乃木園子は勇者である ~リベンジの章~ (てんぱまん)
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友情編
【第1話】Time Leap


神世紀301年 4月

 

 激しかったバーテックスとの戦いを終え、天の神を退けた。そして同時に神樹も消えた。そのため壁も無くなって壁外だった場所は火の海ではなく、あれ果てた本当の風景が姿を現した。そう、彼女たちは終えたのだ。300年以上前からの因縁の対決を---。

 

 

 

大橋 英霊碑

 

「ミノさん、もうすぐ新学期だよ~。私たち、中学三年生になっちゃう~」

 

「春休みもあと三日で終わりだものね。」

 

東郷と園子はこの日二人で、ある勇者のお墓参りに来ていた。彼女たちの友達で、かつて一緒に戦っていた同期の勇者---三ノ輪銀である。

 

「新学期どうなるんだろうね~」

 

「新しい部員も入ってくるだろうし、楽しみね。」

 

「勉強難しくなりそう~....もっと寝ちゃうよ~....」

 

「勉強面に関しては、たぶんそのっちは大丈夫だと思うわ....」

 

東郷は苦笑いでそう答える。

 

「ねぇねぇ~、ミノさんも向こうでお勉強しないといけないんだからね~?さぼっちゃダメだよ~?....あっ、私たちの教室で一緒に授業受けてもいいんだよ~!」

 

「銀は今の授業内容でも結構苦労してそうだものね....」

 

「全く....ミノさんは私たちがいないとダメなんだから~」

 

二人はそんな何気ない会話を続け、時間はあっという間に過ぎていった。

 

「あら!もうこんな時間だわ....」

 

「え~....もっとお話していたいよ~....」

 

「気持ちは分かるけど....早く帰らなきゃね。また来ましょう!」

 

「....うん、そうだね!またすぐ来よう~!」

 

園子は元気に返事をし、二人で銀の方を見て言った。

 

「またね!ミノさん~」 「またね!銀!」

 

二人はそう言って銀に別れを告げ、英霊碑をあとにした。

 

---

 

---

 

---

 

帰り道、二人は途中で困っている人を助けながらもバス停を目指した。

 

「いろいろとやってる間に時間かかっちゃったわね....この時間まだバスあるかしら....?」

 

「え....」

 

「?そのっち....どうしたの....?」

 

園子は一点を見つめて立ち止まっていた。やがて、その方向に指をさして言った。

 

「あれ....」

 

東郷は園子の言われるがまま、その方向を見る。そこにはいたのは見覚えのある顔だった。ビニール袋に日常用品を詰め込んで横断歩道を渡ろうとしている。

 

「あれって....もしかして、鉄男くん....?」

 

東郷の質問に、園子は黙ってゆっくりと頷く。

 

「私....ひさしぶりに見た....あの日以来だよ....。」

 

園子はボッーとしながら信号待ちをしている鉄男をじっと見つめる。

 

「私もそうよ....。随分と、立派になったわね....!」

 

「うん....おっきくなったよ~」

 

園子は嬉しそうに微笑むと、そのまま歩き出した。

 

「あ、そのっち?別に鉄男くんが行こうとしてる方向でもバス停にいけるわよ?せっかくだから鉄男くんに....」

 

「....別にいいよ。」

 

園子は東郷の言葉を遮るようにして断る。

 

「だってさ....鉄男くんは私たちのことどう思ってるかしらないし....なにしろ、私たちがミノさんのこと守ってあげられなかったんだから....鉄男くんに悪いよ。」

 

「........。」

 

「だからさ、わっしー。こっちから帰ろう!」

 

「........うん、そうね...。」

 

園子は笑顔でそう言うが、本当は鉄男に一言くらいかけたかった。だがここは、彼の気持ちを優先した。家族である、弟である彼も....同じくらいの苦しみを味わったのだから。

そんなことを考えていたその時....

 

 

キキッー!

 

 

刹那、車のスリップ音が響く。

『....!!!』

その音に反応した二人は咄嗟に後ろを向いた。そこには、バランスを崩し、スリップしたトラックが猛スピードで鉄男の方に突っ込んできていた。あまりにも突然のことで、鉄男はその場で固まってしまっている。

それを見た園子は一目散に鉄男の方へと走り出した。

(間に合え....!!)

そうとだけ願って無心で走りつづけた。そしてついに、園子は精一杯手を伸ばし、困惑している鉄男の手を掴む。トラックが突っ込むよりも先に、鉄男の手を取ることに成功したのだ。

 

 

 

そこまでは覚えていた。しかし、そこからの記憶はなかった。気づいたときには彼女は、家のベッドに寝ていた。

 

「.........ん.........ぅん.........あれ.........?......えっ!?....ここ、私の家....だよね....?確か....鉄男くんを助けようとして....」

 

園子は手のひらや体を見たりするが、特にケガはしていない。

 

「ケガはない、か....。....ん....?なんかおかしいような....」

 

その違和感は服にあった。私服だったはずなのに今はパジャマを着ている。

 

「ええっ!?服まで違う!?」

 

不思議なことが次から次へと起こり、驚いた園子はベッドから立ち上がる。しかし、そこでもまた驚いた。

 

「あれ....なんか低く感じる....」

 

部屋全体が大きく感じた。そう、背が縮んでいたのだ。

さすがにこれはおかしいと思い、夢じゃないかと疑った。また、自分は死んだのではないかとも思った。しかし、頬をつねっても痛いし、心臓も音をたてている。

 

(一体....なにがどうなってるの~!?私はどうなっちゃったの~!?)

 

謎は一向に深まるばかり。とりあえず自分の部屋の外から出ることにした。自分の家の召使いたちが少し若く見えた気がした。洗面所に向かい、顔を洗う。やっぱり背が低く感じた。顔も少し幼くなっているような....。時間が経つにつれてどんどん気になることが増えていく。園子はリビングに行って窓の外を見た。

 

(外は明るい....もう朝みたいだ....もう何がどうなって....)

 

その時、母がリビングに入ってきた。

 

「あら、園子。まだ家にいたの?早く朝ご飯食べて行かないと遅刻するわよ~」

 

「え、あ....うん....」

 

お母さんだ。お母さんに関してはあまり違和感を感じなかった。やっぱりちょっと若返ってる気はするけど。

園子はさっさと朝ご飯を食べ終え、学校に行く準備をしようとする。しかし....

 

「あれ....?制服がない....。」

 

どこを探しても讃州中学の制服は見当たらなかった。カバンもない。教科書もない。だんだんわかってきた気がした。そして、次の瞬間....それが確実になる。

 

「園子様。制服とランドセルならこちらに。」

 

「........えっ....?」

 

園子は聞き間違いかと思ったが、召使いは明らかにそう言った。召使いは制服とランドセルを持って待機している。

 

(え....!?嘘でしょ!?こんなことが実際に....。し、信じられない....けど、いきなりどうして....!?)

 

園子は召使いに言われるがまま、制服に着替え、ランドセルを背負って家を出た。そこでスマホを取り出し、いろいろと調べてみる。

 

(わっしーも、ゆーゆも、にぼっしーもいっつんもフーミン先輩も....!全員の連絡先がない....!)

 

そして、今日の日時を見る。

 

「神世紀........298年4月10日....?.......。......あ....そっか....。...私、わかっちゃった~....。」

 

ぴったり三年前にタイムスリップしている。園子はここまで生活してその事実を現実としてしっかり受け止めた。もちろんなぜこうなったかはわからないが、過去に来れたということはつまり....。

 

「これはきっと....神樹様が最期にくれた私へのチャンスだ....。これならきっと....これから起きる最悪なことを変えられる!」

 

(第二話につづく)



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【第2話】Reunion

 

「ひさしぶりの神樹館小学校....」

 

園子はとりあえず学校に行った。校舎内に入り、いろんなところをきょろきょろ見て懐かしみながらも自分のクラスだった教室を目指す。

 

「おはよ~....」

 

おそるそおる教室を覗く。しかし、教室内にいる児童はほんの少しだけだった。

 

(そっか....私小学生のころは早く登校してたんだっけ....)

 

自分の席だった場所は鮮明に覚えていた。そこに座り、ランドセルを机の横にかけた。

 

(まだ時間あるよね~。ちょっと寝てよっと~....)

 

園子はそう思うとどこからかサンチョを取り出し、その上に顔をのっけて仮眠についた。

 

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---

 

「はっ!わわわわわわ!!お母さんごめんなさ~い!........ってあれ....?家じゃない....」

 

気がつくと、周りには先ほどよりも多くの児童たちがおり、外もだいぶ明るくなっていた。

 

(あっ....!そっか....私タイムスリップして、小学校に登校して....)

 

「乃木さん。ここは学校で、朝の学活前よ。」

 

園子の隣からそう声が聞こえる。

 

「....!!」

 

園子は驚いた目をしてその声の主の方をじっと見つめた。

 

「........わっしー....。」

 

目の前にいたのはまだ鷲尾須美という名前だったころの彼女だった。園子の友達で、これから過酷な運命を共にする者。園子は涙を浮かべて席を立ち、いきなり須美に抱きついた。

 

「ちょ、ちょっと....乃木さん....?」

 

突然なことに、須美は困惑する。

 

「わっしー....わっしー....あの頃のわっしーだ~....!」

 

「乃木さんったら、まだ寝ぼけてるの....?」

 

クラスメートたちもその異様な光景に釘付けになっていた。

 

「乃木さん!みんな見てるわよ!いい加減にして!」

 

園子はやや強引に引き剥がされる。

 

「あっ....ごめ~ん!........えっと....その....おはよう~」

 

「........はぁ....おはようございます。」

 

園子の挨拶に、須美は少し冷たく挨拶を返した。

 

「みなさん。おはようございます。」

 

そこへ担任が入ってくる。もう学活が始まるようだ。

 

(....!安芸先生だ....!)

 

園子がそう思った瞬間、誰かが教室に駆け込んでくる。

 

(あっ....!!)

 

「っと!!ギリギリセーフっ!!」

 

わかってはいた。園子はわかってはいたのだ。しかし、こうしてまた実際に彼女を見ると、園子の中から何かがこみ上げてきた。

 

「....ほっ....間に合った~....」

 

駆け込んできた彼女はそう言うが、担任に出席簿でポンと頭を叩かれる。

 

「三ノ輪銀さん。間に合ってません。」

 

「先生痛っー!」

 

教室中が笑いで包まれる。そう、彼女はこういう人だった。クラスのムードメーカー的な存在で、友達も多い。最初のころはこんな彼女が苦手だった。しかし今は、そんな風に思ってた自分が懐かしい。

 

「早く席についてください。もう始めますよ。」

 

「むすぅ....はぁ~い....」

 

彼女は納得いかない様子で自分の席に座る。

 

「ねぇねぇ、なんで今日は遅れたの~?」

 

「ふふっ....小学六年生にもなるといろいろあるのさ。........ってあれ!?教科書忘れた....。」

 

あのときと全く同じ。まぁ、それは当たり前なのだが変わりない彼女を見て、園子は今すぐ彼女と話したい、抱きついて頬ずりまでしたいと思った。ただその一心だった。しかし、今そんな行動を起こせば先ほどのようにまた注目を集め、いつもと違う、などと怪しまれてしまう。ましてや今は勘が鋭い安芸先生の前だ。

園子は溢れ出てくる気持ちを一生懸命抑えた。

 

「それじゃあ、今日の日直の人。」

 

「はい!」

 

先生に呼ばれ、元気よく返事をして立ち上がったのは隣の鷲尾須美。

 

(はっ....!確か今日だ....!)

 

そこで思い出した。このあとすぐ、彼女たちの初めての戦いがやってくる。

 

「起立!礼!」

 

『神樹様のおかげで今日のわたしたちがあります』

 

「神棚に礼!」

 

(来るっ....!)

 

「着席!........あっ....」

 

やはり来た。時間が止まっている。

 

「........これって....!」

 

前の方の席の銀もこちらを振り返る。

 

「来たんだよ~。....私たちがお役目をするときが。」

 

「えっ....?」

 

園子はいち早くそう言って二人の顔を見た。

 

「ほら、見て。樹海化が始まる。」

 

園子は窓の外を指差して言った。

 

「ちょっと待って乃木さん....なんでそんな冷静に....」

 

「わっしー。とりあえずそれは後。....今は、目の前のことに集中するよ!」

 

---

---

---

 

「おおっー!!ここが樹海か~!」

 

「三ノ輪さん、遊びじゃないのよ。」

 

「えへへ、わかってるって!」

 

「二人とも聞いて。....これからあの大橋を渡って敵がやってくる。」

 

「えっ....?」

 

「やっぱりあの奥のでっかいのが大橋なんだな!?」

 

「うん。....そして、今回来る敵は一体。水の塊を飛ばして攻撃してくる。」

 

「乃木さん!さっきからなんなの....?全部わかりきったような感じで....。まさか、あなた巫女のような能力も....?」

 

「あっ、えっと....ま、まあそんな感じかな~アハハ~!」

 

「........。乃木さんの言ってること本当かしら。いまいち信憑性がないわ。」

 

「....!待ってわっしー!これは本当のことなんだよ!」

 

「私は乃木さんのこと信じてあげたらいいと思うけどな。これから同じ伝説の勇者同士、仲間になるわけなんだからさ!」

 

「仲間........そうね。三ノ輪さんの言うとおりだわ。乃木さん、ごめんなさい。」

 

「いやいや、全然いいんよ~。」

 

まだあまり仲良くないころだからか、とても話すのがむずかゆくて気まずかった。

 

「あっ!見えたぞ!あれだな!?」

 

「うん....。そうだよ。あれがバーテックス....」

 

「!........あれが....!」

 

(私は一回あいつ戦ってる....!今は二人を一切傷つけないであいつを倒す!)

 

(第三話に続く)



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【第3話】Battle

更新遅くなってしまい、申し訳ございません!
プライベートの事情で執筆作業が滞っておりました....。
この作品を待ってくださっていた方々みなさんにお詫び申し上げます。


 

「いい?まずは向こうにバレないように三方向からあいつを囲む。私は正面、わっしーは右側、ミノさんは左側!わかった?」

 

「うん!それでそれで?」

 

銀はうずうずしながら園子の話に食い入るように聞く。

 

「それで、最初に横からわっしーが弓で攻撃する。向こうにはバレてないし、横からだから多分あいつは攻撃を防げない。もろに食らうと思うよ。........でも、わっしーの弓じゃあいつを倒せるほど強くない....。あいつは、攻撃されたらわっしーに気を取られてわっしーに攻撃してくると思う。」

 

「えっ!?それって....鷲尾さん大丈夫なのか!?」

 

「........わっしー....そこはしょうがないんだけど、あいつの攻撃は比較的遅いから、それは走って逃げて避けてくれる?」

 

「........。初戦からかなり重役ね。でも.......任せて!やって見せるわ!」

 

須美は少し緊張している様子だったが、弓を握りしめてそう答えた。

 

「で!?その後は....?」

 

また銀が聞いてくる。

 

「その後は、私が攻撃する。わっしーに気を取られてる間に正面からズドーン!だよ~!」

 

「おおっー!豪快ー!」

 

「大丈夫かしら....」

 

「私のその攻撃で向こうはだいぶダメージを負って隙ができると思うから、その隙にミノさんが....」

 

「トドメっ!....だな!?」

 

「うん!そう~!」

 

銀のノリに園子は楽しそうに答える。

 

「ちょっと二人とも!あいつの攻撃方法がわかってるからっていっても緊張感なさすぎよ!これは私たちにしかできない大事なお役目なんだからね!?」

 

須美はプリプリしながら二人に注意した。

 

『ご、ごめんなさ~い....』

 

二人は声を合わせて謝る。

 

(つい....ミノさんと話すのが懐かしくて....。でも、そうだよね!わっしーの言う通り、昔は勝てたからって油断はできない....)

 

「よしっ!じゃあみんな!変身するよー!」

 

「ええ!」  「ああ!」

 

園子の呼びかけに、二人は勇者システムを起動する。光に包まれ、三人はそれぞれの勇者服をまとった。

 

「おお!かっけー!あたしがあの伝説の勇者だなんて....!」

 

「三ノ輪さん、気持ちはわかるけど落ち着いて!」

 

「それじゃ、みんな!作戦通りにいくよ~!」

 

『オー!!』

 

園子のかけ声で、三人はそれぞれの立ち位置につくために別々の方向へと動き始める。

 

(一番大切なのはバーテックスにバレずに定位置につくこと....!それさえできればあとは勝てる....。ここは二人を....二人を信じよう!)

 

まだ堅苦しい須美と興奮中の銀。園子は多少の不安はあったものの、二人を信用することにした。

 

 

 

三人は樹海の特殊な地形を利用し、うまく隠れながら移動できている。そして....

 

---

 

『こちら、準備できました!』

 

『あたしもOKだ!』

 

携帯で連絡を取り合い、園子は二人から報告を受け取る。

 

「よし、まだみんなバレてないね!上出来だよ~」

 

『なんで乃木さんに上から誉められてるのかしら....』

 

『鷲尾さん....今それ気にしたら終わりだよ....』

 

「じゃあ....わっしー、3、2、1の合図で弓を射って!」

 

『....!....了解!』

 

須美はそう返事すると電話を切った。

 

-

 

-

 

-

 

見晴らしの良いところに立ち、バーテックスめがけて弓を引く。

 

(大丈夫....私ならできる....鍛錬通りにやれば....。私がやらなきゃ、ダメなんだ!)

 

「南無八幡........大菩薩っ!」

 

須美の放った弓は光のように一直線に早く、神樹に向かって進むバーテックスに直撃する。

 

(よし!当たった!)

 

すると次の瞬間、須美に向かってバーテックスが水泡を飛ばしてきた。

 

(!?こんなに早いの....!?)

 

園子からは遅いと聞いていたが、それは須美の思っていたスピードを超えていた。どんどんこちらに近づいてくる。

 

(逃げなきゃ....!)

 

須美はすぐさま行動し、地形の陰に隠れる。

 

「ふぅ....あ、危なかった....」

 

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-

 

「さすがわっしー。ちゃんとやってくれたね~!」

 

園子はそうつぶやくと体に精神を集中させ、力を溜める。それに反応した園子の勇者システムは持っている槍を大きく変形させた。

 

「私も負けていられないよ~!くらえっーー!突撃ー!!」

 

園子はそう叫んで思いっきり飛び上がった。自分ごと突進。園子自体が槍となり、遠くから見たらそれはもう紫に光るミサイルだった。

 

ズバーン!!

 

園子の体を呈した攻撃は、バーテックスの体を貫通。不意打ちの大ダメージを負ったバーテックスは、体を斜めに傾けてバランスを崩す動作を見せる。

 

「たあっ!!」

 

次に園子は槍を傘状に変形させ、それを用いて着地時の衝撃を和らげ、ストッ....と静かに地面に降り立った。

 

「あとは....トドメだよ!ミノさん!!」

 

-

 

「三ノ輪さん!」

 

二人は最後の仕上げを決める、少女の名を呼ぶ。

 

-

 

-

 

-

 

「二人ともすっげーな!あたしも負けてられないね!」

 

銀はそう言うと体に力をこめる。

 

「うおおおおお........!!」

 

銀の武器は魂のごとく燃え上がり、熱い炎を発する。

 

「トドメだっ!!バーテックス~~!!」

 

銀は高く飛び、体を傾けるバーテックスに向かって行く。そして....

 

「銀様の乱舞、くらいなっーー!!」

 

銀は何度も何度も敵の体を斬りつけた。目に見えぬほどの斬撃。銀の攻撃をまともにくらったバーテックスはバラバラになった。

 

「どうだっーー!!」

 

銀はそう言いながら背中から落ちていく。そこをすかさず園子が飛び出し、銀の体を抱きかかえてキャッチ。そして着地した。

 

「おっ、乃木さんサンキュ!」

 

「ミノさん!別に勇者になったからっていって、バリアとかついてないんだから、着地もしっかりね!あの高さで背中から落ちたらケガしちゃうよ~」

 

「あはは....どうも、お気遣いありがとうございます....」

 

銀は苦笑いしながらそう答えた。

 

「それで........そろそろ降ろしてもらえる?」

 

「あっ!ごめん~」

 

銀と園子がそんな会話をしていると、

 

「ん?なんだ....?」

 

「ああ、きっとこれは鎮火の儀だね~」

 

「わぁ....」

 

幻想的な風景に、銀も思わず見とれていた。

 

(これを見るのも....懐かしいな....)

 

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-

 

「綺麗....」

 

須美はひとり、遠くでこれを見ていた。そして、バーテックスの残骸が消えたのを目にする。

 

「あっ、消えた....」

 

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-

 

「消えた....な....」

 

「うん。消えたね~」

 

「ってことは....」

 

銀は園子の手を取った。

 

「やったー!私たち、勝ったんだー!」

 

「あ、うん!勝った勝ったー!」

 

二人は飛び上がって喜びあった。

 

(本当に懐かしい....。こんなことも........あったな....。)

 

「!?乃木さん、どっか痛いとこあるのか!?」

 

「え....?」

 

「乃木さん、泣いてるぞ!」

 

「え....あ....」

 

自分でも気づかなかった。こうしてまた、銀と手を取り合って喜び会えたこと、普通に話せること。それが嬉しくて、嬉しくて....いつの間にか無意識に泣いていたのだ。

 

「あ、はは....そうなんだよ~ちょっと腕痛めちゃって~」

 

「大丈夫か!?ちょっと見せてみろ。」

 

「あ、いや、別に大したことないって~」

 

「いいから、見せろ。」

 

「........。わかった。」

 

こういう優しいところも変わらずミノさんだ。

 

するとその時、

 

「うおっ!?今度はなんだ!?」

 

「....戦いが終わったから樹海が解けるんだよ~」

 

---

 

--

 

-

 

「う、うん....?あっ!ほんとだ!ってここ大橋じゃん!学校じゃないじゃん!」

 

「そっか~学校に戻されるんじゃなくてここに戻ってくるんだね~」

 

「あっ、やべ~....上履きのままだ~....」

 

「とりあえず、学校戻ろっか~」

 

園子と銀はそんな会話を交わす。

 

「........。」

 

「....?わっしー....?」

 

須美だけは依然、ずっと黙りこくっていた。

 

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鷲尾家宅

 

バシャ!

 

この日の夕方。須美は、毎日の日課のお清めをする。そして、今日のことを振り返って反省していた。

 

(乃木さんの的確な作戦と指示がなければ....あの二人がいなければ勝てなかった....。私一人じゃ勝てなかった....。私がちゃんとしなきゃいけないのに。私が頑張らなくちゃいけないのに....。私が、私が....)

 

須美は何度も水を被る。そして、須美は一つの疑問を抱えていた。

 

(けど....巫女の力ってあそこまでわかることなのかしら....。バーテックスの攻撃方法も、樹海化だって初めてのはずなのにまるでわかりきってるみたいな言い方だった....。そこまで巫女がわかるなら、普通事前に大赦から敵の情報が送られてくるはず....。乃木さんだけ特別ってこと....?それとも、彼女は何か隠してる....?)

 

園子への疑問と自分一人じゃなにもできない無力さをひしひしと体に刻み込みながら須美はなんども水を被るのであった。

 

(第四話へ続く)



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【第4話】Get along

 

 

翌日。三人は担任によってクラスメートにこう紹介された。

 

「この三人には特別なお役目があります。だから昨日のようにいきなりいなくなってしまう時がありますが、そのときは慌てたり騒いだりせず、落ち着いて心の中で三人を応援してください。」

 

須美はちらっと横の二人を見る。そうすると二人はニコッと笑って須美の方を見返した。

 

 

 

時間は過ぎ、放課後。

 

(誘おう....誘うんだ....!)

 

須美は勇気を振り絞ってイスから立つ。そして座っている銀と園子に向かって言った。

 

「あ、あの........よければその....これから祝勝会なんて....どうかしら....?」

 

須美の提案に二人は笑顔を見せ、

 

「おっ、いいねぇ!」

 

「うん!行こう行こう!」

 

と、答えた。

 

---

 

---

 

---

 

「本日はお日柄もよく....このような日を迎えられたことを大変嬉しく....」

 

「おうおう、堅苦しいぞ~」

 

「もっと、リラックスリラックスだよ~わっしー!」

 

「あ、えっと.....」

 

「ほら、乾杯~!」

 

須美の話を遮り、銀がそう言ってドリンクを持ち上げる。

 

「ありがとうね~わっしー」

 

「え....?」

 

「私も誘おうと思ってたんだけどね、なかなか言い出せなくて~。わっしーから言ってくれたとき嬉しかったんだ~!」

 

「うん!鷲尾さんから誘ってきたことなんて初めてじゃない?」

 

「そうなんだよ~!」

 

「合同訓練もなしにあたしたち、結構....っていうか完璧にできなかった!?ケガ一つしてないし!!初陣とは思えないほど!!」

 

「え、あぁ~....私にし、神託がきてたからね~。その作戦がたまたま成功しただけなんよ~」

 

園子は咄嗟にそう言う。すると須美は園子の顔をじっと見つめたと思ったら、やっとイスに座った。

 

「そ、それでね~私たちの初陣についてガンガン語りたかったんだよ~!完璧にできたからこそ尚更~!」

 

園子は怪しまれないよう、なんとかして話を戻す。

 

「........実は、私もそうなのよ。」

 

やっと須美が口を開く。

 

「それでね........私、二人のこと信用してなかった。」

 

「え....?」 「........。」

 

銀は困惑の声を漏らす。

 

「違うの。私ね、人を頼るのが苦手で....それで....乃木さんの言うことも最初は疑心暗鬼になってた。けど、三ノ輪さんの『信じよう』って言葉のおかけで、今回....私はうまくできたんだと思う。本当に、二人がいなかったら勝てなかったわ。ありがとう。」

 

須美の言葉を聞いた銀は笑顔が戻る。

 

「それで........なんだけど....二人とも....これから仲良くしてくれませんか....!?」

 

「え....?」 「あ....。」

 

二人はフッと微笑する。

 

「何言ってんだよ、私たちもう仲良しじゃん!」

 

「うん!これからよろしくね~わっしー!」

 

「!!....二人とも!........それからえっと....さっきから気になってたんだけど乃木さんがいつの間にか呼んでる『わっしー』ってのは何....?」

 

「あだ名だよ~。嫌かな~?」

 

「い、いや........別にいいわ。」

 

須美は少し顔を赤らめ、園子とは目を合わさずにそう答える。

 

すると銀が須美に向かって、

 

「でもさ........三ノ輪さんってのはよそよそしいな~。あたしのことは銀って呼んでよ!」

 

と、笑いかけて言った。

 

「あっ、ミノさんだけずるい~!私も私も~!」

 

園子も便乗し、須美の顔をじっと見る。

 

「えっ....う、う~ん....えっと....」

 

「ははは!ま、いっか!....よし!それじゃ一段落ついたところで!ジェラートタイムといきますか!」

 

銀はそう言って元気よく立ち上がる。

 

---

 

--

 

-

 

「あむっ!う~ん....おいしい~!」

 

園子は頬に手を当てて幸せそうな表情をする。そして銀にこう聞く。

 

「ミノさんは何にしたの~?」

 

「あたしはしょうゆ豆ジェラートっ!」

 

銀は得意げにそう言った。

 

「あ~!ミノさんそれ大好物だもんね~!」

 

「えっ....?あたしがこれ好きなこと知ってたっけ....?」

 

辺りに微妙な空気が流れる。

 

「はっ!!い、いやいやいやいや!!大好物なんだね~って言ったんよ~!」

 

「あっ、そう?」

 

「うん、そう~!」

 

(危ない危ない....またやっちゃったよ~....。楽しすぎて興奮するとついボロがこぼれちゃうね~....)

 

「........。」

 

またしても須美はじっと園子の方を見た。そしてパクッと一口、ジェラートを食す。

 

「んっ!?美味だわ....!味の調和が絶妙ですばらしい....!」

 

それを聞いた園子は、

 

「あ~ん!」

 

と言って須美の前に顔を出す。

 

「な、なに....?」

 

「そんなにおいしいなら、あ~んっ!」

 

「えっ!........こういうの初めてなんだけど........あ、あ~ん....」

 

須美は慣れない動作をして園子の口の中に自分のジェラートを入れる。

 

「うんっ~!おいし~!初めての共同作業だね~!」

 

「はっ!!!」

 

須美は顔面を真っ赤にさせた。

 

「言葉の意味がおかしいぞ~」

 

銀がすかさず園子に対してツッコミを入れる。

 

「ははは、友達と一回こんなことをしてみたかったんよ~。わっしーは~?」

 

「えっ!?わ、わたしは....あぅ........ぅ....」

 

須美は戸惑い、言葉を詰まらせる。

 

『はははははは!!』

 

それを見た銀と園子は楽しそうに笑った。そのとき、須美は笑われたのにも関わらず、なぜか不思議と不快にならなかった。それどころか逆にどこか心地よい感覚を覚えた。

 

 初めてできた友達。初めての経験。たくさん会話した一日。友達っていうのは、こうやってできるものなんだ。なんだかとても心が暖かい。一緒にいるだけで楽しい。友達ができるっていうのも、悪くない。

 

(第五話に続く)



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【第5話】Leader

初陣から半月近く経過したころ、園子はあることを考えていた。

 

(もうそろそろだったはず....二回目の戦い。確か、竜巻を起こしてくるバーテックスだった。あの時はミノさんのごり押しで勝ったんだっけ....。そのせいでわっしーもミノさんも結構ケガしてたなぁ....。私があいつを倒したいけど、この頃の武器じゃ相性が悪い。それに、最初はわっしーとミノさんを守らなくちゃいけない。私、今度はどうしたらわっしーたちを傷つけないで済むんだろう....。)

 

「おーい、園子ー。園子ー?」

 

「あっ!ご、ごめんミノさん。」

 

いつの間にか銀が園子の顔をのぞき込むようにして見ていた。そんなことをされていたのに園子は全く気づかなかったのだ。

 

「ったく、ま~たボッーとしてたなー?」

 

銀は苦笑しながら園子にそう言った。

 

「そ、それで何かな....?」

 

「須美が聞きたいことがあるんだってさ~」

 

銀はそう言って後ろでもじもじしている須美を園子の前へ持ってくる。

 

「あ、あの....乃木さん!....神託とかって、きてるのかしら....?」

 

「え....?」

 

「ほ、ほら!乃木さん....この前神樹様からの神託で敵がどんなやつかわかったでしょう?対策したいからできれば早めに知りたいと思って....。」

 

「あっ、そうだね~....」

 

そうだ。今回は違う。私は敵がどんなやつか知ってるんだ。初めて戦う敵ではないのだ。せめて、せめてこの二人に話しておくだけでもだいぶ変わるはずだ。相手の戦い方を知っているのといないのとでは全然違うはずだ。

 

「来てるよ。神託。」

 

「ほ、ほんと....?」 

 

「よっしゃあ!これで次も勝ち確だな!」

 

二人は食い入るように園子に顔を近づける。

 

「次の敵はね........」

 

 

 

-

 

 

 

-

 

 

 

-

 

 

 

「ほ、本当に乃木さんの言った通りの敵ね....!」

 

「ああ!....それにしても、思った以上の竜巻だ....!」

 

結局、二人に話したところで状況は変わらなかった。あのときと全く同じ。そもそもこいつ相手には誰でも相性が悪かった。須美の弓は届かず、銀は捨て身の攻撃をしなくてはならない。園子も、他の二人を守るのが精一杯でこちらが攻撃する隙すらない。

 

「ぅぅ....吹き飛ばされそうだよ~....!」

 

「くそっ....どうしたら....!」

 

すると、一番後ろにしがみついていた須美が何も言わずに突然離れる。

 

「須美っ!?」

 

銀はそう言って高く飛び上がった須美の方を向いた。

 

(やっぱり私がやらないとダメなんだ....!)

 

須美は遙か上空で弓を構える。

 

(わっしー....無駄だよ。わっしーの弓は届かない....。)

 

「南無八幡....大菩薩!」

 

須美が全力で放った弓はあっけなく竜巻に巻き込まれ、敵にすら当たらずに終わった。

 

「そんな....!わぁっ!!」

 

須美はそのまま竜巻によって遠くに飛ばされる。

 

「須美っー!!........くそっ....」

 

「待ってミノさん!」

 

「え....?」

 

「この後ごり押しでいくつもりでしょ?それなら私がやる!」

 

「いや、私は大丈....」

 

「いいから!ミノさんは飛ばされたわっしーを助けに行って!」

 

「........わかった。だけど園子、気をつけろよ。」

 

銀はまっすぐな眼差しで園子を見て言った。

 

「....うん。任せて!....それじゃ、いっくよ~!」

 

園子の合図で二人は一斉に飛んだ。銀はすばやく後ろに飛ばされるように仕向け、須美との距離を一気に詰めて彼女をキャッチした。

 

「....!!三ノ輪さん....」

 

「大丈夫か?須美。」

 

「ありがとう....。それで、あのバーテックスは....」

 

「園子がやってくれるってさ。....大丈夫。あいつならきっとやれる。あいつを、信じよう!」

 

---

 

(こいつは、頭上が弱い。頭上なら竜巻の影響が少ないから効率的に攻撃できる。でも、多少のケガを負うことは覚悟しなくちゃいけない。けどそんなこと、今の私にはどうだっていい!....あの二人が傷つくくらいなら私は....)

 

「命だろうとなんだろうと捧げる!」

 

園子は高く飛び上がり、バーテックスの遙か上へと飛ばされる。そして、槍を下に向け、空気抵抗を最小限に減らし、初陣と同様に自分ごと突っ込んだ。

 

「一撃で終わらせるよ~!!くらえっ~~!!!」

 

隕石のごとく落ちてきた園子はその一撃でバーテックスを見事破壊した。とんでもない威力だった。

 

「うぐっ....!」

 

そのため、遙か上空から落ちてきた衝撃はかなり強く、園子は受け身をうまくとる余裕もなく、地面に転がった。

 

「はぁ....はぁ....やっ...た....」

 

ひとりで倒せた。そして須美と銀は無傷。二人を守り抜けたのだ。園子はそれが嬉しくて優しく微笑んだ。全身が痛い。体がだんだん麻痺してきて動かなくなってくる。自分の血が地面に広がる。

 

すると、こちらに向かって走ってくる須美と銀の姿が見えた。

 

「園子っー!!大丈夫かっー!!」

 

「の、乃木さん....!ひどいケガだわ....早く病院に運ばなきゃ....」

 

「樹海化が解除されるまであと何分くらいだ?」

 

「わからない....でもあともう少しだと思うわ。」

 

「くそっ....。それにしても園子、お前無茶しすぎだぞ....!ひとりでここまでしなくていいのに....!」

 

「そ、そうよ....私たちだって、いるんだから....!」

 

二人がこんなに自分のことを心配してくれている。園子は二人に対し、悪いことをしたなぁ、と思った。ただひとりだけで背負い込むのもダメなのだ。園子はそれをわかっていたはずなのにすっかり忘れていた。信用してもいい友達がここにはいるのに。

 

(ごめん....ね....わっしー....ミノさん....)

 

自分では声に出したつもりだが実際には出ていなかった。二人には聞こえていなかった。立つどころか、話すことすらもできなかったのだ。

 

(あ、あれ....?)

 

やがて二人の姿が霞んできた。意識が遠のいていく。

 

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-------

 

-------

 

「ぅ....ぅぅん....」

 

「!!乃木さん!気づいた!?」

 

「よかった....本当によかったよ....」

 

園子が気づいたときには病院のベッドで寝っ転がっていた。ベッドの両脇には銀と須美が自分の顔を覗き込んでいて、園子が目を開けるのを確認すると銀が飛びついてきた。

 

「いいか、園子!あたしは今すっごい怒ってる!お前がひとりであんな危険なことしたからだ!これからは二度とあんなことするなよ!私たちもいるんだからな!!ひとりで頑張ろうとすんな!!」

 

銀は熱く、園子に訴えかけた。

 

「本当、ごめんね....私、二人に傷ついてほしくなくて....。」

 

「乃木さん、勇者にケガはつきものよ。ある程度なら私たちだって耐えられる。いや、耐えなきゃいけないんだから。逆に無傷でお役目を終えるなんて不可能に近いわ。」

 

「わっしー....」

 

するとそこに、担任が入ってくる。

 

「!....乃木さん。よかった、目が覚めたのね。全く、ごり押しにも程があるでしょ。こんなの、いくつ命があっても....」

 

「あっ、先生大丈夫です。園子には私たちでいっぱい言い聞かせておいたんで!」

 

銀は担任にそう言って無理やり止めさせた。おそらく、話が長くなると思って止めたのであろう。

 

「あら、そう。........じゃあ、ちょっと話いいかしら?三人とも。」

 

『はい。』

 

担任は改まって三人の前に立つと、

 

「この三人のリーダーを決めたいと思います。」

 

「リーダーっすか?それならあたし以外なら誰でもいいっすよ!」

 

「リーダーは、乃木さんにお願いするわ。」

 

「えっ....?」

 

須美が一瞬、困惑してそう言った。担任の言葉に、園子は特に驚かなかった。それはもうわかっていたからだ。

 

「わかりました~私やりま~す!」

 

「任せたぞ!園子!」

 

「........そうね。私も、賛成よ。」

 

さっきまで様子が変だった須美もすぐに元に戻り、その意見に賛成した。

 

「よし、なら決定ね。神託によると次の侵攻までにしばらく時間があるそうだわ。そこで、乃木さんのケガが治ってから合宿を行います。」

 

『合宿?』

 

三人は声を合わせてそう聞いた。

 

(第六話に続く)



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【第6話】Training Canp

 

「遅い!三ノ輪さん遅いっ!」

 

「まあまあ、わっしー。ミノさんもきっといろいろあるんだよ~」

 

園子の怪我は無事完治し、今日から合宿が始まる。須美と園子は合宿先行きのバスで大人しく銀を待っていた。須美はぷりぷり怒っている。それは銀が約束の時間を過ぎても現れなかったからだ。

 

「それにしてもこの遅れ方はないわ!あんなに張り切ってたのに!」

 

須美がそうやって園子に言った瞬間、

 

「すみません~!遅れましたー!」

 

と、銀がバスに駆け込んできた。

 

「三ノ輪さん10分遅刻よ!何考えて....」

 

「いや~ごめんごめん!....ちょっといろいろあって~....」

 

「ほら、わっしー。いろいろあったんだって~」

 

「いろいろって....なによ....」

 

「いろいろはいろいろさー!」

 

銀はそう言って須美の隣に座った。

 

「あれ?今日は珍しく園子が寝てないな?朝はだいたい寝てるのに。」

 

「えへへ~。今日は私も張り切ってるんよ~!ずっとこの日が楽しみだったからね~!」

 

 

 

三人が揃ったところでバスは動き出す。ようやく合宿先に向かうのだ。

 

(たとえ一日だって、この僅かな時間だって無駄にはできない....。この三人で一緒にいられる時間は限られてる....。)

 

園子はそれがわかっていた。だから寝はしなかった。少しでも今を楽しむために....。

 

 

 

 

 

「三ノ輪さんをあそこのバスまで運んだら成功よ!途中でボールに当たったらそこでアウトだから頑張るのよー!」

 

合宿先に着くとすぐに鍛錬が始まった。担任がこの合宿の監督のような立ち位置に着き、園子たちを鍛える。

 

「ねぇねぇ、こっからジャンプしても良いかな?」

 

「ずるはダメだよ、ミノさん~....」

 

「ま、そうだよな!....須美もよろしくな~!」

 

銀は振り返って遠くに待機している須美に手を振る。

 

「あ....え、ええ!三ノ輪さん!乃木さん!」

 

「お堅いぞ~!須美っー!ほら、銀って言ってごらんなさい!」

 

「私も私も~!」

 

「うっ........ぅぅ....」

 

須美は顔を赤らめて下を向いた。

 

「あちゃ~....まだダメか~....」

 

「緊張してるみたいだしね~。ま、焦らずゆっくりでいこうよ、ミノさん~!」

 

「ふふっ....そうだな!」

 

二人はそう言って前を向いた。

 

「それじゃ、始め!」

 

先生の合図で機械が動き始める。

 

 

 

-----

 

 

 

---

 

 

 

-

 

 

 

「はぁ~....極楽極楽~....」

 

旅館を丸ごと貸し切り。これは大赦の力あってこそなし得ることだった。銀は一日の疲れを癒すために温泉に入る。

 

「この数日間大変だったね~。私、ちょっと筋肉ついたかも?」

 

「でもま、これから成長する女の子がこなすメニューとしてはかなりキツかったよなぁ。今日でクリアできて本当に良かったと思うよ。....それはそうと........鷲尾さんちの須美さんや、その体を見せなさい。」

 

「えっ!?どうして....」

 

「クラス1のそのお胸を拝んでおこうかなと思って....」

 

「い、いやよ!!」

 

「事実を言ったまでだね!むしろ大きいくせしてデレてるとか、贅沢言うな!」

 

銀は須美に襲いかかった。対して須美もそれに対抗する。

 

「ふふっ....やめときなよ~?先生に見つかったら....」

 

園子がそこまで言ったとき、丁度そこへ担任が入ってきた。

 

「三ノ輪さん、鷲尾さん。貸し切りだからって温泉で騒がない!」

 

そうとだけ言うと、担任は奥へ進んでいった。

 

「ほらね~。」

 

「す、須美....見たか....?」

 

「ええ....。」

 

「服の上からだとよくわかんなかったけど、大人ってすごいんだな....」

 

「ふ、二人とも聞いてないし~....」

 

 

 

 

 

温泉から出て、三人は部屋に戻る。担任からは連携を深めるために常に三人でいることを命じられていた。そのため、部屋も三人同部屋だった。

 

「ねぇねぇ、二人は好きな人とかいないの?」

 

布団に寝転がった銀がいきなり聞いてきた。

 

「えっ!?わ、私はもちろんいないわ!」

 

「須美はいなさそうだもんな~....。ちなみに私もいない!」

 

「ええっ!?自分から振っておいていないの?!」

 

「別に悪いことでも何でもないだろ?女子三人集まったからにはやっぱり!....こういう話が盛り上がるっしょ!」

 

銀は得意気にそう言うと、

 

「園子は?」

 

と、聞いてくる。その問いに園子は笑って答えた。

 

「いるよ。好きな人。」

 

「ええっーー!?」

 

「ホント!?誰誰??」

 

須美は異様に驚き、銀は目を光らせて迫ってくる。

 

「それはね~............ミノさんとわっしー!!」

 

『........。』

 

少しの間、沈黙が流れる。

 

「そんなことだろうと思ったわ....。」

 

「ま、園子らしいよな。」

 

二人は苦笑いしてそう言った。

 

「ええ~....本当だよ~!」

 

「それはわかってるよ。........ただ、こういうのは普通異性だろ....?」

 

「えっ?そうなの~?」

 

「はは....さすが園子だ....」

 

「もう話は終わったわね。早く寝るわよ。」

 

須美はそう言ってさっさと部屋の明かりを消す。

 

「え~!早いよ須美~!」

 

「ダメよ。明日もまた朝早いんだから。」

 

そんなことを銀と須美が話していると突然、部屋中に星空が広がった。

 

「わっ!?なんだこれ?!」

 

「プラネタリウム~」

 

園子はニコニコして即答する。

 

「消しなさい....!」

 

「え~....」

 

「いいから!」

 

「は~い....」

 

園子は須美に促されてプラネタリウムの電源を切った。

 

-----

 

---

 

--

 

「ぅ....ぅん....あれ....?乃木さん....朝起きるの早いのね....。」

 

まだ完全に日が出ていない時間。朝日が遠くの山と神樹が作った壁を照らす。それを園子がイスに座って髪を整えながら見ていた。

 

「あ、おはよ~わっしー。起こしちゃったかな~?」

 

「いや、大丈夫よ....。」

 

須美は目をこすりながらゆっくりと布団から出た。

 

「なんかね、早く起きちゃったんだ~。なんだか目が覚めちゃって。」

 

「そう....。」

 

「今日で帰っちゃうしね~....」

 

「そうね....。なんだかんだ大変だったけど、私は楽しかったわ。」

 

「私もだよ。すっごく楽しかった。ずっとこの時間を....繰り返していたいよ....」

 

「えっ....?」

 

「あっ、いや....名残惜しいからさ~!ほら、わっしー。早めに帰る準備しておこう?」

 

「そうね。三ノ輪さんも起こそうかしら?」

 

「まだ気持ちよく寝てるし、別に起こさなくてもいいんじゃないかな~?」

 

「........そうね。なんか悪いものね。」

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!三ノ輪さん遅いっ!やっぱりあのとき起こしておくべきだったわ!」

 

須美と園子は帰りのバスに乗っていた。また銀が来ない。もう出発する時間はとっくに過ぎている。

 

「まあまあ、ミノさんもいろいろある....」

 

「いろいろじゃ済まされないこともあるのよ!このままじゃ三ノ輪さんは将来苦労する羽目になってしまうわよ!」

 

須美は少し怒り気味で園子の言葉を遮ってそう言う。

 

「考えすぎだよ~もっとお気楽に~」

 

「乃木さんは逆に緩すぎなのよ!」

 

 

 

「ごめんなさいー!遅れましたー!」

 

 

 

やっと銀が帰りのバスに乗ってくる。

 

「三ノ輪さん....あなたねぇ....」

 

「おお....須美こわ....。本当にスマン!ちょっと野暮用で....」

 

「野暮用....?」

 

須美は目を細めて銀を見た。

 

 

 

---

 

 

 

--

 

 

 

-

 

 

 

「乃木さん!これは調べるべきことだわ!このままだとお役目にも支障が出てくる!」

 

合宿から帰ってきて数日。須美はこんなことを園子に提案してきた。

 

「し、調べるってなにを~?」

 

「三ノ輪さんが毎回遅れてくる理由よ!今日はランドセルに猫入ってたし!........明日は彼女を尾行してその理由を突き止めるわよ!」

 

「尾行....?そこまでする必要あるかな~....?」

 

「あるわ!そのまま本人に聞いても絶対答えてくれないもの!」

 

「確かにそれはそうだね~....」

 

「じゃ、決まりね!」

 

須美はそう言って話を切り上げた。園子から見た須美は怒っていながらも、どこか楽しそうに見えた。

 

(第七話に続く)



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【第7話】Research

 

「ここが三ノ輪さんの家....結構大きいわね。」

 

「それで~?家に入るわけにはいかないし、どうするの~?........ピンポンダッシュとか?」

 

「そ、そんな物騒なことしないわ!........こういうときはね....」

 

そう言って須美は持ってきたバッグの中を漁る。園子はそれをわかりきっているかのような顔で見つめた。

 

「これを使うのよ!」

 

「おお!それは何?」

 

本当は知っているが、ここはとぼけて聞く。

 

「ふふふ....これはね....こう使うの!」

 

須美は取り出したものをカチャカチャいじり始めると、棒が縦に延び、それを覗き込んだ。

 

「ほら、これで中がよく見えるわ!」

 

「すご~い!!........けど、そっちの方が物騒じゃ....」

 

「謎を解くためよ!しょうがないわ....!」

 

そのまま二人は三ノ輪家の観察を続けた。すると、銀が縁側にやってくる。その腕には産まれたばかりの銀の弟が抱かれていた。

 

 

 

「おーよしよし、いい子だぞ~」

 

 

 

「ミノさん、家のお手伝いしてるのかな?」

 

「大赦の中でも権力を持っているとはいえ、裕福なわけではないのね。」

 

 

 

「よしよし、偉いぞマイブラザ♪....お前は将来あたしの舎弟としてこき使ってやるからな!」

 

 

 

「見てて癒されるね~」

 

「言っていることはちっとも癒されないけどね....。........あっ、動き始めたわ!」

 

須美たちは銀の動きに合わせて隠れる。銀は家を出てどこかへ向かって歩いていった。

 

「どこへ行くのかしら....」

 

「買い物かな~?」

 

「とりあえず追いかけるわよ!」

 

二人はこの一日、銀を尾行してわかった。道を聞かれたり、ケンカを仲裁したり、困ってる人の人助けをしたりなど道中で様々なことをしていた。

 

「それにしてもすごいわね....」

 

「トラブル体質ってやつ~?」

 

やっとショッピングモールに着いた銀はまたトラブルに巻き込まれていた。そして須美たちはそれをとうとう見ていられなくなり、一緒にそれを手伝った。

 

 

 

---

 

 

 

「ははは!じゃあ私、家にいた頃から見られてたわけ?」

 

「三ノ輪さんが今まで遅れてきた理由、ちゃんとわかった気がする。....ごめんなさい。」

 

「もう、須美。謝らなくていいって!あたし昔からさ、こういうのに巻き込まれやすくって。本当、ツイてないよなぁ~」

 

「銀もずっと大変な思いをしていたのね。....?....乃木さん....?どうかした....?」

 

須美は園子の様子がおかしいことに気づいた。小刻みに震え、別に暑くもないのに汗を掻いている。

 

「大丈夫か園子。風邪か?具合悪いのか....!?」

 

銀も明らかに変な園子を見て彼女を心配する。園子が考えていたことは一つ。

 

(今日だ....。この日だ....。完全に忘れてた。楽しさに打ちひしがれて、今日侵攻が来ることを完璧に忘れてた。あの時、私たちは勝った。でも、みんな傷を負った。もう二人は傷つけさせないって決めたのに....。どうしよう、なにも作成考えてない....。どうしたら二人を守って....)

 

「園子?....園子!しっかりしろ!」

 

「....はっ!」

 

「乃木さん....大丈夫....?様子が変よ....?」

 

銀と須美が園子の顔を覗き込む。すると園子は一言だけ小さく、こう言った。

 

「来る....っ!」

 

『え....?』

 

園子がそう言った瞬間に三人の端末が鳴り響く。樹海化警報だ。

 

「!!....乃木さん、まさか神託が来てたの....!?」

 

「なるほど。だからさっきから様子がおかしかったってわけだ。大丈夫!私たちなら勝てる!........でもまあ、唯一嫌なことと言ったら、せっかくの休みが台無しになったことだけどな~。」

 

「ごめん二人とも....」

 

園子は申しわけなさそうに二人に頭を下げる。

 

「大袈裟だよ園子っ!ほら、樹海化始まるぞ。さっさと変身変身!」

 

「あ....う、うん!」

 

「よし、行きましょう!」

 

(今度こそ....乃木さんと三ノ輪さんの力を借りないで私ががんばらないと!)

 

---

 

--

 

-

 

「くっ....!」

 

(あいつだ。あの大きな足。あの足で地震を起こし、ドリルでミノさんを傷つけた。それをさせないためにはどうすれば....どうすれば....!)

 

園子は胸の前で拳を握った。その手は震えている。その震える手を隣にいた銀が両手で握った。

 

「大丈夫だ園子。落ち着け。そんなに怯えなくたって大丈夫!前、言ったろ?........あたしたちを、信じろって。」

 

「....!!!」

 

「あたしたちは大丈夫だから!絶対に。」

 

園子はそれを聞いてうつむいた。

 

「大丈夫じゃないから........怖いのに........」

 

「えっ....?」

 

「いや、なんでもない!....そうだね。ミノさんたちがいるよね!頑張ろう。戦おう!」

 

「おう!そうだ園子!」

 

思わず心の声が漏れてしまった。意外とタイムリープというのはキツいものだ。自分しかこれから起こる未来を知らない。相談できる相手もいない。精神的にかなりくるものだった。その未来を変えなくてはならないのに。

 

園子はさっきの言葉が銀に聞こえていなくてよかったと思った。園子はとりあえず戦う覚悟を決めた。『大丈夫だ。この戦いで二人は死ぬことはない』と自分に言い聞かせて。

 

「いい?二人とも。こいつはあの足で地震を起こして....」

 

園子が話し終わる前に早くも、バーテックスは地震を起こしてきた。

 

(くっ....!早い....!)

 

「見ろ!あんな高いところにいるぞ!」

 

「私に任せて!」

 

須美はそう言って弓を構え、そして放つ。が....

 

「!?高すぎて弓が届かない....!?どうすれば....」

 

その瞬間、あの巨大のドリルが銀目掛けて上から超速で落ちてきた。

 

「わっ....!?」

 

銀は斧を使ってそれを防ごうとする。が、園子がその銀を突き飛ばした。

 

「....園子っ!?」

 

銀は驚き、後ろを振り返る。ドリルはそのまま園子に直撃した。その衝撃で銀は後ろに吹き飛ばされる。

 

「うっ....園子....?園子っーー!!」

 

「う、嘘でしょ....乃木さん!!」

 

二人は彼女の名を呼ぶ。しかし、高速回転するドリルは樹海に当たっていなかった。

 

 

 

ギギギギギギギッ!!

 

 

 

金属がこすれあわさるような、工場にいるかのような音が聞こえてくる。

 

「わ、私は....大丈夫....!」

 

「園子....!」

 

園子は武器を傘状にしてバーテックスの攻撃を防いでいた。が、今にも押しつぶされそうだ。足がプルプル震え、園子の武器も壊れそうだった。ドリルでバラバラにされるのも時間の問題。

 

「あ、あと........一分は持つから....その間に....!」

 

「わかった!すぐに倒すからな園子!」

 

銀はそう言うと須美のところへ駆け寄っていった。園子は内心焦っていた。正史では園子の機転でこいつを倒したのだ。その園子が戦えない今、彼女たちはどうするのか。とても不安だったが、園子は彼女らを信じた。須美と銀ならきっとこの状況も打破できる、と。

 

「ど、どうしましょう....弓も届かない、乃木さんはあんな状況....早くなんとかしなくちゃ....!」

 

「須美っ!あたしに作戦がある。」

 

「えっ....!」

 

「けどな、チャンスは一回だけだ。失敗したら取り返しがつかない....」

 

銀はそうやって俯くが、

 

「........わかった。銀の作戦に乗るわ。迷ってる時間なんてない。今はそれに賭ける!」

 

須美はバーテックスを睨みながら強くそう言った。

 

「須美....!....了解。あたしの作戦はまず、同時に二人でジャンプする。その時、私が斧で土台を作るからその上を思いっきり蹴飛ばしてさらにジャンプしてくれ。いわゆる....二段ジャンプ作戦だ!」

 

「なるほど....空中でもう一回跳べるってことね....!そうすればバーテックスに矢が届くかも....!でもそしたら銀は....」

 

「大丈夫!土台にされるからってケガしないさ!着地もちゃんとするし!........須美の矢があたったらあいつ、多少怯んであそこから降りてくると思う。そしたらあのドリルもなくなって園子を助けられる....。」

 

「それならその隙をついて攻撃もできるわね....!」

 

「そうだ!それなら勝てる!早速やるぞ!」

 

「ええ!」

 

二人は覚悟を決め、武器を構える。須美は弓に矢をセットし、

 

「いくぞ!....せーのっ....!」

 

銀の掛け声に合わせ、二人はほぼ同時にジャンプした。空中でバランスを取りながらも、最高点にまで達すると銀が斧の側面をバーテックスの方へ傾けて角度を合わせた。

 

「よし、今だ須美っ!!ジャーーーンプ!!」

 

「えーーいっ!!」

 

二人はうまく呼吸を合わせ、須美は最高のタイミングで高く跳んだ。

 

「南無八幡大菩薩!!」

 

須美の放った矢は見事、バーテックスにまで達し....

 

 

 

バゴーンッ!

 

 

 

と、轟音を鳴らしてバーテックスに穴が開いた。

 

「やった!成功!」

 

銀の予想通り、バーテックスは怯んで下に落ちてくる。

 

 

 

---

 

 

 

「やっぱり........すごいや、二人とも。」

 

園子はドリルの圧力から解放され、プルプル震えている両腕を下にさげて呟いた。

 

「はぁ....はぁ....それにしても結構ギリギリだったね~....私の武器、ひび入っちゃってるし~。もう........戦う体力もないや....。このまま任せても大丈夫そうだね~」

 

 

 

---

 

 

 

「やったな須美!作戦大成功だ!!」

 

「え、ええ!三ノ輪さんすごいわ!」

 

「おっと........まだ喜んじゃいけないな。それじゃ、トドメといきますか!」

 

銀はそう言って高く飛び上がり、須美が先ほどバーテックスの体に開けた穴に入った。

 

「よくも園子にひどいことしてくれたな!!お前は私が、バラバラにしてやるっーー!!」

 

銀はバーテックスの中で暴れまわる。まるでそれは銀自身が台風の目となり、竜巻を起こしているようだった。

 

 

 

ガッガッガッガッガッガッガッガッ!!

 

 

 

バーテックスの体は小さく切り刻まれ、無事倒すことに成功した。

 

「よっと!どんなもんだい!」

 

「さすがだわ....三ノ輪さん....!」

 

「おうよ!それより、園子は大丈夫か?」

 

「私は大丈夫だよ~!体はヘトヘトだけどおかげでケガもしてないよ~!」

 

園子は槍を杖代わりにし、フラフラしながら二人に歩み寄る。

 

「園子!........よかったぁ....」

 

「乃木さん....無事でなによりだわ....!」

 

また、須美と銀も園子の元へ駆け寄り、園子を支える。そして、

 

「あっ....」

 

「始まったな。鎮火の儀。」

 

「なんとか勝てて良かったんよ~」

 

---

 

--

 

-

 

樹海化が解け、三人は大橋の近くで大の字で寝ていた。戦いに疲れた勇者たちは芝生の上で転がる。

 

「わっしーもミノさんもケガはない~?」

 

「あ、まあ....こんなのケガのうちに入らないさ!」

 

「えっ....?」

 

「ほら、ドリルの衝撃でふっとばされたとき........ちょっと手擦りむいちゃって。でも全然痛くないぞ!気にすんな!」

 

銀はそう言って手のひらを園子に見せる。

 

「........わっしーは~?」

 

「........。」

 

「?....わっしー?」

 

「....ぅぅ........」

 

「須美!?」

 

須美は泣いていた。ボロボロ涙を流し、手で目をずっとこすっている。

 

「どこか痛むのか!?」 「だ、大丈夫~?」

 

二人は須美を心配し、起き上がって彼女の顔を覗き込む。すると須美は、

 

「怖かった....」

 

とだけ言った。

 

『えっ?』

 

「そのっちがバーテックスに襲われてるとき....あのまま押しつぶされてしまったらって....私が矢を外したらって....それを考えてしまって怖かった....。よかった。無事でよかった....!勝ててよかった....!」

 

「....わっしー。ありがとね。そこまで考えてくれてたなんて。随分緊張したんだろうね。............ん?わっしー今なんて言った!?」

 

園子は優しい口調から一転、急に須美に詰め寄って聞く。

 

「え....?」

 

「今、私のこと『そのっち』って言ったよね!?それもごく自然に!!」

 

「あ....本当だ....!」

 

須美も自分では意識がないかのような反応をした。それを見た銀は、

 

「あたしもあたしも!!『銀』って呼んでよ!!」

 

「ぎ、銀....」

 

「うほっー!!やっと....やっとだー!」

 

銀は嬉しそうに両腕を上げ、喜ぶ。

 

「私ももう一回言って!」

 

「そ、そのっち....」

 

「う~ん....いいね~!!」

 

園子も同じように感動する。実に、東郷....須美からそのっちと呼ばれるのは久しぶりの感覚だった。須美、銀、園子....三人はそのまま夕方になるまで大橋ではしゃいでいた。お役目を通じてようやく縮まった三人の仲。この日、園子はようやく楽しかった理想の『あの時』に戻ったと感じた。

 

もうすぐ春が終わり、夏がやってくる。タイムリープしてから約3ヶ月が経過しようとしていた。夏に入ればようやく本命のあの戦いがやってくる。

 

次のバーテックスの侵攻。

 

園子はその結果を変えるために今までやってきた。これを逃せば二度とチャンスは巡ってくるはずがない。もう時間がない。それまでになんとか作戦を立て、全員生きて戻らねばならない。

 

神に選ばれるのはいつだって、無垢な少女たちである。そしてその多くの場合、その結末は........

 

しかし今なら変えられる。なにも知らなかった『あの時』の自分ではない。今はすべてを知っている。バーテックスの秘密、勇者システムの秘密、大赦のこと、そして壁の外........。

 

---

 

「すっかり暗くなっちゃったなー」

 

「もう帰らなくちゃいけないわね。」

 

「よし、みんな!帰ろう~!」

 

三人はそう言って一斉に起き上がった。

 

「それじゃあそのっち、銀。また明日学校でね。」

 

「うん!じゃあね~ミノさん、わっしー!」

 

「ああ!....またね!」

 

(第8話に続く)



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【第8話】Everyday

 

 

「はっ!」

 

「たあっ!」

 

「おりゃあ!」

 

今日も園子たちはいつも通り訓練に励んでいた。そこに、

 

「三人とも、ちょっといいかしら。」

 

三人は先生に呼ばれ、先生の近くへ集合する。すると彼女は、

 

「しばらく三人に休暇を与えます。根を詰めすぎてもダメだからね。」

 

と言った。

 

「わーい!!休むのは得意です!」

 

銀が両手をあげて喜ぶ。

 

「休むと言われても........どうすれば....」

 

「そんなの簡単だよ、わっしー!」

 

「え?」

 

「ふふふ....私たち三人で遊びまくるのさ~!」

 

 

 

---

 

 

 

--

 

 

 

-

 

 

 

「HEY!わっしー!レッ~ツエンジョォイィ.... KAGAWA ラァァイフゥー!!!」

 

翌日、園子はリムジンで鷲尾家を訪れていた。このノリで挨拶してきた園子を見て、須美は困惑する。

 

「絵に描いたような休日てんしょんね....」

 

「さあ!早速いくよわっしー!乗って乗って~!」

 

須美はいつも以上にテンションが高すぎる園子を横目にリムジンに乗り込み、園子の隣に座る。

 

「たんたんふふん♪ほら、わっしーも一緒に~♪」

 

園子は耳につけていたイヤホンを片方、須美に渡す。

 

「そんな音楽ひとつで変わるわけ....」

 

 

 

---

 

 

 

「たったらた!たっただ!たったらたったた~!」

 

「いいね~!わっしー!........さぁ、楽しい休日の始まりだよ~!!」

 

園子はその後、銀も迎えに行き、自分の家へと招いた。そこでは銀にドレスなどを着せて楽しんだ。普段銀がこういう服を着ているのを見ないので、とても新鮮だった。

 

「やっぱり、ミノさんよく似合ってるよ~!」

 

「そ、そうかな........ん....?やっぱりって、おいおい、こういう服着たの初めてなんだけど....?」

 

「あ、いやいや!なんでもないなんでもな~い!ほら、わっしーも着たら~?」

 

「えっ!?わたし....?私はいいわよ....」

 

「いや、私も園子に賛成だね!さっきからずっとこんなに私のこと言っておいて、自分だけ何もしないはズルいぞ~!ほら、着せちゃえ~!!」

 

「いや~!!」

 

二人は多少無理やり須美に派手なドレスを着せる。

 

---

 

「お、ほら~....須美似合ってんじゃん!」

 

「綺麗だよ、わっしー!!」

 

「そ、そうかしら........」

 

須美は恥ずかしがって下を見る。

 

(まさか二人のこんな姿がまた見れるとはね~....この休みの時が一番、楽しかったな~....)

 

園子はそんなことを考えていると、いつの間にか二人が迫ってきていた。

 

「なあなあ、あたしたちだけじゃなくても園子も着ろよ~?」

 

「そうよ~?もともとそのっちの服だけれど着たところ見たことないものね~....」

 

「!?........あ、ははは....え~今日は別に~....」

 

『いいから着なさい~!!』

 

「ひぇ~!!!」

 

 

 

---

 

 

 

--

 

 

 

-

 

 

 

某日 神樹館小学校

 

「ねえねえ!須美は夢とかあるのか?!」

 

「えっ....!?なに、急に....」

 

「いや~....三人でこうやって黒板に絵を描いてたら、園子の絵見て思いましてね?」

 

「なるほど........それなら、私は歴史学者さんよ!」

 

「ほ~....須美らしいや!園子は?」

 

「私?私はね~....小説家になること!二人もいつか私の描く小説に入れたいな~。アツくて頼れるミノさんと、真面目で時々おもしろいわっしー!」

 

「お、おもしろい....?」

 

須美は少し嫌な顔をする。

 

「ん?つまんないよりはいいじゃん。」

 

「それはいいのだけれど....なんというか....私も頼ってほしいわ....」

 

すると、それを聞いた銀が須美の肩に手を置いて言った。

 

「わたし、そうやっていじける須美の顔、好きだな!」

 

「え....!!なにそれぇ!!」

 

須美は赤くなって銀に言い寄る。それを園子は優しく微笑みながらしばらく見ていた。そしてこう言った。

 

「おおっ~いいよ~!今の二人の感じ~!」

 

園子は手で四角窓を作り、それを覗いて二人を見る。

 

「そ、そういう銀は....どうなのよ....!」

 

「私?小さい頃は正義のヒーローとかに憧れてたけど....えっと....」

 

「もう叶えちゃったもんね~」

 

「?........どうしてそこで恥ずかしがるのかしら?」

 

「言っちゃいなよ~」

 

「わ、笑うなよ~....?」

 

銀はいつも見せない表情になる。やがて小さい声で言った。

 

「お、お嫁........さん....」

 

「良い夢じゃない!とてもすばらしいと思うわ!」

 

「そ、そう....かな....」

 

銀は微笑んだ。

 

銀の夢。決して叶うことのなかった一人の少女の儚い夢....。園子は拳を握りしめた。そして、

 

「....ミノさん。」

 

園子が不意に口を動かす。

 

『ん....?』

 

突然雰囲気が変わった園子を見て、二人が彼女をじっと見る。

 

「私がその夢、絶対叶えてあげるからね。」

 

「え....?ふふっ、なんだよそれぇ。私と園子は結婚できないだろ?はっ....!まさか私のこと恋愛感情として....!?」

 

銀は園子の言葉を冗談として受け取り、笑いながらそう答える。それに対して須美は表情を変えず、まだじっと園子を見ていた。

 

「....あ....私、もうひとつ夢があった~!」

 

「え?」

 

「こ、今度はなに?そのっち....」

 

「いつまでも、わっしーとミノさんと一緒にいること。大人になっても、おばあちゃんになってもずっと....ずっと....。こうやって話して、笑っていられる関係でいること。それが私のもうひとつの夢だ~!」

 

『........。』

 

二人は少し黙ると、やがて口を開いて言った。

 

「それはそれは....随分と壮大な話だな....。けど、あたしもそうだ!....園子!今日からその夢もあたしの夢!!」

 

「ふふっ....私も。私も二人とずっと一緒にいたい。私たち三人は、どんなときでもずっと一緒に。........私もそれ、夢にするわ!!」

 

三人は手を重ね、やがて両手で握り合う。

 

「『やくそく』だよ、ミノさん....わっしー....」

 

 

 

---

 

 

 

------------

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。いつもそうだ。つらい時間だけが、長く感じる。....私のあの二年間。私にとっては、あの時間は止まっていた。そう感じた。心も、なにもかもすべて。ピタリと止まっていたのだ。

 

 

 

あれから私たちはいろいろなことをした。休みの期間中ギッシリ、ほぼ毎日遊んだ。プール、ラブレターの出来事、国防体操....本当に充実した日々だった。こんなにも忙しくしている間にも、私は密かに考えていた。楽しすぎて忘れるなんてことはもう、二度としなかった。例の戦いに対する作戦はだいたい完成していた。あの三体を三人で倒す方法を。繰り返す訳にはいかない。あの止まった時間を....自らの命を落とすことよりも苦しいこと。もっとも大切な友達を、もっとも大切な友達の記憶を....失うことだ。

 

 

 

休暇も残りわずかとなっていた。この日、私は迷子になって(いるふりをして)いた。このことを二人に連絡して会いに来てもらうことになった。本来の歴史に沿って進んでいるならば、今日会えるはずなんだ。

 

「そのっち~!大丈夫~?」

 

「あ!わっしー!」

 

先に来たのは須美だった。

 

「はぁ....はぁ....もう、大丈夫?迷子なんて....」

 

「えへへ~....ごめ~ん!」

 

「お~い!二人とも~!」

 

そこにちょうどやって来たのは銀だった。しかし、銀だけではない。

 

(やっぱり来た....!)

 

須美は銀の近くにいる四人を見る。それは、銀の家族だった。

 

「あ、銀はご家族と買い物していたんだったわね。」

 

「あはは。結局三人集まっちゃったな。」

 

「勇者同士は引かれ合うんよ~」

 

「........銀のご家族に挨拶した方がいいかしら....?」

 

「いや、いいよ。私も照れくさ....」

 

「ううん。しよう。」

 

「えっ!?ちょ、園子ぉ!?」

 

銀の制止を無視し、園子はズンズンと銀の家族の近くに寄った。そして、

 

「どうもはじめまして~。ミノさ....銀ちゃんのお友達の乃木園子っていいます~」

 

「あら、どうも~!」

 

「乃木家の娘様だね。こちらも、お世話になっています。」

 

銀の母と父が園子に軽く頭を下げ、挨拶する。

 

「いえいえ~!こっちがお世話になってばかりです~」

 

---

 

「あちゃ~!園子のヤツなにやってんだ~!」

 

「別に悪いことじゃないわ。私も挨拶しとかないと。」

 

「ちょお!?須美までぇ!?」

 

---

 

「君は........ミノさんの弟さんの鉄男くんだよね~?ミノさんからたまに君の話聞くんだ~」

 

「........。」

 

鉄男は恥ずかしがっているのか、銀の母の後ろに隠れ、出てこようとしない。ただ、園子を上目遣いで見ているだけだった。すると、

 

「だぁ~!おぎゃ~!」

 

「あっ....」

 

ベビーカーの上で寝ていた赤ん坊が泣き出す。

 

「お~よしよし、いい子だからな~」

 

そこに銀がやってきてその赤ん坊を抱き上げた。そしてあやしはじめる。その銀の様子を見た園子は、彼女がとても幸せそうな表情をしていて心がほわほわと温かくなった。

 

「銀のご両親ですね。鷲尾須美と申します。いつも銀にはお世話になっております。」

 

そこに須美もやってきて銀の両親に丁寧に挨拶を始めた。それを見た園子は....

 

「鉄男くん、ちょっといいかな?」

 

ある行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

園子は鉄男を呼び出し、少し見晴らしの良い場所まで連れていく。鉄男は少し戸惑いつつも、園子について行った。銀たちがいる場所まではそう遠く離れていない。街の風景を二人で見ながら、園子が鉄男に質問をした。

 

「ねえ、鉄男くん。鉄男くんはお姉ちゃん好き?」

 

「!!........な、なんだよ、急に....!」

 

鉄男は急すぎる園子の質問にうろたえる。園子はそんな鉄男を眺めながら、ゆっくり....彼の返答を待った。やがて根負けした鉄男は、こうとだけ呟いた。

 

「................うん....。」

 

それを聞き逃さなかった園子は笑顔になり、

 

「そっかぁ....ふふっ。そうだよね~優しいお姉ちゃんだもんね~」

 

と言った。

 

「そ、それで何が言いたいんだよ....!」

 

この鉄男の言葉を聞いた園子は突然表情を変えて冷たい声でこう言った。

 

「....鉄男くんはさ、もしもお姉ちゃんが死んじゃうって言ったら....どうする....?」

 

「え....?」

 

またしても急すぎる質問に鉄男は困惑する。彼女に対して少しだけ恐怖も感じてきていた。

 

「お姉ちゃんが........死ぬわけないだろ....!」

 

「っ....!........もしもの、話だよ~」

 

「....だったら、俺が姉ちゃんを守る!死なせたりなんかしねぇよ!」

 

鉄男は大きな声でそう言った。それを聞いた園子は彼の覚悟と姉を思う気持ちを知り、安心した。そして....

 

「....なら、鉄男くん。お姉ちゃんがピンチの時は君が助けてあげて。私が近くにいれない時もあるから....家族だけしか側にいれない時もあるから....。そのときは鉄男くんが、お姉ちゃんを守ってあげて!!」

 

園子は鉄男の肩を掴み、そう強く訴えた。彼は彼女の言っていることが理解できなかった。そもそもなんでこんなことを言ってくるのかすら、理解不能だった。それは当然のことであり、真意は彼女しか知らない。だが、彼は彼女の訴えを聞き、こう答えた。

 

「....あ、ああ!!俺が守ってやるよ!任せな!!」

 

「ふふっ....これは心強いね~!........よろしく。....頼んだよ!ミノさんを守ってくれる、小さい勇者さん!!」

 

園子はまたしても表情を180度変えて笑い、鉄男に手を差し出した。それを見た鉄男も手を出し、互いに握手を交わす。

 

 

 

その時であった---

 

 

 

 

 

バチッっっ!!

 

 

 

 

 

「痛っ....!」

 

手に電流が走ったかのような感覚。静電気だとか、そういうものとは何か違うおかしな感覚。そして、他にも異変が起こり始めた。

 

(え....!なに....これ....!?)

 

突如、目の前が真っ暗闇になったかと思えば、雷のような電流が彼女の視界に映り込む。目を閉じたわけではない。例え閉じていたとしてもこんなおかしな電流のようなものが見えるはずがない。

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

------

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

(ん........?あれ........私は........)

 

次に気づいたとき、園子はベッドに寝ていた。だが自分のベッドではない。

 

(あ....)

 

周りを見渡すと、どうやらここは病院のようだった。手にも包帯が巻かれている。

 

(どういう....こと....?私は鉄男くんと話してて....それで....)

 

状況が全く飲み込めない。その時、

 

 

 

ガラッ

 

 

 

突然病室のドアが開く。そこに入ってきたのは....

 

(....!!)

 

鉄男だった。しかし、さっきまで話していた鉄男と印象が少し違う。ほんの少しだが顔がキリッと大人に近づいており、背も一段と高くなっている。

 

 

 

これは、もしかして---

 

 

 

園子は嫌な予感がした。

 

「目覚めましたか。園子さん。」

 

鉄男が園子に話しかけてきた。

 

「えっ!?....というか、なんで鉄男くんがここに....」

 

「園子さん。突然ですが、今が何年何月何日か、わかりますか?」

 

「え....えっと....」

 

「今は神世紀301年、4月8日です。」

 

「!!!!」

 

「やはりその反応、過去に戻っていたのですね....。」

 

「えっ....!?」

 

(ま、待って待って待って....!状況が全然わからない....。どういうこと....?私、現在に戻って来ちゃったの!?なんで....。それに、鉄男くんはなぜタイムリープのこと知ってるの!?ああもうっ!本当に全っ然わからないよ~!)

 

園子の顔を見た鉄男は彼女の心を読み取った。

 

「すみません....。いきなりこんなこと言われてもわかりませんよね。混乱しますよね。....こちらもわかっていることはまだまだ少ないですが、今起きている状況を俺からざっくり説明します!」

 

 

(友情編 完  第9話につづく)



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7.10作戦編
【第9話】Go back


 

「俺がトラックに轢かれそうになったとき、園子さんは俺を助けてくれました....。実際、そのおかげで俺はこうして元気にしています。本当にありがとうございます。」

 

「あ、いや....それは全然いいんよ~。どこもケガしてなくてよかった~」

 

鉄男はどこか緊張しながら話を続ける。

 

「........それで、なんですが....俺を助けた時、俺の手を握りましたよね?」

 

「え?....う、うん....こっちに引っ張ろうとしてね~。」

 

「やはりそうですか....。」

 

「....?」

 

さっきから鉄男一人で理解しているため、当然園子はなにがなんだかわかっていなかった。

 

「あ、ごめんなさい....。実はですね、園子さんがこの病院に入院しているのは事故による直接的なものが原因じゃないんです。」

 

「えっ?....じゃあどうして?...手にも包帯巻かれてるし....」

 

鉄男はまるで誰かに発言を命令されているかのように、ポケットから取り出した小さいメモ用紙をちらちら見ながら話す。

 

「園子さんは俺を助けた後、どこもケガしてないはずなのに急に倒れたんです。無意識の状態で倒れたものですから、その時にその手をケガしたようです。なのであなたは今、原因不明の意識不明状態だった....というわけです。....あ、大丈夫ですよ?園子さんのお友達は今みんな部活動中ですから。今ここに来る心配はないです。」

 

「あ、うん....それよりも....!」

 

「すみません。"あのこと"の方が気になりますよね。前置きが長くなりました。」

 

鉄男はそう言うと一段落おいてまた話し始めた。園子は唾を飲み込み、鉄男の話に聞き入る。

 

「........園子さん。おそらくあなたは、ピッタリ三年前にタイムスリップしていた....そうでしょう?」

 

「!!うん....そうだよ!でも....なんでわかったの?」

 

ピタリと当てた鉄男に驚きながらも、園子は一番気になっていたことを聞く。鉄男は目を一秒くらい閉じて開け、こう言った。

 

「それは........未来が、変わったからです....!」

 

「っ!?じゃ、じゃあミノさんは今生きて....!」

 

「あ、いや........無駄な期待をさせてしまって申し訳ありません....。姉はまだ歴史上、二年前のお役目で亡くなったままです。」

 

「........そう....」

 

「でも、あなたは確実に未来を変えた。あなたには未来を変える力がある....!....なぜ俺がそう言えるか、それは昔なかったはずの記憶がスッと頭の中に入ってきたから....!」

 

「えっ....?」

 

「三年前、あなたは俺に言った。『姉を守ってくれ』と....俺のことを小さな勇者と言った。」

 

(....!!!)

 

園子は驚いた。それは、さっき三年前の鉄男に言った言葉そのままだったからだ。

 

「突然、その言葉が頭の中に出てきたんです。不思議なことに、三年前もの記憶が。俺、三年前のことなんてほとんど覚えていないはずなのに....その記憶だけが鮮明と思い出されたんです。感じたことのない、とても不思議な感覚でした。これは、本来なかった歴史....。それが今回のことに気づいたきっかけの一つです。」

 

「そっかぁ........でも、一つってことは他にも....?」

 

「はい。....もう一つは、東郷さんの記憶にも変化があったから。」

 

「っ!!....わっしーも....!?」

 

「........はい。それでこの数時間、二人でいろいろ考察しました。どこも外傷がないのに目覚めない園子さん、突然二人に舞い込んできた三年前の記憶....それらから考えてこの結論に至った、というわけです。」

 

「なるほど....。よくそこまで考えたね~」

 

「ま、ほとんど東郷さんの考えですけどね!俺は全っ然わかんなかったし!」

 

鉄男は急に小学生らしい顔つきに戻り、笑いながらそう言った。

 

「ねぇ........だとすると私、もう過去に戻れないのかな....」

 

「それは大丈夫だと思いますよ。」

 

「えっ....!?!?戻れるの!?」

 

園子はベッドから起き上がり、身を乗り出して鉄男に迫る。

 

「あ....い、いやぁ~...これも東郷さんの考えですけどね、園子さんのタイムスリップは事故による衝撃が原因ではないと考えてまして....。........俺の手を握ったときに、意識が飛んでタイムスリップしたでしょう?そして....こっちに戻ってくるときも俺の手を握った....」

 

「!!....うん!そうそう!!」

 

園子は大きく首を縦に動かして頷く。それを見た鉄男は園子の顔に近づき、自信満々に言った。

 

「ここから言えること....つまり!」

 

「鉄男くんとの握手がタイムスリップのトリガーってわけだね~!!」

 

園子は拳を突き上げて叫ぶ。

 

「そう!そーゆーことです!!(俺が言いたかった....)」

 

「それは安心したけど....タイムスリップしている間、こっちではどれくらいの時間寝ることになるのかな~?」

 

「まあ、ここまで寝ていた時間はざっと数時間くらいですからね~三年間過去にいるとすると....こっちではちょうど三日間くらい寝ることになるでしょうか?単純計算だと過去での一年がこっちでの一日っすね!」

 

鉄男は親指を突き立てて言う。

 

「了解なんよ~!....こっちでたくさん時間過ぎちゃったら過去での時間が多く進んじゃうのかな....だったら早く戻らなきゃ!もうあの日が近いんだよ!」

 

園子は急いで鉄男の手を握ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださ~い!!落ち着いて!一回まとめましょう!きっとそこら辺はなんとかなるはず!....園子さん、ひとりで抱え込んではダメです!これも東郷さんの伝言ですが....園子さんのタイムスリップを知っているのは園子さんひとりだけじゃない。俺らもいるんすから!」

 

「....!!」

 

「とりあえず....俺の姉を救うための作戦会議です!まずあのときの戦いがどんなだったか園子さん、教えていただけ....」

 

「その前に!!」

 

「えっ....?」

 

園子は興奮気味の鉄男を制止すると、改めて向き合って言った。

 

「『園子さん』は堅苦しいな~って。ついでに『東郷さん』も!」

 

「えっ....じゃあ他になんと....」

 

鉄男がそう聞き返す。すると園子は即座に返答した。

 

「『園子姉ちゃん』と『美森姉ちゃん』で!」

 

「えっー!?逆に馴れ馴れしすぎませんかぁ!?」

 

「いいんよ~....私たち、鉄男くんと仲良くしたいし。本人もこう言ってるじゃん?なんなら敬語もやめて欲しいかな!だから....ねっ....?」

 

「確かに....敬語はこちらも話しにくいっすけど........わ、わかりましたよぉ........そ、園........園子姉ちゃん....」

 

「おおっー!いいね~!....じゃあ私は、てっちゃんって呼ぶね~」

 

「あ、はい....」

 

「それじゃ、早速!話合おう!」

 

---

 

--

 

-

 

結局、鉄男との会話はただの無駄話で終わってしまった。だが、この無駄話のおかげで二人の距離は一気に縮まった。園子は全く焦ってはいなかった。なぜなら、もう作戦は出来ていたからだ。どっちみち鉄男と一緒に考えたところで、姉と頭も似通っている鉄男に良いアイデアは浮かばなかったであろう。

 

そして、タイムスリップについて他にもわかったことがある。記憶の大きな改変は今のところ、東郷と鉄男にしか起きていないということ、タイムスリップから戻ってくると過去の園子の記憶は元の歴史のものに戻るということだ。ここまで完璧な作戦を立てておいて勇者の歴史が一切変わっていないことから、園子はそう結論づけた。そして........

 

「それじゃ....そろそろ行ってくるね!ありがとう....てっちゃんと色々お話できて楽しかった~」

 

「いえ....。俺は園子姉ちゃんを信じてるから!過去の俺はなんにも知らないから力になれないと思うけど....現代の俺は応援してるから....!がんばってきて、園子姉ちゃん!!」

 

「うんっ!!」

 

そう言うと、園子は包帯で巻かれている手を差し出す。その手を、鉄男は両手で優しく包み込むようにして握った。

 

 

 

 

 

バチッっっ!!

 

 

 

 

 

またあの感覚。目の前が真っ暗闇になり、雷のようなものが一瞬だけ視界に映る。気づいたときには....

 

「?....どうかしたのか。」

 

「はっ!!....ここは....?」

 

「『ここは』って....あんたが連れてきたんだろ?俺をここに。急に変なこと言い出したかと思ったらまた変なことを....」

 

目の前にはまだ小さな鉄男がいた。さっきまで会っていた鉄男とは打って変わってまだ幼い。

 

(ってことは....)

 

園子は周りを見渡す。向こうには三ノ輪一家と須美、そしてイネスが見える。

 

(戻ってきたんだ....!しかもちゃんと途中からだ!私がてっちゃんにミノさんを守るように『やくそく』したところからだ....!)

 

園子はとりあえず安心した。もし時間がすすんでいてあの戦いに間に合わなかったとしたらもう取り返しがつかない。これでもう一つ、タイムスリップのことについてわかった。向こうで過ごした時間は、こっちでは反映されない。向こうでどれだけ時間が経とうが、いつでも途中から始められる。

 

「........それで、もういいのか?言うことは終わりか?」

 

鉄男はさっきから黙りこくっている園子に対し、目を細めながら聞いてくる。

 

「あ、うん!もういいんよ~邪魔しちゃったね~」

 

園子たちはその後、須美たちの元へ戻って銀を除く三ノ輪一家と別れた。

 

「いつの間にいなくなったと思ったら....そのっちは鉄男くんと何話してたの?」

 

「うふふ~内緒なんよ~」

 

あれから時間は経ち、もう夕方になっていた。今日で園子たちの休みは最後であった。また明日から学校と鍛錬の日々が始まる。

 

三人は夕日が照らす帰り道を歩き、ある分岐まで来たところで止まった。

 

「おっと、あたしだけ別の道か。」

 

銀はそう言って二人の方を振り返る。

 

「休みって過ぎるのは早いよな~....。明日からまた学校とキツい鍛錬の毎日かぁ....。........でも、この数日間いろいろあったけど、楽しかったな!」

 

銀は笑顔で二人にそう言う。その笑顔を見た須美は何か気になったのか、表情を曇らせる。

 

「そ、そうね!........本当、終わってほしくないわ。すっごい....楽しかったもの。」

 

「私も........このまま三人でずっと遊んでいたかったな~」

 

「おいおい、どうした二人とも!らしくないじゃん!いつまでも休んでるわけにはいかない、そうだろ?」

 

「そ、そうね!まさかそれを銀に言われるとは....」

 

「私たちが頑張らないと、こういう楽しい毎日もなくなっちゃうからね~」

 

「そうだな。園子の言う通り!!....そんなことさせるかってんだ。だから、また明日から頑張ろうぜ!須美!園子!」

 

『うん!』

 

二人は大きく首を縦に振って答えた。それを見た銀は安心し、そして....

 

「それじゃ、また明日学校で!........またね!」

 

「あっ....」

 

その言葉を聞いた須美はまた何かを感じた。そして銀に手を伸ばして彼女の手を掴もうとする。しかし、

 

 

パシっ

 

 

「....?どうした....園子....?」

 

須美が銀の手を掴む前に、園子が先に銀の手を掴んでいた。

 

「やっぱり........離れたくないよ....いつまでも一緒にいようよ、ミノさん....」

 

「?....何かあったのか、園子。」

 

さすがに銀も園子の様子がおかしいと感じたのか、まじめなトーンで彼女に尋ねる。

 

「........ごめん。やっぱりなんでもない!」

 

園子はそう言うとゆっくり手を離した。そして、

 

「またね、ミノさん。」

 

と名残惜しそうに言って別れた。

 

---

 

--

 

-

 

須美と園子の二人だけとなった夕方の帰り道。二人はどちらもしばらく黙っていた。もう少しで二人も別れるというところで、須美が突然こう言った。

 

「ねぇ、そのっち。そのっちってさ....私たちに何か隠してない?」

 

「えっ....」

 

園子は単純に驚いた。予期せぬ質問に、園子は立ち止まって固まる。

 

「やっぱり、何かあるんでしょ。....思えば四月からずっとおかしかった。意味不明な発言とか、知らないはずのことを知っていたり、これから来る敵のことも的確にわかってた....。ねぇ、これ全部本当に巫女の力なの....?私には........自分でも到底信じられないけど....まるで未来に起きることがすべてわかっているかのよう....」

 

(....!!)

 

ついにここまで気づかれた。さすがに今までボロをこぼしすぎたんだ。勘が鋭い須美はずっと最初から自分のことを疑っていた。

 

また、園子はタイムスリップのことを打ち明けるいいチャンスだと思った。ここまで仲良くなった須美ならきっと信じてくれる....力になってくれるはず。今までずっと二人に話す機会を逃していた。ここで須美に話し、その後に銀に話せばきっと円滑に作戦が実行できるであろう。園子は思いっきって口を開いた。

 

「あ、あのね!........わ、私....実は....!」

 

 

 

プルルルルルルル........

 

 

 

しかし、そのタイミングでちょうど須美の電話が鳴った。須美は ごめん、と言って電話に出て、ちょっとしてから電話を切るとこう言った。

 

「ごめん、そのっち。早く帰らなくちゃいけなくなっちゃった。その話はまた明日でいい?」

 

「あ、うん....全然いいんよ~」

 

「ごめんね!それじゃ、また明日~!」

 

「うん。またね~!」

 

走って帰って行く須美を、園子は後ろから見送る。須美が見えなくなるまで手を振った後、その手を静かに降ろすと自分もまた帰るために歩き始めた。

 

(せっかくのチャンス、逃しちゃった。........でもどっちみち明日、二人に作戦内容を伝えなきゃいけない。)

 

 

 

園子は家に着いた後、自分の部屋に行き、本棚に挟んであるとあるノートを取り出した。そこにはびっしりと文字や絵、図が書かれており、何度も書き直された跡がある。そう、このノートは今まで園子が戦いの度に書いてきた作戦ノート。また、これまでタイムスリップしてからの生活について書き留めてきた日記でもあった。園子はイスに座り、ノートを机の上に置いて広げる。

 

(決戦は遠足の日....あの日は一度たりとも忘れたことがない....。)

 

遠足はとても楽しかった。三人でアスレチックをしたり、バーベキューをしたり....。しかし、銀は二度と家に帰ることはなかった。弟の鉄男に直接お土産を渡すことも、遠足中に『やくそく』した、園子に料理を教えるということも叶わなかった。

 

園子は強く拳を握る。鮮明に思い出されるあの時の彼女の背中。ボロボロに傷つきながらも、勇ましく、倒れることなく、最期まで立っていた背中。園子はノートを睨みつける。そして、そのノートをランドセルの中に入れ、明日の準備を始める。

 

「これは、私のリベンジだ。....こんなことがなんで起こってるかはわからない。でも、これは大きなチャンス。私の後悔を、人生を大きく変えられるチャンス。」

 

園子は自分に言い聞かせるように独り言を言う。彼女は、未来に戻っていたときに鉄男と話した会話内容を思い出す。

 

---

 

(完っ璧な作戦じゃないっすか!さっすが園子姉ちゃん!姉ちゃんから聞いてた通りだ!)

 

(えへへ~、そうかな~?)

 

(そうっすよ!....でも、それくらい作戦が完璧なら、それに見合ったかっこいい作戦名が必要だな!)

 

(かっこいい作戦名....?)

 

園子は首を傾げて鉄男をじっと見る。それに対し、鉄男は胸を張って言った。

 

(実は、聞きながら作戦名を考えてたんすよね~。........姉ちゃんの命日は7月10日です。そこからとって....名付けるとするならばズバリ!!)

 

---

 

園子はランドセルを閉め、ゆっくりと机の上に置く。

 

「バーテックスたち、ここからが本当の復讐だよ。覚悟しててね~。7.10作戦、始動だ!」

 

(第10話に続く)



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【第10話】Strategy

翌日。園子は珍しくいつもより早く起きた。今日からまた鍛錬と学校の毎日が始まる。そして、遠足の日も刻一刻と迫ってきていた。

 

 

-----

 

 

神樹館小学校 教室

 

「あら、今日は寝てないのね。珍しい。」

 

「あ、わっしーおはよ~!」

 

「おはよう。....相変わらず銀は遅いわね。またなにか巻き込まれてるのかしら?」

 

「そうだね~ミノさん優しいから~」

 

会話が一段落ついたとき、園子は須美にふとこう言った。

 

「ねぇ、今日の放課後残ってもらえないかな?」

 

「今日?....でも鍛錬があるわよ?」

 

「すぐに済むから。....なんなら、鍛錬に遅れたっていい。」

 

園子はいつになく真剣だった。その顔を見た須美は、

 

「それだけ大事な話なのね。........わかったわ。」

 

と賛同した。彼女の真剣さから読み取って須美は昨日の話の続きだろうと思っていた。

 

(もしかして....私の考えていた通りやっぱりそのっちって....)

 

須美がそんなことを考えているとき、

 

「ギリギリセーフっ!!」

 

銀がいつものように時間ギリギリで駆け込んできた。

 

「おっす!須美、園子、おはよっ!」

 

「おはよう、銀。」 

 

「おはよ~、ミノさん~。........ミノさんも、放課後残ってくれないかな~?」

 

「放課後?わかった!いいぞ!」

 

銀は疑問も迷いもなく即答し、さっさと席について朝の準備を始めた。

 

(銀も!?)

 

一方、須美は少しだけ驚いていた。が、すぐに理解した。園子はこの二人に今まで隠していた秘密を打ち明けるつもりなのだと。須美は自分の中で覚悟した。園子がどんなことを言おうがそれを受け入れよう、と....。

 

 

------------

 

 

------  

 

 

---

 

 

時間はあっという間に過ぎ、放課後。教室には須美、園子、銀の三人しかいない。夕日が学校の窓から射し、三人をオレンジ色に照らす。園子はイスを三つ取り出し、そのうち二つ並べてそこに須美と銀が座るように促す。園子は残りの一つを二人と向き合うように置き、そこに座った。

 

「これから私が二人に話すのはとっても大切な話。だから、真剣に聞いてくれるかな....?」

 

園子の顔は固かった。いつものおっとりした表情とはまるで違う。二人には彼女が少し大人のように見えた。そしてこう答える。

 

「わかったわ。」  「あたしも了解した。なんだ?」

 

二人ともその園子の感じから読み取って真面目に聞くことにした。

 

「........次のバーテックス侵攻の話なんだけどね、次は....三体で攻めてくる。」

 

『三体....!?』

 

二人は声を揃えて驚く。

 

「なるほど。そう来たか....!」

 

「いつもより厳しそうな戦いになりそうね....」

 

「『厳しい』なんて....そんなもんじゃないよ....」

 

須美の言動を聞いた園子は二人に聞こえないほど小さな声でそう呟く。

 

「それで、なんだけどね。そいつらがやって来るのは遠足の日。....ちょうど終わって帰ってきてるところかな。」

 

「よりによってその日かぁ....でも、帰りでよかった!行く途中とか遠足中とかに来られたらたまったもんじゃないもんな!」

 

「そうね!まだましよ。」

 

「....話を元に戻すよ。」

 

園子はそう言うと隣に置いてあったランドセルからノートを取り出す。

 

「?....これは....?」

 

須美の問いに、園子は黙ってそれを開き、向かい合っている二人に見せた。

 

「これは、私の作戦ノートだよ。どうしたらこいつらに勝てるか、考えてきたんだ。」

 

「ノートにまとめてくるなんて、いつもより用意周到だな園子....」

 

「前代未聞の三体だからね~」

 

そのノートには行動内容や、それぞれの役割などが文字と図で表現されており、二人にもすぐにわかりやすいようになっていた。

 

「すごいわね、そのっち....ここまでのものを書いてたなんて....」 

 

「今から私から詳しく説明するから、よ~く聞いててね~」

 

園子はそう言うと、ノートに描いてあるバーテックスの絵を指差した。

 

「まず、今回攻めてくるバーテックスの特徴からね。....蠍座。中称スコーピオンバーテックス。こいつの厄介なところは尻尾についている猛毒の針だよ。かなり鋭くてね、当たったらもう一発アウト....。次に射手座。中称サジタリウスバーテックス。いっぱい矢を飛ばしてくるよ。一発で強力な矢も放てれば、雨のようにも放てる。行動範囲がかなり広いし、これもまた威力が高い技だから注意。最後に蟹座。中称キャンサーバーテックス。反射板を操る。一体だけだとそんなに強いイメージはないけど、このサジタリウスの矢を反射させて思わぬところから奇襲をしかけてくるよ。だから、一回矢を避けたからっていって油断したらダメ。....バーテックスの説明はだいたいこんなもんかな。」

 

「う~ん........今まで一体ずつだったからいまいちイメージできないなぁ....。でも、こんな強そうなやつらが一気に来るなんて....」

 

「しかも、こいつら相性が良すぎるわ。....どうしたら....」

 

「だから、私が作戦を立ててきた。わかったと思うけど、今まで通り戦っても勝てる相手じゃない....。一人一体ずつ戦うなんてのもまるで話にならない。そうならば........三人みんなで協力して、時間をかけて一体ずつ倒す!」

 

「一体ずつ?」

 

「でもそれじゃ、他の二体が私たちを狙って来るわ。そしたら....」

 

「うん....。そこが今回のポイントだね。二人とも今度はこっちの絵を見て。」

 

園子はそう言うとノートに描いてある別の絵を指さす。

 

「まず、遠距離向きのわっしーは絶対にバーテックスに近づいちゃダメ。ずっと周りに注意しながら常にどの三体のバーテックスたちから一定の距離をとって。だから、わっしーは後ろから私たちを援護。対してミノさんと私は、バーテックスに突っ込む。二体一だから相手を翻弄できるはずだよ。それに、二人がかりだから視野も広がる。そして私たちもわっしーと同じように、お互い周りを気にしながら戦う。うまくいけば、バーテックス同士で攻撃を与え合うことができるかもしれない。いい?一番大切なことなのは....ダメージを負わないこと。これがなによりも最優先。」

 

「........OK園子!つまり、あたしたちは守り合えばいいってことだな!」

 

「そうだよ~!ミノさんは私が守るから~!」

 

「私も後ろから二人を見てるから。状況を見て二人が危なくなったらすぐに伝えるわ。........それにしても....今回が山場って感じね。」

 

「ああ。ついに戦いも本格的になってきたって感じ....!」

 

「あっ、そうだ。バーテックスを倒す順番だけど、まずはキャンサーからだね。反射板が一番厄介だと思うから~。次はスコーピオン。最後にサジタリウスって感じかな~」

 

「....よし!気合い入れてこうぜ!」

 

「次の戦い、絶対に勝ちましょう!」

 

「みんなでお土産持って帰ろうね~!」

 

三人はそう言って円陣を組んだ。そこで、園子は思い出した。 

 

(あっ....!私のタイムリープのことも言わなきゃ....!)

 

「ご、ごめん!二人とも!もう一ついい....?」

 

「なんだ?作戦の付け足しか?」

 

「いや、違うの....これは私個人の話....。」

 

園子のこの発言を聞いて、須美は身構える。

 

(ついに....くる....!)

 

「わ、わかったわ、そのっち....!何....かしら....?」

 

「別に私はふざけてるとかじゃないからね?....でも、とっても信じられないようなことなの。自分でも、とても....。あ、あの........実は私....!!」

 

 

ガラッ!

 

 

「三人とも、まだ教室にいたんですか。早く大赦に行って鍛錬しなさい。」

 

『....!!!』

 

そこに入ってきたのは担任だった。あともう少しで言えたのに。仕方なく、三人は担任に従うことにした。

 

「す、すみません!すぐ行きます!」

 

「あはは~しょうがないな。....園子、じゃあその話はまた今度ってことで!」

 

「あ....う、うん....」

 

 

---

 

 

--

 

 

- 

 

 

鍛錬の後、銀は家で用事があると言ってそそくさと帰ってしまった。園子はせっかくなら三人揃って話したかったので、タイムリープのことを話すのはまた日を改めることにした。

時間は過ぎ、夜。家に帰ってからふと園子は思った。

 

(もしこのまま....二人にタイムリープのことを教えないで遠足の日を迎えたらどうなるんだろう....。作戦のことは二人に伝えた。二人が私のタイムリープのことを知ろうが知らまいが遠足の日の戦いの結果は変わらないはず....。)

 

本当は園子はできるだけ二人にタイムリープのことを話したくなかった。もし話したら、二人とこのままの関係を続けることができなくなるかもしれない。というのも、自分に対する見方が変わってしまうかもしれない。だって自分はタイムトラベラーなんだから。これから起こること、すべてわかっているのだから。なにか複雑な気持ちになることは間違いないだろう。

 

(そうだ....!)

 

そんなことを考えているうちに、園子の頭の中に一つアイデアが浮かんだ。

 

(もう一度、今すぐ未来に帰ってみよう....!そうすればこの作戦がうまくいったかどうかわかる!)

 

園子はすぐに行動した。乃木家のセキュリティシステムをかいくぐり、内緒で家を飛び出した。

 

(きっと....今未来に戻ればこっちの過去の『私』は『本来の歴史の記憶を持つ私』になるはず....。つまり、私が今まで書いてきたあのノートの存在も忘れるはずだし、作戦のこともなにもかも忘れてしまうはず....!けどそれはわっしーたちがまた私に話してくれると思う!だから....どっちみち『本来の歴史の記憶を持つ私』も作戦は知ることになる!昔の私だろうが未来の私だろうが状況は一緒だ!!)

 

そんなことを考えながらも、園子が一目散に走って向かった場所。それはもちろん、銀の家だった。園子は焦っているように銀の家の戸を叩いた。すると中から元気な返事が聞こえてきて、戸が開く。

 

「は~い!!............って園子ぉ!?どうしたこんな夜に!?しかもめっちゃ息切らしてるじゃん!!」

 

「はぁ....はぁ....いや~どうしても今来なくちゃいけなくてね~」

 

「?....どうしても?....あ、放課後話そうとしてたことか?」 

 

「いや、違うよ。はぁ....はぁ....鉄男くんいるかな~?」

「て、鉄男ぉ!?鉄男に用があってこんな夜に来たのかぁ!?一体なにを....」

 

「あ~....とりあえずそれはいいから!呼んできて!」

 

「!............わ、わかったよぉ....」

 

銀は少し戸惑いながら鉄男っー!と、奥にいる彼女の弟を玄関に呼ぶ。

 

「ん?どした姉ちゃん。」

 

「なんか........園子がお前に用があるって....」

 

「園子?........あぁ、あの変な姉ちゃんの友だちか。全く....今度は何だってんだ....」

 

鉄男は嫌な顔をしながらまだ息を切らしてる園子の前に立つ。

 

「な、なんすか....?」

 

「鉄男くんっ!!」

 

「っ!?!?」

 

園子は目の前にいる鉄男の手をいきなり両手で握った。突然のことで鉄男は困惑する。銀も何が起こっているのかまるでわからなかった。

 

「ちょ、ちょおっ!!!いきなりなにす........」

 

 

 

バチッっっ!!

 

 

 

(来た。この感じ...!)

 

鉄男が何か発言していた所で意識が飛んだ。雷が走るかのような感覚。と思ったら、次の瞬間には意識が戻っていた。

 

「ぅ...ぁ.......んん....はっ!....病院....?戻ってこれた....!」

 

園子はベッドから起き上がり、外を見る。先ほど初めて未来に戻ってきたときから過去であまり日数を重ねていないからか、外はまだ明るいままだった。ベッドの横に置いてある自分のスマホを起動して見てもまだ神世紀301年4月8日と示されていた。

園子は鉄男を呼ぼうと、彼に連絡しようとする。

すると、突然病院のカーテンが開いた。そしてそこから一人の少女がひょこっと顔を出し、園子に手を振ってこう言った。

 

「よっ!園子っ!」

 

「....!!!」

 

園子は目を見開き、口をぽかんと開けたまま、ただその少女を見ていた。いや、彼女から目を離せなかった。なぜなら、彼女は普通ならここにはいない。本当ならもう二度と会えないはずの人物で、園子にとってとても大切な人だったからだ。その人物がなぜか目の前にいる。

 

「へへっ!鉄男から園子が目を覚ましたって聞いてさ。なぜか鉄男は行くなって言ってたけど来ちゃった!」

 

「........ぁ........ぁぁ....」

 

うまく喋れない。言葉が出てこない。話したいことはいっぱいあるのに。たくさんあるのに。

 

「いやぁ、ほんとによかった!あたし....園子がこのまま目を覚まさなかったら....」

 

「ミノさん....?」

 

「え?」

 

「ミノさん....ミノさんだ....」

 

ようやく出た言葉は彼女の名前だった。園子は自然と涙を流した。そして何度も彼女の名前を呼ぶ。

 

「ミノさんが....ミノさんがここにいる....私の目の前にいるよぉ....」

 

「....なに言ってんだ園子。あたしたちはいつでも一緒だろ?大丈夫。あたしはここにいるぞ。」

 

銀はそう言ってゆっくりと園子に近づき、涙を流し続ける園子を抱きしめる。....体温を感じる。彼女の温もりを感じる。正真正銘本物の銀だった。このあまりにもはっきりとしている感覚は間違いなく夢ではない。7.10作戦はきっと成功したのだ。

 

「ごめん。ミノさん....もういいよ...」

 

園子はそう言って銀を離す。そして再び銀の顔をよく見た。顔立ちは少し成長しているように感じ、髪も二年前と比べて若干伸びていた。

 

「どうした?大丈夫か?....事故のトラウマとか....か?」

 

「あ、いや....ミノさんに会えたのが嬉しくて....」

 

「嬉しい?....ははっ!お見舞いに来るのは当たり前だろ?後で風先輩たちも来るよ!」

 

「そう....」

 

銀の口から『風先輩』という言葉が出てくるのはとても不思議に感じた。

 

「あれ....お~い!もう入っていいぞ~!」

 

銀が病室の入り口に向かってそう言った。園子からはカーテンで隠れて入り口が見えない。

 

「?........もう一人誰かいるの?」

 

園子はそう聞くと、銀は大きく頷いて、

 

「ああ!一緒に来たんだ!」

 

と笑顔で答えた。

やがて、外側からカーテンが全開に開けられる。そこにはひとりの少女が立っていた。顔は少し大人びているが、雰囲気が自分たちと同じくらいかなと感じた。銀と一緒に来た人物だろうか?でも....園子には見覚えがなかった。 

 

「なんですぐに入ってこなかったんだよぉ?」

 

「いや....あの空気じゃ入りにくいでしょ。それより園子、体調は?もう大丈夫なの?」

 

「え....」

 

園子は戸惑った。自分は知らないのに向こうは自分のことを知っている。一体誰なのか。いくら自分の記憶を巡っても彼女の顔と名前は出てこなかった。園子はとりあえず、

 

「う、うん!ケガしたのは手くらいだよ~!」

 

と、答えた。それに対し、

 

「そう。ならよかったわ。」

 

とだけ彼女は答えた。

 

「おいおい、芽吹ぃ!本当はもっと嬉しいんだろ?もっと感情を表に出せよ!」

 

銀が彼女をニシシと笑いながらおちょくる。

 

「....っ!....じゅ、十分出してるわよ!不幸中の幸いで安心してるし、元気そうでとても嬉しいわ。それに....私は銀や園子と違ってそんなハイテンションにならないから....。」

 

「またまた~プラモを見てるときの芽吹は私たちも負けるくらいすっごいのにな~」

 

「ぷっ、プラモは別よ....!」

 

『芽吹』....彼女は銀にそう呼ばれていた。やっぱり、聞いたこともない知らない名だ。一体この二年間で何があったのか。園子は嫌な予感がした。そうだ、そういえばおかしい。本当なら、もっと早くに気づいていたはずだ。しかし、銀がいることの嬉しさで忘れてしまっていた。

銀が園子のお見舞いに来るなら、必ず一緒にいるはずなのだ。いつもの三人、一緒に。そうじゃなくてはいけないのだ。なのにこの場にはいない。話にも出てこない。

遂には激しい胸騒ぎが止まらなくなり、聞かずにはいられなくなってしまった。

 

「ね....ねぇ!!」

 

「ん?どした、園子?」

 

大声で話を止めた園子を、芽吹と銀は見つめる。そして、園子はおそるおそる銀に聞いた。

 

「わっしーは........今どこにいるのかな....?」

 

(第11話に続く)



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【第11話】Other Future

更新だいぶ遅れてしまい、申し訳ございません!プライベートの事情と第11話の内容の長さにより、予定よりかなり時間がかかってしまいました....。
どうかそれでも寛大な心で読み続けてくれると嬉しいです....!最終話までは必ず書き切るつもりなのでご安心を!それでは最新話お楽しみください!


 

「わっしーは........どこにいるのかな....?」

 

園子がその質問をした途端、明らかに二人の顔色が変わった。

 

ザザ....

 

風が吹き、外の木々が音を鳴らす。その風は病室の開いている窓から入ってきてカーテンを揺らした。そして彼女たちの髪も。

 

「園子....やっぱりあなた....」

 

「....芽吹。」

 

芽吹の言葉を、銀が遮る。病室には、さっきの雰囲気からは考えられないほど妙な緊張感が漂っていた。

 

「....芽吹、すまないけどあたしたち二人で話をさせてくれないか?」

 

「銀....。」

 

「....頼む。」

 

銀のキリッとした真剣な顔を見た芽吹は、

 

「........わかった。外にいるわ。」

 

と理解して病室から出ていった。病室にいるのは銀と園子だけ。銀の表情から、事の深刻さが伝わってきた。やはり自分は、それほどのことを言ってしまったのであろうか。嫌な予感が....当たってしまっているのだろうか。園子はとても不安になり、銀の顔を見つめた。すると銀は

 

「ケガしたの、本当は手だけじゃないんだろ。」

 

と言ってきた。ケガをしたのは本当に手だけなのだが、この世界の未来がどんな歴史を辿ったのか知らない園子は彼女の話に合わせ、

 

「う、うん....実はそうなんだ....。ここ二年間くらいの記憶が曖昧で....事故の影響なんだと思う。」

 

と言った。それを聞いた銀は顔を下にさげ、大きく息を吸い込んでから吐くと、腰掛けていた園子のベッドの横にあるイスから立ち上がった。そうして窓際に寄りかかり、園子の方を見て冷たくこう言った。

 

「単刀直入に言う。........須美は、あたしのせいで死んだ。」

 

「........え....」

 

 

ザザザ....

 

 

またしても風が吹く。それは窓際に移動した銀の髪を激しく揺らした。園子は目を大きく開き、口をポカンと開けたまま動けなくなってしまった。だいたいわかっていたつもりでもやっぱり信じられなかった。信じたくなかった。せっかく理想の未来を迎えられたと思ったのに。....園子は絶望した。きっとあの作戦は失敗したのだ。悪い予感が当たってしまった....いや、園子の予想以上に悪い結果だった。

 

「ミノさんの........せいで....?」

 

園子は銀のその言葉が気になった。銀は目を閉じてゆっくりと頷き、「ああ。」とだけ言った。

 

「なんで....なんでよっ....そんなわけない....わっしーが死んじゃったなんてっ....!作戦は....?あのときの作戦はっ?!失敗したの!?」

 

「落ち着け園子。........途中までは完璧に進んでた。けど........あたしが調子乗ったから....」

 

「....えっ....」

 

「須美は....あたしをかばって死んだんだ!!」

 

「!!!」

 

「くっ....!あのときの須美の姿は、一生忘れない....!この後悔の気持ちは絶対に晴れることはない.....!」

 

「わっしーの....姿....?」

 

園子の問いに、銀は顔色を悪くして涙を流し始めた。園子はそこでもまた驚いた。銀の泣いているところは初めて見たからだ。彼女はこれまで園子たちの前で涙を見せることはなかった。彼女は強かった。だが....この世界の銀は、過去に縛り付けられていた。二度とやり直すことのできない、過去の自分の過ちに....。

 

 

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『おりゃあああああああ!!』

 

銀と園子の一斉攻撃で、スコーピオンの体は粉々になる。

 

「よっしゃ!一体撃破!」

 

銀はそう言うと華麗に着地し、残りの二体のバーテックスを睨んだ。

 

「いい感じだよミノさ~ん!」

 

「おっ、園子!お前もよかったぜ!」

 

二人はそう言ってハイタッチを交わした。

 

「それにしても、園子自身が考えた作戦を園子が忘れるなんて事、あるか普通?」

 

「えへへ~、でも本当に見覚えないんよ~あのノートのことも~二人が丁寧に作戦教えてくれなかったら今の敵さえも倒せなかったかもね~」

 

「おいおい、まじに覚えてないんだな....。それと、まだ戦いは終わってないぞ園子!あとの二体をさっさと片付けちゃおうぜ!」

 

「了解~!」

 

園子と銀はそう言ってキャンサーに狙いを定め、急接近する。

 

「覚悟しろ、バーテックス~!!!」

 

銀はそう言って斧をブンブン振る。しかし、その暫撃はあっさり反射板にはじかれてしまった。

 

「うおっと!あの板硬って!!手がしびれる~....」

 

「あの板、かなりの強度みたいだね....ミノさんの攻撃をはじき返すなんて....」

 

「くっ....ここは三人力を合わせるんだ!あたしたちみんなで撹乱して、反射板の隙をくぐり抜け、攻撃しよう!」

 

「おおっ!今日のミノさん冴えてる~!」

 

「へへ、そうだろ?........よし、もしもし須美!そういうことだから行くぞ!」

 

銀は電話を取り出し、須美に向かって言った。

 

「話は聞こえてたわ。行きましょう!」

 

須美のその声で三人は一斉に動き出す。須美が矢を放ち、キャンサーはそれを反射して防ぐ。園子と銀はそれぞれ別の方向へ動いてすばやくキャンサーの周りを走る。

 

「やあっ!!」

 

園子が攻撃。が、それもまた防がれてしまった。しかし、もうこれでキャンサーを守る反射板はすべて使ってしまっている。もうキャンサーの体はがら空きだ。

 

「っしゃああああー!!くっらえ~!」

 

銀の強烈な一振りが、キャンサーの体に傷をつける。

 

『やった~!!!』

 

園子と須美が声を合わせて喜んだ。

 

「へへっ!どんなもんだい!」

 

銀はそう言って二人に親指をつき立てて見せる。その時だった。

 

 

シュシュシュシュシュシュ!!

 

 

「っ!!!」

 

上空から突如として飛んでくる無数の矢。須美のではない。もう一体のバーテックス、サジタリウスのものだった。その無数の矢は銀めがけて落ちてくる。

 

「ミノさん危ないっ!」

 

もっとも近くにいた園子が真っ先に気づき、槍を変形させて傘状にし、銀を守る。

 

「あっ!園子!ありがとう....助かった....!」

 

「ふぅ~....危なかったぁ。ミノさんは今のうちにあいつを攻撃して!」

 

「!....わかった!」

 

銀は元気よく返事すると斧を傘代わりにして矢の雨から抜け出した。

 

「不意打ちなんてズルいぞ!!お前はこの三ノ輪銀様が、お仕置きしてやるっ!」

 

銀は上空に高く飛び上がり、斧を振りかざす。しかしその瞬間、妙な音が聞こえた。

 

 

バキンッ!!

 

 

銀の背後、いや下からその音は聞こえた。銀は空中で後ろを振り返る。

 

「........なっ!?!?」

 

そこには、キャンサーの反射板で思いっきり弾き飛ばされた園子がいた。先ほどの音は槍と反射板が当たった音で、園子の骨が折れた音でもあった。

 

「がはっ........!」

 

園子は血を吐き出し、勢い強く壁に叩きつけられる。

 

「園子っー!!!」

 

銀は攻撃を止め、園子の近くに駆け寄った。しかし、園子は

 

「私は大丈夫!ギリギリで槍使って軽減できたから、当たりどころはまだ良い方だよ....!」

 

と言った。なぜキャンサーの反射板が園子を攻撃したのか。それはキャンサーに与えたダメージがまだ足りなかったからだ。キャンサーの傷は浅く、頃合いを見計らって園子を攻撃したということだ。

 

「....っ!でも....」

 

「!!!....ミノさん後ろっ!!」

 

「えっ....?」

 

園子に気を取られている間に飛ばされた、無数の矢の雨。防ぐ時間も、避ける間もなかった。その時銀は死を覚悟した。しかし....

 

 

ドンッ

 

 

後ろから誰かに押された。そんなの一人しかいない。今動けて後ろにいる人物...。

銀は押されたことにより、その矢の雨から逃れることができた。が、

 

 

グサグサグサグサッ!!

 

 

後ろから生々しい音がする。銀はすぐさま後ろを振り返った。そこには案の定残りの勇者、鷲尾須美がいた。

 

「須........美........!」

 

銀は言葉を失った。須美が目の前で穴ぼこだらけにされたからだ。多くの矢が彼女の体を貫通。須美の体からは噴水の如く大量に血が吹き出し、銀にまでも降りかかった。須美はあっという間に真っ赤に染まってしまった。須美は表情を変えずに膝をどさっと地面に着いた。

 

「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

銀は悲痛の雄叫びをあげる。須美の体は誰が見ても一目で、すでに絶対に助からないとわかった。銀はショックでおぼつかない足を一生懸命動かして須美に近づく。すると須美は銀に向かって最期に、こう言った。

 

「来ちゃ........ダメ............ぎ....ん........」

 

 

ザシュッ!!

 

 

その言葉を発した次の瞬間、トドメを刺すかのように今度は大きい一本の矢が須美の腹部を貫いた。須美はこれでもかというほどの多くの傷を負い、腹に大きな穴をぽっかりと開けて樹海に倒れた。須美の体から溢れてくる鮮血が樹海をどんどん赤く彩る。

 

「須....美........?そ、そんな........ああぁぁぁああぁぁ....」

 

銀は須美の側に到着すると、彼女の体を抱き上げて顔をじっくり見る。須美は細く目を開けたまま、体中とその周辺を紅に染めて動かなくなっていた。その目からはもう、光は感じられない。須美は、完全に死んだのだ。

 

「........うわああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそおおおおおおおっ!!!........お前....バーテックスっーー!!!!!」

 

銀は斧を取り出し、バーテックスに突っ込んでいく。

 

「許さないっ!!許さない許さない許さないっ!!お前らだけは絶対に!!!」

 

その姿を見た園子も、ゆっくりと体を起こして槍を出した。

 

「よくもわっしーを........わっしをおおおおおおおっ!!!」

 

二人は暴れた。野生本能のまま行動する獣のように。戦いが終わったあとは、二人とも大の字で倒れて空を見ていた。

 

 

 

「園子....あたしたちこれからどうしたらいいんだろな。」

 

「わたしもわかんない。もう........なにもかも嫌だよ....」

 

「....あたしもだ、園子。もういっそのこと....あたし....」

 

 

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「これが二年前の話の全貌さ。」

 

「わっしーは....体中穴だらけで死んだ....?」

 

「そうさ。体中真っ赤っかに血で染めてな。あそこで油断してなきゃあんなことになってなかった。それに、お前にまでひどいケガをさせた....」

 

「....わたしは大丈夫だよ。そのときのケガなんてもうとっくに治ってるし。」

 

「いや........それだけじゃない。あたしは、お前のことを忘れてたじゃないか....!勇者をしていたことも、大切な友達のことさえも忘れて、呑気に勇者部で友奈たちと活動してた....」

 

園子はまたしても驚いた。

 

(そっか....わっしーが死んじゃったから本来のミノさんの立場と全部逆になってるんだ....)

 

「それも気にしないで。神樹様に供物として渡してたんだからどうしようもないことだよ~」

 

「でもっ....!」

 

「あ~、ほらいいから!ねっ?........つらいこと、いっぱい思い出させちゃったね。ごめんね、ミノさん。」

 

「........うん。」

 

「抱っこ、する?」

 

「........うん。」

 

「おいで。」

 

園子は優しく銀を抱いてあげた。やっぱり銀の温もりを感じる。銀が生きているのはとても嬉しいことだ。しかし、三人一緒でなくてはならない。まさか今度は須美が死ぬことになるなんて....。園子は強く銀を抱きしめた。

 

(この未来もダメだ。もう一回やり直さなくちゃ....!)

 

 

 

-----

 

---

 

-

 

 

夜になって勇者部のみんなが園子のお見舞いに来た。銀は付きっきりで園子の側にいたので、合流する形になった。

 

「あら乃木!意外と元気そうじゃない!」

 

病室に入ってくるのとほとんど同時に風が元気よく話しかける。

 

「うん!あんまり大したことなかったんよ~。今まで心配かけてごめんね~」

 

「いえ!不幸中の幸いでなによりです!」

 

樹は笑顔でそう言うと、

 

「はい、これ。みんなでお菓子を作ってきたんですよ!」

 

と言って包みを園子に渡した。

 

「樹の料理もだいぶ上達してきたからね~。味は保証するわよ!」

 

風は腰に手をやって自慢気に言う。

 

「ほらそのちゃん!食べて食べて!」

 

友奈が包みを開けるように急かす。さっきからしゃべらない芽吹はずっと微笑んでその光景を見ていた。

 

「ふふふっ!なんだろ~」

 

園子はわくわくしながら包みを開ける。そこには....

 

「あっ....」

 

「?....あれ、そのちゃん嫌いだったっけ....?」

 

「あ、い、いや!好き好き!大好きだよ~....!」

 

包みの中に入っていたのはぼた餅だった。よく東郷が作ってみんなに振る舞っていた。その本当の世界が、ここにはないのだ。ここにいるみんなが東郷のぼた餅を食べたことがないのだ。園子は一個味見程度にそのぼた餅をかじる。....おいしい。実に不思議なことに、そのぼた餅の味は東郷の作るぼた餅とよく似ていた。園子は心の内から気持ちがこみ上げてきて、口を抑えて涙を浮かべた。

 

「おいしい....すごく....すごくおいしいよ~....」

 

「そのちゃん!?!?大丈夫!?」

 

「ちょ、乃木ぃ!?泣くことはないでしょうに!?」

 

「そ、園子さん!お茶とハンカチですぅ!」

 

風と樹は大げさに慌てる。

 

「ふふ、私たちの作ったぼた餅がそれくらいおいしかったということね。感動するほどに。」

 

「芽吹~....?そのキャラどうした~?」

 

ボケをかます芽吹に、銀がツッコむ。

この世界も、楽しくないわけではなかった。しかし、やはり物足りない。おもしろくて、個性の強い『東郷美森』がいないのはどこか寂しかった。彼女がいないと勇者部ではない。いや、彼女だけではない。もう一人いない。園子は風たちが入ってきて揃った瞬間に異変に気づいた。さらに、もう一つ。勇者部員たちが来る少し前に銀からちょっとだけ聞いた『楠芽吹』の存在について---

 

「ねぇ、にぼっしーは?」

 

唐突に、園子がそう聞いた。その言葉を聞いた一同は一斉に黙り、それぞれ顔を見合わせるとこう言った。

 

「にぼっしー?ゆるキャラかなんか?」

 

「私も知りません....。友奈さんは?」

 

「私も聞いたことないよー。芽吹ちゃんは?」

 

「私も。....もしかしてまた園子の夢の話とか?」

 

「あ、もちろんあたしもないぞ!」

 

全員がそう答えた。園子のこの言葉で病室内が一気に不思議な空気に包み込まれる。

 

(やっぱり....)

 

園子はだんだんわかってきた気がした。彼女は続いてこう聞く。

 

「じゃあ........三好夏凜って子は....?」

 

「....っ!!どうしてあなたが彼女のことをっ!?」

 

いち早く反応したのは芽吹だった。

 

「あらなに芽吹。知り合い?....私たちは....知らないわよね?」

 

風の問いに、芽吹を除く勇者部員たちはそろって頷く。

 

「園子....あなたどこで三好さんの名前を....?」

 

「あ、えっと........私ずっと大赦で祀られて寝てたじゃない?その時にふと一人の神官さんから聞いたんよ~」

 

「........よく覚えてたわね、そんなこと....。でも、なんで急に三好さんのことを私たちに聞いたの?友奈たちだって知ってるはずもないのに....」

 

「そ、それはね~........」

 

まずい。思わず聞きすぎた。そりゃこうなるはずだ。芽吹は顔を迫らせて園子の答えを待つ。と、そこに....

 

 

ガラッ!

 

 

いきなり病室のドアが開いたかと思うと、ズカズカとひとりの少年が入ってきた。

 

「鉄男ぉ!?どうしてここに!?」

 

銀が声をあげて驚く。 

 

「えっと......銀ちゃんの弟さん?」

 

「はい!あなたは確か友奈さんですね....?えっと.....突然で悪いんですがみなさん!!早くここから出て行ってもらえませんか!!」

 

『ええっ~~!?』

 

鉄男の突拍子もない発言に、友奈たちは戸惑う。

 

「ちょっと待てよ!なんなんだよ、どうしたんだ急に!?」

 

銀が慌てて彼の肩を掴んでそう言う。

 

「俺は園子姉ちゃんと二人で話したいんだ!」

 

その鉄男の態度に対し、芽吹は彼に近づいて見下すようにこう言った。

 

「........そんなに急用なのかしら?それなら私たちが帰ったあとでもできると思うけど?」

 

「うっ....」

 

芽吹の謎の威圧感に押され、鉄男は後ろに食い下がる。

 

「ごめんなさいね。私も、どうしても園子に聞きたいことがあるのよ。気になってしょうがないことがね。」

 

「そ、それでもっ!!今日は帰ってくださいっ!!!」

 

鉄男は強引に芽吹の背を押し、園子の病室から追い出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと....!」

 

「ムフフフ....。芽吹、今日はここくらいまでにしておきましょうか!ここは、将来の勇者部のかわいいかわいい後輩に譲ってあげましょ!....鉄男くんよ!園子とはつまり、そういうお話ってことなんでしょう?」

 

風はそう言って不気味に笑みを浮かべる。

 

「お姉ちゃん怖いよ~...」

 

「ちょ、ちょっと待ってください風先輩!?『そういうお話』ってなんすか!?まさか鉄男、園子のこと...!」

 

「あ~もうっ!!姉ちゃん違うから!あと俺、勇者部に入るとか一言も言ってませんから!」

 

「え~!違うの~!?」

 

友奈がやけに驚いて鉄男に迫る。そのキラキラした目を見た鉄男は、

 

「うっ....!う~ん........まぁ、考えては........おきますよ........」

 

と答えた。その返答を聞いた友奈は安堵の表情を浮かべると、

 

「よし、じゃあみんな帰ろうか!」

 

「ちょ、友奈....」

 

「ほらほら、芽吹ちゃん!また明日!....それじゃ、まてねーそのちゃん!」

 

と言って友奈たちは芽吹をなだめながら病室を出て行った。 

 

「ふぅ............これでなんとか俺たちだけになったな。」

 

「ありがとうてっちゃん~!危なかったところだよ~」

 

「........。」

 

「....てっちゃん?」

 

「........園子姉ちゃん....なにが起こってるんだよ....俺すげぇ怖ぇよ....」

 

「えっ....?」

 

鉄男は強く拳を握って震えていた。一体なにがあったのだろうか。

 

「俺、園子姉ちゃんのタイムリープのことを美森姉ちゃんと一緒に調べてたんだよ....でも、突然連絡が途絶えて、ちょっとまばたきした瞬間に美森姉ちゃんの連絡先ごと消えたんだ....。そしたら、美森姉ちゃんは二年前に死んでることになってて....家に帰ったら帰ったで姉ちゃんは普通にいるし........なぁ園子姉ちゃん....過去で何があったんだ?」

 

「そっか....タイムリープのことを知ってるてっちゃんからは変化した未来がそう見えるんだね。私は、過去であの作戦のことを二人に伝えた。そして一度、7月10日を迎える前に未来に戻ってきた....。」

 

「えっ....?」

 

「ごめんね、てっちゃん....。私、やっぱり怖くなっちゃってさ。作戦のことは二人に伝えたから未来は変わったんじゃないかって思ったんだ。だから本番を迎える前に試しに戻ってきた。そしたらこうなってた....」

 

「........そうですか....」

 

鉄男は終始呆然としていた。

 

「じゃあ....まだやり直せるってことですか....?」

 

「....うん。」

 

「!....よかった~!」

 

鉄男は園子の答えを聞いて安心し、肩をなで下ろす。おそらく鉄男は園子が過去で失敗したのだと思ったのだろう。だからもうやり直せなくなるのではないかと考えたのだ。鉄男も園子と同じで銀だけが助かってほしいとは思っていないのだった。三人一緒の平和な世界を望んでいるのだ。

 

「でも........こういう未来になっちゃったってことは作戦は失敗しちゃったってこと。過去の私も奮戦してたみたいだけどダメだったからね....だとするとどうすればいいのか....。」

 

「それは、過去の園子姉ちゃんだったからだろ?」

 

「え....?」

 

「今、園子姉ちゃんはこの未来のことを知った。だったら....今の、つまり未来の園子姉ちゃんなら変えられる!」

 

「でも........自信ないよ....。私が精一杯二人を守ろうとしてもあいつらの攻撃は多種多様で自分を守ることさえも怪しいくらいだもん....」

 

「なに弱気になってんだ!さっきまでの覚悟はどうしたんだよ!このままじゃダメ、そうだろ?」

 

「........。」

 

「........と、まあ....こんな未来を見たらそら弱気にもなるか....だって、過去に戻って万が一失敗したらそれはそれでもう二度とやり直せないわけだからな。」

 

鉄男は心配そうな目で園子を見つめる。

 

「........いくらでもこっちにはいれる。できるだけ考えて考えて答えがまとまったらまた過去に戻ればいい。今のうちはゆっくり休むべきだよ。いろんなことが頭に入ってきたろ?疲れてるはずさ。」

 

「うん。この未来にはしばらくいることにするよ。でも....休むことはしない。」

 

「えっ....?」

 

「調べたいことがあるんだ。....『楠芽吹』について....!」

 

「確か、園子姉ちゃんの知らない人でしたっけ....本当に見覚えがないんですか?」

 

「うん。それにこの未来ではみんな、にぼっしーのことを知らなかった。つまり....にぼっしーの代わりがメブーってことかもしれない。」

 

「?........メブー?」

 

「あっ、今つけたあだ名~」

 

「いや早っ!!........っと、とりあえずそれは置いておいて....」

 

「だから明日、メブーに伝えようと思う。私がタイムリープしていることを。」

 

「!?....ほ、本気かよっ!?」

 

鉄男は身を乗り出して驚く。園子は冷静なトーンのまま話を続けた。

 

「今日話しただけでわかった。メブーも信頼できる良い人だって。なんで私がにぼっしーのことを知ってるのか疑問に思ってたし、良い機会だと思う。」

 

園子は至って真剣に考えていた。彼女の目を見つめ、それが本気なのだということを確認した鉄男は、

 

「....わかった。ここは園子姉ちゃんに乗ろう。明日、病室内を芽吹さんと園子姉ちゃんの二人きりにするように俺がやっとくから。好きなだけ話したいこと話せばいい。」

 

「....ありがとう。」

 

こうして園子は病院で一晩明かした。いろいろなことがありすぎて情報の整理がつかず、なかなか眠ることはできなかった。やがて朝になり、神世紀301年4月9日。

彼女はよほど話の続きをしたかったのだろう、朝早くに園子を訪ねてきた。

 

「園子。おはよう。朝早くから失礼するわ。」

 

「あれ、メブー朝早いんだね~」

 

「....ずっと気になってからね。昨日の話。」

 

「うん。私も....。メブーに聞きたいこと山ほどある。」

 

「えっ....?」

 

芽吹は困惑した表情を見せる。外からは小鳥のさえずりが聞こえ、射し込んでくる朝日が園子を照らす。

 

「まず言わなくちゃいけないことがあるんだけどね。........実は私、タイムリープしてるの。」

 

「........は?」

 

「私は過去からきた。別の未来の人間。」

 

(第12話に続く)



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【第12話】Secret

 

翌日の早朝。芽吹が園子の病室に入っていったのを確認した鉄男は大きなあくびをしながら園子の病室の前にさりげなく立った。眠くて今にも閉じそうな目をこじ開けながら見張りを続けること数十分。そこへ、

 

「おっ、鉄男。こんな朝からどうしたんだ?」

 

「えっ!?あっ!ね、姉ちゃん!?朝早いね~はははは」

 

最初に来たのはよりによって彼の姉の銀だった。

 

(まさかの最初の壁が姉ちゃんかよ....!)

 

鉄男は彼女を見ただけで少し食い下がる。

 

「さっきから園子の病室の前でうろうろして....入らないのか?」

 

「えっと........そ、そういう姉ちゃんは何しに来たの?」

 

「え?もちろん園子のお見舞いだよ。芽吹は先行ったって聞いたからさ。........で、さ........そこどいてくれる?」

 

「....え?」

 

「いや....入れないんだけど?」

 

「あー....今園子姉ちゃんはお取り込み中なんだ!だから残念ながら姉ちゃんは入れない!そーゆーこと!」

 

「は....?お取り込み中?何かあったのか?」

 

「とにかーく!!入れないったら入れないんだ!」

 

「さては鉄男....お前、なにか隠してるな?」

 

「ギクッ....な、なにも~?」

 

「いや、絶対隠してる!さっさと白状せえっ!!」

 

「ちょ、ちょっと待って!わかった!わかったから!!姉ちゃん、ちょっと散歩しよう?ね?ほら、行こう行こう~!」

 

「お、おい!なんなんだよ~!」

 

鉄男は銀の背中を強引に押して病院を後にした。これでとりあえずは大丈夫なはず....鉄男はそう思っていた。

 

(頼む....!俺が戻るまで誰も来るな....!)

