DIOの父親に転生したけど幸福に生きてみせるぞ (紅乃 晴@小説アカ)
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DIOの父親に転生したけど幸福に生きてみせるぞ

 

 

1800年初頭。

 

産業革命後、目覚ましい進歩を進めたイギリス。そこで一人の男の運命が、今まさに変わろうとしていた!!

 

 

 

 

 

 

目が覚めたらダリオ・ブランドーになっていました。何を言ってるかわからねぇと思うが俺も何が起こってるのかわからなかった。

 

不意に死んだ特典で転生したとか、チート能力だとか、そんなチャチなもんじゃねぇ……もっと恐ろしい片鱗を味わってる最中なんだよなぁ!!!

 

道で転んで頭を強打した結果、俺は前世ともなんとも言えない記憶を取り戻したのだ。どちらかというと未来である。俺がいたのは現代の日本であり、今いるのは1800年初頭のイギリスなのだ!!

 

そして、このダリオ・ブランドー。

 

まだ歳は若いが、俺はこの男をよく知っていた。そして、その真実を知るが故に俺はひどく恐怖した……ッ!!

 

この男は、ジョジョの奇妙な冒険の宿敵、ディオ・ブランドーの実の父親であり、目が覚めたこの世界はまさに「ジョジョの奇妙な冒険」の世界だったのだ!!

 

あんまりだぁああああ!!!

 

よくある転生ものでは、ジョナサンの親友ポジだったり、ディオの友人ポジだったりとかあるのに、なぜよりにもよってディオの父親であるダリオ・ブランドーになっているのだ!!わからねぇ!!俺にはさっぱりわからねぇ!!(スピードワゴン風)

 

ダリオ・ブランドーは作中の1868年、主人公ジョナサンの父であるジョージ・ジョースター卿の馬車の事故現場に居合わせ、金目の物を盗んでいたところ、ジョースター卿が目を覚ましたことから結果的に彼を助けることになった経緯を持つ男だ。

 

その最低最悪を絵に描いたような人間。

 

昼間から浴びるように飲んだくれて体を壊し、ディオが稼いだ金で薬を買ってくると「そんなものを買う金があるなら酒を持って来い!」と喚き散らしたシーンもある。

 

しかも、ジョースター卿の事故に居合わせたのも単なる偶然ではない。

 

事故現場である崖は雨で崩れやすくなっており、よく馬車が落ちる道でもあった。

 

ダリオは事故を見かけるや躊躇うことなく金品を強奪し始めた。よって彼は常習的に窃盗を行っていたのだ。

 

そして晩年。ダリオは死んだ妻の形見のドレスを酒代に変えたことでディオの怒りを買い、東洋の毒薬を盛られて殺されたのだ。

 

息子であるディオをジョースター家の養子にする手紙をジョージに残して。

 

墓石にディオが唾を吐きかけるほど最低最悪の男。それこそがダリオ・ブランドーなのだ。

 

嫌だああああ!!そんな未来に向かって俺は足を進めたくない!!

 

一週間程度、そんな現実逃避を繰り返しているうちに、俺はある着地点にたどり着いた。

 

ダリオが真人間になれば、ディオに殺されることもないし、もしかするとディオも真人間になれるのではないか?と。

 

うん、そうだ。それがいい、というかそれしかない!!俺が生き残る道はそれしかないのだぁ!!

 

そう思うが早く、俺は行動を開始する。宿命の悪役を息子に持つという性を持っているが、俺は幸福に暮らしてみせるぞ、ジョジョおおお!!

 

 

 

 

 

 

さて、ここでダリオ・ブランドーについておさらいだ。俺は現在8歳。ディオが生まれるのが1867年であるが、今は1830年。イギリスが産業革命の影響で繁栄を築き上げている最中の時代であった。

 

世界史と経済を専攻した大学に通っていたおかげか、この年代のイギリスにいられることに感動を覚えながらも、俺は今後のダリオ・ブランドーとしての立ち回りを考えなければならなかった。

 

まず、ダリオだが割と生まれは良かった。

 

というか、あの飲んだくれのダリオが美人な妻を迎えることができていた時点で気づくべきであったが、ダリオは資産家の生まれだったのだ。

 

ブランドー家は、もともとはアイルランドで栽培される馬鈴薯(ジャガイモ)の生産元締めを行なっていた会社を有しており、俺自身もロンドンの貧民街で生活を強いられるような貧しさとは無縁の生活を送っていた。

 

だが、人生というものはそれぞれ定まった運命というものがある。

 

ダリオ・ブランドーがコソ泥というゲスな存在に転落するまでの経緯はおおよそ予想はついていた。

 

ファントムブラッド編……いわゆるジョナサンとディオの因縁が始まる1867年から20年ほど前。

 

イギリスは類を見ない危機に陥ることになる。それはジャガイモの疫病死による不作が、ヨーロッパ全土で起こったことが原因だ。

 

とくにアイルランドで生産される農地については、政府が取った政策が悪く大飢饉が引き起こされることになる。

 

アイルランドの領主のほとんどがイングランド人・スコットランド人だ。領民の救済よりも地代収入を優先し、ジャガイモの輸出を制限しなかった。

 

このためアイルランド内で餓死者が続出、飢饉を逃れるため多くがアメリカ等へ移住した。ジャガイモなどの生産を行っていた元締めは事実上経営破綻に陥り、数多くの資本家たちが路頭に迷うことになる。

 

そこを機に欧州での情勢不安や、覇権争い……強いて言えば第一次世界大戦へと繋がってゆく、まさにイギリスにとっての激動、暗黒時代の幕開けであった。

 

そんな中、俺は父にある話を持ちかけた。

 

今後の経営学を学ぶためにアイルランドの農地の一つを買い取らせて欲しい、と。もちろん今の俺にそんな財力はないので、父を納得させるための資料などを用意し交渉に挑んだ。

 

俺が目をつけたのはジャガイモなどのポピュラーなイモ科の食物ではなく、根菜だ。それを聞いた時の父の反応は予想通り良いものではなかった。イギリス人は土に埋まる根菜類を嫌う節があるからだ。

 

その理由は痩せた国土と慢性化した飢餓、不作が根深い。彼らの歴史は飢えと飢餓で作り上げられてきたといっても過言ではないからだ。その日の食糧を求めて果ては木の根すら齧った過去が、イギリスという欧州に住む人々の心の奥底に眠っていて、故に彼らは土からとれる根菜にあまりいい反応を見せない側面があった。

 

だが、事態は悠長なことを言っている場合ではない。俺はそのためにあらゆるものを利用してきた。父の会社の同僚や重役たち。いわゆる資本家たちに父の息子であるという顔を覚えてもらい人間関係を構築。少ない小遣いをやりくりして資本家たちの息子や娘たちともコミュニティを作り、さらに家族関係という部分でも深く関わりを持った。

 

この時代、仕事上の付き合いよりも家族や親族間での付き合いという考え方のほうが尊重されていた。彼らにとって仕事は金を生み出すステータスでしかなく、どんな親族との付き合いがあるかという見栄えが全てだったからだ。

 

社長子息との関係というものは喉から手が出るほど欲するものの一つでもある。そこを俺は利用した。

 

10代前半というハンデ。子供の考えなどと下手に見られる不安はあるものの、できる限りの下準備と資料を準備して父にかけあった結果、アイルランドの農地の一部を買い取ることができたのだ。もちろん、費用は全額ローンで。利子は父の寛容な心でなんと無しだ。

 

そんなわけで土地と資金を得た俺は手隙の農夫を雇い仕事を始めた。

 

スィードやターニップ、ニンジンのような形をしたパースニップなど。イギリスでは不人気なカブやセリ科の野菜の種を買い叩いて買い占め、栽培。ジャガイモよりも強く、そして土地の肥沃度が低くとも栽培可能な根菜類は水まきと雑草処理さえ徹底すれば余程のことがない限り枯れることはない。それに連作障害などの危険も少ないため他のジャガイモ畑に危害を加えることもないのだ。

 

さて、根菜の栽培が本格始動したとはいえ根菜を嫌う相手に売っても安く買い叩かれるか、そもそも話の場に座らないこともある。父も無駄金を使って作るよりさっさとジャガイモに移管しろと遠回りに言ってきているが、そうしたらここまでの苦労が無駄になってしまう。

 

というわけで売り先をイギリスではなく、別方向へと広げた。いわゆるアイルランドでの食糧自給力の強化だ。

 

ジャガイモの多くは国外へと輸出されるため、アイルランドで働く現地従業員が手にする物は必要最低限。来たるジャガイモ飢饉で真っ先に苦しんだのは生産している農家の人々だ。

 

故に、彼らの自給率を上げるため根菜を積極的に食べてもらう。俺は収穫した根菜類を調理し、現地スタッフへと振る舞う習慣を作った。社内従業員と言っても、その数は侮るなかれ。数百人規模の従業員を抱えているなんてザラで、多いところでは千人規模の農夫を抱える資本家もいるほどだ。

 

それに昔は時給10円なんて生活が当たり前なので、食事もかなり質素。食えればなんでもいいくらいの食事も当たり前のようにあった。よって、俺は福利厚生の一環で通常より低い値で昼食と夕食を提供するようにした。

 

出金はもちろんあるし、父からも不興を買ったが未来への投資でもある。それに根菜というマイナスイメージが強い食文化を受け入れてもらうと思うのならば多少のマイナスに目を瞑る必要もあるだろう。

 

結果、根菜類のシチューやキッシュがバカ受け。元々ジャガイモのようなイモ類よりも栄養価が高く味わいも深いものだ。最初は敬遠されていたが、気付けば根菜類の食事がかなり受け入れられるようになっていた。

 

そして農夫同士の繋がりでアイルランド内で根菜の噂が広まり、ジャガイモよりも安価であるということで内需が増え、俺は得た利益から余った農地を次々と買い占めて根菜畑を増設。アイルランドはジャガイモの生産地であると同時に根菜の一大生産拠点として発展してゆくようになったのだ。

 

 

 

 

 

その時、ダリオ・ブランドーは気づいていなかった!!

