ガンダムビルドファイターズAMBITIOUS外伝~南風激闘伝~ (ちくわぶみん)
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第1話『廃部寸前の模型部』

その日、私は運命と出会った。

 

初めてのガンプラバトル。最悪のシチュエーション。

追い詰められた私達の前に現れたのは、燃え盛るような“赤”。

 

戦い方はすごく荒々しかったけど、そのガンプラには作った人が込めたロマンと、そして、強い絆があった。

 

追い付きたいと思った。ああなりたいと思った。

 

これは私が、私達が、この島で一番のチームになるまでの物語。その始まりの日の話だ。

 

□□□

 

「気をつけ!礼!」

「ありがとうございましたッ!!」

 

ホームルームが終わると同時に、一番乗りで教室を出る。

 

入学式の翌日と言えば当然、入部届けの提出だ。期待で胸が高鳴り、自然と足取りが軽くなってしまう。

 

あ、自己紹介しなくっちゃ。

 

私の名前はナガミネ・エミカ。つい昨日、この市立南風(みなかぜ)高校に入学したばかりの、高校一年生!

 

趣味はガンプラ!あ、でも組み専ね。バトルするのは、ちょっと苦手で……。

ガンプラを組み立てる事そのものが、私にとっては楽しいんだ~。

 

でも最近、あるガンプラファイターさんのバトルを見てから、ちょっと自分のガンプラを動かしてみたいなって思って……。

 

この高校の模型部はガンプラバトルもやってるみたいだから、この機会に挑戦してみようと思うんだ。

 

確か模型部の部室は、この先の廊下を──

 

「きゃっ!?」

 

しまった……ウキウキし過ぎて、周り見えてなかった!!

ぶつかってしまった相手に、慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ。 こちらこそ、よそ見をしていて悪かった」

 

顔を上げると、黒髪で少し色黒な男子生徒が、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「だけど、廊下を走るのは危ないぞ」

「すみません、次から気をつけます!」

 

私はもう一度だけ頭を下げると、今度は駆け足ではなく、早足で模型部へと向かうことにした。

 

そこの角を曲がれば、もう部室が見えてくるはずだ。

 

そして、角を曲がった私の目の前にあったのは……。

 

「………………え?」

 

部の名前が書かれた看板は傾き、全体的に寂れた雰囲気を放つ、いかにも廃部寸前といった感じの陰気な部屋だった。

 

「え?えええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

□□□

 

「ごめんね~、こんな寂れてて」

「いえ……って、あれは!!」

 

部室の前で立ち尽くしていた私は、中から出てきた先輩らしき人に連れられ、部室内のパイプ椅子に腰掛けていた。

 

部室を見回すと、まず目に入ったのは綺麗に組み立てられたガンプラが並んだ棚だった。

 

「これ、リアルモデルのフェニックスガンダムじゃないですか!!」

「ええ。卒業した先輩が作ったものよ」

「こっちはドム・バラッジ!ライノサラスに、サイコガンダムMk-IIも!どれもHG未発売の機体ばかりじゃないですか!!」

「ここに並んでいるのは、どれも先輩方が残していったガンプラなの」

「凄いです!!どのガンプラにも、作った人達の愛を感じます」

「愛を感じる、か。先輩達が聞いたら、喜ぶだろうね」

 

合わせ目は見えないし、つや消しや汚し塗装も完璧……。しかもパーツはフルスクラッチのものが多い。

こんなに綺麗なガンプラを作って来た人達が、この学校にいたんだ……。

 

他には、某有名ホビー誌の並ぶ本棚、布を被った少し大きめの何かの機材。それから、道具箱が置かれた作業机があった。

 

作業机には、男子の先輩が突っ伏している。寝ているのだろうか?

 

「自己紹介が遅れてたわね。私は副部長のスナガワ・レイコよ。レイコでいいわ、よろしくね」

「レイコ先輩ですね。ナガミネ・エミカです、よろしくお願いします!」

 

髪を後頭部で団子にまとめた先輩、レイコ先輩はそう言って、私の入部届を受け取った。

 

「それで、入部希望って事でいいのかしら?」

「はい、そのつもりですけど……」

「よかったわね部長、これで我が部は潰れずに済みそうよ」

「ん~……新入部員……新入部員!?」

 

先輩が振り返って声をかけると、作業机に突っ伏していたもう一人の先輩が慌てて起き上がり、四角メガネをかけ直す。

 

「ほら、部長なんだから挨拶しなよ」

「模型部部長、シロマ・タケフミだ。よろしく、新人」

「よ、よろしくお願いします」

 

起き上がって私の前に来て、そして挨拶しながら握手を求める。ついさっきまで机に突っ伏していたのに、凄い勢いだ。

 

私が困惑しながらも握手に応じていると、レイコ先輩が呟く。

 

「ようやく1人、確保したわ。これでなんとか、廃部は免れるわね」

「約束通り、廃部届は出さないでおくよ」

「廃部……?どういう事ですか?」

 

私の質問に、先輩達は互いに目を見合わせる。

そして、パイプ椅子に腰掛けると、真剣な表情でこう言ったのだ。

 

「実はね、このままだとうちの部、廃部になっちゃうのよ」

「……え?」

「うちの部、前部長の代から敗北続きでさ。ガンプラバトルの大会も予選敗退ばっかりで、そのうち部員も減っちゃってね……もう、僕とレイコしか居ないんだよ」

 

部長の声には、だいぶ諦めの色が強く出ていた。

 

それは暗に、立て直しが絶望的だと言っているようなものだ。

部屋の前の看板が傾いていたのも、おそらく部費を削られて直せていないって事なんだろう。

 

「でも、助かったわ。エミカちゃんが入ってくれるなら、部員数は3人になる。ギリギリ廃部だけは免れたってところね」

「それ、だいぶ危ないのでは……」

「そうね……あと2人は新入生が欲しいわ」

 

レイコ先輩は、苦笑しながら言った。

 

シロマ部長は諦めムードだったけど、レイコ先輩は立て直す気満々って態度だ。

この人、結構苦労してるんだろうなぁ……。

 

「でも、取り敢えず今日は、新入生の歓迎会を開きましょうか」

「歓迎会?」

「そう、歓迎会よ。行きましょ」

「ど、何処にです!?」

「いつもの場所だよ。着いてきたら分かるさ」

 

そう言って先輩達は、部室を出る。

後を追って歩を進める私は、先輩たちに問いかけた。

 

「いつもの場所って?歓迎会ってどんなのですか?」

「そりゃあ、模型部新入生の歓迎会って言ったら、あれ以外にないわ。──ガンプラバトルよ!」

 

□□□

 

やって来たのは、学校の近くにあるアミューズメント施設『HOUND SUN』。ボウリング場とかカラオケ、ゲーセンなんかが複合してて、放課後は市内の学生達がよく集まっている。

 

当然ながら、今世界で最も熱いゲームであるガンプラバトル用の筐体も、バトルロワイヤル向きの大きな物が設置されており、この地域のガンプラファイターはバトルしたくなった時、とりあえずここに来る……らしい。

 

先輩からの受け売りなので、ガンプラバトル初心者の私にとっては初耳なんだけど。

 

一応、部室にも筐体はあるんだけど、部員が減ったせいで埃をかぶっているらしい。先輩いわく、あと2人は部員が欲しいんだとか。

 

「一応、ガンプラは持って来てるわよね?」

「はい。この前完成させたばかりのHGを一つ──」

「ッ……なあレイコくん、ナガミネくん。今日は別の場所にしないか?」

 

突然、シロマ部長が足を止め、怯えたような顔でこちらを向いた。

 

「はぁ?ここまで来といて、いきなりどういう事よ?」

「いや、だってあれ……」

「あれって何よ……ああ、そういうこと」

「どうしたんです先輩方?あれっていったい……」

 

先輩たちの様子がおかしい。何が何だか分からず、私は怯えるシロマ部長の視線の先を見る。

 

そこに居たのは……。

 

「オラオラー!そんなもんかァ!」

「そんなんで俺たちに勝てるかよ!弱過ぎるぜ~」

「ファーッ!また一機撃墜だぜ!やりぃー!」

 

なんか、明らかにガンプラとは無縁そうなヒャッハーしてる人達が、まるで世紀末のような空気を醸し出しながらガンプラバトルを行っていた。

 

「…………なんですか、アレ?」

「アレはね、ガンプラヤンキーよ」

「ガンプラヤンキー……?」

 

先輩、当たり前のようにサラッと言ったけど……ガンプラヤンキーって、なに?

