真・恋姫†無双 裏√ (桐生キラ)
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プロローグ
運命を変えた出会い


「はぁはぁ...」

この世に神なんていなかった

「探し出せ!皆殺しにしろ!」

周りには燃えている家屋、そして悲鳴

「殺せ、奪え、犯せ!」

そこに救いはなく、獣が全てを奪って行く

「おい!こっちにまだ生きてる奴がいるぞ!」

次第に私は追い詰められ、逃げ場を無くす

「はぁ...はぁ...」

これが、私の運命なのか

「結構な上玉じゃねぇか。すぐ殺すにはおしぃねぇ」

 

「...下衆が」

 

「あぁ!?言うじゃねぇか、このクソアマ!!」

呪ってやる。こいつらも、運命も、神も

「死ね!」

凶刃は振り上げられ、私は目を閉じ死の瞬間を待った

ダァンッ

直後、凄まじい音が聞こえた。死を贈る凶刃は振り下ろされなかった。

何が起きたのか気になり目を開けると、そこには先程まで私を追い詰めていた奴の屍が転がっていた。

「まったく、最初の村でいきなり賊がいるとは、つくづくついてないな」

「えっ」

声の聞こえる方を見ると、そこには見慣れない武器らしきものを持ち、

見慣れない黒い服を着た男が立っていた。

「君、もう大丈夫だからね」

男はそう言い微笑んだ。その後は何が起きたのかわからなかった。

男は瞬く間に賊を殲滅していった。その光景は、ただの一方的な殲滅に過ぎず、

先ほどまで追う側だった獣が、今度は追われる力無き小動物に成り果てた。

この光景を見ていたかった。あの黒服の闘う姿が凄まじく、そして美しかったから。

しかしそれは叶うこともなく、私は力尽き、そして意識を闇に預けた。

恐らくはこの日だったのだろう。死の運命にあった私、司馬懿仲達の運命が変わったのは

そして5年後

カランカランと扉についていた鈴がなる。

「いらっしゃいませ。お食事処、『晋』へようこそ」

私は現在、飲食店を経営している

 

 

 

 

 

†††††

 

 

 

 

 

オリジナルキャラクター紹介

 

 

 

 

 

司馬懿 仲達

真名:咲夜

得意武器:ナイフ

本作の主人公兼メインヒロイン。とある小さな村に住んでいたが、賊に襲われ家族を失う。その際に零士に救われ、以後共に2年ほど旅をする。その後はお食事処『晋』の厨房兼ホールで働く。武術に関しては2年間みっちり訓練したので呂布並みの武力に。加えて知力も高いのでチートくさい。

東 零士

得意武器:なんでも

本作のもう一人の主人公。自称魔術師。手からなんでも出せる。『晋』の建物もこいつが作りました。突然この外史にやってきて、初めて訪れた村で司馬懿と出会う。正史世界で壮絶な人生を送っていたので、外史では平穏に暮らしたいと思っている。こいつも武力チート。生粋のS。

 

 

 




はじめまして!
恋姫†無双の二次創作になります
今回はプロローグなのでかなり短めです
気軽に感想や指摘等してくれると幸いです


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お食事処『晋』

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

ここは御食事処『晋』。私の村が賊に襲われたときに助けてくれた東零士<あずま・れいじ>という男と、私司馬懿が3年ほど前から経営している、零士の故郷の料理を取り扱っている店だ。

「咲ちゃん、これ一番さんにお願い」

私の真名は咲夜<さくや>。こいつ、東零士は真名を預けたころからずっと咲ちゃんと呼んでくる。最近ではもう慣れたが、最初はなんだか嫌だったな。

「お待たせしました。こちら注文の品のハンバーグ定食になります」

零士の作る料理は見慣れない物ばかりだ。だから最初のお客さんの反応も微妙なものが多い。だがそれもすぐに笑顔に変わる。一口食べればその味に驚き、そして白米をかき込みたくなる。それがうちの料理だ。

「ふむ。今日ははんばーぐ定食にしようかな」

隣で品書きを見ていたお客さんがぼそりと言った。そこに座っていたのは青い髪のすらっとした女性。ここのお客さん第一号であり常連の夏侯淵さんだ

「決まったか?夏侯淵さん」

「ああ、今日ははんばーぐ定食にするよ」

夏侯淵さんは品書きを見ながら、お茶を含み、そして飲み干すと、注文を言ってくれた

 

「了解。零士、ハンバーグ定食一つだ」

私はすぐさま零士に注文を言う

 

「はーい」

零士は厨房から大きく返事を返し、そしてすぐさまハンバーグ定食作りに取り掛かったようだ。今は別段、やることはなさそうだし、このまま夏侯淵さんと少し話そうかな

 

「私が初めて来た当時に比べると、ずいぶん繁盛しているようだな」

 

夏侯淵さんは店内を見渡して言った。確かに、今晩はそれなりに賑わっている

「まぁな。ここの料理は他にはない独創的なものが多いし、金額設定も低めにしてある。一度来てもらえば夏侯淵さんのように常連も増えるし、上手くやらしてもらっているよ。ただ、悩みもあってな…」

「悩み?」

「ああ、それが「「おいこらネーチャン!酒持って来い言うたらさっさと持ってこんかい!

どつきまわすぞアホが!」」…ああいう手の者だ…」

噂をすれば、ってやつか?そこには数人の輩がうちの従業員に絡んでいる姿があった

「お客様困ります!周りのお客様にも迷惑です!」

「知るかドアホ!酒はまだなんか!?」

 

そんな光景を見て、私は思わずため息を吐いてしまう。もはや慣れつつある光景ではあるが…

「夜遅くまで営業しているが故なんだけどな。はぁ…」

「災難だな。手伝おうか?」

「こちらハンバーグ定食おまたせ。夏侯淵さんは座ってていいよ。僕と咲ちゃんがいれば十分だから」

 

夏侯淵さんが提案してくれたが、料理を持ってきた零士の言う通り、あんな連中、夏侯淵さんの手を借りなくても十分だ

「そういうことだ。ゆっくり食っててくれ」

そう言って、私は騒いでいる方へ向かう。その時に従業員は下がらせておいた。数は四人。全員が相当酔っているようだった

「申し訳ありません、お客様。ここにはあなた方のようなものに出す料理や酒はありません。周りのお客様の迷惑になりますのでご退場ください」

 

接客の基本その一!どんな時でも笑顔で対応

「あぁん?なんやワレ。文句あんのかいな?こちとら金払って飲んでる客やねんぞ。何様のつもりじゃ!」

 

おーおー、これまたずいぶんとわかりやすいチンピラ

「何様も何も、ここの店長様ですが」

 

零士が答える。するとチンピラの一人が零士の方を向き、すごみ始める

「お前が店長か。お前んとこのねーちゃんの教育どないなってんねん?酒持ってこんとか舐めとんのか?」

「失礼ですが、うちの従業員に非はありません。あるとすれば、あなた方のような素行の悪いものにあると思われますが。正直迷惑以外の何物でもない」

「なんやと?」

そこでチンピラ四人が立ち上がり、腰にぶら下げた短刀等を手にした

「分からなかったか?帰れと言っているんだよ」

私がそう答えると、チンピラ四人は青筋を立てたようだ

 

「あにきー、もうめんどいしやっちまいましょうぜ」

「そうっすよ。こいつら生意気っすし」

「どうせ金ねーんだ。どっちにしろやるんでしょ」

はぁ…これだからチンピラは…

 

「おやおや、まさか無銭飲食とは」

「ああ、ゆるせないな。表に出ろチンピラ風情が」

私と零士、そしてチンピラ四人が店外に出る。

辺りはすでに暗く、月明かりと店からこぼれる光のみが周辺を照らしていた。

「ハッ。俺ら黄巾党を敵に回したこと、後悔させたる!」

 

チンピラのまとめ役っぽい奴が剣を抜いて答える。へぇ、こいつもあれか

「黄巾党…賊か。零士、私に任してくれてもいいよな?」

「…いいけど、殺しちゃダメだからね」

「わかってる」

 

私はチンピラどもの前に立ちふさがる。こちらは無手。しかしまぁ、余裕だろう

「お前一人か?さっきからずいぶん舐めおって。てめえらやっちまえ!」

チンピラ三人がそれぞれ短刀、棍棒、長物をもって襲いかかる。まず最初に来たのは短刀の奴だった。思いっきり短刀を振り上げ私の頭めがけて振りかかる。

「軌道が見え見えだな」

私はそれを冷静に見極め、躱し、そして外して体勢を崩した相手の腕を掴み

「よっ!」

思いっきり投げ飛ばした。そのまま腕は離さず短刀を奪い取る。

「こいつは没収だな。……えいっ」

ボキッ

このまま腕を離してしまうのも勿体無いので、ついでに関節も外しておいた。チンピラは汚い悲鳴をあげ、痛みで気を失ったようだ。

「このアマ!」

一人がやられたところで、今度は二人がかりでくる。二人で私を挟むように位置取った。挟撃を仕掛ける気なのだろうが…

「「オラッ!」」

なんと二人同時に動いた。そんなんじゃダメだろ。二人がかりなのはいいが順番ずつやんないと

「フッ」

私は二人の攻撃を軽く避ける。どちらも頭狙いだったので避けるのが容易だった。そして

「ゴフッ」

避けられるなんて思わなかったんだろうな。だから二人同時で攻撃した。その結果、長物を持ったチンピラが振った棒が綺麗にもう一人のチンピラの顔面に入った。あれは痛い。思いっきり振りかぶっていたからな

「こいつよくも!」

 

仲間の顔面を思いっきり振り切った奴が私を見て吠える

「はぁ?お前らの自爆じゃないか」

 

こちらになすりつけられても…

「うるせぇ!」

チンピラは再び長い棒を振り回す。適当にがむしゃらに振り回しているだけでなんの脅威でもなかった

「ハッ」

気合一閃ってやつだな。私は手にしていた短刀を使い、チンピラが持っていた長い棒をバラバラに解体してやった

「は?嘘だろ?」

 

一瞬にして細切れになった棒を見つめ、チンピラは信じられないといった様子だった

「残念ながら事実…だっ!」

私は素早く相手の背後に移動し、そして手刀をお見舞いしてやった。チンピラは意識を失い、静かに倒れて行った

 

パシュンッ

 

直後、背後で妙な音が聞こえた。振り向くとそこには消音器付きの拳銃を握っている零士の姿があった。どうやら、先ほど仲間の攻撃で倒されたチンピラが起き上がろうとしたところを撃ったようだった

「お前、人に殺すなとか言っておいてその手の銃はなんだ?」

「はは、大丈夫大丈夫。ただの麻酔銃だから」

そう言いながら零士が持っていた銃は手から消える。零士お得意の魔術で出したものだったらしい。

「だいたい、人前で魔術や未来の物を出すのは不味いんじゃなかったのか?」

「それも大丈夫。みんな咲ちゃんの大立ち回りに釘付けだから」

「そーかい」

私達はそこで話を切り上げ、目の前に残ったまとめ役っぽいチンピラに意識を向ける。見るとそいつの顔は真っ青のようだった

「さて、お前一人になったが、まだやるのか?」

「ヒィッ!か、堪忍してくれ!金も払うさかい、見逃してくれ!」

さすがチンピラ。手のひら返すのが早い早い。だが…

 

「だってよ。ずいぶん勝手だな。荒らすだけ荒らしといて。零士どうするよ?」

 