 

アイルランドで起こる飢饉が根菜によって緩和されたこと、そして後の世で欧州では珍しく根菜が広く受け入れられるアイルランドの文化基盤を築き上げていることなど、彼は知る由がなかったのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、1845年からジャガイモの疫病は緩やかにはじまっていく。

 

多くの資本家たちは疫病による食料不足を当初は軽んじていたが、一年後に事態は深刻さが増した。地代を優先した資本家たちの意に反してアメリカや他国に移住する農夫たちが激増。結果的に生産が立ち行かなくなり経営破綻する資本家たちが続出し、ロンドンは世紀の大恐慌に見舞われたのだ。

 

路頭に迷う資本家たちや、仕事を失った者たちで溢れかえり治安は悪化の一途を辿る。

 

そんな中、ブランドー家が経営する会社はなんとか継続できていた。理由は俺の作る根菜の売り上げと、趣味で始めたあるものだった。

 

蒸気機関というものがある。これは1600年から1800年に発展した人類が開発した動力機関のひとつだ。

 

簡単に説明すると熱した水から生じる蒸気で圧力をかけ、ピストンを動かし、そして冷却し液体に戻る作用を使って進めたピストンを引き戻す仕組みとなっている。

 

圧力容器と貯水タンク、なにより熱エネルギーを生み出す炉の大きさによって出力は幅広く変動するのだが、俺が作ったのは「小型の蒸気機関」だった。

 

と言っても、大人の背丈ほどある小屋サイズ程度になるのだが、これでも小さくなった方だ。原料は水と木炭または薪。定期的なボイラーの点検と水の補充は必要だがそれさえすれば動力源としては申し分ない。

 

ことの始まりは知り合った資本家が抱える技師との出会いで、彼の語る夢物語に俺の未来の知識と蒸気機関の原理が悪魔合体した結果、小型の据え置き型蒸気機関が発明されたのだ。

 

電気などはまだ普及していないので農業用水などを汲み上げるポンプの動力源として使用されているのだが、これを応用した代物がイギリス国内で関心を集めていた。

 

組み上げた水を循環させて排出する機構を応用し作り上げたのが水洗式トイレなのだ。1800年代のイギリスの下水衛生観念は最悪であり、貴族の使うトイレも基本的に汲み取り式で貧困層にもなると道端に排泄物が溜まってるなんてこともしょっちゅうだった。

 

そこで俺は英国貴族らに水洗式トイレを紹介。維持費は高いが最新技術である蒸気機関と新たな生活様式に興味を抱いた貴族の間で水洗式トイレがバカ売れした。

 

当時は下水道整備の進みは遅く、とりあえず排泄された汚水は敷地内に掘られた溜池に貯められる形となり、それを汲み取る事業なども展開。

 

ブランドー家の会社はイギリス国内でも有数の企業として伸び始めていた。

 

俺も20代目前。父からは後継として有力視されており、子供時代から付き合いを続けてきた資本家やその家族との人脈もより強固なものとなっていた。

 

今は穀物法が廃止され自由貿易体制が敷かれる世の中になったため、そのビッグウェーブに乗るために社内は忙しくなっている。

 

すでにいくつかのビジネスプランが計画されており、ブランドー家の会社は多くの利益を得る目処が立っていた。

 

そんな最中。

 

俺はある決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

ダリオの秘書はいつものように彼の執務室へと訪れたのだが、その部屋には誰もいなかった。人一倍、時間に厳しい彼が始業時間になっても執務室に現れないことに疑念を抱いた秘書がふと見つけた置き手紙。

 

そこにはこう綴られていた。

 

 

「しばらく旅に出る。詮索不要」

 

 

その日、ブランドー家は空前の混乱に見舞われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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運命に立ち向かう道を突き進む

 

 

チベット。

 

南はヒマラヤ山脈、北は崑崙山脈、そして東に邛崍山脈が連なる自然の要塞で築き上げられた土地であり、その要塞内で育まれた文化はイギリスなどの大国とは違ったものであった!!

 

かつては地球の秘境として数々の謎に包まれていたこの地に、一人の男が今挑もうとしていた!!

 

 

 

 

何も言わずにバカンスだと言って飛び出してきたダリオ・ブランドーこと俺は、今まさにチベットのヌー川をさかのぼった奥地に聳える山に挑んでいた。

 

目的はただ一つ。

 

波紋呼吸法を学ぶためである。

 

波紋呼吸法とはチベットを発祥として伝えられる秘術であり、東洋では仙道とも呼ばれる特殊な呼吸法で人体学にアプローチした学問の一つであると俺は考えている。

 

特殊な呼吸法により、体を流れる血液の流れをコントロールして血中で波紋を起こし、太陽光の波と同じ波長の生命エネルギーを生み出す。

 

この波紋を流すことを波紋疾走(オーバードライブ)といい、用途は攻撃から治癒法、果ては肉体の老化を遅らせるなどと言った様々な使い方が存在している。

 

そして何よりも、太陽と同じ波を生み出す波紋呼吸は、普通の攻撃では倒せない吸血鬼や屍生人を浄化することができる。

 

 

作中、ツェペリ師の師匠であるトンペティ老師がチベットからダイアーとストレイツォを供にしてイギリスにやってきた話がある。

 

だから、俺はチベットのヌー川をさかのぼって波紋を学びにイギリスからこの地へとやってきたのだ。

 

波紋の呼吸を学ぶ。それは並大抵のことではないだろう。素質があり、そして長きにわたる修行の末に身につけられる技術だ。

 

現に、チベット郊外でようやく聞けた波紋呼吸法を伝授する地域の場所だが、そこの門を叩く前に特殊な花を見つけなければならないと教えてもらった。

 

彼は青白い花を渡してきた。

 

その花は摘んでいるというのに枯れていない。その花内部にエネルギーを蓄えている。それが波紋の全てに通じている、と。

 

門を叩く前に、その花を見つけなければ波紋を知る者には決して会えない。ましてや波紋呼吸を学ぶなど絶対的に不可能だ!!

 

この時のために、幼い頃から鍛えてきたつもりでもあるし、重労働も率先してやってきたので原作のダリオのようなデブっ腹ではなく、完全に引き締められた肉体となっている。骨格的にはディオのようで、ちゃんと鍛えていればこのような肉体を手にすることができていたのだ。

 

だが、その試練は俺の想像など遥かに超えていた。

 

青白い花を探してすでに一週間。

 

食料は尽き、体力も限界。崖を越えようとした際に一瞬の気の緩みで手が滑り落下し、左肩が完全に折れてしまっているのがわかる。体も心もすでにボロボロだった。

 

……正直に言えば、俺に波紋の素質があるかなんてわからないし、10年も20年も修行に明け暮れるほど時間的な余裕もない。

 

そもそも、そんなことをしなくても良いのではないかという思いも僅かにあった。ブランドー家は原作のように衰退せず、俺も路頭に迷って貧困に陥っているわけでもない。仕事も忙しいほどにあるし、蓄えもある程度はできた。綺麗なブロンドの髪をした気立てのいい女性とも出会うことが出来た。面影があるからして、おそらく彼女がディオの母になる女性なのだろう。

 

捨てるには多くのものを持ち過ぎていた。いっそ抱えたまま、来るかどうかもわからない運命など気にしないで生きていくという選択もあったはずだ……。

 

 

だが!

 

それに甘んじれば何も変わらないという焦りが俺にはあった!!

 

言葉ではない!心で理解できるような強烈な焦りが俺を突き動かしてきたのだ!

 

アイルランドでの根菜の栽培や、水洗式トイレで得た金という資金は、そのために使うべきだと俺の心が叫んでいた!!

 

故に、俺はこのチベットにやってきた。来るべき、己の運命と向き合うための準備をするために。

 

きっとここで俺の進退がわかる。

 

道を切り開き、己が進むべき道を荒野に示すか。それか立ち止まって酒に溺れるあのようなゲス野郎に朽ち果ててゆくのか!!

 

気がつけば俺は歩き始めていた。途方のない高原を歩き、山を越え、谷を越える。

 

そしてついに、見つけたのだ!!青白い色鮮やかな花を!!その花を一つ摘んだところで、俺の意識は遠のいた。

 

限界を超えて歩き続けてきた。手足も力が入らない。ばたりと青白い花畑に倒れた俺は、青く遠く映るチベットの空をぼんやりと見上げる。

 

意識が薄れゆく中、ふと視界に誰かが映ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。なかなかに鍛え甲斐のある青年のようだ」

 

 

その声で俺は目が覚めた。知らない天井だとかテンプレ台詞を吐く前に起き上がる。簡易的な木枠で作られた寝具の上に寝ていた俺を、焚き火を囲む漢が驚いた様子で見ていた。

 

 

「いやはや、あと1日は寝込んでいるかと思っていたが……」

 

 

戦闘装束に身を包む男。ま、間違いない。彼こそ……俺が探し求めていた……。

 

 

「よくぞ、あの試練を生き抜いてみせた!!」

 

 

パウっ!!という声と共に俺の横隔膜に男の小指が突き刺さる。うぐげぇえー!!悶える声と共に肺から空気が吐き出されてゆく。まるで五分間吐き出し続けるような感覚。覚醒していた意識が再びぐらついたが意地でなんとか意識をつなぎ止めた。

 

 

「ほほう、これに意識を失わずに耐えるとは……ますます見どころがある男よ」

 

 

味わったことのない感覚。と、同時に俺の体に変化が起こっていた。

 

崖から落ちた時に砕けた肩がメキメキと音を立てて修復を始めたのだ。だが痛みはない。身体の中で起こる不可思議な現象に戸惑っていると、目の前にいる漢はふむ、と満足そうにつぶやいた。

 

 

「素質はあるようだな?して、何故に君は波紋呼吸法を学ぼうというのだ?」

 

 

彼は名乗らず、俺にそう問いかけてきた。

 

 

「……はぁ……はぁ……ッ。自らの運命に立ち向かうため……です……!!」

 

「ほう、その運命とは何かな?」

 

「……血統。己の運命の上に生まれてくる子を悪の道に染まらせないために」

 

 

そして、自分自身の道を切り開くために俺は波紋を学ぶべくここにきたのだ。

 

 

「……君は、まさに負の極地。君の歩む道の先には必ず巨悪が待っておる。それは避けようのない真実だ。だが、それでも抗おうというのか?」

 

 

ふと、成長したディオの姿が過ぎる。

 

興味なさげに俺を肩口から覗き見て、唾を吐き捨てて去ってゆく。やがてディオは、人を辞め、人を超え、そして時すらも止める存在となる。

 

それを変えることなど、世界の理を変えることと同義だと彼は言った。変えようと思うことがおこがましい望みなのだと。

 

それでも。

 

 

「俺は、運命を変えるために、ここにきたのです!!」

 

 

そう答えると、波紋の戦士はニヤリと笑みを浮かべて応えた。

 

 

「よかろう、ならば……このトンペティが君に運命に抗う力を授けよう。だが忘れるな。君が向かう真実は変わらないということを……!!」

 

 

 

 

 

 

ブランドー家から失踪したダリオは、5年という月日が流れたのちに、突如として姿を現したのだ!!

 

彼は自身の会社が親族に乗っ取られていることなど気にもしないで、そのカリスマ性と再び時代の先見をした発想で企業を強めていった!!

 

やがて彼は、資本家の令嬢と籍を持つことになり、その伴侶をとても大事にしたそうだ。

 

そして時は流れ……時代は、1867年。

 

運命の夜がやってきたのだった!!

