Re: 早坂愛を落としたい (ソロモンよ私は以下略)
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プロローグ1

覚えてる?



きーんこーんかーんこーん。

学校のチャイムとして有名なウェストミンスターの鐘のメロディが告げたのは、お昼休憩終了の知らせだった。

 

昼食後に襲い掛かる眠気と戦いながら、午後の2コマを乗り切るのは容易ではない。

 

教師の説明はプリンのうたうに匹敵する破壊力があり、強烈な睡魔の影響で頭の働きは低下し、生産性のない無駄な時間を過ごすことになる。

 

ただ午後一発目の授業は、担当の不在により自習に変更されたことで、地獄のような時間から免れることに成功した。

 

かつて貴族や士族を教育する機関として創立された由緒正しき名門校秀知院学園。

 

セレブが通う学校として名高い秀知院学園の神聖な敷地の中でも、特に神聖でならなければならない生徒会室で、月城式はソファーに寝っ転がり小型ゲーム機をいじくっていた。

 

「モンハンを生み出したカプコンはもっと評価されるべきだと思うのは僕だけかい?」

 

アクションだけではなく幅広いジャンルで実績を上げているゲーム制作会社を称えるのは相方の石上優。

 

入学したての一年でありながら、授業中に生徒会室でモンスターをハントしているこの二人は、こんな不良じみた行為をしていても生徒会役員であったりもする。

 

「今更2ndGって大分古くないか?」

 

「このゲームは僕にとって思い出や青春や夢や希望が詰まっているゲームだから、時々無性にやりたくなるんだよ」

 

「当時何歳だよ」

 

「確か……小学校低学年だったね。 式はやってなかったの?」

 

「やらんだろ」

コンピューターゲームに触れ始めたのは中学に進学して以降だ。

 

「それにその年齢だと任天堂が大正義じゃないのか。それとも秀知院では流行ってたとか?」

 

「一緒に遊んでくれる友達がいるなら任天堂は傑作揃いだよね」

 

「……モンハンもオンライン機能ってのがあってだな」

 

「言っとくが僕はソロだ。3乙するくらいどうってことないぞ」

ならば武器は双剣にするのがソロとしての矜持ではないのか。

 

それはともかく、式は画面に表示されたクエストを一通り目を通す。

 

旧世代のゲーム機をネットオークションでポチってから、ここ数日でそれなりにやり込んだ結果、思いの外ハマってしまった式にクエストに選択権があったため、彼はそのランクの中で最も高報酬のものを選択した。

 

数秒のロードを挟み、フィールドに自身の分身が現れた。

 

「クエストは何選んだ?」

「竜王の系譜」

 

その瞬間、石上のスイッチが切り替わった。

 

クエスト内容は銀ピカの雄火竜と金ピカの雌火竜の討伐。

つまりリア充の討伐。

非リアの石上にとってはゲームと言えど抹殺対象であることは変わりはなかった。

 

「駆逐してやる!」

クエストスタートと同時にエリアを移動してフィールドに降り立った石上を、ボウガンを背負う式のキャラが追いかける。

 

これといった特徴のない、ただモンスターと戦うために用意されたフィールドでの協力プレイは連携が物を言う。

 

「式は旦那を殺って。僕は奥さんをぶっ殺す」

非リアの石上が荒々しい口調で指示を飛ばしたので、式はその通りに武器を構え標準を定める。

 

この手のゲームはパターンを覚えてしまえば難易度さほど高くはないので、まさに作業で進んでいった。

 

とりあえずリア充への恨みつらみをこの夫婦にぶつけるために、式もありったけの調合材料を駆使して爆弾を大量生産。

 

旦那をむごたらしく爆殺すると、旦那よりも体力が高い奥さんの脳天に石上のキャラクターが振るう大剣のタメ技がヒットしこちらも音を立てて崩れ去る。

石上のキャラが勝利の舞を踊り出す。

 

格個撃破で連携のれの字もありはしなかったが、リア充を討伐した戦友がハイタッチを求めてきていたので応えると、何故か石上が涙目になっていた。

 

「……彼女欲しい」

全国のリア充への怒りをゲームで発散する虚しさを痛感して、切実な思いを吐露した非リアの王だった。

 

ディスプレイの中に住まう美少女には好意を寄せられている石上は、二次元だけでは飽き足らず、三次元にも手を伸ばそうとしているようだ。

 

青春を謳歌するには必要不可欠といっても過言ではない恋人。

学生時代においては恋人の存在が己のステータスを高め、学内ヒエラルキーにも大きな影響を与える。

 

たとえそのステータスを求めるが故に、偽りの恋心が芽生えたとしても、夏祭りやクリスマス、文化祭や修学旅行などの学内外のイベントで、ハンカチを噛みしめ悔し涙を零している独り身を見つけては大体はこう思う。

 

恋人がいてよかったと。

 

年齢と彼女いない歴がイコールの式であるが、石上のように異性から好意を受けたい願望はそんなにありはしない。

対象が誰でもいいモテたいなんかよりも、たった一人でいいので振り向かせたい思いのほうが強いのだ。

 

とはいえ、それはそれで困難を極めているわけだが。

 

悲しみを紛らわそうと窓の外に目を向ければ、伝統のある校旗が風に靡いており、秀知院に籍を置いていることを実感させられた。

 

中1からコツコツと積み重ねてきた甲斐があったものだ。

 

勉強は好きではない。

必要があるから時間を割いたまでで、悲願の秀知院入学を果たした今は二の次三の次である。

 

高校の入学式では新入生総代のありがたい挨拶を聞きながら、暫くは学業には専念しないと誓った式は、セーブが完了したゲームの電源を落とした。

 

「まあ僕には無縁な話なんだろうけど」

同じく画面が真っ暗なゲーム機をテーブルに寝かせた石上は、ぷしゅっとペットボトルのキャップを空け、仕事終わりの一杯とでもいう風に炭酸飲料を喉に流し込んでいた。

 

「なあ石上優君よ」

 

「いきなりかしこまってどうしたのさ?」

 

「この学園での俺の評判はどんな感じ?」

 

目覚ましい発展と遂げたインターネットのお陰で、個人の意見であっても容易に世間に発信される社会が形成された。

 

しかしそれに伴って、個人への誹謗中傷を共有することさえ容易になっている。

 

SNSなどに登録はしても基本放置の式とは正反対に、うまく活用していて匿名で書き込みが可能な学園の掲示板も見ているあろう石上への質問。

 

こういう時に、石上のような気をつかわずにはっきりと言ってくれる人間がいると助かる。

 

「入学して数日で四宮先輩に告白した勇者」

 

明日の天気を告げるように淡々と述べる石上の発言は否定できない事実。

 

四大財閥の一つに数えられる四宮グループの令嬢で、その優秀さ故に神がその手で創り上げたとも謳われる秀知院でも最強格の女にアタックをし振られた。

 

「で、すぐさま別の女に乗り換えたクソ野郎」

人の悪評判をニヤニヤして話す石上であるが、彼は彼で評判が地に落ちていたりもする。

周囲から浮いている二人が友人となったのは、ある種当然のことでもあった。

 

そんな石上も例にもれず実家は玩具会社を経営している。

周囲の大金持ち大富豪のせいで霞みがちだが、世間一般ではお金持ちの部類に入る。

 

一方で、月城家も世間一般ではお金持ちの部類に入る。

 

友人を招くと『でけ~』と言われ、防音室を知られると『すげ~』言われ、家宝の楽器を紹介すると「たけ〜」と言われるくらいにはお金持ちである。

 

多くの一般人からは見上げられる存在の月城家だが所詮はその程度。

 

地方に別荘を建てているわけでもなければ、長期休みにファーストクラスを乗り回して海外旅行に行けるわけでもない。

ましてや自家用ジェットやクルーザーの所持など夢のまた夢。

 

真の金持ちを前にしたら、取るに足らない虫けらのような存在として扱われるのは疑いの余地がない。

 

負けん気の強い月城夫妻は、その頂を目指そうと活動をし続けているが、たった一代で巨万の富を築くのは至難の業だ。

何より成功への運を手繰り寄せる方法を見いだせず、月城夫妻が立てた『成り上がり大作戦』の計画は頓挫したかのように思えた。

 

アプローチの仕方を変えた。

 

背伸びをして手をどんなに伸ばしても届かない遥か高みに君臨する、ポケットティッシュ代わりに万札を使うような上流階級になるために悪知恵を働かせた結果、日本の名門教育機関に刺客を送り込んだ。

 

選ばれたのはそんじょそこらの名門ではない。

総資産2000兆を超える大富豪や、総理や省大臣を輩出する政界の華麗なる一族、その他諸々の国の中枢を担う有力者がのさばる秀知院学園だ。

 

三歩歩けば大富豪のご令嬢かご子息にぶつかる学園で秘密裏に画策されているのが、楽して地位向上を目論む『ぎゃくたま大作戦』。

 

月城父と月城母は揃ってこう言った。

『夢はエーゲ海沿岸に別荘を建て、自家用クルーザーでバカンスをおくる』と。

 

秀知院を目指すか、渡米して音楽活動に専念するかの究極の選択を迫られ、見事前者に合格したと思えば、入学前にろくでもない企みを暴露された月城少年はこう思った。

 

(やべえ親の元に生まれてしまった)

 

そんなこんなで大してやる気のなかった式は、ノリだけで学園最強クラスの子女へ入学直後にかましてみたのだが、木っ端みじんとなった。

 

そうして後に色々あり、式は悪名高いクソ野郎として知られるようになった。

 

元々外部入学者には厳しい学校。

 

高校生活は既に終わってしまったようなものだが、これからに淡い期待を抱く式は、ソファに置かれていたコントローラーを石上に投げつけた。

 

「息抜きにマリカーしようぜ」

この後めっちゃマリカーした。

 



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プロローグ2

共働きの世帯は五割を超えているのだとか。

何時だか放送されていた情報番組でコメンテーターがそんなようなことを述べていた。

 

小学校低学年ならまだしも、齢十六の式にとって共働きで困ることはほぼなかった。

 

質を追求しなければ家事もそこそこできる。

町内会の決まり事も多忙な親の代わりにきちんとこなしている。

 

勿論金銭面やその他諸々で支えてもらっている身なので大きな態度はとれないし、よく働きよく出世する両親には尊敬の念も抱いているので取るつもりもない。

 

ただし親がいなくとも家は回る程度には自立している自負があり、まだ幼かった頃のように母に専業主婦に戻ってほしいと願うことは一切なかった。

 

この時を除いては。

震えるスマホで目を覚ました式が薄目でデジタル時計に表示された時刻を確認する。

 

8:35

 

一時間目開始時間は8:40。

 

安西先生も大人しく諦めるであろうレベルで遅刻が確定していた。

携帯のアプリでアラームは設定しているが、鳴った記憶がないということは無意識のうちに止めてしまったのだろう。

仮にこれが一般家庭だとしたら、アラームで目が覚めていなくても、母親にたたき起こされるのが通例なのだが、

管理職として銀行に勤めている母は、土日だけでも休みにするために平日は朝日が登るとともに出社し、日付が変わる頃に帰宅を繰り返しているわけで、起きる時間にはいつも家にいない。

 

だとするならば父親はどうだろうか。

残念ながら父もTHEブラックを体現するIT系の職に就いている。

更にいえば社内SEとして日々業務に勤しむ傍ら、副業としてプログラムを組んで売りさばいているので、少し離れた場所にある賃貸事務所で寝泊まりして直行することも多々ある。

 

よって式にとって信じられる起床の要は携帯のアラームしかなかった。

 

ただでさえ四月から五月の頭にかけては適度にサボりつつ過ごしていた中で、さらに遅刻を重ねてしまうのは本格的に留年の危機に陥ってしまいそうだ。

寝起きの声にならない声を上げながら頭を掻く式は、一定のリズムで振動を繰り返すスマホに苛立ちながら受話口に耳を当てた。

 

「……あい」

 

『やっと出た。わざわざ電話してあげてるんだから早く起きなさいよ』

 

苛立ち半分呆れ半分といったところか。

 

「電話してくれなんて頼んだ覚えはない」

 

『学校来てないって聞いて連絡してあげたんだけど何その態度? 言っとくけど、しーママによろしくって頼まれてるから。折角高い学費払って入学したのに留年とか自主退学とかに追い込まれたら洒落にならないでしょ。遅刻でもいいから登校しなよ』

 

朝一の甲高い声は正直やかましいの一言に尽きる。

脳に直接響くからもう少しトーンを落として欲しい。

 

そもそもこの電話の主は2年のはず。

どうして1年のクラス事情を入手しているのか。

 

入れ替わりの少ない一貫校のネットワークは侮れない。

 

『いっつも寝坊ばっか。どうにかならないわけ?』

 

「夜寝て、目が覚めたらこの時間だったんだよ。二度寝で寝坊は救いようはないが、このケースはどうにもならないだろ。7時に起きてたら普通に行ってた。だから怒るな。寧ろ7時に起きていた世界線の俺を褒めろ」

 

『寝ぼけてないでさっさと布団から出なさいよ』

 

「今日は休む」

 

自主休校の報告をすると、すかさず怒気混じりの「はあっ?」が飛んできた。

 

派手な身なりをしている癖に、中身は結構優等生気質だから厄介だ。

 

ローラみたいに頭空っぽの「おっけ〜」を期待していたのだが、半ギレの彼女からガミガミといらぬお小言を幾つも頂戴した。

 

他の高校より進級の条件が厳しい高校だとしても、器用に立ち回る自信はあると納得させようとするも、火に油を注ぐ形となった。

 

曰く、要領の良さの上に胡座をかくのは嫌いとか。

 

別に好きになってもらいたいわけではなく、嫌いでも一向に構わないと、ありきたりな一言を添えようとした式だったが、火にガソリン入りポリタンクを投げ入れるに等しいので既のところで飲み込んだ。

 

『どうしてこんな適当なのが生徒会に……』

 

酷い言われようだったので、式はちゃらんぽらんとしての適当ではなく、相応しいという意味の適当に脳内補正した。

 

「機能だけで見てくれたんだろ。好き嫌いとか真面目不真面目みたいな感情的な視点を除外して、利用価値が有るか無いかだけで」

 

『利用価値? しーにあんの?』

 

「知らん。兎に角俺は寝る。どうせ遅刻するなら徹底的にだ」

 

一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄。

どうせなら英雄になろうぜ理論を展開して式は布団を頭から被った。

 

『じゃあ迎えに行くから用意しといて』

 

「わっつ?」

 

ネットスラングに変換すればファッ!?。

あまりの突飛な返答に式の脳は思考停止に陥る。

 

「授業あんだろ」

 

『体育だし、ぶっちゃけいなくてもバレないし。2時間目もタクシー使えば間に合うと思う』

 

良いトコのお嬢様が一丁前にサボタージュをかますなんて何事だ。

それでいいのかヒルズ族。

タクチケよこせヒルズ族。

 

「あーはいはい。分かりましたよ。行けばいいんだろ。じゃあな」

多分奴は本気で乗り込んで来ただろう。

ぶちっと通話を切ってベッドから飛び起きた式は手短に支度を済ませリビングへ降りる。

 

コップ一杯の白湯と、空腹をカロリーメイトで補給して玄関へ。

 

「じゃ、行ってきます」

侵入防止用の柵の前まで見送りにきてくれた愛犬に一声かけて家を出る。

 

自宅から学園まではdoor to doorで50分ほどかかるので、一時限目は諦めていたのだが、運よくクラス担任の教科と被っていたため、特別に出席扱いにしてもらうことになった。

 

最近は頑張って学校に来ているからそのご褒美だ、と遅刻連絡の電話を終えようとしたところで告げられた。

 

不良生徒がたまに善行をすると大いに称賛される現象に近い。

貴重な出席点を折角頂いたので有難く頂戴しておくが。

 

改めて周囲の環境は整っていることを実感している式は、学園の校門を通り過ぎようとした。

門前には風紀委員の腕章をつけている、おさげの少女が仁王立ちしているが、目には入らなかったことにして。

 

「月城式。毎回毎回遅れて登校するなんていい度胸ね」

が、あえなく捕まってしまう。

 

授業と授業の合間の小休憩中に、学園に無断で外出する不届きものがいないか監視していたのは、第一学年主席生徒の伊井野ミコ。

 

高等裁判所裁判官の父と、国際人道支援団体職員の母を親に持ち、規律を愛し規律に愛された少女である。

 

そんな彼女が、こんな時間にのこのこと登校してくる式を見逃すはずがなかった。

 

「悪かったな。以後気を付ける」

二人は同じクラスに所属している。

 

伊井野は入学早々色々とやらかしている式に目をつけ、その不真面目な性質を叩き直そうと奮闘するも、あまり成果は出ていない。

 

同時に入学前にも後にも色々とやらかしている石上も正そうとしているが、全く成果は出ていない。

 

「口だけの謝罪なんて聞きたくないわ。それに上着もアウトで減点1。学校指定のセーター以外は認められないわ」

またグチグチと始まった説教に、式は内心ため息を吐いた。

真面目にも限度ってものが必要だ。

 

「ユニクロのカーディガンは安いんだよ」

 

「だから何だって言うのよ」

 

「それにポケットもついてて便利だ」

 

「利便性なんてどうだっていいのよ。脱ぎなさい」

 

風呂場のカビよりもしつこい。

 

同じクラスの仲だからここまで突っかかっているのではなく、伊井野は上級生であっても規則を犯せば即行動に移る。

度々三年に詰め寄る姿を目撃している式は、いつか校舎裏に呼び出されて袋にされないか心配でもあった。

 

無理矢理ひっぺがされる未来を回避するべく、式はポケットに潜ませていた切り札で勝負に出た。

 

切り札を見せるなら更に奥の手を持てと、働かない漫画家は言っていたが、残念ながら奥の手は用意していない。

 

伊井野に効力が無かったら大人しく脱がされるとしよう。

 

「ほれ、賄賂だ。これで見逃してくれ」

 

堂々と賄賂宣言をして投げつける。

お手玉をしてキャッチした伊井野は、手のひらに収まるブツを確認してから小首を傾げた。

 

「トーマスの、チューイングキャンディ……」

 

「さっき買ってきた。癖になるうまさだぞ」

 

3個入りで売ってる中毒性のあるお菓子だ。

定期的に摂取したい欲に駆られ、丁度その日が今日だったためダイソーで仕入れてきたのだ。

 

3個入りのため、一つくらい人に上げても問題はない。

 

「賄賂なんて受け取れるわけないでしょ!」

 

クソ真面目ちゃんが押し返そうとするが、式は両手を背後に回して返品を受け付けない。

 

「日頃頑張っている伊井野へクラスを代表して感謝のプレゼントだ。噛み締めて食べろよ」

 

「いらないわよ! 大体これいくらよ!?」

 

「単価だと30円ちょっとだ。でも金額じゃないだろ。そのトーマスには俺の他にも優や………佐藤や田中、小林とかの気持ちがこもってるはずだ」

 

「うちのクラスには佐藤も田中も小林も存在してないわよ。そろそろクラスメイトの名前くらい覚えたら」

 

小林的な物体はクラスに存在していたような気がするのだが、あれは聞き間違いだったのかもしれない。

 

「……俺と優の気持ちだけじゃ不満だってのか」

 

「あんたらは気持ちじゃなくて行動で示しなさいよ」

 

正論で殴られてはぐうの音も出ない。

 

ロジハラだと声を上げたら勝てる見込みはあるだろうか。

 

多分今度は物理的な意味で殴られそうだ。

 

時計台を見上げると授業開始のチャイムがなる時刻が迫っていたので、お菓子は伊井野に押し付けて校舎へ駆け込んだ。

 

移動している最中にも飛んでくる手厳しい言葉の数々を避けつつ教室にたどり着く。

足を踏み入れた直後、視線が式のもとに集まった。

 

過去に二年の教室のど真ん中で四宮かぐやに無謀な告白を仕掛け、塵一つ残さず玉砕されたにも関わらず、数週間付きまとい、ある日を境に別の女生徒にアプローチをかけるようになった男の末路だ。

 

彼ら彼女らの視線に含まれる感情を払い捨て、欠片も気にしていない式は歩みを進める。

 

笑いを堪えるために机に伏せている石上と、真面目過ぎて多くの生徒から疎まれる伊井野しか話し相手はいないが、友達なんてものをむやみやたらに作っても人間強度が下がる一方なので………と言い訳じみた信念を胸に、誹謗中傷ご自由にの精神で式は自分の席に座るのだった。

 

 

 

 

放課後まではとりわけ話のネタになるようなことは起きなかった。

 

昼休みに食糧調達をするために抜け道から学園を抜け出そうとしたら、伊井野に追いかけられたことぐらいしか。

 

「月城、これは何だ?」

 

「はあ、進路希望調査です」

 

放課後の生徒会室。

掃除を終わらせると、教室を訪ねたかの四宮かぐやに連行された式は、いつもに増して覇気のない声を出していた。

 

貴族的な学校として人気を集める秀知院学園ではあるが、数は少ないが一般入学希望者への窓口も開いている。

 

熾烈な競争を勝ち抜き、晴れて秀知院学園の一員になった中途入学者が目の当たりにするのはまずは内部格差。

 

どんなに背伸びをしようが初等部上がりでなければ「外部生」のレッテルを張られてしまう。

 

そんな格差を乗り越え、全生徒を束ねる役職の生徒会長となった白銀御幸の前で、式は気だるそうに立っていた。

 

面倒くさそうな雰囲気なので逃げ出したい衝動に駆られたが、出入り口はかぐやによって塞がれており、逃走経路は確保できていない。

 

気分はまるで冤罪を被せられお縄につき、法廷の証人台に立たされることになった被告人。

 

法壇もとい執務机に座る白銀が手にしているのは、以前式が提出した進路希望調査の用紙だった。

 

「そんなもの誰だって見れば分かる。俺はこの中身について聞いているんだ」

進路希望調査表も歴とした個人情報。

 

