きららファンタジア 断たれた絆と蘇る理想郷 (伝説の超三毛猫)
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おまけ:IFとイベクエとこぼれ話編
IF話:エトワリアの新風


クリスマス・年末年始に伴いIF企画の投稿です。
テーマは『もしも木月桂一に第2部5章までの記憶があったら』であります。それでは、どうぞ。





「天ッ才・魔法工学者のローリエ・ベルベットの住むエトワリアで謎のテロ組織・リアリストが人々の平穏を乱していた。そこに現れたのは正義のヒーロー・仮面○イダー―――」
「自分で天才とかヒーローとかめちゃイタいんよ、ただの変な記憶持ちの男やろ?」
「うるっさいよ…そう言うコイツは腹ペコ強盗殺人犯のスイセン」
「ウチは強盗も殺人もしてない!」
「そう言ってわんわん泣きつくもんだから、心優しーい俺はなんと彼女を商会の仲間にしてしまったのだった!どうなる第X話!」
「ウチは泣いてない!!」
「ツッコミが遅いよ…」


 エトワリア・神殿から離れた、荒れ果てたスラム街にて。

 一人の少年が、行き倒れた少女を見つめていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「おなか…………すいた…………」

 

 

 少年は黄緑の髪に汚れが目立たぬ黒のコートを羽織っていて、オレンジと金色のオッドアイで少女を見下ろしていた。

 少女の方は、男と同じ黄緑の髪を伸ばしっぱなしにして砂だらけの地面に横たわっていた。目に光はなく、うわ言のように食べ物を求めていた。

 

 

「立てるか?」

 

「むり……」

 

「そっか」

 

 少女が立てないほどに衰弱していると知るやいなや、少年は彼女を抱えあげ、背中に背負う。

 

「なに、を……」

 

「飯のある所に連れて行く」

 

「!!!」

 

 最初は急に体を触られた事に掠れた声を上げるも、少年が恵んでくれると知ると黙って背負われるようになった。

 

 ―――これが、ローリエとスイセンの出会いである。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「コラァァァスイセン!!また俺のおやつ盗み食いやがったな!」

 

「へっへーん。ローリエが隠しているのが悪いんだし!」

 

「今日という今日は許さねぇぞこの野郎!!」

 

 

 ……なんて、奇妙な出会いがあってから5年後。

 俺とスイセンは何をしているかというと、ベルベット・パートナーズの本社で追いかけっこを展開していた。

 理由は無論、このお腹ペコペコペコリーヌな馬鹿(スイセン)が俺の秘蔵のお菓子を平らげおったからである。折角楽しみにしてた期間限定のブランドものだったのに、マジ許さねぇからなァ!!?

 

 

「こんの……せいっ!」

 

「はっ!」

 

「甘いな!」

 

 俺の追跡から逃れようとするスイセン。だが、三手甘い!

 逃げる先を予測して、キャッチだ!

 

「「あ」」

 

 ……しかし、そこで声が被る。

 確かに、俺はスイセンを捕まえる事に成功した。

 ただし……具体的に言うと、その豊満なボインちゃんを、だが。

 さっきまで笑顔で騒いで逃げていたスイセンが静かになる。……………よし。

 

 

「こんな時じゃないと触れん。揉んでおこう」

 

「ダメに決まってるっしょ!? オリーブさーん!またローリエにおっぱい揉まれたー!!」

 

「ちょ!!? ここで母さんを呼ぶな!この卑怯者!!」

 

 母さんは俺や父さんのハーレム願望に厳しいだけじゃない。セクハラにも厳しいんだぞ!

 この状況でそんな悲鳴をあげようものなら………!!

 

「コラァァァァァァァローリエ!!! またスイセンちゃんにセクハラしたの!!?」

 

「うわあああああああああああ違う誤解だァァァァ!!!?」

 

「問答無用!!!」

 

 般若もかくやという勢いで母さんが現れた。

 誤解だっつっても聞き入れてくれない!捕まったら裁かれる!サバのように…!!

 

 

「待てェェェェ!!」

 

「ギャアアアアア来るなァァァァァァ!!」

 

 

 すぐさま母さんから逃走する俺。だが……ただでやられてなるものか!

 

 

「待てェェェェスイセン!」

 

「うわあああああああ来るなァァァァァァ!

 オリーブさん! 早くローリエ捕まえて!!」

 

「待てェェェェ!!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

 

 

 ただの追いかけっこだったはずが、俺がスイセンを追い、母さんが俺を追う二重追っかけっこに発展した。

 

 

 

 

 

 ……さて、諸君には違和感を抱いている人も多いのではないだろうか。

 『何故リアリストであるはずのスイセンが、俺とよろしくやっていたのだろうか』……そう思う人もいることだろう。その理由だが、詳しく話せば長くなる。

 前世で『きららファンタジア』の二部をプレイした感想だが……俺はどうしても、リアリストの構成員の少女たちが()()()()()()()()()()()()()()

 例えば、ヒナゲシは「家族にさえも見捨てられた経験から再び捨てられる事を極端に恐れている」ことがバレバレだし、リコリスもリコリスであの攻撃性は「理不尽な理由でイジメられた過去の裏返し」にも見える。そして……そのゲーム内で()()()()()()()()()()。「自分が飢えていた時、神殿も聖典も助けてくれなかった」と。きららの妹であるサンストーンにも1000%事情があると踏んでいるし、ハイプリスはおそらく元神殿関係者だろう。知っている限り、何者かに操られていたとか、やむなき事情があったようには見えなかった。自分の意志でクリエメイトを傷つけ、聖典を侵そうとしているからこそ……許しがたい。

 

 だから俺は、父さんと母さんに打診して貧困地域の救済に融通を利かすようにお願いした。リアリストだったあの少女たちがこの世界に絶望して、ハイプリスに目をつけられリアリストに与する前に俺の元へ引き抜けば、もしかしたら更生できるかもしれないと思ったからだ。

 最初は2人とも怪訝な顔をしていたが、幸い俺は前世の記憶があり、説得の仕方も覚えていた。

 自分にできる事は何でもやったし、父さん母さんは勿論、ベルベットパートナーズの一員になって、組織の力も借りた。経済的な格差をなくすために、前世で有効だった策は躊躇わずやった。

 だが世界が広かったのか、手が届かなかったのか、それとも他の要因があったからのか………俺は、スイセンしか見つける事ができなかった。

 スイセンを見つけられただけ僥倖なのかもしれないが……15年探して結果一人だけとは流石にないと思った。

 

 人助けに奔走していた俺はある日とある街で『オーダー』が使われたと聞いて、壁を殴ったものだ。

 間に合わなかった。スイセン以外の全員が、ハイプリスの魔の手に堕ちてしまった。ソラちゃんが呪われ、アルシーヴちゃんの苦しい日々が始まってしまった、と。

 ひとしきり悔しさを噛みしめた俺は、きららちゃん達に接触して、仲間として色々援助をした。彼女たちの旅をサポートして、できるだけ早く確実にソラちゃんを呪いから開放するためだ。

 

『あの、ローリエさん。どうして、そこまで神殿の事情を知っているんですか?』

 

『色々教えてくれるのはありがたいですけど……』

 

『あー……贔屓にしている情報屋があるんだ。』

 

『情報屋、ですか?』

 

『芳○社っていう組織なんだけどね』

 

 知る人が聞けば危ない橋を渡りながら、俺はきららちゃんに情報を渡し。

 

『初めて見る鎧だね、ソルト』

 

『そうですね、シュガー……貴方は、一体……!?』

 

『ビルド。それが俺の名だ!

 …みんな!ここは俺に任せて先に行け!』

 

『ローリ…いえ、ビルドさん……ありがとうございます!』

 

 時にはきららちゃんのコールを参考に派生させた()()()()()()()()()()()()()()、正体を隠しながら直接賢者達と戦ったりして。

 最終的に、ソラちゃんの呪いを解くことに成功した。封印を解除されたソラちゃんに直接会って、色んな話もした。

 

『ローリエさん、でしたね。貴方の話はとても興味深いわ。貧困地域の人々の救済から始まって、きらら達を陰から支援し続けたのね』

 

『えぇ。しかし、知恵を回し、組織で動いても救えたのはごくわずかでしかありません。例えば…今同席している、私の用心棒とか』

 

『ども~ソラ様……痛ったい!!?』

 

『軽すぎるわこの馬鹿。高級茶菓子しか目に入ってねーのか?』

 

『ローリエだって、ソラ様のおっぱいガン見してたクセに!』

 

『見てないわ!なんて恐ろしい言いがかりをすんだコラ!!』

 

『『『…………』』』

 

 ……スイセンが余計なマネをしたせいで、ソラちゃんもきららちゃんも胸元のガードを固めてしまったが……まぁ、命あっての物種だ。まぁいい結果にはなったんじゃあなかろうか?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ソラ様の前でローリエに引っぱたかれた頭がまだわずかに痛む。

 お茶会を途中退席したウチは、神殿の庭園を特に理由もなく眺めていた。

 庭師か誰かが整えたらしきそこは、そこでテーブルを持ち出しておやつをいくらでも食べられるくらいには、良い景色だった。

 

「スイセンさん!」

 

「あら…ランプちゃんだったっけ。どったの? ウチみたいに抜けてきた?」

 

「いえ、それが…『難しい話をするから』ってソラ様に外に出るよう言われまして…」

 

「大丈夫かな? ソラ様、襲われないよね?」

 

「だ、大丈夫ですよ! きららさんとアルシーヴ先生もいますし」

 

 神殿を出て、召喚士・きららを見つけるきっかけになった女の子のランプが、庭園に現れた。

 お茶会に残ったソラ様がローリエに襲われる(意味深)心配がないと知って、ちょっと安心して息が漏れた。

 

「あの、スイセンさん」

 

「ん?」

 

「ローリエさんが救った用心棒っていうのは…」

 

「ウチのことよ」

 

「やっぱり……あの、詳しく聞いてもいいですか? ローリエさんとスイセンさんってどうして一緒にいるのか、とか」

 

「聞いても面白くないことやけど……良いよ」

 

 どうせしばらくローリエとソラ様の話は長引きそうだし、ウチの昔話を女神候補生だっていうこの子にしてあげることにした。もしかしたら、この世界が良くなるかもしれないから。

 

 

「ウチはね……元々、ここよりもずーっと貧しい場所で生まれたんよ。聖典を読むどころか、その日の食べ物にも苦労する……そんなトコでずっと暮らしてた」

 

「そんな……」

 

「パパとママが病気で死んじゃってからは、食べ物を得る為になんでもやったよ。盗み、強盗、詐欺……流石に誰か殺したりはしてないけど…それでも、辛かった。

 でも、そういう事も失敗続きで、もう立てないくらいにお腹が減ってた時期があった。……その時に、ウチを拾ったのがローリエなんよ」

 

「そうだったんですね…」

 

「その後目が覚めた時には綺麗なベッドで寝かされてて、傍にパンとスープがあってさ。

 お腹が空いてたから急いで食べたらね………あは、泣いちゃった」

 

 

 あの時を思い出すと、笑みが零れる。

 生まれてこのかた、奪ったものしか食べてこなかったウチが、初めて()()()()()()()()()()()。パパやママが生きてた頃食べたものが、どうやって手に入っていたのか気にもしなかったウチが、初めて自覚したものだ。

 今でもありありと思い出せる。パンを齧ってスープを口に流す度に自分の中の何かが満たされて、温かくなっていく感覚を。オリーブさんは『それは愛よ』と言っていた。

 

『人はご飯を食べる時、愛を心で補充してるのよ。それは誰かから与えられたり、自分の正当な働きで当たり前のように得られるものだけど……誰かから奪ったご飯じゃあ絶対に愛をみたせないからね』

 

 そんな言葉を反芻しながら、ランプに当時の状況を教えた。

 

 

「『ご飯と一緒に愛も得る』ですか……素晴らしい人ですね、そのオリーブさんって」

 

「そんなオリーブさんから何であんな子供が生まれたんやろねぇ」

 

「? あんな子供?」

 

「ローリエのこと」

 

「!!!!?」

 

 

 あっはっは、面白い顔になっとる。

 確かにローリエは隙あればウチのおっぱい触るし、美人を見かければナンパもする最低な男やけど、あれでも一応良いトコロあるんよ?

 

 

「それからしばらくしてね、ウチ、ローリエに尋ねたんよ。

 『どうしてあの時ウチを拾ったの?』って。なんて答えたと思う?」

 

「さぁ…」

 

「『助けを求めてた人が救われるのを見ると嬉しくなるから』って言ったんだ」

 

「へぇ…!」

 

 

 オリーブさんのパンとスープと同じくらい、当たり前の事を言うみたいなローリエの言葉でも、ウチは救われた気がする。

 もし……飢えていたあの時にローリエに拾われず、オリーブさんのご飯を食べなかったならば……ウチはあのまま飢え死にしていたか―――ご飯を食べられる人を一生、恨み続けていたかもしれないから。

 それを…ローリエは、オリーブさんは、ベルベットパートナーズの皆は、救い上げてくれたんだ。

 

『助けを求めてた奴がな、救われたって顔をしてんのを見るとな。そいつの力になれたんだって思って、嬉しくなって……くしゃってなるんだよ。俺の顔。………鏡がないと見れないけどな』

 

 そう言ったローリエの表情が脳裏に蘇る。

 ローリエは確かにそう答えた時、くしゃっとした笑顔を向けていた。

 ウチは、それからというもの、ローリエやベルベットパートナーズの力になれないかなって模索し始めた。その時にオリーブさんから戦いの仕方を習って、用心棒と言われるまでに強くなった。………元々、悪い事は大方やったしね。腕っぷしには自信があったんだ。

 

 

「スイセンさん…ローリエさんの事、好きなんですね」

 

「あはは、そんな…好きとちゃうよ? 確かに返しきれん恩はあるけど……あの人基本スケベだし」

 

「そうなんですか? スイセンさん……ローリエさんのお話をしてる時、すごく優しい顔をしてましたけど」

 

「!」

 

 ランプに言われ、咄嗟に頬に触る。

 そして、無意識で出たその行動にはっとした。

 

「…ほんとに?」

 

「はい」

 

 それを誤魔化すように、ランプに確認をとった。

 でも……詐欺とか結構やったはずのウチは、今回ばっかりは上手く誤魔化せた自信が無い。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ソラちゃんとの対談の結果、ベルベットパートナーズと神殿は協力関係を結ぶことに成功した。しかし、俺のナンパは全くと言っていいほどうまく行かなかった。

 だって、セサミやジンジャーやハッカちゃんといい感じになった途端に、スイセンに銃を突きつけられるんだぜ?しかも後頭部に。流石に諦めるしかない。

 彼女曰く、『ローリエが神殿におったらソラ様達がみんな妊婦になってしまう』とのこと。文句を言いたかったが、ハーレムものが大好きだったため何も言えなかった。

 

 まぁそんなこともあった後で、俺達はリアリストの活動を阻止するために手を回した。

 神殿とパイプ繋いだのも、ハイプリスの痕跡があるかもしれないからだ。2部5章最後のセリフから、アイツは999%元神殿関係者と思われるしな。まぁ、用心深い奴が証拠を残すヘマをするとは思いづらいが……

 

 他にも、色々布石を打った。

 遺跡の街や写本の街、芸術の都や水路の街に警備システムや防犯アイテムを売り込む事を筆頭に(特にスクライブには防犯アイテムを超売った)、不穏分子の情報収集。それに、新魔法『レント』の実証実験などなど。

 

 それが功を奏して。

 写本の街でヒナゲシを。芸術の都でリコリスを。水路の街でスズランを。それぞれ、捕らえることに成功した。

 いやぁ、スズランは強敵だった。『レント』で仮面ライダードライブの力を再現した俺が足止めをした所を、きららちゃん・カルダモン・スイセンのジェットストリームアタックで倒したからな。アイツの戦術眼は大したもんだ。不利と悟ると逃げようとするからな。タイプフォーミュラじゃないと足止め出来ないって、実力ぶっちぎり過ぎだろ。

 他に美食の街での戦いは、ヒヤヒヤしたもんだ。

 スイセンがこっち陣営になった関係で、4章にちょろっと出てきたエニシダが先行して登場した。自信家なだけあってスズランに迫る戦闘力を持っていて、相対した時はまだこんな切り札隠し持ってたのかと思った。最終的にココア達も救えてエニシダ達の情報を持ち帰る事ができたから良かったものの…だ。

 ちなみにそのエニシダだが、次に見つけた時に罠を張ったら、面白いくらいに引っかかって、冗談みたいに簡単に逮捕できた事を明記しておく。「王はその慢心ゆえに毒杯をあおる」という言葉があるが、まさか本当に麻痺毒入りのワインを飲むとは思わなんだ。

 

 まぁそんな感じで『真実の手』を自称するテロリスト達を次々と逮捕していく中、リアリストの本拠地が分かり、総攻撃を仕掛けることとなった。

 

 

 だが奴らも、最後の抵抗と言わんばかりに苛烈な反撃をしだした。ウツカイを大放出し、モブ男共に自爆特攻をさせる狂乱っぷりだ。

 しかし、俺らも負けるわけにはいかなかった。

 今まで捕えたリアリストは、俺が間に合わなかった証であり、数えるべき罪だ。それらを背負って進む道は、何者であろうと止めることは不可能だ。

 

 ―――そして。

 

 

「足止めのつもりですか、ローリエにスイセン。

 …正直、私は理解できない。何故首を突っ込むのか。商人は商人らしく商売だけしていればいいものを。」

 

 

 俺達は、サンストーンと相対する。

 きららちゃん達は、ハイプリスの元へ向かわせた。彼女達ならば、ヤツの野望を止められるだろう。

 

「…足止めかどうか試してみる?」

 

「貴様ら程度で私を止められるとでも?

 即座に終わらせて、私はハイプリス様の元へ向かう。邪魔はさせない」

 

 サンストーンはため息をついて首を振る。そして剣を構える。

 だが、コイツは勘違いをしている。

 

 

「この期に及んでまだ分からないのか、サンストーン?」

 

「…なに?」

 

「俺はお前を倒しに来たんだよ。そしてそれは…実に容易い」

 

「侮られたものだな」

 

「事実だ。10対1の勝負が分かりきっているように…100対1の勝負が話にならないように…お前と俺達では決定的な差がある。」

 

「愚かな…強固な個の前では…何人束になろうが無駄だ!」

 

「お前もおんなじコトを言うんだな………今まで捕まったヤツらと」

 

 ヒナゲシも、リコリスも、スズランもエニシダも。

 皆、絆の力を……そして、それを記した聖典を唾棄して、破壊しようとした。だが、そういう奴らは例外なく絆の力に敗れ去った。

 

「凶行に及んだ理由も、どいつもこいつもくだらなかったよ。やれ見捨てられたくないだの、やれ金だの、やれ地位名誉だの………そんなもの、人の力の前では些細なモンだ」

 

「貴様に…何が分かる!」

 

「分かるよ。俺は……貧困地域に住む人々を救おうとしていたから」

 

「!!?」

 

 サンストーンの瞳が揺れる。俺は、続けて言葉を重ねた。

 

「何とかしたいと手を伸ばした。でも、届かなかった事は山ほどある。

 掴んで救えたと思ったヤツが、直後に爆撃で塵になった事もあった。手しか残ってなかったヤツもいた。助かったと笑った直後に力尽きたヤツもいた。でも、誰かと力を合わせれば救えたこともあった。ひとりじゃあ絶対に救えなかった人を救えた。

 ……だから断言する。俺は確かに天才だが……誰かに助けてもらわないと、生きていけない自信がある」

 

「そんな貴様に……何ができるッッ!!!」

 

「お前に勝てる」

 

 

 天才的で不敵でふてぶてしい笑みをこれでもかと浮かべる。

 そして、取り出した機械を、腰に添えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは、俺がベルベットパートナーズの社員たちや、コリアンダー氏を中心とした神殿の研究員、アルシーヴちゃんや七賢者達の力添えを持って作り出した、努力と絆の結晶。

 かつての世界で俺が見ていた、あるヒーローのアイテムを元にして完全再現したものだ。俺がしょっちゅう『レント』でお世話になっているヒーローの仲間の()()()()()でもある。

 全員の願いと技術が集った、力の象徴。その名も―――

 

 

ツーサイドライバー!!

 

「!!? 新たなベルト……だと…」

 

 

 新しいベルトに動揺し、警戒レベルを引き上げるサンストーンをよそに、俺は自作のバイスタンプを起動した。

 

 

ドラゴン!

 

 そして、それをドライバーのオーインジェクターに押印し、バイスタンプをドライバーのスロットに装填する。

 

【Confirmed!!】

 

Eeny(イーニー), meeny(ミーニー), miny(マニー), moe(モー)♪】

 

 

 メタル調の待機音が鳴り響く中、俺はあの言葉と共に、ツーサイドライバーのトリガーを引きながら、ベルトからドライバーを引き抜いた。

 

 

「―――変身!」

 

バーサスアップ!

 

 

 瞬間、変身が開始された。

 自分の身体を巨大なスタンプが覆い、その中に真っ赤な液体が満ちる。それは、竜が口から吐き出し、万物を焼き尽くす炎を彷彿とさせるだろう。それが凝縮されたかと思うと、メタリックレッドとゴールドの鎧に変化した。

 

 

 【Dread On!

   【Blood Born!

     【Heavy Gone!

        【ドラゴン!

 

仮面ライダーゲヘナ!

ワァーッハッハッハッハァァ!!

 

 

 そして、高笑いと共に変わった姿が明らかになる。

 俺の姿は、オリジナルのドライバーで変身するエビルの面影を残しているが……基本的には全く別の姿になった。その名は「仮面ライダーゲヘナ」。

 この年で変身なんてと思うが、全身強化魔法をかけ続けるよりも何倍も合理的だった。ライダーになったのはぶっちゃけノリだ。

 だが……この姿に込められた技術は、想いは、本物だ。

 

 

「こけおどしだ!」

 

 

 現に、今斬りかかってきたサンストーンの刃を、ゲヘナの鎧は全く通さない。ちょっと火花が出ただけで終わりになるくらいだ。

 不意打ちのお礼に、俺はツーサイドライバーを引き抜いて変形した剣―――ゲヘナソードに装填してある、ドラゴンのバイスタンプを押した。

 

 

必殺承認!

ドラゴン! ダークネスフィニッシュ!!

 

「デヤアアアアアアッ!!!」

 

「―――ッ!?!?!?」

 

 

 エネルギー波を纏った斬撃で、サンストーンを斬り上げる。

 かろうじて武器で防いだようだが……強化された動体視力は見逃さなかった。今の一撃で弾かれたサンストーンの剣に、小さくないヒビが走ったことを。

 

 

「……で? どっちがこけおどしだって?」

 

「……………っ!!!」

 

「行くぞスイセン。この戦いを終わらせよう」

 

「オッケーっ! きららちゃんの妹で()()()()()()()この子に、ウチらが負けるはずないっしょ!」

 

「―――ッ!!! 黙れぇっ!!」

 

 

 俺の頼れる用心棒に一声かける。

 陽気な返事が返ってきたのを確認してから、俺達ふたりは目の前の激高するサンストーンに立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 …分かり切った結末を書く必要はない。

 青年(ローリエ)その相棒(スイセン)は、邪悪なる真実の手を打倒し、世界を救う英雄(きらら)の一助となるだろう。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 『もしも木月桂一に第2部途中までの記憶があったら』をコンセプトにした、パラレルワールドな拙作主人公。この世界線ではローリエは、幼少期ではアルシーヴやソラと交友を深めるよりも先に『リアリストの構成員をハイプリスに拾われる前に救う』事を優先している。そのため神殿の賢者ではなくベルベットパートナーズの幹部として成長した。その過程できららと接触して「レント」を開発した他、ツーサイドライバーとバイスタンプを独自開発してライダーシステムを生み出した。

スイセン
 本来だったら『飢えているところを神殿も聖典も助けてくれなかった』ことで聖典を憎みリアリストに組する事になった少女だったが、ハイプリスより先にローリエに拾われた事で運命が変わった。ベルベットパートナーズの用心棒として所属しており、性格も原典よりも超マトモになっている。ローリエやガリック、オリーブの優しさに触れ、渇き飢えた心が満たされた故の性格改変である。
 何故彼女にしたかと言うと、身も蓋もない言い方をすれば「真っ先に救済ルートが思い浮かんだから」である。彼女の運命の転換点は『極限の飢餓』。そこで原作ではそこで通りすがりか何かが聖典を見せたから悪意に目覚めたのだろうか。それは「お腹が減って死にそうだ!助けて!」と言う人に対して「ご飯を食べればいいんですよ!」と言うだけ言って去っていくというレベルの暴挙でしかないのではないか。彼女に必要だったのは聖典ではなく「愛がこもった食事」だったのだと思われる。このIFルートではオリーブがそれを見事に提供した結果、善性のある人間に育った。

きらら&ランプ&マッチ
 原作主人公トリオ。この世界線では、ローリエは『掴みどころがないけど的確なアドバイスをくれるお助けお兄さん』として頼られている。ベルベットパートナーズも同様。また、スイセンとの信頼関係を良好に築けている。

アルシーヴ&ソラ
 女神&筆頭神官。この世界線では、ローリエとの付き合いがほぼなかったため、接し方がよそよそしい。ローリエのことは噂で慈善事業をする徳の高い人だと思っていたが、直接会ってナンパを実感したため、残念さを感じている。

リアリスト達
 メンバーが一人減った。また、ローリエを始めとしたベルベットパートナーズの暗躍の甲斐あって、計画の初段階から大きく躓き、メンバーを失っていって大義を果たすことなくブッ潰れた。ヒナゲシが捕まったことでリコリスが暴走、そこから芋づる式にずるずるみんな捕まったというあっけない最後であった。
 本編で言及されなかったメンバーはというとだが、

ロベリア→最後まで軍師として抗ったが数の暴力には敵わず御用
ダチュラ→七賢者全員と戦うという無理ゲーの果てに御用
サンストーン→この後ローリエとスイセンに敗れ御用
ハイプリス→きらら達との激戦の末に敗北を喫する

 ……といった感じをいちおう考えていた。

アリサ・ジャグランテ&ドリアーテ一味
 霊圧が消えた。




レント
 ローリエが開発した、『記憶にある物語の登場人物の特殊能力を再現する』魔法。この世界線ではきららと早めに接触できたことでオリジナルよりも早くこの魔法を完成させており、その魔法を使っている。ローリエは前世の「仮面ライダードライブ」を知っていたため、この魔法で変身を再現した。ただし、この方法で変身すると変身時間に制限が出来るという弱点兼裏設定もある。

ツーサイドライバー&ドラゴンバイスタンプ
 この世界線のローリエが完成させた、レジェンドの力を「借りる」ことなく変身するためのドライバー。いちおう最新作の「仮面ライダーリバイス」をパク……リスペクトしていて、原典同様二種類の変身が出来る。

仮面ライダーゲヘナ/仮面ライダー??????
 ローリエがツーサイドライバーでドラゴンバイスタンプを使う事で変身するライダー。
 ちなみにゲヘナとはキリスト教において罪人の永遠の滅びの場所…つまり地獄を指す言葉である。神の教えに背いたり冒涜するような人が落ちて、復活の見込み無く永遠に燃え続けるのだそうだ。
 もう一つのライダーだが、名前は考えている。だが、このIFストーリーでは出す暇もなく終わらせてしまったため出せずじまい。いちおう考えているので、暇な人は当ててみよう。ヒントは「前作の次作予告にある」理想郷の名前である。ただし、エデンはもういるのでノーカン。



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第1200話:八海戦隊ウラシマンズ第一話『うらしまん』予告編

今年のエイプリルフール企画だぜ。
大急ぎで書いたものゆえ短いですが、どうぞ。


 エトワリアに、かつてない危機が迫っていた。

 

「カイエンドがまた出没しました!」

 

「初期対応の兵士達は?」

 

「か…壊滅です!」

 

「くそっ…!」

 

 その名は、カイエンド。

 海から現れ、超常の力で人を圧倒する存在。

 情報が全く手元になく、エトワリア史上前例もない。手をこまねいて命を懸けても情報を集めるしかない。そうなれば……後手に回るのは必然。

 カイエンドは、そんな人間を嘲笑うかのように侵略する。こちらが対策を立てるよりも先に、次々と街を破壊し、支配していった。

 人間は、なすすべなく蹂躙されるより他にない。

 

 

「はァーーーっはっはっはァァーーーー!!」

 

 

 ―――かに思われた。

 その時、カイエンドの前に現れたるは、8人の男女。

 

 

「乱暴狼藉はそこまでだァァー!!!」

「毎回毎回、何なんでしょうね。アイツ等……カイエンドの目的は」

「どういたしますか? 今回は、慎重に…」

「いや!突撃あるのみ! 奴が会話できそうじゃあないしな! それに…俺達全員がいれば、恐れるものは何も無い!!」

 

 

 8人は、一斉に並んで、銃型のアイテム―――ウラシマンバスターを取り出し、窪みにウラシマンチップをはめ込んだ。

 

「行くぞ皆!」

 

「「「「「「「「ウラシマンチェンジ!」」」」」」」」

 

 同時宣言。そして、全員で引き金を引いた。

 すると、十人十色な8人の男女は…統一感のある、戦隊ヒーロー姿に変化していく!

 彼ら―――ウラシマンズは、ウラシマンバスターにウラシマンチップをはめ込むことで、チップ内のウラシマデータをダウンロード。そして、トリガーを引くことでウラシマデータを身に纏い、カイエンドに抗う力を手にすることができるのだ!!

 顔がサングラスを模したマスクで覆われた時、真ん中の男から順々に名乗りを上げていく。

 

我こそはァ! 海の大王―――キングウラシマ!!!

 

 赤いウラシマンスーツを纏った男・ローリエは堂々と名乗りを上げる。腕を組み不敵…いや不遜に振る舞うさまは、本物の王様のようだ。

 

渚の引き波―――オトクイーン!

 

 青いウラシマンスーツを纏ってそう名乗ったのは、神殿では筆頭神官の秘書として名高いセサミだ。普段通りの、貴婦人のような淑やかさで躍り出る。

 

豪華絢爛―――ブリソルジャー!

 

 続いて、黄色いウラシマンスーツを纏ったコリアンダーという男が声を張り上げる。普段の真面目でシャイな彼とは思えない、まさに豪華絢爛というべき男らしさが溢れている。

 

無敵の装甲―――カメソルジャー!

 

 緑色のウラシマンスーツを纏った女・フェンネルが凛とした名乗りを上げる。普段から近衛兵として戦っているからか、その立ち振る舞いからは高貴な騎士の雰囲気が醸し出される。

 

甘〜い一撃―――タイソルジャー!

 

 ピンクのウラシマンスーツの女性から放たれたのは、シュガーの甘い声だ。だが侮ることなかれ。彼女も立派な、ウラシマンの兵士には違いないのだから。

 

パワーのチャンピオン―――シャチソルジャー!

 

 黒一色に白のラインが入った―――いわゆるシャチデザインのウラシマンスーツを身にしているのはジンジャーだ。変身前から自慢のパワーを誇示するように、キレッキレのポーズをしながら声を張り上げる。

 

夢幻の魔術士―――イカソルジャー!

 

 銀色のウラシマンスーツを纏っているはハッカだ。烏賊の10本の足をモチーフにしたかのようなマントを翻しながら、おとなしめだがよく通る声でそう名乗った。

 

一刀両断―――カニソルジャー!

 

 最後に名乗ったカルダモンの、紫色のウラシマンスーツは、両手が人間の手ではない代わりに、蟹の鋏と化している。不便そうかと思うなかれ、この鋏は、戦いにおいてはいかなる戦況をも斬り裂く刃に早変わりだ。

 

 

「ハッーー!ハッハッハッハッ!

 八海戦隊ィィーーーッ!!!」

 

「「「「「「「「ウラシマンズ!!!」」」」」」」」

 

 

 最後にローリエが音頭を取って全員が並び、ポーズを取りながら一斉に戦隊名を名乗ると、背後で地面が爆ぜ、大量の紙吹雪が舞った。

 彼らは、勇猛果敢に、海からの侵略者を打ち倒していくのであった。

 

 

 

 

 

 

ことーしことし、あるところに、

 8にんのウラシマンがいた―――

 

 

八海戦隊ウラシマンズ

4月1日 あさ9:30 放送開始!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「…ローリエ」

「なに?」

「何か言いたいことはあるか?」

「最近発掘した俺の趣味だ。良いだろう?」

「…………」

 

 

 

「(…イカソルジャー…!)」ワクワク

「(シャチソルジャーだと!)」ワクワク

「ソルトもやれば良かったのに。ねーコリアンダーおにーちゃん?」

「俺に振らないでくれシュガー……」

「勘弁してくださいシュガー。ソルトはもう懲りてるんです。魔法少女ルーラーだけでもう十分です!」




キャラクター紹介&解説

八海戦隊ウラシマンズ
 もろ「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」の影響を作者がウケて、ローリエが作り出したエトワリア産のスーパー戦隊。ドンブラが桃太郎をモチーフにしたなら、こちらは浦島太郎をモチーフにしている。また、必殺技の待機音には、童謡をモチーフにしたBGMが流れる。

妖怪縁結び「も~もたろ斬♪桃太郎斬♪」
浦島太郎王「むっかし~むっかし~浦島波~♪」

 ちなみに、作者はこの待機音で縁を結ばされた。

アルシーヴ&コリアンダー&フェンネル&カルダモン&セサミ
 被害者の会。あとセサミは「なぜ自分はクイーンだったのでしょう」と思うようになる。

シュガー&ジンジャー&ハッカ
 割とまんざらでもなかった人たち。また戦隊モノの話に乗ってくれるだろう。

ソルト
 変身系は「魔法少女ルーラー」で懲りている。「魔法少女ルーラー」が何かについては、前作を参照。 


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七夕記念2022:八等分の花婿


今回の七夕編のシナリオが面白かったんで初投稿です。2022七夕イベント『七夜の分かれ星』を見てからの閲覧をお勧めします。


 七夕。

 エトワリアにも全く同じ伝承があり、織姫と彦星がいるが…エトワリアのその伝承は全く異なる。

 彦星と織姫が恋に落ちる……ここまではテンプレだ。だが、織姫の父である天帝が、地球で生まれたそれとはまったく違ってアグレッシブなのだ。天帝は結婚を阻止するためあの手この手で彦星に試練を課す。それを彦星は乗り越えて、結婚する……という話が、エトワリアにはあるのだ。

 しかもこっから先はまたオリジナリティのある話だ。彦星と織姫はめでたく結婚となったが、天帝は娘を溺愛していたあまりに、心の底から納得できなかったらしく、積もりに積もった嫉妬心が呪いになって天の凶星として空に昇ったそうだ。それは―――「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。七夕の前日の夜、二つに分かれる流れ星を見た者に降りかかり、七夕の夜までに地を流れる天の川を探し出してもう一人の自分を取り戻さないと、その「好き」が永遠に失われるのだそうだ。

 

 まったく、親バカもここまでくると迷惑行為を働くクズ人間と変わらねーな。

 エトワリアだから呪いの星で済んでいるが、現実世界だったら殺人事件の温床だぞ。とっとと捕まれ。

 

 とはいえ、魔法が現実と化しているこの世界では、何が起こってもおかしくない。

 呪いの星も、実際に起こったことが原因で伝承が生まれたのかもしれないしな。

 

 閑話休題。

 

 まぁ俺は、夜の星々が見守る下で、星の調査と新魔法『レント』の試運転に来ていた。

 『レント』とは―――俺が開発した新魔法で、「術者の記憶にある物語の登場人物のスペック・能力をそのまま具現化する」効果を持つ。

 ここで重要なのは、()()()()()()()()、という点だ。つまり、俺が知ってさえいれば、何でも再現できるということになる。それが…たとえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただこの魔法、開発したてなのでまだ俺の知らない不備があるのかもしれない。ゆえに、日々こうして試運転の毎日を送っているというワケだ。

 

 

「―――レント」

Yoriichi(ヨリイチ)

日の呼吸・円舞―――

 

 

 今回真夜中で演じるのは、鬼を斬る物語に登場した始まりの剣士の技たち。流石に『全集中の呼吸(日の呼吸)』を使うと体がぶっ壊れるかもしれないので、借りるのはそいつの肉体スペックだけだ。

 動きは知っている。だから、何の躊躇いもなく剣舞を繋げることができる。一晩中舞う為には呼吸法が必要だけども、それでも型だけを真似続ける。木刀を握りしめ、拾弐(12)の型から再び(1)の型へ。

 しばらくの間、静かな夜の中で木刀が空気を斬る音と茂みを踏む音だけが響く。やがて……人の気配を感じた俺は、剣舞を中断してそっちを見た。

 

 

「……おや?」

 

「すごい…」

 

「ローリエ、さん?」

 

「みんな……どうしてここに?」

 

 そこには、コルクと数人のクリエメイトがいた。

 真中(まなか)あおちゃん、葉山(はやま)(こう)ちゃん、猿渡(さわたり)宇希(うき)ちゃん、小野坂(おのさか)さおりちゃん。珍しい組み合わせだな。

 それにしても、みんな俺のさっきの剣舞、ひょっとして見てたのか? 心なしか、みんな驚きの表情で見つめてくる。ちょっと恥ずかしいぜ…

 

「すごいねローリエさん。何流の剣技?」

 

「何流………とかないんだよね。ただテキトーに舞ってただけだから、実戦には使えないかな」

 

「え~、ホントに~?」

 

「そうは見えなかったぞ……まるで剣道かなんかの演武だ」

 

 

 はっはっは。宇希ちゃん光ちゃん、嘘はついてないぞ。(継国縁壱(つぎくによりいち)基準で)テキトーに舞ってただけだから(俺が)実戦(でやる)には使えないってだけだから。

 こういう時、富岡言語は役に立つぜ。

 

 

「まさかこの穴場を他に知っている人がいたとは」

 

「穴場?」

 

「星を美しく見れる絶景。知る人ぞ知る隠しスポット」

 

「あ、そうだったの? 俺はたまたま人のいない場所で剣舞の練習をしてただけなんだけど……邪魔しちゃったらゴメンな」

 

「問題ない。一緒に見る?」

 

「マジか! 君みたいな美しい子から誘ってもらえるとは男冥利に尽きるねぇ~」

 

「「「「……………」」」」

 

「あはは!なにそれ!」

 

 

 笑い飛ばしてくれた光ちゃん以外からは「またそんなナンパ文句を言ってー」みたいな顔をされたが、別に誰かが嫌がるわけでもなく、静かな星座観察が始まった。

 あおちゃんの彦星と織姫の解説をBGMにしながら、寝転がって空を見上げる。

 

 

「きれい…」

 

「本当だね~、天の川まで良く見えるね~」

 

「お姉ちゃんにも見せてあげたい」

 

「そうだな。こはねたちとも一緒に……

 …って、秘密の場所っぽかったけど、みんなに教えて良かったの?」

 

「問題ない。里のみんななら。

 それに…先客もいたことだし」

 

「な、なんか申し訳ないコトしたかな?」

 

 

 たわいもない話をしていると、夜空をきらり、と動く何かが目に入った。

 縁起の良い事だ。流れ星に即座に「盤石なハーレムを築けますように」っと…

 

「…ローリエさん……」

 

「あれ、あおちゃん?」

 

「本気なんですか? その願い」

 

「やっべ、声に出ちゃってたか」

 

 あおちゃんから、そんな言葉をかけられた。食玩で一番いらないキャラが出た時のような顔が地味に印象に残った。

 心配しなくても、ハーレムは神殿の皆で幸せになるためのものだから、クリエメイトの皆には手を出したりしないよ。ナンパはするけど。だから、みんなで若干引くのやめない?傷つくぞ?

 そう反論しようとした―――その時だ。

 

 流れ星が―――真っ赤になって、二つに分かれるように爆発したのは。

 

 

「流れ星が…はじけた」

 

「生き物みたいに別々の方向に飛んでったけど…」

 

「不思議~~、超常現象かな~」

 

「私も……こんな現象があるなんて知らない………何だったのかな……」

 

「……うわぁ……うわぁ……」

 

 

 皆は十人十色に不思議現象に見入っていたが、俺だけが、顔が青ざめていくのを感じた。

 

 ―――七夕前日の夜に、二つに分かれる流れ星を見た者は、『一番近しい者への“好き”の感情』を嫉妬の天帝に奪われてしまう―――

 

 ……こ、こんな事ある!?

 俺だって、今の今までただの伝承だと思ってたから、マジにそんなのがあると思ってないですけど!!?

 現代日本では100%眉唾って言われるが、ここはエトワリア。ただのマイナーな伝説とは考えにくい!

 やばい。このままでは、俺の感情が奪われる。それだけじゃない。クリエメイトが人質に取られてしまったぞ。みらあおやこは宇希の片割れがここにいる以上、動かない手はない。せっかくの百合が消えてしまうのだけは避けなくては。

 

 

「ろ、ローリエさん? どうしたの? 顔が青いけど…」

 

「あー………えーっと……君達、明日時間ある?」

 

「え?なんでそんな事言い出すんだ!?」

 

「私達全員相手にナンパかな~~?」

 

「ええぇ……やっぱり、私達になにかする気なんですか?」

 

「違うんだって! 今回ばっかりはマジにやばいんだってば!!

 あの星は…エトワリアに伝わる凶星……悪い事の前兆でだな……」

 

「怪しい……」

 

 

 さ、最悪だ!

 俺はただ、『七夕前夜の呪いの凶星』についての話をしたいだけなのにどんどん立場が危うくなっている! みんながみんな、ジト目でこっちを刺し貫くように見つめているではないか。

 こ、このまま諦めるわけにはいかない。クリエメイトにナンパはしてるけどセクハラはしてないんだぞ! こんなことで、信用度を落としてたまるか!!

 

 

「イヤイヤ、ほんとにそういう御伽噺があるんだよ。

 織姫と彦星の仲睦まじさに嫉妬した親バカの天帝がだな―――」

 

「それにしたって、私達明日は演劇の本番なんですよね~」

 

「え? ど、どゆこと?」

 

「用事があると言う事。済まないが明日は空けられない」

 

 

 な、なんてこった。

 5人が5人とも、先約が入っているだと!?

 コルク曰く、子供たちの為に、明日の七夕祭りの際に織姫と彦星のラブストーリーの演劇をやることにしたんだと。

 それで、くじ引きで選ばれた彼女たちは、さっきまで劇の練習をしてたそうだ。

 

 

「そうか……七夕祭りの演劇なら仕方ない…

 ……ちなみに、みんな何役で出るの?」

 

「あはは~、それは内緒ってことで」

 

「えー? う~~~む。

 …あ、わかった。みんな織姫役で、彦星ハーレムの一員か」

 

「「「「「違う(います)!!!」」」」」

 

 

 凶星を見てしまった皆から協力を得られないまま、この夜は別れて帰らざるを得なくなった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 翌日、俺は神殿の書庫をひっくり返すように漁って、『七夕のもうひとつの伝説』についての記述を探した。

 マイナーということもあり、捜査は難航したものの、早朝から始めた図書探索は、昼になる前に成果を上げることに成功した。

 

 

「『わかれ星が流れた、その真下に七夕の夜だけ現れる、地を流れる天の川』か……

 そこに行って“もう一人の自分”を取り戻せばいいのか」

 

 

 対策さえ分かれば後は対処可能だ。

 俺は陽が沈みかけた時間帯になってすぐに、前日にコルクちゃんらと出会った場所に来て、早速「地を流れる天の川」を探してみる。

 しかし…ルーンドローンまで駆り出したのに、それらしい痕跡は見当たらない。陽が落ちて光源がなくなったから見落とした、とかではない。マジでなんにもないのだ。

 

 マズいな。このままじゃあ皆の“好き”が持ってかれちまうぞ。みらあおやこは宇希が見れなくなるとか死刑以上の拷問だろ。あと俺のハーレム願望にも支障が出る。諦めるワケにはいかない。

 だが、目的の『地を流れる天の川』が見つからん。早くそれをみつけないと―――

 

 

「待てよ……地を、流れる?

 地を流れるって、地面を流れるとは違うのか?

 もっとこう…比喩的な何かか? それとも、『地』の意味が違うのか?」

 

 地を流れるの『地』は……地面じゃなけりゃ、なんだ?

 地表、地殻、地核、地中、地金………地中?

 そうか!!

 

「ルーンドローン! 捜索対象を川から()()()()()に切り替えろ!」

 

 この辺りに川はない。

 だが、洞窟の中……つまり地中に水源があって、それが流れて川みたいになってるところがあるのかもしれない!

 正直どうなの?って可能性だが、夜になっても地面の上に川が現れてこない以上、可能性はある!!

 その可能性に行き着いてすぐに捜索中のルーンドローンに指示を出したところ――――すぐに、洞窟の入口が見つかり、奥へ行った機体から、神秘的に光り輝く川の映像が送られてきたのだった。

 

 

「――ビンゴだッ!」

 

 

 ルーンドローンの報告の場所へ行くと、そこには確かに洞窟の入口があり、その洞窟を入り、奥へと進んでいくと、映像の通りの景色が広がっていた。

 ただ、思ったより川幅が広く、歩いたり泳いだりして渡れそうにない。

 

 

「こんな事もあろうかと―――牛さんを連れてきておいて良かった」

 

「モォ〜〜」

 

 入口からここまでなだらかな道で牛さんも通れたし、道中は蛍光性のあるキノコが道を照らしてくれたから、牛さんも安全にここまで来れた。

 牛さんに乗ることで、川を渡っていく。対岸が近づくたびに、肌寒さを感じた。まるでこの世のものとは思えないような………。

 

「さ〜て、“もう一人の俺”はどこだ〜?」

 

 

 探してみれば、ほどなくして見つかった。

 ―――ただし、もう一人ではなく7()()()()()

 

 

「な、なんだこれ…!?」

 

「おう、やっと来たのか。待ちくたびれたぜ」

 

 まず最初に近づいてきた俺が、俺に―――あぁややこしい。この対岸にいた『俺』は便宜上『心』って呼ぶか。

 心その1は、外交官のように友好的な笑みを浮かべて俺に悪手を求めてきた。その姿は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まったく。呪いとはいえ、ここまで心が分断するなどありえんぞ。」

 

 心その2は、その1の隣で呆れたような言葉をかけた。言動といい男性版にフィーチャーされた筆頭神官服みたいな服装といいなんか()()()()()()()()()()()()

 

「そうだぞ。ここまで別れたら、廃人になってもおかしくない」

「ま、これが転生者特典、なのかもしれないね」

「ハッハッハ! そりゃ地味な転生特典だな!!」

 

 続いて出てきた俺の心その3~5が身につけていたのは、黒ローブに、エイジアンな民族衣装に、エトワリアの市長服だ。三人とも、そこはかとなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁでも、本体がやってきたなら話は早い。さっさと帰らせてもらおうか」

「全ては我がハーレムの為に」

 

 最後の俺の心その6と7は、片方が洋風の騎士鎧に身を包んだ姿をしている一方で、もう片方は派手な和服を着こなして伊達男をイメージしている。デザインは性別が違うから全く違うものの、鎧や和服のカラーリングが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ど、どういうことだ……!?

 もう一人の自分なんて聞いてたから、てっきり一人をイメージしてたが…」

 

「落ち着くんだ、俺。

 もう一人の自分と言うが、その正体は『自分の最も近しい人への好きの感情』だ。

 もし仮にだが……『自分の最も近しい人』が複数人いた場合…そのケースはどうなるんだろうな?」

 

「!!!

 ま、まさかお前らは―――」

 

 

 俺の事を俺と言ってくる、俺の心達は、そこまで言うと、皆イケメンフェイスをニヤリと不敵な笑みにする。

 言いたいことは分かったぞ。つまり、1番好きな人が同着で複数人いる人は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――それ即ち、『自分の最も近しい人への好きの感情』も()()()()()()…!!

 

 

「―――全員俺の近しい人への愛の感情(このローリエのハーレム願望)…!!!」

 

「「「「「「「Exactly(その通りだ)――!!!」」」」」」」

 

 

 いやー、嬉しいねぇ。狙っている子達を全員幸せにする覚悟を目に見える形で見れるのは。

 ちなみに、シュガーとソルト、ランプやきららちゃんの分がいないのは、みんなまだ子供だからだ。そういう意味では、同着になり損ねたのかもな。

 嬉しみのあまり、ソラちゃんっぽい白ローブの心と握手をすると、その俺の心は光の粒子となって溶け、俺の中へ吸い込まれていった。

 よしよし、元通りになる方法についての心配はないようだ。他の心もとっとと俺の中に戻しちゃおう。

 そうしたら、後はコルクとクリエメイト達のドッペルゲンガーを見つけるだけだな―――

 

 

オトウサンハユルシマセン!!!

 

「…お?」

 

 

 突然、誰かの声がした。

 その方向を向くと、帝のような格好をした、真っ黒のマッチが宙から降りてきた。

 いや……アレはマッチというより………

 

 

「―――天帝、かな?

 さっきの発言、どういう意味だい? 俺は織姫に求婚なんざ―――」

 

オトウサンハミトメマセン!!!

 

「うおっ!?!?」

 

 

 口からレーザーを放ってきた。

 即座に回避できたし、牛さんも無事だが。どうやらあの天帝は………呪いをかけた張本人とかじゃなくて、呪いそのものみたいだな。

 雰囲気からしてそんな感じだったし、こっちの言葉も問答無用と言わんばかりに襲ってきた。

 はた迷惑なヤツめ。自分の呪いくらい、自分でなんとかしろよ、天帝。

 

 

「まぁ、いいか。おい、俺達(おまえら)! とっとと俺ン中に戻ってこい!!

 あの、犬のフンよりも人様に迷惑をかける呪いをぶっ壊すぞ!!!」

 

「「「「「「OK!!!」」」」」」

 

 

 俺の背中に、残っていた6人の心が飛び込んできて融合し、元に戻ったのを実感してから俺は戦闘態勢に入った。

 

 

オトウサンハミトメマセン!!!

 

「…いやー。一人でここに来て良かったよ。

 それに、天帝の呪いさんよ。お前が意志を持たない、暴走機械みたいな存在なのも良かった。

 お陰で―――」

 

オトウサンハユルシマセン!!!

 

「―――人にはとても使えない力も試せる。

 地獄を楽しみな――――――『レント』!

 

 

 今日は迷惑な呪いを祓うついでに、誰にも邪魔されずに『レント』の更なる試運転もできる。

 せっかくの機会だ。簡単に壊れてくれるなよ?

 負の感情はタフって相場が決まっているんだ。せいぜい、いい結果を出させてくれ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエが洞窟突入前にご近所の牧場から借りて同行した牛さんこと、サンディ君(3歳・♂)。

 彼は、ローリエに連れられ不可思議な地を流れる天の川を渡ったその日の、ローリエと天帝の戦いを、牧場の仲間にこう語り継いだ*1

 

 

「人間っていうのは、動物界で見れば、物凄く貧弱な生き物なのは知ってるだろ?

 山羊みてーなちょっと体の大きい動物の突進に簡単に弾き飛ばされるし、骨も簡単に折れる。

 だから……あの恐ろしい技の数々も、その貧弱な人間がどうやって繰り出したのかが、今もワカっていない」

 

 

 七夕の夜、あの不思議な川を渡って己の分身と融合し、ローリエが天帝の呪いと戦った理由も、サンディは分かっていなかった。せいぜい、「呪いがいきなり襲ってきたから、ローリエも自己防衛のためにやり返した」程度の認識しかない。

 

 

「宙を浮く猫みたいな黒い呪いがこう…口からレーザーを放ったのを避けた直後だよ。ローリエの身体に異変が起こったんだ。

 なにか、四角い道具をちょいといじった後……彼の姿が変わったんだ。肌の色は真っ青になって、目は二つから六つになって、髪も黄緑から真っ黒に染まっていった。」

 

「……何を言っているかわからないって?

 仕方ないだろう。その通りのことが起こったし、そうとしか言えなかったんだぞ?」

 

 

 ローリエが獰猛な笑みを浮かべながら『レント』によってその身に宿した力とは―――ある物語に登場した鬼の力である。

 名を、黒死牟(こくしぼう)。鬼狩りの剣士が、鬼の始祖の血を受け入れて変じた、とんでもない力の持ち主である。

 無論、この存在を知っている者は、エトワリア人どころかクリエメイトにも存在しない。

 

 

「そして、だ。何か技名を呟いた途端、剣を抜き放った一撃から、無数の月が出てきて、黒い呪いの身体をバラバラに引き裂いたんだよ。まるで、そのままステーキ肉にでもできそうなくらいにね」

 

月の呼吸・弐の型―――珠華(しゅか)弄月(ろうげつ)

オトッ―――

 

 

 ローリエの放った剣技・月の呼吸。

 それは、黒死牟の放つ剣技と同じように、攻撃範囲と凶悪性、そして攻撃力の高い技だ。

 オリジナル同様、攻撃時に出てくる大小さまざまな三日月にも当たり判定があり、当たった瞬間、熱したナイフで斬られたバターのようにスパッといってしまうことから、防御もほぼ不可能。再現したものながら、ローリエの『物語』の知識からか、その技はオリジナルとほぼ遜色ないチートスペックを誇るようになった。

 

 そんなチートスペックの三連撃を天帝の呪いがかわせるはずもなく、瞬く間に三枚おろし………いいや三十枚おろしになってしまう。

 

 

「でも、呪いも呪いだった。ステーキになった欠片を集めてね、また復活したんだ。

 ローリエの身体も恐ろしい風貌から元の人間になったから、これはまた大ピンチって思ったさ。

 一瞬で敵をおろせる技だ。反動でも来たんだと思ったんだ」

 

 

 斬られても復活しようとする天帝の呪いに、黒死牟の外見的特徴が消え、『レント』が解除されたと思われるローリエ。

 しかし、ローリエが浮かべていた肉食獣のような笑みは、まだ消えていなかった。

 

 

「え? 『助けに入ったのか』って?

 ……とんでもない。俺はただの牛だぜ。呪い相手に、何かできるとは思えない。

 それに―――アイツは、俺の助けなんかいらねぇ位に強かったのさ」

 

オトウサンハミトメマセン!!!

 

『次はコレだ―――『レント』!』

Borsalino(ボルサリーノ)!】

八咫鏡(やたのかがみ)!!』

 

オッッ…!?

 

「また四角い何かをいじったと思ったら、今度は目に見えないスピードで呪いを殴り抜けたのさ。しばらく打撃音がしたかと思えば、気が付けば呪いは床に叩きつけられながら爆発したね。

 ………恐らくアレは、まばたきしてなくても、何が起こったのかわからないだろうぜ」

 

天岩戸(あまのいわと)!!!

 

 

 続いてローリエが『レント』で再現したのは―――海軍大将と呼ばれた男・ボルサリーノの力だ。

 ボルサリーノには、特殊能力が身についている。それは『ピカピカの実の能力者であること』だ。

 悪魔の実の一種でもあるそれは、食べた者を全身光人間にしてしまう。光の性質を、自由自在に使えるのだ。

 今回、ローリエがやったことは至極単純。光の速度――秒速約30万キロメートルにものぼる――で、天帝の呪いに喧嘩殺法をしかけてぶちのめし、トドメにレーザー付きのキックをお見舞いしただけだ。

 

 

「そこで初めて、呪いが明らかに弱った様子を見せた。そこからの幕切れはアッサリだった。

 瓶詰めの液体を飲んだローリエが白髪になったかと思ったら、剣で一振り。それでしぶとかった呪いはあっさり消えてしまったんだよ。」

 

『もう終わりか、たわいない。

 ……まぁ、これ以上暴れて洞窟が崩れるのもヤだし、そろそろ終わらすか』

 

オト…ウ、サン…ハ………ミト…メマ…

 

『喧しい。認めるか否かはもうお前が決めることじゃない―――『レント』』

Youmu(ヨウム)!】

『その呪いを断ち切る―――迷津慈航斬(めいしんじこうざん)

 

ミト…メマ…セン…………ミ、ト……メ―――

 

 

「ローリエがハーレムの願望を持っていたのは、行きの道中で教えてくれたことだけどな。

 ハーレムを作る資格があるのは、()()()()()()()()()()だ。

 ライオンだって、一番強いヤツがハーレムを作るが、強さに陰りがでた瞬間、群れの仲間のオスに下剋上されるって聞いたことがある。

 実際に見た(もの)としては……アイツには資格がある。強くあり続ける事ができる。そう思うぞ。」

 

 

 天帝の呪いを迷津慈航斬―――魂魄妖夢(こんぱくようむ)の迷いや未練を断ち切る剣術によって葬送したローリエは、このサンディから評判が広がり、やがて動物界からも「人間でハーレムを作れる可能性を持った男」として一目置かれるようになった。動物の視点と価値観から生まれたその評価は、誰も動物の言語が分からないばかりに訂正される事なく広がっていったのだが、これはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ふぅ、終わった終わった。

 ここまで『レント』ではっちゃけたのは初めてかな。

 途中で魔力尽きて携帯用の回復薬ガブ飲みしちゃったしなぁ。

 

 とりあえず、天帝の呪いはもう完膚なきまでに消し去れたから良しとしましょうか。妖夢ちゃんの力まで『レント』して、迷いを断ち切ったから成仏はするはず。まぁ仮にしてなくても二度と人様に迷惑をかけられなくなるさ。

 

 さて、他の皆のドッペルゲンガーはどこだろな、と思った所で。

 

 

「え!? ローリエさん!?」

 

「先生!! どうしてここに!!?」

 

 

 きららちゃんやランプが、昨晩出会ったコルクやクリエメイトを連れて、牛さんその2に乗ってやって来ていた。

 ワケを聞くと、5人ときららちゃんも、ランプからもう一つの伝説を聞いてここを探り当ててやってきたそうだ。早く『もう一人の自分』を探して連れ戻そう、という具合に。

 俺の方も、ここにいたワケを皆に話した。

 もう一つの伝説を既に知っていた事、夕方頃から調査して洞窟から繋がる天の川を見つけた事、俺自身も『もう一人の自分』を連れ戻しに来た事。その途中で天帝の呪いらしきものに阻まれたが、これを破壊したこと。

 流石に「もう一人の自分が一人どころか七人いたこと」と「他社キャラの力をレントした事」は伏せたけど、皆俺の事情に納得してくれた。

 

 

「つまり昨晩、時間あるかって言ったのは……」

 

「ナンパではなく、この呪いの調査をしたかったからということなのか……?」

 

「ご、ごめんなさい、ローリエさん……そうとは思わずに」

 

「もう気にしてないって。フラストレーションは天帝の呪いにぶつけて粉砕した後なんだからさ」

 

 

 ナンパだと言い切って引いてしまった事を謝ってくれた子もいたが、そもそも諸悪の根源は天帝なんだから、気にしなくっていいのに。

 そう言ってもあおちゃんやコルクの表情が晴れないな……あ、それなら。

 

「まだ気にするってんならさ―――」

 

 耳打ちをした二人の表情が驚きのそれに染まった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 皆がそれぞれの「もう一人の自分」を取り戻し、洞窟を出た俺達が目にしたのは、入口でスタンバってた勝木(かつき)(つばさ)ちゃんやキョージュ達というクリエメイトと、満点の星空だった。

 

 

「…おや? 彼は…八賢者のローリエ?」

 

「洞窟の奥で会ったんです。一足先に辿り着いてたみたいで」

 

「流石だね。…いや、当然というべきかな?

 コルク達の話では、貴方も呪いにかかっていたのだから」

 

「皆で探したんですよ?」

 

「いやぁ、スマンスマン。他の子達は先約があったって聞いてたんでね。俺は早い段階から伝説を調べてたんだよ」

 

 

 待ってたクリエメイト達に事情を説明している最中に、コルク達『分かれ星』を見た組がきららちゃんにそれとなく近づき、準備が整う。

 俺はさも当然のように取り出したクラッカーを、きららちゃんに向けて引いたのだ。

 

パンッ!

 

 それを合図に、他の5人も()()()()()()()()()()()()次々と鳴らす。きららちゃんに紙吹雪が舞った。

 

パンッパパパンッ!!

 

「えっ!? な、なになに!!?」

 

「「「「「「きららちゃん、お誕生日おめでとう!!」」」」」」

 

「…………あーーー!!!」

 

 

 誕生日を祝われたきららちゃんは、きっかり5秒固まったかと思えば、今思い出したかのように目を見開いて声をあげた。

 

 

「そ、そうでした! 今日は七夕だから……

 あ、ありがとうございます皆さん! 私、すっかり忘れてました!!!」

 

「やれやれ、演劇や天帝の呪い騒動に集中してて、自分の誕生日の事を忘れてたのか? ―――ほんとに、君らしいな」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 自分より人の事を気にかけるきららちゃんらしさを言及すると、小恥ずかしそうに頬を染めるのであった。

 今は即席だが、騒動の中心となったクリエメイト達に、クラッカーを渡しておいたのだ。きららちゃんを祝えるように。

 

「今日は流石に遅いからアレだけど……明日は盛大に祝おうぜ。な?」

 

「でも、予約とか大丈夫なんですか?」

 

「もちろん。こんな事もあろうかと、店の予約は済ませている!」

 

「なんで『こんな事もあろうか』と思えるんだ……」

 

 

 細かい事は気にしないの宇希ちゃん。みんなで無事に帰ってきたんだから、他のことなんて些細な事だろ?

 こうして、俺達が中心の分かれ星騒動は終わりを告げた。翌日はきららちゃん誕生日&生還祝いとしてド派手な宴会が開かれたのであった。ちなみにだが。

 

 

「照ちゃん、計画はどう? 順調?」

『全然だめ。双葉ったら、全然食べるスピードが落ちないわ』

「しょうがない。君のお姉ちゃんに出動してもらうしかないか」

『やめてください!お姉ちゃんのジュースは本当にダメなんですって! 私と葉子様まで犠牲になっちゃうから!!』

「……骨は拾ってやる」

『ローリエさーーーん!!!!』

 

 

 予約先の店の食糧庫の絶滅を防ぐため、宴会に参加する気マンマンだった双葉の胃袋を、店に着くまでにどれだけ埋められるか策を練っていたりもしたけど、結果があまりにも予想出来過ぎるから、別に話さなくてもいいだろ。

 

*1
当たり前ながら、人間は牛の言語を理解できないため、人間の言葉に翻訳した状態でお送りします。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 分かれ星を見たことでクリエメイト達と一緒に呪いにかかってしまった拙作主人公。だが七夕祭りでは特に大した役を請け負ってなかったため、翌日は呪いの星の伝承調査に専念できた。その甲斐あって、本来のクリエメイトたちよりも先に地下の天の川に辿り着き、天帝の呪いと対峙している。そこで『レント』を使ってはっちゃけて、呪いを木端微塵に再起不能にした。

コルク&真中あお&小野坂さおり&葉山光&猿渡宇希
 イベントの主役たち。ただ、拙作では地下の川に到達した時点で既に先客がいた上に、その人が露払いを実行し終えていたため、何の苦労もなく“もう一人の自分”を取り戻すことに成功した。ただ、前日のローリエの誘いをナンパと思い込んでしまった罪悪感を持ってしまったため、それの払拭の為にきららの誕生日パーティーの準備を積極的に手伝ったという。

牛さん(サンディ)
 ローリエの川渡りを手伝った牛。イメージCVは山寺宏一。ローリエの『レント』を使った異次元バトルの唯一の目撃者となり、その姿を動物たちに語り継ぐ。ただし、伝え方も価値観も動物特有であったため、まったく違う伝説として残るのだが、誰も知るよしはない。

黒死牟
 『鬼滅の刃』に登場する、鬼の1体。人間だった継国厳勝が、鬼舞辻の血を受け入れたことで生まれた。作中で鬼を滅する技術であるはずの『全集中の呼吸』を使い、鬼のぶっ飛んだ身体能力と合わせてチートスペックを誇るようになる。

継国縁壱
 『鬼滅の刃』に登場する、戦国時代の鬼狩りにして始まりの剣士。前述したチートスペックを軽々と超えるチートを公式で受けており、作中最強を譲らない。ローリエの『レント』では一時的に肉体スペックを再現する程度しかできず、もし仮に「日の呼吸」を使おうものなら、ローリエの方が壊れていた。

ボルサリーノ
 『ONE PIECE』に登場する、海軍大将のひとり。「ピカピカの実」という悪魔の実の能力者であり、光速移動からの殺法や光り輝くレーザー光線での攻撃を得意としている。また、ピカピカの実が自然(ロギア)系と呼ばれる、自然現象をモデルにした悪魔の実であるため、あらゆる普通の物理攻撃が効かない。

魂魄妖夢
 『東方Project』に登場する、半人半霊の美少女庭師。白玉楼という冥界の屋敷で西行寺幽々子の警護役を務めている。楼観剣と白楼剣という二振りの刀の二刀流で戦い、特に刀にはそれぞれ「幽霊10匹分の殺傷力」と「人の迷いを断ち切る」という力が備わっている。現在の世界1位さん。




あとがき
きららちゃん、誕生日おめでとう!本当はきらら誕生日記念にしたかったけど、この話にきららが脇役程度にしか出てこないのに祝うのはどうなのってことで、ここで祝わせてもらいます!


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To my friend~伝説に贈る~

こんな形で表現するのが正しいのかはわかりません。
黙祷するだけでいいだろという人もいるでしょう。
でも、表現者の端くれとしてそれじゃダメな気がしたから。

偉大なる漫画家、世界一のイラストレーターへ。
ドラゴンボールも、ドラゴンクエストも、大好きでした。
ご冥福を、お祈り申し上げます。今までありがとう。


 それは、八賢者として仕事をし、機械を作って、セサミとカルダモンにデートに誘って(断られたケド)、普通に帰ろうとした、そんなある日のことだった。

 

 神殿への帰り道は、言ノ葉の大樹…その麓に位置する言ノ葉の都市へ向かうことから始まる。

 俺…ローリエ・ベルベットは、都市のはずれにあった村への出張からの帰り、実に不思議な光景を目の当たりにすることになる。

 

 

 ブロロロロ……

 

「?」

 

 

 その日、俺は実に懐かしい音を聞いた。

 車がエンジンをふかす、機械的なあの音。

 エトワリアに転生してからは久しく聞いていない音に、虚を突かれた。

 

 まさかと思い、道をあける。

 すると現れたのは、これまた久しぶりに見た機械だった。

 丸みを帯びたボディに丸いライト、赤いボディカラー。どことなく、ドイツ製の車を想起させるようなデザインだった。

 

 そう。俺の目の前に現れたのは。

 ………自動車だった。エトワリアにはまだ存在しないハズの。

 

 

「――――え」

 

 

 どうして。

 何故、自動車がエトワリアにある。

 それは、地球にはあったけれど、このファンタジーな聖典世界にはまだなかったハズなのに。あってもせいぜいバイクだろ?

 

 ……そんな俺の中の疑問など知らん、と言わんばかりに、赤い車が、俺の横を通り過ぎていく。

 たぶん、そんなにスピードは出していなかったと思う。

 けれど、すれ違ったのは一瞬で。

 あっという間に、車は俺の後ろを走っていき、距離を離していく。

 

 それでも。

 俺は見逃さなかった。

 小さくて、丸みを帯びた赤い自動車の、運転席。

 そこに乗っていた者が………ガスマスクを被ったロボットであったことを。

 

 

「………まさか」

 

 

 俺は……ローリエ・ベルベットも、その前世である木月桂一も、きらら漫画は大好きだ。

 しかし、それ以前に、漫画そのものが大好きで。世界に広まっている漫画も一通り読んでいて。その世界観も、大好きで。

 ふと思い出していた。きらら漫画にハマる前、ハマっていた漫画を。その一つに、少年の夢を全て詰め込んだような世界観の漫画があったことを。

 とある事情で学問にのめり込み、漫画から離れていても、その世界で生きていた人々が、俺の心の支えであって。

 それは…死んでも、生まれ変わっても、一切変わらなかった。

 たとえ離れていっても、きらら漫画にハマって、ジャンプから離れても。

 その時ハマった事に、偽りはないから。

 

 

「………」

 

 

 言葉にならなかった。

 何を言っても、軽薄になる気がして。

 お礼や、その他諸々の気持ちは、行動で示さなければならない。

 そんな気がした。

 

 振り返った道には、もう赤い自動車はどこにも見えなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「やぁ、アルシーヴちゃん。今空いてる? 祈らせて欲しいんだけど」

 

「………珍しいな。お前が何かを祈るとは。何があったんだ?」

 

「うーー……ん…」

 

 

 神殿に帰った俺は、そのまま真っ直ぐ祈りの大広間に向かった。

 たまたま会ったアルシーヴちゃんになんて言おうか考えていたけれど…やっぱり、よくわからなくって。

 自動車に会ったなんて、信じられるワケがない。というより、それを言うより先に、やるべきことがあった。

 

 

「感謝を…伝えないといけない気がした。行動で」

 

「感謝…誰に?」

 

「俺が……この世界を愛せるようになったきっかけを、くれた人」

 

 

 アルシーヴちゃんの質問に答えるが早いか、俺は椅子に座って手を組み、瞳を閉じた。

 しばらくすると…誰かが隣に座ったような布ズレの音がした。アルシーヴちゃんだろう。

 

「私も祈っても、いいか?」

 

「アルシーヴちゃん…」

 

「お前が感謝したい相手が誰かは分からないし、訊いても良いかも知らないが……それでも、お前がそこまでする人間は、きっと大事な人なのだろうから」

 

「……うん。そうだね」

 

 深呼吸をひとつ。それから、アルシーヴちゃんに答えた。

 

「大丈夫だと思う」

 

 あそことこことの世界観は、まったく違うと思うけど……それでも、2人の祈りは届くと思うから。

 なんせ、あの人の世界にはあの世があった。願いがあった。願いを叶えられるものもあった。勇気があった。人の絆があった。だから。

 俺の内に湧いた心を信じて、瞼の裏で祈り続けていた。

 ずっと。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ・ベルベット
 不思議な邂逅をした人物。前世を思い出し、あそこで愛された文化と、それを生み出した人に想いを馳せていた。

木月桂一
 きらら漫画が好きになり、それが「優しい世界」の方針になったのは親友の影響ではあったが、それ以前から知った漫画もいくつかあった。その中にはしっかり「ドラゴンボール」もある。

アルシーヴ
 ローリエの祈りの意図を完全に汲み取れたわけではない。しかし、ローリエの必死さを前にして、自分も祈るべきだと思い行動に移した。

ガスマスクを被ったロボット
 偉大なる漫画家。



訃報を聞いた時、言葉にならなかった。信じられなかったのだろう。仕事にも手が付けられなくなるくらいだった。
私は、ドラゴンボールZは再放送でブウ編を見ていた者だった。
難しい事が分からない子供だった当時、ミスター・サタンが嫌いだった。セルを倒した悟空の手柄を横取りし、人々に崇められていたから。
でも、ブウと仲良くなることを選んだ時に「どうしてそんなことをするんだろう?」と疑問がいっぱいで。でも犬が撃たれた時に快楽殺人者に怒ったサタンに共感した。
最後に悟空やベジータを信じなかった地球のみんなを説得した姿を見て、ホントにすごいと思った。
大人になった今では、悟空の次くらいに好きなキャラクターかもしれない。
あの漫画にはサタンに限らず、魅力的なキャラクターしかいないけど。
ドラゴンボールがあったから楽しかった。

ドラクエもそう。キャラクターデザインは鳥山さんしかいないというレベルで、馴染んでいた。お陰でドラクエ大好きになれたまである。

今までありがとうございました。


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年末年始記念閑話2022-2023:絶対に笑ってはいけないスクライブ24時

 クリスマスが「虹夏の祖父が鴻上会長だった話」に丸々潰されたので、こっちは年末年始でひと括りにしようかと思います。
 その話は、『伊地知さんちのおじいちゃん』で閲覧してくれればと思います。
 わしは悪くねぇ!お気に入りがあっという間に1000超えた程度で暴れだす承認欲求モンスターのツチノコヤミーが悪いんだ!オーズは!オーズはどこだ!?
 ……はい。とりあえずこの話を見るにあたって、「年末年始特番!お正月だよエトワリア」を見ておくことを勧めます。
 また、時系列は2部終了後となります。では、始まります。


 

「ローリエ。本気でやる気か? この企画は……」

 

 アルシーヴちゃんが、困ったような顔をする。

 気持ちは分かる。何せ原因は……俺が出した、企画書にあるのだから。

 

「流石に、これをやるのは無理があるんじゃねぇか?」

 

「そうですね。視聴者にも不評でしたし…」

 

 ジンジャーもセサミも、俺の出した企画書に難色を示す。

 まぁ、気持ちは分からんでもない。()()()()()()()()()()()()からな。

 

「『笑ってはいけない』の復活ですか…」

 

「シュガーは良いと思うんだけどなー」

 

 そう。俺が出した企画書。

 その名は―――『絶対に笑ってはいけないスクライブ24時』。

 実は、この名前は俺達神殿の人間にとっては苦い思い出のある名となってしまっている。

 

 その理由は、前回のこの番組が最期までやり切れずにグダグダになってしまった事にある。

 アリス、るんちゃん、りーさん、臣ちゃんが出演したそのコーナーは、笑いの刺客がシュガーとジンジャーのダジャレだった上に、仕掛け人のアルシーヴちゃんだけが笑って(というより見栄で笑いを我慢して奥に引っ込んで)しまい、そのままグダって終わったのだから。

 これでは企画大失敗と言われても否定できない。

 だが、俺から言わせれば、そもそもコレを企画したヤツが甘すぎると言わざるを得ない。

 

 まず出演者(ひがいしゃ)のキャスティングが甘い。すぐ笑いそうな人と笑いをこらえそうな人をバランス良く選ぶべきだ。あの時の参加者はほぼ全員常識人枠。これでは盛り上がらない。

 

 続いて、ネタが甘い。シュガーとジンジャーのダジャレで爆笑!じゃねーんだわ、現代(聖典)の人って。娯楽に満ちたあの世界で生きた人にとって、ダジャレを言うだけで笑う段階など小学校低学年で卒業する。

 

 それに、役者が甘い。アルシーヴちゃんという、ダジャレにめっぽう弱い人間を仕掛け人に選ぶのは駄目だろう。他のギャグをアルシーヴちゃんの前でやらせるならまだしも、ダジャレと組み合わせるのがまずかった。

 

 だが―――俺は違う。

 木月桂一として、本場の『笑ってはいけない』を見てきた者からすれば、前回の反省点をすべて克服するなど、赤子の手をひねるよりも楽な作業よ。

 

 

「まだ11月ですわよ? この段階で年末の企画を考えるなど…」

 

「その認識が甘いんだ、フェンネル。本当ならこれでも遅すぎるくらいだ。

 そもそも『笑ってはいけない』って録画だからな」

 

「録画?」

 

「笑ってはいけない24時を放送して、年末にメンバーがそれを振り返る、って形なんだぜ、本来は」

 

 

 この事実は、クリエメイトもあんま知らない事かもな。

 なにせ面白すぎて、トークコーナーすっ飛ばしちゃうから。トークが始まった途端紅白歌合戦やジャ○ー系の年末特番に切り替える子も多いし。

 

 

「詳しい事は企画書の内容を読んでから、各々質問して欲しい」

 

「はいはい! 笑いの刺客って誰がやるの〜?」

 

「それは企画書に書いてあるぞ〜」

 

「笑いのネタは〜?」

 

「それもちゃんと書いてあるぞ〜」

 

「日程や場所についてもコレに書いてある、って事でいいんだな?」

 

「そういう事だ、ジンジャー。

 じゃあ企画書配って読む時間とるから、しっかり読んでほしい」

 

 

 企画書の読み合わせを行い、質問タイムののちに、撮影までの怒涛の日程が、あっという間に過ぎていくことになる。

 さて、最狂のエンターテイメントにしてやるぜぇ…!

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「―――ということがきっかけで、この放送に至るまでになった」

 

「成程、そうだったんですね!」

 

 

 あれからあっという間に時は過ぎ。

 12月31日・大晦日。

 俺は、エトワリアTVのある番組に出演させてもらっていた。

 司会は、アリサ・ジャグランテ。俺の生徒の一人が、立派に進行を進められている。

 

 

「では、()()()()()()()さんの活躍を振り返って見てみましょう!

 皆さん、タイトルコールをお願いします!」

 

 

 司会の彼女が紹介したのは、今回俺の『笑ってはいけない』に参加してくれた5人のメンバー。

 (さくら)衣乃(いの)関野(せきの)ロコ、貫井(ぬくい)はゆ、前原(まえばら)仁菜(にな)(みどり)へも。

 うち笑顔で紹介に答えているのはイノっちと仁菜とへも……後ろ二人はちょっと苦笑いだな。ロコとはゆちゃんは何が気に食わないのか不満げだ。

 

 

「ローリエお前なぁ! 私達はアイドルなんだぞ!? そこんトコ分かってんのか!?」

 

「そうだよ! はゆ達バラエティに出るためにアイドルになったんじゃないからね!?

 こんなの全然ロックじゃあないよ!」

 

 確かにそうだが、アイドルだからバラエティに出ちゃいけないなんてルールは無い。

 イメージ商売ではあるが、コイツらの場合訓練されたHENTAIしかいないからなんの問題もない。

 それに、時間もないしな。とっとと説得させて、映像に入っちゃおう。

 

「落ち着け。昨今のアイドルは、多様性がある事は大前提だぞ。

 アイドルの中には、農業やってる人もいるし、漁業やってる人もいるし、外来種をキャプチャーして地元の観光業に還元させている人もいるんだ。

 いまさら年末バラエティの一本や二本、何だって言うんだ」

 

「それ全部T○KI○のことだろーが!? 私らにアイドル副業にしろって言う気か!!?」

 

「DA○H島までやっといて今更何言ってんの」

 

「はいはい、行きますよ関野さん、ローリエさん。

 ではタイトルコールいってみましょう!」

 

「おいっ、ちょっと待っ―――」

 

 

フルーツタルト

子供の使いじゃないんですっ!

絶対に笑ってはいけないスクライブ24時

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

※ここから先は、ダイジェストでお送りします。※

 映像は、朝の6時。フルーツタルトが集合し、スクライブの制服(何故かへもだけ男性服だった)に着替えて大型馬車に乗るところからスタートした。

 ローリエがまず最初に用意したのは、バスの停車駅での笑いの刺客ネタ。本家本元を知っている身からすれば確実に入れているネタである。

 バスに揺られるフルーツタルト。止まる馬車。そこに最初に乗り込んできたのは。

 

「「「ブフッ!?」」」

「「~~~~っ!!」」

 

 ……サングラスをかけた香風タカヒロと、()()()()()であった。

 そう。『リアライフ事件』の首謀者であり、監視処分を受けてる筈のあのハイプリスが、だ。

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 本来あっちゃいけないレベルのキャスティングに噴き出した5人は、黒いオモチャのバットを持ったクロモン達に席を立たされて、おしりをシバかれる。

 

「きゃあっ!」

「痛い!」

「ぎゃっ!」

「ひうっ!」

「あっー!」

 

 シバかれた後も、話は続く。

 

「まったく…今月に入って3件目の放火とは…

 けしからんッ! 本屋に火は厳禁なのは常識中の常識だ!

 そうは思わないかねハイプリス君!」

 

「…そうですね。人の…大切な本を……燃やそうとするのは……良くないと思います」

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 ハイプリスから「おまいう」な言葉が出るたびに全員が笑ってしまってケツバットを食らい。

 途中でロコから「これ絶対ダメなやつだろ!?」とクレームが入るも。

 話は本屋の放火対策から、本屋の店員の心構えの訓練に入る。

 

「君にはこれから―――これをつけてもらう」

 

「これは…!?」

 

「クワガタムシだッ!」

 

「コンニチワ」

 

「「「ブフッ!?」」」

 

デデーン

桜、貫井、前原、OUT(アウト)ー!

 

 それが、クワガタムシを鼻に挟ませる………通称鼻クワガタという、あまりにぶっ飛んだ方法であり。

 

「はっ……はっ………あ痛だだだだだだだだだ!!!?

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 本来絶対に見られないであろう、「クワガタに鼻を挟まれるハイプリス」という絵面を全国のTV前にお届けして。

 フルーツタルトのメンバーは、漏れなく全員アウトの餌食となった。

 ちなみに、二つ目の停車場所で乗ってきた笑いの刺客は。

 

「嫌です嫌ですー!

 桃様がシャミ子様を口説くところが見られないなんて絶対に嫌ですー!

 見せてくれないなら『きらファン』のサービスを終了させてやるー!」

 

「…仕方ない。シャミ子、口説かれて」

 

「何を言うとるんですか貴様は!? 脳味噌桃色魔法少女か!!!?」

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 あまりにもメタすぎる駄々をこねるランプと、シャミ子を口説く桃だった。

 フルーツタルトは爆笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな地獄のバス移動は終わりを告げ。

 フルーツタルトが研修を行うスクライブギルドに辿り着いたが。

 当然、「笑ってはいけない」はここで終わるわけがない。

 続いて、彼女達はスクライブギルドのギルド長への挨拶をしにギルド長に会いに行ったのだが。

 彼女もまた、笑いの刺客であった。

 

 

「こんにちは! 私がギルド長のメディアです!」

 

 快活・明朗な口調と晴れやかな笑顔で挨拶をしたのはメディア。

 その姿は、スクライブのギルド長らしからぬキュートさと明るさに溢れており、何の変哲もない普通の挨拶であった。

 

 ………その口元に、エライ人がつけてるタイプのヒゲさえなければ。

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

「似合わな過ぎる……」

 

 それから、メディアによる笑いの猛攻は続いた。

 

「まずは、私に貴方達のことを教えてください。

 最初に、首から上が真っピンクな貴方!」

 

「はっはい! 桜衣乃です! フルーツタルトってグループでアイドルをしています!趣味は料理です!」

 

「ありがとうございます!

 では次にその隣の…年齢を10歳は若く見られそうな貴方!」

 

「誰が小学生じゃっ!!!」

 

デデーン

桜、貫井、前原、緑、OUT(アウト)ー!

 

「笑うなッ!」

 

「だって…ロコちゃんのツッコミが…」

 

 何故かどこか棘のある言い方で自己紹介を促すメディア。

 それを悪意のない満面の笑みで言うものだから、どこか笑いを誘うものだ。

 

「ロコさんですね。ありがとうございます!

 ではその次の……えーーっと、コンビを組んだら「じゃない方」って言われそうな貴方!」

 

デデーン

関野、OUT(アウト)ー!

 

「ありがとうございました。

 ではそのお隣のグラビアアイドルの方、自己紹介をお願いします!」

 

デデーン

桜、関野、貫井、緑、OUT(アウト)ー!

 

「仁菜さん、ありがとうございました…

 では最後に……その、既に誰か刺してそうなそこの貴方……」

 

デデーン

関野、貫井、前原、OUT(アウト)ー!

 

 普段では考えられないような毒舌を発揮するギルド長役のメディア。

 自己紹介を続けていくにつれ、表情がひきつっていってかなり無理をしているのが丸わかりになり、それが余計に「笑ってはいけない」状況下での笑いを誘う。

 そして。

 

「ありがとう…ございました。

 えー。どなたも…た、頼りなはふふっ…

 

「ンフッ」

「ブッ」

「フヒッ」

「フフッ」

「オフッ」

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 とうとうメディアが吹き出してしまい、それに伴うように全員が巻き込まれ決壊した。

 本来の台本にはなかった出来事であったが、結果的に笑わせられたため、問題のない進行となった。

 その代わりと言っては何だが、メディアがクロモン達に搬送されるようにギルド長室を後にしていったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド長との挨拶が終わった後、ローリエが仕掛けてきたのは机の引き出しネタ。

 これもまた、「笑ってはいけない」の鉄板だ。

 確実に発動するとは限らないが、自らの意志でやらせる分面白さが際立つ必殺ネタである。

 

「…おい、やめとこうぜ。こんなの引っ張り出しても余計笑うだけだろ」

 

「そうだよね…」

 

「ニナはなんでそんな残念そうなの?」

 

「フフッ」

 

デデーン

桜、OUT(アウト)ー!

 

「お前は何で笑った!?」

 

 そんなこんながありつつも。

 バラエティのお約束を分かっているというべきか、サービス精神というべきか。

 フルーツタルトの面々は、恐れながらも勇猛果敢に引き出しを引いていく。

 そして。

 

(引き出しから謎の袋が出てくる)

 

「何だコレ? はゆの顔が書いてあるけど…」

 カチッ

『あっはっはっはっはっ……』

 

デデーン

貫井、OUT(アウト)ー!

 

「何でぇぇぇええええええっ!!?」

 

 はゆの笑い袋によって、はゆ本人が笑ってないのにアウトになってクロモンのケツバットの餌食になったり。

 

「あ! これ笑い袋!」

 

「おい、ちょっとやめ―――」

 カチッ

『あはははははは…………』

 

デデーン

緑、OUT(アウト)ー!

 

「今度は私ですかぁぁぁっ!!?」

 

 かと思えば、へもの笑い袋で今度はへもが犠牲になったり。

 はゆとへもによる笑い袋の押しあいという、宇宙一くだらない争いが勃発して『貫井、緑、OUT(アウト)ー!』が頻繁に起こり。それにつられて他の三人も結構数のアウトを貰った。

 他にも、引き出しから出てきたスイッチを押した映像には、狡猾な罠が仕掛けられていた。

 

『社長!新たな商品の色を決めてください!』

 

『社長!』

 

『社長!』

 

 映像に映し出されたのは、屈強な男たちに社長、社長と言われている、一人の少女。

 彼女が、彼らを束ねる社長、とやらなのだろう(演:コルク)。

 その社長ことコルクが、赤・青・緑と様々なTシャツを見比べて次々と論評していく中で。

 

『青……良い。これは採用。

 緑は……ダメだな。これは不採用。アウトだ』

デデーン

緑、OUT(アウト)ー!

 

「何でぇぇぇぇっ!? 笑ってないじゃないですか私ーっ!」

 

 

 映像の中のコルクが「緑はアウト」と言ったことで、()へもが特に笑っていないのに理不尽なおしおきを受けたり。

 

 

『桜色……これは、駄目だ。

 絶望的にマッチしていない。

 こんなもの売り出すだけ無駄だろう』

 

「………超ぼろくそ言うじゃん」

 

『コレもアウトだな。桜タイキックだ』

 

「…へ?」

 

デデーン

桜、タイキックー!

 

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!?!?!?!?」

 

 

 衣乃がコルクにタイキック宣言を受けたことで、特別なおしおき『タイキック』が執行されたりした。

 その際には、タイキックさんが登場し、衣乃を抑えつけてからの洗練されたタイキックをお茶の間に流した。

 

「待って! ちょっと待っ…」

 

「ハァァッ!!」

 

ぎゃあああああああああああああああんッッ!?!?!?

 

 タイキックさんのタイキックを臀部に受けた桜衣乃は、高圧電流トラップに引っかかったネズミのような断末魔の悲鳴をあげて崩れ落ちた。

 その様子を見た衣乃以外の四人も、その直後にアウト判定を貰ってケツバットを受けたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「―――はい、というわけで引き出しネタまでやりましたけれども。

 如何でしたか皆さん?」

 

「いかがでしたか、も何も…

 どうしてこんなことになっちゃったんでしょう?」

 

「プロデューサーが何も考えずにOK出しちゃったからだろ」

 

「いやしかし見事だったね、タイキックさん」

 

「私は死ぬかと思ったんですよ…?」

 

 

 こうしてハイライトで見てみると超おもしれーな、『笑ってはいけない』。

 タイキックの場面なんて、田中タイキックじゃなくてもなんだか笑えちゃうんだよなぁ。

 俺は編集時に確認していたが、他の笑いの刺客たちも、概ね予想通りにフルーツタルトの面々を笑わせることが出来ていたようで何よりだ。

 いやぁ、『笑ってはいけない復活案』の企画書を提出して良かったぜ。

 

 

「これ、前回は生放送で事故ったんですよね?」

 

「あぁ。ダジャレで笑わせようとしたら、仕掛け人の方が笑っちまったんだ」

 

「振り返る分には面白いんだけどな…」

 

「はゆ達の映像なのが素直に笑えないよね」

 

「視聴者の皆さんは笑えているんでしょうか……?」

 

「ま、結果は年明けだな、へもちゃん。

 いずれにせよ、よく頑張ったよみんな。

 この後は……えーっと?」

 

「この後は集会と『捕まってはいけない』ですね」

 

 

 アリサの進行に、「うわぁーアレか…」と頭を抱えるロコ。それを撫でる仁菜。アレを思い出して苦笑いする他の面々。

 ロコは災難だったもんな。()()()()()()()()()()()んだ。流石に蝶○ビンタは企画の段階で却下されたが、それでも強烈なヤツだったことには間違いない。

 

 

「それで、あいつは……チコはアレ以降どうなったんだ?」

 

「今の映像放送中にお前目当てで乱入してきたから眠らせて縛ってあるぞ」

 

「はぁ?……うわ、マジだ」

 

「………そのお隣の中華美人さんは?」

 

「ソイツも乱入してきたヤツだ。『ハイプリス様になんてことを!』ってうるさかったから、同じく眠らせて縛ってある。

 後でクワガタを使って起こしてやるさ」

 

 

 俺が顎で示した先には、縄で縛られ、アリサの魔法で眠らされている関野ロコの妹・チコと真実の手のロベリアが転がされていた。

 余計な事しやがって。番組を荒そうとした罰として、映像と映像の繋ぎの余興の犠牲にしてくれるわ……!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 桜タイキックまでで疲労困憊なフルーツタルトは、体育館に集合の知らせを受け、そこに至るまでの廊下を歩いていた。

 

「そう言えばロコ先輩、さっき届いた荷物、何が入っていたんですか?」

 

「ペンだよ。結構キレイだったんだ。ほら」

 

「わぁ………!」

 

「ホントだ! すごい!」

 

 宇宙をそのままペン軸に詰めたような装飾に、目を奪われる。

 だが、このペンが後に地獄のような事件のキーアイテムになると、誰が予想できただろうか。

 

「ギルド長のペンが盗まれました」

 

 集会が始まるなり、重大な事件を発表したのは―――ロコの妹・関野チコであった。

 しかも、盗まれたペンの特徴が、完全に先程ロコに届いたペンと完全に一致していた。

 これにはロコであっても、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

デデーン

全員、OUT(アウト)ー!

 

 やがて、全員の持ち物チェックが行われ、ロコのペン所持が明らかになる。

 これは違う、誰かから送られてきたんだ。そう弁明するも全く信じてもらえないロコ。

 そんなロコに、チコが下した裁きとは………

 

「おしおきのキッスをしてくれるわぁぁぁ!」

 

「やめろォォォォォォォォぉッ!!!!?」

 

デデーン

桜、貫井、前原、緑、OUT(アウト)ー!

 

 暴れるロコ、それを取り抑える中町ぬあ・るあ姉妹。迫るチコ。

 そして、その様子に耐え切れずケツバットを食らう衣乃・はゆ・仁菜・へも。

 

「助けてぇぇぇぇぇっ!」

 

「助けたら、お前らにもキスするからな!」

 

「ホントですかッ!?」

 

デデーン

桜、貫井、OUT(アウト)ー!

 

「何笑ってんだ!!!」

 

 助けを求めるも、チコに脅迫されて動けない。

 約一名ほど、欲望に忠実な人もいたが、その人もケツバットを食らって大人しくなった。

 そして。

 

「地上波に放送されるのね……私と姉さんの愛の…じゃない、おしおきがッ!!」

 

「アッーーーーーーーー!!!」

 

 姉妹の百合営業が、大晦日に流れることとなった。

 この後、頬にキスマークをつけたロコが、息も絶え絶えに「…終わったぞ」と言ったことで、衣乃・はゆ・仁菜・へもが、それぞれもう1回ずつケツバットを受けることとなった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「…おいコレ放送して大丈夫なのかよ」

 

「しょうがないだろ、チコ本人が蝶○ビンタを嫌がったんだから。

 本来ならこの人、マウストゥーマウスでやる気だったんだからな」

 

「げ、マジか…」

 

「よくほっぺでガマンしてもらえましたね……」

 

 

 見ていて不安になるシーンだが、蝶○ビンタがないガ○使など、マ○オが参戦しない○リオマートのようなものだ。

 このシーンの制裁者はもとは別の人だったのだが、どこから聞きつけたのか、チコが乱入するなり「姉さんの制裁役なら私が!」と言って聞かなかったのだ。

 仕方なく代わって貰ったが、今度は「姉さんに暴力を振るうくらいなら死ぬ」と言い出した。死ぬほどめんどくさかったが、この企画、前回大コケしたこともあり仕掛け人参加希望者が思ったよりも少なくて。

 「唇にキスしたら出禁にする」と脅迫のような条件をつけて妥協して貰ったのだ。ホントに不安しかないシーンである。

 

 

「安心しろ、ロコちゃん。次があったら間違いなく蝶○ビンタいくから」

 

「やめろ! 何にも安心できねーよ!」

 

「っていうか、私達コレにレギュラー出演するんですか?」

 

「まだ年が明けてないのに次の話をしないでくださーい」

 

「おっと、悪い悪い。

 じゃ、そろそろ寝てる二人を起こすとしますか」

 

 

 そう言って俺は、クワガタが入っている虫かごを引っ張り出し、その中に居た一匹をつまみとった。

 足を大きく広げ、大アゴを広げているさまは、小学校男児なら間違いなく憧れる、威風堂々たる姿である。

 

 

「ロコちゃん、妹に仕返ししたいんなら、その中からクワガタを一匹取り出すんだ。

 番組を荒したコイツ等に、鼻クワガタをして貰おうじゃあないか」

 

「へ? いいのか?」

 

「勿論」

 

 

 俺の即答を受け、ロコは悪い顔をしてクワガタを手に持った。

 そして、いまだ魔法の効果に落ちていて呑気に眠っているロベリア・チコ両者にクワガタの牙を近づけていき。

 

 

「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!?」

 

「……いいい゛い゛い゛だだだだだだだだだァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?!?!?!?」

 

 

 大晦日の美しい夜の中、TVの前の視聴者に、二人の(残念な)美女の汚い悲鳴をお送りすることとなった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ローリエ、『笑ってはいけない』の集計結果が来たぞ」

 

「お、アルシーヴちゃん。どうだった?」

 

「そうだな、賞賛とクレームが半々だ。一通ずつ読んで、今後の反省点にしろ」

 

「えぇ~~っ、面倒くせーなぁ、クレームの手紙だけお焚き上げしちゃっても良くね?」

 

「駄目に決まっているだろう。しっかり読んでおけよ」

 

 

 その年明けの三が日後。

 アルシーヴちゃんから渡された手紙の山と悪戦苦闘するようになったのは、また別の話。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 前世の年末バラエティの知識を元にして『笑ってはいけない』を再編した総プロデューサー。彼が作った番組はクレームが絶えなかったものの、それ以上に視聴率や賞賛も多く、彼の生み出した番組がシリーズ化したものも多々あったという。今回の『笑ってはいけない』もそのひとつだった。

桜衣乃&関野ロコ&貫井はゆ&前原仁菜&緑へも
 ローリエが企画した「笑ってはいけない」の被害者。桜タイキックや関野姉妹営業など、多くの伝説を残す。この放送の後、冠レギュラー番組をひとつ貰えるようになったが、誰も喜べなかったという。

ハイプリス
 笑いの刺客と言う名の被害者。台本を渡され、中身を読んだときに「…冗談だろう?」と何度も確認した。冗談でもなんでもないと知って苦悩するも、自身が行ってきた所業を清算する一環という意味で参加を決め、恥を捨てて演技に当たった。

ランプ
 笑いの刺客と言う名の被害者。サービス終了を人質にとったが、当の本人は「サービス終了」の意味が分からずローリエやゲームに詳しいクリエメイトに何度も意味を尋ねに行ったという。

香風タカヒロ
 笑いの刺客と言う名の被害者。『笑ってはいけない』放送後、しばらく娘と顔を合わせて会話が出来なかったという。なお、チノ本人は『笑ってはいけない』よりも『紅白歌合戦』派だった。

千代田桃&シャドウミストレス優子
 笑いの刺客と言う名の被害者。ランプの駄々に答える形でシャミ子を口説こうとした魔法少女と、何も知らずに連れてこられたまぞく。ローリエから「何も教えない方が面白そう」という指示もあり、シャミ子は桃に口説かれることが分かっておらず、素の反応を晒したとのこと。ちなみに『笑ってはいけない』放送後、ミカンに「あんたらとっとと結婚しなさいよ」と言われたそうだ。

メディア
 笑いの刺客と言う名の被害者。実はローリエからは「サン○ャイン○崎のモノマネをしろ」と言われたらしいが、○ンシャイン池○のネタをローリエの記憶を通して知ったメディアは「これで勘弁してください」と、エライ人のヒゲを自らつけて撮影に臨んだという。 

タイキックさん
 実はノリノリで撮影に参戦した笑いの刺客………というよりタイキック担当。タイキックにしか登場しなかったのに、視聴者に桜タイキックでインパクトを残した。本人はご満悦だったという。

関野チコ&ロベリア
 片や愛しの姉を嗅ぎ付け、片や愛しの主君の醜態を放送で見てクレームを入れるべく年末の生放送に乱入してきた人々。スタジオまで辿り着けたものの、アリサの催眠魔法で眠らされ、縛り上げられた挙句に番組の邪魔した罰として鼻クワガタの餌食になってしまった。これ以降、この二人はバラエティでのオファーが少し多くなったという。



フルーツタルト 子供の使いじゃないんですっ!
 2020年まで大晦日で放送していたダ○ンタ○ンの伝説の番組をオマージュした、エトワリア版笑ってはいけないギャグバラエティー。本家と同じように、『笑ってはいけない』の収録を見て、メンバーが振り返る形に踏襲したところ、ウケがかなり良くなった。第2回の「絶対に笑ってはいけないスクライブ24時」では、鼻クワガタや姉妹百合でクレームはあったものの、「クリエメイトのギャグ線をわかっている」「これ作ったヤツの頭の中はどうなっているんだ(褒め言葉)」といった賞賛のコメントも多く寄せられた。



あとがき
 今年はなんといってもきらファンサービス終了がショックすぎて、なかなか筆が進みませんでしたね。
 ですが、嘆いていても変わらないこと。受け入れて、少しずつ慣れていくしかないのでしょう。
 幸い、プロットは最終章まで完了しています。あとは形にするだけですね。
 本年も、「きらファン八賢者」をご覧になってくださった皆様にお礼を申し上げるとともに、年末のご健康とご多幸をお祈りいたします。
 それでは来年も、この「きらファン八賢者 第2部」をよろしくお願いいたします。


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コラボ編:温泉と混浴と謎のヒーロー

今回は、前作でもコラボしていただいた、山崎五郎様の「きららファンタジア 三つ子三銃士の冒険物語」とのコラボです! 今回のコラボではシグレだけでなく、三つ子であるヤナギやコノハ、リゾットにも出番を与えたいと思います。
今回のストーリーは、イベントクエスト「異種族混浴温泉街」をプレイしてから読む事をおすすめします!


「「「「くー!!!」」」」

 

「……褒美の問題ではないのか?」

 

 私ことアルシーヴは、ソラから押し付け…もとい、頼まれた温泉建設について、早速躓きかけていた。

 事の始まりは、ソラが湯治中の私の元に新たな源泉発見の報を持ってきた事だった。

 地震が起きたことで地下水脈に変化が起こり、何もない原野から温泉が噴き出し、垂れ流しになっていたのをとある冒険者が見つけ、神殿に報告したのだそうだ。水質検査をしたところ、なんとその源泉は『ドラゴン鉱泉』だという。

 ドラゴン鉱泉―――竜の棲む熱源からのみ吹き出す、伝説の鉱泉。打ち身・肩こり・飲みすぎ・食べ過ぎ・胃のもたれによく効くとも言われている。温泉巡りを嗜む私も体験したことのない温泉だ。

 

 で、その「ドラゴン鉱泉」の活用法に困ったジンジャーの街の人々が有効活用の方法を求めるべく神殿へと連絡が来たそうなのだ。……悪く言うと丸投げだな。

 

 その温泉の開発を始めようとしたのだが、その旨を伝えたらクロモン達が、抗議の鳴き声をあげる。褒美を10倍にすると言っても抗議が収まらない。なぜだ?

 

 

「アルシーヴ様、クロモンはズルいと言っています」

 

「ズルい?」

 

「温泉は、自分達が入る事のできない人間専用のズルい施設。そんなものを造るために働きたくないと言っているのです」

 

 セサミがクロモン達の通訳をしてくれたが……そういうことか。

 そういえば、以前化け猫温泉から追い出されるクロモンを見たっけか。だが、あちらにも言い分がある。入浴のルールがある以上は、仕方ないことなのだ。

 そう言っても、クロモン達は「ズルいズルい(セサミ訳)」とゴネる。このままでは温泉街建設の労働力が確保できない……

 

「じゃあ、こういうのはどう?

 新しい温泉施設は、エトワリアに住まう全ての種族を受け入れる―――いわば、異種族混浴温泉……というのは!!」

 

「「「「「くーーーーーっ!!」」」」」

 

「「「「話は聞かせて貰った!!!」」」」

 

「「!!?」」

 

 

 クロモン達や他の善良な魔物たちでも入れる温泉にしよう、とソラ様が提案したところで扉を蹴破るように開いて入ってきた人影が4人。

 私の幼馴染にして八賢者のローリエ、そして八賢者に続いて新たに設置された実力者・三銃士のシグレ・ヤナギ・コノハの三つ子であった。

 4人は勢いそのまま、目を輝かせながら珍妙なポーズをとって続けた。

 

 

「全種族を受け入れる融和の象徴…是非作ってみせましょう!」

 

「サウナもつけましょう!」

 

「今回の温泉街の件……技術者として力を貸そう!」

 

「我々の知識を全て注ぎ込み―――最高最善の温泉街を築き上げようではありませんか!!」

 

 

 随分耳が早いな………扉のすぐ外で盗み聞きでもしていないと説明できないほどだ。

 コイツらのテンションは兎も角、手を貸してくれるというならやぶさかではない。が………

 

 

「建設の際には力を貸してもらうぞ。

 ただし………コノハ、ローリエ。お前達には()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()

 

「「はぁ!!!!!?!?!?!?」」

 

「な、なんでだよアルシーヴちゃん! それはおかしいだろ!!」

 

「そうですよ!! なんで私とローリエだけなんですか!納得できません!」

 

 当然のように猛抗議をするローリエとコノハ。

 だが、お前達は分かっているのか? 自分たちがどうしてこんな扱いを受けるのか。

 私とて、融和の施設に意味なき規制を持ち込むつもりはない。コイツらが期限付きの出禁になるには理由がある。

 

 

「お前らの胸に聞いてみろ。それで分かるはずだ」

 

「じゃあ俺は問題ないな、悪いのはクリエメイトへセクハラするコノハじゃあないか」

「なら私は大丈夫ですね、悪いのは神殿の皆にセクハラするローリエじゃないですか」

 

「両方だ馬鹿者」

 

 

 ローリエとコノハのそっち方面の悪名については……語るまでもない。

 ローリエは、私達の風呂を覗いたり、身体を触ったりしようとする。私やセサミ、ジンジャーなどの胸が大きい人物が被害に遭うのが顕著だ。コノハもまた、クリエメイトへのボディータッチが激しいと苦情が入ったのを何度か聞いた。本人達にはそれとなく注意したし、ローリエに至っては何度も制裁を加えているが、二人ともまったく懲りていない。

 ローリエは対策してもそれを上回ってセクハラに来るし、コノハは同性であるから有効な対策が立てられない。

 

 

「お兄ちゃ~ん……助けて…」

 

「し、シグレ………なんとか口添えを…」

 

「……ごめん。流石に今回は、二人が悪いと思うんだ」

 

「自業自得だな」

 

「「ウソダドンドコドーーン!!」」

 

 

 シグレとヤナギに助けを求めるが、あえなく拒否。二人は、人間とは別の生き物のような悲鳴をあげて崩れ落ちた。

 たとえシグレとヤナギが二人の味方をしたとしても、私は許可を出さんからな? 2人みたいな変態行為をする存在がいるとなったら、融和の施設としての評判がいきなり落ちるからな。流石に、オープン直後にそのような不名誉な噂は欲しくない。

 別に永久に出禁というワケではないし、たった1か月なのだから、2人にはこれくらい我慢して欲しい。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 うぅぅぅ~~あんまりだぁ…

 HEEAAAAAA!!!! あぁぁぁぁぁんまりだァァァァ!!!!

 

「ひどいよぉ……なんでシグレ兄ちゃんは良くて私はダメなんだよぉ…」

 

 えー…私、三銃士の末っ子・コノハは、仕事を終えると思いきり泣いていた。

 原因はもちろん、アルシーヴ様が下した理不尽な裁定についてだ。

 ローリエが出禁を食らうのは分かる。セクハラ大魔王だしねアイツ。でも私女だよ!? 危険があるとすれば、私よりシグレ兄ちゃんじゃないの!? なんでシグレ兄ちゃんは出禁されないの!?

 ヤナギ兄ちゃんにそんなことを愚痴ったら、アルシーヴ様にそれとなく聞いてくれたようで。それによると、「確かにシグレには前科があるが、反省しているし、数も少ないから」とのこと。それに加えて、「シグレはきらら以外の女性には紳士的に接するからじゃないか」って推理も聞かせてくれた。

 

 それにしたってこの仕打ちはないだろォォン!!?

 私が一体…何をしたって言うんだ!!?*1 あの出禁宣告以降、ローリエの姿が見なくなったし、リゾットも付き合い悪くなったし、お兄ちゃんズは余計な慰めばっかりしてきおるし…

 くそぅ……このままじゃあ、仕事のモチベなんか上がるわけないし……

 

 

「ん?」

 

 

 そう思いながらとっぷりと夜のふけた神殿の中庭を、夜風に当たるために歩いていると、消灯した部屋の数々の中でたった一つ、明かりがついている部屋を見つけた。そこは、ローリエの部屋だった。

 何だろうと思って訪れたそこでは―――コリアンダーさんとリゾット、そしてクロモン達がぶっ倒れていて、ただ一人ローリエが椅子に座ってコロンビアポーズをしていた。

 

 

「やっと……やっとだ………!!」

 

「何事!!?」

 

「ん? あぁ…コノハか。丁度良かった」

 

 丁度良かった? それは一体どういう意味だろう。というか、なんでこの部屋は死屍累々と言わんばかりに、技術者たちが転がってるの?

 そう思って、ローリエの手元を見るために近づいて………その手に持っているものを見た時、私は息を飲んだ。

 

「理不尽な上司命令で温泉を出禁にされた者同士として、素晴らしい提案をしよう」

 

 なぜ………何故それが、エトワリアに誕生しているんだ!?

 この世界には……()()()()()()()()()、ましてや()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()

 

 

「―――お前も仮面ライダーにならないか?」

 

「バース、ドライバー…!?」

 

 

 鬼に誘うみたいに言うなよ、とツッコミもできないくらいに、私は混乱していた。

 

 冷静さを取り戻した後で、私はローリエに尋ねてみる。

 

 

「それ…なんであるの?」

 

「勿論俺達が作ったからに決まってるだろ。まぁ…セルメダルが無かったから、見た目だけ似せた紛い物だけど…性能は良いモンができた」

 

「なんでバース?」

 

「これ以外は技術的に無理。実際に作ってみて分かったわ、クリム*2や戦極凌馬*3のヤバさ」

 

「そもそも………どうしてベルトなんて作ったの?」

 

「異種族混浴温泉街……それを作った後、トラブルが発生するのは見えている。それは、人間同士の問題よりも遥かに難しく、落としどころがないかもしれん。

 特に…力のある種族が暴れでもしたら、折角建てた温泉街があっという間に壊滅するかもな」

 

「!」

 

「そこら辺はアルシーヴちゃんも対策立てるだろう。恐らく、ライネさん辺りでも呼ぶかもしれないが……流石に、あの人ひとりに任せきりだと不安が残る。

 だから、ある程度の実力者……それこそ、神殿の兵士でも簡単に使えそうな装備の開発をしておいた。『一般モブ冒険者でも戦える』……そんなコンセプトを元にしてな」

 

 

 ナルホド、それでバースなんだ。でもあれ、幹部級に後れを取ったり割と不遇な扱いだったような気が……まぁいっか。

 ローリエの考えは要するに……強力な魔物のトラブルを抑えられるように、そこそこ強いヤツを数揃える策……質より量作戦か。

 

 

「コノハ…君には、このベルトを使ってみてほしい。そして、俺達にレビューをくれないか?」

 

「そうは言っても……私、1億稼がないといけない理由なんかないし、変身なんかしなくても普通に戦えるよ?」

 

「そこら辺の心配はいらない。変身プロセスを踏めば自動で纏ってくれる『まほうのよろい』みたいなモンだ。

 変身した後でも自分オリジナルの魔法が使えるように設計はしてある。見てな」

 

 

 ローリエは、早速変身を見せてくれるのか、ふらふらと立ち上がってベルトをつけ………大丈夫?目にクマができてるよ?しばしばしてるじゃん!

 不安が残るまま、ローリエの様子を見守る。不安の眼差しに気付いているのかいないのか、彼は右手でメダルを弾き、キィィンといい音の鳴ったメダルを左手でキャッチ―――できずに、そのまま落とした。

 

 

「変身」

 

「いや待って、落としたよ今?」

 

「あれ……動かない、だと…!?

 最悪だ………ここまでこぎつけたのに…」

 

「動かないじゃないよ、メダルが入ってないだけだって」

 

「故障かよ………!!」

 

「故障じゃないからね、故障してるのあんたの頭じゃないの??」

 

 

 ヤバいよこの人。一体、何日徹夜させたらここまでヘロヘロになるの?

 メダルを落とした事にも気づけないとか、だいぶ参っているに決まってる。

 とりあえず私は、目の前で勝手に心が折れかけているローリエを布団の中に放り込むべく、影の魔法を発動した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 異種族混浴温泉街。

 それは、ソラ様原案でアルシーヴ様主導に進めている計画で、新たにできた温泉街のことだ。地震で急にある原野に湧きだした温泉を活用するためのものだそうだ。

 

 建設には一部の八賢者と三銃士が駆り出された。が………コノハが心配だな。アイツ、アルシーヴ様に温泉街出禁宣言(1か月間)受けて泣いてたし。あの宣言を受けてからというもの、建設作業の帰り道はほぼほぼ泣いている。日頃の行いによる自業自得の面はあるけれど、流石に仕事に支障が出てきたら休ませた方が良さそうだな。

 ローリエ? あのセクハラ野郎は知らん。万が一にもきららに手を出したらムッコロしてやる。

 

 それはそうと……温泉街が完成して、クリエメイトやきららの里から助っ人が招かれた。

 はるみちゃんや怖浦さん、花和ちゃんやライネさんだ。勿論、セサミやジンジャー、僕たちも温泉街のスタッフとして働いている。………当然、ローリエとコノハは立ち入る事が出来ないけど。

 はぁ…………きららを招いてあんなことやこんなことしたい。あのプリティでぷにぷにな素肌や【自主規制(ピーーー)】や【記載できません(ピッーーーーー)】をバスタオル一枚で隠したきららを隣に混浴……あまりに無防備な格好で僕にだけ見せてくれるあの笑顔……フヘヘヘヘ(ry

 

「そおい」

 

「ヘブシッ!!!!?」

 

「戻ってきたか」

 

「テメェヤナギ! 何すんだ!」

 

「危ない妄想に浸って暴走しそうになったバカ兄貴を止めたんだよ」

 

「どういう意味だコラァ!? 僕ときららちゃんはそれはもうKENZENな…」

 

「そんな事より、クロモン達とライネさんから奇妙な報告があったんだ」

 

「何だって?」

 

 

 温泉街の営業時間が終わった後で、ライネさんやクロモン達に話を伺いに行ってみる。

 彼女たちは、自分達が見たという『人物』について快く話してくれた。

 

 

「私はその時、おイタをした西の魔獣を懲らしめてたから、去り際のちょっとしか見てないんだけどね?

 魔獣以外で、迷惑行為を働く強めの魔物がいたんですって。クロモン達が苦戦してた時、2人の人型の魔物がやってきて、注意したりその魔物におしおきしたりしたそうよ」

 

「「「「くー!」」」」

 

「人型の…魔物? どんな奴だったのか、聞いてもいいかな?」

 

「ごめんなさい。私は、本当にちょっと見ただけだから、詳しい特徴とかが分からなくて……クロモン達の方が詳しいんじゃないかしら?」

「「「「くっ!」」」」

 

 

 クロモン達は、各々自分たちが見たという、『人型の魔物』の絵を描いてくれた。

 出来上がった絵は2枚。一枚には、頭が赤、胴が黄色、足と目が緑の人型が。もう一枚には、U字型の目元と銀色やら黒やらで塗られている人型が書かれていた。

 クロモンが描いたものだから、ぶっちゃけこれだけじゃあ何が何だか分からない。でも、クロモン達の会話に……

 

「くっ!くっ!(ちょっと、これ僕がみたものと違うよ!)」

「くー?(あれ、そうだっけ?)」

「くーくー(僕が見たのはここは青だった!)」

「くー……くーくー!(あ、それ途中から変わったんだよ!)」

「「くー?(変わった?)」」

「くーくーくー、くーくーくー!(そう!あの人が何かしたと思ったら、()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

 な……何だとッ!?

 頭が赤・胴が黄色・足が緑で……色が、変わる。しかも、()()()()()()()()()()だって!!?

 その特徴…聞けば聞く程、アイツしか考えられない!!

 

「なぁ、クロモン達」

 

「「「「「くー?」」」」」

 

「その…人型の魔物。歌を歌ってなかったか? 『タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!』みたいな」

 

「「「「「くー!!(歌ってた!)」」」」」

 

「ですよねー…何でいるんだ…!!?」

 

 ヤナギの確かめるような問いにも元気に答えるクロモン。それによって、ヤナギの中の疑問も確信に変わったみたいだ。

 ライネさんだけは頭に「?」を浮かべていたが……無理もない。

 何故ならこれは……僕達の世界…そこでしか放送されてなかった、テレビ番組のヒーローの事だからだ!

 

 

「仮面ライダー…オーズ…!」

 

「って事は…こっちの絵はバースか……」

 

「確かに、装飾とか色とか似てるけど……」

 

「あの、シグレさん、ヤナギさん? 『オーズ』とか『バース』って何なのかしら?」

 

「えーと…まず仮面ライダー…が分からないですよね…」

 

 

 ライネさんの質問に答えようにも、なんて説明すりゃいいんだか…そもそも「仮面ライダー」の概念すら知らない訳で…

 とりあえず、「欲望がメダルになったもので変身する、改造人間です」と言っておいた。バースの方は厳密には違うが、ライネさんの理解が追いつかなかったみたいだ。

 

 

「元々は聖典の世界で放送された特撮………テレビ番組に登場するヒーローなんです」

 

「そうなの。初耳ね、そういう存在が、聖典の世界にもいたのね」

 

「まぁ…あんまり詳しく聖典に書かれてなかったから、知らなくても無理はないと思いますけど」

 

 

 どうしてオーズとバースがエトワリアにいるのか分からないが、こんなもの再現できるのはアイツしかいない。『仮面ライダーオーズ』を知っている時点で、容疑者はほぼ一人になったようなものだ。

 

「…兄さん。問い詰めに行くぞ」

 

「あぁ。僕たち以外に『仮面ライダーオーズ』を知ってんのアイツしかいないだろうし」

 

 僕達の世界で放送された、エトワリアの人には絶対に思いつかなさそうなデザイン。それを作れるのは……僕達と同じ転生者の、八賢者ローリエだけだ。

 ライネさんからの聞き込みを終えるとすぐさま突入して、今回の騒動について問いただした。

 証言自体は結構簡単にしてくれた。いわく………

 

 

「バースなら俺達が作った。似てんのは見た目だけだけどな。温泉街建設にあたり、防衛する衛兵たちの強化のためって言ったらコリアンダーは協力してくれたし、リゾットもスイーツで釣ったぞ。今はプロトタイプをコノハが使ってレビューを貰っている。

 でも、オーズは知らないな。というか、オーズに変身するにはコアメダルとドライバーが必要だぞ。できるのか?エトワリアの錬金術を使って、欲望からその二つを作ることが」

 

「「…………」」

 

 

 かなり…というかほぼ正論だった。

 『仮面ライダーオーズ』に登場するコアメダル。設定では800年前に錬金術師が作り出し、10枚を9枚にして欠けさせたことで「欠けたメダルを取り戻したい」って欲望が生まれてできたものだ。

 オーズが2011年だったから、それの800年前は大体1200年……エトワリアには錬金術があるし、世界観的にいけそうな感じもするが、コアメダルを作った所でドライバーが分かんねぇんだよなぁ………

 

 

「……どう思う、ヤナギ」

 

「ローリエの主張にムジュンはない。()()()()()()()()()()()

 

「そうかなぁ? ムジュンがないなら、別に…」

 

「ムジュンがないからこそだろ。もしオーズへの変身が無理だってんなら、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あっ」

 

 

 そうじゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 バースはプロトタイプを使用中のコノハだって分かったから良いとして(え)、ここで引き下がってはオーズの謎がますます深まるだけだ。

 クロモン達の証言の精密さ……動物の名前を三つ言った時点で、クロモン達の勘違いとかウソって線はない。

 だとすると、より意味が分からんぞ。まさか、俺達とローリエ以外で、別の転生者が現れたって線も………

 

 

「ローリエ。実際にオーズが出たんだよ。クロモン達がしっかり見ている。ご丁寧に絵まで描いてくれた。

 なにより……黄色から青へメダルチェンジした様子も証言していたんだぞ。オーズ以外の何者でもないだろ」

 

「え、なに、シャウタコンボにでもなったの? 俺も見たかったなー」

 

「いや、チェンジしたのは1枚だけだ」

 

「へー……ウナ、いや、シャチかな?」

 

 

 その後は、仮面ライダーオーズ談義に脱線して、「タジャドルコンボとプトティラコンボとスーパータトバのどれがオーズ最強形態にふさわしいか」みたいな話題になった。ローリエがヤナギと同じプトティラ派だったとはな……おのれディケイド。

 ただ、話が脱線する直前の弟の疑いの眼差しがなんかちょっと気になったけどまぁいっか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 温泉街が発足してから数週間。

 異種族混浴温泉街は、かなりの盛況をあげていた。

 これまでにない試みをしているのだからトラブルは頻発しているようではあったが、今までの温泉とは違う融和の施設とあって、多くの種族の客がここに温泉目当てでやってきているみたい。

 だが、とある日……その平穏が崩される。

 

 

「おのれ人間ども…我が温泉を盗み、こんな施設を建ておって……

 こんな建物、ぶっこわしてやろう!」

 

「くー! くー!」

 

「どけ!!!」

 

「くー!!?」

 

 

 一際大きいドラゴンがクロモンを蹴散らしながら、温泉に突入してきて怒りをあらわにする。

 ライネさんには見覚えがあるようで、すぐにドラゴンの前に躍り出て、「やめなさい!」と声を張ったのだ。

 

 

「おイタをするなら許さないわよ……オンセンタマゴドラゴン!」

 

「おお、勇者ライネではないか。久しいな」

 

 

 オンセンタマゴドラゴンって……そんなご当地メニューみたいな名前ある?

 あ、言い忘れていたが……俺、ローリエは今、コノハと一緒に温泉が見渡せる建物の屋根の上にいます。

 コノハにすぐさまトラブルに急行してもらいたいからね。まぁ……彼女の変身&現場急行を見届けた後で俺もよくはっちゃけたけどな。

 まぁその際、色々問い詰められたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事もあったかな。

 

 

「どうして、地中に眠っていた筈の貴方が起きてきたの?」

 

「目が覚めたら…我のものだった筈の温泉が干上がっていたのだ!

 そして陸に上がってみれば人間どもがこんな温泉を建てているではないか!!

 我が湯を横取りしおって! こんな施設(もの)、破壊してくれるわ!」

 

 

 成程。つまり、突然原野に湧き出た温泉は、元はと言えばコイツのものだったわけか。

 もしこのドラゴンの言う事が本当であるのなら、ちょっと悪い事をしたのかもしれない。

 でも、怒りながら暴れんとするコイツの主張には、決定的な勘違いがある。

 説得できるかわからないけど…やるしかない。

 隣のコノハに目配せをする。彼女が頷いてから、俺達二人はオンセンタマゴドラゴンの前へ降り立つ。その登場に、アルシーヴちゃんらが「なぜお前らがここにいる!?」みたいな表情をするが、スルーしてドラゴンに呼び掛けた。

 

 

「それは違うぞ、竜よ!」

 

「この温泉ができたのは、地震がおこったせいなの!!」

 

「黙れ! 我が温泉を人間が奪ったのは、この建物を見れば明白! 我が温泉を取り返してくれよう!」

 

 

 取り付く島もない。怒りに目がくらんで、マトモな話し合いもできそうにない。

 ……やるしかないか。

 

 

「待って2人とも! オンセンタマゴドラゴンは強いわ、ここは私に任せて!」

 

「そうはいかない。俺達の力を確かめるいい機会なんだ。せめて、一緒に戦わせてくれ」

 

「……何か策があるの?」

 

「あるさ。とっておきのがな―――『レント』」

OOO(オーズ)

 

 コノハは俺達が作ったバースドライバー(仮)を腰に装着し、俺は『レント』を使った。

 再現魔法『レント』。それは…術者が知っている物語の力を再現する魔法。物語に出てくる力の概要さえ知っていれば………()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 シグレとヤナギにはあえて説明していなかったが……確かに、オーズのドライバーとメダルを作るにはエトワリアの錬金術では不安が残るかもしれない。だが! 俺が変身する時に限っては……()()()()()()()()のである!何故なら…『レント』で再現できるからだ!

 

 コノハはセルメダル(もどき)を指で弾いて、それをキャッチするとその拳を蛇のように突き出し胸の前で握りしめてからドライバーに入れた。

 俺も“再現”したタカ・トラ・バッタメダルをオーズドライバーに装填する。そして、傾けたそれをオースキャナーで順にスキャンした。

 

 

「「変身!!!」」

 

【カポーン!】

タカ!トラ!バッタ!

! ! バ!

 

 

 串〇ア〇ラさんの高らかな歌とすっきりするレベルのガチャカプセルが空いたような音が鳴り響き、姿が変わる。

 コノハの身体はどこからともなく現れた魔法の鎧を纏った、黒・銀・緑の戦士「仮面ライダーバースver.エトワリア」とでもいうべきライダーに。

 俺は、かつて『仮面ライダーOOO(オーズ)』で火野映司が変身して戦った姿・「仮面ライダーオーズ」に。

 それぞれ、変身した。

 

 

「何ィィィィィーーーーーーッ!?!?!?」

「やっぱり、何か隠してやがったか…!」

「「「「「くーーーーーーーー!!!」」」」」

「ろ…ローリエが……人型の魔物に変身した!?!?!?」

「あ、あはは…私、のぼせちゃったのかな…!?」

「やべぇ」

 

「成程…それが、オーズとバースなのね」

 

 まさかの俺のオーズの変身に驚くシグレとアルシーヴちゃん、そしてクリエメイト一同。何かを察している様子のヤナギ。

 「来た!ヒーロー来た!これで勝つる!」と言わんばかりに大盛り上がりのクロモン達。

 そして、何故か俺らの変身に納得したライネさん………え、なんで知ってるのライネさん?

 

「シグレくんとヤナギくんに教えてもらったわ。でもさっきの歌は? タカ、トラ、バッタって…」

 

「歌は気にしないで。行くよ!」

 

「こけおどしだ!!!」

 

 

 タマゴカケドラゴンが襲い掛かってきた。

 ライネさんは飛び上がって回避し、コノハは影に潜り込むようにドラゴンの手から逃げる。

 だが俺は、その攻撃に対して迎撃を選択した。

 

 

「ぐっ……!」

 

「むっ! 明らかに人間の力ではない!?」

 

「はあああああああっ!」

 

「だが―――勇者ライネほどではないな!!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 ……押し負けてしまった。かろうじて直撃を防いで受け流すも、両手が痺れる。

 俺さえ見上げる巨体に違わぬパワーってことか。オーズのタトバコンボに押し勝てるとか、コイツはマジで強者のようだ。

 

 

「影縫い!」

 

「ぬうう!?」

 

「えーい!」

 

「小癪なァァ!!」

 

 

 コノハがドラゴンを縫うように斬りつけ、ライネさんが可愛い声で可愛くない一撃を放った。

 俺もこれに続くとしよう。……あいつのパワーを対策してからな!

 パワーにはパワーだ。メダルを三つ………入れ替える!

 

サイ!ゴリラ!ゾウ!

・ゴー・ゴーゾォッ!!

 

「ハァァッ!」

 

 メダルをチェンジした後にオースキャナーでスキャンすると再び個性的な歌が流れた。

 これこそ、仮面ライダーオーズの中で、最もパワーを利用した肉弾戦に特化したフォーム「サゴーゾコンボ」だ。

 ドラゴンのパワーを真正面からねじ伏せてやるぜ!

 

「でやぁぁあ!」

 

「ぐわぁぁぁあ!? 何ィ!!?」

 

 飛びかかった俺のパンチを喉元で受けて、のけぞるドラゴン。

 先程のタトバコンボとは明らかにパワーが上がっている事に戸惑っているようだ。

 それもその筈……サゴーゾコンボは、パワーファイト特化に加えて『重力を操る力』も持つのだ。それを使えば………

 

「オラァァァ!!」

 

「ギャァァァァァ!!!!? な…何だこの力はァァァッ!?!?」

 

 ドラゴンをぶっ飛ばす程のパンチを放つ事さえ可能!

 ドラミングをする事で重力を操り……ゴリバゴーン(ゴリラの胴体からなる腕の武装)に重力をプラスして文字通り超重量級パンチを放ったのだ。マトモな生き物は立つことさえままならない筈だ。

 

「うわぁ…サゴーゾなんか使って大丈夫?身体の反動」

 

「多分!」

 

「ホントかなぁ…まぁ良いか。とりあえず、私もちょっとベルトに頼ってみようかな? ―――はぁぁぁっ!!」

ドリルアーム

 

「グオオオッ!?」

 

 コノハがまたセルメダル(らしきモノ)をドライバーに入れると、左手にドリルが現れ装着された。そのままドリルをドラゴンの身体にぶち込んでいった。

 

 俺も後はゴリラで殴るだけかとも思った時、ドラゴンは人一倍大きな咆哮を放った。

 

「しぶとい人間共がぁ……!!」

 

 それだけ言うと、ドラゴンは飛び上がり、空を旋回し始めた。そして、空中から水圧ブレスを放つ戦法に変えてきたのだ。

 

 

「おっと!」

 

「ちっ…影手裏剣!」

 

「面倒くさいわねぇ…」

 

 急に攻撃の手が届かなくなり、水鉄砲のようなレーザー相手に一方的に防戦を強いられる。重力操作でアイツを叩き落とそうかとも思ったが、そこそこすばしっこい上に猛烈な攻勢が止む気配もない。メダルを変えた方が手っ取り早いな。

 

「コノハ、俺メダルを変えるわ。水攻撃を無効化するシャウタか、空を飛べるタジャドルに……」

 

「じゃあ、タジャドルにしてよ。アイツの攻撃なら私が弾くから」

 

「できる?」

 

「はい。この鎧の武装をゼンブ使えば、行けるはず!」

 

「信じるぞ」

 

 

タカ!クジャク!コンドル!

タァ〜ジャ〜ドォル〜〜!!

 

「今度は、赤くなっただと…!?」

「すげぇ。」

「おい!ヤナギ、あいつ…コンボを2連続で使ったぞ!?」

「派手にやりやがって…後でどうなっても知らないぞ…」

 

 俺達の努力の結晶と、それを扱ってきたコノハの腕前。

 その両方に対する信頼の言葉を口にして、メダルチェンジをした。

 神々しい歌を流しながら、炎の翼を三対に広げて現れたのは、真っ赤な姿をしたオーズ。『仮面ライダーオーズ』のフォームの中でも最も支持率の高い「タジャドルコンボ」だ。

 

 

「ハァァァ!」

 

セルバースト!

「『潜影の触手』!!」

 

 

 背後にクジャクフェザーを広げる。その孔雀のような羽の一つ一つが、俺の合図で炎の矢となってドラゴンに飛んでいく。

 コノハのバースもベルトにメダルを入れたセルバーストと共に固有の魔法を使う。すると、影から出てきた複数の手が、セルメダルを次々と弾いてドラゴンにぶち当てていた。何その技。ウケる。

 

 

「…いやこれ、私の意図した技じゃないからね? セルバーストと『潜影の触手』同時に使ったらなんかこうなったんだけど」

 

「グアアアアアアアアアアッ!?!? クソ、なんなのだコイツら…!

 まさか我が……秘湯の支配者が、人間の硬貨なんぞで傷を負うだとぉぉぉぉぉ…!?」

 

「威力はなかなかだな」

 

「忍者らしさ皆無だよ。今回の仕事終わったらテスター降りるからね?」

 

「我を前にふざけた会話を……許さん!

 必殺技たる『かんけつせん』を以って、全て破壊してやる!!」

 

 

 満身創痍ながらも戦意をむき出しに必殺技を放とうとするドラゴン。

 それらを見た俺らは、すぐにトドメの技の準備に移行する。

 俺はオースキャナーでメダル3つをスキャンして、空を舞う。

 

スキャニングチャージ!!!

 

「ハァァーーーーーーーー!!」

 

「甘いわァァァァ!!」

 

「甘いのはそっちだ!」

 

セルバースト!

「影苦無の舞!」

 

「てぇーい!」

 

 

 オンセンタマゴドラゴンは空を舞った俺に射線を向けるが、それが命取り。

 注意が逸れた地上から苦無とセルメダルと光の斬撃が、一斉にドラゴンに襲い掛かる。

 それによって体勢が崩され、ドラゴンの必殺技『かんけつせん』は、あさっての方向へ撃ちだされていった。

 

 

「何ィィィィィィ!?」

 

セイヤアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

ぐわああああああああああああああああああ!?!?!?

 

 

 タジャドルコンボの必殺技…足先から猛禽類の爪を展開して飛び掛かる、プロミネンスドロップが、オンセンタマゴドラゴンに直撃。

 温泉街の空の上で、Oが三つ重なったような模様の大爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――ドラゴンが来襲した、この騒動の後だが。

 ボロボロでガチの満身創痍に陥ったドラゴンはようやくライネさんの話を聞いて信じてくれたのか、本当に地震が原因で自分の温泉が無くなったことに凹んでいたが………その後、なんと異種族混浴温泉のオーナーに就職することが決定したそうだ。ライネさんが「もとはこの(ひと)の温泉だったんだし」とのことで、融通を利かせてくれたそう。

 

 

 …え? なんで人伝で聞いたみたいな語りをしてるかって?

 実は俺は……あの後、オーズの変身を解除した直後、一気に疲労が襲い掛かってきて話に参加するどころではなくなってしまったんだ。

 これが…『レント』の唯一の欠点。“再現する”のは、力の利点だけではなく、()()()()()()()()、ということなのだ。

 例えば、今回再現したオーズの場合、『コンボを頻繁に使うと体力を消費する』……これも再現されたのだ。お陰で、タジャドルコンボでオンセンタマゴドラゴンをぶっ飛ばした後結構キツかった。

 さらに言えば、変身し続けているとやがて五感を失いグリードと同質になってしまう点もあるにはあるのだが………クールタイムを挟んで、頻繁に変身しなければ問題ない。だから黙ってよー。

 

 ―――と、思ったのだが。

 

 

「ローリエ、大丈夫ですか? ちゃんと味はしますか?」

 

「うん。ブイヨンのダシと野菜や肉の味もバッチリだ。

 ……なぁセサミ、もういい加減にやめにしないか? 飯くらい、1人で…」

 

「駄目です。アルシーヴ様の許可が下りるまで、看病させて頂きます」

 

 

 八賢者たちがこの騒動の直後に『オーズに変身したローリエは味覚がなくなって魔物になるかもしれないだと!?』と雁首揃えて俺に問い詰めに来やがった。

 俺はすぐさま、俺以外の賢者の動揺の犯人を悟った。………シグレの野郎、やりやがった。問い詰めた所、『あんな姿に変身して、影響とかないのかな~って言っただけだよ☆ …というか、転生者特権の再現魔法を黙ってたのが悪い!』とかほざいていたから、一発張り倒しておいた。

 

 シュガーが「美味しいものが食べられなくなっちゃうの?」と泣きつき、ジンジャーが「なんて力に手ぇ出したんだ馬鹿!」と胸倉をガクガクさせ、他の子達も三者三様に俺を心配する様子にいたたまれなくなりながら、必死に誤解を解こうとした。しかし……その努力もむなしく、あと1か月は温泉街に行くどころか一人で外に出る事すらままならなくなった。解せぬ。

 

 

「セサミ…俺温泉街行きたい~」

「今の貴方を一人で行動させられません」

「じゃあ、皆でいかない?」

「はい?」

「そんなに俺が心配なら…ついて来ればいいじゃん」

「そうかもしれませんが…」

「あ、なんなら温泉の中まで一緒に来る? 俺は大歓迎痛い!? 何するんですかセサミさん!?」

「まったく…味覚がなくなりかけたというのに、貴方って人はそればっかり!」

「な、なくなりかけてない! なくなりかけてないってば!」

 

 グリードになっちゃったら、『女を抱くのに必要な器官』が働かなくなっちゃうだろ! ンなもったいない事態、誰が招くかよ! 

 この件の事を考えると、オーズに変身するのを躊躇っちゃうなぁ。オーズのプトティラコンボとか、未来のコンボとか、変身してみたいライダーのトップクラスにいたのに、よほどの事がない限り断念せざるを得ないとか、ちょっと残念だ。

 

*1
A.みーくんに抱きついたり、夏帆のおっぱいを揉んだり、琉姫の太ももをウィンウィンしたりした。その他多くの余罪あり

*2
クリム・スタインベルト。『仮面ライダードライブ』に登場する、ロイミュードやドライブの根源になった技術の開発者

*3
『仮面ライダー鎧武』に登場する、極悪技術者。戦極ドライバーの開発者




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 好きなライダーはオーズ。特にプトティラコンボが好きと言う拙作主人公。温泉街を作るにあたり、セクハラの前科からか1か月の先行出禁を食らう。それが悔しくって、コリアンダーやリゾットと共に『バースドライバー』を作り、自身は再現魔法『レント』で憧れのオーズに変身する。しかし、『レント』を黙っていたことが仇となり、シグレに「グリードになってしまうかも」と噂を流され、盛大に心配されてしまう。

シグレ
 仮面ライダーオーズをエトワリアで見れると思っていなかった三つ子三銃士長男。オーズに変身するための条件をたった一つの魔法でクリアしたローリエには脱帽だが、それはそれで何で教えてくれなかったとか思っていそう。少なくとも、『レント』と仮面ライダーの記憶さえあればなんにでもなれる。
 その事実が「ズルい」と思ったのか知らないが、自分たちの知るオーズのデメリットを八賢者にバラした。この行動は、オリジナルオーズの映司みたいな「行き過ぎた自己犠牲」を抑える結果を招いている。

やなぎ「つまり…この魔法さえあれば『ファルシオン』にもなれるってことだろ!?」
ろーりえ「誰それ?」
やなぎ「えっ…兄さん」
しぐれ「知らんよ? 僕ゼロワンから先は死んでて見てない」
やなぎ「そうだったんだ…」
ろーりえ「『死んでて見てない』のパワーワードよ…」
このは「ゼロワンってなに?」
野郎共「「「え??」」」

ヤナギ
 バカ兄貴と情報収集をしていく内になんとなく「エトワリアのオーズ=ローリエ」という仮説を立てていた人。最後のメダルチェンジの時ローリエが「ウナギにメダルチェンジしたのか」と言いかけて「シャチ」と訂正した時点でほぼ確定だと思っていた。ただ、再現魔法の利便性には気づけなかったようだが。

コノハ
 兄貴たちよりも先にローリエの動きに気付いて、成り行きで「仮面ライダーバースver.エトワリア」の試着者になって温泉街のトラブルを影ながら解決していた三つ子末っ娘。バースが元々汎用性重視の装備だったから我慢していたが、これ以降バースドライバーの世話にはならなかった。なお、「エトワリアのオーズ=ローリエ」は三つ子の中で一番最初に気付いていた(というか変身シーンを見た)が、ローリエに『クリエメイトと混浴しても問題ないという権利』を貰うことを条件に黙っていた。

リゾット&コリアンダー
 バースドライバーver.エトワリアに共同制作者。コリアンダーはローリエの治安維持という至極真面目な説得に応じる形で、リゾットは高級スイーツの減額チケットウルトラ山盛り&奢り1回でローリエを手伝う。そして、地獄を見た。

オンセンタマゴドラゴン
 『異種族混浴温泉街』のシナリオボス。ライネと知り合いで、温泉卵を売って家計を建てている。最終的には本家同様温泉街のオーナーになったが、拙作ではオーズのサゴーゾやタジャドルの活躍によって、3倍くらいはボコられている。



仮面ライダーバースver.エトワリア
 ローリエが知っているライダーの中で、一番技術的に生み出せそうなライダーを、エトワリア由来の技術で再現したもの。ローリエとコリアンダー、そしてリゾットの共同開発によって数日の徹夜の末に誕生した。プロトタイプは強力だったが、量産体制に移行するには改良の余地があるようだ。ハッピーバァァァスデイッッッ!!!(会長)



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ゲーム・きららファンタジア風ステータス資料

2部7章クリア記念に筆頭神官・賢者確定チケットを貰った時「そういや、ローリエの具体的なステータス数値上げてなかった!」と思ったので投稿です。ボイス集とは違って、「ステータスやクラススキル、専用武器のスキルや私自身の主観から見た評価」をまとめたいと思います。皆さんもきらファンプレイヤーとして意見をくださればなにより。
また、あとがきの「Coming soon…」に書かれてるキャラも不定期で更新するので時たま見に来てください。


ローリエ

☆5・せんし・陽属性

HP 3159 ATK 2678 MAT 660

DEF 2228 MDF 1225 SPD 129

 

クラススキル

スキル1 バーストショット

敵1体に陽属性の特大ダメージ(物理)+敵1体の陽属性耐性を中ダウン

 

スキル2 ギア・オリジナル

自身の攻撃力&行動速度が中アップ、次攻撃時クリティカル確定+自身の物魔防御が大ダウン+自身に小ダメージ

 

とっておき

メタルジャケット・フルファイア

次攻撃時の攻撃力が特大アップ+敵全体に陽属性の特大ダメージ(物理)+敵全体に陽属性のダメージ(物理)を与えるスキルカードを2回×3枚設置+味方全体の能力上昇/低下を解除

 

 

専用ぶき

☆5ローリエ専用パイソン&サイレンサー

スキル(変化前) メモリア・バレット

敵1体に自属性の中ダメージ(物理)+自身のATKが中アップ

 

スキル(変化後) アイリス・アベンジャー

敵1体に陽属性の超絶ダメージ(物理)+敵全体に陽属性の固定ダメージ+自身の物魔防御が特大ダウン+自身に小ダメージ*1

 

自動発動スキル

自身が通常攻撃をする時、その敵の物理防御or魔法防御or陽属性耐性を小ダウン

自身のATKが小アップ

 

 

総評

 せんしの中でも特に珍しく、敵への陽耐性ダウンや速度強化、クリティカル確定などのバフやデバフが豊富で、かつ攻撃力も高い性能だ。また、とっておきの「メタルジャケット・フルファイア」は、戦士ランプに次ぐ全体攻撃とっておきな上、攻撃スキルカードを6枚も設置する事でかなり手数の多い攻めも可能になります。専用ぶきの自動発動スキルや「アイリス・アベンジャー」を開放すれば、更にデバフの手札&攻撃力も増すだろう。

 ただし、「ギア・オリジナル」や「アイリス・アベンジャー」には、自身の物理&魔法防御をドンドン下げる上に自傷するという無視できないデメリットが存在する。デバフが最大までつくとジンジャーや運動会陽子の防御性能さえ下回るので、攻撃をされると非常に弱いです。ナイト職のクリエメイトで守ってあげよう。

 また、ローリエのとっておきを使うと全味方のバフデバフがリセットされる。厄介な永続デバフの対策になるが、こちらが積んだバフもリセットされるので使うタイミングは少し考えたほうがいい。

 

 

 


 

 

 

コリアンダー

☆5・ナイト・水属性

HP 3467 ATK 1558 MAT 660

DEF 3659 MDF 2963 SPD 110

 

クラススキル

スキル1 水鏡剣

敵1体に水属性の大ダメージ(物理)+自身に2回まで攻撃をカットするバリアを張る*2

 

スキル2 幻影剣

敵1体に水属性の中ダメージ(物理)+自身のDEFが小アップ、狙われやすさが大アップ

 

とっておき

水幻荒龍(すいげんこうりゅう)の陣

敵1体に水属性の特大ダメージ(物理)+こんらん、よわき、ふこうのいずれかを付与+自身の狙われやすさが大アップ

 

 

専用ぶき

☆5コリアンダー専用片手刀&盾

スキル(変化前) メモリア・レジスト

敵全体に水属性の中ダメージ(物理)+自身のMDFが大アップ

 

スキル(変化後) 明鏡止水

自身のDEF、MDF、狙われやすさが超特大アップ+自身を回復+味方単体にクイックドロウを付与

 

自動発動スキル

自身の狙われやすさが小アップ

自分自身を回復する時、HPの最大値を超えて回復する。

 

 

総評

 クラススキルでダメージカットバリアを張り、ヘイトを切らさず保ち続ける事に長けているが、自前のバフがDEF小アップしかなく、ナイトとしては可もなく不可もない地味な性能……かと思いきや、専用ぶきを最終進化させると自前の特大バフ&オーバーヒールを習得する。また、味方一人にクイックドロウを付与する効果も魅力。

 とはいえ最終進化させるまでは自前のバフが貧弱でオーバーヒール効果も自前回復ができない故に死にスキルとなってしまう。彼の本領を発揮させたいならば、専用ぶきを最終進化までさせる必要があり、時間がかかる。そこまでやらせるか否かは手持ちのメンバーと相談するべきだろうが、もし育てきった暁には、彼は炎属性の敵相手においてほぼ無敵の防御力を誇る事になるだろう。

 

 

 


 

 

 

アリサ

☆5・まほうつかい・風属性

HP 2355 ATK 789 MAT 2450

DEF 1124 MDF 2275 SPD 107

 

クラススキル

スキル1 ウインドカッター

敵全体に風属性の特大ダメージ(魔法)

 

スキル2 ソニックレイド

敵全体に風属性の中ダメージ(魔法)+自身のMDFとSPDを大アップ

 

とっておき

兄の意志継ぐオーバードライブ

自身のMATを大アップ+敵全体に風属性の特大ダメージ(魔法)+自身にこんらんを付与

 

 

専用ぶき

☆5アリサ専用クリスタル

スキル(変化前) メモリア・スペル

敵全体に風属性の中ダメージ(魔法)+自身のMATを中アップ

 

スキル(変化後) ネオ・カースワールド

敵全体に風属性の大ダメージ+敵全体に確定でこんらんを付与+自身の状態異常を一定ターン無効化する

 

自動発動スキル

通常攻撃が全体攻撃になる(ただし敵の数が多いほどダメージ減)

自身が敵を倒す度自身のMATが小アップ

 

 

総評

 自前のスキルで速度を上げて後隙をなくしつつ強力な魔法を撃ちこむ、あずにゃん*3と似たタイプのまほうつかい。間髪入れずに攻撃ができる反面、味方全体にかけるバフが一切ないのが欠点だ。その代わり、自前のMDFバフを持つ上に、とっておきで攻撃を放つ前に自身にかけるMATバフは、倍率が高いので継戦能力は高め。といってもとっておき後しばらくは自分にかかったこんらんのせいで思う通りの行動ができないかもしれないが…

 専用ぶきを最終進化させると、ぶきスキルが敵を確実に混乱させる上に自分への状態異常を無効化するというトンデモない効果に化ける。こんらん無効でない敵はほぼ確実に混乱にできる為、敵の足並みを乱すことができるだろう。とはいえ、強敵はこんらん完全耐性を持っている事が多いが……それでも自分自身のこんらんを無効化できるのは大きいので、安定性が増すだろう。

 

*1
このダメージで、自分の残りHPは1以下にならない。

*2
ダメージを70%カットする

*3
☆5風まほうつかい。とっておきや専用ぶきでSPDバフを持つ




Coming soon……

・タイキックさん
・ナット


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ゲーム・きららファンタジア風ボイス集:タイキックさん

そういえばって段階で忘れていたからまとめて投稿しておきます。


タイキックさん

 

プロフィール&登場作品&CV

己の愛称と特技以外の記憶を持ち合わせていない少女。

どの聖典にも載っていない謎の人物であり、しかし己を悲観していない。

更に「なんかいける気がする」という理由だけで行動できる、行動力の化身。

 

登場作品:きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者

CV:ご注文はあやねるです

 

 

【挿絵表示】

 

 

召喚時(☆5ナイト)

「こうして召喚されるのは初めてだな。

 では、改めて…タイキックだ。自分のことは

 なにも覚えていないが、今回はナイトとして

 皆を守っていくつもりだ。防御だけでなく

 足技を駆使した攻撃にも自信があるから、

 そこもよろしく頼む。」

 

タイトルコール

「きららファンタジア。さぁ、始めようか。」

 

ゲーム起動時挨拶

「今日もまた、いい日になりそうだな。そんな気がするよ」

「起きれるか?無理そうなら、タイキックで起こしてやろう」

「夜更かしは健康の敵だ……と言うのはお節介が過ぎるだろうか?」

 

ホーム画面会話

①「私はタイキックだ、よろしく。…む、他に言う事?ないぞ」

②「タイキックというのは、本来何かの罰ゲームらしい。クリエメイトは知っていたようだが…?」

③「君と一緒にいれば、記憶がなくても楽しく生きていける。…そんな気がする。」

④「私は絶対に諦めない。だから、君も簡単に投げ出してはだめだ。」

 

ルーム会話

「タイキックのアナウンスが流れれば、私はどこにでも向かうぞ」

「うつつも、この世界を気に入ってくれると嬉しいが…」

「何も知らないからこそ、全てを楽しく学べそうだ」

 

里訪問

「父…ローリエも、ここにいるだろうか」

「体を動かせば、明日も生きていけるさ」

「今日は、なんか行ける気がするな!」

 

クエスト出発

「さぁ、行くぞ。」

 

バトル開始or交代時

「まとめて蹴散らしてくれる!」

 

サクッと攻撃

「いくぞっ!」

「はッ!」

 

ガッツリ攻撃

「くらえっ!私の全力!」

 

攻撃スキル

「頭を冷やしてもらおう!」

「歯を食いしばれっ!」

 

補助スキル

「ふぅー。一旦休憩だ」

「火もまた涼し…!」

 

応援スキル

「大丈夫だ、私がいる!」

 

とっておき発動

「我がタイキックをその目に焼き付けてくれる!!」

 

ダメージ

「くっ!」

「うっ!」

 

状態異常

「これは…一体……!?」

 

戦闘不能

「すまない……みんな…!」

 

バトル勝利

「タイキック完了だ!」

「みんな、大丈夫だったか?」

 

バトル敗北

「私の修行が足りないばかりに……!」

 

タッチボイス

「む?どうしたのだ?」

「すまないが、後にしてくれるか?」

 

レベルアップ時

「強くなれた気がする…!」

「修行の成果が出ただろうか?」

 

限界突破時

「己の殻が破れた……気がする。」

 

進化時

「やれる限りの事をしよう。」

 

ミッション表示時

「ちょうど良かった。手伝ってくれないか?」

 

ミッション達成時

「ありがとう。今度は私になにか手伝わせてくれ。」

 

トレーニング出発

「修行に行ってくる。留守を頼んだぞ」

 

トレーニング終了

「ふぅ。今帰ったぞ、いない間大丈夫だったか?」

 

ルーム挨拶

「おはよう。一緒に朝のトレーニングをするか?」

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

クリエメイトコミュ

 

No.1:タイキックさんをパーティに編成し任意のクエストを50回クリアする

報酬:タイキックさんのポスター・進化前(ルームアイテム)

 

No.2:タイキックさんをパーティに編成し任意のクエストを200回クリアする

報酬:タイキックさんのポスター・進化後(ルームアイテム)

 

No.3:タイキックさんのとっておきのレベルを27にする

報酬:称号『貴様らはタイキックだ!!』

 

No.4:タイキックさんのとっておきのレベルを31にする

報酬:エトワリウム

 

No.5:タイキックさんを編成したパーティでリアリスト*1に150回勝利する

報酬:称号『私の意志でタイキックする!』

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

獲得できる称号

 

【謎の闘士】

称号取得条件:タイキックさん(☆5・ナイト・炎)を加入させる

 

【タイキックの伝道師】

称号取得条件:タイキックさん(☆5・ナイト・炎)のLv.を最大にする

 

【貴様らはタイキックだ!!】

称号取得条件:タイキックさんのクリエメイトコミュNo.3をクリアする

 

【私の意志でタイキックする!】

称号取得条件:タイキックさんのクリエメイトコミュNo.5をクリアする

*1
ヒナゲシ、リコリス、ロベリア、スズラン、スイセン、エニシダ、ダチュラ、サンストーン、ハイプリスのいずれか



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ゲーム・きららファンタジア風資料集:敵編その①

UA5000突破記念を兼ねて、こちらを投稿しておきます。
こちらは、『もしオリジナルの敵キャラがきららファンタジアに登場したら』をコンセプトにした設定資料集です。


※拙作のネタバレ要素を盛大に含んでおります! 先にプロローグから始まる本編を読んでおくことをお勧めします!!


































攻略本風に書いているので、ご了承ください。では、どうぞ。


〜タイキックさん〜

 

プロフィール&登場作品&CV

 

己の愛称と特技以外の記憶を持ち合わせていない少女。

どの聖典にも載っていない謎の人物であり、しかし己を悲観していない。

更に「なんかいける気がする」という理由だけで行動できる、行動力の化身。

旅では頼もしい味方だが、お互いの力を磨きあう修行の場においては、決して手を抜くことはなく、真剣に向き合ってくれる。

 

登場作品:きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者

CV:ご注文はあやねるです

 

 

エネミー情報:タイキックさん

属性:炎

HP:170000(メイン)

   250000(ハード)

チャージカウント:5

 

[行動]

 

さぁ、遠慮なく来い!……自身の状態異常抵抗&水属性耐性&SPDが中アップ

ナイト、タイキック……一体に炎属性(物理)のダメージ。ナイトに対して使用。

せんし、タイキック……一体に炎属性(物理)のダメージ。せんしに対して使用。

まほうつかい、タイキック……一体に炎属性(物理)のダメージ。まほうつかいに対して使用。

そうりょ、タイキック……一体に炎属性(物理)のダメージ。そうりょに対して使用。

アルケミスト、タイキック……一体に炎属性(物理)のダメージ。アルケミストに対して使用。

全員、タイキック……全体に炎属性(物理)のダメージ&スタンゲージを75%まで上昇。

なかなかやるな、だがここからだ!……自身の状態異常耐性&ATK&DEFが大アップ、MDFが小ダウン。残りHPが60%以下になると使用。

アイス・タイキック・チャレンジ……自身の属性を水属性に変更&土属性耐性を中アップ&一体に水属性(物理)のダメージ。

ムエタイキック・カオパット……自身の属性を風属性に変更&炎属性耐性を中アップ&一体に風属性(物理)のダメージ。

ムエタイキック・ソムタ……自身の属性を土属性に変更&風属性耐性を中アップ&一体に土属性(物理)の連続ダメージ。

ムエタイキック・ゲーン・デーン……自身の属性を炎属性に変更&全属性耐性を中アップ&全体に炎属性(物理)のダメージ。

ムエタイキック・トム・ヤム・クー……一体に自属性(物理)のダメージ&確定スタンさせる

ムエタイキック・ガパオ……一体に自属性(物理)のダメージ&ATKとMATを大ダウンさせる

ムエタイキック・バミー……一体に自属性(物理)のダメージ&DEFとMDFを大ダウンさせる

ムエタイキック・サティー……一体に自属性(物理)のダメージ&とっておきゲージを減少させる(1個半)

【必殺技】ムエタイキック・カオマンガ……全体に自属性(物理)の大ダメージ&DEFが中ダウン

 

 

[解説]

 タイキックさんは、物理攻撃を主体に攻めてくるほか、狙われやすさ上昇に左右されない攻撃スキルを持つ。特にまほうつかい・そうりょ・アルケミストは苦手な物理攻撃をダイレクトに受ける可能性があるので要注意。

 HPが6割を切るとスキルのルーティーンが変わり、属性変化・確定スタン・積み重なるデバフ・とっておきゲージ減少を使ってくるので、厄介度が増す。属性変化は水属性と風属性、土属性に変化するので、タイキックさんの初期属性に対応する形で水属性で固めている場合は土属性の「ムエタイキック・ソムタ」からの攻撃に注意。他属性の仲間と入れ替わるか防御を固めて別属性の変化をお祈りするしかない。また、確定スタンによる回復やヘイト調整の事故にも気を配らなければならない。

 いくら味方同士の模擬戦だからといって、舐めてかかれば間違いなく痛い目を見るだろう。タイキックさんは、修行でも全力投球なのだ。

 

 




このタイキックさん戦は「修行または模擬戦」みたいな雰囲気で受け取ってもらえたら嬉しいです。


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本編・プロローグ:導かれし者(!?)たち
第1話:はじめてのタイキック


お待たせしました。「きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者」略して「きらファン八賢者」の続編―――第2部になります。
第二部の更新状況の都合上、本作の更新も大分遅れると思います。それでも宜しければ、ぜひ見ていってください。

今回のタイトルの元ネタは「スロウスタート」より『はじめてのどきどき』。イキナリ酷い改変ですが、宜しくお願いします。今作でも、きららファンタジアやきらら作品や仮面ライダーシリーズあたりからタイトルをとっていきます。


“皆が考える『優しい世界』ってなんだと思う?………あぁ、ただの興味本位だ。気楽に答えてくれて構わないよ”
 ……木月桂一の独白

2021/09/03:あとがきにて、タイキックさんの挿絵を追加しました。


 ―――とある少女が、リニューアルされた神殿を見上げていた。

 

 彼女はムエタイ用の上着とトランクスを身に纏い、両の二の腕と額に青と白のハチマキのようなものをつけている。

 

 彼女は、記憶を持っていない。自身が何者なのか、どうしてこの世界に生まれたのか……全く分からない。気がつけば、港町のコテージで、アナウンスに導かれるまま…とある少女の臀部にキックをかましていた。

 

 周囲の奇異の目を一切気にせず、彼女は堂々と、あまりにも堂々と神殿に入ろうとして……衛兵に止められた。

 

 

「ま、待ってくれ。あなた…神殿への来訪の目的は?」

 

「……分からない」

 

「は?」

 

「記憶がないんだ。己の本名すら分からない。だが……何となく、ここへ来れば分かるような……そんな気がしたんだ」

 

「え、ええぇ……」

 

 

 衛兵は、このわけのわからない来訪者とこれ以上関わりたくなくなった。だがどういうわけか、目の前の珍妙な格好をした女性が、悪意を隠しているわけでも嘘をついているわけでもないことを何となく感じ取ることもできた。

 

 

「…あぁ、そうだ! あだ名くらいあるだろう? あなたは、どう呼ばれていたんだ?」

 

「私か? そうだな―――」

 

 思いついたばっかりの質問を衛兵からぶつけられた彼女は、一度空を仰いで、数拍。そして。

 

 

「―――タイキック。私は、皆にタイキックと呼ばれていた」

 

 

 彼女を知る者たちからの“愛称”を、名乗った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエ・ベルベットは、八賢者である!

 ()()()()『きららファンタジア』()()()()()()()、8人目の賢者にして唯一の男性賢者である。

 知る人は俺を「黒一点の」八賢者なんて呼ぶ。まぁ組織の中の唯一の女性のことを「紅一点」なんて呼ぶことがあるので、それの男版だとは思うが、アプリで見た賢者達と同じように通り名的なナニカがつくのは嬉しいような、恐縮しちゃうような。

 

 俺はこれまで、八賢者として女神の呪殺未遂――そしてそれが原因で起こった女神封印事件の関係者として、情報を集めて回ったり、容疑者と戦ったり、真犯人の一味と戦ったりして、女神ソラ復活に貢献することができた。

 

 その件は一部を除いて、『ドリアーテ事件』として語り継がれることになったんだが。

 俺はこの後も、穏やかな気持ちで毎日を過ごしていたが、心の隅にあった不穏さや不安を完全に捨てきる事が出来なかった。その理由は、ドリアーテ戦での怪我の療養中、夢の中で会った男・木月のひとことだ。

 

 

『エトワリアは大人気を誇ったあの「きららファンタジア」の世界だ。私の死後、私ですら知らない新たなストーリーが更新されててもおかしくはない』

 

 

 ―――こんなこと言われちゃったら気になるに決まってるだろォ!!

 

 というのも、このローリエには前世の記憶がある。木月桂一という一人の男の人生の記憶がそのままある訳だが、その中に『きららファンタジア』というスマホアプリの記憶があった。今まではその記憶を使ってソラちゃんやアルシーヴちゃんの助けになっていたのだが。

 俺の知っている『きららファンタジア』のストーリーは、「女神の呪いは解け、平和が訪れましたとさ」というハッピーエンドの所までだ。つまり、仮にその先のストーリーが本当に存在していたとしても、俺はその内容を知ることは出来ない。何故ならストーリーの更新が来る前に、前世の俺は死んだから。

 

 まぁ、どんな危機が迫ろうとも、俺は二度目の人生で得たかけがえの無い仲間達を守る為に全力を尽くすだけだ。

 

 

「せ、先生!」

 

「…お? ランプ、急にどうしたんだ?」

 

 俺の研究室に飛び込んできた赤髪を二つにまとめた、セーラー服風の衣装を着た小柄な少女はランプ。俺の生徒の一人だ。常に女神の書く聖典*1を持ち歩く、聖典マニアの生徒だ。お陰で聖典学とそれ以外の学問の成績に差ができてる問題児でもあるが……

 

 

「門前に、変な人がいて、皆さんが対応しているんです! 先生も来てください!!」

 

「変な人? 変質者か!!?」

 

「いえ、その……文字通り変な人と言いますか…」

 

「? どういう事だ?」

 

 

 突然の変質者襲来に立ち上がる。も、ランプの言っていることが要領を得ない。そこで俺は、突然現れた『変な人』とやらの正体を探るべく、変質者が現れたという正門前へ向かう。すると、そこには………

 

 

「…あのですね、今の状態では戸籍を発行できないんですよ。まず名前が分からないって何ですか」

「私はタイキックだと言っているだろう」

「それ、何らかの通称ですよね。本名は?」

「…確かに私は本名を知らない。だが私はタイキックだという確信がある。それで良くないか?」

「…駄目に決まっているでしょう…」

 

 

 見覚えのある人がいた。というかタイキックさんだった。

 流石に前世で見た年末番組に出てきたタイキックさんとは、性別も年齢も髪色も違うが、両腕とおでこに巻いたハチマキ、ムエタイ用の上着とトランクスを着用していて、完全にタイキックさんだった。

 見た目年齢17、8くらいの、真っ赤な髪色と桃色の瞳をしたタイキックさんは、至極真面目に、堂々と「自分はタイキックだ」と述べ、セサミを困らせている。

 

 

「仮に本名がタイキックさんだったとして、です。貴方、経歴は?」

「むぅ……ほぼ覚えていない。特に港町のコテージにいた時より前からはさっぱりだ」

「ちなみに、それはいつ頃の事でしょうか?」

「2ヶ月前だ」

「………」

 

「さっきからずっと、あんな感じで、皆不思議そうにしてるし、セサミや他の事務員さんは困ってるしで……先生?どうしたんですか?」

 

「………何でもない」

 

 

 何でもない訳がない。心当たりあり過ぎる現象が、姿をもって現れるとは普通思わねぇよ。

 港町のコテージといえば、ソラちゃんがまだ呪われてた時期、セサミときららちゃんが戦った場所だ。その際、セサミに渡した本の一部に『KIRARA(きらら) THAI(タイ) KICK(キック)』って書いたけれども、アレを誰かに悪用されたのか?詳しくは知らんが。

 

 ともあれ、ゴリ押しでセサミを困らせてるタイキックさんをどうしようかと思っていると、どうやらタイキックさんは俺を見つけたらしく、セサミの制止を振り切って俺に向かって歩いてくる。そして、俺の前で止まったかと思うと。

 

 

「………………」

「お、おーい? どうした?」

 

 そのまま、マジマジと俺を頭から爪先まで見つめて。

 

「……………貴方が、私の父上だろうか?」

「は??」

 

 

 理解不能な質問をぶつけたと思えば―――

 

「な、な、な―――!!

 う…『ウォーターバインド』!!!」

 

「えっ!?!? ちょ、セサミさん!!?」

 

「ローリエが子供を拵えた……!?

 き、緊急会議!!八賢者とアルシーヴ様達を交えて緊急会議を〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」

 

「セサミさーーーーーーん!!!?」

 

 

 セサミが真っ赤になりながら俺を魔法の水で縛り上げ、そのまま神殿内へ逃げ帰ってしまった。しかも『緊急会議』とか言いながら。

 

 

「先生……まさか、本当に?」

 

「心当たりがない。君は?」

 

「私か? いや……なんだか、“そんな気がした”から問うたのだが…ひょっとして、迷惑だっただろうか?」

 

「迷惑……………じゃないけどさ。人違いって線はないのか?」

 

「あぁ…成る程……そういう線も………?」

 

「…え、ホントにどういうことですか?」

 

 

 その後、俺とタイキックさん(とついでにランプ)は、衛兵やクロモンやコリアンダーによって、会議場である大広間まで連れて行かれたとであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 セサミによって水のロープで縛られた俺がその後見たのは、会議とは名ばかりの、裁判というか混沌とした光景だった。

 

 

「会議の必要などないでしょう! 未婚であるにも関わらず母親不明の子供を拵えるなど言語道断! 私達のみで対処可能!子供もろとも追放する!!」

 

「ならば私が派手にぶっ飛ばしてやろう。誰よりも派手にお星さまにしてやるぜ。もう派手派手だ」

 

「あーあ。なんてかわいそうな男なんだろうね。もう生まれてきたこと自体が可哀想」

 

 

 フェンネルは俺をすぐさま追い出そうとし、ジンジャーは指を鳴らしてやる気マンマンで、カルダモンはナチュラルに俺の生まれすらディスるという毒舌を発揮した。

 何なんだお前ら、そんなキャラじゃなかっただろ。違う何かに憑依されてないか?具体的には大正時代の剣士あたりに。

 

 ……おっと、話を進める前に『八賢者』について説明しないといけないな。

 賢者というのは、エトワリアにおいて筆頭神官の補佐を務める幹部の事だ。8人いるから『八賢者』と呼ばれ、その中に男は俺一人だから俺は『黒一点の』八賢者なんて呼ばれているが……さておき。

 他のメンバーは、『甘い』八賢者・シュガー、その姉の『計算高き』八賢者・ソルト。

 筆頭神官の秘書の『思慮深い』八賢者・セサミ。

 各地を巡り争いを止める調停官の『迅速果断な』八賢者・カルダモン。

 『剛胆で豪快な』八賢者のジンジャーは、神殿のお膝元の言ノ葉の都市の市長でもある。

 そして『真面目で誠実な』八賢者のフェンネルと『寡黙で古風な』八賢者のハッカ。これで8人だ。

 

 ……まぁ、さっそく「セサミが全然思慮深くねーじゃねえか」ってツッコミもあるだろうが…そこは許してやってくれ。「父上」なんて呼ばれたら関係を疑って当然だ。相手が俺なら尚更。だって………

 

 

「私とて、信じたくありません。しかし……あのローリエならあり得ない話ではありません。女性に絡むことに定評のあるローリエなら、私達と出会う前に事をしでかしていたと考えれば……!」

 

「ええぇぇぇーーーっ!!? ホントにおにーちゃんに子供がいたのッ!?」

 

「衝撃の事実」

 

「いつなのです!? いつの頃作った子ですか!!」

 

「イヤ、いつってフェンネルお前な……」

 

「覚えがないと!!? それほどヤッたのですか!!? 見下げはてた男だとは常日頃から思っていましたが、ここまでとは!!!」

 

「違うってーの」

 

 

 セサミの深読みを思い切り信じてしまうシュガーとハッカちゃん。そして勘違いをヒートアップするフェンネル。

 だが、勘違いをするのもそこまでだ。早速切り札を使わせてもらう。

 

 

「―――お前ら、落ち着け。

 あのな、俺はまだ20だぞ? サバ読みでも枕詞に『永遠の』がつくでも何でもない、正真正銘のハタチだ。それが……見た目10台後半の娘を作れると思うか?」

 

「「「「「「「!!!!!」」」」」」」

 

 

 そんな事、人間にできるわけがない。できたら、それはもう別の生命体だ。

 暗にそう伝えたこの切り札の効果は言うまでもない。皆が一斉に黙ってしまった事がそれを雄弁に物語っている。

 

 そして、皆が黙り込んだこのタイミングで、二人分の足音がした。大広間に、二人の人物が入ってくる。

 

 

「ローリエの言う通りだ。彼の年齢は私が保証する。外見から考えても、ローリエの実子と考えるのはいささか早計だな」

 

 そう言ったのは、筆頭神官のアルシーヴちゃん。桃色の髪をまとめ、神官の制服を着こなし、赤い瞳でこちら全体を見渡す。

 

「そうね。ローリエは女の子を口説くことはあっても、一線を越えるなんてことはないわ。それに、そっちの子にも話を聞かなきゃいけないと思わない?」

 

 そう言うのは、もう一人の参加者・女神ソラ。代々受け継がれてきた神殿のトップ「女神」に現在就任している人で、聖典を書いている人でもある。

 この二人……アルシーヴちゃんとソラちゃんは、実は俺の幼馴染な為、プライベート的な仲は他の賢者よりも良い自信がある。ソラちゃんは俺と聖典の話をする仲でもあり、アルシーヴちゃんは公私を分けるタイプの人間ではあるが、二人との間には強固な絆がある。

 

 とりあえず……二人のお陰で助かった。俺と俺を急に「父上」と呼んだこのタイキックさんとの誤解を解くことができるかもしれない。

 

 

「ソラ様の言う通りです。まずはこの人からお話を聞きましょう! あの、すみません!お名前とか、自己紹介とかしてくださっても良いですか?」

 

「ん、私か。……タイキックだ、よろしく」

 

 ランプがソラちゃんのいう事を実践するべくタイキックさんに自己紹介をお願いしたところ、タイキックさんは実にシンプルな………シンプル過ぎて他に言う事ないの?ってくらいな自己紹介をしてくれた。

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 静寂が大広間を支配する。

 全員が思っていることは同じだ。顔に書いてある。……だが、全員黙り込んだせいで話を切り出しにくい。仕方ない、俺が沈黙を破ってみるか。

 

 

「…………他に言う事ないのか?」

 

「む? ないぞ」

 

「どんな仕事してるんだ?」

 

「わからん。強いて言うなら、アナウンスで流れた人物の臀部を蹴ることか」

 

「それは仕事じゃないだろ……」

 

「年齢や誕生日は?」

 

「わからない」

 

「今まで、どこで何をしていたの?」

 

「港町のコテージでキックをしていた」

 

「……ちなみに、それいつ位の話?」

 

「2か月前だ」

 

「それ以前は?」

 

「覚えていない」

 

「「「「「「「………………」」」」」」」

 

 

 俺に引き続き何人かが質問をするが、思っていたよりもタイキックさんは自分の事を知らないご様子だった。記憶喪失とほぼ変わらない現状が明らかになり、途方に暮れてしまう。

 

 

「じゃあ、なんでここに来たの?」

 

「シュガー?」

 

「タイキックのおねーちゃん、自分のこと何も分からないんでしょ?

 だったら、なんで神殿に来たのかなって思ったんだ。どうして?たまたま?」

 

 

 すると、シュガーの質問がタイキックさんに投げかけられる。

 それは、情報を聞き出せず手詰まりになりかけていた現状を確かに変えた。

 タイキックさんは、目を見開き、顎に手を当て考える素振りをしてから答えた。

 

 

「……確かに、私は自分が何者か分からない。

 だから、手がかりを探していたんだ。そして…ここに来れば、何か分かるかもしれない………いや、何か分かるような気がする。そう思ったからこそ、ここに来た。」

 

「何か分かるような気がする、か……

 俺を『父上』なんて呼んだのも、『そんな気がしたから』か?」

 

「そうだ。まさしく、『そんな気がしたから』だ。

 しかし、周りの話を聞く限りだと、どうやら私の勘違いだったらしい。非常に申し訳ない事をした」

 

「いやいや、頭を上げてくれ。そっちこそ、記憶がなくて大変だっただろうに」

 

 

 なんだかんだあったが、「タイキックさん=俺と孕ませた誰かの娘」という誤解は綺麗さっぱり消えたようで良かった。

 しかし、そうなるとこのタイキックさんはなんで記憶喪失になったんだ? 親とか、そこら辺も全く謎だし、『タイキック』って単語をどこで知ったのかも気になるな。

 いずれにせよ、タイキックさんの謎はまだ解けた訳じゃあなさそうだな。

 

 

「あれ、ランプー? どこに―――」

 

 

 話がまとまりかけたところで、きららちゃんが部屋に入ってきて……そして、タイキックさんに目が移ったところで固まる。

 な、なんだ? きららちゃん、タイキックさんに見覚えでもあるのか?

 

 

「わ……」

 

「わ?」

 

「私を蹴った人だーーーーーーーーーーーー!?!?!?」

 

「「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!?!?」」」」」」」

 

 

 ……この後、きららちゃんとタイキックさんを中心にもうひと波乱があったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 某日・某所にて。

 闇に蠢く複数の人物がいた。

 

 

「ハイプリス様。準備が整いました。いつでも開始できます」

 

 

 左右で髪色が黒と銀に分かれている、褐色の少女が玉座に座る少女に跪いて声をかけた。

 ハイプリス様と呼ばれた少女は、黒髪の両サイドに白のメッシュが入っていて、角の生えた魔物の頭蓋骨のような冠を被っている。

 

 

「ありがとう、サンストーン。皆は、各位置についたのかい?」

 

「はい。芸術の都にはリコリス、遺跡の街にはヒナゲシが……そして、他のメンバーも定位置についております。あとは、ハイプリス様の号令一つで……」

 

「よくやった。それでは、『オーダー』の準備を始めよう。サンストーン、こっちに」

 

「はっ」

 

 

 褐色の少女・サンストーンは、ハイプリスに従って奥へと歩き出す。

 彼女は『オーダー』の準備と言った。それはこの世界において禁忌の術である筈。この地で再び何が起ころうと言うのか?

