いと思いますわッ!温泉作りましょう!皆が手伝ってくれればあっという間ですわ~♪大きな温泉を作ってプールみたいにしてお兄様とお風呂ですわ~」

 

「え、え?ちょ、ちょっとー!?」

 

俺とお風呂と叫んで立ち上がった紫ちゃんを止めようとするが、凄まじい勢いでログハウスを天竜ちゃんと天魔ちゃんと共に飛び出していってしまった。

 

「……なんで?」

 

【紫達からすれば温泉もプールも海も同じ延長線って事なんだろうな】

 

「俺はそれは違うと思うな」

 

幾らなんでもそれは超えちゃいけないラインだと俺は思う。プールや海は分かるが、流石にお風呂は駄目だと思う。

 

「心眼先生、どうすればいい?俺はこのままだとロリコンの性犯罪者になってしまう」

 

どう考えても逮捕案件にしか思えず心眼先生に助けを求める。すると心眼は俺が性犯罪者にならず、アリスちゃん達が楽しめるアイデアを出してくれた。

 

【温水プールにして、スライダーとか流れるプールとかにして考えを逸らしたらどうだ?】

 

「それだッ!!ありがとな、心眼ッ!!」

 

今ならばまだ間に合うと俺は慌ててログハウスを飛び出してのだが……。

 

「ほげッ!」

 

「きゅーい」

 

川を流されていた赤いワニと犬やネコのような動物が岩や木の枝を運んで来て自分の住処を作っていた。おはようと言わんばかりに手を振ってくるのでとりあえず手を振り返しながら紫ちゃん達を探す。

 

「ここに温泉を作るのです」

 

「がうがう」

 

「出来そう?」

 

「ぎゃーう!」

 

「できるって!」

 

「やばいって!?」

 

魔界の獣達を集めて工事を始めようとしている紫ちゃん達を辛うじて止める事に成功し、温水プールとそれに設置できるであろう遊具の話をすることで紫ちゃん達の頭の中から温泉を消す事に成功した。

 

「じゃあ横島も設計を手伝ってくれればいいわ」

 

【お兄さん、私はTVで見た浮き輪でしゃーって滑る滑り台がいいです!!】

 

「なにそれ面白そう!あたいもそれが良い!!」

 

きゃっきゃっとこんな温水プールを作りたいと声を上げるリリィちゃん達に俺は少し待ってと声を掛けた。

 

「作るにしてもまず場所とか、あとは温かいお湯とか準備する為のボイラーとか準備する物……うおッ!?な、なんだ?」

 

「お兄様、あんな感じでどうでしょうか?」

 

強烈な揺れに言葉に詰まっている俺に紫ちゃんがあんな感じでどうだと尋ねてくる。

 

「あんな感じってなに……を?」

 

何を言っているのかと首を傾げながら振り返ると見たことのない平らな平地がいつのまにか出来ていた。まさか紫ちゃんが作ったのかと驚きながら視線を向けると紫ちゃんはふんすっと胸を張った。

 

「頑張りました」

 

「そっかぁ~頑張っちゃったかあ」

 

紫ちゃんを囲んで凄い凄いと褒めているアリスちゃん達と照れている様子の紫ちゃんを見ながら俺はどうするかなあと天を仰ぎ、手をぽんと叩いた。

 

「とりあえずお昼ご飯にしよう。プールを作るのはもうちょっとしっかり考えてからの方がいいと思うんだ。それにお腹空いてない?」

 

俺がそう尋ねると茨木ちゃんやチルノちゃんがお腹を鳴らす。

 

「横島!吾はお腹が空いたぞ!」

 

「あたいも!」

 

「だろ?まずはご飯を食べてから考えよう、じゃあ1度ログハウスに戻ろうか」

 

「「「「はーい!!」」」」

 

元気よく返事を返すアリスちゃん達をつれてログハウスに戻り、魔獣達が持って来てくれた野菜や果物、そしてタタリモッケさんが持って来てくれたウィンナーとかがあるのでそれでバーベキューをする事にする。

 

「ピーッ!」

 

「ピィッ!!」

 

ピー助達に炎を吐いて貰い薪に火をつけてその上に鉄板を置いていざバーベキューという時だった。

 

「……横島、へんなの出てますの」

 

【ほんまやなあ。なんやろか?】

 

「んー?変なのってまた何か魔獣が……なんだ。あの変なの」

 

黒い小さな穴見たいのがログハウスの前に現れていて、なんだ?と首を傾げていると天竜ちゃんと天魔ちゃんが険しい声を上げた。

 

「許可してない誰かが此処に来ようとしています!」

 

「紫結界は?」

 

「ちゃ、ちゃんと作動してますわよ!?え、え、な、なんで」

 

許可していない何者かがこの異界に入ろうとしていると聞いて俺は思わず身構えたのだが……。

 

「横島……何してるの?」

 

その黒い穴が少しずつ大きくなり姿を見せた蛍と目がばっちり合い、天竜姫ちゃん達がびくうっと身を竦めたのを見て天竜姫ちゃん達を背中に庇いながら俺はあえて明るい声を出した。

 

「え?あ、蛍!くえすッ!それに美神さんに琉璃さん、小竜姫様に鬼一さんも!丁度いい所に来ましたね。今からバーベキューをする所だったんですよ。美神さん達はお腹空いてませんか?」

 

勿論美神さん達が俺が天竜ちゃん達を庇って誤魔化そうとしていると事を見抜けないわけが無いのだが……。

 

「そうね、朝から動きっぱなしだし、お呼ばれしましょうかね」

 

「野菜とか切り終わってる?何か手伝う事ある」

 

話に乗ってきてくれた美神さん達に感謝し、慌しく昼食の準備をしながらおろおろしている天竜ちゃん達に小声で声を掛けた。

 

(ちゃんと事情を説明しような?大丈夫。俺も一緒だから)

 

怒られないように俺も一緒だからと声を掛けると天竜ちゃん達は安堵した様子でやっと笑ってくれるのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

 

久しぶりに横島の顔を見る事ができ、昼食を摂った事でやっと人心地ついた気分だった。ただ横島の周りで魔獣や新生した神魔が大きくなったお腹を上にして寝転がっているのを見ると横島が元気そうで安心したのと、これ今後どうなるのだろうかという不安が頭を過ぎる。

 

「紫ちゃん達も俺の事を思ってやってくれたことなので出来れば怒らないで貰えると嬉しいんですけど……」

 

そんな事を考えていると横島がそう話を切り出してきた。怒るなと言うのは正直難しい問題ではある……だが東京で話し合った通り私達としてはこの異界を有効利用すると言う考えだ。

 

「天竜姫様。異界を作れるからやってみたいと言うのは分かりますがもう少し考えて……いえ、私達に相談してから実行して欲しかったのですが……」

 

「むー横島の胸像をへ「わーわーわーッ!!!」む、むぐぅ~ッ!!」

 

天竜姫を抱え、口を塞いで猛ダッシュで走り去る小竜姫様の姿に横島が目を丸くする。

 

「今なんか、俺がどうとかって」

 

「聞き違いじゃない?」

 

「いや、でも確か」

 

「気のせいですわよ」

 

「え、でも」

 

「「「気のせいよ」」」」

 

「あ、はい」

 

強い口調で気のせいと繰り返し言われた横島は腑に落ちない様子だが、頷いてくれたのでこの話はぶり返させないようにしようと誓った。

 

「かんらからから、良く出来てるな天魔」

 

「鬼一様。はい!頑張りました」

 

「そうかーそうかー頑張ったかあ。良し良し」

 

「むふうー♪」

 

鬼一さんは天魔の頭を撫でながら私たちへと振り返った。

 

「この結界の中はかなり安定しているから少し手を加えれば安全な拠点になると保障しよう」

 

鞍馬天狗の鬼一さんが言うのならば本当に安全な拠点なのだろう。

 

「お兄ちゃんが魔獣とかをお世話出来るように作ったんだよ」

 

「だから琉璃さん、名前をつけていいですか?」

 

キラキラとした目をしている魔獣達は残像が見えるほどの速度で尻尾を振っている。その姿を見れば琉璃さんのGOが出れば名前をつけ始めない勢いだ。

 

「駄目です」

 

「だ、駄目なんですか……ちゃんと育ててれる環境はあると思うんですけど」

 

「それとこれとはちょっと問題が違うのよ。そうね、この異界が安定した拠点として成立して、いざって場合のシェルターとしての運用が確実に出来るようになれば考えてあげてもいいけど……使い魔を増やす事は急いで決めることじゃないし、言いにくいことだけど……魔界の魔獣だからポテンシャルの高さは認めるけれど正直チビ達よりも弱い使い魔を増やす事にメリットはないわ」

 

「琉璃さん、ちょっとその言い方がきついんじゃないかと」

 

琉璃さんの厳しい言葉に横島が驚いた様子を見せながら言うと琉璃さんは厳しい表情を一転させ、何時もの気まぐれな猫のような表情を浮かべる。

 

「別に怒ってる訳じゃないし、駄目って言ってるわけじゃないのよ?でも物事には優先順位があるのよ、横島君。今私達が優先するべきと考えているのは緊急時に避難出来る拠点作りなの、この異界は素晴らしく安全な拠点だと言えるしそこで魔獣と遊ぶ事もアリスちゃん達の面倒を見ることも私は、ううん……私達は咎めないわ。だけど使い魔を増やすと言う事は横島君の家に来たがるって事よ?今のこの情勢で東京に魔獣が多く集まったらどうなると思う?」

 

上手いと思った、頭ごなしに否定するのではなく、自分の行動によってどんな被害が出るのかという事を思い至った横島はハッとした表情を浮かべ、頭を下げすいませんと謝罪した。

 

「ん、分かってくれればいいわ。それじゃあ皆でこの異界をどうするかって事を話し合いましょうか?」

 

琉璃さんの意見に当然反対意見などあるわけも無く、この異界をどうするかとどういう風に改造しているのかという話を紫ちゃん達に聞き始めたのだが……紫ちゃん達と私達の考えにはかなりと言うか途方もない差があり、そこから軌道修正するのはかなり難しい上に今は使い魔は増やせないが後なら良いと横島達が受け取ってしまった事もあり、この問題の先送りが後々とんでもない問題を引き起こす事になる。

 

 

 

 

 

~竜神王視点~

 

西洋の天界が結界を展開した事により一切の干渉が取れなくなった。西洋からは東洋からの圧力に屈しない姿勢を見せる抗議活動としているが……確実に離反した4大天使の指示であると見て間違いないだろう。

 

「最高指導者。こんな事を言うのは失礼だと分かっていますが、何故4大天使の手綱を握っている事が出来なかったのですか?」

 

「……これは完全に私の不徳の成す所で謝罪する事しか出来ません」

 

深く頭を下げる天界の最高指導者であるキーやんに頭を上げてくださいと声を掛ける。

 

「家も1枚岩とは言えんけど……天界は更にガタガタやな、とは言え……元々の天界の性質の悪さとも言えるけど」

 

「……そこなんですよね。私の教えが間違って伝わっていることに後悔しかありません」

 

ほかの国や神話体系の神々を陥れて悪魔へと変えたのはその多くが天使による策略だ。

 

「まだ天使の多くは唯一神を信仰していて私を最高指導者と認めていない者が多い、それを改善しようと頑張って来たつもりでしたが……」

 

そこで言葉に詰まるキーやん。確かにキーやんは良く頑張っていた、デタントを進め、天界と魔界の融和に努めた。事実ガープ達が決起しなければ最も平和的な手段で天界と魔界の関係を変えた偉大な指導者となれただろう……だが魔界ではアスモデウスが決起し、天界では4大天使の離反とその思想に賛同した西洋の天界の暴走……全てが悉く裏目に出て。

 

「か、会議中失礼するのねッ!!!」

 

扉が乱暴に開かれた音とヒャクメの大声に思わず驚いて顔を上げる。

 

「何事だヒャクメ、最高指導者との会議中と知っての事か!」

 

「知ってるのね!だから来たのねッ!!」

 

私の声を掻き消すような大声、いや悲鳴を上げたヒャクメはトランク型のPCを机の上に乗せた。

 

「げ、月面がアスモデウス達に制圧され、月の魔力を使った魔導兵器が開発中なのねッ!月神族からのSOSなのッ!!」

 

PCのモニターに映し出されていたのは信じられない光景だった……。

 

『あ、アアアアアアアアアーッ!?』

 

『な、ど、どうし……ぎゃああッ!?』

 

『う、ウガアアアアアッ!!!』

 

狂神石に操られた月神族同士の殺し合い、そして月神族の都市を破壊する量産型レブナント達の群れを見下ろすアスモデウス、ガープ、そして蘆屋の3人の姿と地球を狙っている特大サイズの魔導砲に私は勿論、最高指導者であるキーやんとサッちゃんも言葉を失った。

 

「ど、どうするのね……?」

 

「……月神族の救援など行いたくは無いがあの兵器を見過ごすわけにはいかん、天界の実働部隊の出撃準備だッ!!」

 

「ワイも魔界から出撃させるッ!オーディンには事後承諾にはなるけど、今はそんな事を言ってる場合やないッ!!」

 

月神族への救援ではなく、地球を狙う魔導砲発射阻止を防ぐ為に出撃命令を下したのだが……。

 

「ぜ、全滅だと……しかも月にすら乗り込めなかっただと!?」

 

会敵から僅か7分で神魔混成軍が全滅したという絶望的な報告に我々は完全に言葉を失い、モニターに映る止めれるならば止めてみろと言うアスモデウス達の姿に、神魔では止める事が出来ないと悟らざるを得ず、再び人間に頼らざるを得ないと言う現実に爪が掌を突き破るほどに強く拳を握り締めるのだった……。

 

 

リポート16 月からのSOS その1へ続く

 

 

 




ほのぼのは今回で終了で、次回からまたシリアスメインで話を進めて行こうと思いますが、ここで大きく話の展開を変えていこうと思っております。そもそも平安時代ので月神族なんか助けたくないって皆思ってますからね、ギスギスした感じになりますし、現在の月神族と平安時代の月神族にも違いを与えようと思っているのでかなり原作と違う流れで進めて見たいと思います。それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします。


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リポート16 月からのSOS
その1


リポート16 月からのSOS その1

 

~タマモ視点~

 

紫達が横島の為に作ったという異界に私とシロは訪れていた。いざという時のシェルターであり、魔界で横島に懐いた子供達が遊びに来る公園のようなものと聞いていたので私は大きめの自然公園のようなものを想像していたのだが……。

 

「遊園地じゃないこれ」

 

「凄いでござるなッ!遊び放題でござるよッ!!「こら、遊びにきたんじゃないわよ」ぐえッ!?」

 

遊び放題と叫んで走っていこうとするシロの襟を掴んで止める。こいつは本当に何をしに来たのか、もう少し理解するべきだ。

 

「痛いでござるよ」

 

「やる事が済む前に遊ぼうとするからよ、この馬鹿」

 

私達は異界に遊びに来たのではない、この異界が本当に横島にとって安全なのか、そして私達が避難する事が出来る立地なのかを調べに来たのだ。

 

「本当にタマモの言う通りになるでござるか?拙者、そこまで人間が馬鹿とは思わないでござるが……」

 

「あんたは善良な人間しか見てないからよ。私は横島は信用してるけど、それ以外の人間は信用なんてしてないわ」

 

カマイタチの件もある。確かに西条と琉璃は信用しても良いかもしれない人種だけど、それ以外の人間はそうではない。

 

「とりあえずあんたは暫くこっちに身を潜めると良いわ」

 

「大丈夫なの?魔界の獣とかあたしなんかよりずっと強いけど、本当に安全なの?」

 

カマイタチが心配そうに言うがあたしは大丈夫だと断言した。

 

「ここは横島を慕って集まってるのばっかりだから大丈夫よ。それに横島も絶対ここに来るわ。横島と一緒にいるのを見れば攻撃してくる奴はいないわよ」

 

「……それって横島が来るまで危険って事じゃないの?」

 

まぁそういうことかもしれないけど、そこは横島の拠点になっているログハウスの中にいれば大丈夫だと思う。

 

「駄々を捏ねるなら疑われてる中で東京にいる?」

 

「……それは嫌」

 

「じゃあ少し位我慢しなさいよ。夕方には横島は来るから、それまでの辛抱よ」

 

疑わしきは罰すると言わんばかりに私達を疑っているGSや霊能者が多く東京入りしている。琉璃や西条がそういう奴らを追い返しているけど……2人も完璧じゃない。

 

(六道の狸婆でも駄目ならあの2人じゃ無理に決まってるわ)

 

横島の事や私達の事で西条や瑠璃も頑張ってくれているが、後ろ盾が六道だけでは言いにくい話だが弱いのだ。悪意と言うのはどこにでも存在していて、その悪意は常に私達の足元を狙っている。

 

「とにかく今は私達自身もそうだけど、横島の安全も大事って事よ。行きましょう、最初が肝心よ」

 

「うー拙者は良く分からんでござるからタマモに任せるでござる」

 

「あたしも、何にもしてないのに犯人だ、なんだのって言われるのも疲れたし、横島に迷惑をかけるのも嫌だし、とりあえずタマモの言う通りにするわ」

 

横島の匂いをしている私達を不思議そうな表情で見ている魔界の獣達の方に向かって私達は歩き出す。

 

(私達は私達でやることをやっておかないとね)

 

今の東京の情勢は決して良いとはいえない、表では琉璃と西条と六道の狸婆が何とかしているが若く、巫女の家系であり、神代家の長女にして党首の琉璃は疎まれているし、それこそ失脚させて神代家の権威とその類稀なる霊能を自分の血筋に入れようとしている元名家の連中が山ほどいるし、西条は元々ヨーロッパ方面で期待されていたホープだったらしいが、それを蹴って日本に来ている。西条自身は本人の意志だと言っているが、間違いなくオカルトGメンの上層部との政治的なやり取りがあったのは間違いない。それに六道の狸は日本の霊能界だけではなく、日本政界にもコネがある権力者ではあるが、その娘の冥子が余りにも失態を重ねていて、六道も以前ほどの勢力はないし、そももそ国際オカルトGメン達が美神達の罠に嵌めようとしている事を考えれば最早六道と神代の名は何の抑制力にもならないという事を意味している。

 

(……凄く嫌な感じなのよね)

 

今の東京……いや、日本の雰囲気はかつて私が九尾の狐として追われた時の雰囲気に良く似ている。その対象が私ではなく、横島や美神達になっているだけで周り全てが敵という状況はあの時と瓜二つだ。だからこそまだ自由に動けるうちに最悪に備えておくべきだ、美神達を信用していないわけではない、だが私達を取り囲む今の情勢は美神達が思う以上に悪い物となっているという事をまだ美神達は理解していないと言わざるを得ないのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

アリスちゃん達の作った異界は想像以上の代物だった。高位の神魔ですら許可がなければ侵入出来ない性質があり、くえすが門をこじ開ける事が出来たのは鬼一法眼がいたのと、くえすが横島君の魂の形をはっきりと把握していたからの裏技であり、それがなければ上級・最上級の神魔ですら立ちいる事が出来ない世界という妙神山を遥かに越える安全な拠点を入手出来たのは嬉しいが、それに喜んでいる時間は私達には無かった。

 

「……琉璃、それに西条さん。それ本気で言ってる?」

 

苛立ちのあまり腕組をし、足踏みをしながら本気なのかと2人に尋ねる。2人だって本意ではないという事は分かっているが……それでもこの仕事はあり得ないといわざるを得ない。

 

「月神族のSOSなんて蹴れば良いじゃない、それこそ神魔で何とかすれば良いでしょ」

 

月神族からの救援要請が来ていると最初から聞いていれば私はGS協会に来なかったと断言出来る。優れた神魔なのだと言うのだから月神族が自分達で何とかすれば良いだろうというのが私の嘘偽りのない気持ちだ。

 

「救援要請は蹴ります。でもこっちは無碍には出来ないんですよ、特大の魔力砲が日本に向けられています。掠めたとしても……日本が海に沈むレベルの代物だそうです。そしてその周囲は量産型レブナントが固めていて、神魔混成軍は全滅したと」

 

その言葉に舌打ちする。量産型のレブナントが出現しているとなれば間違いなくその一件はガープ達の仕業だ。

 

「どうしてこんなになるまで放置したのよ。それにこういう案件なら小竜姫様達がこの場にいるべきじゃないの?」

 

写真に写っている巨大な建築物を見れば大体の予想はつくけど……小竜姫様達もいないのは明らかにおかしいんじゃないのかと問いかける。

 

「神魔も月神族は見捨てる方針なんだ、小竜姫様達は魔力砲台に攻め込むための前線基地の準備でもう月面入りしてる」

 

「神魔にも見捨てられるって事は相当前から月神族は把握してたって事ね」

 

月神族のプライドの高さは異常なのは知ってるけど、それに巻き込まれるのは本当に勘弁して欲しいと思う。

 

「……ほかの面子も来るの?」

 

「動ける面子には全員声を掛けるつもりです。でも月神族には私達は一切関与しません」

 

月には行くが、月神族の存亡には一切関与しないと断言する琉璃の言葉は真実だろうけど、どうしても月神族が関わっているとなると気が進まない。

 

「天界と魔界からの支援は何かあるのかしら?」

 

「天界からは龍神の武具を貸し出してくれると、それと副作用を軽減する為の薬もだそうです」

 

龍神の武具か……一定以上の霊力がないと使えないけど、人間が装備すればその人の素質によるけど、中級神魔レベルの力を発揮出来る。それでどこまで量産型レブナントと戦えるかは不安要素ではあるけど、人間界の霊具を装備するよりかはずっと生存率が上がると言えるだろう。

 

「魔界からはセーレが月面まで連れて行ってくれるそうだ。シャトルなどで月面に乗り込むよりかはずっと安全だろう」

 

シャトルで向かうと言うのならば絶対に断っていたが、神魔がその権限で運んでくれると言うのならば安全に月面に辿り着けるだろう……。

 

「私だけじゃ決断できないわ。蛍ちゃん達を含めてもう1度話を聞いてそこでどうするか決めたいと思うわ」

 

「是非そうしてください、私も日本の存続が関わってなければ月神族関連の依頼なんて絶対受けたくないんですから……」

 

「本当だよ。今までの自業自得と言う事で勝手に滅亡してくれれば良い物をね」

 

月神族だけが滅んでくれるのならば、今回の件は我関せずで終わらせる事が出来た。だが特大の魔力砲が建造されているとなれば私達も黙っていられない……。

 

(これが万丈達の言ってた事なのね)

 

別の世界の来訪者である万丈や別の世界の妹紅や輝夜が言っていた私達が月に行くことになるっていう話を思い出したが、こんな馬鹿みたいな破壊兵器をガープが持ち出してくるなら教えて欲しかったと文句が一瞬頭を過ぎったが、頭を左右に振って溜息を吐いた。

 

(いえ、聞いていても防ぐ手段は無かっただろうし結局の所……ガープ達の手の内って事には変わりはないのよね)

 

全ての絵を書いているであろうガープ。神魔の爪弾き者である月神族に攻撃を仕掛け、月の魔力を使った特大の魔力砲を建造した。だがガープ達の技術力を考えれば発見されずに建造し、地球に向かって発射する事は可能だった筈だし、月神族の救難要請だって握り潰す事だって出来る……仮に先ガープ達が月で暗躍していたと聞いてもそれを阻止する術が無い事を考えれば万丈達が詳しく説明しなかった理由にも納得が出来る。

 

「今回もかなり厄介な事になりそうね」

 

私の言葉に琉璃も西条さんも返事をしなかった、いや出来なかったのだろう。月神族に救難要請を出させたのも、神魔が無視できないように魔力砲を作ったのも……全ては私達を誘き出す為の罠であり、ガープが横島君を使って何かをしようとしているのか、それともそれすらもブラフなのか……ガープの策略が一切読めないまま、日本を守る為に月に向かわなければならないと言う事に私達は顔を歪めるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

 

背筋が粟立つと言うのはこの事を言うのだと思った。今まで何度も恐ろしいと思ったし、死ぬ思いもした……だけどそんなのは子供騙しに思うほどの恐怖を始めて私は感じた。

 

「……おい、今なんつった。なぁ……おい、答えろよなぁッ!!」

 

瞳を紅く輝かせる横島の怒号と共に霊力・竜気・神通力・魔力が複雑に入り混じった衝撃破が部屋の中を暴れまわる。

 

『な、なぜ……お前まだ……生きて』

 

「そんな事は聞いてねえんだよッ!お前ら、てめえらの都合の言い事ばっか言ってるんじゃねえぞッ!!」

 

思わず悲鳴が零れた。本気で怒っている横島の怒気に私は腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。それは私だけではなく、琉璃さんやくえす、小竜姫様に、西条さん達もだ。神魔ですらも恐れ、動けなくなるほどの凄まじい怒気に私達はその場から動けないだけではなく、口を開く事すら出来なかった。瞬きも呼吸すらも満足に出来ない中……私はどうしてこんな事になったのかを思い返していた。

 

「月……ですか」

 

「ええ、そうよ。月にガープ達の建造している特大の魔力砲が確認されたわ。直撃しなくても余波だけで日本を海の中に沈めれるだけの凶悪な代物よ」

 

琉璃さんの説明を聞いて今までガープ達が表立って動かなかったのはこの為だったのかと驚いた。

 

「月ということは月神族との共同戦線ですか?」

 

「いや、それはない。月神族は既にガープ達によってほぼ壊滅させられている。神魔としては月神族の存続はどうでもいいと考えている。そうですよね?小竜姫様?」

 

「はい、月神族は閉鎖的な神魔ですし、その横柄な態度と選民思想は今の神魔にとって受け入れる事が出来るものではないので、ガープの

攻撃によって滅亡するのならばその方が良いと考えています」

 

「……あんな奴らは死ねば良いんだよ」

 

能面のような表情で何の感情も感じさせない声で呟く横島に私は驚いたが、平安時代の事を考えれば横島のこの反応は当然の事だと思う。

 

「横島」

 

「……あ、悪い。蛍……俺はその」

 

「ううん。良いのよ、怒るのは当然だし、怨むのも当然よ。怒りを溜め込まなくて良いわ」

 

「その通りですわよ。横島、怒りを我慢するなとは言いませんわ。時にぶちまける事も大事ですわよ?」

 

私とくえすで横島の手に触れるとその怒りの表情が僅かに緩んだ。その時だった……私達のいる部屋に突然ノイズ交じりの映像が割り込んできたのは……。

 

『聞こえますか……地球の民よ……どうか私達の声を聞いてください』

 

ノイズ交じりの女性の声と共に人離れした容姿の女性達の姿が映る。

 

「月神族よ!貴女達は地球人との接触をしないと約束したので私達は救援すると言ったのですよ!」

 

小竜姫様の怒声にモニターに映った女性たちが今の月神族の姿なのだと初めて気付いた。

 

『……だとしても、私達の要望を……言うくらいは……許されるはずです……我々月神族は今滅亡の危機に瀕しています』

 

「聞いているのですか!かぐやッ!!」

 

『我々は……地球人との友好を願っています……人間達が平安と呼ぶ時代で輝夜姫を救出に向かった我々を攻撃した事は……不幸な事故だと……水に流す度量が我々にはあります』

 

……月神族の言葉に何を言っているのか理解出来なかった。輝夜を攫いに来て、平安時代の人間を虐殺したのは月神族だと言うのに、まるで人間が月神族を攻撃したかのような口振りを最初私は理解出来なかった。

 

『輝夜姫を攫って逃げた黒龍こそ……敵であり、我々と地球の民は再び手を取り合えると……』

 

「……おい、そこの玉座に隠れてる婆ッ!!てめえだっ!!」

 

横島の怒号に振り返り、私は息を飲んだ。横島の瞳が紅く輝き、その身体から渦巻く魔力と神通力によって私は、いや私達は金縛りにあったかのようにその場に釘付けにされてしまった。

 

『ひっ……、な、ななな……なんでお前が……』

 

「うるせえッ!答えろッ!てめえらは穢れ人だなんだの言って殺す事が遊戯だって言ってたよなあッ!!おいッ!!俺を忘れたなんて言わせねえぞッ!!お前らは輝夜ちゃんに子供を産ませて、獣に嬲らせるって言ったよなあッ!!」

 

横島を見て顔を青褪めさせている老いた月神族とそんな横島の言葉に目を見開いている月神族、月神族が長い月日の間に生き残ったあの老婆にどんな話を聞いて育ったのかは定かではない、だが確実に都合の良いように歪められた事実を真実だと誤解している今の月神族は横島の言葉に驚き目を見開き、信じられないと言う表情で老婆を見つめている。

 

「黙ってないで答えやがれッ!!!」

 

横島の怒号とそれによって撒き散らされる魔力と神通力……横島を止めなければと分かっているのに、私達は横島の怒りに完全に飲み込まれ、その場から一歩も動く事が出来ないのだった……。

 

 

 

リポート16 月からのSOS その2へ続く

 

 




生き残りの月神族によって歪められた事実という所を書いて見ました。とは言え例えそうだったとしても月神族へのヘイトが変わるわけではありませんが、月編は館編と同様かなりダークでシリアスな感じで進めて行こうと思います、月に出発する前にもう大変な事になっているのでハードモードを越えてルナティックになっているのは月だけではなく、歪められた事実もあると言う感じで行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート16 月からのSOS その2

 

~迦具夜視点~

 

圧倒的な怒気を放つ人間の姿がモニター越しでも私の目を完全に奪った。燃えるような激しい怒りと憎悪……月では穢れと言われるその強い感情は私の心を強く揺さぶった。

 

「……どういうことなのですか?私達と貴方達では大きな認識の違いがあるように思えるのですが」

 

「聞くな!迦具夜。穢れ人の戯言に耳を傾けるでないッ!!」

 

宰相の老婆が怒鳴り声を上げる。だが私にはその姿は自分にとって都合の悪い事実を隠そうとする子供にしか見えなかった。人間が平安時代と呼ぶ時代に当代の輝夜を救助に向かったが、黒き龍に輝夜を連れ去られ、月の頭脳と呼ばれた永琳様も殺されたと月に逃げ帰って来た宰相から告げられた事を我々は事実だと思いつづけて来た……だがそれは間違いだったのかもしれない。

 

「神無、依姫。宰相を連れて行ってください」

 

「は……は?迦具夜さ……ま?」

 

「よろしいのですね?」

 

困惑する神無と私に確認を取ってくる依姫。同じ月神族の警邏隊の一員だが、まだ若い神無よりも永琳様の弟子であり月の警備の最高責任者である依姫の方が判断が圧倒的に早かった。

 

「はい、これだけ怒鳴られては話も聞けませんから、連れて行ってください」

 

「了解しました、神無。何時まで呆けている、宰相はお疲れだ。休息を取ってもらうぞ」

 

「は、はッ!失礼します」

 

「は、離せ!わ、私は疲れてなどいないッ!離せ、離せッ!!」

 

唾を撒き散らし離せと叫ぶその姿は醜悪そのもので、玉座の間の月神族が信じられないという視線を宰相に向けるが、宰相はその視線すら気にならないのか大声で最後まで喚きながら玉座の間から連れ出された。

 

「どうかお聞かせください。平安時代に何があったのか……」

 

『……良いぜ、見せてやる。あんたらの目で確かめろッ!』

 

紅い布を額に巻いた少年がそう叫び、制止する声が響く中霊力の光が広がり、私達の目の前に過去の映像が映し出された。

 

まだ若い宰相が地球人を穢れ人と呼び、遊戯と言って殺す。その中には月では英雄と讃えられている死んだ神の姿もあった。

 

輝夜を連れ帰り、子供を産ませたら性処理の為に使うと悪びれも無く、むしろそれが正しいと言わんばかりの者達。

 

英霊を死者風情と罵り攻撃を加えるその姿……。

 

そして黒き龍となった紅い布を巻いた少年に仲間が殺される中、1人這い蹲って逃げていく宰相の姿……。

 

「あ……ああ……そ、そんな……これが真実なのですか……」

 

宰相から伝えられた話は何もかも間違いであった。余りにもおぞましく、醜悪な自分達の先祖の行いに吐き気がする。

 

『これが平安時代の話だッ!これだけの悪逆をして、自分達が殺されかけたら助けてくれだとッ!水に流す事が出来るだとッ!!ふざけるなッ!!お前らがやってきた事が全部てめえらに跳ね返ってきただけじゃねえかッ!!』

 

誰も動けない、誰も言葉を発する事が出来ない。それは私達も地球の民も同じだった……。向けられる怒りも罵倒も正当な物で、私達には反論する言葉が無かった。

 

『てめえらは勝手に死ねッ!因果応報だッ!!』

 

その言葉と共に紅い布を巻いた少年の姿は見えなくなった。モニターに映る地球の民や神も驚いているから何かの霊能か異能を使ったのだろう。その少年が消えた事で私達と地球の神と民の間には沈黙が広がる中、今代の月の女王としてし、私は自分が何をやるべきなのかと考え、すぐに行動に移した。

 

「誠に、誠に申し訳ありませんでした……私達はとんでもない思い違いをしておりました、謝らなければならないのは我々月神族……どうか、どうかお許しください……」

 

私は玉座から降りて地面に手を付いて額を床に擦りつけながら謝罪する。

 

「か、迦具夜様ッ!?」

 

「お、おやめください!月の女王たる御身が」

 

「御身などではありませんッ!宰相の言葉だけを信じ、己で考えようもせずッ!地球の神に話も聞くこともせずに滅亡の危機の瀕したら助けを求め、許す準備があるなどと思い違いの言葉を口にした……私は自分が恥ずかしいッ!」

 

何もかも間違った物を信じ、他者の話を聞こうともせず、あまつさえ月神族が優れていると言う歪んだ思想の果てがガープ達による侵略だと言うのならばあの少年の言う通り正しく因果応報であり、同情の余地などどこにも存在しない。

 

『私達は月へ行くわ。だけど貴女達は助けない、自分達で何とかするのね。私達は私達を守る為にしか動かないわ』

 

その言葉に反論など出来る訳も無く、そして恥ずかしさの余り顔を上げる事ができない私は自分の声とは思えないほどに小さな声で分かりましたと返事を返すのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

横島が文珠によって転移するのを止める事が出来なかった。近くに居た私だけではなく、くえすも金縛りにあったように動けなかった。

それほどに横島の怒りは凄まじかったのだ。

 

「……そりゃ怒るわよね。話には聞いていたけど、まさかあそこまでとは思ってなかったし」

 

1番最初に持ち直した琉璃さんが額に手を当てながら深い溜息と共にそう呟いた。

 

「……横島君がああなるのも納得だ、それに月神族が余りにも醜い」

 

横島が文珠で投影した記憶の映像は私達にとっても衝撃的なものだった。心眼からはある程度話を聞いていたが、それすらもほんの片鱗だった。それで横島の気持ちを理解したつもりになっていた自分の愚かさに身体が震える。

 

「まさかハッキングしてくるとは思っていませんでした……配慮が足りず申し訳ありません」

 

「いえ、小竜姫様は悪くないわよ。私達も想定外だったし」

 

結界に霊力、魔術、科学とありとあらゆる対策をしていたのに、それを突き抜けてきた月神族は確かに神魔としての能力も高いだろし、技術も優れているかもしれないが余りにも人格面が酷すぎた。

 

「横島を探さないと……」

 

「そうですわね、文珠をつかって転移した事を考えると東京には間違いなくいませんわね……私と蛍は横島を探してくるので、後は美神達にお任せしますわ、行きましょうか蛍」

 

「あ、うん。分かったわ、行きましょう」

 

横島がどこに行ったのかは正直皆目見当も付かないけど、今の横島を1人にする訳には行かない。それは私も同じ意見だったけどまさかくえすに一緒に行動しようと言われるとは思ってなかったので少し遅れて返事を返したその時だった……背筋に冷たいねっとりとした陰湿な視線を感じて振り返る。美神さん達もその気配を感じたのか私と同じ様に振り返り、その顔を驚愕に歪めた。何故ならばそこには着物の袖で口元を隠し上下逆さまの状態で私達を見下ろしている蘆屋の姿があったからだ。

 

「ンンン、拙僧小心者ゆえ、そのように見つめられると困ってしまいますな」

 

「くたばれッ!!」

 

ノーモーションのくえすの抜き撃ちが放たれ、蘆屋の頭部が大きく後方へと弾かれる。

 

「ンンン、乱暴なのは嫌われますぞ?」

 

常人ならば即死している一撃を受けても蘆屋は余裕の笑みを崩す事無く、天井を蹴って私達の前に着地する。

 

「初めましての方もいらっしゃいますな、拙僧……蘆屋道貞というしがない陰陽師でございます」

 

「よく言うわね、人間の身体を捨てて、魂を幾つ取り込んでいるのかしら?」

 

琉璃さんの言葉に蘆屋はにこりと心底嬉しそうに笑った。

 

「ンンン、まぁ企業秘密と言う事で、さてと私もまだ忙しい身ですので用件だけをお伝えしましょう。アスモデウス様とガープ様が月にてお待ちしております。我々には歓迎の準備がありますのでぜひとも月へ来てくだされ」

 

こちら招待状でございますと言って蘆屋が投げた招待状が私達の目の前で止まる。

 

「歓迎?私達を殺すためかしら?それとも実験台にもするつもりかしら?」

 

「ンンン、まさかまさか、アスモデウス様とガープ様は平安の世にて人間でありながら御身を退けた貴女達を高く、そうそれはもう高く高く評価しております。何度も刃は交えましたが……相互理解は戦いだけでは不可能、1度食事などをしながら話をしようとの事です」

 

何をいけしゃあしゃあと言っているのかと蘆屋を睨みつけるが、蘆屋は薄く微笑んだままだった。

 

「神族がいる前でよくもそのような話が出来るな」

 

「ここで貴方を滅しても良いのですよ」

 

小竜姫様とブリュンヒルデさんの言葉に蘆屋は白目と黒目を反転させて狂気的な笑みを浮かべて笑った。

 

「ンンンッ!!西洋は天使の反逆、その天使に服従を選ぶ東洋の神魔、そして天使に忠誠を近いかつての神格を取り戻そうとする者達……その事を隠して何を言って、ああ、ご存じないのですね、ンンン、所詮貴女達は下から数えた方が早い木っ端神魔……上層部の話は知らないのですね、これは失礼しました」

 

「な、何を……何を知っているッ!!!」

 

「ンンン、少なくとも貴女よりは今の神魔混成軍の情勢を知っているつもりではありますよ。では皆様方、月でアスモデウス様達とお待ちしております。横島忠夫にも心よりお待ちしているとお伝えください、ではでは……」

 

その姿を弾けさせ、千切れた人型を残して消え去った。

 

「小竜姫様、どういうこと?」

 

「分かりません……蘆屋の言う通り私達は人間界に派遣されていて、詳しい神魔の情勢は分からない状態なのは悔しいですがその通りなんですけど……」

 

「お父様やワルキューレからそんな話は聞いてないんです……隠されているか、それともお父様すらも知らない情報なのか……」

 

芦屋の言葉が真実なのか、それとも私達に小竜姫様達への不信感を抱かせる為のミスリードなのか……蘆屋、いやガープ達が何を考えているのかがまるで分からない。

 

「美神さん、どうするつもりですか?」

 

「招待してくれるって言うなら招待して貰おうじゃないの、危険だけどそれしかないわ。私達は余りにも情報が無さすぎる、虎穴にいらずんば虎児を得ずって言うでしょ?」

 

確かにその通りだとは思うけど、余りにも危険すぎる。ガープ達に一網打尽にされる可能性があるのに招待に乗ると言うのは無謀だ。

考え直すように美神さんを説得しようとした時、教授が声を上げて笑った。

 

【悪には悪の美学があるのだヨ、ガープは私と良く似たタイプだ。招待状まで作って、招待してその場で捕らえると言うのは美学に反する。この招待状の招待は受けても大丈夫だヨ】

 

「教授、しかし……」

 

【大丈夫だヨ。間違いない、君もそれを感じたんじゃないかな?令子。君も私達と同じタイプである筈だからネ】

 

「……あんた達と一緒の扱いをされるのは癪だけどね。危険なのは私も承知しているけど、踏み込む必要があると思うのよ」

 

美神さんの強い口調と眼差しに私は不安を感じながらもうなづいた。

 

「ありがとう。くえすと蛍ちゃん、それにおキヌちゃんはシズク達を迎えに行って横島君を見つけてきて、私達は私達で月への作戦とこの招待状についても調べて見るから」

招待状についても調べて見るから」

美神さんの言葉に頷き、私とくえす、それとおキヌさんはGS協会を後にする。手掛かりも何もない……訳ではない。

 

「くえす、迷いの竹林の先って行ける?」

 

「……なるほど、可能性は高いですわね。シズクがいれば何とかなると思いますわよ」

 

「じゃあ私、一応冥子さん達に許可を取ってきますね!」

 

月神族への怒りを露にした横島ならば迷いの竹林の中に隠れている輝夜達の元にいるかもしれない、くえすもおキヌさんも私と同じ考えで、迷いの竹林へ向かうための準備を始めるのだった……。

 

 

 

~永琳視点~

 

依頼されていた薬を作っている最中に轟音が奥の部屋から響き、私はフラスコなどを引っくり返しながら壁に立てかけてる弓を手に、奥の部屋……即ち姫様の部屋へと走った。

 

「姫様ッ!だい……」

 

大丈夫かと問いかけようとした言葉は尻すぼみになり、最後まで発せられる事無く消えた。何故ならば……。

 

「横島様、どうしたの?」

 

「そんなに苦しそうな顔をして……どうしたの?私ともこに教えて?」

 

姫様と妹紅を抱き締めている横島に2人が触れながら尋ねると横島は小さく私達にとって忌むべき名前を口にした。

 

「月神族が連絡をしてきたんだ」

 

月神族と聞いて姫様も妹紅も、そして私も顔が引き攣り、身体が硬直した。

 

「横島。月神族はなんて?」

 

「……ガープとアスモデウスに襲われているから助けろって、私達は地球の神と民を許す準備があるって……」

 

「何を言ってるの?月神族がどれだけ地球に迷惑をかけたか分かっているのかしら……?」

 

横島の言葉に姫様が何の感情も感じさせない平坦な口調で月神族への怒りを露にする。

 

「六道は月神族を助けるって言ったの?」

 

「ううん、言ってないよもこちゃん。でもあいつがいた、ほかの月神族を盾にして逃げた奴、宰相と呼ばれてた。凄い偉そうにしてて、輝夜ちゃんの救出を邪魔して、幽閉したのは地球の神魔と人間だって言うから俺……あの時の記憶を文珠で見せたんだ」

 

あの時の記憶を見せたと言う横島の言葉に姫様と妹紅が左右から横島の身体を強く抱き締めた。

 

「辛かったわよね。大丈夫、横島を傷つけるのはここにはいないわ」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。横島様」

 

「姫様、妹紅。横島をお願いするわ、ちょっと私はやる事があるから」

 

2人に横島を頼んで私は部屋を後にするのだが、廊下に出た瞬間に手にしていた弓を握り潰していた。

 

「……横島の師と言う事で信じたのが悪かったのかしら」

 

横島が信頼している相手だから私も信じたが、それが間違いだったのだろうか?

 

「状況次第では……私も決断をしないといけないわね」

 

横島は消耗しきっていて詳しく話を聞けない状況だ。回復したら横島には詳しい話を聞く必要がある、それにアスモデウスやガープに襲撃されているのならば月神族は間違いなく自分達が生き残る為の手を打とうとするだろう。1番考えられるのは……。

 

「地球への移住かしら」

 

元々は地球の神魔だったのだから地球に戻る権利があると言い出す可能性はかなり高い、その上月には私が運び切れなかった様々な道具がある、それを解析して新しい技術や、私の技術のままだったとしても地球の神魔では作り出せない物が数多くある。それらで取引を持ちかけられたら地球の神魔が頷いてしまうかもしれない……。

 

「駄目だったのかしらね」

 

月に残して来た2人の弟子には期待していたが、月の民を変えることは出来なかったのだろうか?元々傲慢な月神族だが、横島に迎撃された事を切っ掛けに変わってくれるかもしれないと思った事は間違いだったのかもしれない……。

 

「……とにかく、準備だけはしないと駄目ね」

 

横島が永遠亭にいる事はすぐに知られるだろう、そうなれば横島達の師は勿論、地球の神魔だってやってくるだろう。そうなる前にやれるだけの事はやっておかなければならない……それこそ横島は望まないかもしれないが、横島もこの永遠亭の中に縛り付けることすら視野に入れる必要がある。私は深い溜息と共に弓の残骸を片手に永遠亭の防衛を起動させる為に姫様の部屋の前を後にした。

 

「みむう!みみむう!」

 

「ぷーぎゅう!」

 

「……横島はこの竹林の中にいるな。間違いない」

 

「ありがとう……分かってたけどやっぱりこうなるわよね」

 

「後悔している時間はありませんわよ。行きましょう」

 

そして私の予想通り2時間後に横島の師と神魔達が迷いの竹林を訪れるのだった……。

 

 

リポート16 月からのSOS その3へ続く

 

 




今回は少し短めでしたが、流れ的にはこうなりました。月の姉妹も少し参戦し、月編は大きくシナリオを変えていこうと思います。でもメドーサの若返りと生身の大気圏突破はやろうと思っているので、そこはご安心ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート16 月からのSOS その3

 

~シズク視点~

 

六道の管理する霊地……迷いの竹林の前に立った私は深い溜息と共に振り返った。

 

「……余計な事をするから面倒な事になるんだぞ」

 

月からのSOSを受けたから話し合いに行くとは聞いた段階で嫌な予感がしていたが、その予感が的中した事に頭痛を覚える。

 

「まさか乱入してくるとは思ってなかったのよ」

 

「……あいつらは無駄に技術だけはある。今度はもう少し気をつけるんだな」

 

月神族は愚かと傲慢の象徴みたいな所はあるが、優秀という事実だけは認めなければならない点だ。

 

「チビちゃん、横島さんの所にいけますか?」

 

「……みむう……」

 

「ぴぎい」

 

チビ達なら横島を探せるかもしれないと思っていたようだが、横島の気配は感じてもその正確な場所までは分からないようでチビ達が不満そうな鳴声をあげる。

 

「案内人がいないと永遠亭には辿り着けないのですわね?蛍」

 

「ええ。ただ今回は多分、妹紅は案内してくれないと思うのよね」

 

「……何を馬鹿な事を言ってる。もう迎えは来てるぞ?純粋な迎えとは言えないがな」

 

どうやって永遠亭に向かうかと話し合っている蛍とくえすに向かってそう言うと同時に周囲に水の刃を展開する。

 

「流石水神で龍神ですね。私に気付きましたか」

 

「……それだけ殺気を放っていれば馬鹿でも気付く、月神族だな?」

 

「元ですよ、私はもう月神族は名乗っていません。薬師の八意永琳です、龍神」

 

長い髪を三つ編みにし、左右で色を分けた独特な服を着た女が弓を引き絞りながら姿を現した。口調こそ穏やかだがその目には敵意と警戒の色が浮かんでおり、この距離に近づくまで私に存在を気付かせなかった。薬師を名乗っているが、その実力は小竜姫クラスか、もっと上かもしれないと警戒心を強めながらも水の刃を消す。

 

「……シズクだ」

 

「ご丁寧にどうも、貴女は武器を下ろしてくれましたが……私は出来ませんがよろしいですか?」

 

「……好きにしろ。私は別にこいつらの味方と言う訳じゃない、私は横島の味方だからな」

 

同行こそしているが事と次第によっては蛍達ではなく永琳に付く事だってやぶさかではない。私は横島の味方であり、美神達の仲間ではないのだから。

 

「永琳さん……」

 

「お久しぶりですね、蛍。さてと……事情を聞きたいですが、永遠亭に招くつもりはありません」

 

敵意を隠そうともせず、むしろ強めながら柔らかく微笑むという器用な真似をする永琳は弓矢を下ろし、そのかわりに自身の周りに霊力と神通力を固めた無数の光弾を作り出した。

 

「一応布くらいは持って来てますから、そこに座って話をしましょうか?」

 

そう笑って布を広げて座る永琳を見て、私はチビとうりぼーとモグラを抱え、広げられた布の真ん中あたりに腰を下ろした。

 

「……それは貴女の意思表示という事で良いのですか?」

 

私の座った位置を見たくえすがそう尋ねてくる。私の座った位置は蛍達と永琳達の丁度中間地点……言うまでも無くそれは私の意思表示である。

 

「……ああ、私はどちらにも組しないし、賛同もしない。私も永琳と同じで詳しく話を聞きたいと思っているからな」

 

横島が転移でどこかに行ったと聞いたのと一瞬横島の気配に狂神石の力が混じったのを感じたから何があったのか蛍達に聞く為と、横島を連れて帰るか、それとも永琳達に組するのが横島にとって良い事なのか、それを判断する為だけに私はこの場に同行している。

 

「シズクさん、もしかして状況次第では」

 

「……ああ、状況次第では私、いや私だけじゃない清姫達も敵に回すという事を良く理解した上で話をするが良い」

 

横島が望む、望まないではないのだ。今の人間界の情勢、そして神魔の情勢……そして横島が狂神石の力を何故望んだのか?永遠亭に転移することを横島が望んだ理由の全てを加味した上で私はこれからの事を考えようと思っている。

 

「……言っておくがこれは私の独断ではない、横島の家にいる者すべての総意だ。嘘偽りのない話を聞かせてもらいたい」

 

今まで築いてきた関係を全てぶち壊す事になったとしても横島を優先する。それは横島の家に住む者の総意であり、これからも美神達は信じるに値するのか……それを見極める為に私はここにいると蛍達に向かって告げるのだった……。

 

 

 

~くえす視点~

 

異様な緊張感の中私は永琳の敷いたシートの上に腰を降ろした。蛍とおキヌは動揺しているしているようですが、私はいつかこうなると分かっていた。

 

(いつかはこうなると分かっていましたしね)

 

横島の周りにいる神魔は高位の者ばかりだ。特にシズクなんて本気を出せば東京を沈めることなんて簡単にやるだろうし、清姫だって日本を火の海にする事だって容易く行えるだけの力を持っている。対等なんてとんでもない、横島がいるから力を貸してくれているという事を美神達は正しく理解していなかったと言わざるを得ない。

 

(紫達の事があって方針を切り替えたと見て良いですわね)

 

妙神山も異界ではあるが人間に開かれた場所であるし、明確な場所も分かっているので横島を隠す場所としては相応しくない。天界と魔界ではいつ過激派が襲撃してくるか分からない、人間界なんて現状論外の極みだ。シズク達は極めて強力な神魔ではあるが、長時間継続可能な異界を作る程の能力はない。元々が攻撃に全振りしているのだ、いかに上級、最上級に匹敵する神魔でも向き・不向きがあるのだ。だからこそ横島の家を異界として守りを固めていたようですが……紫、アリス、天魔、天竜姫と次世代の神魔が作り出した異界を見てシズク達は次の段階に進む事を決めたのだ。

 

「では何故横島が永遠亭に来たのか?その理由は月神族と分かっていますが……月神族はなんと言っていたのです?」

 

「……我々は地球の民と神魔を許す準備があると言って来ました」

 

永琳はその言葉に眉を顰め、険しい表情をした後に鼻で笑った。

 

「相変わらず傲慢で愚かですね。長い時間が経っても月神族はまるで変わりませんね」

 

愚かと書いて月神族と辞書に書くべきだと辛辣な事を言う永琳は鋭い視線を私に向けた。

 

「人を許すなんて事をしない月神族がそんな事を言い出した……何か大きな事があったんですね?」

 

「ええ。ガープとアスモデウスが月に特大の魔力砲を作り地球を狙っています。神魔としては月神族が滅びようが存続しようがどうでも良いようですが……魔力砲はさすがに見過ごせませんからね」

 

月の魔力を用いた魔力砲……それが齎す被害は凄まじく甚大だ。地球滅亡だけではなく、地球環境の激変まで考えられる。

 

「人間が過ごせないほどの気温の変化に、海面の水位の上昇、魔獣や妖怪の誕生、人間の人外への転生……いくらでも影響はありますね」

 

軽い口調で月の魔力によって発生するであろう被害を口にする永琳に私達は驚いた。

 

「何を驚く事があります?私は薬師ですが、工学も得意なんですよ?」

なるほど……薬師というだけではなく、ドクターカオスのような神通力や魔力を用いた機器を作ることも出来る天才と言う事ですか……。

 

「永遠亭も?」

 

「ええ、私の研究成果の結晶という所ですね。横島が怒った理由も分かりますよ、私でもその場に居れば怒鳴り散らして居たでしょうしね」

 

月神族の言動が横島の怒りを買い、そして横島が永遠亭に来ると理由になったと分かり永琳は初めて柔らかく笑った。

 

「横島は文珠を使って平安時代の戦いを見せました。それを見た現在の迦具夜は土下座をして謝罪し、平安時代から今まで生きていた宰相を連れ出しましたわ、確か……依姫と言う若い月神族が連行してましたわ」

 

依姫と言うと永琳は驚いた表情を浮かべた。その表情は自分の知人の名前を聞いた時の反応のように見えた……。

 

「もしかして知り合いですか?」

 

「月に残してきた私の弟子の1人ですわ……」

 

依姫の名前を聞いた永琳は顎の下に手をおいて、少し考え込む素振りを見せた。

 

「貴女達個人ではなく、人間として聞きます。月の問題に対してどう動くつもりですか?」

 

永琳の問いかけに蛍は琉璃から預かってきた書状を取り出した。

 

「私達のトップの考えを書いて貰ってきました。目を通してください」

 

「少し時間をいただきますね、検討したい事もありますし」

 

蛍から書状を受け取った永琳は手紙を取り出し、それに目を通し始める。

 

「……なるほど。シズクさん、もう少し人間を見極めてみましょうか?」

 

「……良いのか?」

 

「ええ。神魔としての対応も納得の行くものですし、少々詰が甘いですが……良いでしょう。私の方から更に月神族を締め上げる契約書を準備します」

 

最悪は回避できた……と安心する事は出来ないが、現状は何とか取り繕う事が出来たと思って良いようですね。

 

「永遠亭にご案内しますわ、そこで話を更に煮詰める事にしましょうか」

 

「分かりました。月神族の悪辣さに関しては永琳さんの方が詳しいでしょうし、よろしくお願いします」

 

月神族との契約はモニター越しで直接書状を交わしたわけではない。勿論私も月に乗り込んだ後に魔法を使った契約で縛り付けるつもりだったが……それに永琳も手を加えてくれるならこれほどありがたい事はない。

 

(……くえすは良いと思う?)

 

(元々魔法契約をするつもりでしたから、私は永琳の考えに賛成ですが、何か問題でも?)

 

(いや、私達だけで決めて良いのかなあって?)

 

何を馬鹿を言っているのかと思わず肩を竦めた。美神と琉璃と西条が私達に任せた意味を蛍はまだ理解していない、助手としての考えが強すぎるのだ。

 

(任せたという事は決定権は私達にありますわ。自分の考えを放棄するのは馬鹿のすることですわよ)

 

美神と琉璃に指示を仰ぎたいというのは自分の思考を放棄している事と同意義だ。

 

「これから先を考えるなら、自分の責任で行動する事をお勧めしますわ」

 

もういつ誰が死んでもおかしくない、そしていつ冤罪を押し付けられて投獄されるか分からないのだ。甘えは捨てろと蛍とおキヌに警告し、私は永遠亭に向かって案内してくれている永琳とその隣のシズクに並んだ。

 

「……やはりお前が1番現実を見てるな、くえす」

 

「珍しいですわね、貴女が私に声を掛けてくるなんて」

 

「……そういう時もある。蛍達を横島は信用しているが、蛍達は甘すぎる。考えも、思考も、思想も、そんなのではいつかは横島を危険に晒す」

 

「でしょうね、もう独立出来るだけの力はあるのに美神の所にいるのが問題なのでは?」

 

もうとっくに独立するだけの力はあるのにいつまでも美神に甘えている……横島と一緒が良いと言うのは分かるが、別に独立したって私のように横島の側にいることは出来るのだ。それでも美神の側に居るのは蛍の甘えに他ならないと私は思っている。

 

「……私も同じ考えだ。やはりお前は良い」

 

「あら、私を花嫁として認めてくれるのですか?」

 

「……それも吝かではないとだけ言っておこうか、む、横島が見えたぞ」

 

「みむう!」

 

「ぴーぎいッ!!」

 

まさか花嫁と認めても良いと言われるほどにシズクに認められていると思っていなかった私はシズクの横島が見えるという言葉に一歩踏み出して思わず笑ってしまった。

 

「いつも通りで良かったですわ」

 

妹紅と輝夜と共に兎に囲まれている横島からは狂神石の気配は感じず、普段の横島の姿に安堵し、シズクの頭の上から飛び出したチビとうりぼーが横島の元へ向かい甘えている姿を見て思わず笑みを浮かべたが、すぐに気を引き締める。まだ何も始まっていないのだ、月に向かう為に、そして横島の様子を確認する為に永遠亭に向かって歩き出したが、蛍とおキヌはまだ私達に追いついてきていないのだった……。

 

 

 

~セーレ視点~

 

竜神王とオーディンに呼び出された僕に告げられたのは少々信じられない命令だった。勿論信じれないと思ったのは僕だけではなく、司令部に集められていた秘書官や他の神魔混成部隊の隊員も同じだった。

 

「人間を月に送り届けろねぇ……別に出来ない事はないけど……正気かい?」

 

人間を態々月に送り込んだ所で戦力になんてならないだろうと遠回しにいいつつ、その命令の撤回を望んだのだが僕の望む言葉が発せられる事は無く、もう1度同じ命令が下された。

 

「ではこれより人間界に向かい小竜姫達と合流してくれ、セーレ」

 

当たり前のように小竜姫と合流しろと竜神王に言われて僕は頬を掻いた。

 

「良いのかい?オーディン。僕は一応魔界所属なんだけど」

 

「セーレ」

 

「はいはーい」

 

「人間界へ向かい、小竜姫とメドーサ、ブリュンヒルデと共に月へ向かえ」

 

……全く同じ命令に僕は溜息を吐いて敬礼した。

 

「拝命しました。ではすぐに人間界へ向かいます」

 

「頼んだぞ、セーレ。我々の中で安全に月に向かえるのはお前だけだ」

 

司令部を出る僕の背中に向かって言葉を投げかけてくるオーディンに返事を返す変わりに手を振って神魔混成軍の基地を出た所で、服の中に隠し持っていた装置のボタンを入れて必死に隠していた笑みを浮かべた。

 

「ガープ、アスモデウス。オーディンと竜神王から人間界に向かえって命令が出たよ」

 

『今までご苦労だったセーレ』

 

結界の中に響くガープの声に僕は安堵の笑みを浮かべた。嫌味っぽくて僕が嫌がることしかしないけど、今この瞬間だけはガープの声に安堵した。

 

「君の声を聞いて安堵することがあるんだね」

 

『ふっ、長い重責が終わったからだろう?だがあともう1頑張りだ、上手く美神達を月へ連れて来てくれ。あいつらの命令通りにな』

 

「オーケー。あ、ワインとチーズ、それと肉も忘れないでよ?」

 

『分かっている。ちゃんと用意しておくさ』

 

「頼んだよ、アスモデウス」

 

下げたくもない頭を下げて来たのは全てこの時の為だ。高位の神魔でもおいそれと手を出せない場所に人間界に甚大な被害を与える兵器を設置する。そうなれば神魔混成軍は人間界と地球を守る為に動かざるを得ない、そしてそれが月になれば、そこに人間を運ばなければならない、となれば……その命令が出るのは僕以外あり得ない。

 

「ちゃんと命令は達成するよ。僕は真面目だからね、ちゃんと仕事はするさ。最後だからね」

 

神魔混成軍のセーレとしての最後の仕事だ。しっかりとやり遂げるさと笑って僕は人間界へと転移する。

 

「さぁ、始まるよ」

 

滅びは今この時から始まる……その引き金の1つを僕が担える。この偽りの平和を、それを維持しようとする最高指導者達を出し抜いて、世界をぶっ壊してやる。それを僕が担えるのだ……これほど愉快な事はない、今まで我慢してきた甲斐があったのだと僕は笑うのだった……。

 

 

 

リポート16 月からのSOS その4へ続く

 

 




次回は永遠亭での話、そして東京での話を書いて月へ向かっていこうと思います。これもかなりの長編になる予定で、原作とは全然違う流れにして行こうと思っているのでどうなるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

 

リポート16 月からのSOS その4

 

 

~蛍視点~

 

くえすに言われた言葉は正直かなりショックだった。美神さんに頼りきりで自分が無い、責任を負うのが怖くて自分の考えを口に出来ない。

 

「全部図星だわ……」

 

くえすの、いや琉璃さん達のように立ち回ることも出来たのにそれをせずに何時までも美神さんの所に居たのは間違いなく私の甘えだ。横島を守ると言っておきながら常に美神さんや琉璃さんの指示を仰ぎ、自分だけで行動しようとしていない。

 

「あのシズクの目も納得だわ」

 

シズクの何の感情も込められていない目を思い出して身震いした。シズクは今回の件によっては永琳さんに付く事を考えていた。くえすが上手く立ち回ってくれたが私だけだったら確実に見限られていただろう。

 

「蛍ちゃん。あの、元気出して」

 

「……暫く引き摺りそう」

 

お父さんはガープ達の所に潜り込んでいるから相談出来ないし、私達に情報を流す事も出来ない。ただ月の魔力砲の製造に携わってくれているならGS試験の火角結界のように突破口を仕込んでくれているかもしれないという希望を持つ事は出来る……だけどそれとこれとは話が違う。

 

「そりゃ落胆されるわよねぇ……」

 

私は口先ばかりで行動に移そうとしない……自分で責任を負いたくなくて美神さん達の指示を仰ぐ姿はシズクだけじゃなくてノッブ達にもなんだこいつはと見られていただろう。

 

「こ、これから頑張れば良いと思います!私もですけど」

 

「うん……そうする」

 

美神さんの所から独立するのは今は無理だけど、もっと自分で考えて自分で行動するようにしようと考えながら永遠亭に向かって歩き出した私とおキヌさんだが……永遠亭の入り口で足を止めた。

 

「怒ってないですか?」

 

「怒ってないですわよ。ほら、こっちに出てくるんですわ」

 

「……そうだぞ、私達は怒ってない。お前を迎えに来たんだ」

 

巨大化したモグラちゃんとうりぼーと兎の陰に隠れながら怒ってないかと問いかける横島と出てくるように説得するくえすとシズク……思わず何これと言いたくなる状況だ。

 

「俺を東京に連れて帰ってから怒るんですか!?」

 

「違います、違いますわ。大丈夫ですわよ、誰も怒ってないですわよ?」

 

「……本当ですか?」

 

モグラちゃんとうりぼーと兎の間から顔を出す横島は何か凄く可愛かったけど、永琳さん達との話を纏める必要もある。

 

「大丈夫よ、横島。怒ってないから」

 

「そうですよー怒ってないですよー」

 

私とおキヌさんも横島の説得に加わってから10分後に横島はやっとモグラちゃん達の後ろから出て来てくれるのだった……。

 

 

 

 

 

~輝夜視点~

 

横島を迎えに来た連中をジッと見つめる。正直な所、あれだけ傷ついて帰ってきた横島を見た瞬間私も妹紅も横島を返すつもりは無かったのだけど……。

 

「貴女みたいのが居るのなら良いわ」

 

「うん、あたしもそう思う」

 

神宮寺くえすと名乗った女を見て私と妹紅も考えを変えた。冷酷な雰囲気があるが甘いだけの美神達と違って非情な手も取れるくえすの方がずっと好感が持てる。

 

「……そんなに私達って駄目かしら?」

 

「駄目ね、駄目すぎてもう……全然駄目」

 

「うん、駄目。凄く駄目」

 

横島がそこまで言う?って顔をしているけど、本当に全然駄目だと言わざるを得ない。

 

「必要な時に動けないんじゃ意味が無いんだ」

 

「あと口先だけでも駄目ね。その点くえすは良いわ、やると言ったらやる凄みがある。くえすがいるなら横島も安全だと思うし、今回は返してあげるわ」

 

蛍とおキヌが机に突っ伏すけど、この程度で落ち込んでいるのでは本当に駄目だ。

 

「そこまで気に入っていただけるとは光栄ですわ」

 

「帝の妻もこんな感じだったしな」

 

「そうそう、帝も結構優柔不断なところあったしね」

 

帝の本妻もくえすの雰囲気に似ていた。何をしても帝を守ると、帝の為に死ぬ覚悟のあるあの人に似ていたのだからきっとくえすも命を懸けて横島を守ってくれると私と妹紅は思う事が出来た。

 

「さてと話が脱線してしまう前に、話を戻しましょうか。横島、月神族の元に依姫と呼ばれた者が居たそうですね」

 

「……はい、居ましたけど……それが何か?」

 

「私の弟子なのです」

 

「あ、永琳さんのお弟子さんだったんですか!それで依姫さんがなんですか?」

 

横島がめちゃくちゃ嫌そうな顔をしてた横島が急に笑みを浮かべた。この感情の変わりよう……。

 

「ねえ、横島様って実はめちゃくちゃ単純?」

 

「……単純、いや、純粋と書いて横島と読む」

 

「なるほど、正しくその通りね」

 

「なんでそれで納得しちゃうの?」

 

蛍が何で?と言うが私もその通りだと思う。子供のように純粋で清らかで……だからこそ横島は悪に染まりやすい。

 

「横島はずっとそのままでいてね?」

 

「え?なんで俺急に子供扱いされてる?」

 

横島が不思議そうにきょとんとする姿に内緒と笑い、ジト目で私を見ている永琳にごめんなさいと謝って話を続けるように促す。

 

「また脱線してしまいましたが、依姫達は私達の仲間であり、月神族の情報を私達に流してくれていました。そんな彼女が現在の上層部にいるのはとても好都合です」

 

にやりって音が聞こえてきそうな顔で笑う永琳に横島達が驚く、いや怖がるような表情を浮かべる。

 

「くえすさんは黒魔術の使い手なのですよね?」

 

「ええ、誰にも負けないいう自負がありますわ」

 

「それは好都合です。どうせ月に行けば月神族は横島達に接触してくるでしょうから」

 

にこにこと笑っている永琳だが、目が全然笑っていない。そしてそれはくえすも同様で横島の顔がめちゃくちゃ引き攣っていた。

 

「……何するんですか?」

 

「クーデターでもやろうかなって」

 

「後は魔法でガチガチに縛り付けてもう余計な事は一切出来ないように……ああ、投薬も良いですわね」

 

「とびっきり良く効く薬を用意しますわ」

 

くえすと永琳が笑いあっているが目が全然笑ってないのを見て脅えている横島達を見ながら私と妹紅は湯のみを手にした。

 

「クーデター成功したら外に出れるかな」

 

「そうね。引き篭もってるのも飽きたし、依姫達には頑張って欲しいわね」

 

ガープ達の攻撃を受けているのはざまあみろと言いたいが私達の事を考えてくれていた月神族も少数だがいて、支援してくれていることを考えると彼らは生きていて欲しいな位には思っているけど……本当の目的はそこではない。

 

「やっぱり輝夜ちゃんって月に帰りたいの?」

 

「え?全然全くこれっぽちも帰りたくないわよ?」

 

「でもクーデターを起こすんでしょ?」

 

「うん、起こすわね。でも私は月には帰らないわよ」

 

えっ?って顔をしてる横島達に向かって私はにっこりと笑った。そんな私の顔を見て蛍が脅えたような表情を見せるけど、私は何も気にせずに話を続けた。

 

「月には帰らないし、月神族が滅亡しても私は正直どうでも良いのよ。でも月の力があれば横島の助けになれるでしょ?だからクーデターを起こすのよ」

 

依姫達が生きていて一緒に来るならそれも良い、馬鹿な月神族を魔法で縛り付けて何も出来なくさせるのも良い。だけど私は月には帰らない……だって帰る意味が無いから、本当言えばクーデターなんて起こしても、起こさなくても良いんだけど……。

 

「あいつらが生きてると横島が悲しむでしょ?だから本当は全部死ねば良いと思ってるわ」

 

「そうだよなー、あいつら邪魔だしな。なぁ、横島様。月に行くの月神族が全滅してからにしたら?」

 

私達に自由が無いのは別に最悪構わない、だけど横島を悲しませる月神族を私ともこは許すつもりはない。だから本当は皆滅んでしまえと言うのが私の嘘偽りのない気持ちで、妹紅も永琳も同じ気持ちなのだと言うと蛍達は言葉を失っていて、私達はそんな蛍達を見ながら笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

 

横島君を蛍ちゃん達が迎えに行っている間も私達は会議を続けていた。その理由は勿論只1つ……ガープ達が何故月面を完全に攻め落とさないかだ。

 

「戦力を見る限りだと、月神族は抵抗なんて出来る訳が無い。それほどの戦力差がある」

 

「量産型レブナントですね、レイはいないみたいですけど……量産型の段階でやはりかなり強力なんですか?」

 

小竜姫様の質問に私は頷き、ドクターカオスに目配せする。

 

「これは前、別の世界の住人が訪れた際に現れた量産型レブナントの戦闘映像じゃ、これに1度目を通して欲しい」

 

会議室のモニターに映し出されるのは別の世界の横島君達や、平行世界の住人、そして他の世界の仮面ライダーの戦闘映像だ【※仮面ライダーメモリークロスヒーローズ参照】その中でレブナントと対峙しているのだが……そこで私達は量産型レブナントの恐ろしさを思い知らされたのだ。

 

「恐ろしいほどに自由度が高いんですね」

 

「それもあると思うが魂魄を弄って役割に特化した擬似眼魂を作ってるんだろうよ。これはかなり厄介だぞ」

 

様々な役割に応じた眼魂とそれを使えるレイのクローン達……眼魂としての質はかなり低く、精々下級・中級の神魔程度のマイト数なのだが、レブナントに変身する事でその能力は大幅に底上げされている。

 

「でもそれはあくまで雑兵なのよ。1番やばいのは……この次よ」

 

『ブラッドソルジャー!ファントムコールッ!』

 

「なッ!?マ、マタドールッ!?」

 

「う、嘘だろッ!?」

 

マタドールの眼魂が使われたのを見て流石の小竜姫様達も声を上げ、どういうことだと尋ねてくる。

 

「別の世界の連中が作ったそうだけど……ガープが作れないと思う?」

 

横島君の眼魂を見るだけで複製を作れるガープが魔人の眼魂を作れないとは私には到底思えないのだ。だがそれを作らなかった、あるいは作る必要が無い。もしくは作るだけのリスクがあるとしたら……何時までもそれに甘えているとは思えないのだ。

 

「同一個体の魔人を呼ぶ事になる。作るリスクの方が圧倒的に高いと判断したのだろう」

 

「多分ね、でもガープが魔獣とかで満足してるとは到底思えないし、神魔の眼魂を作っていると思うわ」

 

小竜姫様達も知らなかったようだが、魔人が複数存在し、自我が強い個体が弱い個体を取り込み自分を強化という性質を持っているとなれば魔人眼魂は言うまでも無く特大の厄ダネだ。

 

「そんなリスクを負ってまで魔人の眼魂を作る必要はないとガープは考えているんだろうな」

 

「普通に考えればそれが正解よね。だってガープは英霊を召喚出来るのだから、ある程度制御しやすい英霊と敵が乗り込んでくる魔人眼魂じゃどっちが使いやすいかなんて言うまでもないだろうしね」

 

【それもあるが、元々狂ってる魔人に狂神石は効果はないって言ってたしネ。狂神石で強化して制御するほうがずっと安上がりで安定度があるヨ】

 

教授の言う通りだ。ガープ達の戦術の基本は狂神石を使った洗脳にある、それが効かない魔人に拘る必要はないと考えるのは当然だ。

 

「話が逸れてるな、そもそも何故月神族が殲滅されていないか?答えは1つだろう?」

 

「躑躅院……ずっと黙っててそれ?」

 

「私なりに分析して、考えていたのさ。月神族を生かしておくメリットは1つしかない、横島の暴走のトリガーになる。その為だけに月神族は生かされているんだろうさ。だってあいつらも神魔だ、狂神石で洗脳出来る筈だろ?横島を怒らせることを言わせるなんて簡単な話だ」

 

「……ま、それくらいは普通にやると思うワケ。じゃあこの招待状は?」

 

「それは普通に招待してるんだろう?私は知らないが横島達は何度もガープ達を退けている。あいつらは人間であっても重宝する、御眼鏡に叶ったと喜ぶかい?」

 

「冗談止めてよ。なんでガープ達の味方になるのよ」

 

ガープ達にスカウトされたとしても私達にガープに組する意味は……。

 

「メリットはあるだろう?四大天使や過激派神族。それに対抗するにはガープの力を借りるのは間違いじゃない、私はそう思うよ」

 

躑躅院の言葉に会議室に沈黙が広がる。躑躅院のいう事は極論ではあるが……1つの正解である事は間違いないのだ。

 

「ま、私の考えと言う事で聞き流してくれれば良いよ。それと神代会長、貴女ならガープ達の本命が分かるんじゃないかな?」

 

躑躅院が琉璃にそう声を掛けると琉璃は少しだけ眉を顰めた。

 

「何か思い当たる節があるの?」

 

私がそう尋ねると琉璃はかなり極論になりますけどと前置きしてから話し始めた。

 

「神卸しをすると私もやっぱり影響を受けるんですよ。巫女って言われて、神卸の天才って言われてもやっぱり降ろした神の影響って受けるんですよ」

 

「すまない、神代会長。何の話かな?」

 

西条さんがどういうことだ?と尋ねる。それは私達も同じ気持ちだった、琉璃の話と月神族が攻め落とされていない理由がどうしても繋がらない。

 

「横島君は私よりもずっと近い部分に神魔の魂や英霊を降ろしてるんですよ。肉体は魂に影響を受ける……って言われれば分かりますか?」

 

琉璃が渋い顔をしていた理由がこの話を聞いてほしくない躑躅院が近くにいるからだと分かった。躑躅院によって言わされている事が琉璃にとって不味い自体なのだと分かった。

 

「ガープ達が月神族を殺さず、そして月に魔力砲を設置した理由は多分……横島君に眼魂を使わせることなんじゃないですかね?」

 

眼魂を使わせ横島君に神魔の影響を蓄積させる。そうなれば狂神石の効力はより強い物になる筈だけど……。

 

「アスモデウスとガープは狂神石で暴走した横島君に手痛い反撃を受けているのにそんな事をするかしら?」

 

狂神石の力と眼魂の相乗効果はかなり強力な物だ。下手をすれば自分達が殺されるかもしれないようなリスクを背負う必要性があるのか?