 

だが、もちろん園子のお見舞いに来るのは銀一人ではない。

 

「そのちゃん大丈夫かな~?........ん?誰かと話してる....?」

 

銀がやってきてから数分後のことだった。友奈も園子のお見舞いに来たのだ。静かな朝の病院。その一つの病室から聞こえてくる二人の話し声。園子の病室だ。友奈はその二人の話を邪魔しないようにと話相手が出てくるまで待つことにした。園子の病室の前で。そのせいで、どうしても中から聞こえてきてしまうのだ。二人が話している内容が....。

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

「過去から来たって....園子、あなた何を言い出すのかと思えば....。」

 

もちろん芽吹は混乱していた。いきなり非現実的すぎることを話されては、理解できるはずもない。実際園子自身も、なぜこのような現象が起きているのかも知らないわけなのだが。 

 

「信じられないでしょ?でも本当のことなんだよ。証拠、なんてものはないけど....私が過去に戻ったことで未来はかなり変わった。」

 

「........とりあえずあなたの話は信じるわ。嘘を言っているようにも見えないし。第一、こんな嘘つく必要もないしね。」

 

園子の睨んだ通り、彼女は話のわかる人だった。飲み込みの早い芽吹のおかげで早速本題に入ることができる。

 

「それで?....本来の未来とやらはどんなだったのよ?」

 

「うん。本当の未来はね、ミノさんは二年前にお役目で命を失ったことになってる。そして、その代わりに勇者として来たのがにぼっしー。....三好夏凜ちゃんだね。」

 

「....!!それって....」

 

芽吹は目を見開いていた。その顔から、彼女がとても驚いているのがひしひしと伝わってくる。

 

「つまりね、本来の未来ではわっしーがいるんだ。そして....メブーがいない。ミノさんとわっしー、にぼっしーとメブーの立場が逆になってるんだよ。」

 

「そんな....それが本来の未来....!?私は?その未来での私はどうしてるの!?」

 

「それが........私、この未来に来るまであなたのこと知らなかったんだ。だからどうしてるかわからない....」

 

「........!!そ、そう....。確かに、園子の言う通り私はその鷲尾須美という勇者の後任として讃州中学に来たわ。そしてその選考で三好さんと出会った....。彼女は弓術というよりも剣術の方が得意らしくてね。だから私が後任に選ばれた....。それなら本来の未来で三好さんが勇者に選ばれるのも納得できるわ。銀の武器は双剣だしね。」

 

これでやっと謎が晴れた。楠芽吹は三好夏凜の代わりだということが確定した。芽吹は複雑そうな顔をして窓の外を見ていた。

 

「なんだか....変な気持ちだわ....。本当の未来ではあなたたちと出会えなくて、私の故郷で別の生活してると思うと....。」

 

「えっ....?」

 

「だって私、あなたたちと会ってだいぶ変わった。それは自分でもすごい分かるくらい。性格も考え方もたくさんね。最初のうちは勇者のお役目に対するあなたたちの態度を見て『なんなんだこいつらは』とか、『緊張感がなさすぎる』とか、『意味分からない部活動はなんの意味があるのか』とか....いろいろ思ってた。けど....その考えは全部みんなが変えてくれた。私にとって、今の私があるのは勇者部のおかげなのよ。........だから、その勇者部に巡り会えない本当の未来の私はどうなのかなって....」

 

「........。」

 

芽吹もまた、勇者部に対して多くの思い入れがあったようだった。考えてみて、彼女が夏凜の代わりだと言うことは夏凜が経験した痛みも、喜びも、悲しみも楽しみも全部代わりに経験しているということだ。芽吹は今までの勇者の困難をどう乗り越えてきたのであろうか。そこはちょっと気になった。

 

「でも園子....そのことは勇者部全員には話さなくていいの?勇者部五箇条『悩んだら相談』でしょ?」

 

「あ~....別にこれは悩み事とかそんなんじゃないからね~。メブーには聞きたいことがあったから打ち明けただけだし~」

 

「........タイムリープはいつからしていたの....?」

 

「この事故が原因だよ~。いや........てっちゃんかな....?」

 

「てっちゃん....?昨日の銀の弟かしら?」

 

「あ、いやなんでもないんよ~!....とにかく!勇者部のみんなには言わなくていいから~。申し訳ないけどメブーもそうして。これは私からのお願い。約束してくれる....?」

 

「........本当にいいの?あなた....その口振りだと好きなように過去に戻れるんでしょ?また戻ってやり直して別の未来をつくろうとしてるんじゃないの?銀も須美さんもいる、園子にとって一番幸せな未来を。....そんな重要なことを相談しなくて本当に大丈夫?少なくとも、私は心配だし、園子がどうしようとしているのか聞きたいのだけれど。」

 

「あはは....すごいねメブーは。鋭すぎるよ~。でもね、自由に好きな時間軸に戻れるってわけじゃないから....チャンスは一回きりなんよ。」

 

「だったら尚更....!」

 

「でも大丈夫。一歩間違ったらみんなまで巻き込んじゃう。未来の世界をできるだけおかしくしたくないんだ....。」

 

「!!....そ、園子....?」

 

いきなり園子は涙を流し始めていた。芽吹はあたふたしてぎこちなく園子の手を両手でギュッと握ってあげた。

 

「ごめんメブー....。私、今の時点で相当つらいんだ....。あれだけがんばって行動して、知恵を振り絞って考えた作戦も失敗した....。タイムリープのことを簡単に話したらみんなの私を見る目が変わっちゃうかもとか....みんな私のことを気にかけて逆に不幸なことになっちゃうんじゃないかとか....いろいろ考えちゃって....」

 

「........友奈の祟りのこともあったからね....?でも、もう神樹様はいないし天の神も友奈が倒したじゃない。少なくとも今回のタイムリープは神とかそういう類のものは関わってないと思うわ。だから、私たちを頼りなさい。大丈夫よ。園子....あなたはもう一人でつらいことを抱え込む必要はない。みんなで共有して、みんなで乗り越えるのよ。たとえ園子だけ過去に戻ることができるとしても....未来の私たちは何があってもあなたの仲間なんだから。」

 

「そんな単純なことじゃないんよ....。私が過去にしたことが原因で未来にいる誰かが消えちゃうかもしれないんだよ....?」

 

「えっ....?」

 

「メブーだってそう!!あなたは本来の未来にいなかったんだから!私が過去をいじくればいじくるほど未来は姿を変えていく。メブーだって会って数時間でこんなに仲良くなれたんだから....!私、お別れなんかしたくない....!」

 

「園子....。」

 

そう。須美が生存すれば芽吹が、銀が生存すれば夏凜がいなくなる。つまり、園子が目指そうとしている二人が存在している世界は、芽吹も夏凜もどちらも勇者部にはいないということを意味していた。

 

「私の少しの失敗が未来を変えるんよ。私のタイムリープのことをみんなが知ったら....なにかいけない気がするんだ。胸の奥がざわざわっとするんだ。最初にメブーに話したのはね、にぼっしーの話をするのに手っ取り早いからと本来の未来の勇者のことと一番関係が遠いと思ったから。」

 

「............なにか感覚的なことでわかるってことね?....園子の勘はよく当たるしね....。なんとなく....分かった気がするわ。」

 

「メブー....!」

 

「....実は、この前あることがきっかけで三好さんと会ったの。三好さんは『防人』として彼女なりのお役目をこなしていたわ。数十人くらいいる部隊でね。みんな勇者候補生だった人みたい..。.」

 

「防....人....?」

 

「....本来の未来なら、私が防人になっていたんでしょうね。」

 

「ありがとうメブー....それだけ分かればもう十分だよ。」

 

「........。園子、とりあえずあなたのことはみんなに黙って置くことにするわ。」

 

「....!」

 

「でも、苦しくなったらすぐに未来へ帰ってきなさい。その時は私があなたを助ける。みんなにも話す。わかった?」

 

「うん....!わかった!」

 

------------------------

 

------------

 

---

 

この日の夜

 

「ここまでが今日話したメブーとのお話だよ~」

 

「ふ~ん....なんだかんだ言っていろいろ知れて良かったな。」

 

「うん....。まさか勇者とは別に影ではたらく『防人』なんて人たちがいたなんて知らなかった。この未来ではにぼっしーたちが、私がいた未来ではメブーが頑張ってくれてたんだね。本当に彼女たちにも大感謝だよ。彼女たちもきっと、いろいろつらい思いをしただろうに。」

 

「俺は一般人だから勇者とか防人とかどういうことやってんのかよくわかんないけどさ、どれだけ重要な立場なのかってことは身に染みて知ってる。....経験もあるしな。」

 

「....。」

 

「........で、これからどうすんよ?あれ以上の作戦はないだろ?」

 

「....うん、私決めたよ。作戦はあのまま。そして、過去の二人に私のタイムリープを伝える。」

 

「えっ!?いいのかよ!?」

 

「いずれ過去の二人には伝えなきゃいけなかったしね。........これだけはどうして避けられないし、しょうがないと思う....。」

 

「そうか....。そ、それはそうとして....タイムリープのことを二人に伝えたところでこの作戦が成功するとは思えないぞ?」

 

「そうだよね。だから私がもといた未来とこの未来の二つを二人に打ち明ける。そして、私が体を張る。なんとしても二人を救うために....」

 

「園子姉ちゃん!!」

 

園子の言葉を遮って鉄男は彼女の名を呼んだ。

 

「『体張る』って....自分の命を犠牲にしてまでもってことか。」

 

「........。」

 

「それじゃダメだろ!!何考えてんだよ!!二人が生き残るだけじゃなくて三人で勝つんだろ!?園子姉ちゃんが死んだら二人は悲しむ!!俺もそうだ!........わかってんだろ....?この二つの未来で園子姉ちゃんもその気持ちを体験しただろ....?」

 

「........でも、そうでもしなきゃ勝てないんだよ!?このままじゃまた繰り返すことになる!!」

 

「だからって自分はどうなってもいいなんて考え方はいけない!自分のこともちゃんと考えろよっ!!」

 

鉄男は必死に訴え続ける。実際園子も痛いほどわかっているはずだった。銀がいない世界線と須美がいない世界線....。この二つを体験してわからないはずがなかった。また、園子は考えた。『自分がいない世界はどうなっているのだろう。』と。

 

「やっぱり、まだこっちの世界にいてくれ園子姉ちゃん。急かして悪かった。他にもなにか方法があるはずだよ!俺はバカだから全然わかんないけど........芽吹さんもこのことを知ったんだ!三人で悩んで悩んで答えを導き出そう!」

 

鉄男は前向きに提案してきた。彼も姉が亡くなったり、いきなり東郷が消えたりなど短い期間の間にいろいろありすぎてかなり動揺しているはずなのに。彼も姉と似て自分よりも人の心配ばかりするタイプだった。

 

「うん....ありがと、てっちゃん。でも今日はもう夜になっちゃうから一度おかえり。ミノさんたちもきっと心配してるよ~」

 

「姉ちゃんが?ははっ、まさか!どうせまた怒られるだけだよ。でもま、園子姉ちゃんの言うとおりそろそろ帰っとくかな~」

 

鉄男はそう言うとイスから立ち上がって小さめのリュックを背負い、「じゃ、また明日なー」と言って病室から出て行った。

 

ピロンっ

 

ちょうどその時、園子の携帯が鳴る。どうやら着信があったようだ。

 

(ん....?ミノさんから....?)

 

それは銀からのメールだった。その内容はごく簡単なもので、

 

 

『明日の朝、病院の屋上に来て欲しい。』

 

 

とだけ書かれていた。その文章はなんとも奇妙なもので、園子は銀らしくないなと感じて少し不気味になった。

 

(いきなりどうしたんだろう....明日からは新学年だよね....?)

 

園子は返信して理由を問うも、銀からの返信はなかった。園子は諦めて銀の言う通りにすることに決め、眠りについた。

 

(第13話に続く)




現在(執筆中)放送中の大満開の章最終話付近で園子と芽吹が出会うかもしれませんがどうかそこは大目に見てくださると助かります....。

さて、次回は結構攻めた内容となっておりますのでいろいろな意見があるかもしれません。メンタルの覚悟をしておくことをお勧めします....。
今回も読んでくださってありがとうございました!これからもがんばって書いていきたいと思いますので楽しみに待っていてください!


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【第13話】BAD END

 

次の日の早朝、園子は日の出の光で目を覚ました。銀からのメールを思い返し、今日から学校なのだからかなり早めに屋上に来ていると思った園子は私服に着替えて少し早歩きで屋上へ続く階段を上った。手の痛みはもうほとんどなく、すでに完治していると感じた。包帯はもうとってもいいだろう。

 

階段を上りきって屋上に出るドアを開ける。その途端、朝の冷たい風が園子を襲う。園子はブルッと身震いをし、一瞬目を閉じて手をこすりながら屋上へと出た。4月とは言っても朝はまだ全然寒い。園子はまだ来ていないかと辺りを見回す。すると、この寒い屋上に中学の制服を着た少女がひとり。彼女は屋上の柵に両腕を乗せて香川の風景を見ていた。こんな朝にこれほど寒い中、さらに病院の屋上に制服を着た少女がいるのは第三者から見たらなんとも異質な光景であった。風は依然、ビュービュー吹いている。

 

「ミノさん!!」

 

園子はその場から彼女の名を呼ぶ。それに気づいた少女はゆっくりと振り返った。

 

「おおっー!園子来たか~!」

 

まだ朝日が出たばかりの早朝だというのに、彼女はいつも通りのテンションで答え、園子に手を振った。

 

「どうしたのミノさん~!わざわざ屋上で、それにこんな朝に話がしたいなんて~!」

 

屋上のドア付近にいる園子と屋上の柵に寄りかかる銀の距離は遠い。それに風の影響もあって中々声が通らなかった。園子は銀に近づいて話しやすいように動こうとする。が........

 

「あっ、園子!そこにいてくれ!」

 

「えっ?なんで~!ここじゃよく声が聞こえないよ~!」

 

「いいから!聞こえるようにするから~!」

 

銀は園子がこちらに近づくのを止めた。銀は少し焦って止めたように見えた。なにか意図があるのだろうか。園子は銀の行動がよくわからなかった。と、突然風がやむ。まるで二人の空気を読んだかのように。

 

「園子。おとといの話、覚えてるか?」

 

「えっ?」

 

風がやんだのを見計らって銀がいきなり話題に入る。

 

「二年前の話だよ。」

 

「ああ....」

 

「あたしな、今やっと安心できた。記憶も足も戻って、勇者のお役目も終わって....。交通事故に遭ったけど、園子ももう大丈夫そうだ!これでだいたい区切りがついた。ようやく全部、終わったんだ....。」

 

「ミノさん....?なに言ってるの?区切り?全部終わったって....」

 

園子のなかにモヤモヤっとした感情が生まれ、早くも直感で嫌な予感がした。

 

「ミノさん、一体なにしようとしてるの....?」

 

銀は先ほどからずっと変だ。何か彼女らしくない。底知れぬ不気味さを感じた。

 

「園子、あたし後悔してるって言ったろ?須美のこと。」

 

「う、うん....そうだね。」

 

「ずっとずっと....ずっーと須美に謝ってきた。心の中でも、英霊碑へ直接会いに行っても、あたしは数え切れないくらい須美に謝ってきた。どうせ須美のことだから許してくれちゃってんだろうけどさ....。でも、あたし自身が許せないんだ。あたしが自分のことを許せない。今でも永遠と煮えたぎるこの自分への恨みは、何があっても一生変わることはない。」

 

「ミノさん....。」

 

「あたしさ、苦しいんだよ....。勇者部のみんなで楽しんで笑ったりいろいろなことしてきたけどさ、やっぱりあたしは心の底から楽しめないんだ。笑えないんだ。どうしても、『ここに須美がいたらな』って....考えちゃうんだ。」

 

「....!」

 

「その顔、お前もそうなんだろう?」

 

銀の問いに、園子はうつむくしかなかった。まさに図星であった。

 

「やっぱりそうだな。........あたしの心はすでに....いくつも前から死んでたんだ。今までみんなに見せていたのは表向きの作り物の心だった。あたしはもう限界なんだよ。」

 

「み、ミノさん....?ダメだよ、そんな言葉ばかり言っちゃ....ミノさんらしくないよ....!」

 

銀から聞いたことのないくらいマイナスの言葉がずらりと出てくる。園子は悪い夢でも見ているようだった。すると、園子の言葉に銀は表情を険しくしてこう答えた。

 

「『あたしらしくない』....?なに、言ってんだよ....『あたしらしくない』ってなんだよ!?言ったろ!!あたしの心はもう死んでるって!!今まで園子たちに見せてきたものはすべて嘘だって!!!」

 

「....!!」

 

「だからさ....あたし今までがんばってきたんだよ....勇者のお役目が終わるまでは須美のためにも最後までやり切ろうって....。そしてそのお役目は終わった。風先輩も卒業して、園子のケガももうほとんど完治してる。これほどタイミングがいいときはもうないと思う。」

 

「えっ....?なんなのさっきから....!?さっきからミノさんの言ってること全っ然わからない!!変だよミノさん!!目を覚ましてよっ!!」

 

銀はずっと意味深な言葉を発してきた。園子は銀が手の届かないところへ遠ざかってしまうのではないか、と一番悪い考えが頭によぎってしまった。

 

「........園子、これが本当のあたしなんだ。」

 

「........そ、そんな....。」

 

「こんなこと話せるのはさ、お前しかいない。今まであたしと仲良くしてくれた、ズッ友のお前しか。」

 

「み、ミノさんやめてよ....そんなこと言わないで....」

 

園子は早くも声が震え始める。それは自分の悪い考えに対する恐怖によるものだった。

そして銀は、柵に身を乗り出し、柵の上に乗って園子の方を向く。

 

「ミノさん....!ダメだよそんなことっ!あたし絶対許さないよっ!!」

 

園子は無理やりにでも止めようと走って彼女に近づく。が、

 

「止まれ。園子。あたしの最期の言葉だ。」

 

「やだっ!!やだよそんなのっ!!」

 

銀が口で止めても園子は走るのをやめなかった。

 

「あたしさ、ズッ友のお前を置いていくのはちょっと不安だった。でも....今は友奈たちがいる。それにお前は、もうひとりでも十分やっていけるさ。」

 

「それ以上喋らないでっ!!!」

 

「園子........頼む。あたしをこの苦しみから解放してくれ。」

 

「....!!!」

 

その言葉を聞いた園子は自然と立ち止まってしまった。なぜか。それは祀られていた二年間、自分も何度かそう思ったことがあったからであった。

やがて銀は苦笑しながら涙を流し始めた。そしてまた風が吹き始める。銀は朝日に照らされ、風によって髪と制服がなびく。そして最期にこう言った。

 

「ごめんな園子....こんなあたしで。でも、お前と須美と過ごした短い時間は本当に...すっごく楽しかった!!今までありがとう園子....。たとえ離れ離れになっても、会えなくても、あたしたちの絆は壊れることはない。....あたしは三ノ輪銀。あの子は鷲尾須美。あなたは乃木園子....。あたしたちは友達だよ。ズッ友だよ....!........さよなら。」

 

銀はそう告げると体が斜めに傾く。

 

「ミノさんっ!!」

 

園子は一生懸命手を伸ばした。しかし、その手は鉄男をトラックから救ったようにはならず、ギリギリのところで届かなかった。その瞬間、園子の中で何かがプツンっと切れる。

 

 

 

 

 

 

 

      そして、銀は彼女の前から姿を消した----

 

 

 

 

 

 

 

銀の最期の言葉を聞いた園子は腰が抜けてその場に座り込む。絶望に打ちひしがれている園子に追い討ちをかけるかのようにして冷たい風が吹きつける。

 

「ぁぁ........ぁぁぁぁぁ........わあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

園子は叫んだ。そしてなんども地面を殴った。それからすぐに下に人だかりができはじめ、騒がしくなってくるのが分かる。当然園子は下を見ることなどできるはずがなかった。その後園子は、病院関係者に発見されるまで屋上で泣き続けていた。

 

------------

 

----

 

--

 

「乃木、大丈夫....?ちょっとは落ち着いた?」

 

「........。」

 

「警察もひどいもんよねぇ。まだ気持ちの整理もついてないのに取り調べなんかしちゃってさ。」

 

「........。」

 

「乃木........えっと....」

 

「お姉ちゃん、無理して話さなくていいよ。」

 

「でも....」

 

「園子さんはしばらく一人にさせておいた方が良いと思う。今園子さんの心を癒せるのは時間だけだと思うよ。」

 

「........わかったわ、樹....。じゃ、乃木!また来るから!」

 

「明日も顔出しますね!」

 

「........。」

 

犬吠埼姉妹はそう言って姿を消した。園子は病院関係者に発見されたあと、事情聴取のため警察に行った。もちろん彼女の心はボロボロで聴取などろくにできなかった。警察から帰されたあとはまた元の病院に戻され、ずっとベッドで寝ていた。そんな時に来たのが犬吠埼姉妹だ。彼女たちも複雑な気持ちだったであろう。この状況だと園子が銀を....ということになってしまう。警察はきっとそう考えているのだろう。

園子は今、まさに鬱状態となっていた。

 

 

ガラッ

 

 

また病室の扉が開く。園子は目だけ動かして入ってくる人物を見た。

 

「!?て、てっちゃん....!?」

 

まさか彼が来るとは思わなかった。銀の家族であり、弟でもある彼が今この状況で来れるとは。

鉄男の目尻は泣いた痕が目立っていた。疲れ切っている表情の中、園子を睨みつけるようにして彼女に近づいた。

 

「園子....姉ちゃん........これは一体....?なにが....あったんだよ....。いきなり死ぬなんて異常だよ....。俺、気になって気になってさ....」

 

「........。」

 

「黙ってないでなんか言ってくれよ....!苦しいのは園子姉ちゃんだけじゃないんだぞ....?俺もこの数日間でいろいろありすぎて頭こんがらがってんだよ。それでも俺なりにがんばってやってきたんだよ。それに追い打ちかけるようにしてこの未来でも姉ちゃんが死ぬなんて....もう俺の心は....」

 

「やめてっ!!!」

 

「...!?」

 

「『心が折れた』なんて言わないで....お願いだから....。私、てっちゃんまで....失いたくない....」

 

「!....それって....どういうこと....?姉ちゃんもおんなじようなこと言ってたのか....!?」

 

「........うん。ミノさんの心はね、とっくに死んでたんだって。おかしいなぁ....なんでこの未来の私はミノさんの変化に気づけてあげられなかったんだろう....悔しいなぁ....気づけてさえいれば変えられたかもしれないのに....なんで気づけなかったんだろう....。」

 

「そんなことを言ってたのか....。俺も全然、姉ちゃんの変化には気づかなかった....。姉ちゃんは長いことひとりで抱え込んできて、今までは全部演技みたいなもんだったってことかよ....。」

 

「ミノさんが一番大切にしてた家族でさえも置いていくなんて....相当心が締め付けられてたんだよっ....!........もう....なんでこうなるの....?前よりずっとひどくなってる....!!なんで私の友達が二人とも....!!こんなの、最悪すぎるよ。最悪すぎる未来だよっ....。」

 

「........。」

 

鉄男は黙っているしかなかった。二人は絶望に打ちひしがれた。立ち直るのも困難かと思ったが、

 

「....やり直そう。」

 

そう呟いたのは園子であった。先ほどまで絶望していたのに急に態度が変わった園子を見て鉄男は驚いた。さらに彼女の目には覚悟を決めた信念があった。

 

「....えっ?」

 

「どんなに最悪な未来になっても、私ならやり直せる。私だけ未来を変えられる力を持ってる。........こんなのにくじけてる場合じゃない。これは夢だと一旦仮定してすぐに立ち上がる。....へこたれてる時間なんてない。そんな時間はもったいない。」

 

「で、でも............俺、やっぱ怖くなってきちゃったよ....。またすぐに俺の知らない未来になると思うと....。それもまた悪い未来だったら....!」

 

「てっちゃん。私を...信じて。」

 

「....!!」

 

「私、7月10日が過ぎるまでもう未来には帰ってこないから。成功するまで戻ってこない。だから安心して!私が戻ってきたときにはきっと、良い未来になってる!」

 

「せ、成功するまで戻ってこないって....失敗したらどうするんだよ!?」

 

「........そのときはそのとき....。私はそのまま過去で過ごすよ。私が変えられなかった未来は私が責任持って過去で償う....。」

 

「!....そ、そんなこと....!」

 

「大丈夫だよ!失敗なんてしないから!」

 

「俺、園子姉ちゃんが心配だ!!....園子姉ちゃんも園子姉ちゃんを大切に想ってる人がいるってこと忘れないでくれよ!『園子姉ちゃんも一緒に生きる』、これだけは絶対に約束しろよな!」

 

「うん。わかってる!」

 

園子はそう言うと鉄男に手を差し出した。そして....

 

「じゃ、行ってくる!」

 

「........わかった。こっちのことはまた任せておきな。なんかいろいろ言って済ませておくから。」

 

「....うん、お願いね。ありがとう。」

 

「気をつけて....行ってきてください....!過去の7月10日を過ぎるのは未来の世界ではもう今日の夜はとっくに過ぎているはず....だからまた明日の朝会おうな!絶対だぞ!」

 

「了解!明日の朝ね!」

 

鉄男も覚悟を決めた顔をすると、園子の手をギュッと握った。

 

「....またね、てっちゃん!」

 

 

 

バチっ!!

 

 

 

「もう~なんなんですか!!」

 

「え........?あっ!!」

 

園子の目の前には鉄男が立っていた。しかし、少し顔が幼い。それに園子は外に立っていて上に夜空が広がる。そして鉄男の後ろには銀もいる。

 

(そうだった!夜に突然お邪魔しててっちゃんに握手しに来たんだった!)

 

「わわわわわっ!!ご、ごめんね~いきなりすぎてびっくりしちゃったよね~」

 

「ふんっ!........それで、俺になんか用っすか....」

 

鉄男は園子を睨みつけながら聞く。

 

「あ~....えっと....」

 

園子はそう言うと鉄男の耳元に口を近づけ、こう言った。

 

「この前イネスで言ったこと、覚えてるよね?」

 

「え?ああ........つい最近のことだし覚えてるけど?」

 

「ならよかった!それだけだから!」 

 

「はあっ!?その確認のためだけに来たのかよ!?」

 

鉄男は驚き、引き気味の目で園子を見る。さすがに無理があると園子も思っていたが今はとりあえず笑っているしかなかった。

 

「えっ!?なになに、なんの確認!?」

 

銀は食いついて聞いてくるが鉄男に家に入ってろと怒鳴られ、しょぼくれながらリビングに入っていった。

 

「....はぁ....あんたってほんと変なヤツだな。」

 

鉄男は呆れ果て、ため息をつきながらそう言う。

 

「変なヤツって思われても良い。私のことが嫌いでも....これだけはお願い。」

 

「?....なんだよ。」

 

「お姉ちゃんのことを、大切にするんだよ。ミノさんみたいなお姉ちゃんを持って鉄男くんは幸せだね~」

 

「いや....姉ちゃん怒ったら怖いし結構厳しいけど....。」

 

「でもそれは全部鉄男くんのために言ってることだから。....ミノさんは、家族のことを、鉄男くんのことをとても大切に想ってるんよ~」

 

「........。」

 

「遠足のお土産とかミノさんに頼んだ?」

 

「えっ?ああ....そうだな。」

 

「そのお土産は絶対に、ミノさんが届けるからね。」

 

「........はぁ?そんなの当たり前だろ。」

 

「家に帰るまでが遠足、だからね~。それじゃ!」

 

園子はそこまで言うとまた走ってそそくさと帰った。

 

「あっ!ちょ........もうっ!どーゆー意味か全っ然わかんねっー!マジでなんなんだよあの人ー!!」

 

------------

 

-----

 

--

 

園子は家に戻ると再びノートを開いた。

 

(ミノさんは調子に乗ったせいでわっしーを死なることになったって言ってた....。完璧に勝つためには私が経験した『二つの未来』を教えるしかない。『ミノさんがいない世界』と、『わっしーがいない世界』....わっしーを亡くしたことに責任を感じて自ら命を絶ったミノさんのこと、それから私のこと...全部言う。そうすればきっと二人はいつもより緊張感を持ってお役目に励むはず。)

 

園子は『二つの未来』で起きた出来事をすべてノートに記し、わかりやすいようにまとめた。

 

「よし、これで今度こそ....」

 

園子はカーテンを開け、夜に輝く月を見る。そして拳を握った。リベンジする覚悟は決めたものの、最悪な『二つの未来』を見た園子はまだやはりどこかに恐怖心があった。

 

(第14話に続く)




急展開すぎてびっくりした方もかなりいると思いますがどうか大目に見てくださると助かります....。
さて、ここから園子はどうするのでしょうか?フラグを立てまくっていますが、それは折るのか回収するのか....楽しみに待っていてください!


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【第14話】Be frank

 

一夜明け、また朝がやってきた。園子はいつも以上に早起きするとさっさと支度し、家を出て行った。この時間ではまだ学校は開いていない。学校に行っても校門の前で待つだけである。彼女がこれほどまでに早く家を出た理由。それは、大橋に行くためだった。

 

(今まで壊れる前の大橋をよく見たことなかった....。今のうちにどんなものか確認しておいてもいいかもしれない。)

 

園子は早朝の誰もいない大橋に忍び込み、その橋の上を歩いていく。橋のワイヤー部分のは多くの鈴がつけられており、進んでいくといくつか墓標のようなものが見えてきた。それには大赦内で強い権力を持つ家柄の名前が刻まれていた。

 

(これ........英霊碑にあったやつに似てる....。)

 

その石たちは祀られていてそこから先は塞がれていけないようになっている。

 

(きっとここから先は『外の世界』なんだろうな....)

 

園子は本土まで続いている大橋の先を見る。もっともそれは、神樹が見せている『幻影』なのだが。

 

(ま、これくらい確認できればいいか....。大橋がどんなものなのかよくわかったからね。)

 

園子はスマホを見て時間を確認すると、ようやく学校へ向かい始めた。

 

------------

 

----

 

--

 

「おっはよー!園子ー!」

 

「あれ?ミノさん今日早いね~」

 

「へへっ!朝早く起きたから早めに行こうと思ってな!運良くトラブルにも巻き込まれなかったし!」

 

「それはよかったね~」

 

銀と園子がそんな会話をしていると、

 

「銀、そのっち、おはよう。」

 

と、須美もやってきた。

 

「おっ!おはよう須美!」 

 

「おっす~わっしー!」

 

「あら?そういえば銀早くない....?」

 

「お前もそれ言うか....。ま、今日は朝早く起きたから............うおっ!?」

 

「そ、そのっち!?」

 

銀が先ほどの園子との話を繰り返そうとした。が、それは園子によって遮られた。園子は二人を抱きしめ、強く、強く自分に引き寄せた。

 

「ど、どした園子....?」

 

「き、キツい....苦しいわ、そのっち!」

 

「ごめん、二人とも....ごめん....」

 

『は?』

 

二人は口をそろえて聞き返す。

 

「しばらくこのままでいさせて....」

 

「........まぁ、なにがあったか知らんけど....いいぞ!」

 

「う、うん....い、良い....わよ....」

 

銀は自信を持ち、須美は顔を赤くして言う。

 

「ありがとう二人とも....!あのね........今日も残ってくれない?」

 

『えっ?今日も?』

 

またしても須美と銀の声がそろう。

 

「うん....。まだ伝えなきゃいけないことがあるんだ。」

 

「お、おお....そうか。」

 

三人はずっと引っ付きながらそんな会話をしているため、周囲からは変な目で見られていた。

 

------------

 

------

 

---

 

放課後になると三人は作戦を伝えたときのように向かい合い、須美と銀は園子が口を開くのを待った。

 

「えっとね....今から話すのはとても信じられないようなこと。そして、二人にずっと黙っていたこと....。」

 

「........信じられないようなこと....?」

 

「なんというかその....非現実的みたいな感じかしら?」

 

「....うん。そんな感じ....」

 

園子がそう呟くとしばらく沈黙が続く。すると園子は深く深呼吸し、拳をギュッと握ってついに言った。

 

 

「私、未来から来たんだ。」

 

 

「....。」         「....。」

 

園子の言葉を聞いた銀は聞き間違いかとでも言うような顔をした。一方須美は自分の予想が見事に的中してしまい、改めて園子がタイムリープしていることを実感してぼっーとしてしまっていた。

 

「へ....?そ、それはつまり........園子は『タイムスリップ』してるってことかぁ!?」

 

銀は園子に顔を近づかせ、驚愕する。

 

「ま、驚くのも当然だよね....。今まで黙っててごめん。言うタイミングを見計らってたんだ。ある程度仲良くなったら二人に伝えようって思ってて。」

 

「いつからだ!?今の園子はいつから未来の園子なんだ!?そもそも何年後から来た!?私たちは?未来では私たちなにしてんの!?まだちゃんと三人とも一緒か!?」

 

「銀、質問が多すぎるわ。一つ一つにしないと。」

 

「おい須美ィ!お前はなんでそんなに落ち着いてられんだよ!?まさかお前....知ってたのか!?」

 

「いや........そのっちのこと、おかしいとは思ってたけど本人の口からこうして直接聞くのは初めてだわ。それにしても....時間逆行....。」

 

「ミノさんの気持ちもわかるよ~。順番に沿って全部話すから安心してね。」

 

「お、おう!....いや~楽しみだな~!」

 

「そんな愉快なものじゃないよ....」

 

『えっ....』

 

急に態度が変わった園子を見て、二人は不安になった。同時に、これから迎える未来はどんなものなのか余計に気になった。

 

「まず、私が来た時代からだね。私が来たのは神世紀301年の4月。そして、気がついたときには神世紀298年の4月に来ていた。」

 

「ちょうど三年遡ったってことね....。」

 

「あたしたちが知り合う前じゃないか....!ねぇねぇ、未来の世界ってどんな感じ!?そういえばどうやって過去に来たんだ!?」

 

「銀、とりあえず黙ってなさい....!そのっちが喋れないでしょ....!」

 

「あっ、スマンスマン....」

 

須美に怒られた銀は頭を掻きながら園子に謝る。

 

「えっと....あの........私が最初にいた未来ではね、私が最初にいた未来では............」

 

園子はその先をうまく話せなかった。本人の前でこの事実を伝えるのはやはりとてもつらかった。が、

 

「なにか、あったんだな。」

 

「大丈夫よそのっち。私たち命をかけてるお役目をしてるわけだし覚悟はできてるわ。....今までのそのっちだって私たちにできるだけケガさせないように頑張ってたわけだしね。それくらいわかってる。」

 

「二人とも....!じゃあ........今から言うよ....!私が最初にいた未来ではミノさんが、お役目で........命を....失うんだ....。」

 

それを聞いた銀は小さく口を開け、「えっ....」と呟いた。

 

「ぎ、銀が....命を失う....?」 

 

「う、うん....。」

 

「いつ!?いつなのよ!?そのお役目が来る日は!?」

 

「........次の、遠足の日...。」

 

「!!そのっち、それって....!!」

 

「........なるほどな。それで園子はいつもより念入りになって作戦を考えてきたってわけか。」

 

この事実をいきなりつけつけられて複雑な気持ちなはずにも関わらず、銀はいつものように腕を組んでニコニコしていた。そして、

 

「あたしの夢をおかしいくらい応援したり、自分の身を犠牲にしながらあたしらを無理に守ったり....園子がそういうことをしてきた理由がやっとわかった。」

 

「み、ミノさん....」

 

すると銀は何を思ったのか、イスから立ち上がっていきなり園子を優しく抱きしめた。

 

「えっ....?」

 

急なことで園子は何が起こったかわからなかった。困惑した。

 

「........つらかったな。ひとりでそれを抱えて、ひとりでここまで頑張ってきたんだな。未来ではあたしのことを考えて苦しんで、過去に来てからは誰にも打ち明けられずにひとりで悩んだ。やっぱり、すごいよ園子は。あたしのこと、そこまで想ってくれてありがとうな、園子。」

 

「そ、そんな........ミノさんが謝るなんて....!謝るのはこっちだよ!!守れなかった!!!ミノさんのこと守れなかった!!!ミノさんに料理を教えてもらう約束も、鉄男くんたちにおみやげをあげることもできなかった!!ごめんね、ミノさん!ごめんっ....!」

 

園子はボロボロ涙をこぼしながら必死に訴えた。ずっと心の内に秘めていて、本人に言えるはずのなかった「ごめん」という言葉を。そして、何度も何度も繰り返した。

 

「あ~ほらほら、謝るなって!それに、今あたしはこうして生きてるだろ?あたしを助けるために戻ってきたんだろ?なら大丈夫だって!そんなことになる未来を知ったなら必ず変えられる!」

 

「そ、そうよそのっち!あなたがこうして私たちに伝えてくれたんだから!その未来を知ってるのはそのっちだけじゃなくなったのよ。」

 

「........そうだよね、でも....」

 

「まだなんか不安があんのかよ?」

 

「あのね........私、一回未来に帰ってみたんだ。昨日の夜に。」

 

『昨日!?』

 

二人はまたしても声をそろえて驚く。

 

「昨日の夜ってお前....鉄男と会ってたじゃんか!いつ戻ってたんだよ!?」

 

「未来に戻ってる間、過去の時間は進まないんよ。」

 

「....そのっちは自由に未来へ戻れるってこと?」

 

「まあ、その気になればそうだね~」

 

「す、すごいわ....!そのっちの時間逆行というのは一体どんな仕組み....」

 

「須美!タイムスリップの謎を解こうとすんのは後にしろぉ!....で!?未来はどうなってたんだ?昨日の夜ってことはあたしたち、遠足の日の作戦も園子から教えてもらった後だし何か変わってたんじゃないか!?」

 

「うん....。ちゃんと変わってたよ。」

 

『えっ!!』

 

二人は期待するかのように目をキラキラさせて園子を見る。きっと二人は作戦が成功して良い未来に変わったと思ったのだろう。だが、実際は....。

 

「悪い方に....変わってたよ。」

 

「え....悪い方....?」

 

「ど、どうして....作戦は失敗したの?」

 

「途中まではうまくいってたらしいんだけどね、だんだん連携が崩れていって....そして........」

 

「ま、まさか....そのっち、同じ展開になったなんて言わないわよね!?」

 

「違うよ。....今度は、わっしーがその戦いで....。」

 

「え........私....?」

 

今度は須美が大きく瞳を開けて驚愕する。一方銀は目を細め、小さく歯ぎしりをした。

 

「そんな....今度は須美かよっ....。くそっ....」

 

「さらにそれだけじゃ終わらないんだ。....中学三年生になるはずだった日の朝....責任を感じてしまったミノさんが病院の屋上から飛び降りた。」

 

「........は....?それって....あたしが自殺したってこと....?本当なのか!?あたしが家族のことをおいて、なにより自殺なんてこと自分でも信じられない!!」

 

「ほ、本当だよ....だって、だって....私の目の前で飛び降りたんだからっ!!!」

 

園子は声を震わせながら叫ぶ。話しながらもあのときの光景が蘇ってくる。園子は絶望の表情を浮かべた。また、銀も同じように。

 

「........え....」

 

「私が未来に戻っていろいろ調べてる間にミノさんが私を屋上に呼び出してそれからっ....!」

 

「そん時あたしは....あたしはなんて言ってたんだ....?」

 

「........。」

 

「言えよ....あたしは知りたいんだよ....自殺するほどまでに追い詰められた訳を....!」

 

「....ミノさんはひとりで抱えん込んでた。わっしーを死なせてしまったのはミノさんのせいだって勝手に自分で決めつけて....。そのことをずっと後悔して三年間生きてきたって。もうお役目も終わってだいたい区切りがついたから解放してくれって。....わっしーに対する罪悪感から、苦しみから....!」

 

「....!!」

 

「そんなの....未来の銀を死なせたのは私のせいも同然じゃない....!」

 

「ち、違う!わっしーのせいじゃないよ!!」

 

「私のせいでしょ!?私が死んだから銀を苦しめた!!そして間接的にそのっちまでも苦しめ....」

 

「もう言わないでっ!!!」

 

園子から今まで聞いたことのない怒号を聞いた須美は、気迫に圧されて思わず黙る。

 

「わっしーのせいじゃないんだってば....仕方なかったんだよ....わっしーは私たちをかばって、私たちを守るために命を失ったの....。だからわっしーのせいじゃない。それに、今はこんなことでケンカしたくないよ....。こんなこと本当は、二度と思い出したくないし話したくないんだよっ....!」

 

その言葉を聞いた須美は冷静さを取り戻し、大人しくなって静かに言った。

 

「............ごめん....なさい....。そのっちが一番苦しいんだものね。熱くなりすぎてしまったわ....。」

 

また、銀も

 

「あたしも、すまん。深堀しすぎちゃったな。」

 

と謝った。三人はとりあえず落ち着き、またイスに座った。

 

「でもこれで........二人に話すことは全部話したよ。ここまでが私の経験した話。」

 

「ありがとう園子....つらいのにがんばって教えてくれて。」

 

「....そんなことにならないように話し合いましょう!みんなで帰るために!7月10日を....越えるために!」

 

「うん....頑張ろう!」

 

三人は誓った。最悪の未来を変えるため、覚悟を決めた。そして、やがてその日はやってくる。

 

------------

 

-------

 

---

 

「ついに今日ね....。7月10日....。」

 

「おい須美、今からそんな張り詰めるなって!今日は遠足!しかもそいつらが来るのは遠足の帰りだろ?今は今で楽しもうぜ!」

 

「そんなこと言ったって銀....気持ちの切り替えが難しいわよ。」

 

「大丈夫だよわっしー!あれだけ話し合ったんだし、私たちもいる!だから安心して今を楽しもう~!」

 

「そのっちまで....。でも、わかったわ!張り詰めたまま遠足を終えてもそれはそれで後悔しそうだしね!」

 

「そうだ!それでいい須美!」

 

こんな会話を遠足先へ向かうバスの中でしていた。この話が終わってからは明るい話題へと切り替え、楽しい雰囲気で遠足先へ着いた。

 

「わ~い!やっと着いた~!」

 

「よっしゃ園子、須美!アスレチック全制覇するぞ!」

 

『オー!!』

 

三人は元気よく走り出し、一目散にアスレチックへ登っていった。

 

「へへっ!こんなの楽勝楽勝!」

 

「銀~油断してたら危ないわよ~!」

 

「ふふふ....これくらい銀様の手にかかれば....わっ!?」

 

日頃大きな斧を扱っているせいでできたまめが痛み、銀は手を離してしまう。そしてそのまま真っ逆様に落ちる。が、

 

ドサッ

 

「ほら銀、言ったじゃない!」

 

「ミノさん気をつけてね~危ないから~」

 

下にいた二人が彼女を支えた。銀はゆっくりと立ち上がり、

 

「あはは....以後、口数を減らします!」

 

と言った。

 

(そう言えばこのやりとり....三年前もあった気がする....!今考えればこれって....)

 

「ミノさん!!本当の本当に気をつけるんだよ!!」

 

「えっ?....お、おう....」

 

銀は若干戸惑いながら頷いた。

それから時間は経ち、園子たちは昼食をとるためバーベキューを始めた。

 

「う~ん!おいしい~!」

 

「そのっちはいつもこれより良いお肉を食べてるじゃないの?」

 

「みんなで食べた方がおいしいんよ~!」

 

園子はそう言うとパクパク肉を口に入れる。

 

「そのっち....あんまり一気に食べ過ぎないでね....。」

 

「あれ?安芸先生、ピーマン食べないんすか?」

 

「ギクッ!」

 

彼女らの担任、安芸にそう指摘したのは銀だった。安芸はさっきからずっと箸でピーマンをつまんだり離したりしている。

 

「先生、好き嫌いはよくないですよ?」

 

「あははは....えっと....これから!これから食べるのよ!」

 

「ピーマン食べてあげないと、ピーマンの精霊たちが来ちゃうよ~」

 

「ピーマンの精霊....そ、それはまた想像力豊かね乃木さん....。」

 

(こんなおどおどしてる先生を見るのも、これが最初で最後だったな....)

 

この日から安芸先生は笑わなくなった。笑顔すらも見せなくなった。その未来も一緒に変えてやる。ミノさんが、わっしーが、みんな生き残れば安芸先生もきっと一緒に笑うことができる。そう....三人生き残ればまわりもみんな幸せになるんだ。

 

---------------------------------------------------------------------

 

園子たちは昼食を食べ終わった後、アスレチックを制覇して周辺を見渡せる場所へやってきた。

 

「おおっー!こっからあたしたちの街が見渡せるんだな!イネスは?学校は?」

 

「さすがに見えないわね。」

 

「ミノさんは本当にイネス好きだね~」

 

「ああ!なんてたってイネスには...」

 

「『中に公民館もある』!」

 

「おお、須美あたりー!」

 

「だんだん銀の考えてることがわかってきたわ。」

 

「私は私は~!?」

 

「そのっちは....読めない....。」

 

「ああ。あたしも....。」

 

「ガーン....そんな~....。」

 

「でも大丈夫よ。今の反応するってくらいはわかるから。」

 

「えっ!ほんと!?やった~!!ひゃっはー!!」

 

園子は飛び上がって喜ぶ。

 

「そっからの跳ね具合がわかんないんだよな....」

 

「そうね....。」

 

「ちなみにあたしは須美のこと、取り扱い説明書が書けるくらいになったぞ。」

 

「あら、最初のページにはなんて書いてあるのかしら?」

 

「『結構大変な代物ですのでくれぐれもご注意ください』....」

 

「....なんか面倒くさい人みたいで嫌だわ....。」

 

「そんなことないよ!須美は個性溢れるおもしろい人だってこと!」

 

「そうかしら....。でもね、私はこれから銀の色んな一面を暴いていこうと思うの!」

 

「あたしの色んな一面....?ぅぅ....お、お手柔らかに頼むよ。」

 

銀は恥ずかしそうにそう答えた。

 

「実はね、私....ミノさんのこと最初苦手だったんだ。」

 

さっきまでずっと跳ねていた園子がふと銀にそう言った。

 

「実は私も....。」

 

「急になんだよぉ!!」

 

「明るくて元気で、私とは別の世界で暮らしている人のようだった。でもいざ話してみるととても良い人で、友達になれてよかったと思ってるよ!」

 

「ふふっ....私もそのっちと全く一緒だわ。」

 

「お前らも十分元気だと思うけどな....。」

 

銀はそう言うと手を前に差し出した。

 

「と、まあこれからも友達としてよろしく頼むよ!」

 

「ええ!」

 

須美も元気よく返事して銀の手の上に自らの手を乗せた。

 

「うん....!よろしくね!」

 

園子もそう言って手を乗せた。

 

「いいか....二人とも。今日は絶対勝つ。三人一緒に。ひとりも欠けちゃダメだ。」

 

「ええ....。あれだけ考えたのだから大丈夫よ!いつも通り落ち着いた心で、気を引き締めて戦いに臨みましょう。」

 

「がんばろうね....二人とも!」

 

未来のことを知っているのはもう園子だけではない。須美も銀も知っている。きっとこれなら変えられる。三人一緒にいる未来に変えられる。

 

------------------------------------------------------------------------

 

帰りのバス車内

 

「ねえねえミノさん、わっしー、次の休みの時私の家でお料理教えてよ~」

 

「料理?」

 

「そう!私、なにも作れないからさ~」

 

「そっか....わかった!須美、一緒に教えてやろう!」

 

「ええ、そうね!約束よ!」

 

「約束....。うん、約束っ!」

 

三人はそう言って指を結んだ。その後、三人は一日遊び疲れたせいでバスの中で眠りについた。

 

-------------------------------------------------------------------------

 

「いや~楽しかったな~!!」

 

「ほんと。このまま一日が終わればいいのに....。」

 

「....。」

 

須美の一言に、二人は何も答えることができなかった。

 

「あっ、ごめんなさい!これからがんばらないとよね!」

 

「....須美の気持ちもわかるよ。実際、あたしだって....」

 

「....来るよ。」

 

銀の言葉を遮って、園子がそう呟いた。

 

「この道、この景色....忘れもしない。ここを歩いていたとき、ヤツらは来た。」

 

園子の言葉を聞いて、須美と銀は真剣な顔になる。

 

「ついに、か。....よし!あたしら勇者の力を見せつけてやろうぜ!!」

 

「ええ!....運命なんて、未来なんて変えてみせるんだから!」

 

その時、海の向こうに一筋の光が射す。それは空から地面に落ちるような感じ。その光を元に、だんだんと樹海化が始まる。やがてこちらも飲み込まれ、辺り一面樹海になった。

園子は深呼吸し、強く自分の頬を叩いた。

 

「わっしー、ミノさん!........行くよ!」

 

「ああ!」

 

「ええ!」

 

(二度とないチャンス。ここでやらなきゃ。なんとしてもここで変えなきゃ。)

園子はいつも心の中で唱えている言葉を言った。

 

「これは私の....私の人生のリベンジだ。」

 

(第15話に続く)




ついに7月10日を迎えましたね!これからどうなるのでしょうか?
さて、今回の話ですが本当は園子の秘密を打ち明けたところで終わらせようと思っていたんです。けどそれだと短すぎる感じもして遠足の話も入れました。ですので遠足中の話(アニメ版)を結構削っちゃった部分もあったりと楽しみにしていた人には本当に申し訳ないです....(もうちょっと長くしたかった)
そしてついに因縁の三体との戦いが幕を開けます。果たして園子はリベンジを果たすことができるのか!?次回の更新を楽しみに待っていてください!


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【第15話】Revenge ~first half~

 

「わっしー、ミノさん!........行くよ!」

 

「ああ!」

 

「ええ!」

 

三人は一斉に勇者システムを起動させる。そしてそれぞれの武器を握りしめた。

 

「........今のところ二体しか見えないな。」

 

「あとからもう一体来るんよ。油断は禁物だよ。」

 

「ええ。わかってるわ。もう一体姿が見えるまで隠れていましょう。」

 

三人とも冷静だった。状況を判断し、落ち着いた行動をとる。これも作戦の中の一つであった。

 

「ん....!あいつだな....!」

 

「そう。私が体験した二つの未来では、あいつの攻撃のせいでこちらのリズムが崩れた。」

 

「じゃああいつは矢を飛ばしてくる敵ね....。銀、そのっち、そろそろ攻撃に移りましょう。」

 

「ああ。」

 

「うん....!それじゃみんな、作戦通りに!」

 

「行くぞ!」

 

銀と園子は隠れていた樹海の茂みから飛び出し、バーテックスたちの前に出た。一方須美は今の位置よりさらに後ろへ飛び退き、見晴らしがよい場所に立つ。園子は移動しながら銀に話す。

 

「ミノさん!まずはあの赤いヤツからだよ!」

 

「ああ!見た目でだいたいわかった!反射板使うヤツだろ?」

 

「そう!さすがミノさん~!」

 

やがて二人はキャンサーバーテックスの前に立つ。

 

「....銀とそのっち、目標地点への移動を確認。」

 

須美はそう呟き、手を挙げる。それは園子と銀に対する合図だった。

 

「わっしー準備できたみたい~。」

 

「よし!........お前ら、よくもあたしを殺したな!もう一つの未来では須美を!そして、よくも園子を苦しめたな!....だがそれは別の未来の、別の世界の話だ!今からあたしたちがその未来を変えるっ!覚悟しろっー!!」

 

銀はバーテックス相手にそう叫び、園子の方を向いて小さく頷いた。それを見た園子も同じように頷いた。これを合図に、二人は左右に分かれ、戦いが始まる。

二手に分かれた園子と銀は作戦通り、キャンサーバーテックスを撹乱するようにしてすばしっこく動き回る。それに対してバーテックスは反射板をブンブン振り回し、まるでハエを叩き落とすかのような動きで二人を迎え撃つ。

 

「くそっ!こいつ反射板何個も持ってるからなかなか近づけないぞ!」

 

「大丈夫だよミノさん!今は落ち着いて動き回ってればいい!そのうちわっしーが....」

 

ちょうどその時、須美の放った矢がキャンサーバーテックスに突き刺さる。

 

「!?....須美すげぇ!!反射板の間をくぐり抜けて本体に当てやがった!」

 

攻撃を喰らった反動により、バーテックスはバランスを崩して体を斜めに傾ける。反射板の激しい動きも止まった。

 

「ミノさん!今っ!!」

 

「ああ!いくぞ園子!連携攻撃だぁー!!」

 

園子と銀は一気に距離を詰め、

 

「とりゃあっー!!!」   「やあっー!!!」

 

それぞれの武器を振り上げ、思いっきり振り落とした。

 

バキンッ!!  ザクッ!!

 

強力な二人の連携攻撃は、バーテックスを再起不能にするに近いダメージを与えた。

 

「よし、やったぞ園子!」

 

「ミノさん!こっち来て!」

 

「え?」

 

その途端、無数の矢が空から降ってくる。

 

「うおっ!?」

 

「大丈夫ミノさん!私が守るから!」

 

園子は槍を傘に変形させ、矢から銀を守る。そしてサジタリウスの放った矢は近くにいたキャンサーバーテックスの体に突き刺さる。

 

「おっ!ラッキー!」

 

と、次の瞬間、二人めがけてスコーピオンの尾がバットを振るような感じで迫る。が....

 

バシュッ!

 

スコーピオンの尾は須美の矢に射抜かれ、二人に当たる寸前で止まった。

 

「おおっ!!須美ナイースっ!!」

 

「....本当に、わっしーファインプレーだよ~!」

 

------------------------

 

「ふぅ....危なかったわ。でもあいつら、そのっちと銀に気を取られてこっちには気づいてない。今のところ7.10作戦は順調だわ。」

 

------------------------

 

「今のうちに、あいつのトドメ刺しますか!」

 

銀はそう言うと、斧をがっしり持って回り始めた。

 

「終わりだっ!まずは一体!!」

 

高速回転し、まるでコマのようになってバーテックスの体をそこら中切り刻む。バラバラに崩れ落ちたキャンサーバーテックスは倒され、消えてなくなる。

 

「やった....!一体倒せた....!」

 

------------------------

 

「次はスコーピオンバーテックスね....。二人とも!次の攻撃準備に入って!」

 

------------------------

 

「おっ、須美から合図だ。どんどんいくぞ園子!」

 

「うんっ!」

 

園子たちは移動し、スコーピオンのところまで走る。が、その間にサジタリウスが矢を放ってきた。

 

(!?....どうしよう!ミノさんを守る時間はない!)

 

「....ミノさん!斧を傘代わりにして守って!」

 

「ああ!言われなくっても!これくらいは自分で守る!」

 

園子は槍を展開、銀は斧を頭の上に構えて矢を防ぐ。しかし、

 

「うぐっ....」

 

「!?ミノさん!!」

 

「へへっ....大丈夫....!かすり傷さ!」

 

斧のわずかな隙間を通って、いくつかの矢が銀を傷つけた。そうしてやっとスコーピオンの前までたどり着く。スコーピオンは近づかれまいと尾をブンブンと振ってきた。

 

「うおっ....あぶねっ....!」

 

「こいつ、尻尾さえなければ勝てるのに....!はっ....!?」

 

またしても矢が飛んでくる。園子と銀はそれぞれスコーピオンの攻撃を避けたために余計に遠ざかってしまっい、またしても園子は銀を守れない。

先ほどと同じように、銀は斧を傘代わりにするがやはり、

 

ザシュッ!グサッ!

 

「くっ....ぬうっ....!」

 

「ミノさん!!」

 

隙間を通り抜けて銀を傷つける。

 

「大丈夫大丈夫....!はぁ....はぁ....ちょっぴり痛いだけさ!」

 

銀はそう言うとまたすぐに動き始める。銀の体には生傷が多く刻まれていた。

 

(....!私ががんばらなきゃ!!)

 

その銀を見た園子はそう思って動こうとするが、背後から一振り。スコーピオンの尾が迫っていた。

 

(!?....矢に気を取られてて気づかなかった....!)

 

園子はギリギリのところで傘を向け、攻撃を最小限にするが、

 

「わっ....!」

 

ふっ飛ばされて派手に地面に転がってしまう。カランコロンと音を立てて園子の手から武器が離れる。

 

「!!園子っー!!」

 

「....ミノさん前っ!!」

 

今度は尾の先....毒が含まれている針を向け、銀めがけて刺してきた。

 

「ぬっ....ぐぐ....うわっ....!」

 

銀は斧を用いて危機一髪でガードするが、さっきの園子と同じように後ろへ飛ばされた。

 

「ミノさんっ!!!」

 

「ぐっ....!はぁ....はぁ....大丈夫だ....園子は?」

 

「私も....大丈夫!」

 

銀と園子はまた一つに固まり、武器を構えてバーテックスたちの前に立った。

 

「どうする園子。あいつらも多少の知識があるせいで、二体固まって攻めてきてやがる....!こっちの作戦がわかっちゃったか....?」

 

「これから一体ずつに別れさせるのは難しい....そういうことだね。」

 

「........ああ....。」

 

すると、園子の横からカタカタという音がする。それは銀の持つ斧が小刻みに震えていることによって生み出されている音だった。

 

「ミノさん....?」

 

そう、三ノ輪銀は震えていたのだ。よく見てみたら冷や汗も掻いている。

 

「へへ....あたしらしくないよな。自分でも不思議だよ。....あたし、あいつらに恐怖してるみたいだ。」

 

「きょ、恐怖....?」

 

「ああ....。あたしは、これから起こるかもしれない未来のことを知った。そして実際に今、ヤツらが優勢になっている。園子言ってたよな?....もう一つのお前が見た未来では、一体のバーテックスは余裕で倒せたけどその後苦戦して須美を失ったって....。もちろんあたしが死ぬかもしれないってのも怖いけどさ....」

 

銀は震える左手を右手で抑えるとこう言った。

 

「なによりも....お前ら二人のどっちかが死ぬかもしれないってのが怖いんだよっ....!」

 

銀は今まで心の内に隠していた自分の気持ちを打ち明けた。ずっと二人を不安にさせないために無理にでも明るく振る舞っていたのだ。もちろん侵攻が来る前は倒す気満々で、未来を変えるという強い意志があった。だが、一体目を倒した後....。こうして攻められていることにより、眠っていた不安感が一気に高まったのだ。

 

「そうだよね。ミノさんももちろん....そういうことあるよね。」

 

「..........。」

 

「でもミノさんいつも言ってるじゃない?『私たちがいる、一人じゃないよ』って。だからね....」

 

園子はそこまで言うと、銀の震える左手を優しく包み込むように握った。

 

「安心して!私たちは勝てるよ!....今は相手が優勢でもそんな状況、何かのきっかけさえあればいつだって変えられるんだから!神樹館勇者三人組は最強!!三人一緒ならどんな敵も、どんな困難も乗り越えられる!!」

 

「園子....!」

 

銀は斧を持つ手をギュッと握り締める。その瞬間、彼女の体の震えが収まった。

 

「ありがとう園子....。何言ってんだろうなあたし。ずっと自分で園子に言い聞かせてたのに。....そうだよな!あたしたちは無敵だよな!!」

 

「うんっ!」

 

「よっし!!やるぞ園子っー!!!」

 

「オー!!....作戦変更するよ!一体ずつ戦うのは難しくなった。それは二体とも固まって離れる気配がないから。だからこのまま、二体一気に倒す!!」

 

「了解!」

 

作戦変更を須美にも伝え、早くも三人は目の前のバーテックス討伐のために動き始める。

 

「作戦では先に尻尾のヤツを倒す予定だったな。」

 

「うん!....またどうにかしてサジタリウスの矢を当てられればいいけど....」

 

「また撹乱するしか方法はないと思う!あたしは行動するぞ!」

 

「わかったミノさん!危なくなったらすぐに私の近くへ!」

 

「了解!」

 

園子と銀はまた樹海の特殊な地形を生かし、二体の周りを飛んで回って動き回る。それを倒そうとして二体ともそれぞれの攻撃を仕掛ける。

 

「よっ!ほっ....と!当たらんぞそんな攻撃!」

 

そうしてやっとサジタリウスの流れ矢がまともにスコーピオンの体に刺さった。

 

「よし!チャンスだよミノさん!!」

 

「オッケー!園子、さっきの連携攻撃だ!」

 

スコーピオンの尾を挟むようにして銀と園子が突っ込む。両方から削られた尾は、見事に千切れて吹っ飛んだ。

 

「しゃあ!!これでこいつはもう敵じゃない!....このまま決める!」

 

銀は切り離した尾から高く飛び、斧を振りかざした。しかし、

 

ビュンビュン! ガガガガッ!

 

「くっ....!さすがにトドメはそう簡単に討たせてくれないよなぁ....サジタリウスめ、邪魔しやがって....!」

 

トドメを刺されそうになったスコーピオンを助けるため、サジタリウスが銀に向かって矢を放ったのだ。万が一のため、防御もとれるようにしていた銀はすべての攻撃から身を守る。

 

「へへっ!ようやく斧の隙間から攻撃を食らわないガード方法を身につけられたぜ!」

 

「ミノさん大丈夫~?」

 

着地した銀の近くへ、園子がやってくる。

 

「ああ、園子!この通りピンピンと........。....なっ!?」

 

そのとき、銀は衝撃の光景を目の当たりにする。

 

(さっき矢は右下方向から飛んできた....。なのに、なのになんで....園子の後ろ側から飛んでくるんだ!?)

 

「園子危ないっ!!!」

 

「え....?」

 

ザシュッ!!

 

「あ........ぁぁ........園子っーー!!」

 

銀は駆け寄りながら園子の名を呼ぶ。

 

(え........?私、今なにされたの....?もしかしてやられたの....?いや、大丈夫....ミノさんの声もよく聞こえるし目もよく見えてる....じゃあ、この痛みは....。)

 

園子はその場で倒れた。いや、厳密に言えば立てなくなった。

 

後ろから飛んできた矢---

 

それは園子の右股を貫通し、彼女の脚の筋肉を立てないように破壊した。

 

(どういうことだ!?なにが起こってる!?なんで園子は後ろから射抜かれた!?でも大丈夫だ....!運良く、当たったのは脚だけに見えた....!園子の命は心配ない!今すぐ園子を安全なところへ....。........!!あ、あれは....!?)

 

銀が見たもの。それは、先ほど倒したはずのキャンサーバーテックスの反射板だった。

 

(どうして....さっき倒したはず....!)

 

その反射板は今にも朽ちてなくなりそうであった。あのキャンサーバーテックスは最後の力を振り絞り、この反射板を残すのに賭けたのだ。

そしてその反射板は今、完全に消えてなくなった。

 

(あの反射板を利用してサジタリウスの矢を反射させたってわけか....!だから逆方向から矢が飛んできた....!だから園子を....)

 

「くっ....!そこまでして....そこまでしてあたしたちを殺したいかっ....!!」

 

銀は残り二体のバーテックスを睨みつけた。彼女の心は今、バーテックスに対する怒りと憎しみでいっぱいだった。

 

「お前らなんかに殺されてたまるかよ...。.........あたしが全員、一匹残らず殲滅させてやる....!!」

 

(第16話に続く)



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【第16話】Revenge ~second half~

 

「ぁ........ぅぅ....」

 

「!!」

 

銀は園子のうめき声で我に帰った。バーテックスを睨みつけていた目を、今度は心配する眼差しで園子を見た。

 

(そうだ....!まずは園子だ....!あたしはなにをやってる....!!)

 

「園子っ!!....大丈夫か?」

 

銀は園子に駆け寄り、背中におぶってバーテックスたちから離れる。

 

「私....どうなっちゃったの....?」

 

「後ろから矢で脚を貫かれたんだ。大丈夫、心配ない。これくらい命に関わることは....」

 

「ごめんねミノさん....。」

 

「えっ....?」

 

「私のせいで、陣形が崩れた....。」

 

「........。なぁんだ、そんなことかよ!それに関しては全っ然問題ない!」

 

二人が逃げている間、須美に援護されながらもなんとかバーテックスの目を撒くことができた。

銀はある程度の位置まで移動すると、そこに園子を寝かせた。そして銀は自らの勇者服を破り、それを園子の傷口に巻いて応急処置をした。

 

「よし....これで今できることはやった....。」

 

「ミノさん....私まだ戦えるよ!」

 

「はぁ?何言ってんだお前....。そんな体で戦えるわけないだろ!」

 

「でもっ....!」

 

「無理すんな!ここはあたしと須美でいける!........もう一体倒したんだ....あと二体くらい....!」

 

銀は振り返ってまたバーテックスを睨みつける。

 

「ミノさんだって傷だらけじゃない!........ミノさん焦ってるでしょ....?」

 

「!....大丈夫だ。任せとけ....。例えあいつらが怖いとしても、ここは頑張りどころだろ。」

 

「........。」

 

園子は銀の顔をじっと見つめる。それを見た銀はふう、と息を吐き、

 

「........ごめんな。ついカッとなっちゃって....。園子をこんな目に合わせたあいつらが憎たらしくてな。....でももう落ち着いた。お前のおかげだ園子。」

 

と言った。銀は武器を出すとバーテックスの方へ行こうとゆっくり歩き出す。

 

「....ちょっくら行ってくるよ。すぐ倒してすぐ帰ってくる。園子はそこであたしの活躍を見てな!だからそれまで少しのお別れだ。」

 

銀はそこまで言うとゆっくりと園子の方を振り返り、こう言った。

 

「........またね。」

 

(........!!!)

 

その言葉を聞いた瞬間、園子の中でなにかビビっと電流が走るような感覚に陥った。

 

(ダメだ....!ダメな気がする....!なんだろうこの感覚....とっても嫌な予感がする....!やっぱりミノさんをひとりで行かせちゃダメだ....私の中の『何か』がそう言ってる!!)

 

「うおっ!?....園子ぉ!?」

 

気づいた時には、銀の足を掴んでいた。絶対に行かせないようにがっしりと掴んでいた。

 

「ど、どうしたんだよ園子!?」

 

「ダメだよ....やっぱりダメだよ!三人で戦わなくちゃあいつらには勝てない!私の中で『何か』がそう叫んでるんだ!!」

 

「『何か』....?未来の記憶か?」

 

「わからない....でもそうなんだよっ!とにかく嫌な予感がするんだ!このままじゃきっと........」

 

「そんじゃどうすんだよっ!!その足でまともに動けるか?」

 

「........。....私の武器は変幻自在に変化する....。飛び道具にだって使えるんだよ。」

 

「えっ....?その槍が?」

 

「ただの槍だって思ってもらっちゃ困るよ。今までだって見てきたでしょ?傘にもなるし階段にもなる。」

 

「........わかった。だがこれだけは約束してくれ。」

 

「....なに?」

 

「無茶だけは....するなよ。」

 

「ふふっ....ははははははっ!!」

 

「!?な、なにがおかしい!?」

 

「あ~いや、まさかミノさんにそれを言われるなんて思ってなかったからさ~。........ミノさんこそ、無茶しないでね。」

 

「........ああ!」

 

そこまで話したところで須美から着信が来る。

 

『二人とも!そっちにバーテックスが向かってるわ!』

 

「!?感づかれたか....!わかった!須美はそのままそこから戦ってくれ!あたしたちも戦闘態勢に入る!」

 

『あたしたちって....そのっちは大丈夫なの!?』

 

「私は大丈夫だよ~!まだ戦えるから!」

 

『........わかったわ。それじゃ、ここであいつらとの決着をつけましょう!』

 

「了解!」

 

銀は園子から離れ、二体のバーテックスの前に堂々と立つ。

 

「さぁて....随分と大暴れしてくれたじゃねぇか。だけどな....」

 

銀は斧で地面に線を引く。そして、

 

「ここから先は、あたしたちが通さないっ!!」

 

戦闘が始まった。銀は軽快な身のこなしでバーテックスを撹乱。バーテックスも負けじと攻撃を放ってくる。

 

「もうその攻撃は覚えた!....その攻撃も、見たよさっき!!」

 

銀は見事に攻撃をかわしながら着実にダメージを与えていく。例え銀に隙がでても....

 

「南無八幡....大菩薩!」

 

須美がサポートし、バーテックスに対しても銀に攻撃を与える隙を与えない。

 

「よし、いい感じ!」

 

銀は両手の斧を勢い良く振り下ろし、スコーピオンの尾を切断。

 

「今だ園子っー!!」

 

「くらえっ~~~!!」

 

先ほどの場所に隠れていた園子が槍の先の部分をミサイルのように飛ばす。

 

 

ドゴッーン!!

 

 

「おお........思った以上に強力....さすがだな....。」

 

園子の放ったミサイルはスコーピオンの体を貫き、その体はボロボロに崩れていく。その威力は銀ですらも感嘆するほどだった。

 

(((あと一体....!)))

 

スコーピオンの体が崩れて消えたとき、三人は同時にそう思った。

 

「覚悟しろっー!!....ぬっ!?」

 

銀は真正面から向かおうとしたが、またしても矢の雨が降り注ぐ。

 

「くっ....!守ってばっかじゃ倒せねぇよ....!」

 

------------------------

 

「またあの攻撃....!援護しなくちゃ!」

 

須美は矢を放ち、サジタリウスにヒットさせる。その瞬間、銀に対するサジタリウスの攻撃は止まった。銀に対する攻撃は---

 

「止まった....?........いや、違う....。須美逃げろっー!」

 

今度は須美に向かって矢を放った。標的を変えたのだ。

 

(あいつ....わっしーに矢をわざと射させてわっしーがいるところを探したんだ....!今までずっとわっしーの援護が邪魔だったから....わっしーから先に倒すことにしたんだ!)

 

-----------------------

 

「え!?....矢が、こっちに....わっ....!」

 

須美は危機一髪矢を避けられたが、

 

-----------------------

 

「もしもしわっしー!わっしー!!」

 

(電話に....出ない....!)

 

須美は避けた反動により高いところから落ちた。受け身もうまくとれず、頭を強く打って気絶してしまったのだ。

 

「どうだ、須美は....?」

 

銀は一度、園子のところへ戻ってきて状況を聞いた。

 

「電話、出ないよ....。どうしようミノさん....もしわっしーが....!」

 

「そんなこと考えるな。それにきっと須美なら大丈夫さ。....あんなんでやられるほど須美は弱くないぞ。」

 

「....!....そうだよね!」

 

「ああ、そうだ。んじゃ、あいつはあたしら二人で........」

 

銀はそこまで言った途端、動きが止まった。同様に園子も。なぜなら、銀が園子のところへ戻ってきたことにより、バーテックスに園子が隠れている位置がバレてしまったからだ。もう完全にこちらを見られている。二人は全く同じ絶望の表情を見せた。

 

「ま、まじかよ........。」

 

「ミノさん逃げてっ!このままじゃ二人ともやられる!」

 

「何言ってんだ園子!お前を置いていくなんてできるかよ!!それに、あたしはお前を守るって約束したじゃんかよ!!」

 

(はっ....そうだ....私、なにやってんだろ。普通なら私がミノさんを守らなきゃいけないのに....タイムリーパーである私が、未来を知ってる私が守らなきゃいけないのに....私はまたミノさんに守られてばっかり。私は昔からなにも変わってないの....?いや、私は変わった。昔では経験してないことも今ではしてる。私は、私は三年前の弱い私じゃない!)

 

園子は銀の前に出た。彼女の盾になるようにして動かない右足を引きずりながら。

 

「園子なにしてんだっ!?」

 

「ミノさん大丈夫....あなたは、私が守るよ!私だって、強くなったんだから!」

 

サジタリウスが矢を放ってくる。園子はまた斧を傘状に展開させ、必死に銀を守る。

 

「ぐっ....ぬうっ....!させない、もうさせないっ!!」

 

「園子....。」

 

 

カンッカンッカンッ!ガッガッ!

 

 

その時、銀が槍を握りしめている園子の手を優しく握った。

 

「園子....一緒にやるぞ!!あたしだって舐めてもらっちゃ困る!お互い守り合うんだからな!!」

 

「ミノさん....!」

 

二人で槍を支え、サジタリウスの攻撃が止まるまで永遠と守り続ける。

 

「くっ....!向こうもしぶといな....!」

 

「でもこっちだって負けないんだから!」

 

「ああ!今に見てろバーテックス!これがあたしたち勇者の........」

 

銀は強く地面を蹴った。園子と槍ごとサジタリウスに突っ込んでいった。別に園子は驚かなかった。園子も銀はそうするだろうと考えていたからだ。二人は矢を弾き返しながらサジタリウスに迫る。

 

「気合いと!!!」

 

一定の距離まで近づくと、園子は傘を瞬間的にミサイルに変えて放った。大きな爆発音がなり、サジタリウスの体にヒットさせる。

 

「根性と!!!」

 

銀は槍を踏み台にして高く飛び、上空から大きく斧を振り下ろす。

 

『魂ってヤツよっーーー!!!』

 

二人の攻撃は完璧に決まった。園子は槍を使って受け身を取り、銀はそのまま綺麗に着地した。爆発したり斬られたりしたサジタリウスバーテックスはやがて崩れ落ち、鎮火の儀が始まった。

 

「たお....した....?」

 

園子は安心してその場で寝転び、空を見上げた。

 

(もう力....入らないや....)

 

「嘘....やった....やったな園子ぉー!!!」

 

「二人とも、倒せたのね!」

 

「あっ!須美ィ!」

 

奥から須美が小走りでやってくる。

 

「ごめんなさい....私、気絶しちゃってたみたいで....。」

 

「いやいや!むしろ大活躍だったぞ須美!お前の援護がなけりゃあたしはとっくに死んでただろうな!はははっ!」

 

「そんな縁起でもない....。」

 

「それにしても、勝ててよかった!....ああっ!?須美、頭から血出てるぞ!?」

 

「ああ、きっと頭を強く打って気絶したときね。大丈夫よ。ちょっとくらくらするけど....」

 

(やった....やったよ....ミノさんもわっしーも元気みたい....これで、これで未来が変わるはず....!)

 

「聞いてくれよ須美!最後のヤツすごかったんだぜ!ミサイルがボーン!ってなってあの矢を弾きながら突撃してさ!な、園子!!」

 

「........うん....そうだね....。」

 

「園子....?」

 

「ごめん二人とも....私、もう意識飛んじゃうかも....。」

 

「そんな........ちゃんと止血したはず....!」

 

「そのっち....その肩の傷は....?」

 

「ん?あ、きっとさっきの流れ弾だね~....。自分でも気づかなかったよ~....。」

 

園子の左肩にも穴がぽっかり空いていた。先ほどの矢の一つが彼女の肩を貫通したのだ。

 

「足の傷もちゃんと止血できてない........あたしが焦ってたせいだ....。」

 

「大丈夫だよミノさん....。」

 

「大丈夫なもんかっ....!だって、だって今お前....すっごい肌白いぞ....!」

 

「まだなの....?まだ樹海化は解けないの!?」

 

「二人とも落ち着いて。私は助かるよ。それだけはね、言えるんだ。」

 

『........。』

 

二人は園子の話に集中することにした。

 

「だって今、私すっごい幸せなんだよ....?本当ならさ、三人でこの戦いに勝つことはなかったんだからさ....。せっかく勝ったのに、今度は私が死ぬなんてありえないじゃない....?」

 

「........そのっち....!」

 

やがて樹海化が解け、三人は大橋付近に戻ってきた。依然、園子の血は止まらず、元の世界の地面も赤く染まっていく。

 

「だからね、これは嬉し涙だよ....。二人が今流してる涙もそうでしょ....?また元の楽しい生活ができると思うと私、とってもとっても嬉しくて........」

 

そこまで言うと銀に口を塞がれた。

 

「........わかったから、もう喋るな。傷口が余計に広がる....。」

 

「........そうだね。そろそろ....寝ようかな....。」

 

「一つだけ、私たちと約束してそのっち。」

 

須美はそう言って近づくと、銀と須美の手を重ね、その上に園子の手も置いた。

 

「また、三人で遊びましょう。次の週末はそのっちにお料理教えなきゃいけないんだし!」

 

「ああ、そうだな。夏祭り行くのもいいな!」

 

「あはは....そうだね~....三人で花火見て....射的とか....おいしいものとか........いっぱい............」

 

「........そのっち....?」

 

「お、おい....園子....?」

 

園子は最後まで話すことができずに深い眠りに落ちてしまった。

 

(本当に、ミノさんとわっしーと過ごすこれからが楽しみで仕方ないよ~!!)

 

 

(第17話に続く)




園子の生死はいかに....ってところで今回は終わらせていただきました笑
こうして7月10日は過ぎました。ということで、7.10作戦編も次回で最終話です!お楽しみに!


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【第17話】To the future

 

(園子....園子....)

 

園子は誰かに呼びかけられ、目を覚ます。だがなにか変だった。辺り一面真っ白であり、どこが地面で空なのかわからない。不思議な空間であった。

 

「ぅぅ........ここは....?」

 

(目を覚ましたか、園子。)

 

自分の名前を呼ばれ、園子が顔を見上げると会ったことのない女性が立っていた。年齢は園子よりちょっと上くらいだろうか。しかし、初めて会うはずなのにどこか親近感が湧いた。

 

(なんで私のこと知ってるんだろう....。)

 

「あの....どこかで会ったりとか....?」

 

(いいや、ないな。それより園子、率直に聞くがお前は常人にはない特別な力を持っているな?)

 

「えっ....?もしかしてタイムリープのこと?....なにか知ってることが....?」

 

(........。)

 

目の前の少女はこの質問に対して答えなかった。

 

(園子、お前はまだこちらの世界に来てはいけない。お前にはまだ『あの世界』でするべきことがある。)

 

「するべきこと.....?」

 

(ああ。乃木家として、絶対にやり遂げなければいけないことがな。....『何事にも報いを』。例え何世代かかったとしても、成し遂げなければいけない乃木家の使命がある....我が一族の宿命なんだ。お前は乃木家の誇りであり、全世界の希望だ。お前がその力を授かった以上、お前の代ですべてを終わらせてほしい。)

 

「乃木家....?じゃああなた....私のご先祖さん....?もしかして初代勇者の....乃木若葉....?」

 

(........。)

 

これに対しても目の前の人物はなにも答えなかった。

 

(いいか園子。私は先ほどその力は常人にはないと言ったな。つまりだ、その力は園子だけにあるものではない。)

 

「えっ....!?他にタイムリープできる人かいるってこと....!?」

 

(これはきっとお前が思っているより長い戦いになる。単純にすぐ終わるものではない....。お前はこれから何度もつらい思いをするだろう。今までお前が苦しんでるのをずっと見てきたが........さらにまた苦しむことになるだろう。それでも挫けずにがんばってほしい。この長い戦いに決着をつけるんだ。お前なら可能だ。それができる。........その先にあるはずの、幸せな未来のために。)

 

そう言った瞬間、目の前の人物は青い光を放ち、青い鳥に変化して羽ばたいていった。

 

「待って....!何か知ってるなら聞きたいことたくさんあるのに...。」

 

すると園子の周囲が光輝く。園子はその光に呑まれ、再び意識を失った。

 

 

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ピッ、ピッ、ピッ、

 

(なんだろう....この音....。)

 

園子が次に目を覚ましたときにはベッドに寝ていた。ここがどこなのか知るために首を傾け、辺りを見渡す。

 

「........ここ、病院....?いっ....!」

 

ちょっと体を傾けただけで左肩がズキズキと痛んだ。まるでナイフで刺されたかのような激痛が左肩に走る。ピッ、ピッ、という音は心電図計の音だった。

 

「そうか........私、あれから....助かったんだね....。」

 

園子はさっき話した少女との話を思い出す。

 

(『こっちの世界』....私がさっき見たのは夢なんかじゃ....)

 

 

ガラッ

 

 

そんなことをあれこれ考えているうちに誰かが病室へ入ってきた。

 

「園子....?」

 

「....!!」

 

ひょこっと顔を出したのは銀だった。それに続くように須美も顔を見せる。目を開けている園子を見た二人は、目をうるうるさせながら園子に抱きついた。

 

「よかった....よかったよ園子ぉ~!!気がついたんだな!!」

 

「もう私....そのっちが目を覚まさないんじゃないかと思って....ホントにホントに心配したんだからねっ!」

 

「ごめん二人とも~....でもああまでしないと勝てなかったからさ~。命は大事だね~。」

 

「だからってさすがに無茶しすぎだったぞ!........出血が止まってないの、本当は自覚があったんだろ。」

 

「........まあね....でもこっちの方があの未来を見るより100倍マシだからさ....。」

 

『........。』

 

園子の言葉を聞いて二人とも黙る。二人は園子だけしか体験していない『最悪の未来』を完全に知ったわけではないので、彼女の心の苦しみは底知れないものだと理解していたからだ。

 

「あの~........ぎゅ~してくれるのは嬉しいんだけどさ........腕、痛い。」

 

「あっ!ごめんなさい!」

 

須美と銀は同時に後ろへ飛び退いた。

 

「そ、そうだったな!園子はまだケガ人だった!」

 

「もう!それは銀もでしょ?体に異常はなくても体中切り傷、擦り傷だらけなんだから!」

 

「こんなんすぐ治るってば!園子に比べりゃケガしてないと言ってもいいね!ほら、こんなに元気だし!」

 

銀はそう言って激しく体を動かして見せる。

 

「確かにそうだけれども....銀まで無理しちゃダメよ!」

 

「あはは....わかってますよ、鷲尾さんちの須美さんや。」

 

(目の前で二人が仲良しそうに話してる。それを見てるだけで私、自然と笑ってる....。本当に変えたんだ。私が....。これで未来が変わった。)

 

「ねぇ、そう言えば今日は何日?あれからどれくらい時間が経ったのかな....?」

 

「今日は7月11日よ。そのっちは約一日寝ていたわ。」

 

(7月11日...!やった....10日を過ぎた!いろいろ変更したところもあったけど、7.10作戦成功だ....!)

 

「リベンジ....成功....!」

 

園子はそう呟くと、次に二人の方を向いて言った。

 

「私、すぐこのケガ治すよ!せめて夏祭りまでには間に合うようにする!そしてお料理も教えてもらって、この先もいっぱい遊ぶ!楽しむ!」

 

園子の年相応な明るい表情を見た二人はフッと微笑んで、

 

「....ああ。とことん楽しもう!」

 

「私たち毎日お見舞い来るから!」

 

と言った。

 

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--

 

「おっと、もうこんな時間か....。楽しい時間はあっという間だな本当に....。」

 

「そうね。もうこんなに外が暗いわ。」

 

「二人とも明日も学校あるんだからもう帰った方がいいよ~。お父さんお母さんも心配してるだろうし~。」

 

「........そうしましょうか!じゃあそのっち、また明日!」

 

「またな~!」

 

二人は園子に手を振って病室を出ようとする。が、

 

「あっ、やっぱり待って!」

 

園子は唐突に二人を止めた。須美と銀は立ち止まり、園子の方に振り向く。

 

「私ね........一回未来に帰ってみようと思うんだ。」

 

『え........』

 

須美も銀も驚きの表情を見せ、園子に近づいた。

 

「それって........どうなっちゃうんだ?今の園子は....。」

 

「私が未来に戻ったら、こっちの私は過去の私になる。つまり、未来の私として過ごした記憶は、過去の私には曖昧にしか残ってない....。」

 

「じゃあもう今のそのっちとはお別れってこと....?」

 

「それはわからない。未来が良い方向に変わってたらそうなると思う。でも、まだ悪かったらすぐに戻ってくるよ。........幸せの未来にするために、何度だってやり直すから。」

 

「要するに、お別れかもしれないしすぐにまた会えるかもしれないってことか。」

 

「でも私自体がいなくなるってわけじゃないから~。」

 

「それでも、寂しいわよ....これまで過ごした時間はほとんど無駄になるってことでしょう....?」

 

「........大丈夫だよ、わっしー。過去の私も未来の私もほとんど変わりないからさ~。それに、今まで積み上げてきた絆がすべて消えるわけじゃない....。私たち三人の絆はたとえ神様が相手でも壊れることはない!....それくらいは自信を持って言えるからさ!」

 

二人は哀愁の目で園子を見る。それに園子は笑って応えた。

 

(そうは言っても........やっぱりこの二人と過ごす夏祭りとか絶対楽しいだろうし良い未来になってたとしてもまた過去に来ちゃうかもな~)

 

「........ま、すぐに帰って来るかもしれないけど~」

 

園子がそれを付け足した瞬間、再び須美と銀が抱きついてきた。

 

「またね、未来のそのっち。」

 

「三年後に会おう!....それまでしばしお別れだ!」

 

二人は園子の耳元でそう言い、数秒間そのままでいた。この間園子は体の痛みを我慢しながら自分で勝ち取った幸せを噛み締めた。

 

「........うん!またね!」

 

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------

 

--

 

翌日、園子は須美と銀に内緒で鉄男を呼び出した。果たして来てくれるかどうか不安だったが、意外と素直に受け入れてすぐにやってきた。

 

「わざわざ家電に連絡入れてきて........一体なんの用っすか....。」

 

「おお~、驚いたよ~。あれだけ私のことを変人扱いして嫌ってたのにまさか来てくれるとは~」

 

「別に嫌ってたわけじゃ........それに、俺が必要なんだろ?いつもそうだ。突然俺の手を握る。」

 

「勘も冴えてるね~」

 

「まぁ........俺と握手したとき、お前の顔が少し変になるからな。気を失うっていうか....一瞬だけだけど。」

 

「そうなんだ........一瞬だけ....。」

 

タイムリープした瞬間、少しだけ時間干渉による時差が起きるのだろうか。園子はちょっと気になった。

 

「で、なんだよ。今度は俺になんの用........」

 

鉄男が全部言い切る前に園子はすばやく彼の手を握った。

 

「ごめんね!今回もこれだけでいいの!」

 

「はぁ!?またかよっ!俺と握手したらなんか........」

 

 

 

バチっっっ!

 

 

 

いつもの感覚が走り、園子の視界は真っ暗になる。

 

(鉄男くんなんか言ってたな~。........いや、今はそんなことはどうでもいい。....私は過去に戻って、二人にタイムリープしていることを伝えた。作戦を立て、実行し、多少変更はあったけど誰も犠牲者を出さずに成功した。そして7月10日を過ぎ、わっしーもミノさんも生きてる。因縁の三体を三人で倒した!これで変わってるはずだ。少なくとも今までとは違う未来が待っている。これで........未来はよくなってるはず!)

 

園子はそうやって今までしてきたことを頭の中でまとめ、未来がどうなっているか考察した。そして....園子は再び目を開ける。

 

「........あれ....。」

 

何か違和感を感じた。未来に来てもベッドに横たわっていたのだ。しかし、病院ではない。周りは真っ暗だ。この部屋は園子に見覚えがあった。

 

(嘘........おかしい。私が三年後の今、ここにいること自体がおかしい....!)

 

園子は起き上がって動こうとする。しかしうまいように体を動かせなかった。

 

(まさか........戦いが終わったはずなのにまだどこか散華を....!?........いや、違う。目も見えるし首も動く....。)

 

園子はなんとかあがいて起き上がることができた。違和感の正体....体がうまく動かせなかった理由は起き上がった瞬間に気づいた。

 

(あれ........?私........腕が........。)

 

布団から右手を出そうとしたとき。 園 子 の 右 腕 は 肘 下 か ら 存 在 し な か っ た 。

 

(え........。)

 

園子は何がなんだかわからなくなり、混乱する。どうしてこんなことになっているのか見当もつかなかった。 

 

(いや....右腕だけじゃ........ない........!?)

 

それだけではなかった違和感を感じ、園子は残った左腕で布団をはいで足も確認する。

 

(........!!)

 

彼女の思った通り、原因は足にあった。足の場合、 両 方 と も 股 か ら 下 が な く な っ て い た 。

 

「い、イヤ........なんなのこれ........!!」

 

園子はあまりにも大きすぎる恐怖で声すらも出なかった。が、次の瞬間、

 

(....!!)

 

「ぎゃああああああああああっ!!!ああああああああああああああっ!!!」

 

ないはずの手足に鋭い痛みが走った。とても現実とは思えないほどの痛みに、園子は体をジタバタ動かして苦しむ。今までに受けたどんなケガよりも、痛みよりもはるかに痛かった。

 

「園子様!」   「園子様!」   「園子様!」

 

園子の悲痛の叫びを聞いた神官たちが部屋の扉を開けて一斉に入ってくる。

 

「園子様...!また幻肢痛が....。」

 

「三年前のあの戦いからずっとだ....。早くお薬を。」

 

そんな大赦職員たちの会話が聞こえてくる。

 

「はぁっ....!はぁっ....!うっ....ああああああああっ!!!いっ....わああああああっ....!!!」

 

園子は薬を待つ間、苦しむことしかできなかった。薬を飲むまでこの痛みは引くことはなかった。園子は神官たちに無理やり体を押さえ込まれ、薬を飲まされる。その瞬間にスッと楽になり、痛みが引く。

 

(なんだったの....?今のは........。)

 

「園子様....お体の調子はいかがでございますか?」

 

「え....あ、うん。もう大丈夫....。」

 

園子は神官たちを落ち着かせ、ひとりにさせて欲しいと言って部屋から追い出した。彼らは昔のようにしつこくはなく、意外と素直に園子の言うことを聞いてくれた。

 

「今の状況を整理したいけど........私はまた祀られているの?でもなんで....中学三年になってもこの部屋にいるなんて....もしかして私はそもそも讃州中学に入学していない?それに、気になるのは私の手足はどうしてないのか....。」

 

園子は包帯で断面をぐるぐる巻きにされた自分の手足を見る。そんな自分の姿は見苦しかった。だが、園子にはまだ希望があった。

 

「でも........かろうじて左手は残ってて良かった。一応どちらかの手さえ残っていればタイムリープできる....。てっちゃんに会えればだけど....。」

 

園子は至って冷静だった。わからないことが多すぎて逆に落ち着いていた。園子はなんとかしてこの未来がどうなっているのか、調べようと思った。と、そこへ....

 

「園子様。失礼いたします。」

 

ひとりの神官が入ってきた。園子はその声と背格好を見てすぐに誰かわかった。

 

「安芸先生........ですね?」

 

「........。」

 

神官はそれに対してなにも答えることはなく、園子の横まで近づいた。

 

「ちょうどよかった。聞きたいことがあったんです~」

 

「........なんでしょうか。」

 

「私の体........どうなっちゃったのかな....?」

 

「........覚えておられないのですか。」

 

その神官は特に驚く素振りも見せず、冷静に聞き返してくる。

 

「三年前ってのは覚えてる....。でもね、たまに忘れちゃうんだ~なにがあったか。」

 

「........。」

 

「ほら、いろいろあったでしょう?」

 

園子はそう言って肘から下がない腕を上にあげて神官に見せる。

 

「....本当によろしいのですか。ようやくここまで精神状態が回復されたのに、また悪くしてしまう可能性がございます。私はお尋ねにならないことをお勧めします。」

 

「心配してくれてありがとうございます~。....でも、教えてくれませんか?」

 

「ですが....」

 

「なにがあったか、私は知らなくちゃいけないんです。だからお願いします。私は大丈夫ですから。」

 

園子は頼み込んだ。それに対し、神官は少し黙るとやがて小さく頷いた。

 

「じゃあまず、一番知りたいことから。........ミノさんとわっしーはどこにいるんですか?」

 

「........。」

 

園子は恐る恐る聞くが、神官は黙ったままで答えない。より一層園子の不安が募った。そこで、さらに攻めた質問をしてみる。

 

「私がこんな体になっちゃったのは........二人のことを命懸けで守ったからなんでしょう?二人はちゃんと中学校生活を送れてるのかな?」

 

「........いや、逆でございます。」

 

「え........逆....?」

 

神官はようやく口を開いた。きっとこの神官も真実を話すこと自体が苦しいのだろう。ましてや、自分の口から園子に話すのが何よりもイヤなはずなのだ。

 

「はい....。逆でございます。鷲尾様と三ノ輪様は、ほとんど致命傷かと思われるほどの傷を負ったあなた様を守りながら戦ったのです。」

 

「私が........二人に守られたってこと....?そんな....そんなの私が二人の足を引っ張ったってことじゃない!」

 

「実際のところ、あなた様方三人のみしか樹海で戦っていないので正確にはわかりませんが....明らかに、あなた様を守ったかのような痕跡があったのです。」

 

「ちょ、ちょっと待って........さっきから『正確にはわからない』とか『痕跡』とか言って....まるで二人が生きていないみたいな...!!」

 

「........。」

 

「一番大事なことを言ってよ、安芸先生....。二人は....二人はどこにいるの....?どんな....状態なの....?」

 

園子はただ、神官の答えを待った。言う覚悟を決めたのか、神官は拳を強く握り、仮面をつけた顔を園子に向けるとこう告げた。

 

「お二人は、三年前の戦いで命を失いました。」

 

 

(7.10作戦編 完   第18話に続く)




こうして7.10作戦編は幕を閉じました....。さて、園子の頑張りも虚しく、また悪い未来へと変わってしまいました...。ズバリ、これから重要となってくるキーとなるのは勇者システムの例の『あの機能』です...。(たぶんだいたいの人が察してるでしょう笑)
次に、ここまでまで見てくださった皆様方に今一度、お礼を申し上げたいと思います!ありがとうございます!これからも『リベンジの章』は続いていきますのでよかったらぜひ応援の方、よろしくお願いいたします....!
わすゆの物語もついにラストスパートですね!(構想ではゆゆゆの物語まで続ける予定)では次回、『大橋最終決戦編』開幕です!どうぞお楽しみに!


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大橋最終決戦編
【第18話】Nightmare


 

 

「おい....一体何体来るんだ....?あれ....。」

 

「どんどん入ってくる....あの数を私たちでどうやって....」

 

「ミノさん、わっしー!とりあえず、変身しよう!」

 

三人とも勇者システムを起動させ、遠くの大橋を睨む。そこから大量の12星座バーテックスが侵入してきていた。最大三体までしか戦ったことのない園子たちにとって、この数は異常だった。

 

「よし....まずは手前のヤツから倒していきましょう!」

 

「了解!」

 

「OKわっしー!」

 

三人は武器を構え、声を掛け合って進む。

 

パチッ---

 

(あれ....!?私、一体なにしてるの....?ここは樹海....?ここまでの経緯を全く覚えてない....。っていうか、そもそも 根 本 がおかしいよこれ....!)

 

「わっしー!こっち援護お願い!!」

 

「わかったわ!....えいっ!」

 

園子の呼びかけに、須美はすばやく矢を射って反応する。

 

「ナイスだよわっしー!」

 

園子はそう言って須美に親指を立てて見せた。

 

(私....無意識に言葉を発してる....!?体も言うこと聞かない!勝手に動く!なんなのこれは!?いつの戦いで、どうして戦ってるの!?....私、今までなにしてたってけ....!)

 

園子はここに至るまでの流れを全く思い出せずにいた。そして、自分の思い通りに動かない体に対して恐怖していた。

 

「....園子!後ろだぞ!」

 

「!!....ありがとうミノさん!」

 

銀のサポートで園子はギリギリで回避。一命を取り留める。そのとき、心の中の園子は気づいた。侵攻してきているバーテックスの種類、数、侵攻の仕方....身に覚えがあった。

 

(これ........間違いない....。わっしーと私の二人で戦った、大橋最後の戦いだ....。)

 

しかし、それがわかってもおかしい点がまだまだある。本来ならばいないはずなのに一緒に戦っている銀、強化されていない旧型の勇者システム、そして....実装されていない『満開』の能力........。園子が実際に体験した事実とは、異なっているものばかりであった。

 

(もしかしてこれ........私が未来を変えてから迎えた大橋最後の戦い....?いや、それにしては来るのが早すぎる。確かあの侵攻は秋頃だったはずだ。今はまだ夏になったばかりだったし....。そしてなによりも、私の体が勝手に動いて意図していないことを勝手に喋っていることが一番謎だ。なにが起こっているって言うの....?)

 

「そのっち!銀!また攻撃が来るわよ!」

 

 

ガンッガンッ!ガガガッ!

 

 

銀が敵の攻撃をはじき返す。

 

「くっ....!次から次へと....!」

 

「ミノさん!ここは私に任せて後ろに下がって!こいつの相手は私の武器が向いてる!」

 

「....わかった!一旦さがる!」

 

銀は後ろに飛び退き、他のバーテックスの相手をする。ひとりになった園子は槍を振り、

 

「渾身の一撃だよっ~!く~らえ~!!」

 

ブンっ、と一振り。そしてバーテックスの体を引き裂いた。が....その間にできた隙は大きかった。今まで身を隠していたバーテックスが後ろから攻めてくる。

 

「....!!」

 

園子の槍ははじかれて遠くに飛ばされ、敵が扱う反射板で地面に叩きつけられて転がった。

 

(こいつは........キャンサーバーテックス!今戦ってたバーテックスの後ろに隠れてたんだ!私も気づかなかった!私が自分の意志で行動できない今....なんだかわからないけど、この自分を信じるしかない!頑張れ私!!)

 

園子は自分で自分を鼓舞した。それが届いているのかわからないが。

 

「くっ....ぬうぅ....」

 

しかし、なかなか園子は立ち上がらない。

 

(あれ....?そういえば........ふっとばされたときの痛みも、感じないな....。もしかしてこれって........夢....?そうだとしたら、全部説明が....)

 

そこまで考えた瞬間---

 

 

ザクッ。

 

 

(え........?)

 

気味の悪い音が鳴ったと思うと、自分の両足が空中を飛んでいた。激しく血しぶきを上げながら高く、高く、上空に飛び上がった。やがてその二本は、ビチャッと音を立てて地面に落ちた。

 

(あれ....私の足........だよね....?)

 

「ああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」

 

聞いたことのないほどの、聞くだけで苦しいと分かる悲鳴が樹海を包み込む。

 

(なにこの声........私の声なの....?)

 

「!!....どうした園子....。おいっ!大丈夫か園子っー!」

 

その悲鳴で異変に気づいた銀が、相手していたバーテックスをほったらかしにして園子の方へ向かった。

 

(私の足........キャンサーの反射板で切断された....!板自体を刃物代わりにして、包丁で野菜を輪切りにするみたいに私の足を切断したんだ....。)

 

園子はその場でもがき苦しみ、ジタバタ体を動かして二人に助けを求める。汗、鼻水、涙....体中の穴という穴から水分が流れ出て、気分もとても悪い。

 

「ああああああああっっ!!!ううっ....がああああっ!!!いやああああああああっ!!!」

 

須美は、園子の足が切断されてから苦しみ続ける一部始終をすべて見ていた。

 

「ぁぁぁぁ........う、嘘............そのっち........?」

 

須美は完璧に恐怖に包み込まれ、腰を抜かして動けなくなっていた。その場で座り込み、園子が殺されそうになるのをじっと見る。

 

「おい、須美!一体なにがあって........はっ....!!!」

 

ようやく銀も到着し、変わり果てた園子を発見する。

 

「な、なんだよこれ........」

 

銀も須美の隣で同じように、その場にとどまってしまった。

 

「二人とも........助け........」

 

園子は右手を伸ばし、二人に助けを求めようとする。が、キャンサーバーテックスはさらに追い討ちをかけるようにして、

 

 

ザクッ

 

 

『....!!!』

 

(え....?あれ....?私の右手も、いつの間にかなくなって....)

 

右腕もさっきの足と同様に、勢いよく飛び上がって切断された。その右腕は須美たちの方までふっとんでいき、二人の前にボトッと音を立てて落ちた。園子の右腕の断面から、赤い血液が流れ出す。

 

「いやあああああああああああああああっっ!!!!うわあああああああああああっ!!!ああああああああっ!!!」

 

またしても園子の叫びが樹海を包む。

 

「そんな........そのっち........!やだ....こんなのやだ....!」

 

須美は頭を抱えてひたすら恐怖した。目の前に園子の切断された右腕が落ちている。一緒に手を繋ぎ、握手し、いろんな思い出を作っていろんなことを共にした彼女の手が....切断されて目の前に落ちている。

 

「....!?........須美....お前....!」

 

「え....?あ!?やだ....私....!」

 

銀に指摘され、須美は今自分がどのような状態かやっとわかった。須美は、あまりの恐怖で失禁していたのだ。

 

「........。」

 

(....須美がこんな状態に....!園子は重傷だ....!あたしがやらなきゃ....!なのになんでだ!体が全く動かない!!........あたしも、怖がってるのか....?目の前で園子が死にそうなのに....?あたしは自分の恐怖なんかで、友達を見殺しにしようと....してるのか....?)

 

銀もとても平然を装うことなどできなかった。須美と同じく、体はピクリとも動かないまま。キャンサーバーテックスはトドメを刺そうと、今度は園子の首の上に板を持ってくる。一方園子は声がまばらになり、あれだけ暴れていた体も動かなくなってきていた。

 

(まずい....!私、このままじゃやられちゃう!痛覚と出血多量で意識が遠のいてきてるんだ!でも........私の考えている通りにこれが夢だとしたら....)

 

反射板が勢いよく振り下ろされる。誰もが終わりかと思ったそのとき、

 

 

ガキンッ!ガガガッ....!

 

 

(あっ!?....ミノさん!?)

 

「うっ....うぐぐ........!」

 

さっきまで須美の隣にいたはずの銀が斧でそれを受け止めていた。

 

「うおおおおおおっ!!....だあっ!!....あたしは、このまま後悔して終わりなんて、嫌だ....!気合いと根性で、体を動かせ....!恐怖なんかに負けるな、三ノ輪銀....!!」

 

銀はひどい顔をしていた。顔を真っ青にし、ハァハァと息を切らしながらひたすら狂ったかのようにバーテックスを睨みつけていた。銀は反射板をぶっ飛ばすと、そのままキャンサーバーテックスに突っ込んでいった。

 

「どりゃああああああっ!!........ぐわっ....」

 

がむしゃらに斧を振っているせいでいつものように戦えていない。銀はあっけなくキャンサーバーテックスに返り討ちにあった。体は動いたとしても、彼女は冷静ではなかった。園子を守りたい、その一心で動いただけであったからだ。

 

「お前は........もう取り返しをつかないことをした....。お前らはどれだけ傷つけられても、すぐに再生して治せるかもしれないけどよ........あたしら人間は違う!園子の足は、右手はもう戻らない!!生えてきたりしない!お前は園子の、あたしの大切なものを奪ったんだああああっ!!!」

 

(ミノさん落ち着いて........そんな戦い方したらあなたが....)

 

「ぐはっ....ぐっ....!っ........」

 

園子の体は依然として全く動く気配がない。園子はただ、銀が傷ついていく姿を見ているしかなかった。そして絶望は畳み掛けるように....。....いつの間にか周りを大勢のバーテックスが囲んでいた。

 

(もう........終わりだ....。なにこれ....夢なんじゃないの....?だったら早く覚めてよ!!こんな悪夢、いつまで私に見せるつもり!?自分は友達が傷ついていくのを見てるだけなんて、どんな地獄よ!!!)

 

園子はひたすら心の中で叫んだ。そんなとき、銀がこう叫んだ。

 

「須美っー!!動けー!!!」

 

須美はまだあの場所から動けずにいた。ずっと園子の切断された右腕を眺めて座り込んでいる。

 

「園子を守りたいなら動けー!このままお前らを守りながら戦ってたらあたしら全員、みんな死ぬ!!....とりあえずここはあたしひとりに任せろ!!」

 

「........。え........今、なんて....?」

 

「ひとりの方がよっぽど戦いやすいんだ!........おい、須美聞いてんのか!?正気に戻れ!!」

 

「無理よ....もう........そのっちは助からないわ....。」

 

須美はずっと小声で体をガクガクと震わせながらそう言い続けた。

 

「須美がなんて言ってるか全然聞こえねぇ....。あっ!?」

 

そんな動けない須美を、狙うバーテックスが一体。銀は一度、キャンサーから離れて須美を守りに行った。

 

「おい須美動けって!!とりあえず立ち上がらないとなにも始まらないんだよ!!」

 

「........。」

 

「須美っーーー!!!」

 

銀は必死に呼びかける。そして、ようやく....

 

(そうよ....私、なにやってるの....?勝手にそのっちが助からないと決めつけて、お役目をほったらかしにして、人前で恥ずかしいことをして........私、このまま終わろうとしてた....。)

 

ようやく我を取り戻した須美は弓を持って立ち上がり、近づいてきていたバーテックスを合計五本の弓で葬った。

 

「須美....!よかった....!!」

 

「ごめんなさい、銀....。今まで私....」

 

「あたしに謝るなら、戦いが終わってからにしろよ。それに、お前が一番謝らなくちゃいけないのは園子だ。....お前は一度、すべてを投げ捨てようとした。心中しようとした....違うか?」

 

「........ええ。その通りだわ....。」

 

須美は素直に認め、銀の横に立った。

 

「........それじゃ、行くか。」

 

銀と須美は一斉に走り出し、園子の元へと向かう。

 

「お前の相手は引き続きあたしだっ!!どりゃあー!!」

 

銀はまた突っ込んでいき、二人の囮となる。その間に、須美は園子を背負ってその場から離れ始めた。

 

「銀!!くれぐれも無理しないように!ある程度私たちが離れたら、別にそいつの相手しなくてもいいからね!?」

 

「了解した!園子を頼んだぞ須美!」

 

園子の切断された腕の断面から、血が滴り落ちる。その血が須美の勇者服に付着し、赤く染めた。

 

「大丈夫だよ、そのっち....。大丈夫だからね。あなたは、絶対に私たちが守るから。」

 

須美は移動している間、園子にずっとそう言い聞かせた。

 

(わっしー、ミノさん....私が足を引っ張ったせいでこんなことに........。まさか....これから二人だけであの数と戦うっていうの....!?ダメだよそんなの、勝ってこない!........強化すらもされていない、『精霊バリア』も『満開』も実装されていない勇者システムで、勝てるわけがない....!!だって私が....20回『満開』してやっと勝てたってくらいなのに....!!)

 

園子はどうにかしてそのことを伝えたかったが、やはり体は動かない。というか私は今、完全に意識を失っているのだろう。全身に力が入っていないのがわかった。

かなりの距離を移動すると、須美が樹海の物陰に園子を寝かせた。

 

「それじゃそのっち、私も....銀の援護に行ってくるわね。」

 

須美はそう言うと、一度変身を解除した。

 

「これ........私が普段髪を束ねているリボン。そのっちが持ってて。」

 

須美は動かない園子の左手に、そのリボンを握らせた。

 

「私、それを取りに戻ってくるから。それまで待ってて。だから約束だよ。........私は、必ずここへ帰ってくる。その間、それはそのっちが預かっといてくれない....?これは約束の証。」

 

そう言って須美は再び立ち上がり、勇者システムを起動させる。

 

「なるべく早く帰ってくるから!....それまで、少しだけ待っててね!」

 

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(はっ!?........あれ、時間が飛んだ....!?戦ってる音も聞こえない....そして樹海の風景も少し違う....。)

 

園子は、これは夢で間違いないと確信した。そしてなによりよかったと思った。だが....夢にしてはあまりにも鮮明すぎる。足や手が切断される感じ、相変わらず不気味な動きをするバーテックスたち、須美たちの会話....なにもかも現実で起こっているかのように、鮮明でリアリティに溢れていた。

そんなときだった。

 

(....!あ、あれは............わっしー!?)

 

遠くに見える人影が一つ、こっちに歩いてきていた。辺りは戦いの影響で遮蔽物が減り、とても見晴らしがよかった。それもあって、園子はこちらに向かってきているのが須美だとすぐに判断できた。

 

(よかった....!まさかあの数を『満開』なしで倒したなんて....!!わっしーもミノさんもすごいよ!本当....に.........。...?)

 

だんだんと近づいてきている中、園子は彼女の異変に気づいた。

須美は残酷な姿となって、それでも園子の元へたどり着こうと歩いていたのだ。

 

(........う、うそだよ....そんな........わっしーが....)

 

須美の左腕は肩から下が無く、腹からは勇者服に染みるほどの出血、左目が潰されて開かなくなっており、同じく潰れた左足を引きずりながら一生懸命歩き続いていた。

 

(なんでこんな傷ついたわっしーを、私は見なくちゃいけないの....!?しかも、さっきから無駄に鮮明すぎるんだよ....!夢ならもっと曖昧でいいのに!!)

 

須美はやたらと体の左側ばかり傷を負っていた。もちろん、その理由は戦闘に参加していなかった園子が知る由もない。

ようやく園子の近くまでたどり着いた須美は、安心したかのように微笑み、園子の横にドサッと倒れた。

 

(わっしー!!しっかり!!)

 

なんとか訴えようとするが、やはりどこも動かない。すると、須美がかすれた声で話し始めた。

 

「そのっ....ち........ぎ........ん........あなたたちとの約束........果たした....わよ....。」

 

(え....?そうだ、ミノさんはどこ!?)

 

このときだけ、園子の言ったことが伝わったかのように須美はその質問の答えを言った。

 

「あぁ........そうだ....ごめんね、そのっち........銀はダメだった........もう....三人みんなで帰るって約束は........果たせない........。銀は、最期まで勇敢に戦った....わ....。最期は、敵が放ったでっかい火の球から私を守るために、私をかばって........銀はそのまま火の中へ........。」

 

須美の目の光は、もう消えかけていた。須美が逝ってしまうのも、時間の問題だった。

 

「でもね........そのっち....私は最後に銀と約束したのよ....。『お前は園子のところへ行け』って....『最期までなんとしても園子だけは守れ』って........。」

 

(!?........なんで、私だけそんな....!)

 

「そのっち....聞こえてないかもしれないけど、今ここで........ずっと私と仲良くしてくれたお礼を言いたい。........改めて、ありがとう....そのっち....。おかげで私は....短い人生だったけど、とっても楽しかったわ....。銀、あなたにも感謝してる....。」

 

須美はそう言うと最後の力を振り絞り、残った右手で園子の左手を強く握った。園子は、須美が泣いていることに気づいた。それが死に対する恐怖なのか、約束を守れたことに対する安心感によるものなのか、園子にはわからなかった。

 

「....さっき渡したリボン、あげるわ。私が持ってても、意味ないしね....。つけてくれると....うれしいな....。あとそのっち........あなただけでも....生きてくれていればいいの........あなたさえ生きていればいずれ....良い未来がやってくる。」

 

(え........?)

 

「そのっち........あなたは、私たちの........『希望』だから....。」

 

(........!........わっしー....?ねぇ、わっしー!!)

 

その言葉を最期に須美の目から光が消え、まぶたを閉じた。しかし、そのときの須美の顔は美しかった。まるでスヤスヤと安眠しているかのような、天使のような綺麗な顔だった。とても死んでいるようには見えなかった。

そんな須美の顔を、園子は永遠と見続けていた。この記憶を忘れないために。

やがて鎮火の議が始まり、辺りが輝き始める。その光によって須美の顔が照らされた。横たわっている須美も含め、園子の周りはここが天国かと錯覚するくらい神秘的な情景が広がっていた。

 

(わっしー....ミノさん....二人は強いよ。たった二人で、『満開』なしであの数に勝てちゃうなんて。本当に、私は二人のことを尊敬するよ。自慢の友達だ。........この風景....きっと二人は天国に行けるね。お迎えが来たんだ。)

 

そして、目がだんだんと霞んでくる。もうすぐ目が覚めるのだと思った。

 

(........何度だってやり直すよ、私は。何回だって二人を助ける。守ってみせる。....だからわっしー、ミノさん....それまで待ってて。)

 

------------

 

------

 

---

 

園子はゆっくりと目を覚ました。むくっと起き上がり、自分の手足を確認する。やはりあるのは左手だけであった。

 

(あぁ....この未来があるのも夢なら良かったのに....。)

 

そして園子は、起きた瞬間に思い出した。例の神官から話されたこの世界の歴史を。

まず、三人で最後のお役目を迎えられたこと。だが侵攻してきたバーテックスの数が異常で、なんとか一命を取り留められたのは園子ひとりだった。それから園子はしばらく鬱状態が続き、一日中ボーッとしている毎日がしばらく続いていたらしい。理由として、最愛の友達二人と自分の手足を欠損したショックからと考えられている。その事実から、人とコミュニケーションを図るのは難しいと考えられ、『世界をまもるために命を捧げた勇者』として祀られる結果となったらしい。この教訓を生かし、大赦はより武器を強化する『満開システム』を開発。後に讃州中学で勇者となる者たちの端末に実装された。

そして、讃州中学にて勇者になった者は全部で5人。結城友奈、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凜、そして楠芽吹....。その5人で見事、お役目を全うし、300年以上続く天の神との戦いに決着をつけた。これがこの世界の歴史。しかし、まだまだ疑問点はあった。元の世界では自分も含め6人勇者がいたはずだ。端末の数が6個あるなら、大赦は余すことなく使うはずだ。なのになぜ5人なのか。他にもまだ勇者候補生がたくさんいるのだ。代わりならいくらでもいるはずだ。

 

「園子様、失礼いたします。」

 

「....!!....安芸先生!いいところに来てくれた!」

 

「またなにかお尋ね事でございますか?....ですがその前にお薬を。」

 

「あっ、うん....。」

 

園子は神官に水と幻肢痛を抑える錠剤を渡され、それを飲み込んだ。

 

「....それでね、聞きたいことなんだけど....。ゆーゆ....こほん、結城さんと犬吠埼姉妹の三つの端末、そして私たち神樹館勇者の端末三つ....全部で六つあるはずだよね?なのになんで勇者は五人だけなの?」

 

「それは、三ノ輪様の端末が復元不可となるほどに壊れてしまっていたからです。」

 

「ミノさんのが....?なんで....。」

 

「....三ノ輪様は原型をとどめていないほどの焼死体として発見されました....。そのせいで、端末が無事なわけがなく....」

 

「焼死体....!ミノさんが....!?」

 

園子は夢の内容を思い出した。確か須美がそんなことを言っていた気がする。もしやと思い、園子は食い入って聞いた。

 

「わっしーは!?....どんなだったの....?」

 

「....鷲尾様もひどい状態でした....。四肢の一部が欠損、大量の出血、跡形もなく潰された左目....もうその時点で手の施しようがありませんでした。....ですが発見されたとき、園子様のお隣におられました。まるで園子様を安心させるために寄り添うかのような感じで....。」

 

「........!!やっぱり....!」

 

夢と現実、見事にリンクしていた。これならやけに夢の内容が鮮明だったのも頷ける。そしてあの夢は、この世界の『私』の記憶だったのだ。気絶していたにも関わらず、耳に入ってちゃんと記憶に残っていたのだ。

 

「....ちなみに、園子様の端末の継承者は三好夏凜様、鷲尾様の継承者は楠芽吹様でございます。お二人ともとても優秀で、どの戦いにおいてもお役目に貢献なさってくださいました。」

 

「そう....。さすがあの二人....。」

 

勇者が5人である理由と芽吹と夏凜の活躍を聞き、園子は次のステップへ動き始めた。

 

(....これでこの時代の情報は十分に集まった。まず、やっぱり『満開』の力なしでは最後の戦いに勝てないということ。そして、私がいた元の未来で『満開』の力が実装されていたのはおそらく....ミノさんが命を失ったから。誰かが大きな被害を受けない限り、大赦は勇者システムを改善しない....。全く....どの世界でも相変わらずだな、大赦は。)

 

「....三ノ輪鉄男くんに会わせてくれる?」

 

園子は唐突に神官にそう聞いた。

 

「........申し訳ありませんが、大赦の上官、そしてご家族しか面会は許可されておりません。どうかご理解を....」

 

「三ノ輪家は大赦の中でも高い位についてるよね?金太郎くんも三ノ輪家の御曹子....。彼もそのうち上官になるんだから別にいいんじゃない?」

 

「....といってもまだ鉄男様は成人されておりません。正式な大赦職員でもなく、三ノ輪家の跡を継いだわけでもございません。許可はできません。」

 

「....それがお父さんの意向なの?」

 

「........。」

 

鉄男と接触できないとなにもかも始まらない。園子は少し焦っていた。なんとかして会わなくては。園子は説得するため、話を続ける。

 

「お父さんの考えなんだね?私が最近まで鬱病で、ようやくよくなってきたから。今は大切な時期だからなるべく誰にも会わせたくない、と....。そういうことだね?」

 

「........。」

 

「しつこかった大赦の人たちも、素直に私の言うことを聞くようになったのは....病んでしまった私の心に、なるべく負担をかけないようにするため....だったんだね。」

 

「........すべて、わかっておられたのですね。」

 

「....そうだよ。私はそれをわかってて言ってるんだよ。もう一度言う。....三ノ輪鉄男に会わせて。」

 

「........なりません。」

 

「!?....なんで....?これだけ言ってるんだよ?」

 

「私個人の判断で勝手に決定していいことではございません。まずは、園子様のお父様にお話してから....」

 

「私自身が言ってるんだよ?........お父さんに相談する必要なんてないよ。」

 

「ですが........」

 

目の前の神官がまた否定しようとした瞬間、突如として神官の首もとに手刀が入れられる。

 

 

トンッ

 

 

その流れはキレイだった。間違いなく訓練されている動き、そしてその手刀が入るまで園子はその人物に気づかなかった。神官は眠るように倒れ、手刀を入れた人物が体を支えてゆっくりと地面に寝かせた。

 

「........!?え....!!....あなたは....!」

 

園子はその人物に見覚えがあった。園子のいる部屋は大赦の中でもトップレベルに警備が固いはずだ。それをかいくぐり、先ほどのように静かに忍び込んでここまでたどり着いたのだろうか。園子は目の前の人物に、たった一人でそこまでできるとは思わなかった。

 

「め、メブー!?」

 

「....園子....この未来は最悪ね....。一体何があったって言うの....?」

 

芽吹は園子に出かける準備をするように促す。

 

「ちょ、ちょっと待って....どういう....」

 

「そんな待ってる時間も、質問に答えてる時間なんてものもない。急ぎなさい。....バレて捕まるのも時間の問題よ。」

 

考えてみれば、芽吹には前の未来でタイムリープのことを話していた。そのため、芽吹も未来の変わった瞬間に気づいたのだ。おかげでほぼ監禁状態だった場所から逃げられる。芽吹に話していたことが功を成した。

そして芽吹は園子に対し、背中に乗るように促す。

 

「........よくわかったね。ここが。」

 

「そんなもん、ちょっと調べればわかることよ。園子が昔、祀られてたのは別のあなたから聞いて知ってたからね....。」

 

『別のあなた』とはつまり、銀と須美の立場が逆で、一つ前に見たあの未来の園子のことだろう。

園子は芽吹の背中に背負われ、それを確認した芽吹は全速力で駆け始めた。そして芽吹は言う。

 

「園子....私は、あなたを助けにきた!」

 

(第19話に続く)



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【第19話】Resentment

 

芽吹は携帯を片手に、たまに誰かと通話しながら大赦内を走り回っていた。

 

「もう少しの辛抱よ、園子。」

 

芽吹はそう言うと走るスピードを上げ、ラストスパートをかけた。向こうには扉があり、芽吹はそれを勢いよく開けた。その瞬間、光が差し込む。太陽の光だ。

 

「こっからは私が案内するよ。」

 

「え?」

 

「ここは見覚えある。抜け道とかいろいろ知ってるからね~」

 

「さすが園子ね。....わかった。お願いするわ。」

 

芽吹は園子の案内の通りに動き、大赦本部から離れることに成功した。

 

「....ここまで来れば大丈夫なはずだよ。」

 

「はぁ....はぁ....さすがに疲れたわ....。」

 

「メブーお疲れ様~。私を背負ったままこの距離を走り抜けるなんてすごいよ~。本当にありがとね~。」

 

「いえ....園子を救出できたのは私一人だけの力じゃないからね。」

 

「........やっぱり協力者が....?」

 

園子がそれを聞いた途端、奥の道の角から誰かが現れた。

 

「その人が........乃木園子....さん....?」

 

と、その人物は恐る恐る尋ねてきた。

 

「!?....ふ、フーミン先輩....!?」

 

角から出てきたのは犬吠埼風だった。その時、なぜか園子は風が自分を恨んでるような目で見てきたように感じた。

 

「....園子、この未来では風はあなたのことをよく知らない。それをしっかり理解して。」

 

芽吹は小声でそう言い、園子は小さく頷いた。芽吹は息を整えながら風に近づく。

 

「そうです。彼女が乃木園子。....風先輩もここまで逃げてきたんですね。あなたの協力のおかげで助かりました。ありがとうございます。」

 

「な~に、監視カメラ制御室をぶん取っちゃえば例え大赦が相手でも楽勝よ!でも........ここまでしたからには、大赦も黙っているはずがない。協力したはいいけど、直に見つかるのも時間の問題よ?」

 

「そうですね....。その前に早く実行しなくちゃ。」

 

(実行?....なんだろう実行って....。それに、フーミン先輩はろくに私のことも知らないのになんでこんな危険な話に協力したんだろう....。)

 

芽吹が電話で話していた相手、あれは風だった。まず風が監視カメラ制御室を制圧。その部屋で園子のいる部屋を探り、それから電話で芽吹をサポート....こういう流れだったのだ。それにしても、まさか二人で大赦のセキュリティーを突破してしまうとは。もちろん二人が強いというのもあるのだろうが....。きっと二人にとっても大きな賭けだったに違いない。

 

「大赦のヤツら....痛い目見てるかしら....?」

 

突如としてそう呟いたのは風だった。

 

「えっ....?」

 

「散々私たちのことを騙しておいて....これくらいじゃ全然足りないけど、仕返しできたならスッキリしたわ!........今頃あいつら、血相を変えて園子さんを探し回ってるのかしらね....。ヤツらの顔が見れないのが残念だわ。フフフ....。」

 

「え、えと....風先輩....?」

 

「あっ、いやなんでもないわ!移動しましょ!」

 

(もしかして....フーミン先輩が協力したのは大赦に仕返しをするため....!?そのためにこんな危ないことするなんて....相変わらずぶっ飛んでるなぁ、フーミン先輩....。)

 

三人は風が手配していたタクシーに乗り込み、ある場所へ向かった。園子は、芽吹がタクシー運転手に行き先を伝えたとき、『実行』の意味も芽吹のしようとしていることもすべてわかった。

 

「風先輩....みんなは?」

 

「大丈夫。みんなまだ依頼をこなしているところよ。そして、誰にもバレてない!」

 

「よかった....。」

 

「フフフ....これが勇者部元部長の居候の力よ!........それで....乃木園子さん....でいいのよね?」

 

「あっ、はい。....私、あなたよりも年下ですから『乃木』でいいですよ~。」

 

「いえ....。あの....失礼なのですが、その体は....。」

 

「あ~、三年前の戦いでこうなっちゃったんです~。」

 

「やはり....あなたが唯一の生き残りの先代勇者....なのですね。」

 

「そんな堅くならなくたっていいですよ~。」

 

「あなたも........同じ大赦の被害者....私たちの仲間、ですね。つらかったでしょう....。一緒に戦った友達も失って....。三年前の勇者システムは私たちの時よりもずさんだったと聞いております....。」

 

風はそこまで言うと園子の残った左手を握った。

 

「私はあなたに協力します。....同じ勇者だった者同士ですから!」

 

園子はそのとき、風のことを信用できる........とは思わなかった。

なぜだろう。こんなにも強く私の気持ちをわかろうとして、行動してくれているのに。風の目の奥深くからほんのわずかだけ邪悪な心を感じる。本当は私に協力したい、などと思っていない。園子は不思議とそう感じた。だが、園子はそれを気のせいだと捉えることにした。あのフーミン先輩がそんなことを思うはずがない。私に対してそんなこと....。と、思うことにした。

 

「ありがとうございます!風さん!」

 

園子はそう返事をし、風の手を握り返した。

 

------------------------------------

 

目的地周辺まで来ると、三人はタクシーを止めて降りた。直接目的地まで行かないのは後のことを考えて大赦に行き先を悟られないようにするためであった。

 

「私たちがタクシーを使って移動したことなんてすぐにバレる。もしかしたらもうバレてるかも....。芽吹、急ぎなさい。」

 

「えっ....?」

 

「『えっ』ってなによ。ここからは二人で行きなさい。........ほら私はさ、勇者部のこととかあるし....。」

 

「さっきあれだけ思い切って園子に『あなたに協力します!』とか言ってたのにですか?」

 

「だからこれも園子さんのためよ!........どうやらこの近くに夏凜が来てるらしいのよ....。」

 

「えっ!?....ここ大橋の近くですよ!?」

 

「こっちまで依頼が来てたみたいなのよ!勇者部の名が馳せるのはいいことだけど!ってことで私が時間を稼ぐから!....ほら早く!」

 

「そういうことだったんですね....!わ、わかりました!ご協力、改めて感謝します!また後で会いましょう!」

 

「ええ!最後までがんばってネ~!」

 

芽吹はまた走り出し、園子は後ろを振り返って手を降り続けている風を見ていた。

 

「........大丈夫よ。風先輩には私とあなたが小学校の頃の同級生ってことで話合わせてる。そしてこの計画を話したのは風先輩だけ。風先輩が一番大赦に恨みを持ってて一番協力してくれそうだったから。他の部員には話してない。だからなにも知らない。できるだけ巻き込みたくなかったからね。」

 

「えっと........フーミン先輩はもう高校生だよね?」

 

「そうよ。でも、高校はちょっとだけ春休みが長いみたい。まだ春休み中らしいわよ。」

 

「へ~....」

 

「?....どうかした?」

 

「いや........ちょっと気になったっていうか....。」

 

------------

 

------

 

---

 

「風、みっ~け!」

 

「わっ!夏凜!?き、奇遇ね~あははは。」

 

「わざとらしすぎるわ!....それで、あんたなんでここにいんの?さっき芽吹ともう一人、誰かと一緒にいたでしょ。」

 

「ギクッ........まさか見られてたとは....。」

 

「甘いわね。さあ、洗いざらい白状しなさい!」

 

「........ぅぅ~....」

 

「........な~んてね。芽吹が背負ってた子、あれ先代勇者の乃木園子でしょ。」

 

「!?」

 

「その顔....やっぱり図星ね。聞いてた特徴と一致してるのよ。三年前の戦いで部位欠損....そして綺麗な長い金髪。おまけに今大赦も騒いでる。」

 

夏凜はそう言って風にスマホを見せた。そこには大赦からのメールで風たちを捜すように書かれていた。

 

「........さすがね、夏凜....。」

 

「私にまで隠してこんなことするなんて水くさいじゃない!....一体なにがあったの?」

 

「私は何も知らない....芽吹に頼まれて、それに従っただけ。これは本当よ。」

 

「そう....。」

 

「でもね、乃木園子と話した。....そしてよくわかった。アイツはなにも知らない。三年前、自分のせいで現実世界にどんな影響が現れ、私たちが苦しんだか....やった本人が何も知らない....。話してみて分かった。」

 

「風....まさかそれを確認するために協力を....?」

 

「....三年前、大橋が壊れた日。そこら中災害だらけになった。あの時は、あんたもニュースで見て覚えてるでしょ?....私の家は火事になって、両親はそれに巻き込まれて死んだ。....そして樹は数週間意識不明になった。今でもそのときの火傷は、樹の体に生々しく残ってる。」

 

風はそう言うと服をめくって自分の腹部を夏凜に見せた。

 

「私も....私のお腹にも火傷がまだ残ってる....。樹ほどひどくはないけどね。私はなによりも家族を壊されたこと、そして樹が傷つけられたらことが許せない。自分のことよりそっちの方が何倍もつらい!だって....あの傷は一生消えることはないんだから....!樹は一生あの傷を背負わなければならないのよっ....。」

 

「うん....。よく知ってるわ....。でもあの勇者は....!」

 

「『あの勇者が一生懸命戦ってくれたから今の世界がある』....でしょ?それは実際に私たちも勇者をやって痛いほどよくわかった。でもね....私にとって家族を傷つけられた苦しみは、どんなことよりも苦しいのよ!この恨みは....樹の傷と同じように消えることはないのよ!!」

 

「....!!ご、ごめんなさい....!あなたの気持ちもよく知らないで....!」

 

「....いいのよ。あ~あ、なんで私は世界一嫌いな人間を助けちゃったりしたのかねぇ....。あれだけ恨んで呪った先代勇者を。どんな顔してるか想像して、いろんな仕返しの仕方を考えた乃木園子のことを。私バカなのかしらねぇ~。いっそのこと、このあとやろうとしてることも失敗しちゃえば....」

 

「風っ!!........さすがに、言い過ぎだと思うわ....!お願いだから、それ以上喋らないで....!そんな風の言葉聞きたくない....!樹が聞いたら悲しむわよっ....!」

 

「........。.....ごめん!さすがに私が悪かったわ!確かに言い過ぎよね!さて....讃州中学に戻りますか!」

 

風は気持ちを切り替えたふりをして夏凜と共に讃州中学を目指す。

 

(乃木園子....あんたはもっと苦しむべき存在よ。あんたが世界の人たちにしたことは、その程度で終わることじゃない。)

 

------------

 

-------

 

---

 

「よし、着いた....。見た感じまだ大赦には気づかれてないみたいね....このままうまくいけば....!」

 

一方、芽吹たちは目的地に到着していた。二人が目指した場所、それは三ノ輪鉄男の自宅であった。芽吹はキョロキョロしながら三ノ輪家の門をくぐると、静かにインターホンを押した。が、返答はない。

 

「あれ....?外出中かしら....。」

 

「だって今日平日でしょ?ご家族は仕事と買い物って考えて....。もしかしたらてっちゃんは....」

 

「小学校ってこと!?........私としたことがうっかりしてた....。それを視野に入れてなかった....!どうしましょう、せっかくここまで来たのに....!下手に動けば大赦に見つかってしまう....!」

 

「落ち着いてメブー!....大丈夫だよ。きっとなんとかなる。ここから神樹館小学校まで移動しよう!」

 

「........夕方になるまでここで待ってても見つかるのも時間の問題....。そうね。一か八か、行ってみますか!」

 

芽吹はまたキョロキョロしながら慎重に歩き始める。

 

「芽吹....ちゃん....?」

 

「!!」

 

そのとき、突然後ろから声をかけられた。芽吹は名前を呼ばれ、すぐさま振り返って身構える。が....

 

「えっ!?ゆ、友奈!?」

 

そこにいたのは結城友奈であった。

 

「どうしてここに!?....依頼は!?」

 

「えへへ~....サボってきちゃった~。それより、背中の子は....。」

 

友奈はおぶられている園子を心配そうに見る。

 

「....!い、いえ!彼女は私の友達なのよ!」

 

「ケガ....してるよね....?それもかなりひどい....。」

 

「こ、これは....!」

 

芽吹はそう言いながら後ずさりする。

 

(やばい....!友奈にバレた....!どうする!?逃げるか!?)