それが白銀の手元に渡っていること自体に突っ込みどころ満載なのだが、口出ししても怒られそうだと悟った式は記載されている内容を目で追った。

 

 

第一希望:早坂愛先輩の進路次第となります。

第二希望:同上

第三希望:同上

 

「事実なので仕方がありません」

さも問題がないような言い方に白銀は困ったように額を抑える。

 

主に進学か就職に分けられる進路。

秀知院であれば、エスカレーターで大学へ進学するのも一つの手であり、新たな環境で心機一転を図るためにも外部進学する選択もある。

 

また優秀な人材を社会に輩出している秀知院ならではのコネクションを最大限に利用し、一足早く社会人としての人生を歩みだす等、選り取り見取り進路先が用意されてあるのに、真剣に間抜けな記述をした式に、白銀は叱る気力も奪われてしまった。

 

「愛する人を一途に想い続けるのは素敵ではありませんか。会長、私は月城君を支持します!」

瞳を爛々と輝かせ介入してきたのは由緒正しい政治家一家の次女、藤原千花。

 

恋愛脳の特性を持つ彼女が敵に回ると相当厄介なことになるのは白銀は既に学習済み。

 

反論の余地がないように徹底した理詰めで追い詰めるのが、白銀が編み出したラブパワーで強化された藤原への対策だ。

 

「そうは言ってもだな藤原。月城には前科があるだろ。少し前までは四宮を好いていたのに、ある日を境にこの早坂さんとやらに鞍替え。果たしてそこに一途の想いがあるのだろうか」

 

「違います!月城君はこの短期間で本当の愛を知ることができたんです。男の子は三日あれば身も心も大いに成長します。月城くんはかぐやさんではなく、早坂さんこそが運命の赤い糸で繋がれた相手だと知って、抑えきれない愛が進路調査票に現れてしまっているのです!」

 

「そうなのか月城?」

と、白銀は傍観していた本人に話を振った。

流石の白銀も、情熱的に訴える藤原を真正面から受け止めるのは困難だったようだ。

 

「………実はそーなんですよ」

 

「今の間からして絶対違うだろ」

ひとりで妄想劇を繰り広げていた藤原に乗っかろうと試みたが、あえなく失敗に終わる。

 

花の高校生活に期待を膨らませて入学してきたこの時期に、まともに3年後の進路なんて考えている方が少数派だ。

 

脳死で書き殴った内部進学や大学進学よりかは、まだ真剣に考え、その結果再提出を受けたとなると式としてもどうも腑に落ちない。

 

なので異論を唱えようとしたところ、白銀が卓上に紙切れを追加したことで流れが変わる。

 

「その件は後に回して、次は新入生を対象として4月に実施された実力確認テストについてだ。あまりの悲惨さに学年主任が嘆いていたぞ」

 

白銀が取り出したのは4月に行われたテストの個人成績表だ。

氏名欄には月城式の名がある。

 

秀知院学園高等部、またの名を個人情報ガバガバ学園。

 

「個人情報の守秘義務はどこへいった」

式は小さくぼやいた。

 

肝心の成績は平均点が20点にも届いていない。

一桁の教科もある始末。

ド派手に悲惨な成績だった。

 

秀知院は名門であり続けるために、成績不振者を容赦なく進級不可とする。

 

ただでさえ平均点の半分以下が赤点に設定されていてハードルが高いのに、選択科目は二度の赤点で、必修科目は一度の赤点で留年が確定する。

 

例外として入学一発目の実力確認テストだけはその対象に該当はしないが、恐らく歴史に名を刻めるだろう点数を叩きだした式はまごうことなき留年候補筆頭であった。

 

そんな落ちこぼれが生徒代表の生徒会に所属しているのは、素行不良生徒の根性を叩き直すためと、職員室で話題になっていることを式たちは知る由もない。

 

生徒会長は秋の選挙にて選出され、その他は生徒会長により任命されるシステムを逆手にとれば、どんなに無能な生徒も役員になれるのがここ秀知院。

 

副会長のかぐやも、書記の藤原も、会計の石上も、白銀直々に任命され生徒会メンバーとなったわけだが、ただ一人、式だけは違った。

かぐやが空きポストに式を推薦したことがきっかけで白銀に承認され、企画管理の席を与えられたというわけだ。

 

「だが一般入試を通過したお前がこの程度の基礎的な問題で躓くとは思えん」

 

「ですので、勝手ながら原因を調べさせていただきました」

 

扉の前を陣取っていたかぐやが白銀の側へと移動する。

 

会長副会長の迫力がある並びを前にしても、やはり式の顔つきに変化はなく、早くこの場から離脱したいオーラを全開にしている。

 

「例えばこの問題になりますが、月城くんが塗りつぶした番号は5番。しかし問題用紙を確認してみると、問に対する選択肢は4択。ただの凡ミスともとれますが、同様の解答が5箇所もあるとなれば偶然で片付けることはできませんよね」

 

わざわざ問題用紙と解答用紙を照らし合わせて調べ上げたことになる。

そんなどうでもいい作業より、もっと有効的な時間の使い道があるはずだ。

 

「月城くん、さては問題読まずに埋めましたね」

 

「内申には影響はないと説明がありましたので、なら手抜きでいいかなと」

 

「本当のところは?」

 

「めっちゃ眠かったので睡眠欲を優先させました。机で寝るときって頭のポジションめっちゃ気にしますよね。ちなみに俺は左腕を枕代わりにする派です」

 

寝る子は育つ。

だから寝た。

 

促されるままに式は悪気が感じられない態度で白状した。

 

頭痛が痛い。

眼前の二人はそう言いたげな表情である。

 

ちらりと時計を盗み見ると、時刻は既に16時を回っていた。

バイトまでの残り時間は約90分。

そろそろこの二大巨頭の拘束から逃れなければ。

 

「生徒会に入る前の出来事だったので水に流すってのは如何ですかね。ほら、地位は人をつくると言われてるじゃないですか。だから見るべきは過去ではなく未来、これからに期待……ってことで手を打ちませんか?」

 

自身の能力を客観的に分析するなら、やれば出来るタイプ。

直近なら地獄の倍率を通過した受験だったり、他にも別の分野でちらほらと結果は出している。

 

例えこの場で白銀に、次の試験で5位以内に入らなければ殺すと脅されても殺されない自信はある。

 

「お前のことは四宮に一任している。四宮がそう決定するなら俺からは何も言うまい」

 

「えっ、何ですかその教育係みたいな制度? もしかして問題児扱いされてます?」

 

「まあ対外的に見たら今年の一年組は問題児で間違いはないな。そうだろ藤原」

 

「んー、残念ながらその認識であってますね。やっかみの多さでは石上くんを上回りますもんね」

 

「そんなバナナ」

 

「返しが古いですよ。だってまだ秀知院歴2ヶ月ちょっとなのに、勝手知ったる他人の家のように好き放題してるじゃないですか。そりゃあ幼等部組からしたら、自分の家の庭を土足で踏み荒らされている気分になりますよ」

 

「なるほど、品性は金で買えないってことですね」

 

「ほら、そういうところですよ!」

 

結局のところ、この高校の方々は外部生には出しゃばって

もらいたくないらしい。

選民思想恐ろしやと式が思っていると、こほんと白銀が咳払いを挟んだ。

 

「話が脱線したな。兎に角、月城は今後生徒会役員としての自覚をもって日々の学校生活を励むように。そうすれば少しは周囲の見方も変わるはずだ。あと敵を作るような発言も控えろよ」

 

目つきが悪い白銀の目つきが更に悪くなった。

 

「善処します」

 

「それとコレは再提出をしておけ。勿論訂正をしてからな」

 

念をおされてから進路希望表が返却された。

記入されてあること以外は今のところ思いつかないわけで、訂正するとなると完全に嘘っぱちな希望になるのだが。

 

結局気が向いた時に提出しようと、用紙を鞄の奥底に封印することにした。



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プロローグ3

その日は雲一つ浮かんでいない快晴であった。

 

馬鹿と煙は高いところが好きだとよく言われるが、お昼休みに屋上にいる鬼才四宮かぐやにはその故事は通用しない。

 

学業成績は秀才が集う秀知院で堂々の学年二位。

かぐやが馬鹿認定されてしまえば、この世の大多数の人間も馬鹿となる。

 

いつもは教室か生徒会室で昼食をとるところを、わざわざ屋上でシートを広げている理由は単なる気まぐれであった。

 

かぐやの昼食は毎日出来立ての状態で自宅より配達され、ここ屋上で待ち合わせている専属近侍の早坂から届けられる。

 

そしてたまには一緒に昼食をとかぐやが誘えば、他の人の目がないならと早坂もそのワガママを受け入れることに。

 

屋上の立ち入りは禁止されているので密かに合鍵を作製した者でなければここには上がってこれず、普段は他人で通している関係が公になることもない。

 

「そろそろ付き合ってほしいんですけど」

麗しき蝶の宴に蛾が一匹迷い込んだ。

その蛾の名は月城式。

 

顔を見せるや否や開口一番にその一言だ。

 

なんだこいつ。

早坂は素でそう思った。

 

「無理です」

ギャルverとは異なる固い口調で、早坂は告白を真正面から一刀両断した。

 

かぐやにとっては見慣れた光景。

許可もなく二年の教室に侵入し、早坂の元へ向かう式の姿は何度目にしたことか。

 

早坂も早坂で、級友の前では軽い調子で適当に受け流すだけだったが、周囲の目につかないこの時ばかりは、はっきりと断っている。

 

あっけなく振られたというのに、特に表情の変化がない式は早坂を見つめている。

 

「そもそもこの姿は秀知院に潜入するための仮の姿。本当の私ではありません」

だから諦めろと。

 

中身のない案山子に恋愛感情を抱くのが間違っているのだと、早坂は言いたいのだろう。

 

かぐやは大人しくやり取りを見守る。

ちょっとやそっとで式が退かないのは、彼が入学してからの数週間で体験済みである。

 

口を挟むべからずと心に打ち込んでいるはずだった。

 

「イデアとか霊魂ごと惚れているので大丈夫です。安心安全の保証付きです」

 

「それはいくら早坂でも引くわよ」

 

次の式の一言が明らかに予想の斜め上をいっていたので、思わず口を出してしまう。

 

「……」

冷ややかな視線を浴びせる早坂は無言でドン引きしていた。

 

「ほら見なさい。ただでさえ低い好感度が大暴落中よ」

 

「う〜ん、意外とうぶ?」

 

「違うわよ。貴方の愛が異様に重いの」

 

先が思いやられる展開にかぐやは深々とため息をつく。

どちらかと言えば式の味方でいるかぐや。

 

そうなった経緯はまた別の話になるが、このままでは「好きです」「無理です」の平行線になりそうな予感がして気が気でならない。

 

七つの頃から正式に四宮家に仕えている早坂も、かぐやの世話や無理難題にこたえる従者としての教養を身に着けること等に時間を割き、恋愛慣れしていない恋愛初心者。

 

ただの恋愛初心者なら場合によってはチョロインと化す事態もしばしば見受けられるが、対象が対象なだけに早坂の攻略は険しい道だ。

 

とはいえ、大切な家族と可愛い後輩のやり取りを必然的に近くで見物しなければならないかぐやの心中は穏やかではない。

 

長い時間を費やしてまで、かぐやが叶えようとしている悲願。

 

告白。

 

白銀の口を割ろうとしているかぐやにとっては、早坂の立ち位置は羨ましいと同時に恨めしくもあった。

特に努力もしていないのに、超ストレートなアプローチを飽きるほど受けているのだ。

 

嫉妬心がかぐやを煽る。

 

「早坂もそろそろ折れたらどうかしら。あなた達みたいなギャルという生き物は、誰でもいいからとりあえずキープを作る習性があるのでしょう」

 

「かぐや様は今、全国のギャルを敵に回しましたよ」

 

「楽して後輩に言い寄られていいご身分よね早坂は。どんな手回しをしても成功しない私の気持ちを考えたことはないの?」

 

「かぐや様は主の我が儘を……」

 

早坂愛。

これまで数々の裏工作に、半強制的に参加し、無茶な要求であっても完璧に遂行している。

 

無理矢理付き合わされている私の気持ちは考えたりしないのですか?

積年の思いが出かかった早坂だったが、すんでのところで引っ込めた。

 

立場上かぐやの下につく早坂であるが、私生活ではかぐやのお姉さんポジションを確立している。

 

妹を許すのが姉の役目。

優しく諭す方向へと変更した。

 

「なんならかぐや様も月城くんから告白されていましたよね。それと同じですよ」

 

「同じじゃない!」

 

「えっ……」

 

「全然同じじゃない!」

 

両の拳をこれでもかと言わんばかりに握りしめて、かぐやは心より訴える。

これにはさしもの早坂も動揺を隠せなかった。

 

「同じですよね?」

 

相違点に気付かない早坂は困惑した様子で直接式に尋ねた。

 

「分かんねえっす」

 

「とてつもなく使えませんね」

 

「使えますよ。スマブラ64でいうとタイマンのピカチュウ並に使えます」

 

「全く意味が分からないのですが」

 

「スマブラDXでいうなら絶を完璧に使いこなしたマルス並に使えます」

 

「ですから全く意味が分かりません」

 

「スマブラXでいうなら……」

 

「もうそれ以上はいいです」

 

「………初代ポケモンでいうなら」

 

「もういいと言いましたよね? もしかして喧嘩売っていますか?」

 

会話するごとにIQが低下しそうな相手に早坂は思わずキレかけた。

スマブラだろうがポケモンだろうが、深い部分の話題を持ってこられたら、にわかには通じないのだ。

 

「分かりました。ふざけるのはやめにするので、そのかわりに付き合ってください」

 

現在進行形でふざけている男だった。

早坂は初めて同年代の異性を個人的な理由で殴りたい気持ちが浮上した。

が、拳に力を込めるだけに留めた。

 

「よくこの流れで付き合う云々に繋げようとしましたね」

 

「浮気とか他の女に現を抜かすなんて絶対にしませんので」

 

「これほど説得力に欠ける言葉がありますか?かぐや様の『会長のことは好きじゃない』に匹敵しますよ」

 

荒ぶっているかぐやに、更に燃料を投下する早坂の性格の悪さが滲み出た瞬間だった。

 

「事実無根の主張をしないで。私が会長を好き、なのではなくて、会長が私を好きなのよ」

 

全力でかぐやは否定するも、高度なやり取りを外側から観戦している者にとってはお互いが好意を抱いているのは丸わかりだ。

 

式なんて生徒会室に入り浸るようになってから僅か数日で察してしまった。

 

例外としてアホの藤原と、ソファの角をを駆使した殺人術で殺されかけた石上は恐怖心のあまり気付いていないが、一般生徒にも二人の関係を噂するものは少なくはない。

 

「私の話は二の次でいいのよ。今は早坂たちの恋愛模様のほうが重要ではなくて」

 

「ですがかぐや様。毎日毎日言い寄られる私の身にもなってください。正直、私の中での彼の株は上がる見込みがありません」

 

早坂の言い分も尤もだ。

三顧の礼じゃあ足りないほどの接触を繰り返されたら、次第に不信感を抱くのは至極当然だ。

 

まるで同伴を迫るために職場まで追いかけてくるホスト。

 

かぐやの件で金の匂いに引き寄せられた旨は既に式は自白している。

 

でありながら適度な距離感を保てているのは、あまりかぐやが出くわしたことのないタイプの人間だった故、お気に入りリストに登録されたのが今日までの経緯である。

 

早坂からの評価も変ではあるが、悪人ではないというもので嫌われてはいなかった。

がしかし、方針変更して早坂に狙いを定めてからは一転する。

 

黙っていたほうが早坂の好感度ゲージは上昇するレベルのウザ絡み。

日に日に胡散臭い男として見られるようになっていた。

 

「それもそうね。月城くん、猪突猛進アタックはもうこれっきりにしなさい。本格的に嫌われてからでは遅いわよ」

 

式の恋愛音痴を治すのが先決と判断したかぐやが改善を促した。

 

「かぐや先輩がそう言うのであれば従いますが、でしたら見返りとして連絡先を聞いてもいいですか?」

 

「無理です」

 

ここぞとばかりの提案を持ちかけるも、容赦ない早坂は要求を一蹴する。

 

「そうですか。なら今日は諦めます」

鉄壁の要塞に為す術のない式は、最後に一礼して踵を返した。

 

恋を成就させるには『押し』と『引き』のテクニックを駆使するのが良いとされている。

時には押して、時には引くことで対象の気持ちを揺さぶらせる駆け引きは、前提として脈アリ状態でなければ成立しない。

 

であれば式があっさり食い下がったことで、早坂の心に曇りが生まれるなど断じてなかった。

 

「随分彼の肩を持っているようですが、また何か悪巧みを考えておいでですか」

 

「悪巧みだなんて人聞きが悪い。私はただ迷える子羊に救いの手を差し伸べてあげているだけよ。早坂はいつも勘繰り過ぎよ」

かぐやはあくまで白を切る。

そんな姿を見かねた早坂の目は一層鋭さを増した。

 

天下の四宮財閥ならば、いかなる罰を与えることも可能なはずなのに、あろうことか式を生徒会へ推薦したのだ。

 

始めは数ヵ月にも及んだ戦に終止符を打つために式を利用するのかとも早坂は考えたが、篭絡されたわけではなさそうなので、別の思惑があると予想している。

 

「ほら、いつまでも立っていないで早く座りなさい。折角早坂が届けたくれたお弁当が冷めてしまうわ」

 

軽くシートを叩かれたことで、追及の機会を逃した渋々命に従う。

この時初めて、早坂はかぐやと式が連絡先を交換している事を知るのだった。

 

 



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月城、相談受けるってよ

ほんぺ



ぼっち飯。

それは孤独に耐えながら食事をすることを意味する。

良くも悪くも自由な大学ならいざ知らず、学外への脱出という選択肢が用意されていない高校でのぼっち飯は、いかに人目につかない場所を確保するかが壁として立ちふさがる。

 

場所はしんと静まり返った生徒会室。

周りを気にせずに昼休みを丸々潰せる最強の空間で、式はぼっちで昼食をとっていた。

 

今までは昼休みに早坂のもとへアポなし訪問に出かけることが多かった式も、窘められたことで地に足つけた活動へと方針を変え、無闇矢鱈な接触は控えるようになってきていた。

 

そのため特にすることがない式は、ただ無心でサンドイッチを口に運ぶマシーンへと化していると、突然生徒会室の扉が開く。

 

「おっと、月城か。石上と一緒ではないとは珍しいな」

 

入ってきたのは白銀御幸だった。

白銀は先客を確認すると、友人の石上の不在に思うところがあったようだ。

 

「優ならマックを食べたい衝動に駆られて駅前に向かいました」

 

式がぼっち飯に至った理由はそんなところだ。

 

教室から出て行った石上の背後を、真面目ちゃんの伊井野がつけていく姿を発見したので、きっと今頃は校舎裏辺りで白熱した鬼ごっこが展開されていることだろう。

特にこちらから連絡は入れていないが、元陸上部で短距離専門の石上が捕まることはないと思われる。

 

「そうか。ほどほどにしておけよ」

 

規律を破っているのに白銀からのお咎めはない。

 

彼も規則にがちがちに縛られた人間ではなく、生徒会室に石上が持参したテレビゲームで遊ぶ程度には緩い会長であるからだ。

 

話は戻り、昼休みに役員が生徒会室に集まるのは日常茶飯事だ。

激務で有名な生徒会長ともあれば、食事の片手間に事務作業を進めなければ終わらない日もあったり。

 

だがこの日の白銀は別の理由により、生徒会室に足を運んでいる。

その理由とは、白銀に続いて入室した同行者にある。

 

第一印象は地味。

例えるならば、薬物依存サイクルについての画像に登場する少年のような外見の男だ。

室内履きの色から二年であることが伺える。

 

「じゃあ自分はこれで」

 

訳ありな雰囲気を感じ取り、空気を読もうと式が立ち上れば、静止の声をかけたのは男子生徒であった。

 

「あ、大した用じゃないし君もいてくれていいから」

 

何が何だかといった表情の式は白銀に目配せをする。

白銀も同席を促したのには予想外だったようで、神妙な面持ちで男子生徒に振り返る。

 

「月城もいいのか?」

 

「はい。構いません」

 

力強い肯定。

全く状況がつかめていない式は、良く分からないまま男の集会に参加することになった。

 

 

 

意中のあの子と付き合う方法。

それが今回の議題である。

 

恋に悩める少年、名前がないといささか不便なのでここでは『翼くん』と命名しよう。

 

彼はクラスに気になる女子がいて、先日告白を決意したという。

決意するまでは良かったが、いざ決行となると断られた場合のことが頭を過ってしまい、あと一歩が踏み出せず困っている。

 

そこで恋愛においては百戦錬磨の実力を持つ、なんて噂が一人歩きしている白銀にアドバイスを頂こうと行動し、現在に至る。

人の恋路を応援するよりも自らの恋を成就するべき式も成り行きで参加している。

 

「ちなみにその子と接点はあるのか?」

 

「バレンタインチョコを貰いました!」

 

「ほう、それはどんなチョコだ?」

 

恋愛イベント筆頭候補のバレンタインデー。

当日の朝から全国の男子高校生諸君は期待に胸を膨らませ登校し、一部は悲しい現実に打ちひしがれる。

バレンタインでチョコを貰う仲であれば、そこそこの関係は形成されている裏付けとなる。

手作りチョコであればなお良し。

 

切り出した白銀も楽に乗り切れると安堵の表情を浮かべていた。

 

「チョコボール、三粒です……これって義理ですかね」

 

義理の範疇に含まれるのかすら怪しい返答だ。

登校中に買ったチョコボールをお情けで恵んだ可能性も大いにある。

 

「あーうん、それはもう。間違いなく惚れてるな」

 

「えっ……」

 

