ネタ:オビトの姉になりまして (詩乃.)
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可愛い弟、暖かい家族

とりあえず幼少期のオビトを可愛がりたかった人生でした。


 ――何かと言う訳ではないが、可笑しいと思っていたのだ。

 

 曲芸じみた動きをさも当たり前ように出来る人間。チャクラなんていう不可思議な力。

 刃物(クナイ)なんて物騒な物を、当たり前のように使いこなす子供たち。慰霊碑にどんどん刻まれていく名前たち。

 5歳だの6歳だのの子供(友だち)が、学校(アカデミー)に通う――それだけ聞けば特に首をひねるものでもないが、学んでいる内容は戦闘技術、陽動、罠、果てには敵の拷問の仕方なんてものだ。それを競い合うように習得し、優劣に一喜一憂する同級生。妙な既視感のある、三つの顔岩。巻物に起爆札、木の葉を模した額当てにetc(エトセトラ)

 引っかかるキーワードに、首を傾げながら生活をし――階段を転げ落ちた衝撃で、とんでもない世界に『転生した』という事実に気がついた私は、文字通り呆然とし、高熱を出して寝込んだ。まあ、数日して回復したけど。

 

 くい、と引っ張られる服の裾。どうやらよそ見していたのがご不満らしい。ぐりぐりと押し付けられる子供の頭に、苦笑いしつつ、肘を掠めた癖の強い黒髪を撫でた。膨れっ面になっていた幼い顔に笑顔が咲く。

 

 ――くそう、可愛い。

 思わず私が笑顔を作ると、『彼』は、真っ黒な瞳を弓なりにし、三角の積み木を無遠慮に私に押し付けてきた。「ねーちゃん、コレ」と無邪気に笑い、まっすぐに此方を見つめてくる。

 私の腕に引っ付きながら積み木をするそんな幼子を見て、今世の『父』はハハハと笑った。

 

「ねーちゃん、コレはこっち!」

「あーもー、コイツは…。――本当に姉ちゃんの事が好きだな、『オビト』」

「おう!」

 

 団扇(うちわ)の家紋を背に背負い、慈愛の視線をこちらに向ける今世の『父』。

 目じりの皺をさらに皺皺にして、表情の崩れている穏やかな祖母。

 『()』に無邪気な笑顔を向けつつ、じゃれて遊んでいるのは――後にラスボス――いや、その前座か?――となる事で有名な、かの『うちはオビト』。

 

(あー可愛い……)

 

 まあ、死亡フラグなんだが。

 目はニコニコと幸せそうに笑いながら、可愛いと弟を愛でながら、――心のどこかではヒイィィイイと悲鳴を上げる、黒髪の少女。

 『うちはホノカ』。それが今世の『私』に付けられた名前であった。

 

 ――『NARUTO』。私の今住んでいる世界は、どうやらこの物騒な少年誌らしい。

 

 

 はっきり言って。――今世の『私』は詰んでいるんじゃないだろうか。色んな意味で。

 

 まず世界観からしてヤバイ。世界各国の子供から大人たちまで虜にしたこの漫画は、超魅力的でロマンに溢れたファンタジーである一方で、現実になった途端、超物騒な死の世界へと早変わりである。

 なんせ、忍んでいない超人的力を持つ『NINJA(対人兵器)』とやらが、そこかしこを跋扈し、ドンパチやっている世界だ。ぶっちゃけ暗部以外は、忍と言うより傭兵に近い存在だと私は思う。

 膨大なチャクラさえあれば、簡単に人を虐殺することなら勿論、上忍になってしまえば、地形を変える事も朝飯前だ。そしてその上、各国が、そのとんでも人間でも敵わない『尾獣(対里兵器)』なんてものも保有しているのである。命の価値? 軽いなんてレベルじゃない。埃程度の重さでもあればいいくらいだ。前世のコンビニのレジ袋の方が価値があるだろう。

 

 そして、今は、その超物騒な世界のうちの、時代としてもそこそこヤバかった。主人公のうずまきナルト――彼の生まれる十数年程前。第3次忍界大戦開幕直前であるからだ。第2次忍界大戦は終えたものの、五大国統治が揺らぎ、小国を巻き込んだ小競り合いが長期化。日常的に戦闘が勃発することで次々と忍を失い、どの隠れ里でも人手不足に金銭不足というじり貧の消耗戦を繰り広げ、大国すら追い詰められている時代である。

 人手不足の深刻化は、比較的余裕があるとされる木ノ葉隠れの里でも例外ではなかった。実際、ここ数年で、忍者学校(アカデミー)での入学・卒業年齢資格は、双方徐々に下がっており、かつ、飛び級生の数も増えている。入学、卒業試験の回数も増えており、四半期に1回は開催していた。私も実は5歳の誕生日を迎える前には、忍者学校(アカデミー)に入学していた。

 忍の死傷者の増加に伴い、末期では8~10歳なんて言う、両手の指で数えられる年齢の子供が下忍として駆り出されていた筈だ。勿論の事、そんな年齢の子供の大部分が生き残れる訳がなく、結果としてゴミの様に命を散らし、平均寿命の引き下げに一役買っていた。一般家庭の子供でさえそれなので、勿論、忍の名家や才能ある子どもはもっと幼い頃から、――下手したら5歳なんて言う年頃から戦場に向かっていった。これでも第1次忍界大戦時代に比べればマシとされるのだがら恐れ入る。あの時は、平均寿命は30歳、――苦無を持っていれば、赤子でも殺していた、文字通りの戦国時代だったからだ。

 

 道徳、倫理、何それ美味しいの、という世の中。幼稚園生が里の命令で人殺しをし、殺されている――マジで世も末の時代が『今』だった。

 

 そして、最もヤバイのは私の出自だ。

 

 背中に背負う家紋は、かわいらしい団扇(うちわ)マーク。

 うちは一族――三大瞳術である写輪眼(心を写す瞳)なんて物騒なものを遺伝する、愛憎深き因縁の一族である。

 

 原作では、優秀な忍が多い一方、性格は、内向的かつ閉鎖的。忍術、体術、幻術というどの分野でもぬけがなく、大規模戦闘から破壊工作まで卒なくこなす――一応一般的には、初代火影となった千手一族と共に、木ノ葉隠れの黎明期から支え続けたとされるエリートな一族である。

 

(まあ、族長が離反したけどな……)

 

 勿論、その族長様とは、みんな大好き柱間大好きおじいちゃん――本名、うちはマダラである。

 

 うちは一族は、忍として下手にどの方向でも(マルチ的に)優秀な能力を持つ分、プライドも比例してクソ高い。優秀が故に敬遠されたり、強者ゆえの傲慢さによって孤立するものもそこそこいたりする。そういう側面から見ると、組織的に(木の葉隠れの里として)、かなり扱い辛い奴等であったのは確かだろう。

 そもそも写輪眼の開眼条件が条件だ。大きな愛の喪失や自分自身の失意にもがき苦しんだ際なんていう超物騒なものである。二代目火影からは『悪に憑かれた一族』とまで言われたが、実際に、動体視力の底上げ、忍術、体術、幻術の習熟のサポート、ブーストしてくれる変わりに、その特殊なチャクラの副作用で精神に変調をきたす者も多い。開眼と同時に力を暴走させ、性格が急変する者も多く、原作でも強者の多くがメンヘラかつヤンデレ化していたりする。マダラとか、サスケとかがそうだ。

 しかも闇落ちした多くが急激に強くなり、確固たる信念のもと動くものだから、他人の言葉が届きにくい。闇落ちしたら一直線のやベー一族、それがうちは一族であった。諸刃の剣なんてもんじゃない。

 勿論のこと、そんな一族の行く末も碌なものではなかった。その特性を危険視された里の上層部からは、大部分を警備隊という名目で隔離。エリートとして一時は里の者に羨望視されるも、志村ダンゾウによって九尾の事件の際に嵌められ、里の忍たちからの信頼も失墜。――そして、最終的には、拗らせた不満を爆発させクーデターを画策し、里を愛した一族の麒麟児(うちはイタチ)に一族全員滅ぼされることになるという末路を辿るのである。お先真っ暗な事この上ない。

 

 この時代の忍里に、『うちは一族』として生まれ落ちた以上、忍以外の未来(選択肢)は許されない。

 故に、ある程度強くならなければ、――待つ未来は『死』である。

 

 そして、ある程度強くなっても、任務の相性次第では死ぬこととなり。

 戦場で生き残るために何とか写輪眼を開眼しても、うちは故に闇落ちフラグが立ち。

 闇落ちせずこの戦禍を乗り越えたとしても、――うちは一族の悲劇で死ぬ(うちはイタチに殺される)

 どうにかそこを生き延びたとしても、木の葉崩し、暁の襲撃、第4次忍界大戦と死亡フラグはハリセンボンのように立っている。

 

(なにこれ、人生超ハードモード…)

 

 内心頭を抱え、白目をむく。弟はそんな私を気にせず、鼻歌を歌って積み木を弄っていた。

 

「~♪」

 

 花丸満点の笑顔で笑う弟はマジでかわいい。かわいい、のだが。――コイツの名前は『オビト』だ。

 

 うちはオビト。トビ――そして、うちはマダラとして暗躍した暁の影のリーダー。NARUTOの終盤で正体が明かされる、火影の夢をあきらめてしまった少年。同班の少女(のはらリン)に恋をし、神無毘橋の戦いでライバル(はたけカカシ)に自分の写輪眼を託したものの、最愛の少女を失った事で闇落ちし、十尾の人柱力なんてものになって、月の眼計画に加担し忍界そのものをぶっ潰そうとした、――あのダークヒーローである。

 

 詰みである。

 読んだことのある他の転生小説のような主人公のように、原作(NARUTO)の流れや設定を細かく知っていれば、また考え方も違ったかもしれないが、こちとらライトなオタクである。凡人が原作を1~2回読んだくらいで詳細まで覚えてられるか。

 時系列も一部は曖昧だし、そもそも原作自体がジ●ンプの看板作品である。アニメやゲーム、小説、映画――メディアミックス媒体は多岐に渡り過ぎていて、その全部を網羅出来ている訳がない。原作ですら72巻も(超大作で)あるんだぞ。

 メインイベントはなんとか覚えているが、敵味方どっちか怪しいキャラクターも多い。この世界の基本常識も正直朧気だ。隠れ里の名前すらも危うく、周辺地域の小国の知識も含め、今の知識の殆どが『うちはホノカ』となってから身に着けたものだった。

 ――原作知識が役に立つかどうかは、かなり微妙な所だ。

 

 NARUTOの世界など、妄想するから楽しいのであって、現実になるなど全くのノーサンキュー。生き残れる未来が見えない。

 

「……はあ」

 

 今後の展望が暗すぎて溜息が漏れてしまう。

 生まれ変わって早5年。ヤバイ世界で、どれほど人生ハードモードだとしても、私はやっぱり死ぬのは怖かった。前世でどのような死に方したのか、というか何歳まで生きたかすら曖昧であったが、やっぱりのんびり老衰で死にたい。

 

(とりあえずは、忍界大戦、か)

 