 

友奈は芽吹を壁際に追い詰めると、彼女の耳元に顔を近づけて言った。

 

「....大丈夫だよ。私、全部知ってるから。」

 

『えっ....?』

 

それを聞いた二人は戸惑った。

 

「それはつまり.........どういうこと?」

 

「私、この前ね....そのちゃんの病室から二人の会話が聞こえてきちゃって....。そのちゃん、タイムリープしてるんでしょ....?」

 

『!?!?』

 

二人は驚愕した。まさかあれを聞かれていたとは。

 

「ごめんね!盗み聞きするつもりはなかったんだ....。でも、本当にあの後世界が変わって、気づいたらみんなそのちゃんのことを知らないんだもん....。びっくりしちゃったよ。もしかしたらあの話をしてた芽吹ちゃんなら私と同じで、世界の変化に気づいてるんじゃないかって思って........しばらく芽吹ちゃんの行動を観察させてもらってたんだ....。」

 

「友奈....!知ってたなら言ってくれてよかったのに....!」

 

「ほ、ほらだって....!........そんなこと聞きにくいって言うかさ....なんというか....本当にごめん!」

 

「....わかったよ、ゆーゆ。教えてくれてありがと!これで仲間が増えたね!」

 

「えっ....?」

 

「本心を言うと、あんまり知られたくなかったけどさ........今のこの状況から考えて、タイムリープのことを知っている人が増えたのは心強いよ!」

 

「園子....。」

 

「わ、私もいろいろと知りたいことたくさんあるけど今はそのちゃんたちに協力するよ!私にできることなんかない?」

 

「そうね....なるべく園子を周りから見えないように隠してもらうとか....?」

 

「わかった!」

 

友奈はそう言うと芽吹の後ろにピッタリついた。

 

「これで見えないかな....?」

 

「う~ん....とりあえず進みましょう!友奈、私に息を合わせて!」

 

「う、うん!」

 

芽吹と友奈で園子をサンドイッチするような形で移動を始める。園子はそのとき、ふと友奈に質問をした。

 

「ねぇ、ゆーゆ....。」

 

「なに?そのちゃん。」

 

「ゆーゆってさ........わっしーのこと知らないんだよね....。『東郷美森』って子....知らないんだよね....?」

 

「東郷....美森....?さぁ....。そのちゃんのお友達?」

 

「そう....だよね....。ううん、なんでもない。忘れて!」

 

あの時、友奈が園子たち二人の会話を聞いていたとするならば、あの時初めて知ったとするならば、今の友奈は須美との面識がない友奈だと言うこと。銀と須美の立場が逆で、銀が園子の目の前で自殺をしたあの世界。今の友奈は須美のことを知らない....。ただの確認だったが、いざそれを知るととても胸が苦しくなった。

 

(二人は親友なのに....今のゆーゆはわっしーのことを知ってすらいない....。なんか....それだけで目の前の女の子がゆーゆじゃないみたいに感じる....。)

 

三人は巧みに体を使い、見事神樹館小学校にたどり着いた。ここまで来てもうヘトヘトになっていた。

 

「はぁ....はぁ....さすがにここにはいるはずよね....?」

 

「そろそろお昼休みのはずだよ。....お昼休みなら会えるかもしれない....!」

 

「見て!子どもたちがいっぱい校庭に出てきた!遊びに出てきたんだ!」

 

「昼休みが始まったんだわ....!まさに今がチャンス!鉄男くんはどこ....?」

 

「........。あっ!あそこ!」

 

園子は見逃さなかった。ボールを持って友達と一緒に歩いてきている。

 

「あのボールを持った子ね....?よし、任せて!もう一走り!」

 

芽吹はそう言って鉄男のところへ向かおうとしたとき、急に目の前に立ちふさがる人影が一つ。

 

「....っ!?」

 

芽吹は立ち止まり、その人物の顔を見上げた。

 

「えっ!?ふ、風!?....讃州中に戻ったんじゃ....!?」

 

「乃木....園子さん........あの言葉、訂正させていただきますね。」

 

「えっ....?」

 

明らかに何かおかしかった。さっき見た風とはまるで風格が違う。....怖かった。芽吹も不気味な風を見てゾッとしていた。鉄男のもとへ走ろうとしていた体は思わず止まる。

すると、風の手元が太陽の光に照らされてギラッと光った。刃物だ。刃物を持っている。

 

「『あなたに協力する』という言葉....訂正させていただきます。そして、あなたに対して『もっと苦しめ』と思っていた私の心も訂正する。」

 

風は右手に持っていた刃物を両手でがっしりと持つとこう言った。

 

「あなたは私の手で....樹の傷と、両親の無念、そして三年前の大災害で死んだ多くの人たちの復讐を今........晴らさせていただきます....!」

 

(第20話に続く)



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【第20話】Vindictive

 

風は両手でがっしりと刃物を持ち、体制を低くとってこちらを睨んでくる。もう覚悟は決めているようだった。

 

「な、なんですか風先輩!....そんな危険な物を持ってなにしようとしてるんですか!」

 

「芽吹....どきなさい。あなたには悪いことしないから....その後ろにいる『悪魔』をこっちに渡して。」

 

「はぁ....?なに血迷ったことを!どうしてしまったのですか!!」

 

小学校の敷地内と言っても、ここは周りの死角となっている。だが、騒いでいるのが聞かれてバレるのも時間の問題だろう。

 

「風先輩!早くそれをしまってください!」

 

「芽吹にも....話したことあるわよね....?」

 

風は芽吹の呼びかけを無視し、勝手に自分の話を続ける。すると風は片手でゆっくりと服をめくり、腹部にある火傷の古傷を見せた。

 

『....!!』

 

それを見た二人は驚き、目はその傷に釘付けになる。

 

「三年前....ソイツがちゃんと戦わなかったから私はこうなった....。樹はこれよりひどい傷をつけられた。そして両親を失った....。樹海が大きく傷ついたことによる被害、そうでしょ?乃木園子。」

 

「な、なにこれ........!?フーミン先輩はこんな傷なかったはず!いっつんの話だって聞いたことない!!」

 

「わ、私もよ....!きっと風先輩が言ってる『私』のことはこの世界の『私』だ....。私もこんなことは知らない!」

 

「あら、芽吹ったら知らないなんて言って........忘れちゃったのね....。でもこれ見てわかったでしょ?そこにいる女が....私の家族をぶち壊したのよ!!!」

 

「!!!」

 

「自分のしたことも知らないで....あんたは大赦の厳重な警備の中でのうのうと生きてた。大赦に守られ、『世界を守った英雄だ』と称えられ....唯一の生き残りとして祝われた。....三年前アンタのせいで災害に巻き込まれた私たちにとってはね、お前は『悪魔』なのよ!大切なものを奪った、人生を狂わせた『悪魔』なの!!」

 

「そんな........そんなことになってたなんて....!ごめんなさい....ごめんなさい....。」

 

狂ったように罵声を浴びさせる風を前に、園子は混乱していた。そんな園子を、

 

「....大丈夫よ、園子。なに風先輩の言ってること真に受けてんのよ!風先輩がこうなってしまったのはたまたまこういう未来になってしまったから。あなたが過去に戻って、また未来を変えたら元の風先輩に戻るわ!」

 

「メブー....!」

 

「だから今は、風先輩を切り抜けて鉄男くんと接触する!そしてタイムリープすることだけを考えるのよ!あなたが過去にさえ戻れば、すべて済む話!」

 

「....わかった!」

 

風はまた一歩こちらに近づく。そうする度に、芽吹は一歩下がる。

 

(落ち着け....!この状況を切り抜ける策を考えるのよ!なんとしても....園子だけは守らなくちゃいけない!)

 

「風先輩........それであなたの欲求は満たされるのですか?」

 

「........はぁ?」

 

「あなたが園子を殺めれば、樹が悲しみます!....そして樹はひとりで生きていくことになります....!」

 

「........!」

 

「あなたの一番大切な妹が苦しむんですよ!姉が人殺しになるんですよ!........復讐だとか何とか言って....それで樹は救われますか....?あなたは自分勝手なことをしない人間のはずだ!私の知ってる風先輩は、こんなことしない!!」

 

「........あんたに....なにがわかる....。」

 

「えっ....?」

 

「知ったような口きいてんじゃないわよ!!!」

 

風は泣きながら怒り狂っていた。再び刃物をギュッと握り、こちらに迫ってくる。感じたことのない気迫。風が人間ではなく、鬼のように見えた。そして同時に芽吹と園子はこう思った。

 

(....これは、風先輩じゃない....!)  (....これはフーミン先輩じゃない....!)

 

「死ねっー!!乃木園子ォォォォ!!!」

 

風は力強く地面を蹴り、ダッシュで刺しに来る。

 

(風先輩が樹よりも自分の復讐心を優先するなんて....!信じられない!!)

 

(そんなっ....!このまま来るの!?メブーが正面のままだよ!?このままじゃ私じゃなくてメブーのことを....!)

 

完全に我を失っている。このときの風は誰かに操られているようだった。

 

「メブー!避けてっー!!」

 

園子を背負っているだけでなく、ここまで走ってきた疲労で芽吹は思うように動けない。

---終わった。

二人とも完全にそう思ったが....。

 

「たあっー!!」

 

「ぐっ....!」

 

そのとき、風の動きが突然停止した。突進してきた風を止めたのは友奈だった。風の手を掴んだと思うとそのまま地面に叩きつけ、見事に締め技をキメている。

 

「!?....ゆ、友奈!?」

 

「芽吹ちゃん早く!締め技はあんまり得意じゃないんだ!....解かれるのも時間の問題!早く鉄男くんのところへ!」

 

「すごい....!さすがゆーゆだ....!」

 

「わかった!ありがとう友奈!....このチャンス、無駄にはしない!準備はいいわね園子!!」

 

「....うん!」

 

芽吹は再び鉄男の元へと走り出す。が....。

 

「させるかぁっ!!」

 

風が足を伸ばし、芽吹の足に引っ掛けて転ばせた。

 

「うわっ....!」

 

全速力で駆けた芽吹はその勢いのまま激しく転び、背中にいた園子も芽吹から離れて地面に転がった。

 

「どうしちゃったんですか風先輩っ....!やめて....くださいっ....!それにしてもすごい力....!女の子じゃないみたい....!」

 

(まずい....!ゆーゆの締め技が解かれちゃう!)

 

「くっ....!足の先まで使って邪魔するなんて、あなたもしぶといですね....風先輩....!」

 

「行かせない!行かせないんだからあっ!!私がソイツを殺すまで逃がすものかぁっー!!!」

 

「そこまでして復讐したいですか....!」

 

友奈の拘束が解かれそうになったとき、また風の体を止める少女が一人。一瞬にして現れた。彼女は風を抱きしめるようにして、優しく止めた。それまで周りの誰もがその彼女の存在に気づかなかった。その人物とは....

 

「あっ....!?い、樹....?」

 

現れたのは風の実の妹、樹であった。風はあまりにも驚き、絶句して妹の顔を見ている。

 

「もう....いいよお姉ちゃん....。私、復讐とかしたくないよ....!園子さんがいなかったら、そもそも私たちこの世にいないかもしれないんだよ....?園子さんは復讐相手なんかじゃない!私たちの命の恩人なんだよ!!」

 

「樹が....どうしてここに....!?はっ....!」

 

芽吹が奥を見ると激しく息を切らせた夏凜が立っていた。おそらく全速力でここに来て樹を連れてきたのだろう。

 

「はぁっ....はぁっ....風の様子がおかしかったから連れてきたのよ!....はぁ....はぁ....風を止められるのは....樹だけでしょ?」

 

「....!........ナイスアシストよ夏凜ー!!」

 

芽吹はとても嬉しそうにそう叫び、ゆっくり立ち上がった。

 

「みんな....ありがとう!いっそのこと....最初からこうしておけばよかったのかもね....!勇者部はやっぱりみんな強い!....さ、今度こそ行くわよ園子!」

 

「うん!行こう!」

 

「園子、今度は風先輩のことも助けてよね!こんなのこりごりだわ!」

 

「....もちろんだよ!」

 

芽吹は再び園子を背負い、また走り出す。

 

------

 

「離しなさい樹....!」

 

「えっ....?」

 

「もう私は、やめられないのよ....!自分でもなぜかわからない....!体が止められないのよ....!あいつを殺さなきゃって気持ちが、収まらないのよ....!自分が怖いわ!こんな自分が怖い!!」

 

風はまた狂気地味た表情をすると、激しく体を動かして樹を振り払った。

 

「お、お姉ちゃん....!?」

 

「風先輩っ....!まだこんな動ける体力が....!」

 

友奈も全力で止めているが、暴れ牛のごとく暴れまわる風を前に気圧されていた。

 

「そんなっ....樹を振り解いた!?風が樹の言うこと聞かないなんてこと、ありえない!!」

 

夏凜も驚き、芽吹に危険を知らせようとする。しかし、鉄男の方に向かって行っているため距離が先ほどよりも遠い。ここからでは伝えられない。

一方、風はごちゃごちゃ喋りながら一度落とした刃物に手を伸ばす。

 

「あれ........?おかしいなぁ....体が言うこと聞かない....。いつからこうなってたんだろうな....?誰か止めて....!私を止めて....!あいつを殺したくてたまらないのよ!!なんなのこの衝動....!最初はこんなことまでしようなんて思わなかったのに!ここまでしたいなんて思ってなかったのに!!」

 

風はそう泣き叫びながら地面に落ちている刃物を拾い、

 

 

グサッ!

 

 

「うっ....!?........あああああっ~!!」

 

動きを止めていた友奈の腕を刺した。それにより拘束は解かれ、風は立ち上がる。

 

「あぁ....私、友奈のことを....!あぁ....あぁ....ホントなんなのこれ....。」

 

------------

 

「!?風先輩が友奈の拘束を抜け出した!?どういうこと....!樹の言うことも聞かなかったわけ!?」

 

友奈の悲痛の叫びを聞いた芽吹が振り返り、状況を見て焦る。鉄男のところまであと少しだ。そんなとき、園子は風について考えていた。

 

(さっきフーミン先輩が言ってたこと........引っかかる....。もしかして........フーミン先輩がおかしくなったのは私のこのタイムリープと似た何かの能力....?私のリベンジを阻止しようとしてる人がいるってこと....?絶対そうに違いない....!そうじゃないといっつんのこともゆーゆのことも無視する風先輩なんて、どう考えてもおかしい!!誰かがフーミン先輩を使って、私を消そうとしてるんだ!!!)

 

------------ 

 

風は泣きじゃくりながら友奈に刺した刃物を抜き、それを投げる体制を作る。

 

「あ........私、投げようとしてる....?やめて....こんなことしたくない....!私の大切なものを....自分でどんどん壊してる....!やめて........やめてぇ........止まって........やだあああああああああああああああっ!!!」

 

風は心の中で必死に抵抗していた。しかし、残酷にも刃物は風の手から放たれた。投げられた刃物は園子に向かって飛んでいく。が....風の直前の抵抗が功を制したのか、刃物は園子を外れた。その代わりに当たったのは....

 

「ぐっ....!」

 

「!!....メブー!」

 

刃物が当たった場所は芽吹の足だった。芽吹はまたしても派手に転び、園子が地面に放たれる。

 

「ぅ....メブー!大丈夫!?メブー!!」

 

「これくらいでへこたれる....私じゃないわ....!でも........これじゃもう走れないわね....。」

 

園子は後ろを見る。こちらには風が感情を入り乱した表情で向かってきている。

 

(早く....てっちゃんに会わないと....!)

 

自分だけでもなんとかして動こうとしたとき、目の前にザッと人影が一つ。

 

(....!て、てっちゃん....!!)

 

「園子姉ちゃん!わざわざここまで会いに来てくれたんだね....!状況がヤバいのは見てわかった!」

 

園子は涙を浮かべながら彼の顔を見て喜んだ。さすがにこの騒ぎを見て気づき、こちらに来たようだった。

 

「来るのが遅いわよ....鉄男くん....。」

 

「すみません芽吹さん....。俺に会わせるためにそんなにボロボロにさせてしまって....。」

 

「いいから早く握手しなさい....!」

 

「あ....は、はい!」

 

鉄男は園子の体を起き上がらせ、残った園子の左手を握る。

 

「園子....風のことも助けるのよ....!なんとかして二人を会わせられてよかったわ....!全く、いちいち過去に戻らせるのにこんな目に遭うなんて....骨が折れるわ。」

 

「本当にありがとうメブー....!絶対に変えてみせるから!....いっつんも、にぼっしーもゆーゆも....みんなありがとう....!次の未来ではわっしーに会わせてあげるからね!」

 

「じゃあ園子....頼んだわよ....!」

 

「うん!任せて!」

 

芽吹はそう言い、だるそうに微笑んだ。園子は最後に、こちらに向かってきている風を見た。

 

(フーミン先輩!この謎は、私が必ず解き明かします!あなたを利用した真犯人を突き止めます!そして、次の未来ではみんな笑っていられる未来にします....!それまで待っていてください!)

 

 

 

ブチっっっ!

 

 

 

「........あるんすか....!」

 

「はっ....!戻ってきた....?」

 

「はぁ?」

 

園子がいたのはベッドの上。そして両手足が存在し、左足と右肩を負傷している。

 

(間違いない....!三年前だ!ちゃんとこの前の続きからになってる!)

 

「ちょっとー!聞いてます~?」

 

「あっ、てっちゃんごめん!なになに?」

 

「だから!俺と握手したらなんかあるんすか?....ったく、ホントなんなんだこの人....。」

 

鉄男は機嫌悪そうに園子と接する。園子はとりあえず、今はひとりにしておいて欲しかった。考えたいことがあるのだ。風の異常な変化についてまとめたかった。

 

「ご、ごめんてっちゃん!........もう帰っていいよ!」

 

「はぁ!?嘘でしょ!?また握手して終わり!?せめて質問に答えろよ!握手したらなんかあるのかの質問に答えろ!」

 

「ごめん!急用思い出しちゃってさ~!」

 

「入院中に急用もクソもないだろ!.....わかりましたよ!帰ればいいんだな!もう二度と来ませんから!会いませんから!さよなら!!」

 

鉄男はすっかり腹を立てながら、病室のドアを思いっきり強く閉めて帰って行った。

 

「あ~....怒っちゃうのも無理ないよね~....次会ってくれるかな~....。でもね....理由話しても信じてくれないと思うんだ~。それに、話さないのはてっちゃんのことを思ってのことだから....本当にごめんね。」

 

園子は鉄男がいなくなってから謝ると、頭を切り替えて今の状況を整理した。

 

(あの風先輩は....誰かが操ったって説が一番濃厚かな....?確かにあの狂いようはおかしかったし、不自然だった。だとしたらなんで....?誰がどうして私を殺そうとする?なんで自分でやらないでフーミン先輩を使う....?)

 

園子は自分の先祖と話した夢を思い出す。彼女が言っていた言葉を。

 

(『この能力は私だけにあるものじゃない』、『私が思っているよりも長い戦いになるだろう』....確かにその通りかもしれない。その意味がやっと理解できた気がする。そのことを踏まえて今回のタイムリープでわかったこと。それは........信じたくないけど....。私の敵はバーテックスだけじゃなくて、他にもいる....!)

 

園子は勇者部の仲間を使って自分を殺そうとしたことがなによりも許せなかった。おまけに周りまで巻き込んで友奈と芽吹にケガをさせ、樹の心を傷つけた。園子はまるで自分が舐められているように感じた。

 

(いいよ....。相手になるよ。バーテックスだろうが他の敵だろうが全員倒す!....幸せな未来を掴むためなら何度だってやり直す!)

 

園子は天井に手をかざし、また覚悟を決めた。

 

「リベンジ....再開だ!」

 

(第21話に続く)




ついに新たな敵(?)が少しだけ姿を現しましたね。結局風先輩は誰かに操られていた....ということです(雛○沢症候群とかの病気系ではないです!)。さすがに風先輩を悪者にできない....w
まあ、それは誰がやってどのような能力なのかは物語の進展を待っていただくとして、ここから先は一度日常パートに入っていくことにします(二話くらい)!ここまで怒涛のグロ&鬱展開でしたからたまには癒やしの回をってことで....w
ということなので次回からは7月10日以降に銀が加わったらという完全オリジナルストーリーとなっていきます!園子に料理を教える約束、三人で迎える夏祭り、ハロウィン....そして『アレ』が実装........?
今回も読んでいただきありがとうございました!次回もどうか引き続き楽しみに更新を待っていてください!


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【第21話】Against Fate

 

「いいか?今まで通り普通に接するんだぞ!」

 

「わ、わかってるわよ銀!いつも通りに....!」

 

銀と須美の会話が病室の外から聞こえてくる。どうやら過去の園子と話すつもりで作戦会議をしているようだった。

 

(アハハ....二人とも声デカいよ....中まで聞こえちゃってる....。それに結局、今の私は未来の私だしね~)

 

 

ガラッ

 

 

「よ、よお園子ォ!元気かー?」

 

「体調は....ど、どうかしら?どっか変なとこない?....おかしいところとかいつもと違うみたいな....」

 

「須美!一言多いぞ!」

 

「あっ、あっ、なんでもないなんでもない!気にしないでそのっち!」

 

「フフフフ....二人とも違和感ありすぎだよ~!そんなので過去の私と接しようとしてたわけ~?....かわいいな~二人とも!」

 

『えっ?』

 

園子の口振りを聞いて二人はぽかんとする。

 

「........ど~も。未来の、私だよ。もう一回戻ってきた....。」

 

「例の園子なんだな....!やったぁ!!また会えた!よかったー!」

 

銀は園子の手を取り、無邪気に喜ぶ。が....

 

「その感じ....しかも戻ってきたってことはまたダメだったのね....?」

 

須美は銀と対象的に、悲しそうな表情でそう聞く。

 

「うん、そうだよ....。あの三体をみんなで倒せたのにまたダメだった....。今度のもなかなか苦しい未来だったよ....。」

 

「ま、まじかよ....!今度はどうなってた!?」

 

「ミノさんもわっしーも、二人とも........死んだことになってた....。」

 

『え....!?』

 

須美も銀も顔色を変えて驚いた。

 

「それはどういうこと....?あの後、私たちはまた別のお役目で命を失ったってこと....!?」

 

「うん....そういうこと....。それに、私もただでは済んでなかった。右手、両足がなくなってて....他にも傷だらけだった。それでも私が無事だったのは....二人が命を懸けて守ってくれたから。ミノさんとわっしーがタイムリープできる私を信じてくれたんだよ。本当にありがとう....。」

 

「なるほど....確かにあたしらは園子がタイムスリップできるのを知らされていたわけだしな........。未来のあたしら結構やるじゃん!うん、賢明な判断だったと思う!」

 

「変わったのはそれだけじゃない....。私の未来の仲間もおかしくなってた....。だけどその他の仲間たちが命がけで、必死に、私をタイムリープするために導いてくれて....ここに戻ってこれた。」

 

「いろいろと大変....だったのね....。」

 

「....私は、その未来の友達たちのためにもがんばらなくちゃいけないんだよ....!」

 

園子は拳を握り、二人に自分の意志を伝える。

 

「おいおい、ひとりで抱え込もうとするなよ?こっちではあたしらがお前の仲間なんだからな。いっぱい頼れよ。」

 

「ミノさん....!」

 

「でも........今度はどうしたらいいの?作戦練って戦えば勝てる、まともな相手....というわけにはいかないのでしょう?」

 

「うん....。あの数、あの強さには今の勇者システムで勝つなんて夢のまた夢の話。だから....勇者システムを強化する!」

 

「強化!?....そんなことできんのか!?」

 

「私が一番最初にいた世界では、ミノさんが命を失ったのが理由で勇者システムがアップデートされた....。さっき私が行ってきた世界の場合は、二人が命を失ったから....のちの勇者たちが使う勇者システムがパワーアップされた。つまり、大赦は誰かが犠牲にならないとシステムを改善する動きはしない。」

 

「えっ....!じゃあそんなのどうすればいいんだよ....!?」

 

「『大赦に直接頼み込む』....それしかないわね。」

 

「わっしーの言う通り!こっちからお願いするしかない!....大赦だって私たちに世界を委ねてるんだから私たちの言うことに逆らえず、素直に言うことを聞いてくれると思うよ。........ただ....」

 

「『ただ』....なんだよ?」

 

「いや...やっぱりいい。.....この話はまた今度にするよ。私が退院してから、ね!」

 

「お、おう....そうか....。」

 

「それにしても、次の侵攻はいつかしら....。」

 

「!!....そうだ、次バーテックスが攻めてくるのはもうすぐだよ!」

 

『ええっ!?』

 

「確か........もう明日だった気がする....!ミノさんのお葬式の最中に来た覚えがある....!」

 

「なんだそいつ!不謹慎だな!!....あたしの葬式中に来るなんて良い度胸じゃねぇか!許せねえ!」

 

「....こう聞くと銀の発言が不思議でならないわ....。」

 

「大丈夫だよ二人とも!きっと私がいなくても勝てるよ!あのとき来たバーテックスは一体だけで、私たち二人だけでも勝てたし!........でも、わっしーも私もあの時はかなり怒ってたからね~....。ミノさん譲りの『気合い』と『根性』で乗り切ったんよ~!」

 

「つまり、それで倒せる相手ってことね!」

 

「おい須美ィ!『気合い』と『根性』を舐めるなよ?」

 

「別に舐めてなんかないわ。二人でも勝てる相手と聞いて安心しただけよ。」

 

「とりあえず二人とも!....私たちだけでこなすお役目はあと二回だよ!もうすぐ終わるんだ。」

 

「ええっ!?あと二回!?明日の侵攻乗り越えたら次ラスト!?........なんだかちょっと寂しいかも....。」

 

「ということは........問題のお役目はその最後の戦いってわけね....。」

 

「そうだよ。あの戦いは今でも覚えている....。」

 

園子は自分の心臓に手を添えて言った。

「........地獄、だった....。」

 

『....!!』

 

昨日のことのように思い出せる。容赦なく侵入してくる多くの十二星座バーテックス。自分のことも、勇者のことも、なにもかも忘れて戦闘不能になった須美の姿....そして自分を軽蔑するかのような須美の怯えた目。どんどん動かなくなっていく自分の体、戦うごとに感覚がなくなっていき、死に近づいているかのような散華の感覚。実際は死から遠ざかっているというのに、なんともたちの悪い機能だなと思った。最後の方はもう、自分はすでに死んでいるつもりで戦っていた。生きているかも死んでいるかも判断がつかなくなっていたのだ。........よければ死んでいた方がマシ。そう思うほどがむしゃらに動き続けた。終わった頃にはもう、樹海が天国だと錯覚するほど精神的にも肉体的にもズタボロになっていて....。

 

「........はぁ....はぁ........はぁ....もう二度とあんな目に遭うもんか....!」

 

「そ、そのっち大丈夫!?」

 

「落ち着け園子!....ほら、水だ!」

 

「!....ありがとう、ごめん二人とも....。思い出しちゃってさ....。」

 

「相当、つらかったのね....。」

 

「....もう大丈夫だよ。秋を切り抜けるまで頑張らないとね!」

 

『........。』

 

「私ね、三人でクリスマスを迎えることが夢なんだ....。まあ、その前にハロウィンがあるけど....あの時のクリスマスは一人だったからさ....。毎年クリスマスは嫌な目に遭うんだ。この前だってゆーゆが....。」

 

「何言ってんだよ園子。....そんな当たり前なこと言って。あたしたちはいつまでも一緒だろ?バーテックスなんかドーンとぶっ倒しちゃってさ!三人で楽しもうぜ!」

 

銀はブンブン腕を振り回して言った。

 

「そのっち、そんなに心配なら約束しましょ!....はろえんもくりすますも、なんなら年末も一緒に過ごす!ってね!」

 

「!....うん、そうしよう!」

 

須美に賛同し、三人は丸くなって小指を結んだ。小指で繋がれたサークルが生まれ、そのうち三人は歌い始めた。

 

『指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ますっ!指切った!』

 

「はい!これでもう約束破れないわよ!何が何でも守ってもらわなくちゃね~?」

 

「もちろんだ!あたしは、二人のどっちかがもし破ったら本当に針千本飲ませるつもりだからな!」

 

三人は終始笑っていた。園子はさっきの未来が悪夢だったかのように感じるほど幸せだった。

 

(本当にありがとう....二人とも。やっぱりわっしーとミノさんは、私が生きるにおいて必要な存在だ....。私の生きる糧だよ....!)

 

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------------------------

 

------------

 

翌日。二人は当然のようにお見舞いに来てくれた。だが、楽しく話している最中に突然二人は目の前から消えた。....不思議な感覚だった。周りの人から見たらこんな感じなのか。二人がこの世から急に消されたみたいで嫌だった。当然、二人は例のお役目をこなすためにいなくなったのだが。

それからいなくなってすぐに二人から連絡が来た。それはバーテックスを無事倒したという報告だった。連絡が来たのは二人が消えてからほんの一瞬だった。実際、二人は結構長く戦っていたであろう。それが、現実世界では何事もなかったかのように時間が進んでいる。まるで戦っていた事実は最初からなかったかのようになっている。

 

(こんな感覚なんだな....。現役勇者で、お役目が来るのがわかってて、目の前で人が消える感覚って....こんな感じなんだ....。)

 

園子は二人が大橋から帰ってくるまでにいろいろ考えた。自分たちがバーテックスに手こずり、樹海が大きく傷ついたとき、現実世界に影響が出るのはいつなんだろう。樹海化が戻って全部すぐ起こるのか、時間をおいてから少しずつ影響が現れるのか。....風から見た『あの時』の景色はどうだったのか。両親が目の前で死に、樹と自分が火傷に苦しむ情景。どんな災害で被害にあったかはわからない。が、長い時間地獄にいたのは間違いない。他にも考えた。いきなり災害に巻き込まれた人は....私のせいで死んだ人たちはどんな気持ちだったのか........。彼らも前の私と一緒で突然日常を奪われた仲間....。勇者か勇者じゃないかなんてのは関係ない。どちらもバーテックスのせいで大切な人を失った。または自分が命を失った....。いや、バーテックスのせいじゃなく自分たちのせいか?自分たちがミスしなければ、さっしと倒せていれば彼らは生きていたはず....。園子はとにかく考えた。そして、須美と銀が戻ってきたときにはもうなにが正解でどうしたらいいのか....よくわからなくなっていた。

 

------------------------

 

 

とある日の夕方

 

「ねぇ....二人に聞くけどさ.....」

 

「なんだ?」   「なにかしら?」

 

「........私たち、バーテックスを倒せばいいんだよね?樹海をなるべく傷つけず、自分たちもなるべく傷つかず....バーテックスを倒せばいいんだよね?」

 

『........。』

 

園子の話を聞き、須美と銀は顔を見合わせる。

 

「そうすれば世界は救われるんだよね?誰も傷つかないで助かるんだよね?....バーテックスを倒し続ければすべて済む話なんだよね?私たちがしてることは....世界のためなんだよね?」

 

「........園子、どうした。」

 

「またなにか....一人で考え事してたのね?未来でなにか言われた?」

 

「!!....私の心、読まれちゃったか。うん....。いろいろ考えているうちにね、よくわからなくなっちゃって....。」

 

「園子........お前が初めてタイムリープしたとき、もうバーテックスの元凶との決着はついて、全部終わってたんだろ?」

 

「あ........うん....そういえばそうだ....。」

 

「そ!....つまり人類はいつか必ずバーテックスを打ち破れる日は来るんだ!その日まで私たちは世界を守り続けるんだよ!....園子が体験した未来は園子にしかわからないけど、今できることをやる。それしかないと思うぜ!」

 

「こういうときの銀の言葉は胸にくるものがあるわよね....。そうよ、そのっち。だから今を楽しみなさい。そのっちは今よりも昔よりは戻れないのだから!もう小学六年生の私たちといられるのも今のうちよ?」

 

「もしかして........私の考えすぎ?今悩んでもしょうがない?」

 

『そうだよ!』

 

二人は元気よくそう答えた。須美と銀の笑顔を見た園子はパッと花開いたような顔になり、

 

「わあっ!!元気出た~!ありがと~~!!」

 

と言って二人に抱きついた。それ以来、一度園子はその未来のことを考えるのをやめて今のことだけを考えるようにした。そうしているうちに、その記憶はだんだんと薄れていった。

 

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------------

 

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三ノ輪家 居間

 

「乃木さんちの園子さん!完全復活だぜい!」

 

『退院おめでとっー!!園子ー!!』

 

 

パンパンッ!

 

 

二人は園子にお祝いのクラッカーを鳴らすと、机の上にケーキを持ってきた。

 

「うわあっ!?なにこれすっごいおいしそ!二人で作ったの!?」

 

「えへへ....さすがにあたしたち二人じゃキツかったからあたしのお母さんにもちょっと手伝ってもらってな。奮発したぞ!」

 

「....今回は特別よ!けぇきなんて初めて作ったわ....。」

 

「わ~い!!ありがとう二人とも~!!大好きだよ~!」

 

園子は飛びついて二人に抱きつく。そしてそのままギュッと自分に近づけ、もう離さまいと言わんばかりにきつく抱きしめた。

 

「もう、そのっち!........そんな言葉....恥ずかしいわ....。」

 

「あはははは!キツいぞ園子!キツいってばぁ~!」

 

「今日はこのままミノさん家でお泊まりパーティーだよ~!今日は寝かせないぜっ~!!」

 

園子はとにかく幸せだった。やがてケーキにかぶりつき、この日は銀の家でパーティーを開いて夜遅くまで騒ぎまくった。途中で鉄男にうるさいと怒鳴られたり、須美のテンションがいきなり上がって暴走したり、枕投げをして盛り上がったり....楽しいひとときは一瞬で過ぎ去った。

 

「そう言えば、ミノさん家に泊まるのも初めてだね~」

 

「そういやそうだな!....うち来るのも初めてじゃね?」

 

「そうだね~!ここにきて初めてだらけだ~!」

 

「二人とも....もう寝なさい....」

 

「須美....もう疲れて寝かけてるじゃん....」

 

「わっしーは夜更かしが苦手なんよ~。明日も休みだからいっぱい遊べるね~!」

 

「さてどうだか....明日起きられるかわからんぞ~」

 

「絶対起きてみせるもん!........そして、二人にお料理教えてもらうんだ~」

 

「おっ!そういや約束してたな!よし、明日はお料理大会だな!....明日も頑張ろうぜ須美!」

 

「すぅ........すぅ............んぅ............」

 

「ありゃりゃ....寝ちゃったよ....。」

 

「わっしーの寝顔、かわいいね~....。」

 

園子が須美の顔をじっと見つめていたとき、いきなり銀が声のトーンを変えてこう言ってきた。

 

「............ありがとな、園子。」

 

「えっ....?どうしたの急に....。」

 

「........お前がタイムスリップして、命懸けであたしを助けてくれなかったら....今あたしはここにいないんだもんな。....三人でこんな楽しいこともできなかったってわけだ。それに、あたしのために何度もやり直してくれたんだろ?ホント、感謝してるよ。........あたしも今、最っ高に幸せだ....!ありがとう園子....!」

 

銀に改めてこう言われ、園子は自然と目が潤んできた。

 

「ちがうよ....。」

 

園子は唐突にそうとだけ言った。

 

「....えっ?」

 

銀は聞き返すと、園子の潤んでいた目から小さな涙がこぼれ落ちる。

 

「ちがうよミノさん....今更そんなこと言って....。当たり前のことをしただけで、私のしたかったことをやっただけでお礼なんか言われる筋合いはないんだよ。........二人のことはね、私にとってかけがえのない存在なの。初めてできた最高の友達。自分の命よりも、なによりも大切な存在なの。........そのためなら、私は何度だってがんばるよ。何度だって助けるよ。何度だって立ち上がるよ。それで私の宝物が救われるのなら。一緒に楽しくいられるのなら。....何回でもやり直すよ....!」

 

「そ、園子....!」

 

それを聞いた銀も、感動しているようだった。ここまで自分のことを思ってくれている園子に対し、心を打たれていた。銀はそれを隠すように、布団にくるまった。

 

「よ、よし!もう寝るぞ園子!........ずるっ....」

 

銀から鼻をすする音がする。

 

「?........ミノさん泣いてる....?」

 

「!!....な、泣いてない!..........泣いてない....ぞぉっ....!」

 

「....やっぱり泣いてるでしょ~!」

 

「泣いてないってばぁ!早く寝ろぉ!」

 

(第22話に続く)




更新遅れて申し訳ありません!
また明日に連続更新として第22話もアップするので楽しみに待っていてください!


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【第22話】Happiness

 

「ほら~!!二人とも起きて~!!」

 

園子はそう叫び、まだぐっすり寝ている須美と銀の布団を思い切り剥ぐ。

 

「........むにゃ....えぇ........もう朝....?」

 

銀はボサボサの頭を掻きながらムクッと起き上がった。

 

「今日は私にお料理教えてくれる約束だったよね~!早く早く~♪」

 

「あんな遅くに寝てよくそんな元気でいられるな園子は........須美を見ろよ、まだぐっすり寝てるぞ。」

 

布団を剥がされてもなお、須美は起きる気配がなかった。昨晩あれだけ騒ぎ、遅くに寝たためよっぽど疲れが溜まっていたのだろう。

 

「わっしーはしょうがないか~....先にお料理の準備しておこう!」

 

「そうだな!あたしもまだ眠いけど....。」

 

銀はある程度身だしなみを整え、私服に着替えると早速エプロンをつけて台所に立った。

 

「よし!まず教えるのは朝ご飯からだな!....白米、味噌汁と目玉焼き、あとは簡単なサラダとか作ってみようか!」

 

「了解なんよ~!」

 

二人は料理器具の準備を始め、材料も台上に揃えた。

 

「........わっしーまだかな~?三人で作りたいんよ~....。」

 

「もっかい様子見に行ってみるか。」

 

二人は一度台所を離れ、寝室へと向かう。しかし、

 

「須美~!そろそろ起きろよ~!........ってあれ!?いない!?」

 

さっきまで寝ていた布団に須美はいなかった。

 

「知らない間に起きてたりして~?」

 

「あら、二人ともおはよう。」

 

『わっ!?』

 

いきなり後ろから話しかけられ、二人は驚いて背後を見る。そこには身だしなみもきっちり整えたいつもの須美が立っていた。

 

「須美....お前いつの間に後ろに....!ってか、いつ起きたんだよぉ!!」

 

「え....?いつって....数分前くらい?」

 

「でも良かった~!わっしーも一緒にお料理教えてよ~!」

 

「ああ、そう言えば遠足のときに約束したわね。いいわよ!」

 

「やったー!」

 

無事に須美も加わり、楽しく二人に教わりながら料理を作れる....そう思っていたのだが....。

 

------------------------

 

「お、おい園子ォ!?お前普通に作れてるじゃないか!?」

 

「本当....初めてとは思えないわ....!作る過程を見てても手慣れてる感じだったし、味付けの仕方もバッチリ....!」

 

「あ、あれ........?なんでだろう....。あっ!....未来の私はもうお料理できるようになってたからだ~。」

 

園子のその発言を聞き、二人はズッコける。

 

「おいおい....天然が過ぎるぞ園子....。」

 

「ここまで来ると羨ましいくらいだわ....。」

 

園子は自分の作った朝ご飯を見てふと悲しい顔をした。

 

「なんか........いやだな....。昔なら二人から教わりながら作れたはずなのに....中身が未来の自分だから昔できなかったことも今ではできちゃう....。楽しみが減っちゃったみたいで残念だよ....。」

 

園子はうなだれていた。料理はもうひとりでできてしまう。教わる必要はなくなってしまっていた。二人から教わるのを、どれだけ夢に見ていたことか。あの約束をようやく果たせると思っていたのに。と、そんな園子の肩に銀が手を置いた。

 

「そう落ち込むなよ。....だったら逆に考えてみよう!『あたしたちと一緒に料理できるんだ』とね!」

 

「銀の言うとおりよ。落ち込むことなんてないじゃない。料理できることはすばらしいことなんだから。....まだそのっちが作れない料理とかも教えられるかもしれないし、やれることはまだまだ無限にあるわよ!」

 

「!....じゃあじゃあ、ぼた餅のおいしい作り方教えて~!」

 

「おっ!あたしも知りたい!」

 

「ふっふっふっ........任せなさい!この鷲尾須美が究極のぼた餅の作り方を伝授してあげるわ!」

 

『お願いします!須美先生~!』

 

結局この日もなんだかんだ言ってあっという間に一日が過ぎてしまった。気づいたらもう夕方だ。今日はぼた餅を一緒に作ったり、作りすぎて食べきれなくなったり、トランプや、三ノ輪家の庭で遊んだり、銀の弟の金太郎のお世話をしたり....本当の未来ではできることのなかったことをたくさんやった。そして帰る時間がやってくる。

 

------------------------

 

「昨日今日と、ありがとねミノさん!お泊まり会楽しかったんよ~!」

 

「おう!またいつでも来いよな!」

 

「ええ。またやりましょう!........そして明日は....二人とも忘れてるわけないわよね....?」

 

須美が怖い顔をして二人に聞く。そんな須美の問いに、園子と銀は元気良く答えた。

 

『もちろんっ~!!』

 

そして三人顔を見合わせ、

 

『明日は夏祭りー!』

 

と、声を揃えて言った。三人は楽しく笑いながら玄関前で盛り上がる。

 

「当然だけど、二人ともちゃんと覚えてたわね!それじゃあまた明日の夕方!お邪魔しました~」

 

「お邪魔しました~」

 

「また明日なー!」

 

三人は手を振り合い、別れた。充実した二日間であった。

 

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「........やっと帰った....?」

 

二人を見送った銀の後ろに鉄男が現れる。鉄男はひょこっと顔を出して玄関を見ていた。

 

「おっ?鉄男か。どしたー?」

 

「いや........めちゃくちゃ騒がしかったなって....こっちは家にいるだけで疲れたよ....」

 

「ま、そう言うなって!........良いやつらだろ?あいつら!」

 

「............まあ、黒髪のお姉ちゃんの方は良いと思ったよ。礼儀正しそうだったし....。でも........もう片方の園子ってヤツはダメだ!あいつは何考えてるかわからんっ!前だって急に呼び出したと思ったら握手してすぐ帰れって言ってさ!いつもそうだあいつは!!」

 

鉄男は頬を膨らませて園子の文句を言う。それを聞いた銀は顔をしかめた。

 

「コラッ!年上の人に対して呼び捨てにしたり『あいつ』って呼ぶな!........でもな、鉄男。園子のことは許してやって欲しいんだ。あたしもわかんないけどさ、きっとお前に何かあるんだと思うよ。だってそんな対応、理由がないと園子のヤツがするとは思えないし。よっぽどのことがあるんだよ。だから........多目に見てやってくれないかな?頼む!」

 

「ちょ....姉ちゃんが頼むようなことじゃないでしょ....!........でもま、そこまで言うなら....。」

 

「ほんとか!?ありがとな!!」

 

「まるで自分のことのように喜ぶな....。」

 

「まあな!....だってもうあいつらは........お前ら家族とおんなじくらい大好きで大事な宝物だからな....!」

 

銀は満面の笑みでそう答える。その表情は自信に満ち溢れていて、とても幸せそうな顔であった。

 

「........ふ~ん....よかったじゃん....そこまでの友達ができて....。」

 

「えっ?なんて?」

 

「な、なんでもねぇよ!....じゃおやすみ!」

 

「あ.....お、おう....おやすみ....。」

 

鉄男は廊下を駆けて行った。銀は玄関の戸締まりをし、自分も寝るための準備をしようと風呂場へ向かった。明日だって三人集まって遊ぶのだ。今日こそ早く寝なければならないのだから。

 

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------------

 

---

 

約束は夕方に園子の家に集合、であった。なにしろ、園子がしたいことがあるらしい。須美は早めに園子の家に到着し、銀はいつも通り少し遅めにやってきた。

 

「銀!また遅刻よ!」

 

「ごめん須美、園子!....早めに家出たつもりだったんけど意外と立て込んじゃってさ~」

 

「別にいいんよ~。わっしーも今日はそんなプリプリしないで~!........そんなことより、二人のためにこれを用意したんよ~!」

 

園子はそう言い、二人を部屋の奥へと連れて行く。たどり着いた場所は前に着せ替えごっこをし合ったあの部屋だった。

 

「あ....ここ前みんなでいろんな服を着た部屋よね?いや~それにしてもあのときの銀は....」

 

「だぁ~!!須美、その話はいいから!....で園子、ここに連れてきてなにをするんだ?」

 

「ふっふっふっ~これを見たまえ~!」

 

園子はそう言って勢いよくクローゼットを開けた。そこには三着の浴衣がかけられていた。

 

「私が二人に似合いそうな浴衣を選んだんよ~!一番端のが私ので、真ん中がわっしーでその隣のがミノさん!」

 

「さすが、立派な浴衣ね....!....気に入ったわ!」

 

「よかった~!........あれ?ミノさん....?」

 

銀はモジモジしながら浴衣を見つめていた。なにか恥ずかしがっているようだ。

 

「えっと........あたしはこういうの似合わないと思うんだよな....。こんな立派な浴衣、あたしなんかが着るべきじゃないっていうか....。」

 

「もう!全然そんなことないわよ!!前分かったじゃない?銀はかわいい服がとっても似合うってことが!」

 

「え~!?で、でも....」

 

「いいから遠慮しないで着るんよ~!........それとも、私がせっかく用意したのにどうしても着れないなんて言うの~....?」

 

「無理やりでも着させてあげるわ....!この浴衣を着た銀を見たいもの!」

 

「ちょ、二人ともぉ~!?」

 

結局銀は二人によって半強制的に浴衣を着させられた。須美と園子も同様に着替え、祭りに行く準備が完了する。

 

「ほらやっぱり~ミノさん似合ってるぅ~!」

 

「浴衣の銀も.....アリアリアリアリアリっー!!」

 

「二人ともやめてくれよ!恥ずかしいから!!」

 

須美はこの前のようにスマホで銀を連写する。その写真のすべてに照れて顔を赤くした浴衣姿の銀が写った。

 

「恥ずかしがることないよ~!似合ってるのは本当だし、とってもかわいいよ~ミノさん~。お人形さんみたい~」

 

「もう、園子までそんなこと言って!........暑くなっちゃうだろう....。」

 

「恥ずかしがって赤くなる銀もありだわ!さいこっー!!」

 

「いい加減にしろ須美ー!!」

 

調子に乗りすぎた須美に対し、銀は頭ぐりぐりで彼女の暴走を止める。

 

「はぁ....須美のやつ、やっと止まった....。」

 

「それじゃ、お祭り行こっか!」

 

園子は二人の手を掴むと、引っ張って走り出す。

 

「おおっと!....そんなに走ると危ないぞ園子~」

 

「だって楽しみなんだもん!お祭りお祭り♪」

 

「そのっちは元気で何よりだわ....痛た....」

 

なんだかんだ言ってようやく三人は会場に到着する。屋台が多く立ち並び、祭りに来ている人たちでごった返している。道がふさがってしまうほどだ。

 

「うお~....毎年のことだけど相変わらず混んでるな~」

 

「........ねぇ、屋台回る前にさ....三人で写真撮っとこうよ!浴衣も着たんだし、せっかくの記念に!」

 

「そうね。....じゃああの人に頼みましょう。」

 

三人は祭りに来ていた通行人にスマホを渡し、三人が写った記念写真を撮ってもらった。屋台をバックに笑顔でピースをする三人の写真。これも本来では手には入らないはずの写真だ。

 

「あとであたしの携帯にも送っといて!」

 

「も、もちろん私も!」

 

「わかったんよ~二人とも~!」

 

写真を撮った後は三人で屋台を回った。お祭り名物の食べ物を買い、射的に挑戦した。

 

「あのニワトリさんを狙うんよ~!」

 

「おおっ、園子ガンバレ!」

 

園子は銃にコルク栓をつめ、ねらいを定めて一点集中。そして放つ。が、

 

「あら....はずれね....。」

 

園子はさらに挑戦するが二回目、三回目も当たらず....

 

「うぅ~....まだまだ~!」

 

今持っているお小遣いすべてを叩き、射的にすべてを賭けた。

 

「........ヨシ園子、ここで一旦あたしに任せてみな!絶対当ててやる!」

 

「!....ミノさんお願い当てて!」

 

我こそはと名乗り出た銀に銃を渡す。銀は遠くの獲物を狙うスナイパーのように銃を構え、片目を閉じて標的を睨む。

 

「........ここだ....!」

 

そしてすばやく引き金を引いた。放たれたコルク栓はニワトリの人形に吸い込まれるように進んでいき、見事ヒットする。

 

『やったぁ!!』

 

三人は手を取り合って喜ぶが、ニワトリの人形はちょっと揺れただけで下に落ちはしなかった。

 

「残念~惜しかったね~」

 

屋台のおじさんは園子たちを煽るかのようにそう言い、

 

「はい、これで最後だよ。」

 

と、ラストのコルク栓を置いた。

 

「おかしい....今間違いなく当たったのに....当たったのにぃ~!」

 

「まだだよミノさん!....まだ、あと一発撃てる!」

 

「そろそろ私の出番ね....」

 

「おっ、キタキタキタっー!狙撃手須美さんのご登場だぁ~!」

 

銀は須美をはやし立て、銃を持たせて前へ誘導する。しかし須美は、

 

「二人とも、この銃を握って。私は手助けするだけよ。」

 

そう言って二人に渡し、園子は右側、銀は左側、須美は真ん中に立って銃を持った。三人で一つの銃を持つともうおしくらまんじゅう状態だ。

 

「二人とも、よく標的を狙って。集中して。........吸気........呼気............今っ!」

 

須美の合図で三人同時に引き金を引く。さっきの銀の弾と同様、コルク栓はニワトリにヒットする。

 

「よし、あとは気合い!!」

 

須美はそう言って手のひらをニワトリにかざし、グルグルゆっくり回し始める。

 

「....気合い~~....!」    「気合い~~!」

 

銀と園子も須美の真似をして同じように手を回した。すると、ニワトリはグラグラと揺れ、ことんと地面に落ちた。

 

『おおっ!やったぁ~!!』

 

今度こそ本当に三人は飛び上がって喜んだ。

 

「あれっ!?おかしいな....倒れるはずないのに........」

 

屋台のおじさんがそう呟いたのを須美は聞き逃さなかった。

 

「あら....?それはどういうことかしら....?」

 

「あっ!?い、いや....!........わかったよ、はい....おめでとう。」

 

屋台のおじさんは諦め、人形を園子に渡す。しかし園子は

 

「じゃあ、あそこの三つと交換ね~。」

 

「えっ?いいのかい?........まぁ、俺はいいけど....」

 

屋台のおじさんは若干戸惑いながらも商品にあった三つの色違いのストラップを取って園子に渡した。

 

「園子....よかったのか?」

 

「それは....猫、かしら....?それに首のマフラーが色違い....。」

 

「よかったんよ、これで。はい、二人ともこれあげる!」

 

園子はそう言って一つずつ二人に渡した。そしてストラップのひも部分を持って言う。

 

「........ほら、三人でおそろいだよ。これもお祭りの記念の一つ。そして、ズッ友の証!」

 

園子の発言を聞いた二人は顔を見合わせ、園子と同じようにひも部分を持って園子の隣に立った。そして三人のストラップをくっつける。

 

「ああ。ズッ友の証!....これ、一生大切にするよ!ずっと肌身離さず持ってる!」

 

「ええ、私も。これもまた約束だからね、銀、そのっち!」

 

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三人はストラップを握りしめたまま見晴らしの良い丘まで登ってきた。ここは花火がよく見えるスポットだ。隠れ名所のため、周りにいる人も少ない。

 

「そろそろだね~............あ、ほら!」

 

丘の上で待って少しすると一発目の花火が打ち上がった。そして二発目、三発目とどんどん増えていって夜空がカラフルに彩られていく。三人は花火の光に照らされ、その派手な光に釘付けになっていた。

 

「....うわ~........綺麗....。」

 

「....来た甲斐があったな....!た~~まや~~~!!!」

 

銀は空に向かって大声で叫び、花火はそれに答えるようにドンドンと音を立ててはじける。

 

「三人で来れてよかったよ~。....また来年も行こうね!」

 

「ふふっ、気が早いわねそのっち。」

 

須美はそう言うと握りしめていたストラップを見た。

 

「........それ、気に入ってくれた?」

 

「....うん。とっても。」

 

「よかったよ~」

 

「こうしていられるのもそのっちのおかげなのよね....。ありがとう。」

 

「........。わっしーまでそれ言うんだね~....。」

 

「え?....銀も言ってたの?」

 

銀は花火に夢中で二人の会話が聞こえていない。

 

「別にお礼なんていらないんよ~。....私がこの未来を望んだだけだからさ~。」

 

「そう....。確かに、とっても幸せな時間だわ。本当なら横に銀がいないと思うと....」

 

「ああもうっ!悲しくなるようなお話は終わり!今日も一日中楽しむんだからっ!」

 

「あっ....そ、そうよね!ごめんなさい....。」

 

「いちいち謝らなくたっていいってば~。ま、それがわっしーか~。」

 

と、ここで空が騒がしくなる。ついにラストスパートのようだ。

 

「おおっ!おお、おおっ!うほっ~!うおおおおっ~~!!見ろよ二人とも!花火すっっっごいぞ~!!!」

 

銀はぴょんぴょん跳ねながら須美の肩を叩いて空を指差す。

 

「あれ!?もうクライマックス~!?....早いな~」

 

「ほとんど見れなかったわ....。」

 

「ええっ!?二人とも花火見てないで何してたんだよ!?............おおっ!キタキタキタっーー!!」

 

さらに騒がしくなり、真っ暗な空が見えなくなるほど花火があがる。昼なのではないかと思うほど明るくなり、虹色に照らされる。

 

「本当....花火ってすばらしい文化よね....。見とれちゃうわ....!」

 

「花火って名前なだけあって、マジで花みたいだよな!....まさに今、夜空は満開状態だ!」

 

「!!........満....開....。」

 

銀のさり気ない言葉で、園子は現実に引き戻された。自分と須美を二年間も苦しめた地獄の機能、『満開』....。この力がないと最後の戦いに勝てないことがわかってしまった以上、体の機能を失う覚悟が必要だった。

そんなことを考えていると、その瞬間辺りが真っ暗になる。花火が終わったらしい。

 

「ああ~....終わっちゃった~....。」

 

「とても美しかったわね~....!........ん....?そのっち....?」

 

「........。」

 

園子はボーッとして斜め下を向いている。

 

「....そのっち?」

 

「!....あ、ごめんわっしー!ちょっと考え事してただけ....。」

 

須美の呼びかけにようやく気づき、彼女の方を向いた。

 

「........そう。じゃ、行きましょ!銀が待ってるわ。」

 

須美は少し園子の顔を見つめてから彼女の手を取り、先に行っていた銀が手を大きく振って『お~い』と言っている場所まで走る。

元の道に戻ってきたときには人通りもどっと少なくなり、片付けを始めている屋台も多く見られた。

 

「もう祭りも終わりか~」

 

「早かったわね~。一瞬だったわ。」

 

銀と須美の会話を聞きながら、園子はこっそりと二人の後ろを追って歩いていた。そして密かにスマホを取り出し、まだ屋台の灯りで周りが明るいうちに浴衣姿の二人を後ろから撮影した。

 

「....ん?そのっち今なんかした?」

 

「ふふふ~....いやなんにも~?」

 

「むむ....怪しい....。」

 

「その顔、絶対なんかしただろ....?正直に白状しろっー!」

 

「なんにもしてないってば~♪」

 

「嘘つけ~!」

 

三人は帰りるときもまた元気よく走り回る。休みの日の体力は無限にあった。園子は家に帰ってからスマホを見ると、さっき撮った二人の後ろ姿の写真を待ち受け画像に設定した。さらに、祭りの前半に撮った三人の写真をプリントアウトし、机に置くくらいの小さな額に入れて部屋に飾った。そしてその隣に猫のストラップを置き、うとうとしながらしばらくそれを眺めていた。

 

(第23話に続く)



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【第23話】Even stronger more

 

また学校の毎日が戻ってくる。園子はいつも通りに登校し、放課後に須美と銀から遊びの誘いを受けたが断った。そしてできるだけ早く家に帰った。そこからランドセルを置き、私服に着替えて父親の私物であるちょっと大きめのコートを持って大赦本部へ向かった。その理由はただ一つ。大赦から満開の機能の設計図を盗むため。できれば大赦の人間がどんな気持ちでこれを作ったのかも知りたかった。しかし、それを知るのは困難だろう。満開のことなんて機密事項に決まっている。大赦内でもかなりの上官でないと知らないだろう。それでも園子はひとりで向かった。二人にまだ詳しく話していない以上、危険を犯す行為はひとりでこなすしかなかった。見つかったとしても乃木家の一人娘だ。まだ小学生だし、両親にはひどく怒られるだろうが処罰は受けないだろう。それに園子は大赦本部の構造をよく知っている。彼女は持ってきた黒いコートを着てフードを深く被り、いつも通り警備が薄い死角から忍び込んで上官がいる部屋を目指した。大赦本部内はなぜか暗い。園子は毎回、こんな暗くする必要なんてあるのかと疑問に思う。だが今だけはそれが逆に潜入しやすく、隠れやすかった。

 

(今のところは順調...だけどこの先は........)

 

園子は廊下の角からしゃがんで体を小さくしながら行き先を覗き、行くタイミングを見計らう。

 

---その時だった。後ろからいきなりトントン、と肩をたたかれた。園子は驚き、バッと後ろに下がって肩をたたいた人物の方を見る。....神官だ。大赦の人間。例の仮面、大赦の正装をして立っている。とうとう見つかってしまった。

 

「やっぱり........乃木さん....よね....?」

 

神官が最初に発した言葉はそれだった。

 

「え....?」

 

意外にも、この神官が発した声は聞き覚えのある声だった。

 

「もしかして....安芸先生!?」

 

「しっ!乃木さん、大きな声を出したら他の誰かに見つかるわ。....とりあえずこっちに来なさい。」

 

「!....はい....!」

 

正体は彼女の担任であった。担任の安芸先生なら何か知っているかもしれない。逆に園子はこれがチャンスなのではないかと思った。

 

「乃木さん....私はあなたが大赦に忍び込んでここまで来るのをずっと見ていたわ。そしてあなたの跡を追っていたの。....あなたがなにするのか気になったからね。でもあそこから先は高い権力を持っていないと入ってはいけない部屋よ。私でも、許可が下りたときだけしか入れない。」

 

「そうですか....大赦に入られるところ、見られてたんですね~。最初からバレてたってわけだ~。」

 

「........。」

 

安芸は園子を小さな一室へと案内すると部屋のほとんどを占めているベッドに座らせた。そのあと大赦の仮面を外し、自身もベッドに腰かけて園子の隣に座った。

 

「........乃木さん、あそこから先まで行ってなにをしようとしたのかしら?....まさかだけど、もしかしてあの先がどんなところか知っていたの....?」

 

都合がいい。向こうから聞いてきてくれた。園子は唾を飲むとこう言い、聞き返した。

 

「....そうですよ。あの先がどんなところか知ってた。....そこまで行って知りたいことがあったんです。きっと、そこにしかないと思ったから。........安芸先生は何か聞いてたりしませんか?........その....勇者システムの強化、とか....。」

 

「勇者システムの強化....?いや、今のところ聞いていないわね。....でも、その質問があの先まで行こうとしたことと何か関係が?」

 

園子はそこまで安芸に聞かれたところで迷った。彼女にタイムリープのことを明かすべきかどうか。バカにされて終わりか、素直に信じて協力してくれるか。ここは賭けるしかないのか...。これを言うということはかなりのリスクが生じる。そこで園子は一旦うち明けるのを先延ばしにした。

 

「もしかしたら........勇者システムの強化の話が出てたりしないかな~....って。最近、バーテックスの侵攻も増してますし。........そろそろ今のままじゃ厳しいかもしれないから。」

 

「確かに....三体来たときもあったわよね?....その時は乃木さんも重傷で、三ノ輪さんも身体中傷だらけだった....。勇者システムの強化は必要かもしれないわね。」

 

「....!じゃあ強化してくれって、上の人にお願いしてくれませんか~....?お願いします~。」

 

園子は両手を合わせ、頭を下げて頼む。とりあえず今はとにかく強化が必要なのだ。そしたら、一刻も早く満開に隠されている副作用を二人に伝えなくては。

 

「........わかったわ。そういう話が出ていないかも確認してみるし、出てなかったら頭を下げる。」

 

「わ~ありがとうございます~!........で、もう一つお願いしたいことがあるんですけど....」

 

「なにかしら?」

 

園子は少し睨むようにして安芸を見ると、声を低くしてこう言った。

 

「お偉いさんたちがそれを許可して....勇者システムが強化された後、何も隠さないで話して欲しいんです。...強化された勇者システムがどんな力を持っていて...どんなデメリットがあるか...。使うのは私たちだから、全部話して欲しいんです。三人全員にね。」

 

安芸は雰囲気が一変した園子を見て血相を変えて驚いた。

 

「............あ、あぁ....わかったわ。全部....話す....。約束する....!」

 

安芸は園子に気圧され、そう答えてしまった。安芸からはその時だけ彼女が別人に見えた。その答えを聞いた園子は先ほどの顔が嘘のようにパッと笑顔になり、

 

「よかった~!じゃあよろしくお願いしますね、先生~!」

 

と言った。....元の園子に戻った。

 

「の、乃木さん....。」

 

「?....どうかしました~?」

 

「い、いえ........やっぱりなんでもないわ。」

 

安芸は大赦本部から園子を帰すと、自分の部屋に戻って考えた。園子が自分を睨む顔が、頭にこびれついている。あの剣幕のある顔を、小学生ができると思えない。

 

(乃木さんのあれは.........なんだったのかしら....。私の気のせい?........どこか貫禄があるような....大人みたいなキリッとした表情....。とてもあの乃木さんとは思えなかった....。)

 

このとことを安芸は忘れることにした。考えたってしょうがない。というか、考えれば考えるほど嫌な想像ばかり膨らんでしまうからだ。園子だってきっとそういう顔をするときがあるのだと思うことにし、自分の仕事に戻った。

 

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---------

 

---

 

「........乃木さん。ちょっといいかしら。」

 

「は~い!」

 

それから数日後、園子は学校にて安芸に呼び出され、誰もいない多目的室へと連れてこられた。

 

「ここなら誰も使わないし、来ないと思うわ。」

 

安芸はそう言い、園子を椅子に座らせて向かい合った。

 

「........あの話、ですよね。通ったんですか?」

 

「うん...。確かに勇者システムの強化という案は存在していた。けど........それはあなたたち勇者の中から戦闘不能、もしくは犠牲が出たときに実装するつもりだったそうよ...。勇者の誰かがそうならないと実装する気がなかったなんて、本当にひどい話だと思ったわ...。」

 

「それはつまり、その強化後の勇者システムが危険だから...ということですよね?強化がいつでもできるのにそうしないのはそれが理由...。そうですよね?」

 

「...!!!............。」

 

「答えてください安芸先生。....どんな機能か全部聞いたんでしょう?何も隠さないで全部話すって、約束しましたよね?」

 

園子は安芸の目をじっと見つめ、次々に口で攻めてくる。そこで安芸は思い切って尋ねてみた。

 

「............乃木さん、もしかして....何か知ってる....?なぜそんなに焦っているの?」

 

「....!!...なんにも...知らないですよ。ただ、早く知りたいじゃないですか。どんな力なのか。」

 

園子は安芸から目をそらし、うつむいてそう言った。その反応を見て安芸は園子が何か知っていると確信を持った。

 

「...わかったわ。約束通り、全部話す。けどね........私は新しい勇者システムの内容を勇者たち本人には絶対に教えるなって口止めされてるの。大赦の上層部からね。だから...絶対に外で勇者の話をしちゃダメよ。私以外の大赦の人に聞かれても答えてはダメ。........約束してくれる?」

 

「うん...もちろんです...!」

 

と、園子は安心したみたいに顔を緩ませた。

 

「...あなたたちの、これからに関わってくる。今までとは段違いの力を手に入れる代わりに、失うモノが必要になってくる...。とても........残酷な話だけどね...。」

 

安芸がようやく勇者システムの強化内容の全容を話そうとしたとき、園子が突然口を挟んできた。

 

「ふ~ん?残酷な話ねぇ....。先生はさっき、戦闘不能もしくは犠牲が出ないと勇者システムは強化されないことに対して『ひどい話』って言ってたけど....あれは本当?」

 

「え....?」

 

「お役目で死ぬことと、これからその残酷な目に遭う私たち...どっちが苦しいと思う?」

 

「その言いぐさ...。乃木さん........やっぱりあなた知ってるでしょ!なんなの、あなたは何者なの!?」

 

安芸は立ち上がり、大声で園子にそう尋ねた。もう我慢ならなかった。だが、いきなり安芸がそんな行動をしても園子は特にうろたえなかった。安芸は普段、こんなに怒鳴ったりすることはないから園子はすっかり驚くかと思えば、普段通りおっとりとしたまま冷静だ。

 

「まあまあ、落ち着いて~。...とりあえず座ってください~。」

 

園子は安芸を落ち着かせ、再びイスに座らせた。

 

「つい...熱くなってしまってごめんなさい...。それで新しい力のことなんだけど............」

 

「うん、知ってるよ。」

 

「え........?」

 

園子は突然そう呟いた。安芸は何がなんだかわからず、困惑する。

 

「最初から全部知ってた。...私ね、安芸先生が自分から言ってくれるのを待ってたんです~。あ、もちろん何で知ってるか気になりますよね~。それに、知ってるんならなぜ大赦に忍び込んだりしたのかも。」

 

そう言うと今度は園子がガタッと立ち上がり、安芸にキスするのではないかと思うくらい顔をグッと近づけ、目をパッチリ見開いてまるで安芸の目の奥を覗くようにした。安芸は園子の行動と彼女の狂人のような目に恐怖し、冷や汗をだらだらとかき始める。

 

「ねぇ........安芸先生~...?だから、これから私が言うこと信じてくれるかな~?」

 

安芸には園子が考えていることが全くわからなかった。........怖い。ただその一心。小学生の、少女の目ではない。死神に睨まれているようだ。金縛りにでも遭っているかのように動けなくなり、口をパクパクさせて声を震わせながら喋る。

 

「........ええ...。も、もちろん信じるわ...!どんなことでも!」

 

「........ふふ、そう~?」

 

すると園子は安芸の肩をがっしりと掴み、その瞬間安芸は驚いてビクッと体を振るわせた。やがて園子はしゃべり出す。

 

「その強化された勇者システムっていうのは、『満開』って機能でしょ?....『精霊』ってものがスマホに宿されていて、基本の勇者形態のときも攻撃力とかいろいろ上がってる。なによりも一番上がるのは防御力だよね?どんな攻撃を受けてもケガをしない。それどこらか、攻撃を受ければ受けるほど満開ゲージが溜まっていって、やがて満開できるようになる...。そして『満開』は今までとは比にならない高い攻撃力、機動性、広範囲攻撃を合わせ持つ...とても強大で次元を超えた力。...違う?」

 

「そんな...!間違いのない、完璧な説明...!?........そうよ!その通りよ!でも............」

 

「『でも』...。私、その先もちゃんと知ってるよ。........『満開』する度に供物として捧げるんだよね。どこか体の一部の機能を、神樹様に。...使えば使うほど、より強くなっていくけどそのまま戦い続ければ最後、人形みたいに動けなくなってほぼ脳死状態になる...。その状態って死に近いはずなのにね。...本当は死から遠ざかってるっていう矛盾が生まれるんだ。なんとも不思議でたちの悪い機能だよ。........それが、安芸先生の言う『残酷な目』...でしょ?」

 

「ぁ........ぁ........ぁぁ........?」

 

全部が全部図星で安芸は混乱していた。なぜ園子はすべて知っているのか。自分の心が読まれているのかのような感覚。最近園子の様子がおかしかったのと関係があるのか。安芸は思い切って聞いてみた。

 

「あなたは........本当に乃木さんなの...?」

 

安芸のその質問に、園子は少し黙ってからこう答えた。

 

「まぁ、一応ね。」

 

「い、一応........?」

 

「ここまで言って、ここまで攻めたんだから...さすがに疑り深い安芸先生でも信じてくれるよね...?」

 

「え...?」

 

園子はすうっと息を吸い込むと、静かに言った。

 

「実は私......未来から来た『乃木園子』なんです。今から約三年後の、神世紀301年からタイムリープしてきました~。」

 

「は...?タイムリープ...?未来から...?だから様子がおかしかったの...?だから...満開のことも知ってたってこと...?」

 

「そーゆーことです!........って私の様子がおかしいって気づいたのいつでした?」

 

「確かあなたが........大赦に忍び込んでたときが最初ね...。」

 

「あ~、ならよかった。作成通りだ!あれは私の演技で、わざと怖いようにしたんです~!今もこうやって顔近づけて怖い顔したのも、まじめな安芸先生にタイムリープのことを信じてもらうためにしたんです~!やっぱり威圧が一番かな~って!」

 

「!!...そうだったの...。よかったわぁ...すんごい怖かったのよ...?というか、普通に話してくれれば信じたのに。さっき話したことを普通に言ってくれれば誰だって信じるわよ。そんな情報、大赦のかなり上層部の人しか知らないし、組織の機密事項だからね。」

 

「安芸先生の場合は本当にそうですかね~...?」

 

「で........いつからタイムリープを...?わざわざ私に満開のことを聞いたのは...。」

 

「あ~...順番に全部話しますから落ち着いてください~。」

 

------------------------

 

------------

 

---

 

翌日。鍛錬場にて。いつも通り鍛錬に励んでいた須美と銀は安芸に呼ばれ、近日行われる儀式について話された。

 

「新装備...?」

 

「おお!ついにもっと強くなるんだな!」

 

「ええ。でもその前に...。」

 

安芸の後ろから園子がひょこっと顔を出す。そして安芸の横に立ち、二人に告げた。

 

「きっと二人のことだからOKしちゃうだろうけど...。全部話すよ。勇者システムの新しい力、『満開』について。」

 

「その新しい勇者システムは『満開』って言うのか?」

 

「........。鷲尾さん、三ノ輪さん、くれぐれもこのことは内密にね。本当は勇者本人たちに教えるのは禁止されていて、もうそれは大赦の中で決まったことだから。........私が大赦に何も言わず自分の判断で乃木さんに許可した。『散華』のことを話すのをね...。」

 

『散華....?』

 

須美と銀は同時に首を傾げる。四人は正座で鍛錬場の床に座ると、やがて園子が話し始めた。精霊のご加護がつくことにより、ケガはもうしなくなること。武器が強化され、全体的に攻撃力が上がること。バーテックスの攻撃を受けると満開ゲージが溜まること。満開ゲージが溜まれば満開できること。そして........満開する度に体のどこかの機能を失うということ。さらにそれは、絶対に死ぬことのできない生き地獄を味わうということも...。自分が体験したことも含め、すべて話した。

 

------------

 

「........これで私の知ってることは全部。...安芸先生付け足しはない?」

 

「いいえ何も...。それよりも........乃木さんはそんな不自由な体で二年間も...。」

 

「........。」

 

園子はうつむき、少しだけ微笑んだ。

 

「...本当、嫌だったよ。あの時間は。でもね...過去に戻ってきて、またわっしーとミノさんと一緒に過ごせた。そのおかげで気持ちが軽くなったよ。吹き飛んだんだ~。...懐かしい思い出ばかりで、つまらない日、無駄な日なんて一日もない。前の世界では経験できなかったこともいっぱいしたしね~。これからは本当...私もどうなるかわからないよ。」

 

園子は今だからこそ、本音を話せた。須美と銀は顔を見合わせると、

 

「園子...話してくれないか、その二年間を。」

 

「私たち、そのっちの気持ちを少しでもわかってあげたいから...!」

 

園子は二人のその言葉を聞き、少し驚いた表情をする。それからすぐに口を開いた。

 

「うん...いいよ。この気持ちを人に話すのは初めてだね~」

 

園子は、心の内をすべて話した。全く体が動かない中での生活、しょっちゅう夢に出てくる須美と銀、戦いの結果を聞くことしかできない(神世紀300年)現勇者の活躍を...。

 

---------------------

 

「すぅ........はぁ~....ふふっ!スッキリしたよ~!!」

 

園子は、話を終えたところで深呼吸をすると笑顔でそう言う。が、園子以外の三人は真逆の顔をしていた。こんな経験をしていて、なぜ園子がこのような態度を取れるのかとても三人には理解できなかった。園子の精神力はいかなるものなのか。

 

「私は........その『満開』とかいう力で記憶を失うのね...。たった二回しか『満開』しなかった上に、機能を失ったのは足と記憶だけ...。私はすべてを忘れて、二人のことも忘れて...何事もなかったかのように中学校生活を送ってた...。そのっちがひとりぼっちなのに、近くに寄り添うこともしないで....。............私は、私はなんて酷なことを...!!」

 

須美は膝の上で拳を握りしめ、涙をこぼす。

 

「...わっしー、しょうがないんよ~。...散華には、神樹様には、逆らえないんだから。だから気にしないで。大丈夫だから。...今となっては別の未来の話だしね~。」

 

園子はゆっくり須美に近づき、優しく抱いてあげた。

 

「........私は、わっしーが元気に過ごしてくれててとっても嬉しかったよ~。中学生のわっしーと初めて会ったときにね、わっしーは中学でできた親友と一緒にいて、周りの友達にも恵まれて、ちゃんと学校生活も両立させてて........すごく幸せそうで嬉しかった。」

 

その言葉に嘘はなかった。すべて本心だ。が、園子は初めてそのとき思っていた自分の気持ちを付け足した。

 

「けどね........同時にすっごい羨ましいな~って...思っちゃったんだ...。私もわっしーと一緒に中学生活を送りたかったな~って、友達作って普通の生活してみたかったな~って........思っちゃったんだ。」

 

「...!」

 

「お役目さえなければ...バーテックスさえいなければ...ミノさんも生きてて、私もこんな目に遭わなくて、わっしーも記憶を失わずに済んだ。三人で過ごす幸せな未来が待っていたはずだった...!」

 

「でも園子........お役目がなきゃあたしたちそもそも関わってなかったよな。...なかったらなかったでそれは...」

 

「そうだよねミノさん。...本当その通り。だから複雑な気持ちでね~...。」

 

園子は須美から離れるとその場で立ち上がり、自分の手のひらを見て言った。

 

「だからこのタイムリープの力には本当に感謝してる...なんで起こったかまだわからないけど、人生やり直しできるなんてこれほど恵まれてるのは世界に私一人だけだよ。」

 

園子は二人の手を取ると、自分に近づけて強く、強く抱きしめた。もう離さないと言わんばかりに抱きしめ、声を震わせながら言った。

 

「これで........私が抱えてる気持ち、全部吐いたよ...。みんなにぶつけた...。...受け止めてくれてありがとう。一緒に痛みを共有してくれて........ありがとう...!」

 

須美も銀も黙ったまま園子を受け入れた。一方安芸は微笑みながら、その情景を見ていた。

そして二人は『満開』の実装を受け入れ、近日その儀式を行うこととなった。

 

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流れ落ちる滝、透き通った水、清められた神聖な聖域....三人は『満開』を扱うための精霊親授の儀を行うため、大赦敷地内の滝に打たれて体を清めていた。

 

「...。」

 

「...。」

 

「...。」

 

清め終わった後、滝から出た三人は巫女たちによって正装に着替えさせられ、差し出されたスマホを受け取った。その途端、空中にパッと精霊が現れる。

 

「!これが...精霊...。」

 

「おぉ...かわいいな...!」

 

精霊は三者三様の姿をしていた。どれも大きさは同じくらい。小動物のような見た目だが、不思議な雰囲気を醸し出している。

 

「ミノさんの精霊...初めて見たけどかわいいね~!」

 

「鈴鹿御前って言うらしいぞ。...よろしくな!」

 

銀はそう言って精霊に挨拶する。

 

「これで...いいんだよね...。」

 

園子はいまいち自信が持てなかった。満開が実装され、もう体の機能を失わなければいけないことが確定した。これから二年以上、不自由な思いをしなければならない。だが逆に、実装されたことで死ぬことは絶対にない。つまり、銀も須美も少なくとも天の神との戦いが終わった後に何かしない限りは死ぬことはないのだ。お役目で命を失うことは絶対にない。そこだけは安心できた。

 

「これしかないんだろ?園子。だから胸張れって!」

 

「そうよ。私たちだって、その覚悟はしたんだから。」

 

髪がなびくくらいの優しい風が吹く。その言葉を聞いた園子は大きく頷いた。

 

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大赦本部 神官会議

 

「もちろん、勇者様たちには話しておられませんな?」

 

「はい...。」

 

「全く、彼女たちには残酷な話ですが世界を守るにはこれしか方法がないのです。神樹様に体を捧げ、代わりに強大な力を得る...そうして戦わなくてはバーテックスに勝てないのですよ。」

 

「ですが........本人たちに何も話さないというのは...。」

 

「そんなことを知れば、嫌がって戦わなくなることくらい目に見えるでしょう?勇者様はまだ小学生です。そもそも、そんな判断簡単に下せないでしょう。」

 

「それでも...使うのは彼女たちなんです...。やはり当の本人たちが何一つ知らないなんて...!」

 

安芸がそこまで言ったとき、その部屋にいる神官たちが一斉に彼女を見た。無言の圧力というものだ。

 

「これは決定事項なのです。勇者様たちには絶対に教えてはなりません。...あなたには、勇者様のご家族に満開の副作用をお伝えしてもらいます。わかりましたね?」

 

これ以上逆らうと自分の立場が危険だと感じた安芸は組織に従うしかなかった。立場が危ぶまれれば園子たちと離れなくてはいけなくなるかもしれない。重要な大赦の情報を掴むのも難しくなるだろう。

 

「........はい。」

 

深く礼をし、受け入れた。できる限り交渉してみたもののやはりダメだった。大赦は園子たちに喋る気は毛頭なかった。その気持ちが変わるのも決してなかった。

 

(やっぱり大赦は........乃木さんの言う通り...。)

 

 

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後日、安芸は先日の大赦内での話を園子に話した。

 

「そうですか~...やっぱり大赦の人たちは私たちに喋る気はないんだね~。せっかく安芸先生が頭下げて頼んでくれたのに...。あの人たちには直接話してもらいたかったな~...。」

 

「ごめんなさい乃木さん...私に力がないから...。」

 

安芸は少しだけ頭を斜めにして園子に謝った。

 

「いいんですよ~。私は、『満開』のことを安芸先生が正直に話してくれただけで嬉しいですから~!」

 

「乃木さん...!」

 

「このことは、ミノさんとわっしーにも伝えておきますからよろしくお願いします~。」

 

「...ええ。『満開』の実情は、秋頃にご家族にお話しろって言われたから...それもわかっていてちょうだい。」

 

「秋頃...ちょうど最後の戦いが来るあたりだね~。わっしーの家族も事前に知ってたんだな~...。それは知らなかったよ...。一体どんな気持ちだったんだろ...。」

 

 

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「二人とも、ちょっとお話いい?」

 

放課後、三人は学校近くの河原で遊んでいた。

 

「そのっち?...いいわよ!........けど...」

 

「おおっ!うおっ!すごいなお前!こんなことまでできるのか!」

 

銀は精霊と一緒に遊んでいた。お世話するのが楽しいらしい。

 

「こら銀!精霊をむやみやたらに出しちゃダメでしょ?誰かに見られたら...」

 

「だいじょーぶ!精霊はあたしら以外には見えないんだろ?それに、今この辺人の気配もないしさ!」

 

「もう...。」

 

須美は呆れて頬を膨らます。それからすぐに銀は満足したのか、精霊をスマホに戻すと園子に近寄った。

 

「んで、またまたお話だったな。」

 

「もうこの雰囲気にも慣れっこね。」

 

「うん、そうだね~。それでなんだけど...今日実は安芸先生が大赦でね...」

 

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---

 

「そっか........大赦は相変わらず頭がお堅いな。」

 

「........そんなの...頼んでもダメだなんて...!大赦には本当に失望したわ...!」

 

「ま、大赦ってのはそういう人の集まりだからね~。私はよく知ってる。........もしかしたらって思ったけど、その考えは浅はかでした~」

 

須美は大赦への信用を失い、銀は少し残念そうにしていた。対して園子はすべて予想通りというような余裕の表情を見せていた。

しかし、その表情も次の銀の発言で一瞬で消えることになる。園子の話が終わると、須美と銀が神妙な面もちでアイコンタクトをした。そして銀がこう呟く。

 

「あのさ........あたしらも園子に話があるんだ。」

 

改まった態度の二人を見て園子はポカンと口を開けたまま聞いた。

 

「園子........お前、未来に帰ってくれないか...?」

 

「........。え...?」

 

園子は一瞬頭が真っ白になった。『未来に帰れ』二人はそう言ったのか。なぜそんなことをいきなり...。

 

「それって...どういう...」

 

「頼む!...あたしら二人からのお願いだ...。」

 

「ごめんねそのっち...けど、お願い...!」

 

園子の言葉を聞かずに、二人は深々と頭を下げた。

 

(第24話に続く)




ついに『満開』が実装されました...。『鷲尾須美の章』もついに大詰めと言ったところでしょうか。大橋最終決戦編は他と比べて少し長くなりそうです...w
どうかこれからもお付き合いください!では次回の更新でお会いしましょう!


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【第24話】What is an ideal

 

「未来に帰ってくれって...どいういうこと..?もしかして私のこと嫌いになっちゃったの...!?」

 

深刻な顔をして聞いてくる園子。それを見た須美と銀は、

 

『あはははははははっ!!!』

 

と腹を抱えて笑った。

 

「ええっ!?なになに!?」

 

「あはは!...園子違うって。満開が実装された後の未来はどうなってるか知りたいなって思ったから頼んだだけ!そんな風に思うなんて...フフフ...おもしろい...!」

 

「ふふ...。もしかしたらそのっちがまた苦しい目に合うかも知れないから申し訳ない気持ちで頭を下げてお願いしたのよ。そもそも、私たちがそのっちを嫌いになる理由なんてないじゃない!」

 

「そうだぞ!あたしらは園子が大好きだ!嫌いになるなんてありえん!!」

 

銀は自信を持って『えっへん』と胸を張る。

 

「なんだ~....よかった~...。でもまあ、確かに確認は大事だね。せっかく使える力なんだから、存分に使っておかないと!」

 

園子はその日のうちに三ノ輪家に寄り、鉄男と接触した。一緒に来た銀と須美にタイムリープする瞬間を見られてしまったが、今更トリガーが鉄男であることを二人にバレても問題はないと判断した。

 

 

バチっっっ!

 

 

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------

 

--

 

「........っち........のっち........そのっち!」

 

「ん...むにゃ...?」

 

園子が眠たい目を無理やり開けながら顔を見上げると、そこには須美が教科書を持って立っていた。いや、須美というよりも『東郷美森』と言った方が正しいだろうか。

 

「もうお昼休みも終わりよ!次は移動教室だから早く起きて~!」

 

「わ、わっしー...?」

 

「え?」

 

「わっしーが....生きてる...!」

 

園子は涙目になって東郷の手を強く握った。

 

「ちょ...そのっち....どうしたの?」

 

「............いや...ひどい悪夢を...見ていただけなんよ~」

 

その時、その言葉を聞いて東郷がピクッと反応した気がした。

 

「あんたら...手取り合ってなにしてんのよ...。」

 

「あっ、夏凜ちゃん...。」

 

「えっ!?にぼっしーもいる!?」

 

「『いる』って...失礼ね!毎日いるじゃない!」

 

なんとそこには夏凜も平然として存在していた。ということは銀は...?園子は少し心配になる。

 

「東郷さ~ん!夏凜ちゃ~ん!そのちゃ~ん!みんな準備できた~?」

 

「...園子のことだから、ギリギリまで寝てたんだろ?」

 

と、後ろから二人に声をかけられる。聞き覚えのある声に、園子はすぐバッと振り返った。そこにいたのは友奈と銀だった。園子は大きく目を開け、その場で固まる。

 

「ほら、準備できたなら行くわよ。.......ってあれ、園子?」

 

夏凜が移動するように急かすが、座ったまま動く気配がない園子に気を止める。その様子を見た東郷と銀は園子の前に立ち、

 

「お~い園子~?」

 

「大丈夫そのっち?まだ眠いの?」

 

と顔を覗かせて声をかけてきた。中学生の姿をした、讃州中学の制服を着た二人が目の前に立っている。自分の間近に立っている。園子は思わず心の声が出てしまった。

 

「やっと........やっと...成功した........?」

 

『...!』

 

間近にいた東郷と銀は、園子がボソッと呟いた言葉を聞き逃さなかった。

 

「なによ園子、どしたの?早く行くわよ。」

 

「........。...夏凜ちゃん、ここは東郷さんと銀ちゃんに任せて私たちは先に行こっか!」

 

「えっ?ちょおっ........!」

 

「ほらほら行くよ~!...じゃあ三人とも、お先に失礼しま~す!」

 

友奈は何かを感じ取ったのか、その場を三人だけにし、夏凜の背中を押して移動先の教室に向かった。

 

「園子......お前、もしかしてあのときの園子か...!?」

 

「え...?」

 

「いつしかいたわよね?...未来から来たそのっちが。........あのときの、三年後のそのっち?」

 

「あ........覚えてるの...二人とも...?三年前の話を...?」

 

「ああ!もちろんだとも!やっぱり未来の園子なんだな!あ、いや...今となっては今の園子か...。ん?...じゃあ昨日までの園子は...」

 

「銀、ややこしくなるから考えるのはやめときなさい...。」

 

「えへへ...は~い!」

 

「それにしても、あれから三年経ったのね...いつかまた会えると思っていたけど、それが突然今日だなんて...!」

 

「ホントだよな!あたしも須美も、今こうしていられるのは園子のおかげなんだからな!」

 

「二人がいてよかったよ本当に...!私いま最高の気分だよ!...やっとできたんだ、やっと...!」

 

園子は小さくガッツポーズする。でも二人にいろいろ聞きたいことがあった。特に聞きたかったのは三年の間にあった様々ないきさつだ。なぜ銀がいるのに夏凜が讃州中学にいるのか。それも気になる。

 

「.......聞きたいこと、たくさんあるだろ?三年もいなけりゃいろいろと変わるもんだ。今の園子は浦島太郎みたいな感じだな。」

 

「でも........もうチャイム鳴っちゃうわ。」

 

「いいじゃないかたまには...。授業の一時間くらいサボるのも...」

 

「そんなこと絶対にダメよ、銀!友奈ちゃんたちもきっと私たちを待ってるし心配してるわ!」

 

「ぅぅ........須美には敵わんなぁ...そういうことだから園子、悪いけど詳しく話すのは放課後...」

 

「ちょっと待ちなさい。」

 

三人の会話に割り込む、第三の声。園子はその声にも聞き覚えがあった。

 

「えっ!?芽吹ィ!?もう移動したんじゃ...てか授業始まっちゃうぞ!!」

 

「園子には私から話しておく。あなたたちは授業に行きなさい。」

 

「はあっ!?私から話しておくって...お前、園子がタイムリープしてることを...!?」

 

「それはまた後で詳しく話すから。早く行きなさい。」

 

「でも...。」

 

「いいから!ここは任せて。」

 

芽吹はなんとかして二人を移動先の教室に行かせると、誰もいないクラスの自分の席にズッシリと腰かけた。

 

「なんで...?....その制服、それにここにいるってことは...メブーまで讃州中学に...?全員揃ってる...?」

 

「ええ。全くその通りよ。」

 

芽吹はそう言うと、笑顔になって園子に手を差し出した。

 

「やっぱり園子、あなたって本当にすごいわ。本当にやってくれたわね!...今までお疲れ様。」

 

「え...?」

 

「ここは、まさにあなたが思い描いた世界。みんなが幸せな生活を送っていて、わいわい部活やって、元気よく学校に通ってる...。全員生きてる。あなたの理想の世界。」

 

芽吹の言葉を聞いているうちに自然と涙が流れてきた。ここまで本当に苦しかった。とても長かった。何度も悩んだ。何度も絶望を見せられた。人の苦しそうな顔を見た。それらからやっと解放されたんだ。自分のやりたいことを、先祖代々からの因縁に片を付けられた。最後までやり遂げられたのだ。

 

「おめでとう園子。あなたの...勝ちよ...!!」

 

「ホント...?ついに達成できたの...?」

 

「そうよ。もう大丈夫。......今までつらかったわよね。ご苦労様...。」

 

園子はやがて号泣し、その場に崩れ落ちた。芽吹はすぐさま園子に近寄り、背中をさすってやった。園子の嗚咽と一緒にチャイムが鳴る。授業が始まってしまったらしい。

 

「ぐすっ.......あ...チャイム...。」

 

「行かなくていいわ。」

 

「え...でも...。」

 

「あなた、気になってるんでしょ?すぐさま知りたいに違わないわよね。...なぜ東郷と銀が生きているのに、みよ...こほん、夏凜と私が讃州中学にいるのか。」

 

「...!」

 

「ここまでのいきさつ、全部話してあげる。」

 

二人は授業をサボり、園子は三年の間になにがあったのかすべて芽吹から教えてもらった。満開が実装された後、本来の歴史通り東郷は記憶を失い、讃州中学に入学した。一方園子と銀は大赦内で祀られていたらしい。同部屋だったのと、完全に動けなくなるほど散華しなかったためまだ気持ちは軽い方だったらしい。そして夏凜と芽吹がなぜ讃州中学にいるのかだがそれは園子と銀が現勇者たちに対し、少しでも戦力を増やしてあげたいと願ってスマホを大赦に寄付したからだった。勇者候補のトップだった夏凜と芽吹は無事その選考に受かり、完成型勇者として園子と銀の端末を受け継いだ。そうして讃州中学に入ったらしい。やがて、散華から解放された銀と園子は普通の生活に復帰。東郷のいる讃州中学に途中入学した。

 

「ま...私が知ってることはこれくらいかしらね。」

 

「ありがとう~とってもわかりやすかったよ~!........でも、よくここまでの情報を集められたね~?私がこっちに帰ってきてこんなすぐに...。」

 

「それが...私も不思議なのよ...。いきなりこの記憶が飛び込んできたの。........今までこんなことなかったのにね。」

 

「ふ~ん...それは気になるねぇ...。」

 

今までのタイムリープの特徴として、園子を除いてタイムリープのことを知っている人物は未来が変わった瞬間がわかる。知っている人が突然消えたりいつの間にか違う場所にいたり...園子が過去を変えたからそれに伴って未来も変わるからだ。しかし、今までその未来になるまでの過程の記憶が残っているなんてことはなかった。

 

「...私も引っかかってるわ...。これは友奈もそうなのかしら...?でも、良い未来になったことは変わりないんだし、きっと大丈夫よ!」

 

「うん...そうだね...!そう...だよね...。」

 

以前の風のこともあった園子はまだ少し不安だった。

 

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時間は過ぎ、放課後。感覚的には久しぶりに部活へ行く園子はこの時間を楽しみにしていた。芽吹と共に向かい、ガラッと部室のドアを開けて入室する。

 

「あっ!...園子ぉ!五時間目サボったわよね!?芽吹も!!」

 

そう言ってつっかかってきたのは夏凜だ。

 

「えっ!?...お二人ともサボったんですか...!?」

 

奥で何か作業をしていた樹も声をかけてくる。

 

「違うのよ夏凜、樹!........園子が具合悪そうにしてたから付き添いで...ね...?」

 

「!?........そ、そうなんよ~!なんかあのとき頭痛くってね~...あ、もう大丈夫だよ!」

 

園子は芽吹のアドリブに一生懸命合わせた。

 

「確かに様子はおかしかったわね...。ごめんなさい、大丈夫...?寝過ぎとかかしら...?」

 

園子は本当に心配してくれている夏凜に悪いと思った。心の中で謝ると、後ろからまた部員が大勢やってきた。

 

「みんなこんにちは~!!今日も勇者部ファイト~!」

 

「ファイト~!!」

 

「ふふ、銀も友奈ちゃんもいつも通り元気でなによりだわ!....ふぁいと~」

 

友奈、東郷、銀も到着し、部室が賑やかになる。

 

「さて...これで全員かしらね。」

 

「そうだね夏凜ちゃん。...では樹部長!お願いします~!」

 

友奈にそう言われ、樹は前に立たされる。

 

「え、えっと........もうすぐ仮入部期間中が始まります!勇者部もなんとしてでも新しい部員が欲しいところです!」

 

「勇者部の活躍は世に轟いている........きっと人気間違いなしだな!」

 

「けど銀、人気が出過ぎて入れない人が出てしまう可能性もあるわよ?」

 

「...私は、男子の部員もアリだと思ってるわ。気弱な男子たちに勇者部のボランティア精神と熱血を叩き込んでやるの!」

 

「にぼっしー怖いよ~...。」

 

どんどん話は膨らみ、やがて脱線して部室内が騒がしくなる。

 

「ちょ、ちょっと皆さん静かにしてください!!!」

 

『うっ...!は~い...。』

 

樹が怒鳴ったことにより、ようやく収まった。

 

「いいですか、今日は部員勧誘のための作戦会議です!...もしも入部希望者が少なかった場合、奥の手がなにもないというのはいけないと思ったので!」

 

「やっぱり勇者部が求めるのは強い正義感を持った精神と寛大な心だと思う。...その志を持った生徒を探すべきだと思うわ。」

 

「右に同感!」

 

「芽吹先輩...何かの試験じゃないんですから...。東郷先輩もノリに乗らないでください...。」

 

「私は誰でも入れて、元気よく活動してる部活ですっー!って素直に言えばいっぱい集まると思うよ!誰でも何人でも大歓迎!!」

 

「いや友奈、大ざっぱすぎだわ....」

 

すかさず夏凜のツッコミが入る。園子は話し合いの風景を見ていて圧巻されていた。

 

(これだよこれこれ...!ボケ役とツッコミ役が見事にわかれてる...!完璧なチームプレー!パーフェクトな言葉のキャッチボール!!)

 

もはや芸術。話し合いに入るどころか園子は久しぶりの部員の会話を聞いて楽しんでいた。

 

「なぁ、園子は良い案あるのか?」

 

と、いきなり銀に話を振られる。

 

「そうね。園子ずっと黙ってたじゃない。」

 

夏凜もそう言い、みんなの視線が一斉に園子の方に向く。

 

「わ、私!?えっと.......えっとね...。」

 

園子がもごもごしているとそこへ...

 

「ようよう勇者部諸君!私のかわいい後輩たち!元気にやってるかっー!?」

 

と言ってズカズカと部室に入ってくる女性が一人。彼女は私服でパンパンのビニール袋を持っていた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

「よっ!樹!部長はしっかり務まってる?」

 

「あんた...ほとんど毎日来るわね...。」

 

「なによ~本当は夏凜も嬉しいんでしょ~?」

 

「なっ...!」

 

「あはは、ま...こんだけ来れるのも多分今日が最後よ。明日から高校始まっちゃうからね~。春休みももう終わりよ。...明日からバラ色の青春生活が始まるんだわ~...!」

 

浮かれている風に対し、一同は悲しそうな顔をする。

 

「ん?...みんなどうしたのよ?」

 

「風先輩...もう来れなくなっちゃうんですね...。」

 

友奈はうつむいて言う。

 

「もう!ほら、そんな顔しないで友奈!...みんな私がもう来なくなると思ったの?たまには顔だすから!だから元気出しなさい!」

 

「風先輩...!」 

 

友奈は少しだけ明るい顔になり、風に寄った。

 

「ふふっ...私もここが大好きだからね。みんなのことも。」

 

風は友奈にしか聞こえないくらいの声でそう言った。

 

「風先輩...あなたには本当にお世話になりました。途中入部にも関わらず、よくしてくれて...。」

 

「芽吹!堅すぎよ!もうお別れムードとかやめて!?」

 

「ま、私もあんたには感謝してるわよ...。」

 

「え?今夏凜なんか言った?」

 

「なあっ...!絶対聞こえてたでしょ!?」

 

「いやぁ、本当に聞こえなかったって!みんなもそうでしょ?」

 

風の問いに一同は大きくうなずく。そしてみんなの視線が一気に夏凜に集まった。

 

「ほらほらぁ、もう一度言ってごらんなさいよ~」

 

「うっ...!ぅぅ...ああ、もういいわよ!」

 

『えぇ~...。』

 

「なによみんなして!さすがに恥ずかしいわ!」

 

「え、なに?恥ずかしいことなの?」

 

「...っ!!もう風、いいって言ってるでしょ!さっさと帰りなさい~!」

 

「ええっ!?今来たばっかりじゃな~い!!」

 

その後、風が持ってきた差し入れを食べながらみんなでわいわい昔話で盛り上がり、あっという間に一日が過ぎた。

 

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下校の時間になり、園子は銀と芽吹とともに帰り道を歩いていた。

 

「いや~!今日は楽しかったね~!」

 

「ほんと、懐かしい話ばっかりだったな~。........新入部員加入の件は全然話し合えなかったけど...。」

 

「........。」

 

芽吹は黙ったまま、ずっと真剣な顔をしていた。凛々しい顔が夕日に照らされる。そんな芽吹が気になった園子は、彼女に話しかけてみた。

 

「メブー...?大丈夫?」

 

「あ........あぁ...。」

 

「そういや芽吹こっちでいいのか?お前、確か夏凜とルームシェアしてるんだよな?だから家も一緒だろ?」

 

夏凜兼芽吹の家があるのは園子たちとの家とは反対方向だ。後から聞いた話によると勇者のお役目として大赦から派遣されたときに、二人で同じ部屋に暮らすことになったらしい。最初は考え方の相違により、ケンカが絶えなかったそうだが時間と勇者部との出会いがきっかけで彼女たちは変わったらしい。おかげで今は親友同士だ。

 

「帰りにね、ちょっと寄りたいところがあって...あ、ちょうどここでお別れよ!また明日...。」

 

「えっ?お、おい!」

 

銀の質問にろくに答えず、芽吹は何かを隠しているようにそそくさと走っていった。その際、芽吹はさり気なく園子に耳打ちをした。

 

「明日の放課後、時間とっといて。」

 

そうとだけ残し、二人の前から姿を消した。

 

「!........メブー...。」

 

「一体どうしたんだろうな、あんな急いで...。あ...それより、今の園子は未来の園子だったんだな!いろいろとなにがあったか教えてやるよ!」

 

「あ~...メブーから全部聞いたから大丈夫~。」

 

「えっ...?.......やっぱり...芽吹もお前がタイムリープしてたの知ってたのか...。」

 

「あれ?知らなかったっけ~?」

 

「いやいや初耳だよ!あっ!もしかして未来で園子に協力してたのは芽吹...?未来の仲間の一人か!そう考えたら勇者部のみんなも...!?」

 

「まぁ、だいたい合ってるね~。タイムリープのこと知ってるのはゆーゆとメブーだけだけど~」

 

「そいつは驚いた...!」

 

「あ、来たよ~」

 

園子が手配した車がようやくやってきた。さすがに大橋方面まで歩きで帰るのは現実的ではない。そのため、帰りは毎日中学校の周辺に自家用車を来させるようにしていたのだ。園子は銀と共に後部座席に乗り、家に帰った。今考えてみれば銀を自分の車に乗せるのも初めてだった。

 

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翌日。この日は休みの日だったが部活があった。新生勇者部となった後も、依頼は全く絶えていなかった。風は休みの日にも関わらず入学式。そんな風の晴れ舞台のために樹は部活を休んだ。

 

「今日は樹ちゃんがいないから私たちだけでがんばろう!勇者部ファイトー!」

 

友奈は今日も元気いっぱいで拳を突き上げる。

 

「本当にあたしらだけで大丈夫か...?そういや副部も決めてなかったし、まとめる人いないぞ?」

 

「適任って感じの人がいないね~...。」

 

「なに言ってるのよ、こういうのはそのっちが向いていると思うわ。」

 

東郷はニコニコして園子を見る。

 

「ええっ!?私~!?」

 

「確かに、三年前はあたしらをまとめてたリーダーだったわけだし...この中では一番マシかもな。」

 

「ええ~責任重すぎるよ~にぼっしー助けて~!」

 

「........。」

 

夏凜はボッーとしていて上の空だ。

 

「お~い夏凜~?夏凜~!」

 

「夏凜ちゃ~ん!お~い!!」

 

「あ........なに、二人とも...。」

 

友奈と銀の呼びかけに対しても、元気がない。

 

「........。そう言えば、芽吹ちゃんがいないね?」

 

「あら、本当。気づかなかったわ。夏凜ちゃん、芽吹ちゃんは風邪でもひいたの...?」

 

東郷の問いに、夏凜はゆっくりと首を横に振った。そして一言、呟く。

 

「昨日から........帰ってないの...。」

 

「........え?」

 

一番不穏に思ったのは園子たった。昨日の芽吹のこともあり、それはとても気になる話だった。

 

「あいつのことだから...夜遅くまで体鍛えてるんだろうなって思ってその日は寝たんだけど、今日の朝になっても布団は敷かれてなくて...。畳んで先に部活に行ったのかなって思ってみたけど、それも違ったみたいで...それから連絡もしてみたけど全然...。」

 

「それってつまり...芽吹ちゃんはいなくなっちゃったってこと...?」

 

「行方不明...!」

 

みんなは一斉に芽吹に連絡してみた。しかし、どの携帯も反応を示さない。

 

「これ...結構ヤバいやつだよな...。」

 

「すぐさま捜しましょう。そして警察にも連絡、夏凜ちゃんは同居人として事情聴取を受けて。」

 

「わかったわ...東郷...。」

 

「あたしと園子も警察に行くぞ。たぶん、最後にあいつと会ったのあたしたちだと思うから...。」

 

夏凜は小さくうなずくと、少し猫背になりながら立ち上がった。

 

「それじゃあ友奈、東郷...どうかよろしく...!お願い、芽吹を見つけて...!」

 

「任せといてよ夏凜ちゃん!きっと大丈夫だよ!あのすごく強い芽吹ちゃんだよ?なんにもないに決まってる!すぐに見つけてあげるから、夏凜ちゃんは安心して!」

 

「友奈...!ごめん.......みんな...。私が昨日のうちにみんなに言っていれば何か変わったかもしれないのに...!」

 

「過去のことを振り返ってもしょうがないわ。とりあえず今は、夏凜ちゃんのすべきことをやるのよ。」

 

東郷は教えを説くようにそう言い、友奈と共に部室を出て行った。一方、夏凜、銀、園子は警察へと向かい、捜索願提出と情報提供を行った。そしてその後、夏凜たちも芽吹捜索に加わった。

 

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あれから時は経ち、日が沈みかけている。部員たちは二グループに分かれて捜索を続けていた。みんなでよく行く場所や芽吹のお気に入りの所などいろいろなところを捜したが、手がかりすらも全く見つからなかった。また、一日中街を走り回っていたため全員疲弊していた。

 

「友奈ちゃん、一回休みましょう...?私たち、もう一日中捜し回ってるわよ...?」

 

「まだ...まだだよ東郷さん...!今度はあっちに行ってみよう!」

 

「でも友奈ちゃん...!このまま続けたら体に悪いわ...!」

 

「私は大丈夫だよ!...それに私、諦められない。絶対今日中に見つけてあげるからね...芽吹ちゃん...!」

 

そう言って友奈はまた走り出す。

 

「あっ...!...そうだ、私だって...友奈ちゃんに負けてられないわ...!友奈ちゃんが頑張ってるんだから、私も!」

 

東郷は一生懸命友奈の後ろをついていった。

 

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それでも尚、芽吹は見つからない。警察からも有力な情報は得られなかった。部員たちは一度、ある公園に全員で集まって作戦会議をすることにした。

 

「そのちゃん...そっちはどう...?」

 

「こっちはまだなにも...。...ゆーゆとわっしーの方は?」

 

「こっちも一切見情報ナシ...。」

 

しばし沈黙が続き、一同は目を細めて黙りこくる。

 

「誰か........いっつんには連絡した...?」

 

園子のその質問に誰も答えない。樹には全員誰も知らせていないようだった。

 

「樹は今日...風の入学式でいなかったんだから...。せめて今日だけはたった一人の家族のために...そっちに集中してほしくて...。」

 

夏凜はいつになく元気のないボソボソ声でそう言った。そんな夏凜を見た友奈は彼女の手を取り、

 

「一回夏凜ちゃんたちの家に行ってみよう!もしかしたら芽吹ちゃんしれ~っと帰ってきてるかも!」

 

と言った。

 

「そ、そうね...。行ってみる価値はあるかも...!これでもし何事もなかったかのように家に居たらどうしてやろうかしら。」

 

夏凜はなにか企んでいるような悪い顔をしてそう言った。友奈のフォローのおかげで少しだけふざけられるくらいの元気が出たみたいだ。二人はそのまま夏凜の家に向かい、その場には園子、東郷、銀の三人だけが取り残された。

 

「........あたしら...だけになっちゃったな。」

 

「...二人とも、少し休憩しましょうか。今日一日中ずっと走り回ってたでしょう?」

 

「うん...。そうだね。」

 

三人はブランコに腰掛ける。そして沈みかけている夕日をボッーと眺めていた。

 

「考えてみたら...私たち三人だけになるのも久しぶりね。」

 

「...そうだな。中学に入ってからは勇者部のみんなと一緒にいることが多くなったんだし。」

 

銀はそう言うとブランコをこぎ始めた。そのブランコは少し錆びているらしく、動く度にギィギィ音を立てる。

 

「........ねぇ、二人とも覚えてる...?三年前の夏頃、みんなで自分の夢言い合ったよね~。」

 

「そう言えばそんなこともあったわねぇ...。よく覚えてるわ。」

 

「あ、あはは...あれか...。ちょっと恥ずかしかったやつだな~...。」

 

「!...おお、ちゃんと二人とも覚えてるんだねぇ~...!」

 

二人ともかなり鮮明な記憶を持っていたため、園子は驚いた。

 

「.............あの時から夢、変わってない?二人とも。」

 

「........。」

 

「........。」

 

二人はその質問になかなか答えなかった。園子にはそれがなぜかちょっとわかる気がした。

 

「まぁ........確かに...。母国に対する愛は変わらず...いや、さらに深まってはいるから私は変わっていない、かな...?」

 

「........。私もね~、今もまだ小説は書き続けてるし...二人がモデルの小説も...。」

 

『ええッ!?私たちがモデル!?』

 

銀と東郷は声を揃えて驚いた。見事にハモっていたため、それがおかしくなって三人ともアハハっと笑った。

 

「銀は...?」

 

「........。えっ...?」

 

「銀は........変わってないの...?」

 

「あ、あたし...?あたしは...。」

 

すると銀はブランコをこぐのをやめた。銀の顔はカアッと赤くなり、モジモジしている。そしてボソッと呟いた。

 

「あたしも............変わって...ない.......、かな...。」

 

と言った。

 

「え?なんて?」

 

「も、もう言ったぁ!二度目は言わないからな!恥ずかしいから!」

 

「ムフフ~。ちゃ~んと私には聞こえたよ~?」

 

「そのっちだけずるいわ!教えて教えて!」

 

「だあっ!!それはダメだぞ須美!そもそも思春期真っ只中のか弱き女子中学生にこんなこと言わせんなぁっ!」

 

「ほほう~........?ということはつまり...。」

 

「はっ...!しまった言い過ぎた...!」

 

「それはそれはいいことですわ、銀さんや~!」

 

東郷に弄ばれ、銀は悔しそうにしながら頬をぷくっと膨らませ、また顔を真っ赤にさせる。

 

「くうっ........!コラっ!許さんぞ須美~!」

 

「捕まえられるもんなら捕まえてみなさ~い!」

 

キャッキャッと二人は追いかけっこを始めた。逃げる東郷とそれを追う銀。園子は笑いながらその情景を見ていた。一日中捜し回っていたというのに、その疲れが嘘のように走っていた。

 

(あぁ...幸せだ...。メブーの言うとおり、ここは本当に私の理想の世界なんだ...。........よし...!)

 

園子はダンッとブランコから立ち上がる。ついに捕まった東郷は銀とプロレスごっこを繰り広げている。

 

「二人とも!もうひとがんばりしよう!...絶対メブーを今日中に見つける!」

 

と二人に呼びかけた。園子の唐突の発言に、二人はお互いの体が絡み合ったままキョトンと固まった。

 

「...そうね!がんばりましょ!」

 

「くう~...!!この件はまた後日だ!覚えとけよ~?須美~!」

 

「...!........まだ許さないというの...!?もうお願いだから勘弁して...。」

 

「いやダメだ!あたしの怒りはまだまだ収まらな~い!」

 

「ほら、もうそこら辺にしといて二人とも行くよ!!」

 

園子はまるで二人のお母さんのような口調でそう言い、三人は公園をあとにした。

 

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------------

 

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結局、この日中に芽吹を見つけることはできなかった。家にも戻った形跡はなかったらしく、そのまま夜になってしまい部員たちは家に帰ることを余儀なくされた。その日は警察に任せたが、未だ連絡はない。園子は芽吹のことが心配で心配でよく眠れなかった。

 

「ふぁ~...むにゃむにゃ...。」

 

「あら、園子。昨日は眠れなかったの?いつもより眠そうじゃない。」

 

「あ、お母さんおはよ~...。うん...眠れなくってね...。」

 

「また夜遅くまで小説描いてたんじゃないの?朝ご飯もうそこにあるからそれ食べて。私はもうお仕事行っちゃうからよろしくね?」

 

「ふぁ~い...。」

 

園子の母親はそう言って家を出て行った。いつものことだ。父親なんて普段顔を合わせることはない。大赦のトップはそれだけ忙しくて大変なんだろう。園子はいつもの日常のようにテレビをつけ、朝ご飯を食べ始めた。放送されているニュースは芸能人の結婚やゴシップ、政治問題など様々だ。と、そこで流れてきたあるニュース。こんなニュースは滅多にないから目についた。

 

『昨夜、愛媛県某所の廃工場にて未成年の女性のバラバラ遺体が発見され、警察は捜査を進めています。』

 

「バラバラ遺体...?こんな物騒なニュースなかなか聞か...」

 

と、次に流れてきたアナウンサーの発言で、園子の思考は停止した。カランコロンと箸を床に落とし、口をポッカリ開けて体の動きが止まる。園子が聞いた言葉は、

 

『身元の所持品から、遺体は香川県讃州市に住む楠芽吹さん14歳と見られ........』

 

と言ったものだった。そこからはニュースの音声が耳に入らなくなり、園子はすっかり混乱してしまった。

 

(え........?今、なんて...?............嘘...嘘だ...ありえない...!メブーに限ってそんなこと...。だってメブーすごく強いし、こんなことされる筋合いだってなんにもない...。私の、私の聞き間違いだよね...?)

 

そう思って園子はまたニュースに聞き入る。

 

『楠芽吹さんは一昨日の夜から行方不明となっており、警察に捜索願が出されていました。』

 

間違いなく言っている。特徴も、何もかもすべてが噛み合っている。

 

(やだよ...やだよそんなの...!全部終わったんじゃないの....?ここは私の求めてた理想の世界なんじゃないの!?......なんでメブーが殺されなくちゃいけないの....!?...こんなひどい殺され方しなくちゃならないの...!!)

 

園子は家を飛び出た。スマホを確認したが、夏凜からも誰からの連絡もない。園子はとりあえず夏凜の家に向かうためにとにかく走った。

 

(守れなかったの...?また失うの...?どうして...どうしてっ...!?また私の友達が、大切な人がっ...!)

 

園子は走っている途中でこけてしまい、派手に倒れた。そして、痛みではなく悲しみとつらさによる影響で大粒の涙がこぼれ始める。園子は何度かアスファルトの地面を殴った。

 

「うっ...うっ...うわあああああああっ~...!!ああああああああっ~...!!!」

 

絶頂の幸せから突き落とされたどん底。園子は再び思い知った。この世界は残酷なのだということを...。

 

(第25話に続く)




今までで一番良かった未来にも関わらず、また歯車が狂い始めました...。一体なにが原因なのか、未来で起こっていることはなんなのか...。
おそらく誰にも想像がつかない展開を考えております(笑) どうぞこれからもお楽しみいただけたら幸いです。


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【第25話】Space Time Distortion

 

ピンポーン

 

園子は夏凜の家のインターホンを押し、何度か扉をドンドンと叩いた。しかしなにも応答がない。まだ朝早い時間帯なのに留守のようだ。夏凜の前であたふたしていると東郷から電話がかかってきた。きっと何か知ってるいると思い、すぐに電話に出る。

 

「!...もしもしわっしー!えっとね、さっきニュースで見て...」

 

『そのっち........もしかして夏凜ちゃん家にいる...?』

 

東郷の声はいつになく暗く、重かった。

 

「え...うん...。どうしてわかったの...?」

 

「なんとなく...そのっちならそうしてそうだったから。........夏凜ちゃんなら私と一緒にいる。友奈ちゃんも一緒。銀にも連絡して来るように言ったから...。」

 

「じゃあ.......わっしーたちはもう聞いたの...?あれは、本当のことなの...?」

 

「........。とりあえず今はこっちに来て。話はみんなが集まってからにしたい。」

 

「........。...わかった。」

 

園子は電話を切ると、東郷たちがどこにいるのかが書いてあるメールが、送られてきたことに気づく。園子はそれを頼りに東郷たちがいる場所へと向かった。

 

------------------------

 

(ここって........。)

 

警察署...。彼女たちがいるのはそこだった。もうここにいるということだけでどういうことなのか、すべてわかった。園子は警察署に入っていき、早歩きで廊下を進む。

 

「あっ........そのっち、こっち...!」

 

東郷が手を振って園子を呼ぶ。その後ろには勇者部が全員集合しており、高校生になったばかりの風までいる。そして見たこともないほどの重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

(みんなのこんな顔見るの........いつぶりだろう...。)

 

園子は友奈が祟りに遭っているときのことを思い出した。そのとき友奈と風が喧嘩して、部室内の空気が最悪になったのをよく覚えている。

 

「これで全員...集まったわね...。」

 

すると東郷は独り言のように詳細を話し始めた。これは警察からすべて聞いた話らしい。勇者部員たちが家に帰るように促された後も捜索を続けていた警察は、怪しい人たちに絡まれている女子中学生を見たという目撃情報を得た。防犯カメラなども用いて調べていき、愛媛県にまで捜査網を広げ、とある廃工場にて人間の手首を発見。そこから首、胴体、腕、足首、股などを切断された少女の遺体が発見された。無造作に棄てられているように放置され、辺りに血は飛び散り、彼女の所持品もそのまま。犯人たちは全く隠すつもりはなかったようだった。まるで遊び終わった後におもちゃを片付けない子供のように、その少女をバラバラにしてそのままほったらかしにしてあったらしい。その後の調査でその遺体は行方不明だった『楠芽吹』だと判明。凶器は電動ノコギリ...。近くに拷問するための、人間を固定する道具もあったことから麻酔も打たれずに生きたまま切断されたと考えられている。この廃工場の周辺は治安が悪く、住人も少ないため悲鳴が聞かれる可能性も少ないらしい。犯人は未だ逃走中。もちろんなぜそんなことをしたのかわかっていない。

 

「警察は今、四国全土まで捜索網を広げて犯人を捜索中...。もちろん大赦も黙っちゃいないでしょう。そして犯人はおそらく...愉快犯だとされているわ。それに複数人いるとも思われる...。芽吹ちゃんは武道も強いし、ひとりで連れ去るなんてことはできないと思うから...。」

 

「え........?愉快犯...?じゃあ、メブーは........メブーは........!遊び感覚で殺されたってこと...?」

 

「........。」

 

東郷は黙りこくってしまった。図星なんだな...園子はそう思った。芽吹が痛みに耐えながら、必死に助けを求め、声がかれるほど泣き叫び、そのまま身体中切り落とされたと考えると胸が締め付けられて苦しかった。それに犯人たちはそれを楽しみながら、遊びながら行っていた。きっと不気味に笑いながら狂った表情で切り刻んでたに違いない。...最期にそれを見た芽吹はどれほど怖かったろう。痛かったろう。それは誰も想像できないものだった。

 

「わああああ~...!うぅぅ~........芽吹ちゃん...芽吹ちゃん...!どうして........どうしてこんなことに...。芽吹ちゃんは何もしてないのに...!とってもいい子なのに...なんでよっ...!こんなことされる筋合いなんてないよっ...!........会いたいよ...帰ってきてよ........芽吹ちゃん........!!うわああ~...!ああああ~...!」

 

友奈はベンチに顔をうずくませて大号泣していた。静かな警察署の廊下に、友奈の大きな泣き声が響き渡る。銀も樹もうつむいたままで動かなかった。

 

「なんでっ...!なんでなのよ...なんで芽吹がこんな目にっ!!」

 

一方夏凜は犯人に対する怒りで感情が抑え切れていなかった。なんども壁を殴り、頭突きする。そんな夏凜を、風が後ろから抱きしめて止めた。

 

「やめて........夏凜...。つらいのはわかる...けどそんなことしてもっ...!」

 

「風!!...あんたは悔しくないの?芽吹は遊ばれたのよ!!人間のクズ共におもちゃにされて、全身ノコギリで刻まれてバラバラにされたのよ!!!これが怒らないでいられる?!落ち着いてなんかいられるわけないでしょ!!!芽吹がどれほどつらかったか...!」

 

「夏凜....復讐なんかしても芽吹は喜ばないわよ...?わかってるわよね...?なにをしてももう、芽吹は帰ってこないんだから!!」

 

風の言葉に、園子は少しドキッとした。この世界の風は、復讐に対する考え方が180度違うと感じた。

 

「そんなことわかってるわよ........でも、それでも私は許せない...。芽吹を殺した奴らは........必ず私の手で...!」

 

ゾクゾクっと寒気がよだつ。あのときの風と一緒だ。その片鱗が見えた。そしてそのまま夏凜は警察を飛び出して行き、どこかへ行ってしまった。

 

「あっ........夏凜...!」

 

「私、ちょっと行ってくる!」

 

「えっ?...あ、そのっち!」

 

------------------------

 

------------

 

---

 

夏凜は砂浜にいた。体育座りで顔をうずくめ、目を閉じると芽吹と生活した今までの記憶が蘇ってくる。

 

「にぼっしー...?」

 

突然後ろから声をかけられた。夏凜は涙を拭い、声の主を知るためにゆっくりと振り向いた。

 

「あ........園子...?」

 

園子は黙ったまま夏凜の隣に座り、海をじっと見た。

 

「な、何しに来たのよ...!てかなんでここが...。」

 

「にぼっしーよくここ来てたからね~。気に入ってるんでしょ?この砂浜。」

 

「...!........う、うん...。」

 

しばし沈黙が流れる。聞こえるのはザザ...という波の音だけだ。すると、夏凜がようやく話し始めた。

 

「私ね........よくここで鍛錬してたのよ。芽吹と一緒に...。たくさんの勇者候補生から選ばれたんだから、その代表として名に恥じぬようお役目に全うしたくてね...。私も芽吹もほとんど毎日鍛錬に打ち込んだ。熱中してた。...アイツ、最初の頃はすごい堅いやつでね...。もっと勇者としての誇りを持てとか、勇者ならこの程度で凹まないだとか........特に『あなたは甘い』って言葉は何度聞いたことか...。」

 

「........。そうだったんね~...。」

 

「私は芽吹のことが嫌いだったわ...たぶん向こうも私のことが嫌いだった。でも...勇者部に馴染んでいくに連れて私も芽吹もだんだんと変わっていってね...。今まで一緒に鍛錬することが嫌だったけど、楽しい時間に変わっていった。自分のライバルとしてお互い高め合うことができた。どんどん強くなってるって自覚できた...。芽吹はいつの間にか...私の中で良きライバルであり、一番大切な人になっていたのよ。」

 

「........。」

 

「戦いも終わって...散華した部分も全部戻ってきたのに...すぐまたこんなことになるなんて...!やっとみんなで過ごせるごく普通の時間が来ると思っていたのに...!なんなのよ........バーテックスじゃなくて人間に命を奪われるなんて...。しょーもない死に方しちゃって...!」

 

夏凜は泣きながらも自分の気持ちを吐き出した。園子はただ隣にいるだけで、じっと海を見つめたままだ。

 

「........まだ大丈夫だよ。」

 

園子はポツリと呟いた。『えっ...?』と言って夏凜は園子の顔を見上げる。

 

「私に任せといて!...メブーは私が助ける...!」

 

「園子...あんた何言ってんのよ...?助けるも何も芽吹はすでにこの世にはいない!........ショックでおかしくなっちゃったの...?」

 

「まぁ........確かにショックは大きいよ...。メブーは最初の頃からずっと私を助けてきてくれて........彼女がいなかったら、今私はこうしていられないから...。」

 

初めてタイムリープのことを打ち明けたのも芽吹、危険を犯してまで大赦から助けてくれたのも芽吹、タイムリープさせるために背負って神樹館小学校まで運んでくれたのも芽吹だ。すべて園子のため、園子の願望を叶えるために彼女は協力してくれた。きっと芽吹は園子のことを心の底から信用していたのだろう。また、彼女も園子の望む世界を見てみたかったのだろう。それだからこそできた行動だったに違いない。

 

「なんかよくわからないけど...あんたも芽吹にお世話になってたのね...。........それにしても、この一年だけで不幸続きで本当に嫌になるわ...。一生分の不幸を経験した気がする。...友達が苦しんで、体の機能を失って、友奈は祟りにあって、挙げ句の果てには芽吹が殺される...。本当にどんな人生よ、私の人生。波乱万丈すぎだっての...。」

 

夏凜の精神的ダメージはかなり大きいようだった。当然だ。また、もはや吹っ切れているようにも見えた。....ストレスのせいなのか、彼女に隈があるように見えた。そして最後に夏凜は付け加える。

 

「あーあ........せめて...せめてもでいいから...あの憎たらしい『天の神』だけは私の手で潰したかったわね...。」

 

夏凜はそう言って空を仰いだ。

 

「.............。...........え........?」

 

と、夏凜の言葉を聞いた瞬間、余裕そうにしていた園子の表情が激変する。

 

「ん...?ど、どうしたのよ...。そんな世界の終わりみたいな顔して...。」

 

「.......今なんて言った...?」

 

「え...?」

 

「なんて言ったの!?」

 

園子は鬼気迫る顔で詰め寄る。急変した園子に夏凜は恐怖感を抱いた。

 

「だ、だから...『天の神』だけは倒したかったなって...。」

 

「さっき...戦いは終わったって...言ってたよね...?」

 

「それは私たちの代での話よ。...大赦の予測では次の侵攻は何百年後だろうって言ってたじゃない。園子も一緒に聞いてたでしょ?」

 

「にぼっしー...なに言ってるの...?『天の神』は私たちで倒したじゃない!!ゆーゆがパンチであいつの体を突き破って倒した!!神樹様もいなくなって、壁の外も火の海じゃなくなった!本来の景色を見れるようになったじゃない!!」

 

「園子!!さっきからあんたなんなのよ!!意味わかんないことばっかり言って........やっぱあんた変よ!!!」

 

「変なのはにぼっしーの方だよ!!...ほら、あれ見て!壁だってもう................」

 

園子は立ち上がり、海の向こうを指差す。が、園子はそこまで言ったところで止まった。遠い海の向こうを見た園子は見間違いなのではないかと目を疑ったが、何度まばたきしてもそれは見えた。やがて海の向こうを指していた腕がだらん、と力が抜けたように降ろされる。彼女はありえないはずの景色に驚愕し、感じたことのないほどの鳥肌がゾワゾワッと立った。

 

「............壁が...ある.......?」

 

ただその一言だけ呟いた。本当ならありえない は ず なのだ。今は神世紀301年の春...。天の神を倒したのは春になる前だ。というか初めてタイムリープする以前だ。存在しているはずがなかった。

 

「これは........どういうこと...?........ゆーゆは祟りにあったんだよね...?そしてその後天の神を倒して...ゆーゆは祟りから解放された........そうだったよね...!?」

 

「はぁ...?本当にどうしちゃったのよ園子...。天の神に大きな損害を与えられただけで倒すまでにはいたらなかった、外の世界も未だ火の海のまま...そうだったでしょ?........なんなのよ急に...記憶を失ったみたいな感じで...。あんた、本当に園子...?」

 

「...!私は........」

 

自分が何者なのか、だんだんとわからなくなってきていた。この未来の歴史を何も知らず、パラレルワールドから来たみたいな自分はもう...この世界の『乃木園子』ではないのではないか?

 

「私は.........園子...だよ...。........たぶん...。」

 

「は?...『たぶん』?」

 

園子はそれだけ言い残すとその場から走り去っていった。いや、逃げ出したのかもしれない。とにかく離れたかった。なんで天の神が存在しているのかその真相も知りたかった。

 

「ちょ...園子!!どこ行くのよ!!!........あいつ、私を励ましに来たんじゃないの...?訳わかんないこと言うし、本当に昔から意味わかんないヤツだわ...。」

 

------------------------

 

園子は走りながら今起きていることをなんとかして整理しようとする。

 

(なんで壁が、天の神がいるの...!?もしかして、メブーは昨日それに気づいて伝えようとしてくれた...?だから昨日の放課後に話したいと言ったのかな...?でもそれなら別に電話でもはず...。........とにかく、今できることは...!)

 

------------------------

 

園子は警察署に戻った。そこはまだ先ほどと変わらない情景が広がっていた。園子に気づいた東郷はこちらに走り寄ってくる。

 

「そのっち...!........夏凜ちゃんは...?」

 

「........いつもの砂浜にいるよ。...大丈夫。犯人を殺して復讐しようだなんて考えてないよ。」

 

「はぁ........よかった...。」

 

「........みんなこれからどうするの...?」

 

「........。...最後に芽吹ちゃんに会わせてくれって警察の人たちに頼んだのだけれど........あまりにもひどい姿だから会うのはやめとけって言われて....。わかってはいたのだけれど、芽吹ちゃんもそんな姿見せたくないだろうし会わないことにしたわ...。」

 

「そう...。」

 

すると、奥のベンチで座っていた風が立ち上がり、みんなに言った。

 

「私........芽吹のご両親と話してくるわ。...学校での、部活での面倒を見てた身としてご挨拶を兼ねて...。........ほら樹、あんたも行くわよ。」

 

「........。」  

 

樹は返事をしない。彼女が無視するなんて珍しい。それほど心に深い傷を負ったのだろう。

 

「樹...。あんたもつらいだろうけど、これも私たちがするべきことよ。........がんばって。」

 

「........。........うん...。」

 

樹は小さく返事をし、風に支えられながらこの場をあとにした。

 

「フーミン先輩もつらいだろうに...。」

 

「部長を退いた後も、引っ張らなきゃっていう責任を感じてるんでしょうね...。」

 

すると風と樹がいなくなった瞬間に、突然銀が口を開いた。おそらく二人がいなくなる時を待っていたのだろう。 

 

「なぁ...園子...。...お前なら芽吹を助けられるんじゃないか?........そのタイムリープの力で。」

 

「...!...うん、でもなんでこうなったか原因を調べないと。」

 

「原因...?そんなの異常な犯人たちのせいに決まってるだろ!過去に戻ってそいつらとっつかまえればいいんだ!」

 

「銀落ち着いて!...犯人はまだ捕まってない。私たちも犯人の顔を知らない。それなのに過去でどうやって捕まえろっていうの...?」

 

「それは.......今すぐ犯人を見つけ出して捕まえるしかないじゃないか!」

 

「待って二人とも!........バラバラ殺人なんてここ数年は聞かない珍しい事件だよ。たまたまメブーが狙われたなんてこと、考えづらいと思わない?これは人間が起こしただけの単純な事件じゃないと思うんだ...。」

 

「は...?人間以外が関わってるってことか...?」

 

「そのっち、どういうこと...?」

 

「二人は三年前から今までに至る間、過去に私が言った未来の話を聞いておかしいと思わなかった...?私はあの時、三年後にはバーテックスの元凶を倒したって言ったよね?でもこの世界には春になっても天の神が鎮座している!私が元々いた未来では春になる前に倒してた!!...これっておかしい...。これは私の、勇者の勘ってヤツだけど........なにか関わってると思うんだ。」

 

「確かに........三年前のそのっちは三年後に天の神を打ち破れると言っていた...。」

 

「もうちょっと先の夏くらいに倒すのかなとか思ってみたりしたけど、大赦には数百年くらい侵攻はないから大丈夫だって伝えられたしな...。」

 

やはりおかしい。ズレているというよりかは歴史が完全に変わっている。どこで変わるような出来事が起きた...?そこで園子はキーを握るのは友奈ではないのか...ということに気づく。祟りに遭った彼女こそ何かわかることがあるのかもしれない、と。

 

「........ゆーゆは...何か覚えてない...?実は、今回の未来だけ特別だったんだ。メブーはこの未来の過去の記憶を一部だけ持っていた...。ゆーゆは何か知らない?」

 

「私は...私は........東郷さんを助けて、祟りに遭って...誰にも相談できなかった...。祟りは話しただけで人に移るから...。私は神樹様と結婚することにしたけど...みんなが気づいて止めてくれた........。夏凜ちゃんと芽吹ちゃんががんばってくれて...天の神の体に傷をつけてくれたおかげで........天の神の力は弱くなって、私は祟りから解放された...。」

 

「!!...それがこの未来の歴史...!?」

 

東郷と銀の方を振り向くと二人も頷く。正直驚いた。園子も元々いた未来の記憶をよく覚えている。夏凜と共に天の神に一撃を与えたときのことを。この未来の場合では、芽吹が自分の代わりを果たしてくれているが。

 

「まさか........あれだけで終わってたなんて...。ゆーゆは覚醒せずにそのまま天の神は退散して...事なきを得たってこと...?」

 

「ああ。まあ、そういう感じだな。園子のいた未来では、友奈が覚醒したのか?」

 

「うん...。バアッーて光って、ズーンと空飛んで、ズドーンって天の神の体を突き破ったんだ。」

 

「おお...!そりゃすげぇ...一度でいいから見てみたいな...!」 

 

「今のでよく伝わったわね...。」

 

「でもあの程度の傷しか与えられてないと考えたら........きっとすぐ治る...!天の神が攻めてくるのは100年後なんてそんな遠いわけないよ!むしろ傷を負わされて怒ってるかもしれない!」

 

「それで腹いせに芽吹を........ってことか...?」

 

「でもそんなの常識的に考えて無理よ。ここは神樹様の結界の中。...さらに祟りの特徴は、日に日に体に異常が出始めて、その症状がひどくなっていくこと。...戦いが終わって1ヶ月は経つし、芽吹ちゃんはずっと元気だった...。」

 

「1ヶ月もあれば........さすがに隠し通せないと思うよ...。私、経験したからわかる。...高熱も出て、立ち上がるのも厳しくなってくるから........。私も、芽吹ちゃんは祟りに遭っていなかったと思う。」

 

経験者に言われてしまえばこの説も通らない。また振り出しに戻ってしまった。

 

「........なんとかして、調べなきゃ...!」

 

園子は何か行動をおこそうと、また警察署を出ようとするが、

 

「おい、ちょっと落ち着けよ園子。何にも手がかりはないっていうのになにしようってんだよ?」

 

銀が園子の肩にポンっと手を乗せて止めた。

 

「........がむしゃらに調べるんだよ...!じっとしていたら時間がもったいない!何か...何か見つけないと...!」

 

 

園子は銀をふりほどいてでも無理やり出ようとする。だが、銀も負けじと園子を離さなかった。

 

「どうしたんだ...?園子らしくない...。お前...何焦ってんだよ...?時間はいくらでもあるんだ!ここは過去の世界じゃないんだぞ!!」

 

「そんなことはわかってるよ!...もしかしたらこのままじゃメブーみたいな犠牲者が出るかもしれない...。だから少しでも早く原因を突き止めなくちゃいけないんだよ!!」

 

署内にも関わらず、怒号が飛び交う。しかし、それは急にピタリと止まる。それを止めたのは友奈の泣き声だった。

 

「ぅぅ........ぅぅ~.....二人ともやめてよ........こんなときにケンカなんて...ぐすっ........ただでさえ芽吹ちゃんが死んじゃって心の整理ができてないのに........勇者部がどんどんバラバラになってる気がして嫌だよ........。」

 

友奈は両手で目をかき、涙を拭う。そんな友奈の隣に東郷が座り、何も言わずに背中を優しくトントン、と叩き続けた。

 

「ごめん...友奈...。」

 

「私も...ちょっと熱くなりすぎたよ...。」

 

二人は反省し、友奈に頭を下げた。

 

「もう私...やだよ...。これ以上苦しい未来を見るのは耐えられないよ...。」

 

「えっ...?」

 

「私、この短い間そのちゃんがタイムリープできるのを知っている一人として生きてきた...。そのことを知っているのは私と芽吹ちゃんと鉄男くんくらいで...特に学校で長いこと一緒にいる芽吹ちゃんには支えられた...芽吹ちゃんがいたからまだよかった........でももう芽吹ちゃんはいない...!突然変わり続ける世界で、孤独に生きていかなくちゃいけない...!」

 

園子は自分がタイムリープすることで他人にかける迷惑を、このときようやく理解できた気がした。今まではなんとなくでしかわかっていなかった感じがする。タイムリープすることで、苦しんでいるのは自分だけではない。この数日間で目まぐるしく変わる世界に、ついて来れている芽吹と友奈はまさに奇跡と呼んでもいいくらいだった。そのくらいの精神力があった。しかし、そんな友奈もここまで来て折れかかってきている。友奈は今までどんな経験をした...?やはり簡単に周りの人にタイムリープのことを打ち明けるのは問題があった。

 

「友奈は...あたしたちが知らない世界も見てきたのか...?」

 

「もしかして........私たちがいない世界も...」

 

「うん........うんっ...!そうだよ!!...東郷さんのことなんて、この未来で初めて知った!...だから私にとって、あなたと会ったのは昨日が初めてみたいな感じ...。」

 

「え........?」

 

東郷は大きなショックを受け、ボッーと一点を見つめるようになってしまった。

 

「...それなのに親友のように振る舞わなくちゃいけない!昨日初めて会った人に、そうしなくちゃいけない...!もうキツいよ........。...夏凜ちゃんは急にいなくなるし...銀ちゃんは飛び降り自殺をするし...風先輩は暴れまわって、私たち勇者部員たちを刃物で刺した...そして今度は芽吹ちゃんが殺される...?冗談じゃないよ!!!」

 

園子は心底驚いていた。友奈がこうも淡々と弱音を吐くのは初めてだったからだ。それほど大きなショックを抱えていたのだろう。園子は友奈に悪いと思った。いつまで経っても理想の世界を手に入れることのできないことに。何パターンものバッドエンドを見せていることに。

 

「は...?あたしが自殺...?家族や園子たちを置いて...?そんな未来あるわけ...」

 

「それがあったんだよ...。私だって信じられないことだらけの連続なんだから........。........ねぇ、そのちゃん...次こそは、次こそは、って毎回言ってるけど...いつなの...?いつみんなでずっと一緒にいられる未来が来るの!?!?」

 

「...っ!」

 

友奈に問い詰められた園子は黙っていることしかできなかった。拳を握り、うつむく。いつまでも目標を達成できない自分が憎かった。やがて園子は崩れ落ち、地面に手をついて涙を地面に落とし始めた。

 

「ごめん、ゆーゆ...ごめん...!私...苦しむのは自分だけだと思って何度もやり直してた......でも、本当はメブーやゆーゆ、てっちゃんも....すごく苦しい思いをしてた...。それなのにゆーゆたちは変わっていく未来ごとにその世界に合わせてくれて........全部私のために...ごめん...ごめんっ...!そんな風に思ってたなんて知らなかった...目の前のことに夢中になってて気づかなかった...!」

 

園子はゆっくりと地に両手をつき、友奈に土下座のようなポーズをとった。そのとき、我に帰ったのだろう。ハッとした顔をした友奈は園子に覆い被さるように抱きつき、彼女の服に涙を流しながら言った。

 

「!!!.........違う...違う...!私なに言ってんだろ...自分から勇者部がバラバラになるような、傷つくようなこと言っちゃって...!ごめん、そのちゃんごめん!!そんなこと思ってないよ!!私は何度でも頑張るから!だからそのちゃんは自分のことだけに集中して...!手に入れられるはずの未来を信じて...!」

 

友奈はそう言うが、園子は否定する。

 

「そんなの嘘だよ...。もう無理してがんばらなくていいんだよ...?ゆーゆ...私、本音を話してくれてうれしかったよ...?だから我慢しないで。今みたいに思ってること全部ぶつけていいから。言って良いから。...ひとりで抱え込まないで...?」

 

すると、銀と須美も二人に寄り添うように抱きつく。

 

「バカだな園子...お前もすぐひとりで抱え込むだろ...?人のこと言えないんだよ、お前は。」

 

「...二人は、底知れない苦しみを持っていることがよ~くわかったわ...。私たちも協力する。だからいち早く原因を見つけ出しましょう...。」

 

四人とも涙を流し、山のように一つに固まっている異常な光景がよりによって警察署内に広がっていた。

それから少し時間を置いた。署内の人たちに心配されたが、なんとか説得して警察署を出た。

 

-------

 

「それじゃ...四人に分かれて片っ端から調べてみるわよ。主に調べるべきところは神樹様と関わりが深い場所...天の神が絡むならきっとそこになにかあるはずよ。」

 

「さっすが東郷さん~!」

 

四人はそれぞれ行く場所を分け合い、園子は大橋と英霊碑に向かうことになった。

 

「よし...それではみんな、健闘を祈るわ。」

 

「何か情報を掴んだらすぐにみんなに連絡しろよ?」

 

「もっちろん!結城友奈、がんばりま~っす!」

 

「あの...最後に一つだけいい...?」

 

園子は三人に告げる。それは彼女なりの覚悟であった。

 

「ゆーゆの苦しみもちゃんとわかった...。そして、これを乗り越えれば今度こそ本当の幸せな未来が待っている...って私思うんだ。これも勇者の勘だけど。だから........原因が判明して、全部わかったら...今回でタイムリープをするのは最後にしようと思う。」

 

(第26話に続く)



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【第26話】The Last Time Leap

 

コツコツ....とコンクリートと靴がぶつかり合って鳴り響く音。その中でかすかに海の波の音も聞こえる。それくらい静かだった。園子はそのまま足音をたてながら英霊碑の周りをぐるっと回った。

 

(特におかしいところはない........か...。変わったところと言えば...)

