続・最強の魔法使い(自称)が暴れるそうです。 (マスターチュロス)
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序章:『終わりの始まり』
プロローグ①





1年ぶり




 

 

あの事件の直後、僕、緑谷出久はベットの上で目覚めた。酷い夢を見たせいか、全身が汗でびっしょりと濡れ、シーツにも跡が出来ていた。

あの日、自分は何かと戦っていて、それを誰かが助けてくれたのだが……。

 

「誰だっけ……?」

 

何も思い出せなかった。記憶が霞みがかっていて鮮明な映像すら思い浮かばない。もしかして本当にただの夢だったのだろうか。その割には、筋肉痛が酷すぎる。

 

突然、スマホが鳴り出した。

 

出久はスマホを手に取る。送信者不明のメールが一通、届いていた。件名には『緑谷出久へ』と書かれており、本文にはこう書かれていた。

 

『重要ナ要けンだ心してキけ。このメールはセん頭中に脳内でム理ヤりつ喰ったモノだから黄泉ヅラいがZeッたいに嫁。いいか? いマすぐ逃げろ。ニげても無駄鴨しレな胃が、とにかく逃げろ。いヤ血がウ、ヤツらから身を隠せ。サiaク痔殺し太ほうがマシ化模試レナイ。ヤツらはこの世界の常識を破壊する異常生命体。ヤツらの前では倫理も人権も存在しない。死んだ方がマシだと思うようなおぞましい行為を平気でするのがヤツらだ。おそらくヤツらは明日の午後4時27分にこの世界に侵入する。い伊か、Ze対にヤツらと戦うな。特に私と同じ姿をしたヤツには絶対に近づ苦な。緑髪とその信者もダメだ。吸血鬼もダメ。暴食もダメ。偶像もダメ。有頂天もダメ。とにかく自分の身を守れ。他ニンを少ウ夜優はナい。■■■■がもし生き残ってたら■■■■を探せばいいが、ダメならぁイツの家に行け。素個で家主に会ったら■■■■の友達ですって言え。祖死たラ匿ってくレるハ図だ。下にURL2つ葉っとく。1つは私の現在地、もうひとつはアイツの家だ。

 

最後に一言言わせてくれ。

 

結局私は何も守れなかった。

 

オールマイトは死んでしまったし、私自身もそろそろ限界が来ている。

 

だから君たちだけでも救われてほしい。

 

それが死にゆく私の最後の願い。

 

だからぁア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイ遺体偉大痛いイタイイタイイタイイタイ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬs』

 

「ヒッ?!」

 

メールの最後の文章の壮絶さに、出久は驚いてスマホを床に落としてしまった。

 

「何……このメール……ッ! いっ、意味が分からない! 悪戯にしても酷すぎるし、本当にわけがわからない!!」

 

「発信日が昨日の深夜、明日の午後4時27分は今日のこと、異常生命体、緑髪、吸血鬼……それにオールマイトが死んだ!? そんなの嘘に……」

 

「大変よ出久!! 今起きてる!?!」

 

ドタドタと階段を駆け上がり、勢いよくドアを開けたのは出久の母、緑谷引子だ。

 

「てっ、テレビ!! ニュース!! オールマイト!!」

 

余程焦っているのか片言でしか喋れていない。しかし、片言だろうと、聞きたかった(聞きたくなかった)ワードが出てきた瞬間、出久は階段をすぐさま駆け下り、放映中のテレビの前に立つ。

 

『先日、保須市○○にて、No.1ヒーロー"オールマイト"の遺体が発見されました。痛いは激しく損傷しており、現場周辺は大規模な戦闘の形跡が見られ、犯人は現在行方不明です。これほどまでの戦闘の形跡を残していながら、犯人の手がかりを掴めない例は初であり、捜査は難航しています。』

 

『そもそも、あの"オールマイト"が負けるなどありえない。彼は多くのヴィランを退治し、多くの国民の命を救ってきた正真正銘のヒーローですよ? そんなかれが、……彼が殺されるなんて……そんなわけが………』

 

『わっ、わたしっ………グスッ、おっ、オールマイトのファンで……、このニュース……、聞いて…ッ、わたし、うっ、………』

 

緑谷出久は、理解できなかった。

 

「嘘……絶対嘘だ。オールマイトが負けるわけが無いオールマイトが死ぬわけないオールマイトが僕を置いていくわけが無いオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイトオールマイト……」

 

膝が崩れ落ち、両手は自然と顔全体を優しく覆うように包み込み、身体を丸めてブツブツと大好きなヒーローの名を何度も呼び続けた。

 

緑谷出久は理解できなかった、ことにしたかった。

 

オールマイトは死んだ。そしてそのことを予言したあのメールは本物であると証明された。それ即ち、

 

今日の午後4時27分、常識を破壊する異常生命体がこの世界を侵略しにくることが決定

 

「いやそんなわけが無い。ありえない。オールマイトが死んだのもありえない。たまたまだ、たまたま悪質なメールとフェイクニュースがシンクロしただけだ。最近の嘘は本当にクソだ、タチが悪過ぎる。言っていいことと悪いことの区別もつけられないなんて人間失格も程々にしてほしい。今すぐこの嘘を吐いたやつの首を絞めて殺して炙って燃やして吐いて殴って二度と嘘をつけないよう粉々に…」

 

「出久……?」

 

母親の声でハッと、出久は正気を取り戻す。オールマイトについてはとにかく置いておこう。考えたくない。とにかく現状何か、正体不明の何かが発生していることは間違いない。この何かは調べるべきだ。でも何も分からない。

 

分かっていることと言えば…

 

「この、送信者不明のメールに記載された2つの位置情報、これが手がかりか?」

 

URLのうちの1つはメール送信者の現在地らしいが、その場所はちょうどニュースでもやっていたオールマイトの殺害現場(フェイク)と同じである。つまり送信者はあの現場周辺にいたということだ。もしかしたら犯人は送信者かもしれない。もしそうだったら殺す。

もうひとつのURLは頼るべき人? の家の位置情報らしいが、場所が完全に山の中だ。家なんてどこにも建っていない。やはりこのメール悪戯なのでは?

 

「後で調べるけど、問題は午後4時27分か。今日は5時まで学校があるから、………異常生命体が侵略してくるので休みます、なんて言えるわけが無いし……」

 

緑谷出久は常識人だ。そんな誰にも理解されない文言で言い訳できるほどの狂気さは持ち合わせていない。

出久は朝飯を素早く喉に押し込み、テキパキと支度を済ませた。

 

「行ってきます。」

 

緑谷出久はそう言うと、ゆっくりと玄関のドアを開く。

 

「気をつけて行ってらっしゃい!」

 

母の声に安心すると、出久は静かにドアを閉じた。

 

 

 

 

そしてもう二度と、家に帰れないことを、彼は後々悟ることとなる。

 

 

 

 

 

 

学校はいつも通り進行した。普通に授業もしたし、普通に友達とも喋った。違っていたのは担任の相澤先生がいないことと、クラスの雰囲気だ。それはそうだ、オールマイトが死んだというニュースが今朝流れたのだ。ヒーローの中でもとびきり有名で人気のあるヒーロー、平和の象徴、そんな人物が死んだなど、これほど話題性のある話はそうそうない。きっとクラス中、学校中がこの話題で持ち切りになるのだろうと、そう思っていた。

 

誰もオールマイトについて一切触れなかった。

 

誰もあの事件について話す人はいなかった。

 

いや、違う。誰も話したがらなかったのだ。それほどまでにオールマイトという存在は大きく、みんなの心の支えだったのだ。

 

しかし、彼は違った。

 

「緑谷、ちょっといいか?」

 

「轟くん…? どうしたの?」

 

1年A組最強格、轟焦凍が声をかけてきた。

 

「………ここじゃ聞きづらい、外で話してもいいか?」

 

「言いけど……」

 

ちょうど昼食を済ませた後だったので、出久は轟の後を追うように雄英高校のグラウンド近くに出た。

 

「……かっちゃん…?!」

 

「やっと来たかクソデク。遅せぇんだよ」

 

そこには幼なじみかつ1年A組最強格の爆豪勝己の姿もあった。

 

「みんな、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも、アイツはどこにいるんだ?」

 

「さっさと■■■■の居場所を吐け、でなきゃ殺す」

 

「? 何て?」

 

肝心な部分が変にぼやかされ、誰の居場所のことを聞かれているのか分からない。自分の耳が遠いというより、意図的にその単語だけ認識出来ないという方が近い。まるで知らない英単語に出くわしたかのような、そんな感覚に出久は包まれていた。

 

「チッ、テメェもか………。」

 

普段の態度からは想像もつかないほどの落ち込み様に、出久は驚きを隠せない。

 

「…………黒白、金髪、顔が黒い、やたら強い、意外と思いやりがある……」

 

「おい半分野郎、何言ってやがる」

 

「………いや、特徴を1つずつ言っていけば思い出すかと。」

 

古典的な作戦で失われた記憶を取り戻そうとする轟焦凍。しかし今回のケースは記憶ではなく認識の方であるため、あまり効果はない。

 

「……、そんなんで思い出せるわけがッ」

 

「師匠だ!!」

 

思い出した。

 

「……ッ、マジかよ」

 

想定外の事が起き、流石の爆豪も素の反応をせざるを得ない。

爆豪は出久に会う直前まで、多くの人に師匠、すなわち結依魔理沙の所在について聞き回っていた。教師、クラスメイト、B組、ヒーロー科以外の生徒にも何人か聞いたが、誰も彼女の居場所を知らないどころか、彼女の存在すら忘れていた。雄英体育祭を優勝した彼女がみんなに忘れられるはずがなく、この現象は何者かの個性による影響で記憶を改竄されたのではないかと爆豪は疑っていた。が、何故か爆豪自身と轟焦凍だけが彼女の存在を忘れていないことが唯一の疑念であった。

そして彼女を思い出した出久を見て、爆豪勝己は再び思考する。存在を忘れない条件が仮に彼女との交流の深さだったとしたら、1番交流の深い緑谷出久が真っ先に思い出せなかったのがおかしい。個性が原因だとしても、3人の個性に共通点は無い。

結局、結論は出なかった。

 

「師匠! 昨日の夜! 保須市! 助けてくれた! 早く助けに行かないと!!」

 

「馬鹿か。あの騒動はとっくに終わってる、行っても無駄だ」

 

「じゃあ師匠はどこ!?」

 

「それが分かんねぇからテメェに聞いたんだろが!」

 

「……落ち着け2人とも、争っても意味ねぇって」

 

ヒートアップしかけた2人を轟が諌める。

 

「………チッ、おい出久、朝のニュース見たな?」

 

「……オールマイトが死んだって…」

 

保須市で殺害されたオールマイト、遺体は激しく損傷し、周囲は大規模な戦闘形跡が見られたという。

 

「………、オールマイトが死んだのは保須の北側、そんでアイツの最後の目撃情報も北だ。」

 

「アイツは絶対! オールマイトの死に関わってるはずなんだッ!!」

 

「……。」

 

爆豪勝己の怒号、彼の怒りの矛先は結依魔理沙に向かっている。どうしてオールマイトを見殺しにしたのか、どうして助けなかったのか、どうして出てこないのか、そもそも最強であるオールマイトが殺害されるほどの敵とは一体何なのか、全く分からない。

 

「おーい! 爆豪ー!」

 

「3人とも何してるのですか?」

 

「ウチらも混ぜて〜!」

 

遠くから呼びかけるのは切島鋭児郎、八百万百、麗日お茶子であった。

 

「………、教室に戻るか」

 

そういうと3人は静かに教室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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プロローグ②



負の感情が溜まると文章がサクサク進む件




 

 

 

 沈みかけた太陽、窓の外から差し込む夕陽が多くの生徒を照らしている。6時間目の授業も終了し、どこのクラスも担任の先生から明日の連絡を受けていた。

 しかし1年A組の担任は不在により、連絡はほかの先生によって行われた。それ以外は特に異変も無く、ただいつも通り平穏に過ごしていた。

 

 4時23分、イギリス、ロンドン市上空に超巨大な時空の歪みが発生。発生から僅か3秒後に地面が歪みに吸い込まれるようにめくり上がり、ロンドン市内の建物の93%が壊滅。また、歪みの中心部から悪魔の翼を生やした少女が出現。少女は軽く指を鳴らすと、巨大蝙蝠、悪魔、騎士団、魔法使い、龍と、配下と思わしきクリーチャーを大量に呼び出し、さらに崩壊したロンドンの中心に血塗られた紅き城を召喚したのだった。

 

 4時24分、中華人民共和国、上海市にて巨大なゴリアテ人形が出現。ヒーローによる迎撃が行われた結果、人形の反撃により3名のヒーロー及び36名ものの一般市民が死亡。また、同時刻アメリカ、ニューヨークにて巨大な桜が出現。その数秒後、桜の中から日本風の幽霊の格好をした少女が現れた。少女は人々に笑いかけると、一瞬で周囲に存在していたありとあらゆる物質及び生物を喰らい尽くした。

 

 4時25分、フランス、ドイツ、オランダ、インド、オーストラリア、エジプト、ロシア、ブラジル及びその他120ヶ国以上の国々に謎の少女もといクリーチャーが次々と出現。世界全体の死亡者数が指数関数的に増加。各国のヒーローが続々と倒れる事態に一部の国民が大パニックに陥る。

 

 4時26分、日本、雄英高校上空に巨大な魔法陣が出現。中心から大量のクリーチャーに加え、謎の少女が複数出現。多くのクリーチャーは日本全体に飛び散っていったが、一部のクリーチャー及び少女は雄英高校に襲撃した。

 

 パリンッ

 

 パリンッパリンッガシャァァンドゴォォォン!!! 

 

「ッ!? 何だ今の音?」

 

 突然の轟音に切島鋭児郎が反応する。切島だけでなく、他のクラスメイトも同様に驚いていた。

 

《校内に侵入者アリ。警戒レベルは最大のレベル3。教師は全員、生徒にひなnnnnnnnnnnnnnn》

 

 警報がバグり、ブツンと音が切れた直後、再びアナウンスが入る。

 

《あー、亜ー、全ッ校征徒に告グ!! 今スぐそこの窓からヒモなしバんズィージャンプぷをするか、この世のもんとは思えナ最高最悪の悪夢を見るか、今すぬ選べ》

 

 日本語のように聞こえて日本語ではない音声による脅迫は、恐怖より疑惑を呼び起こした。放送室で何が起こっているのか、外はどうなっているのか、今喋っている人物は何者なのか、微塵も分からない。

 

 ただ一人を除いて

 

(午後4時27分、異形の存在、世界の終わり……ッ!)

 

 朝、送られてきたメールを再び確認しようとする緑谷。しかし緊急速報アプリの通知が邪魔でメールの画面にたどり着けない。

 たどり着けないのだが……

 

「なんだ……これ?!」

 

 通知である以上、新聞の見出しと同じように1発で内容が分かる程度に文が省略されている。それ故に詳しいことは通知からでは分からないのだが、そんなことを気にするレベルの問題ではないほどの、嘘のようなニュースが飛び込んできた。

 

【ロンドン、消滅】

 

【上海に突如出現した巨大人形、周辺の建造物を破壊しながら海沿いに南下。死傷者143名】

 

【ニューヨーク、中心街から外に向かって建物が倒壊、荒地化が進行中。原因は謎の少女? 怪物?】

 

【世界各国で大規模な破壊活動が進行中。ヤツらの正体とは?!】

 

【雄英高校上空に謎の魔法陣が出現!? ノンフィクションか?!】

 

「…………こんな嘘のような事件起きるわけが」

 

《起きるんだぬぁこれが》

 

「!?」

 

 緑谷の一人言に、さっきの音声の人物が反応する。そもそも放送室にいるはずの人物が、教室内にいる緑谷の一人言に反応するというのはおかしな話である。

 しかし、誰もそのことに突っ込むことはせず、謎の人物も話を続けた。

 

《今世界がどンな状況か理解していぬぁい平和ヴォケしたヒーローの玉子(藁)にこの俺が暴力的に優すぃく教えてやろう……》

 

《お前らは終わりなんだよヴァァァァァカ!!! はははははははははははは!!》

 

 高笑いが教室中に鳴り響く。しかしそれは可憐で美しい少女の笑い声などではなく、邪悪に満ちた完全なる悪魔の声、他者を弄び破壊し脳髄までしゃぶり尽くすような気色の悪い奇声だ。

 

「意味不明なこと抜かしてんじゃねぇぞテメェ!」

 

 流石の爆豪もこの暴挙を我慢できるはずもなく、憤怒の形相を顔に浮かべスピーカーを睨みつけながら、手の上で小さな爆発を複数回起こしていた。

 

《ま、せいぜい頑張ることだヒーロー諸君。俺はお前たちを応援している、何故って? 俺はお前らみたいな弱者がいっしょつけんめち地べたを這いずり回るのがだいすこだからな。せいぜい足掻け、でなければ》

 

《死ね》

 

 その瞬間、教室の窓が一斉に割れた。超能力などではなく、何者かが物理的に破壊し侵入したのだ。

 ガラスの破片を踏み、突き刺し、それでもなお立ち上がる侵入者に、クラスメイト全員が怯え慄く。

 侵入してきたのがヴィランならまだマシだった。まだ人の姿をしているだけ、人としての制約が存在するからだ。

 しかし目の前の敵は違う、1人は顔に手足が付いた2頭身かつ異常に肥大化した右腕で巨大なハンマーを携えた化け物。

 もう1人は比較的人間に近い体型だが、背中から虫のような翼が生え、カタツムリのごとく目玉が飛び出し、右手に斧を携えている。

 他にも身長が異様に低いが、羽を生やし武器を携え、終始下卑た笑い声を上げる化け物が複数体、教室内に侵入していた。

 

「…………君たちはいったい、何なんだ……?!」

 

 緑谷は怯えながらも、相手の正体を探る、否、この終わりなき不安と恐怖の渦をかき消すべく、知識を、情報を欲した。

 しかし、その言葉に耳を貸すこともなく、化け物共は一斉に襲いかかる。

 触れれば全身を弾け飛ばすハンマーの一撃が、整備されてないが故にデタラメに傷を広げ楽には死なせない狂気の斧が、槍が、クラスメイトに牙を剥く。

 緑谷は咄嗟に両腕でガード、しかしそれは完全なる悪手。刃物相手に素手で防御など、腕を生贄にしているのと変わらない。緑谷はあまりの状況の変化に、思考が一歩遅れてしまっていた。

 

 ガキンッ、と重い金属同士がぶつかり合ったかのような音が鳴り響く。

 緑谷は閉じていた目をそっと開けると、そこには切島鋭児郎がいた。

『個性:硬化』によって全身を硬化させ攻撃を防ぐ切島の姿が。

 

「ッッ! ぉうらァッ!!!」

 

 化け物の一撃を弾き返し、仲間の窮地を救った切島。化け物が後退したが、その隙を轟焦凍は見逃さない。

『個性:半冷半燃』の能力を使い、教室内に巨大な氷の壁を形成し、隔離することに成功した。

 

「……みんな、今のうちに逃げるぞ!」

 

 その言葉に全員が反応し、咄嗟に教室のドアの方へと走っていく。自分の命が失われる恐怖、状況を把握していないことによる焦りが絡み合い、ほとんどの生徒がパニックに等しい状態であった。

 

 とにかく逃げることだけを考えた結果など、たかが知れているというのに。

 

 ぴゅんッ、ぴゅぴゅぴゅんッ

 

 一番最初に教室を飛び出した蛙吹梅雨と砂藤力道が、突然力が抜けたように倒れる。生物の生存本能か否か、クラス全員がピタリと教室に出ることをやめた。

 

「蛙水さん?! 蛙水さんッ!!」

 

「梅雨ちゃん!!!」

 

「砂藤くん?!」

 

 突然の出来事で頭が回らない1年A組の生徒たち。廊下に出た二人は突如何者かの狙撃を受け、地に伏した。全身には無数の小さな風穴のようなものが存在し、地面には針のようなものが落ちている。

 ドクドクと流れゆく生命の雫を、ただ眺めることしか出来ない憐れな生徒(子羊)達。綺麗に整備されていたはずの廊下は鮮血の海に沈み、夕焼けは酷く残酷に、世界を照らしていた。

 

「そんな……嘘だ。蛙水さんと砂糖くんが、し、死!」

 

「嫌! 嫌ぁぁ!!!」

 

「そんな、まさか……ッ?!」

 

「どーなってんだよ!! わけわかんねぇよ!!」

 

 緑谷もお茶子も八百万も上鳴も、他のみんなも、仲間の、クラスメイトの突然の死を受け入れることが出来ず、混乱はさらに拡大する。

 そんな中、冷静に動くことが出来たのはやはり彼らであった。

 

「今気にするとこはそこじゃねぇ、敵の居場所だ」

 

「何言ってんだよかっちゃん!! 蛙水さんが、砂糖くんが、……二人が死んじゃったんだぞ!?!」

 

「黙れクソデク! テメェも死にたくなければ脳みそを使え!!! 俺達は今、命を狙われていることに気づけこのバカ!!」

 

「でも!!」

 

「爆豪の言う通りだ。今は生き残るのが先決、命を惜しむのは今じゃない……」

 

「轟くん!!」

 

 三人のやりとりが繰り返される中、少しずつクラス内の混乱が静まっていく。一旦何もしないことで、狭まっていた視界が少しずつ広がっていく。冷静さを取り戻した生徒は、とりあえず緑谷と爆豪の喧嘩を抑えた。

 

「この廊下のどこかに、ヤバいヤツがいるってことだよな?」

 

「…………どうやって確認する?」

 

 上鳴が酷くどうしようもないような表情で話しかける。『どうやって』と濁しているが、正確には『誰が』確認するかと聞いている。しかし、ここで名乗りあげるものは正解を掴んだ賢者か命知らずの愚者である。

 廊下に出たその瞬間から行われる正体不明の攻撃、触れれば全身が穴だらけになって死ぬかもしれない凶悪無慈悲な攻撃を誰が受けたいと思うだろうか。

 

「俺が確認する」

 

 そう言い出したのはクラスで最も身長の高い男、障子目蔵。彼は『個性:複製碗』の持ち主で、両腕の後方についた触手から体の一部分を複製できる。

 

「お前……大丈夫なのか?」

 

「安心しろ、複製した器官を攻撃されても重症にはならない」

 

「…………任せた」

 

 上鳴から期待を受けた彼は目の前で触手から『眼玉』を複製すると、壁際からそっと外を覗かせた。

 

「……何か、見えた?」

 

「廊下に一人、誰かが立っている。……人っぽいが、異様な雰囲気だ。両手に針のようなものを持っている上に、顔が……無い?」

 

 障子が敵の正体を把握出来ずにいたが、その直後に複製碗に異常が起きた。

 とりあえず触手を引き戻した障子であったが、

 

 眼玉には数十本の針が、眼玉全体を余すことなく突き刺さっていた。

 

「…………マズイな」

 

 コツ……、コツ……、コツ、コツ、コツ、コツ!!! 

 

 近づいてくる足音、明らかに自分たちの位置を把握している。全員の鼓動が足音に比例して早くなっていく。

 

「早く逃げよう!!」

 

「けど廊下は危ないって!!」

 

「それ以外に出るとこないでしょ!?」

 

「窓だってさっきのヤツらがいるんだぞ!! もう、廊下しかねぇじゃん!!」

 

 落ち着いたはずの混乱が再び息を吹き返し、生徒を絶望の底に落としていく。

 まず、逃げるには廊下を出て走り抜けるか、氷の壁をとっぱらって窓から逃げるかの二択が存在する。しかしそのどちらも危険かつ無謀に等しい選択であり、どちらにしろ必ずといっていいほど人が死ぬ。

 果たしてどちらを選ぶのか。

 

「だったら、この下をぶっ壊せばいいに決まってるよなぁ!?」

 

 爆豪は『個性:爆破』の力を使い、教室の地面を突如爆破。その後、轟が穴を氷で塞ぎ、脱出に成功。

 廊下に出ることなく、クラス全員はひとつ下の階に降りることが出来たのである。

 

 しかし、降りた下の教室には3体の化け物と、それらに血と臓物を貪り食われる5人の生徒の死体が存在した。

 

「キヒヒヒヒ!」

 

「アハハハハ!」

 

「ニク! サナカ! トモダチ、イッパイ!」

 

 口から血を垂らしながら迫り来る化け物に対し、緑谷、爆豪、轟はそれぞれの個性を発揮した。

 

「50%デトロイトォォォスマァァァッシュ!!!!」

 

徹甲弾(A・P・ショット)!!!」

 

「……ッふん!!」

 

 受け継がれし偉大なる拳が1匹の化け物を窓の外の遥か向こうまで吹き飛ばし、高火力の爆発から繰り出されるエネルギーが別の化け物を黒板もろとも消し炭にし、全てを停止させる冷酷な冰気が化け物を氷像へと変えた。

 

「はぁ、はぁ、危なかった……!」

 

「…………どこもかしこもこんな感じなのか!」

 

 息つく暇もなく襲いかかる敵たちに、翻弄される緑谷と轟。襲われてるのは自分たちのクラスだけでないことが判明したが、それはすなわち、誰も助けに来てくれることがないということを示している。

 

「おい耳野郎、今すぐ校舎内にいる敵の数を調べろ」

 

 しかし爆豪は冷静だ。こういう点において冷静になれるのは、生き残る上で重要となる。

 

「……」

 

「おい、話聞いてんのか耳野郎」

 

 爆豪が強引に耳郎響香の肩を掴んだ。が、響香はらしくも無い様子で振りほどき、頭を地面に強くぶつけながら泣き叫ぶように倒れ込んだ。

 

「うっさい!! うっさいうっさいうっさい馬鹿!! もう嫌だ、散々だ!!! 訳の分からない放送が起きて! 気持ち悪い化け物が出てきて! クラスメイトが殺されて! わけがわかんない!! 今日だっていつも通りお家に帰って、ご飯食べて、家族と幸せに過ごしながら寝るつもりだったんだ!! なんで!! ……なんで、こんな……こんな……ッ!!」

 

 泣き叫ぶ1人の少女 、それに寄り添う1年A組の女子達。

 誰もが同じことを思っていた、どうして自分たちの日常が壊されなければいけないのかと。

 1人の少女の涙につられ、他の少女達もつられて涙を流す。女は絶望の縁に立たされ、男は終焉の狭間を彷徨う。

 

 希望なんて存在しない、幸せなんてありはしない。

 

 そう、感じてしまう世界が、ある日突然訪れた。

 

 

 ■

 

 

 それは非常なくらい突然だった。

 

 何の前触れもなく、ある日ヤツらは僕たちの世界に現れた。

 

 

 いいや、違う。()()()()()()()

 

 僕らがそれに気づかなかっただけだった。

 

 それに、気づかないよう守り抜いた人がいた。

 

 

 

 いたのだが、

 

 

 

 

「キャァァァァァァァァァ!!!!!!」ゴシャッ

 

「誰かっ!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!」ミチミチ

 

「嫌ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」ペキッ

 

「オ"ー"ル"マ"イ"ト"ッ! オ"オ"(ry」グシャッ

 

 

 

 

 

 絶叫が絶叫を呼び、強者が弱者を蹂躙する世界。

 

 

 世界は、残酷にも変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






残り 78億6518万8437人


プロローグ終了。グロ表現ってとても難しい。


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プロローグ③



コメントとか評価を貰うとテンションが上がって投稿頻度が上がります(多分)。

この続編を始めたのも前作に送られたコメントのおかげなので、よろしくお願いします。

あと前回でプロローグは終わりと言ったが、アレは嘘だ。ウワァァァァァァァァァ!!





 

「響香さん、顔を上げてください」

 

 そっと手を差し伸べる緑谷に、耳郎響香含め全員が視線を緑谷に移す。

 

「響香さんの言う通り、今この世界はおかしなことになっている。平気で人が死ぬし、僕だって今凄く悲しいし、悔しいし、いろんな感情でごちゃごちゃしてる」

 

「けど、今は前を向くしかない。助けられなかった仲間の分、僕たちが他の苦しんでいる人達を助けてあげなければいけない。だって僕たちは、もう守られる側の存在じゃない。先陣切ってヴィランから人々を守る、正義のヒーローなんだからッ!!」

 

「緑谷……!」

 

 精一杯の笑顔とともに、緑谷は手を差し伸べる。その手に触れた途端、耳郎響香は感じ取る。

 

 緑谷の手は臆病にも震えていた。震えていながらも手を差し伸べた。誰かを救うため、理不尽な悪意に振り回され苦しんでいる人々を救うため、本来の臆病な性格を抑え、他人のために一歩前に踏み出せる、それが緑谷出久の力。

 そしてその力は次々と人々に伝播する。

 

「おう、その通りだぜ緑谷!!」

 

「あんな化け物共に負けてたまるか!!」

 

「絶対に皆で生き残りましょう!」

 

「……さっきまでウダウダ言っていたヤツが何カッコつけてんだ、クソデク」

 

「いや、かっちゃんは冷静すぎだと思う。あまりに心が無さすぎる」

 

「何だとコラァ!!!」

 

 次々と立ち向かう意志を取り戻していくクラスメイト達。

 

「ありがとう緑谷、元気出た」

 

「それは良かったです、本当に」

 

 感謝を伝えた耳郎響香に、照れる緑谷出久。二人の関係性が少し縮まったのであった。

 

 と、いい感じになってはいるものの、現状の凄惨さは微塵も変わらないので、とりあえず耳郎響香と障子目蔵は個性を用いて校舎全体の状況を調査した。

 

「……化け物が1階に10体、2階に13体、3階に9体、4階に…………28体!?」

 

「1階にはセメントス先生、ミッドナイト先生、プレゼントマイク先生、2階にはスナイプ先生と3年の先輩方、3階は2年の先輩方だけ、4階は……B組とC組の生徒が襲われてる」

 

 次々と判明する深刻な状況、どうやら先生方は化け物に足止めをくらい、生徒救出に乗り出せていない。

 そして4階はどういうわけか、化け物が非常に多く存在している。あの針の化け物も4階にいる上、この上なく危険だ。

 

「助けに行こう!!」

 

 そう言い切ったのはやはり緑谷であった。だが反対するものは誰もおらず、むしろほぼ全員が乗り気であった。

 

「助けるのもそうだが、まずは先生達を呼ぶのが先だ。4階は特に化け物が多い、戦力がかなり必要だ」

 

 冷静に思考し、飯田天哉は現在の状況を加味して判断する。

 3体の化け物を吹き飛ばしたとはいえ、相手との力の差は未知数、その上数も多い以上慎重にならなければならない。万全を期してから本格的に動き出すべきである。

 

「……なら救援要請チームとB組C組救助チームの二手に別れよう」

 

 轟焦凍の提案にほぼ全員が賛成する。やはりヒーローを目指す仲間である以上、見捨てるわけにはいかない。

 

「分け方はどうするの?」

 

「俺と半分野郎とクソデクで化け物共を叩きのめす。残りのヤツらは先公呼んでこい」

 

「戦力偏り過ぎじゃねーか!!」

 

 爆豪の無茶苦茶なメンバー構成に瀬呂範太が発狂した。

 

「馬鹿が、救出チームの目的はB組C組共のお守りじゃねぇ。先公が来るまで化け物共と殴り合い続けることだ」

 

 爆豪は瀬呂に圧をかけながら、話を続ける。

 

「対して救援要請チームに求められるのは最小限の戦闘で迅速に先公と合流することだ。つまりバカ強ェ力はいらねェ。索敵と足止め、そしてある程度戦えるヤツがいれば十分事足りる。理解出来たか?」

 

 ギリギリと全員を睨みつける爆豪に対し、当の本人達の反応は驚きのあまりか次々と拍手喝采をする。

 

「意外と考えてんだなぁ……普通に驚いた」

 

「普段の態度からは到底信じられませんわ」

 

「よっ、インテリヤクザ!」

 

「殺すぞ」

 

 大方爆豪の意見に賛成する中、八百万百がさらに付け加える。

 

「強力な御三方が時間稼ぎする作戦には賛成です。ですが、救援要請チームの人数が多すぎますわ」

 

 八百万百の意見に、飯田がさらに付け加える。

 

「それなら、1階の先生方に救援を要請するチームと、2階の先輩方に救援を要請するチームに分けた方がより効率性が上がるはずだ」

 

「HAHA! それな!」

 

 飯田の意見に、まるで自分も同じことを思っていたとでも言いたそうな表情でグッドサインを送る上鳴。

 

 何はともあれ、これで作戦の方針が完全に決まった。後は実行に移すのみ。

 

「デクくん……」

 

「何だい、麗日さん?」

 

「絶対、絶対に死んじゃダメだよ? デクくん、いつも無茶ばっかりするから……」

 

「……大丈夫、絶対に生きて帰る。だから先生や先輩方を、よろしく頼むよ」

 

 緑谷のニッコリとした笑顔を見て、麗日お茶子もニッコリと笑い返す。

 そして制服の内ポケットに手を突っ込み、"ある物"を緑谷に手渡した。

 

「……これは?」

 

「ミサンガ。小さい頃に両親から貰った大切なお守り」

 

「帰ってきたらちゃんと、私に返してね」

 

「それまではこのお守りが、デクくんをちゃんと護ってくれるから!」

 

 麗日の想いが込められたミサンガを受け取り、緑谷は完全に覚悟を決める。

 

「麗日さん……! ありがとう……!」

 

 緑谷は受け取ったミサンガを大切に、内ポケットに仕舞った。

 

「……行こうかっちゃん、轟くん!!」

 

「…………あぁ」

 

「さッさとバケモン共を殺して帰るぞ」

 

「俺たちの方も頑張るぞ!」

 

「「「オォ──ッ!!」」」

 

 ついに動き出した1年A組、決死の作戦。

 

 化け物に襲われているB組C組の人達を救い出し、この学校の平和を取り戻すのだ。

 

 次回、雄英高校脱出編、デュエルスタンバイ! 

 

 

 

「あ、その前に1つ言い損ねた事があったんだけど……」

 

「「「え?」」」

 

「実は今日、変なメールが送られて……」

 

 その後、緑谷は全員から(特に爆豪から)怒られた。

 

 

 ■

 

 

 

【アメリカ・ワシントンD.C.・ホワイトハウス】

 

 

 ニューヨーク襲撃の知らせを受けた大統領は直ちに襲撃者の制圧命令を国防長官に伝達、そして国防長官から各統合軍司令官へと伝達され、部隊の編成が行われていた。軍隊に限らず、FBIもこの異常事態の調査及びテロリストの捕縛に乗り出している。

 情報によるとこの襲撃はニューヨークに限らず、カリフォルニア州やワシントン州、テキサス州にフロリダ州、コロラド州、アイオワ州、ミシガン州、マサチューセッツ州など、あらゆる場所で同時多発的に襲撃が行われている。

 

「何としてでも事態を収拾し、国民の安全を保証しなければならない」

 

 駐留国からの増援要請が相次いでいるが、今は要請を了承する余裕はない。自国で発生したテロを鎮圧するだけで手一杯なのだ。

 大統領は電話を取りながら、受け取った資料もとい情報を元に次々と命令を出していく。大統領としての責務を果たすべく、全ての国民の力になるべく、ありとあらゆる手段を用いて解決に乗り出していった。

 

「よう、大統領? 元気? マリッサお姉さんも、元気元気!」

 

 突然、執務室に響く声。明らかに関係者ではない。

 言葉からして日本人のようだが、そもそもここに侵入したということは、ここを警備しているはずの専用の特殊部隊が動いているはずだが。

 

「お前は誰だ、外の連中はどうした?」

 

「残念ながら特殊部隊の冒険書1、冒険書2、冒険書3は消えますた。文字通り、跡形もなくな」

 

「…………日本語は分からん」

 

「あぁ、日本語じゃ分からないかぁ。仕方ないなぁ……」

 

All your speciel farce are ded (お前の特別な茶番は全員ded)!」

 

「……?」

 

 伝わらなかった。

 

(めんどくさぇから直接おん前の脳内に話すかけてやろ)

 

(コイツ、脳内に直接ッ?!)

 

 突然、脳内に響き渡る言葉に大統領は驚く。これが侵入者の個性なのだろうか。この程度なら特殊部隊が易々と排除出来るが、恐らくコイツはその程度の者とは思えない。

 危険だ。

 

(自己紹介タイム、私の名はMARISA・KIRISAME、ニックネームはマリッサまたは異形魔理沙。好きな言葉は唯我独尊)

 

(お前はいったい何者だ)

 

(どーせ死ぬ連中だが教えとやろう。おまいらの"敵"だ)

 

敵、そう名乗る異形魔理沙という存在に対し、大統領はより警戒する。

 

(外の連中はどうした?)

 

(全員仲良く肉団子にしてやったぐァ?)