 突出しすぎず、最前線に飛ばされない程度の立ち位置を目指す。……うん、こんな感じでどうだろう。

 幸いな事に、お先は暗そうではあるものの、『今の』うちは一族は、忍の才に恵まれた、木ノ葉隠れの代表する名家の一族だ。プライドが高く、扱いにくい人種が多いのも事実だが、基本的には身内には優しいし、情も深い。組手や実践経験などの稽古だったら、頼めば相手になってくれる人も多いだろう。『うちはホノカ(この体)』も試してみたところ、チャクラは比較的簡単に練れたし、才能はないわけではなさそうだ。死ぬほどの根性が無くても、ある程度のレベルまではどうにかなる。忍界大戦後の事は、生き延びたら考えればいい。

 ――人は、これを問題の先延ばし(現実逃避)と言う。

 

「ねーちゃん?」

「ああ、ごめんね。だいじょーぶよ、オビト。……こっちだったっけ?」

「そう!」

 

 手が止まっていたからだろう。不信そうに袖を引かれ、慌ててオビトに向き直る。積み木遊びを再開し、同時に視界に入った幼いしかめっ面にくすっと笑ってしまう。今挑戦しているのは火の国城だ。

 むっといっちょ前に額に皺を寄せるオビトは本当にまっすぐかつ真剣だった。時折満足気に、にかっとした笑顔を見せる時もあり、その屈託のなさに、私はいつもまあ、いっかーとほのぼのとしてしまっていた。――いや、だってこんなに可愛いんだぞ。

 

 勝手場の方から、仲よさそうな姉弟の様子に、こっそりと笑う父親の姿が見えた。玄関脇の仏間には、母親と祖父の写真が並んでいる。そこの掃除をする祖母も、時折穏やかな目で私たちを見ていた。

 

 まあ、何というか。

 

 母はいないものの、仲の良い姉弟。優しく穏やかな父と、ここぞとばかりに私たちを甘やかす祖母と。――そう考えると、色々問題は山積みなことを除けば、悪くはない来世だろう。そう思う私は、大分この家族に絆されていた。

 

「あー! ねーちゃん! そこはコッチ!」

「ごめんごめん」

 

 私が適当に置いた積み木がお気に召さなかったみたいで、オビトチェックが入った。作り終えた割とと力作なお城の周囲には、今は、建設中の城下町がちらほら展開している。――うん、コイツ、割と才能あるな。

 勝手場から来た父も、その出来上がった作品を見て驚くように目を丸くした。そして、満面な笑顔で自信満々に胸を張るオビトの頭を優しく撫でる。

 

「どーだ、とうちゃん!」

「これ凄いな……流石だな、オビト! ――ホノカもありがとう」

 

 私の頭もぐしゃっと撫で、父はニコニコと楽し気に笑う。父が此方に来たという事は、夕飯の時間か。父の手を引き、自慢げに解説をしているオビトの頭をつん、と小突いた。

 

「ほら、オビト。そろそろ片付けの時間よ」

「えー!! あんなにがんばったのにィ!?」

「ごめんごめん。――でも、いいの? 今日はたぶん……カレーよ」

「!!」

 

 好物に興味がうつったオビトを尻目に、そそっと積み木を片付けだす。私の手の上でコロコロと転がされているオビトを見て、父は可笑しそうに笑った。

 

「本当に、いつもすまんなホノカ。――この調子でオビトを頼むぞ? お姉ちゃん」

「はは……」

 

 喜怒哀楽のはっきりしている、元気玉みたいなオビト。ずっと一緒にいるのは、楽しいけど偶に疲れるんだよなァ――そんな何とも言えない顔をしていたのだろう。再度、くすっと笑いながら私の頭をツンとつついて、悪戯っぽく笑った。

 

「勿論、修行もな」

「あー…」

 

 勿論生き残りたいから、やっていない訳ではないのだが。正直好きではなかった。だって、普通に痛いし、――そもそも人を殴ったり叩いたりするのは嫌いだ。

 微妙に視線を逸らし顔を顰める私に今度は苦笑いをした所、父はくしゃりと頭を撫でた。絶妙な力加減だった。

 一通り撫でて満足したのか、父は祖母を呼びにいった。

 

(――――あー、もう)

 

 大きな優しい手だ。『私』は、いつもコレに絆されてしまう。

 ……ほんとうにもう、しょうがない。

 

「なんじゃ、もう! ご飯くらい用意したぞよ!」

「まあまあ、息抜きくらいさせてくれよ、母さん」

 

「お前は本当に手をかけさせてくれない」「やりたくてやってんだってば」……。今日も我が家は平和である。

 

 父と祖母の定番の掛け合いをBGMに、片付けに飽き始めたオビトをなだめながら、私はもくもくと積み木を片付けていく。

 夕方の6時。明日も私は忍者学校(アカデミー)だ。夕ご飯後にでも宿題をするか。

 

 

 まだ、戦場に出ていないから、という事もあるのだろう。今は穏やかな日常を、ただひたすら謳歌していた。

 父が時折纏う、血の汚れや、死臭。定期的に買う、線香の束や花。忍具の調達。

 身近にある戦の気配は確かに感じる。ひたひたと背後に迫るその存在に怯えつつも、私はこの『NARUTO』世界に少しずつ順応していっていた。

 

(そういえば……)

 

 ふと、こんな疑問を抱く。なんてことない、疑問だった。

 ――――原作で、うちはオビトの親の描写ってあったっけ?

 




9/4 一部修正


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穏やかであった日々

日常話。アカデミーって、こんな感じだったのかなと思います。


 ――――今思い返すと。泣きたくなるほどの、平和な日々だった。

 弟と、父と、祖母と。暖かな手で慈しまれ守られていた、優しい思い出。今でも心の大切な所にある、在りし日の記憶。

 

 

 

 鳥のさえずる声がする。心地良い風が頬を撫でていく。

 ふかふかの布団に包まれ、夢と現をふらふら行き来する。実に至福の時である。

 

(あー気持ちいい…)

 

 このまま此処でいつまでも寝ていたい。

 ムフフと半分覚醒しつつも、布団と戯れていると、不意に背筋に寒気が走った。チャクラでブーストしながら慌てて転がる。

 

 ―――ボフッ!

 

「――おっはよう!ねーちゃん!」

 

 あーあ、よけられちった、と残念がるのは、可愛い弟。その後ろでは、悪戯成功とばかりに笑う父。

 先ほどまで自分が寝ていた所に、特に腹の部分あたりに座るオビトにギョッとする。仕掛け人たちはニッと笑うと私の手を取って、起こした。

 

「おはよう、ねぼすけ。――朝ご飯無くなるぞ?」

 

 

 皆で手を合わせ、朝食を食べる。ご飯にお浸し、卵焼きにワカメのお味噌汁だ。

 半分寝ぼけながら食べる私と、朝から元気溌剌のオビト。こっそり私のオカズを奪おうとするオビトを小突いたあと、父は今日の予定を聞いてきた。

 

「今日は、普段通りかな。6限だし……――あ、5.6限が屋外授業だから、帰るのが遅れるかも」

「ほー、頑張れよ」

「ねえちゃんねえちゃん! オクガイジュギョーってなにやんの?」

「組手とか、手裏剣術とか…。今日は、(トラップ)の授業だったかな」

「トラップ! なんか、かっけェ!」

 

 すごいすごいと目をキラキラさせるオビトに、苦笑いする。言うほど面白くないぞ、オビトよ。

 それに、実は私はそこまで屋外授業が好きじゃなかった。――特に班分け。

 

 飛び級入学かつ、うちは一族である私は、ぶっちゃけ、あまり同年代に友達がいない。嫌われている訳ではないのだが、遠巻きにされているのである。一緒に弁当食べる同級生はいるが、そんな彼女らも、前世の事を思い出して以降、ノリが悪くなった分余計に距離が開いてしまっていた。

 いや、あのテンションに合わせ続けられない私が悪いんだけど――正直きつい。某高校生探偵(見た目は子供、頭脳は大人)な彼は、本当に凄いと思う。

 

 後、性格的に落ち着いた分余計に、猪突猛進なタイプと組まされる事が増えた。別に、お目付け役として彼らを止められる訳じゃないんだが。結論、普通に講義を受けている方が気楽である。

 

 飛び級組には私と同じように、若くして悟っちゃっている系男子や女子がそこそこいるから、そういった点では楽だった。今日も変な班分けじゃないといいなァと、軽く溜息をつく。

 

 うちは特有の黒い首回りの広い服に着替える。グレーの七分丈のズボンを履いて、ホルスターを装着した。

 斜め掛け鞄(スクールバック)を持ち玄関でサンダルを履いていると、オビトが不貞腐れていた。

 毎朝の恒例行事だ。

 

「あーあ。……あーあーあ! オレもはやくアカデミーにいきてェなー!」

「急がなくてもいずれ通うんだから大丈夫だって」

「ちっがーう! わかってねーな! ねえちゃんといきたいの!」

 

 バッテンをびしっと作るオビトに思わず笑ってしまう。

 遊び相手がいなくなるので、退屈なのだろうという事は解っているけど。ここまで慕われて悪い気はしない。

 「また後でね」と小突くと、口をへの字にした後、ニッとオビトは笑った。――くそう、可愛い。

 ニコニコとしている私に、父さんは弁当を渡してくれた。風呂敷には団扇のマークがデデンと主張している。

 

「はい弁当。今日は手伝いは無しでいいぞ。

 帰ったら組手するから、しっかり食べて、授業を受けてくるように」

「はい。――って組手かあ…」

「そこ、嫌な顔しない! ――オビトは、父さんが帰ってきたら修行つけてやるからな。良い子にしてろよ?

 友達と遊ぶのはその後な」

「マジで! やった!」

 

 口をへの字にしていた所を、オビトと一緒にわしっと頭を撫でられた。大きな手の優しい温度を感じて、くすぐったくなって笑う。オビトも同じように笑っていて、何か気が抜けてしまった。

 しょうがない。まあ、気は進まないが頑張るか。

 

「――――行ってきます!」

 

 

 

 場所が変わり、忍者学校。

 4限まで終わり、今は一番眠たい時間だ。昼ごはん後に、私たちは演習場に集められ、水無月先生(野外実習担当の先生)の説明を聞いていた。

 

「今日は、予定通り罠の解除の授業を行う。

 下忍になって戦場に出たら、最初の頃につく任務は、何だと思う?――はい、出雲キツネ」

「うぇ!? ……えーっと、敵との戦闘とか?」

「違います。――はい、日向ヨウ」

「物資の補給や調達」

「正解だ。良く勉強しているな」

 

 外に持ち出したホワイトボードに“物資の補給、調達”と書き、先生は此方を振り返った。

 

「下忍になって任されるのは、CランクやDランク。敵の忍と戦うのは、Bランク以上――もう少し経験を積んでからだ。

 基本的には裏方仕事だな。味方への物資の補給、または調達などの役目を、皆は任されることになるだろう。

 じゃあ、物資の受け渡しについては、何処でやる?――はい、油目シンヤ」

「…………うーん、安全な場所(ところ)?」

「正解だ。――所謂“拠点”だな。

 作戦規模が大きくなるほど、兵站(へいたん)として規模も大きくなり、多くの機能が必要になるんだ。

 じゃあ、その項目について書いてくぞ」

 

 キュッキュと鳴るホワイトボードを見ながら、溜息をつく。

 

(……ていうか、この世界の子供って地頭もいいけど、基礎学力が高いよな)

 

 兵站なんて言葉、この世界に来て初めて知ったぞ。

 予習復習をしっかりやって、かつ、前世の知識があるお蔭で、先生の話についていけているが、――普通にこの世に生まれたら、余裕で授業から落ちこぼれた自信がある。ナルトはよくやっていたものだ。

 

 そう思って、こっそり周囲を見渡すと、半分くらいは寝落ちていた。――まあ、だよねー。と思いつつ、先生の方を向く。

 

 先生は、調達の下に拠点と書き、横に求められる機能を書き足していた。

 安全性、隠蔽性、衛生管理、物資の保存――そこまで書いて、安全性と隠蔽性以外の項目に、先生は()(括弧)をつけた。

 

「物資補給の時に、一番大切となるのは拠点づくりだ。見つかりやすい場所や、罠が杜撰(ずさん)な場合には、敵の目印となってしまうし、味方を危険にさらす事になる。

 

 大規模作戦だと、衛生病院や長期戦用の物資の保存などの、必要な機能が増えるため拠点の規模も大きくなるな。

 ―――が! 下忍の任務で、まずそこまでの場所に派遣される(飛ばされる)事はないだろう。精々が忍具(消耗品)の運搬や、食料調達くらいだ。よってまず身に着けるのは、安全性と隠蔽性が担保された拠点の作り方!」

 

 これは大事だからなー、と、水無月先生は簡単な罠をいくつか図式にしたプリントを配布した。

 物資運搬の任務でないにしても、怪我している時や、野営中に、きちっと罠を張れるのも忍には必須の技術(スキル)だとのこと。

 

「今回は対忍想定はなし。今日の課題は、野生生物や夜盗を想定して、最低限身は守れるように、先生が土遁で作った洞穴に罠を仕掛けること!