 

 

「しかし、ハイプリス様。随分遅いスタートでしたが、良かったのですか?」

 

 サンストーンが言う。

 彼女自身、疑問に思っていたことだし、彼女の仲間にも、せっかちな人間がいた。そういった人間は、計画開始の遅さをぼやいていたこと、それを宥めるのにも苦労したと思いながら。

 

 

「君が疑問に思うのももっともだ。実は……女神ソラを呪殺するために誰か忍ばせようとしたんだけど……」

 

「女神ソラの呪殺? 聞いておりませんが……」

 

「アルシーヴが『オーダー』を乱発して世界を巻き込んで自滅してくれる計画だったんだけどね。

 直前に、先客が来てしまってね………計画がおじゃんになってしまった」

 

「先客、ですか?」

 

「私達以外にも女神ソラの命を狙う者がいたのさ。今となっては、調べようがないが………おそらく、先日神殿を騒がせたドリアーテとやらが犯人だろう」

 

 ハイプリスの予想は当たっている。しかし、当事者ではない分その情報はやや不正確だ。

 正しくは「ドリアーテがソウマを利用してソラを呪った」のだが……彼女にとって、その程度の些細な違いなど、どうでもいい。

 

「まぁ、私達のこれからの計画に支障はない。『オーダー』で呼び出して、君の剣で『パス』を断ち切り、『絶望のルーン』を集めて、聖典を汚染する。」

 

「はい。遺跡の街はヒナゲシが担当しています」

 

「分かった。さぁ……欺瞞に満ちた聖典を、破壊しようか」

 

 

 ハイプリスは不敵で神秘的な笑みを浮かべて、歩き出した。

 誰も知らぬところで、新たな悪意が牙を剥こうとしていたのであった………

 

 

 

*1
女神は、異世界を観察できる能力を持ち、それを利用して聖典という異世界の出来事を書いている。要はきらら漫画の世界を描いた本である。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 1部に引き続く主人公。相も変わらぬ女癖の悪さであるが、今回はそのせいでタイキックの父親で、誰かと寝たと勘違いされてしまう。

アルシーヴ&ソラ
 ローリエの無実を証明した幼馴染。流石にローリエの元に妊婦が来たら擁護しきれなかったが、来たのが10代後半だった為さすがにおかしいと気付き、八賢者たちの誤解を正した。

シュガー&セサミ&カルダモン&ソルト&ジンジャー&フェンネル&ハッカ
 セサミが「ローリエが子供をこさえた」と勘違いを起こし、そこから広まった噂を信じた賢者たち。このまま既成事実を作った(誤解)ローリエを処そうとしたが、上司達のお陰で事なきを得る。

ランプ&きらら
 主人公コンビ。ランプはタイキックの奇行をローリエに報告し、滅茶苦茶な緊急会議()にも参加した。きららはきららで、かつて己の尻を蹴った人物との再開に戦慄している。

タイキックさん
 神殿に訪れた、記憶喪失の少女。己の特技と愛称以外の記憶を持っておらず、当然だがどの聖典にも載っていない。記憶が無いことを特に悲観しておらず、「いけそうな気がする」「そんな気がする」という理由だけで行動に移せる、行動力の化身な性格。うつつと身の上が非常によく似ているため、うつつと絡ませる予定。

【挿絵表示】


ハイプリス&サンストーン
 今回の敵。第4章では「聖典を汚染することで破壊し、世界を破壊する」事によって「世界の絆を断ち切る」事が目的である事が判明した。また、この時点でハイプリスの部下が七賢者以上にいることが判明した。彼女達の目的次第でラスボス及びオリジナル展開が大幅に変わる。



△▼△▼△▼
ローリエ「タイキックさんとの騒動が一息ついて、だ。俺は兼ねてからきららちゃんを調べたかったんだよね〜」
ランプ「き、きららさん…私の後ろに」
ローリエ「何勘違いしてんだ馬鹿野郎。俺は『コール』を研究したいの!」
きらら「あ、なるほど…でも、どうして?」
ローリエ「きららちゃんの力でな…やりたい事があるんだよ」

次回『召喚士がコールを使えるのは“なぜ”か』
ローリエ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第2話:召喚士がコールを使えるのは“なぜ”か

今回のタイトルは『仮面ライダードライブ』風に。



“私の見立てでは、『コール』は最強の術だよ。不運にして致命的だったことは……術者がきららしかいなかったことだね。”
 ……木月桂一の独白



 タイキックさんは、きららちゃんをタイキックしたことがある。

 俺は、確か前にその情報を聞いたことがあった。確か、ドリアーテ事件が終わり、俺の療養期間が終わった後のティータイムで話していた筈だ。

 確か、セサミと戦った後、どこからともなく現れたタイキックさんがきららちゃんを蹴ったって言ってたな。翌日は宿で休まざるを得なかったとも言ってたし、おそらく相当加減しないで蹴ったな。

 

「そうか、あの時の……悪いことをしたな、きらら。」

 

「あの、あまり掘り返すつもりはないんですけど…どうして私を蹴ったんですか?」

 

「そうだな…あの時はうすらぼんやりとしていたから、ハッキリとは言えないが……強いて言うなら『声に導かれたから』だな」

 

「こ、声に?」

 

「あぁ。きららはあの時、タイキック宣言されなかったか?」

 

「されましたけど……」

 

 いやタイキック宣言って何だよ。「デデーン!」から始まるあのアナウンスか?ひょっとして。…………だとしたらヤベェぞコイツ。

 そう考えていた所に、ソラちゃんがやってきた。どうも困惑した様子だった。

 

 

「駄目だわ……どの聖典にも載っていなかったわ」

 

「そうか…私は、どの聖典にもない、か」

 

「タイキックさん………」

 

 

 いや、そうだろうな。女の子がタイキックされる聖典……もといきらら漫画なんて見たくないし、あっても芳○社が即却下するからな? まぁ、『おちこぼれフルーツタルト』ならワンチャンスあるかもしれないけど。

 

 

「まぁ載ってないなら載ってないで仕方ない。別の手がかりを探すまでだ。感謝するぞ、皆」

 

「すごい前向きですね………あの…どうしてタイキックさんはローリエさんを父って呼んだんですか?」

 

「あぁ、まだきららには言ってなかったか。『そんな気がしたから』だ」

 

「…え、それだけですか?」

 

「そうだが?」

 

「…」

 

 

 俺への呼称が気になるけど、タイキックさんは割と前向きで切り替えの早い性格だって事が見えてきた。「自分の正体がわかる気がするから」って曖昧な理由だけで神殿へ来る事といい、大分行動力ありそうだな、この人。

 

 

「ちなみにですけど、ローリエさんが父なら、母は誰だって言うんですか?」

 

「あぁ、母上か……これもまた『そんな気がする』という話だが、あの目つきがキリッとした、桃色の髪の女性がそうではないかと思っている」

 

「「「!?!?!?」」」

 

 

 桃色の髪の女性って……えっアルシーヴちゃんんん!?!?

 いやいやいやいや、そんな馬鹿な。俺はアルシーヴちゃんを抱いた覚えはないぞ!? あんなスーパーミラクル美女を抱いたなら、ちゃんと記憶に残すはずだ! 少なくとも、そんな素敵すぎる蜜月の夜の記憶を忘れるという大ポカはしない!

 

 

「えっ、えっ、まさかタイキックさんって……アルシーヴさんとローリエさんの……か、隠し子ですか!?!?!?!?」

 

「う、うそーーーっ!? わたし、知らないわよ!ローリエとアルシーヴが子供作ったなんて!!」

 

「ままままッッッ、ま、待つんだきららちゃんソラちゃん……俺はまだアルシーヴちゃんと色々ヤッた記憶はない……キスさえしてないんだぞ?」

 

「たたたた確かにキスしてないなら子供はできませんよね……?」

 

「三人とも落ち着け。何言っているんだまったく……」

 

 

 あ、アルシーヴちゃんが来ちゃった。

 ヤベェぞ、俺だって落ち着けてないのにこの状況で君が来ちゃったら………

 

 

「貴方がタイキックだな。私がアルシーヴだ。この神殿の筆頭神官をしている」

 

「そうか……アルシーヴさん、か………

 ……急な質問で不躾だが、問いたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「―――貴方が、私の母上か?」

 

「…………?????」

 

 

 あーあー。こうなっちゃったよオイ。

 アルシーヴちゃんったら「ちょっと何言ってるか分からない」って顔しちゃってるじゃないの。

 俺も初対面でタイキックさんに「貴方が私の父上か?」って言われた時もこんな顔してたのかなぁ。

 

 その後、混乱から戻ってきたアルシーヴちゃんと俺によって誤解は正されたが、タイキックさんったら「たまに父上母上と呼んでも良いだろうか」とか言ってきおった。俺もアルシーヴちゃんも身に覚えのない人から親呼ばわりされるのに納得いかなかったが、タイキックさんが意外と頑固だったので諦めざるを得なかった。

 

 

「あ、そうだきららちゃん。ちょっと手伝ってほしい事がある」

 

 そうして、ソラちゃんとアルシーヴちゃんが立ち去った後、俺はきららちゃんに声をかける用事を思い出した。

 

「あ、はい。私が手伝えることなら…」

 

 これは、きららちゃんがいないと出来ない事だ。

 題して………

 

「君の『コール』について調べたいことがある」

 

 第一回・チキチキ『コール』大実験祭りだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ……まぁ実験名はジョークとしても、だ。きららちゃんに協力して欲しいのは事実なわけで。

 俺ときららちゃんは召喚の館に来ていた。クレアちゃんがいて、プレイヤーならガチャでお世話になってる場所だ。爆死した後「次回も頑張りますっ!」って言葉に「次回“は”頑張りますだろォ!!?」ってキレかけたプレイヤーも少なくない筈だ。

 

 

「…それで、何をすればいいんですか?」

 

「きららちゃんの『コール』を実際に見せて欲しいんだ。あらかじめ、呼んで欲しい人のリストも作っておいた。質問はドンドンして欲しい」

 

「リスト?」

 

「これだ」

 

 

 きららちゃんとクレアちゃんに紙束を渡す。

 そこに書いてあるのは……様々な物語の登場人物だ。きらら漫画の人物から、別会社の漫画の人物、果ては映像作品まで。色んなヤツを取りそろえた。

 

 

「えーと…青山ブルーマウンテン、あ、この人は知ってます!」

 

香風(かふう)サキ……ジェニファー・N・フォンテーンスタンド……各務原(かがみはら)(さくら)……なんか、聞いたことのあるような、ないような……」

 

「それぞれ、チノのお母さん・ハナのお母さん・なでしこのお姉さんだ。きららちゃんならいけるかなって思うメンツだ」

 

「ちなみに、こっちはなんですか? えーと……バラン…空条(くうじょう)承太郎(じょうたろう)…モンキー・D・ルフィ…ジョルノ・ジョバァーナ?」

 

「聞いたことのない名前ばっかりですね…」

 

「そっちは後で説明するよ」

 

 

 早速実験は始まった。

 きららちゃんが『コール』を使い、クレアちゃんが鍵を空間にさせば、ガチャで見たことある紋章が浮かび上がって回転しだす。

 すると、あっという間に召喚が完了した。目も眩むほどの光を放った後にそこにいたのは、アウトドアなキャンプ装備とファンタジックな装備に身を包んだ、なでしこのお姉さん・桜さんだった。

 

 

「成功です!」

 

「おぉ!!」

 

「あれ……えーと、ここどこ?」

 

「あー…クレアちゃん、なでしこ呼んできて」

 

「はい!」

 

 

 新たなクリエメイトをお招きしつつ、実験は繰り返される。

 なでしこのお姉さんみたいに成功する人もいれば……

 

「……うーん、繋がらないみたいですね」

 

「おかしいな。本人の情報が足らないのか?」

 

「そんなこと無いと思います。パスが繋がってて、顔と名前が分かれば問題ないと思うんですけど…」

 

「……やっぱ、故人なのがネックなのか?」

 

「えっ!? チノさんのお母さんって……」

 

「あんまラビットハウスで言うなよ」

 

 チノちゃんのお母さんみたいに上手く行かないこともあった。

 しかし、きららちゃんってめぐねぇの召喚(コール)には成功してたよな? アリサから聞いたぞ。あの人も故人のはず、違いはなんだ?

 

「ローリエさん、このトールってどんな人なんですか?」

 

「異世界から来た、ドラゴンの娘だ。大怪我してたところを小林さんに救われて、メイドとして暮らすことになったんだ。これがトールの絵ね」

 

「なるほど〜」

 

「えーと、この門矢士(もんやし)?っていうのは……誰ですか?」

 

門矢(かどや)(つかさ)な。ありとあらゆる世界を旅し、仮面ライダーディケイドに変身する、通称『世界の破壊者』だ」

 

「はかっ……!? な、なんて人を呼ぼうとしてるんですか!!」

 

「君達が考えるより10倍はイイ人だよ。顔はこんな感じね」

 

 集英社を始めとした、別会社の作品のキャラは概要を説明して、俺が記憶を忠実に再現して精巧な似顔絵まで用意したけれど……やはりというべきか、そのほぼ全てがまったく手応えを感じないという実験結果になった。

 なんなんだ、やっぱり芳○社が却下したのか?それとも集○社か?はたまた、双○社?石○森プロ?………ヤベェ、他所様に喧嘩売りすぎたかもしれない。

 ―――なんて冗談は兎も角、きららちゃんのコールの結果をまとめないといけないな。

 

 まず出版社別に成功したのは、ほぼ芳○社の人だけである。他の出版社や撮影所の人物は成功しなかった。

 かといって、きららキャラ全員呼び出せたかと言うと、そうではない。具体的に言うと―――

 各務原桜、ジェニファー、さわ子先生、青山先生、小倉しおん、鈴矢萌は成功。

 香風サキ、藤原夢路、山Gさん、ジョン・ドウ、猪熊空太などの、故人や男性は成功しなかった。ただし、例外としてディーノさんと秋月君、タカヒロさんは召喚成功していたけど。

 

 

「ふむ……女性より男性の方が『コール』しにくいみたいだね。でも、一度召喚できた人を再び呼び出すことも可能………と」

 

「なにか分かったことがありましたか?」

 

「あぁ……まずは、コレを見てくれ―――せやッ!!」

 

「「!!?」」

 

 

 きららちゃん以外には使えない筈の魔法を俺が行使したことに驚く二人。

 それと同時に魔法陣が現れ、ゆっくり、ゆっくりと回転しだして…………そのまま、消滅した。

 光が失われた後には何も出てきたりしていなかった。魔法行使前と同様、普段と変わらない召喚の館の内装があるだけだ。つまり、失敗だ。

 

 

「ろ、ろ、ローリエさん!!?」

 

「今のって、もしかして……」

 

「もしかしなくても『コール』だよ。失敗したけどな」

 

 

 俺だって、他会社作品のクロスコール(ほぼ成功しなかったが)をただただ眺めていたワケじゃあないんだぜ。

 この実験では、きららちゃんの『コール』を間近で観察することには、また別の目的もあったのさ。それが……この『コール』の模倣。

 きららちゃんが感覚で使っているこの魔法を、俺は観察しまくって理論立てて構築してみたのである。当然ながら、真似ただけなのでうまくいかないが。

 

 

「『コール』は召喚士であるきららさんしか使えない筈じゃあ……」

 

「だからこそだ。つまり、きららちゃんを封じられたらこっちはもう『コール』を頼れない。伝説の魔法だろうが召喚士だろうが、弱点はある。敵はそこを突くはずだ。俺だったらそうする」

 

「敵って……ローリエさん、もう脅威はないでしょう?」

 

「大丈夫ですよ~! あの『ドリアーテ事件』も終わったんですし、もう怖い人なんていませんよ~!」

 

 

 「何言ってんですか~ローリエさんは心配性ですねー♪」とでも言わんばかりに笑みを浮かべるきららちゃんとクレアちゃん。良い笑顔だ。かわいい。でも……明日も笑える日が来る保証なんてない。俺の考えすぎかもしれないが、木月桂一の予言は、ただの与太話で終わらせることはできなかった。

 ―――おっと、話が逸れたな。

 

 

「悪い悪い、話を戻すぞ。

 俺の目的は、『コール』と同系統でかつ、誰でも使える魔法の開発なんだ」

 

「そ、それって……!!」

 

「だから、『コール』を調べまくる為に協力を頼んだんだ。召喚士なんてココでは伝説と呼ばれるくらいには希少だ。だから、できる内に調べたかったんだ」

 

「そういうことなら、いつでも声をかけて下さい。力になれるか分かりませんが、頑張ります!!」

 

「ありがとう。アルシーヴちゃんとソラちゃんにも言っておいてくれ。俺からも言っとくから」

 

「はい!」

 

 

 ……とはいえ、『コール』は、原理からして再現だけでもかなり難しかった。

 例えるならば、きららちゃんだけが異世界へのアクセス権限を持っているようなものだ。権限を持ってない俺達が真似をするのは不可能である。

 

 …どうやら、同系統と言いながらまったく別の原理を構築する必要がありそうだ。例えば……………そうだな、己の記憶にある、『物語の人物の能力やスペック』を再現する、なんてどうだろうか?

 この方法なら『コール』の完全再現よりは上手くいきそうだな。後は実験と検証を繰り返すだけだ。

 

 

「ところで、ローリエさん」

 

「なんだ?」

 

「こっちの、私達の聞いたことのない人物や物語は、どこで知ったんですか?」

 

「え」

 

「聖典には載ってないのに、不思議ですよね。ローリエさんって、物知りだと思います!」

 

「……あー」

 

 

 ……やっぱり、聞かれちゃうかー。聞かれないと良いなー、なんだかんだで有耶無耶にならないかなーって思ったけど、そこまで人生甘くないか。

 仕方ない。

 

 

「えーとだね…今回の実験にあたって、様々なトコから情報を集めてきた。こっちのページは、集○社から。こっちは、小○館。この人とこの人は、石○森プロから情報を仕入れた」

 

「なるほど~」

 

「言っておくけど、この情報は俺ときららちゃんとクレアちゃんしか知らない。あんま口外しないでくれると助かる」

 

「? よく分かりませんが、あまり言いふらさなければいいんですよね?」

 

「そーいうこと」

 

 

 パスからなんとなく感情がわかるきららちゃんに嘘が通じる保証はない。だから、真実を教えることにした。

 幸い、この答えにマズさを感じる人間は俺以外にはいない。その俺がボケに回ってしまえば、誰もメメタァな情報に突っ込むことはできない。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 それからというもの、俺は実験を続けていた。

 もちろん、『コール』に代わる魔法の開発につきっきりになることもできないし、授業もある。新たな魔道具を発明しながら、『コール』の研究も行う。アルシーヴちゃんも気になってたみたいだから、『コール』の実験結果は共有した。

 

 

ドグォォォッ!!!

 

「い、今の爆発は一体!!?」

 

「ローリエの部屋からです!」

 

「あのバカ……今度は何をしでかしたんだ!!」

 

 

 その過程で神殿の部屋を爆破する事幾十度、駆け付けたアルシーヴちゃんに説教されるのも幾十度、きららちゃんに「もうやめた方が…」と心配される事も幾十度。

 思えば、ここまで苦戦したのは10歳になる前にエトワリアに拳銃を誕生させた時以来だったかな、と思いながら、検証の手を進めて。

 ようやく、理論を完成させることができた。あとは、専用の魔道具を作れば新たな魔法は誕生するだろう。

 

 魔法の名は―――レント。

 『コール』と『オーダー』がそれぞれ英語で『呼ぶ(Call)』と『命令する(Order)』から取っていたから、俺はこの魔法に『借りる(Rent)』という意味を付けた。

 肝心の魔法の性能だが………また、別の機会に説明するとしよう。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 きららに協力を頼んで『コール』の謎を研究した八賢者。それを利用して、悪ふざけとしか思えない無茶苦茶な人物を呼び出そうとしていた。だが、それはお遊びだけではなく、『コール』に代わる汎用型の魔法・魔道具を生み出す為であった。

きらら
 ローリエの実験に付き合わされてヤバい人々を召喚しそうになった哀れな原作主人公。当然ながら、芳文社由来の人物以外の『コール』は成功しなかったが、自身がマズいことを行ったという自覚はない。ローリエの情報源も、「色んな情報屋さんとお知り合いなんだなぁ」くらいの認識しかない。まさか、彼女も集○社や講○社が週刊誌の会社だとは思ってないだろう。

タイキックさん
 きららにタイキックしたことを謝ったり、両親かもしれない人を見つけたキックボクサー。ローリエを父と呼び、アルシーヴを母と呼んだことに他意はなく、しいて言うなら本人が「そんな気がしたから」というだけである。

クレア
 きららファンタジアに登場する、召喚の館に住まう少女。桜ノ宮苺香と非常に声が似ている。ガチャ結果の「次回も頑張りますっ!」はあまりにも有名。拙作ではローリエ・きららと共に召喚を手伝い、思いもよらぬ秘密を知る。

各務原桜&ジェニファー・N・フォンテーンスタンド&山中さわ子&青山ブルーマウンテン&小倉しおん&鈴矢萌
 ローリエの『コール』大実験によって召喚に成功したメンツ。2021年10月現在では上記のいずれもきらファンに実装……もといエトワリアに召喚されていないが、ジェニファー以外の5人は、十分に参戦の可能性がある。

召喚に失敗した方々
 出版社が違う・男性である・故人である等の理由から、きららの『コール』で召喚できなかった人々。特に集○社のキャラの数々は戦闘力的な意味でエトワリアに合っていない。

ディーノ&秋月紅葉&香風タカヒロ
 前作「きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者」にて登場した、男性のクリエメイト。ディーノと秋月は本編の『オーダー』で、タカヒロは後日談の『コール』で呼び出されて以降、エトワリアに住み着くようになった。その関係で原作とは違い、この三人はきららの『コール』で召喚する事が可能になった。




△▼△▼△▼
ローリエ「木月桂一の言葉が気になりまくる……!そんな俺は、治安の悪いスラム街・世界の芥場ジャンクビレッジに情報収集に赴くことになった。そこで、最近活発に活動してる組織・リアリストの噂を聞く。」

カルダモン「ローリエはあたしに声をかけてまで情報を集めようとする。どうして、そこまでして情報を集めたがるの? まぁ、いくつか予想はできるけど……」

次回『裏社会ですか!?万物は流転する』
カルダモン「お楽しみに♪」
▲▽▲▽▲▽


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第3話:裏社会ですか!?万物は流転する

今回のサブタイトルの元ネタはまちカドまぞくの「スポ根ですか!?万物は流転する」から。



“物事は、常に起こる前に対処の手を打つべきだ。それで人々に知られることはほぼないが、だからといって仕事しているアピールの為に放置していたら大抵は手遅れになる。”
 ……木月桂一の独白


 『コール』の研究が終盤に差し掛かったある日。

 俺は、八賢者会議にて、珍しく出席したカルダモンから気になる報告を受けていた。

 

 

「不穏な動き?」

 

「そうだね。『聖典は信頼できない』という噂が流れているんだよ」

 

 

 それは、エトワリアで一番のスラム街・ジャンクビレッジにて聖典に対する不信感が目立ち始めているというものだ。

 俺の知るゲーム内でのエトワリアには、当然ジャンクビレッジもスラム街もなかった。だが、こっちに生まれ直して実情を知るとなんだか世知辛いな。

 

 

「元々、あそこは聖典についての信仰が薄い地域ですわ」

 

「信頼性など無い法螺話でしょう」

 

「妄言の類」

 

「そもそもさー、なんでソラ様の聖典にそんなこと言うんだろうねー」

 

 

 フェンネルを筆頭として、カルダモンの折角の報告にそんなことを言う。

 気持ちは分からんでもないが、何も調べない先からそんなこと言っていいものか。たとえ些細な情報であっても、精査するべきだ。ネット社会である現代社会でそれをやるにはかなり骨が折れるが、この世界でソレをサボってたら情報に置いてかれるだろうに。

 俺は……この情報、見過ごせないと思っている。今まで、聖典に否定的かつ悪質な噂が流れたことなんてなかった。エトワリアの歴史書にも載っていなかったことだ。木月桂一のこともあって、俺は、この話がよからぬ出来事の前兆にしか見えなくなっていた。

 

 

「ねー、カルダモン。その話、俺ちょっと調べに行きたいんだけど…いいかな?」

 

「ローリエ。君はこの話、どう捉えてるの?」

 

「うーん、いやな予感がするんだよね。反乱分子か何かだと思うんだよなぁ」

 

「なんですか、ローリエ? 貴方にしては随分弱腰ですね。それとも、アルシーヴ様やソラ様が信頼できないとでも?」

 

 

 カルダモンに気になる事を言ったら、フェンネルから煽られた。

 アルシーヴちゃんやソラちゃんが信頼できないとか違うわ。なんで仲間を煽ってんだ、このアホは。

 ただ、信頼と妄信は違うし、余裕と慢心は違うってだけだっての。

 この程度で煽るってんなら、こっちも考えがある。

 

 

「信頼しているから動くんだよ、未だにゴーヤが食べられないフェンネルさん」

 

「なっ!?!?!?!?!? ど、どどどどどうしてそれをっ!!!!」

 

 

 この前たまたま見ちゃった、ゴーヤを避けてサラダを皿に盛りつけるフェンネルの光景が覚えてたから4割ハッタリで言ってみたが、どうやらビンゴみたいだな。好き嫌いは良くないぞ。

 

 

「えー、フェンネルったら、ゴーヤ食べられないの〜?」

 

「貴方にだけはそれを言う権利はありませんよシュガー。好き嫌いは貴方が一番多いです」

 

「そ、そうです!ソルトの言うとおりですわ!そもそも、元凶は関係ない話を振ったローリエでしょう!」

 

 あ、フェンネルこの野郎、こっちに話投げ返してきやがった。

 他のメンバーの顔がこっちに向いた。

 

 

「ローリエ! 貴方だけ無傷で帰ろうと思っておりませんわよね?」

「ローリエには好き嫌いはないでしょう……フェンネルに言ったくらいですからね?」

「どうなのー?おにーちゃん、好き嫌いあるのー?」

 

 うーわめんどくせぇ。

 関係ない話を振るなっつったのはフェンネルだろうに、なに膨らませてんだ。ここは全員スルーしてさっさと次に行くか。

 

 

「……じゃあ、ジャンクビレッジの調査の件は俺とカルダモンが調査するって事で良いな?」

 

「あっ、この男逃げましたよ!」

「えー!話してよー!」

「当然ですね。今はまったく関係ありません」

 

 

 理性的な判断をしてくれたソルトのお陰で話を修正する事が出来そうだ。

 ちなみに、俺も嫌いな食べ物がない訳じゃあない。今言ってやる意味がないだけだしな。例えば、俺が木月桂一だった頃に貰ったバロットだけはどうしても受け付けなかった。

 良い子は調べちゃダメだぞ。絶対後悔するからな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「―――というわけで、俺はジャンクビレッジの調査を行いたいから許可貰いに来た」

 

「…別に構わんが、食べ物の好き嫌いのくだりは必要あったか?」

 

 

 今回の会議の議事録とともにアルシーヴちゃんに問えば、あっさり許可をくれた。まぁプライベートは親密だけど、仕事である以上報連相はしっかりせんとね。

 

 

「ついては、誰かと一緒に行きたいな~って思うんだけど。いちおう、あそこは治安が悪いし、何があるか分からないから」

 

「…分かった。変装はしておけ。裕福な街出身だとバレたらややこしい事になる。それと、カルダモンにも声をかけておけ」

 

 

 アルシーヴちゃんのアドバイスを受け、カルダモンと共にジャンクビレッジに転移した俺は、小汚くみすぼらしい、浮浪者風の変装を施していた。

 

「けっこう本格的にやったね、ローリエ」

 

「カルダモンこそ、そのままでいいのか?」

 

「あたしはいいの。調停官として、顔が利いてるからね」

 

 カルダモンは普段から、紛争地帯の調停や貧困地域の調査・救済を行っているからか、俺とはまったく違い変装せずにジャンクビレッジに行くようだ。

 ホントはコリアンダーあたりも誘って調査に巻き込みたかったが、病み上がりで仕事が溜まってると断られてしまったのだ。

 

「合流地点は街の外の林の中。ビレッジ内では個別行動ね。何かあったら通信機の緊急スイッチを押すこと」

 

「了解。じゃ、行きますか……!」

 

 今の俺は浮浪者にしか見えない。そんな人物が変装ナシのカルダモンと一緒にいたら関係を疑われるため、別行動をせざるを得ない。だから通信手段を持ってから、街の門をくぐる。

 

 そこは、迷路のように入り組んだ家の数々と、積りに積もった土埃が目立った、明らかに荒れていると思しき街だった。路上には、布っぽい何かを敷いてそこに寝転がってるヤツもいる。どうやら、この街においては屋根のある建物で寝られる事自体がそこそこの贅沢のようだ。

 俺は、早速情報収集を開始することにした。

 のだが………

 

 

「あ〜……くそ、いきなりババ引いちまった」

 

「ぐふぅ……」

「てめ……なに、もん……だ…」

「つ…強す、ぎる……」

 

 

 気がつけば、俺は路地裏でごろつき4人をブチ転がしていた。

 一応経緯を話しておくと、俺は最初、吹き溜まりのスラム街に相応しくない褐色美少女を見つけて声をかけようとしたのだが、そのタイミングでごろつきが美少女を取り囲み、何故か俺までその少女の連れだと思われて、喧嘩を売られてしまったのだ。

 その後少女は俺を囮に逃走した上に、ごろつき共は俺を見逃してくれる雰囲気じゃあなかったため、俺はコイツ等の喧嘩を買わざるを得なくなったのだ。当然、フルボッコにしたけどな。

 しかし、盛大な時間の無駄になってしまった。しょうがないからコイツ等から話聞くかな。そう思った時だ。

 

 

「……驚きね。まさか1対4でここまで速やかに勝つとは」

 

 

 なんと、最初に声をかけようとした超絶美少女が戻ってきたのだ。

 そこで改めて彼女を見たが……珍しい。髪の色が左右で銀と黒に分かれている。それに、琥珀色の瞳も、水着のような薄着、そして三日月のガントレットと髪飾り。そこらのモブとは違う風格を醸し出していた。

 

 だが、浮つくのはまだ早い。極めて……極めて冷静に振る舞うんだ。

 

 

「おや………さっき俺を見捨てたレディではないか。

 いまさら何か御用かな? 落とした礼儀を拾いに来たか?」

 

「そんな所よ。先程はとんだ失礼を。戻ってきたのは、非礼の詫びと提案のため」

 

「…まぁ、戻ってきたなら好都合。俺も聞きたいことがあるんだ。え〜〜〜と……」

 

「ヘリオスよ」

 

「そうか。俺はバロット。バロット=ネエロだ」

 

 

 恐らく、お互いが偽名を名乗る事で始まったこの会話が、重要なことになるのを、この時の俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「200!」

「750!」

「300!」

「500!」

「375!」

「450!」

「「425!!」」

「買ったッ!!!」

「へへへ、まいどあり〜」

 

 

 大事な話は、外で世間話でもしてるかのように振る舞うと言って、自称ヘリオスをベンチに座らせた俺は、現地のミルク麦コーヒーを店主との値段交渉の末に最初の半額以下で買ってきた。あのジジイ、二人で1000とか絶対ぼったくりだろ。

 

「半額以下で買ってきた」

 

「交渉が手慣れている……けど、あそこ普段は一人100ゴールドで売ってるわよ。銀貨1枚で事足りる」

 

「あんのクソジジイ………」

 

「それで…私をここに座らせて話とは何なの?

 つまらない話だったら帰るわよ」

 

 色々急かす彼女を見て、俺はすぐに話題に入らなきゃならないと考える。

 

「噂を聞いた。聖典が信頼できないって噂を」

 

「!」

 

 話を切り出すと、彼女は目を見開いた。

 それは、常にクールな印象だった彼女が、初めてその仮面にヒビが入ったようで、俺にも衝撃だった。

 なんだ……?なぜ、たった一言でここまで動揺している?

 

「それに対して…貴方はどう思うの?」

 

 まるで探りでも入れるかのような質問。ここは、冷静に答えないといけない。もしかしたら、思わぬレア情報が手に入るかもしれないぞ。

 

「………何とも言えないな」

 

「それは、なぜ?」

 

「噂しか聞いてないからだ。今の聖典に思うところはある。だが、俺はついさっきここに来たばかりでな。この街で詳しく情報を集めようと思ったんだ」

 

「……」

 

 

 自称ヘリオスが黙り込む。

 ど、どうだ? 表情はさっきのクールなそれに戻っちゃったし、駄目か?

 

 

「そう。じゃあ、その噂について軽く教えるわね。

 今の女神が書く聖典は欺瞞に満ちている。それを変えるための動きがあるの」

 

 お…!いけた!

 

「欺瞞?」

 

「あそこに書かれている絆は…薄っぺらいまやかし。綺麗なところしか書いていない。だから聖典を破壊して、真実を掴むべき。」

 

 彼女から聞いた情報に、俺は耳を疑った。

 聖典が……あのきらら漫画の数々が、欺瞞? それを破壊して、真実を掴む?

 確かに、漫画ってのはフィクションだけど……この女が言っているのはそう言う事じゃあない。

 理不尽極まりない論理に、不信感や仄暗い嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

「君が、そこまで断言する理由って何だい?」

 

「例えば、そうね……女神が聖典を書いているって言われているけど、その内容が真実である証明など誰にもできない。女神が話の内容を捏造していない保証なんて誰にもできない」

 

「ほう」

 

「それに、聖典の信仰が浅い地域では餓死者や貧困が多いの。これは、神殿含めた中層部が不正に財を蓄えている証拠よ」

 

「なるほど」

 

「それなのに奴らは手を打たない。この現実が見えていない……だから聖典を手放すべきなのよ。本に食い入るように目を移しても、目の前の荒んだ景色は見えないわ」

 

 

 感情を抑えながら、彼女の言う事を聞いていく。

 俺を引き込めるとでも思ったのか、洗脳でもするかのように次々と己の持論を話していく。

 そして、ひとしきり喋った後に、彼女はこう問うた。

 

 

「これだけは聞かせて、バロット……貴方にとって、聖典は何?」

 

「ただの小説だ」

 

「!?」

 

 

 何となく予想のついた問いを即答したことで、再び衝撃を受ける自称ヘリオス。

 俺には、彼女の思想を更に深くさぐるための考えがあった。

 

 

「確かに……この世の教科書と言うには、あの聖典の数々には疑問に思える箇所がある。

 だが……俺は別に、聖典が嫌いではない。アレが全てではありえないだろうが……ただの物語として嗜む分には暇つぶしになる」

 

 

 それは―――中立派に対する反応だ。

 どうやら彼女は、そうとう聖典を嫌う派閥に属しているらしい。「欺瞞に満ちている」と断言するあたり、それは彼女の本心なんだろう。

 ならば、彼女の属する団体………そこでは、中立派はどうなのか?ランプやソラちゃんみたいな聖典大好き人間と目の前の褐色美少女のような聖典を「欺瞞」と断ずる人間…………その中間の意見を即興で編み出したつもりだ。

 

 

「…………そうですか。

 残念ですね。どうやら、私達の同志にはなりえないようだわ」

 

 

 …答えは、断固とした否だった。

 この世の何かに絶望したような諦念と、温度に現れそうな冷酷な目が、俺に突き刺さる。

 

「確かに残念だ。俺は生来、一人で自由気ままが好きなのさ。

 仲間集めのつもりならお生憎様だ。他を当たってくれ」

 

「ええ、そうするわ。でも…貴方もいつかは分かる。

 真に真実を見据えているのがどちらかを」

 

 

 どうやら、彼女はだいぶ過激な思想をお持ちのようだ。

 浮浪者らしいちゃらんぽらんな返答を返せば、最後に宣戦布告でもするかのようにそう告げて踵を返した。

 不思議な髪色と格好をした、妙に記憶に残る、「ヘリオス」と自称した少女は、そのまま背を向けて立ち去っていく。

 俺は、彼女の小さくなっていく無防備な背中を、じっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(―――ここで殺しておくか?)」

 

 

 

 ―――久しぶりの、機械的で無機質な瞳で。

 あの女は危険だ。あの目は理想の為ならどんなことでもする人間の目だ。俺には分かる。俺が日本に生きてた頃に鏡で飽きるほど見た目だ。あの時の木月(おれ)と同じ目だ。

 放っておけば、この先何かとんでもなく悪いことが起こるかもしれない。俺の勘が体内で注意報を鳴らしている。

 

 かつての木月桂一の基本方針は、問題が起こる前に原因を排除すること……すなわち、先手必勝だった。俺を蹴落とそうとする悪徳政治家の弱みを真っ先に握り、世間にリークしたことなどその筆頭だ。情報を集め、相手の次の一手を予測し、罠に誘導させて自滅させる。木月桂一は、そうやって多くの敵を地獄や牢獄に送ってきた。

 その方針に従うのであれば、今すぐ彼女を排除すべきだ。ニトロアントに彼女を尾行させ、基地に戻った時に爆破すれば、()()()()()()()()()()()()()()()として仲間ごと始末できる。

 

 

「(最小の犠牲で、最大多数の幸福を守る。最も合理的な選択だ)」

 

 

 でも……しかし、だ。

 

 

「(ダメだ……それはただの人殺しだ。今のところ、彼女は何もしていない。心変わりする可能性があるし、直接武力で訴えたり、世界の危機を招こうとしたりしなければいいんだ。あと、俺の勘がただの勘違いである可能性もある)」

 

 

 今の俺は木月桂一なんかじゃない。ローリエ・ベルベットだ。前世の過ちをもう一度犯す必要なんて、どこにもないはずだ。

 それに。

 

 

「(……みんなにバレたら、怒られるじゃ済まなそうだ)」

 

 

 思いついたのは、みんなの顔。

 アルシーヴちゃんやカルダモンがこの場面を見たら、間違いなくブチ切れそうだ。

 きららちゃんやソラちゃんが地獄のような事後報告を聞いたら、泣いてしまうかもしれない。

 他のみんなだって、この合理的な選択に良い顔をする訳がないだろう。

 

 

「………かーえろっと」

 

 

 この街に流れる、聖典の不信感の噂の正体がなんとなく分かった俺は、この吹き溜まりの街から出てカルダモンと合流しながら帰還することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜のことだが。

 

「えー、今回の対応につきましては誠に残念であり、遺憾の意を表明します」

 

「バフォッ!!?」

 

 木月が夢に出てきやがった。

 こいつ、ドリアーテ戦の後からまれに夢に出るようになったんだよな。魂が20年かけて修復されたからだと予測している。

 

「木月…その胡散臭い政治家特有の言い回しやめろや……!」

 

「政治家だからね。ところで、気付いたかい? 昼間のあの子、詭弁しか話していなかった。先日私が告げた『邪魔者』の典型的な特徴だ。……本当に良かったのかい? 彼女…ヘリオスを始末しなくて。」

 

 

 俺の前世である木月桂一ではあるが、厳密な性格の違いがあるため、100%同一人物というわけではない。とはいえ、性格以外がまったく同じ存在であるため、記憶や技術の共有がある分違う意味で面倒であるけども。

 

 

「……俺は八賢者だ。殺人鬼じゃあない」

 

「私だって殺人鬼じゃあないさ。ただ、不幸な事故で危険分子が減る機会がなくなっちゃったけどいいのかい、って聞いただけさ」

 

「『事件』だろ、白々しい…」

 

 その爆発事故の爆弾を誰が起爆すんだって話だよ。いくらエトワリアが捜査技術に劣るからって、ニャル子理論(バレなきゃ犯罪じゃないんですよ)を実行していいワケねーだろーが。

 

「そっか。なら、君の意見を尊重するよ」

 

「引き際が早いな」

 

「今は君の人生だからね。……ただし、乗り掛かった舟だ。

 君が本当に危なくなったら動くことにするからね」

 

 最終的な意見は俺に譲ってくれたが、意味深なことを言い残して木月は去っていく。

 翌朝、睡眠不足で二度寝したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ヒナゲシ、帰ったわよ」

 

「あっ、サンストーン…どこ行ってたの?」

 

 

 某街のアジトにて。

 黒と銀の髪を左右に分けた褐色肌の少女が、入り口の扉から帰還する。それを出迎えたのは、一人の少女だ。

 年齢はランプやアリサと同じくらいなのに、どういうわけかその年頃の活気というか、元気というか……そのような陽気さが彼女にはない。代わりにあるのは野生の小型動物にあるような怯えようだ。自分の命やそれに準ずる大事なモノだけを守るためのような臆病っぷりは、茶髪に飾られた花飾りやオレンジの衣装がくすんで見える程だ。更に、左腕と左足の包帯が実に痛々しい。

 

 

「今回の作戦を始めるにあたって、必要な物資を持ってきたの。

 リコリスは今こちらに来れないし、貴方ひとりでやってもらうわよ」

 

「わ……分かったの。お姉様がいなくっても、がんばるの…!」

 

 

 褐色の少女・サンストーンはヒナゲシと呼ばれた少女に物資を渡した。 

 だが……今のこの二人は考えもしていないだろう。

 もし、ローリエが違う決断をしていたら、このアジトで原因不明の大爆発が起き、二人は最低でも命に重大な危篤が訪れる程の大怪我を負っていたかもしれないということを。

 

 

 

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ/バロット=ネエロ
 浮浪者に変装して最大のスラム街ジャンクビレッジを調査した八賢者。いきなりごろつきに絡まれるも、これまでの経験と戦闘力によって一方的にぶちのめす。その時、彼にとっては確実に運命が動く出会いを果たした。

カルダモン
 ジャンクビレッジの「聖典は信頼できない」という噂をいち早く耳にした八賢者。ローリエと共に別行動で情報収集を行った。

ヘリオス
 変装したローリエに対して、反聖典派のことを教えてくれた少女。彼が仲間に加わることを期待してのアピールだったが、彼が中立派だと分かった途端離れていった過激派だった。一体何ストーンなんだ………?

木月桂一
 ローリエの前世である男性。総理大臣でありながら、きらら漫画を中心にサブカルチャーにも深い理解があった。というかオタクだった。しかし、危険を招くものと判断した人物に対しては割と容赦のない一面も持っている。




ヘリオスの詭弁
 作中でサンストーンヘリオスが言っていた事だが、そのほとんどが詭弁である事に気付けただろうか?実は、現代日本でも使われている言葉のトリックなのである。詭弁にはいくつか種類があり、作中で登場したものを例にあげると……
①数ある原因のひとつを唯一の原因の様に語る
②自分に有利な将来像・IFを予想する
③第三の要素を無視して語る
 (例:『アイスの売り上げが伸びると、熱中症が増える。アイスの食べすぎが熱中症の原因だ』→「夏は暑い」という要素がすっぽ抜けてる)
④陰謀であると力説する
⑤相手の意見ではなく人格を批判する
 ―――といったところか。騙されないためには、どのような詭弁があるかを知った上で、相手の言葉を鵜呑みにせずに吟味する姿勢が必要だ。




△▼△▼△▼
ローリエ「突然、きららちゃんとランプが見知らぬ女の子を連れて神殿にやってきた!」
ソラ「彼女の名前は住良木うつつ……やっぱり、この子も聖典に載ってないわ……」
アルシーヴ「タイキックといいどうなっているのだ……しかも、新たに襲い来る新型の魔物が!」
ローリエ「なんだこの自殺しそうな魔物は!気持ちワリィ!寄るな!!」

次回『ワタシがうつつでクリエメイト』
ソラ「次回を楽しみにね♪」
▲▽▲▽▲▽


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第4話:ワタシがうつつでクリエメイト

今回のサブタイトルは仮面ライダーゼロワンから「オレが社長で仮面ライダー」を元にしました。
2部がどんどん暗くてシリアスな展開になっていっているから、せめてこっちではギャグに寄せようと思っています。


“ネガティブ思考は危険な病に似ている。己の可能性を閉ざし、身体を鈍らせて、自分自身を腐らせ、果ては周りに伝染していくからだ。”
 ……木月桂一の独白


※2021/11/28:木月の発言の一部を変更しました。投稿してから「あれ、これ利用規約に引っかかるんじゃね?」と思ってしまい、改稿した次第です。混乱を招くかと思いますが、この作品がロックされない為、念の為の処置ですので、どうかご容赦ください。
※2021/11/30:読者様からの指摘を受け、絶望のクリエについての記述を変更しました。


 平和になったエトワリアに、温かな陽光が降り注ぐ。

 陽のあたるテラス席にて、赤髪褐色の美少女や桃髪の凛々しい美少女と共に先日の聞き込みの結果を交換している、ライトグリーンの髪と金とオレンジの瞳をした、イカした男は誰でしょう。

 

 そう、俺だ。

 

 

「カルダモン、お前天才か? 噂の元になった組織の名前まで聞き出すなんて」

 

「ローリエもローリエで運がいいよね。君が会ったヘリオスっていう女の子、たぶん“リアリスト”の幹部に近いポストだよ。しかも、その思想をしっかり聞いてくるんだから尚更」

 

「二人とも、よくやった。」

 

 

 カルダモンが手に入れたのは噂の広がり具合とその内容、そして最近動きが見えてる&噂の出所な可能性が高い闇組織・リアリストのことだ。他にも気になる事件の情報はいろいろあったが、一番はそれだ。

 対して俺が手に入れたのは、ヘリオスの過激な主張。聖典は破壊すべし、神殿も敵対視するという主張。カルダモンはそこまで詳しい情報を手に入れられなかったらしく、一定の成果となった。

 

 

「聖典を破壊して真実を掴む……か。

 おそらく、神殿に対する不穏分子に十分なり得るだろう」

 

「警戒は怠らないようにしないとね」

 

 

 不穏分子に対して、警戒を怠らない。確かに、それは大切だ。でも、それだけで良いのだろうか?

 俺は今でも、自称ヘリオスの背中を見送った時のあの思いつきが脳裏に引っかかっている。勿論、あの時下した「手を出すべきじゃない」という判断が間違っていないと思いたい。でも、木月はそうではなかった。「多くの人々の平穏を乱す存在だ」と判断してきた人間を始末してきた…………そいつが何かをする前に、誰にもバレず、法にも触れない方法で。

 まぁそこまでいかなくても、もっと詳しく調べておきたいところだ。

 

 

「もっと積極的に調べてぇ…」

 

「気持ちは分かるが……焦っては駄目だ。下手に動いては、こちらが調べている事を悟られてしまう。リアリストの本拠地や構成員……少なくともそれらが分かるまでは派手に動けん」

 

「だよなぁ…逃がすと厄介そうだし」

 

 

 しかしアルシーヴちゃんの言う通り、情報が未だに足りなすぎる。ジャンクビレッジに噂を浸透させられるくらいだ、絶対に単独犯ではない。

 

「とりあえず、報告はしたからね。あたしは、他の仕事に行かないとだから。それじゃ」

 

 カルダモンが風のように去っていく。

 新しくやってきている不穏な気配にどうするべきか頭を悩ませていると。

 

「アルシーヴ、ちょっといい?」

 

「ソラ様?」

 

 ソラちゃんが不安そうな様子でテラスに来た。どうやら大真面目な話らしいので、神殿内に戻って話がしたいという。

 そうして、戻った先での話題というのは……

 

 

「聖典の光が弱まってる……!?」

 

 

 そう。実物を見せてくれながらの深刻な話題だ。

 ソラちゃんが持ってきた聖典は、確かに光が弱く、くすんでいるように見える。聖典の名前は『まちカドまぞく』。そんな聖典を見て、俺はさる日の言葉を思い出した。

 

『あそこに書かれている絆は…薄っぺらいまやかし。綺麗なところしか書いていない。だから聖典を破壊して、真実を掴むべき。』

 

 ヘリオスと名乗った女の、その言葉だ。

 奴らがもう動いている証拠なのか?もしそうだとしたら、具体的に何をしようとしている?

 というか……そもそもなぜ、聖典の光がここまで弱るのか? 聖典を破壊するとはどういうことか?

 などと、考え始めたところで。

 

 

「先生ーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

「アルシーヴさん! ソラさん!! ローリエさん!!」

 

「「「!!?」」」

 

 

 ばたん、とドアが乱暴に開けられ、そこからきららちゃんとランプ、マッチが転がり込んできた。

 そしてその時、二人と一匹を追うように見知らぬ誰かがついてきたのを見逃しはしなかった。

 

 

「何だランプ、騒々しい。神殿内では静かにしろ」

 

「ま、まあまあ、元気があっていいじゃない。それで、何かあったの?」

 

「あの、この方のことなんですけど………」

 

「………」

 

「あっ、隠れるなよ!ほら、こっち来なって!」

 

「ひ、引っ張らないでよぉ……この変な生き物がいじめる……」

 

「人聞き悪いなぁ」

 

 

 その見知らぬ誰かは、きららちゃんと同年代位の女の子だった。

 髪は黒で、前髪は目にかかりそうなくらいにまで、後ろは脇あたりまで伸ばしている。服装は露出と派手さを控えめにした学校のセーラー服で、まるでクラスのはしっこにいる女子生徒って感じだ。

 何より、本人から溢れ出ている雰囲気?オーラ?がなんか淀んでるような、暗いような………

 

 

「その子は?」

 

「さっき、急に空に魔法陣が現れたかと思ったら、うつつさんが現れて……」

 

「まるでクリエメイトの召喚みたいだな」

 

「私も、うつつさんから似たような雰囲気を感じたんですけど……」

 

「いいえ、この子はクリエメイトではないわ。私が今まで記憶している聖典には…このような子はいなかったのだから」

 

「…悪かったわね。そのクリエメイトとかいうのじゃあなくって。

 うぅ……どうせ私なんて虫ケラみたいなものなのよ。存在自体が小さすぎて、誰の記憶にも残っていないんだわ………」

 

 

 ……何だこの子。

 まるでネガティブ・ホロウを10回も受けたような言動をしておられる。

 きららちゃんとランプ曰く、この子の本名は「住良木(すめらぎ)うつつ」というらしい。

 今の説明の通り、空から急に召喚されたらしく、しかも変な生き物に襲われたというのでここに逃げ込んできたというのだ。その襲ってきた敵と言うのが………

 

 

「…緑と黒の生き物で、ウツウツ言っていた?」

 

「はい…」

 

「なんだその暗そうなモンスター」

 

 

 聞く限りでは、なんとも想像しがたい。

 ランプは動揺のせいか元々の語彙力が災いしてか、あんまりパッとしない。

 うつつって子はあんまり話しかけられる雰囲気じゃあないし、マッチもうつつに毒舌吐かれてショック受けてるっぽいからきららちゃんにでも聞くか。そう思ったが。

 

 

「なっ!!?」

 

「ここまで来るなんて!!」

 

「なんなんだコイツは!!」

 

 

 そこに、モンスターが現れた。黒と暗い緑色を基調とし、猿とカエルが合わさったようなフォルムをしていて、顔の部分から三つの目が見えていた。

 他にも、一つ目でタコの足を持っており、浮遊するモンスターもいた。

 

 

「これが、君らを襲った…?」

 

「はい、そうです……!」

 

 

 成る程、説明を受ける手間が省けた。つまり、コイツ等敵か。

 すぐさまパイソンを引き抜き、発砲。放たれた弾丸は寸分違わず未知の魔物たちの額に命中し。

 

「ウツー!?」

「ウ…ツ……」

「ウツゥ…」

 

 そして、そのまま溶けるように崩れ落ちた。……ってアレ?

 

「コイツら、弱くね……?」

 

 たわいもなさすぎるんだけど。なんできららちゃん達はこんなの相手に撤退したんだ? 数に押されたとかか?

 そう思って観察しながらウツウツうっさい魔物を撃ち払っていく。すると、あることに気が付いた。

 

「コイツら、うつつって子を狙っているな…」

 

 魔物の脆さに見落とすところだったが、なんだかうつつに向かっているようだ。

 彼女を庇いながら戦うきららちゃんには、必然的に多くの魔物たちが襲い掛かっている。助太刀でもしてやるか、と駆けだす。

 

 

 

デデーン

 

「「「「「!!!!?」」」」」

 

ウツカイ、タイキックー!

 

 

 えっ、急になにー!!?

 タイキックってどういうこと!? ウツカイってのはこの魔物のことか!!?

 突如流れた、懐かしすぎる効果音とアナウンスに、俺はもちろん、きららちゃんや魔物たちが、その場の全てが固まった。

 

 

「でやあああああああああああああ!!!」

 

 

 その一瞬の隙に、タイキックさんが現れた。

 鋭い雄たけびを上げて、神殿の廊下を駆け抜けながら、すれ違う魔物―――のケツ(だと思われる)部分にキックしていく。

 

「ウツゥ!?!?!?!?」

「ウ゛ツ゛ーーー!?!?!?!?」

 

 蹴っ飛ばされた魔物たちは、断末魔の悲鳴を上げて消し飛んでいく。

 なんと、あっという間にタイキックさんは全てのモンスターをキックで倒してしまったのだ。

 ……なんだこれ。まるで意味が分からんぞ!!?

 

 

「えええぇぇ、なにこれなにこれ……なんのバラエティなの……?」

 

「ばらえてぃ? 私はタイキックだ」

 

「蹴らないでぇ……お尻を蹴っちゃやだぁ……」

 

「…む?とりあえず、怪しい方を蹴ったのだが…私は間違っていたのか?」

 

 

 いや、とりあえずタイキックさんの助太刀はグッジョブだと思うよ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 その後、駆けつけてくれたタイキックさんと新顔のうつつについて、俺ときららちゃんがそれぞれ紹介した。……お互い、自身の記憶がないことも含めて。

 

 

「そうか、君も記憶を……私がなにか出来るかは分からないが、記憶喪失仲間としてひとつ、よろしく頼む」

 

「なんで、あんたはそこまで堂々としてるわけぇ…?」

 

「そんなの、私がタイキックだからに決まっている」

 

「意味わからないんですけどぉ……」

 

 

 タイキックさんは堂々と、うつつはきららちゃんに背中を押されて嫌々ながらにお互いに向き合ってそんな会話を展開した。

 おんなじ記憶喪失のはずなのに、ここまで違うモンかね、普通。タイキックさんの方、実は記憶あるんじゃねぇかってくらいにうつつと比べて堂々としてんぞ?

 

 

「父……ローリエ。おそらく、うつつはこの世界に順応しきれていないんだと思う。」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。話を聞く限りでは、ついさっき召喚されたばかりで、更に魔物に襲われたなら尚更だ。

 私の場合は2か月も期間があったから落ち着けたが、記憶喪失直後にアレでは気も休まらないだろう」

 

「成程な…」

 

「記憶喪失歴の長い私から何かしてあげたいとは思うのだが………」

 

「イヤ記憶喪失歴って何だよ」

 

 経験積んだみたいに言うな。お前らは経験を失った側だろ。

 

「あれ、あの魔物、手紙落としましたよ?」

 

「どれどれ…うわっ!なんだこの字……全然読めないよ!」

 

「『しれいしょ ウツカイ達に告ぐ……』」

 

「えっ!? うつつさん、読めるんですか!?」

 

 タイキックさんとなんやかんや話しているうちに、きららちゃん達の方もまた話が進んでいた。

 なんと、魔物―――ウツカイが紙らしきものを持っていて、しかもそこに書いてある文章をうつつが読めるらしいのだ。

 そこには、信じがたい事が書かれていた。

 

 

「『すべての聖典を破壊せよ。そして、住良木うつつを拉致せよ』」

 

「聖典を破壊……?」

 

「それにうつつさんを拉致するって…」

 

「もぉ~、なんなのよ、これ…私が何したって言うのよ~?

 帰りたい…おうちに帰りたいよ……布団の中にくるまって悪い夢だったって、言わせてよぉ~~……」

 

「「「………」」」

 

 衝撃的なことを読み上げてから、泣きじゃくるうつつ。

 その姿は、まるで今にも死にそうだ。あまりのネガティブ具合に、誰も声をかける雰囲気じゃあなくなってしまう。

 だが、その沈黙を破ったのは、この二人だった。

 

 

「ランプ、マッチ、私、うつつの元の世界を捜す旅に出ようって思うんだけど…ダメかな?」

 

「きらら。迷惑でなければ、この私もその旅に同行させてほしい」

 

 

 やはりというべききららちゃんと、意外な事にタイキックさんだった。

 二人の言葉が、この場に温かさを取り戻していく。

 

 

「ナイスアイデアです、きららさん! タイキックさんも、ついて来てくれるならありがたいです!!」

 

「タイキックさんも来てくれるとは、心強いよ。ウツカイってやつらのことも気になるしね」

 

「私の力があれば、うつつのパスが繋がっている場所を探し出せるかもしれない。

 アルシーヴさん、ソラさん、ローリエさん。私達で、また旅に出てもいいですか?」

 

 

 きららちゃんとランプとマッチが、旅に出ると聞いて。俺は、新たな物語の始まりを予感していた。

 そして、ほぼ同時に確信した。これが………前世の俺が、木月桂一が知らない、新たなストーリーモードの幕開けなのだろうと。

 だが、俺はここから先の物語は知らない。未来のことなんて知らなくて当たり前なのかもしれないが……エトワリアでは初めての事態に、全身が緊張する。

 

 

「前に旅に出た時は、誤解で飛び出したランプがきっかけだったな……

 いろいろあったが、その判断は正しかった。今回もその判断を信じる事にしよう。」

 

「いってらっしゃい。また、旅の話をたくさん聞かせてね」

 

 

 アルシーヴちゃんは、みんなを信じようと背中を押す。

 ソラちゃんは、ドリアーテ事件の時の様に、土産話を期待した。

 俺も、きららちゃん達が旅に出ることに異論はない。

 

 

「なんか、変な事件が増えてるみたいだ。俺達も調査しているが……なんかあったら、この通信機で連絡してくれ。俺とアルシーヴちゃんに繋げられる」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 激励と共に、きららちゃんに特製の通信機を渡す。ランプのバックにも入る、小型のスマートフォンタイプだ。だが、みんなに渡したのは特別製だ。タダの通信機は渡さない。

 

 

「通信の他にも、様々な武装を番号タップで呼び出せる。詳しくは説明書を読んで欲しい。充電方法は魔力でできるが、武装を連続で呼び出すとあっという間に充電が切れるから気をつけなよ」

 

「そ、そこまでやります………?」

 

「当たり前だろ。一回は世界を救ったメンバーだぞ? 頼んだぜ」

 

「はいっ!」

 

 

 そうして、彼女たちの旅の支度は整った。

 

 

「うつつ、あなたも私達と旅に出てみない?」

「行くだけ無駄な気がするけど……」

「君はまたそういうことを……」

「はぁ…でも、それしかないんだよね……うぅ、邪魔になったらいつでも捨ててくれて構わないから」

「何を言う、うつつ。君の場所を捜す旅だぞ。本人がいないのでは意味がない」

「なにより、捨てませんよ!」

「あはは…それじゃ、いこう! うつつの故郷を探す旅へ!」

 

 ジメジメとネガティブ発言をして行く気があんま見られないうつつ。タイキックさんはそんなうつつに正論を投げかけてランプと共にその手を取った。

 そうしてきららちゃん達は新たな仲間・うつつとタイキックさんを加えて神殿から出ていき……旅を始めたのであった。

 

「…ローリエ。それで、お前はどうするつもりだ」

 

「コイツらをしっかり調べてみる。それから、きららちゃん達とどっかの街で合流かな」

 

 

 俺は、先程蹴散らしたウツカイなるものの身体の作りとかを調べることにした。

 残骸の一つを手で持ってみる………が、俺の手に染み込むように溶けてしまった。

 

 

「うわっ!!?」

 

「どうした?」

 

「あー…いや、なんでもない。思ったより触った感触がキモかったのと脆かったんで驚いただけだ」

 

「気を付けて扱ってね」

 

 

 もう一度、手に取ってみるが、やっぱり俺の手に染み渡るように溶けてしまう。

 染み渡った手は、変色とかはしてないし、今の所異常はないが、このままでは調べることができない。

 今度はピンセットを使い、直接皮膚に触れないように取ってみる………今度は消える様子はない。

 

「これならいけるか」

 

 顕微鏡、魔法実験キット、あらゆる道具を使って、ウツカイの身体を調べてみる。

 その結果をアルシーヴちゃんに見せると……彼女は、驚きに表情を崩しながらこう語った。

 

 

「これは…『絶望のクリエ』ではないか!!」

 

「絶望のクリエ……だって?」

 

「決して自然に生まれることのない、クリエメイトの命を蝕むクリエだ。なぜこんなものが…」

 

 

 ちょっと待って。それさっき吸収しちゃったんだけど。マズくない!?

 だが、こんなこと言えるわけがない。ただでさえいつも冷静なアルシーヴちゃんがたじろいでいるんだ。これ以上、冷静さを失わせる爆弾を投下するわけにはいかない。

 代わりに、気になったことを尋ねる。

 

 

「自然に生まれないなら、どうやってできるんだよ?」

 

「……とある禁忌で生み出される。『オーダー』以上に厄介な……『不燃の魂術』に匹敵する危険性を持った秘術だ」

 

 すると。アルシーヴちゃんは教えてくれた。『絶望のクリエ』を生み出す、忌避すべき魔法のことを。

 

「………『リアライフ』。かつて、世界を乱したということで最大級の禁忌に指定された禁忌の名前。―――負の感情を絶望のクリエに変える魔法だ」

 

 今後現れる、重要なキーになる『禁忌』の名前を。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 その日の夜の夢にも、再び木月は現れた。

 

 

「………私は、身の回りの整理整頓をしない、だらしのない人間が嫌いだ。

 同じく、『自分なんて何をしても駄目だ』と信じ切る、ネガティブな思考回路が嫌いだ。

 この二者は一見全くもって別物だが、その本質は非常に近しい」

 

 随分と饒舌だな、今夜のコイツは。

 だが、俺の怪訝に思っている様子などスルーして、木月は続けた。

 

「前者は、己自身の怠惰のために。後者は、自分自身への圧倒的な自信のなさから。

 人の話を聞かないんだよ。たとえその人の為を思って忠告しても、だ。

 そういう人に指示を出す時、私は時間と労力の無駄だと思っている。そういう人は言っても聞かない。だから悪意の格好の餌になるし、そういう人たちの寿命は短い。危機回避もできずに死ぬからだ。

 そういう人たちは………医者では治せない、魂を病むものだ。医者にも治せないものが政治家に治せる道理はない」

 

「……何が言いたい?」

 

 嫌な予感がした。

 木月がここまで回りくどい言い方をしたのは、相手に何かしらのダメージを与える時なのだから。そして、そういうものは、大抵精神攻撃だった。前世では暴力が禁じられて秩序が完成しきった世の中だったから「精神攻撃は基本」なのは当たり前だ。

 

 

「住良木うつつは、全力で守るべきだ。そして…利用しつくすべきだ」

 

「……!!」

 

 

 それは、悪魔の一言だった。

 コイツの言葉を認識した瞬間、俺の目つきが鋭く、冷たいものになるのを感じた。

 

 

「お前……いくら前世の俺でも、言って良い事と悪い事があるぞ…!!

 あいつは、召喚されたばかりの記憶喪失で、右も左もわからないんだぞ?

 守るなら兎も角…何に利用する気だ? 答えによっては許さねぇぞ……!!」

 

「まぁ落ち着きたまえ。怒りは平穏な話し合いを遠ざける障害物だ。

 まず彼女だが、神殿に敵意のある手先や、害意ある存在ではないことは確かだ。これは分かるね?」

 

 

 人の怒りを煽っておいて、コイツは現状確認を進めた。

 言う通りにするのはいささか気に食わないが、目の前の男が敵ではないのは俺が一番よく分かっている。もう一人の自分のようなモンだしな。

 で、だ。住良木うつつだが、木月の言う通り、まず自分から進んで悪事を働くような性格ではないしその度胸もない。そんなことをするくらいなら自殺しそうな雰囲気だったし。

 

 

「その通りだ。彼女自身に悪意はない。だが……ウツカイが彼女を狙っているのは確かだ。

 世界には確実に異変が起こっている。ウツカイについても何も分からず、リアリストについても情報が足りない。更に住良木うつつの情報もない。情報が圧倒的に不足している以上、手段を選んでいる余裕はない」

 

 

 そう続ける木月は、笑っていなかった。

 表情からして真剣なのは分かるし、俺と木月は互いの心が読める以上、木月が何らかの目的を隠している、なんてこともない。

 この男はただ純粋に、「エトワリアとこのローリエ(木月桂一)の大切な人を守りたい」と考えている。

 でもなぁ……なんというか、言葉を選んでほしいというか、手段を選んでほしいというか。

 

 

「あー……さっさと動いて情報収集しようって言いたいんならそう言えよ。

 俺もそこは賛成なんだしさ。わざわざ波風立てる言い方する必要あるか?」

 

「すまなかった。私の知らない事が起こっているものだから、少々焦っているのかもしれない。20年のブランクが響いてるな」

 

 

 申し訳なさそうに木月が言うと、咳ばらいをして、「他に、何か気になる事はあるか?」と訊いてきた。

 

 

「…ウツカイの残骸を手に取った時、絶望のクリエが俺に染み込んだんだけど、悪影響はないよな?」

 

「体内に入った絶望のクリエについては、大丈夫だ。私がなんとかしよう。基本的には問題ないが、絶望のクリエの過剰摂取には気を付けたまえ」

 

「そんなアルコールみたいに言われてもな…」

 

 

 こうして、その日の体内会談も無事に終了した。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 新たな危機の到来を予期する拙作主人公。きらら達とはウツカイを調べるために一時別れたが、第一章から行動を共にする予定。なお、ローリエは第2部の存在を知らない為に、「原作の道筋通りに」という考えをこの物語ではしない予定。

住良木うつつ
 きららとランプに連れられ、神殿に来た第2部新キャラ。ネガティブすぎてローリエに心配をかけるくらいには落ち込んでいたが、木月の受けはあんまり良くなかった模様。当然、本人はそんなこと知るよしもない。タイキックさんに関しては、「グイグイ来るし変な格好だしやだぁ……同じ記憶喪失仲間とは思えないぃ…」とか思っている。今は。

タイキックさん
 きららとうつつがウツカイに襲われている所に、颯爽と助けに来たムエタイボクサー。うつつと出会い、自身と同じように記憶喪失であることを受け、仲間意識を持っている。それがうつつの引いている原因だとは微塵も思っていない。拙作では、きらら達一行と共に旅に出る。

木月桂一
 ローリエの前世である男。ローリエに情報収集を急かすためだけに現れた。20年も回復に専念していたため、政治関係にブランクがあるとは本人の談だが、はたしてどこまでが本当なのだろうか。



リアライフと絶望のクリエ
 リアライフとは、クリエメイトにかける『オーダー』以上の禁忌で、負の感情を絶望のクリエに変換するという禁呪。「きららファンタジア第2部」では、このリアライフを使う集団・リアリストときらら達の戦いを描いている。
 絶望のクリエとは、負の感情から発生する、クリエメイトの命そのものを削るクリエである。ローリエにはあまり効果がないようだが……?






△▼△▼△▼
タイキック「これが次回予告か。成る程。」

きらら「タイキックさん、宜しくお願いします!」

タイキック「ああ、分かった。さて次回なんだが、うつつや私と旅に出たきらら達が、新たなクリエメイトを見つけたようだぞ。その名はリリス。聖典に出てくる彼女だったが、どうやら『オーダー』で呼び出された様子。しかも不自然なことに…彼女の記憶から、シャミ子の記憶がなくなっていて―――」

きらら「うわぁぁぁ!ちょっと、タイキックさん!言い過ぎ!言い過ぎですって!」

タイキック「む、言い過ぎか?」

きらら「次回予告なんですから、もっと短くお願いします!」

次回『少女…Y/ご先祖様はよりしろまぞく』
タイキック「次回予告って難しいな…」
きらら「じ、次回もお楽しみに~!」
▲▽▲▽▲▽

あとがき
 書きたいシーンばかり浮かんで書くべきシーンがまったく浮かばない。創作者あるあるですね。
 ちなみにいくつか書きとめておきますが、どこのシーンで使うかは未定です。ひょっとしたら使わないかもしれないけど、以下の台詞一覧からシーンを想像してみましょう。

①コリアンダー「悲しい時くらい……悲しいって言えよ…!大丈夫なんて言うんじゃねぇよ!!」

②タイキック「私は……私の意志で、貴様らの尻を蹴る。それだけだ!!」

③ローリエ「メディ…お前に訊きたいことがある。救いようのない悪党でも変われると思うか?努力さえすれば、誰でもイイ人になれると思うか?」

④木月「ヒナゲシ…君はお姉さんに聞かなかったんだね。“悪い子になっちゃあいけない理由”その訳を!」

⑤カルダモン「正義のためなら…人間はどこまでも残酷になれるんだよ」


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第1章:まちカドまおう~新たな敵と禁呪の予感編~
第5話:少女…Y/ご先祖様はよりしろまぞく


今回のサブタイは「仮面ライダーW」の「少女…A / パパは仮面ライダー」から取りました。




“人は平等だ。選ばれた人間になることは絶対にできない。……ただし、ウジ虫になれる方法はあるよ。おすすめはしないがね。”
 ……木月桂一の独白


 これは、私・ランプ・マッチの三人(二人と一匹かな?)が、新たに住良木うつつさんとタイキックさんを仲間に加えて、旅に出た直後の出来事だ。

 

 

「コード表はここに書いてある。ローリエは……20種類も用意してくれたようだな」

 

「に、20種類もですか!? そんなに覚えきれません…」

 

「一気に覚える必要はないよ。状況に応じてってことだろうしね。」

 

「マッチの言う通りだ。ランプは…そうだな、まずコレを覚えていてほしい」

 

 

 タイキックさんは、もう早速私達と話してくれた。内容は、ローリエさんが旅立ちの時にくれた、あの特殊な通信機のことだ。

 ローリエさんの言う事が正しいなら、番号の入力で私達をサポートしてくれるみたいだけど。

 

 

「…『ローリエ緊急招集』? なになに…『これを使えば、ローリエの通信機にエマージェンシーコールを送れます。ローリエを呼び出したい時に』……?」

 

「ローリエ先生のお助けってことですね!」

 

「彼の都合はあるが……基本的には、こっちを優先するそうだ」

 

 

 ローリエさんの緊急ヘルプですか……確かに、便利そうですね。

 そんな感じで、タイキックさんはランプやマッチと溶け込めてるんだけど…私はもう一人が、気がかりだ。

 

 

「…………」

 

 

 うつつさんは、私達のそれなりに後ろをとぼとぼ歩いている。話に加わってくる気配もない。

 

 

「ねぇ、うつつ!こっち来て話そうよ!」

 

「好きなモノとか、何でもいいです!だから、話してくれませんか?」

 

「え、えぇ……『何でもいい』がイチバン困るよぉ……」

 

「とにかく、もっとこっちに来ればいいじゃあないか。まともに会話もできないよ」

 

「……変な生き物、きらい」

 

「がーん!」

 

 

 あ、あはは。なんか、マッチってばうつつさんに嫌われてるね。なんでなんだろう?

 でも、別にうつつさんを困らせたいんじゃあないんだ。記憶がないのはタイキックさんだけじゃなくうつつさんもだから、何か思い出すきっかけみたいなのがあればいいなって考えもあるんだけど……

 

 

「……で、好きなモノだっけ? えーと………

 あれ? 何も思い出せない……好きなものがないとか、私終わってない?

 やっぱり、私って何の価値もないダンゴムシなんじゃあ……」

 

「何を言っている、うつつ。君は人間だろう」

 

「確かに生物学的には人間だけどさぁ……」

 

「安心しろ、魂も人間だ」

 

「うわぁっ!? ひ、引っ張らないでよぉ……」

 

 

 やっぱり何も思い出せないうつつさんに、タイキックさんはその手を取って引っ張っていこうとする。

 私は、それを止めた。

 

「ま、待ってよ、タイキックさん!」

 

「きらら?」

 

「うつつさんにはうつつさんのペースがあるんだよ。あんまり無理させると可哀想だよ」

 

「む。し、しかしだな……」

 

 注意をすると、タイキックさんは何か言いたげなまま、うつつさんを離してくれた。

 

「うぅ。なんで、私なんか引っ張って連れていこうとするのさぁ………」

 

「すまなかったな。だが、うつつを連れて先に進まなければならない……そうすれば私のこともウツカイとやらのことも分かると思うんだ」

 

「何を根拠にそんなこと言えるのよぉ……」

 

「根拠など単純明快だ。『そんな気がするから』…それだけだ!」

 

「単純すぎて明快じゃないよぉ~!」

 

 

 あ、あはは。

 タイキックさん、流石に『そんな気がするから』は私も分からないなぁ。でも、記憶がないはずなのに、そう言ってどんどん進めるのって、普通にすごいと思いますよ。もし私が記憶喪失になっても、そんな風にドンドン行動できそうにないし。

 でも、そんな空気は一変する。

 

 

「な、なんじゃこやつらはーーー!!?」

 

「「「!!!?」」」

 

 

 悲鳴だ! しかも、近くから聞こえる!

 誰だかは知らないけど、助けなくっちゃ!!

 

 

「ランプ!マッチ!」

 

「はい!」

 

「分かった!」

 

 今まで旅をしてきた相棒と、悲鳴の元へと駆け付ける。

 

「えぇ…そんなの見捨てればいいのに……」

「言っている場合か!行くぞ!!」

「うわぁ!? お、降ろして!」

 

 二人の声を後ろに聞きながら。

 ……後になって思うと、うつつさんとタイキックさんには悪い事しちゃったなとは思いますけど…緊急事態でしたし、仕方ないと思います。

 

 

 

 

「いやぁ~、誰だかは知らぬが、助かったぞ!

 余はこちらにきたばかりで、右も左も分からなかったのでな!」

 

 

 悲鳴の主は、リリスさんだった。それも……『コール』で呼ばれたリリスさんではなく、『オーダー』で呼び出された方の、だ。ウツカイに襲われそうになっていたところで、私とタイキックさんで助けたんだ。

 それで、リリスさんが『オーダー』で呼び出された方のリリスさんだと分かった理由だけど、私達を覚えていなかったからだ。『コール』で呼び出されたリリスさんは、私達と過ごしてきた思い出がある。それに、今まで『オーダー』で呼び出されたクリエメイトのパスとおんなじものを感じた。

 しかし、ここで、私達は未曽有の異変と直面することになった。ランプの何気ない質問がきっかけで……

 

 

「それで、リリス様。桃様やシャミ子様とは一緒ではありませんでしたか?」

 

「……シャミ子? 誰だそいつは?」

 

「え?」

 

「桃はわかるぞ。だがシャミ子というのは聞いたことがないな。

 そんなへんてこりんな名前のやつの知り合いは知らんな」

 

 

 ―――そう。リリスさんが、シャミ子さんのことを忘れていたんです。

 

 

「シャミ子様―――吉田優子様はリリス様の遠縁の子孫なんですよ!! まぞくの活動名はシャドウミストレス優子様! 思い出せないんですか!?」

 

「えっマジィ!!? 余、そんなの初耳だぞぉ!? まだ耄碌しきったつもりはないんだけどなぁ……」

 

「そのシャミ子ってやつも、影が薄すぎて忘れられたんじゃあないの…?」

 

「何を言うんだうつつ。赤の他人ならまだしも、子孫を忘れるなんて異常だ」

 

 

 タイキックさんの言う通り、忘れるなんて異常事態です。

 私の知るシャミ子さんとリリスさんは、仲の良い子孫とご先祖様です。どう間違えても忘れるはずがありません。

 それなのに、ランプが一生懸命呼びかけても、リリスさんはシャミ子さんのことを「知らない」と言い続けている。まる1日かけてお話したというのに……まったく思い出してくれません。

 いえ、思い出してくれない、というより……まるで最初から、そんなことを知らないかのような……

 

 

「どうしてこんな事が起こってしまったんでしょう…」

 

「きららさん、他の方のパスは分かりますか?」

 

「うん。あっちの街にいるのを感じるよ…2つ、だけど」

 

「2つ………」

 

「あっちの街ってのは………遺跡の街か。行ってみるとするか」

 

 

 でも今のリリスさんは、シャミ子さんだけを忘れています。桃さんとミカンさんは覚えているのに………。

 ひょっとしたら、桃さんやミカンさんにも同じような異変が起きているかもしれない。私達は、逸る気持ちのままに、街の方向へ走り出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ……遺跡の街で見たものは、信じられない光景でした。

 

「聖典燃やすべし、神殿つぶすべし…!」

 

「フレッシュピーチハートシャワー!」

 

「サンライズアロー!」

 

 

 壊された建物、逃げ惑う人々、それを追いかけるウツカイの群れ。

 そして……変身した桃さんとミカンさんが、シャミ子さんと戦っている光景でした。

 

 

「なに…これ……!?」

 

「シャミ子様!!?」

 

「うわぁ~~~! もう侵略されてるじゃんんん~!

 もうだめだ……私ここで殺されるんだぁ~!

 ……あぁ、殺されるくらいならいっそ自殺を…縄とかあれば…」

 

「落ち着けうつつ! 私ときららから離れるな!」

 

 

 理解ができなかった。シャミ子さんが、どうして桃さんやミカンさんと戦っているのか。どうして……あんな何かを憎むような目で攻撃をしているのか。

 私達は、わけもわからないまま戦闘態勢に入らざるを得なくなりました。

 

 

「『コール』! お願い!力を貸して!」

 

 

 桃さんとミカンさんからはパスを感じるのに、シャミ子さんからは全くパスを感じない。

 それがどうしてなのかっていう疑問を、むりやり頭の隅っこに寄せながら、『コール』を使った。

 来てくれた千矢さんにランプとマッチとうつつさんを任せ、私はトオルさんと宮子さんと共に近くにいたウツカイに攻撃していく。

 

 

「ハァァァァァァ!!」

 

「「「!!!?」」」

 

「助太刀に来た! 要らないかもしれないが…!」

 

「…ううん、助かるわ!」

 

「構わないけど、ピンチになっても助けられるか分からないからね!」

 

「勿論だ!」

 

「新手か…!」

 

 

 タイキックさんは、桃さんとミカンさんの隣に立ち、シャミ子さんが放った魔法弾を蹴りの風圧でかき消しながら助太刀に入った。

 私も、呼び出したクリエメイトの皆さんと一緒に、ウツカイに襲われている街の人々を救おうと走り出しました。

 

 

「ウツー!」

 

「うわああああああ!」

 

「助け…たすけてえええええええ」

 

 耳を塞ぎたくなるような阿鼻叫喚の中、人々を襲うウツカイを薙ぎ倒していく。

 どうやらウツカイ達は、人々が持っている聖典を奪おうとしているみたいだ。でも当然、大事なモノだから渡そうとはしない。それに対して、ウツカイは暴力を振るって人々を襲っているみたいだった。私達は、せんしのクラスの力を得たクリエメイト2人と共に、ウツカイ達を倒して、人々の聖典を守ろうとする。

 でも、どうしても……あまりにも、襲うウツカイの数が多くって。

 

「「ウツーーー!!」」

 

「ひぃぃぃぃいいい!」

 

「わああああああ!!」

 

 私の目の前で、男の子とおばあさんが同時に襲われる。

 トオルさんも宮子さんも、手分けして皆さんを助けに行ったから、呼びよせるには時間がかかる。それじゃあ、今にも襲われそうな二人を助ける事はできない。

 でも、私の身体はひとつだけ。どっちかを助けに行けば、もう片方は助からないかもしれない。迷っている時間はない……!

 

「えいやああああ!」

 

「ウツー!」

 

 咄嗟に、男の子を襲おうとしたウツカイに魔力を解き放った。それと同時に、おばあさんがウツカイに頭から齧られたのが見えた。

 

「―――っ!! その人から、離れて!!!」

 

 血の気が引いていくのを感じた。男の子を襲おうとしたウツカイが消え始めたのを確認するやいなや、おばあさんを齧るウツカイにパワー効果の乗った全力攻撃をぶつけた。

 

「はああああああああ!!」

 

「ウツーー!?!?」

 

「はぁ…はぁ……あの、大丈―――ッ!!!!?」

 

 

 もう一方のウツカイも撃退して、襲われたおばあさんを助け起こそうとした時。

 嫌でも、目に入ってしまった。おばあさんの喉元から中心に、赤黒い液体が広がっていくのが。彼女のしわだらけの喉に、ハッキリと、ウツカイの歯形が残ってしまっていることに。そして、その両手は生の炎が消えてもなお、聖典をがっしりと話さないで抱えていた。

 それらの事実が、私の心を避けようもない石の鎖で締め付ける。

 つまり、私が助けに入れなかったから、この人は…………っ!!

 

 

「…………ごめん、なさい――――――!!!」

 

 

 駆け付けるのが遅れてごめんなさい。

 助けに入ることができなくってごめんなさい。

 ……痛くて苦しい思いをさせて、ごめんなさい。

 あらゆる感情がごちゃ混ぜになった「ごめんなさい」を、小さく、でもその人に届くように口にしてから、私は顔を上げて、次のウツカイを探す。

 これ以上、あの人のような犠牲者を出さないために……私は、この足を動かす!!

 

 

 でも。

 さっきの男の子とおばあさんみたいな場面には、何度も出くわして。 

 そんな状況はたいてい、私に悩んでたり両方を助けようとする時間をくれなくって。

 そんな場面に出くわした私達は、一人で、時にはクリエメイトと最善の手を打った。

 

 それでも。

 全員は助けることができなくって。

 誰かがほぼ必ずと言っていいくらいに、私の目の前でウツカイ達に命を奪われた。酷い時には、力尽きた街の人達だけが残っているような………間に合わなかった場面がいっぱいあった。

 

 

「……どうして?」

 

 

 私は、そう問わずにはいられない。

 こんな惨劇を作り出したまだ見ぬ張本人に。

 シャミ子さんがこんなことするはずがない。だから……その裏にいるかもしれない、その人に。

 

「どうして……こんなことするの?」

 

 ここに住んでいる人達が、あなたに何か悪いことしたの?

 こうでもしないといけない事情があったの?

 そうであったとしても、人の聖典や命を奪うほどのことなの?

 

人の命を…聖典を……何だと思っているのッ!!

 

 許せない。

 皆の営みを嘲笑うかのように踏み潰すウツカイ達が。

 そして、ウツカイ達にこんなことを指示している人が。

 

「はぁぁぁあああああッ!!!!」

 

 だから、私は手を伸ばす。

 もう、私の前では誰も死なせたくないから。

 ウツカイに奪われる命や聖典を、一つでも減らしたい。減らせるって、信じたいから。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 きららがいっぱしの少女の身で人々を救おうと奔走しているのとほぼ同じ頃。

 タイキックは、千代田桃と陽夏木ミカンと共に、シャミ子と戦っていた。

 

 

「おりゃー! あちょー!」

 

「これでどうだっ!」

 

 

 ……歴戦の魔法少女達とシャミ子が渡り合えている。桃とドラゴンボール顔負けの肉弾戦を繰り広げており、ミカンの狙撃を軽々と躱している。そこにタイキックが冴え渡る足技で援護をするも、戦況は硬直していた。

 タイキックは、昨夜ランプから聞いた聖典の内容と全く違う現実に違和感を覚えていた。リリスに説明していた彼女から、シャミ子たちが登場する聖典『まちカドまぞく』の物語はあらかた聞いていた。だから、シャミ子の特徴も大体は分かっているつもりだった。

 

 

「…なぁ、ミカン。どうなっているんだ?

 アレは私の耳にしたシャミ子の特徴とだいぶ違うぞ」

 

「シャミ子………ってあんたねぇ。

 アレは…魔王シャドウミストレス。凶悪な魔王よ。そんな可愛いあだ名のレベルじゃあないわ」

 

「凶悪な魔王………か……」

 

 タイキックは、ミカンの「あんた何言ってるのよ」と言っているような台詞を反芻しながら考え込む。

 何故このような事になっているのか。少なくとも、目の前の桃とシャミ子―――シャドウミストレスの激戦と、二人の認識は間違いなく現在進行形では事実なのだろうと考える。

 だが、タイキックは、既に異変を見抜いていた。

 

「何よ?」

 

「いやな…あのシャドウミストレスとやらだが……アレは真実ではないだろうな」

 

「どういうこと?」

 

「何者かの手によって、不当に歪められ、おかしくされている。そのせいで、本来ありえない力を得ているのだろう」

 

「…あなた、何か分かったの?」

 

「いいや? 『そんな気がした』だけだ」

 

「えぇ………」

 

 

 その言葉は、ランプの語りを信じるがゆえなのか、それとも他に確固とした信じるに値するものを持っているからなのか。

 あまりにも意味不明な言葉に困惑するミカンだが、タイキックはそれを言うとミカンの方を振り返らず、そのまま桃とシャドウミストレスの間に躍り出る。

 

 

「あなたは…!?」

 

「また貴様か!うっとうしい!」

 

「お前達! こんなことをしていて良いと思っているのか!」

 

 

 タイキックは、言葉で説得を試みる。

 だが、それをすぐに桃が止めた。

 

 

「馬鹿! 凶悪な魔王に、説得が通じるワケない!」

 

「……そのとおりです」

 

「!」

 

「他者を不幸にする聖典なんていらない! それをじゃまする魔法少女はすべて薙ぎ倒すんです!!」

 

 

 桃の慌てた口ぶりにシャドウミストレスは憎悪を目に宿して同意した。

 聖典への、明らかな敵意と憎悪を感じ取ったタイキックは、理解ができなかった。

 ランプが語った『聖典』に、そんな描写はなかった。きららとマッチがランプの聖典オタク具合を保証していたから、何か忘れている可能性も低い。

 何か裏があるな、と思った。そして、現段階では説得はできないだろうと考えを改めた。完全には諦めていないが、トリックを破らなければならないと。……そんな気がした。

 

 

「分からず屋のわがまま魔王め………そんな貴様は、()()()()()で頭を冷やしてもらおう!!!」

 

「「!!!?」」

 

 

 タイキックの意味不明な宣言。そして。

 

 

デデーン

 

シャミ子、タイキックー!

 

 

 再び、神殿でウツカイを蹴散らした時のアナウンスが、何の前ぶりもなく流れた。

 

 

「い、今のは……!?」

 

「え。ちょ、ちょっと待て!シャミ子ってなんですかその気の抜けたような名前は!!

 あとタイキックって!! 私を蹴るつもりか! そうはさせんぞ―――」

 

「「「「「「くーーーーーーーーーーー!!」」」」」

 

「「!?!?!?!?!?!?!?」」

 

 

 それと同時に、どこからともなく様々なクロモン軍団が現れる。

 それらは魔王シャドウミストレスの元へ集まり、彼女へたかりだす。

 

 

「うおっ!? 待て!待ってください!!放せ! 多勢に無勢は卑怯だぞー!」

 

「そっちだってウツカイを連れて、人の命を脅かしていただろう」

 

「命を脅かす!? そんなおそろしげなことしてません!私が命じたのは聖典を奪うだけ―――」

 

「問答無用ッ!!」

 

 

 大小様々なクロモンに掴まれて動けないシャドウミストレスの背後に、タイキックはゆっくりと回る。そして、片足をぶらり、と下げたかと思えば、キックの体制を整えた。

 

 

「歯を食いしばれ、吉田優子ッ!!」

 

「え!? な、なんで私の本名―――」

 

「セヤアアアアッ!!」

 

 

 無防備なシャドウミストレスの尻に向かって、タイキックはそのまま、キックを炸裂させた。

 

 ―――ドムッッッ、という鈍い音が、破壊された街の戦場に響いた。

 

 

 

「ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?!?!?」

 

 

 タイキックさん、二度目のタイキック。

 その餌食になったのは、なりゆきで魔王になってしまった、まぞくの少女であった。

 のちに彼女は、この出来事をこう語る。

 

 

辛い想いとか、苦しさとか、モヤモヤとか……ぜんぶ吹っ飛びましたよ!!

 代わりにおしりが痛くて痛くてずーーーーっと目汁が止まりませんでしたけど!!!

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 街の人々の命を救うため、孤軍奮闘していた原作主人公。千矢にランプ達を任せ、ひたすらウツカイから人々を救い続けていたが、単純に手が足りなすぎるため、何人か取りこぼす。この物語では、この章で初めて人の死に触れることとなった。

うつつ&マッチ&ランプ
 きららがコールした千矢に守られていた非戦闘員一同。三人の様子は次回描く予定だが、三人も三人で街の惨状を目にすることとなる。

タイキック
 きららが積み上げたシリアスを、一瞬で破壊しつくしたムエタイキックボクサー。桃とミカンと合流し、魔王シャドウミストレスと戦った結果、彼女をタイキックした。リリスと初めて合流した時にまる一日かけて聖典のことをランプから教わったため、シャミ子の本当の姿とのギャップを最初に味わうことになっている。だがタイキックだ。

シリアス「ば、バカな…俺が、タイキック一発程度で…」
ギャグ「無駄ァ!!」
シリアス「グワアアアアあああああーーーーーっ!」

リリス
 原作でもきらら達が一番最初に出会ったごせんぞまぞく。ランプにまる一日説明を受けても、ついぞシャミ子のことを思い出せなかった。

千代田桃&陽夏木ミカン
 『オーダー』で呼び出され、魔王シャドウミストレスと戦った魔法少女たち。タイキックの助太刀を受けて戦いの負担は減ったが、最後の最後でタイキックを目撃することになり、心理的な負担が増えた。

魔王シャドウミストレス
 何ストーンにパスを断ち切られて、何ゲシに洗脳された姿のシャミ子。ヒナ何某のウソをそのまま信じて聖典を憎むようになる。が、拙作ではタイキック第2号の餌食に。どうしてこうなった。





△▼△▼△▼
ローリエ「緊急コールを受けて転移した先にあったのは…破壊された街と、喪った人々を見て失意に沈むきららちゃんだった。そこにうつつが余計なことを言って……あぁもう、早速空中分裂の危機かよ!」

ローリエ「そんで、タイキックさんは? ……え、シャミ子にタイキックした!?何してんの!? え、マジで、何してるの!!?」

次回『あすへの決意!想い足取り止まらない』
ローリエ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第6話:あすへの決意!想い足取り止まらない

 今年最後のきらファン八賢者です。2021もありがとうございました。また来年も御贔屓に。
 今回のサブタイは、まちカドまぞくの「あすへの決意!重いコンダラ止まらない」から。そこ!ダジャレとか言わない!
 察した方もいると思いますが、サブタイは章ごとに登場する作品から取るように努めたいと思います(3章→GA、5章→ごちうさみたいな感じで)。それ以外の章(偶数章やオリジナル)では過去のきららアニメや仮面ライダー系からサブタイのネタをいただくのもありかなと思っています。


“本当に弱い人っていうのはね、罪から逃げるだけじゃなくって、誰かに着せようとするものなんだ。そして自分自身で、「僕私は悪くない」って本気で信じようとする。”
 ……木月桂一の独白


 朝目が覚めたら、その直後にエマージェンシーコールが流れた。

 それは、ランプに預けた通信機のコード999を誰かが押して発信したことに他ならない。

 

「早速出陣か…!」

 

 エマージェンシーコールは、ランプでも呼べるようにした。電話の数字ボタンで特定の組み合わせのボタンを押すだけ。今回の場合は9を3回だから覚えやすいはずだ。まぁそれはイタズラに使いやすいことも意味してるけど、そんなことをする性格の子はメンバーにいなかったから、コレはマジの救援要請なんだろうな。

 身支度と戦闘準備をしながらそんなことを考え、終わった瞬間すぐに魔道具・キメラのつばさでエマージェンシーコールが呼ばれた場所へ転移する。

 

 

 

 

 転移して最初に見えたのは、ところどころ壊された街たち。そして人々を襲うウツカイ。

 周りを見渡して見つけたランプ達に駆け寄り、声をかけた。

 

 

「ランプ! これはどういう状況だ!?」

 

「わたし達がここに辿り着いた時には、もう……!!」

 

「マジかよ…!」

 

 

 ランプ達は、俺にエマージェンシーコールをするより先にこの街に足を踏み入れた。その時点で襲われてるってことは……!

 こっちに来るウツカイや周囲の人を襲うウツカイに弾丸を浴びせながら考える。

 

「(…もしかしたら、何人かもう殺られてるかもしれないな……)」

 

 ウツカイの攻めの手が緩んだときを見計らって、転移した時に気になったことを尋ねた。

 

 

「きららちゃんとタイキックさんは!?」

 

「きららは、街の人を助けに行った!」

 

「タイキックさんは、桃様やミカン様の助けに向かいました!」

 

 

 桃?ミカン? そういえばって段階だったが、千矢ちゃんの後ろにリリスさんがいるじゃあないか。リリスさんの姿にせよ、今魔法少女の名前が出てきたことにせよ、何が起こっているんだ?

 

 

「どういうことだ?」

 

「実は―――」

 

 

 ランプの説明によると、どうやら再び『オーダー』が使われたようだという。成る程、それで今回は桃やミカンの名前が出てきたり、リリスさんがいたりしてたのか。

 だがシャミ子の名前が出てきていない。聖典『まちカドまぞく』はシャミ子が主人公じゃなかったっけか? と思った時。ランプから衝撃の事実が告げられた。

 

 

「………リリスさんがシャミ子を知らない、だと……!?」

 

 

 普通ならあり得ない現象。だが、いくら話してもシャミ子のことを思い出してくれないのだそうだ。

 しかも、桃やミカンが今シャミ子と戦っていると言うのだ。本来の聖典……もとい漫画では、シャミ子はそんなまともに戦えるほど物理的に強くないぞ!?

 

 

「…なぁ、リリスさん…………吉田良子、は知ってるよな?」

 

「あ、あぁ。もちろん知っておる。余のかわいい子孫だ」

 

「じゃあ、清子さんは?」

 

「知っているとも。良子の母だろう?」

 

「ヨシュアは?」

 

「知っている」

 

「シャミ子は?」

 

「……………………」

 

 

 俺がした吉田家の質問は、シャミ子以外が明確に答えられていて、シャミ子だけがリリスさんの記憶から抜け落ちていた。

 馬鹿な。こんな事がなぜ起こっている?

 落ち着け。こういう時こそ、情報を集めろ。

 考えても分からないのは、手がかりが単純に足りないからだろう?

 

 

「………ランプ。俺は、きららちゃんとタイキックさんを探す事にする」

 

「せ、先生……!」

 

「この状況を正しく理解したいんだ。その為には……情報がもっと欲しい。

 ここらのウツカイはもう一掃した。隠れてるのをもっぺん殲滅してから、動くことにする」

 

「はい…」

 

「千矢ちゃん!皆を任せてもいいか!?」

 

「うん!まっかせてー!」

 

 

 『コール』で呼ばれたであろう、千矢ちゃんにランプ達を任せて、俺はウツカイを倒しながら、きららちゃんとタイキックさんを探す。

 道中で倒したウツカイの欠片が身体に降りかかるも、そんなことに構ってられない。

 

 街中を走り始めてから数分できららちゃんを見つけた。

 ウツカイから人を守るように戦っている。『コール』を使って、クリエメイトの手を借りている事も忘れていない。だが、それでも明らかに人手が足りていない。

 

 

「きららちゃん!!」

 

「!!」

 

 

 ウツカイ共に風穴をあけてからきららちゃんに駆け寄る。

 ウツカイの反撃などで擦り傷を負っているらしき彼女の目つきは、これまでにない悲しみと怒りがないまぜになっていて、今にも零れそうであった。

 

 

「どうした!!?」

 

「ローリエさん………街の皆さんが…みんなが、ウツカイに………」

 

「詳しい事は後で聞こう。きららちゃん、傷を治すよ」

 

「え、き、傷?」

 

「気づかない程必死だったのか」

 

 

 そんなになるくらい走り回って街の人達助けていたのか。

 無理はし過ぎないで欲しいものだ。俺はホイミ程度の回復魔法できららちゃんの肌に手をかざした。

 

デデーン

シャミ子、タイキックー!

 

「「………………」」

 

 

 いやタイミングと音量ゥゥ!!

 なんでこう静かになったタイミングで、地味な小音量で流れるワケェ!!?

 もっと空気読めや! きららちゃん、今ので涙が引っ込んじゃったし! そこは別に良いんだけど、他の全部が台無しだァッ!!?

 

 

「……あの、いま、シャミ子さんがタイキックって…」

 

「………聞こえたな、うん」

 

 

 すぐさまタイキック宣言のなった方へ駆け付けた。

 辿り着く直前に、シャミ子のトンデモ音量の悲鳴が響いたのを聞いて、嫌な予感がしたと思ったら。

 

 

「ふぅ……」

 

「ほげ……ほげぇ………うぅ、おしりが割れる…」

 

「何を言う。尻はとうに割れているものだ」

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

 そこで目にしたのは、シャミ子から離れていくタイキックさん。そしておしりを抑えて痛みにうずくまるシャミ子だった。

 あまりにもあんまりなタイキック後にしか見えない絵面に、桃もミカンも、ランプもマッチもうつつも絶句しているではないか。

 激痛に悶えるシャミ子に当たり前のようにさらりと言ったタイキックさんに、誰も口を挟めなかった。というか挟めるかこんなの。

 

 

「ううぅぅ………こ、これで勝ったと思うなよ〜〜〜ッ!!」

 

 

 涙目になりながら、お尻を抑えてシャミ子が逃げていく。それに伴って、生き残ったと思われる数少ないウツカイ達も情けない悲鳴をあげて逃げ去っていった。そのさまは、まさしく負け犬そのものだった。

 俺は逃げようとするシャミ子に咄嗟にG型を投げつけてから、桃達に向き直った。

 

 

「さて……今の状況を説明してくれないかい?」

 

 

 きららちゃん達全員と『まちカドまぞく』の3人と合流できたこのタイミングで、全員にそう尋ねた。

 

 ランプとマッチは言った。この街に辿り着いた時には、桃やミカンがシャミ子と戦っており、ウツカイ達が人々の聖典を狙って襲っていた、と。

 きららちゃんは言った。すぐに『コール』を使って千矢と宮ちゃんとトオルを呼び出し、街のみんなを救うために走り回ったと。

 リリスさんは言った。凄まじい戦闘だった、もしかしたら余はあのまぞくに味方するべきだったのではないかと。

 タイキックさんは言った。桃もミカンも、シャミ子の事を全く知らない様子であったと。

 そして―――その桃とミカンは、『オーダー』による異世界召喚をあっさりと受け入れた後こう言った。

 

 

「「シャミ子って……誰? さっきまで私達と戦ってたのは魔王シャドウミストレス(だ)よ?」」

 

「…………」

 

 

 …やっぱり、三人からシャミ子の記憶が消えている。

 軽く自己紹介等をした後、この現状を更に確認するため、魔法少女二人にはいくつかの質問に付き合ってもらう事にした。

 

 

「桃ちゃんから聞くか。えー……『片手ダンプ』。この単語に聞き覚えはないか?」

 

「え、ない……けど、おかしいな。初めて聞いた気がしない…」

 

「もう一つ。リリスさんとどうやって知り合ったか覚えてるか?」

 

「確かに、シャミ先との初対面も覚えてないかな…」

 

「じゃあ次、ミカンちゃんね。君が奥多魔の桜が丘に来たきっかけは?」

 

「えっと…桃がメッセで『まぞくに血を取られた』って…」

 

「じゃあ、そのまぞくが誰だか分かるか?」

 

「えーっと………あれ? 誰だったかしら……桃?」

 

「えっ……そもそも私、血を取られてたの?まずくない??」

 

 

 どうやら聞いた限り、シャミ子の存在とそれに関連した部分が虫食いの様に抜け落ちてしまっているようだ。

 こうなると、パスにも何か影響があるのかもしれない。きららちゃんに聞いてみるか。

 

 

「きららちゃん、ちょっと聞きたいことが―――」

 

「………」

 

「……きららちゃん?」

 

「あ、はい。何ですか?」

 

 

 俺の呼びかけにワンテンポ遅れて返事をしたきららちゃんは、いつもと違って血の通っていないかのような白い顔をして笑顔を向けた。そのさまは、比喩でもなんでもなく、無理をしている証拠なのだろうか。やっぱり……俺が来るまでの間に、何かあったな。

 

 

「…桃ちゃん。ランプ達のこと、お願いできるか?」

 

「え。ローリエさんは、どうするつもりなんですか?」

 

「きららちゃんだけど―――ちょっと二人で、話がしたい。頼む」

 

 

 今回の一件……きららちゃんのこの状態を早く何とかしなければマズい気がする。

 シャミ子の異変は、俺も気になる。だが、それで焦って俺達が倒れたらそれこそ異変を解決できなくなる。『医者の仕事はまず自分が死なない事だ』という言葉もあるように、自分自身が力尽きては誰も助けられなくなるだろう。

 だから、きららちゃんが今抱えているものの正体を、出来るだけ早く見抜かなければならない。そんな気がしてやまなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 桃さんやミカンさん、ランプやうつつと距離を離され、私はローリエさんと二人きりになった。

 街の一部だったちょうどいい大きさの瓦礫にローリエさんが座ると、空いたスペースに座るように促される。私は、それにならって座ることにした。

 でも、私と二人になってまで話すことって………

 

 

「言いたくないなら答えなくても良いが……きららちゃん、単刀直入に聞こう。()()()()()()()()?」

 

「―――ッ」

 

 

 ―――やっぱり、そういうことですよね。

 私は、遺跡の街の人々がウツカイ達に襲われていると知った瞬間に動き出し、目の前の人達を救おうとした。

 でも…私は、みんなを救う事ができなかった。誰かを救う度、誰かが犠牲になった。その事実が、心に重くのしかかって、動けなくなるくらいに苦しくなって……

 

 

「……覚えて、いません……!」

 

 

 絞り出すように出した答えは、現実逃避みたいだった。

 いや、みたい、というより半ばそうなのかもしれない。

 決して少なくない。一方を助けた瞬間にもう一方が犠牲になったこともあったし、駆け付けた時には全滅してた場所もあった。

 あの悲惨な光景は、正直言って忘れたかった。目を背けたかった。今思い出そうとすると、胃酸が込み上がって吐き出してしまいそう。

 

 

「そんなにか………」

 

「私…私……っ、みんなを助ける事ができなかった…!

 誰かを助けようとしたら、他の誰かが襲われたり、間に合わない場面に出くわしたりで………もう、疲れました……!」

 

「きららちゃん……」

 

 

 こんなこと、ランプには言えない。マッチにもだ。

 今まで、ランプやマッチは私を頼りにしてくれた。もちろん、『オーダー』を巡る旅の道中ではランプの知識に助けられたし、フェンネルさんに石化された時にそれを解いてくれたのがランプであることはマッチから聞いたから、頼られるのは私だけじゃないことは分かってる。

 でも、こういう戦いの場面ではどうしても私が頑張らないといけない。ランプやマッチや、うつつさんを守りながら、街の人たちも守らないといけなかったのに。

 

 こういう言い方は卑怯だけど……この手の弱音は、ローリエさんになら吐ける気がした。

 

 

「君は悪くない。本当に悪いのは、ウツカイ達と裏でそれに指示している奴らだ」

 

「………」

 

「―――と、言うのは簡単だ。だが、それで納得するタマじゃあないだろ。君も俺も」

 

「ローリエさんも、ですか…?」

 

 

 最初は、私も分かっているつもりの正論を述べたローリエさんの、「納得できないだろう」という言葉。しかもローリエさん自身も正論だけじゃあ納得できないとの発言に、目を見開く。どういうことだろう?

 

 

「俺は昔、大切な人を守れなかった事がある。一度じゃあない。二度もだ。俺は、守れなかった子たちを、どうしても忘れることができない」

 

「……何があったのか、聞いても良いですか?」

 

「小さい頃にな、アルシーヴちゃんとソラちゃんと一緒にいた時、山賊に襲われた時があったんだけどな……俺は、怖くて真っ先に逃げ出したのさ。俺は助かったが……ソラちゃんは攫われ、アルシーヴちゃんは山賊に大怪我を負わされた」

 

「そんな事が…………」

 

「その後は色々あって2人とも助かったけどな。……この件、悪いのは人攫いを企んだ山賊以外ありえない。けどな……俺は、逃げ出したあの日ほど自分の馬鹿さ加減に後悔した日はない」

 

 あまりに衝撃的な過去に言葉を失いました。

 小さな子供にとって、山賊の怖さは想像なんてできません。私には、想像も出来ないくらいには怖かったんだろうなとしか、考える事が出来ませんでした。

 何より、現在は勇敢で、ドリアーテ事件の時にも色々活躍したらしいローリエさんからは想像も出来ない過去だった。

 

「だが、俺は前を向いて生きる事にした。開き直ったとかじゃない。罪を自覚して、背負って、それでも前を向くことにしたんだ」

 

「ローリエさん…」

 

「後ろを振り向きたくなる時もあった。立ち止まったりもした、と思う。でも、後ろばっかり向いたり、立ち止まり続けることはしなかった。そうしたら、俺が俺じゃあなくなる気がしたから」

 

 

 強い人だなぁ。

 彼の独白を聞いて、最初に思った感想だった。

 そして、どうすればそこまで“強い考え方”が出来るんだろうとも、思った。

 

 

「ローリエさんは、強いですね」

 

「そう……だろうか? ただ罪を数えて、背負って生きてるだけだぞ?」

 

「その、罪を数えるって言うのは……?」

 

「んー…俺なりの確認作業、かな?

 1つ、戦う覚悟を固めなかった事。

 2つ、自分自身の中の恐怖に負けた事。

 3つ、そのせいで幼馴染二人(ソラとアルシーヴ)を泣かせた事。

 ―――みたいに、数えて確認したら、あとはそれを背負って生きていくんだ。同じ過ちを2度と起こさないように気をつけてな」

 

「なるほど……」

 

 

 それがローリエさんなりのやり方なんだろう。

 彼がここまで強く見える理由が、ちょっとだけ分かったような気がする。

 人間、間違えない人はいない。それを覚えて背負っているから、強く見えるのかもしれませんね。

 

 

「きららちゃん。君が何を見てきたのかは、君自身がよく分かると思う。

 もし、完全に心が折れていないのなら……まだ『挫けそう』って段階なら……あえて、こう言わせてもらうよ。

 ―――お前の罪を数えろ」

 

 

 ローリエさんは優しく諭すように、しかしきっぱりと私に告げた。

 罪…私の罪、かぁ。

 私の犯した罪は…それこそ今日救えなかった人の数だけありそうな気がするけど……

 

 

「まぁ、最初は数えるのが難しいかもしれないから、先に俺が思った事を言っておく。

 ……さっきの君の悩み事、俺より前に他の誰かに話したか?」

 

「え………は、話してません……」

 

「じゃ、それが1つ目。

 ―――『1人で悩みを抱え込もうとした事』だ」

 

 

 ローリエさんが人差し指を立てた。

 そして、更に言葉を続ける。

 

 

「そして2つ目―――『誰にも頼らなかった事』。

 俺は、ランプの緊急招集でここに来た時、君はもう街の人達を助けに行ってたね?」

 

「は、はい……」

 

「きっと、君の目の前で失われようとしてた命があったんだろう。それを助けようとした事は否定しない………けど、ひとりで出来る事は限られている。」

 

「…そうですね。だから、私は『コール』を使って―――」

 

 

 私は全力を賭してみんなを助けようとした。

 『コール』を使ってクリエメイトの方々を呼び出して、人手を増やした。

 そう言おうとして……ローリエさんにマントの襟を掴まれた。

 

 

「自惚れるな、きらら」

 

 それは、今までに見たことのない厳しい表情でした。

 

「確かに、君は『コール』を使える召喚士だ。

 でも……それでも、ただ一人の少女でしかない!」

 

 声を張り上げて、ローリエさんは私をまっすぐ見つめた。

 その、初めて見る姿にあっけに取られて目を逸らす余裕すらありませんでした。

 

 

「たった一人で何でもできる道理なんてない!

 俺だってそうだ。一人だったらドリアーテを倒すなんてできなかった!

 あれだってランプの聖典と、ソラの転送魔法があったから出来た事だ!!

 他の皆だって誰かが欠けてたら、俺はここにいなかったかもしれないんだ!!」

 

「!」

 

「君の周りには仲間がいるんじゃあないのか?

 それとも、その仲間が皆、頼りなく見えるのか!?」

 

「!!!」

 

 

 そこまで言われて、ハッとした。

 そうだ。『コール』にどんな意味があると思っていたんだろう。

 さっきの行動……街の人達を救う事に目を向けすぎて、ランプやマッチに頼らなかった。

 

 

「仲間は新しく増えただろ。うつつにタイキックさん。

 直接戦えない人もいるかもしれない。でも、それが君一人で背負う理由になっていいわけがない!」

 

 

 そうだ。

 私はひとりで戦っているんじゃないんだ。

 隣にはいつもランプやマッチがいたじゃないか。

 今ではうつつやタイキックさんもいる。旅を始めて短いけど、頼ってもいいのかな。

 

 

「そっか……私……」

 

「分かったようで何よりだ」

 

「じゃあ、3つ目は……『1人だけで頑張った結果、皆で頑張れば助かったかもしれない命を救えなかったこと』……ですかね?」

 

「…自覚したなら、それを背負うんだ。そして前を向いて歩く。できるな?」

 

「………はい。みんながいれば、きっと!」

 

 

 ローリエさんの言ったことは、決して優しい言葉じゃあない。むしろ自分自身を追い詰めているような、厳しい内容の言葉だった。

 でも、そのお陰で私のやるべき事が決まった。

 

 私は……さっきの戦いで犯した間違いは背負って生きる。

 今度は、ランプやマッチやうつつやタイキックさんと一緒に進んでみせる。

 喪った人々がいるのは心苦しいし、私が救えなかった人がいる事実は直視しづらいけれど。

 それでも、前を向いていかないとね。

 

 

 ランプ達の元へ駆けていく。

 

 

「みんな!聞いて下さい!」

 

「「「「「?」」」」」

 

「あの、私、これからの異変は……みんなで解決していきたいんです!だから……力を、貸してくれますか?」

 

「―――っ!! もちろんです、きららさん!」

 

「任せてくれ、きらら!」

 

「もちろん」

 

「魔法少女の力、存分に頼ってちょうだいね!」

 

「偉大なる余に任せておくがいい!ハッハッハッハ!」

 

「えぇぇ……私でいいのぉ? めっちゃ気が進まないし、私の力なんて借りてもたかが知れてると思うけど…」

 

「任せろ、きらら。立ち塞がる敵は、このタイキックが全員蹴とばしてみせよう!」

 

 

 改めてお願いした私に対して、みんなが十人十色に返事を返す。

 その雰囲気が温かくて、とても心地が良かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――きららとローリエが二人で会話をしていた頃。

 

「ねぇ…なんで、きららは他の人を助けようとしたの?」

 

「え?」

 

「他の人なんてどうでも良くない……?見捨てれば良かったじゃん」

 

「うつつ、君は――」

 

「な…何てことを言うんですか!」

 

「ひっ!? 怒らないでよぉ……ただちょっとそう思っただけじゃん…」

 

「ランプ、落ち着け。うつつに悪気はない。ただ疑問に思っただけなんだろう?」

 

 うつつが街の人を助けようとしたきららに疑問を向けると、ランプは火のように声を荒げて起こる。

 完全にうつつの言い方が招いた問題だが、すぐにタイキックが間に入って仲裁を始めた。

 

「ぎ、疑問っていうか、分からなかったと言うか……」

 

「つまり、うつつに悪気はない。矛を収めてくれ、ランプ」

 

 ランプを説得する口の良さに、内心感心しているマッチ。ランプも、タイキックにそう言われたのではと引き下がる他なかった。

 

「うつつ。君の疑問だが……答えを出すのはとても難しい」

 

「どうして?」

 

「この手の疑問は、君自身が納得する答えを見つけなければいけない。

 私が今ここで答えてもいいが……それではうつつが完全に納得することはできない。……そんな気がするんだ」

 

「また『そんな気がする』なのぉ…?」

 

「タイキックさん、そのフレーズ、気に入ったんですか?」

 

「気に入った………というより、この言い方がしっくり来る。そんな気がする」

 

「めちゃ気に入ってるじゃないの」

 

 

 一応うつつの説得もやってのけたタイキック。

 このようなやり取りがあったことは、ローリエもきららも、まだ知らない。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 ランプの緊急招集を受けて、即座に転移しきらら達と合流した拙作主人公。ウツカイをバラバラにしながらきらら達を探した他、きららが人々を救えなかったことを受けて、それでも前を向くことの大切さを説いた。説得内容は「仮面ライダーW」に似通っている部分があるが、ちょっと意識した程度でしかない。

きらら
 お前の罪を数えた召喚士。これからはそれを背負って事件解決に臨み、罪を数えさせる側に回る。原作「きららファンタジア」でも、主人公の中では唯一戦える存在であるため、自分で責任を背負い過ぎていそう。『コール』でクリエメイトを呼べるから自覚症状もないかもしれない。拙作ではタイキックさんの存在に加え、ローリエの説得でこのことを自覚して、少しはマシになれるかもしれない。

ランプ&マッチ&うつつ&タイキック
 きららと二人でお話している間、不穏な言い争いっぽいものが起きたパーティメンバー。うつつとランプで衝突が起こりそうだったが、タイキックの仲裁で事なきを得る。

千代田桃&陽夏木ミカン&リリス
 いまだにシャミ子を思い出せないクリエメイト。ローリエに記憶確認のためいろいろ質問をされた。
 そもそもリリスはシャミ子がごぜんぞスイッチを押したことで体に乗り移った経緯で桃と知り合ったため、シャミ子とのパスがムリヤリ切られたら出会った経緯を思い出せなくて当然である。




片手ダンプ
 片手でダンプカーを止めること。『まちカドまぞく』のシャミ子と桃の出会いのシーンにて、ダンプカーに轢かれそうになったシャミ子を助ける為に桃がダンプカーを物理で止めた結果、このワードが生まれた。

さぁ、お前の罪を数えろ
 『仮面ライダーW』に登場する主人公・左翔太郎&フィリップが、風都を泣かせる悪党に問い続ける名台詞。相手だけではなく自分自身にも問いかけていて、特別な意味を持っている。
 余談だが、もしこの台詞をリアリストたちに突きつけたなら、全員口を揃えて「わしは悪くねェ!!!」って言いそう。




△▼△▼△▼
ローリエ「立ち直ったきららちゃんとその仲間と共に、シャミ子が逃げた秘密基地を探すことにした俺。」

ランプ「先生、G型投げてませんでした?」

ローリエ「そうだ。それで秘密基地を特定して突入しようとしたが……行く手を凄まじく巨大なウツカイに阻まれる!!」

桃「それを裏で操る女の子も姿を見せた。ランプの言う通りなら、シャドウミストレスの正体がこれで分かるらしいけど……」

次回『蠢く鬱遣(ウツカイ)
桃「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽

 


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第7話:蠢く鬱遣(ウツカイ)

 はい、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 リアリストの正体は色々考察が上がっています。①マジで恵まれなかった人説、②ハイプリスに思想改造された説、③別世界からの刺客説、④①~③の複合説。ハイプリスもハイプリスで我ながら色々正体を考察しています。でもほぼ『神殿の統治or聖典の編集の闇を見てしまった元神殿関係者』だと思われますが……結果的にどうであろうとオリジナル展開は揺らがないようにしていきたいです。
 2022最初のきらファン八賢者のサブタイの元ネタは「仮面ライダー響鬼」より、「蠢く邪心」から。それでは、どうぞ。


“若者に進めたい本、かい? そうだね。まずは―――「孫氏の兵法」を薦めたい。あそこに書かれている教訓はすべて良いものだ。”
 ……木月桂一の独白


 きららちゃんが立ち直ってすぐに、皆で作戦会議を開くこととなった。

 うつつだけ乗り気じゃなく「どうせ私がいなくても話は進むでしょ」って言ってたけど、タイキックさんがそれを許さなかった。

 

「私がいなくったっていいでしょぉ~~!?」

 

「そうじゃない。話を聞いておく事が重要なんだ」

 

 うつつを論破し羽交い絞めにするタイキックさんを加えながら、作戦会議が始まる。

 俺は、すぐにタブレットで街のマップを映し、その中に唯一反応を示す点を指さした。

 

 

「実は…さっき、シャミ子の尾行を魔道具にさせていた。最終位置がここだから、ここら辺にアジトがある可能性が高い」

 

「なるほど…」

 

「でも、待って。もし敵に尾行されてるのに気づかれたら、罠を張られる可能性があると思うよ」

 

 

 俺の魔道具が送った信号でアジトを探す作戦を提案したところ、桃がそれを逆手に取られる可能性を示してきた。

 確かに、もし尾行に気付かれれば…しかも、魔道具での追跡に気付かれれば、待ち受けられる危険性はグッと上がるだろう。

 だが、俺はこれについては問題ないと思っている。

 

「そう言うと思ったぜ。でも多分大丈夫だ。なにせ、尾行させたのはコイツだからな」

 

 と言って、G型魔道具を見せる。その反応は劇的だった。

 

 

「「「イイぃぃぃぃぃぃヤァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」」」」

 

 まず、ランプがきららの後ろに。ミカンが桃の後ろに隠れ、うつつが腰を抜かしてひっくり返る。

 そして、ここでミカンの「動揺すると周囲の誰かにささやかな災難が降りかかる呪い」が発動。驚くリリスさんを、通りすがりの超巨大大蛇が締め上げた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!? 何故余が締め上げられるのだあああああああああ!!?」

 

ドーモ、ハジメマシテ。ルメインタイパンデス

 

「ギャアアアアアアアアアアアアシャベッタァァァァァアアアアアアアア!!!!?」

 

「リリスさん、ちゃんとアイサツは返してくれよ、スゴイ・シツレイだから」

 

「言ってる場合かァァァァ!!!? 助けて!余を助けて!!!?」

 

 あぁ、あれルメインタイパンだったのか。毒はあるけど人は襲わないタイプだったと記憶してるけど、あそこまで育ったの見るの初めてだわ。そんなことを考えたが、話の論点がずれるから本題に戻ろうか。

 

「……あの、周りが凄まじい事になったけど、それが魔道具?」

 

「そうだ。色・ツヤ・カサカサ度合い、全てを本物のGに似せたG型魔道具だ。スパイ能力やGの再現度を大型アップデートした」

 

「再現度はアップデートしなくていいです~!!!」

 

「しかも。仮にGが平気だったり、この魔道具がGじゃないかもと思われたりしても、コイツを捕まえて確かめることはできない。

 きららちゃん、ちょっとこのGを退治してみて」

 

 

 ランプのアップデートに関する文句をスルーして、情報機密性をもっとプロデュースするために、きららちゃんに退治を頼んだ。きららちゃんはマッチに頼んで余った雑誌を貰い、それを縦に巻いてゴキ叩き棒を即席で作り、G型魔道具を退治しようとする。しかし、だ。

 

▶きららのこうげき!

▶ミス! Gがたに よけられてしまった!

▶きららのこうげき!

▶Gがたは ひらりとみをかわした!

▶きららのそくどきょうか!

▶きららのこうげき!

▶Gがたの そらをとぶ!

▶ミス! Gがたには あたらなかった!

 

「うわぁぁ!空を飛ぶなんてアリですか!?」

 

「きらら、ちょっとその丸めた雑誌を貸してくれ。私がやってみよう」

 

 お、タイキックさんがやるか?しかし、無意味だ。

 

▶タイキックは いきをおおきくすいこんだ。

▶タイキックのこうげき!

▶ミス! Gがたは へんたいてきなうごきで こうげきをかわした!

 

「馬鹿な…!?」

 

「凄まじいスピードで攻撃を避けおったぞ……」

 

「元々隠密用なんだ。逃走・攻撃回避機能には力を入れたぞ。ガチ目に」

 

「ま、魔法少女でも捕まえるのに苦労しそうなレベルね…」

 

 

 きららちゃんから代わったタイキックさんが放った、目にも止まらぬきらら以上の一振りでさえ、G型は煽るように飛んで躱していった。

 目の前で証明したように、タイキックさんでも攻撃を当てるのはほぼほぼ不可能。アップデートを施したG型を捕まえるには、それこそカルダモンでも手を焼くかもしれない。それくらいにした今、G型魔道具が見つかってもまず捕まることはない。そもそも、Gを嫌がって誰も詳しく観察しようとしないだろう。

 ともあれ、俺の魔道具の有用性を(嫌々ながらに)理解してくれたみんなは、俺の魔道具からの応答を元にシャミ子がどこへ行ったのかを探すことにしたのであった。

 

 

 

 G型の反応を追って街を進んでいく。

 その途中でG型が尾行から戻ってきたと伝えるかのように現れて、また大混乱に陥った。

 

 

「「「ひいぃぃぃぃ!!!?」」」

 

「おい、静かにしてくれ。敵に見つかったらどうすんだ」

 

 ランプ・ミカン・うつつの3人がまた怯え、再びミカンの『呪い』が発動。今度は桃が鳥の群れにたかられることになった。

 

「うわっ! なに、こいつら!?」

 

ドーモ、ハジメマシテ。ルインバードデス

頭についてるマシュマロをよこせッ!

イヤーッ!

 

「え…あ。どうも千代田桃です……じゃなくて!これは食べ物じゃないから!」

 

 ルインバードか、アレ。ミカンの呪い―――もといウガルルは絶好調だなと思いながらも鳥たちを追い払う。桃がアイサツしてないってのに襲い掛かるとはスゴイ・シツレイな鳥どもめ。

 まぁそうしてG型についていった結果、俺達は秘密基地の入り口まで辿り着くことができた。

 

 

「―――ここか」

 

「うぅぅぅ……行きたくない……」

 

「じゃあここで待ってるか?」

 

「それも嫌だぁ…」

 

 うつつを説得させながらドアに罠がないか確かめて……ドアノブを回す。

 ………鍵がかかってるな。だが、このくらい想定内だ。

 ローリエ・キックを扉にぶちかましてやれば、蝶番の根本からドアが派手に吹っ飛んだ。

 

「ろ、ローリエさん!!?」

 

「これが一番早い」

 

「確かに」

 

「桃様並みの脳筋手段…」

 

「ランプの課題追加、と」

 

「うぼわぁ」

 

 

 余計な事を言ったランプに課題追加を命じながら、俺らは突入した。

 

 

 そこは、明らかに人の手が行き届いている地下への廊下だった。

 不穏な空気が奥からにじみ出ている。ここから先に、明らかによろしくない感情を持った誰かがいる。そう確信させられるほどに空気が違った。

 振り向けば、きららちゃんや桃、ミカン、タイキックさんも俺の視線に頷いた。どうやら、この4人も違和感に気付いたようだ。残りの非戦闘員4人(マッチは人なのか?)は気付かないのも無理はない。

 

 

「みんな、気を引き締めろよ。こっから先は敵の秘密基地なんだから」

 

 

 ひとこと告げてから、進んでいく。

 すると、長い階段を下りて、四方をレンガで囲まれた広い回廊の先に、両開きの大きめの扉があるのを発見した。

 ―――そして。

 

「こ…これはっ!!」

 

 ヤツが、その扉の奥にある何かを守るかのように、立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエときらら達が秘密基地に入ってきたのとほぼ同時刻。

 

 

「ど、どうしよう……きららちゃん達が来ちゃったの…秘密基地が見つかっちゃうなんて………しかも、八賢者ローリエまでいるし…!」

 

 

 秘密基地の最奥部にいる花飾りの少女・ヒナゲシは焦っていた。

 彼女は、遺跡の街の秘密基地に根城を構え、シャミ子相手に洗脳を行っていた。

 とある方法でパスを断ち切られ、桃達の記憶を失ったシャミ子にこう囁いた。

 

『聖典はまやかしだらけなの……本当は、シャミ子ちゃんはひとりぼっちなの。何も守れないよわよわまぞくで……みんなに見捨てられちゃうの。』

 

 聖典はまやかしと言っておきながら大嘘を吹き込むことに疑問を覚えるかもしれないが、記憶が無くても心の底から良い子のシャミ子ちゃんはそれを信じてしまった。そこからは泥沼にハマっていく。どろぬまぞくであった。聖典や魔法少女を自分のものを奪う敵として見るようになり、侵略をするようになったのだ。

 その際、ヒナゲシはウツカイにこう命じていた。『聖典を奪え』と。『抵抗するだろうから、力づくでも構わない』と。その結果ウツカイは「それはつまり…ころしてでも うばいとれ ってことだネ!」と殺戮をしてしまったのだが、その事はシャミ子もヒナゲシも知るよしもない。

 

 話を戻そう。

 シャミ子を洗脳して聖典を回収していたヒナゲシだったが、あまりに早い召喚士&八賢者のカチコミに超焦っていた。秘密基地は秘密にしているから秘密基地なのだ。すぐにバレる隠し方はしていないのに何故こんなに早く……という思いでいっぱいだった。

 無理もない。ローリエは、日用品以外の発明はすべて秘匿している。設計図すら残さない徹底ぶりだ。神殿内にてタブーになったG型魔道具を始めとしたローリエの戦い方など、リアリストであるヒナゲシが知るわけがない。

 先程帰ってきたシャミ子も何も言っていなかった。というかお尻が痛いといってほぼ何も語らなかった。つまり、ヒナゲシはきらら一行に秘密基地の存在がバレた理由がマジで分からないのだ。

 

 

「や、やっぱり私じゃダメダメなの……このままあっさりやられちゃったらお姉様に怒られ…いや、いい加減に見捨てられちゃう……いや…それだけはイヤぁ……!!」

 

 

 ヒナゲシは、お姉様と呼ばれる人物に連絡をとっていた。

 彼女曰く、「そっちに行けるように掛け合ってみるけど、もし私が来るまでにしくじったらタダじゃおかない」と。だから、お姉様が来るまでは自分で何とかしなきゃと思っている。

 

「そもそも八賢者なんてどうやって対処すれば……うぅぅぅぅぅ!!」

 

 八賢者という予想外過ぎる襲撃者の件も、すぐに報告すればいいものを、また怒られるかも・見捨てられるかもという思いから、報告できずにいた。

 降りかかるかもしれない恐怖から、自分で持ちこたえなければという考えに囚われたヒナゲシは、「こうなったら最終手段なの!」とシャミ子に向き直る。

 

 

「シャミ子ちゃん…敵が来たの…」

 

「ほげぇ……うぅ、お尻が痛いです……」

 

「…………」

 

「あぁ~~………お尻がぁ~…! タイキックされたお尻がぁ~…!!」

 

「シャミ子ちゃん!」

 

「ほわー! ひ、ヒナゲシさん!? なんですか!?」

 

「なんですかじゃないの!敵なの!」

 

 

 タイキックを受けて悶絶したシャミ子に鞭打つように元の世界に引き戻すヒナゲシ。

 

 

「敵……? 敵、ですか?」

 

「うん。あなたから楽しい事や嬉しい事を奪っていく敵なの。

 健康も、うどんも、なけなしの500円も、鉄板も……ぜんぶ、奪っていくの。」

 

「そ、そんな…やめてください…

 おかーさんや良が、悲しみます…」

 

「―――っ!

 そうしたら、お母さんも良ちゃんも、そんなよわよわシャミ子ちゃんを、見捨てるかも……」

 

「え―――」

 

「だから…シャミ子ちゃんを、世界を、アイツ等を憎んで…憎むの……!!!」

 

 

 そして、憎悪を焚きつける。すると、ヒナゲシの手に持っていた宝石がおぞましく光、シャミ子を闇のオーラが包んでいく。

 

 

「うぅ……憎い…? 憎い……!

 おかーさんや良を守れない私が憎い…世界が憎い……!」

 

 

 タイキックによってやや正気を取り戻したかに見えた瞳が、再び濁っていく。

 そうして生み出された絶望のクリエから、ウツカイが生まれていく。

 その中に、ひときわ大きなウツカイが現れた。天井が高く、広い秘密基地でも窮屈に感じるような、巨大なウツカイだ。

 

 

「すごい…すごいの! こんな巨大なウツカイがいれば、あいつらなんか…!」

 

 

 ウツカイが生まれて喜ぶヒナゲシ。

 その背中を、黒光りする一匹の虫が眺めていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 それは、今まで捌いてきた他のウツカイとはスケールが違った。

 一目瞭然の言葉の通り、そいつは凄まじい巨体を持っていた。まるで、ウツカイにビッグライトを当てたかのようにシンプルな巨大化で、シンプルな強化版だった。

 

 

「今までよりも強敵の予感よ!気を付けて!」

 

 

 ミカンが注意を促した瞬間、巨大ウツカイは襲い掛かってきた。

 振り上げた腕を叩きつけるというシンプルな攻撃を繰り出してくる。巨大な体であるからして、普通の攻撃のスケールがトンデモなくデカい。

 

 

「うわぁっ!」

「きゃあ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 マトモに食らえばひとたまりもない。きららちゃん達も魔法少女もそれは分かっているようで、巨大ウツカイの攻撃を回避した。ランプはマッチと協力して、うつつは情けない悲鳴をあげながら逃げ回る。

 

 

「はぁぁっ!」

「でやっ!」

「そこ!」

 

「ウツーー!!!」

 

「…ッ、全然効いてない…!」

 

「はああああああっ!」

 

「ウツー!」

 

「ぬおっ!?」

 

「タイキックさん!?」

 

 

 きららちゃんや桃、ミカンが反撃するも、巨大ウツカイは応えた様子がない。タイキックさんの飛び蹴りでさえ、軽々と投げ返してしまった。

 大きくなったという事は、ただ的がデカくなったというわけではないようだ。攻撃力、防御力、体力……ありとあらゆるスペックが普通のウツカイよりもすぐれたものになっているようだ。

 

「ふっ!!」

 

「ウツーーーーーーー!!?」

 

「……」

 

「ウ…ウツーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「チッ!」

 

 俺も試しに4つある目のうちのひとつを狙い撃ちしたものの、直撃した時にかなり痛がっただけで、消える気配がない。それどころか、目を潰しかねない攻撃を放ったのが俺だということに気が付いて、こちらに殺気を放っているまである。

 このままではジリ貧だ。一気に高火力でブッ飛ばしてみないと状況が変わらん。

 

 

「来い、アイリス!」

 

 その一言で、何もない場所から魔法陣が現れると同時にショットガン・アイリスが現れる。

 コイツの機能……それは、特殊弾頭と特定のワードで発射される殲滅特化の波動砲『モード・アヴェンジャー』だ。その威力は、廃墟となった街の一部を更地にする程。

 コレを使えば、こんなデカいだけのウツカイなど難なく倒せるだろう。だが、巨大ウツカイごとシャミ子や大事なモンまでブッ飛ばすわけにはいかない。それに、ここは地下だ。下手な方向に撃ったら、俺らも敵も仲良く生き埋めだ。

 

 巨大ウツカイだけを倒せて、仲間を巻き込まず、かつ地上の街に影響が出ないように撃ち込む必要がある。

 そのことをきららちゃん達に伝えようとしたその時、声が聞こえた。

 

 

「飛んで火にいる夏の虫とはこのことなの……」

 

「!」

 

 

 少女の声だ。ランプやアリサくらいの幼さで、地味に暗い。

 

 

「だ、誰!?」

 

「あなたたちに教える気はないの。どうせここで、消えちゃうんだから…」

 

「そんなこと言わずにちょっとだけ。普段なんて呼ばれてるかだけでも」

 

「そんな手には乗らないの」

 

 

 どうやら声の主たる少女は、きららちゃん達をこの場で倒すつもりらしい。名前を教える事すらしないとは、注意深いヤツだ。

 あとな桃、そんな手に乗るのはシャミ子みたいなちょろまぞくくらいのものだぞ。あぁいうヤツから名前を聞き出すなら、もっと煽らないと。

 

 

「『―――』みたくちょろくはないか。………あれ?」

 

「桃、大事な時にぼーーっとするでない!」

 

「こ、こほん。話の続きをするの」

 

 

 いや、煽るのはもうちょっと待つか。

 こういう場合、煽りはタイミングだ。最初から煽ると怒りから話すつもりのことを話さなくなる可能性が出てくるからな。

 

 

「その巨大ウツカイは、シャミ子ちゃんの絶望のクリエをたーくさん使った特別なウツカイ…

 シャミ子ちゃんが絶望すればするほど強くなるの…………シャミ子ちゃんとの絆を断たれたあなたたちに勝ち目はないの……」

 

 

 時間が止まった。

 いや、そう錯覚するくらいには、この少女の言っている事が理解できなかった…理解したくなかったことだったかもしれない。

 

「だから、みんなシャミ子ちゃんと一緒に消えちゃえばいいの。

 あ、でもうつつちゃんだけは残しておくの。捕まえないとお姉様に叱られちゃうから…」

「うぇぇ…な、なんで、私だけぇ………私が何したっていうのよぉ………」

 

 絶望させた、だと? あの魔族としてやっていくにはあまりに善良すぎるあの子を、か?

 何を言ってやがる。どうしてそんなことができる。つまり……俺が今まで倒そうと思っていたあの巨大ウツカイは、シャミ子がそれだけ絶望した証拠であり、まだ見ぬ姿の敵が行った事を如実に証明していた。

 

 それを自覚した瞬間、俺は笑っていた。

 

 

「笑わせるぜ…」

 

「ローリエさん?」

「先生?」

 

「なにが、おかしいの?」

 

 もう煽るだなんだ言ってる場合じゃあない。言いたいこと言わなきゃ、爆発しそうだ。

 

「姿も名前も見せねぇテメェが俺達を消すと言ったのがバカバカしいと言ったのさ。

 いいか? ……お前に俺達は倒せない。決意が違うんだよ。俺達を消したいんなら、ウツカイなんぞに頼らずに出てきたらどうだ。ウツカイとお前の全力が合わされば、ワンチャンあるかもしれないぜ?」

 

「……そんな手にも乗らないの」

 

「そうだ。乗るわけがない。名乗りもしない。ここに来ることもない。

 何故ならお前は―――ウツカイにも劣る、クソ雑魚の臆病者だからだ!!!」

 

「―――ッ!!!!」

 

 

 ぶつけるように吐き出した宣戦布告に、クソガキの声が詰まるような音が僅かに聞こえた。思うに、図星だったな?

 そう思った直後。

 

 

「ウツカイ!! そいつを殴り殺すの!!!!」

 

「ウツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「ぐッ!!!?」

 

 

 巨大ウツカイの拳が眼前に迫ってきていた。

 啖呵を切った直後で避けるのも間に合わず、真正面から、全身でその拳を受けた。

 俺の身体が地面と平行に飛ばされ、階段に激突した。

 

 

「「「「ローリエ(さん)っ!!!」」」」

 

 

 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 背中の痛みに耐えながら、桃ときららちゃんに背負われて階段を上っていくのがわかった。そっから先の会話は、耳に入れる余裕すら生まれなかった。

 一時撤退するのか……そう言いたかったが、背中が痛くて何も言えなかった。

 ただ分かったのは…俺達が一時撤退せざるを得なくなった、という事だけであった。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 シャミ子のアジトと言う名のリアリストの秘密基地を一発で探り当てた拙作主人公。その奥に見つけた秘密基地でリアリストのシャミ子への仕打ちを知りマジギレ。無意識かつ盛大にヒナゲシの地雷を踏み、巨大ウツカイに殴られる。本文後半にも出てくるように、背中を階段に強かにぶつけたことで凄まじい痛みを味わっている。なお、ウツカイが殴った正面方向へのダメージは……

きらら&千代田桃&陽夏木ミカン&タイキック
 秘密基地で戦った戦闘員。ルメインタイパン=サンの対応やルインバード=サンの対応もしたが、メインは巨大ウツカイとの戦い。しかし、ローリエが殴り飛ばされてしまったため、一時撤退。

ランプ&マッチ&うつつ&リリス
 非戦闘員の面々。巨大ウツカイの攻撃にたいして逃げ回ることしかできなかった。致し方ないといえばそれまでだが、約一名の心がこの戦いで折れた。

ルメインタイパン=サン
 ミカンの呪いで招集された、遺跡に住まう毒持ちの大蛇。リリスに巻き付いた個体は忍殺語を話していたが、これは子ヘビの頃に忍殺語を話す少年に出会ったからである。また、その影響でルメインタイパン種にも忍殺語が流行する。ニンジャ・スピリットは世界を越える。古事記にもそう書いてある。イヤーッ!

ルインバード=サン
 ミカンの呪いで招集された、遺跡に住む群れを成す鳥。ルメインタイパンに広まった言語が伝わり、忍殺語を使うようになる。しかし、ニンジャ・スピリットまでは伝達しておらず、桃にスゴイ・シツレイを働くなど、実力はまだまだサンシタ揃い。

ヒナゲシ
 CVが河野ひ○りさんだということだけが判明した。ローリエに地雷を踏みぬかれ、巨大ウツカイに“初めて自分の意志で”殺しの命令を下した。なお、もう既にウツカイ達が自分の解釈で遺跡の街で殺戮ショーをやっている事は知らない。



原作との違い
 シャミ子がタイキックされたことにより絶望度合が変わり、追加登場したのが巨大ウツカイだけになっている。また、ヒナゲシは焦りから正常な判断が下しにくくなっている。当たり前のように八賢者に秘密基地が暴かれた上に、即座に殴り込んできたので無理もない。



△▼△▼△▼
うつつ「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……もうやだぁ!わけわかんないよぉ!なんでみんな、知らない人の為に頑張れるの!桃も、ミカンも、タイキックも、きららもおかしいよぉ!」

タイキック「待て、うつつ!迂闊に動くと危険だ!」

ローリエ「心が折れちまったのか、うつつ……まぁ、あんなデカいウツカイに遭ったんじゃ無理もない。けど……その程度で、放っておく人はここにはいない。きららも、桃ちゃんも、ミカンちゃんも………そして、タイキックさんもだ。」

次回『心研ぎ澄ませ!タイキックさんの新たな希望』
ローリエ「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第8話:心研ぎ澄ませ!タイキックさんの新たな希望

今回のサブタイはまちカドまぞくから「心研ぎ澄ませ!魔法少女の新たな力」から。





“友情は真珠のようなものだ。尊く、輝かしいものだが、庇護せねばならぬほど脆いからである。”
 …木月桂一の独白



2021/1/29:本文を一部修正しました。


 ウツカイやシャミ子が隠れ家にしている秘密基地……それは、ローリエによって容易に探し出すことに成功したのだが、巨大ウツカイの予想外な力を前にしたきらら達は、ローリエが負傷したのをきっかけに撤退せざるを得なくなった。

 それにより、追手のウツカイも放たれたが、その数は最初の襲撃よりも非常に少ない。しかし、決して油断できない数でもある。

 

 秘密基地から命からがら逃げ出したきらら達もまた、それが分かっていた。

 

 

「な、なんとか逃げ出せたね…」

「あ、足がガクガクする…それに、なんかクラキュ~してきた………余はもう動きたくない…」

「私もちょっと限界……桃は大丈夫?」

「……………平気。」

 

 

 逃げ切った先で、リリスもミカンも桃も、それぞれ戦い&逃走で体力の限界に近づいていた。桃だけは口では平気と言っていたが、明らかに顔色が宜しくない。無理をしている証拠であった。

 だが、無理をしているだけならまだしも、更に酷い精神状態に陥っている人がいた。

 

 

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜………」

 

「うつつさん?」

 

「もうやだぁ…がんばりたくないぃ……おうちに帰れなくても良いぃ〜……」

 

 

 うつつである。

 いつもネガティブオーラをまとってネガティブな言動を繰り返す彼女だったが、今はそれが更に酷く落ち込んでいる様子を全員が感じとった。

 

 

「もう無理ぃ……私はこのまま、この世界の隅っこで岩の下のダンゴムシのようにひっそり暮らすぅ〜……」

 

「うつつさん…」

 

「そんなこと言わないで。私も一緒にうつつの家を探すから……」

 

 

 そんな尋常ではない様子に、きららとランプは手を差し伸べる。その様子には、うつつへの思いやりがあった。

 しかし、それを目にしても、うつつのネガティブオーラは一向に良くならない。

 

「……うつつ。それで良いのか? 確かに、あの巨大なウツカイは強敵だが………」

 

 タイキックは確かめるようにうつつに問う。

 うつつの心が折れかけているのは、やはりあの巨大なウツカイと、「うつつは置いてみんな消えちゃえ」とか言ったあの少女が原因だろう。ならば、それを取り除けば改善されるのでは、とタイキックは思った。

 しかし……それは、タイキックの思い違いであった。うつつは、「心が折れかけている」のではない。「心が折れてしまっていた」のだ。

 

 

「うるさい!ほっといて!!」

 

「なっ……」

 

「どうせあんた達みたいな陽キャに、私の気持ちなんて分かるわけないんだからぁ……!!!!」

 

 

 きららやタイキックの手を振り払い、逃げるように走り出したうつつ。

 あまりに突然のことだったので、手を掴み損ねて逃走を許してしまった。

 

 

「待ってっ!」

 

「迂闊に動くと危険だ!」

 

 

 きららやタイキックの制止の声さえ、うつつを引き止めることができなかった。

 そして、大声を出してしまえば、追手に気付かれない訳もなく。

 

 

「ウツッ!? ウツーーー!」

 

「くそっ! こんな時に!」

「邪魔しないで!」

 

 自分たちを見つけたウツカイの魔の手が、うつつへの道を阻む。

 きららとタイキックは、ままならない現状にいら立ちながらも、道を切り拓くために果敢にウツカイに挑む。

 

 それと同時にランプは、ローリエを起こすことに成功していた。

 

 

「先生!起きてください、先生!!」

 

「………ランプ、か」

 

「大丈夫ですか?」

 

「……あぁ。ちょっと背中が痛むだけだ」

 

「あんな大きなウツカイに殴られたのに?」

 

 

 少し強めに揺らせば、簡単にローリエは意識を取り戻した。

 巨大ウツカイのパンチを真っ正面から受けたにしてはケロッとしている様子のローリエに、桃が疑問を呈するが。

 

 

「あぁ……確かに殴られたが…不思議と、全然痛くない。むしろ、背中の方が階段に叩きつけたぶん痛いくらいだ」

 

「どうして、ですか?」

 

「分からん。ウツカイはまだ謎だらけだ。これから調べるしかねぇだろ……

 それよりも、今どういう状況になっているんだ?」

 

 

 本人も分からない軽ダメージの原因よりも、現状確認を急かすローリエ。

 彼の問いに対して、目の前で起こったことをそのまま伝えるランプ。

 自分の意識が朦朧としてた間の出来事を知ったローリエは、ため息と「なるほど」という言葉を口にした後、こう言った。

 

 

「多分、うつつのヤツ、心が折れちまったんだな」

 

「心が……」

 

「元々、心の強そうなヤツじゃあなかったからな。何もかもがイヤになっちまったんだろ。あんな目に遭った後で逃げたくなっても不思議じゃあない」

 

 

 ローリエの推測を否定するものはいなかった。

 うつつは口を開けばネガティブ発言しかしなかったような少女だ。彼の言う通り、心が折れてしまったのかもしれないと思っても不思議ではない。

 

 

「さて…ランプ、お前はアイツをどうしたい?」

 

「決まっています!うつつさんを助けるんです!

 きららさんも、タイキックさんも同じ気持ちですよ!」

 

 

 心の折れたうつつを助けるのは骨が折れるぞ。

 そういう意味で尋ねた問いに、ランプがそう答えた。きららとタイキックも、ローリエとランプの会話が聞こえたのか、一瞬だけローリエらの方向に顔を向けると、イイ顔をして頷いた。

 どこまでも良い子しかいないなと思いながら、ローリエは武器を取り出した。

 

 

「そういう事なら道を切り開こうじゃあないか。

 さっきまで意識が飛んでた分は、成果で取り返すとしよう」

 

 

 ローリエが、二丁拳銃から弾幕を放つ。

 音速の弾丸たちは、襲い来るウツカイ達の全身に風穴をあけながら、確かにきらら達の道を作ったのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――いっぽうその頃。

 うつつは、衝動のまま走れるだけ走りきった後で、何かから逃げるように、あてもなく街中をさすらっていた。

 

「ううぅぅぅぅぅ…………」

 

 遺跡の街の惨状はひどいものだった。

 崩れた建物・遺跡、損傷の激しい死体、それらにしがみついて泣き叫ぶ家族たち。

 うつつにとって、見知らぬ人々の慟哭さえ煩わしいものに聞こえ、叫び声が聞こえてこない方向へ足を進める。

 

 

「きらい、きらい……みんなきらいぃ……」

 

 涙をぼろぼろ流しながら、恨み節を垂れ流す。

 

「なんで桃やミカンは知らない人たちの為に頑張れるの? 忘れちゃった人の為に頑張れるの?

 なんでリリスはこんなわけわかんないとこなのに楽しそうにしてられるわけぇ……?

 なんできららやランプは私なんかに優しくするのぉ………わかんない、わかんないよぉ…!!」 

 

 うつつは、自分自身のこれまでの人生を知らない。

 エトワリアに召喚されてから今までの記憶も、右も左も分からない場所でウツウツ煩いウツカイに襲われる上に、自分だけ特別に狙われるという散々たるものだった。自分自身の命を守るのに精一杯だったのだ。

 そんな彼女からすれば、自分の命を危険に晒して誰かの為に戦うきららや桃、ミカンやタイキックが理解できなかったのだ。見知らぬ土地でも楽しもうとするリリスが理解できなかったのだ。

 

 何より……そんな自分とは全く違う彼女たちが、自分に優しくする理由が分からなかったのだ。

 

 人間、自分とは違う人を受け入れづらいものだ。見知らぬ場所に不安を覚えるものだ。自分に降りかかる危機から逃げたくなるものだ。そして………そんな恐怖や不安が積み重なって、折れてしまう事も多々あるものだ。

 

 

「ううううう、あれ以上あんな陽のものと一緒にいたら…眩しくて、目が潰れて、死んじゃうよぅ…

 逃げたい、逃げたいよぉ………死んだら、楽になるかな? どっか、アイキャンフライできるとこ探さなくっちゃ…」

 

 

 うつつは、召喚されてから今までのストレスが積み重なって絶望してしまっていた。

 自分を狙うモンスターだらけの世界で、生きる目的を見失ってしまったのだ。まぁ…死への抵抗がほとんどなく、諦め癖の強いうつつからすれば、生きる意味など最初から見つからなかったのかもしれないが。

 

 だが、現実はうつつにアイキャンフライを許す程、甘くはない。

 

 

「ウツー…!」

 

「ウツゥ…!」

 

「い、いやぁ……また出たぁ…………!!!」

 

 

 タコ足が特徴的な一つ目のウツカイ・ナイトメアウツカイ。

 羽を複数枚持った、クワガタムシの顔をした郵便タイプウツカイ。

 猿のような姿に四つの目を持った、基本タイプのウツカイもいる。

 それらのウツカイ達が、ウツウツ言いながら、うつつににじり寄ってきていた。

 

 ―――自殺を考えるくらいに死にたいんなら、我らがここで殺してやるから大人しくしてロ。

 

 うつつは、自分に迫るウツカイ達が、そう言っているように見えた。自分の命を飲み込もうとする死の恐怖を目の前に、彼女はあっさりと自分の心根を吐露した。

 

 

「私、やっぱり死にたくないよぉぉぉぉ……!!!」

 

 

 決して、誰にも届く事は無い。きっと、その願いも叶わないんだろう。

 半ばどころか、99%諦めた心情で叫んだうつつの悲鳴は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はあああーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」

 

「「「「「ウツーーーーー!?!?!?」」」」」

 

「っっ!!?」

 

 

 ―――しかし、最悪の予想通りにはいかなかった。

 空からきららとタイキックが飛んできたかと思えば、うつつに触れようとしたウツカイ達をひと息に薙ぎ払ったのだ。

 

 

「うつつ!大丈夫!?」

 

「しばし待ってろ!こいつらを片付ける!!」

 

「うつつさん!」

 

 

 きららとタイキックは、そう言って『コール』やキックでウツカイ達を次々とブッ飛ばしていく。その無双っぷりに呆けていると、遅れてやってきたランプがうつつを安全な場所まで下がらせた。うつつは、先程自棄になって手を振り払ったのにも関わらず、きらら達が助けに来てくれた事に……

 

「(なんで……どうして、助けに来てくれたの…?)」

 

 疑問だけでなく、恐怖から解放された安堵の息が漏れたのであった。

 

 

 

 やがて、きららとタイキックが無傷で戻ってくる。

 そもそも、うつつを襲ったウツカイの数はそこまで多くはない。弱く、数も少なければ、きらら達が苦戦する理由など存在しなかった。

 

「ぅぅ~~、怖かった、怖かったよぉ!」

 

「よしよし、もう大丈夫ですよ。」

 

「怖かったよね。少し休もっか。」

 

「もう大丈夫だ、うつつ。ウツカイ共は先程一匹残らずタイキックしたからな」

 

 きららにしがみついて号泣するうつつを、三人がそれぞれ慰める。

 ひとしきり泣いた後で、うつつはこう尋ねた。

 

 

「うぅ…なんで、私なんかに優しくするのぉ……?」

 

「理由なんてないですよ」

 

「うん。だって、私たち友達でしょう?」

 

 

 うつつの問いに対して、きららとランプの答えは実にシンプルであった。

 

 

「あ、会ってすぐの人を友達扱いとか………やっぱ陽キャこわい…」

 

「あ、ごめんね。なれなれしかったよね?」

 

「…………ううん。そっちがそう思う分にはいいんじゃない?

 タイキックは…どうなの?」

 

 

 陽キャぶりに引きながらも、きららとランプの友達宣言に対して「まぁ、そっちが思う分には勝手でしょ?」と言ううつつ。同じ質問をタイキックに向けると、タイキックは腕を組んでうーむと唸った後、こう答えた。

 

 

「そうだな………うつつ。私にとってお前が…生まれて初めてできた“仲間”だからだ」

 

「なか、ま? ……え、なんで?」

 

 

 うつつは、タイキックの答えに引いた。会ってすぐの人を仲間とか、この人も馴れ馴れしすぎでは?と。

 だが、タイキックは続ける。

 

 

「私は港町で覚醒してから、私を知る者と出会った事がなかった。私のように、記憶がない者とも出会った事がなかった。会う人全てが、自分自身のことをよく知っていて当たり前のように振る舞っていた。」

 

「!」

 

「私には記憶がない。身に着いた体術と“タイキック”という言葉以外は………全く知らない。本名すら分からない始末だ。

 私からそういう事を聞いた者からよく、向けられたのだ………哀れみの目を。

 悪気はないのだろうが…『記憶が無くなっちゃったなんてかわいそう』と…目を通してそう言われている気になってしまうのだよ。私は、その目がなんとなく苦手だった」

 

 

 うつつは、目を見開いていた。

 そういえば、行動力の化身という陽キャの王道みたいなこの人も、自分と同じように記憶を持っていなくて、自身が誰だかも分からないんだっけ、と。

 しかも、そんな“らしくない”悩みを、人知れず抱えていたなんて、と。今まではこの人はちょっと強引だし行動力の化身だしで、いっちばん苦手な部類の人間だと思ったけど、どうやらそうではないのかもしれない、なんて思い始めている自分自身にうつつは気が付いた。

 

 

「だが、うつつは私を一度もそういう目で見なかったな。それどころか、自分も記憶喪失だなんて言ってくれて……初めて仲間が見つかったみたいで嬉しかったのだ。本当だぞ?」

 

「そ、そんなことを言われても………私、記憶ないのは本当だし、タイキックと違ってダメダメだし、今の話だって、知らなかったし……」

 

「当然だ。いま初めて話したんだからな。まぁそういう訳だから、うつつ。君は、私にとって一番特別な仲間だ。そう思うのは……わがままだろうか?」

 

「わっ、わわわわわがままだなんて! 私からすれば、私が助かった事自体がわがままみたいなものだし………それに、良いの? こんなダメダメで取り柄のないへっぽこ人間を一番の仲間だなんて言っちゃって……」

 

 

 初めて聞いた、タイキックの意外なる脆い部分。それを目の当たりにして、テンパりまくるうつつ。

 そこに、第三者の声が入ってきた。

 

 

「どんなに自分をへっぽこだと思っていても、諦めなければきっと誰かが傍にいてくれる。」

 

「………」

 

 桃だ。彼女は、うつつとタイキックの間に立って、想いを言葉に乗せる。

 それは、誰かが……今の桃では思い出せない誰かが、彼女に言ってくれた言葉だ。

 

「……あきらめなければ、道は拓ける。誰かから、そう言われた気がする。

 なんでだろう。あまりよく覚えてないんだけど……助けたり、助けられたり、そうやって元の世界では、誰かと一緒に…………」

 

「それはシャミ子様のことです!!!」

 

「!」

 

 

 大切な言葉を、誰から教えてもらったのかが分からない……桃は確かに悩んでいた。きっと、思い出せなかったのだろう。ただし、一人だけならば。

 ランプは、桃と仲良く過ごしていた者の正体を知っていた。

 

 

「皆様は一緒に暮らしていたんです! 街で色んな人に出会って、お互いに助け合っていました……魔法少女も魔族も関係なく…!」

 

「ちなみに余はどんな感じだったの?」

 

「シャミ子様に振り回されてる感じでした! 借金を増やされてしまったり!」

 

「退治すべきまぞくはこっちじゃない?」

 

「ノォォォォ!ノォォォォ!! 身に覚えのないことで退治はやめてくれ!?

 余は悪いまぞくじゃあないから! 見逃してくださいなんでもしますから!!」

 

 

 魔法少女と魔族の共存していた物語。それは、まぎれもない『まちカドまぞく』の物語だった。

 ランプは、桃たちが何故か忘れてしまっていた記憶を次々に話していく。その傍らで、リリスがミカンに狙われてなりふり構わず命乞いをして、魔族の威厳を失っていったのはお約束だ。

 

 

「そう………なんだか忘れてしまってるのは悔しいわね」

 

「魔王……いや、シャミ子と友達だったんだね……もう一度会って、話をしてみたいかも。」

 

「それに、このままシャミ子様を放っておけば、原書の聖典もどんどん汚染されて……皆様も消えてしまいます」

 

「「「!!!」」」

 

「それは…………ランプ、それは本当なのか!?」

 

 

 シャミ子だけじゃなく、聖典が汚染されると桃達も消えてしまう。

 念を押すかのように尋ねたタイキックに対して、ランプは首肯する。

 

 

「かつて、同じように聖典が汚染されて聖典が破壊されかけた事件があったそうなんです。

 詳しくは私も知りませんが……私達も急ぐべきでしょう。」

 

「…結局、シャミ子を助けるしかないんだ」

 

 

 過去の聖典破壊未遂事件のことを語り、危機感を提示するランプに、うつつが行動方針を口にする。

 秘密基地で語り掛けてきたあの声は言っていた。「シャミ子を絶望させた」と。「絆を断ち切った」と。きららは絆を断ち切ったという言葉が妙に引っかかっていた。だが、兎にも角にもシャミ子を助けに行かなければならない。そうするしか、桃達が助かる道はないのだから。

 

 

「なら―――目下の壁は二つだ」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「ひとつ、どうやってシャミ子を正気に戻すか。

 ふたつ、あの馬鹿でかいウツカイをどう攻略するか。

 これらを突破しない限り、元凶らしきあのクソガキをぶっ飛ばすことは出来ない」

 

「ローリエ先生、ウツカイを倒してきたんですね!」

「てか、くそがきって……」

 

「基地で聞いたあの声の主だよ。推定、ランプと同年代の女の子だろうな。

 ウツカイとあのクソガキだけなら倒すだけだ。だが、シャミ子が人質になってるからな…」

 

 

 そこに、ローリエが合流した。きららとタイキックがうつつを追う時にウツカイの足止めと露払いを引き受けた彼だが、どうやら残ったウツカイ達も殲滅してからこっちに来たようだ。

 そんなローリエが提示したのは壁だ。きらら達が目標―――『オーダー』された桃達に元の世界に帰ってもらうために必要な事だ。

 シャミ子も、元はと言えばクリエメイトだ。絆を断たれ絶望したことで凶暴な魔王になってしまっているが、どうにかして元に戻さなければならない。

 

 幸いにも―――ローリエには、シャミ子を元に戻す手段に心当たりがあった。

 

 

「シャミ子を正気に戻す方法だけど……リリスさん、あなたの能力でシャミ子の夢の中に入れないか?」

 

「!!? それは余の切り札だぞ!何故知っておるのだ!?」

 

「こっちの世界では、大魔族リリスの名は有名だ。俺の生徒みたいなファンも多い。芸歴5000年の闇の魔女の力をもってすれば、それくらい容易いんじゃあないか?」

 

「だ、大魔族!!? えーと………そうだな!今の余の力をもってすれば、シャミ子……どんな『他人』であろうが夢の中に入れる! おぬしらを連れていくこともお茶の子さいさいというものだ!!!」

 

 

 ローリエは、漫画(せいてん)でリリスがシャミ子に桃の夢に入る方法をレクチャーしていたことを知っている。

 たとえ秘密基地にいるであろうシャミ子に会えなくても、リリスの能力でシャミ子の夢の中に直接アクセスできれば巨大ウツカイの邪魔が入ることなくシャミ子と話せると踏んだのだ。

 リリス本人については、おだてて持ち上げれば乗ってくれると思っていた。そして思惑通りである。思い通りすぎてちょろまぞくだ。どうやら、乗せられるとチョロいのはシャミ子に限らず、一種の血縁だったようだ。

 

 

「えぇ……なんかリリスさん、チョロ過ぎない…?」

 

「あの子孫にこの先祖ありというやつだ。桃もなんとなく分かってるかもしれないが、シャミ子もあれくらいちょろかった」

 

「…なんか心配になってきた……」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

 こうして、一行はリリスの能力でシャミ子の夢に潜ることになった。

 その際、きららの能力―――パスを感じ取る能力と、秘密基地の少女の「絆を断ち切った」発言について、「絆=パスを切ったんじゃあないか」と自分自身の推測を共有することになる。

 

 




キャラクター紹介&解説

住良木うつつ
 一回心が折れたが、きららやランプ、タイキックの言葉で落ち着きを取り戻す。この頃はただただネガティブな発言が目立っていて、あまり好きになれないプレイヤーも多かったのではないか。だが拙作では、立ち直るきっかけに、タイキックの人知れぬ葛藤を知りちょっとだけタイキックに心を許すようになる。

タイキックさん
 記憶喪失仲間の為に身体を張って説得したムエタイキックボクサー。誰にも言わなかったが記憶喪失を知った時の同情がほんのちょっとだけ苦手だった。悪気がないのは分かっていたので敢えて言わなかったが、それ故に同じ記憶喪失のうつつに親近感を持てたことを正直に告白。うつつの本当の“記憶喪失仲間”となる。

ローリエ
 きららとタイキックがうつつを助ける為の道を開いた八賢者。銃と爆薬を用いた殲滅戦で、きらら達を囲んでいたウツカイを全滅させた。これで、ヒナゲシ陣営のウツカイはほぼ壊滅したことになる。なお、巨大ウツカイに殴られたダメージはほぼない模様。

リリス
 ローリエに乗せられ、シャミ子の夢に入るために切り札の能力を使う事を快く承諾したちょろまぞく。この先祖にしてあの子孫あり。




△▼△▼△▼
桃「とうとう私達は、シャミ子の夢に潜入した。」
ミカン「でも、シャミ子は私達をまだ敵視してる……!うわっ、攻撃してきた!」
桃「流石は夢魔……こっちで戦うのが本領ってわけか…」
ランプ「桃様!シャミ子様!それ以上戦うのをやめてください!!!」
タイキック「そうだ!友達になりに来たのに戦ってどうするんだ!」
ローリエ「そんなの皆百も承知だが……どうする?どうにかして、シャミ子を止めないといけないぞ!?」

次回『Sの迷宮/闇色防衛線を突破せよ』
桃「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第9話:Sの迷宮/闇色防衛線を突破せよ

2部6章、プレイしました。まさか、アイツとあの子が同級生だったとは………ということはつまり、メディアは公式合法ロリ確定か……

今回のサブタイの元ネタは仮面ライダーWの「Jの迷宮/猟奇的な悪女」とまちカドまぞくの「夢ドリーム再び!!桃色防衛線を突破せよ」の二つです。






“強いだけの人間を倒すのは簡単だ。ゲームのチーターを垢BANするのと同じだよ。”
 …木月桂一の独白


 リリスさんの「夢の中に入る能力」によって、俺達はシャミ子の夢の中に入る事に成功した。

 成功したはいいんだけど……入った所は、空気が澱んでいて、四方が暗い紫色、どこまでも続く一本道の廊下、とのっぴきならない夢の中となっていた。

 

 

「これが、シャミ子の夢の中…」

 

「リリスさん……この夢、だいぶやばくないか?」

 

「あぁ。おそらくこの夢の主はそうとう深く絶望してしまっているのだろう」

 

 

 どんだけ絶望したらこんな、頭の中までまっくろくろになるんだ。

 

 廊下をまっすぐ進んでいくと、壁に額縁に入った思い出が写されている。桃と初めて出会った場面、ミカンとお化けが出る系の映画を見に行った場面、リリスさんと夢の中で修行した場面………そのほか、数々の思い出のワンショットが、黒く塗りつぶされそうになっている。

 これが意味する事は……つまり、そういった楽しい記憶を奪われて、絶望を与え続けられたということだ。

 あのクソガキ、次に会ったら絶対に生まれてきた事を後悔させてやる。声しか分からないし初対面すらしてないけど。

 

 

「ローリエさん、顔が怖いわよ…?」

 

「大丈夫、ただこんな事しでかした奴に地獄を見せてやると思ってるだけだから」

 

「なんの誤魔化しにもなってない!!?」

 

 

 ミカンが俺の言葉にどっ引いているが、君も思い出せば分かるはずだ、奴がやっている事が。

 桃もミカンも、根の優しい魔法少女に間違いない。シャミ子によって、メンタル的に救われ……あ、ミカンは呪い持ちだからまだウガルルが出る前か。まぁそれをさしおいても魔族でありながら友達の彼女を放っておけないはずだ。

 リリスさんも、本人がちょろまぞくな上に身内にはゲロ甘だから、記憶を取り戻せばシャミ子を助けようとするはずだ。

 

 

「さて、シャミ子はこの扉の奥にいるだろう。準備は良いか?」

 

 

 タイキックさんが、進んだ先に見つけたひときわ大きい扉に触れる。

 全員で頷くと、思い切って扉を開けた。うつつだけ戸惑ってたがアイツの性根からして追っかけてくるだろ。

 

 

「憎い…すべてが、世界が憎い………!!!」

 

 

 そして―――やはり、そこにシャミ子はいた。

 聖典……もとい漫画では見たことのない憎悪に染まった瞳で虚空を見つめていた。

 

 

「シャミ子!」

 

「はい!―――ってきさまばかにしているのか!

 なんだその気の抜けた呼び名は!!」

 

「いや…私も、この呼び方は恥ずかしいけれど……続けて」

 

「なぜこんなところまで追ってくる! そんなに私のじゃまがしたいんですか!?」

 

「違う、シャミ子! 桃たちは―――」

 

「だが考えが甘い!

 夢の中は私のフィールドです。ここまで来たんなら逆に狩りやすい…!」

 

 だ、ダメだ……説得できそうな雰囲気でも様子でもない!

 戦いは、避けられないというのか…!?

 

「私が貧乏なのも、パンケーキがぺったんこなのも、朝礼で貧血を起こすのも、ポストが赤いのも……すべて魔法少女のせいだ! きさまらをなぎ倒し、私はフリーダムまぞくになる!!」

 

「いや、後半は言いがかりじゃないかな」

 

「うるさい!! 全部、ぜーーーんぶあやまれ!!謝った上で、私にちぎなげされるがいい!!

 ヒナゲシさんが言ってたんです! 聖典の世界では、私はくそざこで、ゲロ弱で、何も守れなくって、全部失って、み、みんなにっ、見捨てられちゃうって………

 そんな世界―――嫌だあああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 狂乱するように、血を吐くように、シャミ子にオーラが集まる。

 俺はただ、自分の顔を見せないように俯きながら、シャミ子の独白を聞いていた。

 ヒナゲシ―――その名前が出た途端、俺の中で何かが燃え上がる感覚がしたからだ。おそらく、その名はあのクソガキの名前。シャミ子にいま言ったような嘘を吹き込み、絶望させて魔王を生み出した元凶。

 

 きっと俺は今、人に見せられないような顔をしているに違いない。ヒナゲシとかいう輩に……怒りと殺意を感じている。

 だが……今はそんな顔をしている場合じゃあない。

 今この瞬間もなお、シャミ子は苦しんでいる。一刻も早く、助け出さないといけない。

 落ち着け…せめて表情から感情を悟られないようにしろ。助けに来たんだろ?だったら……それ相応の顔をしろ。

 

 

「……先生?大丈夫ですか?」

 

「気にすんな………今はシャミ子を助ける事に集中しろ」

 

「はい…!」

 

 

 ランプに前を向くように促すと、俺は武器を手に取った。

 できるだけ傷つけないように努力するが、もしかしたら少々手荒になるかもしれない。

 ビブリオに『サブジェクト』をかけられた苺香ちゃんを相手にした時とは違い、今のシャミ子は自我がある。しかもここは夢の中。彼女の言う通り夢魔のホームグラウンドだ。下手に手を抜いたら、逆にこっちの身が危ないだろう。

 

 

「うわ…その気持ち、ちょっとわかる…」

「うつつ?」

「共感しない!」

「でもぉ…」

 

「私から何かを取り上げる、聖典の世界なんていらない!だから私は世界を否定する!!

 いでよ!『死ぬほどずるいぶき・チート改造負けイベントバージョン』!!」

 

「ぬわ!? なんだあのぶきは!!

 とんでもねーもんが出てきたぞ!!?」

 

 

 うつつが何故かシャミ子に共感しているのをよそに、シャミ子はすさまじい武器を召喚する。それは、おどろおどろしい色をした、グロテスクな造形の槍のような杖だった。

 マジか、夢の中だから何でもありだっていうのか? リアルだったら即垢BAN食らいそうな武器だろうに。

 

 そして、杖を振り上げると、周囲を巨大な雷が次々と落ちていく。雷光で目の前がチカチカしやがる。一発当たっただけで致命傷になりそうな雷がゲリラ豪雨のように襲ってくる初撃に、全員がうろたえた。

 

 

「くそっ! やっぱり強え…!」

 

「ふ…ふははははは!! これで…これで私は!!

 私は誰からも見捨てられない! 何も失わない!! この力さえあれば―――っ!!」

 

「まずい…手加減なんてしてられないかも…!」

 

 

 独りで高笑いをするシャミ子に全力であたらないと命が危ないと判断したのか、桃は変身すると同時にシャミ子の周囲を飛び回り始める。

 それを狙い撃つようにシャミ子の雷が桃を狙い始めると、こちらへの注意がやや逸れたのか、降ってくる雷の数が減った。だが依然状況は変わらない。

 

「…ったく、一発即死とかこちとらスペ○ンカー先生じゃないんだよ!」

 

「黙れスペラン○ー!」

 

「ホントにスペラ○カー扱いだった!? 誰がス○ランカーだコラ!!」

 

 時折話しかけて集中力を削ごうとしても、目に見えて効果がない。

 

「イヤぁぁぁぁムリムリムリ!! どーにかしてあの武器をなんとかしたいがまったく近づけん! 余、降伏してシャミ子の味方になっても良いですか?」

 

「こんな時にまぞくジョークとは余裕だなリリスさん!

 もっと前で俺達を守ってくれねぇ?」

 

「ギャーーーーーーッ!?!?!? 背中を押すな!!

 この状況が限界だって言ってるだろうが!!」

 

「だって、あのシャミ子に味方するなんて言うから…」

 

「ギャァァァア!!!む、ムリ!やっぱり余は物理的にこげつきまぞくにはなりとうないぞーーー!!!!!」

 

 

 闇色のオーラ的なパッパパワァで雷を防ぎながらなんかこっちを売ろうとするリリスさんを牽制しながら考える。

 きららちゃんはもう聖典(漫画)『夢喰いメリー』のメリーと『うらら迷路貼』の臣ちゃん、『ゆゆ式』の縁ちゃんを『コール』して応戦してもらっているが………戦況は硬直。芳しくない。

 こちとら急がなければならない以上、時間をかけていられない。

 

 ……仕方がない。敵に見られないのが幸いと考えるべきだな。

 ()()を使うしかない。幸い、必要な機械は持ち込まれていた。リリスさんの『夢に入る能力』は、人だけでなくその人の所有物まで持ち込んでくれているようで、助かった。

 

「…よし、やるか」

 

 これから使うのは、()()()()()()()()()()()()

 ゲームでいうところの()()()()()()だ。そんなもの、ゲームに持ち込んだら垢BAN確定の興醒め要素そのものである。

 だけど。

 

「ゲームは本気かつフェアに行う主義だけど……やむを得ん」

 

 

 目の前で起こっている戦いは現実だ。(夢の中だけど、そういうツッコミはナシで)

 誰に脅すわけでもないが、戦いに敗北(Quest Failed)したらやり直しは絶対に効かない。即・死という名のゲームオーバーだ。セーブもできないというワケなので、ゲームバランスは最悪だ。鬼畜の境地といってもいい。

 故に。俺は、どんな手を使ってでも―――この異変をノーコンティニューでクリアしてやる。

 そんな決意を以って、俺は、懐のスマートフォン型の端末を手に取った。

 

 

Yumeji(ユメジ)!】

「『レント』」

Lucid Gadget(ルシッド・ガジェット)

 

 

 新たな魔法を詠唱すると、端末が懐に自動転移し、力がみなぎりだしたのである。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 はじめは、何かの聞き間違いかと思いました。

 シャミ子様が人が変わったように絶望しながら攻撃してくるのに対して、桃様とミカン様が変身して、きららさんは即座に『コール』を使い、メリー様・縁様・臣様を呼び出して、暴れるシャミ子様を抑えようとしていました。

 それでもなかなか押し切れなくって、それ程にシャミ子様が絶望している事が悲しくって。それなのに、わたしはマッチやうつつさんと、ローリエ先生やタイキックさん、リリス様に守られてばっかりで………でも、その時に先生の一番近くにいたので、その声?が聞こえたんです。

 

 ゆめじ、れんと、るしっどがじぇっと、と。

 

 その次の瞬間、わたしは目を疑う光景を目撃することになるのです。

 

 

「行くぞ、縛鎖(チェイン)

 

「ぬおぉっ!!?」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 

 なんと、ローリエ先生のその一言で、シャミ子様の足元から鎖が現れ、そのまま彼女を縛り上げてしまったではありませんか!!

 すぐにシャミ子様が鎖を引きちぎりますが、先生は眉一つ動かしません。

 

 

「おのれ、さっきの鎖は―――」

 

初恋薊(ラバーズ)

 

「うおあー!?危ない!! おいきさま!さっきから不意打ちなんて、卑怯だと―――」

 

孤影(ロンリネス)

 

「ぐえーーー!!?」

 

 

 鎖を引きちぎったシャミ子様が先生に意識を向けると、今度は宙に浮く手甲のようなものを飛ばして攻撃し、たて続けに巨大なこけしを頭上から落としてシャミ子様を下敷きにしてしまいました……!

 え、こ、これ大丈夫ですよね!? いくら攻撃してきたとはいえ、シャミ子様の命に別条はありませんよね!?

 先生が放った、一見共通点のない武器攻撃。しかし、私には分かりました。そして……たった今、きららさんが『コール』したメリー様も、先生の攻撃の正体が分かったようで驚きを隠せないって顔をしています!

 間違いありません! これって……!!

 

 

夢路(ゆめじ)様の武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)……!」

 

「あ、あんた……なんでそれを、使えるのよ!!?」

 

 

 聖典『夢喰いメリー』を読んでいれば、誰でも知っている能力。

 メリー様の相棒・藤原(ふじわら)夢路(ゆめじ)様が物語内で使う、今まで見たことのある夢魔の能力を使用できる力・武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)に他なりません!!

 どうして先生がこんな力を!!?

 

 

「メリー、ランプ!話は後だ。まずは、シャミ子を止めよう!」

 

「そうも言ってられないわよ!!」

 

「そうですよ!羨ましいです!使えるならそう言ってくだされば弟子入りしたのに!!」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……しゃーねぇな。良いか、手短に言うぞ。

 これが俺の新魔法―――『レント』だ。

 “()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”……

 俺はこの魔法で、『藤原夢路の武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)』を再現しただけだ」

 

 

 それのどこが「だけ」なんですか!

 下手すれば大魔法ですよ!!?

 わたしはそう言おうとしましたが、先生がこっちを一向に見てこないのが気がかりになって、先生と同じ方向を見る。すると。

 

 

「おのれ……も~う許さんぞ!!」

 

 

 はわわ……怒りに顔を歪めてこっちを…先生を見据えるシャミ子様が……!!

 く、クリエメイトがこんな顔をするなんて……わたし、どうすれば……!