まさかの返しに式は目を丸くした。

そして気付いてしまう。

極めて面倒くさい恋愛合戦を繰り広げている白銀から真っ当な意見が出るはずもないことを。

 

「いいか。女ってのは素直じゃない生き物なんだ。常に真逆の行動を取ると考えろ。つまり一見義理に見えるそのチョコも――」

 

「もしや逆に本命!?」

 

「然り。義理の義とは即ちの偽りの偽。つまり偽の逆の真こそが彼女の心の表れなのだろう」

 

白銀はトンデモ理論で言いくるめることに成功した。

 

「だけど彼女にその気なんてないんだと思います。こないだも――」

 

トンデモ理論を否定した翼くんは、彼女の不在を意中のあの子に茶化されてしまった出来事を話し始めた。

 

 

以下翼くんの回想

 

『えーマジ年齢=彼女無し!?』

『キモーイ』

『恋人いたことないのが許されるのは小学生までだよねー』

『キャハハハハハ』

 

回想終了

 

「っていうことがありまして、からかわれたんだと……」

 

友人の間で話のネタにもされてしまったらしく、式もその予想に同意するが、白銀の暴走が止まることはなかった。

 

「俺は言ったはずだぞ。女は素直ではないとな。友人たちの前であえてからかうような発言をしたのは真意を包み隠すためだ。何故だか分かるか?」

 

「いえ、分かりません」

 

「多分そういう協定があるのだろう。コミュニティ内に属する彼女らは、同じ人を好きになってしまった。ガールズトークで盛り上がり、一人一人が気になる人を白状したら、偶然一致した、とかでな」

 

「な、何ですと。だとするならみんなが僕を……」

 

「ああ。お前はモテ期に突入したんだ」

 

常識をかなぐり捨てて都合の良い方へと解釈することで導き出された翼くんモテ期疑惑。

翼くんが語った回想から、どう展開すればモテ期まで辿り着くのかが式には全く理解できていない。

 

「だが彼女はバレンタインでチョコボールを渡した。手作りを渡せば協定に反することになるが、彼女は抜け道を思いついた。それこそが真逆の行動を取る女の習性と義は偽の法則の合わせ技だ。偽のチョコを渡すことで真のチョコという意図に気づいてほしい、そんな想いがきっと込められていたはずだ」

 

「……まさか柏木さんがそこまでして想いを伝えようとしていただなんて。たったそれだけの情報で確信に近い部分まで読み取ってしまうとは。流石です会長。恋愛マスターの異名は伊達ではありませんね」

 

「あの、盛り上がっているところ悪いんですけど、からかわれていただけだと思います」

 

少々ズレてはいるものの、恋愛に関しては白銀やかぐやのような天才(笑)よりかは幾分マシな式は、とうとうそこで聞くに堪えない盛り上がりに横やりを入れた。

 

「会長の想像は別次元の話であって、一般的にな話ではありません。なのでこれまでの内容は無かったことにしてください」

 

「そんな!なら会長が恋愛マスター、略して恋マスというのは真っ赤な嘘……」

 

出鱈目を吹き込まれていた衝撃の事実に翼くんは絶句する。

同時に会長としての尊厳が損なわれる窮地に陥った白銀も絶句する。

 

「いえ。単に普通よりも上位次元の恋愛をしているのであって、天界とかでは会長の実力があってようやく神々との恋愛合戦に混じることができるようになるんです」

 

自分でも訳が分からなくなってきている式であるが、先輩のピンチにすかさずフォローを入れる。

 

「月城、お前……」

後輩の鏡っぷりに白銀からの好感度が1上昇した。

 

「す、凄い……。会長は人の身でありながら人智を超えた恋愛論を唱えてしまったのですね」

頭が非常に悪いのか、彼も何故か納得してしまう。

結局議論は振り出しに戻った。

 

「それで僕はどうするのが一番なんでしょうか。あんまり接点がないってことは断られる確率のほうが高そうだし、やっぱりまだ早いですかね」

 

冷静に振り返りを行った後、翼くんは告白するには時期尚早だとして、計画中止に気持ちが傾いていた。

あまり話したことのない相手への片思いほど実りにくいものはなく、まずはお近づきの機会を見計らうのが、恐らく定石ではなかろうか。

 

メインアドバイサーが変更し、式のターンとなる。

が、白銀と比較するとマシなだけで、式も式でぶっ飛んでいる。

 

式はパワプロのサクセスで恋人を作る際、告白の選択肢があれば初デートであろうがカーソルを『告白する』へ持っていく男だ。

 

「とりあえず告りましょうか」

 

「月城っ!?告白はとりあえずでしていいものじゃないだろ!」

 

モテないはずがない秀知院学園生徒会長の肩書きを保有しているも、かぐやの尻を追いかけることに必死で変に拗らせたモンスター童貞の白銀は、死地に送り出そうとする式に待ったをかけた。

 

「お前はどうしてそう段階をすっ飛ばして結論を出すんだ。もっと過程を大事にしてだな」

その隣に座る翼くんも同意するように頷いている。

 

「恋愛は何時だってスピード勝負です。後々後悔しないためには、善は急げを掲げるほかありません」

後悔した者は負け犬滑り台行きとなる残酷な世界だ。

勝ち残りたいのであれば見つけ次第即告れ、が式のモットーである。

 

「それに告白と言っても交際を迫る必要はありません。一応これも独自理論になりますが、告白は大別して二つに分類できると考えています」

一旦区切り、式は人差し指と中指を立てた。

相談者ではない白銀がノートを取り出し、ここぞとばかりにメモの用意を始めたが式はあえてスルーした。

 

「一つは交際目的。告白と聞けば誰しもが思い浮かぶお付き合いの申し込みですが、先輩に勧めているのは二つ目の単純に惹かれている旨を伝える告白です。好意を認識させてしまえば、嫌でも意識します。認識レベルをただのクラスメートから引き上げることができれば……」

 

「彼女は僕に夢中になる、と」

 

「なりません」

あらぬ妄想を抱いてしまった翼くんに、式はすかさず突っ込みをいれた。

 

「その段階でようやくスタートラインになるのではないでしょうか。そこから本腰を入れて、身嗜みを整えるとか」

 

翼くんはそこらのモブに引けをとらない外見をしている。

周辺の高校と比較しても大分緩い校風でありながら、洒落っ気が全く感じられない中学生のような意識でいるのは少々不味いのではないだろうか。

 

「最低限ワックスとか使ってみたらいかがです?」

 

「なるほど、想い人のために変わろうとする僕を見て、『あっ、この人、私のために……』って感じでときめかせる作戦ですか。これはもう彼女の心は僕の手中にあるといっても過言ではありませんね」

 

勇気が出ずアドバイスを求めるような小心者なのに、謎の超ポジティブ思考を発揮する翼くん。

もはや突っ込みを入れるのが億劫になってきていた式は華麗に流し、白銀へバトンをパスした。

 

「最後に白銀会長からは何かありますか。低次元のアドバイスでお願いします」

 

「つまり月城の理論では、二度目の告白で仕留めるのだな」

 

「仕留めるって表現は物騒ですが、そうなりますね」

 

「ならば俺からは、本気で口説きにかかるときの為に、長年の歳月をかけて編み出した奥義を伝授するとしよう」

自信満々に立ち上がった白銀は壁際へと歩み寄る。

 

「ここに件の女がいたとして、それをこう!」

すると何を思ったのか、片手を壁にドンッと押し付ける、所謂壁ドンを披露して見せた。

 

「この体勢で強気に囁くことで、男らしさをアピールすると同時に、突然の急接近で告白を受ける側を動揺させ、逆にイニシアティヴを握る最強の技だ。ちなみに俺はこの技を『壁ダァン』と名付けた」

と白銀が豪語すれば、本場の『壁ドン』を知らぬ翼くんは「おぉ……」と感嘆の声を漏らすのであった。

 

全国模試では上級生すら抑え次点、学内では頂点に君臨する白銀もまた、かぐやと同じ勉強ができるタイプのアホ。

どこまでもある意味お似合いな二人である。

 

「お二人の策があれば最早敵なしですね! 何だかいけそうな気がします! ちょっと今から一発柏木さんにかましてきます!」

 

言わずもがな白銀だけではく、受験で狭き門を突破した式も、The普通の翼くんも、世に送り出せば平凡ではなく優秀な人材であることに疑いようもない。

 

三人寄ればなんとやらとあるように彼らが、しかも優秀な三人が集まれば確実にターゲットを落とす作戦など軽く立てられるはずだ。

ただし彼らが恋愛方面でも優秀かは未知数だ。

 

変に回りくどいことをせず、正面突破を試みれば限りなく99%以上の成功確率が保証されているにも関わらず、手間をかけ、何重にも策を張り巡らせてかぐや攻略を成し遂げようとするも、半年以上進展すらないアホの白銀と、するかしないかの二択で物事を考え、入学したての一年ならば畏れ多く近寄ることさえも憚られる四宮かぐやへ無謀な試みを繰り返した猪突猛進野郎の式が、特徴がないのが特徴の大山と肩を張る程度には地味な翼くんのバックについたことで、どのような相乗効果を生むことやら。

 

勢いよく生徒会室を飛び出していった翼くんの運命は神のみぞ知る。

 

 

 

後日、結果報告の為に翼くんは生徒会室に訪れた。

 

「いや~、なんかいざ本番になるとテンパってしまって奥の手の『壁ダァン』を使ってしまったんですけど、奇跡的に上手くいってOKもらっちゃいました!」

 

予想だにしない結末を迎えた。

まさか壁ドンなんかに引っかかる女が実在するわけがないと決めつけていた式には、衝撃的な結果だった。

 

もしや早坂も壁ドンが弱点なのではないかと、式も実践してみることに。

 

「邪魔です」と言われた。

 




ヒロイン候補① かぐや様(破滅エンド)
役職:ポンコツ腹黒大和撫子

秀知院が誇る最強のアントレプレナー。
息を吐くようにマクロフレーションを連発できる財力を持つため、入学当初月城君にストーキングされる。
その後何やかんやあり、四宮一族だとしてもあまり特別視しない月城君をお気に入り登録する。

この作品では原作以上にまっくろくろすけ。
最近妹と弟が欲しい年頃。





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藤原、セコいってよ





「伝統ある秀知院の生徒としての自覚が足りません! 人前であんな、物乞いじゃないんですから!」

またもや舞台はお昼時の生徒会室。

この日は石上を除く生徒会メンバーが集結しており、肩を震わせているかぐやが突如そのように口にした。

 

珍しく声を荒げている。

 

石上は「急にバーガーキングが食べたくなった」と言い残して走り去ったので、今回も不参加である。

 

「このお怒りモードは一体?」

 

二年組より一足早く到着していた式は、珍しく声を荒げているかぐやへ様子に疑問符を浮かべ、揃って入室してきた白銀に尋ねた。

 

「中庭でな、カップルの食べさせ合いを目撃してこの荒れ具合だ」

 

テーブルマナーに厳しいかぐやには、一見微笑ましく思えるやり取りも不作法にうつる。

 

一般人には気にもかからない光景。

かぐやが真のお嬢様だからこそ取り上げられる問題だ。

 

「全く、風紀委員は取り締まりを強化すべきです! 学外で醜態を晒してからでは遅いんですよ!」

 

「そう言ってやるな四宮。一度きりしかない高校生活、少しくらいは羽目を外してもいいんじゃないか」

 

ソファにかけても、かぐやの怒りは一向に収まる気配はない。

白銀が宥めても効果がないのなら、自分の出る幕はないと式はサンドイッチを口に運び続ける。

 

早起きが苦手な式は、基本昼食をコンビニで済ませるタイプの人間である。

 

「あれ、会長は今日お弁当なんですか?」

 

遅れてやってきた白銀たちもそれぞれが食事の準備をする中、藤原がいち早く反応した。

紅葉柄の包みから現れた四角いお弁当箱の存在に。

 

「田舎のじい様が大量に野菜を送ってくれてな。今日からウチはお手製弁当週間に突入したんだ。まあ、人に見せられる出来ではないが」

 

無意識のうちに家庭的な男をアピールする白銀は弁当箱の蓋を取る。

煮物、ウインナー、だし巻き卵、ハンバーグ。

 

式は小学校の遠足で母親に与えられたお弁当を懐かしむ。

 

かぐやは好きな食べ物を詰め込んだ理想のお弁当に目を奪われる。

 

同時に、かぐやの中では都市伝説であったタコさんウィンナーが愛らしく思えてしまう。

 

が、先ほどああ言ってしまった手前、頭に過ったタコさんウィンナーをおかず交換でゲットする作戦は放棄せざるを得ない。

 

小刻みに震えるかぐやを目の端で捉える式は、謙遜された弁当の出来に唸る。

 

「上手ですね」

 

「あれれ~。月城くん知らないんですか。会長って見かけによらず料理得意なんですよ」

 

「藤原先輩が自慢することではないと思います」

 

料理だけではなく、一通りの家事スキルを白銀は身に着けてなければならない環境で育った。

 

父と妹の三人暮らし。

 

母親が不在であるからこそ、時として母親の代わりとして家庭を支えなければならない。

 

日々鍛えている料理の腕は一級品。

 

「かいちょーかいちょー!一口ください!」

 

「ああ、構わんぞ。ではこのハンバーグをやろう」

 

「わーい。ありがとうございます!」

 

凄まじい天然の藤原が犬のようにおねだりをすれば、爪楊枝に刺さった手作りハンバーグを白銀が差し出す。

 

そしてそのままパクリと、かぐやが毛嫌いしている食べさせ合いが発生した。

 

式は座る位置を僅かにずらす。

 

隣のかぐやから放出される負のオーラに身の危険を感じ、物理的に距離を置いたのだ。

 

「月城くん、釘とか持っていないかしら……」

 

「すみません。持ってないです」

 

仮に釘が手に入った場合の使い道に興味が湧くも、式は今のかぐやを極力視界から外しておくことに。

 

オーラで目を焼かれてしまってはされてはたまったものではない。

 

「うわぁ!とっても美味しいです会長!」

 

「ふっ、そうだろ。ちなみにこちらのだし巻き卵もかなりイケるぞ。ほれ、食べてみろ」

 

味を絶賛され白銀は上機嫌。

 

今度は自信作のだし巻き卵を箸で挟み、瞳を爛々と輝かせる藤原に与えることで発生したのはなんと間接キス。

 

恋愛においては心理戦で活用されやすい間接キスであるが、白銀と藤原は互いに恋愛感情を抱いていない異性の友人同士。

 

抵抗感などあるはずもなかった。

 

「月城くん、縄とか持っていないかしら……」

 

「すみません。持っていないです」

 

「そう。なら呪うしかないようね」

 

黒化が進行するかぐやの瞳から遂にハイライトが消える。

 

おっかない宣告を真横でされながらも、平和な休憩時間を守ろうと我関せずを徹底する。

 

盛り上がる白銀と藤原。

 

日本古来の呪詛を唱えるかぐや。

 

無心でサンドイッチを頬張る式。

 

調和もくそもないカオスな世界が生徒会室には広がっていた。

 

「知ってますか月城くん。女子の間では最近料理系男子が人気なんですよ。ですから月城くんもまずは胃袋から攻めてみるのはいかがでしょう」

 

にやつく藤原、空気と化していた式へ不意に話を振った。

 

呪いが感染するのを防ぐために関わらないで頂きたいと祈っていた式も、流石に無視するわけにはいかない。

 

頭がお花畑だったとしても、一応藤原は先輩なのだから。

 

「白銀会長やかぐや先輩には劣りますが、これでもそこそこの鍛えられているので大丈夫です」

 

中学に入り習い事をやめたのをきっかけに、それまで同居していた祖母が担っていた家事を受け継いだ式も、料理の腕はそこそこ自身があった。

 

料理もそうだが、布団のカバー交換の速度を競えば高校生では一番を自負するくらいには家庭的である。

 

得意料理はふわとろオムライス。

早坂の胃袋を掴む用意も既に整っていた。

 

「聞き捨てならないですね。会長とかぐやさんには劣るって、私はどこに行ったんですか!」

 

女としてのプライドに傷をつけられたのか、藤原が騒ぎ立てる。

 

「……それより今日習ったコラッツの問題について質問があるのですが」

 

「話題をすり替えようとしたって、そうはいきませんからね!質問に答えてください!」

 

妙なところに執着される式は心底うんざりするも、表情に出してしまえば更に喧しくなるため平静を装う。

 

どうしようかと、吐息を一つ零す。

 

と、その態度が気に食わない藤原はこう提案するのだった。

 

「舐められたままでは終われません。先輩としての意地と誇りをかけたお料理バトルを月城くんに申し込みます!」

ビシィッと指を突き出して唐突に宣言された。

 

「拒否権を行使してもいいですか」

 

「後輩が先輩に逆らうんじゃありません。先輩のいうことは絶対なのです」

 

理不尽だ。

ただそれに尽きる。

 

現在進行形で呪いをかけているお方とは、違う意味で面倒な藤原から逃れる術は果たしてあるのか。

 

「そう取り乱すな藤原。月城も悪気があったわけではないのだろう」

 

救世主白銀が仲裁に入る。

 

「会長まで私を馬鹿にするんですか!もう我慢なりません、会長にも参加してもらいますからね!」

 

「だから落ち着けって」

 

付き合いが長いだけあり、藤原の扱いには式よりも長けているが消火作業は無念の失敗。

 

更には白銀にまで飛び火する始末。

 

事態沈静化を図るには、中等部からの友人で藤原を最も知るかぐやに縋るのが正解なのだが、頼みの綱は呪術師としての仕事で忙しい。

 

「分かりました、受けて立ちましょう。俺もそれなりに鍛えているので、返り討ちしてあげます。やられる覚悟は出来ていますか?」

 

収束が付きそうもないので、式は諦めて提案に乗ることに。

 

家政婦とか雇っていそうな政治家の娘っ子を実力で黙らせる気満々の式だった。

 

料理教室で磨き上げたこの腕を見せる時がついにやってきた。

 

「先輩の強さ、思い知らせてあげますよ。後で泣いても知りませんからね」

 

対する藤原も自身有りげに胸を張る。

 

そして強キャラ臭を漂わせる口ぶりの藤原により、ルールの説明がなされる。

 

「ルールは単純です。真心込めて作ったお弁当を審査員に食べてもらって優劣をつける。そして今回審査員は手持ち無沙汰なかぐやさんにお願いします」

 

「――っ! ま、まあ藤原さんの頼みとあれば断るわけにはいきませんね」

 

合法的に白銀の弁当にありつけることで、かぐやは友人の大切さを思い出し満面の笑みに。

 

願わくばタコさんウィンナーを実現させるために、かぐやは瞬時に最適解を導き出す。

 

深夜0時からは白銀が勉強のお供にしている、何の変哲もないお悩み相談系ラジオ番組が放送される。

 

そのラジオ局、都合のいいことに四宮グループの傘下企業である。

放送作家を脅すネタも脅迫手帳に記載されている。

 

『乙女座のあなた、ラッキーアイテムはタコさんウィンナーです。今日は主に同い年で黒髪の大和撫子に好かれる予感。でも受け身ではダメ。タコさんウィンナーをあ~んで食べさせてあげれば、きっと彼女もイチコロよ』

 

支離滅裂な、しかも男性限定の内容のカンペを困惑気味にDJが読み上げようが、夢の世界にいるかぐやには一切関係がない。

 

もし反抗して読み上げないなら、その時はクビがはねる。

それが四宮クオリティ。

 

「俺も交ざらなければいけないのか?」

 

「当然です。ちょっと料理上手だからって調子に乗らないでくださいね。上には上がいることを分からせてあげます」

 

「あまり強い言葉は使わないでください。弱く見えますよ」

 

巻き込まれた白銀を含んだ三つ巴の戦い。

勝負の行方や如何に。

 

 

 

 

本日の活動を終えた式は、バイトでもないのに少し遅めの帰宅となった。

意外にも料理勝負に乗り気で、行きつけのスーパーで少々お高い食材をわざわざ購入していたのだ。

 

冷凍食品の盛り合わせで無難にやり過ごす手はルール違反のため使用不可。

 

ただ明日の早起きは決定的なので、ため息を零してから敷居を跨ぐと家内の異変を察知する。

 

眉根を潜める式はすり足でリビングへ。

 

「うにって何点でしたっけ?」

 

「うに1000点。でも点数の低いネタでも連続で食べれば連鎖するから、その見極めがこのゲームのキモだね」

 

「なるへそ」

 

ベロリンガで寿司をべロリとするゲームを大画面で楽しんでいる輩達がリビングを占領していた。

 

スナック菓子の袋やらやら空き缶やらが散らばっているテーブル。

その一角にひっそりと置かれている金属製の灰皿を見つけた。

 

自らの存在を主張するかのように式はリビングの壁をトントンと叩いた。

 

ゲームに熱中していた二人はその音でようやく気が付いたようで、壊れたブリキの人形のようにゆっくりと振り向いた。

 

一人は今風の髪形を整髪料で整え、制服もお洒落かどうかは知らないが、お洒落っぽくみせようと着崩している、ウェーイ系ヤンキーのナリをしている。

 

もう一人は髪の毛がぼさぼさで、上下スウェットのうだつの上がらない格好でNot in Education,Empoloyment or Trainingっぽいナリをしている。

 

「何してん?」

 

無駄に声を荒げたりせず、極めて冷静に式は問いかけた。

 

ただし声音の温度が測れるとするなら絶対零度を下回っている。

 

命の危険を察したのか、顔面蒼白の二人はあわあわと口元に手を当てていた。

 

「違うから!」

 

先に口を開いたのは赤髪のウェーイの方の不審者だった。

中学時代に悪に目覚めた彼は俗に言う不良に分類される。

 

弁明する機会を得ようと必死に言葉を模索しようとするが、その先は続かなかった。

 

式の平手打ちが不良の頬を襲った。

突然の制裁に唖然とする不良。

事態が飲み込めていない彼に式はこう続けた。

 

「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」

 

「それも意味違うから」

 

「俺による福音書だ馬鹿野郎」

 

パァン!