 

「……あるぞ。最上級の神魔だ。魂の一部を切り分ける事なんて容易い事だ」

 

「そうか、そういうことですか……戦いの中で自分達の魂を封じ込めた眼魂を無理矢理使わせる」

 

「そうなれば横島の魂は一気に神に近づく……でもそれに何の意味が……」

 

小竜姫様とメドーサの言葉を聞いて私の脳裏にある可能性が過ぎった。教授と西条さんも同じだったのだろう、目配せをしてくる。

 

(……特異点、神に近づく……まさかガープ達の狙いは……)

 

横島君は特異点と呼ばれ過去を書き換える事が出来る。そして眼魂を過度に使わせる、あるいは最上級神魔の眼魂によって横島君の魂を人間から神の物へ近づければ……。

 

(新しい神を作ろうとしている……?)

 

違っていて欲しいと思っているのだが、それが限りなく真に近い考察だと心のどこかで私は理解してしまった。

 

(でも横島君を地球に残してはいけない)

 

地球でも月でも、横島君が危険ということは変わりはない。むしろ地球の方が抑止力が無い分四大天使や、過激派神魔が横島君をねらう可能性がある……紫ちゃんの作ってくれた異界もまだ完全に改良が済んでいないのでシェルターとして使うには不安が残る。

 

(……本当に自分の力の無さに情けなくなってくるわね……)

 

ノッブ達やシズク達との修行に、昔の除霊方法をアレンジした対神魔や英霊の除霊術、ドクターカオスが開発してくれている新しい除霊具もある……それでも全然力が足りていないと思い知らされ、師匠と慕ってくれている横島君を守る力が無い自分にほとほと嫌気が差す。だがもう時間は待ってくれない、リスクも危険性も承知で横島君も月に連れて行くしかない、そしてまた横島君を戦わせる事になる。

 

(また後悔する事になる……)

 

もう私達は舞台に立つことが出来ないのだと……お前達は見ていることしか出来ないのだという声が聞こえてくるようなそんな気がするのだった……。

 

 

 

リポート17 謀略の月 その1へ続く

 

 




愛が重い輝夜と妹紅と最早表舞台に立つ資格が無いと宇宙意志に言われているような感覚を覚える美神達と色んな人物の心境をメインで書いてみました。次回は出発する所まで書いて行こうと思います、これもかなり長編リポートになると思いますがリポート17もどうかよろしくお願いします。


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リポート17 謀略の月
その1


リポート17 謀略の月 その1

 

~ドクターカオス視点~

 

美神達が月に乗りこまらざるを得ない状況を作り出したガープ達には敵ながら天晴れと言う言葉しか出てこない。

 

(監視はしていた。だがそれすらも出し抜かれた)

 

月は特大の魔力炉だ。ガープ達は勿論、魔人に奪われても不味いと監視は続けていた。だがワシは建築されている魔力砲に気付く事は無かった……ワシの技術をガープが完全に越えていると考えるのが一般的だが……どうしても引っかかる点があった。

 

(アシュタロスが何の連絡もしてきておらん……いくらなんでも考えられんわい)

 

スパイとしてもぐりこんでいるアシュタロスから何の連絡もない。監視されていたとしてもアシュタロスならば月で兵器の開発中くらいの連絡はしてくるはず……となれば答えはおのずと出てくる。

 

「まだ表に出ていない高位の神魔か」

 

恐らくだが転移や魔法に長けた最上級神魔をまだガープは手札として残していると考えるのが妥当だ。別の場所で作成し、転移で月へと運んだとワシは考えている。あの規模の魔力砲を移動させるとなれば権限か何かを用いたと考えるべきではないだろうか……。

 

「そう仮定すればあやつらの戦術にも納得出来る」

 

ガープ達の戦術は基本的に電撃戦である、ガープの転移で移動していると考えていたが……今回の魔力砲で別の神魔の影が見えてきた。

 

『ドクターカオス。データはどうですか?』

 

『カオスー?聞こえてる?』

 

「お、おお。すまんすまん、順調にデータは取れておるよ。マリア、テレサ。使ってみた感想はどうじゃ?」

 

モニターに映るテレサとマリアは身体に装着するアーマーを装備しているが、それは機械的で、それこそ特撮に出てくるような代物になっているが……人間界で作れる装備と考えれば破格の性能を有していると言える筈だ。

 

『バリア機能は問題なく機能していますし、ブースターも問題ありません』

 

『あたしはこの打撃を強化する機能と霊波刃を展開出来るのが気に入ったよ』

 

本来はマリア達の主武装で内蔵している物だったが、人間ベースの身体に作り変えたことで武器を内蔵出来なくなってしまった。本来の世界のマリアとテレサと比べれば大幅に弱体化してしまっていたが、これによってある程度は戦えるようになったはずだ。

 

「悪いがもう少し模擬戦を続けてくれるかの?出発まで時間が無い、不具合が不安じゃし、何か気になったことがあったら教えて欲しい」

 

『了解です。ではテレサ、もう少し模擬戦を続けましょう』

 

『OK、姉さんッ!!』

 

凄まじい風切音と打撃音が何度も響いて来るのを聞きながらモニターに視線を向ける。

 

「数値はグリーンゾーンをキープか……通常使用には問題なさそうじゃな、問題は神魔にどこまで食い込めるかじゃが……」

 

量産型レブナントの篭手を解析して作り出した試作品の兵装で、試運転も何もしていないが行き成り実戦に投入する事になりそうだ。

 

「こっちは雪之丞達に渡すかの」

 

ファントムコールダーはオーパーツの集まりだったが、小僧のゴーストドライバーと比べれば科学で作られているだけ、難航こそしたが無事に解析する事が出来た。霊力を流す事で硬度を変えるアーマーに、霊力を増幅させる篭手や、霊力使用を効率化してくれるヘルメット……数多の装備をファントムコールダーのデータから作成する事が出来た。数こそ準備できなかったが……それでも美神達の力になってくれる筈だ。

 

「問題はこっちじゃなあ」

 

月も問題だが、今ワシの頭を悩ませているのは来日したマリア7世の問題だ。国際オカルトGメンや霊防省の問題で日本から出ることも出来ず、そして面会も出来ない。なんせマリア7世の直筆の招待状を持っているワシですら面会出来ない状況だ。

 

「……こっちもなんとかせんとなあ……」

 

月の問題がある中で美神達には言いにくいがマリア7世の救出も恐らく急務になる。マリア7世も極めて高い霊能の霊能の素質を持った女性だ。人造メシア計画の母体に選ばれる可能性は極めて高いと言える……彼女をくだらない天使の策略に巻き込むわけには行かない。

 

「……動くならばこのタイミングしかないか」

 

神魔の力を借りて月へと向かう……大規模な魔力や神通力が東京に溢れる。それを隠れ蓑にしてマリア7世を救出するしかない。

 

「恐らくこれが最初で最後のチャンスになる」

 

ワシが動く事を決めたのは今が動くのに最も適したタイミングであると同時に、マリア7世を拉致しようとしている者も確実に動く確信があるからだ。

 

「……ブラドーに相談しておくかの」

 

西条や唐巣の力は借りれん、ワシとブラドーの2人だけでマリア7世を救い出さねばならない。余りにも厳しいがそれでも成し遂げなければならないとワシは覚悟を決め、ブラドーへ連絡を取るのだった……。

 

 

 

~メドーサ視点~

 

待っていた筈の月神族との邂逅だが、心踊る事無く血液が凍るような感覚があった。逆行する前の世界の出来事は形を変えてこの世界でも起きている……だが私が横島に釣り合う年齢まで若返る保障はないのだ。

 

(罰が当たったのかねぇ)

 

楽しみにしていたと言うのはおかしいかもしれないが……せめて小竜姫くらいの年齢には若返れないだろうかとか、そんな事を考えていた罰が当たったのか、それとも世界の修正力か……不安もあるし、恐怖もある。

 

「ま、情けない姿は見せられないか」

 

若返れなかったらそれもまた運命、若返りすぎて子供になったとしたらそれもまた運命として受け入れよう。

 

「ったく、我ながら損な道を行こうとしてるよ」

 

小竜姫やブリュンヒルデに任せても良いのに死ぬかもしれない月に行こうと決めたのは……。

 

「腸煮えくり返ってるんだよなあ」

 

あの優しい横島をあそこまで追詰めた月神族への怒りだ。ガープとアスモデウスにはあいつらを滅ぼしてもらいたいと思っている、百害あって一利なし……それが月神族と言う神魔の驕りだけを煮詰めたような一族だ。あいつらを生かしておいても何の利益も無いのはガープも

分かっているだろう、それでも滅ぼさないのは横島を誘き出す為だけの餌だからだ。

 

(どこまで行っても善人だからな)

 

月神族へ怒りは横島の中で今も燻っているだろうが、それでも横島は見捨てられない。そういう人種なのだ、とことん戦いに何て向いていない奴だが、それでも私達はあいつを戦いに駆り出さなければならない事実に嫌気が差してくる。

 

「雪之丞。準備は出来たかッ!」

 

白竜寺から連れて行くのは雪之丞だけだ。限定的には言えバルバトスの力を行使出来る雪之丞はガープ達に対しての鬼札になりえる可能性がある。それに魔装術もあるので少なくとも美神達よりは戦える。クシナは霊能力が不安定だし、陰念は爆弾を抱えているので到底連れて行けないと説明したのに陰念が雪之丞と共に待っていた。

 

「メドーサ様。俺も連れて行ってくれ」

 

「メドーサ様。俺からも頼む」

 

「あたしは駄目だって何回も言ったんですけど、聞いてくれないんですよ」

 

クシナが深い溜息と共にどうしましょうと私に声を掛けてくるが、それを無視して私はその後の綱手と三蔵に視線を向けた。

 

「お前は許可した訳だ」

 

「ま、そうなるね。今のこいつなら使い物になるさ」

 

【ぎゃてえ……陰念は凄くがんばったわよ?】

 

綱手と三蔵の言葉に頭痛がしてくる。陰念が抱えてる爆弾は横島の比ではないほどに凶悪な物である……ガープとアスモデウスに裏切られたソロモンの魔神それが陰念のホロウ眼魂に宿っている。

 

「お前はホロウ眼魂を使えないと戦力にならない、ホロウの魂はアスモデウスとガープを見れば暴走する。そんなリスクを私は背負えないね」

 

横島以上に陰念は狂神石との相性が良いだろう。そうなれば確実にガープの手に落ちる……そんな爆弾を抱えるつもりはないと言う私に陰念が差し出したのは2つの眼魂だった。

 

「……あのキューブから更に2つこれを取り出せました。これを使います、テラーとドクター。ホロウは地球に置いていきます」

 

「実戦で使ってもない物を使うって言われてもねえ……」

 

陰念の疲労具合を見れば私が来るギリギリまで眼魂を取り出そうとしていたのは丸分かりだ。どんな能力かも分からない物を戦力に数えるなんて馬鹿のする事だ。

 

「何してる30秒で支度しなッ!!雪之丞はとっくに準備を済ませてるんだよッ!」

 

「は、はいッ!!」

 

駆けて行く陰念と雪之丞を見送り、深い溜息を吐いた。馬鹿のすることだが……その直向さは何か奇跡を起してくれるような気がした。

 

「最初から良いって言ってやれば良いのに」

 

「甘やかしたら図に乗るだろ。あんたらは甘すぎるんだよ、行って来る後は頼むよ」

 

月へ向かう事は極秘事項だが、魔力と神通力で感知される事は間違いない。そうなれば確実に美神達を陥れようとしているやつらが動き出す、そいつらへの対応を綱手と三蔵に頼み、私は雪之丞と陰念を連れて合流場所へと足を向けるのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

月に向かうのは正直乗り気では無いが、そんな事も言ってられない状況だ。それに永琳さんの弟子を何とかして助けたいとも思っているが、出発前に俺は出足を挫かれる事になった。

 

「みむうー」

 

「ぷぎゅ」

 

「うきゅー」

 

「いや、だからチビ達は無理なんだって」

 

チビ達が置いていかれる事に勘付き、凄まじい抵抗を始めていたからだ。

 

「みぎゃあッ!!」

 

「ぴぎいッ!!」

 

「きゅーッ!!!」

 

鳴声だけで分かる。いやだって言ってる……。

 

「……いやだって言ってますの」

 

「うん、それは分かる」

 

ミィちゃんが何て言っているのか教えてくれるが、幾ら馬鹿でもこれは分かる。

 

「宇宙は空気が無いからチビ達じゃ死ぬの分かる?」

 

ぷくうっと頬を膨らませて駄々を捏ねる気満々である……宇宙っていうのが分からないかもしれないが、これは不味いかもしれない。

 

「留守番するしかないなら待てば「みぎゃああッツ!」そ、そんなに怒らないでも良いではないか」

 

茨木ちゃんがチビに負けた……出発の時間が迫っているのに、チビ達が納得してくれないのではと俺が困っているとシズクが前に出てきた。

 

「……お前達では戦えん。大人しく待っていろ、私がちゃんと連れて帰ってくる」

 

【大丈夫ですよ。私も付いて……コフウ】

 

シズクの説得で良い流れに行きそうだったが沖田ちゃんがコフッたのでチビが怪訝そうな顔をしている。

 

【役立たずは置いておきましょう】

 

【そうじゃな、金時。ほれ、こいつ縛っておいたから押入れにでも突っ込んでおいてくれ】

 

【お、おう……】

 

縛られた沖田ちゃんを引き摺っていく金時を見送りしゃがみ込んでチビ達に視線を合せる。

 

「ちゃんと戻ってくるから紫ちゃん達とお留守番な?帰って来たら一杯遊ぼうな?」

 

「みむぅ~」

 

「ぴぎゅ」

 

「きゅーう」

 

チビ達も馬鹿ではない、自分達が付いて行けないという事は分かっているのだ。それでも俺の事を心配してくれていたのだろう、チビ達の頭を撫でて紫ちゃん達に視線を向ける。

 

「じゃあ行って来るから、チビ達と一緒に待っててな」

 

「はい、お兄様も気をつけて」

 

【いってらっしゃい、お兄さん】

 

「うん、行って来る」

 

紫ちゃん達に見送られて玄関を出る。憎たらしいほどの青空が広がっているが、どうしても不安はある。

 

【大丈夫だ、お前を暴走させたりなんかしない】

 

「……ああ。心配するな、横島」

 

心眼の励ましの言葉と俺の手を握ってくれるシズクに胸の中の不安と燻っていた月神族への怒りが少し和らいだ気がした。

 

「もう大丈夫。行こう」

 

月の魔力砲を何とかしなければ全てが終わってしまう……それを阻止する為にも足を止めてる時間は俺達にはないのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

ドクターカオスや琉璃達が準備してくれた霊具を確認している時にその男は現れた。

 

「やあ、初めまして私はセーレ。神魔混成軍から君達の応援に派遣された者だ」

 

セーレの名前に私達は言うまでもなく眉を顰めた。その名前が何を意味しているかを知っているからだ。

 

「正気なの?小竜姫様」

 

「ちょっとそれは聞いてないですよ」

 

「大規模転移が行えるのは現状彼しかいないんです」

 

だとしてもこの人選は余りにも納得が行かない、だってあのセーレだ。

 

「そう怖い顔をしないでくれよ。もう何百年もガープ達と連絡は取ってないんだ。これでも献身的に神魔混成軍に尽くして来たつもりなんだけどね」

 

ソロモン72柱セーレ。アスモデウス、ガープと共にアマイモンに仕えているとされる魔神を信用なんて出来る訳が無い……。

 

「アマイモン閣下がセーレを白と言ってますし、今回は信用して頂けると嬉しいのですが」

 

アマイモンにはGS試験で助けられている。そのアマイモンが白だと言うのならばセーレは信用しても良いのかもしれないが……。

 

(とりあえず警戒で)

 

(言われなくても分かっています)

 

四大天使の反逆の事を考えれば天界と魔界から大丈夫だと言われても、はいそうですかと受け入れる訳には行かない。

 

「大丈夫さ、ちゃんと仕事はする。それにガープ達のやり方にはついていけなくてね、そこはビュレトと同じさ、かつてのよしみとして彼らを止めたいと思ってるのは嘘じゃないよ」

 

信じて欲しいとセーレは訴えてくるが……どうしても不安要素はある。

 

「竜神王様とお父様が派遣したのでセーレは信用出来ますよ」

 

「ちゃんと身の潔白は調べてから派遣してますからセーレは白と断言出来ますよ」

 

ブリュンヒルデと小竜姫様の言葉に怪しいとは思いながらも、流石に四大天使の裏切りの後だ。天界も魔界も馬鹿じゃないはずとその言葉を聞き入れることにした。

 

「分かったわ、月までよろしく」

 

「任された。大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」

 

不安はある……だがセーレに頼らなければ月に行けないのも事実であり、差し出されたセーレの手を握り返す。

 

「よろしく」

 

「ああ。任せてくれ」

 

想いっきり握り込んだが神魔であるセーレには何の意味もない、それでもやらずに入られなかった。

 

(こいつの目、気に入らないわね)

 

表面上は柔和な笑みに見えるが、その目には人間を見下す色が混じっている。これが神魔特有の物なのか……それとも小竜姫様達も欺いているからの物なのかは判らないが……お前達の思いとおりにはならないと私はセーレの目を睨み返した。

 

「すいません、遅れましたーッ!」

 

「すみません、遅れましたッ!!」

 

蛍ちゃんと横島君の声がし、私はセーレの手を離して2人の下へ歩き出したが、背中に突き刺さるセーレの絡みつくような視線を感じ振り返る。

 

「何?」

 

「ああ、いやガープの気配を感じてね、何かされてるんじゃないかと思ったのさ」

 

「これね、大丈夫よ。ガープの招待状を持ってるだけだからガープのスパイとかじゃないわ」

 

私の言葉にセーレは睨んだりして申し訳ないと謝罪の言葉を口にするが、私はその言葉に返事を返さず横島君達の下へと向かった。

 

「準備は出来てるわね?」

 

「「はいッ!」」

 

「じゃあ荷物を急いで積み込んで、もう出発まで時間が無いわよ」

 

荷物を積み込んでいるコンテナを指差して2人を離した所でくえすが私の隣に立って、小さなアクセサリーを押し付けてきた。

 

「ソロモンの文献を調べて作った封印式を刻んだ指輪のレプリカですわ。効果は正直未知数ですが、お守りくらいにはなるでしょう」

 

「……ありがと」

 

「別に貴女の為ではありませんわ、横島の為です」

 

そう言って長い銀髪を翻して歩いて行くくえすと、彼女に渡された3つの指輪をまじまじと見つめる。効果は未知数と言っていたが、それでもソロモンの魔神へのカウンターを得れたのはありがたいと指輪をグッと握り締めて空を見上げる。ぼんやりと見え始めている月を睨みつけ、拳をグッと握り締めた。それから15分後私達はセーレの魔法によって地球を離脱し、月の大地に降り立つのだった……。

 

 

リポート17 謀略の月 その2へ続く

 

 




セーレ(敵)を加えての月編スタートですが、ドクターカオスとブラドーによるマリア7世編も加えてリポート17は展開して行こうと思います。初戦は量産型レブナントですかね、ここもかなりアレンジしますが、メドーサが若返れるのかどうなのかを楽しみにしていただけば幸いです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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106話

 

リポート17 謀略の月 その2

 

~くえす視点~

 

一瞬の転移の後に私達は月に到着していた。横島が窓の外を見て本当に地球は青いんだなあとか子供みたいな事を言っているが……まぁ来たばかりだし良しとしましょう。

 

「ふうー流石に疲れた。暫く戦えないけど良いかな?」

 

「構いません。お疲れ様でした、セーレ」

 

ブリュンヒルデの言葉にひらひらと手を振り、座椅子に深く背中を預けるセーレを横目にアタッシュケースを開ける。

 

「横島、蛍」

 

「くえす、何?」

 

「なんですか?」

 

振り返った2人にアタッシュケースから取り出した指輪を投げ渡す。

 

「宇宙でも活動出来るように酸素供給とかの術式が刻んである指輪ですわ。小竜姫達が用意してくれますが保険で身につけておいて下さい」

 

宇宙では人間は簡単に死んでしまう、天界の武具は目立つので優先的に破壊される可能性は高い。それが分かっている以上保険を用意するのは当然だ。

 

「私達の分もある?」

 

「ありますわよ、横島の分はタダですが……他の連中は地球に戻り次第請求しますわよ」

 

美神や雪之丞達にも投げ渡し、私も指輪を嵌めてそれから小竜姫とブリュンヒルデが用意してくれた装備を身につける。

 

(指輪はフェイクですが、これでセーレが白か黒か分かりますわね)

 

指輪の内側に魔法陣を仕込んであり、指輪を嵌めると魔法陣が身体に転写される。これによって指輪を破壊されても魔法陣が効力を失うまでの96時間は宇宙空間で活動出来る。

 

「ではまず私とブリュンヒルデ、そしてメドーサで周囲の偵察を行なうので美神さん達はその間に「いや、無理だね。早速大歓迎だ」……まさかッ!?」

 

小竜姫の言葉を遮ったメドーサに窓の外を覗き込んだ小竜姫は絶句する素振りを見せるが、元々セーレに疑惑を抱いていた私達に驚きは無かった。

 

「レブナントッ!いや、でもあれは……」

 

ドクターカオスが用意してくれた移動式の拠点に近づいてくるパーカーを来た一団――4体の量産型レブナントの姿に蛍が眉を顰める。

 

「量産型だと思う。レイの気配はない」

 

「レイだろうが量産型だろうが敵なのは変わりはねえだろッ!メドーサ様ッ!」

 

「下手こいたら地球へ送り返すよッ!気合入れて行きなッ!」

 

「「押忍ッ!!」」

 

メドーサの許可を得て飛び出して行く陰念と雪之丞を見て横島が振り返る。

 

「行くしかないでしょうねッ!この基地を潰させる訳にはいかないからッ!行くわよ、横島君、蛍ちゃんッ!」

 

「「はいッ!」」

 

美神達の後を追って私も月面に飛び出し、空中に魔力を固めてそれを踏み台にして飛び上がる。

 

「!?」

 

「そんな粗末な奇襲に当るほど馬鹿ではありませんわよッ!」

 

出てくる所が分かっているのならばそこを狙い撃つのは当然だ。ドレスから取り出した銃を構え照準を完全に合わせずに引き金を引いた。

 

「ッ!」

 

放たれた銃弾は3発、掠めたのは1発……狙いもつけずに撃てば1発掠めただけで御の字だろう。

 

(さてと良い実験台が向こうから来てくれましたし……色々と試させていただきますか)

 

見たところ量産型レブナントが使っている眼魂は中身の無いブランク眼魂だ。特殊な能力こそないが霊波刃、霊波砲と基本的な霊能者が出来る事は全て出来るようだ。

 

「英霊を倒すいい練習相手ですわね」

 

これから戦うであろう英霊と神魔を考えればこの量産型レブナントは丁度良い練習相手だ。

 

「ドクターカオスの新作兵器を試すチャンスです」

 

「データ取りしっかりやろうな、姉さん」

 

マリアとテレサも同じ考えなのか笑顔で様々な武器を構える。感情のないはずの量産型レブナントの身体が震えたように見えたが、気のせいだろうと笑い私は心からの笑みを浮かべながら量産型レブナントに向けて銃の引き金を引くのだった……。

 

 

 

~陰念視点~

 

霊波刃を展開し斬りかかってきた量産型レブナントを見て反射的に地面を蹴り、そのままの勢いで雪之丞に背中からぶつかった。

 

「おいッ!」

 

「悪い、思ったより厄介だな。この無重力って言うのは」

 

神宮寺とかは魔力で自分の身体が浮かび上がらないようにコントロールしているが、それは高度な霊力のコントロール技術があるからできる事であってぶっつけ本番で出来る事ではない。ポケットから青と白の眼魂を取り出しゴーストリベレイターを押してベルトに押し込む。

 

【アーイッ! オソレテミーヤーッ!オソレテミーヤーッ!】

 

「変身ッ!」

 

【開眼ロープレッ! セーブ執行ッ! ロード実行ッ!!】

 

トライジェントに変わった俺に青のパーカーが被さり、目の前に現れた西洋の騎士を思わせる霊力で出来た壁を潜り抜ける。すると頭、胸部、腕部に紅い甲冑を思わせる装甲が装着され、目の前に現れたガンガンブレードの柄を掴むと背中に霊力で出来たマントが展開された。

 

「これより除霊を開始するッ!」

 

ガンガンブレードを振るうと炎を連想させる霊波刃がガンガンブレードの刃に現れる。

 

「はッ!!」

 

「!?」

 

量産型レブナントの霊波刃を簡単に打ち砕き、ガンガンブレードの一閃が量産型レブナントの胴に深い切り傷を刻み付ける。

 

「中々良さそうじゃねえか」

 

「そうだな。大分使いやすいと思う……が、剣の扱いは苦手だな」

 

ノックアウト魂、ホロウ魂は打撃メイン、パズル魂は霊波砲を主体していたが、このロープレ魂は剣と今まで扱った事が無い武器だけに少しの不安はある。

 

「ならこの戦いで使い方を覚えるんだなッ!オラッ!!」

 

氷の魔装術を展開しレブナントを打ちのめしている雪之丞の姿を見て羨ましくないと言うのは無理があった。同じソロモンの魔神の魂の欠片を埋められているのに雪之丞とバルバトスの相性は良く、俺に埋め込まれた魔神は相性が悪いだけではなくその名前すら分からない状態だ。

 

(あの巨大な眼魂から出てくる眼魂があるから何とかなってるが……)

 

パラドクス眼魂、レース眼魂、ロープレ魂と様々な眼魂を使っているから分かる。横島の持つ英霊、神魔眼魂、そしてホロウ眼魂よりも俺の持つ眼魂は眼魂としてのグレードが圧倒的に低いのだ。

 

「!」

 

「ふっ!はッ!!」

 

マントで霊波砲を防ぐと同時に勢いをつけた回し蹴りを量産型レブナントに叩き込む。量産型レブナントは面白いように吹っ飛び巨大な岩にぶつかり、岩の中に埋もれる。

 

「雪之丞。調子に乗るなよ」

 

「分かっている、こいつら弱すぎるぜ」

 

あの塔で戦った量産型レブナントよりも圧倒的に弱い……パーカーの色とマスクを見れば何の特徴もないのを見れば考えられるのは1つ。

 

「こいつら中身が無い、正真正銘の雑兵だ」

 

「……やっぱりか」

 

眼魂としての個性が無い、ファントムコールダーと適当な霊力を詰め込んだけの眼魂。仮面ライダーとも呼べない弱すぎる量産型レブナントだが……これでも並みの霊能者よりずっと強いというのだから始末に終えない。

 

「長引かせると厄介だな」

 

「さっさと結界を展開するか、移動するしかねえだろうな」

 

月面は完全はガープの手に落ちていると見て良いだろう。そうでなければ上陸して直ぐ量産型レブナントが送り込まれてくるなんて事はない筈だからだ。時間を掛ければ中身のある量産型レブナントが来るのは勿論ガープ達がやってくる可能性もある……ここで時間を掛けている場合ではないとゴーストドライバーに手を伸ばす。

 

「お前なんかに手間取ってる時間はねえんだ。さっさと死んでくれ」

 

【ダイカイガンッ! ロープレッ! オメガドライブッ!!】

 

「!!」

 

【ダイカイガンッ! ブランクッ! オメガドライブッ!!】

 

俺の動きを見て量産型レブナントも少し遅れて飛び上がり蹴りを放ってきたが……。

 

「その程度では止められねえよッ!!はぁッ!!」

 

「!?!?」

 

圧倒的にマイトが不足している量産型レブナントでは英霊、神魔眼魂より出力が劣るとは言えロープレ魂に勝てるわけも無く、蹴りのぶつかり合いは一秒も持たず、炎を纏った俺の蹴りがレブナントの胸部を捉えて宇宙へと蹴り飛ばす。

 

「うおらああッ!!」

 

俺が着地すると雪之丞の気合の込められた咆哮と共に繰り出された拳によって氷漬けになった量産型レブナントは砕け散り、俺が蹴り飛ばした量産型レブナントも宇宙空間で大爆発を起こし宇宙に紅い花を咲かせた。

 

「そっちは片がついたねッ!雪之丞、陰念!たらたらしてるんじゃないよッ!移動の準備をしなッ!」

 

メドーサ様からの指示に頷き、俺と雪之丞は月面を走り出す。

 

「なぁ」

 

「見るな」

 

「いや、でもよ」

 

「見るな、飛び火するぞ」

 

「……おう」

 

高笑いしながら銃と魔法を連射している神宮寺と見るからに凶悪な銃火器を携えているマリアに視線を向けようとしている雪之丞に振り返るなと警告する。横島の回りの女は何時爆発するか分からない危険人物ばかりだ、よくもまぁあいつはあんな状況で平然としていられるなと俺は横島の図太さに呆れを感じながら追撃を逃れる為の移動の準備へ向かうのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

大きく振り被り突き出された拳の側面に手を当てて受け流すと面白いように量産型レブナントは姿勢を崩し、そのままの勢いで転倒した。

 

「やっぱり美神さん、こいつら弱いですよ」

 

「そうね……中身が無いだけでここまで能力が変わるのね」

 

眼魂に宿る神魔や英霊、そして魔獣などの魂によってその能力が大きく変わるというのは横島を見て知っていたが、中身のない眼魂だと此処まで弱いのかと驚かされた。

 

「……あの強さなら問題ない、横島。移動の準備だ」

 

「あ、ああ……分かった」

 

【場所を特定される前に移動する方が安全だ。急ぐぞ】

 

「横島さん、こっちを手伝ってください」

 

「今行くッ!」

 

心眼とシズクに促されおキヌさんと横島が移動の準備を進めているのを見ながら腕に嵌めているファントムコールダーを起動させる。

 

「はッ!!」

 

軽く踏み込み掌底を打ち込んだ。ファントムコールダーで増幅された霊力に吹っ飛ばされる量産型レブナントを見ながら手を振る。

 

「これ……結構反動きついですね」

 

「でも有効打にはなるわよッ!!」

 

両手の掌底を打ち込まれた量産型レブナントが面白いように吹っ飛ぶを見ながらマリアさん達に視線を向ける。

 

「ふっ!せいっ!」

 

「!?!?」

 

「どりゃあッ!!」

 

テレサにボコボコにされている量産型レブナントとマリアさんが放つ銃弾を避けられず吹っ飛ぶ姿を見ていると美神さんに頭を叩かれた。

 

「気を緩めない、ただの威力偵察よ」

 

「……すみません」

 

気を緩めていたのは事実。美神さんに叱られるのも当然だが……私は今更私自身の弱点、いや欠点とも言える物に気付いたのだ。

 

(弱い相手を見下す……これは駄目だわ)

 

逆行前の私はルシオラの転生体だ。人間としての感性はあるし、神魔としての衝動も決して強い訳ではない。だが魂に根付いている弱者を見下す魔族の思考はまだ残っていたのだ。今までは強者ばかりだったし、戦えない事も多かったから表に出なかったが……量産型レブナントとの戦いで自分が優勢になった時……暗い欲求が芽生えるのを感じた。

 

(くえすに相談してみようかしら)

 

先祖返りのくえすに相談してみようと思うが、横島無しで話を聞いてくれるのかは不安だが……この件を相談出来るのはくえすかブラドー伯爵くらいだし……まずは身近のくえすに相談してみよう。

 

「!」

 

「ふっ!!」

 

霊波刃を振り被って突撃してきた量産型レブナントの一撃を避けて、カウンター気味でフックを叩き込んで、それを軸にして量産型レブナントと私の位置を入れ替える。

 

「悪いけど時間が無いの、貴方と遊んでる暇はないわッ!」

 

最大倍率まで強化した霊波砲を至近距離で放ち量産型レブナントを宇宙へ向かって弾き飛ばす。少し遅れて紅い爆発の華を咲かせるのを見れば倒せたのは分かるが嫌な自分の弱点を実感してしまったのでどうしても暗くなってしまう。

 

「後で反省会よ。蛍ちゃん、急ぎなさい」

 

「……はい」

 

鋭い美神さんの声に私は顔を上げる事も出来ず、くえすのあからさまな溜息を聞きながら月への上陸地点から慌てて逃げ出すのだった……。

 

「ふうむ。まぁ妥協点という所ですかな」

 

移動する美神達を見つめながら蘆屋は楽しそうに喉を鳴らし、移動する先に視線を向ける。

 

「先に月神族に遭遇して貰ったほうが良いですからな、さてと……ガープ様に報告に参るとしましょうか。ねえ?」

 

そう笑いながら振り返る芦屋の視線の先には擬似神魔眼魂を用いて変身している複数の量産型レブナントの姿があった。

 

「まだ遊戯は始まったばかり……もっと楽しむとしましょうか」

 

この場で殲滅する事も出来たのに蘆屋は、いやガープはそれをしなかった。蘆屋の言う通り、この襲撃は遊戯であり、美神達の力を図るのと同時に月神族の元へと美神達を追いやる為のガープ達の悪趣味な遊びなのだった……。

 

 

 

~ブラドー視点~

 

カオスからの話を聞いた我は座っていた椅子から立ち上がり、壁に掛けてあったコートに手を伸ばした。

 

「協力してくれるのか!?」

 

「ああ、マリア姫には借りがある。子孫を助けるのは道理だろう?」

 

我が眠っている間に何度かマリア1世の子孫に我々吸血鬼は助けられていた。その子孫が囚われていると言うのならば、それを救出するのは当然だ。

 

「父さん、僕も」

 

「駄目だ。お前は足手纏いになる」

 

出発しようとした所で付いて来ると言うピエトロに向かって我はそう告げた。

 

「今回の件は失敗も正体が露呈される事も許されない。未熟なお前では足がつく可能性が高い」

 

「うむ、言いにくいがそうなるの」

 

マリア7世は霊力を使うための技術は持たないが、潜在的な霊能力はかなり高い。それにまだ婚姻を結んでいない、穢れていない乙女でもある。

 

「天使達の胸糞悪い儀式に使われる条件を全て満たしている、我々には時間が無い」

 

四大天使の離反の情報は我の元にも入っている。あいつらの性格は下種の極みと知っているからこそカオスの協力要請に頷いたのだ。

 

「だがお前に手伝ってもらわないわけではない、合図を出したら迎えに来い。1人なら連れて戻れるな?ピエトロ」

 

「は、はい!」

 

「良し、ならば合図を待て、随時連絡は入れる。しくじるなよ」

 

分かりましたと返事を返すピエトロを残し、カオスと共にヴァンパイヤミストへと身体を変換し、霊脈の上に立っている高級ホテルの屋上へと降り立った。

 

「胸糞悪い気配だ。間違いなく天使がいる」

 

「天使じゃな。1件目で当りだといいんじゃが……」

 

東京で霊脈を利用して霊的な結界を作り出している高級ホテルは全部で3つ。マリア7世だけではなく他に素質のある女性が捕らえられている可能性もある。

 

「ほれ、使え」

 

「認識阻害のタリスマンか」

 

「ワシもお主も有名すぎるからの、顔を割られるわけにはいかん」

 

「何者だッ!」

 

ホテルの非常口が勢いよく開き、そこから飛び出してきたのはヨーロッパ系の白人。その姿を確認すると同時に一瞬で間合いを詰めて腹を殴りつけて意識を刈り取り、気絶している2人の男の顔に手を当ててその顔を魔法でコピーする。我自身とカオスの顔に重ね合わせると気絶している男の服に手を伸ばし、身柄を確認すると同時に変装する為の着替えを確保する。

 

「鮮やかじゃな」

 

「これでも始祖の吸血鬼なのでな、それよりも急ぐぞ」

 

魔法で誤魔化せる部分は良いが、近代の科学を欺くほどの力は我にはない、それに今顔をコピーした男は白銀の十字架を見につけており明らかに武闘派神父だ。

 

「不法入国か、だれぞの手引きか……やれやれ面倒な事になりそうだ」

 

「世も末ということだな」

 

明らかに表ルートで入国した人間ではない、マリア7世がこの場にいないとしても間違い無くこのホテルは黒と確信した我とカオスは次々と屋上へと駆けて来る足音を聞き、昏倒させたエクソシストから服を剥ぎ取って変装する。

 

「こやつらは幻術でも掛けておくか?」

 

「そうだな。それよりも急ぐぞ、身元確認でもされると粗が出るからな」

 

「了解じゃ」

 

2人組みのエクソシストに催眠術と幻術を掛け、掃除道具が納められている倉庫の中に押し込めてから我とカオスはホテルの内部へと侵入するのだが……。

 

「真っ黒じゃな」

 

「ああ、完全に黒だ」

 

ホテルの内部には天使が用いる結界と、階級の低い天使の姿があった。それは紛れも無く既に東京に四大天使の魔の手が伸びているという証なのだった……。

 

 

 

リポート17 謀略の月 その3へ続く

 

 




月と地上で同時に話を展開して行こうと思います。月編だけだとちょっと物足りないかなと思い、こういう形式を取って見ました。

長くなる部分もあると思いますが、楽しんでもらえるように頑張りたいと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


FGO

ペーパームーンクリアし、カーマが欲しくなりすぎて40連

星4鯖すら出ない大爆死で石0、オワタ……。


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その3

リポート17 謀略の月 その3

 

~セーレ視点~

 

量産型のレブナントの強襲は正直に言うと僕にとって悪い方向に転がりかねなかった。意図的に量産型レブナントのいる場所に転移したと言われてしまうと小竜姫達からの疑いの目も向いてしまうからだ。小竜姫とブリュンヒルデたちからすれば僕は長い間神魔混成軍に尽くして来た仲間であり、美神達は伝承からアスモデウス、ガープに繋がっていると誤解していると小竜姫達が考えている状況が僕にとっては好都合な訳だ。だからいきなりの強襲は困る訳だったのだが……。

 

「どうも簡易的な命令を与えて月面にばら撒いているようだね」

 

量産型レブナントは移動する先、移動する先にいたが決められた順路をパトロールしていた。つまり最初の強襲はアスモデウス達にとっても想定していたが、ある意味想定外だったのかもしれない。

 

「そうみたいね。少し疑っちゃったけどごめんね」

 

「構わないさ。誰だって疑うよ」

 

それに形だけの謝罪っていうのは分かっているので、こちらも形として謝罪を受け入れる。

 

「さてとステルスを展開してるから見つからないけど、移動も出来ない。これからどうする?一応月神族の所には顔を出す予定なんだろ?」

 

月神族ならば量産型レブナントを倒す事は不可能ではない。だが月神族が敗退しているのは中身の入った眼魂を使っている量産型レブナントがいるからだ。何を使っているかは僕も知らないが、少なくともケルベロスやハルピュイアなどの幻獣系の眼魂を使っているのは間違いないだろう。

 

「情報が欲しいので月神族と1度だけでも会談はする予定ですが……首都はもう制圧されてるみたいですし……」

 

「どこにいるのか分からないならまずはガープ達に渡された招待状の所にでも行ってみるか?」

 

メドーサの言葉に僕は座っていた椅子から腰を上げた。

 

「招待状?そんな物があるのかい?」

 

「あ、伝えていませんでしたね。蘆屋がガープの招待状を持って来たんですよ」

 

聞いてないし……しかし招待状か……。

 

(本気で欲しいわけね)

 

特異点の横島が欲しいとは言っていたけど、招待状まで持ち出すか……。

 

(まあ良いけどね)

 

僕としては下げたくない頭をもう下げなくてすむ様になるし、最後の最後で裏切られたと絶望する小竜姫達を見るのも悪くないだろう。

 

「ですが準備も無しにガープの所に乗り込むのは危険じゃないですか?」

 

「ええ、その通りよおキヌちゃん、出来れば1回休んでからにしたいんだけど……月神族の首都が落ちてるし、量産型レブナントがうろうろしてるし……」

 

「下手に移動してガープ達に見つかるのも厄介ですわね。メドーサ、1度使い魔で偵察を「あ、大丈夫ですよ。月神族の場所なら分かりますよ?凄い嫌だけど」は?」

 

月神族の場所が分かると言う横島に思わず視線を向ける。すると横島は鞄に手を突っ込んで、その中から白い何かを取り出した。

 

「ぴゅう!」

 

「よーしよし、良い子良い子。輝夜ちゃんから預かってきたんですよ、この兎が輝夜ちゃん派の所まで案内してくれるそうですよ」

 

横島の手の中で跳ねる小さな兎が気合満点に鳴きながら頑張るぞと言わんばかりに跳ねている。

 

「……と言う訳で会いに行けるわけだが……当然全員でぞろぞろと行く訳には行かない、この拠点を落とされるわけにも行かないからな。恐らく永琳の手紙を持ってる横島は確実に出向かなければならないが……横島1人で行かせる訳にも行かない。最少人数で向かうべきだと思うがどうだろうか」

 

水神の言葉を聞いて僕は再び椅子に腰を下ろして手を上げた。

 

「僕は待ってるよ、いざとなれば拠点ごと転移できるからね。君達の方で話し合ってくれ」

 

現行の月神族の政治に反対している派閥と接触出来れば殲滅する事も可能だが、下手な動きを見せれば殺されると分かってる場所に自ら乗り込む必要もない、もっと言えば……。

 

(どうせこれもガープのお遊びだ。それに巻き込まれるのはごめんだしね)

 

月面を制圧しなくとも地球を破壊する兵器を作るなんてガープには朝飯前だ。それなのに態々月にそんな兵器を作り出したその意味は阻止すると言う名目で横島達を月に誘い出すため……月に横島が来た段階でガープに取っては作戦終了に近いはず。ならば月に連れて来た段階で僕の仕事も終わり、余計な仕事を押し付けられるのはごめんだし……何よりも。

 

(くだらない恋愛遊びを見てるのもつまらないし)

 

横島を巡る色恋で一喜一憂してる連中を見ているような趣味はないので、いざとなれば拠点を移動させると言う名目でこの場に残ると宣言し、良く分かって無い様子の横島とピリピリしてるくえす達に馬鹿じゃないのかと内心吐き捨てながらワインのボトルに手を伸ばすのだった……。

 

 

 

 

~依姫視点~

 

月面都市が消滅したのは一瞬の事だった。レブナントと言う顔のない騎士を媒介に月面都市の上空に大規模な魔力を増幅する魔法陣を見て私が命じたのは月面都市の放棄と逃走だった。古い考えに凝り固まっている連中は残り、それに従った月神族も恐らくあの特大の雷で消し飛んだだろう。私の部下は無事に逃げおせただろうかとその身を案ずるが……私とお姉様、そしてもう1人もかなりの怪我を負っており、他人を心配するよりもまずは自分という状態だ。本当なら動きたくもないが……どうしてもやっておかなければならない事がある。

 

「分かりましたか、貴方達がどれだけ愚かだったか」

 

「……ぐうの音も出ませんね。ありがとうございます、依姫。私を助けてくれて」

 

私とお姉様で連れ出したのは迦具夜だった。現状の月の女王で、今までは頭を下げていたが彼女にも今の自分の立場というのを理解してもらう必要がある。

 

「別に助けたわけではありませんよ、ただ正規の手続きでかぐやの地位から降りて頂くためですので」

 

迦具夜を助けたのは次のかぐやの地位を継ぐ人の為だ。そうでなければ私に迦具夜を助ける理由はない。

 

「もう依姫、そんな風に言ったら私達がクーデターしようとしてたってばれちゃうわよ?」

 

「お姉様、もう全部言ってます」

 

あらやだと笑うお姉様に思わず溜息が出るがしょうがない。

 

「今のやり取りで分かったと思いますが私達は輝夜様の一派ですので、迦具夜。貴方をかぐや姫とは認めていないという事は覚えておいてください」

 

「……最初からなのね?」

 

「そうですね、最初からです。平安時代の話は私達は知ってましたし、必要以上に自分達が如何に優れているのかと語る月神族にもうんざりしていました」

 

私達も月神族だが、他の神魔より優れているとは微塵も思っていない。むしろ月に引き篭もり他者との繋がりを持たない月神族は衰退しかしないと唾棄していたが、それでも警羅として仕えていたのは機を窺っていただけだ。

 

「本当ならもっと段階を踏む予定だったんだけどねぇ、ガープのせいで前倒しになっちゃったわね」

 

「それも仕方ない事です。狙われて当然なのですから」

 

女で、高い神通力を持っている大して強くもない月神族となれば神魔両方に戦争を仕掛けているガープが目を付けないわけが無い。捕らえられた月神族は恐らく死んだほうがましか、女として生まれた事を後悔しているだろうが……私には関係が無い。

 

「助かる算段はあるのですか?」

 

「あるが説明する気はない」

 

ここは永琳様が用意してくれた拠点であり、月の中で1番安全な場所だ。だがそれを態々迦具夜に説明する必要性は無いと告げて、これからどうするかと考えていると白い影が私達の前に現れた。

 

「ぴゅい!」

 

ぴょんぴょんっと飛び跳ねる小さな兎を見て私とお姉様は顔を見合わせた。

 

「あら、この子……依姫」

 

「来たようですね、お姉様」

 

その兎の後ろから現れる1組の男女と1人の神魔の姿を見ていると人間の1人が前に出て、迦具夜が息を呑んだ。その人間は迦具夜に月神族の罪を教えた人間だったからだ。

 

「えっと依姫さんと豊姫さんですよね?永琳さんからの手紙を預かってきました、横島と言います」

 

「話は聞いてるわ、私が綿月豊姫。こっちが妹の綿月依姫よ、さっそくで悪いけど手紙を見せてもらえるかしら?」

 

「はい、どうぞ」

 

差し出された手紙をお姉様が受け取り、封を切って2人で手紙に目を通そうとして……。

 

「ふっ!」

 

「うっ……」

 

ふりかえって手紙を覗き込もうとしていた迦具夜の首筋に手刀を落として意識を刈り取り、お姉様が縛り上げる。

 

「配慮が足りなかったわね、とりあえずこれはこう、ぽーい」

 

縛り上げた迦具夜を押入れに押し込むお姉様に横島が引き攣った顔をしているが、何百年も薬にも毒にもならないどっちつかずの政治をしていたのだ。本当ならガープの攻撃で死んでいた所を助けてやったのだから文句を言われる筋合いはない筈だ。

 

「じゃあ改めて手紙を見させてもらうわね」

 

「これからの事も話をしたい、少しばかり待ってくれ」

 

私達のやり取りに絶句しているが、起きていたら絶対あーだこーだと口を挟んでくるだろうから、これが1番正しかったはずだ。少し待っていてくれと言って私とお姉様は改めて手紙に目を通すのだった……。

 

 

 

~シズク視点~

 

横島に同行したのは私とメドーサ、そしてくえすだけだ。もう少し大人数で動く事も可能だったが、私の水とくえすの魔法があれば話し合いに参加しようと思えば出来る。移動に秀でた私達3人と永琳を知る横島が1番最適な人員だという判断だ。

 

(1度横島から引き離す必要もあったしな)

 

月の魔力に当てられている蛍には1度厳しい説教が必要だ。戦場で敵が自分よりも弱いからと侮り慢心するなど言語道断。その慢心が全員を死なせる事に繋がる可能性があれば、矯正が必要だ。

 

「確かに拝見させていただきましたが、月神族は見てのとおり全滅ですから、気にしないでください」

 

「今までの驕りの代償だ。何れはこうなると分かっていた」

 

流石は永琳の弟子という所か、他の月神族とは顔付きが違う、これならば話し合いの相手として申し分ない。

 

「かぐや姫はどうするつもりですか?」

 

「ああ、かぐや姫の称号を正しい人に返して貰わないと困るからな。邪魔しかしないから閉じ込めておくだけだ、横島が制裁を加えたいと言うのならば……」

 

依姫が腰に挿した刀を抜いて横島に差し出しながら迦具夜が居る部屋を顎で指す。

 

「殺さない程度ならば憂さ晴らしをしても構わない」

 

「いいいいいい、俺はそういうの良いからッ!!」

 

手をぶんぶんと振りくえすの後ろに隠れてしまう横島を見てやれやれと肩を竦める。

 

「……とりあえず迦具夜は閉じ込めておいてくれれば良い。私達が求めているのはお前達が何に滅ぼされたかだ」

 

量産型レブナントはレイに劣る能力しかない、そんな量産型レブナントが月神族を滅亡一歩手前に負いこめるとは思えない、何か戦力の差を埋める何かがあったと私達は考えている。

 

「良く分からないわ……凄く異質な力だとは思う、死んでも死なない。倒れたら別の敵がその姿になる」

 

「それはあれじゃねえのか?眼魂を別の相手が使って「違うのよ、触手みたいのに貫かれと思ったら同じ姿の奴が2体も3体も増えるのよ」

 

メドーサの言葉を遮って豊姫が何を見たのかを曖昧な言葉で説明し始める。

 

「強くはないのよ、でも強いの」

 

「強くないのに強いってどういう事なんですか?」

 

「んー難しいのよ。とにかく攻撃は当たるの、手足の欠損、下手をすれば頭だって吹っ飛んだわ。でもそいつは生きてて、どうしても倒せないの」

 

どうしても倒せない、手足だけではなく頭が消し飛んでも倒せない。

 

「不死性を持つ神の眼魂のようですわね」

 

「……多分な、まぁ倒せないのならば封じれば「それだけじゃない、雷を放つ槌、炎を放つ大剣を持った個体、不死身の者とあわせてその3体で月神族はほぼ壊滅状態に陥ったのだ」

 

雷を放つ槌、燃える大剣……あまりにも特徴的なその姿に私達はすぐにその正体が分かった。月神族が月に閉じ篭り他の神魔と繋がりが無かったから分からなかったのだ。

 

「馬鹿ですか貴女達は!北欧神話の神の名前すら知らないのですか!?」

 

くえすが我慢しきれなかったのかそう怒鳴るが気持ちは分かる。メドーサですら頭を抱えている。

 

「いや、そのごめんなさい。地球の神魔の話って全然月に来なくて」

 

「調べようとはしたんだぞ?嘘じゃない」

 

とは言えその情報を手に入れられなかったのならば何の意味もない。最上位の神ですら、月神族は自分達より劣ると蔑んでいたとは愚かなんて言葉では片付けられないほどの大馬鹿だ。

 

「そんなに不味い神様なんですか?」

 

流石に横島はまだ勉強中なので良く分かっていないようだ。まぁ横島はしょうがないと思い、月神族を滅ぼした神が何なのかを説明してやる事にする。

 

「……雷を放つ槌は恐らくミョルニル。北欧神話の戦神トールの持ち物だ。恐らくトール眼魂、そして炎を放つ大剣は」

 

「巨人スルト。北欧神話の世界を1度滅ぼしたとされる極めて強大な神ですわ」

 

神魔の中でも上から数えた方が早い武闘派神魔……それがトールとスルトだ。そして量産型レブナントに使わせていた理由も分かった。

 

「使わせれなかったでしょうね。レイには」

 

「ああ。レイに使わせたらそれこそ大変な事になる」

 

「え、え?どういうこと?」

 

横島は訳が分からないと言う様子なので、何故レイにトールとスルトの眼魂を渡さなかったのかを説明する。

 

「……簡単だ、スルトもトールも強すぎる。レイが変身すればトールとスルトのいずれかが顕現してしまう。神殺しの逸話を持つ神を呼ぶ事はガープでも躊躇うものだったということだ」

 

レイでは100%、いや120%スルト達の力を引き出してしまう。そうなればスルトとトールが復活したと同意義だ。恐らく反逆してくるであろうスルトとトールを完全形で復活させるのは余りにもリスクが高すぎる。だからレイよりも数段器として劣る量産型レブナントに押し込めることで制御可能にしているのだろう。

 

「やばくない?」

 

「めちゃくちゃやばいですわ。シズク、メドーサ」

 

「ああ。こいつらを連れて戻るか、ブリュンヒルデがいればオーディンと連絡がつく、急いで作戦会議をしないと不味い」

 

ガープだけではなく、スルトとトールもいる。その上日本を破壊できる魔力砲は今も日本に照準を合わせている……完全に詰み一歩手前……いや完全に詰んでいる。

 

(私が本来の姿を……いや、駄目だ。それでも足りない)

 

本来の大蛇になったとして、初撃は防ぐか相殺は出来るだろうが2発目は身体を使って盾になるくらいしか出来ない。仮に海の水を吸い上げて身体を巨大化させれば海の水が続く限りは防げるが、それをした後に待っているのは天変地異だ。

 

(最高指導者が動けばこれ幸いと四大天使共も動き出すだろうし、アスモデウスに従がう魔神も動く……)

 

引っくり返すにはスルト、トール、そして謎の不死身の神性を持つ量産型レブナントを撃破し、魔力砲が発射される前にガープ、それと恐らく蘆屋が守っているであろうそれを破壊するのは正直に言えば不可能に等しい。

 

(ああ……なるほど、そういうことだったのか)

 

芦屋が届けに来た招待状……紛れも無くそれは招待状だろう。だが会談をする為なんて言う優しいものではない、どう足掻いても覆せない絶望を用意し、降参するのならばそれを受け入れてやろうという私達を何処までも見下したガープからのメッセージなのであった……。

 

 

リポート17 謀略の月 その4へ続く

 

 




今回はドクターカオス視点はおやすみです。次回の話と繋がる部分があるためです、次回は今回よりも少し長めでお送りしようと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

リポート17 謀略の月 その4

 

~ドクターカオス視点~

 

ブラドーと侵入したホテルのあちこちには月と目をモチーフにした紋章が刻まれた調度品が並べられていた。

 

「不味いな……」

 

「ああ、最悪の相手になりそうじゃ」

 

月と目をモチーフにする天使と言えばワシは1人しか知らぬ、7大天使の一柱、そして真なる神の御前に現れることを許された大天使……。

 

「サリエル……か」

 

「恐らくな、高層ホテルに陣取ったのはそれが目的のようじゃな」

 

サリエルは月の天使であり死神だ。一説によれば堕天使とされる天使じゃが……その理由は「邪視」にある。

 

「ありとあらゆる魔眼の開祖か……厄介な相手だ」

 

「お主は不老不死じゃが、ワシには少しばかり相性が悪いの……」

 

不死ではあるが不老ではないワシにはサリエルの相手はちと荷が重い。ワシとブラドーだけでサリエルを突破は出来るだろうが……かなりの騒動になるかもしれんと思いながら上層からホテルの内部を観察していたワシとブラドーは信じられない物を見た。

 

「ここまでするか……」

 

「おぞましいの、悪魔でも此処までせんぞ」

 

確かにサリエルは居た。漆黒のローブを身に纏い、大鎌を持った月と死を司ると伝承される大天使の姿はあった……。

 

「あ……あああ」

 

胴体と頭だけを残され、口に猿轡を嵌められ、目に魔眼封じを嵌められ機械に埋め込まれたサリエルが台車に載せられて姿で2人の神父によって運ばれていた。

 

「サリエルを運べ、こいつで処女のシスターを全て洗脳するぞ」

 

「分かってますよ、その後はお楽しみですね」

 

「口を慎め、聖別を行なうのだ。次世代を担う者を産ませるのだ、お前も選ばれたものであるという自覚を持て」

 

おぞましい悪魔の諸行を嬉々として語る神父達はサリエルをエレベーターに乗せその姿を消した。

 

「……信じられん……あのサリエルがあそこまで敗れるか」

 

「確かに信じられんの……やったのは四大天使じゃろうな」

 

同胞の天使であっても機械に組み込むおぞましい所業……そんな物をやっていても自分達が正義と言えるその精神性が信じられん。

 

「マリア7世の奪還だけではなく、他の人質の解放も必要だな」

 

「じゃなあ……のう、サリエルを制御してる天使がほかにいると思うかの?ワシはいないと思うんじゃが」

 

結界があったとしても大天使級の天使の神通力を完全に隠すのは不可能だ。サリエルの反応が無かったのは瀕死の状態で神通力が弱まっていたからと推測出来る。

 

「異界があればアウトだな。最悪マリア7世だけを奪還して逃げるべきだろう」

 

「……見捨てるようで心苦しいが……仕方あるまい」

 

出来る事ならばこのホテルに連れ込まれているシスター達も連れ出したいところだが……恐らくワシらの話は聞いてくれんじゃろうしな。

宗教の怖い所がここだ。これだと信じた物をくつがえすには相当の時間が掛かる……当然ながらマリア7世の救出の為に侵入しているワシらにはマリア7世以外に手を回している時間がない。

 

「巡回が始まった行くぞ、マリア7世の場所は分かっているんだろうな?」

 

「おう、ちゃんとワシの渡したお守りを持ってくれておる。今ワシらがいるのが49階、マリア7世はホテルの中層にいる」

 

詳しい場所は判らないが、こうなったら虱潰しに調べていくしかない。

 

「む、何も「黙れ、お前は何も見なかった。去れ」……はい、分かりました」

 

ブラドーの魔眼でワシらを発見した警備員が回れ右をして去っていくその姿を見ながら来ている服を摘み上げた。

 

「これもしかして下っ端の服かの?」

 

「だろうな、安全に動くには他の服が必要だな」

 

ブラドーの言葉に頷き、栄養剤とコンドームの箱を持って歩いていく2人の神父へ視線を向ける。

 

「ちょうど鴨がネギをしょって来たぞ」

 

「そのようだ。どれ、行くとするか」

 

神父2人がワシとブラドーの下を通る瞬間に手摺の上から飛び降りる。

 

「眠れ、永遠に」

 

「おぬしらのような害悪はこの世にはいらんのじゃ」

 

ブラドーが背後から首を圧し折り、ワシは首筋に毒薬を入れたアンプルを突き刺して神父2人の命をあっさりと刈り取った。

 

「一応見ておくかの」

 

「そうだな……」

 

この神父達の向かおうとしていた部屋を覗き込み、ワシは思わずガッツポーズをした。

 

「むーむーッ!!」

 

猿轡を噛まされて、手足を縛られた六女の生徒が4人、部屋の中に囚われている姿を写真に納める。

 

「これで西条達が動けるな」

 

「大騒動になる前にマリア7世を救出する必要があるが、こりゃワシら2人じゃ手に余る」

 

マリア7世の軟禁でも大問題だが、六女の生徒の誘拐、監禁となればオカルトGメンも動く事が出来る。

 

「よーしよし、落ち着け、ワシらは味方じゃ。良いか、ワシとブラドーはこのホテルに囚われているマリア7世を探しに来た、誰か見たものはおらんか?」

 

「あ、み、見ました。34階でお姫様みたいなドレスを着た人を見ました」

 

「そうか、この部屋に結界札と精霊石で結界を張る。お前らは何があってもこの部屋から動くな、良いな?」

 

「なーに、すぐに親御さんの元へ返してやる。じゃからここで大人しく待っておるんじゃぞ?」

 

何度も頷く六女の生徒に笑みを浮かべ、ワシとブラドーは部屋を出ると同時にその顔を修羅へと変えた。

 

「潰すぞ」

 

「言われるまでもない、だがマリア7世の救出が終わってからじゃ」

 

間違いなく東京に四大天使の配下の手引きをした者がおる。そうでなければ六女の生徒を連れ込むことなど不可能だし、これだけ要塞化したホテルを用意することも出来ない。西条と琉璃が馬鹿にされておるのか、気付かれないと高を括っておるのかは知らんが……。

 

「「随分と舐めてくれたな」」

 

どうしてくれようかと鬼のような笑みを浮かべ、ワシとブラドーは変装の為に剥ぎ取ったカソックを投げ捨て、堂々と本来の姿でホテルの中を歩き出すのだった……。

 

 

~西条視点~

 

 

電話を手に僕は思わず机を指で叩き、小さく溜息を吐いて通話の相手に向かってもう1度要件を口にした。

 

「僕は只マリア7世の安否を確認したいと行っているだけですよ」

 

『マリア7世は東京にいる。それで安否は確認出来ているだろう?何時までも私も暇じゃないのだよ、西条君』

 

うんざりだと言わんばかりだが、うんざりしているのは僕の方だ。

 

「何かあった時にオカルトGメンの責任にされては困るのですよ」

 

『責任は我々霊防省が取る』

 

「霊防省が?はは、それこそ悪い冗談だ。今の立場をお分かりですか?国防省の友人に頼んでまで何がしたいのですか?」

 

霊能省は令子ちゃん達の摘発によってその評価は地に堕ちた。本来ならばマリア7世の護衛など出来る立場ではないのに、国防省の横槍が入り主導権をとられてしまった。

 

『組織の膿は出した。君の危惧しているようなことはない、数日後にはマリア7世との会談を用意する。それまで大人しく事務所で待機しているのだ。良いな、これは命令だ』

 

「国からの命令という事ですかね?」

 

『そうだ、所詮お前は雇われ、分を弁える事だ。我々がその気になれば君の首を飛ばすことなど簡単なのだからな』

 

脅し文句を最後に電話は切れ、僕は受話器を元に戻した。

 

「さてと、どうしようか?神代会長」

 

「強行突破一択でしょう?」

 

神代会長の言葉に肩を竦めドクターカオスとブラドー伯爵が潜入しているホテルを監視出来る位置に停めてあるバンの窓からホテルに視線を向ける。

 

「こそこそとやって来たみたいだね」

 

「国防省に霊能省に冥華さんの邪魔をしてる議員に私がGS協会の会長なのがおかしいって記事を書いた記者もいますね」

 

ぞろぞろとフリーパスでホテルに入っていく連中を見ながらフィンガーグローブを嵌め、霊剣ジャスティスの刃を確認しながら、ボクと一緒に突入してくれる面子に視線を向ける。

 

「月にはいけなかった分、大暴れしてやるぜ」

 

「天使の肉片なんて希少なサンプルを入手出来るこの機会を捨ててたまるか、クックク」

 

GS協会からは不動と須田の元テロリストコンビに加えてもう1人。

 

「やれやれ会長も人使いが荒い」

 

腹に一物抱えているであろう躑躅院がぼやきながらもその目が輝いているのを見て僕は神代会長に視線を向けた。

 

「神代会長。もっといなかったのかな?」

 

腕は認めるが人格面に問題がある面子しかいないのは僕への嫌がらせだろうかと思わず思ってしまった。

 

「お言葉ですが、現GS協会の最大戦力ですよ。再編途中ですし」

 

何処もかしこも敵ばかり信頼出来る面子が元テロリスト2名と明らかに寝首をかこうとしている躑躅院だけとは……。

 

「どこも世知辛い物だね、教授。よろしく頼むよ」

 

【OKッ!張り切っていこうかッ!】

 

とは言え僕も信頼出来る部下という仲間は教授しかいないわけで……神代会長の事は言えないなと苦笑する。

 

「逮捕状の申請は?」

 

「あとで冥華さんが持って来てくれるそうなので私はここで待機してます」

 

あとでこじつけだが……今回はそうも言ってられないのでこの件については目を瞑りバンを降りる。

 

「分かっていると思うが強行突破だ。天使の昇天魔法には各員最大限の注意を払って欲しい。では突撃ッ!!」

 

「「おおッ!!」」

 

僕の指示を聞いて弾丸のような勢いで突っ込んでいく不動と須田はそのままの勢いでホテルの正面に飛び蹴りを叩き込んでホテルの中へ姿を消したのを見て慌てて僕達もホテルへ突入したのだが……。

 

「ここまでやられていて気付かないか」

 

「かなり厄介だねぇ。何処に敵の拠点があるかも分からないじゃないか」

 

ホテルの内部は完全に異界となっていた。ドクターカオスとブラドー伯爵の報告ではホテルの内部は異界ではないと聞いていたが……不動たちの突入と同時に異界を展開したとなると……。

 

「大天使がいる可能性は十分にある。僕達は周囲を警戒して進もう」

 

「勿論だよ。私はそこまで強い訳ではないからね、奇襲と不意打ち、罠に気をつけて慎重に行こう」

 

【後は仕掛けにも警戒だ。大天使を瀕死にして機械に組み込めるような組織だ、私も勿論、皆も警戒して行こう】

 

教授の言葉に頷き慎重に捜索に向かう僕達の頭上では不動の雄叫びと須田の高笑いが響いて来たが、それに気を乱す事無く異界と化したホテルの捜索を始めるのだった……。

 

 

 

~ガープ視点~

 

月神族の首都の跡地をアスモデウスと調べていたのだが……わかった事は只1つだけだった。

 

「期待外れだな、やれやれ封鎖された世界というのはこうもつまらないか」

 

優れた技術と霊能力を持つ月神族でも、何千年と封鎖空間の中にいれば進化も発展も無く、私の興味を引くものは何一つ無かった。

 

「かぐや姫が逃げているようだが、それでもか?」

 

「興味はないな、もう月神族の女は必要な数確保した。女王だなんだの言ってもこんな閉鎖空間の女王など興味はない」

 

逃走している輝夜は横島の怒りのトリガーを引く相手としても、研究対象としても興味深いが……輝夜と比べて月神族には価値がなさすぎてむしろ笑えてくる。

 

「こんな女を使ってガープ様の求める結果が得られるのですかな?」

 

「ただの実験と暇つぶしだ。性能が良ければ良いが対して興味はない。あえて言えばそのプライドを圧し折り、無様に許しを請う姿を見て手持ち無沙汰を慰めるだけだ」

 

私の言葉にやれやれと言わんばかりに肩を竦めるアスモデウスを見ながら期待外れだった宝物庫に目を向ける。

 

「月の女神に関する何かがあればと思ったんだがな。やれやれ時間の無駄だった」

 

英霊を呼ぶ触媒――聖遺物のコレクションが趣味だが、興味を引くものなど何一つ無かった。英霊を呼ぶ聖遺物すらないとは……全く持って……。

 

「くだらないですかな?ガープ」

 

この場にはいない第3者の声が聞こえて来て、咄嗟に振り返るとそこには瓦礫に腰掛け本を開いた男の姿があった。

 

「貴様……いや。お前……あの時のッ!」

 

一瞬何者と問おうとし、軽い頭痛と共に私とアスモデウスの2人を一蹴した謎の男だった事を思い出した。

 

「奪った記憶は返しましたよ。クックク、どうでしたかな?弱いと侮った男に一蹴された屈辱は」

 

「良い気分だったよ、ここでお前をぶちのめせば更に気分も良くなるだろうよ」

 

「それはそれは出来もしない事は言わないほうがいいですよ?ガープ、そしてアスモデウス。少なくとも「今」は私の方が強い」

 

今を強調する男……いや、レクス・ローを見ながら私は戦闘態勢を解き、今にも飛び掛りそうなアスモデウスと蘆屋が飛び出さないように両手を広げて2人の前に立った、

 

「ガープ?」

 

「アスモデウス、蘆屋。悔しいが私達では勝てない相手だ。無闇に刺激するのは止めよう」

 

悔しいが、今の私達では絶対に勝てない相手だ。この男の言動、そして私達でも認識出来ないその移動方法から導き出せる答えは只1つ……。

 

「お前は何処の時空の人間だ?何を見てきた」

 

私の予想だがこの男はこの時空の人間ではないのだろう……ルイ・サイファーのほかに世界の枠組を出た存在がいるとは思って無かったが……それしか考えられない。こいつを倒すにはこの男が本来いる時間軸に近づく必要がある。

 

(こちらは攻撃できない、無効は攻撃し放題。アンフェアにも程がある)

 

時間の流れを守りと攻撃に転化する……その信じられない能力者を事を構えるのは得策ではない。

 

「流石はガープ、良く分かりましたね。私の秘密の4割ほどですが、その少ない情報で手にするとは……実に素晴らしい」

 

「それで態々私達の前に現れて何がしたい?」

 

態々現れ、奪った記憶を返してまで何がしたいと問いかけるとレクスは楽しそうに笑った。

 

「神魔が破壊すると言うのならばそれを守る。神魔が守ると言うのならばそれを破壊する……それでこそ中立という物だ。少しばかり私を雇って欲しいのですよ、私の目的の為にね」

 

「いずれ裏切る者を態々抱え込めと言うのか?そんな馬鹿がいるならお目に掛かりたい者だ」

 

アスモデウスの言う通りだ。私も本来ならば馬鹿にするなとける話だが……。

 

「それ相応の対価があるなら考えよう」

 

アスモデウスが視線で何を考えていていると訴えてくるが、それを無視してレクスに視線を向ける。

 

「敵になるであろうお前を雇ってやるんだ。それ相応の対価を貰わなければ割に合わないだろう?中立ということは対等だ。お前だけ利益を得るのはおかしい」

 

私がそう問いかけるとレクスは読んでいた本から何かを取り出して、それを私達に向かって掲げた。

 

「今貴方が求めている物が此処にある、時を司る神を御す為のアイテムだ。これと交換でどうだろうか?」

 

「……良いだろう。但し、この一時だけだ」

 

「交渉成立。では受け取るが良い、時を支配する仮面ライダーの力だ」

 

投げ渡されたのは緑と黒の一件玩具のような奇妙な道具だった、だがそれを手にすれば凄まじい力が封じられているのが分かり思わず身震いした。

 

「これは聖遺物に匹敵する。これはなんだ」

 

「とある世界の仮面ライダーが変身に使う物……ガシャットと言う。そしてそれは仮面ライダークロノスに変身する為のライダーガシャットだ。今最もお前が欲している物だ」

 

「何故知っているとは問わん……だが感謝しよう。今この一時のみ、お前は同胞だ。レクス・ロー」

 

牢獄から連れ出したクロノスと同等の力を持つガシャットを手に、私はレクス・ローを同胞として迎え入れると言うとレクスは瓦礫から跳んで私達の前に降り立ち、慇懃無礼な素振りで一礼し、アスモデウスが私を睨んでくるが、私は仮面ライダークロニクルと書かれたガシャットに夢中でその視線に気付きはしたが、ずっと無視しているのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

「眠れん……」

 

依姫さん達もこの拠点に連れ帰り、結界を何重にも張り明日のガープとの対談に備えての打ち合わせをした所で眠る事になったのだが……

どうしても目が冴えて眠れなかった。

 

(やっぱりうりぼーとかがいないからかなあ……)

 

抱き枕にしているうりぼーとか、モグラちゃんが居ないから眠れないのだろうかとベッドから身体を起こし窓の外に視線を向ける。

 

「本当に宇宙なんだなあ」

 

本当なら眠くなるまで散歩とかしたらいい気分転換になるんだろうけど……そんな事が出来る状況ではないのでぼんやりと闇の中に浮かぶ地球を暫く見つめていると良い感じに睡魔が襲ってきた。

 

「ふわ……これなら眠れそう……」

 

身体を休めておかないといけないと思うと眠れないけど、のんびりしてると眠くなるものだなと思い布団にもぐりこみ眠りに落ちたのだが……この日はやけに記憶に残る奇妙な夢を見たのだ。

 

【こちらNFFサービスでーす♪美人で頼りになる秘書は入用ではございませんか?】

 

耳に残る明るい女性の声がして、秘書は必要ではないかと問いかけてくるのだ。

 

いや、俺学生だから秘書はいらないなあ。

 

【それならば美人のメイドさんでも可ですよ~?】

 

いや、メイドさんならルキさんがいるしなあ……。

 

【美人で手足を取って教えてくれる先生はどうですか~?】

 

んー小竜姫様とか蛍とか美神さんとかいるしなぁ……。

その声は色々とプレゼンをしてくれるのだが……どれもこれも今の俺に必要な物では……。

 

【可愛いモフモフなマスコットは欲しくないですか?】

 

欲しい(即決)

 

兎はいるけどこの子は返さないといけないし、マスコットが欲しいか欲しくないかでは欲しいに決まっている。

 

【では近日中に可愛いマスコットをお送りしますね~こちらNFFサービスでした~♪】

 

最後まで楽しそうな女性の声がやけに印象的だったなあと……と起きてからも暫く思うほどに記憶に残る夢だったなあと思いながら俺はベッドから抜け出すのだが……後日それが夢ではないと分かり一騒動起きるのだが、今の俺は当然それを知る由しもないのだった……。

 

 

リポート17 謀略の月 その5へ続く

 

 




地球も大変、月も大変とハードモードでお送りしております。レクス・ローがガープに仮面ライダークロニクルを渡したり、NFFサービスが出てきたりとどちらも難易度上昇中です、次回はガープ達との対話を書いて行こうと思いますのでどんな展開になるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


FGOカーマの最後のピックの日に虹アサシンから出てきたオッキーを私は許さない。


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その5

 

リポート17 謀略の月 その5

 

~美神視点~

 

短い仮眠の後横島君達が連れて帰ってきてくれた依姫と豊姫の2人から魔力砲に関して興味深い話を聞く事が出来た。

 

「あの魔力砲自体が生き物、恐らく合成魔獣の類……か」

 

魔力砲は本当に突如月に現れたのだが、その前に魔力反応を持つ小型の飛行物体の反応が感知されていたと依姫は言うのだ。

 