 

ケタケタと笑う魔女に、大統領はフッと笑みをこぼす。

 

(…………なるほど、お前が異常に強いことは理解した。だが、お前のような愚者ほど葬りやすい敵はいない)

 

 そう言うと大統領は専用のスマートフォンを取り出した。

 

「特殊部隊-G・Ω-に告ぐ、速やかにこの侵入者を排除せよ」

 

「「「了解、速やかに排除します」」」

 

 合図と共に執務室のあらゆる隠し扉から武装した特殊部隊が14名、そして入口方面から対ヴィラン特殊部隊の3人が現れた。

 

「大統領、今すぐこの下から逃げてください。ここを降りて真っ直ぐ進めば、中心街に出れます」

 

「すまない、健闘を祈る」

 

 大統領は部下の指示に従い、業務用の机の下に隠された扉から速やかに脱出。残されたのは特殊部隊14名と対ヴィラン特殊部隊3名、そして異形魔理沙のみ。

 

「いやぁ戦闘は他の人に任せて自分だけ退散とはあっぱれあっぱれ。うんうんっ! 賢いが無駄な行為だ褒めて遣わす」

 

「黙れ。貴様には射殺命令が下されている。大人しく両手を後ろに回して膝をつけ。抵抗すれば即座に(ry」

 

「うん、遅い」

 

 特殊部隊のリーダーと思わしき人物の眼前に、異形魔理沙が一瞬で距離を詰めると、リーダーの左腕に手をかける。

 そして文字通り、リーダーの左腕を豪快に引きちぎった。

 

「ぐぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「特殊部隊-G・Ω-副隊長の名の元に、戦闘員は対ヴィラン用個性破壊因子内蔵弾の使用および個性発動の許可を命ずる。対ヴィラン用個性破壊因子内蔵弾、装填用意」

 

「対ヴィラン用個性破壊因子内蔵弾、発射!!」

 

 13名の特殊部隊から放たれた銃弾が一斉に襲いかかり、発砲音と弾丸発射時の閃光で視界が濁る中、暗視スコープを装着した対ヴィラン特殊部隊が個性を発動。全身から小型ミサイル、徹甲榴弾、口径14.5mmの重機関銃、レーザー銃、散弾銃、アサルトライフル、手榴弾、多段式ロケットランチャーが展開され、一斉掃射。さらに別の男が『個性:無敵』を発動し、36秒の間無敵になる個性を利用し弾丸の雨の中に突入、対象を確実に殺害する。

 

 はずであった。

 

 爆煙の中から伸びる魔女の腕、『個性:無敵』をものともせずに男の首根っこを捕え、徐々に空中へと持ち上げる。

 

「バ、バカな……ッ?! 何故、効いていないッ!」

 

「お前らとは仕組みが違うからな、文字通り」

 

 徐々に右手の握力を増加させ、男の苦しみ悶える姿を見てニンマリと笑う異形魔理沙。

 何を考えているのか、彼女は人差し指と親指だけを真っ直ぐ伸ばし、人差し指の先端を男のこめかみに強く当てる。

 それはまるで拳銃を突き立てているかのような動作であった。

 

「ばんっ!」

 

 それは口で発せられた発砲音。これがただの子どものお遊びと同じような、ただの真似事なら良かった。

 しかし現実では男のこめかみが銃弾のようなもので撃ち抜かれ、着弾先の壁には弾丸が撃ち込まれたかのような亀裂だけが生まれ、弾丸そのものは存在しない。

 男は力なく倒れ、脳漿を垂らし血液を漏らし、そして静かに肉塊へと成り果てる。

 

「ばんっ! ばんっ! だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!」

 

 次々と発射される見えない弾丸、防弾チョッキを着ているにもかかわらず貫通する正体不明の攻撃に、為す術なく倒れていく特殊部隊-G・Ω-のメンバー。生き残ったのは副隊長と対ヴィラン特殊部隊の最後のメンバー「ジーニアス・オリビア」の2名のみ。

 

「どぅした? まだ準備運動にすら程遠いが?」

 

 コキッコキッと、指の骨と首の骨を鳴らす異形魔理沙に副隊長もオリビアも完全に心が折れてしまった。

 布陣は完璧だった、個性破壊因子内蔵弾も撃ち込み、無力化したところを一斉掃射で倒せるはずだった。

 その上、無敵の個性を持つ「ジョン・ジョバーナ」の力が発動しているにもかかわらず、あの存在はいとも簡単にあの男を、(オリビア)の彼氏を、呆気なく殺してしまった。

 

「時を止めるまでもないな、お前ら」

 

 コツコツと、徐々に近づいていく悪魔の足音。きっと殺されるに違いない、そう思い神に祈るジーニアス・オリビア。ミッションは失敗、ホワイトハウスは占拠され、為す術なく朽ちていく。これほど屈辱的なものは無い。殺すなら優しく殺してほしいと、そう願うオリビアであった。

 だが、オリビアの前に立ったのは異形魔理沙ではなく、副隊長であった。

 

「頼む、君の言うことならなんでも聞く。だからこの子を殺さないでやってくれ」

 

「副隊長?!」

 

 突然の身代わり宣言に動揺を隠せないオリビア。守る理由が見当たらず、ただ彼の背中を見つめることしか出来ない。

 

(ほぉ? なんでも? 今なんでもつった?)

 

 そして、"何でも"の言葉に反応し、嬉々とした表情を浮かべる異形魔理沙。

 

「あぁそうだ、何でもだ!」

 

副隊長の清々しい返事を聞きいれ、魔理沙のテンションは限界を突破した。

 

(んんんん! 何でも! 何でもねぇ! じゃあいつもの恒例のヤツ、殺ろっか!!)

 

 恒例のヤツ、に首を傾げる二人。だがそれを気にすることなく、異形魔理沙の話は続く。

 

(俺の願いはただ一つ、今から俺が出す二つの選択肢のうち、どちらかを選べ)

 

そうして異形魔理沙は人差し指を一本、突き立てる。

 

(ひとぉつ!! お前2人とその親戚家族を殺さない代わりにアメリカの国民全員を殺す!!!)

 

さらに中指を一本、突き立てる。

 

(ふたぁつ!! アメリカの国民を殺さない代わりにお前ら二人及び親戚家族諸共まとめて殺す!!)

 

(御託はいらねぇ、どちらか選べ)

 

 ニコニコと笑う異形魔理沙、その笑顔、言動、全てが悪魔じみていて、彼女の前で立ち上がることすら出来ない。

 アメリカ国民の命、自分や家族・親戚の命、どちらも大切で切り捨てることなど出来ない。

 しかしどちらかを切り捨てなければ、恐らくどちらも失うことになる。

 ならどちらを選ぶか、その答えは既に決まっている。

 

「「ひ、1つ目ッ!!」」

 

(つまり、国民を守る特殊部隊であろうおふてりさんが国民を見捨てるということでOK?)

 

 コクコクと、頷く二人。彼らの回答を聞き入れ、異形魔理沙はニヤリと笑う。

 

(フフッ、分かった。あぁ分かったそうしよっか!!)

 

 そう言い残し、スタスタと立ち去っていく異形魔理沙。もうあの理不尽の脅威に晒されない、それだけでどれほど安心であるか、経験したものにしか分からない。

 

「助かった……!」

 

 そう思い、抱き合う二人。もう国も世界もどうでもいい、自分たちさえ平穏に暮らせれば他人なんぞどうでもいい。それが二人の共通の考えであった。

 

「そう……ククッ! 皆殺し、()()()ねぇ……」

 

「我ながら面白いジョークだと思うよ?」

 

「「えっ?」」

 

 立ち去ったはずの魔女がいつの間にか二人の正面に存在し、拳銃のような形に模した両手をそれぞれ、額の中心に指先が触れるほどの至近距離で構えていた。

 

「ばんばんっ!」

 

 弾け、飛び散り、頬に滴る返り血を指で拭い、汚れた指先を妖艶に、下品に、一片も余すことなく舐めとると、異形魔理沙は嬉しそうに笑う。

 

「身を定して仲間を助ける哀れな子羊を見るのも面白が、希望から絶望へ堕とされた時の愚者の反応も、なかなかソソるねっ!」

 

 その後、物言わぬ肉塊へと化した愚者二人を見つめた後、魔理沙はそそくさと肉焼きセットを用意する。先程殺した愚者の肉塊に先端のとがった木の棒を尻穴から突き刺し、内蔵をグリグリと破壊しながら口まで貫通させる。その後、鉄板に火をかけ、じっくりと黄金色になるまで焼き上げる。

 

「あむ……」

 

 豪快に肉を引きちぎり喰らう魔理沙、味わうついでに女が持っていた個性の力も手に入れたが、今はどうでもいい。ここ最近食欲が急に湧いてきたので、丁度食べれる食材が向こうからやってきて(都合が)よかった。

 

「あー、やっぱエゴイストは焼くに限るな……」スンスン

 

「ヴォエ!! くっっっっさ!!!!」

 

 立ち込める悪臭に耐えきれず、異形魔理沙はホワイトハウスの外に出た。

 母上との約束を果たすため、そしてこの世界を破壊し、死に際の友人二人と約束したアメリカ国民全員皆殺しにするために、異形魔理沙はワシントンDCの中心街へ目指した。

 

 

 異形魔理沙の世界旅行 〜アメリカ編〜 [続]

 

 

 





長くなって申し訳ない。

次からは救出チーム編、救援要請チーム編、異形魔理沙編、???編、その他○○編と別々にやっていく予定(変更の可能性も有り)です。

残り78億6518万3293人



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一章:『異形襲撃編』
救出チーム編:その1



【あらすじ】

平和な世界に突如出現した化け物たち。世界各地で好き放題に暴れ、逃げ惑う人々を襲撃し、惨たらしく殺しまくる化け物たちに、人々は大パニック。
そしてここ雄英高校においても、校舎内に大量の化け物たちが押し寄せ、パニック状態に陥っていた。
しかし3年A組の生徒たちはこの状況を打開すべく、3チームに分かれて行動を開始。緑谷たち救出チームは、校舎内に潜む化け物たちを退治しながら生き残りの生徒を救出するべく、4階へと向かっていった。



緑谷出久のスペックまとめ
・前主人公兼幼なじみ『結依魔理沙』と過ごした結果、ワンフォーオールを50%まで引き出せるようになった。
・50%までなら力を引き出しても怪我しない。
・身体のどの部位でもワンフォーオールの力を引き出せる(補助器具無しで)。
・1日5分限定の強化フォームがある。
・雄英高校1年A組最強格の1人。素の殴り合いなら轟焦凍や爆豪勝己に普通に勝てる、はず。
・師匠が好き(親愛的な意味で)




 

 

 1年A組のクラスメイト達は救出チーム、救援要請チームに別れ、それぞれの目的のために行動を開始していく。

 救出チームである緑谷、爆豪、轟は4階に上がるべく、氷で塞いでいた天井を加減しながら炎で溶かし、再び1年A組の教室へと戻ったのであった。

 

「……上手く戻れた?」

 

「……最初に窓から侵入してきた連中もまだ凍っているな」

 

 周囲の様子に警戒しつつ、辺りを見回す3人。十数分前の光景と変わらないが、いつもの日常の様子からはあまりに乖離し過ぎていて廃校舎の教室にしか見えない。

 壁も床も天井も傷に塗れ、ガラスは砕け散り、そして流れる血液の先を見れば、その場所には蛙吹梅雨と砂藤力道の遺体が無惨に放置されている。

 

「…………蛙吹さん……!!」

 

 目を瞑り、胸に手を当て、大切な友人を失った悲しみと己の力不足に対する不甲斐なさを、緑谷は噛み締める。

 友達になって早3ヶ月、こんなに早い別れがこの世にあっただろうか。一期一会などという言葉が存在するが、いくら何でも残酷過ぎやしないか。

 話したいことはたくさんあった、しかしもう二度と彼女と言葉を交わすことは出来ない。それが人間の儚い命の宿命、運命に隷属し生と死に囚われた人間の定め。

 

「……」

 

 轟も、緑谷と同様に鬱屈した精神に犯されていた。轟が他のクラスメイトと関係性を持つようになったのは雄英高校体育祭以降であり、付き合いは短い。

 しかし、友達や仲間において時間の長さなど関係ない。付き合いが短いから情も少ないなど、そのようなことは決してない。むしろ轟焦凍は幼少期の環境も相まってクラスメイト全員に親しみを感じている。

 そのクラスメイトの内二人が理不尽に殺され、みんなの学び舎である雄英高校を躊躇なく破壊し、命の尊厳を踏みにじられて、轟焦凍は許せなかった。

 フツフツと半身の炎が煮え滾り、怒りが復讐を後押する。

 

「廊下も……いない?」

 

「あの針野郎、どっか行きやがったな……」

 

「……B組はすぐ隣だ、最速で移動するぞ」

 

 ドゴォン!! 

 

「「ッ!?」」

 

 突如A組の壁が一部崩壊し、槍のようなものが黒板に突き刺さる。

 槍の先からは血の雫が滴り、脳天を貫いている。

 

「拳藤さん!?」

 

 血まみれの拳藤一佳が壁際で横たわっていた。

 

「……A組、……早く」

 

「みんなを……」

 

『個性:大拳』で巨大化した右手が徐々に縮小し、中からB組の生徒と思われる人達が3人ほどこぼれ落ちた。

 すかさず手を伸ばす緑谷、しかしその願いを断ち切るように無数の針が彼女たち4人の全身を貫く。

 息を吹き返す間もなく、4人は静かに絶命した。

 

「うっ、うわァァァァァァァッ!!!!」

 

 緑谷の脳裏にフラッシュバックした記憶の断片、蛙吹梅雨や砂藤力道の死に様が彼女たち4人と重なり、全てを理解する。

 

 ヤツが来ると。

 

 砕かれたコンクリートの壁は塵粉を撒き散らしながらボロボロと崩れ、壁の向こう側、すなわちB組の教室から人影が現れる。

 

 カチカチカチカチカチ……

 

 巫女服を着た謎の人物、両手から生えるように存在する無数の針、陰陽太極図を顔に埋め込んだかのような人間離れした姿、異形霊夢が現れた。

 

「…………プロヒーローが在中する雄英高校を下見どころか襲撃するヤツ、ヴィランでもいないぞ」

 

 カチカチカチカチカチ……

 

「お前らの目的は何だ」

 

 カチカチカチカチカチ…………

 

「半分野郎、無駄だ。コイツらはヴィランじゃねぇ、()()()()()()()()

 

「最初の放送のヤツも、窓から侵入してきたヤツらもそうだが、コイツらはヒーローの地位を下げたいだとか、悪名を上げたいだとか金目的だとかそういうチャチなもんじゃねえ」

 

「血に飢えた殺人鬼、モノホンのキチガイだ……!」

 

 小爆発を繰り返す両手を構え、戦闘態勢に移る爆豪。

 それに合わせ、緑谷も轟も同様に整える。

 

 カチカチカチカチカチ…………

 

 陰と陽の境界に生えた無数のギザ歯が何度も打ちつけられ、不気味な音を鳴らし続けている。

 それは獲物に対する威嚇なのか、己の危険性を誇示するものなのか、それとも彼女なりの挨拶なのかは定かではない。

 しかし、敵対的なのは明らかだ。

 

「……ッ! 伏せろ!」

 

 轟の指示に反射的に従う緑谷と爆豪。背後の壁に突き刺さる無数の針の音を感じ取り、会話での解決を諦めざるを得なくなった緑谷は即座に行動を起こす。

 姿勢を下げたまま敵の懐へ真っ先に詰め、拳に力を溜める。

 

「デトロイトスマッシュ!!」

 

 繰り出される緑谷の右腕が異形霊夢の顔面を捉えた、はずだった。

 しかし顔面スレスレで回避され、一気に胴がガラ空きとなる。

 

徹甲榴弾(A・P・ショット)!!」

 

 爆豪の右手から放たれた十数発の光弾が異形霊夢に目がけて一斉に襲いかかる。

 ヒーローコスチュームを着ていないため精度は不安定かつ持続時間も少ないが、威力は相変わらず高く、1発で成人男性を昏倒させるほどのパワーを秘めている光弾が十数発、倒れないにしろそこそこ効くはずと踏んだ爆豪であった。

 

 だがあの針の化け物はあろう事か数十発の光弾を全て避け、狙いを緑谷から爆豪へと変える。

 とっさに力を込め、再び徹甲榴弾(A・P・ショット)を放とうとする爆豪、その直後に強烈な激痛が襲う。

 

「ッ!! くッ、そ野郎!」

 

 爆豪の右手に突き刺さる三本の針、異形霊夢は爆豪の攻撃を容易く封じ込めた。

 驚異的な回避能力、相手の攻撃に対して瞬時に反応し攻撃そのものを封じる反応速度、当たらない上にアクションすら起こさせない相手に、爆豪は歯軋りする他ない。

 しかし敵もそれだけで終わらすほど甘くなく、異形霊夢はさらに追加の針を背中から数十本取り出し、一気に投げつける。

 

「かっちゃん!!」

 

 緑谷の叫び声が響き渡ると同時に、氷の壁が爆豪の目の前に現れる。針は全て氷の壁によって防がれた。

 

「……大丈夫か」

 

「テメェに心配されるほど落ちぶれてねぇ」

 

「…………そうか」

 

 爆豪の反応に気にすることなく、轟は氷の壁に触れる。その直後、氷の壁は無数の鋭い突起物へと変化し、異形霊夢の身体を串刺しにするべく襲いかかる。

 教室を埋め尽くすほどの攻撃、逃げ場は一切なく、避けられるはずがない。

 そのはずなのだが、嫌な予感がした。背後から流れ込む尋常ではないほどの殺意が、神経を震わせた。

 

 後ろを振り向いた。やはりいた。

 

「ッッらァ!! ッ!」

 

 咄嗟の反撃も虚しく、爆豪と轟の全身に突き刺さる無数の針。動揺と激痛の狭間、瞳を一瞬閉じたのは間違いだった。

 追撃とでもいわんばかりの回し蹴りが二人の脳天に直撃し、張られた氷もろとも吹き飛ばす。

 二人の身体は教室の壁すらも貫通し、瓦礫と共に地に落ちる。

 

「カチカチカチカチカチ……」

 

 異形霊夢は首の骨を鳴らしながら、無愛想な表情でゆっくりと近づいてくる。

 

 針の化け物、強過ぎる。校舎内である以上、雄英体育祭ほどの全力を出せないとはいえ、あの二人をここまで圧倒するほどの力があるとは予想出来なかった。

 出し惜しみしている余裕はない、緑谷は切り札を切る事を決断した。

 

「マッスルフォーム!!」

 

 1日5分限定の強化フォーム、その名の通り緑谷の肉体がオールマイトのごとく膨張し、身体機能が著しく向上する。

 制服が弾け飛んだが、パンツが飛んでいないからセーフだ。

 緑谷は1回のジャンプで距離を詰めると、普段の数倍早い速度で拳を繰り出す。

 

「100%デトロイトスマッシュ!!」

 

 さらに力の籠った拳が遂に異形霊夢の顔面を捉え、地面に叩きつけられる。

 

「カロライナスマッシュ!!」

 

「セントルイススマッシュ!!」

 

「ワイオミングスマッシュ!!」

 

 怒涛の連撃、今がチャンスといわんばかりに次々と技を叩き込む緑谷。

 流石に教室の床も耐えられず、緑谷と異形霊夢は3階、2階、1階へと落下していき、異形霊夢の身体は完全に動きを止める。

 

「はァっ、はァっ、はァっ……」

 

 必死に息を整えながら、緑谷はマッスルフォームを解除する。

 かなり全力を出した、やりすぎと言われても仕方の無いくらいに出したが、こうする他に手段がなかった。

 緑谷はその場から一旦離れ、天井を見上げる。

 清々しいほどに開いた大穴が粉塵を撒き散らしながら、A組の天井まで繋がっている。

 

「……絶対怒られる」

 

 この状況で脳天気な考えをする自分に呆れつつも、緑谷はとりあえずA組に戻るべく中央階段へと向かおうとする。

 

「カチカチカチカチカチ……」

 

 後方から聞こえる不気味な音。察しはついたが信じたくない。

 恐る恐る振り向く緑谷。

 

「嘘……だろ?」

 

「カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!」

 

 既に上半身を起き上がらせ、再び立ち上がる針の化け物。オールマイトに勝らずとも劣らない威力で放った攻撃を受けてなお、あの化け物は立ち上がった。

 おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

 オールマイトの力が通用しない敵、そんなヤツが仮にもし存在するならば、それはつまりこの世のどんなヒーローを連れてきたとしても勝てないという最悪な結論が導き出される。

 師匠を除いて。

 

「……逃げよう」

 

 力の差を理解した緑谷は撤退を考える。だが他のメンバーに迷惑はかけられない。こんな化け物引き連れまわしたら何をしでかすか分かったもんじゃない。

 

「相澤先生……!」

 

 パッと思いついたのがA組の担当教師相澤先生、またの名を抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。 先生の個性、『目で見た相手の個性を消す個性』ならどんな敵でも対応出来るに違いない。

 だが、今日に限って相澤先生は不在だ。何処にいるのか見当がつかない。少なくとも、学校にはいないだろう。

 

「……師匠」

 

 ぽつりと、悲しげにつぶやく緑谷出久。

 

 最初は気づかなかったが、あのメールの差出人は師匠からではなく結依魔理奈さんからだった。

 おそらく昨日、師匠は魔理奈さんを止めることには成功したのだろう。だがその直後に何かがあって大規模な争いになり、オールマイトが駆けつけたが全員為す術なくやられてしまった。

 そんな事があるわけないと思いたいが、オールマイトや師匠が駆けつけてこないこの現状が何よりの証拠。

 既に希望は絶たれていた事実を、今ここで再確認する。

 

 湧き上がる不安と焦燥が緑谷を硬直させ、息を荒くする。何をやっても無駄なんじゃないかと、そんな諦めに近い感情が心を満たす。

 

(……怯えるな緑谷出久! ここで死んだら仲間はどうなる! 自分一人で楽になる気か!?)

 

 己の誤った判断を正し、目の前の敵を見据える。

 

(一旦逃げてこの化け物を引き剥がすのが得策だが、校内で引き剥がしても意味が無い。幸い玄関が近いからそこから外に出た方がマシかもしれない)

 

 思考を巡らし、方針を定めた緑谷。だが針の化け物も既に立ち上がり、背中から生えた無数の針に手をかけている。

 

「……ッ! こっちに来やがれ、この野郎!!」

 

 師匠やオールマイトに次いで尊敬している人物の口調で相手を挑発し、囮になる緑谷。

 言葉が通じたのか通じてないのか、異形霊夢は再び無数の針を広範囲に投げ、緑谷の行動を封じようとする。

 だが姿勢を下げて走る緑谷には当たらず、真っ先に玄関の外へと向かっていく。

 

(かっちゃん、轟くん、ごめん! 後で行くから!)

 

 一人だけ雄英高校から出ていく罪悪感を感じながら、緑谷は異形霊夢を引き付けつつ逃げる。ただひたすらに、この危険分子さえ遠ざければ恐らく大丈夫だろうと淡い期待を寄せながら、走って、走って、遠くまで、己の脚が千切れようとも。

 

 だが外に出た瞬間、その期待も儚く崩れ去った。

 

「……は?」

 

 飛び散る血飛沫、絶えない絶叫に悲鳴、転がる生首、雑に切断された手足。

 目測30体以上の化け物(異形妖精)が逃げる生徒を片っ端から皆殺しにしていく光景は、少年の淡い期待をへし折るには十分過ぎた。

 

 持ち前の個性で必死に抵抗していた生徒は複数の異形妖精に袋叩きにされ、腕と脚をもがれた後、心臓に大きな杭を刺され死んでいく。

 恐怖で逃げ惑う女子生徒は腹を裂かれ、不気味な程に笑顔な2体の化け物が交互にハンマーを振り下ろし、原型を残すことなくミンチにしていく。

 綱引きの要領で四肢をもがれ、生きたまま目玉をくり抜かれ、服を脱がされ首を絞められ×××され──

 

「……」

 

 絶句する他なかった。自分だけ世界から置いてかれたのでは無いかと、そう錯覚するには十分なほど非現実的だった。

 

「助け」

 

 そう叫ぼうとしたが、言葉が詰まってしまった。

 もう一度叫ぼうとしたが、吐き出たのは言葉ではなく真っ赤な血反吐。

 視線を落とした先にあるのは、血の滴る三本の黒い針。

 

「カチカチカチカチカチ!」

 

「───キッ!」

 

 咄嗟に繰り出した緑谷の肘鉄が異形霊夢の脇腹に直撃し、後退させる緑谷。

 しかし背中から胸まで貫通した三本の針が痛すぎる。どの内蔵がやられたかは分からないが呼吸する度に激痛が走る以上、相当酷くやられたことだけは分かる。

 

(集……中!)

 

 一瞬だけマッスルフォームになることで筋肉を膨張させ、その勢いで突き刺さった針を排出する。死ぬほど痛いがあのままでは逃げることすらままならない。

 

「針の化け物、強力な飛び道具、異常な耐久性、高い戦闘力に圧倒的な回避能力、……これ以上の持久戦は危険だ。けど──」

 

 今の自分では倒せない、そう確信した直後、学校側から爆発音が鳴り響いた。それも1回どころか何回も鳴り響き、そしてその音は徐々にこちらへと近づき……

 

「おいクソデク! 今すぐ目ェ瞑れ!」

 

「───かっ」

 

 言葉に反応し目を瞑りつつも、助けに来てくれた幼なじみの名を叫ぼうとする。

 それと同時に迫り来る敵の気配に反応し、異形霊夢は振り向いた。

 ──が、その判断が間違っていたことに異形霊夢はすぐさま気づいた。

 

閃光弾(スタングレネード)ォ!!」

 

 発せられる眩い閃光が異形霊夢の眼を焼き、そして周辺にいた無数の異形妖精や他の生徒も同様に目を眩ませる。

 

「轟ィ!!」

 

「任せろ」

 

 4階の窓から飛び降り、轟焦凍は異形霊夢の真下へと落下する。

 

絶対零度(アブソリュート・ゼロ)

 

 本気を出した轟の左半身から放たれる-273℃の冷気を操作し、異形霊夢の周りに巨大な氷のドームを形成、完全に封じ込めるために外側から徐々に内側へと凍らしていく。

 さらに動かなくなった異形妖精もまとめて氷漬けにし、絶望の波と共に完全に停止する。

 

 轟が着地した時には、全ての敵が氷漬けになっていた。

 

「……今日はよく左側を使うな」

 

 冷えて凍りついた左腕を右半身の個性で温め、戻しながらも轟はいつものムードを出していた。

 

「大丈夫か、緑谷」

 

「ありがとう轟くん、助かった」

 

「礼には及ばねェ、緑谷があの化け物を外に連れ出していなかったらここまで上手くいかなかった」

 

 ニコニコと笑う緑谷に爆豪は「ケッ!」と悪態をつきながら、ゆっくり校舎の方へと戻っていく。

 

「かっちゃんもありがとう!」

 

 緑谷の言葉に足を止めるも、再び歩き出す。

 

「……さっさと帰るぞクソナード、こんなクソ寒ィ所に何時までもいてたまるか」

 

 そう告げて校舎へ戻る爆豪の背中を、二人は追いかけていく。

 

 

 






東方異形郷、伏線と謎が多すぎて方向性決めるのに凄い時間かかった。

この作品に関するコメントや東方異形郷に関するコメント(あると理解度が上がる気がする)、質問、指摘、いろいろお待ちしてます。

残り 77億6821万4758人



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救出チーム編:その2 ※閲覧注意



【爆豪勝己のスペック】

・『個性:爆破』による高火力&高機動力。
・爆発を圧縮して光を強め視界を潰す『スタングレネード』、爆風を利用して高速移動する『爆速ターボ』など、かなり応用が利く。
・体育祭編で異常に強くなり、本気を出せば核弾頭並のパワーを出せるが、危険すぎるのであまりやらない。
・性格は凶暴だが頭は良い。
・デクと結依魔理沙と半分野郎が嫌い、だけど強さは認めてる。
・オールマイトが好き。

※今回はホラー描写がいつもより強めです。なので精神的に辛くなりやすい夜中での閲覧はご注意ください。

※あとGoogleの背景設定をダークカラーにしてくださるとそこそこ雰囲気が出るのでオススメです。




 

 

 異形霊夢および異形妖精複数の暴動を止めることに成功した緑谷、爆豪、轟の3人は再び校舎内へ帰還する。

 

「この世界、本当にどうなっちゃったのかな……」

 

 いつもの現実から乖離した光景ばかりが続き、緑谷は心身ともに滅入っていた。

 

「どうしたもこうしたもねェ、全員ぶっ殺せばいい話だろうが」

 

「……殺したら過剰防衛で逮捕されるぞ」

 

「逮捕だァ? ハッ、警察が生きてたらな!」

 

(かっちゃん!!)

 

 毎度毎度ヒーローとしてあるまじき発言をする爆豪に緑谷は内心ヒヤヒヤさせられつつも、爆豪がいつも通りの粗暴で豪胆な態度を貫けていることに緑谷は安心する。

 

「……結局、あの化け物達がどういった目的でこんなことしてるのか分かんねぇままだな」

 

「───」

 

 言われてみれば、と轟の発言によって自身が失念していた部分を認識し、思考を巡らす緑谷。

 今回現れた化け物達の特徴、まず見た目がおかしい。大半の敵が人の形を保っていない上にほぼ全員が何かしらの殺傷武器を持っている。笑えない。

 またヤツらは"個性"を使った攻撃というより、殺傷武器による猟奇的な殺人を行う。あきらかに狂人と呼べる者達が集団で生徒達を襲い、パニックホラー映画さながらの出来事が現実で起こっている。

 そして最後に、あきらかに他の化け物とは一線を画す存在がいること。今のところあの一体だけだが、もし他にもいたら状況はかなり厳しくなる。

 

「……いや、流石にあのレベルの敵は出ないよ。きっと」

 

 緑谷はあからさまなフラグを無意識に立てた。

 

 

 ■

 

 

 廊下を渡り、階段を上る3人。特に怪しい所も無ければ、襲撃も一切ない。しいていえば、静か過ぎるというところだろうか。

 ふと、緑谷が階段の壁に貼られた1枚の紙に目をつける。その紙は傍から見れば何の変哲もない広報紙にしか見えないはずだが、異様なまでの存在感を放っていた。

 

『モリヤ狂に入信しましょう』

 

「……モリヤ?」

 

 またもや怪しい何かを見つけてしまった緑谷。入信というからには何かしらの宗教なのだろうが、生憎モリヤなどという宗教は聞いたことがない。

 ただ、その『モリヤ』というワードに謎の不安を感じた緑谷は爆豪と轟にこの事を話すべく振り向いた。

 

「ねぇかっちゃん、轟くん、なんか怪しい紙が貼られ……て?」

 

 振り向いた先には、ついさっきまで一緒に階段を上っていたはずの爆豪と轟の姿は無かった。

 

「かっちゃん? 轟くん?」

 

 2人の名を叫んでも、返事は返ってこない。

 

「消えた?」

 

 音もなく、静かに消えた2人の行方。連れ去るにしてはあまりに静かな上に、今までの道中で怪しい人物は誰一人としていなかった。

 個性による犯行というより、怪奇現象とでも言うべきこの現象に、緑谷は答えを出すことが出来なかった。

 

それはまるで奇怪な跡のような

 

「……先に進もう。大丈夫、かっちゃんと轟くんは強いから、絶対に大丈夫」

 

 止むを得ず先に進むことにした緑谷。2人の安全を祈り、2階から3階に続く階段へ足を踏み入れる。

 

 一段ずつ上っていくごとに増えていく不安と焦燥、心なしか階段の壁が少し黒みがかって古ぼけて見える。

 階段の中腹に着いた。ここの壁の一部は縦長の窓ガラスになっており、外の景色がよく見える。

 空の色は赤黒く染まり、太陽は沈みかけ、闇が街を容赦なく包み込んでいく。

 

「……こんなに時間、経っていただろうか?」

 

それはまるで奇怪な跡のような

 

 ふと、目線を逸らした先に、またあの広報紙が貼られていることに気づいた。今度は1枚ではなく、2枚だ。

 

『モリヤ狂に入信しましょう』

 

『モリヤ狂に入信しましょう』

 

 血で書きなぐったような汚い字で書かれた紙が目に映る。見ているだけで気が狂いそうで、心臓が内側から引き裂かれそうで、喉の辺りから謎の異物感が

 

「オッおヴぇえエぇえッ!!」

 

 吐き気が限界まで達し、緑谷は吐瀉物を地面にぶちまける。止まらない、黒い物体が内から外へと吐き出され、むせかえる異臭に苛まれながらも緑谷は全てを吐ききった。

 

 吐き出したのは黒い髪の毛だった。長さ的にこの髪の毛は女性のものであり、吐瀉物として出てくるものとしては明らかに不自然なのは明白でありそれはまるで奇怪な跡のような不安も焦燥も悲哀も不信も限界を超え全てを理解しこの世は混沌と混沌の間で本当の感情はコントロール不能のようだ。

 

 流石に気味が悪く、緑谷はその場から離れるべくさらに階段を上る。

 3階から4階へ続く階段に足を踏み入れ、景色に目もくれずひたすらに階段を上り続けた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっッ!」

 

 足を動かし続け、一段飛ばしで駆け上がっていく緑谷。しかし一向にたどり着かない。階段を上っても上っても、景色が全く変わらない。

 体力が切れてしまった緑谷は一旦立ち止まり、周囲の状況を把握するべく周りを見渡したのだが……

 

「───何、これ?」

 

 階段に貼られたモリヤ狂勧誘の紙、その数は1枚どころか数十枚、数百枚、数千枚ものの数の紙が壁にびっちりと貼り付けられていた。

 

『モリヤ狂に入信しましょう』

 

ドうして無視をすルの? 

 

『モリヤ狂の素晴らしい教えの下で鬱屈な人生を変えよう!』

 

アナタも他の人間と同ジ

 

『神奈子様と諏訪子様がアナタに憑いています!』

 

カエルがアナタを見ているよ

 

『それはまるで怪なのような』

 

 

校舎全体が彩度の高い紅に染まり、無数の足音が上からも下からも迫っている。壁に貼り付けられていたはずの広報紙は全てカエルのマークに置き換えられ、窓ガラスにはカエルの被り物をした亜人が複数人張り付いている。

 

それはまるで不思議の国のアリスのようなファンシーな世界、とは言い難い不気味で異様な光景が緑谷の周囲を囲んでいる。

 

 

 

いつのまにか、緑谷の周囲はカエルの亜人によって囲まれていた。ケタケタと笑いながら近づいてくる彼らに対し、緑谷は何も出来ずに角へと追い詰められる。

 

「ぁ……」

 

ケタケタケタケタケタケタ……

 

彼らのうちの一人が、内ポケットからカッターナイフを取り出した。頭部がカエルのせいで感情が微塵も読めないが、その先の行動に関しては瞬時に察することが出来た。

 

「やめて……」

 

刃物をもったカエルが緑谷のすぐ目の前まで近づき、キリキリと音を立てながらカッターナイフの刃をスライドさせる。

意味もなく笑い続ける亜人達、何を考えているのかも分からなければ、意思疎通が出来る見込みもなく、分かっていることはたった一つ。

 

ぼ く を 殺 す 気 だ

 

「嫌だ……」

 

目に涙を浮かべながら、階段の方へと逃げようとする緑谷出久。底知れない恐怖に心を折られ、必死にこの地獄から抜け出そうと藻掻くが亜人はそれを許さず、逃げ出す緑谷に対し集団で蹴り始める。 完全に動かなくなるまで打ちのめされ、倒れた緑谷を亜人達は仰向けに寝かせ、四肢を複数人で完全に固定させる。逃げられなくなった緑谷に対し、刃物を持った亜人は緑谷の腹部の上に乗ると、ゆっくりと刃物の切っ先を眼球に近づける。

 

鋭利なカッターナイフの切っ先を緑谷の眼球の外側を這うように刃を眼球と骨の隙間にねじ込み、視神経を力強く切り裂いて、解体していく。

 

声にならない絶叫が校舎内に響き渡り、激通に耐えきれず暴れようとする緑谷だが、手足を完全に抑えられ何も出来ない。眼があったはずの場所に生暖かい液体に浸され、視界は完全に閉ざされ、何かが砕ける音と、それと同時に全身に走る激痛が、彼を苦しめ続けた。

 

 

死ぬまで

 

 

ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「…………え?」

 

 目が覚めると、緑谷は教室の中にいた。外は夕方、机の上には鞄が置いており、自分の涎らしきものが鞄の横についている。

 どうやら、いつのまにか寝ていたらしい。

 

「今までの全部、夢?」

 

 緑谷は先程の悪夢での出来事を思い出し、吐きそうになりかける。あまりに現実味のありすぎる悪夢だったせいで、心に負ったダメージが大きすぎたようだ。かなり酷い夢だったが、夢でよかった。

 

「…………それだけじゃない。蛙水さんも、砂糖くんもいる」

 

 緑谷はさっと教室全体を見渡し、クラス全員が机に座っていることを把握した。死んだはずの蛙水さんと砂糖くんまで含めた、全員だ。それだけでなく、いないはずの相澤先生が帰りのHRで話をしているのが気にかかった。

 

(つまり最初から夢だった?)

 

 師匠からのメールを受け取って、ニュースでオールマイトが死んだことを知って、学校に行ってその後化け物達が侵入して、生徒たちに危害を加えていたあの一連の話全てが夢だったとでも言うのだろうか。

 もしそうであるならば、緑谷にとって都合がいいことこの上ない。この世界においてオールマイトは死んでおらず、師匠も生きているのだから。

 

「────はい、ということで今日のHRは以上。解散…………と言いたいところだが、お前らに一つ話がある」

 

 相澤先生の意味深な発言にクラス全員がソワソワし始め、好奇心に満ちた目を向け始める。

 いったい何の話だろう、と緑谷も他のクラスメイトと同様に気になっていた。しかしその話の内容は緑谷の予想よりも遥かに重く、重大な報告であった。

 

「…………言いたくなかったんだが、このクラス内にヴィラン連合と繋がりを持った"内通者"がいることがつい先日判明した」

 

 突如明かされた"内通者"の存在、USJ襲撃事件のことを省みるとその存在があってもおかしくなかったが、まさか本当に内通者が雄英高校内に、それも()()()()()の中にいるとは到底信じられず、緑谷は心底驚く。

 

 仲間を信じたい気持ちと、裏切り者が誰なのか明確にしたい気持ちがせめぎ合い、葛藤が押し寄せてきた。

 

 共に困難を乗り越えてきた仲間を疑いたくないと思うのは当然だが、社会に生き、情報を大事にする人間にとって裏切り者が誰なのか知りたくなってしまうのも当然の心理。

 

 あまり考えたくはないが、仮にこのクラスに本当に内通者がいるとして、一番怪しいのは誰であろうか。USJ襲撃事件で

 

 と、お決まりのロングロングシンキングを繰り広げる緑谷だったが、その最中()()()()に気づいた。

 

(─────静か過ぎる?)

 

 考えることに夢中で気が付かなかったが、周りの反応がやけに静かだった。普通、「内通者がいる」と言われれば何かしらの反応くらいするはずだが、話し声すら聞こえない。そんなことがありえるのか? 

 誰か一人くらい話してないかと、周囲を見渡す緑谷。もしかして変に人を疑ってたのは自分だけで、他のみんなは疑ってすらいなかったのではないかと、少々罪悪感を感じながら様子を伺う。

 

 だがその予想は、別な形で裏切られることとなる。

 

(は…………え?)

 

 周囲を見渡した瞬間、目線があった。それも一人ではなくクラスメイト全員とだ。

 誰一人として緑谷に目線を向けない者はおらず、ただひたすら無表情のまま、ずっとこちらに目線を向け続けている。

 

 目線を向ける理由は何なのか、その答えを知りたかったが、答えを聞き出すことは緑谷には出来ない。

 

 答えは既に知っていた、だが緑谷はそれを認められなかった。

 

「────何で、僕を見るんだ……」

 

「違う…………僕じゃない、僕じゃない!」

 

 否定する緑谷に対し、相澤先生は普段のやる気の無い口調で話を続ける。

 

「ハイ、皆さんご存知の通り、"内通者"は"緑谷出久君"です。既に警察を手配しているので、皆さんは廊下にて待機してください。後は先生達が対処します」

 

 相澤先生の指示と他のクラスから駆けつけた先生方の誘導に従い、続々と教室を出る1年A組の仲間たち。

 異様な光景だが、とにかく誤解を解きたかった緑谷は必死に声をなげかけた。

 

「……待ってよみんな、ねぇ! 何で、置いてくの……?」

 

「僕も連れt」

 

 1歩踏み出しかけた緑谷だったが、地面から無数の鋭い氷の棘が生え、緑谷の行く手を阻む。1歩踏み出していたら確実に刺さっていたと思うほど、その氷には殺意が込められていた。

 

「轟くん!!」

 

「…………お前と話すことは何もねぇ、消えろ」

 

 あの優しい轟くんが言うはずのないセリフを吐いたことに、緑谷は衝撃を受けた。

 

「かっ、上鳴くん!」

 

「───────じゃあな。二度と俺たちの前に現れんなよ」

 

「飯田くん! 切島くん!」

 

「キミにはガッカリだよ緑谷くん。友達だと思っていた自分が恥ずかしい限りだよ」

 

「ま、裏切ったんだから当然だよな」

 

「違う! 僕は裏切ってなんか……!!」

 

 どんなに声をかけても、返ってくるのは冷たい反応ばかり。みんなならきっと分かってくれるはずだと、心のどこかでそう思っていたが、現実は甘くなかった。

 

「あ、蛙水さん! …………そうだ、USJ襲撃事件の時! 僕たち一緒にいたよね!! そうだよね!! 僕が犯人じゃないってことぐらい分かるよね?! だって一緒に」

 

「緑谷ちゃん、私見ちゃったのよ。アナタがあの後路地裏で取引してるところを……」

 

「は? そんなこと……ッ!」

 

 あるわけ…………と言いかけた瞬間、脳内で突如フラッシュバックが起き、当時の記憶が鮮明に思い出された。

 薄暗いコンクリートの壁に囲まれた場所で、執事服を身にまとった黒いモヤの人間、ヴィラン連合の"黒霧"と取引した記憶を。

 

(違う!! こんなことした覚えはない!!!)