 

今度は逆の手で平手打ちを見舞った。

顔を背けて衝撃を分散させる暇すら与えない、不可避の速攻をまともに受けた彼はその場で崩れ落ちる。

 

「しどい。幼馴染なのにこの扱いはないよ」

 

彼の名は坂本。

名前はまだない。

 

式とは幼稚園からの幼馴染で、中学を卒業しても付き合いが続いている稀少な同級生の一人だ。

 

そんな坂本をシメたことで、お次はニートの方へ向き直る。

 

「しーちゃん今日バイトで遅くなるって……ぶげはっ!」

式の前蹴りが炸裂。

ニートが後方へ吹き飛んだ。

 

その勢いのまま仰向けに倒れるニートの胸ぐらを掴んで無理矢理上半身を起こさせた。

 

「ちょっ、タンマ! 兄ちゃんが全面的に悪かったから!」

 

「悪即斬。この世の悪を背負って死ね」

 

「何それルルーシュみたいでカッコいいかも。兄ちゃんレクイエム、なんちゃってー。 って、腕はそっちの方向には曲がらないいいいい!!!」

 

関節技をキめられている彼は式の兄。

 

最終学歴大卒のニートだ。

決して神様のメモ帳に影響され、ニートに目覚めたわけではないことは先に述べておく。

 

「うぅ……。昔はこんな暴力的じゃなくて優しい子だったのに」

 

「優しいんだが」

 

「嘘はいかんよ」

 

「俺は高瀬舟を読んで思いとどまった」

 

「……うちの弟がマジでサイコパスな件について」

 

命の危険を感じたのか、ニートが全身を震え上がらせた。

 

物理的な制裁を加えたところで、起動していたゲームの電源を落としてから二人に向き直る。

 

我が家は全域禁煙。

物理的な制裁は、その法を破った物への罰だ

 

更に揃って外に追い出して処罰を与えようともしたが、ご近所の目もあるので白紙に。

散らかったリビングを片付けて、換気をするように強い口調で言うと、階段を音を立てて上がり自室へ戻る。

 

着替えてから改めて事情聴取を行うと、ただ晩御飯に招待されたから来ただけだと坂本は答えた。

コンビニで兄と坂本がばったり出会い、今日は式が夕食当番だから誘われたのだと。

 

活動的なニートに式はイラッとした。

 

「食いたいなら食っていけばいいが。坂本、お前の茶碗はコレでいいか?」

 

食器棚から幾何学模様の茶碗を取り出して坂本へ確認を取る。

 

「あっ、それ兄ちゃんのなんだけど」

 

「ならいいか。このセンス悪いやつ使えな」

 

「それ兄ちゃんの茶碗って言ったよね!?」

 

客人用の食器は長い間棚の奥に眠っている。

埃も少し被っているだろう。

 

ならば引っ張り出して軽く洗えば解決と思われるが、わざわざそこまでの手間をかけるべきではないと式は判断した結果、兄の茶碗が犠牲にすることに。

 

次には箸立てにも手を伸ばし、こちらも坂本に確認を取る。

 

「あっ、それも兄のなんだけど」

 

「じゃあこれで」

 

「そろそろ兄ちゃん泣くよ。年甲斐もなく派手に泣くよ」

 

容易に想像できるどんぶりネタ。

 

しかし式も容赦がない。

泣く一歩手前で懇願する兄に対して、マジな舌打ちをしているのだから。

 

本気で泣きつかれたら、それはそれでうざいと考えた式は仕方ないから客人用の食器を取り出した。

 

愛用のエプロンを身に着け、早速洗い物から取り掛かろうとするも、カシャカシャと背後から耳障りなシャッター音。

 

「何?」

 

振り返り、式は不機嫌な態度丸出しで、スマホを構えている坂本を一睨み。

 

式が片手に包丁を握りしめていても臆することなくカシャカシャと続ける。

 

「いや、オレの月城式フォトコレクションに追加しようと」

 

「きしょいわ」

 

身内に厳しいのは、身内が変人ばかりなのが原因の一端なのかもしれない。

 

 

 

 

 

翌日、待ちに待ったお昼休み。

生徒会長の執務机に腰掛ける審査委員長の前に、料理人の三名が並んでいる。

 

毎度の如く石上は不在の中、第一回生徒会ガチンコお料理対決が開催された。

 

「まずは私からです」

腕をまくって気合をあらわにしている主催者藤原がお弁当箱をご開封。

メインの唐揚げを中心に、ゆで玉子やブロッコリー、ミニトマトなどと色合いのバランスも取れたお弁当だ。

 

「おお、藤原も中々やるじゃないか」

「当たり前です。私も淑女の端くれ、唐揚げの一つや二つ揚げることなど造作ありません」

藤原は鼻を鳴らす。

 

「ではかぐやさん、私の愛がたっぷり詰まったこの唐揚げを、あ~ん」

下心を疑わせるような「あ~ん」でかぐやの口元に唐揚げが運ばれる。

高値の花として知られるかぐやに餌付けするという状況に、藤原は興奮を隠しきれずにいた。

 

「あ、あ~ん」

餌付けされる側のかぐやも恥じらいを隠しきない。

人前で、しかも攻略対象の白銀の目線が気になって仕方がなかった。

 

「藤原先輩。ちょっといいですか」

その時、藤原の手を止めたのが式だ。

コンビニで食料を調達することの多い式は見抜く。

 

「これってコンビニ惣菜の唐揚げですよね」

秀知院でもトップクラスの美少女のイチャイチャにより暖まっていた空気が凍り付いた。

 

「いけませんよ月城くん。証拠もないのに相手を陥れる発言をしてしまうのは~」

 

表情を取り繕う藤原。

実は今朝寝坊をしてしまい、大急ぎでコンビニに飛び込み、帰宅後弁当箱に詰め込んだ背景が裏にはある。

財布にも唐揚げとゆで卵を、7:47に買ったという証拠になるレシートが潜んでいる。

 

その他のおかずも全て冷蔵庫でラップに包まれていたものだ。

 

しかし政治家の娘の藤原は乗り切るべく作り笑いを浮かべる。

仏の嘘は方便といい、武士の嘘は武略という。

なら政治家の嘘はと藤原に聞けば、些事と答える。

 

これには父もにっこり。

藤原家の未来は明るい。

 

だがしかし、曲者でなければ入れないのが秀知院の生徒会。

ただで終わるわけがなかった。

 

「じゃあ今からひとっ走りして買ってくるので、比べてみてから審判を下しましょう」

 

チート許すまじ。

 

不正を暴こうと式が財布を片手に走り出そうとすれば、慌てて藤原はストップがかける。

 

「ホームルーム終了後まで学外に出ることは許されていません。風紀委員に怒られますよ」

 

取り締まり規則の『生徒模範の手引き』第二章生活活動の(2)。

 

登校後は午後のHRの時間が終了するまでの間、校外へ出てはならない。

やむを得ない用事で外出する時は、学級担任へ許可を受け、外出届を提出すること。

 

生徒模範の手引きに反する行いをすれば、風紀委員に連行され罰則を受ける。

 

生徒に意味忌み嫌われる風紀委員でも、この短期間で五回ほど反省文を書いている式にとっては恐るるに足らず。

 

「風紀委員に怒られるのには慣れています。藤原先輩の方こそ変な見栄を張っていないで、認めるべきでは?」

 

「認めない。唐揚げ、私揚げた。ゆで卵、私茹でた」

 

「ゆで卵もコンビニのなんですね。行ってきます」

 

「待って待ってぇ!行かないで!」

 

腰にしがみついて懇願する藤原の目には涙が溜まっていた。

それでもなお、恋愛対象外の涙にたじたじになるほど甘くはない式は、畳みかけるように選択を突きつけた。

 

「認めるなら大人しく座ります。認めないなら五限目に遅刻しようが調達してきます」

 

「私が作ったのに何で信じてくれないんですか!この悪魔、鬼!」

 

「売られた喧嘩は買って、倍返しにするのが我が家の家訓ですので」

 

絶体絶命のピンチ。

 

まあからあげくんをチョイスしなかったのは認めよう。

セブンのからあげ棒ならば揚げたものだと擬態できる。

 

抜いた棒の穴をカバーするためにフォークでぶっ刺してかぐやの口に運んだのもポイントが高い。

 

せこい女藤原の爆誕だ。

 

自白するか、嘘を突き通すか。

どちらにせよ謝罪会見を開くのは確定している藤原が選択したのは、三十六計逃げるに如かず。

 

「だって起きれなかったんだもん!月城くんのバカァー!」

鞄を胸に抱き、捨て台詞を残した藤原は脱落した。

 

「あら。でも美味しいですよ。この完成度であれば、自炊をしない方々の力強い味方になりそうですね」

 

放置された弁当箱に残された唐揚げを、かぐやは味見をする。

 

栄養士が毎食の献立を考え、正しい食生活についても厳しく指導を受けているかぐやも、氷が溶けて以降は家法が全てではないことを学ぶ。

 

以前のままであれば、コンビニ産だと知ればゴミ箱にダンクしていたことだろう。

 

「とりあえず放課後に愚痴られても困るので、藤原先輩に謝ってきます」

 

という建前で、式は藤原を追いかける素振りを見せる。

 

実は式も夜な夜な大乱闘していた影響で、アラーム通りに起きれず寝坊をしている。

 

台所に立つ余裕があるはずもなく、弁当を作った風を装って生徒会室へ来ているのだ。

 

朝食も抜いているので、リアルにお腹と背中がくっつきそうで、額には嫌な汗を滲ませている。

 

「つまらぬ言い合いを根に持つ小さい器ではないし、別に気にする必要はないだろう」

 

「まあ意外と姑息な人であっても、先輩は先輩なので敬意は払わねばと思いまして」

 

忘れた旨を素直に告げるのは、昨日大見得切っただけに格好が悪い。

そんな小さなプライドを守るためだけに、その場逃れのもっともらしい言い訳で白銀の許可を得て退室に成功した。

 

廊下に出るや否や石上と合流するためにスマホを掴むと、良きタイミングで着信が届いた。

 

画面には石上優の名が。

 

『もしもし式、今凄いサブウェイ食べたい衝動に駆られてんだけど、呪文の唱え方分からないから助けてくれない』

 

「おーけー。駅前集合な」

 

この後二人でサブウェイ食べた。

おいしかった。

 




ヒロイン候補② 藤原さん(グッドエンド)
役職:秀知院のやべー奴

変人だけど結婚したら幸せな人生歩めそうな女ランキング1位の至高のピアニスト。
この作品では一年組にボコボコにされまくる。
そして時々月城君と赤ちゃん御行君の世話をする。




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月城、捕まるってよ①

入学式からひと月以上が経過し、新入生も高校生活に慣れてきた頃だろう。

 

そろそろ新入生気分も抜け、これまでは借りてきた猫のように大人しかった生徒も暴れだす時期に突入すれば、自ずと風紀委員の取り締まりも強化される。

 

もし運悪く風紀委員に捕まってしまえば反省文、罰が重ければ奉仕活動も科せられ、最後に再発防止要員の強面先輩から有難いお言葉とメンチを頂戴して解放となる。

 

その甲斐があってか、秀知院には変人が多い割には問題児が少ない。

 

しかし校風の自由度が増すにつれ、近隣住民からの評判は下降の一途を辿っている現状を改善するため、内だけではなく外での立ち居振舞いにも目を向けていく方針を固め、風紀委員の面々は日々職務にあたっている。

 

「そこの一年坊主、待てやゴラァ!」

待てと言われて素直に応じるなら、初めからこんな逃走劇は繰り広げていない。

 

「うるせえ! そんなに待って欲しいなら学食の価格改定案通してからにしろ! 外なら千円もあれば腹が膨れるのに、ここは千円も払って素うどん。ふざけるにもほどがあるだろ!」

 

「前を見て走らないとコケるぞ」

 

キャラを崩してぶちギレの石上と、冷静に諭そうとする式は校舎裏を駆け抜ける。

 

背後からは頭から湯気を立て迫る風紀委員の強面衆。

昼休憩恒例のエクストリームスポーツ、昼飯エスケープの時間だ。

 

式がちらりと追っ手を確認する。

鬼ごっこのスタート時よりも差は開いているので、足が縺れない限り追いつかれる心配はなさそうだ。

 

元陸上部の石上だけでなく、小中の9年間選抜リレーに出場している式も、かけっこには相当の自信があった。

 

身体能力の生かし方が間違っているとは思ってはならない。

 

最後の曲がり角をスピードを緩めることなく通過すれば、残る障害は高さ2m強のブロック塀。

 

まさにクリア一歩手前で挑戦者を苦しめる、秀知院版反り立つ壁と評価するにふさわしいラスボスである。

 

凡人ならば、よじ登っている間に風紀委員に捕まり、お縄につく。

 

だが今回の挑戦者は只者ではない。

 

一人は、勉学一本で畏怖と敬意を集め、混院でありながら生徒会長へと抜擢された白銀御行から。

 

もう一人は、一昔前は国の盟主とも謳われた四宮本家に生を受け、超絶腹黒美少女として立派に育った四宮かぐやからの推薦を受けた生徒会役員である。

 

たかだかブロック塀如きに遅れをとる筈がなく、攻略法をも生み出している。

 

その攻略法は単純。

 

うさぎ小屋の庭周りの金網を踏み台に屋根へ上り、助走をつけてブロック塀に飛び付くという、身体能力に物を言わせた力技だ。

 

昼飯エスケープのRTA走者の二人に死角はなかった。

 

全てはリーズナブルで旨い昼飯で腹を満たすため。

 

先行しようと加速する式は勝利を確信した。

 

「たあっ!」

 

今日は定食屋のヒレカツ定食。

 

ご飯と味噌汁お代わり自由で税込700円――は、その一声で1000円の素うどんへと変わる。

 

正義を愛し正義に愛された少女伊井野ミコが、なんとうさぎ小屋の屋根上から防犯ネットを被せてきたのだ。

 

頭上への警戒心が薄かった式と石上は簡単に引っ掛かり、抜け出そうともがけば逆に腕を絡み取られてしまう。

 

「ちょっ、おまっ、卑怯だぞ伊井野!」

 

「卑怯? 散々規律を蔑ろにしておいてよく言うわね」

 

待ち伏せは卑怯だという石上と伊井野は犬猿の仲。

 

喧嘩するほど仲がいいとも捉える事も出来るが、本人達は不仲を自称する。

 

式からはそこそこ仲良く見えるが、口にしてしまえばキャンキャン吠え訂正を訴えてくるのは、火を見るより明らかなので思うだけで留めている。

 

そんなこんなで防犯ネットに手間取っていれば、他の風紀委員に追いつかれ、逃げ道を無くすように囲まれる。

 

逃げ足の早い二人を縛り上げるために、伊井野が先輩に協力を求めチームを結成してから一週間。

 

遂に結果に結び付いた。

 

一年で最大の問題児を現行犯確保。

 

伊井野ミコ、腕を組んでしたり顔。

石上優、うつむいて地面を殴る。

月城式、反省文の内容を考え始める。

 

五月の下旬にしてようやく、風紀委員は昼飯エスケープの勝者となった。

 

 

 

 

時は流れ放課後。

死んだ目をしている式が連れていかれたのは、敵対勢力の根城、風紀委員の部屋だ。

 

「あれ、月城くんだけ?」

 

委員の多くは見回り出払っているようで、一人の少女の姿しか見られない。

 

人の顔と名前を覚えるのが苦手な式も、待機している彼女の名は記憶していた。

 

「えーと、小林だっけ?」

 

「大仏こばち。だからこばちゃん。宜しく月城くん」

 

教室で伊井野が「こばちゃんこばちゃん」連呼しているので、式はてっきり小林だと勘違い。

 

式も改めて自己紹介を済ませ、スチールキャビネットから勝手に反省文を取り出す。

 

まさに常連の立ち振舞い。

 

専属の見張り番として、対面の席に腰を下ろした伊井野は、報告書にペンを走らせている。

 

「それでミコちゃん、石上は一緒じゃないの?」

 

「アイツは提出物を生徒会室に届けてから来るみたい」

 

アイツ呼ばわりの石上は、HR後に教室で伊井野から逃れることに成功した。

 

まず伊井野が接近するとUSBを取り出し、「会長に渡してくる」と切り出した。

 

「明日にしなさい」、「急ぎだからなる早がいいんだ」とボールを投げ合い、伊井野が代理を務めると申し出れば、PCを開いてデータを表示。

 

何やらよく分からない言葉の数々を用いてスライドを捲り、最終的には「今の説明を会長にしてくれ」と。

 

成績優秀でも経理実務には乏しい伊井野と、平凡な成績で税理士事務所に領収書のスクラップを届けるぐらいしか経理経験がない式は、疑問符を浮かべるばかり。

 

なので結局、石上自身が白銀の元を訪れることで落ち着いた。

 

逃げるのではないかと伊井野も疑いはしたが、人質として式を預かっているので楽観視している。

 

一人より二人。

友達と肩を並べて罰を受けるなら石上も来てくれるはずだ。

 

人がいい伊井野はそう思い込んでいたが、二十分経過しても一向に姿を現さない。

 

「いくら何でも遅いわね……」

 

「生徒会を口実にして逃げたんだろ」

 

「はあああああ!? どういう事よ!」

 

伊井野のシャーペンが鈍い音を鳴らして折れた。

 

机をバンッと叩いて勢いよく立ち上がれば、身を乗り出して式に迫る。

 

「どういう事も何も、今日は活動日じゃないからな。それに出金管理簿も月末提出だし、会計予算書も来月の頭まで猶予がある。正直この時期の会計に急ぎの仕事はないぞ」

 

「はああああああ!? だったら何でアンタ黙ってたのよ」

 

「聞かれていれば答えていたさ」

悪びれる様子もなく式は淡々と反省文を進める。

 

実際一言も話さずに口論を傍観していたのは、一方に肩入れするのはフェアではないと判断したまでで、あの時に生徒会の予定について投げ掛けられていれば正直に答えていた。

 

よって、石上の言い分を真に受け確認を怠った伊井野に落ち度があると考えていると、頭上から白紙の用紙が降ってくるではないか。

 

ゆっくりと顔を上げれば、額に怒りマークを張り付けている伊井野が見下していた。

 

「親方、空から反省文が……」

 

「誰が親方よ。犯罪に加担した月城にはアイツの分も書いて貰うことにしたわ」

 

「犯罪って大袈裟な。なあ大仏、これは職権濫用じゃないのか?」

 

困り果てた式は、物分かりが良さそうな大仏に助けを求める。

 

「まあいいんじゃない」

話を降られた大仏ははクイっと眼鏡を掛け直し即答する。

 

「……案外適当なんだな風紀委員も」

 

「ちなみに石上は六枚ぐらい溜まってるけど、月城くんが引き取っておく? コッチしてもいつまでもストックしておくわけにはいかないから、引き取り手を探しているのだけれど」

 

大仏は棚から石上専用とマジックで書かれているクリアファイルをちらつかせる。

 

眼鏡を掛けてるから常識人と決めつけてはならない。

 

物静かで真面目な第一印象が崩壊し、裏切られた気分の式は肩を落として断りの意思を示す。

 

「遠慮しておくよ」

 

「そう。残念」

 

憎めない性格しているな。

内心そう思いつつ、くだらない会話もほどほどに式は手元に集中することに。

 

無言で文字数を稼ぐこと暫く。

時計の長針が一周したところで、ようやく式のペンが止まる。

 

もう次捕まったら書く内容が思い浮かばない。

 

難問の反省文を突破した式は、固まった身体をほぐそうと大きく伸びをすると、待ってましたと言わんばかりに大仏が文庫本を閉じた。

 

「そうだミコちゃん。丁度いい機会だから、アレについて聞いてみるのはどう?」

 

アレとは一体。

他にもいくつか校則を破っている式は冷や汗をかく。

 

反省文や奉仕活動以上の罰が降ってくるのではないかとやきもき。

例えばそう、屋上から逆さ吊りにされるとか。

 

「噂で流れてきたけど、月城ってヴァイオリンやってたの?」

 

一先ずアレが示すものが、罰則に繋がらないことに式は安堵する。

 

「昔に少しな」

 

親の片方が音大卒であるなら、子供が楽器を持たされるのは必然といえよう。

母がヴァイオリンを専攻していたので、幼少期に弓を与えられ、小学校を卒業するまでヴァイオリンに打ち込んでいた。

 

「全国で入賞したことあるって聞いたけど?」

 

その噂とやらのの発生源は恐らく管弦楽部の部員。

 

分数楽器は金食い虫だ。

 

それでも富裕層の子供が通う秀知院では別にヴァイオリンを習うことなんて珍しくとも何ともない。

 

小学生の部では評価をされていた部類に入るので、一方的に顔や名前が知られていることは否定できない。

 

入学当初に管弦楽部から熱烈な勧誘を受けたのも、そういった経緯があったからだろう。

 

「ミコちゃんもピアノ習ってたんだよね」

 

「そうなのか。大仏はなんか習ってたりしたのか」

 

「私はほら、鍵盤ハーモニカとリコーダーぐらいかな」

 

多分その二種は全国民が強制的に練習させられるものだからあまり自慢にはならない。

 

「伊井野はどのレベルだった?」

 

確かに音楽の世界に才能は付き物。

だとしても幼少期のうちは練習時間が物を言う。

 

秀知院のお嬢様ならば評判の良い師を雇ってそれなりに力を入れるはずだ。

 

伊井野自身も呆れるほど真面目なので、きっとさらってさらってさらいまくって、優秀な成績を収めていたのだろう……という勝手な思い込み。

 

「規模の大きな大会で、一次予選抜けたことすらないくらいのレベルだった」

 

表情に影がよぎった。

 

地雷を踏んだことを察する。

ダンテカーヴァー的に言うなら予想外デスだ。

 