「月は魔力が多いからな、隕石が月の魔力を帯びたと考えていたんだが……恐らく隕石に混ぜて自立行動出来る魔力砲のパーツを飛ばしていたんだと思う」

 

その話を聞いて私が思ったのは無駄が無いという物だった。自立行動出来るので発見されそうになれば隠れる事が出来る、見つかれば自ら迎撃できる、そして金属ベースの生き物なので月の岩に擬態する事も出来る……。

 

「小竜姫様、これ天界と魔界にも伝えておかないと不味くないかしら?」

 

「ええ、私もそう思います……ガープの科学力をまだ私達は甘く見ていたのかもしれません」

 

顔を歪めながら言う小竜姫様だがまさか自立行動出来る巨大建造物なんて考え付くわけもない……いや、逆か。

 

(思いつかないから作成したのかもしれないわね)

 

誰も想像がつかないのだから予見が出来ない……だからこそ安全に設置する事が出来る超兵器が月面に作られた魔力砲なのだろう。

 

「私達も後手に回ったのは申し訳ないとは思ってるわ。気付いてから色々と調べてみたんだけどあれ、多分龍種だと思うわ」

 

龍種の言葉に思わず身体が強張った……竜神とは違う、生物としての龍は生態系の頂点とも言える。その上神魔に匹敵する霊力への耐性があり、そして当然ながらその鱗は強固で物理も殆ど聞かない化物と来た。

 

「メドーサ、勝てる?」

 

「魔眼が通って五分五分、小竜姫と2人でも6ー4で殆ど僅差だね。ブリュンヒルデ、お前の弟援軍に呼べないか?」

 

「お父様に相談してみます。ジークはあれでもドラゴンスレイヤーですから、今回は頼りになるかもしれません」

 

ジークはバルムンクを所持しているので龍に対しては強いかもしれないが、不安は当然ある。

 

「魔界の金属でコーティングされていると厄介ですわね」

 

「それに金属の部分で銃火器まで搭載してるかもしれないですね、美神さん」

 

魔力砲に改造して作られた龍なのだから近代兵器を搭載している可能性もある……。

 

「南部グループが子供に思えてくるわね」

 

霊的兵器を作り出そうとしていた南部グループだが、ガープはその1歩も2歩も先に行っているのだ。しかも実験段階の南部グループと違い実戦投入できるレベルとなるとますます頭が痛い。しかもそれに加えてスルト、トール、正体不明の神性を持つ眼魂で変身している量産型レブナントまでいるとなると正面からの戦いの勝率は0%だ。

 

「いいじゃないか、ガープと話をするんだろ?上手く交渉して時間を延ばしてくれていればその間に何か工作が出来るかもしれないよ?」

 

「セーレがやってくれるのですか?」

 

「僕?無理無理、僕が月にいるのはガープも感知してるだろうから対策されてるよ。まぁ爆弾を設置するとかは出来るけど、多分警報が鳴り響くことになってそのまま戦闘ってなっても責任は取れないよ」

 

かつての仲間なのだ、対策されているのは当然だが……ここまでセーレが役立たずとなると裏でつながっているのではないかという疑惑が又鎌首を持ち上げてくる。

 

「……自我があるなら私のほうで操れる可能性もあるが……間違いなく自我は残ってないだろうな」

 

「そうなるとネクロマンサーの笛でも厳しいですね……」

 

真っ向勝負でも、絡め手でも駄目……純粋に強いって言うのが一番困る。付け入る隙があればそこから崩す事も出来るけど、自我が無いとなれば機械的な反応をしてくるから本当に純粋な力勝負になってしまうと人間の私達のほうが圧倒的に不利だ。

 

「武力を見せて降参を促す……なんて甘いことをガープは考えていないでしょうね」

 

「多分ね、ガープとの話し合いだけでもやばいって分かってるのに魔力砲も自立行動出来る化物とか本当に勘弁して欲しいわ。一応確認だけど……貴女達は協力してくれるのね?」

 

依姫達に問いかけると2人は勿論と頷いてくれたが……。

 

「私達の能力は確かに強力だが……」

 

「ただ強いだけなのよね……ある程度自己研鑽はしてるけど……数千年ぶりの実戦となると……ちょっと不安はあるわ」

 

月神族だけあってそのポテンシャルは高いが、敵がいなかったので技術は古く、戦闘勘にも不安があるとこっちが心配になる返事をしてくるが、それでも月神族の能力の高さと2人の能力に期待したい。

 

「それでもいいわ、協力してくれるだけでありがたいわ。小竜姫様達は出来れば援軍を、正面衝突になるわ」

 

少数精鋭で魔力砲を破壊し、ガープ達の作戦を妨害させて退却させると言う最初の作戦は失敗した。戦う為に応援を、出来れば地球に残っている沖田ちゃんや牛若丸達を呼んできて欲しいという話をしていると扉が開く音がした。

 

「おはよーございまーす!美神さん、見てください、朝起きたらほら!可愛い狐がいたんですよ!」

 

「コン♪」

 

どこから連れて来たのか満面の笑みで狐を抱えている横島君を見て、私達は頭を抱えた。月に狐なんかいるわけないし、そもそも宇宙空間だ。普通の生き物がいるわけが無い……そしてこのシェルターは結界を張っていたが敗れた痕跡もない。つまりあの狐は転移、もしくは……。

 

(抑止力……だと良いんだけどなあ……)

 

ガープ達の抑止力として召喚されたタマモの別側面の英霊だったりすれば良いんだけど、いや、英霊だとしても不味い事に変わりは無く私達は揃って溜息を吐くのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

朝起きたら布団の上で丸くなっていた狐の前で正座する俺の前には美神さん達が立っていた。

 

「その狐は何処から来たの?」

 

「朝起きたらいました」

 

本当に朝起きたら腹の上で丸くなっていて驚いたのだ。俺が起きると狐も起きてじゃれてきたのでそのまま暫く遊んでから起きて来たのだと説明する。

 

「心眼。この狐はタマモと関係ある?」

 

【無いとは言い切れないが、あるとも言えない。タマモキャットの同類……つまり】

 

「英霊って事ですか」

 

くえすと心眼の話に俺は驚き、目の前の狐を抱き上げた。

 

「お前英霊なのか?」

 

「くうん?」

 

何言ってるのか分からないみたいな鳴声を出すが、ソッポを向いて尻尾を振る姿を見れば流石に俺でも分かる。

 

「多分英霊」

 

「多分じゃなくて英霊よ、横島。何か予兆みたいなのは無かったの?」

 

「予兆……予兆……ああっ!」

 

予兆は無かったかと尋ねられて俺はポンと手を叩いた。

 

「変な夢を見たんですよ。NFFサービスとかなんとか、美人で頼りになる秘書は欲しくないかって聞かれたんで、俺は学生だからいらないって言ったんですよ。そしたら今度は美人のメイドはって言われたんですけど、ルイさんが頼んで手伝いに来てくれているルキさんがいるのでメイドさんも欲しくないなと、そしたら今度は美人の先生は欲しくないかって尋ねられたんですけど、美神さん達がいるしって、最後にモフモフの可愛いマスコットが欲しくないか?って言われたので欲しいって言いました。「何で欲しいって言うの!?」痛いッ!いや夢だと思ったから……」

 

夢だと思って返事を返したが、まさか本当にマスコットがくるなんて思って無かった。

 

「はぁ……押し売りで来た訳ね」

 

「夢に入ってきたとなるとやっぱりタマモとの縁があったからでしょうね」

 

美神さん達が困っているのを見て申し訳ないと思うが……まさか夢の中の返事で本当にマスコットが来るなんて夢にも思って無かった。

 

「来てしまったのならしょうがないですよ。召喚出来る条件が整っていたのならば抑止力の可能性が高いです。ガープとの話し合いの切り札が1枚増えたと思う事にしましょう」

 

「かなり力のある狐だから戦闘に関しては頼りにしてもいいと思うよ。性格が良いかどうかは分からないけどな」

 

小竜姫様とメドーサの言葉に美神さん達はもう1度深い溜息を吐いた後に手を叩いた。

 

「もうその狐をどうするか話し合ってる時間はないわ。抑止力の英霊であることを期待して連れて行くわよ」

 

「まじですか?美神さん」

 

「マジよ、シズクの転移で逃げれるかどうかは不安は残るし、超加速は駄目だろうし、少しでも手札が多い方がいいわ。ブリュンヒルデ達も頼りにはしてるけど最悪には備えるべきだからね。打ち合わせどおりメドーサと陰念達は待機、私達だけで行くわ、横島君も早く準備をして」

 

「ういっす!」

 

ガープとの話し合い……間違いなく決裂するだろうが、それでも何かガープ達の手の内を知る事が出来ればと期待し、文珠、ブリュンヒルデさんのルーン、くえすの魔法にシズクの転移……いざと言う時の脱出手段を幾つも用意し、蘆屋に渡された招待状を手にシェルターを出るとそこには……。

 

「ンンン、お待ちしておりましたぞ。ささ、ガープ様の所へ参りましょうか」

 

その言葉と共に投げられた札に俺達は反応出来ず、その札が体に張り付くと同時に俺達はシャンデリアに照らされた部屋の中にいた。

 

「ようこそ、質素な館ではあるが話をするには十分だろう。さ、座るといい。安心して欲しい、話し合いの場で戦うような無粋な真似はしないさ」

 

モノクルを嵌めた人間の姿をしたガープに促され、俺達は警戒したまま椅子に腰掛け、ガープとの話し合いを始めるのだった……。

 

 

~ガープ視点~

 

警戒心が向けられるが、私はそれに対して笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「安心して欲しい。話し合いが終われば元の場所に帰す事を私の名の下に約束しよう」

 

「……平安時代でアスモデウスとの戦いに割り込んで来てそれを言うのかしら?」

 

美神からの言葉に私はふむと頷いた。確かに私は1度反則すれすれで約束を無碍にしていることを思い出した。

 

「分かった言い換えよう、話し合いが終われば君達全員を五体満足で精神干渉もせずに必ず元の場所に帰そう。これで良いだろう?」

 

五体満足と精神干渉をしないと付け加える事で私達からは何の攻撃をすることも出来なくなった所で私は改めて、美神達をこの場に呼び出した目的を口にした。

 

「単刀直入に言おう、仲間になるつもりはないかね?」

 

私は有能であれば人間であろうと仲間として迎え入れる。芦屋が良い例だが……美神達は仲間にする価値のある人間だと私は考えている。

 

「馬鹿を言うんじゃないわ、なんで私達がお前の仲間になるのよ」

 

「馬鹿な事かね?四大天使は離反、それに増徴する天界の神魔は人間の徹底管理を目的とし、四大天使に怨みのある魔族……私もそのひとりではあるが魔族も最高指導者から離反している。人間だけで天界と魔界の侵攻を防げると本気で思っているのかね?」

 

私の言葉に美神達は呻き声を上げる。その声を図星だと判断し、私は話を続けた。

 

「確かに私達は反逆者である。そして人間界の被害を与えた事を認めよう……だが我らには我らの大儀がある。所詮人間世界と、天界と魔界には関係ない場所とし戦場にしようとしている神魔に義理立てする必要があるか?」

 

「馬鹿言うなよガープッ!」

 

私の言葉に横島が馬鹿を言うなと言うが私は首を左右に振り、横島に指を向けた。

 

「では横島よ、小竜姫、メドーサ、ブリュンヒルデ、ビュレト、ワルキューレ、ジーク、そして韋駄天に清姫……それ以外にお前達を助けようとした神魔はどれだけいる?」

 

私の問いかけに横島だけではなく、美神達も言葉に詰まった。そして小竜姫達は反論も出来ず黙り込んだ、その沈黙が雄弁に神魔の対応を物語っていた。

 

「そら見たことか、所詮人間界での戦いと神魔は高を括っているのだよ。神魔は確かに守るだろう、だがそこに人間は含まれるか?と言われれば答えはNOだ。先祖返り、妖怪、神魔とのハーフ、天使達はそれらを人間とは認めない。仮に四大天使が天界の覇権を握れば世界は間違いなく人間達は住み悪い場所となるだろう。そう特に……横島、お前のような人間は特にだ」

 

私の言葉に美神達が身体を強張らせる。私の言う事は可能性未来……だが実現する可能性が極めて高い未来でもある。

 

「ガープ。それは話し合いとは言わないと思うのですが?」

 

揺らいで来たなと思った所で第3者の声が響き、レクス・ローが部屋の中に現れた。

 

「邪魔をするのか、レクス」

 

「邪魔などととんでもない、私も話し合いに参加しようと思ったまで、神魔が守るのならばそれを壊す、神魔が壊すならばそれを守る。1つの観点からの話ならば、別の視点の話も加える。それが中立にして公平という物でしょう?」

 

……なるほど、それが目的だった訳か……私と横島達に話し合いに割り込む事がレクス・ローの目的だと気付き、こいつがどんな話をするのかと興味を持ち背もたれに背中を預ける。

 

「そこまで言うのならばお前も話せば良いだろう?」

 

「許可を出していただきありがとうございます」

 

にやにやと笑うレクス・ローは道化のように一礼し、抱えていた本を開いた。

 

「では話をしましょう。これより語るは1つの真実、皆様方どうかお楽しみください」

 

その言葉と共に脳内に叩きつけられるのは富を持つ者、貧困に喘ぐ者、正義を語る者と悪を語る者、弱者と強者、清い者と醜い者……ありとあらゆる両極端の映像が脳内を駆け巡った……。

 

「……こんな物を見せて何がしたい?」

 

「こんなのを見せて何がしたのかしら?」

 

私と美神達の問いかけにレクス・ローは楽しそうに笑い、手の中の仮面ライダーの絵が描かれたカードを弄ぶ。そのカードに描かれていたのは……。

 

「俺!?」

 

仮面ライダーウィスプ……初めてこの世界に現れた仮面ライダーの姿だった。横島が声を上げるとレクスはそのカードを握り潰し、手を広げると今度はウィスプ、シェイド……そして絵柄が描かれていない3枚のライダーカードがレクスの指の間に挟まれていた。

 

「未来とは不確かな物。1つの側面で見れば正義であるが、1つの側面を見ればそれは悪である」

 

ウィスプの絵柄がシェイドに変わり、シェイドの絵柄がウィスプへと目まぐるしく変わる。

 

「絶対の正義も悪もない。それが世の常、ですがこうして話し合いの場についたのです。最初から喧嘩腰で無く有益な話をするべきではないでしょうか?」

 

レクスの言葉に私は溜息を吐いて、手を叩くと扉が開きメイド服を着た量産型のレイ達がその姿を見せる。

 

「まずは茶でも飲まないか?1度互いに気を落ち着けるべきだと思うのだよ」

 

この話し合いで本当に美神達が私達の仲間になるのならばそれも良し、決別しても横島に楔を打ち込めれば私達の目的は成し遂げられるのだ。

 

「いいわ、折角戦わずに貴方と話が出来る機会なんだもの……それを無碍にするのは余りにももったいないわよね」

 

美神達も冷静になった用で何より、此処から本当の意味で私と美神達の話し合いが始まるのだった……。

 

 

 

 

~レクス視点~

 

禄に話し合いにもならず決別しかけたのを何とか取り成す事が出来たことに私は安堵していた。

 

(ここも重要な分岐点、良く考えてもらわなければ)

 

私は横島が辿り着く結末に口を挟むつもりはない、それもまた人間達が、神魔が、そして横島が辿り着いた答えならばそれに横から口を挟むべきではない、それがどんな悲劇的な結末だろうが……それも1つの答えとして私はそれを収集しよう。だが偏見と先入観で間違った道へ進むと言うのならばそれは正さなければならない。

 

(まだ絵柄は現れないか……)

 

横島が辿り着く未来はまだ定まっていない、このライダーカードに絵柄が刻まれた時……それは1つの結末が横島の歩む道と繋がった事を意味する。逆に絵柄が現れずカードが消え去ったのならばそれはこの時代の横島がその結末に辿り着かない事を意味する。

 

(……今はまだ答えは出ず。悩め、苦しめ、その先にしか道はない。そしてその苦しみが……1つの間違いを作り出すのだよ)

 

仮面ライダーカードと重なるサーヴァントカード……描かれた絵柄はタキシードを着た悪魔がお辞儀する姿が描かれている。刻まれたそのクラスの名は「プリテンダー」ライダーカードに仮面ライダーの姿はない、だがそのカードには漆黒のプログライズキーと呼ばれる変身ツールの絵がゆっくりと浮かび始めているのを見て私は溜息を吐いた。

 

(しつこいお嬢さん方だ、どうやらまだ私を追っているようですね)

 

ここではない未来の世界、そこで私はある物を持ち出し、それを取り返すべく私を追っている者達がいる。何度敗れても追いかけてくるそのしつこさには正直うんざりしていたが、態々殺すまでもないと考えていたが……どうもそうも言ってられなくなったようだ。

 

(お前達がその結末を作り出す。余計な事を言われる前にその記憶は奪っておくことにしましょうかね)

 

月の魔力砲によって未来との道が繋がり、そこから現れる者は私にとって都合の悪い者達だ。地球に放たれれば地球環境を変える威力を秘めた魔力砲だとしても歴史の海に造れる波紋は小さい物、だがその波紋によって定まっていない未来からの使者が訪れようとしている事に苛立ちと歓喜……相反する物を私は感じ美神達とガープの話に耳を傾け、いつこの流れを破壊してやろうかと笑みを深めるのだった……。

 

 

 

 

 

リポート17 謀略の月 その6へ続く

 

 




レクス・ローは割りと人格破綻者だったりします。道化のように振舞う事もあれば、盤面を力で引っくり返そうとしたり、喜んでいるのに苛立っていたりとかなりコロコロとその考えが変わりますが、大本は結末に至る道を正すというのを目的しています。次回ガープとの話し合いを本格的にやって、リポート18に入ろうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

リポート17 謀略の月 その6

 

~小竜姫視点~

 

ガープとの会談という事で警戒心は言うまでも無く最大にしていた……だが私はレクス・ローの存在に気付けなかった。そしてそれは今も変わらない……。

 

(この男……何者)

 

目の前にいるのに認識が出来ない、集中してやっとその存在を認識出来る……それがレクス・ローと言う存在だった。臨海学校に同行した際に出会っていた事も、レクス・ローの存在を認識してやっと思い出した。

 

(何かの特殊能力者……なのは間違いない)

 

神魔に干渉できる何かの能力者……考えられるのは記憶操作の類だと思いますが……どうも言葉に出来ない不気味さがある。

 

「ガープ。1度聞いて見たかったのですがよろしいでしょうか?」

 

「構わない、神宮寺くえす。お前は私に何を問う?」

 

「何故今になって反乱を起こしたのですか?ビュレト様は貴方達が決起するだけの何かがあると言っておりましたが、その何かが分からないと言ってましたわ」

 

確かにそれは私も気になっていた。反乱軍としてもガープ達はここ数年で頭角を現した。本当に反乱を望むのならばガープ達の前に神魔に反乱を起こし、神魔を窮地に追い込んだ者もいる。それらと結託すれば攻め落とせた可能性もあるのにそれをしなかったのは確かに神魔の間でも何故だというのはあった。

 

「何故か、なるほど……確かに神魔混成軍が結成される前に反乱を起こせばもっと上手く事は進んだろうな」

 

「では何故、このタイミングで決起したのですか?」

 

「神魔に失望したから。デタント、神族と魔族の和平それ自体に不満はない。そもそも、神族と魔族は表裏一体。どちらかが滅亡すれば、またどちらかも滅亡する。互いが滅びるまで争うのはナンセンス、デタントが成立し本当に平和になるのならばそれもまた良いだろうと我々は考えていた」

 

ガープの返答に私は思わず机を叩いて立ち上がった。

 

「神魔混成軍の部隊を幾つも滅ぼしておいて何を言っているのですか!」

 

「それとこれとは話が違うぞ、小竜姫。我々はデタントが本当の意味で成立すればそれを認めるつもりだった。だが偽りのデタントでは意味が無い、だからこそ決起したのだ」

 

「デタントは成立していました!何を根拠に「四大天使による数千人の民間人の虐殺をお前達は把握していたか?」ッ!」

 

ガープの反論に私は言葉に詰まった。同じ天界に属しながら私達は四大天使の暗躍に気付けなかった。

 

「サタンに反逆したソロモン72柱の多くは今も自ら閉じ篭っているという体で幽閉し、そのほかの魔族の多くもその能力を大きく抑制している。そして人間で希少な能力を持つ者は保護という名目で採集する。さてさて……これの何処がデタントと言える?」

 

全て正論だった。人間を軽視している神魔はかなりの数がいる、今は行われていないがかつては希少な能力を持つ人間を保護という名目で

天界と魔界に幽閉していた時期もあった。

 

「美神令子。お前とて時代が時代ならば幽閉されて居ただろうし、横島、お前だってそうだ。人外と融和を結ぶ能力、そして眼魂を作る能力……何をしてもお前を取り込みたいと言う勢力は存在する。表向きは手を取り合い、隠した手でナイフを握る……そんな物を和平とは言わん」

 

「いいたい事は分かるわ。だけど反乱を起こせば貴方達も貴方が唾棄する神魔と大差ないわ」

 

「痛みなき教訓に意味はない。そもそもデタントとて魔人大戦で多くの神魔が負傷、あるいは死んだことにより戦争が続けられないという判断で行なわれたに過ぎない。力を蓄え、多くの神魔が蘇った今……あの時の決着をつけようとする神魔がどれだけいると思っている?人間を軽視し、精々変えの効く駒としか思っていない多くの神魔がいる。それを知らないとは言わさないぞ」

 

言葉が無い、ガープの言葉は神魔が抱えている根底的な問題だった。神魔は伝承や伝説に縛られる、人間のインスピレーションや創作によってその性質を変える神魔が多くいるが、一番の問題は過激な宗教によるその性質の変化だ。かつてキーやんによって作られた宗教によって多くの神魔がその性質を変えた。それと同じ事が今また起きようとしている。

 

「今の神魔は問題が多すぎる。1度人間を含めて間引きし、新たな秩序を作る必要がある。我らはそう考えて決起したのだ」

 

神魔が抱える多くの問題、魔族を下に見る一部の神族達の暴走がガープ達の反乱を誘発したと聞き、私は立っていられず倒れこむように椅子に腰を下ろした。

 

(駄目です、私じゃ無理だ)

 

私は武官であり文官ではない、ガープの言葉を覆すだけの弁論が出来ない私は唇を噛み締めて黙り込むのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

小竜姫様が完全に言い負かされ、椅子に腰を下ろしてしまった。心情的には小竜姫様を心配しているが、頭ではガープの言葉が正論だと分かっていた。

 

(……私の知ってる未来でも、弾圧は変わらなかった)

 

(そうなんですよね)

 

私とおキヌさんは知っている。未来でも神魔の争いは終わらなかったし、人間は妖怪や妖魔を弾圧し、自然を多く破壊し、かつて祭った神の社を破壊した。それによって祟り神になった多くの神魔による霊的災害は未来でも大きな問題だった……その根底はやはり神魔の人間軽視、そして過激派神族と魔族による滅ぼさなければならないという暴走によるものだ。お父さんの乱で神魔の対立は表向きは解消し、未来の横島によって多くの神魔が手を取り合った。だがそれが面白くない神魔によるテロは非常に大きな問題となっていた。

 

「言い分は分かります、ですが貴方達の秩序が良い物とは思えませんわね」

 

「戦いなんぞ始めた段階でどっちも悪だ。善か悪は後に分かる……だが我らは敗れたのならばそのまま去る覚悟がある。争いを起したのだ、無様にみっともなく生きのびるつもりはない」

 

敗れることも視野に入れ、本当に神魔を変えるつもりでガープ達は反乱を起こしたというのならば今はガープ達は悪でも後の世に正義となる可能性は十分にある。

 

「じゃあ仮に新しい秩序を作ったとして貴方が最高指導者になるのかしら?」

 

「さぁな、私も戦いの中で敗れるかもしれない身だ。先の事など考えて無い、だが我らが神魔の今のあり方に反抗し反乱を起こしたのは紛れもない事実だ、この問題はいつか解決しなければならない、最高指導者がそれらを先送りにしたのが大きな問題なのだ」

 

建前なのか、本音なのか……ガープの思惑が分からない、だが……ガープの言うことも一理ある。

 

「お前のいいたい事は分かる。だがお前が人間を苦しめている事も変わらないじゃねえか」

 

「必要な犠牲だ、流血の元でしか人は変わらない、神魔も変わらない」

 

「だとしてもだ。ガープお前の事は嫌いだが、お前は頭がいい、戦い以外の他の道もあったんじゃないのか?」

 

横島の問いかけにガープはティーカップを持ち上げ、紅茶を口に含み小さく笑った。

 

「善性を信じる時期はもうすぎた。敗れ敗走し、我らは最高指導者の政治をずっと見てきた、だから分かる。神魔は変わらない」

 

「悲観的だな、信じる事が1番じゃないのかよ」

 

「それが人間の視点の限界だ。神魔の考えは変わらない、そして私の考えも変わらない。人間の寿命は短い、横島お前は確かに人外に愛され、好かれる性質を持つ、お前ならば神魔を変えることも出来るだろうが……お前は何年生きれる?お前が仮に神魔の和平を結ばせたとしてもお前が死ねば終わる和平に何の価値があると言うのだ?」

 

可能性は認めていても、短い平和に意味はないと、神魔は変わらないというガープの言葉には諦観が混ざっているように感じた。

 

「じゃあお前は神魔と人間の事を考えて反乱を起こしたっていうのが本心なんだな?」

 

「そうだ。だからこそ私はお前達を誘っているのだ。人間が加わる事で「嘘だな、お前なんか隠してるだろ」……ほう?これは1本取られたな」

 

ガープの言葉を遮った横島が握りこんでいた両手を開く、そこには文珠が握られており、「確」「真」「虚」の文字が刻まれていて、虚の文字が力強く光り、真の文字も弱くだが光っていた。

 

「本当の事も言ってるが、嘘も言ってるじゃねえか」

 

「交渉の基本だ。真実の中に嘘を混ぜるのは当然の事だ」

 

完全にガープ主導だった会談は文珠と横島によってその流れを大きく変えようとしているのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

文珠を使うのはイメージがなによりも大事である。だから俺は嘘発見器をイメージし3つの文珠を最初から握りこんでいたのだ。美神さん達には容易に使うなと言われていたが……。

 

「お前知ってるだろ、俺が文珠使えるって」

 

「そうだな、勿論……YESだ」

 

真の文字の文珠が光り輝き、それを見たガープは楽しそうに喉を鳴らした。

 

「お前が文珠を始めて開眼した時……私もそれを見ていた。だからこそ確信したのだ、お前を仲間に加えることが出来れば我らの宿願は叶うとッ!」

 

「何が目的なんだ、お前の言ってる事は嘘でもあるが、本当でもある、お前は何がしたいんだ。ガープ」

 

「簡単な話だ。新たな神による新秩序の構築だ」

 

一気に飛躍したガープの話に小竜姫様が声を上げた。

 

「新たな神!?貴方達の誰かがそれになるつもりですか」

 

俺だってそう思った。ガープ、アスモデウス、そしてアスラ……アスモデウス陣営には複数の神魔がいて、その神魔は全員強力だ。誰でも神になる器ではある……そう思ったのだが、ガープは俺を指差した。

 

「新秩序の神はお前だ。横島」

 

「ふざけて……ねえんだな」

 

真の文字が光り輝き、ガープが俺を神にしようとしているのは嘘ではなく真実だとすぐに分かった。

 

「心外だな。私は真実を述べている、嘘も混ぜているがな……だが考えても見ろ。特異点、人外を結ぶ能力、文珠、眼魂……後天的に神族・魔族・龍族・妖怪……そして魔人。この世界に存在する全ての力を内包する……横島お前以外に誰が神になれるという、最高指導者など話にならん。お前が神になれば神魔の問題も、人間の問題もそのすべてが解決するッ!」

 

真の文字は光り続けている。ガープは本当に心から俺を神に仕立て上げるつもりなのだと分かる。

 

「人間が神になれるわけが無いじゃないッ!」

 

「なれるさッ!確かに普通の人間ならば不可能だッ!だが横島はなれるッ!確かに越えねばならぬ課題は山ほどあるだろう、まずは魂のキャパを増やすために魔人へと転生しなければならんだろう。いや、それだけでも尚足りぬッ!もっと横島の神格を上げなければならないッ

!だが神へ至れる。例え私自身が生贄となったとしても横島を神にする事で新たな「落ち着け、ガープ」……アスモデウス……」

 

興奮した様子で叫ぶガープの肩をアスモデウスが掴んで止める。

 

「蘆屋、ガープを連れて行け、今こいつは興奮している」

 

「分かりました。ガープ様、失礼しますぞ」

 

蘆屋とガープの姿が消え、アスモデウスとレクス・ローが俺達の前に残った。

 

「すまないな、ガープはここのところ研究続きでハイになっていた。話し合いに相応しくない言動だった」

 

「では横島を神にすると言うのは……「残念だが、それは本当だ。良く考えて見るがいい、どの神魔が最高指導者になった所で何も変わらない。仮に我が最高指導者になったとしよう。ならば我に反対する全ての神魔が敵になる……それだけだ。人間の政とてそうではないのか?互いの足を引っ張り合い、引き摺り下ろす事しか考えていない。違うか?」……っ」

 

アスモデウスの問いかけにくえすが口を閉じた。アスモデウスの言葉は紛れも無く、真実だったからだ。

 

「すぐに答えが欲しいとは言わぬ、魔力砲を使うには後2日必要だ。それまで我らは動くつもりはない、そして我もお前達と戦うつもりは……「貴方方がなくとも私にはあるんですがね」……ちっ」

 

戦うつもりはないと言おうとしたアスモデウスに向かってレクス・ローの鋭い回し蹴りが跳び、アスモデウスは地面を転がりながら魔神の姿を変える。

 

「仲間割れ「残念、私は誰の味方でもありません。強いて言えば私自身の味方です、動かないで、動けば撃ちますよ」ッ!?」

 

美神さん達に銃口を向け、空いた手をアスモデウスに向けるレクス・ロー。

 

「貴様ッ」

 

「そう怖い顔をしないで、私はガープに欲しがっている物を与えて、この場にいる権利を貰っただけ、別に貴方達の味方でも、そして横島達の味方でもない、この場にいる事を望んだのは……これが欲しかったのですよ」

達の味方でもない、この場にいる事を望んだのは……これが欲しかったのですよ」

 

「な、ないッ!?」

 

「うふふふ、ありがとうございます。横島忠夫、私はこれが欲しかったのですよ」

 

俺はレクス・ローを見ていたし、心眼も警戒していた……だが俺の手の中の3つの文珠は消え去り、レクス・ローの広げた指の間には3つの文珠が挟まれていた。

 

(落ち着きなさい、文珠の文字を書き換えできるのは横島君だけよ、あれはただの……)

 

「ただの霊力の塊……確かに普通ならばそうですが、残念ながら私は普通ではないのですよ。ほら、この通り」

 

「「「なっ!?」」」

 

美神さん達に小竜姫様達も出来無かったこと……文珠の文字の消去をレクス・ローは簡単にやって見せたのだ。

 

「好き勝手出来ると思うなよ。我らの矜持を足蹴にすることは許さん」

 

「許さないならどうします?貴方とガープ2人で私に掠り傷1つ付けれなかった敗北者さん♪」

 

レクス・ローの言葉にアスモデウスが歯を強く噛み締めた音がした……その反応だけでレクス・ローの言葉が真実なのだと分かった。

 

「と言う訳です、戦うと言うのならば戦ってあげても良いのですが……悪いんですが、蟻を殺さないように踏むのは大変なんです。だから……」

 

フードの下から見える口元がにやりと歪むと、凄まじい重圧が俺達に襲いかかり俺達は呻き声を上げながら膝をついた。

 

「おや、最後まで言う前に引いてくれるなんて気が利いてますね。では私はこれで、またどこかでお会いしましょう」

 

数歩歩くとレクス・ローの姿は溶けるように消え去り、俺達を押しつぶしていた圧力も消え去った。

 

「すまないな、我らの仲間ではないと言え同席させたのは我だ。申し訳無かった」

 

「申し訳ないと思うならあいつは何者か教えなさいよ」

 

「我も知らん、だが……あいつの言葉の通り我とガープの2人掛かりでも掠り傷すら付けれなかった化物だ」

 

レクス・ローがアスモデウスとガープを一蹴出来るだけの力を持った正体不明の怪人と聞いて俺達の顔が引き攣った。

 

「こんな形になったが、我らがお前達を仲間に引き入れたいと言うのは嘘ではない、良い返事を待っている」

 

アスモデウスのその言葉を最後に俺達は元いた拠点の前に居たが何の解決にもなっていない上に、新たな問題が浮上し俺達は思わずその場にへたり込んでしまうのだった……。

 

 

 

 

へたり込んでいる横島達を岩の上で見下ろしているレクス・ローは楽しそうに3つの文珠を手の中で弄んでいた。

 

「これで備えは出来ましたし……これ以上は面倒事になりますし、引いて「引かせると思うかい?レクス」……これはこれは、ルイ・サイファー……このような場所までお疲れ様です」

 

何時の間にか背後に立っていたルイに向かってレクス・ローは慇懃無礼な素振りで一礼する。

 

「本当にそうだよ。君がちょろちょろと暗躍してくれるせいで面倒な事ばかり起きている」

 

「ですが……貴方にとっては不利益ではないでしょう?」

 

「……まぁそれはそうだけど、それはそれ、これはこれって言うだろう?」

 

レクス・ローの介入でこの場で横島達がガープ達に取り込まれることはなくなった。横島がどんな道を歩くのかを楽しみたいルイにとっては決着がつかない事は良いのだが、それとレクス・ローが目障りというのは別問題なのだった。

 

「ならばどうしろと?」

 

「さてさて……分かっているだろう?異なる世界の未来からの介入者、彼女らを裏で排除するのは止めて貰おうかなってね」

 

ルイの言葉にレクス・ローは舌打ちし、不機嫌そうな素振りを見せる。

 

「世界の破壊者ですか?それとも世界を掛ける怪盗ですか」

 

世界を渡り歩ける存在は多いが、世界の法則に囚われずに動ける存在となるとその存在は極めて稀少だ。自分とルイの他に世界を巡れる存在の通り名を口にするレクス・ローにルイは日傘を翳しながら楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ああ、彼の写真は中々味が合って好きでね。1度写真を取ってもらってからは友人さ、そしてそんな友人の彼に頼まれてるんだよ、断ってくれてもいいけど……ここで私と事を構えるかい?」

 

それでも構わないと言わんばかりのルイの態度にレクス・ローは深い深い溜息を吐いた。

 

「分かっているのですか?彼女たちが介入すれば更に未来は不確かになる、それでもやれと言うのですか?」

 

「勿論そうだ。未来は決まってしまったら面白くないじゃないか、イレギュラー大いに結構。それにこれから面白い事になる……そうだろう?」

 

「……本当に趣味が悪いお方だ」

 

ルイもレクス・ローもこれから起きる事を知っている。それを阻止しようと思えば阻止できるのだが……2人とも動くつもりは微塵も無かった。

 

「褒め言葉として受け取っておこう、何もかも失わずに英雄になどなれはしない。横島には1度失う恐怖を味わってもらうべきだ」

 

「過去で失ってますが?」

 

「その未来は書き換えただろ?それとは別さ、壊れてしまうのか、強靭に立ち直るのか、私はそれを見たいのさ」

 

■■を失えば横島の精神は大きく揺れるだろう、それに横島の魔人化を大きく進めることにもなる。だがそれで良いのだと、邪魔をするなと釘を刺しに来たルイにレクス・ローはこれ見ようがしに大きな溜息を吐いた。

 

「分かりましたよ。おっしゃる通りにしましょう」

 

「分かってくれて嬉しいよ。これからどうなるか一緒に楽しもうじゃないか、ねえ?■■■■?」

 

「……はいはい、分かりました。分かりましたよ、貴女の言う通りにしますが……私の名前は言わないで欲しい物ですね」

 

それが好き勝手に動いた自分への制裁を兼ねているとは言え、隠している本名を口にされたことに敵意を見せるレクス・ローだが、ルイはそんな敵意を軽々と受け流し横島達へと視線を向け、レクス・ローには視線もくれない。もうお前には何の興味もないと物語ってるが、離れれば自分の首が物理的に飛ぶと分かっているレクス・ローは文珠を服の中に隠し、小脇に抱えた本を開いた。2人の超越存在が見届けたいのは■■を失い横島がどうなるか、壊れるか、それともより強くなるか……横島の行く末に大きく関わる分水嶺、それがこの月での戦いなのであった……。

 

リポート18 月面決戦 その1へ続く

 

 




と言う訳で今回はここまでとなりました。怪しげなフラグを作りつつ、ガープ達の目的が1つ明らかになった所ですね。後ルイ様が口にしたレクス・ローの本名は原作登場キャラの物となりますので、誰なのか考えてもらえたりするとありがたいですね。
次回は戦闘を始めていくつもりですので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート18 月面決戦
その1


 

リポート18 月面決戦 その1

 

~小竜姫視点~

 

アスモデウスの手によって私達は元いた拠点に戻る事が出来たが、私を含めて全員の顔色は決して良い物ではなかった。

 

「現支配体制による反逆と神魔の軋轢……ね。ま、名目としては良い名目じゃないか?」

 

メドーサ自身も神魔の軋轢で過去に魔族、犯罪者として追われた経緯がある。悪に仕立てられた側としてはガープの掲げる正義はメドーサにとっては良く分かるのだろう。

 

「メドーサ様よ、そんなに神魔って仲悪いのか?」

 

「仲が悪いって言うよりも概念だね。人間がこの神はこうであるって定義しちゃうとね、少しは影響があるんだよ。な、ブリュンヒルデ」

 

「ええ、そうですね。私も元々は神ですが、宗教や伝説、人間の解釈によって魔族にされましたし、良いも悪いも人間の影響を受けやすいのが神魔なんですよ」

 

この神魔は仲が悪い、この神魔は仲が良い、この神魔は敵対している……そんな人間の解釈が神魔に影響を及ぼすのだ。

 

「英霊に酷似していますが、歴史がある分影響が大きいと」

 

「そういうことです。長い歴史、伝説のある神魔ほどその影響は大きく、そしてかつて神だったものが魔族に落ちると……」

 

「過去の神の記憶と今の魔族の自分の現状に板ばさみになる訳ですね」

 

私の言葉を蛍さんが引き継いで今の神魔が抱えている問題を口にする。

 

「でもこれで謎が解けたわね、ガープの強襲が成功してるのも、敗残兵なのにこれだけの設備をそろえるのも、その思想に共感してる神魔が一定数居るって事なのね」

 

今の神魔のとしての自分のあり方、そして表向きは平和なデタントの裏で抑圧されている事への不満……それらが現状の最高指導者への不満となり、現政権を引っくり返そうとしているガープ達への内密な協力体制につながっているようだ。

 

(これは簡単には解決しない問題ですね)

 

いや、間違いなく解決する問題ではなく、ガープ達が言う通り新しい秩序、神がいなければ変わらないというの紛れもない事実だと思う。

 

「ガープが言ってましたけど、本当に人間が神魔になんてなれるんですか?しかも俺を」

 

「お前を神にするって言ってたのか?ガープ」

 

「おう」

 

「……無理じゃないか?」

 

「ああ、俺も無理だと思う」

 

「だよな」

 

雪之丞さん達は横島さんが神になるのは不可能だと考えているようだが、私達は違っている。横島さんは神になれる条件を少しずつ満たしている。

 

「……横島。お前は神になる条件を満たしている、いや、これは……ガープによって満たされているというべきか」

 

「え?どういうこと?」

 

横島さんと雪之丞さんと陰念さんは嘘だろと言う顔をしていますが、私達の中では横島さんの神化はかなり現実味のあるないようだ。

 

【……タマモと暮らし妖の力で魂魄が強化され、1度瀕死になった所をくえすによって助けられ魔族の因子を、そして小竜姫様やメドーサの眼魂を使う事で神の因子を、そして……】

 

「……心眼や私と共に暮す事で龍の因子が混じった。そしてダイダラボッチなどの神殺し、隕石落としの阻止で知名度を上げた。そして平安時代では狂神石を投与された。それらは英霊になる条件ではあり、厳密に言えば神になる条件ではない」

 

「じゃあ俺が神になるのは不可能なんじゃ?」

 

英霊になる条件で神になる条件ではないというシズクさんの言葉に横島さんは安堵した表情で人間が神になるのは無理なんだと受け取りましたが、そうではないのです。

 

「英霊は神魔にも至れます。ですが魂魄の強度が足りないので神魔へ至れないのです。なら魂魄の強度を補えばどうですか?」

 

英霊はその多くが元が人間霊だ。人間霊が精霊へと至るだけでもかなりの月日と信仰が必要になり、神魔になればそれは精霊へと変異するための比ではない月日と信仰が必要だ。正規の方法ならば横島さんを神にするのは不可能と私も言える……だが。

 

「そういう事ですか……」

 

「最初からそういう計画だったのね」

 

「え、え?美神さんとくえすは分かったんですか!?ど、どういう事なんですか」

 

「わ、私みたいに1度死んで蘇るって事なんでしょうか?」

 

霊的な知識が足りない横島さんとおキヌさんは分かっていない様子ですが、霊的な知識がある美神さん達は既にガープがどんな方法で横島さんを神にしようとしているのかを理解した様子だ。

 

「横島。普通は霊力枯渇をすれば霊能者が死ぬって言うのは説明したわよね?」

 

「お、おう。覚えてるぞ?」

 

「じゃあ何回したか覚えてる?」

 

蛍さんの問いかけに横島さんは指折りするが、途中で首をかしげた。

 

「ありすぎて思い出せねぇ」

 

「そこがまずおかしいんですわ、普通なら死んでる。でも横島、貴方は生きている。霊力枯渇を繰り返し、魂魄が強化され、眼魂を使い、更に横島の魂魄は強度増加と拡張を繰り返されました。

 

「そして狂神石を投与されて魂の強度は格段に強くなった……ガープが今まで起こしてきた事件はその全てが横島君、貴方の魂魄を強化する為の物で、今回の月の魔力砲も間違いなくその為のものだわ」

 

少しずつ、少しずつガープは横島さんの魂へ負荷を与えて、眼魂を使わせてきた。それらを繰り返すうちに横島さんの魂魄は人間とは思えないほどに強化されてしまった。

 

「今はまだ無理だとしても、何れ横島さんは神霊を完全に受け入れるだけの魂魄強度になる。もう眼魂を使っても使わなくても、恐らくこれは確定した未来でしょう」

 

もう横島さんの魂魄の成長は止められない、そして神霊眼魂を使わせればそれは爆発的に加速する。神魔を完全に受け入れる器になる……それ即ち……横島さんの魔人化が確定したといっても過言ではないのですという私の言葉に部屋の中から音が消え去った……。

 

 

 

~心眼視点~

 

小竜姫様の言葉で横島の心に動揺が広がるのを私は感じ取っていた。だが私は横島をフォローする言葉が出てこなかった……何故ならば。

 

(私はそれを知っていた)

 

何度も何度も霊力枯渇を繰り返して自然体の横島の魂魄が尋常じゃないレベルで強化されていることを知っていた。眼魂を用いて変身するたびに魂が混ざっていくのを知っていた、そしてシズク達が横島の家に集まり異界化していることも知っていた……だがそれを私は全て黙っていた。

 

【確かに横島は神になれる条件を満たしているだろう。だが横島は神にはなれない】

 

「何故ですか心眼?貴方が1番分かっている筈でしょう?」

 

くえすの嘘を許さないという視線が向けられ、横島が身を竦める。それには悪いと思ったが、少しだけ我慢してくれと想いながら私は横島が神になれない理由を話し始めた。

 

【確かに魂という面では横島は神にいたる条件をクリアしている。それは認めざるを得ないだろう】

 

まだ魂の出力が足りていないが今のままで順調に育てば横島は確実に神に匹敵する力を得るのは間違いない。

 

【だが横島は魔族にはなれても、神にはなれない。余りにも欲が強いからだ】

 

「……それどういう意味?」

 

美神が私の言いたい事を理解出来ないのか詳しく説明してくれと声を掛けてくる。

 

【横島は基本的には欲が無い。だが1度懐に入れた相手にはかなり執着する気がある、守りたい、助けてあげたいとな。チビや、アリスを見ていれば分かる筈だ】

 

チビやアリスと触れ合う間に煩悩が子煩悩へと変わったが、それもまた決して悪い結果ではないのだ。横島の魂に柔軟性と拡張性が加わった、そしてその方向性を定める事ができれば問題は解決する。

 

【言い方は悪いが横島はチビ達やアリス達に執着している。その執着がある限りは神の条件は満たせない、魔族の条件は満たせたとしてもだ】

 

執着という言い方は正直よろしくは無いが、アリス達が楔になっているのは間違いない。それにここでドロドロとした恋愛になっても困るので言う事は無かったが、蛍達も間違いなく横島の楔となっているのは間違いない。

 

「じゃあ、心眼。俺が神になるのはやっぱり無理って事で良いのか?」

 

横島の声が明るくなるが、この勘違いは訂正しなければならない。

 

「横島だけでは神になれないとしても神に至る器が出来ればそれは又別問題……そうですわね?」

 

【……そうだ】

 

横島が神に至るには問題が幾つもあるが、横島が神に至る条件を満たせばその段階でガープは勝利条件をほぼ満たしたといっても良いだろう。

 

「……どういうこと?」

 

「ちょっと分からないんですけど」

 

混乱している横島とおキヌに向かってブリュンヒルデとメドーサが手を叩いて、自分達に注目を集める。

 

「つまりは横島さんが神になる条件……簡単に言うと今の状態から数百万ほどマイトを上昇させて、それを扱えるだけの魂魄強度を得る。これが第一の条件で、これをクリアすれば後は……」

 

「神の魂を直接ぶち込んじまえば良い。普通はそんな事は出来ないが……生憎お前は普通じゃないだろ?」

 

「……眼魂」

 

【そうだ。眼魂に高位の神魔の魂……アスモデウスでも、ガープでも良い。それらの眼魂を使って無理矢理にでも変身させれば条件は全て揃う。レイもそうだが……トール、スルトの眼魂は恐らくその為の実験だ】

 

恐らくレイと仮面ライダーレブナントも最初から実験台だったのだ。特異点であり、文珠使いである横島を神へ至らせ、そしてそれを操る事で全てを支配する……ガープは、いやアスモデウスにしてもそうだが何度も横島達を殺す機会はあったが、それをしなかった。確かに本気では戦っていただろうが、どこか横島達の成長を促すような雰囲気もあった……それらの疑問は全てガープとの会談によって解決した。

 

【自分達の目的を成し遂げる為に、横島達を育てていた。今までの全てはお前達の成長を促すための物だった可能性が極めて高い】

 

横島達が抗えない、それは即ち神に至る器ではないと考えたかもしれないが、横島達は今まで全てのガープの策を潰してきた。そして横島はガープが望むように成長を続けた。ガープが本格的な攻勢に出たのではない、収穫の時が来た、あるいは最後の追い上げとして、あるいは横島が自分達の望む領域に来たか確かめるためだけに横島達が動かざるを得ない状況を作った。それがこの月の事件の限りなく正解に近い私の予測なのだった……。

 

 

 

~美神視点~

 

蛍ちゃんとおキヌちゃん、そしてくえすに横島君の様子を見るように頼んだ……というよりかは押し付けた形になってしまったが、これが1番正解だった私は思っている。横島君には楔が必要というのを心眼の言葉で改めて自覚したからだ、別に性交渉しろと言っているわけでは無いが……今の横島君には寄り添ってくれる相手が必要だ。シズクにも話し合いには参加して欲しかったが、シズクも横島君の方に行ってしまったが、メドーサとブリュンヒルデと小竜姫様がいてくれば、私の聞きたい事は十分に聞ける。

 

「メドーサ、小竜姫様。正直な所ガープの話って何処まで信用できると思う?」

 

「あたしは6割だと思うよ。そもそもあいつが全部本当の話を言うメリットなんかないだろうし」

 

「じゃあデタントについてはどう思う?」

 

小竜姫様とブリュンヒルデが居るがあえてメドーサに問いかける。

 

「まぁ虐げられた側とすれば、耳障りの良い言葉としか思えないね」

 

「それはあくまで一側面ですよ」

 

「そんな事は分かってるわよ。小竜姫様」

 

色んな見方があるのは分かっている。別にデタントが良い悪いという訳ではない……当然ながら穿った見方もあるのは言うまでもないが……。

 

「建前だったとしてもガープにはガープの大義名分があるって事よ。これは厄介なことよ」

 

大義名分と分かっていても、ガープには表向きの正義がある……これが厄介なのだ。

 

「少なくともガープに賭けて見たいと思う神魔が居るのは間違いないですね」

 

「でも……」

 

「言ったら悪いけど、小竜姫様は善性を信じすぎだと思うわ」

 

表向きはガープと敵対しても、裏ではガープと協力しても良いと思っている神魔は間違いなくいる――。

 

「報告を……」

 

「止めといたほうがいいわよ。何も変わらないわ」

 

ガープの言葉では無いが、それで変わるというのならばとっくの昔に神魔のあり方は変わっている。

 

「信じて信じて、何も変わらなくて、落胆して……ガープに組してもいいと考える者はいると思うわ。例えば……古き神々とかね」

 

今の神魔の情勢に落胆し、別の世界に隠遁している神々には最高指導者よりもずっと強い神魔だっている。

 

「……それは確かにそうですけど」

 

「デタントに逆らい、デタントの為に力を抑えるのを拒んだ神々か……有名所が多いね。例えば……ロキ」

 

ロキの名前に小竜姫様の眉が動いた。ロキ眼魂をレイは使っていた……私は最初はロキの魂の欠片の一部、例えばロキが使っていた鎧や杖剣を元にロキの眼魂を作り出したことを考えていたが……その前提がまず間違っていたのかもしれない。

 

「ガープは既に古き神の世界へ足を踏み入れている可能性があるということですね」

 

「多分私はそうだと思っているわよ。スルトとトールはかなり際どい所だと思うけどね」

 

スルトとトールは古き神に分類されると私は思っているのだが……。

 

「実際の所スルトとトールはどっち?」

 

「ギリギリ今の神魔まで神格を落としてくれていますが……ここ数日は天界で確認されていないそうです」

 

「やられたか、それともガープに協力したか……どっちにせよ、不味い状況だね。流石にガープに2つ返事で協力する神魔はいないだろうけどね」

 

古き神の多くは今の神魔よりも遥かに強力と聞くけど……実際はどうなのだろうか。

 

「小竜姫様達もやろうと神格は上げれるんでしょ?」

 

デタントの為に神魔の力を抑制し、天界と魔界で神魔の数をある程度揃えているって話は聞いた事があるけど……実際はどうなのかと尋ねる。

 

「そうですね、良い所私は中級から上級の下位までは行けると思いますけど……かなり誓約を課せられることになると思いますよ」

 

「あたしもだね、その点ブリュンヒルデは違うけど」

 

「確かに私は上級から最上級まではいけますが……過激派神魔を刺激する事になりますよ」

 

神格制限はデタントだけではなく、人間界の魔力と神通力のバランスを取るという意味合いもある。過激派も穏健派も神格解放すれば間違いなく割り込んでくるし、そうなれば小竜姫様達が人間界から遠ざけれ、変わりの神魔が人間界駐在神魔になれば状況も戦況も著しく変わるだろう。

 

「面倒ね……ちなみにこれは確認だけどガープ達は神格解放をしてるのかしら?」

 

「……いえ、ガープ達は神格開放していません。もししていれば……その被害は今までの比ではないでしょう」

 

「……でしょうね、一応これは確認しただけよ」

 

ガープやアスモデウスの逸話を考えればそれも当然か。

 

「ガープの権限は記憶や技能を奪うこと、神格解放すれば凄まじい被害が起こるのは目に見えていますからね……反逆、反乱をしても超えてはいけないラインを超えていないのか……それとも……」

 

眼魂には霊力や神通力を取り込む性質があることを考えれば……もう1つの可能性が浮上してくる。

 

「仮に神格解放をしてその神格を眼魂に移せば……権限のいくつかを残したままに出来るんじゃないかしら?」

 

ガープとアスモデウスクラスが神格解放すれば幾らなんでも天界・魔界・人間界のその全てのバランスを大きく乱す事になる筈だ。そうなればガープ達が身を隠したとしても見つかるに決まっているが……気になってることもある。

 

「神格制限を受けていたとしても小竜姫様達とそこまで差がある物なの?」

 

神格制限を受けて弱体化しているのは小竜姫様も同じだ。確かに下級、最上級の差があるとしても余りにも差がありすぎると思うのは私が神魔に関して無知なだけかもしれないが……ガープと小竜姫様達にはそこまで埋められない差がある物なのかと思うのだ。

 

「確かに階級の差はあると思いますが……最上級の中でもガープ達は異質な力があるのは間違いないと思います。でもそれが神格解放をして、眼魂に力を移しているとしても時期が合わないと思うんです」

 

「でもその可能性は捨て切れないと私は思うわよ。確かに辻褄が合わないとしても、元々ガープ達が眼魂に通じるものを研究していた可能性もあるわよ」

 

眼魂に似た物を研究していたから、眼魂をすぐに実用段階に持っていけた可能性は十分にあると思う。

 

「確かにその可能性はあるね。それに……あたし達が知らない何かが横島にあるのかもしれない」

 

「うん。私はその線を疑ってる。古い陰陽術は高島から受け継いだとしても、眼魂と文珠は余りにも説明が付かないし、特異点って言うのは分からないけど、過去改変をしても修正力が発揮しない希少すぎる能力って事よね。そんなの普通の人間が会得できる能力かしら?」

 

横島君の特異な能力から目を背けて来たが……その力の根底の踏み込む時が来たのかもしれない。

 

「……美神さんが何を考えてるか当てて見ましょうか?横島さんは魔族の先祖返りではなく、神の先祖返り……そう思っているのではないですか?」

 

「少し違うわ。私は横島君が神の転生者の線を疑ってる」

 

元々人間が英霊に匹敵するクラスまで霊核を上げる事が異常なのだ。魔族の先祖返りならあり得ない話では無いが……普通の人間ならまず不可能だ。それに……。

 

「1000年の間も転生していないのがおかしいって事ですね?」

 

「ええ。転生のサイクルにしても長すぎるし、高島自身も神の転生者かもしれないってわたしは思ってる。そう考えれば辻褄が合う部分も出てくるわ」

 

神の転生者ならば稀有な権限を多数持っていたとしてもおかしくはない筈だ。

 

「流石にそれは無理があるよ。神の転生者なんて事案は滅多な事じゃない、そもそもあったとしても天界が把握してない訳が無い」

 

「でも神魔も完璧じゃないわ。全部を把握出来てるわけじゃないでしょう?それに神魔の中でも既存の神魔の情勢に組み込まれていない神魔はいるだろうし……古き神って言う線も捨て切れないんじゃないの?別に横島君を神の転生者に仕立てたいわけじゃないわ。でもガープを見ていると最初から全部あいつの手の内だったような気がするのよ」

 

最初は人間風情に殴られたという事でガープが横島君に目を付けていたと思っていた。だけど前提が間違っていた、最初から横島君を利用する為に因縁を作り上げたのではないか?もっと言えば……。

 

「横島君についてガープは私達の知らない何かを知っているんじゃないかしら?」

 

私達が知りえない何かをガープは知っているのではないか?それを知っているからこそガープは横島君を自分の計画の柱に据えたのではないだろうか?長年潜伏し、念入りに組んだであろう計画に人間を組み込んだのではない、最初から横島君ありきで計画していたのではないかと私は思わずにはいられなかった。小竜姫様達が考えすぎという顔をしているが、私はこれは限りなく真に近いという確信があるのだった……。

 

 

 

~ガープ視点~

 

レクス・ローから渡された仮面ライダークロニクルガシャットによって私が作ろうとしていた究極の眼魂の1つ……いや、横島を神にするための眼魂はここに完成した。

 

「素晴らしい、素晴らしい力だ……惜しむらくは……使えんということだけか」

 

「レイに渡して実験すればいいのではないでしょうか?」

 

「蘆屋。これは使えんのだ」

 

完成したクロノス眼魂を芦屋に投げ渡し、芦屋がそれに触れようとした瞬間。蘆屋の腕が消し炭になった……。

 

「これは……なんと恐ろしい神通力……ッ」

 

即座に腕を修復する蘆屋だがその顔は信じられないという驚愕の色に染め上げられていた。

 

「分かっただろう。このガシャットを用いてクロノス眼魂は完成した……筈だ」

 

「ガープ様でも分からないのですか?」

 

「分からない。だがこれで良い、クロノスの眼魂は至った。ならば後は……我らの眼魂を本当の意味で完成させるまで」

 

時を司るクロノス眼魂は完成した。だが私の欲していたのはクロノスの力ではなく、クロノスの神格なのだ。比類なき神の力、間違いなく最高指導者を上回る偉大な神の力……それを人間に落としこむ事で横島の力を大きく強化できる。

 

「ガープ様。横島が最初から神の器だと分かっていたのですか?」

 

「いや、最初は人間の分際で私に拳を入れてくれた不埒もの程度にしか思っていなかった。いつか惨たらしく殺してやろうと思っていた」

 

「本当なのですか?」

 

「ああ。本気だった、だがな……途中で命じられたのだ。もっと良く見極めろとな」

 

私の言葉に蘆屋が驚いたような表情をする。そうか……こいつは知らなかったか。

 

「我々の派閥の頭領はアスモデウスではない、我らの真の頭領は別の御方だ。私もアスモデウスもあの御方の配下なのだよ、私とアスモデウスが2人で挑んだとしても勝てない、いやただの一蹴で殺されるであろう御方だ」

 

「なんと……ッ!?そのような御方がッ」

 

「何れお前にも会わせてやろう。今のお前ではまだ駄目だがな」

 

「それは何故?」

 

「簡単だ。お前は弱いからだ」

 

蘆屋は私が認めたが、それでもまだ弱い少なくとも……。

 

「クロノス眼魂の神威には耐えられなければ会わせる事はできんな。お前が消し飛ぶ事になる」

 

「……そんなにですか。それは楽しみですなあ、もっと拙僧も強くなりますぞ」

 

「ああ。強くなるが良い、お前には才能がある。もっと己を鍛え上げるが良い」

 

蘆屋は下級神魔くらいの力は得たが、それではまだ足りない。それほどまでにあの御方は強く偉大なのだ。

 

「どのような御方なのですか?」

 

「最高指導者を遥かに上回る偉大な御方さ。そして我らはその尖兵なのだよ」

 

我々に上などいないと何年も思わせてきたのだ。我等に上などいない、我らを倒せばそれで全て終わる。神魔の思考を誘導し、横島という世界を変えうる一手も十分に育った……全てを変える時はもうすぐそばにまで迫っている。

 

「だがまずは横島がこの脅威を退けられるか、だがな」

 

月の魔力砲も、スルトもトールも……そしてもう一柱の神も全ては横島を試す試金石にすぎないのだ。

 

「この程度は切り抜けてもらわなければな……」

 

 

 

リポート18 月面決戦 その2へ続く

 

 




今回は1度情報整理となりました。横島を神にする為に動くガープと、ガープの上の存在をほのめかすという形になりました。
次回からは戦闘をメインで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうか宜しくお願いします。


8周年は救世主トネリコ

福袋は

水着伊吹 スカデイ プーリン アルクェイドのを引こうと思います。アルクェイドはいますが、万が一ダブっても宝レベルUPで美味しいですからね。

しかしデステニーオーダー召喚とは驚きましたね。


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その2

リポート18 月面決戦 その2

 

~陰念視点~

 

「アスモデウスは2日動かないといったわ。だけどそれに私達が合わせる道理はないわ。アスモデウス達が動かない間に魔力砲を破壊する」

 

「本当に動かない保障があるんですか?美神さん」

 

「あるわ。神魔は自分の言葉に嘘をつけない。2日動かないといったら、その間は絶対に動かない、いえ動けないのよ。特にアスモデウスほどの強い悪魔となればそれはより強固になるわ」

 

神魔の弱点とも言える誓約――それを突いて動くと言う美神の言葉は正しいだろう。

 

「そうなると考えられる敵は蘆屋、そして量産型レブナント、そしてレイですかね」

 

アスモデウス達が動かないとしても到底勝てるとは思えない強敵揃いでいい加減にしてくれと思わず言いたくなる。

 

「強行突破か」

 

「それが一番成功率が高いでしょう?魔力砲自体も生きてるらしいから破壊する部分は動力部、砲門だけ、そこを破壊すれば魔力砲としての機能は奪える。その後は離脱するわよ」

 

「そこら辺が落とし所でしょうね。魔力砲だけでも破壊しておけば戦いに専念出来るでしょうしね」

 

魔力砲で地球が人質にされているようなものだ、魔力砲を壊しておけばアスモデウスとガープとの戦いに専念出来る。

 

「作戦はとにかく強行突破、魔力砲の主要部分を破壊することだけを考えて、追っ手は精霊石の結界で封じて全員で叩く、これよ」

 

「またいつも通り特攻ですわね」

 

「しょうがないでしょ、それしかないんだから」

 

真っ向から戦っても勝てず、搦め手でも相手が上、なら動く前に相手の作戦の肝を潰す。一番確実な戦法で異論は無かった……が、俺達はもう1人の敵の存在を忘れていたのだ。

 

『!!』

 

「くうっ!?くそったれッ!」

 

俺の前に立ち塞がる赤いボクサーのような仮面ライダー「仮面ライダーパラドクス ファイターゲーマー」の燃える拳と俺のノックアウト魂の燃える拳がぶつかり合う。

 

「ぐはっ!?」

 

だが拮抗すら出来ずに殴り飛ばされた。ノックアウト魂に宿る仮面ライダー……つまり俺のオリジナルが俺の敵だった。

 

「だっはッ!?」

 

『!!』

 

そして横島はピンク色のつんつん頭をした仮面ライダー「仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマーレベル2」のテクニカルな動きに完全に翻弄されていた。

 

「はははは、君達は余りにも弱すぎるな。仮面ライダーの力をまるで使いこなせていない、それでは宝の持ち腐れだ」

 

レクス・ロー。それが楽しそうに笑いながら苦戦している俺達を見下ろす姿に腹立ちを覚えるが、あの隙だらけの姿ならば小竜姫様やメドーサ様が何とかしてくれる……俺だけではなく、雪之丞達もそう思っていただろう。だがその期待は一瞬の内に崩れ去った。

 

「おっと、物騒なお嬢様だ」

 

「くっ!?」

 

小竜姫様の神刀を指先で受け止め、そのまま小竜姫様をメドーサ様に投げ飛ばしたレクス・ローは立ち上がり、仮面ライダーを召喚した銃を構える。

 

「神魔がそれを守るならそれを壊す、壊すと言うのなら私はそれを守る。ふふ、まだ舞台の幕が上がっていないのに演目を始めた役者にはペナルティが必要だ。条件は五分で無ければね」

 

【KAMEN RIDE ライオトルーパー】

 

黄色い鎧を纏った無数の仮面ライダーが美神達へと向かって駆け出す。

 

「美神さん!くえす、蛍ッ!!」

 

「待て横島ッ!目の前の敵から目を逸らすんじゃねぇッ!」

 

『!!』

 

「あっ!ぐうっ!?」

 

それを見た横島が咄嗟に美神達の元へ走ろうとし、エクゼイドの振るったハンマーにHITというエフェクトと共に殴り飛ばされる。

 

『!!』

 

「くっ、うおッ!?」

 

俺もファイターゲーマーの左ジャブからの右ストレートをガードしたものの吹っ飛ばされ、ファイターゲーマーから距離を取らされてしまった。

 

「君達の相手は彼らだ。精々頑張ってくれたまえよ」

 

【FORM RIDE  ダブルアクションゲーマー】

 

『マイティ!ブラザーズ!2人で1人!マイティ!ブラザーズ!2人でビクトリー!エーックス!」

 

「ふ、増えたぁ!?」

 

エグゼイドがカラーリング違いの2人に分身し、左右から横島へと襲い掛かる。

 

「横島!」

 

「おっと、君の相手はこちらだよ」

 

【FORM RIDE パーフェクトノックアウトゲーマー】

 

『赤い拳強さ!青いパズル連鎖!赤と青の交差!パーフェクトノックアーウト!』

 

「そんなのありかッ!?」

 

ファイターゲーマーとパズルゲーマーの融合したパーフェクトノックアウトゲーマーが俺の前に立ち塞がる。

 

「さぁ頑張りたまえ、ルール違反のペナルティだ。君達が諦めれば追撃は止めるが、先に進もうとする限り、私は攻撃を止めないよ」

 

俺達を見下ろしながら笑うレクス・ローはどこまでも楽しそうにそう告げるが、俺と横島は勿論美神達も召喚された仮面ライダーの猛攻撃に返事を返す事等出来るわけもないのだった……。

 

 

 

 

~雪之丞視点~

 

顔面目掛けて振るわれる拳に一瞬手を当てて狙いを逸らし、懐に潜りこみながら回転し遠心力をつけた裏拳を能面のような顔へ叩き込む。

 

「くそッ!かてえなッ!」

 

魔装術を展開しても能面のような仮面ライダーには全くダメージが通っておらず、太腿から何かを取り出すのを見て蹴りを叩き込んで距離を取ると俺を追って銃弾が連続で放たれた。

 

「目立ったものはねぇが、それだけに厄介だな」

 

横島や陰念の変身する仮面ライダーのように個性が無い、即ち突出した物が無いわけだがその分安定した能力を持っているライオトルーパーと言う仮面ライダーを睨みつける。

 

(明らかに量産型なのにこれかよ)

 

通常の魔装術ではダメージが通るかも怪しい強固な装甲にとんでもない馬鹿力。正直生身の人間が戦うには余りにも無謀な相手だ。

 

「お転婆なお嬢様方にもダンスのお相手を用意しましょうか」

 

【KAMEN RIDE 斬月】

 

【KAMEN RIDE 王蛇】

 

【KAMEN RIDE サソード】

 

銃声と共に放たれたカードの絵柄が3人の仮面ライダーが現れ小竜姫様達に向かって走り出す。

 

「こいつは俺1人で何とかするッ!そっちはそっちで何とかしろッ!!」

 

ライオトルーパーは全部で4体……美神、蛍、くえすで1人、マリアとテレサで1人、んで月神族2人で1人撃破してもらうのが一番だろう。

 

「ごめん!終わったらすぐそっちの支援に……入るからッ!!」

 

「俺の事は良いッ!元々白兵戦には慣れてるからなッ!」 

 

【!!】

 

「舐めんなよッ!この顔無しやろうッ!!」

 

振るわれた拳を回避し前蹴りを叩き込み、拳を構えなおす。

 

(こんなのに梃子摺ってたら話にならねぇ)

 

何の駆け引きも無く、その身体能力だけでゴリ押して来るような無様な相手に負けていたんじゃ、いつまで経っても俺は横島達に勝てない。

 

「てめえなんざ、俺1人で十分だッ!きやがれッ!!」

 

【!!】

 

月面を蹴って突っ込んでくるライオトルーパーの振るうナイフを両腕をクロスして受け止め、即座に腕を反転させライオトルーパーの手首を掴んで自分の方に引き寄せながら背中に乗せる。

 

「うおらぁ!!」

 

変則的な背負い投げで投げ飛ばすとライオトルーパーは背中から落下し、即座に立ち上がる。

 

「関節技は効果無しか……んで受身を取る技術もねえと……こんだけ分かれば上等だ」

 

恐らく痛覚も無いと見ていい、時間か、それとも一定のダメージを受ければ消え去るのかどうかは分からんが……俺の作戦は決まった。

 

「てめえが動かなくなるまでぶん殴るッ!!」

 

氷の魔装術を使ったところで中身が無いなら氷の魔装術を使う意味は無く、霊能によるダメージも期待できないのならば真っ向から突っ込んで動かなくなるまでぶちのめすのが一番早いと考え俺は両拳を握り締め、ライオトルーパーへ向かって突進するのだった……。

 

 

 

 

~テレサ視点~

 

胴を狙ってきた鋭い回し蹴りをしっかりと腰を落とし、両腕をクロスさせて完全に防いだと思った次の瞬間あたしの足は月面から引っこ抜かれ、姉さんの方へ向かって蹴り飛ばされた。

 

「テレサッ!!」

 

岩肌にぶつけられる前に姉さんが受け止めてくれたが、想像以上のダメージに声も出ない。

 

「少し休んでいてください。私が足止めします」

 

「……ごめん」

 

姉さんが銃を乱射し弾幕を張るが、ライオトルーパーという仮面ライダーの足止めすら出来てないのを見て、震える足に活を入れて立ち上がる。

 

「姉さん、突っ込むから支援お願いッ!」

 

「テレサ……分かりました」

 

一瞬無謀と姉さんが言いかけたがあたしの顔を見てあたしに任せてくれると頷いてくれた。

 

「でりゃあッ!!」

 

突っ込んだ勢いを利用しての回し蹴りは片手で簡単に防がれる。だが防がれた瞬間に片足だけで跳んで勢いをつけた踵落としを脳天へ叩き込む。

 

【?】

 

「これでも駄目かッ!姉さんッ!!」

 

姉さんの名前を呼ぶと即座に弾幕が張られ、ライオトルーパーの身体が左右に揺られるのを見ながら痛む足を庇いながら1度姉さん元まで後退する。

 

「硬いですか?」

 

「かなり硬いよ、真っ向からだとかなり厳しいかも」

 

美神達もそうだが、小竜姫様達でも思うようにダメージを与えられないのは単純に相性の問題と火力不足である。

 

「姉さん、あれ使える?バズーカ」

 

「使えますが準備に時間がかかります」

 

「そっか……じゃああれライフルは?」

 

「それならすぐにでも、ですが当てるのは難しいですよ」

 

鈍純そうに見えるがそれはそう見えるだけでライオトルーパーは思ったよりも俊敏だ。初速の早いライフルでも狙い撃つのはかなり難しいだろう。

 

「何とかして動きを削ぐからさ、狙い撃って欲しいんだ。腰を」

 

腰を狙ってくれというあたしの言葉に姉さんはあたしが何を考えているかすぐに理解してくれた。

 

「無茶をしては駄目ですよ」

 

「分かってるってッ!」

 

無茶をするなという姉さんに分かってると返事を返し、再びライオトルーパーへと突撃する。

 

「このッ!!」

 

【!】

 

冷たい無機質な殺意――何も感じさせないその拳の側面に手を当てて、軌道を逸らし踏み込んで右ストレートを顔面に叩き込む。

 

「つっううッ~~」

 

だが会心の手応えでもダメージが入ったのはあたしの手、それでもお構いなしに1歩下がって上段回し蹴りを顔面へ叩き込む。

 

【?】

 

「その反応だけで分かるよ、あたしを馬鹿にしてるってさッ!!」

 

ほんの僅か首を傾げられただけだがライオトルーパーがあたしを馬鹿にしているのは伝わってくる。だがそれでもお構いなしに只管に顔を狙って拳と蹴りを放つ。

 

(いったいなぁッ!)

 

殴りつけても痛むのはあたしの身体、そこにライオトルーパーも反撃も来るので堪ったものじゃないが、それでも我慢して顔を狙い続ける。

 

「これならどうだッ!!」

 

大振りのストレートにライオトルーパーがガードをした瞬間にあたしはサイドステップで横へ跳び。その瞬間に響いた銃声に腰のベルトを撃ちぬかれたライオトルーパーがぎくしゃくと動くとその場に溶けるように消えた。

 

「やっぱあるじゃん……弱点」

 

「テレサ!」

 

「大丈夫、大丈夫。このくらい全然平気だよ、姉さん。でもやっぱりこいつらの弱点はベルトだよ」

 

変身するのに使うベルト――すべてにおいて強大な力を持つ仮面ライダーの唯一の弱点、それは変身するためのベルト。それを破壊、あるいは変身に使う何かを破壊すれば無力化できる。月面に落ちているライオトルーパーのベルトから弾け飛んだ携帯のような物を拾い上げ、あたしはその場に尻餅をつくように座り込みながらふと首をかしげた。

 

(あれ?何でこれ消えないの?)