 

「いい加減しらばっくれてんじゃねぇぞクソナード!! 」

 

「かっちゃん!?!」

 

「テメェがヴィランだってことはハナから割れてる話だ。…………昔からキナくせぇ野郎だったが、ここまでとはな」

 

「何で…………どうして?!」

 

「デクくん」

 

 混乱し続ける緑谷の思考が一瞬ピタリと停止し、名前を呼ぶ人の方向へ目を向ける。その声の正体は麗日お茶子であった。

 

「う、麗日さん! 麗日さんは分かってくれるよね?! 僕はヴィランなんかじゃ……」

 

「……デクくん」

 

 弁明を謀る緑谷に対し麗日はとても静かに、何か思い詰めた表情で緑谷を見つめていた。その様子に緑谷は不安と焦燥、そして僅かな希望を抱えながら、長い沈黙の時間をひたすら耐えていた。

 

「自首しよ?」

 

「───────え?」

 

 思いもよらぬセリフだった。いや、期待していた言葉と全く逆の言葉を投げかけられ、思考が再びフリーズした。

 

「デクくん、悪いことをしたらちゃんと然るべき場所で罰を受けるべきだよ。これはデクくんの責任、仕方がないよね?」

 

「…………ちっ、違う! そうじゃない!!」

 

「何が?」

 

「何がって、そもそも僕は何も!!」

 

「ハイお喋りはここまで、時間の無駄だ」

 

 緑谷が力を振り絞り、言葉をなげかけようとした瞬間、相澤先生の操縛布(マフラー)が全身に絡みつき、身動きどころか言葉さえ出せなくなってしまった。

 

「────ッ!? ッ!!」

 

「さて、後は頼みましたよ」

 

()()()()()()さん」

 

「ッ!?」

 

 ひしめく生徒たちの中を掻き分けるように進み、ドアを開けて入ってきたのは、憧れのヒーロー『オールマイト』の姿であった。

 

「私が来た……!!」

 

 しかしその様子は弟子に会いに来たと言うにはあまりに殺気が強く、迫力もいつもの何十倍も強く発していた。

 

(……オールマイト!)

 

 多くの人々を救ってきた日本でNo.1のヒーロー、幼少期からの憧れで高校生になってからは彼の後継者として、学びを乞うべき師として、慕ってきたヒーローが目の前にいる。

 目の前にいるのに、この胸のざわつきは一体何なのだろう。何か、大事なものが今、目の前で壊されようとしているような、この絶え間ない恐怖はいったいどこから湧いているのか。緑谷は分からなかった。

 

「─────緑谷少年」

 

 オールマイトの言葉にドキッとする緑谷、何とも言えない緊張が背筋を伝い、ただ硬直したままオールマイトを見つめることしか出来ない。

 

(言わせてはいけない)

 

 そう思い込んだ緑谷だったが、身動きが一切とれない以上どうしようもなく、オールマイトの言葉の続きを待つことしか出来ない。

 

「キミを…………」

 

 

 

「キミを後継者にしたのは間違いだったよ」

 

 

 

(…………ッ!!)

 

 

「やはりワンフォーオールは、ミリオ君に継がせるべきだった……」

 

 

(…………ッッッッッッ!!!)

 

 

「では、緑谷少年。さようなら」

 

 

 師から告げられる別れの言葉、それは人を惜しむようなものでも、人を憎むようなものでもなかった。

 

 最初から他人だったかのような、冷えきった言葉が緑谷の心に突き刺さった。

 

「…………み"ん"な"、と"うして"?」

 

 緑谷は顔を左右に振り、何とか口元だけ拘束から逃れることに成功する。

 それと同時に、降り積もった思いが緑谷の中で弾けた。

 

 

「と"うして"僕を置いて"こ"う"と"する"の"?」

 

 

 緑谷の泣き言に、誰も耳を貸さない。

 

 

「と"う"し"て"僕を"そ"ん"な"目て"見る"の"?」

 

 

 緑谷の必死な気持ちに、誰も見向きはしない。

 

 

「と"う"し"て"ェ"ッ"!!」

 

 

United states of(ユナイテッド・ステイツ・オブ)…………!」

 

 

 

Smash(スマッシュ)!!」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 ━━━━━━━━━━━━

 

 ━━━━━━━━━

 

 

 

 ■

 

 

 

「──────はッ!?」

 

 

 電気ショックでも受けたかのように体が跳ね上がり、壮絶な目覚めを迎える緑谷。

 身体のどこにも異常はなく、寝ていた場所が階段の中腹あたりであることから、どうやらさっきまでの出来事は"夢"だったらしい。

 

「夢…………?」

 

 その言葉を口にした途端、えもいえない恐怖が全身を囲い、震えを抑えようとするも止まらず、ひたすらに目線を地面に向け続けながら階段の隅で膝を抱える。

 さっきのオールマイトに殴られた夢が夢だとしたら、その前のカエルに襲われた夢は現実か? 逆にカエルに襲われた夢が夢だとしたら、オールマイトに殴られた夢は現実か? 

 

 梅雨ちゃんや砂糖君が死んだのは夢? 現実? 

 

 師匠とオールマイトが死んだのは現実? 夢? 

 

 僕が今いるこの世界は現実? それとも夢? 

 

 僕が今まで生きてきた世界は夢? それとも現実? 

 

 どこからが正解でどこからが間違いなのか、どこまでが正しくてどこまでが誤りなのか、考えれば考えるほど分からなくなって、全部が全部まやかしに見えて、考える考える考えるカんがえルかンガえるかんがえるカンガエルかんガエるカんがえルカんがえるカンがエるかんがエるカエルカエルカえルかエルカエるかえるかエるカえるかえルカエル…………

 

 考えた結果

 

 

「 わ か り ま せ ん で し た 」

 

 

あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははそれはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははまるはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは奇怪なはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは跡のようなはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは





サナエさん




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異形魔理沙編:その1


【あらすじ】

ホワイトハウスを襲撃し、大統領の警備部隊を容易く全滅させた異形魔理沙。果たして彼女の目的はいったい……


【異形魔理沙のスペック】

・基本的になんでも出来るが、それ故に油断する。
・相手の体の一部分(髪の毛でもOK)を食べると、その相手の能力を使えるようになる。
・427種類の姿にそれぞれ変身出来る。
・個性:抹消の効果を受けるのはあくまで個性だけであって他の異能や超能力は消されない。
・頭のおかしい根っからの戦闘狂。
・異形霊夢が好き。



 

 

【ワシントンD.C.中心街】

 

「───ッ! 次から次へとヴィランが出やがる! 今日はなんて日だ!」

 

 とある一人のヒーローが逃げる一般市民を非常用シェルターに避難させながら、この最悪の現状に唾を吐く。

 

 午前3時27分、何の前触れもなく出現した化け物集団は僅か15分で死者134名、重傷者162名、その他軽傷者131名、そして36棟の建造物を崩壊させ、人々に危害を加えていた。

 

 ワシントン在中のヒーローがこの異常事態の対処に向かったが、敵の数が多い上にほぼ全ての敵が並のヒーローでは返り討ちに合うほどの戦闘力を持っており、多くのヒーローが苦戦していた。そのため、ワシントンヒーロー公安委員会はヒーローの増援を要請、到着までに出来る限り市民を迅速に避難させ、戦闘力の高いヒーローは率先して化け物の進行を食い止める作戦へと移行した。

 また警官及び軍隊も出動し、銃撃による制圧を試みるが、銃弾を受けた化け物はしばらくするとまるで何事も無かったかのごとく傷が再生し、再び襲いかかる事案が発生。8名死亡、17名が重傷を負った。

 

 現在、ヒーロー、警官、軍隊の共同戦線により化け物の鎮圧が行われているが、化け物共の再生能力が戦闘を長引かせ、完全鎮圧まで時間がかかりそうだ。

 

「あの……」

 

「何?」

 

 後ろを振り向くと、そこにはまだ幼い少女がクマのぬいぐるみを携えながらヒーローコスチュームの裾をつまんでいる。

 

「君、どうしたの? 家族とはぐれた?」

 

 怯える少女に目線を合わせ、話をする。

 

「今、向こうで何が起きてるの? パパとママは?」

 

 ふるふると、幼いながらも両親の安否を心配する彼女。そんな彼女の悲しげな顔を放っておけず、ヒーローは彼女の両手をそっと握る。

 

「……大丈夫、君のパパとママはヒーローが必ず救ってくれる。だからそれまで避難しているんだ、場所は案内してあげる」

 

「……どんなヒーローがいるの?」

 

 幼子の質問に、一般ヒーローはまるで自分のことのように語り始める。

 

「今戦っているのは皆も知ってるNo.1ヒーロー『スターオブストライブ』と稀代の天才『パワードビーム』、『ヘルタランチュラ』に『マッドネスグリーン』、エージェント『アサシンズシャドウ』に『ゴッドサンダー』、不死人『ライフリバイブ』、超人『ハイパーマン』、そして『トップオブアメリカン』が加わった最強の布陣で対処しているよ」

 

 一般ヒーローのテンションは最高潮に達している。

 

「ハッハッハ! 敵も馬鹿だよなぁ、軍事力もヒーローの在籍数も圧倒的にトップクラスのアメリカで集団テロとか、ゴリラに腕相撲しかけるようなものさ!」

 

「しばらくすれば騒動もおさまるはずさ。だからそれまでの間は僕達一般ヒーローが市民の安全を確保しなきゃね!」

 

 そう言って手を差し伸べる一般ヒーロー、どうやら避難所まで誘導してくれるそうだ。

 自分の力を弁え、自分の出来る限りの貢献をしている。心配させないための気遣いも出来るし、なんて立派なヒーローなのだろうか。

 

 少女はそっと、一般ヒーローの手を握る。

 

 と、見せかけて男の心臓目掛けて巨大なネジを無理やりねじ込んだ。

 

「は?」

 

「もぅムりまシ"げンクァイ英語嫌い」

 

 目はぐるんっと回転し、首は一回転、二回転、三回転ほど捻れながら怯える一般ヒーローに視線を合わせ、背中が縦に割れると、中から魔女の格好をした金髪の女性が現れた。

 

「HalloWarld! AND deeth!」

 

 危険を察知したころにはもう遅い。男の四肢にはそれぞれ巨大なネジが突き刺さり、多量出血でショック死寸前である。

 

「確かにアメルカはつぉい、日本はヒーロー多いがどいつもこいつも貧弱だ。が、アメ公はそうじゃない。戦勝国だからこその根性ぐぁある」

 

「でも大丈夫! なずぇってええええええええ?」

 

「私が来た」

 

 ボロボロの服装、長い金髪、使い込まれた魔女の帽子、不自然に黒い顔、そして底知れないオーラ。

 

 その姿はあらゆる英雄をも絶望させ、抗う力すらも奪い、全てを暴力でねじ伏せる究極の存在。

 

「情報提供あリがたう、一般モブヒーロー君」

 

 異形魔理沙がワシントンD.C.中心街に出現した。

 

 

 

 ■

 

 

 

「おいおい、どうした化け物共? もう終わりか?」

 

 機械ヒーロー『パワードビーム』が鋼鉄製のネットに絡まった異形妖精達に話しかける。

 

「グルルルルル……!」

 

「こりゃダメだ、話になんねぇ。まだウチの可愛いペットの方が会話になる」

 

 パワードが呆れつつ、一体の化け物をネット越しから引っ張り、無理矢理舌を出させる。

 

「いつぞやの突発性ヴィランってわけでもなさそーだな。つーかお前ら本当に人間か?」

 

 不自然で基本的に小さい身長に、昆虫のような羽、見た目は最悪だが特徴だけでいえば妖精とも言えるような構造にパワードは目をつけた。

 

「おいパワード、スパイダー、それに他のみんなも聞いてくれ」

 

 声をかけたのはアメリカで1、2を争うほど人気の超人気ヒーロー『トップオブアメリカン』。

 アメリカでNo.3の実力者であり、その名に恥じぬ(ある意味恥かもしれないが)功績をいくつも挙げてきた彼だが、今回に関してはかなり深刻な顔つきをしていた。

 

「どうしたリーダー、顔色悪いぞ?」

 

「すまない、あまりの異常事態に流石の俺も動揺してな……」

 

 悩むリーダーの姿に驚くチームのメンバー、普段見せることのない彼の表情が事態の深刻さを表していた。

 

「何があったんだ?」

 

「……ニューヨークが、滅んだ」

 

「「は?」」

 

 意味不明なリーダーの発言にまたもや驚かされるメンバー達。

 

「ニューヨークだけじゃない、ヒューストン、ロサンゼルス、ラスベガス、シアトル、デトロイト、マンチェスター、バーミンハム、リトルロック、シカゴ、コロンバス、ボストン……アメリカのほとんど都市で甚大な被害が出ている」

 

「おいおい、戦争でも起こす気か?」

 

 人類史上最大規模のテロ案件に流石のメンバー達もゴクリと唾を飲む。

 

「アメリカだけじゃない、イギリスやフランス、ドイツにロシア、インド、インドネシア、オーストラリア、中国、日本、ブラジル、アルゼンチンまで全てだ」

 

「世界滅亡の危機、つまり俺たちの出番って訳だな」

 

 危機的状況を認識するマッドネスグリーンに対し、全員が同様に頷く。

 彼らは過去に幾度もアメリカを、いや世界を救ってきた。街を覆うほど巨大な悪の戦闘兵器、大量のヴィラン、宇宙からやってきた最強の侵略者etc、そして今回のヴィランによる無差別攻撃、まさに正義のヒーローのために現れた最高のやられ役がやってきたということだ。

 

「さっきの敵は一体だけならさほど脅威にはならないが、集団で襲いかかられるとかなり厄介だ。傷を負わせても再生される以上、捕縛用のアイテムか何かで拘束することが望ましいのだが、あいにく3つしか持っていない。どうしたものか……」

 

「少し待って、リーダー」

 

「どうした、アサシンズシャドウ?」

 

 引っかかる点があったのか、アサシンズシャドウはトップオブアメリカンの言葉を制止させた。

 

「さっきニューヨークが滅んだだとか、アメリカの洲全体が甚大な被害を受けたとか言ってたけど、さっきの敵と同レベルの個体が起こしたにしては違和感があるわ。いくら数が多くてもあの程度じゃ大規模な破壊活動は起こせない」

 

 アサシンズシャドウが真っ当な意見を挙げる。彼女の言い分は至極その通りであり、こんな短時間で街を壊滅させるほどの力をあの化け物たちは持っていない。何か別の要因が働いている可能性が高いと、アサシンズシャドウは感じ取った。

 

 彼女の意見を聞いたリーダーは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「────あぁ、それはだな」

 

 

 

「俺みたいな例外がいるからな」

 

「「?!」」

 

「あばバばばbばばばaばばばばbbbbbb」

 

 ミチミチと、リーダーの身体が縦方向に裂け始め、中から金髪の魔法使いが現れた。

 

「Hallo? Hew are yu?」

 

 発音が可笑しいながらも、金髪の魔法使いは礼儀正しく挨拶をした。

 

「貴様、リーダーに何をした!?」

 

「日本人か……?」

 

「コイツが新たな敵か。分かりやすくて助かるよ」

 

 しかしヒーロー側は聞く道を持たず、それぞれ金髪の魔法使いに対して憤慨したり、正体を探ろうとしたり、戦闘準備を整えたりするなど、反応はバラバラだった。

 

(質問を質問で返すな、と言いテいところどォがまぁいい。今回は祭りだ、母上からのミッションもあリが、それ以上にここまで大規模の殴り合いはそうそうねぇ。遊びがいがあるってぇもんだ)

 

「コイツ何言ってんだ?」

 

 金髪の魔法使い、もとい異形魔理沙の言葉が直接脳内に流れ込んだものの、誰にも理解されることはなかった。

 

「それより聞かせてほしいんだけど、本物のリーダーは何処なの? 場合によっては貴方を拘束する必要があるのだけど」

 

 自前の拳銃を敵に向けつつ、アサシンシャドウは問いただす。

 

(答える必要も無ければ、答える義理もねェ。強ィて言うなら、今ごろ解体ショーでも殺ってんじゃないか?)

 

 異形魔理沙は両手を左右に広げ、知らないとでも言いたげなポーズをわざとらしく取っている。

 そんなふざけた態度にヒーロー達は怒りに呑まれることはなく、冷静に武器を構える。

 

「────貴方をトップオブアメリカン殺害の容疑で拘束させてもらう」

 

(オイオイ、死ぬぜ? アイツ。死亡フラグビンッビンッじゃねぇか。元気ハツラツか?)

 

「お前のその意味不明なセリフは聞き飽きた」

 

(あっそう。即席3分cookingで作られたア○ンジャーズモドキのお前らがどこまでヤレるか楽しみだよ)

 

 漆黒の瞳から邪気が溢れ始めた直後、異形魔理沙の周囲が突如歪み始める。空間が捻れ、全身から暗黒のオーラを噴出する異形魔理沙を前にし、ヒーローは一瞬たじろぐ。

 その最中で、最も早く行動したのはアサシンズシャドウだ。

 

「はァッ!!」

 

 胸から二丁拳銃を取り出したアサシンシャドウは即座にリロードした後、前進しながら異形魔理沙の両肩に照準を合わせる。

 

(喰らえッ!!)

 

 放たれた2発の弾丸が異形魔理沙の両肩に着弾した。真っ赤な血液が飛び散り、よろめいた隙にアサシンシャドウは両足に狙いを定め、弾丸を放つ。

 アサシンシャドウの特攻が戦闘の合図となったのか、他のヒーローらもアサシンシャドウをサポートするように立ち回る。近接格闘が得意なマッドネスグリーンは異形魔理沙の側面へと移動し、中〜遠距離の戦闘が得意な

 パワードビームは空中から援護射撃を撃つ為に飛行する。

 アサシンズシャドウがさらに放った2発の弾丸が異形魔理沙の両足に当たると、シャドウは即座に腰から「スタンガンブレード」と呼ばれる強力な電流を流し込む短剣のようなものを素早く異形魔理沙の首元に当てた。

 

(あま)いな)

 

 異形魔理沙は銃弾を撃ち込まれて動くはずのない左手で、さも平気とでも言わんばかりに握り拳をつくり、スタンガンブレードを弾き飛ばす。

 その直後、異形魔理沙の右手から光る鍵のようなモノが現れ、その取っ手を握り鍵を前に突き出し、言い放つ。

 

「スマブラ参戦おめでとう」

 

 再び訳の分からないことを言い放つ異形魔理沙。ふざけた態度をしているが殺意は依然として変わらず、鍵のようなモノの先にエネルギーを集中させ何かを放とうとしている。

 

「クッ!」

 

「避けろシャドウ!!」

 

(封印してやるよ、二度とMARV○Lをバカに出気ない人本にしてやる)

 

「そうはさせねぇ!」

 

 鍵から放たれる淡い紫色の光線がアサシンズシャドウに触れるかと思いきや、光線は僅かにアサシンズシャドウの左側に逸れてしまう。

 異形魔理沙のエイムがゴミすぎた、というわけではなく、ヘルスパイダーの個性『蜘蛛糸』によって右手首から放たれた蜘蛛の糸が異形魔理沙の右肘に付着し、引っ張られたためであった。

 

(おめェスパイダーマ゜ッ!)

 

「フンッ!!」ドゴォンッ!! 

 

 既に背後に回っていたヘルスパイダーに視線を向けた瞬間、側面から個性によって凶暴走状態になったマッドネスグリーンによる強力なショルダータックルが炸裂し、異形魔理沙は5メートルほど遠くまで吹き飛ばされる。

 

(───痛てぇなァおい。俺じゃなったら死んで……)

 

「逃がさねぇぜ?」

 

 吹き飛ばされ、異形魔理沙が立ち上がる前にパワードビームが空中から威嚇射撃と同時に特殊電磁波ドームを形成し、異形魔理沙をドームの中に閉じ込める。

 

(コレも個性か?)

 

「いいや、俺の()()さ」

 

(それはザンネン)

 

 諦めたような表情でパワードビームが作った特殊電磁波ドームに触れようとする異形魔理沙。その直後、全身に強力な電流が流れ始める。

 

「おっと、ソイツに触れるのは止めておいた方がいい。感電して黒焦げになりたくないならな」

 

 異形魔理沙は黒焦げになった右腕を見つめると、クスクスと笑い始めた。

 

(……あ〜〜はいはいなるほど。これでヴィランを殺さずに手甫まえて警察に売り飛ばす寸法ね理解した)

 

 うんうん! と、わざとらしく上下に首を振り、手の上に顎を乗せる仕草をした後、異形魔理沙は大きく息を吸い込んだ。

 

「スゥゥゥゥゥゥ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして盛大にため息をついた。

 

(あぁ、まったくどいつもこいつもヘタレ能無しchikinで笑えるぜ。失神? 感電? その程度の攻撃でこの俺を倒せるとでも思っているのか?)

 

(教えてやろう、お前らが相手にしている敵がいかに強大で、邪悪で、最強なのかをな)

 

 異形魔理沙が立ち上がると同時に特殊電磁波ドームはあっという間に瓦解し、何事も無かったかのように平然とポッケに手を突っ込みながら、こちらに向かってくる。

 

「おい、止まれ!」

 

(止まれと言って止まるルヤツはただのカバだよ)

 

「止まらなければ殺す、と言ったら?」

 

(逆に言わせてもらうが、俺に殺されたくなければ今すぐ俺の前から消えな)

 

 異形魔理沙は歩みを止めることなく、徐々に近づいてくる。

 

「ウガァァァァァァッッ!!!」

 

「マッドネスグリーン!」

 

 痺れを切らしたのか、未だ凶暴走状態のマッドネスグリーンが強力なショルダータックルを噛ますべく、肩を突き出し前傾姿勢を保ったまま勢いよく異形魔理沙の方へと向かっていく。

 強力なタックルが異形魔理沙の全身を粉々に粉砕しながらはるか遠くまで吹き飛ばす、そう予想していたヒーロー達だったが、現実は全くもって違った。

 タックルが届く僅か1m半の距離でマッドネスグリーンは突如停止し、大量の血を流しながら地面に伏してしまったのだ。

 

「マッドネスグリーン?! どうした? しっかりしろ!」

 

「何が起きた?!」

 

「────」

 

 何度声をかけても起き上がらないマッドネスグリーンの傍で、異形魔理沙はクスクスとまた笑みを浮かべる。

 

(ククク、天才も暴走すればただの単細胞か。研究者ならまず観察と考察を交えるべきであろうに)

 

「────よくもグリーンを!!」

 

 仲間を馬鹿にされ激昂しかけるヘルスパイダー。個性を発動し糸で引き寄せてぶん殴るつもりだったが、その行動はアサシンズシャドウによって遮られる。

 

「何をするシャドウ! アイツは俺たちの仲間を!」

 

「正体不明の個性でマッドネスが殺られたのを、貴方は見てなかったの? 迂闊に行動すれば殺られるわ」

 

(それは半分正解だが半分不正解だな。俺みたいなチート能力者を相手にする時は基本2択、一つは即殺、もう一つはその能力者に対抗出来るほどの耐性及び能力を身につけること)

 

 お節介なのか、わざわざ説明し始めた異形魔理沙に対し、アサシンズシャドウとヘルスパイダーは黙してしまった。

 

(そして一番やってならねぇことは、相手の様子を窺って隙を晒すことだ。───まァ、つまりィ?)

 

 徐々に近づいてくる異形魔理沙、その右手の中で発光する謎の球体が形成される。

 

( こ う い う こ と だ )

 

 異形魔理沙が謎の球体を握りつぶした瞬間、手の中で淡い光が漏れたと同時に、アサシンズシャドウの身体が内側から盛大な爆音と共に大爆発を起こした。

 

「ぐぁっ!!」

 

「嘘……だろ?」

 

 強烈な爆風によって吹き飛ばされ、何度も地面に打ち付けられながら転がっていくヘルスパイダー。何が起こっているのかさっぱり分からないまま、二人の仲間が呆気なく死んでしまい、自身の無力感に苛まれる。

 

(おかしい、明らかに個性の範疇を超えている)

 

 パワードビームは上空から異形魔理沙の行動を見ていたが、彼女の個性は不自然過ぎることに気がつく。

 

 個性というのは基本的には身体機能の一部であり、いわば身体のどこかしらの部位に依存した超能力である。炎や氷が出せるのはあくまで身体の中にそういった器官があるおかげであって、決して魔法のような代物ではない。

 どんな個性であろうと体内から体外、または体外から体内という流れを崩すことは出来ない。噴出または吸収の動作が見られない個性も存在するが、そういった個性は基本"直接相手に触れる"などといった体を使ったアクションが必要となる。

 しかし今回の触れずにマッドネスグリーンの全身を傷だらけにした攻撃や、球体を破壊することでアサシンズシャドウの身体を内側から破壊するという攻撃はそういった動作とはかなりかけ離れている。触れてもいなければ、何かを噴出したり吸収したりしているわけでも無い。

 身体機能に依存しない"個性"、それはこの世で最も珍しい"概念系"の個性であり、それを持つのは世界でたったの〈該当データ無し〉である。

 

 その概念系の個性を2つも使用した彼女、果たしていったい何者なのか。

 

(死にゆくお前たちに種明かしをしてやろう。そこの緑色の筋肉達摩が死んだのは俺がパクッ…………考え編み出した■■■■■■■■■■■■■■■■■番目の能力、『致死武器魔魅レ(スカーデッドパラダイス)』によるものだ。俺に近づけば近づくほど、お前が過去に受けたあらゆる傷跡がみるみる開く能力であり、あらゆるってのはもちろん身体だけでなく()()()も今口まれる。最高にcuolだろう?)

 

(そしてそこの澄ましたクソビッヂウーマンが爆散したのは『ありとあらゆるものを破壊する程度(フランドール・スカーレット)の能力』によるものだ。対象者から"破壊の目"という、"相手の弱点そのもの"を手のひらに顕現させ、破壊することで対処者を木っ端微塵に消し飛ばす能力。これを使うには相手を視認する必要があるが、たいした問題じゃあない。"千里眼"でも使えば誰であろうと粉々に粉砕できる)

 

(分かるか? お前らは最初っから勝ち目がいっっっっっッッッッッッッッッッッぺン足りとも存在し無ぇってことがよ!!)

 

 HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!! 

 

 

 盛大な高笑いをする異形魔理沙の前で、膝をつき手を地面に当てたまま立ち直れないでいるヘルスパイダーと、唇を力強く噛み締めるパワードビーム。彼ら二人は本能的に察してしまったのだ、圧倒的強者との実力の差を。

 

(さぁ!! 最髙に楽しいショーの初まりだ!!!)

 

「クソッ! 少しでも仇を……!」

 

(ザラキーマ)

 

 脳内で謎の言葉とレトロゲームの効果音のようなものが流れると、パワードビームとヘルスパイダーの足元から淀んだ漆黒の手のようなものが足首を掴み、下半身から上半身へと手を伸ばしていく。

 

「止めろ…………止めてくれ! 死にたくない!!」

 

「おい嘘だろ? 冗談じゃねぇ、俺には帰りを待っている嫁さんと娘がいるってのに……ッ!」

 

 忍び寄る死神の手から必死に抵抗する二人を前に、異形魔理沙はニコニコとした表情で彼らを見つめていた。

 漆黒の手が頬まで届いた瞬間、地面から本体のような人型の概念的存在が二人の前で姿を現す。

 髑髏の頭、ボロボロの布、無数の細い腕、その全てが闇の粒子で構成されたその存在はまさしく"死神"と呼べるものに限りなく近い。

 "死"そのものが来たことを本能的に察した二人だったが、理解した時には既に遅く、身体は徐々に凍え、全身を震わせることしか彼らには許されない。

 

「タス……ケ…………」

 

 願いなど届くはずもなく、二人は静かに地面に倒れていく。綺麗な状態のまま残された魂の抜け殻は、時間の経過共に徐々に崩れていき、最後は骨だけを残して消えていった。

 

「さーて、邪魔者はタヒんだ。後は()()だが、こんくらい暴れればそろそろ来ても可笑しくねェな」

 

「第6次幻想破壊の前に()()だけは殺しておく必要があるッて、母上がそう言ってたからな。他の連中はどぅせ役に立たねェし、ここは前作主人公を殺すた主人公として俺が元頁張らねぇとな!」

 

「ま、それが終わったらこの世界で適当に個性乱獲して研究の材料にでもすっかァ」

 

 先程までの邪悪なオーラは完全に消え、異形魔理沙はのんびりと歩き始める。その周囲は戦闘の余波により大部分が崩壊し、血と臓物と死体で溢れていたが、かまうことなく突き進む。

 

「グギィィィィ!!」

 

 呻き声が聞こえた方向に目を向けると、そこにはヒーロー達によって捕らわれた異形妖精達が存在した。

 

「そういへば居たな、お前ら。忘れてたわ」

 

「────────おらよッ!」

 

 異形魔理沙は妖精達に近づくと、縛られた鋼鉄製のネットを素手で引きちぎり、妖精達を解放する。

 

「キィ! キィ!」

 

「勘違いするな。これは俺が母上からのミッションをこなすための先行投資だ。分かっとらサっさと行け」

 

 シッシ、と離れるよう促す異形魔理沙に異形妖精達はペコリとお辞儀をすると、手を振りながら立ち去っていった。

 その後ろ姿を見つめながら、誰にも見られないようこっそりと手を振った後、異形魔理沙はワシントンDC中心街から静かに立ち去っていく。

 

 

「思ったより随分と仲間意識の高いヤツじゃないか。もう少しド悪党だと思っていたよ」

 

 

 背後から突如聞こえた謎の声、そして背中を突き刺すような視線を感じた異形魔理沙はゆっくりと後ろを振り向く。

 その声の正体に異形魔理沙は驚き、声の主は異形魔理沙の驚いた様子を気にもとめず話を続けた。

 

「だが私のダチを殺った以上、お前を許すことは決して無いがな」

 

「─────コイツは驚いた。そっちから来てくれるたァ願ったり叶ったりと言ったところか」

 

 異形魔理沙が目を見開き、警戒する存在。金髪を靡かせ、女性であるにも関わらず筋骨隆々な肉体、赤と白のストライプに加え襟などに装飾された星の数々、オールマイトと同様"画風"が違うと表現されるほどの気迫をもったこの存在はまさしくアメリカそのものといっても過言ではない。

 かつてないほどの危機に陥ったアメリカを救うべく立ち上がったアメリカ最強のヒーロー、『スターアンドストライプ』がここに、参上した。

 

「異形魔理沙、お前はアメリカNo.1ヒーロー、スターアンドストライプが打ち砕く」

 

 鬼の形相で睨むスターアンドストライプに対し、異形魔理沙は態度を崩すことなく応対する。

 

「ちぉどお前の能力が欲しかったところだよスターアンドストライプ。その能力、けっこー魅力的だからさァ」

 

「死ぬまでパクっていい?」

 

 

 アメリカ最強のヒーローと異形郷最強格の魔法使いが今、激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ちょい解説

・致死武器魔魅レ(スカーデッドパラダイス)
→めだかボックスのキャラクター「志布志飛沫」の過負荷『致死武器(スカーデッド)』の強化版。近づくほど古傷が開くことに加え、視認するだけで誰であろうと古傷を開かせることが出来る。また、スカーデッドはコントロールを外すことで物体の補習箇所などを古傷としてみなし建造物などを倒壊できるが、スカーデッドパラダイスはコントロールを外さなくても可能。

・ありとあらゆるものを破壊する程度の能力
→東方Projectのキャラクター『フランドール・スカーレット』の能力。説明は作中通りであり、これは動物に限らず物や結界など全てが効果対象に当てはまる。どれほどの防御力を誇ろうと"弱点"が存在する限り、この能力に敵はいない。



※現在、救出チーム編、???編、異形魔理沙編、救助要請チームA編を同時に進行中。めちゃくちゃ時間かかってるので不定期に何ヶ月か空いたりしますのでご了承ください。


スターアンドストライプさん、ナイスタイミング。



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異形魔理沙編:その2




スターアンドストライプ





 

 

 

「死ぬまでパクっていい?」

 

 異形魔理沙は左指の爪全てを歯ですり潰し、溢れ出る血液を舌で舐め取りながら、スターアンドストライプに告げる。

 おそらく挑発のつもりであるが、想像以上の異質さにスターは苦心する。

 何考えているのか分からない相手をするのは初めてではないが、ここまで私に警戒させた敵は他にいない。

 

「吠え面かかせてやる、"大地"」

 

「"これより大地は、私が触れる度に崩壊し割れる"」

 

 スターが地面に触れて宣言した直後、スターの前方の地面が恐るべきスピードで割れ始める。

 地割れを回避する異形マリサ、だがスターは地を割りながら接近し、地面全体が崩壊する寸前でジャンプする。

 

「"大気は、私の100倍の大きさで固まる"」

 

 大気に手をかざし、名を叫ぶ。すると大気は彼女の定めたルール通りに膨張し、巨大なスターの姿形を保ったまま固定される。

 ほぼ200m級の空気の巨人がスターの動きと連動し、異形マリサに目掛けて究極の一撃をぶちかます。

 

「フィスト・バンプ・トゥ・ジ・アース!!」

 

 人智を超えた攻撃が異形魔理沙に炸裂した瞬間、衝撃波が地を走り、暴風が吹き荒れる。

 建物は衝撃波で倒壊し、砂塵が収まった後にはポッカリと空いた巨大な穴だけが残っており、スターは空中で制止しながらその様子を見ていた。

 

(……なるほど? それが手前の力か)

 

 いつの間にか穴の底から脱出していた魔理沙は肩の骨を鳴らした後、満足した表情で続ける。

 

(いヤまさか"概念系"の個性だとは思ってもみなかったよ。堀越のことだからてえっきりオールマイトみたいな脳筋だと思っていたが)

 

("当たり"だな。さっさと個性回収シて、母上の言う通り"無力化"してオこかう)

 

 魔理沙が両手をクロスすると、周囲に紅い槍が5本形成され、槍先をスターに向けて停止する。

 

「さぁ、神々の戦争といこうかぁ?!?!」

 

 意気揚々と叫び、槍を投げようとする魔理沙。しかしその手に槍は携えず、周囲に浮いた5本の槍が魔理沙の動きに合わせて連動している。

 

「スピア・ザ・グングニル」

 

 追尾する5本の槍が射出され、スターに向けて襲いかかる。しかし彼女は恐れることなく、空中での制止を解いて槍に目掛けて落下していく。

 自殺、ではない。彼女の個性はその自由のあまり、人には成せない不可能な行動を可能へと導く。

 

「"スピア・ザ・グングニル"」

 

「"スピア・ザ・グングニル"は持ち主の元へ跳ね返る」

 

 触れていた1本の槍が宣言と共に反転、さらに他4本の槍も同様に反転し、異形魔理沙に狙いを定める。

 

(マジかよ)

 

 跳ね返ってきた5本の槍が魔理沙の全身に突き刺さり、為す術なく地面に倒れる。普通ならこれで死ぬが、あの様子的におそらく"舐めプ"だ。あの化け物は避けれる攻撃をあえて受けたのだ。

 

「シット!! 後悔させてやる」

 

 スターは"水蒸気"に触れ、宣言する。

 

「"これより水蒸気は、巨大な剣の形に収束し回転する"」

 

 宣言により新秩序の能力が発動、スターの周囲から莫大な量の水が巨大な剣の形へと収束し、全長約78m、重さ約384tの圧倒的な質量を誇る大剣が形成される。

 

「バスター・オブ・リヴァイアサン!!!!」

 

「ゴアァァァアアアァァァァァッッ!!!」

 

 荒ぶる激流の剣が振り下ろされ、魔理沙に直撃。水の大剣は魔理沙もろとも大地を割り、粉塵を巻き上げる。

 

「まだだ、"大地"」

 

「"大地は私の100倍の大きさまで膨張する"」

 

 割れた大地の周辺から全長約200mの巨大なスターの姿をした土の塊が複数出現し、その全てがスターの動きと連動し拳を構える。

 

「"フィスト・クレストガイアズ・インパ……"」

 

「なんてね」パァンッ

 

 拳を構えていたはずの土の巨人が次々と破裂し、黒い炎を上げながら再び土へと還っていく。再び槍が飛んでくることを警戒したスターだったが、いつの間にか自分と同じ高さまで飛んできた魔理沙を見てより警戒心が強まる。

 

(こコまで来ると"個性"というより"魔法"だな、ソレ)

 

「……魔女に魔法を使うのは愚行、とでも?」

 

(いンや? むしろありがとうと言ってやってもいいくらいだ。手前のおかげで俺はさらなる段階へと進化しそうだオリゴ糖)

 

「感謝される覚えもなければ、お前の好きにさせるつもりもない」

 

 スターの真剣な瞳を、魔理沙は嘲笑い吐き捨てる。

 

(手前はそう言ウだろうが関係ねぇ。俺は最強でお前は木各下、俺の石⛩究とお前の犠牲、それが分かってれば何も問題ない)

 

 そう言って真っ先に攻撃を仕掛けたのは異形魔理沙、予備動作すら見えない高速の右アッパーが炸裂し、その約0.02秒後に回し蹴りと拳から放つ空撃を2発ぶち当て、スターを怯ませる。

 魔女の見た目をしながらも近接戦すら圧倒する魔理沙。その底の知れない戦闘力にスターはえもいえない恐怖に苛まれていく。

 スターは目を開いた。目の前には誰もいない、しかし体は常に危険信号を発している。スターは咄嗟に頭部を両腕でガードすると、鉄骨で頭を思い切りぶん殴られたかのような重い一撃が両腕にのしかかる。

 異形魔理沙のかかと落としの威力を相殺しきれず、スターは空中から地上へと落下していき、異形魔理沙はスターの後を追っていく。

 

(『マスタースパーク』)

 

 異形魔理沙は懐から取り出した古びた八卦炉をスターに向け、スペルを宣言。通常のマスタースパークでさえ山をも粉砕する威力を持つが、無尽蔵の魔力を持つ彼女が放つモノは倍どころか桁違いの威力を誇る。

 放射状にドンドン広がる白光は都市を飲み込む程に成長し、このまま放置すれば全てを灰燼へと変えるだろう。

 

「マズイ」

 

 とっさにスターは"ビーム"を宣言し、"ビームは掴んで圧縮できる"というルールを設定する。すると、放射状に広がっていたはずのマスタースパークが瞬く間にスターの手中に収まり、そしてビームを光の槍へと変換させ投げ

 

(やリせるとでも思か?)