 

「ガンプラヤンキー。それは、喧嘩がご法度となったこの現代社会で、ガンプラバトルに住処を移して突っ張り続ける不良たちの総称よ」

「えぇ……なんですかそれ……」

「どんなゲームにも、マナーの良くない層が一定数居るでしょ?そういうものよ、あいつらは」

「全国的に普及したガンプラバトルと、沖縄に根付くヤンキー社会がドッキングしちゃったんだよね……。ガンプラヤンキーって呼称も、沖縄から全国に広まったらしいよ」

「酷い合体事故ですね……」

 

えぇ……そんな人達が居るんだ……。迷惑すぎるでしょ。

 

「主にガンプラバトルの筐体がある店に屯しては、バトルで打ち負かした相手のガンプラやパーツをカツアゲする迷惑なヤツらよ」

「見かけても、視線を合わせない方がいい。関わるとろくな事がない……」

 

シロマ部長、絡まれた事あるんだろうな……。

 

でも、少し気になって見てしまう。

すると、ちょうどバトルが終わったところだった。フィールドを映す画面には、『Battle Finish』の文字が表示されている。

 

対戦相手を見ると、中学生の男の子が3人。

どうやらガンプラバトルに負けたのは、彼らの方らしい。

 

リーゼントにモヒカン、それと……なんかファーファーうるさい、ミツバチみたいな柄の帽子をかぶった金髪ピアス。

 

誰がどう見てもThe・不良な3人組は、負けてへたり込む中学生達を取り囲んでいた。

 

「ファーッ!俺たちの圧勝だな!」

「って事でよぉ~、そのガンプラ俺達は俺らのモンだぜ」

「で、でも……」

 

えっ、これって……もしかしなくても、カツアゲの真っ最中だよね……?

 

「敗者は勝者に従うのが筋だろ?ほらほら、素直に渡せばお兄ちゃん達、すぐ帰るからさ」

「お前らのもだ。さっさと渡してくれるよなぁ~?んん?」

 

何あれ……酷過ぎない?

 

「い、嫌だよ!頑張ってお小遣い貯めて、やっと買えたガンプラなんだ!」

「ファ?俺らに勝ったら見逃す、負けたらガンプラは貰う。そういう約束だったよな?約束破んのかよ?ファ~ン?」

 

なにそれ……意味分かんない。

そのガンプラを買ったのはその子じゃん。

 

「そ、それはアンタらが脅してきたからで……ズルいのはそっちだろ!」

「つべこべ言ってねぇで寄越しやがれ!」

 

おそらく、買ったばかりのガンプラが入ってるであろうレジ袋に手を伸ばす不良。

 

正直言うと……我慢の限界だった。

 

「ちょっとアンタ達!!やめなよ!!」

 

気が付くと、私は不良と中学生達の間に割って入っていた。

先輩達は多分、驚いて口を開けていたと思う。

 

「そんなに欲しいなら、自分のお金で買えばいいじゃん!歳下から横取りするなんて、かっこ悪いと思わないわけ!?」

「ファッ?何だよお前」

「すっこんでろよ。関係ねーんだからよぉ」

「それともなんだ?このガキの姉ちゃんか何かか?」

「別に。この子達とは何の関係もありませんけど?」

 

そうだ。私とこの子達は関係ない。ただ、通りすがっただけの赤の他人だ。

 

でも、自分で買ったばかりのガンプラを見ず知らずのヤンキーなんかに奪われるなんて、見過ごせない。

一人のガンプラモデラーとして、絶対に許せなかった。

 

「寄って集って、他人のガンプラ奪い取って!そのくせ威張っててさ!最ッ低!恥ずかしいと思わないわけ!?」

「んだとゴラァ!」

「やんのかオラァ!?」

 

リーゼントとモヒカンが詰め寄ってきた。

 

ヤバい。我を忘れて、勢いに任せて割り込んだはいいけど、近くで見るとヤンキーめっちゃ怖い……!あああああどうしよう!?

私、今結構ピンチじゃん!!

 

でも私、間違った事言ってないもん!

絶対謝ってやるもんか!一歩も引いてやるもんかぁぁぁ!!

 

「へぇ、言うじゃないか後輩」

 

え?レイコ先輩?

 

「アンタら、うちの新入りに手ぇ出そうっての?度胸あるじゃん」

 

振り返ると、レイコ先輩が後ろからゆっくりと歩いて来る。

 

それも、滅茶苦茶すごいオーラ立ち昇らせながら……。

 

「「ひぃッ!?」」

 

リーゼントとモヒカンが震え上がり、声を揃えて悲鳴を上げた。

 

「この子に手ぇ出すんならさ、アタシともやってくれんだろ?なぁ?」

「せ、先輩……?なんか怖いですよ……?」

「ナガミネくん、レイコくんは怒らせるとキャラ変わるんだ……。いや、むしろこっちが素なのかもしれない。少し離れた方がいいよ……」

「シロマ部長、柱の陰から解説どうも……」

 

部長、めっちゃビビってる……。この人、もしかしてレイコ先輩の尻に敷かれてたりするんじゃ……。

 

ともかく、レイコ先輩が乱入した事で空気がピリピリし始めた。

これ、結構ヤバいんじゃ……。うう……今すぐにでもこの場から逃げ出したい……。

 

「いいぜ、やろうじゃねぇか」

「え?」

 

緊迫した空気を、何も考えてなさそうな声が崩壊させる。

 

声の主は、モヒカンとリーゼントに挟まれている金髪ピアスだった。

 

や、やるって何を!?まさか、河原で殴り合い的な!?

 

「俺もちょうど退屈だったからな。見たところ、お前もガンプラファイターなんだろ?なら、やる事は一つしかないよな!」

 

………………え?

 

「へぇ、そこの2人と違って随分と礼儀正しいじゃないか。アンタ、名前は?」

「ハチノセ・ショウヘイ。“秒殺のハッツン”ってのは、俺の事だぜッ!ファーッ!」

「スナガワ・レイコだ。果たしてどっちが秒殺か、見せてもらおうじゃないか」

 

えー……。

 

なんか、ヤンキー同士の喧嘩みたいなノリで、ガンプラバトルが始まろうとしてるんですけど?

 

「リーゼン、モッヒー、お前らもそれでいいよな?」

「は、ハッツンさんがそう言うなら……」

「俺らに喧嘩売った事、後悔させてやるぜぇ!」

 

さっきまでビビってた2人も、ガンプラバトルと聞いた瞬間に元気になった……。

こ、これがガンプラヤンキー……うん、よく分からない。

 

「で、バトルはアンタと……そこの短髪も参加すんだろ?」

 

そう言って金髪ピアス、もといハッツンは私の方を向いた。

 

「って……わ、私もですか!?」

「ちょっと!?バトルを受けるのは私よ。その子を巻き込むのは──」

「ファ?先に喧嘩ふっかけて来たのはそいつだぜ?見たところガンプラも持ってるみてぇだし、1人で観戦ってのは筋が通らねぇだろ?」

 

うっ、ご尤もです……。

 

どうしよう。ガンプラバトル、全然初心者なんだけどなぁ……。

もっぱら大会のバトル中継とか、人気のファイターさん達の配信動画を見て楽しむだけの見る専で……。

 

でも……ここで逃げるわけにはいかない。

確かに私は初心者向けだけど、今、それを理由に逃げ出したら、私は自分の言葉に嘘をつく事になる。

 

一歩も引かないって決めたんだ。初めてのバトルだって、なんだってやってやる!!

 

「わ、わかりました。その勝負、受けて立ちます!!」

 

そして私とレイコ先輩、そしてシロマ部長は、ヤンキー三人衆とのガンプラバトルに挑む事になったのだ。

 

「ごめん、ガンプラ部室に忘れてきてて……」

「部長ぉぉぉぉぉ!?」

「はぁ……」

 

前言撤回。ヤンキー三人衆との2vs3の勝負に挑む事になったのだ。




登場人物紹介①

ナガミネ・エミカ:本作のメイン主人公。市立南風高等学校の模型部に入学してきたばかりの新入生で、負けず嫌いなガンプラ女子。
ガンプラ作りは得意だが、ガンプラバトルはまだまだ初心者である。
使用ガンプラは無改造のアトラスガンダム。

叫んでる時は大体涙目。『はたらく細胞』の赤血球ちゃんのイメージ。


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第2話『VSガンプラヤンキー』

『Please set your GP BASE』

 

案内に従い、私はGPベースをセットする。

カバンの中から取り出したのは、ガンプラバトルに向けて完成させたばかりの新品だ。

 

でも大丈夫。ガンプラバトルはダメージレベルがあって、低く設定しておけば壊れる事は──

 

『ダメージレベルは当然Aだぜ!ビビんじゃねぇぞ!ファーッ!』

『ええええええッ!?』

 

そう都合よくはならないか~……。

 

ダメダメ!逃げの姿勢じゃ勝てるものも勝てないじゃん!