 

ライオトルーパーは消えた。だが変身に使うであろうツールはあたしの手元に残っている……それはまるでこのツールをあたし達に回収させるのが目的と言わんばかりの違和感にあたしはどうしても胸のつっかえを感じるのだった……。

 

 

 

 

~蛍視点~

 

謎の怪人レクス・ロー。その能力は私達の予想を遥かに上回っていた……私と美神さんとくえすの3人で1体の仮面ライダー……と言っても明らかに量産型で簡易型の到底仮面ライダーと呼べないそれを相手にしているのに全く有効打を与えられない。

 

「霊能者の霊力が通用しないって本当いい加減にして欲しいわねッ!!」

 

「本当にそのその通りですねッ!!」

 

折れた神通棍を投げ捨て、霊体ボウガンを構えてライオトルーパーへ向かって発射する。

 

【?】

 

だが放たれた霊体ボウガンはライオトルーパーの胴に当ると同時に霧散して消えてしまうのを見て、舌打ちし、太腿のホルダーを外してその場へ落とし、少しでも身軽になる。

 

「霊力はやっぱりは効果ないみたいですねッ!」

 

「分かってた事よッ!概念が違うのよッ!」

 

横島や陰念のように眼魂を使った仮面ライダーならば霊力によるダメージも期待出来るだろう。だが目の前のライオトルーパーは恐らく科学技術だけで作られた仮面ライダーと見て間違いない。つまり何が言いたいかと言うと……。

 

「こいつ相手だと私達がただの女って言うのが問題ですねッ!!」

 

「本当にねッ!」

 

霊力で身体能力を強化出来るとしても仮面ライダーの力と比べれば微々たる物で、到底仮面ライダーと白兵戦を行なえるような膂力まで自分を強化するのは不可能だ。ならばと霊体ボウガンや神通棍を使ったとしてもライオトルーパーの装甲に弾かれてダメージを与える事が出来ない。

 

「くえす、何とか出来ないッ!?」

 

くえすに何とか出来ないかと問いかけるとくえすがハンドガンを投げ付けてくる。

 

「銃を投げるなんて正気ッ!?」

 

「なんとかしろって言うから貸してあげたんですわッ!文句を言われる筋合いはありませんわッ!」

 

くえすがエンチャントもしていない銃弾をライオトルーパーへ撃つのを見て、私も美神さんもセーフティを解除して照準をライオトルーパーへ合わせ、引き金を引いた。くえすは頭、私と美神さんは足へ銃弾を命中させる。だがライオトルーパーが数歩よろめいただけでダメージが通っているようには見えず。反撃にはたれた銃弾を頭を庇いながら跳んで辛うじて回避する。

 

「何処を狙ってるんですのッ!頭を狙いなさいッ!」

 

「分かってるけど抵抗あるのよッ!!」

 

頭を狙うというのはどうしても抵抗があると叫ぶが、ライオトルーパーはそんな事お構い無しに私と美神さんに向かって銃を撃ってくるので咄嗟に岩陰に隠れる。

 

「何か策はありますか?どうせないでしょうけど」

 

「嫌味しかいえないわけ?少しは協力しようとかないの?」

 

いきなり嫌味を言うくえすに嫌味を返してしまうが、文句を言いたくなるくらいにライオトルーパーは厄介な相手だった。

 

「小竜姫様達の助けは期待出来ないし、横島君と陰念も無理。私達だけで何とかするわよ」

 

小竜姫様、メドーサ、ブリュンヒルデさんはライオトルーパーとは比べ物にならない仮面ライダーを相手にしているし、横島と陰念もライオトルーパーよりも強い仮面ライダーと戦っている……助けを求めれる状況ではないし、戦いながら横島達がどんどん私達から離れている。このままだと完全に引き離されてしまうので早くライオトルーパーを何とかしなければならないが……。

 

「ちょっと無駄撃ちするんじゃありませんわよッ!予備弾数はそんなにないんですわよッ!」

 

「なんとか突破口が無いかなって思ったのよッ!防ぐ意思があるって事はどこか有効的な場所がある筈よッ!」

 

銃を撃つとライオトルーパーはガードをする素振りを見せる。つまりあの強固な装甲のどこかにもダメージを与える事が可能な場所がある筈……美神さんとくえすが口論しているのを聞きながらライオトルーパーを観察する。

 

(防ぐという事は銃弾が通る場所があるということよね?)

 

装甲に弾かれ銃弾は弾かれるし、霊力も霧散してしまってダメージを与えられない、それなのに防御すると言う事はどこか弱点がある筈。……そこはどこかと考えれば……思い当たる場所は1箇所しか無かった。

 

「腰……そうだ。腰よッ!」

 

「腰……?そういう事ですか……」

 

仮面ライダーは腰のベルトを使う、レイの様な変則的な場所に変身ツールを持っている仮面ライダーもいるがライオトルーパーの腰には変身ツールが見える。銃弾を防ぐ素振りを見せているのは変身ベルトを狙い撃たれるのを防ぐ為の行動なのかもしれない。

 

「そこを狙って見る価値はあるわね、くえす。狙い撃てる?」

 

「やってあげますわよ、そのかわりあいつのガードをそちらで何とかするんですわよッ!」

 

「分かってる。それくらいこっちは何とかするわッ!」

 

悔しいが私と美神さんよりもくえすの方が射撃の技能は圧倒的に上だ。

 

「美神さん、月から無事に帰れたら霊能以外の能力も伸ばしましょう」

 

「そうね、私もそれが良いと思うわッ!!」

 

霊能ばかりを伸ばしてきたが、それ以外の能力を鍛える必要も出てきたと思い知らされた気分だ。

 

「ふふ、頑張ってくださいね。これは貴女方のルール違反のペナルティなのですからね」

 

仮面ライダーを召喚出来る謎の男……レクス・ローが私達を見下しながら楽しそうに笑う。その姿は仮面ライダーとも呼べないライオトルーパー相手に苦戦している私達を嘲笑っているように見えるのだが……どこか違和感も感じた。

 

(私達を倒すのなんて簡単に出来る筈……何がしたいの?)

 

これだけの仮面ライダーを召喚する能力を持つのならば私達を倒すのは簡単の筈……自ら手を下すつもりがないのならば仮面ライダーをもっと召喚すれば良い、召喚出来る数に制限があるのか、それともコストのような物があるのかは定かでは無いが……レクス・ローには私達を倒す意図が無いのかもしれない、ペナルティと言っていたが……。

 

(何を考えているの……?)

 

今も本を開き、片手で何かを弄んでいるレクス・ローの姿に殺意や敵意は感じられない。敵である事は間違いないが……あの男の正体を暴く事が何か私達にとって重要な何かを意味しているのではないかと思いながらも、ライオトルーパーを倒せない今の私達にレクス・ローを倒す術があるわけもなく、くえすがライオトルーパーのベルトを狙い撃てるようにライオトルーパーの注意を逸らす事が今の私と美神さんに出来る全てなのだった……。

 

 

 

 

リポート18 月面決戦 その3へ続く

 

 




ライオトルーパーに苦戦する美神達ですが、霊力も通用しない相手となると美神達では戦うのはかなり厳しい相手となりますよね。霊力が通用しないのなら美神達は普通の女性ですし、量産型とは言え、仮面ライダーのライオトルーパーに勝てるわけが無いわけですね。そして次回はエグゼイドとパラドと戦っている横島と陰念の2人の視点をメインで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

PS

トネリコ40連・15枚で不夜城のキャスターで絶望していて、ログボの札を投げたら虹回転トネリコ

来るタイミングが大分遅くはないですかね? トネリコさん。


PS2

アドバンスドクエスト全部クリアしました。2度とやりたくないです。


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その3

リポート18 月面決戦 その3

 

 

~横島視点~

 

「くっそ、つええ……」

 

色違いで肩のアーマーの形状が僅かに違う2体の仮面ライダー……ダブルアクションゲーマーXの攻撃は想像以上に激しく、今も蹴りをガードした隙に拳を叩き込まれ岩に背中から叩き付けられた所だった。連携を前提にされた高い能力を持った仮面ライダーを相手にするのはウィスプではやはり厳しい物があり、ゴーストチェンジをする為に眼魂に手を伸ばしそうになる。

 

【駄目だ。横島、ゴーストチェンジはトドメだけだ】

 

心眼の制止の声に分かってると返事を返し、地面を殴りつけて強引に上へと飛び上がる。

 

【【!!】】

 

その直後にズドンという轟音とHITという輝く文字が浮かび上がるのが見ながら着地しガンガンセイバーを構える。

 

「どっちかだけでも倒せれば楽になるか?」

 

【いや、倒すなら同時でなければならない可能性が高い。どちらかが残っていればもう一体も復活する可能性がある】

 

心眼の言葉にマジかよと呟きながらブレードを手に突っ込んできたレベルXX Rの一撃をガンガンセイバーで受け止め、その腹に蹴りを叩き込み吹っ飛ばすと同時に反転しガンガンセイバーを両手で握り締めて全力で振る。

 

【!?】

 

強烈な金属音と共にレベルXX Lが吹っ飛び岩へと突っ込んで崩れ落ちる。

 

「はぁ……はぁ、厄介だな」

 

【中身が無いから攻撃こそ単純だが、基礎能力の高さが厄介だな】

 

召喚された仮面ライダーはガワだけで攻撃自体は単純で、攻撃も大振りな物が多いが高い基本能力が厄介だ。

 

「ふー……フォローを頼むぜ、心眼」

 

【分かっている。焦って雑に攻め込むなよ、挟み撃ちになったら捌ききれん】

 

「分かってるッ!!」

 

突っ込んできたレベルXX Rの拳をガンガンセイバーを横にして受け止め、懐にもぐりこんで伸ばされた腕を掴んで背負い投げの要領でレベルXX Lの方へと投げ飛ばし、ガンモードに変形させたガンガンセイバーを構え、ベルトにシズク眼魂をセットする。

 

 

【ダイカイガンッ!シズクッ!!ガンガンミナーッ!ガンガンミナーッ!!】

 

「いっけえッ!!!」

 

ガンモードの銃口に発生した水球をレベルXX Rへと撃ち込んだ。

 

【ッ!?!?】

 

命中と同時に氷柱となった水球にレベルXX Rの下半身が完全に取り込まれるのを見てガンモードから更にガンガンセイバーを薙刀モードへと変形させる。

 

【後からの射撃は私が警戒するッ!】

 

「頼むぜ心眼ッ!!」

 

戦いの中で分かったがレベルXX Lは攻撃に余り積極的ではない、防御にレベルXX Rのサポートを主に立ち回っている。高い攻撃力を持つレベルXX Rの動きを封じている間に少しでもレベルXX Lの動きを鈍くする事を考え薙刀モードを振るう。

 

【!!】

 

「ま、そう簡単には行かないよなッ!!」

 

攻撃に積極的ではないとしてもその能力は本物であり、容易に攻撃を当てる事が出来る相手ではないし、油断すればこちらが手痛い反撃を受けるのも分かっている。

 

【飛べッ!】

 

「分かった」

 

心眼の助言通りに飛ぶとレベルXX Rの放った銃弾がレベルXX Lのどてっぱらに命中する。

 

「こっちだって2人だぜッ!!」

 

俺には頼もしい味方である心眼が憑いてくれているのだ。中身の無い形だけの連携に負けてたまるかよと心の中で吼え、薙刀モードのガンガンセイバーを全力で振り落としレベルXX Lを月面に叩きつけ、薙刀モードからニ刀モードへと変形させたガンガンセイバーをXの字に構え、振り下ろされた斧のような武器を防ぎ、体勢を低くしレベルXX Rのバランスを崩させ、立ち上がり様に蹴りを叩き込んでレベルXX Lの方へと蹴り飛ばす。

 

【焦るなよ、まだ相手は力を残している】

 

「分かってる。でも……やっぱり焦るな」

 

心眼が憑いていても俺は1人、2人を相手に派手に立ち回っているとやはり体力が心配になってくる。難しいとは分かっているが誰か助っ人に来てくれないだろうかと願いながらダブルアクションゲーマーをにらみつけるのだった……。

 

「そうではない、そうではないぞ。横島よ、お前の目の前に答えはある。何故気付かないのだ」

 

2体を相手に互角に戦っている横島を見ながらレクス・ローはそうではないと呟きながら手元の中途半端に絵柄が浮かんでいるライダーカードに視線を向ける。そこにはウィスプ 心眼魂 L・Rと文字だけが刻まれた枠組みだけのカードと、現れては消える2人の仮面ライダーの姿があるのだった……。

 

 

 

 

 

~陰念視点~

 

「ガハッ!?」

 

岩に叩き付けられた衝撃で潰れた蛙のような呻き声を上げながら俺は岩にもたれかかるように崩れ落ちかけるのを、膝を殴りつけて強引に踏み止まり悠々と近づいてくるパーフェクトノックアウトゲーマーを睨みつける。

 

「ふざけんなよ、このイカサマ野郎ッ」

 

俺の持つ眼魂のオリジナルの仮面ライダーなのだろうがパズルもノックアウトの能力も両方兼ね備えた融合形態なんてイカサマ以外の何物でもない。

 

「おらあッ!!」

 

ノックアウト魂の燃える拳で殴りつけようとするがパーフェクトノックアウトゲーマーの前に現れたパズルのピースのような形をしたバリアに俺の拳は防がれ、反撃の強烈な左フックが俺の顔面を打ちぬいた。

 

「くっはッ!?はぁ……はぁ……まだだッ」

 

速く、重い一撃に意識を飛ばしそうになるが歯を食いしばりその場に踏み止まる。

 

(こんな拳に倒れられるかよ……ッ)

 

凄まじく重く防ぐ事も出来ない強烈な一撃だがそこに技はない。ただの力任せで、その身体能力によるゴリ押しの拳に打ち倒されるなんて情けない真似は出来ないと必死に踏み止まり、さっきから何度も挑んでいる眼魂の変形に再び挑む。

 

「ぐっくううう……くそがっ!!」

 

俺のオリジナルが出来るのならば俺だって出来る筈と眼魂のメモリを回転させようとするが凄まじい熱が俺を襲ってきて眼魂を回転させる事が出来ず弾丸のような勢いで突っ込んでくるパーフェクトノックアウトゲーマーの打ち下ろしの拳を回避し、上段回し蹴りを放つが……やはりパズル状のバリアに防がれてしまうのを見て、舌打ちし後に飛びのいた。

 

(やっぱりこれを何とかしねえと無理かッ)

 

間違いなくパーフェクトノックアウトゲーマーは俺を馬鹿にする意図が合って召喚された仮面ライダーだ。本来ならばこの眼魂……パラドク眼魂はあれだけの力を発揮出来る眼魂なのだろうが俺にはその力を引き出せないでいた。

 

「くっ!」

 

上空から降り注いでくるパズルのピースを避け、避けた所を狙い撃ってくる光弾を腕で弾き、両手に力を込めて眼魂を更に回転させようとする。

 

「ぬ、ぬぐううう……ぐっくうううッ!!」

 

ギリギリと重い音を立てて少しずつ眼魂が回転を始める。

 

【!】

 

動きを止めた俺をパーフェクトノックアウトゲーマーが見逃す訳がなく、パズルのピースの形をしたエネルギー弾が迫ってくる。

 

「ぐ、ぐううううっ!!」

 

それを避ける事は出来た。だが避けてしまえば眼魂を回せなくなってしまうような気がして、襲って来るエネルギー弾を歯を食いしばって耐える。

 

「ううう、うおおおおおおおッ!!俺を……舐めるなぁぁああああッ!!」

 

あんな中身の無い人形に馬鹿にされてたまるかと吼え、渾身の力を込めて眼魂を回転させる。左右で色が変わったパラドクス眼魂をゴーストドライバーへ押し込む。

 

【オソレテミーヤーオソレテミーヤー】

 

「ふうう……変身ッ!!」

 

【カイガン!パラドクスッ!!パーフェクトノックアウトッ!!クールにヒート、常にフラット!】

 

パーカーが装着されると同時に目の前に現れたエネルギーパネルが俺を通過し、俺の姿はパーフェクトノックアウトゲーマーと瓜二つの仮面ライダーホロウ パーフェクトノックアウト魂へと変身していた。

 

「うおらああッ!!」

 

【!】

 

燃える拳をパーフェクトノックアウトゲーマーの顔面へと振るう。今までと同じ様にバリアが展開され俺の拳を止める。

 

「うおおおおおおおッ!!!」

 

【!?】

 

そんな事は関係ないと吼え、腰を入れて右拳を全力で振りぬく。その一撃はバリアを砕き、俺の右拳がパーフェクトノックアウトゲーマーの顔面を捉え、パーフェクトノックアウトゲーマーを殴り飛ばしたが、ダメージは差ほどではないらしくすぐに立ち上がりパズルのピースを飛ばしてくるので同じ様にパズルのピースを飛ばして完全に相殺する。

 

「てめえの拳は飾りか?掛かってこいよ」

 

何度か相殺を繰り返した所で手招きをして挑発する。反応が無いと思っていたのだがパーフェクトノックアウトゲーマーは手にした武器を投げ捨て歩み寄ってくるので俺も同じ様に歩き出し、互いの拳を振りきれる間合いに互いに入ると同時に硬く握り締めた拳を全力で振り切った。お互いの拳がお互いの顔面を打ち抜く轟音を合図に俺とパーフェクトノックアウトゲーマーの本当の意味の戦いの幕が開くのだった……。

 

 

~レクス・ロー視点~

 

 

パーフェクトノックアウトゲーマーとパーフェクトノックアウト魂が激しく殴り合っているのを見て私は少しばかり陰念の評価を改めた。

 

「頭の回転は悪くないな。やはり介入した意味もあると言うものだ」

 

正史では陰念に弟弟子は存在しない、だが弟弟子を多数与える事で陰念には大きな性格の変化があったようだ。

 

「白竜寺が残った事で良い方向に変わっている……か」

 

白竜寺に三蔵法師、そして仙人の綱手がいることで容易に手を出せない要塞が出来た。小石が落ちたことによる波紋は私の予想よりも大きな波紋を生み出してくれたようだ。

 

「まだ横島は気づかないか……どうしたものか」

 

心眼魂に開眼させたいのだが、まだ気付かない様子……眼魂の生成になれていないのが原因か……それとも……。

 

「ゴーストの相性が良すぎたか?まだもう少し様子を見てみるか」

 

今まで与えてきた変身ツールの中で1番相性が良かったゴーストドライバーが更に変化をしているのを見る限り相性が良すぎたのか……それとも何か切っ掛けが無ければ駄目なのか……と考え込む。

 

「はぁッ!!」

 

【!?!?】

 

「流石まともな月神族。下等な月神族とは格が違う」

 

依姫は月神族では極めて希少なまともな、それこそ地球の神魔に近い考えを持つ月神族だ。ライオトルーパー如きでは足止めすら出来ないか……。

 

「しかしそれに比べて小竜姫達はあの体たらく……困ったものだ」

 

斬月等の性能の高い仮面ライダーをぶつけてみたが、互角の戦いを繰り広げられては困る。このくらい楽に切り抜けてもらわなければ……この後に控えているメシアと天使との戦いでは足手纏いになる。

 

「もう少し本気になってもらわなければ……マリアとテレサを見習って欲しいものだ」

 

神魔は強いが、それに胡坐を掻かれていては……と思った所で手にしていた本を閉じてそれを振り上げる。

 

「くっ、完全に気配を消したつもりだったのですがね」

 

地面を削りながら私の前に現れたのは着物を着た屈強な男だった。私が攻撃の瞬間まで気付かない……いや違うか。

 

「分身を私の上に召喚したか、器用な物だ」

 

「いやいや、仮面ライダーをあれだけ召喚する貴方に言われると嫌味にしか聞こえないですな」

 

「褒め言葉は素直に受け取るべきだ。あのガープがお前を見出した、ならばお前は優秀なのだろう。私の足元には届かないだろうがな」

 

ぴくりっと男――蘆屋道貞の眉が動き、指の間に札を挟み込み、剣指を私に向けてくる。

 

「そこまで言うのならば、一手ご指導していただきましょうか?」

 

「良いだろう。見ているのも飽きた所だ、暇つぶしには丁度良い」

 

「その余裕を崩してあげますよ!」

 

一振りで全方位を囲む陰陽札を見て、ほうっと呟いた。

 

「空間転移、時間制御、なるほど……蘆屋道満の直系筋だけはある」

 

陰陽術と魔術の複合術式をタイムラグ無しで発動させる……蘆屋道貞が優れた術師であると認めざるを得ない。

 

「だが悲しいかな、弱者は強者に踏み躙られるだけ、返してやろう」

 

「ッ!? 馬鹿なッ!?」

 

蘆屋道貞の術式を乗っ取り、それをそのまま返してやると蘆屋道貞の顔色が変わる。

 

「馬鹿なことはない、陰陽術も魔術も術者との繋がりが重要だ、それを断ち切ってやればコントロールを奪う事など訳ない。私の前に立つには100年早かったな、若造」

 

転移しようとするがそれすらも封じ、上空から降り注いだ紫電に飲み込まれ蘆屋道貞の人形は消え去り、振り返る事無くディエンドライバーを抜き放ち、背後から襲い掛かってきた蘆屋道貞の分身の額を打ち抜いて消滅させる。

 

「呪詛返しからは逃げたか……なるほど、100年早いは訂正してやろう、99年早かったとな」

 

私の無敵性を破る為に色々と考えていたのだろう。初手は空間転移による強襲、次に時間制御で全方位に同時に札を展開、そして最後は私が蘆屋道貞を倒したと考えて歩き出すタイミングでの奇襲……実に良く考えられていた。私で無ければ倒せたであろうが、生憎相手が悪かったと言わざるを得ないだろう。

 

「あちらも終わったか、やれやれ1番良い所を見逃し……次は君かい?人類悪」

 

横島達の戦いが終わってしまった。見たい所を見逃したと言っている最中に背後から貫かれるが、それからも無傷で脱出し振り返りながら問いかける。

 

『相変わらず化物ですこと』

 

「褒め言葉として受け取っておこう。それで蜘蛛の糸のように細い縁を伝って英霊にまで身を落として、私の前に立つ。実に健気だ、だが無意味だ」

 

人類悪であれ、私には勝てない。私はそういう存在であるからだ、正し勝てないのは私も同じではあるが……。

 

『何れその首を貰いますわ。横島はこちら側に相応しくないですから、光の正道を歩んで貰いますわ』

 

「そうかい、じゃあ頑張りたまえよ。私は見ているだけ、偶に介入くらいはするがね。ではまたどこかで会おうか、狐君」

 

人の姿を取れないほどに弱っている人類悪から背を向けて私は歩き出す。無駄だと分かっていても攻撃を続けてくる狐の姿の人類悪に私は微笑んだ。

 

(さぁ、どんどん変われ、どんどん変化しろ、最良の結果は最悪の中からしか生まれないのだから)

 

時には教師として教え導いた……失敗した。

 

時には仲間として共に戦った……失敗した。

 

時には助言者として道を示した……失敗した。

 

幾重にも渡る失敗の中で私は学習したのだ。最良を目指せば目指すほどに結果は悪い物になる。ならば最も素晴らしい結果は最悪の中からしか生まれないと……。

 

「精々頑張ってくれ、この最悪の中から最良の結果を導き出してくれる事を楽しみにしていますよ」

 

この戦いによるダメージで恐らく横島達は魔力砲が発射準備完了するまで思うように動けないだろう、魔力砲で日本が破壊されるかもしれないという危機的状況の中でこそ、最良の結果が得られる。もしも間に合わず日本が破壊されたとしたらそれもまた運命だと諦めてもらうとしよう。私は再び本を開いて宇宙の闇の中へと消えるのだった……。

 

 

 

 

 

リポート18 月面決戦 その4へ続く

 

 




と言う訳で決着の所は触れず、レクス・ローの独白みたいな部分を入れてみました。正体不明間が強いので、少しだけ触れておいたほうが良いかなとおもった次第です。次回は少しだけ月面の話に触れて、マリア7世救出の話を書いてみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

FGOの水着がチャは77連で

キャストリア
クロエ
セイバー鈴しか×2

をお迎えできましたがイベント礼装は☆4も5もでませんでした。無念・・・



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その4

 

リポート18 月面決戦 その4

 

 

~横島視点~

 

レクス・ローの召喚したダブルアクションゲーマーを撃破出来たのは正直に運が良かったとしか言い様が無かった。月の水分を利用した分身との同時攻撃によるダブルアクションゲーマーの同時撃破が出来たが、案の定かなり無茶をしたので俺の霊力はまた枯渇寸前に陥っていた。

 

「横島。大丈夫?」

 

「な、なんとか……でも暫くは動きたくねえや」

 

霊力を消耗した事による倦怠感、そして2対1というあまりに不利な戦いで削られた集中力に、全身に走る激痛と自分で言うのもなんだが意識を失っていないのが奇跡のように思えた。

 

「拠点に戻ったら休んで良いからもう少し頑張って」

 

美神さんも蛍もくえすも、小竜姫様とメドーサさんもブリュンヒルデさんもボロボロだ。そんな中で1人だけ倒れてはいられないと活を入れて足を引き摺りながら歩き出す。

 

「くそが……身体がうごかねぇ」

 

「しゃーねえだろ、新しい力をぶっつけで使うからそうなるんだ」

 

陰念もノックアウトゲーマーを倒すためにパラドクス眼魂の力を更に解放し、撃破する事には成功したが変身の反動で行動不能。雪之丞に肩を借りてやっと歩いているという状況だ。

 

「強かったですね……」

 

「そうですね……あれが分身というのが恐ろしいです」

 

「だね、数で押されたらそれこそ終わりだよ」

 

小竜姫様達は美神さん達と異なり、俺と陰念が戦ったような仮面ライダーと戦った事でかなり消耗している。

 

「シズクを拠点に返したのは正解だったわね」

 

「ヒーラーですからね、ただアスモデウス達が動き出すまで私達も動けそうにありませんわね」

 

出来ればアスモデウス達が動き出す前に魔力砲を破壊したかったのだが、レクス・ローによってそれも不可能になってしまった。

 

【シズクがいれば回復は間に合うが、アスモデウス達が動き出すのにあわせてレクス・ローが動かないというのも言い切れないな】

 

「アスモデウス達と戦ってるのにあいつまで出てきたらもう無理だろ」

 

泣き言を言いたい訳では無いが、レクス・ローは余りにも強すぎた。恐らくあいつも仮面ライダーなのだろうが、変身しなくても小竜姫様を一蹴したのは正直驚いた。しかもアスモデウス達の話を信じるのならばガープとアスモデウスを相手にして無傷で勝利したと言うのだからますます化物染みた戦闘力を持つ相手だ。

 

「確かに、それにあいつの力を私達は何も感じ取れ無かった」

 

「これはかなり異常ですよ。多分ですけど、何か特異な能力の持ち主だと思いますよ。概念か世界に干渉するタイプの能力者だと思います」

 

依姫さん達も疲れきった表情でレクス・ローの異常性を口にする。小竜姫様達もそれを感じ取っているようだが、これ以上悪い話はしたくないのか黙っているのが良く分かる。

 

「とにかく今は休みましょう……話はそれからよ」

 

「疲れてるからネガティブになるのよ、まずは休憩。そこからどうするか考えましょう」

 

確かに疲れてる時は悪い事ばかり考えてしまう。美神さん達の言う通りまずは身体を休めようと重い身体を引きずり必死に拠点に帰った俺達はそこで信じられないものを見ることになる。

 

「おかえりなさーい♪ 貴方の頼れる秘書狐コヤンスカヤちゃんです♪」

 

「……こいつ結構有能だぞ?タマモより優秀だ」

 

きゃぴるーん♪って感じでウィンクをしてピースサインをするピンク色の髪をした少女とそんな少女の隣で割烹着姿のシズクを見て、俺は少し考えてから美神さんに視線を向けた。

 

「琉璃さん怒りますかね?」

 

「琉璃の前に私が怒るわ」

 

「ですよねー」

 

可愛い狐が美少女になっていた。これはよくあると言ってはいけないが俺の中では結構よくある事だが……今回はちょっと不味いかもしれない。

 

「タマモになんて説明しよう……」

 

絶対タマモが怒るやつだ。地球に無事に帰れたらタマモになんて説明しようと思わず頭を抱える。

 

「ささ、まずはお風呂でもどうぞ、お湯を準備してますわ。お風呂に入ってる間に食事を用意するのでまずは身体を休めてくださいな」

 

「……そう言う訳だ。まずは風呂に入って来い」

 

コヤンスカヤちゃんとシズクに促され、俺達は疲れを癒すために身体を引き摺るように男と女で分けられている風呂へと向かうのだった……。

 

 

 

~西条視点~

 

霊剣ジャスティスを生身の相手に向かって振るうわけには行かないと最初は鞘を付けたまま殴りつけていたが、今はそんな事をいっている余裕は無く、抜き放った霊剣ジャスティスで飛びかかって来たカソック姿の男の胴を切り払う。鮮血が噴出すが男はそんな事を一切気にせず、自ら霊剣ジャスティスに向かって進み己の身体を傷つけてまで僕に向かって手を伸ばして来る。

 

「うおらあッ!!」

 

男の手が僕の首に掛かると言うタイミングで不動が割り込んで来て、その拳でカソック姿の男を殴り飛ばした。

 

「おい、西条。とっとと覚悟を決めな、出来ねぇなら失せろ。邪魔だ」

 

メリケンサックを嵌めた拳を僕に突きつけてくる不動に僕は返す言葉が無かった。

 

(こんなになるまで何故僕は気付けなかったッ!)

 

東京都内の高級ホテル……その内部は異界になっているうえにカソックを着た死んでいるのに生きている、そんな連中で溢れかえっていた。

 

【邪法だろうねえ、天使の力を使っているとは言え、これに気付けなかったのは相手が上手だったカ、私達の警戒が足りなかった……どっちだろうねえ】

 

そう呟きながら教授が銃を放ち、それは正確に襲ってきたカソック姿の男の額を撃ちぬいたが、脳漿を流しながら男は立ち上がり狂気に満ちた表情でハレルヤ、ハレルヤと唱える。

 

「西条。悔やんでいる時間はない、今は制圧するしかない」

 

「そうじゃ、時間を掛ければマリア7世が危ないんじゃぞッ!!」

 

ドクターカオスの言う通りだ。これだけの邪法の被害者がいる事を考えればいつマリア7世もその毒牙に掛かるか分からない。マリア7世が狙われた理由は火を見るよりも明らかだ。ドクターカオスの残した特殊鉱物の鉱山。天然物の精霊石などは劣るが、それでもマリア7世の国が特別自治区と認められるだけの霊的財産を狙っての物だ。

 

「はぁッ!!」

 

「ギッ!?は、ハレル……ハレル……ヤ」

 

行動不能にさせるなんて甘い考えではなく、命を奪うつもりで振るった霊剣ジャスティスの一閃でカソック姿の男がその場に崩れ落ちる。

 

「はーはー……」

 

「動揺も悔やんでる場合もない。いくぞ、西条」

 

「あ、ああ……分かっているッ」

 

須田の言葉に頷き、血に塗れたホテルの通路を駆ける。

 

「ブラドー伯爵。彼らは人間ですが、どう考えてもゾンビのようでした。これはどういうことなのですか?」

 

ゾンビがいればオカルトGメンも、そしてGS協会も気付く、だが気付く事が出来なかった。その理由はなんなのかとブラドー伯爵に尋ねる。

 

「天使の羽だろう。天使の羽を埋め込まれ、その天使の羽が心臓などの変わりになっている上に洗脳装置としての役目も果している」

 

「天使の羽にそんな効果が……?」

 

ブラドー伯爵の説明を受けても信じきれずに思わずそう呟くと今度はドクターカオスが僕の質問に答えてくれた。

 

「天使の羽と言っても高位の神魔の身体の一部じゃ、それを埋め込まれればその羽の持ち主に影響を受けるのは当然。それに埋め込まれた段階で人間としては死んでおるわ」

 

「胸糞悪い話だな、爺さん。んで、この話はバチカンには言うのか?」

 

「言っても無駄じゃろ、四大天使に従ってる派閥は完全にバチカンと袂を分かったじゃろうしな」

 

教皇は穏健派でとても温厚な人物だ。そんな教皇が今回の件に関わっている訳が無い、それに……。

 

「教皇庁には四大天使よりも高位な天使が2体、それに英霊が3体駐在している。四大天使が襲撃を仕掛けたとしても勝てる訳が無いだろう」

 

余り知られていないが教皇庁には天使、それに英霊もいる。疎ましく思っても四大天使派閥はローマ教皇に手を出す事が出来ない筈だ。

 

「英霊は誰だ?」

 

「聖ゲオルギウス、聖モーセ、聖人としての側面が強い聖マルタと聞いている」

 

「ガチガチの武闘派揃いだな?」

 

ドラゴン退治の聖人が2人に、天使ウリエルを倒したとモーセと英霊としては最上位が3人も詰めている。それに加えて……。

 

「大天使メタトロン、大天使スラオシャが守護をしている。突破は出来まい」

 

「キリスト教の天使じゃないじゃな?」

 

メタトロンもスラオシャも天使ではあるがキリスト教由来の天使ではない。そんな2人が駐在しているのには僕も疑問を抱いた物だが……今回の件である仮説を立てることが出来た。

 

「本当の神が派遣したのかもしれないな」

 

「最高指導者よりも上の存在か、確かにそれなら話は通るな」

 

ルイ・サイファーが反逆した本当の神、現在の神魔や最高指導者では手も足も出ない本当の神。それらが関わっている可能性は極めて高いと僕は考えている。

 

「おっと、無駄話はここまでだぜ。とんでもねえのがきやがった」

 

不動が足を止めて獰猛な笑みを浮かべるが、僕達は当然ながら顔を引き攣らせた。

 

【ここまでやるか、もう天使じゃなくて悪魔で良いんじゃないのかネ?】

 

現れたのはさっきまでと同じく天使の羽を埋め込まれた教会の人間だろうが、今僕達の前に立ち塞がるのは到底人間とは思えない姿をした者達だった……即頭部を突き破るように生えた天使の羽が生えたもの、右手首に天使の羽が生え弓矢のようになってる者、その手に天使の羽が変化したであろう剣を持つ者を見て僕は声を張り上げた。

 

「ブラドー伯爵、ドクターカオス!先にいって下さい!」

 

「……分かった。行くぞ、カオス」

 

「おう。死ぬなよ」

 

ヴァンパイヤミストで霧状になったブラドー伯爵とドクターカオスが通気口の中に消え、僕と教授と不動と須田の4人の前に天使の羽に侵食された神父達が立ち塞がる。

 

「良い判断だ。マリア7世が洗脳されたら詰みだ。先に行かせるのは間違っていないが、俺達だけで勝てると良いな」

 

「はっ!突っ込んでぶちのめす!それで決まりだろ?」

 

「そういうことだッ!!」

 

【やれやれ、老骨に無茶を押し付けてくれるなッ!!】

 

天使浸食体とでも言うべき異形と成り果てた神父達を憐れだとは思う、だが憐れと思えば命を失うのは僕達だ。それでも僕は彼らを哀れと思わずにはいられなかった。

 

「今眠らせてやるッ!!」

 

もう生きたくないと、死にたいと言わんばかりに涙を流す者達を見て僕は銃を投げ捨て、霊剣ジャスティスの柄を両手で握り締めてホテルの廊下を強く踏みしめながら駆け出すのだった……。

 

 

 

~マリア7世視点~

 

ひび割れ、色が失われていく結界と結界の前に立つ白い服に身を包み、首からロザリオを下げた司祭服に身を包んだ青年が私を見て下卑た笑みを浮かべる。

 

「いい加減にこの結界を解除して欲しい物ですね、マリア7世」

 

「お断りします。貴方のような俗物に触れることを許すほど軽い女ではありませんわ」

 

私の返答に司祭は減らず口をと吐き捨て、まぁ良いでしょうと笑った。

 

「ここまで殆ど休息をせずに霊力を消費しそろそろ限界がくるのではないでしょうか?」

 

「さぁどうでしょうか?」

 

平然と返事を返したが、実際はかなり限界が近い……カオス様の霊具で霊力の消耗を軽減しているとは言えここまで殆ど休まず結界を維持してきたので霊力だけではなく、体力も精神力もかなり限界が近い。

 

「何故そこまで強情になるのです?私は貴方の夫となるべく選ばれたエリートですよ」

 

「笑えない冗談ですね、その話はお断りした筈ですよ。カイン」

 

いつだったかイクサと共に私の国にやって来て、話もそこそこに求婚してきた無礼な男――それが私のカインという司祭に抱いている感想だった。

 

「貴女も貴女の国もイクサ様の元にあってこそ輝くというのが分からないのですか?」

 

「分からないですね、そもそもイクサは何人も愛人を抱えている。そんな男に身体を許すとでも?オカルトGメンの会長の娘と婚姻しているのに良くやるものです。元犯罪者風情の身でね」

 

私の言葉にカインから怒気が溢れるが、私はそれを見ても笑った。

 

「不法入国に始り、婦女暴行、国際的に保護するべき魔獣や妖怪、精霊を乱獲し、剥製にする。悪趣味極まりない」

 

イクサは今でこそオカルトGメンのトップだが、その経歴は後ろ暗いものばかり、オカルトGメンの会長の娘の危機を救ったとして表向きの罪科は消され、オカルトGメンに就職したらしいが、それすらもイクサが手を引いているともっぱらの噂であり、私もその通りだと思っている。

 

「お前は何も分かっていない。あの御方は何もかも許されるのだ。今はまだ人間という……「作られた命に何の価値がありましょうか?」……貴様ッ!」

 

「怒りましたか?ですが事実である筈。違いますか?ガブリエル」

 

私は最初からカインと話などはしていない、私が話しかけていたのはこの場にいる天使にだった。1人のシスターの姿が浮かび上がり、その背中から巨大な羽が現れたと思った次の瞬間、そのシスターの姿は神々しい光に包まれた天使へと変わっていた。

 

「ええ、そうですね。マリア7世……いえ、現在の地球で数少ない聖女の血を引く希少な血統の持ち主だけはあります」

 

「が、ガブリエル様!?な、何故このような場所に」

 

「カイン。我が信徒よ、黙りなさい。貴方に発言は許しておりませんよ」

 

ガブリエルの言葉にカインだけではなく、この場にいた全員が膝をついて頭を垂れた。

 

「さてと、これでゆっくり話が出来ますね。分かっていると思いますが、貴方は聖母マリアの血を引くもの、我らの元へ戻り、メシアと共に新たな秩序を作るべき人間なのですよ、さぁ、どうか私の手をとってください」

 

手を差し出してくるガブリエルは私を守っていた結界を容易く破壊した。

 

「お断ります」

 

「それは何故?メシアの妻となることに何の不満があるのですか?再び救世主が生まれる素晴しき世の聖母になる事に何の不満があるのですか?」

 

ガブリエルは信じられないと言う表情を浮かべるが、私からすればガブリエルの方が信じられなかった。

 

「仲間の天使の手足を奪い、機械へ組み込み。貴方達を信じるものに羽を埋め込み、人なざる者にする。そして今も腐っていく天使を見て何故信じられましょうか?」

 

ガブリエルの身体は現在進行形で腐っている。憑依した人間がガブリエルの神気に耐えられないのだ、目の前で毒々しい煙を上げ腐っていくガブリエルは天使どころか悪魔にしか見えない。

 

「どうしても私は貴女と話がしたかったのですよ。私の寄り代も私の信徒も皆慶んで命を捧げてくれています、貴女が思うような事は何もないのです。貴女はメシアと婚姻を結び、永劫聖母として崇められる。これほどの幸福があるわけもない、さあ私の手を取るのです」

 

この天使は何を言っているのか理解出来なかった。いや、元々天使の思考を人間が理解できる訳もない。

 

「私の幸福は私が決めます。少なくともメシアの妻になる事は私の幸福ではありませんよ」

 

「強情ですね。ですがメシアの子を孕めば考えも変わるでしょう。子を産むのは女の幸せですからね」

 

ガブリエルと私の話はどこまでいっても平行線でしょう。そしてこの胸糞悪い話も変わることが無いのは間違いない。だけど……その胸糞悪い話を聞いたのにも意味があるのです。

 

「お断りですわ。私の夫となるべき人は私自身で決めます、貴女に命じられる必要もありませんわ」

 

「分からない人ですね、しょうがありません。手荒な真似はしたくありませんでしたが、カイン。マリア7世の手足を切り落としなさい、胎だけあれば十分です」

 

「全てはガブリエル様の御心のままにッ!」

 

これは最早狂信者、何が正しいか、何が間違っているかも分からないのでしょう。これが今の教会、そして天使のあり方。なんとおぞましく、そして醜悪なのかと斧を手に迫ってくるカインを見て心からそう蔑んだ。

 

「私も十分です。とても良い話が聞けましたわ」

 

ドレスの中のボイスレコーダーを見せ付けるように停止ボタンを押すと同時に私の身体を紅い煙が包み込んだ。

 

「これは吸血鬼ッ」

 

「遅いぞ、天使ガブリエル。マリア7世は頂いていく」

 

ガブリエルが光を放つ前に一瞬だけ顔を見せたブラドー伯爵に抱き抱えられ、私は閉じ込められていた部屋を後にした。

 

「すまぬ、こんなに遅くなって」

 

「大丈夫です、カオス様。それよりも逃げましょう」

 

「そうじゃな、ここまで露呈した今取り繕う事もあるまい。ホテルを破壊される前に逃げるぞッ!」

 

悲鳴と共にホテルの中にいた教会の人間がどんどんと変異していく中を私はカオス様に手を引かれ出口へ向かって駆け抜ける。

 

「マリア7世!ご無事でしたか!」

 

「話は後だ西条!おら、お姫さんッ!!さっさと逃げるぞッ!!」

 

私を救出に来てくれていたであろうオカルトGメンの西条達とも合流し、生物のように変化するホテルの通路に足を取られながら必死に外を目指して走る。

 

「大丈夫か、マリア?」

 

「大丈夫です。急ぎましょう」

 

休んでおらず、禄に物を食べていない私を気遣ってくれるカオス様に大丈夫ですと返事を返し、必死に走り抜けてホテルのロビーへと出た私達の前に完全にゾンビのようになったガブリエルと機械に組み込まれた天使が立ち塞がった。

 

「ここで貴方達には死んでもらいましょうか、ホテルも潰して不慮な事故として全ては終わります」

 

【アア、アガガガ】

 

「残念ですよマリア。貴女も千年王国に連れて行こうと思っていたのに、こんな事になってなんて本当に残念です。ですが、せめて苦しまず死ぬだけの慈悲は上げますよ、ではもう会うことも無いでしょう」

 

ガブリエルに憑依されていたシスターの身体が塵となり、手足のない天使がその翼だけで浮かび上がり、私達に敵意を叩きつけてくる。

 

「マリア。精霊石を持って離れているんじゃ」

 

「……皆様、お気をつけて」

 

私は結界の中に隠れ天使との戦いに身を投じるカオス様達の無事を祈るのだった……

 

 

 

リポート18 月面決戦 その5へ続く

 

 




という訳でクソ仕様の天使の参戦でした、横島達が戦っている中地上も結構ピンチだったというのを書いて見ました。
次回からは月の話で、月の話終了後に地上での戦いを再開したいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その5

リポート18 月面決戦 その5

 

~美神視点~

 

レクス・ローの呼び出した仮面ライダーとの戦いから風呂と食事、そして僅かな仮眠を取った後で私達は今後の話し合いを始めていた。

 

「まずは貴方は何者ですか?コヤンスカヤさん?」

 

横島君の隣のタマモに良く似ているがタマモとは似ても似つかない冷酷な表情を浮かべている少女――コヤンスカヤに小竜姫様が問いかける。

 

「私が何者かですか、そうですねえ……人類悪と言われれば分かりますか?」

 

人類悪の言葉に小竜姫様とブリュンヒルデが腰を上げようとしたが、2人の目の前に展開された大口を開けた黒い狐の頭に無理矢理動きを止められる。

 

「話は最後まで聞くべきですよ?私は確かに人類悪、ですが人類悪の種であり、そして九尾の狐の一側面でもあります。横島との縁を辿って人類悪としての力をそぎ落として自分で縁召喚された英霊ですね」

 

横島君との縁……前世とかそういう問題ではなく、魂で繋がった縁があるのだろう。そうでなければタマモも横島君の所に居つくわけが無いし……考えられるのはインド、あるいは中国だと思うけど……。

 

(そのどちらも基本的にアウトね)

 

今横島君が思い出していない、あるいは横島君に影響を及ぼしてはいないけど……平安時代の高島でさえも横島君にかなりの影響を与えているのに、魔郷とも言えるインドと仙人が沢山いた中国にも前世のルーツがあるとか出来れば、いや、出来ればとかじゃなくて絶対に避けて欲しい案件だ。

 

「コヤンスカヤちゃん」

 

「は~い、なんでございましょうか~♪」

 

横島君が名前を呼ぶと一気に猫なで声になるコヤンスカヤの姿に蛍ちゃんとくえすが眉を顰める。確かに見ていて面白いものではないと思うけど、我慢してもらわなければ困る。

 

「英霊って事はえっと……キャスター?」

 

「いえいえ、私はアサシンでございますよ~♪多分タマモも英霊という括りになればアサシンでしょうね」

 

「タマモは知ってるの?」

 

「はいはい、知っておりますよ。タマモも私を知っていますし、私もタマモを知っています。同一存在ですからね、基本的には互いの事は知っておりますよ?まぁ仲は悪いですが」

 

仲悪いんだとぼそりと呟いた横島君は小竜姫様とブリュンヒルデに視線を向け、私にも視線を向けた後にコヤンスカヤに問いかけた。

 

「人類悪って何?」

 

人類悪……確かに私も知らない、小竜姫様達が動こうとした事と人類悪という肩書きから禄でもないものと言うのは分かるが……人類悪とはなんなのかという疑問はどうしてもある。

 

「んー人類悪と言われれば悪い物と思うかもしれませんね、ですが人類悪は決して悪と言う訳ではございませんよ?」

 

「そう……なの?」

 

「ええ、人類悪とは人類をよりよくしたい、人理を守りたいという願いを抱き、今の人類を滅ぼす事を選んだ者、それ即ち究極的な愛の形……人が人を愛するが故に生まれる憎悪も敵意もないのです。まぁ世界か、人を滅ぼしより良い未来を作る事を考えているので今を生きる人類にとっては悪そのものですが、地球あるいは未来を思えば正義とも取れる。簡単に言えば究極の自分勝手ともいえますね~」

 

人を愛するが故に生まれる究極のリセット存在であるとコヤンスカヤは軽い口調で言うが、横島君や私の視線を見て慌てたように両手を振った。

 

「とは言え私は人類悪になりえる存在という物で人類悪というわけではないです。大人の、もっと力を取り戻した私ならば人類悪として顕現するでしょうが……今の私は可愛い子狐ですコン♪」

 

招き猫のようなポーズを取って媚を売る姿を見て横島君はなんだあっと安心したように溜息を吐いた。

 

「じゃあ今のコヤンちゃんは安全って事で良いんだ」

 

「はいはい、勿論ですよ。私は横島、貴方を守る為に現界した英霊ですので~ご安心ください」

 

にこにこと笑うコヤンスカヤだが、小さく呟かれた言葉を私達は聞き逃さなかった。

 

『クソ天使共のせいで貴方が人類悪になんてなる必要はないのです。ああ、憎たらしい……天使、人類……神魔も全てが憎ましい、そしてお前達が憎い、お前達のせいでこの人は人類悪へと堕ちたというのに……ッ』

 

横島君には聞こえていない怨嗟の声――小声とかではなく、霊力に乗せられ私達へと向けられたコヤンスカヤの憎悪の声……それはジャンヌ・オルタが、そしてS達が語った絶望の未来の1つの結末。それを知るコヤンスカヤの言葉に私達は机の下の拳を強く、強く、爪が皮膚を突き破るほどに強く握り締め、その未来をなんとしても覆してやると決意を新たにするのだった……。

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

人類悪――神魔としてその存在を許してはいけない相手……だがコヤンスカヤにはより詳しい話を聞かなければならないと思った。

 

(人類悪が抑止力として召喚されている……もしかすると……あの3人も)

 

S達もまた人類悪に分類される英霊なのかもしれない、そう仮説を立てるとある答えが導き出される。

 

「コヤンスカヤ。1つ聞いてもいいですか?」

 

「龍神に何を答えろと?神魔なのでしょう?自分で考えて「コヤンちゃん、小竜姫様の質問に答えてくれると俺嬉しいなあ」……1つだけですわよ」

 

横島さんの言葉に苦虫を噛み潰したような表情で1つだけ質問に答えてくれると言うコヤンスカヤに私は踏み込んだ質問をした。

 

「1人が複数の人類悪に当てはまる事はありますか?」

 

「……ありますわよ。世界の数だけその可能性はありますわ」

 

やはり……ですか、恐らくだが……横島さんは特異点、世界の修正力の影響を受けず過去と未来を改変する能力がある。言うまでも無く、その能力は極めて危険な物だ。その危険性の1つの可能性……レクス・ロー、S達、そしてジャンヌ・オルタ、そしてコヤンスカヤ……。

 

(全員が同じ結末を見ていないんでしょうね)

 

全員の話に少しずつすれ違いがある。それは考えたくは無いが横島さんが人類悪に至った後、世界が複数の形の分岐してしまい、その中の1つを知っているのかもしれない、そして恐らくコヤンスカヤは四大天使が勝利した結果誕生した人類悪としての横島さんを知っているのだろう。

 

「はい、俺も聞きたい事がある」

 

「横島の質問なら幾らでもお答えしますわ~♪」

 

「タマモというか、九尾の狐の側面ってどれくらいいるの?俺タマモとタマモキャットしか知らないんだけど」

 

スンって顔になったコヤンスカヤはふうっと溜息を吐いた後に遠い目をした。

 

「私が知ってるのはタマモと玉藻前ですね、玉藻前は良妻願望マシマシで奉仕願望が凄くて、呪とか使う割りと頭のおかしいタマモなので間違っても召喚しようとか思わないほうがいいですわよ」

 

 

「お、おう……?」

 

絶対駄目といわれて何とも言えない表情で頷いている横島さんを横目に私は美神さん達に視線を向ける。私の質問の権利はもう使ってしまったが、美神さん達は違う。情報が少しでも欲しいが、話し合うことは出来ない。

 

(横島さんに聞かせるわけには行かない話もありますからね)

 

横島さんに聞かせてしまうことで未来が固定されてしまう可能性もある。だがコヤンスカヤは後で質問を聞き入れてくれるようには思えない、今ココで横島さんに聞かせれる範囲で今後に繋がる話を聞きださなければならない。

 

「レクス・ローは根源接続者ですか?コヤンスカヤ?」

 

「答えはNO。あいつは我々とは違うルールの中を生きております」

 

いきなりぶっこむくえすさんですが、その質問はありがたい内容だった。レクス・ローの無敵性は根源接続者の能力でと思っていましたが、そうではないと分かったのは僅かな進展だった。

 

「根源ってなんですか?」

 

「魔法と魔術の最奥ですわ、横島。まぁ横島には関係のない話ですが、簡単に言えば文珠と似たようなことが出来ると思ってくれればいいですわね」

 

「なるほど?」

 

「横島分かってないのになるほどっていうのはどうかと思うわよ?」

 

根源については横島さんには詳しく説明するべき内容ではないので、文珠に例えて話を切り上げてくれた事に感謝するべきだ。だけどそうなると……。

 

(レクス・ローの無敵性は一体なんなのでしょうか……?)

 

神通力も、魔力も物理も受け付けないレクス・ローの無敵性――根源接続者ではないのならばそのカラクリは何なのかと新たな謎が浮上する。

 

「レクス・ローの無敵の秘密は何?」

 

「それは存じ上げません。全盛期の姿の時に何度か対峙した事もありますがどうやっても引き分け、千日手ですからね。怪人以外の何物でもないですよ」

 

九尾の狐であり人類悪のコヤンスカヤでさえ引き分けにしか持ち込めない、コヤンスカヤの言う通り怪人としかいえないレクス・ローの謎はますます深まるのだった……。

 

 

~蛍視点~

 

九尾の狐の一側面であるコヤンスカヤは決して私達の味方ではない、だが横島の味方だからか色んな情報、いや、ヒントを与えてくれた。

例えば……。

 

「反英霊が抑止力に選ばれるほどにこの世界は乱れておりますわ、それ即ち通常の方法では世界は救えないという事ですわ」

 

本来は悪をなすはずの反英霊が抑止力として選ばれ、召喚される。その異常性を教えてくれた。

 

「無敵の女神?は?馬鹿なんですか?そんなのいませんわ、もっと見るべき場所を変えるべきですわね。例えば極めて限定的な支配者とかを考えてみてはどうです?」

 

依姫さん達が手も足も出なかったレイが変身に用いている眼魂は限定的な条件下で高い能力を発揮する女神だと教えてくれた。

 

「S?ああ。あのチビッ子共ですか、あいつらもレクス・ローと同じで何度かぶつかってますが、かなり厄介ですわ。そうですわね、現在の霊的法則では手も足もでないのではないですか?」

 

現在をやけに強調するのは古き神かそれに順ずる何かに関係する能力を持っていると教えてくれたのだろう……ただ横島に関係あることは教えてくれるがそれ以外は辛辣だった。

知らない、答える理由がない等……横島か、この月での戦いに関係する内容しか答えてはくれなかったが、かなりの情報を得れた。

 

「……横島、それと陰念、お前達はもう休め。変身して身体に負荷が掛かっている。これ以上は見過ごせない」

 

「ん、そういわれるとしんどいな……すいません、少し休みますね」

 

「では私も……コン♪」

 

子狐の姿になって横島に抱えられたコヤンスカヤはもうこれ以上答えるつもりはないと如実に物語っており、シズクのドクターストップでコヤンスカヤとの話は終わってしまった。

 

「結構話を聞けたわね、レイが変身してる眼魂が女神って分かっただけでも大きな進展ね」

 

「スルト、トールと来ているのでやはり北欧神話からですわね、ブリュンヒルデ何か思い当たる女神はいないのですか?」

 

「直接見ている訳ではないですから……名言は出来ませんが……エイル、ゲフィオン、ヘル……くらいでしょうか?」

 

「エイルは確か医療を司る神でしたよね?ヘルは冥府の女神で……ゲフィオンはなんの神なんですか?」

 

エイルとヘルは知っていたが、ゲフィオンは知らず何の女神かと尋ねる。

 

「争乱と死の女神だ。でも確か転生したはずだよ」

 

「ええ、セーレの言う通りで転生したばかりで確か横島の持ってる写真に写ってたと思います」

 

とりあえずゲフィオンは外して良さそうだ。とは言え、エイルとヘルでも相当やばい神格の持ち主なのは確定だ。

 

「それに加えてスルトとトールか」

 

「めちゃくちゃ厳しいな、それに……」

 

「レクス・ローの乱入も考えられますね」

 

考えれば考えるほどに悪い予想が積み重なってしまう……人類悪としての知識を持ったコヤンスカヤが召喚された事もかなり異常なのだと言える。

 

「……お前たちも休め、疲れた状態で考えても言い答えなどではしない、どんどん暗くなるだけだ。あと1日猶予がある、その時にもう1度話し合えば良いだろう」

 

ドつぼに嵌り掛けていたのでシズクの言う通りだと休む事にしたのだが、その日私はやけにリアルな夢を見た。私はもっと大人になっていて……牢屋を思わせる無機質な部屋の中にいた。

 

『私は行くよ、あいつを壊すんだ』

 

『どうして壊すの?皆が望んだのよ?死んだ人に会いたい、大好きな人と又過ごしたい、そう願って私はそれを叶えた。何の権利があって壊すの?』

 

『死者を蘇らせるのは間違ってるから』

 

『おかしいわ、貴女も喜んだじゃない、お兄ちゃん、お兄ちゃんって慕ってくれたじゃない』

 

『そうだよ、だから私達が終わらせるんだ』

 

『出来ないわ、彼を壊すことは出来ないわ、神魔だって、私達だってもう誰も壊せない』

 

どこまでいっても私ともう1人の少女の話は平行線だった。ただ分かるのは私は狂っている……それだけは分かった。

 

『壊すよ、何をしても私はあいつを壊す。人類悪――アークウィスプを私は壊す』

 

『違うわ、人類悪じゃない、彼は救世主よ』

 

痩せ細っているのに信じられないほどの目力を持つ私が狂った光を宿した瞳で笑い出し、向かい合っていた少女は悲しそうに目を伏せて闇の中へと消えていった……

 

 

「なんて酷い夢……」

 

起きた時に見た夢は殆ど忘れていた。だけどそれでもそれが現実だと思えるリアリティを私は感じていた。

 

「汗……流そう」

 

酷い寝汗に顔をゆがめながら私はベッドから立ち上がり、ふらふらと寝室を後にする。

 

「ライジングホッパー……か、なにかしらね」

 

闇の中から聞こえていた軽快なメロデイとライジングホッパーの名前、薄れていく夢の記憶の中でそれだけが最後まで耳に残っているのだった……。

 

 

 

 

リポート18 月面決戦 その6へ続く

 

 

 




という訳で今回はインターミッションとなりました。ここも今後の話に関係ある部分なので、ちょっと短いですが挟ませてもらいました。
次回は戦闘回メインで話を進めて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

 

リポート18 月面決戦 その6

 

遠くから響いて来る激しい戦闘音に小竜姫、ブリュンヒルデに抱えられて移動している美神と蛍は顔を歪めた。月面広がった膨大な魔力は魔力砲が稼働状態になったことを示していた。

 

「……とっととけりをつけて横島達に合流する。それが最善だ」

 

「分かってる!分かってるけど……ッ」

 

月にはレイ、そしてスルトとトールの眼魂を使っている量産型レブナント、蘆屋道貞、ガープ、アスモデウスがいる。それらと真っ向から戦って勝てる確率は0%――美神達に出来たのは横島とメドーサ、陰念、依姫・豊姫の5人を残し、魔力砲を破壊する為の囮とし、美神達は魔力砲一点狙い。賭けともいえない大博打……美神達に出来るのはそれだけだった。

 

「戦って勝てと言ってるわけではありませんわ、時間を稼ぐ事に意識を向ければ十分に時間は稼げる筈。ここで私達が動揺している方が横島達を危険に晒しますわ、雪之丞ほど開き直れとは言いませんが今は目の前に集中するべきですわよ」

 

「とにかく今は突っ込んでぶっ壊すしかねえだろッ!」

 

美神と蛍と同じ様にくえすも横島達を囮に残した事は不安に思っている。だが敵陣を突破し、魔力砲を破壊する事が横島達の安全に繋がると確信しているからその歩みには何の躊躇いも迷いも存在しない。

 

「僕も協力するさ、一気に突破すればいい」

 

セーレが大丈夫だと笑うが、そのセーレが1番の不安材料である美神と蛍は返事を返さず。月面に響くネクロマンサーの笛の音色、そして響き渡る激しい戦闘音に顔を歪めるが美神達に足を止めている時間はない。

 

「魔力砲が機械ならあたしと姉さんで何とか出来るッ!」

 

「まずは魔力砲の無力化それが最優先ですッ!」

 

生きている機械である魔力砲だが、機械であることに変わりは無い。マリアとテレサによるハッキング、そして美神、蛍、小竜姫、ブリュンヒルデで砲身を破壊する。それが美神達が考え、そして実行可能な唯一の勝ち筋だった。

 

「小竜姫様急いでッ!」

 

「ブリュンヒルデさんもッ!」

 

魔力砲を破壊し、ガープとアスモデウスの作戦の根底を崩す……それが達成出来れば戦況は変わると信じ美神達は真っ直ぐに魔力砲の元へと向かうのだった……。

 

 

~横島視点~

 

雨のように降り注いでくる霊波砲を俺はウィスプ魂を駆使して必死に回避していた。ゴーストチェンジ出来ればもっと回避するのも楽になるのだが……。

 

ズクンッ!

 

「あっぐっ……」

 

胸の奥、心音とは違う鼓動が響き、俺は苦痛に呻いて足を止めた。その姿をレイは見逃してくれなかった……。

 

「そこ」

 

鈴を転がすような声が響くと同時に放たれた霊波砲が凄まじい速度で俺へと迫り、命中する寸前で俺と霊波砲の間に何かが割り込み、パーカーの襟を掴まれ、レイから強引に引き離され、レイの射程距離からなんとか離脱する。

 

「す、すみ、すみません……ッ」

 

「かまやしないよ、そもそもあたしはあんたの補助だからね」

 

盾になってくれたのはビッグバイパーで、俺を救い出してくれたのはメドーサさんだった。ぶっきらぼうな物言いだが俺を心配してくれているメドーサさんに息も絶え絶えでなんとか、ありがとうございますと言って無理矢理呼吸を整えて立ち上がる。

 

「もう動けるのかい?」

 

「気合で何とかします、それで心眼。あの眼魂が何か分かった?」

 

レイが変身している姿は漆黒のパーカーに機械的なフェイスパーツ、それと背部に背負っているタンクがやけに特徴的だ。だが最大の特徴は移動していないことだった。

 

【正体はわからんが、不死性の正体は分かったぞ】

 

霊波砲による攻撃も、ガンガンブレードによる攻撃も有効打にならなかった中でレイの不死性が分かったという心眼の言葉に一縷の希望が生まれる。

 

「そのカラクリはなんだい?」

 

【地面だ、ダメージを受ける、あるいは攻撃をする際に消費した霊力を地面から吸い上げている。恐らく使用している神魔眼魂は大地に関係する能力、あるいは逸話の持ち主だろう】

 

「月の魔力を吸収して回復してるんじゃないのか?それかえっと霊脈」

 

月の魔力が凄まじいと言う事は聞いているし、霊脈を使えば回復するのはノスフェラトゥとかとの戦いで学んでいるのでそれじゃないのかと問いかける。

 

「月の魔力は今魔力砲に回ってるからまずないよ、次に月の霊脈は微弱だ。回復量に対して全然足りてない、それより動けるようになったなら走るよッ!」

 

「はいッ!」

 

レイの手にしている杖に魔力が集まっているのを見て、作戦会議は一時中断し、左右に分かれて再びレイへ向かって突貫する。

 

(横島、さっきも言ったがサイキックソーサーで受け止めるのも駄目だ、全て回避しろ)

 

レイは狂神石をエネルギー源としている。防ぐのは勿論、掠めるだけでもアウトなのはさっきの攻防で分かった。

 

(狂神石を使ってるかどうかは私が見極める。とにかく今はお前とメドーサに注意を集めろ、今のレイならこの距離でも魔力砲の元まで狙撃できる。美神達が魔力砲を破壊するまではなんとしてもこの場に食い止める。反撃に出るのはそれからだ)

 

美神さん達が出発する前に何度も打ち合わせをしているからどう動くべきかはちゃんと理解している。理解しているのだが……。

 

ドクンッ!

 

ドクンッ!!

 

心眼には聞こえない狂神石の胎動が俺の中で強くなっている事を感じる。

 

(俺が暴走する前に何とかしてくださいよ、美神さん)

 

続け様にシェイドの力を使った事でくえすに言わせれば俺の状態は闇に傾いているらしい、そんな馬鹿なと、心眼がいるから大丈夫だと思っていたが……レイとの戦いの中で少しずつ、だが確実にその闇の鼓動が強くなっている事を嫌でも俺は感じていた。ナイトランターンの炎が少しずつ青く、そして黒くなっていく、それが心眼ですら気付いていない俺が自我を保てるタイムリミットだ。それを認識し、少しずつ、少しずつ俺の動きはメドーサさんと合わなくなっていたが、レイの圧倒的な強さの前に俺も、メドーサさんも、そして心眼もそのズレに気付く事が出来ないのだった……。

 

 

 

 

~依姫視点~

 

私を両断せんと迫る燃え盛る大剣が振り下ろされる瞬間に私と剣の間に割り込んだ紐――ファムトファイバーの組紐が一瞬剣を受け止めると信じ、地面を蹴って一気に後へと飛んだ私の目の前でファムトファイバーの組紐が燃やされて消滅する姿が映り、思わず顔を歪めながら姉さんの隣に着地する。

 

「ありがとう姉さん。助かった」

 

「でも一瞬だけだったわね……ファムトファイバーの組紐でも駄目みたいね」

 

八意様の使いである美神達から月神族の大半を倒した燃える大剣を持つ戦士の能力を伝えられたが、正直半信半疑に思っていたがこうして実際に対峙すると美神達の言葉が真実だったと分かった。

 

「神に特化した能力。触れられるだけじゃなくて攻撃範囲に入った瞬間に駄目みたい」

 

私の神卸しもレブナント・スルト魂の射程距離に入った瞬間に無効化された。

 

「範囲タイプの無効化能力……か」

 

「固有能力に頼りきりの私達には厄介な相手ねぇ」

 

月神族の強さの秘密は各自の特殊能力や固有能力にある。私の場合は神卸しでより高位の神魔の力を借りて戦闘能力を強化すること、そして姉さんの場合はワープ能力に本来ならば絶対に切れない、燃えない、ファムトファイバーの組紐、そして森を浄化する風を放つ扇子と多岐に渡るが……。

 

「多分周囲を消し飛ばしてもあいつには効果はないわね」

 

「間違いない」

 

神魔の固有能力を消滅させるレブナント・スルト魂には神魔として能力は役に立たない。私と姉さんがレブナント・スルト魂に勝つ方法はこの瞬間に1つになった。

 

「支援はしてあげる。難しいけどワープで回収もするわ」

 

「それで十分、行って来る」

 

固有能力に頼らずにレブナント・スルト魂との完全な実力勝負だ。刀の柄を握り締めて、レブナント・スルト魂へと突貫する。

 

【……】

 

無機質な殺気を放つレブナント・スルト魂の持つレーヴァティンと私の刀がぶつかり合う。

 

「くっ!力負けかッ!」

 

加速がついていた上に上段からの一撃だったが、レブナント・スルト魂は簡単に私の一撃を受け止めるだけではなく、受け止めた衝撃で私を弾き返して見せた。月面を抉りながら着地し、動きが止まったと同時に再び地面を蹴って今度は遠心力をつけた横薙ぎの一撃を放つ。

 

【?】

 

「くう……ここまで固いかッ!」

 

胴を捉えたがレブナント・スルト魂は数歩よろめいただけでダメージが通ったようには見えない。それ所か即座に放たれる炎の帯に完全に硬直していた私は反応出来ず、姉さんが辛うじて発動させてくれたワープでギリギリ射程距離から逃げ出すのがやっとだった。

 

「っつうッ!強いな……ッ」

 

僅かに服が焦げただけに留まったが直撃を受けていればその瞬間に消し飛んでいたと分かり思わず冷や汗が浮かぶが、それでも刀を握る手を緩めず、刀身に霊力と神通力を溜める。

 

「はぁッ!!」

 

裂帛の気合と共に放たれた飛ぶ斬撃とレブナント・スルト魂の放った炎の帯がぶつかり合い大爆発を起こすと同時に地面を蹴って再びレブナント・スルト魂へと突撃する。

 

「はああああッ!!」

 

跳躍し、裂帛の気合と共に刀を振り上げると姉さんが正確に刀の背に霊波砲を当て私の刀を加速させる。

 

【!?】

 

鋭い斬撃音と共にやっとレブナント・スルト魂にダメージが通ったと確信し、着地と同時に姉さんの能力で姉さんの隣までワープする。

 

「はぁはぁ……ど、どうだ?会心の手応えだったが……」

 

今出せる最大の一撃だったと確信していたが、レブナント・スルト魂はまだその両足で立っていた。

 

「傷が浅い……まさかッ!?」

 

「どうもそのまさかみたいねぇ……これは不味いわね」

 

手応えの割りにダメージが浅い事に気付き、慌てて刀を見ると熱で刀の刃が完全に潰れていた。

 

「霊破刀を……」

 

「待ちなさい、それを使えば力を使いきったら終わりよ。依姫、貴方の性じゃないのは分かってるけど霊波砲で戦うしかないわ」

 

刀に神通力を通して刀を強化すればまだ戦える。だがレブナント・スルト魂の能力が神通力の無力化である以上無力化を続けられれば依姫の命は削られていく、それに気付いた豊姫は白兵戦を止めて中・長距離の差し合いをすると指示を出す。

 

「これが閉ざされていた月の弊害かッ」

 

「そうねえ、地球の神魔と交流があればもう少し変わってたかもしれないけど、それを言ってもどうにもならないわね」

 

自分達が優れていると言って他の神魔と交流してこなかった月神族。個の能力は高くとも汎用性は応用力に乏しく、個の能力を封じる能力を持つレブナント・スルト魂を前に依姫と豊姫は揃って顔を歪めながらも、なんとか目の前に立ち塞がる終末の炎の化身を倒す手段を考え出すために効果が薄いと分かりながらも霊波砲による戦いを始めるのだった……。

 

 

~陰念視点~

 

振るわれる巨大な槌に向かってガンガンアックスを振るう、交通事故のような轟音が響き渡り、俺とレブナント・トール魂の身体が大きく弾かれる。

 

「馬鹿力がッ!」

 

パーフェクトノックアウト魂はパズル魂の自己強化能力も使えたので、それで極限まで自分を強化してもレブナント・トール魂の力の方が上だったことに思わず悪態をついた。

 

【!!】

 

「くそッ!」

 

翳された手から雷が幾重にも走ってくるのを見てパズルのピース状の霊波砲を飛ばすと同時に月面の岩の影に隠れる。

 

(特殊な能力は無いみたいだな)

 

圧倒的な身体能力を武器にしたゴリ押しタイプ。だが戦うと考えるとこれ以上厄介な相手はいないと断言出来るのがレブナント・トール魂だった。雷の霊波砲はトールの神格を利用した物だから固有能力ではなく、一種の余剰霊力を放出しているに過ぎないようだが……。

 

(威力と速度が尋常じゃなく速いな、今回は相殺できたが……)

 

次弾を相殺するのはかなり厳しい、そこまでの賢さがあるかは判らないが手を向けられたのを見て避けたとして、避けた所を狙い撃ちされたらそのダメージだけで変身解除まで追い込まれそうな威力がある。

 

【!!】

 

「ちいっ!面倒な事をしやがってッ!!」

 

隠れている俺に痺れを切らしたのか、無差別に放たれた降り注ぐ雷を見て、舌打ちと共にガンガンアックスを投げ飛ばし避雷針の変わりにした瞬間、俺の身体はくの字に折れていた。

 

「がっはッ!!」

 

岩に背中から叩きつけられてくぐもった悲鳴が発せられる。そのまま咳き込みそうになるがそれを必死に堪え正面に視線を向けると巨大な槌を振り切った姿勢のままのレブナント・トール魂の姿があった。

 

(流石は戦神って所かよ)

 

トールと言えば雷神であり、戦神だ。狂神石で自我を奪われていても、その戦闘センスは全くと言っていいほど失われていない。むしろ慢心や油断が無い分、自我があるトールよりもレブナント・トール魂が強い可能性まである。

 

【!!】

 

「くそがッ!」

 

徒手空拳の俺に向かって突進してくるなり槌を振るってくるレブナント・トール魂に舌打ちし、パズルのピース状のシールドを使って槌を受け止めるのではなく、角度を上手く使って受け流すように防ぐ。だが衝撃までは殺す事は出来なかったが、それでいい。殴られた衝撃を利用して態と飛ばされてガンガンアックスを回収し、それを再び構えながらどうやってレブナント・トール魂を打倒するか必死に考えを巡らせる。

 

(まずは真っ向からぶつかるのは駄目だ、押し潰される)

 

限界まで強化してもレブナント・トール魂の方が力が上なので、真っ向勝負は駄目だ。次に差し合いも駄目、レブナント・トール魂のほうが攻撃速度が早いので数発は相殺出来ても徐々に負けるのは目に見えている。しかも電撃の霊波砲は掠めれば感電するので受けるのも不可能だ。

 

(となれば……俺に出来る事は1つだな)

 

ガンガンアックスをゴーストドライバーの中に収納し、レブナント・トール魂から背を向けて走り出す。

 

【ッ!!】

 

逃げる俺を見て怒りの咆哮をあげてレブナント・トール魂が追って来る。その激しい足音を聞きながら俺は月面に罠を仕掛ける。

 

(時には逃げるが勝ちってなッ!)

 

卑怯と言われようが、まずは生き残る事が最優先。そして負ければ日本が、いやもっと言えば地球が危ない中で格好付けた戦いなんてやっている余裕はない、パズル魂の能力を用いて精製された弱体化させるメダルを走りながら月面へと落とす。その全てをレブナント・トール魂が踏むなんて都合のいい事は考えていないが、少しでも能力を弱体化させることが出来れば勝利の目はでてくる。それに弱体化させるだけを目的で俺も逃げているわけではない。

 

(他の所に行かせるわけにはいかないからな)

 

適度に攻撃しレブナント・トール魂をいらつかせ、俺にヘイトを集める事で横島達の所へ行かせず、なおかつ魔力砲から引き離しながらレブナント・トール魂を打倒するチャンスを待つ。

 

(どうせ魔力砲をぶっ壊してもこいつらは撤退しねぇだろうからな、戦力は回収させねぇッ!)

 

魔力砲を壊せば恐らくガープ達は撤退するだろうが、レイ達はこの場に残るだろう。そしてスルト、トールも回収されれば今よりも強くなって再び現れる可能性があるそうなれば次は間違いなく勝てない。強くとも今ならばまだ勝てる、そしてスルト、トール眼魂をこちらで回収出来れば反動はきつくともガープ達に対する切り札になりえる。

 

(まだ全然弱体化が効いてねえか、だが塵も積れば何とやらッ!)