 よーし、じゃあ班分けするぞ。おいそこ、起きろー」

 

 寝ている子供を叩き起こしつつ、先生は班を3つに分けた。

 不貞腐れる少女、ギャーギャー言っている少年が其々別れる。

 そして、「開始!」の合図と共に先生が消えると、騒いでいた少年たちは、懲りずにワイワイ集まりだし、「よーし、じゃあ先生もいなくなったし、遊びにいくか!」と元気な声が響いた。

 

「缶蹴りは?」

「いや、隠れ鬼やろうぜ!」

「コタロウくーん! 私も入れてー!」

「オレもー!」

 

 ガキ大将のような少年を中心にどんどん人だかりが出来上がる。彼らは此方を向いてニヤリ、と笑った。

 

「じゃあ、真面目な優等生諸君! あとヨロシクなー!」

(ええー……)

 

 蜘蛛の子を散らすように消え、一部の真面目だったり、大人しかったりする生徒だけが、その場に取り残される。

 居残り組である、先程、先生に指名されていた、日向一族の少年――飛び級生(同年代)の少年だ――は、しかめっ面で溜息をついた。

 

「はァ……おい、ホノカ。やるぞ」

「……そうだね」

 

 残された面々は、それぞれ憮然とした顔をしながら、班ごとに散らばった。苦無やワイヤーをそれぞれ取り出し、淡々と課題に取り組み始めた。

 罠の相談とともに、ぽつぽつと雑談をする。10歳未満(飛び級組)が正規組にそれぞれ入り混じる中、はがね一族の少女が、チラチラと楽しそうな声がする方向に目をむけていた。羨ましそうだ。

 

「ねーねー、ヨウくんは、向こうに行かないの?」

 

 楽しそうな鬼ごっこの声が遠くで響き、何人かの子供がそわそわしている。

 日向ヨウ――原作のサスケポジションのような少年は、フンっと鼻で嗤った。

 

「いかない。僕はアイツらみたいな煩いガキ(・・・・)は大嫌いだ。

 それに、物資調達の任務って、けっこう死人が出てるんだろ?

 できなくて困るのは未来の自分だし、――――後は」 不意に言葉を区切って、日向少年は真面目な顔をする。

 

「今回の先生、あの、水無月先生だぞ?

 絶対今の状況を、どこかで見ている筈だ。

 採点なんか勿論甘くしてくれないだろうし――――時間内に出来なきゃ居残りは確実、追加の課題も出るだろうな。

 僕はそんな面倒なのはゴメンだ」

「「「…………」」」

 

 皆押し黙る。どちらかと言わなくても、火の粉なんて被りたくない。

 さっさと片付けて帰ることにしよう。皆さっくり、お馬鹿共を見捨て、課題に取り込むこととした。

 

 組みあがっていく、罠の数々。日向くんが白眼で位置をチェックし、さらに微調整を重ねていった。私も複数のワイヤーを光沢を変えて塗装し、光の反射具合を微妙に変える。最終的な予想図は二段階トラップだ。ワイヤーの両先端に毒を塗った千本を設置して、ワイヤーを踏んだ(足を踏み入れた)時に敵に向って行くように仕掛けを作る。

 そして、洞窟の内部に、変わり身用の丸太を複数設置し、入口と反対側に起爆札を数十枚張り付けた。――いざと言う時の脱出用だ。

 

 普通の人間や、動物ならここには無傷で入って来ることは困難だろう。

 

 班員皆で仕掛けた位置を確認し、罠から十分距離を取る。――そして。

 

 動作確認の為に、変わり身用に飼育されていたウサギを貰い、入口の罠に向けて放った。訓練されたウサギはしっかりとした足どりで、私たちの指示通りに土遁で作られた洞窟へと向かっていく。

 敢えて見えるように、地面から浮いた位置で反射する一本目のワイヤーを、ウサギは軽々と避けた。そして、その付近の地面に張り巡らした、光沢を落としたワイヤーに引っかかり――予定通りに発動した沢山の千本をその身に受けた。ピクリ、ピクリ、と少し痙攣して、そのまま動きを止める。

 

「…………」

 

 成功、と皆が挙げた声が、どこか遠かった。

 

「どうした、ホノカ?」

「ううん、――何でもないよ。何でもない」

 

 しっかり罠は作動した。

 課題としての出来は及第点だろう。

 

 敵を串刺しに出来るように設置したのは、自分たちだ。

 でも、――やっぱり屋外授業は、嫌いだなと思う。

 

 皆が解散した後、許可を貰って、――こっそり、私は亡くなったウサギを供養した。

 

 

 

 日が沈むか沈まないかといった頃。そんな中、苦無を片手に、私は父に向って行っていた。

 朝予定していた組手だ。武器は苦無一本のみ。フェイントを混ぜ込みながら、素手でも苦無でも、父に一本入れれば終了だ。

 

 二合、三合と打ち合う。

 父の動きは随分と余裕を残していた。その証拠に、開始してから数十分は経過しているのに、殆ど立っている場所から動いていない。

 

(くっそ、――――!)

 

 目を凝らし、足にチャクラを練りこんだ。地面を蹴り、父の頭よりも上に飛びあがる。

 身体を鞭のようにしならせて、遠心力を付け、上から苦無を振り下ろした。ヒュッと鋭く息がもれる。

 

 が。

 

 父の頭上に自分の苦無が差し掛かった瞬間、私の手の動きが鈍った。手が震え、振り下ろせなかったのだ。

 

 それを見逃す父ではない。苦無を持たない左手が綺麗に右肩に入り、苦無を取り落とした。

 そのまま受け身を取り損ね、尻もちをついた私に、父が苦無の先を向け、――すっとその先端を下ろす。

 

 気が付けば日が山へと落ちていた。組手終了だ。

 

「父さん、……貴重な時間を――ありがとうございました」

 

 荒く乱れた呼吸を整え、深く一礼をする。親子でも、修行中は師と弟子だ。

 父も、この時ばかりは普段の穏やかさを潜め、ゆっくりと頷き返した。

 

 包帯や、薬を手に、父は手慣れた様子で、私の擦り傷となった部分を処置していく。

 優しいが、無言で治療をしていく父に、――その厳しい横顔に、心が落ち込んだ。

 

(……またやっちゃった)

 

 振り下ろせなかった苦無。止まった手。

 父が避けられない訳がないのだ。上忍と忍者学校生。それだけの実力差があるのだから。――けれど。

 

 消毒された部分が染みる。ひりっとした痛みに顔を顰め、そんな私の様子を見て、――ぽつり、と父は問いかけた。

 

「修行は嫌いか?」

「……うん。好きじゃない」

「面倒だから? ……って訳じゃなさそうだよなァ」

 

 組手の型の習得そのものは早かったもんな。

 そう、苦笑する父の瞳の中に、真剣さを感じ取り、私は言葉につまった。観念したように軽く息を吐き、少し目を伏せる。

 

「……だって、当たったら痛いよ。相手も…自分も」

 

 忍としては甘ったれた言葉だという事は解る。

 それでも、殴るのも、殴られるのも。切られるのも、切るのも、痛いのだ。

 

 私の返事に、父は少し目を見開いた後、少しだけ黙り、わしわしと私の頭を撫でた。

 

「お前は優しいな。……ちょっと父さん心配だ」

 

 きゅっと巻き終えた包帯を結ぶと、父は私をすっと抱き上げた。

 最近ご無沙汰だった解りやすい子供扱いに、顔を赤くして暴れる。そんな私を見て、父はクツクツと笑った後、朝日の指す方に視線を向けた。

 

「……万人を倒せとは言わないさ。それにまだお前は、忍者学校(アカデミー)生だ。

 ただ、きちんと生き残れるように。大切な誰かを守れるように。――自分で道を選べるくらいには、強くならなきゃな。

 いざと言う時に、後悔するのは、死ぬほどしんどいぞ」

「うん…」

 

 少し目を伏せる。解ってはいるのだ。黙った私に苦笑いして、父は空を見上げた。

 

「まあ、それでも。忍って、しんどいことも、後悔することも多いからな…。

 じゃあ、ホノカ! そういう時の、父さんのとっておきを教えてやるよ」

「とっておき?」

「そう、とっておき。とっておきのとっておきだ。――それは」

 

 もったいつけながら、父は指をピン、と立てた。こくり、と息を飲む。

 

 

「――――皆で下らないこと話して、笑って、美味しいもの食べて、寝る事だ!

 そうすれば、人間、幸せだからな!」

 

「………………………………」

 

 

 いやまあ、楽しそうだけど。

 思わず胡乱気に父を見上げると、父は穏やかに笑いながら、私の鼻をツン、とつついた。

 

「そのうち、ホノカにも解るさ。

 それに結構難しいぞ? なんせ一人じゃ出来ないからな!