瞳から光沢の消えた伊井野みたいな廃人にさせるかもしれないので、思い込みや先入観で物を言ってはならない。

 

きっと練習に時間を割けなかったんだ。

秀知院は初等部から忙しそうな環境だし。

 

課された宿題とか放置して平日5時間、休日となると8時間は防音室に引きこもる暇人と違って、伊井野は忙しかったんだと無理矢理納得させる。

 

「えっと……」

 

謝らなければ。

しかし気の利いた謝罪文が浮かんでこない。

 

とりあえず耳の奥が痛くなるような沈黙を破ろうと、ややパニックになりながらも何とか謝罪文を用意した。

 

「音大のオケと共演しちゃうくらい上手くてゴメン」

 

すたっ←伊井野が立ち上がる音。

 

スッ←伊井野がパイプ椅子を持ち上げる音。

 

ガクッ←式がデスクの下に身を隠す音。

 

「すまんスマンすまん。悪気があったわけじゃ無いんだ。今のは10対0の割合で俺が悪かった。好きな賞状ひとつやるから、それで水に流してくれ」

 

「反省してる奴の態度じゃないわよそれ!」

 

「部屋狭いんだからそんな物振り回したら危ないよミコちゃん」

 

大仏が荒ぶる伊井野を後ろからおさえてくれたので九死に一生を得た。

 

臨戦態勢が解かれたのを確認してから、イモムシのようにデスク下から這って出る。

 

「まあアレだ。点数化して評価するのが前提の音楽に縛られる必要は無いって事だ。文字通り音を楽しむ心を忘れなければ、習いたての素人だって一流さ」

 

一丁前に語る式ではあるが、床に這いつくばりながらという辺り、なんとも格好がつかない。

 

お前、だせえよ。と伊井野が目で訴えかけていた。

 

「あっ、もしかして藤原先輩と旧知の仲だったりするの」

 

「このタイミングで藤原先輩の名前が出てくる意味が分からないんだが?」

 

別に藤原とは入学前から顔見知りだったとかではない。

 

これまでの話の展開で、どうしてあの先輩の名前に結びついたのか、式にはさっぱりだった。

 

大仏に聞き返すと、横から伊井野が割り込んで。

 

「そりゃ藤原先輩がピティナピアノコンペで1位入賞者だからに決まってるじゃない」

 

何故か伊井野が食い気味に力説した。

 

「へえ、そんな凄い人がこの学園にはいるんだな。流石は秀知院だ」

 

まるで他人事のように式は振る舞う。

 

どうやら生徒会の藤原と勘違いしていたようだ。

 

権威あるピティナを制覇した藤原先輩なるピアニストと旧知の間柄ではないが、きっとヒステリックですぐ発狂する先生の元で、多くを犠牲にして得た成果なのだろう。

 

ただ音楽科のない秀知院に進学しているのは引っかかる。

 

プロを目指すなら普通科は選ばないはずだが。

 

もしかすると既にデビュー済みとかだったり。

 

実際、高校に上がる前にソロデビューして、進学校に入学した音楽家も一定数いるので、その道を辿っている人なのかもしれない。

 

音楽一本だけではなく、勉学も怠らない藤原先輩なる顔も知らないピアニストへ心の中で称賛を送っていると、正面の席に腰掛けている伊井野が目を瞬かせる。

 

「藤原先輩って、生徒会の藤原先輩……」

 

「あの人がどうかしたか」

 

「いやだから、その天才ピアニストって藤原先輩」

 

「あのさ、生徒会の藤原先輩とピティナ取った藤原先輩の話を一度にされると訳わからんくなるからやめてくれ」

 

「違う。生徒会の藤原先輩とピティナ取った藤原先輩は同一人物なんだけど」

 

「はあ? 生徒会に藤原先輩なんていねえぞ」

 

「いるじゃない。藤原千花先輩」

 

「それじゃなくて、ピアニスト藤原先輩は生徒会にはいねえってことだ」

 

「だからいるじゃない。藤原千花先輩が」

 

「お前さっきから何言ってんだ? 頭、大丈夫か?」

 

「月城にだけは言われたくないわっ! 生徒会書記の藤原千花先輩が天才ピアニストとして謳われた人なのよ! いい加減気付きなさい」

 

「………ウッソだろ!?」

 

衝撃の事実が式を襲った。



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月城、捕まるってよ②

驚きのあまりにパイプ椅子から転げ落ちる式。

 

藤原千花といえば、将来の政治家候補の先輩。

 

我が物顔でからあげ棒をお手製と偽った結果、泣きべそかきながら撤退した情けない先輩。

 

本来は会議で書記が担う仕事が、何故か企画管理の手元に流れてきてしまう先輩。

 

部室棟の外でやべー連中とやべー遊びをしている秀知院のやべー先輩。

 

ただいれるコーヒーだけがうまい先輩。

 

式の藤原に対する評価はかなり低かった。

 

その藤原が天才ピアニスト、まさにウッソだろ案件だ。

 

「いやいやいやないないない。あのゆるふわ森ガールみたいな藤原先輩だぞ。生徒会のマスコットがクラシックの世界で勝負出来る人に思えるか? そうだろ大仏」

 

「ググってみたら?」

 

藤原千花で検索検索ぅ。

 

現実を認めたくない式は全知全能のグーグル大先生の知恵をお借りすることに。

 

検索すると沢山の記事が出ること出ること。

 

「ほらこれ、昔の藤原先輩じゃない」

横から割り込んできた伊井野が、幼さが残る藤原の写真を発見する。

 

「ドッペルゲンガー。それか双子」

 

「本物なんだけど」

 

受け入れがたい真実。

残念美少女としてのイメージが音を立てて崩れた。

 

自身も手にした経験のない全国コンクールでの金賞。

申し訳程度に藤原を見直した式だった。

 

しかし名誉ある賞を手にしながら、現在は謎の部活の一員としてはしゃいでいる姿を見るに、第一線からは身を引いたというわけだ。

 

切り上げるタイミングは個人的にはベストだと思う。

 

物心つく前から数年間打ち込んで、適当な賞をかっさらって成功体験を身につけやめていく。

 

自身が秀知院に入学できたのもその要因が大きく影響していて、藤原も同類だとするならスイッチが入ればかなりのスペックを発揮するだろう。

 

「それはそうとミコちゃん」

 

話が一段落ついた。

 

かと思ったのだが、どうやら大仏はまだ心の内に引っかかる所があるようだ。

 

「アレについては聞かなくていいの?」

 

本日二度目のアレとは一体。

 

特に面白みのない人生を過ごしてきているので掘っても何も出ないと思うのだが。

 

「アレって?」

 

「月城くんの学生名簿の部活欄に『メタりか』って書いてあるのミコちゃんは見たことない?」

 

伊井野が聞き返すと、大仏がそう答えた。

 

 

「あんた『メタりか』なのっ!?」

 

伊井野が驚きを隠せなかったのも無理はない。

 

メジャーな競技からローカルな文化まで、数多くの部活動が存在する秀知院においても異色の集団、それが『メタりか』なのである。

 

名前から連想されるのは金属の研究や実験をする部活動。

 

しかしそれは擬態した仮の姿。

 

活動実績として学園に報告されるのは、二学期末の文化祭『奉心祭』での発表だけ。

 

野外ステージで繰り広げられる、コンテスト形式のパフォーマンスイベントにバンドとして出場し、昨年はベストパフォーマンス賞を獲得した金属とは名ばかりの部活動だ。

 

実態を調査するために風紀委員は潜入調査員を派遣し、内部事情を奪取しようとするも、『メタりか』は入部すら難しい。

 

面接と筆記試験と実技試験で多くの希望者をふるい落とし、通過するのは毎年若干名。

 

風紀委員の新入生は、この『メタりか』の入部試験を受けるのが伝統で、伊井野と大仏も仮入部期間に挑戦してみるも面接で落選。

 

ところが目の前にいる問題児は少数精鋭の選抜部隊に所属している。

 

驚くなという方が無理である。

 

「な、なら面接のお題『フリースタイル』も……」

伊井野は思い出したくない過去をフラッシュバックする。

 

部長の大男に『フリースタイルをしてください』と開口一番そう言われ、記憶の片隅に残っていた今流行りのフリースタイルラップなるものを羞恥心を押し殺し披露するが、あえなく撃沈。

 

他の受験者にもまず初めに『フリースタイル』のお題を出していたのは、風紀委員の会議で情報共有されているが、この情報を元に来年度の面接対策を組み立てても効果は見込めないだろう。

 

対する式も、毎年懲りずに潜入調査員を送り込もうとしている風紀委員の執念深さはヤバいと、部長の愚痴を聞いている。

 

面接会場の音楽室に仕掛けられた隠しカメラは、顔を真っ赤にしながら「よーよー」とラップする伊井野を高画質で録画していて、興味本位で再生したこちらが逆にいたたまれない気持ちになってしまった。

 

「あの問題はブームに乗っかった引っ掛けみたいなものだしな。知識がなければ誰だって落ちる問題だっただけだ」

 

「どういう意味よ?」

 

「部長が求めてた『フリー』は『自由』ではなく『蚤』ってことだよ」

 

天才と称される白銀やかぐやでも、きっと正解にはたどり着けない。

むしろかぐや達より、音楽に造詣が深い藤原が正解する可能性が高い問題。

 

所詮趣味の延長線上のような質問なのだから考えるだけ無駄なのに、眉間にしわを寄せて熟考する伊井野が可笑しく見え、式はつい苦笑を漏らした。

 

『金属理化学研究部』

 

その実態はロックをこよなく愛する者が集う、隠れた軽音楽部。

文化系の部活で人気の軽音楽部は当然のことながら秀知院にも存在しているが、軽音楽部が部活として承認される以前から『メタりか』は暗躍している。

 

今でこそ市民権を得ているも、ロックンロールの文化が日本に伝来した当時、不良の音楽として扱われていたのは有名な話だ。

 

秀知院の学生がロックの世界に引き込まれても、元々は貴族や士族のために設立された教育機関がバンド活動を許すはずがない。

 

ギターを背負って登校すれば、その場で叩き壊されるような時代を生きた生徒が、どうにかして活動しようと立ち上げたのが、『金属理化学研究部』だ。

 

彼らが表舞台に現れるのは文化祭のたった1日。

覆面を被り体育館のステージを一時的に占領し、爆音で音を奏でることで内に秘めたロックを表現していた。

 

時代の変化に合わせ次第に文化は受け入れられるも、『メタりか』は形を変えず存続している。

 

先人達の伝統を受け継ぎ、一年をたった25分の発表の為に費やすことで、プロ顔負けのステージパフォーマンスで観客を沸かせている。

 

つまり『メタりか』が面接や筆記試験を設けているのは、使える人材かどうかを見極めるため。

 

ステージ衣装や演出、楽器の改造、機材までをも手掛けているので、軽音楽部と『メタりか』の実績を比較し、派手なライブが出来そうだから、なんて甘ったれた根性で入部を希望する生徒はお断りなのだ。

 

裏方役は他の部活から拉致って強引に入部させているので、演奏者の少ない席を何十人で争い、期待の新人のみが入部届けに印を押せる。

 

そんな狭き門を突破した式が、バイトで忙しいながらも入部したのは、メタりか所属の二年生で、大手総合楽器店を展開している会社のご令嬢、小出先輩の甘い誘惑に負けたからだった。

 

小出楽器新宿本店二階の工房に良く足を運んでいた式を覚えていた彼女に誘われ……もといドサ袋に包まれ部室に連行され暇なら入れやと半強制的に入部させられた。

 

そして例のフリースタイルとはラップでもダンスでもなく、アメリカ発の大人気ロックバンド『レッド・ホット・チリ・ペッパーズ』のベーシストが得意とする奏法で有名なスラップについてだ。

 

独特のスラップ奏法はベーシストの名前に由来して、フリースタイルとして認知され、世界のベーシストを虜にしている。

 

伊井野達が解けなくても仕方がない。

 

「じゃあ俺は帰るわ」

 

バイトは十八時からなのでまだ時間に余裕があるが、一応生徒会室に顔を出だしてから帰ろうと立ち上がる。

 

用紙を伊井野に投げ、挨拶をしてドアノブを捻った瞬間、右の肩ぎゅっと掴まれた。

おっかなびっくり振り返ってみれば、背の低い伊井野が白紙の反省文を顔の高さまで持ち上げていた。

 

「まだ石上の分が残っているでしょう」

 

「………」

 

こいつ、マジか。

返事のしようがなく黙っている式は、アイコンタクトで再び大仏へ助けを求める。

 

「やっぱりセーフね」

悩む素振りもなく大仏が答える。

 

ここは敵陣のど真ん中。

味方がいるはずもなく、今度石上に飲み物を奢ってもらおうと誓った式は、殴り書きで乗り越えたのだった。

 




ヒロイン候補③ みこりん(イチャラブエンド)
役職:次期会長兼次期委員長兼次期部長

愛に飢えたメンヘラ系チョロイン。
この作品では問題児が好き勝手しているお陰で1学期から出番が増える。
2学期の生徒会選挙では月城くんを味方に付け、白銀&かぐやの最強タッグを潰しにかかる。


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白銀、スマホ買ったってよ

「みなさん、コーヒー入りましたよ」

トレーの上にはカップが4つ。

石上以外が揃っていた生徒会室で、書記の藤原がコーヒーを配っていた。

コーヒー係の藤原。

紅茶係のかぐや。

お菓子係の式。

娯楽係の石上。

と、それぞれに役割がふられている中、唯一会長の白銀だけが、ただもてなしを受ける人として特別待遇。

 

そんな偉い白銀だが、この日に限っては置かれたカップに口をつけることはなく仕事に勤しんでいた。

 

生徒会活動、アルバイト、自習。

白銀の一日のスケジュールは主に上記の通りで、法律で定められている夜10時まで働き、心身共に疲弊しながらも学年一位の座を死守するために深夜机に向かう。

 

睡眠時間を極限まで削っている白銀は三時間おきにカフェインを摂取しなければ活動限界に達してしまうが、この日は違った。

スポーツ選手が試合前日に夜更かしをしないように、白銀も自習時間を通常の半分に抑えてこの日を迎えていた。

 

自信しかない白銀、とうとう対四宮かぐや用のリーサルウェポンを登場させる。

 

「か、会長! それって!」

 

現代人には欠かせない電子機器を発見した藤原は駆け寄った。

 

「ついにスマホ買ったんですか!」

 

「ふふ……まぁな」

 

見せびらかすようにスマホで頬をペチンペチンと叩く白銀はドヤ顔だ。

 

スマホが生活の一部となったこのご時世、小学生が街中で弄っているのも特別な光景はではなくなった。

 

スマホ不要論を唱えていた堅物の白銀もIT化の波を受け入れ、ようやく中古ながらスマホを購入した。

 

これまで半年以上、かぐやとの謀略戦で結果に恵まれなかったのは、スマホという最強のアイテムを所持していなかったことに原因があったと白銀は読んでいる。

 

しかし手に入れてしまえば鬼に金棒。

 

四宮が告白してくるのも時間の問題だ、なんて裏で考えていたりする。

 

「ラインは入れてますか!?」

 

「ああ。妹相手に試してみたのだが、これは便利なアプリだな」

 

「わ~、じゃあ交換しましょう~!」

 

放課後まで隠していたのも、拡声器として藤原を有効活用するためだ。

 

まず藤原がIDを聞きに来て、式が続く。

 

そうして徳川埋蔵金よりも価値の高い自身のIDを聞きやすい流れを形成し、最後にかぐやがやってくるという算段を立てている。

 

「白銀会長。電話番号教えていただきたいのですが」

 

「……ああ、構わんぞ」

作業を中断して今度は式が白銀のもとへ。

何故ラインのIDではなく電話番号なのか。

 

一瞬白銀は躊躇うも、この際IDでもスマホの番号でも固定電話の番号でも住所でもいい。

大切なのはかぐやが連絡先を求めてくることだ。

 

電話だろうが文通だろうが白銀にとっては些細な違いなのだ。

 

式のスマホに電話番号を打ち、十分が経過した。

早くも白銀の計画の雲行きが怪しくなった。

 

あそこまでお膳立てしたのにも関わらず、一向に動く気配を見せないかぐやへの苛立ちが募る。

 

藤原=白銀=月城

藤原=四宮=月城

 

この間では連絡を取り合える仲だというのに、肝心な

白銀=四宮

が繋がらない状態ではお話にならない。

 

しかし膠着状態に陥ったのは偶然ではなく必然。

連絡先を聞くとは告白の準備段階と認識しているのは、白銀だけではない。

 

かぐやもまた、同じ信念を抱いていた。

 

両者プライドが高く、梃子でも動こうとしない頑固者であれば発展しないのは当然のこと。

 

そもそも白銀がスマホに興味か湧いたのも、かぐや主導のもと四宮家使用人の尽力があったからこそで、プランニングの時点で明確な差がついていた。

 

何時でも連絡を取り合えることを期待していた白銀が受けるダメージは計り知れない。

 

かぐやの為にスマホを購入したのに、人並みに話せて人並みに動ける雑草とメッセージや通話をしても採算が取れない。

 

一方のかぐやは計画通り、と影でほくそ笑んでいた。

絶対に、何を引き合いに出されてもこの場から動かない決意を固めていれば精神的に優位に立つ。

 

焦りは直に心構えに綻びを生む。

 

初志貫徹の意思を守っていれば、必ず折れるのは向こう側。

待って、待って、これでもかと言うほど待って、邪魔者を先に帰らせれば白銀から頭を下げてくるのだから。

 

長引けば長引くほど不利になるのは白銀。

 

折角小遣いを切り崩して購入したスマホも、これでは鉄くずだ。

 

ただ彼も(笑)で装飾されているが天才のうちの一人。

 

対応策を投じることで、膠着状態から抜け出そうと試みる。

 

「あれ、会長このプロフィール画像って……」

 

「あぁ、俺が子どもの頃の写真だ」

 

拡声器藤原に食いつかせたのは、プロフィール画像。

ライン上では、自分の代わりとなる重要な一枚だ。

 

最近の若者はたった一枚の写真で個性や主張を表現するべく、撮っては変え撮っては変えを繰り返している。

 

ラインデビューをしたばかりの白銀は、そのプロフィール画像を餌に、かぐやを誘き寄せる狙いだ。

 

「うわー、ちっちゃい会長ですね。いくつの頃の写真なんですか?」

 

「確か七歳の誕生日に撮った写真だな」

 

「七歳の頃ですか。怯えちゃって固まってる会長、とっても可愛いですね」

 

「そう言ってくれるな。当時は本気で死を覚悟をしたんだぞ」

 

式のスマホに登録されているのは電話番号。

 

ならば隣に座るかぐやから覗かれる心配もない。

 

白銀は王手をかけた気分でいた。

 

 

楽しそうに会話を弾ませる二人対して、かぐやは余裕を崩さない。

 

見え見えな釣糸に引っ掛かるのは、馬鹿か阿呆のどちらかだ。

 

こうして仕掛けてきているのも白銀の本気度の現れで、関心を押し殺していれば最終的に勝者になれる確信がかぐやにはあった。

 

一切の隙を見せず、我慢していれば……

 

(見たい! 七歳の会長見たい!)

 

恋に落ちた天才の精神力は脆い。

 

無表情を装いつつも、精神世界に住まうかぐや(アホ)は、あまりの見たさに駄々をこねる子供のように床を転げ回っている。

 

「ハ、ハッキングという技術で……」

 

焦りに焦って、プライドなど捨て去りPC関係に強い式に縋り付く。

 

天下の四宮かぐやが冷静さを失う様を、白銀は高みから見物する。

 

らしくない悪手を出したな、とかぐやが取った選択を嘲笑いながら。

 

ハッキングなんて高等技術、一介のそこいらの学生が修得しているわけがないだろう。

 

(そろそろ潮時か)

 

すがりついてくるのなら許してやらんこともないが、つまらぬ意地を張り続けるのなら、もうこの写真は見納めだ。

 

白銀は不慣れな手つきでプロフィール情報を変更しようと画面をタップする。

その時だった。

 

スマホがブルッと震え、プッシュ通知が表示された。

 

――月城 式さんがあなたを友達登録しました。

――月城 式さんを友達リストに追加しますか?