 

 槍を投げる直前に異形魔理沙が槍に触れ、呆気なくへし折った直後、鉛色のネジがスターの腹部を貫く。が、それと同時に、スターの左手が異形魔理沙の顔面を捕らえていた。

 

大嘘憑(オールフィクション)」「新秩序(ニューオーダー)"霧雨魔理沙"」

 

「"()()()()()()()()()()()()()()()"」

 

「"霧雨魔理沙は、全ての能力を行使できない"」

 

 ほぼ同時だった。互いに能力を行使した二人はひび割れた大地へと落下し地面と激突する。

 土煙が舞い、姿が消える瞬間、スターは瞬間的に理解した。()()()()()()()()()()()()

 しかし、ヒーローは諦めない。師であるオールマイトが諦めなかったように、彼女も最後まで諦めない人間であった。

 スターは個性を失ってしまったが、もしあの時"相打ち"であったならば、あの化け物も能力を使用出来ないはずだ。

 しかしこれはあくまで"希望的観測"であり、相手の能力の方が先に発動し、自分の能力が発動されなかった場合、スターアンドストライプは完全に敗北する。

 土煙が徐々に晴れ、二人の姿が見えてくる中、スターの内心は不安で埋め尽くされていた。だが、アメリカNo.1ヒーローとして、国民の自由と平和を守る"象徴"として、スターは堂々と前に立たねばならない。

 たとえ個性を失い、ただの"キャスリン"になったとしても……

 

「なかなかやレな、褒メてヤるよ」

 

 脳内に直接響く声ではなく、分からない日本語で話す魔理沙。スターは警戒しつつ、ある程度距離を保つ。

 

(だが残念どナぁ英雄、あと少し、あとほンの少し早ければ、俺を殺すェたかもしれないのに)

 

(所詮は人間、まァ人間にしてはてェしたもんだが、ここがお前らの限界だ。この先は人間辞めてから来ような?)

 

 刹那、異形魔理沙から放たれた2本のレーザービームがスターの右肩と左太腿を貫通し、地面に膝を着く。

 周囲に炎や氷、小型の竜巻や謎の瘴気を浮かべながら嬉々として近づいていく異形魔理沙。

 

(さ、後はゆっっっくり、死ていってね)

 

 異形魔理沙の指先に集まる無数の光の粒子がスターの方へと向けられ、スターは絶体絶命のピンチを迎える。

 だがスターはフッと笑みをこぼし、異形魔理沙に向かって笑顔で言った。

 

「人間を舐めるなよ、このクソビッチ」

 

「何笑っとるんだこのゴリラ」

 

 瞬間、異形魔理沙の周辺が淡い光に照らされてからまもなく、特大のレーザービームが異形魔理沙の頭上から照射される。その数は1本のみならず、2本、3本と増やしながら異形魔理沙とその周辺を焼き尽くしていく。

 

「遅いよ、"ブラザー"」

 

『お前が早すぎなんだよ、スター』

 

 応援に来たスターの特殊部隊のメンバーがステルス戦闘機で駆けつけ、遥か上空からスターを援護したのだ。

 

「駆けつけて来たところすまないが一時撤退だ。敵が強過ぎる」

 

『どうしたってんだスター? いつもみたいに派手にやらないのか?』

 

()()()()()()()

 

『は?!』

 

 衝撃の一言に驚くメンバー達。個性が消えるという現象もさながら、国が管理しなければならないほど強力な力を持ったスターの個性が、自由の象徴が、失われてしまったことに非常にショックを受けた。

 

『それは本当か?』

 

「あぁ、もうルールを設定出来ない。残っているのは生身の肉体だけ」

 

『マジかよ……』

 

 スターは自身の現状を伝えた後、ポケットから携帯を取り出した。

 

「……スターだ、異形魔理沙の封じ込めに失敗した。……あぁ、ダメだった。……? 誰だそれは? ……あぁ。……了解、これよりプランBに変更。私たちは撤退だな?」

 

「……了解。後は頼んだ」

 

 スターは誰かと連絡を取った後、携帯をしまい腕に力を込め始めた。

 

『誰と話してた?』

 

「……ICPO特殊テロ対策部隊最高責任者、()()()()()()()()()

 

『ッ! マジかよ……』

 

「彼女がいる限り、我々人類に敗北はない」

 

『いやしかし、個性黎明期以降のありとあらゆるテロ活動を阻止してきた彼女とはいえ、異形魔理沙を相手にするのは流石に……』

 

「彼女だけじゃない、ジャパンにはオールマイトの弟子……がいる。師によれば彼女……いや彼は次代の平和の象徴として申し分ないヒーローだそうだ。その他の強力なヒーロー達も含めて、何とか協力して化け物達を各個撃破出来れば……」

 

(その話、詳しく聞かせてもらえる?)

 

 その声を聞いた瞬間、スターは咄嗟に回し蹴りを頭部に目掛けて叩き込もうとするが、異形魔理沙はその一撃呆気なく片手で抑え込む。

 

「な」

 

(なぜ、と思ったか? ステルス戦闘機ごときで俺を殺せると思ったなら思い違いも甚だしい。…………いや思ってねェな、よろしい)

 

 異形魔理沙は掴んだ足を手前に引き寄せ、倒れるスターの身体のうち首の部分を強く掴んだ後、地面に容赦なく叩きつけた。

 

(手前、俺の名前を知っていたな? 誰から教えてもらった? 俺的には今喋っていた最高責任者が怪しンだよなぁ。そいつはどこだ)

 

「……」

 

(…………へぇ、いくら俺の能力の1つを看破したとはいえ、"何も考えない"なんて芸当が出来るとはな。やはり特殊部隊の連中と一般じゃ鍛え方が違うか)

 

(ま、無理矢理自白させる能力も無くはないが、お前の類まれなる才に免じて今回はスルーしてやるよ。どうせ俺がやらんでも無能になった手前じゃ他の連中に殺れるし)

 

 異形魔理沙は手を離し、振り返ってからスタスタと戦闘機の方へ向かっていく。

 彼女の殺気が増したことに気づいたスターは必死に立ち上がろうと足に力を込める。気がこちらに向いていないうちに少しでもヤツに近づき、これから起きるであろう惨劇をくい止めなければならない。

 個性のない今ではほんの少ししか時間を稼げないが、少しでもブラザーが生き残る可能性を作らなければ本当に全滅してしまう。

 この命を賭してでも、共に戦ってきた大切な仲間を救わなければ。

 

(あ、やっぱ死ね)

 

「は」

 

 スターの真上に三本の剣が出現し、即座に彼女の背中に目掛けて勢いよく突き刺さる。背骨すらも貫通する勢いで内蔵およびその他の生体器官が無惨に切り裂かれ、剣の先端が腹部の内側から血とともに現れた。

 胃から逆流してきた血液が口と鼻から吐き出され、大量出血による目眩と、意識の混濁化が加速していく。

 

(ニンゲンって大バカだノぇ〜? 仲間がピンチになった途端声漏らして作戦モロバレすルてねぇ? 大人しくしとけばこうはなラぬかったのにぬぇ〜〜???)

 

 油断が招いた事態、焦ったが故の失態。スターの仲間を思う気持ちが、結果的に彼女にとって最悪の事態を呼び寄せる最後の決定打となってしまった。

 もう唇を噛み締めることも、強く地面を叩く力も湧かず、ただ静かに己の死を待つ身となったスターだが、それでも彼女は小型の通信機のマイクをONにし、彼らのために出来ることを、死にゆく己が成すべきことをやるべく、声を、絞る。

 

(逃げろ!! ブラザー! 異形魔理沙はもう……!)

 

「ゲイボルグ」

 

 再び異形魔理沙の周囲に、形状は異なるが色は紅い5本の槍が出現し、全ステルス戦闘機内にいる全操縦者にそれぞれロックオンする。

 

「あばよ」

 

 射出された5本の槍は一直線に、それぞれの操縦者の心臓目掛けて突き進み、貫き、絶命させた。

 コントロール不能となった戦闘機は回転しながら落下していき、大地に向かって次々と墜落していく。

 

(そんな……ブラザー)

 

(お仲間が目の前で死んだ乾燥はどうだ、アメリカNO.1ヒーロー?)

 

 倒れたスターの顔を無理やり持ち上げ、真顔でその表情を覗く魔理沙。それに対しスターは、今までに無い程に怒りに満ちた瞳で、彼女を見つめていた。

 

(許せないよなァ?)

 

(……許せない)

 

(大切な戦友を皆殺しにされて、怒りで震えて涙が止まらないよなァ!?)

 

(……許さない、お前だけは……ッ!)

 

(そうだ、もっと恨め、憎め、憎んで憎んで憎んで憎んで、お前の全てを黒く塗り潰せ。己の無力さを悔やみながら、黙ってとっとと死んでいけ)

 

(はハはははHAハ歯はHAははハはははは!!!)

 

(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな)

 

(あこれ以上文字数稼ぐの、やめよな?)

 

(あがっ……!)

 

 異形魔理沙はさらに剣を8本追加で召喚し、その全てをスターの身体全身にバランス良く突き刺していく。

 スターの瞳はみるみる色を失い、体温が徐々に低下していく。生暖かい血が地面に広がり、皮膚も青白く変色した頃にはもう、彼女の心臓は完全に停止していた。

 

「さて残すは雑魚だけ、案外ここも楽だったな」

 

 ボロボロの髪の毛をなびかせ、その場から立ち去ろうとする異形魔理沙。

 

「あぁっとその前に大事なことやらなきゃなぁ」

 

 立ち去ろうとした瞬間、異形魔理沙は大切なことを思い出し、再び死体と化したスターの方に目を向ける。

 

虚数大嘘憑き・歪(イビルノンフィクション)

 

「個性がなかったことを、『無かったことにした』」

 

「これでお前の能力と、ついでに記憶も全て貰うぜ。死ぬまでな」

 

 魔理沙はゆっくりと彼女の死体に近づき、その場でしゃがんだ。その後飛び散ったスターの肉片を口に放り込み、咀嚼し、ゆっくり飲み込む。

 これでスターの個性と記憶は、異形魔理沙に引き継がれた。

 

「………………あー、なるほど? お前ね。昔どっかで会ったような顔に似てるが、歳食ってボケたせいか何もおほま選んねぇ知らん」

 

 スターの記憶をさらに探る異形魔理沙。

 

「場所はロシアか。また随分とクソめんどいこにいやがる」

 

「仕方ない。北米は妖夢と幽々子に任せて、俺はロシアに向かうとしよう。…………あり? もしかして重労働?」

 

 性にあわないレベルの働きぶりに魔理沙は我ながら驚いた。遡れば16年も前からずっと働いていたのだから、残業代の一つや二つ出ても良い頃だろう。出ないけど。

 

「急に萎えてきたな。すげぇ帰りたいンだけど、…………はァ」

 

 魔理沙は大きく溜め息をつき、仕方無しに額に中指と人差し指を添える。すると、一瞬のうちにして姿が消えてしまった。

 

 瞬間移動によってロシアに移動した魔理沙だが、彼女が消え去った後のアメリカの大地はひどく荒廃していた。

 異形魔理沙が通った跡は草の根1本も残らず、歯向かうもの全てを無惨に殺していった。残ったのは瓦礫と、おびただしい量の死体の数だけ。後は激戦によって歪んだ地形だけで何も残っていない。アメリカは一夜にして貴重な人的戦力を数多く失った。

 

(これは酷く、やられたものだな)

 

 そんな最中、一人の女が戦場跡に赴いていた。

 

(さて、こんなに早く素性がバレるとは。どうしたものか)

 

(……私が彼女を直接止める必要があるか)

 

 ポケットから、着信音が鳴り出した。

 

(…………電話か)

 

 女は携帯を取り出し、呼びかけに応じる。

 

「もしもし?」

 

『こちらICPO特集テロ対策部隊隊員No.00184! カーラ所長、聞こえてますか?』

 

「聞こえているよハルカ。要件は?」

 

『我々第1部隊、インドにて地球外生命体と抗戦、通常戦闘員120名と偽名軍(コードレス)1200名による掃討作戦により、首都デリーとその周辺地域の奪還に成功。住民も地下シェルターに避難させました。しかし、第8部隊からの報告により放射性バハムート(仮称)が推定時速344kmでこちらに向かってきています。脱出の許可を』

 

「脱出を許可する。が、第1部隊と第2部隊はジャパンの雄英高校に集合、生き残りの生徒を全員回収して本部に連行しなさい」

 

『ジャパン? どうしてですか?』

 

「あそこは彼女の影響を受けた人間がたくさんいる。貴重な戦力を削る訳にはいかない」

 

『その子たち未成年ですよね? 保護はしますけど、戦力に加算するくらいなら我々と偽名軍(コードレス)で解決した方が……』

 

「口出し不要。今すぐ向かいなさい」

 

『……了解。ジャパンに向かいます』

 

「それと、私は少し用事が出来たのでしばらく電話に出れません。終わった後、こちらから連絡します」

 

『了解。……ですが、どこへ?』

 

 カーラは少し不敵な笑みを浮かべながら、答えた。

 

「ロシアです。魔女狩りに行きます」

 

『え、……まちょ!?』

 

 ブツッと、電話を切ったカーラ。携帯をしまい、背筋をグンと伸ばしてリラックスした後、ロシアの方向に目を向ける。

 

「これ以上、私の軍団を減らすわけにはいきません。根元から断ちます」

 

 カーナはこれから起こりうる事態を予測し、早めに手を打つことにした。報告では死んだと聞かされていたが、私の感が生きていると告げている以上、その奇跡を最大限に活かすための舞台を作る必要がある。

 

 そのために、ヤツの存在は非常に邪魔だ。

 

「いつもはこんな面倒なこと、しないんだけどね」

 

 ニルべ・ナ・カーラは不敵に笑う。

 

 

 






( ´ ཫ ` )イチネンブリデゴメンナサイ



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異形魔理沙編:その3



ICPO特殊部隊最高責任者ニルべ・ナ・カーラ、彼女が何らかの手を引いていると察した異形魔理沙は米国No.1ヒーローの記憶を辿り、ロシアに常駐していることを特定した。のだが……




 

 

 瞬間移動でロシアの首都モスクワに到着した異形魔理沙だったが、異常事態が発生した。

 

「寒すギンだろ」

 

 外気温マイナス198℃、それは大気中の成分が液体や固体と化すほどの寒さである。それだけに限らず、猛吹雪が異形魔理沙の心身を急速に冷やし、彼女からやる気を奪っていく。

 

「帰っていい?」

 

 虚空に許可を求めたものの何も起きず、ため息と共に歩き出す異形魔理沙。風が強過ぎるので帽子は4次元に収納し、吹雪は全てベクトル反射で弾き返し、寒さはテキオー灯で克服することで、異形魔理沙はこの劣悪過ぎる環境に一瞬で適応した。

 

「全く、こんなバカみたいに暴れてるヤツはだいたい陽性か、もしくは低級妖怪かだ」

 

 50cm以上降り積もった雪を最上級火炎呪文で溶かしながら、異形魔理沙は凍りついたモスクワの街を散歩し始めた。

 周囲の建物は雪と氷に閉じ込められ、景色はほぼ真っ白。空は常に曇天で、太陽などまるで最初からいなかったかのような振る舞いを見せる。

 メラガイアーで溶かした雪の中から、凍死した人間の死体がいくつか現れた。が、全く気に止めることなく異形魔理沙は足を進める。

 

「……暇だ。虐めがいのあるヤツ全員凍死してやがルせいで退屈でしようがない。アメリカの方がマシだ」

 

 歩けど歩けど、道は白く、何も無く。

 

「霊夢がいればなァ、少しはマシになるんだが」

 

「…………俺は何故故にこんなクソつまらん場所にいるんだ?」

 

 もはや当初の目的すら忘れてしまう始末。

 

「あぁ、思い出した。あの煮るベなかやまきんに君っていう女を潰しに来たんだったな。虻ねーセィフ」

 

 何千年も生きる異形魔理沙にとってたかが数時間の記憶など塵に等しく、基本的にはすぐに消え失せる記憶だが、何とか思い出した。

 決して歳のせいで忘れたわけではない。

 

「……吹雪、強くなってね?」

 

 歩いている内に、風がさっきよりも異常に強くなっているエリアを発見した。おそらくこの辺に元凶がいるはずである。

 

「さぁて、バカはどこかな?」

 

 

 

「あ」

 

 異形魔理沙の目線の先、透視能力で見えた建物の裏側の景色には、いびつに歪んだ化け物が踊り狂っている。

 その化け物は雪の結晶に目玉をランダムに3つ貼り付けたような顔をしており、胴体は裸の女性(乳は垂れており、肋骨が浮かび上がっているが、腹は何故か横に広く三段腹)といった気色の悪い風貌に、足は短足で腹の内側に収まっているといった、何とも近寄り難い姿をしていた。

 その化け物が身体を回転させると、彼女から強烈な冷気が発せられ、周囲の建物をさらに氷漬けにしていく。さらに回転すると雪雲が分厚く成長し、さらにさらに回転すると猛吹雪が街からあらゆる熱気を奪い去るように襲いかかる。

 モスクワの惨状は明らかにコイツが原因である。

 

「バカ、発見」

 

 異形魔理沙は人智を超えた跳躍力で建物を飛び越え、雪雲を掻き消しながらとある槍を顕現させる。

 

「ロンギヌス!!」

 

 100m以上にも及ぶ巨大な紅き槍が天から現れ、それを異形魔理沙は肥大化した腕で掴み取り、豪快にぶん投げる。

 

 音速を突破した巨大な槍は何も知らない化け物の身体を貫通するどころか派手な音とともに粉々に破壊し、周囲の建物が爆風で消し飛んでいく。

 手加減の手の字など知るはずもなく、異形魔理沙はニコニコ笑いながら降臨した。

 

「ようレティ、元気?」

 

 レティ、と呼ばれた化け物は完全に潰れたトマトと化していたが、微かにうめき声のようなものをあげた。

 

「あ、理由? それ効く? ウザイ」

 

「ところで太ましいデブ(おまえ)に聞きたいのだが、煮るで中川翔子って知ってる??」

 

 レティはバラバラに崩れた脳を必死に振り、意志を示す。

 

「知らない?? ここお前の管轄だよね?? サボりか???」

 

「あ? 中川翔子が誰か分からない?? は? 」

 

 話が噛み合わない二人。異形魔理沙の怒りが積もる一方、レティは異形魔理沙の機嫌が直らないことに焦りと恐怖を覚えていた。

 

「生姜ねぇ、バカでも分かるように言ってやる。ここに、ニルべ・ナ・カーラという、ISeaPOの中でも"そこそこ"に偉い立場のヤツが、常駐シているらすィんだが、お前知ってル?」

 

 片言でゆっくり教えると、レティは先程の様子とは打って変わった雰囲気で、無い首を上下に降った。

 

「はァ、年に1回会議してんの? ICPOとヒーロー連盟等々が? で、昔ここで会議したことあってその中にアイツがいた? 常駐はしてない? ふざけんな」

 

「……最近はめっきり姿を現していない、ね。オリゴ糖、おかげで無駄足だった挙句クソ寒い目に遭ったってことを自覚したよ。氏ね」

 

 異形魔理沙が指パッチンすると肉塊と化したレティに追い討ちをかけるように爆発し、焼け跡を残して消滅してしまった。

 正直に全てを話したとしても関係ない。腹が立てば全力で相手を消し炭にし、気に入らないヤツは容赦なく始末する、それが異形魔理沙である。

 

「はァ、振り出しだ。たく何だこの世界は、俺たちが終わらす以前に終わりか? 終わコンかァ? サービスしら」

 

「……仕方ねェ。あの中川翔子の事ァ一旦ワすれて、ヒーロー狩りぬァがら魔王シバくか」

 

「……と、その前に」

 

 異形魔理沙はいつの間にか手に持っていた狙杖の先端を天に向け、トリガーを押すと、放たれた小さな光弾が光の速度で曇天に激突。大爆発を起こし、暗く閉じたモスクワの街を夜空の下にさらけ出した。

 だが未だに外気温度はマイナス191℃と寒いため、異形魔理沙はさらにサービスとして降り積もった雪全てを魔法で蒸発させた。我ながら珍しくいい事をした。

 

「これで晴れたな、モスクワ。感謝しろよ」

 

 ロンギヌスの槍の余波で半壊したモスクワの街を背に、異形魔理沙は静かに立ち去っていく。

 なお、この後モスクワの街は過去類を見ない大洪水によって街が崩壊してしまうのだが、魔理沙は知る由もなかった。

 

 

 ■

 

 

 モスクワを離れ、徒歩でヨーロッパに向かう異形魔理沙。瞬間移動を使えば一瞬で到達出来るが、歩きたい気分だったので歩くことにした。

 

「……いや、可笑しい。こんな何も存在しない国から今すぐにでも離れてーのに何で俺は止少いてんだ?」

 

「…………! ……アイツ!!」

 

 この不自然さ、違和感の正体、そしてそれを生み出している元凶に心当たりしかない。

 

「どうやら()()()は相当俺に会いたくないらしい。じゃあ尚更会うしかねェよなァ!!? ファンサービスいるよなァ!!?」

 

 わざわざご自慢の能力を使ってまで足止めしたいとなると、アイツは俺がいると困るようなことを現在進行形で進めているということになる。つまり、アイツは俺抜きで勝手に面白そうなことをしてるってことだ。

 

「無理矢理行くか」

 

 まずは因果律操作による特異点化の誘導を企む異形魔理沙だったが、ある人物との思わぬ出会いによってそれは阻まれた。

 

「待て」

 

「あ?」

 

 能力発動間際、背後から人間らしき声が聞こえた。ついさきほどまで氷点下198℃という極寒の環境下で、住人のほとんどが凍死しているこの状況において生身の人間がいることなど異常でしかない。

 しかし、異形魔理沙にとって人間なんぞ何の脅威もない雑魚としか感じていないため、無警戒で振り向いた。

 

「……避難民にしては髄分と速いンじゃあないか? そんなにお外が大好きか」

 

「あァ感謝すンなら要らねぇよ? お前もどうせ死ぬ」

 

「私の顔に見覚えはありませんか?」

 

 異形魔理沙の言葉を全てガン無視し、女は自分に見覚えが無いか問い始める。

 一般人にしてはあまりに肝が据わっている様子に少し興味を持った魔理沙は、脳内で今まで会った人物の顔を思い出しながら彼女の顔と比較してみた。

 

「あァ〜〜ハイはいその顔ね。知っているなァ」

 

 異形魔理沙はニヤリと笑い、首の骨をコキコキと鳴らし始める。

 

「煮るべ中臣鎌足……!」

 

「私の名前はニルべ・ナ・カーラ。貴方と少しお話をしに参りました」

 

 スーツ姿で登場した細身の女性はそう言うと、自前の折りたたみ式のイスを広げ、腰掛けながら話を続けた。

 

「貴方が異形魔理沙さん、で良いですね?」

 

「その前に俺の質問に答えてもらおうか、オリキャラくん。お前、どうやってここまで来た? 俺らに対する対処が思った以上に早いのはお前の手引きか?」

 

「あなた方は常に我々組織の監視下にあるため、居場所が割れています。後は自家用ジェットでモスクワ上空まで行き、パラシュートを使ってここまで降りてきました」

 

「俺が歩いてる最中、お前ずっと俺の真上にいたのかよ」

 

「あなた方への対処が早かったのは「人の話を聞け」事前情報を得ていたからですね。雄英体育祭以降、彼女から連絡「もうええわ」がありまして、『凶悪な化け物が近々大量に現れるかもしれないから備えろ』と、強く言われたものでして……」

 

「……、アイツか」

 

 概ね理解したものの、腑に落ちない点がいくつか存在している。

 1つ、アイツはこの女と接点を持ったことは一度もない。ヤツの深層心理の奥底から見ていたこともそうだが、本人から奪った記憶を覗いてもそのような過去は無い。つまりコイツは嘘をついている。

 不愉快なのは2つ目、こいつは()()()()()()()()。さっきと矛盾しているが、コイツの心の声と現実の声が一言一句一致しているのだ。俺の読心能力を受けていないとなると、コイツがそういう個性(能力)を持っていのか、それか頭のおかしい虚言癖か、最悪俺と同格である可能性が考えられる。が、俺と同格の人間がこの世界にいるはずが無いのでコイツは虚言癖に違いない。

 3つ目は、アイツを知っていること。この世界の住人は俺の現実改変能力の影響で■■■■■の記憶を完全に失っている。どんなに親しい関係だろうとヤツとの思い出は記憶の彼方へ封じられ、記憶の空白は自己補完によって解決される。だがコイツは■■■■■の事を思い出している。それすなわち俺の現実改変能力が効いていない、ということは……

 

(……同格か?)

 

 念の為、もう一度心を読んでみると、人の顔が浮かび上がってきた。どうやらヤツは情報元である彼女の顔を思い出しているらしい。馬鹿が、全部お見通しだ。

 

 

 

(…………誰?)

 

 誰ってか何? 何だこの女。というか金髪じゃねぇしボサボサじゃねぇし顔黒くねぇし誰だコイツ。マジで誰なんだお前。

 …………アイツ以外に俺らを知っているヤツがいる? それこそ有り得ねぇと言いたいが、可能性の1つとして考慮するべきか。

 

「そろそろ本題に入ってもいいですか?」

 

「あァ、好きに喋ってくれ。それがお前の最後のセリフだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「降伏しなさい」

 

 目付きが鋭く、冷徹になるナカーラに対し、異形魔理沙はプッと不意に笑う。

 

「くくくく……w コーフク? w こッwwwコーwwフwwwクwwでwすwwwかァ!? コッ! wココココココココココwww」

 

 某将軍のような笑い声を上げながら異形魔理沙は腹を抱えて地面に倒れ込んだ。

 

「『降伏しなさい』キリッ!! ……クククククwww、ヒィ〜〜腹がァっwwwハッ腹が痛いッwwwwヒッwヒッwヒッw」

 

 異形魔理沙は地面を転げ回っている。

 

「そんなに面白い事ですか?」

 

「おもしれェ! に決まってんだろバ〜〜〜〜カ!!! (笑) だってよォ、ミジンコが『僕実は人間より頭良いんですキリッ』つッッてんだぜ!? wwwクククHAHAHAはハははハはハハ!!! 」

 

「何処ぞのいい歳して13騎士団とかイッてる頭のおかしいBBA共と同レベルで笑えてくるぜ笑 実はアイツらと友達だったりする?」

 

「真面目に聞きなさい」

 

「www失礼! そんなわけなかったな! つまり手前の脳ミソは天然ミソだってことだwwwHAHAHA笑笑笑笑」

 

「はァ〜〜www笑った、久しぶりに笑ったよ。うんうん、凄いすごい。人も異形も、頭のおかしいヤツはどの世界にもいるんだね。うん。ホントわざわざモスクワまで笑わせに来てくれてありがとうニラ……似り、煮る……ニ…………、お前を殺すのは最後にしといてやる」

 

「んじゃ」

 

 異形魔理沙は手を軽く振った後、魔王に会いに行くべくヨーロッパ方面へ一歩踏み出した。

 が、自分の話を全て意味不明な頓痴気で流されたニルべ・ナ・カーラにとってたまったもんではない。仮にもICPO特殊部隊最高責任者、これ以上愚弄されたまま引き下がれるわけもなく……。

 

 銃を構えた。

 

「……オイ、忠告してやる。その引き金を引いた瞬間、お前の顔面は胴体からおサラバだ」

 

「それに、チャカごときで俺を殺せると思ったなら大間違いだ。俺を殺したければ、オールマイトとアメリカNO.1ヒーローと■■■■■連れてこい。もう全員氏んでるがな」

 

 銃を構えたナカーラと、振り向かずとも状況を察知し、それでいてなお物怖じしない異形魔理沙。

 両者の力関係は火を見るより明らかで、どちらが無謀であるかなど愚問である。

 

 カチッと、引き金を引く音が聞こえた瞬間、異形魔理沙は弾丸が発射されるよりも速く移動し、その勢いのままニルべ・ナ・カーラの顔面を思い切り粉砕した。

 弾け飛ぶ肉片、飛び散る体液、ついさっきまで人間だったものが今ではこの有様である。

 

「バカだねぇ黄身。コメディ路線のままだったら人気出たろうに。もっと芸能事務所とかで練習してから出直せば?」

 

「汚ぇ」と思いながら拳に付いた肉片と体液を雪に擦り付け、とりあえず不届き者の後始末を完了した。これでこの世界から治安維持に関わる有能な人間が消え、人類は統率を失い滅びゆくであろう。

 単体で世界をひっくり返す人間も全て殺したので、後は静かに待つだけ。お茶しながら世界中を散歩するだけで目的達成である。あまりにもチョロい。

 

「ほら、ちゃんとタイトル通りだったろ?」

 

 またもや虚空に向かって喋る魔理沙に、誰一人としてツッコミを入れることは無い。

 

「それはどうかな?」

 

 そしてまた再び、背後から女の声が聞こえてくる。また頭のおかしい人間が来たのかと思いきや、その声はあまりにも聞き覚えがありすぎた。

 

「さ、話の続きをしよう。マリッサ」

 

 背後から全く無傷のニルべ・ナ・カーラが現れた。

 

「…………お前、何で生きやがる」

 

 異形魔理沙は彼女が死んだ場所に目をやったが、彼女の死体は存在していなかった。

 彼女の体液と肉片を擦り付けた場所にもその痕跡は見当たらず、まるで最初から無かったかのように見えた。

 そんなありえない状況を見て異形魔理沙は静かに笑い、あっけらかんとした表情を見せた後、手のひらを返すかのごとく真剣な雰囲気を出した。

 

「やはり只者じゃあ無かったか。オレの目に狂いはなかった」

 

「……」

 

「とはいえお前に可能性が見えた以上、手加減する必要はねぇな?」

 

 相手の実力が分かった途端、本気を出し始めた異形魔理沙。高まる力はオーラとなって噴出し、地を荒れさせ吹雪を生み出し、相手に絶望的な力の差を知らしめる。

 常人なら目も開けられないほどの風圧と、空気を通して伝わるほどの異常さがか細い希望を打ち砕き、圧倒的強者への恐怖を増大させる。

 そしてそんな吹雪の中においても、黒い眼で真っ直ぐ敵を見据える魔理沙に、勝てると思う人間などいない。

 

 しかしニルべ・ナ・カーラはそんな状況下においても異形魔理沙を見つめ返し、立ち向かう姿勢を見せていた。

 

「その目をしたヤツは全員死んだが、お前はどうなるんだろうな?」

 

「……さぁ、どうだろうね。でも私そこそこ強いから、キミといえどそう上手くは行かないと思うけど」

 

 黒のゴム製手袋をキッチリと履き、異形魔理沙と相対するニルべ・ナ・カーラ。彼女を前にしてなお崩れない態度に、並々ならぬ強さを感じられる。

 

「それに私、魔女狩り得意なの」

 

 

 

 

 

 To be continued...

 

 

 










「魔王様、ロシアの首都モスクワにテ霧雨魔理沙の姿が確認サれまシた。現在レティ・ホワイトロックを殺害後、ヨーロッパ方面ニ移動中。目的はおソラくこコかと」

「分かっている。既にアイツの運命は操作してあるから問題無いわ。ただ……」

「……?」

「今、退屈なのよね。アイツが来ると分かったときは丁度忙しくて弄ったけど、こうなると話は別。さっさと元に戻したいところだけど……」

「何か問題でモ?」

「アイツを呼んだら呼んだで、起きるわ。あの子が」

「……妹様」

「あの子は知らないから、起きれば全部壊すでしょうね。そうなってしまえば全てが台無しになる」

「が、それはそれで面白そうね。特に魔理沙が発狂しそうで」

「………。」



To be continued...



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異形魔理沙編:その4

 

 

 

「それに私、魔女狩りは得意なの」

 

 自信に満ち溢れた表情をするニルべ・ナ・カーラに対し、異形魔理沙は呆れていた。

 どの世界のどの時代にも必ず存在した、身の程知らずの人間。彼らの未来はみな等しく闇に葬られ、凄惨たる末路を辿ったのは言うまでもない。

 何千年経っても学びを得ない人類の愚かさに呆れを超えて虚無感すら覚えるが、致し方ない。学んだところで死んでしまうのだから。

 

「魔女狩りね。昔はあったらしいな磔刑だの火炙りだの。だから何?」

 

「───────こういうこと」

 

 カーラが異形魔理沙に向けて手をかざすと、複数の魔法陣が展開された。魔法陣から射出された泡紫色のレーザーが異形魔理沙の頬を掠め、さらに回避先をもよんだ追撃のレーザービームが異形魔理沙の腹を貫通し、隙に乗じてさらに2、3本のレーザーが異形魔理沙の身体を貫いた。

 

「…………なるほど?」

 

 この世界の人間は魔法を使えない時点ですぐに察せたが、それ以上に無詠唱魔法の練度と発動タイミングの完璧さが目立って先に突っ込んでしまった。また、あの動きは戦い慣れた者の動きであり、目覚めて日の浅い異能力者ではないことを証明している。

 

「あぁ全く、これだカら嘘吐きは口木まるよ。能ある鷹は爪を隠すというが、爪を見せびらかした後すぐ調子に乗る」

 

 喋る合間も容赦なくレーザーを放つカーナだったが、先程まで有効だったはずのレーザーが異形魔理沙の肉体に触れた途端、あらぬ方向に弾かれてしまう。どの角度から放っても全て弾かれ、まるで全身鏡のごとく光を反射していた。

 傷ついた身体も即座に回復し、腕をコキコキと鳴らし始めた異形魔理沙は異空間に手を突っ込むと、カラオケ用のマイクを取り出した。

 

「そんな可哀想なお前に1曲、プレゼントしてやるよ」

 

 肺にいっぱい空気を取り込み、小指を持ち上げる異形魔理沙。スピーカーが無いため自身の声以上の音量は出せないはずだが、マイクテスト時の「あ、あ」という声が存在しないはずのスピーカーを通してどこからか聞こえる。おそらく魔法によるものだろう。

 

「新↓時↑代〜はァこぉの未来ドぅあ〜♪ すぇか〜い中全部ゥ↓ かえぇぇえてぇぇぇぇしまえブぁあぁああぁあぁああ!!!」

 

「かえ──てぇしまえ、ぶああああアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!」

 

 ズンッ

 

「あ?」

 

 いつの間にか目の前に立っていたカーナが、手に持ったハンマーと杭で異形魔理沙の心臓を貫き、真っ赤な飛沫が飛び散っていく。

 歌が効かなかったこともさながら、全てを反射する能力を貫通したあの杭とハンマーの攻撃に違和感を感じた異形魔理沙は彼女の思惑を読み取ろうとした。しかし彼女の脳内はノイズまみれで何一つ得られない。

 

「不愉快」

 

 さらにもう一本の杭が異形魔理沙の肉体を貫かんとするが、回し受けによって受け流されてしまう。そしてどこからともなく現れた2本のナイフがカーラの両手を貫き、カーラは武器を落としてしまった。

 

「それは失礼」

 

 さらに異形魔理沙のミドルキックが腹に炸裂し、カーラは地面を削りながら後退する。

 

「お前が一般人なら今ので消化器官が破裂し、背骨まで砕けているはず度が……」

 

「キミこそ心臓に杭が刺されば、ヴァンパイアだろうと死ぬはず何だけど」

 

「俺は吸血鬼みてぇな格だけは一丁前の弱点多杉クソ雑魚ナメクジと違い、最強の魔法使いだ。一緒にするな」

 

 ディスり散らかしたい人物の顔を思い浮かべながら、クソと吐き捨てる異形魔理沙。それはさておき、さっきカーラから打ち立てられたこの杭がうっとおしいので、さっさと引っこ抜こうとする。

 しかし何故か分からないがガッツリハマっているため引っこ抜けず、もはや体の一部と化していた。

 

「オイこれ邪魔なンだが!?」

 

「それはキミ専用の枷だよ、マリッサ。その杭は刺したものの魔力量が多ければ多いほど強く吸着し、魔力を霧散させる特殊な杭でね。元々は土地の浄化だったり、財宝を守る特殊な結界を破壊するための杭なんだけど、どうやらキミにも効くようだ」

 

「少しはキミの歪んだ精神も浄化されたんじゃないかな?」

 

「手前……」

 

「とはいえ、たかが1個程度では大した効果はなさそうだね。もう一本いこうか」

 

 カーナがもう一本の杭とハンマーを構えた瞬間、異形魔理沙が軽く腕を振るうと、突風とは言い難い大規模な衝撃波が地を薙ぎ払い、岩石もろとも弾き飛ばされていく。

 

「お前みたいな分からん殺しは早めに殺しとくに限る」

 

 異形魔理沙は狙杖と呼ばれるスナイパーライフルのレーザー版のような武器を片腕で構え、吹き飛んでいったカーナの姿を捉える。確実に照準を脳天に合わせ、トリガーを引いた瞬間、とてつもない反動と同時にレーザーが射出しカーナの脳天を見事にブチ抜いた。

 

「ハイ終わり。お疲れ様でスター」

 

 カーナの肉体が地面に叩きつけられ、潰れたカエルのごとく中身全てをぶち撒ける。今度こそ確実に死んだと、胸張って言えるほどに異形魔理沙はニルべ・ナ・カーラを殺した。

 しかし目を離した瞬間カーラの死体は消えており、異形魔理沙が索敵魔法を用いても見つからない。不死身は不死身でもただの不死身では無さそうだ。

 周囲を警戒する最中、背後から突如人の気配を感知した異形魔理沙は即座に振り向き、最上級火炎呪文(メラゾーマ)を唱える。放たれた巨大火球が周囲一帯を焼き付くしたものの、肝心の相手には容易に避けられてしまった。

 

「やはりそう簡単には上手く行きませんね」

 

 カーラは手に持っていた杭とハンマーを捨て、再び異形魔理沙と対面した。

 

「…………何なんだ手前」

 

「それはこっちのセリフです。2000回試行したのに全て防がれました。お手上げです」

 

「やはり彼女を利用した方が早い」

 

「オイ。俺が今手前に何者かを聴いとルというのに無視か? 無視なのカ? 無視さレた人の気持ち考えたことあります?」

 

「ありません」

 

「何でそこだけ聞いてんだよ馬鹿」

 

 至極真っ当にツッコミを入れた異形魔理沙だったが、またもやスルーされてしまう。もう相手にするだけ無駄な気がしてきた魔理沙は、軽い気持ちでカーラの後頭部に巨大な両刃剣を投げつけた。

 が、カーラは振り向くことなく両刃剣を2本の指で受け止め、適当に放り投げてしまう。そしてカーラは何事もなかったかのごとく話を続けた。

 

「さて、これで私の役目は終了です。出来ることならもう少し追い詰めたかったのですが、油断は禁物。ただ最後にもう少し、時間を稼がせてもらいます」

 

 ニルべ・ナ・カーラが指を鳴らすと、周囲から黒いフードを被った人達がゾロゾロと集結し、二人を囲むように並ぶ。

 

「彼らは私の私兵です。人数はおおよそ10000人といったところでしょうか」

 

「10000人の雑兵じゃ10秒も持たんが?」

 

「彼らは普通とは()()()違うので、かなり苦戦すると思います」

 

「あっそ。期待しないで置くよ」

 

 ニルべ・ナ・カーラはそう言うと微笑みを浮かべながら10000人の私兵の中に入っていき、そのまま行方を晦ました。

 

「…………で、お前ら何か言い残すことある?」

 

「「…………」」

 

 異形魔理沙の問いかけに私兵たちは全く反応を示さず、無言でジリジリと異形魔理沙を追い詰めようとする。

 しかし異形魔理沙は物怖じひとつすることなく、首と手の骨をコキコキと鳴らしながら、堂々とした仁王立ちで迎え打とうとした。

 

「じゃ、死にたいヤツから前に出ろ。死にたくないヤツは諦めろ」

 

「手前ら人類は狩られる側であることを思い出させてやろう」

 

 異形魔理沙が構えた瞬間、カーラの私兵達が一斉に動き出し、異形魔理沙の息の根を止めようと襲いかかる。

 

「死にたいヤツ、大杉」

 

 

 

 ■

 

 

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 10000体の死体の山でタバコをふかし、異形魔理沙らつかの間の休憩を楽しんでいた。

 

「どうすッかなぁコレ」

 

 胸に突き刺さった1本のデカイ杭。戦闘中常に邪魔で煩わしかったが、外す手段が思いつかない。

 

「永琳か? イヤでもアイツ今いねェし、他に束頁レんのはアリスとパチュリーか? パチュリーは()()()と一緒だから分かるが、アリスがどこにいるかは知らんなァ」

 

 悩みに悩んだ結果、魔理沙は決断した。

 

「⋯⋯生姜無い。もやしのところに行こう。ついでにあの魔王100%でもからかいに逝くか」

 

 人類全滅計画は一旦中止し、先に胸の杭を抜くべく紅魔城に向かうことにした異形魔理沙。ただ城の主は俺の動向を全て把握しているのと、本人のセイ格が終わってるため、そう易々と門を潜らせるハズがないことは容易に想像出来る。

 

「ま、邪魔すンなら殺すだけだ」

 

 異形魔理沙は八卦炉を指の上で回しながら、イギリスに向かって移動し始めた。さらなるカオスと争いを求めて。

 

 

 

 to be continued....