「僕は見逃してあげてもいいと思うよ。金も払ってくれるみたいだし」

「ホンマか!?」

零士の発言を聞き、目の色を変えるチンピラ。その瞬間、零士がこっちを見てニヤッとするのが見えた

「あぁ。今度この店に来ないと約束するなら、僕は何もしないよ」

はぁ…そういうことか

「するする!金も払う。この店にも近寄らん。約束や!」

「ん、わかったよ。咲ちゃんもどうかな?」

チンピラが涙を溜めた目で見てくる。恐らく自分は助かったと安堵したのだろう。締まりのない顔をして……なので私は笑顔を作り

「許すわけないだろ」

容赦無く突き放してやった

「そ、そない殺生なぁ。な、店長さんからも何か言ってやってくれへんか」

「いやぁ、僕さっき何もしないって約束しちゃったし」

チンピラの顔にはさっきと打って変わって絶望の色が広がるのが見て取れた。

「頼むねーちゃん!見逃してくれ!」

とうとう土下座までして懇願してきた。無様だな

「どのみち黄巾党なんだろ。私は賊がこの世で一番嫌いなんだ。そんな奴を見逃すわけないだろ」

「クッ、この外道ー!!」

チンピラは叫びながらこちらに向かってくる。そして手にしていた剣で攻撃を仕掛けようとした。私はそれを短刀で受け止め、そのまま相手の剣を吹き飛ばす。その流れで相手を掴みそして投げ飛ばした。上手く頭から落ちたようだな。気絶している

「お疲れ咲ちゃん」

「相変わらず見事な手際だな。うちに来てくれると有難いんだが」

 

夏侯淵さんが店から出てきて言う。ずっと見ていたらしい

「悪いが遠慮しておくよ」

「残念だよ。さて、後はこちらで引き取ろう。

何人かこちらへ寄越すからそれまでこのもの達を見ていてくれないか。

それと、これは勘定だ。はんばーぐ、美味かったぞ」

 

「ありがとうございました」

「ではな」

夏侯淵さんはお代を渡して、急ぎ足で城へ戻って行った。しばらくすると軍人がのびているチンピラを連れて行ってくれた。

「最近増えてきたな。黄巾を名乗る奴ら」

 

今回のような奴らは初めてじゃない。というより、こういう輩は日常茶飯事に出てくる。そしてそのどいつもが、黄巾を名乗り始めていた

「そうだね。そろそろだよ咲ちゃん。大きく変わっていく。この大陸全土を巻き込んで」

「乱世…か…」

この大陸は荒れ果てていた

民草は飢えや病に苦しみ、上は賄賂や圧政・暴政が横行し、助けるべき民を助けず私腹を肥やしていた

人々は絶望し、憎み、やがて朝廷に対し反旗を翻す

蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし

世に言う黄巾の乱の始まりだった

そしてそれと同時期に、とある噂が大陸に流れる。流星にまつわる、ある噂が…

 

 

 

 

 




咲夜さんのイメージは空の境界の両儀式さん。零士さんのイメージはfate/zeroの衛宮切嗣さんです


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黄巾編
黄巾編其一


今回から黄巾編になります


 

 

 

 

 

 

私の朝はいつも早い。必ず決まった時間に目覚める。陽は今だその目を出さず、朝霧にも覆われていることから辺りは薄暗い。人々はまだ寝ている時間帯だ。外には誰もおらず、静寂に包まれている。私はこの静けさが好きだった。

「さて、始めるか」

私は日課である走り込み、精神統一、素振りをする。力を維持する為にも欠かせないことだ。この時たまに、朝早くから零士が起きていれば組手もできるのだが、今回はハズレのようだ。

「まぁ、期待はしていなかったがな」

訓練を切り上げた私は、店に戻り開店の準備をする。一日の仕込み、掃除と念入りにしておく。この時には既に零士も起きており、仕込みの準備をしている。

「おはよう、咲ちゃん。今日も早いね」

「おはよう。私はお前とは違うからな」

そこで途切れる。私と零士の間には、会話が多い訳ではない。ただそれでも、お互いの考えている事はだいたいわかる。仕込みの時でも、私が欲しいものがあればこいつは言わなくても持って来てくれる。その逆もまた然りだ。あいつが必要になりそうな物はあらかじめ奴の近くにおいておく。長年連れ添ったが故だな。

 

 

 

 

「おはようございまーす!」

 

 

仕込みをしていると、勢いよく扉が開かれる。この店で唯一雇っている従業員の張郃、真名は悠里〈ゆうり〉だ。綺麗な長めの黒髪が印象的な明るい子だ。

「おはよう悠里」

「悠里ちゃんおはよう。今日もよろしくね」

「咲夜姉さん、東おじさん。よろしくお願いします!」

こいつは私の事を咲夜姉さんと慕い、零士のことはおじさん呼ばわりだ。初めておじさんと呼ばれた零士の顔は、微妙に物悲しいものだったのは今でも覚えている。そういうのは気にしなさそうな奴に見えたから新鮮だったな

「じゃあ悠里、店内の掃除を頼めるか?」

「かしこまりましたー!」

悠里は用具室から道具を取り出し掃除に取り掛かる。ちなみに、掃除に入る前に悠里は制服に着替えてきた。この店には二種類の制服がある。零士作のバーテンダー服と呼ばれる物と、メイド服と呼ばれる物だ。私と零士はバーテンダー、悠里はメイド服だ。なぜ私もバーテンダーなのかだって?無理だろあんなフリフリ。なんの辱めだ。

「それでうちのお父さんが…」

悠里は仕事中でも構わず話し続ける。時々お客さんとも話しては友達になっている。この子が加わるだけで店内が賑やかになった。元気で、お喋り好きで、憎めない。そんな子だ。

「そう言えば知ってます?あの噂」

仕込みももうすぐ終わりと言うところで、悠里が話しかけてきた。

「「噂?」」

 

私と零士は同時に聞く。すると悠里はニヤニヤしながらこちらを見てくる

「おぉう息ピッタリ!結婚式には呼んでくださいね!」

「そ、そういうのはいい!それで!噂ってなんだ?」

零士は笑顔で軽く流したらしいが、私はなんとなく顔が赤くなっているのを自覚していた。あまり突っ込まれたくないので、私はすぐにその噂について聞いてみる。

「はい!なんと天の御遣いの噂です!」

天の御遣い。その名が出た途端、零士がピクリと反応したのを見逃さなかった。

「黒い空を切り裂き、天から一筋の流星がやって来る!その流星が天の御遣いを乗せて、この大陸を平和に導くだろう!自称大陸一の占い師の管輅って人の占いです!なんかそういうの燃えてしまいますね!」

今日の悠里は絶好調みたいだな

「別に燃えはしないが…天の御遣いとは、大それた名だな」

「ですねー。正直眉唾ですし。それでも、大陸全土でこの噂が広まりつつあります。みんなそれくらい、希望や救済が欲しいほど、この大陸は荒れてるって事ですねー」

悠里の言うとおりだ。この大陸は、そんな不確定な物に縋らなきゃいけないほど追い込まれている。飢餓、病、圧政・暴政、それに伴い生まれる賊。そして人々はさらに虐げられ、虐げられた者もまた賊に堕ち、やがてさらに力無きものを虐げる。まさに負の循環だ。

「いるのなら会ってみたいですねー。天の御遣いさんとやらに」

「あ、悠里ちゃん。ちょっと買い出しに行ってきてくれるかい?」

「了解しましたー!」

悠里は零士から必要な物が書かれた紙とお金を貰い、勢いよく出かけて行った。本当に元気な子だな。元孤児だったとは思えない

「天の御遣いだってさ、咲ちゃん」

「よかったな零士。久しぶりに同郷の人間に会えるんじゃないか?」

「はは、そうだね。一度は会ってみたいな。北郷一刀君に」

どんな子かな、なんて呟き、零士は再び仕事に戻って行った。私も天の御遣い、北郷一刀とやらに会ってみたい。そしてさっさと平和にしてくれと脅してやりたいところだ。

 

 

 

†††††

 

「ただいま戻りましたー!」

それから程なくして、再び勢いよく扉が開かれる。悠里が帰って来たようだ

「おかえり。相変わらず速いな」

「ふふん!足の速さだけなら、誰にも負けない自信があります!あ、それと東おじさんにお客さんです」

「僕にかい?」

「はい!」

そして入ってきたのは、赤色の短髪に、その髪色の如く燃えていそうな男。あいつは…

「久しぶりだな!零士、咲夜」

「「華佗?」」

「お?またまたぴったりですねー!」

 

華佗。五斗米道出身の、主に鍼を使って治療をする医者だ。病に苦しむ人を助ける為に、大陸中を歩いている。私と零士が出会ったのも、二年間の旅の時だ。腕は一流なんだが、治療姿があまりにもうるさい。良くも悪くも、絶対に忘れる事のできない人物だ。

「二人とも元気にしていたか?」

「あぁ、おかげさまでね」

「それは良かった」

華佗は笑顔で答えた。だが

「それで、華佗がわざわざうちに来たのは、世間話をする為なのか?」

私は華佗に聞いてみる。それも十分にあり得る話だが、なんとなくそんな気はしなかった。華佗にしては珍しく疲れているような笑み。そしてどことなく焦っているようにも見えた。それから華佗はしばらく間を置いて…

「…あぁ。実はちょっと、二人に依頼したい事があってな」

「依頼?」

 

零士が聞いた。珍しいな。華佗が私たちに頼みごとなんて…

「あぁ。二人とも、太平要術の書という本を覚えているか?」

「確か、お前が今探している本だよな」

 

私が答える。なんだかキナ臭くなってきたな

「す、すいません!そのたいへーよーじゅちゅの書ってなんですか?」

悠里が申し訳無さそうに尋ねてくる。ていうか、言えてないぞ悠里。

「太平要術の書…。使用者の願望と、その願望が達成する為の方法が記されているものであり、また妖術が使える者にはその力を高めると言われている、とても危険な書だ」

「ふぇー、そんな本があるんですか?願望を叶えてくれるなんて、ちょっと見てみたいかも知れないですね。でもどうして危険なんですか?」

「あぁ、願望を叶えるといっても、叶えるのはその人個人で、まわりの人間は必ず苦しみ、不幸になっていくんだ。そして最後には、書が使用者を操って使用者を不幸にする。さらに太平要術の書は、そういった人々の憎しみや怨嗟の感情を吸い取り、さらに強力になっていくんだ」

「操って、不幸にして、強くなっていくんですかぁ。怖いですね。なんか本なのに、生きているみたい」

 

悠里の言う通りだ。まさに呪われた魔道書って感じだな

「あぁ、それで俺は五斗米道からその書の封印を任されて探しているところなんだ」

「なるほど。わかりました!」

「それで、その書がどうかしたのか?見つかったのか?」

悠里が理解したところで、私は話を戻す。

「実は少し前に、治療で曹操の元を訪れたんだ。おっと、治療といっても、そんなに深刻なものでもないし、病魔は俺が退散させたから心配しなくてもいい。そしてその時に曹操にもその書を見つけたら保管しておいてくれと頼んだんだ。そしてどうやら見つかったらしいんだが、俺が駆け付けた時には、すでに賊に奪われてしまったらしくてな」

華佗が一気に話していく。へぇ、曹操さん、なにか患っていたのか。まぁ、大したことないならいいんだが。それよりも…

 

「曹操さんらしくない失態だな」

 

あの完璧主義者が、子悪党に出し抜かれるとは思えないんだが…

「曹操も、まさか古ぼけた書を取られるとは思わず油断していたらしくてな。それはいいんだが、問題は次なんだ。今巷で、黄巾党と呼ばれるものがいるのは知っているな」

「そりゃあな…!?」

そこで気づく。おいおい、まさか

「もしかして、書を奪われた時期と、黄巾党の発生時期って」

「あぁ、ぴったり重なる。」

 

マジかよ…

「え?それってまさか、黄巾党の人たちがそのなんとかって書を持ってるってことですか?」

「可能性は高いし、俺はそうにらんでいる」

 