 友達、仲間、家族、…まあ、恋人も。――ホノカもちゃんと作れよ。そういう大切な人をさ」

 

 そのまま、父と一緒に外を眺めていると、バタバタバタと、賑やかな音が響いてきた。

 我が家の猪突猛進少年、オビトが帰ってきたようだ。「ただいまー!」と全力で叫ぶ声は相変わらず、落ち着きがない。そのままドタン!と音がし、「いってー!」と呻く声がする。玄関の段差にでも躓いたんだろうか。

 

(――――ああ)

 

 なんか、あの元気な声を聞いたら、ほっとした。

 思わず父と顔を見合わせ笑った。よっと勢いをつけ、地面へと跳んで、母屋へと向かう。

 

「ホノカ、――オビトを頼むな」

 

 背中から、かけられる言葉に振り返った。「うん」と頷き、家の中に入る。

 直ぐに、ダダダダダ、と走る音に引き続き、ガシャーン、と勢いよく何かが割れた音がした。「オビト大丈夫!?」「ねえちゃん! ヤベェ、コップわっちまった!」「あーホントだ…」……。

 

「――――相変わらず賑やかだなァ……」

 

 しょうがないなあ、なんて雰囲気でぼりぼりと。

 頭を掻きながら、父は笑った。また、一日が終わっていく。

 

 

 ――ポツリ、ポツリ。

 昼間は晴れていた空には、いつの間にか、黒い雲が広がっていた。

 始まったのは、雨の季節。梅雨が到来していた。

 

 




9/7 修正


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父という忍、嫌な予感

注意:原作であまり描写のない部分なので、好き勝手に妄想して書いています。


 ひゅうひゅうと風が吹く。木々がザワザワと音を立てていた。

 

(――空気が重い)

 

 燕の飛ぶ高さも低い。雲の切れ間は一応あるものの、空模様は曇天に近かった。今日も一雨きそうだ。

 ここ数日、雨が続いていた。地面は湿り、少し足が取られそうだな、なんて感想を抱く。

 そろり、と忍び足で玄関に向かい、置いてある風呂敷を手に取り、サンダルを履いていると、後ろから声がかかった。

 

「――ねえちゃん? きょうもいくの?

 きょうは、アカデミーはやすみだったろ……」

 

 昼寝から半分覚醒し、目をこすりながら欠伸するオビトが、此方に向かってきた。あー、起きちゃったか。

 私の手元にある風呂敷を見つけ、オビトは途端に膨れっ面になる。

 

「………。……あーあ、つまんねェ。

 ねーちゃんも“てつだい”にいっちまう。オレだけ”また”おいてけぼりかよ!

 ……とうちゃんも、さいきんは、かえってくるのはおせーし、あさにはいねェしよ…」

 

 父も、今日も早くから不在だ。ここのところ、朝には、弁当だけが残されており、私もオビトも殆ど父と会えていない。

 冷蔵庫の中身が変わっていたり、知らない洗濯物が増えていたりはするので、少なくとも家に顔は出しているようだ。一度、オビトと一緒に父が帰るまで深夜まで起きていたら怒られ、それ以後は私もオビトもある程度の時間になったら寝るようにしていた。

 

 つまるところ、オビトは寂しいのだ。父も姉も不在となると、家にいるのは祖母とオビトの二人だけになってしまう。

 この世界の子は肉体、精神的に早熟な所もあり、三歳くらいだと公園程度なら一人で遊びに行くのを許可されるが、ここ数日は雨続きでそれも無くなっていた。忍者学校(アカデミー)にまだ入学していないオビトは、家の中に閉じ込められて間違いなく鬱憤が溜まっている。

 娯楽らしい娯楽も、今の木の葉隠れの里にはない。祖母も遊んでくれている様だが、流石に何日も二人だと飽きるようだ。

 

(……仕方ない)

 

 本当は昼寝中にこっそり行くつもりだったのだが、予定変更だ。

 ちょいちょい、とオビトを呼ぶ。そして、人差し指で、そのへの字の唇をつつき、視線を合わせた。

 少し潤んでいる瞳を見つけ、泣き虫は相変わらずだな、と苦笑いしてしまう。――よし。

 

「――帰ったら、オビトに姉さんの時間をあげる。

 だから、これはオビトの宿題ね。姉さんが帰ったら、一緒に何して遊ぶか、きちんと考えておくこと!」

「!」

 

 いい子でお祖母ちゃんの言う事聞くように、と釘を刺す事も忘れない。

 瞳を輝かせたオビトは、私の首に勢いよく抱き着いた。慌てて支える。

 

「ほんとほんと? そういってシュクダイあったとか、あとでいわねーよな?」

「言わない言わない。もう終わっているもの」

「マジで!? さっすがねえちゃん!」

 

 顔色を明るくしたオビトに釣られ、少し気分が上向きになる。

 

「よーしィ! じゃあ、ちゃっちゃとやって、ぱーっと、はやくかえってきてよ!

 まってるからな、ねーちゃん! オトコのヤクソクだぞ!」

「ふふ、――うん。約束ね」

 

 誰から聞いて覚えたのか、いっちょ前にそんな事を言うオビトに笑ってしまう。最近は、家の中でよりも、公園で友達と遊ぶことが増えてきているし、その時の友達(彼等、彼女等)からだろうか。

 小さくて、それでも修行の胼胝(たこ)が出来始めた柔らかい手と小指を絡める。指切りをして、その癖毛を撫でて私も立ち上がった。

 

「姉さんも、早く帰れるように頑張るね。

 じゃあ、行ってくるから、――お留守番は任せたよオビト隊長!

 家とお祖母ちゃんをしっかり守るのだぞ!」

「がってんしょうち!」

 

 元気いっぱいの声を背中に受けながら、私は家を出て行った。

 

 

 

 手にする風呂敷をひっくり返さないように両手に持ちながら、タタタ、と里の中を駆けていく。時折見る、うちはの親戚に挨拶をしながら、私は数か所立ち寄りつつ、まずは商店街を目指していた。

 

 五歳の誕生日後少しして。私は自分から頼んで、父や祖母の簡単な仕事を手伝わせて貰っていた。

 大分曖昧になってはきていたが、成人前後くらいまでは前世の記憶があるのだ。肉体的には五歳という年齢ではあるものの、家でオビトと遊んで、家事手伝いしているだけは、何となく気が引けた。――それに。

 

(放課後まで同級生(同年代)と遊ぶのはしんどかったしな……)

 

 ぶっちゃけ忍者学校だけでお腹いっぱいだ。別に彼らが嫌いな訳ではないが、幼少期特有のハイテンションに合わせるのはやはり面倒くさい。一部、ギャーギャー突っかかってくるヤツもいるし、かえって気疲れしてしまうのだ。

 

 ――それに。例え遊ばないにしても、皆で学校の課題をやるのもしんどかった。学んでいる内容が内容だからだ。

 

 何を目的にこのカリキュラムが組まれているか。それを薄々察してしまうから、余計に辛い。

 性質変化などの忍術基礎や、各国の情報などの社会情勢はまだいい。手裏剣術なども、体育みたいでそこまで拒否感はない。ただ、忍組手や人の殺し方、情報の引き出し方、拷問方法や耐性の付け方、精神訓練――そういった、忍らしいことを、同級生と学んでいくのは、好きではなかった。それを習熟していってしまう同期も、自分を見ていくのも。

 

(…………)

 

 過去配布されていた教科書と比較すると、飛び級組(私たち)や、私と同年代の教科書は明らかに薄い。削られているのは、一般教養に加え、倫理、道徳面といった教育だった。

 これが示すことは間違いない。――戦が、近いのだ。

 

 父の不在も増えている。父の服から、血の臭いがする事も。

 端的に言えば不安だった。同年代の子とつるんでいても、ふっと、心に影が差すのだ。だから、何か、したかった。

 

 言動もある程度落ち着いており、年齢以上にしっかりしているように見えたのだろう。父も思う所があったのか、うちはの族長様に掛け合ってくれた結果、限定的に手伝いの許可が下りた。不定期ではあるが、学校後にあたる夕方の時間が、お手伝いの時間だ。

 

 主に内容は、下忍のDランク任務相当――荷物の運搬、簡単な伝言が殆どだ。弁当みたいなものから、巻物、苦無(クナイ)や起爆札などの武器(物騒な物)まで、西へ東へ持って走った。流石に忍者学校生ということも配慮してか、場所は里内に限定され、主に届け先はほぼ親族(うちは一族)だ。

 

(カルラさんに巻物、レッカさんこの風呂敷。――あとは、マジか。父さん当ての小包だ)

 

 届け先のメモに目を通した後、申、亥、寅と印を結び、小さな火遁でメモを燃やす。

 手伝って解ったことだが、流石は第三次忍界大戦直前。じわじわと里外任務が増え始めていた。同時にA、Bランクの長期任務数も、死者と共に増えてきていた。里への任務達成の報告後、直ぐに、次の任務へととんぼ返りする忍もちらほら出てきている。勿論のこと、うちは一族も次々と里外にいる時間が増えてきており、それに合わせ、届け物の頻度も上がってきていた。

 

 ここで意外に思ったのが、“うちは一族”の、苦無や手裏剣といった忍具の消耗の激しさだ。写輪眼の開眼こそ一部の者だけだが、基本的に二系統以上のチャクラを扱える高スペックな我が一族。幻術適性の高い者も多く、身の内に宿すチャクラ量も決して少ない訳ではない。故に、忍術や幻術で華麗に戦場を乗り切っているのかと思いきや、――うちは一族は、体術や手裏剣術にこそ力を入れる一族だった。

 そして、思い出す。原作でもサスケが結構手裏剣術を駆使して戦っていたな、と。

 

 一部、二部でもサスケを筆頭に、穢土転生後のイタチが、対カカシ戦のオビトが手裏剣術を披露していた。物語が進むにつれ、ど派手な忍術合戦――最終的には尾獣やら何やら怪獣大合戦となって印象が薄くなっていたが、それは、うちは流手裏剣術と呼ばれるものだった。

 

 その名の示す通り、うちは流手裏剣術は、苦無、手裏剣を中心とした、鎖鎌、ワイヤーまでも含めた忍具操作に重点を置いた手裏剣術だ。一族の教えによると、手裏剣術は忍の基礎であり、習得するのはうちはの忍として当たり前であるとのこと。

 

 チャクラ切れ(イコール)死を意味するこの世では、どれだけこの基礎を習熟でき、応用できるかで生き残れるかが変わるらしい。――なんとなく、その教えは解る。チャクラ量が発展途上の、コントロールも未熟な子供も戦場に出ていくからだ。

 

 チャクラを練れば練るほど、体力は削られていく。どれだけチャクラ消費量を温存できるかは、特に幼い者、体力のないものに対して重要な点であった。だから、うちは一族は、一族の子どもに対し、忍術だけでなく、幼い頃から手裏剣術も教えこんでいた。火遁・豪火球の術――うちはの一人前への登竜門は、実はその上の段階だ。

 

 箸と同じ感覚で使えるようになりなさい、というのは祖母の言葉だ。私もオビトも、3歳の誕生日を迎えたその日から父親に教わりはじめ、既に私の手は、豆がつぶれ、そこそこ固くなってきていた。昔、風呂場で痛くて泣いたのもいい思い出だ。

 

 まあ、こんな感じで、幼い頃からの英才教育もあってか、“うちは”は一族として手裏剣術の水準が高い。個人用に調整した忍具を使う者も多く、一族お抱えの忍具職人も含め、購入ルートも様々だ。忍具の一部はあの空区(・・)からも購入しており、皆、ある程度の年齢になると、猫バアに顔を繋ぎに行くことが決められていた。

 

 忍具の選び方、扱い方、管理の仕方。それは、私でさえも、そこらの中忍には負けない自負がある。私でも、一族内では目立たないが、手裏剣術は、忍者学校(アカデミー)内では上級生込みでも上位陣と引けを取らないのだ。成績表を見た時の父のちょっと誇らしげな顔や、オビトの尊敬の目に、少し照れてしまったのもいい思い出だった。

 

 せんべい屋の前で合流し、カルラさんに巻物を渡す。そこから木の葉病院に向かい、療養中のレッカさんに風呂敷を届けた。荷が軽くなり、ふう、と一息つく。

 残るは小包、父への届け物で終了だ。今は“あ・うんの門”にいるとのレッカさんから情報を貰い、木ノ葉病院を出た。

 

(――――ん?)