 

トールの圧倒的な神通力には弱体化のペースも緩やかな物になるだろう、だが今回はそれでいいとさえ陰念は思っていた。余りにも早く弱体化されればレブナント・トール魂を追ってくるのを止めるかもしれない、そう考えれば緩やかな弱体化は陰念にとって望み通りの物であった。誰よりもクレバーに陰念が立ち回り、横島は自身を蝕む狂神石の鼓動に耐え、そして依姫達は己が圧倒的に不利と分かりつつも必死に奮闘する中、美神達は無事に魔力砲の元へと辿り着いたのだが……。

 

「このままいけばまず貴女達は何も目的を成し遂げる事無く、死に絶えるでしょう。どうです?助っ人はいりませんかね?」

 

無数の量産型レブナント、そして蘆屋の作り出した合成生物を前に立ち往生をしている美神達の前に現れたレクス・ローはにやにやと笑みを浮かべながらそう問いかけるのだった……。

 

 

 

リポート18 月面決戦 その7へ続く

 

 




今回はここまで、横島は暴走を恐れ、圧倒的な不利体面で戦う依姫・豊姫に、逃げながら戦う陰念と三者三様の戦いの中、美神達は魔力砲の元へ辿り着きましたが、そこでレクス・ローと再会と場面が色々と動いております。次回は美神達の視点をメインで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その6

 

リポート18 月面決戦 その7

 

~くえす視点~

 

魔力砲の警備が思った以上に強固で、どうやって魔力砲を破壊するかと考えている私達の前に何時の間にかレクス・ローはいた。

 

(結界は全て「同時」に消え去っていますわね)

 

私の多重結界は1回の攻撃で破られるほど柔な物ではない。だがそれが全て同時に破壊された……レクス・ローが複合能力者であることは分かっていたが、時間に干渉する能力者である可能性が強まった。

 

「私達の邪魔をしておいて、今度は協力する?その言葉を信じれると思う?」

 

「ふふふ、まあ当然ですね。ですがね、私の信条は神が守るならそれを壊す、神が壊すならそれを守る事なんですよ。あの砲は壊す物、ならそれを壊して守ろうとするのは当然ではないですかね?」

 

「どの口で「なるほど、それが貴方の能力の発動条件の1つということですわね?」ええ、その通りですよ」

 

怒鳴ろうとした美神の言葉を遮り、私がそう問いかける。はぐらかされると思っていたが、レクス・ローは驚くほどにあっさりと認めた。

 

(どういうこと?発動条件って)

 

(恐らくですが、レクス・ローの能力は極めて複雑な発動条件がありますわ)

 

あの無敵性を考えると並の条件ではないという事は分かっていたが、恐らくレクス・ローが能力を行使する条件は……。

 

「神魔と戦ってその神通力、あるいは魔力を奪い、自分で使うと言ったところでしょうか?」

 

「当らずとも遠からずとだけ言いましょうかね。さて無駄話をしているつもりはないので単刀直入に行きましょうか、私の助太刀がいるか、いらないか、お早めに決断していただきたい」

 

レクス・ローに助力を願うか否か、本心を言えばこんな奴の力を借りたくないというのが本音だ。だが量産型レブナントを突破するだけで恐らく私達は殆どの力を使う事になるだろう。そうなれば魔力砲を破壊する事は叶わなくなる。

 

「助力って言うけど、何をしてくれるのかしら?それを聞かせてもらわないと決断なんて出来ないわ」

 

「それもそうですね……では無傷で魔力砲の近くまで移動するか、それとも私も共に魔力砲の元へ向かうか、いつ消えるか分からないですが、仮面ライダーを護衛として貸し出すのもいいですよ。貴女達のお好きなほうでどうぞ」

 

レクス・ローの中では私達に助太刀するのは既に決まっていることなのだろう。いや、違うか、私達には選択肢が無い。

 

(美神さん……協力を要請するんですか?)

 

(するわ。レクス・ローと戦って勝てるとは思えないし、真っ向から突破するなんて不可能よ)

 

分散して突入すると言う手段もあるが、ガープ、アスモデウス、蘆屋がいるなかで戦力を分散するという選択は考えるまでも無く悪手だ。

 

(魔力砲の元までが1番堅実でしょうか?)

 

レクス・ローを同行させるのはあまりに危険、そしていつ消えるか分からない召喚された仮面ライダーを頼りにするのも危険だ。選択肢があるようで選択肢が無いわけですわね。

 

「魔力砲の元まで無傷で連れて行ってちょうだい」

 

「畏まりました。ではお手伝いしましょうかね、ああ、それともう月で会う事はないと思いますので、またいずれ、どこかでお会いしましょう」

 

指を鳴らす音が響いたと思った瞬間、私達は金属製の床で出来た通路に立っていた。

 

「転移ではありませんわね」

 

「超加速でもないです……何をすればこんな事が……」

 

転移でも超加速でもない、呼吸でもするかのように……ん?

 

「セーレがいないですわね」

 

「え?ほ、本当だわッ!?」

 

セーレの姿だけが私達の中に無く、変わりにセーレの居た場所に落ちていたのは……赤黒い液体が納められた注射器だった。

 

「どうも獅子中の虫はセーレだったようですわね、小竜姫、ブリュンヒルデ」

 

落ちていたのは狂神石の入ったアンプル……それがセーレがガープ達一派の1人であると言う何よりの証拠だった。

 

「安全にと付け加えたから裏切り者を排除してくれたと思うべきでしょうね。小竜姫、これが終わったら部隊の見直しを進めますわ」

 

セーレを信用していた小竜姫とブリュンヒルデですが、明確な裏切りの証拠が出たのだ。昔の功績などは関係無しに、もう1度前後関係をしっかりと調べるべきだろう。

 

「それも大事だけど今は魔力砲を何とかするのが先決よ。マリア、テレサ頼りにしてるわよ」

 

「任せてください、私とテレサなら魔力砲の無力化は可能です」

 

科学に関してはマリアとテレサに任せるとして、私や美神、そして小竜姫達はこの基地の破壊を目的にするべきでしょう。

 

「……急ぐぞ、横島達もいつまでも持たない」

 

「それに見つかると不味いだろうしな、速攻で決めようぜ」

 

業腹だがシズクと雪之丞の言い分が1番正しいだろう。ここで裏切り者のセーレの話をしているよりも魔力砲を無力化することが最優先、これからの事はそれから考えても十分に間に合う。まだガープ達に見つかる前に私達は魔力と神通力の流れを頼りに動力炉の元へ走り出すのだった……。

 

「やれやれ、危ないでしょう?」

 

「よく言うよ、僕を空間を利用して両断しようとしたくせに」

 

「敵を態々連れて行く必要はないでしょう?邪魔者は排除する。誰だってそうする、違いますか?」

 

レクス・ローの問いかけにセーレはその通りだと笑った。

 

「そのとおりだね、だから僕は持てる力を使って、お前を殺すよ」

 

数百体の量産型レブナントとそれを指揮するセーレを前にしてもレクス・ローは余裕の笑みを浮かべた。

 

「本当に良いのですか?」

 

「なんだい、命乞いかい?でも残念、そんなのは「ああ。違いますよ」……は?」

 

レクス・ローが拳を作った瞬間に量産型レブナントの半数が消し飛んだ。その信じられない光景にセーレが目を丸くする。

 

「たったそれだけの戦力で良いのか?と私は聞いたんですよ、セーレ。とは言え、もう遅いですがね」

 

【フォーティスッ!】

 

「変身」

 

【逆行! パラドクスタイム! スゴイッ!ネガイッ!オモイッ!!フォーティス、フォーティス、フォーティスッ!!】

 

「かかれッ!数はまだ僕達が上だ。押し潰せッ!!」

 

【【【!!!】】】

 

「雑魚はどれだけ集まろうと雑魚。なんの役にも立たないということを教えて差し上げよう」

 

仮面ライダーフォーティスへ変身したレクス・ローとセーレの戦い……戦いとも呼べぬ一方的な蹂躙が美神達の知らぬ所で始まるのだった……。

 

 

 

 

~ブリュンヒルデ視点~

 

短い気合と共に槍を振るい飛びかかって来た虎と蟷螂の合成獣の鎌を弾き、そのまま回転して合成獣の頭を刺し貫いて絶命させる。魔力砲の動力部を守っているであろう合成獣と戦いながらも私は別の事を考えていた。

 

(裏切った……いえ、最初からスパイだったんですよね)

 

セーレ様が裏切ったというのをどこかで信じたくない自分がいた。レクス・ローが仲間割れを誘発させる為にアンプルを落としたということも考え……。

 

「シャアアッ!!」

 

「ふっ!!」

 

深い思考の海の中にいても身体は動く、合成獣を倒しながら私の考えが希望的観測と私の冷静な部分が訴えかけてくるのだ。

 

(辻褄が合う部分もあります)

 

確かにセーレ様はお父様の為に良く働いてくれた。その能力もあってお父様だけではなく、魔界正規軍でも重宝されていた。本人の性格も温厚で好感の持てる相手だった。ネビロス様とベリアス様が一時的に逮捕された時も、セーレ様も同じ様に牢獄へ入って己の潔白を証明した……でもだ、狂神石を持っているのならば監視役の神魔を操るなんて事は簡単なことだろうし、転移能力を持つセーレ様の転移を封じる為に転移封じの術式が牢屋に刻まれていましたが……ガープとアスモデウスが裏にいたのならばその裏をかく事なんて容易いだろう……考えれば考えるほどにセーレ様、いやセーレは黒であり、冷静に考えれば簡単に分かる事だったのに、それにすら気付けなかった。

 

「ああ、最初から私達の作戦は全部筒抜けだったんですね」

 

ルーンを空中に刻み、放たれた炎に合成獣が飲み込まれ、燃え尽きるのを見ながら私はそう呟いた。最初から恐らくアスモデウスとガープが敗退してからすぐにセーレは投降した、その時から全ては始っていたのだろう……。

 

「相手が上だったと言えば簡単だけど……腑に落ちない部分が多いわね」

 

「ええ、仮にも最上級神魔ばかりが揃っている魔界正規軍が気付かないっと言うのは違和感がありますわよね」

 

私が後悔していると走りながら美神達が気になることがあると口々に呟いた。

 

「それは狂神石のせいなんじゃないの?」

 

「いえ、違います。狂神石はここ最近製造が始ったはず……アスラが解き放たれてからですよね?小竜姫様」

 

「はい、その通りです。ガープとアスモデウスの襲撃によってアスラを始めとしたデタント反対の神魔が解き放たれたのは最近の事、セーレが魔界正規軍に入った時にはアスラ達は幽閉されていたのは間違いありませんし……」

 

「私も恐らく同じ状態だったと思います」

 

ルーン使いとして最上位という自負はありますが全く気づけなかった。セーレが魔界正規軍を欺けたのには何かカラクリがあるのかもしれない。そのカラクリを破らない限り、ガープ達を打破する事は出来ないのでは?という考えが脳裏を過ぎる。

 

「光が見えてきましたよッ!次は広いフロアに出ると思いますッ!」

 

先行していた蛍の警告と共に狭い通路から大きく開けた広場へと私達は踏み込んだ。

 

「ンンン、ようこそようこそ、おやおやおや?横島はいないのですね。ンンン、これは甘く見られたものですな、横島無しで拙僧たちに勝てるとお思いですかな?」

てるとお思いですかな?」

 

【【【……】】】

 

広場に待ちうけていたのは怪人蘆屋道貞、そして外にもいた量産型のレブナントが3体――陰陽師である蘆屋とレブナントが3体、それだけでも下級神魔の部隊を壊滅させるだけの戦力だが、想定内だ。私と小竜姫の背後でごぽんっという音が響き、美神達の気配が消える。

 

「おいていかれてしまいましたな?」

 

「いえ、最初から計画通りですよ、蘆屋。これでも上級神魔、人間に遅れを取るわけには行きませんから」

 

「そういうわけです」

 

愛用の槍を虚空から取り出し、その切っ先を蘆屋達へと向けると芦屋はくぐもった声で笑い出した。

 

「甘く見られたものですな、拙僧を……「……甘く見たのは貴様だ、陰陽師」……ンンムッ!?」

 

シズクが顔だけ出し、飛ばされた水の刃が芦屋を両断し、シズクが再び姿を消した。目の前の蘆屋は着物の下は殆ど空洞で背骨と僅な肉で上半身と下半身が繋がっている状態だった。

 

「やっぱり、貴方も弱っていたようですね、蘆屋」

 

「ンンン、なるほどなるほど、ばれてしまえば仕方ありませんなッ!ええ、ええッ!!拙僧あのレクス・ローに挑んで破れ、この有様。しかし……たかただか上級神魔が2人に敗れる拙僧ではありませんよ」

 

「それはこっちのセリフです。負傷している相手が1人と意思のない人形が3体、そんなのに負けるわけには行かないんですよ」

 

「ええ、その通りです」

 

横島は私達よりも遥かに強い相手と戦っている。神魔としてそれは情けない、守るべき人間に守られているのだからみっともないにも程がある。だからこそここで負けるわけには行かないのだと槍を握り締め、私と小竜姫は同時に地面を蹴ってレブナントと蘆屋に向かって行くのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

小竜姫様とブリュンヒルデさんに蘆屋を任せるというのは最初から決まっていた。陰陽師である蘆屋と霊能者の相性は最悪であり、そこに量産型レブナントが加われば私達では勝ち目はゼロになるからだ。蘆屋の能力はまだ完全に解明できていないので恐らく小竜姫様達でも勝ちの目は限りなくゼロに近い。小竜姫様達は時間稼ぎの為に自ら囮になってくれた、その間になんとしても魔力砲をシステムダウンさせなければならないのだが……。

 

「くっ……魔術だけじゃなくて科学も一流とか良い加減にしないよねッ!!」

 

「ああああッ!!ま、また変わったッ!!」

 

「くうっ……これは厳しいですね」

 

マリアさんとテレサ、そして私の3人がかりで魔力砲をハッキングしようとしているのだが、リアルタイムでプログラムが書き換えられてしまって全然作業が進まない。

 

(これ絶対ガープが手を出してるわねッ)

 

私達3人がかりでガープ1人を突破出来ない、技術不足もあるが、恐らく遠隔操作で私達を嘲笑いながらリアルタイムでプログラムを書き換えているのだ。それに加えてウィルスを送り込んで制御プログラムを消去しようとしてくるのでどうしても手が足りない。

 

「まだですのッ!?とっくに15分は過ぎてますわよッ!?」

 

「踏ん張るけど早くッ!!」

 

制御システムの防衛装置……眼魂とパーカーゴーストを科学で制御したビットの猛攻撃を美神さん達が必死で防いでくれているが、少しずつ流れ弾がこっちに飛んでくるようになってきた。

 

(急がないとッ)

 

激しい焦燥感に駆られながらプログラムの解析を進めながら、私は解析中に分かった事を叫ぶ。

 

「魔力砲を完全に止める事は出来ないですッ!」

 

遠隔操作で操作されている以上、こちらで止めてもガープの手によって再起動するのは目に見えていた。

 

「はぁ!?それならこっちを手伝いなさい蛍ッ!」

 

「それは無理ッ!完全に止める事は出来なくてもエネルギーのチャージは無効化できるからッ!!」

 

発射を止めるのは無理でも、その威力を少しでも軽減する事は出来る筈だ。

 

「地球に残ってる神魔でも威力を軽減出来るレベルまでエネルギー通路に……くっ!A-21からC-17まで通路切断ですッ!」

 

「1番進んでる所をッ!テレサの方はッ!?」

 

「D-42から入れるッ!」

 

「めちゃくちゃ遠回りじゃないッ!!

 

メインのAの一ケタ台まで辿りつかなければならないのに的確に妨害される……多分このままだと正規の方法じゃ発射まで間に合わない。

 

「シズクッ!!月面で龍に戻れるッ!?」

 

出来ればやりたくなかったけどこれしかない、邪龍としては最上位のシズクに龍の姿に戻れるかと叫ぶと、すぐにシズクが返事を返してくる。

 

「……戻れるが何をするつもりだッ?」

 

水と氷の槍を乱射しつつシズクが何をするつもりかと尋ねてくる、私はキーボードを殴りつけるように入力しながら声を上げる。

 

「魔力砲のベース生物の制御プログラムを破壊するッ!」

 

「おいッ!?それって大丈夫なのかッ!?」

 

「大丈夫な訳無いでしょうがッ!でもこれが今出来る最善なのよッ!!」

 

出来る事ならば絶対したくない事だがこのまま魔力砲として目覚められるよりは、獣として目覚められたほうが対処出来る可能性がある。

 

「暴れだした魔獣は力尽くか……蛍ちゃん、マリア、テレサッ!やっちゃってッ!!」

 

「「「はいッ!!」」」

 

美神さんもそれしかないと判断してくれたようで許可を出してくれたので、メインシステムをハッキングするのではなく、魔獣の脳に埋め込まれてるプログラムの破壊へとハッキングの進路を変える。この魔獣も桁違いに強いが、それでもガープがコントロールする魔道兵器として目覚めるよりも本能で戦う魔獣の方がまだ対処のしようがあると私は踏んだのだ。

 

(横島に負担を掛けさせないためだったのに、結局こうなるのねッ!?)

 

魔力砲を無力化させる為に侵入したのに、結局魔力砲を無力化出来なかったことに歯を噛み締めながら、私は杜撰なプロテクトが施されている制御装置のハッキングを行なう、いや簡単に突破できるようにされているおざなりのファイヤーウォールを突破するうちに、ガープの手の中で踊っていることに気付いた。

 

「蛍さん」

 

「蛍……」

 

「うん、分かってる、分かってるけどこれしかない」

 

マリアさん達も分かったようだが、それでも私達にはこれしか魔力砲を無力化する術が無く、私は1つまた1つとファイヤーウォールを突破し、今も戦っているであろう横島の無事を祈った……だが現実は非情だった。

 

「もう終わりだね」

 

「……う、うぐ……」

 

レイの変身したレブナントによってメドーサは打ちのめされ、横島は触手に首を絞められ吊るされ、絶体絶命のピンチまで追詰められているのだった……。

 

 

リポート18 月面決戦 その7へ続く

 

 




という訳で今回は魔力砲の元へ向かった美神達の話でした、まぁまたガープの計画通りに動く羽目になってしまったのですが、これもシナリオの都合ということで、次回は横島視点をメインで新しい変身も交えつつレイとの戦いを書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その7

リポート18 月面決戦 その7

 

~メドーサ視点~

 

全身を蝕む痛み……だがそれは打撃によって齎された物ではない、神魔の核を蝕む一種の毒……それに犯された私はまともに動く事も出来ず、月面に倒れていた。

 

(う……動け……動け……ッ)

 

これ以上動けば霊核を損傷しかねない、それは嫌というほど分かっている。それでも鈍りの様に思い身体を動かそうと必死に胸の内で叫ぶ。

 

「もう終わりだね……」

 

「……う、うぐ……」

 

レイに首を締め上げられ、必死に横島は足掻いているが圧倒的に力の差がありすぎる。このままでは横島は首を折られて殺されるか、それともガープ達の元へ連れ去られてしまうだろう……それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 

(神魔を蝕む毒……月面……不死……)

 

女神なのは間違いない、だが女神は女神でも紛れも無く悪神……それがレイが使っている眼魂に宿る神魔の正体だった。

 

(冥府の女王……ヘルッ)

 

不死性は死者と生者を入れ替える能力で受けたダメージを入れ替える。神魔を蝕む毒は己の腐敗した身体を元に発動する神魔を殺す毒……そして本来ならば月面とヘルにつながりは無いが……。

 

(見做しでここまでの力を発揮するって言うのかいッ!)

 

月に生きる者は居ない、それを死者の国と当て嵌めることでヘル眼魂の能力を100%発揮している。

 

(……ああ。くそ……これしかないね)

 

身体は毒に犯されて動けない、霊核が砕けるのも時間の問題……そして心眼だけじゃ横島を蝕む狂神石を制御出来ないのならば……。

 

「ああ、くそ。あいつらを笑えないねッ!!」

 

最後の力を振り絞って立ち上がり、杖を横島の腹を貫こうとするレイと横島の間に割り込む。

 

「ぐっふっ……」

 

「……驚いた。こんな事をするの?」

 

「メ、メドー……っ!」

 

驚いたといって動きを止めているレイの腹を蹴り横島を掴んで無理矢理レイから距離を取る。

 

「ごほっ!!横島……良いかい、これは私の決めた事だ……それに神魔は死なない。だから大丈夫だ……」

 

血塗れの手で横島に触れる。だけど変身しているからか横島に直接触れれない事が寂しいし、悲しかった。

 

「大丈夫だよ……あんたは勝てる……私が勝たせてやるよ」

 

本当なら口吸いでもしてやりかたかったが……仕方ない、血塗れの手をゴーストドライバーの上に重ねた所で私の身体は魔力の粒子となって砕け散った……。

 

 

~心眼視点~

 

横島の目の前でメドーサが魔力の粒子になって砕け散った……メドーサだった物が光の粒になって横島に降り注ぐ……。

 

(不味いッ!)

 

「あ……ああ……ああああああああッ!!」

 

不味いと思ったときにはもう遅かった。横島のトラウマの1つ……ジャンヌオルタが消え去った瞬間とメドーサが砕けた瞬間が完全に合致してしまった。

 

【落ち着けッ!横島落ち着けッ!!!】

 

「あ、あああああああッ!!!」

 

落ち着けと叫ぶが横島に私の声は届かず、手足の先から漆黒の霊力が溢れ出しパーカーが黒く染まっていく……。

 

(くっ!駄目だ、浸食が早すぎるッ!)

 

泥のような漆黒の霊力が横島の心の中を瞬く間に染め上げる。なんとか押し返そうとするが侵食の速度があまりにも速すぎて全く押し返す事が出来ない。

 

「……やっぱり横島は私と同じ……こっちに、こっちに来て」

 

膝をついて呻き声を上げる横島は隙だらけだ。だがレイは攻撃をしようとせず、むしろ横島の変化を喜ぶように両手を広げまるで抱擁するような姿勢を見せる。早く、早く何とかしなければと焦れば焦るほどに闇の侵食は速度を増す、

 

『よお、また会ったな』

 

【貴様ッ!】

 

そして私の前に真っ黒い横島が現れた。横島とは思えない邪悪な笑みを浮かべ、私を見て嘲笑する。

 

『闇は何処にでもある。どれだけ抗おうと、どれだけ排除しようと……闇は必ずその手を伸ばす』

 

【黙れッ!横島は堕とさせないッ!!】

 

『無駄無駄無駄、お前1人で俺を『心眼1人じゃなきゃいいんだろ?我が物顔で偉そうな事を言うんじゃないよッ!!』……これは想定外だ』

 

霊体のメドーサが闇に槍を突き刺し、そのまま私から引き離しながら私に向かって叫ぶ。

 

【早く主導権を取り戻しなッ!横島を狂わせるつもりか!】

 

【す、すまん!助かるッ!】

 

私1人では無理でも、メドーサの竜気があれば闇を上回る事が出来る。闇に浸食された横島の心象風景が元の穏やかさを取り戻す。

 

『ちっ、ゲームオーバーか。まぁ良いさ、俺を消し去る事なんて出来はしない、今は引いてやるさ』

 

パズルのピースのように砕け散っていくが完全に横島の心象風景は元へ戻らない。

 

【メドーサ!メドーサこっちだッ!!】

 

【分かってるよ!今行くッ!!】

 

メドーサは死んだのではない、自ら魔力の粒子となり横島の心象風景に入り込む事で活性化した狂神石を押さえ込もうとしてくれていたのだと分かりメドーサを呼び寄せる。

 

【今の横島の霊力はとんでもない暴れ馬だ、私に合わせてくれ】

 

【分かった。それよりさっさとやるよ、横島が狂神石に飲まれる前にねッ!】

 

私とメドーサの竜気が横島の心象風景の中に溢れ出し、少しずつ横島を蝕んでいた狂神石の姿が消え去って行く。

 

『あ……ああ……』

 

そして横島の声が心の中に響き始める。それは狂神石の影響が少しずつ薄れてきた証であり、この瞬間を逃すわけには行かなかった。

 

【【横島ッ!!!】】

 

私とメドーサが同時に横島の名を叫ぶ。すると横島の心を浸食していた狂神石の闇は心の世界から消え去った。

 

【まだ安心してる場合じゃないよ、どうやってレイを倒すか、あいつを何とかしない限りさっきの二の舞だよ】

 

【分かっている!分かっているが……手の打ちようが無いんだ】

 

冥界の女王ヘル、月面を死の国と見立て、死者と生者を入れ替える能力を最大限に発揮しているヘル魂を撃破するには物理ではなく、魔術、魔法に属する攻撃が必要だが横島の所有している眼魂の中に魔法を使用可能とする眼魂はないのだ。

 

【しょうがない、私の竜気でなんとかするしかないだろッ!】

 

【すまんッ!頼む】

 

私は横島の霊力をコントロールしなければならず、竜気を解放するわけにはいかない。メドーサの竜気と魔力だけが今のレイ、そしてヘル魂に対する唯一の有効打なのだった……。

 

 

~横島視点~

 

死んだ……メドーサさんが死んだ。魔力の粒子になって砕け散った……。

 

【優しい……馬鹿で!いなさいよ……ッ!!!」

 

「あ……ああ……ああああああああッ!!!」

 

消えた、死んだ、いなくなった……俺を庇ってまた死んだ……メドーサさんの消えた姿とジャンヌさんの消えた姿が脳裏で完全に重なったその瞬間、俺の中で何かが脈打った。いや、何かなんかではない狂神石が俺の怒りと絶望と憎悪に呼応して活性化し始めたのだ。

 

「ああ……あああッ!」

 

霊力が黒く染まっていく、視界が赤く染まっていく……悲しくて、苦しくて、憎くて、殺したくて……ありとあらゆる負の感情が胸を埋め尽くす。

 

「……やっぱり横島は私と同じ……こっちに、こっちに来て」

 

レイが俺を呼ぶ、自分と同じ場所に堕ちて来いと、甘い声で囁く……その声がやけにクリアに聞こえた。

 

(堕ちて……堕ちて……)

 

奪われるなら、壊されるなら……壊すしかない、殺すしかない、奪われる前に、壊される前に……。

 

【ギガン シェイド】

 

目の前に浮かぶ漆黒の眼魂に手を伸ばそうとし……。

 

【【横島ッ!!!】】

 

「ッ!」

 

脳内に響いたメドーサさんと心眼の声にシェイド眼魂の伸ばしかけた手を引っ込めた。

 

【しっかりしなッ!私は死んでないよ!ゴーストドライバーの中に潜りこんだだけだッ!】

 

【メドーサは死んでいないッ!横島、闇に手を伸ばすなッ!】

 

メドーサさんと心眼の怒声が闇に堕ちかけていた俺を引き戻した。

 

「あああッ!!」

 

「……ッ!」

 

伸ばしかけていた手を握り締め、レイの胸に向かって全力で突き出す。強烈な衝撃音と共にレイの姿が吹き飛び、地響きと共に俺の前に着地した。

 

「……残念、でもまだこっちに連れて行ける」

 

杖を剣のように振るうレイ……いやレブナント ヘル魂を睨みながら大きく息を吐いた。

 

【良し、落ち着いたね。良いかい、横島。良く聞きな、私は死んでない。今あんたの中にいる、レイが使ってる眼魂はヘル魂、冥界の女王の力が宿った眼魂だ。あいつは神魔の中で数少ない死者蘇生を行なえる神魔だ、もう分かっただろ?】

 

レブナント ヘル魂の不死性が死んで生き返っての繰り返しによる物……ダメージは受けているが、復活する事で体力と霊力を全回復させてるって事だと理解した。

 

【良し、そこまで分かれば良い。ヘルの不死性は地面と接地している限り有効だ、地面から引き離すこと。それが出来れば勝機はあるが……】

 

「だけど重いですよ、あいつ」

 

そうレブナント ヘル魂は尋常じゃなく重い、肉体的な重さではなく霊としての重さが桁違いなのだ。

 

【メドーサの竜気と魔力を使えばダメージはある程度は通る。だが倒すまでのダメージは与えれないだろう】

 

「霊能者じゃないやつが霊と戦おうとするのと同じ状態って事か」

 

「……いつまで話をしてる?」

 

地面を蹴り凄まじい勢いで突っ込んできたレブナント ヘル魂が振るった杖を月面を転がって回避し、ナイトランターンから竜気を弾丸にして発射する。

 

「っ……ちょっと痛い」

 

竜気が炸裂するがダメージがあるようには思えない。冥界の女王ヘル……つまり今のレイの状態は……。

 

「死んでるけど生きてる」

 

【正解だ。なんとかしてあいつを正者の領域に引き込まないと勝てないとは言え、私の竜気と魔力も無尽蔵じゃない、持久戦になれば負けるぞ】

 

当たり前の話だ。幾ら神魔と言えどその力は無限ではない、いつかは底を尽いてしまうだろう。生きているのに死んでいる、死んでいるのに生きている……そんな桁違い能力を持つレブナント ヘル魂を倒すまで持つわけが無い。

 

(心眼どうすれば良い)

 

魔力と竜気を発射しながらほんの僅かでも足止めしながら、作戦を立てるしかない。心眼にどうすればいいかと問いかける。

 

【魔法や魔術、陰陽術を強化する形態があれば勝てるが……】

 

「どれも使えないな」

 

くえすの魔力を使って作った眼魂は地球だし、平安時代で使った陰陽師魂は平安時代以降1回も起動していない、12神将魂は地球にいる冥子ちゃんを危険に晒す可能性があるので使えない。

 

「グレイト魂は?」

 

【戦える時間を著しく短くする。最終手段だ】

 

12個の英霊眼魂を使えるグレイト魂は当然ながら消耗が激しい、仮に使ったとして有効打が無ければ詰み……。

 

「とんでもねえ化けもんだな」

 

「……それほどでも?」

 

「褒めてねえよッ!!」

 

小竜姫様と同等の速度と鋭さで放たれる突き、薙ぎ払い、袈裟切りをサイキックソーサーとガンガンブレードを駆使して防ぐが、当然ながら全てを防ぐ事など出来るわけも無く少しずつ被弾が増えてくる。

 

(魔法……魔術……)

 

変身していると俺は陰陽術は使えない、いや、俺の使える陰陽術ではレブナント ヘル魂にダメージを与えれるとは思えない。

 

(魔法……くえすの……神宮寺さんの眼魂が使えれば……)

 

なぜか使えないくえすの……神宮寺さんの眼魂が使えれば……心からそう思った。まだ戦いは終わっていない、ここでいつまでも足止めされている場合じゃないのに……力が、レイを倒す……いや撤退させるだけでも良い、その力が欲しい……心からそう思った。その時宇宙空間に響く筈のないバイクのエンジン音が響いた。

 

「……え?うっ!?」

 

「あれは……蛍が作ってくれた俺のバイク?」

 

後からレブナント ヘル魂を弾き飛ばしたバイクはウィリー体勢に入ると信じられないことにバイクのボデイが分割されて開き、俺の目の前に浮かび上がり、そこから黒の眼魂が落ちてきた。

 

「……ありがとう」

 

ウィスプ眼魂をゴーストドライバーから取り出し、くえす……いやウィッチ眼魂をゴーストドライバーへ押し込む。

 

【アーイッ!シッカリミナーッ!シッカリミナーッ!】

 

「変身ッ!」

 

【カイガンウイッチ!一途な慈愛黒魔術ッ!!】

 

バイクと一体化したパーカーゴーストが上から被さって来る。そしてバイクのホイールは背中へと回り、ホイールの中心に魔法陣が展開される。

 

「レイ、ここからだ。ここからが本当の勝負だ」

 

「……どっちでも良いよ、それにその力は私に近い……もっと、もっと堕ちて来てッ!私の側まで堕ちて来てッ!!」

 

狂気と歓喜、むき出しの感情を叩きつけてくるレブナント ヘル魂に向かって指を鳴らすと同時に4つのホイールが唸り声を上げ、無数の魔力弾が雨霰のようにレブナント ヘル魂に向かって降り注ぎ、レブナント ヘル魂が杖を振るうと同じ数の魔力弾が放たれ、宇宙空間に鮮やかな光を散らす。それが俺とレイの戦いの始まりを告げる合図となるのだった……。

 

 

~レイ視点~

 

横島が堕ちてくると思ったのにギリギリ踏み止まられてしまった。

 

(後少しだったのに……)

 

もう少し、もう少しだったのにと悔やむ気持ちはあるが……ここで倒してしまえば問題ない。そう思っていたんだけど……。

 

(追いきれない)

 

ヘル魂も横島の新しい眼魂も同じ魔法を使う射撃タイプ。だが私のヘル魂はどっしりと構え、その再生能力を盾にした固定砲台に対して、横島のウィッチ魂は高機動による弾幕戦法……相性があまりにも悪すぎた。

 

「はっ!!」

 

「……そう簡単にッ!」

 

降り注ぐ魔力弾を障壁で防ぎ、反撃に魔力砲を放つがやはり発射しても完全に見切られている。

 

(厄介……)

 

物理ならヘル魂は無類の強さを発揮するが魔力を使った攻撃には弱い。弾幕重視で威力が低いとは言え、1回の魔法で複数回放たれる魔力弾によってじわじわと体力が削られている。

 

(……だけど負けはない)

 

厄介なのはまだその早さに私の目が慣れていないから、じわじわと体力が削られていると言ってもヘル魂の回復能力は地面に接地している限り有効であり、狂神石のストックもまだまだある。

 

「……このまま時間を奪いきってしまえば私の勝ち」

 

「だろうな。だけどそれまでレイが耐えれるかな」

 

「……全然平気だよ」

 

月面を死の国と見立て……見立て……?おかしい、回復力が落ちているのに今初めて気付き、周囲を見渡して気付いた。

 

「……なんでッ」

 

「俺の魔力弾は攻撃する目的じゃなかったのさ」

 

私の回りに緑、そして鮮やかな華が咲いている。それは横島の放った魔力弾が命中した所で私が見ている中で芽が出て鮮やかな華が咲く。

 

「……賢いね、これは考えてなかった」

 

荒廃した月面に緑がそして華が咲き生命の伊吹が感じられている。例えそれが魔力で作られたとしてもそれは命であり、月面を冥界に見立てる事が出来なくなってヘル魂の力が弱くなってる。

 

「別に俺はお前を殺す事が目的じゃないからな」

 

「……甘いね」

 

「言われたんだよ。俺は優しい馬鹿でいろってさ」

 

そう笑う横島の言葉には懐かしさと優しさが感じられた。

 

「……でも優しい馬鹿じゃ、泣きを見るよ」

 

「それでもいいよ、騙されて泣きを見たほうが、俺には性にあってる」

 

堕ちて来て欲しいと思っている、だけど確かに堕ちて狂ってしまった横島よりも、優しい馬鹿の横島の方が良いかも知れない。

 

「……でもそれとこれとは話が別」

 

【カイギガンッ!ヘルッ!】

 

「そうだな、確かにそれとこれは話は違う」

 

【ダイカイガンッ!ウイッチッ!!】

 

私の手に持つ杖に霊力・魔力・神通力……そして狂神石の輝きで満たされた霊波刃が展開され、横島の周りには複雑な魔法陣が幾つも浮かび上がる。

 

「……全力で行くッ!」

 

【ヘル ファントムバスターッ!!】

 

「俺にこんな所で立ち止まってる時間はないんだッ!」

 

【ウィッチッ!オメガドライブッ!】

 

杖の先から放たれた魔力刃と魔法陣から放たれた光がぶつかり合うのを見た瞬間に私は己の敗北を悟った。

 

「……インチキ」

 

「悪いな、今回は俺の勝ちだ」

 

私は1人なのに横島は1人ではなかった。横島はエネルギー源、魔力の操作をしているのは別の誰か、そして射撃の位置を固定してるのも別の誰か……相反する力が1つになった魔力砲に足元が消滅し、不死性も回復力も失ったと悟った私は転移札を破いて発動させ、私に背を向けて遠ざかっていく横島の背中を見て悲しさと寂しさに無意識に手を伸ばしながら月から魔界へと帰還するのだった……。

 

 

リポート18 月面決戦 その8へ続く

 

 




くえす眼魂は原作のフーディーニ魂をベースにしたのでバイクが無いと使用できない眼魂となります。魔力稼働、ライヘンバッハも搭載されている上にくえすの魔法もインストールされてる結果、横島が力を求めた際に単独起動かつ転移で飛び出してきました。恐らく後にドグラと蓮華は吹き飛んでる研究室を見て唖然とすることでしょうね、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その8

リポート18 月面決戦 その8

 

~依姫視点~

 

日本神話に神殺しが存在するようにスルトもまた神殺しの逸話を持つ強大な神だ。だが日本の神殺し……いや、日本だけではなく、世界中を見ても数多の神を殺し、そして世界を終焉に導いたという逸話を持つのは世界広しと言えどスルトくらいの物だ。つまり何が言いたいかと言うと神殺しと世界を滅ぼした逸話を持つスルト、その劣化版といえ量産型レブナント スルト魂と依姫、豊姫の相性は最低を通り越し、最悪であり、神卸しによって身体能力の向上も、特殊な能力も望めず完全に自分の力だけで戦わなければならない依姫は限界を迎えようとしていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「さ、流石に……こ、これ以上は持たないわね」

 

能力を、使える武器を最大限に活用して戦ってきたが、神魔と言えど疲れは蓄積するし、神通力も霊力も無限ではない。そしてもっと言えば閉鎖空間である月で生きていた私達の戦いと言えば模擬戦くらいの物であり、数百年ぶりの実戦による疲労によって体力や神通力だけではなく集中力も限界を迎えようとしていた。

 

【……】

 

それに対し量産型レブナント スルト魂にダメージ以外によるダウンはありえない。狂神石による無尽蔵の魔力・霊力・神通力の供給、そして自我も存在しないので疲労も精神的消耗も存在しない、いやもっと言えばスルト魂も含めてクローンレイも、ファントムコールダーもガープにとっては使い捨てであり、敗れるのならば自爆して周囲を消し飛ばす為の爆弾も兼ねているので惜しむ訳ない。言うならば量産型レブナントは攻撃の為の尖兵であると敗れたとしても敵対者にも相応の損害を与える事を目的としていた。そんなガープにとっては何の価値も無い言える量産型レブナントに依姫達は敗れかけていたのだ。

 

「……握力が……ッ」

 

「こっちも後何回能力を使えるか……」

 

体力の限界を迎えている私は勿論、姉さんも力尽きる寸前……それに対して量産型レブナント スルト魂はいまだ健在、一矢報いるのも厳しい有様だ。

 

(来るッ!!)

 

ゆったりとした動作で量産型レブナント スルト魂が燃え盛る大剣を振りかぶるのを見て動かなければと分かっているのに、疲労によって思うように動けない。やられる……そう思った瞬間私と姉さんの前に氷の壁が作られ、剣から放たれた火炎弾を完全に無効化した。

 

「……助けてくれたのか……?」

 

「月神族は好きじゃないけど、永琳さんからあんた達は良い人だって聞いてるから、だから助けただけ」

 

「ありがとう」

 

月神族に強い憎しみを持ちながらも師匠から話を聞いてるからという理由で助けてくれた横島に素直に感謝の言葉を告げ、震える足に活を入れて立ち上がる。横島がここにいる……それは首都を滅ぼした不死身のレブナントを倒したという事だ。月神族の全勢力を持って戦っても勝てなかった相手を横島は1人で倒して見せたのだ。それは私と姉さんの神魔としての誇りを完膚なきまでに破壊した。

 

(……これが月神族の限界か)

 

閉鎖された世界で、自分達が優れていると思って生きていた月神族の限界、そしてそんな月神族に反発し、己を鍛えて来たとしても人間……いや、横島にも劣ると分かると開き直る事が出来た。

 

「……勝手な事を言ってるのは分かる。だがあれは私と姉さんに倒させて欲しい」

 

【勝てると思ってるのか?】

 

【馬鹿だ、馬鹿だと思ってたけど、あんたらはそこまで馬鹿なのかい?】

 

横島の使い魔の心眼とメドーサの私と姉さんを罵倒する声がする。確かにそのとおりだ、このまま戦った所で負けるのは必須、素直に横島に変わりに戦ってもらうのが得策というのも分かっている。

 

「ほんの少しだけ助力して欲しい。そして最後まで見届けてくれまいか?」

 

「……戦士の誇りとかいう奴か?」

 

横島も馬鹿かと思っているのだろう信じられないと言う様子で私に問いかけてくる。

 

「ああ、馬鹿だと分かってるがそれでもだ」

 

「……分かった。少しだけ力を貸すけど、俺はあんたらが負けるまで何もしない」

 

「すまない」

 

勝手な事を言っているし、信じられない頼みをしていると言うのも分かっているが横島はそれを聞きいれ、私と姉さんに手を翳すと霊力と魔力の光が私と姉さんを包み込み、ほんの少しだけ力と体力が戻った。

 

「姉さん」

 

「ええ。分かってるわよ」

 

残る全ての力をつぎ込んで、月面に皹が入るほどに強く踏み込んで……。

 

「おおおおおッ!!!」

 

咆哮と共に弾丸のような勢いで量産型レブナント スルト魂へと突撃する。

 

【!!】

 

「はぁッ!!!」

 

燃え盛る大剣と私の剣がぶつかり合い火花を散らす、さっきまで切り結ぶ事すら禄にできなかったのに今は切り結ぶ事が出来ている。それは間違いなく横島の力によるものだ。

 

(ああ、情けない、情けないな)

 

神魔なのに人間に力を借りなければ戦えない、自分達の国を滅ぼした相手ともまともに戦えない。情けなくて、見っともない。

 

【!?】

 

姉さんの放った霊波砲がスルトの腕を消し飛ばす、さっきまで弾かれていた物がスルトを弾き飛ばす。それは私と姉さんの力ではなく、横島の力だ。

 

【!!!】

 

突撃する私に向かってスルトが炎の帯を飛ばすが、それが完全に広がる前に月面から飛び出した氷柱が炎とぶつかり、完全に炎を無効化する。横目に写る横島が右手を突き出し、指を鳴らしている姿がある。

 

(善人なのだろうな、憎んでいても、恨んでいても……それでも助けてくれるのだな)

 

横島の目には恨みも憎しみも感じられる。それでも力を貸してくれている、憎しみも恨みも全てを飲み干して力を貸してくれている、その事に内心どれだけ苦しんで、悩んでいるだろうかと考えるだけでも胸が痛い。そしてそんな横島に自分勝手な頼みをした自分自身にも呆れてしまう。

 

【!?】

 

私の振るった刀で残されたスルトの右腕が肘から飛び、宙を舞った燃える大剣を手が焼けるのを覚悟で掴み、月面を蹴って両腕を失ったスルトの頭上へと飛び上がる。

 

「ああああああッ!!!」

 

残された霊力、神通力を全て出し尽くしながら斬り付け、スルトの身体が×の字に切裂かれる。そして切裂かれた×の字から炎が溢れ出し私を飲み込もうとした瞬間――水の檻がスルトを飲み込みスルトの自爆を押さえ込んだ。

 

(……こんな人間もいるのだな)

 

人間は醜く愚かと思っていたが、横島のような人間もいるのだなと思い、霊力と神通力を使い切った事で薄れ行く意識の中私の名を叫んで駆け寄ってくる姉さんの姿を見ながら私の意識は深い闇の中へと沈んでいくのだった……。

 

 

 

~陰念視点~

 

パーフェクトノックアウト魂の能力の1つ「パズル魂」の力を使ったトラップでレブナント・トール魂の弱体化を狙っての逃亡だったが、それが失敗だったと気付いた。確かに弱体化は通っている……通ってるのだが……。

 

(力ずくで解除してやがる……ッ!これは金時と同じかッ!?)

 

白竜寺に偶に来る英霊坂田金時。あの金太郎が大人になった姿の坂田金時は病に対する耐性、そして鍛えなくとも身体が最善の状態になるという能力を持っていたが、トールも似たような能力を有しているようだ。全てを同時に打ち消す事は出来ないようだが蓄積させて弱体化させるという俺の狙いは完全に瓦解してしまった。しかも……。

 

(変異してやがるッ!)

 

パーカーは消え、屈強な肉体が見え始めている。戦いの中で眼魂に何か異常が起き始め神霊トールが具現化しようとしているのではという最悪の予想が脳裏を過ぎる。

 

(もしそうだったら最悪だッ!くそ、やるしかねえってのかっ!)

 

覚悟を決めてレブナント・トール魂と真っ向勝負をするしかないと反転した瞬間魔力砲が俺の頭上を通りレブナント・トール魂に直撃した。

 

「は?」

 

「陰念!良かった無事だったのか!」

 

呆然としている俺の前に新しい眼魂を使った変身をしたであろう横島が降り立った。

 

(なんでバイクと合体してんだ?)

 

なぜかバイクと合体している事に突っ込みそうになるが、このタイミングで横島が来たのは俺にとって幸運だった。

 

「手伝え、俺だけじゃ削りきれねえ」

 

「マジで?スルトは今なんとか倒してきたけど……」

 

横島が俺が隠れていた岩から顔を出して、戻って来た。

 

「なんかやばくない?」

 

「やべえんだよ、見りゃ分か……やべえッ!!」

 

放電音が響き、無差別に雷が降り注いだ。直撃こそしなかったが、その余波で俺も横島も吹っ飛ばされ月面を転がる羽目になった。

 

「心眼!俺はあれが神霊トールが具現化しようとしてると思ってるんだがどうだ!?」

 

【その可能性は極めて高い、出来るだけ早くあれを倒す必要があるが……】

 

出来るだけ早く倒せと言うが、回復能力、尋常じゃ無い膂力、雷と近~遠からまるで隙が無いレブナント・トール魂を倒すのは生半可な事ではない。

 

【弱気になってるんじゃないよッ!陰念!】

 

どうするか考えていると横島からメドーサ様の声がした。

 

「なんでお前からメドーサ様の声がするんだ!?」

 

【緊急事態で身体を維持出来なかったから横島の身体に憑依してるんだよ!トールは確かに強いさ、真っ向から戦えばまずは勝てないだろうね。しかもスルトと違って本体が具現化しかけてる】

 

「メドーサさん、どう考えても詰みなんじゃ?」

 

【話は最後まで聞きな!馬鹿共ッ!完全に具現化されたら確かにやばいさ、だが今の中途半端に具現化してるなら、打つ手はある】

 

メドーサ様の声を聞くだけでにやりとした笑みを浮かべてるのがわかった。

 

【トールの死因を知ってるかい?】

 

「知りません!」

 

「馬鹿野郎!大声出すなッ!うおおおおッ!?」

 

横島が大声を出したので雷が降り注いできた。それを咄嗟に回避し、無言で横島のパーカーの襟首を掴む。

 

「なんか言う事は?」

 

「ごめんなさい」

 

「良し、それとメドーサ様。するとの死因は確かヨルムンガントとの戦いによる毒でしたよね?」

 

【正解だ。陰念、さて……私の言いたい事は分かるね?】

 

「勿論」

 

「???」

 

【横島、今度から神話の勉強も始めるぞ】

 

1人だけ頭の上に?が飛んでいる横島にメドーサ様と心眼が何をするのかを説明する。

 

【陰念、分かってるね?横島はコントロールをするのでやっとだ、トールにトドメを刺すのはあんただよ】

 

「うっす」

 

メドーサ様の言葉にそう返事を返し、俺はトールを倒す為の時間稼ぎの為にレブナント・トール魂の前に躍り出た。

 

【……お、おおおおッ!!】

 

ずっと無言だったのが雄叫びのような物を発し、手にしたハンマーを振りかざし襲ってくる。踏み込みの速度、破壊力が段違いに上がっているが、冷静に霊力をパズルのピース型に集め、レブナント・トール魂のハンマーを一瞬だけ防ぎ、ピースが砕けると同時に懐へと飛び込む。

 

「はぁッ!!」

 

気合を込めた渾身の一撃を叩き込むが、手に帰ってくるのは分厚いゴム板を殴りつけたような嫌な感覚。

 

【うらあッ!!】

 

効かないと言わんばかりにハンマーで横薙ぎの一撃を叩きこんでくるレブナント・トール魂の一撃をしゃがみ込んで回避し、立ち上がる勢いでアッパーを顎に叩き込む。

 

「だよなあ」

 

【かああああッ!!】

 

顎に直撃したが一瞬の脳震盪さえも起す事が出来ず、咆哮と共に無差別に放たれる電撃を気合を入れて耐える。

 

「ぐっ……うおらあッ!!」

 

電撃は確かに痛い、だが霊力などで発生するダメージなので気合を入れれば我慢出来る。そして我慢したままワン・ツーを放つ……勿論それは半分具現化しているトールが具現化しているレブナント・トール魂には文字通り蚊に刺された程度のダメージだが……。

 

「悪いな、俺の勝ちだ」

 

俺の勝利宣告と共にレブナント・トール魂が膝をつき、自身の足に視線を向ける。そこにはメドーサ様の使い魔、ビッグバイパーが横島の霊力、そして変身しているウィッチ魂による魔力、そして心眼とメドーサ様の竜気で蛇ではなく龍に似た姿に変化した個体が大口を開けて齧りついていた。

 

「吹っ飛べ」

 

俺がレブナント・トール魂に白兵戦を挑んだのはある細工をする為、デバフはレブナント・トール魂は効かないが、それでもしかけを施す事は出来る。握りこんだ左拳をレブナント・トール魂に叩きこむとレブナント・トール魂の姿はまるで滑るように後ろ、後ろへと流されていく……俺が設置したのはゲームで言う罠パネル、踏んだら無理矢理後退させる仕掛けを9つ配置したのだ。

 

「極めてやる」

 

【ダイカイガン!パーフェクトノックアーウトッ!!】

 

9歩下がった瞬間半分具現化していたトールの姿がぶれ、消滅していく……トールは確かに強力な神だが、その死は神話に刻まれている。ヨルムンガントを倒したが、ヨルムンガントによって猛毒を流し込まれていたトールは9歩下がった後に絶命した。ビックバイパーを強化する事でヨルムンガントを作り出し、9歩後退した事でトールの死が再現された。

 

「はっ!!」

 

【クリティカルオメガドライブッ!!】

 

気合を込めて跳躍し渾身の蹴りをレブナント・トール魂へ叩き込み、吹っ飛んだレブナント・トール魂は月面の岩に背中から追突すると同時に爆発し、その爆煙の回りをPerfectの文字が踊っていた。だが終わったと気を緩めている時間は俺には無かった。

 

【グギャアアアアッ!!】

 

「陰念!美神さん達に合流するぞ!」

 

「ちいっ!一息入れる時間も無いかッ!」

 

魔力砲としては無力化したが、そのベースとなった龍の本能までは無効化出来なかったのだろう。だが魔力砲としての効果を奪えれば十分御の字であり、俺と横島は美神達の助太刀をする為に休む間もなく咆哮を上げ暴れている機械龍の元へ向かうのだった……。

 

 

 

リポート18 月面決戦 その9へ続く

 

 




スルト・トールは決着、次回は魔力砲になっていた機械龍との戦いを書いて行こうと思います。機械龍との戦いのあとは少し仮面ライダーのねたを入れてみたりとやってみたいこともありますが、とりあえず心眼の人姿解禁の為にやってみよと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

PS

クリームヒルトさん狙い20連で項羽様

違うそうじゃない


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その9

リポート18 月面決戦 その9

 

~美神視点~

 

魔力砲の照準システムの無力化が最大の目的だったがマリア、テレサ、蛍ちゃんの3人がかりでもガープのプロテクトは突破出来なかった。リスクを承知で魔力砲の元になっている龍の制御装置を破壊し、魔力砲としての性能を失わせたが……。

 

【ギャオオオオオンッ!!!】

 

小山のような胴体、丸太のような足、そして機械で出来た2本の首と本体であるであろう半分機械化された首を持つ龍の咆哮に思わず足が止まりかけるが、それを根性で押さえ込んで走り出す。

 

『……時間は稼いでやる。早く外に出ろ』

 

本来の姿である水で出来た巨大な龍の姿になったシズクの言葉に背中を押され、来た道を全力で引き返す。

 

「くえす、勝算はなんかある!?」

 

「龍殺しは流石にやったことが無いですから何とも、ただの龍ならなんとでもする自信はありますが……」

 

「あのドラゴンの身体を覆ってる鎧が厄介ですね!」

 

マリアの言う通りだ。伝説や神話に名を連ねるようなドラゴンではなく、魔力砲のベースにされたドラゴンは魔界に生息するドラゴンだ。確かに強力なのは間違いないが、本来ならば勝てない相手ではない。

 

「蛍ちゃん!あの鎧の特性は掴めてる!?」

 

「魔力と神通力と霊力に凄く高い耐性があります!軽減率は約60%ですッ!」

 

「でしょうねッ!!」

 

ガープが兵器とする為に選んだドラゴンなのだ。生半可では破壊されないように対策しているのは当然だが……余りにもガチ過ぎる。攻撃の半分以上の威力が軽減されるのは正直洒落にならない。

 

「小竜姫達がレブナントと芦屋を迎撃してくれてれば良いんですけどね」

 

「小竜姫様とブリュンヒルデなら大丈夫よ」

 

とは言え、最悪の場合も考えられるので雪之丞に視線を向ける。

 

「悪いけど最悪の場合は氷の魔装術を使って貰うわよ」

 

「分かってるぜ、生き埋めで死ぬなんて俺もごめんだからな」

 

普通の霊や英霊ならば戦う自信はあるが、やはり仮面ライダーと戦うには力不足を実感する。戦う術は少しずつ習得できているが……まだ足りないと言うのを実感させられる。

 

(どうすればもっと強くなれるのかしら)

 

出来る限りの事はしてきたが、私達が戦う力を得るには時間が掛かりすぎる。力が必要なのは今なのに、戦えるだけの力を得るにはどう見積もっても年単位の時間が掛かると言う現実に思わず歯を噛み締める。

 

「美神さん! 龍の雄叫びが聞こえてますが何があったんですか!?」

 

コロシアムには芦屋の姿は無く、電源が切れた人形のように膝をついているレブナントの姿とボロボロの小竜姫様とブリュンヒルデの姿があった。

 

「魔力砲は無力化したけど、素体が暴れだしたの!今はシズクが抑えてくれるから早く外に出るわよッ!」

 

機能停止しているレブナントに念の為に結界札を投げて貼り付けながら叫ぶと、小竜姫様とブリュンヒルデも出口に向かって走り出す。

 

「最悪になってしまった訳ですね?」

 

「魔力砲の方はリアルタイムでガープがガードしてたからどうしても突破出来なかったんです。ヒャクメがいれば何とかなったと思うんですけど……」

 

「蛍さん、今回はベストな対応だったと思いますよ。魔力砲を無力化して地球は守れた、それで最低限の勝利条件は達成出来ましたよ。そう気を落とさないで」

 

小竜姫様の言う通りだ。私やくえすでは魔力砲の発射は阻止できなかった。それよりも力づくで制御装置を破壊して暴発、あるいはドラゴンをより凶暴化させていた可能性があるのだ。魔力砲を無力化しただけで御の字だ。

 

「まぁでかい化けもんが残っちまったが、こんだけ頭数がいればなんとかなるだろうよ。なぁ?」

 

「ええ、大丈夫ですよ、龍は確かに強いですが……戦う術はあります」

 

「私もドラゴンの討伐は慣れているので大丈夫ですよ。とりあえず今は生き埋めにならないように外にでましょう」

 

ブリュンヒルデの言葉に頷き、走る速度を上げてガープ達の基地から外に出た直後に基地の天井が崩壊し機械化されたドラゴンと龍へと変異したシズクが姿を見せる。

 

「……ちょっと押されてますわね」

 

龍種としてはシズクが上でも、機械化されてる分不利になってるようだ。

 

「軽減されても良いからくえすは魔法をぶっ放して、マリア!予備の銃を私と蛍ちゃんに貸してちょうだい!」

 

ドクターカオスの発明であろうペンダントから銃を取り出して投げ渡してくるマリアから銃を受け取り、セーフティを解除する。

 

「爆弾もあるよ!」

 

「それは私とブリュンヒルデがもらいます。まずは相手の装甲を破壊しましょう」

 

「それがベストですわね。今のままでは私達は余りにも無力ですから……とは言え、それも簡単には行きそうに無いですけど」

 

2本の首でシズクと戦いながら、もう1本の首が私達へ向けられ、無機質でありながら怒りに満ちた瞳が私達を睨みつける。

 

「横島君や陰念達と比べれば楽な相手よ、さぁて、ドラゴン退治と行きましょうかッ!!」

 

確かに機械化された龍はレイと戦っている横島君や、トールと戦っている陰念と比べれば楽な相手だが、それでも十分に強いのは肌で分かっている。だがこんな所でくじけている場合ではないと己を鼓舞するように叫び、私は先手必勝と言わんばかりにロケットランチャーの引き金を引き、放たれたロケット弾がドラゴンの頭部に炸裂し、苦悶の叫びを上げるドラゴンの咆哮が私たちの戦いの幕を切って落とすのだった……。

 

 

~雪之丞視点~

 

 

くえすが作ってくれた魔力の板を踏み台にして思いっきり飛ぶ、無重力で上に向かって飛ぶなんて正直自殺行為だが、俺には勝算があった。

 

「これでもくらいやがれッ!!」

 

ドラゴンの頭上で氷の魔装術を発動。足を鋭利な氷の槍にし、両手から霊波砲を撃って加速し、そのままドラゴンの頭へ突撃する。

 

【グギャアアアアアッ!!!?】

 

「しゃおらあッ!どー……うおッ!?」

 

ドラゴンは痛みで暴れているが、身体についている機械はやはり別なのか霊波砲やレーザーを撃ち込んでくるので氷で盾を作りながらドラゴンの上から飛び降りる。

 

「雪之丞!今のまだ行ける!?」

 

「後2~3発なら行けるぜ!それ以上は俺の足が砕けるッ!」

 

魔装術の上に氷の魔装術を上乗せして防御力を上げていてもジンジンと足が痺れている。ドラゴンの身体を覆ってる装甲が想像以上に固い……。

 

(後3発って言ったが、多分次で右足は死ぬな)

 

右足の感覚がまるでない、かなりのダメージを受けているのは分かっているので右足に体重を掛けないようにしつつも、普通に立ってる振りをしていると美神に睨まれた。

 

「メドーサと三蔵法師に怒られるから無理なら無理って正直に言いなさい」

 

その言葉と共に投げ渡された霊薬を反射的に掴んだ。

 

「見れば分かりますからね?変な意地を張らないで素直に自分の状態は言いなさい」

 

「そういうことね、一応は頼りにしてるから、一応は」

 

くえすと蛍にまで釘を刺され、俺はバレバレだったのかと溜息を吐き、霊薬を一気に飲み干した。完全に回復したとは言わないが、氷の魔装術はまだ維持できる。

 

「ブリュンヒルデさんよ!ちょいと俺に力を貸してくれ!」

 

「何か作戦でもあるのですか?」

 

「あるぜ。とっておきのがな、本当はシズクの力を借りれれば良いんだが」

 

そう言いながらドラゴンに視線を向けると機械化された胴体に水で出来た胴体が巻きつき、装甲をメキメキとへこませながらブレスを至近距離でぶっ放しているシズクの姿がある。

 

「横島ならまだしも俺に力を貸してくれるとは思えん」

 

毒舌の癖に横島には駄々甘なシズクが俺に力を貸してくれるとは到底思えない。馬鹿かって一蹴されて終わりとしか思えない。

 

「シズクということは水ですか?」

 

「ああ、水を作ってくれよ。それを俺が凍らせてぶつける……いや俺だけじゃなくてもいい、とにかくあの装甲をぶっ潰すのが最初だろ?」

 

あの装甲がある限り美神達は戦力とは数えにくい、一応ドクターカオスの作った武器で攻撃には参加してくれているがダメージが通っているようには思えない。やはりあの装甲を破壊してからが本番なのだろうが……。

 

「あんたの弟呼べねぇ?」

 

「……呼べたら呼んでますよ」

 

「だな、あーあ……本当ガープは性格が悪いぜ」

 

仮に装甲を破壊し、霊力などが通るようになるとしよう。そうなっても俺達が有利になる事は絶対に無いと断言出来る。ガープがこんな目に見えた弱点をそのままにしている訳が無い。つまり装甲を破壊し、攻撃が通るようになってからがガープの策の始まりと言える。だが装甲を破壊しなければ勝ち目はない、つまり相手が強くなると分かっていて装甲を破壊しなければならないのだ。

 

「小竜姫さんよ!装甲ぶっ壊すけど良いか!!」

 

「構いません!どの道今のままではジリ貧ですから!お願いします!ブリュンヒルデ、雪之丞さんッ!!」

 

小竜姫の許可を得て、俺とブリュンヒルデはドラゴンの全身を覆っている装甲を破壊する為に動き出した……それがもっとも行なってはいけない悪手だと知らずに……。

 

 

 

~蛍視点~

 

魔力砲の素体になっていたのは魔界に生息しているドラゴンだ。だが下から数えたほうが早いような、そんな弱いドラゴンをガープは素体として選んだ。その理由を私は巨体であり、生命力が桁外れて高い事を理由にしていると思っていた。高位のドラゴンになれば知性もあり、どう考えても改造した所で反逆される事は目に見えている。高位のドラゴンになればなるほどそれは顕著になるから低位のドラゴンを使用したと考えていたが……それが間違いであったと私は、いや私だけではない美神さん達も気付いた筈だ。

 

「美神さん!このままだと!」

 

「でも続けるしかないわッ!やられたッ!こんなのは想定してないわよッ!シズクだけじゃ抑えきれないッ!」

 

シズクが善戦してくれているが水の無い月面ではその能力を十分に発揮出来ていない。装甲が破壊され、徐々に力と野性を取り戻し始めているドラゴンに押されている。

 

【……十分な水さえあれば、こんな雑魚……ッ!】

 

龍種として最上位のシズクが屈辱だと言わんばかりに吐き捨てる。

 

「くえす、なんとかならない!?」

 

「出来るならしてますわよ!シズクに供給できるだけの水を人間が用意できると思ってるんですの!?」

 

全く持ってその通りである、仮に水をくえすが作ったとして間違いなくシズクに吸われてくえすの魔力は枯渇するだろうし、下手をすれば生命力さえも吸われてくえす自身が死にかねない。

 

「恐らくガープがそれさえも想定しています!」

 

「でしょうねッ!くうっ!何とかしないといけないのにッ!」

 

「本当にいつもいつも、厄介な事ばかりしてくれるわねッ!」

 

ドラゴンを素体とし魔力砲を作り地球を攻撃する、失敗したらドラゴンを使って私達を殺す……2段構えの作戦だと私達は全員考えていた。だがもう1枚、隠されていたのだ……ガープの本来の目的の為の隠し札が……。

 

「あのドラゴンの身体に刻まれてる魔法陣を削りとりゃどうだ!?」

 

「駄目です!そんな事をすれば英霊召喚に必要な魔力が全部逆流します!」

 

ドラゴンの装甲の下……そこには魔法陣が刻まれていた。恐ろしく精密な、そしてアルテミスを召喚したのと同等の規模の魔法陣が……それが英霊召喚の魔法陣であることはすぐに分かった。だからこそ私達は焦っていたのだ。

 

「ちなみに逆流したらどうなりますか!?」

 

「余波だけで月と地球が吹っ飛びますッ!!もう発動し始めてますからッ!」

 

魔力砲としての機能が無力化された段階で既に召喚は始っていたのだ。ただそれに気付けなかっただけ……。

 

「英霊召喚の余剰エネルギーをバリアにするなんて誰も想像しないですわよ!」

 

「それねッ!」

 

霊力も魔力も、神通力も軽減する装甲と思っていたが、実際は違うのだ。ドラゴンの身体に刻まれた魔法陣が装甲を通じてバリアを精製し、それを私達は装甲によって軽減されていると勘違いしていたのだ。

 

(あんな精密なダミー作る!?ふつーッ!?)

 

私とマリアさんとテレサが誤解したのも当然で、ガープは態々誤解させる為だけにプログラムを作っていて、私達はそれに引っかかってしまったのだ。

 

「龍の命を使って召喚される英霊……それは1人しかいないッ!そしてそれは私達竜神の天敵ですッ!」

 

膨大な神通力と魔力が溢れ出し、吹き飛ばされるのを必死に耐えている中で小竜姫様がそう叫んだ。小竜姫様、メドーサ、そしてシズクの天敵たる英霊、私は思わずブリュンヒルデさんに視線を向けた。

 

「ブリュンヒルデの弟が召喚されるとかいう落ちはないかしら!?」

 

「残念ですがありません、伝説に語られる邪龍ファブニールは2頭いました。ジークの持つバルムンクの本来の所有者ジークフリート、そしてもう1人が伝説に語られる龍殺し」

 

【ギャオオオンッ!!!】

 

ドラゴンの3つの首が同時に断末魔の悲鳴をあげ生き絶える。ドラゴンの命、そして体内に埋め込まれていた狂神石がトリガーとなり英霊召喚がなされる。

 

【……】

 

黒い甲冑とマントを身に纏った仮面の英霊は光り輝く剣を無言のまま振りかぶると跳躍し、一刀でシズクを切り倒した。

 

「し、シズク!?」

 

「……うるさい、聞こえてる」

 

シズクの声が背後から聞こえて慌てて振り返るとそこには両腕を失い、額から脂汗を流しているシズクの姿があった。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

 

「……大丈夫と言いたいが……駄目だ……な、美神、悪いが……少し離脱する……」

 

そう言うとシズクの身体は弾け、水となって姿を消した。

 

「し、死んだ?」

 

「シズクは死んでないですよテレサ。シズクの事が心配なのは分かりますが、まずは私達です」

 

動揺してるテレサを一喝するマリアさんだが、当然ながらその顔色は悪い。物理において最強の耐性を持つシズクが一撃で倒された……それは召喚された英霊がなんなのかを雄弁に物語っていた。

 

「北欧神話最強の戦士……シグルド」

 

ジークフリートと同一視されることもある伝説の龍殺し、善に属する筈の英霊が狂わされ、言葉を失い真紅の瞳で私達を睨みながら獣のような咆哮を上げるのだった……。

 

 

 

リポート18 月面決戦 その10へ続く

 

 




という訳で月面のラストボスが竜では無く、シグルドでしたー。龍を倒すのもありかと思ったんですが、それでは物足りないと思いシグルドを出して見ました。なおブリュンヒルデさんとは夫婦ではないのであしからず、シグルド登場、横島と陰念が応援に来るまで美神達は耐えれるのか? 次回の更新もどうかお楽しみに!