十中八九そうだろう。となると、華佗が依頼したい事は…

「それで華佗は今回、私達に黄巾党内部に行って、その書を回収して欲しいということか?」

「さすがに俺一人であの大群に行くのは骨が折れる。それに零士達は黄巾党の首領、張角を知っているんだろう?協力してくれるとありがたい」

つまり、私たちが黄巾党本隊に行き、恐らく太平要術の書を持っているであろう張角達を探すのか。なかなか危険だな

「見返りはあるのか?」

零士が冷たく言い放つ。当然だな。かなり危険なことだ。普通は何かしらの報酬を求めてもおかしくはない。

「悪いがあまり金は用意できない。だから強制もできない。かなり危険な事だ。断ってくれても文句は言えない…」

華佗は申し訳なさそうに答えた。私は零士を見、そこで気づいた。あぁ、こいつは最初から決めていたんだな

「まぁ、華佗の頼みだ。今までかなり助けてもらってきたし、大恩もある。聞かないわけにはいかないな。咲ちゃんもいいかい?」

「構わないぞ」

そう。こいつは鬼畜だが、悪人って訳じゃない。むしろ仲間は大切にするし、友人の頼みであれば基本的に聞くのが東零士という男だ

「いいのか?あまり報酬はないんだぞ?」

 

華佗は申し訳なさそうに言ってくる。真面目が故なんだろうが、そんなことは気にしないでほしい

「さっきも言っただろ。助けてもらってきたんだ。金はいい」

「あ!もちろんあたしもお手伝いします!」

悠里が元気良く返事をする。遊びじゃないんだけどな

「悠里、危ないぞ」

「大丈夫です!自分の身くらい自分で守れます。一人より二人、二人より三人、数は多いに越したことはないですし、それにあたし、探し物得意なんです!絶対役立ちます!」

「……はぁ、わかったよ」

私は苦笑し許可する。悠里は結構頑固なところがあり、なかなか譲らない。どうせこっちが折れるのは目に見えてるから、さっさと折れておいた

「と、言う事だ華佗。協力するよ」

 

私がそういうと、華佗は少し安心したように微笑む

「すまない!ありがとう!」

「さて、話もついたところだし、そろそろ営業開始しようか。じゃあ報酬は……華佗にも営業を手伝ってくれることにしようか。それでいいかい?」

 

零士は立ち上がり提案する。人手が増えるのは構わないんだが…

「あぁ!そんな事でいいならもちろん手伝う。接客は任せろ!」

「お!華佗さん熱いですねー。私も負けませんよ!」

今日はさらに賑やかになりそうだな………

 

それにしても、太平要術の書が黄巾党にあるとは。確かに、あの張角達がこんな大規模な乱を起こすとは思ってなかったが、そんな事になっているかもしれないとは思ってもみなかったな

張角、張宝、張梁の張三姉妹。歌う事を生業にしている旅芸人で、うちの店でも何度か来て歌っていったことがある。その時の彼女たちは、朝廷に対し反乱を起こそうなんて考えているようには見えなかった。三人で歌って、大陸一の旅芸人になりたい。それが彼女たちの夢だったはずだ。もしかしたら太平要術の書は、そんな彼女たちの願いに反応したのかもしれない

知らない仲じゃない。私の方でも、できる限りのことをしてみるのも、悪くないかもしれないな

 

 

 




張郃、悠里ちゃんのイメージはとある科学の超電磁砲の佐天涙子さんです


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黄巾編其二

 

 

 

 

 

華佗からの依頼を受け数日が経った。この数日の間に、いたる所で発生していた黄巾党の連中も、名のある諸侯が次々と打ち破っていった。中でも頭角を現したのは陳留の曹操、呉の孫策、そして義勇軍として活動している劉備の勢力だった。先の二人は元々名のある方だったが劉備は聞かない名だった。その劉備がどうして頭角を現して来たのか調べたところ、理由は二つあった。一つ目は、弱小ではあるもののどうやら戦を選び、勝てる戦を確実に勝ち、着々と成果を挙げていること。そしてもう一つ、これはまだ不確定事項だが、どうやら劉備には天が味方したらしい。これを知った零士は「一刀君は劉備についたか」などと漏らしていた。

そして今日

「さてみんな、準備はいいかい?」

 

数を減らされ、勢いを削がれた黄巾党本隊がようやくその姿を見せた。

「おう」 「おー!」 「オォッ!」

 

零士の号令に対し左から私、悠里、華佗と答える。どんどん熱くなってくのは仕様である

「じゃあ行こう!」

私達は街を出てしばらく歩き、ひと気のないところまで移動する。そしてついたところで、零士は魔術を使う。こいつの魔術、物の構造を理解していればそれを自在に出現させる事ができる、零士曰く想造〈クリエイト〉と呼ばれる技らしい。

ガシャン

作ったのは二台の二輪車。バイクと呼ばれるものだ。

「かー!相変わらず摩訶不思議ですねー」

 

悠里が目を輝かせて言った。確かに、物珍しいものだからな

「はは。まぁ人前じゃ絶対見せれないよね」

私と零士がそれぞれバイクに跨り起動させる。ブウゥンと言う音を立ててバイクは目覚めた。

「あたし咲夜姉さんのうっしろー!」

そう言った悠里は後ろに飛び乗り抱きついてきた。仕方ないとは言え、こう密着しているとドキドキするのは何故だろう

「振り落とされるなよ」

 

私はくっついてくる悠里に対して言ってみる。これだけ抱き着いていれば、振り落とされることもないだろう

「では、俺は零士の後ろだな」

そういい華佗は零士の後ろに乗った。仕方ないとは言え、男二人があんな密着するのはいかがなものなんだろう。

「じゃあ行くよ。かなり長い距離になる。予定通り途中何度か止まって休憩を挟もう。疲れたら言ってくれ」

私達はバイクを走らせ黄巾党本隊へ向かう。作戦内容としてはこんな感じだ。まずバイクで本隊まで接近する。次に、本隊が見えたらバイクから降り、思いっきり突っ込む。この時、曹操軍らが本隊と当たる情報を事前に耳にしていたので、その混乱に乗じ太平要術の書を探す。一定時間が経過しても見つからなかった場合、最悪火を付けて離脱する。目的はあくまで書の確保または処分だ。火を付ける事に関しては既に華佗から了承済みだ。

バイクに乗り、しばらく走っていると

 

「いやっほぉーい!!あたしは風になっているー!!」

悠里の士気は最高潮に達していた。零士の国の言葉を使うのであれば、テンション振り切っているってやつだ。とても今から戦地に行くものとは思えない様子だった

「相変わらず便利だよな。このばいくとやらは」

「今さらだけど、みんなもうバイクについては驚かないんだね。いやそりゃ、今回が初めてじゃないけどさ…」

なんてことを、零士は苦笑いで呟いていた。それも仕方ない。それほどまでに、華佗と悠里との付き合いは長い。逆に言えば、魔術を大っぴらに人前で使うのも、この二人以外にはそうそういない

 

†††††

 

途中何度か休憩を挟みつつ、バイクを走らせること数刻、数里先で砂塵が上がっているのを確認する

「零士!」

 

私が知らせようとすると、零士はただ頷いてくれた。あいつも確認したようだ

「あぁ!黄巾党を捉えた!もう少し接近した後、バイクから降りて突入する!ここは戦地だ、あちこちで戦闘が行われているし襲われる事もあるはずだ。それを返り討ちにしてもいいが、なるべく殺してはいけない。これは華佗からのお願いだ」

「俺は医者だ。さすがに目の前で人を殺されるのはあまり見たくない。だから可能な限り頼む!」

「ということだ。わかったね?」

「りょーかいしましたー!」

 

不殺か。なかなかきついな。まぁ、やれないことはないがな

「わかった。零士、もうすぐだぞ!」

「よし!10秒後、バイクから降りて突撃する。総員戦闘準備!10、9…」

秒読みが開始される。悠里は愛用の長い鉄の棍を取り出す。普段からは想像できないが、こいつはこいつでなかなかの手練れだ

「4、3…」

私も片手でナイフを握る。零士の訓練である程度なんでも使えるようになったが、中でもナイフは一番の得意武器だ

「1、0!行動開始!」

私達は一斉にバイクから飛び降りる。またその際、バイクは消えていた。

「はぁぁーっ!」

悠里の鉄棍での薙ぎ払いを皮切りに、私達はその勢いで周りの黄巾党を蹴散らした。

「とうっ!絶好調!!」

悠里は鉄棍を振り回し突撃していった。悠里の最大の武器は速さだ。足の速さはさることながら、一つ一つの攻撃がとても速い。そこらの三下ではまず捉えられないだろう

「全力全開!」

華佗も、医者のくせしてかなりの手練れだ。拳や蹴りを使って吹き飛ばしたり、鍼で相手のツボを突き動けなくしたりしている

「余所見とはいい度胸だな!」

黄巾の一人が私に襲い掛かってくる。まったく、来なければ助かっただろうに。私は敵の攻撃が来る前に、相手の懐に入り、そして目の前の男を刻んでやった。刻むといっても、切れてはいない。華佗から殺すなと言われていたんだ。ナイフも鍛錬用の切れない奴にしてある。傷もせいぜい濃い痣ができるくらいだろう

それにしても…本当に数は減ってきていたのか?かなり多いぞ

「目的はあくまで書だ。不要な戦闘は避けるんだ!」

零士は今回、悠里に習ってか槍を二本使っている。その二本の槍を使い、周りを吹き飛ばして私たちに呼びかけていた

零士の言うとおりだ。いちいち相手にしていたら、こっちの体力が持たない。

私たちは黄巾の連中をある程度蹴散らしつつ、黄巾党の中枢に進んでいく。曹操軍がいい感じに働いているおかげで、奥に行くほど手薄になって行く。そしてしばらく進むと野営があったであろう場所に着く。

「あるとしたらこの辺か?」

「恐らくね。しかし…」

思っていた以上に広かった。これは骨が折れるぞ

「あーくそっ!とにかく探すぞ!」

私達はしらみつぶしに探し始める。手薄とはいえ、黄巾の連中も相手にしつつなのでかなりしんどい

「ここにもない。そっちはどうだ?」

「ダメだ。ここにはない」

「張三姉妹の姿も見当たらないね」

「うーん…こりゃ本当に火を付ける結果になりそうですねー」

悠里の言うとおりだ。このままじゃ私達がジリ貧だ。そろそろ退き際を…

「そうか火か!野郎ども火をつけろ!その隙に逃げるぞ!」

なに!?