 

操作は動画で何度も見て来た。その通りにやればきっと動くはず!

 

「取り敢えず、エミカちゃんはとにかく逃げ回りなさい。あいつら倒すのは私に任せて」

「でもそれじゃ、先輩が……」

「甘く見ないで頂戴。そんなに気になるなら、囮としてあいつらを引き付けるってつもりで逃げるのよ」

「な、なるほど……」

 

じゃあ、戦闘は先輩に任せて、私は囮と自衛に徹しよう。

私の機体なら()()()()()()()()()()()。支援するのは、あいつらを減らしてからでいい。

 

「スナガワ・レイコ。ブレイズザクインヴォーカー、出るわよ!」

「ナガミネ・エミカ。アトラスガンダム、行きます!」

 

ガンダムを愛する者なら誰もが憧れるロマンの一つ、発進カタパルト。

私のガンプラが今、初めて飛び立つ!

 

カタパルトを抜けると、そこは一面に緑と土色の広がる平原だった。

 

うわぁ……すっごく綺麗!視界の先を見渡すと街もあるし、ジオラマよりもリアルで、まるで本物みたい。

ここに自分のガンプラを降り立たせられるんだ……うわ~、写真撮りたいなぁ……。

 

「感心してる場合じゃないわよ。平原フィールドには、遮蔽物が少ないわ。街まで急がないと、すぐに狙われるわよ!」

「ああ、そうでした!急いで移動します!」

 

ドルルルルルルル……

 

その時、バイクのような走行音がこっちへ向かって近付いてくる音がした。

 

音のする方角を見ると、土煙が上がっている。

 

あれは……砲台が付いたでっかいタイヤと、それに乗った黄色い短足のMS……。

 

アインラッドに乗ったゲドラフじゃん!?

 

「エミカちゃん、本気で逃げなきゃ死ぬわよ!!」

「わ、分かってますぅ!!」

 

指示通り、サブレッグを展開して加速する。

取り敢えず市街地に逃げ込んで、ゲドラフの注意をこっちに向けよう!

 

『ヒャッハー!追いかけっこの始まりだぜぇ~!』

『オラオラー!死神様のお通りだ~!』

 

それはデスサイズでしょ!!

今の声からしてゲドラフ使ってるのは、さっきのリーゼントとモヒカンだ。

 

もう1人、あとハッツンって人の機体は……。

 

「ファーッ!!」

「させるかッ!」

 

すごい速度で突っ込んできた機体を、レイコ先輩のブレイズザクインヴォーカーがビームトマホークで受け止める。

 

「行って!!」

「はいッ!!」

 

私はその場をレイコ先輩に任せ、全力で市街地の方へと向かっていった。

 

 

 

『ちぇっ、邪魔しやがって。俺はアイツと喧嘩してぇんだよ!』

「そうはいかないね。アンタの相手はこのアタシさ」

『ファッ!仕方ねぇな。まずはお前と遊んでやるぜッ!この俺の最強ガンプラ、ワスプガンダムがなッ!!』

 

ワスプガンダム、か。

見たところ頭部の形状と、背部にある翅のようなGNビット、腰に見える楕円状のGNドライブから察するに、ベース機はガンダムアルテミーか。

 

外見の特徴は、体付きが男性型になったアルテミーといった所だろう。

そして装備は……。

 

『くらえッ!BB(ブンブン)ニードルッ!』

「なるほど、ヒートランスッ!」

 

戦闘スタイルは近接型のようだ。トールギスのヒートランスを手に、真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

でも、そんな短調な攻撃じゃ届きゃしないよ!

 

向かってくるランスを素早く躱し、ビームトマホークを振り下ろす。

 

当たると確信した次の瞬間、背部のビットが光を放った。

 

「ッ!?」

 

次の瞬間、一筋の光がメインカメラをかすめていった。

どうやら、背部のGNビットをそのまま固定砲台にしたらしい。

 

「へぇ、やるじゃないか」

『あんまし舐めてっと、痛い目見るぜ?ファーッ!』

 

ワスプガンダムは方向転換すると、再びこちらへと突っ込んでくる。

こいつ、言動はバカっぽいけど腕はいいわね。

 

「なら、私を秒殺してみなさいな。可愛い可愛いミツバチちゃん!」

『ファッ、言ってろ量産機ッ!テメェなんかサクッと串刺しにしてやるぜ!』

 

今度は突きではなく振り下ろし。ビームジャベリンと違って、形から剣に近い使い方ができるのがヒートランスの強みだ。実体武器だからバリアも貫くし、振り下ろせばそれなりに重量も乗せられる。

 

だが、アタシのトマホークはビーム刃と実体刃、どっちも使えるのさッ!

 

振り下ろされたジャベリンに実体刃をぶつけて鍔迫り合う。

やれやれ。すぐに終わるかと思ったけど、こいつを相手するのには思ってたより時間がかかりそうだ。

 

エミカちゃんを支援しに行けないのは気掛かりだけど……まあ、窮地での成長ってのも無いわけじゃない。どちらにせよ、こいつを倒して行かないとね。

 

アタシの期待、裏切んじゃないわよ?

 

□□□

 

「どひぇぇぇぇぇ!!来てる来てる来てるぅぅぅ!!」

 

背後から迫るタイヤの音。アインラッドがビームを放ちながら、地面をどんどん踏み荒らしていく。

 

建物の陰に隠れながら、レールガンで狙撃すればなんとか行けると思ったのに!!

アインラッドをヨーヨーみたいにして建物壊してくるなんて……。

 

それにレールガン、全然当たらない!

狙いは外れるし、姿勢がダメなのか反動でコケるし!

 

しかもアトラスのサブレッグ、慣れてないせいで全然飛べなくて走っちゃってるし!!

 

そうやって、理想と現実のギャップに打ちのめされた私は今……ゲドラフに囲まれていた。

 

『ヘイヘーイ、どこ行くんだいお嬢ちゃ~ん』

『俺らと遊ぼうぜぇ~』

 

周囲を2機のアインラッドでグルグルと回る……ヤンキーものでよく見る追い込み方だ。

 

逃げ道は上にしかない。でも、今の私じゃアトラスを上手く飛ばせない……。

 

『もう逃げられないって諦めたか?』

『んだよ、もう終わりかよぉ~』

 

でも、ここで飛べなきゃ逆転すらできない!

 

やってみせろよ、エミカ!

なんとでもなるはずだ!

 

「うおおおおおおお!!」

『なっ!?』

『こいつ、まさか……!?』

 

頭上めがけて跳躍!

サブレッグを両足裏に展開し、アトラスは今、空へ──

 

というわけにはいかず……姿勢制御もままならないアトラスは、そのまま浮遊しながら不格好に踊り始めた。

 

『『ブレイクダンスだと!?』』

「きゃあああああああああ!!止ぉぉめぇぇてぇぇぇぇぇ!!」

 

ブースターの推力に振り回されるがまま、空中ブレイクダンスのように両足を振り回すアトラス。

 

そしてその結果、両足はブースターと共にアインラッドのど真ん中へ。

乗っていたゲドラフ2機を蹴り飛ばし、アインラッドは横転した。

 

『『ぐああああああああ!!』』

「止まれぇぇぇぇ!!」

 

何とかブースターを止め、地面へと降りる事に成功する。

いや、正確には落ちたって言うべきだけどね……。危なかった……このままだと延々と回り続けるところだった。

 

「って、あれ?」

 

よく見ると、ゲドラフの一機が横転したアインラッドの下敷きになって動けなくなっている。

 

これは……ひょっとして……?

 

「えいっ」

『ぐあああああ!!』

 

この至近距離で外すわけもなく、レールガンでコックピット部を貫かれ、ゲドラフは爆散した。

 

「やった……私、勝てた!!」

 

偶然とはいえ、勝利には違いない。

初の撃墜に、私は心を躍らせた。

 

「やったーーー!倒せたー!」

『ぬーがや!?』

「ひぇっ!?」

 

私が喜びのあまり小躍りしていた次の瞬間、もう一機のゲドラフがキレ気味に叫んだ。

 

ちなみに、「ぬーがや」っていうのは沖縄方言で、「なんだ」って意味。

沖縄のヤンキーがメンチ切る時によく使う言葉でもある。

 

あ、でも今のはメンチっていうより、本気で驚いてる感じだ。

誰より一番驚いてるのは私なんだけど。

 

『素人が調子乗ってんじゃねぇ!!』

「ひぇぇぇぇぇ!!」

 

何かキレてる!?