 

 

 

 

 

 

 



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1867年、運命の夜

 

時は流れ1867年。

 

その日は雨が降っており、痛ましい馬車の滑落事故はイギリスの郊外で起こった。

 

 

「へへへ!見ろよ!事故だぜぇ」

 

 

崖沿いに伸びるその道は、雨の日には足場が緩み幅の広い馬車が滑落してしまう事故が多発する場所でもあった。そして足場が取られるほどの幅を持つ馬車を有するのはごくわずか。貴族か、または莫大な資産を持つ資本家くらいだ。

 

その日、運悪く滑落したのはジョージ・ジョースター1世とその家族が乗る馬車であった。ジョージは運良く馬車から投げ出されて一命を取り留めていたが、頭を強く打って意識を失っていた。そして、馬車に取り残されたジョージの妻は生まれたばかりの赤ん坊を庇って死亡していたのだ。

 

ジョージが気絶しているのを良いことに身なりのいい彼らや、妻の死体から金目のものを攫おうとするコソ泥たち。

 

雨が降りしきり、雷が轟く悪天候の中で彼らの非情なる行動が目撃されることなど無かった。少なくとも、彼ら自身はそう考えてこの場所で哀れな獲物が餌食になるのを待ち構えていたのだ。

 

ふとコソ泥が横たわるジョージの元へと近づき彼の手にはめられる指輪に目をつけた。

 

 

「へへへ、この指輪は高く売れそうだ……」

 

 

汚い笑みを浮かべながらジョージの指から指輪を引き抜こうとするコソ泥。止める術などない。止められるはずもない。そう考えていた彼を横合いから差し込まれた手が掴み上げた。

 

咄嗟に掴み上げられた方へとコソ泥は目を向ける。そこには雨を防ぐためにマントを羽織った一人の男が立っていたのだ!!

 

 

「……汚らしい手でその人に触ってるんじゃあねぇぜ」

 

「な、なんだテメェーはよぉ!!」

 

 

力任せに掴まれた手を払いのけて、コソ泥は距離をとった。確か仲間が近くにいたはずだ。相手は一人だ。2人がかりで袋叩きにすれば何も問題はない。そう思って周りを見渡すが、意外!さっきまで共に馬車の残骸を漁っていたはずの仲間はどこにもいなかったのである!!

 

 

「人の弱っている部分に付け込もうなんてな、ゲスな男がやる最低な真似なんだよ」

 

「ギヒッギヒヒヒッ!どうせテメェーも事故った貴族の金品を掻っ攫うために来たんだろうがよぉー!だが、お前はダメだぁ!俺がもうこいつの死体を漁ることは決まってるんだからヨォ!!」

 

 

仲間がどうなったのか。ひとまずどうでもいい。コソ泥は懐からナイフを取り出してマントを羽織る男へ向けた。相手は丸腰だ。警官という風体でもない。命知らずの馬鹿が俺に喧嘩を売ってきたのだ。なら、ナイフさえ見せれば相手は怯むのだとコソ泥の男は考えていた。

 

だが、事態は真逆の方へと進む!!

 

 

「……どうしても立ち去らないと言うか」

 

 

マントを羽織る男はなんと、逃げるどころかナイフを構えるコソ泥と相対するように拳をかまえたのだ。革手袋で覆われたそれは骨ばってゴツゴツした拳のように見えた。だが、なんら問題ない。

 

コソ泥は汚い笑い声を上げた。

 

 

「ギヒヒッ!!お前の手で退かしてみろってんだ!できることならよぉ!!ウボッシャアアア!!」

 

 

奇声のような雄叫びをあげ、ナイフの切先を正面に構えて走り出すコソ泥。それを目の前にして、マントを羽織った男は呆れたようにため息をついて、拳を構えた。

 

 

「やっぱり、ゲス野郎には何を言っても無駄なようだ……無駄、無駄無駄……」

 

 

飛びかかってきたコソ泥のナイフの切先がマントの男の心臓目掛けて振り下ろされた瞬間。

 

目にも止まらぬ速さで放たれた拳が、コソ泥のナイフを握っている手を変形させたのだ。

 

最初は何が起こっているのか分からなかった。

 

だが、鏡に反射する光のように手から痛みが広がった。ナイフを握ることすらできずに金属音を立てて手から滑り落ちる。

 

マントを羽織った男は痛みに硬直するコソ泥を前に深く息を吸い、両手の拳を炸裂させる。それはまるで機関銃、いやガトリングのような暴力の嵐であった!!

 

 

「無駄無駄無駄無駄!!」

 

 

ドコドコドコッ!!体から凄まじい打撃音が響き、コソ泥の顔も体もみるみると変形してゆく。

 

 

「無駄ァッ!!」

 

「アビェエエーー!!」

 

 

最後に渾身の右腕を振りかぶった男はドバァンッという打撃音をかき鳴らしてコソ泥の体を吹っ飛ばした。虫けらが捻り潰された時に出すような断末魔をあげて崖下へと転落してゆくコソ泥を見下ろし、マントを羽織った男は小さくつぶやく。

 

 

「人の弱みに付け込む程度……そんなちっぽけな悪などその程度だ」

 

 

ダリオ・ブランドー。

 

弱冠20歳という若さで波紋呼吸法を習得し、その後は波紋の修行を続けながらブランドー家が所有する会社をイギリス有数のゼネコンへと成長させた男である!!

 

その会社は食品製造はもちろん、彼と技師が開発した小型蒸気機関を足掛かりに自動掘削などの土木建設業界にも進出!影響力を広げ続けてきた!!

 

だが、そんな肩書きなどダリオにはどうでもよかった。どうでもよかったのである!!それらはひとえに、彼の持つ信念と運命に抗うための意思が為した副産物でしかないのだから!!

 

 

「本当の悪人とは、勝ちを磐石なものにし、その結果に笑う勝者のことだッ」

 

 

悪は悪、正しいことの白!その二分された感覚よりも複雑に入り込んだ境地に彼が見た悪人の本質はあった!

 

彼は嘯く。

 

真の悪人とは本質的な善人であり、強者であると。力で望むものを奪えばそこには無駄な争いが起こる。ならば、望むものを手放すよう相手を仕向ければいい。相手が納得して手放したものを手に入れればいいのだ、と。

 

そして、その信念は彼の数奇なる運命に立ち向かうための原動力に他ならなかった。

 

 

「ダリオ様!」

 

 

コソ泥たちをぶっ飛ばしたダリオの下へ傘をさした令嬢がやってくる。

 

セシリア・ブランドー。

 

彼女はダリオの妻であった。ついてくるなと言っていたが居ても立っても居られなくなったのだろう。近くに止めている馬車から降りて、彼女はダリオの下へとやってきたのだ。

 

 

「セシリア、ここは危険だから待っているように伝えただろ?」

 

「貴方が心配で……それにこの事故は……」

 

 

セシリアがいうように、ダリオがいた場所は悲惨そのものだった。セシリアは馬車の中で赤ん坊を庇って亡くなっている女性に手で十字を切って安らぎを願った。

 

 

「きっと、赤ん坊を庇ったのね……立派な母親よ」

 

 

赤ん坊を抱くセシリアを横目に、ダリオは横たわるジョージ・ジョースターの元へと向かう。近くに屈んで彼の状態を見る。息はあり、脈もしっかりとしていた。するとジョージはハッと意識を取り戻したのだ。

 

 

「こ……ここは……馬車が落ちて……どうなったのだ……」

 

「意識が戻られたのですね」

 

 

かけられた言葉にジョースターの視線が傍で介抱するダリオに向けられた。

 

 

「き……君が介抱してくれたのか……つ、妻と……子供は……」

 

「御子息は無事です。しかし……奥方は……」

 

 

そのダリオの言葉に、ジョージは何が起こったのかを理解した。そして雨に打たれながら静かに涙を流したのだ。だが、その悲しみを抑え込んで、彼は自身の紳士な心と貴族としての役目を優先させた。

 

 

「恩人である君の名前を聞かせてくれないか……?わ、私は再び……意識を失うだろう……」

 

「ブランドー。ダリオ・ブランドーです」

 

「そ、そうか……ブランドー殿。この恩は必ず……」

 

 

そこで彼は再び意識を失ったのだった。

 

ダリオは気絶したジョージを担ぎ上げ、セシリアと共に待たせている馬車へと戻った。そして2人を病院へと運び、ことの顛末をスコットランドヤードへと説明することになる。

 

 

ジョースターとブランドーの出会い。

 

運命の夜はこうして、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 



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運命の夜のその後。

 

 

1867年からしばらく経った。

 

このダリオ・ブランドーこと俺は、運命の夜を境に人生を転落……することなく、順調に事業の拡大と波紋の修行に明け暮れる日々を過ごしていた。

 

まず企業についてだが、完全に父から受け継いだ事業体制は現代の企業方針に則り19世紀の資本企業では考えられないほどシステム化された営業方針を取っている。取締役をはじめ専務、部長、課長などの役職があり、それに応じた報酬を出している。無論、資本家間の賄賂や癒着、コネはあるが、そこまで規制すると彼らからの反感もあるのである程度は見逃している。

 

それを踏まえてもウチの会社の収入は大きいらしく、毎年新規雇用を行う際は何十倍にも膨れ上がった倍率を勝ち抜いてきた新入社員がやってくるほどだ。

 

アイルランドの根菜栽培もかなり手広くなり、じゃがいも疫病が終わる頃にはイギリス国内でも空前の根菜ブームが湧き上がっており、そこからはゆっくりと食卓に根菜のスープやキッシュなどが並ぶようになっていった。

 

さて、企業でも新たに着手していた蒸気機関のポンプ事業であるが、その動力源に目をつけた貴族からの提案で今まで人力で汲み上げてきた運河などの建設業にも起用されるようになり、19世紀のコンクリートの生成や、炭鉱などでの自動採掘、コンベアなど、思いつく限りの仕事に手を出していった結果、イギリス国内でも5本の指に入る大手ゼネコンへと膨れ上がっていた。

 

俺としては「ああすれば仕事になるんじゃない?」と資料と共に提案しただけだし、空いた時間はトンペティ師から教わった呼吸の鍛錬に充てていたので特に何かした実感はないのだが、なんだかんだと企業の代表として籍を置いている。個人的にはさっさと席を譲って悠々自適なリタイア生活を送りたいものだ。

 

さて、波紋の修行なのだが俺は五年間、チベットでの修行期間を経てトンペティ師と袂を別っていたりする。

 

別に喧嘩別れだとか破門だとかではなく、俺がトンペティ師……いや、波紋戦士の宿命を背負えないと断ったのが原因だ。

 

石仮面と柱の男。そしてエイジャの赤石の守護が波紋戦士に課せられる使命であるのだが、俺にも背負うものが多くあるし、生涯をそれに費やすつもりもなかった。

 