「兄貴!それじゃあせっかくの食料が!」

「馬鹿野郎!命あっての食料だろうが!さっさと火つけてずらかるぞ!」

そして黄巾の一味は瞬く間に火をつけ撤退し始める。辺りは火の海になりつつあった

「えーっと…これ、あたしのせいですかね?」

「いや、どっちにしろあのままじゃ火をつけてたよ」

「クソ!まだ見つかっていないというのに…」

「はぁ。とりあえず私達も撤退だ。早くしないと火に巻き込まれるぞ」

 

 

†††††

 

 

 

そして私達は火の手のあがっている戦地を離脱。近くに丘があったのでそこまで避難する。高地の丘なので、さっきまで戦場だった地が見渡せた。しばらくすると、華佗が口を開く

「すまないみんな。結局無駄足になってしまった」

華佗の表情には、わかりやすいほどの罪悪感の色が広がっていた。そりゃあそうだろう。ここまで来て書は回収出来なかったからな。まぁでも

「確かに回収は出来なかったけど、あの火の勢いじゃ恐らく燃えたよ。だから気にしなくていい」

「そうだぞ華佗。それに書を回収出来なかったのは、どこぞの馬鹿のせいだしな」

私は悠里に視線を向けてわざとらしく言ってみる

「ちょ!馬鹿は酷くないですか!?」

小さいながらも、笑い声が起こる。華佗の表情も少し柔らかくなったようだ

「はは。…本当にありがとうみんな。このお礼は必ずするよ!」

「気にしなくていい。それに…」

しばらく戦場周辺を見ていた私は、ある姿を確認する。少し離れたところで、女の子三人が青い髪の女性に連れられていく姿を。距離があるせいで、流石に顔までは見えず確証はないが、確信はあった

「よかった。ちゃんと保護されたみたいだな。夏侯淵さんには感謝しないとな」

私はボソリと、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた

「ん?どうかしたかい、咲ちゃん」

華佗、悠里と話していた零士が私に尋ねてきた。聞こえいてたのかな

「いや、なんでもない」

まぁいい。少なくとも、私の目的は達成した。それで十分だ

 

 

 



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黄巾編終幕

 

 

 

 

 

 

司馬懿たちが戦場を離脱したほぼ同時刻

夏侯淵視点

 

「フッ!」

燃え盛りつつある地の中、私は目の前の数人の黄巾どもを瞬時に射る。4人の男の心臓を的確に撃ち抜いた

「それにしても、いないな…」

私はある人物たちを探していた。今回の乱の首謀者、張角、張宝、張梁の三人を。なぜ探しているのか、それは私が懇意にしているとある飲食店の友人からの頼みがあったからだ。あれは数日前……

数日前 『晋』

「ふむ、やっと陳留に、華琳様と姉者に会える…」

私は朝廷の依頼で、ここ許昌の政に携わってきた。本来は華琳様の下で働いていたのだが、許昌には有能な文官がいなかったらしく、放っておくと荒れてしまう。それを危惧し、一定の期間ごとに私が監督しに行っていた

「大げさすぎないか?たかが半月かそこらで。それに賊退治に行っては、たびたび合流していたんだろう」

料理を持ってきた司馬懿が訪ねてくる。うむ、今日はかつ丼にして正解だったな。とても美味そうだ

 

「親愛なる華琳様と姉者に一カ月も会えないのだぞ?それに戦場で会えても、ゆっくり話すことも叶わないんだ!」

「お、おう。そうか……珍しく酔っているな…」

「何か言ったか?」

 

司馬懿が何かをぼそりと言ったようだが、私にはしっかり聞こえなかった

「いやなにも。それより今回はずいぶん早く陳留に戻るんだな。いつもならもう少し長くこの街にいるのに」

確かに、この街には平均して2,3か月は滞在しているのだが、今回はそうも言っていられない

 

「ああ。黄巾党の本隊を見つけたんだ。これまでとは比較にならないほど大きな戦闘になるから、私も華琳様の本隊と合流して殲滅する予定になっているんだ」

今までは小さな部隊を相手にしており、私の手持ちの兵でも十分事足りたが、今回はそうも言っていられない。なにせ本隊だ。一五から二十万はいても不思議ではない

「黄巾党…本隊?」

司馬懿がなにやら驚いた表情でこちらを見ている。なにかおかしなことを言ったか?

「夏侯淵さん、黄巾党の首謀者の顔は割れているのか?」

「ん?いや、その辺の詳細はないな」

「そうか…夏侯淵さん、少し協力してくれないか?」

咲夜は深刻そうな面持ちで訪ねてくる。突然雰囲気が変わったので、軽く酔い始めていたものが吹き飛んだきがした

「協力?」

「ああ。私は、黄巾党の首謀者である張角、張宝、張梁の顔を知っている」

「なに?」

首謀者を知っている?と言うよりも

「なぜ今まで黙っていた?」

そう。なぜ司馬懿は今まで黙っていた?あまり考えたくはないが、こいつもまさか

「勘違いするな。私は黄巾党じゃない。て言うか、実は夏侯淵さんも何度か見ているはずなんだ」

司馬懿は私の考えを見透かしたかのように言葉を続ける。それに私も見ているだと?どういうことなんだ

「この店で、女の子三人がたまに歌いに来ていたのは覚えているか?」

「女の子三人…歌?………ああ、確かにいたな。最近では見なくなったが」

「あの三人が張角、張宝、張梁なんだ」

「なんだと?」

あの三人が?とても反乱を起こすようには見えなかったが…

「事態はちょっと複雑なんだ。実は…」

そして咲夜の口から、思いもよらない話が飛び交った。張三姉妹の人となり、そして太平要術の書の危険性。書については華琳様も気にしているようではあったが、まさかそれほどとは。だが、これがもし本当なら、ある意味では張三姉妹も被害者と言えなくもない。

「さて。ここからは、私の個人的な頼みだ」

「頼み?」

「ああ。張三姉妹を、保護してやってくれないか?」

「保護だと?」

「ああ。もちろんそっちにも益はある。黄巾党が本格化する前から、彼女たちにはそれなりに追っかけが存在していた。それだけ奴らの魅力と歌には人を惹きつける。これを利用すれば、徴兵や慰問、兵士の士気の上昇なんかも狙えるはずだ。それに、あんな化け物みたいな人相書きが出ているんだ。保護したところで、彼女たちが何者なのか上の連中はわからない」

私は、現在手配中の張角の人相書きを思い出す。確か髭面の大男で、腕は八本、足は五本、おまけに角や尻尾などもあったな。とても人間とは思えないものだった。それにしても

「それならば、お前がその張三姉妹を保護してやればいいんじゃないか?」

司馬懿は悪人に対しては鬼畜だが、悪い奴じゃないのは知っている。普段は冷たいくせに、今回のように誰かを助けるのも躊躇わない程お人よしなのも知っていた。だが、少し気になった。司馬懿はかなり頭がいい。ここの経営も司馬懿がしているのは知っている。そしてここは飲食店だ。彼女たちの歌を使えば、かなり集客率もあがるはずだが

「張梁はいいんだが、上二人が好かん。我儘すぎる」

即答だった。なるほどな。たしかに司馬懿の性格上、我儘な人物とはそりが合わないだろう

「とりあえず分かった。この話を華琳様にもしておく。最終的に決めるのは華琳様だが、私の方でもそれなりに計らってみるよ」

「すまん、お礼は必ずする!」

現在

華琳様からの許可はすでに得ており、保護することは決まっている。見つけることさえできれば、司馬懿の頼みは果たされるが…

「秋蘭様ー!」

前方で私を呼ぶ声が聞こえる。とある村が襲われた際に協力してくれた者で、現在は華琳様の下で働いている楽進こと凪だ

「この戦場を抜けた先の、森の入り口付近で見つけました!こいつらですね?」

凪は女の子三人を連れてやってきた。間違いない、張三姉妹だ。

「でかしたぞ凪。大手柄だ」

「はっ!」

 

凪は敬礼し、下がっていった。さて、次はこいつらの相手だな

「うぅ…逃げられると思ったのに…」

「ねー?お姉ちゃんたちー、どうなっちゃうのかなー?」

「わからないわ。ここは大人しくしておきましょう」

 

張三姉妹は大人しく着いてくれるようだ。あのメガネの子が確か張梁だったな

「とりあえず、我が主、曹操様の下まで来てもらう。抵抗しなければ、こちらから危害を加えるつもりはない。ついてきてくれるな?」

「どちらにしろ、そうするしかないんだもの。ついていくわよ」

 

賢明な判断だな

「ふむ。ところでお前たち、太平要術の書は持っていないか?」

司馬懿の話では、恐らくこいつらが持っているだろうとの事だったが、それらしき本は見当たらなかった。

「太平要術―?それってー、あの追っかけさんの一人がくれた本のことだよねー?」

やはりこの者たちが…

 

「やはり持っていたか。それはどこに?」

「いきなりどっかの奴らが火をつけたから、なにも持たずに慌てて逃げてきたわ。だからそんなもの持ってないわよ」

ということは、書は灰になってしまったか。致し方ない。この事は司馬懿や華佗にも連絡しておかなければならないな

とりあえず、最低限これで司馬懿の頼みは果たせそうだ。これで貸し一つだぞ、司馬懿よ

 

 

 

†††††

時は少しさかのぼり、黄巾党陣営で火が起きた時

「あー!もー!どこのどいつよ!?勝手に火をつけたの!」

「あついよー」

「クッ、でも好機だわ。この隙に逃げるわよ」

「それさんせー。もうこんな生活やだー」

「ちょ、この本はどうするの?」

「そんな本捨ててしまって。それよりも今は逃げることが先決だわ」

張三姉妹が陣営を放棄し、みるみる内に火の勢いがまし、すべてを燃やし尽くそうとしていた。そして、その光景を、一人の男が静かに眺めていた

「やれやれ、もう少しで燃やされるところでした。危ない危ない」

男は古ぼけた本を手に取り、それについていた埃を払う

「ふむ、上々と言うべきですかな。いい具合に人々の負の感情を吸ったようだ」

男は書を開き、そう呟きながらにやりとする。

「しかしまだ足りない。この書には、これからも働いてもらわねばなりません」

そして男は消え、そこには何もいなくなる

炎は全てを焼き尽くし、鎮火していった。

しかし

邪悪な炎は、消えることはなかった

 

 

†††††

 

数カ月後   許昌   

司馬懿視点

 

私たちが戦場から帰ってから数週間後、夏侯淵さんがわざわざ報告しに来てくれた。張三姉妹、そして太平要術の書の事を。もともと曹操さんもあの書を危険視していたらしく、あの後さらに火をつけたのだとか。しっかり確認したわけではないが、恐らくはもう大丈夫だろうとのこと

黄巾党本隊を撃破した後、その勢力は加速的に減少していった。減っていっただけで、完全に殲滅した訳ではなかったが、それでも大陸に平穏が戻りつつあった。しかし今回の乱は、朝廷にはもはや農民の反乱を止められるほどの力はない、という事を露見してしまっており、民の朝廷に対する不信感はさらに強まったといえるだろう

おっと。張三姉妹についても話さないとな。夏侯淵さん曰く、張三姉妹の扱いは私が提案した通り、軍の徴兵や慰問に使うとの事らしい。今はまだ、曹操さんの陣営の中でしか歌う事はできないが、いつか曹操さんが陣地を広げれば活動範囲も広がり、やがては大陸一の歌芸人になると言っていたそうだ

そして今日

「咲夜姉さーん!こっちですよー!」

「わかっている。そんな急がなくてもいいだろう」

私と悠里は、慰問に来ている張三姉妹の歌を聴きにやってきた。辺りにはそこそこの人だかりができていた。ちなみに零士は店番だ

「お!出てきました!始まるみたいですよ!」

「みたいだな」

「もー、なんでそんな、えーっと…テンションでしたっけ?低いんですか?盛り上がりましょうよ!」

むしろなんでお前はそんなにテンション高いんだよ

「たくっ…ほら、始まるぞ」

私たちは舞台の方に注意を向ける。すると派手な演出の後に、張三姉妹がこれまた派手に表れた

 

「みんなー!来てくれてありがとー!」

「今日は盛り上がっていこー!!」

「私たち数え役萬☆姉妹の演目、最後まで楽しんで行ってください!」

曹操軍に保護された後、張三姉妹はそれぞれ名を捨て、今後は真名のみで活動するとのことらしい。まぁそれまでも、結構真名で活動していたらしかったから、大した影響はなかったようだ

「いえーーい!!」

悠里のテンションは今日も振り切っていた。いや、悠里だけじゃない。まわりの客も、悠里と同様にはしゃぎ、そして笑顔だった。そして

「まぁ、たまには悪くないな」

私は目の前の三人を見て思う。

彼女たちの顔もまた、笑顔であふれていた

「「「いえい!!」」」

 

 

 




こんな感じで、本編の裏側にあったお話を展開していきます。決して、派手な話ではないです


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日常編其一
悠里の一日


今回は張郃こと悠里ちゃん視点です


 

 

 

 

 

 

みなさんこんにちは!あたしは張郃、字は儁乂。真名は悠里って言います!