 

園子は銀の名前が刻まれていたはずの石碑の前で止まった。そこには何も記されていない。まっさらの石だ。

 

(今考えてみれば...この何も刻まれていない石碑は誰か犠牲が出たときにすぐ作れるようにするため...?そうだとしたら不謹慎すぎるな...。でも、あの大赦のことだ...。)

 

園子は海風に吹かれ、ハッと我に帰る。余計なことを考えてしまっていた。

 

(!........こんなこと考えるのはやめよう...それだけでも嫌になる...。)

 

園子はまた移動し、今度は派手に破壊された大橋を眺める。当初は、これが自分たちの守るべきものだった。

 

「結局...どの未来でも大橋が壊されることは変わらないみたいだね~。......でも、それはどうしてもしょうがないと思うんだ。これだけは...。あの軍勢だったんだもん...。私たちは....よくやった方だよね...。」

 

園子の脳裏に別の未来で見た風の顔が思い浮かぶ。大きな殺意と激しい憎しみを爆発させ、刃物を持って自分に向かってくる風の姿が。風と樹の両親は自分が樹海に大きな被害を与えてしまったせいで亡くなった。そのせいで姉妹共々窮屈な思いをして暮らしている。

園子は身震いした。またわからなくなる。自分は何をしたら正解なのか。........自分も本当は心のどこかで思っているのだろう。すべてを救い、守り通せることは不可能なのではないかということを...。

 

「いけない...また別のこと考えちゃった...。今調べるべきことに集中しないと!」

 

園子は大橋周辺を隅から隅まで調べるため、地に這いつくばったり逆立ちして見方を変えてみたりと色々な方法を試してみた。しかし、手がかりとなるような物は一切見つからない。そんなことをしているうちにいつの間にか綺麗な夕焼けが現れていた。集中していたせいで思っていた以上に時間が過ぎてしまっていたらしい。

 

「........園子姉ちゃん...?」

 

と、突然後ろから声をかけられた。独特な呼び方と声質でその声の主が誰か、園子は一瞬でわかった。すぐさま振り向き、彼の名を呼ぶ。

 

「...てっちゃん!?」

 

「ひさしぶり!...あ..ニュース見たよ。芽吹さんのこと...」

 

「!........そう...。それでわざわざ私を捜してくれてたの?」

 

「あぁ...まあ、うん...。おつかいの帰りだけどね。」

 

鉄男は両手に持ったパンパンのビニール袋を園子に見せる。

 

「......歩きながらさ、ちょっと話さない?俺も力になれることがあるかも。」

 

鉄男はそう言って自分の家の方をちょこんと指差す。

 

「...そうだね。今日はこの辺で切り上げておくとするかな。わかった。......ああ、その荷物私が持つよ。」

 

「えっ?いや、大丈夫だよ!......これくらい俺ひとりで...。」

 

鉄男はそう言うがとても重そうだ。園子は少し強引に鉄男が持つ片方の荷物を持った。

 

「いいから!せめて片方だけでも!」

 

「...っ!......じゃ、じゃあ...お言葉に甘えて...。」

 

二人の背中に夕日が差す。歩いていくうちに狭い路地に入り、今起きている『異変』について話した。

 

「そうか...やっぱり神樹様がいるんだな...。」

 

「えっ!?知ってたの!?」

 

「一昨日小学校から外見たら『壁』が見えたからさ。あのときは本当に驚いたよ。」

 

鉄男はそう言って空を仰ぐ。ビニールがカサカサ音をたて、その音で周りの自然の音は遮断されていた。

 

「........それで、芽吹さんが亡くなったのは神樹様が関わってる...と?」

 

「まぁ...だいたい今のところはそう考えてる。...てっちゃんの意見はどう?何かある...?」

 

「そうだな...俺は........」

 

やがて路地を抜け、少し大きい道に出た。ビニールのカサカサする音も車の走行音には劣り、いくつか車が走る音が聞こえる。

 

「...『時空の歪み』...とかじゃないかな。」

 

「........えっ...?」

 

これはタイムリープのトリガーとなる鉄男だからこそ、得られた考えだった。

 

「...園子姉ちゃんは覚えてる?......最初の頃のタイムリープは過去に戻るまでに全く『ズレ』がなかった。つまり、手をつないですぐに過去に戻れてたんだよ。......でも最近はどう?手をつないだ後もしばらく未来の記憶が残ってる。前回、勇者部のみんなが命がけで園子姉ちゃんを俺のところまで連れてきたとき...そうだったでしょ?手をつないだ後も未来の記憶を持ったまま俺たちと話してた。」

 

「あ........確かに...。」

 

「何度もタイムリープを繰り返すことによって、きっと『時空の歪み』が生まれたんだ。...もしかしたら、結末は同じでも、本当の過去で言っていたことと少しだけ違うところとかあったかもしれない。」

 

「あ......ちょっと話の道筋が違ったところが何個かあったかも...!」

 

日常での銀と須美との会話を思い出し、園子は考えた。

 

(『時空の歪み』...私がタイムリープを繰り返したせいで時の流れがおかしくなった...?もしそうだとするならば...)

 

「俺はこの説を提唱するかな。よくファンタジーで言うだろ?時間に干渉しすぎるなって。...そういうのは全部こういうことが起きるからなのかもな。......あと、俺はタイムリープできるのは...できてあと数回だと思うんだ。」

 

「えっ...!?どうして...?」

 

「この考えが合っているとすると、過去に戻るための時間のブランクが大きくなっていくと思うんだ。......そしてそのまま最終的には、もう戻れなくなるかも...。」

 

「...そうかもね。でも......そんな心配は必要ないよ。悪い未来になっても良い未来になっても次でタイムリープするのは最後にするって...決めたから。みんなと約束したから。」

 

「...!!...そっか。じゃ、頑張らなくっちゃな!」

 

鉄男は無邪気に笑った。その顔はどこか銀に面影があった。やっぱり兄弟は性別が異なっても似るのだろうか。鉄男のその顔を見て、園子は少し気持ちが軽くなった。

歩行者信号が赤になり、鉄男と園子は横断歩道の前で青になるのを待つ。

 

「ふぅ...重いな...。」

 

鉄男はうっかり隠していた気持ちをこぼす。そして地面にビニール袋を置いた。やっぱりさっきのは嘘だった。片方だけでもキツそうだ。いや、そういうところも彼の優しさのひとつかもしれない。

 

「......ありがとね、てっちゃん。てっちゃんのおかげで別の視点から見た考えを知れた。それも視野に入れて調べていくよ。」

 

「あっ、俺も手伝うよ!...姉ちゃんは助かったって言っても芽吹さんのことを救いたいし!......それに...園子姉ちゃんの手助けしたいから...。」

 

「え?いや、てっちゃんはいいよ!小学校大変でしょう?それにこれは勇者以外が絡んだら危険だよ!」

 

「今更何言ってんだよ!...確かに俺は勇者じゃないけどさ、今までだって協力してきただろ?タイムリープのトリガーとして...必ずできることがあるはずだ!だから頼む!どうしても力になりたいんだ!」

 

鉄男は手を合わせ、頭を下げて必死に頼む。この頼み方も銀そっくりだった。園子は思わずクスッと笑ってしまう。

 

「......てっちゃん...。私はみんなに助けてもらってばっかりだね~。」

 

「いやいやそんな......助けてもらってるのはこっちだよ!だって姉ちゃんも........」

 

鉄男がそこまで言いかけたとき、園子は気がついた。向こう側からスピードを一切緩める気配もなく、大きなエンジン音をたてながらこちらに向かってくる車に。

 

(あ........)

 

信号無視した車だった。しかし、動きが不自然だった。何も猛スピードで歩道に突っ込んでこようとしているのだ。そして信号待ちしていたこちら側の車に衝突。

 

 

ドッガッーン!!!

 

 

車は何か爆発したのではないかと思うくらいの大きい音をたて、追突された車はダイナミックに横転しながらこちらに転がってきた。

 

ほんの一瞬。

 

普段の園子の反射神経なら避けられただろう。しかし、このときは鉄男に意識がいってしまって一手遅れた。

 

(私...潰される...。)

 

園子はそう覚悟したのだが、

 

「園子姉ちゃん危ないっ!!!」 

 

 

ドン、、、

 

 

ガシャグシャガシャッン!!!

 

 

横転した車はそのまま勢いを止めずに歩道に転がり、斜めになってブロック塀に突っ込んだ。

 

 

ズザザザ........

 

 

「ぅ........うぅ...?...一体なにが......。」

 

園子は地面に転がり、ゆっくりと起き上がった。押されたおかげで助かったようだ。だが、さっきまで自分たちが立っていた場所に異様な形で車が横転していた。

 

「え........?てっちゃん........?...イヤ................。」

 

悪い考えが脳裏によぎる。自分の周りに鉄男の姿は見えない。園子は急いで横転している車のそばに寄った。

 

「きっと大丈夫だよね........てっちゃん...てっちゃん...!」

 

やがて園子は見つける。車とブロック塀に挟まれて身動きがとれなくなった鉄男の姿を。両足含めた左半身が潰され、はみ出しているのは頭と右上半身だけだ。

 

「嘘...ヤダ........てっちゃん!!!」

 

鉄男は顔を真っ赤に染め、潰された左半身からは大量の赤い血が流れているのがわかった。服に染み出し、元の色がなんだったのかさえも判別がつかないほどだ。園子は出ている鉄男の右腕を引っ張った。が、全くびくともしない。

 

「絶対...絶対助けるからね...!......あっ、そうだ勇者システムを使えば!」

 

しかし、スマホを触ってもなにも反応しない。勇者になれる機能はもう大赦に回収されてしまったし、そもそもこの未来の園子は勇者ではない。芽吹が園子の代わりだった。

 

「くっ...!........ぅぅ...!!」

 

園子はそれでも鉄男を出そうと、今度は車を動かそうと押してみる。だが、それも虚しい行為だった。

 

「園子............姉ちゃん............。」

 

「!!...てっちゃん...!?意識あるの!?」

 

「........なん...とか...園子姉ちゃんは...?」

 

「私は大丈夫だよ!...待ってて。すぐ助けるから!そこから出してあげるから!」

 

園子はそう言ってなんとかして助けようと奮闘する。だが園子は冷静ではなかった。まだ救急車さえも呼んでいない。ただただ焦り、恐怖し、落ち着いた行動をとれていなかった。『また大切な人を失いたくない』その気持ちがかえって悪い方向に出ていた。

 

「よかっ........た........無事で...。でも、園子姉ちゃん........俺を助けるようなことは........しないでくれ........。」

 

「........えっ!?...な、なんで!?」

 

「........どうせ助からない...こんなに血が...出てる........すごい眠いし......。」

 

「いいや助かるよ!!絶対助かる!!私が助ける!!!........死なせるなんてことさせない!私があなたを守るんだから!........だから、だから大丈夫!!....てっちゃんがこんなことで死ぬなんてあり得ない!!」

 

「園子......姉ちゃん......もう......全身の...感覚が...ないんだ........どこも...動かせない........喋るのが...精一杯で........喋れるうちに........喋っておきたい...んだ........。」

 

「弱音吐いちゃダメっ!!!.....絶対、絶対大丈夫だからっ!私を信じてっ!!」

 

園子はそうは言うものの、さっきからずっと涙をボロボロ流していた。こぼれ落ちる涙が鉄男の顔にぴしゃぴしゃと降りかかる。

 

「........お願いだから...やめてくれ......。俺の話を聞いて欲しいんだ......これが俺の望みだよ......だからお願いだよっ........園子姉ちゃんっ........!」

 

鉄男もまた、泣いていた。その顔を見た園子は思わず手が止まり、しゃがんで彼に顔を近づけた。

 

「へへ........聞いて...くれるんだな........。...実は俺...園子姉ちゃんと...会う前に........ゴホッ!ゲホッ!」

 

鉄男は一生懸命喋ろうとするが、咳で遮られる。一瞬に血を吐き出す。内蔵も潰されて傷ついているのだろう。

 

「!!...てっちゃん!!」

 

「園子........姉ちゃん....に........会う前........に........いつ....き....さんに........呼ば....れて........そこ........で........はぁ....はぁ....................な........ん............な....................した....。」

 

「...え?なんて...?」

 

途切れ途切れになっており、園子はよく聞き取ることができなかった。もう一度言ってほしいと頼みたいところだが、鉄男の顔はもう真っ青になり、目もほとんど開いていなかった。

 

「............は............と.............たた..............いん.....だ...。........ゆ............さ........だっ...!芽吹.......さ...も...そう...だ.......。」

 

「てっちゃん!!しっかり!!!」

 

園子は鉄男の顔を両手でがっしりとつかみ、意識が途切れないように呼びかけた。顔を近づけ、大声で彼の名を叫ぶ。それが効いたのか、鉄男の声が少し聞こえやすくなった。

 

「はは........そん...なに........大声...出されちゃ........目を...閉じたくても........閉じられねぇな...。」

 

「てっちゃん........君はひとりじゃないよ...!私が近くにいるから...!」

 

園子はそう言うと自然に両手で鉄男の手をがっしり握った。その時園子は鉄男がフッと笑ったような気がした。

 

「........それで...いい........園子姉ちゃん...。」

 

「........え...?」

 

「........俺........園子....姉ちゃんに会えて...本当によかった........おかげでこんな...夢を見させてもらった...。ありがとな........。」

 

「なに...言ってるの...。まだ、まだ幸せな未来になってないじゃない!!私、こんなんじゃ終わらせないよ!もっと、もっと良い未来にしてみせるから!!........だから...だから............生きてよっ!!!」

 

鉄男の意識はさらに朦朧とする。呼吸も深くなり、表情の変化もなくなってきた。涙も止まり、流れなくなっていた。

 

「ごめ...んな........園子...姉ちゃん........。やっぱ...それ........無理............うだ........。俺が....なく........も....これ........通りに........かんばって....くれ....!芽吹さんや、姉ちゃんたちのために....!..........これが、最後の....タイムリープだ...!」

 

「いやだぁっ!!!てっちゃんっ!!!」

 

その瞬間、閉じかけていた鉄男の目が急にカッと開いた。園子を見ているわけではない。視線の先は園子の後ろだ。そして彼女も背後に人の気配を感じた。

 

(誰か後ろにいる...?もしかて、助けが来た...?)

 

だが少しおかしい。助けが来たとするならば、鉄男はこれほど恐怖しているかのような視線を送るだろうか。何かに怯えるような、ゾンビでも見るかのような感じであった。園子は後ろを見ようと振り返ようとするが、園子自身も意識が薄れてきた。

 

(もしかして........てっちゃんの手を握ったから...タイムリープを...?)

 

園子は地面に手を着き、朦朧とする視界の中で鉄男を見た。最後に、園子は鉄男が言った言葉を聞き逃さなかった。彼の最期となった言葉を。

 

「黒幕は................-----」

 

 

バチっっっ!

 

 

途中で途切れてしまい、そこまでしか聞こえなかった。彼が残した最後の言葉...そして一生懸命伝えようとしていたがよく聞き取れなかった『園子に会う前の話』。過去に戻っている間、園子は頭を働かせ、やがて一つの結論が導かれた。彼は、『三ノ輪鉄男はすべての元凶を知っている』...と。

 

「!!........はぁっ...はぁっ...!」

 

「!...園子!過去に戻ってたのか!?」

 

「鉄男くんと握手した瞬間にそのっちの様子が変わった...。過去と未来を行き来するために必要だったのは鉄男くんだったのね!」

 

「あ........二人とも...。」

 

そう言えばタイムリープするときに鉄男と握手するところを二人に見せたのだった。二人は未来で起こったことを知る由もなく、目をキラキラさせて興味津々になっていた。

 

「は...?タイムリープ...?何言ってんの...?」

 

そう言うのはこの中で唯一タイムリープのことを知らない過去の鉄男だった。

 

「!!........てっちゃんっ!」

 

鉄男を見た園子はすぐさままた彼の手を握った。

 

「えっ!?ちょ、また未来に行っちゃうのか!?」

 

「今行ってきたばかりじゃない!」

 

二人は未来の話を聞きたいのか、園子の自分勝手な行動に頬を膨らませる。

 

(お願いっ........戻って........!)

 

園子はひたすら願った。しかし、いくら時間が経ってもいつものビリビリが来ない。タイムリープする感覚は訪れなかった。

 

「........ぅぅ...そんなっ........!まさか本当に........最後になるなんてっ...!」

 

「そ、園子...?」

 

「そのっち...未来はどうなってたの...?」

 

園子は一旦心を落ち着かる。そして鉄男を別の部屋に行かせて三人だけにした。

 

「........今までで...一番良い未来だった...。」

 

「本当!?...なら、私たちはこれで...!」

 

「........けど、おかしくなってた。これもまた今までにない現象。...バーテックスの元凶が...完全に倒せずにいた。」

 

「!........それって...いつまたバーテックスが攻めてくるかわからない状況ってことか...?」

 

「うん...。さらにそれだけじゃとどまらない。だんだん歯車が狂い始めて...奇妙なことばかり起きた...。やっと、今度こそ成功したと思ったのに...。いつもいつも私が未来に帰った途端に悪くなる!!」

 

「!!........そのっちが帰った途端に...?それまではよかったのにってこと...?」

 

「そう。だからおかしいんだ。私はここでようやくそれに気づけた。たぶん、裏の力が働いてる。........私のタイムリープの力に似た何かが。きっと...!」

 

「でも........それどうするんだ?...そんなことになってるんじゃ今のうちにできることって...あるのか?」

 

銀の問いに、園子は答えられなかった。いや、答えられなかったっというよりも無視した、と言った方が正しいだろうか。園子は突如、その問題を置いて鉄男のことを話し始めた。

 

「...それよりミノさん。あなたに、謝りたいことがあるの...。私が近くにいながら、守れなかった...救えなかった...。」

 

「え...?なんだよ急に...。」

 

銀は戸惑うが、そんなこともお構いなしに園子は頭を下げ、冷たく言い放つ。

 

「てっちゃんが........未来で死んじゃったんだ...。」

 

「........。...は........?」

 

「ごめんっ...本当にごめんっ...!いきなり車が突っ込んできて、それから私を助けるためにてっちゃんは........私の代わりに、車の下敷きに...!」

 

「なに...言ってんだよ...?勇者たちだけの問題じゃないのか...?なんで一般人の鉄男が巻き込まれるんだよ!」

 

「........。」

 

「さっきのそのっちの反応は........手をつないでも未来に戻ることができなかったから...?それで鉄男くんが未来で亡くなったことを知った...。」

 

「うん...。私が未来にいたときにはまだかろうじて息があったから...。でもこれで確信した...てっちゃんは...未来で死んだっ...!」

 

銀は衝撃を受け、しばらくボッーとしていたが、やがてこう言った。

 

「鉄男の判断は........正しかったと思うよ...。」

 

「え........?」

 

園子は顔を上げて銀の顔を見る。

 

「だって、タイムリープできる園子がその事故で死んじゃったら全部終わりだからな。........それが一番最悪なこと。鉄男はきっとそう考えたんだろう...。なんとしてでも園子を過去に戻らせるため...命を懸けたんだ。........懸命な判断だったと思う。さすが........私の弟だ!」

 

銀はそう言うが、彼女の顔面はしわくちゃになっていた。言っている言葉と、表情がまるで逆だった。

 

「........ごめん二人とも!あたし、ちょっとしばらくひとりになってるわ!」

 

銀はそう言うと、いち早くこの場から離れた。かなり大きな精神的ショックを受けたらしい。

 

「み、ミノさん...!」

 

「...そのっち、私は鉄男くんがそのっちを助けたのは単なる理想の未来のことだけを考えての行動じゃなかったと思う。」

 

「えっ...?」

 

「きっと咄嗟だったのよ...。鉄男くんだってそのっちと付き合いはそれなりにあるんでしょ?だから、鉄男くんもそのっちを守りたいって思ったんだと思う。」

 

「........!」

 

「........未来の鉄男くんがいなくなってしまった以上、もう未来には帰れない...。これが、最後の挑戦になるのよね...?だったらもう失敗は許されないわ。」

 

「う、うん...!」

 

園子は大きく縦に首を振り、須美に対して決意表明する。そして園子は考える。鉄男が最期に残した言葉を思い出しながら、彼がなにを伝えようとしたのか必死に考察した。

 

(てっちゃんは...私に会う前に誰かに会ったと言っていた........。おそらく買い物にも行く前だろう。........そこできっと知ったんだ。でも、たぶんそのときはイマイチわからなかったんだ。...だけど、あの事故に巻き込まれて全部理解した。てっちゃんは誰なのか気づいた...すべての元凶、黒幕に!)

 

園子はさらに記憶を巡らせる。

 

(そう言えば........てっちゃん言ってた...。『芽吹』って言葉も...。最期に、私の後ろを恐怖するかのような目で見た...!そして、黒幕って言ってた...。そっか...私の後ろにいたのは、黒幕本人だったんだ...!ちゃんとてっちゃんが死んだかどうか確かめに来たんだ!........そして、てっちゃんがなんであそこで黒幕の名前を言おうとしてたのか...それはきっと、黒幕はてっちゃんが知っている人...だから...?)

 

だんだんと繋がってくる。鉄男が芽吹の名を出した理由はおそらく、あの事故は芽吹の件と同一犯が行ったものだからだろう。なぜ園子に会う前の話をしたのか、園子に一体なにを伝えたかったのか。...そして園子は思わず有り得ない考えが頭によぎる。しかし、それ以外考えられなかった。やり方はわからないが、何かの方法を使って芽吹と鉄男を始末し、園子を追いつめる。そして最終目標は乃木園子。こんなことができるのは自分たちのことをよく知っている人しかできない。園子の出した結論は、これしかなかった。

 

「...黒幕は............勇者部の中にいる........!」

 

(第27話に続く)




鉄男の途切れ途切れの文章は物語が進んだら明かそうと思います!
余談ですが、ここまでの全26話までの間に黒幕だと考えられる発言(ボロをこぼしている)があります!ぜひ探してみてください....。感想などで読者様たちなりの考察を聞かせていただけたら嬉しいです(笑)


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【第27話】Thoughts to intersect

------------------------------------------------------------------------

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ..........

 

------------------------------------------------------------------------

 

バシャッ!

 

今日も須美は毎朝の日課であるお清めを行う。冷水を体にかけながら彼女は考える。

 

(昨日見た夢........きっとあれは神樹様からの神託だ...。大きな火の玉のようなもの...?太陽みたいなものがこちらに迫ってきていた。...あれがきっと最後の侵攻に関係するんだ。また新たな敵が現れる。そのっちの言ったとおり...数が多くて、強くて厄介なバーテックスたちが大橋へ........。)

 

須美は仕上げの冷水を頭から勢いよく被り、それから気合いを入れたかのように立ち上がった。

 

------------

 

------

 

---

 

最後のタイムリープをしてから時は過ぎ、季節は夏から秋へと変わっていた。園子はあれからいろいろ考えた。そして新たに思い出したこともあった。最初にタイムリープしたときから今まで、なにがあったか振り返り、まとめた。やがてそうしているうちにだんだんと怖くなっていった。...今まで信用していた仲間たちを疑う自分が。

 

「お~い、園子ぉ?ま~たボッーとしてんのか?」

 

「あっ...ミノさん...。」

 

そんな時に銀が顔を覗かして声をかけてくる。

 

「もうすぐハロウィンだぞ!園子はどんな仮装する!?」

 

(!...もう...そんな季節か.....。)

 

学校の休み時間での会話だった。一方須美は腕を組み、まじめに別の話題を提示した。

 

「銀!...確かに楽しみだけれど、その前にそれよりも大切なことがあるでしょ?もうすぐはろえんってことは最後の侵攻ももうすぐなのよ!...それの作戦を立てなくちゃ!」

 

「あ~...わかってるよぉ...。でもあたしら、鍛錬一生懸命がんばってるし、園子が見た未来ではあたしたち勝ってんだろ?なら大丈夫だって!」

 

「その油断のせいで未来が変わってるかもしれないわよ?もうどんな未来になるのか知ることはできないんだから...。やり直しはできないのよ!」

 

「そうだよミノさん~。...どんな結末になるか知っちゃったせいで気が抜けて未来が変わっちゃうなんてこともあるからね~。......もう私の力はなくなったも同然なんだから...。」

 

銀は自分の油断が要因となって崩れた未来もあることを、園子から聞いて知っている。それを思い出して銀はハッとなった。

 

「........そう...だな...。でもハロウィンはハロウィンで楽しみたいだろぉっ!?」

 

「まあそれもそうだけれども...。」

 

------------------------

 

結局この日の放課後に三人でイネスへ向かった。そこでジェラートを食べながらまた学校で話した話題をあげる。

 

「今日はジェラートを食べにイネスへ来ただけじゃない........仮装に必要な道具を買いに来た!」

 

「はろえんがもうすぐだと言っても........まださすがに気が早いんじゃないかしら?」

 

「いいや!何事も早めの準備は大切だぞ!」

 

銀はそう言いバクバクとジェラートを食べ、「ごちそうさまっ!」と言って席を立つ。

 

「ほら行くぞ~!レッツゴー!」

 

銀はその勢いのまま走り出してしまった。

 

「あっ!ちょっと銀!」

 

「...ミノさんも........怖いのかな。」

 

「........え...?」

 

園子の唐突な言葉に、須美は思わず聞き返す。

 

「...あんなにハロウィンの準備に没頭しちゃって...最後の戦いの話を全然しようとしない...。私が未来で鉄男くんを守れなかったから...ミノさん、ちょっとビクビクしてるのかもしれない...。」

 

園子はスプーンで食べ終わった容器をコンコンと叩きながらそう言った。

 

「........そうかしらね?私はいつも通りに見えるけど。」

 

「...え...?」

 

「目の前のことに没頭する...それはいつもの銀じゃない!全然気にしてないって言ったら嘘になるけど、三年も先の話、今はあまり気にかけてないと思うわ。きっと単純にはろえんを楽しみたいだけよ。」

 

「........そう...かな...?」

 

「そうよ。...だからそのっちは責任感じちゃダメよ?自分のせいだとか、そういう考えはダメ!」

 

「お~い!!二人ともなにしてるんだよ~!!早く来いよ~!!」

 

銀が遠くから手を振り、なかなか来ない二人を呼ぶ。

 

「ほら、行きましょうそのっち!」

 

「....!...う、うん!」

 

結局、この日は何を買うか迷いすぎてあまり買い物ができなかった。ただ三人でショッピングを楽しんだだけだった。

 

------------------------

 

------------

 

---

 

次の日。須美と園子の二人で登校していると、後ろから二人の名を呼びながら走ってくる人物が一人。それは銀だった。いつもギリギリなのに今日は珍しく早かった。トラブルに巻き込まれず、スムーズに学校まで来れたらしい。三人は学校に到着すると階段を登り、廊下を歩いて教室に入った。そこには、三人を待っていたとでも言うように多くの児童たちがいた。園子たちが来たことに気づいたクラスメートたちの中から数人がこちらに寄ってくる。

 

「あの........三人ともお役目さ...私たちのために頑張ってくれてるんだよね?」

 

「それって...すごく大変なんだろ?なんていうか........命がけ、みたいな。」

 

「え........?」

 

突然のことに、三人とも口をあんぐり開けて立ち尽くす。

 

「だって...前に乃木さんが大怪我で入院して、三ノ輪さんは全身傷だらけになってた時期もあったじゃない...?確か...遠足の後あたりとかに...。」

 

「でも最近は急に消えたりしないよな。...お役目しばらくないんじゃないか?...終わったのなら、朝の会とかの時に先生から伝えられると思うし。」

 

「あぁ........まぁ...。」

 

「もしかして、あたしらのこと心配してくれてるのか?」

 

「でももう大丈夫よ。もうすぐ終わるから。」

 

三人はこれ以上お役目について深堀りされないようにとりあえずクラスメートたちを安心させようとした。しかし、

 

「ってことはやっぱり次がひさしぶりのお役目になるってことだよね...?実は...私たち全員で話してさ、しばらくなかったんだから今度はすごく大きいお役目なんじゃないかって思って...。」

 

「だから俺ら、少しでも力になれればって応援の思いを込めて作ったんだ!」

 

と言うと、奥に立っていたクラスメートたちが一枚の大きな布を広げて三人に見せた。

 

「あ........!」

 

「こ、これって...!」

 

クラスメートたちが掲げていたのは三人に対する応援メッセージを込めた横断幕だった。しっかり丁寧に作り込まれており、見ただけでかなり時間をかけたであろうということが伝わってきた。

 

「みんな........こういうことは禁止されているはずでしょ?」

 

須美はまじめにクラスメートたちへそう言う。だが、

 

「そんなのわかってるよ。承知の上でみんなで作ったんだ!」

 

「これくらいしかやれることはないと思ってな!」

 

「すごい...!あたしたちのために...!ありがとなみんな!」

 

三人はその横断幕を受け取った。未来を変えても、変わらず起こる出来事もある...特にこれは園子にとって予想外であったため、少し驚いた。

 

(前はミノさんが死んじゃったのがきっかけだったけど........そうじゃなくても作ってくれるなんて...!)

 

「........。とにかくこれは、先生にバレないようにしないとね。」

 

須美も本当は嬉しいはずなのに優等生としての顔を振る舞っていた。

 

「あと少し、がんばってね!...鷲尾さん、三ノ輪さん、乃木さん!」

 

「ねえねえ、お役目が終わったらいっぱい遊べるんでしょ?」

 

「え...?うん...。」

 

「やったぁ!私、鷲尾さんともっと仲良くなってみたいと思ってたんだ!」

 

「そ、そうなの...!?よかった...ありがとう...!」

 

須美は少し照れている様子で言った。一方園子はただ優しく見守っていただけであった。満開の後遺症さえ、攻略できれば。なんとしてでも神樹館小学校で過ごす冬を迎えたい。そして無事に卒業も...。

 

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「街のそこら中かぼちゃだらけになってきたね~。」

 

「我が国の寛容さが目に見えてわかるわね。」

 

「須美、園子、今日こそなにか買うぞ!」

 

別の日、三人はまたイネスに立ち寄っていろんな商品を見てまわった。

 

「この魔女の帽子かわいい~♪」

 

「そのっち!?頭!頭!」

 

「へ?」

 

園子の頭にはいつの間にか魔女の帽子を被った精霊が居座っていた。

 

「ああっ、出てきちゃダメだよセバスチャン!」

 

『セバスチャン?』

 

銀と須美は声を揃えて訪ねる。

 

「命名したんだ~!烏セバスチャン天狗!」

 

「なかなか独特だな...園子らしい...。」

 

園子が指を鳴らすと精霊がパッと消える。しかし、園子の頭上から消えただけで端末内に入ったわけではなかった。今度はパンプキンの玩具の中に入る。そしてそのまま空中に浮いた。

 

「だから勝手に........ん...?おお~!これはこれでかわいいんよ~!」

 

「そのっち!そんなことよりも早く精霊を........。」

 

「わ~見て~!かぼちゃが浮いてるよ!」

 

「あらホント、どういう仕組みかしら?」

 

通りすがりの親子にその光景を見られてしまう。須美は咄嗟に体で精霊を隠し、

 

「あ、アルファ波で浮かんでいます~...。」

 

と、苦し紛れに答えた。

 

「ええっ!?すごい~!」

 

と、反応する園子。須美は園子を睨んで早くしまうように指示するが園子は動こうとしない。代わりに銀が精霊を見えないところへ移動させて隠した。

 

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鷲尾家 客間

 

「え........それじゃ須美は...!」

 

「........。」

 

「そんな........それじゃあまるで...あの子たちは生贄じゃないですかっ!!」

 

「........。」

 

須美たちがイネスで遊んでいる間、安芸は大赦装束を纏って鷲尾家に訪れ、満開の後遺症について話していた。須美は鷲尾家の娘ではない。須美は勇者適性が高かったため、大赦内の中でも格式が高い鷲尾家に養子として入った。今まで鷲尾夫妻が我が子同然として育ててきた須美の迎える運命。それを伝えられた鷲尾夫妻は大きなショックを受けていた。

 

「なんとかならないのですか...?...まだ小学六年生だと言うのに...。」

 

「...これはどうしても避けられないことなのです。勇者として選ばれた者の運命...。どうかご理解を。」

 

「そんなっ...!あまりにも、あまりにも酷すぎますよ!」

 

「........ですが、私は信じています。」

 

「えっ...?」

 

安芸は頭を下げた後、自分の気持ちを鷲尾夫妻に明かした。

 

「私は彼女たちを信じます。...今までどんなお役目も、ひとりも犠牲者を出さずにこなしてきた彼女たちです。常に三人一緒で協力し合い、チームワークも抜群です。彼女たちなら........多少の障害は残ってしまってもきっと乗り越えられる...私はそう信じています。」

 

安芸はそう伝えると二人に問う。

 

「.........あなた方はどうお思いになりますか...?」

 

『........。』

 

二人は少し困った顔で見合わせた。そして安芸は最後にこう言う。

 

「...どうか、彼女たちを信じてあげてください。我々はそれしかできません。我々大人は無力なのです。彼女たちを見守ることしかできないのです。」

 

安芸は二人に一礼し、「失礼します」と言って鷲尾家を後にした。

 

(私たちは願うことしかできない。それ以上もそれ以下もできない。...私のしていることは本当に正しいことなのか...?これも世界を救うため...?そのためならあの子たちを犠牲にしていいの...?...こんなことになるなら、こんな思いをしなくてはならないなら大赦なんて今すぐ辞めたいくらいだ。だがそうするわけにはいかない。あの子たちの面倒は私が責任を持って最後までみる。こうなってしまった以上は、私が彼女たちを支える。例え、見守ることしかできないとしても...心が折れようとも......。)

 

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イネスからの帰り道。夕日が照らす一本道を、三人は横に並んで歩く。

 

「いや~今日は楽しかったな!」

 

「でも銀、やっぱり私しょうゆ豆ジェラート味はあまり好きじゃないかも...。」

 

「ええっ!?いやあれが一番だろ!?」

 

「私はやっぱり抹茶の......。」

 

「いやいや!しょうゆ豆ジェラートだ!」

 

「が、頑固ね...。」

 

「ミノさん、それだけは譲れないからね~!」

 

「ああ!しょうゆ豆ジェラートが世界一!いや、イネスまるごと世界一!!」

 

銀の胸を張って言った発言に、二人はクスッと笑いかける。須美は空を見上げながら今日の出来事を振り返った。

 

「...お父さんからもお母さんからも誉められて、友達からも応援されて......お役目がある私たちは幸せだ。.....って思ってた。でも、それは表向きの話...。」

 

「........ああ。あたしも最初勇者に選ばれた時はすっごくうれしかったよ。めっちゃ誇らしかった。けど今は複雑な気持ちだな...。大赦の裏の顔を知っちゃったからさ。ついでに未来のことも...。」

 

「........私が元々いた未来ではね、この横断幕はミノさんのことがきっかけでみんな作ってくれたんだ。でも今回は別の理由で作ってくれた。...がんばろうよ二人とも。どっちにしろ、私たちがやることは一つしかないんだから!」

 

園子は二人の顔を見る。銀も須美も微笑んで頷いた。と、そこで風が吹く。ザザ...と音を立てて枯れ葉が揺れる。その時、須美は何かを感じ取ったのかのようにバッと後ろを振り向いた。

 

「........須美...?」

 

「...来るんだね...?」

 

「ええ...来る...!」

 

「!?...須美、わかるようになったのか!?」

 

その瞬間、三人のスマホが一斉に鳴る。勇者システムのアップデートにより、追加された樹海化警報だ。これで樹海化が起こるタイミングがいつ来るかわかる。

 

「......実は私、昨日の夢で神託らしきものを見たの...。...こんなの初めてよ。やはりそのっちの言うとおり、厳しい戦いになるのだということを伝えてくれたんだと思う...。大きな火の玉が三つ...。」

 

「火の玉...?また新しいタイプだな。」

 

「気を引き締めていこうね!集中!集中!」

 

「おっ、そうだ!」

 

銀は何かを思いついたのかと思うと、いつも髪につけている花柄の髪留めを取って須美に差し出した。

 

「あたしがいつもつけてるピン!須美が持っててくれよ!」

 

「えっ...?」

 

「........ほら、本当の未来なら須美は記憶を失っちゃうんだろ?だからそうならないようにってことでお守り!あたしらのことを忘れないっていう、約束の印みたいなもん!」

 

銀はそう言って須美の手に髪留めを託す。須美はその髪留めをじっと見つめると、ギュッと握りしめた。

 

「髪につけてもいいんだぜ?」

 

「...ふふ、戦いが終わってからにするわ!」

 

「......じゃあ、私はミノさんにあげるよ。」

 

「えっ?あたし?」

 

園子も同様にいつもつけているリボンを銀に渡した。

 

「ミノさんも油断しちゃダメだからね。どこのなんの機能を失うかわかんないんだから。だから私もお守りとして!」

 

銀は園子のリボンを受け取り、気合いを入れるかのように手首にキュッと巻いた。

 

「へへっ、ありがとよ園子!あたしも戦いが終わったらつける!」

 

「わあっ!きっと二人とも似合うよ~!早く見たいな~!」

 

やがて時が停止し、大橋に一本の光が射す。ひさしぶりの樹海化が始まった。その光はどんどんこちらに迫ってきてすべてを覆い尽くしていく。ついにやってきた決戦の刻。園子にとって一、二を争うトラウマだ。園子は強く大橋に射す光を睨んだ。

 

「二人は私が守るからね!」

 

「あたしも!須美と園子を守る!」

 

「全員...私が守るよ!」

 

三人は手を繋ぎ、そのまま樹海化の光に飲み込まれていく。そして最後に、三人同時に声を合わせて言った。

 

『約束。必ず一緒に帰ろう!!』

 

(第28話に続く)



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【第28話】Cruel fate or Happy ideal ~ first half ~

 

やがて樹海は四国全域を包み込み、三人は不思議な空間となった大橋の先を睨みつける。そこにはバーテックスが三体目視できた。

 

「三体...!」

 

「そうか...。ってことはこの後うじゃうじゃ増えるってことだな?」

 

「うん...そうだよ。まずはこの三体から倒す。海で泳いでるヤツは黒いガスを噴射してきて視界を奪う。その上にいるヤツは電撃で攻撃してくるよ、雷みたいに。........そしてその奥にいるのが一番厄介な...」

 

「おっけー園子!とりあえず手前の二体から片付けよう!」

 

「ええ!行きましょう!」

 

三人は一斉にスマホを取り出す。銀は再度キュッとリボンを手首に巻き、須美は銀の髪留めを強く握った。そして同時に勇者システムを起動させる。

光に包まれた三人は新たな勇者服を纏い、進化した武器を手にする。

 

「よろしくね。あなたの名前はシロガネよ。」

 

須美は新武器の狙撃銃にそう名付けた。

 

「お、武器に名前?かっけー!なんでシロガネなんだ?」

 

「...私が最高にかっこいいと思うものからとったの。」

 

「かっこいいもの?」

 

「ふふ、銀には内緒よ!」

 

「ええ~ズルいぞ~!このあと絶対教えろよな!........えっと...あたしの武器は刀か?前のずっしりとした斧よりずっと軽くなったな!」

 

銀は二本の刀をブンブン振り回す。彼女の勇者服は夏凜の勇者服と全く同じものだった。武器も同じくそうだ。

 

(にぼっしーの勇者服をミノさんが...!ちょっと違和感?でも似合ってる!)

 

「園子は?」

 

「あ、私?私は変わらず槍だね~。」

 

「でもなんか違うな?」

 

「実はね...これ伸びたりするんよ~!わっしーのも、ミノさんのも前よりずっと強い武器になってるよ~!」

 

「期待する価値はありそうね。」

 

「よしっ!どんな武器かはだいたいわかった!早速実戦行くか!」

 

「先陣は私がとるわ!」

 

須美はそう言い、三人は一斉に飛び上がってバーテックスに接近する。途中で須美だけ外れ、狙撃ポイントとなる場所をとるとバーテックスに狙いを定める。

 

(まずは海に潜ってるヤツから...!)

 

須美はうつ伏せになり、銃口を向けて数発放つ。

 

 

ボコーン!ドーン!ドガーン!

 

 

見事すべて命中し、バーテックスの動きは止まった。その間に急接近していた園子と銀は一気に畳みかける。

 

「くらえ~!え~~いっ!!」

 

園子は槍を伸ばし、バーテックスの上部を刺す。

 

「続いて横からだっ!」

 

銀は刀を何本も取り出し、バーテックスの体へ投げつけた。これも全部突き刺さり、着々とダメージを与えていく。

 

(いいコンビネーション...!やっぱりミノさんの存在はデカい...!)

 

すると海のバーテックスの動きが止まり、今度は頭上のバーテックスが動き始めた。

 

「あっ...園子上っ!」

 

「...!!」

 

銀の忠告も間に合わず、園子は電撃を食らってしまう。

 

「うわっ......。」

 

しかし、その電撃は烏天狗のバリアによって防がれた。

 

「........ふぅ...ビリッときた~...!」

 

「園子大丈夫か!?」

 

銀がこちらによってきて園子の隣にしゃがむ。

 

「大丈夫、無傷だよ~。セバスチャンのおかげでね。........あ、ほら見て。私の満開ゲージ。」

 

園子は自分の満開ゲージを銀に見せる。

 

「こうやって溜めていくんだよ。ダメージを負っていけば自然と溜まっていく。」

 

「!...要するに、好きなときに好きなように満開できるってわけじゃないんだな。」

 

「そ!」

 

そんな会話をしている中、バーテックスたちは容赦なく攻撃してくる。先ほど攻撃を浴びさせたバーテックスが例の黒いガスを噴射してきた。

 

「うおっ...!ホントだ...何にも見えない!」

 

「ミノさん!わっしー!高く飛んで!」

 

園子は二人にそう叫ぶ。そして三人とも一斉に高く飛んだ。

 

「よし...!煙幕を抜けた...!これで狙える!」

 

「二人とも、このままあいつを叩くよ!」

 

「いや...待て園子!!」

 

「...え?」

 

園子と須美は目の前のガスを噴出しているバーテックスにしか目がいっていなかった。しかし、銀だけは頭上を見上げていた。高くジャンプしたことにより、電撃を放つバーテックスに近づいていた。

 

「あ...!」

 

園子と須美は銀の向いている方向に気がつき、両者とも上を見る。

 

「まずい...!!」

 

銀は攻撃される前に攻撃してやろうと、刀を構える。しかし、

 

 

ジバババババ!!

 

 

それも間に合わず、広範囲の電撃が園子たちを襲う。

 

「うっ.......!」

 

「わあっ......」

 

(まさかこんな広い範囲まで電撃を放てるなんて...!遠くにいたわっしーまで当たってる...。)

 

三人はまた地面に戻され、倒れる。ガスの中に後戻りしてしまったため、また周りの様子が見えない。

 

「くっ...!みんな無事か...?」

 

「ミノさんまだだよっ!まだくる!!」

 

休む暇もなく、バーテックスは電撃を放ってくる。どこから飛んでくるかわからない電撃に、園子たちは防御などろくにできなかった。さらにガスとの化学反応を起こし、樹海に火がつく。園子たちは火の海の中で必死にあがいた。

 

(このままじゃやられる...!満開ゲージも溜まった。あたしがやるしか...!)

 

銀は満開を使おうとするが、

 

「ミノさんとわっしーはそこにいて!私がやる!!」

 

「え?ちょ、園子!!」

 

「満開っ!!」

 

園子はなんの躊躇いもなく、満開を発動した。その力は絶大で、満開しただけで周りのガスと火を一瞬にして消してしまった。

 

「ぅ........まわりの火が消えた...?あ...!!」

 

「すごい...これが満開...?」

 

須美と銀がゆっくりと見上げると、神々しい光と服に包まれた園子が宙に浮いていた。二人は思わず息をのむ。

 

「........!...かっけぇ...。」

 

「そのっち...まるで神様みたい...。」

 

園子は船のような物に乗り、二つの大きな球体を手にし、船を操る。

 

「...できればここで使いたくなかったんだけどしょうがない。......一瞬で終わらせるよ。」

 

園子はそう呟くと船を進め、周りに浮かんでいる大きな槍のようなものを何本も動かした。それは自由自在に動かせるようで、不規則に動いている。

 

 

パンっ!

 

 

園子が手をたたいた瞬間、その槍が一斉にバーテックスを串刺しにし、一瞬にして消した。あれほど苦戦していた電撃を放つバーテックスをたった一撃で。

 

「トドメだよ。」

 

さらに園子はそう言うと、体をなくしたバーテックスから飛び出た三角推に槍を刺す。すると七色の光を出して消滅した。その様子を見た下にいるバーテックスは殺されまいと逃げ出した。

 

「おっと、逃がさないんよ~」

 

園子はニコッと笑いながら片手のひらを下にかざす。それに従うかのように、槍はバーテックス目掛けて雨のごとく飛んでいった。

 

 

グサッグサッグサッ!!

 

 

為す術なくあっという間に追いつかれ、全身を貫かれたバーテックスは体をバラバラにして崩れ去った。園子は先ほどと同じようにバーテックスから飛び出した三角錐を壊す。やはりそれも七色の光を出して消えた。

 

「よし........このままあいつも...!」

 

園子はそのままの勢いで奥に陣取っているバーテックスに向かっていく。が、、

 

「!........うっ...。」

 

突然空中でよろめいたと思うとそのままバランスを崩して落ちていった。

 

「...園子...!?」

 

「そのっち...!」

 

二人はすぐさま彼女が落ちた場所に駆け寄ると、満開状態が解けた園子が倒れていた。

 

「うぅ...満開でいられる時間はたったこれだけか...!昔の体感よりもずっと早い...!」

 

「そのっち!!大丈夫!?」

 

「あとは任せろ園子。あたしらも満開ゲージが溜まった。すぐに片を付けてやる!」

 

「!...待ってミノさん!」

 

園子はすぐに起き上がり、銀の手を掴んで止めた。

 

「今満開してわかった...。満開できる時間はほんの少しだけ。限られてる。それにわっしーは......満開していいのは一回だけだよ。」

 

「えっ...?どうして...?」

 

「わっしーは二回目の散華で記憶を失う...。だからできるだけ通常状態で戦って欲しいんだ。自分の身が本当にピンチになったときだけ使っていい。もっかい言うけど一回だけだよ。」

 

「........ああ。園子の言うとおりだな。あたしらも須美が危なくなったら全力で守る。だから安心して戦ってくれ。」

 

「でもそれじゃ私は二人の足手まといに...!!」

 

「ならないよ!...約束したでしょ?みんなで守り合うって!」

 

「そうだぞ須美~!須美もその射撃で充分戦えるし、あたしらのサポートもバッチリできるだろぉ?」

 

「...二人とも...!ごめんなさい...。」

 

「すぐ謝んなって!........ほら、ヤツが来るぞ。」

 

向こうも自分たちの位置に気づいたらしく、大きな火の玉を作り出している。

 

「あ、あれは...!!............私が夢に見たのは........あれだ...!」

 

須美はそう呟く。あの火球が完成して発射されれば樹海はまるごと吹き飛ぶだろう。

 

「...園子、立てるか?」

 

「うん...!まだまだ!」

 

園子は右目を気にする素振りを見せながら立ち上がる。それを見た銀は二人の前に立った。園子は彼女の小さいのに大きく見える背中を眺めた。

 

「...あたしがあいつを止める。園子は一旦須美を連れて遠くに離れてろ。」

 

「えっ...?でも!ミノさんだって満開で何を失うかわからないんだよ!?」

 

「そんなことわかってるよ。だけど、いちいちそんなん言ってちゃ戦えないだろ?」

 

「...!まぁ...そうだけど...」

 

「少なくとも、お前が前に見た未来では私は普通に生きてた...ってことは大丈夫なはずだ!だから安心しろ、園子。」

 

銀は振り返り、園子の頭を優しく撫でてそう言った。園子は銀の笑顔を信じ、

 

「...わかった。バーテックスを倒したあとに出てくる三角形のもの...『御霊』を壊せば完全に倒せるから。今まで追い返すまでが精一杯だったけどアップデートされた勇者システムなら倒せる。........それじゃ任せたよ、ミノさん!」

 

と詳しく説明してから後退した。

 

「...どうかご武運を。」

 

須美もそう言い、後ろにさがる。

 

「すぅ.......はぁ......。」

 

銀は大きく深呼吸すると、二カッと笑いながらもバーテックスを睨みつけて叫んだ。

 

「よ~しっ!!いっちょぶちかましますか!!」

 

銀は指の関節をパキパキ鳴らし、低い体制になって雄叫びをあげる。

 

「満開っ!!!」

 

赤い光が銀を包み、牡丹の花が空に輝く。園子同様、似たような満開装束を纏った銀もまた、とても神々しかった。遠くでその様子を見ていた二人は銀の放つオーラにすっかり見とれていた。

 

(ミノさんの満開はにぼっしーのと全然違う...!満開前の勇者服は一緒だったのに...ミノさんの場合は武器だった斧が変化して『爪』みたいになってる...!四本足の大きい戦艦みたいな...。)

 

おそらくその違いは、使用者によって異なるのだろう。どっちにしろ、かっこいい銀の姿に釘付けになっていたのは確かだった。

 

「覚悟しろバーテックス...。この三ノ輪銀様がお相手だ!一世一代の大勝負!タイマン張りやがれっー!!」

 

銀は叫びながらバーテックスに突っ込んでいく。作り途中の火球があるのにも関わらず、そんなのもお構いなしに猛スピードで向かっていった。

 

「おりゃああああああああ!!!」

 

銀は両手にある水晶のような球体を動かし、乗っている戦艦を操る。その動きはとてもパワフルでスピードがあり、戦艦の爪は火球を切り刻んでかき消した。

 

「よっしゃ!一気にトドメっ!!........ここから、出ていけっ~~!!」

 

銀はそのまま最後まで決めようとする。ブーストを発生させ、高速でバーテックスごと結界ギリギリまで突進する。そして樹海の壁に激突して止まった。

 

「うっ...さすがに無理しすぎたか...。ん...?」

 

消滅したバーテックスの体から、御霊が飛び出す。御霊は空に飛び上がると壁の外へ逃げようと動き始めた。

 

「逃げるつもりか...!こら待てっ!........!!うっ...。」

 

そのタイミングで満開の時間切れが訪れ、乗っていた戦艦が消えて銀は地面に落ちた。そのせいで御霊は壁の外へ逃げてしまった。

 

「はぁ...はぁ...。あれ...?特におかしいところはないな...。でもそれなら逆に良い!あいつは絶対に逃がさん!」

 

銀は満開の力を使用したことによる息切れだけで、どこかの機能を失ったという感覚は特になかった。銀は立ち上がり、そのまま結界外へと御霊を追いかける。

 

------------

 

「銀...あんな壁ギリギリまで...。」

 

「まずい...!もしかしてミノさん壁の外に...!?」

 

園子は昔の自分の記憶を振り返り、銀がとるであろう行動を考えた。

 

「わっしーはここで待ってて!ちょっと行ってくる!」

 

「え?そのっち!?」

 

園子はそう言い残すと全速力で壁へと向かう。

 

------------

 

「なんだ...これ........。」

 

一方銀は、壁の外へと出てこの世界の真実を目の当たりにした。どこまでも続いている火の海。真っ赤な風景がずっと向こうまで広がっていた。

 

「園子から話は聞いてたけど...まさかここまでなんて........。本当の本当に、地獄じゃないか........。」

 

すると、壁外に出た銀を発見した星屑たちが一斉にこちらにやってくる。

 

「!!やべっ...!」

 

銀は軽い身のこなしで星屑たちを避け、すかさず反撃の一撃を食らわせた。

 

「ミノさん!!」

 

その時、園子も壁外にやってきた。

 

「園子...!お前が見た風景はこれだったんだな...!これは確かに地獄だ...。壁の中にいる人たちは外がこんなんになってるのも知らないなんて...!」

 

壁外では話す余裕もろくになく、次々に容赦なくバーテックスたちが襲いかかる。しかし、彼女たちはそんな攻撃をもろともせず、一撃も食らわずに倒し続けた。

 

「そのっち!銀!」

 

「わっしー!?待っててって言って...。」

 

「私だけ待ってるわけにはいかないでしょ!........あ...!?」

 

須美も壁外の風景を目の当たりにし、その場で固まってしまう。

 

「嘘...こんな........!?」

 

「まるでファンタジーの世界だよな、須美...。私も信じられない。」

 

「ここまでひどいなんてね...。」

 

「とりあえずみんな、中へ............あっ!?」

 

園子が壁内へ須美たちを連れて行こうとしたとき、火の海のずっと向こう側で大型バーテックスが大量に作られていくのを見る。

 

「!!........あ、あれか...!しかも結構な数...。」

 

「ああやってバーテックスは作られてたのね...。ここからが本番と言ったところかしら。」

 

「二人とも、気を引き締めて乗り切ろう。...ここを乗り越えれば次の機会に繋げられる。........あの炎のずっとずっと向こうにいる天の神を倒さない限り...バーテックスは無限に生み出されるのだから...。」

 

園子たちは後退し、樹海に戻る。そして三人並んでバーテックスたちが来るのを待つ。やがて横並びに多くのバーテックスが入ってくるのが目視できた。

 

「来た...!」

 

須美はバーテックスたちを確認すると二人に向かって頷き、一人下がって狙撃体制に入った。いわゆる二人の援護役だ。

 

「ついにだな、園子。あたしらのクリスマスと新年は、今このときにかかってる。」

 

「そうだね。がんばろう、ミノさん!」

 

二人は顔を見合わせると「うん」と首を縦に降り、同時に叫んだ。

 

『満開っ!!!』

 

二つの花が上空に二輪咲き誇り、樹海を明るく照らす。希望の光が人類を滅ぼそうとする絶望に立ち向かうかのように、その二人の姿は絶望の象徴とも言えるバーテックスと見事に対比されていた。

 

「あたしは左側の十体をやる。園子は右側の十体を頼んだ!真ん中は...めっちゃ強そうだから最後二人でやるぞ。」

 

「おっけー!任せて~!」

 

「そんじゃ行くぞっ!!」

 

銀の掛け声で両者は二手に分かれた。猛スピードで敵の大群へ向かっていく。バーテックスたちは進行の妨げになる邪魔者を排除しようと、多種多様な攻撃を放つ。

 

「そんな攻撃...もう食らわないんだよっ!」

 

銀は満開の時間制限を気にし、敵の攻撃をお構いなしに突っ込んでいく。

 

「おりゃおりゃ!とりゃあああああああっ!!!」

 

銀はやたらめったら戦艦を動かし、バーテックスを切り刻んでいく。満開状態でいられる時間が短い分、適当に暴れまわって少しでもダメージを与えさせるのが銀の策略だった。だがその勢いも、

 

「うぐっ...さすがに敵が多すぎる...。」

 

完全にバーテックスに囲まれてしまい、四方八方から攻撃を受ける。さすがの銀もこれには対処できず、そのまま二回目の満開が切れてしまった。

 

「くそっ...突っ込みすぎたか...!はぁ...はぁ...。」

 

 

ドサッ

 

 

銀はそのまま地面に転がり、バーテックスの標的となった。

 

「満開が切れるタイミングが悪すぎた...!このままじゃやば...」

 

バーテックスは一斉に攻撃を放ち、一対多数の場数で銀を倒そうとする。

 

「わあああっ!!」

 

銀は敵の攻撃でまともに行動できず、その場でうずくまることしかできなかった。精霊が守ってくれてはいるものの、体験したことのないほどの衝撃が銀を襲う。言うなればリンチだ。

 

(くうっ...なんとか、なんとかこの状況を...そうだ、もう一回満開を!)

 

銀は攻撃の雨の中、なんとか立とうとする。しかし、

 

「あ、あれ...?右足が、動かない...。」

 

銀は立てなかった。全く力が入らなかったのだ。銀の右足はまるで重りのようで、引きずることしかできない。

 

(これが...散華......。)

 

銀は『体の機能を失う』ということを実際に体験し、恐怖心を抱いた。そんな時ちょうどそのタイミングで満開ゲージが溜まった。

 

(!...今使えばここから抜けられる...。でもまたこの足みたいにどこかが...。いや、なに言ってんだあたし!!もう覚悟は決めたはずだろ...!!)

 

「満...」

 

もう一度満開を発動しようとしたとき、急にバーテックスたちの攻撃が止まった。見上げてみると、敵はいくつもの光線に身を貫かれていた。

 

「!!......これって...!」

 

銀は光線が飛んできている方角を見る。銀の予想したとおり、そこにいたのは

 

「す、須美...!?」

 

銀や園子と似た戦艦のようなものに乗り、次々にバーテックスたちを撃ち抜いていく。やがて須美は隙を見計らって銀に接近し、

 

「銀、乗って!!一旦退くわよ!」

 

と言った。銀はすぐさま須美の戦艦に乗り、猛スピードでバーテックスの大群から身を退く。その間も逃がさまいとバーテックスは追ってくる。それを須美は撃ち抜きながら命がけでなんとか逃げ切った。

 

「須美...!お前満開を...!」

 

「満開じゃないと歯が立たなそうだったからね。でも本当によかった。銀が無事で...。」

 

「須美...ごめん...あたしのせいでたった一回の満開を使わせちまって...。あたしが突っ込みすぎたせいだ...。」

 

「思い詰めないで銀!私は約束を果たしただけよ。銀を守るって約束をね。...私はあなたたちのためなら例え記憶をうしな...」

 

「それはダメだ!!この戦い乗り越えてクリスマスやら正月やら三人でまだまだ遊ぶ...それも約束だろ!?」

 

「...!」

 

「あたたちには精霊がついてくれてる。傷つくことはない。だから須美はもう満開を...」

 

「うぐっ...。」

 

「!...須美...!?」

 

ちょうどそこで須美の満開状態が解かれる。銀はすぐさま須美を抱きかかえ、地面に着地した。

 

「須美!大丈夫か!?」

 

「ぅ...銀...ありがとう。あれ...?」

 

須美は銀から離れて立とうとするが、なかなかうまくいかない。足がどちらとも全く動かないのだ。

 

「........須美、もしかしてお前...立てないのか...?」

 

「!...ええ。両足とも全く...。」

 

「えっ...!?くっ...たった一回満開しただけなのになんで両足持ってかれるんだよ...!」

 

 

ゴゴゴゴ...

 

 

すると頭上から不穏な音がして二人は空を見上げる。そこには体を真っ赤に燃やしながら進んでいく星屑たちの姿が見えた。

 

「!!...な、なんだこいつら!?」

 

「銀...あそこ!」

 

須美は星屑たちが来た場所を指差す。その先には真ん中に陣取っているバーテックスが星屑を次々に生み出していた。

 

「最初に...火球をつくっていたヤツよ。」

 

「あたしが倒し損ねたヤツか...!くそっ...こんなこともできるのかよ!」

 

勇者システムの補助機能が発動したのか、銀は突然立てるようになった。須美も同様に、勇者システムのサポートで立ち上がる。

 

「銀!とりあえずこいつらを止めないと!早くしないと...」

 

「ああ!神樹様の所に追いつかれる!」

 

銀と須美は飛び上がり、星屑たちを撃破していく。

 

「こらお前ら止まれ~!」

 

いくら斬り倒しても、いくら撃ち抜いてもきりがなかった。...数が多すぎる。二人で倒しきるにはあまりにも不可能な数だった。そして何匹かの進軍を許してしまう。

 

「あっ!あいつら前に...!」

 

「くっ...!でもこっちも目を離したら前に行かれるわ...どうしたら...!」

 

「あたしが満開するしかないだろ!...こんなザコ共に使いたくなかったけどしょうがない!......満開っ!!」

 

銀は即座に満開を使い、神樹の元へたどり着こうとする星屑たちにあっという間に追いつき、大きな爪で一気に切り裂いた。

 

「オラオラオラっー!!」

 

一瞬。たった一瞬で銀は星屑を殲滅させた。さっきまで苦戦していたのが嘘のようだ。

 

「銀すごい...いくら数が多かろうとも関係ない...。やっぱり満開の力って偉大だわ...!」

 

「はぁ...はぁ...ようやく片付いたか...。なんでだしらんけどあのバーテックスはもうちっこいのを出さなくなったな...。うっ...。」

 

満開が解け、銀は地面に落ちる。

 

「銀!大丈夫!?」

 

「あ...あぁ........なんか...逆に楽になった気がする...。」

 

「え...?」

 

「いや....疲れなくなったっていうか...息切れしなくなったっていうか........。そういや初めて満開した時もなにも失わなかった感じだったし。」

 

「...散華に良いことなんてないはずよね...?」

 

「ああ。そのはずだけど...でもこれならもっとたくさん戦えるぜ!疲れない体になったんだからな!」

 

銀はガッツポーズしてそう言うと、

 

「.....あ........。」

 

突然須美がこの世の終わりだとでも言うような顔をして見上げている。銀は疑問に思い、後ろを振り返った。その瞬間、銀も須美と全く同じ顔をすることになる。

 

「こ、こいつらいつの間に........!」

 

銀と須美のすぐそばまでに先ほどの大型バーテックスたちが接近していたのだ。星屑はこいつらが須美たちの元へ行くまでの時間稼ぎだった。二人は焦る。この数のバーテックスがさっきみたいに襲ってきたら...。

 

「くっ...今満開使ったばっかだから、満開ゲージはゼロだ...!」

 

「私も...。」

 

二人はピッタリくっつき、ただただバーテックスたちを見上げる。そして考える。別の世界ではあるが、園子はこいつらに加えて合計20体以上の大型バーテックスを一人で倒したということを。彼女がいかに規格外であるか二人は思い知った。

 

「満開ゲージが溜まるまであたしらはこのまま相手をしなくちゃいけない...けど避けてばっかりじゃダメだ。もちろん満開ゲージが溜まらないってのもあるけど、何より樹海が傷つく...ましてやこの量の攻撃が飛んできたら...!」

 

「現実の世界への影響は大きくなる...。つまり、私たちができることは........『樹海の盾になる』こと...。」

 

二人は冷や汗をかきながらも覚悟した。これからすべて敵の攻撃を受け止め、極力樹海を守らなくてはならない。どれくらいの攻撃を受けるだろうか。ダメージはどれくらいなのか...。

 

「やりましょう...銀。」

 

須美は静かにそう言い、狙撃銃を構えた。

 

------------------------------------

 

「はぁっ...はぁっ...これで...全部やった...?」

 

一方、園子はたった一人で右側10体のバーテックスを葬っていた。それに要した満開の回数は7回。二回目ということもあり、予定よりも3回程度満開する数を減らすことに成功していた。

 

「わっしーと...ミノさんは.......?」

 

園子はもうすでに不自由な体をなんとかして動かし、辺りを見回した。すると、遠い向こうの方でバーテックスたちが集まり、何か爆発しているのが見える。園子は彼女たちが戦っているのだと言うことをすぐに理解した。

 

(!!........は、早く行かなきゃ...!まだ戦いは終わってないんだ...!!)

 

園子は勇者システムのサポートに支えられながらも、彼女たちがいる方へ向かった。

 

(第29話に続く)



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【第29話】Cruel fate or Happy ideal ~ second half ~

 

「くっ....!うぅ....」

 

「!........んうっ....!」

 

二人は敵の攻撃が飛んでくる度、体を呈して樹海を守る。

 

「もう少しだ....もう少しで満開ゲージが....!........ぬあっ!?」

 

「!!....銀っ!!」

 

銀は不思議な触手なようなものに捕まり、身動きが取れなくなる。空中に浮き、足をジタバタさせる以外にできることはない。

 

「あのバーテックス....!そのっちがケガでいなかったときに銀と二人で倒したバーテックスだわ...!確かこいつ爆弾も...」

 

 

須美の予想通り、ラグビーボール状の爆弾が須美目掛けて飛んできた。須美はそれを狙撃銃で撃ち落とし、銀に向かって叫ぶ。

 

「銀!今助けるからね!!」

 

須美はそう言って触手の根元を狙って放つ。が、

 

「なっ...!あなたたち邪魔よ!!」

 

周りのバーテックスたちが盾となり、射線を切る。ましてや弾の装填に時間がかかる狙撃銃である。やがて須美はバーテックスに囲まれ、銀を救うどころか自分の身も危うくなっていた。

 

「どいて...!お願いだからどいて!!早くしないと銀がっ...!」

 

「くっ...ぬうっ......んんんっ~...!コラ~...離せ~...!!」

 

何もできないまま時間だけが過ぎようとしていたとき、

 

 

ズゴゴゴゴゴーン

 

 

地響きのような音がこちらに近づいてきたと思うと、バーテックスが数匹吹っ飛んだ。

 

「!!来てくれた...!」

 

銀は待ってましたとでも言うようにその方向を見た。

 

「二人とも、遅れてごめん...!ミノさん、今助けるよ!!!」

 

園子を危険と判断したバーテックスたちは、須美の相手から園子に切り替えて立ちふさがる。

 

「どいて~~~!!!」

 

園子は構わず突っ込み、満開の力で強行突破する。

 

「行けっ~~!そのっち~!!!」

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

バーテックスの群れを抜け、園子は銀に手を伸ばす。だがしかし、そこで時間は来てしまった。

 

「うっ...!?あがっ......」

 

運悪く銀に手が届くすれすれのところで園子の満開は解けた。

 

「ゲホッ...ゲホッ...!あともうちょっと...だったのに...!ぅぅ...早く...立たなきゃ...!」

 

園子は生まれたての子鹿のように立つのに苦戦している。満開の影響だ。足の機能ももうすでになくなっていた。先ほど蹴散らしたバーテックスたちがもう傷を修復し、迫ってきている。

 

「園子大丈夫かっ!!後ろから来てるぞ!............!?あ、あれ...!?」

 

銀はある異変に気づく。自分を捕らえているバーテックスが壁に向かって進み始めているのだ。

 

「おいお前っ!何するつもりだ!!」

 

「なんで...壁の方へ...?神樹様がいるところと真反対なのに...。」

 

「まさか...!」

 

須美はいち早く感づいた。このバーテックスがしようとしていること、それは...

 

「ヤツらの攻撃では、精霊のご加護もあって私たちを倒すことはできない...。けど神樹様の結界の外、火の海に持って行かれれば全部ヤツらの思い通りになる...!」

 

そう。銀を壁外へと連れて行き、自分のすみかとも言える場所で銀を倒す...そういう魂胆だった。

 

「バーテックスにそこまでの知能がっ...!どうしよう、私が、なんとか...なんとかしないと!!そのっちは動けない...私が...私がやるしか...ないんだ...!」

 

須美はどんどん離れていく銀を見ながら焦る。

 

「園子!!須美!!あたしは大丈夫だ!!なんてたって精霊がついてる!壁の外に持ってかれたとしてもそこでコイツをぶっ倒してやるさ!だから満開は使うな!あたしに構うなっー!!」

 

銀は必死にそう叫び、なるべく二人に更なる苦痛を与えないように心がける。が、銀のそんな儚い願いも一瞬で打ち砕かれた。

 

「満...開っ!!!」

 

「!!」

 

「...!!........あ...!?」

 

空に青白く輝く一輪の花。空中に浮いたその正体は間違いなく、須美だった。

 

「お前......須美...なにやってんだ!!あたしは大丈夫だって...」

 

「そいつがどこまで銀を連れて行くかわからない。自分の言動には責任を持つべきよ、銀。その場の勢いで無理なこと言っちゃダメ。」

 

「で、でもっ...!これでお前は...!」

 

「とりあえず、今は黙って私に助けられなさい。」

 

須美はそう言うと片手を前にかざし、

 

「さっきはよくも...私たちをおもちゃ扱いしてくれたわね。100倍にして返してあげるわ!」

 

砲台から発射されるいくつもの光線。その光線は鋭く、バーテックスの体を貫いた。最初に園子から助けると、そのまま銀を捕らえているバーテックスも倒し、銀は解放される。

 

「ふぅ...これで......安心ね!」

 

須美がそう言った瞬間、彼女の体が光り輝く。散華が始まるのだ。

 

「!!...須美!」

 

「わっしー!」

 

二人は須美の戦艦に飛び乗り、彼女に寄り添った。

 

「ごめんなさい...勝手にやってしまって...。」

 

「須美っ...!あたしのせいだ...ごめん...ごめん...!」

 

「いいえ。銀のせいじゃないわ...。」

 

須美は銀の頬を撫でるように触り、言った。

 

「これは私が自分勝手にやったこと...。二人との約束を破った私が悪いの。」

 

「でもこれで...須美は記憶を...!」

 

「大丈夫よ。また二年後に会えるから...」

 

「二年なんて...長いよわっしー...!」

 

「ごめん...我慢して...ちょうだい...。」

 

「!...須美...?」

 

須美の目は今にも閉じそうだ。二人は心配そうに彼女の顔を見る。

 

「ははは、二人ともそんな顔しないで...。そろそろ時間ね...。あとは、頼んだわよ...そのっち、銀。」

 

「ぐすっ......ああ。お前の分まで頑張る!」

 

「また二年後、会おう!約束だよ!!」

 

「ええ...。これは絶対に破らないわ。約束。」

 

須美は二人と指切りをすると、最後に園子の頬も触った。園子はその手を強く握りながら涙を流す。やがて須美の目は閉じ、満開どころか勇者状態も解除されてしまった。二人は須美を安全だと思われる場所に寝かせ、大橋方面を見る。

 

「次に須美が目を開けたときは...須美の記憶はなくなってるんだよな...。」

 

「うん。まっさらにね。私たちと過ごした時間も全部忘れて、私たちが誰なのかも覚えてない。」

 

「!...そりゃ、やっぱ目覚めた後に会うのはキツいな...。あたしらは須美にとって赤の他人になってるなんて...。」

 

「あっ...いや...そう言えば...」

 

「ん?なんだ?」

 

「わっしー...ミノさんのことだけは覚えてた気がする...。」

 

「えっ...?」

 

「あれは...何だったんだろう...。二年後にもう一回会ったときにはミノさんのことも忘れてたのに...。」

 

「散華してすぐだったから頭の中がごちゃごちゃしてたんじゃないか?あたしのことだけ覚えてたなんておかしいし。」

 

「そうかな...?」

 

そんな会話をしている間にも、再び回復し始めたバーテックス共がまた侵攻を開始する。

 

「!...ヤツらもう来たぞ...園子!」

 

「うん...もう一踏ん張りだね!」

 

二人は武器を構え、ヤツらに立ち向かう。

 

「あたしと園子のコンビネーションの前にねじ伏せろ!」

 

息のあった連撃。主に銀が前に立ちながら二人は満開を繰り返し、バーテックス共を葬っていく。そしてついに...

 

「ふぅ...これで残りはあいつだけ...!」

 

あと残るのは二人で一緒に倒そうと言って最後まで倒さなかった例のバーテックスのみだけだった。燃えた星屑を生み出し、規格外の火球を作り出せる...まさにボスと言ったような風格、そしてそれに見合った強さのバーテックスだ。

 

「園子、大丈夫か!」

 

「うん!...ミノさんはまだまだ元気そうだね...!」

 

「ああ!だいぶ前にな、なんでだか急に息切れしなくなったんだ!」

 

「えっ...?」

 

嬉しそうに言う銀とは対照的に、園子は焦るように銀の鼻に手を近づけた。

 

「ちょっ...どうしたんだよ園子?」

 

いきなりのことに銀は少し戸惑う。

 

「ミノさん......息してる...?」

 

「........。は...?」

 

「ミノさん...呼吸、さっきからしてないよ...?」

 

銀が失った体の機能は、どうやら肺の機能らしかった。呼吸をしないから息切れしない。そういうメカニズムだったのだ。

 

「そっか...。この現象はそういうことだったんだな。」

 

銀の体の謎が明らかになった瞬間、大橋方面が赤く光り始めた。

 

「!...あいつ、また火球を...!」

 

「打たれる前に倒すよ!」

 

二人はこのままの勢いで一気に距離をつめ、トドメを刺そうとしたが、

 

「あ........!あいつ、ちっこいヤツも出して来やがった!しかもさっきより数が多い!」

 

「時間稼ぎってことか...!ミノさん!さっさと小さいのも倒すよ!」

 

「おう!」

 

二人はまた満開を使用し、星屑たちを次々に葬る。しかし、

 

「しまった!一匹逃がした!」

 

どさくさに紛れ、二人の壁を突破した一匹の星屑が神樹の元へと進む。

 

「園子、あたしはあいつを追う!ここは頼んだ!」

 

「わかった!」

 

銀はすぐさま星屑に近づき、倒そうと試みる。星屑のすぐ先には須美が気を失って倒れている場所が見える。そして星屑は須美を喰おうと向かっていく。

 

「!!あいつ...もしかして須美を狙ってる...!?」

 

銀は頭に血が上り、戦艦を動かした。

 

「お前に須美は触らせねぇよ!!」

 

銀はギリギリのところで星屑を倒した。ちょうどその時、満開も解けてしまう。

 

「うっ......。危なかった...。」

 

銀はよろよろと立ち上がる。もう今度はどこの機能を失ったかなんてわからないでいた。繰り返すうちに散華することに慣れてしまったのだ。

 

「早く園子のところに戻らないと..!」

 

「........あの...」

 

「!!!」

 

突然後ろから声をかけられ、銀はすぐに振り返った。彼女の思っていたとおり、そこには須美がちょこんと座って起き上がっていた。ようやく気がついて目を覚ましたのだ。

 

「須美...!お、起きたのか...!?」

 

「あの........ここは...どこなんでしょうか...。それに...さっきの化け物は一体...。」

 

「覚えて...ないのか...?」

 

「...はい。お恥ずかしい話なんですが...どうしてここにいるのかも、今までどうしていたのかも、よく....。」

 

「そ、その喋り方...どうしたんだよ...?」

 

「........え...?」

 

「ほら、あたしだぞ?三ノ輪銀!銀だよ!」

 

「........。」

 

須美はじっと銀の顔を見つめると、銀のことを少し怖がるかのようにしてこう言った。

 

「........どなた...ですか...?」

 

「!!!」

 

「そうだ...そのっちは...?」

 

「........え...?」

 

「そのっちはどこ!?」

 

「...ど、どういうことだよこれ...!」

 

銀は戸惑いを見せるも、なんとかして心を落ち着かせる。そして須美の高さに合わせてしゃがみ、彼女の肩に手を置いた。

 

「いいか。お前は鷲尾須美。どこにでもいる小学六年生だ。そしてあたしはお前の友達の三ノ輪銀!乃木園子もそうだ。」

 

銀は胸の苦しさをぐっとこらえながら続けて話す。

 

「たとえ記憶を失っても...離れ離れになったとしても...あたしたちの絆は壊れることはない。心の中でずっと一緒だ。あたしたち神樹館勇者の友情は、神様でも誰であっても引き裂くことはできない。だから...これだけは覚えていて欲しい。あたしたちはズッ友だ。......しばらく会えないけど必ず...二年後に会いにいくからな!」

 

「...?」

 

銀は一方的に話し続けたため、須美は彼女が何を言っているのか全くわからなかった。ただキョトンとし、彼女の顔を見つめていただけ。

 

「...またいつか会える、その日まで。」

 

銀は立ち上がり、ゆっくり後ずさりして須美から離れる。須美はとても不安そうな顔をしていた。銀は彼女に寄り添ってやりたかった。しかし、自分にはまだやらなければならないことがある。須美のためにも、世界のためにもやらなければならないことが。

 

「ちょっ...ちょっと待っ......!」

 

「元気でな、須美。......またね!」

 

銀はそれ以上須美の言葉を聞かないように彼女の言葉を遮り、さっさと須美から離れた。須美はまた視界が曇ってくるのを感じる。去っていく銀を見ながらもごもごと口元を動かすとそのまま倒れ、気を失った。

 

(振り返るな...!振り返るな...!)

 

銀は自分にそう暗示しながら園子の元へと急ぐ。この間に銀は一人で静かに涙を流すのであった。

 

------------------------

 

------------

 

---

 

「園子!」

 

「ミノさん...!ちょうど片付いたところだよ!」

 

二人は無事合流するも、バーテックスはもうほとんど火球を作りきっていた。園子と銀は大橋を睨む。

 

「お、大きい...!」

 

「まずい...!あれはもう...発射されるよ...!」

 

「え...!?あんなでっかいの飛んできたら...!」

 

「私たち二人で絶対に止めるよ!それしか方法はない!」

 

「ああ!わかった!!」

 

その瞬間、完成した火球は神樹めがけて発射される。それを見た二人は瞬時に反応し、声を合わせて叫んだ。

 

『 満 開 っ ! ! ! 』

 

園子は9回目、銀は10回目の満開。二輪の花が横並びに咲き誇る。その中心から火球に突っ込んでいく光が二つ。そしてそのまま火球に激突した。

 

「ぬ........ぬおおおおおおっ........!!」

 

「んんっ...ううううううっ~.......!!」

 

『はあああああああああああっ~~!!!』

 

銀と園子は全力で火球を押し、跳ね返そうとするが全く動かなかった。むしろ神樹へと進む動きは一向に止まらず、二人ごと押し返されて進んでいる。

 

(ゆーゆたちのときでさえ五人でやっとだった火球...!ミノさんと私だけじゃとても...!)

 

しかしそれでも園子は諦めなかった。後ろには須美がいる。世界を守る神樹がいる。それを壊させないためにも諦めるわけにはいかなかった。

 

「ぬううううううっ~...!!止まれ~~...!」

 

「うおおおおおおおっ........!」

 

二人とも顔を赤くして全力以上に力を出して押し続けるが相変わらず全く効果はない。

 

(どうすれば...どうすればっ...!)

 

園子は焦っていた。この火球を止める術はどこにも見つからない。だがその時、銀が唐突に呟いた。

 

「あたしが......あたしがやらなきゃダメだよな....!」

 

「........えっ...?」

 

次の瞬間、銀はいきなり園子を押して火球から遠ざけた。その反動で園子はバランスを崩し、満開が解かれて落ちていく。

 

(!?一体どういうつもり!?ミノさん!)

 

「すまんな園子...こんなあたしを許してくれ。......あとは、お前に任せたぞ。」

 

「ミノさん...?...ミノさん!!ミノさぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

園子はドボンと海に落ちる。その中からでも赤い炎の色はよく見えた。

 

(...ミノさん......)

 

だんだんと意識が遠のいていく。園子はそのまま海深くへと沈んでいった。

 

「くうっ...!うおおおおおおおっ~~!!」

 

園子がいなくなったため、銀にかかる負担が一気に大きくなる。

 

「あたしは決めたんだ!樹海の盾になるって!...これが樹海にぶつかれば四国はただじゃ済まない...。だからあたしが守る!この球がいくら大きかろうが全部あたしが...受け止めるっ!!」

 

銀の叫びに反応し、彼女の体は光を発して一気にブーストする。そして火球に大きな圧力をかけていく。

 

 

「はああああああああああああっ~~!!!!」

 

 

ピカッ............ドッガーーーン!!!

 

 

火球は大橋を巻き込み、海の上で大爆発を起こした。火球周辺は跡形もなく破壊され、大橋は大破した。

その大爆発の衝撃で園子は目を覚ました。まさかと思い、急いで海から陸に出る。

 

「...!お、大橋が...!でも樹海はなんともない...!........ミノさん...ミノさんは...?」

 

園子は辺りをキョロキョロ見渡すが、銀の姿は見えない。

 

「まさかあの爆発を...!?...ミノさん!ミノさ~ん!!」

 

園子は彼女の名前を叫びながら捜す。すると、

 

「あっ!ミノさん!よかっ...」

 

銀を発見した。しかし...彼女はボロボロになり、うつ伏せで倒れていた。勇者の変身も解け、神樹館の制服を着ている。

 

「ぁぁぁ.......ミノさん...!ミノさんっ!!ミノさんっ!!!」

 

いくら体を揺らしても反応はない。彼女は発言通り、樹館の盾になったのだ。あの火球をすべて受け止め、大爆発をもろにくらった。

 

「なんでいつも...また...どうしてっ...!」

 

バーテックスはまた新しい火球を作り始めている。園子は彼女のそばに座り、大粒の涙を流した。

 

「どうして私ばかりいつも一人になるの......。せっかく、せっかくこうならないように私が頑張ろうって決めたのに......。なんのためのタイムリープなの......。」

 

園子はギュッと拳を握る。その握力は爪が手に食い込み、血が出るほどの力だ。そして立ち上がり、振り返ってバーテックスを強く睨む。歯を食いしばり、ギリギリと音を鳴らす。園子の中にあるのは強大な怒りだけだった。一度こうなれば彼女を止められるヤツはもう誰もいない。

 

「......許さない...あんただけは...。あんたさえいなければ...ミノさんもわっしーも......全部あんたのせいだ...。」

 

そして静かに呟いた。

 

「............満開。」

 

これで10回目の満開。銀と須美の協力もあって満開した回数は元の世界の半分まで抑えられていた。

園子はそのまま突進し、火球など気にせずに突っ込む。今の彼女は目の前のバーテックスにしか眼中になかった。

 

「うわああああああああっ!!!ああっ!!やあっ!!わあああっ!!!」

 

園子はメタメタに切り刻み、幾度も体を貫かせ、粉みじんになるまで徹底的に攻撃し続けた。

 

「ああっ!てやあっ!!だああああああっ~!!」

 

最後に両手を前に突き出し、御霊を複数の槍で貫通させて決着がついた。

 

「............。」

 

攻撃が終わると、樹海は静寂に包まれた。先ほどまであれほど騒がしかったのにそれが嘘のようだ。樹海はたった一人、園子だけになった。やがて満開が解け、地面に落ちていく。ちょうどそれと同時に樹海化も解けていく。....決着はついた。戦いは終わったのだ。

 

------------------------------------

 

-----------------

 

-----

 

気がつくと三人は大橋付近の広場、芝生に並んで寝転がっていた。その中で園子だけ目を開けていて、なにやらぶつぶつ呟いている。

 

「終わったよ...ミノさん、わっしー。」

 

隣で寝たままの二人は何も返さない。だが彼女は話し続けた。

 

「ねぇ、ミノさん、わっしー。これから何しよっか~。お役目も終わったことだし、これでずっと遊べるよ~。」

 

『......。』

 

「なんにも気にせずに、ただ毎日を過ごす...私、これから楽しみだよ~..........ねぇ、二人とも聞いてる~?」

 

『......。』

 

「......お願いだから、返事してよ...。一人にしないでよ!約束...したじゃない!」

 

園子は悔しかった。また涙がこぼれる。拭いたがったが両手とも全く動かない。

 

「私たち...勝てたんだよ...?この世界を守れたの。これから自由だってのに......こんなのってないよ...。起きてよ、これからも一緒にいてよ!」

 

園子は二人の手を握りたがった。だがそれも叶わない。やがて大赦の神官たちがやってきて園子たちを運ぶ準備をする。三人を見た神官たちは手を合わせ、まるで彼女たちを神であるかのように扱い、箱のようなものにいれて運ばれた。

 

「ミノさんは...?わっしーは...?どこに連れてくの!?」

 

「........。」

 

神官は何も答えず、三人は別々のところへ運ばれていく。

 

「待ってよ!二人をどこに連れてくの!?離れ離れにさせないで!一緒にいたいの!待って!待って!!」

 

必死に訴えるも、彼らは聞く耳を持たない。そして園子は今でも鮮明に思い出せる"例の場所"へと運ばれた。

 

(また......ここで過ごすのか...。)

 

園子は目を閉じ、これが夢であることを祈りながら少し眠りにつくことにした。

 

------------------------

 

----------

 

---

 

「............ん.......さん...!...ミノさん!」

 

遠くから自分を呼ぶような声がする...。

 

「はっ!......園子...か...?」

 

銀はそれに気づき、パッと目を開けた。

 

「!!よかった~!起きた~!私、一生懸命お願いしたんよ~。せめてミノさんと同じ部屋にしてくれって。ひとりは寂しいからね~。...そしたら願いを聞いてくれて!ミノさんがいるだけでもだいぶ心強いよ~!」

 

「あたし...生きてるのか...!?あの火球を正面からくらったのに...!」

 

「うん。生きてるよ。」

 

「!!...そうか。はは、ここまでくると末恐ろしくなるな。あそこまでの攻撃を受けても生きてるなんて。精霊はあたしらをマジで不死身にしやがった。」

 

「そうだよ。でも今だけは感謝かな。ミノさんが生きててくれて本当によかった...!」

 

「園子...。.......なあ...やっぱり須美は...。」

 

「........。...うん。今おっきい病院に入院してるみたい。」

 

「........。...そっか。...それにしてもここは、真っ暗だな。なんにも見えない。」

 

「........?...まあ、確かに明るいのは私たちが寝てるここだけだね~。」

 

「え...明るい...?」

 

どうしたのだろう。先ほどから銀の様子が変だ。目の焦点が合っていないし、会話も成り立っていない。

 

「あの、さ...園子...どこにいるんだ...?」

 

「え........私はさっきからミノさんの目の前に...」

 

「あたしは園子の声のする方を見てるだけだ。...なぁ、どこにいるんだよ、姿見せてくれよ。...光一つすら見えない。なんで真っ暗闇なんだよ?」

 

明らかにおかしい。確かに目の焦点は合っていないとは言っても、その目は園子のことを見ている。さらに、真っ暗闇なんてほどじゃない。二人が寝ているベッド付近は照明が照らしている。

 

「もしかしてミノさん........目、見えてないの...?」

 

「............え...?」

 

「両目とも、見えてないんじゃないの...?真っ暗闇なんてほどじゃない。ここの周りだけは明るいよ。」

 

「!?...そ、そうか...!じゃああたしは散華で両目を...。」

 

最後に銀はあの大爆発を受け、その代償として両目の視力を失った。つまりこれから二年間、銀は何も見えない暗黒の世界で過ごさなければならないのだ。

 

「...あはは、そりゃつらいな...。こんなのが二年も続くのかよ...。」

 

「...ミノさん...大丈夫。私がいるよ!...私が、ミノさんの目になるから!......と言っても、私も右目は見えなくなっちゃったけど。」

 

「園子...。ありがとう。」

 

園子は彼女の手を握ってあげたかったが、二人とも両腕を動かすことは全くできない。銀と園子はどちらも四肢の機能をすべて失っていた。10回ずつ満開をしただけあって、代償は決して軽くなかった。

 

「気長にゆっくり待とうよ。...こうなっちゃった以上、私たちはそうすることしかできない。」

 

「......。ま、そうだな。...あ~あ、小学校卒業できずに終わるのかぁ...。...でも、須美には楽しんでもらいたいな。あいつは中学行くんだろ?」

 

「うん。...でも心配いらないよ!わっしーにできる友達は、とっても良い人たちだから!」

 

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「........。........ここは...?」

 

薄暗い空間の中、鷲尾須美は目を覚ます。そして手に何か握っていることに気づき、手のひらの中を見た。

 

「これは......髪留め...?......なんで私...こんなものを...。」

 

彼女は入院していた。なぜなのかはわからない。記憶がないのだ。それはとある事故のせいだと、後から聞いた。そして彼女が知らない間に、病室の前に書いてある彼女の名札が入れ替えられた。

彼女の人生は、『鷲尾須美』としての人生はここで終わりを告げる。これから新しく、『東郷美森』として第二の人生を生きていくのだ。だが今そんなことは彼女は知る由もない。残酷な運命に巻き込まれたこと、今までの出来事をすべて忘れ、全く新しい生活が始まることなど何一つ知らないのだ。...ただ彼女にあるものとするならば、なぜか握っていた髪留めだけだった。彼女は不思議とこれがとても大切なものだと、感じていた。

 

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勇者御記 298.10.11 大赦書史部・巫女様 検閲済

 

 私たちは戦いに勝利した。この世界を守った。けど、失ったものが多すぎる。■■■■、■■■■■、そして■■...私たちは今頃■■で■■を■■■■■■だろうに。

わっしー...今は■■さんか。私たちより軽度でよかった。

___________________________________________

 

大橋最終決戦編 完

 

(第30話に続く)




これにて三人の物語は一度、幕を閉じます。結局園子は散華の運命を変えられず、また二年間不自由な思いをすることになりますが銀の存在が彼女の大きな支えとなることでしょう。
さて、これから『結城友奈の章』へと入り、物語の展開点となっていくと思います。次回からも引き続き読んでいただけると嬉しいです!30話はすぐ更新するつもりですのでぜひお楽しみに!


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勇者部編
【特別編】Yuki Yuna is a hero


 

車イスに腰かけ、今日から暮らす家を見上げる少女が一人。

 

「ここが...私の家...?大きい...。私ってこんなにお金持ちだったかしら...?」

 

塀に囲まれ、手入れされた門に玄関。外見だけでもわかるほど和風テイストですばらしい家だった。少女は門をくぐり、家の周りを見渡す。

 

「こんにちは!」

 

「...!!」

 

と、突然後ろから声をかけられ、少女は思わず体をビクッとさせた。

 

「......。」

 

「今日からこの家に住むお隣さんだよね?」

 

初対面とは思えないほどぐいぐい来る。何も返答できないまま、その人物はこちらに寄ってきた。

 

「私、結城友奈!あなたは?」

 

目の前の人物は自己紹介をすると手を差し出し、車イスの少女の名前を聞く。

 

「........東郷...美森...。」

 

ようやく声を発することができ、少女は友奈と名乗る人物の手を握って握手した。

 

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時は神世紀299年4月。香川県讃州市に引っ越してきた少女、東郷美森は結城友奈という同い年の少女と出会った。彼女の明るさと笑顔に惹かれ、東郷はあっという間に彼女の虜となっていた。友奈は東郷にとても良くしてくれて、春休みの間だけで意気投合し、とても仲良くなった。町の案内や今年から入学する中学校の話、それぞれの趣味や経験した話など...話題は尽きなかった。

ある日、満開の桜を見に友奈に車イスを押してもらって二人でお花見に言ったときの話である。

 

「わぁ~...きれい...!」

 

「........そうだね~...!...そう言えば東郷さん、ずっと気になってたんだけどそのピンいつもしてるね。」

 

友奈は東郷が前髪に付けている花柄の髪留めを指差して言った。

 

「あぁ...これ?...とても気に入ってるの。私の宝物...。」

 

「そうなんだ!いや~会ったときからとっても似合ってるなって思って!」

 

「え~本当...?」

 

「本当だよ!すごく可愛い!」

 

「!........ありがとう...友奈ちゃん...!友奈ちゃんのその髪留めも......すごく可愛いよ。」

 

東郷は少し恥ずかしがりながら友奈にそう言った。

 

「ホント!?ありがとう~!私もこれ、お気に入りなんだ♪」

 

友奈は元気いっぱいの笑顔を東郷に見せる。この笑顔が周りをも元気づけた。彼女は東郷にとって太陽のような存在。いつしか、彼女のいない生活など考えられなくなっていた。

 

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神世紀299年4月...讃州中学校に入学した私と友奈ちゃんは入学してすぐに犬吠埼風という先輩に『勇者部』という部活に入部してみないか、と誘われた。彼女もまた、友奈ちゃんみたいに元気いっぱい!みたいな方で...私たちは彼女の言う『勇者部』に入部することにした。

 

「ようこそ勇者部へ!我が部活は世の為、人の為...何事も勇んで活動する部活よ!地域の人たちから来た依頼に応えるの!」

 

部室はけして広いとは言えず、もっと言えば家庭科準備室を借りているくらいだ。

 

「あの...部員って私たちだけなんですか?」

 

「ギクッ...早速痛いところを突くわね後輩クンよ...。そうよ。部員は私とあなたたちだけ!」

 

「ほう...三人...!」

 

三人ならば、この部室も十分の広さだろう。風先輩が今までひとりで活動してきたのかというところは少し気になるが、彼女は私がそんなことを気にしているとも知らず部活の説明を続ける。

 

「依頼はこのパソコンに送られてくるようにしてるの。......けど、それが案外めんどくさくてね...。」

 

「なら、私がホームページを作りましょうか?」

 

「ほ、ホームページ!?...さすが我が部の精鋭...!できる後輩ね...!」

 

「は、はぁ...?」

 

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------------

 

---

 

「風先輩~!勇者部五箇条なんてものを作ってみたらどうでしょうか!」

 

「勇者部五箇条?またずいぶんといきなりね...。」

 

また別の日、友奈ちゃんの提案で私たちは『勇者部五箇条』というものを作った。

 

一,挨拶はきちんと

一,なるべく諦めない

一,よく寝てよく食べる

一,悩んだら相談!

一,なせば大抵なんとかなる

 

三人で話し合って内容を決めた。そして大きな模造紙に油性ペンで書き、部室の壁に画鋲で刺した。

 

「おお!なかなかいいんじゃな~い?」

 

「さすが友奈ちゃんね。」

 

「へへ、これからもがんばっていきましょー!勇者部ファイト~!」

 

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「よ、よろしくお願いしまひゅ!......い、犬吠埼...樹でひゅ!」

 

私と友奈ちゃんが二年生になると風先輩の妹、樹ちゃんが入部してきた。

 

「ほら樹~緊張しすぎよ~」

 

「リラックスリラックスだよ!樹ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

入部したての樹ちゃんは動きが全部かたくてちょっと面白かったのを覚えている。けど、直に慣れてきて...。新入部員も加わり、いい感じになってきたと思った。しかし、ある日突然私たちの日常は一旦、終わりを告げた。一番最初に『それ』が起こったのは授業中だった。クラスメートたちの動きが急に止まって、音という音がすべて消え去り、無音になった。

 

「あ、あれ......?みんな......」

 

「友奈...ちゃん...。」

 

「東郷さん!?東郷さんも動けるの!?」

 

「う、うん...そうみたい...。でも一体なにが...。」

 

その瞬間、私たちの携帯が鳴り響いた。画面には『樹海化警報』の文字。

 

「なに...これ........。」

 

私たちは教室を出て、他の教室ではどうなっているのか見に行こうとしたときだ。窓の外が一瞬光ったと思うとその光が一気にこちらに近づいてきて私たちを飲み込んだ。

 

「ぅ............あ...!!」

 

気づいたときには全く知らない場所にいた。友奈ちゃんと二人きり...人はおろか、建物さえ一つも見えなかった。

 

「どこここ...!?辺り一面虹色だ~...!」

 

「さっきから何が起こって...!」

 

「友奈!東郷!」

 

そのとき、後ろから呼ばれたと思うと風先輩と樹ちゃんが走ってきた。

 

「風先輩!樹ちゃん!......二人もいてよかった...一体これは何が起こってるんでしょうか?」

 

「三人とも、今はとりあえず落ち着きなさい。....こっちへ。」

 

風先輩はそのまま私たちを先導した。樹ちゃんは風先輩の手をずっと握っている。こんな状況になって怖いのだろう。その気持ちは私も友奈ちゃんも同じだった。ある程度進み、比較的屋根みたいになっているところまでやってくると、風先輩は止まった。

 

「これは樹海化という現象よ........残念だけど、私たちの班があたりだった...!」

 

「あたり...?」

 

風先輩によると、私たちはバーテックスという化け物と戦わなければならないそうだ。通称『勇者』。勇者部を作ったのも、風先輩がこのために勇者候補生を集めるためだった。そして彼女は中学生ながら大赦という組織の人間だった。私は騙されたような気持ちになった。あのとき私たちに狙って話しかけ、勇者部に入るように促し、入部させた。すべては彼女の思惑通りになっていたのだ。いきなり戦えと言われ、しかも負けたら世界が滅びるという大役...戦えるのは私たち四人だけであり、あまりにも責任が大きすぎる。覚悟など当然決まるわけがなかった。

けど、友奈ちゃんはそんな風先輩を許した。仕方ないと、勇者部を作ってくれたおかげでみんなに会えたと...。逆に今までひとりでそれを抱え込んでいた彼女に対して『すごい』と同情までした。

 

「友奈ちゃん...!」

 

私はますます彼女に惹かれた。彼女の手は震えている。彼女も十分怖いはずなのに、普通こんなこと言えるだろうか。奥には見たこともないくらい大きく、禍々しい見た目の化け物がこちらに向かってきている。そして卵のようなものが飛び出したと思うと、こちらに迫ってきて樹海にぶつかって爆発した。早速私たち見つけ、殺そうとしているのだ。

 

「三人とも逃げなさい。ここは私がやる!」

 

風先輩はそう言い、前に立った。友奈ちゃんはすぐさま私の乗る車いすを押して逃げてくれた。

 

「私も手伝うよ!お姉ちゃん!」

 

「樹!?なに言ってんのよ逃げなさい!」

 

「ダメだよ!お姉ちゃんを置いてなんかいけない!」

 

一方、樹ちゃんは風先輩と一緒に残った。勇者部に入部したての時から考えると彼女の成長が感じられた。二人は最初に勇者に変身し、バーテックスに立ち向かっていく。私たちは物陰に隠れ、ただただ風先輩たちの様子を遠くから見ることしかできなかった。友奈ちゃんは風先輩と電話を繋ながら何か話している。そんな時だ。ひょんなことで突然一気に形成逆転し、二人はヤツの爆弾の餌食になった。

 

「!!!...樹ちゃん!!風先輩!!」

 

友奈ちゃんは携帯を片手に二人の名前を叫んだ。繋いでいた電話で何度呼びかけても反応はない。

 

「ど、どうしよう......二人が...!」

 

「ぁ........友奈ちゃん...あいつが...!」

 

二人を倒し、次は私たちを殺そうとこちらに標的が向く。

 

「友奈ちゃん!私を置いて逃げて!!」

 

私は咄嗟にそう叫んだ。ほとんど無意識にそう言っていた。大切な友達に、私の憧れる人に死んで欲しくなかった。自分が足手まといになり、彼女が巻き添えをくらえば終わりだ。だから彼女だけでも逃がそうとした。だが、友奈ちゃんは...

 

 

「そんなっ...!友達を置いて逃げるなんて......!」

 

そこまで言ったとき、友奈ちゃんは覚悟したかのように携帯を握り締めた。

 

「そうだよ......友達を置いていくなんてこと、できるわけない。」

 

「!?...友奈ちゃん!?」

 

友奈ちゃんは逃げるどころか、私の前に立って化け物を睨みつけた。

 

「........ここで友達を見捨てる奴は...勇者じゃない!」

 

爆弾が友奈ちゃん目掛け飛んできて爆発する。おそらく、直撃だ。

 

「きゃあっ!友奈ちゃん!!」

 

強い爆風がこちらにも吹いてきて、一瞬黒い煙で視界を覆われた。だが、視界が晴れた瞬間に見えたのは拳を前に突き出して何事もなかったかのように立っている友奈ちゃんの姿だった。彼女の右拳の部分が妙に光って変化している。どうやらあの爆弾を正拳突きで防いだようだ。

 

「私...嫌なんだ。誰かが傷つくこと、苦しい思いを...することっ!」

 

次々に飛んでくる爆弾を、友奈ちゃんは諸ともせずに回転蹴りなどの格闘術で防ぐ。その動きはプロの格闘家のごとく、とても滑らかだった。

 

「そんな思いをさせるくらいなら......私が...がんばるっ!」

 

友奈ちゃんは高く飛んだ。人間の跳躍力じゃない。これも風先輩たちと同じ、勇者の力なのだろう。

 

「友奈...!」

 

「友奈さん...!」

 

風先輩たちも意識を取り戻し、友奈ちゃんに釘付けになっていた。

 

「友奈ちゃんっ!!」

 

彼女はそのまま敵に突っ込んで行く。

 

「おおおおおおおおお!!!勇者ぁ~...パーーーーンチっ!!!」  

 

そのまま友奈ちゃんの一撃が炸裂。バーテックスの体の一部が一瞬にして吹き飛んだ。想像もできない破壊力。たった一発のパンチでここまでの威力だ。

 

「すごい...!」

 

「これが...」

 

「友奈ちゃん...?」

 

三人ともすっかり彼女に見とれていた。友奈ちゃんはそのまま、傷つけたバーテックスを見上げて覚悟の台詞を吐いた。

 

「勇者部の活動はみんなのためになることを、勇んでやる...。私は讃州中学勇者部、結城友奈!......私は...勇者になる!」

 

これが彼女たちの初陣。初めての戦闘。そして、一人の少女が勇者になることを決めた、まさに歴史的瞬間。少女の名前は結城友奈。どこにでもいるような普通の女子中学生。だがこの瞬間にその立場は180度変わった。後に彼女は世界の救世主となる。彼女の勇気が、明るさが、諦めない不屈の精神が世界を大きく変えることになる...。

 

今、彼女は『勇者になる』と発言したが、私にとっては違った。彼女はこの時既に、私の、私にとっての、立派な『勇者』であった。

 

(第31話に続く)




ということで今回は番外編!東郷目線で『結城友奈の章』の勇者になるまでを自分なりに短くまとめて書きました!東郷さんが主役なのはなんか新鮮で書いててなかなかおもしろかったですw
さて、次回からは本格的に本編のストーリーが進んでいきます。勇者部編は大赦内での銀と園子のやりとり、激化する勇者部組の戦いの様子、『勇者の章』の一部まで詰め込んでいく予定です!そして黒幕の正体へ迫っていく重要な話になっていくのでこれからもぜひ楽しんで読んでいただけるとうれしいです!


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【第31話】Alone with

 

神世紀298年10月

 

「園子~これ味する~?」

 

「私はするけど...味付けは薄いね。」

 

二人は神官に昼食を食べさせてもらいながら話していた。

 

「なぁ、やっぱりこんなめんどくさいことするより点滴にした方がよくね~?」

 

「そうだね~。私も味はするけど匂いはしないし...。」

 

あの戦いが終わってすぐの頃。二人はこの不自由な生活に慣れるのに大変だった。園子もこの生活は久しぶりだ。しかし前よりも失った部分が少なく、銀という存在が近くにいたのでとても気持ちが楽だった。

 

「あ~...暇だ暇~!!」

 

「まだ10月も終わってないよ、ミノさん...。」

 

「......。長すぎだよ~!第一、目見えないで何できるってんだよ~!」

 

「目が見えてても体が動かないから何もできないよ~」

 

「......。...園子、もうちょっと明るく考えられないのか...?」

 

「そうしたいけど全部本当のことだから~。」

 

「うっ...!ぜ、絶望だぁ...。」

 

銀は俯き、残念そうにする。

 

「......園子の気持ち、体験してようやくわかった気がする。...いや、まだわかってないな。」

 

銀はいきなりまじめな声色になって話し始めた。

 

「え...?」

 

「一年どころか、一カ月、一日経つのさえもめっちゃ長く感じる...。園子はこれを一人で、それか無口な神官たちと過ごしたわけだろ?...ホント、園子はすごいよ。」

 

「......。」

 

「長かったろ...?ひとりにしてごめんな。あたしが死んじゃったせいで......。」

 

「...謝らないでよ。」

 

「えっ...?」

 

銀には園子の声が怒っているように聞こえた。しかし、彼女の表情を見れないのでよくはわからない。

 

「私がこうしてる間、何してたと思う?」

 

「えっ......?」

 

「私ね...ずっと心の中でミノさんに謝ってた...。わっしーのことも、全部...全部後悔しながらこの長い時間を過ごした...。」

 

「!!」

 

園子は無力な自分に怒っていた。

 

「だからね、ミノさんが謝ることじゃない。私のせいなんだよ。............この話って前にも話したっけ...?」

 

「......いや、何度でも聞くよ。...だけど一つだけお前の言っていることを訂正させてくれ。お前のせいじゃない。それだけは、園子が間違ってる。」

 

「えっ...?」

 

「自分の責任だと思うな。園子一人だけが悪いなんて、そんなおかしい話が成り立つわけないだろ。お前はもう思い詰めることはないんだ。お前はすでに未来を変えた。元の未来よりはよっぽどマシじゃないか。...私だってこのことは何度だって言うぞ。お前がそれをわかるまで、これを言い続ける。」

 

「ミノさん...。」

 

「私がここにいるだけでもずいぶん違うだろ?だからいいんだよ!...全部バーテックスが悪い。二年後に一匹残らずぶちのめしてやろうぜ!」

 

「うん...!」

 

園子はそれから元の未来のことを思い出すのはやめた。そして今の未来に専念することに決めた。元の未来は今となっては『過去』なのだ。...いや、過去ですらないのかもしれない。存在しない歴史になったのだから。ただ、間違いなく彼女の心の支えとなったのは三ノ輪銀だった。園子もまた、銀の支えになってあげようと思った。

 

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------------

 

---

 

神世紀298年11月

 

「園子...私決めたよ。」

 

「えっ?なにまた急に~。」

 

「私の勇者システムを、次の世代に繋げるために後継者に託す。」

 

「えっ...!?」

 

「私が持ってたってしょうがないからな。こんな体になっちゃったし、もう戦えないよ。ここは新しい勇者に任せるべきなんだ。世代交代ってヤツ?将来戦う須美たちのためにも、勇者の人手は必要だろ?」

 

「......!」

 

「神官さんたちよ、私の勇者システムを引き継ぐ人を探してくれ。これがあるだけでも少しは須美たちの力になれると思う。」

 

銀と園子の勇者システムは夏凜と芽吹に受け継がれる...最後に行った未来で芽吹はそう言っていた。おそらく、このことであろう。そして銀の発言に流された園子も同じように......。

 

「......園子、お前はどうする?」

 

「えっ...私?私は....」

 

ここで自分のスマホが芽吹に渡ったらどうなる?またあの未来の二の舞になる?逆に渡さなかったとしたら芽吹はどうなる?少なくとも、讃州中学に来ることはなくなるだろう。...それに、

 

「私は......自分で持ってるよ。」

 

それに、私は黒幕を倒さなくちゃいけない。黒幕を倒すにはどうしても勇者システムが必要不可欠なのだ。これがないと倒せない。そのためにも渡すわけにはいかない。

 

「!!」

 

銀は少し驚いたような顔をした。おそらく、園子も銀と同じように大赦へ預けると言うと思ったからであろう。

 

「そうか...。園子の決断だ。あたしは何も言わないよ。」

 

「うん...。ごめんね。これは憎たらしいものだけど、どうしても必要なんだ。」

 

こうして銀のスマホは大赦の手へと渡り、銀は正式に勇者の立場を降りた。程なくして銀の後継者を決める試験が行われ、勇者候補生たちが集められた。その中から一人選考され、三好夏凜が勇者システムを受け継いだと園子たちに伝えられた。

 

「ついに選ばれたかぁ~...!名前は三好夏凜...あたしらと同い年か!...一体どんな子なんだろうなぁ~。」

 

「にぼっしーはね~、とってもいい子だよ~!あとおもしろい~!」

 

「に、にぼっしー...?」

 

「そう!煮干しが大好きでいつも食べてるからにぼっしー!」

 

「へ、へぇ~...中学生なのに結構渋い趣味してるな...。......ねぇねぇ、あたしの後継者に選ばれるくらいなんだからあたしと似てるとことかあったりするかな!?」

 

「ん~...性格はあんまり似てないと思うけど......すぐ突っ込んで行っちゃうところとか、似てるかな~」

 

「ほう...?...ますます会ってみたくなってきた!彼女にはぜひがんばってほしいな!」

 

「にぼっしーもとっても強いからね~!彼女は努力の子だし、戦いの腕は間違いないよ~!......私も、ひさしぶりに会いたくなってきたな~...。」

 

二年後、ここから出た後のことを今のうちに考えておかないと。園子はそう考えていた。時間なら十分にある。まだ敵の疑問点はたくさんあるのだ。なぜあんなことができたのか、解き明かさなくてはならない。そうしないと勝てないだろう。ここから出た後が勝負なのだ。あまり時間はかけたくない。その後に神様との本当の戦いがあるのだから。早めに決着をつける必要がある。どうしてこんなことをするのか、まだ到底理解できないし本当にしているのか信じることも完全にできていない。

それでも園子は倒すための作戦を考えに考え抜いた。それは彼女にとってつらいことだったが敵の目的を知るためにも、それは必要だった。

 

(......大丈夫だ。私には仲間がいる。私一人だけじゃダメかもしれないけど、みんなでならきっと...!今までもそうだったじゃない...!)

 

園子は希望を信じ、何度も作戦を練りに練った。そして............

 

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神世紀300年4月

 

「今日、バーテックスの侵攻がございました。」

 

「そう...。ついに来たんだね。」

 

「はい。...ですが、選ばれた勇者たちは見事初陣に勝利したようです。」

 

「...わっしーは...?」

 

「........。それでは、失礼します。」

 

園子の質問には答えず、情報伝達のために来た神官はその場を退いた。

 

「そっか...またバーテックスが攻めてきたんだな。須美はうまくやれてるだろうか...。」

 

「うん...。詳細に関してはあんまり教えてくれないんだよね~。バーテックスが来たよってくらいしか...。」

 

「........。なぁ、もう春なんだろ?...外は暖かいんだろうなぁ。桜もきっと満開だ。」

 

「......ミノさん...。外に、出たいよね。」

 

「ああ、そうだな。...せめて外の空気くらい吸いたい。桜は見れないけどさ。」

 

二人とも体中包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに横たわっていた。目の機能を失った銀は両目とも包帯で巻かれている。

 

「......そして須美たちに、今の勇者たちに知らせたい。勇者がどんなものなのか。...私たちがお役目をこなしていたときのように何も知らないんだろ?」

 

「うん。満開のことも全部知らない。...それなのに大赦は年端もいかない彼女たちを戦わせる。そんなことを知らせたら戦わなくなると思っているから。」

 

「体を供物として捧げながら戦うなんて...そんなこと知ったら普通は誰もやらないよな。あたしは園子から近い未来、バーテックスの親玉を倒せるって聞いたからいいけど、須美たちはそれも知り得ないってわけだ。」

 

「......そうだね~。彼女たちは永遠に体の機能を失い続けて戦わせられる...そう思うだろうね~。」

 

「!!...え......?」

 

「二年ぶりにわっしーと会ったときに、そこで私が満開の真実を伝えた。そしたらわっしーは、私みたいになるまで戦わせ続けられるって思ったんだ。わっしーの友達も、みんな...。」

 

「それって...大丈夫だったのか...?」

 

「......ううん。決して大丈夫とは言えなかった。結果、絶望したわっしーは神樹様の壁を破壊して大量のバーテックスを壁内におびき寄せたんだ。...バーテックスに神樹様を壊させ、世界ごと消し去ってみんなで心中するためにね。」

 

「え...!?それ...どうなっちゃったんだよ...!?」

 

「ゆーゆ...あっ、わっしーの友達がみんなで必死になって止めた。勇者部のみんながいたから、わっしーのしたことは手遅れにならなかった。.......私はわっしーを、みんなを信じてたから何も手出しはしなかった。」

 

「...!結果的に丸く収まったならよかったけど、須美は思いつめてなかったのか...?一度そんな取り返しのつかないことをしたんだから...。」

 

「........。」

 

「...園子...?」

 

園子は一呼吸おくと、再び話し始めた。

 

「.......そうだね~。...わっしーは心の奥深くで責任を感じてた。お役目が終わってすぐの頃に、神樹様の寿命がもうすく来るということを...大赦はわっしー一人だけに伝えた。......それは、わっしーを生け贄にして神樹様の寿命を延ばすため。」

 

「...は......?そんなこと、許されるはずないだろ...!!」

 

「...もちろんそうだよ。私たちが許すわけない。だけど、わっしーは私たちに何も言わずに消えた。」

 

「...それで、園子たちは捜さなかったのか?」

 

「...『捜せなかった』んだ。...わっしーは生け贄になるときに神樹様にお願いしたの。私たちから、すべての人から、世界から...自分の存在を消すように。」

 

「...!!」

 

「...そこまでして、わっしーは消えようとした。最初から存在してなかったことになってた。私たちの記憶からも、写真からもすべて消えてた。けど......」

 

「思い出したんだな...?園子、お前が最初に。」

 

「え......!?」

 

「ははっ、図星かぁ~?神樹館勇者の絆は相手が神様であろうと負けないからな!」

 

「..........さすがミノさん。...そうだよ。でも...ゆーゆも薄々気づいてたみたい。私たちはそのことをみんなに話した。そしたらみんなも思い出してくれて...私たちは再び勇者システムを使ってわっしーを救出した。」

 

「......。...つまり園子、お前が言いたいことは...。」

 

「なんとしてもわっしーが暴走しないようにする。それが次の目標だよ。」

 

「でもそれって...須美たちに会わないのが一番手っ取り早いよな...?いや...そしたら須美たちは満開の真実に気づかないままか...。」

 

「......うん。だからわっしーたちに会うのはやめない。...真実を知ってもなお、暴走しないように私たちが説得するしかない。」

 

「...せ、説得...!...向こうはあたしらのこと忘れてるんだぞ...?こんな姿になった先代勇者の話を信じるか...?」

 

「それでもやるしかない。...残された道はそれだけ。わっしーにつらい思いはさせたくない。やれるだけやるんだよ。」

 

「........。......わかった。」

 

銀は渋々OKした。須美に会うことができるのは夏の終わり頃だろうか。神官たちに懇願してそれが叶ったのはそれくらいの時期だったと思う。それまでは彼女たちの武運をただ祈るしかなかった。神官から報告を聞く毎日...。やがて彼女たちが初めて満開を使用して、散華したという報告を受けた。

 

「......そっか。ついに使ったんだね。」

 

園子は銀の方を向き、静かに言った。

 

「......そろそろだよ、ミノさん。」

 

「..........ああ。やっと...やっと会えるんだな。」

 

(第32話に続く)




ご覧の通り『結城友奈の章』はかなり割愛させていただきますがご了承ください。
さて、次回は三人が二年ぶりに再開です。東郷を説得し、壁の破壊を防げるのか!?


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【第32話】Predecessor hero

 

神世紀300年 初秋

 

「戻ってきた...けど.......」

 

「学校じゃない...よね...?みんなは...?」

 

戦いを終え、元の世界へ戻ってきた友奈と東郷。しかし、いつもは学校の屋上に戻ってくるはずが今日だけは違った。二人はあたりを見渡し、何か目印になるようなものを探す。すると、東郷が

 

「あっ.....大橋...。」

 

と呟いた。その言葉を聞いた友奈もその方向を見る。

 

「本当だ!...ってことは私たち、結構遠くに来ちゃったね~...。」

 

友奈はそう言いながら風たちに連絡をとるためにスマホを取り出す。しかし、

 

「あれ!?ここ電波...通ってない...!?」

 

東郷も同様に確認するが、

 

「私の改造版でもだめ...!」

 

数多くの異変、初めての事態に慌てふためく二人。と、その時だった。

 

「ずっと呼んでたよ~、わっしー。」

 

「久しぶりだな、須美。」

 

『!!』

 

突然後ろから声をかけられ、友奈と東郷はその方角に移動した。するとそこには大きなベッドに横たわる少女が二人、不自然に存在していた。ここは外だ。しかも大橋の横。こんな光景は誰がどう見てもおかしいと思うようは構図だった。さらに二人とも全身包帯でぐるぐる巻きになっている。右の少女は両目とも包帯で巻かれており、おそらく失明しているのだと一目でわかった。

 

「やっと呼び出しに成功したよ~会いたかったよわっしー。」 

 

友奈と東郷は少女の意味不明な言葉に困惑する表情を見せる。

 

「えっ~と......東郷さんのお知り合い...?」

 

「........。」

 

東郷はじっくり二人の顔を見ると、静かに首を振ってこう答えた。

 

「........いえ...初対面だわ。」

 

『!!』

 

その言葉を聞いた右の少女がわずかながらピクッと動いて反応を見せた。

 

「......ごめんね。わっしーっていうのは私の昔からの友達で。しばらく会えてないんだ~。...だからついこうやって彼女の名前を言っちゃうの。」

 

左の少女がそう答えた。するとまた左の少女が顔を俯かせた。

 

「......二人のお名前は?」

 

「あっ、結城友奈です!」

 

「東郷...美森です...。」

 

「友奈ちゃんと...美森ちゃん...か...。」

 

左の少女はその二人の名前を噛みしめるかのように繰り返し言った。

 

「......私たちも自己紹介しようか。...私は乃木園子。よろしくね~。」

 

「...。あたしは三ノ輪銀だ。銀って呼んでいいぞ!」

 

ベッドに横たわる二人は見た目に反して元気よく自己紹介した。右の少女が一拍おいて言ったのが少し気になったが。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「あはは、そんなに緊張しなくていいんよ~。」

 

「そ、そうですか?......えっとじゃあ.........なんでこんなところにベッド...?」

 

「まあ、それは今気にしないでおいてくれ。」

 

「う~ん......じゃまず手始めに、二人とも『いつもバーテックスとの戦いの後は学校の屋上に帰ってくるはずなのに今日はなんで大橋にいるんだ?』って顔してるから教えてあげる。...私たちがね、そこにある祠を使って二人を呼んだんよ~。だからあなたたちだけここにいる。...あ、大丈夫だよ~他のお友達はちゃ~んと学校に送られたから~。」

 

「!!...私の考えていることが読まれた!?あなたたちは一体、な、何者なんですかぁ!?」

 

「ちょっと待って友奈ちゃん...!今この人たち、『バーテックス』って言った...!」

 

友奈はハッとして、東郷と顔を見合わせた。そして興味津々になって聞く。

 

「バーテックスを......ご存知なんですか...?」

 

「いろいろ驚かせちゃってごめんね~。........やっと成功してこっちも嬉しくて~。」

 

「ま、いろいろ知ってるさ。ズバリあたしたちの正体は...簡単に言ったら君たちの先輩だからな!」

 

『私たちの先輩...?』

 

「そう!昔...二年前にここ、大橋で戦ってたんだ。」 

 

「私たち、そこそこ強かったんよ~。いっぱい敵をなぎ倒して~」

 

「そうだったんですか...!......私たちの先輩...勇者としての...。」

 

「二人とももう満開はした~?」

 

「!!...は、はい!」

 

「......じゃあもう散華もしたよね..?」

 

「?......散華..?」

 

「『咲いた花はいつか散る』...二人とも満開した後からずっと、どこか体におかしいところない?」

 

『!!!』

 

「........その反応...。やっぱりね。」

 

「満開システムは、普通の勇者の姿よりもずっと強大な力を手に入れられる。...けど、その代わりに体の機能の一部を捧げなければならない...。」

 

「体の機能を...捧げる...?」

 

「元々勇者システムは大赦と神樹様が協力して作り出した発明品。...さっきも言ったとおり満開システムの力はとても大きい。その分、その力を使う分、その度に神樹様に供物として捧げる必要があるんだ。...満開する度に少しずつ...ね。」

 

「それが勇者システム。.....よりによってなんであたしらがって思うよな。でもこれは大人にはできないことなんだ。...あたしたちにしか、限られた人にしかできないこと...勇者のお役目ってのはそういうものなんだ。」

 

「いつの時代だって、神に見初められるのは無垢な少女のみ...これは昔から決まってることで。」

 

「え...ちょ、ちょっと待ってください!神樹様に捧げるって...それは、それは返ってくるんですよね!?治るんですよね!?お医者さんもそう言ってたし!」

 

『......。』

 

その質問を受け、ベッドに横たわる二人の少女は自然と顔を下に向けた。

 

「今は向こうの話を聞きましょう、友奈ちゃん。こちらもたくさん聞きたいことがあるけれど、それは後。」

 

慌てる友奈を宥め、東郷は冷静にそう言う。友奈は東郷の従い、コクッと頷いて二人の話に耳を傾けた。

 

「す、すみません...口を挟んでしまって...。お話の続き、お願いします。」

 

「ううん。こっちこそごめんね。いきなりいっぱいパニックになっちゃうようなこと言っちゃって...。......こほん、それじゃあ続けるよ。......私たち先代勇者がその一例。こんな姿になっちゃったのはバーテックスの攻撃のせいじゃなくて、その満開システムのせいだよ。」

 

『え......!!』

 

夕暮れ時に吹く、海から大地に流れる風が友奈たちに吹き付ける。

 

「そ、それって......つまり..........。」

 

「そう。あたしらは満開し続けてこうなった。ざっと10回くらいかな?もうよく覚えてないけど。」

 

「じゅ、10回も......!?」

 

東郷と友奈は絶句する。そしてさらに追い討ちをかけるようにもう一言。

 

「......で、あたしらは二年間ずっとこのまま。これは時間で治るようなもんじゃない。」

 

「そんなっ...!じゃ、じゃあこのまま一生......!?...樹ちゃんの声も、風先輩の目も、東郷さんの耳も...ずっと........!!」

 

「つまり私たちは、完全に動けなくなるまで戦わされて最終的には全身を捧げなければならないの...!?」

 

先ほどまで冷静だった東郷も、混乱して気を取り乱している。おそらくさっきも、話を聞いていて本当は怖かっただろう。

 

「...だ、大丈夫だよ東郷さん!私たち、12体のバーテックスは倒したんだし!もうお役目はないんだから!」

 

今度は友奈が東郷を落ち着かせる。

 

「それは本当にすごいよね~。私たちの頃は追い返すだけで精一杯だったから~。でもね...........たとえお役目が終わったとしても体は今の状態、そのままだよ。」

 

また先ほどのような風が二人に吹きつける。友奈も東郷も突きつけられた真実に、信じられない様子。しかしこれはすべて本当なのだ。

 

「実際、あたしらがそうだからな~。」

 

「......治りたいよね~..。私も治って友達を抱きしめに行きたいよ~。」

 

「......。」

 

その視線は自然と東郷に向けられている気がした。

 

「...友奈ちゃん、だっけか。君も満開したんだろ?なら、体におかしいところがあるはずだ。それなのに君は人の心配ばかりする。........それはなんでだ?」

 

「えっ........?」

 

唐突に、銀は友奈に問う。

 

「それが友奈ちゃんのいいところよ!なぜそんなことを聞くの!?」

 

東郷は銀を睨みつけ、少し声を荒げてそう言った。

 

「おっと........ごめんごめん...。決して怒らせるつもりはなかったんだ。あたしもどちらかと言ったら友奈ちゃんに似てるからな。人からもよく言われる。...人のために、自分を犠牲にしてでも行動する...それは『その人』が大切だから。大切な人が悲しんだりするのは、自分が苦しむよりもずっとつらいから。...違うかい?」

 

「!!...そ、そうです...!」

 

「ははっ、やっぱりな。........けどな、警告しておく。あまりひとりで無理しすぎるな。これは今までの人生、あたしが実際に経験してきたから言えることだ。」

 

「えっ........?」

 

「え........。」

 

その言葉に、友奈だけでなく園子も同じように反応した。

 

「その行動が、その性格が原因で一周回って自分の大切な人が苦しむ........。あたしはこれまで生きてきてそれを思い知った。その気持ちを痛感した。勇者のお役目をしているならなおさらだ!...くれぐれも気をつけろよ。」

 

「あなた、さっきからなんなんですか...!友奈ちゃんのこと、まるごと否定して...!」

 

「大丈夫だよ東郷さん。そんなにプンプンしないで!...あの子の言っていることは間違ってないし、私たちのことを思って言ってくれてるんだから!」

 

「でもっ...!」

 

「......なんだか、懐かしいな。」

 

銀は静かにそう呟いた。

 

「......はい?」

 

「...いや、なんでもない!」

 

東郷に怒られること...それは彼女にとってとても懐かしいことで、大切な思い出の一つだった。

 

「......。わ、わかりました...先輩のお言葉、肝に銘じます。」

 

友奈は似合わない丁寧な敬語を使い、自信なさげにそう言った。その時、

 

「友奈ちゃん!」

 

東郷に呼ばれ、友奈は彼女の方を向いた。

 

「!!」

 

そこには、こちらに向かってくる多くの大赦関係者たちの姿があった。この人数が集まるなんて異常だ。ただでさえ怖い仮面と服装なのに大勢集まったらさらに不気味さが増す。

 

「この人たち...大赦の人...?」

 

彼らは友奈たちを囲み、東郷と友奈は自然とくっついて自分らを囲む彼らを見回した。

 

「彼女たちに何かしたら許さないよ~。」

 

と、園子が一言。その言葉を聞いたとき、大赦職員たちは彼女の方を向いて一斉に頭を地面につけた。彼女のその時の声質は先ほどとは打って変わって少し覇気があった。しかし二人はそんなことよりも大赦職員が園子にこれほどまでの忠誠を誓っていることに驚いていた。

 

「私たちね、今は神様みたいに崇められてるんだ~。」

 

「なにせ、神樹様にこれほどの体の機能を捧げたから神に近い存在になったとかならなかったとか。...あたしは未だにこういうの慣れないけどな。見えないし。」

 

「ごめんね勝手にこういうことしちゃって~。何度言っても会わせてくれなかったから、自力で呼んだんよ~」

 

園子のその言葉を聞いても、神官たちはピクリとも動かなかった。

 

「あ、あの........」

 

「大丈夫だよ~この人たちはあなたたちに何もしないから~。元の家に帰してくれるよ~。........大赦が勇者システムの真実を隠してたのもね、この人たちなりの思いやりだとは思うんよ~。............けど...」

 

ポタポタ...

 

園子の頬をつたった涙が何粒も下に落ちる。

 

「........私はそういうの...ちゃんと先に伝えてほしかったな...。それがわかっていれば...もっともっと、三人でたくさん遊んで日常を楽しみたかった...。」

 

「........園子...!」

 

園子の本音を聞いた銀は思わず貰い泣きしそうになる。その時だった。東郷は車いすを動かし、園子の隣まで動いて彼女の涙を手で拭ってあげた。

 

「...!ありがとう...。......!...美森ちゃん...そのピンつけてくれてるんだね。」

 

「え...これ...?」

 

東郷は髪に留めているピンを触る。ピンクの花柄の可愛らしいピンだった。

 

「ミノさん、わっしーはミノさんのピンを大切にしてくれてるよ。...二年経った今も、つけてくれてる。」

 

「!!........本当か...!?園子...!」

 

「うん。...とっても似合ってるんよ。」

 

友奈には聞こえないくらいの小声で二人は会話した。

 

「ごめんなさい...。私、これが大切なものってことだけは覚えてて...。」

 

「須美......。」

 

その瞬間、銀の目に巻かれている包帯が滲み始めた。やがてそれは溢れ出し、園子と同じように頬を伝ってポロポロ流れ落ちる。

 

何が起こっているか分からない友奈は突然のことにちょっとだけ慌てる素振りを見せる。

 

「!........ミノさん...。」

 

「ぐすっ......。ごめんな、急に泣いちゃって。二人ともびっくりしちゃったよな。」

 

すると、東郷は先ほどと同じように銀の涙も拭ってあげた。

 

「........!!!」

 

そして二人の手を握った。その時銀と園子はとても安心した。温もりがある柔らかい手に包まれ、二年前に手を繋いだ時を思い出した。懐かしい感触。あれほど会いたかった友達が今、目の前にいる。手を握ってくれている。だが、その友達は自分たちのことを覚えていない。

 

「本当に...久しぶりだ...。...なあっ!!須............」

 

「............ミノさん...今はまだ我慢...して........。」

 

銀は気持ちが爆発するギリギリのところでこらえた。歯を食いしばり、ふうっと息をついてすぐに落ち着いた。

 

「...いつでも会いに来ていいから~。私たちは待ってるんよ~。」

 

園子は最後に笑顔でそう言い、神官たちに友奈と東郷を元の町へ返してあげるように指示した。

 

------------------------------------

 

友奈と東郷は送り返される大赦の車の中で二人から聞いた話を思い返していた。そしてそのうちに実感し始め、恐怖の感情がじわじわと湧いてきた。小刻みに震える東郷。友奈は彼女に寄り添い、抱きしめて言った。

 

「東郷さん...。大丈夫!なせば大抵なんとかなる、だよ...!」

 

「........ぅぅ...友奈ちゃん...!」

 

東郷は涙を流し、車中で号泣する。

 

「とりあえず最初に、風先輩に相談しよう。...大赦から何か聞いてないかって。」

 

「うん...そうだね...。」

 

家に着く頃にはもうすっかり夜になっていた。いろんなことがあった一日。友奈は今日も早くに床についたが、なかなか眠ることはできなかった。

 

-----------------------------------

 

「........これで、よかったのかな。」

 

「うん。...大丈夫だよ。きっと二人は明日にでもフーミン先輩に相談して、フーミン先輩は大赦周辺を嗅ぎ回ると思う。........そして...。」

 

真実を知った風は、大赦を潰すために行動する。しかしそれは部員たちが止めてくれるので問題ない。問題はそれと同時刻に起こったもう一つの『大事件』なのだ。

 

「........。ごめんな、園子。...あたしつい興奮しちゃって須美にいろいろ言うところだった。」

 

「気持ちはよくわかるんよ~。わっしーが私たちのことを思い出したときには、いっぱい言ってあげていいからね~。」

 

「...その時はもうすぐ来るんだろ...?」

 

「うん。だからあともう少し。......わっしーを説得するところから。」

 

 

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------------------

 

------

 

 

翌日 讃州中学校屋上

 

「えっ...?先代...勇者...?満開の後遺症はもう...治らない...?」

 

「...はい。昨日会った人がそう言ってました。」

 

「風先輩、なにか聞いてませんか?」

 

「いえ...何も........。」

 

その日から風は大赦に満開の後遺症について頻繁にメールを送った。しかし一向に返事がくることはなかった。やっと返ってきたと思ったら同じような内容ばかり。明らかに怪しかった。そして体の機能の方も全くよくならない。それらから考えれば友奈たちの言っていたことは本当で、医者や大赦の言っていることは全くの嘘になる。

そしてある日、東郷に呼び出されて彼女の家に向かった。そこには友奈もいて、例のことを知る三人が集まっていた。

 

「どうしたの...?東郷さん...。」

 

「いきなりあんたの家に呼び出すなんて、珍しいじゃない。」

 

「........。二人に見てほしいものがあります。」

 

東郷は唐突にそう言うと小刀を取り出した。鞘から除かせる銀色の光。本物の鋭い刃物だ。

 

「なにしてるの...東郷さん...?危ないよ!」

 

「あ、あんたふざけてるの...?だとしたら今すぐに........」

 

二人の話もろくに聞かずに、東郷は両手で小刀を持つ。と次の瞬間、東郷はいきなり小刀を自らの首に向かってブンと振るった。

 

「きゃっ!!東郷さん!!」

 

「東郷っ!?」

 

自殺。しかも二人の前で。鋭く尖った小刀は東郷の絹のような白い肌を貫き、中に通っている血をまるで噴水のごとく吹き出させる。大量失血であっという間に死に至る....... は ず だ っ た 。

 

「はぁっ...!はぁっ...!」

 

小刀は首もとのギリギリで止まっていた。彼女が自ら止めたわけではない。精霊だ。精霊が小刀から東郷を守ったのだ。

 

「なにやってんのよ東郷!!精霊が止めてくれなかったらあんた今頃......!」

 

そこまで言って風はハッと気づいた。彼女が何を伝えたかったのかを。

 

「私は今...自分の意志で精霊を呼び出したわけではありません...。勇者システムを起動させたわけでもないのに精霊が勝手にこの刀を止めたのです。」

 

東郷がそう説明している間にも、東郷の三体の精霊がテキパキと彼女から小刀を取り上げ、元の位置に置いた。

 

「えっ......じゃあ...?」

 

友奈は首を傾げ、東郷にさらなる説明を求める。

 

「乃木園子と名乗る少女の話を聞いてから...気になった私は、これまでにいろいろなことを試してみました。転落死、一酸化炭素中毒、溺死、窒息死、切腹...あらゆる手を尽くしましたがどれも精霊に止められました。彼らの不思議な力によって守られたのです。」

 

「ってことはやっぱり...その先代勇者を名乗る人物が言っていたことは本当...?」

 

恐る恐る聞く風の質問に対し、東郷はゆっくりと頷いた。

 

「そ、そんな...!」

 

「...私たちは生かされている。絶対に死なない...いや、死ぬことができない不死の体になったのです。...戦いの中で体を捧げる...その代償によって、それを手に入れたのです。」

 

 

バンッ!