同門のダイアーやストレイツォ、そしてジョジョの師匠となるツェペリにも引き止められたのだが、俺は断腸の思いで彼らと道を違えたのだ。

 

無論、企業として援助をするという約束はしたし、今でも交流はある。チベット奥地にあった拠点を改装したり、このイギリスにも彼ら波紋使いの支部を設置したりもした。

 

その代わり、波紋の呼吸修行などで俺も世話にはなっているが。俺に取っては一に私生活で二に嫁、三に企業で四が波紋なのだ。

 

企業の運営と波紋の修行という二足の草鞋を履きつつも、俺はあの運命の夜から歩み続けてきたのだ。

 

そしてあの運命の夜からすぐあとに、妻のセシリアが身篭っているという報告を受けた。運命は変わることなく、1年後に俺は息子を授かることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて、ブランドー家が所有する会社は忙しく従業員が動き回っている。19世紀のイギリス。電話の普及も乏しい世の中で情報というものは握るだけで千財の価値があると言える。

 

この会社には電報部門というものがある。各協力会社や依頼主、飛び地であるアイルランド支部との連絡網を一手に引き受ける専門部署だ。そこからもたらされる金のなる情報を精査した秘書が俺の下へ書類をまとめて持ってくるのが朝の日課だった。

 

 

「ダリオ様、ブリッジウォーター運河の改造計画についてですが依頼主からは大筋合意を頂くことができました」

 

 

ブリッジウォーター運河。

 

これはイングランドにある運河であり、イギリスとの交易に欠かせない海運路となる水路だ。この水路、建設から時間が経つにつれて色々と問題が出て来る場所であり、イギリス政府内でもたびたび議論となる重要箇所でもあった。

 

そこで水路の水位調整を自動化するため、我が社が保有する小型水蒸気ポンプを敷設し、溜池に水を排出する計画が去年から計画されていたのだ。

 

イギリス政府との会議の中、予算の申請や利権を持つ貴族たちの取り分、その他の必要経費諸々の試算をし、あーでもないこーでもないと貴族や政府関係者と幾度も協議した結果、ようやく妥協点を見つけて工事に取り掛かれる目処が立った案件でもある。

 

 

「その件に関してはディオに任せようと思っている」

 

「ディオ様にですか?」

 

 

俺の言葉に秘書は少し顔を顰めた。まぁ当然だろう。俺が言うのは子供に会社の今後を左右するようなプロジェクトを任せると言う意味に等しいのだから。

 

ディオ・ブランドー。

 

運命に沿って、俺ことダリオ・ブランドーとセシリア・ブランドーの間に生まれた男の子であり、今は12歳という年齢になる。

 

秘書の懸念もわかるのだが、それ以上に俺には確信めいた思いがあったのだ。

 

 

「アイツは優秀だし勤勉だ。そろそろプロジェクトを任せて上に立つ者の責任というものを学ばせても良いだろう」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

 

心配性なのか、単にディオに任せるのが不安なのか。どちらでもいいが秘書の物言いでは俺も大概に破天荒な行動を起こしているから反論はできまい。

 

なにせ10代に根菜の栽培を行うために父から農地を買い取ったし、今売れている小型水蒸気ポンプも20代前に技師との悪ノリで開発したような代物だし。

 

 

「ハッ、ではその通りに」

 

 

一礼して出て行く秘書を見送って、俺は自身の執務室から通じる書斎へと目を向けた。

 

 

「聞いた通りだ、ディオ」

 

 

言葉を待ってから書斎の扉が開くと、そこには本をパタリと閉じたディオが立っていた。その姿は原作開始時と相違なく。身なりは生活水準相応になってはいるが顔つきはアニメや原作まんまのイケメンであった。

 

うむ、このイケメンの要素はどこからきたのか……セシリアは俺に似ていると言っているがそんな気がまったくしないし、どちらかというとセシリア似ではないだろうか?

 

 

「本気ですか?父さん」

 

 

くだらないことを考えている俺に、息子であるディオはそう言った。

 

 

「本気じゃなかったらそんなことを言わんさ。お前は私の後継になる者だ。経験はするに越したことはない」

 

 

これがプロジェクトの大まかな計画書だ、と俺と会社の企画部、そして相手側の意向を聞き入れながら3日徹夜で作り上げたプロジェクトのシートをディオに見せると、彼は膨大な情報から必要なものだけ抜きとっていく。

 

 

「……プロジェクトとしては、運河の水量調整用の水蒸気ポンプの増設ですか」

 

「あぁ、地質調査はすでに済んでいるが下手をすれば河川の氾濫もあり得る。ことは慎重に運ばねばならない。故に私が最も信頼を置くディオに任せる」

 

 

信頼、その言葉にディオの顔が少し変化した。すぐにその変化は無くなるが俺は彼の父親だ。そのような僅かな変化を見逃すことはない。だがあえて気付かないふりをした。〝そうやって〟ディオを育ててきたのだ。

 

 

「信頼……ですか」

 

「あぁ、同時に期待もしているぞ?」

 

 

反復するように言うディオに本心で語る。すると彼もにこやかに笑って姿勢を正した礼を俺に向けた。

 

 

「お任せください、父さん。ブランドーの名にかけてプロジェクトを完遂させてみせましょう」

 

「よろしく頼むぞ、ディオ。あと母さんに今日も遅くなると伝えておいておくれ」

 

「わかったよ、父さん」

 

 

言葉を交わし終えてディオが執務室をあとにする。彼の気配が遠ざかるのを確認してから、俺は小さく息をついた。

 

無意識に波紋の呼吸をしてしまっていたのだ。自分の息子であるディオの底知れない野望の片鱗を見たその時から。俺は……息子を、ディオを恐れている。頭ではそうでないと拒絶しながらも体は正直だった。

 

稀に波紋の素質を受け継いで子が生まれると言う話もあって期待はしたが、ディオは波紋の素質を引き継がずに生まれてきた。呼吸からして、彼は波紋を会得することはできない。そう運命に定められているように思えた。

 

彼は生まれながらにして悪党。いつか、スピードワゴンが言った言葉はその通りだった。生まれついての悪党に、育った環境など関係ないと。うまく隠してはいるが、あの張り付いた笑顔の裏には高すぎる理想と大きすぎる野望が眠っている。

 

言葉ではなく、本能や心に語りかけてくるほどの大きさの……。

 

だが、ディオ。それではお前は何も変わらない。運命という道の中で朽ち果てる宿命から逃れることはできない。そして俺自身も……。

 

故に、その悪の性質を俺は変えなければならない。生まれながらにして悪だというなら、その資質が向かう先を変えるしかない。

 

故に、彼は学ばなければならない。手に入れるために奪う、力で支配するという悪のあり方ではない。その本質に目を向けるべきなのだと。

 

奪うのではなく納得させて手放させることが本質なんだ、ディオ。

 

それをわかる時がお前が運命に定められた道から立ち上がる瞬間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ディオ・ブランドーは冷静さを顔に貼り付けながら心は怒り狂っていた。父であるダリオから頼まれた仕事の書類を片手に自分の自室に入ると同時、ディオは持っていた資料を床にぶちまけたのだ!!

 

 

「このディオに舐めた仕事を押し付けやがって……!!」

 

 

何がプロジェクトだ!地質調査はもちろん、すでに河川の氾濫を予測した設置地域のリストすら上がっているではないか!全てが父、ダリオの思い描いた図のとおりに記されている。そこに自分の意思など関係ない。

 

書かれていることを書かれている通りに進めれば、その手段が最善手になるように仕組まれているのだ!そんなものに期待?信頼だと?笑わせるな!!

 

 

「こんな仕事の取りまとめなど、そこらに転がっているガキの使いでも出来るものだ!!」

 

 

内容としては、数億規模の投資が動くプロジェクト。イギリス王家からの要請もある一大プロジェクトであり、今後の社運も関わってくることに変わりはない。だからこそ、ディオはその全てをひとりの力で成し遂げたかったのだ!!

 

 

「その全ては奴の培ってきた全てで賄われているものだ!俺の影響力など微塵もありはしない!!」

 

 

そこに自分の意思などない!与えられたものばかりだ!敷かれたレールに乗り喜ぶほど、このディオは甘っちょろい人間じゃあないのだ!

 

自分の生まれは恵まれているということは自覚している。優しい母も、厳格ながら自分を信頼してくれる父もいる。2人とも、このディオを信じてくれている。それが無性に、虫唾が走るのだ!!

 

だからこそ、ディオはすでに決意していた。

 

 

「全てを上回る。人脈も、金も、知識も全て!!父を上回り、奪ってやる!!」

 

 

与えられた物などに意味なんてない。奪い取らなければ、父を超えたことにはならない!!その決意こそが、ディオの本質であり、彼が生まれながらにして悪だという性質を物語っていた。

 

 

「……ひとまず仕事は進めなければならない」

 

 

はらわたが煮え繰り返る思いだが、任された以上このディオに失敗という文字は存在しない。完璧になし得てこそ、それに相応しい存在として認識されるのだ。何もしないでダダをこねる事こそ、そこらにいるクソガキと何ら変わらないのだから。

 

 

「しかし……この地域は運河の利権関係も絡んでくる話になる。ふむ……ここの利権はジョースター家が握っているのか」

 

 

利権者リストの中に見つけたのは、イギリスの名門貴族である一族の名だった。

 

ジョースター家。

 

その名をディオは聞いたことがある。確かこの貴族は父が命の恩人なのだとか。それ以来、なにかと交流があり、このブリッジウォーター運河の施工企業について口利きを政府にしてくれたのがジョースター家だとも。

 

その名を見つめて、ディオは小さく笑みを浮かべた。

 

 

「ふふふ。面白い、手始めにこの貴族を手中に収め……ゆくゆくは父をも超える人脈と資産を築いてみせるぞ……!!」

 

 

原作とはかけ離れながら、運命は非情にもディオとジョナサンを深く結びつけていたのだ。やがてディオはプロジェクトを任され、その利権貴族との顔合わせの際に、運命的な出会いをした!!