 

「月城ぉぉ! こっち来いや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

時は数分遡る。

 

下級生としては目上の人間の作業中に飲み物の一つも出さないのは逆に気分が落ち着かないが、今期の生徒会発足時からの習慣とあらば黙って座して待つのが礼儀だろう。

 

午後に実施された卒業生の某有名タレントによる講演を記事にまとめていると、トレーを持った藤原の声が室内に響いた。

 

「みなさん、コーヒー入りましたよ。月城くんもどうぞー」

 

「ありがとうございます」

 

礼を述べてカップへ手を伸ばす式は、実は蛇口を捻ればダージリンが流れてこないかなと思う程度には紅茶派だったりする。

 

コーヒーは嫌いってほどではないが、好きってほどでもない。

 

受験時代に勉強するの30分前にカフェインを摂取し、その後軽く仮眠する。

 

ただルーティンの一環として、義務的に飲んでいたくらいだ。

 

そんな彼の舌をも唸らせるのが藤原の一杯。

 

このように幾つかの特技のお陰で、先輩としての格を守っていた藤原が「会長もどうぞー」と、執務机にカップを置いたときだった。

 

戦いの火蓋が切られたのは。

 

現代人の仲間入りを果たした白銀がスマホを天高らかに掲げる。

 

まだ新米であるのであまり仕事はふられていないが、もしかしたら今後自分の裁量ではどうにもできない課題と出くわすかもしれない。

 

そんな場合に責任者の白銀と連絡を取れないと不便なので、藤原に続いて式は通話のみならずショートメールでメッセージも送ることが可能な電話番号を尋ねた。

 

そうして完成した記事に写真を張りつけ、生徒会のホームページに載せた式は察する。

 

なんか始まってるな、と。

 

白銀もかぐやも不自然なまでに連絡先を交換しようとしないのは、裏で心理戦が繰り広げられているからだ、と。

 

しかし知力では到底かぐや達に太刀打ちできない式は何事もなかったかのようにノートパソコンをカタカタとさせている。

 

どちらの勢力にも加担しない。

 

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねに従い、彼らの駆け引きにおいて、式が取る立場は基本中立。

気持ちかぐや寄り。

 

首を突っ込んで場をかき乱すなんて真似はしないし、して恨みを買いたくない。

 

ただ頼られた場合は別である。

翼くん(仮)に助けを求められたように、力になれるかどうかは定かではないが協力はする。

 

「ハ、ハッキングという技術で会長のプロフィール画像を入手できないかしら?」

だから、かぐやがそう必死になり頼み込むのであれば、式は動かしていた手を止めざるを得ない。

 

パソコンカタカタを中断してスマホを手に取った。

 

「いや、その方面に関しての知識はありませんので……」

PC関係に強いからハッキングが出来るという認識もどうかと思うが、アナログ派のかぐやだから仕方がない。

 

勿論、式もハッカーではない。

 

もしホワイトハッカーだったなら流出したNEMの追跡に一役買っていた所だ。

 

果たして犯人は北朝鮮グループだったのか。

ホワイトハッカー集団に女子高生が参戦していたという噂は本当だったのか。

 

真相は闇の中である。

 

「抱えている使用人にはいないんですか? 四宮財閥ともなれば、ウィザード級も雇い放題でしょう」

 

「ウィザード? 魔法使いがITの世界には存在しているの?」

 

「はい。別名ジェバンニです。工数見積り1人月の案件もウィザードがいれば一晩でやってくれるらしいですよ」

 

「…………?」

 

丁寧に説明したつもりなのだが、絶妙に下手な例えにかぐやはきょとんとした表情のまま見つめ返している。

 

その視線から逃れるために式は話題の軌道修正を図る。

 

「それよりも会長のアカウントなら、これです」

 

スマホ初心者の白銀が見落としていた機能。

それは電話番号登録システム。

 

アドレス帳に登録されてある電話番号に紐付いて、友達候補のリストが表示される便利な機能だ。

 

先ほど白銀の電話番号が登録された式のスマホであれば、直接IDを打ち込まずとも数回タップするだけでかぐやの願いは叶う。

 

『白銀 御行を友達に追加しました!』

 

「良ければかぐや先輩のPCへ送っておきましょうか?」

 

蛇に巻きつかれて顔面蒼白の白銀少年をスマホに映しかぐやへ差し出す。

 

瞬間、かぐやの絶対記憶能力が発動されるが、脳内保存だけでは記憶喪失になった場合の保険がきかない。

 

ありがたい申し出に、超高速で首を縦に振ると、式の肩に手を添えた。

 

「月城くん、あなた将来四宮グループに入りなさい」

随分と楽な入社試験だった。

 

「月城ぉぉ! こっち来いや!」

 

そしてここで通知を確認した白銀の怒声に繋がる。

 

「はい」

 

「お前ハッキングは違法行為だぞ!生徒会役員たるものが悪事に手を染めるなんて言語道断だ!」

 

「いや、ですから電話番号さえあればですね……」

 

焦りにより早口でまくしたてる白銀へ、かくかくしかじかとラインの機能について説明すると、声にならない声を上げながらも何とか納得したみたいだ。

 

だがせっかく仕込んできた計画が破綻したことで、悔しさのあまりその場で悶えている。

優秀過ぎるのも考えものだと、二人の傍にいるとつくづく思う。

 

「かぐやさんは機種変更まだしないんですか? ライン楽しいですよ」

 

そもそもだ。

藤原のいう通りかぐやが所有しているのは先代の携帯端末。

メッセージツールとして特別ラインが優れているわけではない。

 

「も、もしやガラケーだとラインが使えないのか?」

 

「使えなくはないですが、別にライン無くても不便ではないですね。俺もかぐや先輩とやり取りする時は普通にメールでしてます」

 

「………ただのガラクタじゃねぇか」

 

なんならガラケーにしてかぐやに親近感を抱かせればとか考える白銀であった。

 

ガラクタという名の技術の結晶をこれでもかと握りしめる白銀の前でJKトークは加速する。

 

「そうですね。あまり必要性を感じていないので、壊れるまでは当分は変えるつもりはありませんね。愛着もありますし」

 

「あっ! だったら私帰りに電気屋さん寄るので、かぐやさんも一緒にどうですか。いずれ変えるのですから、下見しましょうよ下見!」

 

「今日はこの後に予定が入っているので、また後日でいいですか?」

 

「ええー!それって明日とかにずらせないんですか? 一緒に行きましょうよー。ねえねえかぐやさん」

藤原はべったりと張り付いてかぐやから離れない。

 

頬をすり付けるスキンシップ。

 

あまりのしぶとさにかぐやも遠い目をして折れるしかなく。

 

「やったー! かぐやさんと久しぶりのデートだぁ!」

承諾を取り付けた藤原は万歳で喜びをあらわにする。

 

それからは早かった。

目標が出来たお陰か、藤原は雑務をテキパキと片付ける。

いくつかの書類は執務机に流し、手持ち無沙汰だったかぐやの片腕をゲット。

 

「じゃあ行ってきます! また明日です」

そんな気持ちが高ぶっている藤原に拘束されたかぐやは、去り際にウィンクを残した。

 

後始末はよろしく。

思いがけない先輩命令が式に下された。

 

まあこれくらいの軽い内容なら朝飯前ってもので、千切った紙切れにペンを走らせて、それを白銀に差し出す。

 

「これは……」

 

「かぐや先輩のアドレスです。仕事が終わったら空メールでもいいので送ってあげてください」

 

「俺から四宮へか?」

 

心底嫌そうな顔の白銀は受け取りに躊躇しているようだったが、無理やり押し付ける。

 

「ビビってるんですか?」

 

「何だと?」

 

白銀が射るような眼差しを向けた。

彼は外部生ながらも一年次に会長職を与えられた全校生徒の模範的存在。

男として、いや漢としてのプライドが奥手な白銀を突き動かす。

 

「秀知院の生徒会長が、異性にメールを送る程度で恐れをなしているんですか?」

「舐めるなよ月城。この俺クラスになれば一件では足りん。百件送りつけてやろうではないか」

 

チョロい白銀の誘導に成功。

ただ連続メールは迷惑だからやめろと忠告しておいた。

 



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生徒会、手伝うってよ①

本当はスマホ回とフランス回の間に柏木回を挟むはずだったけど、データが消えてたので、後日追加しときます。



初めて通された校長室。

 

平凡な高校生活を送っていれば、まず入ることは叶わなかったであろうこの場所に式はいた。

 

額縁に入れられた歴代の校長と、現校長の視線は居心地の悪さを加速させる。

 

問題を起こして呼び出しを食らったわけではなく、生徒会役員として立っているわけだが、色々と校則を破っている手前、どうも落ち着かない。

 

「一人たりないようだケド、どうしたのかネ?」

 

カタコトの日本語を話す校長の前に並ぶのは四人。

 

左から白銀、かぐや、藤原、式の順だ。

 

毎度の如く石上は不在である。

 

彼は召集がかかる前に新作ゲームのフラゲに駆け出し、連絡をとってみたものの繋がらなかった、というのが十数分前の出来事。

 

石上が欠けていることを指摘する校長にありのままを伝えるわけにはいかず、白銀が適当に誤魔化そうと試みる。

 

「えっと石上くんはですね、新作のゲーー」

 

が、その前に藤原が遮った。

 

一見優等生な彼女も実態は秀知院きっての曲者。

 

空気を読まずに正直に全てを暴露しようとする彼女に悪意はこれっぽっちもない。

 

純粋無垢なアホであるが故に、このような行動をとってしまう。

 

「あらあら藤原さん、少しお口をチャックしておきましょうね」

 

「会計の石上は体調が優れないとのことだったので、大事をとって参加は見送らせました」

 

かぐやと白銀による見事な連携プレーにより藤原の不用意な発言を防ぐことに成功。

 

何だかんだ曲者の扱いに長けている二人であった。

 

「ふむ、まぁ全員揃わなくても支障はありませんからいいでしょう」

 

そう言う校長は所謂ゲンドウポーズを取り、不敵に歪む口元を隠す。

 

そして細く鋭い双眸は、挑戦的に式を覗き込んでいた。

 

交錯する視線。

 

(……ガンつけられてる)

 

そのように解釈をした式だったが、途中で視線を外すのも失礼だと思い、そのままメンチのきりあいを続行する。

 

今日の献立どうしよう。

焼き魚食べたいな。

炊飯器の調子が悪くなってきたな。

そういえばソースきれてたな。

 

と、ぼけぇーと思考の海を泳いでいると校長は満足したのか、今度はニヤリと不敵に笑ってから視線を白銀に移した。

 

「じゃあ説明をしてもいいカナ」

 

「お願いします」

 

 

 

 

 

パリ姉妹校との交流会。

そのイベントが週明けの月曜に予定されていると、校長の口から説明された。

 

主催は仏語を学んでる有志団体、らしいのだが、会場のレイアウトや準備物等の用意は生徒会が中心となり行うとのことだ。

 

いくら海外の学生を招き入れるからといえど、学校主体ではなく有志主体のイベントに生徒会が担うのは如何なものかと、生徒会が使い勝手のいい雑用集団と認識されるのは本意ではないと提言した。

 

とはいえ決定事項のため覆ることはなく、イベント三日前に急遽新たな仕事が舞い降りた。

 

 

「試されてますかね?」

 

その後、有志団体のリーダーとの顔合わせを済ませた式は、隣を歩く白銀に確認をとる。

 

「その可能性が高いだろうな」

 

ゆっくりと首肯する白銀。

 

準備時間も限られている本番直前のこの日に仕事を押し付ける人が、秀知院学園高等部の校長に就くはずがない。

 

二人の意見は一致していた。

 

「悪いな。ボイコットするわけにもいかないから今回は我慢してくれ」

 

「いえ、まぁ白銀会長の顔に泥を塗らないようにしますので……」

 

校長な目論見は見当つかないが、混院の分際で悪目立ちして反感を買っている自分も少なからず非があると思う式は、任命権者の白銀と、推薦してくれたかぐやには迷惑はかけないよう企画管理としての責を果たすべく気持ちを入れ替えた。

 

 

「というわけで日曜日は彼らと共同して設営することに決定しましたが、何故か買い出しまで押し付けらてしまいました」

 

生徒会室に戻り、軽く小休止を挟んでから打ち合わせの結果を報告する。

 

有志団体も校長とグルのようで、ほぼ全工程を生徒会に丸投げするという荒業に出た。

 

それほど生徒会が信頼されていると肯定的に捉えるべきか、単に彼らの精神が図太いだけと捉えるべきか。

 

もし後者であるならば、式もそのドンと構える精神は見習いたいものだった。

 

何はともあれ、設営が日曜日に予定されているので、余裕をもって明日土曜には必要品を用意をしておきたいところだ。

 

「役割分担はどうなさいますか?」

 

折角の休日を潰すことになる買い出し。

雑用は本来下級生が率先して担うのが常識。

 

となれば連絡がつかないであろう石上は頭数にはいれず、面倒な役を買って出るのは式のはずだった。

 

「じゃあここは公平にゲームで決めましょうよ!」

 

ここで学内一のトラブルメーカーにして、ブレーキをとっぱらった暴走機関車藤原が動く。

 

テーブルゲーム部に所属する彼女はスクールバッグに手を伸ばす。

 

その中から取り出そうとするのは暗記のお供単語カードだ。

 

それ一つで気軽に遊べるゲームを知る藤原は、まるで挑戦状かの如く単語カードをテーブルに叩きつけた。

 

「NGワードゲームの敗者が……」

 

「買い出しは白銀会長とかぐや先輩にお願いします」

 

空気を読まずに式は藤原の発言に被せた。

 

「俺たち二人でか?」

 

どうにかしてかぐやと出掛けるためのプランを練っていた白銀は、拍子抜けした様子で言葉を捻り出した。

 

「海外からの招待客に素人が選んだ茶請け菓子を提供するのも味気ないので、ここは茶道に精通しているかぐや先輩の力を借りることにしました。白銀会長は荷物持ちです」

 

一見するとかぐやと白銀をサポートしているように捉えられる行為であるが、交流会の成功を収めるための最適な配置をしたまでに過ぎない。

 

未だに生徒会主導という点に納得できていない式も、姉妹校の学生には恨みはない。

 

遠路はるばる日本までやって来てくれるなら相応の歓迎で迎える、その一心で取り組もうと割りきっていた。

 

「月城くんがそこまで評価してくれるなら無下にするわけにはいきませんね」

 

冷静を装って頷く副会長。

彼女は表では取り繕いつつも、内心跳び跳ねて喜んでいた。

 

「俺もバイトである程度鍛えられているからな。荷物持ちの能力で俺の右に出るものはこの秀知院ではいないだろう。ならば月城の意見に従うのが正しい判断だ。論理的に考えてな!」

 

秀知院No.1の荷物持ちと自称する生徒会長。

彼はテンションが上がって口数が多くなっていた。

 

面倒な買い出し組も決まったことで一段落。

 

とはいかず、除け者にされていた彼女が首を突っ込んだ。

 

「ドーンだYO!!」

 

NGワードゲームをやりたくて堪らない書記。

 

意味不明なワードを口走る。

 

「……どうしました?」

 

「どうしました、じゃない! 私のこと無視して一人で勝手に決めちゃって、NGワードゲームはどこいったんですかぁ!」

 

「では自分は明日ここに来て立食用のテーブルとか引っ張りだしているので、何かあれば電話を下さい」

 

「見ましたかかぐやさん。先輩が積極的にコミュニケーションをとろうとしているのに、今この人故意に無視しましたよ」

 

不満たらたらの藤原が騒ぎだす。

 

しかしデートの約束を取り付けることに成功した白銀とかぐやがどちらの味方をするのかは明白だった。

 

上機嫌なかぐやは下される決定を撤回させまいと慰めようと試みても、藤原のフラストレーションは溜まる一方である。

 

「じゃあ私も会長とかぐやさんに着いていきます。仲間外れは嫌です」

 

不貞腐れながらそう提案されるも、それこそNGだ。

 

「駄目です」

 

「どうしてですか!?」

 

「藤原先輩を同行させるとその独特な感性に振り回され、少し変わった商品を選んでしまう危険がありますので」

 

他とは一味違うおもてなしをしようと食品サンプルでドッキリを仕掛けたりと、藤原ならやりかねない。

 

時間的猶予があるならまだしも、準備期間が短い今回はかぐやと白銀を送り出すのが無難だった。

 

「いいですか月城くん。わたし藤原千花ですね、これでも非の打ちどころのない模範的な学生だと先生方から評価されているんです。月城くんは生徒会に入ってまだ間もないから知らないとは思いますが、与えられた仕事は十二分にやり遂げているんですよ。ね、会長」

 

「ああ、まあそうだな」

 

本物の無能ならば生徒会にはスカウトされない。

 

過去藤原の存在があったからこそ解決した問題もあったのは事実であるために、白銀からは否定的な意見はでなかった。

 

その時、ふふーんと胸を張る藤原に懐疑的な目を当てる式は、とあるブツを引っ張り出した。

 

「最近、白銀会長によく会議に連れ出されるんですよね。議事録係として。何故書記の藤原先輩でないのかと尋ねてもぼかされたので、こっちで探ってみたところこんな物が出てきまして」

 

式が見せびらかすように手にしているのは、表紙に『しょきノート』とマジックで書かれている大学ノート。

 

それを見た瞬間、藤原はエサに飛びつく犬の如き瞬発力でノートを奪い返そうとするが、先読みしていた式はひらりと躱す。

 

「それで中を拝見させて貰ったんですけど、これでようやく理解できました。会議に連行される理由がね」

 

パラパラと一ページずつめくっていく。

 

最初の数ページはきちんと議事録が纏めてあるのだが、途中から徐々に空白の部分が増えていき、最終的には日付だけ書いて残りは真っ白。

 

それだけに留まらず、1ページ丸々迷路で埋め尽くされていたり、パラパラ漫画があったりと、暇つぶしのためのノートとして扱われている痕跡が残っていた。

 

しんと静まり返る室内。

 

職務怠慢が暴露された藤原の顔面は蒼白。

 

ただ将来の大物政治家候補の藤原だ。

 

どのような見苦しい言い訳で押し通すのか。

 

腕が試される時がやって来た。

 

「月城くんのばかぁぁぁぁぁ!余計なことしないでくださいよ!」

 

逆ギレであった。

目の端に涙をためて、あらんかぎりの力で拳を振り回した。

 

「勉強も出来て、仕事もそつなくこなせる優等生のイメージが崩れるじゃないですかっ!どう責任とってくれるんですか!」

 

残念ながら、最初からそんなイメージなど張り付いていなかった。

 

「会長もですよっ! 私を差し置いて月城くんに任せるなんてどうかしてます!」

 

「いやしかし、デジタル派の月城がいれば内容を漏れなく記録することが可能でだな、議事録の管理も楽で助かってるというか、その、なんだ……」

 

藤原は声量にものを言わせ、さも自分が被害者であると振る舞う。

 

堂々とした佇まいに、さしもの白銀も押され気味だ。

 

「はぁーん、そうですかそうですか。機械に詳しい後輩が入ってきてくれて大助かりですねぇ会長」

 

会議中にパラパラ漫画を書く女、露骨に不機嫌になる。

 

自分よりも能力が高いと判断された後輩を妬む心が、藤原をここまで暴走させてしまった。

 

「だったらもう月城くんを企画管理兼書記にしたらどうですか?  ほら、月城くんの名前の式と書記って似てるでしょう。これはもう書記になるために生まれてきたようなもんですよね、月城書記くん」

 

「違います」

 

「わたしとしても、その薄型ノートパソコンでカタカタやってる月城くんこそが書記に相応しいと前々から感じていましたし、会長にとって月城くんがドラえもんのように便利であることも証明されましたし」

 

「ドラえもんじゃありません」

 

「会長も、もう困ったら全てドラえもんに泣きつけばいいんじゃないですか? ドラえもんがいてくれるなら私だけじゃなくて、かぐやさんも石上くんも生徒会にいる必要なさそうですよね。シキえもんと二人三脚で、さあどうぞ」

 

「かぐや先輩と優は必要です」

 

「何なんですかっ! 私だけ除け者にするつもりですか!」

 

「まあとりあえず、お二人は買い出しをお願いします」

 

きゃんきゃんと喧しい藤原は放っておくのがベスト。

 

薄型ノートパソコンをカタカタしてスケジュールを打ち込んでいる式は、完全にシカトの体勢に入る。

 

いくら藤原が言葉を並べようと、式からの承諾は得られなかった。

 

「うわーん、ドラえもんのバカぁぁぁぁ!」

 

そして終いには、捨て台詞を吐き捨てながら藤原は駆け出した。

 

これに対し式がとった対応は。

 

「どこ行くんですか藤わ……ジャイ子!」

 

「わたしはしずかちゃんポジションだもーん!」

 

最後まで容赦がなかった。

 

 

 

「お前、藤原に対して結構強いよな」

 

真面目系問題児を追い払った後輩に関心する白銀が言葉を挟んだ。

 

「まあ、ああいう本能で生きているようなタイプの扱いはそこそこ慣れているので」

 

幼馴染のアレとか、自宅警備員のアレとかと長くいれば嫌でも身につくスキルだ。

 

いちいち構っていたらきりがないし、黙っていたら黙っていたでいつの間にか周囲を巻き込んで勝手に話を進めてしまう厄介な生き物であるため、意味不明な要求はとにかく突っぱねるのが吉。

 

しかし彼らの真の恐ろしさは、その切り替えの早さ。

 

ボコボコに打ちのめしたとしても、自分の興味を刺激する要素が落ちていれば、それまでの出来事は記憶から消去され……。

 

「みなさ~ん! コスプレ、コスプレしましょうよ!」

 

満面の笑みで再び登場するのだ。

 



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生徒会、手伝うってよ②

復活を遂げた自称しずかちゃんポジの藤原千花。

 

彼女が両手で抱える段ボール箱の中には、コスプレ用の衣装や小物が詰め込んである。

 

恐らくは演劇部から貸してもらっている道具をテーブルに下ろした藤原は一息つくと、ぴしっと人差し指を白銀へ伸ばした。

 

「いいですか! フランスは日本に次ぐコスプレ大国! コスプレに言葉はいりません。 言語の壁を越えて親睦を深めるにはこれ以上の策はありませんよ!」

 

「いや、親睦を深めるのは俺たちじゃなくてうちの有志生徒だろ。生徒会はあくまで手伝いがメインであってだな」

 

「甘い、甘いですよ会長! 例え裏方に務めるだけであっても、現場を理解しなければ何も始まりません! 共通の文化があるなら、その文化を以って迎え入れる、それが真の国際交流なんです!」

 

「異文化コミュニケーションなんだから、フランスにはない文化を提供するほうがいいんじゃないか?」

 

「何言ってるんですか。国際交流の第一歩はまず自国の文化を知ることからですよ! 日本の文化を理解していないのに、外国の文化を理解できるはずがありません! 敵を知り己を知れば百戦殆からずなんですよ! だからコスプレを知れば日本もフランスも理解できる。一石二鳥じゃないですかぁ!」

 

さっきから言ってることがコロコロと変わっている。

ただ勢いで捲し立てる藤原に押され、白銀は上手い返しが見つからなかった。

 

「そうでしょうか。外見を着飾るよりも、他にやるべきことがあるような気がしますが……」

 

コスプレを下らないと考えているかぐやも乗り気ではないらしい。

 

「かぐやさんも照れなくたっていいじゃないですか~。ほら、まず猫耳をつけてみてください」

 

「ちょっ、何するんですか!」

 

だが嫌がるかぐやに藤原が襲い掛かった。

 