 

 

東郷の話を最後まで聞いた風は机を勢いよく叩いた。

 

「ふざけんじゃないわよ...そんなの...!体の機能の代わりに不死の体って...私ら別にそんなの望んでないわよ!...樹の声は...どうなるのよ!!」

 

------------------------------------

 

「もうそろそろだと思うよ。」

 

ベッドに寝ころんでいる園子は唐突にそう呟いた。銀にはその言葉の意味がすぐにわかった。

 

「さて...どうなることやら。あたしらができることは全部やった。」

 

「うん......できるだけやって、彼女たちがどう判断するか。もう今の私たちには...結果を見ることしかできないからね~。」

 

 

(第33話に続く)



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【第33話】The true of the world

 

数日前

 

「確か前の未来だと....今日わっしーが来るはずだよ~」

 

「そ、そうなのか!?今日!?もっと前々から教えておいてくれよ!?」

 

「あはは...ごめんごめん。」

 

「...いやぁ...なんでだか緊張するなぁ...もう最近一回会ったのに。でもまた須美の声が聞けると思うと嬉しい。」

 

「うん。...たぶん今日、わっしーが鷲尾家にいた頃のお話を持ってくると思うから。ちゃんと説明しないとね。...壁の外のこともきちんと...。」

 

「ああ。そうだな。...でも説明は園子がしてくれよ?あたしはそういうの苦手だからさ...。人にわかりやすく伝えるのはどうも難しくって。」

 

「もちろんだよ。それは任せて。...今日が正念場だからね。」

 

「........。...でもあたしもできる限りのことはするから。二人で頑張ろう。........須美のこれからのために。」

 

そう。今日話す内容で東郷が壁を壊すか壊さないかが決まる。どれだけ彼女を説得し、この世界にはまだ希望があると信じ込ませることができるか...。それが鍵となってくる。このことさえ変われば後々の未来、大きく変わってくることだろう。ただ心配なことが一つだけある。その未来になった場合、園子もどうなるかわからないということだ。東郷が『壁を壊さない世界線』は知らないからだ。もうタイムリープはできない、先の見えない未来。一度きりのチャンスだが大きな賭けでもあった。...だが園子の中にある願いはただひとつ。『東郷に苦しんでほしくない』...今はそれだけだった。

 

 

ガラっ

 

 

少し時間が経って入室してくる人物が一人。

 

「やっぱり来てくれた~。...必ず来てくれると思ったよわっしー。......あ、東郷さんか。」

 

その人物は神妙な面もちで大きなベッドに横たわる二人の少女を見つめた。そこにいるのは先代勇者の乃木園子と三ノ輪銀だ。この部屋にやってきたのは現役勇者の東郷美森だった。この前大橋で会話したときからすぐのことだった。彼女は腰掛けた車いすを巧みに操り、二台のベッドの間に入る形にした。どちらか片方だけでなく園子と銀...両者とも話しやすいようにするためだった。

 

「...わっしーでいいわ。実際、二年前までは鷲尾という名字だったのだから。」

 

「あれ、もうそこまで調べたんだね~さすが~」

 

「二年前...勇者適正値の高かった私は大赦の中でも大きな権力を持つ鷲尾家に養子として預けられた。そしてその中でお役目を引き受け、あなたたちと共に戦った。」

 

「うん。大赦の身内だけじゃやっていけなくなって、勇者の素質を持っている人を全国で調べたんだよ~。」

 

「満開の影響で足が動かなくなったことも、記憶を失ったことも、事故と言われて両親から嘘をつかれていた。引っ越しの時に友奈ちゃんの隣に越してきたことも仕組まれたもの。」

 

「彼女、勇者候補の中でも適正値が一番高かったんだって。だから大赦側も彼女が神樹様に選ばれるってわかってたんだろうね~」

 

「満開してからは食事の質が上がったわ。」

 

「大赦が手当として家に十分な援助をしているんだろうね~。」

 

「思えば...合宿での料理も豪華なものだった。........あれは労っていたのではなくて...祀っていたのね。私たちを...。そして親たちは事情をわかっていて、今も黙ってる。」

 

「神樹様に選ばれたんだから、喜ばしいことだって納得したんだろうね~。」

 

「どうして私たちがこんなっ...!神樹様は私たちの味方じゃなかったの...?」

 

東郷は膝の上で握り拳をつくり、泣き始めてしまった。

 

「味方だけど、神様だからね...。そういう面もあるよ。」

 

(そ、園子すごい...!こんなスラスラと質問に答えて...!........でも...)

 

淡々と答えていく園子を見て、銀は呆気にとられていた。さすが園子だと思ったが、逆に冷たすぎるのではないかと思った。銀もなにか声をかけようとしたとき、

 

「満開したのは10回ほどだって言っていたわよね...?じゃあ精霊の数は11体...?」

 

と、東郷が聞いてきたため遮られてしまった。

 

「うん...。派手にやっちゃったからね~。こんな体になっちゃったけど。ミノさんも。」

 

「ああ...。でもこうでもしなきゃ勝てない戦いだった。だけどその代わり、大量の武器で相手をめったうちにできる!」

 

ようやく銀が声を発する。暗い空気を少しでもよくしようと、ちょっと無駄に声を張り上げて言った。

 

「普段は怖がられて取り上げられてるんだけどね~。........実はね、私...あなたたちの中でもしものことがあったら止める役割を担ってるんだ~」

 

「え...?」

 

「あたしの場合は諸事情でもう勇者の力はないんだけどな。園子は園子で...そういうお役目があるんだ。」

 

ここで一段落の沈黙が流れる。園子は一度、銀に視線を送るとすぅ...と息を吸い込んで話し始めた。

 

「あのね、私がこれから言うこと......落ち着いて聞いてほしいんだ。」

 

(ついに来る...!)

 

銀はこのタイミングで園子がついに話すのだとわかり、身構えた。

 

「神樹様の壁の外...あるでしょ?」

 

「?壁の外...?大赦が管理して『何人も外に出てはならない』って定められてるけど...。」

 

「うん、そうだね。...こちら側から見た壁の外は壁内と変わらず綺麗な風景が広がってるよね~。私たちの住む四国は海に囲まれて、海の向こう側には本土が見える。」

 

「??...それがなにか...?」

 

銀は息を呑んで二人を見守る。

 

「........それは嘘の風景なんだ。壁の外の秘密...大赦がそうまでして壁の外に行かせないようにしてるのはね、神樹様の結界の外側は火の海で包まれているからなんだ。」

 

「............。...ひ、火の海...?あなたは一体なにを言っているの...?」

 

当然の反応だ。誰だっていきなりこんなことを言われたらこうなるに決まってる。だが園子は台本を読むかのようにスラスラと答えていく。

 

「つまりね、四国以外は地獄になっちゃったってこと。もはや現実の世界じゃない...天の神が作り出した世界になったんだよ。」

 

「........。その説明でもよくわからないわ。......そもそも天の神って...?」

 

「天の神はね~バーテックスの親玉のようなものだよ。そいつがいる限り壁の外はバーテックスだらけ。火の海のままだよ~。」

 

「!?...バーテックスだらけ...!?バーテックスは12体だけじゃないの!?」

 

「...現実はね、バーテックスの数は無限大。倒しても倒しても復活する。」

 

「そ、それって...それも大赦に騙されてたってこと...!?じゃあ私たちは体の一部を供物として捧げながらあなたたちみたいになるまで戦わせられる...!?」

 

「落ち着け須美!!」

 

銀がそう叫び、慌てふためく東郷を黙らせた。

 

「!........あ...ご、ごめんなさい...。」

 

「気持ちはわかるよ。こうなった身として。...でもな、話はこれで終わりじゃない。このままあたしたちだけバッドエンドなんてそんなひどい話はないさ。」

 

「え........?」

 

「そう。ミノさんの言う通り。...希望はある。」

 

園子はそう言い、東郷に熱いまなざしを送った。

 

「さっき、天の神がいる"限り"バーテックスは生まれ続けるって言ったでしょ?...だから天の神を倒せば元通りになるんだよ。壁の外が火の海になっているのも全部直って、本当の景色を見ることができる。」

 

「天の神を倒す...?でもそれはどうやって...。」

 

「近いうち、私たちはそれを成し遂げる。...いきなりこんなこと言われても信じられないだろうけど、私たちを信じてほしい。」

 

「........そう言われても...。」

 

やはり不安か。なにしろ確証がないのだから。会ったばかりのこの二人の言うことをそう簡単に信じていいのか。

 

「...やっぱり信じがたいよな、こんな話。だいたい、壁の外にいる敵をどう倒せってんだって話だよな。........けどこのチャンスはいずれやってくる。勇者部の団結力は大赦の人たちから耳が腐るほど聞いてる。自信があるんだろ?その面は。........勇者部のみんなが力を合わせて、天の神さえ倒す瞬間が近い未来訪れるんだ。」

 

「......なんでそんなこと言えるんですか...?あまりにも話が非現実的すぎる...!だいたいその天の神とかいう敵は壁の外にいるんでしょう?」

 

二人は言葉に詰まった。

 

「えっ~と........それは...」

 

「天の神直々に、壁内に攻めてくるからだよ。」

 

「ちょっ、園子!?」

 

なにを思ったのか、園子はド直球にそう言った。

 

「え........!」

 

「ふふ、それなら説明がつくでしょ?」

 

「....か、からかってるの...!?」

 

にやけた園子を見て東郷は彼女を睨みつけた。

 

「あ、いやいやそんなつもりはないよ~!......私たちは単に未来に起こることがちょっとだけわかるだけなんよ~。」

 

「!?!?えっと...つまりそれは...み、未来予知...!?」

 

「うん。...私たちは神樹様...神様に最も近い存在になったって言ったよね~。この体になってからどれくらいかな~...だんだん見た夢で未来のことがわかるようになってきたんよ~。正夢みたいな?ね、ミノさん~」

 

「あ、ああ!そうそうそうなんだよ!だから言えるんだ!ははは...」

 

(そ、園子...!さすがにその説明は怪しまれるんじゃ...!)

 

「なるほど...夢で見た内容が現実になると...。そういうことだったのね...。」

 

(信じた!?)

 

銀は心の中で一人ツッコミを繰り返していると、園子が静かに言った。

 

「だからね......私たちを信じてほしい。これはあなたが決めることだけど...私たちは伝えられることを全部伝えた。あとはわっしーの判断に任せるよ。」

 

「...。」

 

「気になるんだったら直接自分の目で壁の外を見に行ってみればいいよ~。........けど気をつけてね。おそらくあなたの予想を遥かに超えるくらいの地獄が広がってるから。...勇者のあなただとしても、安全は保障できない。」

 

園子のその言葉を聞き、東郷はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「......わかったわ。今日はありがとう...。早速行ってみることにするわ。」

 

「うん。......わっしーがどんな判断を下そうが、私たちはわっしーの味方だから。どこまでもついて行くよ。」

 

「またな、須美。」

 

銀と園子は東郷に別れの言葉を言ったが、彼女はその場にいたままでなかなか動かない。二人は不思議に思ったが、次の瞬間

 

「......つらかったでしょう。」

 

東郷はそうつぶやいて二人の手を優しく握った。

 

「............須美...!」

 

「........。うん...ミノさんも私も...この二年間とってもつらかったよ。でもね......なぜか今はそんなにつらくないんだ。」

 

「........。」

 

「もう少し...このままでいてくれないかな...?」

 

再び東郷の手に包まれ、二人は安心した。銀は目が見えずとも、彼女の温もりを感じることでより思いがこみ上げてきた。園子も銀もこの時が永遠に続いてほしいと思った。

 

------------------------------------------------

 

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---------

 

「............園子、よかったのか?」

 

東郷がいなくなってから銀はふと口を開いた。

 

「園子は須美が責任を感じて生贄にならないようにしたかったんだろ?だったら壁の外に行かないように話した方がよかったんじゃないか?それに...もし須美があたしたちを信じなかったら........」

 

「...その時はその時だよ。決めるのはわっしーだから。壁の外に行くのをやめるように言ってもわっしーだったら気になって行っちゃうだろうしね。...それにね、たとえ私たちの存在を忘れていたとしても、わっしーは私たちのことを信じてくれるって思ってるから。」

 

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------------

 

---

 

東郷は勇者システムを起動し、神樹の壁の上までやってきた。

 

「........。」

 

緊張しながらも東郷は壁の外へと向かう。すると........

 

「...!!!」

 

突然周りの風景が一変し、真実が姿を現した。辺り一面紅の色。例えるならば太陽にいるかのような感覚。その景色は果てしなく先まで続いており、この世界は完全にヤツらに支配されていた。『壁外は火の海』...すべて園子の言うとおりだった。

 

「なに...これ........。...!バーテックスがこんなにたくさん...!」

 

うじゃうじゃ動いている小さい白い物体が所々に見える。その一体一体が星屑で、大型や中型など様々な大きさのバーテックスを作り出していた。

 

「彼女の言っていたことは本当だった...!........無限に作り出されるバーテックス...そして私たちは体を捧げながら戦わせ続けられる...。」

 

そんなことをつぶやいているうちに、東郷の存在に気づいた星屑が彼女を食そうと向かってきた。

 

「きゃっ!」

 

東郷は飛び退き、咄嗟に小銃を取り出して星屑を撃ち殺していく。その騒ぎは瞬く間に辺りに広がり、無数のバーテックスが次々に彼女の元へやってくる。

 

「くっ...!こんなのきりがない...!!」

 

やがて一人では処理しきれない数が彼女へ向かって突っ込んでくる。身の危険を感じ、急いで壁内へ飛び込んだ。

 

「はぁっ...はぁっ...はぁっ...!」

 

全身から汗が吹き出る。...危なかった。東郷は地べたに手をつき、絶望した。

 

「...なんなのよこれ...!!これが本当の世界なの...?........倒したはずのバーテックスが生み出されてた...!小さいバーテックスも無限にいて...満開したとしてもとても敵わない...!」

 

恐怖で涙を流し、体を震わせる。壁外の記憶は東郷の頭の中にトラウマとしてしっかりと刻まれた。汗は依然、止まる気配はない。

 

((天の神を倒せば元通りになるんだよ。...近いうち、私たちはそれを成し遂げる。))

 

東郷は園子の言った言葉を思い返した。

 

「天の神を倒す...?バーテックス数体を倒すのが精一杯の私たちが、バーテックスを無限に生み出せる親玉に勝てるっていうの...?あんな地獄の世界を創り出せる怪物を倒せるの...?」

 

彼女たちのことを信じたかったが、実際に外の世界を見て彼女の心の中に迷いが生じていた。

 

「...それに、そいつが壁の中に攻めてくるなんて........私たちはどうしたらいいの...?満開すれば、体を捧げれば勝てるの...?でもそしたら最悪私たちは...」

 

考えに考え抜いた結果、東郷が出した結論は ---

 

「........神樹様を壊せばみんな救われる。バーテックスも、天の神も...攻めてくることはない!」

 

すでにこのときの東郷の頭の中は、園子たちと話したことなど吹っ飛んでいた。実際に『地獄』を見てしまったことにより、彼女は正常な判断が下せなくなっていた。冷静になることなどとてもできなかった。

 

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------------------------

 

「!?...樹海化警報!?」

 

「くっ...こんな時に...!」

 

「あの...みなさんこれ、いつもと違いませんか?」

 

風の暴走を食い止めたばかりの友奈たち一行は突然の樹海化警報に戸惑っていた。その警報はどこか普段と違ったからだ。すぐに樹海化が始まり、光が彼女たちを包み込む。

 

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「友奈ちゃん...風先輩...樹ちゃん...夏凜ちゃん...待っててね。今助けてあげるから。」

 

本来神樹を守るために使うはずの武器を、壊すために使用する人物がここに一人。先ほどまで彼女が立っていた場所はもうない。なぜなら、そこは彼女が破壊したからだ。この武器を使って、壁に大穴を開けたからだ。

 

「さあ、おいで。」

 

ぽっかりと開いた穴から、チャンスだとでも言うようにバーテックスたちが入ってくる。その勢いを例えるならばならば、それは河の流れのようだった。彼女はそれを横で見守り、バーテックスの大群を神樹のもとへ導いていく。

 

「神樹様がいなくなってしまえば...私たちが生き地獄を味合うことはない。........こんな世界、私が終わらせる。」

 

(第34話に続く)




園子の作戦は失敗...東郷は本来の歴史通り壁を破壊してしまいました。物語は次回から原作で言う『勇者の章』へあたるところへ入っていきます!黒幕へ迫るため、着々と準備を進めていく園子...これからもお楽しみいただければ幸いです!
今回も更新が遅れて申し訳ありませんでした。これからもがんばって書いていきますのでどうかよろしくお願いします!


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【第34話】Restart

 

翌日、まだ太陽がてっぺんだけ姿を見せている時間帯。少女が一人、寒いにも関わらず外に立って海を眺めていた。その様子はなんとも異様で、身体中に巻かれている包帯を解きながら海を見ていた。

 

「............。」

 

少女の名は乃木園子。数時間前まで体の一つも動かせなかった彼女が、今ではそれが嘘のように体を動かすことができる。...彼女の体が動くようになった理由...それはただ一つしかない。本来の歴史通りに事が進み、そのまま終わったという事だ。つまり、東郷は壁を破壊し、それを友奈たち勇者部員がすべて丸く収めた。そして神樹から供物を返された...ということだ。正確には返されたと言うよりも『仮り物』を与えられただけなのだが。

 

「園子...?」

 

「!...ミノさん...!」

 

後ろを振り向くと銀が立っていた。園子を探しにここまで歩いてきたみたいだった。二人ともポカンとした顔で見つめ合い、やがて銀は走り寄って園子に飛びついた。

 

「ついに...ついにあたしらは解放されたんだな...!手を動かせる...歩ける...そしてなにより目が見える!」

 

「うん...うん...やっとだよ...。本当によかったね、ミノさん...!」

 

二人は感極まり、思わず涙を流す。ここまで本当に長かった。銀は朝日に照らされる海を見て静かに呟いた。

 

「海って...こんなに綺麗だったんだな...。」

 

久しぶりに見る外の風景...二人にはすべて美しく、何よりも綺麗なものに見えた。そこで二人は肩を寄り添ってしばらく海を眺めることにした。

 

「身の回りのものが全部輝いて見える。物が見えるって当たり前のことだと思ってたけど...とっても尊く儚いものなんだな...。園子のかわいい顔も久しぶりに見れてめっちゃ嬉しい!」

 

「もう...ミノさんったら。...私も久しぶりに元気なミノさんを見れてすんごく嬉しいんよ~!」

 

「え?...あたしは今までだって元気...」

 

「いや、なんかね~今のミノさんは自由になって内に秘められていたものが解放された感じがするんだ~。心の奥底から喜びと嬉しさが伝わってくる。...本当に、よかった。」

 

「...!」

 

「...ミノさん、そのリボンつけてくれたんだね~。嬉しいよ~」

 

この二年で銀はだいぶ髪が伸びていた。その伸びた髪を大橋の戦いで園子があげたリボンを使い、結わっていたのだ。それも、ポニーテールで。

 

「...あ、ありがとう...。だいぶ髪が伸びてたからやってみたんだ。ポニテは初めてやるんだけど...どうかな...?」

 

「うん、すっごく似合ってる!よりミノさんの可愛さが増したよ~!」

 

「ホントか...!?よかったぁ...ならこれからはこの髪型にしよっかな!」

 

銀はそう言うとニカッと笑い、真っ白な歯を見せる。すると、海から吹いてきた風が二人の髪を大きく揺らした。二人は顔を見合わせると急に銀が後ろに小さくぴょんっと跳んで言った。

 

「なあ園子!せっかく体が動くようになったんだからさ!いっぱいいっ~ぱい走り回ろうぜ!今まで寝てた二年分まとめてさ!」

 

銀はそうやって小学生のようにはしゃぎ回る。

 

「あっ、ミノさん気をつけ...」

 

「うわっ!」

 

と、ちょっと走り出したところで銀は転んで倒れてしまった。

 

「ミノさん大丈夫~!?」

 

「あ、ああ...大丈夫...。だけど........」

 

前のように体がうまく動かない。いや、動かし方自体を忘れている。二年もの間寝ていたからか小学生の頃かけっこでいつも一番をとっていた銀の姿はもうそこにはなかった。

 

「『気をつけて』って言おうとしたんだけど遅かったね...ほら、私たち久しぶりに体を動かすじゃない?だからまだ走ることに慣れてないんよ~。まず最初はリハビリが必要だね~。」

 

「........これ、前みたいに元通り走れるようになるか...?」

 

銀は不安になって園子に尋ねる。

 

「大丈夫だよ~!精霊のご加護もあったからすぐ前みたいに元気な体に戻るんよ~!...私も昔なったときにすぐに復帰できたからね~。わっしーたちと同じ讃州中学に通えるようになるのも意外とすぐだよ~。」

 

「本当か!?よかった~........!!もしこのままだったらあたし超ショックだったよ...。」

 

「でもミノさん、ここ二年分の勉強を取り戻さないとね~。...そうしないと授業についていけなくなるよ~?」

 

「げっ!!勉強!?ヤバい忘れてた!!それだけはご勘弁を~!園子様~!」

 

「ふっふっふっ~...私がビシバシ教えてあげるから安心して~。」

 

「........ぁぁ........園子が鬼に見える...!あたしにとっちゃバーテックスよりも怖いかも...。」

 

そんな愉快な会話をしながら二人は室内へ戻っていった。だが喜んでいられるのも今のうちだけだ。

 

(ようやく自由に体が動かせるようになった..。これで思う存分好きなように行動できる。......さて、相手はタイムリープできる私に対して、その度に対抗してきた人物だ...。一筋縄ではいかない気がするけど...私だってこの二年間、ずっと計画を練ってきたんだ。...もうあなたの正体はわかってるんだから。)

 

園子はふと立ち止まり、空を見上げる。

 

「........ん?どした園子?」

 

「........いや...なんでもない!」

 

 

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数日後

 

「お、おお~...!これが讃州中学の制服...!あたしの晴れ姿...!」

 

「ふふ、ミノさんとっても似合ってるよ♪」

 

「おう、園子も!」

 

今日から二人は讃州中学に入学する。銀はポニーテールの髪を揺らし、軽快なステップを踏む。一方、初めて見る銀の制服姿に園子はちょっと感動していた。

 

(何度も頭の中で想像した...ミノさんの制服姿...。それが今現実として目の前に...。)

 

「ほらほら、行こ!園子!!」

 

「え?」

 

「早くしないと、遅れちゃうぞ~!」

 

「あ、ちょっと待ってよミノさん~!」

 

銀は園子の手を引っ張り、外に連れ出す。銀の伸びた髪が一歩進むごとに大きく振れる。今は少し肌寒い季節だ。こんな季節なのに、園子は一瞬銀の周りに桜が舞っている幻覚が見えた気がした。

 

「そんなに急がなくたって大丈夫だよ~」

 

「えへへ、だってさ.....今日からあたし、華の中学生なんだぜ!そりゃあこの興奮を抑えられるわけないだろ?........だからさ園子ぉ~あたしのわがままに付き合ってくれよ~。園子は二度目かもしれないけどあたしにとっちゃ初めてだからさ~。これからの学校生活...ワクワクが止まらないんだっー!!」

 

銀は晴れ渡る広い青空に向かってそう大声で叫んだ。そんな彼女を見ているだけで園子は幸せな気分になった。

 

「な~んだ、そういうことだったのか~。だったら気安い話さ!........私はミノさんに、どこまでも付き合うよ~!一緒にはしゃぎ尽くそー!!」

 

「オー!!」

 

銀と園子は登校ギリギリの時間まで外ではしゃぎ尽くした。制服を汚しそうでヒヤヒヤしたがさすがに初日からそんなことにはならなかった。だが最終的にはしゃぎ疲れ、冬だというのに汗だくになってしまった。

 

「はぁ...ふぅ~...そろそろ行かないとだな。」

 

「うん。早く車に乗ろう!」

 

二人は乃木家の私物の車に乗り込み、讃州中学へ向かった。

 

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「はぁ...はぁ...ヤバい遅刻だ~!」

 

二人が学校に着いたときにはもう朝の会が始まっている時間になっていた。学校周辺は完全に静まりかえっている。もちろん、生徒たち全員登校したからだ。園子と銀は学校の階段を駆け上がり、そのまま廊下を突き抜けてあらかじめ指定されていた教室に飛び込んだ。

 

 

ガラっ

 

 

「すみません遅れました~!」

 

銀の元気いっぱいな声が教室内に響き渡る。中にはいきなりの大声にビクッと反応した人がいた。

 

「...。心配して待っていたところだったよ。二人とも大丈夫ですか?」

 

担任は二人に優しく呼びかけてくれた。銀と園子は息を整えながらも「はい」と答える。

 

「見ろ、園子...!須美と一緒のクラスだ!友奈さんもいる!」

 

銀は後ろの席を小さく指差して興奮気味に小声で言った。

 

------------

 

「東郷さん!...あの二人って...!」

 

「うん...!そのっちと銀だわ...!」

 

一方こちらは予想外の見知った顔に驚いていた。

 

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「...ということで今日から新しくクラスメートが増えます。自己紹介どうぞ。」

 

担任にそう促され、二人は教卓の前に立つ。

 

「みなさんども!今日から讃州中学に転入する三ノ輪銀です!好きな食べ物は...イネスのしょうゆ豆ジェラート!よろしくな!」

 

「乃木園子で~す!よろしくお願いします~。」

 

「じゃあ二人とも、あの後ろの席へ。」

 

 

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放課後

 

「こんにちは~!!勇者部入部希望の乃木園子と~...」

 

「三ノ輪銀だぜー!!!」

 

放課後になると二人は勇者部に訪れ、入部届けを提出した。

 

「えっと...?」

 

『誰?』とでも言いたそうな顔で風は困惑していた。その顔を見て園子が発言する。

 

「二年前、大橋の方で勇者やってたんだぜー!」

 

「二年前...先代勇者!?」

 

夏凜がいち早く反応した。

 

「また二人と勉強できるなんて...!」

 

「私もわっしーと勉強できて嬉しいよ~!居眠りしてたら起こしてね~。」

 

「あたしも頼む!午後は特に!...勉強もニガテだし...。」

 

「もう...しないように気をつけてよね。」

 

東郷は二人と手を取り合い、このテンションの中見事に手懐けている。

 

「扱いが慣れてるわね...。」

 

「まるで二人のお母さんみたいです♪........おっ、これは...!」

 

「ん?なになに~?」

 

どうやら樹は占いをしていたらしく、一枚のタロットカードを一同に見せた。

 

「『運命』のカードです!意味はまさに運命的な出会い...」

 

「おおっ!さすがいっつん当たってる~」

 

「!ちょ...おい園子...!」

 

「えっ...占ったことありましたっけ...?初対面ですよね...?」

 

「あっ............ついノリで言っちゃった~!あはは~」

 

園子は頭をかきながら必死に弁解した。

 

「んじゃ、新たな勇者部員も入ったことだしなにかお祝いでもしましょうか!」

 

「いいですね風先輩!パーティーだ~!」

 

友奈がそう言い、拳を上に突き上げる。

 

「ふふっ、これからよろしくね!ゆーゆ!」

 

「あたしからも!よろしく友奈!」

 

園子と銀は友奈に近づき、手を差し出した。友奈は一瞬二人の顔を交互に見ると、

 

「うんっ!よろしくね!そのちゃん、銀ちゃん!」

 

と言って握手を交わした。

 

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---

 

「いや~!初日から楽しかったな勇者部ー!」

 

「うんっ!これからワクワクドキドキだよ~!」

 

部活が終わり、二人は大橋方面に戻るために乃木家が手配した車へと向かって歩いていた。するとそこに

 

「そのっち~、銀~!」

 

と、手を振りながら向かってくる人物が一人。

 

「!わっしー!」

 

「はぁ...はぁ...今から三人で集まれない...?」

 

「えっ...?」

 

「...二人の体は元通り自由になった...私の足も記憶も戻った...だからこれまでのこと、いっぱい二人に話したくて...。約束を破っちゃったことの謝罪も合わせて...。」

 

「須美...。」

 

「...。...うん、わかったよ。じゃあわっしーも一緒に車に乗って。このまま私の家に直行でいいかな?」

 

「ええ。ありがとう。」

 

「あたしも大丈夫だ。」

 

「ふふっ、じゃあ決まりだね。........これでようやく、三人で一緒にいた頃に戻れた気がするよ。これまではわっしーの記憶がなかったけど...今は違うからね~。」

 

「...そのっち...。」

 

「そうだな。...ひさしぶりの神樹館勇者組大集合~!今日は長い夜になりそうだ...!」

 

銀は顎に手をやってそう言った。一方東郷はここでは終始明るい顔を見せなかった。三人は車へと乗り込み、園子の家へ向かった。

 

 

 

乃木家宅

 

「お~...園子の部屋久しぶりだな~。」

 

「二年間いなかったからほとんど変わってないけどね~。ささっ、二人とも座って座って!つもる話でもしましょうや~。」

 

園子はそう言い、ジュースとお菓子を持ってきて二人に差し出した。

 

「........。」

 

「...?...どした須美?なんか元気ないじゃんか。」

 

「えっ?...あっ、いや...」

 

「責任、感じちゃってるんだよね~。」

 

「!!」

 

「みんなのおかげでこうしていられるけど、もし止められてなかったらこの世界は存在してないからね~」

 

「...。」

 

「...自分のやっちゃったことを後悔してるんでしょ?」

 

「...相変わらずさすがね、そのっちは。」

 

東郷はちょっと微笑みながらそう呟いた。そしてなぜかどこか嬉しそうだった。

 

「........でも、それだけじゃない。私は...あのとき二人と交わした約束を破って二回満開をした...。それで記憶を失って、それで....」

 

「だ~か~らっ!もうその話はいいって!こうしてまた三人会えたことだし、結果オーライだろ?」

 

「そうだよ~。私たちは気にしてないし、むしろまたわっしーとこうして一緒にいられて嬉しいんよ~!」

 

「二人とも...。........だいたいそんなこと言うんじゃないかって思ってた...。けど...」

 

東郷は座り直すと頭を深々と下げた。お手本のような綺麗な土下座だ。

 

「それでも!二人が許してくれたとしても!私の心は許さないと言ってる!!せめてこうして謝らないと...私の心はモヤモヤしたまま晴らされない!だから...本当にごめん...銀、そのっち!」

 

「わっしー...」

 

銀と園子はそっと彼女に寄り添い、頭を上げさせた。

 

「じゃあ......これでようやく満足したか?」

 

「........うんっ...。」

 

「なら、もうあたしたちに頭下げるなんてするなよ?あたしらそんなの全っ然気にしてないんだからな。」

 

東郷を落ち着かせ、一段落着いた後、園子が話したかった本題を持ちかけた。

 

「わっしー...ミノさん...これからの計画を話すよ。」

 

「ああ。確か...打倒!天の神!だったな。」

 

「そう。...バーテックスを作り出し、本土全てを火の海に変えたすべての元凶...。............そいつをね、倒すきっかけとなったのはわっしーなんだよ。」

 

「えっ...?私...?」

 

「...わっしーが結界を破壊したことで神樹様の寿命が縮まったんだ。それから大赦がそのことを突き止めた。そして神樹様の寿命を延ばすため、巫女としても勇者としても認められているわっしーに、『奉火祭』...生贄になるように頼んだんだ。」

 

「...私が...生贄に...!?」

 

「彼女は考えた。そんなことを私たちに話せば当然みんな許すはずがない...。でも、生贄になることを拒否したらこの世界は消えてしまう...。そこでわっしーは誰にも話さず、自分の判断で生贄になることを決めた...。こうなってしまったのはすべて自分のせいだとすべてを背負い...私たちに平和に暮らしてほしいと願ってその身を捧げた。......ちゃんと心配されないように『東郷美森』という人間が存在しなかったことにするという条件付きでね。」

 

「........。」

 

「わっしー、わかってると思うけど私はこれから起こる出来事をすべて知ってる。だから話して。大赦の人たちが奉火祭の話を持ち掛けてきたとき。...相談して。私が天の神を誰にも負担をかけないで倒す方法を探すためにそれが必要なの。お願い。」

 

「もちろんあたしも協力する。須美をそんなつらい目に遭わせたくない。」

 

「........。じゃあ一つだけ質問するけど........」

 

「?........なに...?」

 

「それは...二人に負担がかからない?」

 

「........。」

 

「二人ともつらい目に遭わないと約束できる...?私だって、そのっちと銀が苦しむのは見たくないしそんなの嫌だから...」

 

「........それは...」

 

園子は当然体を張るつもりでいた。そのため自信を持ってイエスと返事ができなかったのだ。

 

「大丈夫だ。」

 

「えっ...?」

 

銀はキリッとした眼差しで須美を見つめて答えた。

 

「この作戦は...あたしと園子、そして須美とでやる。園子がタイムリーパーなのを知っているあたしら三人だけでな。だからお前も一緒に手伝うんだ。...もしあたしらが大変そうにしてたらお前が自分で止めればいい。」

 

「え...ミノさん...?」

 

「...。わかったわ。それで了承する。」

 

「よしっ!決まりだな!」

 

銀の言動であっという間に決まった。そうすると銀は立ち上がり、手のひらを前に差し出した。

 

「ひさしぶりにやりますか!...遠足の日以来だな!」

 

その言葉を聞いて二人はピンときた。園子と東郷もやがて立ち上がり、銀の手のひらの上に乗せた。

 

「これからもよろしく須美、園子!...そして、なんとしてでも天の神に打ち勝つぞ~!!」

 

「神樹館勇者組再始動ね。」

 

こうして第二の作戦が始まった。そしてその日は意外にも早くやってくるのだった。

 

------------

 

約一週間後

 

「そのっち、銀...ちょっと来て。」

 

昼休み、東郷は友奈と夏凜の目を盗んで園子と銀を体育館裏へ呼び出した。

 

「......昨日、大赦の人たちが来たわ。」

 

「!...こんなに早く来てたんだ...。」

 

「とりあえず『考えさせてください』って言って帰した。...これから先どうする?」

 

「ちょっと待て。ここで話すのはマズくないか?時間もあんまないし、帰ってからじっくり練った方がいいと思う。」

 

「...それもそうだね。今日、二人とも予定は?」

 

「私は大丈夫よ。」

 

「あ~...そういえば今日は両親が夜中まで帰らないって言うから金太郎のお世話をしなくちゃなんないんだよな~...。」

 

「それならミノさんの家に集まらない?金太郎くんのお世話とお手伝いを兼ねて!」

 

「そうね。私も久しぶりに銀の弟さんたちに会いたいわ!」

 

「そうか?...二人がそういってくれるならそれでいいぞ!大歓迎だ。」

 

「じゃあ決まりだね!」

 

早急に話し合いたかった園子は、なんとしてでも今日中に意向を固めるため少々無理やり銀の家で作戦会議することに決めた。だいたい園子の考えはまとまっている。東郷が天の神の元へ奉られる時に園子たちもついていき、壁外及び天の神の調査をすること...だった。東郷についていけばギリギリまで近づけるのではないかと考えたのだ。そうすれば何かしら掴めるかも知れない。敵方を探るのは重要だ。あとはこの考えを二人に聞いてもらい、具体的な行動方針を決めて了承してもらうだけ。

 

 

ガラッ

 

 

「ただいま~鉄男っ~?」

 

銀が玄関を開けたのと同時に弟の名前を呼ぶ。すると奥から足音が聞こえてきて「何~?」といいながら三人に姿を現した。

 

「鉄男覚えてるか?姉ちゃんの友達!今日は園子と須美を入れるから。」

 

「お邪魔します~!」

 

「お邪魔します。...久しぶりね、鉄男くん。」

 

「!!!」

 

二人を見た鉄男は誰が見てもわかるほどの驚いた顔をした。すると突然縮こまり、

 

「!........汚い家ですがどうぞ...。」

 

と言った。園子も東郷も彼に会うのは約二年ぶり以上だった。

 

(てっちゃん...。)

 

また一回り大きくなっている。二年も会わなければ当然か。園子の脳裏にふと思い浮かんだ。車に押しつぶされ身動きが取れなくなった、血まみれの彼の表情を。彼は命を振り絞り、園子にヒントを与えてくれた。あの時の彼は今の彼よりも成長した姿なのだが。

三人は家に入り、銀はお茶を持ってくると言って台所へ行ってしまった。園子と東郷は居間の畳に座った。その間、園子はずっともじもじしながらこちらを見ている鉄男が気になっていた。

 

(第35話に続く)




ようやく自由の身となった銀と園子。そして園子は二年ぶりに鉄男と再会します。この再会が意味するものとは...?次回、早くも勇者部編完結。そして物語が大きく進展していくと思います。次回もお楽しみに!


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【第35話】Commencing operation

 

すると鉄男はこちらを見るのをやめ、二人の前へゆっくりと近づいてきて止まった。そして下を向いたまま何やらボソボソと話し始める。

 

「あの........その...なんというか........」

 

何やらずっと言葉に詰まっている。と、突然園子に向かって頭を下げた。

 

「...ごめんなさい!俺、今まであなたに冷たい態度をとってしまって...あなたが姉ちゃんと一緒にいなくなっちゃって気づいたんです...自分はこれまでの間、あなたにどれだけ嫌な態度をとっていたか...自分の前からいなくなって、わかったんです。」

 

「...!......てっちゃん...。そんなの別に気にしてないんよ~。いろいろと説明しなかった私が全部悪いし~。」

 

「いえっ...!そんなことは...!!」

 

「いいから、頭上げて。」

 

「........。」

 

鉄男はのっそりと頭を上げる。園子は彼に近づき、頭を優しく撫でると静かに抱いた。

 

「ひゃっ!?」

 

鉄男はびっくりしたのか、小さくそう言った。

 

「......てっちゃんも、苦しかったでしょ...?ミノさんが急にいなくなってしまって、生きているのに会えなくなった。きっと何度も恨んだはずだよ。...ミノさんを勇者に選んだ神樹様と、満開の副作用を本人に伝えなかった大赦のことをね。」

 

「...!!........後になって両親からそれを聞いたとき、俺は怒ったんだ。お父さんもお母さんもこんなことになるのをわかっていたのに止めなかった。...神樹様のためだって、世界を救うためにはしょうがなかったんだって言ってた。.......その気持ちはわかるけどさ...だからと言って自分の娘がそんな目に合うのを許せる?......そのとき思ったんだ。この世界の人たちはみんな神様に操られてるんだって。神様には逆らえない、人間はただ従うことしかできないんだなって思った。...でもね、俺だったら...俺が最初に副作用のことを聞いてたら止めたよ。...勇者を辞めるように言ってた。..........でも、結局は変わらなかったと思う。だって姉ちゃんは......。」

 

「ミノさんは自分のことよりも他人のことを考えちゃう人だからね~...。」

 

「......姉ちゃんがいなくなってからは俺がしっかりしなきゃって思ってがんばった。金太郎の世話も学校も普段の行いも。...三ノ輪家の長男として、跡取りとしてそれに見合った男になろうって覚悟を決めた。そしていつか大赦を変えて良い組織にしてやろうと思った。...もう姉ちゃんみたいな人は出したくない...大赦には改革が必要なんだってね。」

 

「...!!」

 

園子はその時、初めて未来の鉄男と会ったときのことを思い出した。あの最初の未来は正史通り銀がお役目で亡くなってしまっている世界だった。園子は彼と会ったとき、過去の鉄男からは想像できないほど礼儀正しく、かっこよくなっていて立派に成長したとそのときは思った。だが、今ならわかる。彼を変えたきっかけは『銀がいなくなった』から。三ノ輪家の跡取りとして自覚を持ち、今まで支えていた姉がいなくなったことで自分が代わりになろうとし、彼なりに努力した結果があの鉄男だったに違いない。...敬語は話しにくいと言っていたが本当は園子に気遣いして言った言葉なのかもしれない。

 

 

『【園子さん】は堅苦しいな~って。』

 

 

あのとき園子がさり気なく放った言葉...。鉄男はその時姉が戻ってきたかのように感じてとても嬉しかったのかもしれない。

 

「......てっちゃん、今から言う話を落ち着いて聞いてくれる...?」

 

「......?」

 

本当は話さないつもりだった。一般の人は巻き込まないと決めていたが、やはり彼には話しておくべきだと思った。

 

「そ、そのっち...!........いいの...?」

 

話の流れから内容を察した東郷が尋ねる。

 

「........いいんよ...。きっと、いつかは教えなきゃいけなかったんだ。」

 

「遅くなってごめんな~!せんべいあるかと思ったらまんじゅうしかなくってさ~......って、え?これどーゆー状況...?」

 

お茶を持ってきた銀がお盆を持ったまま立ち止まる。そして園子が鉄男を抱きしめている構図を見て顔を赤くした。

 

「え、え、ええっ!?...まさか園子、鉄男のことをッ...!?」

 

「銀!ちょっと黙ってて!」

 

(ああ、そっか...!これからなんだな...愛の告白はッ...!)

 

「す、スマン!邪魔した!」

 

もっとも、これから園子が彼に話そうとしている内容は銀の考えている内容とはまるで正反対の言葉なのだが。

 

「......てっちゃん、実は私...タイムリープしてるの...。」

 

「え..........タイムリープ...?」

 

いきなりの非現実的な発言に、鉄男は当然の反応を見せる。

 

「!?...お、おい園子...!なんでタイムリープのことを鉄男に言うんだ...?一般の人は巻き込まないってお前......!!」

 

「ごめんねミノさん。...でも、いつかは言わなきゃいけなかったんだよ。トリガーである鉄男くんには、過去でも打ち明けなきゃいけなかったんだ。」

 

「........え...?姉ちゃんも、姉ちゃんのお友達も、みんな知ってたってこと...?」

 

「ええ。そうよ。...そのっちは未来から来た時間逆行者。神世紀301年の4月からこちらの世界へ。」

 

「おい...須美までなに勝手に......!」

 

「今の時間以上昔には戻れないんだけどね~。あなたと握手をすることで過去と未来とを行き来してたんだ~。...未来では本当に助けてもらってばかりだよ、鉄男くんには。」

 

「は、話の流れが早すぎますって...!え......?じゃあ今まで俺を急に呼び出して握手してたのは未来に戻るため...?」

 

「そう。そういうこと。...良い未来を作るために何度もやり直して来た。」

 

「......!...そう言えば、俺と手をつないで泣いていたときがありましたよね...?確かあれが最後の握手だった気が......。」

 

「うん。それはね......」

 

「おい、いい加減に...」

 

銀は園子を止めようとするが、彼女は止まらない。

 

「...未来でてっちゃんが死んじゃって、未来に行けなくなっちゃったからだよ。」

 

「....................え........?」

 

 

バンッ!

 

 

と、その時、銀は手に持っていたお盆を強く机に置き、園子の肩を掴むと鉄男から引き剥がして言った。

 

「......急にどういうつもりだよ園子...!!なんで鉄男に未来のことを言うんだ...?しかも最悪な内容までっ...!こんなヒドいこと、いきなり打ち明けるなんて何考えてんだよお前は!!」

 

園子の勝手な行動に、銀は怒っていた。しかし園子はスン...とすました顔をしている。

 

「...さっきも言ったとおり、いつかは打ち明けなきゃいけなかったんだ。むしろ遅すぎたくらいだよ。このまま隠し通しつづけたら、私たちは大赦と変わりないもんだよ。」

 

「........!...でもこんなこと教えて...これから鉄男はどういう気持ちで生きていけばいいんだよっ...!」

 

「二人ともやめて!」

 

東郷が二人の間に割って入る。 

 

「二人とも...ケンカなんかしてる場合...?一番困ってるのは鉄男くんなのよ?」

 

「...大丈夫です。俺は。なんなら、試してみます?」

 

『えっ...?』

 

三人は声を合わせて戸惑った。意外にも鉄男はケロッとしている。

 

「だってほら、俺は未来のことを知れたわけだろ?だから対策できるかもだし!......それに、何度もタイムリープして頑張ってきたであろう園子さんのことだから、この動けない二年間もなにかしてたんじゃないかな?大赦の人たちとか使ったりして。」

 

「...!!!」

 

「もしかしたら、未来が変わってて、俺が生きてて......未来に戻れるかも...?」

 

「そうよそのっち!試してみる価値は全然あるわよ!」

 

「でも......できなかったら...。」

 

「......するだけやってみたらどうだ...?」

 

「...え?」

 

「......ごめんな、園子。あたしは自分の弟を軽く見過ぎてたみたいだ。...こいつはこの二年間で思っていた以上にたくましく、強く成長してたんだな。」

 

「ミノさん...!......私こそ、急にごめんね...。」

 

「いやいや!...やっぱいつだって園子の判断は正しいってことだ。ほれ、いってきな!」

 

銀はそう言って園子の背中を押した。

 

「やってみましょう、園子さん!」

 

鉄男は手を差し出す。

 

「う、うん...!」

 

そして園子も手を出して、二人はがっしりと握手を交わした。

 

「..............。...う~ん...。」

 

「...やっぱり...ダメ...?」

 

「そうみたい...。いつものビリビリがこな.........」

 

 

 

バチっっっ!!

 

 

 

ダメかと思って諦めかけたその時、あの感覚が巡ってきた。

 

「......はっ!!!」

 

園子が目を覚ましたとき、自分は制服を着て学校の机に突っ伏していた。

 

(これって......!)

 

園子はガタッと立ち上がり、トイレに向かった。今は休み時間らしく、特に目立つような行動はしていない。トイレにつくと園子はスマホを見て今の時間を確認した。

 

「4月...!4月だ...!!そんなまさか...成功した!?」

 

なぜタイムリープできたのか。考えてみれば簡単なことだった。前の未来では芽吹が殺されたのを発端に鉄男まで死んだ。つまり、勇者の資格を芽吹が持つことなく讃州中学に編入することがなければ変わると言うことだ。園子が二年前、勇者システムは後継者に渡さず自分で持っていると言ったのがすべてを変えた。

 

(もしかして...私の勇者システムをメブーに渡さないで正解だった......?でもそうするとメブーは今......。)

 

過去でもそうだったが讃州中学には芽吹はおらず、夏凜しかいなかった。...しかし、彼女が讃州中学に編入していないということはどこかで生きているかもしれない。

と、その瞬間非通知から電話がかかってくる。しかしその番号には見覚えがあった。園子はちょっと驚いてからすぐに電話に出る。

 

「もしもしメブー!?メブーなの!?...よかった...!............そっか................うん................そうだったんだね...。」

 

電話の相手は芽吹だった。園子は数分ほど芽吹と会話をすると電話を切り、トイレの洗面所でパシャパシャと顔を洗った。

 

「...未来に戻れたなら好都合だ。今すぐ作戦を始められる。やり直しだってできる。......一度これを実行して失敗してもまた戻って計画し直せばいい。とりあえずは当たって砕けろだ!」

 

園子はハンカチで顔を拭き、鏡の向こうの自分を睨む。

 

「もう...絶対、負けないんだから。」

 

パシッと顔を叩き、トイレを出た。そしてまず彼女が最初にとった行動は........

 

 

放課後

 

「じゃあ今日はこれで解散にしましょう!みなさんお疲れさまでした!」

 

部長の立場も慣れてきたらしく、樹はハキハキとした声でそう言うと一同は「お疲れ様~」と言って帰り支度を始めた。

 

「どうする?今日カラオケでも行く?」

 

「いいね夏凜ちゃん!行こう~!」

 

「ごめん、今日私用事があって~...いけないんだ~。」

 

園子は両手を合わせて夏凜と友奈に謝る。

 

「ああそうなの?じゃあまた今度にしましょ。」

 

夏凜の言葉を聞いた瞬間、園子は銀と東郷にアイコンタクトを送り、それに気づいた二人は小さく首を縦に動かした。

 

「帰りましょうか、友奈ちゃん!」

 

「夏凜も帰ろ!」

 

銀と東郷は少々強引に二人を退出させ、扉をしっかり閉めて帰っていった。

 

「......。...なんか焦ってるように帰っちゃいましたね...。」

 

樹の言葉を聞きながら園子はゆっくりとイスに腰かける。

 

「そうだね~。まるで私たち二人だけにしたいかのように~。」

 

「...え?」

 

意味深な発言が気になり、樹は園子の方を振り返った。園子は足を組み、頬杖をついて樹を見上げるような形で話を続ける。

 

「いっつん、せっかくだから二人でのんびりしてよっか~。」

 

「え...?でも...園子さん用事があるんじゃ...」

 

「ふふっ、これが用事だよ~。ほら、いっつんも座って。」

 

いまいち理解できていないまま、樹はイスに座るように促される。何を話されるのか心当たりがないのか、樹は少々怖がりながら座って園子と向き合った。ずっと笑顔なのが逆に怖い。そして園子は言った。

 

「二人きりになるようにしたのは私の指示なんだ。......いっつん、あなたとちょっとお話したいの。とっても大切なお話を。」

 

(勇者部編 完  第36話に続く)




未来に再び戻ることができた園子。短い勇者部編はここで終了です。次回から急展開を迎えていきますのでお楽しみに。あえて新編名は明かしません。


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神の猛攻編
【第36話】E N E M Y


 

三週間後

 

「みなさん、今日の活動は地域清掃です!やる場所も広くてかなり大変そうなので...助っ人に来てもらいました!」

 

「どーも諸君!前勇者部部長の犬吠埼風よ!」

 

「...でしょうね...。」

 

夏凜はため息をしながらそう言った。この日は勇者部の活動で地域清掃を行う予定だった。

 

「『でしょうね』ってなによ夏凜!私じゃ不満!?」

 

「いや...助っ人って言ったら風くらいしかいないじゃない?樹が一番呼びやすいし。」

 

「まあまあ...。それくらいにしといて早く作業始めようぜ!結構時間、かかりそうなんだろ?」

 

二人の言い争いが激化する前に銀が止め、樹に指示を促す。

 

「そういえばここって........この前みんなでキャンプしたところだよね?近くに海もあって眺めが綺麗なところ!」

 

「そうね、友奈ちゃん。私たちみたいにキャンプでここを利用する人も多いみたいで、マナーのなっていない人たちがゴミをそのままにするらしいの。」

 

「困った話なんよ~。そういう人たちはキャンプやらないで欲しいよね~。」

 

「本当にそうですよね。ということなのでここ周辺をお掃除します!あらかじめ私が分担わけしておきました。東側は夏凜さんと銀さんで、西側はお姉ちゃんと東郷さんで、友奈さんと園子さんは海付近をお願いします。」

 

「さすが我が妹~!たくましく成長してるわ...。」

 

風はそう言って樹に抱きつくが樹はそれを慣れた対応で軽く受け流した。

 

「樹ちゃんはどこを?」

 

「私はここをやります。ゴミが一定量集まったら一度ここへ持ってきて新しいゴミ袋を持っていってください。」

 

『了解!』

 

六人は返事をし、それぞれの作業場所へ分かれていった。

 

 

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あれからかなり時間が経ち、すでに空は赤くなっていた。夕日が海に反射し、四国らしい瀬戸内海の幻想的な風景が広がっている。

 

「そのちゃん!新しいゴミ袋持ってきたよ~!」

 

「おっ、ありがとうゆーゆ~。」

 

「全くひどいよねー。まさかここの海にこんなにゴミが捨てられてたなんて...。」

 

「そうだね~...。このゴミ袋がいっぱいになったら今日はもう終わりにしよっか!」

 

「うん。みんなももうすぐ終わるって言ってたし。もう一踏ん張りだ~!」

 

と、言って友奈はゴミ拾い用のトングを手に取る。しかし、

 

「................けど、その前に。」

 

「........ん?」

 

友奈の前に道をふさぐようにして園子が立った。

 

「ちょっと休まない?ほら、あの木陰で。ずっと日に当たって作業してたからキツかったでしょ?」

 

「え?あ、ああ~そうだね!...びっくりした~。今のそのちゃんちょっと怖かったよ~?」

 

「ええ!?本当!?疲れが出ちゃってるのかな~...?ごめん!」

 

園子はそう言い、二人は木陰へ向かってちょっとした石に腰掛けて水分補給をした。

 

「........ふぅ、そろそろ行こうか、そのちゃん!」

 

少し休憩すると友奈はそう言い、元気よく立ち上がる。本当に今日一日中ゴミ拾いをしたのか。それくらい疲れを感じさせないほど彼女はまだ元気だった。

 

「ちょっと待って。ゆーゆ。」

 

「え?」

 

またもや園子は友奈の前に立ちふさがると、彼女の目をじっくりと見つめた。

 

「ゆーゆは........私がタイムリープしてるのを初めて知ったのは『メブーと私の会話を病室の廊下で聞いちゃった時』って行ってたよね?」

 

「え...?急になに...?...そうだけど........。」

 

「それは、本当?」

 

「う、うん...!本当だよ!でもなんで?」

 

「........。...ちょっとおかしいからだよ。辻褄が合わないから。あの世界はわっしーがミノさんのかわりに犠牲になり、メブーが讃州中学に来た。にぼっしーが讃州中学に編入していない『にぼっしーが勇者ではない世界』だった...。でもゆーゆ、メブーが愉快犯に殺されちゃったとき言ってたよね?『夏凜ちゃんは急にいなくなるし...』って。にぼっしーがいなくなる世界線のこと、ゆーゆは知らないはずなのに。」

 

「...!」

 

「そう言ったの覚えてる?」

 

「あのときは........あまりにショックで頭の中がごちゃごちゃになってたからかも...。」

 

「確かにそうかもしれないね。けど他にも気になる点があるんよ。その未来でわっしーと初めて会ったゆーゆは雰囲気に合わせてわっしーと接したって言ってたよね?でもそれって変な話だよね~。ゆーゆのことならなんでも知ってるわっしーが何一つ違和感を感じないんだからさ。さすがに急遽親友を演じるなんて、常人でも一つや二つ、違和感を覚えると思うんだ。」

 

「........っ!」

 

「つまり、ゆーゆは『にぼっしーのことも、わっしーのことも知っていた』。あのときに初めて聞いていたとするならば、知っているはずのない二人のことを。」

 

「........そのちゃん...。」

 

「正直に答えて。」

 

園子は一度目を閉じ、深く息を吐いてから目を開いて言った。

 

 

 

     「ゆーゆも...『タイムリープ』してるよね?」

 

 

 

「!!!え...?私が...タイムリープ...?何言ってるの...。」

 

「タイムリープしてるなら全部説明がつくんだよ。私よりも前にタイムリープしていたとするならば...私が何度も変えた未来、一つ一つ全部知ってるっていうことが。」

 

 

「えぇ...?さっきからいきなり質問攻めしてくるし...。私訳わからないよ!..........もしかしてそのちゃんは私を疑ってるの...?まさか前の未来で芽吹ちゃんを殺したのも私だって言うの!?」

 

「........。」

 

「私がそんなことするわけないじゃない!!」

 

「...そうだよ。だから自分でも信じられないんだよ。でもいくら考えたって...可能なのはゆーゆしかいないって結論になっちゃうんだ...。」

 

「そんなっ...!どうしてよそのちゃん...!」

 

「あなたの目的は、リベンジをしようとしている私を諦めさせること...または同じタイムリーパーの私を殺すこと...。理由はまだわからないけど...。だからありとあらゆる手で私の計画を邪魔した。『風先輩を使い』、『私の未来の協力者を消し』、精神的に追い詰めていった。...直接手に掛けなかったのは私がなかなか隙を見せないようにしてたからかな?」

 

「知らない...!知らないよそんなこと!そのちゃんを殺す...?ふざけないでよ!ありえない!!」

 

「ごめんねゆーゆ。けど、本当に怒りたいのはこっちなんだよ。」

 

「...え......?」

 

園子がギラっと友奈を睨みつけ、友奈は彼女の覇気に気圧された。

 

「もうあなたを...信じられないんだよ。」

 

その恐ろしい気迫に、友奈は思わず涙を浮かべる。

 

「てっちゃんとも...会ってたんでしょ?」

 

「え........?」

 

「私が前に行った過去でてっちゃんは交通事故で亡くなったの。しかも私の目の前でね。私を庇って犠牲になった...。そして彼は最期に一生懸命何かを伝えようとしてくれた。......よく聞こえなくて結局まだ全部はわかってないけど...『私と会う前に誰かと会ってた』っていうことはわかった。」

 

「........誰か...?」

 

「そしてその『誰か』が現場に来たんだと思う。ちゃんとてっちゃんを殺せたかどうか確認しにね。てっちゃんは血相を変えて私の後ろに立っている人を見てた。私はその姿を見ることはできなかったけど...。」

 

「........何が...言いたいの...?」

 

「........。...体に全く異常が見られないのがおかしいけど......私が最初にいた世界のゆーゆなら自ら手をかけないで『メブーを殺すこともてっちゃんを殺すこと』もできたんだよ。」

 

「え...?そんなの.....!」

 

「...それは神様に異様に気に入られているゆーゆだけに起こった現象...『天の神』がゆーゆにかけた災い...そして今、前の未来にも今この未来にも神樹様の結界があって、『天の神』が鎮座してる!!」

 

園子は語気を強めて続ける。

 

 

 

「『伝染』する『祟り』の力を使えば........容易にできちゃうんだよ...!!」

 

 

 

「....天の神の『祟り』ってこと...?私はもうなってないし治ったよ!あれは高熱もでて吐き気もして気持ち悪いし、こんな元気でいられない!」

 

「......私の考えはね、天の神の『祟り』にあっている最中になにかのきっかけがあって、ゆーゆはタイムリープしたと思ってる。その時に『時をつかさどる』という常識を超えた現象が原因で祟りによる体への負担が消え、伝染して他の人を苦しめる効果だけ残った...と考えてる。つまり、ゆーゆは私も知らない未来から来た......タイムリープの先駆者ってこと。」

 

「私はタイムリープなんてしてない!...祟りのことだってあれから一度も話したことないし!」

 

「じゃあ...烙印くらいなら体に残ってるんじゃないかな...?」

 

園子はそう言うと彼女に近づいて少し強引に友奈の胸元を見た。しかし、

 

「!?!?........え...?」

 

園子の予想は外れ、友奈の胸元には 何 も な か っ た 。

 

「そんな...!いや、きっとどこかにあるはず...!」

 

園子は友奈の体を隅々まで調べるも...

 

「ない...ない...!いくら聞いても正直に言わないから『祟り』でおかしくなっちゃってるんだと思ってたけど...違う...!?ってことはメブーを殺したのも、てっちゃんを殺したのも、フーミン先輩が暴走したのも...ゆーゆは無関係...?本当に私のために協力してくれていただけだった?にぼっしーが急に消えたと言ったのも本当に頭が混乱していただけで、わっしーが違和感を覚えなかったのもゆーゆのカリスマ性がすごかっただけ...?」

 

「...ぅぅ~........ぅぅ~........」

 

園子が正気に戻ったときには友奈はうずくまりながらしくしくと涙を流し、大泣きしていた。園子は無我夢中に友奈を疑い、強引に烙印を探した。そのため彼女は心に大きな傷を負ってしまったのだ。そんな友奈を見下ろしながら園子は絶望する。園子の持論は今すべて崩れ去ったのだ。

 

「......じゃあ、今までおかしかったのはゆーゆじゃなくて........ 私 の 方 ... ? 」

 

「そのちゃん........ひどいよ...ひどいよぉっ!!...あんまりだよぉ...うっ........うぅっ........!!」

 

友奈はうずくまり、永遠と涙を流し続ける。園子は自分がどれだけ取り返しのつかないことを言ったのか思い返し、後悔した。『私は今まで自分を信用してきた友達をこんな状態になるまで疑った』。最低なことをしたのだ。

 

「ごめんっ...!ごめんゆーゆ...!こんなんじゃ...こんなはずじゃなかった......私は、私はなんてことをっ...!!」

 

「もうっ......!!なんで...なんでよっ...!私ずっと『違う』って言ったじゃない...!どうして信用してくれなかったの...!信じてくれなかったの!!」

 

「そ、それは......本当にそれ以外考えられなくて...。」

 

「本当にひどいよ。......もういいよ、あなたなんかっ...。」

 

「!!!」

 

完全に仲が決裂してしまった。園子は自信満々だった先ほどまでの自分を死ぬほど恨んだ。あの自信が今の状況を作ってしまった。........それと同時に園子は心の奥底で安心していた。やっぱり友奈はそんなことをしない人だったのだと。これほど極悪非道なことを繰り返してきた犯人が友奈でなくてよかったと。

 

「図々しいのはわかってる...。『許して』なんて言わないっ...!だけど私は......」

 

園子は彼女に近づき、うずくまっている友奈を優しく包み込むようにして抱いた。

 

「ううっ......うっ............うぅっ~~........ぐすっ...。」

 

友奈の涙は止まらない。園子はこんなにしてしまった責任としてこのままずっと抱きかかえていようかと思った。............しかし、その考えは次の友奈の一言によって一瞬で吹き飛ぶことになった。

 

 

 

 

「............ な ん で こ ん な に 早 く バ レ ち ゃ っ た の ・ ・ ・ ?」

 

 

 

 

「..........!!!!!」

 

(..............え...?)

 

園子はその言葉の意味を一瞬、理解する事ができなかった。

 

「........ぐすっ...ぐすっ........。」

 

「今........なんて........?」

 

聞き間違いだ、そうに違いないと自分に思いこませながら再び聞いた。

 

「ぅぅ........うぅ~........」

 

友奈は答えずにずっと泣いたまま。だがそのうち何やら独り言を言い始めた。

 

「............あなたが........他の誰よりも鋭くて........頭が冴えるのは、よくわかってた............つもりだった...!...けど...けど、そんなちょっとの一言で..........ここまでバレてしまうなんて......!!」

 

「...え........。」

 

気づいたときには園子は無意識に友奈から離れていた。ゆっくりと後ずさりし、彼女から離れた。彼女の本能がなにやら危険だと察知したのだ。一方友奈はまだ地面に顔をうずくめたまま。

 

「................まさかわかっていたなんて...!もう少し後に気づいていれば........よかったのに...!」

 

「........ゆーゆ...?あなたじゃ...ないんだよね....?今さっき号泣しながら『私じゃない』って訴えてたよね!?烙印もないから『祟り』にも関わってない!!『祟り』じゃなかったらあんなこともできるわけがないし...黒幕はゆーゆじゃないんだよね!!そうなんだよね!?」

 

何を言っているのだろう、私は。先ほどまであんなに彼女を疑っておいて今度はなんだ。彼女を庇っている。自分からふっかけておいて現実から逃げようとしている。まさに今、彼女は自白しているのに。最初はこの言葉を望んでいたはずなのに。

 

「私は..........少しあなたを侮っていたみたい......。反省しなくちゃ...舐めすぎてたんだ......。」

 

友奈の声のトーンが変わった。

 

「ゆーゆ...?え...だから、なに言って......」

 

すると友奈はのっそりと体を起こし、ゆっくり立ち上がって園子を見た。

 

「........!!!」

 

その『眼』を見た園子は言葉を失った。今までの友奈の目ではない。まるで別人のように鋭く、尖った、いかつい『眼』だった。その『眼』で見られているだけで体が動かなくなり、刃物で刺されているかのような感覚が起こりそうなほどだ。....また、その『眼』は先ほどまでと打って変わって 紅 く 、 充 血 し て い た 。

立ち上がった後も友奈はそのまま続ける。

 

「少し予定が狂っちゃったけど......仕方ない。......とても残念だよ...。でも、正体がバレてたんなら今ここで.........。」

 

友奈はいつの間にかスマホを手にしていた。そしてキッと睨みつけて一言。

 

「............ここで、殺すしかないね。」

 

(第37話に続く)




ついに黒幕の正体が判明し、物語はさらに佳境を迎えていきます。
さて、かなり前に取った『黒幕の正体は誰なのか』というアンケートで4割の方が予想的中されており結構バレバレだったんだなと痛感しておりました...笑
まだこの段階ではいろいろと疑問にあることもあると思います。空白の三週間、ここに至るまでの両者の過去や友奈の秘密など...後々書いていきますので楽しみにしていただけたら嬉しいです...!次回もお楽しみに!


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【第37話】Truth

 

「............ここで、殺すしかないね。」

 

「........。...あなたは、ゆーゆじゃない。」

 

「...。」

 

「あなた、誰...?」

 

「...なんでそう思うのかな?」

 

「その『眼』、それにその立ち振る舞い...急に変わった。今までこんなゆーゆは見たことないから。」

 

「...これが本当の私だとしたら?」

 

「それは信じられない。あなたが黒幕ならフーミン先輩をおかしくしたりメブーやてっちゃんを他の人に殺させたりなんて...普通の人間じゃできないもの。......なにかに体を乗っ取られているとしか思えない。常識を超えた『なにか』に。」

 

「ふっ......本当に、そのちゃんは大したものだよ。」

 

友奈は全くビビっていない。さっきまで園子のペースだったにも関わらず立場がすっかり逆転してしまっている。

 

「いいよ。どうせあなたは今から死ぬんだから、最期に真相を教えてあげる。冥土のみやげにでも持って行ってよ。」

 

「...!」

 

「簡単に言っちゃえばね、あなたが自慢げに語っていた考えは大体的中してたんだ。.........そう、私は『結城友奈』じゃない。..........あなたたちが『天の神』と呼んでいる存在...そのものだよ。」

 

「...えっ...!?...あなた、もしかしてゆーゆの体を作り出したの!?本物のゆーゆはどこにやったの!?」

 

「...あぁ、違う違う。肉体自体は『結城友奈』だよ。ただ単に、この人間の体に神様の魂が入っただけ。......というか理解が早いね...もうちょっと驚くかと思ったのに。」

 

そう言うと一段落置き、腕を組んで続ける。

 

「...ふぅ......もう喋りやすいように喋るぞ。この口調はいつまで経ってもどうも慣れん。」

 

(口調が...変わった...?)

 

さっきよりさらに不気味な空気が漂う。姿も声も友奈なのに、もう友奈らしさはひとかけらも残っていなかった。

 

「ソナタも知っている通り、我はこの『結城友奈』の手によって肉体を失った...。まさか我の渾身の一撃に打ち勝ち、そのまま体を貫かれようとは...。...だが、その時だ。我の体が破壊されたとき、この人間の体との間になんとも不可思議な現象が起きたのだ。」

 

「不可思議...。」

 

「我の理解をも超えた出来事だった。我の魂と、この少女の体が触れた瞬間...意識がとんだ。......そして気づいたときには樹海ではなく、至って普通の人間の家にいた。」

 

「...!?」

 

「決して意識してその現象を起こしたわけではない。先ほど我にトドメを刺した人間が、我の姿になっていたのだ。実に驚いた。そして胸が躍った。こんな気持ちを味わったのは何百年ぶりか...興味津々になってどのような現象が起きたのか、我はすぐに調べた。」

 

友奈はそこまで言うと、さっきまで座っていた岩に腰掛け、足を組んで話し続ける。

 

「...なにが起こったのかすぐにわかった。我は過去へと戻っていたのだ。人間の体と一つになり、ちょうど一年前にタイムスリップしていた。神と人間が一つになったのだ。...そこだけはどうも気が乗らんがな。」

 

「本当のゆーゆは...?ゆーゆはどこにいったの!?」

 

「そう案ずるな。一つになったと言ったろう。....我が精神を乗っ取ったたけで、ちゃんとこの体の奥底に眠っている。」

 

「...!」

 

「人間の体を乗っ取ることなど朝飯前だ。当然彼女もかなり抵抗してきたが。元の人格なんてあっという間に抑えつけ、封印した。...この体が滅びるまで我の思い通りになるようにな。」

 

「...なんてこと...!」

 

「そして我はタイムスリップに至ったきっかけを突き止めた。これをすれば何度でも過去に戻れることも知った。我はそれを繰り返し、数えられるだけでも10回以上は過去に戻った。」

 

「!!...あなたは...タイムリープに有限がないの...!?」

 

 

「ああ。そうだが?...ソナタはあるのか?」

 

「...!!」

 

「ふっ...能力の優劣も所詮は人間ということか...。」

 

友奈は余裕の表情を崩さない。

 

「...タイムスリップしたことで、この世界で我は二人いることになった。...なにが原因でこうなったかは知らんがせっかくの機会だ。我は人間たちの近くで人間界を観察してみることに決めた。人間に紛れて神樹の中にいれば、人類を滅ぼすなど容易いことだからな。」

 

「え...!?」

 

「...見た目は人間でも中身は『神』ぞ。...バーテックスなど、容易に生み出せる。たとえそれが結界内であったとしても。」

 

「...!」

 

園子はゾッとした。そんなことされたらひとたまりもない。バーテックスの存在が知られるとかどうこうの騒ぎではない。

 

「だが我はまだそれをしていない。何故だと思う?」

 

「えっ...?」

 

「...まあ、理解できるわけがないか。『何故人間は愚行を繰り返すのか』...その答えを求めるためさ。」

 

「愚行...?」

 

「...なんだ、自覚はないのか?ソナタも人間だろう?毎日テレビで見るニュースの数々...学校では友達の陰口...ネットを使った誹謗中傷に、裏での不正手口や争い......。人間は実に醜い!なぜ学ばない?なぜ繰り返す?...我は数十回も過去と未来を行き来したが未だに理解できない!」

 

「......。」

 

「......人間よ、答えよ...なぜこれほどまでに愚かな行いを繰り返す?」

 

「...それは...私も...わからない...!でも...その愚かな行動を繰り返すことで学び、糧にして成長するのが、人間という生き物だよ。」

 

「...わからないだと...?それでは納得できんな。同じ種で潰し合っていた昔よりはまだマシになったが300年経った今でも根本は変わらない。..........やはり、我がすべきことは一つしかないようだな。そのような行為を繰り返すことでしか成長できない生物は、すぐさま絶滅するべきだ。」

 

「くっ......!」

 

園子は思わず構える。が........

 

「おっと、すまない。我としたことがついカッとなってしまった...。話はまだ終わってなかったな。続けるぞ。」

 

友奈は手のひらを前に出し、敵意むき出しの園子をなだめた。

 

「ん~......急に未来が変わったのは本当に驚いた。いつの間にか死んだはずの『三ノ輪銀』が生きていて、変わりに『東郷美森』が死んでいた。そして『楠芽吹』とかいう見たことない人間まで現れた。その時我は直感でわかったよ。もう一人、我と同じ能力を持つ者が現れたのだと。歴史上、バーテックスに殺された者が変わったということは勇者の誰かの仕業だ。三ノ輪銀が死んだのは二年前...そして東郷美森が死んで消えていたからすぐにソナタがやったのだと目星をつけた。その時代は三人で勇者をやっていたからなぁ。よく覚えているぞ。あの貧弱なプロトタイプの勇者システムでよく頑張ったもんだ。何も知らずに小学生で。人間になった今ならそのすごさがよくわかる。」

 

「............あなたに褒められても全然嬉しくないよ。」

 

「........。...ある日、楠芽吹とソナタの会話を病室の外で盗み聞きしたとき、どんなことをやってきたか知った。我は一年前までしか戻れない。だがソナタは三年前まで戻った。どちらにせよ我は干渉できない..。このままでは我の思い通りに行かないのではないかと危惧した。...この友奈という人間のこともあったからな...。同じタイムリープができる人物が現れた以上、こいつは誰にも気づかれずに始末...あるいは諦めさせる必要があると。」

 

「........それであなたは最初にミノさんを自殺に見せかけたの...?あんなのやっぱり信じられないもの...!」

 

「あぁ、あれか...あれは全く関わっておらんぞ。」

 

「...!!」

 

「あれは彼女自信の意志でやったことだ。あれも予想外のことで驚いたなぁ~...そして非常におもしろかった...こんなこと10回繰り返してもなかったからな!......つまりだなぁ、乃木の末裔よ。そこまではソナタが勝手に、自分で足掻いていただけなのだよ。」

 

「...おもしろい...?勝手に足掻いてただけ...?........ふざけないでよ。バーテックスも全部あなたが生み出したんじゃない...!」

 

園子は一歩前へ踏み出す。

 

「まあ、そう睨むな。話は終わってないだろう?」

 

(!!............落ち着け...。そうだ...天の神はわざと私を煽ってる。このまま手を出したら向こうの思うつぼだ...。)

 

園子はぐっとこらえて止まった。

 

「種明かしとして、犬吠埼風の話は最後に話そう。最初に楠芽吹と三ノ輪鉄男の話からだ。......そう、ソナタの考えの通り『祟り』の力を使った。『祟り』に遭ったふりをして自分の身に何が起こっているか隅から隅まで話した。そしたらどうだ、あの様に二人は生涯を終えたわけだ。...我の『祟り』は詳しく、鮮明に話せば話すほど力を増す。すなわち、より残酷な最期を迎えるというわけだ。」

 

「.....烙印は?」

 

「我の存在は神そのものだぞ?烙印を消すのも出すのも容易だ。」

 

「それで......なかったのか...!」

 

「そう!だから『祟り』の症状も体に現れない!........楠芽吹も三ノ輪鉄男もソナタに我のことを教えようとしていたみたいだが結局伝えられず、ここまで時間がかかってしまったわけだな。」

 

「!?........えっ...?ちょっと待ってよ...。あなたさっき、『なんでこんな早くにバレちゃったの?』って言ってたよね...!?」

 

「あぁ、おっと...我としたことが口を滑らせてしまった。...あれは演技だ。」

 

「.......!!!」

 

「........ソナタの反応を楽しむためのな。」

 

イカれ狂ってる。もう我慢できず、気づいたときには友奈につかみかかっていた。

 

「やっとやる気になったか...。」

 

しかし、彼女は園子の動きを軽く見切り、かわして右ストレートを顔面に叩き込んだ。

 

「ぐっ........!」

 

園子は地面に倒れ込む。口内が切れて口から血を垂らす。

 

「どうだ?格闘経験者のパンチは一味違かろう。........この手によって我はやられたのかと思うと少々忌々しいがな。」

 

園子はゆっくりと立ち上がり、スマホを取り出す。

 

「結局あなたは...私を脅威として見てなかったってことね...。ただ、同じタイムリーパーが現れたのを良いことに私で遊んでいただけ...!変わっていく未来を楽しんでいただけ...!」

 

「ははっ!ご名答!さすがそのちゃんだね~!」

 

「その呼び方で......呼ばないで!...ゆーゆだけだよ、それで呼んでいいのは......!」

 

「なにを言ってるのそのちゃん?私は友奈だよ!」

 

「........もう、どうなっても知らない...!ここであなたを倒す!」

 

園子は勇者システムを起動し、友奈に襲いかかる。だが彼女も同じタイミングで起動しており、簡単に防がれてしまった。

 

「そうだね...決着をつけよう、そのちゃん。同じタイムリーパーとして。......勝つのは人間か、神様か。今にわかるよ。」

 

二人は夕日の照りつける砂浜に出て武器を振るう。

 

「舐めてもらっちゃ困るよ!私だって嫌ってほど戦ってきたんだから!」

 

園子はそう言って華麗な斬撃を繰り出すも、すべて見切られてギリギリで防がれている。

 

「そうだね~...そのちゃんは経験だけで言えば歴代の中でもトップかも!この見事な攻撃、一瞬の隙も見逃さない動き...現役勇者では一番だと思うよ~!けど........」

 

「!!!」

 

友奈の一撃が繰り出される。園子は直前で防ぐも、バランスを崩した。それでも機転を効かし、爆転をして連撃を受けないようにすぐに後ろに下がる。

 

「さすが。勘がいいね。」

 

「...余裕でいられるのも今のうちだよ。」

 

「それは、こっちのセリフだよ。...今度はこっちから行くね♪」

 

友奈はドンっ!と地面を蹴ると、そこに砂埃がぶわっと立ち上がった。そして距離をとった園子にあっという間に接近。連続で強力なパンチを放つ。しかし園子はそれに対応して槍をくるくる回してすべて防ぐ。

 

 

ガッガッガガッ!ガンガンっ!ガキンっ!ガンガンっ!

 

 

拳と槍がぶつかり合う音が鳴り響く。

 

「たりゃあっ!!」

 

「...ふっ!」

 

「きゃっ!」

 

どんな技を使ったのか、攻めていたはずの友奈が凪払われて地面に転がった。

 

「......やるじゃん。対人戦は初めてのはずなのに。」

 

「だから言ったでしょ?『余裕でいられるのも今のうち』だって。」

 

「........いいねぇ...。まだまだ続き、やろう!」

 

友奈は繰り返し園子に襲いかかる。

 

(さっきと同じ攻撃...けどさっきよりもラッシュのスペードが上がってる...!)

 

だがそれでも同じように攻撃をさばき、また友奈は地面に転がる。

 

「はぁ...はぁ...この速さでもダメかぁ~...。想像以上だよ。」

 

「...遊んでいるんなら、さっさと決着つけちゃうよっ!!」

 

園子は思い切り槍を振り、友奈はそれを裏拳で弾き返す。

 

「おおっ♪今の一撃、容赦ないねぇ~。体はあくまで『結城友奈』の体なんだよ?」

 

「どうせ攻撃をもろに当てられても効かないんでしょ?...精霊のご加護がついてるからね。」

 

「わかってたかぁ......でもっ!!」

 

(速い......!)

 

先程までとは比べものにならないスピード。目で捉えきれないほどだったが、園子は首を傾けて友奈の流星のようなパンチを避ける。

 

「う~ん......惜しい!かすっただけかぁ。」

 

「えっ...!?」

 

今のパンチは園子の頬をかすり、頬から血が垂れていた。

 

「ふふっ、驚いたぁ?『なぜあなたは精霊が守ってくれないのか』って。別にあなたが精霊に嫌われているわけじゃないよぉ?」

 

「!!........まさか、そうか...!」

 

「そう!........私が天の神だからだよ。」

 

天の神だけは精霊バリアを無効にする。ということはこちらは生身に等しい。勇者の力で殴られでもしたら一溜まりもない。

 

「これは........結構分が悪いね。私があなたに攻撃を与えるためには満開ゲージをゼロにしなくちゃいけないのか。それに........まだあなた全然全力じゃないみたいだし。」

 

「それはソナタもだろう?乃木の末裔。」

 

「!!........急に元人格が出てくるのやめてよ。びっくりするじゃない。」

 

「ここからは全力でいこう。」

 

「臨むところだよ。」

 

周りの空気が一変、張り詰めた空気になる。

 

 

ザザ...

 

 

海の音だけが聞こる。波が引いた瞬間、二人は同時に砂浜を蹴った。

 

「はあっ!!」

 

「やあっ!!」

 

再び拳と槍がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。

 

 

ガキンっ!ギンっ!!バキンっ!ガンガンっ!ドガンっ!!

 

 

両者引けを取らず今のところダメージはどちらも負っていない。余りの迫力に周りの地形が変わってしまいそうなくらいだ。この勝負は体力が先に切れた方が負けになるだろう。このままでは危険だと思った園子は一度退く。だが逃がすまいと友奈も追って攻め続ける。

 

「ふんっ!」

 

と、園子は足元に斬撃を放った。

 

「...っ!!」

 

その衝撃で砂浜の砂がぶわっと立ちのぼり、友奈の視界を奪った。距離を取ろうとしたのでなく逆に仕掛けたのだ。

 

(くっ...目に砂がっ......!)

 

友奈はすぐさま拳圧で砂埃を凪払い、辺りを見回した。

 

「!!........いない...!?どこだ........!!」

 

 

ヒュッ........!

 

 

それはほんの瞬間。園子は風と混ざるように空中から落ちてきた。

 

「........なっ...!」

 

完璧に隙をついた見事な一撃。園子は友奈を倒して馬乗りになり、脚を巧みに使って両手の自由を奪った。続いて槍の持ち手を彼女の首に抑えつけて完全に起き上がれないように動きを封じた。

 

「ぐっ........ぅぅ........!」

 

友奈はなんとかして抜け出そうとするもどこの部分も動かない。さらに動けば動くほど抑えつけてある槍の持ち手が首に食い込む。

 

「喋るのもキツいでしょ?...すぐ舐めてかかるからこうなるんだよ。」

 

園子は喋れるように少し力を加減する。

 

「はぁ........はぁ........気配も全く感じ取れなかった...。まさか人間の分際でこんなことができようとはな。」

 

「少しは人間を認めたらいいのに。........さぁ、ゆーゆの体を返して。もう決着は着いた。私の勝ちだよ。」

 

「........。.......そういえば...まだ犬吠埼風のことを話していなかったなぁ。」

 

「...?」

 

「どうやって彼女をあんなにも醜くしたのか教えてやろう。...実はタイムリープした者にはもう一つだけ超人的な『能力』が身につくんだ。タイムリープ以外にな。」

 

「えっ........?」

 

「我に身についたもう一つの能力は...『恨んでいる相手に対して怒りを増幅・爆発させ、操る』能力。........なんとも使いにくい能力だろう?だがそれはソナタを絶望させるためにはなんとも長けた能力だった。」

 

「........そんな...!」

 

「ほんの少しの恨みでいいんだ。それだけあればあとは暗示をかけ、軌道に乗せれば完了。暴走が最大までに膨れ上がればそれ以降、我の意志で自由に操ることができる。」

 

「........!あの時あなたの足に刺したのもわざとってこと...!?」

 

「ああ。あれもすべて演技。...ソナタらが神樹館に着いた頃にはもうすでに我が................うっ!ぐぐ........」

 

園子の手に力が入り、友奈は苦しむ素振りを見せる。しかし一定のところまで力が入ると牛鬼が現れ、跳ね返された。

 

「ふぅ...危険じゃないか。こいつが出てきたということは死に至るほど力を込めたということだぞ。」

 

「もう黙って........!!」

 

「ソナタも目覚めているはずだ。もう一つの『能力』。」

 

「!!」

 

「ずっと引っかかっていた...。ソナタはかなり早い時点で我が犬吠埼風に暗示をかけていることを察していた。」

 

「え........?」

 

園子はふとこれまでのことを思い返してみる。風にタクシーで銀の家の近くまで運んでもらった時、彼女と話した。その時に彼女の奥底から邪悪な黒い何かが見え、鳥肌が立つほど嫌な感じがしたのをよく覚えている。またある時は7.10作戦のこと。自分がケガを負い、銀がひとりでバーテックス二体と戦いに行こうとした瞬間。本能がこのまま行かせてはダメだと言ってきた気がした。

 

「........!」

 

「その反応...やはり心あたりがあるか。何度か直感でその先に何が起こるか感じることができたのであろう?それは単なる直感ではない...ソナタが手に入れた人知を超えた『能力』だったのだよ。」

 

「うそ........これが...?」

 

「そのもう一つの『能力』はタイムリープを繰り返せば繰り返すほど進化する。........どうだ?もう相手の考えていることがわかるくらいには成長しているのではないか?」

 

「わからない......。そんなの知らずに過ごしてきたから...この『能力』が進化しているのかもどうやって発動するのかも全く......。」

 

「簡単なことだ。...精神を集中させてみよ。そして試しに私の心を読んでみよ。........これほど体を密着させていればわかるはずだ。」

 

園子は集中し、静かに目を閉じる。するとゆっくりと見えてきた。それはだんだんと鮮明になってきて、声が聞こえてくる。それは天の神がここまでに至るまでの過去の話だった。そしてこのとき、彼女は初めて知ることになる。目の前の『神』が友奈の体を乗っ取ってから、どれほど非情な行動をしてきたのかを...。

 

(第38話に続く)




友奈の正体が判明し、ついに黒幕と激突。タイムリープの他にもう一つ『能力』が身につくことを知り、それを使って園子は敵を探る...。次回天の神が行った胸くそ悪い話が明らかになります。
伏線を張るのは大変ですね...笑。更新に時間がかかってしまい、すみません!これからの話の展開にご期待ください!

園子の能力が垣間見えた話

Revenge ~first half~
Resentment


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【第38話】God's trick ~first half~

 

「勇者ぁぁぁ~パ~~~ンチっっ!!!」

 

 

ゴゴゴゴ............バリンっっ!!!

 

 

---

 

------------

 

------------------------

 

「............はっ!!我はどうなった!?............ここは...?」

 

ベッドから起き上がり、辺りを見渡す。何が起こったのか頭が追いつかなかった。その瞬間、窓に映った自分の姿を見て驚く。

 

「................これは...どういうことだ...?」

 

そこに反射して映っていたのは一人の少女だった。

 

「............これは、我に打ち勝った人間の姿...?一体何が...。........うっ...!」

 

急に胸が苦しくなり、ベッドに横たわる。

 

(あなた何者!?私の体返して!)

 

「......なんだっ...これはっ......我の中に誰かいるのか...?ソナタこそ...っ...何者だ...!」

 

(私は結城友奈!この体の持ち主だよ!...何が起きてるかわからないけど、気づいたときにはあなたに乗っ取られてた!)

 

「そうか......つまり我は...人間であるソナタと...っ...一つに...ぐっ...!」

 

友奈は心の中で暴れ、なんとか主人格を取り戻そうと試みる。

 

(もしかしてあなた...天の神...?残ってる最後の記憶は、あなたを倒したと思った時...。ねえみんなは!?無事なの!?何もしてないよね!?)

 

「うぐぅっ........暴...れるな...我もわからない...!ソナタと同じ、状況なのだ......!」

 

部屋の中を見渡しているうちにふとカレンダーが目に入った。

 

(神世紀300年........4月...1日...?)

 

「!?........なんだ、これは...過去に戻っているとでも言うのか...?」

 

(あなたがやったの!?やられたくないからって私の体を奪ってまで過去に戻ったってこと!?)

 

「し、知るか......!過去に戻るなど......神である我でもなし得ない御技...。人間が勝手に空想したものにすぎない...!我もこんなことが起きているなど、到底信じられん...!」

 

(え...?じゃあ本当になんでかわかんないの...?......でも返してよ!これは私の体なの!!私の体であなたに好き勝手されたら......みんなが危険!)

 

「........我の体は消滅した...。この魂、体を失えば残りはさまようことしかできない。......ちょうどいい機会だ、この肉体を手に入れたおかげで人間を近くで観察できる...。この体はいただくとする...!」

 

(え......?なに勝手なこと言ってるの!!そんなことダメ!!絶対許さない!!!)

 

友奈は更に抵抗する。そのたびに天の神は苦しんだ。

 

「くっ......黙れ!!」

 

(........!!........ぅぅ...。)

 

天の神は強引に友奈の動きを封じた。

 

「ソナタは邪魔だ。我の体の中にソナタの存在は必要ない。もう二度と出てこれぬよう、この身が朽ちるまで封印してやる。」

 

(そんな........こと...させるか......!うおおお........っ!)

 

「人間ごときが。一度神に勝てたからと言って調子に乗るな。......結局ソナタ一人だけではどうにもならんのだ。......フンッ!!」

 

(あああっ......!!)

 

こうしていとも簡単に友奈の心は封印された。そしてそれから、天の神は友奈のフリをして生きるようになった。完全に、完璧に、『結城友奈』という人物を演じた。勇者部の仲間たちと協力し、自分がつくっている化け物たちを自分の拳で倒した。友奈が言いそうな綺麗事だけを吐き、生きてきた。だがそんなある日、突然東郷美森が消えた。周りの記憶からもすべて消え、存在ごと消えた。しかし友奈だけは記憶が残っていた。理由は、それが同じ『神』の仕業だったからだ。

 

(確か......ちょうどこの時期に生贄としてあの人間の体を捧げたんだったかなぁ。......良い機会だ。)

 

結局この後、勇者部の全員が東郷のことを思い出すことになる。神が存在を消したのになぜ人間たちが思い出したのか、あまりにも信じられないことだったので驚いた。これが人間の絆...?いや、そんなもので思い出せるはずなど........まぐれに決まっている。自分にそう言い聞かせた。

そしてすぐさま東郷救出作戦に動き出す。園子の満開の力で友奈だけ東郷の元へたどり着くことができた。

 

「........。」

 

友奈は静かに東郷に触れ、鏡のようなものに手を突っ込んだ。

 

(抵抗するな........我はソナタだ。)

 

(!!!)

 

鏡のようなモノだけでなく、周りの風景も反応を見せる。ここは天の神の中なのだ。

 

(驚くのも無理はない。我もまだわからないことだらけだが...どうやらタイムスリップをしたらしい。この人間の体を手に入れてな。つまり我の存在は二つになった。...協力しよう、この未来の我よ。我は身近で人間を観察することにする。........安心しろ、我が二人もいれば神樹など敵ではない。とりあえずこの人間は返してもらいたい。...今のところは必要なのでな。...またいつか話し合おうではないか。)

 

天の神は理解したのか、抵抗をやめて東郷をスッと返した。

 

「ふふっ...ははははは...!...感謝する。これから二人で頑張っていこうではないか...『我』よ。」

 

こうして天の神は同じ存在同士組むことになった。強大な力を持つ神が二つになれば誰も勝てるわけがない。絶対的な力を手に入れられる。

 

「........ぅぅ...?」

 

「東郷さん...?」

 

「あれ...みんな......?」

 

「やった...東郷が目を覚ましたわよ!」

 

昏睡状態だった東郷はやがて目を覚ます。少し前まで自分の隣でどんな話が繰り広げられていたのかも知らずに。

 

------------------------

 

「さて...これからどうするか。」

 

友奈は自分の部屋のベランダから夜空に輝く星を見ながら考えていた。

 

(東郷美森は無事救出...本来の流れならば自分が祟りに遭い、神樹と神婚することになる........。その結末は最終手段だ。もう何度か過去に戻ってもう少し人間界を楽しみたいところだ。)

 

少し体が冷えてきたので自室に戻ってイスに腰掛ける。

 

「........このままでは神樹は寿命を迎える。祟りに遭ってないとしても大赦のゴミ共がここに来るのも時間の問題だな...。........ならば、明日試してみるか。」

 

部屋の電気を消してベッドに入る。

 

(かなりの『賭け』だが........おそらく、我がタイムスリップしたのはこれがきっかけ........。)

 

------------------------

 

翌日、友奈は東郷の家にお邪魔していた。

 

「東郷さん!今日はね、東郷さんに私の料理を食べて欲しくて来たの。」

 

「友奈ちゃんの料理!?!?........ズルッ........楽しみだわ!!」

 

東郷は興奮してよだれを垂らす。友奈は「だからちょっと台所借りるね」と言って調理の準備を始めた。

 

「東郷さ~ん、包丁どこ~?」

 

「確か下の引き出しに入ってるはずよ。フライ返しとかと一緒に。」

 

「あっ...本当だ~ありがと~」

 

「........うん...。」

 

そのとき、東郷は何だかわからなかったがどこか異変を感じた。

 

「東郷さんってさぁ、たまに考えがぶっ飛んでるときあるよね~。常に私のことばっかり考えてるっていうか?」

 

「えっ!?!?........い、いいいいやいやそんなこと...」

 

「そんなに私のこと好き...?」

 

「!!!........もちろんよ!!世界で一番大っっっ好きッ!!!」

 

「本当~?食べちゃいたいくらい?」

 

「本当よ!本当本当!!食べちゃいたい......って...え?」

 

「ふふっ♪そうなんだね!私も東郷さんのこと好きだし、そう言ってもらって嬉しい!」

 

「ちょ、ちょっと友奈ちゃん...何やって......」

 

友奈は自らの首もとに包丁を突き立てていた。それもにっこにこの満面の笑みで。

 

「精霊の力があるからって......そんなおふざけしちゃだめ!!今すぐやめて!危ないわよ!........友奈ちゃんらしくないわ...!」

 

「でも東郷さん、私のこと食べちゃいたいんでしょ?........今日東郷さんに食べて欲しい料理は『私』!そのために来たの!」

 

「へ......?何を言って......」

 

「残さずに、綺麗に食べてね♪」

 

「友奈ちゃんっ!!!」

 

 

ザクッ!!............ブシャッーーー!!!!

 

 

白く滑らかな肌に刃物が刺さり、そこから噴水のように勢い良く赤い液体が吹き出した。

 

 

カランガラン...

 

 

包丁が下に転がり、友奈は後ろに倒れる。

 

「ぁぁ............ぁ........?............え....なに........これ........。友奈....ちゃん........?」

 

東郷は今起こったことが何一つ理解できずにただ呆然としていた。吹き出した赤い液体は東郷の方にまで飛び散り、彼女はその液体を体に浴びていた。

 

「いやあああああああああああ~~~~っっっっ!!!!!」

 

 

 

バチっっ

 

 

 

「はっ!!........ここは...?」

 

次に友奈が目覚めた時にはベッドの上にいた。そしてすぐさまカレンダーを見る。そのカレンダーには神世紀300年4月と記されていた。

 

「ふふ、ははははは........やった...成功だ...!!やはり我の睨んだとおり!タイムスリップ、いや...タイムリープのトリガーはこれだった!!......我がタイムリープをするためのトリガーは........『死』だ...!」

 

------------------------

 

------------

 

---

 

「........ねぇ...あいつマジ最近調子乗ってるよな...。」

 

「まじそれな...!ガチうざい...w」

 

学校で過ごしているだけで聞こえてくる誰かに対しての悪口。

 

(........ふん...学校とは学ぶところではないのか...?他人の悪口ばかり...。聞きたくもない会話が、嫌でも耳に飛び込んでくる。)

 

『この度は私の不祥事により、皆様に多大な迷惑をかけてしまったことを........』

 

家で見るニュースは政治家の不祥事、そして偉そうに語るコメンテーター。

 

(人間たちの世の中をよくするために活動するのが政治家なのではないのか?...税金を私的に使う?あまりに理解し難い。......それにコメンテーター共も人のことを言えないような秘密事をしているときもあるだろう。テレビで見ている限り裏の顔は誰にもわからないからな。...全く、人というものは結局『欲望』なのだな。)

 

ネットを開けば誹謗中傷。それに差別や詐欺、次から次へと明るみになる芸能人のスキャンダル、逆恨みによる事件...。あまりにも愚かな行動ばかり。神の身にとって人間界はその醜さによって囲まれていて、とても居心地が悪かった。しかし...

 

「今日も依頼がたくさん入ってるわよ!分担して終わらせちゃいましょう!」

 

『おっー!!』

 

(部活の...こやつら勇者たちだけは違う........。醜さを感じない...。なぜだ........?元々この犬吠埼風も勇者たちを集めるためにこの部活を設立したはず........それなのになぜここまで部活に熱心になれる...?なぜ部員たちも誰一人手を抜かない?三好夏凜もすっかり人が変わった。)

 

「?...友奈ちゃん...?どうしたの、行くよ?」

 

「あ...ごめん東郷さん!ボッーとしちゃってたぁ~。」

 

(部員同士で恨み合いもなく、ケンカもない...。これほど長いこといるのに不思議だ...。........人間はみんな醜い生き物ではないのか...?...でも、なんなんだこの気持ち...。なんだかここにいるときだけ我は...........いや、違う!!そもそも我は神、心など存在しない!こやつらだって同じ人間だ...!何か裏の顔があるのは絶対だ...!そうさ、300年前の勇者だって........。)

 

------------------------

 

何度タイムリープしても人間の世界は変わらなかった。どの未来もすべて悪口や誹謗中傷、不祥事が繰り返され...同じような未来だった。

 

(結局人間は人間か...。繰り返しタイムリープすることでわかってきた。感情がある限り恨みや争いは生まれ、やがて潰し合う。他の生物には人間ほど感情はない。だからすべて野生の本能で生きている。それでいいのだ。すべては自然のサイクル...それを壊したり一個人の勝手な感情で同族で潰し合う生物などやはり存在価値はない。........勇者のこいつらだって同じ人間。きっと変わらず心の奥底に妬みや恨みが存在し、愚かな感情が芽生えているはずだ。...全く、人間の体になってしまったせいか我にいらん情が生まれていたらしいな。本当に、感情というものは邪魔で鬱陶しい。)

 

『人間という生物は無価値で、秩序を乱す存在』。そう結論づけた天の神は次の段階へと移るため、準備を始めた。

タイムリープを続けて9回目。この世界でも東郷救出のため、友奈は天の神本体への接触を試みていた。

 

(この作業もすっかり慣れたな...。)

 

「東郷さーーんっ!!!」

 

(この演技も何度目か...。)

 

鏡らしきものに手を突っ込み、東郷を引っ張る。そしてそのときにまた『自分』とテレパシーを交わした。

 

(やぁ、ソナタにとってはさっきぶりかな?『我』よ。自分と話す機会はこれくらいしかないからな。手短に話そう。......もう人間たちの観察は十分だ。直に次の段階へと移る。これが成功すれば我らは今よりもずっと強大な力を手に入れられ、我らとまともにやり合える者は存在しなくなる。...我の完璧な計画を話そうではないか。)

 

------------------------

 

-----------

 

---

 

 

(それでは、よろしく頼むぞ。次に合うとき...それは作戦を決行する時だと心得よ。)

 

そう言い残すと東郷を連れてそこから離れた。

 

(...そう、それこそ『無敵』になる。相手がどんな神だろうが我には敵わなくなる...。あのとき我を倒したあの力が現れたとしても、到底敵うものではない。)

 

------------------------------------------------------------------------

 

しかしそんなときに突如起こった想定外の現象で、その計画は一度延期にされる。

 

「そのちゃんが車に轢かれた!?........うん!すぐ行く!」

 

------------

 

「........傷とかの外傷はないのに、ずっと目覚めないみたい...。」

 

「そのちゃんは...大丈夫ですよね...?」

 

「きっと大丈夫よ。園子は今までだってどんな困難も乗り越えてきたぶっ飛んでる奴じゃない。」

 

「......。」

 

「東郷さん...?どこ行くの?」

 

東郷は黙って園子の元から離れていった。それが気になった友奈はバレないように彼女を尾行した。すると、

 

「あの........鉄男くん...えっとね........今から変なこと言うんだけど........」

 

「!!...やっぱり、東郷さんもですか...!?」

 

「え...!?」

 

東郷が病院の待合室で会っていたのは銀の弟、三ノ輪鉄男だった。

 

(あれは確か...二年前に死んだ勇者の弟...。なぜここにいる?)

 

「過去の記憶が変わったんでしょう!?」

 

「!!.....え、ええ!そう!...まさかあなたもだなんて...!」

 

(!!........過去の記憶が...変わっただと...!?なぜ突然...?我は何もしていない........まさか!!)

 

友奈は続けて聞き耳を立てる。

 

「俺は今、『お姉ちゃんを守ってあげて』っていう言葉が急に頭の中に出てきました...。それも、園子さんから言われている言葉で...!」

 

「私も!今までそのっちと話した覚えのない内容の会話が飛び込んできた...!」

 

(なんだと...?それってつまり......いやそんなはず。)

 

「友奈?」

 

「!!」

 

突然後ろから声を掛けられ、友奈は驚いて後ろを振り返った。

 

「あっ...なんだ風先輩か~。驚かさないでくださいよ~...。」

 

「ごめんごめん、そんなつもりなかったんだけど...。」

 

「風先輩はなんでここに?」

 

「急にあんたが飛び出して行っちゃったから心配して来たのよ。そこで何してたの?なんか隠れてるみたいで...」

 

「いやいや!な、なんにもしてません!心配かけてごめんなさい~、今すぐ戻りますから!」

 

友奈はそう言って風と一緒に戻っていった。これ以上深堀りされたらたまったもんじゃない。

 

「東郷は見た?」

 

「あ~、ちょっとおトイレ行ってるみたいです。」

 

「ふーん。」

 

---------

 

「東郷さん...これはどういうことなのでしょう...。」

 

「う~ん...そのっちが目を覚まさないのと関係があるのかも...。」

 

「え?」

 

「だって、そのっちが事故に遭ってから突然二人の記憶が塗り変わった。しかもそのっちが言った言葉だけ。」

 

「確かに...どうして?」

 

「わからない...そのっちの身に何が起きているのか...。」

 

---------------------

 

(結局、あの二人を見失ってしまった...。一体どこに行ったんだ?)

 

と、その時だった。

 

 

シュン......!!

 

 

(!?な、なんだ...!?)

 

あれから病院を出て二人を捜していたはずなのに、いつの間にか商店街に立っていた。つまり...突然、友奈は瞬間移動したのだ。

 

(これは...別の誰かが未来を変えた...?そうでもない限り、こんな現象は有り得ない!!)

 

すると風から連絡がくる。内容は夕方にみんなでお見舞いに行こうという内容だった。

 

(.........なっ...乃木園子が目を覚ましただと...!?...ん...?なんだこの内容は。おかしいぞ。......『銀と芽吹は先に行ってる』だって...?芽吹?誰だ?それに銀というのは三ノ輪銀のことか...?バカな...あいつは二年前、キャンサーたちと相打ちになったはず...。生きているはずがない!...やはり......)

 

友奈は走って家へ向かうと、東郷の家を訪ねた。

 

(とりあえず今はひとりで乃木園子と合うのはまずい...。あいつのことだ、怪しまれる可能性があるからな。まず東郷美森に二年前の話をさりげなく聞きだしてからだ!)

 

しかし、いくらインターホンを押してもなにも反応はない。

 

(留守か...?ならば携帯で...!)

 

「.........えっ!?」

 

そこで彼女は思わず声に出して驚愕してしまう。なぜなら、自分の連絡帳から東郷の名が消えていたからだ。

 

(は...?どういうことだ?東郷美森は存在していない...?生贄になったのか...?いや、今は神世紀301年の4月...我が『我』を倒すふりをしたから、人々は『我』が消え、領土を取り戻したと思い込んでいる。本当は力を抑え込んで隠れているだけなのだが...。それだからあり得ないはずなのだ!!)

 

考えられるのは一つしかなかった。

 

(未来を...変えたな...!この事象は乃木園子が目を覚ましてから急に起こった。...これでもう確定したな。もうひとりのタイムリーパーは...。)

 

天の神は焦りもせず、憤りも感じなかった。逆に今彼の心の中に芽生えたのは『好奇心』だった。

 

「ふふっ...はははははははは!!そうだよ...そうじゃなきゃおもしろくないもんねぇ!...このまま私があっけなく終わらせるなんて、あなたたち人間はそんな簡単にやらせてくれないものねぇ!!......人間を殲滅させるのはもう少し後にしよう...。そのちゃん、あなたがどう運命に抗うかお手並み拝見と行こうじゃない...。」

 

その後、友奈は風たちと一緒に園子のお見舞いに行った。

 

「ねぇ、にぼっしーは?」

 

その時、園子は唐突にそう聞いた。その言葉を聞いた一同は一斉に黙り、それぞれ顔を見合わせる。

 

(?...自分で把握していないのか...?...まあいい。反応を見るか。)

 

「にぼっしー?ゆるキャラかなんか?」

 

まずは風がそう答える。

 

「私も知りません...。友奈さんは?」

 

次に樹。

 

「私も聞いたことないよー。芽吹ちゃんは?」

 

友奈はそう言い、あえて芽吹に聞いた。 

 

「私も。...もしかしてまた園子の夢の話とか?」

 

「あ、もちろんあたしもないぞ!」

 

全員がそう答えた。園子のこの言葉で病室内が一気に不思議な空気に包み込まれる。

 

(...にぼっしーなんてあだ名は勇者部に来てから名付けられたから楠芽吹は知る由もないか...。だが、そうとなれば質問を変えてくるはずだ。)

 

「じゃあ........三好夏凜って子は...?」

 

「...っ!!どうしてあなたが彼女のことをっ!?」

 

いち早く反応したのは芽吹だった。

 

(やはりな...。) 

 

「あらなに芽吹。知り合い?私たちは知らないわよね?」

 

風の問いに、芽吹を除く勇者部員たちはそろって頷く。

 

(当然犬吠埼風たちは本名を聞いてもわからず、面識があるのは楠芽吹だけ...しかし、一体どういう関係なのだ?) 

 

「園子...あなたどこで三好さんの名前を...?」

 

「あ、えっと........私ずっと大赦で祀られて寝てたじゃない?その時にふと一人の神官さんから聞いたんよ~。」

 

「........よく覚えてたわね、そんなこと...。でも、なんで急に三好さんのことを私たちに聞いたの?友奈たちだって知ってるはずもないのに...」

 

「そ、それはね~........」

 

園子は言葉に詰まって目をそらす。一方芽吹は顔を迫らせて園子の答えを待つ。と、そこに...

 

 

ガラッ!

 

 

いきなり病室のドアが開いたかと思うと、ズカズカと三ノ輪鉄男が入ってきた。

 

「鉄男ぉ!?どうしてここに!?」

 

銀が声をあげて驚く。 

 

(...?...なぜ今まであまり関係のなかった三ノ輪鉄男がここに...?事故で助けられたからと言って、まだ幼い彼がこんな夜遅くに見舞いだなんて考えにくい...。)

 

「えっと......銀ちゃんの弟さん?」

 

「はい!あなたは確か友奈さんですね...?えっと...突然で悪いんですがみなさん!!早くここから出て行ってもらえませんか!!」

 

『ええっ~~!?』

 

鉄男の突拍子もない発言に、友奈たちは戸惑う。

 

「ちょっと待てよ!なんなんだよ、どうしたんだ急に!?」

 

銀が慌てて彼の肩を掴んでそう言う。

 

「俺は園子姉ちゃんと二人で話したいんだ!」

 

その鉄男の態度に対し、芽吹は彼に近づいて見下すようにこう言った。

 

「........そんなに急用なのかしら?それなら私たちが帰ったあとでもできると思うけど?」

 

「うっ...」

 

芽吹の謎の威圧感に押され、鉄男は後ろに食い下がる。

 

「ごめんなさいね。私もどうしても園子に聞きたいことがあるのよ。気になってしょうがないことがね。」

 

「そ、それでもっ!!今日は帰ってくださいっ!!!」

 

鉄男は強引に芽吹の背を押し、園子の病室から追い出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと...!」

 

(この反応...何かあるな。...三ノ輪鉄男...重要な存在に違いない。) 

 

「ムフフフ...。芽吹、今日はここくらいまでにしておきましょうか!ここは、将来の勇者部のかわいいかわいい後輩に譲ってあげましょ!...鉄男くんよ!園子とはつまり、そういうお話ってことなんでしょう?」

 

風はそう言って不気味に笑みを浮かべる。

 

「お姉ちゃん怖いよ~...。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください風先輩!?『そういうお話』ってなんすか!?まさか鉄男、園子のこと...!」

 

「あ~もうっ!!姉ちゃん違うから!あと俺、勇者部に入るとか一言も言ってませんから!」

 

「え~!違うの~!?」

 

友奈がやけに驚いて鉄男に迫る。そのキラキラした目を見た鉄男は、

 

「うっ...!う~ん......まぁ、考えては......おきますよ......一応。」

 

と答えた。その返答を聞いた友奈は安堵の表情を浮かべると、

 

「よし、じゃあみんな帰ろうか!」

 

と、一言。

 

(...ここはそれなりに納得できる流れを作っておいて、一度帰った方がよさそうだな。この感じだと楠芽吹は結構面倒くさい性格らしいし、このまま粘っても三ノ輪鉄男が困るだけだろう。...詳しく調べるのはまた明日からだ。)

 

「ちょ、友奈...」

 

「ほらほら、芽吹ちゃん!また明日、ね!...それじゃ、またねーそのちゃん!」

 

と言って友奈たちは芽吹をなだめながら病室を出て行った。 

 

(二人が話す内容を聞きたいものだが...我だけここに残るというのも不自然だ。部員に少しでも怪しまれたら終わりだ。とりあえず今日は全員で家に戻るとしよう。)

 

--------------

 

翌日の早朝。友奈はいち早く病院に着き、観察する事にした。...と、彼女の睨んだとおりこんな朝早くから病院にやってくる人物が一人。そう、楠芽吹だ。続いてすぐに三ノ輪鉄男もやってきた。

 

(...ふん、楠芽吹に昨日のことを話すとかとでも言って乃木園子側から呼び出した...という感じであろう。話す上できっとタイムリープのことについて話さなければならないはすだ。それを他人に聞かれないために何か関係のある三ノ輪鉄男を門番として使った...というところか...。なるほど、そう簡単には盗み聞きはさせてもらえないようだな。さすが乃木園子だ。)

 

すると、すぐにまた一人入ってきた。

 

(!!...三ノ輪銀...?こんな朝早くに...?まさかこいつにも話すつもりなのか...?)

 

しかし、それからすぐに銀は鉄男に連れられて病院の外へと出て行った。

 

(ふっ...どうやらそれは違ったようだ...。だが感謝する、三ノ輪銀。ソナタのおかげで我は二人の会話を聞くことができる。)

 

友奈は早足で園子の病室の前まで行き、それっぽいことを言いながら病室の前に立って耳を澄ませた。

 

「そのちゃん大丈夫かな~?........ん?誰かと話してる...?」

 

---

 

-------

 

--------------

 

(......。...なるほど、彼女は彼女なりに精一杯努力していたわけだ。そしてやはり三ノ輪鉄男は何かタイムリープに関係しているな...?あいつには目を付けておこう。)

 

もうすぐ芽吹が病室から出てくる頃だろう。それを見計らって友奈は病室前から去った。

 

(今日はもうよい。...十分情報は聞き出せた。なに、そう簡単に理想の未来にすることはできないだろう。じっくり、ゆっくり...楽しもうではないか。)

 

 

 

だがそのまた翌日。天の神ですら想像もできなかった予想外の出来事が起こる。

 

「え.........?...銀ちゃんが...『自殺』、した...?」

 

風からそう連絡を受け取った友奈はすぐに家を飛び出した。

 

(なんだ!?何が起こったと言うんだ!?昨日の今日でなにがあった!?なぜ急にこのタイミングで三ノ輪銀が自殺する!?)

 

走り疲れた友奈は一度止まり、息を整える。......そして...

 

「ぷっ......ふふふふふっ...あっ~ははははははははははははっ!!きゃはははははははははははははっ!!!」

 

歩道の真ん中で狂ったように笑い出した。

 

「最っ高だ...最高だよそのちゃん!!...今ままでタイムリープしてきたけど、ここまで私の心を高ぶらせてくれたのはあなたが初めてだよ!......こんなこと、いくら繰り返しても起こらなかった!ましてや自殺なんて...。本っっ当におもしろいよ!!!あははははははははっ!」

 

あまりにも笑いすぎて思わず涙が出てくる。友奈は顔を手で抑えながら静かに呟いた。

 

「ふふふっ...私、決めたよそのちゃん。...一緒に遊ぼう!......そして、もっと私を楽しませて!!」

 

そしてそのままよろめきながら壁に寄りかかる。

 

「あなたがどうやって抵抗するか...。徹底的に精神を追い詰めて、あなたがどんな反応をするかも見たい...!ふふっ...あぁ、とってもとっても...最高な気分だよぉ...♪」

 

(第39話に続く)




天の神の過去の話は一話で終わらせるつもりでしたが予想以上に長くなってしまったため、二話分にわけさせていただきます...。
胸くそ悪い話が続くと思いますが今はまだ耐えてください...!次回もお楽しみに。


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【第39話】God's trick ~second half~

注意:今回の話は一部描写にて、不快に感じる表現がございます。気分が悪くなった場合はすぐにブラウザバックすることをお勧めします。


 

(また未来が変わった...。さては再びタイムリープしたな?...それにしてもこの未来は変わりすぎてる...。)

 

「友奈、明日は大橋方面集合だからね。忘れないでよ!」

 

「あっ、大丈夫だよ夏凜ちゃん!ちゃんとわかってるわかってる!」

 

「......本当かしら...くれぐれも遅れないようにね。」

 

「夏凜ちゃんこそー。」

 

「っ!!...私がそんなへまするはずないでしょ!」

 

「え~?...昔はあんなに部活サボってたのにー。」

 

「いつの話よ!」

 

(三好夏凜、楠芽吹、犬吠埼樹、そして卒業した犬吠埼風...。勇者部にいるのはこれだけ。例の先代勇者三人組は讃州中学に入学すらしていない...。一体過去で何をしたんだ。少し調べる必要があるな...。)

 

友奈は芽吹をマークし、彼女の動向を探った。園子がタイムリーパーであることを知っている彼女ならば何か行動を起こすはずだと踏んだからだ。そして案の定、芽吹は動き始めた。

 

(ん...?あれは......犬吠埼風。わざわざ卒業した彼女と会って話とは...。何を企んでいる。)

 

友奈はギリギリまで近づいて耳を澄ませ、話の全貌を聞いた。...そして二人が別れたのを見計らい、友奈は風に近づいた。

 

「あの...風先輩!」

 

「うおっ、えっ!?友奈!?...なんでこんなところに!?」

 

「...すみません風先輩...。芽吹ちゃん今日様子おかしかったからつけてきて......そしたら風先輩と会ってて...。」

 

「ふ~ん、そう...。」

 

「ごめんなさい!!話の内容、全部聞いちゃいました!」

 

「うっ...や、やっぱりぃ~...?」

 

「はい...。でも、本当にやるんですか?大赦本部に潜入して、先代勇者の園子さんを連れ出すなんて......。」

 

「......。......ええ。もう決めたことだわ。後輩の頼みだし、本人だってとっても真剣だったから。心配しなくて大丈夫よ!作戦はバッチリ、大赦の目なんか簡単にすり抜けられる!...一年前私たちを騙したあいつらには、これくらいの天罰が必要なのよ!」

 

風はガッツポーズしてそう言う。そして急に澄ました顔になって静かに告げた。

 

「......できるだけ現勇者部のみんなを巻き込みたくなかったから芽吹は私に相談してきたんだけどね...。あんたに聞かれちゃったから。でもお願い!みんなには言わないで欲しいし、友奈も全然協力とかしなくていいから!!余計な心配とかしないで!」

 

「でもっ...!協力し合うのが勇者部じゃないですか!そんなことを聞いて、私が黙ってられると思いますか!?」

 

「......。...そ、そうよね...。あんたなら当然、止めてもそうするわよね...。」

 

「でも......風先輩、本当に芽吹ちゃんに協力していいんですか?」

 

「...えっ......?」

 

「だって、芽吹ちゃんが助けようとしてるその先代勇者って......"風先輩が恨んでいる人ですよね"...?」

 

「っ!?...う、恨んでる!?何物騒なこと...そもそも会ったことないし私がその人を恨むなんてこと、どう考えたってありえないじゃない!」

 

「...私、聞いたことあります。......二年前の勇者達がバーテックスと戦ったときのこと。二人の勇者が亡くなって、生き残った勇者はたった一人。現実世界にも大きな被害を出したとか...。」

 

「...!......なんでそんなこと友奈が知って...」

 

「風先輩と樹ちゃんは、その被害者ですよね?」

 

「......!!」

 

「その人たちが四国をうまく守れていれば...二人のご両親が事故で亡くなることもなかったし、風先輩と樹ちゃんも一生消えない火傷が残ることもなかった......違いますか?」

 

「.........。...どこで知ったか知らないけど、そこまで知ってるなら仕方ないわね。...そうよ。昔まで...勇者になる前までは恨んでた。その人たちがしっかり守っていくれていれば、今私たちはこんな思いをしなくてよかったのに...ってね。でも実際に勇者になって、そのお役目の大変さを痛感した。それに昔の勇者システムは精霊によるご加護がなかったって言うじゃない。...その状況でよくこの世界を守ってくれたと......感謝するようになったわ。」

 

「......。」

 

「...彼女たちは私たちの命の恩人。お母さんとお父さんは死んじゃったけど、樹と私のことを生かしてくれてありがとうって。だから、今の私は彼女のことを恨んでなんかいない。」

 

「......本当ですか?」

 

「えっ...?」

 

「本当にそれは本心ですか?自分に嘘をついているだけじゃないですか?そうやって言い聞かせてるだけじゃないんですか?」

 

「ちょ、ちょっと......急にどうしたのよ...。」

 

「彼女のせいで自分は苦労し、樹ちゃんも火傷を気にして自由に服を着れない......。それが風先輩は許せるって言うんですか?」

 

「それは......」

 

「許せないですよね?自分の心に正直になってください、風先輩。」

 

「友奈...あんたさっきから変よ!どうしたのよ、こんなこと聞くなんて...!」

 

「いいから答えてください。家族をめちゃくちゃにされて、一生残る傷をつけられて、あなたは許せるんですか?」

 

「............!!」

 

友奈は風に詰め寄り、目の中をじっと見つめた。そして、

 

(...見えた。)

 

友奈は風の心の揺らぎを見逃さなかった。昔を思い出し、ほんの少しだけ芽生えた恨みの感情。それを一瞬だけ感じ取った友奈は風に『暗示』をかけた。

 

「あっ............。」

 

突然風はよろめき、友奈につかまる。

 

「大丈夫ですか?風先輩。」

 

「あっ......うん...大丈夫。......あれ、私なんで友奈と一緒にいるんだっけ...?なんか話してた...?」

 

「いや、今ちょうど会っただけですよ!本当に大丈夫ですか?」

 

「うん。ありがと...。それより...芽吹との話は聞いてなかったわよね?」

 

「芽吹ちゃん?会ってたんですか?」

 

「いや、知らないならいいのよ!...じゃあそろそろ私行くわ。たまに部活、顔出しに行くから!」

 

「はい!いつでも待ってます!」

 

友奈はいつもの笑顔で答え、風を見送った。

 

(これで下ごしらえ完了...。あとは作戦決行を待つだけ。...まさかこの能力が役に立つときが来るとはな。過去と未来を繰り返す中で偶然見つけたもう一つの能力...。.........ふふっ、それにしても能力発動前に我と話していた記憶が消えるオマケ付きなのは実に便利だ。)

 

友奈は鼻歌を唄いながら上機嫌でその場をあとにした。

 

--------------

 

翌日、もう一度芽吹の動向を探りながらうまく彼女らと合流できるように友奈は動いた。

 

(楠芽吹と乃木園子が向かった方向は......このままいけば三ノ輪銀の家か。もちろん、この未来も乃木園子にとっては大ハズレな未来だから鉄男と会って再び過去に戻るという魂胆だろう。犬吠埼風も先ほど三好夏凜と会っていた。我のかけた暗示は順調に成長しているようだな。......しかし、今日は平日だろう?小学校に向かわないのか?...まぁ、いい。先回りしておくか。)

 

友奈は彼女らよりも早く三ノ輪家に向かい、二人が到着するのを隠れて待った。やがて二人はやってきて三ノ輪家を訪ねる。しかし当然ながら鉄男は出てこなかった。それから芽吹と園子は小学校にいると結論づけ、向かおうとしたとき...

 

「芽吹...ちゃん...?」

 

「!!」

 

時を見計らって友奈が声をかける。

 

「えっ!?ゆ、友奈!?」

 

当然ながら芽吹は驚いて彼女の名前を言った。

 

「どうしてここに!?...依頼は!?」

 

「えへへ~...サボってきちゃった~。それより、背中の子は...。」

 

友奈はおぶられている園子を心配そうに見る。

 

「...!い、いえ!彼女は私の友達なのよ!」

 

「ケガ...してるよね...?それもかなりひどい...。」

 

「こ、これは...!」

 

芽吹はそう言いながら後ずさりする。

 

(楠芽吹...我が来たという予想外のできごとにかなり焦っているな...。)

 

友奈は芽吹を壁際に追い詰めると、彼女の耳元に顔を近づけてそっと言った。

 

「...大丈夫だよ。私、全部知ってるから。」

 

『えっ...?』

 

それを聞いた二人は戸惑う。

 

「それはつまり.........どういうこと?」

 

「私、この前ね...そのちゃんの病室から二人の会話が聞こえてきちゃって...。そのちゃん、タイムリープしてるんでしょ...?」

 

『!?!?』

 

「ごめんね!盗み聞きするつもりはなかったんだ...。でも、本当にあの後世界が変わって、気づいたらみんなそのちゃんのことを知らないんだもん...。びっくりしちゃったよ。もしかしたらあの話をしてた芽吹ちゃんなら私と同じで、世界の変化に気づいてるんじゃないかって思って......しばらく芽吹ちゃんの行動を観察させてもらってたんだ...。」

 

「友奈...!知ってたなら言ってくれてよかったのに...!」

 

「ほ、ほらだって...!........そんなこと聞きにくいって言うかさ...なんというか...本当にごめん!」

 

「...わかったよ、ゆーゆ。教えてくれてありがと!これで仲間が増えたね!」

 

「えっ...?」

 

「本心を言うと、あんまり知られたくなかったけどさ......今のこの状況から考えて、タイムリープのことを知っている人が増えたのは心強いよ!」

 

「園子...。」

 

「わ、私もいろいろと知りたいことたくさんあるけど今はそのちゃんたちに協力するよ!私にできることなんかない?」

 

(ふっ...これで我はなんの疑いもなく乃木園子に近づくことができる。彼女たちは我の本当の正体も知らず、今まで通り信用して一人の協力者として我を見る。...我ながら完璧なプランだ。)

 

神樹館小学校までの移動途中、園子は友奈にこんなことを聞いてきた。

 

「ねぇ、ゆーゆ...。」

 

「なに?そのちゃん。」

 

「ゆーゆってさ......わっしーのこと知らないんだよね...。『東郷美森』って子...知らないんだよね...?」

 

「東郷...美森...?さぁ...。そのちゃんのお友達?」

 

「そう...だよね...。ううん、なんでもない。忘れて!」

 

---------------------

 

「死ねっー!!乃木園子ォォォォ!!!」

 

(ここまで『能力』の影響が出ているとはな...。)

 

「メブー!避けてっー!!」

 

園子は自分をおぶっている芽吹にそう言う。しかし芽吹はここまで走ってきた疲労で思うように動けない。

 

(ここは......彼女らに協力するとしよう。)

 

「たあっー!!」

 

「ぐっ...!」

 

そのとき、友奈が前に飛び出した。風の手を掴んだと思うとそのまま地面に叩きつけ、見事に締め技をキメている。

 

「!?...ゆ、友奈!?」

 

「芽吹ちゃん早く!締め技はあんまり得意じゃないんだ!...解かれるのも時間の問題!早く鉄男くんのところへ!」

 

「すごい...!さすがゆーゆだ...!」

 

「わかった!ありがとう友奈!...このチャンス、無駄にはしない!準備はいいわね園子!!」

 

「...うん!」

 

(だが......今の犬吠埼風はそう簡単にお前らを逃がしてはくれんぞ?)

 

「させるかぁっ!!」

 

風が足を伸ばし、芽吹の足に引っ掛けて転ばせた。

 

「うわっ...!」

 

全速力で駆けた芽吹はその勢いのまま激しく転び、背中にいた園子も芽吹から離れて地面に転がった。

 

「どうしちゃったんですか風先輩っ...!やめて...くださいっ...!それにしてもすごい力...!女の子じゃないみたい...!」

 

(我ながら自分の力が恐ろしいくらいだ...ふははっ...!)

 

「くっ...!足の先まで使って邪魔するなんて、あなたもしぶといですね...風先輩...!」

 

「行かせない!行かせないんだからあっ!!私がソイツを殺すまで逃がすものかぁっー!!!」

 

「そこまでして復讐したいですか...!」

 

(さて、そろそろ来るころかな...?)

 

天の神の予想通り、どこからか現れた樹が風を抱きしめた。風の異常な様子に気づき、夏凜が連れてきたのだ。

 

(もちろんそうするだろうな。......だがいつもならこれで収まるだろうが今日はそうはいかんぞ。犬吠埼風は完全に我の術中にはまった。もう彼女は我の思い通りに動く人形と化したのだ!!)

 

「あれ........?おかしいなぁ...体が言うこと聞かない...。いつからこうなってたんだろうな...?誰か止めて...!私を止めて...!あいつを殺したくてたまらないのよ!!なんなのこの衝動...!最初はこんなことまでしようなんて思わなかったのに!ここまでしたいなんて思ってなかったのに!!」

 

風はそう泣き叫びながら地面に落ちている刃物を拾い、

 

(ここはわざと...)

 

 

グサッ!

 

 

「うっ...!?........あああああっ~!!」

 

動きを止めていた友奈の腕を刺した。それにより拘束は解かれ、風は立ち上がる。

 

「あぁ...私、友奈のことを...!あぁ...あぁ...ホントなんなのこれ...。」

 

(ぐっ...!かなり痛む...が、これも演じるためだ...。次は......!)

 

風は泣きじゃくりながら友奈に刺した刃物を抜き、それを投げる体制を作る。

 

「あ........私、投げようとしてる...?やめて...こんなことしたくない...!私の大切なものを...自分でどんどん壊してる...!やめて........やめてぇ........止まって........やだあああああああああああああああっ!!!」

 

(...投げろ。)

 

投げられた刃物は園子に向かって飛んでいく。が、刃物は園子を外れた。その代わりに当たったのは...

 

「ぐっ...!」

 

「!!...メブー!」

 

刃物が当たった場所は芽吹の足だった。芽吹はまたしても派手に転び、園子が地面に放たれる。

 

(乃木園子に命中させなかったのは『あえて』だ。...そこからならタイムリープとなんらかの関係のある三ノ輪鉄男と自力で接触できるだろう?)