 

『リーゼンの仇だ!轢き潰してミンチにしてやらぁ!!』

「ガンプラはミンチになりませんけどー!?」

 

やっば!?怒りに任せてビームライフル乱射してきた!?

 

幸い、ゲドラフのビームライフルはバレルが短く、ほぼビームピストルに近い。威力も射程も、一般的なライフルに比べて低いのは幸いだ。

シールドで難なく防げる。あとはこのまま狙いを定めてレールガンで……。

 

『少しビビらせれば、すぐに守りに徹する……やっぱり素人はチョロいもんだぜぇ!』

 

なっ、狙いは私が守りに入ること!?

 

見るとゲドラフは、私に発砲しながら倒れたアインラッドを立て直しており、ちょうど乗り込んだところだった。

 

『くらいやがれ!滅殺ローリングタイヤアターック!!』

 

とてつもなくダサいネーミングの技名を叫び、アインラッドを高速でバックさせる。

そして十分な距離を取ると、発砲と共にビームシールドを展開しながら、私の方へ向かって一直線に加速した。

 

『アクセル全開ッ!これで潰れろぉぉぉぉぉ!!』

 

眼前に迫る大車輪。5秒もすれば、アトラスはこれに轢かれて敗北するだろう。

 

慣れてる人ならここであっさり回避してみせるんだろうけど、生憎、私は全然素人なので避けても直撃を逃れるだけなのは目に見えている。多分片足持ってかれて、次の一撃で轢かれて敗北する。向こうもそうなると読んでいるはずだ。

 

そして、ゲドラフの両腕から発生するビームシールドは、展開すれば360度全方位からの攻撃を防ぐことが出来る完全防御を可能とする。アインラッドに乗って使用すれば、その走りを止める事はほぼ不可能だ。

ビーム兵器は当然弾くし、実体兵器も真横からの攻撃でなければある程度防ぐ事ができる。

 

まさに当たれば必殺、自動車が目の前に突っ込んでくるのと変わらない攻撃方法だ。

 

でも、逃げるのはここで終わりだ。

何故なら──

 

「近付いてくれれば、私の射程だ!!」

 

私は迫ってくるアインラッドへと、盾を真っ直ぐに向ける。

そして、アトラスの盾に装備された秘密の装備を起動した。

 

「メデューサの矢、発射!!」

『ぬ、ぬぅぅぅぅぅ!?』

 

メデューサの矢。アトラスガンダムのシールドに搭載された隠し装備だ。

 

盾から発射された無数の針が、ビームシールドを抜けてアインラッドに突き刺さる。

そして、突き刺さった針からゲル状の物質が噴出され、機体の動きを阻害する。

 

『お、おいおいどうしたアインラッド!?っああああああ!?ブレーキが効かねぇ!!』

 

あっという間にアインラッドは動けなくなり、付着したゲルでスリップ。

進路を外れて市街地の方へと向かっていく。やった!作戦大成功!

 

『ブレーキ!ブレーーーーキ!!うわあああああああああ!!』

 

そのままビルに突っ込んで、何とか止まった……と思ったら──

 

『ぐああああああ!!ビルが!ビルがあああ──』

 

アインラッドを降りた所を、ビルの倒壊に巻き込まれ、そのまま瓦礫に潰されてしまった……。

 

2体目も撃墜しちゃった……。

 

「やったーーーー!!また勝ったーーーー!!」

 

初めてのバトルなのに、2体も撃墜しちゃった!!

ひょっとして私、才能あるのかな?

 

まあ、ほぼ偶然で倒せたようなものなんだけどね……。

でも、勝ちは勝ちだもんね!イエイ☆

 

っと、レイコ先輩に伝えないと。

 

「レイコ先輩!何とか勝てました!」

『へぇ、やるじゃない。予想以上に見込みがあるわね、エミカちゃん』

「えへへ~、それほどでも~」

『ちょっと待っててね。もう少しでこっちも終わるわ』

 

あ……先輩、戦ってる途中なんだ。邪魔しちゃいけないよね。

 

集中できるよう、回線を切ろうとする私。

その時だった。

 

……私は、ガンプラヤンキーの事を甘く見ていた事を思い知らされるのである。




登場人物紹介②

スナガワ・レイコ:髪を後頭部で団子に纏めた副部長。模型部の立て直しを諦めておらず、シロマ部長を廃部から踏みとどまらせている。怒らせると怖い人。シロマ部長の消極的な態度に呆れつつも、なんとか模型部を引っ張ってきた頼れる姐さん。
使用ガンプラはブレイズザクインヴォーカー。

よく見るとガンプラには「陰暴渦阿」とペイントされている。


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第3話『無法の乱入者』

エミカのアトラスがゲドラフ2機を相手してる頃、レイコのブレイズザクインヴォーカーと、ハッツンのワスプガンダムの戦いは白熱していた。

 

「アンタ、意外とやるじゃないか。ガンプラヤンキーなのが惜しいくらいだ」

『ぜぇ……ぜぇ……テメーこそ何なんだ!?()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

「使い方がまだまだ甘いのさ。初心者以上だが中級未満。だけど反射神経は悪くない。アンタは磨けばもっと強くなれるよ」

『こ、こいつ……!』

 

何度ランスを突き出しても、トランザムで速度を上げて突っ込んでも、ワスプの攻撃がインヴォーカーに届く事はなかった。

 

ただ、インヴォーカーの方もトランザム中のワスプには攻撃がギリギリのところで当たらず、勝負が付かない状態であった。

 

まるで掌で弄ばれているような感覚と、それでいて実力を伺わせる戦い方。ハッツンは焦りを感じ始めていた。

 

「けど、そろそろ終わりだよ。アンタの動きはもう覚えた。次は外さない」

『や、やらせねーし!そっちこそ、次で決めてやるぜ!!』

 

睨み合う両者。互いに得物をしっかり握り、次の一手に備えて構える。

 

そして……二機が同時に動く──その直前。

 

『Intrusion』

 

けたたましいアラートと共に、赤文字で表記されたのは「乱入」を意味する文字だった。

 

「ら、乱入!?」

『ファッ!?おい、どういう事だよ!?』

「アタシが知るわけないだろ!?アンタの方じゃないのか!?」

『俺だって知るわけ……ファーッ!?バトロワモードになってやがる!?』

「なんだって!?」

 

バトルロワイヤルモード。それは、チーム戦とは別に設定された、ガンプラバトルのシステムの一つである。

 

チーム戦モードは最大3人でチームを組んで戦うモードで、最大4組まで参加出来る。

だが、バトルロワイヤルモードでは、設定された定員数までなら途中参加OKであり、いわゆる乱戦好きなバトルジャンキー向けのモードだ。

 

そして、マナーの悪いガンプラバトラーの中には、口ではチーム戦と言いつつも、こっそりバトロワモードに設定し、乱入を悪用する者もいるのだとか……。

 

まずい、とレイコが気付いた時には既に遅かった。

 

ドォォォォン!!

 

「くっ!?」

 

乱入者の不意打ちが、背部のブレイズウィザードに被弾したのを察し、レイコはウィザードを切り離す。

 

分離と同時にウィザードに回し蹴りを当てると、ウィザード内のミサイルが誘爆し、空中で爆散した。

 

爆煙に紛れて着地すると、レイコは周囲を見回し、敵影を探す。

フィールドは平原だ。市街地から離れていれば、フィールド端の岩陰を除いて隠れる場所はほぼない。

 

そして、乱入者はすぐに見つかった。

バズーカを構えたグレイズが、岩陰から顔を覗かせていたのだ。

 

「やってくれたね。お返しだよッ!」

 

次弾を撃たれる前にと、レイコはザクインヴォーカーを加速させ、グレイズの方へと接近する。

 

その時、またしてもアラートと共に『Intrusion』の文字か表示された。

 

「乱入者がもう1人ッ!?」

『イィィィィヤッフゥゥゥゥゥ!』

 

頭上からの影に、回避行動をとる。

直後、地盤を砕いて降り立った黒い巨体が、大地を揺らして姿を現す。

 

「こいつは……グレイズ・アイン!?」

 

アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』に登場する武力組織、ギャラルホルンの量産機グレイズ。

そのグレイズと同系統でありながら、通常のMSと比べて1.5倍近くの巨躯を有する漆黒の狂戦士。

 

グレイズ・アイン。オルフェンズの物語に於いては、1stシーズン最後の敵として現れたMSである。

 

『ヒャッハー!!面白そうなことしてんじゃねぇか!』

 