 

 

「落ち着け、ランプ」

 

「先生……」

 

「お前に頼みがある。桃に―――」

 

 先生の頼み。それは、桃様に言って欲しい事の言伝でした。

 そしてそれなら、ひょっとしたら、シャミ子様が桃様たちのことを思い出してくれるかもしれないと、わたし自身も考えていたことでした。

 

「先生は、大丈夫なんですか?」

 

「桃ちゃんにこの台詞を言わせる以上、どうしても彼女の手が止まる。

 そん時に誰かがその穴を埋めなきゃ、最悪俺達は一気に全滅だ。

 きららちゃんにこれ以上負担はかけられねぇし、タイキックさんやリリスさんやミカンちゃんも手が離せない。なら、俺がやるべきってだけだ。

 ……心配すんな。俺は大丈夫だし、これは『ごく当たり前のこと』なんだ」

 

「当たり前って…」

 

「先生っていうのは、子供たちが自立できるように、知識や経験を与えるのが仕事だけど……いざって時は、子供を守るのも仕事なんだよ。

 俺は大人であり、ランプ、お前の先生だ。だから、守る責務があるし、ランプひとりに背負わせる真似もしない。……違うか?」

 

 

 そ。そんなことを考えていたなんて…

 いつもはアルシーヴ先生や他の賢者にエッチなことをする事やイジワル問題を出す事しか考えてなさそうな先生の、真剣な言葉でした。

 それにたいして頷いた後、わたしは桃様の元へ走り出しました。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ランプが桃の元へ走り出した直後、シャミ子は怒りをぶつけるように即死の雷ビームをこっちに撃ってきた。

 

 

迷宮(メイズ)!」

 

 

 だが、それでうろたえる俺ではない。

 冷静に武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)からランズボローの力を再現し、目の前の床を隆起させてそれを盾に雷を防ぐ事に成功。そこに縁ちゃんとミカンが反撃で魔法を撃ちこみ、きららちゃんが身体能力強化を纏って突っ込んでいった。

 俺も時間稼ぎをしようかと思ったところで、隣にメリーがやってきた。

 

 

「…あんたのそれ、何が使えるの?」

 

「いま見せたヤツ意外だと、追跡者(チェイサー)双月花(ガーデン)指揮者(マイスター)夢捜歌(ソナー)……そして、灯台(ファロス)樹海(フォレスト)

 

「……まぁ良いわ。足引っ張らないでよね?」

 

 

 それだけ言うと、メリーはきららちゃんの元へ跳んでいった。おそらく前衛を担うのだろう。

 メリーが何を思っているのかはあの子自身にしか分からない。言う事があったら直接言いに来るだろう。アレはそういう性格の子だ。

 考え事はやめて、俺もシャミ子の足止めを行い、桃とランプを合流させないとな。

 

 

「―――さぁ、力を貸せ!

 初恋薊(ラバーズ)追跡者(チェイサー)孤影(ロンリネス)!」

 

 

 再び武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)を発動。

 手甲と巨大こけしが再び現れ、手にはギロチンとノコギリを組み合わせたような奇妙な形の剣が現れた。これこそ、夢路が最初に戦った夢魔ジョン・ドゥの使う武器だ。

 手甲とこけしをシャミ子に飛ばして牽制した後、メリーときららちゃんの接近戦の間を縫って、戦場に降り立った。

 

 

「流石だきららちゃん! チート相手に生きてるとはな!」

 

「ローリエさん!? その手に持ってるのは…」

 

「話は後だ!」

 

「…はい!」

 

 

 最初、きららちゃんは割り込んできた俺の持つ、ジョンの剣が気になったようだが、敵前でお話をする余裕はない。チート使いなら尚更だ。

 さっきと同じ事を言えば、きららちゃんは素直に言う事を聞いてくれた。メリーやランプとは大違いだな。

 

 

「小賢しい武器を何度も何度も! だが!このチート武器の前には無力だ!くらえー!!」

 

 シャミ子は、割り込んできた俺らに向かって衝撃波みたいな何かを放つ。

 すぐさまジョンの剣で振り払おうとする……が、なんとジョンの剣が負けてしまい、ギロチンの半ばほどからへし折れてしまったのだ!

 

「ジョーーーーーーン!!! まさかの良いトコなし!!?」

 

「何やってんのよ馬鹿!!」

 

 メリーから叱責が飛んだ。俺個人の意見でもジョン・ドゥはなかなか良キャラだったから武器だけでも活躍させたかったが……お亡くなりになってしまったものは仕方ない。折れたギロチンソードを一旦消す。

 もう一回顕現させることもできるが……またあのチート杖の凍てつく波動(仮)で武器を折られてはたまらない。ならば。

 

 

「力を貸せ! 樹海(フォレスト)!!」

 

 

 宣言と同時に、地中から枝の数々がシャミ子を襲う。細くしなやかな枝から太くて頑丈そうな木の根までの、全方位からの一斉攻撃だ。

 だが、それにも対応するシャミ子は、杖から真っ青な炎を噴き出して一回転。周囲から襲い来る植物の殆どを焼き尽くしてしまった。

 ……まぁ、想定内だけどさ。

 

「まだまだぁ!!」

 

 今度は大量の樹木を足から生やす。

 シャミ子は青い炎をこっちに向けて放ってくる。一瞬で視界が覆いつくされる密度だ。

 ひとつでもアレに当たればひとたまりもないだろう。

 

 

「「やあああああああああああああああ!!!」」

 

 

 当たれば、の話だが。

 メリーときららちゃんが、近づく蒼炎を力任せに振り払い、消し去りながらシャミ子に近づいていく。

 それでも、消すことができた炎はごく僅か。残りの炎は、俺達3人に迫ってきて―――

 

 

 

 

 

 ―――突如振ってきた葉っぱ達に受け流されて、遥か後方で爆発した。

 

「えっ…?」

 

「熱く…ない…?」

 

「よし、できた!!」

 

 

 この能力の本来の持ち主・ミストルティンは原典(アニメ)において、自身の身体を植物と化し、攻撃を無効化していた。

 ならば、その能力を応用すれば、シャミ子のチート攻撃をも防ぐ事ができるのではないかと考えたワケだ。元々、ミストルティンはチートオブチートな能力だしな。

 ただ、相手もチートなので相応の手は打った。

 

 それは、先程生やした樹木の数々。

 シャミ子の超高熱火炎弾でも燃え残り、次の攻撃の布石として葉を生い茂らせ、即座に落としておいた。

 樹海(フォレスト)の力で生まれた、舞い降る黄色い扇形の葉は、予想通り炎から俺達を守ってくれたのだ。

 その樹は、かつての明治日本を焼いた大火をも生き残った、街路樹のシンボル。

 ―――その名を、イチョウ。

 樹の水分が多いために燃えにくいイチョウは、樹海(フォレスト)の超強化を受けて、チート級の炎属性耐性……完全炎耐性とでも言うべき特性を身につけることに成功したのだ!

 

 

「きらら!メリー!!」

 

「「?」」

 

 そして、俺の反撃はまだ終了していない!

 きららちゃんとメリーに近づき声をあげ、鼻をつまむ動作をする。

 その直後、()()()()()()()()()がボトボトと落ちてくる。

 メリーときららちゃんも俺に続いて鼻を塞ぎ、シャミ子だけが一瞬だけ敵の行動の意味に気付くのが遅れた、その瞬間。

 

 

 バン!バンッ!バババババババババババンッ!!ババババンッッ!!!

 

「ぎょああああーーーーーーッ!!?

 な、なんっ、何だコレはーーーッ!?

 くさい、臭いぞーーーーーーーーーッッッ!?!?!?」

 

 シャミ子の周辺の白いの―――()()が爆発して、シャミ子を激臭が襲った。あまりの臭さにシャミ子は悶える。チート武器を振り上げるどころではないようだ。

 間髪いれずにつるのムチで縛り上げておこうかとムチを召喚する準備に入った次の瞬間。

 

 

「シャミ子!今日の晩御飯なに? ………臭っ!?

 

「かたやきそばとポテサラですけど!? ……うぅ、臭い!!

 

 

 桃がやってきて、俺の時間稼ぎの成功の福音をもたらしてくれたのだった。

 ……臭いのは、必要経費だってことで我慢してくれないか…?

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 2部6章のストーリーによって、とんでもないヤツとの接点が明らかになった八賢者兼拙作主人公。シャミ子をできるだけ早く元に戻すため、きらら協力のもと急ピッチで開発した魔法『レント』を使って、メリーやきららと共にシャミ子に立ち向かう。

千代田桃&ランプ
 ローリエやきららが戦っている裏で、ローリエの指示で動いていた女神候補生とランプの頼みを聞いてシャミ子に「今日の夕飯なに?」って問いかけた魔法少女。だが一時戦線から密かに離脱して戦況を知らなかったために樹海(フォレスト)で強化された銀杏の激臭攻撃の余波を受ける。

きらら&メリー・ナイトメア&二条臣&日向縁
 召喚士&コールされたクリエメイト。ローリエの『レント』の都合上、メリーがメインになっていたが、臣も縁もちゃんといて、銀杏激臭攻撃を回避している。

リリス
 この後、激臭に悶えながらシャミ子からチート武器を取り上げた。

シャドウミストレス優子
 ヒナゲシの洗脳からの解放が待ち遠しい偽りの魔王。チート武器を召喚して桃達を圧倒するが、ローリエの搦め手にまんまと引っかかり、桃に「今日の夕飯なに?」発言を許す。激臭攻撃をまともに食らい、鼻がひん曲がったとは本人の談。






再現魔法『レント』
 ローリエがきららに『コール』を見せてもらった上で開発した新魔法。
 その効果は、『術者の記憶にある物語の登場人物のスペックや能力をそのまま再現して実現化する』というもの。
 能力の再現には、再現する能力や、それを使う元の能力者の人となりを事細かに知っている必要があり、また消費魔力もそこまで多くもない為、素質持ち前提の『コール』や代償がデカい上に禁呪である『オーダー』と比べて修得難易度はガクンと下がった。

武装明晰夢(ルシッド・ガジェット)
 漫画『夢喰いメリー』の主人公・藤原夢路が使用する能力。今まで見たことのある夢魔の能力や武器を再現する。夢路の裁量次第で能力に幅ができる。

初恋薊(ラバーズ)
 夢魔クリスの能力。手甲を飛ばしたり遠隔操作する。

孤影(ロンリネス)
 夢魔イチマの能力。巨大こけしを操る。

追跡者(チェイサー)
 夢魔ジョン・ドゥの能力。ギロチンとノコギリが合わさったような武器を持ち、どこまでも相手を追跡する。

樹海(フォレスト)
 夢魔ミストルティンの能力。植物を操る。魔界の植物じみた超強化も可能である故に、チートの権化となる。

銀杏
 うんこの香りだぁーーっ!!(決めつけ)
 食用ではあるが、独特な臭さ…もとい香りがあるため、好みが分かれる。


△▼△▼△▼
ミカン「とうとうシャミ子からチート武器を取り上げたわね……くっさ!!!なにこれ!?」
ローリエ「あー…すまん。俺が銀杏を爆破させた」
ミカン「銀杏を爆破って何!?!?どうしてシャミ子を取り戻す戦いでそんなパワーワードが出てくるのよ!」
ローリエ「文句はミストルティンに言え」
ミカン「誰それ!?」
ローリエ「さて、そんな銀杏臭の中で、次回きららちゃんが何かに目覚めるぞ」
ミカン「誤解を招く言い方をやめなさい!何かじゃなくって、新しい力って言えばいいじゃないの」

次回『町かどタンジェント』
ミカン「また見てね♪」
△▼△▼△▼




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第10話:町かどタンジェント

“先に言っておくが…あの少女の確保は、俺の感情ひとつの問題じゃあない。街に被害が出てしまっている以上、やるべき事をやらなければならない……そういう、八賢者としての責務もあったんだ。”
 ……ローリエの独白


 俺の機転によって動きを封じられたシャミ子は、すぐにリリスさんによってチート武器を封印されたのであった。

 

 

「ううぅぅ…チート武器解除ー! ………くっっっさ!?!?!?!? ぐふっ…」

 

「リリス様ー!? お気を確かに…くさいっ!!!」

 

 

 ……おい、あんま「臭い」って連呼しないで?

 俺に言ったんじゃないのは分かるけど、流石に凹むぞ?

 …とはいえ、このバトルフィールドがウ〇コ臭くなったのは確かだ。換気のひとつふたつあると思ったのに、臭いがこもるじゃねーか!!

 俺は特製の鼻栓をしたからある程度大丈夫だけど……

 

 

「誰だ、こんなに臭くしたのは…!」

 

「「「「「あんた(あなた)が言うな(わないでください)ッッッ!!!!」」」」」

 

 

 とりあえず、テンプレのボケをかましたところで、シャミ子の説得フェーズに移る。

 なんとかして、シャミ子の切れたパスを元通りにしなくっちゃいけない。

 ―――と、いうワケで。

 

「やっておしまい住良木さん」

 

「私ッ!? え、普通にイヤなんですけどぉ…!?

 なんでこのタイミングで私に振るの? っていうか、やっておしまいって何をぉ!?」

 

 突然の俺からの無茶ぶりに慌てふためきうろたえながらも、そうツッコむうつつ。

 この人、性格的にツッコミの方が似合っているな。無理やりなにかやらせたくなる人間ってのは、こういう子のことを言うんだろうか。

 だがこれは、決して更なるボケに走ったワケでも考えが及ばなくなった末の投げやりでもない。

 

「さっき、うつつさ……シャミ子の苦悩を『ちょっと分かるかも』って言ってくれたじゃん?」

 

「え、そう………だったような…?」

 

「言ってたから自信持って良いぞ。

 で、だ。そういう風に苦しい感情を理解してくれる奴の説得の方が聞くんじゃないかと思ってな」

 

「む、無理だってぇ…できる気がしないよぉ……私みたいなくそざこダンゴムシの言葉なんか信じても良い事ないのにぃ〜……

 そもそも、人の気持ちなんて簡単に分かるわけないのに……シャミ子のだって、そんな気がしただけだから…」

 

「問題ない。本当に人の気持ちが分からん奴は『分かるかも』とか『分かる気がしただけ』とか絶対に言わないからな」

 

 

 そういうタイプの人間は、大抵人の気持ちについて『時間の無駄だ』と一切聞こうとしないか『本物のバカだよ!』と嘲笑うかのどっちかだ。少なくとも、もっとハッキリした物言いになるだろう。

 閑話休題。

 とにかく、今のシャミ子相手にはうつつに説得してもらった方が良いのではないか、と考えたのだ。俺がやっても良いが、うつつの方が効果ありそう。

 そう思っていると、うつつの肩に手を置く存在がいた。

 

 

「うつつ、大丈夫だ」

 

「タイキック……」

 

「私は、お前を信じる。たった一人の記憶喪失仲間だ。お前は、自分の思ったことをそのまま言えばいい。

 もし失敗しても…私達がなんとか止めてみせるぞ」

 

「う、うぅ……分かったから、ミスっても恨まないでよぉ…?」

 

 

 頼もしくハッキリ言うタイキックさんに背中を押されたのか期待に押し負けたのか、うつつはおっかなびっくりシャミ子に向き直って、深呼吸をひとつ。しかるのちに、シャミ子に声をかけた。

 

 

「あのね…シャミ子。あんたさっきから見捨てられるとか何とか言ってたけど……

 こいつら、あんたを倒しに来たんじゃないんだよ。助けに来たんだよ…?」

 

「え……助け、に?」

 

「あんたの記憶、見たよ。こいつらと、楽しそうにうどん食べてたり、映画見てたりしてた。

 おまけにこんな、真っ暗な夢の中まで助けに来ちゃうような連中だよ?

 私みたいな友達ゼロのゴミムシにはよくわかんないけどさ。あんたたちさ―――本当は、友達だったんじゃあないの………?」

 

 

 するとだ。その時、不思議な事が起こった。

 

 

「友達……?いえ、違います。

 桃は、桃とは…そんな関係じゃなくて………

 …あれ?なんで私泣いてるんだろう。花粉症ですかね…?」

 

「うっすらとだけど、糸が見える…………

 そっか、これが切れたパス! なら、これを繋げば…!!」

 

 シャミ子が泣き出す。それは、悲しい涙ではなく、温かいものだった。

 それと同時に、きららちゃんがシャミ子と桃に向かって走り出す。そして、俺には見えないなにかを手にとって、祈るように叫んだ。

 

「お願い!思い出して! あなたたちの絆は、そんなに弱いものじゃないっ!!!」

 

 きららちゃんの必死の願いが反映されるかのように、その場一帯が、眩く光り輝く。

 十秒近く輝き続けた光が治まった後に見えたのは、呆然とした桃達と、晴れやかな表情を取り戻したシャミ子であった。

 …ってことはつまり…!!

 

 

「桃は、友達よりも大事な……宿敵。

 あー!! そう、宿敵ですよ!! 何で今まで忘れてたんでしょう!?」

 

「私も、急に思い出してきた……!

 なんでこんな大事なこと、忘れちゃってたんだろう?」

 

「よっし…!!!!」

 

 

 シャミ子に…シャミ子達に記憶が戻った!!

 この時をどれだけ待ちわびたか。シャドウミストレスによって街が襲撃されたのを知った、その時からか。それともあのクソガキからトリックを知った時からか。

 それに、今きららちゃんが何をしたのかも分からない。この土壇場で、なんか新しいチカラに目覚めたのだろうか?

 パスを断ち切られたことで皆が記憶を忘れてたってことは……思い出させた…つまり、パスを繋ぎなおしたってコトなのか!?

 詳しい事は後で聞くとしよう。今は、シャミ子が元に戻った事を喜ぼう。

 

 

「う、うううううう………借金の存在を思い出した!

 今回のことも合わせると…雪だるまぞくです……」

 

「まったく、余の子孫ながら、いいように遊ばれおって、情けない!」

 

「大丈夫。借金は、分割して返してくれればいいから」

 

「…おかえり、シャミ子」

 

「うぅ…この借りは、絶対に一括払いします!

 首を洗って待っていろ~~~~ッ! あと臭いのがまだ残ってるッ!!」

 

「うん、待ってる。だから―――いっしょに帰ろう?……なる早で」

 

 

 ともあれ、シャミ子の絆が戻った以上、ここにいる理由はもうない。

 後は、現実世界のシャミ子を取り戻すだけだ。それに…………

 

 

「…やばい、そろそろ鼻がひん曲がって戻らなくなりそう」

 

「あんたの自業自得でしょぉ!?」

 

「そうですよ先生ッ! いくらシャミ子様の足止めとはいえ………何てことをしてくれたんですかッ!!」

 

 

 しょーがねーだろ。もたもたしてたら皆消えちゃうんだから。

 そう弁明する時間もなく、俺達は夢の世界から強制的にログアウトした。

 リリスさんが臭いに耐えかねて能力を解除したのか―――

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――現実世界に戻った事を確認した俺は、すぐに鼻の異常を調べた。が、特に問題ナシ。良かった。

 次々に起きた皆も、一様に自分の鼻が曲がってないことを確認しててある意味面白かった。その直後にみんなから叱られたけど。

 

 

「ところで…きららさん、シャミ子様たちが元に戻ったのは、きららさんが何かしたからなんですか?」

 

「うん…シャミ子さん達の間に糸みたいなのが見えて……それを結びなおしたんだ。仲直りしてってお願いを込めながら……」

 

「そっか。きららは切られたパスを復活させる力に目覚めたのかもしれないね」

 

「そいつはすげぇぜ……ここで新能力に目覚めるなんてな!」

 

「新能力といえば、なんですけど…ローリエさんの剣や植物を出した能力は、何だったんですか?」

 

 パスが切られて凶暴化したシャミ子が立ちはだかったこのタイミングでそんな能力に目覚めるとは……流石は『きららファンタジア』の主人公、といったところなのだろうか。

 それと、きららちゃんも夢の中の俺の戦い方が気になったようで聞いてきたので、ランプと全く同じ説明をしておいた。

 

「『レント』……私の『コール』からそんな魔法を派生させてたなんて…」

 

「ローリエ。君は分かっているのか? どんな魔法を生み出したのか、その意味を。

 術者の記憶から物語の人物を反映させる……そんな魔法、前例がないことくらい分かってるだろう?」

 

「当たり前だろ? ランプやソラちゃんが羨ましがるくらいにはスゴイもんだと分かっている。それに……前例なんてもんは、作り出すって気概の方が丁度いい」

 

「………」

 

 

 あれ。マッチの言葉にちゃんと答えたのに、こいつ「そうかもしれないけど……」って顔してるぞ。まぁ、おおよその予想はつくがその辺の話をしだすと脱線する上に時間かかるから後だ。

 シャミ子のパスは元通りにしたのだが、肝心のシャミ子本体はまだあの秘密基地に囚われたままだろう。さっさと助けにいってやらないとな。

 

 

「きららちゃん、シャミ子のパスは感じられるか?」

 

「はい。シャミ子さんのいる場所ははっきりと分かります。これでもっと、クリエメイトの助けになれますね」

 

「なぁ…少し、待ってくれるだろうか?」

 

 ? タイキックさん、どうしたんだ?

 

「うつつがな…」

 

「はぁ………これで私だけが役立たずレベルがあがっちゃったな……」

 

「いや、それは違うぞ。うつつがいなかったら、シャミ子が元通りにならなかったかもしれん。

 それに、うつつがいたから、私は心の内を曝け出せた。

 今でこそ思うが、あの思いは、早めに口にするべきだったんだ。そんな気がする」

 

「わぁー!? うつつさん落ち込まないでー!」

 

 しまった…うつつの事を忘れていた。

 新たな力に目覚めたきららちゃんと新たな力を披露した俺によってネガティブモードが更にネガティブになってしまったうつつをしっかり慰めて、落ち着かせた後、俺達は秘密基地へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

「ウゥゥゥゥゥゥツゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

「けっ…やっぱりいやがるな」

 

 

 改めて突入した秘密基地内にて。

 俺達は再び巨大ウツカイと相まみえた。

 

 

「ウツゥゥゥーーーーーーーー!!」

 

「―――ッ!! 問答無用か!」

 

 

 ショットガン・アイリスに弾を込め、右肩めがけて撃ち込めば、風穴が空いて右腕がちぎれた。

 

 

「ウツゥーーーーーーーーーーッ!!!」

 

「皆! 先に行け!」

 

「ローリエさん!!?」

 

「俺がコイツをブッ倒す! だから……早くシャミ子の元へ行ってやれ!!」

 

 

 そう言えば、きららちゃんや桃達は頷いて、悶える巨大ウツカイの隙間を縫うように奥の扉へ向かった。

 巨大ウツカイが、「なにウチのこと無視して先行こうとしとるんじゃワレェェ!?」って様子で襲い掛かろうとしたが、俺はそれをアイリスの二発目の射撃で阻止する。

 

 

「おい、デカブツ。先に俺と戦おうぜ?」

 

「ウツーーーーーーー!!!」

 

 

 きららちゃん達の背中を狙わないように挑発すれば、目と目が合った瞬間激高する巨大ウツカイ。右手を再生させて、襲い掛かってくる。

 ジャンプで両腕のパンチを躱し、両足と片手を使って、しなやかに腕の上に着地。

 腕に乗られてすぐにそれを振り落とそうともう片方の手で薙ぎ払いにかかる、が。

 

「はああああああああああああ!!!」

 

「ウツゥゥゥゥ!?!?」

 

 すぐに弾丸の雨で左手を粉々にする。

 そして、巨大ウツカイの腕から肩へ駆け抜け、顔の目の前まで辿り着いて。

 俺は、パイソンをつきつけた。

 

 

月食弾(エクリプス)!!!

 

 

 放たれた16発のホーミング弾は、一瞬のうちに巨大ウツカイの顔へ、1発たりとも外れずに吸い込まれ、大爆発を引き起こした。

 爆風の衝撃を利用して巨大ウツカイから飛ぶように距離を取って、煙が上がった巨大ウツカイの顔を見る。

 煙が晴れた巨大ウツカイは―――首から上が綺麗さっぱり消し飛んでいて。

 そのまま……体が自壊していった。

 

 

「勝った………か…」

 

 

 巨大ウツカイの身体を構成していたであろう、絶望のクリエが降り注ぐ。それらが、雨のように俺の全身を濡らした。

 これで、俺も先に進める。きららちゃんだけを先に進めさせて、俺が残った甲斐があったというものだ。

 しかし、気になったのは………

 

 

「初見の時より弱くなったか?」

 

 

 最初はきららちゃんたちの総攻撃すらものともせず、俺の銃撃でも傷1つつかなかったはずだけど………絆が戻ったからか? コイツ、俺一人でも普通に勝ってしまえる程に弱体化してしまっていた。違和感レベルではない。明らかに弱くなっていた。

 そういえば最初に殴られた時も全然痛くなかったし…………まぁ、いいや。そんな事よりも優先すべきは。

 

 

「皆、すぐに行くぞ!」

 

 

 きららちゃんたちに任せた巨大ウツカイが塞いでいた道をさっさと進んで、合流する事だ。

 今回の事件……正直、異例といっていい。ウツカイといい、パスを断ち切られたクリエメイトといい…………もう、街にも被害が出てしまっている。

 シャミ子の救助はうまくやるだろう。でも、ここで事件を引き起こした元凶を捕らえられなければ、後が怖い。

 ヒナゲシ………とか言ったか、シャミ子を洗脳したの。

 八賢者の―――いや、俺自身の誇りに賭けて、絶対に逃がさねぇからな。首洗って待っていろ。

 物理的に取るわけじゃあないけど。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエさんに「先に行け」と言われて、ちょっとだけ判断が鈍った。

 

「俺がコイツをブッ倒す! だから……早くシャミ子の元へ行ってやれ!!」

 

 そう言われてなかったら、動けなくなっていたかもしれません。

 

 

「きらら、大丈夫か?」

 

「タイキックさん…」

 

「これから、ヒナゲシとかいう奴と戦う事になるだろう。集中してくれ」

 

「ごめんなさい……」

 

「…父上なら、大丈夫だ。必ず生きて追い付いてくれる気がする」

 

 

 こういう時、タイキックさんの「そんな気がする」は、頼りになるな。

 どうしても不安がぬぐえない時に、不安をなくす魔法みたい。

 

 

「タイキックさん、皆さん、行きますよ!」

 

「「「「「「はい(うん)!!!」」」」」」

 

 

 最後になるだろう扉が見えてきた。後は、あそこまで行ってシャミ子さんを助けるだけ。

 でも……そこで、今までに見たことのない悪意と遭遇するのを、私はまだ知らない。

 

 

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 うつつに無茶ブリをしたかと思えば、巨大ウツカイ相手に一人で戦った拙作主人公。ウツカイの生態に謎が多くまだ分からないことが多いが、とりあえず勝てたのでさっさときらら達に合流しようと思っている。

住良木うつつ
 ローリエにシャミ子の説得と言う名のキラーパスを受けてテンパりまくる2部のキーキャラ。ローリエにとってはただのキラーパスではなく、作中で言ったように闇堕ちしたシャミ子の心に寄り添えそうだからという人選だったが、本人にとってはやはりキラーパスでしかない。だが、タイキックのサポートもあり、しっかりと無茶ブリを達成した。

シャミ子&千代田桃&陽夏木ミカン&リリス
 きららによって、絆が復活した。決してクサい仲ではない。夢魔の銀杏爆発のせいとはいえ、そういうことを妄想したいやらしまぞくはお帰り下さい。



まちカドまぞく
 伊藤い○も氏によって2014〜2022現在連載中のファンタジーコメディ。魔族と魔法少女が存在する日本で、吉田優子が魔族の力に目覚め、シャドウミストレス優子と名乗り魔法少女の千代田桃と出会う。そこから始まる、ゆるギャグコメディ。笑い一辺倒ではなく、意味深な描写が多く、そこもまた人気獲得の要因となっている。



△▼△▼△▼
ヒナゲシ「ずるい…ずるいの!シャミ子ちゃんはわたしと同じで弱くてくそざこなのに……クリエメイトはずるいの!」

ローリエ「黙れ。お前とシャミ子が同じワケねーだろ。さっさと口を塞げ。」

ヒナゲシ「わたしは不幸だったの!だから、みんな不幸になっちゃえば―――」

ローリエ「お前、もう喋らなくていいぞ。引導を渡してやる」

きらら「ローリエさん、ダメっ―――」

次回『復讐の少女!罪に哀しみのブルースを』
うつつ「…………次回を見ればぁ…?」
▲▽▲▽▲▽



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第11話:復讐の少女!罪に哀しみのブルースを

今回のサブタイの元ネタは「シティーハンター’91」より「復讐の美女!獠に哀しみのブルースを」からです。



“諸君、歴史は好きかな?アレには沢山の学びがある。例えば―――クーデターを目論んだ者の末路がどうなるか、とかね”
 ……木月桂一の独白


「どうして……どうして、シャミ子ちゃんたちの絆が元に戻ってるの…?」

 

 

 秘密基地の最奥部。

 ヒナゲシは、これ以上もなく、焦っていた。

 さっきまでは速攻で秘密基地を暴かれた事で焦っていたが、巨大ウツカイがローリエを殴り飛ばして、きらら達が退却したことでひと安心していた。

 これでもう一回シャミ子を使った侵攻や聖典の破壊を進めようと思ったところで、シャミ子の絆が復活していることが判明し、驚き戸惑っているのだ。

 切れた絆が治るはずないのに、どうして元に戻っているの?……その思考が、ヒナゲシを支配していた。

 

 

「私は、桃をいつか眷属にするって決めてますから!

 確かに私はざこまぞくですけど……全て取り戻すまで諦めません!

 おかーさんも良もお父さんも、みんなで仲良く暮らすんです!―――それが私の野望だ!」

 

「ずるい……そんなの、ずるいの!

 クリエメイトはずるいの!! どうして、どんなにダメダメな子でも友達がいるの…!?」

 

 

 野望に燃えるシャミ子が癪に触ったのだろう。悲痛な声で、クリエメイトを糾弾する。だが、こんな事を言っている時点でたかが知れてるというものだ。

 シャミ子は前を、自分の未来を見ている。それに対して、ヒナゲシは後ろ、及び周囲の人間しか見ていない。

 幼いながらに憎悪に囚われ、心をかき乱されてるヒナゲシは、その違いに気づかない。

 

 

「もしかして、ヒナゲシさんは友達が欲しいんですか? だったら―――」

 

「うるさい!うるさい!ズルいの!!!

 シャミ子ちゃんはわたしとおんなじだから絶望するの!!!」

 

 根から良い子のシャミ子が、ヒナゲシの闇の正体に気づきかける……が、この手の人間はプライベートに踏み込まれるのを極端に嫌う。シャミ子の差し出した手を、ヒナゲシは容赦なく振り払い跳ね除けた。

 

「リアライフ!!」

 

「ぐぁぁぁっ!!? これで勝ったと………

 ……いや、負けるかーー!!!」

 

「!!?」

 

「ここで負けたら、また桃に筋トレさせられる!!」

 

 逆上したヒナゲシに再びかけられたリアライフ。

 シャミ子はそれに、気合いだけで耐え抜いた。

 

「シャミ子!今日のご飯なに?」

「それを言いながら突入するのどうかと思うわ!?」

「余、参上だ!!」

「ごせんぞ!桃!ミカンさん!そして…夢で会った皆さん?」

「シャミ子様、お待たせしました!」

「あなたが、ヒナゲシ? シャミ子さんを放して!」

 

 

 そして、そこにきらら一行が到着したことで。

 最初の戦いの火蓋が、落とされる。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「あなたが、ヒナゲシ? 今すぐシャミ子さんを放して!」

 

「イヤ! そんなことしたら……お姉様に見捨てられちゃう!

 いいじゃない!みんな不幸になっちゃえば!! だって……わたしは不幸だったもの!!!」

 

 

 きららの宣告に、ヒナゲシは全力拒否。そして、心の内を吐露した。

 自分が不幸だったから、幸せな人物が憎いのだ。そういう人々を、不幸にしようとせずにはいられないのだ。

 己が不幸だった故に幸せを取り立てようとする、妄執に囚われた人間の、怨嗟の声。その悲痛な声に、きららたちは何も言う事が出来なかった。

 ―――ただ、二人を除いて。

 

 

「……その気持ち、分かるよ」

 

「うつつ!?」

 

「私も幸せになれる気がしないし……この先もずっとダメダメだと思うから……」

 

「私も、過去の記憶は全くないが……もし、記憶を失う前の人生が辛いものだったなら……と思った日もあった。

 下手に思い出したら後悔するかもしれない……そう思わなかったワケではない」

 

「タイキックまで…!!?」

 

「だったら、二人もわたしと一緒に……」

 

「「それはイヤ(ないな)」」

 

「なんで!!?」

 

 

 気持ちが分かると言いつつも、ヒナゲシ側に寝返る事を拒否。

 二人のその理由は、実に。実に、彼女達らしかった。

 

「あんた見てたら…分かったんだ。自分が不幸だからって、他人まで不幸にしようとするのは……うん、ダサいって。ダサすぎて死にたくなるって。私は死にたくないから、そういうのは…やめるよ」

 

「ヒナゲシとやら……色々言っていたが、要するにお前は『自分が不幸だったから不貞腐れて周りに迷惑かけます』と言って駄々を捏ねているだけだ。

 幸せは自分で掴むべきだ。それを理解せず、己が不幸だと思い込んで周りに迷惑をかける……そんな輩に手を貸す者などいるワケがないということだ。この私も含めてな」

 

「!!?」

 

 ヒナゲシの痛ましい言動を見て自分の身の振りを考えたうつつ。

 ヒナゲシの主張の本質を身も蓋もなく暴いたタイキック。

 二人の冷静な一言に、とうとうヒナゲシの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「ダサい…?迷惑……? 好き勝手言ってくれるの……! なんにも知らないくせに…!!!」

 

 

 怒りの悲鳴と同時に、ヒナゲシは矢を番える。そして、すぐさま弓から矢が放たれた。

 風の魔力を纏った矢は、きらら達にまっすぐ飛んでいき。

 

「ふっ!」

 

 タイキックに、蹴り落とされた。

 

「いいの……だったら、あなたたち全員を倒せばいい!!

 わたしにはもう、それしかないの!!!!

 真実の手が一人…『弓手』のヒナゲシが、絶望のクリエを搾り取ってやるの!!」

 

 それが、開戦の合図だった。

 

 

「『コール』!」

 

「行くぞ、きらら! ここが正念場だ!」

 

「はい!」

 

 きららは『コール』でゆずこを召喚した。一人しかいないのは、不意打ちを受けたため、迎撃の為に『コール』での詠唱時間を最短にしようとした結果である。

 

「やる気ビーム!」

 

「そ、そんなの……『ポピーボルト』!」

 

 ゆずこの渾身の一振り。ヒナゲシに向かって真っすぐ飛んでいった斬撃は、ヒナゲシが放った矢によって軌道がズレて、そのまま秘密基地の壁を抉っていった。

 それを意にも介さず、ヒナゲシは続けて矢を放つ。

 

「『スピリットアロー』!」

 

「あおうっち!?」

 

「ゆずこさん!」

 

「だ、だいじょぶだいじょぶ…」

 

「―――ッ!」

 

 ヒナゲシの魔力を込めた矢がゆずこに当たるも、『コール』されたゆずこにとっては大したダメージにはならなかった。

 それが気に食わなかったのか、矢を番える手を止めない。

 

 

「はぁーーーっ!!」

 

「ぬ!? どこを狙って――」

 

「そこなの!!」

 

 

 初発の矢の数々が、きららとタイキックの足元に突き刺さり、咄嗟に距離を取った。

 だが、ヒナゲシがその次に放った矢が先程の矢の着弾部分に刺さった瞬間……床一体が、大炎上した。

 

 

「なに…!?」

 

「炎が…!?」

 

「これでもうわたしには近づけないの……!」

 

「ひえええええ!!? ち、地下の秘密基地で火事とか正気かあやつ~~!?」

「わ、私、帰りたい! こんなところで死にたくないよぉ~~~!!!」

 

 

 これが、ヒナゲシの黄金パターンであった。

 最初に放った矢は、(やじり)に特殊な加工がしてあり、着弾すると中に含まれている油が大量に飛び散るようになっていた。そこに火矢を放てば、炎が油を燃やして、一気に侵略するのである。

 この戦い方は、本来地下で行うべきではない作戦だ。火の燃え具合が悪くなるし、最悪自分も一酸化炭素中毒で共倒れだが………余裕のないヒナゲシは、形振り構わなかった。

 だが、閉鎖空間でものを燃やす行動に、うつつとリリスが早速戦意喪失してしまっていた。

 

 しかし―――きららとタイキックは諦めていない。

 

 

「くっ…こんなもの、私の蹴りの風圧でかき消して―――」

 

「待って、タイキックさん。それよりもいい方法があります」

 

「きらら?」

 

 

 力業で突破しようとするタイキックを、きららが引き止める。

 部屋が炎上し、更にヒナゲシの矢が襲い掛かるこの状況でも、きららは有効打を打てる確信があった。

 何故なら彼女は―――『コール』を使う、召喚士であるから。

 

 

「水で鎮火させます。だから、タイキックさんはヒナゲシを」

 

「…分かった。信じよう」

 

「え? ちょっときららさん? ひょっとして私をッッッ

 

 きららがゆずこを帰し、代わりに『コール』でこの状況をひっくり返せるクリエメイトの召喚にかかる。

 

「させないの!! 必殺『スコールボルト』!!!」

 

 だが、その様子に気付いたのか、ヒナゲシは雨のように山なりに襲ってくる矢を、無数に放った。

 きららの頬に冷汗が流れる。『コール』に集中しないといけない以上、回避に専念したら『コール』が途切れてしまう。

 と、考えていると。

 

 

「させないのはこっちの台詞だ…!」

 

 タイキックが、右足に光を纏って、きららの前に躍り出た。

 

『ムエタイキック・カオマンガ』!!!

 

 

 それは、まさしく人間が生まれ持った肉体から放つマシンガンであった。

 目にもとらえきれない、光り輝く右足の連撃が、きららを襲う無数の矢を全て弾き飛ばしたのだ。

 そこには、戦闘に必要な攻撃力だけではなく、洗練された美しさがあった。

 目の当たりにした者たちは、連続蹴りによって無惨に蹴散らされた矢の残骸が、弾かれた露のように錯覚したという。

 

 

「そ…そんな……」

 

 

 一瞬ののち、ヒナゲシが目にしたのは、完全に鎮火した炎の跡と、きららの傍らに立つ歌夜・トオル・由紀であった。

 タイキックが生み出した時間を使って水属性のクリエメイトを召喚し、すぐに火に薬液や水の魔力をぶっかけたのである。

 自身の黄金パターンが破られたその様子を見て、茫然自失としたヒナゲシは気付くのが遅れた。

 

 ―――さっき大技を放ったタイキックが正面の視界から消えていることに。

 

 

「…!!! さっきの女はどこに―――」

 

デデーン

ヒナゲシ、タイキックー!

 

 

 何処からともなくアナウンスが流れる。

 軽快な音楽が流れたタイミングでヒナゲシは異常に気づく………が、もう遅かった。

 ヒナゲシの背後で、タイキックがヒナゲシの尻に向かってタイキック2秒前の様相で構えていたのだから。

 

 

「デリャァァァァァァぁぁぁぁぁ!!」

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 ヒナゲシの臀部に直撃した、迅速のキック。

 あまりの痛みに、弓と光る宝珠のようなものを取り落として、膝をついた。

 タイキックをモロに受けた以上、しばらく立つことも叶わないだろう。勝負は、ついた。

 

「おや…何か落としたぞ、コイツ……」

 

「!!! 駄目っ、それは―――」

 

 タイキックが落とした宝珠を拾う。

 それは僅かに禍々しい光を放っていたので良くないものだろうと思ったが、ヒナゲシが必死に止めてくるので予想は正しいと判断し、すぐさま足で踏みつけて力を入れた。

 小さな宝珠には、それに耐えきれる強度がなかったようで、タイキックに踏み潰されると、粉々に砕け散った。

 

「そんな……ハイプリス様から頂いた、リアライフの発動体がぁ………!!!」

 

「ハイプリス様?」

 

 ヒナゲシの今の言葉は、まるで誰か別の人間から任されて遺跡の街を襲撃したみたいではないか。

 タイキックが引っかかった疑問に答える間もなく、ヒナゲシはうずくまったまま、何かの魔法の準備をしている。

 

 

「覚えておきなさいなの……わたしなんて真実の手の中では一番の小物なんだから―――!!」

 

「ま、待ちなさい!」

「待って!」

「さっきの言葉、どういう意味だ!」

 

 

 捨て台詞を吐いて、転移魔法の陣に包まれるヒナゲシ。

 きららとランプ、タイキックがそれを止めようと言葉をかけるが、転移をやめる気配がない。

 そのタイミングだった。

 

 

 

バァァァン!!!

 

「ひゃぁぁっ!!?」

 

「「「「「!!!!?」」」」」

 

 破裂音と共にヒナゲシがのけぞり、転移魔法の陣と光が消え去ったのは。

 きらら一同は破裂音の発生源がほぼ真後ろだったことに気付き、即座に振り向いた。

 すると、そこには。

 

 

「気になる事言ってくれるじゃないか。もちっと残って俺と話をしようじゃないか」

 

 

 煙を吐く拳銃・パイソンを握るローリエの姿があった。

 軽口をひとつ叩いた彼の顔は、全く笑っていなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「八賢者、ローリエ………!」

 

 …間一髪、間に合ったってところか。

 巨大ウツカイを始末した後、先行させたきららちゃん達に追い付くように全力疾走していたワケだが、到着したと思ったら黒幕であろうヒナゲシがタイキックさんにタイキックされて、意味深なことを言って逃げる10秒前みたいな状況だった。

 ここまで来た以上、逃がすわけにはいかない。シャミ子を救出はできたようだが、逃げようとする実行犯に声をかけるあたり、きららちゃん達もまだまだ甘い。

 こういう時は―――実力行使で、逃がさないようにするのが圧倒的に早く、合理的だ。

 

「お前が、シャミ子に街を襲わせた実行犯でいいんだな?」

 

「わ、わたしじゃないの…シャミ子ちゃんが、シャミ子ちゃんの意志で―――」

 

「今更とぼけなくていい。ネタは上がっている」

 

『あなたから楽しい事や嬉しい事を奪っていく敵なの。

 健康も、うどんも、なけなしの500円も、鉄板も……ぜんぶ、奪っていくの。』

『そ、そんな…やめてください…

 おかーさんや良が、悲しみます…』

『―――っ!

 そうしたら、お母さんも良ちゃんも、そんなよわよわシャミ子ちゃんを、見捨てるかも……』

 

「!!?」

 

 先程回収したG型の映像をつきつける。

 そこには、『リアライフ』をかけたシャミ子に残酷な事を吹き込んで、絶望させるヒナゲシの様子がありありと映っていた。

 ―――正直、はらわたが煮えくり返った。

 クリエメイトにこんな事を平気で吹き込んで、絶望させて……最終的には消そうとした。おそらくそれが、ウツカイの指令書にあった「聖典を破壊する」ということなんだろうが…………何様のつもりだ。

 何の権限をもってこんな事が許されると思っている?人の命を、幸せを、何だと思っているんだ…!!

 

 

「言葉は選んだ方が良いぞ。俺は今スゴく怒っている。女子供だろうが容赦はしない」

 

「あ…あなたなんかに話す事は無いの!」

 

 転移魔法で逃げようとするヒナゲシ。だが、無駄だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……? なんで…なんで………転移ができないの!?」

 

「転移は厄介な逃走手段だ。手を打って当然だろ」

 

 最初にヒナゲシに撃ち込んだ弾丸は、魔法封じの弾だ。サイレンサーとおんなじ原理で、弾丸に相手の魔法の発動を大きく妨げる効果を付与した。これで丸一日は、転移魔法すら使えまい。

 逃げられないことを察したヒナゲシは、懐に手を伸ばす―――が、そうはさせない。先んじて懐に伸ばした手を撃ち抜いた。

 

「ぎゃああ!?」

 

「今、何しようとした」

 

「やめて!触らない―――あっ…!」

 

 ヒナゲシの懐をまさぐってみれば、そこから出てきたのは通信機だ。これで緊急信号でも出す気だったか。

 俺はヒナゲシの通信機を放り投げると、そのまま撃ち抜いてそれを破壊した。

 基地の床に、通信機だったものが部品と共に叩きつけられる。

 

「そん、な…」

 

「お前を逮捕する。抵抗は無駄だ」

 

「―――っ!!」

 

 投降通告に唇を噛む少女。

 だがまだ諦めていないようで、落ちていた弓を取って番えた矢を俺に向けた。

 

 

「ふざけないで!! みんなクリエメイトが悪いのに…()()()()()()()()()()のに……わたしをそんな、怖い目で見ないで!

 不幸だっていいんじゃない! わたしが不幸だったのに…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の!!

 だから―――」

 

 そこから先は言わせなかった。

 ヒナゲシの持つ弓の末筈(うらはず)*1を、弾丸で破壊した。

 

「えっ――」

 

だから、何だ

 

 持っていた武器が壊された隙に接近し、思いきりキックを腹に叩き込んでやった。

 つま先が少女の柔らかい腹に食い込んでいくのを感じる。

 くの字に曲がったヒナゲシを、そのまま基地の壁に叩きつけた。

 

「うっ―――があああああ!!?」

 

お前のやったことは…只のテロだ!!

 人々を苦しめ、クリエメイトを傷つけて……

 あげく『私は悪くない』だと? 甘ったれるなよ、このクソガキが!!」

 

「ローリエさん!!」

「それ以上やったら死んじゃいます!」

 

 ガシャァァァンと基地の壁が音を立て、ド派手にヒビが入った。

 そこでようやく、我に返ったのかきららちゃんとシャミ子から制止がかかった、か。

 ヒナゲシは………気絶してるか。もう抵抗したり逃げられる心配はない、と。

 だったらと、俺はシャミ子に気になったことを聞いてみた。

 

 

「…シャミ子。コイツは()()()()()()()()()()()だぞ? それを助けようというのは…流石に、“優しい”という域を超えていないか?」

 

「それは……っ、でも、だからって殺すのは間違ってます! そんなおそろしげなことをしたら裁かれますよ!サバのように!!」

 

「サバのように裁かれるってなに…?」

 

 シャミ子は必死に、シャミ子なりに反論する。

 初めてバイオレンスなシーンを見たからか、傍から見ても動揺しまくっているのは丸見えだ。しっぽが大暴れしているし。そんな様子のシャミ子の肩に、桃が手を乗せた。

 

「ローリエさん。殺されそうになったら抵抗するのは当然です。でも…正当防衛を笠に殺してしまったら、それはもう過剰防衛になる。みんなが幸せになるには……それじゃあダメなんです。シャミ子は、そう言いたいんじゃないんでしょうか」

 

「あっ……おい、きさま人の台詞を取るな!」

 

「それに…ローリエさん、その子を殺す気はなかったんでしょ?」

 

「聞いているのか桃………え、殺す気なかったんですか!?」

「「「「えっ!?!?!?!?!?」」」」

 

 

 きらら・ランプ・マッチ・うつつの四人はあれだけやっておいて殺す気はなかった事に驚いているが……ミカンとタイキックは別段驚いていないようだな。

 流石、魔法少女というべきかなんというか……

 

 

「…あぁ。最初に言ったろ? 逮捕するって。抵抗したり逃げたりしないようにしただけだ。まぁ……ちょっとカッとなって、熱が入っちゃったけどさ」

 

「そうね。もし殺す気だったら、最初の攻撃の直後に、頭を撃ち抜いて終わりにすればいいだけだもの」

 

「そういうことだミカンちゃん。流石魔法少女だ、『ぶっ殺すって言った時には、その時スデに行動は終わっている』ってことか?」

 

「いや、そんなギャングみたいなものじゃないけど……」

 

「そうだったんですか…?」

「あんな怖い先生、初めて見ましたよ! てっきり殺すんじゃないかと…」

「まぁ、様子がいつもと違ったのは確かだね」

「うぅ……スプラッタはナシ? ナシでいいんだよね?」

「やはり、か。まぁ…そんな気はしていた」

 

 

 殺す気はないと伝わったところで、気絶中のヒナゲシに魔法封じの手錠(コリアンダーら謹製)をかけて、転移の準備を始める。行き先は勿論、神殿だ。

 

 

「俺は今から、コイツを連行しなければならない。きらら、シャミ子を帰すことってできるか?」

 

「えっと、『オーダー』された皆さんをここに繋ぎとめてる楔があるはずなんですが……」

 

「あぁ、苺香の時のね。あれ、クリエロックって言うらしいよ」

 

「そうなのか、マッチ?」

 

「うん。前回の『オーダー』騒動では、クリエケージがクリエロックの役割も果たしていたってアルシーヴから聞いたけど……」

 

「…これじゃない?」

 

 

 うつつが指さしたのは、円柱状の入れ物っぽい何かだった。中に、澱んだ色の何かが溜まっている。

 「きっとそれですよ!」と大声で反応したランプに驚いたうつつが、その拍子に触った瞬間に入れ物が砕けて、中の澱んだものが澄んだ色になって、シャミ子達の中へ吸い込まれていったけど。

 

 

「よし。じゃあ後は任せるよ。俺はコイツの扱いについて神殿に持ち帰らないとだから」

 

「はい。ありがとうございました、ローリエさん!」

 

「ローリエがいなかったら、もっとピンチになっていた気がするよ。助かった」

 

「先生も気を付けてくださいね!」

 

「はぁぁ……やっと陽キャが一人減った…これで2%くらいは息がしやすくなる、かも?」

 

 

 みんなの声に送られて(うつつの発言はどうなんだ?)、俺は神殿へ転移するためにキメラの翼を使用した。

 ………しかし天井に頭をぶつけた、はないからな? エトワリアの転移魔法の都合上、室内で使っても天井に頭をぶつけることはないから、その使い勝手の良さは非常に助かる。

 

 

*1
弓にある、弦を引っかける部位のこと。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 ヒナゲシ戦に遅刻した八賢者。だが逃走には間に合ったことでそれを阻止、結果的に捕獲に成功するという大金星を挙げた。この後、神殿にてヒナゲシに尋問をする予定。尋問といえばな伝説のネタがあるが、採用できるか否かは不明。

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ
 ローリエの変貌に驚いた原作主人公組。あわやヒナゲシを殺してしまうのではないかと言う気迫にきらら以外は動けなかったが、桃が真意を見抜いた故に安心した。ひとまずは。

シャドウミストレス優子
 ヒナゲシの被害に遭っていたクリエメイト。シャミ子にしてみればヒナゲシは「ただ友達が欲しくて彷徨っているように見えた」だけで「敵」という認識はない。が、あまりにバイオレンスなシーンにしどろもどろになった。だが、それでもなんとか口にした言葉には、ヨシュアと清子が名付けた通りの“優しさ”があった。

千代田桃&陽夏木ミカン&タイキック
 ローリエがヒナゲシを殺す気がないと最初から分かっていた人物たち。いちおう「逮捕する」とは言っていたが、ローリエの烈火の如き怒り具合にそれが頭から抜けていた人物が多い中、桃とミカンだけは歴戦の魔法少女の勘から殺意のなさを見抜いていた。もしローリエがガチで殺しに来ていたら彼女達3人が止めていただろう。

ヒナゲシ
 第一章にてローリエに捕まるという、原作大ブレイクの煽りを受けて原作よりも酷い目にあった被害者。物語内ではガチの加害者であったが、自分は被害者だと本気で思っていたため、ローリエの怒りを買う。だが、彼女は『覚悟が決まり切っていない悪い子』であるために更なるひどい目に遭う事を予感できない。




△▼△▼△▼
フェンネル「わたくし、夢を見ましたの。とても珍妙で理解不能な夢を………え、それどころではない?…分かっております。ですが、ですがあの夢は!嫌でも記憶に残るッ!!」

アルシーヴ「お、落ち着くんだフェンネル。どんな夢を見たかは知らないが…」

フェンネル「ではアルシーヴ様。少しお時間を頂戴して…お話いたします。」

次回『珍夢と拷問と焼肉王』
ローリエ「焼肉やんないのー?」
フェンネル「ローリエ、少し静かに……あぁもう!!次回をお楽しみに!!!」
ローリエ「???」
▲▽▲▽▲▽


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第12話:珍夢と拷問と焼肉王

今回のサブタイトルは「仮面ライダーオーズ」風にしてみました。
前回に怒りのガチ回があったとは思えない程ネタに振っています。
それでは、怒涛の連続投稿、フェンネル視点からどうぞ。



“時にどのような崇高な思想も、人間元来の欲望に呆気なく負けうる。”
 ……木月桂一の独白


「さぁ~みんな、集まって!『ミニシュガーちゃん』が、始まる」

と思っていたのか!

 

「………」

 

 

 ハイテンションなシュガー。それに集まるクロモン達。そこに現れたシュガーとペアルックで悪だくみ顔のローリエ。黙って見ているアルシーヴ様達と残りの賢者4人。それらを少し遠くから眺めているわたくし。

 ―――なんですの、これは。まるで意味がわかりませんわ……

 

 

「はい、ローリエ」

 

「うム。なんですかフェンネルさん」

 

「取り敢えず着替えてください。流石にそれはキツイと言わざるを得ません」

 

 シュガーの格好は、年相応の幼子でないと似合わないというのに、成人男性がそれを着るなど狂気の沙汰です。

 

「えー、もったいないよフェンネル! せっかく面白いのに!」

 

「おぞましいの間違いでは…」

 

『びっくり300円~

 びっくり300円~』

 

「ナニヤツ!!!?」

 

 

 突然ラジカセで意味不明な声が聞こえた。

 ローリエのオーバーリアクションをバックに振り返ると、そこには特徴的な眉毛のおじさんがいた。上裸にジーンズパンツをはき、額にマジックで『び』と書いてある。

 

 

「フフフ…びっくりしただろう…」

 

「い、いつの間に…!」

 

「これは驚いたね…」

 

 セサミ、カルダモン……これ、そんなに驚くことですか?

 驚いたというか、わたくしは全く展開についていけませんが…

 

「オレさまはだれかをびっくりさせることが大好きな―――びっくりおじさんじゃーーーーーーーーッ!!!」

 

「えい!」

 

「へぶっ!!?」

 

 そう大声で叫んだ直後。

 シュガーが自称びっくりおじさんを殴りました……金ダライで。

 

「今だ!畳みかけろ!」

 

「え?え?え??」

 

 目の前で起こった事に戸惑っている間に、他のみなさんが次々とびっくりおじさんを袋叩きにしていきます。

 ソルトは、一斗缶で。カルダモンは、スリッパで。ハッカは、フライパンで。ソラ様に至っては、生きたままのブリで………各々、明らかに武器ではないものを武器にびっくりおじさんを叩きのめしていた。

 

 

「フェンネル、ほら。君の分の武器だ」

 

「え、これ…………ネギですよね?」

 

「違う。首領(ドン)パッチソードだ」

 

「ネギですよね??」

 

「皆! 俺も行くぞ! 魔剣・大根ブレード!!!!」

 

「大根ですよね!?!?!?」

 

 

 あぁ~~もう!!わけがわかりませんわ!!

 ローリエも大根を手に突っ込んでいって、完全に伸びているびっくりおじさんにトドメを刺してしまいました。

 おまけに、セサミとジンジャーがシャベルで穴を掘って、びっくりおじさんを埋めてしまいましたし……そこに至るまで、わたくしは何もできませんでした。………いや、何もしない方が良いのかもしれませんが…

 

 

「さて、びっくりおじさんも倒した事だし……

 ソラちゃん!アルシーヴちゃん! 景気づけにこの練乳を噴射するから、上半身で浴びて欲しい!」

 

「え?」

 

「何故、そんなことを?」

 

「そして、練乳がぶっかかった状態で床にぺたんと座って、上目遣いにコッチを見るんだ」

 

 

 ただ、この指示で何を狙っているのか察しがついたわたくしは、練乳のチューブをローリエから奪い取り、白濁したドロドロでネバネバの練乳を、ローリエの目に思いきり噴射した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「起きましたか、フェンネル」

 

「セサミ………えぇ、人の尊厳を守る夢を見ましたわ」

 

「人の、尊厳を、守る???」

 

 

 練乳が目に直撃し、アザラシのようにのた打ち回る言ノ葉の街原産のゲス悪魔を、養豚場から出荷される豚を見る様な冷たい目で見た辺りで目が醒めましたわ。

 

 

「お休み中に申し訳ありません。アルシーヴ様から、緊急の招集がかかりましたので、連絡に参りました」

 

「そうだったのですね、セサミ。ありがとうございます。ちなみに……どのような内容で?」

 

「実は……我々神殿に敵対する組織の幹部を、ローリエが捕えたらしいのです」

 

「何ですって?」

 

 

 一体、いつの間にそんなことを。

 わたくしは日々の警護と、その合間に仮眠をとっていただけですのに……

 

「……くっ、ぷふっ」

 

「フェンネル?」

 

「い、いいえ………なんでも、なんでもないのです…」

 

「???」

 

 言えるわけないじゃないですか!「夢でシュガーの格好したローリエが出てきた」なんて!

 夢の内容が内容なだけに、このことを口にしたら……頭の心配をされるに決まっています!

 アルシーヴ様から招集がかかっているのなら、なおさらですわ!!!

 

 

 

 

 

「皆、集まってくれてありがとう」

 

 ソラ様とアルシーヴ様の元には、既にわたくしとセサミ、ジンジャー以外の八賢者は既に集まっていました。珍しくカルダモンが出席していましたが、例のごとくジンジャーは市長の仕事でここには来れないようなので、これで全員集合です。

 

「今回は、我々に敵対する組織とその幹部の捕獲に成功したとのことで、ローリエから話がある。

 ……ローリエ、頼む」

 

「りょーかい」

 

 アルシーヴ様を中心に、緊急会議が開かれ、速報告係であるローリエの話が始まる。

 彼の話によると、先日カルダモンと行ったジャンクビレッジの調査で、神殿…特に聖典に対して反対する動きが現れ始め、聖典の信頼性を疑う噂が流れていたとのこと。その噂の中心にあると疑われたのは、『リアリスト』と名乗る組織とそこに所属すると思われる少女・ヘリオス(仮)の存在。

 そして、旅立ったきらら達が目撃したという遺跡の街の襲撃。ローリエはランプの要請を受けて助太刀に行ったことや、そこで起こった事件の概要と、黒幕であったヒナゲシの事、そして彼女を逮捕した事が次々と明らかになりました。

 

 

「まさか、遺跡の街でそんなことが起こってたなんてね…」

 

「お手柄ですよ、ローリエ。敵の幹部を逮捕なんて、そうそうできるものではありません」

 

「いや、でもなぁ。『真実の手』としか言ってなかったし、何よりシュガーソルトくらいの子供だったんだよ、今回捕まえたの」

 

「それでもだ、ローリエ。今回の手柄が大きいのは間違いない。ヒナゲシについては、目を覚まし次第事情聴取を開始しろ。方法は任せる」

 

「それなんだが…事情聴取で口を割らない可能性が高い」

 

 捕らえた『真実の手』の事情聴取が上手くいかない事を見越したような発言に、会議内が騒然とする。

 まぁ…犯罪者の中にはなかなか口を割らない人間もいるにはいますが……

 

「そもそも…ヒナゲシは聖典及びクリエメイトを強く憎んでいた。そんな連中からすれば、俺達やきらら達に負けることは屈辱以外の何者でもないはずだ。そんな状態の人間が、口を割るとは考えづらいだろう。たとえ自分の組織の勝利が絶望的になっても、せめて相手に得はさせまいと躍起になる。普通の尋問では何も情報は得られないと思った方が良い」

 

「厄介なパターンですね……」

 

「ならば、拷問する…という流れになるのですか?」

 

「えぇーーーっ!? 可哀そうだよソルト!」

 

 事情聴取でも口を割らないとなれば、拷問でもして話を聞き出すしかありません。

 ですが、シュガーが思いきり反対します。なんというか…甘いですね、この子は。敵に温情を与えるなんて。でも、無意識にそういう判断が下せる彼女だからこそ、“甘い”八賢者としてその地位にいるのかも知れませんが……

 

 

「大丈夫だシュガー。今回行う尋問では、暴力・暴言……この二つは使わないと約束しよう」

 

「「「「「「「!!!!?」」」」」」」

 

 

 ローリエ!? 一体、何故そんなことを言うのです!?

 拷問とは本来、暴力的な手段で情報を吐かせること……それなのに、その約束をしてしまっては、拷問にならないではありませんか! まぁ…人道的にはそれで良いのかもしれませんが……

 

 

「それでは、情報が得られないではありませんか!」

 

「なにも『かわいそうだから』とかじゃあない。理由がある」

 

「理由?」

 

「ヒナゲシの身体だが…ちょっと見ただけでも結構な虐待の跡があった。

 それの意味する所は………アイツは組織内、もしくは家庭内で日常的に暴力に遭っていた可能性が高い、ということ。

 そんな人間に暴力的な拷問を行っても、効果は薄いだろうからな」

 

「成程ね。それも厄介だ」

 

「あんな小さな子を、虐待ですって…!?」

 

 

 ソラ様の顔色が目に見えて悪くなる。アルシーヴ様に心配をされるが、「大丈夫よ」と退室を拒否した。

 ローリエの言っている事は分かります。普段から暴力を受けていれば、それの耐性ができるのは当たり前。それが拷問の意味をなくしてしまう……と言う事。

 ですが、ソラ様はローリエが捕えたという幹部の容姿を見たのでしょうか、ヒナゲシの虐待のことを知るやいなや顔色を悪くされました。

 さっき「シュガーやソルトくらいの子供」と言っていたから……そんな事が、この世界で起こっているなんて……。

 

 

「そこで、だ。この後俺が行う拷問を監視と言う名目で一緒に見て欲しい」

 

「なぜ、そのようなことを?」

 

「拷問の体をなしているか第三者の目が要るだろ。それに、ああ言っておいて俺が陰でヒナゲシに暴力ふるったらどうすんだ。監視するくらいの方が丁度いいんだよ」

 

「………」

 

 

 自ら進んで監視される事を望むとは、なんだかローリエにしては怪しいと思いましたが、アルシーヴ様やセサミ等に日常的にセクハラをしまくっているせいかと思い、あまり言及はしませんでした。

 

 

「ぼーりょくふるわないよね?絶対だよ?」

 

「安心しろシュガー。約束は守る。それと…皆。ご飯は後回しにしておいてね」

 

「「「「「「??」」」」」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 約束の時間に集まったのは、欠席しているジンジャー以外の全員…つまり、最初の招集で集まった八賢者全員とアルシーヴ様、ソラ様でした。

 

「お、まさか全員で来るとはね」

 

 そこにジャージ姿のローリエが登場しました。木製の大きな箱をキャスターに乗せて押しながら。

 

「その箱の中身は?」

 

「尋問で使う」

 

 いささか言葉足らずな答えを言うと、言うべきはそれだけだと言わんばかりにヒナゲシの檻の前に向かって歩いていきます。

 ついていった先の檻の中には…戦闘後でややボロついている服の少女がいました。彼女が、ヒナゲシでしょうか? 確かに、年齢的にはシュガーやソルトと大差ありませんね……

 檻の傍らには、何かが置いてありますが……白い布がかぶさって何か分かりません。

 

 

「な…なんなの……そんなに八賢者を集めても、絶対に吐かないんだから!」

 

「………」

 

「あ…あんた達なんか怖くないの! 聖典みたいなまやかしばっかり信じる、現実の見えない馬鹿なんかに負けないの!」

 

「………」

 

「すぐに、お姉様がわたしを助けに来るの! お姉様にかかれば……あんた達なんか、けちょんけちょんなんだから!!」

 

「………」

 

 

 私達を…ローリエを見るなり口汚く罵るヒナゲシ。

 わたくしやカルダモン、アルシーヴ様は動じませんが………ソラ様やシュガーは、やっぱりショックのようね。一目でわかりますわね……。

 ですが、そんなヒナゲシを見ても、ローリエは無言でヒナゲシを観察するかのようにじっと見ているだけ。

 そして、一通りヒナゲシが罵り終わって、静かになったところで。

 

 

「…………フッ」

 

「!!! 今……わたしを笑ったの!!?」

 

「違う違う。笑ったワケじゃあないんだ。

 ただ…想像よりも楽な仕事になりそうだなーって、思ってよ」

 

「何を…わたしは、絶対に喋らないの!

 真実は、必ずまやかしを打ち破るの!!」

 

「……まぁ良い。何を言おうが好きにしてくれ」

 

 ローリエは、呆れたようにヒナゲシを見た。

 

そう遠くない未来、お前は自ら『話を聞いてくれ』と懇願することになるんだからな

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 

 ローリエには、もうヒナゲシの口を割る算段がついていると言うのですか!?

 ですが……聖典やわたくし達を憎むのは見ての通りで、虐待されてるから暴力系も効果が薄い相手に、一体何を………

 

 

「そんなわけない!! 誰があなたみたいな……」

 

「俺らとしては、さっさと音を上げてくれると助かる。

 これから行う尋問は、すごく胸が痛くなるからな……」

 

「!!?」

 

「ち・な・み・に………最後にご飯食べたのいつ?」

 

「………は?」

 

「え…?」

 

 

 な、何故このタイミングでそんな事を聞くんですか、ローリエ?

 唐突な謎質問の意図が全く分からない様子で、素っ頓狂な顔をするヒナゲシ。

 みんなも戸惑ってます。ソラ様もアルシーヴ様も、その意図には気づいていらっしゃらないご様子ですが…

 

 

「最後に食事をしたのはいつ?って聞いてんの。それくらいなら話してくれてもいいでしょ?」

 

「え? え? えっと………昨日の―――」

 

 く~~~、と。

 そこで、誰かのお腹の音が響いた。

 シュガーやソルトのかと思いましたが、二人もキョロキョロしており、自分の腹がなったようには見えない。

 そこで檻の方を見てみると、ヒナゲシが固まっていた。そして、ゆっくりと、自分のお腹に視線を向ける。

 

 

「……成る程。好都合だな――――――じゃあ、始めようか」

 

 

 先程の腹の虫がヒナゲシのものだと分かった途端、ローリエは傍らに置いてあった物体の、白い布を取り去った。

 下から出てきたのは………大きな鉄の板が乗った機械が置かれた、テーブルでした。そして、ローリエがその機械のスイッチを入れる。

 しばらくしてから、彼は真っ白い四角形の物体を鉄板の上に落とした。ジュゥゥゥゥ、という音が響く。四角い物体は、鉄板の上で溶けていきます。どうやら、鉄の板はかなり熱くなっているようですが……って!!

 これ、まさか………

 

「あ、そうだみんな。言い忘れてたけど、今からヒナゲシに話しかけたり、何かあげるの禁止だからね」

 

「ちょ……ちょっと待ってローリエ! まさかあなた…これからやる尋問って………」

 

 油が焼ける香ばしい匂いが辺りに充満していく中、ローリエは木箱のフタを開ける。すると、中からは―――大量の生肉が。

 そして……それを、何の躊躇いもなく鉄板に並べだした!!

 

 

「…見て分かるだろう?」

 

「「うわあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」」

 

 

 あぁっ、シュガーとソラ様が膝をついた!

 まさか……こんなタイミングで焼肉だなんて!!

 アルシーヴ様とセサミは「なんだこれ?」って顔をしていますし、ハッカはいつも通り読み取りづらい無表情に見えますが……これは酷い尋問…否、拷問ですわ!

 確かにローリエは「暴力・暴言は使わない」と約束しましたが………それらを使う拷問の方が、遥かにマシに見えてくる!!

 

 

「ローリエ…あなた…!! なんてことを…!」

 

「フェンネルは分かったみたいだね。この尋問の意味が。

 …おいヒナゲシ! ―――喋りたくなったら、いつでも喋っていいからなー!」

 

「!!!」

 

 ジュージューと肉が焼けていく音をバックにかけられたローリエの言葉で、ヒナゲシに衝撃が走る。

 わたくし同様、気づいたのでしょう…………口を割って話すまで、ここで肉を焼き続けると!!

 

「え…?なに、どういうことですか?」

 

「見ての通りだ、セサミ。これからこの鉄板で焼肉を行う」

 

「焼肉……?」

 

「それ以外の何に見える?

 ―――安心しろ、ニンニク控えめだ。野菜もあるぞ?」

 

 少なくとも、セサミが言いたいのはそう言う事ではないと思いますよ?

 

 

 誰が言うでもなく、席に着き始め、食事が始まりました。

 人数分の皿が用意され、そこにしっかり焼かれた肉が乗せられる。

 誰もかれもが手を付けていいか戸惑うところに、ローリエがみずみずしい葉野菜や根菜を取り出し、塩やレモンなどの調味料を並べ、鉄板の空いたスペースに真っ赤な生肉が乗せられていく。

 ローリエだけが食べ始めた、牢屋の前の奇妙な食卓が出来上がった中、アルシーヴ様が気まずい顔でローリエにお尋ねになった。

 

 

「なぁ、ローリエ……何故、焼肉なんだ?」

 

「端的に言っちゃうと……人間、屈辱や苦痛には耐えられても、本能には逆らえないってことだよ」

 

「おにーちゃん……ヒナゲシちゃんに何かあげちゃダメ?」

 

「ダメだ。尋問の意味がねーだろ。どうしても嫌だってんなら帰りな」

 

「ローリエ! 貴方に人の心はないの!?」

 

「何言ってんだソラちゃん。あるに決まってんだろ。

 最初に言ったじゃんか、『すごく胸が痛い尋問だ』って…」

 

 

 アルシーヴ様の問いに対する答えはよく分かるのですが……皆、手をつけていません。

 当然でしょう。腹が減っている人の前で、自分だけがご馳走にありつくなんて良心が咎めます。わたくしだってそうです。

 ですが、シュガーが先に尋問をやめそうな様子やソラ様のお怒りのような悲鳴にも毅然としているのは、なかなか精神が強いの一言では収まらないような気がいたしますが……

 

 

「みんな、気持ちは分かるが、さっき言った通りだ。

 人間、本能には逆らえない。どんな理想や崇高な決意でさえも、たった一個のパンで消し飛ぶこともあるってことだ。

 ……食べてくれ。じゃないと尋問の効果が半減する。…終わらないぞ」

 

「……そう言う事なら、あたしは食べるよ」

 

「「「カルダモン!!?」」」

 

「今はちょっとでも情報が欲しい。ローリエの言い分も、だいぶ理解できることだしね」

 

 

 カルダモンが箸を手に取って、焼肉を食べ始めた。

 そこからアルシーヴ様が箸を取り、ハッカが箸を取り……と、だんだん口を付け始める者が増えていき、最終的にわたくしも腹の虫に負けてご相伴にあずかることとなったのでした。

 ……最初に食べた焼肉は、少し冷えていた。

 

 

「た…楽しいのッ!? こんなことをして楽しいのッ!?」

 

「美味すぎるッッッ! カルビを巻いたご飯って、何故こんなにも美味いんだッ!!」

 

「あ…」

 

「お、なんか言いたそうだな?」

 

「ナンデモナイノ!!!」

 

「あっそ。なんでもないんじゃあ仕方ないな♪アッハッハ!」

 

「ローリエ! せめて静かに食え!!」

 

「…美味。」

 

 ローリエは、よだれをたらして辛抱しているヒナゲシに対して敢えて答えたりせず、食レポを述べながら、これ見よがしに食べまくっていた。流石にそこまでいくとどうかと思いますが………ヒナゲシに対して、この尋問が圧倒的に効いているのは一目瞭然でした。

 

 ―――やがて。

 

 

「も、もう勘弁してぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 ヒナゲシはローリエ考案の焼肉尋問の波状攻撃に、為すすべなく陥落いたしました。

 具体的に言うと、生肉を半分ほど焼いて焼肉攻勢を済ませた後、油の染みついた鉄板で挽肉と玉ねぎとご飯で醤油ベースのガーリックライス(ニンニク控えめ)を焼き、仕上げの胡椒を振りかけたところでギブアップ。

 一心不乱に差し出されたガーリックライスを頬張りながら水を飲む彼女は、それはもうあっさりと仲間の名前と情報を吐いてくれました。………まだ幼い彼女にしては、よく頑張った方ではないでしょうか。

 

 ただ。わたくしは気になりました。

 ヒナゲシから首謀者の名前を聞き出した時の、あの顔を。

 

「ハイプリス、って…!」

 

「……っ、まさか、本当に…!?」

 

「マジかよ……」

 

 ソラ様・アルシーヴ様・ローリエの表情が一気に暗くなり、その理由を尋ねたところ。

 わたくしは―――三人の表情が曇った原因を知ることになるのでした。

 

 

「ハイプリスは―――()()()()()()()()()()だ」

 

 

 代表して答えたローリエに、焼肉を楽しんでいた時の様子はもう残っていませんでした。

 




キャラクター紹介&解説

フェンネル
 人の尊厳を守る夢を見たアルシーヴ近衛騎士。その手の知識は、ユミーネ教のBL本とあっしゅくふぉるだの『アルシーフちゃんシリーズ』から得た。ちなみにお気に入りは『アルシーフちゃん&シェンネルちゃんの大乱〇』と『フェンネル♂×アルシーヴ♂』。拙作のフェンネルも夢女子の素質アリ。

ローリエ
 ヒナゲシに飯テロの波状爆撃を行った拙作主人公。ヒナゲシの虐待の跡を見抜き、普段からぶたれたり殴られたりしていることに耐性があると悟り、飯テロ作戦に変更。これが超ブッ刺さり、情報の抜き取りに成功する。ただ、その情報の中に特大の爆弾があった事には気づけなかったようだが。

アルシーヴ&セサミ&ソルト
 ローリエの尋問を最後辺りまで理解できなかった人たち。当然ながら、最終的にヒナゲシがゲロった事にビックリした。あとアルシーヴは情報の内容にもビックリした。

シュガー&ソラ&ハッカ
 ローリエの飯テロの意図をいちはやく察した人たち。自分自身にやられた場合をイメージした結果、ヒナゲシに何も与えない事に罪悪感を覚えた。ちなみにハッカは、純粋に焼肉を楽しんだという。

びっくりおじさん
 フェンネルの夢に登場するも、出オチでボコられて埋められた。ちなみに元ネタでも埋められている。



フェンネルの珍夢
 様々なところからネタを頂いている。使用した元ネタは、
・ブ□リーのおどるポンポコリン
・絶体絶命でんぢゃらすじーさん
・ドリフのツッコミ(金ダライ、一斗缶、スリッパ)
・ボボボーボ・ボーボボ
 ――といったところなのだが、これ作者の年代がバレるな。ちなみに、最後の練乳のくだりは、ケフィアでも代用が可能。



△▼△▼△▼
ローリエ「ヒナゲシに口を割らせることに成功したぜ!!」
フェンネル「良かったのでしょうか?こんな…人間の心がないような作戦を使って…」
ローリエ「何言ってんだ。人の心ならあるに決まってんだろ。そもそも飯テロなんて、人間以外が発明出来てたまるか」
フェンネル「敵には容赦ナシですわね…」
ローリエ「まだまだだ。ヒナゲシにもう一つ仕掛けるとしようか」

次回『神か悪魔か? 日ノ本の大総統さん降臨』
ローリエ「作戦名は……『コード・エボルト』だ!」
フェンネル「貴方がラスボスになりそうですわね…」
▲▽▲▽▲▽


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第13話:神か悪魔か? 日ノ本の大総統さん降臨

この部分の話ですが、5話より先に書き始めました。それくらいに、あの構文を使いたかったし、この展開を書きたかった。
タイトルの元ネタはまちカドまぞくの「吉夢か悪夢か?闇のドアストッパーさん降臨」から。


“復讐の感情を持つ者をうまく使えるか…それが為政者のセンスが問われる場面だ。”
 …木月桂一の独白

2022/03/16……ヒナゲシの一人称を公式寄りに修正しました。


 ―――時は、ヒナゲシの飯テロ拷問の後の夕方にて。

 

「立派だ、ローリエ。もう既に、どうするべきかを決めている」

 

 ヒナゲシがゲロった情報に面食らいながら、フラフラと帰った自室で、夢でもないのに木月が出てきやがった。

 俺の部屋にある鏡に、髪から靴まで真っ黒なスーツ姿で、ネクタイだけはワインレッドカラーの木月桂一が映っている。勿論、鏡に映る、木月が立っているであろう場所を直接見ても、そんな姿の男は映っていない。まるで鏡にだけ映る、『ジョジョ』の吊られた男(ハングドマン)かマン・イン・ザ・ミラーみたいだな、オイ。

 

「私も予想外だった。まさか、かつての女神候補生が、神殿…及び聖典に弓を引くとはね……私の死後に『きらファン』第2部とやらが実装されたとして、ストーリー監督に虚〇氏でも起用したのかな?」

 

「虚〇だけは勘弁してくんねぇかなぁ…」

 

 メインキャラに近しい人がことごとく超死にそうなんですけど。マミったり初瀬ったりするのはマジでやめてくれ。ホントにトラウマだからな?

 ………と、いうジョークはさておいて。

 

「……お前、『どうするべき』とか言わないんだな」

 

「今は君の人生だ。私が口を出し過ぎるのもどうかと思う。

 …でも、それ以上に、君は…どうするつもりなのか、決めているじゃあないか」

 

「やめろ」

 

「生まれた時から一緒だった者として、君の気持ちは理解できるつもりだ。

 だが、これはもはやその程度のレベルで済ませて良い話ではない。

 もし…ハイプリスを討てなければ、聖典が…あの『きらら漫画の世界』がなくなるのだぞ?」

 

「やめろっつってんだろ! ハイプリスは……俺の生徒だ!!」

 

「そうは言うがね。君も私も…遺跡の街で見た筈だ。ウツカイに襲われ命を落とした人々を。奴らの魔の手に堕ちたシャミ子がどうなったのかを。

 あの所業を許すべきだと言うつもりか? 死んでいった人々に、『当然の犠牲だった』と言えるのか?……そんなわけがないだろう?」

 

「………それは、」

 

「もし、聖典が一冊でも破壊されたりしたら―――死ぬまで後悔し続けるぞ!?」

 

「―――ッ!!!」

 

 

 俺は木月に殴りかかろうとして……できなかった。

 分かっていたからだ。木月桂一がさっきから言っているのは、俺の心の奥底にある意志……。それを、コイツが代弁しているに過ぎないからだと。

 それに、この時の俺は…珍しく、前世のことをタイミング良く思い出していたからだ。

 

『…誰も恨まないで。私なんか忘れて、生きて

 

 かつて“ローリエ”が“木月桂一”だった頃の、ひとりで逝ってしまったあの子の記憶を。あの悲劇だけは…絶対に回避しなければ。

 

 …俺はエトワリアが好きだ。木月桂一として、ではない。『きららファンタジア』のプレイヤーとして、でもない。

 ―――この世界で生まれ、生きてきたローリエ・ベルベットとして、だ。

 

 ……確かに、聖典破壊を指示していたのがハイプリスだって聞いた時は、ショックだった。

 あれほど優秀でいい子で……女神の道も筆頭神官の道も閉ざされた後でも、貧困地域の救済に燃えていたアイツがなんで、って思った。

 だが―――聖典を…ひいてはクリエメイト達をあれほど苦しめた上で世界ごと破壊する、というのなら。

 そしてその過程で、罪のない人々を苦しめる、というのなら。

 俺は、俺自身の意志で―――教師ではなく、八賢者として動かなければならない。

 

 

「…イイ顔だ。やっぱり君は、私だよ。必要に応じて、冷酷になれる。最大多数の幸福の為に、正しい判断ができる。

 自信を持ってくれ。正義の味方の素質は、十分に持っているよ。…優しい教師としての素質は、あんまりのようだけどね」

 

「うっせぇ。お前がそう言っても、誉め言葉には聞こえないんだよ。

 ―――『優しい世界』の(いしずえ)を、反対者の屍で築き上げた悪魔がよ

 

 

 かつての自分自身に対する皮肉を言いながら、俺は今後の事をどうするかを、脳みそフル回転で考えていく。

 木月桂一は、追ってこなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ひっぐ……えぐ……ごべんなざい…お姉様……」

 

 

 ヒナゲシはひとり、地下牢で泣きじゃくっていた。

 無理もない。年齢からすればランプやシュガー、ソルトと同年代の少女が、孤独に牢屋にブチ込まれているのだ。心細さに泣かない方がおかしい。だがそれ以上に、彼女の脳内を支配するのは恐怖だった。

 

「見捨てないで……みすてないでぇ……」

 

 ハイプリスから頼まれた聖典の破壊に失敗するだけじゃ飽き足らず、ローリエに転移魔法を封じられて捕らえられた上に、先程ローリエの拷問(飯テロ)に屈して、リアリストの仲間の名前を全てゲロってしまったのだ。

 己の空腹に負け、仲間の情報を売って極上の焼肉とガーリックライスにありつく。……よく考えなくても裏切りに間違いない。

 リアリスト側にバレれば降格どころか己の首すら危うい超・大失態である。こんな事が知られればまず自分は見捨てられると確信していた。

 

 

「ふぇぇぇぇぇぇぇええええん……!」

 

「おーおー、見事に泣きじゃくってやがる」

 

 そこに、ヒナゲシが囚われる元凶になったローリエがやってきた。ヒナゲシはこれ以上何も話すまいと、泣き声を更にあげる。

 

「うえええぇぇぇぇぇぇ……!」

 

「よう。全部吐いた気分はどうだ?」

 

「びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 

「他に言いたい事があるなら言ったらどうだ?」

 

「うるざいっ! あんだが…あんだなんかがいだがらぁ……っ!!」

 

「………はぁ」

 

 ローリエは、幼すぎる悪意をぶつけるヒナゲシにため息をついた。

 こんなやつのせいでシャミ子達が破壊されてたのかもしれなかったのかよ、と。しかも散々言ってくれたな。シャミ子と同じなのにずるいとか、私が不幸ならみんな不幸になっちゃえとか。

 ―――シャミ子とお前が一緒なワケねーだろ。(くび)り殺すぞ虫ケラが。

 

 だが、ローリエはヒナゲシにそのような本音を言いに来たのではない。

 

「お前は、まだ分かっていないようだな」

 

「なにを…!」

 

 ヒナゲシの激情に反して、ローリエは極めて冷静に、冷ややかに、呆れたように言葉を続ける。

 

「いいか? 今のお前の立場は『犯罪者』だ。禁忌『リアライフ』を使ったんだ。証拠も揃ってる以上弁明の余地はない。ハイプリスとやらに授けられようが、自分の意志で絶望のクリエを生み出して聖典を破壊しようとした時点で、“反逆罪”は成立している。

 言っておくが……先に仕掛けてきたのはお前達だ。街を蹂躙して死者を出したのも、クリエメイトや聖典を汚そうとしたのも」

 

「え……? そんな、こ、殺しなんて、わたしは指示してない!

 ただ…聖典を奪うように言っただけ―――」

 

「そんな言い訳がまかり通ると思わないことだ。ありとあらゆる自由には責任が伴う。犯罪やらかして失敗したら刑罰を受けるのは当たり前だろうが」

 

「……っ、うぅ…うぅぅぅ…!」

 

 蝋燭に照らされたローリエの影が、ヒナゲシの逃げ道を塞ぐ。まるで……お前の罪から逃げるな、とでも言うように。

 

「それとも、本気でこの先、嫌な責任を何一つ負わずに人を不幸にするだけ不幸にできると思っていたのか?

 軽い障害物を乗り越えるくらいでお前らの目的を達成できて、“真実”とやらが重要視される世界を作るって?」

 

 は、と笑い声が漏れたかと思うと、呆れは嘲笑に変わった。

 

「だとしたら、能天気にも程がある」

 

「………」

 

 ヒナゲシは、遺跡の街の襲撃犯の主犯格として、神殿に囚われている。そしてその情報は、もう公開されていた。……遺跡の街にも、例外なく情報が届いている。

 つまり、遺跡の街を中心とした一般の民たちの中では「ヒナゲシ=リアリストの一員にして遺跡の街襲撃の主犯」という等式がもう出来上がっているのだ。事実な上に証拠も挙がっているから、訂正など不可能。

 そんな状況で襲撃された被害者や遺族に「殺すつもりはなかったの、ただ聖典を破壊したかっただけなの」などと供述したらどうなるかなど、想像に難くない。ふざけた言い訳をした少女が人々の怒りを買い、私刑(リンチ)と言う名の天罰をその身に受けるだけだ。

 

「お前がそうやって泣き喚くのは勝手だ」

 

「…?」

 

「だが、そうした場合…お前の組織での立ち位置はどうなると思う?」

 

「なんなの……何も、知らないくせにっ!」

 

「あぁ。確かに俺はお前の組織なぞ何も知らない。だが……お前の言動の端々から、予想はつく。

 ……幹部の中でも一番下っ端なんだってな?」

 

「!!!」

 

「そんな奴が任務をトチって敵に捕まった挙げ句仲間の情報を売った………凄まじい大スキャンダルだな。

 お前、分かってるんじゃあないのか? このネタがバレた時に笑って許してくれる奴が、リアリストに何人いるかってことを」

 

 

 ローリエは、当たり前の事実を告げるかのようにヒナゲシに問いかける。そうしたのは……ひとえに、彼女自身に答えさせるためだ。

 彼には確信があった。ヒナゲシや自称ヘリオスが所属する組織『リアリスト』は、神殿ほど優しい組織ではないのだろうと。ヒナゲシの身体には虐待の跡があったし、何よりヒナゲシ自身が『見捨てられる事』を極端に恐れていた。ここから、彼女に信頼が置かれていないだろうと推測した。そして………そんな奴に、失態を犯した時のカバーなど無いに等しいだろうという、情報を集めた上での推理を元に尋ねたのだ。お前の組織の事はお前がよく知ってんだろう?と。

 彼の予測通り、質問を投げかけられたヒナゲシは、ローリエの問いにすぐさま『0』の答えを思い浮かべた。しかし、すぐに振り払うようにかぶりを振る。ヒナゲシが仲間はもちろん、自身の“お姉様”であるリコリスや上司のハイプリスでさえ、全然信用できていない証左だ。全くもって嘆かわしい話である。

 

 

「俺達はお前から得た情報は十分に活用するつもりだ。例え助け出されたとして、その後のお前が黙りこくっていたとしても、遅かれ早かれ情報漏洩がバレるだろう。そうなれば、リアリストの連中は寄ってたかってお前を責める。お前のお姉様―――リコリスだったか?ソイツも、愛想を尽かすかもしれない」

 

「そんな……!!! や、やめて…!」

 

「断る。俺にお前の“お願い”を聞く義理はない。最悪お前がお姉様とやらに見捨てられようが見捨てられまいが、()()()()()()()()()()

 

 ヒナゲシから得た情報を有効活用する宣言に縋るようにやめてと懇願するも、ローリエはそれを一蹴。

 「どうでもいい」宣言を受けたヒナゲシは、最悪の未来図を想像した。

 他のリアリスト達にいじめられ、リコリスやハイプリスに見捨てられ、誰も味方をしてくれない、一人ぼっちの自分。心の弱いヒナゲシに耐えられるものではない。

 

「そんなの、どうすれば……!」

 

「方法はある。その為に俺はここに来た」

 

「?」

 

「情報交換だ。お前が提供した情報だけ、こちらも情報を話そう。当然、今まで話した分の情報もポイントに加算してある。

 そうやって得たことを話しながら……『確かに捕まったけどタダでは転ばなかった。八賢者から言葉巧みに交渉を持ちかけて情報を持ち帰ってきたんだ』とでも言えばいい」

 

「!?」

 

 

 まさかの情報交換。しかも、自分の立場が良くなるような提案だった。これにはヒナゲシも目を見開く。

 ローリエがやっている事は綱渡りだ。一歩間違えば裏切り同然の行為だからだ。

 

 

「先に言っておくが、これは脅迫ではない……取引のおさそいだ。お前は受けてもいいし、断ってもいい」

 

 

 敵に捕まって文字通り絶望のどん底に落ちているヒナゲシには、魅力的な案に見えた。例えるならば、まさしく地獄にぶらりと垂れ下がった蜘蛛の糸。しかし、それは『おさそい』と言われた事で同時に得体のしれぬ危険性を孕んでいるようにも見えた。

 ヒナゲシはローリエのこの案を鵜呑みにしても良いのかと悩む。だが、もし受けなかったらどうなるかといえば、100%見捨てられるのだ。だったら、危険を冒してでも乗るしかない。そうすれば。15%くらいは、見捨てられる確率が減るだろうか、とも考えていた。自分自身に選択の余地がないことも薄々分かっていた。

 

「わたしは、どうすれば……」

 

「簡単だ。受ければいい。お前が今契約するしかないんだよ! もう分かってんだろ?

 言っておくが……この取引を受けるなら今しかない。俺の気が変わった後にいくら言っても契約は結んでやらねぇよ。当然、お前以外のリアリストにもこの話は持ちかけない」

 

「…………っ、」

 

「見捨てられたくないんだろ? 幸せになりたいんだろう?」

 

「………っるさいの……」

 

「何を躊躇ってる! お前には欲しいものがあるんじゃあないのか!!」

 

「うるさいの!」

 

「それとも全部ウソなのか!!?」

 

「うるさいっていってるの!」

 

 己を焚きつけるローリエに言い返すヒナゲシの声は……もう、思い通りにも大声が出せないくらい、悔し涙で滲んでいた。だが、彼女が出来る反抗はそれだけだった。

 何故なら、ローリエの言う事が全て事実だったからだ。任務をしくじったのも、敵に捕まったのも、仲間の事をゲロってしまったのも本当。バレたら見捨てられるのも……まず確実だろう。ならば、全て自分が悪い。

 だけど、見捨てられるのはもう嫌だ。ひとりぼっちになるのはたくさんだ。そう願ったからこそ、ローリエの口車に乗るしか選択肢が残っていなかった。

 

 

「こんな……こんなの…私は、どう…すれば、」

 

「何度も同じ事を言わせるな。頭では分かっているくせに、何がしたいんだ?

 できる限り、早めに決めてくれ。こっちはもう一度言うが、取引の受付期間は“俺の気が変わるまで”だ。早い方がいい」

 

「…………………………取引する…の…」

 

「ん?」

 

「わたしは…今ここで、その契約をするの!!」

 

「そうだ。よく言った……待ってろ、今契約書を書いてやる」

 

 

 ヒナゲシは、もう後戻りできないと確信し、契約を承諾した。

 遺跡の街のアジトで「もう後戻りできないの」みたいな事を言っていたが、本当に後戻り出来ないとは、こういう事を言うのだと知ることになる。

 だから、ヒナゲシは気づかない。

 全てがローリエの思惑通りである事を。この時、この場で組織を裏切ったのは、ヒナゲシしかいない事を。

 ―――既に、抜け出せないほどに毒蜘蛛の糸に絡め取られている事を。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……あたしは、何を見せられているんだと思った。

 リアリストに対する飯テロ……もとい尋問が終わった夜、ローリエから賢者全員(流石にジンジャーはまだ忙しいみたいだったけど)とアルシーヴ様・ソラ様に招集がかかって、何かと思えば「モニター見てて」って言われて、ローリエ本人はどっか行っちゃって。

 そこから始まったのは……モニターに映し出される、リアリストの一員である少女・ヒナゲシとの取引の場面。その内容に、皆は驚いた。

 

 

『なっ……リアリストと情報交換ですって!?』

 

『何を考えているのです、あの男は!!』

 

『これは…戻ってきた時に問い詰める必要があるでしょうか』

 

『ローリエ……』

 

 

 十人十色にローリエの裏切りを懸念していた。

 けど、あたしはそこは心配していない。本当に裏切るつもりなら、こんな場面を皆に見せるわけがない。

 

 むしろ……あたしが危惧してるのは、ローリエの交渉術だ。

 ジャンクビレッジ地方で何度か見たことがある詐欺だったからすぐに分かった。ローリエがヒナゲシに持ちかけたのは………ものすごく卑怯な『取引』だ。

 

 現状を整理する、最悪な未来も提示する、それを防ぐ方法も選択肢も提示する………しかし、()()()()()()()()()。煽るだけ煽って、伝えたいことは大真面目に言う。オマケに彼女の本心の欲望を焚き付ける。その言葉の緩急差で相手の判断を鈍らせ、人を意のままに操る。

 トリックが分からなければ、ほぼ間違いなく引っかかる手口。あたしも戦火の瓦礫に埋もれてた頃には散々やられた。だから分かる。

 ―――ローリエは、間違いなく()()()()()()。この手口で、何回も人を騙している。

 

 

「アルシーヴ様……ローリエの、交渉術のことなんだけど……」

 

「なにか、気づいたか? やや小賢しい感じはするが…」

 

 …! アルシーヴ様ですら、確信に至っていない。あたしは、このことをすぐに伝えるべきと判断した。

 

「単刀直入に言うよ。ローリエが今使ったのは、詐欺の手口だよ。ものすごく狡猾な」

 

「さ、詐欺!!?」

 

「気づかなかった? ローリエが散々あのヒナゲシって子を煽っていたこと。選択肢を選ぶ時間を与えなかったこと」

 

「…! 確かに、ローリエにしては煽り口調が多いと思ったが…!」

 

「それに、情報交換なんて有利っぽい取引を『気が変わる前に答えを出せ』って言って迫ってたわ…!」

 

 

 あたしのアドバイスで、アルシーヴ様とソラ様が気づいた。お二人の言葉で、他の賢者達からもハッとした顔をしたのがちょくちょく出てきた。………シュガーは最後まで?マークを浮かべてたケド。

 

 

「つまりね。ローリエは、あたし達を裏切るつもり()無いって事。むしろ、あたし達神殿に有利な取引をアイツに結ばせたの。」

 

「情報交換なのに?」

 

「シュガー。情報交換って言ってもね、相手は本当の事を言っているとは限らないんだよ。見てみな、ローリエを…………あ、ほら。今ウソついた」

 

『セサミは水属性魔法を得意としている。水属性の弱点は土属性だが……そんなことセサミも重々承知だ。だから…普段から、風属性も得意としている事を隠している』

 

 

 モニターを指させば、ローリエはヒナゲシにセサミについての情報を話していた……ただし、ウソ混じりの。それを疑う様子は…ヒナゲシにはなかった。

 

「え、どうなの、セサミ?」

 

「シュガー…いいえ。私の得意属性は水だけです。どうして、ローリエはあんなウソをついたのでしょう?」

 

「決まっています。リアリストに偽の情報を流して、撹乱させるため以外にありません」

 

 話題に上がったセサミがウソをついた理由に疑問を呈すると、ソルトがあたしよりも先に答えを言った。

 敵にデマを流すのは戦術として通用するやり方だ。相手が偽情報に惑わされている間に、こちらは一気に攻め切る。上手くいけば、相手が自ら隙を晒してくれる戦法の一つだ。

 でも、だからって……普通、シュガーやソルトくらいの小さな女の子相手にやる?そういうやり方。あの子、モニター越しに見ても、ローリエの言った事の真偽が分かってないよ。

 

 こうして話している間にも、ローリエは次々とヒナゲシにウソを吹き込んでいった。

 『アルシーヴの弱点は脇腹の手術跡だ』とか、『フェンネルの使うダークマターは3日に1回しか使えない』とか、『きららは1日3人しかコールできない』とか。本当のことにウソを混ぜ合わせて話すからなおタチが悪い。明らかにヒナゲシを騙しにかかっている。

 

 更にだけど、情報は相手に伝えないと意味がない。頃合いを見て、ヒナゲシをリアリストの元に帰してやるつもりなんだろうね。そして、そこで偽情報が広がるって寸法……か。

 えげつないね、ローリエ。彼……本気でリアリストを潰すつもりなんだろう。その本気度具合は……画面越しのこの場にいる何人に、伝わったんだろう。少なくとも、あたしには伝わったけど。

 

 やがて情報交換が終わったのか、ローリエが画面内からいなくなり、しばらくしてあたしたちの目の前に現れた。何にも考えてなさそうなにへらっとした笑顔で、口を開く。

 

 

「えーと……話は画面越しに聞いてたと思うけど……俺はしばらく、契約の都合上ヒナゲシと共に行動することになるから、よろしくね」

 

「共に行動ってお前な………犯罪者を連れまわす許可を出せるワケないだろう」

 

「いや、でもな……仲間がいるのは分かってるだろ? そいつらを釣る餌としてこれ以上ないと思うんだけどね」

 

「ローリエ、ヒナゲシに見捨てられるかもとか言ってませんでしたか? あの子が捨て駒の可能性は?」

 

「ゼロじゃない。だが、ヒナゲシは見捨てられるかもしれないと自覚していて、それを恐怖していた。組織に縛り付ける口実にはなっても、捨て駒の証明にはならないだろ。ソルト…お前は、捨て駒に向かって『あなたはいつでも切り捨てられるから』なんて言わないだろう?」

 

「そうでしょうか?」

 

「だって、そんなことしたら寝首を掻かれるかもしれないじゃん。捨て駒に対しては、出来るだけ『そいつが捨て駒であること』を悟られないようにする方が合理的じゃないか」

 

「それも…そうですね」

 

 

 そうかなぁ。あたしだったら、恐怖で縛り付ける方を選ぶけどね。例えば…ヒナゲシの『大切なもの』を人質に取ったりして。

 ローリエの言い分は、ソルトも納得できるくらいに筋は通っているけど。でも、筋なら硬い肉にも通っている。

 

 

「あたしはそうは思わないけどね。ヒナゲシを生き餌にしても、かかるかどうかわからないよ? 最悪、切り捨てに来るかもね」

 

「カルダモンの言う通りだ。それに、ヒナゲシから得た情報が、常に正しいとは限らないぞ。……お前がヒナゲシにウソをついたようにな」

 

 あの拷問で得たリアリストのメンバーの情報は信用に値するかもしれない。でも、情報交換の取引となるとヒナゲシが冷静さを取り戻して嘘をつきだすかもしれない。

 

「ヒナゲシが約束を守らないならば…俺は取引を終了するだけだ。

 だけど……そうだな。確かにヒナゲシとの取引だけじゃ不確定要素が多い。もう少し、手を打っておこう」

 

 

 もう少し手を打つ?

 この時はまだ、ローリエの発言の意図が良くわからなかったけれど……その直後。あたしは、その意味を知ることになる。

 

「ソルト。変身魔法を、俺にかけてくれ」

 

「……まさか」

 

「ヒナゲシに化けてあっちに連絡する。通信機は絶賛修理中だ」

 

「ローリエ。頼まれたもん、直し終わったぞ」

 

「お、ナイスタイミ〜ング、コリアンダー! じゃ、早速やろう」

 

 

 コリアンダーから見たことない形の通信機を受け取り、ソルトの変身魔法を受け、どんどんヒナゲシの姿になっていくローリエ。

 通信機のスイッチを入れると同時に、ローリエの演技が始まった。

 

 

『おっっっっそい!! 何やってんのこのグズ!!

 秘密基地にもいないし…どこほっつき歩いてんのよ!?』

 

「ヒィィィィィ! ごめんなさいお姉様!

 で、でも……簡単に連絡できないわけが出来たの…」

 

『なに!? しょーもない事だったら、本当に承知しないわよ?』

 

「…神殿内に、潜入成功したの。表向きは、捕虜として……」

 

『…なんですって?』

 

 

 ソルト以上の演技に、あたし達は舌を巻いた。

 その後、ヒナゲシの姿をしたローリエは、『八賢者ローリエと手を組んで神殿に潜入していて情報収集中だから、出来るだけそっちから連絡してこないで欲しい』という旨のことを言って一方的に通信を切った。

 

 

「……ローリエ」

 

「なに?」

 

「…いいの? ハイプリスは、君の教え子だったんでしょ?」

 

 

 あたしは、声をかけずにはいられなかった。

 ヒナゲシの拷問で得た情報については……ヒナゲシが焼肉拷問に屈した時に、全員が聞いた。

 だから、問わずにはいられない。どうして、元教え子がいるかもしれない組織に……ここまで容赦なく出来るのか。他の人も、聞きたそうだったし、あたし自身も聞くべきだと思った。

 そう聞いておいて…ほんのちょっぴり、後悔した。

 

 

「…カルダモンだったら、『たった一人の教え子』と『俺らの世界も含めたオリジナルの聖典世界とそこに住まう人々』………どっちを取る?

 

「!!? ……そ、れは―――」

「ローリエ!!!!」

 

「っ……悪い。スッゲー意地悪な質問した。忘れてくれ」

 

 

 だって、物凄く悲しそうな顔をしたローリエにそんなことを問われたんだから。

 ……忘れてくれなんて、できるわけないでしょ。あまりに不釣り合いな天秤の質問だったんだもん。

 アルシーヴ様にものすごい剣幕で怒鳴られたローリエは、気まずそうに部屋から出ていった。

 

 

「アルシーヴ様……?」

「…馬鹿者が。覚悟を決めるのが早すぎだ……!」

「そうよ……私なんて、絶対に決められなかったのに…!」

「ソラ様、アルシーヴ様、お気を確かに…」

「申し訳ありません、お二方。俺の友人がバカやらかして…」

「コリアンダー、汝に非は無し。且つ、恐らくローリエにも」

 

 

 …結局、何が正しいか分からないまま、ローリエの作戦だけが終了した。

 

 

 

 

 ……そして、それから2日後。言ノ葉の都市を中心に、こんな噂が流れるようになったんだ。

 

『リアリストの「真実の手」にして遺跡の街の襲撃犯であるヒナゲシは、日常的にDHMOという物質を摂取していた』

『DHMOとは。正式名称:ジヒドロゲンモノオキシド。エトワリアの聖典学者ブッシュ・A・コニチンが発見した化学物質である。

 曰く、摂取すれば重度な依存症を発症し、吸引すればたちまち死を招く。

 曰く、様々な毒の主成分である。

 曰く、犯罪者のほぼ全てが、DHMOを摂取した事があるというデータが存在する。………』

 

 こっちの噂は、眉唾ものだと思っていたけど。この噂の恐ろしさは、もう少し後で思い知ることになる。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 『仮面ライダーエボルビルド』に登場した万丈構文を応用して捕えたリアリストに裏切りを唆した男。そのほかにも、ヒナゲシに化けてリアリスト側に偽情報を流したりとお前マジかって事を散々やっていたが、その裏には、木月桂一との対話から浮き出る苦悩も存在する。

ヒナゲシ
 万丈構文にまんまと乗せられ、不利な取引を結ばざるを得なかった極悪ロリ。本人は不利であることにも気づいておらず、何故ローリエが損する取引を持ちかけてきたのか疑問に思った程度だが、そんな事よりもお姉様に見捨てられない方が大事。

通りすがりのバロン「もはや強い弱いの問題ではない……ただのバカだ!(呆)」

アルシーヴ&ソラ&カルダモン
 ローリエの万丈構文に気付いた方々。アルシーヴもソラも、黒幕が自分の生徒だって気づいて現在ショック中。更に、ローリエの決意があまりにも早すぎて動揺している。カルダモンはこういう時、察してくれやすい人だから彼女目線を書くのは意外と便利だったりする。逆に子供っぽいシュガーと聡明なセサミは書きにくい節がある。

ブッシュ・A・コニチン
DHMOを発見したという噂で持ちきりの聖典学者。今回の噂の件で名前が売れ出したようだが……?




万丈構文
 2017〜2018年に放送された特撮『仮面ライダービルド』に登場した、あまりにも有名な構文。
 「お前が○○○しないのは勝手だ。だがそうした場合、誰が○○○すると思う?……万丈だ」というフレーズが有名で、弱みに漬け込むおやっさんと漬け込まれている事を知りながら仲間のために立ち上がらざるを得ない戦兎のシュールな笑いを誘った事で一躍有名になった。

吊られた男(ハングドマン)とマン・イン・ザ・ミラー
 ともに『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるスタンド能力。吊られた男(ハングドマン)は鏡から鏡(みたいな光を反射するもの)へ飛び移る“光”のスタンドなのに対して、マン・イン・ザ・ミラーは『鏡の世界を作り出す』という能力を持っている。

マミる&初瀬る
 共に〇淵玄氏監督作品から生まれた、悲惨な最期を表すパワーワード。どちらも、最期を遂げた人物からつけられている。「自分よりも大きな怪物に首から上だけをガブッといかれる」事を「マミる」と言い、「チェリーの似合うチンピラにアメリカンクラッカーで始末される」事を「初瀬る」と言う。元ネタ作品は『魔法少女まどか☆マギカ』と『仮面ライダー鎧武』。



△▼△▼△▼
ローリエ「ヒナゲシを監視下に置くことに成功した俺は、ハイプリスの事を知らせに、写本の街へ赴いた。そこで意外な再会を果たす。そして、ヒナゲシがいなくなった事で、本家では怒らなかった歪みが、確実に出始めたのであった……」

次回『イカリ×ト×ユカリ』
ローリエ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽




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幕間:彼を思う者たち

どうも。MIKE猫でございます。
今回は、アルシーヴやソラの心情を書いてクッション回にしようと思います。先へ進みたいですが、せいては事を仕損じると言いますからね。それでは、どうぞ。


「『たった一人の教え子』と『俺らの世界も含めたオリジナルの聖典世界とそこに住まう人々』………どっちを取る?」

 

 

 その問いは、私に深く突き刺さった。

 ヒナゲシの拷問の結果分かった事実をもってしても、リアリスト打倒に事を進めるローリエに対して、カルダモンが確認の質問をした際の回答だ。

 

 それに対して私が怒鳴りつけたのは……ほぼ反射だ。

 聖典の破壊を画策するハイプリスを何とかしようとするのは、神殿の上位の人間からすれば当然ではある。ただ……今回ばかりは、事情が違った。

 

 

 私が筆頭神官になったのとほぼ同じタイミングで、ローリエが教師になった時、初めて担任を受け持ったクラスの生徒達の中にいたのが、ハイプリスだ。

 彼女を含めた最初の生徒達に色々教えるのは大変だったが、ローリエが魔法工学や聖典学を担当してくれた事もあり、無事に卒業までさせる事が出来た。

 残念ながら、その年の生徒達からは、女神適性検査に合格した者はいなかったが……それでも、彼ら彼女らは笑顔で卒業していった。

 

 …そのはずだった。

 なのに、何故……エトワリアを脅かす敵対組織の話の中で…その名前が出てきたのだ。よりにもよって、一番を争うほどに優秀だった彼女が。

 私は、ハイプリスを良く知っていた。成績優秀なのは先述したが、それだけでなくメディアという親友にも恵まれ、将来は貧困地域を救うための聖典を書く事に燃えていた。

 

 私だけではない。

 ローリエにとっても、ハイプリスはかけがえのない『教え子』だったはずだ…!!

 何故、すぐに判断を下せる。

 よりにもよって、担任だったお前が、元教え子に対して……!

 

 

「…馬鹿者が。覚悟を決めるのが早すぎだ……!」

 

 

 私は、似たような状況に陥ったことがある。

 ソラ様をこの手で封印せざるを得なくなった、あの時。このままゆっくりエトワリアが朽ち果てるのを待つか、『オーダー』でクリエメイトを呼び出し、クリエを集めるか………私が取れる手段だと思っていたのはこの二者択一であったのだ。少なくとも、当時の私はそう思っていた。

 その選択肢に待ったをかけ、第三の選択肢を持ってきたのがローリエだ。アレは今になっても、選択肢と言えるほど確実なものではなかったが………よくもまぁ、『オーダーしたクリエメイトを記録したランプの日記を聖典に昇華させる』なんて手を打ったものだ。

 だがそのお陰で今がある。それらのきっかけとなったのは、きららとランプ……そして、ローリエだったのかもしれない。

 

 だと言うのに。

 私が犯しそうになった過ちを…今度は、ローリエが犯しそうになっている。

 何故だ。どうして……私を正してくれたはずの、お前が!

 

「そうよ……私なんて、絶対に決められなかったのに…!」

 

「アルシーヴ様、ソラ様、お気を確かに…」

 

 

 久しぶりの沈んだ声で落ち込むソラ様………ソラを、フェンネルが慰めている。

 

 

「申し訳ありません、お二方。俺の友人がバカやらかして…」

 

「コリアンダー、汝に非は無し。且つ、恐らくローリエにも」

 

 

 事情をよく知らないコリアンダーにも、気を遣わせてしまったようだ。

 …筆頭神官、失格かもしれないな。ただの技術員にこんな姿を見せてしまって…

 

 

「でも…去り際のアイツの質問、どういう意味だったんだ? ローリエの教え子が何か絡んでいるのか……?」

 

「「「………」」」

 

 

 詳しく事情を知らないのであろう。ヒナゲシの通信機を修理しただけと思われるコリアンダーの問いに答えるべきか否かで、私達は顔を見合わせた。

 今回の事件は、あまりにも特殊だ。元神殿関係者によるクーデター……そう取られてもおかしくない程の大事件だ。こんな情報、一般の神殿事務員に話していいものか。いくらなんでも、『ローリエに近しいから』という理由で全て話すわけにもいくまい。

 だが、何も言わないというのも、彼の不審感を招くだろう。下手に探りを入れられるのは、少しマズい。

 

 

「……遺跡の街の襲撃があっただろう? それを指示したのが、ハイプリス…という、私やローリエの生徒だったかもしれないんだ」

 

 

 迷った結果、報告された情報のうち、“リアリストという組織が聖典を破壊しようとしている事”以外の事を話すことにした。

 すると、コリアンダーはなにか納得したような面持ちで「だからか…」みたいな事を言った。

 

 

「何か知っているのか?」

 

「いえ…しかし、そのことを聞くと納得できることがございまして」

 

「納得できることって?」

 

「今日の少し前…ついさっきの事ですかね……ローリエの部屋から、『ハイプリスは俺の生徒だ』って声がしたんです。ローリエの、迷ったような、切羽詰まったような声が」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「アイツのことだから…責任でも感じてるんじゃあないんですか?

 自分が手塩にかけた教え子が悪事に手を染めたんなら、自分が止めなきゃなんない、とか。」

 

 目を見開いた。

 ローリエは、ハイプリスが教え子であるにも関わらず、ではない。

 教え子だからこそ、自分が率先して動くべきだと思っていたのか?

 

「…何ですか、それ。だったら、私達にも言えば良いでしょう!」

 

「まったくだ。俺もそう思う。

 …何でもかんでも背負い込み過ぎなんですよ、アイツ。

 前回のドリアーテ事件だって、全部終わってやっと話してくれたようなモンですし」

 

 ドリアーテ事件、か。

 あの事は特例だったから、私がローリエとハッカに対して箝口令を敷いて、他言しないようにしたのだったな。

 コリアンダーも最初は話してくれなかった事が不満だったようだが、箝口令の件もあり、ローリエが説得したことでなんとかなったと言っていたか(と、言いながらもアイツはギリギリな方法できららに情報をバラシていたがな…)。

 

「一旦落ち着いたらローリエのやつ張り倒して説教くらいするべきかな…」

 

「まぁ…とりあえず、ローリエを一人で行動させないようにはしようと思う」

 

「お願いします。また自室を連日爆破されては堪りませんから」

 

「嗚呼、その折はすまなかったな……」

 

 

 きららを呼んでなにやら実験してた時期もあったな。

 あの時は連日連夜ローリエの部屋が爆発して、叱るのも馬鹿馬鹿しくなる程説教したっけか。

 コリアンダーの部屋はドリアーテ事件の後相部屋ではなくなったとはいえ、ローリエの隣の部屋に移っただけだから、割ととんでもない被害が出ていることだろう。

 

 ともあれ。

 ローリエとはヒナゲシの件について、もう少し話し合わなければならないな。

 「ヒナゲシを連れまわして他のリアリストを釣る餌にする」とか言っていたが、相応の策でも用意していない限り、流石に許可できない。先程コリアンダーに直させた通信機だってそうだ。一応、偽の連絡はしていたが、アレで終わりなのかが疑問なところだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 翌日。

 ソラとともにローリエを呼び出して、奴が考えている策を聞き出す事にした、のだが…

 

「……ってな感じでどう?」

 

「「………」」

 

 やはり予想通りというより、予想の斜め上を行くブッ飛んだ策であった。

 ヒナゲシにあんな煽り文言で取引をさせたのは、リアリストの詳細情報を抜き取るためだけではなく、リアリストにこちらの偽情報を流す為だという。なので、時期を見てヒナゲシを助けに来るであろうリアリストに奪還されるフリをして、ヒナゲシを帰すつもりだというのだ。

 更に、遺跡の街の襲撃映像とシャミ子の洗脳している様子を少しずつ民に放映し、『リアリストという社会の敵』という存在を認知させようとしているのだとも言ったのだ。

 

 ヒナゲシは取引をしたあの夜、我々にその様子を中継されていた事を知らない。あの子からすれば、ローリエから持ちかけられた対等な取引に見えるかもしれないが………その実態は、100%利用する気の恐ろしい策略であったのだ。

 

 ソルトでも思いつかないような、まさしく悪魔の罠。カルダモンが気づいてくれなければ私達も気づかなかったと思うと、ゾッとしない。

 

 

「ねえ…ローリエ。

 そんな手を実行して……罪悪感とか、ないの?」

 

「ソラ?」

 

 ここで、ソラが口を開いた。

 

「あのヒナゲシちゃんって子……見たわよ。ものすっごく傷ついていたわ。

 虐待を受けてたんですってね? それも…『見捨てられる事』をあんなに怖がるくらいには……

 ……ねぇ。そんな子を、これ以上傷つけて、なんになるって言うの?」

 

「ソラちゃん……」

 

「答えて、ローリエ。ヒナゲシちゃんをこれ以上傷つける策を使う利点ってなに?

 私の納得できないものだったら……悪いけど、貴方の策を認めるわけにはいかないわ―――女神の名のもとに、ね」

 

 

 それは、ソラが…『女神』ではなく『ただのソラ』としてローリエに問いかけた疑問に見えた。

 私では到底マネできないような、底抜けな慈悲の心をもって、ローリエを引き止めているように見えた―――いや、実際この策をやめさせたいんだろう。

 

 ローリエは、ソラの訴えを、目を閉じて真剣そのものといった表情で静かに聞いていた。

 やがてソラの質問が終わったところで、瞼を開き、金とオレンジの瞳でソラを見つめながら答えた。

 

 

「ソラちゃん。俺はヒナゲシに追い打ちをかけたいんじゃあない。『リアリストを一刻も早く捕まえたい』んだ」

 

「え? それって……」

 

「まず、だが。ヒナゲシは『ただ虐待に遭って、不幸な人生を送った被害者』じゃあない。

 『自分自身の意志で、聖典を破壊しクリエメイトの殺害を目論んだ犯罪者』だ」

 

「!? な、何を―――」

 

 

 ろ、ローリエ!?

 このタイミングで、ソラに何を言うつもりだ!?

 

 

「だからこそ……リアリストとの戦いは、できるだけ早く、とっとと終わらせたい。奴らがこれ以上罪を重ねるのを、黙って見ていたくない。

 アイツらの企みは…まだ『聖典の破壊』以外にはよく分からないけど……だからこそ、早く突き止めて、早い段階で阻止したい。

 長引けば長引く程、クリエメイトは傷つけられる。取り返しのつかない命が、多く失われるだろう。

 本格的な大戦になったら……八賢者のみんなや、きららちゃん達や、アルシーヴちゃんやソラちゃんや、勿論俺もだが……生き残れる保証もなくなるかもな」

 

「!!!?」

 

「お前……ハイプリスが、軍を率いて神殿に戦争を仕掛ける気だと言いたいのか!?」

 

「今のところは何とも言えねーよ。

 …つまるところ、リアリストに早く対抗して、相手が何かトンでもない事をしでかす前に捕まえたい、ってのが俺の本音だ。

 そうすれば……罪の規模が小さくなって、情状酌量の余地が生まれる」

 

 

 そう語りかけるローリエに嘘はない。

 それどころか、こちらが気圧されそうな程に、普段では絶対に見かけない程に、真剣な感情が伝わってくる。

 

 

「ソラちゃん。ヒナゲシを利用する作戦に、罪悪感が湧かないと言ったらウソになる。

 だが、俺は皆を守りたい。この世界が、そこに住まう人々が、今まで俺達が受け継いできたものが、間違っていないと証明したい。

 そのためならば……俺は、取れる手はいくらでも取る。やることは全部やる。」

 

 

 それだけだ、と断言するローリエに、私達は言葉を失うしかなかった。

 私にはよくわかった。それは、一瞬だけでも狂気に感じたそれは………狂気ではなかった。

 

 ―――信念!!

 

 『何が何でも己の正義を貫く』という信念だったのだ!

 なんという心の持ち主だろうか。

 判断力と行動力が強すぎて少々……否、だいぶ恐ろしく感じられたが…まるで本物の医者のような信念を、今この場で感じたのだ!

 なんと強欲なのか。守るものが多いからこそ…ということなのか。というか、さっき……ハイプリスらの事も鑑みてなかったか?

 

 

「さっき…リアリストを早く止めれば罪も軽くなる、って言ったわね」

 

「ああ。言った」

 

「そこに……ウソはないのね?」

 

「当たり前だろ。余程の事がない限り、命までは取るつもりはないよ。

 聖典やクリエメイトを傷つけるのは許せないけど……それが命を奪う理由にはならない。

 ……ドリアーテに調教されて人格破綻した少年を殺った俺が言うのもなんだけどさ」

 

「確か………生まれてすぐに、ドリアーテに歪んだ常識を教え込まれた子、だったわよね?」

 

「アレに比べれば、ヒナゲシは軽傷なんだろうなーって、思ってさ」

 

 

 ドリアーテに調教された子供……ドリアーテ撃破後に、ローリエから詳細を聞いたな。

 何の意志もなく、ただ主の命を果たす為に動く。暗殺特化の技能を持ち、その過程を邪魔する者は問答無用で殺す。それも、道のアリを踏み潰すかのように……だったか。

 更にどれほどダメージを受けても痛みに苦しまず、更に凶悪な副作用を持つ増強剤をなんの躊躇いもなく投与する。

 ローリエはああ言っているが、その少年は恐らく、ドリアーテの洗脳に染まり切っていて、更生する事さえ不可能だったかもしれないな。

 もし彼がその少年を撃破していなかったら………八賢者が、誰か欠けていたかもしれない。

 

 

「ローリエ。お前の言う事が本当ならば…私はそれに賛成したい。

 リアリストが本格的な行動に出る前に捕まえる……ハードルは高いが、それができれば、民の被害も少なく済むだろうしな」

 

「そうね。できれば……たとえ悪い子でも、これ以上傷つけるのは控えて欲しいけど…ね」

 

 

 そう言うソラの様子は、不安こそ拭いきれたわけではないが……作戦の罪悪感の有無を問うた時のような、いわゆる糾弾のような様子は見えなくなっていた。

 かく言う私も、ローリエの手段の選ばない策略を行った心の正体が『信念』であることに気付き、少し安心できたのかもしれない。

 

 

「ねぇ、ローリエ」

「なに?」

「また、三人で笑える日が来るかしら?」

「そうだなぁ…来るように努力するさ。そういう日が来た暁には、3人で夜明けのコーヒーでも一緒に飲もうか。黄色い太陽が昇るのを拝みながら―――」

「「ハァッ!!」」

ふじこッッ!?!?!? な……何故……」

「え、なんか…えっちなことを言っているような気がしたから……」

「そういうことだ。私の目を誤魔化せると思うなよ」

「ヒドイ………」

 

 

 ……少なくとも、コイツがこんな発言をしている内は大丈夫だろ。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 聖典の破壊は許せないが、別に〇NEPIECEの赤犬やZ先生のようになりふり構わず命まで奪うつもりはない。ヒナゲシを前に焼肉やったり万丈構文やったりはするけど。元生徒がいるなら尚更。カルダモンには二者択一の質問をしたが、それは『ハイプリスの凶行を出来るだけ早く止める』為であって、『世界の為にリアリストを排除する』のとはイコールにならない。
 被害を出来るだけ減らし、クリエメイトや聖典や、仲間を守る。それが彼の信念だ。ちなみにだが、最後の「夜明けのコーヒー」発言は、1000%イヤらしい意味で言った。

ラオウ「実に甘いわ!」
不審者「ハァ…正しき世界に不要な悪人は粛清(ry」
セフィロス「クックック……ヒーローのフリはやめろ」
えみやん「正義を為したいなら、切り捨てなければ…」
Zせんせー「海賊は根絶やしだ!」
あるしーぶ「帰ってくれないか」

アルシーヴ&ソラ
 今回のメイン。ローリエの決断力の速さに戸惑うが、コリアンダーの指摘をきっかけに、ローリエにこの後どうするかの策を尋ね、その背景にあるローリエの信念を目の当たりにして、一応は大丈夫かと考えるようになる。

コリアンダー
 アルシーヴとソラに、(図らずも)ローリエと話すきっかけを与えた人物。ローリエと木月の会話の一部分を聞き、「教え子のハイプリスが悪行に走ったから、その責任を取ろうとしているのではないか」と考え、それをアルシーヴとソラに伝える。この考えをローリエがしているのはあながち間違いではないが、実際の会話内容はまるで違う。だが、木月の声はローリエにしか聞こえない為、仕方ない部分もあるだろう。


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第2章:頼りはボディーガード~ロリータ・スクランブル編~
第14話:イカリ×ト×ユカリ


今回のサブタイの元ネタは「HUNTER×HUNTER」より「イカリ×ト×ヒカリ」です。
この章から、原作との違いが出てき始めます。なにせ、1章でヒナゲシが捕まっちゃったからね。そりゃあ、リコリスに影響がないわけがない。
というわけで、どうぞ。


“怒りが有利になるのは物語の中だけだ。現実の怒りは、冷静さを奪うだけの百害でしかない。”
 ……木月桂一の独白


 ローリエとヒナゲシが秘密の取引を交わした直後……まさにその頃。

 闇の蠢く所の玉座の一つにある、通信機から緊急信号が鳴った。

 黒と白の髪の少女―――ハイプリスがそれに応え、転移した先は、遺跡の街の秘密基地であった。

 

 

「どうしたんだい、サンストー……嗚呼、なるほどね」

 

「ご足労願ってしまい申し訳ありません……見ての通りで…」

 

「あんのグズ!!この私を置いて、更に通信もシカトして………どこにいるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 

 ハイプリスは、転移したその瞬間の光景を見て、一発で事情を察した。

 散らかりまくる部屋。何かが燃えた跡。あらゆる物に八つ当たりしながらマジギレしている、髪先が水色に染まった赤髪巨乳の少女。顔立ちが良く、薄着でかろうじて隠された抜群のプロポーションもあったが、苛烈なまでの怒りの様相がそれらを台無しにしていた。

 

 

「…ヒナゲシは?」

 

「ここに転移した時から、もぬけの殻でした。一体、何が起きたのか……」

 

「『まちカドまぞく』の聖典に変化はない。おそらく、破壊に失敗はしたのだろうが…」

 

 

 側近であるサンストーンに状況を聞いたが、なんと遺跡の街を任せたはずのヒナゲシが失踪したというのだ。一体どういう事かと思考を巡らせる。

 そこで初めて、先程からキレ散らかす少女の、傍らにある通信機が震えているのに気がついた。

 

 

「リコリス」

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!ムカつくわねぇぇぇあのグズは!!一体どこに―――

 

「通信機が震えてるよ、リコリス」

 

「!!! は、ハイプリス様……っ、分かりました」

 

 

 リコリスと呼ばれた少女は、ハイプリスに呼び止められ、水をぶっかけられたように冷静さを取りもどしながらも自分の通信機を手に取る。

 そこで通信相手を見て……再び冷静さが吹き飛んで、額に青筋が浮かんだ。

 

「…誰からだ?」

 

「あのグズからよ…!」

 

『あの―――』

 

「おっっっっそい!! 何やってんのこのグズ!!

 秘密基地にもいないし…どこほっつき歩いてんのよ!?」

 

『ヒィィィィィ! ごめんなさいお姉様!

 で、でも……簡単に連絡できないわけが出来たの…』

 

「なに!? しょーもない事だったら、本当に承知しないわよ?」

 

『…神殿内に、潜入成功したの。表向きは、捕虜として……』

 

「…なんですって?」

 

 

 消息不明かと思われたヒナゲシだったが、神殿に捕まったフリをして内部への侵入が出来たと言い出したのだ。

 具体的な言い分はこうである。

 

 

『わたし達の思想に…八賢者ローリエが賛同してくれたの。だから、取引をして八賢者やアルシーヴの能力や、神殿の秘密を喋らせてるの』

『ただ……他の八賢者に見つかったらまずいから、そっちから連絡は…その、できるだけ、しないでくれると、助かるの…』

『情報集めがひと段落したら、また連絡するの………』

 

「…ちょっと待ちなさい! あんた、何勝手に―――」

 

 

 リコリスが文句を言う前に、通信が切れる。

 ヒナゲシの独断行動。その身勝手ぶりに、通信機を床に叩きつけたくなる衝動に襲われ……それに抗おうとするそぶりすら見せず、リコリスは通信機を叩きつけた。

 

 

ふっっっざけんじゃないわよ!!!あのグズがァァァァァァァ!!!!

 

 

 そしてもう一度ブチ切れるリコリス。

 その怒りは、自分のオモチャのように大切にしていたヒナゲシが、任務をしくじったどころか、断りもなく勝手に動いた事への怒りからだ。

 連絡しないでくれ? また連絡する? おまけに、自分の言いたいことを言う前に、勝手に通信を切りやがって。そんな迷惑クレーマーみたいな揚げ足取りから、リコリスの怒りは沸々と湧いていた。

 だが……ぶっちゃけ的外れも甚だしいとはこのことだ。別に通信のヒナゲシに煽る意図は一切ない。それなのに、リコリスは『自分を下に見られた』『バカにされた』と思うやいなや怒り狂うのだ。

 例えるなら、わざわざ不快だと思うものをSNSで探して叩きに来る迷惑ユーザーや、「万引きは悪い事だ」と言った人間に「俺は万引きなんてしてない!決めつけるな、人間のクズめ!」と理解不能な反論をする人間の精神状態に近しい。

 

 

「…どう思いますか?」

 

「事実と罠が半々、って所か」

 

 リコリスが通信先のヒナゲシにキレている一方で、サンストーンとハイプリスは通信の分析を始めた。

 任務を任せた人間が、任務をミスって失踪した上に、敵の本拠地に捕まった体で潜入したという連絡が来た。

 実際に行ったとすれば、その人物はかなり機転が効くと評価するべきなのだろうが……連絡はヒナゲシからだ。ハイプリスとサンストーンは、ヒナゲシの人となりをそれなりに理解していた。

 

「半々、ですか? 私としましては、罠にしか見えませんでしたが。

 八賢者ソルトが変身魔法を使って、我々を(たばか)ろうとしたに決まっています」

 

 サンストーンは、ヒナゲシの通信を罠だと断言した。何を任せても失敗続きのヒナゲシにそんな事出来るわけないと。

 しかし、それをハイプリスが諌める。

 

「確かに、ヒナゲシにしては珍しく、非常に冴えた策だ。ロベリアでも手放しに褒めるだろう。

 だけど……サンストーンの言う『ソルトの策略』だとすると、いくつか不自然な点がある。」

 

「不自然な点?」

 

「一つ目に、『今の今までヒナゲシが緊急信号を出さなかった事』だ。

 ヒナゲシはとても臆病だ。もし捕まりそうになったとしたら、躊躇いなく転移して逃げるか緊急信号を使うはず。そのどちらも使われなかったのがまずおかしいと思う」

 

「しかし、それは…神殿がヒナゲシに逃げる暇も緊急信号を送る隙も与えなかった、で説明がつくのでは?」

 

「そうかもしれないね。八賢者の誰かが動いていれば、或いは可能なのだろう。でも……不自然な点はそこだけではない」

 

「他にも何か?」

 

「うん。それは、通信のヒナゲシだ。……あの子は、1度も『助けに来て』と言わなかった。私達を誘う罠にしては、神殿に赴くように促していない。

 それに……八賢者ソルトは『細かい演技』はそこまで上手でないと聞く。ヒナゲシと一緒にいるリコリスならば、ソルトの『ヒナゲシの演技』に違和感を抱かない筈がない」

 

「はぁ……」

 

 

 ハイプリスの主張はこうだ。

 罠である可能性も捨てきれないが、罠にしては不自然な点がある。

①今までヒナゲシから緊急のコンタクトが無かった事。

②先程の通信が助けを求めるどころか、情報収集を行ってるからヒナゲシに連絡しないよう言った事。

③先程の通信のヒナゲシが、演技にしては言動が本物に似すぎている事。

 この三つがある以上、安易に罠と断定するわけにはいかない、もしかしたら本当にヒナゲシが機転を利かせたのかもしれない、と言う事だ。

 サンストーンは、この主張に感服した、とでも言わんばかりに息を漏らした。

 

 それを見たハイプリスは「どちらにせよ―――」と言葉を切って、基地の出口に向かおうとしたリコリスの肩をがっしと掴み、言葉を続けた。

 

「―――リコリス。分かり切っている事を敢えて訊くが……今、この基地を出た後、どこへ向かうつもりだったのかな?」

 

「知れた事……神殿に殴り込んで、あのグズを取り戻すんですよ!!

 あいつが…ヒナゲシが、私の元以外の場所でマトモに生きられる筈ないんですからね!!!」

 

 

 息を荒げながらそう言うリコリスに、サンストーンは頭を抱えたくなった。

 敵の本拠地に無策で乗り込むなど、バカのすることだ。頭の中がお花畑なクリエメイトでもやらない思考だぞ、と…割とクリエメイトに失礼な事を考える…が、言わない。サンストーンとて、火に油を注ぎたくはない。

 だが、ハイプリスはリコリスを説得させるために言葉を連ねる。

 

 

「ダメだよ、リコリス。芸術の都の侵略が、まだ準備段階すら終わってないじゃあないか。大事な任務を中途半端に投げ出されては困る」

 

「しかし……!!!」

 

「ヒナゲシなら…大丈夫だ。私が情報を集めて、なんとか取り戻すと約束しよう。

 …相手は神殿……もとい、世界そのものだ。同志は多い方が良い。たとえ失敗続きのヒナゲシであっても、切り捨てるワケにはいかない」

 

「………」

 

「すぐになんとかできると言えないのが申し訳ないが……少なくとも、ヒナゲシは君が我々といる限り、絶対に寝返らないだろう。

 いずれ、必ず君の元へ戻ってくるよ。だから……今は抑えてくれるね?」

 

 

 ヒナゲシとリコリスは、共依存の関係にある。

 ヒナゲシは、リコリスに見捨てられる事を何よりも恐れている。

 リコリスもまた、ヒナゲシを手放す事は決してない。

 二人の間に歪んだ関係が存在する事を、ハイプリスもサンストーンも知っていた。ハイプリスがこう言えば、いくら不服でもリコリスは受け入れてくれる事も。

 

 

「……………わかりました」

 

「よし。ならば長居は無用だ。すぐに戻って、計画の修正を図らなければ」

 

 

 程なくして、ハイプリス・サンストーン・リコリスの三人は、誰にも知られる事なく、遺跡の街の秘密基地からどこかへ転移していった。

 

 

 ―――ヒナゲシ失踪の謎と、その裏にある蜘蛛の糸に、微塵も気づかぬままに。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――ヒナゲシを逮捕し、焼肉でゲロらせ、万丈構文で契約を取り付けてから3日が経った。

 

 言ノ葉の樹の頂上や根本、そして麓には、しっかり『リアリスト』の情報が根付き、広まりつつあるようで何よりだ。今朝にはカルダモンから、任務で辿り着いた街にも『リアリスト』の噂が聞こえてきてるよなんて話も聞いた。

 

 勿論、この3日間何をしていたかは言うまでもない。

 授業の合間にハイプリスのことをちょっと調べたし、何よりヒナゲシとの『契約』も行った。ヒナゲシからは『リアリスト』のメンバーや、ウツカイや、聖典を破壊する方法についての情報を受け取ったし、その見返りに俺はヒナゲシに“情報”をプレゼントした。

 

 そうしていく中で、俺はハイプリスの情報がもっと欲しいと思った。聖典破壊やクーデターを企んでいるであろう組織の長として、今何をしているのかは早急に調べるべきと判断したからだ。

 特に、ハイプリスの最終目的。コレが知りたい。聖典を破壊しろとウツカイに命じていたが、破壊した『その後』、何をしでかそうとしているのかが分かれば手も打てる……というわけだ。

 

 ヒナゲシに『契約』で聞こうとも思ったが……こちらから言い出すと足元を見られる可能性がある為、容易に聞くことができない。神殿に残っているハイプリスの資料にも限界がある。

 

 

 そこで、俺は思い出した。ハイプリスと仲良くしていた子の存在を。

 学生時代は、ハイプリスはそいつといつも一緒だったな。寮も同じ部屋だったし……もしかしたら、その子なら、俺の知らないハイプリスの一面を知れるかもしれない。

 

 

「―――というワケで、写本の街に行きたいんだけど、良いよね?」

 

「…確かに、彼女なら何か知っているかもしれんがな…お前を簡単に単独行動させるワケにはいかん。

 フェンネルと行動を共にするのを条件に許可を出す」

 

「フェンネルと?」

 

「詳しくは現地で合流して彼女から聞くんだ」

 

「『契約』の都合上、ヒナゲシも連れていきたいんだけど……」

 

「許可できん。ヒナゲシの名と姿はもう知れ渡っている。反逆罪の敵をそうやすやすと檻の外に出す理由もないだろう。民も混乱する」

 

「ですよねー……じゃあさ―――」

 

「?」

 

 

 ハイプリスの情報を掴みにスクライブギルドのある写本の街に行くため、そしてヒナゲシとの『契約』を続けるため、本命の要求をアルシーヴちゃんに提案した。

 まず過大な要求を相手に断らせてから本命を出す。これぞ前世で培った心理テクニック奥義・『譲歩的な依頼法(ドア・イン・ザ・フェイス)』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルシーヴちゃんの許可を得て、写本の街の門へ転移した俺。

 その肩には、機械仕掛けの小鳥が乗っていた。

 

『えっと…これって、本当に良いの? どうしてわたしがこの映像を見るハメに…』

 

 そっから聞こえてきたのは、ヒナゲシの不満そうな声だ。今更ながら、俺と契約したのがそんなに癪に障るのだろうか。

 

「嫌だってんなら契約を終了してもいいんだぞ?」

 

『ベ、別に嫌なんかじゃないの! だいたい、あなたもずるいの!わたしに化けて、お姉様に「情報収集する」なんて言ってたなんて…!』

 

「嘘はついてないだろーが」

 

 ヒナゲシには情報を掴ませてるしな。嫌なら取引を終わらせるだけのこと。まぁ……「情報収集する」って言っておいて、結果全然情報がなかったらどうなるかなんて、予想つくけどな。

 

 …話を戻そう。この機械小鳥は、魔道具『メタルバード』。飛行機能は持っていない代わりに、ヒナゲシの牢屋と中継が繋げることができるのだ。小鳥の目に移った映像や耳に入った音をヒナゲシに届け、ヒナゲシの声を小鳥の口から発するタイプである。

 つまり、ヒナゲシは牢屋にいながら、リモートで俺と同行する者の視点を見ることができるのだ。他にも、メタルバードはヒナゲシと通信できるリモートモードの他にも通信を切ってサポートに徹するオートモードというのもあるため、見られたくない物は見せない事も出来るのだ。

 

 俺がアルシーヴちゃんにドア・イン・ザ・フェイスで頼んだのはコレだ。「ヒナゲシに対するリモートの許可」。

 こうすれば、凶悪犯として知れ渡ったヒナゲシの姿と名前を晒すことなく、ヒナゲシを連れていける。『契約』を続行できるというワケだ。

 

 そうして、写本の街の門をくぐり、街中を歩いていくと、少女達が談笑しているさまや、人々が行き交う姿が見られた。

 

「ねー、聞いた?この前の侵略の話」

「聞いた聞いた!遺跡の街を襲ったんでしょ?」

「私、映像見たんだけど…エグかったよね…人もいっぱい死んじゃったんでしょ?」

「アレ引き起こしたの、子供らしいよ」

「うそー!?」

「私知ってる! 確か『リアリスト』ってテロリストだったよね?」

「しかもその子供、組織ぐるみで変な化学物質やってたみたいだよ。DH…なんとかって」

「超イカれてない?」

「怖いよねー」

 

『………っ』

 

「噂広まってんなー」

 

 

 ヒナゲシ本人は思うところはあるだろうが、全部自業自得だ。

 犯罪者本人の事情が知れ渡ることがあっても、心情までは知れ渡ることはない。傍から見ればこんなもんだ。

 

 さて…フェンネルと合流して話を聞かないといけないんだったな。

 さっさとあの子の……()()()のいるスクライブギルドに行って―――

 

 

「きゃあっ!?」

 

「!」

 

 行こうとした矢先、それなりの人混みの先で、少女が誰か転んだような音と悲鳴がした。この街の特徴から考えるにスクライブだろうか?

 俺はそれ以上考えるより先に、人混みをかきわけて少女の元へと向かう。

 

『な…なんで、助けに行こうとするの? ほっとけばいいのに……』

 

「そしたら気分と後味が悪りーだろうが。別に究極の選択でもなし、助けに行って何が悪い?」

 

『………おかしいの。ぜったい損する生き方なの』

 

「お前がそう言うんならそうなんだろ。お前の中ではな」

 

 うだうだ言うヒナゲシをスルーしながら、目的地にたどり着く。

 そこには、転んで買い物袋をぶちまけたスクライブの女の子がいた。…あーあ、買ったモンらしき文房具やら日用品やらが全部散らばってら。

 まぁ、とにかく………

 

 

「「「大丈夫か(ですか)?」」」

 

 

 ………。

 

 

「「「…ん?」」」

 

 

 スクライブを助け起こそうと伸ばした手が三本あった。

 一本は俺ので確定。もう一本は転んだ少女と同年代っぽくて、もう一人はちょっと年食ってる感じの……

 と、思ったところで、伸ばされた手の主たちに気付く。

 

 

「あれ…………アリサ? オッサン?」

 

「せ、先生!?」

 

「あ…ローリエじゃねぇか。何してんだこんなトコで」

 

「「「……………」」」

 

「あ、あの…三人とも、お知り合いなんですか?」

 

 

 助けるはずのスクライブの子に心配されるほどに、俺は固まってしまった。

 ……だって、こんな街で会えるとは普通思わないだろ。

 片や、前回の事件において俺の助手だった少女のアリサ・ジャグランテと。

 片や、前回の事件で出会った傭兵であるオッサンの、ナットと。

 

 テロリストのトップの情報を追うためにやってきた街中でこんなことが起ころうとは。

 前世(むかし)から『世の中は狭い』とか言うヤツもいたけれど……どうやら、このエトワリアでもその法則は適用されるようである。

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 本人の預かり知らぬところで原作への影響を与えている主人公。今回は写本の街にハイプリスについて調べに行く予定であったが、転移した先の写本の街で、第一部で登場したキャラ達と思わぬ再会を果たした。

ヒナゲシ
 ローリエの策に乗って『取引』をしたリアリストの悪少女。未だにローリエから得た“情報”を信じており、リコリスに見捨てられない為にはこの『取引』を成功させるしかないと思っている。その為、ローリエの「イヤなら(取引を)やめてもいいんじゃよ?(マート翁風)」という言葉に弱くなる。
 本来は写本の街にローリエと同行する予定だったが、作者の中のアルシーヴがNGを出したため、今回の章では直接参加することはなく、リモート参戦の模様。

ナット&アリサ・ジャグランテ
 何故か写本の街にいた呪術師少女と傭兵のオッサン。何故ここにいるのか、特にめんどくさがりのオッサンが写本の街に来て、しかもスクライブを助けようとしたのかは次回説明する予定。

ハイプリスの学生時代の友達
 一体何ディアなんだ…

ハイプリス&サンストーン&リコリス
 アプリ版1章では起こらなかった事が起きたため、原作とは全く違う行動をしたリアリスト首魁&幹部。特にリコリスはヒナゲシに依存していたため、荒々しい感情が更に荒れ、ヒナゲシを取り返す事に躍起になる。しかし、ハイプリスの言葉巧みな説得によって今回は鞘を納めることになった。ただ、これによってリコリスの精神の不安定さが遥かに増して……




機械鳥型魔道具『メタルバード』
 ヒナゲシの悪行が市中に知れ渡り、簡単に連れ出せなくなった事を受け、急遽設定された魔導具。見た目が文鳥並みの小鳥であること以外はテレビ電話のようなもの。飛行はできないが、テレビ電話のようなリモートモードの他に、通信を切って自動で後方支援を行うオートモードがある。



△▼△▼△▼
ローリエ「いや~意外だった!アリサとオッサンに出会えちまうとはな!」
アリサ「…あの人、教科書で見たことあるような…」
ローリエ「『大地の神兵』だよ?あのオッサン」
アリサ「えっ!!? あの人が!?」
ローリエ「さて、そんなこんなでスクライブギルドに到着した俺達。メディは俺のアポを受けて、スクライブギルドの情報を集めてくれてたみたいだ! そん中に、気になる巻物があって………これは、初代が書いた奥義書…だと!?」

次回『叫べ必殺技』
メディア「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第15話:叫べ必殺技

今回のサブタイの元ネタは「僕のヒーローアカデミア」より「編め必殺技」からです。まぁ、今回の話の内容はヒロアカというよりも銀魂ですが…まぁ、いいでしょう。



師匠(せんせい)のクラスはハチャメチャで、何もかもが予想外の毎日でしたけど…楽しかったです!一生に残る思い出と言いますか、忘れたくても忘れられない思い出と言いますか……”
 ……メディア
   「ローリエの授業はどうだったか」という質問に対して


 前回分も含めてここで説明しちゃうが、スクライブとは『女神が書いた聖典を写本……つまりコピーして増刷する少女及びその職業』のことである。ソラちゃんがオリジナルを書くだけでは世界に聖典が行き届かないので、コピーして部数を増やす役割が必要だ。それがスクライブである。

 そんなスクライブが多い写本の街で、スクライブの子を助けようと思ったら、たまたまアリサとオッサン……ナットに出会った。完全な偶然の産物だった。

 スクライブの子を助け起こした後で、二人の事情を聞いてみる。

 

 

「アリサ…どうしてここに?」

 

「スクライブの仕事の見学です。アルシーヴ様からの課題でそういうのがありまして。将来の学習の一環ですよ」

 

「成程な………オッサンは?」

 

「あー…アレだ。エイダの付き添い。写本の街に行きてー行きてーって聞かなくてよ」

 

「エイダちゃんの? 一緒に来てたのか」

 

「今はスクライブギルドに預けてある。オッサンは、ちょっとした散歩ついでの買い物に来ただけだ」

 

 

 よくおじさんッ子のエイダちゃんが承諾したな、オッサンの単独行動を。そう思ったが、相も変わらずメンド臭そうな言動をしている為、それ以上聞かない事にした。どうせ「帰ってきたら何かして」とか言われたんだろう。若干可哀想だが、それ自体が「エイダちゃんという家族がいる事で生まれる面倒くささ」だ。それくらいは甘んじて受け入れて欲しいものである。

 

 

「それで、先生。その肩のメカは…?」

 

「これは、メタルバード。飛ぶことは出来ないが、色んな後方支援向きの機能を持っている。

 特にこれには、AIが組み込まれていてな」

 

「えーあい?」

 

「人工知能……つまり、自我があって、会話が出来る機械って覚えてくれ。

 名前もついている。エトワリア発・プロト人工知能のヒナギクだ。仲良くしてやってくれ」

 

『………』

 

「………お前のコトだぞ、ヒナギク」

 

『! あっ、はい! よ、よろしくなの……』

 

 

 メタルバードの通信先のヒナゲシだが、流石に安易に本名で呼び合う訳にもいかない。なので、30秒くらいかけて『ヒナギク』という偽名を用意したんだが……そんなあからさまに、まるで自分の名前じゃないかのようにキョトンとするのはやめてくれ。オッサンやメディ辺りに気取られたら、誰がフォローに入るか分かってんのか?

 ヒナゲシのヒヤヒヤしそうな言動に内心焦りながらも、俺はアリサとオッサンに機械鳥越しに話しかけてくる少女ヒナゲシを、機械鳥に宿った人工知能ヒナギクと偽った。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだが、俺とヒナゲシの『取引』は、八賢者とアルシーヴちゃん・ソラちゃん以外にはまだ話すわけにはいかないのだ。

 

 

「そう言うローリエは、何しにこの街に来たんだよ?」

 

「スクライブギルド……そこのギルド長に話があるのさ」

 

 

 俺の本来の目的は、スクライブギルドのギルド長へ情報収集を行うこと。

 ギルド長の名前は―――メディア。

 俺よりも年下にも関わらず、スクライブ達をまとめ上げている敏腕少女にして………俺の、元生徒でもある。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「やっほー、メディ。ひっさしぶり」

 

師匠(せんせい)! お久しぶりです! 私が卒業して以来、でしたよね!!」

 

「スクライブのギルド長を教えてたんですか、先生…!?」

 

「せ、せん、せい………めでぃ……???」

 

 

 スクライブギルドに到着すると、受付の子が早速メディに通してくれた。応接室で、相変わらずの雰囲気のメディが、花開くような笑顔で俺とアリサを迎え入れてくれた。ちなみにナットはエイダちゃんに捕まって抱っことかさせられまくっている為、別行動となっている。

 ここまでスムーズにメディに会えたのも、俺が事前にスクライブギルドにアポを入れて、メディに「会いに行くよ~」って言ったからである。勿論、大マジな要件である事を念押しした。

 このタイミングでメディと一緒にフェンネルとも会えたが、俺とメディがお互いの事を「メディ」「師匠(せんせい)」って言った事に、未だに衝撃を受けているようだ。まるで宇宙を背景に目をまん丸に見開いたスペースキャットのようである。

 

 

「最初に先生やった時の教え子よ、メディアは」

 

師匠(せんせい)、その節はお世話になりました!」

 

「…………」

 

「おーいフェンネル、戻ってこい」

 

「あ痛!?」

 

 

 物理的に衝撃を与えてフェンネルを元の世界へ引っ張り戻した後、メタルバードをオートモードにしてからメディに話の本題を振る。

 

 

「メディ、俺がここに来た理由は他でもない。『君の親友』のことだ。……今すぐにとは言わない。思い出せる限りのすべてを、俺に話して欲しい」

 

 メディは、覚悟していたように小さく頷いた。

 それを見てから、フェンネルに視線を移す。

 

「フェンネル、アルシーヴちゃんから『詳しくはフェンネルと現地集合してから聞け』って聞いてるんだけど……俺に頼みたいことでもあるのか?」

 

「ええ。実は―――昨日から行方不明のスクライブが現れているのです。貴方にはそれの捜索をお願いしたいのです」

 

「成程………分かった。使える魔道具を調達しておこう」

 

 

 行方不明のスクライブ捜索か………今の世の中、物騒になり始めているし、変な事件に巻き込まれていないといいんだが………

 

 

「おーい、メディア様ー!」

 

「エイダさん!?」

 

「ちょっと倉で遊んでたらこんなものを見つけたよー!」

 

 

 二つ返事でフェンネルの頼みを受けて、話がひと段落したところで、エイダちゃんが古びた緑の巻物を持って応接室に飛び込んできたのである。

 

 

「えっと、これは…『スクライブ奥義秘伝書』……?

 著者は……えーと、パピ・ルーシー・ヒエログリフ?」

 

「ヒエログリフ!!? それは……初代ギルド長様の御名前です!!」

 

「えっ、マジ?」

 

 

 ヒエログリフっつったら、俺の中ではエジプトの超古代文字のことだ。エトワリアにそんな名前の人いたのか?

 だがメディにとっては、その名前はものすごく聞き覚えのある名前であるようで、その名をきいた途端に興奮を覚え、フェンネルから(一言許可を取って)ひったくるように巻物を手にした。

 なおこの間に、エイダちゃんは追ってきたであろうオッサンに捕まって、「人様の倉庫に勝手に入るな!」と叱られていた。 

 

 

「これは……!」

 

「何かあったのですか、メディア様?」

 

「失われたとされたはずの、伝説の奥義書です!

 どうやら、歴代のギルド長に代々受け継がれていたもののようです……!!」

 

「…………エイダ。お前、あんなの倉庫のどこで見つけてきたんだよ?」

 

「めくれた床板の下の地面に埋まってたよ」

 

 

 エイダは倉庫の中のとんでもないところから巻物を見つけてきていたようで、更にオッサンから雷を落とされる。

 それをよそに、メディは奥義書を読み進めた。

 

 

「私の先々代で途切れたと聞いて、もう受け継ぐことはないと諦めていましたが……

 これさえあれば、奥義を受け継げるかもしれません!」

 

「それほど、重要なものなのですか? ギルド長にとって、奥義とやらを極めることが」

 

「フェンネルさん、これは私の矜持の問題です!」

 

 スクライブギルドの長という、戦闘とは関わりのなさそうな職が奥義を習得することに疑問を覚えたが……メディは、生き生きした顔でそう言った。

 多分、今まで聖典を写本し続けてきたスクライブをまとめる者として、為すべき責務を全うしようとしているのではないだろうか。

 昔から、メディは責任感が強い子だったからな……

 

 

「今の私なら受け継げるかもしれません。初代ギルド長が残してくださった、最強の必殺技を……

 その名も――――

 『幻魔弾(げんまだん)烈舞踏(れっつだんしんぐ)常夜(おーるないと)雷神如駆(らいじんぐ)特別(すぺしゃる)奇跡的(みらくる)(スーパー)極上(うるとら)魔法少女小圓(まじかるがーるまどかまぎか)第二號(せかんどしーずん)本当馬鹿娘(さやかちゃん)()逆襲(ぎゃくしゅう)監督大砲(でぃれくたーずかのん)』……を!」

 

 

 メディを除いた全員に沈黙が訪れた。

 ……うん、気持ちは分かるぞ。

 

 

「メディア様…………

 なっっっっっがいんですけどーーーーーー!!!?

 技名こだわっているのはわかりますわよ!

 でも絶対覚えられないわよこんなの!?』

 

 スクライブの初代ギルド長が残した必殺技を前に、フェンネルがツッコミだした。

 

「いえ、仮に覚えられても……」


幻魔弾(げんまだん)烈舞踏(れっつだんしんぐ)常夜(おーるないと)雷神如駆(らいじんぐ)特別(すぺしゃる)奇跡的(みらくる)……』

『くー!』

『きゃあああ!!?』


「技名叫んでる間にやられますけどコレ!!?」

 

「別に技名を叫ばないといけないルールなんてないと思いますよ」

 

「でも……折角初代様が考えて下さった技ですから、技名は叫んだ方が良いんじゃないでしょうか……出来るだけ早口で」

 

「何ですこの嫌がらせみたいな必殺技!!!」

 

 

 アリサはわざわざ技名を叫ばなくて良いと言うが、メディにとっては初代の必殺技は受け継ぎたい技であると同時に、それなりに思いやりを込めているようだ。

 俺は、どうしても必殺技を叫びたいというメディの為に、助け舟を出してやることにした。

 

 

「メディ、必殺技の叫び方を工夫するのはどうだろう?

 例えば、コレはとある流派の剣技の話になるんだが………万華鏡天通眼(まんげきょうてんつうがん)という技があるとしたら――(まん)(ピー)(きょう)天通眼(てんつうがん)みたいに、(ピー)を入れる」

 

「どこに(ピー)を入れてるんですかその必殺技。かえって良からぬ誤解を招きますわ!」

 

「オッサンには、『パーナムオブイモート・オツマイズム砲』っつう長ったらしい必殺技があるから…………略して、『パイオツ砲』と呼んでいる」

 

「なんて最低な略し方!!?

 そっちは全身(ピー)で隠しなさいよ!!」

 

 エイダの説教が終わったのか、こっちの話に割り込んでくるオッサン。

 だが……ん、ちょっと待てオッサン。

 フェンネルがうるさいけど、それ…なかなか良い方法なんじゃあないか!?

 

「それ良いよオッサン。略そう!

 この必殺技、長々と書いてあるけど、要するに…

 『フレッシュメディカル・ハートシャワー』だろ?」

 

「どこから持ってきたんですかそれ!?

 メディカルハートシャワーって何です!?」

 

「じゃあ、そこに(ピー)を入れて……

 『フレッシュ○○○(ピーー)・ハートシャワー』で良いですね」

 

「そこ隠してどうするんですかアリサ!?

 丸々技をパクったみたいになってますわよ!!?」

 

「それならいっそ―――

 『○○○○○○(ピーーーーー)○○○○○○(ピーーーーー)』で、どうでしょう?」

 

「メディア様ぁぁぁ!!?

 人前で言えない事叫んでるみたいになってます!!」

 

 

 俺のボケに乗ってくれたおかげで、アリサとメディが完全に面白い事を言ったみたいになっているが、流石の俺も、教え子たちを公衆の面前で放送禁止用語を叫ぶ変態にする趣味も思惑もない。

 話がおかしな方向に転がりつつあるので、話を転換することにしよう。

 

 

「メディ。技名で躓いてる場合じゃあないぞ。

 問題なのは、それがどんな必殺技で、どうやれば修得できるかだと思うんだ」

 

「! …それもそうですね、師匠(せんせい)

 では…巻物の先を、読んでみたいと思います」

 

 メディが巻物を開き、視線をその先へと移す。

 

「えー…

 『幻魔弾(げんまだん)烈舞踏(れっつだんしんぐ)常夜(おーるないと)(以下略(いかりゃく)とは』」

 

「「「書くの面倒なら最初からそんな名前つけるな!」」」

 

「『スクライブギルドを運営していくのに必要不可欠になる最古にして最大、最強の秘奥義である。決してこの存在を他の者に知られてはならない』……

 ………ごめんなさい、もう色んな人にバレちゃってます……」

 

「いや、大丈夫だ。その奥義の秘匿性も昔の話だろ。先を見てみな」

 

「えっと…『なぜなら、この秘奥義には世界の(ことわり)さえ変えかねない力が秘められているからだ。ここにその一切を記す』…!?」

 

「「「「!!?」」」」

 

 

 ふざけたネーミングセンスからは想像もつかない力が備わってると知り、一同は息を呑んだ。たまたまこの場に居合わせたオッサンとエイダも同様だ。

 しっかし、いったいどんな効果や覚え方が描かれているんだ? 『世界の理さえ変えかねない』って、随分と大きく出たが……下手をすれば、アルシーヴちゃんらに『禁忌』に指定してもらう必要がある―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『奥義の出し方・敵の攻撃が当たる直前に ←↓↙+S』」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 え、コレ……まさか。

 

 

「………何です? この記号みたいなのは?」

 

「多分、だけど……十字キー横・下・斜め下って押してからのS(ショット)ボタンだな」

 

「…十字キー?ボタン?」

 

「ゲームのコントローラーについてるヤツだ。で、これは格闘ゲームのコマンドだな。」

 

「ゲームのコマンドじゃないですかぁぁぁぁ!!

 わたくし達人間にそんなボタンとかありませんけど!!?」

 

 フェンネルの事だから、こんな書き方だから、スクライブギルド長の奥義が途絶えるのも当然と思うかもしれないが…

 俺から言わせれば、逆だ。むしろ、これくらい分かりやすかったから、先々代とやらまで奥義が受け継がれていたのかもしれないぞ。

 幸いな事に、この秘伝書に書かれている事は、俺でも理解が出来た。

 

「いや、この方が分かりやすいかもしれない。

 おそらく、『十字キー横・下・斜め下からのS(ショット)ボタン』とは…一気に前へ踏み出すことで敵の懐に入り込み、クリスタルに込めた魔法を放つ動きだと思われる。

 つまり……敵との距離を逆に詰めて攻撃をいなした後、その虚を突くカウンター零距離魔法!

 

 

 まほうつかいであるならば絶対にやらない戦法。

 そのセオリーを破った、画期的な攻撃だ。

 近づく分危ないが、決まれば回避はほぼ不可能。まさしくハイリスク・ハイリターンな必殺技だ。初代ギルド長・ヒエログリフ。只者ではないな…!!

 

 

「なぜこのアホ秘伝書でそこまでわかるのです?」

 

「俺の秘奥義『入浴中の美女のサービスショット』は、十字キー横・下・斜め下からのS(撮影)ボタン。ほぼ一緒だからな」

 

「貴方の宇宙一しょーもない必殺技とスクライブギルド初代秘奥義が一緒ってどういうことです?」

 

「私の秘奥義『NOZOKIカウンター』も、十字キー横・下・斜め下からのS(制裁)ボタンです」

 

「制裁ボタンって何ですか!? Sボタンどう使い分けてるのよ貴方達は!!」

 

 

 ちなみに、アリサの『NOZOKIカウンター』なら何回か食らったことがある。

 一緒に入ってたアルシーヴちゃんやセサミ、ジンジャーやハッカちゃんが目当てだったんだが……アリサがいる時にバレた回は、ほぼ確実にカウンターの餌食になってしまった。

 いつだったか、シュガーとソルトにも教えている姿を見たことがあったっけか。やめてくれ(懇願)。

 

 

「こーいうのはな、いっぺんやってみて体に覚えさせんのが一番だ。メディアの嬢ちゃん、武器を持って訓練場へ行くぞ」

 

「な、ナットさん!?」

 

 

 必殺技の概要が分かったところで、オッサンはメディに特訓をつけるつもりなのか、そう言うと武具を取りに部屋を出ていこうとする。

 ……珍しいな。面倒くさがりのオッサンだったら、絶対に稽古つけるの嫌がるとばっかし思っていたんだが。隣のフェンネルも、表情を見る限り同じことを思ったようだ。

 

 

「珍しいですわね、ナット。貴方は、そういうの面倒くさがるとばっかし思っていましたが」

 

「バカ言え。……ローリエも、そう思っていたのか?」

 

「えーと……どっか悪いの?オッサン」

 

「違うわアホ。ただな……

 俺が『大地の神兵』だって知ってるヤツがここに二人もいる以上、いずれお前らが、『メディアに稽古つけさせろ』なんて言い出すに決まっている。

 そうなるくらいだったら、面倒ごとは真っ先に、速攻で終わらせた方が楽だ。それだけだよ」

 

 

 振り向かないままそう言ったナットは、そのまま応接室を出ていった。

 ……ああいう所があるから、メンドくさがりだけど悪いヤツじゃあないんだよな、オッサン。

 フェンネルやエイダちゃんも穏やかな顔つきになり、メディとアリサは………あれ、固まってる?

 

 

「「あ……」」

 

「あ?」

 

「「あの人が『大地の神兵』だったんですかッッッッ!?!?!?!?!?!?」」

 

「そこかい」

 

 

 教科書に載ってる有名人に出会えたみたいなリアクションだな。

 事実そうなんだろうけども。

 

 

「私、おじさんのああいう所も大好きなんです♪」

 

 いや、エイダちゃん。そんなことは聞いてないからね。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 久しぶりに教え子に出会えた拙作主人公。ハイプリスのことをメディアから聞き出すことにOKを貰えたが、フェンネルから「行方不明になったスクライブの調査」を依頼され、これを引き受ける事になった。

アリサ
 女神候補生の課題の一環として写本の街に来ていた前作のローリエの助手。現在はローリエと共に行動することはなくなりつつある。メディアが初代スクライブギルド長の奥義を継承しようとしたり、ナットが『大地の神兵』である事を知ったりと、歴史的な事象に今回だけでも結構立ち会っている。

ナット&エイダ
 『大地の神兵』とその姪っ子。写本の街には、エイダのワガママで来た。メンドくさがりだが、姪っ子の望みを叶えたり時には叱ったりする辺り、自身の兄夫婦の忘れ形見は大切にしているようだ。なお、ナットはどうしても回避できない『面倒事』は、さっさとやる主義。

フェンネル
 メディアの警護役として、写本の街で起こりつつある異変の調査をローリエに依頼した……はずだが、ローリエとメディアの関係を知って宇宙猫になったり、初代ギルド長の奥義の実体を知ってツッコミ役に回ったりしている。

メディア
 『きらファン2部』に登場する、写本の街のスクライブギルド・ギルド長。拙作では、ローリエの元教え子としてローリエの事を『師匠(せんせい)』と呼ぶ。また、ローリエの影響で、多少はノリが良くなった。
 『師匠(せんせい)』呼びの元ネタは、『ファイアーエムブレム風花雪月』のエーデルガルトから。原作のエーデルちゃんのまんま『(せんせい)』呼びの案もあったが、エーデルガルトとメディアはキャラが違い過ぎる為、師に匠をつけた。

ヒナゲシ
 リモート機械鳥越しに会話することで、『人工知能ヒナギク』ということになった、リアルな少女。メディアを一目することは叶った物の、途中でメタルバードがオートモードになって通信が切れたため、会話に置いてけぼりにされている。

初代スクライブギルド長
 スクライブギルド長に伝わる必殺技を開発した人……だが、本名とその設定以外詳しく覚える必要はない。本名パピ・ルーシー・ヒエログリフ。由来は古代エジプトで使われた紙と文字。
 パピルス+ヒエログリフ



幻魔弾(げんまだん)烈舞踏(れっつだんしんぐ)常夜(おーるないと)雷神如駆(らいじんぐ)特別(すぺしゃる)奇跡的(みらくる)(スーパー)極上(うるとら)魔法少女小圓(まじかるがーるまどかまぎか)第二號(せかんどしーずん)本当馬鹿娘(さやかちゃん)()逆襲(ぎゃくしゅう)監督大砲(でぃれくたーずかのん)
 多くを語らずともインパクトを残したスクライブギルド長代々の秘奥義。←↓↙+Sボタンで発動できると秘伝書には書いてあったが…?元ネタは言わずと知れた『銀魂』の志村家の秘奥義『邪聖剣烈舞踏常夜(以下略』から。

『入浴中の美女のサービスショット』
 ローリエの自称秘奥義。←↓↙+S(撮影)ボタン。文字通り、入浴中の美女にバレないようにカメラを使ってその湯浴み姿を撮影する。無防備な姿を撮る必要があるため、音を立てないステップが肝心。

『NOZOKIカウンター』
 アリサの自称秘奥義。←↓↙+S(制裁)ボタン。文字通り、覗きに来た不埒な輩に、懐からのアッパーカットを叩き込む。覗き魔に逃げられないように、かつ一撃で対象を沈める必要がある為、素早いステップで相手の懐に潜り込めるかが肝。

ありさ「昇・竜・拳!」
ろーりえ「ドゥーワッ!ドゥーワッ!ドゥーワッ!(自作エコー)」
しゅがー「すごーい!!」
そると「見事なアッパーカットです」



△▼△▼△▼
ローリエ「メディがオッサンに修行つけてもらってる間に、俺はスクライブの子が消えたって事件?について調べていきましょうかね!」

メディア「期待に答えられるように頑張ります! ただ、気を付けてくださいね。どうやら、師匠(せんせい)が調べている『スクライブの失踪』、ただの事故とかじゃあなさそうです…」

次回『動き出す闇』
メディア「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽




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第16話:動き出す闇

エイプリルフール2日目が終わり、3日目になりましたね(ボーボボ並感)。そんな今回のサブタイの元ネタは、「仮面ライダーアギト」より「動き出す闇」です。



“武器とは己の身を守るためのものであって、敵を始末するためのものではないのだよ。”
 ……木月桂一の独白


 

「絶望のクリエは集まりつつある…」

 

 

 闇の蠢く所にて。

 ハイプリスは、傍らに立つサンストーンに、そう言った。

 

 

「お疲れ様でした。リコリスにつきましては、しばらく監視させておきます。また駄々を捏ねて、ハイプリス様の御手を煩わせるわけには参りませんから……」

 

「いや、大丈夫だ。彼女も自分の立場を分かっている。流石に、命令違反はしないだろう。

 それよりも、住良木うつつだ。我々の計画の障害になりうる。彼女の行き先は、写本の街だ。」

 

 自身を労ってくれるサンストーンに、「そこでだ」と語りだすハイプリス。

 

「新しい計画を練っているのだよ。汚染された聖典を、写本によって広める、という計画だ。

 上手くいけば、聖典を破壊する手間もなく、聖典が自ずと自壊していくことだろう」

 

「成程……具体的に、どのようにするのですか?」

 

「スクライブを誘拐して、絶望のクリエで汚染する。汚染されたスクライブが写本することで……最初から汚染された聖典の写しがどんどん広がる………という寸法さ」

 

 

 なんとも恐ろしい計画である。

 聖典は、すべての写本と繋がっている。そうする事によって、人々は写本からもクリエを得ることが出来るのだが……それを逆手に取り、写本を汚染していけばオリジナルにも汚染が進行するというのだ。

 くつくつと笑いながら、ハイプリスは続ける。

 

 

「オーダーは連発できる魔法じゃあない。汚染した聖典を広める手段はいろいろ模索すべきだ。

 聖典の汚染、聖典の破壊………すべて並行して進めていく。

 今回の計画は重要だ。スクライブを誘拐できた数だけ、聖典の汚染を加速できるからね……特に、ギルド長のメディアを捕まえられれば上出来だ」

 

「………私も出ます」

 

 

 ハイプリスがスクライブを誘拐する計画を、『重要なもの』と断言するのを見て、サンストーンはすぐさま計画の参加を申し出る。すると、ハイプリスは穏やかに笑った。

 

 

「助かるよ。実は、この計画を君にも任せようと思っていてね……。

 これまではウツカイ達だけで土台作りをしていたが……確実を期すため、実力者が欲しかったのが本音だ。

 でも―――君はそれでいいのかい?」

 

「何がですか?」

 

()()()()()()―――」

 

「その絆はとうに切れております。我が心は全てハイプリス様の下に」

 

 

 ハイプリスには何やらサンストーンに懸念事項があったようだが、心配無用とばかりにサンストーンが一刀両断した。

 迷いのない様子のサンストーンに頷いたハイプリスは、「それなら…」と奥の闇に呼び掛けた。

 

 

「スイセン! スズラン!」

 

「はいはーい! ハイプリス様、ウチを呼んだ~?」

 

「ハイプリス様! オレをお呼びですかい?」

 

 

 すると、奥から二人の人物が現れる。

 一人は、緑髪に白いカウボーイハットを被った、カウガールのような衣装をした少女・スイセン。

 もう一人は、銀髪のポニーテールに透き通るような黄緑のサングラスをかけ、高い露出度の服を着た少女・スズランだ。登場の際、自分自身のことを「オレ」と言った方である。

 

 

「君たち二人に『仕事』を頼みたい。いいだろうか?」

 

「『仕事』……ってことは、『報酬』はあるんだな!」

 

「もちろんだ。まずは前金代わりに受け取ってくれたまえ」

 

 

 ハイプリスは、スイセンとスズランに紐で縛られた袋を手渡した。

 それを受け取った二人は、その場で紐をほどいて袋の中身を確認し―――各々、笑顔を浮かべる。

 

 

「これ!! 美食の街でちょー高値で売ってたお菓子! ありがとう、ハイプリス様!!」

 

「うっひょぉぉぉ!! これ、ダイヤモンドちゃんじゃあねーかッ!! こんな高いの前金でいいのかよッ!?」

 

「喜んでくれたなら何よりだ。さて…仕事の話といこう。二人とも、これを持って行って欲しい」

 

 “前報酬”の内容に機嫌が一気によくなるスイセンとスズラン。

 そこに、ハイプリスが追加で2人に石を手渡した。紫色ベースの、昏くて澱んだバレーボールサイズの結晶だ。

 

「これはー?」

 

「絶望のクリエをため込んだ結晶さ。

 これを使って、スクライブを絶望させて闇に堕とすんだ。

 数は多ければ多いほど助かるが……メディアを捕らえることが出来たら更に報酬を上乗せしよう」

 

「「ホントに(か)っっ!!!?」」

 

「本当だとも。サンストーンと協力して、より多くのスクライブを…しいてはメディアを…こちらに引き込んできて欲しい。

 頼んだよ、三人とも」

 

「もっちろん! ご褒美にお菓子貰えるならウチ、なんでもやっちゃうんよ!」

 

「任せてください! ハイプリス様は気前がいいからな……待ってろよ、報酬のお宝ちゃん♪」

 

「はっ……すべてはハイプリス様の御心のままに…」

 

 

 目を輝かせながらウキウキと出かけるスイセンとスズラン。ハイプリスにひとつ敬礼をしてからその後を歩いていくサンストーン。

 彼女達は、写本の街で何をしようとしているのか? 三人の正体は、一体なんなのだろうか?

 闇が動き出したことは……いまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 オッサンがメディの修行の為に訓練場へ向かい、メディとフェンネル、エイダちゃんが後を追うのを確認した後、俺はアリサに問いかけた。

 

 

「…俺はこの後、行方不明になったっていうスクライブの消息を探す。アリサはどうする?」

 

「そうですね……スクライブの技術を学びに来たのですが…ついでにギルド内の警備もしてみたいと思います。他の方も怖がっているでしょうし」

 

「分かった。気をつけてな」

 

 

 アリサと別れた俺は、フェンネルから貰ったデータをもとに、行方不明になったスクライブを探してみることにした。

 行方不明になったのは2人。どちらも、仕事には熱心な子で、サボった事は無いという。一人目は一昨日に、もう一人は今日の朝から行方が分からないという。

 2人の身に何が起こったのかは分からないが……少なくとも、『体調が悪い』ではないだろう。俺は、消息を絶ったこの二人に対して、極めてアナログな探し方をすることになった。

 

 

「ここが現場か…ちょっと通してくれ」

 

「あ、貴方は………八賢者のローリエ様!?」

 

「状況は?」

 

「ええと……窓が割られて、現場が荒らされていました。この部屋を利用していたスクライブと、備え付けてあった聖典がなくなっていたそうです。しかも、床やら壁やらが黒い何かで汚れていて……」

 

「また、聖典がなくなっている、ねぇ…」

 

 

 現場に直接向かい、この眼で調べる。いつの警察ドラマだと思うかもしれないが、攫われた状況を直接確かめるにはこれしかない。

 現場を調べてた衛兵から情報を聞き出した後、俺は攫われたスクライブがいたのであろう、荒らされた部屋を調べ始めた。

 抵抗したのか、棚やら鏡台にあったであろう置物やらが全部落とされ倒され、酷い有様であった。他の部屋にはベッド付近に置いてあった聖典もない。衛兵の報告通りだ。

 

「これは……」

 

 そう。“床やら壁やらが黒い何かで汚れている”というのも、報告通りだった。

 俺は、ピンセットで壁の汚れをこそげ落とし、それをビニールに詰めた後で、意を決して直接、黒い汚れに触ってみる。すると………触った部分の汚れが、俺に吸い込まれるように動き、消えていったのだ。

 

「やはり、絶望のクリエ………! 犯人はウツカイ確定だ…!!」

 

 ウツカイを操る連中なんぞ、現段階で一つしかない。

 ―――リアリスト!! あいつら、今度はこの街で何かを企んでいる!

 まだ解決していない問題が色々脳裏に浮かび上がるが、この時点で俺が一番気になったのは一つだ。

 

 

「(血痕がない……。遺跡の街では、ウツカイは一般人を殺してでも聖典を奪っていた。俺が報道したことで、可能な限り殺しをしない……って方向に切り替えたのか? ……何故、今回はスクライブを生かしたまま攫う?)」

 

 

 俺が出会った限り、ウツカイに知性があるとは思えない。

 遺跡の街にしろ今回にしろ、誰かがウツカイに指示を出していたのだろう。遺跡の街で、ヒナゲシが指示を出していたように。

 遺跡の街の事件では、ヒナゲシは恐らく「聖典を力づくでもいいから奪え」と言ったんだろう。そう命じた結果、ウツカイは「ころしてでも うばいとる」とばかりに住人に襲い掛かったに違いない。でも、今回はそうじゃない。

 つまり、今回スクライブを攫った犯人は、ヒナゲシとは違い、ウツカイに明確な指示を出しているのだろう。「聖典を奪え、スクライブを生きたまま攫え」と。

 

 じゃあ、どうしてスクライブを生かしたまま攫ったのか?