 

すると鉄男の方から園子に近づき、そのあとに手をつないだ。

 

(......ほう...。わかったぞ、ソナタがタイムリープをするのに必要なのは何なのか。三ノ輪鉄男と握手をすることだろう...?これで必要な情報は集まった。ソナタも今のでだいぶ精神的に追い詰められたろう。)

 

「.........樹ちゃん...大丈夫...?」

 

友奈は刺された部分を押さえながら放心状態の樹に声をかける。

 

「......お姉ちゃん...!」

 

「樹ちゃん...?」

 

「......あっ、はい。大丈夫です...。私よりも友奈さんこそ......」

 

「私も大丈夫!...ちょっと痛いくらいだよ。」

 

(ちょっとなわけがないがな。)

 

天の神は能力を解くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「私.........私は......」

 

「風先輩、落ち着きましたか?」

 

「芽吹......私は...ぁぁぁ...!」

 

「心配しないでください。あなたのことも全部、園子が救ってくれます。」

 

芽吹は風の背中をさすりながら優しくそう言った。

 

(さて......これでまた未来が変わる。......次はどんな未来を見せてくれるんだ?...乃木の末裔よ。)

 

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--------------

 

---

 

そこから数十時間後、讃州中学校

 

「わっしーが...生きてる...!」

 

園子は涙目になって東郷の手を強く握った。

 

「ちょ...そのっち...どうしたの?」

 

「............いや...ひどい悪夢を...見てただけなんよ~。」

 

その様子を友奈はチラチラ見て観察していた。

 

(過去から戻ってきたか...。しかし、今回の未来はよくできすぎている。...つまらんな。もう成功させてしまったのか。)

 

天の神がそんなことを考えているうちに夏凜も園子と東郷の会話に入っていった。 

 

「えっ!?にぼっしーもいる!?」

 

「『いる』って...失礼ね!毎日いるじゃない!」

 

(そろそろ我も話題に入るか...。)

 

友奈は銀を連れて園子に話しかけた。

  

「東郷さ~ん!夏凜ちゃ~ん!そのちゃ~ん!みんな準備できた~?」

 

「...園子のことだから、ギリギリまで寝てたんだろ?」

 

園子はその瞬間すぐにバッと振り返った。園子は大きく目を開け、その場で固まる。

 

「ほら、準備できたなら行くわよ。........ってあれ、園子?」

 

夏凜が移動するように急かすが、座ったまま動く気配がない園子に気を止める。その様子を見た東郷と銀は園子の前に立ち、

 

「お~い園子~?」

 

「大丈夫そのっち?まだ眠いの?」

 

と顔を覗かせて声をかける。

 

「やっと........やっと....成功した........?」

 

(当然、感傷に浸るか...。まあいい。たとえ過去でソナタが成功したとしても、我がこの未来を壊せばまたタイムリープをしなくてはいけなくなる。......せいぜい今のうちだけ精一杯、存分に喜んでおけ。)

 

「なによ園子、どしたの?早く行くわよ。」

 

「........。...夏凜ちゃん、ここは東郷さんと銀ちゃんに任せて私たちは先に行こっか!」

 

「えっ?ちょおっ........!」

 

「ほらほら行くよ~!...じゃあ三人とも、お先に失礼しま~す!」

 

友奈はそう言って夏凜の手を持ち、その場から走り去った。

 

(我がこれまでにないほどの絶望をソナタに見せてやろう。)

 

友奈はこれから園子が見せる表情や絶望する声を想像しながらニヤリと笑うのであった。

 

--------------

 

その日の放課後

 

「芽吹ちゃん!」

 

「......ん?どうしたの、友奈。」

 

「園子ちゃん...どこにいるか知らない?」

 

「園子?園子ならさっき銀と一緒に帰っちゃったけど...」

 

「あっ...そう...。」

 

「......。...何?なんか相談事?」

 

「あっ、まぁそうっちゃそうなんだけど...」

 

「私でいいなら相談に乗るわ。」

 

「ほんと!?......あっ、いやでも...。」

 

「...私じゃダメ?」

 

「...いやいや違う!そういうわけじゃなくて!...じゃあ一つ、約束してくれたら話す!明日までに必ずそのちゃんにこのことを話して!」

 

「......え、ええ...わかったわ。」

 

「じゃあちょっと部室に来て。ここじゃ人が多すぎるから。誰かに聞かれたら大変。」

 

友奈は芽吹の腕を引っ張って部室に移動する。

 

「そんなに重要なこと...?」

 

二人は部室に到着すると、椅子を向かい合わせていかにも真面目な雰囲気で話が始まった。

 

「あのね......芽吹ちゃん...落ち着いて聞いて欲しいんだけど...。このことは、まだ他の誰にも言ってないくてね......。」

 

「......うん。」

 

夕日が差し込み、二人を赤く照らす。そして友奈は重い口を開けて芽吹に告げた。

 

「私......また『祟り』に遭ってるみたいなの...。」

 

「!?!?......え!?な、なんですって!?」

 

芽吹は思わずガタッと立ち上がって驚いた。

 

「そうなの...。まだ軽度なんだけど、体も怠いしちょっと熱もあって......そしてなによりの証拠が...。」

 

友奈は胸辺りを芽吹に見せた。

 

「!!......ら、烙印...!」

 

「最初にそのちゃんに言おうとしたのはタイムリープの力でなんとかしてもらおうって思ったから...。ごめんね芽吹ちゃん!あなたに最初に言っちゃって...。もしかしたら......」

 

「あんまりマイナスなことを考えちゃダメよ、友奈。話してくれてありがとう。きっとなんとかなるわ。園子が助けてくれる。...でも、原因は不明なの?」

 

「うん...何でこうなったかはわからない...。気づいたらこれがまたついてて...それから少しずつ症状が出てきた。やっぱりこれはまた『祟り』に遭ってるなって実感しの。」

 

「そう...。ひどくなる前になんとかしなくちゃいけないわね。今から走れば園子に追いつくかしら...。」

 

「どうだろう...。そのちゃん帰りは車だから...もう乗ってたら間に合わないね。」

 

「なら電話で......」

 

「!!...芽吹ちゃん危ない!!」

 

そのとき、突然棚の上にあったダンボールが芽吹めがけて落ちてきた。友奈がギリギリで支え、なんとか難をしのぐ。

 

「!!......ありがとう友奈...!...もしかしてこれ......?」

 

「......う、うん...『祟り』の力かも...。ごめん芽吹ちゃん!私......」

 

「謝らないで!!」

 

「...!!」

 

「『祟り』がなんだ!伝染する?そんなもん、私には効かないわよ!」

 

「芽吹ちゃん...!」

 

芽吹は優しく友奈を抱きしめ、彼女を慰めた。

 

「...だからあなたが責任を感じることはない。なんにも悪くないんだから。悪いのは全部天の神。友奈にまたこんな思いをさせるなんて、つくづく性格の悪い野郎だわ。」

 

芽吹はそう言って窓の外を見る。海の遠くには神樹の壁が見えていた。

 

「この未来になってからずっとおかしいと思ってたわ...。今は4月。本当なら天の神も倒して神樹様は消滅したはず。けどこの未来にはあの壁がある。...つまり天の神も倒せていなくて、まだあの向こうにいるんだわ。」

 

「......。」

 

「友奈、まだ戦いは続きそうね。」

 

「そうだね...。いつになったら、平和な世界にできるんだろう...。」

 

「きっと大丈夫よ、私たちなら変えられる。」

 

「うん...!」

 

(勝手にそう信じていろ。...ソナタが望む世界など、決して訪れない。我がそれを許さない。)

 

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二人はその後別れ、芽吹は昇降口で靴を履き替えていた。

 

「あっ、きたきた~メブー!」

 

「!?...えっ!園子!?銀も!」

 

そこにいたのはなんと帰ったはずの銀と園子だった。昇降口にはもうこの三人しかおらず、他の生徒は全員帰ってしまったらしい。

 

「なんでここに!?帰ったんじゃ...」

 

「いやー須美が『友奈が出てくるまで待ってる』って言ってたからあたしらも付き合おうってなって!」

 

「それでメブーも来てなかったから私たちはメブーが来たら帰ろうって話してたの~。」

 

「あぁ、そうだったの...。それで、東郷は?」

 

「我慢しきれなくなって入っていったよ。すれ違わなかったのか?」

 

「ええ。たぶん東側の階段から行ったんでしょうね。私は西側の階段から降りてきたから。」

 

芽吹はそう言うと昇降口を出て三人で帰り道を歩き始めた。

 

(どうしよう......園子に早速会えたけど...話題を切り出すのが難しい...。ノリで帰り道じゃない方まで歩いてきちゃったし......。)

 

「いや~!今日は楽しかったね~!」

 

「ほんと、懐かしい話ばっかりだったな~。........新入部員加入の件は全然話し合えなかったけど...。」

 

「........。」

 

芽吹は園子と銀が楽しそうに話しているのをそっと見守った。やっとすべてが成功して、最高の未来を迎えることができた園子は今までと比べて段違いに明るい。 

 

「メブー...?大丈夫?」

 

いろいろと考えているうちに園子が心配して話しかけてきた。

 

「あ........あぁ...」

 

芽吹はそっけなく答え、自分の中で結論を出した。

 

(......明日、まででいいのよね...。今日だってもう遅いし。...こんな楽しそうにしてる園子を見たら...。)

 

ずっと側でサポートしてきた芽吹は彼女が今どれだけ嬉しいかよくわかった。できるだけこの事実は伝えたくなかったのだ。...また彼女が苦しむことになるかもしれないから。できるならばもう少しだけ長く幸せに過ごして欲しかった。 

 

「帰りにね、ちょっと寄りたいところがあって...あ、ちょうどここでお別れよ!また明日...」

 

芽吹はそうはぐらかし、さり気なく園子に耳打ちをした。

 

「明日の放課後、時間とっといて。」

 

そうとだけ残し、二人の前から姿を消した。

 

(今日気をつけて帰ればいいだけ。...大丈夫、『祟り』なんて今日必ず来るだなんて決まってないもの。)

 

--------------

 

その後も芽吹は最新の注意を払いながら一人で帰り道を進む。すると、

 

「ねぇ、お姉ちゃん。今一人なの?」

 

突然後ろから男二人がやってきて話しかけてきた。

 

「......。」

 

「ねぇ~無視しないでよ~ほらぁ。」

 

男は芽吹の手をつかみ、強引に引っ張ろうとするが、

 

「いててててて!!」

 

逆に芽吹が男の手をひねり、激痛を与える。

 

「何ですか?今忙しいんです。あと、勝手に私のこと触らないでください。警察呼びますよ?」

 

「...粋がるなよ、ガキが!」

 

それを見たもうひとりの男が芽吹に襲いかかる。が、

 

「だあっ!?いてっ!がっ!」

 

芽吹が一瞬でのしてしまった。

 

「なんだこいつ...!女のくせに...!!」

 

「わかったら今すぐ帰ってください。」

 

「くっ...!だけど、俺らも諦めきれないんだよぉ...!」

 

「...?」

 

「......お前みたいな生意気で強くてかわいい子には初めて会うからよぉ...!俺たちの癖にどストライクだぁ...!!」

 

その言葉を聞いた芽吹はゾゾゾっと鳥肌が立つ。ここまで気持ち悪い思いをしたのは初めてだった。やはり芽吹は警察を呼ぼうと思い、携帯を手にしようとする。だがその時、

 

「......今だやれぇっー!」

 

 

バッ!

 

 

いきなり後ろからもう一人男が現れた。

 

「...っ!!」

 

「さすがに三人目には気づかなかったろう? か わ い 娘 ち ゃ ん ?」

 

 

ガッ!!

 

 

芽吹はレンガのようなもので殴られ、一瞬で意識が遠ざかって地面に倒れた。

 

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「......ぅぅ......っ...ぅん...?」

 

「おっ、起きたかい?かわい娘ちゃん♪」

 

「......はっ!!ここはどこ!?私は...いっ...!」

 

「あんまり動かない方がいいよ。頭レンガで殴ったんだから。」

 

(!!......う、動けない...!?)

 

芽吹はここから逃げようと足や手をジタバタさせようとするが完全に固定されてしまっていて動かない。寝そべっている芽吹のことを三人の中年の男が覗いてじっと見ている。

 

「ここはね、廃工場だよ。周りには住居もないし人通りも少ない。どれだけ助けを呼んだって誰にも聞かれることはないんだよ☆」

 

「は...?ふざけんじゃないわよ!!早く私を解放しなさい!!こんなこと許されると思ってるわけ!?」

 

暴れるごとにガシャガシャと音が鳴る。どうやら鉄製の金具で大の字にされているようだった。

 

「おおぅ...ぅぉ...元気でいいねぇ...!」

 

「おいこら、よだれをたらすなよ。...ほら言ったろう?かわい娘ちゃんよ。俺たちは気の強くてかわいい女の子が好きだって。」

 

芽吹は彼らの目を見て恐れた。常人ではない目をしている。それに先ほどの発言。芽吹は気持ち悪さと今から何をされるんだろうという恐怖心でいっぱいだった。

 

「今から...私になにをしようとしてるわけ!?...変なことしたら......どうなるかわかってるんでしょうね!!」

 

「あぁ...普通誘拐して全く動けないようにしたらやることは一つだよねぇ...。まぁ、それは普通の男ならの話だけど。」

 

「......どういうこと...?」

 

「俺らはそういうことに興奮するわけじゃないんだ。そこらの誘拐犯と一緒じゃない、そいつらよりもイカれたおかしいヤツらなのさ。」

 

自分から言うということは自覚があり、相当ヤバいということなのだろう。

 

「いいよなぁ...全く......お前本当にかわいいよなぁ...やっぱりこれくらいの年頃だよなぁ...!ほら、お前らも触ってみろよ。肌も潤いがあってすべすべだぜぇ...?」

 

誘拐犯のひとりはそう言って嫌な手つきで芽吹の腕を触る。

 

「やっ...!触らないで!!」

 

「いまからこの綺麗な肌を...切り刻めるなんて......本っ当に最高だよなぁ!!!」

 

「......え...?」

 

そう言うと、男たちがなにやら手に取る。スタンドの照明を明るくするとようやく男たちが手に取ったものがよく見えた。

 

「.........それで...何するつもりなのよ......!」

 

さっきまで強気だった芽吹もそれを見た瞬間ついにガタガタ震え始めてしまった。

 

「ハァ...ハァ......やっぱり電動ノコギリに混じって聞こえる叫び声がいいんだよなぁ...!」

 

「いやいや、普通のノコギリで切って叫び声だけを堪能するのが一番だろ......ハァ...ハァ...!」

 

「切断する音もいいよなぁ...!」

 

「ちょ、ちょっと!...切断...?何言ってるのよ...私の質問に答えなさい!何をしようとしてるの!?」

 

「まずはどこからいく?」

 

「腕からいこう。」

 

「そうだなぁ。まずは左腕から...。」

 

男はそう言うと芽吹の左腕の上にノコギリを構える。

 

「ねぇっ!!聞いてんの!?今すぐやめなさい!!そんなこと!ねぇ!!やめてっ!!!」

 

「......どんな音色を聞かせてくれるか...楽しみにしてるよぉ♪」

 

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「全く......『祟り』の力とはいえ、こんな人間も存在していたとは...。本当に人間というものは理解できん。」

 

廃工場の上で隠れ、一部始終を見ていた友奈はそう呟いて下に降りた。

 

「なぁ、これどうする?」

 

「バカやろう、裏ルートに売り飛ばすに決まってんだろ。」

 

「いやぁ...俺たちの気持ちも満たされて金も大量に手に入る......まさに一石二鳥だな!!」

 

男ら三人はそんな会話をしながら盛り上がっていると、

 

 

パチ...パチ...パチ...

 

 

なにやら拍手のような音が聞こえてきた。それもすごく遅い。夜中でここら周辺は人数が少ないということもあり、三人はビクッと驚いて拍手のした方向を見た。

 

「誰だ!!誰かいるのか!?」

 

一人の男が懐中電灯を向ける。そこにいたのはなんと先ほどバラバラにした人間と同じ制服を着た少女が立っていた。

 

「え...?ガキ...?」

 

「こんな時間に...?しかもこんなところに...?」

 

「いや、今そんなこと気にしてる場合じゃないだろ...!恐らく、俺らがやってた所も見てた...!そして遺体も見られた!」

 

「おめでとう、お兄さんたち。...役目を終えてくれてありがとう♪」

 

「は...?何言ってんだ...?」

 

「見られたからには、こいつも捕まえてバラバラにするぞ。」

 

「ははっ♪一日に二回も快感を味わえるなんて!しかもこいつも超かわいいじゃねぇか!」

 

「俺...タイプかも...!」

 

「はぁ......本っ当に気持ち悪いね。どう育てられたらこうなっちゃうんだろう。」

 

三人は束になって襲ってくる。しかし、

 

 

パチン

 

 

と友奈が指を鳴らした瞬間、三人はピタッと止まった。

 

「お、おい......なんだこいつ...!こいつの後ろの白い化け物はなんだ......?」

 

「げ、幻覚...?幽霊とかじゃ...ねぇよなぁ...?」

 

友奈の後ろには二体の白い化け物がいた。夜中のこの暗さが余計雰囲気を醸し出す。...そう。それはバーテックス、星屑だった。

 

「さぁ!ご飯の時間だよ!!私のかわいいバーテックスちゃん!」

 

友奈がそう言ったとたん、後ろの星屑は一斉に人間に襲いかかった。

 

「ぎゃああああ!!やめてぇぇえええ!!」

 

「うわあああああ!!!」

 

「やだぁぁぁああああああ!!!」

 

三人は情けない叫び声をあげながら一瞬でバーテックスに喰われていく。

 

「血の一滴も残しちゃダメだよ?この人たちは行方不明になってもらって、この事件を未解決事件として迷宮入りにさせるんだから!...あー、そこに転がってる芽吹ちゃんはちゃんと残しといて。...さぁ、お掃除お掃除♪」

 

数秒も経たないうちに、さっきまで騒がしかった工場がスッと静かになった。もう一度パチンと指を鳴らすと星屑はそこにいたのが嘘だったかのように姿を消した。

 

「ソナタらにはこの星屑の腹の中がお似合いだぞ。......人間のクズどもが。」

 

そう言い残し、廃工場を後にした。

 

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二日後...今日友奈たちは警察署に来ていた。芽吹の遺体が見つかり、警察から連絡があったからだ。重い空気に包まれ、すすり泣く声が館内に響く。

 

(やはりこの出来事はだいぶ精神にダメージを与えられたようだな。だがこれだけでは終わらせんぞ。ソナタにはまだ地獄を見てもらう。)

 

天の神は次に起こす行動を決めていた。後に園子はこの事件の一部始終が天の神の仕業ではないかと突き止め、神と関わりの深い場所に何か手がかりがないか探そうと声を上げる。相変わらずの勘の良さと推理力に、友奈は若干驚きながらも彼女に協力するふりをした。

それから全員と別れ、友奈が向かったのは讃州中学だった。

 

(我の仕業だと気づいたところで...これから起こる事柄を変えることはできない。)

 

友奈は部室に入ると、携帯電話を取り出して誰かに電話をかけた。

 

「......あっ、もしもし樹ちゃん?」

 

「...友奈...さん...?」

 

「もう大丈夫...?落ち着いた...?私、樹ちゃんのことが心配で...。」

 

「...わざわざ心配してくださったんですか...?ありがとうございます...!今は何とか落ち着きを取り戻せて...。」

 

「本当...?よかった...。ところでなんだけど、今から学校に来れる?」

 

「学校...ですか?」

 

「うん。...ちょっとそのちゃんに頼まれごとされてね。......芽吹ちゃんがこんな目に遭った原因を突き止めるために。」

 

「!!...何かわかったんですか...!?」

 

「とりあえず来て欲しいんだ。話はそれから。」

 

友奈はそこまで話すと電話を切った。

 

(...犬吠埼樹を呼び出したのはあくまで保険だ......。)

 

ちょっとしてすぐに、樹が部室に到着した。

 

「ごめんね、樹ちゃん...大変なときに。」

 

「いえ...大変なのは友奈さんだって一緒ですから。」

 

「......それで、なんだけど...」

 

「...はい。私にできることならなんでも...!」

 

「......銀ちゃんの弟...三ノ輪鉄男くんをここに呼んで欲しいんだ。」

 

「えっ......?」

 

当然樹は驚いた。なにせ今まで全く関係のなかった人物の名前だ。

 

「えっと......それはなんで...?」

 

「...そのちゃんからお願いされたことをするためには、鉄男くんが必要なんだ。...いきなりさ、あんまり面識がない私が鉄男くんを呼んでもおかしいし...。ここは『勇者部』として話したいことがあるって形にして、呼んで欲しいの。」

 

「つまり......部長の私から頼めばいいってことですか...?」

 

「そう!......お願いできるかな?」

 

「わかりました。友奈さんと園子さんの頼みなら!」

 

樹は快く受け入れ、早速三ノ輪家の家電に電話をかけた。

 

「............あっ、もしもし...そちら三ノ輪さんのお宅で間違いありませんか?」

 

どうやら電話に出たらしい。

 

『はい...そうですが。』

 

「今そちらに三ノ輪鉄男さんはいらっしゃいますか?」

 

『...鉄男は僕ですけど...何か?』

 

「あっ、申し遅れました。私、讃州中学勇者部の犬吠埼樹と申します。」

 

『勇者部?姉と一緒の?』

 

「はい。...突然のことで申し訳ないんですが、今からこちらに......あっ、讃州中学に来ていただくことってできますか?私たちからあなたに話したいことがありまして...。」

 

『えっ?僕に話したいこと...?それに今から...ですか?......すみません...実は僕、母からおつかいを頼まれていまして...』

 

樹は携帯電話のマイク部分を抑え、後ろを振り返る。そして小声で

 

「友奈さん...鉄男くん、おつかいを頼まれてるそうです...!」

 

と言った。

 

「じゃあ...おつかいの後でもいいから来てもらえないかな?私はいくらでも待つから。」

 

「わかりました、聞いてみます!」

 

樹は再び携帯を顔の横につけた。

 

「なら、おつかいの後でも構いません。来ていただけませんか?私たちはいくらでも待ちますんで!」

 

『えっ...!さすがに悪いですよ!...そんなに急用なんですか...?』

 

「...はい。お願いします...!」

 

思った以上に粘ってくれる樹を後ろから見て、

 

(こいつ、案外使えるな...。) 

 

と、天の神は思っていた。

 

『......わかりました。ならおつかいの前に伺います。』

 

「いえ!別にお気になさらないでください!先に行っていただいても構いませんから!」

 

『いや、考えてみればおつかいの後だと荷物が増えて大変になりますから。...それでは今から伺いますんで。』

 

「......。わかりました。わざわざありがとうございます...!」

 

電話が切れたようだ。樹は振り返り、親指を突き立てて笑って見せた。

 

「樹ちゃんすごいね~!対応が大人みたい...!」

 

「えへへ...ありがとうございます...!これまで勇者部にいて、いろいろと経験しましたから!今はもう部長ですししっかりしなきゃいけませんからね!」

 

樹は両手でガッツポーズをしながら少し前のめりになって言った。

 

「......いや、それよりも鉄男くんの方が大人っぽかったですよ...?私よりも年下なのにすごい丁寧な口調でした...。」

 

(年齢にそぐわない丁寧な口調...か。彼の見た目からは知的さを一切感じなかったがな...。少し気になるがまぁ、それは今どうでもいい。)

 

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「......失礼します。」

 

それから時間が経ち、鉄男は樹に連れられて部室へやってきた。

 

「...久しぶりだね、鉄男くん。......まあ、私たちろくに面と向かって話したこともないけど...。」

 

「友奈さん...。それで...話ってなんですか...?姉が何かした...とか...」

 

「......樹ちゃん、悪いけど席外してもらっていい?」

 

「わかりました。」

 

部室は鉄男と友奈、二人きりとなった。 

 

「別に銀ちゃんは何もしてないよ。.....あなたに話したいのは私の話。」

 

「えっ...?」

 

「...鉄男くん、私はそのちゃんがタイムリープしてるっていうのを知ってる。あなたと手をつなぐことで行き来できるってことも。もちろん本人から聞いてね。...私も芽吹ちゃんと一緒で、そのちゃんの協力者なの。」

 

「!!......そうだったんですか。確かに、前の未来では部長さんを足止めなさっていましたね。」

 

「......もうニュースは見た...?」

 

「.........はい。」

 

鉄男は悲しそうに下を見た。ニュースというのはもちろん芽吹の事件だ。

 

「...そのちゃんは今、芽吹ちゃんがどうしてあんな風に殺されなきゃいけなかったのか、原因を突き止めようと捜しているの。」

 

「そうなんですか...。」

 

「...私も今それに協力してるんだけど、君も知ってるとおり犯人はまだ捕まってない。...みんなバラバラになって頑張ってるけど、危ないよ。......これはあくまで私の仮説だけど...もし、もし芽吹ちゃんを殺した犯人がタイムリーパーであるそのちゃんの協力者だと知って殺したんだとしたら......。」

 

「えっ?知る?......それってつまり...園子姉ちゃんの目的を邪魔するためにやったと...?じゃあ......」

 

「そうだよ。...その犯人もタイムリーパーかも。」

 

「いやでも......その確率はかなり低いんじゃ...。」

 

「こんな犯行、これまでの歴史で見たって珍しいことだよ!...私たちに対する煽り...見せしめとしか思えない...!!」

 

「......!!」

 

「それにね、私も......」

 

友奈は制服を少しめくって自分の体に刻まれている『祟り』の烙印を鉄男に見せる。

 

「わっ!?い、いきなりなにするんですかっ!!」

 

鉄男はとっさに手で目を隠した。

 

「いやあの......別に大丈夫だよ。」

 

「えっ...?あ、ああ.......すみません、早とちりました...。」

 

鉄男はゆっくりと目を開けると、友奈の姿がギリギリ安全であることに気づき、勘違いしたことを恥じて顔を真っ赤にする。そして再び驚いた。

 

「!!......な、なんですかこれ...!」

 

「前にもこういうことがあったんだけどね...実はこれ......」

 

「まさか...入れ墨......?えっ、中学生で?えっ、こんな純粋そうで優しそうな人が?えっ、嘘でしょ...?」

 

「違~うっ!!」

 

思わず友奈は思いっきりツッコんでしまった。

 

「さ、さすがにそうですよね......それならそれは...?」

 

「......。...これは天の神の『呪い』の象徴。私今、神様に呪われてるの。」

 

「ええっー!?の、呪われ......ええっー!?」

 

「日に日に熱が上がってて、体も重いの...。この未来で、なんでこうなったかはわからなくて...。」

 

「確かに......神樹様の壁が復活してたんでおかしいなとは思ってたんですけど...。」

 

「とにかく、この未来はこれまでと違うところがいくつかある。...何かおかしいんだよ。......もしかしたら次は、そのちゃんが狙われるかもしれない...!!」

 

「えっ...!!」

 

「そのちゃんが殺されたらもうやり直しはできない!...彼女を守らないと...!」

 

「......園子姉ちゃんを過去に戻せばいいんですね?」

 

「......うん。お願いできる?」

 

「はい、おつかいの後すぐに行きます!」

 

(いやそこは今すぐ行けよ!)

 

天の神はまたしても思わず心中でツッコんだ。

 

---

 

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---------------

 

鉄男がその場を後にし、樹にもう帰ってよいと伝え、自らも讃州中学を出た。

 

(これで準備は整った...。祟りの力が発動するのも、乃木の末裔と合流してからだろう。...彼女が絶望する姿を今一度この目で見たい...!)

 

そこで天の神はあることをピンと思いつく。

 

(そうだ......いっそのこと見に行ってしまおう。)

 

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「ごめ....んな........園子....姉ちゃん........。やっぱ....それ........無理............うだ........。俺が....なく........も....これ........通りに........かんばって....くれ....!芽吹さんや、姉ちゃんたちのために....!..........これが、最後の....タイムリープだ....!」

 

「いやだぁっ!!!てっちゃんっ!!!」

 

(まだ息があるのか...。)

 

友奈は二人の別れの様子をじっと見ていた。鉄男がこちらに気づいたらしく、表情を変える。

 

(まさか......三ノ輪鉄男がすべて我がやったと見抜くとはな。さては我の知らないところで『祟り』の話を聞いていたな...?)

 

「黒幕は..................友奈...さんだ......!」

 

鉄男がそれを言い切った時には、園子はもうすでに過去へ戻ってしまっていた。

 

「くっ.........そっ.........!なんで...あなたが.........!」 

 

「君は知る必要ないよ、三ノ輪鉄男くん。......そのまま苦しみながら息絶えるといいよ。」

 

友奈が話し終わる前に、鉄男は静かに目を閉じていた。

 

(さて......また未来が変わる。)

 

友奈はくるっと方向を変え、事故現場を去った。

 

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現在

 

「はぁ......!はぁ......!はぁっ......!」

 

「......全て見てきたか?」

 

「.........くっ...!」

 

またしても手に力が入る。そして先ほどのよう再びに牛鬼に弾かれた。

 

「......やっぱり許せない!!あなたに...人の心はないわけ!?」

 

「当たり前だ。我は人間ではない。」

 

淡々と答える目の前の友奈に、園子は無性に腹が立ってきた。

 

「......そろそろか。」

 

「...?」

 

友奈は静かにそう呟くと、勇者システムを解き、変身を解除した。どうやら園子が彼女の動きを封じる前に、あらかじめ手にスマホを持っていたらしい。はじめからこうなることは予測済みだったということだ。

 

「!?...どういうつもり!?」

 

「...耳を澄ませてみろ。もうじき聞こえてくるはずだぞ?波の音に混じって...。」

 

友奈がそう言ったとき、キャンプ場の方から誰かの声が聞こえてきた。こっちに向かってきているようだ。

 

「園子~?友奈~?」

 

(!!......もしかして、みんな!?)

 

「...もうこんな時間だ。心配して迎えに来たということだろう。」

 

やがて風たちの影が見え、こちらに近づいてくる。...その時だった。

 

「みんなっー!!助けてっーー!!!」

 

「!?」

 

友奈が突然、大声でそう叫んだのだ。

 

「友奈ちゃんの声ッ!どうしたの友奈ちゃんッ!!!」

 

いち早く東郷が気づき、全員を引き連れてやってきた。

 

「ちょっと...どういうつも......」

 

園子が友奈の意図を聞き出そうとするが、そんなことは無視して彼女は続ける。

 

「あっ!みんなよかった!!助けてっ!!...そのちゃんが急に襲ってきたの!!!いきなり勇者システムを使って、私に馬乗りに......!」 

 

「なっ......!」

 

確かに今、友奈は完全に動けないように体を固定され、武器を用いて首を抑えられている。どう考えても普通の状況ではない。

 

「えっ.......!嘘でしょ......!」

 

夏凜が口元を隠し、絶句する。一同も同じように驚き、動きが止まった。

 

「みんな違う!!!これは......!」

 

「そのっち...!......友奈ちゃんから離れて!!」

 

「...え......」

 

東郷は園子に向かって叫ぶ。

 

「わっしー!違うんだってば!今ゆーゆを離せばみんなが......!」

 

「どうしたんですか...園子さん......。」

 

「...園子、すんげえ怖い顔してるぞ...。」

 

樹と銀に軽蔑されるかのような目で見られている。

 

(えっ...?今の私が...怖い顔...?)

 

どうやら天の神に対する怒りで、顔がそのまんまになっているらしい。一気にいろいろなことを知って、感情がごちゃまぜになり、表情をうまくコントロールできていないようだった。

 

「......園子、何があったか知らないけど...とりあえず友奈から離れなさい。......今のあなた、悪いけど私たちから見たら一方的に友奈を襲っているかのようにしか見えないわ。」

 

「そんな......。...うぅっ.........ごめんな...さい...。」

 

園子は友奈から離れ、友奈は怯えるようにして東郷の元へ走り、彼女に抱きついた。

 

「うぇ~ん!怖かったよ...東郷さ~ん!」

 

「もう大丈夫よ...友奈ちゃん...!」

 

六人は一定の距離から冷ややかな目で園子を見つめる。

 

「...なんでよ...どうしてこうなるの...?」

 

「......あなたがこんなことするなんて、正直信じ難いわ...。」

 

夏凜は静かにそう言った。

 

「......だから、ちが...。」

 

「園子、今ここで話しても仕方がない。友奈も相当怯えているし、あなたは大赦へ行きなさい。」

 

「え......?どうして...。」

 

「あなたのスマホ、見てみなさい。」

 

「!!」 

 

受信箱に大赦からのメッセージが入っていた。その内容は、勝手に壁内で勇者システムを起動したことについて話があるという内容だった。

 

「えっ...!?こんなの今まで...」

 

「...大赦は勇者システムの管理をしてる。いつどこで変身したか、すべて記録されてるのよ。そしてこの通知はみんなにきてて、私たちは乃木と友奈をずっと捜してたってわけ。」

 

「......私は...そのちゃんに襲われたから仕方なく...。でもそのちゃん強くて...変身がとけたの...。」

 

「おかしいよ......こんなの......!」

 

「あなたが潔白の身であると言うのなら、大赦に行って証明してきなさい!」

 

「.........。」 

 

ここまで怯えている友奈はなかなか見ないからか、完全に園子が敵扱いされている。

 

(これもすべて計画のうちだって言うの?天の神...!)

 

園子はみんなに連れられ、大赦に行くことに決めた。東郷と友奈はなぜかその場に残り、心のケアに徹することにするようだ。

すれ違いざまに園子は友奈をギロっと睨んだ。それを見た友奈はまた怯え、東郷にくっつく。

 

(......わっしーに手を出したら、許さないんだからね...。すぐに戻ってくるから、そのときは今度こそ容赦しないよ。)

 

そう決心しながら、園子は海岸を去る。

 

(ふふっ...この状況からどう足掻く?乃木の末裔よ。......所詮ソナタら人間は、我の手の中で転がされているんだよ。)

 

(第40話に続く) 




いろいろ詰め込みすぎた結果、二話に分けてもこれほど長くなってしまいました...(過去最長回)。今回の話はこれまで張ってきた伏線回収に手間をかけたため、執筆にかなりの時間を要しました。
まんまと天の神にはめられた園子はどうするのか...。あの天才園子様がこれで終わるわけがない!次回もお楽しみに!


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【第40話】Brain battle

 

「大丈夫...?友奈ちゃん...。」

 

「.........うん...ちょっと落ち着いてきたよ...。」

 

砂浜に残った二人は、仲良く寄り添い合いながら静かに流れる海を眺めていた。

 

「...なんであんなことになってたか...状況を教えてくれる...?」

 

「うん...。えっとね......もうすぐでみんなのところに戻ろうって時にそのちゃんが...。......いきなり私のことを黒幕だとか言い始めて...勇者システムを起動して襲ってきたの...。」

 

「えっ...いきなり...?」

 

「...うん。だから私も勇者システムを使って、抵抗したの。どれだけ否定しても認めてくれなくて......最終的に力負けして、ああなった。」

 

「......そのっちは...なんで友奈ちゃんのことを黒幕だと思ったのかしら...。今までだって友奈ちゃんはそのっちに協力してきたわけだし...。」

 

「わからない...理由も何も言わなかったから。」

 

「......本当にそうなの...?...私、どうも信じられなくて...。そのっちかいきなりそんなことするなんて、おかしいわよ。やっぱりよっぽどの理由があって...。」

 

「理由はあったんだろうけど...。東郷さんも見たでしょ?そのちゃんの怖い顔と、本気で私を殺そうとしてる殺気。」

 

「......。...友奈ちゃん、本当に何もしてない?」

 

「?...してないよ。東郷さん、なんで何度も聞くの...?そんなに私のこと信じられない...?」

 

「違う!......そういうことじゃ、ないけど...。やっぱりそのっちがあそこまでなるのはおかしいもの。...私も見たことがないっていうか...。」

 

「東郷さんは...私の親友だよね...?私のことが大好きなんだよね...?」

 

「もちろんよッ!!!世界で一番!!!!」

 

「......だったら、東郷さんはそのちゃんよりも私のことを信じてくれるよね...?...ね??」

 

「!!......そ、それは...。」

 

「違うの...?」

 

「.......。」

 

「...東郷さん...答えてよ...!」

 

「............あなた、本当に友奈ちゃん...?」

 

「!?!?...えっ!?い、いきなり何言い出すの!?」

 

「なんか...友奈ちゃんもおかしい気がする...。友奈ちゃんは普段友達のことを優先する。自分を前に置こうだなんてしないわ。私の知ってる友奈ちゃんなら、そのっちに何かあったんじゃないかって言うはずよ。」

 

「だからって...!私は命を狙われそうになったんだよ?殺されそうになったの!」

 

「......。...まだ続けるの?本当のこと言ってよ!」

 

「東郷さんこそ!おかしいよ!急にそのちゃんみたいに!!」

 

「......。...『そのちゃんみたい』?...ってことはそのっちもあなたが友奈ちゃんじゃないって言ったのかしら?」

 

「...!......あ、いや...今のは...」

 

「......いい加減姿を現しなさい、天の神!」

 

「...!!!」

 

その瞬間、友奈の表情が驚きと焦りの表情に変わった。

 

「え......?なんで......それを知ってるのは......!」

 

「初めから東郷はあなたを陥れるために話してたのよ。」

 

と、いきなり後ろから話しかけられた。友奈はびっくりして振り返ると、そこにいたのは...

 

「なっ、なんでここに!?」

 

風と樹、夏凜だった。

 

「さすがの神様も、ここまでのことは予測してなかったみたいね。その顔、戸惑いが隠しきれてないわよ?」

 

「これはどういうこと!?東郷さん!!」

 

友奈は東郷から離れ、海の方へ後ずさりする。

 

「自分から正直に言ってくれるのを待ってたのに...。私が......本物の友奈ちゃんと偽者の友奈ちゃんを見分けられないとでも思った!?」 

 

「!!...そんなっ...!完璧な演技だったはず...!」

 

「嘘おっしゃい東郷ぉー!園子に教えてもらったからでしょーがー!」

 

「あっ...夏凜ちゃんそれ言っちゃだめ...。」

 

「!?......ソナタたち、最初からすべて知って...!」

 

「完全に詰んだようね、天の神!」

 

「!?......そ、ソナタまで...!」

 

もう一組、ここへやってくる。そこにいたのはこの未来には讃州中学に入学していないはずの楠芽吹だった。腕を組み、友奈を睨む。

 

「前の未来ではお世話になったわね、天の神。あの時はまんまとはめられたわ。」

 

「ねぇねぇ、本当にあの人の中に天の神がいるの?」

 

「とても信じられませんわね...。というか今まで部外者だったわたくしたちが、つい三週間前に教えられて理解できるはずがありませんわ。」

 

「この場の流れに任せよう...。私たちはあくまでサポート...。」

 

「あなたには初めて会うだろうから紹介するわ。この三人は私の防人の隊のメンバー。」

 

「わたくし、弥勒夕美子と言いますわ!」

 

「......山伏、しずく...。」

 

「ど、どーも!加賀城雀ですぅ!......あの~...バーテックス全部消してもらうこととかってできませんかねぇ...?」

 

「......なんなんだソナタたち...。」

 

と、また

 

「どう神様。驚いた?」

 

そう聞きながら奥から二人歩いてくる。そこにいたのは銀と園子の二人だった。

 

「!!......乃木園子...!?大赦に行ったはずじゃ...」

 

「大赦内部にも協力者がいるからね。」

 

「ではあのメールも...。」

 

「こんな状況になるなんて思いもしなかったでしょ?さっきはみんなに演技してもらってたんだ。」

 

「......演技だと...?バカな!人間ごときの演技に我が翻弄されるはずが...!」

 

「今まで劇とかやってきた勇者部を舐めんじゃないわよ!演技は一級品!!現状、あんたは気づけなかったしね!」

 

「...夏凜、あなた自信満々にそんなこと言ってるけど『えっ......!嘘......!』とか言って、園子の言ったとおりの状況になってて本気で驚いてたじゃない。」

 

「っ...!あれも演技よ!園子が友奈を襲っていることに対しての『えっ......!嘘......!』よ!」

 

「本当かしら~?」

 

「本当よ!!」

 

この状況でもいつものような会話を続ける風と夏凜。

 

「これはどういう風の吹き回しだ、乃木の末裔よ。」

 

「簡単なことだよ。私はみんなにあなたの正体が天の神だということを教えた。そして考えておいた計画であなたをはめた。」

 

「なぜだ...?ソナタはなんでも一人で抱え込む性格のはず...!なぜ周りに教えた...!?」

 

「.......答えはシンプルだよ。友達を信用してるから。...私はタイムリープを繰り返して学んだ!ミノさんとわっしー...メブーとてっちゃん...他にもみんなの協力があったからここまで来れた!だから今回も頼ったの。私一人の力じゃあなたに勝てないと思ったから。......変わったんだよ、私は。」

 

「くっ...!人間が考えた計画ごときに...!」

 

「......私の体が動かなかった二年間、あなたを倒すためにずっと考えてきた。何度も何度も...神様を欺いて、一度で完璧に...あなたを倒せる方法を死ぬ気で考えた!」

 

園子は遠くからじっと友奈を見つめる。

 

「...その結果がこの状況だよ。」

 

「.....。」

 

「さあ、これで逃げ場はないわよ!天の神!!...ここに集まった全員が強い!神世紀の最高戦力よ!讃州中学勇者部と、防人精鋭部隊がお相手よ!!」

 

風は自慢げにそう叫ぶ。

 

「......人間の演技も見破れず...ましてや人間の考えた作戦に陥れられるとは...。神の身でありながらなんという失態。永遠に恥ずべきことだ...。」

 

彼女はうつむき、静かにそう呟く。おそらく自戒しているのだろう。天の神の怒りも、頂点と達しているようだった。

 

「...少し見直したぞ、乃木の末裔。......一つ聞いてもいいか?ソナタが考えた計画の全貌を知りたい。」

 

「......聞いてどうするの?また時間稼ぎ?どうせ何か企んでるんでしょ?」

 

「逆にこの状況からの打開策があるか?もうこれだけの人数に正体がバレてしまった。大赦に協力者がいるのなら大赦にも我の正体が割れているということだろう。」

 

「......そうだね、それもそうかもねぇ。」

 

園子はなぜか隣にいる銀と一瞬目を合わせると、再び友奈をじっと見て言った。

 

「いいよ。話してあげる。......この計画のすべてを。」

 

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三週間前 勇者部部室 放課後

 

「いっつん、せっかくだから二人でのんびりしてよっか~。」

 

「え...?でも...園子さん用事があるんじゃ...」

 

「ふふっ、これが用事だよ~。ほら、いっつんも座って。」

 

樹をイスに座るように促す。樹は少々怖がりながらも素直に座った。

 

「二人きりになるようにしたのは私の指示なんだ。........いっつん、あなたとちょっとお話したいの。とっても大切なお話を。」

 

「.........大切なお話...ですか...?」

 

いつもの園子と打って変わり、真剣な眼差しの彼女を見て樹は緊張した面もちで向かい合った。

 

「今からとっても信じられないような話をするんだけどね~、落ち着いて聞いて欲しい。」

 

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翌日 部活の時間

 

「......みなさん、実は今日園子さんからお話があるんです。」

 

この日は東郷と銀、友奈の三人以外の部員が部室に集められていた。すでに卒業している風も呼び出され、イスに大人しく座っている。 

 

「一体どうしたのよ?友奈たちもう依頼場所へ行っちゃったし、私たちもそれぞれのところへ行かなくちゃ。」

 

「大丈夫です夏凜さん。さっきここにいるみなさんにお願いした依頼は存在しない偽りの依頼です。だから安心してください。」

 

「偽りの依頼って!!なんでそこまでして私たちを...?」

 

「...わざわざ友奈たちを省いての話なんて大層特別な理由があるんでしょう。」

 

「......そうですフーミン先輩。今ここに集めた人たちに、私は打ち明けなければいけないことがあるんです。」

 

園子は樹に代わって前に出て話し始める。

 

「いっつんにはもう昨日軽く話しました。...これは真剣なお話だからまじめに聞いてくれると嬉しいです~。」 

 

夏凜と風は黙って頷いた。

 

「......実は私、タイムリーパーなの。」

 

『......。......は?』

 

二人は声を揃えてそう言った。

 

「何度か過去を変えたので、私は別の未来から来ました~。...それと関係あることでみんなに相談があるんだけど......」

 

「ちょ、ちょっと待って園子!......えぇ...全然話に追いつけないんだけど...。」

 

「私も...。...え、タイムリーパー?...もしかして、タイムリープできる人のこと?過去と未来を自由に行ったり来たりできるあの都市伝説的なヤツ?」

 

「はい、そうです!」

 

「ええっ!?本当!?そんな超人がこんな近くにいたなんて!!」

 

「『はい、そうです!』じゃないわよ!いきなりそんなこと言われても!!風も飲み込み早すぎでしょ!!......てかならなんで今まで黙ってたわけ!?」

 

「ありがとう~。二人とも信じてくれるんだね~。」

 

「....そりゃあこんな場まで用意して話しているわけだし、さすがに冗談じゃないと思うからねぇ?」

 

「それにしても、あなたはもっとわかりやすく説明しなさい!今まであなたが何をしてきて、私たちに何をして欲しいのか。どれだけ時間かかってもいいから全部!...じゃないとすぐに理解しきれる気がしないわ。話はそれから!いい?」

 

「うん!元からそのつもり!」

 

園子はそれから、最初にタイムリープしたときから現在に至るまでを丁寧にわかりやすく三人に話した。

 

「......ざっとこんな感じかな。」

 

「......うん...説明はわかりやすかったんだけど...。それは本当なの?」

 

「そうよ...!いくらあんたが言ってもそう簡単に信じられないわ、そんなこと...!」

 

「...そうですよ...。じゃあ今まで友奈さんが私たちに見せてきた顔は...?」

 

「うん、そうだね。言いたいことはわかるよ。...私も何度も自分を疑った。でもそれ以外考えられないんだよ、こんなことできたのは.........ゆーゆしかいないって。」  

 

「......う、嘘よ!!!」

 

「...夏凜、落ち着きなさい...。」

 

「東郷さんたちは知っているんですか...?」

 

「わっしーとミノさんにはいっつんよりも前に話した。つまり二人は全部知っていながら彼女と一緒に行動してる。あの二人なら大丈夫だよ。」

 

「...ねぇ、園子。友奈はなんでそんなことをするの?理由がないじゃない...!」

 

「...うん、そうだよね~。...だからまだ話は終わりじゃないんよ。」

 

一同は唾を飲んで耳を傾ける。

 

「......もちろんゆーゆがそんなことするわけないって私も信じてるからね。...私は、彼女が『天の神』に操られているんじゃないかって思ってる。」

 

『ええっ...!?』

 

またしても素っ頓狂な内容に、全員驚く。

 

「そう考えれば今まで話したすべての現象に説明がつくでしょ?......ゆーゆは二回天の神と接触してる。一回目はわっしーを救うとき。そのときは『祟り』に遭った。...そして二回目、天の神を倒したとき。ゆーゆの拳は天の神に触れ、天の神はそのまま消滅。......その瞬間、私は天の神が敗れ去る姿をしっかりこの目で見たよ。神樹様も消えちゃったしね。倒されたのは間違いない。...だから恐らく...天の神は消滅するのと同時にゆーゆと一つになり、それがトリガーとなって彼女らもタイムリープを引き起こした。これが私の仮説。」

 

「なるほどぉ......それなら筋が通るわね。」

 

「...そして、何よりの証拠がこの人!入っていいんよ~!」

 

園子が部室の扉に向かってそう叫ぶと、ガラッと開いて入ってきた。

 

「どうも風先輩、ご無沙汰してます。」

 

「えっと.........誰...?」

 

風は目を細くして芽吹を見る。

 

「!?......芽吹...さん...!?」

 

夏凜は芽吹の顔を見て驚くと、すぐに気まずそうにして顔を逸らした。

 

「?...どうしたの夏凜。恥ずかしがって。」

 

「別に恥ずかしがっているわけじゃなくて...!......その...なんというか......あなたは私のことを、恨んでるんじゃないの?」

 

「...恨んでる?私が夏凜のことを?そんなわけないじゃない!私と夏凜は親友でしょ?」

 

「はあっ!?親友!?!?数ヶ月前、何年ぶりかに会ったくらいよね!?」

 

「ごめんね、メブー。...にぼっしーたちは今私がタイムリープしていることを知ったから、それ以前の記憶はないんよ~。」

 

「あっ、そっか...。じゃあ私が讃州中学にいたって記憶は...。」

 

「......。...にぼっしーたちにとっては存在しない歴史。フーミン先輩といっつんは今初めて会ったって感じだね...。」

 

「!!......そっか...。それはなんか......寂しいわね...。」

 

芽吹は哀しそうにうつむく。しかしすぐに顔をあげると前に出て風に手を差し出した。

 

「はじめまして、よろしくお願いします。ゴールドタワーで防人をやっています、楠芽吹です。」

 

二人はそのまま握手を交わす。

 

「あ、あぁ...よろしく。讃州中学勇者部OB犬吠埼風...です。......えっと...なんかごめんなさい...。私たち前の未来では仲良かったはずなんですよね...?でも何にも知らなくて...。」

 

「いいんです。気にしないでください。」 

 

「いや、今から仲良くしましょう!!」

 

「え......?」

 

「芽吹さんも勇者部の部員だったんだから!私たちはもう仲間!今からでも遅くないわ!!」

 

「風先輩...!」

 

その言葉を聞いた芽吹は少し涙ぐんでいた。本当はこの三人に忘れ去れているという事実が、かなり精神的ダメージを与えていたのだ。

 

「......やっぱり、どの未来でも風先輩は風先輩ですね!」

 

「......芽吹。」

 

「夏凜...!」

 

「...これから、よろしく...。」

 

夏凜は気恥ずかしそうに手を出し、芽吹と握手した。

 

「よろしくお願いします、芽吹先輩!先輩がまた一人増えて嬉しいです!」

 

「樹...!」

 

「ふふっ、よかったんよ~。」

 

園子は微笑んでその様子を見守る。

 

「それで、乃木。芽吹が証拠ってどういうこと?」

 

「あぁ、そうそう。メブーよろしく~。」

 

「...おそらく私がここに来る前、園子からだいたい聞いていると思うけど、私は園子がタイムリーパーであることを知ってた。そして彼女に協力していた...。そしてそのことに関して友奈はかなり前から知っていた...。彼女も私たちに協力してくれていたから。......けど、この一個前の未来で...私は...私は......!.........彼女に、殺された...!」

 

『友奈に殺された!?!?』

 

風たちはまた声を揃えて驚愕する。

 

「ちょっと待って!それは本当なの?どうやって!」

 

「......間接的...いや、世間から見たら全く関わりのないように見える。...彼女は『祟り』の力を使って私を殺した。正確には私は不審者たちにバラバラにされて殺されたんだけど...」

 

「はあっ!?バラバラ!?!?」

 

「しれっとエグいこと言うんじゃないわよ!」

 

「いやでも本当だし...。」

 

「......ゆーゆは、メブーに対して詳しく『祟り』の症状を伝えたらしいの。ほら、私たちのときもさ...ゆーゆがちょっと『祟り』について話そうとしただけで周りの人がケガをしたでしょ?...だから内容を詳しく話せば話すほど、それはより残虐に、残酷さが増していく。最終的にはその死亡の原因も...。」

 

園子がそこまで言ったとき、突然芽吹が彼女の口を抑えた。

 

「はぁ...はぁ......ごめんなさい、園子...。それ以上言わないで欲しい...。私もまだこのことを喋るのがやっとで、少しでも思い出したら...汗と吐き気が止まらなくて...。」

 

「!...ごめんメブー!座って。」

 

園子は芽吹を椅子に座らせ、樹が即座にお茶を持ってきた。

 

「............ふぅ...ありがとう。もう大丈夫。話を続けるわ。彼女が『祟り』の話をしたとき、最初は園子に話すつもりだったと言っていた。タイムリープできる園子なら、自分のことも救えるんじゃないかと思ったから。」

 

「......でもそれも後々考えたら罠。ゆーゆは最初からメブーに話すつもりだった。私のことを理由に、自分が黒幕だと疑われないようにそう口実したの。」

 

「私もすっかり友奈のことを信用しきっていたし、その理由にも全く疑いを持たなかった...。私もあともう少しで園子に話しちゃうところだったしね...。」

 

「そして何よりの証拠が、急に『祟り』の症状を言ってきたこと。...もし天の神がゆーゆの体を乗っ取っているとしたら、『祟り』を自分に出すのも簡単だろうし。」

 

「......なるほど...二人ともよく気づいたわね。」

 

「探偵さんみたいです。」

 

「...それで?友奈の中に天の神がいるとして私たちに何ができるの?」

 

「その質問を待ってました~!.........と、言いたいところだけどまだ準備が必要なのです!とりあえず今は早めにみんなに知ってもらおうってことで教えたんよ~。だから、神様を倒す作戦については追々伝えるね~。」

 

「何よそれ!...準備だって?水くさいわね。それなら私たちにも手伝わせなさいよ!」

 

「......!」

 

「そうよ乃木。教えてもらったからには、私たちも全力でサポートしたいわ。」

 

「ぜひお願いしたいです!それも勇者部として...いや仲間として!今園子さんが考えていること、教えてください!」

 

「......わかった。ありがとうみんな~。...だけどこれだけは約束して。作戦のことは何が何でもゆーゆに悟られちゃいけない。適当にごまかしたり少しでも怪しい動きをすればすぐに感づかれる。...相手は人間じゃなくて神様だからね、決して侮ってはいけないよ。」

 

一同は緊張した面もちで首を縦に動かす。自分たちですらいつも園子が何を考えているかわからないのに、天の神は幾度となくその彼女を陥れてきた。園子がここまで念を押すのも頷けた。

すると園子は立ち上がり、チョークを持って黒板の前に立った。

 

「...それじゃ、私の作戦について話すけどね............」

 

---------------------

 

----------

 

----

 

「......園子らしい完璧な作戦ね、聞いたところでは。」

 

芽吹は腕を組み、冷静にそう言う。

 

「...はい。私も穴がないように感じます。」

 

「しっかり失敗したときの保険も、別の作戦も用意してるってわけね。」

 

夏凜は黒板に書いてある白い線をじっと見ながら確認する。

 

「うん。だからそのときはすぐに切り替えられるように覚えていてほしい。そのときはそのときでサインを送るから。」

 

「わかった。じゃあまた二週間後に会議を開きましょう。私も予定開けとくわ。」

 

「ありがとうこざいます~フーミン先輩。......あっ、そろそろゆーゆたち戻って来るみたい。」

 

園子は携帯を見ながらそう言った。

 

「わかった。...じゃあ私もう帰るわ。ここにいたことがバレたらそれこそ終わりだからね。それに、防人のみんなにも迷惑をかけてしまう。まだゴールドタワーにいて一日も経ってないくらいだけど、やたら信用されてるみたいだから。」

 

「それはこのメブーの中だけの感覚だからね~。周りの防人さんたちからしたら、昔からずっとメブーはリーダーなはずだし、頼られて当たり前だよ~。」

 

芽吹は静かに微笑み、扉に向かって歩き始めた。

 

「......ちょっとは連絡よこしなさいよ。」

 

芽吹が扉を出る直前、夏凜が壁によりかかりながら彼女にさりげなくそう言う。

 

「ええ。また会いましょう。」

 

芽吹は嬉しそうにしながら言い残し、そこから去っていった。

勇者の量産型---通称防人。この未来での芽吹は、そのようなお役目についていた。力は勇者に大きく劣り、バーテックスとの戦闘も星屑をやっと倒せる程度。ろくに覚悟ができていないものは戦うことすらもままならない。そんな厳しい世界だった。約30名から成るその部隊は、主に壁外調査などを行っていた。芽吹はその隊のリーダー。そして組織NO.1の戦闘力。彼女の班には芽吹の他に三人のメンバーがいる。今日、讃州中学まではるばる来ることができたのも彼女らの協力あってこそだ。芽吹は防人のメンバーと讃州中学の人々を交互に思い出し、帰りのバスの中で複雑な気持ちになっているのだった。

 

(第41話に続く)



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【第41話】Mass production type

 

芽吹が讃州中学に行く前日 ゴールドタワー

 

「......。......あれ...?え...?」

 

楠芽吹はいつの間にか見知らぬ場所に立っていた。それもかなり大きい塔の中にいるようで、周りには自分と同じくらいの年齢であろう少女たちが過ごしていた。全員見たことない制服を着ている。それは自分も同じだった。ちょうど昼休憩の時間らしく、芽吹が手に持っていたのは空のお椀を乗せたおぼんだった。

 

(なにこれ...?ここはどこ......?見る限り、ここにいる人たち全員知らない。今いるこの建物も全く知らないものだわ。......そうか、園子がまた未来を変えた...?えっと......私は何をしてたんだっけ......。..................!!)

 

自分の記憶を辿ったその瞬間、

 

 

ガシャガシャン!

 

 

「...うっ......おえ......っ......!」

 

芽吹はおぼんを落として、膝と手を置いていきなり嘔吐した。周りにいた同年代の子たちは突然のできことにざわめき、慌てふためく。

 

(思い出した......!私は.........私...は.........っ!)

 

「芽吹さん!?何事ですの!!」

 

そのとき、一人の少女が駆け寄ってきた。彼女は芽吹の背中をさすり、

 

「...落ち着いて。とりあえず深呼吸ですわ。」

 

と優しく声をかけてくれた。その後、もう二人そばに駆け寄ってきた。

 

「...楠、何があったの...?...弥勒、手伝って。」

 

「了解ですわ!...立てますか、芽吹さん。」

 

小声ながらも、弥勒と呼んだ少女と共に芽吹に手を貸した。

 

「わあああっ!!メブが!メブがぁっ~!!どうしようどうしよう!?急に吐いちゃうなんてなんかの病気!?死んじゃイヤだよメブ~~!!」

 

「加賀城っ!お前黙ってろ!不安になるようなこと言うんじゃねぇっ!」

 

「ひいっ!!怖い方のシズクちゃん!?ごめんなさい!もう言いません!」

 

「それからお前も手伝え!」

 

「はいぃっ!今すぐ!」

 

弥勒と共に肩を貸していた少女はシズクと呼ばれた。先ほどまで物静かだった彼女が、急に人が変わったかのように声を荒げ、一人騒いでいた加賀城と呼ばれた少女はそれに従う。

 

----------------

 

「......はぁ...ありがとう...。もう大丈夫。」

 

芽吹は休憩室のような場所に運ばれ、水を飲んで落ち着いた。

 

「楠...最近がんばりすぎてた。」

 

「そうですわ!体を壊すのも当然...しばらくここで寝てないとまた...。」

 

「いや...私、今すぐ行かないと...!ここまで運んでくれてありがとう。......えっと...」

 

芽吹は彼女たちの名前を呼ぼうとしたが当然、芽吹は全員知らない。あの状況で率先的に助けに入り、こんなに心配してくれている。この未来では彼女たちとよっぽど信頼関係が厚いのだろう。芽吹はそう思った。

 

「行くって...どこに...?」

 

「メブ~!じっとしてなきゃだめだよ!」

 

「とりあえず安静にすることが第一ですわ!芽吹さんが無理やりにでも行こうとしたって、わたくしたちが全力で止めるんですから!」

 

「......。...わかったわよ、そこまで言うなら...。」

 

ここがどこなのか聞きたかったがそんなことを聞いたら当然怪しまれるだろう。携帯も持っているようだし、直接会いに行けなくても電話で連絡することができそうなのでここは彼女たちの言うとおりにした。

そして芽吹は休憩室のベッドに寝ころび、

 

「みんな、本当にありがとうね。あなたたちのおかげで、今こうして落ち着いていられるわ。」

 

と言った。

 

『......。』

 

もう一度感謝の言葉を聞いた三人は、なぜか全員ポカーンと口を開けて芽吹の顔をじっと見ていた。

 

「?.........な、なにかしら...?」

 

「...芽吹さん、そんな優しそうな顔でしたこと...?もっと険しい顔だったような...。」

 

「やっぱりぃ?弥勒さんもそう思った?だよねだよね、メブは常に怒ってるみたいな顔だよね!」

 

「楠...丸くなった...。」 

 

「え、えぇ~......?」

 

(この未来の私ってそんなイメージなの...?)

 

そのとき芽吹は過去の自分を思い出した。確かに昔は勇者になるため、自分以外の者を蹴落とし、必死に鍛錬に励んで見事夏凜と共に勇者になった。その時は夏凜の態度が気に入らず、また勇者部員たちのことも気に食わなかった。彼女たちのお役目に対する考えが甘かったから。とても嫌っていたし、最初はキツく当たって厳しくしていた。...しかし今はもうその考えはとっくに捨てている。彼女たちが手を差し伸べてくれたおかげで自分は大きく変わった。...『ここにいるということ』。それが意味しているのはこの未来で芽吹は勇者になれなかったということだ。そうなれば自分の考えも昔のままなのだろうと納得した。...『車輪の下敷きにならないように。』かつて父親から貰った言葉。芽吹はずっとこの言葉を胸に生きてきた。

 

(......この未来の私は、どんな生活をしてきたんだろう...。友奈たちと出会わなかった私は一体...どうなってたんだ?)

 

そんなことを今考えても仕方ない。聞きたくても聞けないのだ。とりあえず今はひとりになって園子に連絡をとることが優先だった。

 

「みんな、ここにずっといて大丈夫なの?」

 

「あっ、そうだね。もうすぐ時間。」

 

「それではまた後で来ますわ、芽吹さん。」

 

「......絶対...ここから離れちゃダメ。」

 

「わかったから、ゆっくり休んでるわ。」

 

三人は休憩室を後にし、芽吹はこの部屋に一人になった。

 

「......さて。」

 

芽吹は携帯を取り出すと、園子の携帯番号を打ち込み、電話をかけた。

 

(今のこの時間帯なら昼休みのはず...。なら......)

 

芽吹の睨んだ通り、電話は繋がった。

 

「もしもし、園子。今大丈夫?」

 

『もしもしメブー!?メブーなの!?』

 

「そうよ。そっちも驚いてるでしょう?急に私が讃州中学からいなくなって。」

 

『....よかった....!無事なんだね...!』

 

「ええ。今いる場所はよくわからないけどとりあえず今私は『防人』というお役目についてるみたい。......それで、なんだけど...私前の未来の記憶を振り返って......思い出したの。」

 

『......。』

 

園子は黙って聞いていた。

 

「......私、不審者たちに殺された。...バラバラにされて...。あまりそのときのことを思い出したくないから詳しくは話せないと思うけど、その前のことなら話せるわ。......友奈に『今祟りに遭っている』という相談を受けたの。」

 

『......祟り...?』

 

「...ええ。またなった原因はわからないと言っていた。でも、本当は......こんなこと考えたくないけど...もしかしたら私が殺された原因は......」

 

『............そっか。無理に言わなくても大丈夫だよ。私はもうわかってるから。』

 

「......えっ...!?」

 

『私も前の未来で突き止めたんだ。......黒幕は〈ゆーゆ〉だって。』

 

「!!!」

 

『実はメブーの事件の後にも、てっちゃんが交通事故に遭って命を失ったの。...てっちゃんは最期に、命を振り絞って私にヒントをくれた。』

 

「それで...突き止められたの...?」

 

『うん。残念だけど間違いないよ。...私はまた過去に戻って、メブーもてっちゃんも死なない未来に変えた。そして今に至るね。』

 

「...そう...。......ねぇ、園子...私......!」

 

『......なに?』

 

「私......すっごい怖かった...!何されるかわからなくて、すごい気持ち悪かった...!今でも鮮明に思い出せてしまうの。...体を切られる感覚と、不気味に笑いながら私の体を切り刻む男たちの顔を......。」

 

『................うん................そうだったんだね....。』

 

園子は優しく答えていながらも、その声にはどこか怒りがこもっているようだった。

 

『でももう大丈夫だよ。...二度とメブーにそんな思いはさせないから。』

 

「うん...ありがとう...!」

 

芽吹は涙ぐみながら園子に感謝した。芽吹はふっーと深呼吸して自分を落ち着かせると、涙を拭いて園子に言った。

 

「............私にも、手伝わせて。」

 

『えっ?』

 

「......これから戦うんでしょう?だったらもちろん私も協力する。」

 

『!...ありがとうメブー。実は私も頼もうと思ってたんだ。』

 

「......そうなの...?」

 

『うん!...私、勇者部のみんなにも協力してもらおうと思ってる。全員に私がタイムリーパーであることを伝えて、みんなで計画を実行する。』

 

「!!......ついに覚悟したのね。」

 

『そうだよ。やっぱり、私ひとりじゃどうやっても勝ち目なさそうだからね~。......あ、あと先にメブーに話しておくよ。』

 

「えっ、先に?」

 

『そう。私が二年間練りに練った計画と、ゆーゆの本当の正体について.........』

 

-------------------

 

---------

 

----

 

『じゃあまた明日。讃州中学で会おう!』

 

「ええ。わかったわ。...今日はありがとう。ちょっとまだ驚きすぎて理解しきれてないけど...。」

 

『こちらこそありがとうね~。...ゆーゆのことについては時間かけてでいいんよ。こればっかしはしょうがないからね~。』

 

「私も、覚悟を決めるしかないのよね...!それじゃ切るわよ。」

 

芽吹は電話を切ると、ベッドに寝転がった。なんだかどっと疲れた気がする。園子からすべてを聞いた芽吹はとても複雑な気持ちだった。

 

(敵は天の神...か。まさか友奈の体が乗っ取られてたなんて。しかもだいぶ昔から...。天の神は人類の宿敵。園子の言う計画が成功すれば私たちの代で決着をつけられる。)

 

「全く...腹が立ってしょうがないわ!私にこんな記憶を植えつけた挙げ句、今まで私たちを騙してたなんて!」

 

「あの..........大丈夫ですか...?」

 

「うわっ!!」

 

寝転びながら神への愚痴を言っていたところ、いつの間にか小学生くらいの少女がすぐそばに立っていた。彼女は巫女の装束を身にまとい、心配そうに芽吹を見ていた。

 

「びっくりした......。えっと...いつからそこに......?」

 

芽吹はゆっくり体を起きあがらせて彼女に聞いた。電話の内容を聞かれていたらまずい。

 

「先ほどこの部屋に来たばかりです。......お体の調子はいかがですか...?ひどくうなされていたようですけど...。」

 

「あ、いや...うなされてたわけじゃなくて...。」

 

芽吹は少し困るような表情をしながら彼女の顔をまじまじと見る。

 

(ここには巫女もいるの...?かなり幼く見えるけど。......それにしてもこの子.....................)

 

「.........かわいい。」

 

「はい?」

 

「あっ、あっ、なんでもないなんでもない!!」

 

(思わず口に出てた!?)

 

芽吹は顔を赤くする。すると少女は芽吹にそっと近づき、ベッドに腰掛けて芽吹の横に座った。

 

「私......みなさんから芽吹先輩が倒れたと聞いてとても心配でした...!芽吹先輩に何かあったと思うと私...。」

 

「!......そんなに私のことを...。」

 

「当たり前です!私にとって芽吹さんは、とってもとっても大切な方ですから!」

 

目の前の少女は宝石のような純粋の目で芽吹を見つめ、彼女の手を握って言った。

 

「ご無事そうでなによりです...!本当によかった...安心しました!!」

 

芽吹はまた顔を赤くする。そして

 

(...防人も悪くないわね。)

 

と思った。

 

 

ガチャリ

 

 

「!...やっぱりぃ~!あややここにいた~!ってあれ...?」

 

そこへ駆け込んで入ってきたのはさっき芽吹をここまで運んできてくれた一人の、加賀城雀だった。二人が手を取り合っている姿を見た雀は、

 

「.........これはこれはお邪魔しました~...。」

 

と言ってドアを閉めてしまった。

 

「ちょっと待って!そんなんじゃないから!入ってきていいから!」

 

すぐに芽吹がそう言って雀を止める。そうするとまたドアが開いて入ってきた。

 

「あらあら、本当ですか?なら......弥勒さ~ん!しずくちゃ~ん!亜弥ちゃんやっぱりここにいたよ~!!」

 

雀が扉の外に向かってそう叫ぶと、すぐに弥勒夕美子と山伏しずくがやってきた。どうやらこの少女の名前は『亜弥』と言うらしい。

 

「もう、急にいなくなったからびっくりしましたわ。」

 

「勝手にいなくなっちゃ...ダメ。」

 

「......みなさん、ごめんなさい...。芽吹さんのことがどうしても心配で...。」

 

「そんな!抜け出してまで...?そこまで私のことを...!.........亜弥ちゃんッ!」

 

『!?!?』

 

そのとき、芽吹は亜弥に抱きついた。

 

「こんなにいい子、私にはもったいないわ!」

 

芽吹は亜弥のことを妹のように扱っていた。出会ってたった数分でそれくらい彼女のことをかわいがっているのだ。

その状況を見た三人はあんぐりと口を開けて唖然とした。 

 

「......。これは夢...?いやきっと夢に違いありませんわ!芽吹さんがこんなこと、ましてや人前でするはずありませんもの!!」

 

「メブどうしちゃったの...?いつもはこんなにわかりやすくあややにデレデレしないのに...。」

 

「...楠じゃないみたい。」

 

抱きつかれた亜弥も芽吹の突然の行動に困惑していた。

 

「あ、あの...芽吹先輩...!?」

 

「...!......あっ、ごめんなさい...感極まっちゃって...。」

 

芽吹はすぐに離れると、この場にいる全員に向かって言った。

 

「.........時間がとれるときでいい。またここに来てくれない?」

 

雀たちは顔を見合わせ、

 

「...別にいいけど...。」

 

と呟いた。

 

-------------------------------------------

 

この日の夕方、彼女たちはまた芽吹のいる部屋に入った。

 

「......亜弥ちゃんは?」

 

「あややはまだ巫女のお役目があるみたい。すぐ来るとは言ってたけど。」

 

「......そう。...いや、巫女の彼女は知る必要ないかもしれないわね。危険な目に遭うかもしれないし...。」

 

「えっ、危険?」

 

『危険』という言葉に真っ先に反応したのは雀だった。

 

「一体なんですの?こう改まって話だなんて...。」

 

----------------------

 

----------

 

----

 

「..................ざっとこんなもんかしら。」

 

芽吹がすべてを話し終わったとき、三人は全員ポカンとして空虚を見ていた。

 

「......。」

 

「いやいやいやいや!!『ざっとこんなもんかしら。』じゃないですわ~!!」

 

「いくらなんでも非現実的すぎだよ!!しかもえっ、さっきまで私たちのこと知らなかったってことでしょ!?メブにとっては今日初めて会ったってことでしょ~!?」

 

「ええ、そうよ。」

 

『ええっー!!?』

 

雀と夕美子はとにかく騒ぎまくっていた。

 

「初対面であそこまで自然に話してたなんて...さすが芽吹さんですわ...。確かにちょっとおかしかったところもありましたけれど。」

 

「......。」

 

「よくしずくちゃんはそんなに落ち着いていられるね!?ね!?」

 

しずくだけは話の最中ずっと黙っていた。

 

「樹海化したら時間止まるし...壁の外は火の海だから...この世界はもともと非現実的なことばかり。」

 

「そうかもしれないけどさぁ、、だからって...タイムリープだよ!?」

 

「確かに...しずくさんの言う通りですわね。タイムリープくらい有り得るかも...。」

 

「なんで弥勒さんまで納得しちゃってんのさ!?みんな価値観バグってるよぉ!!」

 

「で、これからが本題なんだけど。」

 

「こ、これからぁ!?待って待ってメブぅ~!今の前置きなの!?到底ついていけないよ!こっちの気持ちも分かってよぉ~!!」

 

「そうしたいけれど、ごめんなさいね。時間がないのよ。頑張って理解して。」

 

「が、頑張ってって......あぁ...ダメだこりゃ...。」

 

雀はそう言うとヘナヘナと腰の力が抜けて床に転がってしまった。

 

「あら、雀さんがダウンしてしまいましたわ。」

 

「加賀城は気にしなくていい。楠、続けて。」

 

「う、うん...。いつもこんな感じなの?」

 

「これが平常運転。雀さんはこういう人ですわ。」

 

夕美子はため息を混ぜながらそう言った。

 

「あ、そう...。じゃあ続けるわ。...一言で言っちゃえば、私に協力して欲しいの。これは戦力...人手が必要でね。」

 

「芽吹さんの頼みならなんでも受け入れますわよ!」

 

「私も...。」

 

「......でも、これはとても危険だわ。もしかしたら命に関わる...。さっき話した園子の作戦が失敗したらの話だけどね。」

 

「ある勇者の体を乗っ取った天の神と、戦うっていう作戦...?」

 

「そうそれ。...『ヤツ』と戦えるのはほんの一握りしかいない。...神樹様から選ばれた五人の勇者と、私たち防人のみ。」

 

「でも天の神と戦うのは最悪の場合、ですわよね?」

 

「ええ。その前の作戦が失敗したらのね。...でも、園子が言うにその作戦は成功率がかなり低いらしいの。実際、私もそう思うし...。だから......」

 

「なるほど...覚悟は重々承知で天の神と向かい合え、と...。そして勇者ほどの力を持たない防人の私たちは、命を落とす確率が高い、というわけですわね?」

 

「!!...そう、そうなのよ!」

 

「......弥勒も弥勒じゃないみたい...。こんなに冴えてるなんて、天地がひっくりかえるほどおかしい。」

 

「失礼ですわね!しかもなんなんですのそのたとえは!」

 

「......三人には、決断して欲しい。...本当にいきなりのことで申し訳ないけど、すぐに決めて欲しいの。...明日には私、讃州中学に行かないといけないし。」

 

芽吹が決断をせかすも、三人は黙ったままだった。

 

(当然そうよね...命に関わるって言うなら...。)

 

芽吹はそう思って諦めかけたとき、

 

「私は...楠について行く。」

 

「......えっ?」

 

唐突にしずくがそう呟いた。

 

「本当に?」

 

「うん。...私は決断したから。それに............しずくのことはオレが守ってやっからよ!だから安心しろ、楠!」

 

しずくの人格が180度変わるごとに芽吹は少々戸惑いながらも喜びの笑みを見せた。

 

「......わたくしも......わたくしもご一緒させていただきますわ!」

 

「!...弥勒さんも、ですか!?」

 

「ええ!要するにわたくしたちのすべきことは天の神の討伐。...それを成すことができれば、弥勒家再興は間違いなしに決まってますわ!」

 

芽吹は『弥勒家再興』の言葉に疑問を持ちつつもあまり気にしないで受け入れた。きっとこれもいつも通りのことなのだろうと思うことにした。

 

「えぇ...?みんな行っちゃうの...?」

 

一方、雀は倒れ込んだまま頭を抱えていた。

 

「みんな死ぬかもしれないんだよ!?いくら乃木園子?さんがタイムリープして未来を元に戻してくれたって、私たちから死んじゃった時の記憶は消えないんでしょ?......今日のメブみたいに...。」

 

『......。』

 

雀の言葉に、一同は何も返すことはできなかった。

 

「怖くないの!?作戦が失敗するかもしれない!みんな死んじゃうかもしれない!私は嫌だよ...。もちろん自分が死ぬのも嫌だけど、メブも弥勒さんもしずくちゃんも...みんな死んじゃうのは嫌だよ...!」

 

「雀...なんであなたはそんなマイナスに......」

 

「だってそうじゃん!!相手は神様なんだよ!?普通に考えて勝てるわけないじゃん!!」

 

「加賀城、そんなのなァ...オレら百も承知なんだよ。わかってて戦いに行くって言ってんだ。覚悟決めてんだ。今までだってそうだったろ?防人として、オレら全員壁の外に出て、命がけでバーテックスと戦った。違うか?」

 

「そうだよ...!今までが怖かったから言ってるんだよ...!弥勒さんだって危なかったときあったし......。」

 

雀はずっとしどろもどろにしながら芽吹たちを必死になって説得していた。

 

「つまり雀は...私たちが園子に協力すること自体反対するってことね?」

 

「う、うん...!」

 

「......。...申し訳ないけど、それはできない。もう決めたことだし、元々死ぬ覚悟はできてるから。」

 

「!!......そんな...!しずくちゃんは?弥勒さんは?」

 

『......。』

 

二人も黙ったままだった。

 

「そんな...本当に本当にみんな行っちゃうの...?このたった一瞬で覚悟できちゃったの...?」

 

「......あなたは別に、無理しなくていいのよ。」

 

芽吹は優しく雀に声をかける。

 

「...残るのも嫌だよ...。おいて行かれるみたいで...。」

 

「はぁ......じゃあどうしてェんだ?はっきり言え!」

 

シズクは雀の肩を掴み、無理やり三人の方に顔を向けさせた。

 

「うわ、えっと...だから......その...私も連れてって!ひとりぼっちも怖いんだよぉ!!」

 

「ええっ!?」

 

芽吹は声を上げて驚いた。最も死に対する恐怖があった雀が、急に行くことを決めるとは。

 

「いや、その...なんというか......怖いんじゃないの?」

 

「怖いよ!!」

 

「じゃあ...なんで協力してくれるの?」

 

「おいてかれるのも嫌だから!!」

 

「判断基準がよくわからないわ...。」

 

「雀さんはそういう人ですわ。...さて、これで決まりましたわね。」

 

すると弥勒たちは全員芽吹の顔を見た。

 

「わたくしたちは、芽吹さんの味方ですわ。」

 

「...私たちにできることなら...がんばる。」

 

「きょ、協力してあげるんだから、私のことしっかり守ってよねぇ!?メブぅ!!」

 

「みんな...!ありがとう...!!」

 

---

 

-------

 

---------------

 

翌日 早朝

 

「三人とも、朝早くから手伝ってくれてありがとう。」

 

芽吹は雀たちに協力してもらい、こっそりゴールドタワーを抜け出していた。

 

「昨日のあの後、あややには適当にはぐらかしておいたから大丈夫!ちゃんと秘密にしておくから!」

 

「それもありがとう。本当、あなたたちにはお世話になってばっかりだわ。」

 

「いえいえ、普段芽吹さんにやってもらってることと比べたら全然!おやすいご用ですわ!」

 

「まだ...始まったばかり...。」

 

「そうね...。勝負はこれからだから。じゃあそろそろ行くわ。後のこと、よろしく頼むわ。」

 

「うん。...神官たちにはうまく言ってごまかしておく。」

 

「いってらっしゃいませ、芽吹さん!」

 

こうして芽吹はゴールドタワーを後にし、遠く離れた讃州中学まで向かった。待ち合わせ時刻は夕方あたりだったが、ゴールドタワーの生活の都合上、うまく抜け出せるのは朝しかなかった。それまで芽吹は適当に暇つぶしをした(主にプラモデル鑑賞)。

そして帰ってきたのは夜。ゴールドタワー内部にいるしずくと連絡を取り合い、うまく戻ることができた。

 

「...楠、どうだった?」

 

「みんな変わりなかったし、全員作戦に乗ってくれることになった。今日話したこと、後でみんなにも話すわ。それと......今度あなたたちにも紹介したい。」

 

「...えっ?」

 

「讃州中学勇者部の勇者たちを。きっとすぐ仲良くなれるわ。」

 

「!......うん、私も...会いたい...!」

 

その後、また全員で集まって芽吹は今日のできごとを話した。そして次は防人たちと勇者たち...顔合わせをするということに決めた。

 

(第42話に続く)





作者は『楠芽吹は勇者である』を未読です。ですので今回の話の中で原作との矛盾点があるかもしれません。もしそのような間違いを発見されましたら、教えていただけると嬉しいです。訂正できる範囲内であればすぐに訂正させていただきます。


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【第42話】Preparation

 

「久しぶり、安芸先生!」

 

「!...そ、園子...様...!?なぜこちらに...?」

 

「さすがの私でも探すの苦労したんですよ~?少しずつ少しずつ情報を集めて......っと、そんな話は置いといて~」

 

園子たちがいたのは大橋付近にある英霊碑だった。園子はずっと待っていたとでも言うかのように英霊碑の中心に立ち、一方安芸は英霊碑の手入れをしに来たのか、何か道具を持って階段の上に立っていた。

 

「......安芸先生、覚えてます?二年前、私がタイムリーパーだってことを話したとき。」

 

「...はい。そのことはしっかり頭に刻まれております。」

 

「......。ねえねえ、そんなにかしこまらないでくださいよ~。あの時みたいに話してください!ほら、リラックスリラックス!」

 

「でも......」

 

「いいですから!そうしてください!」

 

安芸は神妙な顔をしながらも園子の言うことを聞いた。

 

「......わかったわ...。あの時と同じように話します。」  

 

「そう、それでいいんよ~。......今日ここに来たのは英霊碑のお手入れのためでしょ?この世界を守ってくれた、勇者や巫女たちが眠ってる場所だからね~。」

 

「確かに、その通りだわ。」

 

「......私のもといた未来では、ここにミノさんの名前も刻まれていたの。」

 

「...!!」

 

「だけど、今はこの通りミノさんの名前はない。私もめっちゃ頑張ったからね~。本当に、それはそれはよかったんよ~!」

 

「......乃木さん、私に話したいことって...?」

 

園子はコツコツと足音をたてながらゆっくりと階段を登り、安芸の耳元で囁いた。

 

「...私に、協力してくれませんか?」

 

「......えっ...?」

 

園子はそれから本題について話し始める。

 

------------------------------------------

 

「.........。??????」

 

「あ、情報量多すぎですよね~?...本当、毎回何も知らない人に1から教えるのは骨が折れるんよ...。」

 

安芸が落ち着いてから園子は再び話した。そして安芸にして欲しいことも。

 

「...二週間後に、その内容のメールを送ればいいのね?」

 

「はい。大赦からのメールなら天の神も疑わないはず。...それから勇者システムもまたすぐに元に戻しておいてくださいね!それがないと話になりませんから!」

 

「...私がそれをやるのは結構大変だと思うけど...なんとかやってみるわ...。でも、急に勇者システムを戻すなんて言ったらそれこそ怪しまれない?」

 

「そのときはまた、『バーテックスが再び攻めてくるっていう神託が来た』とか言えばいいです!」

 

「そう?...わかった。じゃあまた近頃会いましょう。」

 

「はい。ありがとうございます、安芸先生!」

 

---

-------

 

--------------

 

「この方たちが...勇者...!」

 

「この人たちが...防人...?」

 

またある日のこと、この日は勇者と防人の顔合わせの会を行っていた。その場所はなんと勇者部行きつけのカラオケボックス。

 

「どーもはじめまして!勇者部部長の犬吠埼風です!今回はあなた方と協力していただくという話で...」

 

「お姉ちゃん緊張してる...?」

 

「フーミン先輩、そんな堅くならなくていいんですよ~。みんな同年代の女子中学生!これから友達になるだけなんですから~。」

 

「そうですよ、風先輩。...弥勒さんたちだって勇者本人たちと会うと聞いて少し緊張してますから。」

 

園子と芽吹は中間に立って勇者組と防人組、二組の間をとる。

 

「よ、よろしくお願いしますでございますでございますわ!わたくし、弥勒夕美子と申すものでございまして...ゴールドタワーで防人をやっている者でございます!」

 

弥勒はカチコチと立ち上がり、ロボットのように90°でお辞儀して自己紹介をした。

 

「弥勒さんが間違いなく一番緊張してるね...。いつものお嬢様言葉がめちゃくちゃ。ございます言いすぎだよ~。」

 

そう言ったのは雀だった。そのとき、夏凜があることに気づく。

 

「あれ......?あなた...どっかで...............あっ!!」

 

「あ...思い出しました?そうです!以前お世話になった加賀城雀ですぅ!」

 

雀は昔、勇者のことが気になって讃州中学周辺を嗅ぎ回っていたことがある。それがバレてしまい、その際に彼女は勇者部に招待されて全員の顔を知っているのだ。

 

「...えっ?にぼっしーたちチュン助のこと知ってるの?」

 

「ええ。前に讃州中学に招いたことがあってね。...私たちを尾行してたの。......そっか、園子はそのときいなかったものね。」

 

「えへへ...その節はどうも...。あとチュン助ってなんすか!?」

 

「あ~、今決めたあだ名~。雀ちゃんだから、チュン助~。」

 

「あぁなるほどぉ...。は~、おもしろい人だねぇ、園子さんは。」

 

「私...山伏しずく...。みんなよろしく。」

 

「しずくは園子と銀、東郷と同じ神樹館小学校出身なのよ。」

 

しずくの自己紹介の後、芽吹がすぐに裏情報を伝えた。

 

「まじで!?......う~ん...でも見覚えないかもなぁ...悪いけど......。」

 

銀はすかさず反応する。

 

「......。...あなたは、印象的だった。他のクラスだったけど...その明るさは学校全体で見ても大きかった。」

 

「あたしってそんなに目立ってた...?」

 

「そうだよ~!ミノさんはクラス全員と友達だったじゃない~!」

 

「また会えて...嬉しい。二度と会えないかと思ってたから。」

 

「おう。...これからよろしくな、しずく!」

 

銀は立ち上がると、しずくに手を差し出した。

 

「うん...!よろしく...!」

 

しずくは嬉しそうに手を握り返し、握手を交わした。

 

---

 

-------

 

--------------

 

「これで全員、自己紹介は終わったわね。」

 

「そう言えば園子、今日東郷は?」

 

「わっしーは今ゆーゆとお二人でデート中なんよ~!ショッピングショッピングぅ~」

 

「その東郷?さんって方も結城友奈さんが中身が天の神だってことは知っておられるのですわよね?」

 

「そうだよ~。わっしーはそれを知りながら怪しまれないようにゆーゆと一緒にいるからね~。......あ、もちろんわっしーともいつかまた会わせるよ~。」

 

「東郷のおかげで、今私たちがこうやって集まれているからね。彼女には本当に感謝だわ。」

 

「東郷さんって人、なんか複雑じゃないのかな...。中身がまさかの人類を滅亡寸前にまで追いやった超本人だなんて...。そんな人と遊んでるわけでしょ...?」

 

「すべては天の神討伐と友奈を取り戻すため!今須美には我慢してもらうしかないのさ...。須美もそれをよくわかって頑張ってくれてるし。」

 

カラオケボックスの中は、また自然と暗い空気になってしまった。と、そのとき園子がパンパンと手を叩いて飛び上がるように立って言った。

 

「ほらほら!今はそんなに暗くならないでって!今日は勇者と防人の顔合わせ会、仲良くなる集まりなんよ~!」

 

それを聞いた芽吹も立ち上がり、

 

「そうよ!園子の言うとおり!これから大変になるんだから、今日のうちに思う存分楽しんでおくのよ!早速歌いましょー!!」

 

芽吹はそう言ってマイクを手に取った。

 

「誰も歌わないなら、私がトップバッター行くわよ...?」

 

「め、メブがノリノリだ...!!そもそもメブがカラオケで歌うこと自体信じられないよぉ~...!」

 

「芽吹さんのこんな姿、見たことありませんわ...!というか、想像もできませんでしたわ...!!」

 

「讃州中学の楠は...ゴールドタワーの楠と別人...。すごくいきいきしてる...。」

 

その芽吹を見た防人たちはまた驚いていた。

 

「これがいつものメブーだよね~?.........いーよいーよ!!どんどん上げてこー!イェーッ!!」

 

「やっぱり一発目は芽吹の十八番、聞かせてくれよ!!」

 

昔の芽吹を知る者は当然のごとく、その場をいつも通り盛り上げようとする。

 

「なんかよくわかんないけど、楽しめるのは今のうちってことね。」

 

「そうですね。今日ははしゃいじゃいましょう!」

 

「芽吹!その曲なら私も結構得意よ!デュエットするわよぉ!」

 

「臨むところです、風先輩!」

 

 

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この日の夜 ゴールドタワー

 

「あっ~!今日は楽しかった~!...ずっとこんな感じでいいよ~。神様とかと戦わないでさ~。」

 

「讃州中学の方々、みんなとっても良い人たちでしたわね!」

 

「すごく...仲良くなれそう。」

 

「そうでしょ?...戦いが終わった後も、たまに彼女たちと遊びましょう。」

 

「賛成っー!けど戦いには反対っー!」

 

 

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その頃 東郷宅

 

「もしもし?そのっち?」

 

『もしもしわっしー。...今日もありがとね~。ゆーゆ、何か異変はない?』

 

「大丈夫。なにも疑ってる素振りは見せてないわ。...今日一日楽しかったし。」

 

『......。...わっしー、無理してない?』

 

「...えっ?」

 

『私、わっしーが心配になっちゃってさ...。今までのゆーゆはゆーゆじゃないんだし...。一番つらいのはわっしーなんじゃないかって。』

 

「......。」

 

『わっしー、よかったら明日から私が...』

 

「大丈夫よ、そのっち。私は大丈夫。...絶対に友奈ちゃんを返してもらうんだもの。このくらい平気。......そんなことよりちゃんと進んでるの?」

 

『うん、順調。...もうすぐ実行できるよ。』

 

「そう。.........ねぇ、今日は何したの?」

 

『うん、みんなでいっぱい歌って楽しかったんよ~。今度はわっしーも一緒に!』

 

「そうね、必ず。防人のみんなと会うの、楽しみにしてるわ。」

 

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それから二日後。

 

「え...これって...?」

 

夏凜がアタッシュケースに入ったスマホを見ながら絶句する。

 

「...そうだよ、勇者システム。」

 

それを持ってきた園子は淡々と答える。

 

「なんでっ...!天の神は私たちが退けて、もうしばらくは攻めてこないはずでしょ!?なのにどうして...!」

 

「...私も大赦から連絡が来てびっくりしたんだけど、神託があったみたい。......またバーテックスが攻めてくるかもしれないって。」

 

「そんな...私たち、また戦わなくちゃいけないの...?満開の後遺症が残る機能はなくなったと言っても...それでも......!!」

 

東郷はつらそうにしながら顔を下に向ける。

 

「あの......お姉ちゃんも戦うんですか...?」

 

「......うん。フーミン先輩にはもう渡ってるみたい。」

 

「そうですか...。」

 

樹も東郷と同じ様に下を向いた。

 

「...またあの時と同じように、いつ来るかわからないんだよね?」

 

「そうだよ、ゆーゆ。...だからみんなお願い。私たちがやらなきゃ...」

 

「私たちがやらなきゃ、この世界はなくなっちゃうんだもんね?...だったらやるしかない!何度だって、倒せばいいよ!!」

 

「友奈...。」

 

「みんな頑張ろう!もう一踏ん張りだよ!...だって私たちは、勇者だから。」

 

「......。そうね、友奈ちゃん...!」

 

二人の説得に応じ、一同は勇者システムを手に取る。

 

---

 

「いや~...ほんと、どうなるかと思ったわぁ...。」

 

「夏凜ちゃんも樹ちゃんもそのっちも、すごく演技上手かったわよ。」

 

「ふふっ、東郷さんも上手かったですよ。」

 

「え、須美...あたしは...?」

 

「銀はなにも喋らなかったじゃない。」

 

「そーだけど!そーだけど!」

 

「ま、銀は勇者に変身しないし、反応に戸惑ってたってことでいいんじゃない?」

 

夏凜は適当に流す。

 

「みんなありがとうね~!ゆーゆ、すっかり信じ込んでたよ~。」

 

「天の神は、何が起こっているかわからないだろうなー。『もうひとりの自分、何してるんだー』って。」

 

銀はニシシと笑いながらそう言う。

 

「...でも、これで勇者システムは手に入った。天の神に対抗できるわ。それにしてもそのっちは何をしたの?いくら乃木家と言えど、勇者システムを持ってこれるなんて...。」

 

「ふっふっふっ、わっしーも知ってる人に頼んだんよ~。」

 

「え...?もしかして...!」

 

「安芸先生!?」

 

「ミノさんピンポーン!!」

 

「誰...?」

 

「まあ、オンシってやつだ!」

 

「園子さん...私たちが勇者システムを手に入れたのはいいですけど、これじゃ天の神も使えちゃうんじゃ...。」

 

「う~ん、私もいろいろ考えて...わっしーたちだけに内緒で勇者システムを渡してもよかったんだけど...。どこにアンテナ張ってるかわからないからね。私たちは内緒にできたとしても、大赦側にボロが出るかも知れないから。」

 

「確かに...友奈だけに渡してないってのがバレたら怪しまれるか...。」

 

「だからリスクを考えてこうしたんよ~。...ま、最初のプランが成功すればみんな変身しなくても大丈夫だから~。」

 

「......。」

 

「...大丈夫か、須美。」

 

「あっ、銀...。」

 

「わかる。わかるよその気持ち。......友奈と戦いたくないんだよな。」

 

「......うん。」

 

「中身は違っても見た目は...体は友奈だもんな。」

 

「もし戦闘なんてしたら...彼女の体を傷つけてしまうかもしれない。......友奈ちゃんに銃口なんて向けられないわ。」

 

「そりゃ東郷、私だって...友奈に剣振れないわよ...。」

 

「.........うんうん、みんなそうだよね。」

 

園子は頷きながらも、最後にこう言った。

 

「だからなんとしても...プランAで成功させる。」

 

---

 

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--------------

 

作戦決行日 前日

 

「みなさ~ん!今日はお集まりいただき誠にありがとうございま~す!!」

 

園子はそう言いながら総勢9名の前に立つ。

 

「...とても前日とは思えないテンションね...。」

 

この日は普通に一日を終え、一同は一旦帰るふりをした。学校を出てから再び引き返し、防人組と合流して勇者部部室に集まっているという流れだ。東郷もしっかり友奈を家まで送り届け、そこからここまで戻ってきた。

 

「今日はついに前日ということで、計画の最終確認を行います~!」

 

園子はそう言いながらバン!と黒板を叩き、黒板に描かれている図に注目するように促す。

 

「まず明日、この前みんなでキャンプした砂浜へ地域清掃という体で向かいます!防人組以外!」

 

「私たちはその間他のところで時間潰しね。」

 

「そこで、いっつんにゆーゆと私、二人きりになるようにしてもらいます!...ちょうど作業が終わる時間帯に、私がゆーゆの秘密を暴露!その時間にはみんな最初の集合場所にいて。」

 

「任せてください!」

 

「最初の集合場所ってのは樹が清掃分担を決めて、組み分けするところだよな。」

 

「そうだよミノさん。...それから天の神がどうするかわからないからここからは憶測。......でも、正体がバレてしまったのならそこで私を放っておかないはず。私を襲って、殺すか...彼女自身が過去に戻るか。...天の神は自分の意志で自由に過去に戻れるのか、私みたいに何か『きっかけ』が必要なのかはわからないけど。......全部暴露してからの天の神の反応によるんだけど、もしかしたら私から仕掛けるかもしれない。...今までこんなことしてきたヤツだし......言動によっては私も抑えきれないかも...。」

 

「本当に大丈夫なんでしょうね...?私たちが思ってる以上に強いかも。変身する前に...なんてことされたら。」

 

「もちろん、私も最大限の注意を払いながら接する。それに私には、これまで戦ってきた経験と知識がある。......そこは安心して欲しい。」

 

「フラグ...?」

 

「こら雀っ!なんてこと言うの!!」

 

「あはは、確かにこれは言わない方がよかったかな~?......と、まあさっさと話を続けちゃうよ~。きっと私と戦闘になったらもちろん騒ぎが起こる。それが合図だよ。大きな音が続いたら砂浜に来て。......でも、すぐに戦いに参加しちゃダメ。私がピンチだったら助けてほしいけど。...運良く私が勝った場合、そのまま天の神を泳がせておいて。」

 

「...これまで天の神は、私たちに対して遊び感覚で接してきた...。園子が勝った後もまだ何かしてくるかもしれないってことよね。」

 

「あたしには思いつかないけどな~...勝負に負けてんのにそっからの逆転とか...。」

 

「たぶん天の神はみんなに助けを求めるんじゃないかな~?なかなか帰ってこないし、大きな音を聞いて不思議と思ったミノさんたちが来るのを見越して。大声で助けを呼ぶと思う。」

 

「そのときに、私たちお得意の演技で出し抜くのね!」

 

風はガッツポーズをして得意気に言う。

 

「そう。...ちゃんとその頃には大赦からメールが行くように指示してあるから、フーミン先輩はそれをゆーゆと私に見せて。......大赦からのメールなら確実に信じるはず。その後はそのメール通りに、私は大赦に行くふりをする。わっしーを残してね。」

 

「それから私が言うのね...全部。」

 

東郷は胸に手を押きながら静かに言う。

 

「そう。そしてその後、みんなでバーン!って登場!!そこはしっかりかっこよく、ね!!」

 

「そここだわる必要ある...?」

 

「夏凜!かっこいいは正義...!一番大切だろ!」

 

「...まぁ、銀はそうでしょうけど...。」

 

「そこでわたくしたちも登場ですわね!」

 

「行きたくない行きたくない行きたくない。」

 

「かっこよく......かっこよく.........。...?」

 

「そこまでが一連の流れね。その後は...。」

 

「まずはプランA、それがもし失敗したらみんなで戦うプランB。...............そして、最悪の場合のプランC...。」

 

「......絶対Aで成功させましょう!」

 

一同は円を作り、片方の手の平を下に向けながら前に差し出し、それぞれの手のひらどうしで重ねた。そして風が掛け声を言う。

 

「みんな!明日は絶対絶対成功させて、天の神倒して友奈を救うわよーっ!!...勇者部&防人ぃ~......ファイトーーーーっ!!!」

 

『ファイトーーーーっ!!!』

 

全員が全員個々を鼓舞し、翌日の準備は整った。

 

---

 

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---------------

 

-----------------------------

 

現在

 

「......。」

 

「まあ、これでざっと全部話したよ。」

 

「......なるほど。三週間も前から全員知っていたのか...。全く気づかなかった。集まる機会をなるべく減らし、常に我の側に誰かを置いておくことで怪しまれないようにしたか...。改めて褒めてやろう。よくぞここまでやった。」

 

「...あなたに褒められても嬉しくないよ。」

 

「しかし...なんなのだ?プランAというのは。ソナタ、それだけは話さなかったなぁ。......その作戦が成功するのが一番いいと言っていたが...。それは現在進行形なのか?」

 

「......。」

 

「...ふっ...図星か。どれ、それは一体どんな......」

 

「きっともうすぐ起こるよ。」

 

「......?」

 

園子がニヤっと微笑んだとき、ある程度の距離がある位置にいたはずの夏凜が少し近づいていて、ダッシュして友奈に掴みかかった。

 

「くっ...!いつの間にこんな近くに......!?」

 

「気づかなかった?あなたに私の考えた作戦を話す前、私は隣にいるミノさんに合図を送った。...それに気づいたミノさんはこっそりスマホでにぼっしーにメールを送ったんだ。...後は簡単。私の話に夢中になっていたあなたは、にぼっしーが少しずつ近づいていていることはおろか、私のすぐ隣にいるミノさんが手を後ろに回してスマホを操作していることにすら気づかなかった。」

 

「ソナタ...!!」

 

「人間でいる期間が長くて感覚が鈍ったんじゃない?か・み・さ・ま・?」

 

(めっちゃ煽るじゃん園子...!)

 

銀が横目でそう思っている間に、夏凜は友奈の制服のポケットに手を突っ込んでそのままスマホを取り上げようとする。

 

「スマホは、渡してもらうわよ!」

 

「させるか...!うっ...!」

 

友奈も抵抗を続ける。

 

「意外と力はあるようだな...!」

 

「完成型勇者を舐めないでちょうだい!日々の鍛錬の賜物よ!」

 

「樹、私たちも夏凜のサポート!」

 

「あ...う、うん!」

 

風と樹も二人の元へ駆けていき、夏凜の手伝いに向かう。

 

「まずいな......さすがに三人は。」

 

友奈は夏凜に対して抵抗していた右手を離し、パチン、と指を鳴らす。

 

「よし!取っ.........。......!?」

 

ようやく取り上げられたと思った瞬間、夏凜の背筋が凍る。その一瞬を見逃さなかった友奈は、再び夏凜の手からスマホを奪い取った。 

 

 

ザッパーン!!

 

 

イルカが跳んだのかと思うくらいの水しぶきが海から湧き出る。そこにいたのはイルカではなく、バーテックスだった。通称星屑。

もちろんそれを見た一同は目が飛び出るほど驚く。

 

「ええっ!?海からバーテックス!?」

 

「ま、待って...ここは結界の中よ!普通、樹海化が起こるはずじゃ......。」

 

夏凜の元へ走っていた風も樹も、思わず足が止まってしまう。

 

「さあ、食え。」

 

(!!......まずい...!)

 

星屑は友奈の命令通りに動き、大きく口を開けながら夏凜に向かって突っ込んでいく。

 

「逃げて!!夏凜!!!」

 

風は喉が枯れるほどの大声で夏凜に向かって叫ぶ。夏凜は持ち前の身体能力で後ろに飛び退き、なんとかかわした......と思ったが、

 

「えっ......!?」

 

食べようとしていたのは夏凜ではなかった。星屑の口の中に入ったのは、 友 奈 だ っ た 。

 

「あいつ、何考えてんの...!?」

 

「違うよみんな!」

 

園子は少し冷や汗を掻きながら全員に言う。

 

「......最悪だ。天の神は本当に...自由にバーテックスを生み出せる。それがたとえ神樹様の結界の中だとしても...。そしてプランAは.........。」

 

 

ボッガガガガッーーン!!!

 

 

次の瞬間、星屑の内部が爆発したかのように爆散し、中から両手を広げながら 彼 女 が出てきた。バーテックス特有の、消滅したときに出る七色の光に照らされながら、まさに神だとでも言うかのように空中から降りてきてストッと着地する。

 

「わざわざ粋な演出までさせちゃって...!」

 

「この状況でも余裕があるか...!」

 

全員天の神をにらみつける。...そう、バーテックスが内部から爆発するかのように消えたということは...。つまりそれは勇者への変身が完了してしまったということだ。

 

「プランAは......失敗だ...!!」

 

「なるほど...なるほどなるほどなるほどぉ...。勇者システムを起動する前に、我からこの機械を取り上げようとしたわけだ...。そうすれば我と戦わずに済むものなぁ。だが......残念だったな!我はこの通り変身した!さてこれからは...」

 

友奈は再び不敵な笑みを浮かべ、舌でペロッと唇を舐めてから言った。

 

「諸君、我と戦う覚悟は...できているのだろうな?」

 

「やるしか......ないのか...!」

 

全員同時にスマホを手に取る。すると友奈は、さっきとうって変わったいつも通りの笑顔を見せて言う。

 

「みんなったら!そんな怖い顔して私を睨まないでよぉ!大丈夫、安心して。みんな離れ離れになりたくないもんね。すぐに終わらせてあげるから。.........一人残らず...全員仲良く......皆殺しだよ☆」

 

(第43話に続く)




次回からようやく僕の書きたかった内容を書いていけます...!更新をお楽しみに。


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【第43話】All-out war

 

園子以外、全員勇者システムを起動させる。夏凜は一番最初に突っ込んで友奈に挑んだ。

 

「やあっ!!」

 

「あれ、意外。夏凜ちゃん私に剣を振れるんだ~。」

 

「鍛錬だと思って戦えばいいのよ!」

 

「鍛錬?そんな甘いものだと思って戦っちゃダメだよ!やっぱり半端な覚悟だね。...これは殺し合いなんだから。」

 

「...!!」

 

友奈が放つ異様な覇気に、夏凜は思わず退く。

 

「さあ、みんないっぺんにかかってきなよ。」

 

「...!...ふん...舐めてくれるじゃない...!」

 

「私たちだって、こうなった場合のこともちゃんと考えてきてるんですから...!」

 

樹はそう言うと、すぐさま指示を出す。

 

「みなさん!陣形を展開してください!」

 

そうするとそれぞれが動き始め、友奈を取り囲むように立った。

 

「行くわよ夏凜!友奈の姿だからって、びびるんじゃなわよ!」

 

「芽吹こそ!」

 

夏凜と芽吹はそう言い合い、芽吹は銃剣の剣部分を展開させる。それぞれ二刀流...二人で近距離戦に持ち込みにいく。

 

『たああああっーー!!』

 

「ふふっ......ふんっ!」

 

 

ガキン!バキン!ガン!ギン!キンキン!

 

 

拳と剣がぶつかり合い、激しい金属音が音を立てる。

 

 

カンカン!キキキキンッ!!

 

 

(まずは攻撃を当てて......)

 

(満開ゲージを減らす...!)

 

((そして、精霊のご加護を無くす!!))

 

「はあーーっ!!」

 

「やあーーっ!!」

 

「......。」

 

夏凜と芽吹は剣を振るのをやめないが、すべて防がれてしまっている。決して手を抜いているわけではない。この剣を振るスピードも、日々の鍛錬の成果で得たもの。簡単に防げるほど柔なものではない。...いや、不可能なはずなのだ。この斬撃を...二人がかりなら尚更。声を合わせずとも連携が取れているのに。本気になった二人の攻撃をこうも長い時間止められるなどありえない。

 

(なんなのこいつ...!まるで未来を読まれてるみたい...!)

 

(私たちの癖を、完璧に把握している...?)

 

「さすが、どの過去でも鍛錬ばっかりやっていた二人なだけはあるね。......けど、、」

 

友奈がそう言った瞬間、彼女は芽吹と夏凜の剣を見切り、同時に彼女たちの剣を握った。

 

『なっ...!?』

 

二人は声を揃えて驚く。掴まれた方の剣はまるでセメントで固められたかのようにびくともしない。すぐさま二人はもう片方の剣を友奈に振るった。

 

「...遅いよ。私に剣を掴まれて驚いてる時間が無駄。」

 

友奈はそう呟き、二人の剣が友奈に触れる前に二人まとめて回し蹴りをくらわせる。友奈の足は芽吹の腹部に食い込み、そのまま蹴り飛ばして夏凜も巻き添えにしながら遠くへ吹っ飛ばす。その威力は周りから見ても一目瞭然。凄まじいものだった。

 

「うげぇ......っ...!!」

 

「うぐっ......!」

 

 

ヒュッ.......ドーーン!!

 

 

飛ばされた二人は砂浜の周りにあった木に激突する。

 

「芽吹!夏凜!!」

 

風は二人の名前を叫ぶ。

 

「あ......わわわわわ......め、メブぅぅ~~!いやぁ~~~!!」

 

雀はすぐさま二人の元へ駆け寄っていった。

 

「大丈夫!?大丈夫!?二人とも大丈夫!?」

 

「ぐはっ......はぁ...はぁ......大丈夫よ...なんとか...。いっ......。」

 

「芽吹......あんたはもう無理よ...。」

 

「そうだよ!もう立たない方がいいよ!」

 

「いや...私はまだ......!こんな早く戦線離脱なんて...!」

 

「何言ってんのよ...!ちゃんと園子の計画聞いてた?この作戦は犠牲者を出さないことが第一!あとは私たちでやる!......あんた、自分でもわかってるんでしょ...?今の一撃で、あんたの内臓はやられた。立つのも苦しいくせに...!」

 

「......。」

 

「...だいたい、あんたは精霊のご加護がついてないんだから...。私たちを信じなさい。あとは任せて。あの悪いの神様をやっつけてくるから!」

 

「......。......ええ、ごめんなさい。夏凜の言うとおりにするわ。」

 

その言葉を聞いた夏凜はニコッと笑い、みんなの元へ戻っていった。

 

「夏凜ちゃんがんばって...!私は戦わないけど。......メブ、大丈夫?」

 

「極力動かないようにしとくわ。雀は園子と銀の側にいてあげなさい。...あの二人は、一番守らなくちゃいけないからね。」

 

「え、守る?私が?いや私は守ってもらう立場...。」

 

「いいから園子たちの側についてなさい!そこは後衛だし、戦わずに済むから!ね?」

 

「...ハ、ハイ。」

 

雀はどうにか納得して戻っていった。

 

--------------

 

「やあっ!たあっ!とりゃっ!」

 

夏凜と芽吹がふっ飛ばされた後、風がひとりで友奈の相手をしていた。シズクと夕美子は横で銃を構え、樹はかなり後ろの方でしゃがんで、砂浜に手を置いていた。その隣には東郷が立っている。ブン!ブン!と友奈に向かって大剣を振り回し続ける風。その攻撃を友奈はつまらなそうに避け続ける。

 

「隙が大きすぎますよ、風先輩。その大振りの攻撃が当たるとでも思います?...あくびがでちゃいますよ。」

 

「......さすがに私とあなたじゃ相性が悪いわよね...でも!」

 

「!!」

 

左右両方向から銃弾がとんでくる。友奈はそれを拳ではじいて右左を確認した。

 

「あんまり油断すんなよ、神様!!オレらもいるんだからな!」

 

「わたくしがあなたを仕留めれば、弥勒家再興は間違いなし!...バーテックスの親玉を倒したらきっと、乃木家よりも上に......!!」

 

「もー!びっくりしたよぉー!......この部外者が。量産型に興味はない。」

 

「その急に替わる表裏の人格、なんとかなんねェんか?」

 

「ソナタに言われたくないな。ソナタも二重人格者だろう。」

 

「チッ......。」

 

「ムキッー!量産型だからって舐めるんじゃないですわ!」

 

「事実、ソナタたちが我が領域の調査に来たときも大して注視しなかった。精神力の弱さと、単純な力が足りなかった。敵と呼べるには到底及ばなかったのだよ。...ソナタらなんぞ、虫けら同然だ。」

 

「そこまで言うのであれば、わたくしたちの力見せてさしあげますわ!」

 

「!...挑発に乗っちゃダメよ、弥勒!」

 

風の呼びかけにも答えず、夕美子は弾を三発放つ。だが...

 

 

カキン!キン!キンッ!

 

 

綺麗にすべて弾かれる。

 

「ええっ...!?」

 

「脳を狙うことくらい簡単に予測できるのだよ、量産型。」

 

友奈はそう言うと、虚空に向かってブン!と右拳を振る。そう、ただ空気中でパンチをしただけだ。近くに誰かがいるわけでもない。......しかし次の瞬間だった。

 

 

ボッゴン!!

 

 

「...!!」

 

夕美子の後ろにあった岩が粉々に砕け散った。先ほどの友奈のパンチは衝撃波を放ったのだった。夕美子にはわざと当てず、すぐ後ろの岩を砕いた。

 

「力の差がわかったか?これが勇者の力。我が作ったバーテックスに、対抗できる力だ。...立場をわきまえろ、量産型。」

 

夕美子はおそるおそる後ろを振り返り、粉々になった岩を見るとあっという間に顔が真っ青になった。そしてへなへなと腰の力が抜け、その場で座り込む。

 

「あ...ぁぁ......もう数センチズレてたら...わ、わ、わたくし...!ひぇぇぇ~....!!すびばぜんでちだぁぁ~!!」

 

夕美子は大粒の涙をこぼしながらまるでだだっ子のように泣き始める。

 

「あいつ...もう心が折れたのか...。」

 

シズクはそれを呆れながら見る。

 

「わかればよい。だが...生きては帰さんぞ。」

 

友奈は声を低くしてそう言うと、地面を蹴って腰が抜けた夕美子に急接近。そして拳を振り上げる。

 

「開戦の狼煙となれ。」 

 

 

バシッ!

 

 

その時だった。友奈の拳は夕美子めがけてとんでいったが、彼女の顔ギリギリのところでピタッと止まった。友奈は不思議そうにしながら自分の腕を見る。そこには鎖状になった刃物が腕に巻き付いていた。

 

「弥勒は...やらせねェよ!!」

 

「......ふん...また量産型か。この武器は...意外と万能なようだな。銃としての機能も、剣としての機能も、このように鎖状になる機能もついているのか。」

 

シズクは大物を釣るかのようにして銃剣を引き、友奈はそれに引っ張られる。

 

「オラぁっ!!」

 

そのまま地面に叩きつけるように動かし、銃剣を元のかたちに戻す。友奈は地面に激突し、大きな音を立てて砂埃を巻き起こした。

 

「よし......どうだ!量産型だってこんくらいのことはできんだよ!」

 

砂埃が晴れていき、やがて彼女の姿が現れる。大の字で地面に寝転がっており、そしてムクッと起き上がった。

 

「ふぅ...びっくりしたぁ...。」

 

「......まるで堪えてねェか...。」

 

「そんなにあの子が殺されたくないなら、君から殺してあげるよ。」

 

友奈はそう言ってシズクを睨みつける。だがシズクも負けていなかった。銃剣を二本取りだし、同じように睨みつける。

 

「上等だ。......やれるもんならやってみろ。」

 

両者同時に前に出てそれぞれの武器を振るう。しかし、剣と拳が触れ合った瞬間...

 

 

バキッ!バキン!!

 

 

「なっ...!」

 

拳が触れた瞬間に剣は折れてしまった。続いて連続でパンチを繰り出し、銃の本体も粉々に破壊されてしまう。

 

「武器が...こんないとも簡単に...!!」

 

「やわな武器だなぁ...。万能でも丈夫じゃなきゃ意味ないよ?」

 

やはり防人と勇者では天と地の差がある。友奈は丸腰になったシズクの首を掴み、そのまま体を持ち上げて首を絞める。

 

「あぐっ.........ぐっ.........!」

 

「量産型は雑魚だが、戦いの邪魔だ。」

 

シズクはジタバタ動いて抵抗するが、それは無駄な行動だった。

 

「シズクを放しなさい!」

 

風は大剣を振るって救出を試みるが、

 

「無駄に剣を振ったら、その大きすぎる剣...シズクちゃんに当たっちゃいますよ?...風先輩♪」

 

「...!!卑怯よあんた!!」

 

シズクを盾にしながら、友奈は一気にトドメを刺そうとする。しかし、

 

 

ザシュッ!

 

 

突如、背中に攻撃を食らう。その衝撃でシズクを放してしまい、ふらつきながらもすぐに警戒して構えた。背後にいたのは...

 

「ふぅ...危なかったわね、シズク。大丈夫?」

 

「ゲホッ!ゴホッ!......はぁ...はぁ...助かったぜ三好...。」

 

「夏凜ちゃんか...いつの間に...。おかげで満開ゲージが減っちゃったよ。」

 

友奈は腕の満開ゲージを見ながらそう言う。

 

「私は...もう容赦しないわ!あんたは私たちが倒す!」

 

夏凜は剣を友奈に向ける。

 

「どうやら...あんまり遊んでいられないみたいだね。」

 

「風...前衛は私たちでいくわよ。」

 

「ええ。...弥勒とシズクは後ろからサポートして。」

 

「...ああ。」

 

「が、がんばりますわ...!」

 

両者睨み合い、やがて友奈は手招きしながらこう言った。

 

「......いつでも来なよ。」

 

それを聞いた二人は、まず風が大きく振りかぶり大剣を上から下に振り下ろす。友奈はそれを跳んで避け、逃がすまいと夏凜も跳んで空中で剣を振るう。

 

「その体は友奈のものよ!あんたに扱えるものじゃない!早く返しなさいよ!!」

 

「夏凜ちゃん、そんなことしたら神様の魂はどうするの?還る体がなかったらその魂は永遠とこの世をさまよい続ける。...そんなの嫌でしょ?」

 

 

キィィンッ!!!

 

 

辺りに響きわたるほどの金属音が鳴り響く。剣と拳が強くぶつかり合い、その衝撃で両者共々後ろに下がる。

 

「知ったこっちゃないわよそんなこと!!私たち人間にとって...あんたは敵!300年前にたくさんの人たちの命を奪い、友奈を祟りで苦しめて今は体を乗っ取ってる...そして何度も園子を諦めさせようとして周りの人間を殺した...。そんなヤツ、救うわけないでしょ!!」

 

「全く...夏凜ちゃんはひどいね。」

 

「どの口が言ってんのよ!!」

 

夏凜は再び地面を蹴り、友奈に立ち向かう。

 

 

キンキン!キキキキンッ!!

 

 

「もう夏凜ちゃんには飽きたよ。そろそろ終わらせよう。」

 

「そうね。私も飽きてきたわ!」

 

「...!」

 

「今よ風!」

 

夏凜は突如しゃがみこむと、その後ろから大剣を振りかぶった風が姿を現せる。

 

「くらえっ!!」

 

「くっ...!」

 

友奈も同様にしゃがんでかわすが、ちょうどしゃがんだ目線の位置に夏凜の顔があった。

 

「やっぱりしゃがんで避けるわよね。...たあっ!!」

 

夏凜は剣で突き、友奈はすぐさま腕を交差させて防ぐ。

 

「これでがら空きよ、風!はずすんじゃないわよ!!」

 

「もちろんよ!!」

 

「!!......しまった...!」

 

両腕を夏凜の攻撃の防御に使った友奈は、風の次なる攻撃を避けることは不可能だった。

 

「今度こそくらいなさい!私の女子力!!」

 

振り上げられた大剣は薪を割るようにして攻撃をくらわせる。ようやく風の強烈な一撃がヒットしたのだ。

 

「うぐっ......」

 

勇者バリアがあるといっても、さすがにこれは堪えたようで友奈は少しふらつく。

 

「今ので結構削れたわ!ナイス風!」

 

「夏凜も!ナイスファインプレーだったわ!」

 

二人は笑顔でハイタッチを交わす。

 

「お二人ともお気をつけて!......なんだか様子がおかしいですわ...。」

 

『...!』

 

「人間のくせに...人間のくせに......神にここまでのことをしておいて許されると思っているのか...?」

 

「ヤバい...ついに怒っちゃった...!?」

 

風と夏凜は身構え、いつ攻撃が来ても防げるように体勢をつくる。

 

「ふっ..................ふふふ......あははははははは!」

 

『!?』

 

「ふははははははは!あっーはっはっはっはっはっはっ!!!きゃはははははははは!!!」

 

友奈は顔を両手で抑えながら突然笑い始めた。その姿はまさに狂喜。ここにいる全員が困惑しながら友奈をじっと見ていた。

 

「なーんてね!ほんとにほんっとうにおもしろいよみんな!!ガチになって私を倒そうとしてるのが伝わってくる!よく考えたんだねみんな。......そうだよ、それくらい抵抗してくれなきゃおもしろくない。もっともっと戦おう!!」

 

『......。』

 

一同は呆然とし、その場で立ち尽くす。

 

「この状況になってもあの余裕か...。どこまでイカレてるのかしら...。」

 

「こっちが優勢のはずなのにおかしいわねぇ。」

 

目の前の人間の形をした悪魔を前にして夏凜と風は震え上がる。だがそれは諦めたわけではない。まだ勝てる自信が、二人にはある。

 

「とりゃあっーーー!!」

 

次は友奈から仕掛けてきて夏凜と風に拳を振るう。

 

 

バキン!ボキン!

 

 

「はあ!?」

 

友奈の一振りパンチで夏凜の剣が折れる。

 

「こいつ...まだ力隠してるわ!」

 

夕美子とシズクの援護のおかけまでダメージは負わずに済んだ。夏凜はすぐさま剣を取り出して構える。

すると今度は風に近づき、大剣を掴んで無理やり武器をぶんどった。

 

「えっ...!」

 

「ちょっと借ります風先輩。...これ、一回使ってみたかったんです~!」

 

友奈はそう言い、ブンブンと大剣を振り回す。

 

「さて、これを全力で振り下ろしたら人間はどうなっちゃうのかな!!」

 

「...!!」

 

風は必死になって横に跳んでかわす。避けられて地面に刺さった大剣は砂浜であるにも関わらず、地割れを起こした。

 

 

ズズズズズ......ゴゴーーン......!!!

 

 

「うわぁっ...すごい威力...!」

 

大地が揺れ、全員が全員バランスを崩す。

 

「おおっ♪やっぱりすごい力!」

 

「いつまで遊んでるつもりよ、天の神!」

 

その隙に夏凜が友奈をふっ飛ばし、

 

「シズク!夕美子!今!!」

 

「了解ですわ!」

 

「任せとけ!」

 

夏凜の合図でまた銃剣を鎖状にしてそれを友奈の胴体に巻きつける。そして、

 

『とりゃあああああああっ!!!』

 

まるで背負い投げをするかのような動きで思いきり引っ張り、地面に叩きつけた。

 

「二人ともナイスだわ...!よし、あそこまであともうちょっと...。あっ...」

 

友奈はすぐに立ち上がり、絡みついている銃剣をチョップで断ち切る。

 

「何回同じこと続ける気?」

 

「シズク!夕美子!下がって!!」

 

夏凜は攻める姿勢をやめず、絶えず友奈に挑む。

 

「夏凜ちゃんと戦うのはもう飽きたって。」

 

友奈はそう呟き、彼女の剣裁きを簡単に振り払ってしまった。

 

「なっ...!?」

 

夏凜に大きな隙ができてしまう。友奈はもうすでに拳を振り上げており、絶対絶命だ。だがそこに、

 

「やあっーー!!」

 

 

キンッ!

 

 

「うっ...!?......なんでっ...!?さっき確かに内臓を...!」

 

芽吹がかけつけて友奈を横に飛ばした。

 

「芽吹...!あんた...!」

 

「大丈夫夏凜?」

 

「そ、それはこっちのセリフよ!動いて大丈夫なの...?」

 

「ええ。どうやら当たりどころがよかったみたいで、ちょっと傷つけただけらしいわ。......ほら、そんなことよりもあれ見なさい。」

 

芽吹はそう言い、友奈の立っているところを指差す。

 

「目標のところへ移動させることができたわ!」

 

それを確認した風はすぐに叫んだ。

 

「樹!!今っ!!!」

 

樹はその合図を聞き、待っていましたと言わんばかりに...

 

「え~~~いっ!!!」

 

と言って、地面に置いていた手を思い切り振り上げた。するとなんということだろう。友奈の周りの地面から砂埃を上げながら樹のワイヤーが数本、取り囲むように姿を現した。

 

「何っ...!?」

 

「私が今まで戦わなかったのは、この罠を仕掛けていたからです!この柔らかい砂浜の特徴を利用して...糸を地面に張り巡らせ、あなたを捉える罠を!」

 

樹は地面の中に少しずつワイヤーを伸ばしていたのだ。これもすべて園子の考えた作戦。ここで友奈自身に彼女の正体を明かした理由も、この考えがあってのことだった。罠を張るポイントをあらかじめ決め、友奈をそこに誘導するようにして全員戦っていたのだ。彼女を捉え、一気に精霊のご加護を消すために。

作戦通り友奈は罠にかかり、樹のワイヤーに縛られて身動きが取れなくなる。

 

「うぐっ...くっ......クソっ...!」

 

「よし!ナイス樹っー!」

 

風は両手をあげて喜ぶ。だが安心して喜んでもいられない。

 

「夏凜さん!芽吹さん!今です!」

 

樹はすぐさま指示を出す。夏凜と芽吹は友奈に向かって走り出し、高く跳んで剣を構える。

 

(この一撃にすべてをこめて...!)

 

(私の全力を...これに全部!!)

 

『やああああああっーーーー!!!!』

 

二人は遠心力を用い、回転しながら友奈に渾身の一撃をくらわせる。同時にくらわせたその攻撃は、精霊バリアとぶつかり合って激しい火花をあげる。

 

 

 

ギギギギギギギギギギギギギギギギッ!!!ガキンッ!!!!!

 

 

「ぬぅ...!!」

 

『ふぅんっ!!!』

 

そのまま最後まで切りぬける。

 

「はぁ...はぁ......どうだっー!!」

 

「くっ...!」

 

友奈は悔しそうに自分の満開ゲージを見る。もう半分は減っていた。

 

「次に東郷さん!お願いします!」

 

続いて隣で銃をじっと構えている東郷に、樹は指示を出す。だが...

 

「駄目......。」

 

「え...?」

 

「やっぱり私...友奈ちゃんを撃つなんてことできない...!」

 

東郷の持つ銃は小刻みに震えていた。それを見た友奈はニッコリと笑い、

 

「......やっぱり、私の味方は東郷さんだけだよ。」

 

「...!...友奈ちゃん...!」

 

「やっぱり東郷にはキツいか...!芽吹!もう一回私たちで......」

 

 

ドサッ

 

 

「?...芽吹...?」

 

「ゲホッ...ゴハッ......!」

 

「芽吹!!」

 

芽吹は手を地面につき、血を吐いていた。カシャカシャと音を立てながら手に持っていた銃剣が転がり、咳をするたびに吐血している。

 

「ごほっ......はぁ......ごほっ...がはっ...!」

 

「芽吹...やっぱりあんた...!」

 

「やはりな...。」

 

いつの間にか友奈は目を細めてこちらを見ていた。

 

「変だと思った。間違いなく内臓をズタズタに破壊してやったのに立ち向かって来れるなど...。信じられなかった。その状態で立つことさえも難しいはずだが...相当無理をしたな、楠芽吹。」

 

「何してんのよあんた...!わかってたんでしょ?自分でも、戦えない状態なのは!休んでなさいって...言ったじゃない!」

 

「はぁ...はぁ......夏凜一人じゃ...やっぱり心配だからね...。げほっ...あがっ......。」

 

「......!」

 

「はぁ...ふぅ...実際、あなた一人じゃ危なかったじゃない。...ほら、私がいなかったらあそこまで満開ゲージを減らせていないわよ?」

 

「そんなの...そんなの私ひとりだって......できたもん!」

 

「はぁ...はぁ......本当、あなたは強がりなところだけは...変わらないわね...。............ゲホッ...ごはあっ...!!」

 

芽吹は突然先ほどまでよりも多い血の量を吐き出し、倒れてしまった。

 

「...!!......芽吹...!」

 

「全く...ソナタの言うとおり、あのままじっとしておけばなぁ。あんなに動いたのだ。傷口が広がってそうなるのは当然。早く病院に連れて行かないと......だな。」

 

「くぅっ...!!」

 

夏凜は歯をギリギリと噛み締め、友奈を強く睨む。

 

「おおっ、こわいこわい。人間のおなごは可愛らしく振る舞うのが正しいのだろう?そんな顔をするな。」

 

「それ以上...友奈の声で喋るな......。」

 

「......おお?」

 

剣を取り出し、ゆっくりと友奈の方へ歩いていく。

 

「ズタズタに切り刻んでやる...。私の目の前から消えるまで......小さく小さく...ボロボロのグチャグチャに......切り裂いてやる...!!」

 

「夏凜...!ちょっと落ち着きなさい!」

 

風は夏凜にそう呼びかけるが彼女にはまるで聞こえていない。

 

「ま、私もこのままの状態はピンチだし...ここはこの手を使わせてもらうよ。」

 

友奈はそう言い、さっきのようにパチンと指を鳴らす。

 

 

バシャバシャバシャーン!!

 

 

『.........え...?』

 

次の瞬間、海から現れたのは大量の星屑だった。最初の時は一体だったのに、今度は数十匹はいる。

 

「なによ...!こんなに大量のバーテックスを、一度に出せるわけ...!?」

 

「これは...結構ヤバそうじゃねェか...!!」

 

「ひゃああああああ~~~!!なんですのこの数は~!!」

 

全員海の方向を向いて構える。

 

「.....やれ。」

 

友奈の合図で一斉に襲いかかってきた。...だがその大群は風たちをスルーして奥へ進んで行く。

 

「え...!?」

 

「チッ...どういうことだよ...!?」

 

「ほっ...よかったですわぁぁ~......。」

 

「さて、安心してる場合かね?早くしないと......星屑たちが町にたどり着いてしまうぞ。」

 

『!!!』

 

「ふっ...ソナタたちっき言っていたなぁ?なぜ結界内にバーテックスがいるのに樹海化が起こらないのか。...これまで我は散々試してきて発見したのだ。神樹は結界の外からバーテックスが入ってきたとき、すぐに感知して樹海化を発生することができるが......結界内でバーテックスが生み出された場合は、感知が遅れるのだ。もちろんそうだろうなぁ。自分の内側に外敵が発生するなど通常ではありえない事象だからなぁ。困惑もするに決まっているだろう。...今まで調べてきた結果から考えて...だいたい数十秒は結界内で活動可能だ。それ以上居座ると樹海化が発生してしまう。」

 

今から追っても全て倒せる確率は五分五分といったところか。風たちはそれでも追おうとする。が、

 

「.....たあっ!!」

 

バーテックスの行く手を阻むようにしてネットのようなものが横一面に立ちふさがり、星屑はそれに絡まって捕まった。

 

「これは...樹の...!?」

 

「ごめんなさいみなさん...友奈さんの拘束を解いてしまいました...。でも、こうするかないと思ったんです...!」

 

星屑を止めたのは樹のワイヤーだった。友奈を捕らえていたワイヤーを解き、すぐさま網状に展開させて横に伸ばしたのだ。

 

「...正しい判断なんよ、いっつん。」

 

園子は小さくそう呟く。

 

「まとめて......ええ~~~いっ!!!」

 

樹は手を思い切り振って腕を交差させる。そうすると、ネットに引っかかっていた星屑たちは一斉にバラバラになる。これで三分の一以上は減っただろう。

 

「ふ~ん、樹ちゃんやってくれるじゃん。...でも、まだいるよ?」

 

「このくらいの数なら...私たちであっという間に倒せます!」

 

樹はそう言って海の近くで倒れている芽吹をワイヤーに絡めて自らの側に持ってくる。

 

「芽吹さんだって死なせません!」

 

「精霊のご加護がない量産型を...守りながら戦えるかな?」

 

すでに周りは星屑との戦闘を開始している。樹は一度友奈を強く見るが、次から次に向かってくる星屑との戦闘を余儀なくされる。

そうなったおかげで、園子たちと友奈の間に一本の直線的な道が開かれる。

 

「ようやく...だね。......乃木の末裔よ。」

 

園子はさりげなく一歩前へ出る。

 

「やっぱり私と戦ってたときは本気出してなかったんだね。動きがまるで違う。...私だったら、にぼっしーとメブーの攻撃を同時に受け流し続けるなんて到底できないもの。」

 

「さあ、どうだろうな。まだ本領発揮していないかもしれぬぞ?」

 

友奈は自らが作り出した一本道を歩み始める。

 

「どどどどどどどどうしよう!?こっち来ちゃった!来ちゃったよぉ!?あんな強いヤツ私たちだけでどうしろってんのさ!!」

 

「落ち着け雀。...戦う手段がない私たちには、どうすることもできないよ...。」

 

銀は残念そうにしながらそう言う。一方園子は勇者システムを起動させて二人の前に立つ。

 

「私だけで戦う。...なんとしてでも二人には手出しさせないから。全力を尽くす。」

 

「そんなぁっ!?園子ちゃんひとりで戦うつもり!?無茶だよ!!ここは一旦逃げてみんながバーテックス倒すのを待った方が...」

 

「戦う場所を変えることはできない。誰かにバレちゃうかもだし、無理だよ。」

 

「じゃあ.........園子ちゃんひとりでなんとかして耐えなくちゃいけないの...?」

 

「......うん。」

 

雀の盾も勇者の力を持つ天の神が全力で殴れば簡単に破壊されてしまうだろう。銀はそもそも、夏凜に勇者システムを継承してしまったため変身すらできない。ろくに戦えるのはやはり園子だけだ。園子も友奈同様に歩み始めようとする。が、

 

 

パシっ

 

 

「...!」

 

歩き始めた園子の腕を、いきなり銀が掴んで止めた。そして彼女は静かに言った。

 

「......気をつけろよ、園子。」

 

「......!...うん!大丈夫...!」

 

伝えたかったことを伝えられた銀は名残惜しそうにして園子の腕をゆっくり離す。銀はとても不安だった。

 

「ここまでも作戦通りか?乃木の末裔。」

 

「う~ん...ちょっと狂ってる部分もあるけどまだ問題ないよ。」

 

「ほう?ではまだ勝機があると?」

 

「さあ?...わからないね。あなたの底が見えない限り。」

 

友奈と園子は一定の距離まで近づくと、互いに睨み合って立ち止まる。彼女たちの周りではバーテックスと人間との戦いが繰り広げられている。倒しきるのにまだ少し時間が必要のようだ。

やがて友奈と園子はほぼ同時のタイミングで地面を蹴り、それぞれの武器を交わらせ、交わる度に激しい金属音と火花を散らす。

 

「今こそ決着をつけよう!300年越しの直接対決といこうではないか!!」

 

「悪いけど、勝つのは私たち人間だよ!!」

 

(第44話に続く)



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【第44話】Failure

今回の話を書いている間、自分でもつらくなるような展開で変えようかとも考えましたが変えずに書き終えました。なのでだいぶ読者が減ってしまいそうな気がします...。それでも私は最後まで自分の書きたいものを書いていきます。この作品が好きな方だけでも読んでいただければ嬉しいので。


 

「くっ......!...ぅぅ...。」

 

「どうしたのそのちゃん。さっきはもっと強くなかったっけ?」

 

(にぼっしーたちとの戦いを見ていてわかってはいたけど......やっぱりさっきと比べて別人みたい...!相手の動きが読めない...あの速さについていけない...!!)

 

「園子...!」

 

銀は膝をついている園子の側へ駆け寄ろうとする。

 

「ダメだよ銀ちゃん!危ないよ!」

 

「でも...でもこのままじゃ園子が...!」

 

雀は無理やりにでも銀を止める。

 

「私たちが行ったって...邪魔になっちゃうだけだよ......。」

 

「じゃあ...ずっとこうして園子が傷ついていくのを見ているしかないのか!?」

 

「ミノさん!チュン助!」

 

後ろで言い合っている二人に、園子は声をかける。

 

「大丈夫、だから。私は負けないよ!」

 

『...!』

 

「フン...いい加減諦めたらいいのに。力の差、まだわからない?」

 

「だって私は...ひとりじゃないから...!!」

 

「...?」

 

園子がそう言った次の瞬間、右方向から光の形をした銃弾が飛んでくる。

 

 

キンッ!

 

 

友奈は冷静にその銃弾を弾き、それが飛んできた方を見る。

 

「あれ?なんで私に向かって撃ったの?...東郷さん。」

 

「はぁ...はぁ......!」

 

それを撃ったのは東郷だった。彼女はどうしてか息を切らせている。

 

「あなたが手元を狂わせるなんてあり得ないだろうし......これはどういうこと?東郷さん!!」

 

友奈は異常な剣幕で東郷を睨んで怒号を浴びさせる。

 

「...友奈ちゃんはこんなことしないし、そんな怖い顔もしない...!友奈ちゃんの体を使って好き勝手しないで!!...そのっちは私が守る!」

 

「ちっ......生意気な...。」

 

「言ったでしょ?私はひとりで戦ってるわけじゃないの。......行くよわっしー!!」

 

「......。...ええ!」

 

園子は積極的に攻め、東郷は後ろから援護射撃。

 

(クソっ...これは厄介だな。非常に戦いにくい。)

 

「すごい...!園子ちゃんの動き、まるで東郷さんがどこに撃つかわかってるみたい...!コンビネーションよすぎだよ!」

 

「須美と園子のコンビだ。これくらい当たり前よ!」

 

銀は自分のことのように自慢気に言う。

 

「あーもう!これじゃらちがあかないよ!!」

 

友奈は地面を殴り、砂を巻き上げる。それによって園子の視界は一瞬にして奪われる。

 

(!!......これってもしかして...!)

 

悪いことに園子の予感は的中した。彼女が行動を起こす前に友奈は背後から園子を羽交い締めにして動きを封じた。

 

「...ふふっ♪さっきのそのちゃんの技、使わせてもらったよ。」

 

「うぐっ...!」

 

「園子!!」

 

「......。」

 

東郷はなんとかして園子を救おうとするが...

 

「駄目だ...どこに撃ってもそのっちに当たる...!」

 

「撃ってみなよ東郷さん。...私に当てられるものならね。」

 

「わぁぁ~!園子ちゃんが人質に!!どうしよどうしよ!誰か~!!」

 

雀は喚いて助けを呼ぶが、まだ周りの星屑たちの殲滅は終わっていない。

 

「......私をこうしてどうするつもり?ただの時間稼ぎになるだけだよ。わっしーが撃てなくてもそのうちみんながバーテックスを倒して戻ってくる。」

 

「もちろんわかってるよ。...だからこうするの。」

 

友奈はそう言うと、何を思ったのか手の力を緩くした。

 

(えっ...?)

 

その瞬間を見逃さなかった園子は困惑しながらも拘束を解き、振り返って友奈の喉仏に向かって槍を振るう。だが......

 

「当然、そうするよね。」

 

「...!!!」

 

園子の動きは読まれていた。槍は友奈に掴まれ、攻撃は不発。そして......

 

「そうそう、この距離だよ。あんなに近いんじゃ威力でないからね。......そのちゃん、ちょっと痛いけど我慢して。」

 

「.........っ...!!」

 

友奈はそう言い、拳を強く握ってから園子の顔面に向かってものすごい速さの裏拳をくらわせる。

 

 

バギッ!!!