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リポート18 月面決戦 その10

リポート18 月面決戦 その10

 

~ガープ視点~

 

シグルドが召喚されたのを魔界のモニターで見ながら私は1つ頷いた。

 

「美神達も大分強くなっているな、まだ想定内の中ではあるが予測よりも2回りほど強い」

 

魔界のドラゴンをベースに作り出した魔力砲は以前の美神達ならば傷も付けられない筈だったが、美神達は連携で見事で打倒して見せた。まぁそれでシグルドを呼び出してしまったのだから美神達にとっては不運としか言い様が無いがな。

 

「シグルド……か、貴重な龍殺しをここで切ってしまうのか?」

 

「確かに貴重な龍殺しではあるがな、本来の強さを発揮出来ない英霊など捨て駒にしかならんよ」

 

「ンンン?ガープ様、それはどういうことでしょうか?」

 

狂神石を噛み砕き、レクス・ローから受けた傷を癒していた蘆屋がどういうことかと問いかけてくる。芦屋は優秀な術師であり、今後英霊召喚をさせることもあるから説明しておいてやるかとモニターから視線を逸らし、蘆屋へと問いかける。

 

「ジークフリードとシグルド、邪龍を倒した伝説の龍殺し……だが伝説に語られる邪龍が2頭いたのか?伝説にはファブニールは巨大なワーム、あるいは巨人だったという説もある。それゆえにジークフリードとシグルドが倒した者は何なのかとなる」

 

神魔・英霊は人間のインスピレーションに大きな影響を受ける。伝説、神話、あるいは文献や映像媒体、それらの数多くが英霊や神魔に本来と違う属性を付与する事がある。

 

「ブリュンヒルデの弟のジークフリードか」

 

「ああ、あいつが存在し、バルムンクを所持している。この段階でファブニールを倒したのはジークフリードとなる。シグルドもまたファブニールを倒したが、ワームか巨人か分からないという事で存在が不確かとなってしまった」

 

間違いなく1級品の英霊である筈なのに、ジークのせいでもう1人の龍殺しの英霊ジークフリードの霊核が補填されてしまった。それによってシグルドは弱体化してしまった。

 

「ンン?しかしシグルドはブリュンヒルデの妻なのでは?」

 

「あの行き遅れに夫がいたと言う事実はない、それもあってシグルドの霊核はますます不確かなのさ」

 

ブリュンヒルデとシグルドは夫婦であり、シグルドはブリュンヒルデに殺されたとあるがそのような事実は無いという事がシグルドと更に弱体化させてしまっているのだ。

 

「ンンン、では実際にシグルドという英雄はいたのですか?」

 

「いたぞ、強く、賢く、王の器を持った英雄だった。だからこそ私はグラムをコレクションとしていたよ」

 

実際にシグルドという英雄はいた。類稀なる才能、強さと叡智、紛れも無く英霊になるに相応しい英雄であった。

 

「同じ名前を持つ者の影響で弱体化した、実に残念だ」

 

それがなければシグルドは私達の戦力として運用するだけの価値があっただけに惜しいと思う。

 

「だが弱体化したと言えど上級神魔くらいの力はあるのだろう?」

 

「あるさ、それにシグルドという存在は不確かでも、龍殺しの逸話は生きている。本来のシグルドとくらべれば弱いが、それでも今美神達が対峙しているのは龍殺しにして最強クラスの剣技を持つ英霊だ。さてさて、横島無しで切り抜けられるかな?」

 

スルトとトールが敗れてなければその神格でシグルドを強化する事も出来たが、シグルドが召喚される前にスルトとトールは倒されてしまい、眼魂に封じていた魂は解き放たれてしまった。

 

「ヘルを使っているレイが破れたのが想定外だったな」

 

「確かにな、だが横島は魔力を使いだした。魔力と狂神石の親和性は極めて高い、神宮寺くえすの眼魂を使っている限り心眼がいても横島の魂は不安定になる。ならばレイの敗北も意味があったさ」

 

正直に言えばレイが破れたのは想定外であったが、これは嬉しい想定外であった。

 

(横島は確実に魔に踏み込んだ。完全に落ちるには時間が掛かるだろうが、一度踏み込めばもう逃げられんぞ)

 

無理矢理魔に踏み込んだのではない、自らの意思で魔道に足を踏み入れたのだ。そうさせたレイは十分に仕事を果してくれたと言える。

 

「さてさて、どうなるか楽しみだ」

 

美神達に合流しようとしている横島と陰念だが、2人が合流するよりも先にシグルドが誰かを殺すか、それとも美神達が耐え抜くのか実に見物だと私は笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

~くえす視点~

 

閃光の様にしか見えない一閃を反射的に障壁を作りバックステップをすることで回避を試みるが、余りもシグルドの一撃が鋭くドレスの裾が切り落とされてしまった。とは言え避けなければ袈裟切りにされていた事を思えば代えの効くドレスなどどうでも良く、足を取られないように自分で更にドレスを破いて腰に巻きつける。かなりミニスカートみたいになってしまいましたが……シグルドという化物を相手にする事を考えれば羞恥心は捨て去るべきだと思考を切り替える。

 

【……】

 

仮面越しに見える紅い瞳には意思があるようには見えない。その証拠にシグルドの攻撃は決して苛烈ではない、その剣戟は一撃でこちらの命を断てるが攻め立ててこない。

 

(私の仮説は正しいかもしれませんわね)

 

「くえすなんで突っ込んだの!?」

 

美神が怒鳴ってくるが、その声を上回る怒鳴り声で叫び返す。

 

「あの英霊は機械で制御されてますわ!間違えても仮面を壊してはいけませんわよ!?」

 

「ど、どうしてですか!?仮面を壊せば」

 

どうしてこんなことも分からないのかとブリュンヒルデに呆れながら怒鳴る。

 

「狂神石で強化された剣で一瞬で全滅しますわよ?戦乙女」

 

正直に言えば神剣の使い手である小竜姫が龍神族であり、シグルドとまともに打ち合えない段階で白兵戦での勝ち目はない。人間界に伝わってる通りシグルドとブリュンヒルデが夫婦なら突破口はあるのですが……。

 

「ブリュンヒルデって結婚してた!?」

 

「み、未婚ですぅッ!!」

 

ブリュンヒルデが未婚だと叫ぶ、つまりブリュンヒルデとシグルドに夫婦関係、もっと言えば神話や伝説のような繋がりはない。

 

「……動きだけなら封じれるぞ?」

 

「下手に動かないでください、シズク。龍の動きに相手が反応する可能性がありますわ」

 

恐らくだがシグルドは神話・伝説との違いである程度弱体化している。それを補う為に狂神石と仮面による制御をしているのだろう……つまりそうしなければ消滅してしまうほどの英霊を態々後詰めで出した理由……。

 

「悪辣な」

 

「多分そうよね?」

 

私が答えにたどり着いたように、蛍も同じ答えにたどり着いたようだ。間違いない、あのシグルドは……魔力砲の制御装置だ。

 

「雪之丞!マリア、テレサ!魔力砲の残骸に攻撃して!」

 

美神の指示が飛び、雪之丞達が魔力砲へと攻撃するがそれが命中するよりも早くシグルドが動き、手にしていた光の剣で氷の霊波砲を弾きながらダガーを殴りつけて反撃してくる。

 

「どわっと!?」

 

「きゃあッ!」

 

「テレサ、伏せてくださいッ!」

 

雪之丞は篭手で弾き、マリアがテレサの頭を掴んで伏せさせてダガーを回避する。

 

「決まりですわね。シグルドは魔力砲を守る為の最後の防壁……いえ、弾丸なのですわ」

 

「弾丸に守らせるか……でも確かに、それが一番確実だわ」

 

月の魔力で発射出来れば良し、魔力砲が破壊されたとしても素体のドラゴンで攻撃すれば良し、素体のドラゴンが破壊されれば魔力砲を守りつつ、英霊の持つ膨大な魔力や神通力をリソースにして魔力砲を地球へ向けて発射する。

 

「三重……いや、四重の策は想定外ですわね」

 

魔力砲を阻止するためにはシグルドを抑える必要があるが、白兵戦のエキスパートであるシグルドを倒すには私達では荷が重い。

 

「……私とブリュンヒルデでなんとか」

 

「出来ると思ってるんです?今の疲弊した状態で」

 

蘆屋と2体のレブナントに小竜姫とブリュンヒルデが当るのはガープの想定内だったのだろう。それらと戦う為に力を割いた小竜姫とブリュンヒルデにシグルドを抑えるだけの余裕は無く、シズクは最初の一撃で致命傷一歩手前……。

 

「……これも含めて全部ガープの手の内ですか」

 

横島と陰念、そして人類悪を名乗るコヤンスカヤ……それらとシグルドを戦わせるための前座、その為だけに戦わされていたと気付き、私は唇を噛み締め、拳を強く握り締めるのだった……。

 

 

~コヤンスカヤ視点~

 

横島の気配を感じて合流しましたが、ちょっと、いやだーいぶ状況は不味いですわね。

 

「さてと横島、先に説明しましたが、私は長くは戦えませんわよ」

 

「分かってるよ、コヤンちゃん。というかそれを言うと俺も時間制限付きなんだよな」

 

私と横島の視線が同時に陰念は向けられる。人類悪として開花する訳にはいかないですし、横島も魔力を使うのは自殺行為だ。

 

「しゃあねえな。雪之丞!カチ込むぞッ!!」

 

「おおッ!!」

 

陰念と雪之丞がシグルドへ突貫し、シグルドが迎撃に動き出そうとするが……。

 

「くえすッ!」

 

「その姿は……ええ、良いでしょう。共同作業ということですわね」

 

くえすと横島が同時に魔法を発動させ、虚空から飛び出した鎖がシグルドの手に巻きつく、当然1本目は簡単に弾け飛んだが、2本目の鎖がほんの僅かだけ動きを鈍くさせる。

 

『マッスル化』

 

『巨大化』

 

「うおらあッ!!」

 

「しゃおらあッ!!」

 

異様なまでに巨大化した陰念と雪之丞の拳がシグルドを捉えるが……。

 

「ああ、全然駄目ですね。私もお手伝いしますかね」

 

横島のサポートならやる気も出るのに、とは言え倒さない訳には行かないので魔力で作った狙撃銃から魔力弾を打ち込む。

 

【……!?】

 

「私の特製の魔力弾を普通と思っては困りますね」

 

人類悪としての要素を薄める為にちょーっと混ざり物をしたせいでテンションがおかしくなる時もありますが、その混ざり物のおかげで私に出来る事は非常に多岐に渡る。

 

「ナイス!コヤン!蛍ちゃん!ブリュンヒルデ!」

 

「はいッ!!」

 

「これならッ!」

 

私が何をしたか即座に理解した美神が指示を飛ばし、霊体ボウガンの矢とブリュンヒルデのルーン魔術がシグルドへ炸裂する。

 

【!?!?】

 

効かない筈のそれに与えられる痛手にシグルドに動揺の色が見える。

 

「ついでだ、これも持ってけ!」

 

『弱体化』

 

『弱体化』

 

陰念が投げたメダルがシグルドに吸い込まれるようにして消え、そこに雪之丞の飛び蹴りが叩きこまれシグルドの鎧が音を立てて砕ける。

 

「……人類悪は伊達じゃないな。対英霊ではお前の右に出る者はいないだろう」

 

「これで横島の家に入れてくれますかね?」

 

「……タマモより役立ちそうだからな」

 

よっし、これで横島の家に入る権利をGETッ!それだけでこの戦いに参加した意味もあるというものです……っと、いけないですね。

 

「私の呪いは長くは続きませんからね!そして次はないですわよッ!」

 

幾ら制御された英霊と言えど2度も私の呪いを受けてくれるとは思えない。この1回で決めろと叫ぶと横島達の攻撃がより激しいものになる。

 

「炎で行きますわよ。合わせて」

 

「はいッ!」

 

英霊に匹敵する力を持つ魔女と一緒に戦ってる横島を見ると些か面白くないと思いますが、それはそれ、これはこれ。他の女もそう思っていたとしてもここでシグルドを倒すのが最優先。私情はとりあえず横においておけば良いのです。

 

(家にもぐりこめれば私の方が圧倒的に有利ですから)

 

全てはそこから、それさえ出来れば何とでも出来る。そして私の有能さを見せる事で反論しにくい状況を作る。その為にシグルドは丁度良い敵であった。弱体化していても私は人類悪、英霊の霊基に呪いを掛けて弱体化させるなんてお茶の子さいさいで英霊と戦う事の多い美神達にとっては追い出すに追い出せなくなる筈だ。

 

【がっ……は】

 

シグルドが呻き声を上げ、膝をついて倒れるとシグルドの鎧が弾けて魔力砲へと飛んで行く、シグルドに異常は無くあの鎧がシグルドをおかしくしていた。それは鎧が纏う紅いオーラがこれでもかと主張し……。

 

「俺が行きますッ!」

 

「駄目ッ!」

 

横島がそれを追ってしまった。私だけではなく美神達も叫んだ。だが横島はもう鎧を追っていた。その魔法を使えても魔法使いとしての心得の無い横島はそれを追ってしまい……。

 

「させるかよッ!」

 

【!?!?】

 

魔力砲を発射させないために、鎧の裏の赤黒いコアを蹴り砕きその鎧を破壊した……いや、破壊してしまった。

 

「ご苦労様。じゃ、死んでおこうか」

 

「え?うわッ!?」

 

そして転移で現れたボロボロのセーレの回し蹴りで地球へ向かって蹴られ、地球の引力に引かれて落ちていく横島に私達の悲鳴が宇宙へ木霊した……。

 

 

 

 

セーレが敵だという事を横島と陰念は知らなかった。だから転移で現れたセーレに横島は無警戒だった……味方だと思っていたから、敵ではないと思っていたから……それを伝える事が出来なかった美神達が悪いのか、それともチャンスを待ち続けたセーレが上手かったのか、はたまた両方か……魔力砲を発射させてはいけないと動いた横島自身が悪いのか……ただ1つ言えるのは余りにもタイミングが悪かった。その一言に尽きる。

 

美神達がセーレ達を敵だと伝えることが出来ていれば……。

 

横島が動く前に鎧を誰かが破壊出来ていれば……。

 

引力に引かれて落ちていく横島の名を叫ぶ蛍達に出来る事はない……超加速は誰も使えない、くえすも当然追いつけない。

 

『ああ、くそッ! あの野郎やっぱり敵だったッ!』

 

【メドーサ!すまない、お前の力を全部こちらで使うぞッ!】

 

『ま、ま……て』

 

メドーサの了承も聞かず、心眼はメドーサの魔力と神通力、そして竜気を全て吸収する。存在する為に必要な最低限の力を残して心眼に吸収されたメドーサは横島の中で休眠状態へ入る。

 

【思えばGSテストで死ぬ筈が、ここまで来た。ここまで来れただけでも奇跡……なら私がやるべき……最後にやるべき事は1つだ】

 

気絶している横島を心眼から溢れる光が包み込み、青い流星となった横島は頭から落ちていき……。

 

「んー今日も良い天気……そ、空から横島が落ちて!?だ、だわッ!?」

 

そしてのんびりと空中を散歩していた冥界の女主人の元へと落ちた横島の手には、ボロボロに焼け焦げたバンダナの残骸が握り締められているのだった……。

 

 

リポート19 決着/冥界で その1へ続く

 

 




と言う訳で月面編はこれで一時終了です、次回はドクターカオスたちの決着から入り、その後は美神の話、エレシュキガルと横島の話で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート19 決着/冥界で 
その1


 

リポート19 決着/冥界で その1

 

~ドクターカオス視点~

 

放たれる漆黒の波動に向かって最後の魔法薬の入ったビーカーを投げ付けて相殺する。大天使サリエルは数多ある魔眼の開祖であり、その魔眼の効果から逃れるのに出し惜しみなど出来る訳が無かった。

 

「今ので最後じゃッ!次は防げんぞッ!」

 

天使と1戦交えるのは想定しておったが、流石に大天使サリエルは想定外だった。予想よりも早く媒介を使い切ってしまった。

 

「相手も動きが鈍ってる!十分だッ!」

 

「機械で制御されているから力加減が出来ていない、雑魚ならまだしも俺達には通用しないッ!!」

 

不動と須田の2人がサリエルへ飛び掛るが甲高い音と共に2人は弾かれ、ホテルの床を削りながら着地する。

 

「ちい!おい!爺さんッ!さっきより固いぞっ!」

 

「喚くなッ!魔眼に使ってた力を守りにまわしてきただけだッ!」

 

須田の分析力はやはり恐ろしいほどに高い、今のぶつかり合いでサリエルの障壁の質が変わったのを一瞬で見抜きおった。

 

「どれほど力を残しておるか分からんのが怖いの……ッ」

 

「ええ、僕もそう思います。ヘタに白兵戦を仕掛けて反撃の魔眼なんて冗談じゃない」

 

全く持って西条の言う通りである、障壁が強くなったら魔眼を使う余力が無いと思わせておいて、近づいた瞬間に魔眼で即死なんて事も考えられる。

 

【なんとかしたいところだけどネ、さてさて遠距離で削れるかナ?】

 

「仕方あるまいよ、モリアーティ。我とカオスとお前で何とかしてみるとしよう」

 

「確かにそれしかないの」

 

【はっはッ!そうだネッ!】

 

魔術師としては最高峰のブラドー、錬金術師のワシ、そして英霊モリアーティ……見事なまでに爺ばかりだが、少しばかり老骨に鞭を打つとしよう。

 

「〆は任せるぞ、モリアーティ」

 

【OK、一発で決めてみせよウ。マイボーイがいないのは残念だよ、良いところを見せたかったのだがネ】

 

「それだけ無駄口を叩けるなら問題ないな、しくじるなよ」

 

軽口を叩きあっているが実際は余裕なんて殆ど無い。マリア7世を救出し脱出するまでに戦った天使の羽を埋め込まれた狂信者共に、サリエルという規格外の天使との戦いで霊力も魔力も限界手前まで消耗しているし、老いた身体でここまで派手に立ち回りをしてきたのであちこちガタも来ている。

 

「カオス様……皆様も頑張ってッ」

 

マリア7世の応援の声がする。助けに来て、限界ですなんて情けない真似が出来るわけも無い。

 

「もうひと踏ん張りいくとするか」

 

「若い者が頑張ってくれてるんだ。我らも良い所の1つや2つ見せるとするかッ」

 

サリエルへの有効打がない西条達はワシらがサリエルの障壁を破壊してくれると信じ、何も言わずに陽動に回ってくれている。

 

「オラオラ!こっちだぜッ!!」

 

「こっちだ、こっち!!」

 

「物陰に隠れろッ!!」

 

西条と不動が銃を撃ちながら走り回り、須田が小型の霊波爆弾を投げ付ける。

 

【ォ、オオオオオッ!?】

 

手足をもがれ、機械に埋め込まれ、己の意志を奪われたサリエルが苦悶の声を上げる。それは痛みによるものか、それとも早く終わらせてくれという嘆きの声か……ただ1つ言えるのはサリエルが嘆き、苦しんでいるということだけは確かな事であるという事だ。

 

(同族の天使であっても、自分達に逆らうならば……か、哀れ)

 

神の前に立つ事を許された12体の御前天使、医療に精通し、ラファエルの右腕とまで呼ばれた天使が達磨にされ機械に組み込まれている。元より天使の危険性は知っていたが、それでもこれは余りにもむごい。

 

「せめて安らかに眠れッ!」

 

「さらばだ霊魂を司りし死の大天使よッ!」

 

ワシとブラドーの魔術が同時に放たれ、サリエルは当然障壁でそれを防いだ。

 

「防いだか、防いではならぬことすら分からぬか」

 

ワシとブラドーの魔術は方向性が異なる。それは命中した箇所からまるで反発する磁石のようにサリエルの障壁を……いや、違うか。サリエルの目には安堵の色があった、自ら死す為に避ける事も出来たのにワシらの攻撃を受け入れたのだ。

 

【おやすみ、サリエル。どうか良い夢ヲ】

 

1発の銃声の後ガラスが砕けるような音をホテルのロビーに響かせながらサリエルの障壁は砕け散り、西条と不動の振るった霊波刀によってサリエルは×の字に切裂かれ、砕け散るように消滅した。

 

「終わったか。後はマリアを連れて脱出するだけだ」

 

「出来ればオカルトGメンでもう少し調査したい所ですが……」

 

【それは今は止めた方が良いネ。四大天使がサリエルの状態を監視してない訳が無イ、まとめて消し飛ばされる前にトンズラしようカ】

 

「攫われた名家の娘は我が回収する。先に行けッ!」

 

ブラドーの言葉に頷きマリアを連れてホテルを飛び出したワシらの前に琉璃が運転する車が止まる。

 

「助かるぜ、会長!」

 

「ごめん、続けて緊急事態!横島君が……横島君がセーレに地球に向かって飛ばされて、生死不明なのよッ」」

 

「な、ななな、なんだとおッ!?」

 

マリア7世の救出は済んだ。だが続け様に横島の生死が不明だと涙声で叫ぶ琉璃にワシらは思わず絶叫してしまうのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

ただひたすらに熱くて痛い、それしか考える事が出来なかった。遠ざかっていく月と、俺を地球へ向かって蹴り飛ばし笑うセーレ……手を無意識に伸ばしたが当然届く訳なんか無く……瞬きほどの一瞬だったのか、それとももっと長かったのか……それすらも定かではない。

 

【オヤスミー】

 

ただ変身が解除された事を示すオヤスミーのコールだけはやけにはっきりと聞こえたのを覚えている。

 

【横島!おい横島ッ!!目を覚ませッ!死ぬぞッ!!】

 

「う……あ……し……が……ん……?」

 

【目を覚ましたかッ!良かった】

 

凄まじい風切音の中でも心眼の声だけはやけにはっきりと聞こえた。だけど手足の感覚はなくて、全身に走る痛みで今にもまた意識を失ってしまいそうだった。

 

(俺……死ぬのか……)

 

ウィッチ魂に使っていたバイクが落ちていくのが見える。手足は動かなくて、声も出ない、力も全部出し切ってしまい陰陽術を使う余力も無い……宇宙から落下していることを考えればどう考えても死ぬ。

 

【大丈夫だ。お前は死なないよ】

 

「し……ん……?」

 

【良くここまで私はお前と共にあれたと思う。十分……ではないが……それでも……ここまで横島、お前とあれた日々はとても輝かしい物であったよ】

 

バンダナに浮かんだ目が穏やかな光を宿して俺を見つめ、バンダナ……いや、心眼が遠ざかっていく……。

 

「しん……がんッ」

 

痛む身体に活を入れて心眼へ手を伸ばすが、心眼は俺の指をすり抜けて遠くへと行ってしまう。

 

【私はきっと何度だって同じ選択をする。私は……お前に生きていて欲しい、悲しまないで欲しい、笑っていて欲しい……】

 

「ま……て……」

 

まるで遺言のような心眼の言葉は聞きたくなかった、遠くに行って欲しく無かった。歯を食いしばり心眼へ手を伸ばすが、どれだけ手を伸ばしても心眼に触れる事が出来なかった。

 

【2度目、これで2度目だ。私はお前を生かす為に死ぬ、いや死ぬなんて言えない。ただの気の塊、生きてる等と言うにはおこがましい物だ。だがそれでもお前と共に生きた日々は本当に……楽しかったよ」

 

「心……眼ッ」

 

仰向けで落ちていた姿勢を歯を食いしばってうつ伏せに変わり、必死に心眼へ手を伸ばす。

 

【私の役目はこれで終わり、本当なら最後まで側にいてやりたかったが……ごめんな】

 

「心眼ッ!!」

 

最後の力を振り絞って心眼にやっと手が届いたが……俺の手に握られていたのは焼け焦げたボロボロのバンダナの一部だけだった……。

 

「心眼ッ!」

 

「だわッ!?」

 

心眼の名を叫びながら身体を起こすと物凄く近くから奇妙な悲鳴が聞こえた。血のように紅い瞳と金のような金髪で黒いドレスを来たその少女……いや女神の姿に驚きながらその名を呼んだ。

 

「え、エレちゃん……?つ、つつう……」

 

冥界の女主人エレシュキガル……なんで彼女が目の前にいるのかと疑問に思ったがそれよりも全身に走った激痛に呻き声を上げる。

 

「う、動いたら駄目なのだわ。わ、私は治癒系は得意じゃないから、というか手当ても初めてで上手く出来ているか全然分からないのだわッ!?だから無理に動いちゃ駄目」

 

軽く押されただけで俺はベッドに背中から倒れこみ、柔らかいベッドなのに信じられないほどに全身が痛くてまた呻き声が零れる。

 

「どう……して」

 

震える声でどうしてエレちゃんがいるのかと尋ねるとエレちゃんは少しだけ気まずそうな表情を浮かべた。

 

「お、落ちてきたからキャッチしたのだわ。竜気が最後まで横島をしっかりと守ってた。そうでなければ横島は焼け焦げて死んでいたのだわ」

 

宇宙から落ちてきた俺を竜気が守っていた……それが何を意味するか分からないわけが無い……聞きたくない、知りたくないと思っても……俺はエレちゃんに問いかけていた。

 

「心眼……は?」

 

額に巻かれていないバンダナだが、もしかしたらエレちゃんが外してくれているだけかもしれない。そんなありえない一縷の望みに縋って問いかけるとエレちゃんは目を伏せながら心眼がどうなったのかを俺に教えてくれた。

 

「……焼け焦げてボロボロでした。それでも竜気は私が横島を受け止めるまで消滅しませんでした……恐らく自分の存在全てを使って貴方を守ったのでしょう」

 

もしかしたら心眼が燃え尽きたのは夢だと思いたかった。だけどエレちゃんが俺に差し出してきた焼け焦げたボロボロの布……心眼だったバンダナの切れ端が心眼が消滅した事が現実だと俺に突きつけてきた。

 

「あ……あああ……あああ」

 

心眼がいない、ずっと一緒だった心眼がもう何処にもいない。胸にぽっかりと穴が空いたような空虚感が襲ってきて涙が溢れる。悲しくて、苦しくてどうにかなってしまいそうだった……。

 

「泣いて良いのだわ、何があったかは今は聞きません。今は泣いて悲しみを吐き出すと良いのだわ」

 

エレちゃんに抱きしめられ泣いて良いのだと言われた俺はエレちゃんの背中に手を回し、悲しみを吐き出すように大声で泣いた。心眼がもういない……胸の中にぽっかりと開いた埋める事の出来ない苦しみと悲しみを吐き出すように声と涙が枯れてもなお、エレちゃんに縋りついて泣き続けるのだった……。

 

 

 

リポート19 決着/冥界で その2へ続く

 

 




今回は短いですが、ここで終わりたいと思います。ここから続けても話が上手く転がってくれないですし、ここで切るのが1番丁度良いかなって思ったので、原作ではマリアに抱かれて落下して記憶喪失になった横島ですが、今作では心眼がオーズのアンクのような役目をし、心眼が己の存在と引き換えに横島を救ったルートに入りました。ここから心眼がどう復活するのか、そして月面から戻って来た美神達に何が待ち構えているのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS


FGOの星4交換は水着エリセにしました。


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その2

 

リポート19 決着/冥界で その2

 

~美神視点~

 

小竜姫様とブリュンヒルデによって何とか地球へ戻って来た私達はすぐに琉璃に連絡を取り、小竜姫様とブリュンヒルデは神魔のほうでも横島君を探すために確実に味方と呼べる面子に声を掛けると言ってそのまま天界と魔界へと向かった。全員が疲労も身体の痛みも我慢して、横島君の捜索に動いた。普通に考えれば変身していたとはいえ大気圏突入をした横島君が生きているとは思えなかった。

 

「あ……ああ……」

 

「……」

 

「う……そ」

 

蛍ちゃんは月面にへたり込み言葉を失い、くえすは目を見開き無言で立ち竦み、おキヌちゃんは涙を流して震える声で嘘だと繰り返し呟いていた。雪之丞と陰念は何も言わなかったが血が出る程拳を握り締め、月面の岩へと拳を叩きつける。私含めて全員が横島君の生存が絶望的だと思った。

 

「……まだ諦めるのは早い。横島は生きている」

 

「本当!?横島君は何処にッ!「……落ち着け、生きている。生きてはいるが……どこにいるのか分からない」……どういうこと」

 

横島君と魂で繋がっているシズクが言うのなら横島君が生きているのは確定だ。だがどこにいるのか分からないというのはどういうことかと尋ねる。

 

「……結界……だと思う。かなり強力な代物だ、かなり集中しないと横島の気配を感じ取れないが……間違いない、生きている。ただこの結界の強度を考えると最上級神魔の可能性が高い」

 

最上級神魔と聞いてガープ達に攫われたのかと最悪の予想が脳裏を過ぎる。

 

「安心なさい、ガープ達ではありませんよ。横島を連れ去ったのはね」

 

頭上から聞こえた声に顔を上げるとレクス・ローが本を片手に宙へと浮かんでいた。

 

「そう睨むことはないでしょう?絶望しているようなので希望を与えてあげようとしたのに、それとも私の情報はいりませんかね?」

 

「……ガープ達じゃないってどういうこと」

 

「素直で大変結構。さて今日本には超常の存在が集まっておりますが、その中の1人が横島を連れ去ったようですね。敵意や悪意などはございませんのでご安心を、では精々頑張って、必死に横島を探すと良いでしょう」

 

レクス・ローは僅かに見える口元に笑みを浮かべ、私達に背を向けて歩き出そうとし、思い出したように足を止めた。

 

「そうそう。その神魔ですが女神ですので、あと横島とも随分仲が良いみたいですよ?では御機嫌よう」

 

最後にとんでもない爆弾を落としていったレクス・ローにこの野郎と思ったが、ガープ達にさらわれていないという事が分かっただけでもありがたかった。そして女神、横島君と仲が良いという事が分かった事でその女神も特定する事が出来た。

 

「横島を攫った……ううん、助けてくれたのは多分……冥界の女主人エレシュキガルだと思います」

 

「私も同意見よ。ただ私達はエレシュキガルに会った事が無いのよね。似顔絵……描ける?」

 

「描きます、絶対描きます。横島を、横島を迎えに行かないと……」

 

「そうですわね、渡さないとなったら戦いになりますが……それも仕方ないですわよね」

 

「生きて……生きてる……ふふ……良かった」

 

……横島君が生きているのは嬉しいけど、やっぱり蛍ちゃん達の精神状況が余りにも不味いというのを私は再認識する事になるのだった……。

 

 

 

 

 

~琉璃視点~

 

マリア7世の救出、そして月面の魔力砲の破壊……作戦自体は上手く行ったが横島君が消息不明というのは私も大ショックだった。いや本音を言えば寒くも無いのに手足が震えて、目の前が真っ黒になるのを感じた。何時の間にかそれだけ横島君の存在が私の中でも大きくなっていた……。

 

(ああ……そうか、本気で好きなんだ)

 

自分が本気で横島君に恋をしていると自覚した瞬間でもあった。でも今は恋する乙女ではなく、GS協会の会長として動かなければならない。

 

「タマモ。エレシュキガルはどんな人かしら?」

 

「……金髪、紅い目、背格好は蛍と同じ位、年齢もそれくらい10代後半から20代前半」

 

むすっとしているタマモはジト目で蛍ちゃん達を見ている……いや、これは蛍ちゃん達じゃなくて……。

 

「そんなに睨まなくても良いでしょう?一応ほら、姉妹みたいなものですよ?」

 

「同一存在を見て笑顔でいられるわけないでしょ」

 

「それはまぁそうですね。私も同じです♪」

 

互いに瞳孔が開いた目で睨み合っている。タマモとコヤンスカヤ……外見的な容姿は余り似ていないがそれでも霊視をすれば同じ存在だと分かる。同じ九尾の狐、恐らくその尾の1つが持つ悪の人格であり、神格。

 

(下手に刺激しないほうが良いわね)

 

人類悪の卵……そんな存在を刺激するほど馬鹿ではないので当たり障りの無い対応をしておくべきだろう。

 

「……横島は多分擬似冥界にいると思う」

 

「同意しますわ。エレシュキガルが落ちたきたところを回収したと見て良いでしょうね。貴方の意見は?」

 

「同じ、横島の気配は東京にある。だから東京のどこかに擬似冥界があると思うけど……」

 

そこで言葉を切るタマモ。何を言いたいかは私達も分かっている。

 

「どこにあるのか分からないって事ね」

 

東京で暮しているのに擬似冥界に気づけなかった……エレシュキガルという規格外の女神の術だとしてもそれを見つけるのは困難を極めるだろう。だが手がない訳ではない……恐ろしいほどのリスクを背負う事になるだろうがエレシュキガルの擬似冥界を見つける術はある。

 

「ネロかルイさん、そのどちらかを見つけることが出来れば擬似冥界を見つけることが出来ると思います」

 

魔人姫の疑いがあるネロ、そして明けの明星であるルイさん。そのどちらを見つける事が出来れば擬似冥界の場所のヒントを得る事が出来るかもしれない……そんな細い糸しか擬似冥界を見つける術は無く、仮に擬似冥界を見つけたとしてもエレシュキガルと戦いになる可能性もある……だが止まっている事など出来ない。

 

「ルキさんは教えてくれないんですか?」

 

「出来なくはないですよ?ただ……ルイ様の事を考えると私を頼りにしてルイ様を見つけたとしても……」

 

「臍を曲げて教えてくれないって事ですわね、問題ありませんわ。元から頼るつもりなどありません」

 

ルキフグスならばルイさんの場所は分かるだろうが、それをすれば全て駄目になる可能性がある以上ルキフグスさんを頼るわけには行かず、私達は人海戦術でネロ、そしてルイさんの2人を探す為に疲労を押して街へと繰り出すのだった……。

 

 

 

~ガープ視点~

 

横島が消息不明という情報は私の元にも入っていた……。これには流石の私もアスモデウスも想定外であり、ニコニコで戻って来たセーレをボコボコにし逆さ吊りにした。

 

「いや、魔術はかけたから死んでないよ」

 

「誰が横島を地球に向かって蹴れと言ったこの戯け」

 

「馬鹿なのか?ああ。いや、馬鹿だったな。お前は」

 

考えうる限り最悪な事をしてくれたセーレが弁明しようとするが、私もアスモデウスも聞く耳持たずでセーレの口に布を捻じ込んで、その下で消えない炎を配置し、どうするかと揃って頭を抱えた。

 

「生きているのか?」

 

「生きてはいるがどこにいるかは分からん、あの馬鹿が余計な事をしてくれたからな」

 

横島を最終的にこちらに引き込む作戦だというのに横島が死んでしまっては意味が無い。セーレがとんでもなくおろかな事をしてくれた、これで瞬間移動などの能力者で無ければ殺している所だ。

 

「こちらからも捜索するか?」

 

「せざるをえんだろう。横島がいなければ全てが瓦解するのだから」

 

私達の作戦は横島ありき、特異点の横島が必要不可欠なのだから探さないわけには行かない。

 

「とにかく使い魔を出すぞ」

 

「仕方あるまい……計画通りに進んでいたというのに」

 

「全くだ」

 

月面でやりたかった事は全て達成したというのに最後の最後でセーレが馬鹿をやってくれたお蔭で台無しだ。

 

「どういう道順で探す?」

 

「一瞬だけ日本上空に最上級神魔の反応があった、それを軸にして探す」

 

日本にいる最上級神魔となると確率としては3分の1だ。

 

「魔人姫かルイ・サイファーか、エレシュキガルか……」

 

「ホムンクルスに押し込めてるエレシュキガルが案牌か」

 

「エレシュキガルが回収していれば良いんだがな」

 

魔人姫では計画よりも早く横島が魔人になってしまうだろうし、ルイ・サイファーでは何か意味の分からない何かにされる可能性もある。そういう面ではホムンクルスに捻じ込んだ事で大分丸くなったエレシュキガルが回収していてくれれば良いが……。

 

「とにかく今は横島を探すのが最優先だ」

 

横島を失うわけには行かないのは美神達だけではなく、私達も同じだ。実行しようとしていた作戦全てを先送りにし、私達も横島を探す為に動き出すのだった……。

 

 

 

~エレシュキガル視点~

 

「……上手く出来たのだわ。我ながら上出来……よね?」

 

料理なんかした事ないけれど、人間の横島には栄養が必要なので見よう見真似だがスープを作ってみた。自分で味見をしてみたけどそう不味くないので大丈夫……な筈と少しばかり不安を感じながらもスープを手に横島の元へ向かう。

 

「横島。調子はどうなのだわ?」

 

「……」

 

分かっていたが返事はない、今の横島には私の言葉は届かない。

 

「少しお腹に入れておかないと身体に悪いのだわ。はい、どうぞ」

 

冷ましたスープを口へ運ぶとゆっくりと本当にゆっくりとだがスープを啜ってくれる……だが何の反応も無い事に目を伏せる。

 

(冥界に移動して正解だったわ)

 

心眼を失った事がショックだったのか泣き疲れた後の横島は人形のようになってしまっていた。冥界は死者の国、一時的とは言え横島を死者に当て嵌めることで生かしている。

 

「疲れたのね、横島。大丈夫よ、ここは優しい場所。もう動きたくないのならここで眠っても良いのだわ」

 

分かっていた事だ。横島は戦いに余りにも向いていない……今まで溜まりに溜まっていた精神的疲労、そしてその傷が心眼を失ったことで噴出したのだろう……あるいは……。

 

「心眼は貴方にとって半身だったのね」

 

心眼が横島の精神と魂を癒していた。壊れないように、崩れてしまわないように……己の存在を少しずつ削って、横島が壊れないように優しく優しく守っていたのだろう。その心眼を失ったことで傷ついた心が表に出てしまったのだろう。

 

「貴方はやっぱり戦いには向いていないわ……横島」

 

才はあるのだろう、戦う者として、神官として高い素質があるのは私も認める。だけど横島は戦闘者でもなく、神官でもない。ただの心優しいだけの人間、戦いに最も向かない者。だけど守りたい者を、失いたくない者を守る為に戦い続け、その結果が今の横島だというのならばなんと救われない話だろうか。

 

「大丈夫、大丈夫よ。私が守ってあげるのだわ」

 

この優しい場所で眠ってくれれば良い、もう十分に傷ついたのだ。もう戦わなくて、立ち向かわなくても良い……何の色も見せないその瞳に悲しいと思いながら膝の上に寝かせてその頭を撫でながら目を閉じさせる。

 

「おやすみなさい、優しい貴方」

 

このまま冥界に居続ければ横島は緩やかに、眠るように死ぬだろう。だが私はそれで良いと思っている。

 

「眠りなさい、このまま。安寧の中で苦しむ事も、悔やむ事も、嘆く事も無く眠りなさい。私が、この冥界の女主人エレシュキガルが許しましょう」

 

これが横島にとって1番良いであろうと私は欠片も疑問を抱かず、少しずつ、少しずつ横島の魂の灯火を消し去っていくのだった……。

 

 

リポート19 決着/冥界で その3 へ続く

 

 

 




どの陣営にとってもセーレの行動は想定外でどこもバタバタとしております。そんな中でエレちゃんは本体の陰湿さが少し表に出て来てちょっとやばい感じ、そしてヒロインズのメンタルもやばいとどこもかしこも地獄でお送りします。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

リポート19 決着/冥界で その3

 

 

~蛍視点~

 

横島を探す為にまず私はお父さんに連絡を取る事を選んだ。お父さんは女神イシュタルが悪魔に落ちた存在だから、エレシュキガルを探すヒントを得れると思ったのだが……。

 

「そっちも把握して無いの?」

 

『ああ、ガープとアスモデウスの指示で横島君の捜索をしているね。あとセーレはうん、お前は何てことをしてくれたんだとボコボコにされていたよ』

 

つまり、今回の件はセーレの独断であり、ガープ達にとっても想定外だったようだ。

 

「そっちは動く?」

 

『……恐らくセーレは動くだろうが、本体は動かないだろう。それよりも早く擬似冥界を見つけ出すんだ、時間はさほど無いぞ』

 

焦った口調でいうお父さんに分かってると返事を返すが、お父さんは分かっていないと強い口調で私を窘めた。

 

『良いか、どれだけ温厚でもエレシュキガルの本質は冥界の主であり死の女神だ。彼女が望む、望まないは別にして冥界にいる以上横島君は死者へと傾く、エレシュキガルが横島君を死者にして冥界に縛りつけようとする可能性もある』

 

認めたくは無いが、エレシュキガルは横島を随分と気に掛けていた。確かに今は横島が生きていても、それは時間の問題の可能性もある。

 

「お父さんでも見つけれないかな?」

 

『……イシュタルの神性がもう少しあれば可能だが、今の私には無理だ。とにかく、冥界を探すんだ。エレシュキガルの本質は引き篭もりで基本的に自分のテリトリーを出ない、まず横島君もエレシュキガルのテリトリーの中にいるはずだ』

 

「分かった。ありがとう」

 

頑張れと言って通信を切ったお父さんに言われた通り私も美神さん達と同様にエレシュキガルの場所を知る、あるいは探せる可能性を持つルイさん、もしくはネロを探して人海戦術に出ていた中、運が良いのか、悪いのか、私は偶然ネロが裏路地の喫茶店に入ったという話を聞きネロの後を追ってその喫茶店に入店しネロと同席する事が出来ていた。

 

「ふうーむ。冥界の女主人の居場所を知りたいと……」

 

「駄目かしら?」

 

魔人姫の可能性が高いネロと1人で向き合うというのは正直恐ろしかったが……横島を見つける手掛かりを得たい一心で私はネロに事情を説明し、協力を要請したのだが……。

 

「それをして余に何の利益がある?お前達が不甲斐無いから横島は1人で落ちた。そうであろう?そんな相手に横島の居場所を教えてなんになる?」

 

ぐうの音も出ない正論だ。セーレが裏切り者ということは分かっていた。そしてセーレの権限も加味すればあのタイミングで奇襲を仕掛けて来る事は十分に予測出来ていた……それなのに私達はセーレの奇襲に対応出来なかった。横島が行方不明になったのは私達の責任である。

 

「確かにその通りだわ。反論も出来ないわ」

 

「そうであろう。今回の事情を聞いてお前達の不甲斐無さに余は落胆しておる。帰るが良い、余はお前に話す事は「帰らない。ネロ、貴方のいう事は全て正論だけど、私達を見限るのは早過ぎる」……ほう?」

 

ネロの雰囲気が変わり、恐ろしい魔力と神通力が私の肩にどっと圧し掛かる。それでも屈せずネロに視線を合わせ続ける。

 

「確かに私達は……ううん。私は横島に頼りきりだわ、師匠だの何だの言っても何も出来ていないこれは事実よ」

 

横島の地力はもう完全に私達を越えている。私が横島を越えている部分は最早知識しか残されていないのは悔しいが事実だ。

 

「頼られている。頼りにされている……横島の信頼に私は応えたいの」

 

「横島より弱いのにか?」

 

「そうよ、本当に情けなくてみっともないけど、それでも……私は横島を守りたいと思うわ」

 

「戯言であるな。やれやれ、横島は見る目が無い」

 

ネロはそう言うと立ち上がり、机に立てかけてあった日傘を手にする。

 

「居場所は教えてやらん。だがヒントはやろう、精々足掻け、だがあの女神は陰湿だ。返せと言って返すわけも無し、命を捨てる覚悟で精々足掻け」

 

机の上の水が独りでに動き、なにかの線を描き始める。それは一見落書きのように見えたが、なにかの規則にそって描かれているのが分かる。机の半分を埋めるほどに水が広がった頃にはネロの姿は完全に消え去っていた。

 

「……言われなくても足掻いて足掻いて、泥を啜ってでも見つけてやるわよ」

 

手帳にネロの残した幾何学模様をメモし、机の上を拭いて代金を支払って店を出る。ネロがくれたのは文字通りヒントだけ、これだけでは横島の元へは辿り着けない、更なる手掛かりを求め、私はルイさん、そして雅を探して早足で歩き出すのだった……。

 

「よろしいのですか?姫様」

 

「構わぬ、それに余は横島は大好きだが美女・美少女も好きだ!横島の次の次くらいには肩入れしてやっても良いと思ったのだ」

 

楽しそうに言うネロに付き添いのペイルライダーは何とも言えぬ表情を浮かべる。

 

「私はあの人間は冥界の女主人の使い魔にも勝てぬと思いますが……」

 

「それはそれ、これはこれ。足掻いてみせると言ったのだ。命を賭して戦えば芽はあるだろうよ」

 

にいっと邪悪な笑みを浮かべるネロ。肩入れはするし、手助けはする。だがそれとこれはまた違う話……神魔特有の残酷な視点でエレシュキガルと戦おうとしている蛍達を娯楽としてネロは見ているのだった……。

 

 

 

 

 

 

~小竜姫視点~

 

私は美神さん達に言えなかった事があった。言うべきだと分かっていたのに、どうしても言葉に出来ず自己嫌悪で思わず溜息が出る。

 

「落ち込んでる暇があったら手伝って欲しいんだけど?」

 

ジト目のヒャクメの言葉にハッとし顔を上げる。

 

「す、すいません。ヒャクメ」

 

「別に構わないけど、私はちゃんと言うべきだと思うわね~」

 

いつもとおりの口調のヒャクメだが、その目は血走っていて指は恐ろしい速度で動きタイピングを続けている。

 

「心眼が消滅したなんて私には言えないですよ」

 

「まぁ横島さんは心眼を大事にしてたからね~」

 

心眼は1番横島さんの側にいて横島さんを支え続けていた。恐らく心眼は己の存在と引き換えに横島さんを救ったのだと分かる。

 

「……正直に教えてください、ヒャクメ」

 

「なんなのね~?」

 

「……横島さんの心は大丈夫ですか?」

 

「分からないのね」

 

心眼は横島さんの心を守り癒していた、その心眼を失った横島さんがどうなっているか……どうしても最悪が脳裏を過ぎる。

 

「身体は生きていても、心が死んでる可能性は……」

 

「……無いとは言えないのね~だから覚悟を決めてちゃんと美神さん達に説明してくるのね」

 

最悪の可能性……心眼を失い、心の守りを失った横島さんの精神的な死あるいは狂神石によって狂ってしまっている可能性がある。そしてそれはかなり現実味を帯びているといえる。

 

「……一緒に来ては……」

 

「行けると思うの?」

 

「無理ですよね、はい。分かってます」

 

ヒャクメは横島さんを探すので手一杯。ここで一緒に来て説明してくれなんて言える訳も無く1人で東京へ転移したのだが……。

 

「やぁ、小竜姫」

 

「ルイ様ッ!?」

 

東京ではなく別時空に無理矢理引き込まれた感覚と共に私はルイ様の元へいた。その声を聞いて反射的に頭を下げる。

 

「横島が行方不明らしいね。それも冥界の女主人に連れ去られたとか?」

 

「……はい、そのとおりです」

 

「やれやれ。君とブリュンヒルデがついていて情けない事だ。いや、もっと言えばセーレなんて小物の裏切りに気付けなかった当りで落第点だね」

 

「分かって……?」

 

「逆に聞くけど何で分からないと思うのさ?まぁ良いや、横島がこのまま冥界の住人になってしまうのは困るから少しだけ手助けをしてあげよう」

 

ルイ様が指を動かすと空中に無数の点が浮かび上がる。それを見て慌てて手帳を開きその点をそのままの形でメモする。

 

「ヒントだけだよ。ああ。それと……いつまでも猫を被ってるのは見ていて見苦しい、少しは自分に正直になるんだね」

 

その言葉を最後にルイ様は消え去り、私は東京の上空に佇んでいた。

 

「素直に……正直に……なれるわけが無いじゃないですか……」

 

胸の中に渦巻くどす黒い感情……自分でも御す事の出来ない黒い炎。私が心眼を与えたのに、私よりもずっと横島さんの心に近い心眼に抱いている嫉妬めいた感情を表に出せるわけが無い、胸に走る痛みに顔を歪めながら私は美神さん達と1度合流する為にGS協会へと向かうのだった……。

 

 

 

~くえす視点~

 

凄まじい轟音と共に着弾した魔力弾に思わず冷や汗が流れる。直撃していれば手足が千切れ飛んでいてもおかしくないレベルの魔力弾を連射してくる高城雅……いやベルゼブルの姿に流石は最上級神魔であると感心していた。

 

「無様、脆弱、惰弱……やはり貴様ら人間はいつだって愚かだ」

 

ベルゼブルから感じるのは混じり気の無い失意、そして敵意だった。その理由は言うまでも無く、横島の行方不明に関するものである事は間違いない。

 

「そうですわね、少なくともあの一瞬私は気を抜きましたわ」

 

横島を止める事が出来なかった。止めていればとどれだけ悔いた事か……それかセーレの事を話していれば横島が無理に突っ込む事は無かった。あの距離ならば私の魔法でも、テレサとマリアの狙撃でも撃ち抜くことは出来たのだ。私達の疲労と疲弊を感じ取り横島が動いてしまった、横島を動かざるを得ない状況にしてしまったことを私は悔いていた。

 

「あいつは良い奴だ。だからこそ私はお前達が嫌いだ。無能な人間に使い潰される横島を私は見ていられない、エレシュキガルの元で安寧を得れるのならば私はそれでも構わない」

 

「それは貴女が横島を愛しているからですか?」

 

「……友人だからだ」

 

私の問いにベルゼブルは間を置いた。それだけでベルゼブルが本当は何を思っているのか分かり、思わず笑ってしまう。

 

「何がおかしい」

 

「いえ、横島は本当に罪深いなと思っただけですわ」

 

人も神魔も横島の前では心を乱してしまう……それでいて横島は捕まえようとすれば逃げてしまう。本当にもう……。

 

「今度は何処にもいけないようにしっかりと捕まえておくことにしますわッ!」

 

地面を蹴ってベルゼブルとの距離を詰める。そうはさせまいと飛んで来る魔力弾をナイフで切り払い、私の前に斜めに展開した魔力障壁で受け流しベルゼブルとの絶望的な距離を必死に詰める。

 

「鬱陶しいやつだ」

 

「鬱陶しいのは其方もでしょう?だって貴女の顔嫉妬に歪んでいますわよ?」

 

私の言葉に魔力弾が止まった。それだけショックだったのか、それとも自覚して無かったのか完全に動きを止めたベルゼブルの間合いに入り込み、額に銃口を押し当てる。

 

「これで勝ったとでも?」

 

「協力してくれたら横島に貴女がとても頑張ってくれたと伝えますわ。そうしたらさぞ喜んで貴女に何か贈り物をしてくれるかもしれませんわよ?」

 

「……仕方ないな、手伝ってやる。正しこれ限りと思えよ」

 

こいつチョロイと思うくえすであったが、くえすもまたチョロイ女であるのだが……人間自分の事は分からないものである。

 

 

 

 

~美神視点~

 

蛍ちゃん、小竜姫、くえすの3人が擬似冥界の手掛かりを掴んだと連絡が入ったので1度GS協会に戻って来たのだが……。

 

「なんでいるんですか?」

 

「どこにいようが私の自由だろう?別にルイ様に何をしろ、これをしろと言われてるわけではないのだから」

 

何故かベルゼブルまで一緒にいたが……とりあえずそれにはふれないようにする事にした。藪をつついてなんとやらだからだ。

 

「それで蛍ちゃん、小竜姫様、くえす。手掛かりって何?」

 

「あ、はい。私はネロからなにかの線を」

 

蛍ちゃんがそう言いながら手帳を差し出してくるのでそれに視線を向ける。一見乱雑な線に見えるが、何かの法則性があるのが見て取れる。

 

「私はルイ様から多分何処かの地図の点だけだと思われるものです」

 

小竜姫様が差し出してきた手帳には無数の点が打たれていた。これも乱雑に見えるが、何かを描こうとしているのが分かる。

 

「くえすは?」

 

「雅が手掛かりですが?」

 

……あ、だからベルゼブルがここにいるのかと納得したが、明らかに不機嫌そうなベルゼブルが協力してくれるようには正直思えなかったのだが……。

 

「点と線を結ぶんじゃないぞ、点と線は別物だ。だがその2つには共通点がある、そうだな。お前達が1度解決した事件が手掛かりになるだろう」

 

なんかめっちゃヒントと手掛かりをくれたわ……点と線は別物……だけど繋がりが……1度解決した。

 

「「「あっ」」」

 

私達の声が重なった。そうだ、これら全てが1つに合致する場所が1つだけあるじゃないか……。

 

「盲点でしたね」

 

【いや、気付かないじゃろ。普通……】

 

「……これも1つの思い込みか」

 

私達は皆知っていた。東京で大規模異界は確かにあった。だがその異界は閉じている物だと、もう消滅したものだと思っていた。

 

「都庁のノスフェラトゥが封印されていた異界の確認に行きましょう」

 

冥界の女主人であるエレシュキガルは死者の魂を管理する逸話を多く持つ、そしてノスフェラトゥもまた死者の王であり、冥界に関する逸話を持つ……。

 

「ノスフェラトゥの異界を開いて、己の異界へと切り替えた。エレシュキガルならばありえない話じゃないですね」

 

「考察は後、今は行動しましょう。話し合いですまない可能性もあるから完全装備でね」

 

終わった事件を見直すという考えがなかったわけでは無いが、ノスフェラトゥの異界は完全に頭から消えていたのは間違いない。都庁にいると断言できるわけでは無いが、今1番エレシュキガルがいる可能性が高いのが都庁であるのは間違いない。それに何よりも……。

 

(今は動いてないと頭が変になりそうだから)

 

自分達のミスが招いた結果が横島君の行方不明だ。ジッとしていれば後悔が胸を焦がす、手掛かりも無く人海戦術でルイ達を探したのもジッとしていたくなかったからだ。そして今都庁にエレシュキガルがいるかもしれないという可能性が浮上し、私達は大急ぎで装備を整えてGS協会を出て都庁へと向かった。

 

「……思ったより早い、ううん。これはルイ達が手引きしたのね……ッ!貴方達、少し遊んであげて、逃げるなら逃がしても良いわ。だけど殺したら駄目、良い?分かったらいきなさい」

 

そして美神達が都庁に向かって来ている事を感じ取ったエレシュキガルだが、自ら動く事無く使い魔に美神達を迎え撃つように、だが決して殺すなと命じ今も眠り続けている横島に視線を向ける。

 

「どうして貴方を休ませてくれないのでしょうね、こんなに貴方は疲れているのに」

 

肉体、精神、魂、そのすべてがボロボロの横島を何故戦わせようと、何故休ませてあげないのだと嘆き、その髪を撫でようとしたエレシュキガルの手を横島の手が掴んで止めた。

 

「エレ……ちゃん。お願いが……あるんだ」

 

今までの空虚な瞳では無く、強い意志を感じさせる横島の目を見てエレシュキガルは一瞬息を呑み、だが小さく微笑むと横島の顔に手を当てた。

 

「後で聞いてあげるわ。だから今は眠りなさい」

 

今横島を動かす訳にはいかないとエレシュキガルは横島を眠らせ、動くつもりはなかったのだがそうもいってられなくなった。

 

「……お願いするのだわ」

 

【コクリ】

 

神通力と魔力を分けて作り出した分身を地上へと送り出し、本体であるエレシュキガルは眠る横島の髪を優しくなでるのであった……。

 

 

リポート19 決着/冥界で その4へ続く

 

 




と言うわけで今回はここまで、次回はエレちゃん(分身)&ガルラ霊沢山との美神達との戦いを書いて行こうと思います。
横島とエレシュキガル本体はまた別のシナリオを進めて貰うので、次回もまた2つの視点の話をメインに書いて行こうと思います。
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その4

 

リポート19 決着/冥界で その4

 

~美神視点~

 

信長に擬態していたノスフェラトゥが拠点としていた都庁地下の異界。そこにエレシュキガルがいる可能性があるという事で私達は都庁に訪れたのだが……都庁についた瞬間にそれが事実であると判明した。車から降りて駐車場に降りた瞬間に異界に引きずり込まれたからだ。

 

「最悪に備えてて正解だったわね」

 

相手は小竜姫様達を上回る力を持つ古き神だ。私達が都内に近づいているのは間違いなく感知しているだろうから、霊具などを車のトランクではなく最初から身につけていたのは間違いなく正解だった。

 

「何を腑抜けた事を言ってますの?そんなことを言ってるから横島が消息不明になったんですわよ」

 

くえすの射殺すような視線が向けられる。確かにくえすの言う通りだ。小竜姫様達がいるからまだ気が緩んでいたのかもしれない、それとも埋められない力の差に何をしても無駄という諦めにも似た感情を無意識に持っていたのかもしれない。

 

「分かってた事だけど……歓迎はされてないわね」

 

くえすの警告に謝っている間もなく、全方位から叩きつけられる敵意に意識が切り替わる。分かっていた事だ、冥界の女主人……エレシュキガルが横島君を保護しているのならばこのような状況になった私達に友好的な感情を抱いているはずが無いからだ。

 

【これは警告です。立ち去りなさい、今すぐ立ち去るというのならば私から貴女達を攻撃することはありません。今すぐ立ち去りなさい】

 

見た目は確かに蛍ちゃん達と同程度の年齢の少女だ。だがその全身から放たれている神通力と魔力が目の前の少女が人間ではなく、神魔であるという事を雄弁に語っている。

 

「女神エレシュキガル。私達も貴女と敵対するつもりはありません、横島さんを迎えに来ただけなのです」

 

小竜姫様が交渉を試みた次の瞬間、小竜姫様がボールのように吹っ飛ばされ異界の壁に叩きつけられ崩れ落ちる。

 

【言った筈です。去れと、誰が貴女達と言葉を交わすと言いましたか?立ち去らずにこの場に残った、それ即ち私への侮辱、そして敵対行動に他ありません】

 

敵意が殺意へと変わり、エレシュキガルの周りにレギオンらしき霊団が現れる。だがそれは霊体の骨同士が結合した巨大な骨巨人にも見えるし、レギオンにも見える。そして僅かに神通力を放つ私達の理解を超える化物だった。

 

「み、美神さん……さ、流石にあれは私浄化できそうにないですよぉ……」

 

「分かってるわ。おキヌちゃん、あれは霊団だけど霊団じゃない。全くの別物よ」

 

女神エレシュキガルがレギオンなんて言う下級の怨霊の集まりを使役している訳がない、恐らくあれは別の何かであり、神魔に足を踏み入れている何かなのだろう。

 

「……エレシュキガル。横島はここにいるのか?」

 

【います。いますが……それが何か?ただの1人の人間に全てを押し付け、見ているだけ、戦えもしない者達のもとへ何故我が友を帰す必要があるのです?】

 

絶対零度の視線と拒絶の色を感じさせる言葉を口にしたエレシュキガルは私達から背を向けた。

 

【違うと言うのならばこのガルラ霊達を倒し、再び私の前に来なさい。そうなれば話くらいは聞いて上げても良いですわよ。まぁ……どうせ無理でしょうけどね】

 

【【【■■■――ッ!!!】】】

 

エレシュキガルの姿が消えると同時にガルラ霊が咆哮を上げて襲い掛かってくる。骨同士が結合した巨大な腕が振るわれるのを見て、反射的に跳躍すると、私達の足の下を霊波の刃が通過した。

 

「……やばいですね、これ」

 

「うん。でも……やるしかないわね」

 

相手は下級神魔クラス、もしかすると英霊クラスの実力を持った複合霊だ。つまりこれから私達が戦わなければならない敵と言える。

 

【最悪になれば手伝いますが、私達を戦力として考えないように】

 

【ま!そういうことじゃね!シズク、お前はどうするんじゃ?】

 

「……手伝う理由はない」

 

牛若丸、ノッブ、シズクは協力してくれないが、これは当然だ。実力で言えば3人とも小竜姫様よりも上で、横島君がいるから私達に協力してくれているだけなのだ。私達への試練に力を貸して貰おうということ自体ありえない話だ。

 

「厳しいけどやるしかないって事ですね」

 

「横島が戦ってきた相手の事を考えれば弱い相手ですわ、これに勝てないようでは横島を連れ戻しても何も変わりません」

 

「……そうよね、意地でも私達だけで倒すしかないわね」

 

「そういうことッ!」

 

琉璃とくえすと、私と蛍ちゃんの4人で戦うには厳しい相手だと思うが、それでも勝たなければ、私達の力を示さなければ何も変わらない、正直に言えば足が竦みそうになるほどの力を秘めたガルラ霊が3体、どう考えても勝ち目なんてあるわけが無いのだけど……。

 

(横島君はずっと戦ってきた、師匠っていうならこの程度で怖気づいてどうするのよッ!)

 

横島君が戦ってきた相手を考えればガルラ霊は弱い相手だ、こんな相手に怖気づいてどうすると己に激をいれ、私達はガルラ霊に戦いを挑むのだった……。

 

 

 

 

~ベルゼブル視点~

 

美神達はあの女を本当に冥界の女主人だと思っているのか、それとも偽物だとしてもまずは試練を乗り越える事を選択したのか……。

 

「どっちだと思う?」

 

「……どっちでも良い」

 

【気付いてないと思いますよ?】

 

【まぁ気付いてるんじゃないかの?】

 

この返答を聞けばもうシズク達が美神達に対して期待していないのが分かる。元々私は美神達に期待はして無かったし、ルイ様も横島が師匠として敬っているのでそれなりの対応をしているが、期待などしているわけが無い。

 

「人間にしてはやるくらいか、横島を見ているとこの程度かくらいにしか思えんが」

 

確かに人間にしては強い部類だ。突出した能力こそないが手札の多い美神と蛍。応用力の高い琉璃、神魔に匹敵する魔法使いであるくえすだけは別格だが、それでも横島という規格外を基準にするとくすんで見えるは事実だ。

 

【この程度には勝って欲しいんですけどね。ある程度は訓練を見た身としては】

 

【まぁな~ワシもそう思うけど……なぁ事実あんまり強くないしのう】

 

鍛錬や稽古を見た身としてはガルラ霊に勝って欲しいと考えているようだが……実力不足は否めないな。

 

「小竜姫とブリュンヒルデが加わっても五分、いや、五分にしているだけ善戦はしてるか」

 

「……装備の質の悪さもある。これで良質な装備なら……7ー3くらいまで詰めれるだろう。後は戦術次第で五分五分だ」

 

「暴れてるだけのガルラ霊を相手にそれでは望み薄だな」

 

根本的にだが美神と蛍は不測の事態に弱い、これは小竜姫も同じだ。考えうる限りの事を考え対策し、その上で準備をしているのだからその準備を越えられるとどうしても弱い。琉璃は不測の事態にも強いが、神卸しの巫女という事を考えると長期戦には向かない。本人の実力は中の中から中の上、神卸しを行なって上の下から上の中ほどの実力である事を考えれば人間では破格の能力と言えるが霊力の消耗が激しいので息切れが早い。

 

【もう息切れしかけてますね】

 

【巫女だからな。まぁ元々戦闘に向いていないのは間違いない】

 

1度神卸しを解除して戦闘方法を霊体ボウガンに切り替えて、おキヌの支援を受けて体力を回復させようとしているが琉璃が抜けた事で少しずつ崩れの予兆が見えてきた。

 

「……能力自体は悪くないんだがな」

 

「確かにな。くえす1人でも上手い事戦えればあの程度簡単に勝てるだろう」

 

くえすを主軸にし、周りがフォローするという戦いが出来ればガルラ霊は簡単に殲滅できるだろうが、根本的にくえすはスタンドマン。そしてそれでいて本人が他人を信用しない性格なのでご破算ではあるが……。

 

【■ッ!?!?】

 

「まず1ッ!残り2!」

 

美神の言う通りガルラ霊を1体倒す事が出来たようだ。中々に早いと言いたいが……。

 

「今回は悪手だな」

 

エレシュキガルからしてもガルラ霊が落ちたのは些か早かったらしく、姿を消していた分身体のエレシュキガルが再び現れ、手にしているランタンを高く掲げる。

 

【動きが変わりますね】

 

「……だろうな、適当に痛めつけて退散させる筈が想定より強かったんで考えを変えたんだろう」

 

死者に関係する神にしては元々甘い所があるエレシュキガルだ。ガルラ霊3体で戦意を折って撤退させる予定が、ガルラ霊が倒された事で考えを変えたという所か、だがまぁどっちにせよ言える事があるとすれば……。

 

「ここからの戦いに勝てなければ何の意味もないということだ」

 

エレシュキガルにコントロールされ、その力を十全に使うガルラ霊と戦って勝てなければ当然これからの戦いについていけるわけも無く、今の状態のガルラ霊に勝てるのならば少し位美神達の評価を改めても良いなと思いながら、私は再び美神達との戦いに視線を向けるのだった……。

 

 

 

~エレシュキガル視点~

 

横島の師匠だから殺すつもりはないけれど、適当に痛めつけて追い返すように命じていたガルラ霊が1体倒されたので本腰を入れることにしたが、ルイやネロに聞いていたよりも美神達は強いのかもしれないと少しばかり考えを改める事になった。

 

(だとしても横島にここまで負担を掛けているんだから少し増し程度くらいでしょうけどね)

 

横島にかかっている負担を考えればそこまで強いわけではない筈だ。私の分身が指揮しているガルラ霊ならば美神達を突破させる事もないだろう。私は私のやるべきことに集中しよう。

 

「確かに冥界には心眼の魂がある可能性はあります。ですがあれは作られた魂、あるかないかで言えばない可能性が高いです。それでもどうしても冥界に行きたいと言うのならばそれ相応の契約を「サインしたよ」ほわああッ!?なんで、なんでサインしちゃうの!?」

 

脅しのつもりの契約書に迷う事無く契約している横島に思わず絶叫してしまうが、もう契約は成されてしまった。

 

「……分かりました。死後を私の冥界で過ごすという契約をしたのだから、案内しましょう。こちらです」

 

横島の死後私の冥界に来るという契約書に横島がサインした以上、その対価として私には横島を案内する義務がある。まだ思うように動けないであろう横島に手を貸して、冥界の奥へと降りる。

 

「そこまで心眼が大事なの?」

 

横島が冥界に来てくれるのは嬉しいけど、心眼を人質に使ったみたいで気分が悪いので心眼がそこまで大事なのか?と横島に問いかける。

 

「……別れるならちゃんと別れをしたいんだ。ありがとうも、もう大丈夫も俺は言えなかったから……ちゃんとした形でさよならを、今までありがとうって言いたいんだ」

 

もしもいるならと付け加える横島の言葉にそれだけ心眼という使い魔が横島にとって大きな存在なのだと分かった。

 

(擬似冥界とは言え、ここはちゃんと冥界の機能もある。それに横島を連れて来たときにきっと心眼も一緒に来ているはず)

 

これだけ縁があるのならばきっと心眼は私のこの冥界にいるはず……いなければおかしい、絶対にいる。

 

「横島、こっちよ」

 

「ごめん、我侭を言ってるのは分かるんだ」

 

「構わないのだわ。さ、こっちよ」

 

まだ思うように動けない横島の手を引いてゆっくりと冥界を下る。横島の死後がどうとか、私の側にいて欲しいとかは別にしても……横島に穏やかな時を過ごして欲しいというのが私の願いなのだが……。

 

(最悪、本当に最悪)

 

「エレちゃんどうかした?」

 

「ううん、なんでもない、さ、もう少し先よ。辛いと思うけど頑張って」

 

東京の上空に強い魔力を感じた。間違いなくそれは横島達の敵であり、休む間もなく敵を送り込んでくるその悪辣さ、そして何よりも私が心を痛めたのはこのままではまた横島が戦う事になる。それが避けられないのならば……。

 

(立ち位置を定める時が来たのかもしれないのだわ)

 

ネロやルイのように傍観者でいられる時は過ぎてしまったのかもしれない。いや、傍観者でいたければ傍観者でいることも出来るのだが……私自身が横島の味方でいたいと思っている以上……自分の立ち位置を定める決断の時は近いのかもしれない……そう思わざるを得ないのだった……。

 

 

一方その頃横島家では……。

 

「横島がわ、私……私以外の狐をぉぉ……」

 

「よーし、よしよし。大丈夫でござるよタマモ。せんせーはタマモの事を大好きでござるからな」

 

「……だって私めんどくさい性格だもん」

 

「大丈夫でござるよ、あの狐も結構めんどくさい性格をしてるでござるから」

 

妹属性は敗北者と言って高笑いしてるコヤンスカヤと、メンタルがやられてるタマモのフォローにシロはてんてこ舞いで……。

 

「みぎぃ」

 

「うきゅうッ」

 

「お兄様がまだ帰ってこない……」

 

「ぷーぎゅう」

 

「……もう皆一杯一杯でござるなあ」

 

横島がいないことで不貞腐れてるチビや、ちょっとダークサイドに落ちかけている紫など、横島の家は地獄絵図の形相を呈しているのだった……。

 

 

リポート19 決着/冥界で その5へ続く

 

 




美神達はボスアタック、横島は冥界下り中、横島家は崩壊寸前と地獄絵図の中で更なる敵の出現予告となっております。次回でリポート19は1度区切りでリポート20へ向けていこうと思います。エレちゃんの正規参入と心眼がどうなるのか楽しみにしていてください、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

PS

テセウス狙いで札7枚で征服王をお迎えして変な声でました。


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その5

 

リポート19 決着/冥界で その5

 

~蛍視点~

 

鈴の音が響いたと同時に頭を庇いながら地面を転がり、即座に立ち上がって体勢を立て直し、今の攻撃をしてきた相手に視線を向ける。

 

【逃げて、防いで、反撃をする気もないのかしら?】

 

身体から赤い神通力と魔力をオーラのように噴出している黒衣の少女――冥界の女主人エレシュキガル。

 

「ガルラ霊は前哨戦だと思ってたけど、やっぱり古き神は格が違うわね」

 

「本当ですね、小竜姫様やガープなんかよりもずっと強いッ」

 

文字通り現在の神とは格が違う。ホムンクルスの器に入れられているとしても、その実力は本物だ。檻の様な物を鈴の様に鳴らすと共に召喚される亡霊と杭のような物を連続で打ち込んでくる射撃と中~遠距離攻撃ばかりだが、間違いなく近距離戦闘も小竜姫様よりも上だろう。

 

【弱いわね、貴女達は弱すぎる】

 

鈴の音と共に召喚される亡霊が大口を開けて突撃してくるのを辛うじて回避したところでエレシュキガルが私達にそう声を掛けてきた。その瞳には何の感情も感じられず、ただただ失望したというのがひしひしと伝わってくる。

 

【貴女達からは本気が感じられない。人間だから、自分達よりも上の存在には勝てないという諦めしか感じない】

 

その言葉に思わず身体が固まった。図星に近かった、今も、今までも私達は見ているだけだった。何をしても横島達の戦いに割り込めない、補助に徹するしかないという考えが胸の中に無かったとは言えない。

 

【横島は戦いに向かない者よ。でも不運にも戦う才能を持ってしまった……自分でも戦いたくないと思っていても、守りたい者を守る為に戦って、戦って傷ついて、壊れていくの、どうして貴女達はそんな横島を見ても奮起しないの?貴女達は横島がいれば勝てる、横島に任せれば何とかなるとどこかで思っている】

 

「ち、ちがっ【違うと言うのならば、それを証明して見せなさい。私はただエレシュキガル様の分身、本物ではない。こんな存在にも勝てないのならば、貴女達に道はなく、横島の死は覆せない。抗える、神魔とも戦えるというその気概を私に見せなさいッ!!】

 

鈴の音が幾重にも鳴り響き、私達の周りに亡霊が一斉に現れ全方位から襲い掛かってくるのを精霊石の結界で防いだ。

 

「……耳がとんでもなく痛いですわね」

 

「確かにねノッブ達にも言われたけど私達には本気度が足りないって事よね」

 

自分達に出来る事はやって来たつもりだ。だけどそれでも足りてないのだ、神魔からみれば私達は自分達で諦め、成長を拒んでいるように見えるのかもしれない。

 

「私も耳が痛いですよ。神魔でありながらこの体たらくって言われてるような感じです……分身を分身だと見抜けなかった。不甲斐無いにも程がある」

 

小竜姫様も悔しそうに言うが、私達もあのエレシュキガルが本物だと思っていた。まさか分身であれほどの力を持っているとは、本物のエレシュキガルの強さはどれほどの物なのかと恐怖してしまう。

 

「これが駄目って事なんですよね、美神さん」

 

「ええ、霊能は意志の力、魂の力、私達がどこかで諦めていれば、どれほど技術を身につけても何の意味もないって事よ」

 

昔の除霊術を覚えても、英霊との戦いの術を覚えても、心のどこかで無理と思っていれば霊能はそれに答えてくれない。

 

「絶望せずに、魂を曇らせずに戦いぬけって事でしょう。口で言うのは簡単ですが、行動するのは難しい。貴女達はどうですかね?」

 

鈴の音と共に突っ込んで来た亡霊に向かって回し蹴りを放ったくえす。質量の差からくえすが弾き飛ばされる、そう思った私達の目の前でで召喚された亡霊は弾け飛んだ。

 

【貴女は迷っていないのね?】

 

「迷う理由が何故あるんです?私は私の道を行く、そこに迷いも、ためらいも、動揺もありませんわ。貴女をぶちのめして横島の所まで辿りつく、それだけですわ」

 

迷わない不屈の心、自分への絶対の自信……傲慢とも取れるその自負がくえすを支えている。

 

「これが私達にない物なのね、迷いは揺らぎ霊力を濁らせる。口だけじゃなくて魂からの意志の力で抗えって事ね」

 

技術だけで戦えると思っていた。だけど私達に足りなかったのは、己を信じる心。そして冥界という死地でどこか萎縮していたのかもしれない、あるいは死を恐れ身体だけではなく、魂まで萎縮していたのかもしれない。

 

「やってやる、やってやるわよ」

 

横島が出来たのだ。私達にだって出来るに決まっている。意志の力で霊力を、魂の力を引き出してやる。己を奮起させ、私は宙に浮かび私達を見下しているエレシュキガルを睨み返すのだった……。

 

 

 

 

~エレシュキガル(分身)視点~

 

私はエレシュキガル様が横島を守る為に生み出した分身であると同時に、横島と共にいる人間を見極める為に作り出されたその分身。本来であればあの人間達を殺すなんて簡単なことなのだが……。

 

(今のエレシュキガル様の方が仕えがいはある)

 

ホムンクルスの器に入れられたことでどこか人間寄りになったエレシュキガル様が生み出した分身だから、どうしても殺してしまおうという意思が弱く感じる。

 

(それか横島の影響なのかもしれない)

 

あの底抜けのお人よしの影響もエレシュキガル様にあるのかもしれない、私もまた影響を受けているかもしれないけど、今の私はそんなに嫌いじゃない。

 

【抗いなさい、己の力の使い方をもっと理解しなさい】

 

確かに目の前の人間達は弱い、だけどポテンシャル自体は過去の人間と大差が無い。では何故弱いのか?それは魂のあり方だ。自分はここまでなのだと、自分にはここまでしか出来ないのだという思い込みがその魂の出力に制限を掛けている。

 

「いつまでも分身の分際で私を見下ろしているんじゃありませんわよ!!」

 

放たれた魔法を檻から放った魔力波で相殺し、恐竜の亡霊を召喚する。

 

「それはもう何度も見ましたわ!!」

 

だが魔女は簡単にそれを相殺し、再び魔法を放ってくる。

 

【貴女は強いわね。だから貴女はもう良い】

 

「は?」

 

鈴を鳴らして魔女だけを隔離し、この世界から追い出した。

 

「くえすに何をしたの!?」

 

【あの魔女は強い意思と力を見せた。先に進む資格がある】

 

あの魔女ならば何の問題も無く横島の力になれる。まだ抗う力を、立ち向かう力を見せていない他の人間達とは違う。

 

「貴女は試練なのですか?」

 

【エレシュキガル様にその意思は無くとも、そうなったのだと思うわ。横島が信じているから私も信じたいという気持ちがエレシュキガル様にもあるのだわ。とはいえ失望なされるかもしれないけれどね】

 

横島が信じているから殺すには躊躇いがある。殺す事で横島に嫌われるかもしれないという事をエレシュキガル様は恐れている。だから私は試練という形で人間の前に立ち塞がっているのだと思う。

 

「そうなら、私達の力を認めさせてあげるわ」

 

【貴女は口は強いけれど、ずっと迷いと躊躇いがあるのね】

 

「んぐうっ……魂の状態を見れるのあまりにも卑怯じゃない!?」

 

【人間は口ではなんとでも言える。口ではなく、己の行動で示しなさい】

 

美神と呼ばれた女に向かって杭を放つと美神はそれを避けて霊波砲で反撃してくる。

 

(確かに迷いはある、躊躇いもある……だけど切っ掛けさえあれば皆戦う術を手に出来る)

 

全員素質はある。だけどそれを発揮するには切っ掛けが足りていない。存在するだけで魂に負荷をかける擬似冥界は魂を覚醒させるのに適した場所ではあるが、それと同時に魂にダメージを受けやすい場所でもある。

 

(私は殺すつもりはないけれど、それは貴女達次第よ)

 

私が殺すつもりは無くとも、不慮の事故は起きうる。これを試練と、殺すつもりもないと思っていれば人間達は死ぬが、それもまた己の出した答えであり、甘さの証明でもある。

した答えであり、甘さの証明でもある。

 

【抗いなさい、死ぬ気でね】

 

鈴を幾重にも鳴らし恐竜達を次々に呼び出す、人間達への試練はまだ始まったばかりだ。

 

(エレシュキガル様。時間は稼ぎますから)

 

冥界くだりを行なっているエレシュキガル様が何を考えているか分からないが、その冥界くだりが終わるまでは誰も横島の元へは辿り着けない。先に試練を突破した魔女もまた冥界くだりを行なっているだろうが、決してゴールに辿り着く事はないのだから、エレシュキガル様を邪魔するものはいないことに安堵しながら私は再び檻を鳴らし、亡霊の恐竜達を呼び出すのだった……。

 

 

 

 

~横島視点~

 

心眼にきちんと別れを、そして感謝を告げたいと我侭を言った俺にエレちゃんは契約書を出した。それは死後、エレちゃんの冥界で過ごすという契約で、俺が天国にはいけないという事を現していたが、俺は躊躇う事無くサインをした。俺は今まで幾度と無く心眼に助けられた。心眼がいなければここまで来る事は出来なかった……心眼にはいくら感謝をしても感謝を仕切れないほどに助けられた。だからきちんと感謝と別れをしたかったのだ。

 

「ど、どうかしら?や、やっぱり冥界は怖いかしら?」

 

俺の手を引きながらエレちゃんは冥界が怖いかと不安そうに尋ねてくる。確かに冥界を聞けば地獄のような場所を想像し、恐ろしいイメージであった。だが実際に目の当たりにした冥界は俺の想像と全く異なっていた……。

 

「凄く綺麗だと思う」

 

確かに暗い静寂の世界で恐ろしいと思わないわけではない。だが、周囲を漂う蛍のような輝きがあまりにも美しかった。

 

「そ、そう!?ち、ちなみにどこら辺がなのだわ!?」

 

「このなんだろう、青くてキラキラしてる砂も綺麗だし、この檻も光ってて……なんかクリスマスみたいだ」

 

語彙力が無いので子供のような返答になってしまったかもしれないけど、クリスマスのイルミネーションのように綺麗だと思った。

 

「クリスマス……?」

 

「エレちゃんはクリスマス知らない?」

 

「う、うん。あちこちは見て回ったけど……そういうのはあんまり知らないのだわ」

 

そっかエレちゃんは古い神様だから今のお祭ごととか祝い事は知らないのか……。

 

「じゃあ今度クリスマスパーティをしよう。クリスマスはまだまだ先だけど、エレちゃんも一緒に祝おうよ」

 

「迷惑じゃない?」

 

「迷惑じゃないよ。約束一緒にクリスマスパーティをしよう」

 

俺がそう言うとエレちゃんは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「約束なのだわ!」

 

「うん、約束」

 

エレちゃんとそんな約束をしながら、俺は冥界を下る。と言っても身体が思うように動かないのでエレちゃんに肩を借りっ放しで、本当に申し訳ないと思う。

 

「俺こそ迷惑掛けてない?」

 

「大丈夫なのだわ。冥界だと私は無敵なのだわ!横島を抱えて空だって飛べるのだわ!」

 

ふんすっと自慢げにいうエレちゃんの姿は神様なのにとても愛らしくて、思わず笑ってしまった。

 

「何か変な事を言ったかしら?」

 

「ううん、エレちゃんらしいなって思ってさ、死神は優しい神様って言うけど本当なんだなって」

 

「いやいや、私横島をここに閉じ込めたいとか思ってるけど……」

 

真面目でちょっぴり怖い時もあるけどエレちゃんはやっぱり優しい神様だと思うと言うとエレちゃんはぼそぼと何事か呟いていた。

 

「何か言った?」

 

「な、何でもないのだわ!?そ、それよりも目的地が見えてきたわよ」

 

目的地が見えてきたといって遠くを指差すエレちゃんにつられて顔を上げた俺の視線の先には何ともいえない光景が広がっていた。

 

「檻の森?」

 

エレちゃんが持っている檻よりもずっと巨大な大きな檻がいくつも乱立していた。

 

「ここは死んだ物の魂を収める場所。ここで休息して、新しい命へと生まれ変わるための場所。心眼が居るとすればここにいるのだわ」

 

殆どが殻だが凄まじい数の檻が乱立している。この中から心眼を探すのは間違い無く困難を極めるのは一目で分かった。美神さんや蛍達、それにチビや紫ちゃん達も俺の事を心配しているのは分かっている。

 

「エレちゃん。行こう」

 

「分かったのだわ、こっちよ」

 

だけどそれでも俺は心眼を探す為にエレちゃんと共に檻の森の中へと足を踏み入れるのだった……。

 

「ガープ~。反省したってさぁ~」

 

「分かっている。お前に頼みがあって来た。エレシュキガルの擬似冥界の中に横島がいる。それを連れて帰ってきて欲しい」

 

「え~また横島なの?」

 

「そうだ。お前はまだ横島の力を直接見ていないから軽んじているのだ。だが横島の戦いを見ればその気持ちも変わるだろうさ」

 

「ほんとに?」

 

「私とアスモデウスを退けた男だ。お前もうかうかしていると出し抜かれることになるぞ」

 

「ふぅ~ん。分かったよ、エレシュキガルの擬似冥界に行けば良いんだね?」

 

「そうだ。頼むぞ、セーレ」

 

だが心眼を見つけるよりも先にガープによって、セーレが擬似冥界へと送り込まれようとしているのだった……

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その1 へ続く

 




次回からは本来の立ち位置に戻ったセーレを絡めての冥界を書いて行こうと思います。タイトルで分かると思いますが、次回は僅かに仮面ライダーの要素が強くなると思いますのでご了承願います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


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リポート20 2人で1人のゴーストライダー
その1


リポート20 2人で1人のゴーストライダー その1

 

~横島視点~

 

キラキラと光り輝く霊力が雪のように降ってくる光景は幻想的でとても美しかった。だが生きる者の気配のないこの場所はとても冷たく、静寂に満ちていた……エレちゃんの言う通り死者の国というのが嫌でも分かる。

 

「こっちよ、滑るから気をつけてね」

 

積っている霊力は雪のようで、確かにエレちゃんの言う通り足をとられてしまいそうになる。思うように歩けない今の俺では先に進むのは困難だった。

 

「はい、横島。しっかり私の手をとって」

 

「ごめん」

 

エレちゃんに手を引いてもらわなければ進むことが出来ず、エレちゃんにごめんと謝る。

 

「良いのだわ、友達だから気にしないで」

 

友達だからと助けてくれるというエレちゃんは本当に優しいと思う。

 

(美神さんと蛍の言う通りだ)

 

死神は慈悲深く優しい神様と言っていたけど、本当にエレちゃんは優しくて思いやりのある神様だと思う。

 

(小竜姫様達も優しい神様だけど……エレちゃんは本当に女神様って感じだよなあ)

 

俺の想像してる女神様その物なんだよなあ……エレちゃんって優しくて思いやりもあって女神様って言葉はエレちゃんを指していると本気で思うそんな事を考えながら心眼が眠っている檻を探して視線を左右に動かすが、殆ど空の檻ばかりだ。

 

「エレちゃん。どうしてこんなに空ばかりなの?」

 

どうしてこんなに空ばかりなのかと思って尋ねるとエレちゃんは困ったように笑った。

 

「私は古い神様だから今の冥界や地獄には干渉出来ないの、ここは私が冥界の神としてある為に作った場所だから殆ど空なの」

 

少し寂しそうなエレちゃん。神様の役割が変わる事はあると美神さんが教えてくれたけど、自分の役割を失った神様がどれだけ寂しくて辛いのかは俺には分からない分からないから……。

 

「いつでも俺の家に遊びに来て良いから」

 

「へ?」

 

俺には気の聞いたことなんて言えないし、励ます事も上手くできるとは思えない。だけどエレちゃんに助けられたように、俺もエレちゃんの助けになりたいという気持ちは紛れもない本心だ。

 

「いつもネロちゃんとかルイさんと一緒に来るけど、1人で来ても全然良いから、話を聞いたり、一緒にお茶を飲んだりすることは出来るからいつでも訪ねて来て良いから」

 

エレちゃんは自分が神様とある為に擬似冥界を作ったといったけど、こんな寂しい場所に1人でいる必要はないと俺は思う。だから寂しいと思ったとき、1人でいるのが辛いと思った時に何時でも訪ねて来てくれて良いと言うとエレちゃんはさっきまでの困ったような笑みではなく、楽しそうな明るい表情の笑みを浮かべた。

 

「ふふ、じゃあ、訪ねていこうかしら?そうね、お菓子でも持って行こうかしら?」

 

「じゃあ俺はお茶とかを準備しながらチビ達と待ってるよ」

 

「それは良いわね。チビ達は元気?」

 

「元気元気、いつもとおり元気に跳ね回ってるよ」

 

チビ達が元気のないところなんか見たことが無い。いつも元気に跳ね回っている、ただ俺がいないから少し心配はしているとは思うけど、きっと元気で俺が帰ってくるのを待っていてくれていると思う。

 

「早く心眼を見つかると良いわね」

 

「うん。心眼が……ん?」

 

心眼を探していると1つ中身が入っている檻があった。でもそこにいたのは長髪の女性で……ジッと目を細めてそれが誰かが分かった。

 

「メドーサさん!?」

 

月で俺を庇って消え去ったメドーサさんが檻の中に入っていて、思わず声を上げた。

 

「メドーサ?ああ、横島の魂の中にいたから取り出して、ここで休ませておいたのだわ」

 

今思い出したと言わんばかりにぽんっとエレちゃんが手を叩いた。

 

「メドーサさんをここから出せる?」

 

「出せるけど……大分魂が弱ってるから目を覚ますかは分からないわよ?帰り道で起したほうが良いと思うのだわ」

 

確かに心眼を探すのに意識のないメドーサさんを連れて行くわけにはいかない。

 

「分かった。じゃあ帰り道で起してくれる?」

 

「良いのだわ、さ、次の階層に行くのだわ。そこに多分心眼がいる」

 

心眼がいるかもしれない区画に足を踏み入れた俺は目の前に広がる光景に言葉を失った。

 

「私が作った私の夢の一欠けら、それがここなの」

 

ほんの少しだけ明るい光が空から差し込み、小さな花畑が広がったあまりに美しく、幻想的な光景に俺は搾り出すように綺麗だと呟くのだった……。

 

 

 

~くえす視点~

 

女主人の分身に美神達と分断された私は1人で薄暗い冥界を進んでいた。

 

「嫌な静寂ですこと……」

 

私の歩いた足音だけが響く漆黒の静寂の世界を指先に灯した魔力の光で照らしながら進む。何の気配も無く、魔力も神通力も霊力も感じない。時折降り注ぐ冥界の砂はまるで雪のようだ。

 

(この世界のどこかに横島がいる?)