「藤原の暴走を止めなくていいのか」

 

「仕事に支障が出なければいいんじゃないですか」

 

明日の買い出しと明後日の設営に影響がでなければいいというスタンスをとっている式も、藤原の暴走を咎めたりはしなかった。

 

対藤原決戦兵器の式が動かなければ、水を得た魚のように生き生きとしている藤原を止められるものはいない。

 

「にゃ~んって。 ほら子猫ちゃん、にゃ~んって鳴いてください」

 

「に、にゃーん、でいいんですか?」

 

「きゃーー! 超可愛いくないですか! やっぱりわたしの目に狂いはありませんでした。二人もそう思いませんか!?」

 

黒猫を見かけて不幸の前兆と感じるのか、それとも縁起の良い動物と思うのかは人其々だ。

 

善と悪の評価が共存してきた黒猫。

 

そして綺麗な薔薇には棘があるを体現する四宮かぐや。

 

魅惑の二面性を備える両者の融合は、人類が理解できる範疇を越えていた。

 

「あー、そうですね。似合っています」

 

珍しく死んだ瞳を虚空に投げているかぐやを哀れに思いながら、式は素直に感想を口にする。

 

可愛い×可愛いなのだから可愛いに決まっている。

だから式は肯定的な発言以外見当たらなかった。

 

だが奴は弾けた。

 

「ああ、猫耳が藤原書記の頃に四宮は俺だな」

 

前触れもなく意味不明な言葉の羅列を白銀が発した。

 

「…………は?」

 

「…………え?」

 

一拍遅れてから素っ頓狂な声が重なった。

 

猫耳が、藤原書記の頃に、四宮は俺だな。

謎のメッセージを受信した藤原と式は互いに怪訝な表情で見つめ合った。

 

問題発言をした白銀は堂々と片手をポケットに入れ直立しており、異常があるようには見受けられない。

 

聞き間違えなのかもしれない。

その期待を込めて藤原が一歩踏み出した。

 

「会長ぉ、かぐやさん可愛いですよね」

 

「つまりだな、お前が持ってきた時間は元々四宮と猫耳だけって事だ」

 

「かぐやさん離れて下さい! 今の会長は悪霊に取りつかれています!」

 

どうやら藤原の中では白銀が脅威認定されてしまったようだ。

ぐいぐいと引っ張ってかぐやを連れて離れていく。

 

「あのー、大丈夫ですか白銀会長」

 

今度は式が相手をする番が回ってきた。

 

「俺の相反する気持ちも月城が猫耳と同化してしまうのを恐れているんだ」

 

何言ってんだこいつ。

白銀の世界で猫耳と同化されそうになっている式は思った。

 

しかし急にバグった白銀の独り言は止まる気配がない。

 

さっさと活動再開をしてもらうために、落とし物入れのケースからハリセンを引っ張り出し、大きく振りかぶり。

 

「悪霊退散」

 

ありったけの力を込めて白銀の脳天をぶっ叩いた。

 

テレビが映らなければぶっ叩く。

電子レンジが回らなければぶっ叩く。

NINTENDO64が起動しなければカセットと本体をフーフーする。

 

最後のは関係ないが、家電製品の調子が悪ければ、叩けば直ると良く言ったものだ。

人間の体の中も電気信号が行き来しているので、先人の知恵をお借りしても問題はない、と判断した式である。

 

後輩からの会心の一撃を貰った白銀。

実は猫好きの彼は、かぐや×猫耳の凶悪タッグを前にして、あまりの可愛さにバグっていた。

 

「すまん。少しバイトの疲れが残っていたみたいだ」

 

物理攻撃で現実世界に強制的に引き戻された白銀は澄まし顔を取り繕うと試みるも、ついつい頬が緩んでしまう。

 

表情を崩してしまえば弱味を握られる。

 

かぐやに付け込ませまいと、白銀は唇をきつく結び、 眉間にシワを寄せて 表情を固めた。

 

「叩いたこと怒ってますか?」

 

「なぜ俺が月城を叱る? むしろ生徒会に私情を持ち込んだ俺が叱責されるなら話はわかるが」

 

「でも顔が超怖いです。般若みたいに」

 

「気にするな。これがデフォルトだ」

デフォルトよりも怖い顔をしているのだが、気にするなと言うならその通りにしておこう。

 

「じゃあはい、今度は会長の番ですよ~」

 

「いや、俺は似合わないからいいだろ」

 

「つれないこと言わないで会長もつけてくださいよ。絶対可愛いですから」

 

「いや、だからいいって。それに男に可愛さを求めるのもどうかと思うぞ」

 

用意した犬耳を片手に、今度は白銀に襲い掛かった。

狙う藤原。

避ける白銀。

 

生徒会室で攻防を繰り広げる二人をよそに、式はコスプレ道具が入っている段ボールを漁ってみる。

 

チョーカー等があれば、もっとリアリティを再現できたはずなのだが、生憎そんな都合よく揃っているわけない。

 

適当に布と小物をつなぎ合わせて自作する手もあったが、そこまで労力をかけるほどでもないので、大人しく水性のマジックを取り出しかぐやの傍へ近寄った。

 

「猫ひげでもかきますか?」

申し訳程度のペイントをすすめてみる。

 

これにはコスブレに対して消極的なかぐやも、「うっ」と言葉に詰まった。

後輩の申し出を断るのは気が引けたらしい。

 

「嫌なら別にいいんですけど」

 

「別に嫌だなんて言っていないでしょう。受けて立つわ」

 

空気の読めない先輩と思われたらどうしよう。

そんな先輩としての威厳を守るため、かぐやは大袈裟な同意を示した。

 

四宮の令嬢の顔に、100円ちょっとのマジックで落書きをしようとするアッパーミドルの次男の図。

 

下手すりゃ即打ち首ものだ。

 

左右三本ずつの計六本の線を引き終えたタイミングで、ちょうど藤原の方も処理が終わったようだ。

 

「うーん。似合ってはいるんですけど、謎の違和感がありますね」

 

首を傾げる藤原の隣では、先ほどのかぐやと同様、犬耳を装着した白銀は死んだ目をしている。

毎朝満員電車にすし詰めにされている、日本を支える奴隷たちにも負けるとも劣らない、輝きを失った瞳。

 

だが犬と猫の目と目が合った瞬間、彼の瞳には希望が宿った。

 

より猫化したかぐやを認識したことで、白銀の脳みそは再びバグる。

 

「きゃっわーーぶばほっ!」

思わず「きゃっわいー!」と本音が漏れそうになったすんでの所で、白銀は自らの顔面にグーパンを入れ、失言を食い止める。

 

唐突に自分で自分の頬を殴ったキチガイ。

 

後輩から蔑みの目で見下されても、地面に這いつくばる白銀は最小限の犠牲でごまかしたつもりだった。

 

「いきなりどうしたんですかかいちょー!?」

 

「ちょっと眠気がだな」

 

苦し紛れの言い訳でその場を凌ぐが、その頬は代償として軽く腫れ上がっている。

 

一方で、かぐやにも変化が起こっていた。

 

犬化した白銀にハートを撃ち抜かれたことで、彼女の精神世界に住むアホかぐやは、あまりのおかわいさに暴れていた。

 

それほどかぐやにとっては破壊力抜群。

 

緩みそうになる表情を引き締めるべく、口内を噛むことで自制を図る。

 

「かぐや先輩、口から血が……」

 

「持病よ。気にしないでちょうだい」

 

ハンカチを口元に添えながら、かぐやは持病でごり押した。

 

養護教諭を呼んできましょうかと式から聞かれるも、お可愛い白銀とのひと時を邪魔されたくない一心で遠慮する。

 

「今日の会長ちょっと変ですね」

 

変人の代表格である藤原にいわれるとは相当だ。

 

だが勘のいいガキとして定評のある式もその意見には全面的に同意せざるを得ない。

 

いつもならば姑息に相手をはめようとする両者ではあるが、この日はそんな素振りはみせず平穏な放課後を過ごしている。

 

そんな中、好きで好きで仕方がなく、とうとう限界突破し、頭がバグって奇行に走る本能は、そこそこ計算して奇行に走っている式には理解できるはずがなかった。

 

「なんかよく分かりませんが、次は月城くんですね。どのお耳さんを希望しますか」

 

なんとなく予想はついていたが、流れ的にも逃げられる雰囲気ではなさそうだ。

 

「マギー審司耳ってありますか?」

 

「あるわけないじゃないですか。あの道具をコスプレに分類してることに驚きですよ」

 

そりゃそうだろう。

 

むしろあったら滑るのを覚悟で、マギー審司と演劇部に敬意を払い、耳がでっかくなっちゃったを披露していたことだ。

 

「じゃあ月城くんにはですね……」

 

どうやら藤原が見繕ってくれるようで、がさごそと段ボールを漁り始めようとした瞬間、二人の声が重なった。

 

「月城は犬だろ」

 

「月城くんは猫です」

 

かぐやと白銀は正反対の主張をする。

 

その声音からは、自らが絶対的に正しいという意志が伝わる。

 

「はい?」

 

「は?」

 

故に真っ向から対立するのは明らかな状況だった。

 

犬か猫かを決める不毛な争いの火蓋が切られた。

 

「どうやら会長はまだ月城くんの人となりを理解しきれていないみたいですね。月城くんを犬に当てはめようだなんて、冗談だとしても笑えませんね」

 

「お前のほうこそ戯言はほどほどにしておくんだな四宮。こいつはな、ハチ公も尻尾巻いて池袋あたりに逃げ出すほどの忠犬だぞ。それを猫だなんて、見る目がないんじゃないか」

 

「……つまり自分の非は認めないと?」

 

「なに、事実を主張しているだけさ」

 

犬でも猫でも、似たようなものだからどちらでも構わないのだが、この二人には譲れぬ信念があるらしい。

 

喧嘩、までとはいかぬもの、生徒会室の空気が悪くなってきた。

 

「じゃあこっちにします」

 

空気を入れ替えようと、式が選択したのはかぐやが支持する猫耳だった。

 

後々ぶーたれても困るので、この選択は妥当かと。

 

「はい犬ぅー! そういうところが超犬っぽいですぅ!」

 

ピシィっと白銀に人差し指を向ける白銀は、なぜだかあおり口調だ。

 

「ほら、月城くんはしっかり自覚があるみたいですよ。周囲に流されない、長いものにも巻かれない、自分をしっかり持ってるんです」

 

「ちげえっつーの! 四宮との対立を避けるためにそっちについたんだろうが! ちゃんと上下関係にそって行動してるのが犬っぽいと言ってんだよ俺は!」

 

「はあー、これが所謂負け犬の遠吠えなんでしょうね。如何です? 三回まわってワンと鳴くのなら、今までの無礼を水に流してあげなくもないですが」

 

換気には失敗。

 

余計に空気が悪くなってしまった。

 

喧嘩するほど仲が良いともいうので、放置していても時間の経過とともに落ち着いていくだろう。

 

ただ飛び火してくるのは厄介なので、犬猫論争に終止符を打つことに。

 

「じゃあ男子は犬で、女子は猫ってことで」

 

あわあわしながら右往左往している藤原の頭に、先ほど手にした猫耳を装着し、自分には犬耳を。

 

結論は一旦保留、というよりは各々の解釈に任せて、とりあえず次の段階に進ませるのを優先した。

 

「次はどうするんですか?」

 

「さあ、特に考えていません。この提案自体も突発的に思ったことなのでーーってそんな目で見ないで下さいよ!」

 

要するに楽しそうだから、役員を巻き込んでやってみたわけだ。

 

陽の者は行動力が並みではないというか、思い立ったが吉日で動きすぎというか。

 

ジト目で藤原を見ていると、「あっそうだ」と言い放ってからどこかへ飛んでいった。

 

数分して戻ってきた彼女の手には、自撮り棒が握られていた。

 

「せっかくなので記念写真とりましょうよー」

もはや藤原にとってはフランス校との交流会は二の次なんだろう。

 

「ですが石上くんが不在の中、写真を撮るのは正直気がひけますね」

 

生徒会室に姿を現さない石上は現在、順調に在宅ワーカーの道を歩んでいる。

 

いつの日か、今日の話題が上がったとしよう。

 

四人が盛り上がっても、その輪にいなかった石上が感じる疎外感は相当なものになるはずだ。

 

かぐやが乗り気になれないのも一理ある。

 

「まあ、いつまでも仕事を持ち帰ってやらせるわけにもいかないしな。月城、引っ張ってこれるか?」

 

「えっ、今ですか」

 

「今日は無理だろ。近日中で構わん」

 

頑なに生徒会室への立ち入りを拒んでいる石上ではあるが、ああ見えて協調性がないわけではない。

 

だから引っ張り出そうと思えば引っ張り出せるが、無理強いするのも微妙な後ろめたさが。

 

「それは命令ですか」

 

「会長命令だ」

 

会長命令となれば式は頷くしかなかった。

それと同時にとある閃きが生まれる。

 

PCでラインを立ち上げて石上に通話を仕掛ける。

 

『へい、僕だよ』

 

しばらく間があってから石上と繋がった。

 

ただスピーカー越しには彼の声だけではなく、カチャカチャと鳴るコントローラー音も聞こえてくる。

新作ゲームに熱中しすぎて明日は仮病が発動しそうだ。

 

「ビデオ通話いける?」

 

お取り込み中のところ悪いが、そう促すと石上はすぐに画面を切り替えてくれる。

 

ゲーミングヘッドセットをつけている石上の顔が写った。

 

『そういう趣味あったんだっけ』

 

「これも仕事の内だ。ほら」

 

自分だけではないことの証明のため、先輩方にもカメラを向ける。

 

『全然状況が把握できてないんだけど、用件は? 今弾丸飛び交う戦場を駆け抜けてるから出来ることは限られるよ」

 

「いや、とりあえずそのまま顔を映してくれさえいればゲームに集中してOKだ」

 

『よく分かんないけど了解した』

 

準備が出来たので、ノートパソコンを折りたたみタブレットモードにしてから指定の位置につく。

不謹慎だが遺影みたいだ。

 

「あっ、月城くんはちょこっと見切れてるので、こっちに寄ってください」

「分かりました」

 

藤原の指示に従い白銀へタックル。

 

「………っ! 急に近づかないで下さい会長!」

 

「違う、俺ではないぞ! 月城が押してくるんだよ!」

 

「画面に入るには白銀会長のほうへ寄らなければいけないので。となると当然白銀会長とかぐや先輩はくっつくことになりまして」

 

「藤原のスマホを見ろ! お前もう枠内に入ってるぞ!」

 

「……写真に撮られるときは、顔だけではなく全身で撮られるのが月城家の掟だと教わっています。ですから白銀会長がもっと寄ってください。このままだと右腕がはみ出ます」

 

「どんな掟だよ! ってかお前わざとやってるだろ!」

 

「もう撮りますよ。みんなこっちを向いてくださいね」

 

「いい加減にしないと本当に怒りーーきゃっ、会長どこを触ってるんですか!」

 

「俺じゃねえええ! 四宮の腰に手を回してるのは藤原だろ! こっちに罪を擦り付けるな!」

 

「いきますよぉ、はい、チーズっ!」

 

騒々しい中聞こえたシャッター音。

良い絵が取れたのは間違いない。

 



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生徒会、手伝うってよ③

慌ただしい放課後を過ごした日の夜。

窓から月光が差し込む部屋で、かぐやは携帯に送られてきたばかりの写真を眺めていた。

 

カメラ目線でピースをする撮影者の藤原。

向き合って言い合いをしている白銀とかぐや。

片手で白銀をぐいと押しながらタブレットをかざす式と、流れで察したのか画面上でイエーイとポーズしている遺影の石上。

 

出来立てほやほやの記念写真だ。

 

「あーあー、会長とこんなに顔を近づけちゃって。もうキスする勢いじゃないですか」

 

早坂の感想にかぐやは枕に突っ伏した。

 

嬉しい反面、恥ずかしくもあるのか、幼子のようにベッドの上で何度も両足をバタつかせている。

 

棘棘しい性格は鳴りを潜め、同時に精神年齢も下がった気もするが、学校生活を送る上では悪くない傾向だ。

 

ただし人使いが荒くなった。

 

姿勢を正した早坂の不満など知るはずもないかぐやは引き続き悶ている。

 

「それはともかく白銀会長と買い出しですか。おめでとうございます。ようやく進展なされたのですね」

 

ピタッと、かぐやの動きが止まると、首だけを捻り早坂を見やう。

 

「おめでとうはまだ早いわ。まだ解決していない課題があるもの」

 

「そうですか。その課題とは?」

 

「来ないのよ」

 

「はい? 来ない?」

 

「会長から詳細の連絡が来ないの!」

 

切羽詰まった様子でかぐやが訴えかける。

 

想い人から連絡が待ち遠しくて心が揺さぶられるのは恋愛あるあるだ。

 

恋愛を経験し、同級生とのやり取りだけで頭を悩ませている姿は大変好ましい。

 

「そんなに心配ならかぐや様から連絡を取ってみたら如何ですか」

 

でも早坂が望んでいるのは人並みの恋愛であり、天才たちの歪んだ恋愛ではない。

 

「それだと明日を凄い楽しみにしているみたいじゃないですか! いいですか。この場合、先に動くとは即ち求愛行動。相手が好きで好きで堪らなくて、早く約束を取り付けたい。だから私はあなたよりも先に連絡しました、と言っているようなものじゃない!」

 

なに言ってんだこの主。

 

早坂にはかぐやのお馬鹿理論が理解できなかった。

 

色々と飛躍しすぎて、一体何処から突っ込むのが正解か。

 

「でも好きなんですよね」

 

「それは早坂の勘違いよ。会長が私に好意を寄せているのは事実だけれど、私が会長に好意を寄せているなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないわ」

 

「なるほど。白銀会長の一方通行な愛情なんですね。未来永劫、叶うことはない」

 

「敵わないって断言しないで!」

 

「どっちなんすか」

 

「兎に角、会長が動かなければ意味ないの。そこで早坂、あなたが私の立場ならどうするかしら?」

 

「普通にメールか電話すればいいと思いますが」

 

仮にかぐやの理屈が世に浸透していたら、とてつもなく生きづらい社会になっていたはずだが、内に眠る恋心を認められない本人にしてみれば、早坂の意見は不正解極まりない。

 

自ら愛を声高に叫ぶに等しい行為だと信じて疑わないため、徹底的に排除する。

 

「0点、むしろ参考にならなすぎて-20点ね。恋の駆け引きを学んでから出直しなさい」

 

「いい加減にしないとそこの窓から突き落としますよ?」

 

暴君ぶりを発揮する主人に早坂はイラっとした。

 

「早坂が頼りにならないのは想定の範囲内よ。だから今回は助っ人を呼んでいるわ」

 

無自覚に人を煽る才能にも長けている天才に、早坂はさらにイラっとした。

 

それよりも助っ人とは。

 

早坂の表情はほとんど変わらなかったが、整えられている眉がわずかに動いた。

 

相談役のようなポジションにいるのは、自分を除いてこの屋敷にいないはず。

 

「かぐやお嬢様、 お客様がお見えになりました」

 

そのタイミングで声がかかった。

開かれた扉の先に立っていた彼は、案内した使用人から怪訝そうな視線を当てられていた。

 

 

 

 

 

 

 

諸活動は原則19時まで。

ただし届出により延長可能。

 

有志団体の代表との打ち合わせや、備品の確認、控え室の確保などなど。

 

急に振られた仕事を一通り片づけたのは、夜9時のことだった。

 

賃金も発生しない長ったらしい拘束に溜息をつきつつ、守衛さんに校門のカギを開けてもらっている時に、スマホの着信音が響いた。

 

音声通話でかけてくるのはまず父親だが、基本的にはチャットでやりとりをしていて、緊急時にしかかけてこない。

 

次に知らない番号から。

これらはもっぱらセールスの電話だ。

 

最後に淘汰されつつあるガラパゴス携帯を愛用している四宮かぐや。

 

彼女とも基本的にはメールのやりとりだが、たまに電話を挟む、といった次第だ。

 

ここ最近の履歴は四宮かぐやで埋め尽くされているので、表示された名前を見なくても発信者が彼女であるのは分かった。

 

が、その時は招集命令がかかり、約三十分後に四宮別邸に、しかもかぐやの部屋に通されるとは夢にも思わなかっただろう。

 

通されたかぐやと早坂に軽く会釈をする。

 

「迷わなかったようね」

 

「グーグル大先生がルートを教えてくれました」

 

流石は四代財閥の一柱。

これまで目にしたどんな家より、規模が段違いだ。

 

重厚で堅牢な素材で作られた片扉300cm×220cmはあろうかというほどの立派な自動門扉から、洋館の玄関までたどり着くのに何十秒かけさせるつもりだ。

 

無駄に広い庭はなんなの。

50m走の練習のために使ってんのかな。

 

異世界に迷い込んだ式は、四宮家の財力に圧倒されて頭がおかしくなりそうだった。

 

「練馬の65%よりは狭い。練馬の65%よりは狭い」

 

「三千院家は創作、四宮家は現実であることをお忘れなく」

 

正気を保つために四宮家を越える資産家を想像していると、給仕服姿の早坂からの冷静な突っ込みが入った。

 

滅多なことではお目にかかれないレア衣装に意識が向かないくらいには動揺していた式は、はっと我に帰る。

 

両手でスマホを握りしめて、こう懇願した。

 

「家宝にするので、一枚だけ撮っていいですか」

 

「気持ちが悪いです」

 

「じゃあツーショットなら……」

 

「嫌です」

 

真正面からバッサリ切られた。

 

だがこの日の式はちょっとやそっとじゃ撤退しない。

 

早坂愛×メイドの組み合わせは、次いつ拝めるか。

 

一生拝めない可能性もある。

 

この姿の早坂を形に残すためなら、土下座交渉も厭わない。

 

「別に撮られたところで減るもんでもないでしょう」

 

決め手となったのは、優雅にカップをソーサーに戻しながら放ったかぐやの一言だった。

 

後押しを受けての記念撮影会。

カメラマンは初のスマホ撮りを体験したかぐやだ。

 

 

 

「うわぁ、運勢上がりそう。待ち受けにしてもいいですか」

 

「ナイスボートされる覚悟があるならご自由に」

 

「早坂先輩に殺されるなら、それはもう本望かもしれません」

 

「…………」

 

「月城くん、また早坂が引いているわよ」

 

うっかり本音を垂れ流してしまったことに気づいた式は、かぐやの忠告を受け口元に手を添えた。

 

「死ぬほど好きって解釈になりませんかね?」

 

「そんな都合よく解釈すると思いますか? キモイを通り越してきしょいです」

 

「でーすよねー。反省します」

 

まぁ写真入手できたから良し。

 

式は都合よく解釈することで前向きにとらえた。

 

「ところでかぐや様、少々やりすぎではないでしょうか。本家にはどのように言い訳をするつもりで?」

 

二時間と少しすれば日付が変わる時間帯にも関わらず後輩を自室に上げる。

 

いくらなんでも目に余る行為だと早坂は感じたのだろう。

 

しかしかぐやは、生徒会の仕事の延長だとの一点張り。

 

しまいには、「たかだか学校の催し如きで、四宮家の看板に泥を塗るわけにはいかない」などと正当性を主張し、結局早坂が折れる羽目に。

 

「ええと、それで本題はなんですか?」

 

頃合いを見てから式が要件を尋ねた。

 

「会長からね、明日の連絡が来ないのよ」

 

「そうですか。それで?」

 

「だから会長から連絡がこないの!」

 

「……あぁ、なるほど」

 

念を押すように繰り返されて、ようやくかぐやの悩みを把握する。

 

先日のライン交換騒動を経験していたので、自分でもビックリするほど飲み込むのが早かった。

 

スマホを数回タップしてラインを開き、無料通話を繋ぐ。

 

ワンコールで出た。

 

「夜遅くにすいません。今って大丈夫ですか?」

 

『って月城か。ああ、大丈夫だぞ』

 

もしやこの人、スマホの前で待機していたわけじゃあるまいな。

 

余計な詮索をしたい気持ちもあったが、単刀直入に切り出す。

 

「明日の予定って決まりました?」

 

言葉に詰まったような音が受話口から漏れた。

 

「してないなら早急にお願いします」

 

『ちょっと待て。俺からじゃないとダメなのか?』

 

「そりゃあそうでしょう。いちいちかぐや先輩を経由するのもくどいですし」

 

『いや、だが何でもかんでも男からってのは前時代的ではないか?』

 

「ジェンダー論とかそこらへんの議論は今はクソほどどうでもいいので、さっさとお願いします」

 

『まあ落ち着け月城よ。俺はこれから明日の授業の予習をしなければならん。学年1位の座を不動のものにするには、どうもスマートフォンが手元にあると気が散ってな。二時間ほど電源を切っておこうかと思うのだが、四宮の奴が明日の予定をどうしても電話で立てたいと思ってるなら、ラインのメッセージ通知を切るだけにとどめてやらんでもない』

 

明日の予習……明日は休日のはずだ。 

 

買い出しの後で授業受けに学校に行くつもりかな?