 

 

聞いたことのない鈍い音を立て、園子はそのまま頭からぶっ飛んで木に激突して倒れた。友奈の放った裏拳は間違いなく今までのどの攻撃よりも鋭く、重い攻撃だった。

 

「!!!......園子っ~!!!」

 

「そのっち.........嘘.........!」

 

銀は悲痛の叫びをあげ、東郷は絶句する。

 

「大丈夫、殺しちゃいないよ。しばらくは気絶してるか、脳震盪を起こして立てないかのどっちか。そのちゃんがいたら邪魔だったから、しばらく寝ててもらおうと思って。」

 

友奈の言うとおり、園子はうつ伏せになったまま動かない。

 

「...!!」

 

と、次には友奈が地面を蹴っていた。その瞬間...そのときには既に東郷の目の前に立っており、銃を奪い取って投げ捨て、キスするくらいの近さで東郷に言った。

 

「東郷さん...あなた何してるの......?」

 

「......ぇ...?」

 

「東郷さんはそのちゃんと私、どっちの方が大事なの?どっちの方が好き?」

 

「.........。」

 

「答えてよ東郷さん。もちろん私だよね?東郷さんは...私の味方で居てくれるよね...?」

 

「......も、もちろん私は...友奈ちゃんの...味方......」

 

「じゃあどうして私に撃ったの?おかしいよね?矛盾してる。東郷さんは私のこと大好きなはずでしょ?大好きな人に銃を撃つなんてどうかしてるよ。」

 

友奈は早口で攻め立て、東郷は思わず腰が抜けて尻餅をついてしまう。そんな彼女を見た友奈はしゃがみ、また顔を近づける。

 

「だって......それは友奈ちゃんのためなのよ...!!あなたを救うために...」

 

「それは間違ってるよ。......私を救うために必要なことは、私を倒すことじゃない。」

 

友奈はそう言うと、銀たちのいる方向を指さした。

 

「あの人間たちを殺すことだよ。」

 

「!!......何言ってるのよ...。いい加減にして!!」

 

「...いい加減にするのは東郷さんの方だよ。」

 

友奈は両手で東郷の頬を包むようにして訴えかける。

 

「いい?私は友奈だよ。いつも一緒に遊んでたじゃない!いろんなことしたよね~。...初めて会ったとき覚えてる?入学前は一緒にお花見行って、入学してからは勇者部に入っていっぱい活動したよね。勇者部五箇条も考えて...。勇者のお役目がきてからは大変だったけど、みんなで乗り越えた。苦しかったけど散華にも耐えたしみんなで頑張って戦ったよね。......今までたくさんの思い出を東郷さんと作ってきた。たくさんの時間を東郷さんと過ごした。...私にとって東郷さんは他の何にも変えられない...かけがえのない親友。少なくとも私は、あなたを一番愛してる。......あなたはどう?東郷さん...?」

 

友奈は目を潤しながら東郷の目の中に入り込んでしまうのではないかと思うくらい近くで言った。

 

「私のこと...どう思ってるの...?」

 

「ゆ、友奈ちゃん...?」

 

「そう、私は友奈。...姿も声もそうでしょう?他の何者でもないよ。」

 

「須美っ!惑わされんな!天の神の演技だ!!」

 

「銀ちゃんも冗談やめてよ。私が友奈かどうかは、一番長い時間一緒に過ごした東郷さんが一番よくわかってるよ。」

 

「......ゆ...友奈ちゃん...私も......!!」

 

「ん...?なに、東郷さん。」

 

「私も......あなたのことが大好き!一番の親友で...一番大切に思ってる...!!友奈ちゃんも同じように思ってくれてるなんて、とっても嬉しい...!!」 

 

その言葉を聞いた友奈はニッと笑ってみせる。

 

「そう...。そうだよね。東郷さんはそうじゃなくっちゃ。安心したよ、てっきり嫌われたかと。」

 

「私が友奈ちゃんを嫌いになるわけないじゃない!!」

 

東郷の目は先ほどのものとは違っていた。

 

「おい...嘘だろ須美...!」

 

「東郷さん...おかしくなっちゃったの...?」

 

銀たちは遠くからその光景を見ることしかできなかった。

 

「じゃあじゃあ東郷さん!さっき私にしたことは許してあげるから、代わりに私のお願い聞いてよ!」

 

「友奈ちゃんの頼みなら、なんでも聞くわ!!」

 

東郷は自信満々にそう答える。もうすっかり洗脳されてしまっているようだった。

 

「なんでも?本当に?」

 

「ええ!そうよ!なんでも!!」

 

「そっかぁ...。じゃあ......」

 

友奈はまたニッコリ笑い、東郷の肩に手を置いて告げた。

 

「私のために......今ここで死んで!」

 

「..................え......?」

 

友奈のその言葉を聞き、東郷は当然ながら困惑する。

 

「なんでも聞いてくれるんだよね?だったら私のために死んで欲しいの!わかるよね?」

 

「え...?ちょっと...え...?ごめんなさい、わからないわ...。死んでって...友奈ちゃんは私のこと親友だと思ってくれてるんでしょ?一番好きなんでしょ...?じゃあなんで...」

 

「だからだよ!」

 

ますます彼女の言っていることがわからなくなってくる。

 

「......好きだから殺すの。そうすればあなたは一生......私の物...♪」

 

「そんなことしなくたって私は友奈ちゃんの...」

 

「え、ねぇなんでも聞いてくれるんでしょ?」

 

「......!でもそれはさすがに...」

 

「話が違うよ。また私を怒らせる気?」

 

「ち、違う!そんなつもりはなくて...えっと、その...。」

 

「まあ、いいや!...東郷さんが自分でできないなら私がしてあげる!」

 

「......へ...?」

 

すると友奈は拳を上げ......

 

「......さよなら、東郷さん。」

 

「や、やめて......友奈ちゃ...」

 

 

グシャッ...!!

 

 

そのまま振り下ろした。

 

『...!!!』

 

「............は......?」

 

それを見ていた周りの者は何が起こったのかわからなかった。なぜなら、一瞬で東郷の"形"が消えたからだ。友奈の振り下ろした拳は東郷の顔面に当たったと思ったのだが、そのときには頭ごと吹き飛んで消えていたのだ。まるで水風船のように破裂した。一体どのような力で殴ったらこんな風になるのか。赤い液体が辺りに飛び散り、胴体だけとなった体は地面にドサッと倒れた。

 

「............は...?...え.........?す、須美...?」

 

「なに...これ......うぇぇ...!」

 

雀は気分を悪くし、えずいて座り込んだ。

 

「さて...これでやっと一人目...♪」

 

友奈はそんな二人の反応も気にとめず、不気味に笑いながら拳についた赤い液体をペロッと舐めた。

 

「......おい...天の神...!」

 

「ん?どうしたの銀ちゃん。」

 

「どうしたのじゃねぇよ...!須美に...須美に何をしたんだ!!」

 

「えぇ?見ればわかるでしょ?...殴って殺してあげたの。まあ、力入れすぎて原型なくなっちゃったけど。」

 

「いや殴ってって...。パンチでこんなになるわけないだろ...!なんかのマジックかトリックなんだろ!?本物の須美はどこにやったんだ!!」

 

「あーあ、すっかり気が参っちゃってるね...。現実逃避?......受け止めなよ。東郷さんは死んだの。」

 

「嘘だ...。嘘だ嘘だっ!!須美が死ぬわけない!そんなの絶対あり得ない!!」

 

銀は今にも涙を流しそうな声で叫ぶ。

 

「須美を返せ!!返せっー!!!」

 

銀はそう言いながら友奈に突っ込み、ポカスカ殴る。友奈にとってはつっつかれているのと変わりない。

 

「自分から来てくれるなんて、手間が省けたよ。...大丈夫だよ銀ちゃん。すぐに東郷さんに会わせてあげるからね。」

 

「このっ!このぉっ!!よくも須美を!須美をっー!!」

 

銀は涙を流しながら友奈を殴り続ける。そんな暴れる銀のことを、友奈は片手で彼女の首を絞めて止めた。

 

「.........うぐっ...!」

 

そのまま体が浮き、銀は拘束を解こうとジタバタ足掻く。

 

「ぎ、銀ちゃん...!!」

 

「...量産型はそこで見ていろ。それとも、お前もこの人間のように頭部を消し飛ばされたいか?」

 

「......!」

 

その言葉を聞いた雀はまたもや動けなくなる。

 

「......ふん、勇者とソナタたちの違いはそこだ。」

 

友奈は雀を見下しながら園子が倒れている方を見た。

 

-------

 

(............う......あれ......私...やられちゃった......?)

 

園子は頭の中で考える。

 

(なに...されたんだっけ......吐き気がすごい......くらくらする......地面と空が合体してるみたいな感覚...。あ......体も動かないや...。)

 

園子はわずかに片目を開けながら状況を確認する。

 

(そうだ......攻撃を正面から受けて...。そりゃこうなるか。たぶん顔の骨も...折れちゃったかな......麻痺してたところがだんだん痛くなってきた...。)

 

園子はなんとかして動こうと努力する。やっとのことで首を動かすことに成功する。そこでまた気づく。

 

(あ......私、右目開かない...。前歯も...折れちゃってるねこれ...。あー、大人の歯なのに。......でも、みんなは...?)

 

裏拳で殴られた顔の右側は大ダメージを負っていた。右目は潰れ、頭、鼻、口からは大量出血。おそらく鼻の骨も折れているだろう。だがそれでも園子は諦めていなかった。

 

(なんとかして......体を動かさなきゃ...。私がやられて今誰が相手してる?にぼっしーたちは戻ってきた?わっしーたちは?...私の怪我はどうでもいい。誰かがやられてなきゃそれで...)

 

「そ~のちゃんっ!」

 

(...!!)

 

いろいろと考えている間に、話しかけられる。この声は...そうだ。妙に明るい。園子はとても嫌な予感がした。

 

「そのちゃん起きてる?起きてるよね!左目だけだけど開いてるもん!右っ側は血だらけだけど。...ねぇねぇあれ見てよ!」

 

そうすると指差す腕だけが視界に現れ、園子は声のままにその方向を見る。そこには...

 

(......え.........なに...あれ......)

 

「...ふふっ、東郷さんだよ。」

 

(............え...?)

 

「.........ソナタが守りたかったものは、また守れなかったのだ。我がまた壊してやった。...ソナタの大事なものの中のひとつだろう?」

 

「............う......かっ............くぅっ.........!」

 

園子は何か訴えかけようとするが声に出ない。先ほどから聞こえてくるのは声のみ。声の元はどこにいるのかわからなかった。すると...

 

「...実はあなたに見せたいものが、まだあるんだ!私を見て!」

 

と言ってきた。園子は無理やりにでも首を動かして先ほどから声が聞こえてくる方を向いた。

 

「............あ......!」

 

そこには首を掴まれ、そのまま宙に浮いている銀がいた。銀はずっと苦しそうにあがいており、友奈は余裕の表情を浮かべながら銀を見ていた。銀を支える支点は首だけ...相当な不可がかかっているに違いない。

 

「......さて、これからどうしようか。このまま首を絞めて殺すのも悪くないが...ソナタがあることを行えばやめることも考えなくはない。」

 

「......!」

 

「ソナタたちは我を殺そうとした。だからこれは正当防衛だ。人間の法律でも本来ならば許されること...。それを我はソナタが行動を起こせば許すと言っているのだ。乃木の末裔よ。」

 

「.........な、......なに.........を............した...ら......」

 

顎の骨も外れているのか、口が上手く動かない。

 

「わからないのか?簡単なことだろう。それともそんなこともわからぬ頭脳なのか?悪い行いをし、許しを乞いたいとき人間はどうする?東郷は殺してやった。だがまだ三ノ輪銀は生かしておいている。それをされたくないときどうする?」

 

「............や...やめて......!......ミノさんを......はな...して......!」

 

「そうじゃないだろう...?」

 

友奈はそう言うと額に血管が浮き出、握力を上げる。

 

「うっ.........!かあっ.........。」

 

銀はさらに苦しんでジタバタ動く。それを見た園子は我慢できなくなり、慌てて言い直した。

 

「ごめん...なさい......。ミノさんを......放して......ください......!」

 

その言葉を聞いた友奈はニッと口角を上げてにやけた。

 

「なんだ...?聞こえなかったなぁ...?」

 

友奈はわざとらしくそう言う。逆らえない園子はもう一度言った。

 

「ごめんなさい...。」

 

「なんだ?まだ聞こえんぞ。」

 

「ごめん...なさい......!」

 

「もっと大きな声で。」

 

「すみません...ごめんなさい......。」

 

「まだまだだ!小さいぞ声が!!」

 

友奈は怒鳴りつけ、園子の顔を足で踏みつけた。そのままグリグリと動かし、園子はさっきの怪我をさらに傷つけられて悲鳴をあげる。

 

「あ......あああああっ......!」

 

「それくらいで我が許すと思ったか?ソナタがやろうとした行いは『神を殺す』という大罪!...いつから人間はそうなってしまった?自分たちの目の前には現れてくれないが、それでも神の存在を信じ、尊び、敬い、祈り...崇高していた頃の人間はどこにいった!?我はいまだに信じられぬぞ!ソナタのような人間が生まれたことが!!」

 

友奈は興奮し、さらにグリグリと足を動かすスピードをあげ、力も込める。園子はそれに比例してさらに苦しんだ。

 

「許しを乞ったところで...許すわけあるまい。我はただ我が絶大なる力に屈し、心が折れたソナタの情けない言葉を聞きたかっただけだ。おかげで今は清々しい気分だ。......だが足りぬ。我がソナタから味わさられた屈辱に比べればな。」

 

「ごめん...なさい......ごめん...なさい......お願いだから...ミノさんを...放して......!もう殺さないで......。もう、やめて.......。地獄はこれ以上...見たくない......!」

 

「フン、最初に言ったとおり皆殺しだ。それは変わらない。これがソナタの味わう最後の地獄だ。たっぷり味わえ。」

 

友奈はそう言い、園子の顔の上から足をどけた。すると今度は彼女の顎を掴んで強引に首を上げさせる。

 

「よ~~く見ていろ。ソナタが命懸けで守った親友が、せっかく変えた未来が一気に壊される景色を。」

 

「......ダメ...!」

 

そしてそのまま銀の首を掴む力を入れる......ときだった。

 

「やあ~~!!」

 

 

ドガッ!!

 

 

情けない声と共に、横から盾で体当たりされて友奈の体は地面に転がる。そのおかげで銀は彼女の拘束から解かれた。

 

「ゲホッ!ゴホッ!......はぁっ...!はぁっ...!」

 

「ミノさん...!よかった......。」

 

「へへっ...ありがとな、雀。」

 

銀は盾をもってブルブル震えている雀にお礼を言った。友奈に体当たりをくらわせたのは雀だったのだ。

 

「私......怖いのはイヤ...。死ぬのも怖いけど......でも、それよりも...友だちがどんどん殺されていく方が怖い...!どっちもイヤだけど!今はやるしかないと思ったからぁ!」

 

雀は声を震わせながらそう叫んだ。

 

「ぐぬぅ......。ソナタだけは邪魔をしないと思っていたが...。図に乗るなよ、量産型ァ...!」

 

「ひっ...!」

 

「いいだろう...それほど殺されたいなら、先に殺してやろうっ...!!」

 

「ヤバい...やっちゃったやっちゃった...!私殺されちゃう~!!」

 

雀はまたそう言って泣き始めた。友奈が雀を睨み、地面を蹴ろうとしたとき、

 

 

ザシュッ!

 

 

「ぐうっ...!?」

 

友奈の背中に一振りの斬撃が入る。牛鬼がそれを守り、また満開ゲージが減った。

 

「くっ...もう戻ってきたか...。いや、時間稼ぎはできた方か...。」

 

ダメージを与えたのは夏凜だった。夏凜は何も喋らずに友奈を睨んでいる。そして周りを見渡せば、いつの間にか他の勇者たちも友奈を取り囲んで同様に睨んでいた。

 

「......。状況は元通り...か。」

 

夏凜はまた友奈に斬りにかかり、友奈はそれを避けて囲まれている中の中心に立った。そして夏凜は園子の前に立って言う。

 

「園子。もう二度と、あんなヤツなんかに頭下げんじゃないわよ!!」

 

「......!」

 

「私たちが謝る義理なんてない。悪いのは全部、あいつなんだから...!」

 

夏凜は東郷の亡骸をチラッと見ると、歯を強く食いしばって続ける。

 

「...行きなさい園子。作戦は失敗...芽吹も依然、目を覚まさない。プランCに移行よ...!」

 

「.........。」

 

園子は自力で立とうとするが、まだ視界はぐらぐらしたままで上手く立ち上がれない。

 

「立てるか、園子。」

 

と、そこへ銀が駆け寄ってきて園子に肩を貸す。

 

「ありがとう...ミノさん......。」

 

「......あたしも戦えたらな...。自分が無力すぎて...悔しい...!...できることはこれくらいしかない。鉄男のところへ行くぞ!」

 

「加賀城もついて行け!」

 

「え、私も?」

 

「そうだ!ここにお前がいたってしょうがねェだろ!」

 

「ごもっともです、シズクちゃん。」

 

前線から離れられるとなると雀はすぐに言うことを聞いた。

 

「ソナタたち、我が見逃すこと前提で何を話している...?逃がすわけなかろう。また過去に戻られて新たな計画でも練られたらとんだ迷惑だ。」

 

「いいや、園子さんたちは私たちが逃がします!」

 

樹はそう言って園子たちに逃げるようにアイコンタクトを送る。

 

「よし...行こう、ミノさん...チュン助!」

 

「だから......逃がさんと言っておるだろう!!」

 

「園子さん!残念ですけど、計画は失敗しました...。過去に戻るなら、もう無茶してもいいですよね!?」

 

「い、いっつん...!?」

 

「満開っ!!」

 

樹はそう叫び、香川県上空に大きな花を咲かせる。現実世界で満開をしたら、特大花火と同じくらいだろうか。緑色の光が夕方の砂浜と近くの町までも照らす。

 

「何っ!?満開だと...!」

 

友奈もそれは想定外だったらしく、

 

「園子さんたちを...追わせはしません!!」

 

樹はそう言って空に手をかざす。すると次の瞬間、糸が雨のように降ってきて友奈を取り囲んだ。

 

 

ザッザッザッザッザッ!!

 

 

降ってきた糸は激しく音を立てながら砂浜に突き刺さる。

 

「な、なんだこれは...!?」

 

「やあっ!!」

 

そしてまた糸を操って檻状にし、友奈を閉じ込めた。

 

「すごいわ...樹...!」

 

「本気になった我が妹は...いつからこんなに恐ろしくなったのだろう...。」

 

友奈は殴って破壊しようとするが、それを躊躇った。

 

「少しでも触れたらバラバラになりますよ。...あなたはこの檻を壊せません...!」

 

「......。そのようだな。ソナタの武器の恐ろしさは我もよく理解している。...やってくれるではないか。」

 

樹の活躍もあり、園子たちはその間に逃げることに成功する。

 

-------

 

----

 

--

 

「ごめんみんな...!ありがとう...!」

 

「それでそれで!?逃げたはいいけどこれから私たちどこ行くの!?」 

 

「とりあえずあたしの家に行こう!鉄男が待ってるはずだ!道は案内するから。」

 

園子はもう動けるようになり、銀を背中におぶりながら最速スピードで三ノ輪家を目指す。

 

(第45話に続く)



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【第45話】Legend

 

「鉄男っー!鉄男~?」

 

園子たちは三ノ輪家に到着し、銀が真っ先に家へ入って鉄男の名を呼ぶ。しかし、

 

「おっかしいな...今日は家にいろって言ったのに~。」

 

鉄男どころか、家族全員家にいなかった。家の照明はすべて消えており、真っ暗だった。

 

「どっか出かけてるのかな...?おじゃましま~す。」

 

雀と園子は変身を解き、家の中に入って家中捜索する。しかし...

 

「やっぱりどこにもいないね、鉄男くん。」

 

「ミノさん、なんか言ってなかった?」

 

「いや...何も聞いてないけど......あっ、」

 

と、ここで銀があるものを発見した。それは冷蔵庫に磁石で貼られているメモ用紙で、そこには『少し買い物に行ってきます!お腹空いたらお菓子でも何でも食べててネ。』と書いてあった。

 

「これってつまり......鉄男くんはお母さんたちと一緒に買い物に行っちゃったってこと?」

 

「...そういうことだね~。」

 

「鉄男のヤツ!忘れちゃったのか!?...お手伝いは大切だけど...状況が状況だろ!」

 

「まあまあ、てっちゃんはこんなことになってるなんて知らないわけだし...。」

 

「そうだとしても!......。」

 

すると銀はのぞき込むようにして園子の顔をじっと見つめる。何かと思って彼女を見返すと、銀は言った。

 

「園子、お前顔洗え。」

 

「えっ?」

 

「血だらけだからさ...。それじゃ目に血が入るぞ。」

 

「あっ...そうだね。わかった。洗面所借りるね。」

 

「ああ。」

 

園子が顔を洗っている間、雀は居間に座ってのんびりしていた。一方銀は腕を組みながら外を見ていた。

 

「銀ちゃん...みんなのこと気になるの?」

 

「......。」

 

「...きっと大丈夫だよ。樹ちゃんが満開?っての使って閉じ込めてたし。満開ってすっごいんでしょ?普通の状態の時とは比べものにならないくらいの力が手に入るって。いくら天の神が強すぎてもみんながあれになったら勝てないと思うな。」

 

「いや...。」

 

「えっ?」

 

「...天の神も満開を使っていた...。」

 

「ええっ!?本当!?なんでわかったの!?」

 

「逃げてる間、後ろを振り返ったら砂浜の方から桜色の鮮やかな光が見えた。...その色は間違いなく友奈の色...!たぶん、満開ゲージだいぶ減らされてたから完全な満開はできなかったと思うけど...一瞬だけなら...。...あの樹の檻を破るくらいならできたはずだ。」

 

「ええっー!?それヤバいじゃん!こっち来ちゃうじゃん!ここでのんびりしてる場合じゃないじゃん!」

 

「おいおい...さっき自分で言ってたじゃないか、雀。」

 

「えっ...?」

 

「夏凜たちはそんな簡単に負けない...だろ?私は念のため警戒してるだけだよ。」

 

と、そこで園子が小走りで戻ってくる。

 

「おまたせ~!...水しみるしちょっと顔触っただけでも痛むから時間かかっちゃった~。」

 

「園子ちゃん...目は...?」

 

「ああ...やっぱり左目は失明しちゃったみたい。まぶたの中でグチャッと潰れちゃってるよ~。」

 

「そ、そこまで詳しく言わなくてもいいよ...。」

 

雀はその様子を想像してしまい、少し気持ち悪そうにする。

 

「...それじゃミノさん、行こうか。」

 

「そうだな。鉄男に会いに。」

 

「買い物行ったって書いてあったけど、どこに行ったのかわかるの?」

 

「もちろんだ!買い物と言ったらイネスしかないだろ!?」

 

「いや...私は知らないけど...。」

 

「ええっ!?そっちにはないのか!?」

 

「う~ん...まあ、ショッピングモール的なのはね......」

 

「あの~...その話今は置いておいてもらっても?」

 

話が広がる前に園子が止める。

 

「おっとそうだった。急がなくちゃな。」

 

三人は家を出、変身してイネスへ向かおうとするが、

 

「...やっぱりチュン助はここに残ってくれない?」

 

「...え?」

 

「ほら、もしかしたら知らないうちにすれ違いになっちゃうかもしれないし。」

 

「そっか...。その可能性もあるかもな。あたしたちも注意しながら行くけど、もしあたしの家族が帰ってきたら連絡してくれ。」

 

「OK~わかった。」

 

雀は頷いて変身を解く。こうして彼女は三ノ輪家宅に残ることになった。

 

「...気をつけてね、二人とも。」

 

「うん...。行ってくる!」

 

最後に別れの挨拶をし、園子は銀をおぶってイネスへ向かった。雀は跳んでいく二人の後ろ姿を見ながら見えなくなるまで見送った。

 

「はぁ...私ひとりになっちゃったぁ。......ん?待てよ...もし天の神がタイムリープを止めようとしてこの家に来たら......私死ぬじゃん!殺されるじゃん!」

 

雀はここからすぐさま逃げたくてしょうがなくなったが、もう一度約束してしまったことだ。

 

「どこか絶対に見つからないところに隠れて待とう...。なんとしても生き延びろ、加賀城雀ぇ!」

 

-------

 

----

 

--

 

先ほどまで綺麗な夕日が見えていたのに、いつの間にか灰色の雲が空全体を覆っている。

 

「ひと降り来そうだな...。」

 

「そうだね、早く見つけよう!」

 

ようやくイネスに到着し、園子は一般人に怪しまれないように変身を解く。しかし、イネスの入口まで小走りで行ったとき、二人はここに降り立ってから感じていた違和感を口にする。

 

「...なぁ園子...おかしくないか?」

 

「うん...。私もそう思ってた。」

 

「不自然すぎるほど人がいない。ってかひとりもいないぞ。...イネスに人がいないなんてあり得ない...。」

 

「ミノさん...警戒しながら捜そうか。」

 

「...そうだな。とりあえず中入ろう。」

 

自動ドアは普通に開いた。エレベーターもエスカレーターも動いている。二人は手分けしてイネス館内を走って見て回った。しかし...やはり変だった。

 

「園子ー!見つかったか?」

 

「まだ...。いやそれ以前に...。」

 

「ほんと、不気味だよな...。イネスにいるのはあたしらだけ、普通に営業してるっぽいのに店員さんすらも見当たらない...。」

 

イネスの中に響くのは銀と園子の声だけだった。人間まるごとガランと消えており、この状況を見て銀は思わず口にする。

 

「......まるで...人間が絶滅しちゃったみたいだ。」

 

「でもね、ミノさん...フードコートで誰かが食べてた形跡もあったし、お店もお好み焼きとかラーメンとか、作り途中の物があった。私たちが来る直前まで、人はいたんだよ。」

 

このわけがわからない現象に、二人は背筋を凍らせる。実に気味が悪い。そして二人は同時に出口へ向かって走り出した。

 

「とにかく!ここにいても無駄だ!!外に出て鉄男たちを捜さないと!」

 

「そうだね!もう帰っちゃったのかも!」

 

二人はイネスを出て今度は下道から鉄男たちを捜そうと、敷地内を出ようとしたとき...

 

「あれぇ~?遅かったねぇ銀ちゃん、そのちゃん。」

 

『...!!』

 

どこからか声が聞こえてきた。そして二人はその声に聞き覚えがあった。当然だ。...つい先ほど、その声の主から死に物狂いで逃げてきたのだから。

二人はすぐさま振り返って見上げると、大きなイネスの看板の上に足を組んで彼女は座っていた。相変わらず余裕をかましている。彼女はふふっとニヤけると、スッと跳んで二人の約20m先に着地した。

 

「天の...神...!先に来てたのか...!」

 

「なんでこの場所に...!?まさかもうミノさんちを...」

 

「いや、まだ行ってないよ。そんなことよりぃ...あなたたちの捜し物はあれでしょ!」

 

彼女はそう言い、遠くにある街頭を指差す。そこには...

 

「!!!......鉄男っ!!」

 

腕を後ろに回され、街頭にくくりつけられている鉄男がいた。どうやら気を失っているらしく、ぐったりして動かない。

 

「そんな...最初来たときにはあそこにいなかったのに...!」

 

「ふふふっ、驚いたぁ?...まあ、驚かせたくてやったんだけどね。」

 

「.........鉄男に...何をした......。」 

 

銀は下を向いて拳を強く握っていた。彼女の腕はプルプル震えている。園子は隣で、銀がこれまでに見たことないほど怒っているのだと感じ取った。

 

「ん?なに銀ちゃん。これだけ距離が離れてるんだから、もうちょっと大きな声で言ってくれないと。」

 

「鉄男に......あたしの家族に......何をしたんだっー!!!」

 

「あぁ、大丈夫。鉄男くんにはちょっと眠ってもらってるだけ。他の家族は......。あっ、イネスにお客さん全員いなかったでしょ?それ、私がやったんだ!」

 

「まぁそうだろうね...。で、その人たちはどこにやったの?全員消すなんてあなたひとりじゃできないよね?」

 

「そうだねそのちゃん。私ひとりじゃできない...。だから隷を使ったんだ。」

 

「しもべ...?」

 

「そう!私のかわいいかわいいバーテックス...。」

 

『...!!』

 

その言葉を聞いたとき、二人の顔は一瞬にして青ざめる。

 

「お前...まさか...!!」

 

「そのまさかだよ。ちょうど私は三ノ輪家に向かっているとき、イネスの上空付近で鉄男くんたちが帰ってるのを見かけたんだ。でも空からいきなり人間が降ってきて、鉄男くんだけをさらうなんてことしたら周りの人間み~んなに見られちゃう。だから......」

 

友奈は指を鳴らす素振りを見せ、もったいぶってから言った。

 

「...さっきみたいにこうやって......それっから食べてもらったんだ♪周りの人間み~んな。...血をこぼさないように、骨も残らないようにね。大変なんだよ?私の隷たちって食べ方汚いから。」

 

「なに言ってんだお前......!!」

 

銀は思わず一歩前に出る。そんな彼女を、園子は冷静に肩を掴んで止める。そして友奈に問う。

 

「.........メブーたちは?」

 

「...!...そうだ...どうしたんだよ...!なんでここに来れた!?」

 

「そのちゃん、また忘れちゃったの?次私が言ったら三回目だよ?」

 

「.........そんなこと、言いたくないよ...!」

 

「ふ~ん...。ってことは内心わかってるってことだね。」

 

「...。」

 

「は...?何が言いたい!」

 

「銀ちゃんは鈍いなぁ。それとも信じたくないだけ?...なら、これでどう?」

 

友奈はそう言うと、腰に手を回して一つのスマホを取り出した。すると二人の方向へゴミを捨てるように投げ捨てる。

 

 

カラッカラッ!

 

 

「...!!こ、これは...!?」

 

近くまで飛んできてそれは転がった。そのスマホは一部だけ不自然に赤く染められており、どこか不気味だった。

 

「...夏凜ちゃんのスマホだよ。ちょっと借りてきたんだ。」 

 

「『借りてきた』じゃねぇ!!なんなんだよこれ...!この......赤いやつ!!夏凜たちに何した!!」

 

「え?銀ちゃんまだわかんないの?...わかったよ、ならもう言うよ。全員やっつけてきたの。だから、汚れてるのは我慢して。」

 

「やっつけて...きた......?この短時間で...?ありえないっ...!!」

 

困惑する銀に構わず、友奈はひとつため息をついてから勝手に喋り出す。

 

「ねえねえ二人とも!!今からゲームしない?ゲームゲーム!!」

 

「今度は...なに考えてるの?」

 

園子の声にも怒りが籠もっているように聞こえる。

 

「あの街頭に鉄男くんを縛り付けたのは今から言うゲームを始めるため!そのちゃんが無事あそこにたどり着き、鉄男くんと接触して...過去に戻れたらそのちゃんチームの勝ち!でも...その前に私があなたたち二人をやっつけたら私の勝ち!どう?おもしろいでしょ!?」

 

「お前...ふざけるのもいい加減に......!!」

 

「いきなりそんなこと提案するなんておかしいね!あなたは最初、どうしても私が過去に戻ることを阻もうとしたのに!」

 

「...まあ、こうやって間に合ったわけだし...なにより今の私は、負ける気がしないからね。」

 

「......園子...まさかお前、あいつの提案に乗ろうってんじゃないだろうな...!」

 

「でも...そうするしかないよ。あいつの手の中にてっちゃんがいる限りは......あいつとの戦闘は避けられない。」

 

「...。」

 

「私の挑戦状、受けるしかないよね?...さあ!銀ちゃん!そのスマホを拾って?それがあれば...あなたも参加できるでしょ?」

 

「...!そうか...だからあいつは夏凜のスマホを...!」

 

「いや!!あなたの相手は私だけだよ!...ミノさんは戦わせない!」

 

「...ダメだ、園子。」

 

「えっ...?」

 

銀は歩き出して手前に落ちている夏凜のスマホを取りに行き、拾った。そして制服のポケットからハンカチを取り出して付着している血を拭き取った。それから仁王立ちで友奈に強い視線を送って言った。

 

「お前の相手は...あたしだ!!」

 

「ミノさん!?」

 

「ふふっ...そうこなくっちゃ!!」

 

「ミノさん!それじゃ本当にあいつの思い通りだよ!」

 

「ああ、そうかもな。...だけど、さっきの戦いぶりを見るに園子ひとりじゃ鉄男の所にたどり着くのは無理だと思う。だから...あたしが園子を守る...!ブランクあるし、あたしがいても勝つのはキツいかもしれないけど...お前を鉄男のところに行かせることくらいならきっとできる...!」

 

銀は夏凜のスマホを強く握る。よく見たら細かい傷だらけだった。それはこれまでの戦いの歴史を物語っていた。

 

「感動的だねぇ...。銀ちゃんが変身するの何年ぶり?私、中学生の銀ちゃんが変身するのを見るの初めてかも。あっ、それはそのちゃんもか?」 

 

「ミノさん...。」

 

「そんな心配そうな顔すんなって!...あたしを信用しろ、園子。それに今のあたしは...怒りでふつふつ燃え上がってんだ。...怒ったあたしは強いぞ。」

 

銀はそう言うと、勇者システムを起動させる。

 

「おおっ♪...やっぱり銀ちゃんにはその赤い勇者服が似合うね。」

 

「久しぶりだなぁ、この感覚...!気分が高ぶってきた...!」

 

「あなたと戦うの、ちょっと楽しみにしてたんだ。」

 

勇者装束の彼女を、友奈は笑みを浮かべながら見る。一方銀はウォーミングアップとでも言うように剣をブンブン振り回し、先端を友奈に向けた。

 

「後悔すんなよ?...あたしにこれを渡したこと。」

 

(第46話に続く)



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【第46話】What is God?

 

「あなたと戦うの、ちょっと楽しみにしてたんだ。」

 

「後悔すんなよ?...あたしにこれを渡したこと。」

 

「...本当の未来なら、こんなこともありえなかったから。そうだよねぇ?そのちゃん♪」

 

「......!」

 

「あっ、そうだぁ。そのちゃんたちは見てないんだよね?いや...誰も見てないはずだ。......銀ちゃんの最期。」

 

「......えっ...!?」

 

「...やっぱり興味ある?私は見てたんだよ。銀ちゃんがひとりで、三体のバーテックスに挑むところ。私は神様だからね。空から様子を観戦してたんだ。」

 

「三体同時に来たときか?それならあたしら三人で倒したぞ!」

 

「違う違う。それはそのちゃんがタイムリープして過去を変えたときの歴史。...ああ、もう。過去を変えられるとややこしくなるから嫌だよ。」

 

友奈はそう言うと、頬に手を添えながら話し始めた。銀は友奈に向けていた剣を下げる。

 

「我はあのとき...三体同時にバーテックスを送り込んだ。ソナタたちの連携もマシになってきたし、ちょっとした試練程度にな。それにおまけとして我が作り出した十二星座バーテックスの中でも、トップクラスの連携を誇る三体を行かせてやった。...それまでソナタらのお役目はうまくいっていたし、調子に乗っていたからだ。ソナタたちの絆とやらと、我の隷の連携...どちらがまさっているか知らしめるために。」

 

「...!!」

 

「......。」

 

「序盤の結果は想像通りだった。サジタリウスの矢の雨と、その矢をも諸ともしないスコーピオンの毒の尾...そして矢を反射させ、死角を狙うことが可能なキャンサー。ソナタたちは防御に精一杯だったがやがて - - - 二人が脱落した。」

 

そこでポツリポツリと雨が降り始める。

 

「だが、それでも、たったひとりになってしまった『勇者』は立ち上がった。この三体に立ち向かった。...正直我は驚いたよ。こんなタフな人間はこの300年間でも類を見なかった。最終的に三ノ輪銀...ソナタは相討ちにまで持ち込んだ。」

 

すると友奈は両手をバッと大きく広げ、雨が降っていることも構わず、空を仰いで狂喜じみた声で続ける。

 

「そのとき、我は初めて人間に感動したよ!!まさかあの三体を倒し、神樹を守り抜くことができようとは!!...ソナタを見て少し見直した。いやぁ...本当に驚いたなぁ。......本当に...あそこでソナタが死んでくれてよかった。」

 

「......。」

 

「その後まで生きていたら...我にとって脅威になっていたかもしれん。いや......ソナタ、何度か勇者たちを助けていたな?我に刃向かう勇者たちに、ソナタの面影を見た気がする。...どっちにしろ、我が今この姿になってしまっているのは、三ノ輪銀...ソナタのせいでもある。」

 

「は?何言ってんだお前!あたしはこうして生きてるだろ!」

 

「だからそれは今の話だろう。...まあ、死んでもなお勇者たちを助けるのは理解できなくもない。あのような死に方をしたら...当然この世に未練が残るに決まっている。」

 

「...あの時のこと...思い出させないでよ...!」

 

園子は語気を強めて友奈に言う。

 

「...。気になるのではないのか?彼女の最期。ソナタたち二人は看取ってやることもできなかったからなぁ。...二人を安全な場所に避難させた後、我の隷に立ち向かった勇者は...体中に傷を負いながらも戦い続けた。ダメージを受けているとは思えないほどの動きで翻弄し...自分の武器である大きな斧を振り続けた。サジタリウスの矢で全身穴だらけにされ...片腕も貫かれた。それでも斧を振り続けた。...だがそのうち、その負荷に耐えられなくなった右腕は千切れ......。あの時のとても痛そうな叫び声は今でも覚えている...樹海中に響いていたな。」

 

「......!」

 

「それでも恐ろしいことに、彼女は戦い続けた。三体を無事倒した後、そのまま地面に立ったまま動かなくなった。...立ちっぱなしで死ぬヤツがいるか、と我は思ったなぁ。最初は死んだことにも気づかなかった。武器も持ったままだったし、あまりにも突然すぎたからな。それくらい自然に、ソナタは逝ったのだ。」

 

「...それがどうした。」

 

「?」

 

銀はまるで特に何も思っていない感じで話す。

 

「その話は別の過去の話だろ?この未来の話じゃない...だってあたしは今こうして、ピンピンしてるからなぁ!」

 

「つまり...何が言いたい?」

 

「かの神様であろうお方が、存在しない過去を語るのかってことだよ...!」

 

「...なっ、なんだとぉっ...!!」

 

「存在しないってことはだな、もうそのことはお前が勝手に作った作り話にすぎないってことだ!そんな話をされたところで『はい、そーですか』ってなるだけだろ!漫画とかドラマとかでよく言うフィクションと一緒だ!」

 

「ミノさん...!」

 

「......だから園子、気にすんな。あいつはお前の気持ちを惑わせたいだけだ。」

 

「...口を慎めよ人間...!」

 

「お?怒っちゃったか?」

 

「人間ごときが...神に説教などするなぁっー!!」

 

「へっ、セリフが典型的な悪役だな。」

 

銀は剣を構えると、園子に言った。

 

「行け園子!過去に戻って、もっかいやり直すんだ!!」

 

「......!うん、わかった!ありがとうミノさん...!」

 

園子も勇者システムを起動し、横から回り込むようにして鉄男の元へ急ぐ。しかし、

 

「......。」

 

「?...この距離じゃ園子すぐたどり着いちゃうぞ?止めないのか?」

 

友奈は園子が動き始めても何も動かなかった。

 

「...ああ、これでいいのだ。我は...ソナタとの戦闘を楽しむ。」

 

「そうかい...。それなら、こっちの都合もいいっ!!」

 

友奈と銀は同時に地面を蹴り、両拳と二本の刀が交わる。

 

 

ガキーンッ!!

 

 

その際、周囲に火花が飛び散り、額が触れそうなほど両者顔を近づける。

 

「ずっとソナタと戦いと思っていた!我の隷を三体とも倒したソナタと!どれほどの実力なのか、この手で確かめたかった!」

 

 

ギィィィンッ!!!

 

 

剣と拳が弾き合い、その勢いで二人は後退する。

 

「ふーん、あたしに期待してくれてんだな。」

 

「そうだ。楽しませてくれよ?」

 

また同時に二人は動き、剣と拳が激しくぶつかり合う。二人の間合いに入れば一瞬で粉々に消え去ってしまうだろう。それくらいの迫力だった。素早い突き、振り...両者の実力は拮抗している。

 

「やはりすばらしい...!二年も前線から離れていたとは思えない剣技!三好夏凜と楠芽吹よりもずっと上だ!」

 

「それはさすがに...誉めすぎだっ!」

 

銀は剣を二振りした後、友奈の拳の突きを三発、驚異のフィジカルですべて交わし、後ろに大きく跳ぶ。そして...

 

「これならどうだっ...!」

 

イネスの壁に着地し、足をバネに模して使い、そのまま勢いよく蹴ってロケットのごとく友奈に突っ込む。

 

(早い...!)

 

友奈は横に動いてそれを間一髪で避けるが、

 

「まだまだっ!」

 

銀は地面に手を突いて側転からの爆転。今度は街路樹に着地してまた突っ込む。

 

「!!!」

 

友奈はまたギリギリでかわす。だが、

 

「まだだ!お前はいつまで耐えられるかな!?」

 

今度は電柱、その次は街頭、その次はまたイネスの壁...銀は周りの地形を利用して友奈を翻弄する。むしろ銀は地面に接している時間の方が短かった。周りの側面にばかり着地し、蹴っては攻撃、蹴っては攻撃の繰り返し。

 

「ぬうっ...!ソナタ...その身のこなし、勇者と言うより忍だな...!やはり圧倒的戦闘センスだ!」

 

やがて銀は攻撃をやめる。足でブレーキをかけながら勢いを殺し、ようやく地面に立って止まった。

 

「はぁ...はぁ...さすがにこれだけ激しく動くと結構疲れるもんだな、勇者の姿でも。」

 

攻撃がやみ、そこで友奈は初めて気づく。自分の体のいたる所に切り傷があることに。

 

「...!...これほどくらっていたとはな...。すべて避けきれていたと思ったのに...。」

 

友奈は頬から垂れている血を親指で拭い、ペロッと舐めた。

 

「...お前......余裕で夏凜たちを倒してきたとか言ってたけど...あれ、嘘だろ?」

 

「......。なぜそう思う?」

 

「確かにお前がここに来るのは早かった。...けど動きがさっき観戦してたときと比べて鈍い。相当体力を使ったな...?だいぶ手こずったろ!」

 

「......。」

 

「だからあたしの攻撃が、夏凜と芽吹よりも鋭く見えるんだ。そしてなによりも...その脚の傷が証拠だ...!」

 

銀は友奈の左股を指差す。そこには深めのケガがあった。先ほど銀がつけた傷ではない。...友奈はここに来る前にダメージを負っていた。

 

「.........見事だ、三ノ輪銀。さすが...我が見込んだだけのことはある。」

 

「......戦えば誰でもわかるさ、そんなこと...!」

 

「だが、それ抜きでもソナタは強い。その武器だって...これまでで一回しか使っていないのではないか?」

 

「あぁ、そうだな。...でもいいのか?神様よ。園子のヤツ、もう着いたみたいだぞ。」

 

銀は友奈のかなり後ろにある街頭を見ていた。そこに鉄男はくくりつけられており、もう園子が側に立っていた。

 

「......そのようだな。別に構わない。元からそうするつもりだった。」

 

「...?」

 

-------

 

銀が友奈と応戦中 園子側

 

「全然追っかけて来ない...。確かにミノさんの攻撃はすごいけど...無視して追いかけるくらいはできるはず...。もうてっちゃんはすぐ側だよ...?」

 

さすがに怪しいと思った園子は街頭の少し前で立ち止まり、周囲を見渡した。

 

(もしかして...なにか罠がある...?それとも...このてっちゃん自体が罠...?)

 

しかし特に気になるような物はない。園子は一度友奈と銀の方を見る。二人の戦闘は一段落済んだのか、睨み合って何やら会話しているようだった。こちらにまるで意識がなかったので、鉄男に近づいた。

 

「てっちゃん大丈夫!?今ほどいてあげるからね!」

 

園子はそう言いながら腕を後ろに回され、紐でくくりつけられている彼を助けるためほどこうとする。

 

-------

 

その頃 友奈&銀側

 

「どういうことだ...?『そうするつもりだった』って......。」

 

「そのままの意味さ。......ほら、そろそろ聞こえてくるはずた。」

 

「み、ミノさん......ミノさんっ!!!」

 

「!?......どうした園子!!」

 

「てっちゃんが...てっちゃんの手が.........っ」

 

「?...鉄男の手がどうした!!」

 

「............な、ないの......。」

 

「......は...?」

 

「ないの...。...両腕とも...手首から下が......切断されててないんだよ...っ!!!」

 

「!!!!.........な、なんだよそれ...。」

 

「フフフ......あっーはははははははははっ!はははははははははっ!きゃはははははははははははは!!!」

 

園子のその報告を聞いた途端、友奈は突然狂ったように笑い始める。小ぶりだった雨がさらに強くなり、嵐のようになった天候が三人をビショビショに濡らす。友奈は両手で顔を抑え、よろめくようにしながらずっと爆笑している。笑いすぎて平衡感覚が保てていないのだ。

 

「その反応!それを見たかったぁっ...!!ほんと、良い反応するねぇキミたち!一気に絶望したろう!?血の気が引いたろう!?これでもう過去に戻れない!仲間もほとんど失った!キミたちは詰んだんだよっ!!アハハハハハハハッ!!ヒャハハハハハハハハッ!!ヒハハハハハハハハハッ!!」

 

そう言うとクルクル回り始め、大雨の中イカれ狂った舞をする。雨を飲んでいると思うほど天を仰ぎ、笑い続ける。その姿はまさに『狂気』であった。

 

「三ノ輪鉄男の手ならここにある!」

 

友奈はそう言うと、どこからか人間の両手が出てきた。園子と銀はそれを見た瞬間、顔面蒼白になった。友奈はそれを銀の前に投げ捨て、

 

「そのスマホについていた血は、三好夏凜のではない!三ノ輪鉄男の血だ!同じところに入れてたからなぁ、血が着いてしまったんだよぉっ...!あははははははははっ!」

 

「.........。」

 

銀はそれから凛々しい顔になった。それはなんとも言えない表情。いろいろな感情が混ざっているようで混ざっていないようにも見える。園子でも彼女の心情を読み取ることはできなかった。やがて雨によって濡れた前髪が彼女の顔を覆い隠す。

 

「あっ、そうそう!ソナタの家族だけどな、三ノ輪鉄男以外は全員バーテックスの口の中だ!一口で食い終わってしまったがおいしそうに食べていたぞぉ...。よかったなぁ!これでソナタの家族も神の一部だ!もっとも、その家族は聞きたくもないような悲鳴をあげながら食べられていたがな!!あれは傑作だった!!ははははははははははっ!!」

 

すると次には、前髪の僅かな隙間から友奈を睨む目がチラッと見える。その瞬間銀は剣を強く握り、地面を蹴った。

 

「...よし来るか。来い!」

 

友奈はファイティングポーズを取り、真正面から突っ込んでくる銀を迎い撃とうとする。

 

 

グサッ

 

 

「うっ......あ......?」

 

だがその時、背中から鈍い音が鳴った。直にそこからじわじわと痛みが広がり、だんだん力が抜けていく。

 

「なっ......ソナタ......!!」

 

友奈は背中から刺されていた。腎臓辺りを一突き。もちろん正面から向かってきた銀では不可能だ。......その一突きは園子によるものだった。彼女の槍が刺さっていた。友奈は吐血し、視界が徐々に霞んでいく。

 

「......ぐうっ...よくもぉ...!!」

 

園子は槍を抜き、そのまま倒れた友奈に馬乗りになる。

 

「ソナタ...その行動が何を意味するのかわかっているのか...?これは結城友奈の体...!そのまま我を殺せばこの女の命もなくなる...!それでよいのか...!?」

 

その質問に園子は答えなかった。無視したのだ。銀と同様に、園子も怒りの頂点に達していた。冷静な判断などろくにできない状態。そして園子は槍を大きく持ち上げ、刃先を友奈に向けて告げる。

 

「.........死んで。」

 

(第47話に続く)




天の神憑依の友奈は僕が思う最高のサイコパスになるように書いています。
次回もお楽しみください。


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【第47話】Anything goes

途中で書いてるのが楽しくなって長くなってしまいました。


 

園子と銀が天の神と交戦中 その頃、三ノ輪家

 

 

ガシャ...ガシャガシャ...ガラガラ......

 

 

(ひっ...!誰か家に入ってきた...!?)

 

戸が開く音を聞き、雀はさらにうずくまる。押し入れに隠れていた彼女は体を震わせながら目を閉じた。

 

「............め.........す......め.........」

 

(なんか言ってる...!絶対銀ちゃんの家族じゃないよね!?もしかして...もしかしてぇ!?!?)

 

「雀......!いるんでしょ......!?」

 

(あれ...この声って...!)

 

馴染みのあった声に、雀はすぐに押し入れから飛び出して玄関に向かった。そこにいたのは...

 

「!?...メブぅ!?」

 

「はぁ...はぁ...やっぱりいた...。」

 

そこにはボロボロになって倒れている芽吹がいた。必死でここまで来たようで、息も荒く、汗もすごい。何より出血の量とケガの数がひどかった。

 

「メブ大丈夫!?死なないで!死なないでメブぅー!!」

 

「雀...落ち着いて...。園子と銀は...?」

 

「イネスってところに行ったよ!鉄男くんたち買い物に行っちゃったみたいで...それを捜しに行った!...私は鉄男くんたちが途中で帰ってくるかもしれないからここでお留守番してた!」

 

「そう......。天の神は...まだここに来てないのね...?」

 

「そうだけど......園子ちゃんたち結構前に行ったはずなのに...何も連絡ない...。」

 

「えっ...!?......うっ、ゴホッ...ゲホッ...!」

 

「うわわわわ!?メブぅー!?メブが血吐いたぁ!!」

 

「私も...時間の問題だわ...。みんなももう...。」

 

「えっ...?」

 

「私たちは...天の神に敗北した...!生き残りはたぶん私だけ...力振り絞ってここまで来たの...!」

 

「そんな...!しずくちゃんも弥勒さんも...?」

 

「......。」

 

「えぇ...やだよ......。なんでこんな...こんな目に遭わなくちゃいけないのさ...!」

 

「ごめんなさい...雀...。天の神はまだ...力を隠し......ゲホッ、ガホッ...!!.........はぁ...ふぅ......。」

 

芽吹の息もだんだんと深くなっていく。声も最初のときより小さくなっていた。

 

「メブまで...死なないでよぉ!!」

 

芽吹は雀の膝の上でじっと彼女の瞳を見つめる。

 

「あなたは...死んじゃダメよ...。」

 

「うぅぅ~...メぇぇブぅぅぅ~~...!!」

 

雀はいつものように涙を流し、芽吹の顔に次々にこぼれ落ちる。

 

「最期に会えてよかった...。あなたに看取ってもらって...よかった...。」

 

「えぇ...?...!......メブ...?メブったらぁ!!」

 

芽吹は雀の腕の中で動かなくなった。雀はそれから園子たちの決着がつくまでそこで泣き続けた。

 

---------------------

 

一方、イネス駐車場   

 

「.........死んで。」

 

「...!!」

 

園子の槍先は友奈の喉仏に向かって落ちる。さすがに天の神も死を覚悟し、目を閉じた。が......

 

 

ピタッ...

 

 

「...............え...?」

 

槍先は首ギリギリの位置で止まっていた。天の神もその理由はわからず、キョトンとしている。するとそのうち園子が口を開いて呟いた。

 

「......ゆーゆ...。」

 

園子の顔を見た友奈は隙を見逃さず、園子の拘束を解いて蹴り飛ばした。

 

「はぁ...はぁ......あれだけ啖呵切っておいて...直前で思いとどまったか。全く、ヒヤヒヤさせる。」

 

「園子!どうしたんだ...!?」

 

「はぁ...はぁ...ゆーゆが...!」

 

「もうあれは友奈じゃないんだぞ!?お前もわかってるだろ...!お前がやるしかないんだよ!天の神を倒せるのは、同じタイムリーパーの園子しかいないんだろ!?」

 

「違うのミノさん...!私、タイムリープの他にもう一つ能力を持ってる...。それでわかったの。ゆーゆの心は...天の神に支配されながらも呪縛を解こうと抵抗してる!!」

 

「え...!?」

 

「私は相手に触れることでその相手のことをいろいろ知ることができる...。砂浜で触ったときにはゆーゆの存在の欠片も感じなかったけど...今は感じた...!たぶんもう、封印を解きかけてる!」

 

「それは本当なんだな!?園子!」

 

「うん!間違いない!」

 

おそらく、ダメージを与えたことで天の神の力が弱まったのであろう。微かな希望を見いだした園子と銀は友奈の方を見て構える。

 

「はぁ...はぁ......くそっ...やってくれたなぁ、乃木の末裔...。はぁ...はぁ......。」

 

友奈はよろめき、やがて地面に手をつく。ろくに立つことすらも苦しいようだった。

 

「汗が...止まらない...。気持ち悪い...頭が痛む、吐き気も...めまいも....激しい..。」

 

(次の一撃で...仕留めるしかない!...我の体力も残りわずか...次外したら我は完璧にあの二人にやられる!)

 

「くっ...うあああああああああああああっ!!!」

 

友奈は最後の力を振り絞って地面を蹴り、二人に拳を振るった。

 

「そんなわかりきった攻撃...当たるか!」

 

銀はスッと後ろに飛んで軽々避ける。しかし...

 

「!?園子!なんで動かない!当たるぞ!」

 

園子はその場で立ったまま微動だにしなかった。避ける素振りすらも見せない。友奈の拳が園子の顔面目掛けて飛んでくる。

 

「うらああああああ!!」

 

「そ、園子っ!」

 

---

 

ヒュウウウ~...。

 

 

雨と混じって風が吹く。園子は無事だった。変わらずその場に立っている。一方、友奈も同じようにピタッと止まっていた。コンクリートで固められたかのように、あの急激な素早い動きが嘘だったかのようにピッタリと。

 

「な、なんだ...?体が...動かない...。」

 

「え...!?なんで天の神の動きが止まったんだ...?まさか...!!」

 

「......ゆーゆだよ。」

 

「何!?」

 

「ゆーゆが戻ってきたんだ。あなたの封印を解いたの。」

 

「そんなことはありえんっ!!我の封印は絶対!一度かければそれは二度と解かれることは.............あがっ...?」

 

(!?......今度はなんだ...!声も...出せなくなった...!)

 

「そのちゃん!逃げて!」

 

「!!...ゆーゆ...!ゆーゆだね!?」

 

「まじか...!!友奈が戻ってきた!やった!!」

 

銀は二人の元へ駆け戻って喜んだ。

 

「そうだよ...!でも......今こうやって話せてるのもやっと...!早く逃げて!また私は...支配される...!」

 

---

 

(なぜ我の封印を解けた...!?)

 

(がんばって暴れたんだよ!)

 

(!?...そ、それだけか...?)

 

(そうだよ!...もう...友達が傷ついていくのなんて見てられないから...!)

 

(...ならもう一度縛るのみだ!!)

 

---

 

「ゆーゆ...あなたは必ず、私たちが助ける!」

 

「ごめん...ね...二人とも...。ありがとう...!おね...がい...。」

 

友奈はそう言ってから、眠るようにして倒れた。

 

「.........ゆ、友奈...?」

 

「はぁ...はぁ......そのちゃん...?銀ちゃん...?」

 

「!...もしかして友...」

 

「違うミノさん!これはゆーゆじゃない...!」

 

「えっ...!」

 

「はぁ...さすがに騙せなかったか...。」

 

園子と銀はすぐに後ろに下がり、間合いをとる。友奈はよろめきながら立ち上がり、激しいめまいの中で話す。

 

「正直、我は追いつめられて焦っていた...。だから正常な判断ができていなかったのだ。...我は『アレ』を忘れていた...。」

 

「『アレ』...?なんだ『アレ』って!」

 

銀がそう聞くと友奈はニヤリと笑って指をパチンと鳴らした。すると一瞬で友奈の背後に十数体の星屑が出現した。

 

「!...またこいつらと戦わせる気か...!?」

 

「いや、違う...。......はぁ...はぁ...こいつらはさっき、この建物内にいた人間を食べ尽くした隷たちだ。」

 

『...!!』

 

「我はこれで...さらに強くなれる。」

 

友奈はそう呟き、片手をあげて号令をかける。

 

「来いっ!隷たちよ!!...我の力となれ!!」

 

号令を聞いた星屑たちは友奈を食べるようにして集まり、彼女を取り囲んだ。

 

「なんだ!?食べられてる...!?」

 

「ミノさん、これは...結構ヤバいかも。」

 

やがてバーテックスたちは爆発したかのようにはじけ飛び、友奈が姿を現した。

 

『...!!!』

 

「ふっふっふっ...とても気分がいいぞ...。」

 

「傷が...完治してる!?」

 

「なんで...!?お前、さっき何したんだ!!」

 

「隷たちが取り込んだ人間の生命力を貰ったんだ。命とは奇跡...神の力にもなるのだよ。...おかげで傷も体力も元通り。ソナタたちが一生懸命になって与えたダメージも、これで振り出しに戻ったということだ。」

 

「...そんなのアリかよっ...!」

 

「神様はとことんズルいね...。」

 

「勝つためならなんでもする。...そう言えば、我がなぜこんなに早くここに来れたか気になっていたなぁ?お前たちが砂浜にいた頃、我はかなり苦戦していたのに。どうしてこんな一瞬で勇者たちを倒せたのか。」

 

友奈はそう言うと、高く跳んでイネスの屋上に立った。そこから園子たちを見下ろしながら話す。

 

「...体力も回復したことだ。人間の体では負担が大きいから、普通ならこれをやれるのは一日一回限りなのだが...もう一度使えるな。......せっかくだからソナタたちにも見せてやろう。」

 

それから友奈は指で銃の形を作り、人差し指を銃口に見立てて二人の方に指先を向けると...

 

「...ばん。」

 

 

ビュッウ!!

 

 

『!!』

 

友奈が『ばん』と言った瞬間、突如として光の矢のようなものが出現し、二人を襲った。園子は右に、銀は左に、咄嗟に飛び退いてなんとか回避する。

 

「うわぁっ!?これって...!!」

 

「サジタリウスの矢...!?」

 

その矢は駐車場のコンクリートをえぐり、爆発音のようなボガン!という音を立てて地面に突き刺さった。

 

「ふははははっ!どうだ?驚いたろう。...続いてこれはどうだ?」

 

友奈は続いて手をパンパン、と叩く。すると今度は空中にキャンサーの反射板が姿を現した。そして...

 

「...ばんばん、ばんばんばんばんばんばんっ!」

 

反射板に向かって矢を連射する。その矢は綺麗に弾かれ、四方八方から矢が飛んでくる。

 

「!...くそっ!」

 

「ミノさん!こっち!」

 

園子は槍を変形させて傘をつくり、銀を呼んでその中に避難させる。

 

「この感じ...懐かしいねぇ。」

 

「これやったのも三年前くらいだよね...!」

 

続いて友奈は矢を放つのをやめると、

 

「こんなのはどう?」

 

屋上から跳んで右足を振り上げる。すると今度は

 

「...っ!」

 

 

ガキンっ!!

 

 

友奈の足がスコーピオンの毒針に変形し、自由落下と組み合わせて園子たちを襲う。園子はすぐに槍状に戻して対応。槍と針がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 

「おいおい...足まで変わったぞ!友奈の体なのに!」

 

「この少女の体は、すっかり我に馴染んだからなぁ。こんなことも可能になった。」

 

園子は槍を強く振って友奈を弾き、友奈は足を元に戻して着地した。

 

「中身が神様だからって...なんでもありだね。十二星座バーテックス、全員の技を使えるってことかな?」

 

「我はすべてのバーテックスの生みの親。使えて当然だろう?」

 

友奈は拳を振り上げ、地面を思い切り殴る。すると友奈の周りのコンクリートは砕け、その振動が伝わって地震を起こす。

 

「うおおっ!すごい揺れだっ...!」

 

「っ...!」

 

立つのもやっとのほどの地震。だが友奈は平然と立っている。

 

「これはカプリコーンの技だ。...そして次は...」

 

友奈はその場から拳を振るう。その拳には何やら雷のようなものが見えた。

 

「もしかして...電気!?」

 

「その通り。...アリエスの電撃!」

 

「うわあっ!」

 

園子はなんとかギリギリでしゃがんで避け、二発目も跳んで避けた。

 

「フッ...跳んだな乃木の末裔!その行動はお前にとって大きな過ちだ!」

 

跳んだ園子目掛け、友奈は電撃を打ち込む。しかし、

 

 

ジバババババ!

 

 

「ん!?あれは...タイヤ!?」

 

銀が駐車場に停めてある車からタイヤを外し、空中に投げていた。それが盾になったのだ。

 

「へへっ...危ない危ない間に合ったぁ...。地震もやっと止まったな。」

 

「ミノさんありがと~!」

 

「これくらいお安いご用だ!」

 

「......三ノ輪銀、なかなか楽しませてくれる。」

 

次に友奈は片足を軸にしてくるくる回り始めた。すると友奈を目にして竜巻が発生し、周囲の物が風に吹かれる。そのうちその竜巻はさらに大きくなり、周りの車も浮くほどの威力で竜巻に吸い込まれていく。銀と園子はそれぞれの武器を地面に刺し、巻き込まれないように耐える。

 

「うおおおぉぉぉ!?おいおいおいおい!嘘だろぉ!?」

 

「ライブラの竜巻だ...!現実世界でこんなことして...ずいぶんと大胆だね!」

 

「フハハハハハ!さてこれはどうする!?...くらえっ!」

 

友奈は完成した竜巻を投げ飛ばす。

 

「やばいやばいやばいやばーい!!」

 

「ミノさん!こっち!」

 

「えっ?」

 

園子は銀に手を伸ばし、銀はそれを掴む。しっかり掴んだことを確認するとググッと引き寄せて園子は叫んだ。

 

「満開っ!!」

 

薄紫色の光が放たれ、その瞬間一瞬にして竜巻が消える。

 

「......。ほう。そう言えばまだそんなものが残っていたな、ソナタには。」

 

「おお...園子すげぇっ!!」

 

「大丈夫?ミノさん。」

 

「おう!おかげで無傷だ!」

 

銀は園子の片手に抱かれ、大きな船の上に乗っていた。

 

「これは...かなり長引きそうだ。」

 

「そっちがその気ならこっちも出し惜しみなしだよ。お手柔らかにね、神様!」

 

「臨むところだ、人間。」

 

園子は手のひらを友奈に向ける。すると園子の船の周りに浮かんでいた針のような物が一斉に友奈目掛けて飛んでいった。

 

 

ガガガガッ!

 

 

「!!...あれ!?消えたぞ!」

 

全部地面に突き刺さっており、友奈の姿はどこにも見当たらない。目を離さなかったのに消えた瞬間がわからなかった。

 

「当然、こんな分かりきった攻撃は当たらないよね...!」

 

「園子!後ろだ!」

 

いつの間にか友奈は背後におり、拳を振るって攻撃に転じていた。

 

 

ガキンッ!!

 

 

「!...背後はソナタが守る...と言った感じか。」

 

「そうだ!そう簡単にはいかせない!」

 

その攻撃は銀が防ぎ、友奈はまた地面に逆戻り。そして再び友奈は地面に降り立ったと同時に消えた。

 

「!!...まただ...!」

 

「いや、今度は見えたよ。...びっくりだけど、あれはピスケスの力!」

 

「ぴ、ピスケス...?ごめん園子...さっきからだけどあたしバーテックスの名前とかどんな力使うとかよくわかんない...。」

 

「ピスケス・バーテックスは魚座のバーテックス。地面にも潜行できるの。」

 

「ええっ!?...ってことは土であろうがコンクリであろうが水みたいに潜れて、泳げるってこと!?」

 

「うん、そういうこと。」

 

しばらくするとクロールで地面を泳いでいる友奈が現れる。辺りはコンクリートなのに、友奈が泳いでいる周りだけ水のように柔らかくなっているように見えた。

 

「はあっ!?そんなのズルじゃん!こっちの攻撃当たんないじゃん!」

 

「だから厄介なんだよ、あれを使われると。でも逆に...潜っている間は向こうも攻撃できない。体を地面から出さないといけないから。...この満開の力だって、できるだけ温存しておけば時間切れを抑えることができる。」

 

「なるほどな...。つまりあいつを地面から引きずり出せばいいと。園子はこんなゴツいのじゃ難しそうだしなぁ。......よし!」

 

「えっ、ミノさん何するつもり?」

 

「...まあ、あたしに任せておけって!」

 

銀はニコッと笑い、船から飛び降りる。

 

「あたしがヤツをおびき出す!園子はそこを狙え!おとり作戦だ!」

 

「おとり!?そんなことしたらミノさん危ないよ!」

 

「大丈夫!あたしは死なん!......さぁ、どっからでも来い!天の神っ!!」

 

銀は刀を構え、どこから攻められてもいいように警戒する。

 

(ひとりで戦うつもりか...?おびき出そうとしてるんだろうが、それを何を意味するかわかっているんだろうな...?)

 

友奈は深く潜水し、それから一気に浮上する。

 

 

ザバァッ!

 

 

銀の背後からイルカのように友奈が飛び上がってきた。

 

「...!!そこかっ!」

 

「フン...愚かな。」

 

銀は剣を振る。友奈はそれを普通に拳で防いだ。

 

「おかしい...!わざわざミノさんの背後をとったのに、なんであいつから攻撃を仕掛けなかった...?なんで最初から防御の体制をとったの...!?」

 

園子がその理由に気づいたときには既に遅かった。

 

「......さっきの我の攻撃を見て警戒しなかったのか?今の我は電撃による攻撃が可能。」

 

「はっ...!!」

 

「金属は...よく電気を通すだろうなぁ...?」

 

 

バリバリバリっ!!

 

 

青白い光が友奈と銀の周りに一瞬だけ現れる。

 

「ミノさぁぁぁんっっ!!!」

 

「がっ......!」

 

銀の体に電気が流れ、痙攣を起こして倒れる。

 

「...これでしばらく動けまい。案ずるな、全力で流してはいない。我の攻撃のみ精霊バリアが発動しないとて、心臓へのダメージは精霊が少し和らげてくれたであろう。...こんな一瞬で殺してしまってはもったいないからなぁ。」

 

「くぅっ...!許さない...!!」

 

園子が友奈に攻撃をしようとしたとき。

 

 

ムクッ

 

 

電撃を受け、倒れたはずの銀が立ち上がっておりそのまま剣を振った。

 

 

ザシュッ!!

 

 

「!!...ぐおおおおおおっ!?」

 

銀の振った剣の軌跡は友奈の背中に大きく刻まれ、普通ならば致命傷になるほどの深い傷を与える。

 

「なぜ...だ...!?明らかに、気を失う程度の電圧は...加えたはず...!!」

 

「お前がさっきあたしに言った言葉...そっくりそのまま返してもらうぞ。...あたしの攻撃を見て警戒しなかったのか?」

 

「...はっ!」

 

よく見ると銀の剣の持ち手にはタイヤのゴムが巻き付けられていた。彼女はそれを握っていたから、ゴムが絶縁体となり電流をシャットアウトしたのだ。

 

「さっきはわざとくらったふりをして倒れたんだ。そうでもしないと今のお前に攻撃は与えられない。...お前が油断したところを狙わないとな。」

 

友奈は膝をつき、辛そうにしながら自分を見下している銀を睨みつける。

 

「これ結構いいぞ?ゴムのおかげで手が滑って放しちゃうようなこともなくなった。おまけにお前の電気攻撃は効かない。いいことだらけだ。」

 

「ぬうぅぅ~...!」

 

「...!」

 

致命傷を与えられたかと思いきや、友奈は全身に力を入れた途端に背中の傷が塞がった。

 

「お前の体どうなってんだ...!?もう人間やめてるだろそれは!!」

 

「...そもそも我は人間ではない...!くそっ...ソナタのせいでせっかく手に入れた生命力が半分も減った!」

 

(そしてわかったことがある...今のあの深い一撃......。三ノ輪銀は本気で我を殺しにきている...!)

 

「もう有無は言わせん!」

 

「!!...いけない!ミノさん距離をとって!」

 

友奈は手を一度合わせた後、手のひらを銀の方に向けた。

 

「...今度はなんだ!?」

 

「...水は普段は軟らかい。だが......少し勢いを変えれば、鉄をも抉る凶器となる...。」

 

次の瞬間、友奈の手のひらから大量の水が発射される。その勢いは水鉄砲の比にならず、どちらかと言ったらビームのような感じだった。銀から見たら津波が自分に襲ってきたかのように見えた。

 

「うわわわぁっ!!」

 

銀は間一髪、横に回避して事なきを得る。だが避けた後、銀は後ろを振り返って絶句した。

 

 

ズゴゴゴゴゴォォォー!!!

 

 

駐車場に停めてあった車が吹き飛び、遠くのコンクリート製の建物にさえぽっかりと穴が開いていた。

 

「嘘だろ...。なんだよこの威力...。」

 

「これがアクエリアスの力。...ソナタは一度この水を飲んでいるはずだ。」

 

「あ~!途中で味変わるヤツ!」

 

友奈と銀が会話している間に、園子は攻撃をしかける。

 

「...!...全く、油断も隙も与えんな。」

 

「そっちこそ...避けられたってことは警戒を怠ってない証拠だね。」

 

「当たり前だ。...油断して何度攻撃を与えられたか。神の身として恥ずかしい。」

 

すると今度は指で丸をつくり、

 

「...ぼん。」

 

と言う。

 

「また何か来る!」

 

園子の言ったとおり、追尾型の丸っこい爆弾が出現して銀を狙う。園子はすぐさま満開の力でその爆弾を消し去った。

 

「これは覚えてるぞ...!ずっとニッコリしてるバーテックスが使ってた!」

 

「ヴァルゴだ。爆弾地獄をくらうがよい。...ぼんぼんぼんぼん!」

 

そう言うととんでもない数の爆弾が現れ、二人を襲う。

 

「うわぁ!すごい数!」

 

「これくらいならまだなんとかなるよ、ミノさん!」

 

園子は巧みに満開の力を使いこなし、すべての爆弾を無被害で防いだ。爆弾は空中で爆発し、雨の中、空で火をあげる。

続いて友奈は地面に手をつくと、陸上選手のようにクラウチングの姿勢をとる。そして一瞬---

 

 

シュン...!!

 

 

「!!...あいつまた消えた!?」

 

銀は辺りを見渡すがその姿はみえない。今度は地面に潜ったわけではない。一方、園子は耳を澄ませる。

 

「......。...わかった...ミノさん!天の神は高速移動してるから見えないんだ!目視できないほどの速さで!」

 

「はぁ!?そんなことまでできんのかよ!?」

 

「たぶんジェミニの力!ほんのちょっとだけだけど風を切る音がするの!気をつけて!」

 

「わかっ......」

 

銀は返事の言葉を言い切れなかった。なぜならば、そのときにはすでに友奈が銀に攻撃を与えていたからだ。

 

 

ドドッ!ダッ!ダダン!

 

 

友奈はこの一瞬で右足、左肩、脇腹、の順で一撃ずつ打撃を与える。

 

「かはっ...!」

 

「フン...っ!」

 

最後にトドメとでも言うかのように足を高くあげて回し蹴りを銀の顔面に容赦なく食らわせる。銀の体はそのまま弧を描くようにして回る。そしてコンクリートが砕けるほどの強さで顔から地面に叩きつけられた。

 

「あがっ...!」

 

「ふっ...さっきまでの威勢が嘘のようだな、三ノ輪銀。」

 

友奈はそのまま足をグリグリと動かし、銀の頭を潰すようにして苦痛を与える。

 

「う...ああああ...!」

 

「...ん...?」

 

園子はその隙に攻撃を、と思い槍を動かしたがまた素早い動きをされ簡単に避けられる。そのおかげで解放された銀はすぐに立ち上がって構えた。

 

「ミノさん大丈夫!?」

 

「ああ...!なんとか!地面に叩きつけられた衝撃は鈴鹿御前が守ってくれた...。それに心なしか、それほど強い力で殴ってこなかった。......左肩は脱臼したみたいだけど...。」

 

「えっ...!?」

 

「大丈夫だって!まだ右が残ってる!」

 

銀は残った右腕で刀をがっしりと持つ。

 

「ソナタたちでは我のスピードについてこれない..。この時代の勇者でも、ジェミニを倒せたのは犬吠埼樹のみ。厄介な糸の力があったからだ。」

 

 

ヒュン...!!

 

 

今度は園子の背後に立ち、ボールを蹴る感覚で園子を蹴飛ばし、満開の力で現れる船から落とした。

 

「きゃっ!」

 

「園子...!」

 

「ご覧の通り、ソナタたちが攻撃を当てることはもちろん目でとらえることも不可能。...諦めろ。」

 

地面に落とされた園子は手をつきながらゆっくり立ち上がる。

 

「諦めるわけ...ないでしょ!」

 

「そうだ!敵討ちしないと...あたしの気が済まない!」

 

「いい加減立場を理解しろ。...今の一撃、足をスコーピオンの針に変えていればソナタは死んでいたのだぞ?これがどういうことか分かるか!」

 

友奈は園子の船の上で両手を広げて叫ぶ。

 

「我は、いつでもソナタたちを殺せるということだ!!ここに来るときもバーテックスの技を組み合わせ、勇者たちを瞬殺した!!ソナタたちに勝ち目はない!!」

 

「さあ...案外やってみないとわかんないかもよ?」

 

「...?......ここまで言ってまだ理解できないか?」

 

「理解できないねぇ!神様のくせになんでもかんでも決めつけちゃって!実際、ここまであんたを追いつめてる!少なくともバーテックスの力を使わないとあたしらを倒せない、そう判断したんだろ!?」

 

「......。そうか。ソナタたちの言い分はわかった。もう理解させるようなマネはやめよう。...圧倒的な力でねじ伏せるのみだ。」

 

友奈はそう言うと園子の船から飛び降りる。それから両手を合わせて開き、両腕に青白いスパークを纏う。

 

「水は電気をよく通す...。」

 

友奈は園子と銀、両方に対して電撃を混ぜたビームのような水を発射する。さっきのとは違い、雷のような光を発しながら飛んできた。

 

 

ジバババババッ!!ドドドドドドドッ!!

 

 

園子と銀は跳んで避け、二人は一つの場所に寄って着地した。発射されたビームは地面を削り、周囲の電柱が倒れ、ショートを起こした。

 

「...ただでさえかなりの高電圧だ。ここ周辺は停電したみたいだな。」

 

これまでの戦いの影響で、イネス駐車場は原型をとどめていなかった。両者共々勇者の力を全力で使いまくっていたため、地面のコンクリートは砕け、地面が盛り上がったり大きく凹んだ部分もあるほどだ。ここはもう瓦礫の山のような歪な地形へと変化していた。

 

「園子...行くぞ!」

 

「うん!」

 

園子は通常状態時に使う槍を取り出し、銀と共に立ち向かう。

 

「たあっ!」

 

「やあっー!」

 

しかし、もう二人の攻撃はかすることすらかなわなかった。

 

 

シュンシュン...ヒュン...!!

 

 

二人はまるで実体ではないものを切るような感覚だった。彼女は光で映し出された虚像なのではないかと錯覚するほど。

 

「...遅い。こっちだ。」

 

気づいたら後ろに立っている。すぐに武器を振ってもまた空を切る。

 

「さっきから風しか感じぬぞ。」

 

「くそっ!...はあっ!!」

 

「もう我に攻撃は当てられんと言ったはずだが。」

 

『...!』

 

彼女の動きが早すぎて、何人もいるように見える。向こうから攻撃してこないのはいつでも倒すことができるのを示唆させているのだろう。

 

「...当たらんのではつまらんだろう?」

 

友奈はそう言うと、パンパンと手を叩き、右手で銃の形をつくり、左手で丸をつくった。そして......

 

「ばんばんばんばんばんばんばんばん!ぼんぼんぼんぼんぼんぼんぼんぼん!」

 

「これ...ヤバいぞ!!」

 

矢と爆弾は大量に生み出され、手を叩いたときに現れた反射板に当たっては反射して全方位から攻撃の嵐が二人を襲う。

 

「さっきの比じゃないぞ!!」

 

「私に任せて!」

 

園子は空に浮いている船を戻し、満開の力で見事防ぎきることに成功する。

 

「!!...ナイス園子!」

 

「ミノさん!次来るよ!」

 

友奈の方を見ると、片目を閉じて手の銃で二人に狙いを定めていた。

 

「ズッキューン!!」

 

友奈のかけ声で巨大な矢が出現する。

 

「!!...でっか!!」

 

(まずい...間に合わない...!)

 

園子は焦るが、銀が園子の前に立った。

 

「今度はあたしが守る番だ!」

 

銀はそう言い、剣で矢を受け止める。

 

 

ギギギギギギギギギギギギギギギ!!!

 

 

「ぬおおおおおおおおおおっ!!!」

 

金属を削るような音が鳴り響き、後ろの園子は思わずその音に耳を塞ぐ。

 

「おおおおおおっ~.........おりゃあああああああっ!!!」

 

銀は矢を上空に跳ね返すことに成功し、息を切らせながらしゃがみこむ。上空に取ばされた矢は雲を突き抜け、その部分だけ青空が見えた。

 

「はぁ...はぁ...今のは結構腕にきた...。」

 

「ふふふっ...さすがは熟練勇者と言ったところか。」

 

友奈はまた攻撃の体制に入る。このままでは体力的にこっちが負けるのも時間の問題だろう。

 

「ミノさん!ひとつにまとまってたらいつまで経っても攻撃を与えられない!私が前に出るから、ミノさんは隙を狙って!」

 

「わかった!頼んだぞ!」

 

銀は一度前線から退き、園子は船に乗って友奈の次の攻撃に構えた。

 

「...だいたいソナタたちの作戦はわかっているぞ...。」

 

「そう。...でもこっちだってやるしかないからね。」

 

園子は先手を取り、武器を操る。友奈は地面に潜り、それをすべて避けた。そしてすぐに地面から出てそのタイミングを狙っていた園子の攻撃を防ぐ。

 

「...!」

 

防いだはいいが天の神の想定以上に力が強く、弾くのは不可能だった。

 

「ミノさん今!!」

 

「よしきた!」

 

木の陰から飛び出した銀が、右手を大きくあげて友奈に剣を振るう。

 

「うおおおおおりゃあああああ!!」

 

 

ギィィィンッ!!

 

 

「...はあっ!?」

 

銀の全力の振りは友奈の高く上げられた足に受け止められる。

 

「その体勢から!どうやってこれを防げるんだよ!?あたしの全身全霊だぞ!!」

 

「これが...神と人間の差だ...!」

 

「...!やばい...!ミノさん下がって!」

 

友奈は大きく空気を吸い込むと、銀の顔に向かって息を吹きかける。その色は紫色だった。毒霧を吹いたのだ。

 

「うわあっ!?なんだこれ!?」

 

銀の力が弱まったのを見計らって、友奈はそのまま銀を蹴飛ばした。

 

「ふぅ...もう飽きてきたなぁ...。もうちょっと攻めてみるか。」

 

「えっ...?」

 

「...ソナタたち二人にこれを防げるか...?」

 

友奈はそう言ってまた地面に潜り、足止めしていた園子の攻撃から逃れる。そして園子たちのかなり後ろから姿を現し、勇者の脚力を最大限に引き出したジャンプで遥か上空へと浮き上がる。

 

「うぅ...ホント力強いなあんにゃろ...。」

 

「あいつまたなんかするつもりだよ...ミノさん...!」

 

「...え?」

 

「ほら!上!上!」

 

「!...あんな高くに?それにあの構えって...。」

 

友奈は上空でバンザイをするかのように両手を上にあげ、手のひらを空に向けていた。

 

「あの構え...もしかして元○玉か!?!?」

 

「それはないと思うけど~...。」

 

そんなことを話していると、友奈の頭上に太陽のような火球が出現し、その大きさはどんどん大きくなっていく。

 

「!!!...あっ...あれもしかして......!」

 

「う、うん......レオの火球だ...!!」

 

「あいつ本当にあれをやるつもりか!?あんなのが地面に当たったら、まじでヤバいことになるぞ!!」

 

「絶対守らなくちゃ...!!」

 

-------

 

「ふっふっふっ...さて、これをどう防ぐ?避ければイネス周辺は更地同然。もうこの火球も多くの人間に見られているはずだしなぁ。」

 

ある程度の大きさにまで膨らむと、友奈はニカっと笑って火球を地面に投げた。

 

「止めてみよ!!勇者よ!!!」

 

-------

 

「きた...!」

 

「園子!とりあえずあたしらでなんとかするしかない!......満開っ!!」

 

銀も満開を使用し、二人揃って火球に突っ込んでいく。

 

 

ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ......!!

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

 

二人とも満開の使用で精霊のご加護はないため、尋常じゃない熱さだった。

 

「ぐわああああああっ!!...熱っ!熱ぅー!!!」

 

「うっ...うぅ......うううう......!!」

 

勢いは緩くなったものの、依然動きは止まらない。園子はこれを止めている間、二年前のことを思い出していた。

 

(そう言えば大橋での最後の戦いの時も......こんなことあったな...。)

 

園子は横を向いて銀の顔を見る。汗をどばどばかきながらも暑さに耐え、一生懸命になって止めようとしている。

 

(あの時はミノさんが私を...。)

 

 

とんっ

 

 

「えっ.......?」

 

園子は反射的に銀を押していた。園子自身も無意識だった。気づいていたときには、ひとりで火球を受け止めていた。しかし園子は全く後悔していなかった。

銀はいきなりのできごとで困惑し、思わず力が抜けてしまう。その拍子で満開も解けてしまった。パワー全開でエネルギー消費も構わず使っていたのもあるだろう。

 

「そ、園子...!」

 

銀は地面に落ちながら、感じたことのないほどの眩しさに耐えながら園子の姿を見た。彼女の姿はどんどん離れていく。

 

「あのときはまたミノさんに守られちゃったけど......今回こそは、あなたを守るよ。」

 

銀は手を伸ばすが届くはずがなかった。そして---

 

 

ピカッ............ドオォォォォーーーンッ!!!

 

 

派手な光と爆発音を発し、火球は空で消え去った。

 

---------------

 

急に暗くなった地面で、銀は周りの瓦礫をどけながら

 

「園子...?園子ぉ~...どこだぁ~...園子ぉぉ~~.....」

 

 

ガラガラ...ガラ...

 

 

園子の名前を虚しく繰り返し言いながら捜す。あたりに響くのは瓦礫をどける音と収まる気配のない激しい雨と風の音。そこに銀の近くへ歩いてくる人影がひとつ。

銀は園子かと思ったがその『人』を見たとき、がっくりと肩を落とした。その銀が見た『人』はゆっくりと口を開けて話し始めた。

 

「乃木の末裔は...火球とともに爆散したようだな。」

 

「......。」

 

「精霊の守りはついていないのだ。ついていたとしても我の攻撃だから無意味だがな。...なんとも感動的な最期だったではないか。大切な親友を無事守り抜いたわけだ。ソナタが好きなこの世界と一緒に。...彼女は彼女なりの使命を果たせたと思わないか?」

 

「......園子は生きてる...。」

 

「......は?」

 

「園子は生きてる...!こんなんで園子は死なない...!」

 

「はぁ...現実逃避か。ソナタも見たろう。爆発とともに消え去った姿を。実際、今捜していても見つからないではないか。体の一部分も残らずして死んだのだよ。」

 

「いや...生きてる...!あたしは認めない...!!」

 

「...我の言うことに対して否定しかしないなソナタは。いい加減呆れたぞ。せっかくその戦闘力に関して評価してやったのに。神が少しでも人間を認めたというのに。」

 

「あたしはもう...あんたを神だとは思えねぇよ...!あんたは悪魔だ...!みんなを不幸にする、最低最悪な悪魔だ...!!」

 

「酷いな。神に対して誹謗中傷か。神を悪魔扱いとは...。一番生意気なのはソナタかもな。...今のうちから乃木の末裔に謝っておこう。先ほど我は『親友を守れたのだから使命を全うできた』と言ったが......今からその親友は死ぬ。」

 

「...。」

 

「だが嬉しいだろう?またすぐに会えるのだ。...あの世でな。」

 

「園子は死んでないって言ってるだろ。お前が勝てるとも決まってない。」

 

「......まだ言うか。正直、こんな状況になってまで諦めないのは逆に狂気を感じるぞ?そろそろおとなしく殺されて欲しいもんだ。」

 

「おとなしく殺される生き物なんて存在するもんか...。あたしはこれから、お前を動けなくさせる。そしてその後は園子にどうにかしてもらうんだ...。お前の中には友奈がいるんだからな。友奈の体からお前を追い払えるのは園子だけだし...。」

 

銀はそう言って自分の外れている左肩を掴み、ぐっと引き寄せて関節をはめる。銀ははめる時の痛みで少し顔を歪ませた。しかし、これで左腕が動くようになった。

 

「はぁ...はぁ...人間様はしぶといぞ。」

 

「それはこれまでの戦いで死ぬほど熟知している。」

 

友奈は即刻拳圧を放ち、見えない砲撃が銀を襲う。奇襲であったが持ち前の運動神経で回避した。

 

 

ボッゴン!!

 

 

背後の瓦礫が吹き飛ぶ。

 

「......うん...?」

 

友奈は吹き飛んだところを凝視している。不審に思った銀は同様にその方向を見た。そこには、

 

「!!......園子!!」

 

「驚いた...あの爆発で体が残っているとは...。」

 

「ほら言ったろ!園子は生きてるって!!」

 

「...我には死んでいるように見えるが?」

 

そんな心無い言葉を無視し、銀は園子が倒れている瓦礫の前に立つ。銀から園子までの距離はかなりあった。彼女の安否は気になるが今そこに向かったら天の神に殺されるのは確実であろう。

 

「ま、でも一応トドメをさしておくべきか。生きていたとしてもどうせ何もできず死んでいくと思うが...。」

 

銀は歯ぎしりしながら友奈を睨みつける。

 

「そこをどけ、三ノ輪銀。」

 

それを聞いた銀は自分の足元に剣でひとつの直線を書き、天の神に告げた。

 

「ここから先は...通さない。」

 

(第48話に続く)




『友情編』連載時にはすでに『神の猛攻編』の内容はだいたい考えていたのですが『天の神に憑依された友奈はすべてのバーテックスの技を使える』という設定は第47話を書いているときにパッと思いついて書いてみました。そしたら思った以上におもしろくて手が止まらなくなりました(笑)
次回で『神の猛攻編』を終わらせられればなと考えております。ここまでの展開で少なくとも楽しめる内容ではないと思いますが次回もお楽しみに。


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【第48話】The worst last

 

ドガッ...ドガッ...ドガッ......

 

(なんだろう...この音...。)

 

ドガッ...ドガッ...ドガッ......

 

(私...何してたんだっけ...。あれ、体...動かない...。)

 

ドガッ...ドガッ...ドガッ......

 

やがて妙な音に混じって雨の音も聞こえてきた。暗く、曇った空の下。瓦礫の中で園子は目を覚ます。

 

(そうだ...私、火球を体で受け止めて.........あっ...。)

 

園子はそこで自分の体の状態に気づく。

 

(すごい血...。これ自分の?こんなにでてたら、動けないのも当たり前か...。)

 

園子は爆発の影響で左腕と右足が吹き飛び、欠損していた。それだけではない。脇腹からは血が漏れ、吐血も激しくしたようだ。

 

(これ、私死ぬなぁ...今は感覚が麻痺してるんだろうね...痛みは感じない。けどわかる......もう私は...手遅れだ。)

 

ドガッ...ドガッ...ドガッ......

 

奇妙な音はまだ聞こえてくる。

 

(!...そうだ...ミノさんは...!?天の神は...どうなった...?)

 

残っている右目だけをギョロっと動かして奇妙な音のする方を見た。......その方向を見たとき、園子は言葉を失った。

 

(......!!!!)

 

ドガッ...ドガッ...ドガッ......

 

誰かが誰かに馬乗りになってずっと殴り続けている。一定の速度で、やめる気配もなく。奇妙な音の正体は人間を殴る音だった。園子は力を振り絞って無理やり体を動かした。右腕付近に落ちていた槍を拾い、それを杖代わりにして片方だけになった足でプルプル震えながらもやっとのことで立ち上がった。そこで園子はようやく全体像を見ることができる。

 

(......あ......)

 

殴っていたのは友奈で、殴られていたのは銀だった。友奈の顔についているのは返り血だろうか、友奈も真っ赤に染まっていた。

 

「.........あ...あぁ.........あ......!」

 

園子はゆっくり、一歩ずつ彼女たちに近づく。

 

「ん...?...。生きていたのか乃木の末裔。そのまま横たわって死を待っていればよかったものを。」

 

「...ぅ...ぅぅうああああああっ!!!」

 

園子は左足のみで踏ん張って友奈に槍を振るう。だが友奈は軽く後ろに飛んで避ける。

 

「あぁ......ミノさん...!」

 

園子は銀の近くに崩れるようにして座り、彼女の顔を優しく包んで持ち上げた。

 

「園...子......?ほら、やっぱり生きてた...。」

 

「み、ミノさん...私......」

 

銀の顔は大きく腫れ上がり、右腕の骨は折れ、体は雨に濡れて冷え切っていた。

 

「ごめんな...園子......あたし、勝てなかった...あいつ...アホみたいに強い...強すぎる......。」

 

「謝るのは私の方だよ...ミノさんがこんなになるまでずっと眠ってたなんて...!」

 

「......。......園子、あたしのお願い聞いてくれるか...?」

 

「!......な、なに...?」

 

「あたし、すっごく悔しい...。自分が無力すぎて...なんにもできなかった...。こんなに友達が、家族が殺されたのに...大切な宝物が奪われたのに......あたしは、なんにも...。」

 

銀の涙は雨に混ざりながら頬を伝う。

 

「だから園子、頼む...!!......勇者部の...防人たちの...あたしの家族の...イネスにいた人たちの...300年前、あいつに殺された世界中の人たちと、その時代の勇者の...かたきをとってくれぇっ...!」

 

「......!!」

 

「園子なら......きっと............。」

 

銀はそれから目を閉じ、がくっと首が落ちた。その時にはすでに銀の体温はほとんど感じなくなっていた。

 

「...別れは済んだか?終わるまでわざわざ待ってやったんだ。...それにしても、そいつは結構粘っていたぞ。根性だとか、気合いだとか、魂だとかなんとか叫んでいたが...結局そんなものはただ『がむしゃら』になっていただけなのだよ。人間は『心』...精神力こそが動く源だ。普段はできることも、自身をなくせばできなくなることがある。逆に気分が高ぶれば、普段はできなかったこともできるときがある。......今のソナタはどうだ?」

 

「......。」

 

園子はひどくうなだれ、肩をがくりと落としたまま銀の顔を見ていた。

 

(返答する気力はもうないか...。)

 

ようやく終わった、と天の神は安堵する。すると園子は銀を優しく地面に置いてふらつきながらも再び槍を杖代わりにして立ち上がった。

 

「全く、本当に手を煩わせてくれたな。さすがの我でも骨が折れる。だが、戦闘に関してはかなり楽しめたぞ。ところどころ言葉で突っかかってくるのが気に障ったがな。......安心しろ乃木の末裔。ソナタもすぐにあの世へ送ってやる。タイムリーパーは二人もいらん。」

 

友奈は余裕の表情で話を続ける。それが聞こえてるのか聞こえていないのか、園子はずっと下を見ていた。

 

「どうしてこうも...乃木の一族というのはしつこいのだ。300年前も今も、力の差がこれだけあるというのに。それを心の中では理解しているはずにもかかわらず、ねちっこく我に向かってくる。......実に愚かで醜い行........................えっ」

 

友奈は突然話すのをやめる。友奈がまばたきをした一瞬...銀の側に立っていたはずの園子の姿がなかったからだ。

 

「消えた...!?」

 

たった一回のまばたきで、この一瞬の間で彼女の視界から消えたのは、天の神でもゾクッとした。大怪我を負い、片足はなくなっているのにそんなに早く動けるはずがないからだ。友奈は周囲を見渡す。てっきりまた奇襲をしかけるために隠れたのかと思ったが、違った。園子の姿は意外にも、すぐに見つかった。

 

「なっ...!?」

 

友奈は目線のみを下に向ける。首はろくに動かせなかったからだ。ならそれはなぜか - - -

園子は友奈の懐に入り、槍先を友奈の首もとにつきつけていたからだ。

 

(いつ...こんな近くに...!?不測の事態を考え、警戒は怠っていなかったのに...!!)

 

園子はそのまま躊躇なく槍を振るう。友奈は咄嗟に爆転して、それをかわした。

 

「はぁ...はぁ...なんなのだ...その動き...!さっきまでそんなに素早くなかったではないか!!」

 

「......。」

 

園子は何も答えず、低く体勢をとる。それを見た友奈もファイティングポーズをとる。決して警戒は怠らない。

 

(だが避け切れただけ幸運...あれをもろに食らっていたら今頃我は...。)

 

「危なかった...。しかし、ただでさえそのダメージと部位欠損...。ソナタはここまで片目が失明した状態で必死に戦っていたはずなのに...今は片腕、片足までもがないのだぞ...!?ありえんっ!ありえんっ!!」

 

と、天の神はさっきの一瞬の出来事を理解できずに焦る。......しかしその時だった。

 

 

ブシャァァァッッッ!!!

 

 

「!!!!????」 

 

友奈の喉仏あたりから、鮮血が噴水のごとく吹き出した。彼女の絹のような滑らかな肌に、横に一直線の綺麗な切り口がパックリと刻まれる。

 

「ぎ、斬ら"れ"...で......い"っ......!?」

 

勢いよく吹き出た血は周りに飛び散り、一瞬友奈の目の光が消えかけてフラッとよろけた。しかし倒れる寸前でなんとか足を踏み出して耐え、深く刻まれた傷口をまだ蓄えてあった生命力で癒やし、塞ぐ。

 

「はぁっ...!?はぁっ...!?はぁっ...!?」

 

(斬られていた!?しかしなぜこんな時間差で吹き出した!!......一体...一体あいつは...!?)

 

「ご、ごのや"ろ"ヴぅぅぅぅ.........!!!許さぬ......許ざぬ"ぞォォォォォォォ~~......!!!」

 

友奈は強く園子を睨みつけ、傷口が完治したのを確認したのとほぼ同時に攻撃の体勢に入る。

 

(くそっ!今ので生命力をすべて使い切った!これからはもう、ダメージは受けられん!次からは治せん!......このままバーテックスの力を使い続ければ後に大きな代償が来るが...やむを得ない!!なんとしてでも一瞬で、できるだけ早く、片を付ける!!)

 

「何が起こったかわからんが調子に乗るなよ!!いくら少し動きがよくなったとしても、このジェミニの速さにはついてこれまい!!!」

 

友奈は園子の周囲を目に見えないほどのスピードで動き回り、背後から彼女の頭部を狙って拳を振るう。だが、

 

 

シュッ...

 

 

「なにっ...!?」

 

友奈のパンチがどこから来るのかわかっていたかのように、園子はそっと首を傾けて避けた。

 

(そんな...!?こんないとも簡単に...!?バカな...目視は不可能なのはもちろん、気配も消していたはずなのに...!)

 

すると園子は残った片手だけで槍を、マジシャンがステッキを回すように華麗に回転させて槍の持ち手部分で友奈をゴン!と殴った。

 

「うごっ...!」

 

友奈は頭を押さえながら下がった。攻撃を仕掛けたつもりが逆にくらわされた。

 

「ぐっ...!ではこれならどうだ!?」

 

続いて友奈は電撃を放ち、その直後に

 

「ばんばんばんばん!!」

 

矢も放って攻撃の嵐を浴びせる。そして自らは地面に潜った。

 

「......。」

 

園子はまたスッと槍を回転させただけで向かってきた電撃が散らばり、矢をも弾いた。

 

 

バシャッ...

 

 

「おりゃあっ!!!」

 

攻撃を弾いたと同時に友奈は地面から飛び出て園子の隙を狙う。しかし、

 

(...!?)

 

さっきまで園子は確かに槍を手に持っていたはずなのに、今は口に咥えていた。

 

(いつ持ち替え......。)

 

 

グッ...!

 

 

園子は友奈が出てくる場所がわかっていたかのように、攻撃される前に友奈の顔を右手でガシッと強く掴む。

 

「う、うわあっ...!!」

 

このまま握り潰されるのではないかと思うほどの握力。友奈はこの状態で体を持ち上げられ、空中でジタバタと足掻く。やがて地面に投げ飛ばされ、受け身もろくに取れずに無様に転がった。

 

 

ズザザザ......

 

 

「うぅぅ......なぜだぁ...!神である我が、こんな人間ひとりぽっちに...。」

 

園子は転がった友奈を、ゴミでも見るかのような冷たい目つきで睨みつける。その目を見た友奈は思わず背筋が凍り、ゾクッと体を震わせる。そしてすぐさま園子から遠ざかるために地面を蹴った。

 

(や、ヤバい...!このままでは殺られる...!距離を、距離を取らなくては...!なんなのだ、あの目の奥から感じる邪悪な気配は...!とんでもない覇気だ...我が下がるなんてそんな...............はっ!?!!)

 

園子から遠ざかっていたはずなのに、友奈の逃げていた方向には、なぜか園子が立っていた。

 

(なんだとおっ!?!?そんなわけ......)

 

友奈は逃亡の際もジェミニの力を使っていた。追いつかれることはもちろん、追い抜かれることなどあり得る訳がなかった。園子はスッと槍をひと突き。天の神は防御しきれずに右肩に槍が刺さる。

 

「うがあっ!!!」

 

友奈は肩を押さえて一歩下がる。体力切れで猫背になり、大量に汗を掻きながら園子を見た。

 

(冗談だろう...?あんなに力の差があったのだぞ...。いくら勇者の力があろうとも、この速さで動くことは不可能だろう...!)

 

「はぁ...はぁ...何者なんだソナタは...!」

 

「......。」

 

「さっきから黙ってないでなんとか答えろ!!!」

 

園子の起こす行動は、口を開くことではなく、天の神に対して槍を振ることだけだった。

 

(こいつは......そうか...。今正気を保てていない...!ある一つの感情のみで動いているのだ、乃木園子は!!)

 

友奈は心を落ち着かせることに集中し、園子の振りひとつひとつをしっかり見て避け続ける。

 

(今、こいつから感じるのは...我に対する明確な『殺意』!それだけだ...!!)

 

 

ヒュッゥン...!

 

 

「!?」

 

そしてまた園子は風に溶け込み、信じられない速さで動き始めた。

 

「ぬ......ぬおおおおっ...!!」

 

天の神は少しずつダメージを負っていく。それから園子の顔を間近で見て、『彼』はさらに恐怖した。その顔を見たときには、もう落ち着くことなどできなくなっていた。

 

(こいつこそ...こいつこそが『悪魔』じゃないか...!.........いやこれは...『悪魔』というよりも...。)

 

 

       (『死神』だ...!!)

 

 

園子の目の奥から感じるのは果てしない殺気のみ。それ以外のものは全く感じ取れなかった。『天の神を殺す』...その目的と、ギリギリまでに追いつめられた心と体が園子の身体能力を飛躍的に向上させた。常識では考えられない、限界を大幅に超えた力が一時的に身についていたのだ。殺意のみで動くその体は当然、負担は大きいどころでは済まなかった。ましてやただでさえこの重傷。園子の頭と心の中は本当に無になっていたのだ。

 

「............我は何をやっているのだ...。何を押されている...何を人間に怖がっている...!相手が死神だろうが我は神の中でも上位の力を持つ神...!」

 

友奈はグッと拳を握り、負けじと園子を睨みつける。

 

「我が...我が最強なんだァァァァァ!!!」

 

 

ザク

 

 

「!!...............あっ...。」

 

友奈は諦めずに立ち向かったが、正面から斬撃をくらった。その光景はなんとも呆気なかった。

 

 

ドサッ...

 

 

友奈は膝をつき、そして仰向けに倒れた。

 

「..........あ...がっ...!」

 

天の神は無様に人間の前に横たわっていた。やがて園子は槍を振り上げ、友奈の首に狙いを定める。確実に一撃で仕留めるためだ。そして園子が槍を振り下げようとしたとき...

 

 

ビュンっ!!

 

 

背後から星屑が噛みついてきた。

 

「...!」

 

いつ出現したのか、園子はわからなかった。突如現れた『ヤツ』に対応するために槍を振る方向を星屑に変える。

星屑はすぐ消滅した。だが......

 

「.....やはり、な。」

 

「......。」

 

力尽きて倒れていたはずの友奈が立ち上がっており、園子の後ろからナイフが突き刺さるような鋭い視線を向けていた。

 

「我がこっそり、星屑を生み出していたことにソナタは気づいていないと思ったぞ。ソナタは我に熱中しすぎた。我に対する殺意が高すぎたために、周りが見えていなかったのだ。だから我はそこをついた。そしてそのおかげで、こうして隙を作ることができた。」

 

友奈は拳を振り上げ、今出せる最大の力で殴りつける。園子は槍を傘状に変化させ、盾代わりにしてそれを防いだ。しかし天の神はその行動すらも読めていた。

 

「さすがのソナタでも避け切れず、防御すると思ったぞ!我の全力でもその武器は一発では壊せない...。......だが、」

 

友奈は一撃、一撃とパンチの数を増やしていき...最終的には嵐のような勢いでラッシュを浴びせていた。

 

「一発でダメなら十発。十発でもダメなら百発!百でもダメなら千!!それでもダメならそれ以上だ!!!その武器が壊れるまで、拳を振るい続ければよい!.........うらあああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

天の神もとっくに限界を超えていた。このラッシュが最後の最後に振り絞った力だった。一撃一撃が重いそのパンチは、そのうち傘にヒビを入れ、そしてついには......

 

 

バキンッ.........!!!

 

 

粉々に砕けた。武器にトドメを刺した友奈の右腕はそのまま止まらずに...

 

 

グシャっァ...!

 

 

「かっ......!?」

 

「はぁっ...はぁっ......はっ......はっ......。ふふふ...ふははははははははは!!」

 

友奈の腕は園子の胴を貫通し、彼女の背中から友奈の拳が真っ赤に塗りつぶされて突き抜けていた。

 

「あっ...!?あぐっ...!?ああっ......!?」

 

園子はようやくここで我に戻ったようで、何が起こったかわからぬまま下を向いた。友奈の腕が自分の腹を貫いていて、そこから大量の血液が溢れ出ている。

 

「ふぐっ...!げほおっ...!!」

 

そして口からも血が溢れ出てきた。

 

「はっ、ははっ...はははは......勝った...勝ったぁ...。やはり我が最強!!人間ごときが勝てるわけないのだァァーー!!!がっーははははははははははっ!!!」

 

友奈は高笑いし、グジャグシャと生々しい音を立てながら自分の腕を園子の腹部から抜いた。

 

「あぁっ.........」

 

それによりさらに血が溢れ、園子は腕を抜かれた反動で後ろに五歩くらい下がって倒れた。戦いのうちに移動していたのか、彼女はちょうど銀の隣に倒れていた。

 

「はぁっ...はぁっ......うっ、内臓が手にこびりついているではないか...。汚い汚い。」

 

友奈はそう言って腕に付着した大腸の一部らしきものを左手でつまんでポイと捨てた。

 

(あ...れ...?.......私...負け...ちゃった...?)

 

園子はいまいちこの状況を理解できぬまま、ゆっくり首を傾けて銀の顔を見た。

 

(ごめん...ミノさん...。私、約束守れなかったみたい...。)

 

一方、友奈はさっき斬撃を受けた部分を手で押さえながら苦しそうな表情を見せる。

 

(正直賭けだった...。あの攻撃を受けても動けるか、この少女の体の頑丈さに賭けた...。結果、その賭けは正解だった。『結城友奈』...やはり周りの人間とは一味違う。)

 

「乃木の末裔よ...今の気持ちはどうだ?これでソナタの一族は我に二度負けた。惜しかったがもう少しだったな。それにしてもあの時代から随分進歩したものだ。乃木園子...ソナタは初代とは性格がまるで逆だ。ソナタの先祖は、現勇者にも劣らないほど面倒くさかった。ソナタたちのように最後まで決して諦めなかったんだ。『報いを、報いを』...と言いながら...バーテックス、それからそれらを作り出した我に対して強い敵意を...『殺意』を持って何度も向かってきた。仲間をいくら殺されようが、勇者が自分ひとりになろうが、結界の外が火の海になろうが...彼女は戦意を失うことはなかった。...結果的に巫女数人を生贄にさせ、初代は寿命で死んだのだが...............あの時からの積み重ねがあり、今この時代の勇者に繋げられたのだ。...もしソナタと生まれる時代が逆だったら、違った未来があったかもな。」

 

(えっ...?)

 

「...今の勇者システムの性能なら、初代はさらに猛威をふるっていただろう。初代の強さは我もよく知っている。小さい頃から身につけてきたという彼女のあの剣技ならば、三好夏凜や楠芽吹など足元にも及ばないだろう。三ノ輪銀だって敵わないはずだ。それほどの技術と実力があった。そして才能もあった。」

 

(そんなに強かったんだ......私のご先祖様...。)

 

「ま、ソナタもよくやった方だ。我にここまで深手を負わせるとは。だが決着はついた。...人間は神に勝てない。これでようやく証明できた。」

 

園子は薄れていく意識の中、残った片方の手で隣の銀の手を握った。その手はもう温もりを感じず、冷え切っていた。自分の体も冷えていくのが身にしみてわかる。寒い。眠い。体中の感覚が...消えていく。...これが死か。園子自身、それがはっきりとわかった。

 

「もうソナタも眠りたいだろう...。最後に言っておこう。これはしょうがなかった。神に反抗するのが悪いんだ。人間をすべて殲滅するのは、既に決定してしまったこと...。いずれこうなるのは仕方なかったんだ。」

 

園子が最期に見た友奈の顔は、どこか悲しげな表情を浮かべていた。雨と混じっているせいでよくわからなかったが、涙を流しているようにも見えた。

 

「...さらばだ、勇敢なる少女たちよ。」

 

友奈はそう言い残して背を向き、その場から遠ざかっていった。

 

(.........。)

 

園子はギュッと銀の手を握ったまま、やがて目の光が消えた。

 

 

パチン

 

 

友奈は指を鳴らし、星屑を二体ほど召還する。そして、

 

「...そいつらを食え。血の一滴も残すな。」

 

と命令した。星屑は獲物にかぶりつく野獣のように、銀と園子の亡骸に食らいつき......ムゴい音を立てながらも完食した。その間、友奈は一度たりとも後ろを振り向かなかった。食べ残しがないかなども一切確認しようとはしなかった。

 

 

パチン

 

 

もう一度指を鳴らして星屑を消す。しかし友奈はそこでバタっと倒れ、膝と手を地面についた。

 

(もう...我の体も限界なのか...?)

 

天の神は自分の体の大きな傷を押さえ、手についた血を見る。

 

(この血をどうにかして止めなくては...我は死ぬ...。止めなくてはいけないのに...体が言うことを聞かない...。)

 

「はぁ...はぁ...はぁ......。」

 

(くそっ...せっかく、せっかく勝ったというのに...。我はこれから、するべきことが...!計画を実行しなくては...!我は、この世界にいる人間たちをすべて......!!)

 

天の神は自分の体を奮い立たせ、力が思うように入らない足で、何とかして立とうと努力する。

 

「なぜだ...どうしてだ...さっきまで普通に立って喋っていたではないか...!今になってどうしてこんな...!こん...な.........。」

 

そしてその時天の神は、以前に自分で言った言葉を思い出した。

 

「そう...か......。人間の体をのっとったから...。『心』が...あるから...か...。」 

 

それがわかった瞬間、天の神は不思議とスッと立つことができた。相変わらず体の負担は大きいが、先ほどと比べれば楽な方だ。

 

それから天の神は思った。

 

(全く...人間の体なんか奪うんじゃなかった...。)

 

彼女はなぜか、銀と園子をたいらげた星屑から生命力を得ようとはしなかった。

勝負に勝って試合に負けたと言うのはこれを言うのだと、彼女の中だけで勝手に解釈していた。

 

(第49話に続く 神の猛攻編 完)




この作品の連載が始まり、現在に至るまで様々な出来事がございました。原作の『結城友奈は勇者である』の大満開の章が放送され、完結。一部ネタやストーリー内容を参考にさせていただいている『東京卍リベンジャーズ』が完結。なんと連載中にどちらの作品も完結してしまいました。
ということで、この『乃木園子は勇者である ~リベンジの章~』もついに次回から最終章に突入します!残り話数も数話程度。最後まで読んでいただけましたら嬉しいです!


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人間の反撃編
【第49話】Revengers


神の猛攻編で無傷だったのは雀さんだけです。


 

「.........ん.........ぅん.........あれ.........?」

 

カーテンを通して窓から光が差し込み、小鳥のさえずりともに目を覚ます。とりあえずベッドから起き上がり、そのままボーッとしていた。今自分がどんな状況なのか、どうしてここにいるのか...この少女、乃木園子は考える。

 

「この感じって...え、まさか...。」

 

園子はベッドから出て立ち上がった。...彼女の思った通りだった。『あの時』と一緒...自分の背は縮んでおり、一段と周りの景色が大きく見えた。

 

「うそ......え...私は、確かに...。」

 

自分の記憶に深く刻まれている最新の記憶...。雨の中、自らの命が消えゆく、あの感覚...間違いなく起こった出来事だ。園子はそれから部屋を出てリビングに向かった。召使いたちの顔はやはり若く見え、『あの時』と同じようにイスに座った。

 

「あら、園子。まだ家にいたの?早く朝ご飯食べて行かないと遅刻するわよ~」

 

園子の母がそう言いながら身支度をしている。

 

「......。」

 

「?...無視...?まあ、いつものことね。」

 

園子はそれから朝食を食べ、席を立った。

 

「園子様。制服とランドセルならこちらに。」

 

「うん、わかってる。」

 

慣れた手つきで登校の準備を終えてさっさと家を出た。学校に到着するまでの間、園子は思う。

 

(きっとこれは...走馬灯だ。私は命を失ったから、懐かしい思い出を巡ってるんだね。せめてこの走馬灯くらいは...楽しませてもらわないと。)

 

彼女がそんなことを思っているうちに学校に着いた。いつもほぼ一番乗りで学校に着く。そして自分の教室の前に立ってガラガラっと扉を開けた。『あの時』同じように今日も一番乗り...

 

「園子...!」

 

ではなかった。

 

「え...?み、ミノさん...?」

 

なんとそこにいたのはいつもギリギリに登校していたはずの三ノ輪銀だった。しかも自分の呼び方が『乃木さん』ではなく『園子』だった。

 

「え、えぇ??どういうこと~??」

 

「やっぱり園子も戻ってたか!」

 

「これは...私の記憶が改変されてるのかな...?頭の中で勝手に変わっちゃってる...?まあでもいいや。この方が嬉しい。ミノさんと私がすでに仲良しならその分...」

 

「おーい園子ぉ?何言ってんだ~?」

 

「ミノさん!遊ぼっ!!」

 

「へ!?遊んでる場合じゃないだろう!さては園子、まだ気づいてない...?」

 

「.........。...ぅん?」

 

「もぉ園子っ!しっかりしろぉ!」

 

銀は席を立って園子の近くへ駆け寄り、彼女の頬を優しくつねった。

 

「い、いててて...!......あれ、え、『痛い』!?」

 

「やっぱ気づいてなかったか...。あたしらは別に死んだわけじゃない!タイムリープしてるんだ!」

 

「......。あっ、はっ、えええええええ~!?!?」

 

「しかも今回はお前だけじゃない。なんかあたしも戻ってるんだよ!!」

 

「ミノさんも!?あっ、だから私のことを?」

 

「そういうこと!やっとわかってきた?」

 

「ってことは...私たちが天の神に負けたのは事実で......なんでまたタイムリープしたのかは謎~って感じ?」

 

「そういう感じ。あたしも完全に死んだと思ったからさぁ~...。何が起こったかはさっぱり。園子はなんか思い当たることあるか?」

 

「え?う、う~ん.........あっ!!私、最後にミノさんの手握ったかも~!」

 

「きっとそれだ!理由はわからないけど、あたしが鉄男の代わりにタイムリープのトリガーになって...なぜか両方とも過去に戻ってきたんだ...!」

 

「ということは...ミノさんあの時まだ生きてたんだ!よかったぁ~...本当びっくりしたよ~...。」

 

「そっか。タイムリープが発動したってことはどっちもまだ息があったってことか。」

 

「すごいね~!両方ともタイムリープなんて贅沢~!」

 

「そ、そこ...?」

 

「でもよかった~!私たち生きてるんだね~!」

 

「ああ、確かに。あのまま終わらなくてよかった。」

 

銀のその一言で、園子は黙ってしまった。少し沈黙が流れる。

 

「.........終わらなくてよかったけど...私、どうしたら...」

 

「......。」

 

「...やれそうなことは全部尽くした。最善だと思う策は使い切ったのに...ダメだった。」

 

「あたしらが束になっても勝てないなんて...。...あたしはこんなこと普段言わないし言いたくないけどさ.........正直絶望したよ。特に、1対1で戦ってるときは。...全く勝てる気がしなかった。」

 

「本当に...なんでもありだったね。私もさ?ミノさんが死んじゃったと思った後からの記憶ないんだけど...結構頑張ってたみたいなの。私は最後にトドメを刺されたけど、最後に見たゆーゆの体の状態は...とても生きてはいられないほどボロボロだった。」

 

「そんなに追いつめてたのか、園子...!」

 

「もちろん、勇者部のみんなやミノさんががんばってくれたおかげ。でも、私はその時思ったの。......彼女は間違いなく致命傷を負っていて、体力も底をついていたはずなのに...ゆーゆの体には変化がなかった。」

 

「?......変化?」

 

「うん。そこまでダメージを負っていれば、天の神はゆーゆの体から追い出されそうな気がしない?あいつと同じタイムリーパーの私がそこまでやったのに。なんにも変わらなかったの。だから私はもしかしたら...って思って。」

 

「...何が?」

 

「もしかしたら......同じタイムリーパーの私が何かしても、なんにも効果がないのも...。」

 

「ええっ...!?そ、それじゃあ......いくらがんばったところで、天の神は倒せないじゃないか!」

 

「......。」

 

方法は、友奈を殺すことしかないのか。だが二人にはそんな考えなど頭の片隅にも思い浮かばなかった。

 

「............目には目を。歯には歯を。」

 

「...なんだ急に?」

 

「私はこれが一番有力なんじゃないかと思ってやったの。天の神が私の命を奪おうとしてたのもあるけど。タイムリーパーは同じタイムリーパーじゃないと倒せない...。...でもね、今考えてみればもうひとつあるかも。」

 

「もうひとつ?タイムリーパー以外の共通点ってこと?ぱっとは思いつかないなぁ。......けど...あったとしてもそれも失敗しちゃうかもしれないんじゃ...。」

 

「そうかもね...。だけどこれがダメだったら本当に他に何もないよ。力ずくじゃどうにもならなかったわけだし。」

 

「......。そっかぁ...じゃあまた『賭け』ってこと?」

 

「...。」

 

「あたしは園子に乗るよ。今までだって、それで大丈夫だった。...方法はそれしかないんだろ?ここまできたら、何が何でもあいつに勝つ!」

 

「そうだね...勝とう!」

 

朝の時間ではここまで話して終わった。この後すぐに、園子たちが初陣を迎えた戦いが来るのを二人はすっかり忘れていたが、今の二人はすでに歴戦の猛者。友奈に憑依した天の神の強さに比べれば、十二星座バーテックスのうちの一体など敵ではなかった。

 

「え....??え.....えぇ......え、え、えぇええぇぇえええ!?!?」

 

「やったな園子!」

 

「やったねミノさん!」

 

園子と銀はハイタッチして喜ぶ。一方須美はひとり、困惑していた。

 

「瞬殺...。ふ、二人とも強すぎる...!!なんなのあの華麗な動きは!?私なんにもしてないわよ!?それにいつそんなに仲良くなってたの!?昨日までそんな感じじゃ...。」

 

「あ、あぁ...えっとぉ~......。じゃあ須美も仲良くなろうぜ!よろしく!」

 

「よろしくだぜい!わっしー!」

 

「ええっ!?」

 

------------------

 

------------------

 

数ヶ月後 大赦本部 安芸の部屋

 

「......。」

 

「だいたい飲み込めました?安芸先生。」

 

「本当、驚きだわ...。新装備の話も大赦の考えも全部ぴたりと当たってる...。タイムリーパーだと言うのも、認めざるを得ないわね。」

 

「ミノさんもです~。」

 

「...それを私に話して...どうするつもり?私が大赦職員だということを知っているのなら、そんな重要なことわざわざ言うとは思えない。上に報告するかもしれないわよ?」

 

「安芸先生はそんなことしませんよ。」

 

「......!」

 

「それをされたところで大赦に何かできるとも思えないし。」

 

「......。」

 

「ふふっ。...安芸先生にも苦しい思いはさせたくないですから。」

 

「え...?」

 

「ねぇ、安芸先生......勇者システムの『複製』ってできないんですか?」

 

「複製?」

 

「ミノさんの勇者システム、もうひとつ作ってほしいんです。お願い...できませんか...?」

 

「......。...聞いてあげたいところだけど、勇者システムを作るのだって簡単じゃないのよ。そう何台も作れたら、もっと勇者を増やせるし。ましてや複製なんて...試したこともない。」

 

「......。...そうですか......。」

 

園子は落胆し、肩を落とす。

 

「......けど、なんとかやってみるわ。」

 

「...えっ?」

 

「ダメならダメでまた伝えるけど、一応ね。...いつまでに欲しいの?」

 

「......完成は今すぐじゃなくていいんです。二年後までに完成できれば。」

 

「えっ、そんな先?」

 

「はい。それならまだ可能性はありますか?」

 

「...時間がそれだけあれば、もしかしたらなんとかなるかも...。」

 

「本当ですか!?よかったです~!」

 

園子は両手を合わせて喜んだ。

 

「...だけど勇者システムの複製だなんて、何をするつもりなの?しかもあなたのじゃなくて三ノ輪さんのを...。あなたの目的は一体...?」

 

「...未来に繋げるためです。」

 

------------------

 

二年後 12月 夜 大橋付近

 

「もうすぐ...だな。」

 

「もうすぐって言っても、まだ5ヶ月くらいあるけどね~。」

 

「5ヶ月はすぐだろ!今まで過ごしてきた時間に比べれば!」

 

「まあ、確かに...。」

 

銀と園子がタイムリープをして、早くも三年の月日が流れようとしていた。すでに新たな作戦の準備は完成間近だ。

 

「...ちょっと髪切った方が動きやすいかな?」

 

銀はそう言って小学生の時よりもだいぶ伸びた髪の毛を触る。今の彼女の髪型は旋毛あたりでポニーテールにして大橋の戦いの前に園子から貰ったリボンでしばっている。

 

「私はそのままでもいいと思うけどな~。かわいいし~。」

 

「今はかわいさよりも戦いやすさだろ?」

 

「まだ5ヶ月あるんだし、今切ってもまた伸びちゃうよ~。その相談はまた先に。」

 

「...それもそうか。」

 

銀は歩道の手すりに寄りかかって海をじっと見つめる。冬の肌寒い夜風が、二人に吹き付ける。

 

「......なぁ、園子。」

 

「?...なに?」

 

「あたし、さ...やっと園子の気持ちを理解できた気がする。あたしもタイムリーパーになって...この立場の大変さを知ったよ。」

 

「......うん。」

 

「だからさ、園子。お前はもうこれで今度こそひとりじゃない。心の底から園子の気持ちがわかった。今のあたしの思いは、園子...お前と一緒だ。」

 

「ミノさん...。」

 

「これはきっと300年前からの因縁なんだ。天の神は、この世のほとんどの人の命と土地を奪った。...別の世界であたしたちのことも殺して......。あたしは絶対に許せない...!!」

 

銀は拳を強く握って海の向こうに広がっているはずの地平線を睨む。今は神樹の壁が立ちふさがり、先は見えないが。

 

「『あいつを倒して元あった世界に戻す』その一心だけだ。」

 

「...!!」

 

「もうお前だけのリベンジじゃない。...あたしも負けた。それにみんなも。全員あいつに打ちのめされた。だからこれは......あたしたちみんなのリベンジだ!!」

 

銀は園子の方に振り返ってそう強く訴えた。その銀に応えるように、園子も大きく首を縦に振った。あとは戦いの日を待つだけ---。彼女たちのリベンジを果たす、その時を...。

 

(第50話に続く)




尺の都合で割愛させていただきましたが須美は初陣から数日後に二人からタイムリーパーであることを打ち明けられています。現時点、銀と園子がタイムリーパーであることを知っているのは須美と安芸先生のみです。勇者部、防人組はまだ知りません。二年後の12月というのは神世紀300年12月のことを指します。時系列で言えばゆゆゆのストーリーは終わり、全員散華からは解放されています。


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【第50話】The Grim Reaper

 

「なっ......!!」

 

(これは......また未来が変わった!?)

 

辺りをキョロキョロ見渡し、自分の体を触って、結城友奈...天の神は焦る。

 

(あいつらから受けた傷がすべて消えている...それにここは...体育館裏?)

 

勇者たちとの戦いで深手を負った友奈はイネスから病院へむかっていたはずなのに、今は讃州中学の体育館裏に立っている。

 

「バカな......我は間違いなく殺したはず...!だが未来が変わったということは......そんなまさか...!!」

 

体中から汗が吹き出る。イヤな汗だ。そしてやがて気づく。背後からの視線に。

 

(......!!)

 

友奈は唾を飲み込み、ゆっくりと後ろを振り返った。そこにいたのはもちろん...

 

「.........なぜソナタが生きている...乃木の末裔よ...!」

 

園子は、友奈から約三メートルほど離れたところに立っていた。そして次に彼女がとった行動。それは天の神を驚愕させ、動揺させた。

 

ザッ......

 

「!?」

 

園子は地面に膝をつき、手をついて深々と頭を下げた。その頭はピッタリと地についており、作法のなった綺麗な座礼をしてみせたのだ。

 

「これは一体なんの真似だ...!?」

 

「私は......あなた様に忠誠を誓います。これまでのご無礼、どうかお許しください。」

 

「...?......な、なんだと...?」

 

「あなた様の為ならば、なんでも致します。この世のすべての頂点はあなた様...私はようやくそれに気づくことができました。直々にご教授いただき、これ以上ない感謝の気持ちで溢れております。」

 

「おいおい......何をするかと思えばどういうつもりだ...。」

 

(今になって心が折れたというのか...?いやそんなわけがないだろう!!...最期まで我を見ていた目は...間違いなく『憎しみ』の感情で満たされていた...。まだ諦めていなかった...!きっとこいつは、我の懐に入り込んで隙を窺うつもりだ...!隷になったふりをして...我を倒すために...。)

 

「つまらない冗談を言うんじゃないぞ...乃木の末裔っ!!」

 

友奈は永遠と頭を地につけている園子に近づき、彼女の頭をガシッと踏みつけた。

 

「そのような言葉、信じるとでも思ったか!我もだいぶ舐められたようだな。ソナタ自身、こんな行動に出るのも本当は不本意だろう。こんなことしたくないに決まっている。最終手段で、考えに考えた上で、ソナタにとって一番屈辱的な方法で我に近づいた。...だが忘れないぞ。ソナタが我に向けたあの目を...。ソナタが今更何をしようが無駄なんだよ!!」

 

友奈はそう言うと、指で銃の形をつくって園子の頭に向けた。

 

「ソナタがまた未来を変えてくれたおかげで、我の力も元通り。あの戦いはなかったことになったから、バーテックスの力も使用できるということだ。ここで今すぐソナタを殺すこともできるのだぞ?」

 

「......。」

 

「周りに人の気配もないようだし...よくひとりで会おうと思ったな。こうなるのが予想できなかったか?」

 

「どうか...お許しを......。」

 

「......あ...?」

 

その時、友奈の堪忍袋の緒がプッツーンと切れた。

 

 

ドガッ!

 

 

友奈は園子の顔を思い切り蹴飛ばし、その衝撃で園子は地面に転がる。

 

「まだ言うか!!ソナタにプライドはないのか!?ソナタの企みは分かっていると言っているだろう!!それなのになぜやめない!?」

 

そう訴えかけるも、園子はまた綺麗な座礼をして

 

「お許しください...。」

 

と言い続ける。

 

「はぁ......最後の最後で見損なったぞ。やはり人間に存在価値などない。」

 

友奈は再び銃の形をつくる。

 

「......なんでもっ...あなた様に認められる為なら、なんでも致しますっ!!」

 

園子は必死にそう叫んだ。それを聞いた友奈はピクッと反応し、園子に向けていた手を下ろした。

 

「そうだ...確かに最初そう言っていたなぁ...?『なんでもする』...と。」

 

「はい...!」

 

「よぉし、わかった。では我の要望に応えられたならば、隷として使ってやろう。」

 

「!!......それは、本当でございますか...!?」

 

「ああ、我は神だ。例え相手が人間であっても約束は守る。」

 

「ありがとうございます...!ありがとうございます...。」

 

「だが、『ソナタが我の要望に応えられたなら』と言ったろう。」

 

友奈はそう言うと、静かにしゃがんで園子の顔の横に自分の顔を近づけてそっと耳打ちした。

 

「......勇者部員全員を、ソナタの手で殺せ。」

 

友奈は園子がどんな反応をするか楽しみにしていた。彼女は今まで勇者部員たちのために戦っていたと言っても過言ではない。その勇者部員たちを、自分の手で殺めろと命令されたら...。彼女はどれだけうろたえ、絶望の表情を見せるだろう。

 

だが、実際の園子の反応は天の神が望むような『普通』の反応ではなかった。

 

「お安い御用でございます。そのようなことでよろしいのであれば。」

 

「!?!?」

 

即答。全く間がなかった。まるでそれを命令されるのがわかっていたかのように。表情も一切変えず、淡々とそう答えたのだ。うろたえたのは友奈の方であった。

 

「わ、我の前でだ!我の前で全員殺せ!!不正やごまかしは許さぬぞ!!」

 

「当然でございます。」

 

「!?...勇者部員だぞ!?三ノ輪銀も東郷美森も、全員だぞ!!」

 

「はい、理解しております。」

 

「そんなわけがない!ソナタは今まで何のために戦ってきたのだ!なぜ我に反旗を翻したのだ!?...ソナタの望む世界を、創造しようとしたのではないのか!?」

 

「先ほども申したとおり、私はあなたに忠誠を誓ったのです。そのような愚かな考えはもう、私の心中にはひとかけらもございません。」

 

(なんだと...!?我は本当に......こいつの心を折ったのか?完膚なきまでに打ちのめしたのは確かだ...。だが......またこいつは未来を変えた。口振りからして勇者部員は全員生きている...。絶対、絶対、我を倒すことしか考えていないはず!!)

 

天の神はどうしても彼女を信用できなかった。これまでの、狂気すら感じる友への思いを見てきたからであったからだ。

 

「......そうか、わかった。取り乱して悪かったな。」

 

天の神は一度自分を落ち着かせ、再び園子に顔を近づけた。

 

「では、早速いってみようか。......まずは三ノ輪銀からだ。」

 

「今から、でございますか。」

 

「ああそうだ。今からだ。どうした、何か不都合でもあるのか?」

 

「いいえ。」

 

「いいか、くれぐれも怪しい動きはするんじゃないぞ。我は三ノ輪銀の前に姿を現さん。もう向こうは皆、我の正体を知っているからな。一緒にいたら当然怪しまれる。だからお前はひとりで、お前の意志でやつらを消せ。我とお前は何も関係していない、それを突き通せ。いいな。」

 

「承知いたしました。」

 

またしても園子は淡々と返答。そして...

 

「殺め方はどういたしましょう?」

 

「......は?」

 

「絞殺、溺殺、惨殺、毒殺、焼殺...人間の殺め方は多様にございます。この他にもまだまだありますが...ご希望は何かございますか?」

 

「ソナタ...何言って......」

 

「道具のことならばおおよそ揃えられます。学校の理科準備室に侵入すれば、必要な毒薬は手に入ります。首や手首と言ったところの大動脈を切断すれば、数分で死に至る。ですのでちょっとしたナイフでも平気なんです。あまり騒ぎを起こしたくないのなら......」

 

「も、もうよいっ!!殺め方はどうでもよい!!ソナタに任せる!」

 

「承知いたしました。」

 

気持ち悪くなった友奈は園子が最後まで言い切る前にそう言って止めた。もうこの頃には、園子のあまりの変わりようにゾッとしていた。そしてまた、興奮もしていた。

 

(人間は......こうも変わるのか...!?こいつのこんな一面など、どの世界にも存在しなかった!...だが...だとしたら...非常におもしろい...!!)

 

背中のあたりにゾクゾクっと感じるこの感覚。恐怖と興奮が混じり合った、今までに経験のない特別な感覚であった。

 

---------------

 

もう日は落ちかけている。夕立はすでに止んでいたが、空は真っ黒の雲に覆われたままだった。明るさからしてもうほとんど夜になろうとしていた。

 

園子は下校途中を狙った。その時間ならば、いつも一緒に帰っている銀と二人きりになれる。友奈はその様子を、バレない程度に後ろから静かに尾行して見守っていた。

 

「なぁ~園子~今日の宿題ってさぁ、英語と~...国語と~...数学だっけ~?」

 

「今日は五時間目にやった実験のレポートをまとめる宿題もあるよ~。」

 

「あっ、それもかっ!完全に忘れてた~...今日の宿題多いな~...だるぅ~~...」

 

そんなようないつもと変わらない会話を繰り返している。

 

(いつ仕掛ける気だ...?)

 

友奈は後を追いながらそんなことを考えていると、突如園子が銀の手を引っ張って人がすれ違えないほどの細さの建物と建物の間に銀を連れ込んだ。

 

「うわっと!そ、園子...なんだ急に?」

 

いきなり狭くて暗いところに連れてこられた銀は当然ながら困惑する。

 

(なんだ!?あの細い隙間に入ったぞ...!)

 

友奈はすぐさま駆け寄り、その間を覗いた。

 

「ごめんねミノさん...悪く思わないでね。」

 

「......えっ?」

 

すると園子はポケットから万能ナイフを取り出した。

 

「.....ご神託だから。」

 

それから抱きつくようにして銀に近づき、そして......

 

 

刃先を首に突きつけて、その血色ある肌を 切 り 裂 い た 。

 

 

ブシャァッ!!!

 

 

赤い液体があたりに飛び散り、返り血が園子の顔と制服にビシャッとかかった。

 

「かっ......ぁ......?」

 

銀は首を抑えながら倒れ、ジタバタもがく。

 

(........。.........。.............ほ、本当に...やった...。)

 

それを間近で見ていた友奈も、血相を変えて絶句する。

 

「な"、な"んで.........園...子......?」

 

まだ息があるようで、銀は園子の足首らへんを掴みながら一生懸命言葉を紡ぐ。だがそのうち力尽き、やがて動かなくなった。それを確認した友奈は、おそるおそる園子に近づいた。

 

「............死んだ...のか...?」

 

「はい。呼吸も心臓も脈も、完全に止まりました。」

 

「............。」

 

「どうかなされましたか?」

 

「............なんとも、思わないのか...?」

 

「私は、あなたに満足していただればそれでよいのです。あなたさえ幸せであれば、私も幸福。命だって喜んで差し上げます。」

 

園子は立て膝をついて頭を下げ、顔を少しだけ赤らめながらそう言った。

 

「......もはやソナタが乃木園子であるのかという疑問の前に...人間であるのかという疑問が頭によぎる...。ここまで感情をなくした人間が、存在するのか...?」

 

「何をおっしゃっておられるのです。...あなた様に直接お使いできるという、この私にはもったいない広栄な立場におかれて、私はとても幸福だと感じているのです。この気持ちが、なによりの証拠でございます。」

 

------------

 

翌日。また園子はひとりの命を奪った。今度は背後から太い紐で首を絞め、絞殺。なんのためらいもなく行う園子の姿を見て、友奈は彼女の隣に立つことも恐ろしく感じてきていた。

 

「......。」

 

「......完全に息絶えました。すっかり私に心を許してしまっていたのですんなり済みましたが...昔の彼女ならそうはいかなかったでしょう。」

 

「......ああ。三好夏凜ならそうだろうな。」

 

友奈はパチンと指を鳴らし、夏凜の亡骸を証拠が残らないように完璧に消す。

 

「早く残りの部員も済ませましょう。怪しまれるのも時間の問題です。」

 

「......。まさかそっちからそんな提案をしてくるとはな...。わかった。任せるぞ。」

 

「今日中には全員...終わらせられます。」

 

「そんなに早くか...!?」

 

------------

 

「はぁ...はぁ...はぁ......」

 

乃木園子は本当に、この日のうちにすべての部員の命を奪った。それに用いた体力は予想以上で、園子は息を荒くしながら友奈の方を振り返る。

 

「これで...全員でございます...!」

 

友奈は足を組みながらズッシリと机に腰掛けており、その報告を聞いた彼女はゆっくりと拍手をした。

 

 

パチ...パチ...パチ...