 

 

「君がディオ・ブランドーだね」

 

「そういう君は……ジョナサン・ジョースター」

 

 

 

 

 

 



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ジョースターとの出会い(1)

いつも感想と誤字報告ありがとうございます!!
頑張って更新しました。ペースは維持したい。


ジョナサン・ジョースターは苦渋を味わっていた。

 

本当の紳士になるために挑んだ戦いに完膚なきまで敗れ、痛めつけられ、貶められていたのだ。

 

哀れな少女とそれを蔑み、奪い笑う子供を見てジョナサンは我慢したりだとか、見過ごすことなど出来はしなかった。ノブリス・オブリージュ。持つ者の果たすべき使命に従って、ジョナサンは紳士として、女の子を貶める者たちへ戦いを挑んだ。

 

だが、結果はこのザマだ。貴族であることすら侮蔑される始末。だが、戦いに敗れたジョナサンに言い返す資格も、その格もありはしなかった。

 

耐え忍ぶジョナサンに唾を吐きかけたいじめっ子は、ヤブ医者の娘と蔑んだエリナ・ペンドルトンのおもちゃである女の子の人形を泥水へと放り投げようとした……その時だった。

 

「何をしているのかね?」

 

放り捨てようとしていたいじめっ子の手を、ゴツゴツとした大きな手が掴んでいた。いじめっ子は威勢の良いまま、掴み上げた男を見上げたが、その怒りに似た高揚感はすぐさま消え失せた。掴み上げていた男は山のように大きく、そして岩のように硬い。そんな威圧感に満ち溢れていた。

 

まさに巨漢。しかし無駄な肉はない。研ぎ澄まされた肉体がそこにあるように感じられるほど、その男の存在感は凄まじいものであった。

 

「は、離せよ!!」

 

我を取り戻したいじめっ子が手を振り払おうとするが、まるでそれが当然であるかのように動きはしなかった。あたかも自分の腕が見えない鎖で縛り上げられているような感覚だった。凄まじい力で固定されているような感覚だった。

 

「君は何をしようとしていた?そこの少年を2人がかりで倒した上に、その人形を泥水に捨てようとしていたのか?それはそこで泣いている少女のモノなのだろう?」

 

まるで全てを見ていたかのような言い草だった。だが、ジョナサンは不思議だった。今さっきまであんな偉丈夫はどこにも居なかった。自分がいじめっ子の2人に挑んだ時は確かにここには、泣いている少女と自分、そして相手の2人しかいなかったはずだ。あの男性は一体どこから現れたのか、不思議でしょうがなかった!!

 

「クソが!ジジイには関係ないだろ!その手を離せ!!ボケが!!」

 

あろうことか、いじめっ子は男の顔に唾を吐きかけた。なんて命知らずな行動なのだとジョナサンは内心で恐怖した。隣で卑しく笑う相手の仲間にもだ。あれは勇猛だとか、勇気だとかではない。

 

相手の力を見定めることもできない単なる無謀な行動だとジョナサンは理解していた。

 

すると、腕を掴んでいた男は空いた手で吐きかけられた唾を拭い、いじめっ子の手を離した。

 

「へっ、最初っから離して……」

 

腕が自由になったのも束の間だった。次の瞬間、いじめっ子の顔が乾いた破裂音と共に横へと跳ね上がった。隣で笑っていた仲間の顔が驚愕に染まる前に、その仲間の顔も横へと跳ね上がったのだ。

 

ジョナサンはややあって、唾を吐きかけられた偉丈夫が2人の顔を叩いたのだとようやく気づいた。いじめっ子は叩かれた頬を押さえて狼狽えながら叫んだ。

 

「お、大人のくせに子供に手をあげるなんて!!」

 

「都合のいい時だけ子供のふりをするならば、最初から悪事など行うんじゃあない!!」

 

いじめっ子の抗議を軽々と上回る声量で男は怒声を上げた。

 

「罰を与えずに子供に媚び、へつらうのが大人だというなら私は大人になど何ら未練などない!!そんなものは優しさとは言わない!!単なる自己満足に酔うゲス野郎だ!!」

 

完全に相手の2人は腰を抜かしている。まるでゆらめく怒りのオーラが男から立ち上っているかのようにジョナサンには見えた。そう思えるほどに男の怒りが、2人を圧倒していたのだ。

 

「善悪すらもわからないお前たち子供を、悪さをした者を叱らずして何が大人か! そんな人間に価値などない! そんな人間が大人と言うのなら、誰が間違っているお前たち子供を目覚めさせるのだ!!」

 

その怒りの声に、いじめっ子の2人は普段から味わった怒りや叱りとは違った何かを本能的に感じていた。

 

八つ当たりや憂さ晴らし。普段味わう大人からの折檻はそんな感情が入り混じった怒りであり、2人は子供ながらそんな不純物が混ざった怒りを明確に感じ取っていた。故に、彼らは大人に怒りを覚えた。大人に対して敬意を払わなくなった。そうして、自分たちより弱き者を見下すようになったのだ。

 

だが、目の前の偉丈夫からの怒りに、そんな不純物など存在しなかった。純粋なる怒り。彼らの行いを咎めるためだけの怒りがそこにあった。彼は、彼らの愚かな行いに怒り、叱責したのだ。

 

罰とは憎しみの心から与えるのではないっ!その者の未来をより良いものにするために与えるのだ!!

 

彼は言葉にはしない。だが、2人は……そしてそれを見ていたジョナサンやエリナは本能的に理解したのだ。彼の怒りの本質を。怒りの中にある彼の優しさを!!

 

「ご、ごめんなさいぃい……」

 

気がつけば、いじめっ子の2人は涙を流していた。己の行いが恥ずかしくなったのもある。だが、その優しい怒りを目の当たりにして、2人は初めて自分の犯した過ちに気づき、涙したのだ。

 

男は泣きじゃくるいじめっ子の2人の前へと腰を下ろし、その大きな手で2人の頭を優しく撫でた。

 

「子供はよく遊び、よく食べ、よく寝る。そして学ぶのだ。誰かに優しくできる心や大切さを。誰かの痛みに寄り添える尊さをな」

 

優しさがそこにあった。贔屓などではない。純粋な慈悲と優しさがそこにあったことに、ジョナサンは衝撃を受けた。まるで頭が巨大な丸太で叩かれたような衝撃だった。

 

(し、紳士だ……この人は紛れもない紳士ッ!僕が憧れる人の在り方そのものだ!)

 

自分の目指す理想がそこにいたのだ。ジョナサンはただ黙って、その男を見つめることしかできなかった。彼は2人のいじめっ子を立ち上がらせて家へと帰らせた。なんと2人はエリナとジョナサンに謝ってから去っていった。さきほどまでの粗暴さは一切消えていた。

 

「君がこの人形を取り戻そうとしたのだね?」

 

ハッと、声をかけられた男を見つめる。ジョナサンに微笑むその男の手には、エリナの大切な人形があった。ジョナサンは差し出された人形を受け取り言い淀む。

 

「は、はい……いえ、僕は……」

 

とたん、自分が情けなくなった。何もできず、ただいじめっ子2人にいいように嬲られただけの自分に、今目の前にいる紳士は眩しすぎたのだ。だが、男はジョナサンの肩に手を置き、微笑みを向けた。

 

「誰かの痛みに寄り添い、そのために身をなげうってでも助けに入れる精神は、君の大切な大切な宝だ。大事にしたまえ」

 

その言葉に、ジョナサンは伏せていた顔を上げた。若きジョナサンの中にある黄金の精神を彼は的確に見抜いていた。彼は傍に置いてあった大きめの鞄を持ち上げると、ハットを被って土手を上がっていく。

 

あ、あの!!そう言ってジョナサンは彼を呼び止めた。

 

「あ、貴方の名前は……!?」

 

その問いかけに、紳士は振り返りながら答えた。

 

「ブランドー。ダリオ・ブランドーだ、また会おう。少年」

 

それは間違いなく、若きジョナサンの心に深く刻み込まれた情景となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波紋の修行の一環で、馬車でジョースター家に向かうディオと別れて徒歩でイギリスのロンドンから郊外にあるジョースター家までやってきた俺ことダリオ・ブランドー。

 

トンペティ師から与えられた試練で、息を吐き続け、吸い続ける呼吸でフルマラソンをしたが流石に疲れた。ロンドンから二つほど山を踏破して休憩がてら小川に向かう道中で、いじめっ子2人に良いようにやられる少年を見つけた。

 

あれって、ジョナサン・ジョースターじゃない?しかも第一話の冒頭部分の。咄嗟に体が動いて、人形を泥水へと捨てようとするいじめっ子の手を掴んだんだけど、そのいじめっ子の態度がまぁ悪いこと悪いこと。悪びれる様子もなく、俺に向かって唾を吐きかけてくる始末だ。

 

思わずいたずらをしたディオにするようなテンションで叱ってしまったが、いじめっ子2人は号泣。慌ててフォローを入れたので大事には至らなかったが、波紋の呼吸修行の影響か、かなり威圧感があるようで参った。

 

呆然とするジョナサンに、エリナ嬢の人形を渡して土手を上がろうとしたが、去り際に名前を聞かれて思わず答えてしまった。

 

カッコよくクールに去ったつもりだけどこの後多分ジョースター邸で再会するんだろうなぁ。そんなことを考えながら小川で口を潤して汗を拭い、一呼吸でジョースター邸へと向かう。

 

「久しぶりですな、ブランドー殿」

 

「ジョースター卿もご健勝で何よりです」

 

門を叩いて使用人に連れられて中に入るとジョースター卿が出迎えてくれて、力強く握手を交わす。

 

あの夜からジョースター卿とは何度か会う機会があった。それこそ貴族のパーティーや会社関係で。ジョースター邸の最新式水洗トイレを施工したのも俺の指示だったりする。

 

「今回の件、確か運河の再改造でしたな?」

 

「ええ、河川の氾濫を防ぐためでもあります」

 

ディオに任せる案件はジョースター家が管理する利権地域の作業となる。現地の住人や施工の際の作業員はジョースター卿が懇意にしている業者などが起用される予定だ。

 

「あなたは常に、イギリス国を思う行動を取っていられる。その誠意に私は全霊をもってお答えしよう」

 

「ありがとうございます。ジョースター卿」

 

屋敷内に案内されながらそんなやりとりをする中、俺は壁にかけられている仮面を見つめた。

 

「あの仮面は、ジョースター家の家宝でしたかな?」

 

「ええ、亡き妻が残した大切な形見でもあります」

 

悲しげな目をして答えてくれるジョースター卿。その目を見て、俺はどうしてもあの仮面をどうにかすることはできなかった。

 

石仮面。

 

ジョジョの物語に深く関わるそのアイテムは、正直に言えば今すぐにでも破壊するべき代物なのだろう。だが、運命はことごとくその想いを無碍にさせてきた。

 

あの仮面を破壊すれば、あらゆるものが崩壊する。そんな懸念が俺の中で渦巻いていて仕方ないのだ。

 

これもまた、運命と宿命の業なのか?あの仮面を破壊した先に待つ破滅。それは取り返しのつかない事態に陥るのだろう。それはツェペリやトンペティ師も感じている。だからこそ、この仮面の所在を知りながらも彼らは静観していたのだ。

 

あの仮面の本性が現れるその日まで。

 

ふと、敷地内に馬車が止まる音が聞こえた。

 

開け放たれた馬車の扉からシャン、と飛び降りたのは……屋敷から馬車でジョースター邸へとやってきたディオであった。

 

 

 

 

 



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ジョースターとの出会い(2)

 

 

 

 

「ダニーって言うんだ。大丈夫、人には絶対噛みつかないよ」

 

 

馬車をシャン、と降りてきたディオ。

 

それを目の当たりにしたジョナサン。

 

2人の自己紹介が終わるや、玄関先を走り回っていたダニーが新たに来た客人の前へとやってくる。だらしない顔をしてジョナサンに擦り寄るダニーという犬に、ディオは少し顔を顰めるが、それを悟らせないうちに屈んでダニーの前へと手を差し出した。

 

途端、人懐っこさがあったダニーの表情が硬く締め上げられた。恐怖!差し出された手の先にあったのは名状し難い恐怖だった!