 

 頬に冷たい感じがする。ポツリ、ポツリと雨雫が視界に入った。

 空を見上げると雲の切れ間がなくなっている。雨の匂いが濃くなってきた。

 

「…………」

 

 猫も軒下へと消え、店の一部が幟旗(のぼりばた)をおろし始めた。

 小包を極力濡らさないように抱え込むと、前方で何人かのチャクラを感じた。耳を(そばだ)てながら走ると、商店街でたむろする忍の声が入ってきた。

 

「サクモさんから火影様へ、鳶便(任務完了の報告)が届いたそうだ」

「流石だな。って言う事は、暗号班の解析も始まっているのか。少しでもいい情報があればいいが」

「期待は出きるだろう。それに、月光の奴はもう、先に里に着いたらしい」

「ほんとか? 流石、速いな…。捕虜を一人連れているんだろう?」

「最近の霧隠れの動向は、呪印のせいで敵から情報が入りづらいからな…。今は、どんな末端の情報でも欲しい所だ。俺たちにも召集は来そうか?」

「いや、まだだろう。里内には入っていないみたいだぞ……」

 

(“白い牙”からの鳶便、ね…)

 

『――前の中規模作戦、霧隠れとやりあったみたいだぜ』

『”木の葉の白い牙”が大手柄だったんでしょう?』

八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ってヤツ? すっげえよなー』

 

 オレもはやく戦場に行きたいぜ、と話していた、忍者学校(アカデミー)での会話を思い出す。

 つい先日、草隠れの里の北西に位置する“雨泉竹の湿地帯”で、中規模の戦闘があったのだ。里内に公開されている情報としては、木の葉隠れの上忍4人小隊と、霧隠れの中忍上忍の混合中隊が三日三晩死闘を繰り広げたとのことだ。

 その激しい戦いは、“木の葉の白い牙(はたけサクモ)”の活躍によって木の葉隠れ(此方側)の勝利で終わったようだった。その上、敵忍数名を生け捕り(・・・・)にし、しかもその内の一人は上忍だったという成果は、木の葉隠れの指揮を大いに上げた。

 最近の霧隠れは、前線配置の忍には特別な理由がない限り、死体が残らない様に(・・・・・・・・)呪印を施しているそうだ。私は穢土転生対策じゃないかと睨んでいるのだが――とりわけ、対木ノ葉隠れの際はそれを徹底している様で、今回の成果は上層部も歓喜の悲鳴を上げていた。

 

 知らせを聞いた上層部はすぐさま、拷問部隊を編制し、湿地帯へと派遣。今は、霧隠れの上忍の持つ情報は粗方抜き終わり、残りの中忍二人をどうするか、という段階らしい。その内の一人は幻術耐性が強く、上層部は、手が空いている幻術の専門家(エキスパート)の招集をかけたとの事だった。もう一人の中忍は別の部隊が編制されるようだ。

 

(伝令、それに“サクモ”さん……。

 今回父さんが招集された(呼ばれた)タイミングに、届け出先が“あ・うんの門”……。

 父さん、――今回の件に関わっているのか)

 

 走りながら、父を想う。

 家では基本的に、修行の時以外は、私とオビトと遊びながら、穏やかに笑っている人だ。確かに、組手や手裏剣術だけでなく忍術、幻術方面まで、幅広く修行をつけて貰っていたが、――父さんがどういう忍で、どういう任務についているかまでは、私は知らなかったし、守秘義務もあってか、父も特に語ろうとはしなかった。

 

 父について知っている事は4つだけ。写輪眼開眼者であること、上忍であること、警備隊所属であること、――その割に警備隊から出向という形で、里内の色んな任務に就いているらしいということ。それくらいだ。

 

(…………)

 

 父は頭が切れない訳ではないが、写輪眼持ちで警備隊所属(うちは一族)だ。味方の書いた暗号解析(暗号班としての仕事)よりは、幻術要員として呼ばれている方が、可能性としては高い気がする。術の解析やチャクラの判別は写輪眼の十八番(おはこ)だし、いざとなった時に一工程(目を合わせる)だけで相手を眠らせられるからだ。

 

 最近、父がどこか遠くを見つめている事が増えた。娘の目というバイアスはあるものの、父の性格は、かなり穏やかで善性に寄った――言い換えれば忍にあまり向いていない類の人だった。刃物を人に向けるより、料理や盆栽している方がずっと性根に合っているだろう。

 

『ホノカ。――オビトのこと、頼むな』

 

 父は、ちゃんと元気だろうか。

 ぐ、っと手に力がこもる。小包内で忍具がぶつかり、かちゃっと不満そうに音がなった。――慌てて持ち直して一息つく。

 何かという訳ではないが、ここ数日ずっと胸騒ぎがしていた。

 

 ピリッと肌を刺激する感じとともに、父だけでなく、複数人のチャクラを捉えた。目的地はすぐそこだ。走る速度を上げていく。

 

(――――あ、)

 

 サアアアアア。小雨が段々本降りになり始めた。

 顔を顰める。まだチャクラ操作が上手くない私は、泥の道を走るのに結構体力を取られてしまうのだ。それに、雨だと身体も冷えて、風邪をひく可能性が高い。例え忍として鍛えていても、5歳という年齢の身体は、体力的な意味でまだまだ脆かった。

 

 はあ、と溜息をつく。

 急ごう。早く、父の元へ。そう思い、駆けて行った。

 

 

 ――そう。私は知らなかった。

 いや、知ってはいたのか。でも、理解はしていなかった。

 

 

 日常(幸せ)が壊れてしまうのは、一瞬だってことを。

 

 力が無いものは、泣くことしか出来ないことを。

 

 



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霧の中の赤時雨

木の葉隠れではなく、木ノ葉隠れだったり、色々間違えていた事に気が付き埋まりたい所存です。誤字脱字報告、本当にありがとうございます。


 ――ふと。思う事がある。

 幼い頃の記憶というのは、どの程度まで残るものなのだろう。

 

 人によって様々であることは解っている。

 どれほど鮮明か、どれほど信頼性があるか。

 基本的に確実なものではないと、――そう唱える人もいる事は知っている。

 自分のために、――そして、人のために、××してしまうのが、人間だ。

 

 けれど。

 ――されど。

 

 意味のない、自問。でも繰り返さずには、いられなかった。

 

 これは、私の最初の後悔の話。

 

 

 

 

 

 ”あ・うんの門”が目にはいった。複数の人影も視界に入ってきたので、チャクラを目に集め、視界を強化する。

 

「!」

 

 門から少し離れた所で、父親が木ノ葉の忍と話しているのが見えた。少し離れた所には、木ノ葉の上忍に引きずられた霧隠れの忍(敵の捕虜)も見える。――そして。

 

(――父さんの目が赤い(・・)。写輪眼を使っているのか)

 

 一旦走る足を止め、雨を避けるために、近くの木に飛び乗る。状況を、確認しよう。

 太い枝に腰を据え、一度、小包を横に置く。顔の水滴を拭い、門の周囲を見渡した。

 

 鎖でぐるぐる巻きになった霧隠れの忍のすぐ脇で、押さえつけ、刀を突き付けている木ノ葉の忍が一人。細身の刀に不健康そうな青白い顔――月光一族の女性だろう。その二人を囲むように三人の中忍が配置され、そこからさらに少し離れた場所に父と、もう一人の中年の上忍が並んでいた。

 全員門の外で万全の警戒体制をとっている。門番もいつも通りに立っているように見えて、得物の刀をいつでも振るえるように握りしめていた。

 

 父は捕虜から一定の距離を持って、高速かつ複雑な印を結んでいた。推測するに、写輪眼――洞察眼を通じて敵のチャクラの流れを読み取り、仕込み術の有無を確認しているのだろう。

 

 父は普段の私たちに見せる顔とは異なる表情を浮かべていた。眉間に皺を寄せる父は家と正反対の雰囲気を醸しており、表情も寧ろ無表情に近い。その赤い視線は睨みつける様に鋭く別人のようだ。

 視線の先の敵忍は、生気の乏しい顔で視線を虚空に向けていた。ピクリとも動かないその姿は人形のようで、ただただ不気味だ。

 

 父は印を結びながらも、隣にいる上忍――白雲一族の家紋を背負う男性――と、器用に会話をしていた。

 静かに会話する二人の言葉を聞くために、手印を切りながら耳にチャクラを集めてみる。うん、この距離ならいけそうだ。

 

「妙だな……。術にかかっていない訳ではないと思うが…。

 何かに覆われている、のか? チャクラの乱れ方が不自然だ。

 万が一を考えるならば、里には入れない方がいいでしょうね……」

「やはりか。結界の内に入れる前にも、一度確認したんだがな。やはり応援を頼んで正解だったな。

 ……外れを引いたか、それとも…。ぱっと拾えた情報も、微妙な類だ」

「山中一族はどうしたんです?」

「里内で手の空いているヤツは上忍の拷問(向こう)に取られちまった、との事だ。

 ……折角サクモさんが身体張ってくれたんだ。中途半端な状態で、廃人にするのも申し訳なくてよォ」

「……それは、間が悪いですね」

 

 よくよく見ると、敵の真下には四象封印によく似た紋様が刻み込まれていた。3人の中忍のうち、赤毛の青年が地面に手をつき、敵を睨み付けている。青年の身体からは、鎖に似た形のチャクラが伸びており、敵を縛り上げていた。

 

 警戒体制にあたっている中忍の三人をもう一度よく見てみる。

 犬塚一族の少年と忍犬に、赤髪と特徴的な封印術――うずまき一族の青年だろう。そして、もう一人は身体に多くのホルスターを付けていることから、おそらく近接タイプの忍具使いの少女。忍具使いの少女の直線上に、写輪眼使い()と、部隊長がいる点を見ると、少女の立ち位置は恐らく二人の護衛だ。

 

 捕縛を考えると、想像以上に豪華なラインナップ。

 それなのに、彼らは警戒態勢を緩めていない。

 

(……落とし切れていないのか? 確かに、捕虜(敵の忍)のチャクラは捉えにくいかな)

 

 覚醒している忍特有の、勢いの良いチャクラは確かに感じない。

 ただ、これが実際に、幻術によるものなのかどうかは、私には判断できなかった。敵の見た目(微動だにしない様子)からは、幻術で縛られてもいそうだし、気絶しているようにも見える。

 

(――――)

 

 一度、帰った方が良い気がしてきた。

 下手せずともBランク任務にもなりかねない現場に、忍者学校(アカデミー)生がいたら間違いなく足手まとい(迷惑)だ。それに、下忍にもなっていないのに、下手な情報を知るべきではない。

 

 小包を持ち直す。その場から離脱するため、木から降りようとすると、敵の虚空を見つめる瞳と目があった気がした。雨に濡れた生気を感じられない瞳に、ぞっと背中が寒くなる。

 

 まるで此方を覗きこまれているような。深い何かを覗き込んだような。意思の感じられないガラス玉。どうやら、その瞳は左右で色が違うようで――――。

 

 重たい霧が立ち込めた気がした。視界がぼやけるのに、やけに寒い。

 持っていた小包を抱きしめた。縫い留められた足を動かそうと身体に力を入れるが動かない。

 

 木の上で動けずに震えていると、その雰囲気が突然ぶち壊された。

 遠くから顔に包帯を巻きつけた男――いや、少年が走ってきていたのだ。

 

『みーなーさァーん! ちょいとお待ちをーゥ!!』

 

「――――へ?」

 

 思わず二度見する。

 やっぱり顔を包帯でぐるぐる巻きにした、忍の少年がこちらに向かっていた。

 

『ウゲホッ、ゴホォッ……! ヒュー……やっぱり苦しっ……! 息つっら……!