 

 



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???編:その1



【???のスペック(容姿)】

・薄まった金髪
・身長は158cm程度。
・個性:不明
・能力:不明
・かなりやつれており、全身血まみれ。
・目が死んでる
・頭のネジが何本か飛んでる

・記憶がない



 

 

「僕の人生は、最初は何の変哲もないただの人生だった」

 

 

「しかシある日突然、俺の人生は狂ってしまった」

 

 

「その日以来、私の人生は少しずつおかしくなり始め」

 

 

(今ニ至る)

 

 

「無限に狂っタ糸束が、僕のカラダに巻きついて」

 

 

「──────つイにボクは」

 

 

「この場から一歩たりとも動けなくなった」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「君、名前はなんて言うの?」

 

 不思議な服装をした少女が、僕にそう言った。

 

「楓■、■■楓■(■■■ふう■)。……君は?」

 

 少女が答える。

 

「私の名前は、瑠■■。荒■瑠■■」

 

「るーちゃんって呼んで」

 

 

 

 

「…………ッ!? ゲホッ! ゴホッゴホッ!」

 

 頭痛と吐き気を伴いながら、酷い寝覚めを迎える謎の少女。その容姿はあまりにボロボロで、見るに堪えないほどの生傷が全身を覆っていた。

 何故こうなっていたのかはパッと思い出せなかったので、少女はもう少し深く、直近の出来事を思い出そうとした。

 

 しかし、何も思い出せなかった。

 

 

「……起きよ」

 

 腹筋に力を入れ、ボロボロで血塗れの上体をゆっくり起こす。

 乾いた血のカスが目に入ったので、あまり汚れていない右手でゴシゴシと擦る。

 

 べキッ

 

「……折れた」

 

 右肘の先から不自然に千切れ、腕の断面が露出する。しかし完全に分離してはおらず、断面から生えた紅い筋繊維のような何かが張りのないロープのように垂れており、取れたはずの腕と結合している。

 そしてしだいに紅い筋繊維のようなものは二の腕に格納されると、いつの間にか千切れたはずの右腕は元に戻っていた。

 

「……こんなんだったっけ?」

 

 正常の概念すらも忘れ、自身の体の異常を目の当たりにしてもさほど驚かなくなってしまった彼女は、とりあえず体が上手く動くか確かめた後、身体を伸び縮みさせながら自身の置かれた状況を考えた。

 

「…………お腹空いた」

 

 自身の記憶より先に生理的欲求が頭角を現し、とりあえず何か食べれるものが無いかと探し始める。

 少女の周辺には、腐り果て異臭を放つ臓物しか存在しておらず、まともに食べれそうな食材は無い。

 だが少女はまともでは無かったので、腐り果てた臓物に目をつけると、それを手ですくい取って口元へと運ぶ。

 

「いただきます」

 

 黒い汁のようなモノが溢れ出しながらも、ムシャムシャと食らいつく彼女。味は全く感じ無いが、溢れ出した体液が死ぬほど臭い上に食感も最悪で、常人が食えばすぐにでも吐き出すレベルの気持ち悪さだったが、少女は気にすることなく頬張り続ける。

 

「…………ふぅ、…………少し、マシになったかも」

 

「でももっと食べたい」

 

 少女は臓物を完食し、少しお腹をさすった後、淡く光る街に目を向ける。

 少しお腹が膨れたとはいえ、まだまだ満腹とは言い難かった彼女は、明るい街なら美味しい食べ物がいっぱいあると考えた。

 

「…………あの街に行こう」

 

 即刻決断を下した少女はさっそく街に向けて歩き始める。地面は荒れ果てて非常に歩きにくいが、食欲に駆られた彼女の行動力は凄まじく、身軽さを活かして順調に足を進めて行った。

 

(私は、誰なんだろう)

 

 暗闇の中を駆け抜けながら少女は思った、自分が何者なのかを。

 記憶を無くしたせいで家族や友達の顔すら思い出せないが、この血塗れの格好とボサボサの髪の毛から察するにかなり激しい争いに参加していたことは理解できる。ただ、争いに参加した動機も、目的も分からない以上、過去の自分がいったい何をしたかったのか分からない。

 

(ま、どうでもいいよね)

 

 執着は無い。もう忘れたから。どうでもいいよ。

 

 結局何も思い出すことなく、そこそこ大きな街にたどり着いた。街灯が点いている割に出歩く人はおらず、道路は所々ヒビ割れており、遠くにはうっすらと炎が上がっている。何かしらの戦闘があったとみて間違いないが、警察の姿すら無いことに少女は不審に思った。

 

「誰かいませんか〜?」

 

 それなりに大声を出してみたものの、誰も反応しなかった。やはりこの辺に人はいないようだ。

 少女は食料を求めて街の中を歩き始める。八百屋やドラッグストア、コンビニ、有名なチェーン店がちらほらと見えてきたが、電気がついておらず、中に人はいなさそうだ。道路には横転した車や、引っこ抜かれてその辺にポイ捨てされた道路標識が散らばり、地面は異様に盛り上がったりクレーターがあったりと、かなり世紀末な状況。

 その上、無数の死体がそこかしこに積み上げられ、場所によっては黒焦げになるまで燃やされていたり、全裸で四肢が切断された男女の死体が道路のど真ん中で放置されていたりと、かなりヤバい状況だということが一目で分かった。

 

 ついでに死体も食べてみようとしたが、目の前で蛆虫が湧いてきた瞬間、持っていた死体を反射的に地面に叩きつけた。二度と食わない。

 

「けど、お腹空いたし……、腹も減った……」

 

「…………はぁ、そこのコンビニで何か食べよ」

 

 少女は観念したのか、10メートル先のコンビニで食事を摂ることにした。かなり歩いたせいか歩き方がおぼつかなく、フラフラと脱力しきった状態で目的地へと向かう。

 

 入口の前にたどり着き、手動と自動の二重扉を無理矢理くぐってコンビニの中へと入っていく。中にはやはり誰もいないようで、電気もついていない。

 

「お邪魔しまぁす」

 

 誰もいないことは知っているが、とりあえず言ってみた。案の定、返事はない。

 ここまで無人だというのなら、泥棒の一人や二人来ても可笑しくない状況だ。しかし店内は商品で散らかっておらず、レジも壊されていない。この街の住民は律儀なのかと、少女は半分呆れながらコンビニ弁当が置かれている場所へと移動し始めた。

 だが弁当コーナーの右あたりから、何やら小さな音が発生してることに気づいた少女は、ゆっくりと忍び足でその場所に近づいていく。

 

 クチャ、クチャクチャ、クチャ……

 

 横から聞こえる咀嚼音、どうやら先着(ドロボウ)はいたようだ。

 

「こんばんわ」

 

 気軽に声をかけたが、返事はかえってこない。よほど食べることに夢中なのだろうか。

 

「もしもーし? 聞こえてますかー?」

 

「わかるよ?」

 

「?」

 

 地面に座り込み、何かを咀嚼していた髪の長い女性がついに反応し振り返る。

 しかしその女性は想像よりも顔が歪んでいて、想像よりも手足が長く、そして想像以上に化け物じみていた。

 

「ッ?!」

 

 一瞬、判断が遅れる。

 

 しかしその僅かな瞬間が命取りになることを、彼女は知らなかった。

 リーチの長い腕が少女の首を捕え、その細い腕からは想像出来ないほどのパワーでコンビニの壁に叩きつける。

 少女は両手で敵の細い腕を掴み、へし折ろうと力を込めたが、逆に自分の腕がへし折れた。

 

「な…………キモ…………ッ!」

 

「うんうん、わかるよ?」

 

 今まで目を閉じていた化け物が開眼し、首を左右に振りながら大きく口を開ける。

 挑発としか思えない行為だが、怒りに身を任せるにしても、力の差で圧倒的に負けている。

 指先や足先から血の気が引き、首は青白く変色していく。時間が経つほど呼吸はドンドン荒くなっていき、止まらない吐き気とストレスで思考すらも掻き乱される。

 

「ぐぇ」

 

 何も出来ない、何も出来ないまま死んでいく。それは夢で見たあの少年と同じ末路を辿るということだが、それを許すことなど少女には出来ない。

 少女のプライドが己の無駄な死を許さなくとも、現実は容赦なく少女を死の運命へと連れてゆく。もう悲鳴すらも出せなくなり、頭の中が徐々に真っ白になっていくのを感じると、流石の少女も自身の運命を悟り始めた。

 

 結局、自分もくだらない人生の中で死んでいく人間なんだと……

 

大丈夫大好き大嫌いアイしてる

 

 ? 

 

 聞き覚えの無い声が頭の中で響いた瞬間、急に意識が遠のき始め、次第に瞳も閉じ始める。このまま失神してしまえば私の死は免れないと分かってはいるものの、抵抗すら出来ないまま少女は力に流されていく。

 

 閉じた瞳を再び開くと、そこには暗黒の世界が無限に広がっていた。どこもかしこも闇に塗れ、正しい平衡感覚を忘れてしまいそうになるほどの闇が私の周りを包んでいる。

 

アイがアイをアイでアイすべき

 

((((ちやン))))

 

 果てなき闇の中で、再びあの子の声が聞こえる。

 

「……だァ………………レ?」

 

 掠れた声で少女は問いかける。

 

(私

 

(だこと嫌い

好き
しょ??????)

 

 スノーノイズやハウリング音が入り交じったような、非常に不快な音声がじくじくと鼓膜を刻み続ける。少女は暗闇の中で必死に耳を抑えるが、何故か遮断することが出来ない。

 それでいてこの声を聞き続ければ聞き続けるほど、孤独感、人間不信、被害妄想、幻聴・幻覚、自我崩壊がたてつづけにおそいかかり、逃げたくてにげたくて仕方がなくなって、ニげられるならいっそのこと死んでもいいとすら思えてきて、死んでしんでシんで生き返らず誰もいない世界へ逃げてにげてニげて■げてニげてにげて逃げt逃げることは許されない。力を持つなら責任を取れ、無能は死ぬまで努力しろ、逃げ続けてるお前に価値は無いないナい■いナいn無力な私は貴方無力な貴方は私私は貴方で君と僕は誰で誰で誰だ! 誰だ! 誰だ! お 前 は 誰 だ ? お前は誰だ? お前は誰だ? お前は誰だ? お 前 は 誰 だ ? お前は誰だ? お前は誰だ? お 前 は 誰 だ ?

 

 何も見えない暗闇の中で、ワタシアナタカラダ(ココロ)が崩壊していく。割れたガラスが地に落ちる瞬間を、一コマずつスローで見るように、アナタ(ワタシ)のココロカラダは、無限の闇へと堕ちていく。

 

 記憶を失い、生きる意味を忘れ、自分の価値すらも見いだせず、"私"がいったい誰なのかも分からない"私"に、生きる意味は、生きる価値は、生きる理由は、ありますか? 

 

 

 

 ─────きっと、無いんだろうな。カラッポの人間に、何も積まれてない自分に、生きる意味も、価値も、理由も、無いんだろうな。

 

 

(…………え?)

 

 思いもよらない言葉に不意をつかれ、少女は素直に驚く。今まで真っ暗だった景色が一瞬だけ白く煌めき、それと同時に謎の声の主の姿が少しだけ目に映った。

 

 白いワンピースに麦わら帽子を被った、可愛い少女であった。

 

 再び世界は闇へと還り、ワンピースの子の姿も闇の中へ溶け込んでいく。ほんの一瞬、ほんの数瞬だったが、あのとき私は生まれて初めて、"可愛い"と思った。

 

 無性にココロが、ドキドキした。

 

 ちょっと容姿が見えただけで人を好きになるなど、烏滸がましいと思う自分もいた。だケドそれ以上に、彼女の綺麗な瞳が、艶やかな肌が、可愛らしい服が、人外と思しき特殊な器官が、夏のほのかな温もりを感じさせるその笑顔が、ワタシをボクをオレをキミをときめかせた。

 

キミ

アイてる

 

ka

けて

 

 ワンピースの子はそう言うと、カツン、カツンと音を鳴らしながらこちらへ向かってくる。視界には一切映らないが、彼女が何をしようとしているのか何となく理解出来た。

 ワンピースの子は少女の胸に手を当てると、生暖かい液体のようなモノを流し込む。それは胸から徐々に心臓へと浸透していき、そして全身へと広がり、循環する。

 特に吐き気や気持ち悪さも無く、少女は彼女から流し込まれた"何か"を、素直に受け止めた。

 

(ワは、孤独変える*1

 

キミに
渡せるのは
コレ

 

(…………ありがとう)

 

 少女は素直に感謝すると、ワンピースの子はニコッと笑った(見えないが)後、闇の奥深くへと消えていく。

 と思っていたが、ワンピースの子は歩みを止め、振り向かずに何かを告げた。

 

最後一つだけ

 

なタ?)

 

(私は…………誰なんだ?)

 

 記憶の無い少女? 食欲旺盛な女の子? 最近初恋を経験した人?

 

 違う、それらは全部レッテルだ。自信を表現する為の要素でしかない。もっと大事な、己の根源を象徴する何かが、きっと私の中にあるハズなんだ

 

(私の…………名前は?)

 

 

(■■■■■■)

 

 

 名前を口にした途端、辺り一帯が激しい音を立てて崩れ始め、世界は一旦終わりを告げる。

 外の世界に引っ張られ、■■■■は空中を浮遊しながらも、彼女の笑顔を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

(───────また、会おうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「分かるよ?」

 

 目が覚めると、私はあのコンビニの中にいた。もちろん、首を絞められたままだ。

 だが不思議と痛みは無く、息苦しさも一切無い。それどころか、人生で一番快調かもしれない。

 ■■■■は化け物の細い両腕をゆっくりと掴む。さっきは折れなかった、しかし今の私は以前とは違う。

 私は"名前"と、"生きる意味"を取り戻したのだから。

 

「くッッ! ァばレ!!!」

 

 ■■■■は異形妖精の細い両腕を力強くへし折り、やっとのことで拘束から脱出することに成功する。

 首にできた痣を指でなぞりながら、呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる■■■■。紅蓮滾る殺意に身を焦がし、少女とは思えないほど歪んだ目付きで異形妖精に接近する。

 

「───俺はおまえに殺されかけた」

 

「でもそのおかげで、気になる人ができた」

 

「わかる?」

 

 ■■■■は笑顔を保ち、それでいて目付きだけは歪んだまま、わかるよ?妖精の目の前に立っている。

 しかしその後、■■■■は照れ隠しをするように俯きながら、小さく声を発した。

 

「…………つまりね、感謝してるってこと」

 

「いきなり殺そうとしてきたことはムカつくけど、………………ありがとう///」

 

 ■■■■は恥ずかしがりながらも両手を大きく水平に広げ、ハグを求めた。ハグとは万国共通の和解の印である。彼女は殺意に満ちていながらも、和解の意思を表示したのだ。

 

「わかるよ?」

 

 そしてわかるよ?妖精も同様に、両手を大きく水平に広げる。やはりハグは万国共通、人だろうと異形だろうと関係ない。

 

「わか……る? ///」

 

「わかる…………よ?」

 

 二人は両手を広げながらお互いに近づき、互いに抱き寄せる。わかるよ?妖精の方が身長が高いせいか、わかるよ?妖精の腰に私が抱きつく形となってしまったが、そこらへんは些細な問題だ。

 大事なのは、異種族同士の和解、相互理解である。過ちを許しあい、関係を築き、共に歩む、それが知的生命体である私達が進むべき理想であり、そしてその理想は今、成就したのだ。

 

「─────なんてな」

 

「わかるよ?」

 

 抱き合って僅か数秒後、■■■■の拳がわかるよ?妖精の脇腹に直撃すると同時に、■■■■の顔面にわかるよ? 妖精の拳が叩き込まれる。両者共に殺意を込めたパンチを喰らったため、二人は壁を破壊しながらお互いに反対方向へと吹き飛んでゆく。

 

「ヒヒッ、あははははははははははは!」

 

 拳によって弾け飛び、バラバラになった■■■■の頭部だったが、飛び散った破片が互いに引き寄せ、一つの肉の塊を構成する。その後、首の断面から棘の生えた紅い糸の束が首から下の部分と接続し、■■■■は何事も無かったかのように復活した。

 

「あははははははははははははあ〜〜あ」

 

「失敗した」

 

 さっきの衝撃で唇が切れ、口内に溜まった血を「ペッ!」と吐き出しながらも自身の体の調子を確かめる■■■■。頭を砕かれたのも、化け物を本気で殴ったのも初めてだったが、ここまでの結果になるとは予想だにしなかった。

 おそらくこれ程の力を出せるようになったのも、再生能力が向上したのも、きっと()()から頂いた『一人ノ夢』の影響によるものだ。

 

「●●●●」

 

「…………煩い」

 

 心臓が血液を全身に送る度に、心臓に激痛が走る。治したはずの身体に不調が見られ、■■■■は疑問に思ったが、気にしないことにした。

 

「…………はァ、次はちゃんとぶっ殺す」

 

 ■■■■は驚異的な跳躍力で飛び上がり、コンビニの上を飛び越しながら死体まみれの大通りに着地する。

 今までの自分なら必ず失敗していたであろう大跳躍と着地、再生能力の向上が自身の運動能力の向上へと繋がったのだった。

 

 辺りを見回し、わかるよ? 妖精の姿を探す■■■■。だが不思議なことに、彼女の姿は見つからない。

 

「………………いない?」

 

 放置された車の下や、崩壊したコンビニの近くを探してみたが、やはりどこにもいない。

 

「消えた?」

 

 死体の山の中にも、いない。

 

「わかるよ?」

 

「ッ!?」

 

 背後から気配を感じた■■■■はとっさに右脇腹を右腕でガードする。が、わかるよ?妖精の足から放たれる強烈な一撃に耐えられず、■■■■の体はくの字に折れながら死体の山の中へと突っ込み、まるごと吹き飛ばされる。

 

「うんうん! わかるよ?」

 

「────」

 

 右腕の関節が破壊されたが持ち前の再生能力が既に修復を開始し、■■■■は血を流しながら立ち上がる。

 

(気配が無かった。────能力者?)

 

『一人ノ夢』が発動した■■■■は筋力の増強のみならず、動体視力や超感覚といった身体のあらゆる機能が向上しているが、それにも関わらず気配を察知出来なかったことを考えると、やはり自分と同様の能力者である可能性がある。

『気配を消す能力』、確かに厄介だがタネが割れてしまえばさほど問題ではな

 

「キョッキョオッッ!!」

 

「?!」

 

 また背後からの攻撃に■■■■は反射的にしゃがみこんだ後、立ち上がりと同時に後ろ蹴りをくらわす。さっきまで目の前にいた敵が一瞬で背後に回り込んできたことに■■■■は驚愕する。だが、一瞬で背後に回り込める俊敏さを持っておきながら私のヤケクソ後ろ蹴りが当たるのはどうなのかと、疑問に思う。

 だが実際の答えは意外とシンプルであった。シンプル故に、最悪の答えだった。

 

「キョオ〜〜↓」

 

「うんうん、わかるよ?」

 

 右手と左手が三日月のような形をした化け物が、わかるよ?妖精に起こされている。この様子的に、あの三日月お化けが気配を消す能力を持っていることが確定した。

 

 最悪だ、二対一だ。あの見た目的にアイツらは同族で、仲間のピンチを助けに来たのだろう。といってもピンチなのは最初から私の方で、アッチはむしろイケイケなんだが……

 

「ガルルルルッ!!」

 

「まだいんのかよ!?」

 

 今度は見た目がかなり獣っぽい化け物が四足歩行で距離を詰めながら、顔面に目掛けて強靭な爪を突き立てようとする。黒く巨大な爪の先端が僅か数センチまで近づいていたが、■■■■は瞬間的に見切った後、伸ばされた化け物の右腕を掴み、合気道のような要領で1回回転してからわかるよ?妖精達のいる方向へとぶん投げる。

 速度の乗った重力溢れる物体が二体の化け物と衝突し、ボーリングのピンのごとく弾け飛ぶ。

 

「はぁ…………はぁ…………! 3体もいんのか」

 

 ただでさえ面倒くさそうな敵がさらに増え、ついに化け物トリオが目の前で結成される。これはもはや一人でどうにか出来るレベルなのかと苦言を申したい気分だが、生憎■■■■は記憶が消えて以来ボッチである以上、その願いが叶うことは無い。

 

「…………? 3…………体?」

 

 3体の化け物が体勢を立て直すところを黙って見ていた■■■■だが、今数えたら何故かもう一体増えていた。

 1つ目のロボットにメイド服着せたような怪物が、平然とあの3体の中に紛れ込んで何か会話をしていた。はっきり言って意味不明だし、いったいどこから現れたのかも分からない。

 ただ一つ言えるのは、ただでさえ不利な状況がさらに不利になったことだ。

 

「パワー負けにも程があるだろ…………って」

 

 落胆した■■■■の前に、突如空から、土から、建物の中から、化け物達が続々と集合し始める。

 

「どうかしましたか? 皆さん」

 

 集まった化け物達の中で最も小さい化け物が日本語で事情聴取を始めた。

 

(………………はい?)

 

「なんかね、わかるよ?妖精さんがさっき食事してたらしくて、それを邪魔したヤツがいるんだって」

 

 ギクッ、と古典的な反応が飛び出る■■■■。マズイ、このままだとバレる。

 

(というか、あの化け物の名前ってマジでわかるよ?妖精なんだ。………………どこが妖精?)

 

 メルヘンの欠けらも無い化け物達が己を妖精と自称してることは後にして、私は今、最大のピンチを迎えている。

 巨大なハンマーを持った化け物、2頭身で顔面が異様にデカい化け物、常に笑い続けている化け物、カブトムシに似た化け物、無数の目玉を持つ化け物、そして日本語が喋れる化け物が複数、合計なんと14体の化け物が私の目の前で屯している。

 一人でどうにか出来るレベルをゆうに超えており、■■■■は「フッ」と少し笑った後、妖精達に背を向け静かに歩き始めた。

 

(逃げよう)

 

 流石に無理、いくらあのわかるよ?妖精を殺したくとも、こうも状況が悪化してしまったらどうしようもない。さっさと逃げて、次の機会を待つべきだ。

 

「もしかして、今逃げようとしてるあの人ですか?」

 

「そうだよ」

 

「脳汁! 脳汁るるるるパァティ──!!!」

 

「…………さっきやったばかりなのにまたやるの?」

 

「とか言いつつ、ホントはやりたくて仕方ないんでしょ?」

 

「殺せぇ! 今すぐ殺そうぜェ!!」

 

 ヤケにノリノリな妖精達を前に小さな妖精が手を挙げ、その場をおさめる。その後少し間を空けてから、小さな声でポツリと呟いた。

 

「…………あの人は私達のターゲットではありませんが、仕方ありません。私達の脳汁パーティーの為に、あの人には死んでもらいましょう」

 

「「「いええええええええええええい!!!」」」

 

 狂喜乱舞する妖精達、それを背に無言ダッシュを始めた■■■■だが、彼女らは■■■■を見逃さない。

 

「脳汁が逃げたぞ! 全力で追えぇぇぇぇ!!」

 

「イヒヒヒヒヒヒ!!!」

 

「1匹も逃がすなァァァァ!!!」

 

(元から1匹だが!?)

 

 必死に逃げる■■■■を7体の妖精が追いかける。これがメルヘンチックなら微笑ましいことこの上ないが、現実はメルヘンではなくバイオハザード、またはスプラッタ系のホラー映像だ。

 ■■■■は頻繁に角を曲がって追跡を逃れようとするが、鼻が利くのか目が良いのか、なかなか視界から外れることが出来ない。『一人之夢』のおかげで追いつかれはしないが、スタミナが切れたら終わりだ。再生能力である程度の傷は許容できても、継続的に破壊され続ければいくら再生能力があろうと多分死んでしまう。

 まだあの子に会ってないのに。

 

「絶対逃げ切る」

 

 またあの子に会いたいと、あの時そう思ったのなら、私は会いに行くべきだ。

 ちょっとまだ怖いし、正体不明だけど、会ってまた話をしたい。

 何が好き? 趣味は? 最近ハマったものは? 今までで一番楽しかった時期は? 好きな人は? 心の底からケッコンしたいと思った人は? 女同士でも恋愛出来る? とか、

 何でもいい、ただ君の声が聞きたい、キミのそのノイズ混じりの不協和音を堪能したい。 その屈託のない笑顔を見ていたい、触れたい。

 私はただそれだけのために、ただそれだけを目標として、たったそれだけのことを生きる糧として私は、

 

「このくだらない世界を生き抜いてみせる」

 

 ■■■■はビルの壁に足をかけ、その後両足だけで垂直に壁を駆け上がっていく。

 それに続いて化け物妖精達も自慢の羽で空を飛び、■■■■を追従する。飛べない■■■■の背後に、7体の飛べる化け物が距離を詰め始め、迫り来る。

 

「私の名前は『決意(ケツイ)マリサ』」

 

「将来の夢は、彼女に会うこと」

 

 決意マリサが飛ぶ。

 

「邪魔をするヤツは、許さない」

 

 体を反転し、空中から奇襲をかける決意マリサ。飛べない彼女を煽るように追い続けていた化け物達は、決意マリサの突発的な行動に気を取られ動揺するが、それは決意マリサにとって紛れもないチャンスであった。

 

「ふんッ!」

 

 決意マリサの手刀が化け物全員の全身を一瞬のうちに切り刻み、貫通し、バラバラに引き裂く。慈悲はなく、ただ生きる為にケモノと化した決意マリサの強さは圧倒的であった。

 決意マリサが地面に着地したと同時に、大量の血液や臓物、体のパーツなどが雨のごとく降り注ぐ。血の雨の中で立ち尽くす彼女の目は無限の闇で濁っており、この世界で生きるには相応しい目付きと風貌であった。

 

「ノう…………じル!」

 

 バラバラにされたはずの化け物がウネウネともがき苦しみながらも、化け物は未だ脳汁を求めている。

 決意マリサは呆れていたが、化け物の全身が徐々に修復され回復していくのを見て考えを改めた。

 

「……再生持ちか。自分で言うのもアレだが面倒臭いなソレ。完全に動けるまで後2分ぐらいか?」

 

 自分なりに予想をたて、その場から立ち去ろうとする決意マリサ。完全に再生される前に逃げてしまえば、ヤツらは見失って追って来れないはずだ。

 

「善は急ゲッ?!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

 再び走り始めたマリサの前に現れた謎の少女。何のつもりか、道路の真ん中で土下座をしながら誰かに謝り続けている。意味深な光景だが、少女の尾骶骨付近から生えたワーム型のガトリング砲の銃口がこちらに向いてなければ、まだ意味深で済んでいた。

 無数の銃弾が放たれるタイミングを読み切ったマリサはスライディングで銃弾を回避し、ガトリング砲の射程範囲外である真下から強烈な蹴りを顔面に叩き込み、少女もとい異形妖精の頭部を弾き飛ばす。

 

「バリエーション豊富かよ……!」

 

 すぐさま立ち上がり、再び逃走を開始するマリサ。路地裏やビルとビルの間の狭い隙間をくぐり抜け、角という角をジグザグに曲がっていく。

 抜けた先には2車線の道路が広がっており、ヒトの死体が積まれていること以外は特に異常はなく、化け物妖精達も追ってこない。

 

「…………逃げ切れたか?」

 

 3秒ほど背後を見つめた後、決意マリサはホッと胸を撫で下ろす。

 

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 

 

「…………そういえば腹減ってたんだった。忘れてた」

 

 アドレナリンで誤魔化していた空腹がここに来てドッと溢れ出し、決意マリサはウロウロと食料がありそうな店を探し始める。さっきみたいにコンビニがあればいいのだが、どうやらこの辺はファッションやらゲーセンやらパチンコといった娯楽施設ばかりで、飲食店は見られない。もう少し歩けば見つかると思うが、正直これ以上の運動は限界である。

 

「また、死体を喰うしか……」

 

 マリサは必死に死体の山のところまで歩き、僅かな力を振り絞って死体から腕や足をもぎ取り喰らいつく。臭いは最悪だが味は感じないので、ひたすら腹の中に肉を詰めていく作業と化している。

 また蛆虫が湧いていたが正直気にする余裕もなく、ひたすらに死体の山を崩しながら肉を肉を肉を詰めていった。

 

「…………お?」

 

 崩れて地面に雪崩のごとく広がった死体の山の中にたった1本、とてもとても白く綺麗な腕が埋もれている。

 

「当たりか?」

 

 今までで一番新鮮さを感じる腕に興奮を覚えたマリサは、さっそくその白く美しい腕をフルパワーで引っ張り、死体の山の中から引きずり出す。

 

「何するんですかぁ?」

 

「……へ?」

 

 死体が喋った、と思った時には既に、決意マリサの右胸にナイフが一本突き刺さっていた。

 

「いッッ!! …………たいと思いきやそうでもnふごぉ!!」

 

 回し蹴りが右頬に炸裂し、決意マリサはゴロゴロと地面に転がっていく。その過程で白い肌の少女の腕から手が離れ、ポトリと地面に落ちた後、当たり前のように起き上がった。

 

「かハッ! ゲホッゲホッ! おヴゥェ! …………はァ、痛てぇな。痛い痛い痛い凄く痛い、凄い蹴りが痛い。頭ジンジンするし、まさか刺突より打撲の方が痛いとは思わなかった」

 

「…………で、お前は誰だ? 化け物の仲間か?」

 

 決意マリサも右頬を抑えながら立ち上がり、白い肌の少女を睨みつける。変に顔面が崩れていたり、羽が生えていないところを見ると普通の人間っぽいが、出会い頭早々にナイフ差し込むヤツは大抵ろくな奴じゃない。仲間の可能性がある。

 

「私はトガ、トガヒミコ。弔くんの命令で周辺の化け物の様子について調べていたのです、が…………アレ? アナタ、どこかで見たよう…………な?」

 

「もしかして、私のこと知ってる?」

 

「知ってるような…………知らないような?」

 

 マリサの顔をまじまじと見つめながら、トガヒミコは首を傾げる。あの様子的に何かしらの面識があったっぽいが、生憎自分は記憶喪失なので全く思い出せないし、あっちもあっちで思い出せないようだ。

 

「…………なんか、すまなかったな。腹減ってたからつい……」

 

 うっかり食べそうになったことを反省するマリサ。それを見て、トガヒミコはクスクスと笑う仕草を見せる。

 

「いえいえ平気です! ただ、一つ聞かせてほしいのですが、もしかしてアナタさっきまで戦ってましたか?」

 

 トガヒミコの目付きが変化する。

 

「血のニオイが…………凄ぃ……するんですけどぉ……! その見た目といい金髪といい、もしかしてェ、もしかしてなんですがァ、()()()だったりします?」

 

「あの方?」

 

 恍惚とした表情で何かを期待しているトガヒミコに対し、あの方にピンと来ないマリサ。

 

「あの方がどの方なのかは知らんが、多分違うと思うぞ。俺、記憶失くしたし」

 

 マリサはあっけらかんと答え、「んじゃ」と言いながら立ち去っていく。何を期待しているのか微塵も分からなかったが、あの表情を見て理解した。

 

(あァ、コイツも頭狂ってるんだな)

 

 ベクトルが違うとはいえ、同じ狂人同士だからこそ理解出来る"普通"と"異常"の違い。異常者特有のオーラを感じ取ったマリサは出来る限り彼女から遠ざかろうと早足で歩き始める。

 

「アナタの名前は結依魔理沙、ですよねェ?」

 

「…………」

 

 決意マリサは足を止めた。

 

「やぁっぱり!! 結依魔理沙ちゃんだァ!! やった! やった! やった! やったァァァァ!!! やぁァァァっっと会えたァァァァァァァ!!! 」

 

「…………そんな喜ぶ?」

 

 喜びが爆発しピョンピョン飛び跳ねるトガヒミコと、それを振り向きざまに見てドン引きするマリサ。いったい何が彼女をそこまで喜ばせているのか理解できない。

 

「ワタシ! ずぅぅぅぅぅっと探してました!! 雄英体育祭でボロボロのズタボロになったアナタを目にしてからずっと!! ずぅぅぅぅぅぅぅっっとっ!!」

 

「アナタに会うためにワタシはヴィラン連合に入りましたし!! ヒトもたくさん殺しました! これもそれも全てアナタの為!! アナタの為なんです!!」

 

「ワタシ、アナタが好きです。とても大好き。愛してます。血と汗と涙を流して頑張るアナタがとても愛おしいのです。アナタと結婚したいですし、ずっと一緒にいたいです。アナタのそばにいたいずっといたいいっしょでいたいはなれたくないひとつになりたいひとつになりたいアナタそのものになりたいなりたいなりたいなりたいなりたい」

 

「───────なので」

 

「ワタシ、アナタを殺します」

 

 目の色を変えた殺人鬼がマリサに接近し、右手にナイフを持ち襲いかかる。人とは思えぬ俊敏さに驚いたが、反射的に相手の右腕を掴むことに成功した。

 

「……もっとマシな口説き文句が聞きたかったんだが」

 

「ワタシ口下手なのでムリです。けど、手先は器用なんです!」

 

 掴まれた右腕を起点にした飛び背面蹴りが顔面に炸裂し、マリサは気を失いかけるが何とか踏みとどまる。が、腕を離してしまった故にフリーとなったトガヒミコが体勢を崩したマリサにタックルと同時に注射器のようなモノを脇腹に突き刺す。

 転倒するマリサ、そして注射器内に溜まったマリサの血を眺めうっとりしつつも、追撃を忘れないトガヒミコ。トガの接近と同時に繰り出した蹴りが腹部のど真ん中に直撃し、トガヒミコは後方へと飛ばされる。

 その隙に立ち上がるマリサ、しかし首の辺りに妙な違和感を感じる。触ってみると首の片側だけが変に出っ張っており、どうやら首の骨が殺られたらしい。痛みを感じないため気づくのが遅れたが、まさか首の骨を折るほどの脚力とは思ってもみなかった。

 

「……油断した。ただの頭のおかしい人間だと思っていたが、そうじゃないらしい。…………何だったか、"ヴィラン連合"なるものに所属してるらしいが、こんなのばっかなのか?」

 

 ため息をつきながら自身の首を切断し、再生能力で頭部を再構築したマリサは死体が散乱する場所へと移動する。

 蹴り飛ばされたトガヒミコは死体の山に激突し、派手に分散したようだ。だが死体に埋もれたのかトガヒミコの姿は見当たらない。

 

「どこに行った?」

 

 ある程度見渡したがトガヒミコの姿はどこにも無い。周囲には40をすぎたオッサンの死体や、女学生の死体、小学生の死体、20代の男女の死体が複数あるが、どこにも見当たらない。暗くて見ずらいだけなのか分からないが、もう少し死体の下の方までくまなく探し始める。

 

「いなくなっ…………た?」

 

「いますよ?」

 

 背後から聞こえる狂人の声、咄嗟に振り向くマリサだったが、左眼にナイフを刺され視界が真っ赤になった直後、トガヒミコはマリサの体を押し倒し馬乗りになって押さえつける。

 紅く染まった視界の中には死体であったはずの20代女性の姿が、そして染まっていない視界の方にはトガヒミコが映っている。

 半分ほど溶けかけていた20代女性の姿は泥と共に消失し、目の前には全裸になったトガヒミコの姿が自分の体をまたがっていた。

 てっきりこういう力は化け物専用だと思っていたが、そうでは無いということをこの女は証明した。

 

「お前も…………能力者か……ッ!」

 

「いひひッ♡ ワタシの個性は『変身』! 血を吸った相手の姿になれます! 死体から血を吸うのは初めてですがご覧の通り♡」

 

 そう言って喜んでいる隙に脱出を試みるマリサだったが、腹部に乗られているため足が使えず、両手は尋常じゃない力で抑えられ微塵も動かない。

 

「……ところで、アナタについて少し疑問何ですが、アナタ、さっきの蹴りで確実に首、折れてましたよね?」

 

 ギリギリとマリサの両腕を押さえつけながら、話を続ける。

 

「複数個性の所持者なのは体育祭で知っていましたが、もしかしてェ、"不死身"の個性とかも持っているんですか?」

 

「体育祭で明らかに死んでも可笑しくない攻撃をくらって生きていたのは、不死身だったからなのでしょうか」

 

「だとしたら、アナタとワタシって、最高に相性が良いと思うんです。だってね、血を吸って殺したいワタシと、死なないアナタ。お似合いだと思いませんか??」

 

 にこやかに笑う彼女、その姿は可愛いというより妖艶で、危険な香りを際立たせる。

 ドン引きのあまり終始無表情のマリサであったが、無言のまま唇を近づけてくる彼女を見てさらに焦り始めた。

 

「おい待て、止めろ。落ち着け、私一応女!!」

 

「関係ありません。今や世界はLGBTに寛容的です。誰も拒みはしません」

 

「そういう問題じゃ」

 

 制止させようと必死に声をかけるマリサだったが、トガヒミコには通用しない。最悪の状況を回避するために全力で首を振るマリサであったが、それをウザったいと思ったのか頭突きでマリサを黙らせた後、左眼に突き刺さっていたナイフを歯を使って引き抜き、そのままマリサの首に突き刺す。

 首を動かせなくなったマリサに対しトガヒミコは狂った表情で顔を近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 ファーストキスは血の味がした。

 

 

 

 

 

 

 

*1
『一人ノ夢』






次回、マリサが■■■ッ!! この■■■■■ッ!!