 

 

「さぁ、おいで。ダニー」

 

 

ディオの差し出した手には何かがある。動物の勘というものは時には人間に認識できないようなものを感じ取ることがあった。

 

ダニーの恐怖はまさにその感じ取った勘の中にあった。

 

気がつけば、ダニーは牙を剥き、差し出されていたディオの手に噛み付いた!それは動物の本能!危険に対する自己防衛に他ならない。愛犬の異常な行動にジョナサンは顔を青ざめさせた。

 

 

「ダ、ダニー!?な、なんてことをしてるんだ!?大丈夫かい!?ディオ!!」

 

 

牙が食い込み、血が滴る。その姿を見て動揺するジョナサンに、ディオは痛みに顔を一切歪めず人差し指を口元に当ててジョナサンに落ち着くよう言葉を吐いた。

 

 

「シーッ、あんまり騒ぎ立てるんじゃあないぜ?ジョナサン」

 

 

まさに今、犬に噛みつかれているというのにディオは驚くほど冷静であった。恐怖心からの自己防衛で噛み付いたダニーの体は震えていた。その震えを逆撫でするようにディオは何と、噛み付く犬の頭を撫でたのだ!

 

 

「大丈夫だ、ダニー。安心しろ。安心しろよ、ダニー」

 

 

底から響くような声がダニーの脳髄を刺激し、恐怖は薄れた。いや、恐怖よりも強い何かがダニーの抱いた恐れを凌駕したのだった。噛み付いていた牙を緩め、ダニーの顔が手から離れる。それは周りにはあたかも警戒心の強い犬と和解した瞬間のように思えたが、事実は逆である。ダニーの犬の本能がディオを前にして屈服した瞬間なのであった!

 

 

「はははっ、いい子だなぁ。だが舐められてもバイ菌が入るかも知れない。ジョナサン、悪いが清潔な水とタオルを貰えないか?」

 

「す、すぐに持ってくるよ!!」

 

 

飼い主であるジョナサンに悟られぬよう、噛み付いたことに申し訳ないような顔をするダニーを撫でるディオ。

 

血が滲む手を目にして、ジョナサンは血相を変えて使用人にタオルと水を用意するように言うために屋敷へと駆け込んでゆく。恐怖に慄く犬を見下ろすディオ。その表情は優しげなものであったが、内情は優しさとは逆、怒りに満ち溢れていた。

 

 

(こ、このクソ犬がぁああ……よくもこのディオに噛みつきやがってッ!)

 

 

噛みつかれた手は想像を絶するほど痛い。だが、その痛みをディオは精神力でねじ伏せていた。その怒りのまま、このバカ犬を蹴り飛ばすことも可能ではあったが、そうはしない。その程度で綻びが出るほどの悪にディオは興味を示さなかったのだ。

 

 

(ぐおおぉ……くっ。だが、まぁいい……ここで感情的になればご破算。俺の忍耐力はこの程度では一片たりともぐらつきはしないのだッ)

 

 

怒りを制御し隠す。それこそがディオが生まれて両親の下で育ってきた上で最初に学んだ事であった。怒りのままに力を振るえば、それを上回るものに押さえつけられることをディオは父に体で教え込まれていたのだ。故に、彼は怒りをコントロールする術を学んだ。10歳前半にして、怒りよりも相手の感情を絡め取って、操ることに重要性を見出していたのだ。

 

駆けつけたジョースター家の在宅医に噛みつき痕を治療されるディオ。

 

書斎でダリオと話していたジョージ・ジョースターが怪我を負ったディオに謝罪するために医務室に訪れたのはそれから間もなくしてからだった。

 

 

「ディオ君、無事かね?すまないことをした……」

 

「いえ、問題ありません。ジョースター卿。それにあまりジョナサンやダニーを責めないでやってください」

 

 

隣で項垂れるジョナサンとダニーを一瞥したジョースター卿は、わずかにため息をついて共にやってきた父へと頭を下げた。

 

 

「すまない、ブランドー殿。この償いは必ず」

 

「そのお言葉だけ受け取っておきましょう。それでいいな?ディオ」

 

「ええ、構いません」

 

 

ここで何かを要求するのも格好がつかない。ディオも、ダリオもその程度の常識は持ち合わせていた。その水面下でディオは心の内でニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

(ふん。この借りはきっちりと利権関係で支払ってもらうからな)

 

 

父の話では、ジョースター卿と運河の利権関係があるため、工事時の拠点はこちらになると聞いている。最初は近くの宿を押さえるつもりだったのだが、ジョースター卿の計らいで工事期間中、ディオはこのジョースターの館に世話になることになっていたのだ。無論、父も共にいるだろうが基本的に仕事で飛び回っているのだ。実質的にジョースター家に身を置くのはディオ1人となる。

 

 

「さて、我々は書斎で今後の話がある。ジョナサン、ディオ君を案内してあげなさい。しばらくウチにいてもらうのだからな」

 

「わかりました、父さん」

 

 

そう言い残して書斎へと姿を消してゆく2人を見送った後、階段上の客間にディオを案内しようとしたジョナサンが、彼の鞄を持ち上げようとした。すると、横合いからディオが引ったくるようにその鞄を持ち上げる。

 

 

「ジョナサン。僕のカバンは自分で持つ」

 

「え、でも……」

 

「僕が持たなくっちゃあならないんだ。このカバンも、僕に与えられた役目も」

 

 

ディオはジョナサンと馴れ合う気など一切ない。ここにきたのはブランドーの名に恥じぬ働きをし、父から託されたプロジェクトを完遂させるため。そして、ジョースター家との親交を深めた上でその資産と利益を自分の都合の良いように利用するためのパイプを作るためであった。

 

故に、ディオはこの屋敷内でジョナサンや他の誰かに頼るような真似などしようとは考えなかったのだ。

 

 

「与えられたもので満足するような者に僕はならない。敷かれたレールを自分で敷き直す。そういった男に僕はなるのだ、ジョナサン」

 

 

そして全てを上回り、父を見返し、その全てを奪い取るのだ。その壮大な野望を胸に秘めたディオはカバンを持ったまま階段を一段一段踏みしめながら登ってゆく。

 

そしてその背中を見たジョナサンは、一種の感銘をディオに感じ取っていたのだった。

 

 

(な、なんて高潔な精神をしているんだ。僕とは……大違いだ)

 

 

ジョースター家という名の下で甘えてきたジョナサンと全く異なるタイプの同年代の子供。その信念と在り方に衝撃を受けた様子になるジョナサンを盗み見て、ディオは計画通りとほくそ笑んだ。

 

 

(ふん、これで格付けは終わったな。せいぜい俺の邪魔をしてくれるなよ、ジョナサン)

 

 

その日から、ディオはジョースター家へと身を置くようになり、そしてそれはジョナサンにとっての辛い日々の始まりを意味していたのだった。

 

 

 

 

 

 

ブースボクシングという遊びが当時のイギリスの子供達の間で流行っていた。

 

それは杭とロープが張り巡らされたリング内で、簡素なグローブをはめてお互いに殴り合う簡易的なボクシングといったものだった。

 

腕自慢を見せ合うことが当時の子供達の遊びの価値観であったため、当然ジョナサンもそのボクシングには何度も参加していた。そしてその日もグローブを身につけてジョナサンはリングの中にいた。

 

今までの戦績は十戦中、六勝三敗一引き分け。順調に力を蓄えてきたジョナサンの戦士としての頭角が現れ始めていた時期だった。

 

 

「今日のブースボクシングはジョナサン・ジョースターだ!!ここ最近、彼は力をつけてきました!!そして対戦相手は……!!」

 

 

真ん中に立つ審判と司会解説を務める青年が指を差すその先を見てジョナサンはハッと息を飲む。そこにはグローブを身につけるディオが立っていたのだ。

 

 

「この街に突如として現れた異彩の青年、ディオ・ブランドーだぁ!!」

 

 

軽快にリングへと飛び込んでくるディオを見て、ジョナサンは一瞬たじろいだ。だが、彼はジョナサンを侮蔑するでも卑屈に見るわけでもなく、正々堂々とグローブを出して礼をしてきたのだ。

 

 

「ディオ……」

 

「まぁ親睦を深めると言う意味合いで。よろしく頼むよ、ジョナサン」

 

 

ファイティングポーズを取りながら、あくまでオリエンテーションのようなものさと言うディオに戸惑いながら、ジョナサンは彼と同じく戦う準備をした。

 

 

「それじゃあ互いに顔面に一発もらったら終わりだ。レディ……ファイ!!」

 

(相手がディオだからと言って手加減をする必要はない。彼もそれを承知でこの戦いの場にやってきたのだからッ)

 

「うおおおおーーっ!!」

 

 

真っ先に飛び込んだのはジョナサンであった。両手を鋭く、交互に突き出す連打、連打、連打!だが、その砲弾のような攻撃をディオは素早くウェイトコントロールを行い、上体をそらすスウェーバックのみで掻い潜ってみせた。

 

 

(あ、当たらない!?なんて動きをするんだ!?)

 

(なかなか鋭いパンチをするな、ジョナサン・ジョースター。だが、所詮は浅知恵のボクシングの真似事)

 

 

連打は確かに強力であるが、それはある意味無酸素運動のように体の疲労を蓄積してゆく。ディオの予測通り、砲弾のようだった拳が勢いを落とし、その連打のスピードを落としてゆく。そこがジョナサンの隙だ。

 

 

(ジャブとはこうやって打つのだ!!)

 

 

下ろし気味に構えていた左手拳にクンッと反動をつけたディオは、疲労で油断したジョナサンの顔面に一撃を放った。

 

だが偶然。打ち出そうとした拳が顔を守る形となってディオの一撃を防いだのだ。その鋭すぎる一撃にジョナサンは焦った。

 

 

(な、なんて早いパンチなんだ!?偶然ガードしていなかったらやられて……)

 

「咄嗟のガードで腹がガラ空きだぜッ!」

 

 

一呼吸の安心も束の間、頭部のガードに手が上がったのを見計らって、ディオは強烈なボディブローをジョナサンの鳩尾に叩き込む。あまりに無防備なところに攻撃を受けたジョナサンの体がくの字に折り曲がった!