 え、っと……、サクモ隊長(たいちょー)から、伝言が、きてまっす!』

「「「……………」」」

 

 現場の人間が無言で、包帯少年を見る。

 ゲホゲホゴホゴホヒューヒューと大きく肩で息をするどうやら味方――のような少年に、月光一族の女性が呆れたように首を振った。

 

「――その声に刀、……貴方、(ヒノエ)ね。――まさかと思うけれど、ソレ、新しい暗部の制服じゃないでしょうね……?

 暗部(貴方)も今回参加していたなんて…。

 猪の面はどうしたの。まさか、任務に忘れたなんて阿保な事していないでしょうね?」

『忘れる訳ないでしょ! そこまで鈍間(のろま)じゃないでっす!』

 

 少年はコミカルな動きで手をあげた。

 確かに、よくよく見ると、肩が出ている服に黒い手甲。左上腕に渦を巻く刺青。――少年の首から下は、木ノ葉隠れの暗部の恰好と同じだった。背中に背負う刀は、目の前の月光一族の女性と似た系統のものだ。まあ、身振り手振りが大きいので、二人から受ける印象は正反対だが。

 

 ひとしきり、ギャーギャー言った後、少年の声の質が少し変わった。

 ――何となく、霧が立ち込めてきている気がする。聞こえにくくなった会話に対して、聞かなければ(・・・・・・)と、私は耳をさらにチャクラで強化した。

 

『…………だーかーらー。……ってば。

 あー、でも、……とは言うものの、仮面がなくなったっという点は同じですかね。

 

 恥ずかしながら、少し、帰り道で色々ありまして。

 ――仮面、割られちゃいましたぁ』

 

 『何とか撒いたんですけどね』と頬――と言うより、頬の部分の包帯を掻く少年に目を向ける。

 落ち着いてみると、少年の包帯は顔面だけではなかった。肩や腕にも雑ではあるが包帯を巻いて(応急処置はして)あり、所々血が滲んでいるのが目に入る。割られた、との言葉に場の空気が重くなった。

 

「――特徴は?」

『使用忍術は、土遁。雷遁も少しですかね』

「何処の忍かしら?」

『……額当ては“草”っす。一応。

 これ以上の情報は上層部(うえ)に報告するまでは有料にしときます』

「…………」

 

(草隠れ?)

 

 草隠れ(彼等)は木ノ葉隠れとは、一応同盟関係にあったはずだ。

 今回の作戦の舞台(戦場)となったからか、それとも別の理由があるのか。――それとも、襲撃犯は、別の里の者なのか。

 黙る周囲の忍の前に、包帯少年(ヒノエ)は、ぼやき声をあげた。

 

『……今回の件自体、違和感しかないっすよ。

 そもそも、何で“草隠れ”で“霧隠れ”の中隊と殺り合ったのか。

 霧隠れの奴が中立地帯(あんなところ)にいるっていう情報も――誰が、何処からを仕入れてきたんでしょうねぇ?』

「…………」

「それは、俺等が暗部(お前等)に聞きたいんだがな……。

 今回の件だけで“草”と“霧”が手を結んだと考えるのは、余りにも短慮だろう。

 軍事力、位置……、霧隠れの奴等は、“草”と言うよりは寧ろ……」

 

 中年の忍――白雲一族の上忍は、「まあいい」と言葉を切った。

 それに対して、包帯少年もわざとらしく声を明るくする。

 

『まあ、ヒノエちゃんは、最近暗部入りした新人(ド末端)なんで、情報が下りてこないだけかもしれないっすけどね。

 追加の情報待ちしか出来ない、ぺんぺん草ですから。もしくは路傍の石ころさん。

 包帯はあれですよ、心遣い。暗部でのボクの方向性もどうなるのか決まってないんで、一応顔は隠しとかないとマズイっしょ。

 なんせヒノエちゃん大人気なもんで。好かれたくない土の下の連中にも、好かれちゃったみたいで困っちゃうんですよねー』

「八方美人もほどほどにしないと、何時か刺されるわよ。

 それで、……その恰好なのね。変な所で雑と言うか、マズイのは貴方の頭かもとは思うけど、まあいいわ。

 サクモ隊長はなんて?」

『相変わらずの毒舌!

 容赦ないなあ、月光上忍(ツクヨ姉さん)! もうちょと褒めて下さいよー。

 ……とまあ、軽口はここまでにしておいて。

 

 サクモ隊長からは、これだけです。――“偽装ノ可能性浮上、深追イ禁物”との事』

 

「「「!」」」

 

 皆の瞳が鋭くなる。

 

「どういうことだヒノエ。向こうで何か解ったのか?」

『その問いに対するボクの持っている答えは、“知らない”、です。

 鷹便は多少の暗号化はされていましたが、端的な言葉のみでした。

 ――それに。ボクも、元々任されたのは別の任務なんですよ。たまたま手が空いた所を助っ人要請されただけ。やった事と言えば、向こうの部隊と合流した後の護衛任務(お手伝い)くらいで――概要どころか今回の件の一割も把握していないと思います。

 寧ろ、そんな助っ人要員が、帰り途中に鷹便(緊急連絡)なんて貰っちゃったんで驚いてますよ』

「なるほどな…」

『それと』

 

 ヒノエは言葉を区切った。少しだけ躊躇ったあと、『これは敵の情報じゃないし』と頷いた。独り言だと前置き、声を低くする。

 

『――――ボクが襲撃を受けたのは、鷹便が届いた直後です』

 

 それはまた、何と言うか。タイミング的に出来過ぎている。

 沈黙が横たわった。白雲上忍が溜息をつく。

 

「――――。任務ご苦労。伝言、確かに受け取った。しっかり身体を休めるように」

『はあい』

「あと――俺も独り言だが。情報提供感謝する」

『…………ボク、耳悪いんで。何言っているか全然聞こえねーや』

 

 じゃあ、報告があるんで、と言い、暗部の少年(ヒノエと呼ばれた忍)は、一度月光上忍を見た後、消えていった。

 白雲上忍に、皆の視線が集まる。

 

「どうしますか」

「………。うるせえ坊主(ヒノエ)からの伝言、その上、伝言(ソレ)をよこしたのが仲間想いのサクモさんだからな…。残念ながら警戒しない理由がない。

 大した情報が出なかったのは惜しいが、一旦終了とする。――敵の捕虜(コイツ)は里には入れずに、場所だけ移すぞ。

 次の集合先は、里外拠点――南西部ノ伍。

 それまでは月光上忍(ツクヨ)、お前が隊長として動いてくれ。里外任務で疲れている所悪いが、もう少し頼んだぞ」

「了解」

 

 白雲上忍はそのまま、父にも任務の継続を依頼した。

 快く肯定する父に、安堵の息を漏らす。

 

「すまないな。木ノ葉警備部隊の方にも此方から連絡はしておく」

「ありがとうございます。――ここまで乗った船です。最後までやりますよ。

 …………ただ」

 

 父は写輪眼を解除せずに、敵の忍を見据えたまま、ぽつりと呟いた。

 

「背後で私欲を抱えた、変な鳥が飛んでなければいいんですけどね」

「ああ、――全くだ。鷹なのか、鳩なのか。それとも大穴で鳥以外の生き物(どちらでもない)可能性もあるか。

 やれやれ、怪しいのは里の外だけで十分なんだがな」

 

 ハア、と白雲上忍がついた溜息は、やけに重く私には聞こえた。

 

 

 

 父たちは、暗部の少年を見送ると、場所を移動するために、それぞれ月光上忍を中心に準備を行い始めた。

 白雲上忍が里の中に戻っていく。その姿は、直ぐに霧の中に見えなくなった。

 

 自分を落ち着かせるため、ほう、と深く息をつく。中上忍たちの警戒による周囲の緊張した空気に中てられてか、やけに小寒く感じた。身体には、鳥肌がたっている。

 

 よし、私もその場を離れよう。少しは身体の強張りも解けた。木を降り、里の方に向かおう――として、何故か”あ・うんの門”の方へ足が向かっているのに気が付く。

 

(……なんで?)

 

 私の身体は勝手に動いていく。忍者学校(アカデミー)生なのに、と、ふわっと頭をかすめた疑問は、気が付いたら消えていた。

 

 ――そうだ、父に、小包を届けなくては。

 

 出来るだけ足音を立てず、門番の男に近づいた。皆の任務を邪魔しないように、気配をできるだけ殺す。うん、いつもより、上手に(・・・)できた。そして、門番の服の裾を引き、父を指さし、風呂敷を差し出した。声をかけたら気が散ってしまう(・・・・・・・・)だろう。それは、本意ではない。

 

 ――小包を届けなくては。

 そのために”あ・うん”の門に来たのだ。

 

 度重なる手伝いで、顔なじみとなっていた門番は、驚いた顔をしたが、それだけで要件を察したんだろう。近くにいる父を見た後、私の手から風呂敷を受け取った。

 

 ――小包を、届けたんだ。

 

(――ああ、これで私の仕事は終わった)

 

 帰ろう、こんな危険な場所(・・・・・)から早く離れなくちゃ、とまで考えて。――悪寒が走った。

 

 私は、何をしているんだ。

 どうして、こんな――自分の身の丈に合わない場所(戦場)にいる?

 

 急に震えが身体を駆け巡った。

 妙に上手にできた隠形が解ける。突然存在感を増した(異物)に、周りの木ノ葉の忍が視線を向けた。場の空気が、一瞬停滞する。

 

「!」

 

 写輪眼を発動し続け、敵に幻術をかけ続けていたからだろう。その時、父だけが動けた。皆の注意が敵から逸れた(私に向かった)その時に、凍り付いたようにその赤い目を見開き、印を組み替える。

 

 一瞬の事だった。幻術にかかり気絶していたと思われた忍が、突如覚醒したのだ。

 

「秘術――氷遁・万華氷(まんげひょう)

 

 片手印が繰り出される。瞬き一つも立たない間に、数百個の氷の刃が形成され、木ノ葉の忍(味方)へと襲い掛かっていった。拘束していた月光一族の女性(ツクヨ上忍)の首が飛び、鮮血が舞う。鎖鎌が宙を舞った。

 

「土遁・土竜壁!」

 

 カンカカンカンカン!