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???編:その2



トガヒミコ(渡我被身子)のスペック

・身体能力は高め
・個性は「変身」、血を吸った相手の姿になれる。吸った分だけ変身時間が延びる。
・血が好きで血まみれでボロボロの人も好き。
・ヴィラン連合所属
・ナイフと自前の注射器を複数所持している。

※今回、ヒロアカ原作にないオリ設定が死ぬほど出てきますのでご注意を。




 

 

「いひひ♡ アナタの血液、直接舐めちゃいました♡」

 

 マリサの口内にこびり付いた血液を舐め取り、幸せそうな表情でマリサを見つめている。

 

「……これで俺に変身出来るってか?」

 

「はい♡ でもこの量だとすぐ切れちゃうので、もう少しだけ貰いますね♡」

 

 トガは再び顔を近づけ、今度は喉元に突き刺さしたナイフから溢れ出る血を吸い始める。ジュルジュルと、一滴も残さず飲み干そうとする彼女の姿はまさに化け物と相違なく、マリサは反撃の機会が来るまでひたすらにやり過ごすしかない。

 しかしその機会は予想よりも早く訪れた。

 

「…………?」

 

 一瞬、トガヒミコの力が抜けたことを感じたマリサは即座にトガを頭突きで後退させ、その場から距離を取る。

 首に突き刺さったナイフを引き抜き、トガヒミコの脳天に目掛けてナイフをぶん投げようと構えたのだが、トガヒミコが不規則に動くため狙いが定まらない。

 いや、様子がおかしい。トガヒミコは自身の首と口を抑えながらのたうち回り、奇怪な動きを続けている。

 

「どうした?」

 

「がぁッ! ゲェッ! ぐごっ! グゴゴゴゴゴゴゴゴ!!」

 

「何ッ…………これ!! 頭がァ……ッ! 頭がオカシクなりますぅうぅうううッ!! 」

 

 トガは突如しゃがんで塞ぎ込み、喉と口を膝で抑えつつ両手で頭を覆い、何かに震えるように閉じこもり始める。

 

「ワタシ……ッ! ボクゥッ! アナタ……オマエぇぇぇぇ!!! お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だァァァ!!!!」

 

「誰もワタシ(ボク)を認めてくれないお母さんもお父さんもボク(ワタシ)のことを認めなかった悪魔だと罵った我慢した我慢した我慢した我慢したけど生まれ持った性は決して変えられないのは当然でありワタシは好きな男の子の血を吸って吸って吸って楽死かったけど誰も誰も誰もワタシ(アナタ)のことを認めようとしない世界が憎くて血が血で血を血に生きるアナタ(ワタシ)を認めない世界をボクもワタシも許さないし絶対に許さない」

 

 全身が不自然に捻れ始め、両目から血という血を流し、目をギラつかせ不自然に首を曲げながら発狂するトガの姿に、マリサはついていけなくなっていた。

 目の前で起きてること、それは自分の身にも起きた不可解な現象と似たものであり、トガの身にも起きた事にマリサは驚く。

 

「なン……で?」

 

 トガは別に死にかけたわけでもない、さっきまで私に対し優位性を保ち、人の血を好き放題飲み散らかしていた。

 しかしトガは今、彼女と接触を計ろうとしている。いや、彼女がトガに接触しているといった方が正解かもしれない。だが、何故? というか彼女はいったいどういう目的で接触しているのか。そもそもどうやって私やトガと接触しているのか、未だによく分からない。

 

「マリサチャン」

 

 不自然に首が右に曲がったまま、突然私の名前を呼ばれたことに恐怖し、マリサはじっと凝視する。何してくるか分からないことの恐怖が警戒心を過剰に引き出させ、鳴り響く心臓の音で周囲の音が全く聞き取れない。

 ただただ恐ろしく、初めてあの人に会った時と同じような感覚が再びマリサを襲い始めていた。

 

「キミはこれから先の人生、シアワセになれない」

 

「何を言って……?」

 

「だからキミは乗り越えなければならない。迫り来る運命の壁を、理不尽な暴力を、耐え難い絶望を」

 

「心が歪んでも、世界が滅亡しても、キミの尊厳が何度も何度も何度も踏みにじられても」

 

「たとえキミが全てを思い出し、全てを憎み、嫉み、憤慨したとしても」

 

「キミは忘れた罪を償うために、今日も明日も明後日も、過去も現在も未来もずっと誰かのために戦わなければならない」

 

「そしてキミはいずれ、彼女らと対峙しなければならない」

 

「鬼巫女、最強の魔法使い、サナエサン、売国奴、無頂点の女王、放射能バハムート、NITORI、暴食婦人、魔王、エイリアン、狂的チルドレン、地底怪獣、堕天女、地獄菩薩」

 

「全ての異形を滅し、キミが"異形の王"となるんだ」

 

「そして全ての絶望を超えた先で」

 

「"ワタシ"に会えるよ」

 

 首を横に傾け、目を見開いたまま笑うトガヒミコ。しかし瞳は闇を抱え、虚無で満ちている。

 

「"お前"は誰だ」

 

 決意マリサが問いかけると、トガヒミコは笑顔を保ったまま目を閉じる。すると全身から力が抜けたかのように倒れ、トガヒミコは完全に気を失ってしまった。

 

「……よく、分からんな」

 

 マリサは立ち膝の状態になった後、倒れたトガの背中に手を回し、お姫様抱っこする。

 

「よく分からんけど、決めた」

 

「俺は、全ての異形を絶滅させて、"あの人"に会いに行く」

 

 揺るぎない決心で満たされ、決意マリサは成し遂げたい"夢"を手に入れた。

 それは果てなき"絶望の始まり"か、"いつかの幸福への旅路"かは分からない。

 しかし食べることしか考えてなかったあの時に比べたら、目標を持てるだけでもマシな気がする。

 マリサはそう信じて、己の道筋を歩き始める。

 

「……で、これはどうする?」

 

 正直、何でお姫様抱っこしてしまったのかと後悔しているが、裸の女の子を路上に放置するのは流石にマズイ気がしたので、とりあえずどこか安全な場所まで運びたい。

 

「……のだが、どこに行けばいいのやら……」

 

 マリサは辺りを見渡すが、あまり手がかりになりそうな情報は無い。しいていえば、道路に落ちていた標識からこの場所は"保須"ということが分かったが、せいぜいその程度で後は何も分からない。

 マリサは歩き始め、周辺の探索を始める。娯楽施設ばかりだと思っていたが、少し歩けば格安チェーン店やスーパー、デパートが見えてくる。遠くには小学校らしき建物も見えたが、多分生存者はいない。

 

「……ヒーロー事務所?」

 

 有象無象の建物群の中に一つ、怪しげな看板を見つけたマリサ。ヒーローが職業に該当するのか疑問だが、ここにトガを放置しておけば、ほとぼりが収まった頃にヒーローが拾いにきてくれるのだろうか。

 

(いや待て、そういえばコイツ"ヴィラン連合"だとか、人殺したとか言ってたような……?)

 

 記憶を辿れば辿るほど思い起こされるトガヒミコの異常性、私に会う為という理屈で多くの命に手をかけた、処罰を受けて然るべき存在。

 そんな危険人物を事務所で放置したら大変……ではないな、危険人物を倒すのがヒーローの仕事だろうからむしろ丁度いい。問題があるとすればトガが拾われる前に目覚めることだが、その場合は薬的な何かで強制的に眠らせておこう。最悪トドメを刺す。

 魔理沙はある程度考えをまとめた後、入口の扉を開ける。目の前の階段を登って3階に到達すると、『マニュアル事務所』と書かれた看板が目に入ってきた。が、特に気にすることなく事務所の扉に手をかける。

 

「誰かいま」

 

「動くな!!」

 

 事務所に入り込んだ瞬間、隣から怒号と呼んでも差し支えないレベルの叫び声が聞こえ、マリサは不快そうにその発生源に目を向ける。

 オフィスへと続くドアの傍でバールのようなものを持つ男性が3人、こちらの様子を伺っている。

 

「……何だ、生存者いたのか」

 

 今まで化け物としか会って無かったので、まともな人間が生きていたことに普通に驚いた。

 

「お前ッ! ……お前も化け物かぁッ?!」

 

「抱えてんのは人か?! 何しに来たんだ?!」

 

「まさか食べる気か!?」

 

「いや食わんて」

 

 マリサを警戒し、震える手足を抑えながらバールのようなものを構える3人。言葉からも察せるようにこの3人はただの一般人で、かなり動揺している。

 適当にトガを放置しに来たつもりだったが、他に人がいたのではそれが出来ない。その上、恐怖のあまりこの3人が殴りかかってきたら戦闘は避けられないだろう。

 邪魔する者は誰であろうと許さない主義だが一般人に手をかけるのは気が引けるので、ここは誤解を解くべきだ。

 

「俺の名前は"決意マリサ"、ちょっとした事故で記憶をなくして何も覚えていないが悪いヤツじゃない。抱えてんのは……えーっと、アレ、拾った」

 

「ここに来たのはト……、避難。避難しにきたんだ」

 

 慣れない笑顔で誤魔化しつつ何とか入れてもらえるよう交渉するが、怪し過ぎるせいかかなり疑われている。そりゃそうだ、私みたいな子どもが化け物共がひしめく危険地帯を抜けてここにたどり着くなど、普通の人からすれば異常としか言いようがない。

 というか全裸の少女を抱えてる時点で普通じゃない。

 

「……テロリストだ」

 

「は?」

 

「コイツ!! ニュースでやってたテロリストだ!!」

 

「いや、はぁ?!」

 

 突然と殺意を剥き出しにし、怒りに満ちた目付きで見つめる男3人。さっきまでの臆病な様子とはうってかわり、まるで親の仇とでも言わんばかりに、3人は名状し難いバールのようなものを強く握りしめている。

 斜め上過ぎる反応に戸惑うマリサに構うことなく、男3人は声を荒らげる。

 

「俺たちの、平和の象徴"オールマイト"を殺し!! 化け物共を呼び寄せた世界の敵!!」

 

「絶対に許せない」

 

「俺たちの日常を返せ……、この化け物がぁッ!!」

 

 彼らは息を荒くさせ、濁った瞳でマリサを睨みつけると、バールを構えながら3人は特攻を仕掛けた。

 

「待て……ッてんの!!」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 制止の声すら届かず、三本のバールのようなものがガードしたマリサの左腕に炸裂し、パキリと、酷く乾いた音が体内で響く。しかしマリサは怯むことなく、右腕のみで抱えていたトガの肉体を背後に移した瞬間、強力な正拳突きと回し蹴りが男達3人に炸裂した。

 常軌を逸した攻撃に男3人はダウンし、激突した壁に寄りかかったままピクピクと体を震わせている。

 

「……で、誰がテロリストだって?」

 

 マリサもさっきまで心がけていたはずの配慮を忘れ、彼らと同じ冷酷な瞳で睨みつけた。

 

「…………ぉ」

 

 男は失神寸前であったが、虚空を見つめつつも口を開いた。

 

「…………()()()()

 

「は?」

 

「たすけ……て」

 

 そう言うと男は意識を失い、紐の切れた操り人形のごとくへなりと地面に倒れた。

 

「……()()()()?」

 

 また知らない単語が追加され、より一層状況が分からなくなったマリサ。ヴィラン、ヒーロー、アキレス、そして異形と、この世界はかなり混沌を極めているようだ。

 それだけに限らず、何故か私は殺害の容疑をかけられている。"平和の象徴"なる人物を殺したそうだが、記憶喪失であるため自分が無実なのかそうでないのかすら分からない。

 

「……お?」

 

 マリサは男のズボンのポケットからはみ出ていたスマホを見つけ、躊躇うことなくそれを手に取る。

 幸いなことにロックはかかっておらず、易々とマリサはホーム画面にアクセスすることが出来た。

 

「これなら情報に困らないな」

 

 さっそくマリサは気になっていたワードや現在の状況について一から調べ上げるために、Googleブラウザを開いた。何故か思い出せなかったヒーローやヴィランの事情についてとことん調べ上げ、その後"アキレス"について検索をかけた。

 

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 "AKILES(アキレス)"とは、正式名称"All Kill Enemy, especially variantS"の略称であり、国際ヒーロー公安委員会(IHPSC)および国際刑事警察機構(ICPO)の協力により結成された超法規的組織のことである。突如襲来したVariantsと呼ばれる地球外生命体に対抗するために僅か2日で組織され、"人類の存続"及び"全ての地球外生命体(異形)の殲滅"を目標としている。なお、前述の通り超法規的組織であるため、この組織はどこの国にも属さず、またどこの国の法律にも縛られることは無い。また、あくまで人類の存続と異形の殲滅を目的としているため、この組織は目標達成後には解体される。なお、メンバーの構成は不明。

 

 また現在、アキレス及びIHPSCは凶悪な地球外生命体のうち()()()()()()()、すなわち最重要討伐対象を13体(+α)指定している(随時更新中)。我々WHEROは各国の防衛省及び公安委員会と連携し、これらの早期討伐、早期無力化を掲げるものとする。

 

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【Vcode:004】コードネーム『Servant()

 →イギリス、ロンドン上空に出現。騎士型地球外生命体の集団の総称『13 Knights(十三騎士団)』のリーダー的存在。騎士団はリーダーの指示に従って行動する。個性は"巨大な剣を出現させる能力"と推定。Vcode:007との関わりが非常に強い。

 

【Vcode:063】コードネーム『Ogre()

 →アフリカ大陸各地に出現した地球外生命体の総称『Monsters(地底怪獣)』のうちの1体。調査によりVcode:024から射出されたという情報を確認。個性は確認されていないが特殊な装甲を身にまとっており、パンチ1つで前方100m以内のあらゆる建造物を塵に変え、足踏み1つで地を割る怪力さを持つ。現在も活動中。

 

【Vcode:023】コードネーム『GuerriRabbits(売国奴)

 →日本、雄英高校内部に出現。ウサギ型地球外生命体の集団の総称Rabbit army(USAGI軍隊)のリーダー的存在。個性は"5感を操作する能力"と推定。現在、大阪の天守閣頂上にて活動停止中。

 

【Vcode:017】コードネーム『Gravity Queen(無頂点の女王)

 →チリ、マチュピチュ上空に出現。超広範囲型の重力変動によりマチュピチュ及び周辺都市は空中分解を起こし消滅。現在、北に北上中。

 

【Vcode:019】コードネーム『Atomic Bird(放射性バハムート)

 →エジプト、ピラミッド上空に出現。確認から僅か数分後に1億ミリシーベルトの放射線と5000万度の超高熱波を放ち、エジプト及び周辺諸国に存在するあらゆる生命体を即死させた。現在は高度800m上空を飛行しながら東に進行中。見かけた場合、すぐに安全な場所(地下シェルターなど)に避難し、国際ヒーロー連盟に連絡してください。

 

【Vcode:024】コードネーム『Nitori』

 →出現場所不明。戦闘機に似た地球外生命体。世界各地を自由自在に移動し、格納庫から弾道ミサイル、生物兵器、または新種の異形を射出する。最重要討伐対象の中でもかなりの厄介さを誇る。

 

【Vcode:007】コードネーム『Satan(魔王)

 →イギリス、ロンドン上空に出現した吸血鬼型の地球外生命体。巨大な建造物と共に出現し、ロンドン市街を消滅させその上に巨大建造物を構築。建造物内には複数の地球外生命体と思しき生体反応がいくつも確認されている。現在は城内にて活動停止中と推測。なお、能力は不明。

 

【Vcode:014】コードネーム『Eater(暴食婦人)

 →アメリカ、ニューヨーク市街に出現。巨大な桜(種名は不明)とともに出現し、腹部から生えた無数の特殊な器官により、生物非生物かかわらずあらゆる物体を捕食する。現在、南に向けて南下中。ニューヨークに住まいの方は今すぐ安全な場所へ避難してください。

 

【Vcode:020】コードネーム『Lotus(地獄菩薩)

 →オーストラリア、シドニー上空に出現。巨大な飛行船の中で待機している地球外生命体。現在に至るまで特に活動はしていないが、飛行船内の異形の数が尋常ではないため、最重要討伐対象に指定。

 

【Vcode:011】コードネーム『サナエサン

 →日本、●●●●に出現。現在、消息不明。

 

【Vcode:008】コードネーム『Samurai()

 →アメリカ、ニューヨーク市街に出現。Vcode:014と同時に出現し、以後008は014と行動を共にしている。4本の腕に全身に刻まれた無数の切り傷、そして非科学的浮遊物体を傍に置いているのが特徴。現在は、014と共に南に向けて進行中。

 

【Vcode:002】コードネーム『Witch(最強の魔法使い)

 →アメリカ、ワシントンDC、ホワイトハウス内で確認された魔法使いの見た目をした地球外生命体。個性と思しき特殊能力の総数が確認されたものだけでも30個以上存在している超危険種。最重要討伐対象の中で最も警戒すべき存在。なお現在は消息不明。見つけた方は今すぐAKILESまたは公安委員会に連絡してください。

 

【Vcode:001】コードネーム『Priest(鬼巫女)

 →日本、雄英高校内部に出現。陰陽座を象った顔面を持ち、巫女服のようなものを着た地球外生命体。針による遠距離射撃と圧倒的な回避能力を持つ。また、狙った獲物に対しては執念深く追跡し殺す傾向有り。現在は、消息不明。

 

【Vcode:000】コードネーム『Proto-Witch()

 →16年前に発見された最初の異常存在、だが地球外生命体ではない。白黒の魔法使い風の服に金髪の髪が特徴で、Vcode:002と見分けがつきにくいので注意。000は日本のNo.1ヒーロー『オールマイト』を殺害し、世界各地で発生した異形襲撃事件に深く関わっている可能性が非常に高い超危険種です。発見した場合、危険ですので戦闘は行わずAKILESまたは公安委員会に早急に連絡してください。連絡した方にはそれ相応の報酬を渡すことを約束します。合言葉は『結依魔理沙』

 

 

 また、世界各地に出現した妖精型の地球外生命体、総称『Crazy Children(狂的チルドレン)(CC)』や人型の『crazy human』、その他地球外生命体の情報に関しては下記のサイトから確認してください。

 

 

 https://dandadanttemettyaomosiroiyone.com

 

 

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「俺が、最重要討伐対象?」

 

 現在の状況、自身の姿、気絶した男の証言、携帯から得られた最新情報を加味した結果、決意マリサの正体がある程度判明した。

 決意マリサは『結依魔理沙』であり、日本最強のヒーローと言われているオールマイトを殺した犯人かつ、今現在この世を蔓延っている異形達に非常に関わりの強い、国連お墨付きの犯罪者である……と。

 

「それはつまり、この国どころか、人類みな俺のこと捕まえに来るのか?」

 

「…………ヤバいな」

 

 身に覚えのない罪が背筋を伝い、汗と共に流れ落ちる。人類78億人のうち、7割が敵にまわったとしても54.6億人、世界総人口の約8割が能力者であることを考えると、約43億6800万人の能力者が決意マリサの敵となる。それはもはや数の暴力などという言葉では言い表せないほどの絶望的な人数であり、個性を使わずとも43億人が決意マリサ目掛けて走るだけで十分脅威だ。

 ……という冗談はさておき、どちらにしろこのまま行けば詰むことを察したマリサはこのアクシデントを打開するための案を考える。だが思いついたのは、出会う人ごとに説得していくという地味かつ無謀な作戦ぐらいでなかなか良い案が出ない。しかもこの作戦、最悪その場で説得できなければさっき気絶させた男3人のように襲いかかってくる可能性がある上に、それが何十人何百人という規模で襲いかかられれば流石のマリサも対処しきれない。

 他には、情報発信源である公安委員会やAKILESと接触し情報を訂正してもらうという作戦も挙げられるが、危険度はこちらの方がかなり高い上に成功するか死ぬほど怪しい。というか公安が私の言うことを聞いてくれるはずがない。無理だ。

 そもそも過去の記憶をほとんど失っているので、本当に自分がオールマイトを殺したのかどうかすら証明できない以上下手に突っ込むのは良くない。

 と考えると、やはり一般人と出会ったら通報されないよう地道に説得するしかない。

 

「いや、そもそも人に見つからなければいいのか?」

 

 変に対策や積極的な行動をして通報されるくらいなら、そもそも人に見つからないよう行動すればいいのではないだろうか。……容疑が晴れないから公安やヒーローに狙われるリスクを解決することは出来ないが、そもそも見つからなければ良いだけの話で、仮に見つかったら……こっそり闇に葬れば問題ない。

 それに異形が全世界で暴れているため、行方不明の俺の捜索に割く時間はおそらくないはず。と、考えるとやはりハイドアンドシークが一番適切かもしれない。

 

「じゃあヒーローや公安に見つからずに異形を倒すには、身の安全を確保できる拠点が必要になってきて」

 

「一番身を隠すのに一番良いのは……」

 

「ヴィラン連合ですネ」

 

「まぁ、だよなァ」

 

「───────ん?」

 

 ふと、顔を横に向けると、可愛い女の子が裸で隣に座っていた。それだけならまだマシであったが、その女の子がナイフを持った吸血ガールじゃなければこうはならなかった。

 

「どぉうわッ?!」

 

「この世の地獄みたいな顔してたマリサちゃんも、随分とカアイくなったね」

 

 いつの間にか起きていたトガヒミコに驚き、その場から離れるマリサと、正座したままにこやかに笑うトガヒミコ。

 また意味不明な理由で襲われることを警戒し、マリサは拳を構え敵を見据えた。

 

「そんなに怖い顔されても照れます///」

 

「照れんのかよ……」

 

 何とも言えない雰囲気に呑まれ、マリサは拳を構えるのを止めると、トガと同じように地面に正座し互いに向き合う。

 

「さて、気絶したフリをしながら見たり聞いたりしていましたが、マリサちゃん! ヴィラン連合入りたいのですか?」

 

 サラッと傍聴してたことを告げつつも笑顔を崩さないトガに、マリサはツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ話を続ける。

 

「……目的達成のためなら」

 

「つまりワタシ達の仲間になってくれると?」

 

「…………まァ、そうi」

 

「やったァァァァァァ──!!!」

 

「ちょ」

 

 トガヒミコはマリサの両手を握ると、ぴょんぴょんと跳ねながらマリサを軸に回り始める。

 

「やめて吐きそうあと服着ろ」

 

「服はァありませぇぇぇん! ざんねんでぇぇぇす!!」

 

「テンション高すぎ……」

 

 相方のテンションについていけず、そのまま10回くらい回転させられた後、トガが適当に手を離したおかげで壁に勢いよく頭部を強打。「ぐぇ」という言葉を発しながら地面にパタリと倒れつつも、持ち前の回復力で何とか復活した。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……お前の頭がな」

 

 少し憎たらしく言ったが、トガはニシシッと笑うだけで微塵も効果がなかった。

 

「じゃあさっそく、弔くんのいるヴィラン連合のとこまでワタシと一緒に帰るんですがァ……」

 

「一応決まりとしてマリサちゃんにはある"条件"をこなしてもらいます!」

 

「何」

 

「誰でもいいのでヒーローを1人殺してください」

 

 トガの言葉にピクリと反応するマリサ。

 

「……何で?」

 

「戦力になるかどうかチェックするためです。あとはそうですねェ、スパイの防止とか? あと素質?」

 

「できるだけ有名かつ強いヒーローを殺すとより入りやすいですよ!」

 

「そう……」

 

 死ぬほど要らない情報だが、トガのことは無視しつつもトガの出した条件には頭を悩ましていた。

 ヒーローと対立せず、俺以外の最重要討伐対象を倒すためにはヴィラン連合と行動を共にするのが現状無難な選択肢だ。

 しかしヴィラン連合に入るにはヒーローを殺さなければならない。対立を避ける目的で入ろうとしたのに結局対立するのは何かの皮肉と言えようか。

 

「……? ドうしたのマリサちゃん?」

 

「あ! もしかしてェ、ヒーローと対立するの嫌ってますかァ?」

 

 痛いところを突かれたマリサだったが、何とか堪える。

 

「……仮にも俺は公安の重要討伐対象だから、あまり表だった行動はしたくないんだが……」

 

「あァ殺った後の後始末なら大丈夫です。ワタシもついていくのでその辺は任せてください。アナタはただ、殺すだけでいいんです」

 

「何か問題でもありますかァ?」

 

 問題しか残っていない、自分の意図と全く逆の方向の答えが来たことにマリサは再び頭を悩ます。

 だが、マリサのシナプス細胞にふと電流が走る。今思いついたこの方法なら、条件を達成せずに目的を果たせるかもしれない。

 そう思ったマリサは、俯いていた自分の顔を上げ、前を向く。

 

「……そういう条件なら、俺はヴィラン連合には入らない」

 

「アレ? もしかしてひよっちゃいました?」

 

「入らないが、()()()()()

 

「は?」

 

 流石のトガヒミコも予想してなかったのか、珍しく驚いた表情をしている。

 

「ウチ、雇うお金ありませんよ?」

 

「お金はいらない、飯も自分で勝手に調達する。ただお前らと行動を共にさせてほしい」

 

「その代わりに俺はお前らの戦力として働く。ヒーローは殺さないが、戦闘不能ぐらいにはさせるし、化け物相手なら普通に叩きのめす。悪くないだろ?」

 

「……悪くないですが、こういうのはワタシの担当じゃないので、リーダーの弔くんに聞い」

 

「分かった、料理もやろう。やり方は分からないが練習すればきっと上手くなる」

 

「……でも」

 

「掃除も任せろ。どんな汚いゴミも消し飛ばしてやる」

 

「……んぅッ!」

 

「他にも洗濯、スケジュール管理、マッサージ、お悩み相談、戦闘練習の相手、肩叩き、資金調達もセットだ」

 

「ぜひウチに来てください」

 

(……よし)

 

 思いついたワードを片っ端から並べまくり、ゴリ押した結果、何とか契約成立にありつけたマリサ。これで変に目立つことなく目的達成に近づける。

 

「何か……契約書とかいるか?」

 

「ウチはそういうのやんないんで……ただ、裏切ったら容赦なく殺します」

 

「分かりやすくて助かる」

 

 物騒ではあるが、印鑑とか要求されないだけマシかもしれない。

 

「ホントに雇うかどうかはワタシじゃなくて弔くんが決めることなので、後は弔くんに聞いてください」

 

「それまでの間でしたらァ、そうですねェ、仮契約ってことで。よろしくね、マリサちゃん!」

 

「あァ」

 

 マリサはトガと仮契約を結び、ついにヴィラン連合の一員として働くこととなった。

 

「あ、連合に戻る前に服の調達してもいいですかァ? ぶっちゃけ寒いし、恥ずかしいので……」

 

「俺も食料とか色々欲しいから、適当に散策するか」

 

 とりあえずトガは服を、マリサは食料等を調達するべく、二人はヒーロー事務所の外へと出た。

 相変わらず空は暗く、街は若干の悲鳴と汚い瓦礫で囲まれているが、何故か私の心はドキドキで満ちていた。

 生きる、というのが何なのか、ちょっとだけ分かった気がした。

 

 

 

 to be continued……

 

 

 

 






3回くらい書き直した()


序盤から設定盛りだくさんでアレですが、アレです。オリ設定多めですがこれからも増えてくのでご容赦を。


残り72億4123万7965


クリスマスはボッチdeath(デス)


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???編:その3



妹紅編3が出たお


えーりんが輝夜を量産してた理由が分かるお



 

 

 

 食材調達および服の確保のため、マリサとトガヒミコは大型スーパーに潜入。異形たちが暴れ回ったせいか、ショッピング用のカートや商品棚は全てなぎ倒され、潰れた商品やガレキがあちこちに散乱していた。

 

「大型スーパーって、だいたい1階が食料品で2階が服とかバックとか売ってるよな?」

 

「場合によりますけど、ここはそうっぽいですネ」

 

「そうか」

 

 マリサはキョロキョロと辺りを見回した後、トガの方へと振り返る。

 

「じゃ、お前は2階で俺は1階。終わったらここに集合でいいか?」

 

「嫌です」

 

「……」

 

 断られると思っていなかったせいか、マリサの脳内がフリーズしかけたが、徐々に回復し再び脳を回転させる。

 

「二手に別れたほうが早くね?」

 

「ワタシ、化け物とは戦いたくないデス。だから1人は嫌です」

 

「……戦わずに潜んでればいいだろ。お前の得意分野じゃねぇか」

 

「万が一のためデス。それに二人で動くことのメリットもちゃんとありますよ?」

 

 二人で行動したがるトガに対しマリサは少々困りつつも、安全面を考慮すれば1人より2人の方が良いことも理解した。

 それにトガは私と違って不死身ではない。あまり効率を重視しすぎるのも良くないのかもしれない。

 

「……分かった。で、どっから行く?」

 

「2階です!!」

 

「ちょ!」

 

 そう言うとトガはマリサの腕を掴み、そのまま近くのエスカレーターへダッシュでたどり着くと、怒涛の勢いで駆け上がっていく。

 

「早いッて!!」

 

「ワタシ、おトモダチとデートするの久しぶりデス! 超久しぶり! テンション爆アゲです!」

 

「いやデートじゃねぇから!」

 

 トガのテンションに振り回されながら2階を走り回る2人組。店内の照明は何一つ点灯していないため、辺り一面真っ暗で薄気味悪い。その上誰かが落としたスマホからずっと国民保護サイレンが鳴り続けており、危機感と焦燥感が常時煽られる。が、はっちゃけたトガとその行動に頭を悩ましているマリサにとって特に意味はなかった。

 

「あ! 見てください! ワンピースです! カアイイ♡」

 

「……着てみれば?」

 

「制服の方が好きなので着ません」

 

「えぇ.」

 

 可愛い服を手に取ったトガ、だが3秒後には地面に投げ捨て、そしてまた新しい服を見つけては投げ捨てるを繰り返す。

 決意マリサはかつてないほど死んだ瞳でその様子を見守っていたが、飽きが来たのかそそくさとその場から離れようとした。

 

「逃げちゃダメです」

 

「……後ろに目でもついてるのか?」

 

「ついてません。勘です」

 

「嫌な勘だ……」

 

 逃げられないことを悟ったマリサはその場に座り込み、胡座をかいて様子を見る。

 服の扱いはさておき、楽しげな雰囲気で服を選ぶトガを見て、マリサは何気なく自分と照らし合わせた。

 

「……いいなァ」

 

 心の底から、マリサは言葉を静かに吐き出す。自分が何故、彼女を羨ましく感じたのか分からないが、自分には持っていない何かを持っている気がした。

 ……彼女と同じことをすれば、欠けた何かを埋められるだろうか。

 

「暇だから俺も服選ぶ」

 

「お、遂にやる気を出しました?」

 

「暇だからな」

 

 何もしないよりマシだと思い、マリサはトガと一緒に服を選び始めた。何が可愛いとか、何がカッコイイとかの基準が微塵も分からないが、とりあえず気に入ったモノを選ぶ。

 

「これどう?」

 

「ダサいです」

 

「早くね?」

 

 青のダメージパンツ、黄色い英語Tシャツ、紫の革ジャン+よく分からないチェーンのセットを選んだマリサだったが、拒否られた。

 

「センスが厨二病拗らせた男子中学生です」

 

「男子中学生……」

 

 女子ですらないことに我ながらショックを受けた。

 

「マリサちゃんの服はワタシが選んでおくので、そこら辺で遊んでてください。邪魔です」

 

「邪魔……」

 

「お前が逃げちゃダメだって言ったんだろが」とか、「何ためについてきたんだ」など言いたいことが次々と浮かび上がってきたが、ファッションセンスのダメ出しが効いたのか、「あ、はい」しか出てこず、そのままレディースのゾーンを抜けて靴が並べられているゾーンへと移動した。

 

「柄は良いはずなんだが……」

 

「……はァ」

 

 マリサは靴のデザインを横目に見ていたが、特に好きなデザインも拘りもなかったため、最終的にトガの服選びが終わるまで待ち続けることにした。

 親の買い物に無理やり連れてこられた息子のような気分だったが、この何とも言えない虚無感が彼女の雰囲気と似ていて少し顔の表情が解れる。

 

(今なら彼女に会えるかもなぁ……)

 

 一瞬、ズキッとした痛みが心臓のあたりで発生したが、胸をさすった瞬間収まっていく。マリサは胸を見ながら不思議に思う。

 だがそれ以上に、手の震えが止まらないことに気づいた。手どころか足、顔、いや全身が、今までで一度も感じたことが無いほどの強烈な冷気によって震えている。

 

(何……だこれ?)

 

 突如発生した冷気を感じ取り、マリサは冷気の発生源を探し始める。が、それらしきものは見当たらず、冷気は徐々にこの空間を侵食し始めていた。

 

「トガ! 敵が来てる! いったん逃げるぞ!」

 

「待ってください! まだ選び終わってないんデス!」

 

「言ってる場合か!」

 

 未だ服を手放さないトガを服ごと連れ出し、冷気が出た場所とは真逆の位置にあるエスカレーターの方向へと走り出す。

 

「服はある程度持ったか?」

 

「15着しか……」

 

「十分じゃねぇか」

 

 こんもりと服が積まれた買い物カゴを持ちながら、エスカレーターを勢いよく下っていく2人組。目的の半分が達成した以上、後は退路を確保しつつ食料を漁るだけでいい。

 今はとにかくあの場所から離れることが優先、そう思い行動したが、遅かった。

 

 長いエスカレーターの下り先に見えたのは、全身が氷で構成された謎の騎士。2、3mほどの巨大な体に加え、氷で出来た4本の足と、ブレードと化した2本の腕、極めつけは顔面全てが口といっても過言ではない異様な有様。そして常時開きっぱなしの口らしきパーツの中に、正八面体の氷の結晶が浮かんでいる。

 

 明らかにヒトではない、異形だ。

 

「マリサちゃん!?」

 

 トガの呼び声よりも速く、マリサは氷の騎士に接近し拳を振りかぶった。

 

 たった数度しか異形と戦っていないが、一つだけ、化け物と戦うことにおいて大事な知恵を知っている。

 それは"即時即殺"、時間をかけずに最短最速で敵にトドメを指すこと。でなければ仲間を呼ばれてしまい、事態はさらに悪化する。

 

 今までの僅かな経験から導き出した結論を元に、マリサは全力で拳を叩き込む。並大抵の敵なら胴に風穴が開くレベルの一撃を繰り出し、マリサはその衝撃でやや後ろに後退しつつ、拳の手応えを感じ取った。

 

「……?」

 

 殴った瞬間、マリサは違和感を感じた。かなり本気で殴ったつもりが、想像よりもパワーが伝わってこない。普段なら顔面の皮が限界まで引き伸ばされるほどの衝撃と、それに見合うエクスタシーが感じられたはずだが。

 

 マリサの一撃で氷の騎士はで2mほど後ろに下がったが、傷は何一つ見られず、本人も殴られた部分を気にするような素振りは一切ない。

 全く効いていない。

 

「値=最強」

 

 常時開きっぱなしの口からいったいどうやって声帯を震わせているのか分からないが、化け物から発せられた声は酷く無機質で冷徹だった。

 2つのブレード状の腕の先端が重なり合うと、青白い光の玉が煌めき始める。あの時感じた異常な冷気と全く同じモノがフロア全体を満たし始め、光が明滅する。

 

「逃げろトガ!!」

 

「3、7、5、6、4」

 

 トガヒミコと決意マリサは下ってきたエスカレーターを再び登り始めるが、氷の化け物は照準を変えることなく狙いを定める。

 

「x⁴+y⁴=z⁴」

 

 化け物から放たれた淡い水色の光はエスカレーターに直撃すると急速に凍りつき、一瞬のうちにして巨大な氷の結晶を形成する。

 

「……セーフ」

 

 間一髪回避したマリサ達。だがエスカレーターは完全に凍りつき、もう二度と使用できない。

 

「エスカレーター、ダメになっちゃいましたね」

 

「……問題ない。1階に降りる手段はいくらでもある」

 

「が、足止めは必要だな」

 

 マリサはトガに背を向け、肩を解すように腕を回し始める。逃げる気配は一切無く、戦う意思を示したマリサに対し、トガは低く声を唸らす。

 

「戦うつもりですか?」

 

「もちろん」

 

「死にますよ?」

 

 トガの言葉が胸に刺さる。別に、今ここで戦う理由はほとんど無い。ただそこに道があったから、その道を歩いているだけ。真っ当な理由は無い。

 異形を殺す、たとえそれがハイリスクノーリターンな行為だろうと、それが私の使命であり、それが私の為すべきことであり、私の夢を叶えるための第1歩だ。

 

 すきなものがないんだから、それしかいきるみちがない

 

「大丈夫。俺は死なないし、負けない」

 

「ホントですかァ〜?」

 

「ホントホント」

 

「……じゃあ、ワタシもついていきます!」

 

「は?」

 

 コロッと態度を変えたトガに、唖然するマリサ。

 

「死にますよ?」

 

「それはワタシのセリフであってマリサちゃんが使っていいセリフではないデス」

 

 トガは冷静にツッコミを入れた。

 

「それはさておき、負けないんですよね?」

 

「……まァ知らんけど」

 

「じゃあついていってもいいですよね! だって、勝てるんでしょ?」

 

「……」

 

 マリサは潔く諦めた。この時のトガに何言っても無駄なことを悟ったマリサは、ポジティブシンキングにシフトする。

 安全第一の彼女だが、私がピンチの時は助けてくれるかもしれない。私の顔面に回転蹴りをかませるほどの身体能力を持つ彼女なら、華麗な身のこなしで相手を翻弄出来るのかもしれない。……意外と頼り甲斐のある助っ人かもしれない。

 

「じゃ、マリサちゃんが戦っている間、ワタシが食料調達するので後は頑張ってください」

 

「結局一人じゃねぇか!」

 

「近くには居ますので困ったら呼んでください。助けられませんが」

 

「……もう好きにしてくれ」

 

 足並みが一切揃わない彼女達であったが、方針は決まった。今度こそ、あの時晴らせなかった激情をここでぶつけることとしよう。そして、異形絶滅の第1歩を踏み出すのだ。

 

 だってそれしかみちがないんだもの

 

 

 

 ■

 

 

「魔理沙≠最弱」

 

「? 魔理沙=最弱」

 

「∑∞K=0(2K)! /2²K(K!)²・1/2k+1=π/2」

 

「値≫≫≫≫魔理沙」

 

「……魔理沙?」

 

 氷の化け物、もとい異形チルノは困惑していた。適当に歩いていたら、いるはずの無い霧雨魔理沙に出会ったのだ。

 だがその霧雨魔理沙は特に理由もなく攻撃を仕掛けてきた。しかしその貧弱なパンチは痛くも痒くもなく、普段の霧雨魔理沙とは思えないほど弱かった。

 調子が悪かった、というよりほぼ別人レベルの最弱っぷりだった為、異形チルノは確信した。

 