雄叫びを上げるグレイズアインは、ザクインヴォーカーを見ると、両手に大型アックスを構えた。

 

『呼ばれたもんで、遊びに来てやったぜぇ~!』

『随分とダチを可愛がってくれたってなぁ!?』

『助っ人参上ってやつだ。禁止はされてねぇだろ?』

 

見れば、グレイズはもう一機いるではないか。

先に抜けたモヒカンとリーゼントで2人分の空きができ、レイコとエミカが2人チームだった事で空いた枠が1人分。

その席に居たのは、パンチパーマとニグロ、そして丸刈りの3人組。おそらく丸刈りがグレイズ・アインのファイターだ。

 

バトルロイヤルでは途中参戦も認められているとはいえ、これはあまりにも無法である。

 

「おいおい、2vs4だなんてちょっとズルくないか?」

『ファーッ!どういうつもりだよテメェら!俺の喧嘩に出しゃばってくんじゃねぇよ!』

『知るかってんだ!呼んだのはテメーらだろうが!あぁん?』

『ファッ!?俺はテメーらなんか読んだ覚えは……』

 

どうやら、あちらにも何やら事情があるらしいが、それはレイコに関係ない。

 

レイコが真っ先に狙いに行ったのは、バズーカを持ったグレイズ……以下、グレイズAだった。

 

「くっちゃべってる暇があんのかよッ!」

「させるかよッ!」

 

しかし、振り下ろしたトマホークは、割り込んできたもう一機のグレイズ……グレイズBが持つ、バット型のメイスに防がれる。

 

次の瞬間、ザクインヴォークの腰部に装備されているレールガンが屹立し、至近距離からグレイズBを射抜く。

怯んだ瞬間、トマホークを横薙ぎに払い、グレイズBの体勢を崩す。

 

地面に倒れ、ダウンしたグレイズBを放置し、再びグレイズAの方へと進むザクインヴォーク。

グレイズAは狙撃ポイントを移すべく、移動している途中であった。

 

「そこだああああああッ!」

 

ザクインヴォークは、トマホークの柄を途中で分割し、手斧サイズとなったそれを思いっきり振りかぶる。

 

次の瞬間、ザクインヴォークの手を離れたトマホークは、グレイズAへと向かって真っ直ぐに──

 

□□□

 

「え──レイコ……せん、ぱい……?」

 

通信からの会話で、レイコ先輩の所に乱入者が現れた事を知った私は、アトラスをレイコ先輩の所まで向かわせていた。

 

平原だったお陰で、戦場の様子も近付くにつれてすぐに見えてきた。

 

一つ目で額の出っ張った量産機、グレイズが2機と、黒くて大きいグレイズ……グレイズ・アイン。

そして、わけが分からず呆然としている様子のワスプガンダム。

 

急いで援護しなきゃ、と射撃用に画面を拡大した時だった。

 

「え──」

 

レイコ先輩のザクインヴォークの背中に、グレイズ・アインの大型アックスが突き刺さっていた。

 

「レイコ……せん、ぱい……?」

 

ザクインヴォークが倒れる。グレイズアインが動きだす。

 

倒れる直前に投擲したトマホークは、グレイズAのコックピットから微妙に逸れて、バズーカを懸架している右肩に突き刺さった。

 

「レイコ先輩!逃げて!」

『くッ!このッ!』

 

立ち上がろうとするザクインヴォーク。

グレイズ・アインは無慈悲にも、その背後まで近付くと、突き刺さったアックスを引き抜き、ザクインヴォークを踏みつけた。

 

『結構やり手のファイターみてぇだが、勝負は身体のデケェ奴が勝つもんなんだよッ!オラッ!』

『こいつ……ッ!』

「レイコ先輩!こ、このぉ!」

 

私はグレイズ・アインの背中へ向けて、レールガンの標準を定める。

 

インジケーターが赤くなった瞬間、トリガーを引く。レールガンはガンッと音を立て、勢いよく弾を射出した。

 

でも、私はやっぱり発射する時の姿勢が悪いらしく、反動で転けてしまう。

そして、レールガンの弾は全然的外れな場所に当たり、グレイズ・アインを傷付けることは無かった。

 

『おっと危ねぇ。今のは当たってたらタダじゃ済まなかったかもなぁ。撃ったのが素人で助かった……ぜッ!』

「そんな……ッ!」

 

丸刈りの言う通りだ。

鉄血系MSには、ビーム兵器に対して極めて高い耐性を発揮するナノラミネートアーマーがある。そして、アトラスのレールガンはナノラミネートアーマーを突破できる実弾装備であり、アニメでもズゴッグの機体を容易く貫通する威力を誇っていた。

 

どれだけ優れた装備でも、使いこなせなければ意味が無い。

まさに、「当たらなければどうということはない」んだ。

 

『悪い、エミカ……』

 

そして、ザクインヴォークの耐久値が尽きる。

私の実力が至らなかったばかりに、先輩は敗北した。

 

「そんな……」

『お?よく見たらお前……珍しいガンプラ使ってるじゃねぇか』

 

グレイズ・アインのカメラアイが、こちらへと向けられる。

 

背筋にゾワリと鳥肌が立つ。

作中ではあまりにも生物的な挙動から、見た者に生理的嫌悪感を与える描写があったのを思い出した。

 

ゆらり、と振り向くその姿には、まるで獲物を凝視する蛇のような威圧感があった。

 

『お前ら、あの素人のガンプラ、なるべく傷付けずに倒してこい。総長に献上するぞ』

『『アイアイサ~』』

「ひぇっ!?」

 

丸刈りの指示を受け、グレイズA、Bがこちらへと向かってくる。

 

『ざっけんじゃねぇ!!』

 

怒りのこもった叫びと共に、グレイズ達の頭上から緑色のビームが降り注ぐ。

当然、ナノラミネートアーマーが弾いてしまうのだが、グレイズ達は頭上へと目を向ける。

 

浮かんでいたのは4基のGNビット。

そして次の瞬間、赤い光がグレイズ・アインへと向かって突っ込んでいく。

 

『俺の喧嘩に割り込んで、勝手に仕切ってんじゃねぇ!ブッ刺してやるぜッ!』

 

どういう事情かは分からないけど、トランザム状態のワスプガンダムが、グレイズ・アインを攻撃していた。

 

右から、左から、背後から。

赤い残像を残しながら、スズメバチの名を与えられたガンダムは、果敢に黒い巨人へ立ち向かう。

 

しかし、それも長くは続かなかった。

ワスプがグレイズ・アインのコックピット目掛けて、ヒートランスを刺突しようとしたその時……トランザムの赤光が消えた。

 

『ファッ!?クソッ、限界時間かよ!』

 

トランザムには限界時間があり、タイムリミットを過ぎれば機体機能が大幅に低下してしまう。そして、ワスプはさっきまでザクインヴォークと戦っていた。GN粒子の消費量は既にギリギリだったんだ。

 

そして、機能低下の隙を突き、グレイズ・アインはワスプのヒートランスを掴む。

 

『小賢しい手品はもう終わりかぁ?なあハチ公よぉ!』

 

そして、ワスプを思いっきり地面へと叩きつけた。

 

『ぐああああああッ!?』

『次、邪魔しやがったらテメェのガンプラもぶっ壊してやるぜ』

『クソッ!動けよ!動いてくれよ、ワスプガンダム!!』

 

残っているのは私だけ。自分のガンプラもろくに動かせない初心者と、性能を全く活かしきれていないアトラスガンダム……。

 

逃げようとして躓き、アトラスが転倒する。

起き上がろうとして、グレイズがすぐ後ろまで来ているのに気付いて、尻もちを着いたまま後退る。

 

「嫌だ……」

 

嫌だ……ここで負けたくない!

負けたら私も、あの男の子も、大事なガンプラを盗られちゃう!

 

「お願い……」

 

でも……私はもう……。

 

「誰か……」

 

だけど、私は……諦めたくない……!