 

 

 ……どうやら、整理する必要がありそうだ。俺は現場捜査中の衛兵にお礼を言ってから、拉致現場を後にすることにした。

 

 

「きゃあああああ!?」

 

「―――っ、整理する時間くらい寄越せよなッ…!!」

 

 

 その直後に、少女の悲鳴だ。

 空気の読めない一大事に愚痴りながら、悲鳴の元へ急行する。

 辿り着いた路地裏では、ウツカイがスクライブの少女を片手で掴み、今まさに連れさろうとしていた。

 

「―――させるか!」

 

 その光景が見えるや否や発砲。

 弾丸はウツカイの胴体に当たり、ウツカイは悲鳴をあげながらスクライブの少女を手放した。

 

「オォォォラァァァ!」

 

「ウツーーー……!?」

 

 勢いそのまま、ウツカイに飛び蹴りをかましてやると、ウツカイは断末魔と共に黒くて汚い絶望のクリエを撒き散らしながら消滅した。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「あ……ぁ……」

 

「…落ち着くのに時間がかかるか」

 

 スクライブの少女は、体こそ無事だったが、未知で不気味でおどろおどろしいウツカイに襲われたせいか放心している。

 俺は、彼女の無事を確認すると、すぐさまG型を起動し、更にメカメカしい虫眼鏡にUSBメモリ型の端末を差し込む。

 

【Meganeura】

 

 虫眼鏡はあっという間に青いトンボのような魔道具に変形し、俺の周囲をホバリングし始めた。

 これこそが、『改良型メガネウル』。基本的には虫眼鏡の形をしているが、疑似魔導メモリを差し込むことでメガネウルとなり、透視&空中偵察ができるようになる。改良によって携帯性を上げることに成功したのだ。

 

 

「ウツカイ共の出処を探れ!」

 

 

 G型とメガネウルにそう命令すると、リアルすぎるG型と機械蜻蛉のメガネウルは散り散りに路地裏を去っていく。

 虫の魔道具たちが偵察に出払ってようやくスクライブの子が動けるようになったようなので、彼女の手を取りながら、スクライブギルドに戻る事にした。

 

 

「あ、あの…助けてくれて」

 

「その先はまだ言うな」

 

「え?」

 

「そういう台詞は、君の仲間を全て見つけ出し、ウツカイの手から取り戻した後で言って欲しい」

 

 

 お礼を言うのはまだ早いぞ。たった今助けたスクライブの子へそう返しながら、前へ進む足を加速させた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエさんがヒナゲシって人を捕まえて転移した後、私達はすぐに秘密基地を離れ、次の街へと向かっていた。本当は被災者の人達の救護をしたかったけど………アルシーヴさんやソラさんに世界の異変調査を依頼されてるし、被災者のことは神殿の人達に任せろって連絡も受けたから、先を急いでいる形になっている。

 

 遺跡の街を出た直後、アルシーヴさんに事の顛末を報告したら、気になる事を教えてくれた。

 リアライフ。クリエメイトの負の感情から絶望のクリエを生み出す禁忌の魔法だという。今回の敵は、おそらくそれを使ったんだろうって言っていた。

 

 私もランプも、衝撃だった。聖典が嫌いな人がいたなんて。うつつもタイキックさんも「そういう人がいたっておかしくない」って言っていたけど、実際にこの眼で見たことは簡単に忘れられそうにない。

 でも、だからって街の人々を巻き込んでいいわけがない。人々の命を奪っていいわけがない。クリエメイトの方々を傷つけて、壊そうとするなんて許されないと思う。

 

 その思いを全員が胸にして(うつつはうつつらしくいろいろ言ってたけど)、あれから3日たった後私達は、次の目的地へ行くべく歩を進めていた。

 

 

「…それにしても、先生はすごいですね。通信機から色々サポートしてくれるなんて…」

 

「あぁ。流石に、通信機のコードで傘やナイフを召喚できた時はどうなってるんだって思ったけど……まぁ、便利だから文句は言えないな」

 

「そうかなぁ…? 流石に、オーバーテクノロジーが過ぎない…?」

 

「マッチ、うつつ。折角我々の為に作ってくれたモノだ。遠慮しては逆に失礼だろう」

 

 

 ローリエさんが作って渡してくれた通信機ですが、特定の番号を押すことでコードが起動し、私達をサポートしてくれるみたい。一昨日……つまり、遺跡の街を出た翌日、早速その面目の一部を目の当たりにした。

 それは、雨がパラつく日だった。全く動けない程悪天候でもないけど、雨具を着ないと後で風を引いてしまいそうな、そんな冷えた日だった。タイキックさんは通信機とそれに付属した説明書を交互ににらめっこしながら、こう言ったのだ。

 

『皆、この説明書を見てくれ』

『なになに………か、「傘召喚」だって!?』

『都合良すぎない…?』

『もしかして、傘が出てくるんですか!?』

『分からん。試してみる』

 

 そうしてタイキックさんがコードを入力していく。0、0、8と順番に入力していく。すると。

 

【Umbrella】

 

『『『『『!!!?』』』』』

 

 なんと、人数分の傘が出てきたのでした。お陰で、その日は雨に塗れずに済みました(ちなみにですが、傘は使い終わって閉じた瞬間、消えるようになくなってしまいました)。

 更に、料理時に包丁が足りない事態になった際も、タイキックさんが説明書通りに通信機に「006」と入力すると、サバイバルナイフが出てくるなど、ビックリさせられました。

 

 

「そうですよ! こんなに便利なのに、なんでちょっと引いてるんですか?」

 

 ランプは、その時の便利さに魅了されたのか、ローリエさんの通信機のサポート機能を思いきり気に入ったみたいだ。でも、タイキックさんは首を横に振る。

 

「そうだな。確かに便利だが……中にはちょっと、用途が思いつかなかったものもあった」

 

「? 何があったんですか?」

 

「たとえば……これだな」

 

【Slot】

 

 タイキックさんが通信機を操作して、私達に見せてくれた画面には、三つの絵が縦に回転するさまが映し出されていた。

 

「……なんだよこれ。カジノのスロットじゃあないか」

 

「自動で止まるが、手動でも止められるらしい。そして……揃った絵柄が違うと、何も起こらない」

 

「え、じゃあ揃ったらどうなるんですか?」

 

「分からない。説明書にも書いてなくってな」

 

「使えないじゃん……」

 

 

 うーん。ローリエさんは、どうしてそんな機能を通信機につけたんだろう?

 ただの遊び要素……なのかな? でも、私達はうつつとタイキックさんの謎を探したり、ウツカイ達のことを調べる為に旅をしていることはあの人も知っているはず。なのに、完全な遊び要素を入れたりするのかな? それとも、ローリエさんなりの考え方があるとか?

 

 

「いや、うつつ。この機械は、下手をすれば恐ろしいほど使える。いや、使えすぎて恐ろしい…………そんな気がするんだ。

 確かにスロットの存在意義は分からないが……こんな真似もできるようだ」

 

【Gun】

 

 スロットの機能を見て「使えない」って言ったうつつさんに、タイキックさんがまた通信機を操作した。今度は私の手元から、番号を「564」と押しているのが見えた。すると、通信機が違う形に変形した。

 上半分がズレて、下半分が半回転して、全く違う形になった。

 

「これは、私が機械をいじっている最中に発見したものなのだが……」

 

 タイキックさんは、それが何なのか分からないみたいだけど……私には、それが何なのか分かってしまった。

 持ち手があって、引き金がある。その特徴は、ローリエさんが持っているモノとよく似ていた。

 

 

「ま、まさかとは思うけど…これって!」

 

「拳銃じゃん! 拳銃じゃないの、そのフォルム…!?」

 

「きらら?うつつ? これが何だか分かるのか?」

 

「……引き金を引くと高速で弾が出て攻撃する飛び道具です。ローリエさんがよく使っているんですが…」

 

「ひ、人に向けて撃たないでよ…? ホントにそれ、簡単に殺せるやつなんだからぁ…!」

 

 

 私は努めて冷静に、うつつは泣きべそをかきながらタイキックさんに説明する。

 そうすることで納得してくれたのか、一度頷くと、拳銃に変形した通信機を元の形に戻してからこう言った。

 

 

「2人の説明はよくわかった。おそらく、父上は私達の身を案じて設計してくれたのだろうが……

 できるだけ、この武装には頼らないようにしよう。私はキックで事足りるし、きららやランプやうつつが特段銃が得意と言うわけでもないのだろう?」

 

 全員で肯定する。銃なんて誰も使いませんしね。

 こんな感じのサポートが合計20種類あるって言ってましたケド、いざって時に使えそうなのもあれば使いどころに困るのもありますね。色んな機能を作ってくれるのはありがたいですけど、使わない機能もあるのはごめんなさいとしか言えないな……

 

 

「ねぇ、タイキックさん」

 

「なんだろうか?」

 

「後ででいいので、通信機のサポート機能の説明書を見せてくれませんか?」

 

「あぁ、良いぞ。何なら今から見るか?」

 

 

 とりあえず、次の街―――写本の街に行くまでに、ローリエさんのサポート機能に何があるか調べよう。

 それで、ランプやマッチ、うつつと相談して、どれを使うべきかとか決めておこう。

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 フェンネルに頼まれ失踪したスクライブの捜索に乗り出した八賢者。現場を訪れてウツカイの犯行だと確信したと同時に、前回の犯行との違いをなんとなく察して、整理しようと思ったら現行犯現場を目撃。スクライブを拉致ろうとしたウツカイを撃破し、G型達魔道具をウツカイの出処探しの為に動員した。

きらら&ランプ&マッチ&うつつ&タイキック
 写本の街への旅路の途中な主人公一行&タイキックボクサー。タイキックがローリエの通信機をいじっていたのをきっかけに、サポートアイテムの把握にかかろうとしている。

ハイプリス
 スクライブ誘拐を成功させたいテロリスト軍団リーダー。まだヒナゲシ不在の影響がリコリスにしか出ていないので、それをほっぽって次の計画の確実化を図ろうとする。

スイセン&スズラン
 原作通り2章登場フラグを果たしたカウガール&先行登場した守銭奴少女。原作で登場するはずのヒナゲシが捕まり、人手不足に陥ったため一人補充したが、明らかに戦力が上がっている。



これまでの原作との違い
①ヒナゲシがローリエに捕まった→リコリスのストレスが限界寸前に。また、スクライブ拉致計画のスタートが大幅に遅延
②汚染した聖典を写本によって広める計画をハイプリス発案に変更
③写本の街に向かう敵の変更(ヒナゲシOUT スズランIN)

ローリエ謹製携帯通信機
 ローリエが作り、ランプに授けた携帯通信機。スマホのような形をしている。基本的な通信機能の他、特定の番号を3つ押す、特殊コードを使用する事であらゆるサポート20種類を利用できる機能付き。
006【Knife】:充電された魔力を使って、小型サバイバルナイフを召喚する。料理・工作なんでもござれ。
008【Umbrella】:充電された魔力を使って、傘を召喚する。旅先で雨に見舞われた時に。頭に装着して両手を空ける事も可。
564【Gun】:通信機が拳銃に変形する。反動が小さく、女性や子供でも使いやすいものとなっている。弾は使用者の魔力を使う。
777【Slot】:画面にスロットが現れ、回転し始める。自動あるいは手動で止まり、絵柄が揃うと……?




△▼△▼△▼
きらら「長い旅を終えて、ようやく写本の街に辿り着いた私達は、そこで懐かしい出会いと初めての出会いを果たします。」

うつつ「ひぃぃい!陽キャオブ陽キャだぁぁぁ!た、助けて、タイキック…」

タイキック「何を言う。いい機会だ。メディアもアリサも良い人な気がするし、友達になってこい」

うつつ「ムリぃ…」

次回『☼月✿日 らっしゃい!写本の街』
タイキック「次回も見ててくれ!」
▲▽▲▽▲▽


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第17話:☼月✿日 らっしゃい!写本の街

今回のサブタイの元ネタは「ひだまりスケッチ」より「5月25日 らっしゃい!肉の里」からです。


“今思ったら、なんだけど…タイキックさんが私でも知ってる事を知らなかったのって、大事な手がかりだったんだなって、思ったのよね…”
 ……住良木うつつの独白


 通信機のサポート機能を本格的に調べようって決めた日の翌日。私達の視界に、街が見えてきた。

 

 

「うつつさん、タイキックさん。あれが、写本の街です!」

 

「アレがか。どんな街なのか、楽しみだな」

 

「帰りたい……」

 

「またうつつはそんなこと言って!」

 

 

 ランプ曰く、ここでソラ様の書いた聖典が写本されるんだって。うつつはまたうつつらしいことを言ってマッチに呆れられてるけど、タイキックさんは大いに楽しみにしてくれてるみたい。私も、写本の街は行ったことがないから楽しみだな。

 

 

 

 門をくぐった先で目に飛び込んできたその街並みは、今まで見たことのない美しさだった。

 木造住宅は屋根が赤で統一され、窓は白い窓枠の四角い窓が規則正しく並んでいる。

 人々が行き交い、活気に満ち溢れていた。

 

「すごい…!」

 

「あぁ。これはすごいな!」

 

「これが、写本の街…!」

 

「皆さん、着いてきてください! 案内しますね」

 

 

 ランプの案内で、私達は石畳を歩いていく。私とタイキックさんがうつつの手を繋ぎ、うつつは何だかんだ言って照れながらも振り払うことはしなかった。

 

 そうして、私達は聖典を写本する人達・スクライブが集まる建物………スクライブギルドに辿り着いていた。

 

 

「すみませーん! メディア様はいらっしゃいますか?」

 

「ギルド長でしたら、訓練場にいると思われますが…」

 

「お、お待たせしました……」

「「「ギルド長!!?」」」

 

「あ、あれが…?」

 

「メディア様、なんですけど……」

 

 

 どういう事だろう?

 ランプがメディアさんという方を呼んだところ、灰髪のショートヘアーに青のリボンを付けていて、で左目は前髪で少しだけ隠れた女の子がふらふらと奥からやってきた。

 何というか、全力で走り切った後みたいに息を切らしている。汗をハンカチで拭きながら、メディアさんは椅子に座った。

 

 

「オイオイ、あの程度でもう歩けねぇって言うのかい?ギルド長サマはよ」

 

「! こ、この声は……!」

 

 

 続いて、メディアさん? にそんな事を言いながら現れた男の人に、私・ランプ・マッチは息を飲んだ。

 私達はこの人を知っている! この顔つきと鎧と、額の傷跡が目につく年配の男の人を知っている!!

 

 

「んお、お前らは……召喚士のきよら?と、あと……松明みたいな名前の子供と、燃えそうな名前の生き物…………何だっけ??」

 

「きららです」

「ランプです!!」

「マッチね。何でほぼ覚えてないんだよ…」

 

 

 ……もっとも、向こうはちゃんと覚えてくれてなかったみたいだけど……。

 この人はナットさん。以前、とある事件をきっかけに知り合った、元傭兵さんだ。ナットさんの姪っ子さんを助ける為に手を組んでからは、少しだけど付き合いはある。ライネさんやカンナさんと知り合いだと知った時は、みんな驚いたっけな。

 ただ、根は悪い人じゃあないんだけど、ものすごく面倒くさがりな人でして……

 

「ナットさん、こちら私達の新しい仲間のうつつさんとタイキックさんです」

 

「タイキックだ、よろしく!」

 

「うぅ……何か新キャラきたぁ…こわい…」

 

「あー…まぁよろしく。オッサンの自己紹介は…しないでいいな。メンドくせーし」

 

「何で自己紹介を面倒臭がるんですか!!?」

 

 この通り、ランプに叱られても面倒くさくって自己紹介すらしないような人なんですよね。自己紹介面倒臭がると初対面の人に誰だか分かってもらえないのに……

 ランプに掴まれているナットさんを見て、うつつさんがちょっと安心したような顔をしたのが少し気になりましたけど、取りあえず今は聞きたい事を聞こう。

 

「…ところで、どうしてナットさんがここにいるんですか?」

 

「メディア、頼んだ」

 

「え、私ですか!?」

 

「オッサン、この状況話すの超メンドくせぇ」

 

「「何から何まで人に丸投げしないでください!!」」

 

 流石にそこはナットさん自身が話した方が良いと思います!

 そう言うと、ナットさんはものすごく嫌そうな顔をしながらも話してくれた。

 なんでも、エイダさんが行きたいと言ったから付き添いで行くことになったそうで、私達が来るちょっと前に写本の街に来たそうです。その時にスクライブギルドの奥義書をエイダさんが見つけたことがきっかけで、メディアさんに『スクライブギルド長奥義』を身につけさせるべく修行をつけてたみたい。

 それで、メディアさんもちょっと疲れ気味だったんだね。

 

 

「幻魔弾レッツ…なんですって?」

 

「『幻魔弾(げんまだん)烈舞踏(れっつだんしんぐ)常夜(おーるないと)雷神如駆(らいじんぐ)特別(すぺしゃる)奇跡的(みらくる)(スーパー)極上(うるとら)魔法少女小圓(まじかるがーるまどかまぎか)第二號(せかんどしーずん)本当馬鹿娘(さやかちゃん)()逆襲(ぎゃくしゅう)監督大砲(でぃれくたーずかのん)』。略して『フレッシュ○○○(ピーー)・ハートシャワー』だ」

 

「どこをどう略したらそうなるのよ…」

 

「フレッシュのフの字もありませんけど……」

 

「略すと思わぬ名前になんのはむしろ当然だろ。

 『パーナムオブイモート・オツマイズム砲』を略して『パイオツ砲』になるのと同じだ」

 

「誰よ、そのサイテーな略し方したの…」

 

「オッサンだけど?」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 技名とかナットさんの技の略し方は兎も角、彼が誰かの面倒を見るって珍しいですね。本人は「自分の素性を知ってるローリエとフェンネルがいるから、遅かれ早かれこんなこと頼まれると思っただけ」なんて言ってますが、それでも自分からメディアさんと修行しようなんてなかなか言えません。

 やはりエイダさんがいるからなんでしょうか? 言ノ葉の樹で会った時は、自分が働きたくないから作戦を否定したり、途中から聞き込みをサボったりしていましたが、エイダさんと一緒にいる事で、大人の責任感みたいなのがちょっとでも湧いてきたのかな。

 

 

「ところで、うつつさんはクリエメイトなのですか?」

 

「それが………」

 

「うぅぅ……そんなんじゃあないわよ…悪い?」

 

「いいえ!とんでもありません! 私は、たとえクリエメイトじゃあなくとも、聖典に記載がなくっても、こことは違う世界の人間と出会えたことが嬉しいんです。色んなお話がしたいですね……例えば、甘党か辛党か、とか」

 

「えっ」

 

 

 メディアさんが疲れなど感じさせない雰囲気で、予想外にきらきらさせながらグイグイ来るのに、うつつさんはきょとんとしたかと思ったら、顔を真っ赤にさせながら慌てだした。

 

 

「う、うわ、うわ、よ、よよよ陽キャだよぉ!? 陽キャすぎて眩しいよぉ!?

 ちょ、誰か、助け…この人を近寄らせないで! た、助けて、タイキック…」

 

「何を言う、うつつ。私が見た限り、メディアさんは良い人な気がする。いい機会だ、友達になってこい」

 

「し、しまったァァ!! この人も超絶の付く陽キャだったぁぁぁぁ!?!?」

 

「不安なら私も友になりに行くぞ」

 

「行動力の化身ンンンンンンン!?!?!?」

 

 

 うつつさんは自分とは違う生き物に捕まってしまったような複雑な表情で騒ぎたてながら、メディアさんとタイキックさんに連れ去られてしまった……。

 私もランプもマッチも、なにか一声かけようとしたけど、それより先に私達に話しかける人がいた。ナットさんだ。

 

 

「言ノ葉の樹ぶりだな。旅の目的?は達成したようでなによりだ」

 

「まぁ、今は別の事情で旅に出てるけどね」

 

「また別の旅ィ? メンドくせぇ事情だな」

 

 ナットさんに、軽く今の私達の事情を説明しておいた。

 突然、空から召喚された記憶喪失のうつつさん。ある日神殿にやってきた、これまた記憶喪失のタイキックさん。今回の私達の旅は、そのお二人の家と記憶を探すための旅だということ。それと、ここに来る前に、遺跡の街で騒動に巻き込まれた事も。

 

「遺跡の街……それ、この前テロリストの虐殺があった場所じゃねーか。ンな場所からよく生きて出られたな」

 

「…知ってるんですか?」

 

「あぁ。ココでもその噂が持ちきりだったぜ。なんでも、DHなんとかって麻薬常習犯のヒナゲシとかいうのが、人を殺して回ったってな」

 

「ちょっと待ってくれ。その話…詳しく聞かせてくれないかい?」

 

「リアリストと名乗ってるテロリストが、街の人を虐殺して回ったんだと。遺跡の街で虐殺してたヤツ……ヒナゲシは最終的に捕らえられたみてーだが……調べてみると、DHなんとかって麻薬を日常的に摂取してたことが明らかになったらしいぞ」

 

「麻薬……!?」

「そんなものを…!?」

「それは本当なのかい、ナット?」

 

「知らねーよ。言ったろ噂だって。DHなんとかは、ブッシュナントカが最近見つけたって話だが………重度な依存症を招く上に99%の犯罪者が接種してる、あらゆる毒の主成分だって話だぜ? そんな都合の良いモンが、世の中にあるのかねぇ…」

 

 

 私達の事情の中の、「遺跡の街に行った」という部分で、ナットさんがそんな話をしてくれたのに対して、私達は顔を見合わせた。噂では、ヒナゲシや彼女の所属しているらしきリアリストって組織が、最新で危険な麻薬を使うテロ組織みたいに言われているけど……

 

「もしかしたら、あそこまでの極端な聖典嫌いの原因が麻薬である可能性は、ゼロじゃないと思います」

 

「そうかい? 会話は成立してたし、麻薬を使ってたようには見えなかったけど…」

 

「ううん、ランプ。私は違うと思う。パスもはっきりしてたし、ヒナゲシがリアライフを使ったのは自分の意志なんじゃないかな。……麻薬を使ってる人のパスを見たことはないけど……」

 

 ランプはナットさんの「噂」を信じて、麻薬で聖典への敵対感情を植え付けられたのかもと思ったみたい。

マッチはだいぶ迷っているみたいだけど、私はヒナゲシの凶行は麻薬なんかのせいじゃない、ってことをはっきり言っておく事にした。

 

「ナットさんはその噂、どう思うんですか?」

 

「え、俺?俺は…………麻薬()信じてねぇ、って立場かね」

 

「麻薬()?」

 

「街の襲撃は確定だろ。ウツカイとやらが街を壊す映像も流れてるんだ、言い訳のしようがねぇ。だが麻薬云々の話は知らねぇな。データもあるから証拠つきの情報なんだが……なんだかなぁ」

 

 

 それは勘なのか、それとも他の言葉にしがたい何かなのか。とにかく、ナットさんは噂をぜんぶ鵜呑みにはしていないみたい。噂って、尾ひれがつくこともありますしね…

 これは、ちょっと噂の事も調べておいた方がいいかもしれないかな。

 

 

「ところで、ナットさん……エイダさんとは、どうですか?」

 

「エイダか…お前らと会ってからアイツ、ちょっとわがままになってな。ただでさえメンドくせぇのがよりメンドくさくなった」

 

「エイダさんって…珠輝様とちょっと似ていた…」

 

「アイツもメンドくせぇガキだったよ。オッサンの何が良いのかねぇ……」

 

「珠輝様はものすごいファザコン……ご自分のお父様が大好きなんです。その影響で、男性の好みもお年を召したおじさまが好きでして…」

 

「なんとなく分かるよ、そこは。だから分かんねーっつってんの。

 アイツくらいになったら、男を選べる立場だろうによ」

 

 ナットさんの言葉に「何を言っているんですか!」と怒るランプを見ていて、私は思ったことがある。

 

「ナットさん」

 

「ん?」

 

「エイダさんと暮らすのは…面倒くさいですか?」

 

「……まぁな」

 

「ナットさんが面倒な事が嫌いなのは、ちょっと付き合いがあれば分かります。

 でも…今感じているそれは、家族といる事の温かさだと思います。面倒くさい事じゃないんですよ」

 

「…わかってるよ」

 

 

 ナットさんはぶっきらぼうにそう答える。その時の顔は、口角が上がっていて、全然嫌そうじゃない…むしろ、ちょっと嬉しそうな表情でした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 うつつを連れ出してメディアさんと出かけたのは、写本の街の中央通りにある、とある店だ。

 細い棒のような何かや、黒い液体が入った壺などが置いてある。紙が連なっているものは分かるが……

 

 

「メディアさん」

 

「メディアでいいですよ」

 

「ではメディア。この瓶は何だろうか? …火炎瓶か?」

 

「火炎瓶て…」

 

「あはは、違いますよタイキックさん。それはインクです。ペン先につけて、紙に文字を書くためのものです」

 

「そうか……じゃあ、こっちの暗器っぽい棒が…」

 

「それがペンですよ。タイキックさんって、なんだか独特で面白い感性をお持ちですね」

 

 

 そうだろうか…? “普通”と呼ばれる基準が分からないから、よく分からんな。

 だが、ペンやインクはどうやら知名度はけっこう高いようで、メディアはインクを火炎瓶と、ペンを暗器だと言った私に対して笑ってそう教えてくれたし、うつつは私に信じられないものを見たって視線を向けている。

 

 

「………」

 

「どうした、うつつ?」

 

「えっ!? いや、なんでもない…」

 

「言ってくれ。でないと伝わらないぞ」

 

「…怒ったりしない?」

 

「あぁ。しない」

 

「……タイキックにも、分からないことってあるんだ」

 

 

 怒らない? と念押しするから何を言うかと思えばそんな事か。

 

 

「ふふふ…」

 

「な、何がおかしいのよぉ?」

 

「私にも分からない事がある、なんて……そんなの、当たり前じゃあないか!

 むしろ、私は自分の事さえ分からないまであるぞ。お前と同じ、記憶喪失だからな」

 

「……」

 

「タイキックさんとうつつさんって、仲良しなんですね!」

 

 

 一人で何でも知っているなんて、想像できん。想像できんという事実が私の中にあるくらいには、現実離れした気味の悪いことだろう。

 

 

「…あ、このペン……」

 

「きれいなすみれ色のペンですね。気に入ったんですか?」

 

「ふぇっ、あっ、えっと……うぅ……………」

 

 

 うつつにメディアが話しかける。

 どうやらペンが目に留まったのだろうが、メディアが近いせいでうつつが黙り込んでしまった。

 仕方がないから、私がちょっと間に入って、うつつとメディアの距離を離した。

 

 

「タイキックさん?」

 

「済まないな、メディア。うつつはかなりの人見知りでな。

 一気に距離を縮めようとすると、逃げられてしまう。徐々に近づくといいだろう」

 

「なるほど!」

 

「勝手な事言わないでよぉ……!」

 

 

 む、メディアの為にもうつつの為にもなることを言ったつもりなのだが、私からも距離を空けてしまったな、うつつは。

 イジワルでもなんでもなく、メディアの急に来るのをやめさせるつもりだったのだ。私は大丈夫だが、うつつを見ているとどうもそういうのが苦手な人間もいるみたいで。メディアにもそういう人の事を分かってもらうつもりだったのだが。

 

 そう言おうとして…………嫌な予感を感じた。

 

 

「うつつ、メディア」

 

「え?」

「はい?」

 

「しばらく、この辺りで買い物を楽しんでてくれ。

 ―――間違っても、入り口付近には来るなよ」

 

 

 返事を待つより先に、私は店の入り口の方へ駆け出した。

 商品棚をすり抜けて、やがて入り口に出ると………案の定、ウツカイ共が店に入ってこようとしているではないか!

 いまだ一匹も入ってきていないのは、店主が死にもの狂いで木の棒を手に耐えてくれるからだ。だがそれも、時間の問題。ならば。

 

 

「店主よ、助太刀はいるか!?」

 

「な…お客さん!? 助かるけど……戦えるのか!?」

 

「勿論だ。コイツらとは何度も戦ったのでな!」

 

 

 恐らく、奴らの狙いはうつつだろう。

 店の中にいる客はうつつとメディア以外で何人かすれ違ったが……いずれにせよ。

 

 

「無粋なウツカイ共め! 全員まとめて―――タイキックにしてくれるわッ!!!」

 

デデーン

 

ウツカイ、タイキックー!

 

「ハァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 タイキック宣言を背に聞いた私は、誰にも止められない。

 この店の中には、誰一人とて通さない。それくらいの固い決意と共に、私は目の前のウツカイに、タイキックをお見舞いした。

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら&ランプ&マッチ
 スクライブのギルド長という新しい出会いと、かつての敵との再会を果たした原作主人公一行。ナットから奇妙な噂を聞き、その内容と実際に見たものとの齟齬を感じ取って、噂の出処や詳細も(時間があれば)調べようと思う。

ナット
 きらら達とも再会をしたオッサン。相も変わらず自己紹介や何で写本の街に来ているのかを話すのをめんどくさがるマダオだが、噂を鵜呑みにしないくらいには傭兵経験がある。また、エイダとの生活の面倒くささが、実は家族の温かさだと言う事を指摘され、自覚こそしていたものの嬉しさが表情ににじみ出た。

住良木うつつ
 メディアとタイキックのW陽キャに連れ去られ、ショッピングに同行する羽目になった重要キャラ。まだこの段階ではメディアに心を許していない為、すみれ色のペンが気になったことを正直に言えなかった。だが、記憶喪失仲間のタイキックのお陰で、原作のうつつと比べて人としての成長ペースはやや上がっている。
 あと、タイキックとメディアのやり取りで、知ってて当たり前の事を知らなかった事に疑問を覚えている。

タイキック
 うつつが一人でメディアと友達になるのがハードルが高い気がしたので、同行したムエタイキックボクサー。メディうつの間を掛け持ち、有事には一人でウツカイ相手にタイキックの乱舞を披露する。

メディア
 聖典に記載がないけど、別の世界の人に会えてテンション高めのスクライブギルド長。うつつとの距離感を間違えてしまうが、うつつがすみれ色のペンの事が気になっていた事はしっかりと察した。



すみれ色のペン
 原作2部2章で登場した、うつつとメディアの絆を繋いだキーアイテム。原作でも2章以降もペンを持っている描写が見られ、うつつのお気に入りになる。拙作ではやや早いタイミングでうつつとメディアがこれを見つける事になり…?



△▼△▼△▼
ローリエ「やぁ、皆!よく写本の街に来たね!楽しんでいるようでなによりだ―――と言いたかったけど…問題発生だ」
フェンネル「スクライブの攫われる数が増えてきた……メディア様にもボディーガードが必要ですわね……ですが!」
うつつ「ひいっ!!」
フェンネル「護衛は信頼できる者でなければ。住良木うつつは信用できません。貴方……もしや、ウツカイと通じているのでは?」

次回『We're ボディーガード!』
フェンネル「…次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第18話:We're ボディーガード!

ハイプリスの過去は大体わかりましたが、現在の性格がまだ分かりづらいような気がします。具体的には、部下が失敗した時に強く責めずに「よくやった」と言うのは、アルシーヴちゃんみたいに「全部自分でやろうとする責任感が強く、賢者達の働きを認めているから」なのか、それとも「最初から部下を一切信用しておらず、どうでもいいから」なのかがまだ不明なんですよね。
 後者の場合、イイ笑顔で「(こいつ使えないから程良いタイミングで捨て駒にするか。まぁとりあえず)今回はよくやったね」と言っていても不思議じゃあありません。
 別作品の具体例を出すとDIOタイプ(悪を自覚し、己の為に生きる)なのか、プッチ神父タイプ(“正しい目的”の為に他者や部下すら使い捨てる)なのか、はたまたスカータイプ(彼らなりの信念・流儀があるが主人公とはなかなか相いれない)なのか計りかねているところです。どのタイプの悪にも一長一短ありますからね。現段階では、プッチ神父タイプが優勢でしょうか。少なくともディアボロタイプはなさそうだけども。

 今回のサブタイの元ネタは「仮面ライダーエグゼイド」より「I'm a 仮面ライダー!」です。ボディーガードが複数なので複数形に直しましたが。

“悪魔の証明を強制してくるような人間には従うべきではない。そいつは大抵、視野の狭い馬鹿か足を引っ張りたい無能だからだ。”
 ……木月桂一の独白


 ウツカイによる、スクライブ誘拐事件。

 俺はこの写本の街についてからしばらく、この事件について追っているが、だいぶマズい事になった。

 

 攫われるスクライブの数が圧倒的に増えてきたのだ。

 もちろん、俺も調査兼パトロールで結構な数のスクライブを救ってきたが、それ以上にいなくなる数が増えているのだ。

 俺が一人救ってる隙に別の二人が別の地点で襲われるというレベルのハイペースだ。人手のなさはルーンドローンやG型、メガネウルでカバーして、一人の拉致の時間稼ぎはできるが、それでももう一人は攫われる。圧倒的に人手が足りない。

 

 俺一人じゃあどうしても限界があることを知ってしまった。それに、ウツカイ達が俺を見るなり逃げ始めるようになった。つまりこれは「拉致を妨害する存在がいること」がバレた証拠に他ならない。俺と出会ったウツカイは一匹残らず始末しているから、そこから情報は伝達できないハズなんだがな……

 

 まぁとにかく、このままじゃあズルズルと現状が悪化するのみ。早いところG型の情報整理を行い、援軍を要請したいところだ。幸い……この街に、きららちゃん達が来ている事はメガネウルの報告から把握済みだ。戦力的に申し分ない。早いところ、アイツ等に会って協力を取り付けるか―――

 

 

「……ん、G型、どうした?」

 

 

 G型が一匹飛んできて、映像を路地裏の壁に映写する。

 それは………大通りの店前で、タイキックさんがウツカイ軍団相手に孤軍奮闘する姿が映っていた。

 

「なっ……! おい、どこだコレは!?」

 

 G型に尋ねると、位置情報が表示される。それを秒で暗記すると、即座にタイキックさんの下へとダッシュした。

 目的地に辿り着くやいなや、タイキックさんに襲いかかろうとしたウツカイに飛び蹴り!

 

「ウツーーーー!?」

 

「タイキックさん!」

 

「父上!?」

 

 父って言うな。そう思いつつも周囲を警戒し、追加のウツカイが現れないか確認。………どうやら、今蹴り飛ばして消滅してったヤツが最後のようだな。

 タイキックさんに事情を聞いたところ……どうやら、メディとうつつと買い物に行ったところ、店の出入り口に待ち伏せされる形で襲われたという。幸い、うつつとメディは店の奥に避難してたみたいで、タイキックさんが呼び出すと、二人が恐る恐るといったようにやってきた。

 

「お…終わったの?」

 

「あっ、師匠(せんせい)! どうしてこちらに?」

 

「ちょうど巡回中の魔道具がウツカイと戦うタイキックさんを見つけてな。まぁ…助太刀は要らなそうだったけど」

 

「そうでもない。ローリエ、ギルドへの連絡はできるだろうか? 先程の件を報告しておきたくてな」

 

「OK、ちょち待ってろ」

 

 すぐにギルドにいるフェンネルに連絡すれば、「すぐに帰ってきてください」と連絡があり、その通りに俺達4人は帰還する。

 

 

「うぅ……ごめんなさい、みんな…」

「? どうして謝るのですか?」

「だって、私がいたから皆も襲われて―――」

「お前が呼び出したんじゃあないのだろう?」

「え……そ、そうだけど…」

「なら良い。お前はただの被害者だ。少なくとも、悪いヤツではない気がするよ」

「…………へんなやつ…」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「スクライブの誘拐数の増加ですか…」

 

「私のいないところで、そんな事が…」

 

「そ。今回はタイキックさんのお陰でどうにかなったがな」

 

 

 さっき起こった出来事と最近増えてる事件を合わせて報告したフェンネルとアリサは、難しい顔をした。

 ちなみに今、緊急的に集まった中には俺やメディやタイキックさん、うつつの他に、きららちゃんやランプ、マッチもいる。オッサンはというと、「部外者がメンドくせぇ会議に首ツッコむ訳ねーだろ」とどっかへ行ってしまった。同じ理由でエイダもいない。う~~~~む、相変わらず協調性のないオッサンだ。

 

 

「メディは一応ギルド長だ。攫われるのはマズいから、ボディーガードを追加するべきじゃないか?」

 

「ボディーガード? あの、私達は何をすれば…?」

 

 

 いまだ飲み込めてないきららちゃんに、今の写本の街の現状を伝える。

 4日前、スクライブの行方不明事件が発生しだしたこと。その正体が、ウツカイによるスクライブ誘拐事件だったこと。今日あたりから、攫われるペースが増えた事。お陰で……街にいる全スクライブの10%弱が、既に消息不明になっていること………。

 そこで、ギルド長のメディに新たにボディーガードに就いて欲しいという打診だ。既にフェンネルがボディーガードになっているが、その追加という形になる、と言う事も伝える。

 

 

「ボディーガードって言ってもまぁ…メディと行動を共にしてくれればいい。いざって時は力を借りるけどさ。

 細かいとこで質問があるなら、フェンネルやアリサに聞いてくれ」

 

「分かりました」

 

「二人も、それで良いか?」

 

「はい。つまり私はこれまで通りって事で良いんですね?」

 

「…………」

 

 あれ、アリサは快諾してくれたけどフェンネルからの返事がない。

 なんか不満かな?

 

「…わたくしには、承知いたしかねます。

 きららは構いません。ランプやマッチもまぁ……肉壁くらいにはなるでしょう」

 

「「肉壁!!!?」」

 

「ですが―――」

 

「ひっ!?」

 

「フェンネルさん!?」

 

 

 突然、ランプとマッチに辛辣なフェンネルがレイピアを抜いて剣先でうつつを示しながらプレッシャーを放ったではないか。

 刺さったらどーすんだ、危ねーぞ。だが、そんな事よりも、フェンネルの次の言葉がより辛辣に残った。

 

 

「住良木うつつ。貴方がメディア様にお近づきになる事自体、わたくしは認めるつもりはありません。アリサさんを付ける方がマシに感じます。

 単刀直入にお尋ねしますが―――貴方、ウツカイの仲間ではありませんか?」

 

「―――っ、」

 

「フェンネルっ!!」

 

 住良木うつつはウツカイと通じてんじゃないか―――

 その言葉にうつつ本人は息を詰まらせ、ランプがフェンネルを批難するように声を上げる。そして……フェンネルとうつつに割って入った人物が、ひとり。

 

「フェンネル…だったか。うつつが怯えている。剣を下ろせ」

 

 タイキックさんだ。普段の穏やかさを感じない凛とした顔つきで、フェンネルに警告した。

 

 

「…タイキック。貴方も記憶喪失、でしたわよね」

 

「そうだ。だがその前に……うつつはウツカイの仲間ではない。ただ狙われているだけだ!」

 

「タイキック…」

 

「どうしてそこまで断言できますの? 証拠でもお持ちで?」

 

「そんなものはない。私がうつつを信じる理由はただひとつ………『うつつは絶対に悪いヤツではない』『うつつはウツカイと同じなどではない』―――そんな気がするからだッ!!」

 

「え、えぇ〜……そんな理由で庇うのっ!?」

 

 

 フェンネルに根拠を問われても、ただただ己の意志を貫く一種の開き直りを前に、フェンネルやアリサはもちろん、疑われている本人のうつつでさえもドン引いている。

 当たり前だ。タイキックさんの理論は、理論ですらない、個人の感情だ。どの国の法曹でも証拠になり得ない。まぁ、それをここまで堂々と言えるのはあらゆる意味で立派だとは思うケド。

 

「……お話になりませんわね。住良木うつつがウツカイの仲間ではない根拠を、存在しないと断言するとは!」

 

 だが、フェンネルもフェンネルで少々頭に血が上っているようだ。俺からも、きららちゃん達の援護射撃をしなければな。

 

 

「落ち着け、フェンネル。『やってない証明』なんか出来る訳ないだろう?」

 

「何ですって?」

 

「うぅ……どうせ私なんて、裁判が始まる前から有罪……いや、死刑確定よ……」

 

「イヤ違うよ? うつつに限った話じゃあなくって、誰だろうと『やってない証明』『仲間ではない証明』なんか出来ないんだよ。その手の証明は『悪魔の証明』って言われてて、基本的に無理ゲーなんだ」

 

「「「「「「「!!!」」」」」」」

 

「本当にうつつがウツカイの仲間かどうかを確かめるには、()()()()『うつつがウツカイの仲間だ』って()()()()()()()()

 例えば……そうだな。たった今からうつつのボディーチェックをして、荷物からウツカイを呼び出す魔道具とかが出てくれば一発なんだが」

 

「先生ッ! あなたまでうつつさんを―――」

 

「疑っちゃいないよ。今のはただの例えだ。

 『現在進行形でうつつがリアリストの仲間だって証拠』が出てこない限り……俺は信じるつもりだ。

 ―――『疑わしきは罰せず』……法治国家(ほうちこっか)の基本原則だ」

 

 

 リアリスト共は確定的に有罪の証拠が出てきたから敵対するだけだ。ヒナゲシは他の仲間の名前・容姿、また過去の作戦について話してくれたからな。それも立派な証拠だ。ヒナゲシ自身の罪の立証準備も整っている。もちろん、それらが不当に処分・隠蔽されないような手も抜かりない。

 でも、うつつにはそれがない。証拠はまだないし、記憶もないから証言もできない。今判明しているのは、「うつつがウツカイに狙われている事」だけ。それだけでうつつを敵と立証することは不可能だ。

 

「ほうち……って何ですか?」

 

「アリサ、そこに引っかからんで良いぞ」

 

 まぁ、とにかく、だ。

 うつつの立場がはっきりしない以上、何とも言えないのだ。

 俺はうつつに向き直って……ちょっと、ビクッてしないの。何も取って食ったり(意味深)しないよ。君はまだ未熟なんだから。二重の意味で。

 

 

「うつつ。色々言ったけど………つまりだな。

 フェンネルの信頼を勝ち取るために必要なのは、()()だ。」

 

「行動…………」

 

「口だけじゃあダメってこと。まぁ…この手の説明は、俺達が行動で示した方が早いかなってね。」

 

「できるかなぁ……できる気がしない……うぅ、このまま貝になりたい…」

 

 

 伝わっているのかいないのか分からないな、ネガティブすぎて。でも、伝わってくれるといいが。いざって時にほんの一瞬でも、今の言葉を思い出してくれると助かる。

 そう思っていると、タイキックさんから声がかかる。

 

 

「ありがとうな、ローリエ」

 

「タイキックさん…何か、手がかりは見つかったのか? 自分の正体の」

 

「いや……さっぱりだ。だが、きららやランプ、うつつとの旅はなかなか有意義だぞ」

 

「おい、僕は!?」

 

「勿論マッチも大事な仲間だ。それに…こうして旅を続けていけば、少しずつ私の真実に近づいていくことができる……そんな気がするんだ」

 

「……そんな気がするだけか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 まぁ、タイキックさんの方は「そんな気がする」くらいでちょうど良いか。

 彼女も一応、証拠がないという点ではうつつと同じ立場の筈だが、その気配を一切感じさせないのは何なんだろうな。

 何はともあれ、信頼に値するかどうかを判断するには材料が要る。うつつにはきららちゃん達と一緒にボディーガードのサブミッション的な事をやらせてみるか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……気が付いたら、きららと一緒にメディアとかいう超陽キャのボディーガードにされてた。

 その翌日から、メディアと一緒に行動して、ウツカイから守っている……けど、冗談じゃあない。フェンネルとかいう怖い人はまだ私を疑ってるし、そもそも私戦えないから守られる側の人間のはずなんだけど……。

 

 そうして行動している間、メディアがなんか妙に絡んでくるようになった。タイキックがなんだかんだ地味に気遣ってくれてるのか、急に近づかれることはないけど…それでも、なんか興味持たれてる。好きな食べ物は何ですかとか、好きな動物は何ですかとか、そんな事聞いてなんになるのってくらいの事を、四六時中、夕飯時でさえ、いっぱい聞いてきた。

 ……タイキックがいなかったら、メディアの質問の圧に潰されていたかもしれない。

 

 そん中で、メディアが気になる事を言っていたのを、寝る前のベッドの上で、まどろむ頭で考えていた。

 

『ひょっとしたら、聖典に書かれていないってことは、ソラ様の知らない世界かもしれません!』

 

 

 …もしかしたら、私の帰る世界、ちゃんとあるのかな…?

 私の…私の家………私の居場所……

 

 

「ねぇ…あんたに居場所があると、本気で思っちゃってるわけぇ…?」

 

「ふぇ? だ、誰……?」

 

 気が付くと、周りが真っ暗だった。そして、目の前に私と瓜二つの誰かがいた。そいつは見れば見る程私にそっくりで、でも目だけは別人みたいで。

 

「私は私。ねぇ、分かってるんでしょ?

 あんたの帰る世界なんて、ないんだって……」

 

 影から生まれたような私は、底冷えした声でそう言い放った。

 

「や、やめてよ……なんで、そんなこと言うの?

 ちょっと……ほんのちょっとでも、期待しても、信じてもいいかなって、思えたのに……!」

 

「ダメじゃん。信じたりなんかしちゃあ。そんなことしても、バカをみるだけなのに。

 周り…見てみなよ。あんたの行く先に道はなくて、誰も隣にいてくれやしない…」

 

 そう言われて周りを見る……けど、誰もいない。

 記憶がなくて、旅に出たときから一緒にいたみんなさえも、いない……!!

 

「あれ……? き、きらら?ランプ?変な生き物?タイキック? みんなどこぉ?置いていかないでよぉ……!!」

 

 やめて。やめてよぉ…

 これ以上、現実を突きつけないでよぉ…

 そんな事を思っても言葉に出来なくて。

 影の私が、呆れたようにため息をついて、こう言った。

 

「そりゃ、あいつらには帰る場所があるから。でも…あんたは違う。

 あんたの行きつく先は――――――ただの無よ。」

 

 

 いや。いや。イヤ。

 いやだ。そんなの、ぜったいに―――

 

 

「セイヤァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

「「!!?」」

 

 え!? ひ、人が降ってきた!!?

 気合い入りまくりの掛け声と共に降ってきた()()()は、私と影の間に着陸し、砂煙をあげる。

 もうもうとした砂煙が晴れた後に出てきたのは、タキシード姿のローリエと、露出度マシマシなバニースーツを着たメディアだった。なんでそんな服着てるのあんたら。

 

「なんなのよあんたら…勝手に割り込―――」

 

「メディ!」

「はい!」

「「レッツ・スペクタクル!!!」」

 

「聞きなさいよぉ!?」

 

 私ともうひとりの私を思いっきりスルーした二人は、手から何か丸い何かを上に放って………

 ………うわぁ!!? ど、どでかい舞台を召喚してきたっ!?

 

「ぐえっ!?」

 

 しかももうひとりの私が降ってきた舞台に潰されたーー!!?

 どこからともなくドラムロールが流れだす。何が起こるかてんで予想がつかない私に、メディアがウインクしながら微笑んできた。眩しすぎる。

 

 メディアがスティックを振るい、舞台のカーテンレールが開いた。するとそこから出てきたのは私とそっくりで意地悪な事を言う私自身ではなく、銀色のタマネギのような姿をしたナニカだった。ただ、目に宿る嫌な雰囲気だけはそのままに。

 

【挿絵表示】

 

 

「……??????????」

 

 何が起こっているのかが分からない。夢だから?

 だとしたらなにこの夢。疲れたから?疲れたからこんな夢見てるのかなぁ?

 

「な…なによこれぇぇぇ!!!?」

 

「お前は何もワカッていない……」

 

「も、元に戻しなさいよぉ!!」

 

「居場所とは…そこに辿り着くべく進む道とは、元々あるものじゃあなく、自分で切り拓くものだ」

 

 まったく噛み合わない会話を始めるローリエ。

 イヤ、言いたいことは分かるけど、私のそっくりさん(今は銀色たまねぎになっちゃってるけど…)の言葉にまるで返事をしていない。

 「道は切り拓くもの」って言ったローリエは、どこからともなく剣を取り出して、大上段に構えた。

 

「な、何をする気なの…?」

 

「お前には今から見せてやるよ。『道を切り拓く手本』ってヤツをなぁ…!!」

 

「イヤ!! ちょ、待っ―――」

 

大・魔・神・斬・り!!!!

 

 

 ズガァァァァァン!!!!

 ……と、空間すべてが震えるような一撃が放たれた。

 揺れが収まってからローリエを見ると、銀色たまねぎにされた私のそっくりさんは影も形も消えて、ローリエの目の前からまっすぐに、地面の破壊跡みたいなのがまっすぐ続いているだけだった。

 

 

「―――とまぁ、てめーをブッ飛ばした後に道ができるって寸法だ。よかったよかったってな」

 

「わ、私の偽物が死んだーーーー!!!!? ……ひゃう!?」

 

 

 そもそもアレは生き物なのかウツカイの仲間なのか、はたまた別のなにか違う何かなのか知らないケド、こんな事ある!!?

 困惑しまくる私の足に、いきなり冷たい感覚が襲う。その原因を見てみれば、さっきの銀色たまねぎが三匹積み重なったような魔物だった。でも気の抜けるような顔をしているから、なんだか怖くなさそう。

 しかも、落ち着いてよく見たら、なんか銀色の魔物がいっぱいいない!? ドロドロしたやつだったり、無駄にデカくて王冠かぶってるやつだったり………

 

 

「お、うつつ! そいつらレアキャラじゃあないか!」

 

「レアなの……よくわかんない……」

 

「倒せば経験値がたんまり手に入るモンスターだ!」

 

「経験値……?」

 

 

 こんな私でもレベルアップできるのかな? こんな、レベル1を下回ってマイナスに突入してるような私が?

 でも、この手の経験値モンスターって、倒すのムズくなかったっけ? 足が速くて、簡単に逃げられそうな気が……

 

 

「あぁぁぁぁぁ!!! メ○ルキ○グーー!!

 逃げるな! 逃げるな卑怯者ォォォォォォォォ!!!」

 

「そりゃ逃げるでしょ…」

 

「仕方ない、狙いを変えて………食らえ魔神斬り!!

 ―――しゃあ!! 会心の一撃ー!!!」

 

「ま、また逃げられてしまいました……ごめんなさい師匠(せんせい)!」

 

「大丈夫だメディ! 今そっちに行くから援護は頼む!

 一匹でも多くうつつの経験値にするぞ!!」

 

「はい!」

 

「……………」

 

 

 目の前で銀色モンスター狩りが始まっていく。

 私は動けない。怖さとかじゃなくって、単純に目の前で起こっている事の意味が1ミリも理解できなくて、どうすれば良いのか分からない。

 え、ホントにどうすればいいの? 手伝えばいい?っていうか手伝えることってある? そもそも、これは夢?現実?

 

 ………とりあえず、一つだけ分かったことがあるとするなら。

 それは、この二人に一応は助けてもらった………ってことだと思う。多分。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 フェンネルとうつつ&タイキックの間に入って、冷静に考えることを促した拙作主人公。現代日本の法曹の鉄則を用いてフェンネルに必要以上に疑うのを諫めたり、うつつが信頼を勝ち取れる方法を教えたりした。その一方でうつつの夢の中でメタル狩りをするなど、ボケキャラとしての地位を確立しつつある。

フェンネル
 うつつを現時点で信じていない八賢者。ひとえにメディアのため、ひいてはアルシーヴとソラの為だが、あやうく悪魔の証明を押し付けて無駄にうつつを疑うところであったことを思い知る。

メディア
 スクライブのギルド長を担う合法ロリ。師匠(せんせい)たるローリエへの好感度は高めだが、この後うつつに寝取られる(大嘘)。現実世界ではギルド長としての仕事をマジメに全うするだけだったが、うつつの夢の中でメタル狩りをするなどなかなかはっちゃける。あの先生にこの生徒ありといったところか。

住良木うつつ
 本来の悪夢のシーンは重要な場面のはずなのに、意味不明なギャグの洗礼を受けた子。自分自身の影を勝手にメタルキャラに変えられた上に倒されたことで経験値が入り、レベルアップ(笑)した。

タイキック
 フェンネルの疑惑に真っ正面から立ち向かったムエタイキックボクサー。自分自身もうつつにも根拠はないが、「そんな気がする」という感情だけで彼女を庇った。ローリエの心配にも大丈夫と返したりと、本作で割と重要な位置づけになりつつあるかもしれない。読者諸兄は今回の台詞をCVあやねる(クールのすがた)で再生できただろうか?

きらら&ランプ&マッチ
 読者諸兄おなじみの人の良さから、うつつを仲間と信じ切っている原作主人公トリオ。うつつの悪夢にいちはやく気付いて対処するが、まさか夢の後半が愉快な事になっているとは夢にも思っていない。



うつつの悪夢
 現実サイドは次回補足説明する予定。うつつ本人サイドから語ったが、どう考えても何者かの介入があった。
 原作ではうつつの悩みが影となって襲ってくるシーンの筈だが、作者の思い付きの為にうつつの陰には犠牲になって貰った。

スペクタクルショー
 ドラゴンクエスト9及び11に登場する連携技。敵全体を確率でメタル系スライムの群れに変身させる。この技で出てきたメタル系は逃げにくく、魔神斬りや一閃突きで倒しやすい。ただし、失敗してメタルハンター系に変わることもある上に、当然ボスには通用しない。
 きららファンタジアでは『ローリエ』と『メディア』、そして『きらら、ランプ、アルシーヴ、ソラ、うつつのうち誰か1人』がゾーンに入っていると使用可能(妄想)。

メタルブラザーズ
 『ドラクエ9』から登場した、メタルスライムがだんご3兄弟よろしく三匹積み重なったようなモンスター。経験値が多い。

はぐれメタル
 『ドラクエ2』から登場した、とろけた水銀のような姿をしたモンスター。経験値が超多い。

メタルキング
 『ドラクエ4』から登場した、メタルスライムの王様。経験値がウルトラ多い。

逃げるな卑怯者
 「鬼滅の刃」で主人公・竈門炭治郎が言う迷台詞。昨今ではとにかく逃げるヤツ相手に言うことが多い。



△▼△▼△▼
ローリエ「憑き物がひとつ落ちたみたいなうつつとメディ、距離が近づきつつあるみたいで何よりだ。オッサンも修行が捗ってると喜んでいた。だが、メディの演説中にウツカイが襲ってきやがった!」
うつつ「うわぁあぁぁぁぁ!こんなの逃げるしかないー!!」
きらら「襲い来るウツカイに対処する私達だったけど……それすら、敵の狙いだったなんて……!」

次回『スイセンの策謀』
きらら「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第19話:スイセンの策謀

今回のサブタイの元ネタは、きららファンタジア2部より「ヒナゲシの策謀」から。拙作のヒナゲシが早い段階で捕まった事で、スクライブ誘拐の主犯が変わり主語が変わりました。


“日本で得た技術をエトワリアに持ち込む時…気を付けるべき事がある。それは、誰かの手に渡り、悪用されないようにセキュリティを設ける事だ。”
 ……木月桂一の独白


「進行具合はどうだ? スイセン」

 

「う〜ん……順調、ってわけじゃないんよねぇ」

 

 野暮用で離れていた基地へ帰ってきたサンストーンの問いに、カウガール姿の少女・スイセンは唸りながら答える。

 その濁った返答で、どうやらスクライブの拉致の進捗具合が芳しくないようだと考えた。

 

「詳しく聞いても?」

 

「ウツカイに攫わせてんだけどね。帰ってこない個体があまりに多いんよ。多分、スクライブにボディーガードでもいると思うんだ」

 

「…スズランと協力はしないのか?」

 

「あー…スズランはねぇ、えっと…そう、いざってときの切り札で温存してるんよ!

 まぁ、あんまスズランに頼ってるとウチのおさいふがカラッポになってまうからアレなんやけど…」

 

「聞こえてるぞ、スイセン」

 

「どういうつもりだ、スズラン。ハイプリス様から賜った仕事の筈だぞ」

 

 仲間と協力はしなかった理由について、想定外の事態に備えていると言っていたが、明らかに己の懐具合を心配しているスイセン。サンストーンは、スイセンを牽制したスズランに職務怠慢かと問うが、スズランはそれに対して断としてこう答えた。

 

「オレがここにいるのは、ハイプリス様からダイヤモンドちゃんを頂いたからだ。メディアを攫うってなったら手伝うぜ。だが、それは今回だけの特別サービスだ。それ以外での出撃ってなったら、オレは依頼料をいただくのみだ」

 

「お前……スイセンから巻き上げたのか?」

 

「人聞きの悪ィー事を言うんじゃあねえ。スイセンに頼まれた時だけ行っただけだ。貰うモン貰った上でな」

 

 サンストーンはため息をつきたかった。

 今豊かな胸を張って仕事だと主張した銀髪サングラスの少女・スズランというのは、言ってしまえば守銭奴だ。金にがめつく、何かしら任せようとすると必ず報酬をねだってくる。ケチれば絶対に手を抜いたり、仕事をやらなかったりする上、スズラン自身が魔力総量や魔法の技術において一流を超えているからタチが悪い。

 ハイプリスを敬愛しているサンストーンも、これは流石に人選を間違ったのではないかと疑ってしまう。だが、ハイプリスなりに考えがあるのだろうとも思っている。

 

 スズランの業突く張りっぷりに内心で呆れたサンストーンは、再び視線をスイセンに向ける。

 

 

「……さて。スイセン、今後はどうするのだ。

 タイムリミットがあるわけではないが、時間をかけすぎても良くないだろう」

 

「う~ん、そうねぇ。

 サンストーンの言う通り、そろそろメディアちゃんの誘拐に移ってもいいかもしれないね」

 

「お! ついにか、待ちくたびれたぜ!

 …で? 作戦はどうするんだ?」

 

「ウチに考えがあるんよ。あのな―――」

 

 

 スクライブのギルド長を攫おうという大胆不敵な目的。

 それを果たすべく、リアリスト達はどのような策を練るのだろうか。

 サンストーンとスズランは、スイセンから語られる作戦を聞きつつ、その策に穴がないか知略を巡らせていく………

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ボディーガードの仕事にきららちゃん達がついてほんの数日。

 その数日間は、うつつとフェンネルの仲が一向に直らなかったものの、それ以外ではメディの周囲では異変のない日々が流れたらしい。………俺はスクライブの誘拐阻止に奔走してたから付きっきりで見てやれなかったが……フェンネルに監視カメラを仕掛けてくれって頼まれた事以外はあれから変化なしだ。

 とある夜に、うつつが魘されていると聞いて、メディやフェンネルと共にきららちゃん達の部屋に急行した先で、俺は目を疑った。

 

 ベッドの中でうなされているうつつの隣から、タコのような姿のウツカイが次々と現れていっているからだ。

 大慌てでタコウツカイを撃ち貫き、メディと二人がかりでうつつを揺らして起こそうとする。しばらく揺らしていると、「うぅ…ん」と言いながら目を覚ました。

 

 

「あ、あれ……メタルな魔物たちは…?」

 

「何言ってんのキミは」

 

「あ………メディアとローリエの服がマトモだ…」

 

「えええっ!?!?」

 

「本当にどんな夢見たんだお前は!?」

 

「え、えと………悪い夢、だったと思う……

 けど……なんか、後半からぐだぐだになったような夢だった…………」

 

 

 それはマジでどんな夢だよ。

 うつつが見たらしき意味☆不明な夢について問いただしたかったが、それより先にフェンネルが駆けつけたことで、事態は再び緊迫した。

 

 

「スクライブギルドにウツカイが………住良木うつつ、貴方やはりウツカイの仲間ではないのですか?」

 

「えええええええっ!!? どういう、こと―――」

 

「とぼけても無駄ですわよ。貴女の寝室…それも貴女の傍からタコのようなウツカイが現れるのをこの眼で見ましたもの…!!」

 

「そ、そんな…わ、わたし……っ」

 

「フェンネル! 貴方まだそんな事を――!!」

 

「…うぅ、もういいよぉ……だって、私なんにも覚えてないんだよ? 本当はおうちなんてどこにもなくて、作り出されたウツカイの仲間だったのかもしれないし……」

 

「うつつ………お前は、本当にそれで良いのか?」

 

「そんな事言われても……分からないものは分からないんだからしょうがないでしょ! 私だって、帰る場所があるって信じたいよ………でも、本当は違うかもしれないじゃん…」

 

 

 困ったな。うつつが自分自身を諦めかけている。

 警察の圧迫的な尋問に心が折れて、楽になりたいが為にやってもいない犯罪を自白してしまう無実の人間のように、投げやりになっている。顔色もものすごく悪い。青色どころか土色だ。

 そんな状態の彼女になんて声をかけるか……何を言っても逆効果になりそうだが、何も言わないのはもっとマズい。状況の整理でもするか……?

 いや、それよりも。今にもうつつに斬りかかりそうなフェンネルを抑えるのが先か…!

 

 

「待てフェンネル! 断定するのはまだ早い!」

 

「いいえローリエ! もう十分かと………むしろ、貴方が慎重すぎかと思いますが?」

 

「ウツカイが現れた時、うつつは寝ていた……つまり意識が無かったんだ! 仮にウツカイを呼び出す方法が何かあったとしても、本人の意志で制御できるものじゃあない可能性がある!」

 

「その根拠は?」

 

「お前の要望でうつつの部屋に設置した監視カメラの中身だ!何なら、今ここで再生してやろうか!?」

 

「っ!!………仮にその主張が本当だったとしても。ウツカイが現れるタイミングが分からなければ、危険であることに変わりはありませんわ!」

 

「くっ…」

 

 

 ダメだ。フェンネルの疑惑が確信に変わりつつある! もう小手先の説得じゃあ動かせない!

 ここまで来たら、フェンネルの考えを改めさせる為には『決定的な証拠』を使うしかない! だが……「うつつがウツカイを呼び出した現象を説明できる証拠」なんかまだねーよ!?

 どうする…どうすればいい!?

 

 

「やっぱり、私にはなにもないんだ…」

 

「何もないなんてこと、ありませんよ」

「なにもない人間などいない。それはお前も同じだ」

 

「「メディア様!?」」

「「タイキックさん!?」」

 

 メディとタイキックさんがうつつに近づき、抱きしめる。そして、慈母のような、神父のような優しい声で続けた。

 

「何も覚えていないなら、同じくらい仲間じゃない可能性だってあるんですよね?

 ……それに、仮に昔、ウツカイの仲間だったとしても…今はそうじゃあない。だったら、それでいいじゃないですか。」

 

「大切なのは『今のうつつが私達の仲間だ』ってことだ。それはきらら達も同じだ。」

 

「あんたら…またそうやってきれい事を…そんな単純でいいわけぇ?」

 

「もちろんだよ!私はうつつを信じてる!」

 

「はい。私は、私達はうつつさんを置いて行ったりしませんよ。」

 

「まぁ、ほっとけないしね」

 

 うつつはきれい事だと言うが、きららもランプもマッチも、うつつを肯定する。

 うーん。メディもタイキックさんもきらら達も、心が澄んでいていい子ばっかりだ。保身と人の利用しか考えない日本の政治家どもはこの子達の爪の垢を煎じて飲めばいいのに。

 

 

「うつつ。皆の言う事をきれい事と言うが、皆がきれい事を言うのは、それを現実にしたいからだ。

 世の中思うようにいかないのは当たり前だ。でも、本当はきれい事が一番良い事を知っているから言うんだ。

 きれい事を否定したり、諦めたりするヤツが、きれい事を現実に出来るワケないんだからな」

 

「その通りだ、ローリエ。それに……記憶がないのは、私も同じなんだぞ? もっと頼ってくれ、うつつ」

 

「ううぅぅぅ…みんなおんなじこと言って……私がバカみたいじゃん…

 でも……ウツカイより、あんたたちの相手の方がマシだし…さっきは、その、言えなかったけど…えと、あの………

 ―――助けてくれて、ありがとう」

 

 

 うつつがこのタイミングで初めてお礼を言う。

 その時の表情は、ほんのちょっとだけ、顔色が回復したように見えた。

 

 

 

 

 ―――この夜が明けてからというもの、メディのうつつやタイキックさんへの距離感が近くなった。フェンネルのうつつへの態度がちょっと軟化したように思える。

 特にメディの懐きようは凄く、うつつはもちろんタイキックさんも驚いていた。

 

 

「はい、うつつさん、タイキックさん。

 いつも守ってくれてるお礼です」

 

「ええええっ!!? わ、私……こんなの貰う資格なんてないよぉ…役に立ってないもん……」

 

「そんな事ありませんよ。うつつさんは、私の憧れなんです」

 

「なんでそんな事……」

 

「たとえソラ様や、歴代の女神様の聖典に書かれてなくっても……別世界から来た貴方は、私の尊敬する人なんですよ。貴方がいる事自体が、貴方の世界がある事の証明ですから」

 

「ちょ、ちょ、そんなに褒めないで………死んじゃう………」

 

「ふ、照れてるのか、うつつ。しかし…私も貰っても良いのだろうか?」

 

「勿論です。貴方も、全て思い出したら、お話してくださいね」

 

「わかった。また力を借りるだろう。あと…これ、大切に使わせてもらうからな」

 

 

 その過程で、メディはうつつとタイキックさんにプレゼントをしていた。

 うつつには、すみれ色のペン。メディによると「別世界から来た貴方がこの世界をどう書くか見てみたい」とのことでプレゼントしたようだ。

 タイキックさんには、バーミリオンカラーのリストバンド。常にムエタイレスラーな格好をしているタイキックさんに合うチョイスをしている。

 メディのプレゼントに2人とも喜んでいるようで何よりである。

 

 

「うぅぅ……もうダメぇ…タイキックはともかく、メディアも体力ありすぎでしょぉ……?」

 

「オイオイ、もう根を上げるってぇのか? 俺が見てきた中で今までで一番ヤワいぞ、大丈夫か?」

 

「無理ぃ…だいじょぶじゃない…経験値を稼いだのに全然体力上がってない………しょせんアレは夢の中のことだったんだ…」

 

「何言ってんだお前さん」

 

「ナットさん! 今…今成功した気がします!秘奥義!」

 

「え? あー……見てなかったわ」

 

「見ててくださいよ!!」

 

「はぁー……………せぇぇぇぇぇいッッ!!!」

 

「タイキックの方は……筋が良すぎじゃあねェーか。オッサンが教える意味あんの?」

 

「何を言う。貴方は生ける伝説だと聞いた。そんな方から教えを頂けるなら、どんな些細な事でも意義がある」

 

「メンドくせぇなぁ……」

 

 

 また、うつつとタイキックさんはメディの修行に付き合うついでにオッサンから色々と教わり始めたようだ。

 体力不足ですぐ息が切れるうつつと、既に自身の武術を確立しているタイキックさん、そしてスクライブ秘奥義を着実に覚えつつあるメディ。教え子が三人に増え、面倒くさげにため息をつくオッサンも見慣れてきた。

 

 

「よう、オッサン、稽古は順調か?」

「『順調か?』じゃねーよ腹立つな。オメーが余計な事を吹き込んで追加で2人押し付けてきたんだろーが。しかも体力的に両極端な二人を。お陰でメニューの調整がこれまでで一番メンドくせぇことになったわ。叶うならとっとと帰りたいぜ」

「…帰らないのか?」

「帰る予定の日までまだ時間あんだよ。エイダの機嫌を損ねたり、フェンネルに後から文句言われる方がよりメンドくせぇだけだ」

 

 

 メンドくせーと愚痴りまくりながらも、任された仕事はなるべく果たそうとするオッサンに、俺は少し嬉しくなる。こんな感じで、今もエイダと生活しているのだろうな。今、俺達は新たな危機に直面しているが……なんだかんだで姪っ子と暮らし、平穏な生活を送っているこのオッサンを戦いに引き戻すようなマネは、できるだけしたくないな。

 そう考えていた時だった。あの一件が起こったのは。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 それは、晴れにしてはやけに雲が多く、日差しもあるが曇る時間もあるような……そんな、不穏さを一切感じさせないような日だった。

 その日は、スクライブギルドの集会があり、メディがギルド長として決起の言葉を話す予定だ。今、俺はきららちゃん一行やフェンネルとは距離を取った、集会全体が見える場所―――或る2階建築の屋上に立っている。

 

 

『―――ですから、栄えあるスクライブの皆さんには、この仕事に誇りを持って、愛と友情に溢れた聖典を―――』

 

「………あいつほんとにギルド長やってたのか」

 

 

 なんというか、今の今まで、俺の中のメディのイメージは『女神候補生メディア』のイメージで止まっていた。出会った今でも相変わらずおっちょこちょいだし、クリエメイト大好きだし、ノリが良くってハイプリスに迷惑かけまくったくせに、何故か優等生だったし……

 おっと、話が逸れた。つまり、やんちゃな優等生というある意味タチの悪い生徒だったメディが人を束ねる姿がどうしても想像できなかったのだ。それが今、彼女は立派に講演をしている。不安になっているスクライブ達を、奮い立たせるために。

 

 

『…なにが愛と友情の聖典なの……あれは―――』

 

「おっと、大声を上げない方が良い。()()()()()()()()が知れ渡れば、待っているのは死刑一択だ。せっかく俺との取引で得た情報も水の泡。生還したきゃ、クールに振る舞うことだ」

 

『どの口がっ………』

 

 

 メディの講演をメタルバード越しに聞いていたヒナゲシが抗議しようとするが、俺の一言で黙る。

 テロリストの声がここで響けば、誰もが「神殿から脱走した」と思うはず。民は混乱するかもしれないが、その後の展開は簡単に想像できよう。即座に牢のヒナゲシに疑惑が向き、あっという間にギロチン行きだ。()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()以上、死刑をちらつかせれば迂闊に行動できない。コイツの心理は理解している。「()()()()()()()()()()」ヒナゲシは、自分の命と立場を守らざるを得ない。その為には、俺との取引を()()()()()()

 ……こういう事やってると、木月桂一だった頃に戻ったように思える。………まぁ、アッチの方が人を動かすのムズかったけど。さて、取引を再開しよう。メディについてのガセネタと引き換えに、ハイプリスの目的を聞き出せれば僥倖だ。他の皆が演説に夢中になってる間にとっとと終わらせて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウツーーーーーーーーー!!」

 

「なっ……なんでこんなタイミングで!?」

 

『お姉様!? まさか、お姉様がたす――』

 

 

 騒ぎ始めたヒナゲシとの通信を切って対峙する。

 なんでこんな時にウツカイ!? しかも一気に4体……数が多い! あまりにも…あまりにも都合が良すぎる!!

 すぐさまパイソンを取り出して2匹の眉間を撃ち抜いて消滅させる。それで時間を作ったのか、残りのウツカイ2体が飛び掛かってきた!

 

「チッ!」

 

「ウツ!?」

 

「邪魔、すんな!」

 

 ウツカイの手を掴み、大きな口の中に腕を突っ込んで発砲。

 バラバラになって絶望のクリエに還った仲間の最期に怯えたのか、背を向けようとするウツカイに―――残りの全弾発砲。

 時間にして数十秒。あっというまに殲滅した。けれど、数十秒も使っちまった。すぐにきららちゃん達と合流して、メディやうつつの安否を確認しないと!

 

 弾丸のリロードを即座に済ませたのちに、講演をしていた広場に向かって大ジャンプ。広場にあった店の屋外テラスにある屋根をトランポリン代わりに着地して、周囲の確認……………ランプとマッチ、あとアリサがスクライブの避難をしていて、きららちゃん・フェンネル・タイキックさんが突如現れたウツカイの対処に当たっているが……!

 

 

「―――メディとうつつはどこだ…!?」

 

 

 いなくなった二人の行方を探しに、演説台がある場所まで駆けていく…………と、路地裏に向かって逃げていくメディとうつつが見えた。あそこか―――

 

 

「そうはさせねぇよッ!!」

 

「!!!」

 

 

 頭上から聞こえた声に飛びのけば、さっきまで俺のいた場所に、奇妙な斧…鎌?が突き刺さった。

 その斧っぽい鎌の持ち主を見れば、立っていたのは特徴的な格好をした少女だった。銀色の髪をポニーテルにまとめ、その頭に黄緑のプラスチックみたいな素材のサングラスをかけている。そして、セサミに匹敵するわがままボディを、露出高めなビスチェと袖なしコートで纏ういで立ち。オマケに高価そうな宝石をジャラジャラ身につけている。

 見た目はかなりのものだ。もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…声のひとつやふたつ、かけていただろう。

 

 

「悪いな嬢ちゃん。連れが、このどさくさで迷子になっちまってな。急いでるんでそこをどいてくれないか?」

 

「そうはいかねぇ。オレはお前に用があるんだよ」

 

「用? そんな怖い顔をして、穏やかな用じゃあなさそうだが……」

 

「察しがイイな。オレは『真実の手』“魔手”のスズラン

 ―――さっそくだが八賢者ローリエ。オレのボーナスちゃんの為に死んでくれ」

 

 

 こんなアピールのされ方はノーサンキューだよ。

 そう言いたかったが、圧倒的なオーラに軽口を飲み込んで、臨戦態勢をとった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――ローリエがスズランと接触した頃。

 路地裏でも、悶着は起きていた。

 

 

「あっはは、作戦せいこーう♪」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!」

 

「貴方は………!?」

 

 

 守るべきメディアの影に隠れて怯えてしまっているうつつ。

 恐怖をひた隠しにしながらも、目の前の人物を見つめるメディア。

 そして―――

 

 

「ウチはリアリスト……その『真実の手』のひとり、スイセン

 聖典に騙された世界を正すためにー、メディアちゃんに一緒に来て欲しいんだけど……

 せっかくだし、うつつちゃんも貰ってっちゃおっか!」

 

「なんでこんな事にィィィィィィィィィィィ!?!?!?!?!?」

 

 

 朗らかに笑いながら迫るカウガール姿の少女・スイセン。

 戦う力に乏しい二人は、絶体絶命の危機に陥っていた。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 うつつとメディアとタイキックさんを見守っていた八賢者。今回は特に目立った動きはないが、いざという時はジャッキーチェンもびっくりなスタントをこなす。飛び降りた時には布製の屋根がクッションになってケガはなかったが、予期せぬリアリスト幹部と遭遇する。

住良木うつつ&タイキック&メディア
 ローリエに見守られていた三人娘。原作ではすみれ色のペンのシーンとか、うつつとメディアの夜会話とか重要なシーンがあったが、尺の都合上ひとまとめにして実質的なキング・クリムゾンの犠牲となった。代わりにナットによるシゴキのシーンが追加されており、メディアとうつつの親密度もメディアとタイキックの親密度も順調に稼いでいる。

スイセン
 スクライブ誘拐の主犯になったことで、作戦の立案者になった。ヒナゲシが原作で立てた作戦をほぼ踏襲しているのは、自身の予算のため。

スズラン
 ローリエに接触したダイナマイトボディな真実の手。本当はメディアとうつつを攫って手柄を独り占めしたかったが、スイセンとサンストーンの説得(金)により、ローリエに突撃する事になった。



△▼△▼△▼
ローリエ「メディとうつつが危ない! まさか、大量のウツカイの襲撃が陽動だったとはな……そう思ってももう遅い。目の前に現れた女………スズランは、どいてくれそうもない…というかヤる気マンマンだ。こうなったら、全力をもってコイツと戦うしかないなッ!」

次回『絢爛なる魔術使い! スズラン対ローリエ!』
ローリエ「ぜったい見てくれよな!」
▲▽▲▽▲▽


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第20話:絢爛なる魔術使い! スズラン対ローリエ!

ちょっと思いついたネタ。

ろーりえ「『きらファン八賢者のみんなでカラオケ行ってみた』のアルバム作ろうぜー!」
あるしーぶ「なんだそれは…」
ろーりえ「まぁ、俺に任せてなってwww」

1.アルシーヴ「ルージュの伝言」
2.ジンジャー「Crossing Road」
3.シュガー「白金ディスコ」
4.ハッカ「Paradise Lost」
5.セサミ「True my heart」
6.カルダモン「Against Profile」
7.フェンネル「あんずのうた」
8.ソルト「Jumping!!」
9.ローリエ「千の風になって」

あるしーぶ「…待てローリエ。ツッコミどころは山ほどあるが…お前の選曲はそれで良いのか?」
ろーりえ「ぶっちゃけ悩んだんだよね…泣いちゃってマトモに歌えなくなるくらいならもう片方の候補でも良かったかなって思ったんだけど…自重してな」
あるしーぶ「その、もう片方の候補というのはなんだ?」
ろーりえ「SM判定フォーラム」
あるしーぶ「泣いても良いから千の風歌っておけ」
らんぷ「あの、先生…SM判定ふぉーらむって何ですか?」
あるしーぶ「知る必要の無い事だ!!!」
ろーりえ「気になるなら今ここで」
あるしーぶ「歌うな!!!!」



今回のサブタイの元ネタは『トリコ』より『爛漫なる蟲使い! トミーロッド対トリコ!』です。

“力はジンジャー、スピードはカルダモン、魔力はセサミに匹敵する。正攻法で勝つのは超ムズかしいと思うよ、アイツは”
 ……ローリエ・ベルベット
   『魔手』スズラン報告の内容より抜粋

※2023/3/15:スズランの技名が間違っていたので修正しました。


 

「さぁ…ボーナスになっちまいな!」

 

 

 魔力を集中していくスズラン。そうして高まった魔力量はかなりのものだ。セサミにも手が届くかもしれねーぞ。

 

「ボーナス、ねぇ」

 

「おう。世の中、金が全てだ。お前を倒し、報酬のお宝ちゃんを貰う! だからとっとと倒されろ! 『デモンシュート』!!」

 

 奴の持論らしき言葉とともに、猛烈なスピードで植物の蔓のような魔力が放たれる。

 思ってたより素早いが、躱せない程ではない。即座に銃撃で反撃する……が、武器を構えた魔法の障壁に防がれてしまった。

 その時、俺には見えた。パイソンを向けたその時に、スズランが防御の態勢をとった事を。それはつまり………

 

「…へぇ。()()()お前()ソレを使うのか」

 

「………お前()、ねぇ」

 

 ―――コイツが、()()()()()()()()()()()()()。人間の殺意の発明品が、どんな攻撃をしてくるのかを知っている、ということだ…!

 現代日本ほど拳銃の知名度が高くないこの世界において、拳銃を知っている理由は限られる…………拳銃使いと戦ったことがあるか、自分自身あるいは身内に拳銃使いがいるか、だ…!

 

「何を知っている……? スクライブを攫うのはなぜだ!?」

 

「さぁ〜て、何故だろうな!」

 

 口を滑らせる気はないってか。なら、割らせるまでだ。

 即座にパイソンで発砲。だが、やはり簡単に一撃を入れさせてはくれないようで、再び弾丸は魔法の障壁に阻まれてしまった。コイツの使う防御は……なるほど、ドーム型ではなく、文字通り壁のような魔法障壁だな。

 と、なれば奴に攻撃を届かせる為に手を変えるまでだ。

 

「ふっ!」

 

「効かねぇよォ!!」

 

 そう言って魔法障壁で数発の弾丸を弾くスズランは、どうやら虚勢じゃないらしく余裕の表情で防御から攻撃へと切り替える。地面から植物のツタを生み出して今にも襲いかかってきそうだ。

 だから……弾いた弾丸の行き先までは意識にないようだ。

 

「ぐっ!?」

 

 スズランの身体が揺らぐ。

 一発、スズランのバリアに阻まれて跳ね返った弾が壁、鉄柱と跳ね、そしてスズランの背中に着弾したのだ。

 跳弾―――というヤツだ。メタルジャケット弾が壁や床に当たると強く跳ね、軌道が変わるのだ。

 

 

「今のは……ッ!?」

 

「さーて、何だろうな?」

 

 

 コイツがスクライブ誘拐の目的を語らなかったように、俺もコイツに手札を見せるつもりはない。それに、コイツは俺を倒す気マンマンのようだが、俺はコイツに付き合うつもりはない。…………もったいないおっぱいしてるけど。

 スズランの動揺した声に適当言ってはぐらかしながら、もう一度発砲。弾丸は、再びスズランに………向かうことなく、彼女の脇を通り過ぎる。しかし、それはただの無駄ではない!

 

 ガァンッ!!

 

「!?」

 

 撃った弾は、スズランの後方にあった鉄柱に当たって――そして、跳ね返ったそれが、スズランの後方から牙を剥いて、音速の世界から襲い掛かる!

 

「ま、またかっ!? うおおおっ!!」

 

 今度は上手く弾いたか。しかし……

 

「随分無理な姿勢で受けたな。後ろがガラ空きだッ!」

 

 

 今のスズランの体勢は、咄嗟に振り返って斧のような鎌で無理矢理弾いたような格好になっている。立っているのもやっとなそれだ。

 その無理な格好にありったけの鉛玉をブチ込んでくれる!

 

 

「『トリックスキャッター』!」

 

「何ィィ!!?」

 

 こいつ、この体勢で攻撃だと!?

 今にも倒れそうな……いや、現在進行形で倒れているというのに、おびただしい数の細い蔦を襲わせてきやがった!!

 追撃を即座にやめ、後ろに飛びのき、新たな剣を抜いて蔦を断ち切る。

 

 銅剣に魔封じの力を込めたサイレンサーに代わって作り出していたのは、白銀の刀身を持った、細長い片刃剣だ。日本刀に使われていた、砂鉄から玉鋼を作る技術を鍛冶師に教えて作らせたものだ。切れ味が格段に増しているのは勿論、銅剣だった時には仕組めなかったギミックをこれでもかと仕込んだ。

 名付けて―――『サイレンサー弐号』…!

 

「セヤァッ!」

 

 襲い来る細い蔦を一太刀で斬り払うと、スズランは既にバランスを整え終えていた。

 てっきり今のが隙だと思ったのに、それを防ぐどころか、攻撃の機会にしてしまうとは。コイツ、できる……!

 

「今のを躱すか……ならっ!」

 

「!! うおおおおおおおっ!」

 

「はあぁぁぁっ!!!」

 

 次のスズランの行動は、突進してからの斧鎌による連撃だった。

 俺はそれをサイレンサー弐号で迎え撃つ。このサイレンサー弐号には初号機にはない機能がある。それは―――

 

 

 ゴオオオォォォォッ!!!

 

「ほ、炎だとッ!?」

 

「セヤアアアアアアアアアアッ!!」

 

 ―――魔法を断ち切り、そこから魔力を吸収して、意図したタイミングで放出が出来る機能だ。

 さっきの場合だと、スズランの細い蔦の魔法を切り伏せた際に、蔦の魔法を構成していた魔力を吸収。しかるのちに、こっちの反撃の際の魔法にしておいたのだ!

 しかも、この反撃……属性の変更も可能なのだ! さっき吸収した魔力は風属性だったけど、放出したのは炎属性。吸収した属性を確認し、即座に弱点属性に変更しておいたのだ。

 流石に、これならヤツも怯むだろう!

 

 

「くっ…『トリックシュート』ォォォォォ!!」

 

 だが! 恐るべきことに、コイツは目の前に迫った炎の剣をものともしていないかのように、至近距離から魔法弾を放ってきやがった!?

 

「ぐおおおおおおッ!? 何ィィィィィ!!?」

 

「ぐッ………!!」

 

 衝撃をモロに受ける。ふっ飛ばされた先で上手い事着地したあと、自分の身体を確かめてみる………幸い、さっきの攻撃は軽傷のようだ。スズランを見ると、あちらさんもところどころに火傷を負っているようだが、まだまだ全然余裕そうに見える。

 ……強い。この前ブッ飛ばしてふん捕まえたヒナゲシとは比べ物にならない。あいつは逃げる直前に「他のみんなに比べれば私は前座なの」みたいな事を言っていたが、あながちハッタリや身内贔屓ではないようだ。

 

 まったく。今は1秒でも早くメディとうつつの安否を確かめたいってのに、こんなつえー奴と戦ってる暇はないんだけどな。

 

 

「はぁ……強いな、お前…」

 

「そういうお前は賢者って聞く割に大したことねぇーじゃあねーか」

 

「フ…………いやはや、こんなに強い人材が眠っているとは思わなかった」

 

「なんだ? 今更命乞いか?」

 

「まさか。それよりもっと建設的な提案だ。

 ―――お前、『リアリスト』だろ? そこを裏切ってこっちにつかないか?」

 

 

 ―――だから、コイツから戦意を奪ってやる。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 スズランは、最初ローリエから「裏切らないか?」と言われた時、コイツは頭がおかしくなったのかと思った。

 さっきまで戦っていた筈の人間から勧誘など、信用できるハズがない。スズランは、分かり切った勧誘に答えを叩きつけるつもりでいた。

 

 

「バカかお前。このタイミングでそんな提案、飲むワケ―――」

 

「落ち着け。何も()()()()()()()()()()()。重要な決断をさせようってんだ。無償で提案する方がどうかしている」

 

 

 ローリエは、スズランとの短い会話で彼女の人となりを何となく予想立てていた。そして、それは大方当たっている。

 金勘定で動く守銭奴。「金が全て」と豪語するほど金銭に信頼を置いており、実力も高い事から、己の実力や魔力を安売りしないタイプであると。幸い、ローリエは木月桂一だった頃のそういった守銭奴染みた人間との付き合い方の記憶が残っていたし、何よりエトワリアの守銭奴には前例(ビブリオ)がいた。

 以上の事から、ローリエは突然の説得ロールを始めた。無論、勝算があってのことである。ローリエの冷静な言葉に、スズランも戦闘を中断した。

 

 

「…意外だな。八賢者なんて神殿の幹部なモンだから、聖典が~だの人の絆~だの、脳味噌の腐った様な事を言うと思ったが」

 

「ここでその話を持ち出す程空気が読めなくなったつもりはないよ。

 金は全ての代わりになるオールマイティーカードだ。物も命も夢も仲間も、果ては地獄の沙汰さえも金次第、なんて言われてるんだ。

 金はとても大切で……全てに必要なものだ」

 

「……オイオイ、お前本当に八賢者か?」

 

 

 ローリエが並べだす金の持論に、思わずそんな言葉が出る。彼はそれに対して「正真正銘、俺が八賢者ローリエだ」と答えた。

 冗談だろう、とスズランは思った。おおよそ言っている内容には賛同するが、いかんせん言っている人物が八賢者であるので、スズランの表情に困惑の色が出始めている。

 聞こえの良い嘘を言って騙そうとしているのかとも思ったが、ローリエがあまりに当然に、まるで世間一般常識を語るように話す様子から、嘘はついていないだろうと考える。

 

 

「そう…金は全ての代わりになる………例えば“信頼”とかな」

 

「信頼?」

 

「『金を渡すから働け』……シンプルすぎて一見暴論に見えるが、傭兵やあらゆる仕事が元を正せばこれに当たる。

 それは………この後始まる『取引』も変わらない」

 

 ローリエは前世(かこ)に見た守銭奴たちの名言(ウシジマくんや貝木泥舟の格言)やビブリオの主張を元に、スズランにウケそうな言葉を連ねる。少なからずローリエ自身もそう思っているから言葉に本心も混ざり、そこにウソ臭さもない。

 そして、警戒心が薄れていったところで、ローリエは本題に移った。

 

「さっき『神殿側(こっち)についてくれ』って言ったな? その対価だが……

 お前が今請け負っている仕事の報酬…その2()()()()()()殿()()()()()()

 

「ま、マジか…!? 参ったな、そう来るかぁ~…」

 

 

 スズランは揺れた。

 金がすべてだと言った自分の意図を汲み取って、こんな提案をしてくるとは!

 確かに「金が全て」という自分の主張に沿うならば、ここまでウマい話に乗らない理由はない。

 だが、ローリエの倍プッシュは終わらない。

 

 

「もし、2倍の額じゃあ不服だと言うならば―――俺の懐から、3()()()()()()()()()()()()

 

な、何ィィィィイイイイイイイイイイイイッッ!?!?!?

 お……お前、正気で言っているのか!!?」

 

「当然。俺は八賢者だからな……神殿の財政に口利きができる立場だ。説得は得意でね…

 オマケに、あらゆる特許の都合上懐具合の心配もない。約束は果たすよう努力しよう。

 ……どうだ? 金が大事だって言うお前からしたら、悪い話じゃあないと思うが」

 

 

 悪い話じゃないどころか、凄まじくウマい話じゃあねーか! いくら何でも、敵をスカウトするのにそこまでの金を積むのか!!?

 割とトンデモない提案に、さっきまでの戦いでも出さなかった大声をあげるスズラン。

 ローリエの倍プッシュに動揺する彼女の中では、様々な考えがめまぐるしくよぎっていた。

 

 ―――ま、待て待て。いくら何でも仕事中だぞ!?

 ―――それをほっぽり出して良いモンなのかッ!?

 ―――イヤ、でも…今の3倍は破格すぎる!!

 ―――罠か?

 ―――でも、罠には見えねェ!

 ―――この一攫千金の好機(チャンス)を逃すか?

 ―――そんなの、このスズランが逃してたまるかよ!

 ―――でも……!!!

 

 ローリエから突然転がり込んできた儲け話。それに乗るか降りるか。

 傭兵の経験が多く、戦術においても聡明な彼女が、明らかな儲け話に即決で乗るほど愚かなマネはしなかった。

 しかし、なまじ賢いが故に裏を裏をと探ってしまい、答えが出せずにいる。

 何より、スズランはお金が大好きだ。そんな彼女からすれば、これ以上魅力的な話はなかった。

 

「もし、この話にお前が乗らなかったとしても……ただ莫大な金を掴むチャンスがなくなるだけだ。

 俺は元々、連れを探してただけでね。そっちが見逃すってんなら、今回はこれ以上お前と戦う事はしないよ」

 

 そこに、ローリエのダメ押しの囁き。

 例え「取引」に応じなくてもスズランに損はないと主張するローリエ。事実、ローリエに損をさせるつもりはなかった。メディアとうつつの安全を早く確保したいローリエからすれば、最優先事項はメディアとうつつ、そしてスクライブ達の救出だ。スズランについては今この場で倒す必要はない、情報を持って帰れれば御の字と考えている。また会った時に、完封するように倒せば良いのだから。

 

 リアリストは迅速に倒す。メディアもうつつも犠牲にせず守る。スクライブも取り返す。三つとも目指している辺り、ローリエはスズランに負けず劣らず強欲であった。

 

 しかし。ローリエに誤算があるとするならば。

 …スズランとハイプリスの関係をほんのちょっとだけ、見誤った事だろう。

 

 

「……………申し出には感謝だ。だが、ダメだ」

 

「ダメ?」

 

「その『取引』に応じる事は出来ねぇ」

 

「…3倍じゃあ足りなかったか?」

 

「いいや、そうじゃあない。

 オレにとって、ハイプリス様から貰う金は特別だ。

 たとえいくら積まれたとしても、あの方を裏切ることはできねーよ」

 

 

 目の前の莫大な金を前に、首を横に振ったスズラン。

 その理由は、スズラン自身が気づいていないだけで、お金よりも大切なもののためであった。

 無論、スズランと対峙するローリエは、その事実に気付かないというヘマはしない。

 

 

「驚いた。……金よりも大事なものをもう持っていたのか」

 

「…チッ。気に食わねぇ言い方だ」

 

「つまり……せっかくの交渉は決裂ってわけか。残念だよ」

 

「そういうこと―――だッ!!!」

 

 

 交渉がお流れになり、スズランが武器を握りしめ直して暴風を巻き起こす。戦闘が、再開した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 交渉に失敗したのは、前世の、父の会社にいた時の数度目の営業ぶりだったか。

 スズランに取引(おさそい)()られた時、ちょっと思ったことはそれだった。

 金を積んで裏切らせる作戦は今思いついたことだったが、我ながら即興にしては手ごたえがあったと思った。

 しかし、結果は交渉決裂。こうなると今はこれ以上話してもムダだろう。

 

 と、なると……目下の目標は、改めてやる気マンマンになったスズランを、どうやって凌ぐかって事だ。暴風も巻き起こしていることから、飛び道具を使わせまいとしているのだろうか。

 

 

「マ」

 

 スズランの人差し指に緑色の火が灯る。

 

「ジッ」

 

 今度は同じ手の中指に火が灯った。もうこの時点で嫌な予感しかしない。

 

「ク」

 

 更に、今度は薬指にもだ。確定だ。

 

「シュートッ!!!」

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 詠唱が終わると同時に、三発の魔法弾がこちらに迫ってくる。くそ、フレイ○ードみたいなことをしてきやがって…!

 体を逸らして躱せば、今度は魔法弾の着弾点から蔦が生えてきて、こっちに襲い掛かってくるではないか!

 魔法弾と蔓の二段構えってワケか……!

 

「さぁ、そのまま雁字搦(がんじがら)めになっちまいなッ!」

 

「お断り――だッ!!」

 

 一閃。それで目の前に迫った蔦を断ち切った。

 だが、切った蔦の間から、新たな蔦が襲い掛かってくる!

 

「ハァァァァァッ!!」

 

「どこ見てんだよ!」

 

「なッ!!? グウううううッ!!」

 

 しかも、蔦の間を縫うようにスズラン本体も肉薄し、斧のような鎌を力任せに振り下ろしてくる。かろうじて受け止めたサイレンサー弐号から伝わる重量は伊達じゃない。下手すればジンジャーに迫るパワーじゃねぇのか。

 蔦のオート攻撃がキツイ上に、スズラン自身のスペックも半端ない。パワーはジンジャー、スピードはカルダモン、魔力はセサミに迫っている。こんなのが敵とか俺の運悪すぎだろ。

 こうしている今も、受け止めた筈のスズランの鎌が近づく感覚がする。このままじゃあマズい。鍔迫り合いに負けたらその後が絶対ヤバい。

 かといって、この膠着状態を続けるのも悪手だ。蔦を放置せざるを得なくなっている以上、このままだと手足を蔦に絡まれる。そうなったらジ・エンド。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったが、どうやら無理な相談だったようだ。

 

 ……やるしかない。ただし、1回だけだ。

 まだ『リアリスト』の全貌が分かっていないのに、切り札(レント)を見せるワケにはいかない。

 勿論、ここで負けたら元も子もない。だから、切り抜けさせてもらう。

 タイミングは…………鍔迫り合い中の、今!!

 

 

 

カチッ

 

ドッグオオオオォォォォォオオオオ!!!

 

 

「ぐあああああああぁぁぁぁッ!?!? 何ィィィィィィィィッッ!!!!?」

 

 

 大爆発。スズランは、突然起こったソレに一切対処できずに飲み込まれた。

 同時に襲ってきた蔦も、全部まとめて焼き尽くされる。

 こんな事もあろうかと用意して忍ばせておいた『ニトロアント』だ。それを一斉に爆発させたのだ。俺自身も爆風に揉まれてまったくの無傷とはいかないが、一手でピンチを乗り超えた。

 

SASUKE Invisible

 

 更に、爆炎と煙が上がっているタイミングで飛蝗(バッタ)型魔道具サスケを使って姿を消す。いわゆるジョースター家の伝統的戦法(逃げるんだよォ!)ってヤツだ。このままメディとうつつの方に行かせて貰う。

 戦ってみて勝てるならそれで良し。容易に勝てないと判断したら一旦逃走でもして本来の目的や次の備えに徹する。それが賢い戦い方というものだ。

 

 スズランの様子を確認する時間も惜しんで、俺は姿を消したままその場を離れて、メディ達が行った方向へと駆け抜けていく。

 

 

 

 路地裏を走っていって、着いた先に見えたのはきらら達とタイキック、フェンネル、そして膝をついて泣いているうつつだった。

 

「どうした!?」

 

「うぅぅぅ……ごめん…ごべんなざい゛……

 私が…私゛がくそざこだったばっかり゛に………」

 

「オイ、何があった!?」

 

「ろ、ローリエ……実は―――」

 

 

 合流した時、異様なほどに泣いていたうつつと沈んだ顔のきららちゃん達に事情説明を求めると、フェンネルがそれに答えた。

 ……あまりに最悪な、知らせを。

 

 

「―――メディが、攫われた……!!?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――その頃、ニトロアント爆発の跡地では。

 

 

「………クソっ! オレとした事が…取り逃がした!」

 

 予想外の攻撃を食らい、獲物を逃したことで悪態をつくスズランがいた。

 あのままだったら勝てただけに、意識外からの反撃に対応できなかった事で精神ダメージはかなりのものである。

 スズランは、自分自身が不調にあることをなんとなく理解していた。そして、そのきっかけも。

 

 

『驚いた。……金よりも大事なものをもう持っていたのか』

 

 ローリエの、取引を蹴った後のそんな台詞。

 彼自身には大した狙いもなかったのだろう。こんなものただの言葉だ。ロベリアのかける呪いでも、エニシダの口から流れる呪歌でもない。

 だというのに、狂った調子はすぐに戻ることもなく、むしろ今のスズランさえも蝕み続けていた。

 

「………チッ。この仕事終わったらちっと休むか」

 

 八賢者を倒してボーナスを得る企みが外れて不機嫌なスズランだったが、通信機が鳴り、そこからある情報を得た事で、獰猛な笑みを取り戻したのであった。

 

 

「…ま、ひとまずは本業の報酬はしっかりゲットできそうだな」

 

 

 それだけ呟くと、転移魔法の詠唱とともにスズランの姿が消えた。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 真実の手と激闘を繰り広げた主人公。最初は強襲したスズランに抵抗する形で戦ったが、彼女の強さと金への執着心を見抜くと即座に裏切りを唆す。スカウトに失敗してからは再び襲われ、ニトロアントを使用して難を逃れる。しかし、どうやら一歩遅かったようだ。

スズラン
 討伐する気だった八賢者からまさかの勧誘がかけられて動揺した守銭奴ガール。3倍の金はいくら何でも揺れに揺れたが、やはりハイプリスへの恩義を無視出来ず、その後のローリエの言葉によって調子が狂わされることになる。



ローリエの勧誘
 使用された格言の元ネタは「闇金ウシジマくん」と「物語シリーズ」の貝木泥舟。どちらも金に関する深い名言を残しており、スズランの共感を得ることに一役買っている。

五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)
 「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」に登場する魔物・フレイザードが使用する魔法。指先に5つのメラゾーマを発動させ、同時に放つ。普通の人間がやると寿命を縮めるほど負担の大きい邪法。
 拙作ではスズランが使用。指先3つのポップ版ではあったが、「成果(=より良い報酬に繋がる結果)を出す事に貪欲な怪物のような」スズランなら使えてもおかしくないと考えた。



△▼△▼△▼
うつつ「ごめんなさい……メディアを、まも゛れなぐっで…」
ローリエ「…話は後だ。メディを助け出すぞ!!」
フェンネル「しかし、どこに連れ去られたか分からないのに、どうやって探すのです?」
タイキック「そう、だな。虱潰しに探していては、間に合わなくなる気がするよ」
ローリエ「安心しろ。こんなこともあろうかと………街中を調べつくしておいた」
フェンネル「こんなこともあろうかと思います普通!?」

次回『メディアを救え』
ローリエ「絶対見てくれよな!」
▲▽▲▽▲▽


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第21話:メディアを救え

今回のサブタイの元ネタは『きららファンタジア2部』より「キサラギを救え」です。


“知り難きこと陰のごとく、動くこと雷霆のごとし。何故、武田信玄は1番重要な孫子の陰と雷を抜いて風林火山ってしたんだろうね?”
 ……木月桂一の独白

2022/7/12:後書きのサンストーンの記述が間違っていると指摘を受けたので変更しました。まさか担当CVを勘違いするとは…


 メディが攫われた。

 一瞬だけ、頭が真っ白になった。

 きららちゃん達がうつつから聞いた話によると、うつつがメディと二人きりで逃げた先で「真実の手」を名乗るスイセンという女にメディが無力化されたようで。

 続いてうつつも攫おうとしたところでタイキックさんが割って入り、うつつ本人は事なきを得たようだが、肝心のメディが連れ去られたようなのだ。

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

「…………」

 

 

 うつつ本人はというと、どうやらメディを守れなかった原因が自分にあるみたいに、泣きながらうずくまって謝り続けている。

 どう考えてもうつつに非はないはずなのに、この泣きよう。タイキックさんに背中を撫でられているのに、拒否しない様子。どうやら、俺が傍から見ていた以上に、うつつはメディとタイキックさんに懐いていたようだ。

 

 怖かっただろう。記憶喪失で右も左も分からないというのに狙われて、あげくにせっかくできた友達を悪者に攫われた。そんな状況なのに誰にも助けを求められなかった孤独。俺はスズランと戦ってたし、きららちゃん達も恐らく手が離せなかったんだろうが…

 …それなのに今度は「怖かった」より先に「守れなくてごめん」が出る人間は、どれだけいるだろうか。

 俺は、ここにきて、目の前で泣いている女の子が―――悪者ではないという確信をこの時、得た。今更かって思うかもしれないけどな…………もし、これで騙されたとしたなら、その時はコイツが上手だったと思う事にしよう。

 

 

「……うつつ。俺はメディを連れ戻しに行く。君も行くか?」

 

「無理だよぉ……私じゃあ、何の役にも立てないもん…肉壁もできないとか、ただのカカシだもぉん………!!」

 

 

 無理、ときたか。

 また心が折れそうになってやがるな、面倒臭ぇ。こっちは急がないといけないんだぞ?

 仕方がないから、ちょっと発破をかけてやる。

 

 

「できるか・できないかじゃあない。『やるか・やらないか』だ。

 うつつ。もし、泣きまくってメディが戻ってくると本気で信じているなら、ずっとそうしているがいい」

 

「なっ!!?」

 

「ローリエさん! それは、あまりにも―――」

 

「メディにさ。ペンを貰ったじゃあないか、お前。それはなぜだ?」

 

「お、お……おれ゛いに゛っで……

 でぼ………だめだった。まもれなかっだ!!!」

 

「―――まだ間に合う、としたら?」

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

 

 きららちゃん達に制止されるのも構わず、メディから貰ったペンの事を思い出させる。お礼を貰ったのにそれに答えられなかった悔しさをうつつが口にしているのを見て、本当はまだ折れていない事を察した。

 

 

「ローリエ…いくらなんでもそれは…。

 メディア様が攫われたというのに、楽観的にも程がありませんこと? 此方は敵がどこに潜んでいるかも分からないというのに………この写本の街中から、敵の隠れ家を探す術でもお持ちだとでも?」

 

「何を()()()()()()()()()()()()、お前。

 この程度のこと、想定して当然だろうが。」

 

「な…!? て、敵の隠れ家に検討をつけてるというのですか!?」

 

 

 相手はスクライブを攫い続けていた。

 そいつらの最終目的は『聖典を破壊すること』。

 だったら、聖典の写本をするスクライブを狙う理由もなんとなく想像がつく。攫ったスクライブに何か細工をして聖典に不都合を起こすつもりなのだろう。

 ましてやそのスクライブの長たるメディが狙われないわけがない。スクライブの末端を攫っておいて、ギルド長を狙わない、などという意味不明な事態が起こるわけがない。

 ならば、万が一の為にあらかじめ手を打っておくのは当然だ。

 

 

「メディの服に発信器をつけておいたんだ。それを追えば手がかりにはなるだろう」

 

「はっしんき…?」

 

「あー…えーと、自分の位置を伝えてくれる魔道具だ。要警護対象が身に着けていれば………」

 

「……なるほど! 例え攫われても、その人がどこにいるか分かるというワケですね!!」

 

 

 そう。メディには発信器をつけておいた。

 発信器の電波の位置を示すモニターを皆に見せて、その場所に急行する。

 ただ……俺には、発信器が信号を送った場所を見たときに嫌な予感がした。路地裏の道の真ん中から送られてきたからだ。何かの廃屋の奥からとかではない。道のド真ん中である。

 

 

「この辺だと思ったんですけど…」

 

「……チッ。やはり外されてるか」

 

「え?」

 

「これが発信器だ。どうやら、逃げてる最中に気づかれたっぽい」

 

「そ、そんな………」

 

「どうすんのよ………もう打つ手なしじゃあないのぉ…!!」

 

「最悪虱潰しに探すしかないのだろうが…それではなんか間に合わなくなる気がするぞ」

 

 

 ――そして、それは的中した。

 どうやら、メディを攫ったというスイセンなるリアリストは、人攫いには手慣れていて、攫った人の身体チェックくらいしているようだ。ヒナゲシ並のマヌケを期待するだけ無駄ってか。

 俺の追跡手段が見破られた事にランプは言葉を失い、うつつが泣きわめく。タイキックさんの言う通り、ここからローラー作戦で探すのも現実的じゃあない。

 

「…どうするのです? 当てが外れたようですが」

 

 フェンネルが焦りと苛立ちの篭もった声で急かしたてる。悪いのはリアリストだろ、俺を責めてどうするんだ。

 

「落ち着けフェンネル。こんな事もあろうかと―――」

 

 でもまぁ、心配はいらない。何故なら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――誘拐犯の居場所を突き止める方法は、一つではないからだ!

 

「―――不穏な動きのあった建物のリストをメモってある」

 

 メモ書きが書かれた街の地図を広げて出してみせた。俺らが今いる地点から先にひとつ、印が書かれてある。それは、そこで怪しい動きがあったという報告の存在を意味していた。

 

「本当ですか!?」

 

「…いや、こんなこともあろうかと思わないでしょ普通は!!?」

 

 きららちゃんが歓喜し、フェンネルから見事なツッコミが入るが、想定してたんだから活用するに決まってんだろ。

 

「拉致事件を追い、誘拐者を捕えるだけじゃ後手に回るだけだと思ったからな…………この街の衛兵達に聞いて、長いこと誰も住んでない空き家や人目につかない場所を探してピックアップさせたんだ。流石に、その辺が分からないほど平和ボケしてなくて助かったよ」

 

「どうして、空き家や人目につかない場所をまとめたんですか?」

 

「悪いヤツが悪事を働く時、1番気にするのは『いかにバレないようにするか』だからだ。そういう時に必要なのは、『悪だくみをしても見つかりにくい場所』なんだ。どんな悪党も、未然にやりたい事を防がれ無駄に捕まるのを恐れるからな」

 

「用意が良いね……」

 

 

 マッチから、ため息のような感心の声が出た。

 地道なデータの確認があってこそ出来るんだぞ。

 最初に着いて現状を知ってから、すぐに衛兵にその仕事を頼んだ。すると、使われてない建物やら廃神殿が出るわ出るわ。

 衛兵達によると、女神が新しく就任するごとに神殿を移す伝統があるのだそうだ。ぶっちゃけ、俺にはその必要性が分からん。そんな時間と金と労力の無駄にしか見えないものなど、省けばいいのに。人気のない、その手の建築物は、管理者がいないとあっという間に悪党の住処になってしまうのだ。一種の割れ窓理論である。

 …まぁそれは置いといても、俺らの行き先にて、怪しいスポットは見つけた。そこに誘拐犯達の本拠地があるかもしれないから、気を引き締めないとな。

 地図を頼りに、メモの場所へ走りながら、俺は情報を共有した。

 

 

「なぁ、皆。もしこの先に、リアリスト達がいるとしたら、みんな気をつけてくれ。実力者が、ふたり以上いる可能性がある」

 

「「「ふ、2人もッ!?」」」

 

「…ローリエさんが戦ったスズランって人と、うつつさんを狙ったスイセンって人ですね」

 

「そうだ。2人とも“真実の手”を名乗ってたから、少なくともヒナゲシ以上なのは間違いない。そして……“魔手”スズランはセレウス以上の強敵だ」

 

 

 そう言って俺はスズランの第一印象や現時点で分かった性格、使ってきた技などを共有した。奥の手を持っている可能性もあるとした上でだ。代わりと言ってはなんだが、うつつとタイキックさんからスイセンの容姿と持っていた武装について聞いておいた。

 

「…銃だと?」

 

「うん……二丁持ってて…それでメディアはあっという間に……!!」

 

「私も確かに見た。直接戦ったわけではないが……両手塞がったままで私の突撃を避けきった事からして……中々に手強そうだ」

 

「そうか……」

 

 今回のリアリストの計画、前と比べると駆り出されてる人員も戦力も派手に多い。

 遺跡の街では、幹部級はヒナゲシ一人だけだった。だというのに、現段階で判明している時点で単純換算で前回の2倍以上。更に、バックアップかなんかで、誰か動いている可能性がある。更に、計画的にスクライブやメディを攫う手際の良さ。

 

 

「奴ら……是が非でもスクライブやメディを拉致りたいようだな。

 おそらく……アイツ等の有利になる何らかの策を打つために」

 

「どのような手を打ってきても変わりません。この情報を元に敵の居場所を探し出し、メディア様を救出するのみですわ!」

 

「そうですよ!」

 

「うん、行こう!!」

 

「「……………」」

 

 

 フェンネルは俺の考察を聞いてもなお、やることは変わらないときららちゃんやランプを奮い立たせる。二人も乗っているようだが……俺とうつつは素直に喜べなかった。

 フェンネルの言う通り、予定に変更はない。だが、肝心の『どうやって助けるか』という部分について全く考えていないように見えるのは気のせいだろうか? 基本、出たとこ勝負は危険だ。そういう行き当たりばったりな行動は、頭を使うタイプのヴィランの格好の餌になっているのを分かっているのだろうか?

 

 

「…ローリエ? うつつ? どうした、行くぞ」

 

「…………おう」

 

「わ、わ、わかったわよぉ…」

 

 

 だが、今そんな事を言っても皆のやる気を削ぐ結果にしかならない。何はともあれ、今はメディやスクライブらを救う事に専念しなればならない。

 

 

 

 

 俺の地図でメモってあった場所に、果たしてウツカイ達はいた。そいつ等は、おそらく入口の見張りのつもりなんだろう。

 

 

「やはり見張りがいるね…」

 

「正面突破で行きましょう!」

 

「まぁ待てきららちゃん。こんなこともあろうかと―――」

 

 

 真正面から突破しようとするきららちゃんを抑えて、俺は特製スナイパーライフル『ドラグーン』を展開。見張りにいるウツカイ共と、あと閉まっているドアの蝶番に弾を撃ち込んだ。

 

ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

 

「「「「ウツ?」」」」

 

ドッガァァァアアアアアン

 

「「「「ウツーーーーーーーー!?!?!?!?」」」」

 

 

「―――特製マインスロアー弾頭『鳳戦火(ホウセンカ)』を持ってきてあるんだよ」

「だからどうして『こんなこともあろうか』と思うのよ!!?」

 

 うっさいぞフェンネル。ウツカイ達は吹き飛んだんだし、撃ち漏らしもない。ついでに入り口も木端微塵だ。

 もしここで正面から突入でもしてみろ。迎撃する個体と敵に報告する個体に分かれて報告され、逃げられてしまうかもしれないだろ。まぁ……爆音が聞こえたら一緒なのかもしれないけど、無駄な時間と体力を取られるよりマシだ。

 

 突入した中は、遺跡の街の基地よりも圧倒的に広い。

 行き止まりも多く、襲ってくるウツカイ達もダンチだ。まさに迷宮。

 ―――本格的にやばいな。これだけの広さの秘密基地を地下に作るのに、いったい何年かかる?

 

 ハイプリスが神殿を卒業したのはメディと同時期………つまり3年前だから、短くて1年、長く見積もって2年半か。それだけの時間があれば、確かにこれらは作れるかもしれないな。俺も急いでリアリスト共に手を打たないといけないぞ。

 

 考え事をしながらも、襲い来るウツカイを粉微塵にする。

 

 

「おいお前ら、大丈夫か!?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ちょ、ちょっと休ませてください、先生…」

 

「言ってる場合か馬鹿野郎。メディの命かかってんだぞ?」

 

「そうですわ。うつつを見習いなさい!」

 

「ひぃ…ひぃ……疲れたよぉ…もう歩きたくないよぉ……」

 

「…弱音吐いてるようにしか見えないんだけど」

 

 

 マッチの言う通り、うつつは現在進行形で弱音を吐きまくっている。

 しかし、よく見て欲しい。うつつの足は、俺達がアジトに突入した時から一度も、歩みを止めていないのだ。

 きららちゃんやランプでさえ足を止めている。俺も一応、息をつける時に止まって傷と魔力を回復させてはいる(それは勿論、メディ救出の成功率を上げる為だ)が、うつつにはそれさえない。文字通りのノンストップなのだ。

 

 

「お前ら、よく見てみろ。うつつは一度も立ち止まったりしていない」

 

「す、すごいですね、うつつさん…!」

 

「すごくないよぉ………だって、一度立ち止まったら、もう歩けなくなりそうだし……そしたら、メディアは連れ去られちゃう………こんな私を、尊敬してくれるって、言ってくれたのに…」

 

「気持ちはわかるぞ、うつつ」

 

「タイキック…?」

 

 

 一度立ち止まったら、もう歩けなくなる……それは、体力的にも、精神的にも、なんだろう。

 泣きながらそう言ううつつに寄り添うように隣に近づいたのは、タイキックさんだった。

 

 

「メディアは、私達の友達だ。ウツカイの仲間だと疑われてたうつつを信じてくれたし…

 私の記憶喪失の件を聞いても、『同情』しなかった。ペンやインク瓶の事を丁寧に教えてくれたしな……

 足を進めれば届くかもしれないのに進まなかったら後悔する。そんな気がするんだよ、私は」

 

「……!!!」

 

 

 どうやら、タイキックさんにとってもメディは特別な友であるらしく、メディを救うために止まる気はさらさらなさそうだ。

 そんな彼女に、うつつは堰が切れたのか、ぽろぽろ流してた涙が勢いを増し、小川のように頬から顎へ、そして床へと落ちていく。

 

 

「タイキック……きらら…ランプ………フェンネル……あと…ローリエと変な生き物……………お願い…」

 

 うつつは、絞り出すように声を出す。

 

「―――メディアを、助けて………!!!」

 

 その声は、小さいけど、涙混じりの嗚咽みたいだったけど。確かに、俺達全員に聞き取れた。

 

 

「―――当たり前だ!!」

 

 答えは、明確だった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 その頃、きららとローリエ達が突入したアジトの深部では、リアリスト・真実の手のスイセンが苛立っていた。

 

「はぁ〜!? 『気づいたら見張りが全員吹っ飛んでた』って…そんなワケないっしょ!? もっとよく見なよ! ホントに何やってるん!!?」

 

「ウツ〜〜!!」

 

 リアリストの中でも陽気で、比較的怒ることのないスイセンだったが、流石にウツカイの「侵入者不明!気づいたら見張りが全員吹き飛ばされてた!(意訳)」という、曖昧極まりない報告にイラッと来たのか、報告に来たウツカイを叱り飛ばしていた。

 

 

「も〜〜〜、ウチは今それどころじゃあないってのに……」

 

「う…うぅぅぅっ……!!」

 

「お、やっと効いてきたかな? さっさと楽になりなよ〜」

 

「ま、負け、ま、せんっ………!!!」

 

「ホンマにしぶといなーーもうっ!」

 

 

 メディアに流す絶望のクリエの量を増やすスイセン。

 そう、彼女は今………メディアを闇に染める儀式を行っていた。

 本当はこんな事をやるつもりはなかったし、ガラでもないのは本人が理解している。しかし、サンストーンは「堕ちたスクライブの管理がある」とかで手伝ってくれないし、スズランはやってもいいが金を出せと言うのだ。先のスクライブ誘拐補助とローリエ襲撃で財布がもう厳しかったスイセンは、渋々自分がやる事にしたのである。

 

「こんな時、ヒナゲシがいればなー」

 

 現在、行方不明中のヒナゲシを想う。

 しかし、それは仲間への心配というより、自分が仕事を押し付けられる相手がいないなー的な、ドライにも程がある理由だった。

 スイセンは、別にスズランやサンストーンのようにヒナゲシを嫌ってはいない。だが、こういうガラでもない儀式は、ヒナゲシの方が似合うんじゃないかと思いながらやっていた。

 

 ……これは誰も知るよしのない事であるが。

 本来なら、このメディアの闇堕ち儀式は、ヒナゲシが行っていたのだが…ローリエがヒナゲシを逮捕した事で、未来が変わった。

 聖典の内容に詳しく、スクライブの闇に精通していたヒナゲシではなく、楽観的かつ無関心な事には怠惰なスイセンが儀式を代行した事で、メディアの侵食は本来よりも進んでいないのだ。更に、ローリエの活躍によりスクライブの拉致被害者の母数も大幅に減少。

 『本来の流れ』を知る者からすれば……それは、見事な戦果であった。もっとも、『本来の流れ』など……この世界では誰も知らないし、意味もないが。

 

 

 スイセンが調整してた魔道具の1つに、何か小さく光るものが突き刺さった。

 小さな楕円形の豆電球のようなそれは、小さくピッピッピッと音を鳴らす。

 

「…? なにこれ?」

 

 突然現れた、見慣れないものに不思議に思い近づこうとするスイセン。しかし。

 

「スイセン、進捗は……何をしている?」

 

「いやね、なんか急に―――」

 

 

ドッグガァァァァァァァァーーン!!!

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

「な――――にッ!?!?!? これはっ―――」

 

 

 そこにサンストーンがやってきて、スイセンと共に不審な物体を調べようと、近づいたタイミングで大爆発。

 メディアを洗脳しようとした機械は一瞬にして粉々になり……スイセンとサンストーンは、爆熱と爆風に吹き飛ばされ、たたらを踏んだ。

 

 

「そっ――そこまで、なんだから…!!」

 

「メディア様を返して貰いますわ!」

 

「あなたたちの好きにはさせない!」

 

「さぁ、テロリストの諸君。とっとと降伏するんだな? 今なら…無期懲役で済ませてやる」

 

 

 そこに、煙を払って現れたのは……住良木うつつ。

 『コール』を使う召喚士・きららと、その仲間ランプ&マッチ。

 更に、八賢者ローリエ・ベルベットとフェンネル・ウィンキョウ。

 

 

「やっば……コイツら、もうここまで来たん?早すぎっしょ……」

 

「…スイセン。私はスクライブを転送する。スズランも連れてくるから、足止めは任せるぞ」

 

「ちょっとキツそうなんやけど…りょーかい!」

 

 

 それを確認するや、スイセンは二丁拳銃を引き抜き、サンストーンは奥へと走り去る為に膝を軽く曲げた。

 

 スクライブを巡る、地下の乱闘が、これより始まる。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 地方自治の金と労力の無駄遣いを疑問に思う拙作主人公。考えることが多くて大変だが、今は教え子たちを救うために策を巡らせる。

きらら&ランプ&マッチ&うつつ&フェンネル&タイキックさん
 メディア救出チーム。うつつ以外がどいつもこいつもほぼ脳筋という有様で、タイキックさんも行動力の化身&脳筋という惨状だったが、ローリエの準備のお陰で無駄に体力を減らさずに住んだ。

スイセン
 ヒナゲシに比べてスクライブ闇堕ちができていないカウガール。CV.小泉萌○。『ごちうさ』の詳細も知らなかった辺り、ヒナゲシと違って相手を徹底的に調べて心のスキを突く真似はしなさそう。というか、嫌いなものを無意識的に避けてる節があると考えている。それもそのはず、彼女は飢え死にしそうな環境で育ったと思われるため、飢餓をとにかく嫌い避けているだろうからだ。

サンストーン
 アイマスのしまむーと同じ人とは思えない声をしているリアリストの右手。爆発物という概念は知っていたが、流石に豆電球みたいな小物から殺人級の大爆発が起きるとは思わなかった為、爆発物と気付けず爆発に巻き込まれる。



特製マインスロアー弾頭『鳳戦火』
 ローリエが開発したマインスロアー弾。『バイオハザード』シリーズのマインスロアーのようなもので、小さい警告音ののち大爆発を起こす。威力はニトロアントと比べると高く、蟻の移動力の関係上こっちの方が速攻で鎮圧するには向いているが、ニトロアントの方が隠密性と局所破壊力に優れ、同じ爆発物でも住み分けが出来ている。
 名前の由来は鳳仙花。種が出来ると爆発するように弾けて種子をバラまく姿から、マインスロアー弾とした。

原作との違い
ヒナゲシが捕まったことにより、スイセンが作戦の主役になった事は言及したが、それにより、個人の性格差で計画の進度にも影響が出た。
2部5章において、ヒナゲシがリコリスとスイセンに『ごちうさ』のあらすじを説明する場面があるように、『憎悪』にも種類があり、リコリスやスイセンは聖典やスクライブの事を憎しみから積極的に調べようとしなかったのではと推察。その結果、メディアやスクライブの心の闇を突けず、闇堕ちスクライブの母数も減った。
リアリストからすれば、計画は最初の一歩で盛大にコケたのだが…そんな事は、誰も知らない。

こんなこともあろうかと
 技術者の専売特許にして、全てを解決する常套手段。あまりに突拍子もないとどこかのエレガント先生のように「こんなこともあろうかと思わんでしょフツーーーー!!!?」とツッコまれる。
 元ネタはエレガント先生の登場する『SPY×FAMILY』のイーデン校受験編のロイドの備えから取った。



△▼△▼△▼
ローリエ「とうとう始まった、メディとスクライブらを巡った戦い……きららちゃんが急に泣き出しちまうトラブルもあり、スイセンをなかなか突破できない。サンストーン……お前一体、何者だ…?」

サンストーン「答える義理はない。」

ローリエ「そうかよ。だが…このままスクライブを連れてトンズラできると思わない事だ。何故なら、こっちには………!」

次回『Finger on the Trigger』
アリサ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽

あとがき
 とうとう、2部が終わると言うことであらすじも公開されましたが、これは明らかに2部で終わる気配がしませんね。3部のフラグがビンビンです。あらすじを読んだだけでも……「ソラとアルシーヴがさらわれ、リアリストが各地で一斉蜂起」……世界を終わらせに来てますねコレ。もはや戦争だよ。
 しかし、拙作2部も同じ展開になるとは断言いたしません。何故なら、もう既に運命は変わっているのですから。まぁ…変わった運命がイイものになるかどうかは保証しませんけどね?


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第22話:Finger on the Trigger

今回のサブタイの元ネタは、「仮面ライダーW」の劇中曲『Finger on the Trigger』からです。


“切り札は先に見せるな。見せるなら、更に奥の手を持て。”
  ……蔵馬・黄泉『幽遊白書より』


「こっから先は通さないんよ!」

 

 

 露出高めのカウガールみたいな格好をした女の子が、リボルバー式の二丁拳銃を抜いて銃口を向ける。

 ……なるほど、アレがタイキックさんとうつつから聞いたスイセンで良いんだな。

 

 

「降伏の意思ナシ…と。

 よし、挨拶代わりに何発か撃ち込んで―――!!?」

 

 

 俺も銃を抜こうとして仲間を見た時、目を疑った。

 何故なら……きららちゃんが、その目からボロボロと涙を流していたからだ。

 

 

「な!?……なんで泣いてんだ、きららちゃん!?」

 

「ど、どうしたんですかっ、きららさん!!」

 

「ご、ごめん……なさっ…

 わ、私にも、なんでだか、分かんなくって…」

 

「サンストーン、今!」

 

「分かった」

 

「!!」

 

 

 泣いているきららちゃんに目を奪われているスキに、サンストーンと呼ばれた褐色肌で黒白髪の少女が、スイセンの後ろ……アジトの奥に走り去ってしまった。

 …アイツ、サンストーンって名前だったのか。ヘリオスってのは偽名だったと。

 いや、そんなことはどうでもいい。今、重要なのは、目の前の二丁拳銃のカウガールが、二丁拳銃の引き金を引いて発砲してきたことだ。

 

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

「ふんッ!!!」

 

「フェンネル! タイキックさん!」

 

「何をしているのですか、きらら!ローリエ!

 今は目の前の敵に集中しなさい!」

 

「そうだ、2人とも! 奴は強敵な気がする…そう言ったはずだ!」

 

 

 そうだった。

 色々気になる事ができたけど、今はそんな場合じゃあない。

 スイセンという女をブッ倒して、先を急がなければならない。

 サンストーンが奥へ走り去った事、スイセンが立ち塞がった事、攫われたスクライブ達とメディ………それらを組み合わせてできる結論は、たったひとつ。

 ―――攫ったスクライブを、どこか違う所に転送する気だ…!!!

 

 

「皆! さっきの女……スクライブを転送する気だぞ!!」

 

「! では、この敵をさっさと突破しなければなりませんわね……!」

 

「させるワケ、ないんよ!!」

 

「うわあああ!!?」

 

 

 俺の銃が火を吹くと同時に、スイセンの二丁拳銃もまた、火を吹いた。

 ランプとうつつの悲鳴が聞こえたが、どうやら誰も被弾していないようだ。その代わり、こっちの銃弾も1発も当たっていないが。どうやら銃使い同士、射線の予測位はできるようだな。

 俺とスイセン、お互い6発撃ち尽くしたところで、物陰に隠れてリロードを行う。

 俺の『パイソン』のリロードを即座に終わらせて、物陰から様子を伺い………

 

「…?」

 

 ……出てくる気配がない。ウツカイがどこからともなく現れ、俺達に襲い掛かってくるが、肝心の、さっきまでバンバン銃弾をぶっ放していたスイセンが、まだ物陰から出てきていない。

 俺に近づくウツカイ1匹の頭に1発撃ちこんだところで、ようやくスイセンが物陰から出てきて、二つの銃口をこっちに向けた。

 

「さん、に、いち――バキューン!」

 

「そこだッ!!」

 

 再び、銃声が響き渡る。

 またランプとうつつが悲鳴上げているが、まだ被弾したわけじゃあなさそうだ。

 だが、きららちゃんもフェンネルも俺の銃を知っているからか、銃使いの銃声が響くと即座に防御体勢に切り替えて、思い切った攻めが出来ていないようだ。

 やはり、あのカウガールは俺が手を打たないといけないようだ。だが、さっきの銃撃戦でもアイツに1発もかすりはしなかった。

 

「フルバースト!……からの、リロードターイム!」

 

「………」

 

「! 銃使いの射撃が止まった!今のうちに―――」

 

「ウツー!!」

 

「あぁもう!! 鬱陶しい!!」

 

 再び、スイセンが物陰に隠れてリロードを始めたようだ。そのスキを突こうとしたフェンネルやきららちゃんにウツカイが群がった。

 俺も即座にパイソンに弾を込め直し、更にイーグルを即座に取り出せるようにする。そして、物陰からスイセンを確認……………やはり、まだ出てこない。

 さっきアイツの二丁拳銃を見たが、両方とも回転式(リボルバー)だったんだよな……まさか。

 

「そらっ!」

 

 スイセンが逃げ込んだであろう物陰に向かって鳳戦火を撃ち込む。

 すぐさま「やばっ…」と声が聞こえ、物陰からスイセンが飛び出した。その直後に爆音と爆風が部屋中を支配する。

 飛び出てきたスイセンは、まさか自分がこんなに早く攻撃が来るとは思っていなかったのか、若干焦りの表情が浮かんでいた。

 

 

「…フフ、随分と悠長だな、カウガール?」

 

「こんの…卑怯者め!」

 

 

 街の地下からコソコソと非戦闘員を攫って行くような奴らが言うな。

 そう言いたいが、これはあくまで挑発。ヤツの冷静さを削ぐ事が狙いだ。

 当たり前だが、拳銃と言うのはどんなに距離が近かろうが引き金を引けば当たるというものではない。動揺していたり頭に血が上ったりしていると、ちゃんと狙いが定まってないのに引き金を引いてしまうものだ。

 現に、二丁拳銃から吹かれた銃弾が、俺の後ろの方でいくつか跳ねて、壁にめり込む音が聞こえた。

 あと何発残っているか知らんが、全弾無駄にするといい!

 

 ―――と、思った時だった。自分の脇腹に、焼け付くような痛みが走ったのは。

 

 

「何ィィィーーーーッ!!?」

 

「ふ、ふふふ……ウチだって闇雲に撃つだけじゃあないんよ……

 空気中の水蒸気…そいつをほんのちょっと操作するだけで、透明な銃弾の道を作れる! 防御不能!確実に標的を仕留める、特製のガイドラインなんよ!!」

 

「ローリエ!……ちっ!」

「ローリエさんっ――――『コール』!!!」

「先生…!」

 

 

 脇腹を弾が貫通したようだが、かすり傷のようなものだ。一度目の人生の致命傷(じゅうそう)に比べれば、こんなの屁でもない。

 あいも変わらずフェンネルやきららちゃんはウツカイ……それも、ヒナゲシん時見たドデカイ奴を相手にしていて、援軍は望めそうにない。それでもきららちゃんは『コール』で誰かクリエメイトを呼び出して、俺の回復に回ろうとしている。

 だが、それでは間に合わない! たった今呼び出されたシャミ子が俺に駆け寄るより先に、スイセンが引き金を引く方が早い!

 

 

「思わぬチャンス到来なんよ! 食らえ!」

 

 

 撃鉄が薬莢を叩き、爆発する、発砲音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、バカな………!?

 弾丸が、跳ね返されたーーーーーーーッッ!?!?!?」

 

 

 今度は、スイセンが悲鳴をあげる番だった。

 俺を狙った弾丸は、突如俺の前に現れた、浮遊する小さな盾のような物質に跳ね返された。跳ね返った弾丸はアイツの露出した肩を掠めただけだが、今ので仕留められると思ったのか、ショックは大きめだ。

 今スイセンの弾丸を防いだのは、俺が開発したリフレクタービット………それに改造を加え、頑丈性と自動操作性を増した改良品だ。シールドビットとでも言うべきか。

 

 

「んな手を持ってるなんて……しまった、弾が切れて―――」

 

()()()()

 

 

 さっき爆弾を投げ入れた時には、リロードの真っ最中で()()()()()()()()()()()ようだな!

 空になった銃にリロードをしようとして、再び違う物陰に隠れようとしたスイセンに向かって銃をぶっ放す。

 狙い目は、無防備な身体……ではない!

 

「なぁッ!!?」

 

 ―――ビンゴ。見事に当たったな。()()()()()()()()()()に。

 拳銃というものは、撃鉄が薬莢を叩くことで発砲が出来るのだ。つまり……撃鉄を銃撃されてふっ飛ばされるという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これで……二丁の片方は、封じた。

 

 

「てめー、よくもッ!!」

 

「そんなに大事だったか? だが仕方ないよな?

 戦場に、シングル(S)アクション(A)アーミー(A)なんて()()()()()()()()()()()()だろーが」

 

「―――ッ!!!」

 

 

 撃鉄をふっ飛ばせたのには、決定的な要因がある。

 こいつの拳銃が2丁とも冗談にしか見えない固定式リボルバーだったことだ。これが一番大きい。このタイプのリボルバーは、一発ずつしかリロードが出来ない。そのため、リロードに時間がかかるのだ。道理で物陰に隠れる時間が長かったワケだぜ。

 俺のパイソンは同じリボルバーでも弾倉を横に出すことが出来る振出式(スイングアウト)のものだ。排莢の手間が省ける。イーグルに至っては自動小銃(オートマチック)だから、リロードの手間はほぼ無い。

 これが純エトワリア製の拳銃スペックなのだろうか? いずれにせよ、この差を利用しない手はない。

 

 スイセンは再び物陰に隠れてしまったので、直接狙う事はできない。

 しかし……そのための―――跳弾!!

 

 

「うわぁぁぁ!やっば!?」

 

 

 部屋にあった金属の備品に弾かれた跳弾は、スイセンの隠れている物陰の内側まで飛んでいった。

 初弾で当たらなかったからもう2発撃てば、当たると思ったのか飛び出てきた。………やっぱり、リロードは終わっていないようだな。

 たった今とび出してきた、隙だらけの身体に今鉛玉を―――

 

 

「オォォォラァァァァ!!!」

 

「!!!」

 

 撃ちこもうとしたところで、別方向からの攻撃!!

 すぐにその場を飛びのいて、奇襲をかわす。しかし、その際に生まれた時間で、スイセンのリロードが終わってしまったようだ。

 

「オイオイ、何が見逃すだ……思いっきりアジトに殴り込んできてんじゃあねーか!」

 

「スズラン! 正直助かったんよー!」

 

 奇襲してきたのは……スズランか。こいつ冗談抜きで強いんだよな。

 まぁいると分かってたし、むしろ今まで何故出てこなかったってのもあるけど、このタイミングはちょっとマズいな。あと2分……イヤ1分遅ければなんとかなったんだが…

 パイソンをしまい、イーグルを取り出す。そして、腰に下げてたサイレンサー弐号を抜刀した。

 何でもいい。ココはとにかく1秒でも多く時間を稼ぐ!

 

 

「見逃すっつったのは契約に乗った場合の話だぜ」

 

「…なんの話なんよ?」

 

「………相手にすんな。ヤツの思うつぼだ」

 

「またまた~~、3()()()()()()()()()()()って話、結構揺れてたクセにー」

 

「……スズラン?」

 

「フッたんだから問題ねぇよ!

 もう時間稼ぎに付き合う気はねぇ!!」

 

 

 くそ、時間稼ぎ目的なのがバレた。

 お流れになった契約の話を暴露して仲間割れを狙ったんだが、ちょっと露骨すぎたかな?

 仕方ない、もう一枚手札(わだい)を切るか。スズランの放ってきた魔法弾をかわしてから、再び口を開く。

 

 

「しかし、分からねぇな。お前ら何が目的だ?」

 

「時間稼ぎに付き合う気はねぇっつってんだろ!」

「ぜーんぶ、あの方のためなんよ!」

 

「話さねーか。ま、当然だよな。

 ()()()()()とマトモな会話ができるワケねーからな!」

 

「…は?」

 

「おい、スイセン」

 

 

 スズランは引っかからなかったようだが、スイセンは初めて聞いたみたいに目を見開く。

 片方効いただけでも上々。攻撃を躱し、銃弾で牽制しつつ話を続ける。

 写本の街の噂………これを利用してやる!

 

 

「巷で話題になってるぜ。『麻薬中毒と大量殺人の2(ツー)コンボかました異常者の集団』ってな!

 DHMOだっけ? どんな麻薬なの?」

 

「だ…黙れ」

 

「聞くなスイセン!」

 

「あ、吸った感想とかは言わなくていいよ。興味ないし。

 あんたらのボスもヤバいね。たかが麻薬のために人殺しを命じるなんて」

 

「黙れ……ッ!!!」

 

「まぁ? そこら辺は? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!!?」

 

 

 俺の言葉に、スイセンが振り返った………が、まぁそこには誰もいない。

 ウソだよ、ド素人め。あたかも今来たみたいな言い方だけで簡単に騙されやがって。

 そして、この隙に狙うのは、後ろを振り返ったスイセンの、ガラ空きの胴体!!

 

 

「くっそ!! おい、何騙されてんだ馬鹿!」

 

「スズラン!? ハイプリス様は…」

 

「嘘に決まってんだろ!」

 

 

 だがやはり、スズランに防がれてしまった。

 挑発には乗ってなかったし、スイセンが振り返った時も振り返らずに俺の方見てたしな。

 しかし、意外だ。金の亡者みたいなコイツだったら、騙されたスイセンなぞ見捨てると思ったんだが。

 

 

「はは、カネカネ言う割には友情にアツいじゃないか?」

 

「気持ち悪い事言うんじゃねぇ。コイツはオレの雇い主だ。死んだら報酬が貰えなくなるだろ!」

 

「あぁ、そういうこと?」

 

 

 雇い主ならば、守銭奴の傭兵は守るに決まってるわな。

 スズランとスイセンは、さっきのやり取りで完全に頭に来ているのか、俺を人殺しの形相で睨みつける。

 ……大丈夫、怖くない。エトワリアに生まれて、修羅場には慣れたし、今援軍の足音が聞こえた。

 

 

「さぁ、こっからが本番だ! とっととボーナスに―――」

 

「お前だけは絶対に許さない!! ウチらをヤク中呼ばわり―――」

 

 攻撃しようとしてくるスイセンとスズラン。

 だが、俺に目がいってて全然他のことに気付いちゃいない。

 

 

「な゛ッッ!!?」

 

「し゛ッッ!!?」

 

 

 スイセンのどてっ腹に突き刺さったのは、葉のついた光の矢。

 スズランの顔に命中したのは、ジャイロ回転した風の魔法だった。

 2人が吹き飛ばされるのと同時に、また別の2人が、俺の傍らに立った。

 

 

「遅いぞアリサ、冷汗かいたぜ。……あと援軍ありがとな、ミカンちゃん」

 

「ごめんなさい、道に迷って…でも、間に合ったみたいですね」

 

「こっちもようやくひと段落ついたのよ」

 

 俺の生徒にして、丁度写本の街に来ていたアリサ。そして、たった今きららちゃんが『コール』したクリエメイト・陽夏木ミカンちゃんだ。

 ナイスタイミング。お陰で、2人の攻撃が、奴らのほぼ無防備な部分に突き刺さったのだ。

 

「しっかし、エグイなお前。美女の顔に容赦ナシか」

 

「私にレディーファーストとかありませんので」

 

「というかファーストを譲られる側だものね」

 

 さて、このまま押し切れればいいんだが……いかんせん、時間が怖い。このまま一気に……!

 

 

「スズラン……時間、どれくらい経った…?」

 

「ざっと10分くらい、かね。まあ上出来だろ」

 

「「「!!!」」」

 

「まずい…もうタイムリミットなの…!?」

 

「ふふ、ちゃうちゃう―――()()()()()()()()()

 

「くっ…!!」

 

 

 俺の挑発に乗り、ミカンの矢を食らってもなお、不敵な笑みを取り戻したスイセンが言う事には。

 ……スクライブの転送が終わったということらしい。

 アリサが歯噛みし、ミカンから絶望の声が漏れる。

 

 

「メディアちゃんは諦めてあげるんよ。でも…それ以外の、攫ったスクライブ全員は貰っていくんよ!!」

 

「そんな…!」

 

 

 勝ち誇ったように笑うスイセン。

 そんな彼女の様子を見て、俺は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――()()()

 

 

「…なにがおかしいんよ?」

 

 

 やはりスイセンは素人だ。銃の腕・それを補う魔法の使い方。それは見事なものなのだろう。

 だがコイツは上を知らない。自分の銃より優れた設計を知らない。……戦いが、究極的に言えば化かし合いなのを知らない。

 

 分かってたんだよ、お前らの目的が時間稼ぎで、その隙にスクライブをどっかに連れ去るつもりだったのは。

 だから………

 

 

「……さっき脇腹にできた傷、あるよな?」

 

「は?」

 

「お前は、俺の脇腹をブチ抜いたつもりなんだろうが……実際には、ちょっと違ったってわけだ」

 

「せ、先生? 何を言ってるんですか??」

 

「貫通したのはよォー、脇腹だけじゃあなかったんだ。

 そこにたまたま下げてあった、巾着袋にも、穴が開いちまったってことなんだぜ」

 

「はぁぁ? マジで意味不なんやけど!!? 何が言いたいん!?」

 

「―――!!!」

 

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()!!?

 いやぁ、本当に……巾着袋を開け放つ手間が省けたってモンだ。お陰で……今の今まで、2人に気付かれなかったんだからな。

 スイセンやアリサやミカンは察しが悪いようだが、スズランだけは気付いたようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「てめー、まさかッ!!」

 

「気付くのが遅いんだよ、アホ守銭奴ッッ!!!」

 

「うおおおおおおおおおおっ!?!?!?」

 

 

 スズランに放った、炎属性の斬撃がクリーンヒットした。

 スイセンは、そこでようやく自分の立場が、思ったより有利に傾いていないことに気が付いたようだ。

 そして、俺の予想が正しければ、そろそろやって来る筈……

 

 

「スイセン! スズラン! 撤退だ!」

 

「サンストーン!!」

 

「ッ………首尾はどうだ!?」

 

「最後の最後でやられた……転送自体は出来たが、失敗だ」

 

「「はああああああああ!?!?!?」」

 

「これ以上ここにいる意味はない……逃げるぞ」

 

 

 ほらな。サンストーンが、俺の秘策が成功した知らせを持ってきた。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 スイセンとガンマン同士の戦いを繰り広げた拙作主人公。とはいえ、目的が時間稼ぎだとわかっていた以上、その奥でスクライブを連れ去る何かを作動させるつもりだと考え、それに手を打っていた。その手に気が付かせない為に、途中乱入してきたスズラン共々煽りの呼吸の餌にした。ローリエがスクライブ転送にどんな手を打ったかは、次回のお楽しみ。

きらら&ランプ&住良木うつつ&フェンネル&タイキック
 スイセンと共に出てきた巨大ウツカイの相手をしていた人々。スイセンだけじゃ流石にリロード中にフルボッコになって時間稼ぎにならなくね?と思ったためにほぼ場面外の戦闘に参加してもらった。正直スマンかったと思っている。

アリサ・ジャグランテ&陽夏木ミカン
 危機一髪のローリエに割って入った呪術師&魔法少女。スイセンとスズランに容赦ないアンブッシュを敢行した。ちなみにちよももとシャミ子も『コール』されてたが、2人は巨大ウツカイ討伐に集中していた。

メディア
「あ…ありのまま今起こった事を話します!『洗脳装置が爆破したと思ったら、いつの間にか助け出されていた』…な、何を言ってるのか分からないと思うけど、私も何をされたのかわからなかった………手抜きとは省略とかそんなチャチなものじゃあない、もっと恐ろしい場面集中の片鱗を味わいました…」なギルド長。そこ!メディナレフって言うんじゃあないッ!

スイセン
 ローリエとほぼサシで戦っていた腹ペコカウガール。ローリエの武器のスペック差と煽りの呼吸に翻弄される。スズランがいなかったら2回は再起不能にされてたかも。しかし、なんとか時間稼ぎが完了し、勝ったと思ったらぶっ飛んだ凶報を耳にするハメになる。

スズラン
 時間稼ぎ戦に乱入した守銭奴。スイセンを庇ったのはより良い報酬のため。戦いが駆け引きでしかないことを熟知しており、それ故にローリエの挑発にほぼ乗らなかったが、挑発に乗った同僚を庇ったために前回ほど思い切った攻めが出来なかった。

サンストーン
 スクライブを転送するはずだったきら何とかさんの妹。しかし、ローリエはそのことを何となく察しており……? 普通、転送装置が転送を失敗するはずないのだが、一体何が起こったのか……次回に乞うご期待。



リボルバーの弾倉
リボルバー式拳銃のシリンダーには3タイプあり、振出式(スイングアウト)中折式(トップブレイク)固定式(ソリッドフレーム)がある。一般的に連想される、シリンダーを横に出す事が出来るのを振出式といい、西部開拓時代の固定されていてシリンダーを横に出す事が出来ない形式を固定式という。振出式が一般化されているのは、リロードがスムーズに行いやすく、かつ銃本体が長持ちするからである。固定式は排莢と装填が一発ずつしかできず、中折式は強力な弾丸によっては留め具が壊れやすい。以下に振出式と固定式、そしてそれを使うキャラクターを書いておくので、各自ようつべ等でリロード動画を見ていって欲しい。

振出式:S&W M19(次元大介)、コルトパイソン(冴羽獠)
固定式:SAAピースメーカー(リボルバー・オセロット)


△▼△▼△▼
きらら「そんな…スクライブのみなさんが攫われてしまった!」

ローリエ「落ち着けきららちゃん。あの白黒褐色女が『失敗した』っつってたろ」

きらら「はい……一体ローリエさん、何をしたんですか…あれ?ま、また涙がっ……」

ローリエ「ちょっ、ちょ、どんだけ泣くのよ!? えーと、は、ハンカチ要る!?」

きらら「はい…………」

次回『奥の手と終戦と夜会話』
きらら「じがいも゛おだのじびに゛……っ」
ローリエ「おいぃぃぃぃ無理すんな!!?」
▲▽▲▽▲▽


あとがき
 第2部最終章は、配信されたその日のうちにクリア致しました。うつつの正体とハイプリスの境遇が判明したものの、サンストーン関係はまだ不明なままだし、『混沌の使者』なるものが出てきて、ちょっと衝撃です。てっきり、ソラちゃんを呪ったのはハイプリスかロベリアだとばっかし思ったのですがね……どうも違うようです。
 拙作と細かい部分で矛盾が出てきてしまったので、拙作2部は2部でしっかり終わらせる予定で参りたいと思います。具体的に言うとサンストーンを中心とした真実の手たちの過去を捏造します。幸い、ベースは公式にしっかり出ていますしね。


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第23話:奥の手と終戦と夜会話

モンストのジョジョコラボで徐倫当てました。神父をオラオラするの楽しかったです。
アニメも見たんだけど、サンダー・マックイイーンがあらゆるリアリストよりタチが悪いと思ったのは俺だけだろうか…?

今回のサブタイは「仮面ライダーオーズ」風にしました。
第三者視点から書いた部分はジョジョの奇妙なナレーター風に脳内再生してくれると助かります。私はそのつもりで書きました。

“私が見た限り、救いようのない悪党には共通点があった………誰もが嘘つきで、良い人になろうとしなかったという点だ。”
 ……木月桂一の独白


 ―――時間は、ローリエとスイセンの撃ち合いのタイミングに遡る。

 

 スイセンの弾丸によって、脇腹を貫かれたローリエ。

 しかし、それによって脇腹に下げてあった巾着袋に穴が空き、そこからバラバラと魔道具が落ちていった。それらは、まるで生きているかのように物陰に隠れ………そのまま、スイセンの脇を通っていった。

 ……魔道具の名前は、G型魔道具。

 

 黒色だけでなく()()()()()()()()()()()ソイツらは、スイセンやローリエ、きららやランプ、フェンネルやウツカイ達が戦っている脇を、カサカサと通り過ぎていく。

 そのことに、誰も気づかない。当たり前だ、戦闘中にゴキブリに目を奪われるような人間は敵の攻撃の良い的になるに決まっている。よって、誰も―――偶然被弾した巾着袋を持っていたローリエ以外―――G型が二種類いたことも、ソイツらがスイセンの守っていた奥へ歩き去って行ったことも、全く気づかなかったのである。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――リアリスト・アジト最奥部にて。

 そこでは、サンストーンがせかせかと、絶望のクリエによって闇堕ちしたスクライブを転送する準備に取り掛かっていた。

 

 

「魔法陣…準備完了。これで良し」

 

 

 転送用の魔法陣の起動はもう終えて、立ち上げている間にスクライブ達を陣へ誘導し、転送するのを待つだけ。それで奴らの目的のスクライブはもう手が届かない場所へ転送される。

 あとは時間稼ぎが上手くいくことを待つだけの、楽な仕事であった。

 ―――そう、イレギュラーさえ起こらなければ。

 

 全てのスクライブを陣に乗せ、後は本格起動を待つばかりだと息をつくサンストーン。

 

「(これでまた…真実に一歩近づく……世界の絆を断ち切れるのも時間の問題だな)」

 

 世界の絆とは何なのだろうか?

 それを断ち切るとは、どういう意味か?

 仮に実行するとしても、どうやって断ち切るのか?

 それらの疑問への答えは、まだ現段階では伏せておく。まだ神殿側は、その目的に誰も気づいていないし、今は語るべき時ではない。

 

 サンストーンはスイセンとスズランの実力を信頼しているが故に、きらら達邪魔者がここに来る前に転送が終わるだろうと読んでいた。

 だから……すぐに気が付くべき異変に、すぐに気付かなかった。

 

 

「…………………? 魔法陣が途切れている?」

 

 

 起動プロセスとスクライブの誘導を終わらせて数分。

 サンストーンは、ふと視界に入った魔法陣の一部が途切れていることに気が付いた。

 さっきは途切れてなかったはずだが、と近づくサンストーン。そうすることで、魔法陣の途切れの正体に気が付いた。

 

 

「なッ!~~~~~~っっっ、(ご、ゴキブリ…!? な、なんだ……途切れてたのではなくコイツが陣の上に乗っていて、魔法陣の光が見えなかっただけか)」

 

 

 そう。ゴキブリが乗っていたのだ。しかも、やや体の小さい、茶色いタイプだ。サンストーンは、その正体に驚くと同時に、少し安堵した。

 サンストーンとて、女性なりの価値観は持ち合わせているし、ゴキブリに対して一般的な生理的嫌悪感を持っている。

 しかし、ここで「キャー」などと悲鳴をあげようものなら、時間稼ぎの為に戦っているスイセンとスズランが何事かと動揺し、撤退戦に悪影響が出てしまうかもしれない。サンストーンは、努めて声を出さないように、そしていつでもゴキブリを安全圏から退治できるように、そいつを視界から出さないように目を合わせつつ、棒切れを取り出せる位置まで距離を取った。

 

 

「ヒナゲシではあるまいし、この程度で動揺するワケには………………?」

 

 

 攫われた仲間である筈のヒナゲシをナチュラルにディスりながらも平静を取り戻そうとするサンストーンは、魔法陣のチャバネゴキブリを観察していくうちに、おかしなことに気付く。

 ……薄暗い明かりだからかたった今まで気付かなかったが、このチャバネゴキブリ、自分に気付かれても動く気配がなかった。それに…あの魔法陣の上でヤツは何をしているのか? あの辺りに、丁度良く偶然にゴキブリが食いつきそうな食べ物のカスか何かが落ちていて、それを食っていたとか?

 …まさか。そもそも自分達はこんな奥で食事なんかしたことがないし、スクライブにも食事は与えていない。与えているのは生命維持の魔法だけだ。

 

 そう思って、サンストーンは棒切れを片手に再びチャバネのGに近づいて……ここで、ようやくソイツが何をしているのかを悟った。

 

 

「な……こ、コイツ!!! ()()()()()()()()()!!

 なんだコイツはぁぁぁッ!?」

 

 

 そう。このチャバネゴキブリ。魔法陣を構成していた魔法の線を、まるでう○い棒か何かのようにむさぼり食っていたのである!

 ゴキブリが2億9000万年も絶滅せずに生き続けていた理由の一つに、幅広い雑食性がある。基本柑橘系・ハーブ・塩以外は文字通り何でも食べ、水一滴で3日、油一滴で5日生きることが出来、人の髪の毛や電化製品のコード、果ては共食いをしてでも生き延びる。これに凄まじい機動力と隠密性、繁殖力まで合わされば、絶滅しろという方が無理なのかもしれない。

 エトワリアにも例にもれず、ゴキブリは存在する。現にローリエは、G型を開発する際に、本物をスケッチしまくって、本物のツヤを参考に、出来るだけクオリティの高いG型魔道具を作る事に成功したのだ。

 

 サンストーンも勿論、エトワリアに忌むべきG型生命体が存在するのは知っている。だが、魔法陣を食うほどの雑食性は聞いたことがなかった。

 

「なにか分からんが、それを食うのはやめろッ!」

 

 Gを退治するため、サンストーンは手に取った棒切れを振り下ろす!………しかし。

 

▶サンストーンのこうげき!

▶チャバネGは ひらりとみをかわした!

 

「ば、バカな……攻撃を察知して避けただと…!?」

 

 殺すつもりで振り下ろした攻撃を、チャバネのGが回避したのを見て、動揺を隠せないサンストーン。

 さっきまでGがいたところがその時初めて見えたのだが、やはりそこは虫食いのように食われていた。

 急いで魔法陣を直すサンストーン。魔法陣の欠陥を放っておいたら、正しく転送が出来ないからである。

 チャバネGが食い荒らしたことで突然にできた、魔法陣の欠陥を修正したサンストーン。しかし、ひと息つこうと思って視線を上げると――――――背筋が粟立つ光景が広がっていた。

 

「なっ!?!?!?」

 

 なんと―――チャバネGが数十匹と、魔法陣に群がって現在進行形で食い破っているではないか!

 

「何ッッ!! コイツら、さっきまでどこにいたんだッ!?」

 

 そこからサンストーンは、魔法陣を食おうとするチャバネGを駆除し、魔法陣を修復する作業に没頭せざるを得なくなった。

 闇堕ちしたスクライブを利用することも考えたが、全員意識を希薄にさせているから大量のGにも無反応なだけで、手伝わせるために意識を戻したら、恐怖で混乱を起こすかもしれない。それに、元々スクライブの転送が目的なのだ。起こす意味がない。兎に角そんなリスクを冒すくらいなら一人でやってやるとチャバネGに立ち向かうサンストーンである。

 チャバネG達を潰そうと攻撃する……だが1匹も当たらない。しかし、それで十分。サンストーンの目的はチャバネGの退治の方ではなく、転送魔法陣の守護と修復だからだ。

 Gどもを追い払っては、食われた部分を修復する。群がってきたGを追い払っては修復。追い払っては修復、追い払っては修復…………そこで、サンストーンは気が付いた。

 

 

「くそっ、数が多すぎて修復が間に合わない……

 それに、妙だ……コイツら、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 

 単純に数が多すぎて、魔法陣の修復が間に合わないこと。

 そして、チャバネGどもが、さっきから魔法陣だけを狙って攻撃してきていることに。

 本気を出したサンストーンは、戦闘とパスの切断にしか使わないサーベル剣を鞘から引き抜いて、魔法陣を傷つけないようにチャバネGだけを狙って斬りかかる。しかし……すんでのところで刃は掠るばかりで、一向に数を減らせないでいる。

 

 

「多分、今攻めてきた奴等の手先か……十中八九、八賢者ローリエ!

 なんて奴だ……魔法を食らう品種(ゴキブリ)を、ここまで訓練するとはッ!?」

 

 

 サンストーンは、頭をフル回転して、その結論を導き出した。

 

 事実は、少し違う。サンストーンが魔法を食う品種のGだと思っていたものたちは、全てローリエの発明品だったのである。

 ―――G型魔道具・タイプBROWN。従来までのG型……情報収集&諜報特化のタイプBLACK*1とは違い、妨害系の諜報型に仕上げた、新たなG型魔道具である。サンストーンは、あまりのG型の再現度と最奥部の薄暗さのせいで、本物と見間違ったのだ。

 

 …極限までチャバネTYPEのGに似せた魔道具。その能力は、G特有の咬合力による破壊工作だ。

 物理的に様々なものを破壊できるのは勿論、G型の牙に対魔法のサイレンサー加工………いわゆる魔法無効化の魔力が宿っており、魔法で作られたあらゆるものを、その口で破壊することができるのである。勿論、G型に備わる機動力・隠密力・飛行能力含めた逃走テクも健在だ。Gの繫栄の秘訣たる雑食性を、可能な限り再現した悪魔的に頭の悪い発明品である。

 

 しかし、その悪魔的な発明品が、いまサンストーンのメンタルを追い詰めていたのは事実だった。現に、彼女はジリ貧を確信していた。

 

 

「(このまま千日手を繰り返すワケにはいかない………じわじわとコイツらに陣を食いつくされるだけだ。そんなことになったら……折角集めたスクライブが、転送できなくなるッ!)」

 

「やるしかない……このまま、転送するしかないッ!」

 

 

 この無駄にスタイリッシュに攻撃をかわしながら、魔法陣を食い続けるチャバネG型の群れ相手は、流石のサンストーンもお手上げだった。……これが例えば、自分を目の敵にする策士や、やたら傲慢で自信家の歌姫、そして触れ合いを求める毒娘がいたら話は違っただろう。しかし……自分一人では明らかに不利だ。

 ならば、コイツらに食いつくされる前に、転送を発動させてしまえば良い。いや、もうそれしか残っていない。

 現に、魔法陣の3割ほどが虫食いのように食われてしまっている。スイセンとスズランに助けを求めるのが論外であり、他の『真実の手』も他の任務で動けない以上、こうするしか手がなかった。

 

 

「よし、いつでも転送できる…!

 今だッ! このスクライブ達を…我らの本拠地まで転送しろォォーーーーーッ!」

 

 

 攫ったのは100人弱ほど。全スクライブの10%程度であり、サンストーンの算段ではもっと攫えても良いハズだと思ったが、この期に及んで贅沢は言っていられない。

 魔法陣が光り輝いた―――が、チカチカと点滅しており、通常通り作動していないのは火を見るよりも明らかだ。だが、あのままジリ貧の防衛戦を続けて転送自体が出来なくなるより遥かにマシだった。

 チャバネGが退散する。それと同時に、転送の魔法が発動。闇堕ちスクライブ全員の姿が消えた。

 

「はぁ…はぁ……そうだ、ハイプリス様に連絡を………」

 

 息を上げて通信機を取り出し、発信を始めた。

 2コール目が終わる前に、ハイプリスが通話に出た。

 

『やぁ、サンストーン。進捗はどうだい』

 

「ハイプリス様…! たった今、スクライブを転送いたしました…確認のほどをお願いします」

 

『あぁ、分かった。少々待ってくれ』

 

 通話がONのまま、ハイプリスが画面から立ち去る。

 そうして、確認が終わり戻ってきたのは何秒だったか、何十秒だったか。

 サンストーンには、それがとても長い時間のように感じた。

 チャバネGどものせいで、魔法陣が不十分のまま転送をしてしまった。不備はないだろうか? 思わぬ事故が起こっていないだろうか? ……起こっていないと思いたいが、アレだけ食われて何もないとは正直考えづらいが……

 

『待たせたね、サンストーン。いま確認が終わったところだ』

 

「そ…そうですか。な、何人、届きましたか?」

 

『? おかしなことを言うね。確認しなかったわけじゃあないだろう』

 

「今、神殿の者が攻めて参りました。撤退をするので捕らえた者すべてを転送したのですが…思わぬ妨害を受けまして」

 

『ふむ…こちらに届いたのは、3()7()()()。一体なにがあったのかな?』

 

「……え」

 

 サンストーンは、全身が凍るような感覚に囚われた。

 100人近く捕らえたはずのスクライブが、37人? じゃあ、残り半数以上は、どこに行ったのだ?

 原因は分かっている。あのゴキブリどものせいだ―――でも、そいつ等から魔法陣を守れなかった自身の責任は?

 

『……サンストーン?』

 

 ハイプリスの、心配するような画面越しの声に、サンストーンはすぐに返事をすることが出来なかった。

 ―――これが、スイセンとローリエらが戦っていた、約10分間の間に起こった出来事である。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 サンストーンの「これ以上ここにいる意味はない」宣言を受けたスイセンとスズランは、すぐさま撤退していった。

 追い討ちをかけようとも思ったが……サンストーンとやらがきららちゃんの視界に入った途端またきららちゃんが泣き出してしまったため、その隙に逃げられた。

 幹部級3人が転移した直後、最奥部に走っていったのだが、そこは文字通りのもぬけの殻だった。

 

 

「そんな…」

 

「スクライブの皆が、攫われて…!」

 

「間に合わなかった…!」

 

 

 きららちゃんもランプもメディも、膝をついた。フェンネルも歯噛みする。うつつとタイキックさんは何か言いたげな目でこっちを見てる。

 

 

「…どうした?」

 

「ねぇ………あの、さ…敵が『最後の最後でやられた』って言ってたのは、何だったの?」

 

「そうだな。あの時の貴方は何か策があって、それがうまいコト成功したかのような様子だった………そんな気がするが」

 

「あぁ、それなんだが―――」

 

 

 俺は、G型のタイプBROWNとBLACK RXを回収し、録画された映像を流した。

 そこには、魔法陣を壊そうとするタイプBROWNのG型の群れと、それ相手に四苦八苦しながら戦うサンストーンが映っていた。魔法陣の破壊を阻止しようとして物量に押されかけ、最後の苦肉の策で無理矢理転送を強行………その結果、自分の思った通りの場所にスクライブが転送できていなかったのか、電話越しの相手に呆然とする姿………その一部始終が全部だ。

 

 

「な…そういうことを仕組んでいたなら先に言ってくださいよ!」

 

「それでも、30人以上は連れ去られちゃいましたし、他のスクライブの皆さんも所在が分かりませんし……」

 

「ローリエ…もう少しどうにかなりませんでしたの?」

 

「無茶言うな。G型を開放したのがバレてたらスイセンとスズランを突破するのだって無理だったんだ。ここまで妨害できたんなら御の字だろ。

 それに……半分以上が行方不明ってことはさ。その半分以上の子は、敵の本拠地以外のどこかに飛ばされたということ。先にこっちが保護すれば、どうとでもなるってことだ」

 

「成る程。皆、ひとまず帰ろう。メディアは救出できたし、他のスクライブの大半も、悪いようにはならないだろう」

 

「タイキック、君はほんとに自信マンマンだね……根拠とかあるのかい?」

 

「無い。強いて上げるなら、『そんな気がしたから』……、それだけだな」

 

「また『そんな気がする』だよ……」

 

 

 今回の戦果は「拉致までのタイムリミットを大幅に稼いだ」………そんなところだ。だが、行方不明のスクライブ6、70人がどこへ飛ばされたのかは流石に分からない。タイプBROWNが噛みつきまくったお陰で転送の魔法陣がメチャクチャだったのだ。どっかへ飛ばされてるに違いない。そしてそれは、100%勝ったとは言えない。

 我ながら粗があるにも程がある。だが今回はシチュエーションが最悪すぎた。人手も時間も足りなかった中で思いついた、最善のヤツだったのだ。

 でも、それらも言い訳にしかならない。こうなったら、行方不明のスクライブを探すしかないだろう。変な所に飛ばされていないかを祈りながら、俺達はスクライブギルドに帰ることにした。

 

 

 ……翌日からの1ヶ月間。その期間において、各地で闇に飲まれたスクライブが発見されるという報告が相次いだ。

 賢者や神官たち、衛兵たちが、港町や山道、言ノ葉の都市や写本の街に派遣され、闇堕ちスクライブが回収されていき、最終的に74人のスクライブが保護されたのであった。

 保護されたスクライブ達は絶望のクリエに汚染されていたためにすぐに写本作業に戻る事が出来ず、また精神的な観点からも、言ノ葉の神殿にて療養という措置がとられたのだが……それはまた、別の話だ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 きららちゃん達は、休むまで複雑な表情だった。

 無理もない。メディは救出できたが、それ以外は間に合わなかったようなものだから。

 それでもメディは、うつつとタイキックさんにお礼を言っていた。

 

 

「助けてくれてありがとうございます、うつつさん」

 

「お、おおおおおお礼なんか言わないでよぉ…ほんと、私今回なんにもしてないんだからさぁ…」

 

「そんなことありません。うつつさんは、私を助ける為に止まらずに来てくれたそうじゃないですか。

 それに、リアリスト達に切った啖呵、かっこよかったですよ」

 

「わ、忘れてぇ……恥ずか死しちゃうぅぅぅ……」

 

「良かったな、うつつ」

 

「タイキックもやめてぇ…」

 

「タイキックさんも、ありがとうございました」

 

「メディアが……うつつの友達が無事なら、何よりだ」

 

「とっ、とととととととと友達ィィィィッ!?!?!?」

 

「む、違ったか?」

 

 

 その過程で、うつつが面白いことになっていた。

 うつつの啖呵を切った場面をメディが覚えていたり、タイキックさんがメディを「うつつの友達」と呼んだことでうつつが真っ赤になりながら、表情をコロコロ変えている。新たな顔芸だな、コリャ。

 そのやりとりで、一時的にだが、きららちゃん一行に笑顔が戻った。

 

 その後、メディの提案により、戦いで疲れた体を癒すために全員がギルドで一泊する流れになり、俺も色々と世話になった。特にメディが夕飯を作り出すなんて言い出した時は全員で焦ったものだ。攫われた一番の被害者にやらせるワケにはいかんと、俺とフェンネル筆頭でてんやわんやしたものである。

 

 …え、風呂のNOZOKIはどうしたかって? やんなかったよ。ランプもメディもうつつも子供体型だし、きららちゃんはまだ成長しきってないだろうし、フェンネルとアリサの監視の目があるし、そもそも戦闘直後な上に、メディに真面目な話があったからな。気分じゃなかったの。

 

 

 

 ……入浴後、後は寝るだけとなった時刻……俺は、メディを探してギルド内を歩き回っていた。

 最初は部屋にいるかと思ったが、ノックしても返事がないし、扉を開けても姿がなかったので、ちょっと探している。そして………その姿は、ギルドの仕事場にあった。

 何してんだよ、数時間前まで攫われてた張本人が。夕飯の時といい仕方ない子だ、ちょっと驚かそう。後ろから少しずつ近づいて……

 

 

「コラッ!」

 

「わあああああああ!!?」

 

「メディ。俺は君をワーカホリックに育てた覚えはありませんッ」

 

師匠(せんせい)!?」

 

 ハッハッハ、イタズラ大成功。メディは、椅子からひっくり返るような勢いで動揺し、慌てた様相でこっちを振り返った。

 

「まったく…こっちはマジな話をしに探したんだぞ。夜会話くらい寝室でさせてくれ」

 

師匠(せんせい)、夜会話ってどういう意味ですか?」

 

「そこは引っかからなくて良い。そう言うメディは、ここで何してたんだ」

 

「それなんですけど…これを見てください」

 

「これは……奥義書?」

 

 メディが見せてきたのは、エイダちゃんがちょっと前に見つけてきた、スクライブギルドの長に代々伝わってきたってアレか。

 実際の所格ゲーのコマンドだったけど、コレが今更なんだっていうんだ?

 

「実は、帰ってきたあと奥義書を調べていたら、続きが隠されていることに気付きまして」

 

「続き?」

 

「これです」

 

 メディが指をさす。その部分には、いつか見た時とほぼ同じく『奥義の出し方・敵の攻撃が当たる直前に ←↓↙+S』と書かれていた………が。

 その下に、なんと俺も見覚えのない文章が浮かんでいた。曰く――――――

 

『奥義の出し方・敵の攻撃が当たる直前に ←↓↙+S』

『―――という技を覚えたら、以下の場所に向かうべし』

 

 ―――それとともに、更には微塵も見えなかったはずの地図が何故か書かれていた。

 

「メディ、これは…!?」

 

「炙り出しです。どうやら、この紙自体がなかなかの耐熱性を持っていて、火で温めないと出てこない特殊なインクを使ったのでしょう。

 その特殊なインクによって、奥義の修得方法が途中から書かれていたようですね」

 

「成程…奥義の情報漏れを防ぐためか………これ、他に知ってんのは?」

 

「さっき見つけたばかりですので私と師匠(せんせい)だけです。場所の解析をして、きららさん達をお見送りしてから、フェンネルさんだけに事情を話して、真の奥義を習得しようと思っています」

 

「そうしてくれ」

 

 なんとまぁ、驚きのニュースがあったもんだ。まさか、あの昇○拳コマンドの必殺技が奥義ではなく、奥義を隠すためのフェイクだったとは。

 となると、奥義の内容がまた謎になるが、それはそれでメディに任せよう。スクライブギルド長の初代が考え出した、「世界の理さえ変えかねない力」を持つってのが大げさな表現じゃあない可能性が出てきたが、多分悪いようにはなるまい。スクライブギルドの奥義だし、メディが使い手なら悪用されるリスクもないだろう。

 ……盛大に脱線したが、メディを見つけることができたのだから、俺の本命の話題に入ろうと思う。

 

 

「ところで、なんだがメディ。お前に訊きたいことがある」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「救いようのない悪党でも、変われると思うか?

 努力さえすれば、誰でも“良いヤツ”になれると思うか?」

 

「―――」

 

 

 俺が聞きたかったこと。

 それはズバリ、リアリスト達の改心の可能性だ。

 

 

「今回襲撃してきた、真実の手って言われてたヤツの中に、スズランって女がいたのは知ってるか?」

 

「…あぁ、あの華美な服装してて、師匠(せんせい)が好みそうなおっぱいしてた、あの」

 

「お前………まぁいい。ソイツな、金目当てで動く傭兵だったんだよ。だから、3倍の金で裏切らせようとしたんだけど…フラれちゃってな」

 

師匠(せんせい)…よくそんな手を思いつきますね」

 

「まぁな。他にもヒナゲシってヤツがいたんだが……アイツはアイツで、『自分は不幸だった』と声高々に叫んでてな。

 どんな不幸だったかはともかく、痛々しかったよ。やったことは許さねぇし、ツケは払わせるけど」

 

「………」

 

「俺もね、色々知ってるから無条件で『変われる』って言えないんだよ。でも、今ここで『変われない』って断言するのも、なんか違う気がしてさ」

 

「そうですか…」

 

 

 メディは最初、急にぶっ飛んだ話題を振られたことに驚いていたが、理由を話していくうちに納得したような顔をして、う~んと唸りながら顎に手を当てて、目を閉じて考え込んでいった。

 ちょっと、難しい質問しちゃったかな。確かに、そう簡単に出る問いでもないし、正解なんてないのかもしれないが。

 そう思って、メディの答えを待っていると、予想外の位置から声が響いてきた。

 

『そんなもの、分かっているだろうローリエ』

 

「(……木月!?)」

 

 木月だ。メディに怪しまれない程度に周囲を見渡すと……自立式の手鏡が、メディの机の上にあったのだ。

 そこに写るメディの後ろ姿と俺の他に、木月が隣に立っていたのだ。無論、鏡でいると予測できる位置を見ても、そこに木月はいない。

 くそ、コイツマジでマン・イン・ザ・ミラーじゃねぇか。

 

『変わる事が出来なかったから、或いは変わろうとしなかったから“救いようのない悪党”なんだ。

 奴等は、「変わりたかったけど変われなかった」などと言い訳をするが……大抵、無自覚な後者なのだ。

 そんな連中に手を伸ばして何になる。自分の愛する者を切り刻まれるのがオチだ』

 

 俺が質問してるのはメディだ。お前が勝手に答えるんじゃあない。心の中でそう叱り飛ばして、努めて木月をスルーする。

 どうやら、メディは木月の声が聞こえていないようだ。そんな状況で俺が木月に対して怒鳴っても、メディは状況についてこられなくなるだろう。

 だから黙っていろ、木月桂一。

 

『分かっているハズだとも言っただろう。君にはこの木月桂一の人生の記憶が全て入っているのだから。

 楽観視はするな。合理的になれ。十の悪人を、億の善人の為に切り捨てれば良いじゃあないか』

 

「(お前、いい加減に―――)」

 

師匠(せんせい)、いいですか?」

 

「『!!!』」

 

 

 メディから声がかかる。そこで初めて、メディの久しぶりの真剣な顔をまっすぐに見ることができた。

 木月も鏡からいなくなったことだし、彼女の話に集中しよう。さっきまで邪魔者に妨害されてたのはマジで悪かったから、一言一句、真剣に聞こう。

 

 

師匠(せんせい)……確かに、私はギルド長になって、色々学びました。この世界にはまだ、戦争も貧困も、差別も搾取さえもあるって。特に聖典を信じないような地域にはそのようなことが非常に多い……ということも。」

 

「……そうか」

 

「だからこそ、私はそんな人達に聖典を教え、希望を与えたいと思っているんです。だから、私は信じます。どんな人間にもやり直しのチャンスはあるし、努力すれば必ず報われると。

 ………そうじゃないと、日々を生きている人達に希望が、潰えてしまいますから」

 

「希望が、潰える?」

 

「人は変われない……悪い事を一度犯したら、一生悪人のままだなんて、あってはならないと思います。

 そんなことがまかり通ってしまったら、“良い人”になるための……良くあろうとする人の努力が、全部ムダになってしまいますから」

 

 

 そこまで聞いて、俺は安心した。

 良かった。メディは卒業前と変わっていない。お人好しで、でも厄介なタイプの優等生だった。

 俺の、木月の意見でささくれかけていた心が、ちょっと和らいだ気がした。

 

 

「ありがとう、メディ。君の意見が聞けただけで満足だ。ムズイ質問だったろうに」

 

「貴方の為になったなら何よりです、師匠(せんせい)。それに…現実は、さっきの質問よりも遥かに難しいことは分かっています」

 

「なら大丈夫だな。メディ、良い夜を」

 

「はい。おやすみなさい、師匠(せんせい)

 

 

 聞きたいことを聞けた俺は、木月がまた話しかけてくる前に寝ようと、さっさと用意された寝室へ向かうことにしたのであった。

 

 

*1
ドリアーテ事件以降に製作された、スパイ能力と再現度が大型アップデートされたものをローリエはタイプBLACK RXと呼んでいるが、そこは省略する




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 スクライブ誘拐を可能な限り阻止していた拙作主人公。戦後にきらら達にしっかり説明していたが、MVPであるはずのG型魔道具は誰にも褒められる事はなかったという。

ろーりえ「ほら見ろ。このチャバネがMVPだ」
女性陣「「「「イヤァァァァァァァァァッ!!」」」」
きらら「す、すぐにしまってください!」
らんぷ「なんで出すんですか!」
ふぇんねる「斬り刻むわよ!?」
めでぃあ「こ、こっちむけないで、師匠(せんせい)…」
うつつ「ゆるして…ゆるして…」
ろーりえ「…これも仮面ゴキブリーダーの宿命というヤツか」
たいきっく「仮面ゴキブリーダーって何だ?」

メディア
 無事救出されたスクライブギルド長。誘拐されたばかりの病み上がりで料理をつくったり深夜残業を始めるなど無茶をするタイプだが、そのおかげでスクライブギルドの秘奥義の謎が明らかになった。拙作2章後は、フェンネルと共に行動する予定。

住良木うつつ&タイキックさん
 拙作第2章で初登場した面々。うつつはハイプリスと繋がっている描写が、ローリエの「こんなこともあろうかと」の犠牲になったが、それでもメディアの精一杯のお礼で自己肯定感が5あがる。タイキックさんもタイキックさんで、うつつとメディアの好感度を順調に稼いでいるようだ。

サンストーン
 実は孤軍奮闘でチャバネゴキブリの群れと戦っていたきら何とかさんの妹。しかしいくらパスを断ち切れるハイプリスの右腕といえども、多勢に無勢な防衛戦では手を焼くしかなく、魔法陣を壊される前に転送するという強硬策に出た。その結果、攫ったスクライブの半数以上が結果的に神殿に取り戻される失態を侵す羽目になる。その後、某溝隠さんに散々プギャーと煽られたとのこと。



G型魔道具・タイプBROWN
チャバネゴキブリをイメージしてローリエが作り出した、妨害工作専門のG型魔道具。Gの雑食性をできるだけ再現し、モノを密かに破壊したり、魔法陣系のギミックをサイレンサー加工されてる牙で破壊したりする。攻撃回避機能も半端ではなく、集団で襲い掛かるため、単独での対処は困難。

G型魔道具・タイプBLACK RX
クロゴキブリをイメージして、ドリアーテ事件後に作られた真っ黒のG型魔道具。高度なスパイ能力はそのままに、再現度・ツヤ・攻撃回避・逃走機能をアップグレードした。念のために言っておくが、登場時に「仮面ゴキブリーダー!ブラァッ!! アーエーッ!!!」って言ったりしない。ただしリアリスト!貴様らは絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!!!!!