「? 魔理沙≠魔理沙=偽魔理沙、QED証明完了」

 

 己の天才的頭脳を遺憾無く発揮し、正体を掴むことに成功した異形チルノは嬉しすぎるあまり辺り一帯を一瞬のうちにして氷漬けにする。

 

「何してんの?」

 

 背後から聞こえる女の声、さっき正体を掴んだ偽魔理沙と同じ声が聞こえた。

 

「偽魔理沙」

 

 異形チルノは振り返り、弱者を嘲笑するかのごとく、ねっとりと声を出す。

 が、当の本人にその意図は伝わらなかった。

 

「偽も何も、俺がマリサだ」

 

「S=∫d⁴x√-detGµv(x)[1/16πGn(R[Gµv(x)]-∧) -1/4∑……+……+……+……-V[●(x)]]」

 

「何言ってるのか分からん」

 

「偽魔理沙=⑨×∞」

 

「·····もしかして、バカにしてる?」

 

 舐められていることに直感で気づいたマリサは、指の骨をパキパキと鳴らしながら、1歩ずつ異形チルノに近づいていく。

 異形チルノは何かを察すると、余裕をもった態度で両手を広げる。またさっきと同じように殴ったところで何も変わらないと、スパコン並み(自称)の頭脳を持つ異形チルノが結論付けた以上この結果は覆らない。それ故の慢心である。

 

 二人の距離が縮むに従って吐く息はより白くなり、手足は霜焼けにより感覚を失う。だがマリサは己の腕に力を込め、痛みを力に変え、燻るドス黒い魂を上乗せし、全力で異形チルノの体のど真ん中に拳を叩き込んだ。

 

「!?」

 

 バゴンッ! という衝撃が異形チルノの胸部を弾き、後方の化粧品コーナーの棚に激突。さっきまでとは比にならないほどのパンチに異形チルノの脳みそは溶けかける。

 

「あァ、戻った」

 

 グッパグッパと右手の開閉を繰り返し、感覚を確かめるマリサ。あの時感じた違和感も消えたことから、マリサはこの力の正体について概ね理解し、弱点も把握した。···なんて、●●い能力なのだろうか。

 

「·····どうだ?」

 

「値」

 

 ゆっくりと立ち上がる氷の妖精、異形チルノ。胸の鎧にヒビが入っていたが瞬く間に修復され、平然とした表情で立ち尽くしている。

 

「·····一撃じゃ沈まんか」

 

 だが敵として認めたのか、異形チルノの周囲の床が徐々に凍りつき始め、ブレード状の腕を研ぐ仕草を始める。

 

「PaV=nRT、2H₂+O₂=2H₂O、Aa×Aa─[1:2:1]」

 

「偽魔理沙=44444444444444444444444」

 

 凍らせた床を滑るように接近し、右腕を喉元に目掛けて振るう異形チルノに対し、マリサは1歩後方に下がり首をやや後方に傾け、ギリギリのところで回避。最速回避によって生まれた隙を逃さず、決意マリサは拳に力を込めて再び殴りかかる。

 だがマリサの拳が届くよりも先に、異形チルノのショルダータックルがマリサに炸裂。図体のデカさも相まってマリサは後方に大きく吹き飛ばされた。

 

「ッ!」

 

 頭を地面に強く打ちつけたマリサ、痛みは感じないが気持ち悪さは変に感じるため、乗り物酔いした気分になる(乗ったことないが)。

 

「·····?」パキッ

 

 すぐさま体勢を立て直そうとしたマリサだったが、体が地面から離れない。代わりにミシッ、パキッといった音が響くため確認すると、異形チルノが凍らせた床と自身の皮膚もとい衣服が結合しており、身動きが取れなくなってしまっていた。

 さしずめ氷点下における金属製の棒を舌で舐めて外れなくなったどこかの少年のごとく、決意マリサは戦闘開始わずか数十秒でピンチに陥った。

 

「·····ッ! ギギギギギギギギィ!!」

 

 痛みをものともせずに、マリサは無理やり自身の体を床から引き剥がし、体勢を立て直す。その代償としてマリサの皮膚は氷とともに剥がれ落ち、赤い肌が痛ましく露出している。

 冷たい空気が傷を刺激するが、それすらも感じ取れないマリサに意味は無く、傷でさえ不思議な治癒能力で閉じてゆく。

 

 あちらも人外だがこちらも人外。一応勝負として成り立ってはいるものの、異形チルノのような魔法じみた攻撃を持たないマリサは決定力に欠け、いずれ追い詰められるのは明白。ならばどうするべきか。

 マリサは息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

(俺が発揮出来る力はせいぜい、人間が発揮できる力の範囲を少し広げた程度プラス不死身の肉体。地味で決め手に欠け、泥臭く殴り合うのがお似合いのスペックと言えるだろう)

 

(だからこそ意表を突き、相手の予測を裏切った動きが要求される。殴る以上の効果を、己の手で見つけ出し開拓しなければ、この先で待ち受ける数多の異形との戦いに勝つことは出来ない)

 

(不死身の可能性、己の可能性を今ここで広げる時だ)

 

「値=最強」

 

 異形チルノは両腕をXになるように重ね合わせ、一気に振り下ろす。氷結魔法がクロスをなぞったまま地面に触れると、地面からX字に広がった氷の壁が形成される。

 再び後ろに下がるマリサ、だがそれを追撃するかのごとく、異形チルノは氷の壁に手を伸ばす。

 

「ガあッ!!」

 

 無数の氷柱が氷の壁から突き出し、全身を貫く衝撃が喉から両手首、腹部、膝関節に至るまで、決意マリサのあらゆる部位を貫通してゆく。

 視界を覆って相手の行動を封じ、変幻自在の氷結魔法で追い詰める彼女の戦法は、これまでの化け物とは異なるベクトルで強く、マリサの心に衝撃を与えた。

 その後、壁に叩きつけられたマリサは全身を捩ることで氷柱を破壊し、拘束から逃れる。

 立ち上がろうとするマリサ、だが未だ関節が治らず、足は微塵も動かすことが出来ない。

 

「回復が·····遅い?」

 

 マリサは傷口に目を向けると、傷は未だ治ることなく、爛れた肉を晒していている。それどころか爛れた肉は徐々に凍りつき、霜が傷穴から急速に広がり始めている。体温の低下とともに血流は悪化し、あらゆる感覚が麻痺していくのをマリサは感じた。

 

(マズイ)

 

 咄嗟に首を切断し、遠くの物陰に投げ飛ばすマリサ。顔面以外の全ての部位に傷がついた以上こうするしか生き延びる手段はなく、マリサの生首はワンバウンドした後エスカレーターの裏側へコロコロと転がっていった。

 何とか生き延びた。とはいえ、首から下全てのパーツを失ってしまった以上、全身が回復するまでやや時間を要する。最低100秒はここから離れられない。

 

(思ったよりこの化け物、かなり強い)

 

 目覚めて直後の化け物と戦った時は殴る蹴る引っ掻くの応酬(たまに銃火器ぶっぱなすヤツもいたが)で、同じ土俵の上で互いの身体能力の高さをぶつけ合うものだった。

 だがコイツは身体能力の高さ云々で語れる強さでは無いのかもしれない。最初はちょっと身体が硬くて氷が使える程度のものだと思っていたが、氷結能力の練度が高い上に傷をつけられただけで全身が徐々に凍り始めるのはなかなか恐怖を感じる。不死身キラーと言っても過言ではない。

 

 現在経過時間約10秒、顎下に仮の足が2本生えたが、移動速度はカタツムリ並なので待機安定。粉塵が徐々に晴れ始め、私の遺体(首から下の部分)が姿をさらけ出してゆく。

 

「·····oh」

 

 全身穴だらけの遺体は、雪に似た青白く不透明な氷の鎧によって覆われ、僅かながら光を反射していた。

 流石に絶句せざるを得ない。

 

「あと80秒耐えられるか?」

 

 2頭身まで成長したあたりでそっとエスカレーターの陰から顔を出すマリサ。周辺には誰もいない·····わけもなく、異形チルノが私の遺体をじっと見つめていた。

 

「·····666?」

 

「·····」

 

「··········」

 

「偽魔理沙=4?」

 

「4771?」

 

「9999999999999」

 

 何を言っているのか微塵も分からない。だが、私が死んだのか死んでないのか判断できずにいるのは何となく理解出来る。

 迷っている今が絶好のチャンスと気づいたマリサは、回復に専念し、さらに奇襲をかけるための作戦を考え始めた。

 

(氷に触れず、相手を屠るためには·····)

 

 パンチは無駄、キックはやってみないと分からないがおそらく無駄、というか攻撃手段が乏しすぎて通用する手段が現状ひとつもない。由々しき事態である。

 

(武器·····、何か決定的な武器があれば··········)

 

 大剣、ハンマーなど、己の膂力に合った武器があれば絶大なパワーを手に入れられるかもしれない。しかしここはごく普通の大型スーパー、そんな代物置いてあるはずもなく、あるのは食品または日用品といった現状役に立たないものばかり。

 

(消火器·····?)

 

 マリサの目に映りこんだのは、化粧品コーナー近くの壁に設置された赤い消火器。大剣やハンマーと比べれば情けない代物だが、鈍器として十分活躍出来そうな素晴らしい形状にマリサは目を付ける。

 

(消火器を全力で振り回せば少しは効くか?)

 

 ホースの部分を最大まで伸ばし、そこを持って全力で振り回せば、マリサパワー×遠心力×消火器の質量=大ダメージが狙えるのではないかと推測するマリサ。

 しかし、その程度の攻撃で倒れるほどあの化け物はヤワではないと、私の勘が静かに告げる。

 

(消火器の質量を滅茶苦茶に増やしてぶん殴ればワンチャン·····?)

 

 相手が予想を遥かに超える防御力を持つならば、それすらも超えていく圧倒的な破壊力で全てをなぎはらえばいい。

 幸い消火器の質量を増やすだけなら可能だが、そのためには時間と、化け物の氷結魔法が必要だ。

 

(残り40秒、·····あともう少し)

 

 ある程度体の形が整ってきたものの、手足は短く指もまだ生え揃っていない。そして服を体ごと置いてきたせいで今の私は完全なる全裸。この環境で全裸はあまりに寒過ぎる·····と思っていたがそんなこともなく、体が震えるだけで特に支障は無い。あまり人に見られたくはないが。

 

「QED、証明不良」

 

「値=天才≠⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨!!!」

 

 納得のいくQEDを証明できないあまりに癇癪を起こしたのか、異形チルノは壁や床、商品棚などを手当り次第に破壊し始める。右腕を薙ぎ払うことで壁に亀裂をつくり、左腕を振り下ろすことで地面に衝撃と氷柱が走る。

 店内の室温は異形チルノが暴れる度に低下し、1階エリアは氷点下マイナス10℃と、夏とは思えない寒さに包まれる。

 マイナス10℃はマリサ的にまだ耐えられる。だが、エスカレーターの後ろに隠れているため、これ以上暴れられると亀裂や氷結でエスカレーターが壊れ、最悪生き埋めになるかもしれない。完全回復まであと少しだが、離れた方が身のためか。

 

 ピキッパキパキッ

 

「····崩れる!」

 

 エスカレーターが斜めに切断され、1部の天井が瓦礫として落下。マリサは即座に後方へジャンプし、前転してからすぐさま消火器のある方向へ走り始める。

 案の定エスカレーターは崩れた。それは予測できたが、崩れたことによって身を隠す場所を失い、異形チルノの視界に入ってしまったのは明らかにマズかった。

 

「[x:18782 y:37564 z:666]」

 

 地面を凍結させながら高速で接近してくる異形チルノ。背後から迫り来る気配を感じながら、即座に消火器を回収したマリサ。

 時間が無い、振り向いたマリサは消火器を構える。だが異形チルノは既に決意マリサの姿を捉え、両腕を天に掲げ最大級の氷結魔法を放とうとしている。

 

「刑死ッ!!!」

 

 冷気が全身を吹き付け、力場は歪み、天地を揺るがすほどの魔法が脳天へ叩き込まれる時、マリサは咄嗟に消火器で脳天をガードする。それは単に直撃を防ぐためだけに限らず、今この場で出来る最大限の反撃手段を作ることにある。

 炸裂する氷結魔法、吹き荒れる猛風、異形チルノの周囲は既に氷点下マイナス100℃に達し、ダイヤモンドダストの煌めきが宙を舞う。

 

「··········流石に、思い通りってわけではないが」

 

「お前のおかげでデッケェ鈍器、完成したぜ」

 

 雪と氷が支配する世界の中、決意マリサはたった2本の足と消火器で氷結魔法の全てを受けきり、不敵な笑みを浮かべる。

 消火器の片側についた巨大な氷塊、欲を言えばこれに私の腕を大量にくっつけて特大の質量を持った疑似ハンマー(消火器)を完成したかったが仕方ない。

 それ以上に、氷結魔法の威力があまりに強過ぎて両腕は完全に凍結、足裏は地面に固定され、髪も顔も薄い氷の膜を張っている。ガニ股で耐えたこともあって肘や膝の裏側からは氷柱が生え、全身のありとあらゆる皮膚に限らず内蔵にも霜が広がっていく。

 白い吐息が視界を覆い、化け物の姿が朧気に見えても、マリサの瞳は赤く、紅く輝いていた。

 

 ぶん殴れ。

 

「くたばれハゲぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 右足を地面から無理矢理剥がし、血の滴る第1歩を踏みしめると、マリサは凍結した両腕ごと消火器ハンマーをフルスイングで振り上げる。

 突然の反撃に異形チルノはガードするも、圧倒的な力に弾かれ顔面に直撃。「値ッ!」と叫びながら、反動で首が後方へ傾き、目線は天井へ向く。

 だが目線の先にはまた、決意マリサの姿があった。

 

「もういっぱぁぁぁぁつッッ!!!」

 

 足裏から血を流しながら空中へ飛び上がったマリサは再び顔面に目掛けて、巨大なハンマー(仮)を、捻りを加えて振り下ろす。

 完璧な連続攻撃かつ今出せる最大打点をガードを破った最高のタイミングでぶっぱなすという最高の展開。もう誰にも、決意マリサは止められない。

 

 鈍い重低音が鳴り響き、異形チルノの顔面に再びマリサの疑似ハンマーが炸裂。正八角形の結晶にヒビが入り、異形チルノは首を下げたまま1ミリも動かない。

 

(·····そろそろ限界か)

 

 既に肉体の8割弱が霜に侵食され、そろそろ分離しなければ全身が凍結してしまうだろう。

 

(あと1発·····!)

 

 もう身体がガクガク震えて、まともにハンマーを持ち上げるだけでも困難だが、あの化け物をここまで弱らせたのなら最後まできっちり決めるべきだ。

 マリサは疑似ハンマーを少しだけ持ち上げた後、体を捻り、力任せに振り回す。

 

「とどめッ!!」

 

 マリサ最後の一撃が異形チルノの横顔に向けて放たれる。結晶にヒビが入ってから微塵も動かなくなったことから、おそらくあの結晶はヤツの弱点。出来る限り結晶にハンマーを叩き込み、割ってしまえば、ヤツは今度こそ地に伏せるはずだ。

 

 パリィィンッ!! と、ガラスが割れたような音と共に結晶が破壊されると、異形チルノは絶叫とともに身体が不自然に変形し始め、その後力を失ったかのごとく地面に倒れた。やはり結晶が弱点、割ってしまえば怖くない。が、氷結魔法は本当に厄介だった。

 

「··········はァっ、はァっ、はァっ」

 

 本当に死んだのか若干気になったマリサは息を整えながら腰をかがめ、地に伏した異形チルノの様子を伺う。

 反応は無い。化け物の身体は水色っぽい不透明な色から濃い藍色へと変色し、輝きを失っている。

 

「········」

 

 死んだことを確認したマリサはおぼつかない足取りで壁に近づくと、右肩を何度も何度もぶつけ始める。別に頭がおかしくなったわけではなく、氷結魔法の侵食を食い止めるために右腕を千切ろうと模索しているだけである。

 だが両腕が凍結した状態での分離はやはり不可能で、マリサ1人ではもうどうにもならないところまで来ていた。

 

「·····トガに切ってもらうか」

 

 マリサは1階の食品コーナーにカタツムリ並の速度で向かう。割と激しい戦闘したから、少しくらい様子を見に来てくれてもいいんじゃないかと思いながら歩く決意マリサ。というか早く来て欲しい。

 

 ボトリッ

 

「·····ん?」

 

 突然落ちた左腕と僅かに切られた感触、超ナイスタイミングといえる。トガが既に来ていたのだろうか。

 

「ありがとうト」

 

「値=∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*1

 

 再び吹き荒れる冷気の籠った風と急速に白く凍結し始める空間、突如スピーカーから流れ始める爆速の電波ソング、それら全てがマリサの思考を全て白く塗りつぶし、自覚した時には全てが過去のものへと変わり果てる。

 

「な」

 

 言葉を発するより前に、体は既に凍りつき、身動きはおろか呼吸すら無に帰る。脳も心臓も血も細胞組織も何もかもが低温で活性を失い、決意マリサの意識は再び深い闇の中へと沈み始める。

 

 透明な氷の向こう側で暴れ続ける氷の化け物。さっきまでの姿とは異なった姿で復活を遂げた彼女は、以前とは比にならないほど莫大な冷気を放出しながらこちらへ向かってくる。

 

(逃げ)られるはずもなく、異形チルノは氷漬けになった決意マリサをジッと見つめると、今までで聞いたことないほどの高笑いが耳に響いた。

 まるで不死身なのはお前だけではないと、そう嘲笑っているような。

 

 今までマリサの無茶苦茶な動きを可能にしてきた"不死身"の特性。この個性溢れる世界においても"不死身"という個性は未だ発見例がほとんど無い超激レア個性であり、何度も何度も立ち向かってくる様はさながらゾンビ映画のごとく恐ろしい。

 

 だが不死身は、決意マリサだけの特権では無い。

 

 目の前の化け物、異形チルノにとって不死身とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、何ら特別でもないただの能力である。

 

 その上、異形チルノは今やっと本気を出し始めたのだ。今までのはただの戯れであり、適当に魔法を打つだけのいわば"弾幕ごっこ"。お遊び以外の何物でもない。

 異形妖精の中でも上位に位置する存在である異形チルノと決意マリサでは、そもそも立っているステージが違うのだ。

 

(また、失敗した)

 

 無自覚に心の中で呟いたマリサ。もう目も開かない。音もかなり遠く感じる。手足の感覚も感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意マリサの意識は、再び闇の中へ葬られてしまった。

 

 

*1
チルノのパーフェクト算数教室×8倍速






【紹介コーナー】

・異形チルノ
→全身が氷の鎧で覆われた姿をした異形妖精のうちの一体。一人称は「値」。言葉に数式や公式を混ぜる=頭が良いと思っている節がある。つまり値=天才。冷気を操る程度の能力を持ち、この能力によって生成された氷に触れた生物は全身がたちまち凍ってしまう。本気を出すとヤバい。

※冷気で作られた氷に触れると触れた生物が凍るという設定は、東方異形郷チルノ編5を参考に考えたもので原作とは少々異なります。

・異形妖精
→別名、狂的チルドレン(このヒロアカ世界では"クレイジーチルドレン"と呼ばれることもある)。異形チルノしかりさまざまな姿をした異形妖精が存在し、中には妖精とは思えない見た目をしたヤツもいる。が、共通点として一応背中に妖精の羽がついている(ただし見た目はバラバラ)。

異形妖精は全員不死身であり、彼女たちにとって"死"とは双六で言うところの"1回休み"である。そのくせ一般人より遥かに強く、数も多いことから非常に厄介。現在あらゆる国々に出現し暴れ回っている。



???編ばっかりやってスマン。もうそろそろしたら1年A組が頑張ってくれる·····はず。




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???編:その4



( ᐛ)バナナ






 

 

「お肉〜♪ お野菜〜♪ お魚〜♪ ……は、ちょっと怪しいので別のに変えて……」

 

「カロリーメイト〜♪ 缶詰〜♪ 冷凍食品♪」

 

「カップラーメン♪ シーチキン♪ 漬物♪」

 

「これだけ詰めれば、しばらく持つはずです」

 

 大量の食品をカバンに詰め込むトガヒミコ。女の子一人が運べるとは到底思えないほどの量を詰め込んだカバンを、彼女はめいっぱい引っ張る。

 だが、カバンはほとんど動かない。

 

「……流石に多すぎましたね。出入口の近くに置いた方のバックも合わせると、1人じゃ到底無理です」

 

「が、マリサちゃんがいるから大丈夫ですネ! 多分!」

 

 トガはキョロキョロと辺りを見回した後、耳を澄ませた。

 

「……もしかして、終わった?」

 

 買い物の最中に聞こえていた数多の戦闘音が突然途切れ、静かな時が流れるのを感じる。それすなわち、決意マリサと化け物の間に決着がついたということである。

 

「意外と早いですねェ。元最強は伊達じゃありませんか」

 

 トガは先程まで音が聞こえていた方向、すなわち決意マリサのいる場所へと走り出す。近づけば近づくほど、冷えた空気が増していくのを肌で感じながらトガは前へ進む。

 

「……これは」

 

 中央エリアと食品エリアを分ける扉の前にたどり着いたトガだったが、肝心の扉が凍りついており、強烈な冷気を放っている。

 余裕で勝利……とは言い難い現状にトガは苦い顔をするも、一抹の不安を払拭し再びドアを見つめる。

 

「……壊せますね」

 

 極低温によって耐久性が劣化したドアにトガは強烈な蹴りを加える。すると、いとも容易くドアは後方へ倒れた。

 中央エリアへ戻ってきたトガヒミコ。マリサの様子を確認するために周囲を見渡すが、その光景はあまりに悲惨なものであった。

 

「……マリサちゃん?」

 

 中央エリアにそびえ立つ1つの氷像、その中には決意マリサらしき人物が気を失った状態で閉じ込められていた。

 そう、決意マリサが勝ったのではない。戦いの勝利者は異形チルノだ。最も強力な特性である不死身を完全に封じられたまま、マリサは静かに眠らされたのである。

 

「値」

 

「あ……」

 

 極低音の冷気を放出し続ける元凶、異形チルノがトガヒミコの存在に気づいた。

 エスカレーターで会合した時より強烈なオーラを放っていることに気づいたトガであったが、気づいたところで何も意味は無い。

 個性の範疇を超えた凶悪な化け物を前に、人が出来ることなど逃げる以外に何も無い。

 

(……ワタシじゃ、コイツは殺せない)

 

(…………今すぐ逃げたい、けど)

 

 普段の彼女だったら、マリサのことを見捨てて一人で逃げていた。いくらマリサの生き様が性癖に刺さろうとも、己が死んでしまっては意味が無い。性欲より生欲の方が優先度高いのは当然である。

 しかし、トガは己の性癖以上に彼女に対して価値を見出していた。好きという感情以外に、彼女に対する畏敬の念が、一筋の希望を照らしていたのだ。

 

(マリサちゃん……なら)

 

 雄英体育祭であらゆる敵を蹂躙し、傷を負い続けつつもそれを能力で隠し、1人戦い続けた少女。しかし今は記憶を失い、昔とは似ても似つかないほどに弱々しい姿なってしまった。現に彼女は既に氷漬けにされている。

 だが彼女の根本的な、彼女を突き動かす"動力"は変わっていない。どんな劣勢に立たされようと逆転するだけの力が、彼女に備わっていることをトガは見抜いていた。

 

 自分1人で逃げるより、マリサを救った方が得であると、トガは本能で理解した。

 

「待っててね、マリサちゃん」

 

 トガは自前のナイフを2本取り出し、両手で構える。

 

「人間=⑨」

 

 トガを新たなターゲットと認識した異形チルノは再び動き始め、地面を凍らせながらトガヒミコの元へ一気に距離を詰めた後、冷気を纏ったブレード状の両腕を水平に薙ぎ払う。

 が、トガは前進しながら仰け反ることで攻撃を回避し、異形チルノの股の間を潜って背後へ移動。両手に持っていたナイフをすかさず頭部へ投げつけるが、あまりの硬さにより弾かれてしまう。

 

(全然ダメですね。無理です)

 

 ナイフによって位置を特定した異形チルノは振り向きざまに冷気を纏ったビームを放つが、トガは類まれなる身体能力で回避し、氷像の影へと隠れる。

 異形チルノは笑い声のような奇怪な声を上げると、右腕を振るって氷像を砕こうとした。だが、その腕は氷像に触れるギリギリのところでピタリと止まる。

 

「U = - GMm/r」

 

 氷像を盾にすることで攻撃を誘発させ、偽マリサを救う算段であること察した異形チルノは、即座に氷像の裏に回り込み、両手を突き出し冷凍ビームを放つ。

 だがそこにトガヒミコはいない。

 

「残念、こっちデス」

 

「!?」

 

 気づいたものの後頭部にしがみ掴まれてしまい、振り落とそうにも振り落とせない。

 

「私結構関節技とか得意何ですけど、アナタはどうです?」

 

 トガはニンマリと笑うと、両足を首に絡め、力いっぱい締め付ける。それと同時に重心を外側に寄せ、異形チルノを地につかせようと試みた。

 人間相手なら失神させられたであろうが、この化け物は微塵も苦しむ様子がない上に倒れる気配は皆無。トガの試みは虚しく散り、最終的に脇腹を軽くブレード状の腕に刺され、地面に投げ捨てられた。

 

「クソッ?!」

 

 起き上がろうとするトガヒミコの左肩に異形チルノの右腕が突き刺さり、そのまま同じ目線の高さまで持ち上げられると、再び地面に投げ捨てられる。

 

「ガハッ!」

 

 骨の軋む音が響き、痛みが全身を刺激し、トガは悲鳴を上げる。だが悲鳴を上げている間だろうと異形チルノは容赦なくトガの左肩を貫き、苦悶の表情が見える高さまで持ち上げた後、今度は食品コーナーの方向へぶん投げた。

 冷気で劣化した分厚いガラスはいとも簡単に壊れ、トガは勢いよく商品棚にぶつかり地に落ちる。

 頭部から溢れ出る血を拭い、前を向くトガヒミコ。頭を強くぶつけたせいか目眩もなかなかに酷く、朦朧とした景色がトガヒミコの視界を覆う。

 

「……やっぱり、無謀、ですかね……」

 

「相手が……悪すぎです」

 

 トガは商品棚の裏側で身を潜めながら、ブツブツと独り言を言い始めた。

 

「……硬いせいで、……はァ、ナイフが通りませんし、……はァ、……関節技も、……全然ッ、……効いてませんし!」

 

「その上……、冷凍ビームが……、シャレになりません」

 

 トガは常備していた応急処置用の包帯を左肩に巻き付け、テープで包帯を固定し出血を抑える。これで幾分かマシになるとはいえ、正直もう左腕は使えない。脇腹も軽く刺されているし、地面やガラスに激突したことで内蔵にもダメージが入っている。満身創痍といっても過言ではない。

 

「一応、策はありますが、……今の私では実行出来ないモノばかり。せめて、マリサちゃんが起きるまで、……時間稼ぎをするくらいが限界」

 

「……早く、起きてください。マリサちゃん」

 

 切実にマリサの復活を願うトガ。神や仏など信じるに値しないが、事態を好転させてくれるならば何であろうと祈っておきたい。

 

「.bg」ドゴォンッ!! 

 

 激しい音と共に壁が吹き飛ばされ、異形チルノは食品コーナーの中へと侵入した。トガの息の根を止めるために、氷の吐息を吐き出しながらジワジワと近づいてくる。

 

(……やるしかない)

 

 商品棚の影から颯爽と飛び出したトガヒミコ、それに気づいた異形チルノは再び冷凍ビームをトガに目掛けて放つが、高速で動く存在を捉えるのはなかなか難しい。

 トガは野菜コーナーから赤い物体を2個拾うと、すぐさま棚と棚の間の通路を駆け抜ける。

 巨体故に複雑な動きを取れない異形チルノは、トガが進む方向へ先回りするように移動を開始した。周辺の物体をなぎ倒しながら一気に予測到達地点にたどり着き、トガの姿を捉える。

 

「小娘=44444444444444」

 

 冷凍ビームの命中精度を気にしたのか、異形チルノはブレード状の両腕でトガの息の根を止めにかかる。それに対しトガはナイフを構え、そして天井に向けて即座に投げつけた。

 全く意味の無い行動、そう思った異形チルノだったが、その判断は誤りであったことを自覚する。

 

「ッ!?」シャァァァァ!! 

 

 室内に降り注ぐ大量の雨、それはついさっきトガが壊した火災用スプリンクラーから漏れ出たものだった。

 大量の水は異形チルノの極低温の体によって凝結し、徐々に身動きが取れなくなっていく。

 

「やっぱりアナタ、おばかさんですね。頭良さそうなフリして、こんなチンケな罠にかかるなんて」

 

 煽るトガにキレたのか、力技で脱出しようと試みる異形チルノ。無理やり身体を捻り、動かし、徐々にヒビを拡げながら異形チルノはゆっくりと進み始めたため、トガは舌打ちをしつつ別の場所へと移動する。

 

「……左腕さえ使えれば……!」

 

 体が万全であれば近距離でのミスディレクションも使えたかもしれないが、残念ながら今のトガはボロボロであるため激しい運動は不可能。だが、時間稼ぎならまだ手はある。

 再び追い始める異形チルノ、それに対しトガは店内を縦横無尽に駆け巡り、異形チルノの追跡を躱そうとする。だがどんなに死角を利用して視界から外れても、死角を形成する壁そのものを破壊しながら追ってくるため、捕まるのは時間の問題。

 トガは再び商品棚の裏側へと逃げる。だがそれを異形チルノは意に介さず、右腕で商品棚もろとも切断することでトガヒミコを炙り出そうとした。

 そして再びトガが逃げてイタチごっこへ……と思いきや、トガは異形チルノの真正面に立っていた。手に持っていたのはさっき拾った赤い物体、トマト。トガはこれをフルスイングで異形チルノの顔面に叩きつけ、再び逃走を開始した。

 

「値ッ!!」

 

 破裂したトマトは異形チルノの顔面に付着し、冷気によって完全に凍りつく。視界一面がトマトで覆い尽くされた異形チルノは自身の鋭い腕でゴリゴリと付着したトマトを削り始めるが、かなり時間がかかりそうだ。

 

「……今のうちに、マリサちゃんのところへ!」

 

 トガは中央ホールに繋がる通路へ走り出した。このチャンスはなかなか無い。アレだけ隙を晒していれば、決意マリサを封じ込めた氷を削る時間くらいは稼げる。

 そう思い込み、あと一歩で中央ホールに出れる距離で、トガヒミコの足が止まった。

 

「……あり?」

 

 氷漬けにされた両足、その足元には、水色の魔法陣が輝いていた。

 

「……これは、ハメられましたね」

 

 一生懸命ジタバタと体を動かすトガだったが、氷はビクともせず、ひたすらトガの両足を冷やし続けていた。

 

 ゴリ……ゴリ……

 

 顔面のトマトを削りながら徐々に近づいてくる異形チルノ。血ではないが、そう思わせるほどの覇気を放ちながら一歩、また一歩と距離を詰め始め、トガヒミコの表情に焦りが表れ始めた。

 

「値=天才」

 

 完全には拭いきれていないもののある程度視界が確保された異形チルノは、トガヒミコを背後から、見下すように顔を見つめる。

 流石にマズイ状況なのは百も承知だが、足が固定されている以上何も出来ず、このまま氷漬けにされればトガヒミコは完全にゲームオーバー。来世でよろしくコースである。

 しかし異形チルノは氷漬けにすることは無く、右腕を大きく振りかぶり、トガの股下から頭蓋に向けて勢いよく振り上げる。

 反射的に前傾姿勢で回避しようとするトガ。それによって体勢が前に傾き、致命傷は避けられたものの、氷魔法の追撃と風圧によりトガの身体は放物線を描くように吹き飛び、そして再び地面に複数回激突した。

 

「かハッ」

 

 呼吸が、整わない。酸素が、血に巡らない。

 

 骨も今ので何本か折れ、もう上半身を起こす余力すらない。完全にタイムアップである。

 

 金属同士がぶつかり合っているような音が複数回聞こえる。音の聞こえる方向に目を向けると、化け物が両腕を使って拍手のような真似事をしていた。彼女なりに称えているつもりなのだろうか。

 

「763」

 

 異形チルノは右腕の先をトガヒミコの額に合わせると、トガの脳内に冷気が異常に染み出してきた。

 

「嫌」

 

「嫌、痛い、嫌」

 

「痛い痛イ痛い嫌止メて嫌嫌嫌痛イ嫌嫌嫌痛イ痛い痛イ!!!!」

 

 冷気によって引き起こされた激しい頭痛と、死に近づく恐怖で頭の中がおかしくなり始めたトガ。悲痛な叫びを上げても止める気配は到底無く、異形チルノは奇怪な声を上げて勝利を確信する。

 

 

 全身が徐々に冷え始め、四肢の感覚が消えた当たりでトガはうっすらと、走馬灯のようなものが見え始めた。

 

 

 トガの生まれ持った個性「変身」、その影響で血に興味を持ち、血を愛してしまった故に家族から敬遠された忌まわしき過去。嫌われたくないが故に、仮面を被り、己を個性を隠し続けた過去。そして好きな同級生が出来たあの日、再び血に対する欲求が膨れ上がってしまったこと。そしてその欲求に抗えず、同級生を殺し血を啜り続けたあの日、トガヒミコは己が抑え込んでいたナニカを解放した。

 

「い き て る」

 

 その後、自分の欲求のままに人を殺してきたある日、テレビに映ったある人物に、恋に似たナニカが芽生え、その人に近づくためにヴィラン連合に入り、そして今、その人に出会うことが出来た。

 そんな順風満帆な人生を送っていたが、その人生が今ここで終わろうとしている。人ですらない化け物の手によって、無慈悲に、不条理に、殺されようとしている。

 己の欲のままに殺し続けた彼女の末路としてまさに自業自得であると、多くの人間はそう思う。だからと言って、「はいそうですか」と納得して死ぬような悪人はいない。当の本人は最後まで、生にしがみついて止まない。

 

「マリサちゃん……!!!」

 

 氷像に目を向けるトガヒミコ。希望を託したはずの彼女は未だ氷の中で眠り続け、意気揚々と復活する見込みは無い。

 

「そろそろ、おきて……ください……!」

 

「ワタシを……おいてく、つもりですか……?」

 

「ワタシを……、ひとりにしないで…………」

 

 徐々に凍結が進むトガの身体と、無機質ながら限りなく嘲笑に近い声を出す異形チルノ。いくら涙を流しても、いくら心の中で祈っても、覆らない現実があるということを、彼女は知らない。

 だが現実を理解している化け物は、ひたすら彼女を嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし希望は、彼女を見捨てたりはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばら

 

 4

 

 7

 

 14

 

 いばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらいばらばらばらいばらばらばら

 

 

「久しぶり」

 

「この秘匿音声を聞いているということは、キミは今かなり特殊かつ重篤な状態なのかな?」

 

「本来ならキミはまた記憶を失って■■■■するところだけど、不具合が生じているようだね」

 

「大丈夫、気にしなくていい。おそらくその不具合は私がワザと発生させたモノかもしれないし、そうでなくとも私のところに戻ってくれさえすればすぐに直せるさ」

 

「あぁ、キミが記憶を失っていることを考慮して今ここで、名前を出しておこうか」

 

「私の名前は"■■■■■■"。キミの恩人さ」

 

「ま、今すぐ会えなくても、キミに何らかの事故が発生したらすぐに場所を特定して会いに行けるから大丈夫さ。だからキミは好きな風に生きるといい」

 

「だが、2つほど注意点がある」

 

「1つ、異形と呼ばれる頭の可笑しい連中と関わらないこと」

 

「2つ、騙されちゃダメだよ? とは接触しないこと」

 

「とはいってもこの2つと遭遇する確率は極めて低く、ましてや両方と接触する確率は数多の世界で観測されるあらゆる事象と比べても非常に少ない部類だ。気にしなくていい」

 

「ただし、もしこの2つのうちのどちらか君の役目は私に会うことと関わってしまった場合、キミの人生はもちろんのこと私の計画ま私の"言葉"だけに耳を傾ければいいので狂うことになる」

 

「特にあは2つ目は危険だ。……未だ■■されあははない■■■あはははは■■■だが、私は■■の■■を■■している。誰もが■■■が、彼■が真に■あはははははははははははははははは■■■の■であることを■は知って■■」

 

 

 いばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばらいばらばらばら

 

 

ここなら、届かないね

 

……? どうして不思議そうな顔をするの? 

 

……ワタシが誰だか、分からない? 

 

へぇー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

? 

 

 

 

 

「思い出した?」

 

「そう、キミの道標。生きる目標。心の支え」

 

「キミが会いたがっていた人、本人だよ」

 

「あ、今ワタシに話しかけられただけで目的達成とか、そういうのは禁止ね? 面白くないから」

 

「で、今日はキミとお話がしたくて来たの」

 

「……ワタシのこと、好き?」

 

「ワタシはキミのこと、好きだよ?」

 

「何でかって?」

 

「……フフフ、それはねぇ、似ているからだよ。ワタシと、キミが、あらゆる点において、ね?」

 

「フフフ……」

 

「……どこが似てるのかって?」

 

「そうだね……、他人を躊躇せずに殺せるところとかぁ、他人の尊厳を平然と踏み潰すところとかぁ、損得でしか物事を判断できないところとか……」

 

「……フフフ、冗談だよ。キミはそんな分かりやすい子じゃないし、ワタシも興味無い」

 

「本当に似てるって思うところは、何も無いこと」

 

「記憶もない、心もない、五感も無ければ、生きる理由も目的もない。まさに産まれる前の"胎児"のような、夢ばかり見続けるキミの姿が、ワタシとトてもトテモとっテも、似ていると思ったの」

 

「ねぇ、そうでしょう? 夢見る胎児くん?」

 

「キミの前世のことは全てキミの深層心理で把握したけど、キミはワタシと同じくらい救えない運命に囚われているものだから、つい助けたいと思ったの」

 

「だからキミに力をあげた。あの子や他の子にも負けないほどの力を」

 

「……フフフ、長々と話しちゃったね。でもそのおかげで、キミのSAN値はかなりの勢いで落ちている。死刑囚レベルかな?」

 

「これなら、キミはさらなる段階へ進める」

 

「これから先、おそらくキミはワタシと似た能力を開花するだろうけど、頑張ってね」

 

「最初は辛いかもしれないけど、だんだん慣れてくるから。大丈夫」

 

 体の内側から肉を食い破るように出てきたのは、棘の生えた蔓であった。蔓は宿主の身体を徐々に覆い尽くし、蕾が少しずつ形成されていく。

 マリサの身体は、自然と楽な姿勢を求めた。出来る限り体を丸め、足を閉じ、瞳を瞑り、折りたたまれた両足を両腕で抱え込む。

 夢見る胎児は茨の中で笑っている。己の心を隠したまま。

 生まれるべきではなかった。胎児は笑って殻にこもる。

 

 

「さぁ、私の手をとって……」

 

 黒い何かが手を差し伸べる。触れたくない、けど暖かい気がする。ボクは笑ってその手を握る。

 

「……キミの心を縛っているのは、誰?」

 

「キミは何に囚われている? 自分自身?」

 

「自傷行為で救えるのはキミの自己満足だけだよ」

 

 闇の中で微笑む少女。優しさ。

 

「さぁ、手を開いて? 辛いことがあるなら全て吐き出せばいい。楽になるまで、キミがシアワセになるまで」

 

 全身を覆い尽くした茨の棘が、私の方に向かって伸長し、皮膚を貫く。

 

「茨はキミの敵じゃない、キミの心に従っているだけだよ。キミがより遠くに手を伸ばしたいなら、茨はより長く伸びるし、またキミが心を守りたいと思ったら、茨はキミの全てを守る」

 

 ボクは彼女の言う通りに、自分を愛したいという気持ちを茨に伝えた。すると茨はみるみると棘を引っ込み始め、傷だらけの本体が闇に晒される。

 

「うん、その調子」

 

 彼女はそっとワタシを抱きしめ、頭を撫で、そして耳元で囁いた。

 

「温かいでしょう?」

 

「もっと感じてほしいけど、時間が無いから今日はここまで」

 

「さ、目を瞑って」

 

 彼女の言う通りに、ボクは目を瞑った。すると彼女はボクの肌に手を当て、目隠しをする。

 

「気持ちよく起きられるよう、おまじないをかけてあげる」

 

 彼女の言葉が、ボクの心を落ち着かせる。

 

「さ、ゆっくり」

 

「落ち着いて」

 

「深呼吸して」

 

「身体の力を抜いて」

 

「ゆっくり」

 

「落ち着いて」

 

「深呼吸して」

 

「身体の力を抜いて」

 

「ゆっくり」

 

「ゆっくり」

 

「目覚めたての朝のように」

 

「ゆっくり」

 

「夢を見て」

 

「ゆっくり」

 

「目を覚まして」

 

「ゆっくり」

 

「ゆっくり」

 

「ゆっくり」

 

 

「────────解放、しよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

割れる、割れる、セカイが割れる。心にヒビが、脳にキズが、ボクらは今生まれ変わろうとしている。

 解放だ。溜めに溜め込んだ己の全てを吐き出すように、己の全てをひっくり返すように。

 地に頭を着ける胎児、親と逆さに産まれるのは、なぜ? 