 

 父の声が響くと共に、三つほどの土壁が出現し、数百もの氷の刃を遮断した。氷の刃の先にいた中忍部隊も壁の後ろに飛び、安全圏に入る。うずまき一族の青年が動いた事で封印術が緩み、敵の拘束の一部が外れてしまった。

 

 ――ニヤリ。

 

 霧の忍は口元を歪ませ、片手印をそのままに、手を横に振った。途端に放射線上に飛んでいた氷がその進路を急転換する。

 一部は曲線を描き、さらに一部は折れ曲がり、土の壁の側面を飛び越え――木の葉の忍に襲い掛かった。

 

「ギャアアアアアアア―――ッ!」

 

 叫び声が木霊する。中忍たちが赤く染まり、倒れていく。そして、恐ろしい事に、倒れた忍たちは、その後次々と氷化していった。

 

「あ……!」

 

 ぞくり、と背筋が粟立つ。目の前の光景が理解できなかった。

 深い霧の中に、氷像が出来ていく。倒れるその中に、混じるのは血臭だ。

 重い、冷たい。そして、息をするのも苦しい。身体が震えて、自分でコントロ―ルが出来なかった。

 

 敵は、幽鬼のようにゆらゆらと身体を起こした後、私を見て口元を歪ませた。片手印が組みあがると同時に氷が浮かび上がり、数十もの破片はそのまま目に見えないスビートで私に飛んでくる。

 

 勿論の事、私は反応出来るはずもない。自分に吸い込まれそうになる氷のつぶてを見切る事も出来ず、ただ、死が迫っている事だけ辛うじて感じ取り、硬直する。

 

 その時だった。――“何か”がもの凄い勢いで、私と霧隠れの忍の間に入り込んできたのだ。

 

 ぴちゃり、と音がなる。

 生暖かい何かが頬を滑る。

 

「――だいじょうぶ、か? ホノカ」

 

 私を抱きしめるようにして、父が苦しそうに微笑む。

 見知った匂いと、見知った体温を、錆びついた臭いが浸食していく。

 

 ――少し遅れて、父の背中から、血飛沫が舞った。

 

 立ち込めた重い霧の中。見えたのは、赤黒い血の雨だった。

 



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切って切られた片道切符

 目の前が真っ暗になる。

 信じられなくて、父親に手をのばそうとしたところ、ぐらり、と父親の身体が傾き、横に倒れた。

 パキリ、パキリ。音とともに父の身体が凍り付いていく。

 

「……大した腕だ。あの状態で反応するなんてな。

 仕込みがなかったら危なかった。幻術の腕、土遁のスピード、――そして、写輪眼。

 凄えな。これが“うちは”一族って奴なのか」

 

 倒れた父に視線を向けつつ、敵の忍は、乱れた呼吸を深呼吸で整えようとする。先程まで気絶していたからか、疲労の様子は隠せてなかった。敵は片手印を組もうとし、――不機嫌そうに顔を顰めた。

 軽く溜息をついた後、ソイツは苦無を手に取り、無造作に私の方へと身体を向ける。

 苦無の先端が黒光りする。そこにあるのは、感じたこともない洗練された濃厚な殺気だった。

 

「――――……!」

 

 声が出ない。身体が震える。

 目の前にいる男に、隙という文字はない。――動けない。

 

 だって、どう動いたらいいのか解らない。

 だって、どう動けば正解に辿りつけるのか解らない。

 だって、どう動いたって、この前の男の手の動き一つで殺されてしまう現実(コト)しか――私には解らないのだ。

 

 知らなかった。絶対的な実力差がある人間を前にしたとき、人は、死ぬ以外の未来が見えなくなってしまうということを。

 ――本当に、知らなかった。大切な人が傷つけられると、此処まで頭が真っ白になってしまうなんて。

 息すらも出来ず、立ち呆ける。思考することを、頭が放棄していた。

 

 手足が勝手に震える。頬の横を、冷たい何かが伝っていった。

 

 そんな私を見た敵は、何故か殺気を揺るがせた。頭から足の先まで見た後、どこか戸惑ったような顔で私を見下ろす。

 

「――なんでだよ、小せェじゃねーか。……子供(ガキ)だったのか、お前」

 

 額当ても、してねェのか。

 

 問いかけではなく、思った事が言葉として零れ落ちたようだった。

 黙った敵の忍と視線が交差する。その時に、私も気が付いた。遠くで見た印象よりも、彼は若い。

 

 ひょろっと高い背。そこに纏う襤褸切(ぼろき)れのような服。血と硝煙で肌が煤けているのを取っ払ってみると、少年は脱しつつも、青年には届かない、そんな狭間がそこにはあった。肉が付ききっていない細い肢体。肩まで伸びた黒髪で隠れていた頬は、丸みをまだ帯びており、幼さが抜け切れていない。低い声はかすれていて、まだ馴染んでいないようだった。

 

 彼は、私から視線を外し、門の中を見た。

 目が揺れる。その先の向こうにあるのは、木ノ葉の街並みだった。

 

「そうか。――そうかァ。ここも、里だ。……”隠れ里”なんだもんな。

 他の里(よそさま)なんざ、初めて来たが、――家もあるし、店もある。生活する、”人”がいる。

 そりゃ子供(ガキ)の一人くらい、いるよなァ……」

 

 今見える左右で違う色を持つ瞳も、あの時のような幽鬼のような印象は既にない。

 遠目で見えた紅くおぞましく光った片眼は、今は梅鼠色に濁っていた。視力を失ったのか、そこにはもう光を灯してはいない。

 彼は、複雑な感情の瞳に乗せ、静かに口元を歪ませた。

 

「ああ、クソ。俺が使ったのは――――忍でもねェ”子供(ガキ)”だったのか」

 

 最期まで、(ろく)でもねェな、俺。

 自嘲混じりの声で呟き、敵の忍は私を見つめた。

 

「なあ、お嬢さん。礼なんざいらねェだろうが、――ありがとな。良い隙が作れた。

 手前勝手の話で悪いが、これは俺の最期の旅路でな。ど派手な花火を今か今かと待ち望んでやがる、碌な義理もねェ上の奴等の言う事聞くのは(しゃく)なんだが……。

 こんなとこまで来ちまったんだ。他の仲間(馬鹿)たちのためにも、仕事はやるよ」

 

 深く男は息を吐く。そして、くしゃりと自分の頭を掻きまわした。

 

「”ごめん”も、”すまねェ”も、言わねェ。

 大丈夫。どうせ俺も、帰れねェ。地獄への片道切符は切られちまったんだ。後ですぐ追いかけるさ。

 鬼事、缶蹴り、雪合戦――好きな遊びでも思い浮かべな。そうしたらちったァ怖くねェから。先に逝っちまった妹もいる。一緒に、あの世で遊ぼうぜ」

 

 先程までとは違う、穏やかな声。寂寥を感じさせる、虚ろがそこにあった。

 

 少年は、静かに目を閉じ、少しして開けた。開かれた硝子玉には、感情という色は削ぎ落されていた。

 敵が苦無に力をこめる。より濃厚な殺気が叩きつけられ、背筋が凍った。

 腰が抜けそうになり、ヒュウっと息が漏れる。――その時だった。

 

 敵の苦無が、下から飛び上がった何かによって弾き飛ばされた。キン、という音がして、あらぬ方向に飛んでいく。

 

「――――アアアアアアァ!!」

 

 敵が叫び声をあげ、頭を押さえた。

 倒れていた父が、手裏剣を投げたのだ。氷の浸食がまだ及んでいないその顔には、赤い瞳の中で三つ巴が浮かんでいた。父は、荒い息をそのままに、敵を睨み付けながら一言だけ叫んだ。

 

「――――いきなさい!!」

 

 稽古時よりも鋭い、張り詰めた声に、身動きできなかった身体が動き出す。

 弾かれたようにして、そこから飛び出した。先ほどまでが嘘のように、里の外へと走り出す。

 

 精一杯手足を使い、男から遠ざかった。里から離れるようにして、駆けていく。

 ザクリザクリ、と苦無が突き刺さる音。男性の呻き声。背後から聞こえるその声に悲鳴を飲み込んだ。――父の声だ。

 

(――おとうさん!)

 

 涙が零れ、息が引きつる。足を止めては、ならない。

 

 走って。走って。

 必死に地面を蹴り飛ばして。

 

 我武者羅に走っていたが、その逃避行もすぐに終了した。

 

「あ、ぅぐ……!」

 

 足に衝撃が走り、前に倒れた。敵の手裏剣によって、左足の脹脛(ふくらはぎ)を切られる。ゴロゴロと転がり、全身を擦った。

 何とか立ち上がろうとして手に力を入れると、自分の身体の横に急に気配が現れた。腹を蹴っ飛ばされ、さらに地面に這いつくばる。私の目の前には、ふらついた霧隠れの忍が、肩で息をしながら苦無を片手に立っていた。頭を押さえ、苦々しい表情だ。

 

「ハァ、ハァ、…っクッソ…。痛ってェな…。

 まったく、本当に良い腕だ。あのオッサン、死にかけの癖して、遠慮なく揺さぶってくれやがって…。

 チャクラももう素寒貧ってのに。しかも、クソいらねえ置き土産までついてくるときた。動きにくくて仕方がねェ…」

 

 倒れている背中を見られた。そこにある団扇の文様に、敵は目を鋭くさせる。

 苦無の先が、私の頭に向いた。そして、私の顔を見て、何かに気が付いたのか、敵は父をちらりと見た。

 

「そうか、……納得いった。そりゃ死に物狂いで揺さぶるわ。お前さん、”うちは”の血族()か。

 じゃあ、ダメだな。もとより生かしておくつもりはなかったが、仲間の為にも生かせねェや。

 優秀な血を引いたことを、忍にしかなれねェ自分を――恨むんだな、クソガキ」

 

 静かな温度の無い瞳とぶつかり、ひくり、と喉が鳴る。

 

 本当に自分に悪態しかつけない。早くから忍者学校(アカデミー)に通った所で、成績がある程度良くたって、何もできやしないじゃないか。

 過りかけた走馬灯。ふと、此処で。――父の言葉が頭の中をよぎった。

 

『オビトを――よろしくな』

 

 ――そうだ。

 

 ツンツンと跳ねた頭が、ゴーグルに喜ぶ幼い顔が脳裏に浮かぶ。

 私は此処では死んじゃいけない。だって、そうしたら、あの子が――オビトがひとりぼっちになってしまう。

 

『まってるからな、ねーちゃん!』

 

 ヤクソク!と笑うのは、今の弟だ。

 

 ――そう、私は約束した。

 

 出来る事を、しなければ。

 たとえ、死ぬのがほぼ確定していたとしても。生きる可能性がゼロに近くても。

 

 それで、生きるのを諦めたら、待っているオビト(あの子)に絶対会えない。

 

 約束した。そうだ、約束したのだ。

 

(――――生きなくちゃ)

 

 震えていた手を、押さえつけるように握りしめる。その時、何かの歯車がカチリと、合わさった音がした。

 

 目が、目の奥が、熱くなった。反比例するように、頭の中はさえわたっていく。

 瞳がじわりと彩られていく。筋肉の動き、チャクラの流れ。敵の呼吸と、その動作。一気に叩きつけられる情報量が増えていく。

 

「じゃあな餓鬼。――先に渡ってな」

 

 敵の言葉と共に、苦無が放たれる。――同時に。赤の瞳に巴が形を成していく。

 かなりの速さのはずのそれが、驚くほどスローモーションに此方に向かってくるように見えた。

 

 ――捉えた。

 

 回る。回る。回りだす。

 くるりくるり、くるくると。不完全な巴が動き出す。

 視界が、脳がうなりをあげた。測定、観察。計測、調整。――完了。

 苦無の到達までは恐らくあと2秒。自前の(五歳児の)脚力だと、苦無を避けるのには間に合わない。

 

 ――なら、やることは一つだけ。

 

 印を結び、視認できるようになった自分のチャクラを一瞬でくみ上げる。足にありったけをつぎ込んで、地面を蹴った。脹脛の痛みは既に気にならなかった。チャクラコントロールなんて、二の次だ。暴発でも動けばいい。――それに。

 おそらく、今の『視える状態』なら、チャクラは今までより上手に使える。そんな確信があった。

 バシっと足元から鋭い音が響き渡る。吹っ飛ぶ形で、思いっきり横に飛びのいた。

 

「――なんだと!?」

 

 避け切れず、左頬を苦無が切っていた。浅くはないが致命傷じゃない、と脳が冷静に判断を下す。なら、問題はない。敵の声を背に、そのまま転げるようにして走り出した。足に足に。普段の倍以上のチャクラを練りこみ地を蹴り飛ばす。

 不格好だが、明らかに以前までと違う速度だ。離れなければ――生きなければ。約束を、(たが)える訳にはいかない。

 

 必死に走った時間は短かった。――だが、どうやらこれが私の命を取り留めたらしい。

 

 相手の忍が私を掴み上げようと手を伸ばすのと、応援に駆け付けた仲間(木ノ葉隠れの忍)が敵の背中を切り裂いたのは、ほぼ同時だった。左肩から一直線。白刃とともに、美しい真白な刀が閃きながら空気を割く。

 限界を迎えた足に力が入らなくなった。小石に躓き、地面を転がる。必死に呼吸をし、身体を起き上がらせようと力を込める。

 木ノ葉の忍は、敵を蹴り飛ばし、周囲の惨状を見て顔を歪めた。

 

「ああ、クソッ……! なんてことだ! ウルシマル、医療班に連絡を!