 

「助けて……」

 

『Intrusion』

 

「………………え?」

 

今回3度目になる、乱入アラート。

 

直後、戦場の彼方から聞こえて来たのは、キィィィンという風を切る音。

 

『何だ、この音?』

 

その場の全員が、音のする方に目を向ける。

場所は私の、アトラスの遥か後方からだ。

 

私も音のする方にカメラを向ける。

 

そこに映っていたのは……燃え盛るような“赤”だった。




登場人物紹介③

シロマ・タケフミ:四角メガネな模型部の部長。模型部の立て直しを諦めかけており、そろそろ廃部手続きを行おうとしている。
ガンプラファイターだが、自分の作ったガンプラが壊れるのを恐れているため、ダメージレベルB以上のバトルを避け続けている。
使用ガンプラは不明。

ハチノセ・ショウヘイ:蜂の模様のようなニット帽を被った金髪ピアス。『秒殺のハッツン』の二つ名を持つ、学年で一番強いガンプラヤンキー。頭は少し残念だが、反射神経が鋭く、バトルセンスも侮れない。好きな昆虫はスズメバチ。
使用ガンプラは、アルテミーガンダムをベースにした太陽炉搭載機、ワスプガンダム。


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第4話『紅蓮の刃』

「ちょっとアンタら、こいつはどういう事だい!?」

「「ひぃぃぃぃッ!!」」

 

ザクインヴォークの敗北と共に、レイコはハッツンの取り巻き2人へと詰め寄る。

見れば先程まで彼らが立っていた操作ボックスには、バトル開始時には居なかったガンプラヤンキーが3人も入っていた。

 

「あのデカブツは何モンなのさ?アンタらの知り合いなんだろ?」

「し、ししし知り合いじゃねぇッスよ姐さん!!」

「誰が姐さんだよ」

「まあまあ、落ち着きなよレイコくん」

 

シロマに宥められ、レイコはため息を吐く。

 

「で、あのデカブツは?」

「あ、あいつは“ジェノサイドのカズヤ”……総長に従うエリートガンプラヤンキー集団『EDGE』の一員で、敵味方問わず目につくガンプラを全てギッタギタにする傍迷惑なやつなんだ!!」

「ほう?で、なんでそんな奴が来てるんだい?」

「し、仕方なかったんだよ!総長の傘下に入った奴らは毎週、現金かガンプラパーツの納税を迫られる!金のない俺達には、こうするしか……」

「総長……?ガンプラの納税……?」

 

突然のパワーワードにキョトンとしているシロマと対照的に、レイコは大体理解している様子で情報を引き出していく。

 

「それとあいつに何の関係があるってのさ?」

「……俺達下っ端のメンバーには、強豪ファイターを相手にする場合にのみ適応される『傭兵保険』ってのがあるんだ。でもまさか、よりにもよってアイツが来るなんて……」

「うわ……絶対手柄の横取りとか、助けた分の報酬を要求してくるやつだ……」

「保険って銘打ってるのがタチ悪いわね……」

「チクショー!こんな事なら保険なんか切らんきゃよかった!!」

「ていっ」

「あがーっ!?」

 

悔しがるモッヒーの額に、レイコのデコピンが命中する。

 

「この莫迦者(フリムン)、つるむ相手を選ばなかったアンタらの自業自得だろ。他人のせいにして逃げんじゃないよ!」

「うぅ……すいません姐さん……」

「姐さん言うな」

「でも、そんな奴が相手じゃエミカちゃんに勝ち目は……」

 

シロマの言葉で、その場の全員がバトルフィールドに目を戻す。

 

ちょうど、ワスプガンダムがグレイズ・アインにランスを掴まれ、地面に叩き付けられた所だった。

 

そしてグレイズ・アインの真っ赤な単眼は、エミカの方へと向けられる。

 

「ハッツーーーーーン!!」

「もうダメだ、お終いだ……」

「逃げろエミカ!!」

「ッ……間に合わない……」

 

試合を見守る4人が諦めかけたその時、人影がひとつ、筐体の操作ボックスへと駆け込んだ。

 

『Intrusion』

 

乱入を示すアラートは、観戦モニターにも赤く表示された。

 

「ッ!?乱入者ぁ!?」

「この期に及んでまだ増援が!?」

「ひえぇ……まだヤンキー増えるのか……」

 

震え上がる男子3人。

 

しかし、レイコだけが画面に映る乱入者を見つめていた。

 

「あのガンプラ……ガンプラヤンキーじゃあなさそうだね?」

「「へ?」」

「なんだって?」

 

画面に映し出された乱入者の姿を確認する一同。

 

戦場に現れたそれは、燃え盛るような闘気を放つガンプラだった……。

 

□□□

 

風を斬る音が聞こえ、真っ赤な旋風が通り過ぎた次の瞬間、グレイズAが持っていたメイスが地面へと落ちる。

 

『何だぁ!?』

『ぬーが?』

 

グレイズ・アインとグレイズBが振り返り、私とワスプガンダムもそちらへと目を向ける。

 

そこに立っていたのは、つい今しがたアラートを鳴らした乱入ガンプラ。

 

背中に背負っているのはタクティカルアームズ……色とV字型の配置から見て、タクティカルアームズⅡL(セカンドリバイ)か。

それと、黒いマントを羽織っている。クロスボーン系統のガンプラのものらしく、バックパックのタクティカルアームズに干渉しない造形だ。

 

そのガンプラは、振り抜いた日本刀……ガーベラストレートを、チャキッと綺麗な音を鳴らして納刀する。

 

直後、グレイズAが腰の方から真っ二つになり、崩れ落ちた。

 

『う、嘘だろ……!?は、速──』

 

言い終わる前に爆発し、グレイズAは退場する。

 

こちらへと振り向いたそのガンプラは、やはりアストレイレッドフレームだった。

正確にはレッドフレーム改なんだろうけど、違いは装備くらいしかないし、レッドフレームでいいだろう。

 

『ファー……す、すげぇ……』

「グレイズを一瞬で……」

『……下がってろ』

 

え?今の、あのレッドフレームから?

 

『ファーッ!?何言ってやがる!あれは俺がぶっ倒すんだよ!』

『いいから下がれ。でなきゃお前も斬る』

『ファッ!?お前、味方じゃねーのかよ!?』

 

ハチっぽいヤンキーの人が突っかかってる……。

これ、多分止めた方がいいよね。

 

「えーっと、ハッツンさんでしたっけ?取り敢えず、一旦下がりましょうよ」

『ふざけんな!売られた喧嘩は倍で返さねえと俺の気が──』

『隙ありぃぃぃぃぃッ!』

 

説得しようとしたその時、もう一機のグレイズが攻撃を仕掛けてきた。

 

が、レッドフレームは振り下ろされたトマホークを流れるように回避すると、そのまま素早く蹴りを入れる。

 

『うおおおッ!?』

『不意打ちで大声出すからだ』

 

バランスを崩して転倒したグレイズBに、素早く抜刀したガーベラストレートを突き立てる。

それでグレイズも撃破されてしまった。

 

あまりにも機敏な動作と隙の無さ。そしてガンプラ越しにでもビリビリと感じる、ファイターからのプレッシャー。

 

圧倒的なまでの力の差を感じると同時に、私はそのレッドフレームの動きに、目を惹き付けられていた。

 

『わ……分かったよ!下がればいいんだろ!?行くぞ!』

「は、はいッ!」

 

ようやく聞き入れてくれたハッツンさんと、巻き込まれない範囲まで後退する。

 

残ったのはレッドフレームと、ヤンキー側のグレイズ・アインだけだった。

 

『ほぉう、やるじゃねぇか。テメェ、何モンだ?』

 

取り巻き2人を一瞬で片付けた謎の乱入者に、グレイズ・アインのヤンキー──カズヤと言うらしい──はいたく興味を持ったらしい。

 

レッドフレームはグレイズ・アインのギョロ目を真っ直ぐ睨み返しながら、ようやく名乗る。

 

『アストレイロッソヴィクトリー』

『へぇ……胸のパーツはV2ガンダムか。速いのも納得だぜ。けどなぁ、脚の早さが何だってんだ!結局男は腕っぷし!逃げ足の早さなんて、小学校を出たら何の役にも立たねぇんだよッ!!』

 

言うが早いか、グレイズ・アインの両肩が展開し、内蔵されていた機関銃が姿を現す。ロッソヴィクトリーはマントを翻し、放たれた銃撃を避けながらグレイズアインの周囲を旋回し始めた。

 

『どうやらその機体、銃やミサイルは積んでないみてぇだな?オマケに盾も持ってないときた。って事はつまり、距離を詰めさせなきゃいいって事だよなぁ!!』

『……』

 

弾幕を躱してグレイズアインの懐に入るべく、移動を続けるロッソヴィクトリー。

いつでも抜刀出来るよう、左手は鞘に添えたままだ。

 

『なぁ、これ我慢比べじゃね?』

 

2機の様子を見ていたハッツンさんが、ふと呟いた。

 

『懐にさえ入り込めれば、あのローソンヒストリーとかいうアストレイの方が有利なんだろ?で、あのデカブツは力強ぇけどデカいから動けない。弾が切れるまで続けてりゃ、勝負つくんじゃね?』

 