 

 

「うごぇ……!?」

 

(し、しまった……油断して腹に)

 

 

瞬間!閃光のようなディオのアッパーがジョナサンの顎を捉え、吹き飛ばした!なす術なし!ジョナサンは顎を撥ね上げられ、無様に横たわるしかなかった!

 

 

「ガハッ」

 

「しょ、勝負あり!!」

 

 

顎先から脳を揺らされ、視界と頭がぐらぐらするジョナサン。尻をついたまま呆然とする彼に、グローブを取ったディオは、なんと、手を差し伸べたのだ!

 

 

「立てるかい?ジョナサン」

 

 

差し出された手に戸惑いながら、ジョナサンはディオの手を掴んだ。そのまま引っ張られる形で立ち上がるジョナサンは一瞬ぐらつくが、ディオが隣で支えてくれたのだ。

 

 

「な、何という心意気!敗者にも礼節を重んじる紳士さだ!」

 

「ディオ!さっきの攻防は一体なんだったんだ!?」

 

 

わぁっと周りに人だかりが出来るほど、ディオにはカリスマ性があった。人を惹きつける匂香のような才能が、その時のディオにはすでに備わっていたのだ。そしてディオは、分け隔てなく誰にも優しかった。自分を殴り飛ばしたと言うのに、ディオはジョナサンにも優しく接したのだ!

 

その行動全てがジョナサンのあり方を上回っていた!!

 

 

(す、すごい。僕とは……まるで何もかもがちがう……何もかもが……)

 

 

そして、それこそがディオの目的でもあった。力でねじ伏せ、言いくるめ、彼を孤立させる方法もあったが、その程度のものではジョースター家の……ジョナサンの持つ全てを奪い取れないと確信していたのだ。

 

故に、ディオはジョナサンに優しく接し、共にいたのだ。優劣が見えるように、自分よりもこのディオが優れているように見せつけ、その心をへし折るために!!

 

ジョナサンは自身の能力がディオに劣るという先入観を刷り込まれ続けた。それこそがディオの目的であるとも知らずに!

 

彼の計画はうまく進んでいるように思えた。

 

だが、ジョナサンは再び運命と向き合う。それこそが、ジョナサンとディオの運命を決定づける事とも知らずに!!

 

 

 

 

 

 



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宿命と運命と人間の賛歌

 

 

 

ブリッジウォーター運河の改造工事。

 

イギリス有数のゼネコン会社であるブランドー家に依頼されたその工事はイギリス政府は勿論、施工企業や資本家、果てはイギリス貴族すらも介入を企てる大きなプロジェクトであった。

 

一区画の水量調整用ポンプの敷設工事と、内容としては全長46キロにも及ぶ運河規模からすれば大した工事ではないように思えるが、侮ることなかれ。

 

ダリオから言付けられた内容は単なる水量調整ではなく、今後の雨量増による運河内の河川氾濫はもちろん、異常気象による干ばつなども視野に入れたプロジェクトであり、その改修工事には現在価格として数十億規模の費用が投入されることになっていたのだ。

 

河川の横合いにポンプを設置するなんて工事ではない。運河の横に水量調整用の溜池を数カ所設置し、そこへ地下水道パイプを設置。ポンプ機構を地下に埋め込み、制御室は地上に敷設する。それに加えて、溜池との隔離水門も設置し、それも水蒸気機関で自動開閉する機構にすると言うのだ。

 

投入される技師も、人員も、それに絡む利権や利益関係も膨大となるし、溜池という新たな水源を狙って農地誘致を画策する資本家たちも跋扈している。

 

ディオの役目は、それらプロジェクトの統括。

 

そしてジョースター卿は利権や農地利益を狙って暗躍する貴族や資本家たちのストッパーとして協力してもらうことになっていたのだ。その見返りとして、ジョースター卿の持つ運河の利権の保護や、懇意にしている業者や人員の採用なども優先的に行うことになっている。

 

プロジェクトとしては10年規模だ。

 

最新の掘削機器(これもダリオが主導して開発したもの)を使用してもそれほどの歳月が掛かる。運河の改造がどれほどの規模かディオは理解していた。

 

敷設場所はウォリントンのマージー川の近くだ。

 

リバプール郊外にあるジョースター邸からも馬車で一日ほどで着く距離で、ディオの最初の仕事はジョースター卿が懇意にしている技師や作業員たちに仕事の内容を説明し、スケジュールや流れを教え込むところからだった。

 

無論、そこには懇意にしているジョースター卿も同行する。そしてジョースター卿の一人息子であるジョナサンも、後学のために2人に同行する事となったのだった。

 

そこで、ジョナサンはディオの真価を目撃した。

 

土木関係の技師や作業員たちは一見、荒くれ者揃いにしか見えない。父であるジョースター卿の護衛で来た者ですら臆するほどの威圧感を出す相手に、自分と歳が変わらないディオは、なんの躊躇いもなく挑んだのだ!!

 

技師や仕事人としてプライドを持つ彼らと話し、彼らの感情や考え、思考、プライド、その全てを考慮した上でディオはプロジェクトに必要なものを彼らに要求し、飲み込ませたのだ!!それも、ディオが彼らと接して僅か2日足らずでだ!!

 

近くの宿で父と共に休んでいたジョナサンであったが、その間もディオは彼らと交渉を続けていたのだ。共に酒場に行き、安酒を飲み、腕っ節をくらべ合い、全てにおいてディオは彼らの得意とするものを上回る度量と知識と腕っ節を見せたのだった。

 

後に、荒くれ者たちのような作業員を束ねる男はこう答えた。

 

〝資本家の連中はただ金の力だけで偉そうにするが、あのディオっていう男には従ってもいいぜ〟と。

 

その言葉が、ディオ・ブランドーというビジネスマンの全てを表しているように、ジョナサンには思えたのだった。

 

 

「ディオは本当にすごい……誰にでも優しいし、この僕にだって意地悪の一つすらしない……彼の父も、僕が理想とする紳士を体現してる……」

 

 

荒くれ者を束ね、スケジュール通りにこなすその仕事ぶりもさることながら、ディオはジョナサンに対して邪険にすることも除け者にすることもなかった!

 

仕事でついていけないことについては作業員ともども、ディオはジョナサンにも説明をしたし、休みの日にジョースター邸で共に過ごした時も、ディオはジョナサンを連れて近隣の若者たちとも交流を深めた。

 

遊びはなんでもした。トランプや劇、体を使った運動や川遊びや釣りも!

 

楽しい日々のはずだった。少なくともジョナサンは悪い気分はしなかった。仲間外れだとか、周りから陰口を叩かれるような真似もなかった。楽しい日々だったはずなのに。

 

その心には常に、劣等感があったのだ!

 

 

「ディオに比べて……この僕はッ!何もできていないじゃあないか!!なんて情けないんだ!!こんなことじゃ、本物の紳士になんてなれるはずがない!!」

 

 

父は、ディオや彼の父を見て色々と学びなさいと言っていた。だが、自分はいったいどうすればいいのか、ジョナサンには分からなくなっていた。知識も度胸も経験も何もかもが、ディオに自分は劣っているという結果を刷り込まれるような感覚で。

 

気がつけばジョナサンは愛犬のダニーを連れて屋敷を飛び出していた。優しいディオの隣にいるのが……ただ辛かったのだ。

 

河川敷の淵で青空を仰ぎながらジョナサンは自身の中にあるディオを羨むというやましい心と向き合っていた。

 

確かにディオはすごい。

 

自分にはないものをたくさん持っているのも事実だ。だが、それを見せつけられた自分はこのままディオには勝てないのではないか?そんな劣等感を抱え続けていくのだろうかと、ジョナサンは子供ながらにして漠然とした不安感を抱いていたのだ。

 

事実、その不安感は的中していた。

 

ディオはジョナサンやジョースター卿に紳士な青年を演じつつも、裏側では自身のコネクションを広げるために暗躍をしていたのだった。

 

ジョースターという貴族を目の敵にする商売敵や、今回の利権に便乗できない資本家たち、それらにエサを吊り下げディオは着実に自身の手駒を増やしつつあったのだ。いつか、ジョースターという貴族が持つ財産や資本を奪い、そしてその一人息子にはディオには絶対敵わないと言う劣等感を与える。

 

それはまるで芽を埋め込むような所業。

 

埋め込められたら最後、その芯は自身の存在にまで食い込み、決して離すことない枷として穿たれる軛となるのだ。

 

だが、その寸前にジョナサンは運命の出会いをするのだった。

 

 

「ん?あれはなんだ……?」

 

 

目に入ったのは、土手の上に伸びる街路樹。自生したものだろうか、その折れた枝にはバスケットが引っかかっていた。ジョナサンは土手を上り、その中を覗き込む。そこには山盛りの葡萄が入っていた。綺麗に洗われたジョースター家の家紋が入ったハンカチと共に!

 

 

「なんでこんなところに山葡萄が……あっ!これは僕のハンカチ!!じゃあ、あの子はあの時の!!」

 

 

ハッとした。ジョナサンが土手の反対側へ視線を向けると、あの時助けた少女がこちらを窺っていた。

 

 

「おおーい!ぶどうありがとう!!君も一緒に……」

 

 

彼女はジョナサンの視線に気づいたようで、少し恥ずかしげに顔を伏せてから彼から背くように走り出した。声が聞こえていないだろうか。そんな思いが一瞬よぎったが、ジョナサンは構わずに大声で叫んだ。

 

 

「僕は明日もここにいるからおいでよ!!そしたら一緒に遊ぼう!!」

 

 

すると、その声に反応したのか。少女は少し振り返って手を振って答えてくれた。

 

それこそが、ジョナサン・ジョースターと、エリナ・ペンドルトンの運命の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ブランドー!石仮面がそこにあるなら……今ここで破壊するべきだ!!」

 

 

ジョースター家から離れたマンチェスター市街地にある小さな酒場。そこは表向きは酒場であるが、裏側はブランドー家の会社から出資して作った波紋戦士向けの拠点の一つだった。

 

夜が更けた頃。人目を避けてこの店に入った俺は、本来ならこの時期にイギリスに来ることはないダイアーとストレイツォとの話し合いの場を設けていた。

 

議題はもちろん、ジョースター家にある石仮面だ。

 

 

「柱の男たちが作ったとされる石仮面は、我々波紋の戦士とは切れぬ因縁がある代物だ。もしアレが何者かの手によって悪用されれば……」

 

 

ストレイツォが危惧するのは尤もだった。あの石仮面は単なる骨董品として屋敷の壁に飾っておくにはあまりにも危険すぎる。ほんのわずかな血液が付着すれば、仮面の縁から骨針が伸び、人間の脳を刺激。たちまち人は理性を失った屍人……あるいは吸血鬼へと変貌してしまうのだから。

 

だが、俺は石仮面の破壊に踏み切ることができなかった。ジョースター卿がいるとはいえ、長年波紋戦士たちが探し回った石仮面を目前としておきながら、その破壊をためらったのだ。