 

天才は失言を追及しても楽しそうだったが、はよ連絡して欲しい気持ちのが強い。

 

「……じゃあ明日の12時に渋谷のハチ公前にある謎の電車の前に集合でいいですね。かぐや先輩にも同じように伝えておきますので」

 

『それだと聞き間違えるかもしれないだろ。俺と四宮の意思の合致が求められているのであって、そこに月城を介してしまえば………』

 

うだうだと捲し立てる白銀に対して、とうとう式の我慢の限界が訪れた。

 

ブロント語に変換すると、式の怒りが有頂天になった。

 

「あ゛?」

心の奥底から捻り出した怒気混じりで濁点のついた「あ」。

 

その一言で白銀も異変を感じ取ったようだ。

慌てて言葉を紡ぐ。

 

「仕方がない。生徒会役員を行事に巻き込むのも生徒会長の務めだしな」

 

仕方がないはこちらのセリフだと思うが、この際最早どうだっていい。

 

「電話してからメールを送ってください。恐らくかぐや先輩も起きてますので、電話は直ぐしてくださいよ」

 

白銀の気が変わる前に通話を切る。

 

疲れた。

 

いちいち理由付けしないと動けない病気なのかあの人は。

 

「多分白銀会長から電話が来ますよ」

 

はあと息を吐いてから、かぐやと早坂に向き直る。

 

「100点……、いえ花丸もつけて150点をあげちゃうわ!」

 

サムズアップで応えるかぐやからの評価は爆上がり中だ。

 

ともあれ、これで一件落着か。

 

白銀も無事言いつけを守ったようで、机の上に置かれていたかぐやの携帯が震え出す。

 

慌ててかぐやが携帯を手に取ると、少し間を起いて深呼吸を挟み、応答ボタンを押した。

 

「はい、四宮です」

 

緊張しているからか、若干声質が固い。

 

高校では近寄りがたい存在として扱われているかぐやだが案外そうでもない。

 

端から見ていれば、そこにいるのは格式高い四宮家の長女ではなく、何の変哲もない普通の女の子だ。

 

「ええ、はい。おやすみなさい」

 

そんなこんなで愛しき白銀との通話が終わる。

 

幾分さっぱりとした表情のかぐやが携帯を折りたたむと、その勢いでベッドにダイブ。

 

おやすみを言い合ったからなのか、足をバタバタとして悶える淑女にあるまじき行為で感情表現している。

 

余韻に浸っているとこと申し訳ないが、式は口を挟まなければならぬことがあった。

 

「かぐや先輩、明日の予定は?」

 

「……忘れていたわっ!」

 

じたばた運動をやめて、顔をうずめていた枕を放り投げてこちらを見た。

 

「くっ、会長の計略にまんまと引っかかってしまったわ。雑談を長引かせることで本題から意識を遠ざけたのね。大変よ月城くん、このままだと対応が後手に回ってしまってしまうわ。ここで無暗に折り返えせば、私が明日の買い出しをとっても楽しみにしていると思われちゃうじゃない!」

 

また始まった。

 

白銀のほうもただの雑談で満足してしまっただけだと考えられるが、その通りに伝えても主張は曲げてはくれないのがツンデレの生態。

 

「いえ、むしろかぐや先輩が待ち受けるのは悪手になります」

 

「わけを教えなさい」

 

「簡潔に答えますと、文通理論です」

 

「文通、理論っ!?」

 

「はい。今は白銀会長が勇気を出して手紙を送ったのに、かぐや先輩は受け取ったままで返していない状況です。返事もしていないのに、また相手からの手紙を待ちわびていては発展しませんよね。それどころか礼儀のない女だと見切りをつけられるかもしれません」

 

「確かに、業突く張りで品のない人ならば百年の恋も冷めるわね」

 

「だから一発ズドンとかましましょう。恐らく白銀会長もレスポンスは遅いと読んでいるはずです」

 

「裏を突くのね」

 

「プラスアルファで堂々と、という要素を加えましょう。心には一寸の迷いもブレもなく、人として当然の行いをしているまでよって感じで。なんたって生徒会の仕事の一貫なんですから。疚しいことがあるはずありません」

 

「わかった! やるわ!」

 

最初から事務的なものと認識させれば早く片付いてそうだ。

今更ではあるが。

 

「申し訳ありません。我が主がポンのコツで」

早坂が額に手を当てて本当に申し訳無さそうに謝罪してくる。

 

「あー、あれですよ。多少抜けているほうが可愛いげがあると言いますか、親近感が湧くので大丈夫です」

 

無理矢理感満載なカバーをしつつ、文通もとい通話が終わるのを静かに待った。

 




ヒロイン候補④ ハーサカ(お別れエンド)
役職:約束された勝利のヒロイン

言わずとしれた世界崩壊級の美少女。
現時点では月城くんへの好感度は高くない。



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生徒会、手伝うってよ④

人間は逆立ちしても自然には太刀打ちできない。

 

古代社会では宗教的儀式を通して自然の猛威を鎮めようとし、現代では科学の力を以って被害を最小限に食い止めようとしている。

 

どの時代でも人間は自然にひれ伏すのがこの世の理だ。

 

「おっけーグーグル、今日の天気は?」

 

――現在気温21度、雨です。

 

「明日の天気は?」

 

――明日の港区は最低気温22度、最高気温26度で晴れるでしょう。

 

「へい、Siri!」

 

――そのような名前ではありません。さようなら。

 

かわいいアシスたんがグレた。

そして恋愛を司る神は死んだ。

土砂降りの影響で買い出しは当然中止。

 

交流会に必要な菓子類は、責任もって四宮家が用意するとかぐやからメールが届いた。

 

せっかくのお膳立てを台無しにされたわけだが、秀知院の校舎内で式はひとり、パーティー用のテーブルを乗せた台車を押していた。

 

資本主義の歯車、労働者という奴隷。

 

雨にも負けず、風にも負けず、積雪で交通機関が麻痺していようが、感染症が拡大していようが、奴隷の行進は止まらない。

 

その子である式も、社蓄精神は色濃く受け継いでいた。

多目的室と備品が置かれていた空き教室の間を何度か往復。

 

それだけでもそこそこ重労働だ。 

 

時間の余裕はあるので休憩を挟もうと飲み物の調達をしに自販機へ。

ペットボトル片手に多目的室へ戻ってきたら、本来いるはずのない人物がいた。

 

「もしやと思ってきてみれば、やはり居たか」

 

生徒会長の白銀御幸、その人であった。

ただし一張羅の制服ではなく、体操服姿で。

 

「何故に体操服で?」

 

「制服が濡れたからに決まっているだろ。だが降り注ぐ雨を一身に受けていたからか、心の汚れがごっそり洗い流された気分でもある。悪くはないな」

 

だからロッカーに閉まっていた体操着に着替えたと白銀はいう。

 

「どうして来たんですか?」

 

「さっきも言ったはずだが、もしやと思い来たまでだ。そしたら案の定お前が働いていたと」

 

「ここまでのアクセスは?」

 

「チャリで来た! だが心配はいらん。なんたって俺のスマホは防水だからな!」

 

黄門様の印籠のようにスマホを見せびらかす白銀。

 

スマホの性能を誇示するよりてめえの心配をして欲しいものだ。

 

確か白銀家は世田谷の三茶辺りに居を構えていたはずだ。

 

ぎりぎり自転車通学圏内ではあるが、悪天候にも関わらずペダルを漕ぐのは常人では確実に躊躇する。

 

なのに頭の片隅に自分が土曜に出張ることが残っていただけで様子を見に来るとは、お人好しというか、お馬鹿ちゃんというか。

 

「そういう月城こそ、その恰好はどうした。登校には制服か学校指定のジャージの着用が義務付けられているぞ」

 

「あの生徒心得は原則なので、今回は例外に当たるかと判断しました」

 

まあ原則の二文字がなかったとしても、クロックスに海パンの組み合わせに変わりはなかったが。

 

学生服にローファーはどう考えても濡れる。

 

それでも心得を守れと強要されるなら、三田か田町と高校を直結しろと申し立てるしかないだろう。

 

秀知院の金持ち衆の財力を発揮する貴重な機会だ。

駅前の大通りで信号待ちする時間が無駄だから是非そうしてほしい。

 

「それにしても良く働くな。別に無理しなくてもいいんだぞ」

 

「前日にどたばた慌てるのは好きではないので。あと暇だったので」

 

「暇だからって仕事をしなければならない理由にはならんだろ」

 

「暇だからこそ、時間を潰すために動くんですよ。生産性のないコンテンツに没頭するよりも有意義な時間の使い方でしょう」

 

家事を担当し始めたのも、暇を持て余していたのが理由だったりする。

やるべき事を予め済ませ、本当に暇な時間が出来たなら極限までだらける。

 

中学で勉学とのメリハリをつけるために生み出した式の持論だ。

 

「次はテーブルクロスを運びます。手伝ってくれますよね」

 

「勿論そのつもりで来たのだからな」

 

その日は馬車馬のように働いた。

 

切りのいいところで上がろうとしたが、如何せん外が荒れているので、天気が回復するまで働いた。

 

そのお陰で翌日の設営は滞りなく進んだ。

 

隅のほうでサボろうとする不届きな輩は容赦なく詰めた。

こういう時に混院の肩書は便利だ。

 

由緒正しくない家柄の奴は一体何をしでかすか分からない。

そう思ってくれるからだ。

 

そして交流会当日。

 

「皆サマお疲れ様デス。急ナお願いでしたが、よくぞ形にしてくださいまシタ」

 

依頼主校長の登場だ。

 

設営が完了した多目的教室では日本とフランスの生徒で賑わっている。

 

順調な出だしに校長はうんうんと頷く。

 

「ウェイターまデ手配したのは驚きまシタ。やはり貴方を生徒会に迎え入れたのは正しかったようですね、Mr.月城」

 

「秀知院の評判を落とさずにすみ一安心です」

 

ウェイターは本職を呼ぶ手もあったが、経費削減のために大学から引っ張ってきた。

 

伝手は部活のOBだ。

 

金属理化学研究部の最大の特徴は、その名とかけ離れた活動実績などではなく、卒業生との強固すぎる結束力が第一にあげられる。

 

主に経済的援助だ

野外ステージや大型ディスプレイやその他諸々のレンタル料。

審査員にかけるキャスティング料。

それらをほぼ賄っているのが、メタリカの現役生への支援金だ。

 

上流階級のOBとOGがガンガン諭吉を投げてくる。

 

大学の金属理化学研究部は毎年数名をライブの裏方として送り出してくれている。

一応大学の学祭でもライブはあるようだが、どちらかというと高等部の方が力を入れているみたいだ。

 

大学では自由がきく分、将来についても視野に入れなければならないため、あまりはっちゃけられないのだとか。

 

部活にたまに顔を出しているOBに相談したら飲食経験のあって直ぐに対応できる人を紹介してくれた。

 

これにて業務終了………といきたいところだが、生憎まだ残っている。

 

ホームページに掲載するための写真をとることが。

 

最近は写真を撮られたり、撮ったりする機会が多い気がする。

 

マスメディア部も取材を名目に忍び込んでいたので、彼女らが盗撮した写真を流してもらう案も無くはないが、あの二人と関わるのはちょっと気が引ける。

 

校長も生徒会役員がパーティーに混ざるのを望んでいるようなので、ひっそりとお邪魔することになった。

 

 

 

 

 

フランス語。

世界で英語に次ぐ2番目に多くの国・地域で使用されている言語(Wiki調べ)。

 

「ペラペーラペラペーラ」←本場のフランス語

 

「ペラペーラペラペラペーラ」←なんか凄い流暢なフランス語

 

秀知院の学生代表、白銀御幸。

絶賛言葉の壁に激突中である。

 

対話に備えてハンドブックで予習はしていたものの、にわか仕込みじゃ通用しない現実に焦りを覚える。

 

かぐやと藤原は既にあの輪に混ざってペラペーラしている。

 

(フランス語のスキルは特典でついてくんのか!?)

 

白銀は頭を抱えたくなった。

居づらいことこの上ない空間で縋る先は一つ。

 

「月城はフランス語話せたりするのか?」

 

同族の式だ。

外部入学者同士でこの苦しい時間をやり過ごそう。

そんな白銀の願いは木っ端みじんに粉砕された。

 

「………日常会話くらいならなんとか」

 

(お前もかよっ!?)

 

それだけを言い残しカメラを構えてスタスタ歩いて行ってしまう。

呆然と取り残される白銀の孤独な戦いが始まる。

 

 

 

 

一方で、同じく孤独な式は平常心を保っていた。

仕事として立っているなら余計な干渉をする必要はない。

 

話しかけられた時だけ、一言二言返せばOK。

そう、このように。

 

「ボンジュール」

寄ってきたフランス校生への「ボンジュール」。

 

式の知るフランス語はこれ一つだ。

 

ただし先ほどの白銀に対しての発言は見栄ではなく本心から来たもの。

 

英語圏ではハローで押し通せる。

ならばフランス語圏はボンジュールで押し通せる。

 

クラナドは人生、きんモザは語学。

身構えずに軽い気持ちで話しかければOKだ。

 

「日本語でおk」

 

「あっ、そうなんすね。ありがたいです」

 

元々日本文化に好意的な面子が集まっているなら、日本語を操れる生徒がいても何ら不思議ではない。

秀知院の姉妹校も中々優秀な生徒が揃っている。

 

「上杉謙信、サイコー」

フランス校生君は戦国マニアであったか。

 

「おー。白井胤治、サイコー」

と、ニッチなネタからせめて話題を展開していった。

 

話をしていくうちに、日本のサブカルチャーの偉大さを改めて思い知らされた。

 

ゲーム大国日本万歳。

戦国シミュレーションゲームを開発したコーエーも万歳。

 

なまじ歴史小説をかじっていたことが逆効果で、目を輝かせながらぐいぐいと迫ってくるフランス校生君。

なんか日本刀を見たいと強請りだした。

 

剣道部が日本陸軍将校の軍刀を刃引きした状態で保管しているので、土下座交渉すれば貸してもらえる可能性がある。

 

期待しないようにと念を押してから、式は道場へと向かった。

 

 

 

 

その後ろ姿を不敵な笑みを張り付けて見送る影が。

 

「ベツィー、彼が次のターゲットだ」

 

「ヒクッ、まだあるの?」

 

「ご、ゴメンネ。次は大丈夫だから。ね、ね」

 

校長に慰められている少女の名はベルトワーズ・ベツィー。

フランスディベート大会2連覇中で『傷舐め剃刀』の異名で恐れられている。

 

彼女ならば腕っぷしではなく、口だけでフランス革命を成功させていたと、圧倒的な論破力は諸外国にまで響き渡る。

まさにフランス版口先の魔術師。

 

ただしつい先程、生徒会の会長として相応しいかを見極めるために校長により送り出され白銀に絡んだが、ガーディアンかぐやにより返り討ちにあったばかりで涙目。

 

今度も生徒会所属の外部入学生という肩書に耐えられるかを測るべく式を狙う予定なのだが、トラウマを植え付けられた彼女は乗り気ではないご様子だ。

 

会長と副会長だけは別格だと訴えられたことで、渋々とターゲットの背中を追いかける。

 

「Bonjour」

 

廊下でそう声をかけられたことで、口撃対象はゆっくりとベツィーへ振り返った。

 

特別な雰囲気を纏っているわけではない一般的な男子生徒は、突然呼び止められたことで困惑気味に軽く会釈を返す。

 

かぐやにカウンターを食らった手前、影響がないと言えば嘘になるが、論破界の女帝としてのプライドをこれ以上傷つけられてなるものかと、ベツィーは気を引き締める。

 

「◆■▲■◆▲■▲■●■●▲■◆●■●▲◆」←耳になまこの内臓を捻じ込まれるレベルの精神攻撃

 

これぞ正に一撃必殺。

ディベート大会決勝でもお目にかかれない質の口撃を披露する。

 

だがしかし、白銀と同じくこの男もフランス語なんてちんぷんかんぷん。

英語ならばワンチャンあったが、意思疎通が図れない彼は。

 

「ボンジュール」

 

でその場しのぎの、目的のブツを借りるために階段を降りていった。

 

まさかこんにちはで返されるとは夢にも思わず、これにはベツィーも唖然呆然。

 

最高傑作ともいえる口撃が全く効いていない。

 

老若男女関わらず説き伏せてきたベツィーにとっては、人生最大の屈辱を受けた一日となった。

 

このまま尻尾巻いて逃げるなんて醜態は晒せない。

 

戻ってきた時に再度勝負を仕掛け、今度は耳に死にかけのアルパカを捻じ込まれ、反対の耳から引っ張り出されるレベルの精神攻撃で討ち取る。

 

そう決意した直後、ベツィー全身に稲妻のようなものが走る。

 

さっきの「ボンジュール」に隠された意味。

それはあの程度の口撃など、彼にとっては日常茶飯事なのだと、とんでもない勘違いをする。

 

朝一に近所の人とすれ違えば、耳になまこの内臓を捻じ込まれるレベルの罵詈雑言を投げかけられる世紀末な世界の住人なのだと、ありえない勘違いをする。

 

その時だった。

 

静寂に支配されていた廊下の奥から、こつんこつんと小さな足音が聞こえてきた。

 

ハッと我に返り視線を上げれば、ターゲットが真っ直ぐこちらへ歩いている。

つい数分前と異なるのは、その右手に携えている日本刀。

 

土下座交渉&部費アップ交渉の果てに勝ち取った式は、一仕事終えた顔で満足気だが、ベツィーの脳内ではターミネーターのあのテーマが流れる。

 

四宮かぐやは同じ舞台で戦ってくれた。

しかし全員が全員、そうであるとは限らない。

 

人間が用いる意志伝達手段である言語を介さずに、仕返しをする手段なんて腐るほどある。

 

まさに目の前のラストサムライのように。

 

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

本能に従いベティーは一目散にその場から逃げ去った。

 

いくら弁が立つといえど、そのさえ首切り落とせば強制的に黙らせることが可能だ。

なんて野蛮な思考回路。

 

ちょっと悪口言っただけで、刀片手にぶっ殺しに来るなんてあの日本人頭おかしい。

 

しかしここはフランスからかけ離れた極東の島国。

腹切りに美学を見出す野蛮な国で、フランスの常識がまかり通るはずがない。

 

確かセデックなんて首狩族が存在していたから、彼はその末裔だ!

等と、曖昧な知識の中から結論付け、物陰に隠れて観察していた校長の足にしがみつく。

 

「もうヤダ、ベツィーお家帰る!」

 

「ご、ゴメンネ。今年の生徒会、変り者多くテ困るヨネ」

 

日本怖い。

楽しい楽しい交流会だったはずなのに、強烈なトラウマを刻まれたベツィーだった。

 



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