△▼△▼△▼
ローリエ「メディ、修行に行くらしいな」

メディア「はい。スクライブギルド長の秘奥義は、必ずエトワリアに役に立つとありましたので。師匠(せんせい)は如何する予定ですか?またきららさん達に同行しますか?」

ローリエ「イヤ、手を借りようと思う。今回の事件で人手不足に悩まされたからな…」

メディア「手を借りる? それは…どなたからお力を借りるつもりなんですか?」

ローリエ「俺と懇意にしてる連中の中で一番規模がデカい組織………ユミーネ教だ」

次回『キャラットの次号予告は極まれに当てにならない』
メディア「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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幕間:変身

2回目の幕間話です。
サブタイは『仮面ライダークウガ』より「変身」から。


「ローリエ」

 

「なんだよ、木月」

 

「『レント』の事なのだが」

 

 

 夢の中。木月桂一が、ローリエに話しかけた。

 ローリエは、剣呑な気配を感じ取った。コイツ、また何かを企んでいるのかと。

 そう思って面と向かって、念じてみれば、木月からローリエに送られた思念に、『ローリエを利用する』的な作戦はなかった。むしろ、文字通り『レント』についてだったのだ。

 

 再現魔法・レント。

 ローリエがきららの『コール』を元に開発した魔法。

 その効果は『術者の記憶にある物語の登場人物の能力・スペックをそのまま再現する』というもの。

 ローリエは、この力をもって、これまでの戦いにおいて全く違うアプローチをかけられるようになった。遺跡の街の事件においては、夢魔の能力を用いてきらら達のサポートを果たしてきた。写本の街では、ローリエは『レント』を切り札に温存して、一切使わなかったので、これまでで『レント』の使用は1回だけという事になるのだが。

 

 しかし…ここで、エトワリア人の殆ど―――或いは、この物語を読んでいる現代人の多くも、かもしれないが―――見落としている重大な事実がある。

 

 確かにローリエは、『記憶にある物語の登場人物の力を再現できる』とランプやきららに説明した。

 ………だが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ちょっと見ててくれないか。私の―――『レント』」

 

「おい、お前勝手に―――」

Ku・Ku・Ku・Kuuga(ク・ク・ク・クウガ)!】

「!」

 

 

 勝手に俺の魔力を使うな、と言おうとした所で。

 電子音声と共に木月の腰に特徴的なベルトが現れた。

 確かに告げた「クウガ」という音声。

 中心に赤い石が埋め込まれた、銀色のベルト。

 そして、木月が右腕を左正面に伸ばし、右腰に左手を置くポーズ。そのまま、左手を左腰に送り、伸ばした右腕を右へと滑らせていく動き。

 

 ローリエは、これらに当てはまる力の根源を、1つしか知らなかった。

 何故ならそれは……遥か昔、“ローリエ・ベルベット”が“木月桂一”として生きていた世界で放送されたテレビ番組に登場した、伝説のヒーローの事だったからだ。

 

 

「変身ッ!!!」

 

 

 木月の身体が変わっていく。

 腰の霊石が、激しく唸り。手足は、真っ赤な装甲を纏い。胸には、甲虫のようなプレートメイルが出来上がり。顔は、クワガタムシのような仮面ができて。

 その姿は、前世の頃には、こう呼ばれていた。

 

 

「仮面ライダー、クウガ……うそだろ…」

 

「ウソだろも何も、()()()()()()()()()()()()()()? 再現魔法を」

 

「………」

 

 

 クウガに変身した木月に動揺するも、いきなりトンデモない核心を突く木月。

 彼の言う事が正しければ、ローリエは始めから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。

 記憶さえしていれば、どんな戦士の力も“借りる”ことができるとは、なかなかにブッ飛んだ能力だ。まるでラスボスの力である。

 木月の確信めいたその質問に、ローリエは観念したようにため息をついた。

 

 

「…()()()()()()()()()()()()()が…だからっていきなりクウガからやるか、お前。

 もっとこう……近い世界観のやつからやろうぜ?きららっぽいファンタジアみたいな作品からよ…」

 

「何事もトライ&エラーだ。そうやって君は拳銃やら何やらを生み出したではないか」

 

「そうだけどもさ」

 

「この際だ。『レント』でどこまでできるか限界を試してみてはどうだろう?」

 

 

 木月からそんな提案が出た事に目を丸くするローリエ。

 ローリエとしても願ってもない事だ。ほぼぶっつけ本番で藤原夢路の力を『レント』で再現してからというもの、本格的な……それも、どの能力が再現できてどの能力が再現できないのか、という実験を、やってみたかった。不確定要素がどの能力の使用時に起こるのか、他に危険はないか………それが証明できなければ、実戦でこれ以上『レント』に頼るなんて、恐ろしくてとてもできない。そういう意味でも、ローリエは『レント』を切札(ジョーカー)としたのだ。

 早速、ローリエと木月桂一は『レント』の限界を探る緊急会議を開始した。

 

 

「で、だ。木月、『レント』で何の能力で実験すればいいと思ってるんだ?

 俺が思ってるのは……少なくとも、セフィロスや大魔王バーンみたいな、出力ミスったら即世界滅亡って力は避けるべきだろ、ってことだけだが」

 

「そうだね。私は、能力の発動が一目で分かるものが良いかな。例えば、仮面ライダーとか」

 

「ソレ、お前が変身したいだけだろ」

 

「そうだよ?

 前世ではあり得なかった存在の筆頭だ。男として、憧れない方がおかしいと思わないか?」

 

「開き直んな。…で、何が良いんだよ?」

 

「そうだね…私の場合だったら―――」

 

 

 

~木月桂一が考える、『レント』による変身~

 

「そんなにリアリストが恋しいかい。良いだろう」

 

OVER THE REVOLUTION(オーバー・ザ・レボリューション)!】

 

「今日が君達の命日だ」

 

LAUREL TREE(月桂樹)RENT SYSTEM(レントシステム)

 

EVOLUTION(エボリューション)!】

 

ARE YOU READY?(覚悟はいいか?)

 

「変身ッ!!」

 

【ブラックホール! ブラックホール!】

【ブラックホール! レボリューション! フッハッハッハッハッハ!】

 

「フェーズ4……完了! 参考までに言っておこう。俺のハザードレベルは8.0だ」

 

~完~

 

 

「―――ッイヤイヤいやいやいや!! ダメだろそれは!」

 

「ダメかい? リアリストなんて、一瞬で滅ぼせそうじゃあないか」

 

「地球ごと滅ぼす気か! ギャグだろ?絶対誰かを笑わせる為にボケたんだろ、今ァ!!?」

 

 

 ローリエが、木月の提案にテンション高めに反論する。悪ふざけとしか思えないチョイスに木月は微笑むだけであったが、もし本当にこの変身が出来たとしたなら、ローリエ(木月桂一)のポジションは頼もしい味方ではなく恐ろしい敵……というかラスボスだ。それも、ありとあらゆる物語に描かれた悪役たちの中でも、トップクラスに邪悪な部類の。

 

「そこまで言うなら、君が考えた『レント』変身も見せてくれたまえよ」

 

「しょーがねーな…」

 

 思いきり自分の変身を否定された木月は、やや不満げにローリエにも変身を促す。ローリエは渋々、自分の『レント』での変身をイメージしていく……

 

 

 

~ローリエが考える、『レント』による変身~

 

「勝負だハイプリス。天才魔法工学者ローリエの力を…見せてやる!」

 

ハイパァァァァァームゥテェキィィィィィーーーッ!

 

ドッキーーーーーーング!!

 

「ハイパー…大・変・身ッッッ!!!」

 

パッカァーーーン!! ムゥゥゥテェェェェキィィィ!!

 

輝けェー! 流星の如くゥー! 黄金の最強ゲェーマァーッ! ハイパァーッ! ムテキィーッ! エグゼーーーイドッ!!

 

「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!!」

 

~完~

 

 

「―――成る程。無制限のムテキ時間とは、考えたね」

 

「いや、なんにも考えてねぇよ? スーパー〇ター取ったマ〇オで突撃するくらいの脳筋戦法だよ?」

 

「そうだとしても、予算や大人の事情のある特撮とは違う。現実だから、無敵チートで垢BANされることもない。実現できれば1000%勝ちだろうね」

 

 

 木月は手放しにローリエのチョイスを褒めるが、ちょっと想像してみて欲しい。主人公が無敵で何の苦労もなくあっさりクリアできるゲームを。そして、そんなゲームを初見でプレイした自分自身を。

 楽しいのかもしれない。しかし…ほとんどの者にとっては、物足りない結果となるだろう。それは、ゲーム内の試練の壁が生み出す、感情の上下がないからだ。

 

 というかそもそも、ローリエが選んだ『エグゼイド ムテキゲーマー』は、時間停止というチート能力を持つ『クロノス』に対抗する為に生まれたのだ。テロリストが現れたからと言って、安易に持ち出して良い力では無い。

 リアリストが時間停止並のチート能力を持ち出していないのに、さっさとムテキゲーマーを爆誕させたらどうなるかなど…想像に難くない。………文字通り難易度が崩壊してノーコンテニューでクリアできてしまうに決まっている。そんな結末を招いても…勝った方が虚しいだけだ。

 

 しかし、木月桂一は、満足した辛勝よりも呆気ない程の楽勝を欲する人間であった。それは、人として楽をしたいから……ではない。辛勝するほど争いが(もつ)れれば(もつ)れるほど、失うものが多い事を知っているからだ。

 己より弱いものばかりと戦いたいからではなく、どんな強敵も知恵と工夫で封殺する事を第一にしているからだ。強敵に好き放題させたら、大多数の犠牲が出ることを知っているからだ。

 それだけに、ローリエは木月の意志を否定出来なかったし、否定する心意気も湧かなかった。誰だって、犠牲は少ない方が良いに決まっている。

 

 

「と…とりあえず、だ。起きたら何が出来るかを試してみれば良いじゃあないか。メディに訓練場借りてよ」

 

「そうだね…訓練場となると、使える力に制限ができるし、誰かに見られるかもしれないから、本当は森の中とかが良かったけど……またぶっつけ本番で使う羽目になるよりかはマシか」

 

 

 話をそらしてその提案をし、木月が困った様子で同意すると同時に、意識が浮上していくのがわかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 翌朝。きららちゃんを見送り、協力者に電話で協力要請をした後。

 俺は、メディに許可を貰って、スクライブギルドの訓練場にいた。

 

 協力者が来るのは明日。

 幸いにも、今日は丸一日空いた。明日には協力者が来て、アルシーヴちゃん達に連絡をしなければならない以上、この日を逃したら暫く訓練の時間は取れない。

 …『レント』の実証実験をやるには今日しかない。どこまで再現できるか、何が再現できて何が再現できないのかを整理するべきだ。

 

 

「…リストには、思いつくだけの版権ネタを全部書いといた。今日は、それを全部やってやる」

 

 

 念のため、メディたちスクライブには、「あんまり見に来ないで欲しい」と言っておいた。

 息を整え、早速デバイスの操作を行った。

 

 

「まずは……サ○ヤ人からだ―――『レント』」

GOKU(ゴクウ)

 

「…体の内側から何かが満ちてくる……舞空術は……っと!?」

 

 

 体が宙に浮くような感覚を覚えた………が、すぐにバランスを崩して落ちそうになる。

 

 

「……マジで修行あるのみか…次!」

 

 

 そこからは、前世の記憶のバーゲンセールだった。リストにかいた版権ネタは全部やった。その過程で思いついたヤツも全部『レント』で再現してみた。

 悪○の実も、斬○刀も、スタ○ド能力も、念能○、ジャ○プ、サ○デー、etc…………勿論、規模がデカすぎたり能力自体がヤバすぎて家や人に危害を及ぼしかねないものは使っていないか、本格的にブッパしていない。

 

「……よし、空気中の鉄を刃にできた…体内から刃は……イデッ!!? できたけど…ヤバい…これめっちゃイテェ…」

天叢雲(あまのむらくも)……できた。次は…八咫鏡!」

「卍・解ッ!!! 千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)!………よし、できt…わあああ待て、広がりすぎだァァ!!?」

「スペルカード―――霊符『夢想封印』ッ!」

「変身ッ!」

【HENSIN】【CAST OFF】

 

 その過程で、上手くいくものもあれば……

 

「ギア(セカンド)……これはヤバいな。全身がゴムじゃないと耐えられないから『レント』切れたら死ぬなコレ」

「変身ッ!」

ERROR

「なにッ? ぐおおおおッ!?」

「あれ? 全く反応がない………これは再現できないのか…便利なのに」

「あッ、効果が切れた!? 時間は……10秒!? これはキツ過ぎだな…」

 

 上手くいかなかったものもあった。「一時的に再現する魔法」と相性の悪いものや、強力すぎるもの、或いは特殊な条件でしか上手くいかないものなど…どうやら、再現魔法というものは、俺の前世のサブカルチャー知識をもってしても限度は存在するようである。

 例えば………様々な作品のキャラを『再現』したので1シリーズに絞って例を出すが……仮面ライダー系の場合、クウガ・カブト・W・オーズは再現もでき、変身も可能。その一方で、555(ファイズ)、ゴースト、エグゼイド、ビルドは変身が出来なかった。恐らくだが、『レント』で変身できるライダーは“改造されていない普通の人間が変身するもの”に限るのではないのだろうか。

 もう一つ例を出そう。ONE PIECEのモンキー・D・ルフィを『レント』した時の話だ。全身がゴム人間になって腕は伸びたが、見聞色の覇気*1と武装色の覇気*2は使えなかった。また、覇王色の覇気*3も自由自在に使えなかった。ギア(セカンド)はコツを掴めばなれたが、ルフィの使う『ギア』はアイツがゴム人間だから出来ること。『レント』が切れたら能力の効果が切れることを考えたら、『レント』の再現では使い勝手は良くないのである。

 強力すぎる能力は、大体『レント』で再現できないか、できても効果時間が非常に短い。1分持てばいい方で、最短だと技の発動から5秒で『レント』の効果切れなんてものもあった。コレだと、技一発放てるかどうかさえ怪しい。使っても本来とは全く違う使い方になりそうだ。

 

 

「よし、コレでラストだな」

 

 

 用意したリストが、マルとバツと三角でいっぱいになった。

 思っていたよりは自由に使える魔法じゃあない。だが、コイツは生まれたての魔法だからな………他の人に見せれば、なにか新しい事が分かるかもしれない。

 例えば、練習中に昼飯を差し入れに来てくれたメディとか、ソラちゃんあたりに。折を見て、幼馴染の2人にも『レント』について話しておくか。

 

 

「思ったより『再現』できたのは少ない……が。それでも十二分に『能力のストック』ができた。あとは使い方次第だな……アレとアレが暗殺用で、正面から戦うにはアレが使えるな……」

 

 

 『レント』で使用可能な能力の使い道を吟味しながら、この日は訓練場の使用を終えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 師匠(せんせい)が、ギルドの訓練場を貸してくれと相談してから1時間。

 あの人は、貸し切りもかくやと言わんばかりに訓練場に引きこもっています。

 あまり見に来ないように、と言われましたが、流石にそこまで頑張ってらっしゃると、疲れると思いますので、少し差し入れをしたいと思って、おにぎりと飲み物を用意したのです。

 そうして、差し入れに向かった先の訓練場で、あの……あの信じられない光景はこの眼で見ました。

 

 

炎の呼吸…奥義! 玖の型・煉獄ッッ!!!

 

「え―――」

 

 

 師匠(せんせい)が木刀を握りしめながら放った一撃が、とても大きな炎を纏っていたところを。

 一見、訓練場が火事になっていないのが不思議なくらいの巨大な炎で、でも木刀を振り切った後には炎は嘘みたいに消えていました。ただ、肌を撫ぜた熱気だけは、どういう訳か本物のように感じました。

 師匠(せんせい)本人はこっちに気付いていない様子で、床に置いてあったメモに何かを書き込んでから、深呼吸して、こう言いました。

 

 

「…よし。呼吸法は使えるな。次」

 

「(次……?)」

 

「―――『レント』!」

DAI(ダイ)

 

 その……『レント』?とやらの魔法で、師匠(せんせい)は変幻自在…そうとでも言うしかないような技の数々を繰り出しました。

 時に、光を纏った木刀で素振りしたり……(その際、『だいちざん』とか『かいはざん』とか言っていましたが、どちらも聞いたことのない技名です)

 

「できた……伸縮自在の愛(バンジーガム)薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)……再現可能ッ!

 まぁ、ヒソカ(あいつ)ほど有効活用できるかは分からねぇけど……一応な…!」

 

 時に、紫色の半透明な魔力?を伸び縮みさせたり、薄くのばしたり……

 

「錬成は……オッケイ! 使えるな…」

 

 時に、両手を合わせてから、木刀の形をまるで粘土みたいに変えてみせたり……

 

「ぐううッッ!!? ま…『マイノリティワールド』が3秒も続かなかった……コレは流石に無理だな…」

 

 時に、苦しそうな顔で呻きながら、メモを書いていました。

 一体、なにが師匠(せんせい)をそうさせるんですか? さっきから私の良く知らない技をドンドン使うのもそうなんですけど、時々無茶をしているのかダメージを受けているにも関わらず…魔法の使用をやめようとしない……

 これ以上見ていられなかった私は、師匠(せんせい)の魔法?の効果が無くなったタイミングを見計らって、訓練場に足を踏み入れた。

 

師匠(せんせい)、今いいですか?」

 

「メディ……良いぞ。…それは、差し入れか?」

 

「はい。宜しかったら、どうぞ」

 

「ありがとな!」

 

 師匠(せんせい)は、さっきまで私が見ていた事には気づかなかったようで、座って休憩に入り始めました。

 そこで、師匠(せんせい)の隣に座って、私は尋ねてみます。

 

 

師匠(せんせい)、さっきまで、訓練場で何をなさっていたのですか?」

 

「え? あー……新しい魔法の起動実験?」

 

 …疑問形なのが怪しいですね。もうちょっとだけ、突っ込んでみましょう…

 

「そんなに時間のかかるほど、多くの魔法を?」

 

「イヤ、一つだけだ。ただ、その一つが汎用性が物凄く高くてね。どこまでできるのか試してみたかったんだよ。

 開発したての魔法だし……暴発の危険性もあるかもだからな。俺が編み出した以上、俺自身がやる責任がある」

 

師匠(せんせい)が開発したんですか?」

 

「おう。きららちゃんの『コール』をもとにしてな」

 

 

 きららさんの『コール』をもとに、ですか?

 確か『コール』は、クリエメイトの魂の写し身を呼び出して、クラスの力を与える魔法でした筈。

 師匠(せんせい)の練習中には誰かが呼び出される気配がなかったので、『コール』を元にしてるとは思いませんでした。

 

 

「一体、どのような魔法なんです?」

 

「えーと、物語の登場人物のスペック……人物の特徴とか、使ってた能力とかを、そのまま自身に再現する魔法。『レント』という」

 

「レント………」

 

 

 内心、信じられませんでした。

 師匠(せんせい)の言葉にウソがある、というワケではありませんし、そこは疑っていません。

 ただ……先程までにこっそり見た、師匠(せんせい)が使っていた技の数々が、どこの物語のものなのかがてんで見当がつかないんです。

 でも、それを言ってしまっていいんでしょうか? このことを言うってことは、私が師匠(せんせい)の訓練風景を見たって事を伝えるのと同じです。あんまり練習風景を見ないで欲しいって釘を刺されていた以上、ここでソレを言うのはいささか憚られました。

 

 

「……あんまり、無茶をなさらないでくださいね」

 

「メディ?」

 

「明日には、協力者様との打ち合わせがあるそうですし………何より、師匠(せんせい)を心配してくださる人はいっぱいいます」

 

 

 このままでは師匠(せんせい)がどこか遠い、私達では手の届かない場所へ行ってしまいそうな、そんな予感がしたから。

 私は、師匠(せんせい)を逃さないように、離さないように両手を繋ぎました。

 …でも、私は師匠(せんせい)の訓練風景を見たとは、ついぞ言えませんでした。もし言ってしまえば、師匠(せんせい)は困ったように笑うでしょうから。

 

「分かってる。アルシーヴちゃん達を泣かせるつもりはないよ。勿論…メディも。だから笑ってくれ。いつも通りに」

 

 師匠(せんせい)は、いつも通りの笑顔で、そう答えたのです。

 私は、師匠(せんせい)の手を、強く握りしめながら、同じ笑顔を向けたのでした。運命というものがあるのなら、これから先どうか師匠(せんせい)が一人になりませんようにと願いながら。

*1
ONE PIECEに登場する戦闘技術で、相手の感情・気配を察知する技術

*2
同じくONE PIECEに登場する戦闘技術で、見えない鎧を着るイメージで、実体を捉えられない敵に触れたり攻撃力を増強したりする技術

*3
同じくONE PIECEに登場する戦闘技術で、威圧感や殺気を放って自身より格下の意識を刈り取る技術。数百人に一人しかこの素質を持たず、モンキー・D・ルフィもその一人である。




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 再現魔法『レント』で版権ネタのオンパレードをぶっこんだ拙作主人公。その過程で再現できるもの・再現出来ないもの・再現出来るけど使い勝手が悪いものに分けた。基本的に公式チートは再現出来ないか出来ても使用可能時間は遥かに短いと思ってくれればおk。

メディア
 ローリエの版権ネタのオンパレードを目撃した結果、『レント』の謎に一歩踏み入ったスクライブギルド長。身を削りながら魔法の実験をする恩師の身を心配するが、ぶっちゃけ深読みのし過ぎである。この後、彼女はローリエの再現した技の元を調べるが、最終的に見つかる事はなかった。エトワリアに「鬼滅の刃」も「ダイの大冒険」も「HUNTER×HUNTER」も「鋼の錬金術師」も「トリコ」もないので致し方なしといったところか。


『レント』した技の数々
 いちいち説明するのが面倒なほどに他社作品から引っ張ってきている。「クロスオーバー」タグを入れなければ確実に叱られる程の大暴走をしており、公式にこのコラボのバーゲンセールがバレれば、あらゆる意味で『レント』が禁忌級の扱いを受けるだろう。

仮面ライダーエボル・ブラックホール
 木月桂一がイメージした、理想の仮面ライダー。言わずと知れた『仮面ライダービルド』のラスボスである。ウルトラ強い。実験の結果、ローリエがビルド系になれないことが発覚したため木月は泣く泣く諦めた。

仮面ライダーエグゼイド・ムテキゲーマー
 ローリエがイメージした、理想の仮面ライダー。ネタに事欠かない『仮面ライダーエグゼイド』の主人公の最終フォームである。マリオのスターやカービィのキャンディーよろしく無敵になる。実験の結果、ローリエがエグゼイド系になれないことが発覚したため泣く泣く諦めた。


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第3章:げいじゅつのみやこ~対リアリスト共同戦線・始動編~
第24話:キャラットの次号予告は極まれに当てにならない


今回のサブタイの元ネタは「銀魂」より「ジャンプの次号予告は当てにならない」からです。


“土地に明るいものの協力を得られなければ、地の利は得られない。”
 ……『孫子の兵法』より

2022/08/05:あとがきにて、シュールとシュナップの挿絵を追加しました。


 メディとの夜会話の翌日。

 きららちゃん達は、次の街への旅支度を進めていた。

 何でも、次の行き先は“芸術の都”へ行く予定なんだそうだ。

 

 

「成る程ね……長旅になるぞ。馬車を使っても10日はかかるかも」

 

「めっちゃ時間かかるじゃん…その間お風呂とかどうすんのよぉ……?」

 

「あ、そこは大丈夫。こっから芸術の都まで中継地点にいくつも宿屋あるから、ほぼ野宿はあり得ないと思ってくれ」

 

「ならまぁ………10%くらいはマシなのかな…」

 

「おぉ、随分成長したじゃあないか。前は2%くらいだったのに」

 

「うるさいなぁ、タイキック………これ以上怖い目に遭いたくないの、分かるでしょ?」

 

「それもあるが……私の場合、それ以上に記憶の手がかりが一切見つからないのが謎だな。かつて私が何をしていたかを知っている者はここにもいなかった……」

 

「あ………ご…、ごめん」

 

「謝るな。うつつは何も悪くないだろう?」

 

 

 うつつが宿の心配をしていたので衛生上の心配を解決するために中継宿について話していたら、タイキックさんが話に混ざってきて、互いの手がかり談義になった。

 なんでも、うつつはクリエメイトかもしれない……そうじゃなくても、別の世界から来た存在の可能性が高いということが、メディとのやりとりでなんとなく分かったそうなのだが、タイキックさんの方の手がかりは一切掴めていないそうなのだ。

 

 

「何か掴めたら言ってくれ。どんな些細な事でもいい。何なら、毎日定期報告でも良いぞ」

 

「あ、あはは……でも、そうですね。何か分かりましたら、お伝えします」

 

「行ってきます、先生!!」

 

 

 手を振りながら、写本の街から旅立っていくきららちゃん御一行を、メディやフェンネル、アリサと共に見送ってから―――オッサンとエイダはいつの間にか帰っていやがったが―――俺はとある連絡先に通信を試みた。

 

 今回の事件、人手があまりにも少なすぎた。結果、スクライブをより多く攫われ、あまつさえ30人以上も敵の手に渡してしまった。これは非常に痛い。遺跡の街での大金星は、マジのラッキーパンチだったという事を痛感させられた以上、人手を確保しなければならない。

 幸い……俺には、『ツテ』に心当たりがある。関わりがあって、多くの人々がいて、そして戦力も存在する。そんな、組織の存在を。

 

 

「きららさん達、行ってしまいましたね…」

 

「俺も俺でアイツらに協力仰がないと」

 

「協力者ですか? それは…どなたに連絡するおつもりで?」

 

「ユミーネ教」

 

「「「!!!?」」」

 

 

 ―――そう、ユミーネ教の事である。

 ユミーネ教とは……言ノ葉の樹・根本の街で生まれた新興宗教のことだ。『オーダー』で布田裕美音ちゃんが召喚され、彼女がそこでBLを布教したことで誕生。ノンケどころか腐の理解者さえも引くレベルで爆発的に信者を増やし、今や大きな教団と化している。

 俺はそんな腐った宗教とどんな関係かと言うと、神殿内とユミーネ教の橋渡しを担っていたりする。『オーダー事件』で色々あった結果、裕美音本人からBLの保護を頼まれてしまい、断るワケにもいかなかったので、保護せざるを得なくなった。その結果、ユミーネ教徒からはかなりの信頼を得ることに成功した。

 

 ………正直、嫌なコネクションだと思ったが…人生、どこで何が役に立つか分からないな、オイ。

 

 

「まさか……そんな巨大な組織から協力が得られると!?」

 

「果てしなく壮大なお話ですわね…」

 

「メディとフェンネルは確か、近いうちに写本の街を離れるんだってな?」

 

「はい。スクライブの警備を強化してから、になりますが…」

 

「そういう事なら……神殿に通信機で応援を要請すると良い。メディのネームバリューなら速攻でアルシーヴちゃんかソラちゃんに繋げるはずだ」

 

「い、良いんですか? 師匠(せんせい)……」

 

「勿論だ。もしかしたら、また奴らがスクライブを狙ってくるかもしれないしな………そう言っておけば、二人とも納得してくれるだろう。

 それに、会談は写本の街で行われる以上、しばらく俺も街に留まれるから、会談後ならちょっとは手伝えるかもしれない」

 

 

 メディとフェンネルはスクライブの警備強化の為にしばらく街に残り、その後は奥義書の真の秘奥義を手に入れるために街を離れる。スクライブの警備には………しばらく俺もいるが、その後は神殿から応援を送って貰おう。シュガーソルト辺りが割り当てられるだろうか?

 俺は俺で、協力者予定の組織を出迎える為に、予定の整理をしなければ。今日はまる1日『レント』の実験に使うとして………

 

 

「アリサ、お前はどうする?」

 

「えっ?」

 

「スクライブの見学でここに来たとは言ったけどよォー、あんな事があった以上それどころじゃなくなっちゃったんじゃあないか?」

 

 

 アリサの予定を聞いてみた。

 彼女はもともと、スクライブの職業見学に来ていたのだが、こんなことになっちゃって、予定もさんざん狂ってしまったことだろう。

 アリサはその問いに対して、ちょっと悩むそぶりをしてから、こう答えた。

 

 

「じゃあ、先生のその会談に参加してもよろしいでしょうか?」

 

「…いいのか?」

 

「レポート自体はもう完成しているので、あとはアルシーヴ様に通信で送ればいいんです。

 ですので、同行する事を報告さえしておけば、許可は出してくれると思います」

 

「……そうですわね。ローリエは単独行動が制限されているので、アリサがいてくだされば心強いですわ」

 

「フェンネルお前、俺のことをなんだと思ってるの?」

 

「あらゆる女性を毒牙にかけようとする世界の敵、でしょうか」

 

「ひどくない!!!!?」

 

 

 フェンネルからすごく不名誉な風評被害を貰ったこと以外は順調そうだ。今回、代表者が写本の街まで来てくれるとの事なので、アリサがドタバタになる必要はない。まぁ、ちょっとは気楽に待てるかもな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――翌日。

 俺はアリサ・メディ・フェンネルと共に、街の入口にやって来たユミーネ教の協力者を出迎えた。

 

 協力者の姿を説明しよう。

 まず…子連れの夫婦。奥さんは紫がかった黒の髪を背中の真ん中辺りまで伸ばし、糸目と柔らかそうなもち肌のほっぺについた一筋切り傷、そして泣きぼくろが特徴的な、おっとりした清楚な人だ。

 旦那さんの方は、うすい金色?の髪を後ろで縛ったショートに近い髪型をしており、3歳くらいの娘を抱きながら笑う姿は、何となく頼りない印象を与えた。でもまぁ、三人とも()()()()()()()()()

 で、その後ろについていた、三人のお供は………なんというか、説明したくない。少年の髪型と言い、残り二人についてる犬耳やアヒルのような口と言い、おそらく新入りだろうが、既視感が………やめよう。藪蛇はゴメンだ。

 

 と、とにかく、知ってる方を紹介するとこから始めよう。

 

 

「メディ、アリサ、フェンネル。こちらは、ユミーネ教直属の傭兵団の団長である、シュール・ストレミング。そしてこっちが、その旦那で傭兵団副団長のシュナップ・ストレミング。娘はアンシーと言う。

 シュール、シュナップ、こちらはそれぞれ、スクライブギルド長のメディア、八賢者のフェンネル・ウィンキョウ、そして俺の助手のアリサ・ジャグランテだ」

 

「シュールです。こうして面と向かってお会いするのは初めてですよね。よろしくお願いします」

 

「初めまして、スクライブギルド長のメディアです。この度は師匠(せんせい)……ローリエさんの応援要請を受けて下さり、ありがとうございます」

 

 シュールが優雅に、そして物腰柔らかくメディに握手を求め、それにメディが笑顔で応じる。

 

「しゅ、しゅ、シュナップです! 妻と娘共々、よろしくお願いします!!」

 

「こんちはー」

 

「緊張なさっているのですか??」

 

「はーい、こんにちわー」

 

 シュナップの握手に応じたのはフェンネルだ。緊張でガチガチになった手をフェンネルが取った。シュナップの奴、いちおう結婚してやる事やってるハズなんだけどな。この動揺はなんなんだ。

 その一方で、アンシーの小さな手を笑顔で取ったのはアリサだ。子供相手だということを理解しているのか、壊れ物を扱うように慎重に、優しく手を繋いだ。

 

 この3人……シュールさんとシュナップさんは、俺が神官だった頃……八賢者になる前からの知り合いだ。何でも、お互い傭兵で、戦場で知り合ってからスピード婚に漕ぎつけたらしく、俺が出会った時にはもう夫婦だった。両親のベルベット・パートナーズの仕事を通して知り合って以降は、文通やら何やらで交流のある人たちだ。久しぶりに元気な姿を見る事が出来て嬉しいぜ。

 

 

 

 その後、立ち話も何だからとスクライブギルドの応接室に6人を通して、話を始めようとしたところで。

 

「ところで…そちらの3人はどなたなのでしょう?」

 

 恐れ知らずのフェンネルが、俺にとってはデジャヴしかない3人についてシュールに話を振りやがった。

 俺としては出来れば触れたくなかったが、触っちゃったモンは仕方ない。止めるワケにもいかず、俺はシュールの返事を待った。

 

 

「彼らは数年前に入団した団員です。古株と遜色ない実力の、新進気鋭の精鋭なんですよ。3人とも、自己紹介を」

 

「はい、わかりました!」

 

「イヤー…イヤーイヤンヤン駄目駄目駄目ダメだめだぁめェ!」

 

 シュールの声に促され、真ん中の少年が声を上げた。そして、少年が残り二人とも目配せをする。全体的に跳ねっけのある髪型と、彼の背負う鍵……つまり昭和・平成の金属鍵を彷彿とさせるような、特徴的な剣が目に入った時点で、もう嫌な予感しかしなかった。

 

 

「初めまして、皆さん。ダイチです!」

 

「アウトぉ…」

 

 続いて、少年―――ダイチより背の高い、犬耳の青年が一歩前に出た。獣人族なんだろうが…背負ってる武器が盾しかないのは何故だ? わざとか?わざとなのか?

 

クーシィーだよ!」

 

「ツーアウトォ…!」

 

 最後に、杖を引っさげた、背の小さめなアヒル口の少年が前に出た。その小生意気な表情と雰囲気といい、腕から手にかけて出ている、鳥系の獣人族の特徴たる白い羽といい、もう狙ってるようにしか見えない。

 

ロナウドさまだ!」

 

「スリーアウトッッ!!」

 

 もうチェンジしてくれコイツら!!!

 だーーーーめだってコレ、やりすぎだと思うよ!?

 流石の俺もキン○ダ○○ーツは『レント』してねーぞ!? 思いつかなかったのもあるが、思いついてもやらなかったと思う!

 いくらなんでも、こんな、こんなパクリの化身みたいなのオ○エン○ルラ○ドの人たちにバレたら99.99%訴えられるだろ!?

 世界の根源を揺るが(れんさいつぶ)す気か!!!

 

 

「…先生、大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですよ?」

 

「………大丈夫だ、問題ない」

 

「問題ないって顔じゃないわよ、ローリエ。

 ドリアーテ事件の時みたいにまた一人で黙って無茶してるんじゃあないでしょうね?」

 

「悪かったってシュールさん。

 あの事件は終わるまで箝口令が敷かれてたって言っただろ?」

 

 

 シュールさんに口酸っぱく、抱え込んでいるのを注意されたが、ドリアーテの一件はそうせざるを得なかったくらいにはヤバい事件だったのだ。

 女神が呪われるなど、そう簡単に言えるものか。だから、全てが終わってからでしか話せなかったのだ。きららちゃんにギリギリセーフな方法で伝えられたのが例外だからな。

 

 

「それで、あの………僕たちを呼んだ理由は何なんです?」

 

「! そうだなシュナップさん、それが用件だったな。

 良いですか、皆さん。これから話すのは、今起こっている事件の事なんだが―――」

 

 

 シュナップさんが軌道修正してくれた事を切っ掛けに、俺はストレミング夫妻とアウトな3人衆に、今回の事件について話せる所を話した。

 聖典を否定する集団があること、ソイツ等が「リアリスト」と名乗りテロを行った事、遺跡の街と写本の街における被害、そして……

 

「トップと幹部候補はコイツ等になる」

 

「…随分と多いわね。もしや、もう既に全員分の情報が手元にあるというのかしら?」

 

「あぁ。と言っても、写真を用意できたのが5人だけな上、他のメンバーは名前と外見、そして二つ名しか判明してないのが申し訳ないが……」

 

「ちょっと待ちなさい、ローリエ。わたくし、聞いておりませんわよ? リアリストの全員分の素性がとうに割れているなんて……」

 

「まだ説明の途中だ、フェンネル。

 このうち、ヒナゲシ………この少女はもう逮捕済だ。こうやって出した情報も、ヒナゲシから聞き出したモノだ。捜査協力で減刑を考えてやるって言ったら、アッサリ教えてくれたよ」

 

 

 本当は飯テロ拷問で得た情報だけどね。

 尚、裏は取ってある。というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、リアリストのトップと幹部の情報をはじめ、ヒナゲシから得た情報にウソはない。

 

 

「情報の正確性は?」

 

「俺の魔道具を仕込んである。ウソや誤魔化しを探知出来るヤツな。当然、ヒナゲシ本人は知らない」

 

「…成る程。それなら大丈夫そうね」

 

「またこの男はわたくしの知らぬ間に何か仕込んで……」

 

「さて、本題に移るんだが……シュールさん、シュナップさん。貴方がたには……このリアリストを倒す為に力を貸していただきたい。

 具体的には、傭兵団の皆さんには、リアリストの襲撃予想地への諜報活動、そして戦闘発生時の出撃。教団の方々には、情報収集と発信をお願いしたいのです」

 

 

 そう。ユミーネ教や傭兵団には、情報収集及び諜報活動をやってもらいたいのだ。

 戦いにおいて情報とは、重要なファクターなのだ。『孫子の兵法』でもさんざん取り上げられ、地球上の歴史において勝利の美酒を味わい、天下を獲った武将たちは皆情報戦を制していたと言っても過言ではない。

 まぁ…リアリストが現段階で直接蜂起したとかではないのだが……それでも、今のうちに手を打っておくことに間違いはないはずだ。

 

 

「質問いいかしら?

 教団員には情報収集と発信をお願いしたい、と言ってましたけれど……具体的な方針は決めていますか?」

 

「新聞社を作ってもらいます。

 我々や傭兵団が集めた様々な情報……それを発信するための拠点として、新聞社という形をとり、リアリストの機密を始めとした情報を執筆・発行・印刷をして欲しいのです。

 こうすることで、奴等の侵略や反社会的行動をいちはやく察知できると思ったんだ」

 

 

 教団員の具体的な仕事の方針に、頭に手を当てて考え込むシュールさんとシュナップさん。これには、更に教団側にはメリットもあるのだ。

 ―――教団員の中に一定数いる、定職のない人々への職業の斡旋だ。働く意欲さえあれば、彼らの報酬は期待できる。

 

 

「あの、ローリエさん。

 報酬とかって、何か用意はしていますか?」

 

「そうだな……まず、新聞社の収益の九割。これは、リアリスト対策以外での、普通の新聞の売り上げも含めます」

 

「き、九割!?」

 

「あー……やっぱり足りませんよね、シュナップさん。

 分かりました、それとは別に、報酬の支払いを神殿から行えるように交渉します。それと、交通費と武具の調達にかかる費用についても―――」

 

「そうじゃありません!

 ここまで良心的な条件は聞いたことがないんですよ!」

 

「え?」

 

 

 報酬に不安はあったが、ダメ元で出した報酬に良心的と言われた事で、理解するのに時間がかかってしまった。

 そ、そんなに譲歩した覚えはないぞ、俺?

 戸惑いながらフェンネルやメディに目配せをすると、フェンネルが口を開いた。

 

 

「あのですね、ローリエ。傭兵とは、言ってしまえば『金で買うことのできる戦力』なのですわ。金を払えば仕事をしてくれるとは言いますが、より多くの金を積んだ方に裏切る傭兵なんて当たり前。社会的な信用は、決して高くはありません。

 傭兵団に仕事を斡旋する上に、その収益から1割ほどしか頂かないなど、破格にもほどがありますわ」

 

「そうなのか……だが、俺はこの条件を撤回する気はない。

 それに、今回のリアリストの一件だが、ユミーネ教にとっても決して対岸の火事ではないんだよ」

 

 

 傭兵の意外なる信用のなさに内心驚きながらも、最初に出した条件を撤回する気はないし、ユミーネ教についても重要な話であるのだ、今回の交渉は。

 奴らは『聖典の破壊』……つまり聖典の思想を否定して破壊しようとテロを企てた。現にヒナゲシは「聖典なんか嫌いなの(意訳)」って言って、ウツカイ共に殺戮と略奪をしてたしな。もし、このまま奴らが力を持って、権力を取ってかわられた場合、何が起きるのかということだ。

 

 

「アイツらが目指すのは聖典が否定された世界………つまり、聖典を燃やすような世界なんだ。

 シュールさん、ユミーネ教の教祖・ユミーネ様の本名って何だい?」

 

「それは勿論、布田裕美音様…………! 成程、そういう事ね…!」

 

「え? え? シュール?」

 

「団長、つまり、どういうことなんですか?」

 

「せ、先生…これはどういう流れなんですか?」

 

 

 シュナップさんやダイチ、アリサはまだ分かっていないようだが、シュールさんは俺の言わんとしていることが分かったようだ。他にも、メディやクーシィー、フェンネルも察しが付いているといった様子だった。

 

 

「ユミーネ様の教えも弾圧される………その可能性を示唆したいのね」

 

「その通りです。聖典から生まれた思想ですからね……彼女を崇める事自体が悪とされてしまうかもしれません。最悪、そこから生まれたBLというジャンル自体が弾圧されることでしょう。

 そんな時代になったが最後、腐女子たちの生命がどうなるかなど、想像に容易い。焚書に拷問、無秩序な処刑………それが当たり前に繰り返される地獄が生まれる」

 

 

 その実例は、このローリエ(木月桂一)の頭の中に、歴史の記憶として残っている。

 秦の始皇帝による儒家への焚書坑儒、ネロ帝によるキリスト教徒大虐殺、徳川幕府に反抗した島原の乱……俺のいた地球の例を挙げだしたらキリがない。

 俺の予知みたいに断言した最悪の未来図に、シュールさんとフェンネル以外の面々が青ざめる。

 

 

「………そんな世界はよろしくないわね。私の推し…じゃない、信仰が破綻する。

 断固反対しなくてはならないわね」

 

「そう言う事です。…どうでしょう、シュールさん。

 報酬の話も出しましたし、共通の敵を倒すため、どうか手を組みませんか」

 

 

 俺のさし伸ばした腕で、握手を求める。

 シュールさんはそれを見て………俺の握手に答えるように手を取った。

 

 

「分かりました。お互いの明るい未来のため、我々ユミーネ教は、力をお貸しするわ。

 …言っておくけど、提示いただいた報酬が破格なのは事実よ?」

 

「ありがとうございます、シュールさん…………ありがとう」

 

「もう、畏まらなくたって良いのに……私達と貴方の仲なんですから」

 

 

 同盟の完成に、素直にお礼の言葉が出た。

 清楚な顔を人懐っこい笑顔にして、シュールさんは俺にそう呼びかけたのであった。

 

 

「…………ローリエ、貴方まさか、人妻に…」

「フェンネル、えっちな妄想はそこまでだ。俺はNTR(ねとり)に興味はない」

「えっちな妄想をしてるのはどっちですか!!まったくもう…」

「シュールは僕の妻ですからね」

「そう言う事。俺が初めて出会った時から夫婦だったんだよね。確か初対面が5年前だから…それ以上か」

 

「あ、あの、シュールさん、シュナップさん!お二人は何年前にご結婚を!?」

「そうねぇ…7年は経つんじゃないかしら?」

「今年で9年目だよ、シュール」

「キャー! そ、そんなに経ってるんですね! あのあの、夫婦生活とか聞いても良いですか?」

「あ。ずるいですアリサさん! 私も聞きたいですよ!」

 

 

 ……なぁ、メディ、アリサ。君ら地味に結婚生活に食いつくじゃあないの。恋バナか?恋バナのつもりなのか?

 

 なお、この後はシュールやシュナップ、ダイチ達との交流を深める時間と相成ったのであった。

 

 

「シュールさん、ユミーネ教に所属しているってことは…」

「あら、気になる? ユミーネ教は教徒募集中ですよ。メディア様も見ますか?」

「シュールさん、子供に過激なモノを見せないでください」

「あら、つれないわねぇ。ちょっとくらい良いじゃないの」

 

「…!!? ………!?!?!?」

「フェンネルさん、どうしたんですか。信じられないものを見たって目で妻を見て」

「え、えと……シュナップさん、シュールさんは……その、BLを好む、のですか?」

「ええ、もう。結婚しているのにハマって、娘もできたのに活動に積極的ですからね………教団内からは『貴腐人』なんて呼ばれちゃってます」

「き、ふ、じん―――????????」

 

 

 シュールさん、腐女子趣味をメディに見せるのは止めてくれ。純粋なアリサも見てるでしょうが。

 あとフェンネル、どんまい。シュナップさんの言う事に間違いはないからな。俺も『ドリアーテ事件』後にBLにハマったシュールさんの事を手紙で知った時は今やってるみたいな宇宙猫の顔をしたもんだ。

 

 

「あ、そうそう。ダイチにクーシィーにロナウドって言ったっけ?

 あのさ、一応…ホントに一応聞くだけなんだけど……君達の知り合いに、ネズミの王様とか、いないよね?」

「え? …いや、いないけど」

「何言ってんだ、オマエ」

「そんなピンポイントな事聞くなんて、面白いね」

「…そっか……覚えがないなら、いいんだ…」

 

 

 ちなみに、例のアウトすぎる三人衆だが、キングオブアウトは犯していなかったようだ。ダイチ君のキー○レー○っぽいヤツも、贔屓にしている鍛冶師に打ってもらった力作だそう。

 この三人にやばすぎる既視感を持っているのは俺だけのようだし、気にしすぎない方が良さそうだ………うん。

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 文通でやりとりしていた知り合いと、久しぶりに対面で会えた拙作主人公。シュールやシュナップとは前作の時点でもう知り合いだったが、話に一切出てこなかったのは最近生えてきた設定だから………ではなく、アルシーヴに箝口令を敷かれていたから。真っ先に口止めをされた以上、事件関係者以外にドリアーテの件を話すワケにはいかなかったのだ………ホントダヨ?

メディア&フェンネル
 もうすぐ写本の街を離れるが、その前に写本の街の警備を整える必要があったため、ローリエとシュールの会談に立ち会うことができたスクライブギルド長&八賢者近衛兵。メディアはシュールやシュナップと仲良く出来たが、フェンネルはシュールのBL道の貫徹っぷりが理解しきれずに宇宙猫と化す。

アリサ・ジャグランテ
 前作のローリエのタッグが復活した現女神候補生。前作までの境遇の都合上大人びてはいるが、人妻の結婚のいきさつが気になるくらいには少女である。結婚願望は人並みにあるが、じゃあ誰ととなると、まったく決めていない。だって周りにマトモな男の人がいないから。

シュール・ストレミング
 ユミーネ教直属傭兵団の団長を務める女騎士。フェンネルのキリッとした印象とは正反対に、おっとりとして清楚な雰囲気を持っており、細目・紫がかった黒髪・泣きホクロを特徴としている。その一方で、結婚して出産も経験しているにも関わらずBL活動を積極的に行い、こよなくそれらを愛する様子から、教団員と傭兵団員の中では『貴腐人』と尊敬されている。そのため、見た目に反するカリスマに満ちている。
イメージCVは茜○日○夏さん。名前の由来はご存知シュールストレミングから。

【挿絵表示】


シュナップ・ストレミング
 シュールの夫にして、ユミーネ教直属傭兵団の副団長。頼りない第一印象そのままに、臆病でヘタレ。結婚したことで少しはマシになったそうだが、根っこの弱虫っぷりは健在。傭兵として生き残れたのも、運が良かっただけだと思い込んでいる。妻の趣味に理解を示しているが、別にBLは好きではない。
イメージCVは石○陽○さん。名前の由来はシュールストレミングの生まれた国で生まれた酒・シュナップスから。

【挿絵表示】


アンシー・ストレミング
 シュールとシュナップの娘。現在3歳で、両親と共に暮らしている。傭兵団の皆とも仲良くしているが、たまにBLへの情熱が怖すぎて泣いてしまうことも。

ダイチ&クーシィー&ロナウド
 どうあがいてもアウトな姿をした、ユミーネ教直属の傭兵団員。新進気鋭で実力は確からしい。ただ、別にBLが好きとかではないようだ。名前のモデルは言わずと知れたキングオブ著作権のゲームの主人公&その仲間たち2人。今回のボケの為だけに生まれたキャラと言っても過言ではないので、これ以降ガッツリ話に関わるかは不明。
イメージCVは少なくとも入野さんと宮本さんと山寺さんではない。



△▼△▼△▼
シュール「同じ敵と戦うもの同士、よろしくね。仲良くしましょ、アリサちゃん」

アリサ「はい、こちらこそよろしくお願いします」

シュール「新聞社を作るってなった以上、写本の街に拠点を作る必要があるわね。他の団員を呼んでくるわ」

アリサ「あれ? あそこにいる男の子、額に宝石をつけてますけど…」

シュール「……あぁ、彼ね。ウチのメンバーよ。悪い子じゃあないんだけど…ね」

次回『ツンデレショタに悪い奴はいない』
シュール「次回もお楽しみにね♪」
▲▽▲▽▲▽


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第25話:ツンデレショタに悪い奴はいない

 今回のサブタイの元ネタは、再び「銀魂」より、「天然パーマに悪い奴はいない」からです。

“弱者は時に、己の弱さを理由に、強い奴の内面を無視して、叩こうとする。”
 ……木月桂一/ローリエ・ベルベット

2022/08/06:あとがきにて、ロシンの挿絵を追記しました。


「いやぁぁぁぁぁあああああ!?!?!? で、出たぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うるさいわよシュナップ、ゴキブリくらい何よ、ただの虫じゃない」

 

「なんでそんなに平気な顔してんの!!? だって…だってゴキ―――」

 

「喧しい。作業の邪魔だから引っ込んでろ。Gなら俺が始末する」

 

 

 ユミーネ教との会談の後。

 早速始めた、廃屋のリフォーム作業中にシュナップさんが悲鳴をあげ、黒い虫がカサカサと床を走る。シュールさんは平気な顔して作業を進め、俺は仕方なくG叩き棒を即席で作り、それを持って振り下ろす。蠢く虫をあの世に送った。

 

 ―――何故リフォーム作業をしてるかというと、俺の仕事斡旋の準備として、使われてなかった建物を『ユミーネ教管轄の新聞社支部』にするためだ。

 シュールさんに付き従ったユミーネ教徒達やダイチ達、夫妻やアリサ、メディにフェンネルまで手伝ってくれて、あっという間に完成間近にまで漕ぎつけたのである。ちなみに、アンシーちゃんは先に備え付けたベッドでお休み中だ。

 

 そこで黒光りするGが現れて、さっきの光景となる。

 まったく、情けないったらないぜ。本当に既婚者かよ?

 

 

「だ、だってぇ…無理なものは無理なんですもん…」

 

「い、意外でしたね…シュナップさん、虫苦手なんですか?」

 

「一般的な女子が苦手なモノは全部駄目って思ってくれていいわよ」

 

「シュールッ!?!?!?!?」

 

「だって事実じゃない」

 

 

 …そうなのだ。シュナップさんは、本当に傭兵団の副団長なの?ってくらいに、苦手なモノが多いのだ。

 虫全般は当然ながら、お化けも駄目、見た目グロテスクなやつも駄目、血も駄目ときた。傭兵団なら血は慣れてるんじゃ、とは思うが、本人曰く「何度見ても慣れる気がしない」とのことで。

 

 

「しかし、これ全部印刷機ですか……良いんですか、メディア様?」

 

「大丈夫ですよ。ここは写本の街。印刷関係のモノはひととおり揃っていますし、埃をかぶっているモノも多いのです。それを教団の方々が使ってくださるとなれば、それは道具にとっても嬉しいんじゃないかと思います」

 

 最後の印刷機(俺が想像するような現代的なヤツじゃなくって、いわゆる活版印刷って呼ばれるヤツだ)が搬入されて、部屋が完成する。

 あとは人が入って営業が始まれば、新聞社の完成だ。

 

「ところで、シュールさん」

 

「なに?」

 

「新聞社の名前、決めてたりしますか?」

 

「いいえ、まだだけど…?」

 

「俺も一応考えたので、ちょっと見るだけ見てみてください」

 

「なになに……『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』…『花果子念報(かかしねんぽう)』…『NERV(ネルフ)』…『サイファーポール』……

 ねぇ、ローリエさん。貴方、ネーミングセンスが独特だって言われた事ない?」

 

「ないな」

 

 シュールさんに、新聞社名案で版権ネタを振り、どれか採用してもらえるように粘ったが、あえなく全部ボツになってしまい、社名も無難に『エトワリアン・ニュース』になってしまったけど。……残念だ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 新聞社の内装が完成した後。

 シュールさんが、転移魔法でどこかへ転移していった。

 先生曰く、ここで働く仲間を連れてくるんだって。

 そう言われたので待つこと数時間。シュールさんが、多くの人々を連れて写本の街に戻ってきた。みんなが皆、シュールさんの頼みでやって来た人々なんだそう。

 

 

「皆さん、お忙しいでしょうに、ありがとうございます、なんか……」

 

「良いのよ。こいつら仕事が見つからなくてニートしかやれなかったような連中だから」

 

「そりゃないっすよシュールさん!」

「そうだそうだ!」

「私は軍資金が欲しいだけですって!」

 

「…メチャクチャ言ってますが?」

 

「問題ない。金が欲しい奴には金を渡せば良いんだからな。労働報酬で」

 

 

 先生がこんなところで気前が良いのは意外だ。

 傭兵団やユミーネ教徒の方々に、どうしてそこまで手厚くするのか尋ねてみたところ、「オタクはとにかく金がかかるし、人は俗物だ」……とのことで。オタクってのが何か分からなかったけど、確かに人は俗物なのかもしれない。

 シュールさんの呼びかけで集まったのは、先生と同年代かその上下の女性の方々が多かった。ユミーネ教徒の方々は勿論、傭兵にもちらほら男の人がいたとはいえ女性が多かった。シュールさん曰く「みんな同じものを好む腐人(どうし)よ」とのこと。詳しく聞こうとしたら、先生とフェンネルさんに止められた。

 

 とにかく、シュールさんが呼んできた助っ人の方々は大人な人が多かったんだ。だから、その中に私と同年代くらいの男の子が混じっていたら、目立ってすぐに気づくのは当然だった。よく見ると、あの男の子は狐耳の生えた髪を二つに分けた額の真ん中に、何か宝石が埋め込まれているのが見えた。

 

 

「ねぇ、シュールさん、先生。あの男の子…」

 

「おー、ロシンも来てたのか」

 

「えぇ、『私の力になりたい』なんて言ってね。あの子はもっとこう、同年代の子がいいと思うのにね…」

 

 先生とシュールさんは、あの男の子について何か知っている様子だ。

 

「お二人とも、知ってるんですか?」

 

「あぁ。ロシンって言ってな。

 俺がまだ八賢者になる前、シュールさんと一緒に助けた宝石獣(カーバンクル)の獣人だ」

 

「カーバンクル……授業で聞きました。

 かつて、額の宝石目当てに乱獲されて、絶滅が心配されている種族だって。数年前に宝石獣(カーバンクル)の里で乱獲があったって事件は衝撃的でした」

 

「そうだ。アイツはその生き残りだよ。

 言っておくけど、その辺の話題は振るなよ? ロシンにとっては、何よりも忘れたい地獄だ」

 

「わかってますって」

 

 

 流石に初対面の人の地雷を踏みに行くようなマネはしませんよ。

 山奥の呪術師の頃に養った、人当たりの良い笑みを浮かべながら、ロシン君に近づいていく。

 

 

「こんにちわ! 貴方も、シュールさんのお手伝いに来たの?」

 

「!? ……おう。まー、そんなところだ」

 

「私、アリサって言うの。よろしくね」

 

 

 手を差し出して、握手を求める。

 いきなりあいさつをされて、目を見開いていた彼は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ばちんと、私の手を払いのけた。まるで、ハエでも追い払うように。

 

 

「よろしくする気はねぇ」

 

「は……………はぁ~~~っ!?!?」

 

 なにこの人!ムカつくんですけど!?

 いきなり人の手を払ったロシンは、そのままどっかへ行ってしまった。

 初対面のリアクションに信じられなかったけど、何をされたか理解していくにつれ、腹が立ってきた…………今度アイツに会ったら、風魔法でもブチ込んでやろうか!?

 

 

「コラ、ロシン!! 待ちなさい!」

「ごめんなさいアリサちゃん!大丈夫!?」

 

 

 シュールさんとシュナップさんがやって来る。彼女がロシンを叱るが、彼の去る足は止まらない。

 私の手を取り、はたかれた部分を見ているシュナップさんに続いて、先生もやってきた。

 

 

「あらら……アイツ、まだ『友達』は作れねぇか」

 

「本当にごめんなさい……ロシンは悪い子じゃあないんですけど…」

 

「…私、久しぶりにロシンをシバき倒してくるわ」

 

「シュール!?……あぁっ、行っちゃった……」

 

 

 シュールさんが険しい顔でロシンを追いかける。

 シュナップさんと先生が何か話しているが、私は彼への興味を失ってしまった。

 だって、あんな失礼な人だと思わなかったんだもん!

 私、山奥に住んでたものだから、都会の常識とかつい最近慣れたばっかりだけど、なにをどうしたら握手を求めた人の手を払うようなマネができるの!?

 流石にアレはどんな人でも怒っていいと思う!!

 

 

「早速はねのけられたな」

 

「あんな失礼な人だとは思いませんでした!!」

 

「まったく、俺と出会った時と変わんねーな」

 

「…そうなんですか?」

 

「おう。俺とロシンの初対面は酷かったからなー。殴り合いのケンカに発展したし。まぁ俺が叩きのめしたけど」

 

「…………仲良くする気ありました?その時」

 

「…仕方ないよ。ロシン君は…乱獲の時、友達に裏切られてるんだから」

 

 

 先生とロシンの初対面の挨拶(肉体言語)の話をブッ込まれて、なんで今仲良く出来てるんですかと訊こうとしたところで、シュナップさんから気になるワードが出てきた。

 狩りに遭ったってのはさっき聞きましたけど、友達に裏切られたって何ですか?

 そう尋ねると、シュナップさんは悲しそうな顔で教えてくれました。

 

 

「彼ね………誰にも見つからない秘密基地に、家族や仲間を匿ってたんだって。

 そのままなら見つからなかった筈らしいけど、基地の存在を知ってた当時の友達が、命惜しさにその情報を話しちゃったそうなんだよ。『アイツ等を差し出すから、俺は助けてください』って具合にね。

 そのせいで彼は、家族と仲間を失った」

 

「それは…」

 

 

 確かに、裏切られたと思われてもおかしくない話だ。

 信じていた友達から情報を聞いた乱獲者が、よそ者が知り得ない秘密基地に攻めてきたとあっては、「自分は売られたのか」と思っても不思議じゃあない。

 

「ひどい……その人は、自分ひとりが助かる為に、仲間の命を差し出したって言うんですか?」

 

 メディア様が、その話を聞いて涙を目に貯めながら、そんな事をシュナップさんに問うた。

 そういう言い方だと、確かに友達が許されない事をしたように聞こえ……いや、確かに許されない事をしたんだろうけど。

 

「でも、メディア様。その友達って、ひょっとしたら『それしか生き残る道がなかったから』そうせざるを得なかったんじゃないですか?」

 

「それしか生き残る道が…?」

 

「例えばその人が剣の達人だったり、魔法に才能があったりしたら、それで戦う事も出来たはず。でも、そういう事が出来なかったから、逃げる事すら叶わなかったから、そうするしかなかった………そうは考えられませんか?」

 

 ロシンの友達というくらいだから、たぶん宝石獣(カーバンクル)だろう。

 だとしたら、乱獲者に追い詰められたその時に…もし何もしなかったら、確実に殺されていたに違いない。命乞いをしても、聞いてもらえたかわからない。

 だから……生き延びる為には、誰かを犠牲にするしかなかったんじゃないだろうか?

 

「…うん。僕もローリエもその可能性については話したんだ。でも、ロシン君の理解は得られても、納得はさせてあげることは出来なかった。今は当時よりも割り切れてるみたいだけどね…」

 

「…ちなみにですけど、裏切った張本人はどうなったんです?」

 

「……死んだよ。結局、乱獲者は彼を見逃しはしなかったようだ。僕がこの眼で見ているから、間違いない」

 

 

 ……結局、そのロシンの友達の、許されざる禁忌を犯してでも助かりたいという思いは、実らなかったようだけど。

 私は、ロシンの友達がやっていたような、『弱いから選択肢がなかった』という状況に覚えがある。

 ………まだ兄さんが生きていた頃、私が知らず知らずのうちに人質になっていたことだ。

 

 当時の私は、兄さんが新しい仕事で帰りが遅くなったなぁ程度にしか認識がなかった。

 人質にされていた、という自覚さえなかった。もし兄さんがドリアーテに逆らっていたら、私の命がなかったかもしれない事を知りもしなかった。

 ……私は、弱かったが故に、『無自覚な人質でいるしかなかった』のだ。しかも、それが判明したのは…兄さんがドリアーテに殺された後だった。

 

 悔しかった。悲しかった。こんな事を押し付けてきた、ドリアーテがものすごく憎かった。

 ……自分が弱いままでいる事が、たまらなく嫌だった。

 

 ひょっとしたら、彼もおんなじ気持ちになっているのだろうか?

 

 

「…私、もう一度ロシンに会ってきます」

 

「またあしらわれるかもしれないぞ?」

 

「それはないでしょ。シュールさんにしこたまシバかれてるんじゃあないですか、今頃」

 

 

 先生にそう言ってから、またあの宝石獣(カーバンクル)の少年を探しに行った。

 案の定、怒り心頭のシュールさんと、頭にたんこぶを作ったロシンをすぐに見つけ出せた。

 

 

「シュールさん!」

 

「あら、アリサちゃん……ロシン!逃げようとしない!!!」

 

「………ッ」

 

 

 私を見るなり逃げだそうとしたロシンだったけど、シュールさんが叱り飛ばして足を留めてくれた。

 もしかして、私にブッ飛ばされるとか思っているんじゃなかろうか? そうしたい気持ちもやまやまだけど……というか、そうされるのがイヤだったら、初めからあんな失礼なあしらい方しなきゃ良かったのに。

 

 

「…仕返しなんかしないよ。私はただこれから…仲間としていい関係を築きたいだけだから」

 

「………なんで俺だ?」

 

「ロシン」

 

 私が仲良くなろうとする理由を疑心の篭った様子で尋ねる彼を、シュールさんが咎める。

 けど、良いんです。私は、彼の過去をシュナップさんから聞きました。だから、この問いには、答えてあげないと。

 

「貴方が…私と、ちょっと似ているからです」

 

「似てる、だと?」

 

「かつて、自分自身の非力さのせいで家族を失った。それがイヤで…自分自身の強さを求めている。そう思ったからです」

 

「…!?」

 

 ロシンが目を見開く。

 それは、初対面の時の、意識の外から声をかけられた時のような驚きとは、その大きさが違う。

 やがて……ロシンは、震える口で、やっと言葉を出した。

 

 

「お前も…家族を…?」

 

「えぇ…兄を、真性の悪党に。当時の私は人質だったから……自分の非力さを呪った日は数えきれない。

 だから私は強くなりたいと願った。少なくとも………自分の命惜しさに、誰かを犠牲にするような弱い人のままなんて嫌ですから」

 

「!」

 

 

 ロシンの驚きの表情が更に明確になった。

 言っておくが、いま私が言ったことは全部本音だ。ロシンの過去をちょっぴり聞いて、少しズルい言い方はしたけれど………基本的には、嘘は一切ない。

 私は…もう大切な人を失いたくないから。

 

 

「…変なヤツ。そんなことを言ったのはお前が二人目だ」

 

「二人目? 一人目は?」

 

「ローリエさんだよ。あの人も似たようなことを言ってな。そんで『強くなれ』って言われて……シュールさんの下で修行を始めた」

 

「……殴り合いのケンカになったって聞いたけど」

 

「そ、その後だよ! ボコボコにされて、腹が立ったけど、言い返せなくって……」

 

 

 ロシンは、そのことを詳しくされたくないのか、そこで言葉を切って、私をまっすぐ見て、こう言った。

 

 

「……とにかく! ひとまずは信用しとく事にするよ。…あと、さっきは手を払ったりして悪かった」

 

「大丈夫だって」

 

「…名前、言ってなかったな。ロシン・カンテラスだ」

 

「アリサ・ジャグランテです。今度こそ、よろしく」

 

 

 ちょっと気になる発言だったけど、さっきの失礼な態度の謝罪もあったし、素直に受け取ることにした。

 そうして、さっきは出来なかった握手を交わすことができた。

 

「言っとくけど、いざって時は俺が生き残る為に動くからな」

 

「ねぇぇー、仲直り出来たと思った矢先にそういう事言うかなー普通!?」

 

 ……やっぱりちょっとムカつくわ、この人。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、ローリエ。

 ロシンがまた、迷惑かけちゃったみたいで」

 

「大丈夫だって。俺との初対面に比べたらマシだ」

 

 ロシンとアリサの握手を見ていると、俺もアイツとの初対面を思い出す。

 確か、アリサに語ったように、はねのけられるだけじゃ飽き足らず、殴りかかってきたからな。それを受け止めて、俺が殴り返したらケンカになったんだったか。

 

『人を殴るって事はよ…「殴り返される」危険性を常に「覚悟」しなくっちゃあならないんだ。ロシン…お前、ケンカしたことないだろ? それなのに一方的に殴れると勘違いするから、こうなる』

 

『う…ぐ…ぐ……』

 

 俺も、彼の一族が乱獲された現場に行って、救出作業をしてきたものだから、アイツの境遇はなんとなくわかったし、その後立ち直らせる方針もある程度は立てることができた。

 

『なぁ、ロシン……お前、強くなってみないか?』

 

『…なんでお前なんかの言う事を…』

 

『聞かなくても良いよ。その結果、お前は弱いままだろうけどな。自分の命を守る為に、友人か仲間かを差し出すようなヤツになりてーってんなら、俺は止めない』

 

『この野郎―――ッ』

 

『世の中の理不尽の一つってヤツだ。「弱者は時に、己の弱さを理由に、強い奴の内面を無視して、叩こうとする」……強い力を持つというだけで暴力をふるうことを正当化する。自分が弱いというだけで、何をしても許されると思っている。俺は…そんな奴は認められそうにない。

 ロシン、もう一度聞くぞ。お前は「強さ」を身につけるか?それとも、「卑怯さ」を身につけるか?』

 

『…………』

 

 亡くなってしまったロシンの友達を死体蹴りするようで申し訳が立たなかったが……当時のロシンは今よりも精神が不安定で…いつ壊れてもおかしくなかった。家族・仲間・友達……それらを一気に失ったんだ。すぐさま壊れなかっただけでも奇跡だろう。そんな彼が悲しみから立ち上がるには、「何か」が必要だった。悲しい、死にたい、楽になりたい………そんな弱い感情が吹き飛ぶくらいの何かが。

 だから俺はロシンに「強さへの渇望」を植え付けた。憎しみのようで、憎しみではない、そんな感情を。結果、ロシンは神殿に入る事をせず、シュールさんの傭兵団に入っていったのだ。

 

 

「あいつの…ロシンの傭兵団での様子はどうだ? シュールさん」

 

「魔法は並み以下だったけど…剣の腕は優秀よ。タイマンなら、シュナップやダイチの次に強いんじゃないかしら。

 でもね、あの子……仲間と距離を置くのよ。私やシュナップ以外の団員には、心を開かなくってね。そこがちょっと心配だわ」

 

 

 それ以降、傭兵団では仲間を作る事はしなかったものの……生き残ることができているようだ。イジメられてないか? と心配になるけど。

 だから、今回のアリサとの交流をきっかけに、俺やシュールさんご夫妻以外にも、心を開けるようにしてほしいものだ。例えば、そうだな……同年代の女の子相手に、恋でもしたら、変わるんじゃあないかな? 俺の知り合い何人か紹介したいわ。

 

 

「あ、あのロシンが!!? ちょ、想像できな……ブフッ!!!!」

 

「俺そんなに変なコト言いました?」

 

 

 年代的にランプかシュガーあたりがいいんじゃないかなと言ったんだけど、シュールさんは何故かツボにはまって盛大に笑いだし、アリサとロシンに遠目で「何で笑ってんだあの人」みたいな目で見られる羽目になってしまったのだった。

 

 




キャラクター紹介&解説

アリサ・ジャグランテ
 ロシンとの初対面を果たした女神候補生兼呪術師。ロシンの冷たい対応に頭にきたが、シュナップとローリエとの会話を通してロシンの境遇を考え、彼に「弱いが故に選択肢がなかった」という共通点を見出して少し歩み寄ろうとする。

ローリエ
 原作開始前に宝石獣(カーバンクル)の乱獲現場に行って、ロシンを保護していた原作主人公。八賢者になる前に肉体言語と「生きる目的の感情」の発掘を通してロシンと仲良くなっていた。初対面の相手に暴力を振るわなくなっただけロシンは成長していると思っている。だが、それだけじゃなく彼の幸福も望んでおり、タイミングを見計らって教え子とのお見合いのセッティングも企むダメ教師。

ロシン・K・カンテラス
 ユミーネ傭兵団に所属する、宝石獣(カーバンクル)の獣人である少年。不当な狩りに追われていたところを、シュールとシュナップ、ローリエに助けられた過去を持つ。だが、その過程で友達だと思っていた同族に裏切られた為、一時期は人間不信に陥っていたが、ローリエの助力で立ち直り、幼いながらに傭兵団に名を連ね、実力を身につけていった。
 過去の事件からまだ完全に立ち直ることは出来ていないようで、人を簡単に信用しない性格で、常日頃から「いざという時は自分の命を最優先にする」と決めている。ただ、シュールとシュナップには懐いており、また説教されたら謝ることが出来るくらいには成長した。
 本名は「K」が入るが、自己紹介の時は言いやすさ重視で「ロシン・カンテラス」と名乗っている。
 イメージCVは石○静香。名前の由来は「ケロシンカンテラ(灯油のランプ)」から。

【挿絵表示】


シュール・ストレミング
 アリサ視点からでは分かりづらいが、失礼なマネをしたロシンをシバき倒して、物理的に仲直りを掛け持った貴腐人。その裏には、ロシンにまっすぐ、マトモに生きて欲しいという願いがこもっている。

シュナップ・ストレミング
 アリサにロシンの過去を話した傭兵団副団長。彼もシュール同様ロシンの成長を見守っているほか、彼に幸多き人生が待っていることを切に願っている。アリサにロシンのことを話した後は、アンシーの世話に行った。



宝石獣(カーバンクル)
 拙作オリジナルの種族で、頭部には動物の耳が生えており、文字通り体内(特に額)に輝く宝石を持っている。戦闘力の高い種族ではないが、一説には体内の宝石を使った秘術が一族に伝わっている、なんて話もある。
 かつては高価で取引されたそれ目当てに乱獲が行われたが、アルシーヴが筆頭神官になる前から、倫理的な視点で宝石獣(カーバンクル)の乱獲への非難の声が高まり、全国的に狩猟が禁止された。しかし、「バレなきゃ犯罪じゃあない」と考える密猟者による被害が後を絶たない様子。



△▼△▼△▼
ローリエ「ロシンお前さぁ…面と向かって『いざって時は見捨てる』って言うヤツがあるかよ」

ロシン「…ダメなのか?」

ローリエ「駄目に決まってんだろ。100%気分を害する台詞だからねソレ」

ロシン「そっか…じゃあ密かに考えるだけなら良いのか」

ローリエ「いいワケねーだろ、バカか!……っと、話が逸れた。新聞社が本格的に活動を始めるみたいだが……早速、社員が大戦果を挙げたようだぜ?」

次回『新聞はナメたら命取り』
ロシン「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第26話:新聞はナメたら命取り

 今回ですが、ずっと書きたかったシーンを書いていたつもりですが、思わぬ「書きづらいシーン」が生まれてしまいました。正解のない問いが多すぎませんかねぇ…?
 そんな今回のサブタイの元ネタもまた「銀魂」より「初期設定はナメたら命取り」でお送りします。


“おめーのような単純脳ミソのやるパターンは全て読まれてるってこと、わかんねーのか? このウスバカが”
 ……ジョセフ・ジョースター


 ローリエ達が写本の街で新聞社「エトワリアン・ニュース」を設立してから数日後。

 芸術の都……そう呼ばれる都市では、異変が起こっていた。

 

 

「我々はリアリスト!!

 この世界は聖典に騙されている!

 今こそ、聖典を手放し、偽りの希望をバラまく神殿を倒すのよ!!」

 

 

 毛先が水色っぽい赤髪の、際どい服装をした巨乳の少女が、プレートを掲げて都の人々に叫びかけていた。彼女に付き従う、同じく際どい服装の男女――赤髪少女の取り巻きだ――も、「聖典を否定せよ」「聖典を捨てよ」という、似たようなプレートを掲げていた。

 赤髪少女の名は、リコリス。

 聖典を否定するテロ組織『リアリスト』の幹部・真実の手の一員で、『左手』の異名を持っている。

 今ここでデモを行っているのは、リアリストの長・ハイプリスの指示によるものだった。『芸術の都を攻略せよ』………その命令に従ったものだ。リコリスは、芸術の都の水面下で手駒を集め、一気に攻略しようとした。

 

 だが…作戦は、リコリスの思うようにいかなかった。

 その原因は、遺跡の街で怒ったウツカイとリアリストによる大虐殺のニュース……それが世界中に知れ渡った事が大きかった。

 いくら勧誘しても、曖昧な返事で誤魔化され、逃げ出してしまう………当然だ。誰が好き好んで人殺しのテロ組織に入りたがるのか。既にリアリストの悪名が知れ渡っているのだ、一般人どころかゴロツキ紛いの小物さえも裸足で逃げ出してしまうのだ。

 痺れを切らしたリコリスは、絶望のクリエで洗脳する方法を取ったのだが、ハイプリスとサンストーンに「絶望のクリエの無駄遣いはやめてくれ」と釘を刺され、即座に案が頓挫したのだ。我ながら思いついた妙案だったから尚更、リコリスの怒りは溜まっていく。

 

 これにはリコリスもイラつかずにはいられなかった。

 誰も彼もが私達をバカにして…許せない。しかも、よりにもよってこんな時にあのグズは神殿にとっ捕まって、八つ当たりもできない。そんな彼女の精神状態は、まさにいつ爆発してもおかしくない火にくべられた爆弾そのものであった。

 

 そして我慢できなくなった彼女は、とうとう行動に出た。

 僅かに現地調達できた戦力と、代案としてハイプリスから送られたウツカイ達を引き連れ、デモを始めたのだ。それが、冒頭の光景である。

 赤髪の少女が、トップを練り歩く、人2割ウツカイ8割の行列は、デモ行進どころか百鬼夜行である。それを見て、リコリスたちの味方をする者など存在するはずもない。これに味方をするのは同じリアリストのサクラか世情に疎すぎる大馬鹿者か本物の異常者だけだ。

 

 

「ふざけんな! 誰がお前らの言う事なんか!」

 

「そうだそうだ! 遺跡の街で虐殺した連中なんか、信じるものか!」

 

「出ていって! 今すぐそのバケモノを連れて出ていってよォ!!」

 

 

 ……当然、こんなリアクションになるのは必然だ。

 都に住まう人々は、自分達の街を、家族を、芸術を、友人を、おのおの大事なものを守る為に声を上げ、石を投げつけた。それはまさしく、罪人の石打ち刑のようであった。

 

 

「なにが聖典は欺瞞に満ちているだ!」

 

「僕たちの希望を悪く言うな!」

 

「帰れ!」

 

「人殺しは帰れ!」

 

「テロリストは帰れ!」

 

 

 そして、その石打ちは、ドンドン激しくなっていく。

 投げられた石は、ウツカイやリアリストの構成員に当たっていく。ウツカイが反撃しだしてもおかしくないというのに、人々は勇敢にも、というべきか蛮勇にもというべきか、抗議をやめない。

 

「り、リコリスさん…これはマズいですって…」

 

「黙りなさい。私だって、コイツら皆殺しにしたいわよ。でも、これ以上リアリストの心証が下がるのは良くない……ッ」

 

 リアリストの構成員の一人が、現住人の抵抗の激しさに撤退を進言しようとするも、リコリスにとってはそれさえ癪に障るのか、怒気を孕ませた声で黙らせた。

 ヒナゲシが派手に暴れた一件のせいで、リアリストの活動は可能な限り目に見える場所での暴力行為を控えるようにと通達が来ているのだ。

 リコリスも馬鹿ではない。その事を忘れてはいなかった。

 

「聞け!芸術の都の民よ! 私達は、聖典を手放した先の、しん゛ッッッ!!?

 

「「「「~~~~~~~っっっ!??!?!?!?!?」」」」

 

「かえれ! せいてんをけがすわるものはかえれ!」

 

 

 リコリスの頬に、両掌大の石がクリーンヒットする。投げたのは、まだ幼い子供だった。分別が付いていない故の、容赦のない一投だった。

 リアリスト構成員は、目の前の光景に顔が青ざめる。やばい、コレは絶対キレるやつだ! と。

 恐る恐る、構成員の目がリコリスに移る。

 

 

「え、えと…………り、リコ――」

 

「―――ウツカイ共、そして構成員。命令を変更するわ」

 

 

 リコリスは、決して馬鹿な女ではない。ハイプリスの「目立つ場所で暴力を振るうな」という命令は今の今まで覚えている。

 ………ただし、煽りや挑発行為への耐性がゼロを通り越してマイナスに突入しているだけで。

 

 つまり、どういうことかというと………この瞬間、自身の美しい顔に派手に石をぶつけられたことで、思いっきりすべてがプッツンいってしまった、ということだ。

 

 

―――私達にナメた真似したヤツを全員! ブッ殺せッッ!!

 

「「「「「「ウツー!!!」」」」」」

 

「「「「「うわあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」」」」」

 

 

 命令? 暴力を振るうな? 知った事かッッ!!!

 今ここで―――ナメた事をしてくれやがった連中全員に!目にモノを見せてやる!!

 さっきのリコリスへの暴力がきっかけで、リコリスは、都の民への苛烈な逆襲をすることを決意したのだ!

 ガチギレしたリコリスの命令に、ヒャッハー化したウツカイが人々に襲い掛かり、住人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

「り、リコリスさん! 流石にマズいですって!」

 

「あ゛ぁん? 何がマズいってのよ!!」

 

「ヒィィィィッ!!」

 

 構成員が陳言しようとしたのを、憤怒に任せた凄みで黙らせる。これを元の世界ではパワハラという。

 そして、そいつが忠告しようとしていた内容を勝手に推測したリコリスが、こう続けた。

 

「目撃者が面倒なら、ソイツもブッ殺せば良いのよ。

 良い!!? アンタも殺るんだからね!! 日和ったらアンタから斬り刻むわよ!!」

 

「わっ、わかりましたぁぁぁ!」

 

 冷酷な判断と共に、部下に暴言を吐き散らしながら虐殺を始めたリコリス。

 目撃者を恐れるなら、ソイツも消せばいい……確かに筋は通っているように見えるだろう。

 だが、筋なんてものは魚の刺身にも通っている。

 

 こうして、唐突に始まった芸術の都での大虐殺。

 この事件で、のべ300人もの住人と観光客が犠牲になったという。行方不明者・死亡推定者も含めるともっと多くなるだろう。

 だが、生還した人々も確かに存在したのである。指揮官たるリコリスがガチギレして、冷静さをはるか彼方に放ってしまったのだ。そんな、頭に血の登った状態では、混戦の中見落とす人々がいてもおかしくはない。

 そして。

 

 

「や…やばい…この写真は……! すぐにシュールさん達に()()しないと…!」

 

 

 ―――見落とした人々の中に、新聞社の社員がいて、ソイツに決定的瞬間を撮られたことにも……冷静さを欠片も無くしたリコリスでは気付けなかったのである。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 新聞社『エトワリアン・ニュース』が開業して数日。

 メディとフェンネルが奥義修得のために写本の街を離れて、最初の事業の足掛かりとして、転移魔法の使えるユミーネ教徒の傭兵に各地を取材させていたのだったが、その戦果は、意外と早くに訪れた。

 ひとりの傭兵が、息を切らしながら会社内へ駆けこんできたのがきっかけだったか。

 

 

「シュールさん! シュナップさん! ローリエ様! いらっしゃいますか!? すぐに見せたいものが…」

 

「お、おう、どうした!? お前…どこへ行った奴だ?何を見てきた!?」

 

 

 息を切らし、取り乱しながら呼ばれたものだからビックリしたが、その傭兵、かなり動転している様子でカメラを握りしめていた。

 なんでも、かなりヤバいものを撮ったようで、すぐにでも見て欲しい写真があるようだ。

 落ち着くように割って入ってきたシュールさんによって、その調査員の傭兵は応接室に招き、例の写真を現像するまで待たせた(そわそわしててせわしなく、ちょっとウザかったが)。

 そうして、現像してアリサが持ってきた写真を、皆で見ることにした。

 

 

「「なっ!!!?」」

 

「これは…」

 

「そんな…!」

 

「女が、子供を刺している…!」

 

 

 それは、髪の一部をテールにした、赤い長髪の女が、般若みたいな怒りの表情で子供に刃を突き立てているシーンだった。

 ほんのちょっとだけ背景がブレているが、場所が芸術の都で起きているらしいことも理解できる。

 飛び散る血の一滴までフィルムに移りこんでいて、ショッキングで臨場感のある一枚だった。

 

 

「…なぁ、お前…これは?」

 

「芸術の都での取材中、聖典を否定するデモの先頭に立っていた女が急に激高して……それに付き従う部下やウツカイ達も人々を襲い始め、虐殺が始まったんです。これは、その最中での一枚です」

 

「よく、見つかって始末されなかったわね。こんなところ撮られたと分かったら、この女、真っ先に貴方を狙ったはずよ」

 

「それが、この女…写真の子供に石をぶつけられたようで、それで完全に逆上していた様子でした。周りが見えなかったんだと思います。それに、周りが乱戦状態だったのも幸いした…と思います」

 

 

 シュールさんの言う通り、これは明らかに決定的な証拠だ。

 警察関係の手に渡ったら、間違いなく御用になるレベルで言い訳のしようがない。

 ましてや、犯人がこんなにくっきり写ってる写真なんぞ、処分するために狙われても良いモンだ。

 どうやらこの傭兵、土壇場での運は相当良いようだ。

 

 

「…お前、名前は?」

 

「マランドと申します!」

 

「そうか、マランドか。覚えておこう。

 ……よくこの写真を持って帰ってきてくれたな」

 

「………こ、光栄で、あります」

 

「ああ。とはいえ……だ。アリサ、何か言いたげだな」

 

「っ!!?」

 

 

 アリサの肩がぴくりと震えた。

 表情もなんだか、浮かないような表情をしている。………その理由は、なんとなく想像つくけどな。

 

 

「あの、マランドさん…貴方……その子供はどうしたの? これ…間違いなく致命傷だよ………そんな子供を、ちゃんと助けたの?」

 

 

 そう。この写真が撮られたということは、この場面でカメラを構えていたと言う事。無垢な子供が凶刃に倒れたその場面で、傷の手当より先に、写真撮影を行ったことを意味している。

 それが、命を軽んじているようで、アリサは疑問を覚えずにはいられないのだろう。マランドは、アリサの質問に対して、しばし俯いていたが、やがてぽつりぽつりと話しだした。

 

 

「何を言っても、言い訳にしかなりません。自分がこの子を見捨てたのは……事実であります」

 

「ッ…! この…馬鹿ッッ!!!」

 

「ぐあっ!!!?」

 

 

 自分は、子供を助けなかった。

 すべては、写真を届ける為に。都で起こった悲劇を、もみ消させない為に。

 そう言ったマランドの頬に、アリサの拳が突き刺さった。マランドが椅子からふっ飛ばされ、ゴロゴロと転がる。

 

 

「子供を見捨てて、平気だったって言うの!? あんな残酷な場面を目の前で見せられて……戦おうとしなかったのッ!!? だとしたら……私は、貴方をっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろアリサ! 気持ちは分かるが……拳を引け」

 

 再びマランドに殴りかかろうとしたアリサの手を、ギリギリのところで止める。

 目の前で死にかけた子供を相手にどうするか……きっと、アリサなら迷わず助けに入るに決まっている。俺でもきっとそうしただろう。

 目の前で消えかかった子供の命を前に、背を向けること。それに、何の感情も湧かなかったとしたなら……到底許すワケにはいかない。そういうことなんだろう。

 

「どうして!!!」

 

「人を思いやること……それは、アリサの強さだ。でも…今はこの場を、俺に預けてくれないだろうか。

 これは、この襲撃で奪われた命すべての為であり……ここに写っている、許しがたい女を一刻も早く捕えるためなんだ」

 

「………」

 

 

 写真の女を捕えるため、そして芸術の都で再び起こったと思われる虐殺の被害者たちのため。

 そう言ってしまえば、流石のアリサも拳を緩め、マランドとの距離を離して、席に着いた。

 子供を見捨てた彼に非はあろう………だが、それ以上に一番悪いのは赤髪の女であり、虐殺を始めた連中なのだから。

 

 

「さて。アリサ。お前は確かに聞いたな、子供を見捨てて平気だったかと。

 だが、マランドがこの写真を撮るだけして逃げ出すことに、罪悪感を覚えなかった筈がないんだよ」

 

「え、それは……どういう?」

 

 アリサは、俺が「罪悪感を覚えているに決まっている」と言うと、理解できないようにきょとんとした風にそう聞き返してきた。

 

「まず……彼から聞いた限り、芸術の都は瞬く間に戦場になった。詳しくは現場にいた彼にしか分からんだろうが……誰かを助ける余裕はほぼ無かっただろう。無理をして自分が命を落とせば、情報も伝わらなくなる………そうだったんだろ?」

 

「……正直に申し上げると。自分の無力さが情けなくて仕方ありません」

 

「そう重く考えすぎないで、マランド。それに………最初にそのことについて聞かれた時、潔く自分のやったことを認めたのは立派だったわ。ああいう時、人は言い訳のひとつやふたつはしたがるもの」

 

「そうだね……君の任務は、最初から情報収集だった。やれる範囲で誰かを助ける分には良いけど……人助けは、自分が命を落としたら意味がなくなっちゃうからね」

 

「そうだな。もしマランドがあそこで死んでたら、俺らがこの情報を得ることも出来なかったわけだし」

 

 そこにシュールさんとシュナップさん、そしてロシンが援護射撃を行うことで、アリサの説得に加わる。

 俺の予想通り、写真を撮った張本人も罪悪感がなかったわけでもないので、情状酌量はあるだろう。そこら辺は、後で団長と副団長に処遇を決めてもらおう。

 

 

「―――とはいえ、この写真が、1人の子供が命を落としたっていう決定的な証拠でもある。

 この写真を新聞の記事や更なる情報収集に使う前に、いったん皆で黙祷を捧げてあげよう。

 それが、僕たちにできる、この子への手向けだと思うよ」

 

 

 シュナップさんによって、黙祷の時間が作られる。俺達は静かに祈りを捧げてから、為すべき作業を再開した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 黙祷の後、俺は「確かめる事があるから」と言って、言ノ葉の神殿の牢獄に一時的に戻ってきていた。用があるのは、牢屋の中の囚人だ。

 

 

「よう、住み慣れてきたんじゃあないか、ここに」

 

「……新手のイヤミなの?」

 

 

 そう、ヒナゲシだ。

 最近は虐待の跡も癒えて来たのか、軽口なら付き合ってくれるようになった。

 そして、俺がここに来たのは……リアリストと、例の写真の女が関係あるのかを聞き出すためだ。

 

 

「それはそうと…聞きたいことができたんだけどさ。

 この写真に載っている赤髪でボインな女………コイツに見覚えってあったりする?」

 

 例の写真を見せながら、ヒナゲシに問う。

 ヒナゲシはそれを見た瞬間、目を見開いて動揺したかのように呆けた。

 ……が、すぐさま表情を取り繕ってこう言った。

 

「……………お、教えないの。私と貴方の持っている情報は交換する……そーゆう契約なの」

 

 ……ふむ。『契約』を取り付けてからちょっとだけしたたかになったな、コイツ。ちょっと前まではうっかりポロっと情報を話してくれたりして、ラッキーな状況とか起こったんだがな。うっかり話す前に『契約』を持ちだされたら、こっちもそれを守るしかない。

 

 

「…それもそうだな。じゃあ、俺からは非公開にしてる魔道具……その設計図を1枚やろう」

 

「ありがとなの。それで、その写真の女の人だけど……()()()()()()()

 

 

 契約の対価として(出来たものがゴミ過ぎて使えないから)非公開にしてる魔道具の設計図をあげて、ようやくヒナゲシが口を開く。それで彼女は、写真の女なんか知らないとのたまった。

 俺はその様子を見て………ナメてんのかコイツ、と思った。目は泳いでいるし、声の調子もいつもより震えている。そんな()()()()()()で、()()()()()()()()()()で、この俺をダマせると思っているのか?

 その様子を見て、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()、もう一度尋ねた。

 

 

「…本当に何も知らないのか?」

 

本当に知らないの

 

「この期に及んでウソをついてるとかしてないよな?」

 

しつこいの。その人はリアリストとは関係ないって言ってるの!

 

「…今から俺の言う事を復唱しろ。

 『俺は男だ・水は武器だ・温泉卵は世界一』、はい」

 

「???……『私は女だ・水着はビキニだ・ゆで卵は日本一』……あれ!!?」

 

 フフ、気づいたか。だがもう遅い。

 

「俺の嘘吐きの赤い舌(トーキングヘッド)は正常に起動している………である以上、お前の「この女を知らない」「リアリストとは関係ない」はウソだな。さぁ、本当のことをキリキリ吐いてもらおうか?」

 

「ど、どうして……い、いったいいつの間に…私に何をしたの!!?」

 

「教えても構わない。ただし、嘘吐きの赤い舌(トーキングヘッド)のことを知りたいなら、その対価として……『お前らリアリストの最終目標』を話して貰おう。

 勿論、ウソはなしで、だ…!」

 

「!!!!」

 

 

 飴玉型変形取付魔道具・嘘吐きの赤い舌(トーキングヘッド)

 飴玉のような形と甘味でカモフラージュされたこの魔道具は、口に入れたヤツの舌に憑りつき、起動中には『憑りついたヤツの本心とは逆のことを強制的に言わせる』能力を発揮する、某スタンド能力を完全再現した代物だ。

 最初のご飯の時にデザート代わりにあげたので、現在ヒナゲシの舌にはコイツが憑りついている。それを利用しさえすれば、契約を徹底的に守らせることくらいわけないのだ。

 ヒナゲシが『契約』に慣れ始めたら、ウソをついてくる可能性は考慮していた。既にこっちは手を打っているということよ!

 

 この後だが、ヒナゲシは「リアリストの最終目標は言わないから、能力のことも聞かない」と言いつつ、あっさり写真の女についてゲロってくれた。

 まぁ、ウソをついても意味がないと思ったから観念したんだろうな。どんな誤魔化しも嘘吐きの赤い舌(トーキングヘッド)の前では意味をなさないと思ったのだろうか。

 ヒナゲシは幼いからか、ウソの内容も使い方も杜撰そのものだ。さっきだって、「ヒナゲシが嘘をついた」と分かったから魔道具を使っただけだからね。

 嘘ってのは、もうちょい頭を使って使わないと、すぐに見破られちゃうぞ。教えるつもりも義理もないケド。

 

 

「さて…裏はしっかり取れたな」

 

 

 後はこの特ダネで新聞を作り、増刷するだけだな。

 さぁーて……見せてやるよ、リアリスト。

 

 

「『真実の手・左手のリコリス、芸術の都を侵略・大虐殺!』……この“真実”はキチッと全世界に届けてやるからな」

 

 

 この世界には、あらゆる武器(けん)をもってもどうすることもできない言論(ペン)が存在すると言う事を。

 お前らのような、憎悪だけで動くような単純脳味噌の行動パターンは、すべて読み切られているという事を。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 新聞社に転がり込んできた、センセーショナルなニュースをものにすべく暗躍する拙作主人公。アリサの言うように、目の前で消えそうな命は助ける主義だが、自分が八賢者であるが故に、自身が死んだら誰も助けられなくなることを理解している。

リコリス
 今回の話において、大戦犯をかました『真実の左手』。本来は誰かに証拠を撮られるようなマヌケではない筈だが、①リアリストの風評が事前に行きわたっていて人々の防犯意識が高くなっていたこと②ストレス発散用の道具(ヒナゲシ)が手元にいなかった ことで、通常時よりも冷静な判断ができなくなっていた。怒りっぽい性格の彼女が、ストレスのはけ口を得られなかったことで大爆発したさまはさもありなんといった様子だが、当然彼女自身の決定的な証拠が撮られたとはまだ気づいていない。

シュール・ストレミング&シュナップ&アリサ&ロシン
 ローリエと共にリコリスが引き起こした惨劇の写真の目撃者になった者たち。シュールやシュナップは写真で起きた光景に心を痛めつつ、写真を持って帰ってきた部下に生還したことを褒めたたえた。ロシンはほぼ無言だったが、彼の意見としては見知らぬ誰かよりも自身の命、そして写真を優先したマランドに好感を持っている。アリサの心情はほぼ本文通り。

マランド
 リコリスの凶行の決定的瞬間を撮っただけでなく、生還して写真を持って帰ることにも成功した、ユミーネ教傭兵団の一員。傭兵団には珍しく腐男子で、男の娘専門らしい。今回だけ登場のモブ。だがモブ傭兵の中でもぶっちぎりで運がいい。
 名前の由来は、パプリカの品種の1つ「マランド」から。日本では売れ筋のMサイズパプリカだそうだ。



嘘吐きの赤い舌(トーキングヘッド)
 ローリエがお遊びで開発した魔道具。飴玉状だが、口の中に入ると舌にとりつき、その人の思っている事と逆のことを言わせる。『戻れ、トーキングヘッド』の合図で口から飛び出し元の飴玉姿に戻る。「強制的に思っている事と逆のこと(ウソ)を言わせる能力」を使って、情報の真偽を確認したり、吐かせたりすることも可能。実は前作のオマケパートに登場している。
 元ネタは『ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風』に登場する、ギャングのボスの親衛隊員ティッツァーノのスタンド能力。というかマンマソレ。アニメ版のCVは某社長でおなじみ津田氏。海外では声優とその演技力もあってやや人気があり、ファンもいたりする。



△▼△▼△▼
ローリエ「ショッキングな写真から、センセーショナルな記事が生まれる。覚悟しろテロリスト、これでお前らの名声は地に落ちる!」

アリサ「効果はあるんでしょうか?」

ローリエ「俺が太鼓判を押そう。『予想をはるかに超えた効果が出る』。さて、そろそろその頃のきららちゃん達を見てみようぜ?」

アリサ「そういえば、きららさん達はあそこに乗りこむんですよね?……大丈夫でしょうか…?」

次回『ここは「生と死の都」』
アリサ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽



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第27話:ここは「生と死の都」

 今回のサブタイは「GA芸術科アートデザインクラス」から、「お題は『生と死の境』」より取りました。

“もし人の事を言いたいのならば、まず自分自身の身を振り返らねばならない。”
 ……木月桂一の独白


 寂れた神殿のような一角で、闇に蠢く者たちがテーブルを囲っていた。

 

 

「まぁーったく、とんだ大失態じゃあないの、ハイプリス様の右腕さぁん?

 攫ったスクライブの半分以上を奪い返されるなんて……気の抜きすぎじゃあないこと?」

 

「…貴様はそれしか言えないのか、ロベリア」

 

 辟易する白髪と黒髪が半分ずつ生え揃った褐色肌の少女・サンストーン。

 そして、サンストーンにロベリアと呼ばれた、水色の髪をツインシニヨンスタイルにした、露出度の高いチャイナドレスを着た少女は、サンストーンに愉悦の表情を向け、煽りに煽っている。

 他にこの場にいるのは、机に突っ伏しているスイセンと、黙って場の様子を見ているスズランだ。

 

「うー、ほんまに申し訳ないんよー」

 

「あら、スイセンは責めてないわよ? 貴方は稼ぐべき時間を稼いだじゃない。悪いのは土壇場でマヌケしでかしたそこの自称右腕だからね」

 

「いい加減にしろ、ロベリア。そこまでしつこいとまた根暗だの陰湿だの言われる事になるのが、まだ分からないのか?」

 

「人が気にしてることをズケズケと……呪うわよ?

 卵を割ったら確実に殻が混じるようになるといいわ…」

 

 

 サンストーンが苦言を呈した瞬間、ロベリアの機嫌が悪くなる。どうやら人が気にしてることをネチネチと言うのは好きだが自身が気にしてることを言われるのは嫌いなようだ。イイ性格である。

 端正な顔を嫉妬に歪めた彼女は、サンストーンに地味に嫌な呪いをかけようとする。

 そこに、パンパンと手を叩く音が響いた。

 

 

「そこまでだ。少し話が脱線しているよ」

 

 

 黒のロングヘアに二筋の白い髪、そして頭蓋骨の冠を被った少女……ハイプリスだ。

 彼女がそれだけを言っただけで、サンストーンとロベリアは口論をやめ、ぐでっとしていたスイセンが姿勢を正し、スズランもハイプリスを見た。

 

 

「ロベリアはサンストーンが油断したかもしれないって思っているんだね。それはない。サンストーンがどんな妨害を受けたかは、報告で来ている筈だ。彼女はそれに立ち向かった。それを無視して、一方的に文句を言うのは良くないよ」

 

「は、はい…」

 

「サンストーンもサンストーンだ。一言二言多い。君くらいになれば、相手に会わせて会話をすることもできるはずだ」

 

「はい」

 

 ロベリアも、一応はサンストーンの身に起こった、おぞましき妨害の報告は耳に入れている。自分があの場にいたら、陣を組んでウツカイ共に迎撃を出来ただろうとか考えているが、Gが集団で襲い掛かる様子をあまりイメージ出来ていない。今の返事も、敬愛するハイプリスだからこそのものだ。この女は、目の敵にしているサンストーンが失敗すれば何でも良かった。

 

「しっかし、この後はどうするんです? スクライブの誘拐……あんま成功したとは言えないんですけど…」

 

「ゼロじゃあないだけマシさ。予定よりだいぶ数こそ少ないが……汚染した聖典の写しは着実に流れている………それに、リコリスから、『芸術の都』の制圧に成功したと連絡が来た」

 

「まぁ!流石はリコリスですね。アレのことだから……ヒナゲシ抜きじゃ何にもできないと思っていましたが」

 

「あ、そうじゃんヒナゲシ! 確か、神殿に捕まってるって、スクライブが噂してたんよ」

 

「あんな一銭の得もねぇ雑魚、無視で良いんじゃあねーか?」

 

「そうはいかないよ、スズラン。リコリスは一人でも優秀だけど……ヒナゲシと組むことで、初めてその本領は発揮される。

 それに、私達は聖典を破壊し……“世界の絆”を断ち切る目的を達成するんだ。その為に、『手』は一人でも多い方が良い」

 

 話題は、『芸術の都の制圧の完了』を報告したリコリスから、ロベリアの口からポロっと出たヒナゲシの話になった。

 まず『芸術の都の制圧』だが……リコリスといえば、マランドが死に物狂いの思いで撮影した、あの赤髪で凶暴な雰囲気を漂わせた女性のことだ。しかも、都を『制圧』したというのである。リコリスが起こしたあの大虐殺の後、勢いそのまま都を『制圧』したというのだろうか?

 そして、捕まっているヒナゲシについては……仲間が敵に捕まっているというはずなのに、ほぼ全員がドライであった。それどころか、スズランが「別に助けなくてもいいんじゃね?」と言い出し、それをほぼ全員が無言の賛成をしかける始末である。最も、ハイプリスがそれを諌めたが…ハイプリス以外から反対意見が出なかった時点で、彼女の扱いはお察しだ。

 

「そうですか。なら、オレはなんも言いません。また仕事あったら頼みます。依頼料は要相談で」

 

「ありがとう、スズラン。

 さて、これからの行動だが……サンストーン、再び『オーダー』を使うから、その後…『パスの断ち切り』を頼む」

 

「畏まりました」

 

「スイセンには『美食の都』、ロベリアには『水路の街』の侵略を任せる。行動はいつでも良いが、焦りは禁物だ」

 

「わっかりましたー!」

 

「了解です、ハイプリス様」

 

 これからの方針……再び『オーダー』が行われ、『パス』を断ち切られる事態を起こすことを示唆するようなハイプリスの発言を受け、全員が席を立った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 写本の街から旅立って、今日で9日目だ。

 宿場町にあった、質素な宿屋の布団から、うつつさんが魘されながら起き上がったのをみるやいなや、タイキックさんがうつつさんに駆け寄る。

 

「―――うぅぅぅぅ、イヤな夢」

 

「随分(うな)されていたな……うつつ、どうしたんだ?」

 

「えとね…夢にスイセンとスズランと、あとサンストーンってやつが出てきた」

 

「え!!?」

 

 うつつさんが見たって夢の内容に、つい声が出てしまう。

 サンストーン……それは、忘れられるはずもない。写本の街での戦いに出てきた、白と黒の髪の、褐色のあの子。見ただけで、涙が溢れて止まらなかったあの子。

 私のそんな声に、ちょっと体を震わせるうつつ………急に声出したから、驚かせちゃったかな。

 

「あ、ごめんなさい……驚かせちゃったかな」

 

「あ、謝らないでよぉ……私なんかのためにぃ…

 それに、サンストーンが気になるのはきららも同じでしょ?」

 

「うん………」

 

「あの人はきららさんと何か、関係があるのでしょうか……」

 

 ランプのぽつりと零した言葉に、答えられる人はいない。

 だって、あの人はあっという間に奥に行ってしまったり、あっという間に転移で逃げてしまったりして……まるで、私達に何も教えまいとしていたのだから。

 ローリエさんの奥の手で攫われたスクライブは何人か戻ってきたけど…まだ行方が分からないスクライブの方は多い。

 

 

「なぁ、そんな事よりもう行かないかい? 今日あたりには芸術の都につくはずだからさ」

 

「…変な生き物、きらい」

 

「ガーーーンッ!!?」

 

「……ぼちぼち準備をしつつ、さっきの夢の話、詳しく聞かせてもらえないか?」

 

「…私の夢だよ? そんなの気にしたって意味があるとは思えないんだけど…」

 

「そうだろうか? 私には大なり小なり意味があるような……そんな気がするが」

 

「出た…『そんな気がする』…」

 

「悪いか?」

 

「悪いとは言ってないじゃない…」

 

 

 マッチとタイキックさんに促されて、私達は宿を出て芸術の都に行く準備を進める。その間にも、タイキックさんはうつつから夢の話を聞き出していた。

 

 

「スイセンとスズランとサンストーン……他に誰か出てこなかったか?」

 

「えっとぉ………黒と白の髪で、変なドクロ被ってた女の人……確か、『ハイプリス様』って呼ばれてたような。………ねぇ、コレ、意味あるの?」

 

「分からん。だが、私は私の勘を信じている。現に、覚えてる限りで外したことはない」

 

「でしょうね………」

 

 

 タイキックさんが珍しくうつつの夢について詳しく聞いてるなぁ。

 そんな事を思いながらも、旅支度の手は止めなかった。

 何故なら……マッチの言う通り、芸術の都が近いのだから。

 

 

「ねぇ、ランプ。芸術の都ってどんなところなの?」

 

「聖典を元にした絵画や彫刻がたくさん作られている都市です! ゆの様達の絵柄を再現した絵や、キサラギ様の素猫(すねこ)の絵が飾られてたりしているんですよ!」

 

「へぇ……ちょっと、楽しみだね」

 

「結局、またオシャレな陽キャの街か…私には似合わなそう……

 あ、でも、スケッチブックとかあったりするのかな…?」

 

「む、何故スケッチブックなんだ?」

 

「だって、ほら……メディアから貰ったペン……使わないのも悪いし…

 描くものあったら、これも使ってあげられるかな、って、思って……」

 

「成程。うつつ、出来上がった絵を楽しみにしているぞ」

 

「え、えぇぇぇっ!? そんな、期待しすぎないで……多分ゴミくずしか描けないと思うから…」

 

「私、うつつの描くもの見てみたいな。

 きっと、ゴミくずなんかじゃあないよ」

 

 

 うつつもちょっとは前向きになったのかな?

 この旅も、ちょっとは楽しくなればいいな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 馬車に揺られて、芸術の都が見えてくる。

 それは、遠目に見ても言ノ葉の都市ほどに広いと実感するような、塀に囲まれた都市でした。

 事前に聞いてた話だと、このまま都の中に入っていって、都営の駅で下ろして貰う予定だった。

 

 ……そう、()()()んだ。

 門の前に、門番みたいに立ち塞がるウツカイを見るまでは。

 

 

「止まってください!」

 

「な、なんだありゃァ!?」

 

「う、ウツカイィィ!? なんであんなところにいるのよぉ……!」

 

「ウツカイ…、って遺跡の街で大暴れした、あの!? ど、どどどどどどうすりゃ良いんだ俺は!!?」

 

「車掌殿、私達はここで良い。

 私達を下ろした後、貴方はすぐに道を引き返して欲しい」

 

「でも、嬢ちゃん達は……?」

 

「私達なら、大丈夫です。ウツカイと戦えます!」

 

「……分かった。武運を祈るぜ」

 

 

 車掌さんに馬車を下ろして貰い(うつつさんは「このまま帰っちゃ駄目…?」と言ってマッチを困らせていたけど)、私達は気を引き締め直します。

 

 

「ウツカイがあんなところに……って事は、芸術の都はもう…!」

 

「うぅ、いやだぁ……明らかな敵の本拠地に突っ込んでいくような……というか特攻そのものじゃん!」

 

「大丈夫だ、うつつ。この私ときららで、速攻であの門番を倒せば問題ない」

 

「そういう問題じゃなぁい……」 

 

 

 ランプとうつつ、タイキックさんがそれぞれまだ見ぬ芸術の都の現状について口にしているのを見ながら、私はすぐに『コール』が使えるように戦闘準備を始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 門前にいたウツカイを一匹残らず倒した後、芸術の都の入口である大きくて凄く難しそうな模様が彫られた、まるで彫刻みたいな門をくぐった先に見えたのは、私がランプから聞いたものとはだいぶ違う都市の様相だった。

 

 ところどころが煤けて、赤い何かが飛び散っている住宅街、焼け焦げた本だと思われるもの、そして………見ていて不安になるような、真っ黒い猫の絵が飾られている。

 

 

「なに、これ…」

 

「……あれが素猫(すねこ)

 なんだか、怒ったり悲しんだりしてる顔ばっかりだね。

 それに、思ったよりもじめじめしてるような……」

 

「…イヤ、なんだか違う気がするぞ」

 

「はい…アレは素猫なんかじゃありません…!

 どうして、クリエメイトの皆様が作ったものがこんなことに…」

 

「なんだ、この絵は……」

 

 

 ランプの話では、素猫(すねこ)とは、トモカネさんが「素描(そびょう)」を「素猫(すねこ)」と読み間違えたことがきっかけで、キサラギさんが生み出した()朴な()の絵……って聞いている。

 でも、私の目の前にあるこの絵は……どす黒い絵の具で描かれていて、怒りの目から涙が流れている描写で……私の考えているような“素朴”とは言い難い猫でした。

 しかも……ランプやうつつ、マッチは気付いてなかったっぽいけど、街の建物の陰…そのところどころに、赤いものがこびりついている……!

 それから連想する嫌な予感を、頭を振って追い出す。今は、この街で何が起こったのかを調べないと…!

 

 うつつさんの言うような、じめじめした雰囲気が覆った街を調べようと思った矢先、ウツカイに襲われているクリエメイトを見つけ、即座に2人を追いかけるウツカイを撃破。救出に成功しました。

 野崎(のざき)奈三子(なみこ)さんと野田(のだ)ミキさん。二人の話とパスから、二人が『オーダー』で呼び出されたクリエメイトだと判明。その後、腹ごしらえを兼ねながら事情を聞いたのですが。

 

 

「ナミコさん、ミキさん。私は、この街に2つのパスを感じたんです。お二人のお友達で、心当たりのある方っていらっしゃいますか?」

 

「2人……ならあれだ。トモカネとキョージュだな。」

 

「うんうん! その4()()で色々やってたもんねー」

 

「っ……()()()()()()()()()…!」

 

「ねぇ、それってやっぱり、サンストーンに()()()()()()()…!」

 

「きさらぎ?」

「さん……すとーん?」

 

「はい。実は―――」

 

 

 ランプが、ナミコさんとミキさんの中からキサラギさんの記憶が消えていることに気付いたみたいだ。

 それはつまり……サンストーンが、もう既にパスを切ってしまっている、ということで。

 その事を説明しようとした瞬間。

 

 

「うわああーーーーっ!?」

「「「ウツーーーー!!」」」

 

「トモカネ!!?」

 

「えっ、と、トモカネ様ですか!!?」

 

「それに今の鳴き声……ウツカイだ!」

 

 

 小さな悲鳴に反応するミキさんとナミコさん。そして…ウツカイの鳴き声に跳ね返るような勢いで席を立ったタイキックさん。

 大急ぎで会計を済ませてお店を出ると……そこには、ウツカイの群れに追い掛け回されている女の子が。

 ナミコさんとミキさんのさきほどのリアクションからして、あの人が、クリエメイトのトモカネさん! 確かに、お二人とのパスを感じる…!

 

 

「やぁぁぁっ!」

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「「「ウツーーーーーーーーーーーー!?!?」」」

 

 

 ウツカイを私とタイキックさんで蹴散らした後、トモカネさんを無事に助けることができた。

 でもその際に、気になる事をクリエメイトの皆さんが口にしたんです。

 

 

「………うん! やっぱり貴方、タイキックさんだよね!?」

 

「み、ミキ様!?」

 

「野田ミキと言ったか。私の事を知っているのか?」

 

「うん!毎年の年末の番組で、お尻を蹴ってるんだもん!」

 

「なに…!? なぁ、それについて詳しく話してくれ!!!」

 

「うわぁぁぁぁ! ちょ、ちょ、ちょっと、ノダちゃんを揺らしまくるのはやめなさーい!」

 

 

 ミキさんが、()()()()()()()()()()()()()、と言ったんです。

 それを聞いたタイキックさんによって、小柄なミキさんがめちゃめちゃに揺さぶられますが……それを、なんとうつつさんが止めます。

 

 

「ねぇ、タイキック。その辺にしてあげなよ」

 

「うつつ………済まない。初めて、私を知っている者に会えたものだから、つい……」

 

「気にしなくって良いよ。それに…貴方が思ってるより詳しい事は私達も話せないからさ」

 

「ナミコ……どういう事、だろうか?」

 

「あのね、ノダや私達が知っているのは、ある年末番組に出てくる、罰ゲームのことなんだ。

 貴方そっくりの格好をしたおじさんが出てきて、芸能人のお尻を思いきり蹴って帰っていく……って感じの。」

 

 

 そこに、ナミコさんの捕捉が入りました。

 なんでも、ミキさんやナミコさん、トモカネさんの知っている「タイキックさん」は、大晦日に出てくる番組に登場する、罰ゲームの執行役なんだそうです。

 だから、お三方が知っているのは、私達が今一緒に旅をしている女性の「タイキックさん」ではなく、ナミコさん達が暮らしている世界の「タイキックさん」だということみたい。

 

 

「そうか…どうやら、ナミコ達の知っているタイキックと私には、だいぶ齟齬があるようだな……」

 

「お、落ち込まないで……えーと、タイキックさん?で良いのかな?」

 

「あぁ。だが、ナミコ達の世界のタイキックの話を教えてくれたことには感謝したい」

 

「いやいや……結局、記憶を取り戻す助けになれてないんだから、お礼なんて…」

 

「お礼、貰っておきなよ。

 タイキック、自分のこと何にも分からないのに、私と違って頑張ってきたんだからさ……

 まぁ、同じ記憶喪失の私が言えたことじゃないけど……」

 

 

 ミキさんの言葉を捕捉したナミコさんへのタイキックさんのお礼を、うつつがフォローした。

 何と言うか、ちょっと変わったね、うつつ。最初に出会った時は、口癖のように死にたいって言ってたのに。

 

 

「おやぁ、赤くなってますね~! これは照れてますな!」

 

「やめて…近寄らないで……あんたみたいな陽キャ、近づかれたら灰になって死んじゃう……!」

 

「え、眩しい? ノダちゃんそんなに輝いてるかい?」

 

「うぅ……なんなの、この人…」

 

「ごめんな。騒がしいけど、悪いヤツじゃあないんだ」

 

「分かってる。……あんたは話しやすいかも」

 

「えー、あたしは? あたしには懐いてくれないの?」

 

「だからぐいぐい行くな。人には人のペースってもんがあるんだよ」

 

 

 うつつに積極的に近づこうとするミキさんを引き止めるナミコさん。

 なんだか、旅に出てから間もない頃のタイキックさんを思い出すなぁ。

 タイキックさんも、うつつさんを引っ張っていこうとしたっけ。最初に私が注意してからは、そう言うのは減っ……あ、メディア様との初対面の件があったな。

 

 

「皆、先を急ごう。この街の異変は、絶対にリアリストが絡んでいる………そんな気がしてきたからな」

 

「タイキック…あんた、大丈夫なの?」

 

「心配無用だ。この私を誰だと思っている?」

 

「まぁ、タイキックは大丈夫だろう。それよりも先を急がないとね。

 キョージュと……あと、山口(やまぐち)如月(きさらぎ)が待っている」

 

「変な生き物は黙ってて」

 

「何で僕だけッ!?!?!?」

 

 

 うつつにちょっと理不尽な扱いを受けるマッチ。

 笑っちゃうとマッチに悪いから、こみ上げてくる笑いを我慢しながら、私達は都を進む足を進めていった。




キャラクター紹介&解説

きらら
 今回の一人称視点で語った原作主人公。芸術の都で起こった悲劇に若干気づきかけているが、それより先に『オーダー』されたクリエメイトを見つけたことにより、他の仲間に伝え損ねている。でもあとでちゃんと伝えるつもり。

タイキックさん
 「自分を知っている」と言ったノダミキに対して、珍しく冷静さを欠いたムエタイキックボクサー。だがナミコによって自分に遥かに近い存在のことだと知ると、すぐに切り替える要領の良さも発揮する。気にしていないわけではないが、絶対にくよくよしない系女子。

住良木うつつ
 タイキックという記憶喪失仲間の影響か、若干会話に入っていけるようになった第2部キーキャラ。でもノダミキのような陽キャと1対1はまだハードルが高い。また、ハイプリスらの様子も夢に見た。詳細は第2部最終章ネタバレになるため割愛。一体何の使者の仕業なんだ…

野田ミキ&野崎奈三子
 芸術の都にて『オーダー』された、「GA芸術科アートデザインクラス」のクリエメイト。例によって某ストーンのせいでキサラギを忘れている。



△▼△▼△▼
ノダミキ「次回、なんと衝撃事実発覚! なんと、このノダちゃんらがお友達をひとり忘れちゃってるんだってー!」

ナミコ「理屈は分かった。でもどうしても思い出せないのはなんだかもどかしいな…」

トモカネ「その子の行方を探しに行こう!……と思ったところで、突然の奇襲!その正体は……リアリスト!? って、私達を消す気の!!?」

ノダミキ「ここはファンタジー世界なんだ! なんかいい感じのノダちゃんパワーで撃退してやる!」

ナミコ「駄目な気がする…」

次回『チャンバラごっこコラージュ』
キョージュ「私も出るぞ」
ノダミキ「次回もお楽しみにー!」
▲▽▲▽▲▽


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第28話:チャンバラごっこコラージュ

今回も、きらら視点でお送りします。あと後半にうつつ視点をちょっと。
サブタイトルは「GA芸術科アートデザインクラス」より「オニごっこコラージュ」を元ネタにお送りします。

“芸術とは華やかな色彩だけではない。時には負や陰を帯びた黒も必要というコトだ”
 ……大道雅


 ミキさんとナミコさん、そしてトモカネさんを保護した私達は、残りのクリエメイトをパスを頼りに探し出す事にしました。

 

 

「キョージュ様はきららさんのパスを辿れば見つかります。問題はキサラギ様ですね……」

 

「そうだな……ナミコ達は忘れてしまっている上にきららがパスを辿る事も出来ない……」

 

 

 そこなんですよね。

 実際、いま私が感じることができるパスは一つだけ……パスを断ち切られたクリエメイトを探すことはできません。

 仮にこのパスを辿った先にいらっしゃる人を見つけた後、キサラギさんをどうやって見つけ出せばいいのか……

 

 

「ねぇっ! あそこにいるの、キョージュじゃないの!?」

 

「ほんとだ…! (マサ)!」

 

「!!!」

 

 

 深く潜り込みそうだった思考が、ミキさんとナミコさんの声で元に戻る。

 目の前をしっかり確認すれば、青や紺、黒を基調とした服と蝶のような髪飾りをした女性が、ウツカイの群れに追われているところだった。彼女は、私達を確認するやいなや、こっちに近づいてくる!

 

 

「キョージュ!」

 

「キョージュ様!」

 

「ノダ殿にナミコ殿にトモカネ殿……あと知らない顔が何人かいるが…

 巻き込んでしまってすまないが……一緒にここを離れよう」

 

「いいえ、その必要はありません。

 私達が、アレを全て倒します!」

 

 

 私は、『コール』でせんしとまほうつかいのクラスのクリエメイト……夏帆さんと小梅さんが呼び出される。

 魔法陣から現れたお二人の攻撃によって、ウツカイたちは瞬く間に薙ぎ払われて、消滅していった。

 あっという間に敵を撃退したことで逃げる必要もなくなったことで、キョージュと呼ばれた方は私達に落ち着き払った様子で「助かった」と言いました。

 

 

「見知らぬ街に、複雑な混色をした生き物。

 興味深かったが、流石に襲われながら観察は出来なかったものでな。

 しかし…この状況はどういう事なのだろうか?」

 

「実はな、(マサ)。この世界、私達がいる世界とは別の世界らしいんだ―――」

 

 ナミコさんが、ランプからされた説明を代わりにしていく。

 ここがエトワリアという世界の、「芸術の都」という都市であること。

 私やランプ、マッチ、うつつ、そしてタイキックさんのこと。

 「聖典」という書物のこと。クリエメイトのこと。

 そして……現在、リアリストという組織の攻撃を受けて、聖典が汚染されて、破壊される可能性があること。

 

 キョージュさんはその説明に成程…と数回頷いた後、私達に頭を下げて、こう言った。

 

 

大道(おおみち)(みやび)だ。皆からは『キョージュ』と呼ばれている。

 この度は、私達に力を貸してくれたこと、感謝する」

 

「は…はい! 皆さんをできるだけ早く、元の世界に帰せるように頑張ります!」

 

「あ、頭を上げてください、キョージュ様! 私はクリエメイトの皆様の為なら何でもするだけですので!!」

 

「うぅ……なんか、大所帯になったな…超居心地わるい………」

 

「大丈夫だ、うつつ。記憶喪失仲間の私がいる」

 

 

 うつつの言う通り、結構な人数になりました。

 でも、この中には……まだ、集まっていない人がいます。

 私もうつつもタイキックさんも、ランプから聞かされていたからその人の名前は分かっている。

 

 

「あとは、キサラギ様だけ……」

 

「その、如月さん? はどこにいるの?」

 

「………正直、手詰まりなんですよね…」

 

「えぇぇーーーっ!! ここに来て!!?」

 

 

 ミキさんが不満そうに大声を上げるのも無理はない。

 でも、これまで探してきた方法が通用しないのは確かだ。

 パスを切られている以上、私の力で辿ることも出来ないし、遺跡の街や写本の街で助けてくれたローリエさんもいない。

 ここから先は、私達だけで探さないといけない。それも……聖典が、破壊される前に。

 

 

「ど、どうしましょう……手がかりなんて殆どないのに……!」

 

「都、というからにはそれなりに広いのだろう?

 そこを闇雲に探し回るのは得策ではないだろうな」

 

「これまではローリエが手助けしてくれたけど、彼もいないしね」

 

「ローリエ? って誰?」

 

「八賢者……簡単に言ってしまえば僕達の協力者だ」

 

 ランプ、キョージュさん、マッチが言葉をあげ、ローリエさんの事に反応したミキさんにマッチが説明をしている。

 キサラギさんへの手がかりが無くなってしまったこの状況……ローリエさんを呼んだ方が良いのかな? 確か、渡してくれた通信機の中に、緊急招集用のコードがあったはず。それを使って……

 

「ねぇ、あっち騒がしいし行ってみようよ!」

 

「の、ノダ様?」

 

「うぇぇぇ……陽キャの場所に行くのぉ?

 絶対イヤなんですけどぉぉ……」

 

 

 …と思ったら、ミキさんが急に走りだしてしまいました!

 ここではぐれるのもまずいですし、私達はミキさんを追いかけて都の街中を走っていきます。

 やがて、辿り着いたのは一つの広場でした。都の人々でしょうか、何やら騒がしいなと思っていたら……そこで行われていた光景に、目を疑いました。私達全員が。

 

 

「あ、あれ……!」

 

「ウツカイが…」

 

「――聖典を燃やそうとしてる!!」

 

「うわぁぁぁっ! 絵や彫刻も燃やされそうになってんぞ!?」

 

 

 聖典や、都に飾られていただろう絵や彫刻が一か所に集められ、ウツカイによって火をつけられそうになっている!

 私やランプだけじゃなくて、トモカネさんをはじめとしたクリエメイトの皆さんも目の色を変えて水を探し始めているし、広場へ行くのに乗り気じゃなかったうつつさえもびっくりしていてどうすればいいか分からない感じだった。

 ―――止めなきゃ。こんなの、間違っているにきまってるから!

 

 

「そこまでです!」

 

「蹴り飛ばしてくれる!」

 

「「はぁぁぁぁっ!」」

 

「「「「「ウツーーーーーーーー!?!?」」」」」

 

「え、えぇぇと私は…」

 

「うつつさん、これを聖典にかけてください!」

 

「わ、わ、わ、分かった!」

 

 私は、また『コール』で夏帆さんと小梅さん、更に櫟井唯さんも呼んで、3人と息を合わせながらウツカイを倒していく。

 うつつやランプは、水をバケツに汲んできて、火を点けられた聖典や芸術品にかけようとする。他のクリエメイトのみなさんも同様だ。

 

 ……やがて、聖典を燃やそうとしていたウツカイを全員倒した後で、私達が芸術の都の人達の様子を見た。これでもう大丈夫、と言おうとしていたけど。

 

 

「お、お前達……なんてことをしてくれたんだ!」

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

「あのまま聖典を燃やさせてくれれば良かったのに…!」

 

 返ってきた反応は…非難。

 ウツカイの暴挙を止めた筈の私達に対する、信じられない言葉に戸惑う事しかできない。どうして………私達は正しい事をしたはずなのに……

 でも、よく見てみると、都の人々は、何かに怯えている様子だった。なんだろう、まるで聖典を差し出したことで「安心」を得ていたような…そうしなければ、もっとひどい目に遭うのを知っているかのような………

 

「何を言ってるんですか! 聖典は私達の希望になる大切なもので…」

 

「…ッ!! でも…でも、()()()()()()()()()だろっ!」

 

「え……」

 

「おい、それはどういう意味だ?

 その言い方だと、他に道はないと言っている気がするが」

 

「仕方ないじゃない!

 だって―――()()()()()()()()()んだから!!」

 

「あの、それってどういう――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!!!」

 

 キィン!!

 

 一瞬だった。私達を責め立てる都の人の違和感を感じた直後。

 背筋が凍るような感覚がした。そして、それに突き動かされるままに杖を振るった。

 その先にいたのは……ナイフを私に突き刺そうとしてきていた、真っ赤な長髪をした、露出の多い恰好の女の人だった。

 

「きららさんっ!?」

 

「ヒィィッ!! 誰!?」

 

「コイツ、まさか…!」

 

 その女の人は、奇襲が失敗したのを悟ったのか、舌打ちをしてから跳躍。広場の真ん中に降り立った。

 私にはさっきの一撃と、あとパスで分かった。この人は、明らかに私達を害する気の存在。ヒナゲシやスイセン、スズランと対峙したような嫌な予感が、ビンビン感じる。

 間違いない………この人は、私達の「敵」………リアリストの一員だ。

 

「で、出た…!」

「リアリストだ!」

「リコリスだ!」

「逃げろ! 殺されるぞォーーッ!!」

 

 都の人々が赤い女の人―――リコリスを認識するなり、ばらばらに逃げていく。

 悲鳴や逃げる様子から考えて……この人は、私達が来る前に、ここの人達に散々ひどいことをした、ということなんだろうけど。

 

 

「…うるっさいわね、クズどもが……あとでもっと減らしておくか…」

 

「…っ!!」

 

 もっと減らす……つまり、この人は、もう既に何人も…

 

「まぁいいわ。今はクリエメイト最優先………みんな捕まえてバラバラにしてやるわ」

 

 どこまでも冷たい視線が私達に向けられる。

 まるで、前に戦ったドリアーテみたいな雰囲気で、ストレートに怒りがぶつかってくる。そんな風な態度を取られることの意味が全く分からなくて。

 私は、目の前のこの人に問わずにはいられなかった。

 

 

「ねぇ、都の人たちになにをしたの?」

 

「聖典聖典って煩いから黙らせただけよ」

 

「キサラギさんに、何かしたの!?」

 

「真実を教えただけに過ぎない。今頃、素猫の『真実の姿』を描き続けてるでしょうね」

 

「っ…どうしてそんな、ひどいことするの!?」

 

理解できないからよ! 聖典も!絆も!何もかもが!!!

 

「「「!!?」」」

 

 

 聖典が、理解できない…?

 そんなことで、都の人々を手にかけて、しかもキサラギさん達を聖典ごと破壊しようとしているの?

 この人は「聖典が分からない」って言っているけど……そんな事で、周りの人へ暴力を振るおうなんて、それこそ理解ができない。

 

 

「何を言っているんですか! 聖典は、誰にでも分かりやすく書かれています!」

 

「うるさい、うるさい!

 そういう、上から目線が……気に食わないのよぉぉぉっ!!!」

 

 

 ランプの戸惑うような反論に、いきなり激高したリコリスが飛び掛かってきた。

 そこに『コール』の唯さんがランプを庇うように前に出て、振るわれたナイフを盾と槍で受け止める。

 金属同士が擦りあうような音が鳴り、リコリスが唯さんの盾を蹴って宙に舞う。その際に、リコリスは持っていたナイフを投げつけた。そして……それは、唯さんの盾に当たった瞬間、大爆発を起こした。

 

 

「うわぁっ!!」

 

「唯さんっ!?」

 

「そんな、今の唯様は『ナイト』のクラスの力を持っているのに…」

 

「きっと属性相性が悪いんだ。だから余計にダメージを受けてしまったのかもしれない…!」

 

 

 マッチの言う通り、今の唯さんは風属性……たぶん確定だろうけど、もしこのリコリスって人が炎属性持ちだった場合、いくらナイトクラスの唯さんでも、ダメージは多いだろう。爆発の熱気から察するに属性相性が原因だとは、私も思う。

 でも、リコリスから目を逸らさなかった私は気付いた。マントの内側から新しいナイフを取り出したリコリスが、ランプやマッチをしっかり見ていたことを。狙いを、唯さんからそっちに変えていたことを―――!

 

「ランプ!マッチ!」

 

 リコリスが目にも止まらぬ動きで2人に襲い掛かるのを、すんでの所で私が止める。

 唯さんに気を取られて目を離していたら、ランプとマッチを狙ってたのに気づかず、防御が間に合わなかった。

 

 

「あなたの思い通りになんて……させない!」

 

「黙れ!目障りなのよ……アタシの怒りを思い知りなさい!!」

 

 

 戦えない人を狙うなんて、なんて卑怯な人なの。

 かつて神殿までの旅路を歩んでいた頃に戦った、砂漠の盗賊(ソラ様を救った後で、サルモネラという悪名高い盗賊だと知りました)を思い出す。

 あの時にも感じた事だけど……こんな人に好きにさせたくない。負けたくない。

 そんな思いが自然と湧き出てきて……闘志に変わる。

 

 

「はあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「っ!!」

 

「やあぁぁぁっ!」

 

「このっ………!」

 

 

 ナイフを弾き返してからの、杖の一撃。手加減したそれで油断していたリコリスのお腹に、本命のフルスイング。それが命中して、リコリスは腹立たしげに私達から離れると、盛大に舌打ちをする。

 

 

「……どうやら、少しはやるみたいね。ここで殺るには骨が折れるか」

 

 

 それだけ言うと、リコリスは両足をバネのように折り曲げ跳びあがり、いちばん低い家の屋根に着地した。

 いけない! リコリスはこのまま、逃げる気だ! このままだと、キサラギさんへの手がかりが本当になくなっちゃう!

 

 

「待ちなさい! キサラギ様をどこに―――」

 

「敵にそれを言うバカがいる訳ないでしょ!!」

 

 

 それだけ言うと、背を向けて逃げ出し始める。

 逃がすまいと私達も追跡を始めた……けど、リコリスが都の、人通りの少ない裏路地に入ってから、距離がどんどん離されていった。こっちは入り組んだ建物の間を走っていかないといけないのに、あっちは屋根の上に上っているからそんなの関係なし。屋根のある建物を上って追いかけている暇はない。でも、このままだと引き離される………!

 

 

「は、早い…!」

 

「それに、アイツは私達と違って障害物がないから、回り道をしてないんだ! マズいな、撒かれる…!」

 

「はぁ……はぁ…! み、みんなぁ、まってぇ…!」

 

「な…なにか手が………先生の通信機に、何かあってもいいはず…!」

 

 

 皆が息を切らす中、ランプが携帯通信機をいじりながら走っている。いくらリコリスを逃がしたくないからローリエさんに連絡を取ろうと思ったからって、前を見ないのはちょっと危ないけど、しばらくして「あったぁーーーー!」と言いながらなにか操作を始めた。

 

 

【Cat】

 

『ニャー』

 

「「「「「「「通信機がネコに変わったーーーーーーーーー!?!?!?」」」」」」」

「すっげーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 こ、このタイミングでネコ!? なんで!?

 ランプのチョイスの謎さと、板のような通信機が機械で出来たネコに変形したさま、そしてそれに目を輝かせたトモカネさんに戸惑いつつ、タイキックさんと一緒に読んだ説明書の中に、こんなフォルムチェンジあったっけかって記憶を手繰り寄せる。

 でも、ランプの次の言葉で、通信機をネコに変形させた理由が分かった。

 

「リコリスを追ってください!」

 

『ニャー』

 

「え、それスパイガジェットだったの!?」

 

 トモカネさんの言う通り、どうも機械のネコは追跡用のロボットみたいで、ランプの命令を聞くなり機械とは思えないようなしなやかな動きでリコリスの逃げていった方を追いかけていってしまった。

 

「これで、手がかりを掴めると良いんですけど…」

 

「やったねランプちゃん!」

 

「いや、まだ喜ぶには早い。さっきの機械猫が何か持って帰ってくれれば良いのだが…」

 

「それにしてもランプ。ローリエを呼ぼうとは思わなかったのかい?」

 

「それでも良かったんだけど、先生が転移してくる間に逃げられちゃいそうだなぁって思ったから…」

 

「良い判断だったと思うぞ、ランプ殿。あの状況は助っ人を呼べる状況じゃあなかった」

 

 ランプの機転を喜ぶミキさんですけど、タイキックさんの言う事も事実。あの機械のネコ、リコリスに追っかけていることに気付かれないといいんだけど。

 私はそう思いながらも、うつつさんがさっきから黙っている事が気がかりだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ランプが送った機械ネコが帰ってくるまで、リコリスとかいう怖い人を追いかけるのはやめて、都で手がかりを探すことにしたきらら達。

 私は……何と言うか、リコリスを追いかけ始めた辺りから、居心地が悪かった………イヤ、もともといたたまれなさ過ぎて消えたいレベルで居心地良くなかった…のかな。最近はほんのちょっとだけマシになったのかなって思ったのに、また居心地が悪化してる。

 

 だって……私だけ、何も出来ていないんだから。

 みんながみんな、頑張っているのに、私はただついてきてるだけで……アレ、私いらなくない? ただのオプション以下なんじゃない?

 

 きららは言うまでもなく戦力でしょ?

 ランプは聖典の知識や通信機できららを助けたりしてるし。

 タイキックはメッチャ強い上に行動力の化身だし。

 変な生き物は……パス。

 しかも今回会ったクリエメイトだって、みんなキャラの立ってる陽キャときた。ノダミキとかマジ無理。同じ空間にいるだけで目が眩み死ねるまである。せいぜい、ナミコがわずかにマシな程度かな………

 

 つまり……私、ここにいる意味ないんじゃない?

 機械ネコの偵察結果待ちにウツカイを倒して回って手がかりを掴むとか言ってたけど、それに効果があるとは思えない―――

 

 

「……………」

 

 

 ふと、視界に真っ黒な素猫像が入ってきた。

 今までしっかり見てこれなかったけど……これって………

 

 

「うつつさん! そんなの見ちゃダメです!」

 

「あっ………」

 

 ちょっと見たかっただけなのに、ランプに連れ戻されてしまっていた。というか私、あの黒い素猫に向かって歩いてたんだ……

 

「で、でも、私……あぁいう暗い絵とかの方が………その……」

 

 ………うぅぅぅ。やっぱり言えない。

 恥ずかしいのもあるけど、もし……もしだよ? もし、黒い素猫が好きなんて言ったら、みんなはどう思うのかな?

 怒るのかな? 「こんなの好きなんておかしい」なんて言われちゃうのかな? それとも…捨てられちゃうのかな? や、やっぱりおかしいよね、こんなの―――

 

 

「あのさ、うつつ」

 

「ひうっ!!?」

 

「あぁいう暗い絵、好きなの?」

 

「っ!?…………やっぱり、おかしいよね…」

 

「なんで?」

 

「え?」

 

「あのさ、()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 そう言ったのは、陽キャの集まりのクリエメイトであるはずの、ナミコだった。

 あまりに意外な発言に、目が丸くなるのを感じる。

 

 

「明るい絵が嫌いなわけじゃないけどさ。暗い絵に惹かれる気持ちも分かるよ」

 

「そだねー」

 

「ナミコ……ミキ……?」

 

「それに、人間いつだって明るく楽しくやってけるワケじゃあないからね」

 

「そうだな、怒りや悲しみもまた人の側面だ。ピカソの『ゲルニカ』しかり、ベクシンスキーしかり、負の面からしか生まれぬものもある。

 芸術とは華やかな色彩だけではない。時には負や陰を帯びた黒も必要というコトだ」

 

「キョージュは年がら年中真っ黒なモノクロ一択だけどな」

 

「ま、とにかく。負の面があることを認める事。それもまた、芸術なんだよ」

 

 ナミコだけでなく、ノダミキもキョージュもトモカネも、全員が私の好きを、認めてくれた。

 そうなんだ。

 そういう見方も、あっていいんだ。

 私が、おかしいんじゃ………なかったんだ………。

 

「ナミコ、キョージュ。その…げるにか?とかベク何とかとか、少し気になるな。どんなものか、教えて貰っても良いか?」

 

「百聞は一見にしかず、だな。タイキック殿」

 

「確かにどんなものか、って言われたら見たほうが早いと思うんだけど…どうやって見てもらうのよ?」

 

 てっきり否定されると思っていたものが肯定されて、認められて、なんだこれ……

 なんだろう、この、ふわっとした、心がちょっとだけ軽くなったような感覚……

 まるで今まで見ていた平面が、立体の一部でしかなかったことを知ったかのような。

 今の今まで、嫌い……というか、苦手でしかなかったクリエメイトが、少しだけ苦手じゃなくなったような。

 タイキックみたいに言うなら………「そんな気がした」。

 

 キョージュが「黒い素猫に描かれた怒りや悲しみの理由が知りたい」みたいなことを言ってきらら達や他のクリエメイトを困らせているのを、距離を離して眺める。それは今までやってきた事だけれども、今までとは違って、特段イヤな気分にはならなかった。

 そこに、私に向かって歩いてくるのが、ひとり。

 

 

「うつつ。隣、良いか?」

 

「…………うん」

 

 タイキックだ。丁度いい噴水の端に腰かけていたところに、隣に座っていいか聞かれる。はっきり言うのがかなり恥ずかしいから、少しだけ頷くと、タイキックが私の隣に座った。

 

「そういえば、うつつ。メディアからペンを貰っていたな。使っているか?」

 

「うん……あと、ここでスケッチブックが買えればな………なんて」

 

「絵でも描くのか?」

 

「だめ…かな?」

 

「だめなものか。今からでも、うつつの絵が楽しみだ」

 

 タイキックは、いつも通り行動力の化身の陽キャじみたことを言ってから、「ただ…」と言葉を漏らした。

 

「…タイキック?」

 

「私は……あの黒い素猫の絵はあまり好きではない」

 

「そう…なの…?」

 

「あぁ。ナミコとキョージュにはああ言ったが、恐らくげるにかもベク何とかも、私のお気に入りにはならないと思う。何事も、ハッピーエンドの方が良いに決まっているだろうから」

 

「………」

 

「だが…だ。もし、そんな絵がこれから先、私の目に留まったとしても。

 『そういう絵もあっていい』とか、『これもまた芸術だ』って……考えることにするよ」

 

「そう…」

 

「それは、うつつの絵も同じだ」

 

「わ、わわっ私も!?」

 

 突然話題がこっちに飛んできた!?

 急なことに身体が強張る。また、ローリエばりのキラーパスをしてくるんじゃないでしょうね…?

 

「同じ記憶喪失仲間のはずなのに……全然違うというではないか、うつつは」

 

「だ、だってぇ…ホントに全然違うんだもん……」

 

「そうか?」

 

「そうよぉ……少なくともあんた並みの行動力とか私には無理ぃ…」

 

「何故だろうな…同じ記憶喪失なら、私と同じような性格や行動になると思っていた」

 

 悪いけど、それはない。

 私が行動力の化身とか、化け物コミュニケーションとか、年がら年中ボクサーみたいな服装とか、絶対無理だから。色々違う意味で死んじゃいそう。

 

「うつつ。私は……たぶん絵を描くのが苦手だ」

 

「…なんでそんなこと分かるの?」

 

「決まってる。そんな気がするからだ」

 

 出たな、お決まりの「そんな気がする」。

 何度目かのその言葉だったけど、何と言うか、自信たっぷりに言っていた今までとはちょっと違う………目を伏せて、力ない笑みの「そんな気がする」だ。

 

「だから。―――いつかうつつが絵を描いたとしたら。

 それがどんな出来だったにせよ……私はきっと、それに尊敬するだろう」

 

「―――え?」

 

「あと。もし、一人で描くのが心細いというならば………私も一緒に描くぞ」

 

「………」

 

 苦手だと言ったはずの絵を一緒に描いてくれる、と聞いて、耳を疑った私はタイキックの方を見た。

 ちょっと私から目を逸らし気味のタイキックの顔が、やや朱色に染まっていたのは、なんだか日差しのせいだけじゃないと思えた。

 こんな私と一緒に描くの?物好きすぎない?それともヒマなの? ……いつもだったらそんな言葉が出てくるはずなのに、全然出てこなくって。何て言ったらいいか分からなくなった挙句。

 

 

………ありがと。その時は…その。よろしく

 

 

 ……ノドと唇のすきまから通って出てきたのは、そんなありきたりな言葉だけだった。

 

 

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 リコリスと戦った公式主人公。拙作では、サルモネラとな戦いの経験もあり、リコリスを比較的早く追い払う事が出来たようだ。

ランプ
 機械ネコを作動させた張本人。ローリエの緊急招集も考えたが、呼んで来たローリエに事情を説明するヒマもなかったため、偵察ロボをチョイスした。

住良木うつつ
 暗い絵に惹かれた2部キーキャラ。ナミコ達にその点を肯定されたことで、拙作では今の今まで成長しなかった自己肯定感が栄養を得ることになる。また、密かにタイキックの苦手なものをひとつ知る。

野崎奈三子&大道雅
 芸術において、暗い絵もまた芸術と説いた若き芸術科学生。うつつのクリエメイトへの苦手意識がなくなる切っ掛けとなった。なお、片方は黒い素猫の黒にどっぷりハマっている。

友兼
 兄の影響でロボットアニメや特撮が好きなことから、ランプが使った機械ネコに目を輝かせた芸術科学生。もしローリエがレーザービームとか巨大合体ロボとか発明したら、フランキーのロボに興奮するウソップやチョッパーの如く興奮するだろう。

ろーりえ「ベルベット・ラディカルビーーーム!!」
ともかね「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ねねっち「び…ビームーーーーーーーーッ!!?」
はじめ「すっげぇーーーーーーーーー!!!」
他女性陣「「「…………」」」



ゲルニカ
 パブロ・(略)・ピカソが制作した作品。鮮やかなキュビズム絵を描いたピカソに珍しく、死にゆく兵士・馬や子を喪った母親、建物から落ちる女等がモノクロで描かれている。
 1937年に、ピカソの出身国であるスペインのゲルニカ市がナチス・ドイツの空軍によって無差別攻撃を受けた事をうけて、それに対する抗議の意が込められている。

ベクシンスキー
 ポーランドの画家。主に死・絶望・廃退・終焉などをモチーフとして扱い、不気味さと残酷さと同時に荘厳な美しさを感じされる画風が特徴。更に芸術家には珍しく、生涯で描いた作品のどれにも、『題名』をつけなかったと言われている。

原作との違い
①うつつの力の目覚めが、若干遅くなっています。
 →1章でも2章でも、ローリエが魔道具や根回しで真っ先にアジトを見つけたため、うつつの力が目覚めるタイミングが失われました。そのため、一時期きらら達のクリエメイト捜索が手がかりナシの大ピンチに見舞われます。
②ヒナゲシ不在によって、リコリスが形振り構わなくなっています。
 →ローリエに捕まっていてヒナゲシが動けないため、原作でヒナゲシがやっていた事までリコリスが行っています。その為、リコリスの暴力による恐怖政治が目立つようになりました。もしここで、ヒナゲシを餌にしたら、確実にリコリスは釣れるでしょう。まだ誰もその事実に気づいていませんが。

ローリエ謹製携帯通信機
910【Cat】:通信機が機械猫に変形し、自律行動をする。追跡・偵察向け。



△▼△▼△▼
ランプ「リコリスの居場所が分からずに、途方に暮れる私達。」
ナミコ「このままだと私達消えるのか!? 絶対に阻止しないと…!」
きらら「でもそこで、うつつの身になにやら変化が……ついて来てって何?まさか……感じ取れるの!? リアリスト達の居場所が!?」
うつつ「お願い、都合のいいことは分かってる!!けど……!!」

次回『Lに気をつけろ/シュルレアリスム』
ナミコ「じ、次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第29話:Lに気をつけろ/シュルレアリスム

サブタイトルの元ネタは、『GA 芸術科アートデザインクラス』より「シュルレアリスム」と、『風都探偵』より「Tに気をつけろ/魔女に恋した男」からです。
冒頭から、いきなりリコリスの過去を捏造します。リアリストの過去捏造キャンペーン第一弾です。


“彼女は、自分だけは理解してあげると言いながら、はなから理解も共感もする気がない。そのくせ、『理解できない』『気に食わない』…そんな感情だけで相手を排斥しようとする姿は……究極の排斥主義者。紛うことなき、狂人だ”
 ……木月桂一によるリコリスの人物評



 リアリスト幹部・真実の手が一、『左手』のリコリスは、とある街の郊外に広大な私有地を持った、貴族の生まれである。芸術の都に住まう芸術家たちのパトロンをする、交易で財を築いた貴族………ヒガン家。その長女であった。

 なに不自由ない恵まれた環境に加え、どんなこともそつなくこなす万能の才とでもいうべき知能。その人生は、一点の陰日もないかのように思われた。

 

 リコリスの両親は、娘の教育に熱心であった。貴族の出であり、家業を継いでもらうためにも、どこに出しても恥ずかしくない女性に仕立て上げるためだ。よってヒガン家では徹底した―――それこそ虐待同然の―――英才教育が施され、小さな少女を叩きのめした。両親や周囲の大きな期待は、幼いリコリスの心を少しずつ押し潰していったのである。

 彼女は表向きでは両親に従ってはいたものの……時折、自分でもよく分からないほどの巨大な怒りの感情に襲われた。だがこれを必死に堪えて、なんとかやり過ごした。

 

 そして。その渦巻く怒りの衝動は、彼女が14歳の頃………芸術の都立の神殿直属学院において、()()()()()暴発した。

 

 

 学院生だったリコリスには苦手科目―――といっても、95点は下らない他教科の中で唯一80点以上が取れなかった科目だが―――があった。

 聖典学である。両親や周囲から親切以上に期待という名の重荷を押し付けられ、怒りの衝動を我慢する日々に襲われていたリコリスにとって、聖典に出てくるクリエメイトの、優しさ及びその行動の意図がまったく理解出来なかったのだ。そのせいで、学院内の順位は2位~5位に甘んじており、両親からもプレッシャーを押し付けられていた。

 

 ある日、放課後の教室で聖典学の復習をしていた時のこと。

 たまたまそこに、ひとりの同級生がやってきたのだ。

 

『あら、ヒガンさん。こんな時間まで勉強? 熱心ね』

 

『…別に。これくらい普通でしょ?』

 

 その同級生は、その学院で成績トップを誇る優等生であった。明るくて態度も丁寧でおおよそ誰からも好かれる少女であったが、リコリスはその少女を内心目の敵にしていた。彼女のせいで1位になれなかったし、両親にうるさく言われる要因でもあったからだ。

 

『ん…これ、聖典学? なんでこんなものを…』

 

『っ!!』

 

『これ、簡単なものなのにねー。これ復習してたの?』

 

 無遠慮にテキストを覗き込んでそう言う同級生に、これまで抑えていたものが溢れて暴れ出す。

 

『ヒガンさんは考えすぎるきらいがあるからなー。

 あんまり考えなくっても、こういう問題は解けるよ』

 

『…は?』

 

『逆に私、引っかけ問題とか弱くて、たまにつっかかっちゃうからさー。』

 

『なにそれ。なにそれなにそれなにそれ………』

 

『そういう問題とかを聞きたいからさ、良ければ、今度から一緒に勉強しても―――』

 

なんだそれはと言っているのよッ!!!

 

ドグオオォッ!!

 

 気が付けば、リコリスはその同級生の頭を、たまたま手元にあった辞書でブン殴っていた。

 

あんたはいつも! いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもそうやってッ!!!

 アタシを見下してるのか!? 自分が上だって言いたいのかッ!!? 舐め腐るんじゃあないわよこのビチクソがァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!!

 

 

 当たり前だが、その同級生に執拗に辞書を振り下ろし、夕暮れの教室を返り血に染めた張本人たるリコリスは、あっという間に逮捕された。

 両親はリコリスを金の力で無罪にした………が、その一方で娘を汚らわしいもののように扱い、家から勘当した。

 天涯孤独となったリコリスは、万引きや恐喝で食いつなぐようになったのだが、皮肉なことに、その生き方こそ、リコリスの磨かれた知性や獰猛な怒りを最大限に発揮していったのであった。そして、この時点で、怒りの根源は―――聖典からのものだと、自覚するようになっていったのだ。……本当の怒りの出処は兎も角として。

 

『アタシがこんな目に遭ったのは……聖典があるからよッ!

 あんな()()()()()()()()を崇めて、学問なんぞに紛れ込ませるまでに狂ったから……こんな理不尽があるんだわッ!

 いつか復讐してやる……しょうもない紙クズのために、私をコケにした連中をッ!!!』

 

 ―――そうして、リコリスは我慢をやめた。

 その頃であった。リコリスにとって、自分がテロリストに堕ちるきっかけとなった出会いがあったのは。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 やがて、妹分のヒナゲシや恐るべき野望を秘めた上司・ハイプリスと出会って、“真実の手”となったリコリスは現在、きらら達に秘匿したアジトの中にいた。きらら達と接触したものの、即座に排除は困難と考え、聖典の破壊を優先したのだ。きらら達を撒いた後で奇妙な猫のような追手もいたが、そんなものは自慢のスピードと爆弾の併用であっという間に振り切ってやった。

 

「ねぇ、キサラギ。あんたまだ描き終わってないの?」

 

「ご、ごめんなさい、すぐに描きますから…」

 

「フン。あんたみたいなカスが描く絵なんて、誰も求めてない。

 アタシしか認めてやれないんだから、それに相応しい仕事の早さってモンを持ちなさいよ!!」

 

 最終的には世界ごと殺すつもりのクリエメイト・山口(やまぐち)如月(きさらぎ)に怒鳴りつける。

 キサラギは、怒声に委縮しながらも、せっせと黒い素猫を描き続ける。その間にも、キサラギの首にかけられた、ひび割れたハート型のネックレス……リアライフの発動体は、彼女から絶望のクリエを搾り取って、クリエタンクに送っていく。

 

「(こんなヤツのために、アタシたちが不幸になるなんて、世の中間違ってるわ)」

 

 特に関係のない憎悪のこもった冷たい視線でキサラギを一瞥してから、リコリスは次の手を考える。

 

「(既に山口如月には『リアライフ』をかけてある。コイツにこの絵を描かせ続ければ、クリエメイト達…残りの4人が疲弊してくるのは絶対。奴らが動けなくなればこっちのものだわ。それまでは、ウツカイ共に迂闊な行動はさせないようにしなくっちゃあね………)」

 

 聖典『GA』の汚染・破壊が進めば、ノダミキ・ナミコ・トモカネ・キョージュが動けなくなる。そこを奇襲する作戦だ。

 その状況になった場合、戦闘できるであろう召喚士とボクサー姿の女闘士は、のべ5人と1匹を庇いながらの戦いを強いられる。その状況に持ち込めば、二人とも本来の力を発揮できずに倒れるだろう。リコリスはそう考えたのだ。

 この作戦を実行する上で重要なのは、敵にアジトの位置を知られない事。ヒナゲシ(あのグズ)もスイセンも、アホみたいにあっさり本拠地が敵にバレていたが、このリコリスにそれはない。そう考えていた。

 

 ―――だが、これらの策はすべて上手くいけば、の話である。

 きららもクリエメイト達も…そして、住良木うつつも。タイキックも。そう簡単にやられるタマではないことを、彼女は知らない。

 ましてや………彼女自身が既に、罠のド真ん中にかけられた後だという事実にも、まだ気づかない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……ウツカイ達を倒し回ることしばらく。

 リコリスを追っていた機械のネコが、物陰からランプの元に戻ってきた。

 

「あ、戻ってきた!」

 

「どうでしたか、機械のネコちゃん!

 リコリスの基地は見つかりましたか!?」

 

『ニャー…』

 

 

 ネコから板状の通信機に戻ったそれをランプが拾って、中のデータを確認していく………

 

「………これは」

 

「なになに? どうだった?」

 

 ………けど、中身を確認したランプの顔色がなんだか良くない…

 私も気になって覗いてみる。すると、端末にはしばらくリコリスの背が見えたものの、突然爆発したかと思えば煙で姿が見えなくなる様子………つまり、振り切られた様子が映っていた。

 

「そんな…」

 

「あ、あのネコに攻撃するなんて!」

 

「損傷こそないみたいだが……撒かれてしまったみたいだな…」

 

 躊躇いなく機械のネコを攻撃するなんて、だいぶ凶暴な相手みたい。でも、ただ凶暴なだけじゃなくって、こちらに情報を与えないために攻撃したんじゃないかな。それにしたって、爆発するナイフを数本も投げてくるなんて、追手から逃げるための撹乱にしてはやりすぎな気もするけど…。

 

 

「ど、どうしましょう……唯一の頼みの綱だったのに…!」

 

「とうとう手がかりがなくなったな……」

 

「しかも。ウツカイの気配がほとんどしなくなってきたぞ……」

 

「? それは良い事なんじゃないの?」

 

「違うぞ、マッチ。

 キョージュの言う事が正しいのならば…ウツカイを倒して情報を得ることができなくなる…!」

 

「それはマズいですよ! 手がかりがないと…キサラギ様を助けられないし、皆様が破壊されてしまいます!!」

 

 

 冷静になればなるほど、まずい状況だと分かってしまう。

 どうやら、相手は私達に追わせる気はないみたいだ。私達は急いでキサラギさんを見つけないといけない事に気がついて、籠城作戦に出たって事なのかな。

 

「……こうなっては仕方ありません。ローリエ先生に協力を仰ぐしかありませんね」

 

「そうだね。また、頼ってしまうけど…」

 

 ランプがローリエさんに連絡を取り始め、マッチもそれに同意した。電話をかけた―――その時。

 うつつの表情が、なんか変わった。

 

 

「い……今! 声が聞こえた!」

 

 

「「「「「「!!!?」」」」」」

 

 私は、何も聞こえなかった。

 ランプもマッチもタイキックさんも…他の全員が、驚いた様子だ。まるで、私と同じように、何も聞こえなかったかのように。

 

 

「…僕には聞こえなかったけど」

 

「私にも…」

 

「ッ…都合が良いのは分かってる! けどほんとに聞こえたの……ハイプリス様って言うさっきの女の声が! お願い……信じて!」

 

「うつつさん……」

 

「こんなどうしようもない陰キャの私の好みも、その、否定しなかった、もん。ナミコ達は………。

 ち、力になりたいって、思っちゃうじゃん……ただの気の迷いでもさぁ…!」

 

 うつつ……そういうふうに考えてくれていたんだね。

 急にどうしたのかなって思ったけど、根は良い子みたいだ。

 自分にものすごい自信がないみたいだけど、それでも、認めてくれる人を大事にしようとしているのが伝わるよ。

 

「そういうことなら、信じるよ」

 

「き、きらら!!!!?」

 

「なんでうつつがイチバン驚いてるのさ……」

 

「だ、だって信じてくれると思ってなかったから…」

 

 大丈夫だよ、そこまで疑うわけないじゃん。だって、友達なんだよ?

 こんなことを言ったら、また「ようきゃこわいー」とか言って照れるんだろうけど。

 でも、今この場でうつつを本気で疑っている人はいないよ。

 

「どっちから聞こえたの!?」

 

「え、えっと………こっち!こっちから!」

 

 

 ミキさんがうつつにどっちに行くべきかを尋ねる。

 私達は、うつつが迷いなく向かった方向へ、ついていくように走っていくしかない。

 それが今の、私達に残された手がかりなのだから。

 

「きらら。うつつの声が聞こえた勘だが……確実に何かあるな」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「あぁ。そんな気がする」

 

「………」

 

 …あの、タイキックさん。

 「確実に」と「そんな気がする」って矛盾すると思うんですけど、気のせいですか?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 きららちゃんからのコード999(エマージェンシー)コールが来て、新聞社で次の作戦を考えてた俺は即座に通信機を繋いだ。

 

 

「おう、俺だ! どうした?」

 

『あ、ローリエさん。今、リアリストの基地が見つからなさそうで見つかりそうなんです!』

 

「…何言ってんの?」

 

 

 通話を始めるなり、きららちゃんが変なコトを言い出したので詳しい状況の説明を求めた。

 きららちゃん曰く。芸術の都で『オーダー』が行われ、『GA』の聖典の登場人物(クリエメイト)が召喚されたこと。ナミコさん、ノダミキ、トモカネ、キョージュは見つけた事。肝心のキサラギがパス探知にさえ引っかからないこと。きっと、キサラギは再び『リアライフ』の毒牙にかかっているのだろう事。そして―――リアリストのリコリスという女性に襲われた事。

 

 

「リコリス……もし、俺の予想通りなら、同一人物だな…」

 

『知ってるんですか?』

 

「部下?が持っている写真にあった。ちょっとショッキングだけど、データ送るぞ」

 

 

 マランドが撮ったリコリスの写真の中で、最も血が映っていないもの――子供を殺ってる写真は流石に見せられない。それでもまぁ血塗れだが――の写真を、注意喚起してから転送する。通信機越しに、全員の息を飲む音と悲鳴が聞こえた。

 

 

『……ま、間違いありません。私達が会ったのは、この写真の人です…』

 

「ゴメンな、えぐい画像送っちゃって」

 

『い、いえ…』

 

「だとすると、今うつつが向かっている場所にあると思われる地点のアジトには、多分コイツがいるんだろう」

 

 

 今のクリエメイトの様子は、ギリギリのサインは出てないが、それでもピンチに変わりはない。

 うつつがハイプリスの声が聞こえたとか言って先導しているらしく、今移動しているようだ。

 だが……きららちゃんがこの報告をしてくれたおかげで、思いついた。キサラギを間違いなく救う方法を。そして―――リアリストを更に追い詰める作戦を。

 

 

「きららちゃん。悪いが俺はそっちに行けない………が、代わりの人間を送り込む。遺跡の街の時みたいに、君達の目の前に送り込むからな。

 凄腕の傭兵だから、まず戦えないなんてことはないはずだ」

 

『は、はい…』

 

「あと20分………イヤ、10分待ってくれ。助っ人は即座に送り込めるが、アジトからリコリスを引き離しておきたい。その仕込みの時間が欲しい」

 

『え! で、できるんですか? 相手はキサラギさんを奪い返されないようにしている筈………』

 

「大丈夫。こっちには極上の釣り餌がある。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 きららちゃんとの通話を切った後、俺はシュールさんとロシンを呼び出した。

 2人にきららちゃんからの連絡を伝えた後、やりたいことを伝える。

 

 

「…確かに、ローリエ君の情報の通りなら、作戦が上手くいく可能性はあるわ」

 

「でも、どうすんだよ。囮がお粗末だと、ヤツら、食いつかないと思うぞ?」

 

 

 シュールさんは、成功の可能性はあると踏んでくれた。その上で、ロシンは()が肝心だ、と念を押す。確かにそこのクオリティで、この作戦の成否が決まる。

 でも、心配はいらない。何故なら……俺には、そこら辺の()()はもう持っているのだから。そのことを伝えると唯一の懸念事項も消えたようで、シュールさんは芸術の都に人を回してくれるようだ。俺は、まっすぐきららちゃんの元へ向かうことになったロシンに声をかけた。

 

「頼んだぞ、ロシン……きららちゃん達の力になってやってくれ」

 

「作戦を伝えるだけって…良いのか? 戦いになったら…」

 

「きららちゃんもタイキックさんも強い。いざって時はフォローして欲しいが、それ以外だったら大丈夫だ」

 

「そっか……」

 

 ロシンを含めた傭兵団の方々から了承を得たところで、俺は再び連絡を取った。

 アリサも連れていきたいしその予定だが、他に協力者が必要だからな。

 

 

「あ、もしもしコリアンダー? 久しぶりに悪者とっ捕まえに行こうぜー」

 

その急な上に意味不な誘いはなんなんだッ!!!?

 

 

 相手は、コリアンダー。

 俺のかつての同級生にして、知る人ぞ知る俺の相棒。

 ソイツは、久しぶりのツッコミをかましたと思えば、「ちょっと待ってろ」と通話を切り。数分後には、転移魔法で俺の前に現れた。

 不機嫌そうな、ちょっと疲れたような顔で「今度は何を考えてるんだ」と言ってきたので、しっかり説明するとしよう。

 

 

「今から、“真実の手”リコリスを捕まえに行く。その為には、お前の力が必要だ」

 

「真実の……あぁ、ヒナゲシの仲間か。でも、どうやって? ヒナゲシを囮に使うとか?」

 

「そのまさかだ。本物の脱走の写真をバラ撒いて、リコリスを釣るんだよ」

 

「お前………ホントに飽きさせないというか、メチャクチャだなぁ!? なに企んでんだ!!」

 

 

 失礼な。俺はしっかりテロリストの殲滅を大真面目に企んでるわ。

 別に悪い事じゃあなし、良いだろう? そう言ったのだが、ブン殴られたし怒られた。何故だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――きらら達一行が芸術の都でリアリストのアジトに近づいている間。

 都中には、次の速報が知れ渡る事になった。

 

『真実の手・“弓手”のヒナゲシ、脱走! 芸術の都付近に潜伏中の情報アリ』

 

 ご丁寧に盗撮のような写真が撮られたそれは、芸術の都周辺で、激震を巻き起こすことになる。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 ランプの機械ネコが空振りになったことから手詰まりになっていた捜査において、うつつの突然芽生えた力を信じたお人好し公式主人公。その後ローリエに繋げた電話でリコリスと接敵したことを話す。これが、ローリエの次の策のヒントとなった。

住良木うつつ
 原作では2章に発芽した「ハイプリスと繋がる能力」が、ここで初めて発動。リコリスとハイプリスの会話をキャッチして、きらら達の道を切り拓くきっかけとなった。

リコリス・ヒガン
 いまだ見つからないグズとクリエメイトに怒りを募らせる爆乳少女。彼女の過去については、「親の教育的虐待によって、巨大な怒りを覚えるようになった」という設定を採用。過去の捏造にあたって、『ジョジョの奇妙な冒険 5部』のパンナコッタ・フーゴの過去を参考にしている。フーゴとの違いは、「自分が不幸だと思っている」ことと、「怒りを一切我慢しなくなった」事である。

ローリエ
 リコリスを、しいてはリアリストの信用を地に堕とすべく暗躍していた拙作主人公。きららからの報告を受け、仕上げである作戦が完成し、実行に移すことに決めた。その際に、相棒や助手を引っ張り出している。

コリアンダー
 拙作では影の薄い空気になりつつあったが、策を思いついたローリエのよって表舞台に引っ張り出された男。眼鏡をかけた男で、ローリエとは違い生真面目で常識的、かつ女が苦手だという性格をしている。戦うことも一応は可能であるが、本領は力押しの戦闘ではなく、相手を惑わせる戦法の使い手。



△▼△▼△▼
ローリエ「すまんなコリアンダー。急に呼んじゃって」
コリアンダー「まったくだ。しかもなんだ、テロリストの幹部と戦うってのか? 俺になんとかできそうなヤツには思えないんだけど」
ローリエ「大丈夫。俺がいるし…何より、お前は自分で思ってるより弱かねーよ!」

次回『Lに気を付けろ/騙し絵(トロンプ・ルイユ)
コリアンダー「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第30話:Lに気を付けろ/騙し絵(トロンプ・ルイユ)

サブタイトルの元ネタは、『GA 芸術科アートデザインクラス』より「騙し絵(トロンプ・ルイユ)」と、『風都探偵』より「Tに気をつけろ/魔女に恋した男」からです。


“相手を欺くコツ、その1。嘘をつかないこと。決して捏造をせず、でも真実をぼかせば、自ずと相手みずから騙されてくれる。”
 ……木月桂一の独白


 

 

 

 それは、芸術の都にあっという間に伝わった。

 逮捕されたはずの「真実の手」、テロリストであるヒナゲシの脱走。しかも、都付近に潜伏中で衛兵が追跡中だというビッグニュース。

 その凶報は芸術の都の人々を不安のどん底に落とした。もちろん、地下のある地点にアジトを作ったリコリスの耳に届かないはずもない。

 

 

「り、リコリスさん! これ!!」

 

「何よ!」

 

「貴方の妹分が脱走に成功したって……」

 

「貸しなさいッ」

 

 

 部下が手にしていた号外をふんだくって速読を始める。

 そこには、確かにヒナゲシが脱走したことと、それを証明する写真、そしてヒナゲシの指名手配書が堂々と報じられていた。

 

 リコリスは内容を頭に入れると、新聞を部下に押し付けて、アジトの入口へと向かう。

 

 

「り、リコリスさん…どこへ!?」

 

「あのグズの回収に決まってるでしょ。

 どうやら、のろますぎる思考回路でもやっと気づいたようね。自分が、誰に縋らないと生きていけないのかを……!!」

 

 

 リコリスにとって、ヒナゲシは“妹”……という認識は、あまり正確ではない。

 便宜上「お姉様」と呼ばせているが、実際の所はリコリスの怒りをぶつけるサンドバッグでしかない。幼い頃から覚えた怒りの衝動を、発散できれば誰でもいいのだ。

 ただ。()()()()()、と言いながらも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、リコリス本人は一切の違和感を覚えないのも、ある意味問題ではあるが。

 

 

「いいこと! アジトの場所は死んでも悟られないで! 山口如月を、アイツらに奪い返されるんじゃあないわよ!?

 出来なかったら、承知しないんだから!!!」

 

「は、はいぃぃぃぃ!!」

 

 

 尋常ではない怒りをぶつけて見張り番の部下(つかいすてのコマ)達を震え上がらせると、リコリスはアジトを離れた。

 

 

 

 新聞の写真を頼りにヒナゲシが潜伏してそうな場所……林の中に辿り着く。

 そうして、見つけ出した。リコリスの良く知る、小さな後ろ姿に。

 

 

「ヒナゲシ!」

 

 

 ずかずかと無警戒に、かつ大胆に足音を消さずに近づいていく。

 やっと見つけた。手間かけさせたわね、帰ったらお仕置きだから。

 そんな歪んだ感情を隠そうともせず、ヒナゲシの後ろ姿を捕えようとした。

 

「アンタみたいなグズの為に、どんだけアタシが迷惑こうむったと思ってんの!!!」

 

 そして、いまだ反応しないその肩に強く手を置こうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――手が、肩をすり抜けた。

 

 

「ちょっと聞―――!!!?」

 

 

 もう一度手で肩に触ろうとして……やはりすり抜ける。

 何かまずいと思った時には、すぐ真後ろに、気配があった。

 

 

「ふっ!!」

 

「くっ!!?」

 

 振り向きざまにナイフを抜き放つ。それらは、一本の木刀と鍔迫り合いを引き起こした。

 だが、これは木刀に水の魔力が込められていたことと、リコリスが気付いたのが直前すぎて無理矢理な体勢で攻撃を受けてしまった事から、すぐに勝敗がつく。

 

「ぐぅぅぅっ!!!!」

 

「………くそ、浅かった…!」

 

 リコリスが持っていたナイフごと弾き飛ばされ、宙に舞ったのちに地面を転がる。

 眼鏡の黒髪男―――コリアンダーも、リコリスが後ろに跳んでダメージを最小限にしたことを悟って、小さく悪態をつく。ヒナゲシの後ろ姿は、いつの間にか消えてしまっていた。

 ここまでくれば、ヒナゲシを失って冷静さをかなぐり捨ててしまっていたリコリスも、流石に状況を飲み込むことができた。

 

 

「…嵌めたわね、このアタシをッ!」

 

「ま、正直裏があんのかってくらいには簡単に騙されてくれたよ」

 

「!!! …………八賢者ローリエ!」

 

 

 木陰から新たに出てきた男・八賢者ローリエをリコリスは殺人鬼の形相で睨みつける。ローリエはそれを意にも介さず、コリアンダーと肩を並べた。

 

 

「あの余裕のなさ……マジで増援とかないのか?」

 

「少なくとも、アイツ自身は単騎で来たと思っている。叩くなら…今だ」

 

 ローリエとコリアンダーの作戦はこうだ。

 ニセの情報――といっても、古いだけで丸ごとウソではない――でリコリスをおびき出す。事実、ヒナゲシの脱走だが、その日のうちに神殿の敷地内で確保されたという報告を受け取っていた。

 そして、その情報に釣られたリコリスに対して、コリアンダーの水鏡魔法と幻影魔法でヒナゲシの像を生成。それで確実にリコリスを釣るというもの。

 ローリエ本人はあからさますぎて釣れないかもと思ったが、今回ばかりはリコリスの頭の回転の悪さに感謝した。

 

 

「かかってこいよバカ女。それとも尻尾まいて逃げても良いんだぜ?」

 

「誰が…! 貴様らを殺して、ヒナゲシを連れ戻す」

 

 

 リコリスの青筋がひとつ、ふたつ、みっつ増えた。

 頭に血が上った凶暴なテロリストと、“黒一点の”八賢者とその相棒のコンビ。

 その戦いの幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 先手は、騙されたリコリスからだった。

 先手必勝、と言わんばかりにナイフの束を投げつけてくる。

 

「はぁっ!」

 

「よっと」

 

 しかし、後手常勝、とでも言うかのようにコリアンダーもローリエも易々とそれらを回避した。コリアンダーは盾を使い、ローリエは信じられない身体能力でナイフの隙間を縫うように躱していく。

 

「大丈夫か、相棒?」

 

「あぁ。だが、ナイフの中に爆発するものもあるぞ…!?」

 

「エグいな! だが―――」

 

 ローリエが刀……サイレンサー弐号で飛んできたナイフを斬る。

 すると、起爆を吸収し、爆風をかき消して無力化していく。まるで爆発そのものを斬っているかのような現象に、リコリスは歯噛みした。

 

 

「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ウザい!!!

 とっとと死になさいよ!! 殺されなさいよ!!!」

 

「正気とは思えないな」

 

 

 癇癪を引き起こしながら、ナイフで斬りかかるリコリスを、コリアンダーが盾で防ぐ。反撃の木刀一閃は、リコリスの姿が揺らめくようにかわされる。

 かといってローリエに攻撃しようにも、紙一重でかわされ、非殺傷弾を次々と撃ち込まれる。

 ナイフの投擲や近接攻撃をもってしても二人にダメージを与えられない事実に、リコリスも怒りがヒートアップしていく。その精神状態から放たれる攻撃は、凶暴でエグい……が、戦略というものが一切ない。ただひたすら人体の急所に放つ、それだけだ。当たれば恐ろしいが、ある程度の実力者であるならば、何も怖くない。狙ってくる場所を守っていれば、そこへ攻撃がいき勝手に弾かれたり外したりするだけだからだ。

 

 

「えぇい、うっとうしい! 『ラジアータ―――」

 

「そこだ!」

 

「――っがああ!! よくもォォォォォ!!!」

 

「おーこわ」

 

 

 技を放つ姿勢のリコリスの、足元とナイフの鍔に銃撃を当て、技を不発させたローリエ。

 思い通りに技が出せない状況に、ますます冷静さをかなぐり捨てて怒り狂う。

 そうして暴れるリコリスを前に、そろそろだろうと口を開く。

 

 

「相棒! これから……俺の“奥の手”を解禁する!」

 

 

 その台詞に、コリアンダーは固まった。

 打ち合わせでは、こんなこと言うと聞いていなかったのだ。

 

「え、ローリエ、お前に奥の手なんて―――」

 

「だが!! それについて詳しく話している時間はない!

 俺からお前に言える事はただひとつ………」

 

 奥の手なんてあったのか、という彼の言葉を大声で遮って、ローリエは視線だけをコリアンダーに向けた。

 

 

「―――止まるな。俺を信じろ!」

 

「二つじゃねーか」

 

 

 軽口を叩きあいながらも、ローリエはリコリスの手札を整理する。

 主な武装はナイフ。それと懐にまで潜り込める速度を利用したバトルスタイル。それは……残像が見えるほど。カルダモンとタメを張れる系だろうか?

 ナイフはナイフでも、爆破する仕掛けアリ。サイレンサー弐号でかき消すことができたから、火薬ではなく魔法的な仕掛けがあって、指定したナイフを爆破させられるタイプだろうか?