本日はあたしが語らせてもらいます!

 

さてさて、あたしの朝は以外と早いんです。家族みんなのご飯を作らないといけませんから。最近では、晋で習った料理も作ったりして子どもたちに好評です。あ、あたしの子どもじゃないですよ?うち、孤児達を何人か保護してるんで、その子たちです

ご飯を作ったら、今度は出かける支度です。今日も晋でばりばり働いちゃいます!

「いってきまーす!」

「おー、行ってらっしゃい」

今のはうちのお父さんです。と言っても血の繋がりはありませんが。でもそんなこと関係なくお父さんが大好きです!

 

†††††

 

 

あたしが家を出る頃には、街はすっかり慌ただしくなります。最近では、黄巾党も減ってきてさらに活気付いてる気がします

「おはよう、張郃ちゃん。今日も元気そうだねー」

「おはようございます!元気はあたしの取り柄です!」

「やぁ、張郃ちゃん!今日は店に寄らせてもらうよ!」

「ありがとうございます!必ず来てくださいね!」

街を歩いていると、このようにみんなが話しかけてくれます。時々、差し入れとかも貰ったりしています。本当に嬉しい事です!

 

†††††

 

 

しばらく歩くと、あたしの勤め先である『晋』に到着します。あたしはいつものように思いっきり扉を開けます

「おはようございます!」

挨拶は元気よく!その方が気持ちが良いってもんです。

「おはよう、悠里」

返してくれたのは、あたしが姉さんと呼ばせてもらっている司馬懿こと咲夜姉さん!あたしと同じ黒髪で、肩につくかつかないかくらいの長さの髪。とても整った顔立ちで、女のあたしからみても綺麗だと思ってしまいます

「今日もよろしくお願いします!」

「ああ、よろしくな」

そう言って咲夜姉さんは微笑んでくれた。あたしと年は変わらないはずなのに、とても落ち着いている大人びた人。東おじさんはたしか…クールビューティー?って言ってましたっけ。とにかく!あたしがいろんな面で尊敬している方です!

あたしが別室で着替え終わり店内へ戻ると、厨房には男の人がいました。この店の主人の東零士おじさんだ

「おはよう悠里ちゃん。今日もよろしくね」

「おはようございます!お願いします!」

長身で、髪は寝癖のように跳ねています。本人曰くおしゃれだとか。とても優しくて、面倒見の良い、どこか渋みのある男性です!

最初の仕事は店内の掃除です。飲食店なので清潔は保っておかないといけません。咲夜姉さんと東さんは、料理の仕込み等、主に調理場で仕事しています。お二人の動きは凄いですよー。以心伝心とはまさにこの事です。

何も話していないのに、お互い必要な物を必要な時に渡しています。結婚はいつかと聞くと、東おじさんは笑って流すのに対し、咲夜姉さんは思いっきり顔を赤くして話をそらそうとします。意識しているのは咲夜姉さんだけみたいです

 

†††††

 

 

朝のお仕事が終われば、次はいよいよ開店です!あたしの業務内容は基本的に接客です。東おじさんか咲夜姉さんが作った料理をお客さん達にお出しする係りです!この時たまにお客さんとも話したりします。例えば…

「あ!げんさん!最近、わんこちゃんとはどうですか?」

「何のことだ?つか、あいつを犬扱いしてんじゃねぇ!」

「やだなぁ、げんさん。私は本当に犬の事を言ったかもしれませんのに、いったい誰の事を言ってるんですかねぇ?」

「ッ!?さ、さっさと飯持ってこい!」

なんて、お客さんを弄ったり

「あれ、ももさん?弟分さんが金返せって探してましたよ?」

「うげっ!弟めぇ~。奴は金の亡者か」

なんて、誰かの連絡係になることもあります。この街での顔が広い故ですね!

 

†††††

 

 

「失礼。ここにはメンマは、置いてないのですかな?」

「メンマ…ですか。申し訳ありませんが、うちでは扱っておりません」

お客が引き始め、店内が静かになった頃、店には一人のお客さんがいた。うわぁ、綺麗な人だなー。でもなぜか、残念っていう顔をしてる。なにかあったのかな?

「どうかしたんですか?」

「あぁ、悠里ちゃん。実はこちらのお客様がメンマをご所望でね。でもうちはメンマ置いてないしなぁって話をしていたんだ。咲ちゃんもさっき、買い出しに出ちゃったしでね」

「うむ。宿の主人がこの店を絶賛されていたので来たのだが…メンマがないとはがっかりだな」

「ほう?」

メンマさんは挑発するかのように言ってきた。対して東おじさんも、なにか思うところがあったらしい

「こちらも本当に残念です。メンマさえあれば、お客様に最高のおもてなしを出す事もできたのですが…」

「ふむ」

なぜか二人とも、挑発しあっていた

「あ、あの!よければ買ってきましょうか?」

なんとなく空気に耐え切れず、あたしは切り出してみました。すると視線があたしに集中したので、ちょっとビクッとなってしまいました。だって、なんか怖かったんですもん…

「いいのかい、悠里ちゃん?」

「はい!せっかく来てもらったんですし、東おじさんの料理食べてって欲しいじゃないですか」

「ふむ、では私もご同行してもよろしいですかな?メンマに関しては、私はちょっとうるさいですぞ」

「わかった。なら二人が帰って来るまでに、僕も最高のメンマ料理を考えておくよ」

 

†††††

 

 

というわけで、何故かあたしはメンマさんとメンマを買いに市にやって来ました。なんていうかこの人、掴み所のない感じの人です

「あ、そう言えば、お名前聞いてもいいですか?あたしは張郃っていいます!」

 

私はメンマさんに名前を聞いてみました。いつまでもメンマさんじゃ、さすがに失礼ですからね

「私は趙雲だ。旅の武芸者で、今は仕えるべき主君を探す旅に出ておる者だよ」

お互いに自己紹介を済ませる。メンマさん改め趙雲さんは旅をしている人なんですね。それにこの人、何気にスキがないなぁとは思ってましたが、武芸者だったとは

「趙雲さんはメンマが好きなんですね」

「聞いてくれるか?メンマは私にとって命の次に大切なもの!そもそもメンマは…」

それから店に帰るまで、延々とメンマについての講義を聞いていました。この人のメンマ愛がヒシヒシと伝わってきましたが、正直最後までは聞けませんでした

 

†††††

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

「おかえり。遅かったね。それにちょっと疲れてる?」

趙雲さんは、メンマに拘りがあるらしく、市についてからかなり時間をかけてメンマを探してしまいました

もちろんその間も、メンマ講義は続いてました

 

おかげでちょっぴり疲れちゃいました…

「すまないな。最高の料理を出されるとあっては、こちらも最高のメンマを用意しなくてはならないと思い、少々時間をかけ過ぎてしまった」

店を出た頃は、まだ陽は高い所にありましたが、今じゃすっかり傾いちゃってますからね

「メンマ?なんの話をしている?」

咲夜姉さんが裏からやって来ました。どうやらすれ違いに帰ってきていたようです。私は咲夜姉さんに、今回の事について話しました

「メンマ料理ねぇ。大丈夫なのか零士?」

「ふふ、やるだけやってみるよ」

そして東おじさんは厨房に行き、調理を始めました。しばらくすると、いい匂いが漂ってきます

「完成だ。本日限定、メンマ定食!」

東おじさんは自信満々に料理を趙雲さんにだす。どれも見たことない料理ばかりだけど、凄くいい匂いがします!

「こちらからメンマ丼、メンマ入り豆腐ハンバーグ、そしてメンマです」

最後の一品はメンマなんですね。ん?ハンバーグ?

「え?ハンバーグって肉を使うものじゃなかったんですか?」

私は思わず聞いてみる。確かハンバーグは挽肉を使っていたはず。なのに今回は白いし、何より豆腐と言っていた

「完成していたのか?」

咲夜姉さんはどうやら知っていた様子。新作なのかな?

「あぁ。悠里ちゃんの言うとおり、ハンバーグは本来肉を使う物なんだが、これは肉の代わりに豆腐を使っていてね。豆腐、ネギ、ひじき、そして今回はメンマが入っている。油もあまり使ってないから健康にもいいし、食べてもあまり太らないから女性にも向いているハンバーグなんだ。いい機会だったから作ったんだけど、なかなかどうして、結構な自信作だよ」

 

東おじさんは自身たっぷりと、豆腐ハンバーグについて説明してくれました

「ほぇー。そうなんだぁ。…ゴクリ」

思わず生唾を飲んでしまう。やばい。ちょっと、いやかなり食べてみたいかも

「ふふ、まだ残ってるから後で咲ちゃんと食べておいで」

 

そんなあたしの様子に気づいてか、東おじさんが言ってくれた

「あ、ありがとうございます!」

これは後のお楽しみだね!

「ふむ、この白いのはわかった。ではこちらの丼ものはなにかな?」

趙雲さんは、メンマ丼と称されたものを指差す。こちらもなかなか美味しそうな匂いだ

「こちらは、メンマを卵とじにして、さらに特製のタレ、玉ねぎ、ネギなんかも入っている。ちょっと濃口で作ったけど、メンマ本来の味もちゃんとある。こっちも自信作だね」

 

かつ丼とかの要領で、このメンマ丼が完成したのかな?これも残ってるかな?

「調理されていないメンマがあるのは、何故なのですかな?」

 

趙雲さんがメンマ単品を指して言う。確かになんでだろう?

「相当のメンマ好きとお見受けしたので、そのままのメンマも食したいと思い、出させてもらいました」

 

え?そういうものなの?

「ほほぉ、わかっておるではないか。では頂こうかな」

あ、それで合ってるんだ

 

そしていよいよ実食の時。あたしが作ったわけでもないのにドキドキします!

「どれ、まずはこの白いのを…はむ…もくもく……これは!」

趙雲さんが豆腐ハンバーグを一口食べ、しばらくするとカッと目を見開く。ど、どうしたんだろう

「ふわふわの歯ごたえのはずが、時折あるメンマのシャキシャキ感、飽きが来る気がしない!」

おぉ、なにやら語り始めました

「こちらのメンマ丼も素晴らしい!確かに濃口なのに、メンマの味はしっかり残っており、これがまたメンマとよく絡み合っている!」

どうやら絶賛のようだ。東おじさんも安堵の表情を浮かべています

「感服いたしました。私の名は趙雲、字は子龍、真名は星と申す。貴殿の名を伺ってもよろしいですかな?」

「まさか趙雲とは……東零士だよ。しかしいいのかい?真名まで教えちゃって」

「無論だ。確かに最高のメンマ料理であった。そのものに最大の敬意を払うのがメンマ道。もちろん、そこの二人も真名で呼んでくれて構わない」

「いいんですか?私は悠里っていいます!よろしくお願いします!」

 

おぉ!真名まで知れるなんて!

「こいつら二人はわかるが、私まで呼んでしまっていいのか?ほとんど絡んでないぞ」

「細かい事を気にするな。ここを気に入ったのだ。しばらくは入り浸る。その都度、絡んでいけばよいだけの話ではないか」

「そうか。咲夜だ。よろしくな」

料理が凄いのか、東おじさんが凄いのかはわからないけど、また一人友達ができました。この店では本当に、いろんな人達と出会えて退屈しません!

 

†††††

 

 

星さんが帰った後も、夜までお仕事をします。夜になると時々、柄の悪いお客さんが来て迷惑する事もあるんですが、今日は平和に終わりました。

閉店後は掃除をして終わりです。掃除で始まり、掃除で終わるって感じですねー。

 

そしてその後はお風呂です!東おじさん曰く、「飲食店の従業員が汚いのって嫌じゃない?それに一日の疲れを癒し、明日に備えるためにも、風呂は最適なんだ」だそうです。毎日お風呂はそこらの貴族でも出来ない事なのに、ここではそれが当たり前になっているから、本当に凄いですよね。ちなみに、今日は咲夜姉さんと入りました。詳しくは言えませんが、咲夜姉さんも意外と凄いんですよ?