 

ガルラ霊がいるかもしれないこの状況で大声を出すわけには行かず、慎重に周囲を探りながら歩いていると背後から足音が聞こえ、太腿のホルスターから銃を引き抜きながら振り返る。

 

「随分と良い女になりましたわね?」

 

「どーも……なんとか突破できたみたいね」

 

ボロボロの姿の蛍が私の皮肉にそう返事を返し、肩を竦めた。

 

「美神達は?」

 

「まだだと思うわよ。私は幻術を利用して組み付いて無理矢理霊力と魔力を流し込んだ瞬間にここにいたわ」

 

蛍の手はボロボロで何をしたのかは一目で分かった。

 

「指向性を持たせないからですわ」

 

「話で聞いたくえすとめぐみさんのを真似しただけなんだからそこまで考えてないわよ」

 

話と文章を見ただけで私とめぐみの魔法を再現したのは流石と言えますが、魔法のいろはもなしにすれば両手が消し飛んでいた可能性もある。

 

「そんな無茶をして五体満足で良かったですわね?」

 

「……やっぱり?」

 

「当たり前でしょう。反発作用を利用しているのですから、もしもこれからも使うなら何か指向性を持たせることが出来るものを利用する事ですわ」

 

私とめぐみの努力の結晶であり、魔法の最奥とも呼べる物ではあるが、蛍の物は私とめぐみが使ったものとは比べ物にならないほどに劣化したもの、それを使う事に目くじらを立てるつもりはない。むしろ神魔や英霊への貴重な攻撃手段なので使えるというのならば使ってくれれば良いと思っている。

 

「という訳で、これを使いなさい」

 

「どういう……そういうことッ!」

 

私が投げ渡した銃を受け取った蛍と一緒に斜め上に銃を構えると共に引き金を引くと甲高い音が響き渡った。

 

「気配は殺していたと思ったんだけどね、中々やるじゃないか」

 

細身のサーベルを手にした子供の姿をした神魔……いや、不意打ちで横島を地球へと叩き落した私達が憎むべき敵……ッ!

 

「「セーレッ!」」

 

神魔混成軍……いやもっと前からスパイとして活動し、ガープに天界と魔界の情報を流していた内通者。

 

「元気そうで何より、でも君達は目障りだね。それに……君達が死ねば横島がどんな顔をするのか見て見たいかな……だから死んでくれないかな?」

 

その言葉と共に姿を消したセーレを一瞬見失い、反射的にしゃがみ込むと斬られた私の髪が宙を舞う姿が見えた。

 

「へえ……驚いた、でも後悔する事になるよ。今の一撃で死んでおけばよかったってさッ!!」

 

セーレの姿が再び消え、私と蛍は背中合わせになり死角を隠し、セーレの姿を探すが目に見えるところ、そして神通力と魔力の気配は何処にもない。

 

『僕はどこにでもいるし、どこにもいない。さぁゆっくりと切り刻んであげようね』

 

知らずの内に浅く、本当に浅く腕が切られていて出血していて、じんわりとした痛みが襲ってくる。

 

「美神達がここに来るまでどれくらい掛かると思います?」

 

「分からないけど、それを待ってると死ぬのは私達ね」

 

「なら私達だけで何とかしますわよッ!」

 

相手は最上級神魔のセーレ、私と蛍だけで戦うには絶望的な相手だが、それでも抗わなければ死んでしまう。

 

「攻撃の瞬間は実体化してるはず、そこを狙うわよ!」

 

「言われなくともッ!」

 

確かにセーレの姿は見えず、私達の身体は少しずつ傷ついているが、セーレの言動から私達を甚振ろうとしているのは明白、一撃で殺しに来ないのならば何とかする手段はある。少しずつ増える痛みに顔を歪めながら私達は反撃のチャンスを耐えて待つのだった……。

 

 

 

 

~エレシュキガル視点~

 

心眼を探し横島と共に擬似冥界を進んでいるとこの場に割り込んできた何かの気配を探知した。

 

(この気配は……覚えてる、私がこの世界に来たときにいた)

 

ガープによってホムンクルスの器に召喚された時に私を見ていた神魔の気配だ。

 

(どうやって、ここは私の世界、私が許可しなければ入り込めないはず……)

 

信仰を失い、私の管理する冥界がなく、私が擬似的に作り出した冥界だとしても、ここは冥界でありここの支配権は私にある。それなのに許可していない者が無理やり入り込んできたという現実に驚かされた。

 

(どうする、どうするのだわ)

 

入り込んできたのは最上級神魔だ人間達が戦うには余りにも厳しい相手だ。彼女達が死ねば横島は間違いなくショックを受けるだろう……私は少しの逡巡の後、握っていた横島の手を放した。

 

「エレちゃん?」

 

「良い横島。良く聞いて、ここから外に出るまでは来た道を真っ直ぐに引き返せば良いわ。心眼がいるとしたらここしかない、もしもここにいなければ心眼を諦めて外へ向かいなさい」

 

「待て、待ってくれ!急にどうしたんだ!?」

 

私の言葉を理解出来ない横島が困惑した声を出すが、私は横島の肩を掴んで無理矢理止めた。

 

「心眼はデリケートな存在よ。私が近くにいれば私の神通力と魔力で消し飛んでしまうかもしれない。それは私も、横島も、そして心眼も望んでいないことだわ。だからここから先は横島1人で進むの、良いわね?」

 

この言葉に嘘はない、心眼を見つければ離れるつもりだった。ただそれが私が思っていたよりも早く、そして心眼を探す所からになってしまっただけだ。

 

「分かった。ありがとうエレちゃん」

 

「ん、心眼が見つかる事を祈ってるわ。じゃあ頑張って」

 

横島を激励してから離れると同時に転移すると同時に檻を掲げる。

 

「おっと」

 

サーベルを構えていたセーレに恐竜が襲い掛かり、背中合わせで立っている蛍達の前に立ち塞がる。

 

「エレシュキガル……本物?」

 

「本物なのだわ。私の冥界に入り込んできた不届きものを成敗しに来ただけで、べ、別に助けに来たわけではないのだわ!?」

 

この2人が傷つくと横島が悲しむのでそれを阻止しに来ただけで、決して蛍達を助けようとした訳ではない、これは全て横島の為である。

 

「へえ。僕達が復活させたのに、僕達の敵になるんだ?」

 

「別に復活させてくれなんて頼んだつもりはない、恩着せがましい言い方はやめなさい」

 

本当に私は今の地球に、神魔に関与するつもりは無かった。だけど横島がいる、横島がいるから彼が悲しまないようにしたいだけなのだ。

 

「良いよ、君はいまから敵だ」

 

「最初から敵なのだわッ! 私の冥界に踏み込んだ罪をその身を持って償うが良いわッ!!」

 

温厚に波風を立てずに、このホムンクルスの肉体が朽ちるまで過ごすつもりだったけど、そうも言ってられなくなった。私は蛍達を背中に庇いながら檻を掲げにやにやと笑うセーレに戦いを挑むのだった……。

 

「今の轟音は何!?」

 

「先に行ったくえすと蛍さんかもしれません、急ぎましょう!」

 

「休む間もないけどやるしかないって事ねッ!」

 

「蛍ちゃん達が心配です!早く合流しましょうッ!」

 

「神魔同士がぶつかっている気配がします、もしかするとガープ達が動いたかもしれません!急ぎましょう」

 

エレシュキガルの分身の試練を乗り越えた美神達もセーレが侵入した冥界へと足を踏み入れ、戦いの気配を感じ足を引き摺りながら蛍達の元へ向かうのだった……。

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その2へ続く

 

 




今回はセーレ乱入で一区切りとさせていただきました。次回は横島の視点から心眼を見つける所まで、そして美神達はセーレとの戦いを描いていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


バーゲストさんの宝レベルを上げたくて10連

バーゲストさんのお迎えに成功し宝レベル3となり、残り石120個です。


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その2

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その2

 

~蛍視点~

 

ソロモン72柱の中でセーレは26の軍団を率いる強大な君主であり、悪魔としての格は極めて高い。だがアスモデウス、ガープと比べるとその危険度は低い……私はそう思っていた。セーレは召喚しても召喚者に害をなす事は無く、生贄や対価を要求する事もない。ソロモン72柱の中では公平で良い性質を持つからだ。攻撃的な逸話の多いアスモデウスや魔術に秀でているガープよりも戦いやすい……そう思っていた。それはくえすも同じだと思うのだが……セーレは私とくえすの予想とは全く異なる戦い方をしてきた。

 

「つうっ!?」

 

「くっ!?」

 

私とくえすの呻き声が同時に響く、浅い切り傷が何時の間にか身体に刻まれていた。

 

「このっ!!」

 

「おっと危ない危ない」

 

エレシュキガルが杭を射出するが、セーレの姿は一瞬で消え、私達の頭上で胡坐をかいて浮かんでいた。

 

「僕は確かにアスモデウスとガープと比べれば弱いよ?悪魔としての格は最上級だけど、多分純粋な戦闘能力じゃあよくて下級神魔クラスだろうね」

 

にやにやと笑いながらセーレは自分は余り強くないと告げ、私とくえすに見せ付けるように右手を突き出してくる。そこには精霊石と銃のカートリッジが乗せられており、私とくえすはポケットに手を入れ、そこに入っていたはずの物がないのに気付いた。

 

「精霊石がッ!?」

 

「私はエンチャントした銃弾をいかれましたか……ッ!随分と手癖が悪いですわね!」

 

何時の間にか道具を盗まれていた事に気付きうろたえている私とくえすをみてセーレはニヤニヤと笑った。

 

「でもね、弱い能力は弱い能力なりの戦い方があるのさ、真っ向から戦うなんて方法をしなくても僕には僕の戦い方があるのさ」

 

セーレが指を鳴らすとまた見えない刃に身体が切裂かれた。何の気配も魔力も神通力の気配も感じない。

 

「エレシュキガル。何をされているのか分かりませんか?」

 

「分からないのだわ……多分セーレの固有の能力だと思うのだけど……私でも感じ取れないのだわ」

 

エレシュキガルでも攻撃の予兆も気配も感じ取れないのは厄介だ。

 

(今は私達を甚振るのを目的にしてるからこの程度で済んでるけど……カラクリを見破らないとやばいわ)

 

セーレの攻撃の秘密を見破らない事には、いや、仮に見破ったとしても私達にセーレを倒すだけの攻撃力はない。

 

「また持っていかれましたわッ!」

 

「こっちもよ……」

 

どんどん装備が奪われ、攻撃する手段が減っていく……セーレの戦い方が何なのか、私もくえすも嫌でも気付かされる羽目になった。

 

「神魔の癖に人間のような戦い方をするのですね、セーレ」

 

くえすの言う通りだ。これは神魔の戦い方ではない、人間の戦い方だ。

 

「その通りだよ。僕には他の神魔のような派手な戦いは出来ない。だから僕は油断も慢心もしないよ」

 

セーレの戦いはリスクを減らし、どれほど時間を掛けようと確実に勝利する戦いだ。

 

「厄介な相手なのだわ!」

 

エレシュキガルが檻を振るい何かの攻撃を弾いた音がした。咄嗟に周囲を見るがセーレが使っている武器らしい物はやはり見えなかった。

 

「喰らいなさいッ!」

 

「このっ!」

 

攻撃の手段を見破るのは今は出来ないと判断して、セーレへの攻撃を選択した。だがセーレの姿は一瞬で消え、闇の中からセーレの声だけが響いて来る。

 

「エレシュキガルなんてインチキをしてるんだ。真っ向から僕が戦う理由はないよね?じっくりと狩らせてもらうよ」

 

再び見えない攻撃で身体が切裂かれ、ポケットに入れていた結界札が消え去っていた。

 

「厄介にも程がありますわねッ」

 

くえすが文句を言いながらも回復魔法を使ってくれたおかげで傷が塞がり、出血多量は防ぐ事が出来たけど、セーレの攻撃を見破らない限りはまた同じことの繰り返しだ。

 

「エレシュキガル。セーレの姿を見つけれないかしら?ここは貴女の異界よね?」

 

「ごめんなさい、無理なのだわ。なんらかの方法で姿を消しているのならなんとかなるのだけど……」

 

「権能だから無理ということですわね。なんとかして同じ戦いの土俵に引きずり出さないといけない訳ですか……」

 

「とは言え、引きずり出したとしても戦うのはかなり難しいわね」

 

セーレの権能はどこにでも移動できる能力となんでも盗み出せる能力……それは確かに戦闘向けの能力では無いが、それを完全に使いこなしているセーレは攻撃と防御に使用しているのは間違いないけど……。

 

「本体以外もどこにでも移動させれる?」

 

「流石にそれはないでしょう。それが出来ればセーレは暗殺に特化した神魔になっていて、既に最高指導者は殺されているはず……何か別のカラクリがある筈ですわ」

 

確かに攻撃も移動させれるのならばセーレはどの神魔も警戒しなければならない強力な神魔になる筈で、これほど長い間スパイ活動を出来るわけが無い、隠していたということも考えられるが、暗殺が続けば間違いなくセーレは疑われる。

 

「ガープと合流して何か新しい手札を手に入れたって事ですわね。でも段々分かってきましたわね」

 

「そうねッ!」

 

一瞬だけ、本当に一瞬だけ気配が現れる。その気配を感じ取る事が出来れば攻撃は回避出来る。回避出来るといっても致命傷を避けるだけでダメージは蓄積していくが、動くのに支障がなければ回避出来ているといっても良い筈だ。

 

「エレシュキガルはセーレを探して、1発どでかいのをぶちかましてくれますか?」

 

「分かったのだわ! でも、ちょっと見つけるのは難しいかもしれないのだわッ」

 

エレシュキガルの探知能力でも探し出せないセーレを見つけ出すのは中々に骨だがやるしかない。

 

「もっう!乙女の柔肌をなんだと思ってるのよ!」

 

「全くですわねッ!」

 

嫌がらせのように小さく、細かい攻撃を繰り出してくるセーレに思わずくえすと共に叫んでしまったが、別に悪ふざけとかではない。これも私とくえすの作戦の1つであった。

 

「今度は髪を狙ってあげようかな」

 

((掛かったッ!))

 

嗜虐的なセーレならば私とくえすの言葉を聞いて動いてくると思った。姿が見えない、攻撃も見えないというのは変わらないがその視線を感じることが出来る。

 

(タイミングを間違えないでよ)

 

(言われなくとも)

 

恐らくチャンスは1回、その1回を逃せば、セーレは距離を取り私とくえすが動けなくなるまで近くに出て来る事はないだろう。それにエレシュキガルにでかいのをぶつけてくれと頼んだが、エレシュキガルに任せるつもりは私には無く、古い除霊術の修行、エレシュキガルの分身体との戦い、そしてくえすの白と黒魔法を混ぜるのを見て、私も私なりに神魔への攻撃手段のヒントを掴めたと思う。

 

(ソロモン72柱、試すのにうってつけの相手だわ)

 

いつまでも足手纏いではなく、私も神魔と戦う術を手に出来る。横島の力になれる、横島にだけ負担を掛けなくて済む。そして何よりも何度も言われている最悪の未来を変えることに繋がると私はそう信じ、集中力を高めながら反撃のチャンスを待つのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

 

檻が樹木のように乱立しているのを1つ1つ確認していくが、心眼の姿は何処にもない。でもエレちゃんはここにいるといっていたので、根気よく檻の中を確認していると背後に気配を感じた。

 

「エレ……お前はどうしてここにッ!?」

 

エレちゃんだと思ったのだが、俺の背後にいたのはローブ姿で本を手にした男……正体不明の怪人レクス・ローの姿で、咄嗟に眼魂を構えるが、レクスはそんな俺を手で制した。

 

「勘違いしないで欲しい、私は戦いに来たわけではないよ。横島忠夫」

 

「そんな言葉を信じると思うのか?」

 

レクス・ローの言葉を信じるほど俺は馬鹿ではないつもりだ。それに今までの立ち振舞いを見て、レクス・ローを信用なんて出来る訳が無い。

 

「心眼を探しているのだろう?彷徨い闇雲に探している君にヒントをあげようじゃないか」

 

心眼の言葉に俺は動きを止め、そんな俺を見てレクス・ローは喉を鳴らして笑った。

 

「心眼は目に見えていたかな?実体のある物だったか?違うのではないか?」

 

「それ……は」

 

「良く考えると良い。心眼は君にとって何なのか、それを思い出せば心眼の場所へと自ずと辿り着けるはずさ」

 

レクス・ローはそう言うと現れた時と同じ様にその姿を消した。

 

「心眼……」

 

心眼は俺の側にいてくれた、俺の道を示してくれた……目に見えなくとも、そこにいなくとも……心眼は確かに俺の側にいてくれた。目を閉じて意識を集中する、目ではない、心眼の姿を映すのは肉体の目ではなく、魂の目だ。

 

「……見つけたッ」

 

遠い、凄く遠いけど確かに見えた。心眼の姿がはっきりと見えた。

 

「今行くからッ」

 

ちゃんと別れを告げたい、心眼に今までありがとうと言いたいんだと思い、俺は足を引き摺りながら心眼の元へと歩き出した。そんな横島の姿をレクス・ローは上空から見つめていた。

 

「ここも1つの分岐点。横島忠夫……君はどちらへ辿り着くかな?」

 

レクス・ローの手の中には2枚のライダーカードが握られていた。そのどちらもノイズが走り、絵柄が現れは消え、消えては現れるを繰り返していた。1つは鎧を纏ったような大きな目がヴァリアスバイザーへ浮かんだ姿、そしてもう1つは2人のウィスプの姿が描かれたカードだった。

 

「君が思うよりも心眼は大きな存在である。心眼がいるかいないか、それだけで未来の可能性は大きく変わる。頑張りたまえよ、横島忠夫。心眼はもう己の役割は終わったと思い込んでいるからね」

 

心眼を見つけたとしても説得できるか、それとも出来ないかは横島次第。その結果次第では未来も大きく変わるとレクス・ローは呟いて振り返った。

 

「さて、あちらはどうしますかね」

 

セーレと戦っている蛍達の勝率は現状では0%。テコ入れするか、それとも見定めるべきか、はたまた横島を観察しているか……レクス・ローが手にしていた本を閉じると、レクス・ローの姿は2人に増えていた。

 

「君は横島を見ていてくれたまえ、何かあれば助太刀してもかまわない」

 

「了解した。そちらも蛍達を死なせてはいけないぞ」

 

「分かっているとも、では互いに頑張ろう」

 

2人へと分かれたレクス・ローは溶けるように消え去り、冥界の暗い空に冷たい風が吹きぬけるのだった……。

 

 

 

~琉璃視点~

 

エレシュキガルの試練を突破した私達は蛍ちゃんとくえすを探し、そしてエレシュキガルと一緒にいる2人を見つけた。そこまでは良い、だけど其処からが問題だった。

 

「はっははははッ!ゲストが沢山だ。歓迎してあげるよ」

 

闇の中にセーレの声が響き、見えない攻撃が飛んでくる。肌に痛みが走った瞬間に霊力で弾きながら周囲に視線を走らせるが、やはりセーレの姿は見えない。

 

「小竜姫様!なんとかなりませんか!?」

 

「すいません無理です!」

 

「私でも無理ですね……ッ!」

 

小竜姫様達は無理だと叫ぶ、セーレの格は小竜姫様達よりも上なのは分かるが、もう少し何とか頑張ってくれないだろうか。

 

「シズクが横島君を捜しに行ってくれてるからそっちの心配はないけど……」

 

元々見ていただけのベルゼブルと牛若丸とノッブはまだエレシュキガルの試練の場所に残っているらしい、シズクは水が本体なので、分身が美神さん達についてきたので、こっちに飛んだ瞬間に横島君を捜しに行ったので、ここに横島くんがいるのは間違いないが、今連れてこられるとこっちが大分不味い。

 

「こっちが問題ですね」

 

エレシュキガルと小竜姫様とブリュンヒルデ、神魔が3人いてもセーレの姿を見つけることが出来ない……間違いなくセーレの権能だと思うが、厄介すぎるにも程がある。

 

「っつうッ!」

 

「いったあ……」

 

本当に浅い、浅い傷なのだが身構えてない所に来るので思わず呻き声を上げてしまう。

 

「いっっつうう」

 

ネクロマンサーの笛の音色が途切れ、少し身体が重くなるがおキヌちゃんは頑張って再び笛を吹いてくれる事でまた身体の感覚が鋭くなる。

 

「くえす、蛍ちゃん。これ避けるとか防ぐコツある?」

 

「馴れてください」

 

「多少の痛みは我慢ですわね」

 

脳筋だが、本当にそれしか対象法が無い。

 

(装備は奪われるし、不可視の攻撃はあるし……厄介な相手だわ、セーレッ)

 

純粋な強さよりもこういう絡め手を使ってくる相手の方がずっと厄介だ。しかも私達は基本的に霊具使いであり、霊具を奪われるのは戦闘方法に制限が掛けられると同意義で時間が経つに連れてどんどん不利になる。

 

「見鬼君でも駄目で……」

 

「ルーンでも駄目ですね……」

 

見鬼君でも駄目、ブリュンヒルデのルーンでも駄目となると考えられるのは2つしかない。

 

「セーレの技量か、ガープの道具。どっちだと思います」

 

セーレの純粋な技量か、ガープの作った武器を使っているのかどちらかではあると思うのでどっちかだと思うんだけど……。

 

「多分両方。私達全員が同時にダメージを受けてる。さすがの神魔でもここまでは出来ない筈。小竜姫様違うかしら?」

 

「いえ、あってると思います。ただ私達を殺す訳には行かないってだけで、本気になれば……」

 

「手足の1本、2本は飛びますわね。その前に何とかしてセーレをこちらの戦場に引っ張り出さなくては……」

 

姿の消えている最上級神魔を見つけ出し、この攻撃を止めさせる。勿論引きずり出したとしてもセーレの強さは変わらないが……。

 

「人間はすぐ動けなくなるんだから頑張りなさいよ!」

 

エレシュキガルの言う通り出血多量で簡単に人間は動けなくなる、もっと言えば死に近づく訳だ。

 

「十分に動けるだけの余力を残して、セーレをこの場に引きずり出す……本当最悪ですね」

 

「そうね、でもやるしかないのよッ」

 

余りにも厳しい条件だが、やるしかないのだ。横島君はもっと厳しい条件で戦ってきたのだ、この程度で泣き言なんて言ってられない。

 

「でも痛いものは痛いのよねぇッ!」

 

本当に浅く細い切り傷……浅く、細い……?この一瞬で刻まれる傷にふと疑問を抱いた。小竜姫様の言う通り、セーレがその気ならば簡単に手足が飛ぶだろうがそれをしない、あるいは出来ない理由がある?斬り飛ばすことをしないのではなく、出来ないのではないか?そして姿を消しているのではなく、消さなくてはいけない理由があるのかもしれない……神卸なんていう霊能を持っていれば神の気配にはかなり鋭くなる、もっと意識を研ぎ澄ませばセーレの存在を探知できるかもしれない。

 

(試してみる価値はあるかも知れないわね)

 

ダメージを覚悟で試してみる価値はあると私は判断し、神経をより細く、鋭く研ぎ澄ましセーレの気配を探り始める。これがこの絶望的な状況の突破口になるとそう信じて……。

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その3へ続く

 

 




再び怪人レクス・ロー暗躍タイムです。そしてセーレとの戦いに何かを掴み始めた美神達と戦況は少しずつだけど変化してきました。次回は横島と心眼をメインで、セーレ戦2戦目に入って行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その3

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その3

 

~横島視点~

 

レクス・ローは確かに怪しいし、その言葉を信じるなんて正気の沙汰ではないのは分かっている。だがレクス・ローの言葉のおかげで俺は心眼の位置を把握する事が出来た。

 

「あいつは何をしたいんだろうか」

 

簒奪者と奪い取る者だという、例えば王様を失脚させ王座を奪う。政治による権力を奪う。支配権を奪う……この長い歴史の中で様々な簒奪者がいたそうだが、レクス・ローは真なる歴史の簒奪者と名乗っていた。

 

「……歴史を奪う?俺の特異点とかいうのと同じなのか?」

 

特異点は簡単に言えば歴史を改変する能力を持つ者とのことだ。例えば美神さんが過去に行って何らかの悲劇を回避したとしよう。だが死ぬという結末は変わらず、交通事故が病気になったり、通り魔による殺人になったりと死ぬという結末を変えることは出来ない。だが俺が過去へ行けばその結末を変えることが出来る。本来定められた歴史の道を修正・あるいは狂わせることが出来るのが特異点の能力らしい・

 

「……じゃああいつは何を変えようとしてるんだ?」

 

レクス・ローの能力が俺と同じ特異点だと仮定すると真なる歴史の簒奪者というレクス・ローの言葉の意味がうっすらとだが分かってくる。

 

「何かを変えているのか?」

 

何かの結末を、何かの未来をレクス・ローは自分に都合のいいように捻じ曲げている……もしくは……。

 

「悲劇を回避させてる?」

 

琉璃さんも美神さんもいっていたが、俺達の戦いは誰が死んでもおかしくないような戦いだったと、それでも負傷者こそいれど死傷者はいないのは奇跡だと言っていたが、もしもその奇跡がレクス・ローによって齎されたものだとしたら……。

 

「あいつは何を知っているんだ?」

 

レクス・ローは知っているのだろう。最悪の結末を、あるいは最悪の未来を……例えばそうアスモデウス達が世界を支配したり、離反したと言う天使達が世界を支配したりと……どう考えても人間にとって良い世界ではない未来をレクス・ローは知っていてそれを避ける為に暗躍をしていると考えるのが道理ではないだろうか?

 

「となると……あいつは世界意志で動いてるのか?」

 

世界の意思は存続しようとする意思だという、その存続しようとしている意思がレクス・ローに何かをさせているのだろうか?

 

「うーん……分からん」

 

ここで横島がこの考えに辿り着いたのは一重に先入観が無いからだ。美神達は横島に意図的に未来を知る者が横島の結末を変える為にこの世界に訪れているという情報をを隠していた。横島の特異点と言う能力を加味し、未来を変えること繋がりかねないと考えた上での判断だった。その事によって横島はレクス・ローの存在を敵でも、味方でもない、第三勢力と考えていた事によりレクス・ローの真意の一端に触れかけていた。

 

「……見つけたッ」

 

だがその考えは途中で中断された。心眼の気配を感じ取った横島は考え事を中断し、心眼の気配の元へと走った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

無数の檻の中の1つ……霊力で満たされた檻の中の1つに俺は迷う事無く駆け寄った。

 

「……見つけた……心眼、心眼だよな」

 

檻の中に浮かぶ小さな人魂……それが心眼だと俺は確信していた。ずっと俺の中にいたんだ、目で見るんじゃない。魂の目で見なければ心眼を見つける事は出来なかった。レクス・ローの助言の通り、目で見るなという助言のお蔭で俺は心眼を見つけることが出来た。

 

【横……島?】

 

「ああ。俺だ、やっと見つけたぞ、心眼」

 

ノイズ交じりの今にも消えてしまいそうな小さな声だったが、その声は間違い無く心眼の声だった。俺は心眼が入っている檻の近くに座り込み、檻に背中を預けて顔を上げた。

 

【どうして……来た?お前も……死んだのか、私は……お前を……助けれなかったのか】

 

「いや、生きてる。エレちゃんが冥界に連れて来てくれた。もう1度話をしたかったんだ」

 

【その為だけに……冥界にまで……来たのか?なんて……無茶をするんだ……】

 

信じられないという感じの心眼の声……ずっと聞いていたのに、その声を聞くのが随分と久しぶりに、そして懐かしく思えた。

 

「無茶をしても、ちゃんと話をしたかったんだよ。心眼」

 

ずっと助けられてきたのに、ありがとうも何も言えずにさよならなんて俺には耐えられなかったのだと言うと心眼はお前は馬鹿だとかすれた声で呟き、俺は苦笑しながら俺もそう思うと返事を返すのだった……。

 

 

 

 

~心眼視点~

 

横島がエレシュキガルに頼んでまで冥界に来たといったのは私にとって凄まじい衝撃だった。嬉しいと思う反面、何故、どうしてという言葉がいくつも脳裏を過ぎる。

 

(どうしてそこまで……いや……分かっていたはずだ)

 

横島は孤独を恐れる。私が思う以上に私は横島の心の深い部分にいたのかもしれない……それを嬉しいと思う反面、自分の醜さを思い知らされる。

 

(浅ましい、なんと浅ましいのだ)

 

私は人ではないのに、何れ消えてしまう存在なのに……横島を愛してしまった。分かっていた、最初からずっと分かっていたのだ。横島の助けになりたいと思ったのは、その横島の清らかな心に魅かれたからだ。横島の盾になって死んだのも横島に生きていて欲しかったからだ。横島の魂の中でずっと私は見ていた、助けになりたいと、その悲しみを和らげてやりたいとそう思ったのだ。それが愛だと私は知っていた。作られた人工魂の分際で私は……私は……横島を愛してしまっていた。

 

「なぁ心眼また一緒に行こうぜ。俺はお前が居ないと駄目なんだ」

 

【……それは出来ない……私は死んだんだ】

 

(行きたいと思わせないでくれ)

 

「でも魂なんだろ?俺に取り憑いても良いからさ」

 

【駄目だ。私には……もう寄り代が無い、現世には戻れない】

 

(私を必要と言わないでくれ)

 

「どうしても駄目なのか?」

 

【ああ……駄目だ】

 

(これ以上私は横島の側にいてはいけない)

 

横島を助けてやりたいと、支えてやりたいと私は思っている。出来る事ならばまた心眼として横島と共にありたいと思っている……だけどそれは駄目なのだ。これ以上横島の側にいたらきっと私は横島を思う心を押さえられなくなる。

 

【横島。この檻を開けるんだ】

 

「いや、それは駄目だろ。エレちゃんが駄目だって言ってた」

 

【それでもだ。私は作られた魂だ。だから地獄に行くことも、天国に行くこともない。永劫ここにいるだけだそれならばお前の助けに私はなりたいんだ。それに私の中には横島の魂の欠片がある。私が存在している限り横島、お前の力を奪い続けてしまうんだ。わたしはもうお前の助けになれず、足を引っ張るような真似は耐えられないんだ】

 

その言葉に嘘はない、だけど真実でもない。このまま横島を思うよりも、横島の手で終わらせて欲しいのだ。

 

「……どうしてもか?」

 

【どうしてもだ。横島が私を大切に思うのならば、私を眠らせて欲しい】

 

ずるい言葉だと分かっている。離れたいと思っているのに、横島の心に傷を残そうとしている自分が嫌になる。

 

「な、なんだ!?」

 

躊躇う横島の背中を押すように凄まじい地響きが冥界に響き渡り、恐ろしい魔力が冥界に広がった。

 

【セーレだ。セーレがいる、蛍達が危ないぞ!横島、躊躇っている場合じゃない!早く檻を開けるんだッ!】

 

この魔力は間違いなくセーレの物で、近くに蛍達もいるというと横島は目を見開き、ぐっと唇を噛み締めてから私が入っている檻に手を伸ばした。

 

「……心眼」

 

【何だ?】

 

「いままで……本当にありがとう……それとおやすみ」

 

泣き笑いの笑みを浮かべる横島の姿を私は目に焼き付けた。

 

【ああ。おやすみ】

 

良い夢を見た。本当に良い夢だった……だけど夢は必ず覚めるもの……それが今なんだ。横島の手が檻を開き、不安定だった私はボロボロに崩れ、横島の身体に降り注いだ。

 

【姿は見えずとも、声は聞こえなくても、私はずっとお前を見守っているよ。頑張れ、横島】

 

その言葉を最後に私は2度と覚める事の無い深い眠りの中へと落ちて行った……。

 

「ありがとう……心眼」

 

残された横島は自分自身を抱きしめるように胸を抱いた。心眼がいなければここまでこれなかった、ここまで頑張れなかった。自分を支えてくれた者への最後の感謝を告げ、溢れる涙を拭う。

 

「いかないと……」

 

悲しくても立ち止まっている時間はないセーレが擬似冥界にいる。そして自分を探して美神達が居ると知った横島は心眼を失った悲しみををグッと噛み締め、涙を流しながら来た道を引き返していくのだった。

 

 

 

 

~セーレ視点~ 

 

アスモデウスとガープと比べれば……いや、他の上級神魔と比べても弱いという事を僕はいやって言うほど自覚していた。確かに僕は君主であり、配下の悪魔も多くいる。だが僕の能力は何処にでも移動できて、どんな物も盗めるという能力であり戦闘にはまるで向いていない……と誰もがそう思うだろう。事実混成軍にスパイとして潜りこんでいる時から僕を戦力として考える者なんか誰もいなかった。精々便利な運び屋くらいに思っていただろうが、それがすべての間違いである。

 

(そう思わせていたって事にすら誰も気付かなった)

 

大人の姿と子供の姿……それを使い分け、僕はサタンが魔界を統一しようとしている時からずっと暗躍していた。どこにでも移動出来る、どんな物も盗めるだけの力の弱い最上級神魔と思わせ続けてきた。まぁ事実僕は直接戦闘には弱いし、上級神魔や最上級神魔と戦えばまず間違いなく負ける……だけど力が無いなら力が無いなりの戦い方っていう物がある。

 

(例えばこうやってね)

 

殺すなと言われているので本気で攻撃していないが、蛍達の周りの空気を奪い気圧を変化させる事で空気の刃を作り出すことも出来れば、魔力刃を飛ばし、進行方向の空間を奪えば一瞬で相手を切裂くという事も僕には出来るのだ。最も人間相手なら周囲の空気を奪えば窒息させれるが、殺してはいけないと命じられているのでそれは使えないのが惜しむ所だが、逆を言えば少ないダメージで相手を苦しめるという楽しみが出来たと思えばそう悪いとは思わない。

 

(奪う、盗むと聞けば弱いと思うけど、用は使いようさ)

 

自分の回りの空間を奪えば僕は認識出来ない、魔力砲などの飛び道具だって上手く空間を盗めば空気圧を弾丸にする事だって出来る。まぁいかんせん神魔相手には攻撃力が足りないという欠点があるがそれでも上手く使いこなせば全包囲攻撃も可能だ。一発で倒す事が出来なくても時間を掛ければ十分に神魔とだって戦える。まぁ長期戦を挑むのが無理な話ではあるんだけど……。

 

「人間相手には遅れを取らないよ」

 

殺してはいけないっていうのが面倒すぎるが、僕よりも格上のエレシュキガルを翻弄したり、弱い攻撃で少しずつ切り刻んでいくというのは中々に良い気分転換になる。

 

(ガープの計画に必要だって言うけどさ、本当なんでだよねえ?)

 

横島に何故そこまで執着するのかが謎だ。特異点であり、文珠を作れたとしても人間は人間だ。狂神石を投与して、少しずつ神魔側に傾けるとしても何故そこまで拘るのかというのが僕にとっては謎でしかない訳だ。人間は神魔を殺す事が出来ない、それは絶対の法則であり、何をしても蛍達は僕を傷つける事が出来ない……そう思っていた。次の瞬間僕の脇腹に風穴が開いた。

 

「は……ぐうっ!?なんで、どうして!?」

 

信じられない激痛に顔を歪め、どうして僕の位置を捕捉出来たと困惑しながらも傷口を押さえながら移動するが……。

 

「そこなのだわッ!!!」

 

エレシュキガルが放った無数の杭が僕の進路へと放たれる。

 

「アンサズッ!!」

 

そしてそれを避ければルーン文字の炎が僕を襲う。そのどちらも空間を削り取る事で防いだが……僕の隠遁は既に見破られている訳だ。

 

「OK。遊びは終わりって事だね」

 

横島の気配も近づいて来ている。なら遊びはこれで終わりで良い、狂神石の入ったアンプルを取り出してそれを打ち込み傷を癒した僕は堂々と蛍達の前に姿を現すのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

セーレの姿はいまだ見えないが、それでも私達が受けるダメージはかなり少なくなってきた。確かに私達は神魔と比べれば弱いが、それでも霊能者として今まで培ってきた経験は決して無駄ではない、セーレの攻撃と防御に関してはなんとかその秘密を掴み始めていた。

 

(やっぱりセーレの姿が見えないのは空気が関係していると思うわ)

 

琉璃さんの言葉に小さく頷く、セーレの攻撃は空気が関係しているのはなんとなく分かっていた。不可視の攻撃のカラクリは何かと考えればやはり一番は酸素、空気を媒介にした攻撃の可能性が極めて高い。

 

(空気を盗んで、奪われた空気が戻る勢いで発生するカマイタチっていったところね、くえすとブリュンヒルデがいないと危なかったわ)

 

美神さんの言う通りだ。くえすとブリュンヒルデさんが作ってくれた小さな炎、その動きである程度攻撃を予測できるので真空刃を少しずつ回避出来るようになっていた。

 

(琉璃、そろそろ分かりましたか?)

 

(勿論。これでも私は神卸の巫女よ?魔力と神通力の把握なら負けないわ)

 

琉璃さんはそう言うと小さくある方角を指差した。周囲の空気を奪い、屈折率をゼロにして自分の姿を隠しているセーレはそこにいる。私の目の前の炎が小さく揺らめいたのを見て、小さく地面を蹴って歯を食いしばりながら後へ飛ぶ。

 

「くっ!?」

 

肩が小さく切裂かれ、血が噴出すが覚悟していたのですぐに次の行動に移れた。くえすから借りていた銃を構え、その引き金を引く。手応えはあったと思う。琉璃さんが微弱な神魔の気配を探り、位置を特定してくれたお蔭でセーレに攻撃を当てることが出来た筈だ。相反する物同士を反発させることで威力を跳ね上げる。まだ試行錯誤の段階だったが、上手く行って本当に良かったと思う。

 

「は……ぐうっ!?なんで、どうして!?」

 

セーレの苦悶と動揺の声が響き、命中したと安堵する。

 

「あいたたた……やっぱり痛いわねぇ……」

 

安堵したせいか痛みがぶり返し、眉がよるがそれでも上手く行ったという事に私は笑みを隠しきれなかった。

 

「蛍ちゃん、今の……」

 

「魔力と霊力を混ぜてみたんです。くえすの奴の真似ですよ、なんとか上手く行ったみたいでよかったです」

 

暴発させるのではなくちゃんと攻撃として指向性を与えて扱う事が出来たので当っているのならばセーレにダメージを与える事が出来たと思う。

 

「そんな事を言ってる場合ではないですわよ?」

 

「どうやらセーレを怒らせてしまったようです」

 

くえすとブリュンヒルデさんの言う通りだ。先ほどまでの非ではない魔力が私達を押し潰さんばかりに周囲に満たされた。

 

「よくやったよ。ほめてあげるとも、人間にしては良くやった。だけど……やりすぎたね」

 

現れたセーレの姿は月で見た時とも、この場に現れた時とも違う青年と呼べる姿をしていた。

 

「ガープに殺すなと言われているから殺しはしない。だけど調子に乗った小娘達には制裁が必要だ」

 

ぞっと産毛が逆立った。余りに強烈な殺意と敵意に一瞬動きが止まり、本当に最後の、セーレに奪われていなかった胸の間に挟んでおいた精霊石を反射的に投げる。美神さんや琉璃さんも同じように精霊石を投げたが、全方位に現れた霊波弾の雨に精霊石はなんの効力も発揮せず目の前が白く光ったと思った瞬間に私達は全員地に伏せていた……。

 

「くうう……と、とんでもないことをしてくれるのだわッ!?」

 

「流石女神エレシュキガルか。だけど、これはやりすぎたこいつら自身の罰だ。怒られる謂れはないね」

 

「裏切り者がよく言いますね」

 

「裏切ってなんかないさ。最初から僕は君達の敵だった。裏切ってなんかないさ、最初から僕は敵だったんだからね」

 

小竜姫様達は動くだけの余力があったが、ガルラ霊、分身のエレシュキガルと戦い、その上でセーレと戦っていた私達はもう限界だった。霊力と体力、そして出血多量ともう動けるだけの余力なんてある筈も無かった。

 

「だけど残念だ。調子に乗った君達の手足の1本か2本奪うつもりだったけど……時間を掛けすぎた」

 

【ダイカイガンッ! ウィスプオメガドライブッ!!!】

 

「うおりゃああああッ!!!」

 

来て欲しくなかったのに、まだここに来て欲しくないと思っていたのに……。

 

「横島……ッ」

 

横島が私を、私達を助けに来てくれた事が嬉しいのに、結局また横島に頼る事になってしまった。また見ていることしか出来ないのだと気付き、私は奥歯を強く噛み締め、爪が手の平の皮膚を突き破るほどに拳を強く握り締め、おのれの無力さに唇を噛み締めるのだった……。

 

 

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その4へ続く

 

 




次回は横島が乱入する少し前からスタートしたいと思います、メドーサとかシズクとかと合流する所からですね。
セーレの攻撃のカラクリはジョジョのザ・ハンドみたいに空間などを削り取り、その余波による目視も探知も出来ない不可視の刃でした。
次回は久しぶりに新しい変身を出そうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS1

FGOはガチャ見送り。石も少ないので特になし


PS2

東方幻想エクリプス始めました

最推しの紫さんを最初のガチャで引けたのでム課金では厳しいですが頑張ってます。


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その4

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その4

 

~横島視点~

 

胸の中でざわざわと何かが蠢く感覚がする。まるで身体の中を蟲が動き回るようなこの不快感を俺は知っていた。

 

(狂神石だ……美神さん達が危ない)

 

狂神石が活性化している狂神石に呼応している……それはガープ、アスモデウス……そして小竜姫様達を裏切っていたセーレのうち誰かがこの擬似冥界にいるという事を現していた。

 

「急がないと……」

 

美神さん達が……いや俺自身も危ない。心眼が消えてしまったので今の俺には狂神石の力に抗う術が無い……消えたと言うのは正しくない、姿は見えないし、声も聞こえないが確かに心眼の気配は俺の中にある。僅かに残された心眼の力の残滓が俺の中の狂神石を押さえてくれているのが分かる。

 

「メドーサさんを連れて行かないと……」

 

擬似冥界の最深部の手前で眠っていたメドーサさんを起せば超加速で美神さん達と合流できるかもしれないと息を切らしながら冥界の砂を踏みしめて必死に走っていると目の前に影が落ち、反射的に足を止めて身構える。

 

【主殿ッ!】

 

「牛若丸!?なんでここに……」

 

【主殿を探しに来たんです!ノッブとシズク、それに高城もいますよッ!私が1番早いのでこうして先行していたんですッ!】

 

牛若丸だけじゃなくてノッブちゃんとシズクも来てくれているという事に一瞬安堵したが、すぐに不味いという事に気付いた。

 

「蛍達の方は誰もいないのか!?」

 

【エレシュキガルと小竜姫とブリュンヒルデがいますのであちらは大丈夫です】

 

エレちゃんと小竜姫様それとブリュンヒルデさんがいると聞いてとりあえず蛍達は大丈夫だと安堵する。

 

【とりあえずシズク達と合流をッ!】

 

「待って、その前にメドーサさんを連れて行かないと」

 

【メドーサ?メドーサがいるのですか?】

 

牛若丸はメドーサさんを見てなかったのか、メドーサがいるのかと問いかけてくる。

 

「この擬似冥界の入り口の近くなんだ」

 

【なるほど、分かりました。私が運んだほうが早いので失礼しますよ】

 

牛若丸はそう言うと俺を抱き上げ、地面を蹴ると凄まじい勢いで景色が吹っ飛んでいく……。

 

【どっちですか?】

 

「あっち、あの崖のほう」

 

【私達が来たほうとは逆ですね。道理で見かけないわけですねッ!】

 

俺の指差したほうへ方角を変えて走り出す牛若丸の隣に赤い影が追いついてきた。

 

【お前ら何処に行くんじゃ!?美神達はそっちじゃないぞ!?】

 

「ノッブちゃん違うんだ!メドーサさんがいるんだ、あの人も連れて行かないと」

 

俺がそう言うと何時の間にか俺の反対側に来ていたシズクが眉を細めた。

 

「……あいつもいるのか?横島」

 

「いる。メドーサさんもいてくれたら多分助けになると思う」

 

メドーサさんは乱戦に強いし、ビッグパイパーを呼び出す能力もある。間違いなくメドーサさんの力は助けになる筈だ。

 

「そういうことならば仕方ないな。牛若丸、横島を落とすなよ」

 

「あ。高城さん、元気そうですね」

 

【主殿……そんな事を言ってる場合じゃないと思うのですが】

 

【いやいや、横島らしさがあって良いと思うぞ】

 

「……ああ、この横島らしさはこういう場面にはありがたいさ」

 

なんか馬鹿にされてる気がするけど、確かにこういう場面で言う事じゃなかったなと思いながらメドーサさんが眠っている檻の元へと辿り着いたのだが……。

 

【なんか若くなってません?】

 

【これ本当にメドーサか?】

 

「いや、確かにさっきまでは俺の知ってるメドーサさんだったんだッ!」

 

少し見ていない間に俺と同年代……いや、琉璃さんやくえすと同じ年齢くらいになっているメドーサさんには驚かされたが、この檻の中にいるのは間違いなくメドーサさんなので、俺は檻を栄光の手で抉じ開けた。

 

「……んん?横島……それに牛若丸、ノッブに……なんで私は若くなってるんだ?」

 

「と、とりあえず後で説明しますからッ!蛍達が危ないので早く行きましょう」

 

詳しく説明したかったが、そんな時間はなく、移動しながら説明すると言って俺はメドーサさん達と共に美神さん達の元へ向かい……セーレが蛍達の前に立つのを見て牛若丸に向かって叫んだ。

 

「蛍達のほうに投げてくれッ!」

 

【え、で、でも「早く!」わ、分かりましたッ!!】

 

牛若丸が足を止めて俺を蛍達の方へと投げ飛ばしてくれる。空中でウィスプ眼魂を取り出すと何時の間にか腰にゴーストドライバーが巻かれていた。

 

「変身ッ!!」

 

空中でウィスプへと変身し、そのままベルトのレバーを引いた。

 

【ダイカイガンッ! ウィスプオメガドライブッ!!!】

 

「うおりゃああああッ!!!」

 

霊力を纏い、俺は空中からセーレに向かって全力の飛び蹴りを叩き込むのだった……。

 

 

 

 

 

~セーレ視点~

 

腕にびりびりと走る衝撃に顔を歪めながら強襲して来た相手の足首を掴んで投げ飛ばすが、投げ飛ばされながらも空中から霊波弾を打ち込んでくる黄色い影に舌打ちしながら地面を蹴って短距離転移を行なおうとして、更に僕は大きく舌打ちした。

 

「やってくれるじゃないかッ!横島忠夫ッ!!」

 

「お前の能力は分かってるんだ!馬鹿正直に突っ込んで来た訳じゃねぇッ!!」

 

剣を手に突っ込んでくる横島の姿に僕は致し方なしと虚空から2本のレイピアを召喚する。誰の目から見てもレイピアではガンガンブレードを受け止める事は出来ない。誰もがそう思うだろうが、それは間違いである。

 

「くっ!」

 

「悪いね、僕の剣はそんじょそこらの安物とは違うんだよ」

 

細く、鋭く突く為のレイピアだが、僕のレイピアは特別製だ。並の剣では受けきれないガンガンブレードであったとしても受け止める事なんて分けない。

 

「これはね、魔人大戦で死んだ神魔の骨で作ったレイピアなんだ。だからこんな事もできる「爆ぜろ」」

 

僕の言葉に呼応しレイピアに封じられている神魔の魔力が励起し横島を火達磨にする。

 

「ぐううううッ!」

 

「避けた……いや加護か、まぁどちらでも良い。僕を封じ込めたのは褒めて上げるよ、よくやったってね」

 

空間転移能力をさせないために、物を盗むという能力を使わせないために空間を縛ったのは僕への対策としては間違いではない。

 

「だけど、今の君じゃあ対象までは選べない。そこが惜しいね」

 

僕を隔離する為に術者の横島も隔離され、美神達は応援も支援も出来ない。

 

「能力を封じられたとは言え、人間相手に負ける僕じゃない」

 

軽く地面を踏み込んだだけで横島の懐を取る。

 

「は、はやっ!?」

 

「違う、君が遅いんだ。僕は最速の神魔だよ」

 

腕の一振りで横島の全身が切裂かれ火花が散った。僕としては腕を切り落とすつもりだったのだが……五体満足とは少し驚かされた。

 

(あの鎧か、守りを固められると厄介だね)

 

僕は確かに最速の神魔ではあるが、攻撃力が高いわけではない。それに横島が1人で向かってきた理由も分かっている、シズク達が美神達の治療をしている。仮に万全であれば全員が回復した所で僕に負けは無いが……。

 

(隔離されると厄介だね)

 

空間転移が僕の持ち味であり、その空間転移を封じられてしまうと流石に少しばかり厳しい。盗む能力を駆使して攻撃できたとしても人間相手なら十分だが万全な状態の小竜姫達が加わると空間転移を使えないと流石に少し厳しい。

 

(聞いてたよりクレバーだねぇ)

 

最初の攻撃は自身に注意を引き寄せるため、その後は防御に回り美神達の回復の為の耐久戦を仕掛けてきている。あの鎧も思ったよりも固いし……簡単に決着はつけれそうにない。

 

「しかし君も酷い男じゃないか、心眼は君の為に死んだのに心を痛めないのかい?」

 

ならば暴走させるとしよう。僕の持っている狂神石によって横島の狂神石は活性化している。触れて欲しくない所に触れてやれば……ほらあの通りだ。

 

「……」

 

霊力に赤が混じり始め、黄色のパーカーが黒く染まり始めるのを見て、僕は笑みを浮かべながら横島に次の言葉を投げかける。

 

「僕のせいで心眼は消えた。仇はここにいるぞ、それなのに君は仇すら討とうとしないのかな?」

 

獣のような唸り声が周囲に響き始める。美神達の声がするが横島はそれに何の反応も示さず、憎悪と殺意が噴出してくるのを見て僕は懐の狂神石の入った小瓶を見せ付けるように横島へと突き出し、横島はその狂神石に当てられ、胸を押さえてその場に崩れ落ちるのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

私達に治療の為に空間を隔離したとシズクに聞かされた事はなんて無茶をと思った。だが治療をしないことには私達が死んでしまうと横島が判断し、変身すれば耐えれると考えたのも分かる。だがそれは完全に悪手だった。

 

「憎いだろう、お前の仲間を奪ったのは僕だ」

 

「グググウウウ……ッ」

 

セーレの挑発の言葉とその手に掲げられた赤い液体……いや狂神石の入った小瓶を掲げられ、ウィスプの姿にノイズが走り、黒と黄色が何度も何度も入れ代わる。

 

「横島!聞いちゃ駄目ッ!!セーレは挑発してるだけよッ!」

 

「横島聞こえていますか!セーレの言葉は聞くんじゃないありませんわッ!」

 

セーレの言葉を聞くなと叫ぶが横島は反応を示さず、獣のような唸り声が強くなり、シェイドの色に変わってる時間が延びてきた。

 

「小竜姫様!ブリュンヒルデさん!この結界なんとかならないんですか!?」

 

「今やってますッ!やってますけどッ!」

 

「セーレを逃がさないためにガチガチの結界を横島が作っているので簡単には行かないんですッ!」

 

私達の治療が終わるまでセーレに邪魔をさせないようにした結界が完全に裏目に出た。

 

「ノッブは!?牛若丸は何とか……」

 

英霊で横島が眼魂を持ってるなら転移出来るのではないかと思ってノッブ達の方に視線を向け、私は絶句した。ノッブと牛若丸も赤黒い霊力に包まれていたからだ。

 

【……悪いなあ……今は無理じゃ……ッ】

 

【ぐっくくく……かはっ!!】

 

ノッブと牛若丸が自分の身体を抱きしめるようにして押さえ込んでいるのを見て、2人にも狂神石の影響が出ていて、おキヌちゃんがネクロマンサーの笛を吹いて何とか暴走を押さえ込んでくれているがもしも横島が狂神石に飲まれてしまったら牛若丸とノッブも暴走しそうな状態だった。

 

「固すぎるのねッ!もうッ!このッ!!」

 

「病み上がりを酷使させすぎだよッ!!」

 

エレシュキガルとメドーサが結界を破壊しようと槍を振るっているが甲高い音と共に弾かれている。なんとかなんとかしなければと考えれば考えるほどに考えが纏まらない……なにか、何かこの状況をを打破できる奇跡のような……。

 

「そ、そうだ!文珠、文珠ならッ!!」

 

文珠、文珠ならと気付いて胸の間に挟んでいるお守り袋から文珠を取り出すために服の中に手を突っ込む。

 

「それよッ!文珠、横島君から預かっている文珠ならッ!」

 

美神さん達も横島から預かっている文珠の存在を思い出し、それを取り出そうとする。「何故か」今まで「文珠」の存在を忘れていた事に疑問を抱く事も無く、文珠がある事を唐突に思い出し、文珠を取り出したがそれは余りにも遅すぎた。

 

「それとも使い魔だから、使い捨てとでも……「セーレえええええええええッ!!!!」

 

セーレの言葉を遮る横島の怒号が響き、完全に黄色が黒に染まった……そう思った瞬間だった。その黒い光を掻き消すような純白の光がゴーストドライバーから溢れ出した。

 

「な、なんだ。何が起きて……」

 

【ツナゲテミナーッ!ツナゲテミナーッ!!】

 

【開眼心眼!!俺が私で、私がお前!2人で1人ゴーストライダーッ!!】

 

純白の光がはじけたとき、私達の前には2人のウィスプの姿が……いや、右半分に鎧を纏ったウィスプと左半分に鎧とナイトランターンを身につけた似ている様で似ていない2人のウィスプの姿があり、セーレだけではなく私達も目の前の光景に言葉を失う。ナイトランターンを身につけたウィスプも自分の手を見て、何がどうなっているのか分からないという様子だった。

 

「何がどうなって……」

 

「行くぜ心眼ッ!」

 

「横島……ああ。行くぞッ!!」

 

横島が心眼と叫んだ事でもう1人のウィスプが心眼だと分かったが、それがますます私達を混乱させた。この状況に動揺せず、そして何が起きているのかを理解しているただ1人の男……レクス・ローは満足げに微笑んだ。

 

「未来の分岐がまた1つ、横島誇るが良い。お前は最善の、そして最良の選択を掴み取ったのだ」

 

燃え尽きた1つのライダーカードが擬似冥界の空へと消え、2人のライダーカードが描かれているカードを本に挟むレクス・ロー。その手の中には「横島が心眼魂に変身するまで文珠の存在を忘れている」の一文が書かれているのだった……。

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その5へ続く

 

 




次回は横島視点での心眼魂への変身と、セーレ撃退まで書いて行こうと思います。大分長くなりましたが、ここで心眼の擬人化解禁ですね。このリポートの後は暫く日常をやりたいと思いますので、もう少しだけシリアスのお付き合いください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PS

11連で謙信お迎え成功しました。ルーラービシビシからの謙信でうおってなりました。


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その5

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その5

 

 

~横島視点~

 

セーレの言葉は一言一言が胸に突き刺さった。心眼を失った事はとても辛かった、仇が目の前にいるのに敵討ちをしないのか?と言われた時は怒りのままにセーレに飛び掛りそうだった。だがその度に胸の奥で何かが脈打つのだ。それは止めろと、怒りに飲まれるなと心眼が俺に訴えかけて来ているとしか思えない優しい物だった。だがその優しさがあっても心眼の声が聞こえない、それが俺の中の悲しみを強く刺激した。

 

「がっぐ……ッ!」

 

俺の悲しみがまし、心眼を失った原因が目の前にいる。その事に対する怒りが俺の中の狂神石をより強く脈動させた。

 

「うっがあ……うぐっ!」

 

暴れださないように自分で自分を抱きしめるようにして狂神石を押さえ込もうとするが、狂神石の鼓動が強くなるたびにセーレへの憎しみが俺の中へ生まれ、それによってより狂神石が活性化するというループに俺は頭がおかしくなりそうだった。怒りと憎悪と殺意でおかしくなりそうになる度に心眼の鼓動が俺を呼び戻す。

 

ドクン……ドクン……ドクンッ!

 

俺の中で狂神石の鼓動はどんどん激しくなり、心眼の鼓動を消していく、霊力が黒く染まり俺の耳元でゾッとするような俺の声が響き始める。

 

【憎め、恨め、お前にはその権利がある。何故怒りを解き放たない?何故憎悪を押さえ込もうとする】

 

狂神石が俺を写し取った……いや、違う、これは俺の嘘偽りのない本心だ。

 

【そうだ。俺はお前だ、そしてお前は俺である】

 

心眼はこの俺を拒絶したが、俺はこの俺を拒絶した事は無かった。分かっている、知っているのだ。この俺も俺の本質の1つであり、切っては切れないものであると分かっているのだ。狂神石によって表面化しただけで俺の中に闇があるのは分かっていた。

 

「それとも使い魔だから、使い捨てとでも……「セーレえええええええええッ!!!!」

 

【殺してしまえ、あいつがいなければ心眼を失う事は無かった。何を我慢する必要がある?】

 

セーレの挑発と闇の誘いに俺の中で何かが弾けて、ウィスプ眼魂が黒く染まり、それを手にしようとした瞬間だった。

 

「……心……眼?」

 

闇の中でも白く輝く光に俺の手が止まった。胸の中心から溢れる白い光は間違いなく心眼だった。

 

【どうもまた邪魔されたようだな。ふん、好きにしろ。何れお前はこちらへ堕ちてくるのだからな】

 

闇の俺が消えてもなお溢れた闇は消えていない、胸から放たれる白い光に両手を当てる。

 

「……やっぱり駄目だ、駄目なんだ。心眼」

 

そこにいると、姿が見えなくても側にいると心眼は俺に言った。だけど俺にはそれが耐えられないと思った、心眼がいてくれたからここまで来れたのに、その心眼がいなくなる事に俺は耐えれない。その時だった、指が自然と動いて印を結んだ。すると胸から溢れていた光が俺の目の前で丸い球体になり手の中に落ちてきた。

 

「……心眼、俺に力を貸してくれよ」

 

【アーイ心眼ッ!】

 

今までの眼魂と違う陰念のパズル・ファイター魂のように眼魂の前面が回転するそれをベルトに押し込むと、ベルトから眩い光が溢れ出し俺とセーレの間の闇を全て消し去った。

 

「な、なんだ。何が起きて……」

 

その光に困惑するセーレが攻撃してくるがその光がセーレの攻撃から俺を守ってくれていた。

 

【ツナゲテミナーッ!ツナゲテミナーッ!!】

 

「……行くぜ、心眼。変身ッ!」

 

【開眼心眼!!俺が私で、私がお前!2人で1人ゴーストライダーッ!!】

 

純白のパーカーがベルトから飛び出し、それを纏うと目の前に霊力の壁が現れた。ゆっくりと迫ってくるその壁を通過した瞬間俺の隣にはもう1人のウィスプがいた。セーレだけではない、美神さんや小竜姫様達も驚き、そしてもう1人のウィスプに変身している誰かも困惑していた。

 

「何がどうなって……」

 

自分の手を見て、周りを見て何がどうなっているのかと困惑しているその声は心眼の声だった。ずっと一緒にいたその声を俺が聞き間違えるはずが無かった。

 

「行くぜ心眼ッ!」

 

そう叫んでガンガンブレードを手にセーレへと突撃する。1人では俺は間違いなくセーレに勝てない、だけど心眼がいれば勝てる。届かないはずの牙をセーレへと届かせる事が出来ると確信していた。

 

「横島……ああ。行くぞッ!!」

 

心眼が近くにいてくれる、それだけで俺は何も恐れず戦う事が出来る。前だけを、憎いセーレだけを見て俺は冥界の大地を蹴って走り出すのだった……。

 

 

~セーレ視点~

 

目の前の光景に僕は完全に混乱していた。死んだはずの心眼が蘇った、僕の目の前で横島と共に戦っている。

 

「ふざけるなよッ!この規格外のイレギュラーがッ!!」

 

「うるせえぼけえッ!!」

 

僕の怒号を掻き消すように怒鳴り返す横島が振るった剣をレイピアで受け流した直後に霊波弾が打ち込まれる。

 

「この程度があッ!」

 

転移が封じられているので面倒だと分かっていても後ろへ飛んで続け様に打ち込まれる霊波弾を回避する。

 

(狙いが正確だッ!鬱陶しいねぇッ!)

 

余りにも狙いが正確で避けるのに苦戦していると何発目かの霊波弾が炸裂し、舞い上がった冥界の砂で視界を奪われる。

 

「きかねぇのは分かってるんだよッ!!」

 

霊波弾を隠れ蓑にして突進してきた横島の右拳が僕の顔面に叩きつけられる。

 

「だから効かないって言ってるだろうッ!!」

 

直撃を受けても僕は怯まず反撃にレイピアを突き出そうとし……。

 

「待たせたな横島。もう大丈夫だ」

 

【トマーレ!】

 

標識のようなマークが僕の前に浮かび、僕の動きは完全に止められた。

 

「だけどこんな事をしても無駄だよ!僕に人間の攻撃なんか効かないよッ!」

 

さっきまでの狂神石の影響を受けていた横島ならば僕にダメージを与える事も可能だ。だけど狂神石が安定し、更に変身した事で横島もまた神魔に近い状態になっている。最上級神魔である僕に横島の攻撃も、心眼の攻撃も通用していない。多少弾かれたり、衝撃を受けたりしたとしてもダメージにはなり得ない……そう思っていた。

 

「ぶっとべッ!!」

 

「がっはぁッ!」

 

横島が僕の腹に両手を当てた瞬間、何かが炸裂して僕は思いっきり血反吐を吐いた。

 

「な、なにをじだあッ!」

 

「くえすや蛍がやっただろッ!霊力と魔力をあえて反発させればッ!!」

 

手の平を当ててから、肘うちが叩き込まれると再び轟音が響いて僕は吹っ飛ばされた。

 

(こ、こいつ……僕の身体にッ!)