 君、怪我は大丈夫か!?」

 

 ウルシマルと呼ばれた忍犬(パグ犬)が了解の意を告げ、その場から走り去っていく。

 力強い腕に抱き上げられた。痛みに呻くと、全身をさっと見られたのが解る。

 

(――――ぎんいろだ)

 

 ふわふわと揺れる、太陽もないのに、鈍く光っているような銀の髪。

 視界の端で揺れる逆立った髪に目を見開く。次いで見えた黒い瞳とその顔立ちに、一人の名が浮かんだ。

 私の顔を、目を見て、その男も目を見開いた。「その瞳は…」と、かすれた声が漏れる。

 

「ハハ……、痛ってェな……。流石、早ェーな、白い牙さんよォ……。

 ……アンタが此処にいるって事は、向こうは、終わっちまったのか」

 

 ヨロヨロと少年が起き上がる。口の中の血をペッと吐き捨てて、白い牙――はたけサクモの方に身構えた。

 

「そっか、終わっちまったか。

 ……まァ、でも。これで良かったかもしんねーや」

 

 白い牙の腕の中にいる子供()を見て、敵は少しだけほっとしたように口を緩ませた。敵意が薄れ、先程よりも少年めいた顔になる。

 私を抱えこみ、刀の切っ先を向けるサクモさんを彼は見つめた。

 

「残念だったな。誤魔化されてしまったが、もうお前たちの狙いはバレたぞ。

 時機に木ノ葉の応援(仲間)が到着する。知っている事全て吐いて貰うよ」

 

「――はは、馬鹿じゃねーの。帰る(戻る)場所もねェ俺から、一体何を知りたいんだ。

 アイツが吐いた(ゲロった)んなら、知ってんだろ。俺の役目は、アンタ等の結界を破る花火になってくる事だけさ。それ以上、吐ける情報(コト)なんざ何一つねェよ。もう、なんもねェんだ」

 

 ははは、と嗤いながらも、途中で彼は痛みに顔を顰め、ぐらり、と身体を揺らした。敵は――少年は、立っているのも辛いのか、膝を支えにしゃがみこむ。

 膝をつき、傷ついた左肩を抑え、低く呻いた。口元が歪む。

 

「もっと背景を知りたいなら、お前さんの大将――の相方って奴に聞いてみたらどうだい? ………なんてね。

 いいさ、好きにしろよ。もう、なんも残ってねェ。なんも、ねェんだ。碌でもねェ仲間(馬鹿)たちも、唯一の――最後の最愛も。ちょっと前に零れ落ちた。

 

 ……俺の大事なモンは、皆、川向こうにいっちまったよ」

 

 もう、何を恨んでいいかもわかんねェや。

 そうくすりと少年はわらった。警戒を残しながらも、その言葉に押し黙るサクモを見て、霧の少年は可笑しそうに声をあげる。

 

「どうしたんだ、白い牙。あの戦場での殺気は、俺たちを震え上がらせた闘気は、そんな軟なもんじゃなかった筈だ。

 木ノ葉の英雄なんだろ? ――一騎当千の忍なんだろう。何で、そんなアンタがそんな間抜けな(ツラ)をする。

 

 こんな世の中だ。――関係ねェ他人の、知らねェ何処かの、ありふれた不幸の一つだろうが」

 

 俺等がつけた傷でも開いたか、と霧の少年は問いかける。茶化すような内容の癖に、その声は酷く穏やかだった。

 年不相応に静かな少年の語りに、サクモさんの腕に、力がこもった。唇がすっと引きのばされる。

 

「――ありふれていたとしても」

 

 落ち着いた低音が、鼓膜を揺らす。

 

 

「不幸は不幸だろう。痛いものは痛いように。不幸は、――辛いさ」

 

 

 決して大きくはない声が、はっきりとその場に響いた。

 

 サクモ()の言葉に、少年は目を見開いた。少年とサクモの視線が交差する。

 静けさが横たわる。そんな中、少年の言葉がポツリと落ちた。

 

「不幸は、――辛いのか」

「誰でもな」

「痛いものは、痛いのか」

「ああ。経験した者だけしか、”全て”は解らないかもしれないけれどね。

 (にが)みも、苦しみも、全て抱えるのが痛みなら。――それを大事とし、手放さない”君”は、痛くない訳ないだろう」

「そっか。――そうか。なあ、アンタ」

 

 言葉が切れる。

 

 

「俺の話で――――アンタも痛いのか」

 

 

 白い牙は、その言葉には答えなかった。ただ、近くにいた私は、その黒い瞳が何かの感情を写したのが見えた気がした。

 口を結び、そして、歪め。もう一度「そうか」と少年は呟いた。

 

「――は、ははは。笑っちまうよ。アンタさ、あんなに凄ェ忍なのに、変、つーか……アレだ、不器用だな。そんなんだと、いつか足元、掬われちまうぞ。はは、おっかしいや」

 

 軽快な声が空気を震わせる。寒々しいそこに、温度がある声が響いた。

 暖かな声に混じって、カラン、と音が反響する。少年が手にしていた苦無を放った音だった。

 

 

「白い牙なんぞが、こんな俺を――痛んで、くれるのか。なら、もういいかなァ。

 

 ありがとう。最期の敵がアンタで良かった」

 

 

 白い牙が慕われる理由が解った気がするよ。

 そう、少年は微笑んだ。

 

 若木のような骨ばっていない手が、印を結んだ。霧が少しずつ晴れていく。凍り付くような寒さが少しずつ薄らぎ、周囲の景色が顔を出した。

 空にあるのは相変わらずの曇り空だ。それでも、それを柔らかな顔で少年は見つめる。

 

「痛くない最期(終わり)が、欲しいかい」

「――いいや」

 

 少年は首を振る。そして、曇天の下で、澄んだ色の片目を瞬いた。

 

(これ)以外の道はなかった。――でも、それでも”俺”は霧の忍なんだ。

 血まみれの碌でもねェ思い出に、上には血継限界(生まれ)で虐げられてばっかだったが、それでも地獄(そこ)で似たような仲間(馬鹿)粗末な(不味い)飯食って、空笑いでも笑って此処まできた。

 なら、今更だ。俺だけ仲間外れはやだよ。最期まで泥船に乗って、一緒に沈むさ」

 

「――そうか」

 

 少年と英雄の視線が交差する。そして、お互い口元に笑みを浮かべた。

 

「なら、さよならだ」

「ああ、――じゃあな」

 

 交差していた視線が外れる。すう、と息を少年は大きく吸った。

 パン、と強く柏手が打ち鳴らされる。湿った空気を勢いよく切ったその音とともに、少年の身体から大量のチャクラがあふれ出した。

 対峙するサクモも、自由な方の片手を使い、ベストから巻物を取り出した。チャクラで生まれた空気の流れが次第に暴風となり、二人の間を渦巻いていく。

 

 気温がどんどん下がっていく。周囲の木もパキパキという音を上げ、氷ついていった。

 

「上手に守れよ、白い牙! ど派手にいくつもりなんでよォ!

 男の死に様(仕舞い)くらい、恰好つけさせてくれや!!

 一発だけのドでかい花火、一世一代の大舞台。演目『散り際』、観てってくれよな!」

 

 片手印を結び、敵はニヤリと悪ガキの様に笑う。少年らしい、無邪気な悪戯気な笑顔だった。襤褸となった上着を脱ぎ棄て、高速に手印を切っていく。

 露わとなった少年の身体の上に文様が浮かびあがり、薄氷色のチャクラが走った。練りこまれていくチャクラ量は、弱った身体の何処に隠し持っていたのかと思われる程膨大だ。少年の発言通り、周囲を巻き込むドでかい一発が来るのだろう。

 

 瞬時にサクモは、両足にチャクラを練りこんだ。瞬身の術を使い、その場から一気に距離を取ると、私を横に下ろし少年に向き直る。

 取り出した巻物に自分の血を擦りこむ。両手印を結び、地面に押し込んだ。ブン、と音がして周囲の地面にチャクラが走っていく。

 

 遠く離れた二人を見て、少年は安堵したように笑った。

 

 

「――生きろよ。餓鬼」

 

 

 届けるつもりもない言葉を呟き、少年はその双眸を閉じる。

 

 サクモが結界を張るのと同時に、――結界の中で氷が爆発した。

 

 

 結界が解ける。氷の欠片がキラキラと舞い上がった。

 無事である結界の外、そしてまともな形が残っていない内部。血の臭いもしないかわりに、倒れている人の影すらも、もうない。父の姿も――もう、見えなかった。

 

(――――)

 

 意識が遠のく。空を舞う細氷が、雲の隙間から漏れた僅かな太陽の光を反射する。曇天の空に踊る氷は、雪とは別の幻想さをはらんでいた。

 

 遠のいていく。視界が狭まっていく。

 サクモさんが忍犬をさらに呼び出し、私に言葉をかけていたが、生憎のチャクラ切れだった。意識がブラックアウトし、目の前が暗くなっていく。

 

 

 次に目を覚ました時には、消毒の臭いが身体を包んでいた。

 木の葉病院に搬送された私は、泣き腫らしたオビトと一緒に、改めて父の死を告げられた。

 

 事切れた父は、残った身体も全て一族の者によって、骨まで焼かれ――ただ一つだけ、額当てのみが帰還した。当て布の一部は千切れ、爆風で金属の板は歪んでいた。

 

 

 そして。

 

 後から知ったが、――巴こそ1つでしかないものの、これを契機に私は写輪眼を開眼した。

 

 ――――父の死、という、大きすぎる代償と引き換えにして。




パックンの前任のつもりで書いてます。忍犬って寿命どれくらいなんでしょうね。


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