お風呂から上がれば帰宅です。今日も一日よく働きました。また明日も、楽しい一日なるといいな!

 

 

 




日常イベントは、こんな感じでゆるゆるです


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再会

時間軸は、前回のお話の裏側です


 

 

 

 

 

 

「咲ちゃん、買い出しに行って来てくれるかい?」

「ん?何か足りないのか?」

お昼の混雑時を乗り越え、ようやく一息つけた頃、零士が私に尋ねてくる。俊足の悠里を行かさないと言うことは、急ぎではないらしい

「ん。リストはこれに書いてある。急ぎではないし、お客もしばらくは来ないと思うから、ゆっくりして来ていいよ」

手渡された紙の内容を見る。紙に書く割りには大した量じゃない。

………なるほど。最近忙しかったし、あまり休んでいなかったからな。こいつの事だ、気を遣ってくれたんだろう。だからゆっくりしてこいか

「ふん。ではお言葉に甘えて、ゆっくり買い出しに行ってくるよ」

「あぁ。気をつけてね」

確かに疲れてはいたが、それはあいつだってそうだ。なのにあいつは私に余暇をくれた。まったく…土産くらいは買って行ってやるか

 

 

†††††

 

 

 

とりあえず街にでた私は、当てもなくふらふら歩いてみる。思えば、この街もずいぶん賑わったといえる。三年前ここに来た時は、どことなく寂しい雰囲気だったからな

「店主。そこの饅頭、一つくれるか?」

「おぉ、司馬懿さん。今日は休みですかい?」

ここは、私のお気に入りの饅頭屋だ。定期的にここに来ては、こうして店主と話したりしている

「いんや、今は休憩中だ。最近店の方はどうだ?」

「ぼちぼちですね。まぁ一家を食わせてあげれる程度には儲かってますよ」

「そりゃ結構な事だ」

その後も、店主と他愛ない会話を続けて行く。最近の流行りや、奥さんの愚痴、そしてその愚痴が聞こえていた奥さんに鉄拳制裁されるなど、なかなか楽しい時間だった

「さて、そろそろ行くよ。これ勘定な」

「あら、もう行くのかい?また来るんだよ」

私は勘定を渡し、その場を後にする。ちなみに店主は店の中で伸びていた。まぁ、いつものことだな。さて、そろそろ買い出しに行くか

†††††

 

 

 

私は市に到着する。ここ許昌は、洛陽ほどでないにしろ、そこそこいろんな物が入ってくる。様々な地の、様々な行商人がやって来るので、うちのような多種多様な料理を出す店でも、必要な物を揃える事ができる。三年前店を構える際に、零士がわざわざ許昌を選んだのも、これを見越しての事だそうだ。

「これとこれ、後それも頼む」

「まいど!」

私は店の店主に指示し、買い物リストに書かれていたものを揃えていく。よし、買い出しは終了だ。思った以上に早く終わったな。まぁいい。あいつらの土産も見てかないとな。

私は土産を探すべく、街の方へ戻ってきた

 

さて、何にしようか。肉まん…何か違うな。甘味?…私の気分じゃないな。……果物でいいか。桃とか甘くていいだろう。よし、そうしよう。私はこの辺で桃を買うべく、辺りを見回してみる。…あった!あそこで桃が売ってるな。

私は桃を買おうと店の前まで行く。そこで初めて気づく。店の前に、赤髪で、アホ毛が触角のようにみょんみょん動いている女の子の存在。その子がよだれを垂らしながら桃を見ていた。って!あれって…

「恋?」

赤髪の女の子は、あろうことか私の友人だった。呂布、奉先。真名は恋。私の友人である董卓こと月のところの武将だ

「恋、何しているんだ?」

私は問いかけてみる。反応がない。桃に釘付けのようだ。

「この子、あんたの知り合いかい?さっきからずっとこの調子なんだよ。買ってくれるならいいんだけど、金がないと言うから、こっちも困ってんのさ」

店員さんがため息まじりに言ってくる。どうやらそこそこ長い時間、ここにいたようだ。

「恋!」

私はもう一度呼びかける。今度はこちらに気づいたようだ。

「………咲夜?」

恋は小首をかしげる。どうしてここに?と言っているようだった

「忘れたか?私はこの街に住んでるんだ。それより恋こそどうした?こんなところで」

そこで恋は再び意識を桃に向ける

「……桃……」

知り合いなら買ってやれ!という無言の圧力を店員から受ける。はぁ、仕方ない

「恋、私も桃を買うんだ。ついでに買ってやるから、何個いるか言ってくれ」

「…いいの?」

恋は一間置いて、申し訳なさそうにこちらの顔を伺ってくる

「あぁ。さぁ、何個食べるんだ?」

「…ん」

恋は人差し指を立てる。一個って事らしい

「本当に一個でいいのか?」

こいつが大食漢なのは知っている。だから一個なんて、絶対足りるわけないのは目に見えていた。恋なりに、気を遣ったのだろう

「…じゃあ」

今度は両手の指を全て見せる。十個か。相変わらずよく食うな

「十個だな?店員さん!私に桃を三個、この子に十個渡してくれ」

「はは、まいどあり!」

桃を貰った後、恋と一緒に『晋』を目指す。その道中、なぜここに来たのか聞いてみた

「…お仕事?」

恋は小首をかしげて答える。なんで疑問形なんだよ

「一人でか?」

今度は首を横に振る。どうやら随伴者がいるらしい。当然か。こいつ一人だと不安でしかない

「ちんきゅと一緒…でもはぐれた」

ちんきゅ?そんな奴、月のところにいたか?新しく入ったのだろうか

「それで、そいつと離れた恋は、なんで桃を見ていたんだ?」

「お腹空いて…肉まん食べて…お団子食べて…桃食べたかったけど、お金がなかった」

つまり、肉まんと団子を食べて、酸味が欲しくなって桃を買おうとしたら、既に金が尽きてたというわけか。て言うか、どんだけ食ってんだよ

「あむ…んくんく…」

一通り話し終えると、恋は桃にかぶりつく。一口一口は小さいのに、減りが速い。そしてどんどん頬が膨らんでいく

「はうっ!」

もきゅもきゅと食べ続ける恋の姿を見ていると、突然胸を何かに突かれたかのような衝撃がくる

か、可愛すぎる…!

「……こくん。…どうかした?」

恋に見惚れていた私は、突然恋に話しかけられびくりとする。やめろ!そんな潤んだ瞳で見つめないでくれ!惚れてしまう!

「な、なんでもない!…それより、月や詠は元気か?」

私はたまらなくなり、話題を変える。不自然過ぎるだろうが、恋はそんな事気にしないはずだ

「…月も、詠も、霞も、華雄も、みんな元気」

「そっか。よかったよ」

どうやら元気らしい。しばらく会っていなかったからな。また近い内に会いに行きたいな

私と恋は店に着く。恋もしばらくは、店でゆっくり桃を食べるそうだ

 

†††††

 

 

「おかえり咲ちゃん。…おや?後ろの子は恋ちゃんじゃないか。久しぶりだね」

 

私と恋は『晋』に帰ってきた。零士は恋を見つけるなり、話しかけてきた

「さっき桃を買う時に偶然会ってな。しばらく置いてやってくれ。それとこれ、お前と悠里に土産だ。後で食べるなり、調理するなりしてくれ」

 

私は買ってきた桃を手渡す。零士は少し困ったように笑っていた

「はは、よかったのに。でもありがとうね。恋ちゃんも、ゆっくりしてていいよ」

「…ん」

恋はコクリと頷き、そして目の前の桃に集中し始める。あぁ、またあんなに頬をパンパンにして…

「あの子は相変わらず、小動物みたいに食べるんだね」

零士も、ほんわかした表情で呟く。気づけば、お茶しにきた周りのお客さんも、恋を見てほんわかしていた。さすが恋、食事をしているだけで周りを癒すとは。そこでもう一つ気づく。いつも明るいあの子がいない

「零士、悠里はどうした?」

いの一番に飛びついて来そうな悠里がいなかった。通りで静かな訳だ

「おっとそうだった。悠里ちゃんなら、ちょっと出かけてるよ。僕もちょっと、料理考えたいから裏にいるね。何かあったら呼んでね」

そういって零士は奥に引っ込んだ。悠里は出かけていたのか。すれ違ったかな

その後、私は業務に戻る。と言っても、特にやることはなく、注文を受けては提供するだけだった。

「そう言えば、黄巾党三万人をお前一人で倒したって話本当なのか?」

私は恋に問いかけてみる。まだ、黄巾党が活発に動いている頃、たった一人の武人に黄巾党の三万人が壊滅状態になったという噂があった。その武人の名は呂布。それを聞いたとき、恋ならやりかねないとは思ったが、さすがに信じきってはいなかった

「……本気は、出した」

恋がぼそりと言う。明確な答えを得た訳じゃないが、恋が本気を出したとなると、あながち間違いじゃないかもしれないな

「呂布どのー!!探しましたぞー!!」

突然扉が開かれ、小さい影が入ってきた。それはまっすぐ恋に向かっていった

「…ちんきゅ」

こいつが恋の言っていたちんきゅか?ずいぶんと小さい子だな

「お前が恋の随伴者か?」

私が小さいのに話しかけると、小さいのは私を睨みつけた

「なぜお前のような者が、呂布殿の真名を知っているのですか?」

「なぜもなにも、恋は私の友人だが?」

「なんですとー!?本当なのですか呂布殿!」

「…ほんと」

「そ、そんな…ねねですらまだだというのに…」

ちんきゅは膝から崩れ落ちた。恋もずいぶん慕われていれているんだな。

「お前、月や詠の部下か?」

「むむ、月や詠の真名まで…お前、何者なのです?」

「私はこの店の従業員の司馬懿だ。月や詠、恋とは旧知の仲だ」

「なんと、そうだったのですか。ねねは陳宮と言います。少し前に呂布殿に拾われ、それ以来呂布殿付きの軍師をやっているのです!」

へぇ、こんななりで軍師か。ってことは、そこそこ頭はいい訳だ。

「ここには仕事か?」

「はいなのです。ここ最近の許昌の発展は、目を見張るものがあるのです。なので視察にやってきました」

「なるほどな。それで街を見てて、恋とはぐれたのか。…ん?待ってくれ。なんで天水の人間がわざわざ許昌に?確かに月のところは官軍だったが」

「それはまだ詳しいことは聞いていないのですが、月はどうも天水から洛陽に移動のようなのです。それで洛陽に近いこの街を見にきたのです!」

「へぇ、出世したのか。よかったじゃないか」

自分で言っておきながら、出世という言葉に違和感を感じた。なにか妙な胸騒ぎがしてならなかった

「呂布殿!そろそろ行きますぞ!司馬懿殿、世話になりましたぞ」

「…ん。咲夜、ありがとう」

「ああ、今度はうちの料理を食べにきてくれ」

「ん。零士の料理、好き。必ずくる」

しばらくして、恋たちは帰っていった。それと入れ替わるように、零士が裏から戻ってくる

「あれ?恋ちゃん、帰っちゃったのかい?」

「ああ、今しがたな」

その後、悠里が女性と一緒にメンマを持って帰ってくる。女性の名は趙雲。なにやら零士にメンマ料理を頼み、わざわざ買いにいっていたそうだ。そして出されたメンマ料理を気に入り、星という真名を教えてくれた。

そしてその晩

 

 

†††††

 

 

 