 そして、忘れてはいけないのが……相手がまだ見せてない手札・及びブラフの可能性。こっちだって切り札は簡単には見せない。相手も同じことをしていても何ら不思議じゃあない。

 

 

「行くぞ」

 

「おう!」

 

「させる訳、ないでしょ!!!」

 

 

 リコリスは、指をくい、と曲げる動作をした。

 すると、なんということか。先ほどまで木や地面に突き刺さっていたままのナイフから魔法陣が浮き出てきたではないか。その数は……20や30ではない。

 無数の魔法陣に囲まれた事を悟ったコリアンダーは、すぐさま行動に出た。すぐにこの魔法陣たちを何とかしなければ、おそろしい目にあう! その勘が、自身を即断させたのだ。

 

 

「水龍よ!!」

 

 

 水龍の防御陣形を築き上げる。コリアンダーの木剣から生まれた水龍が、彼の周辺の魔法陣たちをあっという間に嚙み砕く。これで、コリアンダーに放たれる攻撃が減った事に違いはない。

 だがローリエは? そう考えて視線を移動し……体が強張った。

 何故なら………いまだローリエが、リコリスの張った魔法陣の中に、取り残されているからだ!

 

 

「何やってるんだァァァ!!!

 早く逃げるか反撃するかしろ! 何故動かない!!?」

 

「無駄よ、死になさい!

 『ハリケーネス・リリー』ッ!!!!」

 

 

 ローリエがにやりと、コリアンダーにだけ見えるように笑う。

 それは諦めから来たものではなく、むしろ何かあるような笑みで。コリアンダーはその笑みで先程の言葉を思い出した。

 

 リコリスは、それに気付かずお構いなしに必殺技を放つ。

 周囲に張った魔法陣から刃の炎魔力を、嵐のように放つ必殺技、ハリケーネス・リリー。

 これを受けて立っていられた人間など、リコリスの経験上いなかった。

 ローリエはナイフの投擲を避けられるようだが、流石に魔法陣の数が多すぎる。回避は不可能。だから、この一撃で仕留められるという確信があった。

 攻撃開始まであと1秒もない。すぐに魔力の大嵐が、ローリエをズタボロの雑巾のようにするだろうと考えて。

 

 

「まずは一人ッ―――」

 

 

 パン、と乾いた音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の瞬間、リコリスは()()()()()()()

 

 

が……は……!!?

 

 

 刃の魔力が縦横無尽に駆け巡る音。全身を紙で思いきり斬られたような激痛。なにより、ローリエを囲んでいた筈の魔法陣が、自身の視界に所せましと並んでいたこと。

 リコリスは、己の身に急に起こった事態を、すぐに受け入れられなかった。

 そも、思い至らなかったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その様子を見たコリアンダーも、ほぼリコリスと同意見だ。

 何故……何故、囲まれていた筈のローリエがリコリスになっている? 急に女になったとか? イヤイヤ、意味が分からん。

 

 

「おーい、相棒! 俺はコッチ!」

 

「え? あ!? うお!ローリエ!!?」

 

 

 眼前で起こった出来事の意味が分からな過ぎて素っ頓狂な推測をしかけたコリアンダーの意識が、ローリエの声に引き戻される。

 自分の必殺技で斬り刻まれたリコリスとは違って、その姿にひとつの切り傷もない。まるで、さっきのリコリスの必殺技を何らかの方法でかわしたかのように。

 いつの間にか武器をしまっているローリエが立っていた位置を見たコリアンダーは、()()()()。そこはさっきまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?

 

 

「成程………シンプル……だけど、厄介なチカラの、ようね…!」

 

 

 そして、リコリスもローリエのカラクリをすぐに見抜いた。

 さっきのハリケーネス・リリーを自分で受けた事で、無視できないダメージを受けてしまった。途中で必殺技を解除していなければ、自分はもう立てなくなっていたかもしれない。だがそれであまりにも多い血の気が抜けて、冷静にものを考えられるようになったようだ。

 

 

「アンタの“奥の手”………それは、『位置替え魔法』……!」

 

「その通り! 俺の術式は相手と自分の位置を入れ替える―――不義遊戯(ブギウギ)!!」

 

 

 ローリエが魔法を開示するが、それは8割がた嘘である。

 不義遊戯(ブギウギ)という術式が存在して、その効果が位置替えであることは事実だ。だが、エトワリア人には絶対に分からない穴がある。

 それは……ローリエの使う不義遊戯(ブギウギ)は再現魔法・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 このカラクリを見破る為には、再現魔法・レントと『呪術廻戦』の物語の知識が必要ではあるが、エトワリアに『呪術廻戦』があるわけがない。

 

 

「ローリエ、その力…」

 

「シッ。慣れる前に仕留めるぞ。

 ちなみに手を! 叩くのが! 発動条件だッ!!!」

 

 

 コリアンダーに合図すると、男二人はリコリスに突撃していく。

 パン、パン、パンと、ローリエが手を叩く度に入れ替わる二人の位置。

 ただの単純な位置交換は、リコリスを二人が挟み撃ちにした途端に本領を発揮した。

 

 

「ふっ!」

 

「はっ!」

 

「ぬあっ!?」

 

「はあっ!」

 

「ぐっ……!!」

 

 

 コリアンダーとローリエの位置が入れ替わり、攻撃してくる位置が変わる。

 結果、リコリスの反射神経から出る防御をすり抜けて、木刀と拳が、彼女の肉体に突き刺さった。

 攻撃態勢のコリアンダーを前に、リコリスがカウンターもしくは防御を選択しても、拍手の音がなった瞬間、目の前にはローリエが現れ、無防備な背中に木刀がめり込む。

 こんな状態が目まぐるしい近接戦でたて続けに起こる。

 

 

「はっ…」

 

「でりゃああああ!」

 

「ううぅぅぅっ!!?」

 

 

 拍手の音にはっとなったリコリスが、防御の為にコリアンダーが現れた方向に振り向いても、もう一度拍手の音が鳴れば、即座に背中側にコリアンダーが現れる。

 木刀の一撃で体制が崩れたところに、ローリエの拳がリコリスの胴体に1発、2発と突き刺さる。そこにコリアンダーがリコリスの顔に肘鉄を入れた。

 

 もう一度拍手の音が響き、コリアンダーとローリエの入れ替わりを警戒したリコリスだが、警戒したローリエが目の前から消えただけで、誰も現れない。何事かと思った直後、ローリエの蹴りが腰に、コリアンダーの木剣が肩に命中。その時になった初めて、「今度は自分とローリエが入れ替わった」と悟る。

 

 

「(アタシと入れ替わるか、あの眼鏡と入れ替わるか……手を叩く度に迫られる二択で思考が鈍るっ……!)」

 

 パン、と手を叩く。

 ローリエとコリアンダーが入れ替わり、攻撃方向が直前で変わって、みたびリコリスはコリアンダーの攻撃をモロに受けた。

 

 パン、と手が鳴る。

 ローリエとリコリスが入れ替わり、コリアンダーの何の気なしに振るわれた木刀が命中して、一瞬の目つぶしになる。その隙に、ローリエによってまた非殺傷弾を撃ち込まれた。

 

「舐めるんじゃ、ないわよ!!!」

 

 リコリスもやられっぱなしではいられない。

 ローリエの不義遊戯に翻弄されながらも、残像を生み出す程のスピードで何とか打開しようと企むリコリス。コリアンダーにナイフの束を投げつけて、自身はローリエを斬り刻むべく飛び掛かる。

 

 パン、とまた拍手がした。

 

「な…くっ!」

 

 今度はコリアンダーとリコリスの位置が入れ替わった。

 投げた筈のナイフの束が、自身の真後ろにまで迫ってきている事に気が付いて、直前ですべて叩き落した。だが。

 

 バァン!!

 

「ぐあぁっ…!」

 

 今度はローリエの拳銃が火を吹く。

 右腕と両足の腿に撃ち込まれた非殺傷弾が、リコリスに確実にダメージを与え、疲弊させていく。

 すぐにまた手が鳴り、コリアンダーとローリエに囲まれる。

 

 

「(ローリエだけじゃあない! 眼鏡の男も、アタシに脅威になり得る攻撃力がある! ま、まずい!これは………)」

 

 

 手の鳴る度に入れ替わり、変幻自在に放って来る攻撃に対応しきれない。

 ローリエが術式を開示した際は内心「情報のアドバンテージを捨てるなんて」とバカにしたが、そんなの関係なかったのだ。

 バレても対応できない。問題ない。それこそ、ローリエの“奥の手”……不義遊戯の特性。

 それを知った時には。

 

 

「(ぬ……抜け出せない~~~~ッ!!!?)」

 

 

 ―――もう既に、もがけない程深く、罠にハマっていた。

 だが、リコリスに降伏する気はない。ここで降伏するくらいなら、最初から芸術の都を侵攻し、聖典を破壊する為に『リアライフ』を使っていない。

 とはいえ、ここまでの劣勢を受け入れられない程リコリスは馬鹿でもない。一瞬の隙を作り、転移なり全力疾走なりでこの戦場から逃走することに考えをシフトしていた。

 

 

「うおおおっ!」

 

「ハァァァァァァァっ!」

 

 

 コリアンダーが声を張り上げながらリコリスに接近。

 リコリスも、逃走の隙を生み出すために、爆発するナイフの束をコリアンダーに投擲した。

 最初のナイフの本数とは比べ物にならない密度。無策で突っ込んでは、間違いなく大怪我を負うだろう。

 

 その刹那、コリアンダーは思い出していた。ローリエとの、会話を。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「コリアンダーはさ。戦う目的とか、あったりする?」

 

 長年の付き合いをしている相棒のその質問は、コリアンダーにとっては即答できるものではなかった。いくばくか質問の意味を考えてから、ゆっくりと答えを口にする。

 

「……神殿の秩序を守るため、だろうか」

 

「真面目な上に漠然としてんなぁ。悪い訳じゃあないけど」

 

「じゃあ、お前の戦う理由って何なんだよ」

 

 自分の戦う理由を否定されたような気がして、口を尖らせる。

 ローリエに同じ問いを聞き返せば、彼は実に彼らしい答えを出してくれた。

 

「俺の野望を叶えるため」

 

「野望?」

 

「まずアルシーヴちゃんやソラちゃんを始めとした美女たちに囲まれることだろ?

 あとその天国を続けるのに必要な金やら設備やらだろ? それに、ハーレムを認める法整備も要るなぁ」

 

「野望じゃなくて欲望じゃあねーか」

 

「そう言うなって。そういうのを全部叶えるためには、アホみたいに理想的な平和が要るってことさ」

 

「詭弁にしか聞こえねぇ」

 

 ローリエの野望を切り捨てるコリアンダーに、「ひでぇなぁ」とぼやくローリエ。その様子に剣呑な雰囲気など無く、お互いを信頼し合っているからこその軽口のたたき合いがそこにはあった。

 ひとしきり、自然と出た笑みを出し切ったあと、ローリエは言う。

 

「世界のため……って言うとヒーローっぽいけどさ。そんなヒーローも一人の人間なんだよ。泣いて、怒るのが当たり前。

 由紀も言ってたろ?『やるべきことよりやりたいこと』……ってな」

 

「ゆき…それは確か、巡ヶ丘の…」

 

「やるべきことだけじゃつまらないって事だよ。

 これは俺の勝手な推測……というか妄想なんだけどさ。

 コリアンダーって、本当は―――もっと、強いんじゃあないか?」

 

 ローリエはその妄想を、至極真面目な、妄想をしているとは思えないような眼差しで語った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 コリアンダーは、それを聞いて以降、少しだけ「やりたいこと」を考えるようになった。

 彼も男だ。ドリアーテ事件の際に、きららに負けた事実が悔しかったのもある。

 コリアンダーの「やりたいこと」。それは………化け物染みた強さを持った親友や仲間たちに誇れる自分になること。

 だから、彼は密かに鍛錬を積むようになった。そして……その結果。コリアンダーは―――

 

 

「『水龍剣・八岐大蛇』!!」

 

「な…!?」

 

 

 一撃必殺の技以外の力を身につけた。

 たった今リコリスのナイフ弾幕を一本残らずたたき斬った必殺技・『水龍剣・八岐大蛇』がその例だ。

 これは、全力の魔力を込めた8つの斬撃を叩き込む技。一見シンプルだが、抜刀術のスピードを活かすことで、格上にとっても脅威となり得る。

 コリアンダーの7本の剣筋が、リコリスの迎撃をすべて弾き返した。そして、あと一振り……それは、目の前のリコリスを仕留める一刃である。

 

 即座に回避行動を取ろうとしたところで、後ろの気配に気づいた。

 その正体……手を叩こうとしているローリエを見て、リコリスはローリエがやろうとしているコトを予測した。

 

 

「位置替え……そう何度も同じ手には―――」

 

 手が叩かれ、パンと気持ちのいい音が鳴る。

 それと同時にリコリスがローリエに振り返って―――目を疑った。

 

「か…変わっていな―――があああッ!!!?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。単純だけど、引っかかるよなァ!!」

 

 

 位置替えを発動するフリ、というフェイク。

 それに見事引っかかったリコリスは、コリアンダーの渾身の一振りを脇腹に受けて、林の木へと吹き飛んでいった。木をまるまる1本、へし折って土煙が上がる。

 

 土煙のあがった先から、何かが動く気配はない。しばらく様子を見ていたが、何も起こる気配がないと知ると、コリアンダーがふぅ、と息をついた。

 

 

「終わった、か……随分としぶとい女だった」

 

「あぁ。コレで2人目……ありがとな、相棒」

 

「礼なんか要らねぇよ」

 

 

 リアリストの幹部から勝利をもぎとった事を確信したローリエとコリアンダーは、拳を合わせた。

 あとは気絶しているだろうリコリスを回収し、きらら達やアルシーヴに連絡を入れるだけ。

 土煙をかき分けながら、少しずつリコリスが激突したであろう、折れた木を目印に進んでいく。

 見つけ次第、縛り上げて連行すれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!」

 

「「!!!?」」

 

 

 突然、土煙から立ち上がった人影に、ローリエとコリアンダーは目を疑った。

 何故なら……先程まで散々ボコボコにし、コリアンダーの渾身の一発で仕留めたと思っていたリコリスが、立ち上がってきたからだ。

 

 

「何故アタシがこんな目に遭わなきゃならない!?

 アタシがここまで、痛い目を見なきゃならない!?

 アタシの大事なモノを根こそぎ奪われなきゃなんない!!?

 悪いのは全部…ぜんぶぜんぶぜんぶ、あんたら神殿のゴミ共だろうがァァァァァァ!!!」

 

「うそだろ…まだ、立ち上がるのか…」

 

「こ、ここまでとは…」

 

 

 リコリスの身体に蓄積したダメージは、もう既に無視していいレベルではない。普通なら、立つのも一苦労だろう。

 だが、ここで立ち上がり、今にも襲い掛かってきそうな形相で積年の恨みをまき散らす執念は、もはや常軌を逸していると言っても過言ではない。

 撃破したと思っていたターゲットの、思わぬしぶとさに、一瞬だけ、ローリエもコリアンダーも動きが止まる。

 その隙を突いて、リコリスは周囲に魔法陣を出現させた。

 

 

「死んで償え!『ラジアータ―――」

 

「まずっ…」

 

 

 魔法陣から刃を放ち、コリアンダーを狙おうとする。

 確保のために近づいたのと、一瞬だけ呆気に取られていたせいで回避が遅れ、防御を選ばざるを得なくなった。

 多少のダメージを覚悟した上で、これから来る衝撃に耐え凌ぐしかない、と思ったその時。

 

 パン、と音が鳴った。

 ローリエの隣にいたコリアンダーが消え、代わりに現れたのは、一丁の細身のショットガン。

 不義遊戯(ブギウギ)は、生物だけでなく呪力(まりょく)を持った無生物も、入れ替え対象になるのだ。それを利用して、ローリエは予め茂みの中に隠していた己の武器・ショットガン『アイリス』をコリアンダーと入れ替えたのだ。

 そうした理由はただ一つ。現れたそれをキャッチし、すぐに技を放とうとしたリコリスに銃口を向けた。―――ローリエにしか使えない特殊弾頭で、今度こそリコリスにトドメを刺すためだ。

 

 

穿て、アイリス!

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオォォォ!!

 

 

 

 ―――特殊弾頭、アイリス・アヴェンジャー。

 これで残った体力と妄執に等しい執念を消し飛ばす算段だったのだ。

 目の前の景色の見栄えがおかしいレベルで良くなり、リコリスの姿も見えなくなった。

 命までは奪ってないだろうが、消し飛んだ跡地をじっくり調べれば、意識と服が消し飛んだリコリスが見つかるだろう、と思うかもしれない。

 

 しかし、ローリエは聞き逃さなかった。

 

 

「チッ。最後の最後で水を差された。

 ……十中八九、逃げられたな。あ~~あ、コリアンダーになんて説明しよう!?」

 

『緊急転移!!!』

 

 

 アイリス・アヴェンジャーがリコリスを巻き込むほんの直前。

 リコリスを逃がさんとする誰かの声がしたことを。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 コリアンダーはというと。

 

「うわっ!!? し、茂みの中!?

 いったい俺は、何と入れ替わったんだ……!?」

 

 急に視界が変わり、見慣れない茂みの中に飛ばされた意図と、入れ替わったものが分からぬまま、目を白黒させていた。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 再現魔法・レントを戦闘で初解禁した拙作主人公。オリジナルの使用者に匹敵するレベルの術の運用方法でリコリスを徹底的にボコったが、最後の最後でリコリスの執念に驚き、トドメを刺し損ねる。
 ちなみにだが、ローリエは不義遊戯(ブギウギ)のオリジナル能力者同様変態ではあるが、この作品において“存在しない記憶”のやり取りをする予定は一切ない。多分ない。ないと思う。ないんじゃないかな。

コリアンダー
 ローリエの助言によって、前作から密かに成長を遂げていた神殿事務員。戦う個人的な理由があってもいいという助言から修行を重ねた結果、リコリスに有効打を与えられるくらいには強くなった。属性相性もあって、リコリス撃破に一番貢献している。

リコリス
 ヒナゲシ脱走の誤報(誤報ではない)に騙された上に野郎二人にボコボコにされた真実の左手。ヒナゲシ不在である上に、やっと手元に戻ってくると思っていたヒナゲシが嘘だったと悟り、怒りに我を忘れ、その結果ローリエの巧妙な罠にハマって再起不能寸前にまで叩きのめされる。それでも威勢が崩れなかったのは、執念の為せる業。なお、トドメを刺される直前に誰かに回収された。



不義遊戯(ブギウギ)
 物語『呪術廻戦』に登場する術のひとつ。「手を叩くことで自信を含めた一定量呪力のあるもの(生物・無生物問わず)の位置を入れ替える」という実にシンプルな能力だが、シンプルゆえに強力な能力。拙作では、ローリエがレントでオリジナル能力者である『東堂葵』をその身に再現したことで使用可能になった。



△▼△▼△▼
ローリエ「リコリスには逃げられてしまったか…」
ランプ「で、でも!ここまで追い詰めたんです!流石にもう戦えないんじゃ…」
タイキック「そう思った矢先、クリエタンクを壊した矢先に現れたのは……その戦えない筈のリコリスだと!!?」
うつつ「もうボロボロじゃん……何があればそこまで戦おうってなるのよぉ~~~!! 怖すぎるぅ…!」
ランプ「ひえぇぇぇ……まだ襲ってくるんですか!!?」

次回『お先にシルブプレ』
タイキック「次回も元気に、タイキックだ!」
▲▽▲▽▲▽


あとがき
下のアンケートについてですが、答える前に前話「Lに気を付けろ/シュルレアリスム」を読んでからお答えください。


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第31話:お先にシルブプレ

ハイプリスとエニシダとサンストーンのプレイアブル化だって!?何が起こるんだ…? 改心シナリオとかだったらヤバいぞ(十中八九改心シナリオっぽいけどなぁ)…私、敵のやむを得ない事情とか知っちゃったらあっさり情に流されるタイプだから、この物語の展開的に同情心が湧いてしまって、あんな展開が作れなくなるかもしれない……!!
今回のサブタイの元ネタは「GA芸術科アートデザインクラス」のOP「お先にシルブプレ」からです。


“ロシン君の問いは…YESともNOとも言えなかった。だって私は、世界の為に女神様を封印した人も、自分の為だけに世界を焼き尽くそうとした人も知っているから。”
 ……きららの独白

2022/11/21:技名の表記を一部変更しました。


「……はっ!?」

 

 

 リコリスは、気が付けば辺境の大神殿にいることにまだ心の整理ができていなかった。さっきまで死闘を繰り広げていたのに帰還していたとか、控えめに言ってもポルナレフ状態になる事間違いない。

 そんなリコリスに、声をかけてくる存在がいた。

 

「大丈夫かい、リコリス」

 

「ハイプリス様!? 一体これは…」

 

「救難信号が出たからすぐにレスキューしたんだ。ヒナゲシの一件以降、真実の手全員に密かにつけておいた魔法ビーコンなんだけどね…」

 

「………」

 

「ヒナゲシ奪還の目処がまだ立ってない以上、また戦力を失うワケにはいかない。どういう状況か知らないけど、勝手ながら回収させてもらったよ」

 

「ありがとう、ございます…」

 

「さて、そこで大人しくしていてくれ。傷の治療を始めるよ」

 

 

 ハイプリスは、リコリスの姿からして、きらら達か神殿の勢力に手酷くやられた事をなんとなく察していたが、彼女の名誉のために気付かないフリをして回復魔法をかけ始める。

 だが、リコリスには気がかりがあった。芸術の都に置いてきた山口如月のことだ。

 

 

「ハイプリス様………アタシ、すぐに芸術の都に戻らねばなりません」

 

「………何故だい? 今の君はひどく消耗している。世辞にも万全とは言えないな」

 

「…まだ、戦いが終わっていないからです。このまま撤退して、何もせずに山口如月を取り戻されたら、アタシは貴方に顔向けできません」

 

「そうは言うがね……今、全力で回復魔法をかけても、決して全快にはならないよ?

 それに……他の真実の手は全員出払っていて君を手伝えそうにない。無論私も暇ではない。となれば…」

 

 ハイプリスの判断は間違いではない。

 不利を悟ったら即座に撤退することは何も恥ではないどころか、非常に合理的だ。リコリスが「自分が罠にかかった上に八賢者の一人&顔も知らない雑魚に良いように打ちのめされた」と知られる事を恥じて状況を詳しくハイプリスに言わなかったのもあり、ハイプリスは手を引く決断に傾いていた。

 しかし、このままでは終われない、とリコリスは言う。

 

「少し回復すれば、必ず召喚士と『GA』のクリエメイトを仕留められます。

 奴らは、芸術の都のアジトの存在に勘づいていません。基地は巧妙に隠してあるのはご存じの筈…!」

 

「…そうだね。確かに、自力であそこを探し出すのは至難か」

 

 リコリスの言い分には、証拠がない。

 基地の場所がバレない云々も、彼女らの主観でしかない。

 ヒナゲシが脱走した号外も、罠だと知った今となっては話せない。

 だがハイプリスは、そんなリコリスの主張を聞き、再出陣を許可した。ただし書きをつけて。

 

 

「そういう事なら、芸術の都へ戻る事を許可する。

 ただし、これ以上“真実の手”が失われるのは避けたい……だから、せめてあと15…いや、10分は待ってくれ。全力で回復する。

 それと―――」

 

「これは?」

 

「携帯用の緊急転移陣だ。ヒナゲシの件の反省も踏まえて、ロベリアと共同開発したものだよ。危なくなったら躊躇いなく使ってほしい。これが、今の君を送り出す条件だ。これ以上は一歩も譲れないよ」

 

「…わかりました」

 

 

 本当はいま直ぐ行きたいのだが、それではハイプリスの怒りに触れるかもしれない。

 その感情が、リコリスに条件を守らせた。暫くの間、リコリスはハイプリスの回復魔法を受けるだけの置物と化す。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 うつつの先導に従って街中を駆けた私達は、細々とした狭い建物がずらーって並ぶ、都の端っこの方の裏通りにいた。

 急にうつつが「声が聞こえた」って言って躊躇わずに走っていくから、私達はそれを追いかけていったけど、ここまで来るなんてね……

 

 

「ねぇ…ホントに、良かったの?」

 

「なにが?」

 

「わ…私なんかを、信じちゃって…」

 

 

 唐突に、うつつが口を開いた。

 さっきまでのとび出していった姿とは打って変わって、いつも通りの自信のない姿に戻ってしまっている。

 声を聞いたのは本当みたいだから、私達を疑わなくっても良いのに。

 

 

「うつつ」

 

「タイキック?」

 

「不安なのか?」

 

「……………………うん。」

 

「ならば私が不安を振り払う魔法の言葉を教えてやろう」

 

「…どうせ『そんな気がする』とかでしょ?」

 

「なにッ!!!? 何故分かった!!?」

 

「イヤあんたいつも言ってるじゃんソレ」

 

 

 あはは。タイキックさんがうつつを励まそうとしたけれど、うつつが『魔法の言葉』を先に言い当てちゃたことで、タイキックさんも面食らっている。

 確かに、タイキックさんってなんだか、『~な気がする』って良く言いますもんね。

 でも、さっきまでのうつつの不安そうな、怯えた様子がいつの間にかなくなっていたことについては、流石タイキックさんだなぁって思いますよ。

 私もうつつに元気を出してもらおうと、声をかけようとした―――その時。

 

 

「おい。あんたらがきららって召喚士で合っているか?」

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

 

 知らない声。

 全員で振り返って……その正体に驚いた。

 何故なら声の主は…ランプと同じくらいの、男の子だったからだ。

 

 

「あなたは…?」

 

「ユミーネ教直属傭兵団の、ロシンだ。

 ローリエさんから聞いていないか? 助っ人を送るって話を」

 

「ってことは……えぇぇぇーー!

 こんな、ランプちゃんと変わらないくらいの子が、凄腕の傭兵…?」

 

 

 オレンジの光を反射する髪に、シュガーみたいな耳。緑色の目に、額に埋め込まれてる宝石。

 傭兵というより、本で見た国の軍人さんが着るような軍服を着ていて、背丈はランプやシュガーよりちょっと高いなってくらい。でも顔つきが幼くって、ミキさんの言う通り、ランプの同級生って言ってもおかしくないくらいの子だ。ローリエさんからは「凄腕」って聞いてたから、もっと年上の人が来るものだと思っていた。

 

 

「えぇぇ…大丈夫なんですか、こんなので?」

 

「こらっ、失礼だよ、ランプ!」

 

「…そういうお前は戦えんのか?」

 

「うっ……」

 

「はぁ…それで文句だけ言うのか? 随分偉そうなヤツなんだな」

 

「ぐ…」

 

「こればっかりはランプが悪いよ、謝りな。

 …ロシンだっけ。せっかく来て貰ったのに済まないね」

 

 

 マッチが取りなしてくれたからトラブルにはならなかったものの、ランプの不安も分かる気がする。

 まぁ…ランプの言い方が、良くなかっただけかもしれないけどね。

 

 

「ローリエさんからは凄腕って聞いてます。信頼しても良いんですよね?」

 

「仕事ですから。作戦の伝達と緊急時のフォローを頼まれてますので、そこんとこよろしく」

 

「はい。あの、作戦って?」

 

「アジトからリコリスをおびき出して、暫く留守にさせる事を目的にした作戦だ。

 順を追って話すから、ちょっと全員集まって聞いてくれ」

 

 

 ロシン君は、私がクリエメイトの皆さんやうつつやタイキックさんを集めて、それが大体終わったタイミングで話を始めた。

 ローリエさんの作戦。それは、リコリスのいる芸術の都一帯に“ある情報”をばらまくことで、リコリスを引きずり出し、そうすることで留守になった隙に私達がアジトに入り込み、キサラギさんを救出する手筈になってるんですって。

 

 

「それで、リコリスを釣る『情報』って何ですか?」

 

「これだよ」

 

「新聞の号外? えーと…えッ!!!!?」

 

「な、なんだ!? そこに何が書いてあるんだ、ランプ!」

 

 ロシン君からランプに手渡された新聞の号外とやらを私も脇から覗き込んでみる。

 すると…そこには、目を疑うレベルの、信じられない事が書かれていた。

 

リアリスト“真実の手”ヒナゲシ、脱走! 行き先は芸術の都か

 

「こ、これ……ロシン君、本当なんですか!!!」

 

「先生……まさか、リコリスをおびき出す為だけにヒナゲシを逃がしたんですか!!?」

 

「ヒナゲシ…って確か、私達を狙うテロリストだったよな」

 

「確かに、新たな犯罪者を捕まえるために犯罪者を囮にするとは…」

 

「我々の世界では考えられんな」

 

「落ち着け。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 

 情報が…追加される?

 私達やクリエメイトの皆さんが各々信じられないとリアクションをした中で、ロシン君が気になる事を言ったのだ。

 今の言い方だと、まるで後から情報が入るのが分かっている、みたいな……

 

 

「皆がキサラギさんを救出した後で、都に最新情報が……『ヒナゲシは脱走した。()()()()1()()()()()()()()()()()()()。その間の怪我人はナシ』ってニュースが送られる手筈になってる」

 

「それは……良いの?」

 

「ナミコさん?」

 

「ニュースの偽造……とまではいかなくても、そんな後出しジャンケンみたいな真似……していいものなの? この世界って……」

 

「確かに………後が大変そう…」

 

 

 ナミコさんが懸念し、うつつがそれに賛成してまた顔が暗くなった。

 そう。私達の世界でも、新聞や雑誌のニュースがうそをついたり、間違った情報を流すのは良くないことだ。その認識は、ナミコさん達の世界でもおんなじみたいだ。

 そんなナミコさんとうつつの懸念に、ロシン君はメモを取り出しながらこう答えた。

 

 

「それについては、ローリエさんから答えを預かってる。えーと………

 『俺達がやっているのは、速報だ。誤報でもフェイクニュースでもない。心配することはない』………だってよ」

 

「でも!」

 

「ナミコさん、だったか。事は一刻を争うんじゃあないのか?

 アジトはもう見つけているんだろう? 早くしないと、リコリスと入れ違うタイミングを見失うぞ」

 

「っ…………」

 

 

 ロシン君の言う事にも一理ある。私達は急がないといけない立場だ。

 でも…そんな、予め入ってくるのが分かっているような情報を速報って言うのかな?

 

 

「ロシン君、これだけ答えて。

 今、ヒナゲシはどうなってるの? 捕まってるの? 逃げられてるの?」

 

「脱走したみたいだが、捕まったみたいだぜ。ローリエさんはそう言ってた」

 

「嘘はついてないってことか…」

 

 

 嘘じゃないけど、こう……何て言えば良いのかな。

 騙す? 勘違いさせる? うーん。難しいし、納得いかない。それは、浮かない顔をしているナミコさんや、ナミコさんの懸念で作戦の暗部に気付いたみんなも同じなのかな。

 

 

「…ねぇ。早く行こうよぉ…」

 

「うつつさん?」

 

「その…ロシン?の言う通りさぁ……早くしないと、ナミコ達が危ないんじゃないの?」

 

「でも、ローリエ先生は!」

 

「うつつの言う通りだ、ランプ。細かい事は、作戦が全部終わってから問い詰めればいい」

 

「………」

 

 

 でも、今はそれどころじゃあない。

 リアライフでナミコさん達が侵されている可能性が高い以上、早くリアライフの発動体とクリエタンクを破壊しなければ。その為には、うつつに従ってアジトに行かないといけない。

 タイキックさんの言う通り、ローリエさんに色々尋ねるのは後ででもできるんだ。だったら……今はクリエメイトを元の世界に戻すことに集中しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつつさんが導いた先には、リアリストのアジトがやはりあった。

 というのも、ちょうど基地に辿り着いた時に、物陰から扉から出てくるリコリスを目撃したからだ。

 彼女がどこかへ走り去っていき、即座に突入しようとするランプとミキさんを、「今入ったら戻られる可能性がある」と押しとどめるロシン君を横目に、私は『コール』を使用。前回の『オーダー』で呼ばれた、桃さんとミカンさん、そしてシャミ子さんに来ていただいて、状況の確認を行った。

 

 そして、数分か時間が経った後、私達は基地への突入を強行。

 

「な!? 何だおまえら……ぐあっ!

 

「敵襲!敵……ぎゃっ!

 

「ウツカイだ! ウツカイを呼べラミーッ!?!?!?

 

 流石に全く敵の見張りがいないわけではなかったけど、誰もかれもが、リコリスやウツカイ程じゃない。

 この人たちは、きっとリアリストに騙された人達なんだろう。立ちはだかる見張りを全員私や『コール』したクリエメイト、そしてタイキックさんの一撃で気絶させる。

 そして、勢い止まらずに走っていったその奥………寂れた地下アトリエみたいな部屋に、その人はいた。

 虚ろな目をして、一心不乱に絵を……都に置かれていた、真っ黒で寂しそうな絵を描き続けている、丸眼鏡の女の子。その人こそ…

 

 

「キサラギ様!」

 

「ごめんなさい……納期ですか? まだ、作品が終わってなくて…」

 

 

 納期が間に合わないと言って謝り続けているキサラギさんは、私達がまるで認識できないような、自罰的な態度になっている。

 早く何とかしなければと思ったその時に、うつつがすみっこに落ちてた紙片をかき集めて渡してくれた。

 それは、おそらくリコリスに破り捨てられたのだろう、素猫の絵。それを再生したことでパスが繋がったような、一瞬の感覚を覚えた私は、すぐさま「パスの再生能力」を使用。こうして、キサラギさんと他の皆さんとの絆は、記憶は、元に戻ったのだった。

 

 

「しっかし、許せねぇよな。如月相手にこんなことしやがって」

 

「あ、あの、えっと…確かに、あいつらのしたことって許せないけど………他人にここまでできるほど悲しい思い、してきたんじゃん?………あの絵だって、悲しい思いがいっぱい詰まってたんだし…」

 

「だからって、如月にここまでひどいことをしていいワケないだろ!」

 

「あう……それは、そうなんだけどぉ………」

 

「ストップ、トモカネ。落ち着いて。

 うつつ、知ること自体は悪い事じゃないと思うよ」

 

「そうだな。全ては『知る』ことから始まるのだからな」

 

「むぅ。確かに、奴らの『狙い』がちょっとでも分かれば、こちらから打って出れるんだが」

 

 

 トモカネさんの言う通り、リコリスのしてきたことは許せないけど……うつつさんの言う通り、理由があるのかもしれない。キョージュさんも「全ては知ることから始まる」って言ってますし。タイキックさんは……論点が、ズレてると思いますけど。

 現に、アルシーヴさんがソラ様を封印したのにも理由があった。それは、やむにやまれぬ事情だったし、それしか選択肢がなかったからだけど。

 でも私は知っている。

 

『そんな…ことで、ユニ様やソラ様や、ソウマさんを……? 全部…全部、自分の為じゃないですか!』

『当たり前だ!! 人は誰しも、自分のために生きる! 私の願いは自由に生きること!ゆえにあらゆる手を尽くして世界を滅ぼす!! 偽善を掲げる貴様ら異常者とは違うのだ!』

 

 ―――他人の思いなんか関係ない、自分さえ良ければそれでいい………そう言って悪い事を働く人もいることを。

 そう言う人は、私は許せないと思う。でも、叶うなら、理由があって、本当は戦わなくても良い……そうだと良いんだけどな。

 

 

「なぁ、召喚士」

 

「きららで良いよ、ロシン君」

 

「じゃあ、きららさん…なんで、相手の事を知る必要があるんだ?」

 

「え?」

 

「多かれ少なかれ、相手に事情があるのは当たり前だろ? なら知らない方が余計な事を考えずに済むじゃあないか」

 

「そんなこと……!」

 

 ない、って言えなかった。

 何故なら…ロシン君の言い分に、間違いがないと思ってしまったから。

 …あ、全部が全部間違いないって思ってる訳じゃないですよ!? ただ、相手の事情を知った時に起こった事を、ちょっと思い出しちゃっただけで。

 アルシーヴの行動が、実はソラ様の為だったと知った時は、ランプがショックのあまり、声を出せなくなった時があった。

 ビブリオやドリアーテの行動が、ネジ曲がった欲望の為だけのものだと知った時は、本当に怒りを覚えて…全身が沸騰するくらいに熱くなった。アレは…嫌な感覚だ。

 特にランプの声が出なくなった時は肝が冷えたな。もし、リアリストの行動の事情を知った時に、ランプやマッチや、うつつやタイキックさんが傷つくかもしれない。そうなった場合、今度は後悔してしまうかもしれない………

 

 そこまで考えて、首をぶんぶんと振った。

 ダメダメ! まだ、如月さん達を元の世界に帰せてない!

 そういう考え事は、ローリエさんの件と同じように、ここの人々とキサラギさん達を救った後にしなくっちゃ……!

 

 

「? どうしたんだ?」

 

「何でもない。その辺の事は、後で話そう?

 今は、キサラギさん達を帰すことに専念しなくっちゃ」

 

「……それもそうだな」

 

 

 ロシン君は、私がまともな返事が出来ていないにも関わらず、本題への話題逸らしに乗ってくれた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ロシン君との会話の後。

 しらみつぶしにアジト内を探して、遂にクリエタンクを見つけた。

 すぐにそれを壊すと、ため込まれていた真っ黒なクリエが、元の色を取り戻しながらキサラギさん達に降りかかるのが分かる。

 

 

「あれ、すぐに帰れるんじゃないの?」

 

「クリエロックが壊れても、しばらくこっちに残るんだ。

 まぁ、じきに帰れるから心配しなくて良いよ」

 

 

 誰の邪魔もなく、クリエロックであるタンクを破壊出来て良かった。

 コレで後は、キサラギさん達が帰るのを見届けるだけだね。

 アジトの外に出れば、芸術の都から暗い雰囲気が取り除かれ―――

 

 

「―――ッ!!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 もう既に一度味わった感覚に身を任せ、背後に向かって魔力を込めた杖を振るう。

 振るった先には……やはりというか、どうして、というか。彼女がいた。「理解できないから」という理由だけで、聖典を……キサラギさん達を破壊しようとした、リアリスト。

 どうして、ここに。ローリエさんが足止めしているハズじゃあなかったの!?

 

 

「リコリス……!!」

 

「…クリエタンクまで破壊されたみたいね」

 

「今更なんの用なんですか!」

 

「もう間もなくキサラギ達は元の世界に帰る。無駄な抵抗はやめた方が賢明だ…!」

 

 

 どうして、この期に及んで襲い掛かってくるのか。

 リアライフの発動体と、クリエロックならもう壊した。クリエメイトの皆さんはもうすぐ元の世界に帰る。だから、これ以上戦う理由なんて―――

 

 

「えぇ、どうやら、もう時間がないみたいね。

 だから―――元の世界に帰る前に、そこのクリエメイトを皆殺しにしてやる!!」

 

「「「「「「「「!!!!?」」」」」」」」

 

 

 ゾッ、とした。

 どうしてここまで、と思っても声が出なかった。

 まさか……ここで皆さんの命を狙ってまで、聖典を破壊しようとするなんて!!

 

 

「ハァァァァァッ!!!」

 

「つっ……!!」

 

「落ち着け、ヤツをよく見ろ、きらら!」

 

「タイキックさん!?」

 

「確かにコイツ、ローリエの策を乗り越えてきたようだが………どうやら、ただでは済んでいないようだ! 現に―――最初より、動きが鈍いッ!」

 

「グゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 ……そうだ。気圧されている場合じゃない!

 こういう時こそ、私がみんなを守らなきゃ!

 確かに、タイキックさんに言われて気付いたことだけど………今のリコリスはボロボロだし、息切れも激しい。身体もそこかしこがボロボロだ。まるで、何度も戦った直後みたいに。

 そのせいかリコリスは、タイキックさんの追撃をいなしきれずによろめいた。

 

「桃さん! ミカンさん! シャミ子さん!」

 

「フレッシュピーチ・ハートシャワー!」

 

「こおりの杖ー!」

 

 シャミ子さんの地を這うように迫った氷が、リコリスの足を拘束した。

 そこに、桃さんの必殺技・フレッシュピーチ・ハートシャワーが突き刺さった。

 リコリスが立っていた場所から、黒い土煙が上がる。

 

「『ラジアータ―――」

 

「!?」

 

「―――コマンド』ッ!!」

 

「うぅぅっ!!?」

 

「「きらら(さん)!!」」

 

 動けないハズのリコリスが、即座に私の目の前まで迫り、投げつけたナイフと両手のナイフで斬り裂こうとしてくる。

 この人……まさか、さっきの氷の束縛を、爆発するナイフで無理矢理突破したって言うの!?

 それに、もう戦えない程傷を負っているように見えるのに……ここまで、凶暴な攻撃を連続で放ってくるなんて。

 

 

「そこだァッ!!」

 

「あっ―――」

 

 

 リコリスがナイフを放つ。その狙いを見て、私は思い出した。

 この人の戦い方。狙おうとする人。それは―――戦えない人(クリエメイト)!!

 

「危ない!」

 

「皆!」

 

「ウツカイ共!」

 

「なッ…こいつ、どこにいたんだ!?」

 

 助けに行こうとするも、目の前のリコリスに阻まれた。

 タイキックさんも、ナイフの意味を理解したけど、リコリスの合図で出てきたウツカイ達に行き先を邪魔される。

 危ない! このままじゃあ、キサラギさん達に直撃する!

 もうすぐ帰れるのに! リアライフを解いたのに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストレミング剣殺法―――水ノ雫剣(アクアビット)!!」

 

「「「「「「「!!!!?」」」」」」」

 

 

 しかし、ナイフは全て弾かれた。

 密度が高く、雨みたいに襲っていたナイフは、水の波紋が複数現れたような魔法の幻覚?…に阻まれて、あらぬ方向へ全てが突き刺さる。

 ナイフが全て弾かれた時、私達の視界に映ったのは………剣を抜いた、ロシン君だった。

 まさか―――さっきのナイフの束を、ぜんぶ叩き斬ったの!? あの一瞬で!?

 

 

「見下げはてた連中と聞いてたが…ここまでやるか? 普通」

 

「このガキ…」

 

「させません!」

 

「うっぐぅ!!?」

 

 リコリスはムキになって、二発目のナイフの束を投げようとしたけど…その隙に、がら空きの身体に攻撃!

 冷静さを失っていたのか、リコリスはロシン君の守るクリエメイトに夢中で、目の前の私から攻撃される可能性が頭から抜けてたみたいだ。

 でも、追撃はコレだけじゃない!

 

「サンライズアロー!!」

 

「がっ………」

 

「満身創痍で戦場に来るものじゃないわ。魔法少女の忠告よ!」

 

「でかした、陽夏木ミカン!!」

 

 光の矢が、リコリスの左肩を貫く。

 その痛みに顔を歪めたリコリスの動きが止まった。

 それを見逃さず、タイキックさんが空へ跳躍する。そして、右足を突き出す……飛び蹴りの体勢だ。

 

「リコリス! 貴様は多くの人々の命を奪った!

 あまつさえキサラギ達も危険に晒した!

 その大罪……タイキックを以って味わうがいい!」

 

デデーン

リコリス、タイキックー!

 

「黙れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!」

 

 

 そのまま突撃するタイキックさんと、最後のナイフを投げて迎撃するリコリス。

 このままじゃあぶつかる―――そう思った、刹那。

 タイキックさんが消えた。

 

「はっ…!?」

 

「でやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

「がぁっ……!」

 

 いや、違う。一瞬でリコリスの背後に回ったんだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。そしてそのまま、リコリスのおしりに、キックが直撃した。

 飛び蹴りの勢いに、弾き飛ばされたかのように宙を舞いゴロゴロと遠くに転がっていくリコリス。

 それに見向きもしないで、タイキックさんは、全身を使って着地した。

 

 

「これぞ―――『ムエタイキック・トム・ヤム・クー』……!

 人に恐怖を与え続けた、貴様に相応しいタイキックだ―――!」

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

ドカァァアアアアン!!!

 

 

「「「「ば、爆発したーーーーー!!!?」」」」

 

 

 ちょ、だ、大丈夫なんですか!?

 いくらリコリスが許せない事をたくさんしたリアリストだからって、これは…

 

 

「あ、あのタイキックさん! リコリスは……」

 

「安心しろ。死んではいない。死ぬほど痛い目を見てはいるがな」

 

「イヤ死んだようにしか見えないんですけどぉ………」

 

「気の所為だ」

 

「気のせいには見えません……」

 

 

 うつつやランプの言う通り、見た目と言うか勢い的にというか、やりすぎな気がしてならないけど……あ、ほら!あっちでリコリスがピクリとも動かないし!

 ま、まぁでも、タイキックさんが言うなら、手加減はしてくれてたのかな……???

 …とにかく! キサラギさん達は守る事ができました! これもタイキックさんや桃さん達『コール』に答えてくれたクリエメイト……あと、ロシン君のお陰ですね!

 

 

「ありがとう、ロシン君! すごく強いんだね!」

 

「ま、まぁ……仕事だしな」

 

「安心して帰ってくれキサラギ! 悪者はこの私が…タイキックしてやったからな!!!」

 

「「「「「いや、あれは絶対タイキックじゃないだろ(でしょ)!」」」」」

 

 

 5人揃ってタイキックさんにツッコミを入れた皆さんは、そのまま光に包まれて元の世界に帰っていきました。

 だから、というか。勝った直後だから誰も気付かなくて当然だったというか。

 動けないハズのリコリスが、いつの間にか消えてしまったことに、誰も気付きはしなかった。

 




キャラクター紹介&解説

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ&タイキック
 なんだかんだでキサラギ達を元の世界に帰すことに成功した主人公一行。リコリスの執念に面食らったが、タイキックさんを筆頭に冷静に対応して追い返した。そして、タイキックさんの必殺技『ムエタイキック・トム・ヤム・クー』で撃破する。

山口如月&友兼&野田ミキ&野崎奈三子&大道雅
 無事元の世界に帰還したGAの未来ある芸術家たち。ただ、タイキックさんがド派手にやりすぎたせい(というより最後の最後までリコリスが襲い掛かってきたせい)でまともなさよならも言えず、最後の言葉が全員の総ツッコミになってしまった。今度はきららの『コール』で役に立ってくれるだろう。なお、トモカネはタイキックさんの必殺技で興奮している。あとノダミキも精神年齢が幼いから興奮してそう。

ともかね「うおおおおおおっ!ライダーキックだーー!ライダーじゃないけど!」
のだみき「すげーーーーーーっ!」
きさらぎ「……」
きょーじゅ「……」
なみこ「……」

リコリス
 自分の失敗をひた隠しにし、お気持ちを優先した結果、タイキックさんのタイキック(????)を派手に食らって見事にボロ負けした真実の左手。敗北後は流石に意識を手放したが、ひと段落したきらら達にも見つからなかった。自力で逃げ出せなかった以上、考えられる可能性は……。



GA 芸術科アートデザインクラス
 きゆ○きさ○こ女史によって2005~2015年ほどまで連載されていた、4コマ漫画。とある美術専攻クラス「GA」に所属する山口如月(キサラギ)、野田ミキ、友兼(トモカネ)、野崎奈三子(ナミコ)、大道雅(キョージュ)の5人の女子を中心に繰り広げられるコメディー。美術のマニアックな雑学を交えて織りなす日常は、どこか当たり前だけど新鮮な気持ちになれるという。



△▼△▼△▼
きらら「リコリスをなんとか撃退した私達。リコリスの行方が分からないけど……とにかく、ローリエさんと話したくなりました!」
うつつ「なんか、色々気にしてたっぽいもんねぇ………はぁ…またあのよく分からない陽キャに近づかなきゃならないのね………」
マッチ「大丈夫だよ、今回は電話みたいだし」
ロシン「なぁ、コイツ、なんなんだ?」
ランプ「これがうつつさんです。あんまり、イジメないであげてくださいね?」
ロシン「お、おう……」

次回『正・邪・葛・藤』
ランプ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


あとがき
 外伝でリアリストについて触れそうだけど、拙作ではもう既にリコリスの過去を捏造しちゃってるんで、そっちはこのままいきたいと思います。アンケートは前々話「Lに気を付けろ/シュルレアリスム」を見てから答えてくださいね。


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第32話:正・邪・葛・藤

 29話から入っていたアンケートですが、投票を終了しました。その代わりに新たなアンケートを実施します。まぁあまり本題とは関係ないので、気軽に票をブチ込んでくれたら幸いです。
 今回のサブタイは「仮面ライダーフォーゼ」より「正・邪・葛・藤」からです。まんまやな。

“相手を欺くコツ、その2。常に誠実でいること。人は信じたいものを信じる。常に信頼できる人間として振る舞っておけば、望みの時にその積み重ねが鉄壁の盾になってくれる。”
 ……木月桂一の独白


 リコリスを撃破し、山口如月たちを元の世界に帰した。

 コリアンダーにリコリスを取り逃したことを詫び、写本の街に帰還した後で、きららちゃん達からその報告を受けた俺は、安心のため息をつくとともに、その直後の発言に目を丸くした。

 

 

『少し…今回の作戦について、話があるんですが、いいですか?』

 

 

 コリアンダーと共に何があったのか尋ねて、帰ってきた返答で言う事には。

 リコリス捕獲作戦の為だけにヒナゲシを脱獄させたのか。ニュースを捏造したのではないか。その結果芸術の街の人々を怖がらせたのではないか、との事で。

 

 

「…つまりきららちゃんは、『リアリスト捕縛の為とはいえ、俺が作ったニュースで人々の恐怖を煽った』………と。そう思っているんだね?」

 

『……はい。ランプもマッチも懸念を持っています』

 

「そうか……まず、話してくれてありがとな。

 そういう疑念は、基本的に話しづらいだろうに」

 

『え……いえ、お礼を言われることじゃありません!

 私は、貴方を疑ってしまってるんですよ!?』

 

「だがそう思われても仕方ない。

 なにせ、今回の作戦について殆ど話してなかったからな……」

 

 

 そう言ってから、きららちゃん一行に説明を始める。

 まず、ヒナゲシの脱走だが……これは本当。といっても、少しずつ監視を緩めつつ、ヒナゲシに脱獄の動きがあったらいつでも脱獄直後に捕らえられるよう警備を強化しておいたのだ。それで諦めてくれればそれで良し、脱獄を敢行したらトラップで即再逮捕できるようにしておいたのだ。ゆえに、脱獄してすぐ捕まったというのも本当だ。ただ、「1時間後」だけが事実じゃないだけ。実際は檻にいないと判明してから15分で捕まった。

 

 で、わざわざヒナゲシの監視を緩めた理由だが、これは2つある。

 ひとつは捜査協力の礼、というものだ。流石に万丈構文で結んだ取引はきららちゃん達に話せないから、表向きは「捜査協力」として、リアリストの情報を聞き出している。その功績を踏まえて徐々に刑期と監視を緩めていく方針であった。これはソラちゃん公認でもあったことも伝えておく。

 もうひとつは、ぶっちゃけヒナゲシの仲間を釣るためである。助けに来たヤツも一網打尽といきたかったが、残念ながらあと一息のところで逃げられてしまった。十中八九ハイプリスだろうが、リコリスに強制転移か何か仕組んでいたのだろうという推理も伝えた。

 

 

「……とはいえ、事実でも芸術の都の人々が脱獄犯に怯えているのは事実だろ?

 だから、誠心誠意を住人達には伝えようと思っている」

 

『そうでしたか』

 

 いつも通りの調子の声のあとで、深呼吸が聞こえた。

 

『次は、こういう事をする前に私達に話してください。今は大変な時ですから、変な作戦でお互い疑っちゃうのは嫌ですよね』

 

「……そうだな。次は君達も作戦会議に誘うよ」

 

 

 ……ひとまず、納得はしてくれたみたいだな。

 ただ、リコリスを捕まえるためとはいえヒナゲシに脱獄を促した(といっても、俺からは何も言ってないが)のはちょっとやり過ぎたか。次の囮作戦はみんなと話し合わないと使えなさそうだ。

 きららちゃんとの通信を切った後、物思いにふけるように窓から空を眺める。そこに、ドアのノック音が鳴った。

 

 

「なに?」

 

「マランドであります! 新聞の特ダネですが……飛ぶように売れております!」

 

「そっか……あぁ、今速報が入ったんだ。きららちゃん一行が芸術の都を解放した。リアライフも解いて、クリエメイトを帰したって」

 

「なんと! それは朗報ですね…すぐに書かねば!」

 

 

 どうやら、俺の次の策も順調のようだ。

 リコリスの所業をこれでもかと取り上げた記事……あらゆる世界に絶賛伝達中みたいで良かったよ。これで売れなかったらどうしようかと思った。

 ただ、あまり不安にさせる記事ばっか書いても人々の精神衛生上良くないから、すぐにきららちゃんの朗報をマランドに書かせようと思った……その時。

 

 

プルルルル…

 

 

「…電話?」

 

 通信機から連絡が入った。相手は…シュールさん?

 

「もしもし?」

 

『応、儂じゃよローリエ君。元気しておったか?』

 

 シュールさんだと思って出た電話口の声は、麗しい女声ではなく、しわがれた男声で。

 しかも…その声を、()()()()()()()()()()()()。神殿でまだ教わる立場だった頃…散々お世話になったのだから。

 

 

「…コッド先生!? は、えっ!!?」

 

『ほっほっほっほ、驚いたかのぅ? 実は、シュール殿の携帯電話を借りて話しているのじゃ。

 ―――実は、シュール殿とローリエ君に頼みたい事が出来たのじゃ』

 

 

 この電話が、あんな()()の到来を予期していた事など、この時点で誰が想像できようか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 …ローリエさんとの通話が切れる。

 話していた内容は周りのみんなにも伝わっていたみたいで、ランプもマッチも、うつつもタイキックさんもロシン君も、みんながそれぞれの意見を口にしていた。

 

「ヒナゲシの脱走、ほんとだったんだ…」

 

「だから言っただろ、ローリエさんは嘘なんかついてねぇ、って」

 

「でもさ、ほんとにいいのかな?

 その………ヒナゲシを利用する、というか…騙すような真似なんか、しちゃってさ……」

 

「まぁ、もとを正せばヒナゲシは悪いやつなんだけどね」

 

 ニュースをわざと作った訳でもなく、ソラ様が認めた理由で監視を緩めた隙を突かれただけだったみたいで、ランプは安心のため息をつく。でも、うつつの疑問は私も同じ。例えマッチの言う通りヒナゲシが悪いことをしてたとしても………良いのかな?

 

「きらら。…少し、厳しいことを言っても良いか?」

 

「タイキックさん?」

 

「うわぁ……超聞きたくない…聞かなかった事にしても良いかなぁ…?」

 

「…うつつがそこまで言うなら言わないが」

 

「いや、待て。言っといた方が良いだろ。多分俺もうすうす思ってたことだ」

 

 

 ロシン君に促され、そうか、と息をついたタイキックさんはこう言った。

 

 

「確かに、敵に情けをかけることは大事だ。だが……イチバン大事なのは、悪しき所業をする連中を、タイキックで止めることじゃないだろうか」

 

「それは…」

 

「手心を加えるがあまり我々が倒れてしまっては、汚染された聖典を救う者がいなくなる。

 タイキックすべき奴はしっかりタイキックするべきだ。例えそれが、痛ましくて同情を誘うような相手でも…メリハリを以ってタイキックをすること。それがひいては、聖典を守る事に繋がる。

 ……そんな気がするんだ」

 

 ……………

 …………

 ………

 …えっと。

 

 

「あ、あのぅ…タイキック……」

 

「ん、なんだ?」

 

「タイキック節が激しすぎて何言ってるかわかんないぃ………」

 

 うん、そう。そうだね。

 いまのタイキックさんの説明?はなんだか、「タイキック」が多すぎて私もちょっと分かんなかったな。タイキックさんらしい言葉ではあったんだけど。

 

 

「えーと。つまり……どういうことですか?」

 

「タイキックさんが言いたいのは、敵はちゃんと敵として倒すべきだ、ってことなんじゃないかな?」

 

「え、お前……コイツの言ってる事が分かるのか!?」

 

「なんで僕以外は理解できてないんだよ!!?」

 

 

 マッチのお陰で話の内容がなんとなく分かってきたとはいえ、その内容は確かに、そのまま受け入れるには「厳しいこと」だった。

 

 

「敵…ねぇ、タイキックさん。タイキックさんは気にならないの?

 どうして、ヒナゲシやリコリスが聖典を破壊しようとしてるのかが」

 

「そこら辺は、いま考えても分からんことだしな。

 考えても分からんことを考えるのは、どうしても私の性に合わん」

 

「そうですか……」

 

「そういうことか。だったら、タイキックさんの言う事は俺も賛成だ」

 

「「えっ…!?」」

 

 

 タイキックさんの言う厳しい事の正体が、タイキックさん元来の、考えすぎず行動する性格からくるものだと分かったと同時に、ロシン君の口から信じがたいことを聞いて私とランプは固まってしまった。

 さっき、リコリスと戦った時にキサラギさん達を庇ったとは思えない台詞………どうして、そんなことを。

 

 

「敵の事情なんて考えても、戦場で動きが鈍るだけだ。そういう奴は真っ先に死ぬ。人なんて…特に敵なんてほっといた方が身のためだ」

 

「な、何を言ってるんですか!」

 

「そうだよ、ロシン君。いくら何でも、その言い方は……」

 

「俺はこう見えて、ユミーネ教直属の傭兵団の一員としてずっと生きてきました。

 怪我は当たり前、戦いも全員無事に終われるとは限らない。特に…お人好しって言われる類の奴らなんか、何度も見送ってきましたよ」

 

「!!」

 

 

 見送ってきた―――その意味が分からないほど、私もランプも無勉強じゃない。

 傭兵団としてずっと戦ってきた、って言葉や、それ以外の部分の話の流れとも組み合わせれば…………つまり、そういう事だよね…?

 

 

「俺の知る限り…そういった奴らの死因には理由があった。……戦えない奴を庇った、とか敵を思いやり過ぎてスキを突かれた、とかな。

 これは俺の持論だけど……背中に誰もいない方が、守るやつを背に庇うよりも十全に戦える、ってモンだろ」

 

 

 私は、育ちは普通の小さな村だ。生まれつき戦いの場に困らなかったとか戦いの才能とか、そんなものあるわけがない。今まで戦えてるのも、『コール』が使えるようになってから積んだ経験から来たものだ。

 だから、ロシン君の傭兵団の戦いの様子を知らない。私と違って、彼は実際にそうして亡くなってしまった人を知っているんだろう。でも。

 ―――彼が告げたその持論だけは、否定したかった。

 

 

「ロシン君」

 

「なんですか?」

 

「私はね、ひとりじゃ戦えないよ」

 

「え?」

 

「そもそも『コール』がクリエメイトの魂の写し身を呼び出す魔法だから、私の力だけじゃなくて誰かの力を借りるんだ。

 それに……ひとりで戦ってちゃ、すぐに辛くなっちゃうよ?」

 

「…そうか?」

 

「うん。最近は、一緒に戦ってくれるタイキックさんがいるけど…まだうつつとタイキックさんに会う前は、ランプとマッチで旅をしてたんだ。そこで、色んな人と戦った。その時もね、二人が後ろにいたから、戦えたんだよ

 もし二人がいなかったら……私は、戦えなかった。ううん、戦うことすらしなかった。今もあの村に住む、ただの村人の一人だったと思う」

 

「きららさん…」

 

 

 ロシン君とは正反対といっていい私の持論に、ランプの声が漏れる。

 ランプは、今では私のいちばん大事な親友だもんね。

 

「……お前は、その戦えないヤツが友達だとでも言うつもりか?」

 

 ロシン君の質問に引っかかる。

 ただ質問しているには、苦しそうな表情だ。

 どうして、そんな顔をするの? なにか感情を押さえつけるように、そんなことを訊くの?

 それに気付いた途端、私は安易に答えを口にできなくなった。ロシン君が、苦しそうなのに、見て見ぬふりなんてできない。

 

 

「あの、ロシン君―――」

 

「当然じゃないですか! きららさんと私は親友です!」

 

ふざけるな!何が親友だ!!

 いざって時には、どうせ身代わりにするクセに!!

 

「―――え?」

 

 

 ロシン君の様子について聞こうとした私より先にランプが質問に答えた瞬間。

 声を荒げて、急に怒鳴りつけた。その様子は、今まで、短い間だったけど……一緒に行動していた時には見られなかった姿。

 いきなりの事に、その場にいる全員が、呆気に取られた。

 その気まずい沈黙の中、「はっ」と息を飲む音が聞こえた。ロシン君だ。

 

 

「あ……悪い……ちょっと、カッとなった…冷静じゃなかった………」

 

「え……あ、あの、ロシン君…」

 

「帰る……」

 

「待ってロシン君!!」

 

 

 彼を引き止めて、怒鳴ったことの意味を尋ねるよりも先に、怒鳴ってた声が嘘みたいに小さくなったロシン君が、羽根のような道具を取り出して、転移してしまった。転移の魔道具なのだろうか。

 怒鳴られたランプは、まだ自分が怒られた意味を理解しかねてるみたいで、呆然としていた。

 

 

「い……いったいどうして…?」

 

「ランプが空気を読まなかったからじゃないかい?」

 

「いや、そうでもなさそうだぞ、マッチ。

 ロシンは…彼は、『友』というワードに反応していた。そんな気がする」

 

 

 ランプが答える直前、ロシン君の様子はちょっとおかしかった。

 あんな苦しそうな表情、普通の会話で見た事ないもん。

 そういう意味では、タイキックさんの言う通り、ロシン君にとって「友達」があんまりいいイメージじゃない、とかなのかな。詳しくは、よく分からないけど。

 

 

「あんたらみたいな陽キャとは違ってさ……ロシンって、友達とか進んで作ろうとしないタイプだった、とかじゃないのかなぁ?」

 

「それにしては、言い放ったことが穏やかじゃあなかったな」

 

「『いざって時は、身代わりにするクセに』、かぁ」

 

 

 ロシン君は帰っちゃったけど、もしまた会う時があれば………聞いてあげたい。

 そして、私が出来ることで、力になることができればな、って思うんだ。

 

 

「いやいやいやいや、きららさんを身代わりとか、私がそんなことするワケないじゃないですか!!!」

「うん。知ってるよランプ。ランプはそんなことしないもんね」

「まぁきららが石化しても逃げなかったような子だからねぇ」

「あんたみたいな楽観的な陽キャがそんなことするわけないじゃないよぉ………やらないよね?」

「あぁ。私も、ランプがきららを裏切るような人間でないことは知っている」

 

 

 うつつもランプの人となりがなんとなく分かってきたみたいだ。

 各々がそれぞれの言い方で絆を再確認した後で、私達は芸術の都を出ることに決めた。

 その後ろ姿を、まるで私たちの旅路を応援しているかのように、素朴な猫の彫刻と黒い素猫の彫刻が見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――ローリエが恩師からの連絡を受け。きらら達が芸術の都から去ったちょうどその頃。

 

「何故、あそこでリコリスの再出撃を許可したのです。こうなる事は明らかではありませんか」

 

「ヒナゲシ奪還の為だ。リコリスの半身は彼女以外ありえない。後々の我らの戦力を取り戻す算段が今ついてね」

 

「…払った代償と釣り合いますか?」

 

「リコリスには暫く休んでてもらおう。

 代わりと言っちゃあ何だが………次の作戦では、ダチュラ以外の『真実の手』にも出張ってもらう」

 

 

 国際的テロリストと知られつつある組織・リアリストと。

 

 

「ここ最近、この街付近に不埒者を見かける様になってのぉ」

 

「つまり…私達に護衛を頼もうって? 今立て込んでるの。それ相応の報酬を頂くわよ」

 

「構わぬ。老い先短い老人が持っていても、あまり意味のない金だものな。

 そういう訳だから、護衛対象はこの街です。いざという時は、儂など切り捨てて下さって結構」

 

「……そんな時など来ないように善処します」

 

 

 水路の街の神殿の間では。

 嵐の前の静けさ……その言葉が相応しいかのような、張り詰めた緊張感に覆われていた。

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 ローリエの作戦やロシンの背景に疑問を持ち考える公式主人公。とりあえずローリエへの疑惑は晴れたが、新たにロシンの本心について疑問を持つ切っ掛けとなる出来事が起き、悩み事に尽きない。

ローリエ
 自身の作戦に責任を持つ拙作主人公。きらら達にヒナゲシ脱走の真相を伝え、芸術の都の人々にヒナゲシ逮捕の報とお詫びをすることを約束した。また、次以降の作戦会議にきらら達を招く事も保証する。なんか今回で胡散臭さが出始めたが、多分気のせい。

ランプ
 ロシンの質問に横から答え、結果ガチで怒られて呆然とした女神候補生。何故怒られたのかいまだ分かっていない。ロシンの叫びも、「私はきららさんを絶対に裏切ったりしませんよ!」程度の認識しかしていない。

ロシン・カンテラス
 きららとランプの関係から、つい昔を思い出してしまい、感情が抑えられなかったカーバンクル。友達に裏切られた彼からすれば、きららを親友と断言したランプを理解できずにいる。ただ、罪悪感を覚える程度には自身を省みることができている。

マッチ&住良木うつつ&タイキックさん
 ローリエの作戦とロシンの想いについてあれこれ考える主人公一行。3人それぞれ考えることは若干違う(というかタイキックさんに至っては考えてなさそうではあったが)が、リアリストについては事情はありそうだが止めるべきで、ロシンについてもまた「裏切り」という単語から色々考えている。

コッド
 ローリエがまだ賢者になる前の神官だった頃、彼らを教えていたという老神官。現在は水路の街にいるようで、シュール・ストレミングとも親交がある様子。詳しくは次回以降にて。


△▼△▼△▼
ランプ「え、先生の先生!?」
ローリエ「そ。俺の恩師だ。アルシーヴちゃんやソラちゃんの先生でもある」
きらら「そんな方からローリエさんに頼みなんて…」
アルシーヴ「余程重要な仕事の予感がするな…」
ローリエ「そうだね。なんせ……周囲で変なやつが目撃されたみたいだからな」

次回『オンシ×ノ×オンシ』
ローリエ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽

あとがき
 外伝「リアリストたちの未来」見ました。予想通り、リアリストの過去が全員分公開されてしまったので、過去捏造シリーズは第1弾で終了となります。リコリスの過去がまったく別方向に外れてしまいましたが……それも仕方のないこと。公式の後出しなら仕方ないの精神で、補強という名の方向修正を必要に応じて付け足したいと思います。他の真実の手の過去は、公式の供給に肉付けする形で描写できればとも。サンストーンの件も後日談でなんとかなりそうですしね。
 賛否両論あるシナリオでしたが……私はアレを肯定します。あんな酷いことをされたのに…と思うかもしれませんが、黒幕がいると分かりエトワリアの課題も分かった以上、改心の可能性は摘み取るべきじゃないと思いましたので。
 リアリスト全員に全員の理由があって、作者自身はあっけなく情に流されてしまいましたが……物語の展開的に流されてはいけないキャラが―――ひとり。いるんですよねぇ…まだリアリストが暴れてた頃に生み出したプロットなので容赦ないシナリオなのは分かってるんですけど…情に流されて有耶無耶になった結果、出来の悪い作品になってしまうのではないか。そうなったら見てくださる読者に申し訳が立たない。そう思う私もいるわけです。

????「悲しい過去? くだらん。所詮はただの言い訳じゃあないか。クーデターを企んだ犯罪者には変わらないよ。それで赦しを出した結果世界の治安が悪化したら誰が責任を取るんだい?」

 ……もうなんとなく誰のことか分かってるとかもしれませんが、この作品については基本的にはプロット通りに書いていきたいと思います。 
 それでは、また次回。それまでは、『ぼっち・ざ・ろっく』参戦イベントと共に楽しむぞ!




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幕間:賢者たちのお茶会

3回目の幕間ストーリー、サブタイの元ネタは「魔法少女まどか☆マギカ」より、「魔法少女たちのお茶会」でお送りします。
……まぁこのサブタイ、作者はモンストで知ったんですけどね。ガチャはまどかとほむほむが引けたから満足。


 いつの間にか、俺はラウンドテーブルに座らされていた。周りはいつものエトワリアの中世チックな神殿内………ではなく、見ているだけで気分が悪くなりそうなタッチのデザインだった。さながら、「魔法少女まどか☆マギカ」に出てきそうな……

 

 そして、ラウンドテーブルを見回してみると、何人か座ってる子がいる。俺のよく知る顔だ。

 セサミにハッカちゃんにシュガーに………賢者は全員いるな。あと、アルシーヴちゃんとソラちゃんだ。そして、テーブルの真ん中にはマッチ。あと言葉にし難い小さな化け物が皿の上に乗っている。なんだこの状況。

 

 

『ケーキ♪ ケーキ♪

 まあるいケーキ♪

 まあるいケーキはだぁれ?♪』

 

「!?」

 

 えっ。

 みんなが軽快に歌い始めたそれって確か…「まどマギ」に出てきた歌だよねぇ!

 やばい。歌詞ほとんど覚えてないぞ…!?

 

「ケーキはセサミ?」

 

「ち・が・う♪

 私はぶどう♪

 まあるいケーキはあ・か・い♪」

 

 最初にマッチに指名されたセサミが、妖艶に否定する。

 歌い方といい服装といい唇の動くさまといい、ここまでエッチな葡萄を俺は知らない。

 

「ケーキはカルダモン?」

 

「ち・が・う♪

 あたしはザクロ♪

 まあるいケーキは顔がいい♪」

 

 セサミに指名されたカルダモンがそう歌い上げる。

 かわいいけど、法則が分からん。俺の中の上司も「まるで意味がわからんぞ!」と混乱している。

 

「ケーキはシュガー?」

 

「ちーがーう♪

 シュガーはいちご!

 まあるいケーキはおーおきい♪」

 

 うーむ。

 シュガーはイチゴというか、イチゴに含まれる果糖というか……そんな感じなんだけど、何か法則でもあるのか?分からない。

 

「ケーキはソルト?」

 

「ちがいます♪

 ソルトはミルク♪

 まあるいケーキは溢れない♪

 ケーキはフェンネル?」

 

「ちがいます♪

 わたくしはクラッカー♪

 まあるいケーキは砕けない♪

 ケーキはジンジャー?」

 

「ちーがーう♪

 私はチーズ♪

 まあるいケーキはこーろがる♪」

 

 ………ふむ。

 分からないが、分からないなりに法則が見えてきた……………というか、なんか思い出してきた。たしか「叛逆の物語」にこんなくだりあったな。

 おそらく、「ケーキはお前か」と訊かれたら、「違う」と答えないといけないようだ。もし「そうです私がケーキです」なんて言おうものなら、お菓子の魔女と化したマッチにマミられるかもしれない。

 あと、歌うみんなが可愛すぎて録画して永久保存版にしたい。

 

 そして、ジンジャーからアルシーヴちゃんへ、アルシーヴちゃんからハッカちゃんへターンが移る。アルシーヴちゃんは「私は桃」と、ハッカちゃんは「私は木通(あけび)」と言い……とうとう、俺の番が来た。

 

 

「ケーキはローリエ?」

 

「! 違う♪

 俺は…カボチャ、

 まあるいケーキは恋の味♪

 ケーキはソラ?」

 

 よし、ハッカちゃんからのパスを何とか次の人に回せた。そして、その人がラス1だ。

 

「ち・が・う♪

 私はメロン♪

 メロンが割れたら甘い夢♪」

 

『今夜のお夢は苦い夢♪

 お皿の上には猫の夢♪』

 

 ソラちゃんが歌い、みんなが歌う。俺は歌詞が分からなかったから歌えなかったが、全員が席を立ちテーブルクロスの端を持ったのを見て、俺もそれに倣った。

 

『まるまる太って召し上がれ!』

 

 

 そして。

 全員が一気に、テーブルクロスを引いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 あの後、テーブルの真ん中からドでかいタワーのようなケーキが現れ、お菓子の魔女(第2形態)となったマッチが「モジャパフェー!」と言いながらそれに食らいついて、全員がふっ飛ばされたあたりで目が覚めた。

 なんであんな夢見たんだ。「叛逆の物語」見たのなんて何年前だよ。そう考えながら洗面台に立つと、木月が鏡越しに話しかけてきた。

 

 

『すまない。君が寝ている内に、記憶の整理を行っていたんだが……どうやら、奇妙な悪影響を与えてしまったみたいだね』

 

「……イヤ、別に良いけどさ。俺から肉体の操縦権奪ったりしないよな?」

 

『そんな事出来ないよ。君自身が再起不能にでもならない限りはね』

 

「あっそ」

 

 木月はホントに申し訳なさそうにしている。その心情を読める俺からすれば、今の言葉は信用できるものだ。

 ―――信じられないことだが、()()()()()()()()()()()()()()()。自分の欲望よりも公共の福祉や秩序を優先でき、人を気遣うことができる。義理も通す人間で、世間一般からすれば、一切のすねの傷のない善人だ。

 現に木月桂一は、決して努力を怠らなかった。親の会社を急成長させた時も、日本の教育と雇用を立て直した時も……己の立てた目標を達成するため、己が出来る事、誰かと協力する事、その他諸々、何でもやった。そう、()()()()だ。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なぁー木月」

 

『なんだい?』

 

「次夢の整理するときは言ってくれよ。ちょっとリクエストもあるしな」

 

『……そんなにエッチな夢がみたいのかい』

 

「当然」

 

 

 リクエスト―――神殿の美女(三人以上)とタノシイことをいっぱいスる夢が見たいと脳裏から送ったら、木月は呆れたような苦笑いで「まぁ、男の夢ではあるけどさ」とYESともNOとも取れない返答をした。

 

 

 

 朝の歯磨きやら洗面やらの日課が終わった後で、俺はアルシーヴちゃんへ連絡を繋ぐ。例の、定例報告だ。

 

 

『そうか、芸術の都を解放したか…』

 

「労いはきららちゃん達にしといてくれ。

 俺は都民の不安を煽る作戦立てた挙げ句、敵を捕らえそこねただけだから」

 

『いや、お前の助力あってのこの結果だ。そこまで気に病む必要は無い』

 

 アルシーヴちゃんは、芸術の都解放に安堵の息をつきつつも、満足した様子ではない。

 それもそのハズ、リアリストの侵攻で多くの人が犠牲になっているからだ。特に今回の侵略での犠牲は遺跡の街以上だ。アルシーヴちゃんやソラちゃんの心労は並みではない筈だ。

 

「悪いな。そんなフォローしてもらって」

 

『フォローではない。これは私の本心…』

 

「そう言うなって。ホントは誰も死なないほうが良いんだ。防げなかった俺達にも責任はある」

 

『何を言っている…』

 

「……辛いんだろ? 一般人がたくさん死んだ事が。

 当たり前の感情だ、言っていいんだぜ?」

 

『ローリエ…』

 

「俺も……ギリギリのところで踏ん張ってるだけだからな…

 リコリスが子供殺した写真を見た時点でどうにかなりそうだった」

 

 アルシーヴちゃんだけに本心言ってよってのもアレだから、俺は先に本音を彼女に言っておく。

 マランドが渡した写真が衝撃的すぎた。子供の命よりも真実を優先せざるを得なかったマランドにアリサが殴りかかり、それを止めたのは確かに俺だが…俺だってあの所業は許せそうにない。だから徹底的にリコリスをボコる作戦を立てたのもある(もっともそれ以外にコレという理由がいくつもあるんだけど)。

 

『…ローリエ。お前がユミーネ教の傭兵団とコンタクトを取り、協力体制を築いてくれた事には感謝している。勿論、ヒナゲシの逮捕にも、スクライブやメディアの保護も。

 だが……筆頭神官として、上司として、お前にそんなことを言うわけには……』

 

「良いんだよ。『筆頭神官と八賢者』じゃなくて『ただのアルシーヴとローリエ』として本音を聞かせて貰えばそれで」

 

『!?』

 

「地位なんか気にしなくて良いと思うぜ。少なくとも、俺と二人…ああいや、ソラちゃんと俺以外誰もいないならな」

 

 アルシーヴちゃんは地位に責任を持つ反面背負い過ぎるところがあるからな……

 これくらい言っておかないと、余計な荷物を勝手に背負って潰れかねない。定期的に、荷物を下ろしたり分け合ったりしないとな。

 

「まぁ、今は言えなくても、その内言ってくれよ。

 ハイプリスっつー俺らの生徒の件もあるし、今はホントに忙しいのかもしれないけどな」

 

『…待て。「俺らの生徒」とはなんの事だ?』

 

「……はい?」

 

 さり気なく言った事に対するアルシーヴちゃんの言葉。

 それに俺は耳を疑った。

 

「オイオイオイオイ、何を言ってるんだアルシーヴちゃん!?

 ハイプリスだよ! ヒナゲシの尋問で聞き出しただろうが!?」

 

『そこは判っているのだが……生徒とはなんの事だと言っている』

 

「え…………」

 

 それが聞き間違いでも何でもないと理解した俺は、しばしフリーズし、電話を切ることも出来なかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 アルシーヴちゃんが、ハイプリスを忘れた―――

 

 その事実を突きつけられた俺は、すぐさま神殿に転移し、そこであるものを探した。

 

 

「あった……」

 

 それは…ハイプリスの生徒原簿。

 生徒原簿とは、神殿に所属していたと証明する書類だ。その人の通学時の様子から卒業後の進路の大まかな内容まで書かれた、いわゆる極秘資料。

 やがて、メディの世代の原簿達の中からハイプリスのそれを見つけ出すことに成功していた。こうして原簿と向き合っていると、()()()()事がある。

 

 

「『在学中に闇の儀式で同級生を負傷させ追放』…

 卒業じゃあ、なかったのか」

 

 ハイプリスは、卒業ではなく、途中で退学処分にされていたという事だ。

 今まで、俺はメディとハイプリスが卒業したと思っていた。実際はそれは勘違いだった……という事なのだが、()()()()()()()()()()()

 

 何故なら俺は、メディとハイプリスの担任だったからだ。

 それ故に、ハイプリスの事件も他人事ではなく、むしろ当事者の一人だった筈なのだが。

 だんだん思い出してきた。切っ掛けは確か………彼女の両親が、流行病で亡くなった事。そして、メディとハイプリスの親友が一人、険しい山に道を作るための工事の視察中に事故死したことだ。

 それで注意して気にかけていたんだが……健闘むなしく暴挙に出た、ってところだな。

 

 

 それをアルシーヴちゃんとソラちゃんに突きつけたところ、目の色を変え、真面目に取り合うような対応を始めた。

 

 

「これは……確かに、本物の書類だわ…!」

 

「そうか。これが、ハイプリスが神殿に所属してた証拠か………」

 

「これは捏造しようと思って出来るものではないわ。本物……なのね。心当たりがないのだけど……」

 

「いや、まず『心当たりがない』がおかしいだろ。自分が手に塩かけた生徒を忘れるか、普通?」

 

「だが、そう言われても私達にはなにがなんだか、だ」

 

 

 なんども念を押すように確かめるが、やはりアルシーヴちゃんとソラちゃんには、ハイプリスの記憶がないみたいだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 常識的に考えなくてもありえない事態が起きている原因……俺には心当たりがあった。

 

『『シャミ子って……誰? さっきまで私達と戦ってたのは魔王シャドウミストレス(だ)よ?』』

 

 それは…長年かけて培ってきた宿敵同士の関係性がリセットされた場面を見たかのような違和感。他人同士みたいになるクリエメイト。

 二人に起きている現象がどうも似ていると思った俺は、ある説を提唱した。

 

 

「そうだ。知ってるハズなのに『何が何だか』なんて…普通ありえない事が起こっている。これはさ……もしや、『パスを断ち切る能力』が関係しているんじゃあないか、って事だ」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 その推測は、まさに驚異的だった。早急に情報共有の必要があると判断し、緊急の八賢者会議を開く。集まったのは、カルダモン・ジンジャー以外の八賢者全員と私、そしてソラ様。急な話だから全員が集まれないのは仕方ない。

 

 集まった全員に、ローリエの推測を聞かせるように促す。そして、改めて彼に例の説明を始めさせた。

 

 

「今回の敵は『パスを断ち切る能力』と『リアライフ』を使ってクリエメイトを絶望に落とそうとしている………ですか」

 

「そうだ。そして…この力の厄介な点は、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』………ということだ」

 

「どういうこと?」

 

 シュガーが尋ねる。

 だが、すぐに分かるだろう。

 ローリエの解説を予め聞いていた私でさえ、背筋が凍ったのだから。

 最初に彼から語られたのは、『オーダー』で呼び出されていた千代田桃や野田ミキの様子―――きらら達からの報告で得た情報だとのことだ―――だった。

 

 

「今まで、パスを切られた者はシャミ子とキサラギだけだったが……本人が周りを忘れるだけじゃない。周りの人間……パスを切られた人間と関係を持っていた人々も、パスを切られた人間を認識できなくなっていた……」

 

「? えぇ、まぁそうでしょうね」

 

「わからないか、セサミ?

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 

 そう。この言葉を聞いた瞬間、私は「ただごとではない」と判断したのだ。

 例えば、「パスを断ち切る能力」で………そうだな、ローリエがやられたとしよう。そうなった場合、誰もそれに気付けないのだ。他の賢者達は「八賢者? 七人じゃありませんでしたっけ?」となるだろうし、私やソラもかつてのローリエ関係の思い出がすべて…思い出せなくなるとのことなのだ(この例え話をローリエ本人からされた時、生きた心地がしなかった)。

 それはなんと……………残酷なことだろうか。この例を踏まえれば、流石に全員がローリエの言葉の意味を理解して神妙な顔つきになっていた。

 また、この脅威が明らかになった際、もうひとつ明らかにすべきことがある。

 

 

「ローリエ。この場で尋ねるが……対抗策はあるのか?

 出来れば……きららの『パスを繋ぎ直す力』以外で」

 

 

 これだ。現在敵対している、その厄介な力の対処法。

 きららからの報告で、シャミ子もキサラギも無事にパスを繋ぎ直して元の世界に帰した……とはいえ、対抗策が多ければ多いほど良いのは言うまでもない。肝心のパスを修復する力も、「パスを切られた」と認識できなければ、思うように使えないだろうしな。

 この質問に対して、ローリエは紅茶を一口。喉を湿らせたのちに、一枚の紙を取り出した。

 

 

「それなんだが…コレを見て欲しい」

 

「それは…」

 

「ハイプリスの在籍記録…だそうだ。尤も、私は覚えていないが…」

 

「え、ハイプリスってテロを起こしてる悪いやつじゃないの!?」

 

「神殿の女神候補生だったと書かれていますが…!?」

 

 

 神殿に保管する女神候補生の在籍記録は、本人が卒業後も十数年は厳重に保存するものだ。

 だから、容易に捏造させないし、できないような仕組みも確立している。

 にも関わらず、ハイプリスの在籍記録は私にとっても覚えがない。それは、ローリエ曰く、「ハイプリスが自分自身のパスを断っているんじゃないだろうか」とのことだったが……だとしたらローリエはどうなんだ? 何故、ハイプリスのことを覚えていられるのか?

 

 ……マズいな、この件は本題から逸れそうだ。今はローリエの“対抗策”を聞かねば。

 

 

「肝心なのは、記録自体が存在していること。つまり……例の能力でパスを断ち切ったとしても『記憶』は消せるが『記録』と『事実』は消せない、ということ」

 

 

 ローリエの推測は…ところどころ決定的な物証に欠けているものの、説得力は大いにあった。この場の全員から息が漏れる。

 

 

「事実……リリスと桃の面識はあったしな。この二人の関係は、『シャミ子がいなかったらまずできなかった(じじつ)』だ。

 それに……キサラギと他のGAのメンバーの絆が戻るきっかけが素猫だったという報告も受けている。このことから、キサラギの描いた『作品(きろく)』までは消すことが出来ていない事も証明できる」

 

「確かに、それを聞いていれば納得できる部分はあります…!」

 

 

 脅威に見えていた、敵が使ってくる『パスを断ち切る能力』。

 確かに、ここまで冷静に分析ができていれば、自ずと対策はあがってくるというものだ。

 相手が記憶に干渉してくるというのなら……

 

 

「つまり、こう言いたい訳か。対抗策とは、我々の身に万一が起きた時の為に……『記録を残しておくこと』!」

 

「その通りだアルシーヴちゃん。ついては、今から出す紙に一人ずつ、直筆で名前を書いてって欲しい」

 

 

 流石だ、ローリエ。まさかこうも、敵の厄介な力に気付き始めていたとはな。

 もちろん、この対策は完全ではない。ローリエ本人も分かっていることだろう。真にこの「パス斬り」に対抗できるのは、現段階できららの能力だけだとな。

 だが……そのきららの能力も、「パスが切られた」と認識できなければ意味がない。ローリエのこの案は、初動を早めるための策だ。そういう意味では、理にかなっている。

 

 

「後はカルダモンとジンジャーか…できれば本人の直筆が良いんだが…」

 

「でしたら、私が伝えようと思います」

 

「ありがと、セサミ」

 

 

 ひとまずこの会議は、「パス斬り」の能力者・サンストーンについての情報共有と厳重警戒…そして、セサミがカルダモンとジンジャーに直筆サインを貰いに行くことで話はまとまった。

 

 

 

 

 

 ―――会議後。

 執務室の扉を叩くものがいた。

 通してみれば、そこにはローリエがおり、入ってくるなりこちらに背を向けて備え付けのソファに座り込んでしまった。何やってるんだこいつは。

 

 

「…用がないなら帰れ」

 

「アルシーヴちゃんからまだなにも聞いてない」

 

「何がだ?」

 

「『ただのアルシーヴ』としての本音」

 

 

 …そのことか。答えは言ったはずなんだがな…

 私はもう、容易に弱音を吐いて良い立場じゃあない。

 

 

「言うワケにはいかないとも言ったはずだ」

 

「大丈夫。ここには俺しかいない」

 

「誰かが入ってくるかもしれないだろ」

 

「ドアの前にはソラちゃんが立ってる。フェンネルも仕事を終えたって」

 

「……聞こえたら事だ」

 

「ソラちゃーん、防音系の魔法できるー?」

 

『はーい』

 

「おい」

 

 

 ひとつひとつ、ベールを剝がされるように言い訳が封じられていく。

 

 

『ねぇ、アルシーヴ』

 

「ソラ様…」

 

『私達ね、いままでずっと一緒だったでしょ?

 ちょっとくらい、頼ってくれてもいいじゃない』

 

「………」

 

 ソラが心配そうにそう言う。

 扉の外から聞こえたそれは、おそらく彼女には聞こえるが、それ以外の人には聞こえるように防音したのだろう。器用なことだ。

 だからだろうか。私はこの二人になら、頼ってもいいと思うようになったのは。

 他の者が信頼出来ない訳ではない。むしろ、色々助かっている。だが、表に出さないようにしていたものを、出すべきではないと思っていた。

 だが、良いのか? ローリエとソラ相手とはいえ、本当に…?

 

「…………話していいのか…?」

 

「当たり前だ」

『いいに決まってるでしょ』

 

「……」

 

 

 2人の許可は得た。

 ソラの魔法と見張りで、ここに来るものも、ここの声を聞き取れるものも誰もいない。………2人を、除いて。

 

 

「……ローリエ。しばらく、振り向くなよ」

 

「もちろん」

 

 

 言い訳が全部なくなったことで、私は何か深く考えるよりも先に、ローリエにそう言っていた。

 ソファに座り、ローリエの背を掴み、額をうずめる。

 

 

「………本当は、悔しくて仕方ない」

 

 

 まるで、今から言う事を、誰にも聞かれないようにするかのように。

 

 

「犠牲になった人々に…なんて言えば良い!?

 『守れなくてすまない』?『テロリストは必ず捕まえるから』?

 そんなもの……失った側からすれば、ただの慰めにもならない!!!

 どんな言葉を並べても…どの聖典をもってしても……失った者は戻ってこないのに!!!」

 

 

 堰を切ってしまえば、そこからは一気にすべて流れていった。

 

 私は悔しくてたまらない。

 かつての、幼少の誓いすら守れていない自分自身が。

 無欠の筆頭神官などともてはやされているが、所詮はこんなものなのか?

 守りたいものを守れずに、傷ついていくのを見ていることしか出来ないとでも?

 ふざけるなよ。ふざけるな……!!!

 

 

「これ以上、こんな悔しい思いはまっぴらだ……!

 このまま終わってやるものか…! 守ってみせる…絶対にだ!!!」

 

『アルシーヴ…』

 

「………」

 

 

 ソラは入ってこようとしないし、ローリエも言いつけ通りに振り向かず、動かないままだった。

 ただ、ちょっと視界に見えた彼の握りしめた拳が、真っ白になっているのが、やけに印象に残り。それと沈黙がちょっと心地いいと思う自分がどこかにいた。

 

 

 

 

 

「…迷惑をかけた」

 

「そんな、迷惑なんて思ってないわ!」

 

 冷静さを取り戻した後。

 顔が燃えそうな状態で、二人に謝った。

 許可が下りたとはいえ、なんてことを………

 

「アルシーヴちゃん」

 

「ローリエ…」

 

 手が伸びてきたと思ったら、唐突に頭を撫でられた。

 

「な、何を―――」

 

「よく頑張ったな。これからは…俺も一緒に背負うよ」

 

「わ、私も一緒にいるわよ! だから…ね?」

 

「………」

 

 少し小恥ずかしい。頭を撫でられるとか、大人になってからないぞ。

 でも……何故だろうな。まったく、イヤな気分じゃあなかった。

 

 

「…おい、いい加減に手を放せローリエ」

「え? ヤダ。望むなら抱きしめたい」

「フンっ!!!」

シノンッッ!?!?!?

「アルシーヴ!!!?」

「…あ」

 

 しまった。ちょっとした折檻のつもりで張り手を放ったのだが、見事に顎に入ってローリエの意識を吹き飛ばしてしまった。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 ハイプリスの記憶のゴタゴタから、サンストーンの能力の概要について予測を立てた拙作主人公。その際には、きらら達が見聞きしたクリエメイトの様子を事細かに聞き出したうえで活用している。また、アルシーヴの本心を聞き出した上で改めて彼女の力になる誓いを立てた。

アルシーヴ
 実は芸術の都襲撃で亡くなった人々に哀悼の想いを寄せつつも、理不尽を振りまくリアリストに怒りの感情を抱いていた筆頭神官。自身を良く知る幼馴染によって引き出されたが、一人で背負い込むことがなくなりつつある。

ソラ
 ローリエの意見を聞きつつも、純粋に幼馴染を心配し励ました女神。幼馴染や八賢者が忘れられるのを恐れ、対抗策の直筆署名にサインした。



ケーキの歌
 元ネタは『劇場版魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』。序盤も序盤に出てきた歌だが、ローリエは木月だった頃にコレを一回見た。尚、意味はほぼ理解できなかった模様。
 かわいさとカオスが混じったこの歌が、元々「きらら系列雑誌」で連載されてた作品だったことも受け、正式に登場した。

パスを断ち切る能力
 サンストーンが保有する、切られた対象だけでなくその人物の関係もリセットされるという、凶悪きわまりない能力。極端な話『この力で仲間を始末されても、関係やパスが消えた事すら疑問に思わない』。
 サンストーン(プレイアブル)のとっておきから見るに、その人物にある糸を全て斬るイメージである。この『忘れ去らせる能力』は、『ONE PIECE』のホビホビの実を彷彿とさせる。アレは記憶は消せても記録は消せなかった(例:キュロスの像や、不敗の記録)が、サンストーンの持つこの能力にも、消せるのは記憶だけであり、それも不完全であるという欠点があった。詳しくは公式ストーリー第2部を参照。

直筆の署名
 ローリエが上記のサンストーンのぶっ壊れ能力に対抗するために考え出した、対抗策のひとつ。全員の名前を『記録』させ、ある日知らない名前が出てきたらそれ=パスを断ち切る能力を使われたと認識・記録しておく。そうすることで、パスを断ち切られた場合にすぐさま気付くことができ、初動がグッと早くなる。


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第4章:うつつはひとりぼっち~戦場に咲き誇る、赤き華編~
第33話:オンシ×ノ×オンシ


 突然発表された、「きららファンタジア」サービス終了のお知らせ。
 仕事の休憩中にそれを見てしまった私は、それ以降の仕事に身が入りませんでした。
 それくらい大好きだったエトワリアの世界が、これ以上見続けられないのはすごく寂しいです。心に穴が開くとはこういう気分なのか、と思うくらいには。
 それくらいに人生の一部となったきららファンタジアに、心からの感謝を伝えたい。私はこれからも、きららファンタジアやきらら作品のファンでい続ける。
 ですので、拙作は絶対に完結させたいと思います。
 3部の更新がない分、「あの少女」のキャラ付けや思想は好き勝手捏造できそうですしね。
 とりあえず、まずは拙作2部4章だ。こっからの物語は波乱を呼ぶぞー。

 今回のサブタイは「HUNTER×HUNTER」風に決めました。


“年を取るということは、必ずしも衰えだけとは限らない。”
 ……木月桂一の独白

2022/12/11:あとがきにて、コッドの挿絵を追記しました。


 コッド先生は……俺やアルシーヴちゃん、ソラちゃんがまだ神殿に入ったばっかの神官だった頃に、担任を務めていた人だ。担当科目は……魔法工学。独学で拳銃を作った俺だが、魔法工学の理論や応用はこの人から教わったのだ。卒業までほぼ彼にお世話になったと言っても過言ではない。

 

 つまり―――この世界における、俺の大恩ある人なのだ。まぁ俺だけじゃなくてアルシーヴちゃんやソラちゃんにとっても大事な師なんだけどな。

 俺が神官としての教育を終えたと同時に年齢を理由に中央を離れ、水路の街の神殿に就いたって聞いていたけど………まさか、あっちからコンタクトを取ってくるとは思わなかった。

 

 その件をアルシーヴちゃんに伝えたところ、意外にも知っているといった風な様子でこう言ったのだ。

 

 

「実は…コッド先生からのヘルプは私の元にも届いていたのだ」

 

「アルシーヴちゃんのトコにも?」

 

「街の周辺で怪しい人物の目撃情報がある、とな。」

 

 

 怪しい人物の目撃情報、ねえ。

 今や八賢者となった俺や筆頭神官になったアルシーヴちゃんに伝えるくらいだ。おそらく、リアリスト関係だろうか?

 

 

「新聞のトップ記事の、芸術の都の件を見て、念の為だと仰っていたが…コッド先生のことだ、何か掴んでおられるのだろう」

 

「あの人だからありえそうなんだよな。それで、俺は先生直々の指名だから行くつもりなんだけど、神殿からは誰か送る予定なのか?」

 

「カルダモンが行く。傭兵団からは誰が行くのだ?」

 

「傭兵団はコッドさんから要請を受けて、ほぼ全メンバー行く予定だってよ。ほら、シュールさんとかシュナップさんとか」

 

「あぁ、お前が在学中に関わってた、あの傭兵夫妻か。成程、そういう事なら、戦力の不安はないか。カルダモン以外はまだ動けないからな………」

 

「なんかあったらまた連絡するよ」

 

 シュールさん達やカルダモンだけで対処できなかった場合はすぐに連絡することを約束し、俺は神殿を出た。

 

 

 

 

 水路の街への転送陣へ行くまでの途中。俺は、同行する予定のカルダモンと……なんとセサミ&ハッカちゃんとも合流した。セサミは兎も角、ハッカちゃんまで外に出るとは珍しい。

 ちょっと尋ねたところ、俺らとは別の任務で違う街に行くみたいだ。詳しくはハッカちゃんの件もあり、あまり言えないようだったけども。

 

「へぇー、ローリエも行くんだ。水路の街」

 

「珍しい組み合わせですね」

 

「そうか? 俺はコッド先生から連絡貰ったから行くようなもんだし、シュールさん達は既に現地入りしているから関係あるだけだぞ」

 

「…君、大神官コッドと傭兵シュール・ストレミングとどんな関係なんだい? 興味深いね」

 

「意外」

 

「んー、まぁ隠すことでもないし、話しても良いか」

 

 

 俺はカルダモンとセサミ、ハッカちゃんにコッド先生とシュールさん等の事をほぼ全て話した。

 

「コッド先生とは入学時に会ってな。卒業するまで魔法工学を教わっていた。ハイレベルな理論に付き合ってもくれたしな」

「恩師だったんだね」

「セサミとハッカちゃんは会ったことくらいはあるだろ?」

「ええ、まぁ」

「肯定。されどローリエ程の親交は無し」

 

 コッド先生との出会いから、魔法工学の研究について、そして神官時代の思い出も少々(魔法工学と聖典学で常に100点以上取ってたと言った時は引かれていた。何故だ)。そんなことを話したり。

 

「シュールさんとその旦那のシュナップさんとは賢者になる前からの付き合いでな。一緒に宝石獣(カーバンクル)の保護もしたっけな」

「待ってください、今宝石獣(カーバンクル)って言いました?」

「言ったけどどうかした?」

「サラッととんでもないことしてたね、ローリエ…」

宝石獣(カーバンクル)は希少。狙って保護は困難」

「なんなら知り合いにいるけど? 宝石獣(カーバンクル)

「「「!!?」」」

 

 シュールさんやシュナップさん、ついでにロシンについての思い出や現状、そして傭兵団を挙げての新聞社を作った事を話したり。

 

「エトワリアン・ニュース……!?

 それって、まさか…!」

「知ってるの?」

「これを見てください!」

「『芸術の都で大虐殺』……新聞?」

「おー、ド派手に載ってるな」

「これ、ローリエが撮ったの?」

「違うよ。シュールさんトコの傭兵が撮った写真(ヤツ)だ」

 

 そのエトワリアン・ニュース最新刊に載っていた、トップニュースについて詳しい事を、話せる範囲の裏話も交えて話した。

 ニュースの取材には「ユミーネ教」が大きく関わっている事、取材中に偶然傭兵の一人が芸術の都の襲撃を目撃してしまった事、写真を使う事になった経緯…子供の供養とテロリストの所業を伝える為の報道であったことなど………が、主な内容だ。これ以上詳しい事は流石に八賢者(どうりょう)相手に話していいものか判断しかねるため、話していない。

 ちなみにだけど、子供のことを話したら、セサミが「あとで子供を含めた犠牲者の供養をしたい」と言ってくれた。カルダモンとハッカちゃんもそれに賛同した。みんなイイ女過ぎて泣けてくる。

 

 

「それじゃ、あたし達はこっちだから」

 

「ええ、二人ともお気をつけて」

 

「ご武運を」

 

「おう。二人こそ怪我のないようにな。愛してるぜ」

 

「はいはい」

「……」

「相変わらずローリエだねー」

 

 

 俺とシュールさん、コッド先生のことをおおかた話したところで、転送陣のもとへ辿り着いたので、セサミとハッカちゃんと別れる。

 俺の言葉がさらっとスルーされたのが地味に辛かったが、シュールさんやコッド先生の元に行かなくては。

 すぐに陣を起動させて……おや?

 

 

「…ん?」

 

「…どうしたの、ローリエ? 早く行こう?」

 

 

 おかしい……何度操作しても、転送陣が動かない。

 故障……じゃないな。なんか妨害を受けてる。

 

 

「ハッキングだ……水路の街に、転送できなくなっている!」

 

「なんだって!?」

 

 

 一気にきな臭くなってきやがった。

 こうなると、あそこの神殿長やってるコッド先生や先に水路の街行ったシュールさんらの安否が心配だ。シュールさんとシュナップさんがいる限り万が一は起こってないだろうが……それでも、転送陣に細工されてるとなると、まったくの平穏無事とはいかなそうだな。

 とりあえず、不調の特定だ。十中八九何かされたんだろうが……

 

 

「えーと……あ、分かった。水路の街一帯に外からの魔法干渉を遮る結界が張られてるのか」

 

「まずいね…イチバン近い街に目的地を変更して―――」

 

「そのやり方でも、ハッキングの回避はできる。だが……直接転送陣(この機械)にウイルスブチ込まれてなきゃ、他にやりようはある」

 

 

 相手――リアリストと仮定しよう――が仕掛けてきたのは、向こうの受け手…つまり、水路の街側の転送陣のハッキングだ。

 電車で例えるなら、目的地最寄り駅を封鎖して、電車が入ってこれないようにしたようなもの。

 カルダモンが提案したのは、目的の駅のひとつ前で降りて、目的地までは歩こう、というものだ。

 だが………電車と違う点は、この転送陣……目的地をこちら側で設定できるということだ。つまり―――

 

 

「目的地を―――()()()()()()()1()0()0()()()()()()()()()()()()()

 

「しょ、正気かい!? 暴走するんじゃ……」

 

「俺が神殿で何教えてるか忘れたか? 大丈夫、暴走しないようにカバーはしてやる!」

 

 

 こんな、ルールの穴を突いたようなズルが通用する、ということだ!

 俺がこの世界で得た魔法工学の知識……それと、前世で齧ったPCの知識をもってすれば、これくらいチョロい事。しかも、言っちゃ悪いがエトワリアの法や機械・ハイテク知識は地球と比べてだいぶ遅れている。規制だらけの世界を知っている身からすれば、心配になる程にガバガバだ。だから、本職のハッカーじゃあなくても、書き換えができるのだ!

 

 

「よし、これでOK。結界の範囲外だから、普通に転送できるはずだ」

 

「ありがとう、ローリエ。手間が省けたよ。

 ところで………その技量はどこで身につけたの? コッド先生の元?」

 

「! ………あー、まぁその応用、ってところだ」

 

 

 カルダモンの質問は、すぐに誤魔化した。

 嘘は一切ついていない。俺のエトワリアの学問の知識は、コッド先生に教わったようなもんだ。けど、知識の基盤に、地球の知識が確実に存在するのが確かなだけだ。

 だから答えの内容は問題ない。ないんだけど……誤魔化す内容を考えるために、ほんの1秒…いや、0.5秒か? 返事が遅れたのはマズった。

 カルダモンは鋭い。調停官として世界を回っているから、相手との会話のテクニックを色々知ってそうで怖い。何なら、ヒナゲシを使った策についてアルシーヴちゃんとソラちゃんに訊かれた時、言ってたもんな。『カルダモンが、ヒナゲシを必要以上に煽る話し方を指摘したから気付いた』って。それを踏まえると、もう万丈構文は見抜かれてるとみて間違いないだろう。

 

 ……バレたらどうしよう。素直に話すか?「実は俺には前世の記憶があるんだー」って?

 …ないな。ないない。証拠がないから、頭の病気を疑われて終わりだ。

 

 

「……急ごう。コッド先生が心配だ」

 

「恩師だもんねぇ」

 

「それもあるけど。あの人今年で88だぞ? 信じられるか?」

 

「嘘!? そんなに!!?」

 

 

 これ以上追及されるのも嫌だったから、先を急ぐことにしよう。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 水路の街前100mに転送してから直接、歩いて街の中に入る。

 街は既に物々しい雰囲気となっており、「水路を使った交易が栄えた街」の見る影もない。

 現に、街に入ってすぐに聞きつけた喧騒の元へ行ってみると……そこには、迫りくるウツカイを適当なもので組み立てたバリケードで防ぎ、攻撃を加える神官たちがいた。

 

 カルダモンと軽く視線を交わし、戦いに参加してウツカイ共を蹴散らせば、バリケード側の神官たちや街の人々から、歓声が上がった。

 

 

「おぉ!助っ人だ!」

 

「八賢者だ! なんと頼もしい!」

 

「ありがとうございます、ローリエ様!カルダモン様!」

 

「おう、この街の現状について知りたいことがある。

 コッド先生……神殿長のコッドさんか傭兵団団長のシュール・ストレミングはいないか?」

 

 

 神官たちにそう問うと、案内されるがままに向かったのは、神殿ではなく4、5階建てのビルだった。

 その一番上の部屋のひとつまで導かれ、ドアを開くと、懐かしい顔がいた。

 白地に金糸が縫われた、高貴ながらも華美でない神官服に身をつつんだ老人。口とアゴにドラクエのジジイ魔法使いみたいな真っ白なヒゲをたくわえ、皺だらけの顔に朗らかな笑みを浮かべるこの人。

 

 ……今もなお『大神官』と呼ばれて尊敬されている、元魔法工学教師。コッド先生だ。

 

 

「よく来たのぅ、ローリエ君、カルダモンちゃん」

 

「しばらくぶりだね、コッドさん。早速聞きたいんだけど、どうして神殿じゃなくてここにいるの?」

 

 

 単刀直入だな、カルダモン。

 だが、その姿にコッド先生は気分を害するわけでもなく、むしろ「その質問がくるのは分かっていた」という風に冷静に説明を始めたのだ。

 曰く―――

 

 

「「神殿が占領された!!?」」

 

「…といっても、神官の殆どは逃走に成功して、こっちにおる。消息が分からんのは、初期対応で時間稼ぎを買って出た神官と傭兵数人だけ。こんな事もあろうかと、緊急避難用の通路を作っておいたのが功を奏したのじゃよ。

 ……で、今は街の民と協力して、神殿を占拠しているリアリストなる輩にゲリラ戦を仕掛けているというワケじゃ」

 

「……そうだったのか。とりあえず、先生になんもなくて良かった」

 

「成程。つまり、コッドさん達がここにいるのは、ひとまず神殿を奪い返すため……ってことで良いんだね?」

 

「そうなるのぅ」

 

 

 飄々と言ってのけるコッド先生だが、リアリストの襲撃に即座に逃走してゲリラ戦の準備を整え終えている状況にまで持って行けているんだから、ただの90手前のおじいさんじゃあない。

 敵に対して即・逃走の手を打ったのは、一見情けない選択に見えるかもしれないが、逃げた後の事を考えて策を練っている。神殿を取り返す手立てはこれから考えるつもりなんだろうが、今回の逃走は「戦略的撤退」といっていいだろう。

 

 

「しっかし、よくリアリストの襲撃が分かりましたね」

 

「ローリエ君の作った指名手配書とおんなじ子がいたんじゃよ」

 

 そう言って、コッドさんは指名手配書の一枚を取り出した。その写真は……スズランのものか。

 

「そっか…ほかの襲撃者の数とか分かるか?」

 

「儂が見たのはこの子の他にもう一人……青髪の女の子じゃった。確か名前は……ロベリア、と呼ばれていたの」

 

「ロベリア……」

 

 また新たなリアリストが出てきたな。

 しかし、ヒナゲシにリコリス、スイセン、スズラン、そしてロベリアか……モデルは毒草か? 鈴蘭と水仙が確かそうだったし。

 いずれにせよ、俺はコッド先生から頼まれ事を受けてここに来たこと、カルダモンはアルシーヴちゃんの指示でここに来たことを告げ、頼み事とは何かを聞いた。

 ………まぁほぼ分かり切ってはいるけど、念の為の確認だ。

 

 

「本当は不審な人間の調査を頼みたかったんじゃが………事情は変わった。

 儂やシュール殿と一緒に、この街の神殿を取り返すのを手伝ってはくれぬか?」

 

「勿論です。コッド先生やシュールさんとの協力のためにここに来たんですからね、俺は」

 

「あたしも手を貸すよ。敵が目の前に陣取っている。ここまで来て退けないよね」

 

「ありがとうの、二人とも」

 

 

 コッド先生が皺だらけの頭を下げる。

 俺はそんな先生に笑いかけた後で、ビルの窓の景色を見渡す。

 ……そこから遠目に見える神殿をじっと観察しながら、衝突の時が近いのをなんとなく感じ取っていた。

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 己の恩師の危機にかけつけた拙作主人公。カルダモンとともに水路の街へ。転送陣のトラブルに見舞われるも、聞きかじりの地球のPC知識を元にした魔法工学の腕前で事なきを得る。

アルシーヴ
 コッドの救援要請を受け、カルダモンの派遣を決めた筆頭神官。ローリエに撫でられた後なので、態度がやや軟化している。

カルダモン
 ローリエとともに水路の街へ向かった八賢者。原作では水路の街に直接行けなかったことを受け、最寄りの街に転移して走っていったが、拙作ではローリエの技術力で事なきを得たが、さりげなく彼に行った質問のリアクションがおかしい事になんとなく気付き…?

コッド
 ローリエやアルシーヴ、ソラがまだ学生だった頃、魔法工学の教鞭を振るっていた老神官。現在は水路の街の神官長を務めており、街の福祉と治安を守るために老いた身を粉にして働いている。エトワリアどころか現代日本でも長寿と言われる類の年を生きており(なんと御年88歳だそうだ)、かつ今もなお10年は生きそうな程に明朗・快活である。
 イメージCVは大○芳○さん。名前の由来は鱈の英名「cod」から取っている。

【挿絵表示】




△▼△▼△▼
きらら「水路の街で行われるという『住良木うつつ絶望計画』……絶対に止めないと!」

うつつ「ほんとは行きたくないけど……言ってても仕方ないのよねぇ…」

ランプ「そうして突入した水路の街……そこには美しい街なんてなく、あるのは襲い来るウツカイとそれから身を守ろうとする人々…」

タイキック「皆、自分の大事なモノを守ろうとしているのか……私達も、この戦いに飛び込む必要がありそうだ」

うつつ「いやだぁ…」

次回『邂逅Ⅰ・過去さがしと傭兵』
きらら「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第34話:邂逅Ⅰ・過去さがしと傭兵

 今回のサブタイは『仮面ライダーギーツ』より「邂逅Ⅰ:宝さがしと盗賊」からです。しばらくギーツのフォーマットを使う事になるかなと思います。
 きらら&ランプ視点です。


“強くてキレイで、でも自分から私を知ろうとして、私の話をしっかり聞こうとして………シュールって人の第一印象は、陽キャのハズなのに、どこかキライにはなれなかったのよねぇ……”
 ……住良木うつつの独白

2022/11/21:誤字を修正しました。


 芸術の都を出て、私達は次の目的地―――水路の街に向かっています。

 最初は、芸術の都を出てからどうしようかと悩んでいたけれど、ある日巡回していたクワガタムシみたいなウツカイを倒した時、落とした紙を拾ったうつつが、書いてあることを読んだ途端に暗い顔が更に暗くなったのがきっかけだったっけ。

 

『うわぁ……』

『何が書いてあったんだい?』

『「水路の街にて住良木うつつ絶望計画を行う」……』

『えっ!!?』

『やだ…絶対行きたくない……』

『そうは行かない。逃げたところで敵は追ってくるだろう。だったらいっそ、こちらから打って出る方が良い』

 

 例のごとくうつつは嫌がったけど、タイキックさんが理由もつけて行くべきだと言う。

 私も同じだ。もしこれが本当のことなのだとしたら、放っておくわけにはいかない。タイキックさんの言う通り、逃げたところで敵は……リアリストは、私達を狙って追ってくると思う。うつつを、絶望させるために。

 だから私達は、リアリストと戦い、また水路の街の神殿に力をお借りするため、水路の街に向かったんだけど………

 

 

「みんな、大丈夫!?」

 

「わ、私はなんとか……」

 

「私も大丈夫だ。マッチとうつつもここにいる」

 

「助かったよ、タイキックさん」

 

「うぅぅぅぅ……やっぱり出待ちされてたよぉ~!! 罠だったんじゃないのぉ、これ~!!?」

 

 

 ウツカイ達の奇襲に遭って、船の墓場って呼ばれてる場所に身を隠しています。

 ランプ曰く、水路の街は、大きな河口の岸辺に作られた街らしい。だから、街の至る所に水路が引かれていて、移動には徒歩よりも小舟を使った方が広く移動ができるみたい。

 でも、舟を手に入れる前にウツカイ達の襲撃に会った。急に襲ってきたのと足場が限られている街での戦いだったので、私達は仕方なく、満足して戦える足場のある場所まで移動してきた、というわけです。

 

 それがこの、船の墓場。本来は、使われなくなった船の廃棄場所だそうですが、ここなら足場も十分。『コール』したクリエメイトが、すぐに水に落ちるなんてことはありません!

 

 

「『コール』!!」

 

 

 魔法陣が空に浮かび上がり、そこからクラスの力を得たクリエメイトが召喚される。

 

 

「うぉぉぉぉわああああああああああ!!?」

「ひぃぃぃぃえええええええええええ!!?」

「ひゃああああああああああああああ!!?」

 

 一人は、ピンク色の長い髪と、スタイルのいい体つきを銀色の鎧でまとった女の子。

 二人目は、ネコのフード付きの服を着て、杖を持った小さな女の子。

 三人目は、白いドレスとシルクハット、ポニーテールが印象的な女性。

 私は、三人目の方に見覚えがあった。港町での『オーダー』の際に出会った……ひふみさんだ。残りの二人も、ランプには見覚えがあるみたいで、すぐにその人達の正体を当ててくれた。

 

 

「あ…あれは後藤ひとり様とかおす様!!?」

 

「急に呼び出してすみません……ですが、お願いします!力を、貸してください!!」

 

「う………うん……わかった…!」

 

「え…? あぁのえと、あの…」

 

「あ、あばばばばばっ!?」

 

「あ、あれっ!!?」

 

 クリエメイトの皆さんの返事が、なんだか芳しくないよ!?

 ひふみさんはかろうじて持っていた赤と金のシャベルを握りしめてそう言ってくれたけど、ひとりさんとかおすさん?の返事があまり良いものじゃない。かおすさんは驚いているのか変な声をあげているし、ひとりさんの方は何か言いたげだけどしどろもどろになっている。

 

 

「…………ねぇ、これ大丈夫なの?」

 

「これがひとり様とかおす様の通常運転……なんですけど…」

 

「ひょっとしてここで全滅ENDとかある!??」

 

「なんて縁起でもないことを言うんだ!?」

 

 

 ど、どうしよう。

 『コール』して頼んじゃった手前、やっぱなしなんて言いづらい。

 それに、もう一度『コール』している暇はない。ウツカイに攻撃されちゃう。

 仕方ないからそのまま戦うしかない!

 

 

「やぁぁぁっ!」

「え、えい!」

 

「ウツーーー!!?」

 

 私とひふみさんの攻撃のコンボで、一体ずつウツカイを消していく。

 

「「「「ウツー!!」」」」

 

「いやぁぁぁ!調子に乗ってすみませんでしたーー!!」

「あばばばばぁーーーーーっ!!?」

 

 …ひとりさんとかおすさんはウツカイの群れに襲われて、悲鳴をあげながら逃げ惑っている。かわいそうだから、早いところウツカイをぜんぶ倒さないといけない。

 そう思ったのか、タイキックさんも戦いに参加して、ウツカイを片っ端から蹴っ飛ばしている様子が視界の端に見えてます。

 早いところ、ウツカイを全て倒さないと。そう思った矢先でした。

 

 

ストレミング剣殺法――――赤薔薇剣舞(ローゼ・ヴィン)!!!

 

 

 薔薇の花びらが周囲一帯を覆いました。

 赤い花びらのひとつひとつが、ウツカイを次々と切り裂いていく。

 キレイ…それでいて強力だとわかる一撃。それで残っていたウツカイが、全部倒されていきました。

 

 

「大丈夫? ケガはない?」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 透き通るような女性の声。

 振り返って見てみると、そこには、鎧をまとった女の人がいました。

 赤いインナーに銀色に輝く鎧、閉じているかのような細い目と紫がかった長い黒髪を切り揃えて、柔らかな笑みを浮かべたその人は、表情を崩さずにこちらを心配してくれました。

 

「え、あ、はい! おかげさまで…」

 

「貴方は…?」

 

「私はシュール・ストレミング。傭兵団の団長よ」

 

「あ、どうも。私はきららって言います」

 

「あら、貴方がローリエ君の言ってた…」

 

 傭兵さんの団長?

 どうしてそんな人が、こんなところに。

 一見穏やかそうな、そうは見えない傭兵さんに自己紹介を返せば、意外な名前が出てきた。

 

 

「ろ、ローリエさん!?」

 

「先生を知っているんですかっ!?」

 

「えぇ。この街に来ていますよ」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

「立ち話も何だし、私達のアジトまで案内するわ。ついて来て」

 

 

 傭兵の女性・シュールさんの案内を受けて、私達は彼女についていくことにした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 シュールさんの歩く道をついていく私達。

 アジトに着くまでの道すがら、彼女はいろいろと話をしてくれました。

 

 

「私達ね、この街の神殿長に頼まれて、ここに来たの。『この街で怪しい動きがあるから調べて欲しい』ってね。でも、調べてる途中であいつらが攻めてきて……運よく逃げきれて、残った勢力でゲリラ戦を仕掛けながら、神殿を取り戻す機会をうかがってたのよ」

 

「つまり、この街は……紛争状態ってことなんですか!?」

 

「そうね。コッドさん……神殿長があらゆる街に応援を要請したり、情報をうちの新聞社に流したりしてるんだけど……戦力は乏しくて、状況は厳しかったわ。ちょっと前までね」

 

 ちょっと前まで? つまり……ここ最近で、何か良い事でもあったのかな?

 それを尋ねてみたら、シュールさんは笑顔でこう答えてくれました。

 

「ローリエ君とカルダモンちゃんが来てくれたの。

 あの2人にはだいぶ助けられたわ」

 

「カルダモンもいるんですか!?」

 

「えっと……それって確かぁ、八賢者って人のひとり…だったわよね?」

 

「あぁ…ローリエやフェンネルと同じ役職。

 つまり……強力な助っ人か。頼もしいというものだ」

 

 カルダモンのことなら知ってる。

 砂漠で出会って、言ノ葉の神殿で全力でぶつかって、それ以降もなんだかんだで付き合いがあったから。

 でも、そういえばうつつやタイキックさんはカルダモンと会ったことも無かったし、そもそもお二人の前でローリエさんとフェンネルさん以外の八賢者について話した事はなかったっけっか。

 

「カルダモンは、世界の各地を回って、争いを調停する調停官の仕事をしているんです」

 

「そうか。この街が戦場になっちゃっている以上、争いを止めるためにここに来るのはむしろ当然ってことになるね」

 

「成程。その道のプロフェッショナルか。ますます期待できそうだ」

 

「ふぇぇぇ……戦場怖いぃ……」

 

「うつつさん、大丈夫ですか?」

 

「ぎ、ギリ大丈夫……ここには陰キャ仲間がいる……」

 

「……………ほんとかい?」

 

「うっさい、変な生き物…!」

 

 

 カルダモンについて、詳しく知っていることをお二人に話したいけれど、うつつが限界だ。今までは、街が占拠されてたり、不穏な動きがあったのは経験してるけど、どうやら戦場になっていて、ピリピリしている空気はうつつにはちょっと辛いみたいだ。………遺跡の街の時は、なんだかんだ乱戦を切り抜けてきたけど、それとも違うのかな。

 早くアジトに辿り着いて、皆で一息付ければ良いな。

 

 

「…シュールさん。アジトまではどのくらいですか?」

 

「大丈夫、確実に近づいているわよ。でも、尾行に気を付けて。敵にアジトの場所を知られては駄目。ゲリラ戦では、場所と人数を悟られるのがイチバン恐ろしいもの。

 貴方達の中で戦える人はいる?」

 

「この中では私ときらら………それと、きららが『コール』で呼び出せるクリエメイトがいるが」

 

「周囲の警戒、頼んでいいかしら?」

 

 

 シュールさんのお願い……というか、振り返りながらのシュールさん自身に見惚れてしまって、返事が遅れる。

 きっと、魅力的な大人の女性って、こんな感じなのかな。なんだか、ライネさんやカンナさんみたいな雰囲気を、この人から感じる。

 いや、今は周りを警戒しないといけない! 私達を案内するシュールさんに誰かが付けられていたら、この人に迷惑を掛けちゃうから!

 

 

「大丈夫です! 任せてください―――」

 

 

「ふへ…私はギターで人を救うヒーロー…ふひ」

「え?」

「な、何を言ってるんだい?」

「マッチ!言わないであげて! うつつさんも、そんな目で見ないの!

 ぼっち様は、ちょっと妄想癖が強くて、コミュニケーションが壊滅的なだけのお方なんですから!」

「ち、ちが、違うのランプ……その、私とちょっと、気が合いそうだなー……って―――」

「ミ゛ッ」

「あばばぁーっ!? 変な声出して倒れましたよ!!?」

「え…えっと……その………」

 

 

「…大丈夫なのかしら?」

 

「……はい。任せてください……」

 

 

 同じ「任せてください」のはずだったのに、ニュアンスも私の心情も、シュールさんの心配そうな表情も、全然違うような気がした。

 

 

 

 

 

 私とタイキックさん、ひふみさん(あと一応ひとりさんとかおすさん)で尾行を警戒しながらシュールさんの後をついていくと、その先に背の高い建物が見えてきた。周りには、ガレキや柵で作ったのだろうバリケードも見事に建てられている。

 門番らしき傭兵さんの許可を得てバリケードの中に入り、建物に入ると、ようやくシュールさんが息をついて、こっちを向いて安心したような笑顔を向けた。

 

 

「ここが私達、神官と傭兵団の仮設アジトよ。よく頑張ったわね、みんな!」

 

「あ、ありがとうございます、シュールさん!」

 

「お陰で助かりました」

 

「ここは…ホテルか? 改装して、戦略拠点にしているのか…」

 

「ふぅぅ……これで一息つける?つけるわよねぇ…?」

 

「ま、何はともあれ助かった」

 

 

 お世話になったクリエメイトの方々をいったん元の世界に帰したのち、各々の感想を口にしながら、私達はひとつの部屋に通された。

 マッチが気付いてたけど、元々はホテルだったのかなって装飾やインテリアが目立つ。敵……おそらくリアリストに攻められて、ここに逃げてきたんだろうか。

 

 

「…さて。神殿長に通したいところなんだけど。

 その前にちょっとここで、貴方達のことを教えてくれないかしら?」

 

「ふええぇぇ! わ、わわわ私達のこと、疑っているのぉ……?」

 

「ふふふ、まさか。疑ってたなら、最初からここに連れて来たりしないわよ」

 

「それもそうか。しかし、良いのか? こう言っては何だが、私とうつつは自分自身が何者かなど分からないぞ?」

 

「そこら辺の話も含めて、説明してくれる?

 部下やローリエ君から一通りは聞いてるんだけど……どうしても、貴方達の口から聞きたいわ」

 

 

 フレンドリーさを感じる。でもそれと同時に、真剣な感情も感じた。

 まるで、私達のことを良く知りたいと、本気で思っているかのようだ。

 

『知ること自体は悪い事じゃないと思うよ』

『そうだな。全ては『知る』ことから始まるのだからな』

 

 芸術の都で『オーダー』された、ナミコさんとキョージュさんの言葉を思い出す。彼女達は、人々を傷つけたリアリストさえ知ろうとしたうつつを肯定した。それと同じことを……知らない事を知ろうとしているシュールさんを、私は信用できると思った。

 そう思ってランプ達の方に目を向ければ、ランプとマッチとタイキックさんは強く頼もしく頷き、うつつは…恥ずかしそうに目を逸らした。……うん、大丈夫そうだね。

 

 私達は、シュールさんに、これまでの旅の軌跡を話すことにした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 きららさんを中心に、わたし達は、これまで起こった出来事を目の前の美人の傭兵さん……シュール・ストレミングさんに話していきました。

 

 神殿を飛び出した先で偶然「コール」を使えるきららさんに出会ったことから始まり、神殿へ行く旅をしたこと(もちろん、アルシーヴ先生の『オーダー』やドリアーテについては伏せましたケド)。

 ある日、うつつさんが空から召喚されたように降ってきたこと。うつつさんが、自分の事を殆ど覚えていない記憶喪失であること。

 タイキックさんが、自分の記憶を探すために神殿にやってきたこと。

 うつつさんとタイキックさんの記憶と帰る家を探すために旅に出たこと。その過程で起こった、クリエメイトを『オーダー』で呼び出し、『リアライフ』で絶望させて聖典を破壊しようとするテロ組織「リアリスト」との戦いのことも。

 

 わたしは語りました。旅の途中で出会った、シャミ子様やキサラギ様を始めとしたクリエメイトの事を。中には苦しくて目を逸らしたくなるものもあったけど、最後は笑って元の世界に帰っていったことも。

 

 うつつさんは語りました。この世界であったことのすべてを。たどたどしくて、大抵がネガティブな言葉で占められてましたけど、メディア様と仲良くなったくだりは、心なしか顔付きが明るくなっているようでした。

 

 タイキックさんは語りました。記憶を取り戻すための手がかりのすべてを。うつつさんについては、いくつか収穫があったこと。ウツカイが呼び出されたこと、クリエメイトである可能性が高いこと、どの聖典にも載っていないこと、そして……芸術の都にて、ハイプリスの声を頼りにリアリストの基地を見つける事に成功したこと。反面、自分の情報の収穫は……ほぼ、なかったことも。

 

 

「―――なるほどね。色々話してくれてありがとう」

 

 

 長い冒険譚のような事情の説明が終わってもなお、シュールさんは穏やかな表情を崩さずにひとつ大きく頷くと、すっくと勢い付けて立ち上がりました。

 

 

「貴方達のこと、信じてみるわ。

 ユミーネ教直属傭兵団団長、シュール・ストレミングの名において、このゲリラ戦基地の滞在を許可します。それと……神殿長に会う事も、許可するわ」

 

「えぇぇぇ……いいのぉ? 私、マトモなこと話せた自信ないのにぃ…」

 

「そうでもない。うつつの一生懸命なトークが、シュールの心を動かした証拠だ」

 

「またタイキックはそうやって調子いいこと言う……」

 

 

 シュールさんから許可が下り、タイキックさんも嬉しそう。うつつさんも、いつもよりはちょっと顔色が良く見えます。良かったですね、うつつさん。

 神殿長に会う許可が下りたって言ってたけど、確かシュールさんがここに来るまでの道すがらで1回だけ口にしてましたね。コッドさん、でしたっけ。

 

 

「貴方達の事はロシンから聞いていたのだけどね。どうしても、私自身の目で確かめたかったの。ごめんなさいね」

 

「ロシン君!? ここにロシン君が来ているのですか!?」

 

「そうね。でもあの子、貴方達に粗相したでしょ? 後で謝らせるから、許して頂戴ね?」

 

「い、いえ!とんでもありません!

 むしろ、こっちがロシン君の気にしてる部分に突っ込んでしまって……!」

 

「その事ね……それについては、神殿長…コッドさんと話してからね」

 

 

 ロシンのこと……?

 確かに気になる事です。

 わたし……ロシンの気分を悪くしちゃったしな……

 でも、どうやらコッドさんと話をしてからじゃないと、詳しい事は聞けなさそう。そういうことなら……

 

「それでは、早速神殿長に会いたいと思います。

 乗っ取られたっていうこの街の話、詳しく訊かないといけませんから……!」

 

「えぇ、勿論よ。

 ついて来て。今、神殿長―――コッドさんは、最上階でローリエ君と話している筈よ」

 

 

 その方と会って、事情を話さないといけないですね。

 うつつさんを絶望させる、なんてリアリスト達の計画を、台無しにするために!

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 原作とはなにもかも違う為、水路の街に入る理由が変わっていってる公式主人公。今回の『コール』で呼び出されたクリエメイトのクセの強さに困惑しつつも、危なげなく(?)ウツカイを倒すことができていた。

ランプ&住良木うつつ&タイキックさん
 シュール・ストレミングの信頼を勝ち取るために、己の旅路を誠実に語ったきららの仲間たち。うつつは初対面の美人相手に溶けたぼっち並みにしどろもどろになっていたが、タイキックとマッチのフォローで事なきを得た。

後藤ひとり
 召喚されたクリエメイトその1。超絶陰キャぼっち。うつつ曰く「何か安心するクリエメイト」。第1話でゴミ箱に入った唯一のきららキャラ。『ぼっち・ざ・ろっく!』視聴者勢の作者から彼女が戦うイメージがわかず、ナイトらしく(?)ウツカイに追われる羽目になった。

萌田薫子
 召喚されたクリエメイトその2。あばば四コマ漫画家。うつつ曰く「この人もなんか安心できる」。きらファンでは超強バフで有名な彼女だが、持ち前の不運な性質からそうりょにも関わらずぼっちと一緒にウツカイに追いかけ回されることに。

滝本ひふみ
 召喚されたクリエメイトその3。コミュ障気味のゲーム会社社員。今回きららが呼び出したのはクリスマス仕様のせんしひふみんであるため、きららと一緒にウツカイの撃破に尽力するものの、一挙殲滅は叶わなかった。

シュール・ストレミング
 公式主人公の一行と合流した傭兵団団長。ロシンやローリエから彼女達の事は聞いていたが、自分自身がどんな人か確かめたいと思い、きらら達にこれまでの旅路を聞き出した。



拙作と公式の違い
 公式では、既に水路の街は占領済みであったが、拙作ではリアリストに対する情報が行きわたっていたため、交戦準備が整っていていた……というと語弊があるが、完全に乗っ取られているわけではなく、神殿長を含めた神官の多くや傭兵団がゲリラ戦力となり、紛争状態になっている。



△▼△▼△▼
きらら「シュールさんと出会った私達は、神殿長のコッドさんと対面します!」

マッチ「そこで耳にしたのは……なんと『うつつはウツカイの仲間だ』って噂!?」

うつつ「うぅぅぅ、いわれもないことで皆から嫌われて………私なんて所詮そんな存在なのぉ……?」

ランプ「違います!うつつさんはウツカイとは違うんです!絶対に!!」

ローリエ「そう啖呵を切るきららちゃん達。うつつの冤罪を晴らすための戦いが始まるようだぞ!」

次回『邂逅Ⅱ・エトワリア神話』
タイキック「次回もお楽しみに、だ!」
▲▽▲▽▲▽


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第35話:邂逅Ⅱ・エトワリア神話

今回のサブタイのフォーマットも『仮面ライダーギーツ』を元ネタにしました。

“私を疑わなかったのもそうだし、あまりに折れそうな見た目だったからさ。私もあのおじいちゃんを警戒はしなかったんだ。え……ほらぁ、赤ちゃんやよぼよぼのおじいさんおばあさんを嫌ったりしないでしょ、普通……それとおんなじだと思う。”
 ……住良木うつつの独白


 水路の街・ゲリラ戦基地のホテルにて。

 シュールさんから滞在許可を貰った私達は、リアリストの事件関連の情報を共有するために、神殿長・コッドさんのいる部屋まで案内して頂きました。

 

 

「シュールさん、コッドさんってどんな方なんですか?」

 

「かなりご高齢の方よ。長い間、水路の街を良くするために尽力してきたらしいの。神殿長になる前は、言ノ葉の神殿で先生やってたらしいわ。ローリエ君も彼の教え子なんですって」

 

「せ、先生の先生ですか…!?」

 

 階段登ってる途中で凄いことを聞いてしまったけど、どうやら神殿長は無事みたい。これで安心して協力を仰ぐことができるよね。

 それにしても、ローリエさんの先生か。どんな人なんだろう?

 

 

 

 

「ようこそ水路の街へ。

 ……今は火急の事態ゆえに大したもてなしも出来ませんが、歓迎するぞい」

 

「おっ、きららちゃん。皆も来たんだな」

 

 最上階。

 シュールさんに続いた先の、一つの部屋にいたのは、二人の人物でした。一人はローリエさん、もう一人、部屋のソファに腰かけていたのは、地味な白い神官服を着たおじいさんだった。

 

「儂はコッド。水路の街の神殿を預からせて貰っている身………とはいえ、その肝心の神殿を奪われていて、面目丸つぶれじゃがの」

 

「え、えーと。きららです! 召喚士です!」

 

 そのおじいさん―――コッドさんは笑いながら、冗談では済まないようなことを冗談でも言っているかのように言っている。それになんて返したら良いか分からず、普通に自己紹介した。他の仲間たちも、ひとりひとり紹介していく。

 私は、私達がここに来た目的をシュールさんとコッドさんに話しました。元々うつつとタイキックさんの記憶を探すために旅をしている事、ここに来るまでの道中で倒したウツカイの指令書の中に、ここで『住良木うつつ絶望計画』を実行するという内容のものがあったこと、それを阻止するためにこちらから打って出る形で街に入ってきたこと。

 

 それらを、うむうむと相槌をうちながら聞いてくださったコッドさんは「あい分かった」と言ったのち、今の街の状況を語ってくださいました。

 

 

「シュールさんから聞いたかも知れないが、儂は元々、シュールさんとローリエ君には別の仕事を依頼していたのじゃ。

 『水路の街の周辺で暗躍する、謎の不審者を調べてほしい』。だが、傭兵団が先行して到着し、シュールさん達が現場入りする前、コトは起こった。」

 

「…リアリストが、攻めてきたんですよね?」

 

「そうじゃ。あまりに堂々と正面からやってきたからか、門番がやられての。今思えば、警報器が工作されてたのか全く反応しなかったもんだから、対応が遅れたのじゃろう。

 ローリエ君の手配書と緊急避難用の隠し通路がなければどうなっていた事か」

 

「そんな事が……」

 

「現在我々は神殿を取り戻すため、あちこちでゲリラ戦を仕掛けているところじゃ。ローリエ君やカルダモン殿が戦力になってくれているお陰じゃな。

 君達が齎してくれた情報は有益じゃ。今の今まで、奴らの目的が何なのか分からなかったのだからの」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「と、なると……そちらの、うつつちゃんといったか? 散々狙われて、辛かったのう」

 

「ほんとよ…私が何したのかも分からないのに………うぅぅ……帰りたい…」

 

「安心せい。儂らは君を守るぞい。奴らの所業は新聞でも見た。あんな連中に君は渡さぬよ」

 

 コッドさんは、怯えたうつつに優しく言葉をかけた。

 それに対してうつつは、何かぼそぼそと言っていたけど、真っ赤になって俯いていった。何となくだけど、納得してくれたのかな。

 

「時にきららちゃん。幾つか尋ねたい事がある」

 

「あ、はい。何でしょうか?」

 

「一つ、君の『コール』の効果を詳しく。具体的には、何が出来て何が出来ぬのか。

 二つ、今日の君の下着の色。

 三つ、うつつちゃんの能力。分かった範囲で構わぬ。

 この老骨に教えてはくれぬかのう?」

 

「わかりまし………ん?」

 

 

 今。変な質問ありませんでした?

 たった今コッドさんに質問された内容を一つずつ思い出していって……………っ!!?

 

「だ、駄目ですよ! 教える訳ないじゃないですか!?」

 

「そうか……まぁ仕方あるまい。うつつちゃんの事は簡単に分かるとは思わなんだ。

 それに、切札を隠したい気持ちもよく分かる。召喚士の『コール』は希少じゃから、知りたくはあったが…」

 

そこじゃありません!! し、下着の色なんて、絶対教えないって言ってるんです!」

 

「むぅ…さり気なく混ぜたつもりだったんじゃがのぅ」

 

 さり気なくでも駄目です!

 あまりにさらっと尋ねたものですから、一瞬答えるのが遅れましたよ!

 しかも、その話の流れに、今まで静かに私達とコッドさんの話を聞いていたローリエさんも口を開きました。

 

 

「【興味があります】」

 

「ローリエさん!?」

 

「きららちゃんの下着姿に【興味があります】」

 

「駄目です!!! 何を言っているんですか!?」

 

「大丈夫だ、脱がせたりはセツナっ!?

 

 

 そんな、えっちなのは駄目です!よくないと思います!!

 しかし、そんなローリエさんが次の言葉を口にしようとした瞬間、誰かの拳がローリエさんの顔面に突き刺さったのを見ました。

 

 

…ともりるっ

 

「今戻ってきたところで状況がよく分からないんだけど…雰囲気的にこれで良かったのかい?」

 

「えぇ、そうね。助かるわ、カルダモンさん」

 

「カルダモン!」

「あれが…カルダモン?」

「そうか。あの人物が…!」

 

 

 そう。カルダモンさんでした。

 カルダモンさんと、もう一人……シュールさんが、ローリエさんを制裁したのです!

 

 

「ひょっとして、きららに手を出そうとしたの? とうとう節操なくなったかなコイツ」

 

「きっかけはこっちのおじいさんですけどね♪」

 

「ほ、ほっほ、儂のはただの冗談じゃよ。性欲なんぞとうに昔に枯れ果てておるジジイのお茶目じゃわい」

 

「枯れ果ててるなら下着の色など聞きませんよ?」

 

「ほ……ほほ…」

 

 

 しゅ、シュールさん……私達と会った時と変わらない笑顔のはずなのに、威圧感が物凄いなぁ。まるで、笑顔の仮面で、怒りを覆い隠してるみたい。そんなシュールさんの威圧にコッドさんもタジタジになる。

 ローリエさんの先生だから、もしかしてとは思ったけど、油断した。気を引き締めないと。色んな意味で。

 

 

「それはそれとして……ついさっき、看過できない話が噂で流れてきているんだ。聞いてくれるかい?」

 

「ふむ。なんじゃの?」

 

「『住良木うつつがウツカイの仲間である』って本当?」

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

 カルダモンがもたらした情報は、衝撃だった。

 そんな、うつつがウツカイの仲間……?

 そんなの……!

 

「そんなの、ありえないと思います!」

 

「そうです! そんなの、デタラメに決まっています!!」

 

 うつつと旅したのはまだ長くはないけど、それだけは分かる。

 うつつは、ネガティブで、自信も無さげで、まだ戦える力も持っていないけれど………それでも、いざという時は誰かの為に動ける人だ。

 シャミ子さんに声をかけてくれた。メディアを救うために足を動かし続けてくれていた。ナミコさんを助ける為に、目覚めたばかりの能力を使ってくれた。

 そんなうつつが―――ウツカイの仲間なわけがない!

 

「うぅぅぅぅぅ………やっぱり、私はこうなるんだわ…

 覚えのないことで、皆から嫌われて……期待する方が間違ってたんだ…」

 

「そんなことないよ。私は信じてるから」

 

「そうですよ! いい加減なデタラメに惑わされることはありません!」

 

 

 だから、そんな顔して独りで泣かないで、うつつ。

 あなたを見捨てない友達なら、必ずいるよ。

 メディアもそう。タイキックさんもそう。ローリエさんやカルダモンもきっとそう。そして…私達も。

 

 

「うーむ。君達の気持ちは、よく分かった」

 

 

 そこで聞こえてきたのは、しわがれたおじいさんの声。

 コッドさんでした。

 

 

「君達の人となりは、今までのやり取りで大体わかった。儂も、君達を信用しよう。

 その上で言いたいのじゃがな。残念ながら…人とは、言葉だけでは納得のできない、疑り深い生き物なんじゃよ」

 

「え………」

 

「ど、どういうことですか!」

 

「君達なら良い。この部屋にいる者達もまた、うつつちゃんを信じるだろう。

 しかし……うつつちゃんの事を何も知らぬ者が、噂だけを耳にした時、ソレを鵜呑みにする可能性は非常に高い、と言う事じゃ」

 

「う、鵜呑み…!?」

 

 

 そんな、どうして…? 

 どうして根は良い子のうつつを、噂だけで判断しちゃうんですか!?

 

 

「どうして、って顔をしてるね」

 

「カルダモン………」

 

「人ってさ。どうしても感情に左右されちゃうんだよ。戦争とかが起きていて、不安になっている時は特にね。

 危険から逃れたい、早く安心を得たい……そういう感情に促されて、よくよく考えれば間違っている情報をすぐに信じちゃう事ってよくある話なのさ」

 

「そんな…」

 

「参ったな…このままではマズい気がするぞ。どうにかならないのだろうか? コッド殿」

 

 私達の戸惑いや、タイキックさんの問いに、コッドさんは「そうじゃのう…」と続ける。

 

「このような根も葉もない噂を打ち破れるのは、明確な証拠。いつの時代もそうと決まっておる。

 故に儂らはすぐに証拠を示さねばならんようじゃの」

 

「そんなの無理じゃない!」

 

 噂を否定できるのは証拠。

 そう結論づけたコッドさんに、うつつが嘆くように声を被せた。

 確かに、うつつの記憶は誰も持っていない訳だし、うつつが昔どんな存在だったかなんて、誰も分からない。これじゃあ、証拠なんて出せない。

 それは、写本の街でもあったことだ。フェンネルさんに疑われた時を思い出す。それで、ローリエさんは庇ってくれたんだっけ………! あ、アレがある!

 

 

「それなら、ローリエさんが写本の街でやった方法は使えませんか?

 そもそも、うつつがウツカイの仲間じゃないって証明が、『あくまのしょうめい』であって、説明が出来ないことを流せば……」

 

「それは駄目だ、きららちゃん。

 『うつつがウツカイの仲間だ』って噂はもう流れてしまっている。フェンネル一人説得すれば良かったあの時とは違って、不特定多数の耳に入っちまってるんだ。

 しかも……この手の奴らは『説明しない=疑惑を認めた』と思い込む、っつー厄介な性質も持ってる。悪魔の証明を説明したところで火に油だろう」

 

「そんな…!」

 

 

 かつてローリエさんが、フェンネルさんの疑惑からうつつを守ってくれた方法は、いつの間にか制裁から復活したのだろう、他ならぬローリエさんに否定されてしまった。

 どうすれば良いんだろう? ローリエさんも説明に苦労してた『うつつがウツカイの仲間ではない証明』を、私達で何とか出来るのかな?

 考えてみるけど……今の時点では、何も思いつかない。うつつにつらい思いをさせてしまっているのに、それをなんとか出来ない私自身が悔しい……!

 しかし、その時に困り果てた私達に光明を示したのもまた、コッドさんでした。

 

 

「安心せよ。儂に考えがある」

 

「考え…?」

 

「きららちゃんやローリエ君の言う通り、敵の仲間でない証明など出来ようはずもない。

 ならば、考えを変えればよい。ウツカイとうつつちゃんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

「別の……生き物…?」

 

「どういう事だろうか?」

 

「うむ。これを説明するには、まず『ウツカイがどのような生き物であるか』をはっきりさせねばならん」

 

 

 コッドさんが、持ち込まれたのであろう黒板を立てて、白い石の棒……白墨(チョーク)を持ちだし、書きだした。

 言いたいことはなんとなく分かった。『うつつとウツカイが仲間だ』って噂が流れてるなら、うつつとウツカイの違いを挙げていけば、疑惑は晴れるかもしれない。

 そんな考え事をしている間にも、コッドさんは次々とウツカイの情報を書いていく。

 

 

「今までローリエ君やシュールさんから手に入れた情報では、ウツカイは絶望のクリエで身体が構成されている。更に目が悪いという特徴も発覚したそうじゃ」

 

「目が悪い…ですか?」

 

「うむ。特に黒色を認識できず、獲物を見失うこともあったという。シュナップ殿が発見したことじゃ」

 

 私達の知らないうちに、そんなことまで調べて下さったんですね。

 ロシン君やシュールさんのいる傭兵団って、ローリエさんと関係があるなとは思っていたけど、まさか、こういう情報収集も手伝ってくださるなんて、ありがたいな。

 

「儂が詳しく話したいのは前者じゃ。

 ウツカイの身体を『絶望のクリエ』が構成する……これが何を意味しておるか、分かるかの?」

 

「ウツカイの身体を…クリエが、構成する……?」

 

「ウツカイはの、厳密に言えば儂らのような肉体を持った生き物ではなく、純粋な魔力をもって体を構成する……『魔法生命体』なのじゃ。」

 

「魔法…」

 

「生命体……」

 

「……ってなに?」

 

「うむ。魔法生命体とは、文字通り自然に満ちた魔力や人為的な実験等で生み出される生き物のこと。ヒカリタマやゴーレム、カブリエルなんかがそうじゃ。ウツカイの特徴は、魔法生命体のそれと酷似しているのじゃよ」

 

「なんでそんなものが生まれるのよぉ…?」

 

「それを説明するには、この世界に昔から語り継がれる神話を聞かせねばならん。少々時間がかかるが、良いかの?」

 

 うつつの質問をきっかけに、コッドさんの口から『神話』という単語が出てきた。

 神話、ですか…エトワリアにそういうもの、あったんですね。

 私が小さい頃からおばあちゃんから聞かされていたのは、ずっと聖典のお話だったから、そもそものエトワリアの神話って聞いたことがない。だから、内容がちょっと気になる。

 

「…お願いしても良いですか?」

 

「よろしい。では、かいつまんで話すぞい」

 

 コッドさんは、私のその答えに頷いてから、黒板に何かを描きだした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 遠い昔、この地には何もなかったそうじゃ。

 生き物は勿論、大地も空も海も、何も存在しない虚無の世界。

 そこに絆の女神が現れて、今の世界(エトワリア)と、あらゆる命と、そして聖典をお創りになった。

 聖典はクリエを生み出し、命は人や魚や鳥や草になり、世界は美しく進化した。

 

 それを心底羨ましがり、世界を欲したものがいた。混沌の神じゃ。

 混沌の神は、真っ黒なクリエから配下を生み出し、禁呪を用いてエトワリアに侵攻した。

 そこで女神は、自身の力を一人の人間に分け与えた。

 力を手にした人間は、異世界からたのもしき戦士を次々と呼び出して、混沌の神を退けたそうな。

 

 平和は取り戻したが、大戦のもたらした影響は大きかった。

 エトワリアから追放された混沌の神の魔力が、生物を魔物に変え、魔法生命体を生み出し、ヤツの使った魔法はことごとく『禁忌』として封印されたそうな。

 異世界の戦士を呼び出した召喚士は、絆の女神に感謝の意を示すため、聖典を綴りクリエを生む者に『女神』の名を与えたのだという。

 

◆◇◆◇◆

 

 

「―――こんなところかの」

 

「「「「……………」」」」」

 

 …なんというか、壮大ですね。

 神話に出てきた女神が、ソラ様のような女神の名前の元になっているんだ、とか、禁忌って神話の時代からあったんだ、とか新たな発見もあった反面、スケールが大きすぎて、よく分からなかった部分もあった。他のみんなも、表情から察するに大体そんな感じだと思う。

 

 

「さて。話を戻すが………あー、確かウツカイの特徴じゃったかの。

 早い話がそやつらは傷ついても血が出る事は無く、撃破しても痕さえ残らん。つまり……」

 

 神話の話から元の話題に戻したコッドさんはそこで言葉を切ると、机の中から一枚の羊皮紙と、工作用の小さなナイフを取り出しました。紙には、「私は魔法生命体ではありません」と、かろうじて読めるような達筆の文章が書かれている。

 

「うつつちゃんがこの紙に血判を押すことが出来れば、それは何よりも雄弁に『ウツカイとは違う』と語ることが出来る、というワケじゃ!」

 

「な…成程! それなら、うつつの無実を証明できるではないか!」

 

 

 タイキックさんの言う通りです!

 私達は今まで、リアリストの事を知ろうとするって事を、ナミコさんとキョージュさんから教えてもらって以降考えていましたけれど……ウツカイそのものを知ろうとは思わなかった。

 けれど、たった今コッドさんが提案したことは、ウツカイの性質を知ろうとして、情報を集めなければ、出来なかった事。これなら、うつつの誤解を解けるかもしれない。

 

「け……血判!? ってことは私…血を流さないといけないのぉ!!?」

 

「やったこと無いかの?」

 

「い、命だけは許してぇ…」

 

「何で命乞いなんかしてるのさ……指先をちょっとだぞ?」

 

「そうそう。大丈夫よ、そこまで怯えるほど痛くないわ」

 

「無理ぃ……死んじゃう……」

 

「し、死にはしないと思うけどな…」

 

 予想通りというかなんというか、うつつは血判を押すために指を切る必要があると知って、かなり嫌がっていた。

 確かにちょっとアレ痛いよね。マッチやシュールさんに大丈夫と言われてもすぐに首を縦に振らなかったけど、最終的には「ずっと疑われたままなんてもっとイヤだしぃ……」と渋々ながら了承してくれた。

 

 

 それで、結果だけど。

 

 

 

 うつつは―――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――血判を、押すことができた。

 

 

「うむ。これで、君が人間である証明ができたな。

 この方法は元々、人間と遜色のない知性を持つ魔法生命体や人間に化ける魔物を炙り出す方法なのじゃが……それと同時に、人間だという揺るぎない証拠にもなり得るのじゃ」

 

「やりましたね、うつつさん!」

 

「良かった……!」

 

 

 ランプがうつつに抱きついた。

 自分のことのように喜ぶランプに、うつつは口では「やめてぇ」とか言いながらも、されるがままになっている。

 かくいう私も、うつつが普通の人間であり、魔法生命体でないことが分かり、今までで一番の安堵のため息をついた。

 

 魔法生命体がぜんぶ悪いってワケじゃないけど、もしうつつがこれで血判を押せなかったら、ウツカイと同じ体の構造をしていると判ったら…………

 ………きっと、噂を聞いた人達が、うつつへの疑いを決定的なものにするだろうから。

 

「こ、こんなのたまたまよぉ…

 効果があるとも決まった訳じゃないし」

 

「大丈夫だよ、うつつ。

 きっと、ちゃんと分かってくれる人がいる。

 …少なくとも、目の前に何人もいるよ」

 

「相変わらず物好きだよね、みんな…」

 

「そうだよ。うつつの思っている以上に、物好きは多いんだから!」

 

「うぅ……陽キャパワーがきつすぎ…」

 

 でも、そのことはうつつが一番よく分かってたのだろう。

 うつつは、ネガティブに物事を考えがちだから。

 私でも思いついた、『血判出来なかったらもっと疑われる』って事に思い当たらないはずがない。

 それでもうつつは血判を押した。疑いが決定的になるかもしれないのに、なんだかんだ行動できた。

 

 

 これまでに出会った、シャミ子さん達やナミコさん達、メディアや……私達の想いが、ちょっとでもうつつを変えることが出来たのかな?

 独りぼっちで、ネガティブで、誰も信じないようなうつつから、今は少しでも変わっていったのだとしたら。

 

 ――それは、とっても嬉しいな。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 地味に痛かった血判を押すことで、おじいちゃんが「私はもう大丈夫」って言ってくれたけど、ホントなのかなぁ。噂を信じた人ってさ、そういう……証拠とかって、絶対信じなさそうなんですけどぉ………

 

 

「今日はこの拠点で休むと良い。部屋は有り余っているのでな」

 

「ありがとうございます、コッド様!」

 

 

 ランプの、呆れるくらいに明るい返事で話が締めくくられ、部屋から出ていく雰囲気になる。

 私も、きららも、その雰囲気に従う一方で、一人だけ違うことを言い出した人がいた。

 

 

「少しよろしいだろうか、コッド殿?」

 

「タイキック……?」

 

「おぉ、良いぞ。なんじゃ?」

 

 

 特に珍しくもなさそうなその行動に、奇妙な引っかかりを覚えたのは何でだったか。

 おちゃらけてて、何考えてるか分からなさそうなタイキックが、見たことも無いくらいにマジメな顔してたからだっけ。

 

 

「あの、タイキック…?」

 

「あぁ、うつつ。私はもうしばらくここに残る。コッド殿と話しておきたいことがあるしな。

 今日は疲れたんじゃあないか? コッド殿のご厚意に甘えて、部屋に戻っておけ」

 

「でも………」

 

 

 そこから先は言えなかった。

 何か言わないといけない。けど、何を言えば良いか分からない。そもそも、「何か言わないといけない」って思ったのだって、理由がない。

 シュールもおじいちゃんも、ローリエもカルダモンも悪いヤツじゃあないのは分かってる。危険はまずない……と思う。

 

 ―――じゃあ、どうして?

 ………分からない。分からな過ぎてモヤモヤする…!

 何だっけ。なにか、忘れている、ような……

 

 

「何してるんですか、うつつさん! 行きますよ!」

 

「!! う、う、えぇぇと……」

 

「ランプが呼んでるぞ。それとも、私みたいにコッド殿あたりに質問か?」

 

「あぁぁぁぁぇぇぇっと………いや、質問はない、です…」

 

「なら戻っておけ。はぐれたら大変だ」

 

 

 結局有耶無耶で、何も分からない、解決しないまま、おじいちゃんのいた部屋を出ていくことにした。

 その後の事はよく覚えていない。疲れたのは事実だったから、部屋につくなり、ベッドにダイブしてそのまま寝落ちしちゃったんだろう。

 

 

 ……けれど、私はあの時。部屋に残っておくべきだったんだ。

 タイキックをあそこに、一人で、残していくべきじゃなかった。

 その事に気が付くのは…………まだ、だいぶ先の話。

 




キャラクター紹介&解説

きらら
 友であるうつつの疑惑を晴らしていくさまを一番近くで見守っていた公式主人公。効果的な案は出せなかったが、うつつと寄り添い、彼女の成長を促した。

ローリエ&カルダモン
 コッドときららの会見の場に立ち会った八賢者。約一名ほど、未成年にセクハラをかまして制裁されたが、真面目な時はしっかり真面目に決めた。かろうじて。

住良木うつつ
 自分が疑われて、やはりダメだと落ち込みかけるも、きららとランプの励ましやコッドの証明方法の提案のお陰で立ち直った。血判を押すというのも、今までのうつつだったら「どうせ嫌な結果しか出ないだろうから」と逃げ出していた事を考えると、成長はしている。

シュール・ストレミング
 きらら一行を案内した人妻傭兵。基本的に話に入ることはせず、流れを見守る立場に徹していたが、流石にローリエとコッドによる話題の脱線(未遂)の時は軌道修正と主犯の制裁のために動いた。

コッド
 水路の街の神殿長88歳。某伝説の忍や大魔道士、亀仙人のようなセクハラをかますも、うつつの冤罪を晴らすための基本的な知識量や神話関係の情報など、年の功を最大限活かしたサポートをも行う。



エトワリア神話
 拙作完全オリジナルなエトワリアに伝わる、聖典の影響が比較的少ない段階の神話。日本で例えると日本神話のイザナギとイザナミが天沼矛で日本列島作って、「出っ張った部分を凹んだ部分に埋めて人間作ってみよーぜ」ってなノリのアレである。



△▼△▼△▼
きらら「どうにかうつつの噂に手は打てたのかな…」

シュール「どうかしらね。効果が出るにも時間かかるしね」

ランプ「そうだ! 私…ロシンの事聞きたいです! なんか……悪い事しちゃったみたいですし……」

うつつ「私は一人で静かにしていたいのに…あのおじいちゃんが構ってくるんですけどぉ…?」

きらら「コッドさんですよね? 良い事じゃあないですか!」

次回『邂逅Ⅲ・過去と和解と祖父の想い』
ランプ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第36話:邂逅Ⅲ・過去と和解と祖父の想い

今回のサブタイのフォーマットは『仮面ライダーギーツ』と『仮面ライダーオーズ』の二つから取りました。
今回はオリキャラと公式キャラとのコミュ回的な内容にしております。


“純粋な善意に敵意は向けにくいものだ。相手が余程の獣でない限りな。”
 ……木月桂一の独白



 うつつさんが部屋に入るなりグロッキーしてしまい、それに倣ってわたし達も休んだ次の日。

 わたしは、きのう出会った傭兵団の団長さんだという、シュール・ストレミングさんの元にやってきていました。

 その理由は……ただ一つ。

 

 

「成程……芸術の都でロシンとそんな事が」

 

「あの時言った言葉が、どうしても頭から離れなくって。

 あんな事を言ったロシンの本心を知りたいんです」

 

「…………分かったわ。

 ただし、今から言う事はかなりデリケートよ。取り扱いには気を付けなさい」

 

「はい」

 

 

 そうして、きららさんと一緒にシュールさんから聞き出したロシンの過去は、悲惨なものでした。

 宝石獣(カーバンクル)の乱獲。突然の故郷への襲撃。家族や仲間の死。そして、それらを招いたのが……親友だと思っていた人の裏切りだったこと。

 わたしは唖然とした。その一方で、理解した。理解してしまった。ロシンが、芸術の都であんなことを言った理由が。

 

いざって時には、どうせ身代わりにするクセに!!

 

 つまりアレは……かつて親友に裏切られた自分自身の裏返し。

 うつつさんが「友達を進んで作ろうとしないタイプ」って言っていたけど…そんな次元じゃない。

 もう、友達を信じる事が出来なくなっているんだ…!

 

 

「…これで、ロシンの本心は何となく理解できたんじゃあないかしら。

 その上で、貴方が何をしたいのか、教えてくれるかしら?」

 

「……わたしは、ロシンに謝りたい。傷つけてしまった事。それから―――」

 

「――友達になりたい、って言うなら、覚悟はした方が良いわよ」

 

「!!!」

 

 

 シュールさんのその声は、私達を助けてくれた時とは全然違う。

 冷え切っていて、とても恐ろしくて。でも…その背景にあるのが、ロシンへの思いやりだってことが分かっているから、かろうじて嫌いにはなれない。けど、それだけ。そんな目だ。

 ロシンが今もなお友達を信用できなくなっているのは分かった。だから、すぐに「友達になろう」って言っても、また逆鱗に触れることは目に見えている。

 でも、どうしよう? ロシンのことを何とかしたいよ。だって友達を信用出来ないままだなんて―――そんなの、悲しすぎるじゃないですか。

 考えがまとまらないまま、シュールさんに言葉を告げる。

 

 

「…すぐに仲良くなれるとは思っていません。でも、放っておけないんです」

 

「どうして?」

 

「出会った頃のうつつさんと似ているからです。

 記憶を全部失っているうつつさんは、私達も信用せずに、距離を取っていました。重なるんです……その頃のうつつさんと、彼が」

 

「…でもね……」

 

「すみません、シュールさん。僕からもお願い出来ないかな。

 ランプとロシンを会わせてほしい」

 

「マッチ…!」

 

「確かに、ランプはおっちょこちょいだし、アホだ。今回のロシンの件だって地雷を踏んだ」

 

「ちょっと!!」

 

「でも、誰かを思いやる心は人一倍だ。

 いざという時は、保護者の僕が間に入る。だから………お願いしたいんだ。この通り」

 

 話に入ってきたマッチの言葉は、わたしの味方をしたいのか貶したいのか分からないような言い回しだったけど、その後のマッチの行動に驚いた。……宙に浮いている彼が床に降りて、土下座したんだ。

 

「な、なにやってるの!? 顔を上げて、マッチ!」

 

「これでも君の保護者なんだ。これくらいの甲斐性は出させてくれよ」

 

 そのマッチの行動にシュールさんも面食らったんだろう。目を見開いていたけれど、ため息をついてこう言った。

 

「……分かったわ。ただし、私も付いていきます。いざという時の引き止め役は、貴方ではなく私のほうが合っているでしょうから」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 わたしはシュールさんからの許可を得て、教えてもらった場所に向かって走り出しました。

 きららさんや…いざという時引き止めてくれると約束したマッチやシュールさんさえ置き去りにして。

 後ろから待つように声が聞こえても、気にしない位に走り抜ける。

 そして……ロシンのいる場所、ホテルの大広間の扉を体当たりで破るように開けると。

 そこに、訓練中であろう様子のロシンが、いた……!

 

 

「いた…!」

 

「え? いや、お前、確か……」

 

 そして、そのまま―――スライディング土下座ー!

 

「この前はすいませんでしたー!!」

 

「は、はぁぁぁぁぁっ!!? ちょ、ちょっと待て! 何のことだ? や、やめろよ早く頭を上げろ!!」

 

 いいえ、絶対に上げません!

 知らなかったとはいえ、あんな事をしてしまったんですから……!!

 わたしが芸術の都の時に、ロシンを傷つける発言をしたことを説明すれば、ようやく理解してくれたようで、訓練用の木剣を置いて、わたしの傍に座り込みました。

 

 

「…そのことなら、イキナリ怒鳴った俺も悪かったって。何にも知らないお前たち相手に、大人げなかった」

 

「あんな事を経験したのでは、無理もないと思います」

 

「…っ、それは…シュールさんから?」

 

「はい」

 

「………またお節介を…!」

 

 ため息をついたロシンは、シュールさんと長い付き合いでもあるのか、「まぁあの人いつもこういうお節介するんだよなぁ」と、まるで観念したかのように呟いたあと、わたしにこう言ってきました。

 

 

「…じゃあよ。何しに来たんだ。まさか、さっきの謝罪のためだけに来た、とかか?」

 

 

 来た。これからの事を尋ねる質問。

 わたしは、これに答えないといけない。

 シュールさんは言った。ロシンの過去を知っても尚「友達になりたい」と言うなら覚悟した方が良いと。

 でも、わたしは……友だちを信用できない彼を何とかしたい。力になりたい。

 すぐに友達になれないのは理解できる。だから―――

 

 

「わたしのことを、あなたに教えに来ました」

 

「…は?」

 

「自己紹介ですよ。わたしがどんな人か、それを知って欲しいんです」

 

「ま、ま、待ってくれ。ワケが分からない……それに、何の意味がある?

 俺にお前の事を知ってもらったところで、何のメリットがあるって言うんだ?」

 

 

 おかしなことを訊くロシンは、本当にワケがわからず、心底混乱しているって様子でした。

 仲良くなる為には、お互いを知る事が重要です。そこに、メリットも何もありませんよ。

 でも、それを直接言ったりはしない。うつつさんみたいに記憶が全部ないんじゃなく、むしろ辛い記憶のせいで友達を信用できないのであるならば。

 

 

「どうしてもメリットを気にするというのでしたら…こういうのは如何でしょう?

 わたしのことを教える代わりに……ロシンのことを、教えて欲しい、って頼むのは」

 

 

 わたしにとってのメリット。それは貴方を知る事です、ロシン。

 そう言って相手の返事を待つ。豆鉄砲を食らったような顔をして言葉を失っていたロシンは、しばらくそのまま、わたしの言う事を読み取っているかのようにほぼ動きを見せませんでしたが、やがて。

 

 

「…わかった。そこまで言うなら、受けてやる」

 

「やったぁ! ありがとうございます!!」

 

「勘違いすんな。俺はお前の『変な契約』に乗るだけだ。

 お前が俺を切り捨てる素振りを見せたら、先に俺がお前を切るからな」

 

 

 もう、そんな心配しなくていいのに!

 とりあえず、これでロシンとわたしは友達……というにはまだ色々とアレだけど。そのスタート地点に立てたと思います。

 

 

「さて、早速の契約だ。木剣を持て」

「へ?」

「俺の事を少し教えてやる。いつもやってるメニューだ」

「ちょ、ちょっと待ってください! わたし、剣なんてできませんよ!?」

「関係ない。手加減するから持て。話なら後で聞いてやる」

「ひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい~~~~~~ッ!!!?」

 

 

 ……前言撤回! うまく行かなかった気がします! 全然納得いかない!!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……良かった、ランプ。ロシン君と仲良くなれて」

 

「えぇ、本当にね。良かったわ」

 

「そうだね。ランプにしては、上出来なんじゃないかな」

 

 

 大広間入り口。ランプとロシン君のやりとりを影ながら見ていた私は、ランプのひたむきな思いがロシン君に通用したことに安心の声を出しました。シュールさんとマッチも満足そうです。

 

 

「シュールさん、ありがとうございます。

 ロシン君のこと、教えてくれて」

 

「いいえ。実を言うと、私もお礼を言いたいのよ。ロシンには、もっと友達を……信頼できる人を作って欲しいって思ってたから」

 

 そうなんですか? ランプにああやって釘を刺したものだから、てっきりそうではないのかと思ってましたが……

 

「ロシンはもう、信頼している人に裏切られているから…辛い思いをしているのも、もう一度誰かを信じる事が難しいのも、わかっているわ。でもね。

 それが、誰も信用せず、誰の手も取らず、独りぼっちで生きていっていい理由にはならないと思うわけよ」

 

「…私もそう思います」

 

「叶うことなら、もう一度人を信用出来るようになって欲しい。その為には、あの子を裏切らない人が必要なのよ。

 きっと、もう一度裏切られでもしたら、ロシンは二度と誰も信用しなくなるだろうから」

 

 

 シュールさんの行動が、すべてロシンの為を思ってのことだと知って、私はシュールさんがロシンの家族みたいだなぁと思いました。

 

 

「ロシン君のお姉さんみたいですね。

 大丈夫ですよシュールさん。貴方もまた、ロシン君に必要だと思います」

 

「そうかしら? まぁ…もっと愛想良くなれば、ウチの娘のお守りでも頼んでみようかしら。お兄ちゃんとして」

 

「えっ…お子さんいらっしゃるんですかシュールさん!?」

 

「あら、言わなかったかしら?」

 

 

 そこからは、私はシュールさんのご家族……旦那さんのシュナップさんと娘のアンシーちゃんについてのお話を伺うことになりました。

 ろ、ロシン君のお姉さんみたいと思ったら、お母さんみたいな人でした。物凄く若く見えるから、ビックリしちゃいましたよ……

 

「はじめまして。シュールの夫のシュナップです!」

「すごい…とてもお若いですね…」

「おいくつなんだい?」

「今年で32になります」

「「見えない…!」」

 

 この後、実際にシュナップさんにお会いして、色々お話したんですけど、とても若々しくて、傭兵団の副団長やらシュールさんの旦那さんには見えないほどで…あ、悪いことじゃあないんです。ただちょっと、そこまで若くいられるっていいなぁって思っただけです。

 

「わぁっ、かわいい!」

「アンシー、きららとマッチだよ。僕たちの新しい仲間だ」

「こんにちわ!」

「はい、こんにちわ」

「こんにちわ、仲良くしてね」

「きゃっきゃっ」

「わ、マッチのしっぽ引っ張ってる」

「おっとと…僕のしっぽはおもちゃじゃないんだけど……まぁいいか」

 

 娘さんのアンシーちゃんとも遊びました。とてもかわいかったです!

 このことを、後でランプに言ったら「わたしは散々ロシンにボコボコにされたのにヒドイです!」って怒られた。仲良くなったと思ってたのに、ボコボコにされたって何なんだろう…?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 私達がここに受け入れられた翌日。

 私は一人、人気の少ない建物の裏あたりの、バリケードの近くで、絵を描いていた。

 人がいっぱいいる場所は好きじゃない。陽キャが好きそうなキラキラした場所はもっと苦手だ。

 だから私は、誰も来なさそうな、じめじめした暗い場所で絵を描く。

 ランプときららと変な生き物はシュールとどっか行っちゃったし、タイキックは建物内を回る予定だという。時間が経ったら私を迎えに来てくれるなんてお節介も焼いてくれちゃった。とにかく、私はしばらく一人で落ち着ける。

 

 …そう思ったのに。

 

「………」

 

「………」

 

 

 どういうわけか、神殿長の…コッドだっけ。そう名乗ったおじいちゃんがやって来て、私と二人っきりになってしまっていた。

 

 気まずい……! 何か言ってくれればいいのに、このおじいちゃん、私の近く――隣じゃないけど地味に近めの場所――を陣取って、朗らかな笑みで空やら、建物の壁やら、石畳やらを見つめるだけだ。

 せめて私が邪魔だって言うんなら、何か言って欲しい……!

 

 

「…あの、おじいちゃん?」

 

「何じゃ?」

 

「私に…何か用……ですか?」

 

「君は、どうしても儂に何か言って欲しいのか?」

 

「えっ……!?」

 

 

 予想外の台詞に固まってしまう。

 イヤ、何か言いたいことがあるなら言って欲しいとは思っていたけど……そんな、どうしてもってレベルじゃあないんだよね…

 

 

「いや、別に…」

 

「そうかの。ではもうしばし、ここにおるぞい」

 

「………」

 

 何と言うか、陽キャみたいにグイグイ来る系の苦手なやつじゃない。

 今まで会った事のないようなタイプの、変なタイプ。

 距離は詰めてこないけど、何もしてこない……何がしたいのか、よく分からないタイプだ。

 怖い……きららにしたみたいに、セクハラしてくるのかもしれない。でも、動く気配が全然ない。

 しばらく絵を描くフリをしながら様子を観察する。何かあったら、すぐに助けを呼べるように…………………???

 動いてない? 動きはあるけど、動いている…というより、一定期間こくり、こくりと動いていて…まるで、船を漕いでいるかのような……

 

 

「………Zzzz」

 

「――って、ほんとに寝てるーーーー!!?」

 

「ふがっ? ………おぉ、寝てしもうた」

 

「あっ、あっ……ご、ごめんなさい」

 

「おぉ? うつつちゃん……?」

 

 

 お、起こしちゃった!

 おじいちゃん疲れてたかもしれないのに…!

 

 

「いかんのぅ。歳を取ると、体力が持たなくて辛いわい」

 

「ご、ごっ、ごめんなさい、おおおお起こしちゃって…」

 

「よいよい。少し休めたのだから問題ないわい」

 

 そこから、また沈黙が流れる。

 私はかける言葉が見つからなくてそのまま。おじいちゃんもおじいちゃんで、何かグイグイ来ることはなかった。

 どれくらいの間、そうしていただろう。雲が流れ、鳥が鳴いた。この街で紛争が起きているなど、嘘みたいな静けさの中。私のスケッチブックへ描きつけるペンの動きは、完全に止まっていた。

 ずっとそうしてぼーっとしているうちに、ふと思いついた事を、尋ねてみた。

 

 

「ねぇ…おじいちゃん」

 

「なんじゃ?」

 

「おじいちゃんはさ。死ぬのが怖くないの?」

 

「ふむ。何故そんなことを訊くか、聞いてもいいかの?」

 

「…私は怖かった。この世界に来てからずっとウツカイやリアリストにワケもわからないまま狙われ続けたしぃ……街の惨状を見る度に足が竦むよ……だから、かな」

 

 大した会話じゃあない。

 私の、クソどうでもいい過去と好奇心のままに尋ねたことだけど、きららとランプの陽キャパワーで浄化されそうだったから言えなかった事だけど。

 そんな私の質問を聞いて、「ふむ」と一回頷いてから答えた。

 

「まず…死が恐ろしくないものなどおらんよ」

 

「そんな一般論を聞きたいんじゃなくてぇ…」

 

「うむ。その上で答えるがの。儂は言うほど死を恐れてはおらん」

 

「それは……」

 

 答えを聞いて、すぐに質問内容をよく考えなかった事を後悔した。

 長い人生を生きたおじいちゃんなんだから、いつ死んでもいいって思ってるに決まってるじゃんか。

 

「『当たり前のことだ』とでも言いたそうじゃの?」

 

「!!? な、なん、で…」

 

「顔に書いてあったわい」

 

「うぅぅ……死にたい…」

 

 当たり前な事を尋ねちゃった上にそれを悟られるなんて……おじいちゃんと会話なんて試みるんじゃあなかったわ。私なんて所詮ゴミ…いや、ゴミのゴの字の点々の片方ですらないぃ……

 

「うつつちゃん、嘘は良くないの」

 

「う、嘘なんかじゃ…」

 

「本当に死にたい者は『死にたい』という余裕すらないものじゃ。それに……」

 

「それに?」

 

「先ほどのことなど、儂は微塵も気にしていない。

 強いて言うなら、年を重ねれば死への恐怖が無くなるとは限らないのだ」

 

「へ…?」

 

「若いうちに何かを為した者。何も為せなくとも、全力で生きた者。そういう者は、やがて来る死を恐れなくなる。……その行動が後の人に少なからず影響を与え、受け継ぐ者が現れるからじゃ。

 逆に、何もしなかったり、後悔があったりする者は未練が残る。それらが執着となり、儂並みに年を食ってから若さを求める要因の一つとなるのじゃよ」

 

「はぁ…」

 

「儂等の時代など終わっておるのじゃよ。

 託せるものは全て若いものに託し終えた故、後は有終の美を飾るだけなのじゃ」

 

「………」

 

 

 ……いいなぁ。

 このおじいちゃんは多分、幸せな人生を送ってきたんだろう。だから、こう思えるんじゃないかしら。

 私が10回輪廻転生しても出来なさそうな人生だ。

 そりゃ、人生に悔いは残さないわよねぇ……

 

 

「うつつちゃん。君はまだ若い」

 

「ふぇあっ!?」

 

「迷ってもよい。失敗してもよい。

 ただ、人生に悔いは残すでないぞ」

 

「出来る気がしないんだけどぉ…」

 

「出来るとも。

 儂でさえ、数え切れぬ程に迷ったし、洒落にならぬ失敗も何十回も犯した。後悔も幾つもある。だが米寿を迎えた今となっては、素晴らしき人生と胸を張れておる。

 君なら尚の事、良い人生を送れるよ。悲観する事はあるまい」

 

「…さっきからなんで私の考えてる事分かるのよぉ……エスパー?」

 

「顔に書いてあると言うとるじゃろ」

 

 

 嘘だぁ……本当に顔に書いてある訳ないし、読心術でも使えるんじゃないのぉ…?