ハッツンさんの言う事は分からないでもない。

確かに、ただ大きいだけのガンプラが相手なら、そう言いきれたかもしれないけど……。

 

「グレイズ・アインじゃ、そう簡単にはいかないですよ」

『ファ?』

 

そう、グレイズ・アインには()()が搭載されている……。

 

あの巨体であまりにも生物的な挙動を可能とする、鉄オル作中でも異端扱いされていたあのシステム……。

 

その名前は『阿頼耶識』。

 

『阿頼耶識システムを忘れてもらっちゃ困るぜぇ!!』

 

グレイズ・アインはトマホークを両手に握り跳躍。

ロッソヴィクトリーの頭上へと跳び、トマホークを振り下ろした。

 

『……ッ!』

 

トマホークを躱すロッソヴィクトリー。

だが、着地したグレイズ・アインは間髪入れず、機関銃を乱射する。

 

ロッソヴィクトリーが射線を外れると、阿頼耶識システムにものを言わせた運動性能で跳躍し、トマホークを振り下ろし、時に足のクローをドリルのように回転させては、再び機関銃を乱射する。

それを繰り返す事で、グレイズ・アインはロッソヴィクトリーに隙が生じるのを狙っていた。

 

私だったら……いや、私じゃなくても並のファイターなら既に機関銃で蜂の巣にされ、トマホークでぶつ切りにされている頃だろう。

隣で見ているハッツンさんも「何だあいつ……怖ぇ……」と青ざめている。

 

だけど、ロッソヴィクトリーのファイターが呟いた言葉は、私達の思っていたものと全く異なるものだった。

 

『所詮、その程度か』

 

え……今この人、その程度って言った?

 

あの巨体でこんなに動いてるのに?

 

『どういう意味だ!』

『本物の阿頼耶識使いの動きは、もっと機敏で、もっと鋭い。ピョンピョン跳ね回って、力任せに斧を振り回す事しか出来ないお前の動きは、コメツキバッタと変わらないッ!!』

『てめぇ……ナメやがって!!』

 

コメツキバッタという喩えが癇に障ったらしい。何度目かの跳躍、グレイズ・アインはトマホークを振り下ろすのではなく、ロッソヴィクトリーへと向かって投げつけた。

 

回転しながら向かってくる2つのトマホーク。それすら悠々と躱すロッソヴィクトリー。

 

でも、どうやら狙いは別の所にあったらしい。

 

『こいつがただのグレイズ・アインだと思ってんなら、それは大きな間違いだ。俺のグレイズ・アインには、ビーム兵器も積んであんだよッ!!』

 

センサーが剥き出しになっていたグレイズ・アインの頭部が、その一言と共に閉ざされる。

 

そこは本来、黄色いカメラアイがある場所だ。

だが、そこにあったのは……鉄オルの機体にあるまじき形状の砲門だった。

 

「ハイメガキャノン!?」

 

多分、ZZの頭部にあるそれを、ピンバイスで穴開けて移植したものだと思う。

 

殆ど未改造のガンプラに、隠し武装としてのワンポイントなカスタム。鉄オル機にはビーム兵器がないという先入観と、第1シーズンのラスボスというグレイズ・アインの存在感を逆手に取った見事な作戦。

 

『死ねぇぇぇッ!!』

 

ほぼ初見殺しだ。この時点で私は、ロッソヴィクトリーの敗北を悟った。

 

撒き上がる土煙。射線を逃れられず、粒子の怒涛に呑まれていくロッソヴィクトリー。

上空から降り注ぐ高出力の桃光が、大地を抉り直線を刻んだ。

 

『どうだ!ざまーみろ!俺の勝ちだァァァッ!!』

 

勝ち誇るグレイズ・アイン、身を乗り出して勝利の興奮を露わにするカズヤ。

先程までまっさらだった眼前には、土煙が舞い続けている。

 

「そん、な……」

『やられちまったのか……あんな自信ありげに啖呵切って……やられちまうのかよッ!!』

 

悔しさのあまり、拳を叩きつけるハッツンさん。

私も思わず、膝を落としそうになる。

 

でも……あれ?敗北時のウィンドウが出ていないような……?

 

『なるほど……今のは悪くなかった』

『ッ!?』

 

周囲を見回すグレイズ・アイン。

やっぱり、ロッソヴィクトリーはまだ撃墜されていない!

 

『ファッ!?あいつ何処だよ!?』

「ッ……上見てッ!」

 

見上げる空。太陽を背に腕を組む機影は、ライトグリーンの双眸を爛々と光らせ、巨人を見下ろしていた。

 

その背中に、逆光でなお強く光り輝く粒子の翼を広げて。

 

「光の翼……」

 

V2ガンダムの光の翼。それはV2ガンダムの代名詞にして、超巨大ビームサーベルであり、超巨大ビームシールドでもある。

 

おそらく、ハイメガキャノンが命中する直前に展開させ、土煙に紛れて視界を外れたんだ。

 

なんて鮮やかな一手だろう。

なんと華麗な動きだろう。

 

思わず感嘆のため息が漏れる。視線を一点に釘付けられる。

それほどまでに、このガンプラには作者が込めたロマンが、『かっこいい』が溢れていた。

 

そして、ガンプラの性能に振り回されず、その能力を持て余すことなく使いこなしてる姿からは、ファイターとガンプラの間にも、確かな絆が強く結ばれているのが伝わってくる。

 

だから言える。

この人は、絶対に負けない。

 

『今度は俺のターンだ』

 

今度はロッソヴィクトリーが動く番だった。

 

『かっこつけてんじゃねぇぞ紅白野郎!!』

 

もう一度ハイメガキャノンを放とうとするグレイズ・アイン。

しかし、その視界を真っ黒な何かが覆い隠す。

 

『なっ!?何かこれ!?外れん!』

 

それはロッソヴィクトリーが羽織っていたマントだった。

視界を失い、標準をつけられなくなったグレイズ・アインはキャノン発射を断念し、再びセンサーを露出させる。

 

感度の上がったセンサーでロッソヴィクトリーを補足した次の瞬間、右肩の機関銃が破壊される。

 

『何をされた!?あいつは……この距離から……!?』

 

センサーに映るロッソヴィクトリーは、グレイズ・アインからかなり離れている。

 

『遠距離攻撃!?あいつに銃火器の類は装備されていなかったはず……。いや、違う!一番目立つ所にあったじゃねぇか!!』

 

気づいた直後、左肩の機関銃も爆発した。

 

そう。今、グレイズ・アインの武装を破壊したのは、ロッソヴィクトリーの遠距離装備『タクティカルアームズⅡL』のアローフォームだ。

 

タクティカルアームズは、アストレイの代表装備で、バックパックのフライトフォームから、大剣型のソードフォーム、作業用のワークフォームなど状況に応じてあらゆる形態へと変形できるスグレモノ。

 

アローフォームはその名の通り、遠距離戦闘用の弓型形態だ。

そして、接近するのに一番邪魔だった遠距離武器が消えた今、アストレイはその隙を逃さない。

 

タクティカルアームズを背負い直すと、4つの羽を持つフライトフォームへと変形。

再びガーベラストレートを。それと同時に、右腰に提げたもう一本の刀、タイガーピアスを抜刀して素早く接近する。

 

使いこなせれば機体やミサイル、果てはビームさえをも両断する2本の兄弟刀。

歴代ガンダム作品の中でも特に異彩を放つ刃は、傾き始めた戦場の夕陽を反射して、炎のように煌めいていた。

 

『はぁぁぁぁぁッ!!』

 

一斬、二斬、旋回して更に一閃。

繰り出される紅蓮の刃が、悪鬼の如き黒の巨体を切り刻んでいく。

見る見る間に、グレイズ・アインの装甲はズタボロになり、フレームが露出していった。

 

ここでようやくマントを破き、グレイズ・アインは視界を取り戻す。

 

『ナメやがって!スクラップにしてやる!!』

 

先程投擲したトマホークは、ハイメガキャノンの衝撃に呑まれ行方不明。グレイズ・アインは拳を握り、両腕のパイルバンカーを頼みに走り出す。

重たい音と共に大地を蹴り、ロッソヴィクトリーへと向かっていく。

 

対するロッソヴィクトリーは二刀を鞘に収め、背負っていたタクティカルアームズをソードフォームへと変形させて構える。

 

『潰れろォォォォォッ!!』

 

ロッソヴィクトリーの顔面へ鉄杭を打ち込んでやらんと、拳を突き出すグレイズ・アイン。

それが悪手になっているとは、夢にも思わず。

 

『そこだぁぁぁぁぁッ!!』

 