 

間違いない、横島は自分の霊力を僕の身体に蓄積させて、打撃に魔力を付与してそれらを反発させる事で爆発させている。

 

「いい加減にしろよッ!このイレギュラーがッ!?」

 

「やかましいぞ。セーレ、お前の声は耳に障る」

 

「とったぁッ!」

 

心眼が打ち込んできた霊波弾による衝撃で声がつまり、霊波弾が命中した所に横島の正拳が叩きこまれ、衝撃が身体の中を突き抜ける。

 

「げぼっ!!くそがッ!」

 

横島1人ではおそらくこの攻撃は出来ないのだ。横島1人でここまで緻密な霊力と魔力のコントロールは出来ないだろう。それこそ超至近距離でなければ出来ないのだろう、だがそれを心眼が霊波弾を打ち込み、霊力が僕の身体に残っている間に横島が打撃を叩き込み、それを炸裂させる。

 

「お前なんぞにッ!人間相手にこの姿にさせられるなんてなぁッ!」

 

人間の姿のままでは勝てないと僕は屈辱ではあったが、魔神の姿へとその姿を変える。

 

「人間を馬鹿にしてるからそうなるんだよッ!」

 

「人間の分際で神に抗うなッ!」

 

レイピアが変化したブレードと横島の手にしているガンガンブレードがぶつかり合い火花を散らし、心眼が横島をサポートする為に霊波弾を打ち込んでくるが、魔神へと変化した僕にそんな豆鉄砲なんて痛くも痒くもない。

 

「遊びはここまでだ、覚悟しろよ。人間と偽魂如きがああッ!!」

 

たかが人間と作られた魂相手に魔神としての姿を使わされたことに僕の怒りは頂点を向かえ、今の僕に横島を殺さないで捕獲するという考えは微塵も残されていないのだった……。

 

 

 

~蛍視点~

 

魔神の姿となったセーレと横島と心眼が2人で戦っている光景を見て、私は思わず奥歯を噛み締めた。横島を守ってくれているのは嬉しいし、私達を殺させないために一緒に戦っているということも分かっている……分かっているのだが、どうしても心の中で納得出来ない物があった。

 

(何も言葉を交わしていないのに……ッ)

 

横島と心眼は何も言葉を交わしていない、それなのに2人の連携は完璧だった、相手が何を望んでいるのか、何をすれば良いのかを完璧に理解しあっていた。「今」の私に横島と一緒に戦う力はないというのは分かっている……だけど自分の居場所を奪われたような気がして言葉に出来ない黒い炎が胸の中にこみ上げるのを感じた。

 

(私にも同じ事が出来る……できるのに)

 

私だって心眼と同じ事が出来る……それなのに見ていることしか出来ない事が悔しかった。まだ神魔と戦うだけの技術を確立出来ていない、今回の事でヒントは掴めたと思うけど荒削りなのは分かっている。これをもっと煮詰めないと一緒に戦えないっていう事は分かっている……だけどそれでも……見ていることしか出来ないという事が悔しかった。

 

「ちょこまかちょこまかとッ!!」

 

「真っ向から戦うような馬鹿な真似はしないだけだッ!」

 

ガンガンブレードとブレードがぶつかり合い火花を散らす。魔神となったセーレは全身を甲冑に包み、身体も一回りも二回りも大きくなっていて、どう考えても鍔迫り合いが出来る体格差ではなかった。だが横島とセーレは鍔迫り合いを行っていた。

 

「シッ!!」

 

ガンガンブレードの峰に正確に心眼が霊波弾を当て続け、それによって足りない力を補った横島の上段からの振り下ろしがセーレの胸を捉える。

 

「ぐううっ!!鬱陶しいんだよッ!!」

 

ダメージを受けたセーレはますます激昂し、ガンガンブレードを振り切った態勢の横島の首目掛けてブレードを振る。

 

「させるわけがないだろう」

 

【トマーレ】

 

だがそのブレードはナイトランターンから発射された止まれの標識によって止められ、横島はその間にセーレの胸に札を貼り付けて距離を取る。

 

「急急如意令ッ!」

 

剣指で空に文字を描き、次の瞬間には札が炸裂しセーレの姿がボールのように吹っ飛ぶ。

 

「横島私の後ろに回れ」

 

「OKッ!」

 

横島が心眼の後ろに回り、心眼がナイトランターンから霊力の壁を作り出しセーレが放った真空刃を防いで見せた。

 

「ふうううッ!」

 

続け様の攻撃が叩き込まれているがセーレはいまだ健在だった。

 

「横島君と心眼を助けないと、今のままだと持たないわよ」

 

「分かってますッ!分かっているんですけどッ!この結界が余りにも強力すぎるんですよッ!」

 

「……当たり前だ。横島が文珠を使ってつくった結界だぞ?外から抉じ開けれるのは至難の技だ」

 

文珠の結界を使ってまで私達を守ろうとしてくれたのは嬉しいが、それに喜んでいてはいけないのだ。これに喜んでしまっていてはいつまでも私達は足手纏いにしかならないのだ。なんとかする方法を、なんとかして横島を助ける方法を考えなくてはならない。

 

「貴女達が色々と思っているのは分かりますが、今はあの魔神を擬似冥界から追い出すのが優先なのだわ」

 

「追い出すって……エレシュキガル、そんな事出来るの?」

 

横島と心眼はセーレと戦えているがダメージは殆ど通っていない、僅かなダメージは与えれているがセーレを倒すには程遠い。このまま戦い続ければ横島が危険なのは言うまでもないので追い出す術があるならそれに頼りたい気持ちはある。

 

【何かあるなら出し惜しみしないで欲しいです。セーレが冷静になれば主殿が危険です】

 

【うむ、今は激昂しているから対処出来ているが、冷静になられると不味いぞ】

 

牛若丸とノッブの言う通りだ。冷静さを欠いているから戦えているが、本来ソロモンの魔神であるセーレと2人で戦うというのが土台無理な話だ。細かい攻撃が挑発になっていているが、セーレがそれに気付けば横島と心眼は一気に不利になる、文珠の結界を解除する術が無いが、文珠の効果が切れるまで横島1人で、そして横島の戦いを見ているだけなんて耐えれる訳が無い。例え微々たる物で横島の助けになれるのならばなんでもする覚悟はある。

 

「何か対策があるなら教えて、命に関わるレベルの無茶と無理でもやる覚悟があるわ」

 

迷いと躊躇いを見せるエレシュキガルに向かってそう言うと、エレシュキガルはにやりと笑みを浮かべ、あ、しまったと思った時にはもう遅かった。

 

「ならギリギリまで魔力と霊力、それと生命力を貰います。駄目と言っても貰いますから」

 

足元の冥界の砂が輝き、エレシュキガルの言った通り死ぬギリギリまで力が吸い取られ、私達は地面に突っ伏した。

 

「横島!今ゲートを開きます!蹴り出しなさいッ!!」

 

「わ、分かった!心眼!行くぜッ!」

 

「任された」

 

薄れ行く意識の中私が見たのは心眼の放った霊波弾を背中に受けて加速した横島の飛び蹴りがセーレを捉え、セーレがエレシュキガルが開いたゲートの中へと吸い込まれて消えていく姿で、これでひとまず一安心と思った瞬間に私の意識は闇の中へと沈んで行った……。

 

 

そして私達が目を覚ました時。そこには何とも言えない光景が広がっていた……。

 

「シテ……コロシテ……」

 

顔所か耳まで真っ赤にして顔を両手で隠して転がっている横島とどことなく、私と琉璃さんとくえすに似た容姿の銀髪の女性が困ったように肩を竦めている光景と爆笑してるノッブ達の姿があって……。

 

「「「どういうこと?」」」

 

私達が気絶している間に何があったのか、そしてあの女性は誰なのかと心底混乱しながらそう問いかけるのだった……。

 

 

 

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その6へ続く

 

 




セーレのラストは蹴りだされて終了でした。あんまり盛り上がる所ではないのであっさり目にかいてみました。次回は謎の女性というか、分かっていると思いますが心眼の所に触れ、セーレの支店でのラストアタックを書いて、リポート20は終了で、そこからは暫くほのぼので書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


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クリスマス番外編

クリスマス番外編

 

 

クリスマスとクリスマスイブ……幼馴染や顔見知りといった関係から恋人関係へと進む大きなチャンス……本来ならばそうなる筈なのだが……。

 

「どうしてこうなるの」

 

「姉さんがヘたれてたから」

 

「ぐっふ……もう少しオブラートに包んでくれないかしら?」

 

蓮華の正論に思わず呻く、確かにヘたれていた自覚はあるけれど、まさかこんなにも横島がモテモテになるとは思っても無かったのだ。

 

「デートとか絶対無理だよね?」

 

「うん、アリスちゃんとかが人間界に来るらしいし」

 

チビッ子が横島の家に集まってくるので確実にデートとかは無理、そしてクリスマスパーティもチビッ子向けになるのも分かっている。

 

「アリスちゃん達と仲良くなるのが一番かしら」

 

「打算とかだと絶対駄目だと思う」

 

それはなんとなく分る気がするから……今私がやるべき事は……。

 

「アリスちゃん達とかが喜びそうなプレゼントを用意することよね」

 

「まぁそうだと思うけど……遊び道具とか良いんじゃない?姉さんが得意な工作を活かす感じで」

 

やっぱり自分の得意な物を活かして行くのが1番よねと蓮華と話しているとリビングの扉が開いた。

 

「蛍ちゃん、蓮華ちゃん!見て欲しいでちゅ!横島が作ってくれたんでちゅよ!」

 

満面の笑みで赤いサンタを思わせる上着と帽子をかぶってあげはが帰ってきた。横島が作ってくれたと言っていたけど、売り物と大差のない服をあげはは着ていた。

 

「サンタさんでちゅー」

 

ぴょんぴょんっと嬉しそうに跳ねているあげはを見て、私は隣の蓮華に視線を向けた。

 

「横島がめちゃくちゃスペック上がってる」

 

「元々横島はハイスペックだよ。だからもっと早く勝負を決めればよかったんだ」

 

「ごもっともです」

 

「勝負?勝負って何の勝負でちゅ?」

 

あげはの清らかな視線になんでもないと返事をしながら本当になんでもっと早く積極的に動かなかったのかと反省する。

 

「それでね!横島は皆にマフラーとかを編んでくれてるでちゅよ。どんなのが出来るのか楽しみでちゅ!」

 

プレゼントではアリスちゃん達の心を掴むのは難しそうで、やっぱり打算とか、横島との距離を詰めたいとかいう目的ではなく、純粋にパーテイを盛り上げる方向で行くのが1番確実なような気がしてきた。

 

「パーティの招待状ですか……まぁ期待しても無駄でしょうけど……チャンスではありますわね」

 

蛍があれやこれやと考えるのに対してくえすは即決でこれがチャンスであると判断した。

 

「子供が喜びそうな物……まぁ奇をてらった物よりも確実性ですわね。ゴーレムを応用して使い魔でも作ってみますかね」

 

ゴーレムの技術を応用して子供が喜びそうなデザインの使い魔を作ろうとするくえす。

 

「……パーティね、招待されてるなら行くけど、んー期待してるようなのは無理よねぇ。んーやっぱり紫ちゃん達が喜んでると横島君も喜ぶし……ジュースとか、お菓子とか準備して、あ、パーテイグッズとか良いわね」

ぶし……ジュースとか、お菓子とか準備して、あ、パーテイグッズとか良いわね」

 

琉璃もまた望むような男女の関係を進めるのは無理と即座に判断し、パーティを盛り上げる為に動き出し、考えるばかりの蛍と違って積極的に琉璃もくえすも動き出しているのだった……。

 

 

 

 

庭に俺がトンカチを振るう音が響く、その音が興味深いのか紫ちゃん達が楽しそうに俺の作業を見ている。

 

「お兄様、もうすぐ出来ますか?」」

 

「もうちょっとかな、牛若丸。釘頂戴」

 

【はい、どうぞ。主殿】

 

「ん、ありがとう」

 

牛若丸から受け取った釘を目の前の木に当ててトンカチを振るう。暫くそれを繰り返し、しっかりと固定出来た所で裏向きにしていたソリを表向きにする。

 

「中々な良い出来だな、横島」

 

「うん、俺も上手く出来たと思うよ心眼。良し、うりぼー、うりぼーおいで」

 

「ぴぎー?」

 

なぁーにという感じで鳴きながら近寄って来たうりぼーにソリに繋いでいる紐を向け、うりぼーが咥える棒を口元に向ける。

 

「はい、あーん」

 

「ぷぎゅ」

 

「これ引っ張れるかな?」

 

「ぴぎー」

 

ずりずりとソリを引っ張り始めるうりぼーを見て、紫ちゃん達が目を輝かせる。

 

「うりぼー乗せて!」

 

【私も乗せて欲しいです!】

 

「あんまり沢山乗るとうりぼー大変だから1人ずつな~!」

 

「「【はーい!】」」

 

元気よく返事を返し、1人ずつ順番でうりぼーの引っ張るソリに乗ってはしゃいでいる紫ちゃん達を見ていると横からタオルが差し出された。

 

「……ご苦労だったな」

 

「ん、ありがとシズク」

 

シズクが差し出してくれたタオルで汗を拭い、淹れてくれたほどよい温さのお茶を飲んで一息ついて、庭に置いている椅子に腰を下ろして机の上に乗せていた毛糸と編み棒を手にして編み物を再開する。

 

「……器用だな」

 

「んー元々手先は器用だしなぁ。なんかやってると楽しくなって来てさ」

 

自分で作っている物が形になっていくのが楽しくなってきた。シルバーアクセサリーもそうだが、マフラーなどの縫い物に、あげはちゃんに作ってあげた赤いサンタ風の上着とかも作ってるうちに楽しくなって来てしまった。

 

「……まぁ分からないでもないが……私の分もあるのか?」

 

「え?シズクも欲しい?」

 

「……欲しいか、欲しくないかで言えば欲しい」

 

シズクまで欲しいというのは予想外だったが欲しいと言って貰えるのは作ってる側としても嬉しい物だ。

 

「分った。シズクの分も作るよ」

 

「……ん、楽しみにしてる」

 

ひらひらと手を振り歩いていくシズクを見送り、編み終わりを丁寧に縛る。

 

「良し、これでOKっと」

 

異界の俺の家の周りに住み着いている魔獣は身体が大きかったりするのでサンタ風の服は無理なのでマフラーを編んでみた。俺の家の周りに住み着いている魔獣の分は用意出来たと思うので、また服を縫う作業を再開し、足踏みタイプのミシンの電源を入れる。

 

「お、おおお……ッ」

 

「ぷぎー、ぴぎー」

 

「楽しいですわ!」

 

「ぴぎゅー♪」

 

ソリを引っ張るうりぼーもソリの上の紫ちゃんも楽しそうだなぁと思いながら俺は縫い物を再開するのだった……。

 

 

 

 

マメって言うか変わってるって言うか……私の知ってる横島と今の横島は大分違う。

 

「そこのところどう思う?」

 

「拙者はどっちのせんせーも大好きでござるよ?」

 

「……さいですか」

 

別に横島が好きって言うのは否定しないけど、どうしてあの煩悩魔神がこんな子煩悩になったのかは少し気になるところだ。

 

「はい、チビ。おいでー」

 

「みむう!」

 

「ほら、出来た。可愛い」

 

「みむう♪」

 

チビにサンタ風の衣装を着させて可愛いと褒めてる横島と嬉しそうに尻尾を振ってるチビ。まぁ平和で楽しそうだから良いんだけどさ……。

 

「どうしてこうなったのかしら?」

 

「知らんでござるよ」

 

どこでどうしたらこんな横島になってしまうのか、やっぱり最初にグレムリンが家に住み着いたかどうかが分岐点だったりするのかしら?

 

「横島、横島。私の分もあったり~?「するよ?はい、コヤンちゃん」みこーん♪嬉しいですわ~♪」

 

「ちょっと横島!?私の分は「はい、タマモ」……え?」

 

コヤンに服を渡しているのを見て思わず声を荒げて詰め寄ると服を差し出されて、思わず動きを止めた。

 

「え?いらない?」

 

「いる!いるわよッ!ありがとう」

 

しっかり採寸をしているわけではないので本当に羽織るだけの上着だが、横島が作ってくれたというのが嬉しくてしっかりと抱きしめる。

 

「せんせー!拙者の分はあるでござるか!?」

 

「今縫ってる」

 

「やったでござる!」

 

シロが横島の近くに座って楽しそうに作業を見ているのを見て邪魔するんじゃないわよと声を掛けてから上着を羽織る。

 

「普通に上手ですわね」

 

「……うん、正直もっと雑かと思ってた」

 

売り物と大差ないとまでは言わないけど、ミシンと手縫いで作ってる事を考えれば破格の仕上がりだと思うし……。

 

「ほら、シロの分」

 

「やったでござるー♪」

 

横島の手先の器用さは知ってたけど、縫うスピードが尋常じゃ無いのよね……。

 

「あれ素かしら?」

 

「多分そうだと思いますけどね」

 

霊力とかを使ってる訳ではないのにあの速度……横島はGSとか霊能者じゃ無いほうが幸せに……いや、それだと私と横島の接点がないわけで……。

 

「ジレンマね」

 

「そこが困り所なんですよね~」

 

こいつと同じ意見なのは癪なんだけど横島は霊能者やGSじゃないほうが幸せになれると思うけど、そうなると私達と出会う事も無いし、接点が無くなってしまう。出会う為には横島に霊能関係者でいて貰わなければならないジレンマに思わず溜息が出た。

 

「はい、マフラーね」

 

「ふかあ♪」

 

「ほげえ~」

 

マフラーや帽子をかぶれる魔獣は帽子やマフラーを貰い、尻尾を振りながら跳び跳ねている。

 

「はい、新しい寝床な」

 

「ぴい!」

 

「みゅー」

 

マフラー等を身に付けれない魔獣は新しい寝床を貰いご満悦そうだ。

 

「はい、フランちゃんにはこのサンタさんの服」

 

「わーい!ありがとー♪」

 

「お兄ちゃん、アリス可愛い?」

 

「可愛い可愛い、良く似合ってる」

 

「えへ~♪」

 

完成した服やマフラーを持って異界へ持って行き、楽しそうに配ってる横島の姿を見てどうして横島が霊能者じゃないと出会えないのか、どうして横島は戦う定めにあるのか、この世界、いや宇宙意志の悪辣さに私は怒りを覚えずにはいられないのだった……。

 

「お兄様、お兄様。初めて見る魔獣ですわ!」

 

「ぐらぐらるぅぅぅぅ」

 

「……私も見つけましたの」

 

「げるう」

 

「フランも!」

 

「ウルォード」

 

「「それ以上はいけない!」」

 

紫達が何処から連れてきた身体が黄色いやたら目付きの鋭い2足歩行の獣と銀色の体色をした鳥……いや魚みたいに見える生き物と、青い狼みたいな魔獣を連れてきた紫達に私とコヤンは声を揃えていけないと反射的に口にしてしまうのだった……。

 

 

 

 

横島君の家のクリスマスパーテイに招待されたのでおキヌちゃんと一緒に来たんだけど……ルイさんが用意した横島君の屋敷の庭はとんでもない事になっていた。

 

「ふかッ!」

 

「よーぎい!」

 

「タマ~」

 

「クア~」

 

横島君に懐いている異界の魔獣が庭に集合していて楽しそうに駆け回っていた。あの1匹でも東京に出たら東京を半壊させるのも楽勝な魔獣がダース単位でいるこの光景を日常として受け入れている自分がいて頭痛がいたかった。

 

「普通は異常なのに、これを普通に受け入れてるわね」

 

「私はもう馴れました」

 

馴れて良いのか悪いのかで言えば悪いのだけど……これも横島君らしさかもしれないと思い飾り付けられているイルミネーションを見ながら庭を進んでいるとなんか明らかに神気を放つ魔獣が3匹うろついているのを見た。

 

「美神さん」

 

「言わないの」

 

「でも美神さん」

 

「言っちゃ駄目よ」

 

「でもあれシズと」

 

「駄目よ」

 

明らかに神獣だけど触れてはいけない、下手に関わると大変な事になるので見ない振りをして開かれている扉を潜って屋敷の中に入る。イルミネーションに楽しそうな音楽、そして紫ちゃん達の笑い声が響いて来る。ガープ達との戦いの恐怖の中でこのなんでもない日常の風景はとても心を休めてくれる光景だ。

 

「美神さんも来たんですね」

 

「ええ、折角招待して貰ったしね。皆も楽しそうで何よりだわ」

 

子供向けなので明るく楽しい音楽とスクリーンに映されているアニメ映画。大人が楽しむには子供っぽい光景だが、それでもどこか落ち着くものがある。

 

「横島君。はい、これ差し入れ」

 

「わぁありがとうございます、美神さん!」

 

持って来たジュースを横島君に渡して周りを見るとくえすや琉璃もいた。横島君が招待してるからいるのは分かるんだけど……。

 

(ハンターの目をしてるわね)

 

クリスマスで横島君との距離を詰めようとしているのは分かるけど、チビッ子達とチビ達に囲まれている横島君との距離を詰めるのは無理そうねと苦笑する。

 

「ちょっと想像とか、期待してたのと違うんですけど楽しいんですよね」

 

「そうね、楽しいわね」

 

子供が喜ぶような料理とジュース、お酒なども無く良い雰囲気になることもないのだが……この子供が喜びそうなクリスマスパーテイはとても和やかで心を癒してくれるのを感じた。

 

「美神さん、おキヌちゃん、蛍!乾杯するからこっちこっち」

 

ジュースで乾杯だと締まらないけど、今回はこれで良い。守りたい日常、なんでもない大切な日々っていうのを再認識出来る。

 

「なんて乾杯するんですの?」

 

「そりゃもうやっぱりメリークリスマスでどうですかね?」

 

「良いんじゃない、それで」

 

机の上に用意されているグレープジュースの入れられたグラスを手に取りそれを掲げて、明るい音楽の中でメリークリスマスという私達の声が重なるのだった……。

 

「はい、皆行くよ~1・2・3はいっ!」

 

「うきゅ~」

 

「みむー♪」

 

「ふかあ~♪」

 

楽しそうに指を振る紫の指揮で歌い出すチビ達にその回りを踊る横島君の作ったサンタの衣装でジャンヌ・オルタ・リリィ達。

 

「……NO.1マスコット決定戦。第1回の開催ですの」

 

「ヨギー!?」

 

「ココオオ~!?」

 

庭に造られた特設のマスコットサイズのアスレチックでのチビ達の競争ではやっぱりチビが優勝だったり。

 

「あ、それ俺が作った指輪ですよ。美神さん」

 

「……え」

 

プレゼント交換では横島君が作ったとても手作りとは思えない仕上がりのシルバーの指輪が当たり、物理的というか、冗談抜きでしぬんじゃないかと思う位の視線を感じて恐怖したが、それでも楽しい一夜を過ごす事が出来たのだった……。

 

 

 




クリスマスっぽい話を書いてみました。何気ない、なんでもない日常の風景。霊能者だからこそ、こういうなんでもない日々が大事というのを書いてみました。仕事がハードで、執筆時間が余り取れなかったので短い話となりましたが、番外編と言う事で、お許しください。
それでは皆様メリークリスマス。


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その6

リポート20 2人で1人のゴーストライダー その6

 

~セーレ視点~

 

魔神へとなっても押されている。1対1なら間違いなく勝てる……人間と、そして作られた魂なんかにこの僕が負けるわけが無い。

 

「ふ、ふざけるなよッ!!人間の分際でッ!!」

 

レイピアが変化したブレードを怒りに任せて振るう。その斬撃に横島は反応出来ておらず、間違いなく必中を確信していたが刀身を通じて手に伝ってくる重い衝撃にブレードの切っ先が逸らされたのを感じた。

 

「うおりゃあッ!!」

 

「くうっ!鬱陶しいなッ!!」

 

横島が両手で握った大剣の一撃が胸の装甲を穿つが、当然ながらその程度でダメージを受けるほど僕の魔神としての姿は弱くない。だが僅かに後方に押し込まれ、そこに心眼がはなった霊波弾が続け様に打ち込まれ、大きく姿勢を崩す事になった。

 

「こいつも喰らえッ!!」

 

横島が投げてきた陰陽札が胸に張り付いた瞬間に爆発し、後へと更に吹っ飛ばされる。

 

(めんどくさい!殺して良いならこんな奴らなんか……ッ!)

 

殺して良いのなら転移能力を封じられたって遅れを取る訳が無い、だが殺してはいけないというガープとアスモデウスの指示が僕の動きを縛る。

 

「こっのおッ!」

 

「横島あまり深追いするな!面倒な事になるぞッ!」

 

更に僕のストレスを加速させるのが心眼だ。かなりクレバーな心眼は横島が攻め込み過ぎないように警告し、僕の妨害をしつつ横島が戦いやすいように戦況をコントロールしてる。

 

「ちいっ!!」

 

放たれた霊波砲を後へ飛びながら回避し、ブレードの切っ先から魔力刃を地面に向けて放ち舞い上がった冥界の砂で横島と心眼の視界を奪う。

 

「ガープ!撤退するよ!これ以上は面倒だッ!」

 

『横島はどうなった?』

 

「訳わかんないよあいつッ!どうやったのか知らないけど心眼を復活させてライダーにしてる!しかも僕の転移能力まで封じて来てるから厄介なんてもんじゃないよッ!」

 

ガープとアスモデウスが遅れを取ったのも悔しいが分かる。横島は余りにも異質だ、戦闘の中で恐ろしい速度で成長進化する。本気で戦うのならば真っ先に殺さなければならない相手だと分かる。殺してはいけない上にエレシュキガルの異界なので少しずつ身体が重くなっているのを感じる。これ以上は本当にやばい、命の危険に晒されてまで横島を殺さないなんて言っていられるわけが無い。

 

(……あの魔女なら分かるんだよ、なんだ。こいつ、本当に頭おかしいのか)

 

ガープでも優れていると認めているあの魔女なら分かる。霊力を魔力を反発させて対消滅作用を利用しての攻撃は対神魔・英霊に優れていると認めざるを得ない。だけど横島はおかしいだろ、見よう見真似でそれを再現して打撃で叩き込んでくるとか頭がおかしい以外の何者でもない。

 

『撤退してくれ、もう十分だ』

 

「今度からは蘆屋かレイを付けてくれッ!」

 

僕1人では面倒すぎる、頭に血が昇って殺しそうになるので適当にヘイトを集める相手が無いと駄目だ。僕は自分で言うのもなんだが、気が短いほうなのでこうも好き勝手にされていると本気で殺しそうになってしまう。ガープから撤退しても良いと言う言葉を聞き、ガープの魔道具で撤退しようとした瞬間、身体が後に吸い込まれた。

 

「貴方が私の世界に来る事は許可していません!今すぐに出て行きなさいッ!」

 

「お、おまッ!!女神エレシュキガル!!いい加減にしろよおおおおおッ!?」

 

別時空に僕を追い出そうとするエレシュキガルの攻撃に咄嗟に時空の穴の縁を掴んで吸い込まれるのを防ぐが、その際に手からガープが用意してくれた撤退用のアイテムが零れ落ちてしまった。

 

「おまッ!マジでッ!!女神の権能の無駄遣いするなッ!」

 

「う、うるさいのだわ!早く出て行きなさいッ!!」

 

「この色ボケ女神ッ!何歳年下だと思ってる!?」

 

「うるさいうるさいうるさーいッ!!」

 

横島の為って言葉は冤罪札でもなんでもない、そもそも女神としてもう少し……。

 

【ダイカイガン!心眼!オメガドライブッ!】

 

「うおりゃああッ!!」

 

僕とエレシュキガルが口論している間に地面を蹴って飛び上がった横島の蹴りが眼前に迫っているのを見て僕は本気でプッツンした。

 

「お前はお前でいい加減にしろよッ!横島ぁあああああッ!!」

 

「とっとと出てけえこの野郎ッ!!」

 

飛び蹴りが叩き込まれたが、必死に時空の穴の縁を掴んで耐える。

 

「うおりゃああああ!!」

 

「あああああああッ!!」

 

何処に放り出されるか分かったもんじゃないので必死に耐えていると心眼が僕の方に腕を突き出しているのが見えた。

 

「地獄に落ちろ、腐れ魔神」

 

【ダイカイガン!心眼!オメガシューティングッ!】

 

心眼の突き出した腕から特大の霊波砲が放たれ、その霊波砲を背中に受けて再加速した横島の足の裏が顔に迫ってくる。

 

「お前らなんか大嫌いだアアアアッ!!ぷぎゃあッ!?」

 

顔面に蹴りを叩き込まれ、ソロモンの魔神とは思えないくらい情けない悲鳴を上げながら、僕はエレシュキガルの冥界から文字通り蹴り出された。

 

「ぶは……はははっ!それでバミューダトライアングルに出てそこの龍に追い回されたと?」

 

「ははは。それはお疲れだったな、セーレ。尻は大丈夫か?」

 

「うっさい笑うな!つうかなんで人間界に龍なんているんだよ!あいててて……ッ!横島なんか大嫌いだッ!」

 

顔に横島の足跡、そして蹴り出された場所に何故かいた龍に尻を噛みつかれて、命からがら魔界へと帰還した僕は今まで以上に横島を嫌いになるのだった……。

 

 

~美神視点~

 

セーレを擬似冥界から追い出す為にエレシュキガルに霊力を分け与えた事で蛍ちゃん達は全員気絶してしまっていた。勿論私も気絶する寸前だったが、ギリギリで踏ん張る事が出来ていた。

 

(メフィストに感謝かしら)

 

メフィストの残滓、メフィストの存在を認識している事で私の霊力も上昇していた。それが辛うじて気絶しないで済んだ理由だった。

 

「……ふむ、これが人間の身体か」

 

「しん……がん?」

 

横島君の前に立つ銀髪の女性……横島君より少し年上で琉璃くらいの年代の女性は変身を解除した心眼だった。

 

「どういうこと?」

 

消滅したはずの心眼が復活したのは良い、だけどそれなら横島君の姿をベースにした姿になる筈だ。だけど目の前の心眼は女性……考えられるのは小竜姫様の影響だけど、中華系の小竜姫様とは全然違っていてどちらかというとくえすに似ている容姿だ。

 

「分からない、分からないんですけど……今の心眼は擬似英霊に等しい状態かと思うんですけど、ブリュンヒルデはどう思いますか?」

 

「私も同意見です。ノッブ達のような英霊としての深みはありませんが……限りなく英霊に近い存在ですね」

 

英霊としての深み……歴史の積み重ねや、伝承の事だろう。それなら1年も満たない時間しか生きていない心眼の霊としての厚みは確かに薄いだろう。

 

【まぁ横島の霊力に魔力に龍気じゃろ?下手をすればワシらより総量は上だぞ?】

 

【ええ、主殿がコントロール出来てる分は微々たる物ですけどね】

 

横島君の霊力の総量が神魔に匹敵するのは分かっていたけど、例えそうだとしても心眼が復活ではなく、人型になったのには疑問が残る。

 

「エレシュキガル何かした?」

 

「わ、私は何もしていないのだわ。わ、私は女神だけどそこまでは分からないのだわ」

 

「こいつに期待しても無駄だ、こいつは引き篭もりだから」

 

「その言い方は酷いと思うのだわ!?」

 

「美神、それはあれだ。私のこの姿は横島の印象深い者の姿がベースになっている」

 

「「「へ?」」」

 

高城の言い分にエレシュキガルが怒り、完全に話の流れでおかしくなった所で私達の会話に割り込んできた心眼は自分の身体を見て、首を後に向けたりして背中……いや尻などを確認する素振りを見せる。

 

「くえすと琉璃と蛍だな、つまり今の私は横島が考える理想の女性像の具現という所だ」

 

心眼の言葉に横島君はボッと耳まで赤くなると顔を両手で隠して、その場に転がった。

 

「シテ……コロ……シテ」

 

羞恥心が限界を超えたのかやけに片言で殺してという横島君を私達は何とも言えない表情で見つめ、ちょうどそのタイミングで蛍ちゃん達が起きて来た。

 

「ふ、ふーん……横島の理想の……へえ~」

 

「……そんなに私お尻大きいかしら……」

 

「背丈と口元って……私の要素少なくない……?」

 

ニマニマと喜びを隠しきれない様子のくえすに、尻の大きさを気にする琉璃に、自分の要素が少なすぎると絶望している蛍ちゃん。

 

「なんかこう一気に私達らしいって感じになりましたね、美神さん」

 

「そうね、それは良いんだけどおキヌちゃんは思うところのないの?」

 

くえすや琉璃に弄られてもう勘弁してください絶叫してる横島君を見ながらおキヌちゃんへそう問いかける。

 

「え?ないですよ、だって巫女服っぽいじゃないですか。なら私もちゃんと意識してくれてるって事で全然良いですよ」

 

自分の要素が一欠けらもないことにORZになってる小竜姫様達を見て勝ち誇った笑みを浮かべているおキヌちゃんを見て、生き返って白くなったと思ったけど、やっぱり黒い部分残ってるわねと戦慄しながら私は1回GS協会へ帰りましょうと声を掛けるのだった……。

 

 

 

~横島視点~

 

ベッドの上に寝転がりながら痛む腹を撫でる。擬似冥界から出て、ナイチンゲールさんに診察して貰って帰ってきた俺を待っていたのは弾丸のように突っ込んできた紫ちゃん達だった。そこにチビやうりぼーも加わってその突進は凄まじく、俺は帰宅と同時に空を舞う事になったし、家に入れば入ればで俯いているタマモとそれを煽るコヤンちゃんに、吐血してる沖田ちゃんにどこを見ても地獄絵図だった。

 

「はははッ」

 

でもそれが帰ってきたという実感を与えてくれていた。賑やかで騒がしくて、これが俺の守りたい物であり、大切な物だと改めて実感した。

 

「……でもうん、なんかちょっと寂しいな」

 

心眼は一応ヒャクメに様子を見てもらうという事で心眼がおらず、蛍達も検査入院と賑やかで、騒がしいのは事実だが少し物寂しさがある。

 

「……うーん」

 

チビ達も俺が疲れていると思ったのかリビングだし、なまじ静まり返っているせいで疲れているのになんか逆に目が冴えて来てしまった。

 

「良し」

 

チビや紫ちゃん達が気を使ってくれているのは分かるが、なんかこう……あれだ、寂しいので枕と布団を脇に抱えて部屋を出る。

 

「……どうした?」

 

「いや、なんか1人はさびしくてさ、シズク。リビング片付けて雑魚寝でもしようかと」

 

【良いですね!やりましょう!やりましょう!!】

 

【机を片付ければ良いですよ!】

 

「私は横島の隣に「失せろこの押しかけエロ狐ッ!」いったああ!?貴女なんか敗北狐ですよね!?」

 

「だーまーれーっ!!!」

 

「みみみみいー!!」

 

「ぷぎぴぎー!!」

 

「ほれ、茨木。横島が皆で寝よって」

 

「枕、吾枕を持ってくるぞ!」

 

【私横島君の隣が言いでゲブウ……】

 

「……寝言は寝て言え、この吐血馬鹿。横島を血塗れにするつもりか」

 

火がついたように騒がしくなるが、それが良かった。1人じゃない、みんながいるという事が実感出来た。

 

「じゃあ皆で片づけして寝る準備をしようぜ、なんかこう旅館みたいで楽しいと思うぞ」

 

旅館といえるような広さは無いし、皆で寝るのもかなり厳しいかもしれないが……それが逆に楽しく思えるかもしれないとぎゅうぎゅうづめで眠りへと落ち……。

 

「なんで全員でリビングで寝てるの?」

 

「身体大丈夫です?」

 

翌朝尋ねてきた蛍とおキヌちゃんには呆れられてしまったが、寝ていた俺達としてはとても充実した一晩で体力も気力も信じられないくらいに充実していた。

 

「散歩行ってくるな、朝ごはんまでには戻るから」

 

蛍とおキヌちゃんにそう声を掛け、俺達は朝靄が残る道を公園を目指してゆっくりと歩き出した。他人から見たら不思議な光景かもしれないが、俺達にとってはこれが何よりも心休まるなんでもない、だけど大切な日常の始まりなのだった……。

 

 

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その1へ続く

 

 




と言う訳で今回でリポート20までのシリアス編は終わりです、次回からはわいわいわちゃわちゃやってる横島達らしい日常と心眼について書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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リポート21 なんでもない、だけど特別な日常
その1


リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その1

 

~ヒャクメ視点~

 

「これはどういうことなのね?」

 

心眼が復活したと小竜姫に聞いて私はとても喜んだ。心眼は横島さんの心の支えになっていて、そして狂神石を抑制してくれている存在だ。横島さんが横島さんらしくあれるのは心眼のお蔭なのでそんな心眼が死んだと聞いたときは私も悲しんだが、心眼が復活したと聞いて良かったと思っていたら小竜姫の隣の銀髪の少女が心眼だと言うのだから何がどうしてこうなったのかと問いただしたくなるのも当然の事だ。

 

「横島の魔力と神通力と霊力と眼魂が混ざってしまったのだヒャクメ。外見は横島の印象深い女性の特徴が色濃く反映されてる……かな?」

 

「それは間違いないのね、くえすと琉璃と蛍がメインなのね」

 

「うぐっ……やっぱり私の要素ないですか?」

 

「多分、この民族衣装っぽい巫女服は小竜姫なのね」

 

自分の要素が余りにも少ない事に絶望している小竜姫を無視して心眼の触診を開始する。

 

「ここはどうかな?感覚ある?」

 

「ある」

 

「ふんふん、じゃあここは?」

 

「そこもある」

 

「なるほどね。食欲とかはある?」

 

「それもある」

 

末端までしっかりと感覚があって食欲もあるっと……。

 

「一応聞いておくけどトイレは?」

 

「それはない」

 

「やっぱりなのね。なるほどなるほど」

 

食事をしても排泄が無いと言うのは英霊と同じだ。今触ってみたけど肉体と言う感じではなく、高密度の魔力や霊力が集まり擬似的に肉体を作り出している事が分かった。

 

「やっぱり限りなく英霊に近いのね~とは言え、英霊とは少し違うから……擬似んー、仮英霊って所かな」

 

英霊になるには歴史が足りていないし、伝承もない。だが精霊や幽霊にしては存在感がある。精霊、幽霊以上、英霊未満っというのが私が心眼を調べて分かった結果だ。

 

「擬似英霊って言うのは分かっているんですよ、ほかに何かないんですか?ヒャクメ」

 

「ほかにって言われてもね~分からないって事が分かったことくらいしかいえないのね」

 

心眼の状態が奇跡に等しい状態だ。そもそも小竜姫が作り出した心眼は元々は横島さんの霊力の補助具。いうならば自転車の補助輪のようなものだ。横島さんの霊力を潤滑に運用するように出来ているが、ここまで横島さんを教え導くようには作られていない。そう考えれば心眼がここまで成長している事がまず異常なのだ。私や小竜姫のように前の世界の記憶を引き継いでいたとしても、心眼のあり方は異常なのだ。

 

「良いも悪いも横島さんの影響を色濃く受けているとしかいえないのね」

 

「それはあれか……?私にも狂神石の影響があると?」

 

横島さんの影響と聞いて心眼はすぐに狂神石の影響があるのかと不安そうに尋ねてきた。

 

「んーあれは魂に反応する物だから、心眼は擬似霊魂だから影響は殆どないと思うのね。強いて言うのならば狂神石の膨大なエネルギーが今の心眼を構成している一部ってことくらいなのね」

 

狂神石の狂気だけが排除され、B・Aランクの妖怪や魔界の動物を神魔クラスにまで強化する狂神石の良い所だけを心眼は受け取っているような物なのである。

 

「危険性は……ないようですね」

 

「あるわけないのね、むしろ横島さんの精神安定の為にすぐにでも横島さんの所に帰すべきなのね」

 

心眼と横島さんの関係性を考えると横島さんに思いを寄せている私や小竜姫からすると複雑な部分はあるのだけど、横島さんのためを思うとすぐに心眼を戻すべきというのが私の出した結論だった。

 

「心眼、戻る前に竜神王様から手土産があるからそれを持って帰って欲しいのね。勿論私から横島さんへのお土産もあるからそれもお願いしたいのね」

 

「ず、ずるいですよ!し、心眼。少し待っていてください。わ、私もお土産を準備するので」

 

とはいえポイント稼ぎが出来るところを見過ごすつもりは無くお土産を横島さんに渡すように頼むと、小竜姫も自分もお土産を準備するから待っていてくれと言って部屋を飛び出していってしまった。

 

「土産を渡すのは良いんだが、ヒャクメは横島の家の問題を分かっているのか?」

 

「問題?なにかあったのね?」

 

「もう横島の家は満室を通り越して崩壊一歩手前だぞ?」

 

「あー……確かに、でも簡単に引越しさせるのも難しいのね」

 

異界になっている横島さんの家を放置するわけにも行かないし、かといって引越しさせたとしてアリスちゃんや天竜姫様が入り浸る事を考えれば生半可な場所じゃ駄目だし……月の問題が解決したのは良いが、そのかわりにずっと私達の頭を悩ませていた横島さんの引越し問題が再び浮上してきたのだった……。

 

なお冥界で復活した際に若返ったメドーサはと言うと……。

 

「きゃーメド様、素敵ですッ!」

 

「そうだろうそうだろう。これも買いだな」

 

「なんで月に行ったメドーサ様が若くなってるんだよ」

 

「分からん……俺に言うな」

 

若くなった事で服を買いに着ていたメドーサが、そんなメドーサを着せ替え人形にしているクシナと荷物持ちをさせられている陰念と雪之丞を引き連れてキャッシュカードで気に入った服を買いあさっていたりする……。

 

 

~蛍視点~

 

心眼について色々と聞きたかったから横島の家に来て、朝食を作って散歩に行っている横島が戻るのを待っていたんだけど、横島が帰って来たらかえって来たでとんでもない騒ぎになってしまっていた……。

 

「出て行きなさいよぉぉおおおお」

 

「いーやーでーすうううううッ!!」

 

コヤンスカヤを追い出そうとするタマモとソファーにしがみ付いて耐えているコヤンスカヤの絶叫が響き……。

 

「……む、子供服のセールがあるぞ、横島」

 

「え?マジで?ミィちゃんとかの服を買うチャンス?」

 

「……私このままでも良いですのよ?」

 

「駄目です」

 

痴幼女のミィの為の服を買おうとしてチラシを覗き込んでいる横島とシズクにいらないと言って怒られているミィ。

 

「みむーみみー」

 

「ぷぎゅう」

 

【ノブノブノブ】

 

「うーきゅーうー」

 

鳴声を重ねて遊んでいるチビ達に……。

 

「紫、学校に遅れるでござるよ」

 

「お兄様がいるから行きたくないかなー?」

 

【私もです】

 

「駄目でござるよ。せんせー、紫達が学校をサボるって言ってるでござるよー?」

 

「ん?それは駄目だぞー、帰って来たらまた遊んであげるからちゃんと学校に行っておいで、ミィちゃんも」

 

「「【ふあーい】」」

 

不満そうに返事をしながら紫ちゃんの作った障子の中へ吸い込まれていく3人……。

 

「なんかとんでもない事になってる」

 

「随分前からとんでもない事になっていたと思いますけど?」

 

おキヌさんがそういうが前はもう少しちゃんとしていたと思う。ただ事件が起きるたびに爆発的に横島の家が人外魔郷になって行ったのが家が本格的に手狭になった事で明確な問題として浮上した感じだ。

 

【ノッブー、お仕事手伝ってくださいよー。沖田さんだけじゃ大変なんですよ~】

 

【分け前は?】

 

【6-4でどうですか?】

 

【よーし、乗った。牛若丸お前はどうする?】

 

【暇ですし私も乗りましょう】

 

【これなら万全ですね!じゃ、横島君!お仕事行って来まーす】

 

気をつけてなーと見送る横島の姿にこれが何時の間にか横島の日常になっている事に私はこのままじゃ私の居場所がなくなる?と焦りを覚えた。良く考えてみれば最初のリードは完全に消え去り、優位性なんか完全に消え去っていた事を今初めて心の底から実感した。なんとかしなければと思い……。若干の焦りと共に私は口を開いた。

 

「1回引越しできそうな物件見てみる?」

 

引越しに関してはめちゃくちゃデリケートな問題なので勝手な事をするなと言われていたのに、テンパっていた私は物件を見てみる?と横島に声を掛けてしまった。

 

「え、マジで良いの?行く行くッ!なんかあれだろ?霊能者って良い物件見れるんだろ?見て見たい」

 

めちゃくちゃ乗り気の横島に今更駄目なんて言えるわけも無く、お前なんて事をしたんだ?と言わんばかりの目で見ているシズク達に見送られながら私と横島はGSが借りれる東京近辺の物件を見に行く事となった。

 

「ちなみに横島はどんなのが良いの?」

 

「庭が広いと嬉しいかなあ、あとプール。めちゃくちゃ高いと思うけど六道みたいな屋敷だと嬉しいかもしれない」

 

「それ絶対言わないでね?」

 

横島は何で?という顔をしているが本当にお願いだからその要望だけは言わないで欲しい。

 

(あの狸がニコニコで動き出す未来しか見えない……)

 

味方だと凄く頼もしいのだが腹黒さMAXの冥華さんが動き出す理由を与えないで欲しいのだ。

 

「まぁ今日は見るだけだから良いけど」

 

「そうね、こんな感じが良いって言うイメージだけでも出来れば良いんじゃないかな。後はそれを小竜姫様達にお願いしてみると良いかもね」

 

色気なんてあるわけもないが、久しぶりに横島と2人きりのお出かけに自然に笑みを浮かべながらGS専門の物件めぐりへと向かうのだった……。

 

 

 

 

~美神視点~

 

月でのとんでもないハードな戦いを切り抜けたばかりだが、私達には次の問題が圧し掛かって来ていた。

 

「マリア7世をどうするか……ね。ちなみにドクターカオスとかはどう考えてる?」

 

「小僧の所の紫が作った異界を避難所に出来ないかと考えている」

 

マリア7世は優れた霊能者としての素質を持っているからか、4大天使の聖母候補として狙われている。事実私達が月にいる間にホテルに軟禁されていたと聞いている。

 

「出来れば私もそれで行きたいんですけど、オカルトGメンとかが口を挟んできているんですよね」

 

「絶対攫われて終わりね、西条さんのほうで抑えられないの?」

 

「出来るならとっくにしているよ、令子ちゃん」

 

西条さんよりも上の権限を持ってる連中が邪魔をしてるってことね……んーじゃあ。

 

「飛行機を墜落させない?」

 

「「「はい?」」」

 

「だーかーらー飛行機だけ飛ばして、緊急転移の事故でどこに転移したか分からないっていうのはどう?マリア7世は文殊で作った幻影にして、小竜姫様とかに相談する必要もあるけどありじゃないかしら?」

 

帰国の道中の事故という形にしてマリア7世は別口で異界に入ってもらえば良い。事故による消息不明となれば四大天使やオカルトGメンのやっかみも回避出来る可能性がある。

 

「ん、んーん、かなりグレーですけど」

 

「いや、思いっきりブラックじゃが……1番安全なのがこれかの?」

 

誰も信用出来ない中でオカルトGメン達が出張ってくる自体を避けるには、それよりも先に形だけは出国してもらい事故を装うのが1番良いと思う。

 

「その後はその後で問題になりそうですけど……西条さん。オカルトGメンから誰が来るかとか調べが付きます?」

 

「少し時間はかかるけど調べれるよ」

 

「じゃあ、西条さん。それをお願いするわ、最悪小竜姫様を頼っても良いと思うけど……」

 

「そっちもそっちで不安なんですよね」

 

天界の情勢も酷いので小竜姫様を頼る事にも不安が残る、かといって人間の方も問題がある訳で……。

 

「本当どうしようもないわね、どこも解決出来ないじゃない」

 

私達の強さの問題、横島君の問題、天界、魔界の問題とどこもかしこも問題ばかり、しかもどれもこれも解決出来ない物ばかりで頭が痛くなる。

 

「そこに頭が痛くなる問題が1つ追加されますよ」

 

「……天界、魔界、それとも人間界?」

 

「合法ロリを認めない自称精霊の目撃情報が出てます」

 

「なんでよ……」

 

「またあのはた迷惑な精霊が……」

 

合法ロリ認めない精霊(自称)。本人が何歳になっても背が低く、胸も小さく、合法ロリと呼ばれることに嫌気が差し自分を精霊に昇華させた霊能者の目撃情報ありと聞いて本当に勘弁してくれと天を仰いだ。問題は問題でも別のベクトルでの大問題……20年以上除霊出来ていない、歳の割りに幼い容姿の女性を成長させるという意味不明な事を繰り返すはた迷惑な精霊の出現情報に私は本気で泣きそうになった……。

 

「絶対狙われる相手が多すぎるじゃない」

 

「シズクにノッブに牛若丸にアリスちゃん達に……は、ははは……どうしましょうね、これ」

 

「そんなの私が知りたいわよ……」

 

横島君の周りはこういったら悪いが合法ロリと言われるような相手が揃っているので、絶対にあのはた迷惑な精霊が東京に来ると確信出来てしまい、この場にいる全員の口から乾いた笑い声が零れるのだった……。

 

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その2へ続く

 

 




今回は少し短めと今後のフラグを少し追加してみました。この合法ロリ認めない精霊がGSらしいカオスなギャグ展開にしてくれる予定なのでこの精霊が出てくる時を楽しみにしていてください、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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その2

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その2

 

~横島視点~

 

俺は多分今までに感じたことのない窮地に追い込まれている。間違いなくアスモデウスやガープと対峙する以上に恐ろしいと思っていた。

 

「へー……ふーん……横島の印象深い……へえ~?」

 

「敗北者が何を言っても気にしなくて良いですわよ?」

 

「……おねーさん、くえすより胸は小さいけど全体的なバランスは良いと思うんだけどなあ」

 

心眼がヒャクメの診察から帰ってきた事はとても喜ばしいし、チビ達も喜んでいた。だけど帰ってきた心眼の自分の今の容姿は俺の無意識によるものであり、そしてそれだけ心を許している証拠かつ好意を抱いている相手の容姿の組み合わせと改めて告げられたのだ。

 

「誰か俺を殺してください……」

 

【まー青少年だし、しょうがないしょうがない、まぁそれはそれとしてなんでワシの要素ないワケ?】

 

【むしろ私は主殿が普通に女性に興味があることに安心しましたよ?】

 

本当マジで殺してくれ、ノッブちゃんや牛若丸がにやにやしつつ、蛍達がバチバチしてる。

 

【お兄はんが朴念仁やからあかんのやろー?】

 

「……本当にその通りですの」

 

酒呑ちゃんとミィちゃんはさっさと手を出してしまえというが、そういうのは本当に良くないと俺は思う。

 

「……ほら、買い物行くぞ。お菓子を買ってやろう」

 

「「【はーいッ!】」」

 

シズクが紫ちゃん達を買い物に連れて行ってくれたことには本当に感謝している。紫ちゃん達にはこういう話題は言うまでも無く早すぎるし、聞かせて良いものでもないからだ。

 

「吾も行くぞー!酒呑は?」

 

【んーもっとおもろいものがあるからええわあ】

 

「……私も行きませんですの」

 

……出来れば酒呑ちゃんとミィちゃんは買い物に行って欲しかったなあと思っていると両肩に手をおかれた感触がして振り返るとタマモとコヤンちゃんが俺の目を覗き込んでいた、

 

「所で横島、私の要素ゼロなんだけど」

 

「忠実で献身的な秘書に感謝してくれていないなんて酷いですわ、ヨヨヨ」

 

タマモとコヤンちゃんに詰め寄られておろおろしていると心眼があっと声をあげ、全員が振り返ると心眼の頭に金色の耳がぴょこんと生えていた。

 

「ふむ……こっちもちゃんと聞こえるし、感触もあるな。面白い」

 

心眼は面白いと言っていたが俺は全然面白く無かった。背中に物理的に視線を感じて今にも逃げ出したい気分だったのだが……。

 

「うきゅうきゅ」

 

「ぴぎー」

 

間が最悪に悪い事にモグラちゃんとうりぼーが膝の上に登って来て丸くなってしまって動けなかった。

 

「横島」

 

「横島君?」

 

「横島~?」

 

にやにやという擬音が聞こえてきそうなくえす、琉璃さん、蛍の声にビクンと身体が竦むのが分かった。おキヌちゃんは合掌しているけどその口元は楽しそうだし、ノッブちゃん達も乗り気の様子だ。

 

「あー……姿が変わるのは私だからお手柔らかに頼むぞ」

 

今だ狐耳を触っていた心眼が一応という形で警告してくれたが、どう見ても蛍達は俺を玩具としか見ていないようにしか見えなかった。

 

「ほ、ほどほどに……お願いします」

 

駄目元で頼んでみたが、やはりというか、やっぱりというか蛍達の返事は無いのだった……。

 

 

 

 

~くえす視点~

 

横島の印象で心眼の容姿が変わるという話を用事があって呼んでいた柩に教えてやると柩はバンと机を叩いた。

 

「なんでそんなに面白いイベントにボクを呼んでくれないのさ」

 

「偶然分かったからですわね。まぁ事前に分かっていても貴女は呼びませんけど」

 

「なんで!?」

 

「貴女自分の性癖理解してます?」

 

獣耳のような簡単に付け加える物はわりとすぐに反映され、髪型や胸などは割りと時間が掛かるし、案外フェミニストな横島に意識させるのは難しいので中々反応が無かったことを考えると柩の趣味・性癖を反映させるのはかなり難しいだろう。

 

「全裸で土下座までなら出来る」

 

「やめておきなさい」

 

Mに完全に振り切っている柩ならやりかねないし、暫く心眼の容姿が柩で固定されそうなので本気で止めるように言う。

 

「くひ、そういうくえすはどこまでやったんだい?」

 

「特に何も?蛍と琉璃はやっきになってましたが、何をしても私に似た顔付きと髪型と髪の色は変わりませんでしたから」

 

なんとしても自分の容姿に近づけようとしていた蛍と琉璃が実に滑稽だったが、それ以上に横島が私をそれほど強く認識してくれている事が嬉しかった。

 

「なんでだろうね?僕も随分と強くアプローチしている筈なんだけどねえ?」

 

「さぁそれは分かりませんが、影響を受けているのは横島だけではないのではないですか?」

 

おキヌの巫女服や、蛍の派手は無いが堅実に可愛いブラウスとスカート、コヤンスカヤのピンクのスーツ、一瞬だけ酒呑童子の着崩した着物などに変化していたのでファッションショーみたいな物は一定の効果があったがどうしても顔付が変わらなかった事を考えるとやはり心眼自身の認識も強いのだと思う。

 

「……そういえば心眼はやたら君を気に入ってたね」

 

「日ごろの行いですわね」

 

解せぬと柩は言っているが、私は横島の為に出来る事をしているし、横島の味方であると言う態度を一貫して崩していない。だがやはり1番の要因は……。

 

「忌々しいですがジャンヌ・オルタとS達の事も関係しているでしょう」

 

忌々しいが私とジャンヌ・オルタが似ているのも心眼の姿が私に似た容姿になっているのだろう。

 

「あーなるほどねえ、確かにくえすとジャンヌ・オルタは良く似ているよ」

 

目の色こそ違うが肌の色、髪型、髪の色、体型も非常に似通っている。私とジャンヌ・オルタの影響で心眼の姿は私に似ているのは外見的要因だ。そしてもう1つの要素は……。

 

「横島は無意識に蛍達を警戒しているよ。それは間違いない」

 

「……やはりですか」

 

ジャンヌ・オルタとS達の美神達が自分を裏切った、自分を裏切って殺したという言葉は横島の中に棘として刺さっている。そしてそれと同じで私が何が起きても裏切らないという言葉を心眼と横島は信用しているのだ。

 

「面白くないかい?」

 

「ええ、勿論。私ではない私の信頼で横島が私を信じるというのは面白くないですわね」

 

横島が私だけを信じているのならば良い。だがそれは他者から伝えられた話であり、それで横島が私を信用しているというのが面白くないと思うのは当然の事だ。

 

「それでボクを呼んだと……」

 

「その通り。もう少ししたらめぐみも来ますわ」

 

私とめぐみで解析して発動させた地下の大魔法辞典と呼べる魔道具。あれは確かに優秀で私やめぐみが知らない魔法も数多く記されているが、如何せん目録などが殆ど無く目的の魔法を調べるのが本当に大変だ。

 

「それでボクを呼んだ訳だ。ボクは目録じゃないんだけどねぇ」

 

「たまには仕事をしなさい引き篭もり」

 

「はいはい……わかりましたよっと」

 

柩の未来予知を利用すれば私が欲している魔法、あるいは魔道具、あるいは魔法薬の作り方が分かる筈だ。

 

「でもその魔法辞典に君が欲してる情報がある物なのかい?」

 

「間違いなくありますわ。いえ、無ければおかしいのです」

 

「無ければおかしい? それはどういう意味だい? くえす」

 

これがただの魔法辞典ならばない前提で調べる必要があるが、私はあると断言出来た。

 

「これは四大天使に反逆した魔法使いが作り記し、研究した物ですから」

 

ルイ・サイファーが最高指導者をやめ、今の最高指導者になる間にいた最高指導者は魔族撲滅を訴え、四大天使はそれに賛同し好き勝手していたらしい、その中には勿論唾棄すべき悪魔の研究もあった。

 

「まさかその時から人造救世主を?」

 

「その時は人造救世主ではなく、神の戦士計画だったらしいですけどね」

 

神の戦士を作る為に何百人、何千人という霊能者の女性を集めて研究していたらしい、当然その女性は使い捨て、死ぬ前提であり、信者だけでは足りないので攫って来た人間も実験台にしていた。そしてその規模は現在の物よりもずっと大規模だった。

 

「あの魔道書を作った人物は自分の娘を連れて行かれ、それを取り戻すためにずっと天使を殺す研究をしていたのですわ」

 

「なるほどね、過去の偉大な遺産を使うわけだ」

 

「ええ、それを有効利用します。まずは精神操作に抗える薬あるいは魔道具を目指します。研究のレポートには完成していたとありましたから、それの作り方を調べるのが貴女の仕事ですわ」

 

「はいはい、頑張りますよっと……」

 

アスモデウス達よりも天使への対抗策を作り出すことが最優先だと私は考えていた。

 

(何処に天使の……いえ、どこになんて口を濁す必要はありませんわね。敵は国際GS協会、そしてオカルトGメン)

 

間違いなく上層部に天使の信者がいる。そう考えれば南部グループの人造魔族の研究にも話が繋がってくる。アスモデウス達よりも厄介な敵……自分達と同じ人間の中にその敵がいる。私は良い、私は自分と横島以外を敵だと思っているから常に対策をしているし、ビュレト様の加護で強い魔法に対する耐性もある。

 

「くえすう?随分と丸くなったんじゃないの?」

 

「本当は嫌ですけど、横島が悲しむのは嫌だから仕方なくですわ」

 

「ふうーん、ま、そういう事にしておこうか?」

 

「そういうことも何もその通りですわ、他意なんてありませんわ」

 

横島が悲しむのが見たくないから手を貸すだけ、美神や蛍達に決して心を許しわけではないというと柩がニマニマと見つめて来て腹が立ったので、私は無言で柩の額に向かって魔力弾を撃ちこむのだった……。

 

 

 

~エレシュキガル視点~

 

 

「迷惑……いや、いやいや、横島はいつでも尋ねて来て良いって言ってたし、迷惑じゃないはず……」

 

冥界の女主人と呼ばれる神魔の中でも上から数えた方が早い、最上級神魔であるエレシュキガルは横島の家のインターホンを押すべきかどうかでかれこれ30分近く葛藤しており、その姿は最上級神魔というよりも初恋に右往左往するティーンエイジャーと言う様子だった。

 

「……髪、服……化粧……うん、大丈夫なのだわ。すーはー……すーはー……良し」

 

10回目の自分の容姿の確認をしたエレシュキガルは気合を入れた後にインターホンに指を伸ばし……。

 

「あれ、エレちゃんだ」

 

「ほわあああああッ!?」

 

玄関の扉が開き顔を出した横島に完全に不意打ちされたエレシュキガルの奇声が周囲に響き渡った……。

 

「お騒がせして申し訳ないのだわ……」

 

奇声を発した後に横島に招かれて家の中に入って一息入れた後に横島に謝ると横島は気にしなくて良いと笑ってくれてその事に安堵していると横島が出掛ける準備をしていたのに気付いた。

 

「どこかに出掛けるところだったのかしら?」

 

「異界に行こうと思ってまして」

 

「異界へ?修行なのだわ?」

 

異界と聞いて修行かと聞くとリビングの扉が勢いよく開き、私は座ったまま少し飛び上がってしまった。

 

「お出かけの……あら、お兄様。お客様ですか?」

 

「エレちゃんっていう神様だよ。紫ちゃん、エレちゃん、彼女は紫ちゃん」

 

横島が紹介してくれたので互いに挨拶をかわしたが、私は尋ねて来たタイミングが悪かった。

 

「また遊びに「エレちゃんも一緒に異界にいかない?」……だわ?」

 

異界に一緒に行こうという横島にちょっと間抜けな声が出た。

 

「それは良いですわ。エレちゃんさんも一緒に異界に行きましょう」

 

「えっえっとお?異界に何しに行くの?」

 

話についていけず、横島達に異界に何をしに行くのかと尋ねる。

 

「紫ちゃん達が作った異界で魔界の赤ちゃんの魔獣とかが暮してる動物園みたいな場所があるんですよ」

 

「遊び場も沢山ありますわよ。エレちゃんさんも一緒に行きましょう」

 

魔獣の赤ちゃんと遊び場のある異界……当然ながら私の作る異界とは別物だ。

 

「行くのだわ、どうせ帰ってもやる事も無いのだし、迷惑でなければだけど」

 

「全然、エレちゃんも行こう。皆で行く方が楽しいからさ」

 

嫌がっている素振りを見せず、心から楽しそうに笑う横島に頷き、横島の家を出ると……。

 

「牛なのだわ!?」

 

牛が何かを引っ張って来ていて、それが横島の家に止まったのを見て、思わず声を上げてしまった。

 

「横島、誘ってくれて嬉しいわ」

 

「異界かぁ、何があるのか楽しみだ」

 

「エレちゃん、2人は輝夜ちゃんともこちゃん。輝夜ちゃん、もこちゃん。エレちゃんっていう神様」

 

「「「どうも」」」

 

横島に紹介されて互いに頭を下げるが私達の間には奇妙な空気が広がってしまった。それもその筈、私は冥界の神。即ち死神の一種で、あの2人には死の気配が無い。なんらかの方法で死を超越した者と死神では当然ながら奇妙な空気になるのは当然なのだが……。

 

「異界の門が開いたぞー、エレちゃん達も行こう」

 

横島が間に入るとその奇妙な空気はあっという間に消え、横島達に誘われるままに私達は異界へと足を踏み入れた。

 

「ほわあああ……」

 

「これは凄いわね」

 

「……あー異界って聞いて迷いの竹林みたいの想像してたけどこれは凄いな……」

 

異界に入るなり遊びに行ってしまった紫ちゃん達の後姿につられて周囲を見る。異界の中沢山の魔獣の姿と森や川、草原に花畑、空から降り注ぐ太陽の光……余りに美しい光景に溜息を吐いた私達は次の瞬間には絶叫していた、

り注ぐ太陽の光……余りに美しい光景に溜息を吐いた私達は次の瞬間には絶叫していた、

 

「きゃきゃう!!」

 

「ほげーほげー!!」

 

「ぱるー」

 

「たまああああッ!!」

 

「ああああああーーッ!?」

 

「「「横島ぁあああああ!?」」」

 

大量の魔獣が突撃して来て横島を攫って行くと言う信じれない光景に横島の名を私達は叫ぶのだった……。

 

 

 

 

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その3へ続く

 

 




次回はエレちゃん、ぐやちゃん、もこちゃんと異界でリフレッシュを書いて行こうと思います。この異界に移住していたカマイタチちゃんなんかも出してワイワイで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


PSイドでのガチャ報告

10連でマリーオルタ入手


ジャンヌオルタガチャ50連

ジャンヌ・オルタ
ジャンヌ(ルーラー)

でした、あと1人ジャンヌオルタをお迎えできればレベル120までのコインが集まったのですが、無念です。


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その3

 

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その3

 

~蛍視点~

 

今頃横島は異界で魔獣やアリスちゃん達と戯れているのだろうかと思うと、やっぱり着いて行きたかったなあと思う。だけどそうも言ってられない事情があるので仕方なしに、それこそ文字通りに後髪を引かれる気持ちで私はGS協会へ来ていた。

 

「姫様と妹紅については感謝します。神代さん」

 

「いえいえ、私というか横島君の方にお礼を言って貰えると嬉しいです。」

 

永琳さんがもう来ていて琉璃さんと話をしているのを見て私は気を引き締め、美神さんが座ってる席の隣に腰を下ろした。

 

「おはようございます。美神さん」

 

「おはよう蛍ちゃん」

 

挨拶を返してくれた美神さんはそのまま自分の見ていた資料を私に回してきたので、それにザッと目を通す。かなり分厚いその書類の束の内容の6割は月神族への対応だった。

 

「月神族が独自権を放棄して神魔の傘下に……通るんですかこれ?」

 

「通らない、通るわけ無いでしょ。とりあえず当面としては月神族は監視、それと詳しい条件に関しては永琳が決めるけど、輝夜と妹紅が自由に歩き回るようになるのは間違いないわね」

自由に歩き回るようになるのは間違いないわね」

 

「それはそれで問題ありません?」

 

蓬莱人の2人はどう考えても狙われる立場なのに自由に出歩かせるのは余りにもリスクがあると思う。

 

「それに関しては横島の家と横島が所有してる異界への入場に変更するので安心してください」

 

私と美神さんの話に割り込んで永琳さんがそう言ってくれるので最悪は回避できるかと考えていると会議室の扉が開いた音がし、そちらに視線を向けた私は絶句した。

 

「ちょっくえす大丈夫なの!?」

 

「大丈夫……ですわよ」

 

髪はぼさぼさ、目元には深い隈とボロボロの様子のくえすとめぐみさん、そして何時ものように不気味な笑いをしている柩と余りにもアレな光景に思わず大丈夫なのかと叫んでしまった。

 

「とりあえず……やる事終わったら寝ますから……」

 

「くひひ、きひいいいいいッ! 先にやることやろうかああ」

 

いつも以上に電波入ってる柩に本当に大丈夫かと心配になる中、くえす達の話に私達は耳を傾けた。

 

「まず私達が見つけた大魔道書にはかつての四大天使の悪逆が記されていました、その中には当然強い洗脳への対策もありました」

 

「魔道具と薬ですね。必要な物は事前に配った書類にあるので目を通してください」

 

めぐみさんに言われて書類の中の必要な材料に目を通した私達は目を見開いた。

 

「これマジで言ってる?」

 

「大マジですわ。それとも対策せず、人造救世主の慰み者になって横島と敵対します?」

 

くえすの冷ややかな視線と言葉に美神さんは深い溜息を吐いた。

 

「それは絶対に嫌よ。でも……黄金の林檎とか、黄金の蜂蜜酒とかどこで手に入れれば良いのよ?」

 

天使の洗脳を防ぐ術として必要な材料もまた神話に出てくるようなアイテムが必要だった。それに加えて魔道具に至っては会議に参加している小竜姫様達でさえ唸るレベルだった。

 

「スレイプニルの鬣に龍の抜け殻……」

 

「バロールの魔眼に、ガルーダの羽……どれもこれも入手困難な品ばかりですね」

 

神話・伝説に語られる魔獣、神獣の素材が必要だとわかり顔を歪める小竜姫様達にくえすは何を勘違いしているのかと言った。

 

「これはあくまで前のそれこそ1万年以上前の素材ですわ。これを元に更に発展させなければ何の役にも立ちませんわよ。私の要求は天界・魔界が所有している貴重な素材。その全ての提供ですわ」

 

「しょ、正気ですか!?」

 

「正気も正気ですわよ。神魔の尻拭いをする為に必要な物をまさか出さないとでも?」

 

くえすの言葉に小竜姫様はうぐぐっと唸り、観念したように溜息を吐いた。

 

「分かりました、最高指導者に話を通します」

 

「私もお父様へ話を付けますわ」

 

「最初からそう言っていれば良いのですわ。アスモデウス、ガープも厄介ですが、それ以上に四大天使は邪悪で厄介と分かりきっているのですから、それへの対策が最優先ですわよ」

 

四大天使がいればS達やジャンヌ・オルタの語った最悪の結末へ繋がる。それを阻止する為に形振り構ってられないのも事実だ。

 

「永琳にもお願いがあります。これから月神族と今後の事を話し合うのですよね?その際に月神族が保有している道具も提供するように付け加えて欲しいのです」

 

「ええ、構わないわ。横島達への迷惑料も含めてふんだくってあげるわ」

 

にやりと笑う永琳さんの姿に冥華さんに通じる邪悪さを感じた。

 

「なんかお腹痛くなってきました」

 

「うん……私も、これ絶対神経性ね……」

 

横島の為なら文字通り何でもするくえすは敵に回せば恐ろしいが一応味方なのは今は頼もしいと思うべきだろう。

 

【えっと……?】

 

「ああ。恥知らずがやっと連絡してきましたね。さてと月神族?貴女達が犯してきた罪、その全てを清算して貰いましょうか」

 

悪魔より邪悪な顔をしているくえすにどっちが悪役か分からないと思いながらも、くえすの言っている言葉には私も同意だったので、くえすと永琳さんに完全に怯えている迦具夜に一切同情する事無く、何の容赦も温情も無いくえす達の取立てにどんどん青褪めていく迦具夜を無視して、くえす達が用意していた書類に美神さん達と共に目を通すのだった……。

 

 

 

 

~輝夜視点~

 

永琳が美神達と話をしている間横島の所に行って良いと言われていたのでもこと2人で横島の所に行けば死神がいるし、横島の家ではなく異界に遊びに行くという横島に大丈夫かなと不安を抱きながら異界に来たまでは良いが、異界に足を踏み入れた瞬間に魔獣に拉致された横島の姿に思わず叫んでしまったのは絶対に悪く無いと思う。

 

「だ、だだだ……だだだッ!?」

 

「どうどう、落ち着きなさいよ」

 

死神がめちゃくちゃ動揺しているのを落ち着かせようとするが、死神は完全に混乱していた。

 

「駄目だわ、この死神ポンコツだわ」

 

「気持ちは分かるけどなあ」

 

行き成り魔獣に連れ去られた横島に動揺するのは分かるけど、多分害はないんだと思う。

 

「だってほら。横島の妹を乗せて走り回ってるし、多分横島が来て嬉しくてしょうがないのよ」

 

犬っぽいのとか、虫みたいのとか、小さな龍みたいなのが横島の回り駆け回り、そして横島を兄と慕ってる子供達もきゃっきゃっとはしゃいでいる声がするので多分歓迎のつもりなのだと思うと話をしていると背後から声を掛けられた。

 

「いらっしゃい、横島に連れて来られたの?」

 

その声に振り返ると髪を二房にした吊り目気味の少女が私達を見つめていた。

 

「ええ。横島が遊ぼうっていうから来たの」

 

「あれ、横島様は大丈夫なのか?」

 

「ああ。あれ、大丈夫よ。まぁ涎塗れとか泥まみれにはなってるけど大丈夫よ。あたしはカマイタチ、横島の家の管理みたいなことを成り行きでしてるわ。よろしく」

 

管理……女中って事かしら?まぁ横島が家を任しているのなら問題はないかと判断した。

 

「蓬莱山輝夜よ、よろしく」

 

「藤原妹紅だ。えっと本当に大丈夫か?」

 

「え、エレシュキガルなのだわ」

 

一通り自己紹介を終えた所でカマイタチはこっちと言って歩き出すので、その後を着いて歩き出す。

 

「随分沢山の魔獣がいるのね」

 

「横島の周りは安全だからね。ほら、赤ちゃんとかもいるでしょ?」

 

指を指されたほうを見ると目も開いてない魔獣を咥えて歩いている魔獣が何頭もいた。胴体がやけに長い丸っこい生き物と、鋭さを感じる魔獣がとてとてと横島の家へと駆けていった。

 

「横島様の周りは安全なんだ」

 

「喧嘩すると横島に怒られるからね、でも遠くの方へ行くと気性の荒い魔獣もいるから遊ぶなら横島の家の周り、ちゃんと遊び道具のある方にしないと怪我するわよ」

 

ぶっきらぼうな口調だがあれやこれやと教えてくれるカマイタチの話を聞きながら歩いていると横島の姿が見えてきた。

 

「わふわふわふッ!」

 

「ふかーッ」

 

「どうどうどう、落ち着い「ほげーッ!」あいたあッ!?」

 

魔獣に遊べー遊べーと囲まれている横島は困っているようだが、その顔には笑顔がある。

 

(これなら大丈夫そう)

 

横島の魂の不安定さを心配していたが、これなら大丈夫そうと思っていると私達の先頭を歩いていたカマイタチが手を叩いた。

 

「はい!横島に迷惑を掛けない、まず荷物を置かせて落ち着かせてから遊んでもらいなさい」

 

「ぴー?」

 

「駄目よ。はいはい散った散った」

 

カマイタチの言葉に渋々と言う感じで魔獣達が一度横島から離れた。

 

「イタチちゃん。凄いなあ」

 

「なんか横島の家の掃除をしている間にいう事を聞いてくれるようになったのよ。はい、タオル」

 

カマイタチから受け取ったタオルで涎や泥を拭った横島がよいしょという掛け声と共に立ち上がった。

 

「ここが異界、良いところだろ?ちょっと先に行くと温泉プールとか滑り台とかあるんだぜ」

 

「それは凄いのだわ……私の異界とは全然違うのね」

 

「まぁここは遊び場みたいなところだから、エレちゃんの所とは違うのは当然じゃないかな。それでどうかな、輝夜ちゃん、もこちゃん、エレちゃん。ここは楽しそう?」

 

そう言われて横島の家の周りを3人で見てみる。

 

「たまーたまー」

 

「っとと、それー」

 

「たまー」

 

小川から顔を出している青いボールみたいな動物と子供がボール遊びをしている姿。

 

「よぎよぎよぎ」

 

「ふかー」

 

小さな魔獣達が楽しそうに穴を掘っている姿。

 

「頑張ってうりぼーッ!」

 

「いけーぐーちゃんッ!!」

 

「ぷぎぷぎいいいいッ!!」

 

「ぐううううッ!!!」

 

猪の上に乗った紫と黒い馬に乗った金髪の幼女が追いかけっこをしている姿。

そのどれもが迷いの竹林に無いもので、冥華達が持って来てくれるゲームは楽しくはあるが飽きが来る。

 

「ええ、すっごく楽しそうだわ」

 

「思いっきり身体を動かせるのはいつ振りだろなあ」

 

「は、はわわあああッ!?スカート、スカートは駄目ッ!?」

 

なんか1人魔獣に襲われて絶叫してるけど私ともこが楽しそうと返事を返すと横島は安堵したように微笑み……。

 

【お兄さんも、2人もあそぼーッ!!】

 

「とっと、良し、輝夜ちゃん達も行こう。みんなに紹介するよ、エレちゃんはどうする?」

 

「あ。後で!ちょっと本当に駄目だからぁぁあああっ!!」

 

執拗に着物を狙われている死神から横島は若干気まずそうに顔を逸らし、私ともこを連れて遊ぼうーと声を掛けてきている子供達の下へと歩き出した。なお私達が放たれた所で背後からはスカートを返してという死神の絶叫が響いて来て、私達は3人とも何とも言えない表情を浮かべる事になるのだった……。

 

 

 

 

 

~カマイタチ視点~

 

タマモ達に安全だからと連れて来られた異界は横島を慕う魔獣の巣窟だった。最初はあたしよりも格上の魔獣ばかりに恐怖した物だが、気が付けばこの異常な環境に慣れている自分がいた。

 

「イタチーッ!横島来てる!?」

 

「来てるわよ。原っぱで遊んでるわ」

 

「やったー!行こう!」

 

「みゅーッ!」

 

魔界から来て、そのまま横島の所へ掛けていくちびっ子達を見ながら洗った洗濯物を干す。

 

「良い天気ねぇ」

 

ちびっ子達が作った世界とは聞いていたが、天気の移り変わりもあり外の世界と大差がが無い。人間に追われる事を考えればここで魔獣やちびっ子の世話をしているのも悪くないかもしれない。

 

「お姉ちゃんたちも呼ぼうかなあ……横島に相談してみようかな」

 

お姉ちゃんと妹も呼んで良いか聞いてみようかなと思いながら何時ものように洗濯物をして掃除をする。

 

「それーっ!」

 

「よっと、ほい。もこちゃんッ!」

 

「横島様上手ッ!そいやっ!!」

 

「ふかーっ!(パク、もぐもぐ、ごくん)ふかっ!」

 

「食べちゃ駄目だろ!?」

 

「あははははッ!!」

 

「あはっ!はははははッ!」

 

ボールを食べてしまった魔獣に横島が怒り、妹紅と輝夜が楽しそうに笑い。その周りのアリス達も、魔獣達も楽しそうに笑う。

 

「本当横島がいるとそれだけで笑顔が広がるわね」

 

横島の存在は思った以上に大きい、ちびっ子達も横島がいるだけで普段よりもずっと笑顔を浮かべているし、魔獣達も楽しそうだ。

 

「はい、これズボン。服と合わないと思うけど、無いよりマシじゃない?」

 

「……うう、ありがとうなのだわ」

 

スカートを奪われ下着を両手で隠しているエレシュキガルにズボンを渡すと着替えてくると言ってエレシュキガルは奥の部屋へ向かった。

 

「後はこれで横島の使い魔になれれば言う事無しなんだけどなあ」

 

後は横島の使い魔に慣れれば本当に言う事無しの日々なんだけどなあ……。

 

「タマモが怖すぎる」

 

主人としての好きと異性としての好きで全然好きの対象が違うのにめちゃくちゃ敵対心剥き出しにしてくるタマモが怖すぎるのをなんとか出来ないかなあと思ったせいかタマモまでやって来たのだが……。

 

「なんで増えてるのぉおおおお!?」

 

「うるさいわね!こいつは押しかけよッ!」

 

「出来る秘書コヤンスカヤ、よろしく!」

 

なんか増えてて、しかも増えたほうのタマモのノリがなんかおかしくて、あたしは心底困惑する事になり。

 

「九尾の狐こわッ!?」

 

「九尾の狐って一括りにするな!というかこれと一緒にするな!」

 

「理不尽ッ!」

 

コヤンスカヤと同じ扱いにするなと言って怒鳴り散らすタマモに理不尽と叫んだが、こんな風に八つ当たりされれば誰だって叫ぶものだ。

 

「こら、タマモ!イタチちゃんを苛めたら駄目だろう」

 

「う、うううーッ!」

 

そしてその叫び声に気付いた横島がやって来てタマモを注意してくれたんだけど、射殺さんばかりに睨んでくるタマモにあたしは心のそこからどうすれば良いのよっと叫びたくなるのだった……。

 

 

 

 

 

リポート21 なんでもない、だけど特別な日常 その4へ続く

 

 




コヤン入りで苛々してるタマモと異界での管理人ポジに落ち着いたイタチちゃんの話でした。次回も引き続き異界でのほのぼのを書いて行こうと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


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