 どうしてこうさ、このおじいちゃんは楽観的なわけぇ? 私、未来どころか明日のことさえ不安でしかないっていうのにぃ…。

 でも、このおじいちゃんの笑顔は、きららやランプみたいな眩し過ぎる陽キャのそれじゃなかった。陽キャとか陰キャとか、そういうタイプに分けられないような気がして……でも、嫌な感じじゃなかった。

 

「…さて。仕事に戻るかの」

 

「分かった…」

 

 必要以上のことを言わずに、おじいちゃんが立ち去っていく。

 戻ってきた本当の静寂に、安心と、ほんのちょっとの寂しさを覚えつつも、思い出したようにスケッチを再開した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……コッド先生の執務室となった、ホテルの一部屋にて。

 俺とカルダモンは、ラウンドテーブルに向き合って座りながら、束の間のおやつタイムと洒落込んでいた。

 だが、話題は素敵なデートらしいものではない。

 

 

「…魔法生命体ねぇ」

 

「コッド先生からメカニズムを聞いたが、なかなかどうして難しいもんだ」

 

「魔法生命体の特徴を形づける概念という『核』に、膨大な『魔力』が集まってできる、か。まぁ神殿では教わるけど、実際に見ることはまずないよね。

 ……ねぇ、本当に心当たりないの?」

 

「あったらもう昨日言ってるぜ。

 確かに、『あの言葉』を知っている人は少ない。超ハイレベルな聖典マニアでもない限り、意味まで知ってるヤツはいないもんだ」

 

 

 話題は、魔法生命体について。

 こんな話題になったのは、実は昨日起こったある事が原因だ。

 

 きららちゃん達が部屋に行ったあの後、タイキックさんだけが残って、コッド先生にこう言ったのだ。

 

『私も、うつつが受けたあの証明法を試しても良いだろうか?』

『どのような結果になろうと、きらら達には黙ってくれると助かる。私の口から言いたいからな』

 

 コッド先生はそれに許可を出した後、俺とカルダモン、シュールさんを部屋から出し、二人きりでタイキックさんに血判実験を行ったという。

 その後の結果だが、直接見ることは叶わなかったが、コッド先生が俺達二人に直接教えてくれたのだ。……その驚くべき正体を。

 

 

「あの言葉しかないよね、『核』って」

 

「そうだな。でも肝心の『魔力』をどこで確保したかが分からねぇよ」

 

「そこは最悪、おいおい調べていくしかないだろうね。

 …言わないでよ? きらら達に」

 

「タイキックさん本人と約束したことだしなぁ。

 ……それを抜きにしても、言えるワケないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてよ」

 

 

 この事が、どんな波乱を巻き起こすのか。

 例え『きららファンタジア』の2部の展開を俺が知っていたとしても、予測は出来なかっただろう。

 




キャラクター紹介&解説

ランプ&ロシン・カンテラス
 過去に触れ、衝突した時の過失を認めあい、距離が縮んだ組。陽キャのランプでも、ロシンの過去を知れば流石に聖典云々は言わなくなり(いずれ教えるつもりだが)、だがどうにかして手を差し伸べようとする。お互いのことを教え合う、という約束を取り付けて、実は仲良くなろうとする作戦を取ったのは、直接「友達になろう」と言うのを避け、かつ距離を縮めるための方法を模索した結果である。この行動には、ローリエの教育もいちおう影響している。拙作のランプ、ハッタリでフェンネルを騙してみせたし。

きらら&マッチ&シュール・ストレミング&シュナップ&アンシー
 ランプがロシンと仲良くするところを見守るのを通して、更に距離が縮んだ組。その背景には、ロシンの幸せを純粋に願う心がある事を知り、またシュールの家族とも交流することで、彼女達自身も仲良くなれている。

住良木うつつ&コッド
 人気のない場所で静かなコミュを築いた組。ノダミキやミカンのような超絶陽キャでなく、かつ年を取りつくした老人であるコッド相手に拒否反応が比較的出ず、人生経験豊富な彼ならではの死生観を聞き、誰もが誰かに託されていることを知る足掛かりを得た。

ローリエ&カルダモン
 昨日判明した衝撃の事実を整理しようとしている組。本人の意志を尊重して仲間への情報共有は避け、水路の街の紛争鎮圧に集中する方針を取ったが、果たしてそれは吉と出るか凶と出るか。凶と出た場合ローリエには「タイキックさんの正体に大きく近づく問題であり、彼女だけの問題では済まない可能性があったからすぐにきららちゃん達には言わなかったんだが、まさかあんな事になろうとは…」と、言った感じのことを全てが終わった後でバキ的な語りで話すことになるだろう。



△▼△▼△▼
ローリエ「うつつの噂は、コッドさんの証拠で否定される。そう思っていた。噂が否定され始めた頃、門の前に噂を信じて暴れる人達が現れる。落ち着かせ取り押さえようとする俺達だったが、それは敵の恐ろしい謀略の一片に過ぎなかったんだ……!」

次回『邂逅F・戦乱への招待状』
ローリエ「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第37話:邂逅F・戦乱への招待状

あけましておめでとうございます。結束バンドのアルバムが買えてないMIKE猫でございます。『ぼっち・ざ・ろっく』の熱が凄まじくて驚いてはいます。因みに初笑いはぼっちざろっくのドラゴンボール超ブロリーの映画ポスターのパロでした。
 さて、今年から公式からの供給が難しい環境になってまいりますが、「きらファン八賢者」をよろしくお願いいたします。
今回のサブタイは、「仮面ライダーギーツ」より『黎明F:ライダーへの招待状』からです。


“議論に感情しか持ち込めない人間に、討論する価値はない。”
 ……木月桂一の独白


 

 水路の街の中心に浮かぶ浮島に荘厳に建てられた、街神殿。

 そこは、透き通った河と自然豊かな島と計算されつくした美しい白の神殿のコントラストが似合う世界の絶景とも言える神殿だ。

 だが今だけは、その美しさが霞み、鬱々とした雰囲気に包まれていた。

 世の理を歪める力と、それを行使する無粋なる者共が、この美しい神殿を占拠していたからである。

 

 

「…何よ、この新聞」

 

「あ?」

 

「『ウツカイが魔法生命体であり、住良木うつつは人間。だからうつつとウツカイは別物だ』ですって…? 小癪だわ。姑息だわ。妬ましいわ……!」

 

「どうしたんだよロベリア、今日は暗いオーラマシマシだな」

 

 

 その神殿の神殿長席に座る、中華風のドレスを着た佳人―――ロベリアは鋭い目つきで声をかけてきた者を睨みつける。

 

 

「うるっさいわね、スズラン……呪うわよ?

 あらゆる棚に小指をぶつけるようになるといいわ…」

 

「おいやめろ。そういう呪いはオレじゃあなくって、レジスタンスの真似事やってるあのジイさんにかけてやれ」

 

 

 ロベリアに睨まれて、華美な薄着をした、銀髪ポニーテールの少女…スズランが肩を竦めるそぶりをする。そして、ロベリアの不機嫌の理由を探るべく彼女の持つ新聞に目を向けていた。

 

 

「……ソレになんか書いてあったのか?」

 

「えぇ。目障りなことがね。

 ヒナゲシの遺跡の街侵略にリコリスの虐殺と謳って、今回は小賢しい詭弁よ。

 なにが『エトワリアン・ニュース』よ忌々しい………」

 

「何が書いてあんだよ?」

 

「この前私が流した噂は知ってるわよね?」

 

「おぉ。『住良木うつつとウツカイは仲間』ってアレか」

 

「新聞を通して反論してきたのよ。露骨な話題逸らしでね。読んでみなさい」

 

「どれどれ……」

 

 

 スズランは、ロベリアから件の新聞を受け取り目を皿にして読み始める。斜め読みで話題の部分を探すまでもなく、住良木うつつの特集が載っていた。新聞を開いてみると、うつつの好きなものやら思い出やら、同行しているという召喚士きららのインタビューやら大神官コッドの考察やらと、やたら好意的な内容が書かれている。一方、ウツカイについては、その生態や行動、体の構造などの事実が記されている。

 一通り記事を確認したスズランは、白い目で新聞を眺めながら言った。

 

 

「なんだこりゃあ……ロベリアの噂に対してピンポイントで反論したみたいな内容じゃねーか。いくらなんでもここまでやるか?」

 

「それだけ必死なのよ。『うつつとウツカイが仲間』ってのを、『うつつとウツカイは別の生き物』なんて話題をそらしているんだもの。

 仲間じゃないって言いたいんなら、仲間じゃない証拠を出せば良いのよ。あぁ忌まわしい。呪われれば良いわ…」

 

 

 言葉の節々どころかまんま呪っているような言葉を使いつつも、表情では軽蔑するように嘲笑うロベリア。

 その様子は、まるで自分は微塵も間違った事はしていない、間違っている相手が滑稽だと言っているかのようだ。

 

 勝ち誇っているところ悪いが、ロベリアの主張にはそもそも大きな穴がある。先に『うつつとウツカイが仲間だ』などという、根拠のない言いがかりをつけてきたのはどっちだという話だ。それに、「仲間ではない証拠」など出せないに決まっている。それは、悪魔の証明と言う名の、証明責任の転嫁なのだから。

 

 それを知ってか知らずか、気持ち悪い程の笑みを浮かべるロベリアに、スズランは懸念を示す。

 

 

「だがよ…これがこの街に流れ出したら、この話を信じだす奴らが増えるかも知れないぜ。

 そうなったら、お前の策は破られないのか?」

 

「私を甘く見るんじゃあないわ。

 奴らがこんな手を使うというなら、私達も次の手を打つまでよ。………来なさい」

 

 ロベリアがウツカイに指示を出す。

 それに従ってやって来たウツカイ達の手には、何の変哲もない男女が気を失った状態で寝かされていた。

 

「そいつらは?」

 

「ウツカイに命じて捕まえさせた―――この街の人間よ。

 こいつらを使って、あのジジイの息の根を止めてやるわ」

 

「おう、確かにコッドはやべぇ。あの状況でオレ達から逃げおおせたんだ。絶対ただのジイさんじゃあねえぞ」

 

 ロベリアとスズランは、水路の街の神殿そのものの攻略には成功している。

 だが、彼女達の本来の目的は神殿そのものではなかった。そこに住まう、神官や神殿長だったのだ。神官たちを洗脳させ、市民に圧政を敷けば、神殿と聖典への反感は強くなる。元をただせばそう言う計画だった。

 しかし、結果は不完全に終わった。最初に門番と初期に立ち向かってきた下っ端神官や傭兵数名を洗脳したところで、神殿奥部はもぬけの殻で、神殿長コッドを始めとしたその他大勢は煙のように消え失せていたのだ。

 早い段階でこちらの身元と目的が見破られて、それに手を打つ形で逃げられた。しかも、ゲリラ戦を仕掛けられているせいで新たに神官を拿捕することも出来ない。ロベリアはそう判断していた。

 

「ホントは傀儡にして神殿を貶めるスケープゴートにする計画だったが……欲張りすぎて失敗したら損するだけだしな。

 オマケに八賢者カルダモンとローリエの目撃情報もあった。そいつらも気をつけねーといけないぜ?」

 

「安心なさい。奴らのアジトはもう掴んである。

 あとは抜かりなく作戦を実行するだけよ。

 八賢者……世界の絆を断ち切る贄になってもらうわよ…」

 

「頼むぜ。お前の策は一目置いてんだ。“妙手(みょうしゅ)”の手腕をな」

 

「あなたこそ、払った分の仕事はちゃんとしなさいよね、“魔手”なら……!」

 

 

 棘を含んだような言い合いをする“妙手”と“魔手”。

 彼女達が何を企み、何を仕掛けてくるのか。

 誰を狙って行動してくるのか。

 それは今の所、誰も知らない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 水路の街、ゲリラ戦緊急アジト。

 俺は朝早くに起きて、アジト周辺の見回りをしていた。

 どんな些細な事が、事態の急変…もとい悪化に繋がるか分からない。窓は割られていないか。不審なゴミは落ちていないか。人がいた痕跡が出来ていないか。そんなところも細かく点検だ。街の人々への聞き込みも忘れない。

 この辺は木月だった頃もおんなじだな。

 

 

「…何人か行方不明者がいるな……」

 

 街の住民の中に、行方が分からなくなっているのがいる事に判明した俺は、いなくなった彼らの行方を予想立てる。

 

「街の外に逃げ出した……は流石に楽観視のしすぎだな。十中八九、奴らに囚われたと考えた方が良いかもな……」

 

 奴らとは、もちろんリアリストのことだ。

 水路の街に突如攻めてきて、中心部にある神殿を乗っ取った元凶。

 コッド先生によると、ロベリアとスズランという名前だとか。

 どっちも把握している。片や、何度か見たし実際に戦った。片や、ヒナゲシとの『契約』で名前と能力は把握済み。

 守銭奴だが実力が確かな奴と、策を巡らせることに関しては右に出るものはいない、とまでヒナゲシが言う奴だ。確実に何か仕掛けてくるだろう。

 今のところ、スパイの存在を疑わざるを得なくなるような証拠(もの)は出てきていない。本来なら、ここのアジトの場所さえ、奴らは分からないハズだ。

 

 

「おはよう、ローリエ君。精が出るのぅ」

 

「! コッド先生、おはようございます」

 

「何か見つかったものはあったかね?」

 

「…行方不明者が何人か。入口をウツカイで固められている以上、逃げ出したというよりリアリストに捕まったと考えた方が自然かと」

 

「そうか。そうか………」

 

 

 朝の見回りで偶然出会ったコッド先生は、俺の見回りの結果を報告すると、皺だらけの顔を悲しそうに歪めて呟いた。

 きっと、この戦いに巻き込んでしまったことに負い目を感じているのだろう。

 

 

「そういう事なら、かねてより練っていた作戦を実行しようではないか。早いところ、その者たちを解放してやらねばな」

 

「作戦、ですか?」

 

「儂らとて、やられたままではおらんという事じゃ。今日の昼頃に、皆を集めて説明するぞい」

 

 そう言って去っていくコッド先生。

 俺も俺で色々考えていたが、俺なんかよりもこの街で過ごしていた時間が長いのか、この街で戦う作戦をもう既に策を練っているようだ。

 作戦会議が今日中に行われると知って、戦いの時は近いと思っていた。

 だが。俺の思っているよりも、戦いの時は近かった。

 

 

 

「ローリエ様! 門の前に暴徒たちが押し寄せてきました!」

 

「なんだって?」

 

 

 コッド先生と別れて数時間後。

 時刻は11時頃。門番のひとりからそんな報告を受けて。

 そいつに案内されるがまま門前へ行くと、門番や傭兵に取り押さえられている一般人複数名の姿があった。

 近くで見て分かった事だが、どうも一般人の様子がおかしい。目が血走っていて、口元からよだれがこぼれているにも構わず暴れていて、まるで正気を失っているかのようだ。

 

 

「オイ、これは何の騒ぎだ?」

 

「出たな! 世界の敵め!」

 

「あん?」

 

 俺が声をかけ、彼らが俺を見つけた瞬間、物騒な言いがかりをしてきた。

 どういうことかと思っていると、そいつらは立て続けにまくし立てていく。

 

「住良木うつつっていうウツカイの仲間を匿ってるんだってな!」

 

「ウツカイの仲間をかばう奴らなんか信用できるか!」

 

「住良木うつつを追い出せ!」

 

「ウツカイの仲間をかばう奴もウツカイの仲間だ!追い出せ!!」

 

 どういう訳か、うつつへの敵意というか、悪意というかを隠そうともせず、そしてうつつを受け入れた神殿への敵疑心を隠していない。

 きららちゃんやランプが聞いたら、すぐにカッとなってしまうような……あるいはうつつが聞いたらあっという間に心が折れてしまいそうなひどい言いがかりだ。

 この場に彼女達がいなくて良かったと思う反面、()()()()()()()()()()()

 なにせ……こういうタイプの人間は、かつて俺が木月桂一だった頃、嫌という程相手をしてきたのだから。この手の輩は、たった一言で選別できる。

 

「ふーーん……それで、『住良木うつつがウツカイの仲間だ』って証拠は何だ?」

 

 それは…「根拠を問う」こと。

 たったそれだけ?と思うかも知れないが、コレが唯一無二というレベルで有効なのだ。

 

 この方法が生まれたのは遡ること今から2400年ほど前の古代ギリシャ。

 自分が無知である自覚があったソクラテスは、それを証明するためにあらゆる知恵者や政治家に議論をふっかけて、次々と論破していったのだ。

 その方法こそ「問答法」。助産法とも言われたこの方法は、質問を繰り返していくことで、相手が「何も知らなかったこと」を自覚させることを目的とした弁論術だ。

 本人にはそのつもりがなかったとはいえ、この方法が数々の詭弁論者(ソフィスト)を言い負かし、現代でも通じる最強の弁論術に押し上がったのには間違いない。

 

 まぁとにかくだ。怪しい言論を振りかざしてきた奴がいたら、根拠から問うことだ。そうすれば、そいつが本当に反対意見を持っているのか、それともただ気に入らないからでっち上げしてる奴かが、見分けられるのだ。

 何故なら、言いがかりやレッテル貼りを仕掛ける奴は―――根拠を用意できない。

 

 

「何だと!何でお前なんかに説明しないといけないんだ!」

根拠なんていらねぇだろ! 明らかじゃねぇか! そんな事もわかんねーのかよ賢者のくせに!!」

「そうよ!出すのは住良木うつつがウツカイの仲間じゃないって証拠でしょ!!」

「例えどんな証拠を出してもちょっとでも疑いがある限り追及し続けるからな!」

 

 

 そして……大概、そいつらは実は自分らがマトモな根拠を持っていない事に気付かない。

 しっかし、前世(むかし)の連中よりも早くボロが出たな。

 説明責任の放棄にレッテル貼り、悪魔の証明に疑わしきは罰せよ、ってか。

 嫌な役満すぎねぇかコレ?

 

 

「話にならねーな。うつつとウツカイが同じだって証拠だせよ。お前らが。

 それができなきゃただのイチャモンだろ。謝れうつつに」

 

「な、何ィ!? それが八賢者の態度か!」

 

「今の俺の地位は関係ない。はやく証拠を見せろ」

 

 この手の連中に弱みを見せたら餌になる。

 毅然とした態度を保ちつつ、取り押さえられた暴徒をよくよく観察していく。

 目の充血はかつて俺が対峙した魔法・サブジェクトの副反応によく似ている。凶暴性の解放はまるで似てないが、サブジェクトか、それに近しい何かを使われたのだろうか?それとも、なにか別の魔法との併用か?

 

「何よ証拠証拠って!それしか言えないの!?」

 

証拠(ソレ)出せばすぐに終わる話なんだよ。良いからさっさと出せ」

 

「う、うるせぇっ! 俺がそう思ったらそうなんだよ!

 住良木うつつはウツカイの仲間なんだよ!絶対にな!!」

 

「…撮れてるか?」

 

 目がイカれた暴徒のお気持ち表明を無視して、俺は一つの魔道具の調子を確認した。

 トンボのような体をした、飛行タイプの魔道具・メガネウル。飛来したそいつのカメラがさっきまで起動しており、先程のイチャモンからの一部始終がバッチリ撮れている。

 よし。後は、好きに料理して問題ないな。絶対生かすけど。こいつらは多分、操られているだけだろうし。

 メガネウルのカメラをオンにしたまま、畳み掛ける。

 

「話を聞いてなかったようだな。それとも証拠の意味がわからなかったか?」

 

「黙れ!こんなに証拠を出せているのに、とっとと認めないのが悪いだろうが!」

 

「はっ、笑わせる。お前らの言う証拠ってのは感情のことか? なんにも証明できてないんだよ。分かりやすく言うなら、お前らの主張は全部ただの言い訳だ」

 

「言い訳…だとォ……ッ!?」

 

「違うってんなら証拠を出せ。お気持ち以外のヤツでな」

 

「黙れェェェェェ!!」

 

 暴徒たちが押さえつけていた人をむりやり振りほどく。

 その時の反動で彼ら自身の体が痛んでいるだろうに、そんな事など気にしないと言わんばかりに襲いかかってくる。

 

「反論できないからって手が出るか。

 決まりだな。今のお前らに、冷静な議論なんて不可能だ」

 

 まったく、嘆かわしい事だ。

 ここで手を出すって事は、つまり「ぼくわたしはローリエに反論できません」って言っているのと同じだ。

 こんなところまで()()()()()()()()良くない?

 

 リボルバー『パイソン』を素早く抜き、発砲。

 軽い爆発音が3、4回するとともに、こっちに向かってきた暴徒に当たり、透明な液体で彼らを濡らす。

 

 一見何か分からない様子だったが、すぐに俺の弾が当たり、液体に濡れた奴から膝をつき、体を痙攣させていく。

 

 

「ぐ……あ……」

 

「なんっ……だ、コレ………」

 

「門番。コイツ等縛って、おとなしくなるまで牢にブチ込んでおけ」

 

「あの、ローリエ様。一体、彼らに何を…」

 

「麻酔薬を撃ち込んだ。しばらく身体を動かすことすらままならんだろう」

 

 

 そう。撃ち込んだのは、麻酔弾だ。柔らかい皮で、麻酔液を包んだものを弾頭にしたものであり、被弾したら、ペイント弾のように中の液体が飛び散り、その部分を麻痺させる。元はクリエメイト捕獲用だったが、アレ以降改良に改良を重ね、一発でほとんどの人の動きを止められるレベルの麻酔薬を包むことに成功したのだ。

 ……製作過程で、指の感覚が死にまくったけど、今は十分生きているから問題ない。

 

 これを撃ち込まれた暴徒に、もはや出来ることはなにもない。

 とはいえ、何故コイツらはこのタイミングで襲ってきたのだろう。

 それに、正門を狙った理由は?

 余程のバカでも、テロを敢行する際は真正面から攻めない。すぐに捕まるからだ。

 相手の思考の穴を突き、懐に潜り込んで殺戮や暗殺を行う。苛酷な手段で心理的威圧や恐怖を煽り、目的達成のための譲歩や抑圧を図る。これがテロだからだ。

 

 つまり…こいつらはおそらく陽動………!

 

 

 

ドッグォォォォ…ン!

 

「!!!?」

 

 

 な、なんだ今の音は!?

 まるで、どこかが音を立てて崩れていったかのような……

 しかも、そこそこ音がデカかったぞ! 近い所か、複数箇所で同時に爆発したかのような……!

 

 

「ローリエさん!」

 

「グー○ィ……じゃなかったクーシィー! 何があったんだ!?」

 

「四方八方からウツカイと一般人が手を組んで攻めてきたんだよぉ!」

 

「何……だと……」

 

 

 クーシィーからたて続けにもたらされた凶報。

 でも、ここで固まっても仕方ない。コッド先生の作戦会議よりも先に、そんな情報が耳に入ってきたことを認めるしかない。

 どうやら……俺は、ヒナゲシの逮捕と万丈構文による情報の抜き取り、そしてリコリスを無傷で戦闘不能寸前にまで追い込んだことで、無意識ながら気が緩んでしまったようだ。

 

 

「タイミングが良すぎる……多分ヤツだ…ヤツの作戦…!!」

 

 今度の敵………恐ろしい程に狡猾だ…!

 

「“妙手”のロベリア……!」

 

 早く…早くうつつの元に行かないとマズい!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエが、門前で暴徒を鎮圧し終えた頃。

 

 

「ウツー!」

 

「真実をこの手に!神殿を破壊せよ!」

 

「くっ……なんなの、こいつら…!」

 

「まずいね…あたし達の拠点は、もうあっちに筒抜けだったってワケか」

 

「とにかく……総員!緊急戦闘を許可する!

 ウツカイに容赦はいらないけど……できるだけ人は殺さない事!!」

 

「「「「応ッ!」」」」

 

 

 東部・バリケード地点。

 ウツカイ達がバリケードを破壊し、拠点内部に侵入。それに混じって、暴徒もなだれ込んできた。

 近くにいたシュール・ストレミングとカルダモンを中心に、傭兵団員たちが応戦し、なんとか防ぎきれてはいる…が、元は一般人の暴徒への対処に手間取り、無傷とはいかなくなっている。

 

 

「お、見つけたぜぇ…!」

 

「あなたは…!?」

 

「オレは真実の手・スズラン……

 お前を倒せば報酬のお宝ちゃんがたんまりもらえるんでなぁ……

 ここで、くたばってもらおうか!!」

 

 

 南部・バリケード地点。

 常人が破るには一苦労するはずのソレを難なく突破したのは、絢爛な薄着を身に纏う少女・スズラン。

 真実の手を名乗る彼女は、破壊音を聞いて駆け付けたきららに、斧のような鎌を向け、大胆にもそう宣言した。

 

 

「フフフ……何をしようとしたのか知らないけどね。

 このロベリアの策は、絶対にそれを上回るのよ。絶対にね」

 

 そして……全体を俯瞰しているかのように、そう言って薄気味悪い笑みを浮かべるロベリア。

 

「覚悟しなさい、コッド…シュール・ストレミング…そして八賢者の二人も……

 この街が、あなたたちの墓場になるのよ………」

 

 ウツカイを従えた彼女は、奥義で口元を隠すと、静かにほくそ笑んだ。

 その身から、迸る程の悪意と憎悪をたぎらせながら。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 朝から精が出る(性に非ず)八賢者。そのお陰で攫われた人が存在するという把握が出来た。また、前世が政治家だった影響で、実はレスバがウルトラ強い。特に証拠のないお気持ち表明をする相手を決定的な証拠で叩きのめす戦法が得意になった前世(かこ)もあったという。

ロベリア
 目的の為に策を尽くす『リアリスト』の軍師。彼女の過去を鑑みるに、人を切り捨てる事など難なく行えそう。公式でやった事も許されない事だったが、拙作でも暴れる予定。ぶっちゃけ動機が「好きな野球選手の背番号の銭湯札が取れなかった復讐」や「自身が熱海になるため」みたいにくだらなかったらブチ切れてた。

スズラン
 今度はきららを狙って出撃した『リアリスト』の傭兵。きららを狙う指示を受けた際にも、貰うものは貰っている。リアリストの中では、行動原理が一番単純なので、作者的には動かしやすい部類にいる。



△▼△▼△▼
ローリエ「リアリストによる全方位からの攻撃!早すぎる攻撃に、流石の俺達も対応が遅れちまった!」
うつつ「ひぃぃぃぃぃ!! やっぱり私目当て…!?私のせいでここが襲われちゃったんだぁぁ!」
タイキック「それは違う!…と言いたいが、うつつに魔の手が迫る!きららもローリエもシュールも私も動けん中、最初にうつつの前にやってきたのは……!!」

次回『飛ばない魚』
きらら「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第38話:飛ばない魚

今回のサブタイの元ネタは「ぼっち・ざ・ろっく!」より「飛べない魚」。
このタイトル名、ASIAN KUNG-FU GENERATIONさんの曲名なんですってね。私、アジカンさんの曲ってあまり知らないどころか、知ったきっかけが大蛇丸の料理動画に出てきた「AJIHEN KUNG-FU GENERATION」なので、本家の方々にちょっと申し訳ないとは思っていますw



“将軍には五つの危険がつきまとう。蛮勇だけでは殺され、生き延びることだけを考えれば捕まり、短気であれば計に嵌められ、名誉に目が眩めば侮られ、情が深すぎれば精神を病む。”
 …『孫子の兵法』より


 水路の街・ゲリラ本拠地内のホテルにて。

 住良木うつつは、廊下や部屋の窓から見えた緊急事態を前に、右往左往していた。

 

 

「せ、攻め込まれてるよぉ〜…!?

 どどっどどどどどどどうしよう……!?」

 

 

 朝が弱めのうつつは、目が覚めた頃には周囲に誰もおらず、何となく心細かったために知り合いの誰かを探そうとしていた。

 そのタイミングでのこの襲撃騒ぎである。

 (ほぼ巻き込まれたとはいえ)戦いの経験こそあれ、攻め込まれるという経験のないうつつは、この状況に対してどうにも出来ずに狼狽えている。

 

「うぅぅぅ……もうこの際変な生き物でもいいからぁ……誰か来てぇ…!」

 

 溢れる弱音が、喧騒と騒音に紛れて消える。

 その、誰に言ったでもない、藁にも縋るような願いは、どうやら叶えられるようだ。

 

 

「あらぁ…こんなところにいたのね……住良木うつつ」

 

「ひっ……誰…!?」

 

 ただし、最悪の形で。

 青い髪をツインシニヨンにした、露出度の高い中華ドレスの美女が、うつつを視界に捉えていたのだ。

 まるで、獲物を前にした蛇のような瞳と表情で。

 真実の手・“妙手”ロベリアが、うつつの前に姿を現したのだ。

 ロベリアと面識のないうつつだったが、彼女を見て、すぐに距離を離して逃げようとした。それはまさしく、本能のままに逃げ惑う小動物のよう。

 しかし―――

 

「「ウツゥ………」」

 

「ヒッ…!?」

 

 うつつが逃げようとした先の、廊下の曲がり角から、猿のような姿とクワガタムシのような姿のウツカイが現れ、行く手を阻んでしまったのだ。

 逃げ道が無くなり、身体が竦んで、腰を抜かすことしかできなくなったうつつ。

 

「逃げられないわよ住良木うつつ。あなたは私達のもとへ来て、“絆”を切る手伝いをしてもらうわぁ………!」

 

「い…嫌ぁ………!!」

 

 

 座り込んでしまい、動けない。

 そのうつつに対して、ゆっくりと、まるで花を摘むかのようにロベリアの手が伸びる。

 そして―――

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ローリエが門前で暴徒を鎮圧した直後、ゲリラ本拠地となったホテルは、大規模なウツカイ&暴徒の敵襲に遭っていた。

 敵の目的を知っていたローリエはすぐさまうつつがいるホテルの屋内に戻ろうとするも、ウツカイ達や暴徒達による妨害を受けていた。

 

 

「配置がイヤらしいな…」

 

 曲がり角に待ち伏せるかのような敵。

 見落としがちな場所からの挟み撃ち。

 吹き飛ばされた瓦礫からの奇襲。

 それぞれが、仕掛けられたらイヤだという配置に的確に用意されており。

 更に、ウツカイは無力化させた暴徒も無秩序に襲う始末で、ローリエはホテルへなかなか戻れずにいた。

 ローリエはそれらの攻撃を怪我無く乗り越えたものの、無計画の奇襲で出来るものではない。

 ある程度は即席でも納得できる罠もあったが、どうしても作為を疑ってしまう。

 

「今の奇襲……即席にしては出来過ぎだ。

 ………俺らの中にスパイでもいたのか?」

 

 可能性はゼロではない、とローリエは思った。

 一番怪しいのはユミーネ教徒の傭兵団員の誰か。洗脳か入れ替わりか、あるいは最初から裏切り者が紛れ込んでいたか。いずれにせよ、この件が終わってからは徹底的に洗わなければならない。

 次点で住良木うつつだ。なにせ、素性が一切分からない。スパイではないにしても、何らかの形で、ハイプリスらに情報が洩れてしまっている可能性は否めない。疑う態度を示さないのは、決定的な証拠がないからだ。それが出るまでは、推定無罪の要警護対象者として扱わないといけない。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。リアリストの目的がうつつである以上、彼女の元へ急がなければならないだろう。

 

 

「ローリエ君!」

 

「!! シュールさん!?」

 

 ローリエの元へ、シュール・ストレミングがやって来る。

 剣を片手に、ウツカイ達襲撃者を相手に無双していたようで、目立った怪我はない。

 

「他の皆は!?」

 

「シュナップは、アンシーちゃんを避難させに行ったわ。マッチとランプも合流したって。

 ロシンは、他の面子と一緒に、あっちの防衛に向かってる。

 タイキックさんは、ホテルのロビーで敵を片っ端から蹴ってる。

 コッドさんとうつつちゃんは、ホテルから出ていないと思うけど…」

 

「カルダモンときららちゃんは!?」

 

「カルダモンさんなら、私達の部隊を任せてあるわ」

 

「そうか」

 

 とりあえず、カルダモンの無事は確認した。

 シュールの部隊を任せてあるとのことで、どこかに行ってはいないらしい。

 指揮官とは彼女らしくないが……前線の指揮官なら、なんとか務まるだろうか。

 

「保険のひとつでも持たせたかったから、まぁいい……

 それで、きららちゃんの方は!?」

 

「ごめんなさい、彼女は見ていないわ。ホテルから出たのは見たんだけれど……」

 

 

 シュールからの報告を受け、ローリエは状況を整理していく。

 まず、警護対象のうつつはホテルの中。

 シュナップはアンシー・ランプ・マッチを避難させるために動いている。

 ロシンは他の傭兵団と交戦中。実力や数からしても、遅れは取らないとのこと。

 カルダモンは、シュールの部隊を任されている。本拠地の敷地内からは出てってはいない。

 

 と、なると。優先すべき人物……それは、きららとうつつだ。

 ホテルの中におり、リアリストの狙いであるうつつと、ホテルの外で消息が分からなくなっているきららの安全を確保する。

 この二つを最優先にするのは自明の理であった。

 しかし、ローリエの身体は一つしかない。どちらかの安全を確保に行けば、もう片方が遅れてしまうだろう………普通ならば。

 

 

「シュールさん。これを持って、きららちゃんを探してください」

 

「これは……ゴキブリ? あなた何を…」

 

「俺の魔道具です。戦闘には使えませんが、人探しにはうってつけかと」

 

「良いわ。この際魔道具の見た目にケチはつけない。

 じゃあ、貴方に中を任せて良いかしら?」

 

「わかりました。まっすぐ屋内へ向かう以上、傭兵たちの助っ人は……」

 

「大丈夫よ。カルダモンさんもいるし、こんな時に押し切られる程、ヤワな鍛え方はしてないわ」

 

「じゃあ、頼みます」

 

 

 敵の狙いが、住良木うつつであることに間違いはない。それに、戦う術を持たないうつつに付いた方が、確実に守れる。

 そう判断したローリエは、シュールにG型を任せると、再びホテル内へと走り出した。

 

 それを見届けたシュールは、ローリエから貰った魔道具を起動。

 きららを探すよう命令を受けた魔道具たちは、空中へ散開していく。その間に、シュールは自身の部下のうち、後方支援に回っている者たちにきららの所在を聞いてまわった。

 

「その子なら、武器を持った女に襲われて、街の外へ追いやられているのを見ました!」

 

「! それ、本当!!?」

 

「は、はい!」

 

「方向は!?」

 

「あっちです!」

 

「分かった……カルダモンさん!もう少し、私の部隊の指揮を任せてもいいかしら?」

 

「無茶言ってくれるよ……でもまぁ、やってみる!」

 

 運良くきららを見ていた人物からその情報を聞き出す事に成功していたシュールは、己の部隊をカルダモンに任せると、魔道具と共にきららを探し出すことにした。

 

 

 

 そうして暫く。

 シュールは、目的のきららを見つける事に成功していた。

 

「ほらほらァ!

 そんな粘んなよ、お宝ちゃんが待ってるんだ!」

 

「何を……! あなたは、そんな、お金なんかの為に戦っているんですか…!?」

 

「金なんかァ!? お前、世の中、舐めてんのぉ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 丁度、華美な薄着を着た少女の持つ、斧のような鎌に弾き飛ばされていたところであった。

 シュールは、その少女に見覚えがあった。確か、水路の街の神殿を襲った連中の中にいた顔だ。ローリエが持ってきた手配書の中にも、彼女の顔と名があった。そこにはスズランと書いてあったか。

 衝撃で体勢を崩し、尻餅を打ったきららに、敵―――スズランが一歩一歩、迫っている。

 

「世の中、金なんだよ、金。

 聖典なんかじゃあ腹は膨れねぇんだ」

 

 聖典では腹は満たされない。

 そう言うスズランは、きららには正気に見えた。

 少なくともこの人は、本気でそう思っているんだ……!

 だが、そう考えるきららに、スズランは容赦なく鎌を振り上げた。

 

「くだらねぇ世迷言を垂れてるくらいならよォ…

 とっとと、オレの指輪ちゃんのために倒されてくれよなァァァァッ!!」

 

 

 そう言って、振り下ろされた鎌は。

 

 

「なっ………!?」

 

「えっ……しゅ、シュールさん!?」

 

 

 シュールの剣によって、振り下ろす半ばで食い止められた。

 大柄な鎌で叩き折れそうな剣のハズなのに、スズランがいくら力を入れてもビクともしないその剣には、シュールの実力と覚悟が込められていた。

 

 

「お前、確かあの神殿にいた―――」

 

ストレミング剣殺法・掌魔剣(オールボー)!!」

 

「うおっとぉぉ!?」

 

 

 シュールが、剣を持っている方とは逆の掌から、手裏剣のような魔力を放つ。

 鍔迫り合いに入った時、至近距離から顔に向かって放つ、牽制用の技・掌魔剣(オールボー)。剣殺法の中でも、剣を使わない異色の技である。

 完璧なタイミングでスズランを襲ったほぼ不意打ちのようなそれだが、スズランが即座に跳躍したことで、かすり傷をほんの少し与えただけに終わった。

 しかし、スズランが距離を取った事で、きららに体勢を立て直す時間が生まれる。

 

 

「随分血の気が多いじゃあねーかよぉ!

 お前も同じ、金で動く傭兵のクセしてよぉぉ!!」

 

 

 頬に出来た切り傷を拭うように回復魔法で癒しながら、挑発するスズラン。

 きららだけに「戦えるかしら?」と尋ねたシュールは、きららが頷いたのを確認する。

 再び小声で、「合図を出したら一緒に仕掛けるわよ」と伝えたのち、スズランの言葉に答えた。

 

 

「……えぇ、そうね。

 お金で動くって言うのは事実だわ。傭兵ってそもそもそういう仕事(もの)だし」

 

「へッ。随分潔いじゃあねーか―――」

 

「でも、あなたの信条に言う事があるとするなら…そうね。こう言っておこうかしら。

 ―――『世の中お金』なんて、随分寂しい生き方してるのね。チンケな傭兵さん?」

 

「―――へぇ?」

 

「今ッ!」

 

「はい!」

 

 

 合図を出したシュールが、自身の強化魔法をかけ終わったきららと共に、スズランへ突撃した。

 スズランもまた、二人を迎撃するために、待ち構えるのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 一方、シュールと別れ、ホテルのロビーへ辿り着いたローリエは、そこでウツカイと暴徒を蹴散らすタイキックと遭遇する。

 

 ウツカイは蹴られた側から絶望のクリエと散っていき、暴徒達はひとり残らず尻を蹴られ、呻きながら床を転がっていたり、泡を吹きながら気絶している。

 

 人間への(あらゆる意味で)惨状を目の当たりにしたローリエは、若干引きつつもタイキックに助太刀をした。

 

 

「大丈夫か、タイキックさん!」

 

「父上か! 私は問題ない!

 ただ、私一人では押さえきれずに何人か取り逃した!

 しかも、その中に『リアリストの幹部』らしき人間がいた!」

 

「!!! どんなヤツだ!!?」

 

「確か、青い髪の女だ!

 それ以外はよく見ていなかった! すまない!」

 

「いや、それだけ分かれば問題ない!!」

 

 

 ローリエは、タイキックの情報だけで誰がホテル内に入ったのかを看破した。

 予め、コッドとヒナゲシから聞いていた、リアリストの情報。その外見的特徴において、「青い髪」はひとりしかいない。

 

 

「本人が出張ってくる、か…!」

 

 

 裏があるのか、少数精鋭なのか、はたまた別の思惑でもあるのか。

 いずれにせよ、住良木うつつを1秒でも早く見つけ出さなければならない。

 G型魔道具TYPE BLACK RXは、シュールに貸し出している以上使えない。その為、ルーンドローンを最大限起動して、ホテル内の大捜索を始めたローリエであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ぐッ!?」

 

 

 私に向かって伸ばされた、“真実の手”らしき女の手は、触れられる直前で何かに弾かれた。

 まるで、私の周りを覆っている、透明で電流の通った壁にぶつかったかのように。

 その直後、後ろにいたウツカイと郵便ウツカイが何かに斬られたかのように霧散した。

 

 

「ほぉっほっほっほっほ……」

 

 

 廊下に、しわがれた声が響いた。

 その声を、私は勿論知っていた。私を攫おうとした女も、知っているみたいだった。

 水路の街の神殿を任せられている、って言ってた人。

 旅をして始めてみた、最年長の皺だらけの顔。

 好々爺めいた笑い声をあげて、斬り捨てたウツカイのいた場所の後ろから悠々と歩いてきたその姿は。

 

 

「その手を引っ込めるのじゃ、テロリストよ。

 うつつちゃんは、貴様らには絶対に渡さぬ」

 

「大神官コッド……!」

 

「おじいちゃん…!」

 

「言ったろう。君は儂らが守ると」

 

 

 大神官、って言われるコッドのおじいちゃんだった。

 まったく90歳間近の老人とは思えない、でも毅然とした言葉を女にぶつける。

 

 その直後に私に振り返って、もう大丈夫と声をかけてくれる。

 それは、なんか……まるで本当の孫に向けて言葉をかけてくれたみたいで。

 私にもし、おじいちゃんがいたなら、こんな感じだったのかな、って思えてきて。

 一人で、青い髪の女に攫われそうになった恐怖とか不安が、いつの間にか全部吹き飛んでいた。

 

 

「死にぞこないが…私達の邪魔をするんじゃあないわよ…!」

 

 

 青い髪の女が、おじいちゃんを強く睨みつけると同時に、また怖いウツカイがいっぱい出てきた。

 

「あまり強い言葉を使うものではないぞい」

 

 それに対して、おじいちゃんはそう言って片手を床につけただけ。

 でも、そこで変化が起こった。

 ピキ、ピキ、と何かが割れる音が聞こえ始めたかと思っていたら。

 

 ゴゴゴゴゴ、と青白い氷が、地面を這いながらウツカイ達に襲い掛かり。

 

 

「な…ウツカイが……みんな、氷漬けに…!?」

 

「ひ、ひえぇぇぇぇ……!?」

 

「『ブリザード』………生半可な兵力は皆氷に閉じ込める魔法じゃよ。

 ……で、なんじゃったかな。あぁ、そうだ」

 

 

 い、一瞬であの女が呼んだ増援の殆どが氷漬けになったんですけど!?

 しかも、廊下の景色まで変わってしまっている。さっきは、廊下の窓から入ってきた日差しの熱気がこもる暑さが地味にあったのに、おじいちゃんが魔法を使ったあとは、いま見える範囲の廊下全部が、まるで豪雪地帯か南極の景色であるかのように、一面の銀世界になっている!!

 

 やばすぎない?

 これが、この世界のおじいちゃん?

 これが、現役を終えて有終の美を飾るだけの人?

 これが、水路の街の神殿長さん?

 冗談でしょ。めちゃくちゃ強いじゃん。下手な若者(特に私)の何百倍も強いじゃん!?

 生涯現役すぎるでしょ……!!?

 

 

「あまり調子に乗ると、後が恥ずかしいぞって話じゃ。

 お主とて、こんな“死にぞこない”に下されたくなかろう?

 今のうちに降伏すれば、少なくとも恥も刑も軽く済むぞい」

 

 

 このおじいちゃんが負ける気が、全然しないんですけどぉ!!!?

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 敵の襲撃の裏に確実に何かが関わっていることに勘づきながらも、うつつを守るために足を動かす拙作主人公。シュールと合流したことで味方の所在を知り、最優先で警護する対象を見抜いてシュールへ的確に指示を出した。

シュール・ストレミング
 攻め込んできた敵を迎撃する傭兵団を束ねる女傭兵団長。ローリエと合流した際には予め他の面々の大まかな居場所を把握していた。きららの所在は分かっていなかったが、部下への聞き込みを行いつつ、きららの救援に向かった。

きらら&スズラン
 襲撃してきた時にピンポイントで襲われるという、原作とは全く違うシチュエーションで会敵した公式主人公&守銭奴。ほぼ孤立無援で、スズランからの襲撃を逃れるために川に飛び込んだ公式とは違って、シュールの救援が間に合ったことで、一点反撃のための立て直しができた。

住良木うつつ&コッド&ロベリア
 公式では水路の街の神殿から出てこなかったロベリアだが、拙作ではゲリラの本拠地であるホテルに立てこもっている神官たちや傭兵団を分散させたのちに、本命のうつつを攫うために直接登場。シュールやローリエ、タイキックやきららをウツカイや洗脳した暴徒、スズランを使って散り散りにさせて足止めをした後、うつつを攫う手はずだったが、コッドの保険により未遂に終わり、コッドの救援が間に合う。次回、二人が激突する。



△▼△▼△▼
コッド「どうやら、間にあったようで良かったのう」
うつつ「うぅぅぅぅ……助かったぁ…怖かったよぉ…」
シュール「まだ油断はできないわ。スズランはきららちゃんと私が組んで戦っても互角そうだし、ロベリアに至ってはまだ未知数の実力なんだから」
ローリエ「そうだな……ヒナゲシから得た情報には、ロベリアの頭の良さはあったが、具体的な戦い方はなかった。ヒナゲシも知らなかったみたいだしな……」
コッド「それでも、勝つしかあるまいて。儂の後ろには、うつつちゃんがおるんじゃからのぅ」

次回『謀略!ロベリアの脅威!』
コッド「次回もお楽しみにのぅ。」
▲▽▲▽▲▽


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第39話:謀略!ロベリアの脅威!

 アバレンジャー20周年の、新作映画の特報動画を今更ようつべで見つけてビックリしました。
 仮面ライダーを最近履修しはじめたばかりの、特撮にあまり触れてない学生時代を送った私でしたが、アバレンジャーとハリケンジャー、仮面ライダークウガ~ブレイドは幼少期にリアタイしていたのを覚えています。特に「暴れ暴れ暴れまくれ!Get up!」は今でも暗記しています。何というか、感慨深いですね。もう私も社会人の仲間だ……
 そして、始まりましたね「ひろがるスカイプリキュア」。主人公の属性にヒーロー願望、当たり前の脱却に男の子&大人プリキュア。新たな要素満載で、今後が楽しみです。とりあえず晴れ渡る方のソラちゃんにヒーローの先輩として五代さんと天っ才物理学者を紹介してぇなぁ…

 今回のサブタイの元ネタは公式2部4章より『スズランの脅威』と『仮面ライダーゴースト』より『謀略!アデルの罠!』の二つでお送りします。
 まずはきらら視点、その次にうつつ視点で行きます。


“世の中には、順番と言うものがある。”
 …大神官コッド

※2023/3/15:スズランの技名を修正しました。


 突然、コッドさんとシュールさんの本拠地のバリケードを吹き飛ばして、私を襲ったのは、“真実の手・魔手”を名乗るスズランという人でした。

 豪華なサングラスと、水着のような豪華な服を着た彼女は、私を狙う理由を「キラッキラの指輪のため」と言って。

 そんな理由で狙うなんておかしい、って言ったら思いきり吹き飛ばされた。

 

 ……強い。

 これまで戦ってきた、ヒナゲシやリコリスのようなリアリストとは比べ物にならないくらいだ。

 かつてナットさんやドリアーテみたいな、桁違いの敵とも戦ってきたのに、油断した。

 でも、その時に助けてくれたのは……シュールさんだった。

 また、助けられちゃったな。そう思った私は、もう油断なんてしない。

 うつつの為、シュールさんやコッドさんの為、クリエメイトや、ソラ様や、他の色んなみんなの為にも……この人には、必ず勝つ!!

 

 

「マジックスキャッター!!」

 

「『コール』!」

 

「ストレミング剣殺法―――赤剣(リニア)!!」

 

 

 スズランの放ってきた魔力弾が、蔓のような植物になって襲い掛かる。

 それを防ぐのは、私が呼び出したひとりさんの盾。悲鳴をあげながら攻撃を防御してくれるひとりさんには申し訳ないけど、ナイトのクラスの力で見事に防ぎきれている。

 そうして防いだ蔦の隙間を縫うようにスズランに接近していったシュールさんが、赤い剣撃を放った。それがスズランに直撃する。

 

 

「ちっ…それなら―――これならどうだぁ!!」

 

 

 スズランはそれに怯んだけど、魔法弾を数撃ってくる。

 さっきよりも圧倒的に数が多い! これは、ひとりさんだけじゃ防ぎきれないから……

 

「ひふみさん!」

 

「うんっ…!」

 

 ひふみさんの剣の一閃でいくつかさばく。

 それでもこっちに向かってきたのは、ひとりさんの盾で受け流す。

 そうやって全ての攻撃を防ぎきった一方で、シュールさんが攻撃を放つ!

 

「ストレミング剣殺法―――水ノ雫剣(アクアビット)!!」

 

「うおおおおおっとぉぉぉおおおお!!」

 

 シュールさんの目にも止まらぬ連続突きは、まるで雨に降られた池の水の波紋のようで。

 芸術の都で見た、ロシン君のそれと同じ技のはずなのに、威力が桁違いで、別物かと見間違うレベルだった。

 それを真正面から食らったスズランは、思いきりのけぞって……しかし、その勢いで川に停泊してあった、小型の舟に乗り移って距離を取る。

 

 

「こいつぁ、ちょっと割に合わねぇな。

 仕方ねぇ。こうなったら、先にコッドのじじいと住良木うつつの方に行ってスペシャルボーナスを貰いに行くとするぜ!!」

 

「なっ…待ちなさい!」

 

 

 かと思えば、そんな捨て台詞と共に、建物の屋根に飛び移って、忍者みたいに去っていってしまった。

 シュールさんの制止を振り切って、彼女のスピードさえも振り切って行ってしまったスズラン相手には、私や呼び出したクリエメイトの皆さんでも、どうしようもありませんでした。

 

 

「あいつ…あんな力を隠し持っていたのね。

 まさか、私でさえ追い付けないなんて………!」

 

「カルダモンさんみたいな身のこなしでした。

 さっきまでのアレは、全力じゃなかったんでしょうか………」

 

 スズランのあの動きですが…カルダモンさんでようやく追いつけるかどうか、ってところでしょうか。

 あの人と戦っていなかったら、スズランには本当に手も足も出なかったかもしれません。

 でも、それ以上に気になることを言っていました。

 

「…シュールさん。うつつが危ないかもしれません…!」

 

「えぇ。全力で戻るわよ。

 もしかしたら、あの女は私達を釣る役目だったのかもしれないわ!」

 

 私やシュールさんをここで……ホテルから離れた、水路の街中で戦わせている間に、他のリアリストがうつつを攫う作戦だとしたら……………うつつが危ない!

 私は、スズランに不意打ちされてから今まで、ホテルの状況がよく分かっていなかったので、シュールさんに簡単に事情を聞きながら、ホテルへ戻る足を速めていきました。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 ―――この、水路の街の紛争での出来事を…全てが終わった後のきららは、こう振り返る。

 

 Q.敵の狙いは住良木うつつだと思っていたんですか?

 

「はい……最初のウツカイが持っていた指令書には、リアリストがうつつを攫う事を示唆したことが書かれていましたし、これまでのウツカイやリアリストも、うつつを狙っていました。だから、今回もうつつを狙っているんだろうなって、思っていたんです」

 

 Q.この時の狙いは住良木うつつではなかった、ということでしょうか?

 

「え、いえ! そういうことじゃあないんです。ただ…うつつを攫った後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……を、この時はぜんぜん考えられなかったんです。

 うつつを、リアリストから守る事に集中していましたから………」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 おじいちゃんが、神殿の廊下ごとウツカイを凍らせてしまってから、おじいちゃんと私を攫いに来た、青い髪の女の攻撃の応酬が繰り返されていた。

 そんな中で、私は、最初のおじいちゃんの魔法で凍らされて全く動く気配のなさそうなウツカイだった氷像に身を隠して、戦いに巻き込まれないように戦いを見ていた。

 

 

「ふっ!」

 

「むん!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 青髪の女が飛ばしてくるのは、黒っぽくて禍々しい色のエネルギー弾みたいなものであったり、風であったり。

 それに狙われているおじいちゃんはというと、その場から殆ど動かないまま、あの呪いみたいな魔法を弾くように受け流していた。

 当たったら間違いなく痛いだろうに、呪いのような恐ろしい攻撃を手で払っているにもかかわらず、皺だらけの掌にまったく傷がない。それどころか、反撃に氷の刃をいくつも飛ばして、女を牽制までしている。

 

 

「ほぅれ、次はこちらから行くぞい! 『アイスジャベリン』!!」

 

「!!」

 

 

 今度はおじいちゃんの攻撃。

 浮きあがった氷のつぶてがひとりでに、尖った槍みたいな形になっていき。

 おびただしい程の氷の槍が、青髪の女に襲い掛かった。

 い、いくら敵だからって容赦がない……あの氷の槍、一本でも当たったら痛いじゃ済まないケガになりそうなのに、おじいちゃんは遠慮なくぶっぱなしてる……

 

 

「…仕方ない、アレが無いと耐えきれなさそうね…」

 

 青髪の女は、ウツカイの氷像達を盾にしながら、廊下の曲がり角の先に隠れて身を隠した。

 かと思えば、そこの足元辺りから何か、光る線が広がって…………これは、魔法陣?

 

「―――『特守計』!」

 

 そう聞こえた瞬間、残っていたウツカイ達の全身が、奇妙な淡い光に包まれた。

 それだけじゃなかった。おじいちゃんの魔法を食らっていたウツカイに変化が出てきた。

 

「き、気のせいかな……ウツカイ達が、やけに頑丈になってる気が…」

 

「いいや、気のせいではない。どうやらあやつ等、防御陣形を築き始めたようじゃのぅ」

 

 そうじゃないといいな~って期待を、おじいちゃんが切り捨てた。

 やっぱり、気のせいじゃないのかな!? おじいちゃんの魔法一発で消し飛ばされてたウツカイが、魔法陣が展開してからは、1発は必ず耐えるようになったんだ!

 

「おじいちゃん!」

 

「心配ない。儂の魔法に一発耐えようが二発耐えようが、まとめて薙ぎ払ってくれようぞ!」

 

 おじいちゃんの氷の槍の数が圧倒的に増えた。

 一回指を振るか詠唱するかで、おじいちゃんの周りに氷の槍が40も50も集まっていく。

 もう一度指を振り下ろすだけで、それがマシンガンみたいに連射されていって、ウツカイに突き刺さって次々と倒していく。

 でも、さっきも言ったように、ウツカイ達が妙に頑丈になってきているせいで、ウツカイ一体を倒すのに氷の槍が何本も必要になって………結果的に、ウツカイを倒せる数が減ってきている気がする……

 

 ……ど、どうしたらいいんだろう。

 私、このまま守られているだけでいいの?

 でも、私が戦うなんてこと、できるわけがない。

 戦う武器も魔法も持った覚えがないし……そもそもウツカイみたいな怖い存在に、私みたいな軟弱ダメ子が立ち向かえるわけがない。

 

 ……逃げる?

 あの女の狙いは私っぽいし、ここじゃないどこかに移動して隠れれば、その目をあざむけるんじゃあないのかな。

 でも、どこに?

 このホテル内が襲撃に遭っているというのに、どこに逃げればいいんだろう。

 安全な場所なんてあるとは思えないし、逃げた先で別のウツカイかリアリストか、私を狙う奴に見つかったら、今度こそ捕まっちゃうかもしれない。

 

 それだけじゃあない―――今、あの女と戦っているおじいちゃんを置いて、私だけ逃げるの?

 私を…私なんかを、「守る」って言ってくれて、私が「ウツカイの仲間かも」なんて言われた時も証拠つきで否定してくれて、きっと、私にバリア的なやつを張って守ってくれたおじいちゃんを、見捨てて逃げるの?

 

 …できっこない。そんなの、できるわけがない。

 そんなことをしようものなら、罪悪感で死んじゃいそうだ。

 それに、仮にそれを実行したら最後……もう、まともに戻れなくなるような。

 私みたいな超絶無価値陰キャを「友達」って言ってくれたきららやランプやタイキックを、密かに裏切ってしまうように思えて。

 足が、動かなかった。

 

 

「おじいちゃん………」

 

 

 だから私は、氷漬けになったウツカイ達の像の陰で、小さく丸まったまま口を動かすことしかできなくって。

 

 

「勝って……!」

 

 

 そこから、おじいちゃんが勝つことを祈ることしか出来なかった。

 大声を出した自覚がなく、むしろ小さめの声だったと思ったのに、おじいちゃんが少しだけ笑って、「当たり前じゃ」と答えてくれた………気がした。

 

 

「『ブリザード』!!」

 

「なんの! 『呪怨:(しろがね)』!」

 

 

 おじいちゃんの、ウツカイを周囲一帯ごと氷漬けにする魔法に対して、青髪の女は禍々しいオーラをまとった扇子を取り出した。

 それで一度こっちを仰ぐように振るうと、地面から銀のトゲトゲがいくつも飛び出してくる。

 氷を突き破って、迫ってきた銀のトゲを、おじいちゃんはまた手で払うように受け流す。

 あらぬ方向へ飛んでいったトゲは、廊下の壁を思いきり破壊していった。

 

 その、トゲが廊下の壁を破壊した瞬間、次の攻撃が始まる。今度はあっちの方が早い!

 

 

「『呪怨:猫鬼(びょうき)』!」

 

「『アイスサーベル』!」

 

「ウツカイ達! 前線を上げなさい!」

 

「「「「「ウツー!」」」」」

 

「むぅ、厄介な…!」

 

 

 鋭い三本の何かを、おじいちゃんは砕け散った氷の欠片を集めて作った、即席の剣で弾き返す。

 その間にも、さっきの氷の嵐から生き残ったウツカイが、おじいちゃんの方にじりじりと、少しずつ近づいてきているのが分かった。

 や、やばい…!このままじゃあ、おじいちゃんが物量に押されちゃうよぉ……!

 

 

「………ふ」

 

「え」

 

 おじいちゃん……?

 今、笑って―――

 

「『フロストバインド』」

 

 その呟きが聞こえた。

 次の瞬間、ぴたり、とウツカイの動きが止まって―――

 

 

「ウツ?」

「ウツー!?」

「ウッ、ウツ、ウツ……」

「ウツウツ…!?」

 

 

 …いや、なんかちょっと違う!

 動いてはいるんだけど、そこから動けなくなっているかのような……

 まるで、動きたいのに、足が言うことを聞いてくれないかのような……

 まるで、あいつらの足が、床に縫い付けられたかのような……っ!!

 そこまで考えて、ウツカイ達の足元を見て、気が付いた。

 

 

「あ…足が! ウツカイの足が凍り付いている!!」

 

「ば…馬鹿な!? 進軍が止まって…!?」

 

「ほっほっほ……確かに頑丈にはできるようじゃが……氷を纏わせることはできるようじゃのう」

 

「氷を、まとわせる?」

 

「足を凍らせて動きを封じれば、お主の頼りのウツカイ軍はただの案山子という訳じゃ」

 

 

 おじいちゃんの言う通り、氷で足を縛られたウツカイ達は、それから抜け出そうともがいてはいるけど、一向に氷を割って出てくる気配がなく……その場で立ち止まるだけのものと化していた。後続のやつらも、前がつっかえている影響か、それとも一緒に足を氷漬けにされているのか、前のウツカイを乗り越えてやって来る気配もない。

 

 す…すごい。

 ウツカイが魔法に強くなった時は、私もう駄目だと思った。

 それを、そんな考え方で一気に止めることができるなんて。

 一発で倒しづらい位に敵が固くなったなら、動きを止めれば良い。こんなおそろしい戦場で、そんな風に考えられるなんて……このおじいちゃん、本当に強い。

 もしかしたら、あの女を追い返して………あわよくば、倒せちゃうかもしれない…?

 

 

「さぁ……これでお主の頼りの部下たちは使い物にならなくなったぞい。

 今まで見た限りお主は厄介な軍師のようじゃ……ここで確実に、捕えなくてはのぅ」

 

「勝った気になってんじゃ、ないわよ!」

 

 

 青髪の女は、また扇を振るって、今度は金の矢がなにもない所から現れる。

 

 

「『呪怨:如金(にょきん)』!!」

 

「『アイスドーム』」

 

「『(しろがね)』!」

 

「おっと」

 

「『影犬(かげいぬ)』!!」

 

「『ウォーターウォール』!!」

 

 

 そのおびただしい数の金の矢は、おじいちゃんは氷をドームのような盾に弾かれて、神殿の壁をまた瓦礫に変える。

 ならばと放ってきた、地面を這う銀色のトゲは、年を全く感じないような軽やかなジャンプでかわし。

 跳んだおじいちゃんに向かって放ってきた、真っ黒な犬の群れは、全部水の壁で防いでいった。

 あ……圧倒的すぎない? おじいちゃん、今の所全然無傷なんだけど!?

 

 おじいちゃんは余裕綽々って感じで、汗一つたらしていないのに対して、あっちの青髪の女はずっと歯を食いしばっているような、怖い表情だ。

 勝てるかもしれない。だっておじいちゃん、こんなに強いんだもん。

 

 

「そこじゃ! 『アイスジャベリン』!!」

 

「うぅぅっ!!?」

 

 

 おじいちゃんがダメ押しに撃った氷の槍の数々が、女にモロに当たったのが見えた。

 これは……もうそろそろおじいちゃんが勝つだろう。

 そう、信じて疑わなかった。

 だから、だろう。

 

「?」

 

 

 視界の端。

 廊下の壁がいつの間にかきれいさっぱり壊されて、見通しが良くなった水路の景色の、その一部。

 何かが、キラッと。光ったような気がした。

 私は、それを気のせいだと思った。

 思ってしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――パン。

 

「!!!?」

 

 

 小さな…すごく小さな破裂音が、やけにクリアに聞こえた。

 その瞬間、おじいちゃんの身体がほんのちょっとだけ揺れた。そして、その直後におじいちゃんが膝をついた。

 

 

「ゴフッ…」

 

「え…………」

 

 

 そして、何かが床に落ちる音がした。

 水っぽい何かで、氷の床に目立つ赤色で、嫌な鉄の臭いがする―――

 

 

おじいちゃん!!

 

 

 気が付けば、ウツカイの氷像から飛び出して、おじいちゃんの肩を支えていた。

 そこに来て初めて、おじいちゃんの傷の容態が見えた。

 ひどい大怪我だ。青と白の神官用らしき服が、どんどんどす黒い赤に染められていく。真っ赤な染みを見るだけで、意識が遠くなりそうだ。

 その赤の中心部に、かろうじて小さな穴が……神官服に見られた。

 そして、さっきのパン、って感じの…まるで、体育祭で何度か聞いたかのようなピストルの破裂音。

 

 ま、ま、まさか。

 そんな、ことって。

 このエトワリアにも……あるとは思ってたけど。メディアを取り返す時に戦ったリアリストが拳銃を持ってたし。

 でも…そんなことを、するなんて……!

 どこで聞いたか忘れちゃったけど……これって、つまり…!

 

 

()()……………!」

 

「………フフフフ、うふふふふふふふっ! 耄碌したわねぇ大神官コッド!

 このロベリアが、汗水たらして真っ向勝負するワケがないでしょう!」

 

「お…主…さいしょ、から…これが、ねら、いか………!!」

 

「うふふ、さぁどうかしら。

 さて、ちょっとばかし時間がかかったけれど。

 私達と共に来てもらうわよぉ、住良木うつつ…!」

 

「ひっ…!」

 

 

 おじいちゃんが大怪我を負った事実を脳が処理しきる前に、ロベリアと名乗った女からそう宣言されて。

 い、いやだ! 絶対行きたくない! 怖い! リアリストが、ウツカイが……こんな、簡単に人に大怪我を負わせられる存在が怖い!!

 逃げなきゃ、逃げなきゃ捕まっちゃう!と………そう思っていたのに。

 

 腰が抜けちゃったのか、それとも別の何か理由があるのか分からないけど。

 震える手は、たとえおじいちゃんの血で汚れてしまっても、離すことが出来なかった。

 

 




キャラクター紹介&解説

きらら&シュール・ストレミング
 スズランと善戦したものの、早い段階で逃げられてしまった公式主人公&傭兵団団長コンビ。スズランの捨て台詞から、うつつの保護に向かうが、その先で何が起こっているかをまだ知らない。

コッド&住良木うつつ
 本拠地のホテル内にて、ロベリアと戦っていた大神官&謎のクリエ…じゃない、少女。大規模な氷魔法や敵の戦術に対する柔軟な対応で戦局を進めていったが、最後の最後でドンデン返しを食らう。

ロベリア
 うつつを攫いに来て、コッドと交戦した真実の手の“妙手”。戦場では指揮官のようにウツカイに支持を出したりバフがけをしたり、果ては呪いを活用してコッドに食らいつく。最後の一手は、彼女が考えたかのような素振りだったが…?

スズラン
 きららとシュール相手に戦い続けるのはマズいと判断し、割と余裕のある段階でカルダモン並みのスピードで逃げおおせたリアリストの傭兵。公式でもカルダモンに匹敵する逃げ足を披露したほか、少しでも自身に不利になったら撤退する戦術眼を持っている。



ロベリアの使用技
『特守計』以外は全てオリジナル。ロベリアはゲームにおいては、全体のバフがメインではあるが、一応ロベリア本人が攻撃する技も持っている。ただ技名が台詞系だったため、拙作で命名。名前のモデルは中国において有名な呪い「蠱毒」の種類から。ロベリアの服装がチャイナドレスを意識していると思われることから着想を得て、蠱毒の種類が優に20以上もあったことからこの名をつけた。

狙撃
 本話後半に、コッドを襲った攻撃。もともと狙撃は敵の重要目標を狙い撃ち、敵全体にプレッシャーと士気低下を与えて、行動を制限することを目的としている。今回、狙撃後にロベリアが勝ち誇ったことから、水路の街に入ったリアリスト内に遠くからの銃撃を得意とする者が紛れ込んでいることになるが……?



△▼△▼△▼
コッド「…いつかは、こんな日が来ると思っておった。」

コッド「エトワリアの民の平均寿命は60前後……90近くなっても迎えが来ない方が奇跡なのじゃ。そんな星の下に生まれた儂は、幸なのか不幸なのか…」

コッド「じゃが、年寄りのプライドは最期まで貫かせてもらうぞい。」

次回『大神官はだれのために戦うのか』
きらら「次回もお楽しみに…」
▲▽▲▽▲▽


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第40話:大神官は“だれ”のために戦うのか

今回のサブタイの元ネタは『仮面ライダードライブ』より『戦士はだれのために戦うのか』です。
基本的に全部うつつ視点で参ります。

“己を責めちゃいけないよ。儂は君の『祖父』で幸せじゃった。”
 …大神官コッドのとある書記より抜粋


「さぁ、私達と共に来てもらうわよ住良木うつつ…」

 

「ひっ…」

 

 

 私…住良木うつつは、このエトワリアに召喚されてから何度目かの大ピンチに陥っていた。

 ロベリアと名乗った青髪の女が、ウツカイで私を囲んで連れ去ろうとしている。さっきおじいちゃんが凍らせたのに、まだいたのか。

 正直、状況は絶望的だ。今度ばかりは、現在進行形で終わったと思っている。

 おじいちゃんはさっきの射撃で死にかけだ。私はもちろん戦えるわけがない。

 お、終わった。もう駄目だぁ……

 

 ロベリアやウツカイ達の手が伸びてくる。あまりに怖いから、全身が強張って、おじいちゃんの肩を掴む手にも力がこもる。

 でも、そんなの気休めにもならない。ほ、本当にここで終わっ―――

 

 

「うっ!? また、氷がっ……」

 

 でも、ロベリアやウツカイ達の指先が凍った。奴らはたまらず指を引っ込めていく。

 私は、この現象を起こした人に心当たりがあった。でも、その人は今、まともに魔法を使える状態じゃあ無いはずなのに…!?

 

 

「何を…勝った気に、なっている…?」

 

「だ…大神官コッド!?」

 

 

 おじいちゃんが指を向けていた。

 撃たれて血まみれになって痛いハズなのに、そんなのまったく気にしないと言わんばかりにロベリアに鋭い目を向けて、戦おうとしてるじゃんか!

 

 

「おじいちゃん…もう、やめてよぉ……!!」

 

「やめる訳にはいかぬよ……ここで、やめては…うつつちゃんが攫われてしまう…!」

 

 何を言っているのか分からない。

 いくら私を守ってくれるとはいえ、そんな、大怪我してもなお守ろうとするなんて。

 

「だ…駄目…」

 

「うつつちゃん?」

 

「ダメ、だよ、おじいちゃん……」

 

 私なんかの為に、身を張る必要なんてないのに…

 きららやランプと違って、おじいちゃんは会って間もないんだよ?

 こんな、価値のないような人間のために、どうして戦うの? どうして、守ろうとするの? いくら長生きしてるからって、ここまで頑張らないでよぉ……!

 だって。

 だって、そんな事をしたら―――

 

「死んじゃうよ……!」

 

「ほほ…こんな老いぼれを心配するとは……優しいのぅ」

 

「どの口がっ…!」

 

 そんな事を言ってる場合じゃない怪我してるのが分からないのか。

 早く病院に行った方がいい怪我を放置するおじいちゃんに、声が荒ぶった。

 でも、そう言っても、おじいちゃんは魔法をやめようとしない。

 それどころか、両手に集まる魔力が高まって―――

 

「じゃが…まだ隠れていなさい、うつつちゃん」

 

「へ?―――っ!!?」

 

 

 さ、寒い!?

 今日の天気や季節なんて知った事かといわんばかりに、再び氷が部屋中を覆う。

 いつのまにかロベリアが崩していたのだろう、廊下の壁があったところに、もう一度氷の壁が出来上がった。

 

 

「ほっほっほ…ごふ……先の狙撃は効いたわい。手は打たせてもらったぞ」

 

「ぐ……風通しの良くなった廊下に、また邪魔な壁がッ!」

 

「これでもう儂もうつつちゃんも狙えまい。それとも、この壁を貫く弾でも使わせてみるかね?」

 

「まさか……さっきの狙撃対策…!」

 

 

 おじいちゃん、撃たれた間にもそんなことを考えていたの?

 私の身体を助けにして立ったかと思ったら、しわだらけの手で私を後ろに下がらせようとするおじいちゃん。

 その手には、まったく力がこもっていない。抵抗するのは簡単だった。それに今離れてしまったら、おじいちゃんがこれ以上怪我をするかもしれない。

 だというのに、おじいちゃんの手に従うかのように、私は後ろへ数歩、下がっていってしまった。

 でも、おじいちゃんが心配で、それ以上下がったり、隠れたりすることはなかった。

 

 

「虚勢を張るんじゃあないわよコッド……

 今のあなたなんて、私ひとりでも斃せるわ…!

 大人しく住良木うつつを渡すと言いなさい!!」

 

「命乞いにしては、言葉選びが致命的じゃな」

 

 おじいちゃんが、何のためらいもなく、降伏を促してきたロベリアの顔に向かって氷の槍を放った。

 相手が話しかけてきたタイミングを見計らった、目にも止まらない速さで撃ち込む不意打ち。け、結構エグい。初見だったら絶対に避けられないだろう。

 でも、ロベリアはかろうじて顔を動かして……頬から耳にかけて切り傷を作るだけに留めた。

 

「ぐっ……ぁ、こ、このクソジジイ!!!」

 

 ロベリアは、今の攻撃が完全に頭に来た様子で、扇を振るい、銀色のトゲや真っ黒な犬の群れを放っておじいちゃんに襲い掛かる。

 狙われたおじいちゃんは氷の魔法でなんとかしのいでいる……ように見える。

 でも、狙撃される前と違って、反撃の回数が明らかに減った。してもなんだか氷の槍の本数が減ってる。

 

 やっぱりあの時の狙撃の傷が答えてるんだ……!

 私、傷とか医療とか詳しくないけど…………おじいちゃんのあの怪我は、激しい動きをしていいレベルのものじゃあない事くらい、分かる…!

 無理だよ、おじいちゃん。

 それ以上戦っても勝てないよ。

 死ぬのが怖くないって言ってたけど、限度があるって。

 だから。

 

 

「やめて……」

 

 だから……

 

「やめてよぉ……」

 

 だから―――!!

 

「私なんかの為に、命張らないでよぉ………っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゃんとせいッ!

 

「ふぇえっ!!!!?」

 

 お、おじい、ちゃん……………!?

 

 

「お主も儂等のものを託される若人じゃ! 下を向くな!」

 

 

 それは、さっき撃たれたばっかりのおじいちゃんとは思えない怒声だった。

 

 

「ハッ! 何が託すよ、くだらない!

 そんなものは、所詮選ばれた者だけが受け取れるだけのものにすぎない!

 聖典なんて間違ったものが横行したから生まれた、醜い幻影なのよ!!」

 

 ロベリアが割って入る。

 あいつの言い分は、ちょっと過激というか、きらら達なら受け入れなさそうな言葉で。

 でも、それに対して、おじいちゃんはこう答えた。

 

「それは違うぞ! 選ばれようが選ばれまいが、人は生きる!!

 その一人ひとりの人生が、後に生きる者たちに力を与え、繋いでいくのじゃ!」

 

「その醜悪な思想がッ! 聖典が生み出した嘘だと言っているのよッ!!!」

 

 

 おじいちゃんの氷の剣と、ロベリアの金属の扇がぶつかり、火花を散らせた。

 

 

「綺麗なものばかり並べ立てて、醜い本性なんてありませんとでも言いたげにッ!!

 本当はそうじゃあないくせにッ! 嘘ばかり書き連ねて、うんざりよッ!」

 

 

 ロベリアがどこからともなく作り出した金の矢が、おじいちゃんの肩を掠った。真っ白だった神官服の、赤い部分が広がっていく。

 それでも、おじいちゃんは戦いをやめない。どうして立っていられるのか不思議な状態なのに、ロベリアの攻撃にもある程度は反撃しながら氷を撃っていく。

 

 

「絆なんて、人は簡単に裏切るのよ…!

 人間は、どうあったってその“真実”には勝てないわ!」

 

「驕りが過ぎるぞ、テロリストよ! 人の、意志はっ…貴様の“真実”などには負けぬ!!!」

 

 

 み、見えない……おじいちゃんの攻撃のキレというか、スピードというか、そういうのがさっきよりも増している、ような……

 戦いに慣れないくそ雑魚ナメクジの目には具体的な違いなんて分からない。今のおじいちゃんが、ここまで善戦している理由も、だ。

 私だったら、ロベリアの言葉がちょっと分かっちゃって、そのまま手が止まって、すぐに攫われて終わっていた。でも、おじいちゃんのこの勢いって……

 

 

「くそっ、この老いぼれが! 早く死になさい!」

 

「ハァァッ!」

 

「ぐっ…!?」

 

 

 えっ!?

 ま、また攻撃をモロに入れた!?

 信じられない……あの狙撃からここまで持ち直すなんて…

 ―――そう思ったのもつかの間。

 

 

 ―――バリィィィィン!!!

 

 

「「「!?!?!?!?」」」

 

 

 誰かが、廊下の壁代わりの氷を砕いて飛び込んできた。

 こんな時に誰!? と思ったけど、その答えはすぐに分かった。

 

 ポニーテールにまとめた銀色の髪。それにかかった黄緑のとんがったサングラス。

 露出の多い、黒っぽい革系の服に宝石のアクセサリー。

 その人は、私も見たことがあった。写本の街で、メディアがさらわれた後………ローリエが戦っていた人の片方。確か名前は――――――スズラン。

 さ、さ、さささささささ最悪だーーーーーー!!!?

 な、なんで…どうしてこんな。

 こんな、とんでもないバッドタイミングで来るのよぉ~~~~ッ!?!?!?!?

 

 

「す、スズラン…なんでこんな所に?」

 

「召喚士とシュール・ストレミングが思ったより手ごわくてな。とっとと住良木うつつをかっ攫う方が良いと考えたのさ」

 

「あんたの不手際じゃない…呪うわよ……!」

 

「はいはい。そんで、これは……どういう状況だ?」

 

「……そこの死にぞこないがしつこかったのよ」

 

「はぁ〜? お前も不手際じゃあ……うお、マジか…なんで立ってられんだこのジジイ」

 

 

 乱入してきたスズランは、おじいちゃんの大怪我を見て目を丸く見開いた。けどすぐに獲物を見る猛獣のような目つきになる。

 

 

「まぁーいいや。あと一発入れりゃあくたばるだろ、流石に。ロベリア」

 

「はいはい」

 

「ぬぅ…新手か……じゃが!」

 

 

 ロベリアに一言かけてさっきウツカイにかけたみたいな強化を貰うスズランと、何かの魔法の発動をするおじいちゃん。

 この後に何が起こるか、理解できた私は、つい咄嗟に声が出た。

 

 

「危ない!!」

 

 

 おじいちゃんに生きて欲しい。

 こんなところで死んじゃあいやだよ、と。

 そう願った声は―――

 

 

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「―――か、は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おじいちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!

 

 

 ―――届かなかった。

 鎌みたいな斧を振り下ろすスズラン。

 一段と激しい出血をしたおじいちゃん。

 それを見てしまって。

 滅多に出ない、私の喉さえ引き裂きそうな大声が、その瞬間に飛び出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 人より数段と長く生きた人生であった。

 儂ほど、エトワリアの年寄りで長く生きた者はおらぬじゃろう。

 エトワリアの民の平均寿命は、普通60前後。その時期になって、大体肺や内臓の病で旅立つ。しばしば70頃まで元気なものもおるが、それでも75歳になる前に『老衰』でこの世を去る。儂の友人はもう全員この世にいない。妻も、息子夫婦も、随分前に儂を置いて逝ったものじゃ。

 90近くなっても迎えが来ない方が奇跡なのじゃ。

 いつか、こんな日が来ると思っておった。だから儂は、70手前ごろから、いつ死んでも良いように備えてきた。

 

 じゃが……もし、神がいらっしゃるのなら。

 ソラ様よりも上の、もっとやんごとなき地位におわす方がいらっしゃるのなら、儂は今、もう少しだけ生きる時間を願ったじゃろう。

 

 2分…いや、1分で良い。

 今ここで力尽きれば、儂がうつつちゃんを……未来を生きる若者を守った意味がなくなってしまう。

 

 

 うつつちゃんは、出会った時から人の顔色を窺う、臆病な子であった。

 記憶がなく、自分が何者なのか分からないと言っておったが、ウツカイの仲間だと疑われた時は、真っ先に諦めてしまっていたの。

 すぐに別の生き物と証明はしたが、それでもネガティブな様子は変わる事がなかった。儂と会話する時だって、そのような必要などないのにおっかなびっくり話していた。

 

 じゃが、うつつちゃん。君は人を気遣える、素敵な子じゃ。

 血判を押す時は、最初は嫌がっていたがなんだかんだ言って、血判を押すことが出来ていた。それは、「そうしなかったらきららちゃん達に迷惑がかかる」と思ったからではないかの?

 建物裏でのやりとりでは、「死ぬのが怖い」とちゃんと言えたではないか。それに、自分の感情が顔に出やすいのも良い。己の恐怖を表に出せるのは…人の感情を理解できる者の第一歩じゃぞ。

 

 

 つまり、何が言いたいのか、というと。

 ロベリアの策によって深手を負い、スズランの一撃でトドメを刺された今この瞬間でもなお、儂は儂の言葉を……うつつちゃんに言った、「君を守る」という約束を、果たさねばならぬということじゃ。

 

 若き芽を悪意から守り、未来を拓く人の意志の『手本』を見せる。それが、無駄に年を重ねた儂の責務であるがゆえに………!!!

 

 

「ふぅ…おいおいロベリア、お前こんなのにてこずっていたのか?」

 

「うるさいわね……本来なら狙撃だけで再起不能になってた筈なのよ…!」

 

「そ、ん……な…………」

 

 

 ロベリアや、スズランや、うつつちゃんの声が、遠い。

 ただでさえ年でガタついてきた体も、言う事を聞かぬ。

 ぼやけてきてまともに小さな字も読めなくなってきていた視界も、一段と不鮮明になってきおったわ。

 だが、このままでは終わらせぬ。撃破は出来ずとも、せめて一矢報いねば。

 

 

「人、殺し、ども…貴様らの…野望は、叶え、させぬ……!!」

 

 

 幸い、奴らは後ろを向いておる。

 この瀕死の老人など、脅威にすらならぬと判断して、うつつちゃんの誘拐にシフトしたのじゃろう。

 なれば好都合。それが命取りと知るが良い。

 

 これは、最期の攻撃。

 魔力が欠片ほどしか残っていなくとも、老いぼれた命が今にも消えそうになったとしても、使える魔法。

 己の全生命力を引き換えに、大規模な爆発を起こす魔法。

 

 うつつちゃんは巻き込まぬ。()()()()()()()()()()()

 

 

「あ? なんだこの障壁。うつつに触れねぇじゃあねぇーか。

 あのジジイ、最期の最後にめんどいこと―――」

 

「!!! スズラン! 今すぐコッドの首をはねな―――」

 

 

 喰らうがよい。おのが身勝手な目的のために、年端も行かぬ子供も手にかける外道ども。

 儂の人一倍長かった生涯最後の魔法………その名も―――!

 

 

「エクスプロウド!!!」

 

 

 視界が全て真っ白に染まり、轟音に耳を覆われる。

 全て聞こえなくなる直前、うつつちゃんがまた儂をおじいちゃん、と呼んでくれた気がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 フロアに溢れかえるかのような数のウツカイを、持っている銃の一斉掃射で薙ぎ払っている最中に、それは起こった。

 爆発の音と、建物全体が崩れるかのような大きな揺れ。

 それを感じた俺は、嫌な予感がする、とすぐさまウツカイ共を振り切り、スピードを上げて全速力で上のフロアへと駆けあがっていく。

 

 階段を上りきった時、俺は絶句した。

 何故なら、その登り切った先にあったはずの廊下や、天井や、ホテルの部屋たちが綺麗に吹き飛んでいて、その前にうつつが泣きながら膝をついていたからだ。

 何らかの戦闘による爆発が起こったのだろう、焼け焦げた跡は綺麗さっぱりとしていて、まるでうつつの前あたりから切り取られたかのように消滅していた。

 

 

「うつつ!」

 

「ロー……リエ?」

 

 

 うつつは、俺の声に反応し、俺の姿を確認するやいなや、飛びついて抱きついてきた。

 そしてそのまま、大声で泣きだし始める。それは、自身が助かった喜びよりも、なにか大事なものが、目の前で失われた悲しみに満ちていて………ッ!!

 

 

「………何が、あった?」

 

「ぐすっ……ひっぐ……おじい、ぢゃんが……おじいぢゃんがぁ……っ!

 うわああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 おじいちゃん……うつつがそう呼んでいた、コッド先生が、という慟哭。

 そして、目の前で切り取られたかのように消し飛んだホテルの一部。

 さっきこの身で体感した、爆発の音、揺れ。

 

 まさか。まさか……!!

 俺がひとつの可能性に辿り着いた後も、うつつは俺の服を濡らしながら声をあげ続けた。

 一番あって欲しくない、けど真っ先に思いついた答えに丸をつけるかのように、爆発で焦げた木材の臭いが、鼻にまとわりついていった。

 

 




キャラクター紹介&解説

コッド
 最後の最期まで、うつつを守るべく戦った水路の街の神殿長。前回の狙撃のクリティカルヒットが足かせとなり、スズランに致命傷を負わせられてしまうものの、うつつとの約束だけはしっかり守り抜き、最年長の意地と年寄りのプライドを見せつけた。享年88。水路の街がきらら達によって取り戻された後、復興中の街中で盛大な葬儀が行われたという。

住良木うつつ
 コッドに守られた、未だ若き芽。公式よりも辛い目に遭っており、この時点で絶望してもおかしくはない。だが、拙作の世界では公式にはいなかった味方も多く―――?

ロベリア&スズラン
 大神官コッドを下した真実の手の妙手と魔手。しかし、老人のプライドと意地を計算に入れていなかったために、スズランが来るまで戦況は硬直していた他、最期の最後の攻撃への対処が出遅れて……?

ローリエ
 全てが終わった後、誰よりも先に駆け付けた拙作主人公。出会うなり飛びついて号泣するうつつは、しばらく何も言えていなかったが、それでも眼前の惨状と合わせて何が起こったのかを悟る。



△▼△▼△▼
きらら「リアリストは、引き上げていったようです。基地の存在がバレたことによる奇襲で失ったものは、あまりにも大きかったです……」

カルダモン「コッドさんがね……特に、彼の最期を見ていたらしいうつつのショックが大きいみたいだ」

シュール「でも、今の戦況は無視できない。こちらの本拠地の位置がバレた以上、すぐに手を打って、神殿を取り戻さないといけないわ………」

次回『さらばCよ/祖父は風と共に』
ランプ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第41話:さらばCよ/祖父は風と共に

今回のサブタイの元ネタは「仮面ライダーW」より「さらばNよ / 友は風と共に」からです。


“人の為に動ける人間が、すごくない訳がなかろう”
 …大神官コッドのとある書記より抜粋


 俺がうつつを保護した直後に、本拠地内のウツカイが撤退していったという報告があった。

 本拠地を守ったカルダモンとそれに従ったロシン含めシュールさんの部隊、幹部に襲われたというきららちゃんと彼女の救援に行ったシュールさん、先んじて避難していたランプとマッチ、そしてシュナップさん。

 

 こちらの被害は、軽い怪我とかはあったものの、ほとんど軽微で済んだ。

 ―――ほとんど、だ。

 

 

「そんな…コッドさんが……!!」

 

「ごめんなさい…ごめんなさい………私がっ…私の、せいでぇ……!!」

 

「そ、そんなわけ…うつつさんは悪くありません!!!」

 

 

 ある程度落ち着いた後。

 ホテルの無事な部屋のひとつで有力者たちを集め、うつつに何があったか問いかけたところ……俺の一番嫌な予想が当たってしまったのである。

 

 ―――コッド先生の死亡。

 

 うつつによると、ロベリアと善戦していたものの、廊下の壁を壊されたことで急所に狙撃を受けてしまい、スズランによってトドメを刺されたそうだ。最後の最後で自爆魔法「エクスプロウド」を使ったことから、戦場になったホテル西部の4階から上が綺麗に吹き飛んでしまったそうで。

 

 リアリストの目的であるうつつは守りきったようだが、その代償は決して小さくなかった。

 神官たちに尊敬されていた神殿長であり……何より、俺の恩師だったんだ。俺を含め、ショックじゃない訳がない。

 

 

「この件だが…まだ公表はしないようにしよう」

 

「ど…どうしてですか!?」

 

「コッド先生を惜しむのは分かる。けれど、今の水路の街は紛争状態……リアリストと戦ってる最中だ。だから、公表するのは街と神殿を取り戻してからの方が良いと思うんだ」

 

「そうね……コッドさんは、私達傭兵団や、神官たちの精神的な柱だった。

 既に報酬を貰ってる傭兵団は兎も角、コッドさんを尊敬していた神官のみんなが知ったら士気に関わるわ」

 

 

 考えるまでもない痛手を、すぐに公表しない事を提案すると、案の定きららちゃんから理由を問われたが、今の水路の街の状況からして、今神官たちの戦意が削がれてしまったら、神殿を取り戻せなくなる可能性が高いゆえにすぐに公表するワケにはいかないことを話せば、ひとまず納得はしてくれた。

 傭兵たちを纏める立場にあって、戦場慣れしているシュールさんも、俺の意見に賛同してくれたことから、まだコッド先生については全てを公表しない流れで決まった。まぁ姿がないことに不審がる神官もいるだろうから、いちおう『先の戦いで負傷して戦線離脱した』くらいは言うだろうけども。

 

 

「っ……!」

 

「あっ…ちょっ、うつつさん!」

 

 

 コッド先生の件が終わって、いざ次の話題…今後の動きについて作戦会議を始めようとしたその時に、急にうつつが席を立ってどこかへ行ってしまった。

 ………やはり、先生の死が結構引きずっているな、うつつ。まぁ…俺・シュールさん・コッド先生の中でなら、一番懐いていたからなぁ………

 

 ランプが引き止めようとするが、それは逆効果だ。心配なのは分かるが、こればっかりはどうしようもない。

 恐らくうつつは、召喚前は戦争とは程遠い、平和な日本と限りなく近い世界で生きてきたんだろう。そんな人にとって、戦争やそれによる身近な人の死など、あまりに重すぎるショックだ。下手を打てば、二度と立ち直れなくなる。

 

 

「ランプ、そっとしておいてやれ」

 

「でも…!!」

 

「この手のショックは、慎重に声をかけないといけない。余計な事を言ったら事態がこじれる可能性もある」

 

「だからって、放っておけません!!」

 

 

 とはいえ、これまで旅をしてきた仲間の、今までにないくらいの落ち込みようを、ランプをはじめきららちゃん一行が無視できるわけがない。たとえ何も声をかけられずとも、見守るくらいのことはしたいのだろう。

 ……ここで行かせないようにしたら、俺が悪者だな。

 

 

「……別に追うなとは言ってない。

 ただ、むやみやたらと声をかけないようにしろって言っただけだ。

 アイツにだって、ひとりで整理する時間くらい欲しいだろう。

 ………大切な人を失ったのは、俺だって同じだ」

 

「あ…」

 

 

 言葉の意味を理解したのか、ランプは立ち上がったまま静かになる。が、それも束の間、早歩きでうつつに続いて出ていった。きららちゃんもそれに続く。

 ちょっと無粋だけど、誤解があるままよりはいい。

 

「タイキックさん、マッチ。

 あの2人を見てやってくれないか?」

 

「当然」

 

「言われるまでもないよ。

 …でも、ローリエは良いのかい?」

 

「? 何がだ」

 

「何がって…恩師だったんだろう? コッドさん。

 今のローリエの立場も分かっているつもりだけど……その上で、言わせてもらうよ。

 もっとこう、感情を表に出してもいいんじゃないかい?」

 

 俺の頼みに、即座に部屋を出ていったタイキックさんとは対象的に、マッチは俺に言葉をかけた。

 それは、古今東西の親が子供に向けるかのような「心配」の情であった。

 ……お節介なマスコットだ。ランプの保護者である筈なのに、俺なんか気にかけちゃってさ。うつつが「変な生き物」呼ばわりする理由がほんのちょっとだけ分かる気がするぞ。

 

「…確かに、コッド先生の件は悲しいさ。

 でもその辺の整理は、神殿を取り戻してからやる事にするよ」

 

「………その言葉、信じるからね?」

 

 

 そう言って、マッチはふよふよと部屋を出ていった。

 残っているのは、俺とシュールさん、シュナップさん、そしてロシン。

 一応、この人数でも作戦を練る事は可能だけど……

 

 

「シュールさん」

 

「なに?」

 

「貴女は…人の死に慣れちまったのか?」

 

「ローリエくん! 何を聞いているんですか!?」

 

「……ええ。残念ながらね」

 

「シュール…!」

 

 うつつが部屋を飛び出してから、話の流れがこのまま作戦会議、という空気じゃあなくなってしまったので、変な事を聞いてしまう。でも、彼女は俺のそんな問いに答えてくれた。

 

「傭兵団を率いて、あちこちでドンパチやっているんだもの。

 ()()()()()なら、しょっちゅう起こるわ。うちの団員が…なんてのもゼロじゃあなかったし」

 

「まぁ…そりゃそうか」

 

「特に私なんて、手足の伸びきる前の小娘の頃から戦場にいたからねぇ。

 もう気にならなくなっちゃったのよ。……こんな血を吸って生き残ったような女を選ぶ人もいるから、生きた価値もあるってものかもね」

 

「シュール…また君はそんなことを……」

 

 

 傭兵団という、常に戦場に身を置いていたシュールさんの精神構造の話になったかと思ったら、余計な事を言ったせいでシュナップさんがシュールを宥め、甘い雰囲気を匂わせ始めた。

 おーい、子持ち夫婦。イチャイチャすんなここで。どうしてこうなったし。

 こうなっては仕方ないから、ほったらかしだったロシンに話しかける。

 

 

「……ロシンもそういう…仲間がいなくなった経験を?」

 

「あぁ。でも……コッドさんが、いなくなるなんてな…………」

 

 彼は、明らかにショックを受けていた。

 妙に静かだったのは、コッドさんの死を受け止めようとしていたからだったのか。

 

「でも………ローリエさんが気に病む必要はないぜ。傭兵団じゃあ、怪我は当たり前。身内が、ってのもゼロじゃあない。シュールさんも言ってたろ。

 それに、これは俺が選んだ道だ」

 

「お前な………どの口で…っ」

 

 

 ロシン自身はこう言っているが、「シュールさんの傭兵団」を紹介したのは俺だ。

 彼の、悲惨な境遇から不安定になった精神状態を立て直すために、俺は彼に「強さを求める心」を教えた。そして傭兵団に入っていったのだけれど、その結果戦死してしまったら、後味が悪すぎる。

 なにせそう促したのは俺だ。彼を戦場に送ったのも俺だし、もしそれが原因で死んでしまったら俺が殺したようなモンだ。

 ………ロシンには、是が非でも生きて欲しいものである。大丈夫だろうか? 次の戦いに悪影響を及ぼさないと良いが……

 

 

「とにかく……だ。俺達は俺達ができることをしないか?」

 

「出来る事? 何ですかそれは」

 

「先の戦いで得た情報を共有して、これからの作戦を立てるんだ。………いけますかね、三人とも?」

 

「…そうね。いつまでも悲しんでいられないわ」

 

「もちろんだ。この街はまだ紛争状態のままだ。神殿を取り戻す手伝いなら、僕にもさせて欲しい」

 

「ローリエさんの頼みなら、これくらいやってやるよ」

 

 

 シュールさんとシュナップさん、ロシンの了承を得たことで、俺達は今度こそ本題の作戦会議に入っていく………

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 作戦会議場の部屋から飛び出したうつつは、あてもなくさまようように廊下を歩いていた。

 その様子は心ここにあらずといった感じで。表情は幽鬼のように青く、足取りは重く。そして、両目からは涙が絶えることなく流れていく。

 そんなうつつの心に渦巻いていたのは―――罪悪感だった。

 

 

 ―――おじいちゃん、どうして、私なんかを庇って。

 

 ―――そうしたばかりに、命を落として。

 

 ―――私のせいで……もっと生きられたかもしれないのに。

 

 ―――私だけが生き残って……惨めすぎて死にたい。

 

 

 そう考えるたび、吐き気に襲われるうつつ。

 だが、朝から食欲がわかず何も食べなかった事実と、近くに水場がないので吐き出したら迷惑をかけちゃうかもしれないという一欠片の遵法意識が、胃の中を戻さずにいた。

 

 仮に、すべて吐き出したとしても、吐き気は収まらないだろう。それは…コッドの死という揺るぎない事実が、彼女の精神にのしかかっているからなのだから。

 

 それからふらふらと歩いていたうつつは、自分がある部屋に辿り着いていることに気がついた。

 そこは、コッドと初めて出会った部屋だった。どうやら……無意識のうちに、いなくなった人の痕跡を求めて、ここまで歩いてきたようだった。

 

 

「………おじいちゃん……」

 

 

 とはいえ、うつつに出来ることは何もない。

 コッドは既に、『エクスプロウド』で自爆してしまった。亡骸どころか、肉片も存在しない。

 

 だから、というべきか。

 あの戦いの一部始終が…たちの悪い夢だったんじゃないか、と考えてしまう。

 ここに来れば、またコッドが微笑んでくれるかもしれないと……。

 そんなことあり得ないくせに、目の前で自爆したのを見たくせに、それでも足は部屋の奥へと進んでいた。

 非現実的な感傷に浸らずにはいられなかったのかもしれない。そうしなければ、どうにかなりそうだったから。

 

「…………」

 

 何も口に出来ないまま、コッドのいた机を撫でる。

 

「おじいちゃん………」

 

 そうしてみても、うつつの罪悪感は消えない。

 何度考えても、自分があの時守られた意味がわからないのだ。

 自分なんか、自分など………と自己肯定感が恐ろしく低いうつつは、そればかり考えてしまい、思考が袋小路に入っていたのである。

 

 

「………?」

 

 

 それが目に入ったのは偶然であった。

 泣きつかれてしばしばしてきた視界に、ふと半開きの机の引き出しが見えたのだ。

 おもむろにそれを引っ張ってみると、中から出てきたのは、古ぼけた手帳だ。知らないハズなのにデザインがどことなくひと昔前を彷彿とさせることに加え、かなり使い込まれた形跡があることから、まさか、と思い。

 

 うつつは、意を決して手帳を取り、表紙を開いた。

 

 

「これ、って…………」

 

 

 その筆跡は、うつつには見慣れないものだった。

 だが、それでも、「誰がこれを書いたのか」は、分かった。

 

 

『これを読む者へ。

 お主の手によってこの書記が読まれているということは、儂はもうこの世におらぬということじゃ。

 散々儂を待たせた天からの使いも、ようやっと儂を迎えに来て、生を終わらせたことじゃろう』

 

「おじいちゃん………!!」

 

 

 コッドだ。

 自身を「儂」と称したのも、好々爺めいた語尾も、生の執着を感じない言い回しも、形が崩れた達筆な筆跡も、すべて、コッドの特徴以外にありえなかった。

 

『これはつまるところ儂の遺書になる。残された時間があとどれくらいあるかもわからぬゆえ、先んじて皆にあてて書くことにした』

 

『ローリエ君。アルシーヴちゃん。ソラちゃん。そして、八賢者の諸君。

 儂の教えは、役に立っておるかのう? もし、なんの役に立てておらなんだとしても、ほんの少しでも儂のことを忘れずにいて貰えると助かるわい』

 

 最初の書き出しの後には、街に来たローリエ等に向けたメッセージがあった。

 ページをめくる。

 すると今度は、街の人々や、神官たちへ向けられた遺書が書かれていた。

 

『街の人々、そしてここに勤めた神官たちへ。今までこの老骨に付き従ってくれてありがとう。力及ばずに不便を強いてしまったことや、救うことが出来なかった者たちもいるかもしれぬこと、何より最後まで力になれなかったことを許して欲しい。』

 

 その次にめくったページには、水路の街に来ていた仲間たちに向けた言葉が綴られている。

 

『シュールさん。夫と娘を大事になさって欲しい。いくら傭兵とはいえ、家族に勝る価値のものは、依頼報酬ではまず存在しない事でしょうから』

 

『きららちゃん。召喚士の重圧に負けるでないぞ。君は伝説の召喚士以前に一人の人間じゃ。それをゆめゆめ忘れぬようにな。』

 

『ランプちゃん。君の聖典への愛は、短い付き合いの儂にも伝わるようじゃった。あとどれくらい、君を見れるかは分からぬが、儂がいなくなった後も努力を続けていって欲しい。君なら必ず、次の女神になれるとも。』

 

 

 次も、その次も、見知った名前が出てくる。

 このまま読み続けていれば、いつか必ず自身の名が出てくる確信があった。

 死を前にして、自分に対して何を思っていたのか。

 好意的に思っていたかもしれないし、内心では自分を嫌っていたのかもしれない。

 この先を読んでみたい好奇心と、この先を読むのをやめるべきという恐怖心。

 

「………」

 

 うつつの中でふたつがせめぎ合って………やがて、好奇心が勝った。

 そして、意を決してページをめくると。

 ―――果たして、そこにはこう書かれていた。

 

『うつつちゃん。

 君は、すごい子じゃ』

 

「…え?」

 

 自身の経験の中で、一度も言われた事のない評価……「すごい子」とする書き出しで、声が漏れた。

 はやる気持ちを抑えながら、続きを読んでいく。

 

『君自身はそう思っておらんかもしれんが…君は、誰かの為に行動ができるのじゃ。

 例えば、血判を押した時。君は、あの時儂の血判状に印を押すのを拒否できた。

 だが、最終的には印を押した。それはなぜなのかのう?

 

 君は、ずっと疑われたままなのは嫌だから、と言っていたが、もしあのまま疑われ続けていたら、君だけでなく、君と仲良くしてくれているきららちゃんやランプちゃんにも疑いの目が向いておったじゃろう。

 そのことに気付いていたにせよそうでないにせよ、君の勇気が、最悪の疑心暗鬼からあの2人や自分自身を守ったんじゃよ』

 

 

 ―――そうじゃない。そんなことを思って血判を押したんじゃあない。

 ―――ただあの時は、もし血判しなかったらずっと疑われたままなんじゃあないかって……

 

 そう思いながらも、手紙を読む手が、視線が止まらない。

 

 

『それだけではあるまい。

 フェンネルからいただいた手紙にも書いてあったが、メディア殿が攫われた時、彼女の救出の際には先頭に立って貢献したそうではないか。メディア殿も手紙越しで「誇れる友人」と君を褒めておった。

 ここまで人の為に動ける人間が、すごくない訳がなかろう』

 

「メディアと、フェンネルが……!」

 

 思いがけない名前の登場に、うつつの眼がうるおう。

 零れ落ちそうな水をたたえた両目が、書記の達筆を追っていく。

 

『儂が君を信じ、守ろうとした一番の理由はそこじゃ。

 信頼できる友達のために動ける人間と、リアリストを名乗るだけのテロリストが同じな筈が無い。

 ……もし、ここまで読んでも自分を信じる事が出来ないというのなら、仕方あるまい。

 君をここまで評価した、この儂の眼を信じては、くれぬかのう?

 そして、もしも叶うならば、君を「すごい人」と信じる友もまた、信じてやって欲しいのじゃ』

 

「おじいちゃん………!!」

 

『最後になるが、うつつちゃん。

 儂を「おじいちゃん」と呼んでくれて、ありがとう。

 お陰で、少しだけ若返ったような、そんな気分になれたわい』

 

 ぽたり、ぽたり、と。

 書記に丸い水の染みができた。

 それが一つ、うつつの視界にできると、それに続くように二つ、三つ、四つと丸い染みが増えていき、文字のインクをにじませていく。

 

『だからの、うつつちゃん。もし君が傷つく形で儂がこの世を去ったとしても…

 ―――己を責めちゃいけないよ。儂は君の『祖父』で幸せじゃった。』

 

「…………………あ」

 

 そこが限界だった。

 最後の、涙で濡れた一文を読み終えた途端、うつつの口から声が漏れた。

 

「うぅぅ…ひっぐ…………おじいちゃん………!!!」

 

 

 うつつはこの時……理解してしまった。

 頭ではなく、心で理解したのである。

 コッドが、もうこの世のどこにも存在しないことを。

 そうなってからは、ただでさえやまなかった涙が、勢いを増していくばかりで。

 先の戦いで貯まりに貯まった悲しみを、少しずつ流して清算するかのように、うつつは泣き続けていたのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ちょっとした偵察をして帰って来た時、会議の席には住良木うつつと、きらら達一行がいなかった。

 ローリエにどうしたのって聞いたら、「席を外した」と聞き、うつつを探して回る事にしたんだ。アルシーヴ様から頼まれたものが、ようやく届いた訳だしね。

 

 それをうつつに渡そうと、ホテル中を探している最中に………コッドさんの部屋で、何やら大きめの手帳を手に号泣しているうつつと、その周囲で慰めているきらら達を見つけた。

 

 

「…これは入りづらいな……」

 

「む、カルダモン。どうしたんだ? 今ちょっと立て込んでてな……」

 

「見れば分かるよ。

 といっても、あたしは住良木うつつに手紙を私に来たんだけどね…」

 

 こんな状況じゃあ渡すに渡せないかな。

 タイキックさんにそう言った矢先、話題に出ていたうつつと他の2人…きららとランプが、こっちに気付いた。

 

「あれっ、カルダモンさん!?」

 

「どうしたんですか?」

 

「アルシーヴ様からうつつへの手紙がようやく届いたからさ。見てもらいたかったんだけど……そっちもそっちで、何か見つけたみたいだね」

 

「う、うん………おじいちゃんの、遺書だよ」

 

「コッドさんの?」

 

 

 そんなの、初耳だ。

 確かにコッドさんの年齢をローリエから聞いた時は驚いたよ。

 でも、亡くなった後の書記を書いているなんて…随分と準備がいいな。

 

 気になったから、許可を貰ってうつつからコッドさんの遺書を受け取った。代わりと言ってはなんだけど、アルシーヴ様からの手紙をきらら達に渡して読ませてあげる。

 

 めくってみて大まかに内容を確認してみると……やはり、内容はただの遺書のようだ。

 街の住人達や、神官たちや、きらら達や、あたし達にまであてた手紙のようで………あ、うつつへの手紙のページが、涙で濡れて文字のインクが滲んだ後がある。しっかり読んだ証拠だね。

 

 

 それで、他のページにはなにが……………ッ!?

 

 

「ねぇちょっと、皆! これ見て!!」

 

 

 遺書のページをめくっていった先にあった、神殿への見取り図とそこに書き込まれた跡、そして何行も書かれた達筆な文章のページを見つけて……………その意味を知った瞬間に、周囲の人間を集めていた。

 

 

「ど、どうしたんですか………?」

 

「どうやらコッドさんは、あたし達に遺書だけじゃあなくって、神殿を取り返す方法も残してくれていたみたいだよ」

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 

 そこに書かれたもの――コッドさんが練ったのだろう、作戦案だ――をきらら達に共有したあたしは、これを検討の価値アリと判断して、一足先にローリエ達がいた作戦会議中の部屋まで戻っていくことにした。

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ&シュール・ストレミング&シュナップ&ロシン
 コッドの死を重く受け止めていない訳ではないが、彼の意志を継いで神殿の奪取をするべく作戦会議を進めている面々。紛争中の動揺は敗北に繋がりかねないから仕方ない点はある。特に傭兵歴の長いシュール・ストレミングは、人の死が転がっていた日常と青春を過ごしてきたため、その辺りの耐性がかなり強い。シュナップは3章で言及した通り血への耐性は皆無。ロシンは、少しずつ慣れてはいるが、内心では自身を保護してくれたコッドに大きなショックを受けていた。

住良木うつつ
 コッドの死に一番大きなショックを受けていたクリ……主要人物。目の前で頼もしい人物を失ったショックとサバイバーズギルトですぐさま絶望し、心が折れてもおかしくはなかったが、コッド本人の遺書で回復。カルダモンが持ってきたアルシーヴからの手紙で立ち直る。

きらら&ランプ
 うつつを放っておけなかった人達。励まそうとしたが、ローリエの忠告によって、それが度を越した、悪影響ばかりのお節介をしないで済み、コッドの手紙で泣いていたうつつに寄り添うだけに留めた。それが、うつつが立ち直ることに貢献している。

マッチ&タイキック
 ローリエの頼みできらら達と同行した保護者枠(?)。その際にマッチはローリエも気にかけている。それは、ローリエの秘密主義を心配するものであった。

カルダモン
 会議に参加するのと同時進行で、敵の偵察をしていた八賢者。その過程で街の入口のウツカイを倒してアルシーヴからの手紙を持ってきた遣いクロモンと合流。そしてうつつを立ち直らせる手紙を手渡した。そこでコッドの手記を見つけ、そこにあった逆転の一手の存在を知る。



コッドの遺書
 コッドが死に備えて書いていた遺書。前話の死を予見していたわけではないが、コッドが生前述べた通り、エトワリアの住人の平均寿命は60後半〜70代。88年も生きたコッドは、いつ老衰でこの世を去っても良いように、出会ったすべての人々へメッセージを残していた。これが、図らずもうつつを救う一役を担う。

カルダモンが届ける手紙
 原作でも登場した、アルシーヴと賢者全員による、住良木うつつへの励ましの手紙。孤独に分断されたうつつを救ったが、拙作ではその役をほぼコッドの遺書に奪われ、うつつを立ち直らせるダメ押しに成り下がってしまった。……だが、決して不要な存在になった訳ではないし、これを読んだうつつは原作通り「自分には応援してくれる人がいる」と思えるようになった。なので、「もう遺書だけでいいんじゃないかな」とか言ってはいけない。



△▼△▼△▼
ローリエ「コッドさんの手記…そこに書かれていたのは、起死回生の一手だった!」

カルダモン「流石、この街の神殿長だった人だ……街の地形を最大限に活かした軍略だね」

きらら「そして、私達は…この街を貶めた元凶……ロベリアとスズランと対面します!」

次回『十二進法の軍略』
うつつ「帰って良いですか…?」
ローリエ「駄目で〜す!」
▲▽▲▽▲▽


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第42話:十二進法の軍略

 2月28日、きららファンタジアがサービスを終了しました。きららファンタジアを作ってくれたすべての皆様、たくさんの思い出をありがとう。
このゲームの思い出は、私達の中に永遠に生き続けることでしょう。願わくば、また違う形で出逢いたいものです。

あと2話くらいで4章を締めくくらせる事が出来るだろうか………文字数増やすしかないか。
今回のサブタイの元ネタは「ぼっち・ざ・ろっく!」より「十二進法の夕景」です。


“彼女は、いわば緑の眼をした怪物だ。人の心をなぶり、貶める賤しい化け物。だが弱いゆえに心を狙う怪物。渡辺綱に斬られた橋姫のごとく、所詮は唾棄すべき存在でしかない。”
 …木月桂一によるロベリアの人物評


 

 

 コッド先生の手記を見つけてから2日。

 神殿勢による、神殿奪還作戦が開始されていた。

 日にちを空けたのは、実行日がそう書かれていたからだ。その理由もバッチリ書いてあり、それも俺やシュールさんでさえ納得できる内容だったので、実行を翌日ではなく、2日後にしたのである。

 

 そんな中、俺ことローリエはというと……

 

 

「うぅぅ…なんでこんな雨の中進まなきゃいけないのよぉ……無理ぃ…後で絶対風邪ひいて死んじゃう………」

 

「そう言うな、うつつ。雨の進軍は冷えるが、その分お釣りが来る。進むなら今しかあるまい」

 

「まさか、コッドさんが雨まで予想して作戦を組んでいたなんて……」

 

「そうだな……雨なら、狙撃の心配もグッと減る。奇襲にはもってこいだ」 

 

 

 降りしきる雨の中、建物に隠れながらきららちゃん御一行を引き連れて、神殿へと向かっていた。

 水面に浮かぶように佇む神殿が見える位置になると、近くの建物に隠れ、雨をしのぎながら時を待つ。

 

 

「でも、ローリエは大丈夫なのかい?

 雨で銃が使えないのは、君も同じじゃあないのかな」

 

「その点については心配ない、マッチ。

 なにせ俺のパイソン&イーグルの薬莢はちょっとやそっとの水じゃなんともないんだよ」

 

 まぁ厳密には火薬は使っておらず、薬莢の尻部分に小さな爆発魔法の紋章を書いておき、撃鉄が衝撃を与えると起動する仕組みになっているのだが、これもまた濡れるとダメになるのには変わらない。だが、現代の弾丸のように火薬に相当する部分を金属で覆っているので、軽い雨に降られた程度では不発弾になることはない。

 

「それにしても……本当に大丈夫なのかな?

 街の人に、危険や迷惑がふりかかったりしないのかな?」

 

「それも、コッド先生の手記にあった。住宅街方面の水門が閉まっていれば、まず大丈夫だと」

 

 最初にこの作戦を見た時、きららちゃんとうつつが心配したのはそこだった。

 敵を倒すことが出来ても、守るべき街の人々や捕まった神官たちに被害が及んだら意味がない。もっともな懸念だ。

 でも、そこはどうやら先生も考えていたようだ。作戦案には、閉じるべき水門と開けておく水門、そして作戦実行時に開ける水門が事細かに記されていた。また、水門開放時の推定の水量も神殿への被害も書かれていた。

 

「作戦に絶対ってモンはねーが……ノープランに緊急脱出路から攻めるより100億倍は良い」

 

「それにしたって……こんな作戦、今でもちょっと怖くて仕方ないよ。だって、思いついても普通やらないじゃあないか―――」

 

 

 マッチが何か言おうとした時。

 ゴォォォ、と水路の上流方向から音がしてきた。

 そろそろ作戦開始だな。備えとけよ、皆。

 

 

「―――()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()、なんてさ」

 

 

 マッチの呟きがクリアに聞こえた直後、量と勢いを増した濁流が、神殿に直撃した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 水路の街・神殿最奥部。

 そこには現在、神殿を乗っ取り、街を支配せんと企むテロリストが占拠しているワケだが、珍しいことに、その日は占領した当事者以外の人物がひとり、いた。

 

 

「大丈夫だったん? 大神官コッドの爆発を受けて…」

 

「大丈夫なんかじゃあないわ。まさかあそこで自爆魔法(エクスプロウド)を使うなんてね……」

 

「覚悟が決まりまくってたんだな、アイツ。オレの転移がちょっとでも遅れてたらヤバかったぜ」

 

 

 中華服のロベリアと華美な姿のスズランが各々コッド戦の感想を漏らす。

 大神官コッドは、うつつを守る際、死に際に己の命と引き換えの大爆発を巻き起こしたのだが、彼女たちはどうやらかろうじてそれから逃れていたらしい。

 最初に問いかけた―――カウガールファッションの少女・スイセンはその答えを受けて安心の息を漏らした。その手には、手に馴染んだ旧式の拳銃(リボルバー)ではなく、ウィンチェスターライフルのようなショットガンが握られている。

 

 

「いずれにせよ……コッドは死んだわ。

 後はシュール・ストレミングを始末すれば指揮系統は混乱に陥る。

 そうなれば残りは烏合の衆のようなものよ」

 

「コッドの次はそいつを狙い撃てばいいのー?」

 

「いいえ。そう簡単でもないわ。警戒されてるかもしれないしね。

 ハイプリス様に無理を言って借りた戦力ですもの。万一にも失うなんてあってはならないわ」

 

 

 ロベリアは、油断はしない少女であった。

 結果を見れば、コッドの始末は成功した。

 だが、あそこまで粘られるのは想定外だった。スズランが来なかったら、どうなっていたか分からない。

 だから、スイセン―――『美食の都』から引っ張ってきた狙撃要員は今後の戦いでも確保しておきたい。

 

「…今度狙うのは彼女じゃあないわ。別の人間よ」

 

 呪具と扇の調整を始めたロベリアは、悪辣な笑みを浮かべ、その名を出した。

 

 

「―――八賢者・カルダモン。彼女は再起不能にするんじゃあないわ。こっちに引き込むのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後であった。

 部屋全体が、プールをひっくり返したかのように大量の水に降られてびしょ濡れになったのは。

 

「「「!!!?」」」

 

 ドバァァ、と派手な音を出して襲いかかってきたとんでもない勢いの水流に、3人の真実の手は、面食らった。

 

 

「ぶわぁ!? 急に何なんだッ!!?」

 

「うぎゃーーーっ! ウチの火薬がーーッ!!!?」

 

「これは…川の氾濫!?

 ばかな、ここまでの氾濫が起きる大雨じゃあない筈なのにッ!!」

 

 

 悲鳴をあげるスズランとスイセンをよそに、ロベリアは終わらせたはずの計算をやり直す。

 確かに昨日の夜から雨は降っていた。だが、水路の街の水排出の効率と川の増水量からして、そう簡単に水路が氾濫を起こすなどあり得ない。

 脳内で再演算したが、そこから弾き出たのは最初の計算結果と同じだったし、第一この程度の雨で川や水路に氾濫されては、まずまともに人の住める街になっていない筈なのに……!?

 

 

「ウツーー!」

 

「くっ…何よ、こんな時に……」

 

「ウツウツ、ウツーツ!!?」

 

「………敵襲、ですって………!!?」

 

「はぁ!!?」

「うっそーー!!?」

 

 

 続いて、ウツカイが持ってきた凶報にロベリアは絶句した。

 突如見舞われた洪水に、狙い合わせたかのような敵襲の報せ………そこでようやく先の鉄砲のような氾濫が、異常気象による災害ではなく、神殿側の策略であったことを悟ったのだ。

 

 

 そこからの行動が一番早かったのは、ロベリアだ。

 まず、自身が両腕に巻いていた宝石のブレスレット群……これらを全て外し、スズランに投げ渡しながらこう言った。

 

「スズラン! 攻め入った奴らを返り討ちにしなさい…!」

 

「これは…ルビーちゃん、か。前金として貰っとく」

 

「成功報酬なら出すから突破されるんじゃあないわよ……」

 

 続いて、予測外の鉄砲水の影響で火薬が残らず湿り、うろたえているスイセンにこう指示する。

 

「スイセン、転移装置でハイプリス様に助けを呼びに行きなさい。

 いま濡れた弾はもうぜんぶここに捨てちゃっていいわ」

 

「わ、分かった! ウツカイの援軍を呼んでくる! ロベリアはどうするんよ?」

 

「闇に落ちた神官と傭兵をハイプリス様の下へ送る準備をするわ……」

 

 

 流石に、“真実の手・妙手”は伊達ではない。

 自然現象に見せかけた不意打ちを受けても尚、即座に冷静さを取り戻し同僚に指示を出してのける。

 スズランが敵を蹴散らしに前に出て、スイセンが転移装置に走っていくのを見届けてから、自身も行動を開始する。

 早くしなければ、自分達以外の誰かが、攫われた者たちを連れ戻しに来るかもしれない。

 そうして、人質のいる部屋まで行き。

 

 

「おや、君は…たしか“真実の手”のロベリアだね?」

 

 

 ―――そこで、八賢者・カルダモンと遭遇した。

 

 

「(馬鹿な……早すぎる…ッ!?)」

 

 

 あまりの予想外に出てきた本音を、かろうじて飲み込んだ。

 確かに、ロベリアの策では、次の狙いはカルダモンだった。

 だが、こんな不意打ちを受けた上に他に優先する事がある状況で、相手にしていられる程楽な相手ではない。

 スズランもスイセンも手が離せない。援軍もすぐには望めない。

 そんな状況下で、行く手を遮るように立っているカルダモン相手に、ロベリアは戦うしかないと決断を下す。

 

 

「君を捕まえて、水路の街を解放させてもらう」

 

「こうなったら仕方ないわね……呪ってやるわ……」

 

 

 妙手の使い手と、最速の八賢者が、人知れぬ神殿の廊下にて、激突した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 水路の街には、当然ながら水門がある。

 コレは、雨などによって降水量が増えたり、逆に日照り続きで雨の不足が予期された時に、街に流れる水を調整するためだ。この存在が、水の氾濫や干ばつで街の大打撃を未然に防いでいるのだ。

 当然ながら、水門を開けるべきか否かの見極めは、素人ができようはずもない。俺だって初見でできるかどうか怪しい。

 

 しかし、この作戦の発案者―――今は亡きコッド先生なら可能だった。長い間、水路の街の神殿長としてここに就いており、この街の水害に細心の注意を払い続けてきたあの人だからこそできる作戦。

 

 それが事細かに手記に書いてあったが故に、俺達はこの作戦を実行できている。

 シュナップさんに傭兵達や神官たちの指揮と水門の管理を任せつつ、時が来たら一気に水門を解放し、貯まりに貯まった水を、住宅街から被害を出すことなくリアリストが占拠している神殿だけを狙い撃ちにする。

 そして、動揺している隙を突いて流れが速くなった水路に船を乗せて不意打ちを行う………

 

 その名も―――「打ち水掃除大作戦(ランプ命名)」!!!

 

 

「成程、コレが打ち水か…勉強になったぞ」

 

「…………俺の知ってる打ち水じゃあないんですけど」

 

「打ち水どころか災害じゃないのぉ……」

 

「いっ…いいんですよ今は作戦名なんて!!!

 ほら! 水の勢いが治まる前に船に乗る!」

 

「い、いやだぁ…! 絶対事故って転覆しそうなんですけどぉ…!?」

 

「言っている場合か! もう傭兵のみんなは行っちゃったぞ!」

 

 

 …やや可愛げのある作戦名とは裏腹の凶悪な自然災害による先制攻撃と、その後に神殿へ流れていった傭兵達の乗る船を見送った俺達は、停泊させていてギリギリ流されていない船に乗ると、まだ勢いが元に戻り切っていない川の流れに乗って、神殿へと突貫した。

 神殿への攻め込む順番として、カルダモンと傭兵部隊の大半に切り込み隊長を任せ、俺達はシュールさんやロシンと一緒にその後に乗り込む。

 このまま押し切ってやるぜェッ……!!

 

 

「うわあああああああああああああああ!!!?」

 

「す、すごい揺れてッ……!?」

 

「ひぇぇぇぇぇっ!?」

 

「『Z○p-a-○ee-D○○-Dah』でも歌おうか?」

 

「よく分かんないけどソレは色々マズいってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 

 あ、うつつこの手のネタは知ってるんだ。

 まぁこれ、乗り心地は「スプ○ッシュマ○ンテ○」と比べ物にならないくらい最悪だけどな。

 

 急遽出来上がった「ス○ラッ○ュ○ウン○ン」は、神殿との距離が近かったのもあって約2分で神殿の近くに船が乗り上げた形で終了した。

 目を回しているうつつとランプをひっぱりだし、タイキックさんの無事を確認し(彼女が一番タフだった)、きららちゃんの上陸を助けてから、俺達は神殿の中へ突入した。

 

 

「ひぇっ…!?」

 

「こ…」

 

「これは……」

 

「……っ、早速お出ましか」

 

「ん? ……お、住良木うつつ(特大ボーナス)がそっちからやって来るとはな!

 人使いの荒い仕事だったが、ツイてるぜ!」

 

 

 まず、入口をくぐって目に飛び込んできたのは、大半が倒れてしまっている傭兵たち。立ち上がろうとしている奴が多く死んではいないが、神殿の守りに対して攻めあぐねているのは明らかだ。

 そして…そんな数多の傭兵の返り討ちをしていたのが、一人中央に立っていた少女。黄緑ラインの目立つ、高そうな黒のエナメルコートを纏い、なかなかに派手かつ露出度高めな格好をしている。

 

 俺にとっては3度目の出会いなそんな彼女―――スズランは、鎌のような斧をこちらに向け、好戦的な笑みを浮かべた。

 

 どうしてこんな神殿入ってイキナリのタイミングで幹部級のコイツと出くわす?

 待ち伏せ……いや違うな。俺達の攻撃を完全に読んでいたならば、最初の鉄砲水の時点で対策していた筈。

 そうなるとコイツは……急ごしらえの時間稼ぎ。奥にいるであろうロベリアが、何か手を打つ時間を稼ぐ役割を担っているに違いない!

 

 

「皆! コイツは俺に任せて先に行け!」

 

「え!? でも…!」

 

「今コイツにかまってロベリアに何かさせる方がマズいだろう!」

 

「しかし、1人で大丈夫なのか? 何なら私も―――」

 

「ハハッ! 敵の前で作戦練るとか馬鹿かお前ら!!」

 

 

 スズランが、俺の指示を受けて戸惑っているきららちゃん達に、魔法弾を放つ。

 それを、即座に抜いたパイソンで、全弾撃ち落とした。

 

 

「馬鹿はお前だ。バレても問題ないから言ったんだろうが。

 タイキックさん! ランプとうつつについてやれ!」

 

「……大丈夫なんだな?」

 

「当然」

 

 

 タイキックさんの言葉……それは、「任せてもいいんだな?」という確認。俺はそれに強く頷いた。

 虚勢じゃあない。スズランの手札は分かっている。流石に全部は分からねぇが、初戦と違って出し惜しみはしないつもりだ。

 ルーンドローン、ソニックビートル、パイソン&イーグルの各種特殊弾頭に、ショットガン・アイリス、スナイパーライフル・ドラグーン。どれもこれも、エトワリアにはオーバーテクノロジーだ。

 それに………今の俺には、再現魔法「レント」というとびっきりの切り札(ジョーカー)もある。そして……再現できる人物は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は知っている。

 年をとって現役をとうに終えても尚、サーベル一本と手榴弾で戦車を撃破できる存在を。

 常人に一切悟られることなく対象を始末できる、凶悪な精神エネルギーの数々を。

 泳げなくなることと引き換えに、あらゆる特殊能力を使いこなす人間達を。

 人の一人や二人、用意に消し飛ばせる力を持つ規格外な生物を。

 それらを再現してしまえば、こんな守銭奴など3分足らずで片付けられる。

 勝算は……あるはずだ。

 

 早速その魔法を起動しようとしたその時。

 俺の脇を通ってスズランに斬りかかる存在がいた。

 

 

「「!!?」」

 

「あなたの相手はこの私よ!!」

 

「シュールさんっ!?」

 

「行きなさい皆!

 ローリエ君も早く!」

 

「一人で大丈夫か!?」

 

「この人には、部下のお礼もたっぷりしないといけないからね! それに…私には、護るべき家族がいる!」

 

「………信じてます!」

 

 

 後から来たのであろうシュールさんが、スズランと鍔迫り合いを始めたのだ。

 きららちゃんは根が優しいのかシュールさんを置いていくことを躊躇っていたようだが、すこしの沈黙ののち、シュールさんにそう告げてから走り出した。

 

「………」

 

 俺もまた、すぐに走り出せなかった。

 ……勝てるのか? そう思ってしまったからだ。

 当たり前だが、シュールさんの実力を疑っているわけではない。だが、俺がやった方が早く、確実なんじゃないか? 『レント』さえ使えれば、足止めの必要性すらないのではないか?

 ……凄まじく嫌味な言い方になるが、そう考えてしまった以上、少なからず足が止まってしまう。

 

「何をしている!? 早く来てくれ!

 先を急げと言ったのは貴方自身だろう!!」

 

「………………」

 

 答えが出ないまま、タイキックさんに呼ばれるがままに奥に進むことになった俺である。

 

 

 

 

「シュールさん、大丈夫かなぁ……」

 

「そうだな……だが、ここに入ってきてから嫌な予感が止まないんだ。急いだ方が良いような気がする」

 

「大丈夫ですよ二人とも! あの人を信じましょう!」

 

「それに、カルダモンが切り込み隊長としてロベリアの元に向かっているはずだ。加勢してあげないとね」

 

 うつつとタイキックさんの心配は尤もだが、ランプとマッチの言うとおり、急ぐしかないだろう。

 シュールさんにスズランを任せてしまった以上、俺たちに出来ることはそれだけだ。

 

「それにしても…珍しいな。

 タイキックさんが、そんなことを言うなんて」

 

「嫌な予感がするのは本当なんだ。

 それに、さっき父上も躊躇っていたではないか。

 シュール殿になにか不安でもあるのか?」

 

「……不安は、ない。

 シュールさんは、傭兵団最強の人だ。伊達に団長やっちゃいない。まず負けることはないだろ。

 ただ、どんな人にも万が一はある。それだけだ」

 

 

 そう……それだけ。

 それだけのはずだ。

 それなのに、心に巣食った不安は全然消えてくれなかったので、全力で神殿内を走り抜けることにした。不安やストレスをぶつけるかのように。

 

 

 

「おおーーっと! ここは通さないんよ!」

 

 

 そうして走ってしばらくすると、今度はまた違った声がしてくる。

 その直後に降ってきたのは、巨大な拳!

 

「危ねぇっ!!」

 

 全員が何とか回避する。

 そして飛んできた拳の主を確認すると……

 

「ウツーーーーーーーー!!!!」

 

 …そいつは、巨大な姿形をしていた。

 流石に、遺跡の街の地下アジトで出会った巨大ウツカイよりかは小さいが、目を引いたのはその大きく変わった見た目だ。

 

 頭はヤギのような形と角をしており、両腕はゴリラ以上に肥大化し、両足で立つ姿はまるで人のようで。

 ウツカイの特徴たる顔をしながら、「悪魔」を形容するかのような姿をした、今までにはいないウツカイだった。

 

 

「うわぉ、流石の破壊力だね、プロト・ガーディアンウツカイ!

 よーし、このままアイツらをけちょんけちょんにしてやるんよー!」

 

「ウツー!」

 

 

 プロト・ガーディアンウツカイと呼ばれたソイツは、傍らにいたカウガール・スイセンの陽気な指示を受けて、両手を振り上げて襲い掛かってくる。

 それらを再びやりすごした後、きららちゃんにちょっと頼みごとをした。

 

 

「なぁ、きららちゃん」

 

「なんですか?」

 

「ここは俺が引き受ける。本来はスズラン相手に戦うつもりだったが……」

 

「な、何を言っているんですか! さっきと違って、相手は2人です! いくらなんでも危険ですよ!」

 

 

 きららちゃんに話しかけた内容をランプに聞かれたのか、きららちゃんより先に彼女が否と声を張り上げた。きららちゃんもランプの主張に異論はないようで、軽く頷いて「全員でここを突破しましょう」と促してくる。

 だが、全員で突破するのは俺的には「ナシ」だ。それは、ロベリアに時間を与えることを意味する。敵の策士相手に最もやってはいけないことだ。

 だから……俺は、その折衷案を提案する。

 

 

「きららちゃん、1人だけクリエメイトを『コール』して、俺と組み合わせるんだ。

 そうすれば2対2になる。無謀な時間稼ぎにはならないと思うが…?」

 

「! そうか…そうでした! きららさんの『コール』なら、どなたかの力をお借りすることが出来る筈……!」

 

「でもぉ……それで勝てるの……ホントにぃ……?」

 

「心配無用。きららちゃん、確か『コール』する相手は選べたよな?」

 

「? えぇ…クリエメイトご本人の同意が得られれば、ですが……」

 

 

 うつつを筆頭にした「勝てるの?」という心配は無用。

 何故なら、スイセンとはもう既に一度戦っているからだ。

 その時に身をもって受けた彼女の攻撃属性と、ゲームの知識をフル活用して、ひとりのクリエメイトの名前を出した。

 

 

「―――折部やすな。彼女をナイトで『コール』して欲しい」

 

 

 

 

 

 軽い作戦会議が終わった直後。俺の合図で、きららちゃんとタイキックさんが飛び出した。

 

 

「「はぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」」

 

「はっ、真っ正面から突っ込んで無駄なことを! やっつけてやれ!」

 

「ウツーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 スイセンの眼には、隠れてはいたものの、突破しなければ始まらない事実に気が付いて、きららちゃんとタイキックさんが無策にも突っ込んできたようにしか見えないだろう。

 だが、あくまで彼女達の目的はここを抜けて先に行くこと。お前らを倒す役目はこのローリエがやるんだよ。

 

 

「ウツッ!!!」

 

「ふっ!」

 

「はっ!」

 

 プロト・ガーディアンウツカイの最初のパンチをかわす二人。

 そこで、きららちゃんが手に隠し持っていたものを手放した。

 それは、一見すると金属の棒。だが、きららちゃんとランプ、マッチは知っていた。この形状の棒が、この後どうなるのかを。そしてそれは、俺がそうなるように設計した兵器である。

 

 きららちゃんの手から離れたそれ―――――閃光弾は、地面に落ちてカンと小気味のいい金属音を鳴らした瞬間………辺り一帯に、目が眩む程の光を放った。

 

 

「うわぁぁぁっ!! なんなん!!?」

 

「ウツゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?!?!?」

 

 

 スイセンとプロト・ガーディアンウツカイの動きが止まる。

 その隙に、きららちゃん一行は、通路の間を縫うようにして、先へと走っていく。

 少なくともスイセンはそれに気付いたようだが、まだ目が回復している様子がない。それにまだ閃光弾が光を放っているというのに気の早いヤツだ。

 

 視界が回復した頃には、目の前に立っている人物が二人に減っていたことに、スイセンは目を丸くしたようだった。

 

 

「行けるか、やすな?」

 

「あぁぁ…」

 

「?」

 

目が…目がァーーッ!!

 

オイ

 

 

 なんで俺の閃光弾をお前まで食らってんだ。

 しっかりしてくれよ……一応、ナイトでヘイト集めして貰うんだからな?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ローリエの機転によってスイセンとプロト・ガーディアンウツカイの防御を突破したきらら達。

 あとは神殿最奥部に辿り着き、カルダモンと共にロベリアを倒すだけである。

 

 ―――そう思っていたのだが。

 

 

「くふっ…」

 

「「「「!!!?」」」」

 

「君達はまだ、ソラが正しいと信じているのかな?」

 

 

 きらら達が辿り着いた、神殿の奥で見たものは。

 ………覚悟を決めた目をしたロベリアと、闇のオーラにつつまれ、妖しい雰囲気でそう問いかけたカルダモンだった。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ&折部やすな
 きらら達と神殿に突入後、彼女たちを先に行かせるためプロト・ガーディアンウツカイとスイセンと戦うことになった拙作主人公&それに伴ってきららが『コール』したクリエメイト。ローリエが行ったこのチョイスは、スイセンの属性相性とパーティバランスを考慮した結果なのだが、メタ的には立て続けに迫るシリアスにギャグ漫画のキャラで対抗してやろうという意志が見え隠れしている。

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ
 シュールやローリエの献身によって、予想以上に早くロベリアのいる最奥部に辿り着いた。しかし、そこで待っていたのは公式と似たりよったりな光景で…?

シュール・ストレミング
 きららとローリエ達の為、そして部下達や家族のためにスズランに勝負を挑んだ傭兵団団長。ローリエはシュールの代わりにスズランと戦うべきか悩んでいたが、部下を痛めつけられた借りがあるため、ここでローリエが代わると申し出ても断っていた。

カルダモン
 神殿への鉄砲水による強襲のあと、いち早く最奥部に着いてロベリアと戦っていたはずの八賢者。しかし、きらら達が到着した時には、彼女に異変が起きていて……?
 余談だけど、公式によってリアリストに堕ちたカルダモンのイラストが出た時には、やつらって露出魔族しかいないのかと思った。

ろーりえ「ふーん、えっちじゃん」
かるだもん「そんな目で見ないで。セクハラで訴えるよ?」
ろーりえ「おいやめろ!」

ロベリア
 公式では十分策を練る時間が与えられていたが、拙作では鉄砲水による不意打ちを受けたことで、策を練る冷静さが奪われている。だが、そんな中でも体制を立て直せるほど頭は回る。

スズラン
 ロベリアに前金を貰い、神殿に攻め入る傭兵達を薙ぎ払い、足止めをしていた守銭奴。うつつを捕まえて特別大ボーナスを得ようとするものの、シュールに止められる。

スイセン
 美食の都から水路の街に助っ人に来ていたカウガールにして、ホテル侵攻の時にコッドを狙撃した張本人。実は彼女はロベリアがハイプリスに無理言って頼んだ結果、新たな装備を携えて街までやって来ていた。使用したライフルはウィンチェスターM1866に近く、ローリエの「アイリス」と形状はよく似ているが、弾丸は拳銃用の弾丸しか使えず、その影響で射程もかなり短い。実はコッド狙撃も、すぐ隣の建物から行った。

プロト・ガーディアンウツカイ
 公式2部5章で登場した型のウツカイが先行登場。とはいえ、ハイプリスのウツカイ開発速度に変化がないので、完成品ではなく試作品であるという設定。話は変わるが、「正規採用品よりプロトタイプの方が強い」という概念は、どこから生まれたのだろうか…?



Zip-a-Dee-Doo-Dah
 映画『南部の唄』に登場する挿入歌。農場経営者の息子が農場の労働者から聞いたウサギの話で流れる。そのウサギの物語はディズニーリゾートで有名なアトラクション『スプラッシュマウンテン』のモデルとなる。ただし、2022年夏頃以降から『スプラッシュマウンテン』でこの曲が流れなくなってしまった。



△▼△▼△▼
ランプ「ソラ様が間違っているか見極めるですって……何を言っているんですか、カルダモン!」

うつつ「カルダモンが何かされて、おじいちゃんを追い詰めたロベリアも襲ってくる! もうだめだぁ、おしまいだぁ……」

タイキック「いや!負けるわけにはいかん! こんな、人の心を弄ぶ女は、必ずタイキックしてくれる!!!」

きらら「ローリエさんもシュールさんも戦ってくれているんです。私達が負けるわけにはいきません!」

次回『ファイティングガール(ズ)』
タイキック「次回も元気にタイキックだ!」
うつつ「何言ってんの…?」
▲▽▲▽▲▽


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第43話:ファイティングガール(ズ)

 今回のサブタイの元ネタは「ぼっち・ざ・ろっく!」より「ジャンピングガール(ズ)」です。


“他者への嫉妬を表に出すような人間は、暇人か極めつけの大バカ者だ。”
 …木月桂一の独白


 きらら達が見た光景。

 それは、覚悟を決めた様子のロベリアと、妖しい笑みを浮かべながら「まだソラが正しいと思っているの?」と言い放ったカルダモンであった。

 

 しかし、数刻前はカルダモンとロベリアは互いに対峙して戦っていたはずだ。

 どうしてこのような事になったのか、を知るには少々時を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 ロベリアとカルダモンの戦いは、硬直状態に陥っていた。

 けして残り多くないウツカイに強化を何重にもかけながら戦うロベリア。

 ウツカイ達が捕えきれないスピードで翻弄しながら、ひたすらロベリア本人を狙うカルダモン。

 

「(敵が多いな。それに、ロベリアが強化をしているのか。参ったね、手が足りないかも)」

 

「(コイツ…私の強化を受けたウツカイをこうも簡単に……しかも、私自身からの攻撃も警戒してる。忌まわしい、呪ってやりたいわ……!)」

 

 だが、そのどちらもが決め手に欠けていた。

 強化されたウツカイの処理に手いっぱいで、ロベリアを狙う余裕がなくなりつつあるカルダモン。

 カルダモンのスピードに翻弄され、ウツカイの数と強化で得られるアドバンテージを活かしきれないロベリア。

 せめて、どちらかの援軍が到着すれば戦況は大きく傾くのだが、お互いそれを待つ気はなかった。

 

 カルダモンはこう考える。

 このまま現状維持をしたら、確実にきらら達がやって来る。でも、目の前の女は策を練るタイプの敵。もしかしたら、もう既になにか手を打って来るかもしれない。その策が実行される前に、なんとかコイツを無力化できないだろうか。そっちの方が安全だ、と。

 

 ロベリアはこう考える。

 スイセンの救援要請で何が来るか分からない上に、このままモタモタしていたら、召喚士あたりがやってくる可能性が高い。スズランが足止めを担っているが、確実でない以上……カルダモンと長く戦い続けるのは愚策。早くコイツを突破して急がねば、と。

 

 どちらも事を急いている中での激戦。

 カルダモンは己の勘から、ロベリアは戦況を整理した上の推理から、長期戦は絶対に避けたい、という思惑が相手にバレてはいけないと察していた。

 

 そこで始まるのは―――高度な頭脳戦!

 

 

「カルダモン……あなた、こうやって私と戦っている内に……いや。

 それよりもずぅっと前から……分かっていたことがあるんじゃあなくって?」

 

「…何の話だい?」

 

「とぼけないで。あなたは知っているはずよ。

 聖典の世界にも、醜く、辛く、苦しい事があることを……!」

 

 

 ロベリアがふいに、ウツカイ達の攻撃の手を止めさせてそんなことを言ってきた。

 怪訝に思うカルダモンだが、ここで攻撃をしたら、勝負を急いでいることがバレてしまう上、聞いてしまった以上答えないのも不自然なので、彼女の策に乗るように答えることにした。

 

 

「……ああ、そうだ。貴方たちの言うように聖典は決してきれいごとだけじゃあない。あたしたちの住むこの世界とおんなじように……」

 

「でも結局、聖典の世界はソラにしか見えない………

 …綺麗ごとでなくても結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()であるんでなくて…?」

 

「それは……」

 

「あなたは、見てみたいと思わなかったの?

 『()()()()()()()()』を………!!!」

 

「………」

 

 

 カルダモンの答えは、芳しくない。

 だが、ロベリアには一種の確信があった。

 ―――かかった! と。

 

 

「さぁ、貴方はどうするの? このまま私を捕まえたとしても、何も変わらないわよ」

 

「……そうかもね。でも―――」

 

 

 カルダモンは短剣を逆手に構え、再び飛び掛かる姿勢だ。

 彼女の中では、もう答えは出たようだ。

 

「(おそらく…これは挑発。あたしの興味を惹く話題で惑わそうって魂胆かな。)」

 

 ロベリアの言葉が自身を引き込み惑わすための甘言であることを見抜いて、ロベリアとの会話を打ち切ったカルダモン。

 策を巡らせて相手を嵌めるタイプの敵を紛争地帯で何度も見てきたカルダモンからすると、この手の敵の会話に合わせると危険であることは知っていた。

 これ以上話を聞く理由も義理もないと判断して、ロベリアとの戦闘を再開して、捕縛を行おうとする。

 

「それは、あなたを捕まえてから考えるとするよッ!」

 

 目にも止まらぬスピードで、ロベリアに飛び掛かる。

 ロベリアにとっては、彼女のスピードは反応できる速度ではない。

 彼女にできるものは、せめて一本手を動かすことだけだ。

 

「くっ…」

 

「そこだ」

 

 当たり前だが、たかが手一本でカルダモンの攻撃から逃げ切ることも身を守り切ることも、出来る筈がない。

 カルダモンのナイフが、ロベリアの右肩に突き刺さった―――その時。

 ロベリアが、苦痛に顔を歪めながら、こう言ったのである。

 

 

「この時を待っていた…!」

 

「えっ―――」

 

 

 ロベリアが、左手に隠し持っていたどす黒い紫の結晶―――絶望のクリエを、無理矢理カルダモンの身体に押し付けたのだ!

 

 

「うぅぅ……ぐっ……一体…あたしに、何をっ!?」

 

「ちょっと強引だったけど……成功は成功よ。

 さぁ…八賢者カルダモン!堕ちてきなさい! 私達のところまで!!」

 

 ロベリアが、まるで藁人形を五寸釘で打ちつけるかのように呪いの言葉を送る。

 カルダモンは必死に抵抗したものの……最初に投げかけられた問いに答え、そして一理あると思い込んだ………そこが、勝負の分かれ目となった。

 

「うっ……ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

 

 絶望のクリエに呑まれていく。

 白が、黒に。光が、闇に。

 塗りつぶされていく。

 カルダモンは、全身が不快なものに蝕まれていく感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ―――そして、今に至る。

 きらら達は勿論、ローリエもシュールも知らない事ではあったが、カルダモンはロベリアの手によって絶望のクリエに侵され、洗脳されしまっていたのだ。

 

 

「あたしは確かめてくるよ。ソラとリアリスト、どっちが正しいのかを。

 その上で、ソラが間違っているというのなら………『調停者』として、ソラを断罪する」

 

「ソラ様を断罪する!?

 ば、バカなことを言わないでください!」

 

 

 その結果は、今のカルダモンの言動を聞けば明白だ。

 女神と世界的テロリスト、どっちが正しいのかを確かめ、女神さえも排除するかもしれないかのような言い分は、完全に闇に落ち、神殿に弓を引く行為といってもいい。

 

 

「それじゃあね、みんな。

 次に会った時は……敵かもね」

 

「待って!」

 

「い…行っちゃだめ! カルダモン!!

 私、私まだあんたに、手紙のこと―――」

 

「…………っ」

 

 

 きららやうつつが引き止めようとする。

 だが、その呼びかけは、カルダモンの足をほんの少し止めることしか叶わない。

 

「……ばいばい」

 

「そんな―――っ!?」

 

 やがてカルダモンは、リアリストに手を加えられているらしき転移装置に乗ると、そのままどこかへ転移する操作を始めてしまう。

 それを止めようと動いたきららとランプに、銀の棘が襲いかかった。

 

 

「「きゃあっ!?」」

 

「もう無駄よ…カルダモンは私達の仲間になったの」

 

「カルダモンに…何をしたの……!?」

 

「ふふ……私達と同じように、この世界のことを知ってもらっただけよ。

 幸せな『役』に選ばれなかった不幸を……孤独を……分かってもらっただけ…………

 カルダモンは、最初からいろいろ『知っていた』。だから、背中を押すだけで良かったわ…!」

 

「知っていた……?」

 

 

 うつつが食ってかかれば、意味深なことを答えるロベリア。

 明らかに「知ってもらっただけ」では済まないカルダモンの変わりように、うつつは狼狽えた。

 そこに、ロベリアが続けてうつつに囁いた。

 

 

「あなたなら分かるはずよ、住良木うつつ……!

 世界はいつもだって陽キャのものだった……違う?」

 

「うっ…うぅぅぅぅ……」

 

 

 蛇のように絡みつく、ロベリアの甘言。

 うつつ個人としては、その意見には頷ける部分もある。根っからの陰キャとしては、世界そのものが息苦しく住みにくいと思った事が……いいや思った事しかなかった。

 だが……それをそのまま、肯定する訳にはいかなかった。

 

「それは……そうかもだけど…」

 

「だけど?」

 

 何故なら、ここでロベリアに肯くことは。

 きららや、ランプや、ローリエやカルダモンを始めとした八賢者や…………何より、無価値な自分を「尊敬できる友達」と言ってくれたメディアや、命を賭けて自身を守ってくれたコッドを、裏切る事を意味するのだから。

 そんな選択を、うつつが取れる訳がないのだ!

 

「だ、だからって、それが……人の心を弄んでいい理由に、なるわけない……!!

 だって、そんなの嫌じゃん……人が嫌がること、しちゃダメってことくらい……人を殺しちゃダメなことくらい……陰キャで、弱虫毛虫の私にだって、分かるんだからぁっ……!!!」

 

「そう言うことだ」

 

 

 震えながらも、そうして啖呵を切ったうつつは、一人ではない。頼もしい仲間がいる。その筆頭は、うつつの言葉を強く肯定しながら肩に手を置いた…タイキックだ。

 

 

「貴様も所詮、ヒナゲシやリコリスと同じか。

 己が選ばれなかったからと……何の罪もない人々を苦しめる…!

 そのような輩を……見過ごすワケにはいかない!!」

 

「そうです。カルダモンは……あんな顔でソラ様を疑う人じゃあなかった!」

 

「カルダモンの心を絶望のクリエで捻じ曲げたあなたを、私達は許さない!」

 

 

 それに続いて、きららとランプも、ロベリアを真っすぐに、澄んだ目で強く睨みつけた。

 この世界の正義を背負っているかのような、強い視線を目の当たりにし………それを心底気色悪いとでも言わんばかりの様子でロベリアは吐き捨てた。

 

 

「ふん、きれいごとばかり…!

 心なんてね、簡単にねじ曲がるの……信じられるものなんて、何もありはしないわ!」

 

 それと同時に、ウツカイが湧き上がる。

 これが最後とでも言っているかのように、歯を見せて威嚇するウツカイの群れを従えながら、ロベリアは妖しく光を反射する銀の鉄扇を開いて、舞を踊るかのように魔力を練った。

 

 

「綺麗なモノばかり並び立てる、あなたたちに……特大の呪いをプレゼントしてあげる――――――『特守計』!!」

 

「「「「「ウツーーーー!!!!!」」」」」

 

 

 ロベリアの足元を中心に、巨大な魔法陣が展開される。

 全身が妖しい光で包まれたウツカイの咆哮が、戦いのゴングとなった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 私の『コール』に応じてくださったのは二人。

 港町で出会った涼風青葉さんと、この前の芸術の都で出会った、山口如月さんだ。

 

 

「あれ、お二人だけ…?」

 

「ほら、ローリエのために一人呼び出したままだったろ」

 

「あ、そうでしたっけ…」

 

 そう。一気に4人も5人も『コール』をすることは……出来なくはないけど、負担が大きい。ここぞという時以外では、あまり使いたくない。

 その代わり、だけど…

 

「キサラギさん! 守りの魔法を!」

 

「はい!」

 

 呼び出した如月さんの魔法が、私達全員の体に降りかかる。

 淡い光をまとうようになったそれが、私達の防御力があがったことを教えてくれた。

 

「これなら…!」

 

「青葉さん!」

 

「はい! おりゃあああーーーーっ!!」

 

 青葉さんの魔法が、ウツカイ達の元へ飛んでいき、直撃して煙をあげていきます。

 

「やりました!流石は青葉様です!

 あのコースはどう見ても直撃でしたよ!!」

 

「ら、ランプぅ…このタイミングで『やったか』は駄目だってぇ……」

 

「…気をつけろ、皆。あの女、まだ終わらない気がするぞ」

 

 ランプは喜んでいるけど、タイキックさんの言うとおりです。油断はまだできない。

 確かに、青葉さんの魔法はウツカイに当たったように見えた。けど、当たる直前のロベリアの表情に焦りはなかった。

 それに……あの人は、コッドさんを追い詰めている。うつつから詳しく聞いている。まだ何か隠している可能性が高い。

 警戒していくうちに煙が晴れて………

 

 

「「「ウツーーー!!」」」

 

「うわぁ!?」

 

「うっ!?」

 

「「「「!!!?」」」」

 

「ふふっ、馬鹿ねぇ……そんな魔法、効かないに決まっているでしょう!」

 

 

 ウツカイが飛び掛かってきた!

 効いてない……わけじゃないか。でも、まだまだ元気に襲い掛かってくる!

 青葉さんに反撃するかのようにウツカイ達が攻撃してきて、更に私の手も掴まれた!

 

 

「ハァァァァ!!」

 

「ウツー!?」

 

「タイキックさん!?……すみません!」

 

「油断するな! おそらくこれが…ヤツの全体強化だ!

 そうだろう、うつつ!?」

 

「えっ!? えっと……そう!そう…だよ……多分…」

 

 

 タイキックさんに救われて、掴まれた手首を軽く振る。

 これが…これが、コッドさんを追い詰めた魔法陣の強化……!

 青葉さんを囲っているウツカイをタイキックさんと追い払って、態勢を立て直そうとする。

 

 

「キサラギさん! 全員の回復を―――」

 

「させないわよ……『攻伐計』!!」

 

「!!!」

 

 

 ロベリアが扇を振るう。

 すると、今度はウツカイ達のオーラの色が変わった。

 いったい、今度は何が変わって……

 

「ウツーーー!!」

 

 ウツカイがキサラギさんに向かってツメを振り下ろした。

 キサラギさん本人はかわしたものの、ツメが直撃した床が、粉々に砕け散った!

 

「な、なんですか、今の攻撃力は………!!?」

 

「攻撃力の上昇もできるんだ…」

 

 防御力アップだけじゃないんだ。

 ウツカイ能力アップによって、有利な盤面を押し付ける。これが、ロベリアの戦い方なんだ。

 なんて、厄介な陣なんだろう。こんな力のウツカイが何匹も襲いかかってきたら、私達でも耐えられなくなるかもしれない。

 

「一気に押し切りなさい! ウツカイ共!」

 

「「「「ウツーーー!!!」」」」

 

「させるか! うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 ロベリアの号令で飛びかかるウツカイ達を、タイキックさんの蹴りの乱打が迎え撃つ。

 でも、どう見ても手数が足りてない。必死に戦ってるけど、ウツカイにつけられた傷が増えてってる。

 あのままじゃあ、タイキックさんが危ない!

 

「青葉さん! タイキックさんの援護を!」

 

「はい!」

 

 青葉さんにそう指示してから、私自身にもスピード強化を付与して、タイキックさんの隣でウツカイを迎え撃つ手伝いに入った。

 

「ウツー!」

 

「ぐっ、また…!」

 

「やはり、コイツ等……攻撃力が増しているッ!?」

 

 でも、やっぱりウツカイ達の攻撃が激しい。

 今までのウツカイとは別の生き物なんじゃないかってくらいのパワーと、腕のキレ。

 こんなものを強化なしでまともに食らったら、身体がちぎれちゃうかもしれない。

 

 私がウツカイの攻撃をかわして凌いでいる隣で、タイキックさんはウツカイに反撃までしていた。

 私と比べて回避はしてないから、傷も多いけど……でも、ウツカイの顔やお腹やおしりに見事にキックをくらわせていっているさまは、流石だ。

 

 でも、相手はウツカイだけじゃあなかった。

 

 

「うふふ…隙だらけよ」

 

「!!?」

 

「『呪怨:(しろがね)』」

 

「きゃああああっ!!?」

 

 

 足場が急に盛り上がり、姿勢が崩れて宙に放り出された。

 そこで見えたのは、どこからか生えてきたのか、銀色のトゲと、今にも襲い掛かってきそうなウツカイ。そして……ウツカイ達に囲まれながら、私を見て笑うロベリア。

 

「いい気味ね…人の不幸は蜜の味…」

 

 小さく呟いたその声が、聞こえる筈がないのにそう聞こえた気がして。

 絶対に負けられない。その気持ちが強くなる。

 ―――こんな、人の不幸を悦ぶ人に、負けていられない!!!

 

 

「『コール』!!」

 

 

 思いの限りを、自分の魔法に乗せて叫んだ。

 同時に3人以上呼ぶと……なんて言ってられない! ドリアーテの時と同じ……負けるわけにはいかないんだ!

 杖が光り、見慣れた魔法陣が現れる。それは、この土壇場で、クリエメイトの方が力を貸してくれた証。

 

 そこから出てきたのは―――黒っぽい紫色の剣閃。

 

 

「「「ウツーーー!!?」」」

「何ですってぇぇーーーーーッ!!?」

 

 

 その人は、たった一太刀で、ウツカイを斬り捨てて、銀色のトゲを細切れにした。

 黒いマントに、シャープな日本刀のような剣を携えて。揺らめく桃色の髪をコウモリの羽根のような髪留めでまとめて、現れたのは。

 

 

「頼ってくれて嬉しいよ、きらら」

 

「ふおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?!?

 や、闇堕ちフォームの桃様ですぅぅぅぅっ!!!!」

 

 

 遺跡の街の時とは全然違うコスチュームに身を包んだ、桃さんだった。

 

 

「桃さん、その姿は…」

 

「そこはひっかからなくていいから。

 ほら、残りの敵を片付けるよ」

 

「え、あ、はい!!」

 

 

 桃さんが、もう一度日本刀を大きく振るう。

 その衝撃波が、再び剣閃を巻き起こし、ウツカイ達を吹き飛ばした。これなら……!

 

「くっ…浮足立つんじゃあないわ、ウツカイ共!

 私の周りに寄りなさい!」

 

「「「「「ウツウツ…」」」」」

 

「『堅守計』!」

 

「「「「「ウツー!!!」」」」」

 

 

 くっ、またロベリアが防御の戦陣を築いた!

 桃さんの剣が強化を受けたウツカイを当たる……けど、余裕で耐えきり、突破できない。

 

 

「ま、またウツカイが固くなってます!」

 

「ど、どうしようどうしよう…!

 なにか、私に出来ることは……」

 

「こうなったら、ダメージ覚悟でも突っ込むしかないか……?」

 

「タイキックさん! それは流石に……!?」

 

 ランプとうつつが困り果て、タイキックさんは無謀としか言いようのない案を実行しようとする。

 いくら、如月さんの強化がかかっているからって、同じく強化されてるウツカイ全部を相手にするなんて無茶でしかないと思う。

 

 

「大丈夫。体力はまだ残っているから、すぐにやられることはない。

 それに、私はタイキックだ。あの女にタイキックしなければ、やられようにもやられないさ」

 

「それは……!」

 

 流石に、無理があると思います!

 そう反論するよりも先に、タイキックさんがウツカイの群れに突っ込んでいってしまった。そして、思った通りロベリアに「袋叩きにしてやりなさい…!」と指示を受けたウツカイ達に囲まれる。

 

「桃さん! 青葉さん! タイキックさんを―――」

 

 助けて、と言う前に気づいた。

 何か、オーラのような魔力がタイキックさんの方へ向かっていることに。

 それが、タイキックさんを包んでいくことを。

 そして、タイキックさんを包んだ魔力を飛ばしたのが……………うつつだったことに。

 

 

「な……これは………!!?」

 

「力が……漲ってくる…!」

 

「えっ!? うつつさん、何かしたんですか!?」

 

 タイキックさん本人は勿論、私もうつつが何をしたのか見当がつかない。

 私達に問われたうつつは、恥ずかしそうに頬をかいて、こう言ったのだった。

 

「え、えーっと……私にも何か出来ないかなって、ダメ元で何かやろうって思ってたら……気がついたら、私にかかってた如月のバフが外せる事に気がついて……」

 

「それで、タイキックさんに?」

 

「うん………だって、私みたいなくそ雑魚ダンゴムシに強化なんかかけても、たかが知れてるじゃん……だったら、私の分もタイキックにかけた方が良くない?」

 

 うつつの言い分は兎も角……強化を自分の意志で解除して、しかもそれを他の誰かにかける、なんて…聞いたことがない。

 自信なさげにそう言ううつつなんだけど……ひょっとして、実はとても凄い力を持ってるんじゃないの?うつつって……

 …とにかく。うつつの強化を受けたタイキックさんの動きは、顕著になった。

 

 

「助かったぞ…うつつ!

 ウツカイの攻撃が、まるで蚊のひと刺しのようだ。

 これなら……コイツらをぶっ飛ばせる!!」

 

「「「「ウツーーーーーー!?!?!?」」」」

 

 

 それまで強化を受けたウツカイ相手に防戦一方だったけど、ダメージを殆ど受けなくなったことで、ウツカイ達を暴れながら蹴散らすようになる。

 それに、青葉さんと桃さんの追撃を合わせれば、もうロベリアの強化程度じゃあ、止めることは出来ない!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あり得ない……強化の譲渡なんて、出来るわけないっ!」

 

 ロベリアは焦っていた。

 当然だ、自分の立てた策が、ことごとく裏目に出る形で失敗すれば、リアリストの“妙手”といえども、冷静を保つのは非常に難しい。

 

 実は、ロベリアの戦陣には弱点がある。

 それは……「強化する能力以外の能力値にデバフがかかることがある」という点だ。

 例えば、「堅守計」「特守計」といった防御陣形は、『コール』された千代田桃や大神官コッドの攻撃さえも耐え抜く加護を与える代わりに、攻撃力がやや下がるのだ。

 逆に「攻伐計」「進攻計」といった攻撃陣形にすると、陣の加護を受けて攻撃力が上がった者は皆、防御力が下がる。

 ロベリア自身、この弱点を知ってはいたが、下手に弱点を埋めようとすると、魔力のコスパが悪い上に陣形のバフ効果も落ちてしまうため、弱点を埋めるのではなく攻撃陣形と防御陣形を使い分けるという戦い方をしていたのだが……。

 

 ここまでかつてない程のピンチは初めてだ。

 「攻伐計」で攻め入ったかと思ったら、きららの『コール』で呼び出された千代田桃に防御の脆さを突かれ。

 「堅守計」でタイキックの攻撃をしのぎながら数の暴力で仕留めようとしたら、うつつの謎行動で、あっという間に打開されてしまった。

 

 うつつの行動―――強化を譲り渡した様子にふざけんなと思ったが、そんなことを考えている場合ではない。

 今もなおタイキックがウツカイを振り切りながら、ロベリアに近づこうとしている。

 千代田桃と涼風青葉にも気を配らねばならない以上、これ以上誰も近づかせるワケにはいかなかった。

 

 

「くっ……『呪怨:胡蝶』・『(しろがね)』・『影犬』!!!」

 

「でりゃあ!!」

 

「効きッ、ません…!」

 

「ふんッ!!」

 

「う、嘘っ!?」

 

 

 だが、ロベリアの放った呪術では、きらら達を止めることは叶わなかった。

 新たに見せた、蝶の群れを模した呪術は、タイキックの回し蹴りで散らされ。地面から飛び出す銀のトゲは、既に見切ったと言わんばかりにきららにパルクールの要領で躱され。影から飛び出した犬の呪いは、鎧袖一触に桃に両断される。

 

「(ま…まずい! これ以上近づかせるのは本当にまずいわ……!)」

 

 だが、呪術が無効化される上にウツカイ達の救援も間に合わない。

 ロベリアは、自身の窮地をこれ以上なく自覚しながらも、勝つために頭を回すのはやめなかった。

 

「(近づかせないのはもう不可能……! ならば、あえて近づかせ、一発、打たせる! そして、それを受け流した後「進攻計」で攻撃力を増したウツカイで攻めさせる………私の懐は、ウツカイ達の群れのど真ん中! 逃げ場なんてないわ………!)」

 

 まさに完璧な計画。

 焦っている中、敢えて受けの戦略を立てられるのもまた、ロベリアをただ一つの情熱が動かしていたからだ。

 それは―――嫉妬。きらら達の、ではない。

 

「(かかってきなさい! 私は…あなた達を倒して、サンストーン(あの馬の骨)を超えるッ!)」

 

 味方であるはずのサンストーンに、だ。

 ロベリアは、前々からサンストーンの座………ハイプリスの右腕ポジションを狙っていた。そして、そこに居座るサンストーンを目の仇にしてきた。

 きらら達を倒すのも、全てはサンストーンを排除して、ハイプリス様の右腕となるため。だから、きらら達にはその手柄になって貰う、と。

 

「こうなったら―――『進攻計』!!!」

 

「こ、攻撃の陣!?」

 

 うつつの動揺の声が聞こえる。そして、目の前にはまさに蹴りを繰り出そうとしているタイキックがいる。

 こいつだ。こいつの蹴りを受け流したら―――!

 そう企むロベリアは、気付かない。

 自身が即興で編み出した計略に……………小さな穴が存在することを。

 そして、千里の堤も、蟻の穴から崩れ去ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ブッ!?!?!?!?」

 

「―――ムエタイキック・カオパット」

 

 

 タイキックの爪先は、ロベリアの胴体への防御をすり抜け……端正な顔に直撃していた。

 鼻と口の中が切れ、わずかに血が飛び散る。

 

「私が、尻しか狙わないと思ったか?」

 

「ぁ――――――ぁあぁ―――!!?」

 

「…最初に攻撃の陣を使っておけば良かったものを………ウツカイ達の数と攻撃力の差で押し切れたかもしれないのに……」

 

 

 そう。ロベリアの策の穴とは………「タイキックの最初の一撃を防げるか?」という点だ。

 もし失敗すれば、「進攻計」で落ちた防御力で、タイキックの蹴りをマトモに食らうことになる。

 ロベリアは、過去のリコリスとの戦いからデータを集めた結果、「タイキックは臀部に必殺技を放つ可能性が高い」という偏見に囚われた。

 一方でタイキックは、ロベリアの胴体への防御を見て、咄嗟に攻撃先を顔面に変え、トドメを刺す為の布石にした。

 それが………勝負を左右した。

 

 

「小手先の呪術など使わなければ……運の風向きは、私達に味方してくれてるぞォォォッ!!!!」

 

 

 タイキックが足をロベリアの頬から振り抜くと、ロベリアの身体がくるくると回転する。

 そして、その尻に直撃したのは………タイキックを含め、二人の女性の足。

 

「きらら!」

 

「タイキックさん……これで、終わりですよね」

 

「あぁ……これから言うことは分かるな?」

 

「…何となく」

 

「なら同時に宣言するぞ。――――せーのっ」

 

 

 

「「ロベリア、タイキック!!」」

 

 

 

 

 

デデーン

ロベリア、タイキックー!

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」

 

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!

 

 

 きららとタイキックの蹴りが、ロベリアの臀部に何度も何度もヒットする。

 これでもかという程のキックが、百発ほど叩き込まれて、トドメに二人に蹴り飛ばされると。

 

 

ピギャァーーーーーーッ!?

 

 

 潰されたカエルのような悲鳴をあげて、ロベリアは神殿の壁に叩きつけられた。

 蹴りの残心をとるタイキックときらら。力なく崩れ落ちるロベリア。勝者は一目瞭然だった。

 

 ―――ちなみに。

 

 

「えぇ……」

「わ、私の知ってるタイキックじゃない……どっちかというと奇妙な冒険的な…」

「うん。詳しく知らないけど、絶対タイキックじゃないと思う」

 

 クリエメイト約3名ほど(山口如月&涼風青葉&千代田桃)は、タイキックときららが繰り出したタイキック(オラオラ)にドン引いていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――勝った。

 勝ちました。

 とりあえず、神殿を支配していたロベリアを倒した事ですし、これでひと安心……とは、いかないよね。

 

 

「ロベリアは倒した……けど、カルダモンが…」

 

「!!! そうでした…っ!」

 

「カルダモン……」

 

 

 ロベリアに洗脳されてしまったカルダモンは、転移装置でどこかへ行ってしまった。

 それを、どうにかして連れ戻さないと。幸い、洗脳した張本人なら倒した。

 あと、他に洗脳されている筈の神官たちもいるから、その人たちも助けないと―――

 

 

 

ドグォォォォン!!!!

 

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

「「「「「!?!?!?!?」」」」」

 

 

 誰かが、神殿の壁を派手に壊しながら転がり込んできた。

 それは、まるで何かに押されて、とてつもない技を食らった後のようで。

 転がり込んできた人物をよく見ると、それは意外な人物だった。

 

 

「す、スズラン!!?」

 

「え、えぇぇぇぇぇッ!? ってことは…敵ですか!?」

 

「な、なんだってそんな―――」

 

 

 マッチが壊れた壁を見て、それに倣うようにそっちを見たところ、スズランが転がり込んできた理由がすぐに分かった。

 土煙の中から出てきたのは―――紫っぽい黒いストレートな髪をなびかせた、鎧の美人。

 私達はこの女性を知っている。この髪と、頬の傷を知っている!

 

 

「あら、きららちゃん」

 

「シュールさん!」

 

「ちょっと待っててね。今から―――この人に、ウチの部下の場所を吐いてもらうから」

 

 

 そう言って、スズランに剣を向けるシュールさんは、いつもの優しい雰囲気なんてかけらもない、初めて見る覇気を纏っていた。

 




キャラクター紹介&解説

きらら&タイキックVS.ロベリア
 今話のメイン。ロベリアは原作通り、必殺技に「~計」という全体強化&デバフをかけて戦っていたが、きららの『コール』をきっかけにバフの弱点を突かれて追い詰められる。それでも逆転の策を練っていたが、タイキックの機転で破られ、オラオラッシュを食らって敗北。公式ストーリーと違って、明らかに意識を持っていかれているが、某日長石が回収役に来た時はいざこざがなくて楽かもしれない。

山口如月&涼風青葉&千代田桃
 今回、きららが『コール』したクリエメイト。如月は前章からのキャラ枠。青葉は本格的に登場していないかと思い、ロベリアとの属性相性を考え登場させた。桃は、今までとは違う闇堕ちフォーム。本人と違い魂の写し身であるので、不機嫌ではないし、放っておけば消えてしまうなんてこともない。なお、彼女達の世界にも「タイキック」はあるが、決してラッシュするものではないらしい。連続タイキックはあるみたいだけど。

カルダモン
 公式の流れ通り(オイ)、ロベリアに洗脳されてしまった八賢者。うつつの一言が影響を与えているかもしれない。なお、公式とは違い、拙作では洗脳されるまでの過程が若干どころではないくらいに変わっていたりする。




ロベリアの話術
 原作を見直して思ったのは、カルダモンの立場や性格を知った上でカルダモンの興味を惹くような言い方をしていたという点。ローリエはレスバトル最強ではあるが美女に弱いので、もし彼女がローリエを引き込むなら、リアリストであることを伏せて色仕掛けをしてくるかもしれない。ただ、ローリエのレスバの強さは木月の経験が大きく、エトワリアにその証拠が存在しないので、普通にレスバを仕掛けてボロ負けしていたかもしれない。だが、拙作ではいずれもボツに。

ムエタイキック・カオパット
 タイキックの必殺技。タイキックと言う名にしては珍しく(?)臀部ではなく顔を狙う。だが、タイキックは結局のところ臀部へのキックに繋がるので、この技は「敵のガードを崩し、本格的なタイキックをさせるための技」という考え方がメインである(謎)。



△▼△▼△▼
ランプ「ついに激突するシュールさんとスズラン。そこに、思わぬ人物が乱入する!」

きらら「更に、襲い来るサンストーン……あぁっ、どうして…また、涙が…!!」

うつつ「どうなっちゃうのよぉ!? シュールも、ローリエも、無事でいてよぉっ!」

ランプ「そんな苦しい状況を打開するため、シュールさんが使うのは……えっ、奥義ッ!!?」

次回『神剣シュナップス』
シュール「次回も楽しみにね?」
▲▽▲▽▲▽


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第44話:神剣シュナップス

 今回のサブタイはオリジナルとしました。なにせ、オリキャラの見せ場ですからね。



“彼女は、いい年をして尚『地獄の沙汰も金次第』を盲信している。当たり前の事にも気付けず人を害する人間になった彼女の、なんと幼稚なことか。本当に金がすべての世ならば、奴隷制や帝国主義が過去の遺物になってなどいない”
 …木月桂一によるスズランの人物評


 シュール・ストレミングにとって傭兵とは、物心ついた時から身近に存在しているものだった。小さい時から、母親と共に戦場を駆けてきたからだ。

 シュールの母親は、屈強な男達を纏める女傑であったが、女らしさを教えたのもまた、この女性だった。

 

『いつか、貴女が本当に手に入れたいもの・守りたいものが出来たときのために、ね』

 

 そう言ってくれた母親だったが、シュールは母親の背中に憧れ、自分の将来をほぼ決めてしまっていた。当然反対はされたが、紆余曲折ののちの最終的には認めてくれ、シュールは女傭兵として生きる道を選んだ。

 戦場に立ち続け、戦の辛さも悲しさも、そうでない平和に生きる人々の生活も知り、なお弱き者の剣となろうとしたシュール。

 

 そんなシュール・ストレミングだが、彼女にも予想外の出来事は多々あった。

 例えば、戦場で出会った気弱な男に求婚されたこと。結婚など自分には縁のない話だとばかり思っていたので、驚いたものだ。

 しかも、その男は本気で自分を愛してくれたものだから、更に驚きだった。気がつけば、彼女も彼を愛するようになっていた。

 また、自身が出産という経験を経て母親になっていた事実もまた、シュールにとっては驚愕すべき大ニュースであった。

 ゆえに―――

 

 

「ぐおおおおおおぉぉぉっ!?」

 

「さぁ、立ちなさいスズラン。這ってでもウチの団員の元に案内してもらうわよ」

 

「くそ…ただの傭兵のくせにッ……!」

 

「あなたもただの傭兵でしょう?」

 

 

 目の前の、守銭奴じみた傭兵には負けるわけにはいかなかったのである。

 ……そもそも、シュール・ストレミングとスズランの実力差は、そこまで明白ではない。あっても誤差の範疇でしかないのだ。

 ならば、スズランを最奥部の壁ごと吹き飛ばし、圧倒するシュールの力の源とは何なのだろうか。

 答えは明白だ。金だけで動いているスズランと違い、シュール・ストレミングには覚悟があった。

 「私の家族を守る」―――その信念が、彼女を動かしていた。

 

 

「っ、うあああああああああああああああああああ!!!」

 

「!!」

 

 

 だが、スズランも負けているわけではない。

 魔力を惜しみなく開放して、植物の蔦を呼び出して攻撃した。床を食い破って飛び出した丸太のような蔦が、シュールだけでなく、きらら達にも襲い掛かる。

 

 シュールはそれを飛んだり身を屈めたりして躱し、あるいは自慢の剣殺法で両断したりして迎え撃つ。

 きらら達に飛んでいった蔦は、『コール』されていた青葉や桃が食い止めた。

 それでもなお、蔦に囲まれた戦場で激しく武器をぶつけ合うシュールとスズランを見て、きららは呟く。

 

 

「助け、なくっちゃ…シュールさんを……!」

 

「き、きららさん! 大丈夫なんですか!?」

 

「ロベリアとの戦いの疲労が出ているんだろう。まだ動かない方が良い!」

 

「無理しないで。きつそうなら、私を帰しちゃっていいから」

 

 

 だが、ランプやタイキック、そして呼び出した張本人の桃に止められた。

 無理もない。先ほどまで、きららはタイキックやクリエメイトと共にロベリアと戦っていたのだ。肉体的な大ダメージこそ負っていないが、『コール』で強力なクリエメイトを数多く呼んだ反動で気力はすり減っており、更にカルダモンの件も重くのしかかっている。万全とは言い難い状態だった。

 それでも何とかシュールに助太刀しようとするきららに……白刃が迫ってきた。

 

 

「なっ…!?」

 

「ふっ!」

 

「ちっ……浅かったか」

 

「あ……うああぁぁぁ…!」

 

「き、きらら!!? また…!!」

 

 

 サンストーンだ。

 タイキックに奇襲を阻まれ苛立つ彼女を見て、再びきららは理由の分からない涙がこみ上げてくる。

 それを仲間たちは止めようとする中、マッチだけはサンストーン襲来時の異変に気が付いた。

 

 

「…ロベリアがいない!?」

 

「彼女は既に我らのアジトへ送った。マトモに戦える状態じゃあないし、ハイプリス様にとってあいつはまだ必要だ」

 

「さっきのうちに回収されたのか…」

 

 どうやら、シュールとスズランの激戦に目を奪われている隙に、介入してきたサンストーンにロベリアを回収されてしまったようだ。あまりに偶然が積み重なったような結果だが、これでロベリアを捕縛することなど不可能になってしまった。

 そして、サンストーンは容赦なく剣を抜き襲い掛かる。対象は―――未だ泣き止まないきららだ。

 

 

「これで終わりだ―――姉さん」

 

「!!!」

 

 

 サンストーンの呟きを聞いて目を見開く。

 どういうことなのと問いただしたかったが、今にも自身を切り刻もうとしている人間相手にソレは叶わない。

 周りの人間もサンストーンの言葉の衝撃や不意を突かれた行動に動けない。

 このままでは、きららに刃が食い込む―――その時だった。

 

 

「負けて…られない!」

 

「なに…!?」

 

「私……あなたのことはよく知らないけど…絶対に負けちゃいけない気がする……!」

 

 それを防いだのは、他の誰でもないきららだった。

 悲しそうな顔で涙は流れたままだが、それでも、彼女の意志でサンストーンの斬撃を防いでいた。

 いや、それだけならまだ納得できた。

 

「きららさんが……光ってる!?」

 

「……忌々しい…!」

 

 きららが発していた謎の光に、サンストーンは吐き捨てるかのようにその一言だけ呟いてから、飛びのいて距離を取る。

 追いかけようとしたタイキックが、スズランの魔力の蔦に阻まれた。

 そこでもう一度、全員の注目が、苛烈な戦いを繰り広げているシュールとスズランに向かっていた。

 

 

「そ、そうでした……シュールさん!」

 

「この蔦を、何とか斬れれば……!!」

 

「何だアレは…あそこまで激しい戦い…見たことがない!」

 

「ひぇぇぇぇ……死んじゃう…絶対巻き込まれて死ぬぅぅぅ……!!!」

 

「………今、スズランを回収しに行くのは危険か……」

 

 

 シュールを心配するランプ。蔦を切って彼女を助けに行こうとするきらら。戦いの規模の大きさに戦慄するタイキックとうつつ。激戦の中でスズランを連れて逃げるタイミングを伺うサンストーン。

 本来ならば敵同士の筈の彼女達は、二人の戦いの雰囲気に流されて、しばし戦況を見守ることとなった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 剣と鎌がぶつかる。

 その度に火花が散り、衝撃波を生み、スズランとシュールにかすり傷を作っていく。

 

 

「ストレミング剣殺法・赤薔薇剣舞(ローゼ・ヴィン)!!!」

 

「デモンシュートッ!!」

 

 

 赤い薔薇が散り、スズランの全身に切り傷をつけていく。

 それと同時に、鎌から放たれた魔力の弾が、シュールに直撃する。

 ……が、スズランの魔力球はシュールを少し後ずさりさせるだけに終わり、勢い余った魔力球は、シュールの手によって弾かれ、明後日の方向の天井を破壊するだけだ。

 

「はっ!」

 

 一振り!