今日の営業も終わり、悠里と風呂に入った後、私は零士に今日の事を話す。三万人対恋の事、恋が周りを癒していた事、そして

「そう言えば、詳しい事はわからないが、どうやら月が洛陽に移るらしい」

なんとなく、ポツリとこぼしてみる。

こいつの事だ、へー凄いね、なんて返ってくると思っていた。だが、そんなものは簡単に裏切られ、零士は雰囲気を変えていた

「そうか。…咲夜、もしかしたらマズイ事が起きるかもしれない」

零士は真面目な表情でそう答えた。

そして

その零士の予想は、当たってしまうことになる

 

 

 




次回から反董卓連合編です


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反董卓連合編
反董卓連合編其一


 

 

 

 

 

 

恋や星と会って約一ヶ月が経とうとする頃、大陸には激震が走っていた

 

 

 

時の帝である霊帝の崩御、あと目争い、何進の暗殺

 

 

 

そして何進の後に入れ替わるように上洛した月達の勢力

 

 

 

大陸は再び揺れ動いていた……

†††††

 

「たしか董卓さんって、お二人のご友人でしたよね?どんな人何ですか?」

人が引き始め、とくにやることもなくなった時に、悠里が尋ねてきた

「月か…一言で言えば、とても優しい子だな。家族を大切にする。普段は気弱そうなのに、時々しっかりしていて、なかなか責任感も強いな」

「へぇ…いつ頃知り合ったんですか?」

「そうだな。あれは確か…」

私は月との事を思い出す。

初めて出会ったのは五年前、私と零士が出会い、約二ヶ月が経とうとしていた頃だ

あの時の私は、零士と武術の訓練をしつつ、大陸中を渡り歩いていた。当時の私はあまり体力がなくてな。初日なんか歩いていただけで息が切れていたよ。それでも二ヶ月で、だいぶマシになったがな。まぁそんなある日、もうすぐ天水に着くといったところで、事件が起きたんだ。

†††††

 

 

 

五年前

「零士、街が見えてきたぞ」

「ようやくだねー」

私はまだ距離があるも、しっかりとその姿を見せた街を指さしつつ言った。ずっと外で寝ていたからな、ひさしぶりに寝台で寝たい

「街についたらどうする?」

「まずは寝床の確保だね。その後は日銭を稼げるとこを探す」

 

………ちょっと待て

「金ないのか?」

「あはは、何とかなるさ」

「はぁ…」

まったくこいつは…慣れてきたとは言え適当すぎる。呆れていると一台の馬車が物々しく走っているのが見えた。すると零士が表情を変える

「あれは…まずいな。恐らく人攫いだ」

「はぁ?どうしてそんなこと」

「理由は二つ。一つ目は、一瞬だけど小さな女の子が縛られているのが見えたこと。二つ目は、馬車を引いている人間の気が商人のそれじゃない。あれは人殺しの気配だ」

そんなこと、あの距離の、それも一瞬でわかるのか。普段ボケっと抜けてるくせして。………って!!

「おい、早く行って助けないと!」

なに呑気にしてるんだよこいつは!

「わかってるさ」

そう言うと、零士の手から一組の弓と矢が現れた。まさか

「おい零士、結構距離あるが大丈夫なのか?」

私たちと馬車の距離は結構あった。弓で届くような距離じゃないはずだ

「問題ないよ。僕が援護するから咲夜はとりあえず走って救出に行ってくれるかい?」

「わかった!」

返事を言い終わる前に私は走り出していた。こいつが私の事を『咲夜』と呼ぶ時は信じていい時だ。間違いなくこいつは矢を当てる。なら私はその後の仕事をこなすだけだ

「フッ!」

矢が放たれ、それは見事に騎手を撃ち抜いた。異変に気づいた悪党の仲間が馬車から降りるも、全員その場で射殺されていった。全員出てきたのか。間抜けな奴らだ。一人くらい中にいなきゃだめだろう。こちらとしては好都合だがな。私は急いで馬車へ駆け寄り中を確認する。中には確かに女の子がいた

「お前、大丈夫か?」

白い服を着た少女は酷く怯え震えているものの、怪我らしい怪我は見当たらなかった

「あの、あなたは…」

「あぁ、私は司馬懿。旅のもので偶然この馬車を見つけてな。変わった雰囲気だったから駆け寄ったが、何があったんだ?」

「あの、ありがとうございます。街を歩いてたら、その、知らない男に連れ去られて、それで、う、ふぇぇぇーん」

「お、おい。泣くなよ。もう大丈夫だから、な?」

「す、すみません、でも、うぇぇーん」

とっさの事でどうしていいのかわからず、とりあえず抱きしめてみた。怖かったんだろうな。泣き止むまでは側にいてやるか

「咲ちゃん、大丈夫かい?」

すると零士がこちらにやってきた。呼び名が『咲ちゃん』に戻ってるって事は、脅威はなくなったようだ

「あぁ、お前のいう通り、中に女の子がいた」

「そっか。どっちも無事で何よりだよ」

しばらくすると女の子も泣き止み、落ち着きを取り戻していた

「やぁ君、大丈夫かい?僕は東零士。咲ちゃん、司馬懿ちゃんと一緒に旅をしているものだよ」

先に口を開いたのは零士だった

「はい、だいぶ落ち着きました。助けて頂き、ありがとうございます。私は、董卓と言います」

「董卓!?」

零士は小声だったが、なにか驚いているような感じだった。こいつは確か、私の名を聞いた時も驚いていた気がしたな。なにかあるのか?まぁいい、とりあえず先にこの子を町に返さないとな

「よろしく、董卓さん。災難だったな。私達は天水に向かうところだし、よければ家まで送るぞ。零士もそれでいいな?」

「あ、あぁ、もちろんだよ」

「いいんですか?」

「いいと言っているんだ。人の好意には甘えておけ」

「は、はい!」

†††††

 

現在

「っとまぁ、これが私と月の出会いだな。その後は月の屋敷に招待されて、一ヶ月程滞在していたよ。その間もいろいろあったぞ。みんなが零士の料理食べて絶賛したり、零士が軍部の連中と訓練してボコボコにしたり」

「ヘェ~…って東おじさん半端ないですね」

「あはは。あの時はみんな若かったからね。今やったら、勝てるかわからないな」

そう言えば、あの時私も一緒に訓練して、恋や霞、華雄と一緒にボコボコにやられたな。まぁこれは言わなくていいか

「そっかぁ。そんな人なら、今の洛陽をもうちょっと住みやすくしてくれますかねー。あそこ酷いですからねー」

悠里の言うとおりだ。月や詠なら、洛陽をかつての都に戻せるかもしれない。だが、零士は何やら不信感があったようだ。あいつの辿った歴史では、董卓は暴政を敷き、己の欲望のみを満たす生活をしていた。それに対し各所の諸侯が立ち上がり、反董卓連合を結成。そして董卓を討ち滅ぼしたらしい。その知識があったからだろう。五年前、初めて董卓の名を聞いたとき驚いていたのは。あの心優しい少女が暴政を敷くわけない。実際、天水の治政はかなり安定している。民からの支持率も高いほうだ。それなのに、何故そんな歴史を辿るんだ…

†††††

 

月たちが洛陽入りして数日、私と零士は洛陽の情報を逐一集めていた。まだ公に発表があったわけではないが、十常侍を筆頭に、重税や賄賂に手を出していたもの粛清したらしい。そしてその後の治政も、暴政どころか洛陽を立て直す作業が行われ、幾分か住みやすくなったと聞いた。これを知った零士はこんなことを呟いていた

「歴史は勝者によって描かれる…か…。この言葉をこれほど実感したことはないな」

「どういうことだ?」

「僕のいた世界が1800年後の世界ってのは言ったね。そこで得られるこの時代の歴史や情報は、全て書物によっての物なんだ。だから確かめようがない。それが事実かどうか」

そりゃそうだ。今このとき、何があったか詳しくわかるやつは、今を生きている人間だけだ。そんな未来の人間が知れるわけがない。いたらそいつは化け物だ

「歴史は、常に勝者に焦点を当てられていることが多い。その割には、勝者にとって得にならない情報はほとんど乗ることはない。必ずあるはずなんだ。後ろめたいことの一つや二つ。しかしない。なぜか。勝者がそれを隠した、もしくは敗者になすりつけたかになる」

「しかし、中には真実を伝えようとする者もいるだろう?」

「そういう人間はことごとく消される。もしくは、伝えることはできても、その情報を潰され、やがて伝わることもなくなっていく。そうして真実は闇に溶け込むんだ」

「もし、反董卓連合が結成されたら、その連合側に董卓を陥れようとする者がいるということか」

「今後暴政の噂が流れたら、その陥れようとしている奴が実際暴政を行った犯人だろうね」

街を良くしようと頑張っているのに、いつのまにか民を虐げる悪党にか。そんなこと、なければいいんだが…

†††††

とある軍師視点

クッ、途中まで上手くいっていたのに…

僕と月が上洛しまずしたことは、十常侍や無能な文官の粛清だった

この粛清に力を貸してくれたのは劉協様だった。彼女もまた、この大陸を立て直したかったのだろう

結果、十常侍は全て弾圧することができ、洛陽の立て直しも順調に進んでいた

それなのに…!!

「おい詠!こっちの準備は済んだで!手筈通り、うちと華雄で汜水関の防衛に回ればええんやな?」

「頼むわ!」

「詠!こっちも準備できたのです!ねねと恋殿で虎牢関の防衛に行くのです!」

「ねね、お願いね!」

「任せるのです!詠はどうにかして、月と劉協様を助けるのですぞ!」

「せやで詠!ほんで勝って、またみんなで酒飲もうや!」

「そうね。それじゃあ二人ともお願いね!必ず生きて帰ってくるのよ!」

「任せとき!」「おーなのです!」

 

 

 

必ず、必ず助けるからね!

だからどうか無事でいて!!

 

 



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反董卓連合編其二

 

 

 

 

 

暴君董卓が、何進、劉弁を暗殺し、十常侍や多数の文官も一斉に粛清

そして劉協を傀儡とし、洛陽で暴政を敷いている

そんな噂が大陸中に広がっていた

それに対し、名門袁家が各地の諸侯に檄文を送る

逆賊董卓を討ち、洛陽の民を救う

反董卓連合の結成だった

†††††

私と零士はバイクに乗り走っている。

洛陽に向けて、真実を確かめるために

今回の件について、私と零士は違和感を覚えていた

暴政の噂は本当に突然流れた。

それなのに、それ以前の、月たちが洛陽を立て直しているという噂は浸透していなかった。各地の商人に話を聞いても、そんな噂は聞かないという答えが多かった。普通はそういった良い情報はすぐ流れるものなのに、誰かが作為的に情報を潰していたとしか思えない

そして今回の暴政の噂。これは逆にすぐ流れた。それまではそんな話、一切聞こえてこなかった。というより、ここしばらく、洛陽についての詳細な情報を得ることができなかった。そしてこれだ。これもまた、何者かが洛陽についての情報に規制をいれていたかのようだった

 

 

極めつけは今回の連合結成。明らかに時期が早すぎる。洛陽の暴政の噂の直後には既に組まれつつあった。発起人は袁紹。だが、袁紹の勢力が最近洛陽に来たという話は聞いていない

全てに違和感があった

 

何か、思っても見ないことが起きている

 

そんな気がしてならなかった

「咲夜。一つだけ聞いていいかい?」

バイクを飛ばしていると、零士が問いかけてくる。

そうそう。今回、悠里は来ていない。悠里には黙って、こっそり出てきた。今回はさすがに危ない気がしたから

「なんだ?」

私は内心焦っていた。月は、みんなは無事なのだろうか。そんな事ばかりを考えてしまっていた

「もしだよ。もし、本当に暴政の噂が真実だったら、咲夜はどうする?」

思っても見なかった事を聞かれ、私はバイクを減速し、やがて止める。それに気づいた零士もまたバイクを止めた

「何を言っている?」

私は問いかける。私が言っておきながら、この言葉は私にも言える事だった

「わかっているはずだよね?月ちゃんが暴政をしている可能性が、ゼロじゃない事を」

あぁ。わかっているさ。零士の言うとおりだ。心の片隅にあった、考えたくない可能性。

あり得ない、あって欲しくない。だが…

「もしその場合…友人として私が引導を渡す…」

可能性は捨てきれない。だからせめて、私が殺す。間違った道に進んでしまったのを正すのが友人の務めだ

「だけどな零士」

「ん?」

「私は月を信じてる。そんな根も葉もない噂より、私は私がよく知る友人を信じたい!」

今回のこの乱は、確実に何かあるはずだ。だから、ここまで仕向けた黒幕を、私が殺してやる

数刻、私たちはバイクを走らせる。誰もいないはずの地をただひたすら。もうすっかり夜になってしまったな。私たちがとった道は、洛陽への直進コースではなく、時間の掛かる獣道の多いコースだ。まっすぐ行けばすぐ着く距離だが、恐らく最短距離は戦場の可能性が高い。そんな危ない所、通る気になれないので、あえて迂回した。結果、予想は的中。時間はかかっているが、私たちが走っている道は警戒がざるだった

はずだったが…

ヒュンヒュン!