 

 

「フフフ.........ハハハハハハハハハっ!!......ご苦労、乃木の末裔よ。まさか本当にすべて成し遂げるとは。最初は到底信じられなかったが......ソナタのその変わりよう...そしてこの成果を見て、我も考えを改めるとしよう。」

 

(これほどタイムリープをしても、まだ見られない人間の一面があったとは......案外興味深いものだ、人間というのも。)

 

友奈は立ち上がると、園子にキスするくらいまで近づき、彼女の顎に手をやって自分の顔の高さに彼女の顔を動かした。いわゆる顎クイだ。

 

「ソナタを我の隷として認めてやる。これで我の敵は完全にいなくなった。もしソナタが裏切ったとしても、ソナタひとりではもはやどうにもできん。ソナタには我の最後の計画を手伝ってもらうぞ。」

 

「最後の計画というのは...?」

 

「まあ、とりあえず聞け。」

 

友奈は園子から離れ、またさっきと同じように足を組んで机に腰掛ける。園子は地べたに正座して両手を前におき、友奈の話を聞き始めた。

 

「我の最後の作戦...それは、もうひとりの我と接触すること。そして、この世界を創り直す。」

 

「...!」

 

「もうひとりの我に会うためには、勇者システムが必要だ。生身では外の世界を歩くのは不可能だからな。...いくら神とはいえ、自分どうしでテレパシーを用いた会話などできない。我から会いに行くしかないのだ。」

 

「接触なさったら...どうなるのですか?」

 

「我とこの世界の我...『ふたつがひとつになる』。」

 

「...!!」

 

「そうなれば、もうこの人間の体は不要だ。元の我の肉体と一体化し、元々あった我の力は倍になる。」

 

つまり、天の神二人分...その力がひとつに集中するということだ。

 

「これが成功すれば、たとえ神樹が全盛期の頃でも敵ではない。すべての神の中でも我は、トップレベルの力を手にすることができるだろう。」

 

友奈はうっすらと笑い、園子に問いかける。

 

「ソナタは人間の初めての隷だ。もちろん、協力してくれるな?」

 

「......当然でございます。すべてはあなた様のご意志のままに...。」

 

「ふっ...自分も死ぬというのに大層な覚悟だ。それだ、それだよ。我が求めていたのは、その狂気じみているほどの強い信仰心。それが本来人間にあったはずの神への忠誠だ。」

 

友奈は再び園子に近づいて彼女の頭を優しく、ゆっくり撫でた。

 

「期待しているぞ、乃木の末裔。明日には勇者システムを用意しろ。明後日には作戦実行だ。」

 

「承知いたしました。」

 

------------------------------------

 

「......安芸先生。」

 

「......戻ってきたのね、乃木さん。」

 

乃木園子は、勇者システムを受け取りに大赦本部に来ていた。しかし、もらった端末の数は七。アタッシュケースの中にしっかり全部入っていることを確認すると、ひとつだけ取って制服のポケットに入れた。

 

「今のところは?」

 

「はい...順調です。『彼』が考えている作戦も、無事聞き出せました~。」

 

「...!」

 

「まあ、だいたい前の未来でゆーゆに乗っかったときにわかってたんですけどね~。ほら、タイムリーパーにはタイムリープの力以外にも、もうひとつ特殊能力が身に付きますから、それで。...計画が変わっていないか、確認も必要でしたし。」

 

「......その情報は信用できるの?まだあなたを疑ってる可能性も...。」

 

「もちろん、その可能性もちゃ~んと視野に入れてますよ。......実際、『彼』はちょっとだけ嘘つきましたし。」

 

「えっ...?」

 

園子はニヤリと笑い、一礼してその場を後にした。外に出ると、壁に寄りかかって腕を組みながら園子を待っている人物が一人。

 

「おまたせ、ミノさん!」

 

園子はその待っている人物にそう呼びかけた。

 

「おう、園子。もらってきたか?」

 

「うん。はい、これミノさんの!先に渡しておくね。」

 

園子はアタッシュケースを開けて、一番左のスマホを取って銀に渡す。

 

「おおっ...!本当に私の勇者システムが...!」

 

「複製、なんとか間に合ったみたい。結構ギリギリに完成して、大変だったって言ってたよ~。」

 

「そっか...感謝しないとだな。」

 

「うん、そうだね。」

 

銀は受け取ったスマホを握りしめ、寄りかかっていた壁から離れた。

 

「さ、行こうかミノさん!あともうひと仕事!」

 

銀と園子は二人、一本の道を歩いてゆく。

 

(第51話に続く)



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【第51話】Start planning

 

「お望みの品、ご用意させていただきました。」

 

「...うむ。ご苦労。」

 

園子はポケットから取り出したスマホを低い体勢のまま両手で友奈に差し出す。友奈はそれを受け取り、偽物でないかを確認するとご機嫌にスマホをポンポン手の上で投げながら言った。

 

「これで下準備は完了した。あとは実行するだけだ。...これもすべて、この世の救世主である乃木家のおかげだな。」

 

「......。」

 

「全く皮肉な話だと思わんか?かつてソナタの先祖は、この結界内の人類を守るために、命を懸けて戦った。だが今、その子孫はどうだ?人類を滅亡させようとしている我に協力し、もうこの段階まで来てしまった。すでに止められまい。...初代とまるっきり反対だな、ソナタは。」

 

「私は自分の信念に従って行動しているだけでございます。私の先祖が過去にした行いなど、今の私には関係のない話です。」

 

「ふははははっ!ソナタが何をしようが、自由ということか。確かに、ソナタの言っていることは正しい。...ますます気に入ったぞ。」

 

友奈はそう言うと、また昨日のように園子の頭を優しく撫でた。そして園子に背を見せ、彼女から離れていく。

 

「明日、見晴らしの良い場所にでも登ってみるといい。世界の終焉を見届けるのに、相応しい場所を探しておくのだな。」

 

友奈はその言葉を最後に、園子の目の前から姿を消した。

 

------------

 

翌日 神樹の壁の上

 

「......。」

 

友奈は静かに壁の向こうを見つめている。その景色は神樹がつくりだしている幻の景色だ。友奈は一歩、一歩、ゆっくり踏みしめて結界の外へ足を運ぶ。

 

「さて...始めるか。」

 

先ほどの景色とは打って変わって、周囲は一面火の海。真っ赤に染めあがった世界が広がっていた。その中に、白い物体がところどころ動いて空を飛んでいる。

友奈は勇者システムを起動させると、火の海全体に響き渡らせるくらいの気持ちで叫んだ。

 

「さあもう一人の我よ!!時は満ちた!!!今こそ、世界を創り直そうではないか!!!!」

 

その大声に反応し、星屑たちは襲いかかってくる。自分たちの世界に入ってきた害虫と判断し、友奈を喰わんと一斉に飛びかかる。

 

「......ふんっ!」

 

だが、すべて一瞬で消し飛ばされる。華麗なステップで星屑の攻撃を避け、その後一撃。友奈はやれやれと言わんばかりに首を振った。

 

「...もう少し星屑の知能も上げたいところだな。これほど神の気を出しているのに気づかんとは。」

 

またしても星屑が遅いかかってくる。そもそもここはバーテックスが無限にいる。友奈は一体の星屑にまたがり、手を置いて自分の存在を伝えた。

その瞬間、星屑の動きは止まり、周囲の星屑も襲いかかるのをやめた。

 

「よし、それでOKだ。やればできるではないか。」

 

ニッコリと微笑んでそう言い、親指を突き立てて外と中を分けている結界を指差した。

 

「出番だ隷たちよ。結界内へ侵攻しろ。...もう神樹の寿命はないに等しい。次樹海化を起こせば、もうほぼ力は残らないだろう。......神樹は今、この我の体を欲しているはずだ。神樹が最も気に入り、最も優遇しているこの『結城友奈』の体を...。」

 

そんなことを話しているうちに、星屑たちは神樹の結界内部へ侵入する。と、同時に樹海化を引き起こした。友奈も結界内に戻り、中央に光り輝く神樹を目指す。

 

「神樹は樹海化を起こしている間のみしか姿を現さない!我はすぐにオマエの元へ辿り着く。オマエは我を受け入れるだろう!消滅しまいと、必死になってな!」

 

友奈は海を超え、地に立ち、心を踊らせながら跳躍を繰り返す。

 

「そしてオマエを......内部から破壊する!!この人間の中身にいるのは我だと知らずに、オマエは自分自身から死の道を選ぶのだ!!」

 

これが天の神の計画の全貌だった。友奈を取り込んだ神樹を内部から乗っ取り、破壊。そしてその時には上空に待機しているもうひとりの天の神と融合。すべては完璧な策略...のはずだった。ふと、乃木園子は何もしていないか確認のためスマホを覗いたとき、

 

「!?」

 

位置情報には壁付近に乃木園子の端末...だけでなく他の部員たちの位置情報も刻まれていた。

 

「こ、これはどういうことだ!?...乃木の末裔がすべての端末を持っているのか...?いや、どちらにせよ乃木園子の位置情報がここに映っているということは...彼女も勇者システムを持って樹海に来ている!!やはり我に抵抗する意志があるということだ!」

 

と、次の瞬間、それぞれの位置情報がバラバラに動き始める。

 

「!!!なっ......!?」

 

友奈は思わず足を止めた。

 

「これはつまり......だがなぜだ...!?我は確かに、確かにこの目で確認した...!ヤツらの死を!!だがこれが正しいとするならば......ヤツらは全員、生きている!!」

 

---------------

 

--------

 

----

 

一時間前 ゴールドタワー

 

「みんな!準備できてる!?」

 

「遅くなってごめんな!ちゃんと壁まで行ったか尾行してたからさ!」

 

「こっちはだいたい準備できてるわ。そっちはどうだったの?しっかり上手くいった?」

 

「はい!バッチリですよフーミン先輩!」

 

園子と銀は駆け足で風たちと合流し、息を切らせながら外を見た。

 

「ゴールドタワーって本当デカいな...。ずっと向こうまで見えちゃうよ。こんなところで生活できるなんて防人、ちょっと羨ましいかも。」

 

「銀、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!......全く...最初はどうなることかと思ったけど本当に上手くいったなんてね...。」

 

「ふふっ、これが全部成り立ったのもミノさんのおかげなんよ~!」

 

「いやいや、これを思いついた園子のおかげだよ!」

 

「ここでの生活も結構楽しかったわよねぇ。まあ、一週間程度の間だけだったけど。防人のみんなとも仲良くなれたワ!」

 

「そのっちと銀を除いた勇者部員を讃州中学から大移動させて一週間の間、ゴールドタワーで過ごす...。本当に並外れた考えだと思うわ。しかも周りの人にも協力してもらって、私たちが急にいなくなった理由は絶対に話してはならないといい聞かせて...。」

 

「それにしても、先生はわかるとして...いつもふざけてるあの男子たちが何にも言わなかったっていうのがすごいわ。いつもなら、常人でもわかるくらいボロこぼすのに。」

 

「まあ、大赦の力を使って一軒一軒、直々に頼んでいったからね~。...もし外で話したら大赦からしゅくせ...」

 

「ストップ園子!それ以上は言わない方がいいと思う...。」

 

「えっ、そう~?」

 

「今少しだけこの世の闇を感じたわ...。」

 

天の神は周囲の人間すべてに騙されていたのだ。そして、なぜそんなことが可能だったのか。その鍵は三ノ輪銀にあった。

 

「みんな!防人チームも準備完了したわ!もうすぐ樹海化が起こると考えられる!屋上に集まって!」

 

『了解!!』

 

芽吹の呼びかけで全員屋上へと移動する。

 

「......ありがとね、安芸先生。」

 

「......。」

 

屋上に向かう途中で園子だけ立ち止まり、海の向こうの壁を見つめている神官にそう言った。

 

「あなたの協力がなかったら、ここまでのこともできなかった。まさに、こんなドリームチームは作れなかったよ。」

 

「......。」

 

「もういい加減終わりにしよう。...ちょっと世界、変えてくるね。」

 

園子はそう言い残してその場を後にした。その神官は最後まで、海の向こうの壁を見ていた。

 

 

ゴールドタワー 屋上

 

「うおおお!!すっごい!船が浮いてる!?」

 

「防人にはこんな装備があるのね...!」

 

「量産型って言ったって、意外とすごいのよ?壁外調査するからいだからね。空だって飛べるし。エネルギー切れになったら落ちちゃうけど。」

 

総員約30名以上。防人たちは、宙に浮いている舟に乗船していた。芽吹もそのうちの一番前にある舟に飛び乗った。

 

「防人隊は私に任せなさい!...そっちは園子が引っ張るのよ!あなたが考えた作戦なんだから、責任持ってよね!」

 

「うん...わかってるよ!」

 

三日前...突如として全員に前の未来の記憶が蘇った。最後に残っていた記憶は、生々しい『死』を迎える感覚...。その記憶が戻った瞬間、一同は気分を悪くして倒れた。たった三日で...一度死んだようなものなのに、ここまで心の傷を回復させ、再び戦闘に赴くということは常人の精神力では考えられない奇跡のようなできごとだった。

 

「みんな......本当にありがとね。」

 

「何よ今更...こちとらすでに散々振り回されてるんだからね!?」

 

「芽吹...めっちゃ怒ってるな...。」

 

「聞こえてるわよ銀!!あとこれは、天の神に向けての怒りだから!」

 

そんな芽吹を横目に、

 

「私の知ってる...楠の顔...。」

 

「これでこそ芽吹さんですわね!」

 

「戦いたくない戦いたくない戦いたくない戦いたくない戦いたくない戦いたくない戦いたくない戦いたくない...」

 

と、同じ班のしずく、夕美子、雀は呟く。

 

「さ、ここからは別行動よ!お互い、健闘を祈りましょう!」

 

「うんっ!!」

 

芽吹は微笑みながらそう言い、園子はそれに大きく頷いて応えた。

 

「あんまり気を遣わなくて大丈夫よ、乃木。ひどい目に遭ったのはこれが最初じゃないんだし。なーに!トラックに轢かれたときの方が死んだかと思ったわよ!」

 

「そんな明るく言うことじゃないよお姉ちゃん...あの時はあの時で本当に心配したんだから...。」

 

「そうよ。全っ然フォローになってないわよ。」

 

「そんなことないよにぼっしー。...風先輩、ありがとうございます。」

 

そして園子は振り返って勇者部員たちの顔を見、

 

「みんなで円陣、組もう!」

 

と言った。それから六人で円をつくり、肩を組むと、園子は叫んだ。

 

「ゆーゆ取り戻して、天の神倒すよっ!!!勇者部ファイトォォォ~!!!」

 

『ファイト~!!!』

 

闘気を高め、一斉に勇者システムを起動する。

 

「友奈ちゃん...!待ってて、今すぐ助けに行くからね!」

 

「おおっ!!あたしのこの武器...昔のヤツぅ~!」

 

「それも安芸先生にお願いしたの。ミノさんは軽い刀より、そっちのズッシリした斧の方が使い慣れてるでしょ?」

 

「園子わかってるぅ~♪」

 

「昔の武器ってことは...精霊や満開システムはちゃんと銀のにもついてるの?」

 

「案ずるなわっしーよ~。そこはしっかり最新型だから大丈ブイ!」

 

園子はそう言ってピースする。

 

「...!...ねぇ、なんか空が...。」

 

夏凜がそっと空を指差す。その空は、壁側からだんだんと黒く染まってきていた。

 

「わっ!わわわわわわわっ!なにこれぇ~~!!!」

 

続いて雀の弱々しい声がこちらまで聞こえてくる。その声で全員気づいた。自分の胸のあたりに赤い烙印が浮かび上がっている。

 

「やっぱり、もうひとりの天の神を呼んできたね...。」

 

「ついに...始まるんですね...!」

 

樹は空を睨みつける。

 

「みんな!壁側へ移動するよ!なるべく最初の方で侵攻してくるバーテックスたちを食い止めよう!」

 

『了解っ!』

 

勇者たちは移動を始め、海の上に浮かんでいる船を足場にして壁に辿り着いた。

 

「さて、ここからはそれぞれ別行動だね。」

 

園子がそう言って全員の方を見たとき、

 

「...!もうきた!」

 

樹海化が始まり、光に包まれる。

 

『...!!』

 

その時、"敵"が姿を現した。

 

「......そんじゃみんな、友奈を頼んだわよ!あいつは私が食い止める!!」

 

「夏凜!?ひとりでやるつもり!?」

 

「大丈夫よ風。私にはまだ満開がある!」

 

「あっ、ちょっ...」

 

夏凜はそう言って一目散に天の神へ向かって飛んでいってしまった。

 

「もうにぼっしーったら焦りすぎだよ~。」

 

「園子さん、お姉ちゃん...私も天の神と戦う!」

 

「樹...!」

 

「任せて。夏凜さんのサポートは完璧にこなすから!」

 

「......わかった。よろしくね樹。」

 

「頼んだよいっつん~!」

 

樹も夏凜の後を追って天の神の方へ向かった。

 

「それじゃ、私たちで神樹様のところまで向かいましょう。」

 

「ええ。そうね。」

 

「......。」

 

「...ミノさん......?」

 

「あたしもここに残るよ。」

 

「えっ...?」

 

「もう"あの時"みたいな思いも、後悔もしたくないだろ?今度こそ、全員で帰ろうぜ!」

 

「銀...。」

 

「ミノさん...それだったら私も...!!」

 

「ダ~メ!...あいつを倒すには、お前が必要だろ?心配すんなって!わたしは大丈夫だから。」

 

「......うん、わかった。」

 

「それじゃ風先輩、東郷と園子をよろしくお願いします。」

 

「まっかせときなさい!」

 

風はそう言って親指を立てて見せた。

 

「満開っ!!」

 

東郷は満開を使い、園子と風は東郷の戦艦に乗り込む。神樹が鎮座する、四国の中心を目指して---

 

「......。ゆーゆの位置情報が止まってる...。どうやら気づいたみたいだね。」

 

「位置情報を止めることなんてできるの?」

 

「いや......たぶんですけど勇者システムを壊したんだと思います。」

 

「こ、壊した!?そんなことしてどうやって神樹様の場所まで...歩きじゃ到底着けないわよね、この距離...。」

 

「天の神は、バーテックスを自由自在に操れます。つまり...」

 

「『バーテックスに乗って移動してる』...そういうことよね?そのっち。」

 

「...うん。大型や中型じゃデカくて目立つから、このたっくさんいる星屑のどれかに紛れて...移動してるんだと思う。」

 

「...口の中に隠れながら移動してたりとか...?」

 

「そうかもね、わっしー。」

 

「うぇぇ......星屑の口の中なんて絶対嫌だわ...。」

 

「私たちは天の神がどこにいるかわからなくなった...でも逆に向こうも私たちの位置はわからない...。」

 

「そうだね。確かにゆーゆに憑依した天の神は私たちの位置はわからない......けど...。」

 

 

ヒュヒュヒュヒュンッ!!!

 

 

その瞬間、背後から無数の矢が飛んできた。東郷はすぐに反応し、戦艦を巧みに操って避ける。

 

「もう一体の天の神は、私たちの位置を把握できる...!そして、攻撃された方向を見れば友奈ちゃんに取り憑いている憎き天の神も私たちの位置がわかってしまう...!」

 

東郷は何度か撃ち返すことで攻撃を防ぎきり、

 

「一気に振り切ります!」

 

ブーストをかけて猛スピードでその場を後にした。

 

 

---------

 

 

「覚悟しなさい...天の神...!」

 

一方、夏凜はギリギリと歯を噛み締めて天の神を睨みつけていた。

 

「......満...開っ!!!」

 

計六本の刀を展開させ、がむしゃらに天の神へ突っ込んでいく。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

天の神は抵抗し、矢の雨を夏凜に飛ばす。

 

 

ザシュッ...!ザクっ...!

 

 

「くっ...ぬぅ......っ!」

 

なるべく防ぎながら突っ込んでいるが、防ぎきれなかった攻撃が夏凜の体力を削っていく。足や頬を矢がかすり、出血する。

 

(結構...ヤバイかも...これ......!)

 

「......あっ!?」

 

少し油断したとたん、特大の矢が目の前まで迫っていた。

 

(これ...間に合わっ......!!)

 

 

ガギィィィンっ!!!

 

 

夏凜が目を閉じたとき、鋭い金属音が鳴り響いた。何が起こったのかと彼女はすぐさま目を開けてその方向を見た。

 

「オイオイ、大丈夫か?夏凜。」

 

「!...え...銀...!?あなた、園子たちと一緒に行ったはずじゃ...。」

 

「へへっ、心配でついて来ちゃった。」

 

そう言いながらまた矢を斧で弾く。銀は夏凜の満開のパーツに乗り、夏凜と同様に天の神を睨んでいた。

 

「あんまり突っ込みすぎるなよ?これ、経験者からの忠告。」

 

「でも...こうでもしない限りあいつに近づけないわ!」

 

「そうだなぁ。」

 

「『そうだな』って...じゃあどうすればいいのよ!!」

 

「いいか?こういうときはな...」

 

二人はまたしても飛んでくる矢を弾く。天の神との距離はすこしずつだが確実に近づいてきている。

 

「適度に突っ込むんだよっ!!!」

 

「結局突っ込むんじゃない!!」

 

(第52話に続く)



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【第52話】Human vs. God ~ first half~

 

「......っ!......はぁ...はぁ...!」

 

東郷の満開が解け、三人は地面に着地する。

 

「東郷!大丈夫!?」

 

「はい...!早く行きましょう!」

 

おかげで神樹のかなり近くまで移動できた。ここからは足での移動となる。三人は走り始め、神樹の中心部を目指す。しかし...

 

「...!危ない!」

 

 

ドッゴン!!!

 

 

前方から彼女らを潰す勢いで攻撃がとんでくる。

 

「これって...神樹様に邪魔されてる...!?」

 

「そこまでして友奈ちゃんを渡したくないかっ...!」

 

「しょうがない...ここは避けながらも強行突破で!」

 

神樹は自らの根や茎のようなもので園子たちの行く手を阻んだ。それでも彼女たちは進むのをやめない。だがしかし

 

「...!!これじゃ前に進めない!!」

 

ついに完全に道が塞がれた。この先を通らなければ中心部には辿り着けない。

 

「大丈夫!...道は私が......切り開くっ!」

 

風はそう言うと満開を使い、大剣を巨大化させる。

 

「おりゃああああああああああああっ!!!」

 

 

ズドドーーンッ!!!

 

 

大きく振り下ろされた剣は、塞がれた道を完全に切り開いた。

 

「すごい...!」

 

「はぁっ...はぁっ...!」

 

風の満開は解け、その場に手をつく。

 

「大丈夫ですか!?風先輩!」

 

「はぁっ...はぁっ...あなたたちは早く先に行きなさい...。一刻を...争うんでしょ...?」

 

「......。...ありがとうございます、風先輩。」

 

「絶対成功させるのよ!二人とも!!」

 

「もちろんです!」

 

園子と東郷は再び走り始め、先を急ぐ。そしてついに...

 

「!...行き止まり...?」

 

「いいえ...行き止まりってことは...。」

 

東郷は壁らしきものに手を置く。すると...ヌッと手がめり込んだ。

 

「ほら、ね?」

 

「ほんとだ...!」

 

二人はその奥へと進む。そこの空間は驚くべきものだった。

 

(えっ...!?なにこれ...水!?)

 

(違う...息、できる...?)

 

二人はお互い顔を合わせ、さらに最深部へと移動する。

 

「なにここ...神様の中身ってこんな感じなんだ...。」

 

「あっ...!そのっち!見て!!」

 

東郷は園子の袖を引っ張り、下を指差す。

 

「!......ゆーゆ!」

 

そこには、多くの白蛇に捕らえられている友奈の姿があった。

 

「友奈ちゃん!!」

 

東郷はすぐさま潜り、友奈に手を伸ばす。しかし、

 

 

バチっ!

 

 

「っ!......なにこれ...!!」

 

その手は友奈には届かなかった。どうやら見えない結界のようなものが張られているようだ。

 

 

バチっ!バチっ!

 

 

なんとかして破壊しようと試みるが、びくともしない。

 

「なんでよっ...!せっかくここまで来たのに...。友奈ちゃんを返してっ!!」

 

「落ち着いてわっしー!」

 

「落ち着けないわよ!友奈ちゃん、もう目の前にいるのにっ!!」

 

真下にいる友奈を見つめながら、二人はそんな会話を交わす。そうしていると、

 

「全く...ここは神聖な場だぞ。静かにできんのか。」

 

「!...友奈ちゃん!?」

 

友奈が口を開き、上を見上げて話し始めた。

 

「...やはり......なぜソナタが生きている?東郷美森。そして...これはどういうことなのだ、乃木の末裔。」

 

「......まだ"そこ"にいたんだね、天の神。」

 

「フッ......あの時の我への崇拝も、信仰心も、やはり偽りだったか。我も少しはソナタを信用したというのに、ショックだよ。」

 

「...嘘つき。」

 

園子のその返しに対して友奈はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そしてまたすぐに口を開く。

 

「...さて...まだ神樹が我を取り込むまで時間がある。聞こうではないか。我に見せたあの出来事すべて...どうやったのか。」

 

「...『能力』を使ったんだよ。タイムリーパーに目覚める、もうひとつの力をね。」

 

「...?ソナタの能力は触れた他人について探ることができる力だったはず...。あんな夢を見せるようなことはできないはずだが?」 

 

「神様も甘いね~。考えつかないの?」

 

友奈の眉間にシワが寄る。どうやら少しカチンときたようだ。

 

「......私以外にも、タイムリーパーが現れたんだよ。」

 

「...!?」

 

「私がまた戻れたのも、彼女のおかげ...。私は、ミノさんと一緒にタイムリープしたの!」

 

「両者共々タイムリープ...!?そんなこと......」

 

「本当に奇跡だよね。...まさに神様のイタズラかも。」

 

そんなことを話している間にも、友奈と二人の距離は遠ざかっていく。

 

「そのっち、早くしないと友奈ちゃんが...!!」

 

焦る東郷に園子は人差し指を口に当ててから静かに囁く。

 

「......大丈夫だから。......今、確信できた。」

 

そうすると園子は友奈に絡みつく白蛇たちをチラッと見る。それから友奈に向かって再び話し始めた。

 

「ミノさんに目覚めたもうひとつの『能力』は......"対象一人に対して、幻を見せる力"!」

 

「!?!?......そんな大きな力...たった一回のタイムリープで使いこなせるわけがない!前にも言ったはずだ!もうひとつの能力は、タイムリープを繰り返せば繰り返すほど強くなる...!たった一回で、あそこまでできるはずがないっ!!」

 

「そうだよね~...。私も最初ミノさんの能力をお試しで体験したとき、その正確さにびっくりしたよ。だからたぶん...たくさんの未来を知っていればいるほど能力の練度が上がるんだと思う。それなら辻褄が合うしね。だからミノさんは最初からあんなに使いこなせたんじゃない?」

 

「...!そんなはず...!だいたい、幻に触れられないだろう!我はソナタに何度も触れた!三ノ輪銀が対象一人のみにしか幻を見せられないのだとしたら...そこは矛盾してるのではないか!?」

 

「確かにそう思うよね。だけどあなた...ミノさんと私の相性がどれだけ合ってるか知ってる?」

 

「!!......そんな...まさか......!」

 

「幻の私と本物の私...ところどころ入れ替わってたんだよ。例えば最初にあなたに接触したとき...あれは本物の私。本当に私ひとりであなたに会った。その後トイレで幻の私と入れ替わったの。」

 

「......最後は...?最後も我はソナタに触れたぞ!さらにその時はソナタから目を離さなかった!幻と入れ替わる瞬間なぞなかった!」

 

「あ~、あの時はミノさんにあわせてもらったの。私の動きに合わせて、幻を操ってもらっただけ...。だから私はなんにもないところに向かって演技してたんだよ。」

 

「!?そっ、そのようなことがっ...」

 

「実際、可能だったってことだよ。こうしてちゃんと、気づかれずにいたしね。だからあの時、讃州中学にいた勇者部員は私とミノさんだけ...。他はみんなゴールドタワーに移動してもらって、身の安全を確保した。...ミノさんはずっと屋上に身を隠してたの。本物の私があなたの前に姿を現すときだけ、私に合わせる必要があるから近くにいたけどね。」

 

「......。」

 

「結構大変だったんだよ?このために大赦を総動員させて、学校のみんなに事情話して口裏合わせてもらって...。ほら、毎日生徒が減っていったら周りに怪しまれるじゃない?別に先生や生徒も幻として見せればいいじゃんって思うだろうけどその規模になるとさすがにミノさんも疲れちゃうらしくてさ。だから勇者部の人たちだけ、幻としてあなたに見せた。...人間の死体なんか見たことないからミノさん苦労してたよ。しかも、友達の死体なんてさ...。やるだけで苦しいのに。」

 

「...............。」

 

「でもこれも全部今この時に繋げるため...。私もあなたに土下座して、顔踏まれた甲斐があったよ。」

 

「..............................。ふっ......ふふふ......。」

 

「...?」

 

友奈は俯き、静かに笑う。

 

「...随分と余裕そうだね?私たちが生きていることは誤算じゃないの?」

 

「ま、確かに驚いたが...昨日も言ったはずだ。『もう我を止められる者はいない』と。それにすでにこの段階に入った。パニックになる理由がどこにある?......ソナタこそ余裕そうではないか。」

 

「そりゃあそうだよ。ここまで全部、"作戦は上手くいってる"んだから。」 

 

「......ほう?」

 

「じゃあまず言っておくけど、あなたの作戦の一つは今...ミノさんたちによって止められてる。」

 

「...!」

 

「もうひとりのあなたは、ミノさんたちと交戦中だよ。だから、神樹様のすぐ上にはまだ来てない。」

 

「......なぜソナタがそれを...?」

 

「もちろん、あなたもご存知のもうひとつの『能力』のおかげだよ。私は前の未来のときからあなたの計画、すべてを知っていた。あなたに跨がったとき、すでに。」

 

「なっ...。だからと言って、この状況がひっくり返るとは思えない!神樹はすでに我を受け入れている!人間のソナタたちに、今から何ができる!?」

 

「最初の世界でだって......そう言って人間を見くびったからあなたは負けたんじゃない...!」

 

「いや、我は人間の底力を何度か見てきた...。もう見くびってなどいないっ...!......ほら見ろ!始まったぞ...融合が!!」

 

友奈の体が光り始める。ついに神樹が友奈を取り込む作業に入るのだ。だが、、

 

「!......なに...これ...!?」

 

その真下に広がる状況に、東郷は思わず目を丸くする。

 

「始まったのは融合じゃないんよ~。」

 

園子は余裕の笑みを天の神に見せる。不審に思った『彼』はそこでようやく自らが置かれた状況に気づく---

 

「はっ!?!?」

 

「やっと気づいた?自分の状態に...。」

 

「こっ、これはっ!?どういうことなのだぁっ!!!」

 

 

-------------------------------------------------------------------------

 

 

その頃  天の神 vs. 三ノ輪銀&三好夏凜

 

「夏凜!いけるか!?」

 

「ええ!いつでもっ!」

 

降りしきる矢の豪雨の中、二人は上空の天の神を睨む。園子の武器のように、銀は盾を張れない。このままこうしていても二人はさらに傷ついていくばかりだ。

 

「あたしがタイミング見計らって合図出すから、それと同時に一気に突っ込め!」

 

「わかった!」

 

銀は目を細め、一瞬の隙を窺う。そして...

 

「......今だっ!」

 

夏凜は銀の合図にすぐ反応し、最高速度で突っ込む。

 

 

-------------------------------------------------------------------------

 

 

数分前  防人隊

 

「千景砲発射準備!」

 

対天の神のため、防人は防人で準備を始めていた。

 

「数日前にも一度説明したが、再度確認する!...夏凜が天の神に突っ込むのと同時にこの千景砲を放つ!だが放つには祈りが必要だ!...完了するまで、私たちで巫女と神官を守り抜く必要がある!」

 

『はい!』

 

「それぞれ定位置につけ!バーテックス共には、指一本触れさせるなっ!!なんとしてもこれを成功させ、勇者のサポートをする!!......私たちの力だって一つに集めれば通用するということを、天の神に知らしめてやろうっ!!」

 

『はいっ!!』

 

芽吹の呼びかけに隊員たちは力強く応える。彼女らはあたりに散らばり、その中心で千景砲の祈りを行い、千景砲のチャージをする巫女と神官。そんな中、星屑たちは容赦なく襲いかかってくる。

 

「ひいぃやああっ!!めっちゃくるっ!すごいくるううううう~~!!」

 

雀たちはバリアを展開させ、その中心にある祈りの場をバーテックスから守る。

 

「みんな!できるだけ接近戦は避けて、銃撃で倒すのよ!どうしてもの時だけ、剣を使う!」

 

と、言ったそばから前に飛び出して近接用の剣で星屑を切り裂く人物が一人。 

 

「!......ちょっとシズク!」

 

「悪いな楠!オレはこっちの方がやりやすいからなっ!」

 

そう言いながらまた一体葬る。シズクの動きは安定していた。

 

「あんまり無理しないでよね!」

 

「ふんっ、人のこと心配してる場合か?お前もお前でちゃんと戦えよ!」

 

「当たり前よ!」

 

「じゃ、勝負するか?楠。どっちがバーテックスを多く倒せるか!」

 

「いいわね。受けて立とうじゃない!」

 

芽吹は銃で、シズクは剣で星屑を次々と倒していく。

 

「ちょっと二人とも!これは遊びじゃございませんことよ!」

 

「そんなのわかってる弥勒!こうした方がより倒せンだろ?一匹も逃したくねェからな!!」

 

「なるほど......ならわたくしも参加させていただきますわ!弥勒家再興の礎として......この弥勒夕美子こそが一番たくさんのバーテックスを...」

 

するとその言葉に反応したかのように、大量の星屑が夕美子に向かって押し寄せてきた。

 

「えっ、わっ、ぎゃあああああ~!!いきなりその数は聞いていませんわ~!」

 

「弥勒さんがんばってる...。みんなすごいなぁ...あんな数のバーテックスと戦って...。私はここにいるだけでも怖いのにぃ...。亜弥ちゃんたちは大丈夫かなぁ...。」

 

雀はそう言って背後にある光に包まれた空間を見つめる。そこは外側から中を見ることができない。防人たちは千景砲が放たれるまで戦い続けなければならない。だがまだ様子を見るに、まだまだ戦わなければならないようだった。

 

---

 

---

 

---

 

「はぁ...はぁ...。ふぅ...なぁ、楠。なんか様子が変じゃねェか?」

 

「えっ?」

 

「ほら、千景砲。全然溜まってる気配がねェ。」

 

「......確かに。」

 

最初は順調にチャージされていた千景砲も、今は止それがまっているように見える。

 

「ちょっと見てくるわ。ここお願い!」

 

「おう、任せとけ。」

 

その場はシズクに任せ、芽吹は中心部分に戻った。

 

「あっ、メブー!!どうしたの?...もしかしてもう終わった?終わったよね?お願い終わったって言って!」

 

「まだよ。少し気になったことがあって...。」

 

芽吹はそう軽く受け流して光の中に入っていく。

 

「ええっ、ちょっとメブぅ~!」

 

------------

 

「...!......これは...!」

 

何人か巫女および神官が姿を消している。

 

「一体何が...!?」

 

芽吹は歩を進め、さらに中心へ向かう。するとその間に一人、また一人と消滅し、人が減っていく。

 

「!?...何これ...。もしや...現実世界に戻されてる...!?千景砲に必要な祈りは、私たちの想定以上に大きな不可がかかるってこと...?だからこんな現象が...?」

 

(だとしたらすごくマズいかも...。外にいる防人たちが戻されるのも時間の問題...。そうなったら夏凜は......)

 

そんなことを考えているうちに、芽吹は祈りの間の中心へ辿り着く。そこには国土亜弥が手を合わせ、目を閉じて立っていた。

 

「亜弥ちゃん...!」

 

「芽吹先輩...?」

 

「これは...何が起こってるの...?」

 

「他の方々は全員現実世界へ戻されてしまったようです。...ここにいる方々も残りわずか...千景砲を使った勇者様援護の計画は失敗してしまったのです。」

 

「は...?し、失敗...?いや、まだ...!もう一度祈りを捧げれば...!」

 

「......。」

 

「亜弥ちゃん!!他のみんなも!しっかりして!!私たちがやらなきゃダメなのよ!......私は何回も、いろんな未来を見てきた...。つい最近話したでしょう?......この未来は、最後の希望なのよ...!園子が、銀が...みんなが!全員で繋いだ最後のチャンスなの!!だから...たとえそれが神様に逆らうようなことでも、やりきらなきゃいけない!生きるんだよ、亜弥ちゃん!!」

 

「...!」

 

「......みんなもわかった...?もう一度祈りを...!」

 

------------

 

-------

 

---

 

「ああっ、メブ~!!」

 

中心部から戻ってきた芽吹に、雀が声をかける。

 

「...もうひと踏ん張りよ、みんな。」

 

芽吹は自分が守っていた位置に戻り、再びバーテックス掃討のお役目についた。

 

「上手くやったみてェだな、楠。」

 

「...まあね。」

 

「ほら、もう溜まるぞ。」

 

「!!......そうみたいね...!みんな本当にがんばってくれたわ。あとはこれを、同時に撃ち込むだけ...。」

 

芽吹はそう言って天を仰ぐ。

 

(第53話に続く)



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【第53話】Human vs. God ~second half~

本当に、部長になった樹は強すぎるので毎度扱いに困ります。


 

天の神vs.三ノ輪銀&三好夏凜

 

「......今だっ!」

 

「おおおおおおっ!!!」

 

銀の合図に合わせ、夏凜は突っ込む。

 

(スピードは緩めるな...!緩めるな!このまま突き抜け、あいつにこの攻撃を...!)

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「おおおおおおおっ!!」

 

『やああああああああああああっ~!!!』

 

近づけば近づくほど天の神による攻撃の鋭さが増し、夏凜の装備はボロボロになって崩れ落ちていく。

 

(緩めるな...緩めるなあああっ!!)

 

それでも夏凜はスピードを落とさずに突き抜ける。そんな夏凜を見た銀は斧を巨大化させ、二人でそれを掴んで進む。その間にも二人は少しずつ傷を負っていく。

 

(くっ...ううっ...!)

 

(ぬうっ...うんんっ...!)

 

傷が深くなっても、我慢した。耐えた。痛い苦しいしんどい...頭の中で浮かぶマイナス言葉を振り払い、力を振り絞った。目の前のこいつを倒すために。斧を掴む手は何が何でも離さず、たった一度のチャンスを逃さまいと目をしっかり開けて狙いを定めた。

 

『これが勇者の...』

 

「気合いと!」

 

「根性と!!」

 

『魂ってヤツよっ~~!!!!!』

 

 

バギンっ!!!

 

 

鈍い音を立て、巨大化された斧が天の神の中心に突き刺さる。

 

------------------------------------------

 

同時刻 防人隊

 

「...たった今勇者の攻撃が天の神に着弾したのを確認!」

 

「よし...。」

 

その報告を聞いた芽吹はブンっと右腕を横に振って発射の合図を出す。そして...チャージされた千景砲は赤い光を激しく放ちながら天の神に向かって、発射。

 

「受け取れええええええっ!!!」

 

 

ズドドドドドォォォー!!!

 

 

バギ......バギバキッ...!

 

 

こちらも見事着弾。二つの大きな攻撃を受けた天の神のその体にヒビが入る。

 

------------------------------------------

 

同時刻 銀&夏凜

 

(よし...このまま行けば倒せる...!)

 

(あと...もうひと踏ん張りだっ...!)

 

『うおおおおおおおおおおおおっー!!!』

 

銀と夏凜はさらに力を入れ、このまま天の神の体を貫こうとする。が...

 

 

ドンっ!!  

 

 

『!?』

 

突然感じたことがないほどの力で押し返され、地面に向かって急降下。あまりにも強い圧力にグワンと目眩が起こり、二人は意識を飛ばしそうになる。

 

(なんだこの力っ...!)

 

(これじゃ受け身がとれな...)

 

 

ガシッ!

 

 

『...!』

 

そんな二人を受け止めたのは樹だった。満開を使い、ワイヤーをネットにして衝撃を和らげ、無事キャッチしたのだ。

 

「ありがとう...助かったよ樹...。」

 

「...!待って後ろ...!!」

 

樹は夏凜に言われて後ろを振り向く。そこには、火山が噴火したかと思うくらいの赤い炎がどんどん迫ってきていた。

 

「なんじゃあこりゃあ~~!!!」

 

銀はその光景に思わずそう叫ぶ。

 

「樹!このままじゃ巻き込まれる!せめてあんただけでも...」

 

「何言ってるんですか夏凜さん!みんなで帰るんです!!夏凜さんと銀さんは...私が必ず守りますっ!!」

 

「そんなこと言ったって......うわっ...」

 

「あちっ、あちぃ~!」

 

火はもうそこまでだ。樹は最高速度で逃げ続ける。

 

「...!あそこなら...!」

 

樹は樹海の隙間に入り、深い場所まで潜る。

 

 

ゴゴゴゴゴゴ.........

 

 

激しい地響きが鳴り、やがて収まった。

 

「はぁ...はぁ...助かった...?」

 

「なんだったんだよアレぇ...レオの火球とは比べものにならないくらいのデカさだったぞ...。」

 

「でもみなさん無事でよかったです!」

 

三人はその隙間から出て辺りを見渡した。

 

「これ...ひどい...。」

 

「ああ...。ここら一帯、樹海が真っ黒焦げだ。」

 

「でも、どうやらあの火は樹海の上を掠めただけみたいですね。直撃していたならもっと樹海が抉れているはずですし、私たちへの衝撃もさらに大きくなっていたはずです。」

 

「確かに...直撃しなかっただけマシか。」

 

「でもさ、あたしたちはやるべきことやれたよな?成功したよな?」

 

「ええ!そりゃもう完璧よ!天の神の足止めは!しかも、結構ダメージ与えられたんじゃない?」

 

「お二人ともすごかったですよ!防人のみなさんも、がんばってました。」

 

「そうね...芽吹たちのサポートがなかったらもっと危なかったかも...。」

 

「ああ、本当その通り。」

 

銀はそう言って頷いた。それから神樹の方を見て呟く。

 

「......どうだ園子。十分時間は稼げただろ?」

 

---------------------------------------

 

その頃 防人隊

 

「やった...!どうやら作戦せいこ.........あれ?」

 

芽吹はそう言って振り返るも、後ろには誰もいなかった。先ほどまで横にいたシズクも、向こうでバーテックスと騒いでいた夕海子も、ずっと震えて弱音を吐いていた雀も...どこにもいない。

 

(時間切れか...。)

 

芽吹きは『ふぅ』とひと息吐く。

 

「あとは頼んだわよ...みんな...!!」

 

そう言い残すと、芽吹もそこから姿を消した。

 

---------------------------------------

 

神樹内部

 

「やっと気づいた?自分の状態に...。」

 

「こっ、これはっ!?どういうことなのだぁっ!!!」

 

天の神は自分の体を見て驚く。いや、もう自分の体ではない。結城友奈の体は、天の神の視点から見て下にあった。つまり...

 

(我と...結城友奈の体が......分離している...!?)

 

「くっ...なんなんだ...なぜだっ!!」

 

天の神は友奈の体に手を伸ばそうとするが、

 

(...!!)

 

「手がない...!?いやこれは......我が魂だけになったから...?」

 

友奈の体はどんどん下に落ちていく。対して天の神の魂は上へ上へと浮き上がっていく。距離がさらに広がっているのだ。

 

「何をした......何をした乃木の末裔っ!!!」

 

「私は何もしてないよ?あなたが自分でやったんじゃない。」

 

「...!?」

 

「なんならね、私たちがここに辿り着いた辺りから分離は始まってたよ?...ただ、それに気づいて対策されて欲しくなかったから今まで私たちがやってきたことの種明かしをして、注意をこちらに向けてもらってただけ。」

 

「で、ではつまり......この現象は...?」

 

「『目には目を、歯に歯を』...」

 

「...?」

 

「人が作った有名なことわざ。知ってる?...意味は『人が誰かを傷つけた場合にはその罰は同程度のものでなければならない、もしくは相当の代価を受け取ることでこれに代えることもできる』...。あなたはこれまでバーテックスを使って、人間及び神樹様を倒そうとした。何百年という月日も...神樹様にダメージを与えてたんだよ。」

 

「...それがなんだというんだ...!」

 

「『神様には、神様を』...だよ。」

 

「...!!」

 

「私、思いついたの。あなたと同じタイムリーパーの私には、あなたとゆーゆを離すことはできなかった。だったら同じ神様ならどうなるのかなって。そしたら思った通り。...神樹様はゆーゆの体だけ欲してる。ゆーゆの中に入り込んでいたあなたは、神樹様にとって不純物...!当然あなたなんかいらないから、ゆーゆの体から追い出した。」

 

「...っ!...ならば、最初から...我の計画は成功するはずのない夢物語だったというわけか...。」

 

「観念しなさい天の神!!...友奈ちゃんの体を使ってあんなことやこんなことをしたあなたは(ああ、羨ましい...)...私がぁっ、絶っっっ対にぃっ...!!!」

 

東郷は鬼の形相で天の神の魂を睨みつける。

 

「だがまだ......我は諦めんぞ!!かすかな希望に賭けるっ!!」

 

天の神はその場から一目散に逃げ出した。神樹の外へと向かうため。

 

「...!!逃がすもんか...!!」

 

園子は後を追うため泳いで魂を追う。

 

「わっしーはゆーゆをお願い!!...頼んだよ!」

 

「ええ任せて!!そのっちもよろしく!!」

 

「うんっ...!絶対に逃がさない...!」

 

園子は全速力で泳ぎ続ける。明らかに差は縮まってきている。

 

(えいっ...!)

 

園子は槍を伸ばし、天の神の魂を貫く。

 

「!!」

 

だが、手応えはなかった。その一突きは確実に当たっているはずなのに。

 

(もしかして...魂だから...!?)

 

魂は実体ではない。物理攻撃ではダメージは与えられなかったのだ。貫いているように見えるが、それは透けて当たっていない。目に見えているが触れない...煙や雲と同じようなものだった。

 

(どうしよう...。それじゃどうやってあいつを倒せる...?)

 

次の手を考えている暇などない。そこで園子は直接触れてみようと思った。ただの物体の槍で触るのではなく、生物の自分自身なら...。友奈の体に入り込んでいたように園子の体に反応するかもしれない。友奈の時のように体を乗っ取られる可能性もあるが、そうなればその時で人格をなくされる前にこの槍で自分を...。

園子は手を伸ばす。もう指先が触れる...瞬間だった。

 

「......!......あれ...?」

 

その時ちょうど、神樹の外に出た。園子はそのままの勢いで出たのでバランスを崩して樹海に転がる。が、すぐに我に返って立ち上がった。

 

(どこにいった...!?私、触れなかった...?)

 

辺りを見渡すが、先ほどのもやのかかった虹色の霧のような塊...天の神の魂は見当たらない。

 

(いや、この一瞬ですぐに遠くまで逃げきれるわけない!ましてや泳いで捕まえられるくらいの速さだったんだ...。絶対まだ近くにいる!どこかに隠れてるはず!)

 

園子は諦めずに探すがやはり見つからない。不審に思った彼女は、探している間にハッと気づく。

 

(もしかして......神樹様の中だから見えてた...?普通、魂なんて目で見えるものじゃない...。神様の力のおかげで可視化できていただけ...?だから魂だけの姿になった天の神の声も聞こえていた...?)

 

その結論に至ったとき、空が突然赤黒く光を発した。

 

「わっ...!」

 

あまりの眩しさに、園子は目を閉じて腕で顔を隠す。

 

(何この光...!)

 

やがてその輝きは収まる。園子はゆっくり目を開け、恐る恐る空を見上げた。するとそこには、一番起きてはならない最悪な情景が広がっていた。

 

「あっ......!?!?!?」

 

大きすぎて一瞬気づかなかった。四国の大空を、赤黒い雲のようなものが覆っている。そしてちょうど神樹の真上が、その全体の"目"のようだった。

 

「うそ...でしょ......。なんでこいつがここに......?ミノさんたちは......?足止めしてくれていたはず......!」

 

そう...。その空を覆っていた巨大なモノの正体は、"天の神"だった。その大きさは四国全土よりも遥かにデカく、大型台風並の大きさだった。

 

「どうして...!作戦が失敗していたらメブーから連絡が来るはずなのに...!そもそも、天の神はここまで大きくなかった!一瞬気づかないほどの大きさじゃなかった...!」

 

園子の頭に嫌な考えが浮かぶ。

 

「そ、そんな.........ありえない........."防げなかった"...?」

 

樹海を殴り、歯を食いしばる。

 

「嘘.....また...?......なんでいっつもこうなるの...!!」

 

するとまた空が赤黒く光り始める。一度園子は今の感情を捨て、神樹様から遠のいた。

 

(神樹様の中には、まだわっしーとゆーゆがいる...!何が何でも、神樹様本体に攻撃を与えるわけにはいかない...。それに今、あいつが一番恨んでいるのは...間違いなく私...!)

 

園子は目立つ場所に出て空に向かって叫んだ。

 

「天の神っ!!!私ならここだよ!!!私のこと殺したいんでしょ!?なら、私を狙いなさいっ!!!」

 

園子はそう言って矛先を空に向ける。

 

「私もあなたと同じ気持ちだから...!!今ここでリベンジさせてもらう!!!何度もいろんな未来を見てきた者同士......今度こそケリつけようよ。私とあなた!1体1の真剣勝負!!私はもう負けないよっ!!絶対に止まらない!!死ぬまで戦い続ける!!!」

 

天の神の大きさは元の二倍以上の大きさまで膨れ上がっていた。この世界に二つ存在していた天の神は一つに融合し......天下無敵の力を手に入れたのだ。

 

(第54話に続く)




ついに本格的なラストバトル開幕です!勝つのは神か、人間か...。園子はこれまでの思いをすべてここでぶつけます...!次回もお楽しみに。


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【第54話】The ruler of this world

 

数分前 夏凜&銀&樹サイド

 

「なんだあいつ...!急に移動速度が上がったぞ!」

 

「あんだけやったのにまだ余力があるわけ...!?」

 

「焦ってるのかもしれません。夏凜さんたちから大ダメージを受けて、相当な時間ロスをして...早く目的の場所へ行かないとって言う気持ちが高まってるんじゃ...。」

 

「へぇ...神様もそういうのあるんだな。」

 

「どっちにしろ私たちで止めるわよ!」

 

「はい!」  「ああ!」

 

だがそうは言っても夏凜は満開を使ってしまった。勇者は防人のように空を飛ぶことはできない。

 

「天の神がどれくらい力を残しているかわからない今、無闇に満開を使うのは危ないかと思います。銀さんは一応、満開を残しておいてください。...ここは私が!」

 

樹は夏凜と銀を助けるのに満開を使い、今もまだ満開装束を身に纏っている。

 

「くそっ...なんであんな上にいるのよ...!私も何かしら樹のサポートをしたい...!」

 

夏凜がそんなことをゴニョゴニョ言っていると、突如上空から無数の雷が落ちてきた。

 

「!?...いきなり広範囲攻撃!?」

 

「しかもこれ...私たちを狙ってるわけじゃない!手当たり次第に...!!」

 

これが樹海に落ちれば現実世界にかなり大きな被害をもたらすだろう。---樹は雷の光が見えた瞬間に動いていた。

 

「え~~~~~いっ!!!」

 

空に飛び上がり、手を高くあげてワイヤーを放出。パラシュートが開くように、円状に分かれた。蜘蛛の巣のように樹海の上にできた樹のワイヤーはそのまま雷を受けた。

 

 

バチバチっ!バチンっ!!

 

 

雷はワイヤーに分散され、散らばる。あまりの高電圧によりワイヤーは樹に届く前に焼け切れた。

 

「いいぞ樹~!」

 

銀は拳を上にあげて樹を鼓舞する。

 

「まだです...!」

 

すると今度はワイヤーを一点に集め、毛糸のように編んでいく。

 

「私の武器は...私の思うままに!...私の思い描いた物を作れる!」

 

樹が作ったのは大きな『拳』だった。

 

「これ...友奈が満開したときの武器にそっくり...!」

 

夏凜は樹が作った拳を見てそう呟く。そして樹は夏凜たちが作った天の神にあるヒビを狙って突っ込む。

 

「はああああああああっ!!!」

 

作った拳を思い切り振るが、

 

 

ドッ......

 

 

「...!」

 

届く前に、簡単に破壊される。その時にできた隙を見逃さなかった天の神は、サジタリウスの矢の雨を樹のみに一点集中させて高速で撃ち込む。

 

「...樹っ!!」

 

銀は思わず彼女の名を叫ぶが、

 

「...はあっ!」

 

樹はまるであやとりでもやるかのように、すぐさまワイヤーを網目状に編んでサジタリウスの矢をバラバラに切り裂いた。

 

「樹の糸ってどんだけ鋭いの!?」

 

「しかもあの判断の早さ...並大抵じゃないぞ!?」

 

夏凜と銀は驚いてばかり。樹はまだ攻撃の手を緩めなかった。

 

「まだまだです!...園子さんたちのところには行かせませんっ!」

 

次に樹は針地獄のような物を空中に出現させ、ゴムのようにしならせて天の神の中心部を狙う。

 

 

ゴゴゴゴゴ......

 

 

「っ!!」

 

だが、その針は天の神に刺さっていなかった。樹が貫いたのはただの"空"...。さっきまでそこにあったはずの天の神の中心部は嘘だったかのように忽然と消えていた。

 

「えっ!?どこに行って...!?間違いなくここに...」

 

「樹!あっち見て!!」

 

夏凜に言われ、樹は初めて気づく。天の神はすでに、"神樹のすぐ側まで移動していた"。

 

「な、なんで......。」

 

樹は天の神と自分との、明らかに間に合わない距離に絶句する。

 

「もしかして...樹が戦ってたのは天の神が出した分身だったのか...?」

 

銀は顎に手を当てて考えた。夏凜も同様に銀と同じポーズをとる。

 

「あいつはわざと分身の位置から攻撃を出して、そこが中心部だと思い込ませた...。今まで、本物の中心部は雲で隠してたんだわ!」

 

「でもなんで...!!あたしらは一瞬たりとも天の神から目を離さなかったよな!?」

 

「わからない...。でも、そんなことも可能なんでしょうよ...なんてたって相手は神様なんだから...。」

 

「まさかあたしと似たようなことができたなんて...。」

 

一方、樹は遠くにいる天の神をいまだに見つめていた。

 

「ダメ......ダメ...です...!神樹様のところへ行かせたら......すべての計画が...。園子さんの今までの努力が...また台無しに......。」

 

樹は拳を強くに握り、再び天の神に向かって飛んでいく。

 

「......満開の時間も残り少ない...。ここは一気に、大技を決めます!!」

 

樹はありったけのワイヤーを出せるだけ出し、腕をぐるぐる回してワイヤーの竜巻を作る。

 

「くっ......ぅぅううっ......!!」

 

ただし、この技はあまりの強力な圧力と爆風により自分にかなりの負荷がかかる。

 

「この『糸』の竜巻で......あなたを捕らえるっ!!くらって~~~~!!!」

 

その『糸』の竜巻を、天の神に向かって飛ばす。しかし

 

「...!!」

 

...炎。天の神に大ダメージを与えた後、銀と夏凜が飲み込まれそうになったさっきのあの炎。それと同様の大きさの物が天の神中心部から放出された。

 

「あっ.........。」

 

樹のワイヤーはほんの一瞬ですべて焼き切れ、竜巻も嘘のように消え去った。その炎は自分が思っているよりも速いスピードで迫ってきて樹は反応に遅れた。

 

「ヤバい樹っ!!逃げろー!!」

 

銀は樹に向かってそう叫ぶが、その時にはもう遅い。樹はすぐに下へ向かったが......上空を覆い尽くすほどの炎の中に消えた。

 

『......!!!』

 

その一目見た光景に、銀と夏凜は思わず言葉を失う。

 

「やだ......うそ...でしょ............?樹っ~~~~!!!」 

 

夏凜は腰が抜け、その場に座り込みながらも彼女の名を叫んだ。

 

「くそっ.........樹...。」

 

銀はすぐさま天の神を睨む。そして強く噛みしめ、激しく歯軋りをする。

 

「あの野郎っ...!!!」

 

銀は満開を使おうと一歩足を踏み出すが、

 

「待って銀...!あれ、見て...!」

 

夏凜は空を指差して口を押さえている。銀は夏凜が指した方向を見る。するとそこには

 

「!!......樹だ!」

 

樹が頭から落っこちてきていた。見るからに、どこも怪我を負っていない。だが気絶しているらしく、様子がおかしいのは落ちてきている感じですぐにわかった。

銀はすぐに動き、落ちてきた樹をキャッチ。夏凜のところへ戻って樹に声をかける。

 

「樹!樹っ!!大丈夫!?」

 

「.........夏凜...さん...?銀さんも...。」

 

「よかった...!気がついた!」

 

「...ったく!心配かけんじゃないわよぉっ!」

 

夏凜は号泣しながらそう言う。

 

「......。あの一瞬で、このワイヤーを使って自分の体全体に巻いたのか。それで炎を防いでダメージをできるだけ減らした...。樹天才だな。さすがあたしの後輩なだけある。」

 

「私の後輩でもあるわよ!」

 

「...どっちもカッコ良くて尊敬してる先輩ですよ。」

 

『!!』

 

「樹ぃ!ほんっとお前ってヤツは!」

 

銀は樹を抱きしめ、夏凜は顔を赤くする。

 

「......でも...どうしましょう...。天の神...。」

 

「......。」

 

「......もうどうしようもないわ...。私たちはできるだけのことはやった。あとは園子たちに任せるしか...。」

 

「...ああ。園子の用事が早めに済むのを祈るばかりだな...。念のためあたしたちも神樹様の近くまで移動するか。」

 

「そうね。...樹、歩ける?」

 

「ごめんなさい...。私......ちょっと無理そうです...。」

 

「!...樹...!?」

 

樹の意識は朦朧としている。このまま樹を連れて行っても、彼女に被害が及んでしまうかもしれない。

 

「私...樹を置いていけないわ...!」

 

「ああ。同意見だ!」

 

銀と夏凜は神樹の方を見ているしかなかった。ただ、二人の神同士が近づいていくのを見ることしか。

 

---------------------------------------

 

現在 神樹付近 園子サイド

 

「天の神っ!!!私ならここだよ!!!私のこと殺したいんでしょ!?なら、私を狙いなさいっ!!!私もあなたと同じ気持ちだから...!!今ここでリベンジさせてもらう!!!何度もいろんな未来を見てきた者同士......今度こそケリつけようよ。私とあなた!1体1の真剣勝負!!私はもう負けないよっ!!絶対に止まらない!!死ぬまで戦い続ける!!!」

 

園子のその叫びで、天の神は反応したかのように赤く光り輝く。そして園子に標準を合わせて追尾型の大型爆弾を発射した。

 

「満...開...!!」

 

園子は満開を使用し、その爆弾を細切れに切り刻む。

 

「あなたと戦うのだって三回目...!あなたの癖くらいだいたい把握した!」

 

園子はそう言うと、一気に距離をつめようと空を飛ぶ。天の神は矢を飛ばし園子を牽制する。

 

(この矢...やっぱり...!さっきあの爆弾を防いでわかったけど、全体的に技の威力がケタ違いに上がってる...!この攻撃を防げるのは、満開でやっと...!)

 

園子は船を操り、矢を弾くもかなりの衝撃が加わっているのが身にしみてわかった。

 

(だけど...それがどうした!!)

 

園子はスピードを緩めない。天の神の中心部に直接、攻撃をしなければダメージを与えられない。近くまで行かないと話にならないのだ。そこで渾身の一撃を...食らわせる。

 

「どうしたの!!そんなもん!?この世をすべて支配できる力って言うのは!!」

 

もうすぐ射程圏内...園子は一点に力を集中させる。

 

(なるべく当てる面積は少なく......一突きで、あいつの核を貫く...!)

 

「やああああああああああっ!!」

 

 

ギィィィィィィィンっ!!!!

 

 

鈍い金属音が樹海全体に響き渡り、その一瞬だけ辺りは沈黙に包まれる。

 

「よしっ...!どうだ神さ...............えっ?」

 

綺麗に攻撃が決まり、歓喜したのもつかの間...園子は絶望した。

 

「なにこれ......傷ひとつ...ない...?」

 

園子が食らわせたその一突きは、貫くどころか刺さってすらいなかった。まるでダイヤモンドにつまようじを刺しているような感覚...それくらいレベルの差があった。

 

「いや......今の...私の全力だよ...?」

 

そう呟いたとき、園子はゾッとした。今彼女は天の神とくっついているほどの近さで、無防備でいる。たった一人の暗闇の中、大群の狼にでも囲まれているような感覚に陥った。

 

(これ......ヤバい......!)

 

 

ドッ............

 

 

その時、自分がどうなったかわからなかった。気づいたときには地面に打ちつけられており、激しいめまいと吐き気に襲われた。満開によって精霊バリアが消えた園子は常識では考えられない速度で落下したことにより、異常なほどの衝撃を受けたのだ。

 

「かはっ...!」

 

その最悪な気分に包まれたとき、園子は死んだと思った。だってそんな感覚、今まで生きてきて味わったことがなかったのだから。園子の周りはクレーターのようなものができあがっており、それは園子が落下してできたものだと言うことに気づいたのはそれから少し経ってからだった。

 

(視界がグワングワンしてる...。高熱が出たときみたいにすごい気持ち悪い...。一体私は...何をされたの...?満開もいつの間にか解けてる...。こんな一瞬で...?自分が思ってるよりも多くエネルギーを使ってたのかな...。)

 

園子はただ、跳ね返されただけだった。園子から攻撃を受け、いつまでも離れない彼女を天の神は地面に跳ね返しただけ...。

 

「......。......うっ...うえっ......おえぇえぇっ.........!」

 

起き上がろうとしたのと同時に園子は吐いた。嘔吐物と血が混ざったものが彼女の口から吐き出される。

 

(なんだこれ.........内臓がイカれた...?)

 

腹を押さえながら、槍を杖代わりにしてゆっくり立ち上がる。

 

(それがなんだ...!立ち上がれて良かった...。私はまだ戦える!)

 

「.........うっ...はぁ...はぁ...。」

 

体の中から襲い来る吐き気を、無理矢理抑えて空を睨む。

 

(私以外に...誰があいつを倒すんだ...!!)

 

「...さあ、続けようよ神様...!」

 

その言葉に挑発されたかとでも言うように、またサジタリウスの矢が園子を襲う。だがそれはさっきとはちょっと違った。

 

(!...なにこの広範囲...。町一個分はある...!)

 

明らかに園子一人相手にすることではない。こんなものが直撃すれば、町丸々一個崩壊は確定だ。しかしもちろん、こんな広範囲のものをひとりで防げるわけがない。いや...勇者全員揃っていたとしても無理すぎる。もうこの時点で手の施しようがない。

 

「...っ!」

 

園子はとりあえず自分の身だけを守ることに専念した。周囲の矢はすでに樹海に着弾し、激しく爆発する。この矢一つでミサイル一個分以上の破壊力はあった。

こちらに向かってきた矢を、彼女はギリギリでかわすも...

 

 

ボッカーン!

 

 

「...きゃあっ!!」

 

激しい爆風により、園子の小さい体は風の強い日のビニール袋のように軽く吹き飛ばされる。

 

 

ザザザザ...!

 

 

吹き飛んだ園子は樹海に転がり、肘と膝を擦りむく。倒れている暇はない。すぐにまた矢の雨が降ってくる。まさにそれは、局地的豪雨だった。

 

(こんなの......どうすれば...!樹海がどんどん......壊れていく...!!)

 

「......はっ...!」

 

そしてついに避けられない一撃が飛んでくる。この矢の破壊力から当然、通常のサジタリウスの矢の雨を防げる槍の傘では無理がある。

 

(弾くしかない...!)

 

「うおおおおおおおっ~!!!」

 

そこで園子は思い切り槍を振った。

 

 

ガギィィィィィィンっ!!!

 

 

(すごい...力......!)

 

 

ドガガガガガーン!!!

 

 

「きゃああああ~!!」

 

園子はうち負けた。勇者の全力でも歯が立たないほどの威力だったのだ。手にしていた槍は彼女から離れてぶっ飛ばされ、彼女はまた爆風で飛ばされて転がる。

 

「うっ......ぅぅぅ~......」

 

園子は悔しかった。地面を叩き、自分の無力さとまた作戦が失敗したことを恨んだ。そして再び矢が彼女に落ちてくる。槍はさっき飛ばされてどこかに行ってしまった。彼女自身もこの場に飛ばされてすぐだったので避ける時間もない。

 

 

ガン!!

 

 

思わず目を閉じるが、大きな金属音が聞こえてきたのですぐさま開けた。するとそこには...

 

「...フーミン先輩!?」

 

風が自らの武器を用いて盾になってくれていたのだ。まさかあの威力の矢を止めるとは。風がここまで来てくれたことも合わせてとても驚いた。

 

「大丈夫乃木?......これくらい、私の女子力にかかればね...!」

 

風は大剣を野球のバッドのように見立て、その矢を少しずつ押し返していく。そしてついに

 

「......どうってことないのよっー!!」

 

大剣を振り切り、矢をぶっ飛ばした。

 

「ほら見なさい!超特大ホームランよ!」

 

「すごい...!さすがですフーミン先輩~!」

 

だが安心したのもつかの間、矢の集中豪雨は止まない。

 

「乃木!一体これはどうなってるの!?...あいつったら急に暴れて...。」

 

「二つ存在していた天の神が...一つになったんです。」

 

「えっ...!?それってつまり...作戦失敗...?」

 

「......。」

 

園子は唇を噛み締め、悔しそうな表情をする。そんな彼女の顔を見た風は彼女の気持ちを考えて話を切り替えた。

 

「...とりあえず、乃木は早く槍を拾ってきなさい。今はこの矢を何とかしないといけないからね。このままじゃ樹海全体がめちゃくちゃになる。どうせあいつ、また本気出してないんじゃないの?」

 

「...たぶんそうです。でもこの範囲の攻撃...どうしたら...。」

 

矢を避けながらも、園子は器用に槍を拾う。

 

「この範囲全部はキツいわよね。ただでさえ今、避けるのもやっとなのに。」

 

と、話していたとき。突如、豪雨がピタリと止んだ。

 

「えっ!?何...?なんで急に止まって...」

 

「フーミン先輩...!きっとまた何かきます!」

 

二人は立ち止まり、武器を構えて空を見る。そして園子の思った通り、天の神は次の攻撃へと入った。

 

 

ゴロゴロ......ゴロゴロゴロゴロ...

 

 

「この音って...雷...!?」

 

「フーミン先輩かがんで!!」

 

 

ピシャン!!!

 

 

一瞬辺りが光り輝き、何本か雷が樹海に落ちる様子が見えた。

 

「うわっ...!」

 

二人は頭を抱えてしゃがみこむ。風たちの近くにも落ちたらしく、轟音と光の眩しさが彼女たちを襲った。

 

「いやあっ!?やっぱり雷!?」

 

「近い...もうちょっと先に進んでたら危なかった...。」

 

天の神は他にも何ヶ所かに渡って雷を落とし続けている。

 

「手当たり次第に落としてる感じね...。樹海を壊すのが目的...?」

 

「いや...これはたぶん......」

 

と、また彼女たちの近くに雷が落ちる。

 

「やあもう!!やめて~!!」

 

「フーミン先輩!高いところは危ないです!下、行きましょう!」

 

園子と風は樹海の隙間に入り込んで天の神からも見えない位置に身を隠した。

 

「見た感じ雷もかなりの威力がありそうね...。」

 

「天の神はたぶん、今の自分の力を試してるんだと思います。」

 

「はあ?試し?これが?」

 

「はい。...明らかに私たちを狙おうという気はない...。かといって一瞬で樹海を消そうともしない。おそらく強くなりすぎた自分の力を制御する練習をしているんです。」

 

「でもあんた狙われてたんじゃないの?さっきのだって...」

 

「確かに最初はそうでした。でも、あれはたぶんたまたまです。」

 

「そう...たまたまねぇ。」

 

「だけど、これはチャンスです。」

 

「え?チャンス?」

 

「はい!こうやって試しているということは、まだ完全に自由自在に自分の力を使えてるわけじゃないと思うんです。...だから今この時こそが勝つチャンス!」

 

「なるほどねぇ...。でも、試しているという割にはとんでもない力だったけど...私たちだけで勝てるの?満開ももう使っちゃったわよ?」

 

「あ、私もです...。」

 

「そもそもあいつ、たっかいところにいるから届かないのよね~...いくら全力でジャンプしても全然。」

 

今こう話している間にも、樹海はどんどん壊されていく。

 

「とにかく今できることは...注意をこちらに引きつけさせることでしょうか。」

 

「狙いをこっちにして、樹海全体のダメージを減らすってこと?でもそしたら私ら絶対避けられないわよね?避けたら樹海に当たるわけだし...。さっきみたいに跳ね返し続ける?」

 

「そうするしかありません...!私たちが樹海の盾になるんです!その間に私があいつを倒す算段を何とかして...」

 

と、アツく語っていると風が園子の肩にポンと手を置いて静かに言った。

 

「...焦るのはわかるけど、一旦落ち着きなさい。冷静になるのよ。」

 

「...!私は冷静ですよ。樹海を守ってあいつを倒すために...」

 

「全然冷静じゃないわ!そんな作戦じゃ、私らどちらもダメになる...!乃木も味わったんでしょ?あいつの攻撃の恐ろしさ!」

 

「......。」

 

「私だって何回もさっきのようにはできない...!それに私たちに攻撃を集中させ続けたらもっとヤバいに決まってるわよ...!!」

 

「じゃあ...どうしたら...」

 

園子は膝と手を地面につき、涙を落とす。

 

「また...またダメなんですか...?これ、最後の最後だったんですよ...?もし勝てたとしても、この樹海のダメージじゃ...。」

 

そんな園子を、風は立ったまま見つめる。そして腕を組んで園子に告げた。

 

「なに諦めようとしてんのよ!乃木らしくない!まだ負けたって決まったわけじゃないでしょ!?」

 

「...。」

 

「まだみんな生きてるんだから!勝機はいくらでもある!...戦い続ける限りはまだ負けてないのよ!」

 

「フーミン先輩...!」

 

「......ど?今のかっこよかった?」

 

「はい!!すごく勇気貰いました~!ありがとうございます、フーミン先輩!」

 

「......うん、それでいいのよ乃木は。」

 

それから少し経過。外は雷からまた矢の豪雨へと戻っていた。そして風と園子は二人で固まってそこから飛び出た。

 

(なるべく二人で行動する...!ひとりじゃダメでも二人なら...)

 

度々くるどうしても避けられない矢。それが来た場合は---

 

『二人なら跳ね返せる!!』

 

園子は槍を、風は大剣を握り、先ほどのようにバッドを振る感覚で矢を迎え撃つ。

 

『おりゃああああああっ!!!』

 

 

キィィィィンっ!!!

 

 

見事、跳ね返すことに成功。二人はハイタッチをする。

 

「やっぱり思った通り!さっきよりもずっと楽だわ!」

 

「はい!これなら長い時間耐えられる!」

 

一本の矢が跳ね返されて違和感を感じたのか、天の神が赤く光って園子たちに追撃を与える。

 

「どうやら気づいたみたいね!」

 

「いきましょうフーミン先輩!」

 

『え~~~いっ!!!』

 

見事、その追撃をも跳ね返す。

 

「いい感じ!『野球作戦』!」

 

「よし、この調子でわっしーたちと合流できたらいいけど...」

 

東郷と友奈はまだ神樹の中なのか。園子はそれが気になっていた。だがしかし、

 

 

ジバババババ...!!

 

 

「えっ...?」

 

突然二人の髪の毛が逆立ち始めた。

 

「な、なにこれ?...もしかして私の中に眠る力が目覚めたりとか...!」

 

「いや、この感じは静電気...?」

 

(まさか!)

 

園子は空を見上げる。少し、空が光って見えた。

 

(やっぱり雷だ!雷で私たちを狙う気だ!雷なら、跳ね返しようがないから!)

 

「フーミン先輩気をつけて!雷が......」

 

「乃木危ないっ!!」

 

「え...?」

 

 

トン...

 

 

園子が風の方を見たとき、なぜか横から雷が迫ってきていた。雷の光に照らされて風が光り輝いて見えた。園子はそのまま風に庇われて遠くに飛ばされる。

 

 

ズザザザザ......

 

 

園子は再び地面に転がった。

 

「フーミン...先輩...?」

 

あまりの高電圧により、周りは静電気を纏っていた。それがその場にいるだけでわかった。彼女の長く、サラサラで綺麗な髪も今までに見たことないくらい逆立っていた。

そして空には一つ、キャンサーの反射板があった。

 

(あの反射板...雷も反射できるの...?)

 

だがそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。目の前で風が倒れている。

 

「え.........フーミン先......」

 

 

ドッゴン!!

 

 

その手は風に届かなかった。二人の間に矢が落ち、二人を引き離したのだ。

 

「ぐっ......!」

 

土煙を払い、空を睨む。

 

(天の神め...!近くに行かせてもくれないのか!でも、大丈夫ですよね?フーミン先輩なら!)

 

園子は風を信じて立ち上がる。また槍を握る。歯を食いしばる。息は荒く、すでに戦う気力などゼロに等しかったがそれでも彼女は立ち上がった。...なぜなら彼女は、勇者なのだから。

 

「うおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおっ~!!!」

 

雄叫びをあげながら、彼女は高く飛んだ。そして進み続ける。彼女の望む世界を創るため、彼女は命をかける。

 

 

ピカッ

 

 

再び天の神は光り、それと同時に反射板が園子の行く手を阻む。横一列に綺麗にならんだそれは、まるでレンガの壁ができたのかと思うほど正確に作られた。

 

 

ガギンっ!

 

 

(...っ!硬っ!!)

 

 

バシっ

 

 

反射板に叩かれて地面に逆戻り。その際、園子は足を軽くひねってしまった。

 

「痛っ...。足が...。だけど片足だけならまだ大丈夫!」

 

と言ってすぐに立ち上がるが...

 

 

シュンッッッ...!!

 

 

(え...?)

 

ほんの一瞬。人間の目で捉えられるギリギリの速さで空に一筋の線が見えた。と、その直後...さっきの線に沿って横一直線にビームが発射された。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!

 

 

とてつもない轟音を響かせながらそれは進み、樹海の表面を削った。その際、あまりの迫力と現実とは思えない情景に園子の思考は完全に停止した。ただ、そのビームを見上げていただけだった。

彼女はそのビームと似たようなものを、一度見たことがあった。あの時...友奈と天の神との一騎打ちのとき。このビームになんとか打ち勝ち、友奈は勝利を収めることができた。あれがここまでパワーアップしている。地面に直撃したら間違いなく...樹海はおろか世界ごと消えてなくなるだろう。

 

「............あ......。」

 

園子が正気を取り戻したのはそのビームが収まったときだった。

 

(なんでいきなりあの方向を...?)

 

「はっ...!もしかしてあっちは...ミノさんたちが...!?」

 

嫌な考えが頭をよぎる。銀一行を見つけた天の神が、三人を狙って今のを撃ったとしたら...

 

「.........。」

 

再び槍をギュッと握る。そして再び矢が振ってくる。さっきとおんなじ。天の神はこれしか繰り返さない。...相手が勇者一人ならば、これで十分だからだ。

園子は数発避けるも、かわせない矢が必ずやってくる。一人では跳ね返せない。ましてやもう彼女の体力は底をついている。

 

 

キンッ!!

 

 

(えっ...。)

 

これまで蓄積されてきたダメージが、今になって限界を迎えた。...園子の武器である槍が、"折れたのだ"。

折れた槍はブンブンブン!と音を立てながら回転し、弧を描くように空中に飛んでいった。そして"ガキン!"と地面に突き刺さった。園子の手は槍が折れたときの衝撃でジンジンと手が痺れた。さらにさっき挫いた足の痛みがやってくる。それによって彼女はバランスを崩し、その場でこけた。

 

「あぁ......。」

 

彼女は今までで一番絶望していた。周りには誰もおらず、ここまで何も手が出せなかった敵は初めてだった。もうタイムリープもできない。空からはまた、無数のサジタリウスの矢が振ってくる。身を守る武器ももうない。体力もなく、立つ気力もゼロ。痺れる手を見た後、星が振ってきているかのような空を見上げた。彼女にはもう、それが綺麗にすら見えた。

 

「がんばった方だよね私...。ごめん、みんな...。」

 

死を迎える瞬間とは、こういうものなのだと直感した。園子は女の子座りで矢という星を見、ゆっくりとまぶたを閉じた---

 

 

シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ....................................

 

 

(...?)

 

さっきまで鳴り響いていたはずの矢が降る音と、地面に着弾して爆発する音が突然消えた。いきなり襲い来る沈黙。そこで園子はまだ自分が死んでないことに気づく。走馬灯を見ているわけでもない。園子はゆっくりと、目を開けた。

 

「......!!!」

 

あまりに驚きすぎて声が出なかった。それから同時に目を見開いた。彼女の目の前にあるのは、右拳を上げた一人の少女の姿。彼女の姿はとても神々しく、同じ人間のようには見えなかった。言うとするならば、彼女こそが『神』。そしてようやく、園子はその少女の名を呟いた。

 

「ゆーゆ......!」

 

園子を守ったのは『結城友奈』だった。彼女の姿は通常の勇者装束ではなく、満開装束でもない。これこそ、奇跡によって誕生した彼女独自の進化。その力は通常の天の神をも凌ぐ。...この形態を名付けるとするならば、『大満開』。

 

「お待たせ、そのちゃん。」

 

友奈は背中でそう語り、拳をゆっくり下げた。辺りは一面花畑に変化しており、それはどこまでも続いていた。園子は自分が天国にでもいるかのような気分になった。花びらが舞い、それらが二人を包み込む。

 

「ありがとう。そのちゃんたちはここまでよく戦ってくれた。耐えてくれた。...あとは任せて。」

 

ボロボロの園子は思わず涙が溢れそうになる。そして...友奈は深呼吸をして"ヤツ"を睨みつける。

 

「...反撃、開始だよ。」

 

(第55話に続く)




ようやく大満開友奈の登場です!いや~やっと素の友奈が書けました!今までずっと憑依されてた友奈でしたからね~。ついに書けて嬉しいです!(やっぱりかっこいいな大満開友奈は)
3月中には完結予定です。次回もまた...お楽しみに!


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【第55話】My heart is on fire


【第29話】Cruel fate or Happy ideal ~ second half ~ より

勇者御記【原本】 298.10.11 

 私たちは戦いに勝利した。この世界を守った。けど、失ったものが多すぎる。体の機能、大切な友達、そして自由...私たちは今頃三人で日常を過ごしていただろうに。
わっしー...今は東郷さんか。私たちより軽度でよかった。



 

「...反撃、開始だよ。」

 

友奈は空に君臨する神にそう告げる。そして次の瞬間、一瞬にして天の神との距離を詰めた。

 

「たあっーー!!!」

 

 

ボゴンっ!!!

 

 

空中で激しい爆音が鳴り響く。友奈のパンチが繰り出される度に天の神は園子を叩きとばした反射板で防ぐが、どれも一撃で粉々に砕ける。

 

「やっぱりすごいや...ゆーゆは...。」

 

安心した園子は思わず気を失いそうになる。が、横たわりそうになったところを誰かが支えてくれた。

 

「...?......あ...。」

 

「大丈夫?そのっち。遅くなってごめんね。」

 

「わっしー...?」

 

「友奈ちゃん救い出すの、ちょっと時間かかっちゃった。でももう大丈夫。...友奈ちゃんは絶対あいつに勝つ!」

 

「...!......うん、そうだね...!」

 

友奈は攻撃の手を緩めない。天の神は少しずつ彼女に圧されている。

 

「友奈ちゃん...すごく怒ってる。」

 

「そうだね。今まで自分の体を乗っ取られてたから...。」

 

「そうだけど、他にも理由があるわ。」

 

「えっ...?」

 

「友奈ちゃんは、天の神に体を乗っ取られている間...意識自体はあったらしいの。だからずっと見ていたのよ。...そのっちの苦労を。私たちの頑張りを。」

 

「...!」

 

「だからすごい怒ってるのよ、友奈ちゃん。自分の体を使われて、友達をこれでもかってくらい傷つけられたから。」

 

---------

 

「はあっー!!!」

 

 

ドンッ! ゴォンっ! ボォンっ!

 

 

攻撃同士がぶつかり合う衝撃が、こちらにまで伝わってくる。どちらもとんでもないパワーだ。

 

「わっしー...お願いがあるの。」

 

「...何?」

 

「私を天の神のところまで連れてって!」

 

「えっ!?そんなの危険すぎるわよ!私も満開使っちゃったし...無茶がすぎるわ!」

 

「それでもやらなきゃいけないの!...ゆーゆじゃ天の神をやっつけられないかもしれない...。」

 

「えっ...?」

 

「天の神は、ゆーゆにやられたときに不思議なことが起きてタイムリープしたと言ってた...。またそれを繰り返せば、あいつを過去に逃がしちゃうかもしれない!そうなればそれこそ終わり!天の神にリベンジ仕返される!」

 

「...でもそれはそのっちがトドメを刺したら済むことなの?そのっちの体に憑依する可能性があるんじゃ...。」

 

「確かにそうなるかもしれない。...でも、元はと言えば最初のタイムリーパーはあいつで、タイムリープの発端なんだよ。ゆーゆの体から離れた今なら、私が倒せるはず...!あいつさえやっつけられれば、この世からタイムリープに関するすべての能力が消えると思う!...相手の心を読む力も、ミノさんの幻を見せる力も全部!」

 

「......。じゃあ銀がやっても大丈夫ってこと?」

 

「そうだけど、ミノさんは今この場にはいないから...私たちでやるしかない。」

 

「......。わかった。やってみましょう。でも友奈ちゃんに相談してからね?下手したら二人の戦いに巻き込まれるかもしれないから。」

 

「うん。ありがとう、わっしー。」

 

------------

 

「はぁ...はぁ...はぁ......。」

 

(天の神は、全然体力消耗してない...?こんなにやったのに攻撃の精度が落ちない...!)

 

「はぁ...はぁ...はぁ......くっ...!」

 

友奈は一度下に降り、園子たちと合流した。

 

「友奈ちゃん!」

 

「はぁ...はぁ...結構あいつしぶといよ~。こんなに連撃してるのに全く疲れてる気配がないんだよ。」

 

「......。ゆーゆ、私の作戦聞いてくれる?」

 

「...!何か思いついたの?そのちゃん!」

 

園子は友奈の耳に自らの作戦を囁き、伝えた。

 

「OKわかった!やってみよ!!」

 

と、その間も休ませてはくれない。空から矢と雷が混じって落ちてきた。だが...

 

「ちょっとやめてよ!今話してるんだから!」

 

友奈はそう言って拳を振る。すると、一瞬にして一度に攻撃が消え去った。

 

「よし、いくよそのちゃん!東郷さんもよろしく!」

 

「うん、いこう!」

 

「任せて、友奈ちゃん!!」

 

友奈は園子を背負い、東郷は狙撃銃を手に進む。

 

「やあっー!!!」

 

友奈は再び拳を振る。が......

 

 

カッ......!!

 

 

『...!!』

 

今までと光り方が違う。天の神の様子が変わった。

 

 

ドゴンっ!!

 

 

園子が気がついたときは地面に逆戻りしていた。だが園子はノーダメージ。

 

(なんで...!?いつ地面に押し返された...?)

 

「くっ...ぬうぅぅ...!!」

 

「!!......ゆーゆ!?」

 

友奈が園子を守ってくれていたからだった。今も尚、現在進行形で園子のことを守ってくれている。何から守ってくれているのかと言うと...

 

「これ......さっきのビーム...!?」

 

友奈は両手を上にあげてなんとか耐えていた。だがいまにも押しつぶされそうだ。

 

「そのちゃん......早くここから...逃げて......!」

 

「えっ......?そんなことできないよ!このままじゃゆーゆが...!」

 

「私は......大丈夫...!まだ、全力は出してな............きゃっ!?」

 

友奈は膝をつく。少しずつ威力が強くなってきているのだ。また天の神は弄んでいる。ちょっとずつ、ちょっとずつ力を強めていって友奈を潰しているのだ。

 

「あ、ああっ......!!」

 

友奈は汗をかきながら苦しそうに息を吐く。もう限界が近いらしい。全力を出していないと言うのも、園子に安心して逃げてもらうための嘘だった。当然、園子にはそんな嘘は通用していないが。

 

(何か...何か...私にできることは...!?このままじゃゆーゆが...!)

 

「そのちゃん......早......くっ......!......私は...いいからっ......!」

 

「ダメっ!絶対ダメ!!」

 

と、その瞬間だった。

 

「......!てやっーー!!!」

 

突然、友奈がビームを跳ね返し始める。そしてそのまま右拳で打ち消した。

 

「はぁ......はぁ......。」

 

力を出し切り、疲れた友奈は地面に降り立って手をつく。

 

「ゆーゆ大丈夫!?」

 

「うんっ...!でも、急にどうしたんだろう...。一瞬だけビームの力が弱まったんだよ。私はその瞬間にパワー解放させて打ち消せたの。」

 

「弱まった...?」

 

園子は再び空を見上げる。

 

「...!あれは...!?」

 

空から落ちてくる金属のような一つの塊。ドゴンッ!と大きな音を立てて友奈たちのすぐ側にそれは落ちた。

 

「ふうっ...!大丈夫か二人とも!」

 

「ミノさん!」  「銀ちゃん!?」

 

その塊から出てきたのは銀だった。鉄の塊に見えたそれは、銀の満開装備だったのだ。

 

「よかった...無事だったんだねミノさん!......?...にぼっしーといっつんは...?」

 

「......。あたしがここに来れたのは二人のおかげだ。二人が必死になってあたしを守ってくれたから...。」

 

「...!」

 

「樹は見つからなかったけど、夏凛は大丈夫だった。樹のことは夏凛に任せたから。...きっと大丈夫さ。」

 

「...そう。」

 

二人のことは心配だが、今は目の前の敵をどうにかしないといけない。園子は銀に聞いた。

 

「ミノさんたちが助けてくれたんだよね?...私が全力の攻撃してもあいつには通じなかったんだけど...。」

 

「...あいつ、完全に友奈と園子にしか目がいってなかったから隙を狙えたんだ。須美の援護もあってな!」

 

そう言うと、満開装備の影から東郷までもが姿を現した。

 

「友奈ちゃんもそのっちも、無事でなによりだわ。そして、新しくわかったことがあるの。」

 

「...わかったこと?」

 

「ああ、そうなんだ。どーやらあのえっぐいビームを撃っている間、あいつの防御力は各段に減るらしい。」

 

「どうしてそれがわかったの?」

 

「私と銀の攻撃があいつに効いたからよ、友奈ちゃん。一瞬だけどちょっと怯んだ気がしたの。」

 

「そっか...!だからあの時だけビームの強さが弱くなったんだ!ありがとうー!東郷さん!銀ちゃん!」

 

「これくらいどうってこ...」

 

「これくらい当たり前よ!!友奈ちゃんのためならたとえ私は火の中水の中天の神の中っ!!」

 

「おーい須美、調子に乗るなー。」

 

銀は東郷の耳を引っ張り、彼女を正気へと戻す。

 

「だけど問題はここからだ。あたしらが邪魔したからあたしらの位置もバレた。もうさっきのようにはいかない。...どうやってあのビームを撃っている間に中心部に攻撃をして、怯ませるかだ。そしてその怯んだ瞬間に、友奈のパンチを打ち込む!防御力が下がるといっても、あたしらじゃ厳しそうだからな。」

 

「わかったよ銀ちゃん!トドメは任せといて!元々そのつもりだったし!」

 

「あの...そのことなんだけど...。」

 

これまで聞き入っていた園子がようやく口を開く。

 

「トドメはゆーゆじゃダメだと思うの。私かミノさんしか、あいつを倒せないと思う。」

 

「あっ、そうか。『タイムリーパーにはタイムリーパーを』だったな。」

 

「また友奈ちゃんが乗っ取られる可能性があるということね...!!」

 

「.........だからゆーゆは、私が天の神の中に入れるくらいの傷をつけてほしい。」

 

『天の神の中に入る!?!?』

 

一同は声を揃えて驚いた。

 

「おいおいそれって...どーゆーことだ!?そもそもそんなことできんのかよ!?」

 

「...わからない。けど直接あいつの魂を消し去らないと、この戦いには終わりが見えないと思うの。たとえ私たちの世代は大丈夫だとしても......その先の未来、いつか...。」

 

「でも、神様の魂なんて消せるのかしら?...そんなことしたらそのっちだって危ないんじゃ...」

 

「そうだよそのちゃん!危険すぎるよ!」

 

「でもっ...!それでもやらなきゃ!じゃないと倒せないんだよ!別の体を見つけるか、生成するかして、何回でも世界を滅ぼしにやってくる!だから...ね...?...............もしも私の身が危ないと判断したなら...その時はミノさん、わっしー、私をお願い。」

 

「えっ...?」

 

「『全員一緒に帰る』んだもんね?...頼んだよ。」

 

「了解。そのっちは必ず守るわ。」

 

「......わかった。あたしたちに任せとけ、園子。」

 

銀は笑顔ではなく、神妙な面持ちでそう答えた。

 

「どうしたのミノさん、顔ちょっと怖いよ?」 

 

「そりゃ......怖くもなるよ...。ここにきて実感沸いてきた...。」

 

「......。」

 

園子を見つめる銀の目は潤っていた。園子は思わずそんな目で見つめないで欲しいと思った。自分も覚悟が揺るぎそうになったから。

 

「...みんな!もう次の攻撃がきそうだわ!」

 

東郷はそう言って指を上空にさす。

 

「やるしかないな、アレを!!」

 

「うんっ!ここは強行突破!激しいぶつかり合いを制するしかないっ!!」

 

園子と東郷は銀の満開装備に乗り込み、友奈はそのまま飛んで天の神に突っ込んでいく。

 

 

ドドドドドドドォォォォオォォォォ.........!!!!!

 

 

「来た...!」

 

「任せてみんな!!......うおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

友奈は大きく拳を構え、

 

「勇者ああああああああ~......パ~~~ンチっ!!!!」

 

 

ゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 

『わあっ!?』

 

天の神のビームと友奈の全力のパンチ。それぞれがぶつかり合った衝撃で、思わず三人はバランスを崩す。

 

「ほんと、どっちもすごいパワーだな...!ビームの横、通るだけでも溶けてなくなりそうだ...!」

 

「この世のどの兵器よりもずっと恐ろしいわ...!これが神様の力...。そしてそれに匹敵する友奈ちゃんさすが!!」

 

「今のうちに中心部を...!......あっ...!?」

 

だが、もちろん先ほどのようにはいかない。警戒している天の神は、ビームを放ちながらも三人を始末しようと攻撃してくる。

 

「私が全部撃ち落とす!」

 

東郷は狙撃銃を手に、こちらに向かってくる攻撃を迎え撃つ。彼女の狙撃、早打ちの性能はピカイチだが、飛んでくる攻撃の数も数だ。すべては撃ち落とせない。

 

「ごめん銀!ちょっと逃した!」

 

「へへっ!これくらいお茶の子さいさいよ!」

 

銀は華麗に、東郷が逃した攻撃を避ける。

 

「よし...この調子なら...!」

 

 

ズゥンッ!!

 

 

『!?』

 

刹那、ビームの威力が上がった。それにより直撃していないにも関わらず、三人は風圧でぶっ飛ばされる。

 

「...っ!みんな掴まれ!」

 

銀が手を伸ばし、東郷の手を取る。東郷も同じように手を伸ばして園子の手を掴んだ。

 

「危ない...!せっかくここまで来たのにまた地面に戻されるところだった。」

 

「あのビーム...。まだ全力じゃなかった...!?」

 

「友奈ちゃんは......友奈ちゃんは!?!?友奈ちゃあああんっ!!」

 

東郷は焦り、友奈の名を叫ぶ。  

 

------------

 

「ううっ............くっ.....うわっ.........!」

 

友奈は少しずつ押し返されていた。あれほど威力が高くなったのにそれでもまだ耐えている。

 

「私が......私が押されたら............みんなの努力が...無駄になるっ......!東郷さんたちが......たどり着くまでは.........私...どうしても耐えなきゃ.........絶対...!」

 

そうは言っても限界は近かった。友奈は命を削る覚悟で力を振り絞る。

 

「ぬっ......うぅっ.........わあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

自身の力を最大限に解放させ、大満開のすべての力を放出する。

 

(押し返すんだ...!天の神二人分がなんだ!こっちはたくさんの人たちと神様の、、、)

 

「みんなの力が集まってるんだあああああああっ!!!」

 

------------

 

友奈の懇親の叫びは樹海に響き渡り、園子たちの元にも届いた。

 

「友奈ちゃん...がんばってくれてるわ...!」

 

「ああ...!そのおかげでもうすぐだ!」

 

 

シュン.........

 

 

『え......?』

 

一瞬。ほんの一瞬。見えなかった。目で捉えられなかった。それほど早い『矢』が、三人の胸を貫いていた。

 

「えっ...?なに、これ......。」

 

あまりの突然の出来事で三人とも頭が真っ白になる。そしてそのまま地面へ落ちていく.........と思いきや。

 

 

ブゥン......

 

 

三人はおろか、満開装備も含めて霧の中に消えるかのようにかすみながら姿を消した。

 

「かかったな!そっちはあたしの幻だっ!!」

 

銀は得意気にそう言う。本物はさらに天の神に接近していたのだ。そして---

 

「くらええええっ!!!」

 

 

ザシュッ!!

 

 

銀の満開装備による爪の一撃が決まる。

 

「見たか天の神っ!!」

 

「神樹館勇者組が全員集まれば...!」

 

「たとえ相手が神様であろうと~!」

 

『関係ないっ!!!』

 

------------

 

「...!」

 

ビームの威力が明らかに弱くなる。その時を、友奈は待っていましたと言わんばかりに力を出し切った。

 

「......うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉっ!!!!!!」

 

彼女の拳にブーストがかかる。先程まで押されていたのが嘘だったかのように、天の神のビームを一気に突き返していく。

 

 

 

 

それからついに。

 

 

 

 

 

ドォンっ!!! 

 

 

友奈の拳は見事、天の神の中心に命中した。

 

 

バギっ!バキッ!

 

 

彼女の命を懸けた一撃は、天の神の予測を遥かに上回る力だった。あれほど頑丈だった中心部を砕き、バラバラと肉体の一部が落ちていく。このまま押し切れば粉々に砕け、体は消えてなくなるだろう。だがそれではダメだ。彼女がトドメを刺してはいけない。

 

「園子!これを使え!」

 

そう言われて銀から受け取ったのは、彼女の武器である大きな『斧』だった。園子は、それを一本託された。

 

「園子の武器、壊れちゃったんだろ?だったらあたしの武器で天の神を倒しちゃえ!」

 

「......!...わかった、ありがとうミノさん!」

 

銀の満開が解けていく。もう時間切れのようだ。徐々に三人とも降下してきている。

 

「そのちゃん!今っ!!!」

 

友奈からの合図がきた。それを聞いた園子は、合図の瞬間とほぼ同時にそこから跳躍する。

 

「そのっちぃ~~!!」

 

「いけえっ!園子ー!!」

 

友奈が広げた天の神のヒビに、園子は槍を思い切りザクッと刺した。

 

「やあああああああああああっ!!!」

 

『いっけえええええええっ!!!』

 

そして、そのまま押し込む。

 

 

ズズズズズ......

 

 

と、園子はその勢いのまま天の神の中へと吸い込まれるようにして入った。

 

「!?そのちゃ...」

 

友奈は左手を伸ばし、彼女の手を掴もうとする。だが。  

 

 

ゴゴ.........ズゴゴゴゴゴゴオオオオオォォォオオォォオンっ!!!!!

 

 

 

『きゃあっ!?』

 

天の神の体が完全に破壊しきられたことにより、大爆発が発生する。その爆風により、三人は一瞬にして上空から吹っ飛ばされた。まるで竜巻の中に巻き込まれたかと錯覚するほどの衝撃だった。...最初の未来で天の神を倒したときにはこんな爆発は起きなかったのに。

 

 

------------------------------------

 

 

(はあっ...!?はあっ...!?な、なんなのだ...この感覚...?震えが止まらない...寒気が収まらない...!こ、こ、これは......この感じは体が...?...いや、魂も消えてきている...!そんなバカな...!?神であるこの我が消えるはずがないっ!!!神において死など......存在するはずがぁっ...!)

 

「...決着は着いたんだよ。」

 

(...!)

 

辺り一面真っ白、まっさらな空間。その白はどこまでも続いており、無限に広がっていた。......この場所は、天の神の精神の中。

 

(な、なぜソナタがここに...!一体どうやった!?)

 

「さあ、私もわからないよ。あなたを無我夢中になって倒そうとしてたらいつの間にかここにいた。...でも、ここに来れたってことは成功したんだ。」

 

園子の目の前に見えているのは神樹の中で見た、もやのかかった"魂"らしい姿ではなく、人型のような姿だった。だが、その体は下半身から崩れ、消えてきている。

 

「私たちはあなたを倒した。...あなたの負けだよ!」

 

(そ、そんな.........我が、負け......?............あ...)

 

もうすでに体の半分が消えかけている。それでようやく実感が湧いてきたのか、天の神はだらんと肩を落として話し始めた。

 

(我は......死ぬのか...。消えてしまうのか...。)

 

「人間に味方してくれている神様だっているの。あなたは多くの神様を敵にした。...それのツケが回ってきたんだよ。」

 

(どうしてだ...。)

 

「えっ...?」

 

(どうしてこうも、悪くない気分なのだ...!ここまで完璧な力を手に入れておきながら、人間に負けたのに......なぜこんなにも清々しい気分でいれる...。)

 

「......。...あなた、前の未来でにぼっしーたちを全員殺して来たって言ってたけど...あれは嘘なんじゃない?」

 

(え...?)

 

「厳密には半殺し状態にしただけ。完全なトドメまでは刺していない。...違うかな?」

 

(な、なぜそんなことを聞く...!)

 

「...私とミノさんがタイムリープできたのはまだあの時には二人とも息があったから。あなたはミノさんを殺してなかった。......あなたの中に、『心』が芽生えてしまったから。」

 

(...!!!)

 

「みんなのことだって最後のトドメを刺さなかったんだってね?フーミン先輩たち、全員声を揃えてそう言ってたよ。...用意周到のあなたならきちんとそういうのはしておきそうなのに。」

 

(.........。そうか、そんなことを。...『皆殺し』すると言っておいて我は何をしているのだろうな。)

 

彼はさらにうなだれる。

 

(......あの時、最初に東郷を殺めたとき......何かおかしな気分だった...。それまで全くなんともなくて、楽しんでいたはずなのに。その後、多くの勇者たちを相手にして...。我は自然と自分が本気を出せていないことに気づいた。......自分でも信じられなかった。人間の体で長い時間過ごしたことにより、自分の中に『心』が生まれていたなんて...。)

 

「あなたは早くその芽生えた『心』を捨てたかったんだね。...その存在が邪魔で、辛かったから。」

 

(......。)

 

天の神の魂は右半身が消え、左側も消滅が進んでいく。

 

(『心』が芽生えても尚、まだわからないことがある。まあいつもの質問なのだが...最期に、それだけ尋ねてもよいか?)

 

「......うん。」

 

(...なぜソナタたちは諦めない?あれほど力の差を見せつけたのに、ソナタはもちろん周りの奴らも懲りずに我に向かってくる。あの精神力はなんなのだ?...思えば300年前から気になっていた。300年前も、今の時代よりずっと非力だったにも関わらず何度も向かってきた。......あの力はどこから湧いてくるのだ?)

 

園子はその問いを聞くと、ふぅ、と息を吐いてから答えた。

 

「...それが未だわからないってことはまだ完全な『心』を持てていないね、あなたは。」

 

(......。なるほど。やはり我には理解できんか。)

 

その時、天の神がフッと笑った気がした。

 

(......それにしても、今ならソナタがあの乃木若葉の子孫だということを実感できる。今のソナタの顔はまさに、彼女そっくりだ。300年ぶりに再会した気分だぞ。)

 

もう彼の体はほとんどない。彼は魂が完全に消える前に、園子に伝えた。

 

(ソナタたちなら、この世界の未来を作れるか。...すべての生物が共存し、同族同士の争いのない平和な世界にできるか。)

 

「う~ん...前にも似たようなこと言ったと思うけど、正直完璧になくすってのは無理かな~。......だってそれが、人間っていう生き物だから。」

 

(ふんッ.........相変わらず正直だな。)

 

そして彼はパチンと指を鳴らす。

 

(...どっちにしろ我は消える。せめて、ソナタたちへの期待の意味を込めてサービスしてやろう。)

 

そう言い残して"魂"は完全に消え去った。今、ここに長い戦いの終止符がようやく打たれたのだ。

 

「...............はぁ~...。」

 

園子は疲れたとでも言うように大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「やっと...終わった......!」

 

やがて園子は、そのまま周りの白に呑まれる。目の前が目一杯の光で覆い尽くされた。

 

---------------------------------

 

「...............あ、あれ...?そのちゃんは...!?」

 

樹海のド真ん中で、寝転がっていた友奈は遅刻した朝のときのようにバッと起き上がる。

 

「え...あんなにボロボロだった樹海が綺麗になってる...?東郷さんたちも、天の神も、何にも見当たらない...。.........あ、ここってもしかして...。」

 

「友奈ちゃん。」

 

「...!」

 

背後から、そう話しかけられる。自分とそっくりの声。...そしてその姿。

 

「やっぱり...高嶋ちゃん...!」

 

『高嶋』と呼ばれた彼女は、友奈に微笑んでこう告げた。

 

「やっと、終わったよ。」

 

「!!...じゃあ私たちは天の神を...!」

 

「うん、そう。倒した。......本当に長かったね。」

 

「.........うんっ...!」

 

友奈は涙を流しながら、大きくうなずいてそう答える。

 

「でも、高嶋ちゃんがいてくれたおかげで私、なんとかなった。..."アイツ"に体を乗っ取られている間、あなたが話し相手になってくれたから...!私の心は折れなかった。本当にありがとう高嶋ちゃん...!!」

 

「ううん。全然そんなことないよ。...だって、頑張ったのは友奈ちゃんじゃない!」

 

「......高嶋ちゃんは、これからどうなっちゃうの...?」

 

「私はね、もう消えちゃう。神樹様、かなり無理して頑張ったから。寿命を迎えて消えちゃうの。」

 

「え......!」

 

「だからね、私は友奈ちゃんにお別れを言いにきたの。」

 

「私、もっと高嶋ちゃんと話したい!!」

 

「......うん、私もそうだよ。でももう時間はない...。」

 

高嶋は友奈に言葉を贈る。

 

「もうあなたは大丈夫。みんながいてくれる。...いつかまた会えたらその時はまた、ね!」

 

「高嶋ちゃ.........あ...。」

 

友奈が彼女の名前を呼びきる前に、姿を消してしまった。最後に見た彼女の顔は、これ以上ないほどの幸せな表情をしていた。

 

---------------------------------------

 

------------------

 

--------

 

 

「...............。」

 

讃州中学屋上。勇者部員たちは円を描いて仰向けになっていた。

 

「......戻って...きた...?」

 

樹海をあれほどめちゃめちゃにされたのに、現実世界はなんともなっていない。天の神の言っていたサービスとは、このことだった。

 

「...............ぅ...うぅ......!」

 

園子は嬉しさのあまり、自然と涙がこぼれ落ちてきた。そんな彼女の顔を、東郷と銀がニコニコしながら見守っていた。

 

神世紀301年5月15日。歴史的変化が訪れる。神樹、バーテックス共々消滅。結界は消え、外は本来の姿を表す。戦いに参加した勇者は総勢7名。プラス防人隊約30名。死亡者行方不明者ゼロ。...人類史300年以上に渡るバーテックスとの戦いに、決着。

 

(最終話に続く)




ようやく天の神との戦いに決着がつき、園子の長い戦いは幕を閉じました。その後、大きく変わった世界で彼女たちはどう生きていくのか。これからどうしていくのか。泣いても笑っても次回が最終話です。
とうとうこの時がやってきました...!最後までこの作品をよろしくお願いします。


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【最終話】Nogi Sonoko is a hero

最終話までご愛読いただき、誠にありがとうございます!
ここまで書き上げられたのもみなさんの応援のおかげです。どうぞこの物語のラストをお楽しみください!


 

(...!......あれ...?)

 

園子は一人、霧に包まれている幻想的な空間に立っていた。なぜ自分がここにいるのか、いつからいるのか全くわからない。気づいたときにはここにいた。

 

(園子、久しぶりだな。)

 

(!......あの時のご先祖様...?)

 

いつだか夢に出てきた例の少女が、園子の前に立っていた。今思えば髪型や外見など園子に似ている所が多々ある。

 

(お前は無事役目を果たした。お前と同じ能力を持つ者であり、人類の宿敵とも言える親玉を完全に倒したんだ。つまり乃木家の因縁に決着をつけた。...本当にありがとう。感謝している。実に長い戦いだった。おかげで私たちも300年ぶりにあるひとりの友達と再会できた。)

 

(......まだだよご先祖様。終わってない。)

 

(......。)

 

(壁の外、ちゃんと300年前の時のように元通り復興させてからじゃないと終わったって言えないよ。だから私の代じゃまだまだ終わらないかな。ごめんね。)

 

(そうか......。そうだな。お前の言う通りだ。)

 

(私たち、まだ頑張るよ。できるだけ元に戻せるように...。人類の未来のために進み続ける。)

 

(......。園子は頼もしいな。さすがは私の子孫だ。お前たちならきっと、いつかそれを達成できる日がくると信じている。)

 

(うん!たとえそれが、何百年、何千年かかったとしても...)

 

(お前たちの働きは後の世代へと受け継がれ、いつまでも続いていく。)

 

(そう!乃木若葉から...私たちのように。)

 

園子は少女の目を見つめてそう言った。

 

(...!)

 

(これからもまだ、勇者部の活動は続いていく。だから安心して見守ってて!ご先祖様!)

 

(...............。)

 

目の前の少女は目を閉じ、微妙ながら口角を上げた。それから彼女は光を発し、園子はそれに包まれる。そして、次に目を覚ました時には......

 

---------------------------

 

-------------

 

-----

 

「...............ぅ............あ...。」

 

園子は病院のベッドに横たわっていた。見たことある個室。前にも一度、ここで眠っていたことがあるような。

 

 

コンコン、ガラッ

 

 

ちょうどそこへ、ノックの後に扉がひらく音が聞こえる。入ってきた人物は...。

 

「...!てっちゃん...!!」

 

「目覚めましたか。園子さん。」

 

「えっ...?」

 

『園子さん』その言葉に園子は引っかかった。未来の鉄男は自分のことを『園子姉ちゃん』と呼んでいるはずだ。今この時代の鉄男が、この呼び方はおかしい。それにこの感じ、なんとなくデジャヴを感じる。

 

「園子さん。突然ですが、今日が何年何月何日かわかりますか?」

 

「え...えっと......神世紀301年5月15日...かな?え、てっちゃんだよね...?『園子さん』だなんて...どうしたの?」

 

「やはりその反応、パラレルワールドに行っていたのですね...。」

 

「ふぁえぇっ!?パラレルワールド!?!?」

 

園子は思わず変な声が出てしまう。

 

「覚えていますか?俺がトラックに轢かれそうになったとき、園子さんは俺を助けてくれました...。実際、そのおかげで俺はこうして元気にしています。本当にありがとうございます。」

 

「ちょ、ちょっと待ってよてっちゃん!!えっ、えっ、ええっ...??」

 

つまり、今まで見てきたことはパラレルワールドでの話だったということか。園子は頭を抱え、状況を整理しようとするも全くうまくいかなかった。

 

「...それで、なんですが...俺を助けた時、俺の手を握りましたよね?」

 

「それが原因でパラレルワールドに行ったって?」

 

「え...?なぜそこまで...」

 

「やっぱり図星なの...?......。え、嘘でしょ...!?じゃあ今までのは何!?ミノさんは!?わっしーは!?メブーたちは!?天の神との死闘も何だったの!?.........ってことはこの未来は最初のだから...ミノさんはいなくて、メブーたちとも知り合っていない世界...?」

 

「そーのこっ。」

 

一生懸命理解しようとしていたとき、病院の廊下から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。聞き覚えがある。彼女のその呼び方が好きだった。彼女に呼ばれるのが、心地よかった。そして彼女が大好きだった。

 

「え.........?」

 

病室を覗くようにしてひょこっと顔を覗かせる。それは園子の思い描いていたそのまんまの顔をした、三ノ輪銀の姿だった。

 

「え...ミ、ミノさん......?」

 

『うっしっしっしぃぃ~~!』

 

園子の如何にも戸惑っている反応を見た鉄男と銀は顔を見合わせ、しめしめとでも言うかのような顔で笑った。

 

『ドッキリ大成功~!!』

 

「あ、え............ええっ~~~!?!?」

 

鉄男と銀は肩を組み、園子の前でそう言う。

 

「もうっ~!びっくりさせないでよー!本気で焦っちゃったよ私ぃ~!」

 

「へへっ!まさかここまでうまくいくなんてなぁ!」

 

「うん!あの園子姉ちゃんがまんまと引っかかるなんてね。疑う素振りも全然なかったし!」

 

「鉄男、結構いい演技してたからなぁ!」

 

「え...本当...?」

 

「本当だよ!私本当の本当に今までのが嘘だと思っちゃったもん!」

 

「あははーごめんな園子~。そんな怒んなって~!」

 

「でもよかったよ~...!現実ならそれで満足!今のこれも幸せのうちだよ~!」

 

後に園子は天の神との戦いで内臓に傷を負っていたので、それの治療で入院していたことを知る。銀と夏凛はいくつかの切り傷程度で、入院するまでにはいたらなかった。風と樹は園子と同じく入院。友奈と東郷は全くの無傷で元気にしていた。

 

 

一週間後

 

「よっ、園子!」

 

「園子。元気にしてる?」

 

「あっ、ミノさん!メブー!」

 

「入院のお土産と言ったらリンゴでしょ?持ってきてあげたわよ。」

 

「剥くのは芽吹な!」

 

「銀も一個くらいは剥きなさいよ。」

 

「ジョーダンだよ芽吹ぃ~。」

 

園子が退院できるのはまだ先になりそうだ。彼女が寂しくないように、友奈、東郷、鉄男も含めた五人がよくこの病室に来てくれる。そして時々、園子は壁の外の話について世間ではどんな進展を迎えているか聞くのだった。

 

「相変わらず大赦は対応に忙しいみたいだぞ~。あたしの両親も最近ずっとバタバタしててさぁ。」

 

「私は大赦と深い関係があるわけでもないからテレビと同じくらいの情報しかないわね。防人も今は一時的に活動休止中だから。」

 

「ふ~ん...そっかー。」

 

「あ~、でもやっぱり外の調査はまだみたいだな。」

 

「やるとするなら、私たちに声がかかるはずだしね。」

 

三人でリンゴをつまみ、その後からは他愛ない日常的な会話を広げた。

それからさらに一ヶ月後...

 

---------------------

 

-----------

 

----

 

「さあ~!今日は食べて飲んではしゃぎまくるわよぉっ!!」

 

風、樹、園子の退院祝いと祝勝会を含めたパーティーを三ノ輪家で開いた。勇者部員7名プラス防人隊芽吹班4名。この人数だけで家から溢れ出そうだ。そして大きなテーブルには高級旅館にもてなされるような豪勢な料理が盛りだくさんに乗っかっていた。

 

『おおっ~!』

 

最近まで病院のベッドに横たわっていたとは思えないほどの声量で叫ぶ風に応えるように、一同は一斉に料理にかぶりつく。

 

「てかなんであたしんち!?」

 

「ミノさんの家広いから~!」

 

「いや絶対園子んちの方が広いだろ!」

 

「まあいいじゃんか姉ちゃん。こんなに人がうちに集まることそうないぜ?園子姉ちゃんちだって今大赦は忙しいから大変なんじゃない?うちだって今親いないわけだしさ。」

 

「鉄男、あたしだって別にダメだとは言ってないぞ!」

 

「じゃあなんなんだよ...!」

 

「そう言えば銀ちゃんの家に来るのって初めてじゃない?」

 

「そうですよね!私たちは今まで来たことありませんでした!」

 

友奈と樹がそう言い、やっと来れてよかったと笑顔を見せる。

 

「平和最高おおおおおっ~!!!イェーーーイ!!!」

 

「雀さんのテンションが天元突破してますわ。」

 

「いいわね雀!イェーイ!!」

 

風と雀は手を取り合い、酔っているかのように踊り狂う。

 

「こんな豪勢な料理はそう食べられないから...。ちょっとは静かにご飯食べたい...。そうだよね、金太郎くん。」

 

そう呟き、自分の膝に銀と鉄男の弟である金太郎を座らせながら、料理をパクパク口に運ぶのは山伏しずく。

 

「今夜は寝かせないぜー!」

 

今までにない盛り上がりをみせる一同。隣に人が住んでいたら間違いなく苦情がくるだろう。

ついにはマイクを取り出し、夏凛と芽吹によるデュエットが始まった。それに合わせて東郷と友奈、園子は手拍子をし、風と雀は肩を組んで音楽に乗り、樹としずくと夕美子は彼女らの歌にノリながらそれを笑顔で見守る。この大騒ぎの中にも関わらず、しずくのぬくもりがよほど気持ちよかったのか、金太郎は彼女の胸の中で眠っていた。

そんな時だった。

 

「園子姉ちゃん...。」

 

鉄男が園子の服の袖を引っ張って彼女の名を呼んだ。園子は後ろを振り返り、「...うん?」と言った。

 

「ちょっと...いい...?」

 

その時の鉄男の顔は少し赤くなっていた。恥ずかしがっている感じで園子に目を合わせようとしない。そしてそのまま園子を二階へと連れていき、自分の部屋に招いた。鉄男と園子...この部屋に二人きり。一階は先ほどのドンチャン騒ぎだから、二人がさり気なくいなくなったことは誰も気づいていなかった。

 

「おおっ~。ここがてっちゃんの部屋~?私初めて入ったかも~!」

 

園子は呑気に彼の部屋の中を見渡した後、鉄男の方を見る。

 

「...てっちゃん?」

 

「...!」

 

園子は彼の顔をのぞき込むようにして顔を近づける。それに対して鉄男はまた目をそらし、そこから逃げてベッドに座った。

 

「どうしたのてっちゃん...?」

 

「え、えっと.........あ、あのさ!俺が園子姉ちゃんをここに連れてきたのは......二人で話がしたくて...。下は...ほら、騒がしいし?」

 

「...うん。」

 

鉄男は緊張している。それは園子にも伝わってきた。すると鉄男はベッドに置いていた拳をギュッと握った。それによってシーツにしわができる。ようやく話す覚悟ができたようだ。

 

「こんなこと、今になって言うのも恥ずかしいんだけど.........園子姉ちゃんが過去から初めて戻ってきたときに、『園子さんはよそよそしいから別の呼び方にしてほしい』って言っただろ?そんでさ、俺そっから園子姉ちゃんって呼ぶことになって...。」

 

「あ~。そうだったね~。」

 

「その時さ、俺......すんごく嬉しかった。」

 

「...。」

 

「その時の世界はさ、姉ちゃんがバーテックスに殺された世界で...。姉ちゃんいなかったから。」

 

「...そうだったね。」

 

「だから俺、『園子姉ちゃん』って呼び始めてから、自分にもうひとりの『姉』ができたって思うようになってさ......すごい気持ちが楽になったし、それからの生活が楽しくなった。だって園子姉ちゃん、俺のこと本物の弟のように扱うんだもん。こんな気持ちになっちゃうのもしょうがないよ。......だからね、今となってはもう...あなたのことを本当の姉ちゃんだと思ってる...!」

 

「......!!」

 

「俺がいきなりこんなこと言って、気持ち悪いって思っちゃうかもしれないけど......これからも、俺の姉ちゃんとしていてくれませんか...!?」

 

「.........てっちゃん...。」

 

「.........あっ、いや俺...やっぱ何言っちゃってんだろうな...!こんなキモいこと...。」

 

「当たり前だよ。」

 

「えっ...?」

 

「てっちゃんにそう言われなくたって、そうするつもりだったよ。私だって、もうてっちゃんのこと本当の弟のように思っちゃってるし。」

 

「じゃ、じゃあ...また会いに来てくれる!?天の神倒したから会うきっかけがなくなるんじゃないかと心配で...。」

 

「そんなの何回でも来ちゃうよ~!私だっててっちゃんに会いたいからさ。」

 

「...!!」

 

その時、鉄男は心の底から嬉しそうな表情を園子に見せた。彼の気持ちも与えられた苦しみも、園子はすべてわかる。自然と二人の気持ちは一致していたのだ。

 

「それじゃ、下に戻ろっか。」

 

「うん...!」

 

二人は扉を開け、階段に向かおうとする。が...

 

「あれ、ミノさん?」

 

銀が鉄男の部屋の外に立っていた。それも、壁にびっちりと体をつけて。

 

「あ、やべ。見つかった。」

 

「も、もしかして姉ちゃん......全部聞いてた...?」

 

「え~?なんのことかな~?」

 

銀はべーっと舌を出して階段を軽い足取りで降りていった。そして階段を降り終わった後、

 

「あたし以外にもお姉ちゃんができてよかったな!」

 

と言って居間に入った。

 

「ミノさん、全部聞いてたみたいだね~。」

 

園子は振り返り、鉄男にそう言う。鉄男は顔を真っ赤に染め叫んだ。

 

「姉ちゃんの............バカ野郎っ~~!!!」

 

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数日後

 

この日、園子、東郷、銀は安芸と共に英霊碑を訪れていた。手入れと、戦いが終わった報告をするためだ。

 

「いやぁ、安芸先生と会うのも久しぶりですね!」

 

「三ノ輪さん、元気にしてた?」

 

「はい!そりゃもちろん!あたしはいつも元気いっぱいですよ!」

 

「それにしても安芸先生、近頃ご多忙ですよね?今現在大赦はどうなっているんですか?」

 

「壁の外の調査に乗り出そうと、計画を立てているところだわ。何より神樹様のご加護がなくなって食料不足などで貧困化が進むのが一番最悪だからね。活動領域を壁外にまで広げないと解決できないから。」

 

「それだけじゃないですよね...?神樹様への信仰心が強い方...ご年配の方なんて特に。突然神樹様が消えたなんて言われて混乱してるんじゃ...。」

 

「確かにその通りだわ。ストレスや精神的ショックで心の病気になる人たちが急激に増えてる。それはすぐにどうにかできるっていうことではないからね。」

 

「天の神をやっつけたらやっつけたらで終わりじゃないんですねぇ。あたしらになんかできたらいいけど...。」

 

銀はそう言いながらブラシでコンクリートの地面をこする。

一方園子はあるひとつの石碑の前で突っ立っている。それが気になった東郷は、その石碑がある段まで登り、

 

「そのっち...?」

 

と声をかけた。園子が見ていた石碑は『乃木若葉』と書かれた石碑だった。

 

「あ......わっしー。」

 

「『乃木若葉』...?確かお正月にそのっちが見せてくれた勇者御記の...。初代勇者...?」

 

「そう。...彼女にもいろいろお世話になったからね~。」

 

「えっ...?」

 

園子は一番下の段に降り、何も書かれていない石碑の前に立ってその前にしゃがんだ。

 

「?...どーした園子?」

 

銀と東郷が彼女の側に駆け寄って後ろに立つ。園子は石碑を見たまま、背中で語り始める。

 

「私が最初にいた未来ではね...ここにミノさんの名前が刻まれてた。」

 

『...!』

 

「戦いが終わった後にね、わっしーと一緒にミノさんに伝えに来たの。大橋の戦いの前にクラスメイトたちから貰った横断幕とお花持って行ってさ。......『やっと終わったよ~、長かったね~、大変だったね~』って。」

 

海から吹いてくる風が、ここにいる全員の髪と服を靡かせる。もう夏が近づいてきており、そよ風が涼しい。

 

「その時...私思わず泣いちゃってさ。終わったと思ったら...つい、感極まっちゃって。ミノさんにすごく会いたくなっちゃって。ずっとそれまで我慢してきたのにな~。あのときはわっしーに慰めてもらっちゃったんよ。...その後安芸先生見つけてね。安芸先生もミノさんにお花持ってきてたの。私たちと会うのが気まずかったのか、一回逃げようとしてたけどね。」

 

園子はそこで立ち上がる。そのタイミングでさらに風が強くなった。

 

「......でも今は違う。」

 

振り返って二人の顔を見、ニッと笑って言った。

 

「今はミノさんがここにいる!わっしーもいる!...三人でここに立ってる。三人で一緒に、戦いが終わったことをご先祖様たちに報告しに来てる。......それがどれだけ幸せで、嬉しいことか。」

 

園子は自分で掴み取った幸せを手繰り寄せるように、東郷と銀にいっぺんに抱きついた。

 

「もう離さないよ。...二人はずっと私と一緒。」

 

園子のささやきを聞き、東郷と銀はそれに応えるようにして抱き返した。

少し遠くからそれを見ていた安芸は静かに大赦の仮面をつけて顔を隠すのだった。

 

 

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それからまた1ヶ月と数日。夏祭りの季節がやってきた。この季節になると夜でも少し暑い。蝉の鳴き声が減り、家々の灯りがつきはじめる時間帯。

園子たちは浴衣を着て屋台を回っていた。そう、今日は大橋で行われる夏祭り当日。彼女たちは実に三年ぶりにこの夏祭りにやってきた。

 

「よ~し諸君、アレはしっかり持ってきているな?」

 

「もちろん!」

 

「忘れるわけないわ!」

 

銀の問いかけに二人はそう答え、

 

「それじゃ、せーので一斉にだぞ!せーのっ!」

 

銀の合図で、三人は持ってきたモノを取り出す。それは三年前、園子が射的で当てた三種の色違いの猫のストラップだった。

 

「あら、銀はてっきりなくしてるかと。」

 

「おい須美ィ!いくらなんでもひどくないか!?そんなわけないだろ!」

 

「今年も何かおそろいで買おっか~。」

 

「なら、また射的ね。」

 

「須美お得意のα波が見れるな。」

 

一回で三発、弾を撃てる。銀は東郷のα波を拝めると期待していたが、そうはいかなかった。 

 

 

パンっ!パンパンっ!!

 

 

園子の射的の腕は予想以上に上がっており、神業で連続三発目標に撃ち込み、見事撃ち落とした。

 

「やったー!やったよわっしーミノさん~!!」

 

「そのっち...!私より上手いんじゃ...!?」

 

「マジか...。さすが、元タイムリーパーは格が違うな...。これが人生経験の差か...。」

 

「あれ、二人とも喜んでない?」

 

「いやその...喜びよりも前に驚きがくるわ...。」

 

大きな賞品を撃ち落とした園子は三年前同様、三つの色違いのグッズを選んだ。

 

「そろそろ花火の時間だな。例の場所、行きますか!」

 

「そう言えば銀もそのっちももうタイムリープはできないのよね?ならタイムリーパーに手に入るもう一つの能力はまだ使えるの?」

 

「ああ、それがなぁ...。」

 

「天の神を完全に倒した後から、もう全く使えないの。」

 

「そうなんだよな~。もう幻作れないし。」

 

「わっしーとかミノさんの体に触れても何にも感じ取れないんよ~。」

 

「そうなのね...。ってことはすべての発端は天の神だったってことかしら?」

 

「でも天の神自身も何でこんなこと起こったのかわからないんだろ?」

 

「たぶん...神様と人間の体がひとつになった奇跡が原因じゃない?ほら、ゆーゆってそういう神様とかに好かれがちだから。タイムリープとか引き起こしても不思議じゃないっていうか...。」

 

「毎回毎回面倒くさいことばかり友奈ちゃんを巻き込むのはやめてほしいわ!!でももうどちらも消えて神霊的な何かは関わってこないから安心よね!!」

 

「待て待て...それじゃなんで園子は?」

 

「あ、確かにそのっちは...?鉄男くんと手を繋いだことが始まりでしょ?全然関係ないわよね?」

 

「それが......それだけはわからないんよ~。でも私は、この最高な未来にするために神様が起こしてくれたんだと思ってる。神樹様でも、天の神でもない神様が。」

 

そんなことを話しているうちに目的地に到着した。そこは相変わらず人が少なく、今でも隠れスポットのようだ。

着いてすぐにヒューという高い音が聞こえてくる。そして空に咲く大きな大きな一輪の花。それを発端に次々に花が咲き誇り、空を七色に彩る。

 

「わ~~...!」

 

「綺麗ね~...!」

 

「久しぶりに見ると迫力違うな!」

 

三人はそれに見惚れ、打ち上がるのが終わるまでずっと空を見上げていた。

 

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「花火最高だったね~!」

 

「う...。ずっと上見てたから首ちょっと痛いぞ...。」

 

「銀、ちょっと揉んであげようか?」

 

「おっ、須美ぜひぜひ頼む~!」

 

東郷は銀の肩と首筋あたりを親指で押し、念入りにマッサージする。

 

「あ"~...ぎも"ぢぃ~...!」

 

「でもさすがに友奈ちゃんのようにはいかないわ。」

 

「いやいやあたしは死ぬほど満足してるぞ~...たまらんたまらん...!」

 

銀は今にもとろけそうな顔をしてニヘェと顔の筋肉を緩ませる。

 

「わっしー!私も私も~!」

 

「いいわよそのっち。」

 

東郷は園子にも同じように肩まわりを揉んであげる。

 

「あぁ~......最高だよ~...。」

 

「良い顔するなぁ園子。」

 

それから三人は神社の境内にあるベンチに腰掛け、休憩していた。

 

「ねぇ...ミノさん、わっしー。二人の夢ってまだ変わってない?」

 

「...たまにするよなぁ、その質問。答える度に恥ずかしいんだけど。」

 

「ということは、銀の夢は変わってないわね。」

 

「...っ!!.........ま、まあ...そうっちゃそうなんだけどさ...。」

 

「別に恥ずかしがることなんてないのにね~。もう私たちとっくの前に知ってるわけだし~。」

 

「そうよ。恥じるような夢じゃないわ。むしろとっても素晴らしいことよ。」

 

「そっ、そういうのが恥ずかしいんだよっ!はい、あたしの話は終わり!!須美は?須美はどうなんだよ!?」

 

銀は半ば強引に自分の話を終わらせ、話を須美に振る。

 

「そうね.........私は...。今はいつまでもみんなと一緒にいたいって思ってるかな。...将来の夢について考えると、どうしてもみんなとバラバラになっちゃう気がして...。」

 

「えっ?じゃあ歴史学者の夢は?」

 

「う~ん......興味なくなったというわけでもないんだけれど...。」

 

「みんなと離れずに、その夢を叶えればいいんだよ。」

 

園子は優しく微笑んで東郷にそう言った。

 

「...えっ?」

 

「......。園子はどうなんだ?やっぱり小説家?」

 

「私は......そうだな。大赦のトップになろうかなって。」

 

「へっ!?大赦の!?」

 

「それってつまり...継ぐということね?」

 

「うん。...今の大赦のひどさ、二人もよ~くわかってるでしょ?でもね、それって最初からそういうわけじゃなかったと思うの。大赦ができた当時は...どうにかして、バーテックスに支配された世界をなんとかしようと奮闘してたんよ。混乱する世界をまとめあげたことで、今現在の平和な四国に繋がってるから。だから...大赦が忘れかけてる真髄を思い出させてあげないとね。......私が元あったはずの大赦に戻す。そしてそのうち壁の外の世界も...。」

 

「でもそれじゃ...園子の好きなことはできないよな!?」

 

「...そのっちの言いたいこと、だいたいわかった気がする。」

 

銀の反応とは逆に、東郷が冷静に答えた。

 

「さっきそのっちが言った『みんなと離れずに私の夢を叶える』っていうのは...今の勇者部全員で大赦を立て直して、その裏でまたやりたいことをやればいいってことでしょ?」

 

「...!そうか、それなら!」

 

「わっしーは察しが早いね。......頼む前に言われちゃった。私、最初の世界ではひとりで大赦を背負い込もうとしてた。でも、その時いっつんに言われて思ったの。私はやっぱり、みんながいないとダメだな~って。同時にね、いっつん成長したな~って感じちゃった。」

 

「確かに、あの噛み噛みだったころの樹と比べれば...今は別人だな。」

 

「私たちの誇れる勇者部部長だものね!」

 

そこで園子は立ち上がった。そして二人の方を向き、両手を差し出して言った。

 

「私に...協力してくれる?」  

 

園子のその質問に対し、クスッと笑った二人は彼女の手を取って立って言う。

 

「当然じゃない!」

 

「あたしら三人はいつまでも一緒のズッ友。そうだろ?」

 

「......うん。そうだね!」

 

園子は手を握り返して抑えきれない幸せを表現する。また目頭が熱くなってきた。

 

「それじゃ、帰りましょうか。」

 

東郷がそう言って三人は帰り道を歩き始める。空は満点の星空で、真夜中に入ろうとしている。あれだけ楽しく話していたのだ。きっと彼女たちが思っているよりも長い時間が経過している。

そして、やがてやってくるあの分かれ道。

 

「...おっと...あたしはこっちだな。」

 

「銀、それじゃまた明日。」

 

「ああ。またね!」

 

「ミノさん待って!!」

 

園子は帰ろうとする銀の手を取って止めた。

 

「?...どーした園子?」

 

「もうちょっと...三人でいたい...。」

 

「えへへっ......もう園子ったら可愛いやつだなっ!」

 

「......見て!」

 

『......ん?』

 

園子と銀がじゃれあっているとき、東郷は空を指さしていた。東郷の指さす方を見たとき、二人は幻想的な風景を前に言葉を失った。

 

『............!!』

 

「流れ星よ...。綺麗ね~...!」

 

「本当だ...すごっ...。...あっ!何か願いごと!いつまでもみんなと一緒にいられますように!それからそれから...」

 

「焦りすぎだよミノさん~。」

 

「あれが神樹様の作り出したものではない本物の...。」

 

三人は手を合わせて心の中でそれぞれの願いごとを言った。だが、その内容はもちろん...。

 

「なあなあ、二人は何願った!?」

 

「何って...。」

 

「さっきミノさんが言ってたこと~!」

 

「えっ!?まじか!!」

 

「私もそうよ!」

 

「はははっ!なんだ~結局全員おんなじかよ~!」

 

「ふふふっ!でもこれなら絶対に叶うわね!」

 

雲一つない、空全体に広がる満点の星空。その空の下で、三人の少女の笑い声が響き渡る。彼女たちは世界を変えた勇者。だが彼女たちは、その前にごく普通の中学生なのだ。

 

本来あった未来を、さらにいい未来へと変貌させた。最初はたったひとりで始めた戦いだったが、次第に仲間が増え、この未来へと辿り着けた。これは本来のバーテックスとの戦いの裏で、もうひとつの戦いを繰り広げた、ひとりの勇者の物語。その名は『乃木園子』。そのすべては彼女の親友、『三ノ輪銀』を救うため。ここでようやく、その物語に終止符を打つ。そしてここから始まるのは園子だけではない、また新たな彼女たちの物語である。

 

 

 

        "乃木園子は勇者である"

 

 

 

流れ星は止み、今度こそお別れの時がやってくる。その際に園子は背中から二人に飛びついてこう言った。

 

「ミノさん、わっしー、だ~いすきっ!!!」

 

(乃木園子は勇者である ~リベンジの章~ 完)




改めましてここまで読んでいただき本当にありがとうございます!連載期間一年七ヶ月...!長かったですね...。最後に、作品全体を通しての評価・アンケート・感想・質問したい点やこのシーンが好き!など、いろいろといただけたら嬉しいです!(作者がこの作品を書いて良かったとやりがいを感じて喜びます)都合上、返答に時間がかかる場合があると思いますが、すべての感想に答えたいと思っております。


さて、この作品を書き始めた最初の頃はここまで物語を広げるつもりはありませんでした。ただ、『もしこれまでの戦いで銀が参加していたら』というifストーリーを書くつもりだったんです。ですがそれではあまりにも平坦なシナリオになってしまい、初期(友情編)の人気は低迷していたため、オリジナル要素を次々につぎ込んでいってこのような形となりました。ラスボスが勇者部内の誰かだったら面白くなるだろうなと思い、割と早めに終盤から物語を組み立てていった感じです。


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