 それだけで、スズランの周囲に魔力の蔓が広がり、鋭い棘をまとってシュールを切り刻もうと襲いかかる。

 だがシュールが剣を振るうと、蔓がすべて細切れになり、力なく床に落ちる。

 それだけに非ず、シュールの振るった剣撃の衝撃波が、意思を持つかのように空中で曲がり、スズランに向かって飛んでいく。

 着弾! もうもうと土煙が上がり、スズランのいた場所に常軌を逸した斬撃痕を残す。

 だがそこにもう彼女はいない。マントを翻して、シュールの背後に現れる。

 

「くっ、さっきはちと遅れをとったが……オレだって負けられねぇんだよぉ! 仕事の後の、お宝ちゃんの為にもなぁ!!」

 

 シュールの周囲に浮遊する木の鞠。

 そこから鋭利な木の根が飛び出して、串刺しにしようとする。

 それが全方位から。逃げ場のない攻撃ではあるが、シュールは焦らない。

 

「ストレミング剣殺法・剣ノ結界(ノルトハウゼン)!!」

 

 手元がブレたかと思えば、周囲に現れたのは結界。

 木の根がそれに触れた途端、細切れになって空中に散っていく。

 目にも止まらぬ速さで剣を振るい、高密度の斬撃の結界を作り出したシュールは、鋭い目を向ける。

 

「…ホントに寂しい人」

 

「あぁん!?」

 

 そう語る合間にも、互いは互いへの攻め手を緩めない。

 シュールの一振りで魔力は無数の手裏剣・掌魔剣(オールボー)になり、スズランの動き一つで巨大な盾となる。

 

「お金はお金のためにあるんじゃあないのよ。

 お金より大切なものを、守るためにあるの」

 

「金より大切なモンなんてあるかよ!」

 

 再び切り結ぶ接近戦。

 シュールがスズランを、スズランがシュールを斬り刻んでいく。

 鮮血が散り、空気に溶けていく。

 それでもなお、勢いは止まらない。

 

 衝突、衝突、さらにまた衝突!

 神殿の最奥部で繰り広げられる衝突に、互いは一歩も退かない。

 正面から激突し、魔力と斬撃の波動を巻き散らして、神殿の壁や床を徐々に破壊していく。

 

「言ってみろよ! 綺麗事ばっか抜かしてる暇があったら、その『金より大事なモン』とやらをよォ!

 まぁ…あれば、の話だがなぁぁぁぁ!!!」

 

 スズランの咆哮に呼応するかのように、魔力が姿を変える。

 それはエトワリアの世界でも、力の象徴として恐れられてきた生物。その名は―――ドラゴン。

 魔力で生み出されたそれに対して、シュール・ストレミングもまた新たな剣技を放つべく上段の構えをとり、それに伴って彼女の背後のオーラに魔物を幻視する。

 頑健な石が無数に積み上がり、人の姿をなした巨体。エトワリアにおいて、『ハンマゴーレム』と呼ばれるそれよりも巨大な魔導生物。

 

「ストレミング剣殺法―――岩断剛鋼斬(シュタインへーガー)!!!」

 

 巨大な石人形さえ豆腐のようにやすやす両断してしまうかのような剛剣が、天から地に振り下ろされる。それはまるで大地の怒りだ。

 スズランの生み出した魔力の竜を真っ二つにして、勢いそのままにスズランさえも両断しようとする。

 着地したシュールを中心に神殿の床にクレーターを作って凹ませ、大きく足場が崩れた。

 紙一重で躱したものの、スズランの左肩から血飛沫が噴く。

 

「…言っても分からないと思うわよ。今のあなたには」

 

「ぐっ………あ、この野郎!!!」

 

「つっ……!?」

 

 ただではやられないと言わんばかりに、スズランは鎌を斬り上げる。

 魔力を纏った鎌はシュールのまぶたを裂き、額を裂き、噴き出た血がシュールの視界を奪う。

 すぐに距離をとって血を拭うが、スズランにとってその一瞬は攻撃には十分過ぎる。

 

()ったッ!」

 

 木の蔓が足を縛り、もはや木の幹といってもいい太さの蔦がシュールの胴体に向けて放たれる。

 回避は不可能。太さと硬度、スピードからして、これで貫かれたらただでは済まないだろう。

 蔦……いいや幹がシュールのいた場所を通過する。みたび神殿の壁から瓦礫を量産し、見通しが良くなる。

 

「「「シュールさんっ!!」」」

 

 シュールは無事ではあった。

 剣で幹を切り裂き、直撃を免れていたのだ。

 ……ただし、右脇腹を切られて、服に血が滲んでいたが。

 

「大丈夫」

 

 明らかな嘘である。

 顔には脂汗が浮かび、顔色も良くない。

 無理をしている証拠であった。

 だが、それでも笑顔を浮かべてきらら達に笑いかけたのだ。

 

「私は、私の責務を全うする。

 この命を賭けてでも、依頼を…この街を守る!」

 

「ハァ…ハァ…くっだらねぇ!!!

 この世は金だ! それ以外の何かがどうなろうが、知った事かッ!」

 

 それに、負傷しているのはスズランも同じ事である。

 体中の擦り傷・切り傷は言うまでもないが、一番の深手は左肩から胸にかけた傷である。今もなお出血が止まらない状態であった。

 

 失い続ける血の量からして、次で決着をつけなければと考える。

 スズランとシュールが、同時に技の構えを取った。

 奥の手を出すつもりなのだろう。二人の魔力と闘気が一気に放出し、この場の空気を支配する。

 それに圧され、きらら達はもちろん、サンストーンもまた一歩も動けなかった。

 

 スズランは魔力を集中させる。足元に魔法陣が現れ、スズランの周囲を透き通る硝子のようなバリアが展開される。とうに吹き飛んでいた天井から見える雨雲達の隙間からおぞましく巨大な目玉が現れ、その瞳から放たれた妖しい光が、スズランの鎌に宿った。

 

 シュールは剣を下段に構え、膝を曲げる。彼女の剣を中心に、渦が生成される。それはまるで、大嵐の日に大船さえも翻弄する大海のようだ。神殿にいるはずなのに、この場にいる全員が、大海原のド真ん中にいるかのような錯覚を受ける。

 

 降り注ぐ雨の中、両者が駆け出した。

 

「ストレミング剣殺法、奥義―――」

「大魔法・召喚術―――」

 

 そして、目の前の敵に向かって、刃を振るった。

 

 

「神剣シュナップス!!!」

 

殃禍顕現(おうかけんげん)玉刃(ぎょくじん)!!!」

 

 

 二人の奥義が、激突する。

 神殿の最奥部に衝撃波が迸り、蔦も、壁も、床も、雨雲さえも吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「いけー、プロト・ガーディアンウツカイ!」

 

「どわーーーー!!?」

 

 

 きららちゃん達は、ちゃんと奥まで辿り着けただろうか。

 他の皆は、無事だろうか? 誰も欠けたりとかはしてないだろうな?

 そんな事をふと考えながら、俺は2人…1人と1体の敵の攻撃をさばいていた。

 きららちゃんが『コール』で呼び出してくれたやすなは、情けなく締まらない悲鳴をあげながらも、しっかりとナイトの役目を果たしてくれている。

 

 

「はっ!」

 

「そいや!」

 

 

 俺と、もう一人―――スイセンの銃弾が交差する。

 お互いの回転式拳銃が火を吹いて、飛び交う弾丸が戦場に弾痕を増やしていく。

 やすながプロト・ガーディアンウツカイを止めているので、俺はコイツに集中できる。

 

「フン…」

 

「ぬわっ!? ちょ、のぉぉぉぉっ!?」

 

 俺とスイセンの銃撃戦だが、鳴り響く銃声は俺のやつの方が圧倒的に多い。

 その理由は明白だ。持っている銃のスペック差だ。

 俺は振出式(スイングアウト)回転式拳銃(リボルバー)・パイソンと自動拳銃(オートマチック)のイーグルの両手持ちであるのに対して、奴は相変わらずの固定式のリボルバー2丁である。

 写本の街でへし折った撃鉄の修理は終わったようだが、学習はしていないようだな。まぁ、俺がその機会を与えなかった……パイソンやイーグルのリロードシーンを見せなかったというのもあるが。

 

「うわぁぁっ! や、やっぱり、リロードが早すぎるんよ……!

 いったいどうなってるん…!?」

 

「知りたければじっくり考えると良い。牢屋の中でな」

 

 

 パイソンが弾切れを起こせば、シリンダーをスイングアウトして、空薬莢を排出する。まだ弾に余裕のあるイーグルで牽制しつつ、スピードローダーでパイソンに弾を込める。

 イーグルが弾切れを起こせば、マガジンの交換を即座に行う。こっちはリボルバーよりも隙が無い。ボタン一つで空のマガジンが落ち、新たなマガジンを入れるだけで終わる。機能美というロマンを持ったリロードだ。

 相手は水の魔力を使った銃撃をしてくるみたいだけど、そんなの関係ない。奴が躱せない銃弾を撃ってくるなら、こっちは撃たせる隙すら与えないまでだ!

 

 

「あぁもう! こんなん勝てっこないんよ!」

 

「なら、どうする? 大人しく捕まるか?」

 

「冗談!」

 

「遠慮すんな、もうお友達が先客で待ってるぜ?」

 

「それこそ冗談なんよ! ()()()()()()()()()()()()!」

 

「!!?」

 

 

 もういない……だって? どういう意味だ?

 俺の言った先客とは、ヒナゲシのことだ。きららちゃん達が追い詰めて、俺が倒して、俺が用意した万丈構文で契約を取り付けたアイツだ。

 それが、今頃もういない、だと?

 死んではいない、ハズだ。警備は決してザルではないし、食事の管理はしっかりしてたから、暗殺しに行ったり毒を盛ったりするような真似は出来ない。

 となると………!

 

 

「助けに行ったヤツがいるのか…!?」

 

「お、教えてやらないんよ! それじゃあね!

 こういう時は逃げるが勝ち、なんよ!」

 

「…ッ! させるか!!」

 

 

 即座に弾丸を撃ち込むが、それよりも僅かに、スイセンの転移が始まったのが早かった。

 あっという間に魔法陣が足元にできて光に包まれ…姿が消えた。

 逃げられたか……悔しいが、仕方ない。

 これでプロト・ガーディアンウツカイとやらも止まってくれると嬉しいが……

 

 

「ウツー!!!」

 

「わぁぁぁぁっ!? ちょ、今のはナシでしょ!!?」

 

「ウツウツー!!」

 

「ぎゃーーっ! ぼ、暴力反対ーッ!!?」

 

 

 ……流石にそこまで都合よくはいかないか。

 不本意だがスイセンもいなくなったことだし、2対1でこのウツカイをぶちのめすとしよう。

 

 

「―――『レント』」

 

 写本の街で仕上げた、俺だけの技を使う。

 再現の対象は、やすながよく知る人物。

 色々弱点はあるものの、戦闘においては無類の強さを誇るクリエメイト……その一人!

 

「とーう」

 

「ウツーーーー!?!?」

 

 飛び蹴りをぶちかまして、ガーディアンウツカイの体勢を崩す。

 

「やすな! デコイの役目お疲れさん!」

 

「デコイて! 私の事なんだと思ってるの!?」

 

「馬鹿」

 

「ヒドイ!?!?!?!?」

 

 これでも褒めたんだぞ。

 彼女の底抜けた馬鹿さ…もとい、単純さと殺し屋に殺されかけた程度では死なないタフさは、他にはない立派な「個性」だ。

 それがあってこそ、プロト・ガーディアンウツカイとかいう、量産機より強そうなウツカイの足止めに成功していたんじゃあないか。

 

「いけるか?」

 

「えぇぇッ!? もう死にそうなのに~!?」

 

「まだ余裕そうだな」

 

「ねぇ聞いてた!? 私の言葉、聞いてた!!?」

 

 こちとらきららちゃん達を待たせてるかもしれないんだ。

 残っているのが制御不能な新型ウツカイしかいない以上、さっさとコイツをぶちのめして先に進まないといけないだろう。

 

「はぁっ!」

 

 再現した力……ソーニャの暗殺者のテクニックを使い、懐に潜り込んで、しかるのちにサイレンサー弐号で斬り刻む。

 プロト・ガーディアンウツカイは苦悶の声を上げてぶっ倒れて転がる。

 だが恐ろしいことに、それでも暴れまくり、建物を壊していく。

 

「ね、ねぇローリエさん、今の動き、ソーニャちゃんの……」

 

「俺に合わせてくれ、やすな」

 

「え? あ、お、おう!!」

 

 早いところコイツを倒さなければいけない。

 二人でウツカイを挟むように動き、武器を構える。

 その時、暴れるプロト・ガーディアンウツカイの拳が、俺の方に飛んできたのだ。

 

「ローリエさん!!」

 

 たまたま暴れるガーディアンウツカイが放ってきたもの。

 狙ったものではないが、当たれば常人ならひとたまりもない一撃。

 避けるか反撃するかするべきなのが、普通の反応だが、俺は思い出していたのだ。これまでのことを。

 

 俺の身体に溶け込むように吸収される絶望のクリエ。

 ウツカイに殴られても全く痛まない俺の身体。

 

 それを元に立てた推測に従う。

 違ったらどうしよう、と思わなくもないが、最初から無茶はしない。

 飛んできた拳に対して、俺は―――

 

 

「―――ふんっ!!」

 

 

 両手をクロスさせ、防御の姿勢!

 拳が当たった直後に、後ろへ跳ぶのも忘れない!

 

 

「やっぱりだ……()()()()()()!」

 

 

 ダメージはおろか、衝撃さえもこの身に襲ってこなかった。

 ウツカイの拳は確かに俺に当たった。だが俺自身には、まるでそよ風のように軽々しいものしか当たった感覚がない。

 見るからにパワーに自信のありそうなウツカイの、手加減抜きの拳など、普通の人間にヒットすれば致命傷は免れない筈だ。

 それなのに、俺には痛くも痒くもない………!

 原理は未だ謎だが、これで確信できたことがある!

 

 ―――このローリエに、ウツカイの攻撃は効かねぇ!!!

 

 

「大丈夫だやすな! とっておきを!!」

 

「うん!!!」

 

 

 やすなが光り輝き、とっておきが発動した。

 まぁ名(迷?)犬ちくわぶなんだけどね。どこからともなく犬が現れ、リードが絡まったと思ったら大岩に自身ごと敵が轢かれていった。

 一番面白いのは、やすながこれを大真面目にやっているという事だ。

 腹がよじれるかと思ったが、彼女に続くとしよう。

 

 

「いでよアイリス!

 全砲門展開! ―――フルファイア!!!」

 

 

 呼び出したショットガン・アイリスの分身機能と浮遊機能、そして両手の拳銃も含めた全弾発射。

 それが、倒れたガーディアンウツカイの腹にすべて命中した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 神殿八賢者、ローリエ・ベルベット(20)。

 水路の街の神殿の奪還戦に参加していた彼は、この後見た光景のことを、多くの人々にこう語っている。

 

 

「プロト・ガーディアンウツカイとの戦いはその後呆気なく終わったよ。俺とやすなのとっておきでトドメを刺したんだ。問題はその後だった。

 最奥部に突入して、部屋に入る直前で目の前の扉が周囲の壁ごと吹っ飛んだんだ」

 

『ぎょあああああーーーーー!!?』

 

『ぐっ……何なんだ!!?』

 

 

 ローリエが突入直前に感じた爆風。

 それは、シュール・ストレミングとスズランの奥義が衝突したことによって生まれた暴風圧だったのだ。

 ローリエは、咄嗟にナイトであるやすなの影に隠れて飛んでくる瓦礫をやり過ごした。

 

 

「衝撃波が治まった後に見えてきたのは、まず跡形もなく粉々になった神殿最奥部だ。

 壁は全部消え、天井は吹っ飛んで雨が吹き込んで、更に床は石畳じゃなくて粗目の砂利だったんじゃないかというくらいに丹念に砕かれていた。

 そして次に目についたのが、きららちゃん一行とサンストーンと呼ばれていた女。最後に暴風の中心部分に立っていた二人を見たが……俺は肝が冷えた。何故なら…シュールさんの脇腹………急所に、スズランの武器が刺さっていたからだ」

 

 

 ローリエが見たもの。

 それは、シュールとスズランの奥義のぶつかり合いの結果だった。

 シュールの剣はわずかにスズランから脇に逸れ、スズランのほぼ真後ろから、長く深く分厚い地割れを作っていた。

 スズランの鎌はシュールの脇腹の鎧を斬り裂き、半分ほどまで深々と食い込んで激しい出血を引き起こしていた。

 

『そんな…』

『シュールさんッ!!!』

『フッ……』

 

 ローリエ以外の面々も、シュールとスズランの激突の果てが確認できたようで、ランプは絹を裂いたような悲鳴をあげ、うつつやマッチは呆然として声が漏れる。きららも目に飛び込んできた光景を受け入れられていないようだ。唯一スズランの側についていたサンストーンは、勝利を確信した。

 

 だが、驚くべきはここからだとローリエは言う。

 

 

「致命傷とも言えるレベルの怪我を負ったシュールさんは………直後、もう一度剣を振るったんだ。

 それは、俺も一度だけ見たことのある、シュールさんの奥義…『神剣シュナップス』だった。

 狙い目は―――スズランの首だった」

 

 自身に武器が深々と刺さっている状況、敵との距離が密着に等しい位置………それを利用してシュールは、なんともう一度奥義を放ったのだ。

 突然首を狙われたスズランは、焦って片手を武器から離し、シュールの剣を防ぐために腕に魔力を纏って防御を試みたという。

 

「首から上……頭は全身の司令塔だ。

 目や耳は戦闘においてあらゆる情報収集の役を担っているから、潰されたら凄まじいアドバンテージになるし、脳をぶっ壊されたり首を切られたらほぼ確実にゲームセットだ。

 傭兵であるスズランが、『頭は最優先で守るべき部位だ』ってコトを知らない筈はない。至近距離から首を狙われたスズランが、咄嗟の防御をするのも頷けるだろうな」

 

 首討ちを片手で防ごうとした結果、シュールの剣を防ぐ事自体は成功したが、スズランの首と二の腕に刃が食い込んだ。更に鎌を片手で――しかも大怪我をした左肩の手だ――持った結果、両手で持つより力が入らなくなってしまったのだ。

 

「結果、スズランはシュールさんの身体から武器を抜いて撤退することも、鎌を押し切ってシュールさんを斬ることも出来なくなったんだ。

 ……そこにいたのは、勝利と依頼の達成に命を賭ける、歴戦の傭兵の姿だったよ」

 

 

はぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!

 

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!

 

 

 二人の咆哮が神殿中……いいや水路の街中に響く。

 家族を守り、コッドの依頼を…街を守り抜くために戦うシュール。

 聖典など信じず、ただ生き残って金を得るために戦うスズラン。

 意識の差は歴然なれど、実力の面ではどちらも一歩も譲らなかった。

 

 

「今思えば、だが……スズランの首を狙った、二発目の『神剣シュナップス』は、全然力が入ってなかったと思うんだ。

 本来のアレは、敵を消し飛ばし、地形まで変える威力を誇る。魔力でコーティングした腕一本で防げる威力じゃあない。

 それほどまでに……スズランの鎌の一撃が、シュールさんの身体に堪えていたんだ。むしろ、急所を思いきり突き刺されて、痛みで呼吸もままならないだろうに、よくそんな根性が出たもんだよ」

 

 

 シュールの剣が1ミリ、また1ミリとスズランの腕と首に食い込んでいく。

 互いの武器が肉体に食い込み、押し合いにもつれこんで膠着する戦場。

 だがそこで、外野から動きがあった。

 

 

「シュールさんとスズランの吠える声が響いてから、数十秒が経った頃、だろうか。

 サンストーンが動いたんだ。こちらを一切気にすることなく、シュールさんとスズランの元へと飛んでいった」

 

『! サンストーンがっ!?』

 

『まさか、シュールにトドメを刺す気かッ!!』

 

『そんなこと…させるわけには―――くぁっ!?』

 

『きらら!?』

 

「阻止しようとしたきららちゃんが膝をついた。

 きっと、神殿の最奥部で戦ったのと俺に『コール』で力を貸し続けてただけあって、魔力の限界が来たんだ。

 あの場で、間に合ったのは俺の銃弾だけ。だからこの時俺は躊躇わず銃を撃ち、弾丸を()()()。サンストーンがシュールさんに攻撃しようとした瞬間、そのルートを通った時に弾丸が急所を貫くように」

 

 

 ローリエの行動は合理的な行動としては最適解だった。

 シュールとスズランの硬直状態。どちらかの仲間が見れば、敵を倒すチャンス以外の何者でもない。本人達は目の前の相手に集中して、第三者どころではないし、互いに武器が突き刺さっている以上容易に動けない。このタイミングで攻撃をすれば、ほぼ確実に当たるだろう。

 それを見越しての攻撃。敵を倒すチャンスを逆手にとって、そこに即席の罠を張る。チャンスに目が眩んだ者は、簡単な罠にも引っかかるものだ。

 だが。サンストーンの行動は、ローリエの予想から大きく外れたのだ。

 

 

「奴は……サンストーンはシュールさんに攻撃しようとしなかった。

 あいつがあの時やったことは、二人の間に割り込むように体当たりをかまし、スズランをシュールさんから引き離したことだった。

 だから、俺の弾丸は、サンストーンにもスズランにも当たる事はなかった」

 

『…逃げるぞスズラン。それ以上の傷は、お前の命に関わる』

 

『……たす、かる…サン、ストーン』

 

 

 スズランをシュールから離すことに成功したサンストーンは、即座に緊急転移を敢行。二人には他の洗脳した神官や傭兵達を、連れていく余裕すらない。

 その場から1秒でも早く逃げ出すかのように転移で消えていくさまは、まるで敗者のようであったとは、ローリエの言だ。

 

 

「スズランとサンストーンが去って、その前にロベリアも倒したらしいから、これで水路の街の侵略者は全員追い払えたから、神殿を取り戻すことには成功した。俺達が勝ったと言えるかもな」

 

 そう言ってから、ローリエはこの水路の街の戦いの総評をこう締めくくる。

 

「この功績は、コッド先生とシュールさんのものだと思っている。

 コッド先生がいなかったら、神殿への水攻めは上手くいかなかったか関係ない人々を巻き込んでいたかもしれないし、シュールさんがいたから、スズランとサンストーンを二人同時に追い払えたんだ。結果的にな。

 ふたりとも、すごい人だった。水路の街で語り継ぎたいと思うくらいには、尊敬すべき事をしたと思う。………立派な人たちだったよ」

 

 

 ローリエは天を仰ぎながら、コッドとシュールの活躍を絶賛したのであった。

 




キャラクター紹介&解説

シュール・ストレミングVS.スズラン
 今回のメイン。どちらも退くに退かない激戦を繰り広げ、奥義の激突までに至ったが、シュールはスズランの奥義で大怪我を負う。しかしシュールの根性と信念から放たれた二発目の奥義によって、スズランも決して浅くない傷を受ける。だが、サンストーンの介入によって明確な勝敗はついぞつかなかった。

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ&タイキック
 前回ロベリアをぶちのめした面々。そのせいか今回はほぼ置物と化してしまった。だが何もしていないわけでもなく、きららとタイキックは隙を見てシュールに助太刀しようとしたものの、隙がなかったことときららが『コール』を維持し続けたことで限界が来てしまった事でそれが叶わなかっただけである。

サンストーン
 ロベリアとスズランの回収係。シュールとスズランの超激戦が激しすぎて彼女も置物に近い立ち位置となったが、スズランを必死の体当たりで回収に成功する。ただその際に洗脳した神官を連れていく余裕は勿論なかったので、やむを得ず置いて逃げていった。

ローリエ&折部やすなVS.スイセン&プロト・ガーディアンウツカイ
 ローリエについての新事実が判明したもうひとつの戦い。スイセンがローリエの銃の分析が出来なかったことでスペック差で不利を察して早い段階で逃げたことで、数の利が生まれる。そのままローリエにウツカイの攻撃が効かないことを利用してやすなとの2連とっておきでプロト・ガーディアンウツカイを仕留める。



ストレミング剣殺法
 シュール・ストレミングやロシンが使っていた、傭兵のための剣術。実は歴史が長く、700年ほど前に生まれたという裏設定があった。これが活かされることは99.5%ないだろうが。

赤薔薇剣舞(ローゼ・ヴィン)
 ストレミング剣殺法の一つ。上下左右のすべての範囲に斬撃を放つ。鍛えたものが放つと薔薇の花びらが散るさまを錯覚するという。名前の元ネタはワインの一種「ロゼワイン」。

水ノ雫剣(アクアビット)
 ストレミング剣殺法の一つ。目にも止まらない連続突き。水たまりに立て続けに雨が降る時のような波紋が空中に生まれる。名前の元ネタはジャガイモ原料の蒸留酒「アクアビット」。

赤剣(リニア)
 ストレミング剣殺法の一つ。居合の抜刀に頼らない超高速の一振り。相対するものには、その剣が赤く光り輝くように見えるという。名前の元ネタは蒸留酒アクアビットのブランド「リニア」。

掌魔剣(オールボー)
 ストレミング剣殺法の一つ。掌から魔力の手裏剣を放つ。牽制から鍔迫り合い時の不意打ちまで用途は多岐にわたる。名前の元ネタは蒸留酒アクアビットのブランド「オールボー」。

剣ノ結界(ノルトハウゼン)
 ストレミング剣殺法の一つ。攻撃よりも防御に重きを置いた技。自身の周囲に結界を張り、入ってきたものを高密度の斬撃で切り落とす。名前の元ネタは北欧の蒸留酒ブランド「ノルトハウゼン」。

岩断剛鋼斬(シュタインへーガー)
 ストレミング剣殺法の一つ。上段の構えから縦一文字に斬り下ろす。力任せだけでなく斬るべき“線”を見極めないとできない、地味に難易度が高い力技。名前の元ネタは北欧の蒸留酒ブランド「シュタインヘーガー」。

神剣シュナップス
 ストレミング剣殺法最大の奥義。大海原の渦潮のように敵を引き込む、津波のごとく強烈な一太刀を浴びせる。名前の元ネタは北欧中心に生産される蒸留酒「シュナップス」。



△▼△▼△▼
ローリエ「水路の街での戦いは終わった。でも、その傷は大きい。コッド先生のこともそうだし、カルダモンが攫われたなんて話も出た。神殿もシュールさんとスズランの戦いの余波で半壊したからな……」

ソラ「お疲れ様、ローリエ。今はゆっくり休んでね?」

アルシーヴ「ソラ様の言う通りだ。二人が私を気遣ってくれたように、私もお前を気遣っているんだからな。絶対に無理はするなよ…?」

次回『君に夜が降る』
アルシーヴ「次回もお楽しみに。」
▲▽▲▽▲▽


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第45話:君に夜が降る

 今回のサブタイの元ネタは「ぼっち・ざ・ろっく!」より「君に朝が降る」です。これもまたアジカンさんの曲なのよね。


“国を背負う男が泣いて良いのは、独りでいる時だけだよ。”
 …木月桂一の独白


 

 スズランとサンストーンが撤退した後、俺達はすぐさまシュールさんの元へと駆け寄った。

 理由は一目瞭然。シュールさんが、スズランとの戦いで大怪我を負ったからだ。

 特に、脇腹から腹の中心にかけてできた傷が酷い。おそらく、奥義の激突のときにスズランに負わせられたヤツだ。早く手当てをしないと、冗談抜きで命に関わる。

 全員が全員、言葉を交わしたワケではないが、ボロボロのシュールさんを見た瞬間みんなが思っていた事は、ほぼ間違いなくそうだろう。

 

 

「シュールさんっ! 今、回復を!!!」

 

 

 きららちゃんが駆け寄って『コール』を使おうとする。

 そうりょを呼び出そうとしたそれは、しかし彼女の魔力不足のせいか、誰も呼び出せずにきららちゃんが両膝をつくことで不発に終わった。

 

「きららさん!?」

 

「クソッ、なら―――!!」

 

 今度は俺が回復魔法を使う。

 ………でも、俺の魔法では回復量が小さすぎる。だから俺は、ある能力を『再現』した。

 

「(クレイジー・ダイヤモンド)」

 

 それは、ある物語に登場した、触れた物を損壊もしくは怪我をする以前の状態に戻す・治す能力。

 主人公はこれで、悪役に腹をブチ抜かれた友達も治したんだ。これで治せない怪我はない!!

 

「こ、これは…!」

 

「怪我が…みるみるうちに治っていく…!!」

 

「先生、こんな大規模な回復魔法、どこで……」

 

「今ある術の応用だ。これで、シュールさんは助かる……!!」

 

 ―――と、思ったのも束の間。シュールさんの手が俺を掴み、胸元に当てられた。

 柔らかいおっぱいの感覚に急にどうしたと思ったが、直後に全身から血の気が引いていくのを感じた。

 

 ……心音が、聞こえないのだ。

 いくら手の触角と聴覚に集中しても、心臓の復活が感じられないのだ。

 

 

「ば……ばかな。傷は完璧に、治った、はずだ……!」

 

「もう私は、助からない、のよ。今、喋ってるのだって、気合で持たせてる、だけだもの」

 

 

 鋼鉄のハンマーで殴られたかのようなショックを受ける。

 そんな…あり得ない。

 心臓が止まって、生きられるわけがない。なんで喋れるんだ。

 いや、仮に心臓が止まったってんなら、電気ショックか何かで復活させればいいはずだ。いや、そうでなくても、完全に復活できる能力を今からでも『再現』して………

 だ、だめだ。クレイジー・ダイヤモンドじゃあ、なくなった命を取り戻せない。他の回復系能力も死者を呼び戻せない。

 ほ……他には? 何を『再現』すればいい? 何を『再現』すれば助けられる!?

 

「うつつ…ちゃん」

 

 考えがまとまらない。

 早く答えを出さないとシュールさんが命を落としてしまう。

 俺が焦っている一方で、シュールさんはうつつを手招きで呼ぶ。その様子は穏やかといっていいほどに落ち着き払っている。

 

 

「シュール……さん?」

 

「私は、貴女を信じるわ」

 

 

 それは…まるで、子供を寝かしつける母親のような声だった。

 

「コッドさんの遺書を見たわ。それに、よく逃げずに戦場に来れたわね」

 

「だ、だってぇ……おじいちゃんの努力を無駄にしたくないしぃ……

 そ、そ、そんなことよりシュールさんを助け、ないと……

 あと、カルダモンも………」

 

「そう、それよ」

 

「それ……?」

 

「私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()貴女を信じるのよ、うつつちゃん」

 

 

 ポロポロと涙をこぼすうつつ。

 それを力なくひと撫でしてから、シュールさんは続けた。

 

 

「胸を張って生きなさい。

 あなたの人生は、あなた以外には歩けないのだから。

 自分の弱さや、不甲斐なさにどれだけ打ちのめされても…

 誰かの為の勇気だけは、持ち続けなさい

 

 

 俺の目には、それがシュールさんの最期の言葉にも、うつつへのエールにも見えた。

 

 

「貴女が足を止めて蹲っても、絶望して諦めても。

 時間は止まってはくれないわ。あなたに寄り添って悲しむことも……」

 

 

 やめろ…やめてくれシュールさん。

 それ以上喋るんじゃあない。

 

 

「私がここで死んでしまうのは……気にしないで。

 傭兵だったら、依頼を果たし人を守るために命を賭けるのは当然のことよ。

 シュナップでも、ロシンでも、ダイチでもそうしたわ。貴女は摘ませない。仲間を奪わせやしない。それだけだもの」

 

「やめろシュールさん!!

 それ以上喋ったら―――」

 

 

 言いたい事なら後でいくらでも聞いてやる。

 だから……こんなところで命を落とすな!

 シュール・ストレミング!!!

 

 

「きららちゃん。

 ランプちゃん。

 うつつちゃん。

 タイキックさん。

 そして、ローリエ君。

 もっともっと強くなりなさい。

 そして、いつでも頼れる誰かを持ちなさい」

 

 

「あと、シュナップに伝言を……お願い」

 

「…………な…に……?」

 

「こんな、私を……。

 戦場の、血を、吸って咲いた華を…、

 ―――愛してくれて、あり、がと―――」

 

 

 だが、しかし。

 うつつへそう伝言を残したシュールさんは、最後の言葉を述べると、瞳を閉じて、俯いてしまった。

 

「……シュール?」

 

「シュールさん!シュールさんっ!!」

 

「………ダメだ、息を吹き返さないッ…!!!」

 

「そんな……じゃあ、シュールさんは!!?」

 

「シュールッ!」

 

 そこに、シュナップさんが現れる。

 神殿に巣食ったウツカイやリアリスト側の敵をようやく掃討し終えて、ここに来たんだろう…妻を迎えに。

 

「敵は去った…僕たちは勝ったんだよ!

 さぁ帰ろう、シュール!」

 

「…………」

 

「……シュール?」

 

「………」

 

「お…起きてくれ、シュール…」

 

「…………」

 

「そんな……ど、どこもケガなんてしてないじゃあないか!

 それとも……強敵と戦って疲れたから本当に寝ちゃったのかい?

 シュール! シュールッ!!!」

 

 

 だが。彼女を愛する夫の呼びかけをもってしても、シュールさんが目を覚ますことはついに無かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――水路の街、きらら一行と大神官コッド、そしてユミーネ教傭兵団により奪還さる。

 そのニュースは、すぐに街中を駆け巡り、街の外へも流れていった。

 勿論、それを聞いた人々は大喜び。やっと元通りの日常を過ごせると、家族友達で命あることを喜び合い、そして街から戻ってきた人もいた。

 リアリストに洗脳されたのであろう街の人々や神官たちもきららちゃんやアルシーヴちゃんによって解呪され、元通りの日常に戻る事が叶った。

 

 だが、その代償は決して軽くはない。

 きららちゃん達から「カルダモンが洗脳されて連れ去られた」と聞いた。

 抜け目なく、戦場を生き残ったはずのあのカルダモンが、だ。

 俺にとってその凶報は、コッド先生の死と同じかそれ以上にショックだったかもしれない。

 

 それについてアルシーヴちゃんに報告すると戒厳令が俺に言い渡されると同時に、「その件はこちらで探ってみよう」と言ってくれた。助かる。

 こうされると、この後の()()に集中できるというものだ。

 

 

 ……そう。これから始まるのは葬式なのだ。この街を守ってくれた人の。

 

 一通り式が終わって、埋葬する場所は水路の街の墓地。

 街中の人々が沈痛な顔をして集まっている。

 神殿の人間は全員、喪服代わりの真っ黒い神官服を着ている。俺もアルシーヴちゃんもセサミも、そしていつもは明るい服のランプもだ。

 そして、わざわざこの式の為に集まってくれた人もいた。フェンネルやメディ、そしてアリサやコリアンダー…あとは、コッド先生やシュールさんと親交があった人々も。

 傭兵団の人々は皆、黒や灰色など、暗い色の鎧を身に纏っている。

 きららちゃんはローブは普段通りの黒のまま、インナーやスカートを黒っぽい色に統一してくれた。うつつは制服だったから、リボンだけ黒のやつを用意した。

 いつもはムエタイボクサー姿のタイキックさんさえも、貸しておいた神官用の喪服をしっかり着てくれている。

 

 

 神官たち6人が、棺がひとつ、運んでくる。

 その上には、大神官とまで呼ばれた彼の、普段から着用していた帽子が乗っていた。

 無念なことに、棺の中には遺体は入っていない。彼が最期の最後に、自爆魔法「エクスプロウド」を使用したことによって、跡形もなく消し飛んでしまったからだ。

 代わりと言っては何だが、彼の着替えや私物………彼が生きていた証がこれでもかと入れられていた。

 その棺が、石碑―――『Cod O Ceangreat(コッド・O・シャングレート)』と書かれているものだ―――の前に置かれた。

 

 

 

 

 

 そして………()()()()()

 

 

 コッドさんのものよりもシンプルなデザインの棺が、また別の神官たちによって運ばれてくる。

 

 

 それは、スズランと最後まで戦った、()()の棺。

 

 

 

 

 

 ―――シュール・ストレミングのものだ。

 

 

 こうして、納められている棺を見ている今でも、あの日のコトを思いだせる。

 あの日、俺が「クレイジー・ダイヤモンド」を再現して直してもなお、救い出せなかった人。

 彼女がつめられた棺が、粛々と運ばれ、掘られた穴に納められる。

 神父が祈りの言葉を述べたのちに、コッド先生とシュールさんの棺に、土が被さっていく。 

 

 ……と。

 

 

「……ねぇ、パパ」

 

「……」

 

「なんでママ、埋められちゃうの?」

 

「…!」

 

 

 アンシーだ。

 シュールさんとシュナップさんの娘が、父親にそう尋ねたその声が、沈黙を斬り裂いたのだ。

 

 

「やめてよ……

 そんなことされたらママ、お仕事できなくなっちゃうよ?」

 

「アンシー…」

 

「やだよぉ……ママ、言ってたもん! お仕事いっぱいあるって!!」

 

 

 シュナップさんが、アンシーを抱き上げる。

 だが、アンシーはそれで癒されることなく、今まさに埋められそうになっている自分の母親に手を伸ばす。

 

 

「うめないでよぉ!!

 ママ! ママーーーー!!!」

 

 

 きららちゃんが、手で顔を覆う。

 うつつの目から流れる涙が、より多く流れる。

 アルシーヴちゃんさえも、何も言えない。あまりの感情に、手に持つ杖が、震えてわずかに音を鳴らした。

 俺はといえば……目の前の光景を引き起こしたヤツを、これでもかと呪っていた。

 

 こんなの、残酷すぎる。

 あんな小さな子から、母親を奪ったあげくに、彼女からの問いに誰も答えてあげられないのだから。

 

 

 

 

 

 ―――どれくらい、そうやって立ち尽くしていただろう。

 

 

 シュールさんとコッド先生の墓から、ぽつりぽつりと、惜しむように人が去っていき、やがて、視界にいる人間は俺しかいなくなった。

 そんな中、動く気にもならなかった俺は、墓の前で昔の―――前世のことを思い出していた。

 

 確か中学生の時だったな。

 あの暴行事件に巻き込まれて、その怪我が元で亡くなってしまった、俺の親友。

 最後の最期で、桂一(おれ)に想いを……「好きだよ」って伝えて、そんで答えを言う前に逝ってしまったあの子を。

 

 

マキナ……」

 

 

 あの時は……マキナがいなくなった時は、どうして前世(このせかい)には魔法が無いんだ、あれば蘇生でも何でもできただろうに、などと荒唐無稽な想像もしたもんだ。それから木月桂一(このおれ)は、マキナのように理不尽に殺される子を1人でも減らすために政治家になろうと思ったんだっけ。

 でも、今は……魔法という概念のある今世(エトワリア)に生まれ変わった今は、というと。ほぼ真逆のことを考えていた。

 

「ローリエ」

 

「なぁ、そろそろ日が沈むぜ?」

 

「コリアンダーに、アルシーヴちゃん………」

 

 俺の真後ろにいたんだろうか。今まで気づかなかった。

 今世でできた、俺の友人と、俺の大好きな人。ひょっとして俺を心配して来てくれたんだろうか。だとしたら、ちょっと嬉しい。

 

「なぁ。魔法使いって、嫌な生き物だな」

 

「ローリエ?」

 

「頭のどこかで、死者蘇生の魔法の理論を、必死で組み立てている自分がいる……。

 今なら、ロシンやアリサが家族を喪った時の気持ちが、ほんの少しだけ分かる気がする………」

 

「ローリエ……」

 

「……大丈夫か?」

 

 

 あくまで、気がするだけだ。

 厳密には違うだろうが…それでも、死んじゃいけない人が、生きててほしかった人がいなくなるって、こういう気持ちだったんだろうな。

 

 生き返らせることが出来たなら。

 死なない方法があったなら。

 激しい感情が渦巻く一方で、同時にひどく冷静で。

 

 ――なんで、こんなことに?

 ――俺が間違っていたのか?

 ――どうすれば良かったんだ?

 

 そんなことばかり自問して、答えが一向に出てこないのに唖然とする。

 でも、いつまでもこうしちゃいられないから……

 

 

「………わざわざ、呼んでくれてありがとな。

 雨も降ってきたことだし、戻らなくっちゃ」

 

「? 雨なんて降って―――」

 

「いや」

 

 

 俺は、天気を確かめるように空を仰ぐ。

 太陽は分厚い雲に覆われて見えない。雨が降りそうな空模様ではあったが、雨は一滴も、霧雨さえ降ってはこなかった。

 まったく……空気読めよ、天気の野郎。

 

 

「雨だよ」

 

 

 これじゃあ、全然誤魔化せないじゃないか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ……気が付けば、葬式はとうに終わっていた。

 

 言ノ葉の神殿できららとローリエから報告を聞いた時は、頭が真っ白になった。

 

 ―――コッド先生とシュール・ストレミング殿が戦死した。

 

 コッド先生は言うまでもない。かつてデトリア様と同じくらいに世話になった恩師だ。彼は彼の良心に従い、住良木うつつを庇って自爆しなくなったそうだ。彼の魔法工学の授業は何度も受けてきた。そして…ソラ様やローリエ、他の八賢者も例外ではない。

 

 シュール・ストレミング殿とは、数える程しか会っていない………が、ユミーネ教が立ち上がってからは彼女は武将として教団とエトワリアのために戦ってきたことは知っている。そして………ローリエとは親交が深かった事も。

 

 

 私は、神殿を代表して水路の街で執り行われる葬式に参列することにした。

 セサミを連れ、他の賢者達にソラ様と神殿を任せて………そうして式に参加した時のローリエの顔を見た時、私は驚くしかなかった。

 何故なら……その時のローリエの表情が抜け落ちてしまっていて、別人みたいだったからだ。

 

 埋葬が終わり、参列者たちが惜しむように墓前を立ち去った後も動く気配さえなかったローリエには、少し1人の時間を与える必要があるかもしれないと判断してむやみに声をかけなかったが……流石に、日が落ちてきたので、迎えに行くと心ここにあらずといった感じで立っているローリエの他に、コリアンダーもローリエを迎えに来ていたようであった。

 

 

「コリアンダー?」

 

「あぁ…アルシーヴ様。

 ローリエのやつ、ずっとここに立ったままでして」

 

「…無理もない。恩師と友人を、同時に亡くしたんだ」

 

「分かってます。ですが―――」

 

「マキナ……」

 

「「!!」」

 

 

 ローリエが声を発した。

 今日初めて聞くのもだったかもしれない。

 だが、その声は本当に彼が発したのかと思うくらい、重く悲しく。

 その言葉の意味こそ分からなかったものの、まるでなくしたくなかったものをなくしたかのような悲壮感に溢れていた。

 

 

「ローリエ」

 

「なぁ、そろそろ日が沈むぜ?」

 

「コリアンダーに、アルシーヴちゃん………」

 

 これ以上は見ているのも危うい気がしたから、コリアンダーと共に声をかける。

 そこでようやく気付いたあたり、かなり感傷に浸っていたのだろうか。

 ローリエは、すぐに墓に視線を向けてから、言った。

 

「なぁ。魔法使いって、嫌な生き物だな」

 

「ローリエ?」

 

「頭のどこかで、死者蘇生の魔法の理論を、必死で組み立てている自分がいる……。

 今なら、ロシンやアリサが家族を喪った時の気持ちが、ほんの少しだけ分かる気がする………」

 

「ローリエ……」

 

 

 死者蘇生、か。

 このエトワリアにおいて、未だ誰も成功していない領域だ。まぁ、この事に触れる事自体、我々魔法を使う面々からすれば夢物語にして禁忌という認識がある。

 だが、それにも縋りたい程に今のローリエが参っているのは分かる。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「………わざわざ、呼んでくれてありがとな。

 雨も降ってきたことだし、戻らなくっちゃ」

 

「? 雨なんて降って―――」

 

 

 急になんのことを、と思ったその時、ローリエが空を仰いだ。

 空は一面曇っていて、今にも雨が降ってきそうだ。だが、その実雨は全く降ってこない。

 にもかかわらず、ローリエのその頬に、雨が流れていた。

 

 

「いや――――――雨だよ」

 

 

 ………馬鹿者が。

 こんな時にまで、見栄を張るんじゃあない。

 だが……雨というのも、あながち間違いでもないようだ。

 ただし、ここではなくお前自身に降っているようだが、な。

 それに、芸術の都の後のあの一件でも、世話になった。今度は私が、あの恩を返す形で、その全然なっていない見栄に乗ってやろうじゃないか。

 

 

「……そうだな、ローリエ。

 ここは冷える。一旦、屋根のある場所へ帰ろうではないか」

 

 

 ローリエの隣に立ち、手を握って、ハンカチを手渡した。

 コリアンダーに目配せをすれば、流石のあいつも察したのだろう。空気を読んで、何も言わないでいてくれた。

 

 時間は待ってくれない。悪者どももだ。

 去ってしまった者の意志は、生きている者が引き継がねばならない。

 私は、これからのきららやうつつ達、ローリエや他の八賢者……しいては、エトワリアすべての為に出来る事を頭の片隅で考えながら、ローリエの手を引いた。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 コッドとシュール・ストレミングの死に打ちのめされる拙作主人公。涙は雨と共に流した。この一件以降、「レント」の使い方に変化が現れる。

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ
 コッドとシュールの葬式に参列した公式主人公一行。彼女達の反応は次回以降に持ち越すことだろう。

シュール・ストレミング
 最期まで真実の手と戦った傭兵団団長。スズランに即死ギリギリの傷を負わせ、サンストーンに撤退を決意させた女傑。だが戦闘が終わった直後に力尽き死亡。彼女とコッド、そして誘拐されたカルダモン以外に、リアリストに攫われた人間が一人もいなかったのは、ほぼ彼女の功績であった。享年31。

シュナップ・ストレミング
 幕外でウツカイなどのリアリストの雑兵掃討の指揮を執っていた傭兵団副団長。シュールの最期に間に合う事は無かったものの、うつつによって妻の最期の言葉は確かに届けられた。

アルシーヴ
 恩師と協力者の意外過ぎる訃報を受け、セサミと共に飛んできた筆頭神官。恩師の葬式に参列する中、ローリエの異変を察知して気に掛ける。そして、ローリエに慰めて貰った日の恩を返すように隣で寄り添って悲しみを拭った。
 


△▼△▼△▼
アルシーヴ「コッド先生とシュール・ストレミング殿の死……それを受けても尚きらら達は、うつつに励まされて次の都へ向かおうとしている。………強い事だ。」

ローリエ「あれ? ちょっと待ってくれ……ロシンを見てないか!?」

アルシーヴ「ローリエ! もう大丈夫なのか?」

ローリエ「あぁ。それよりも、だ………ロシンのやつ、こんなの置くだけ置いてきららちゃんの元へ行きやがった!」

アルシーヴ「何!? どういう事だ!!?」

次回『候補生と宝石獣、時々覚悟』
ランプ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽

あとがき
きらファン2部は賛否両論があったかと思います。
私の立場はかなり前に言ったと思うんですけど、不評だった点をいくつかまとめてみました。
これから先、自分がストーリーを追う形で二次創作を進める際、同じ穴にハマらないようにするためです。ぶっちゃけ、ここから下は読まないでいただいても構いません。作者がストーリーを練る際のメモみたいなものなので。
それでは、次回もお楽しみにしててください。


不評の理由

①きららキャラに対する虐待。それに対する報いも殆ど受けず
 →描写に気を付ける。胸糞だけで終わらせないようにしたい。この点を考えると、次の5章は鬼門。プレイした作者も正直真実の手たちに殺意が湧いた。

②真実の手を倒しても爽快感がない
 →捨て台詞を吐いて逃げる、というワンパターンに陥らないためにも、拙作ではまず戦闘不能にしている。今回は…ゲームでいう負け戦ではあったが、今後の展開ではもう二度と使えないだろう。

③伏線を回収しきれなかった&新キャラの消化不良
 →3部を匂わせる終わらせ方だったけど、きらファンがサービス終了しちゃった影響で過去の掘り下げ、名誉挽回の機会、反省の意など、公式が掘り切れなかった部分を捏造……じゃなかった、掘っていきたい。





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第5章:ご注文はゲリラですか?~ミッション・メタルマーケット編~
第46話:候補生と宝石獣、時々覚悟


今回のサブタイの元ネタは『うらら迷路帖』より『祝詞と魔女、時々覚悟』です。
拙作4章を完全オリジナルにしたことで、5章以降にも影響が出る……と思います。多分。


“現代の兵器は核ミサイルでも衛星兵器でもない。情報通信技術だ”
 …木月桂一の独白


 コッド先生とシュールさんの葬式から3日が経った。

 きららちゃん達はというと、驚くべき事に、もう旅立つ準備を進めているそうなのだ。

 

 

「確かに、辛くて悲しかったですけど……あの後、うつつが言ったんです。『まだカルダモンは生きてる』って。」

 

「!」

 

「あの人を助けに行かなきゃって考えたら…足を止めてられないな、って思ったんですよ」

 

「そっか………。強いな、皆は」

 

「い、いえ! ローリエさんには、私達も助けられてますから!」

 

「いや…俺も負けてられないよ」

 

 

 いつまでも泣いてられないな。

 アルシーヴちゃん達に心配されたが、俺は可能な範囲で、仕事を再開することにした。

 

「……本当に大丈夫なのか、ローリエ?」

 

「当たり前でしょ。ずっと塞ぎこむワケにもいかんでしょーが」

 

 アルシーヴちゃんから仕事を分けてもらう。それは各街の収支データから、街に住む人々の定期報告まで、何でもやった。

 

 気になった報告は、2つ。

 1つは、美食の都市の交易の内容が急激に変化したこと。なんでも、食料の供給を極端にストップして、80%後半もの食料輸入を止めたらしいとのこと。異常だ。

 それよりも、もう1つがヤバかった。そう………

 

 

「ヒナゲシの、脱走…」

 

 

 由々しき事態であった。

 ヒナゲシは、神殿の地下にある牢獄で捕らえていた筈。自力では絶対に抜け出すことは出来ない。

 いくら俺が水路の街にいて手が空いていたからといって、本丸にはソラちゃんもアルシーヴちゃんもいた。何ならセサミやフェンネルもいたという。そんな状況で、捕まえてたテロリストを脱走させようなんて、事が荒立たない筈がない。というか何故成功したのか分からないくらいだ。

 

 

「あぁ、それか」

 

「何か知っているのか、アルシーヴちゃん?」

 

「ローリエに何と言えば良いか悩んでいたところだ」

 

「そんなに!?」

 

 

 何でも、ヒナゲシの脱獄は予想通り俺が水路の街にいた頃に起こった事のようだ。

 見張りの兵士の証言が、持っていた報告書に事細かに書いてある。

 

 なになに…『おぞましい歌声が聞こえたと思ったら、全身の力が抜けた』『歌が聞こえた途端、気力が削がれた』『呪われたかのように動けなくなった』『歌が聞こえなくなってからしばらくして、ヒナゲシの牢がこじ開けられているのと、脱走が発覚した』………か。

 他にもあるが、歌が聞こえたこと、それを耳にした瞬間に動けなくなった事、歌が終わってからヒナゲシの脱走が発覚した事が共通して書かれているな。

 

 

「アルシーヴちゃん、誰かに頼んでも良いから、『歌うと発動する呪い』を調べておいて」

 

「呪いの歌、だと?」

 

「ヒナゲシの脱獄に、その使い手が1000%関わってる」

 

 そしてそいつは……間違いなく、リアリストのメンバーだ。

 そう言うと、アルシーヴちゃんは合点がいったかのように頷いた。

 

「分かった。手の空いている者に調べさせよう」

 

「出来るなら、兵士達から当時の症状も知りたいな。そこから呪いの種類を絞れるかもしれない」

 

「そうだな。そうしよう」

 

「あとさ、ヒナゲシの荷物でなくなっているものの報告とかある?」

 

「? そんなものはないが……何故そのようなものを気に掛ける?」

 

 アルシーヴちゃんは不思議そうな顔をするが、ちゃんと理由がある。

 ヒナゲシは、俺から得た情報を正しく伝える為に、あるものを持ち帰らなければならなかったはずだ。

 

「あいつに、俺が情報交換を持ちかけたのは知ってるよな?」

 

「あぁ。お前がヤツの心の隙に付け込んで結んだ、あの意地悪い契約だな」

 

「言い方。まぁ、ヒナゲシからすれば、俺から得た情報をどれだけ精度の高い状態でボスに伝えられるかがミソになっている。あやふやな記憶でテキトーな事言ったとなったら、今度こそハイプリスはヒナゲシを見限るだろうな。もう一度逮捕される前に粛清されてあの世にブチ込まれる羽目になる」

 

「それは………」

 

 アルシーヴちゃんは、それに反対できない。

 事実を元にした、一番確実な未来予想だからだ。

 敵に捕まって、情報垂れ流して寝返った挙句、味方に偽情報を流す。こんなもの内通者以外の何者でもない。ヒナゲシを虐待している可能性のあるリアリストに、内通者を許す器量は持ち合わせていないだろうしな。

 

「ヒナゲシを監視してて解ったが、あいつは要領の良いタイプじゃあない。情報はメモでもなんでも記録して情報をセーブしなきゃ、1000%忘れる性格してるよ。

 だから俺はヒナゲシの通信機を直して、さりげなく手に渡るようにした。驚いたぜ、あの機械にはメモ機能があった。まぁ俺のスマホには劣るがな」

 

「…なぜヒナゲシの通信機を彼女に渡す。情報が正確に伝わったら、危ういのは我々だぞ?」

 

「無論、()()()()()()()()()()()に決まってんだろ」

 

「!!!」

 

 この罠は、リアリストを早めに捕まえるのに貢献するだろうと思って予め作っておいたものなんだが、まさかここで俺自身に有利な形で返ってくるとは思わなかった。

 これで心置きなく……()()()()()()()()

 もともと一線を越えていた連中ではあったが……俺も揺らがない決心がついた。

 リアリストよ、自分のコトを現実主義者だと思い込んでいるただの卑劣なテロリストよ。絶対にお前らには、罪を贖ってもらうからな。

 

「ひとつは、前も話した俺からの情報のフェイク。

 アイツに本当の情報そのまま話すワケないだろうが」

 

「……それだけか?」

 

「いいや。ヒナゲシの通信機そのものにも仕掛けておいた」

 

 せっかく仕掛けるんだから、簡単にバレないヤツをこれでもかとな。

 エトワリアに魔道具の正常な動作を妨害する方法があるのは前に知った。プログラムをいじっておかしくする技術もあるだろう。

 だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、いまだ存在していないようだな!

 

「アイツの居場所と命が懸かってる。是が非でも、確実に持って帰っている筈だ。仮に持って帰らなかったら、情報を上手く伝えられずにゲームオーバー…

 だから……だからこそ、この期に及んでも尚、詰まされている事に気付けない」

 

 ほぼ仕込みが成功したも同然だが、これがうまく行けば………これから先の情報戦はウルトラ有利になることだろう。

 

 

 

 翌日、きららちゃん一行が旅立ったのち。

 ヒナゲシ脱走への秘策を伝え終えた俺は、今後の方針として「美食の都の輸入がストップした悪影響を防ぎに行く」とアルシーヴちゃんに提案したところ、「都の中の調査はきらら達に任せる事にしているから、ぜひそうして欲しい」と賛成をいただけた。

 

 

「と、なると……一旦写本の街に戻ってから、周辺の村…食糧事情に大きく関わってる場所に赴く形になると思う」

 

「写本の街? そこに何か用なのか?」

 

「実はついさっき、アリサに先に写本の街に行かせたんだ。超重要な役割を任せたからな……本格的な行動は、彼女と合流してからやるとするよ」

 

「そうか」

 

 こんな状況でも、「エトワリアン・ニュース」は動かさないといけないからな。

 情報は水物だ。さっさとニュース化して現状を人々に伝える義務がある。

 

 それに、傭兵団のダメージも心配だ。

 柱であった団長のシュールさんがいなくなった影響が無視できない程に凄まじい。

 副団長のシュナップさんが繰り上がるように団長を継いだものの、それどころではない程に憔悴しきっている。アンシーもまだ幼いから余計心配だ。

 それに、団長が相討ちになったと知って、戦意喪失した傭兵達も多く、後方支援……つまり新聞社への異動願いも信じられないほど届いている。

 いずれにせよ、シュナップさんとアンシーをここに置いているワケにはいかないだろう。ロシンあたりに護衛を任せつつ、休ませた方が良いな。

 

 

「ロシンー、いるかー?」

 

 アルシーヴちゃんと別れたのち、その件を頼みにロシンが使っていた部屋をノックする。

 

 …………

 ………

 ……

 

「? ロシン?」

 

 返事がない。

 普段の彼ならノックは無視しないから、いないのだろうか。

 そう思って出直そうかとドアノブに触れて気がついた。

 ……鍵が開いている。

 

「…まさか」

 

 思い切ってドアを開けた。

 見えたのは、風にはためくカーテンと全開の窓。机の上にぽつんと置いてあった一通の書置きだけだった。

 荷物が丸ごと消えたその様子と、手に取った書き置きの内容をじっくり読んでから……

 …俺は、ロシンが何をしたのかを悟った。

 

 

―――あんの、馬鹿野郎ッ!!!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 辛い戦いのあった水路の街を出たわたし達は、街が見えなくなってきたあたりで追いかけてきた人の存在に気付いた。

 待ってみると、それはロシンで。最初は、きららさんかうつつさんか私が忘れ物でもしたのかな、それで届けに来てくれたのかな、と思ったんだけど。

 ロシンがきららさんに、こう頼み込んできてビックリしたんです。

 

 

「なぁ…きららさん。俺も、この旅に同行してもいいですか」

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

 

 いきなり頼み込んできたロシンに、言葉も出ない中、最初にロシンに尋ねたのは、うつつさんでした。

 

 

「ねぇ……なんで、私達の旅についていきたい、って思うようになったのよぉ?」

 

「うつつ…」

 

「ぶっちゃけ、あんまり楽しいだけの旅じゃないわよぉ……? 私の感想だけど…

 

「決まっている。敵討ちだ」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 

 そ、れは……

 

 

「みんなはリアリストを追ってるんだろ?

 だったら俺も一緒に行かせてくれ。アイツらには…俺も借りができた」

 

「そ、そんなの認められません!」

 

 気がついたら、誰よりも先にそう叫んでいた。

 ロシンのやりたい事に、気づいてしまったからだ。

 復讐。「敵討ち」って言ってたけど、それはおそらく、リアリストを……シュールさんと戦ったスズランを見つけて…そして、できるだけむごたらしく殺すつもりなんだ……と。

 わたしは、ロシンにそんな事をしてほしくない。その一心でただ、声をあげていた。

 

「認める…認めない……もうそんな次元じゃあないんだよ。断られても、1人になろうと俺は行く」

 

「ひ、1人で…!? もっと危ないじゃないですか!」

 

「シュールさんを殺されたんだ。黙って団にいられるか!」

 

「で、でも!だからって急すぎます!!」

 

 必死で説得しても、意気地になって帰る気配のないロシン。

 あんなに強かったシュールさんでさえスズランとの戦いの果てに亡くなってしまったというのに、ロシン一人なんて絶対に無茶だ。

 どうやって説得しよう。ロシンの決意と、そこから滲み出る憎しみ……それを目の当たりにしたわたしには、「復讐なんて良くない」の当たり前の言葉さえ、言えなくて。でも、ならなんて声をかけたらいいんだろう?

 そう思っていると、わたしとロシンの間に割って入ってきた人がいた。

 きららさんと、タイキックさんだ。

 

「……ロシン。お前の気持ちは分かった。その上で言いたいことがある。

 お前が進もうとしている道は、お前を不幸にすることはあっても、幸せにはしてくれない……そんな気がするぞ。

 本当に、敵討ちのためだけに私達に付いてくる気か?」

 

「ロシン君。本当にそれで良いの?

 私は―――」

 

 タイキックさんがロシンに確かめるようにそう言った後で、きららさんも何かを言おうとしたその時に………大きな呼び出し音がした。

 先生の通信機だ。なんというか悪いタイミングで鳴っちゃったなと思いながら電話に出ると……

 

 

『おい!きららちゃん!ランプ!近くにロシンはいるか!!?』

 

「え、せ、先生!!? 一体何を…」

 

『良いから!いるかどうか答えてくれ!!』

 

「い、今いますけど…」

 

『ホントか!? 今すぐロシンに代われ!!』

 

 まくしたてるような、凄まじい剣幕のローリエ先生の声に、恐る恐るロシンに通信機を渡すと、再び剣幕を激しく先生は怒鳴りつけた。

 

『何考えてんだロシンテメェーは!!!』

 

「決まってんだろ、シュールさんの―――」

 

『敵討ち、だよな……だからって、手紙1つで街からいなくなんのは勝手すぎだ! 今お前の仲間達が必死で探してるところだぞ!!!』

 

 え、まさかロシン……先生や傭兵団の方々にもほとんど何も言わずに、ここまで来たってこと!?

 それは、かなり迷惑かけてるんじゃないのかなぁ…

 

『どうやってお前が敵討ちを……と思っていたが、まさかきららちゃん達を頼っていたとはな。彼女達がOK出すとでも思っているのか』

 

「貰えなかったら貰えなかったで良い。一人になろうと敵を討つ」

 

『……………どう思う、きららちゃん』

 

 

 ローリエ先生に話を振られたきららさんは、何かを考えているような様子でしたが、言う事を決めたかのように軽く頷くと、ロシンとローリエ先生に対してこう言いました。

 

「ロシン君。タイキックさんも言ってたけどね。

 私はロシン君が辛いままなのは、見てられないよ」

 

「…だからなんだ」

 

「だからね…どうしても私達と一緒に行きたいって言うなら、約束して。

 一人で行動しないこと。苦しんでいる人々やクリエメイトがいるなら、そっちを優先すること。

 それが約束できないなら、今すぐローリエさんに連れ帰ってもらうよ」

 

「…じゃあいい。俺は1人で行く」

 

 約束を守れば連れて行く。

 きららさんのこの言葉に、しかしロシンはわたし達を振り切って何処かへ去ろうとする。

 引き止めたいのに、ロシンのピリピリしたような雰囲気がそれを許してくれない。

 

「待ってロシン君!」

 

「うるせぇ! 俺にかまうんじゃねぇ!」

 

「ま……待って!ロシン!!」

 

 その時だった。

 ロシンの背中に向かって、うつつさんが声をあげた。

 いつも臆病で、見知らぬ人に声をかけるのが大の苦手なあのうつつさんが、だ。

 驚いた。ロシンも流石にうつつさんに引き止められると思ってなかったのか、足を止めて見開いた目でうつつさんを見ています。

 でも、それがいいと思った。少なくとも、今のロシンを一人にするのは絶対だめだから。

 

「誰からも構って欲しくない気持ち……分からなくもないかもだけど……」

 

「……何が言いたい?」

 

「ヒッ!?………え、えと…当てとか、あるの?」

 

「当て、だと?」

 

「えっとぉ……リアリストがどこにいるのか、とか」

 

 怖い顔に怯えながらも、うつつさんがロシンに問いかけます。

 それは、リアリストに敵討ちをしに行くなら絶対に知っておきたい事。

 宿敵がどこにいるのか分からないと、戦いに行くことすらできない。

 しらみつぶしに探そうものなら、絶対に時間が足りなくなるに決まっているから。

 

「………そんなの、お前らも同じことだろうが」

 

「そ、それはそうだけど……でもぉ…!」

 

「それだけではない。奴らは一体、あと何人いる? どんな能力を持っている? 絶望のクリエとやらを集めて、何が目的か?……それを何も知らないまま、独りで挑むのは無謀にも程があるだろう」

 

「………」

 

 言い負かされそうになったうつつにフォローに入ったタイキックさんは、リアリストの全貌を知らないままに戦うのは無茶だと言い聞かせた。

 いまタイキックさんが挙げたことについては……わたし達も、まだ完全には分かっていない。けれど。それでも……!

 

「ねぇ、ロシン。わたしは、ロシンの力になってあげたいの。

 ひとりで抱え込まないで。だって、だって………」

 

 だって、このまま行かせたら、ロシンが死んじゃうかもしれない。

 そうでなくても、もし彼がリアリストを手にかけちゃったとしたら、それは……彼が憎んでる、リアリストと同じになることだ。

 そんなのは……出会えて知り合って、互いのことを教え合ったロシンがそうなるのは、絶対に嫌だから。

 

 

「―――だって、まだ契約は終わってないんですよ!

 お互いのことを教え合う……まだ話したい事、いっぱいあるんですから!」

 

「ランプ…」

 

「私達、協力できるハズだよ。

 だって、私達もロシン君も、リアリストを追っているんだから」

 

「きららさん…」

 

「ロシン……もう、1人で行くの諦めた方が良いよ……

 だってこの陽キャ達さ、ほっといてって言ってもほっといてくれなかったんだもん……」

 

「住良木さん……」

 

「うつつで良いよ、もう………」

 

 

 わたしときららさん、そしてうつつさんの言葉を聞いたロシンは、観念したかのように肩を落としてから、わたし達へ改めて向き直った。

 その時の彼はもう、先程みたいに、怖い表情もオーラも出していませんでした。

 

 

「………わかったよ! 俺もきららさん達と同行する! これでいいか!?」

 

「…うん!」

 

『…話はまとまったようだな。

 悪いな、きららちゃん。皆。厄介なのを押し付ける形になっちまって』

 

「おい!厄介なのって何だ!?」

 

『ヒトに何も言わずに手紙一枚でいなくなるヤツを厄介と言って何が悪い』

 

「お、おいローリエ、その辺にしてやりなよ…」

 

 

 ロシンの半分くらいヤケな宣言と、ローリエ先生のまとめるような進行と、マッチの宥める声を聞きながら……わたし達の旅に、新しい仲間が出来たことを、きららさんと喜び合ったのでした。

 

 

「…それで、次はどこへ行くのよぉ…?」

 

「美食の交易都市です!様々なカフェとスイーツで溢れることで有名な街なんですよ!!」

 

「だ、だから顔近い!圧強い! いちいち話す時に、近づかないで…」

 

「ごめんなさい。でも楽しみじゃありませんか?」

 

「で、でも…その、そういうカフェってキラキラ女子御用達っていうかさぁ………私みたいなの、入店拒否されたりしない……?」

 

「そんなことありませんよ!」

 

 

 その後は、うつつさんがまた彼女らしい想像をしたり、

 

 

「美食の都市か…俺も行った事なかったな」

 

「ロシンもどうですか? 一緒に食べ歩き!」

 

「どうでも良い。奴らがいるかいないかだろう、重要なのは」

 

「もう、そんな事言って!楽しまないともったいないですよ!」

 

 

 戦いの痛みをちょっとでも忘れることが出来るようにロシンを食べ歩きに誘ったり、

 

 

「………」

 

「…タイキックさん?どうかしたんですか?」

 

「…なぁ、皆。カフェ、とかスイーツ、って何だ?」

 

「「「「まさかのそこから!?!?!?!?」」」」

 

 

 ……まさかの、タイキックさんがカフェ文化の存在そのものを知らないことが発覚して、急遽わたしが聖典カフェ文化講座を開いたりして、と賑やかな道中を過ごしながら。

 ―――こうして、美食の交易都市での、新たな事件と戦いは幕を開けたのでした。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 悼むべき味方の死を受けても尚前を向こうとする公式主人公たちを見て、自分も負けていられないと心を燃やして立ち上がった拙作主人公。アルシーヴから仕事を分けて貰ったことで現状把握を行いつつ、リアリストへの罠の設置と美食の都市への異変を都市外部から調査をすると方針を決めた。

ロシン
 自分を大事にしてくれた恩人の戦死を受けて、スズランをはじめリアリストに復讐するために水路の街を抜け出てきたケモ耳少年。案の定ローリエには叱られるも、1人ででもリアリストを討ちに行く決意は変わらなかったが、うつつの機転とランプの必死の説得できららと行動を共にすることを選ぶ。だが根底はそう簡単に変わる事は無く…?

きらら&ランプ&マッチ&住良木うつつ&タイキック
 突然ロシンが同行を願ってきたと思ったら、復讐をしようとしていたことに気付いた原作主人公一行。というかあからさま過ぎて全員気付いている。きららの条件に対して一人で行こうとするロシンを、うつつは過去の自分と重ねた実感から説得し、タイキックさんは冷静に無謀を咎め、ランプはかつてロシンと結んだ契約を使って引き止める事に成功した。


△▼△▼△▼
アリサ「美食の都市に入っていきましたね、きららさん達。その頃私達はというと、美食の都市に食料を輸出していた村に来ています。そこでは食料生産者の商人ギルド・ガッシュが途方に暮れていて……」

ローリエ「駄目だってェ…アウトすぎる…」

アリサ「? 何がアウトなんです?」

ローリエ「ギルド名もそうだし、メンバーの顔も名前もアカンってぇ…絶対放送できないわコレ」

アリサ「……何言ってるんですか?」

次回『鋼腕GASH』
アリサ「次回もお楽しみに!」
△▼△▼△▼


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第47話:鋼腕GASH

 サブタイの元ネタはもうアレです。日曜7時に放送されてる、T○KI○のあの番組です。作者はあの番組子供のころから見てるのよね。

“高陵には向かう勿かれ。”
 …『孫子の兵法』より


 ロシンの所在を傭兵達に伝え水路の街を出た俺は、早速アリサの待つ写本の街に転移して、「エトワリアン・ニュース」の進捗状況を確認した。

 そこで目の当たりにしたのは、意外な光景だった。

 

「うお…めっちゃ印刷しとるじゃん……」

 

「一昨日まで喪に服してたみたいですけど……みんな、いつも以上に張り切っているようなんです」

 

 俺の予想だと、シュールさんの喪失で仕事になってないだろうと思っていたから、嬉しい誤算だ。ただ、張り切りすぎて体調崩したりすんなよ。

 世話しなく働く印刷所にて、マランド――リコリスの殺人の決定的瞬間を撮った男だ――を見つけたので、声をかけて事情を聞いた。彼いわく……

 

「確かに、シュールさんロスは我々ユミーネ教徒にとってとてもショッキングな事件ではありました。

 しかし! その勇姿を、彼女の生き様を、書き残して後世に伝える事も出来るのではないでしょうか!?」

 

「そうだな。でもあんま感情的に書きすぎるなよ? 新聞がただのゴシップ記事になったら、エトワリアン・ニュースの信頼度はガタ落ちだ」

 

「肝に命じるであります!!!」

 

 やや声が荒ぶってるから不安だな。

 この状況のままアリサを回収して良いんだろうか?

 

「先生、マランドさん達なら大丈夫ですよ」

 

「ホントか、アリサ?」

 

「あの人の仕事っぷりはずっと見てきました。

 年下の私もぞんざいにしないで、ちゃんと指示にしたがってくれますし、文章の添削もできる。あの人、傭兵よりも記者や編集者の方が向いてるのではと思うくらいです」

 

「そんなにか…」

 

 そこまで言うのなら、アリサの評価を信じてみよう。

 アリサを連れて行っても問題ないかをマランドに問い、許可を貰った後で、俺らは写本の街を後にする。

 

 

「どこに向かうんですか?」

 

「美食の都市に食料を輸出している村だ。大手から向かうぞ。

 まず最初に向かうのは…………ガッシュ村」

 

 

 …名前からして、妙に嫌な予感がする。

 でも、決めたモノは最後までやらなくっちゃあな。

 俺は、アリサを連れて、そのガッシュ村までの道を歩いていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 水路の街からその村までは、転移路が繋がっていない。だから、馬車に乗って移動してきたワケだが……馬車に乗る事数時間で、その目的地―――ガッシュ村にたどり着いた。

 そこは、農村ではあったが、村じゃなくて街じゃねぇか?と思うくらいにはインフラが発展しており、清潔で、何より規模がデカかった。

 その辺りは問題じゃあない。だが、俺は代表者と会った瞬間、猛烈にこの村に来た事を後悔した。

 

 

「いや~賢者様、この度はよう来てくれはりました~!」

 

「…………」

 

「先生?」

 

「いや………大丈夫」

 

 

 アリサに見栄を張った反面、大丈夫じゃなかった。

 何故なら、笑顔で出迎えてくれたこの代表さんが………似ているからだ。

 え、誰にって? リーダーだよ。ほら、日曜夜7時に日○レで放送されるアレの………。

 頼む、これ以上は聞かないでくれ。

 この人の容姿に触れるのが怖すぎる。

 

 

「さ、こちらに。ウチのモンが待っとりますんでね」

 

「あ、はい……」

 

 

 代表者―――リーダーに促されるまま村長の館に案内される俺達。

 そこで待っていたのは、村の幹部らしき人々。

 例のごとく、その人達のことごとくが、俺にとっては見覚えがあった。髪型とかタオルとか服装とか。

 今回ばかりは、不思議そうにこっちを見るアリサの、純粋さが羨ましいというか、前世の記憶が恨めしいというか………。

 それを知るよしもないリーダーは、「大事な仲間たちです。ほら自己紹介しい」とか言いながら他の人々に促し、それに従うように紹介していった。

 

 ………皆さんの詳しい名前?

 ほんとに聞かないでくれ。

 ただ、全員を紹介し終わった時の俺のリアクションだけで察して欲しい。

 

「(世界の根源を揺るが(れんさいつぶ)す気かッッ!!!)」

 

 オリ○ン○ルラ○ドの次は○ャニ○ズに喧嘩を売るとか命いらないんか!?

 ほーーーーんとにダメだって言ってるのにもーーーーー!!!

 

「…先生? すっごい汗ですけど…」

 

「だ……大丈夫…多分…………」

 

 本当は大丈夫じゃないが、俺しかこの危機感が分からないヤツがいない上に、今起こっている危機とは全く関係ないから黙っておく。

 今注目して、解決目指して取り組むべき問題が、他にあるしな。

 

 

「じゃあ早速ですけど、リーダー。美食の都についての交易収支についてお聞きしたいんですが……」

 

 俺が本題を振れば、皆が真剣な顔つきになった。そして、リーダー中心に、今回の問題の説明が行われた。

 曰く、ある日を境に美食の交易都市からの注文が激減し、農作物を殆ど買ってくれなくなったこと。

 事情を聞くために通信を試みても、返事がないこと。

 状況を調査に行った村人が、ボロボロになりながら怯えた様子で帰ってきた事。

 その斥候に何があったのかを聞くと……

 

「『けったいなバケモノに襲われた』と言うておりまして。

 どうにも出来るモンじゃないと、ウチらも手をこまねいてたんです」

 

「とにかく作ったモン買ってくれなきゃあ、俺達は商売あがったりなんだよ」

 

「神殿は、この事態にどう動いているんですか?」

 

 やはり、俺の思った通りだった。

 美食の都が、貿易路を封鎖する……それは、美食の都だけの問題ではない。

 食材を作る村や漁村にとっては、唐突に美食の都という取引先を失うことを意味する。

 すると、売るはずだった食料が、余った食材に早変わりしてしまう。

 自分達で消費するにも、保存・加工するにも限界がある。味は落ちるし、食材によってはそもそも保存できない足の速い食品(もの)もある。

 どのみち、巡り巡って採算が取れなくなり、食べるものに困ってしまうのだ。

 

 当然、美食の都自身も無事では済まない。

 それまでの取引先との交易をやめたら、次はどこをアテにするのかという話になる。

 あの都は、美食の意味では食に満ちているが、自給自足出来ているかと言うと否だ。

 あそこで使う食材は、殆ど交易による輸入に頼っている。代わりに料理やレシピ本、食器や調理器具などを輸出して生計を立てているようだが………。

 

 一体何が目的か?

 それについては、きららちゃん達から都の中の情報を得て、推測していくしかないな。

 

「神殿は現在、美食の都内に調査員を送って、現在調査中です。

 原因が分かり次第、手を打っていく予定です」

 

「でもよ、状況わかるまでいつまでかかるんだソリャ?」

 

「そーですよ、うちらが飢えちまう!」

 

「大丈夫。俺に…考えがある!」

 

 とはいえ、情報が分かるまでそのまま、という訳にもいかない。

 こうしている間にも、農作物や漁獲物などの、美食の都に送られるハズだった食べ物たちが腐っていく。

 それを見過ごすのは非合理だし、忍びない……ので。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「もしもし?」

 

『あ、もしもしジンジャー?

 急で悪いんだけどよ……牛乳買ってくれねぇ?』

 

「は????」

 

 

 言ノ葉の市長官邸で、久しぶりにローリエから電話を受けたと思えば、イキナリ意味不明なことを言われた。

 詳しく聞けば……成程。美食の都が急に輸入をやめた影響が、食料の生産地にも大打撃を与えていて。

 で、きらら達が都へ調査している間、ローリエは生産地のダメージを和らげる策を練ったという。

 つまるところ、美食の都以外の大都市に買ってもらおうって魂胆だった。

 だから、私の元に連絡が来たってか。

 

 

「……そう言う事なら、分かった。

 品質を確かめてぇから、今すぐそっちへ行く。転移装置はあるか?」

 

 

 すぐさま転移装置を使えば、そこはブランドものの生産地で有名なかの農村―――ガッシュ村だった。

 リーダーのジョウシ氏に話を伺い、詳しい事情を聞けば、余剰農産物で村が溢れかえりそうだという泣き言を頂いた。

 こういう民の声を直接聞くと、力になってあげてぇが……私は言ノ葉の都市の市長。出来る事には限りがあるぞ。

 

「私に出来る事は、お前達の農作物を多めに買ってやることだけだ」

 

「それで充分です!ありがとうございます!」

 

「助かったぜ、ジンジャー。他の街の町長にも言っておいてくれ」

 

「でもよ、牛乳は今のままでも売れ残るんだ。これ以上買っても意味ねぇかもしれねぇ。苦手なヤツも多いしな……」

 

「それなら問題ねぇ。牛乳をメッチャ消費する料理も一緒にアピールすりゃいいだけのコトだ」

 

 

 そう言うとローリエは、キッチンを借りて料理を始めた。

 ネギと挽肉、マカロニを炒めて、金属製の箱に移す。そして、牛乳・卵・塩に、あらゆるスパイスとハーブを加えて混ぜ込んだモンを、その箱に流していく。

 それをどうすんだと思ったら、オーブンに入れて火を入れた。そこから20分。

 開いたオーブンから、香ばしく良い香りがしてきたのだ。

 

 

「ローリエ、それは?」

 

「ラーティッコ。聖典のある国の定番料理だ。

 試作したモンだから味は薄いかもしれないけど……食えないモンじゃないと思うよ」

 

 

 おそるおそる食べてみる。

 ………美味い。ローリエは自信なさげだったが、肉と卵の美味さがすげぇ引き出されてやがる。

 私の隣で試食したアリサが、「こんなにおいしい料理初めてです」と目をキラキラ輝かせている。

 ジョウシ氏たちにも、「肉の味がすっげぇする」「思ってたより全然しつこくない」と大好評だ。

 こんな料理が、本当に聖典にあった………? 本当だろうか?

 

 

「すっごいですねローリエさん! こんな料理があったなんて!」

 

「他にもですねリーダー、煮立てた牛乳にレモン汁を足すだけで、カゼインや乳脂肪分と液体に分離するんですよ。

 分離した方はいくらでもチーズケーキに使えますし、液体の方も『ホエイ』っつって、栄養の宝庫にも―――」

 

「なぁ、ローリエ。ホントにすげえなコレ。私は思いつかなかったぞ」

 

「だろ?ジンジャー。前に教わったんだよ、牛乳しこたま余らせた時にな」

 

()()()()()()()()()()?」

 

「!!!」

 

 

 ローリエの肩が跳ねた。

 牛乳が分離?する事といい、この料理といい、どうやって知りえたか分からねぇ情報をなんで知ってんだコイツは。

 だから何だ、と言われればそれまでだ。別に、誰かを脅かすってモンでもねぇ。むしろ、この知識はきっと多くの酪農家を助けるハズだ。

 でも、ローリエの、この知識がどっから来たのか………今じゃあなくても、いずれハッキリさせねぇと、取り返しのつかなくなりそうな気がする。

 そう思った時、私の隣にいた少女―――アリサが、手を挙げていた。

 

「あの! わ…私が教えたんです。

 『昔、母さんがこうやってたんですよ』って感じで…」

 

「! そう!そうなんだ…あの時は助かったぜ、アリサ」

 

「へぇ~! すごいなぁ、アリサちゃんは!」

 

「あ、あははは……」

 

「そ、そう、なのか?」

 

 拍子抜けしたように口から出た問いに、「はい!」って答えたアリサを見るに、嘘をついているワケじゃないようだ。

 ってことは、気のせいか………ラーティッコとやらはマジで聖典の料理だし、牛乳にレモン汁って話も、アリサが母親から継いだ知識ってことか。

 なんだ、考えすぎか!不安になって損したぜ!

 

 

「なーんだ、そうだったのか! ならすぐにそう言えば良かったのによ!」

 

「す、スマン…だが、これで牛乳消費のメドはついたハズだぜ」

 

「そうだな! うちの都市の料理人に提案してみるか!」

 

 

 牛乳を使った料理のアイデアは悪いことじゃねぇ。むしろ、ちょっと楽しみになってきた。

 早速街に帰って、手続きを始めてみよう。そして、メイド達に牛乳の料理を覚えさせてみるか!

 ガッシュ村産の牛乳を始めとした農作物を買う確約を得て、満足げな笑みのジョウシ氏村の人々に見送られながら言ノ葉の都市に転移した私は、早速メイド長のリリアンを呼んで、来週以降の交易品のチェックと変更手続きに入った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「…すまん、アリサ。正直助かった」

 

「先生、このことは…?」

 

「木月桂一だった頃にフィンランドの知人から教わった、なんて言える訳ねーよ」

 

 

 ジンジャーからラーティッコと牛乳分離の知識をどこで知ったと言われた時は何て言おうか肝が冷えたが、アリサの咄嗟の機転と嘘で助かった。

 俺が『木月桂一』という前世を持っていることを知っているのは、俺自身を除けば先代女神のユニ様とアリサだけだ。うち、ユニ様は他界していて、幽霊として女神の墓地に霊として残っているが。まぁ、彼女には女神の墓地にいるという確信を持って、狙って会いに行かない限り接触は不可能だ。

 アレはちょっと油断しすぎたな。今回は戦場に行かないからって、気が緩んだのか?

 

 両手で頬を叩く。ぱちん、と小気味のいい音がした。

 

「よし。これでしばらくはガッシュ村はじめ農作物輸出のメドは立ったはずだ」

 

「ありがとうございました!」

 

 

 ジンジャーを中心に、大都市が購入する目途が立ったことで、ガッシュ村は生産物を余らせずに済む。

 都市の人々の生活も、いい影響が及ぶと信じたい。少なくとも、なかなか入ってこなかったガッシュ村の食材が大量に入ってきたってことは、値段が安くなり人々の手に渡りやすくなることを意味する……はずだ。

 

 ―――それから2日後。

 きららちゃんご一行から連絡が入った。

 どうやら、リアリストに支配されきった街で、

 彼女達が言う事には………

 

 

『美食の都で「オーダー」と「リアライフ」が使われました。

 チノさん達が呼び出されて……恐らく、ココアさんが囚われているものだと思います』

 

「他に気付いたことは無いのか?」

 

『…美食の都の食料が、殆ど流通していない。

 お陰で、都の人全体が餓え殺しみたいな目に遭っている。

 しかも、リアリストが配給みたいな真似をしている』

 

 

 ロシンの報告に、俺は引っかかった。

 美食の都が飢えているってのは、輸入の激減から予想ついていたけど…配給だと?

 その辺を詳しく聞いてみる。それによると……汚染された聖典の影響もあり、それと交換で、保登心愛謹製のわずかなパンを配っているみたいだそうだ。

 奴らめ、分かってきたぞ……そうやって、聖典への信仰をなくさせるつもりか。

 聖典の信仰云々は今は置いておくにしても、都市の人々やココアを苦しませるとは、見過ごせんな。

 

『それに…ココア様のパンを配るチラシも入手しまして……!』

 

『罠、だろうね』

 

『それでも! 助けに行かなければ…そうしないと、皆様が消えてしまいます…!』

 

「おい、止めろ馬鹿。罠だと分かっていて突っ込みに行くんじゃねぇ」

 

 だが、それと今にも罠に突っ込みそうなランプとは話が違う。

 今マッチが「罠だ」と言っていたが、それを分かっていて正面突破に行くのは、勝負を捨てたも同然だ。

 恐らくだが釣られた所をココアとチノもろともサンストーンがバッサリ、とかそんな策だろう。

 乗ったフリなら兎も角、まんま乗るのは絶対に“ナシ”だ。

 

『誰がバカですか!早くしないと、皆様が…!』

 

()()()()()()()()()()()()()んだろうが!

 お前らがここで負けたら、それ=ゲームオーバーだと理解しろ!!」

 

『!!!』

 

 人助けも、復讐も、基本的に生きているから出来るものだ。

 身も蓋もないが、真っ先に死んでしまっては誰も助けられないし、仇討ちの剣も振るえない。

 だからこそ、俺達は頭を使って、リアリストに立ち向かわないといけない。

 

「俺なりに作戦を考えてみたんだよ。

 ココアちゃんを…美食の都を取り返す作戦を。

 だからな……きららちゃん、皆、よく聞いてくれないか」

 

『何ですか?』

 

「これから作戦の全貌を話す………その上で、みんなに頼みたいことがある」

 

 

 こうして、作戦会議の時間は更けていった。

 後日、美食の都にて、リアリストに占領された都市と一人の少女をかけた、きらら&ローリエとリアリストの化かし合いが始まることになる。

 

 作戦名は―――ミッション・メタルマーケット。

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 芸術の都市が原作通り食料の供給(つまり、よそから交易で持って来る事)をストップしてしまったことを受け、その悪影響を受けた農村の救済に向かった拙作主人公。どっかで見たことのある村人たちに内心衝撃を受けつつも、ジンジャーを頼って食料を腐らせない方法を提示する。その後、きらら達から美食の都市内部の報告を受け、リアリストの策を知り、一計を案じる。

アリサ・ジャグランテ
 ローリエがジンジャーの質問でうっかり前世バレしかけたところを、咄嗟の機転で回避したローリエ補佐役。彼女がいなければ回答に困っていたこともあり、完全に命拾いしている。前作で知ったローリエの過去については、「知られたくなさそうだし、何より今の彼は『ローリエ・ベルベット』である」というスタンスを取っている。

ジンジャー
 いきなり牛乳を押し売りされた言ノ葉市長。だが、訳を話し、そして筋がしっかり通っていれば受けてくれる器量のある好人物。それ故にローリエの情報源を疑ったりもしたが、アリサが名乗り出れば流石にそれを嘘とは疑おうとはしなかった。

ガッシュ村
 某鉄腕村に出てきそうな村。でも、エトワリアのパロ村の方が進んでいる設定。元ネタよろしくあらゆる農作物に手を出し、栽培している様子。村人の名前は一切出さなかったが、「アノ番組」を見ている方々なら想像はつくだろう。具体的に言うと「勇者ヨシヒコと導かれし七人」で出てきたダーシュ村の、T○KI○をモデルにした村人の名前みたいな、あんな感じ。



原作2部5章の展開
 ローリエは元々、策を練って敵を嵌めて倒すことを得意とする参謀タイプ。原作で実際にやったような、「ココアが出てくるチラシを見て、罠だと分かっていて助けに行く」という、一見英雄的ですがその実無計画で迂闊すぎる行動は許さないと思うのです。
 勿論、策を立てる時間もない程切羽詰まった時は身を呈したりします。ですが、それ以外の時には、基本的に頭を使うタイプです。そうでなければ、1部の時に原作知識を使ってきらら達に情報リークしたり、ドリアーテの正体を見破るために証拠集めしたり、敵の得意分野を封じて戦ったりしませんしね。



△▼△▼△▼
ランプ「ローリエ先生、『ココア様を助けに行くな』なんてひどすぎます!」
ローリエ「誰がそんなこと言ったんだ馬鹿。敵の罠にわざわざかかりに行くなっつったの」
タイキック「だが、何か策でもあるのか?」
ロシン「街がそもそも敵の手に落ちてる。取れる手は少ねえと思うが…」
ローリエ「やるのはゲリラ戦……そして、0円食堂だ!」
きらら「ゼロ…え、なんですか、それ?」

次回『零・円・食・堂』
ローリエ「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第48話:零・円・食・堂

 サブタイの元ネタは日曜夜7時のアノ番組のコーナー+「仮面ライダーフォーゼ」風です。


“タダの取引など存在しない。あるとしたら、それは受け取った側自身が商品にされてるケースだけだ”
 …木月桂一の独白


 私達が美食の都市に入って見た現状。

 それは、入る前に想像していたものとは180度違うものでした。

 

 食べ物は一切なく、活気が無くなっていて。

 人々は僅かな配給に群がり、その為に聖典すら投げ捨てる。

 ひどい人は、聖典を躊躇いなく捨てるのを止めようとしたランプに…

 

「聖典じゃあ腹は膨れねぇんだよ!!」

 

 …と怒鳴る始末。

 その直後タイキックさんに「子供にそんな怒鳴るとは、大人気ないと思わないのか!」と叱りつけられるも、逃げるように配給へ行ってしまい。

 

「全く…何なのだ、あの男は!」

 

「どうやら、相当酷い支配を受けてるみたいだね……治安が悪くなったら、人の心も荒むものだから」

 

 本当に、マッチの言うとおり、ここの人達も辛い支配を受けてるみたいだった。

 早くこの人達を助けなくっちゃ。

 でも、占領された街だけあって、ウツカイやリアリストに与した人々が多くて。

 流石に全てを相手には出来ない。孤立無援な状況にどうしようかと思った時、私達を助けたのは……クリエメイトのリゼさんだった。 

 

「こっちだ! 私達のアジトがある!」

 

 そうして案内された先で出会ったのが、クリエメイトのシャロさん、千夜さん……そして、チノさんだった。

 そこで知ったのは……チノさん以外が、ココアさんを忘れてしまった―――パスを断ち切られた、ということ。地下にできた店で、ゲリラ戦の準備をしていたということ。

 そこに舞い込んだ、一通の告知。ココアさんのパンを配るという宣伝。聖典と交換でパンが貰えるとのことでした。明らかに罠です。

 

「こうしてはいられません……助けに行きましょう!」

 

「いや、待てランプ」

 

 すぐに助けに行く意思を固めるランプに対して、待ったをかけたのは、タイキックさんでした。

 

「この街の状況……私達が思っていたよりも深刻だ。

 このことを父上あたりにでも相談し、今後の方針を決めた方が良い」

 

「え、タイキックさんって、お父さんがいるんですか?」

 

「うーんとね、チノ。タイキックさんの場合はいるというか、タイキックさん自身がそう呼んでるというか…」

 

 タイキックさんの呼び方はさておき、街の支配はもう殆ど敵の手に落ちたと言っても過言じゃありません。

 相談をするという意味でも、ローリエさんに連絡をしてみた。

 ローリエさんが作った通信機は、こんな場所でも通じるみたいで良かった。

 そうして繋がった先で、ローリエさんが全ての事情を聞いた上で言い放ったのは。

 

『おい、止めろ馬鹿。罠だと分かっていて突っ込みに行くんじゃねぇ』

 

 ランプを厳しく戒める言葉でした。

 ローリエさんの気持ちは分かりますが、早くココアさんを助けに行かないと、聖典が破壊されてしまうかもしれないんですよ?

 

「誰がバカですか!早くしないと、皆様が…!」

 

()()()()()()()()()()()()()んだろうが!

 お前らがここで負けたら、それ=ゲームオーバーだと理解しろ!!』

 

「!!!」

 

 でも、ローリエさんはこう言ったのです。

 私達が倒れたら、ココアさんを助ける事も出来なくなると。それは、私やランプ、タイキックさんやうつつ、ロシン君にとっても、承服できることじゃありません。

 

『俺なりに作戦を考えてみたんだよ。

 ココアちゃんを…美食の都を取り返す作戦を―――』

 

 だから、ローリエさんの話す作戦を、一言でも聞き逃さないように聞いたのです。

 

 

 

 

 

 …そして、作戦実行日。

 それは、ココアさんのパンの配給日です。

 私・チノさん・シャロさん・タイキックさんで、配給に集まった人々の人だかりを見ています。

 

 

「始まりましたね、パンの配給……」

 

「うぅ、前が見えないわ……」

 

「凄い人だかり…」

 

 

 人が多くて、中心部がよく見えない。

 つま先立ちをしても、私の身長じゃよく見えないな。チノさんもシャロさんも私よりも背は低いか同じくらいかだから、この二人にもきっと見えないだろう。

 でも…私よりも背の高いタイキックさんは違った。

 

 

「少しギリギリだったが……見えた」

 

「誰か見えましたかっ?」

 

「あぁ……『リアリスト』のスイセンとリコリスがいた」

 

「「「!!!」」」

 

 

 私はこれまでの経験から、チノさんとシャロさんは私達が語った経験談から、全身が強張った。

 片や目に見えない、ローリエさんのような攻撃を放つ、油断できない人。片やキサラギさん達を直接亡き者にしようとするまでに聖典を憎む、凶悪な人。

 そんな二人が同時にいるという事実が、ローリエさんの「罠」の恐ろしさを裏付けていた。確かに、その二人がいる状況の罠だと分かっていて、正面から向かっていたら、やられていたかもしれない。

 

 

「他に誰か見えましたか?」

 

「……パン屋の給仕服に身を包み、桜の髪飾りをつけた、赤みがかった金髪の少女が1人」

 

「ココアさんですっ! それは…絶対ココアさんですよ!」

 

「チノちゃん!?」

 

「あっ! コラ、待たないか!」

 

 

 タイキックさんの報告に、ココアさんがいると知ったチノさんが飛び出そうとするも、タイキックさんに止められる。

 

 

「は…離してくださいっ! タイキックさんっ!」

 

「落ち着け! 止まらないと……アレだ、『香風タイキック』するぞ」

 

「ひえっ」

 

「ちょっとぉ! 暴力で脅すのってどうなの!!?」

 

 

 た、タイキックさん……

 シャロさんの言う通り、流石にチノさんを蹴るのはどうかと思います。

 けれど、悔しい事にチノさんに限らず、私達があそこに近づくのはローリエさんに禁止されています。何なら、「見つかったら逃げろ」と厳命されるほどには、現段階では近づけません。

 

 とても歯がゆいですけど、これも作戦の為。

 まずローリエさんが言っていた第一段階です。

 

 

「ランプやロシン君たちが『入口を確保する』……それまでのいわば、囮、なんですから。

 チノさん。今すぐは出来ませんけど……必ず、ココアさんと会わせてあげますから……それまでは我慢してください…」

 

「………分かっています。ローリエさんの作戦なら、私も賛成しましたから……」

 

「このまま、別動隊がこっちに来るまで待機だな……む、シャロ、何をしている?」

 

「いえ、ちょっと落ちてたり売り場に残されてたパンが……なんだかちょっと、勿体なかったから………」

 

「シャロさん、落ちてるのはやめましょう。汚いですよ」

 

「いや、捨てないでくれ、シャロ。そのパンだが、なんだが大事なモノな気がする」

 

「タイキックさん!!?」

 

 

 ココアさんが焼いたであろう、パンの匂いに包まれながら、私達はリアリストによる自作自演の配給を、遠巻きに眺め続けることになりました。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ―――そろそろ、保登心愛の配給が始まって、きららさんが広場についた時間か。

 

 そう考えるロシンは、美食の街の門の前の、ある建物の陰から様子を伺っていた。

 

 

「流石に俺らが突破した入り口だからか、ウツカイ共がうようよいんな」

 

 

 その場所はつい先刻きらら達が門を突破したこともあって、リアリストに与した情けない人間やウツカイが多い。

 既に、門を突破された事実が敵にも広まって、対策を立てられているようだ。

 

 

「ローリエさんは『挟み撃ちで門を奪取する』っつってたけど、どうするつもりなんだ……?」

 

 

 ロシンがローリエから聞かされていた役割はこうだ。

 まず、門を奪取する。突破するのではなく、敵から奪い取るのだ。そしてその際、敵を出来る限り逃がさずに倒せとのこと。

 肝心の門の奪取手順については、ローリエの軍勢が奇襲を行うと聞いていたが、その方法については「機械がやる」と言っていたが、ロシンはいまいちイメージがわかなかった。

 

 ロシンが奇襲について考えていた時、門で異変があった。

 

 

「おい、許可のない者は通すなとお達しだ。お引き取り願おう」

 

「そんな、私はこの街の長から注文を受けて来た者ですよ! ほら、証拠もここに!」

 

「何ィ?」

 

 

 商人と門番が揉めだしたのか、そのような会話が聞こえた。

 恐らく、ローブを深くかぶっているあの商人はこの街が支配されたことなど夢にも思っていまい。すれ違いが起こり、追い返されるだろう。そう思った時だ。

 

 

「『積み荷:機械類』だと……?」

 

「えぇ、えぇ。なんならご確認になりますか?」

 

「良いだろう。妙な物だったら没収するからな」

 

「はい、はい!いくらでもご覧ください………嫌と言う程、ね」

 

「な……機械がっ!? ぐわアアアアああああああああっ!!!?」

 

 

 突如、馬車に乗せられていた、布のかぶった荷物がひとりでに動き出し、積み荷を確認しようとした門番の頭を殴って昏倒させたのだ!

 混乱する門番の仲間たちに、布から露わになったものが襲い掛かる。

 それは……機械のはずなのに、二本腕があって、四本の足があって。その手に、キラリと光るサーベルと、腕と一体化したクロスボウが備え付けられていて。

 例えて言うなれば………機械仕掛けの兵隊、であった。

 

 

「命令だ、キラーマシン。ウツカイを全て排除しろ。歯向かう人間は突き飛ばしてもいいが、殺すなよ。あと、逃げ出そうとする奴らも逃がすな」

 

「「「「リョウカイ」」」」

 

「はァッ!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 ロシンは、目の前の光景を疑った。

 機械がひとりでに動いて、ウツカイを中心に襲っているからだ。

 これはなにか、リアリストとは別勢力の襲撃かと思ってしまう。

 

「何やってんだ、ロシン。俺達で門番をひとり残らずふん捕まえるぞ」

 

「へ……あ、ローリエさん!!?」

 

 呆けるロシンに、ローブの商人が近づいて声をかけてきた。

 聞き覚えのある声にロシンが確信すると、ローブの商人―――否、ローリエがサイレンサー弐号を抜いた。

 

「こ、この機械は…!?」

 

「プロトバトラーから大幅改良した人型自律兵器・キラーマシンだ」

 

「こんなのいつの間に…!?」

 

「ドリアーテ事件以降細々とな。設計図がウルトラ複雑な上に量産出来なかったから、4体までしか造れなかったが……性能テストも楽々クリアした、戦闘力バツグンの新兵器よ。

 さぁ、行くぞ。早く加勢してとっとと門奪わねぇと、敵に門の異常に気付かれる」

 

 とんでもない新兵器もあったものである。

 ロシンは、ローリエの言葉に頷き、目につくリアリスト側の人間を殺さずに捕縛する一方で、ローリエが味方で良かったと痛感する。こんな化け物染みた機械兵など、相手に回したくないからだ。

 現に、ローリエの命令を受けて剣を振り回したり、弓を放つキラーマシンが、容赦なくウツカイを屠っているのが見える。しかも、味方への誤射や同士討ちもゼロ。

 

 

「あの人の頭ン中どうなってるんだ…?」

 

 

 そう呟きながらも、1人、また1人と門番やリアリストの下っ端を捕えていく。

 気が付けば、ものの数分で、あっという間に門の制圧が完了していた。

 

 

「これ……この後、どうするんですか?」

 

「待機させていた、ランプやうつつ達を呼びに行ってくれ。門の外にいる人たちに合流させる」

 

 

 その言葉で、ロシンはランプやうつつ、残りのクリエメイト達を呼びに行かせた。

 やがて、ロシンに呼ばれたランプ達は、制圧して取り返した門の外にて、驚きの光景を目の当たりにすることになる。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ロシンの合図があって、うつつさん・マッチ・リゼ様・千夜様と共に門を抜ける。

 そこに広がっていたのは、幾つもに並びたった、料理のお店の数々でした。

 美味しそうな匂いの数々が、私達の鼻をくすぐります。

 

「こ、これは…!?」

 

「凄い数の……屋台です!」

 

「こんなもの、どうやって用意したんだ!?」

 

 和食、洋食、中華………

 今の美食の都市では見られなかった、食糧が料理され、お皿に盛り付けられていくさまは、まるで輝いているようでした。

 でも、美食の都市は今、食料品が輸入できてない状況……どこから持ってきたんでしょう?

 

 

「ビックリしたようで何よりだ」

 

「先生!?」

 

「どうだ?美味そうだろ」

 

 

 …確かに、どれもこれも美味しそうですけど……聞きたいことが山のようにあるんです。

 

 

「どうして、こんな所に屋台が出来たんですか!?」

 

「ガッシュ村。知ってるよな?

 あそこの人々やジンジャーのメイド達が力を合わせてこのバザーを作ったんだ」

 

「食料はどうしたんですか!? それに、今は美食の都市は食料を持ち込めなくて……はっ!」

 

「そう。ならこう考えるんだ。『美食の都市の外でレストランすりゃいい』ってな!」

 

「儲けなんか出ないだろう。こんなボランティアの炊き出しなど、大規模にやっちゃあ……」

 

 食料は分かりました。

 でも、マッチの言うこともよく分かる。

 これを、儲けナシで行うなんて、ちょっと考えづらいと言いますか、大丈夫かなって思います。

 しかし、「実はそこの問題もクリアした」と先生。

 

「ここで使う食材は、基本的に売り物にならない食材を活用してるんだ」

 

「それは………美味しいんですか?」

 

「規格外の小さすぎたり大きすぎたりする卵やパック詰め中にどうしても落ちた豆、傷んだ部分を取り除いた野菜……等々、捨てちゃう食材を使ってできた料理がアレらだ」

 

「な、何故だろう……そこはかとなく危険な感じがする……」

 

「腐って食えない食材は流石に使ってないから大丈夫だ」

 

「いや、そうではなく………」

 

「あの番組のオマージュですね♪」

 

 

 先生の説明を受けても尚、リゼ様が心配そうにしていました。千夜様が気になる発言をいたしましたが、それがなんなのか、何故心配しているのかまでは分かりませんでした。

 

 

「元手はほぼゼロで、金を払わせれば安値だろうと儲かる。そういう寸法よ」

 

「でも、お金を払わせるなんて大丈夫なんでしょうか?」

 

「問題ねぇ。今の飢えている人々にとっては、何より欲しいのは『暖かいご飯』だ。

 ガッシュ村の方々にも生活はある。ボランティアに限界がある以上、最低限の『取引』が必要だ」

 

「そう、かもね……」

 

「!」

 

 

 苦しんでいる人達にお金を払わせて良いんでしょうか。

 問題ないと断言する先生に同意したのは、意外にもうつつさんでした。

 

 

「そりゃさ、ランプ。心の栄養とか、大事だと思うけど……それだけじゃあ、ダメなんじゃないかな……?」

 

「それは……うつつさん、でも…」

 

「うぅぅぅ…そんな顔で見ないでよぉ……」

 

 

 うつつさんの言いたいことは分かります。

 人間、何も食べないで生きていけるなんてさすがに思っていません。

 でも、誰かが困っている時に、利益とか、自分のことをちょっと我慢してでも助けられるのが普通じゃないんですか……?

 

 

「うつつは別に、お金を取る事を肯定してるんじゃないんだと思う」

 

「リゼ様?」

 

「親父だったらこう言うだろう。『戦場で周りしか見れないヤツは二流だ。一流はまず自分の身を確保する』って」

 

「それは、すさまじいお父さんだね……」

 

 リゼ様のお父様は軍人ですから、娘のリゼさんにも英才教育を施していらっしゃるんですよ。

 そう言おうとして、わたしは作戦前、ローリエ先生に言われたことを思い出した!

 

『早くしないと、皆様が…!』

()()()()()()()()()()()()()んだろうが!

 お前らがここで負けたら、それ=ゲームオーバーだと理解しろ!!』

 

 私達が負けたら、ゲームオーバー…

 それはつまり、ココア様達が破壊されて、存在そのものが消えてしまうことだ。

 そんな事態を防ぐために動いているのが私達なら、私達がもし……もし、ですけど。負けてしまったら…?

 

「……そういうコトでしたか」

 

「ランプ?」

 

「リゼ様のお父様は軍人です。危ない戦場に身を置いていたであろうことは想像できます。だからそのようなことを…!?」

 

「ああ。私も本物の戦場には出た事は無いが、戦場では真っ先に死んでは何も出来なくなる。それを知っていたから、そう言ったんだろうな…」

 

 り、リゼ様のお父様、流石のハードボイルド。わたしなどでは到底理解の及ばない、いと高い考え方です…!

 

「つまり、だ。何が言いたいのかと言うと……えぇと、どんなお店でも、料金なしで料理なんて出せないんだよ。ローリエさんの言う事にも一理あるってことだな」

 

「そうね………甘兎庵の事業拡大にも、お金は必要だもの…」

 

「ま、だからといって足元を見るような値段設定は禁止にするつもりだ。金に目が眩んで、大金持ちになった上で人を傷つけるヤツなんてゴメンだからな。ランプやマッチもそういう奴、知ってるだろ」

 

「…ビブリオだね。あいつみたいにならないように、バランスは大事ってことか」

 

 

 リゼ様と、そのお父様のことをきっかけに、色々知れたわたし達は、先生から「作戦を次の段階へ進める」と話を聞いていくのでした。

 わたし達が本格的に動く、作戦の第2段階。

 主にやる事とは……………宣伝だ。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 きらら達にココアを正面から助けに行くことはせず、策を練って助けに行くことを推奨した拙作主人公。敵の作戦がココアという餌で釣るという、チノ達を舐め腐っているようにしか見えないものだったため、そいつを逆手に取る策を練った。無論、きらら達には共有済みで、次回からココア奪還に本格的に動くこととなる。

きらら&香風智乃&桐間紗呂&タイキック
 ローリエの策における、囮役。敵の目標であるチノと護衛役のきらら、暴走したクリエメイトの静止役のタイキック、パンの確保役と補助役でシャロを置いた。きららは、ローリエが「作戦を使う前に全貌を話しておく」ということをしたため、作戦に乗った。

ランプ&住良木うつつ&天々座理世&宇治松千夜&マッチ
 来る第2段階のため、ロシンとローリエが門を確保するまで隠れていた面々。ランプはかろうじて戦えなくもないかもしれないが、その他は戦闘能力が皆無といっても良いので、今回は出番なし。次回は思い切り情報戦仕掛けるので、そこで多いに出番を貰う予定。

ロシン・カンテラス
 門の挟み撃ちを担った宝石獣(カーバンクル)の少年。だがローリエの技術力を目の当たりにし、言葉を失う。完全に出遅れてしまったものの、仕事は果たした。


キラーマシン
 ローリエがプロトバトラー(前作80話参照)を元に新たに作り上げられた機械兵。命令を聞く人工知能はもちろんのこと、装甲の軽量化&防御力向上に成功。剣とクロスボウを自在に操れるようになった。というかまんまドラクエのキラーマシンである。流石に人手がいなかったので、4機しか製造していない。

0円食堂
 日曜夜7時から始まるあの番組のある企画。あらゆる食品加工業・収穫の過程で出た捨てちゃう食材を生まれ変わらせるコーナー。



△▼△▼△▼
うつつ「えぇと…門を取り返したローリエは、ランプやクリエメイトの陽キャ達を使って、情報戦するみたい………ええっ!? わ、私もやるのぉ!?」

うつつ「む、無理無理無理無理! 人前でビラ配りとか出来ないよぉ……知らない人の視線に焼かれて死んじゃうよぉ……」

うつつ「でも、これで多くの人をこっちに引き込んだ事で、美食の街を支配したリアリスト……スイセンが、やっと出てきた………と思う。多分」

ローリエ「多分かよ」

次回『聖典を愛した男と食物に愛されなかった少女』
うつつ「じっ次回も…ぉぉ、おたのしみにぃ〜……」
▲▽▲▽▲▽


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第49話:聖典を愛した男と食物に愛されなかった少女

 今回のサブタイの元ネタは、「ご注文はうさぎですか?」より「小麦を愛した少女と小豆に愛された少女」からです。

“彼女は、自分から生み出す事を考えず、食事を持つ人を恨み続けて奪うのを当然としている。無辜の人々の平穏・命・幸せな食事を食い荒らすそのさまは、まさに害虫である。我々の理想郷には不要な存在としか言い様がない”
 …木月桂一によるスイセンの人物評


 門が確保され、「第2段階が発動した」。

 その時点で全員を集合させる。美食の都市とその外で行われる0円食堂が繋がった今伝えるは、次に俺らがやるべき作戦。

 

 それは―――宣伝だ。 

 

 

「宣伝……って、何のですか?」

 

「そんなん、0円食堂に決まってんだろ」

 

 

 今の美食の都市に必要なのは食料だ。

 そこで、こんな問いをしてみる。

 

 

「さて、最初の問題だ。

 今、君達の目の前には、二つのお店がある。

 片や、大事な聖典と引き換えにわずかなパンしか配ってくれないお店。

 片や、リーズナブルな値段のお金さえ出せば何でも食べられる絶品料理のお店。

 現在猛烈に腹ペコだったとして……君らなら、どっちへ行くかな?」

 

「そんなもの、後者のお店に決まってるじゃないか」

 

「そうですね。その、聖典っていうものは大事なら、あまり手放したくないはずですし」

 

「……なるほどね、ローリエ。君のやりたいことが分かった気がするよ。街の人達全員を、こっち側に引き込むつもりだね」

 

Exactly(その通りだ)

 

 

 当たり前の答えを返すリゼシャロを見て、いち早くマッチが俺の意図を察した。

 美食の都市の人々がリアリストの配給所に行く理由はただ一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ならば、もっと条件のいい、誘惑たっぷりの競争者が出てきたらどうなるか?………人は、より良い食料を求めて、ソッチに移動するに決まっている。元来から人は、欲望には忠実だ。一度覚えた贅沢は、絶対に忘れられない。

 

 

「……とはいえ、この0円食堂の存在を知って貰わなけりゃ話にならない。

 そこでだ。クリエメイトとランプ・うつつには、宣伝係をやってもらいたいのさ!!」

 

「せ、宣伝ンンンンッ!!!?

 無理無理無理無理っ!! 私にそんな、よ、陽キャの極地みたいな真似出来るわけないよぉ……死んじゃうって……!!」

 

「そこは適材適所でやらせてもらう。うつつに街中でビラを配ってくれ、なんて頼まない」

 

「じゃ、じゃあ……お店の隅っこで、じっとしてられる仕事とかありませんか……?」

 

「そんな仕事ねーよ」

 

 この作戦を実行するにあたり、それぞれの人に適した仕事を配るつもりである。ロシンに先に言われてしまったが、うつつよ。怠惰にも体よくサボる事など出来ないと思って頂こう。

 

「で、まずビラ配りだが……リゼ、シャロ、千夜。この3人にやってもらおう」

 

「だ、大丈夫なんですか? クリエメイトは狙われているんですよ?」

 

 ビラ配りに百戦錬磨の看板娘を選出したところ、きららちゃんから不安の声があがった。

 まぁ、ごもっともだ。奴らの狙いはクリエメイト。捕まったらタダじゃ済まない。しかし、こちらも対策を考えている。

 

「まぁ、変装する必要くらいはあるだろう。

 …な? ロゼにラパンにイナバさんよ」

 

「な!? 何故それを知っている!!!?」

 

「聖典マニアならこれくらい常識だ」

 

「そうですよ!! 特にロゼ様の、普段のリゼ様の時には見せないお淑やかさといったら……はぅぅ〜♡」

 

 リゼは、俺が『ロゼに変装した事がある』事実に驚いていたが、俺やランプからすればこんなの当たり前だ。

 だが、俺達の「当たり前」が全員に通用するとは限らない訳で。

 

「なぁ……変装するっつったって、バレないのか?」

 

「あァ、問題ねぇ。

 何故なら…奴らは『聖典が嫌い』と明言していながら詰めが甘いからな」

 

「詰めが、甘い? どういう事ですか?」

 

 いい質問だ、ランプ。

 ランプだけでなく、他の皆も疑問を浮かべてこちらを見ている。

 促されている通りに、続きを話すとしましょうか。

 

 

「例えばシャミ子達を召喚した時、リリスの能力になんの対策もしてなかっただろ?」

 

「あ!た、確かに…」

 

「人の夢に入って好き放題情報を抜き取れる能力……真っ先に対処したい能力だ。やりたい事バレたら世話ないからな。

 だが奴らはシャミ子にしか手を出さなかった。本当はリリスも捕まえるつもりだったのかもしれないが、シャミ子だけで十分と思ったんだろうな」

 

 まぁ、そこが詰めが甘い所以だがな。

 それに「奴らの詰めの甘さはそれだけじゃねぇ」と続ける。

 

「写本の街の時は、魔法陣をGに食われながらも、無理矢理転移を決行した。結果、事故って半数以上を逆に奪い返された。

 芸術の都の時は、ヒナゲシを使った罠に冗談みたいに簡単に引っかかった。

 水路の街の時は、『うつつはウツカイの仲間だ』ってデマに対するコッドさんの反論に、武力侵攻で答えやがったからな……」

 

「あのぉ……最後の『反論に武力で答えた』ってのは、どういう……?」

 

「うつつ、討論ってのは、先に手を出した方が負けなんだぜ。それは『ぼくわたしは、あんたの意見に反論出来ません』って言っているのと同じだからな」

 

 その影響か、リアリストの風評は最悪と言っていいほど落ちている。

 エトワリアン・ニュースが『水路の街の襲撃とコッド及びシュール・ストレミングの死』を報道し、ブッシュ・A・コニチンもまた「話し合いも通じず一方的に滅ぼそうとするとは、もう容赦していい連中ではない」と批判した事もあって、世間一般では「凶悪な犯罪者(テロリスト)」というイメージが定着しきっている。事実だから訂正も出来まい。

 

「話は逸れたが、要するに…だ。

 ココアやチノですらすぐに見破れなかった『ロゼ』達を、聖典もろくに見ないような連中が一発で見破れるでしょうか?………って話なんだよ」

 

「確かに…!それなら、皆様の危険も減るかもしれません!!」

 

「り……リゼ先輩の…変装!? はわわぁ…」

 

「で、でもぉ……不安だよぉ…

 絶対に見破られないって保障、ないしぃ……」

 

 

 ランプが納得し、シャロがトリップしている傍らで、まだうつつは作戦に懸念を示す。

 そこまで言われても、作戦に100%なんてないから勘弁して欲しいのだが……そんなに不安なら、俺も手を打っておくしかないな。

 

 

「うつつ。お前は忘れたのか?

 俺には……ひいては俺たちには……最強のスパイアイテム達がついていることを……!」

 

「……あ! それってもしかして、ローリエさんがくれた通信機にあった―――」

 

テッテレ〜!G型魔導―――」

 

 

 俺が言い切る前に、女性陣の悲鳴が耳に届き、きららちゃんの拳が目の前に迫っていた。

 

 

「………前が見えねェ」

 

「ごめんなさいローリエさん…まさかこのタイミングでそんなご冗談を言うとは思わなかったものですから……」

 

「え、いや、俺わりと本気……」

 

なにか言いましたか?

 

「イヤナンデモナイデス…」

 

 

 こうして、変装してビラを配る作戦は始まった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 真実の手・スイセンは、言ノ葉の都市の出身者である。

 貧しい職人アルバイトを両親に持っていた彼女は、幼い頃からとにかく健啖だった。子供1人前の食事では満足しきれず、毎食何度もおかわりを要求した。だが残念ながら、彼女の家庭にはそんな金は無かった。

 食費だけで貧しくなっていく日々。スイセンを養いきれないと判断した両親は。

 

『出稼ぎに行ってくる』

『一人でお留守番をよろしくね』

 

 ……そう言って、まだ齢10歳のスイセンを留守番におかせて、家を出ていく両親。

 

『……ごめんね』

『? 行ってらっしゃい〜!』

 

 母親の突然の謝罪に戸惑いながらも、スイセンは両親を見送った。

 ………そして、これを最後に、両親は家に帰らなかった。スイセンだけを都内の家に置いて、都市を去ったのだ。

 こうなる前にどうにもならなかったのかといえば、存外救済措置はあった。現代日本でいうところの、生活保護のようなシステムはあったのだ。

 しかし、スイセンの両親は怠惰でかつ無学であった。「役人が信用できない」「手続きが面倒くさい」そんな言い訳を並べてそもそもの救済措置を知ろうとさえしなかった。そうして蒙昧な両親は、自分達の無学を棚に上げるような形で、己らの愚かで貧しい生活のために、真っ先に娘を切り捨てたのであった。スイセンが「捨てられた」と悟ったのは、孤児院のシスターに拾われた時であった。

 

 とはいえ、孤児院の生活も、決して豊かとは言えない生活であった。

 ボロボロの家屋、自分と同じように親に捨てられた子供達、そしてたった一人のシスターが出す、具のない薄味のスープ………そのような生活では、スイセンの特別大きな胃袋を満たすことなど、到底不可能であった。

 そんな生活の中、シスターの一言が、スイセンの人生を変える。

 

『はぁ…市長や、神殿の方々は、もっと食べ物に恵まれてるだろうな…』

 

 それは、誰にいうでもない、ただの独り言。

 子供達に空きっ腹を我慢させて眠らせた後の、大人の本音だった。

 だがシスターは、眠らせた子供達の中で唯一、スイセンだけは生まれつきの大きな胃袋のせいで眠りにつけていないことに気づかなかった。

 

『(そっか…偉い人が、食べ物を独り占めにしてるから、ウチらがこんなに苦しいんだ………)』

『(奪わなきゃ……)』

『(そいつらから奪わなきゃ、ウチが飢え死にしちゃうんよ……!)』

 

 この時のシスターは、まさか自分の独り言が、最悪のテロリストを生むトリガーになるとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、孤児院を出たのちにハイプリスと出会ったスイセンは今、自分が支配した美食の都市の大きな喫茶店で、ココアが焼いたパンを食べながらも悶々としていた。

 狙いである香風智乃が、かかりそうでかからないのだ。それが何度も続けば、悶々もイライラもするものだ。

 

「んも〜、ウチは待つの好きじゃないのに〜!!」

 

 腹立たしげな声を出しながら、スイセンは伸びをした。

 それに対して、声を上げるのは3人。

 

「根気よく待つしかないだろう。奴らにはそれしか手は残っていない。そもそも都市に入った時点で我らの腹の中だ」

 

「もうこっちから攻めた方が早いんじゃないの?」

 

「で、でも……それにしたって、おかしいの…何度も何度も、近づくフリして近づかないなんて……ひょっとしたらもうバレてるのかもしれないの…」

 

 

 淡々と作戦を為すのみと言うサンストーン。

 荒々しい本性らしく攻勢に入ったほうがいいと言うリコリス。

 そして………おどおどと不安げに呟くのは、ヒナゲシ。

 

 ローリエによって捕らえられていた筈の彼女だが、水路の街の件で手がつけられなかった所に、とあるリアリストの幹部が助けに来たのだ。本人は「命令とはいえ、なぜワタクシが負け犬の尻拭いの様な真似を」と不満げだったが、助かったには助かった。

 しかし、ヒナゲシは無傷とはいかなかった。まず包帯の面積が増えている。左手・左足だけでなく、右足、そして首にも巻かれており、更に右頬には湿布のようなものが貼られ、より痛々しい有様となっている。

 そんなヒナゲシを、リコリスが容赦なく殴り飛ばす。

 

 

「うるっさいわねこのグズ! 捕まっただけの無能は黙ってなさい!!」

 

「ひゃぁっ……! ごめんなさい…ごめんなさいなの……」

 

「わー、痛そー」

 

「そこら辺にしておけ、リコリス」

 

「指図するんじゃあないわサンストーン。

 このグズは()()()()()()()()()()()んだから、アタシの好きなようにして何が悪いっていうのよ!?」

 

 

 そう。

 身体的な傷に留まらず、ヒナゲシは、救出された後ハイプリスによって降格を食らっていたのだ。

 真実の手による多数決の結果、リコリス以外は降格に賛成。ハイプリスも彼女なりにフォローはしたようだが、それでも庇いきれなかったということだ。「私は皆を説得したのだが…本当に申し訳ない」とハイプリスから降格を言い渡されたヒナゲシは、全てに見放されたかのようにすすり泣き、それが特に理由もないリコリスの怒りを買って今に至る。

 そんなヒナゲシがここに来ているのは、「真実の手・弓手」ではなく「真実の手・左手“の助手”」としてであった。

 

 

「召喚士との戦いも控えているんだぞ。これ以上戦力を削る真似はハイプリス様もお喜びにならない筈だ」

 

「いいのよ別に。今回アタシもコイツも戦闘を許可されていないからね、忌々しいことに」

 

 今回は戦えないから、と説得をまるで聞かないリコリスに、サンストーンは嘆息した。

 先の事を全く考えられない事にどう苦言を呈そうかとした矢先、スイセンが割り込んで、こう話題を切り替えた。

 

「ねー、今日のお客さん、ミョーに少なくない?」

 

「「「?」」」

 

 4人でカフェの窓から身を乗り出す形で様子を見てみる。

 すると……確かに、受付に集まってパンを受け取りに来る人々が減っている………ように見えた。

 

「ふむ……言われてみれば減っている…のだろうか?」

 

「あまり変わらないんじゃない? スイセンの気のせいって線はないの?」

 

「いーや、絶対減ってるんよ。

 ウチ、食べ物のことになったらうるさいからね」

 

 

 食べ物関連となると意地ぎたなく……もとい、敏感になるスイセン。

 なんだただのいつも通りかと取り合うことなく窓から身を引っ込めるが……今回ばかりは、予感は当たっていた。

 門から出ると、様々な料理が出るバザールがある……そのような情報が出回り始めていたからだ。

 噂を耳にした人々は、配られたビラを頼りに門に集まり、そこを抜けた先で久しぶりのマトモな食事を味わった。

 普段美食の都市で味わう高級料理には足元にも及ばない……が、金や素材の品質はここでは問題ではなかった。

 

 ―――「お金さえ払えば、まともな食事にありつける」。

 その事実を知ってしまえば、聖典と引き換えにバリエーションの少ないパンを貰いに行くなど馬鹿馬鹿しくなってしまったからである。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 焼きそばの屋台には、人が並び、食事が提供される瞬間を今か今かと待ち構える人でごったがえる。

 洋食の屋台から貰った色とりどりの食事を涙ながらに食べている人々も続出している。

 スイーツの屋台には、今まで甘味のお預けを食らっていただろう、女性や子供が長蛇の列を作っていた。

 

「ローリエさん、状況はどうですか?」

 

「バッチリだ。ウツカイ共はロゼ達に気付いていないし、リアリスト共はまだコッチに気付いていない」

 

 作戦は、思っていた以上に順調だった。

 リゼ(ロゼ)シャロ(ラパン)千夜(イナバ)が配ったビラを元に、集まってくれた人が多数。よっぽど、パンだけの生活に耐えかねていたようだ。

 で、ビラ配り中の三人は俺のスマホの機能・CATの偵察機能でバッチリガードしてある。中継されているのは異変が起こったらすぐに行けるようにするための保険だ。

 ダメ押しに、リアリストの基地へのG型BLACK RXのスパイも十分に行えている。アイツらの会合を現在進行形でライブ配信しているんだが……スイセン以外誰も都市の人がこっちに引き込まれたと勘づいてやがらねぇ。コイツ等ひょっとして学習能力ねーのか?

 まぁ、サンストーンあたりはG型を見たら勘づかれるかもしれないから、スパイは慎重に行わせて貰おう。

 

「……ぅぅぅううっ…」

 

「…映像越しでもダメか……何でそんな泣くんだろうな?」

 

「わかり、ません……」

 

 サンストーンを見る度泣いちゃうきららちゃん。

 彼女の言う事には「忘れちゃいけないことを忘れてる気がする」とのこと。

 

「……サンストーンっての、特別な仲だったんじゃねーの? 例えば、家族とか」

 

「家族……」

 

「案外お姉ちゃんだったりしてな」

 

「わかりません……でも、そうかもしれません。

 詳しい事は、この子に直接会って確かめられればいいな、と」

 

 そっか。

 サンストーンの件は、きららちゃんなりにどうにかしたいと思っているんだな。

 なら俺に出来る事は、その目的や、ココアの救出……それのお膳立てをすることだ。

 

 

「ところで、ローリエさん」

 

「ん?」

 

「その…腰につけているものは何ですか?」

 

 

 きららちゃんが指をさしたのは、俺の腰に巻かれていたベルト。

 片方のスロットが欠けたようなドライバーだ。

 

 

「今度使うものだ。不備がないか整備していた」

 

「そうだったんですね」

 

 

 きららちゃんは去っていく。 

 俺は、ふぅとため息をついた。

 気づかれなかったようだ。

 本当に良かった。咄嗟に手の中に隠した―――「E」がデザインされた、USBメモリを見られないで。

 




キャラクター紹介&解析

ローリエ
 作戦の第二段階として、0円食堂を宣伝していった拙作主人公。その効果に我ながら驚いていた。人とは一度覚えた贅沢は決して忘れないと知っていたが、それにしてもこれは効果がありすぎだろと思っている。更に、きららとサンストーンの関係性において、ニアピン賞を引き当てている。

スイセン
 原作のゲームシナリオ(オフライン版)を元に、過去を掘り下げた真実の手。親に捨てられて孤児院に入り、そこでひもじい生活を続けた結果富裕者層を恨むようになったとあったが、個人的にはこれくらい描写して欲しかった感はある。きららファンタジアサービス終了の都合もあったが、ここに賛否両論の種がひとつあるのではないかと思っている。オリジナルとして、両親が救いようもないカスである事実と、生まれながらの健啖家であったことを追加した。

ロゼ
 天々座理世の、変装した姿。もともと『オペラ座の怪人』クリスティーナの代役で出たことをきっかけに生まれた変装姿だが、そのクオリティは長年付き合いのあるココアやチノでさえすぐに気づけない程。なので、リアリストには絶対気付かれない変装として登場。

ラパン&イナバ
 どちらも元々青山ブルーマウンテンさんの本の登場人物。「フルール・ド・ラパン」が「怪盗ラパン」とコラボしたことで、そこでバイトをしていたシャロが変装することとなった。更に続編でライバルの大泥棒イナバが登場すると、そこに便乗するように千夜もイナバ姿を披露した。



△▼△▼△▼
ローリエ「0円食堂で街の人々を救いだしていたことに気付いたようだ。リアリストが大軍率いて攻めてきたぜ!」

ランプ「つ、遂に来たんですか!?」

ローリエ「作戦の第三段階だ。お前らはココアを救いに行け!俺は―――攻めてきた連中を、ブチのめす!!」

次回『Eを取り戻す日常/死神のパーティータイム』
ローリエ「次回も見てくれよな!」
▲▽▲▽▲▽




おまけ・レントで仮面ライダーになれるのか?
 →全て術者の記憶次第だが、設定によっては変身できないものもある。
以下はローリエの場合である
ライダー名変身可否備考
クウガ可能アルティメットフォームのみ変身不可能
アギト不可能火のエルを得た新種の人ではない為
龍騎可能記憶が朧気な為、基本フォームのみ
555(ファイズ)不可能オルフェノク以外変身不能
ブレイド可能融合係数は並
響鬼可能木月が本編を見ていない為アームドは不可能
カブト可能木月が本編を見ていない為HCO(ハイパーキャストオフ)は不可能
電王可能デンライナー召喚、クライマックスフォーム、ライナーフォームは不可能
キバ不可能キバットが召喚されず、またローリエにファンガイアの血縁がない為
ディケイド不明他ライダーの法則的に考えれば可能だが…
W条件次第で可能Wの変身にはもう一人要るが、1人で変身する系は可能
オーズ可能10周年映画に登場したエタニティには変身不可能
フォーゼ可能(特になし)
ウィザード不可能体内にファントムがいない為
鎧武可能変身を続けると人間を辞める
ドライブ可能(特になし)
ゴースト不可能死んでいない為
エグゼイド不可能適応手術を受けていない為
ビルド不可能ハザードレベルが全然足りない為
ジオウ可能グランドジオウ及びオーマジオウは不可能
ゼロワン可能(特になし)
セイバー不可能セイバー放送前に木月が暗殺された為
リバイス不可能セイバー放送前に木月が暗殺された為
ギーツ不可能セイバー放送前に木月が暗殺された為


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第50話:Eを取り戻す日常/死神のパーティータイム

今回のサブタイは「ご注文はうさぎですか?」より「Eを探す日常」と「仮面ライダーW」から。


“兵は拙速を聞くも、未だ(たくみ)(ひさ)しきを()ざるなり。”
 …孫子の兵法より


 作戦の第二段階、0円食堂宣伝作戦。

 結果は上手く行った。……いや、()()()()()()()()と言った方が良いだろうか。

 

「想像以上に集客が多い……ちょっとマズいかも」

 

「? 良い事なんじゃないんですか?」

 

「食料がおっつかなくなるんだよ」

 

 

 食料目当てで来てくれたのに肝心の料理が出せないとあっちゃあ、不満が出て都市へ逆戻りだ。そうなってしまっては、0円食堂を建てた意味がなくなってしまう。

 どうするべきか。ちょっと皆を集めて話を聞こう。全員を一旦集めて意見を聞くことにした。

 

 

「やっぱり、早く美食の都市を取り戻すべきかと思います!」

 

「はい、わたしも、ココアさんを助けに動くべきだと思います!」

 

「他の皆も大体同じ意見か?

 ……と、なるとやはり計画を早めるしかないか。

 リーダー、そういうことですので、撤収が早くなりますが、宜しいですか?」

 

「まぁ、仕方あらへんやろ」

 

 

 意見が一致したことを確認した俺は、第三段階の開始を早める決意をした。

 それは即ち……攻勢に打って出る事を意味する。リーダーに頼んでガッシュ村のメンバーとメイド達に作戦開始を告げた。

 

 第三段階……それは、待ちに待った都市を取り返す行動だ。

 作戦の大まかな行動はこうだ。まずリアリストの拠点とする喫茶店にビラを流し、0円食堂の存在をバラす。それで釣れた連中の隙を突いてきららちゃん達がココアを救出する。そんな作戦だ。

 それで釣れるのだろうか? そう思うかもしれないが……G型に任せてヤツ等の拠点を偵察していく中で気付いたことがあった。

 美食の都市に侵攻してきた真実の手の1人……スイセン。彼女は、食事に関して意地ぎたないところがあったのだ。なんなら「食べ物になったらうるさい」と豪語してたし。彼女なら確実に、0円食堂に食いつく。

 他のリアリスト……サンストーン・リコリス・ヒナゲシあたりも、俺の方にクリエメイトがいると誤認すれば釣れる可能性はある。

 

 

「きららちゃん達は俺らが来るまで隠れてた場所…地下の喫茶店で時がくるまで待っていて欲しい」

 

「わかりました」

 

「ようやく…か」

 

 

 きららちゃんが返事をした時に、ロシンがぼそりとそんな事を呟いたのが聞こえた。

 ……アイツがリアリストを前にして平静さを保てるか……十中八九無理だろうから、そこのケアもしておかないといけないな。

 

 

「やるぞ、皆。必ずココアを取り戻す!!!」

 

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 

 こうして、最後のツメは始まった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ねぇ!!これ見てよみんな!!」

 

 

 リアリストの拠点たる喫茶店にて。

 スイセンが大慌てである紙を持って入ってくる。

 

 

「これは…?」

 

「何よ、スイセン?」

 

「あいつら、料理を都市の外から持ち込んでたんよ!」

 

 

 サンストーン・リコリス・ヒナゲシが一斉に持ってきた紙を覗き込む。

 そこに書かれてあったのは、0円食堂のお知らせ………ローリエ達が美食の都市の外で行っている屋台イベントの告知だった。

 

「これは…まずいな。我々の元に聖典が来なくなる…!」

 

 サンストーンは、すぐにそのイベントの目的を察した。

 自分達の、聖典を奪いリアリストの手駒を増やす作戦。それの明らかな妨害だ。こんなこと、こちらの作戦を看破されていなければ立てられない。いつ、どうやって見抜かれたのだ?……と。

 

「あぁもう、こういう時に出撃許可が無いのがイラつくわねぇ…!」

 

 リコリスは、まだ己が戦える状態と立場でない事を恨んだ。

 芸術の都の一件で、ローリエと眼鏡の男に手酷くやられた傷が癒えていない。その上、クリエメイトと聖典の破壊に失敗している。信用もあるとは言えない。

 

「ど、どういう、事なの…?」

 

「こっちの方に人々が集まっちゃったら、絶望のクリエが集まらないんよ!!」

 

「!! そ、そんなのだめ!だめなの……でも、どうすれば…」

 

 ヒナゲシは、すぐに状況を飲み込めなかったが、スイセンの整理で理解したのか、0円食堂の存在を否定した。

 真実の手たちの思惑は、細部は違えど目的は同じ。

 

 

「どうすればって?そんなもん、決まってるんよ!

 ―――このくだらない食堂を、ブッ壊す! そんで、独り占めした食料を全部回収してやるんよ!!」

 

 

 己のやって来たことを棚に上げて、慈悲の食堂を壊し、人々に与えられた食料を奪おうとすること。

 スイセンは、親の仇を見つけたような目で、ビラを睨みつけると、むき出しになった怒りの感情のままビラを破り捨てた。

 それは、スイセンと知り合った真実の手にとっても珍しい、彼女の怒りの発露だった。

 

 だがいまだに、彼女達は分からない。それが………全て計算されつくした、罠へのいざないであることを。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 G型BLACK RXから送られてきた映像には、こちらへの進撃を決意したスイセン達真実の手の様子が中継されていた。

 

『リコリスとヒナゲシは、ありったけのウツカイを生み出させた後、撤退しろ』

『あんた、誰に命令して…!』

『ハイプリス様の意志を無視してまた身勝手に暴れるつもりか?』

『……っ!』

『きゃあっ! お姉様…やめてなの……』

『…はぁ。ストレス発散も程々にしろ。私はスイセンと門外へ行く。頼むぞ』

 

 きららちゃんと少なからざる縁であるサンストーンが、真実の手たちに指示を出していく。

 その全てが筒抜けであることも知らずに、ご苦労なこった。

 俺はその様子を確認して、きららちゃん達へ繋がる通信機に通話をかける。

 

 

『はい!こちらランプです!』

 

「こちらローリエ。朗報だ、馬鹿が釣れた。喫茶店に向かってココアを連れ戻せ」

 

『了解しましたー!』

 

 

 奴らが0円食堂に目を向け攻め込むスキにきららちゃん御一行は本拠地に駆け込みココアを解放する。これで彼女達は行動を開始するだろう。

 

 さて、俺も準備しないとな。

 俺の役目は、ここ、0円食堂の防衛だ。

 まぁ…既に撤退しているのだが、それを悟らせない為に俺は暴れるし、悟られても引き返せないように足止めをする。それが役目だ。

 

 その為には、これから来るであろうスイセンやサンストーンと対等以上に戦えて、かつウツカイの群れを片付けられないといけない。

 

 

 ―――だから、使う。

 俺の切り札を。誰も知らないこの力を、きららちゃん達のために使おう。

 エトワリアにあるべからざる力を、人々の自由の為に解き放とう。

 

 

「『レント』」

 

Eternal(エターナル)!!

 

 

 俺の腰に、片方だけのスロットのドライバーが現れる。

 そして掌の中に現れるのは、USBメモリのような物体。そこに記されるのは、四角が何重にも重なった無限回廊のような「E」の文字。それを、なんの躊躇いもなく腰のドライバーのスロットに入れた。

 こいつが使えるのは、再現の実験の時に、既に検証済みだ。

 

 俺が今から使用するのは、かつて、こことは別の世界………風都と呼ばれる街がある世界で、街を泣かせた大悪党の力。

 でも、力は力だ。使い方を正せば人を守れない道理はない。それに、この力の元の主は……何処かで風の向きが変わっていたら、人を守ることが出来ていた人物だ。

 だからこそ、人を守る戦いにふさわしい。

 

 

「俺の誓いは…変わらない……“永遠”に!―――変身!!」

 

Eternal(エターナル)!!

 

 

 ドライバーを展開したその瞬間、風が吹いた。

 身体が白い鎧に包まれ、両腕が燃え上がる。赤く……そして、赤から、青へ。

 そして、首元からは漆黒のマントが生えた。

 

「出来た……コレが…『エターナル』ッ!」

 

 仮面ライダーエターナル。

 エトワリアには絶対に存在しえない戦士が、誕生した瞬間であった。

 俺の周りにはキラーマシンが4体、集合して戦闘態勢を取っていた。俺が頼りに出来るのはたったこれだけだ。

 だが、俺はなんの不安もなかった。

 

さぁ……地獄を楽しみな

 

 大道克己(オリジナルの変身者)を真似て決め台詞を吐く。

 そして、城門から次々とウツカイが現れて、あちらさんの進攻が始まった。

 

 

「オォォォラァァァ!!」

 

「ウツー!!?」

 

「ウヅゥゥゥ…」

 

 

 ウツカイ達に拳を撃ち込む。やつらは苦悶の悲鳴をあげながら、呆気なく崩れ去っていく。

 他のキラーマシンたちも、各々がウツカイの処理に回り始めた。

 雑魚を倒し続けてもキリがない。さっさと真実の手のサンストーンかスイセンを見つけてとっとと倒してしまいたいところだ。

 

 

「「「「「ウツー!」」」」」

 

「邪魔だっつってんだろ!!」

 

「「「「ウツーーーーーーーーーー!?!?!?」」」」

 

 

 パイソンとサイレンサー弐号で、敵を撃ち抜き、切り伏せる。

 相手した限り、相当の数のウツカイを生み出したようだ。さっさとココアを解放しないと危ないかもな。

 その為にも、出来るだけ早くウツカイを殲滅しないといけない。

 

 幸い、この俺にウツカイの攻撃は効かない!

 原理は未だに分からないし、調べる暇もなかったが、それが今は追い風になっている!!

 

 

「オラァァァァ!!」

 

「ウツ!?」

 

「ハァァ!」

 

「ウツゥーーーーーッ!!?」

 

 

 攻撃を受ける事をいとわずに、ウツカイを斬り刻んでいく。絶望のクリエの残骸が、この身に降り注ぐ。

 我ながら結構な数のウツカイを倒していったが、それでも幹部格の姿が見えないな。

 このまま一体ずつ倒していっても埒が明かない。体力が持つかが不安だ―――

 

 

「ウツーーーーーーーーー!!?」

 

「!!!?」

 

 

 すると、その時。

 遠くでウツカイが爆破と共に吹き飛んだのが見えた。

 一体なにごとだ!!?

 

 

「うわああああっ!」

 

「ウツー!」

 

「自分らの作った飯と食材や…自分らで守らなあかんやろーがぁぁ!」

 

「そうだよなぁリーダー! ランボウ!ロマンドー!弾持ってこい!」

 

「リーダー!!?」

 

 

 何やってんだあの人ら!?

 さっさと撤収して逃げろって言ったよな!?

 すぐさま引き返してリーダーの元へ駆け付けようとして。

 

「賢者様は先に行ってください!」

 

 関西訛りのその言葉で足が止まった。

 どうして、そんなことを言う。どうして、今の姿(エターナル)の俺が分かる。

 そう言う前に、リーダーは啖呵を切った。

 

「コイツらの司令官叩きに行きたいんやろ? なら、自分らに構わず、行ってください!」

 

「馬鹿言うな! アンタたちどうやって戦う気だ!?」

 

「自分らの知識なめるなよ!即席の爆弾くらい作れる!」

 

「でも…!」

 

 無茶だ。あんた達が命を張る必要なんてない。

 そう言おうとしたところで、リーダーは微笑んだ。

 

「賢者様の守りたいモンがあるように、自分達にも守りたいモンがあるんですわ」

 

「リーダー……」

 

「はよ行き。ここは自分らに任せて下さい!」

 

 

 この人たちもまた…守りたいものの為に戦っている、のか…

 俺は、こらえきれなくなるように、声を張り上げた。

 

 

「キラーマシン全機に告ぐ!

 ガッシュ村の人々を守れ!誰も殺させるな!!!」

 

「「「「リョウカイ」」」」

 

 

 無機質な返事を返したキラーマシン4体が、撤退戦をするガッシュ村の人々の元へ向かい、肩を並べて戦わんとする。

 

 

「キラーマシンの中はコックピットになってます! 広くはないけど、戦えない人の避難場所くらいにはなる!」

 

「かたじけない!!」

 

 

 リーダーの返事を受けて、俺は駆け出した。

 G型を展開し、サンストーンとスイセンを探しながら、エターナルのスペックにものを言わせて戦場を走り回る。

 戦闘は最低限、進むべき道の邪魔をするウツカイだけを斬り捨てて、G型から得た情報を元に方角を修正しながら突き進む。

 やがて、その姿を見つけた。黒と白の分かれた長髪の褐色少女と、カウガールスタイルで2丁拳銃を携えた少女を。

 

 

「見つけた……!」

 

 

 自分でも驚く程に底冷えのした声が出た。

 あっちもそれで俺の存在に気づいたらしく、こっちを向いて……驚いたような顔をした。

 無理もない。今の俺の姿は真っ白の鎧に黒のマント、Eを横向きにしたような角に∞マークを模した複眼の異形。そんなのに狙われるようなことをしてないとでも思っているのだろう。

 この姿の俺がローリエ・ベルベットだとバレていないならちょうどいい。すぐに仕留めてやる。

 

 

「……貴様、何者だ」

 

「エターナル。覚える必要はない。貴様らがすべきはただ一つ」

 

Eternal(エターナル)MAXIMUM(マキシマム) DRIVE(ドライブ)

 

「―――お前の罪を数えろ」

 

 

 サイレンサー弐号を構え、凄まじい早さで斬りかかった。

 

 

「そんなものはない!!」

 

「『エターナルレクイエム』!!」

 

 

 鍔迫り合い。

 サイレンサー弐号とサンストーンのパスを断ち切る剣がぶつかる。

 それと共に、周囲一帯に、電磁波が巻き起こった。そして………サンストーンが苦々しい顔をして、鍔迫り合いから退き飛びのいた。

 

 

「貴様…何をした!?」

 

「なんのことだ?」

 

 気付いたか。何かしたか否かで言えば、した。

 エターナルメモリによるマキシマムドライブ、『エターナルレクイエム』。

 仮面ライダーエターナルは、変身しただけでは永遠(エターナル)の固有能力を引き出しきることは出来ない。強力すぎるのだ。その真価は、必殺技―――マキシマムドライブにある。

 その能力とは……効果範囲の全ガイアメモリの機能の停止。ガイアメモリなんてこのエトワリアにはないから、無意味な能力に見えるだろう。だが、効果対象を拡大できないかと考えた俺は、メディに訓練場を借りた時に何度か試したものを、イチかバチか実行した。

 サンストーンのあのリアクションからして、新たな効果が出てきたようで良かった。

 

「どしたのサンストーン!?」

 

「…パスを斬る能力を封じられた」

 

「嘘でしょ!?」

 

 ……その結果、生身の人間の能力を封じることに成功したのだ。流石にいつまで続くかは分からないが、パスを切られないのは非常に助かる。

 時間を稼ぐといったが、倒せるならここで倒してしまいたいと思っていたところだ。特にサンストーンは、パスを切る力を持っている以上、その力が封じられているうちに倒しておきたい。

 

「ウツカイよ!ウチらを守って!」

 

「ウツーーー!!」

 

 ほう。スイセンは、ウツカイに俺の相手をさせて、その隙に逃げるなりなんなりするつもりか。

 だが、エターナルの前ではそれさえ無駄だ。

 

「ハッ!」

 

「ウツー!?」

 

「フッ!」

 

「ウツーーーー!!?」

 

「オラァァ!」

 

「「「「「ウツーーーー!?!?!??!?」」」」」

 

 一方的。まさにそうとしか言えないレベルでウツカイを薙ぎ払う。

 元々ウツカイは俺と相性が悪い。その状態で俺に仮面ライダーエターナルの力を付け加えれば、差は歴然だ。

 鎧袖一触とばかりに倒されたウツカイを見て、次はサンストーンが口を開いた。

 

「スイセン!同時に仕掛けるしかない!」

 

「えぇ…逃げちゃった方が良くない?」

 

「その隙を誰が作るんだ。ヤツが黙って見逃してくれると思うか?」

 

 うん、実に合理的だけど、実際そうなんだ。俺はお前らを逃がさん。

 シャミ子の件から始まり、俺達はリアリスト、お前らにやられっぱなしなんだ。挙げられた金星はヒナゲシの捕縛だけ。

 ここで誰も殺させず、街を取り戻し、お前らのうちどちらかは捕まって貰うでもしなければ、割に合わないだろう。

 故に、コチラも……本気でいかせてもらう!!

 

 

「『ファニングショット』!」

 

「『暁光【一刃】』!!」

 

 

 スイセンが銃を連射し、サンストーンが斬りかかる。

 集中力を研ぎ澄ませて……弾丸を一閃。全て切り落として、魔力を吸収すると、その魔力を月の魔力に変換。そのまま、サンストーンと二度目の鍔迫り合いに持ち込む。

 属性相性も相まって、二回戦は俺が制した。態勢が崩れたところに斬りかかる。

 

「させない!」

 

「!!」

 

 そこにスイセンが弾丸を放つ。咄嗟に飛びのいたことで、当たった弾丸も1、2発で済んだ。

 相手は2人いるんだ。深追いは厳禁だな。

 

「スイセン…弾に魔力を込めるな。吸われるぞ」

 

「マジ…?」

 

「ほう。この剣のからくりを今の一回で見抜くか。だが……」

 

 再び剣を構える。

 サンストーンは致命傷こそ避けたものの、確実にダメージを負っている。このまま攻めれば、絶対に倒せる。

 きららちゃん達の本命に気付く気配すらない。いける!

 

「貴様が再起不能になるまでの時間がちょっと伸びただけだッ!」

 

「―――ッ!『暁光』! 【二襲】ッ!!」

 

「ハァァッ!」

 

「【三破】!!」

 

 俺とサンストーンの剣が次々とぶつかり、火花を散らす。

 その合間合間でスイセンが援護射撃を行うが、ぶっちゃけ対処するまでもない。

 魔力が籠っていない弾丸など、エターナルには効かない。

 

「あぁー、もう! 魔力込めないと援護にもならないんよ!!!

 食らえ、『ラピッドバースト』!!!」

 

「馬鹿!」

 

 サンストーンが制止しようとするが、スイセンはもう魔力入りの弾を乱射した。乱射してしまったのだ。

 この時を待っていた。エターナルが飛んでくる弾丸を五ェ門みたいに斬り落とせるのは実践済みだ。

 そして………たんまりと吸収した魔力を纏わせたサイレンサー弐号の返す刃で、サンストーンに斬りかかる。

 この一撃は会心の一撃だ。躱せない程至近距離から放つし、今までの剣とは威力がダンチだ。防ぎきれるか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガキィィン!!!

 

 

「「「!!!?」」」

 

 

 瞬間、剣が止まった。

 防がれたにしては、サンストーンの表情が驚愕に染まり切っている。

 ならば、俺の一撃を防いだのは―――

 

 

「そこまでだ。今サンストーンをやられる訳にはいかない」

 

「「ハイプリス様!!?」」

 

「………ほう。貴様が薄汚いテロリストの首魁か」

 

 

 現れたのは、黒と白の特徴的な長髪をした、きわどい恰好の少女だった。

 間違いない。コイツが、俺の元生徒にして、リアリストのボス―――ハイプリス。

 

 

「サンストーン、スイセン。

 今すぐ美食の都市の拠点に戻って欲しい。

 きらら達が保登心愛を狙っている」

 

「「!!!」」

 

「させん!!」

 

「それはコチラの台詞だ!」 

 

 

 作戦をバラしたハイプリスが、サンストーンとスイセンに放った銃撃を止めた。

 なんてこった。コイツがどこで作戦を見抜いたのかは知らんが、形勢が逆転してしまった……!

 

 

「さて……ここから先は通さないよ?」

 

 

 予想外とはいえ……ハイプリスと戦うハメになってしまった。

 せめてきららちゃんに「そっちに敵が行った」と伝えたかったが…そんな悠長な場合でもないか。

 今はコイツ相手に……戦って切り抜けるしかない!!

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 切札の魔法『レント』を使用して、仮面ライダーエターナル・ブルーフレアに変身した拙作主人公。何故ブルーフレアに変身で来たかというと、ローリエは既に一度目の人生を終わらせた、死人であるため。しかしそれと同時に生者でもあるため、適合率は大道克己ほどではない。というか大道克己がおかしいだけである。

サンストーン&スイセン
 ローリエの策に見事引っかかって連れた馬鹿二人。片や食料関係で憎しみが増幅されており、片やハイプリスの指示に従うままの右腕だったため致し方ない。というかサンストーンについては、ローリエ側の情報をマトモに手に入れられなかったこともあったので、情報のなさが災いしている。0円食堂を前に侵略しか考えていなかったため、スイセンは仮面ライダーエターナル戦においては考え無しな部分が目立った。

きらら&ランプ&マッチ&ロシン&香風智乃&天々座理世&宇治松千夜&住良木うつつ&タイキック
 以上の全員は、あらかじめ地下の喫茶店に身を潜ませており、真実の手たちが0円食堂に攻め入った時、その留守を見計らってココアを奪還する手筈である。しかし、ハイプリスの乱入によって彼女達も戦闘ナシで終われる気配ではなくなっていき…?

ハイプリス
 まさかまさかの大乱入を果たしたリアリストの首魁。サンストーンの能力を封じられたのを危機的状況と考えており、サンストーンがやられることを防いだ。まぁ原作でも最終段階の一番重要な部分をサンストーンに任せているので、ローリエがここでサンストーンを倒しちゃったら呆気なく物語が終わってしまうというメタ的理由もあるのだが。



大道克己
 「仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ」及び「仮面ライダーW RETURNS 仮面ライダーエターナル」に登場した、NEVERというゾンビ兵士。元々気弱で優しい少年だったが、死んで生き返った事で徐々に人間らしい感情をなくしていったという。仮面ライダーエターナルに変身し、風が吹かなければダブルを倒していたというレベルまで主人公二人を追い詰めた。一説によると「仮面ライダーWの主人公・フィリップのIFの姿」とも言われており、風向きがちょっとでも変わっていれば人を守る仮面ライダーになっていただろうとのこと。



△▼△▼△▼
きらら「だ、大丈夫なんですか!?ハイプリスと戦うなんて!」

うつつ「ひぃぇぇぇ…いきなりラスボス戦なんて…もうだめだぁ…死なないでローリエ…」

ローリエ「何を馬鹿なことを言ってんだ。お前らの方に今、サンストーンとスイセンが向かったんだよ!はやくココアを助けないと、追いつかれて戦うハメになんぞ!」

ロシン「そういう事なら丁度いい……奴らに思い知らせてやる!俺の…シュールさんの痛みを!!」

きらら「……ロシン君…」

次回『Eを取り戻す日常/傭兵ロシンの名のもとに』
理世「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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第51話:Eを取り戻す日常/傭兵ロシンの名のもとに

変態の野望を書いてたらなんだかんだで2ヵ月過ぎてました。すみません。そしてお待たせしました。
今回のサブタイも「ご注文はうさぎですか?」より「Eを探す日常」と「仮面ライダーW」より「来訪者X/ミュージアムの名のもとに」から。


“戦うほんとに直前…或いは勝負が決まった後に弄する策ほど見苦しいものはない。理由?そんなもの100%失敗するからに決まってるだろう。”
 …木月桂一の独白


 ローリエさんから連絡が来た私達は、ココアさんが囚われているという喫茶店に向かって、足を進めていきます。

 

 

「本当に、ここで合っているんですよね…?」

 

「ローリエがあの偵察機で調べたみたいだからな……急に移動されても、遠くまで行けないハズだ」

 

 

 道中は、ほとんど敵もウツカイもいませんでした。

 作戦の通り、ローリエさんが拵えた罠に敵全員が引っかかっている証拠ですね。

 ですが、順調に進むことができたかといえば、そうでもありませんでした。

 

 

「待て、うつつ!」

 

「ひぃぃぃっ! また罠ぁ!?」

 

「今度はワイヤータイプだな。少し待ってろ、解除する」

 

 

 喫茶店とは思えない程に、多くの罠が仕掛けられてあったのです。

 怪盗ラパン姿のシャロさんが罠を見つけ、その度にリゼさんやロシン君が慎重に罠を解除して、危険を取り除いてから前に進んでいくのですが………罠を見つけて、立ち止まる頻度が非常に多いんです。

 

 

「また罠!!? どんだけ仕掛けてあんのよぉ!!」

 

「落ち着いて、シャロ。気持ちは分かるけどね…」

 

「あの、どんな罠なんですか?

 罠の内容によっては、強行突破も考えた方が…」

 

「待て、きらら。アレを見ろ」

 

「アレ?」

 

「通気口に繋がる窓の、奥の方。あそこに、巨大な岩の玉が見えるか?」

 

 

 うすうす思っていた、力技の解決方法ですが、止めてきたタイキックさんの指さす方を見れば……そこには大きな、岩の塊が。

 あんなものが落ちてきて、襲い掛かってきたら、対処が大変だ。『コール』のクリエメイトの皆さんでも一苦労かもしれません。

 タイキックさんの指摘があっては、リゼさんやロシン君の罠の解除の腕を信じて待つしかありませんでした。幸い、お二人は手際よく罠を解除してくれています。そっちの方が確実みたいだね。

 

 

「どれくらい進んだのかしら?」

 

「アイツら、限度があんだろ…こんなに罠仕掛けたら、味方まで引っかかりそうなモンだけどな……」

 

「確かに、罠が多いのは気になるが…」

 

「ロシン、大丈夫か? きつそうなら私が代わるが…」

 

「脂汗浮かべながら何言ってるんですかリゼさん。

 こういう時こそ、エトワリア人の俺が頑張らなきゃ…!」

 

 

 そうして進むこと数分。

 私達は、とうとう見つけました。

 

「ココアさんっ!」

 

「……っ! チノちゃんっ!」

 

 そう。クリエロックらしき錠で縛られて、絶望のクリエを搾り取られているココアさんを。

 ココアさんは、光の灯らない目で虚ろを見ていましたが、チノさんが声をかけると、少しだけ目に光を取り戻して、彼女の呼び声に反応した。

 なんて、ひどい。すぐにそこから解放してあげなくっちゃ。

 その気持ちは、ここにいる全員の総意でした。

 

「は、早くお助けしなくては……ッ! ココア様ーーっ!!」

 

 ランプがココアさんに駆け寄ったその時。

 私の勘が、嫌な予感を告げた。これまで戦ってきた経験が告げた、「気を付けろ」のメッセージ。

 私はすぐに、ランプに飛び掛かる誰かの間に割って入って、防御の体制を取った。

 そこでガキン、と嫌な音がして初めて、全員が襲撃に気付いた。

 

 

「……気付かなければ幸せな思考のまま地獄へ逝けたものを」

 

「サンストーン……!!?」

 

 

 サンストーン。白と黒の髪の彼女を前に、やはり私の視界が滲んでくる。

 でも退くわけにはいかない。だって、だって今、攻撃を防ぐ直前……私は見たから。

 彼女がランプの首めがけて、剣を振るったのを!!

 

 

「何を……考えてるのっ!あなたはっ!

 なんの躊躇いもなく………ランプを殺しに来て!!」

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

「な…なんだと!?」

 

「ランプを…!?」

 

「くそっ…やはり、いま感じた予感は間違いじゃあなかったのか!」

 

 

 皆さんが動揺する声が、遠く聞こえる。

 それくらいに、私は、サンストーンがやろうとした事がどうしても許せなくって、腹立たしくて。

 

「……くだらない。私達は敵同士だ!

 敵の命を狙って何が悪い!聖典に毒されて、頭がおかしくなったかッ!!?」

 

「ふざけないで!!!

 そんな理由で簡単に命を奪って良いわけないでしょ!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないッ!!?

 

「な………!!?」

 

 つい、今までに出したことのないくらいの大声で、そんなことを言っていた。

 

 

「きらら…さん?」

 

「えっ………あれ?」

 

「くっ、最悪だ……よりにもよってこんなタイミングで…!!」

 

 

 私、今何を口走ったの?

 今の言い方……まるで、この子を昔から知っているかのような…

 あ。思い出せそう。大事な事が、忘れ去っていた筈の事が、喉元まで来て……まだ、頭まで来ない。そんな気分に……

 

「くそ、まだ『能力』が使えない……!

 ここは退くしかないというのか…!?」

 

 この悲しい程の違和感の理由は、目の前の彼女が知っていそうだった。けれど、その彼女は、私を親の仇を見るような目で睨むだけだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 サンストーンがきららに斬りかかった時、俺はすぐさま他の幹部もいないか見回した。シュールさんの…俺の恩人の仇が、いるかもしれない。

 そんな思いで見つけたのは、カウボーイハットを被った、二丁拳銃持ちの女だった。

 

 すぐにクリエメイトの前に立ち、剣技の構えを取る。すると、女………スイセンは諦めたのか、銃を下ろしてくるくる回しながら、残念そうな能天気そうな声で言ったのだ。

 

「あ〜らら。残念、無防備なクリエメイトが守られちゃったんよ」

 

「……とことんクソだな。お前らリアリストはよ…!」

 

 リコリスの時といい、戦えない奴を狙うとは、とんだゲスの集まりだ。

 

「保登心愛を解放されちゃ困るんよ!

 この子にはたっぷり絶望のクリエを抽出して、消えてもらわないといけないんやからね!」

 

「そんな事させません!」

 

「いい気になるのもそこまでなんよー!

 サンストーン! ウツカイ達と一緒に……」

 

「…すまん。私も撤退しなければならなくなった」

 

「はぁぁぁあああーーーっ!!?」

 

 

 …?

 なんだ、一体何があったってんだ?

 

 

「ちょ…ちょっと!流石にここまで来てそれは薄情が過ぎるんよ!?

 一体どうしたって言うのさ!?」

 

「あの召喚士とのパスが繋がりつつある。

 これ以上ここにいたら繋がる可溶性が高い」

 

「そんな!んなモンちょちょいと断ち切って……あっ!!」

 

「やってくれたよ、あのエターナルとかいう男。

 まだパスを断ち切る能力は使えない……私とした事が、1杯食わされた……」

 

 なんだか分からない…なにを言い争っているのか知らないが。

 相手が狼狽えていられる今が……チャンスだ!

 剣を持つ手とは反対の手で、魔力を練り刃を生成。後はこれを飛ばすだけ。

 ストレミング剣殺法・掌魔剣(オールボー)。弾速も早く、攻撃力もある。これなら―――!

 

「とにかく、まだウツカイがいるはずだ。リコリスやハイプリス様が用意してくれている筈だ」

 

「で、でも、ウチ1人で相手できるんかなー?」

 

「出来なければ困る。頼むぞ………ただし油断はするな」

 

「!!?」

 

「こんな風にな!」

 

「なっ…弾かれた!!?」

 

 この技を初見で防ぎきるだと!?

 たった今放った手裏剣の数々を、一太刀で斬り伏せやがった……!

 今の不意打ちを防ぐなんて、シュールさんやダイチ並みの剣技だったが……何なんだコイツは!?

 ランプに斬りかかっていたあのサンストーンって女……リコリスとは別格だ!!

 

「ロシン、何をしている?落ち着け!」

 

「でも!!」

 

 タイキックさんに言われるが、それでもあいつ等がみすみす逃げていくのを黙って見ていられるか!!

 今度は剣を両手で持ち、大上段に構えて突撃。俺の使える技の中で、いちばん威力の出る技で、葬ってやる!!

 

「ストレミング剣殺法―――岩断剛鋼斬(シュタインヘーガー)!!!」

 

「待て、ロシン!!」

 

 

 俺が振るった剣は、床を斬り裂き……

 

 

「あっぶない!けど、隙ありなんよー!!」

 

「!?」

 

 サンストーンはいつの間にか姿を消し、スイセンは飛びのきながら、俺に銃口を向けていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 タイキックは、前々からロシンの危うさを懸念していた。

 シュールとコッドを殺された恨みは、旅に同行することを望んだ時点で聞いていた。

 たとえ己の命が危なくなっても敵討ちを実行するつもりなのだろうと、タイキックだけは考えていた。それと同時に、きらら達ではロシンの心の闇に簡単に気付くことはないだろうと考えていた。何故なら、この闇は簡単には割り切れない感情で出来ているのだから。

 

 スイセンの銃口がロシンに向いた時、タイキックが咄嗟に出来たことは……身を呈して庇うことだけだった。近くにいたから、速度の早い弾丸から守る為にはそれしか出来なかったのだ。足技で撃ち落とそうとか、きららに防御を頼むでは、間に合わないかもしれない。そう考えた末の行動だった。

 

「うっ………ぐ……!」

 

「タイキックさん!」

 

 その結果。

 スイセンの弾丸はタイキックの肉体に風穴を開けた。

 今まで共に戦った仲間の初めての負傷。そこで駆け寄ったうつつは、目撃する事になる。

 

 

「タイキック! 大丈―――」

 

 

 ―――タイキックの、傷を抑えた指の間から流れた液体が、赤色ではなかったことを。

 

 

「……ぶ…え………なん、で?」

 

「な……お前…!?」

 

「……………」

 

「あれ? なにそのリアクション。もしかして、()()()()()()()?」

 

 

 見知った仲間の、信じられない出血…その色に、うつつもロシンも絶句した。

 そんな、目の前の光景を受け入れられないうつつに、スイセンは笑いかけた。

 ロベリアと違って、陰湿さはない……けれど、悪意ある笑い声で、こう断言した。

 

 

「ロベリアが言ってたんよ!『()()()()()()()()()()()()』って!

 疑っちゃいなかったけど、まさか本当に魔法生物だったなんて!

 うつつは知らなかったん? いや~、信頼されてなかったんやね~!! かわいそ~!あはははははは!!!」

 

「そ、そん、な」

 

 

 受け入れたくない。信じたくない。

 ……でも、今現在流している血の色は、紛れもなく人間のそれではなくて。

 透明の魔力のような血を見るうつつの顔が、ますます青ざめていく。

 だってそうだろう。今まで、自分を引っ張って――強引な面もあったが――くれて、時に寄り添ってくれたタイキックが、人間じゃなかった?

 その事実に、うつつはなんて言えば良いのか分からなかった。

 

 そのうつつが思った通りの反応をしていて心地よかったのか、スイセンは更に口を回し始める。

 

 

「しょせん、人との絆なんてその程度のモンなんよ!

 なにが姉妹!なにが友達! そんなものじゃ……お腹は膨れない!

 分け合った食べ物が減るのが当たり前のように…誰かに分けた幸せも減るのが当たり前なんよ!」

 

 

 まるで、大勢の人々の前で魔女を吊るし上げる神官が死刑判決を言い渡すかのように、うつつに迫る。

 

 

「ウチがお腹が減って死にそうになった時も……神殿も聖典もなんもしてくれんかった!

 むしろ、美味しいものをこれでもかと見せつけてきて……マジ、殺意湧いたんよ。

 ウチはそんな不幸を生む聖典なんか認めない! これからの時代を作るのは―――」

 

 

 ウチらリアリストなんよ、と言おうとした、次の瞬間。

 ひゅん、とスイセンの首筋に冷たいプレッシャーが走った。

 最後の言葉を飲み込んだスイセンを睨みつけていたのは…………タイキックとロシン、そしてチノであった。

 

 

「黙れ…もう喋るな!

 シュールさんを殺しておいて、正義ヅラしてんじゃねぇぞ!」

 

 ロシンは、殺意の籠めてそう叫ぶ。

 親のように慕っていたシュール・ストレミングを殺された怒りは、タイキックが人間ではないという真実すらはねのけて、倒すべき敵を見据えている。

 

「ココアさんは…ふさぎ込んでいた私を外へ連れ出してくれたんですっ! あの人はおっちょこちょいでダメダメだけど…それでも大切なお姉ちゃんなんです!!

 そんなココアさんを…ココアさんの事を、なにも知らないくせにそんな事を言わないでくださいっ!」

 

 チノは、普段の冷静で大人しい様子など欠片も見せずに烈火のごとく怒る。

 彼女は、パスを断ち切られていた事を知った。そして、その絆がかけがえのないものであると知った。

 それを弄ぶリアリストが、許せなくなったのだ。

 そんなチノにとっては、スイセンの煽るような言葉は、逆に火に油を注ぐ結果となったのだ。

 

 そして…タイキックはというと。

 

 

「あぁ…確かに、私は人間ではなかった…」

 

「タイキック?」

 

「私が無くしたとばかし思っていた記憶も、もともと存在しないものなのかもしれない……」

 

 

 始めは、静かに言葉を並べる。

 心配そうなうつつには、優しい視線と満面の笑みで答えて。

 

「だが…………私はタイキックだ。

 そして…………私としてきららやうつつや、皆と旅をした。それだけは確かだ。その過程で生まれた信頼は…揺らぐことはない」

 

 続いて、そう断言する。

 

「私が人間か否か…そんなのは些細な問題ですらない!

 私がやるべき事は、スイセン…貴様をタイキックすること。ただそれだけだッ!!!」

 

 人間じゃない…?だからどうした。

 それが、タイキックをやめる理由になる訳がない。タイキックをしてやる気概が、消えるわけがないと。そう宣言してのけた。

 

 

「な……!?」

 

「そうです!皆さんの言う通り!

 チノ様達を、消させはしません!!」

 

 

 呆けるスイセン。心を奮い立たせ宣戦布告するランプ。

 いずれにせよここで明らかになったのは…ロシンの復讐心が、チノの想いが、タイキックの決意が、スイセンが吹きこもうとした真実(ほうべん)を跳ね除けた事である。

 

 

「この、この、この……!生意気なんよ!!」

 

 思い通りの反応を示さなかった事に苛立ち、癇癪のように地団駄を踏むスイセン。

 クリエメイトやきらら達への憎悪を隠そうともせず、指を鳴らす。すると奥から、凄まじいオーラを放つウツカイが現れた。きらら達には、そいつに見覚えがあった。

 

 

「こ、こいつは…!」

 

「水路の街で出てきたウツカイです!」

 

「あん時のプロトタイプとは違うんよ!

 あのデータを元に、無敵の力を得た完成版!

 行け、ガーディアンウツカイ! あの、バカな夢を見てる奴らをけちょんけちょんにしてやるんよ!!!」

 

「ウツーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 水路の街できらら達の行く手を阻んだ、ガーディアンウツカイ。その完成版と銘打った巨大なウツカイが咆哮する。

 

「来ますよ、皆さん!」

 

「うつつ、下がってろ!」

 

「わ、分かったぁ…」

 

「この時を…この時を待ってたぞ…!!」

 

「ココアさん…っ!」

 

「ここが正念場だな…っ!」

 

 きららが、ランプが、うつつが、タイキックが、ロシンが、クリエメイトの面々が。

 襲い掛からんとする脅威に身を引き締め、各々の姿勢を整えた。

 そして、美食の都市とひとつの聖典の命運がかかった戦いが幕を開けた。

 




キャラクター紹介&解説

きらら&サンストーン
 姉妹の絆を思い出しかけた公式主人公&敵幹部。公式では起こりえなかった、早い段階での絆復活未遂だが、これにはローリエが映像越しでサンストーンを見せていた事実が理由である。公式でも「何度も会うと絆が戻る可能性がある」と明言していたことから、公式では起こらなかった可能性として拙作ではこの復活しかけた絆とそれに対するきららの内心を書いてみた。

ロシン・K・カンテラス
 とうとう仇の一味に出くわしたカーバンクルの少年。怒りと憎しみの感情のままにサンストーンとスイセンにいの一番に斬りかかったことで隙を晒し、結果的にタイキックの秘密が暴かれる一因になる。

タイキックさん
 その正体は、限りなく人と似通った魔法生物であった。とある大魔法の跡地にて、エトワリアにはない概念とシチュエーションを作った結果、最初はただのタイキックするだけの人として生まれた。だがやがて自我を持つようになったという。この辺りは、前作を参照。
 今作でも、タイキックさんが人間ではなく魔法生物だったフラグとして、『Q:年齢や誕生日は?→わからない』『タイキックの記憶の手がかりが一切ない』などがあった。他にもちょくちょくフラグを撒いてきたので、探してみよう。

香風智乃&天々座理世&桐間紗呂
 ココアを取り戻すために活躍したクリエメイト。公式通り怪盗ラパンとリゼの罠解除は勿論のこと、パスをいったん完全に断ち切られていないチノも、シャロが拾ってきたココアのパンを元に絆を復活させ、ココアとの記憶を元にスイセンに反論した。



△▼△▼△▼
タイキック「とうとう始まったスイセンとの戦い。だが…完成したガーディアンウツカイが強すぎて近づけん……!」

ランプ「このままではみんなやられてしまいます!その時に現れた助っ人と、ロシンの言葉が、ココア様に火を点けました!!」

次回『Daydream cafe』
タイキック「次回もお楽しみに!」
▲▽▲▽▲▽


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