 

 

「ダリオ、何故お主はあの石仮面を破壊せずに静観をしておる」

 

「……それは、貴方もよくわかっているはずだろう?ウィル・A・ツェペリ師」

 

 

シルクハットがよく似合う紳士。

 

ジョナサンの過酷な運命の一翼を担い、その生涯を波紋の宿命に捧げることが決定づけられた男でもあるツェペリ師とは、長い付き合いがあった。

 

考古学者である彼の父が石仮面によって怪物にされた時から、ツェペリ師はあの怪物と仮面に対抗できる力を探し求めていて、波紋の呼吸、その戦士たちへと単独で行き着いた。

 

その時、トンペティ師の下で修行を行っていた俺は偶然にも這々の体でチベットの修練場にたどり着いた彼と出会ったのだ。彼とは兄弟弟子として五年間互いに高め合った言葉では言い表せない信頼がある。

 

それと同時に、俺は知っていた。ツェペリに宿命づけられた運命を。

 

 

「トンペティ師に予言された……死の予言か……」

 

 

神妙な面持ちで言うダイアーの言葉に、俺は頷く。トンペティ師が予言したツェペリの死と、そこから紡がれる希望。その先に待つさらなる脅威と運命。

 

全ての形、全ての行い、全ての流れが決定づけられている運命の流れ。それこそが、あの石仮面にあると俺は無意識に感じ取っていたのだ。

 

 

「あの石仮面は、今は破壊してはならない。破壊すれば、取り返しのつかないことになる。全人類が支配され、滅びるような……そんな恐ろしい予感が俺にはある」

 

 

ジョースター家が、あの石仮面と共に波紋の流れに組み込まれることはすでに決定づけられている。我々には、それを導く使命と宿命、そしてその行く末を見定める義務と責任もあるのだ。

 

 

「……それでは、我々はあの親子を見捨てると言うのか。石仮面の運命の前に!!それでいいのか、ダリオ・ブランドー!!」

 

 

ダイアーの激昂が波紋を通して俺に伝わってきた。拳を叩きつけたテーブルが凹み、彼の正義感からくる怒りを如実に表している。

 

 

「納得するしかない」

 

 

俺はそう答えることしかできなかった。

 

 

「……っ!巻き込まれた尊き人の命はどうする!!」

 

「その定めを俺たちは背負うしかない」

 

「残された人の気持ちは……!!家族の痛みは……!!」

 

「それでも、我々は来るべき戦いの時のために魂を継いでいくことしかできない!!」

 

 

ダイアーの言葉は、確かに大切なものだと思う。できることならあの石仮面を今すぐにも破壊したい。それで救われる命がいくらあるというのか。自分の息子も……いずれ何らかの罪には問われるかもしれないがあのような化け物になることもないのかもしれない。

 

だが、それでもあの石仮面を破壊するわけにはいかない。言葉や論理ではなく、運命がそれを定めているのだから!!

 

 

「その全てを納得した上で、君たちは波紋の戦士になる道を選んだのではないのか?」

 

 

その言葉に、ダイアーは言葉を失った。ツェペリは注いだワインを静かに口に運ぶ。

 

 

「俺も、そして俺の息子も、共に宿命を定められた存在だ。そしてその全てが……どうしようもなく虚しくて無意味でちっぽけなものだったとしても、その道は決して、間違いではないのだ」

 

 

その運命に立ち向かうために、俺は波紋を学び、その断ち切れない宿命に気づかされた。ならば、自分がすべきことはなにか?

 

運命を変えるために争うことか?それとも運命から逃れるために遠くへ……どこか遠くへ逃げ延びることか?

 

いいや、そのどれでもない。その答えは波紋を学んだ時からすでに得ているのだから。

 

 

「その宿命を前に恐怖せず、立ち向かうことが人間の勇気の賛歌なのだよ」

 

 

たとえそれが、自分の息子と対決するような……イバラの道であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 



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その血のさだめ

 

 

それは、もう少し先の未来。

 

波紋と奇妙な運命に導かれたある青年の物語。彼は生まれながらにして悪であった。父と母の確かな愛を感じながらも、自分自身の中に渦巻く邪悪な野望を肯定して、それを受け入れてもいいという覚悟があった。

 

己の欲のために最善を尽くし、親を利用し、友を利用し、己の人生そのものすら利用した。

 

だが、彼は望んだものを手に入れることはできなかった。手にできるという確信があったにも関わらず、求めるものは伸ばした手からすり抜けて落ちていったのだ。

 

彼は誓った。

 

すり抜けたものを取り戻してみせると。

 

得られなかったモノを必ずや手にしてみせると。

 

そして、その瞬間が訪れようとしていた。

 

 

「父の宿業を断つのは波紋使いの戦士などでは無い!!このディオだ!!!」

 

 

闇夜にそびえる古城の上で、青年は雄叫びのような声を上げた。目の前に立つのはかつて、青年が越えようと目指し続けた者の末路であった。

 

青年が越えんと目指した相手は、その時にはあった輝きを全て無くし、まるで屍のようにそこに存在していた。死にたくても死ねない存在に成り下がったかのように、そこに存在しているソレが、青年には我慢ならなかった。

 

片腕を構える。その腕はもはや人間のものではなかった。超えるべき相手との決着をつけるために、青年はその腕をあえて見せつけるように前へと繰り出した!

 

 

「片腕だけが吸血鬼となったこのディオだが……貴様を殺すことに何の躊躇いなどありはしない!!」

 

 

人間では考えられない胆力と鋭利さを誇る手刀が古城の壁を抉り、切り裂き、破壊してゆく。青年による斬撃とも言える攻撃の嵐を、ソレは軽々と躱した。

 

青年は苛立つ。屍になってもその軽やかな動きが健在であるという事実に怒りが湧いて仕方がなかったのだ。

 

だが、その動きもそこまでだった。

 

 

「WRYYYYYYY!!」

 

 

片腕から発せられる冷気が男の脚をとらえたのだ。瞬時に水分が気化し肉体が氷結する現象。生身の肉体ではとてもではないが耐えられないが、青年の片腕は人外のもの。その一瞬の冷気にも耐えられる強さが備わっていたのだ。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 

足が止まったと同時に、青年はソレに拳と蹴り、全身を使った乱舞を繰り出す。動けないソレに叩き込まれた全ての攻撃は、男の体を削り、打ち、貫く。そこで青年は違和感を覚えた。連打していた拳の手応えがとある場面で急に変わったのだ。

 

ラッシュを終えて着地した青年は、ソレの肉体に起こり始めた現象を見て目を見開いた。ソレは内側から溶けるように燃えていた。その現象を青年は知っていた。

 

呼吸から得られるパワー、太陽の波紋と同じ波紋を受けた〝吸血鬼〟がそんなダメージを負って灰となり消える瞬間を。

 

だが、青年には波紋は備わっていない。あるのは片腕に宿る吸血鬼の力だけだ。だが、ソレは確かに波紋によるダメージを受けていた。ならば、導き出される答えは一つだけだ。

 

 

「なぜ、なぜ……自身の体に波紋を生んだのだ……なぜだぁああ!!」

 

 

ソレは元は波紋を扱う戦士だった。一呼吸で体内に波紋を生み出すことなど造作もないほどの戦士だった彼だが、屍に成り下がってからは波紋など扱えるはずがなかった。

 

扱えば即座に死ぬからだ。波紋エネルギーを受けた吸血鬼はそのエネルギーに耐え切れず自壊する。故に、屍になったなら波紋など扱うはずがないと思っていた。

 

だが、目の前の男はそれを躊躇いなく実行したのだ。胸……つまり肺から波紋のエネルギーが溢れ出し、胸が焼けるように崩れてゆく。

 

 

強くなったな、ディオ。

 

 

そんな言葉が聞こえたような気がした。加速する自壊はソレを破壊し尽くすには時間をかけなかった。

 

青年が見守る目の前で、ソレの屍の肉体は朽ち果てた。体の一部を残して灰となったソレの命は尽きたのだ。

 

青年はしばらく何も得ないまま、何もできないまま、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

一陣の風が吹いた。その風は散り落ちたソレの残骸となった灰を夜空へと運び、やがて静かになった。

 

 

「俺は、吸血鬼になった父を救いたかった訳じゃあなかった!!その最悪の行いを超越する力を示したかった!!母を捨て、俺を捨て、人間を捨てたアイツを見返してやりたかっただけなのだ!!」

 

 

力いっぱいに地面を叩きつける。人知を超えた片腕の力は古城の床を完全にひび割れさせ、砕かんとするほどの威力を誇る。だが、そんな力など無意味となった。ソレを超えるために受け入れたはずの力、超えるために鍛え続けた全てが遠く、色褪せてゆく。

 

違う。

 

青年はゆらりと立ち上がって、色褪せてゆく全てを睨みつける。

 

そんな理由で、このディオは力を欲したはずじゃあない。

 

 

「貴様に息子だとか、愛してるなどと言った反吐が出るような言葉を……気の抜けるような情けをもらうために!!ここまで戦ってきた訳ではない!!」

 

 

青年は残ったわずかな肉体の一部を手にし、ナイフで切り裂く。わずかに残った血が噴き出した。それは吸血鬼のような腐った血の匂いではなく、波紋戦士として戦った誇り高き父親のものである。

 

 

「その宿業が運命の骨子を捻じ曲げたと言うなら、このディオが正してやろう!!貴様の血を生贄にしてな!!」

 

 

溢れる血を石仮面で受け止め、青年はためらうことなくその石仮面を被った。骨子が迫り出し、青年の肉体を完全なる人外へと変貌させるために脳のツボを押してゆく。青年は間違いなく、〝人間をついにやめたのだ〟。

 

役目を終えた石仮面が静かに落ちた。満月の夜がボロボロになった古城の跡を照らす。青年はゆるやかに夜風に身を晒しながら目を閉じた。

 

だが心にあるのは高揚感などではなかった。

 

 

「人間を超越したというのに、父を超えたというのに、ジョナサンも、波紋の戦士すらも上回ったというのに……」

 

 

手のひらを見つめる。震えているのがはっきりとわかった。空腹や喉の渇きではない。だが、それが何なのか青年には理解することができなかった。

 

 

「なぜ渇きが治らない。なぜ虚しさが無くならぬ。なぜ……こんなにも虚しさがあるというのだ……ッ!!」

 

 

月夜に慟哭する青年。何も答えてくれない世界を前にした青年は、鋭い眼差しのまま人間たちが生きる世界を見据えた。

 

 

「支配してやるぞ、人間ども。父が成し遂げなかったことを私が果たす。父を……人間を超越した、このDIOがな!!」

 

 

 

 

 

 

 

to be continued

 

 

 





個人的に体調を崩していたので更新が遅くなり申し訳ないです。
やっと更新できた……


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