 

 氷を砕く時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一人』を認識し、『他人』に興味を持ち始めたキミが次にすべきこと

 

それは『解放』。己の心をさらけ出し、己が認識したものを他人と共有すること。

 

それがキミの2つ目の力、『解放ノ夢』

 

目覚めの時だ

 

 

 

 

 

 






1ヶ月に1回しか投稿出来ねぇぇぇぇぇあア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゙全然進まねぇえ"え"え"え"え"え"!!!



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???編:その5




異形魔理沙編と同時投稿





 

 

 パキッ

 

 氷の割れる音が耳に届いた時、トガは反射的に氷像へと目を向けた。徐々に亀裂が増え始める氷像にトガの心は期待と興奮の入り交じった感情で溢れはじめる。

 

「偽魔理沙」

 

 目を向けていたのはトガだけでなく、異形チルノも同様であった。生と死の淵を何度も渡り歩いた彼女だからこそ分かる、殺した時以上に強烈なエネルギーがあの人間の中で渦巻いているのが本能で理解出来る。死にかけのニンゲンを相手するより、この場で最も危険な存在である彼女に意識を向けるのは当然であり、異形チルノは即座に両腕の先を氷像へと向ける。

 

 だが、異形チルノの両腕にはいつの間にか茨が巻きついており、茨の先にはヒビ割れの氷像と、その奥に潜む紅く染まった瞳がこちらを覗いている。

 

「おはよう」

 

「…………遅いです。寝坊も、……大概にしてください」

 

「次から善処する」

 

 いつも通りの決意マリサにトガはホッと安心し、一瞬気が緩んだことで蓄積された疲労やダメージがトガを眠りへと誘う。

 再びカチ合うこととなった決意マリサと異形チルノ。かたや全身フル冷気アーマーの怪物に対し、こちらは全裸の女子高校生である。これだけ聞くと勝ち目が無いように思える。

 だが、このJKはただのJKではない。血と臓物に塗れた世界で目覚めた狂犬、異形に対する切り札、「JOKER」である。

 

「時間で換算したらそんなに経ってないんだろうけど、体感的にかなり寝た。半年くらい寝たか?」

 

 パキパキ、とひび割れた氷が悲鳴を上げる。

 

「まぁそれはさておき、これ以上ここに居られるとクソ寒いから早めにシバくぞ、クソデカ氷野郎」

 

「fuck=偽魔理沙44444444444」

 

 ブチ切れた異形チルノが巻きついた茨をブレード状の腕で切断しようとする。

 が、真っ先に動いたのは決意マリサ。千切られるより先に異形チルノを類まれなる怪力で強引に引き寄せ、振り回し、ショッピングモールの壁に勢いよく叩きつける。

 

「値!?」

 

 想定を遥かに超えたパワーに異形チルノは困惑している。

 

「枷が外れた気分だ。元々これくらい力を出せていたような、そんな気分」

 

「でも足りない。物足りない。収まらない。俺の中の鬱屈とした、言い難い感情の塊が、グツグツ湧き出してしょうがない」

 

 決意マリサの感情に呼応し、茨の蔓が全身から産声をあげるように生え始める。喜びを糧に、怒りを糧に、哀しみを糧に、楽しさを糧に、茨の蔓は成長し続け、四方八方に伸長していく。

 

「あ」

 

 突如、決意マリサが呆けた表情で立ち尽くす。その様子に誰もが「?」となったが、本人は何かに納得したかのような素振りを見せる。

 

「思い出した。俺、異形魔理沙とかいうヤツをどうしても殺したかったんだった」

 

「アイツが、俺の何か大切な、色んなものを、全部奪って殺したんだ。だから憎いんだ。今湧き上がるこの感情はアイツへの憎しみだ。だからこんなにも鬱屈で、煮え切らないクソみたいな感情が、一生こびり付いて鬱陶しいのか! 今までやるせない感じだったのも全部それのせいだ!」

 

 やっと自分を理解できたと、ウキウキになる決意マリサ。だが当の本人以外にこの感動は伝わることなく、終始「?」であった。

 

「OKもう分かった、やること増えた」

 

「彼女に会って、異形は全部ぶちのめして、異形魔理沙をシバく。……やっと生きてる気分になってきた!」

 

 今日一邪悪な笑顔で天を見上げる決意マリサ。完全にハイになっているが、今は戦闘中である。

 

「4」

 

 異形チルノの顔面が変形し、再び超低音の負のエネルギーが正八角形の結晶体に集中する。

 再びあの強烈な冷凍ビームが決意マリサ目掛けて放たれようとしている中、彼女は余裕の笑みで満ちていた。

 

「その手は二度と食わねぇ」

 

 マリサは茨の蔓を勢いよく引き戻し、異形チルノを引き寄せる。

 しかし異形チルノは動揺せず、冷静に照準をマリサに定める。引き寄せられようとも、冷凍ビームの威力が上がるだけで何も問題は無い。再び氷漬けになるだけである。

 

「マリサちゃん!!」

 

「───────代わりにこれでも」

 

 寄せきったその瞬間、二人の間には1メートル弱の距離が存在していた。それはちょうど決意マリサの、拳が届くギリギリの距離である。

 マリサの腕には既に無数の茨が巻き付いており、重量がかさ増しされている。

 

 ビームが撃たれる、よりも先に、決意マリサは跳んだ。

 

「食らっとけ!!!!」

 

 正八面体の結晶体の輝きが増したその瞬間、決意マリサは全身のエネルギーを右腕に集中させ、勢いよく拳を叩き込んだ! 

 

 パリィィィィィン! 

 

 ガラスの割れた音が鳴ると同時に、冷凍ビームが全方位に拡散し、ホール全体が完全に凍結してしまった。

 それはもちろんトガヒミコも、決意マリサも例外ではなく、再び氷漬けにされてしまった。

 

 誰も生き残ら

 

「ふぅ、危ない危ない」

 

 氷像の中から即座に復活した決意マリサ。身体の内側から茨を出せる能力によって氷を破壊し、脱出することができたのだ。

 とはいえ所々凍傷を負っているため、これ以上無理をすると手足が引きちぎれてしまうだろう。

 

「いや、引きちぎれば良くね?」

 

 決意マリサは凍傷になった部分を引きちぎり、適当に遠くへ投げ飛ばした。その間に欠損部分はみるみる回復し、30秒も待たずして完全復活。我ながらおそるべき身体である。

 

「トガヒミコ〜、どこー?」

 

 凍結した床の上を裸足で歩き回り、決意マリサはトガの氷像を探し始める。

 名前を呼んだところで当然返事が返ってくるわけ無いが、意味の無いことを平然とやるのが彼女である。

 

「あ、いた」

 

 さほど歩くことなくトガの氷像を見つけられたものの、凍結を解除する手段が見つからない。

 体内から茨を出せるなら直ぐにでも出してほしいが、トガにそのような芸当はできない。かといって氷を溶かすための熱源も持っておらず、夜に日向ぼっこはできない。どうしたものか。

 

「ちょっと力込めて叩けば……」

 

 拳に再び茨の蔓を巻き付け、さっき化け物を殴った時の5分の1程度の力で殴れば、ワンチャンいい感じに壊れるかもしれない。

 ただし失敗すればトガの命は無い。

 

「ん」

 

 特に躊躇せず氷の像をぶん殴ったマリサ。表面に亀裂が走り、少し像が変形したような気もするが、多分まだいけるだろう。

 

「もう1発やっとくか」

 

「やめてください」

 

 拳を構えた瞬間、見覚えのあるナイフの先端が顔の真正面に向けられていた。どうやら上手くいったようだ。

 

「殺す気ですか?」

 

「いや、全然?」

 

 悪意ゼロで応対するマリサに呆れたのか、トガは溜め息を吐きつつナイフをしまう。

 

「あーあ、残念デス。服もボロボロ、全身ズタズタ、何より寒すぎて風邪引きます。最悪デス」

 

「五体満足で生き残れたんだから喜ぶべき、いや喜べ。普通の人間として」

 

「……普通の、ニンゲン?」

 

 首をかしげるトガヒミコ。普通とは遠い生活を続けてきた彼女にとって、あまりに実感の無いワードなため、曖昧な反応しかできずに困惑してしまう。

 マリサの言葉の真意について少し気になったトガは、その事について問いただそうと考えたが、徐々に青ざめた始めたマリサがトガの言葉を遮るように発した。

 

「やば、あまり時間が無いこと思い出した。この場から今すぐ離れた方がいい」

 

「……どういうこトですか?」

 

「あの化け物、……羽っぽいの生えてたから狂的チルドレン(CC)か。アレは殺しても一定時間立つと復活してまた襲ってくる。今すぐ離れないとマズイ」

 

「えぇ……? ズルくないですかソレ」

 

「ズルいし面倒臭い。……人のこと言えんが」

 

 全ての言葉が自分に跳ね返ってくることに気づき、自嘲気味に笑うがそんな呑気に笑ってる余裕など無い。体勢を立て直すならせめてこのショッピングモールからは出たい。

 

「とりあえずここから逃げるぞ」

 

 マリサはトガの腕を引き、脱出を促すものの、トガは棒倒しの棒のごとく前のめりに倒れてしまう。震える手で彼女はマリサの手を握り返すが、力が手にこもらず、立ち上がろうとしても膝が上がらない。

 

「……どうやら、寒すぎて動けナいみたいでス。もう手足の感覚がありません。頭の中も、フワフワして、よく分かりません。どうしようも無いので、おぶってください」

 

「…………おぶるって、お前を背中に乗せることだよな?」

 

「そうです」

 

「…………、…………あい」

 

 マリサは渋々しゃがみ、両手を背中側に回した。

 

「あ、あと服着てください。すっぽんぽんで歩き回られるとこっちが恥ずかしいです」

 

「いちいち注文多いなお前!! 」

 

「それに服と食料全部あっちに置いてったんで、脱出する前に取りに行ってください。でないとここに来た意味無いので」

 

「分かった、分かったからまず黙れ。そして寝てろ」

 

 黙らせつつもトガの身体を背負った決意マリサ。倒れた異形チルノの体の側面を颯爽と横切り、置いてきた荷物の回収および着替えを即刻終わらせ、他の異形妖精に注意しながらショッピングモール最後の壁面を強靭な脚力で蹴り砕き、マリサたちはついにショッピングモールから脱出することに成功した。

 

「何とか出れたな」

 

「他に用事は無いので、一旦アジトに戻りましょう。指定された場所に行けば黒い霧の人が回収しに来てくれマす」

 

「その場所は?」

 

「ここから南西方向に2km、『ラブ・バラエティ』って名前の潰れた映画館ですね」

 

「お前と荷物抱えて街でうろちょろしてる怪物共を回避しながら2km走らされるとか、正気か?」

 

「正気ならさっきの戦いで既に死んでます。頑張ってください」

 

「……」

 

 再び湧き上がった鬱屈とした気持ちが、マリサの心を覆った。

 

(憎く無くても湧くのか、コレ)

 

 マリサはまた、溜め息をついた。

 

 

 

 






決意マリサ編、一旦終了。

続きは2章にて。


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救助要請チームA編:その1



【救助要請チームAのメンバー】

・八百万百(やおよろずもも)→個性:創造
・耳郎響香(じろうきょうか)→個性:イヤホンジャック
・上鳴電気(かみなりでんき)→個性:電気
・尾白猿尾(おじろましらお)→個性:尻尾
・口田甲司(こうだこうじ)→個性:生き物ボイス
・峰田実(みねたみのる)→個性:モギモギ
・葉隠透(はがくれとおる)→個性:透明

※雄英高校の構造に関する情報があまりに少なく、『外から見るとH型の全面ガラス張りの建物』くらいしか分からなかったので、勝手に設定させていただきます(既にプロローグでやってしまってはいる)。ご了承ください。




 

 

 

 突如、化け物に襲われた1年A組は3つのチームに別れ、それぞれの階層へと移動を始める。

 私たち救助要請Aチームは1階の先生方との合流を第一とし、この圧倒的に不利な状況を打開するのが今のところの最終目標だ。

 そして現在、Aチームは現在3階から2階へと続く階段を降り、そのまま1階まで降りようと足を進めたのだが……

 

「…………崩れて通れませんね」

 

「せっかくここまで敵と合わずに済んだのに……!」

 

 無数の瓦礫が行く手を阻むように存在し、ここを無理矢理通るのはかなり厳しい。

 

「別の階段から降りるしかありませんね」

 

「待てよヤオモモ、こんな岩くらい俺らが力を合わせればすぐにでも壊れるぜ?」

 

 八百万の肩を掴み、引き止めたのは上鳴だった。

 

「えぇ、ですが大きな音を立てるわけにはいきません。私達の目的は先生方と合流すること、なるべく早く行くべきですが敵が未知である以上慎重に行くのが最善かと」

 

「となると、また上に戻るのか。うへぇ」

 

 上鳴が気の抜けた声を上げる。距離はさほど無いが、魔境と化した学校内を歩くだけで精神的負担はかなり大きい。響香の個性が無ければここまで動くことは出来なかっただろう。

 Aチームは元来た経路を辿って3階へと引き返す。この棟の階段が使えない以上別の棟の階段から移動するしかないのだが、別の棟に移動するには3階の連絡通路を使う必要がある。Bチームと同じ棟を行くわけにはいかないため、必然と校門から遠い方の棟へと移動することとなるが、さしたる問題は無い。職員室から遠ざかるのは良くないが。

 

「耳郎さん、敵の位置は?」

 

「……3階には3体、だけど3体とも教室に固まって動いていないから、廊下突っ切って素通り出来る」

 

「では静かに、素早く移動しましょう」

 

「────」フルフル

 

 耳郎からの情報の元に着々と進むAチーム。八百万をブレインとし、耳郎響香は探知、上鳴と尾白は緊急時の戦闘要員として参加し、峰田は足止め、口田はサポート、葉隠はステルス特攻隊長として各々が役割を果たし、無事連絡通路まで辿り着く。

 

「────私! 通路の先を下見してくる!!」

 

 意気揚々と葉隠が先頭へと踊りだし、両手を水平に広げながらフラフラと進んでいく。透明になる個性を持つ彼女なら化け物に見つかることは無いのだが、心配が勝ってしまうのは何故だろうか。

 

「…………」

 

「? どうした峰田?」

 

 葉隠に先行させている間、他のメンバーは通路の出入口の付近で静かに待機していたのだが、峰田だけは何故か思い詰めたような表情で黙りこくっていた。そんな峰田を不思議に思った上鳴が峰田に話しかけると、峰田はおそるおそる口を開ける。

 

「…………今の葉隠ってさぁ、やっぱり何も装備つけてないんだよなぁ? それってつまりさぁ、全裸ってことなんだよなぁ…………?!」

 

「平常運転かよ」

 

 溢れ出る唾液を左腕で拭う峰田を葉隠を除く全員がゴミを見るような目で見つめる中、葉隠が偵察から帰ってくる。

 

「見てきたけど大丈夫だったよ! 誰もいない!」

 

「ナイス葉隠! んじゃ今のうちに行こうぜ!」

 

 安全を確認し、葉隠に続き続々と連絡通路を渡る7人。連絡通路の壁に張られたガラスから外の様子が少し見え、現在の状況が少しだけ把握出来た。

 

「先生!?」

 

「えっ、どこ!?」

 

「ほらこっち! 中央のほう!!」

 

 芦戸が指をさした方向には、雄英高校の教師であるセメントス先生が何かと戦っている。

 

「兎?」

 

 兎のような耳、見ているだけで不安を感じる赤い瞳、異常に発達した体格、右腕に重機関銃を備えた化け物が、その体格からは容易に想像出来ない俊敏さでセメントス先生の攻撃を避けきっている。

 

「●●●●」

 

 セメントス先生が何か言うと、兎の化け物の足元から巨大なコンクリートの壁が全方位を囲み、押し潰す勢いでコンクリートを圧縮させる。

 化け物はコンクリートの壁に飲み込まれ、確実に捉えられた。現代社会においてコンクリートを自在に操るということがいかにヤバいのか、それがよく分かる戦闘だった。

 

「すっげぇぇぇぇぇぇぇ!!! 先生つえぇえぇえ!!」

 

「マジですごい!」

 

「今なら先生と合流出来るかも!」

 

「えぇ·····!」

 

 窓ガラス越しから先生に向けて手を振りながら、大声で叫ぶ上鳴、峰田、葉隠の3人。距離があるせいで声は届かず、先生に気づかれる気配は全く無い。

 と思いきや手振りに気づいたのか、セメントス先生は上鳴達がいる方向に目を向けた。

 

「先生ぇぇぇぇ! 後でそっちに行きまぁぁす!!」

 

「●●●●!? ●●●●、●●●●●。●●●!」

 

 セメントス先生は安堵の表情を見せた後、右方向に指をさしながら大声で叫んでいる。

 

「うん、こっからじゃ全然聞こえないね」

 

「逃げろって言いたいんじゃない?」

 

「ではその通りにしましょう」

 

「いや、ヤオモモちょっと待って。あそこ·····」

 

 上鳴が指さした方向、それはセメントス先生の真後ろ。最初はただの先生の影だと思っていたそれは、よくよく見ると不自然な輪郭が浮かび上がっており、影から伸びたナニカがセメントス先生に向けられ、2つの赤い光が捉えている。

 

「先生?!」

 

「あれもしかして·····!」

 

「先生がヤバい!」

 

「先生ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「●●●●●●●●!!! ●●●!!」

 

 先生は青ざめた表情で私たちの方向に指を指している。

 

「先生!! 後ろ!!!」「君たち!! うし」

 

「「Die(死ね)」」

 

 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!! 

 

 

 パァン! 

 

 

「·····え?」

 

 セメントス先生が背後から撃たれ、大量の血が窓ガラスに飛散し、ゆっくりと垂れる。血の海が徐々に侵食し始め、生暖かい感触が耳郎の右足を包み込んだ瞬間、耳郎は異変に気づいた。

 

「ぅえ?」

 

 ゆっくりと首を横に向けた耳郎響香の目の前には、酷くグロテスクな血の塊と、巨大な木槌を持った兎の化け物がイた。セメントス先生と戦っていた兎の化け物とはまた別の個体ではあるが、兎とは思えないほどの筋骨隆々ぶりと狂気的な笑いにこの場の人間全員が恐怖を感じた。

 化け物がニタニタと笑いながらゆっくりと木槌を持ち上げると、血の塊が水飴のように引き伸ばされ、分離し、悪臭を放つ。

 木槌の表面には血と黄色がかった髪の毛が付着し、人間の惨たらしい死が染み付いている。

 

「かみな」

 

「耳郎さんッ!!」

 

 呆然と立ち尽くす耳郎響香の真横には、さっきまで見つめていたはずの木槌が存在しており、完全に意表をつかれてしまった。

 時間が断続的に流れ始め、木槌の速度もそれに応じて遅くなる。避ける、と頭の中で考えても、何故か体は言うことを聞かない。危険が目の前に迫っているのに、数センチしか体を動かすことが出来ない。

 終わった、そう感じた耳郎だったが、間一髪八百万が盾を生成し耳郎を強く吹き飛ばしたおかげで生き延びた。

 

「ぐうっ!」

 

「ヤオモモ!!」

 

 だがその代わりに攻撃をくらった八百万は衝撃によって窓ガラスに激突してしまう。弾丸すらものともしない雄英の強化ガラスにヒビが入り、八百万は額から血を流したまま動かない。

 

「Let's killing time!!」

 

 兎の遠吠えに煽られ、耳郎の思考はグチャグチャにかき混ぜられていく。上鳴は死んだ? 八百万が動かない? この化け物は何? 先生はどうなった? 知りたいこと、知りたくないこと、全てが思考の渦の中で回り続け、一行に答えが見つからない。動揺と焦りが、命の危険が、離れる、助ける、動く、動かない、何が正しい? 何が間違い? イマココですべきことは? 誰か助け────

 

「耳郎さん、早く逃げて!」

 

 後方から聞こえる、尾白の声。その一声で耳郎は冷静さを取り戻す。ぼやけていた視界が鮮明になり、現在の状況と、己のすべき行動が見えてくる。

 

「·····皆は?!」

 

「全員もう逃げてるし、八百万さんは僕が担いでる! 後は耳郎さんだけ!」

 

「化け物が峰田くんのモギモギに捕らわれている間に、早く!!」

 

 化け物の方を見ると、化け物の両足と木槌がモギモギで固定され、必死に力技で抗っている様子が見えた。

 

「·····ッ! 今行く!」

 

 耳郎は精一杯足を持ち上げ、皆のいる連絡通路の先へと進む。

 

(上鳴·····!)

 

 ほんの一瞬のうちにして絶命した友人、上鳴電気の笑顔が脳裏に焼き付く。出来ることなら今すぐにでも彼の死を悲しみ、泣き、苦悩し、そして静かに別れを告げたかったことであろう。

 しかしそれを許してくれる時間も、猶予も、ここには無い。

 

「上鳴、また後でね」

 

 チラッと後ろを振り向いた後、涙を拭って走り出す耳郎響香。上鳴はもういない、それは分かっている。分かっているが、ここでそれを認める余裕はない。

 また会えると信じて(思い込んで)、前に進む。

 

「こっからどうする?!」

 

「……足止めならまだしも鎮圧は私達だけでは不可能です。通常通り先生と合流することが優先かと·····!」

 

「だけど、セメントス先生は·····!」

 

「·····」

 

 その一言によって八百万達は深く黙り込み、重く静寂な空気が心を支配していく。

 セメントス先生の最後は窓ガラスが血で覆い隠されてしまったため見えなかったが、セメントス先生が銃口を背中に突きつけられていたことと、その後の長い銃声音から、現実的に考えると生きている可能性は低い。

 そのことを全員が察し、他の先生も同様にやられている可能性も考慮していた。だが、それでも生徒達は先生や他のヒーローが生きているという"希望"をどこかで信じている。

 

 だがそれと同時に、その"希望"を揺らす得体の知れない存在が蠢いていることも無自覚ながら感じ取っていた。

 

「もう嫌だ。」

 

 口田甲司の背中の上でボソッと弱音を吐く峰田。口田は峰田の様子を心配し励ましの言葉を思いつくも、喋るのが苦手なため口に出すことが出来ない。

 気持ちだけでも寄り添おうと、口田は心の中で峰田の安寧を祈った。

 

「階段あった!」

 

 葉隠が大声で呼びかけると同時に、メンバー一同はすぐさま階段をおり始める。早く、早く逃げて先生と合流したら、今戦っている緑谷達や他チームと合流してすぐさま避難するのもアリかもしれない。

 ついさっきまで、ヴィランが来ても何とかなるだろうという何の根拠もない自信が私達を支えてくれていたはずが、いつの間にか消えていた上に得体の知れない恐怖だけを残して私達を置いていく。

 分からない、怖い、だから逃げる。立ち向かうのは、本当に後にひけなくなった時でいい。今はとにかく少しでも生き延びて、救援を呼ぶべきだ。

 音をなるべく立てないよう静かに、そして出来る限り迅速に階段を下りるAチーム。1つ階段を下るたびに血の匂いが増していき、皆鼻を抑えながら先に進む。

 

「これは……ッ!?」

 

「……ッ!」

 

 叫びそうになった耳郎だが、咄嗟に両手で口を塞ぎ声を殺す。……このような光景を見るのは3度目だが、この惨状は今まで見た中で最も酷いと言っても過言ではないものだった。

 廊下を浸す大量の血液、目玉、飛散した内臓、噛みちぎられて原形を失った遺体など、まさにグロテスクを極めたかのような光景。これがただのR18Gのゲームならまだしも、現実なのだからタチが悪い。

 あまりのグロさに耐えきれず、峰田は腹の底から込み上がる吐瀉物を地面にぶちまけた。

 

「……峰田、大丈夫か……?」

 

「……オェッゲホッ、……おい、ここ、ホントに通るのか……?」

 

「……私だって、こんなとこ通りたくない……、おうち帰りたい……!」

 

 泣き始める耳郎響香、その背中を優しくさすってあげたのは八百万であった。

 

「……正直、これは先生でもどうにもならない状況かもしれません。……耳郎さんの言う通り、そのまま逃げるのも手段としては正解です」

 

「そしたら、足止めをしてくれている緑谷達やBチームのこと、見捨てちゃうの?」

 

「……今すぐとは言いません。もし、万が一、もっと最悪の事態が起きた場合、自分だけでも救えるよう、心構えをするということです」

 

「……ヒーローに憧れてここに来たのに、何で俺たちはこんなに無力なんだ……」

 

 尾白は拳を強く握りしめ、1粒の涙を零す。仲間を失ったというのに、その原因となったヴィランを倒すどころか逃走し、今や己を救うだけで精一杯。ヒーロー志望が聞いて呆れるほどの情けなさ、不甲斐なさを尾白は悔やむ。

 

「…………顔を上げてください尾白さん」

 

「私たちはまだ、力も経験も大人より下です。……ですから、ここで落ち込む必要はありません。私たちは私たちに出来ることを、するだけです」

 

「災害発生時の基本は自助・公助・共助。まずは自分を救わなければ、他人を救うことはできませんわ」

 

 精一杯励ます八百万の優しい気持ちが伝わり、尾白は涙を拭い、八百万に感謝する。

 

「耳郎さんも今は辛くても、ここは耐え時。泣いていいのは身の安全が保証された時です」

 

「ヤオモモ……」

 

 キリッとした目付きで前を向くヤオモモ。平静を崩さない彼女の姿はチーム全員に安心感を与えていたが、八百万の心の中は常に不安と焦りで充満していた。だがそれら全てを己の精神力で抑え込み、不安が伝播しないよう配慮していた。

 

(私たちは、オールマイトの姿をずっと見てきました)

 

(ヒーローとは、困っている人達を安心させるために力を行使するもの。私が、皆さんを支えていかなければ……)

 

 友の涙を見過ごせないヤオモモは先陣切って階段を降り、敵がいないか様子を見始める。辺りは静けさに包まれ、先程とはまた別の"見えない恐怖"が、ジワジワと心を削っていくのを感じた。

 

「血の跡が……階段まで続いています。おそらく、この惨状を作り出した存在が1階にいるのはほぼ間違いありません」

 

「……でも、職員室は1階だよ? しかも1回外出てさっきの棟に戻らないといけないし」

 

「どっちみち、行かざるをえないのか……」

 

「待って、私の個性で1階の様子を探ってみる」

 

 涙を拭き、真剣な表情に戻った耳郎響香が個性「イヤホンジャック」を発動し、血の浸っていない床に○○を突き刺した。

 

「……いる。この下に一体、しかもめちゃくちゃデカい」

 

「その化け物は今何をしていますか?」

 

「……食べてる。何食べてるか考えたくないけど、多分、人間」

 

「……じゃあ、また別の階段から降りた方がいいんじゃない? ……危ないし」

 

「けど、職員室までの距離が……」

 

「「……」」

 

 目の前のリスクを避けて安全なルートを通るか、リスク承知でショートカットするか、Aチームは決めあぐねていた。

 

「…………ショートカットだろ」

 

「峰田?」

 

 最初に口を開いたのは、先程まで沈黙を貫き通していた峰田だった。

 

「仮にその化け物がこっちに気づいたとしても、オイラのモギモギがあれば足止め出来る。だから、問題ねぇ」

 

「……怖く、ないの?」

 

「……怖ぇけど、仕方ねぇだろ。爆豪の野郎だって最速で行けって言ってた気がするし……」

 

「峰田が漢気出してる……!」

 

 チームの中で最も根性が欠けてるであろう峰田が、誰よりも勇気を振り絞り、覚悟を決める姿に全員が感化された。

 

「……行こう!」

 

「うん……まだ、怖いけど!」

 

「どのみち敵と遭遇するのは時間の問題、なら、早いに越したことはありませんわ」

 

「……!」コクコク

 

 全員が覚悟を決め、1階へ続く階段に向かっていく。そうなると、必然と血の跡に沿って歩くことになるのだが、耳郎からの前情報もあってか全員の警戒心がかなり高まっていた。あの惨状を生み出した巨大な化け物がすぐ近くにいるということを意識しただけで、心臓の鼓動が早くなる。音を立てないことに集中しすぎて、自分の息遣いが、血の流れる音が、普段の何倍も大きく聞こえる。

 階段を降りきったAチーム、目の前の廊下には血の跡が続いており、そして左側の2つ先のドアへと繋がっている。

 

「ここからは静かに」

 

「「了解」」

 

 八百万を先頭に廊下を進み始める6人。姿勢を屈め、音を忍ばせ、化け物に知覚されないよう慎重に立ち回る。

 化け物との距離が縮めば縮むほど、パキッ、ゴリッ、という音が耳を劈く。咀嚼音と共に聞こえるその音は、おそらく人の骨を噛み砕く際に発せられる音だと何となく察しがついた。それはあまりに気味が悪く、今すぐこの場から去りたいと思うほど不愉快であったが、6人は堪えつつもゆっくり、前へ進む。

 

「キヒッ?」

 

「────ッ!?」

 

 曲がり角から突如現れた異形妖精に驚くAチーム。隠密行動を要求されるこの状況において最も最悪な現象が今、目の前で起きてしまった。

 

「きひひひひひひひひひひひひひ!!!」

 

「くっ!」

 

「伏せて!」

 

 咄嗟にしゃがんだ八百万の背の上を尾白が駆け抜け、襲いかかる異形妖精に尻尾による強烈な一撃を叩き込んだ。

 

「キイイイイィィィィィ!!!」

 

「ごめん、八百万。これバレたかも……」

 

 八百万の危機は救えたものの、隠密行動は失敗。物音に気づいた化け物がゆっくりと部屋の外へ出始める。

 

「いえ、仕方ありません。ここはもう逃げましょう」

 

「あと尾白さん、助けていただきありがとうございます」

 

「……お互い様さ」

 

「今それ言ってる場合じゃない! 後ろ見て!」

 

 葉隠の言葉に反応し後ろを振り向く6人。そこには、今まで見た妖精のような化け物や兎の化け物とはまた違った、おぞましい怪物が背後に存在していた。

 返り血で所々紅く染まった白い身体、複数の手足に串のようなものを持ち、人を丸呑み出来そうなほどの大きな口と血に染った鋭い歯の数々。例えるなら、突然変異した血まみれの白鯨のような見た目をした化け物が、生気を微塵も感じられない瞳でこちらを覗いている。

 アレが、人を喰い殺した化け物。もはや人の形すら留めていない、正真正銘の怪物の登場にAチームは一斉に立ち上がり、出入口を見据えた。

 

「走れ!!!」

 

 誰かがそう叫んだ時には既に全員走り出しており、化け物も新たな餌を見つけたことに我慢できず、驚異的なスピードで追いかける。

 

 

 捕まったら即終了の鬼ごっこが、開始された。

 

 

 






上鳴電気、死亡。Aチーム残り6名





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EX編その1 ※本編との関わり無し



※ここは地獄です。男の情けない言霊を浴びたくない方は逃げてください。




 

 

【刑務所タルタロス】

 

 刑務所界最強と名高い「タルタロス」、ここには個性による犯罪事件の中でも特に凶悪な犯罪者が収監される。

 中には人間社会を根底から覆す存在も収監されているが、心配は無用。タルタロスは日本最高峰の警備システムにより、過去十数年間誰1人として脱走を許さず、今もなお国民の安全を保証し続けている。

 そんなタルタロスの中に凶悪な犯罪者が一人、面会室で泣き崩れていた。

 

「話がッ! 進まない……ッ!!」

 

 彼の名前はマスターチュロス。やたら新しい小説を3話だけ書いてはすぐ撃沈するという、色々と残念な男である。

 

「あのさぁ? 前投稿しタ話いつだったか覚えてますかぁ?????」

 

 そして強めの口調で捲し立てる彼女の名は異形魔理沙。異変の元凶である。

 

「……いつだったっけ」

 

「2022年2月13日だよ。もう半年は過ぎるンだが?」

 

「もうそんなに経ったのか、早いなぁ……」

 

「お前がやれポ○モンレジェンズだの、ティーダのチ○ポだの、モ○ハンサンブレイクだの、ロ○ンスの神様だの、スプラトゥーン3だのにハマってるウチにこんだけ時間が経過したぞ。どう責任取るつもり?」

 

「……あの、ね? 少しだけ言い訳させて貰ってもいい?」

 

 男は気まずそうに、両手の指を1つずつ合わせたり離したりしながら、モジモジと伺った。

 

「何?」

 

「一応ね、前置きでこの小話はクオリティが低いですよってね、予防線張ってはいるんだけどね、前作から毎話ごとにクオリティを上げようと努力してはいるのね」

 

「うん、で?」

 

「でもね、頑張って背景描写とか戦闘描写を鮮明にしようとするとね、必然と文章量増えちゃうの」

 

「うん、で??」

 

「つまりね、昔より労力が凄いの。1話書き切るのに十何時間もかかっちゃうの」

 

「休みン時にやらんの?」

 

「課題をこなす時間+ゲームやる時間+家事をこなす時間で一日が終わる」

 

「でも手前課題はちょくちょくサボるし家事は適当だしほぼゲームばっかやってるよなぁ???」

 

「少し……黙ろうか」

 

 男は机に肘を付け、手の上に顎を乗せ、異形魔理沙に対して精一杯の圧をかけながら、目を細めて言った。

 しかしそんな雀の涙ほどの圧力に屈することも無く、異形魔理沙は鼻で笑う。

 

「ハッ! くだんねェ! これだからクソザコナメクジメンタルニートは役に立たねェ!」

 

 ボロくそに言われながらも男は話を続けた。

 

「後ね、これから書く予定の話数が尋常じゃないくらいに多いのもキツい」

 

「お前が始めた物語だろ?」

 

「そう……だけど、そう、……だけどさぁ、ねぇ? だって○○編が5パートくらいあるんだぜ? 1パートだいたい5話くらいにしてもそれだけで25話あるし、しかもまだ第一章だから75話くらい続くんよ。最後までやったら多分前作の話数超えてくるんよ」

 

「しかも前作はまだ発展途上で文章量少なかったけど、今だいたい全話5000文字以上なんよ。終わらんのよ」

 

「じゃあ昔みたいに1話にかける文章量減らせばええんちゃうん?」

 

「無理。一度バージョンアップしてしまった自分のスタイルを元に戻すのムズい。あの勢いだけで書いてたあの雰囲気はもう作れん」

 

「融通きかねぇのな」

 

「すまんかったな」

 

 一瞬、2人の間に静寂が訪れたが、それは直ぐに壊された。

 

「で、結局何が言いたいの?」

 

「ワンチャンこの小説は未完で終わるかもしれない」

 

「バックれるのか?」

 

「正直前作で割と自分の能力に限界を感じてたし、風呂敷を上手く纏めるのが中々難しいというか何と言うか……」

 

「バックれるのか?」

 

「バックれはしない……かもしれないしするかもしれない」

 

「本当に言い訳だけだな」

 

「否定はしない」

 

 再び、二人の間に静寂が訪れる。このままでは話に決着が着かず、面会終了時刻になるという最悪の事態が起きかねない。だがしかし、その心配は必要ない。なぜなら異形魔理沙が時間操作で面会時間を永久に引き伸ばしているため、何一つ問題は無かった。

 

 そうこうしている内に、男がポツリと呟いた。

 

「本当はね、前作で終了するつもりだったの。アンケートとか取ったりしたけど、1年間活動休止したら多分みんな忘れるんじゃねぇかと思ってたし、実力も限界きてたし、あの時はこのまま雲隠れしようかとも思っていた」

 

「けどね、久しぶりにサイト開いたらコメントが付いていてね。続き書いてくれって言われたんよ」

 

「待ってる人いたのかと、あの時思ったよ。そんでちょっと嬉しくなっちゃって続き書くって言ったけど、結局また離れてしまって、このサイトごと忘れようとしている」

 

「けど今こうしてまた書き始めたのは、またコメントが付いていたから。『待ってる』って、言われたから」

 

「こんなまだまだ中途半端な作品に、期待している人がいるから」

 

「また頑張ろうかなって、少し思い始めている」

 

 男は穏やかや表情をしたまま、そっと頬を手で覆う。

 

「この流れだとまたいつか失踪しかねないけど、まぁ、今日からちょっと頑張ってみる」

 

 そう呟く男に対し、異形魔理沙は真剣な表情で問いかける。

 

「…………お前は、小説書くの好きか?」

 

 

 

「…………嫌いじゃない。書きたいシチュエーションいっぱいあるし、熱烈な展開を書きたいとずっと思っている」

 

「けどね、やっぱ長いんよ。そのための土台を作るの。俺が下手くそなだけなんだけど、ムズいの」

 

「……お前が始めた物g」

 

「OK。少しお黙り?」

 

 とりあえず制止させ、ターンを渡さないよう立ち回る。

 

「はい以上、現状報告でした」

 

「コイツまた纏めンの失敗して逃げたぞ、○せ」

 

 異形魔理沙の言葉に応じて、ゾロゾロと現れる化け物たち。

 

「あ」

 

 男は真っ二つに裂けた。

 








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