グレイズ・アインの横っ腹に、タクティカルアームズが叩き付けられる。

 

ロッソヴィクトリーの身の丈とほぼ同じくらいの大きさの大剣だ。この使い方は斬るというより、叩き潰すと言う方が正しいだろう。

 

横薙ぎに吹っ飛ばされ、大地を転がるグレイズ・アイン。

起き上がろうとするももう一撃、重たい一斬が振り下ろされる。

 

片腕を失い、上半身と下半身が真っ二つになったグレイズ・アインを、ロッソヴィクトリーは静かに見下ろしていた。

 

『思い出した……。最近、舎弟連中の間で噂になってるのはお前か。確か、血濡れの──』

『総長ってのに伝えろ。これ以上街を荒らすな、ってな』

『無理だと言ったら?』

『草の根分けても見つけ出して、二度とこの街で悪さできないよう徹底的に叩きのめす。俺とロッソヴィクトリーがな』

『……ククッ、いいぜ。伝えといてやる。だが……お前はここで負けるけどなッ!』

 

悪足掻き。至近距離で放つ自爆覚悟のハイメガキャノン。

しかし、今更そんな見え見えの手が通じるはずもなく……。

 

『勝手に爆ぜてろ』

『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーッ!!』

 

ガーベラストレートを顔面に突き立てられ、耐久値が底を尽き、悲鳴と共に爆発した。

 

『……嘘だろ……勝ったのかよ!?』

『あの人は、いったい……』

 

動画サイトで色んなプロファイターさん達のバトルを見てきた私だけど、この人の動きは私の中で、最も推しているファイターさん……の次の次くらいだけど、あの人達に匹敵する程鮮烈で、とても輝いて見えた。

 

画面越しじゃなく、間近で見たからかもしれない。それかガンプラヤンキー、なんてよく分からないルール無用無法者集団に絡まれた、この普通じゃない状況がそう思わせてるのかもしれない。

 

けれども私は今、見つけてしまった。

 

私がなりたいガンプラファイター。目指す目標、憧れの星を。

 

□□□

 

「本ッッッ当にすまねぇッ!!この通りだ!!」

 

バトルの結果は、残った私たちが降参した事で終了。

自分達の非と敗北を認めたハッツンさんは、誰よりも先に中学生達に頭を下げていた。

 

「何やってんだ、お前らも謝るんだよ!」

「す、すまんかった……」

「悪かったよ……」

「ファファ~ン!?もっと真面目にやれよ!子供相手にゴメンナサイも出来ねーやつは漢じゃねぇぞ!!」

「「ごめんなさいッ!!」」

 

ファッションヤンキー、というやつだろうか?

見た目と言動はオラオラしてるけど、根っこは悪い人達じゃなかったみたいだ。

 

中学生達はそのまま、買ったガンプラを大事そうに抱えて帰って行った。

そしてハッツンさんは私の方を見て、再び頭を下げる。

 

「アンタにも悪かった。反省してる」

「ううん、もういいよ。自分が悪かったって、分かってるみたいだし」

「……なぁ、かっこいいって何だろうな?」

 

ふと、ハッツンさんはそんな事を呟いた。

 

「俺はイケてると思ったからヤンキーになった。ツッパるヤツがかっけぇと思って、だからアイツらとつるんでた。なのに、いつの間にか全然イケてねぇ俺になっちまってた。一体、何がいけなかったんだろうな?」

「んー、難しいなぁ……」

 

私なんかが口出していい事なのかなぁ……。

と悩んでいると、レイコ先輩が口を挟んできた。

 

「朱に交われば赤くなる、ってことわざがあるわ。悪い仲間とつるんでたら、自分までかっこ悪くなっちゃうの。かっこよくなりたいなら、まず総長とかいうやつとは関係を断つ事ね」

「ファ~……言ってる事は分かんだけど、俺は今、こいつに聞いてんだよ」

「あら、ごめんなさいね。じゃあ、エミカちゃんの答えを聞こうかしら?」

 

ああ、結局私が答えなくちゃいけないか。

 

うーん……そうだな~……。

かっこよさ……かっこよさか~……。

 

「う~ん……かっこよさって、人によって色々あるから、私も一概には言えないかも」

「ファ~……思ってたより難しいんだな。かっこよさって」

「でも、少なくともこれだけはハッキリ言える」

 

首を傾げるハッツンさんに、私は思わず微笑みながら応える。

 

「グレイズ・アインから私を庇ってくれた時のあなたのガンプラ、すっごくかっこよかったよ」

「ッ!そ、そうか?俺のワスプガンダム、かっこよかったか!?」

「はい!とっても!」

 

それを聞いて、ハッツンさんはとても嬉しそうに目を輝かせた。

 

晴れ晴れとした顔で店を出ていくハッツンさん達を見送ると、先輩達が安堵した顔で私を囲んできた。

 

「おつかれ、エミカちゃん」

「まさか、ガンプラヤンキーと戦って無傷で済むなんて……ラッキーにも程があるよ……」

「あはは……心配かけてすみません」

「そうね。あのレッドフレームが居なかったら、今頃どうなってたか……」

「そういえば、あのレッドフレームのファイターさんは?」

 

お礼を言おうと、辺りを見回す。

 

「今日のところは俺達の負けだ。次会う時は、こうは行かねぇからな!!」

 

大声のした方を振り向くと、捨て台詞と共にその場を去っていく3人組、そして、それを見送るパーカーを羽織った後ろ姿が見えた。

 

「助けていただいて、どうもありがとうございます!」

 

我ながら勢いよく頭を下げていたなと思う。

でも、あんなバトル見せられたら、そりゃ興奮しちゃうって~。

 

見たところ、私と同い歳くらいだろうか?

 

「次からは、バトルの前に設定を確認した方がいい。始まってからじゃ、後戻り出来ないからな」

「はい、次からは気を付け──えっ?」

 

そう言って頭を上げた私は、その人の顔を見て驚いた。

 

知っている顔だったからだ。それも、割と最近見たばかりの……。

 

「もしかして、さっき廊下でぶつかった人?」

「ん?……ああ、あの時の」

 

まさか、こんなすぐ近くにいたなんて……。

偶然って恐ろしい。いや、単にこの島が狭いだけかも?

 

「あまりあいつらには、関わらない方がいい。ろくな事がないぞ」

「うぅ……ご尤もデス……」

「それじゃ、俺は用があるから」

「え?あの……ちょっと!?」

 

色々話してみたいのに、全然言葉が出てこない。

学校は同じだけど、次話しかける時にちゃんと話せるかどうか……。

 

ええっと、こういう時は……そうだ!

 

「名前!教えて、ください!」

「名前……?」

 

せめて名前は聞いておこう。名前を知ってるかどうかでコミュニケーションのしやすさは大きく変わる。

 

「私、ナガミネ・エミカ。あなたは?」

「……キンジョウ・マサヒロ」

「マサヒロさんね、覚えた」

「もう、行っていいか?」

「うん。じゃ、また学校で!」

 

その場を立ち去っていくマサヒロさんの背中を見送り、私は先輩達の方を振り返る。

 

「それで、エミカちゃん。散々な初陣だったけど……ガンプラバトル、どうだった?」

 

確かに、私のガンプラバトルデビューは散々だった。

マナーは最悪、ルールは無法。きっかけも物騒で、ガンプラの傷は自分の下手な操縦で付けてしまったものの方が多い。思ってたのと別の意味で気が休まらない瞬間の連続だった。

 

でも、心の底から言える。

 

「すっっっっっごく楽しかったです!私、もっとちゃんと上手くなって、この子と……アトラスガンダムと、もっと色んな景色が見たいです!!」

 

私の答えを聞いて、レイコ先輩は可笑しそうに吹き出した。

シロマ部長は私とレイコ先輩を交互に見て、「え?今の笑うところ?」と困惑している。

 

「初バトルであんな目に遭って、『楽しかった』ね~。タケちゃん、これは中々の傑物かもしれないわよ」

「傑物か~……。まあ、レイコくんとは別の意味でアグレッシブな娘なのは、間違いないかも」

「ん~?誰がジャイアントメスゴリラだって?」

「言ってないから!やめてよその笑顔!」

 

こうして、私のガンプラファイターとしての日々が幕を開けた。

 

──と、言いたい所なんだけど……順風満帆とはいかないんだよね、これが。




皆さんにお知らせがあります。

この『ガンダムビルドファイターズAMBITIOUS外伝~南風激闘伝~』でも、読者参加型企画を行う事が決定しました!

募集の詳細等は後日、活動報告にてお知らせいたしますのでふるってご応募いただけたらなぁと思います。


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