「「!!?」」

突如矢が飛んでくる。私たちはすぐさまこれを避け、バイクから降りて森の中に隠れる。今は夜だ。私たちは黒い服を着ているし、そうそう見つかる事はないはずだが

「警備なんていないと思って、大胆に動き過ぎたかな」

「いや、相手も相当目が良いみたいだな。普通、この暗さであんな正確に矢を放てると思えない」

さて、不味いぞ。向こうは恐らく私たちが見えている。チッ。今回はとことん後手に回されるな

「零士、そっちで何人確認してる?」

私たちはできるだけ小声で話す。これで耳までよけりゃ、なかなかの化け物だな

「15…いや20か。思ったより少ない。分隊か、あるいは少数精鋭か…」

ヒュンッ

「うお!」

カキンッ

私はすんでのところで飛んできた矢を弾き落とす。危なかった…だが

「あれが大将か?捉えたぞ」

私は矢の軌道、その先に感じた殺気と気を感じ、相手を捉える。私も目の良さに関しちゃ、自信アリだぞ!

「零士!私がやる。援護してくれ」

「了解。殺すなよ。聞きたいことがあるからな」

「そのつもりだ」

私は木から離れ、一気に距離を詰める。その瞬間、多数の矢が来るが、これを零士が前に出て全て叩き落す。一瞬生まれる隙、この瞬間にさらに距離を詰める

いた!あれだな

私はナイフを構える。相手も私に気づき、手にした弓で殴りかかってくる。

ハッ!接近戦は苦手か?遅いぞ!

「フンッ!」

私は相手の弓を解体する。敵はそれに驚き、一瞬膠着する。私はその瞬間を見逃さず、相手を掴み、そして組伏した

「ふぅ…おっと、抵抗するなよ。聞かなきゃいけないことがあるからな」

「クッ…貴様、どこの者だ?」

あぁ?この男、どこかで…

「そっちは終わったかい?」

零士がゆっくりとこちらに向かってくる。ずいぶん余裕だなと思い、辺りを見てみると、そこには20人ほど人間が転がっていた

「まさか全員倒したのか?」

「まぁね。でも殺してないよ。見たところ董卓軍みたいだし」

私は若干呆れ、ため息を漏らす。相変わらず容赦のない奴だ

「さて、そこの人は…あれ?君どこかで………あぁ思い出した。君、5年前に月ちゃんのとこにいた張済さんだよね」

「な、なぜ私の名を……な!?あ、東殿!?」

張済、張済………あぁ、5年前、零士にボコボコにされた軍人の一人にそんなのがいたなぁ

「咲ちゃん、離してあげよう。これはある意味ツイてた」

そういう零士の顔には、笑みが張り付いていた

 

 

 

†††††

 

 

「さて、張済さん。今洛陽で何が起きてるんだい?」

私たちを襲った襲撃者は、董卓軍の張済だった。五年前、月のところに居た時に一緒に訓練した人物のうちの一人だ

「は!我々は中央からの要請で、軍事補強ということで上洛しました。しかし、上洛当時の洛陽は酷いものでした…。重税、暴行、賄賂、腐り切っていました。しかもそれを、帝のご子息である劉弁様、劉協様の意思に反した、十常侍や奴らに与した文官によるものでした。それを見かねた董卓様、賈詡様は、劉協様の御協力もあり、十常侍や文官の粛清に成功しました。その後は、我々が代わり洛陽の立て直しに取り掛かり、順調に治安も良くなりつつありました」

そこまでは、私たちが得た情報にも合う。月は暴政を行っていなかったんだな…本当によかった

「そこまでは僕達の調べた通りだね。問題はその後か。ある時期を境に、洛陽の情報が一切入らなくなった。そして流れた何進、劉弁の暗殺。何があったんだ?」

「何進大将軍に関しては、我々が上洛する以前に既に殺害されていました。我々はその後釜という形で上洛しましたから。無論、我々は無実です。賈詡様の推測では、何進大将軍は用済みとなり、十常侍に暗殺されたのだろうとのことでした」

「まぁ、十中八九そうだろう」

「はい。問題は劉弁様の件です。我々が上洛して一ヶ月が経とうとする頃、ある事件が起きました。それが劉弁様の暗殺です」

「って事は、劉弁殺害の噂自体は真実なのか。犯人は特定したのか?」

「はい。最悪の形で判明しました…」

「最悪の形?」

私が聞くと張済さんは苦々しい顔になった

「犯人は、弾圧したと思われていた十常侍の生き残り、張譲と段珪でした」

「粛清に失敗していたのか?」

「恐らく、粛清部隊の中に、奴らの息のかかった者がいたのでしょう。その者らが偽りの報告をし、張譲と段珪は死んだ事になった。そして劉弁様を殺した」

「なるほどな。だが、それならすぐに奴らを殺しに行けば済む話だろ。なぜこんな事態になっているんだ」

「私が言いたかった最悪の形…董卓様と劉協様を人質に取られたのです…」

「なに!?」

月が人質?………なるほど、見えてきたぞ、今回の事件

「我々が劉弁様暗殺の報を聞き、取り調べているところに、張譲と段珪が董卓様と劉協様を人質に取り現れました。そして奴らは、董卓様の命が惜しくば命令に従えといい、今に至るというわけです」

思った通りだった。詠は月を溺愛している。その月を囚われたんだ。従うしかない。洛陽についての情報操作も、恐らくは張譲と段珪の仕業か。そしてその二人の内どちらかが、袁紹の下へ行き、暴政があったと吹き込んだ。そんなところか。だが、まだわからない。目的は一体なんだ?何故月たちを嵌めて、戦争なんか起こした?それも情報操作をしていたという事は、最初から月たちを嵌める為になる。いったいなんなんだ…

「洛陽では、賈詡様が董卓様を捜索中です。しかし、監視も居ますし、連合の脅威もあり、順調とは言えません…東殿、司馬懿殿、差し違えなければ、我が主、董卓様の救出に手を貸してくだされませんか!?」

そう言った張済さんは頭を下げた。張済さんの手は震えていた。主を奪われ、恥辱にまみれ、自分で救出に行きたいにも行けず、私たちに頼む。彼の手の震えが、その悔しさを物語っていた

「なるほど。だいたいわかった。これはますます、洛陽に行かないといけなくなったね」

零士はこちらに向き微笑んだ

「あぁ。大切な友人が囚われたとあっては、引かない訳にはいかない」

「では!」

「あぁ。その張譲と段珪ってやつ、私が殺して月を助けだす!」

「!!…うっ、くっ、感謝します!」

張済さんは、涙を流していた。ふふ、あんな月でも、ちゃんと太守なんだな。

こんなにも慕われているなんて。この人の為にも、必ず助け出さないとな

 

†††††

 

 

 

その後、張済さんの誘導で洛陽に向かう。さすがに深夜ということもあり、何度か休憩を挟みつつ向かった。その道中…

 

「さて、どうしたものかな」

「………この戦争の事か?」

零士は無言で頷く。今回の戦は、暴君を討つ為に結成された正義の連合による正義の戦。世評も、月が暴君であると認識され、連合軍を支持している。つまりこの戦は、暴君を討たない限り終わりはない。戦争の終結には、董卓という贄が必要だった

「実際の黒幕は、張譲と段珪だ。だが、証拠がない。いや、あるにはあるか。劉協という証人が立証してくれたらもしかしたら」

「うん。でも確率は低いね。結局、劉協が何を言ったところで、董卓に脅されて言わされていると思われるだけだろう」

「そうなるよなぁ」

私はもう一つ、案を思いつく。だがこれも、運の要素が強い

「なぁ、張済さん」

 

私は先頭を行軍していた張済さんに話しかける。張済さんは歩む速度を緩めるも、止まることはなかった。張済さんも、だいぶ焦っているな

「なんでしょう?」

「今の連合軍に、月の顔を知っている人間はいるのか?」

「どうでしょう…賈詡様は董卓様の事をひたむきに隠そうとしていましたが…実際に賈詡様に聞かなければなんとも」

「そうか、ありがとう」

「ははぁ、なるほどね。いい策かも知れないけど、少しばかり運頼みな感じだね」

「あの、何の話でしょうか?」

 

張済さんの表情は疑問で満ちている様子だった

「この戦を、どうやって終わらせるかだ」

「勝てば良いのでは?」

「それじゃあダメだ。仮に今回勝てたとしても、月の風評はさらに悪くなるし、今後も命を狙われる。この戦争が起きた時点で、あるいみ月に救いはないんだ。月が死ぬまで、戦は終わらない」

「そんな!」

「落ち着いてくれ張済さん。僕たちはそうならない為に、今考えているんだ」

「むぅ…申し訳ありません」

 

張済さんは少しシュンとなった。そんな張済さんに、私は説明し始める

「一つ案があるんだが、その案がなかなか運任せなんだ。前提条件として、連合軍側に月の顔を知る者が一人もいないこと。もしいなければ、私たちが助けた後、どこかに逃がし、董卓の影武者として、屍を一つ用意する。董卓軍の誰かが董卓を殺した事にすれば、今後命を狙われる事もないはずだ」

「なるほど。確かにそれならば…しかしなかなか厳しい条件ですな」

「まぁな。だが、月を無事に助け出すには、この策が一番なんだ」

「とりあえず、詠ちゃんとも話し合ってみようか。恐らく連合側もまだ、汜水関あたりだろう。まだ時間はあるはずだ」

零士の言うとおりだ。先の事も重要だが、まずは月の救出が最優先事項だ。助けた後考えればいい

その後も私たちは洛陽を目指す。いざ救出って時に力が出なきゃ意味がないってことで、一度長時間の仮眠を取った。そして起きる頃、辺りはすっかり明るくなり、陽が差していた。そして…

「いよいよだな」

「ああ。気を引き締めよう」

私たちは洛陽に着いた

月を助け出し、元凶をこの手で討つ

私の友人を傷つけた罪、その命をもって償わせてやる

 

 

 

†††††

 

同時刻   汜水関

北郷一刀視点

この連合には不可解な点がいくつかあった

俺たちは、洛陽で暴政があったなんて噂は聞いていなかった。それを聞いたのは、袁紹から檄文が届いてからだった。

そして、実際に洛陽の情報を得ようとするも、一切何も入ってこない。あるのは、暴政があったと言う言葉だけ

桃香や愛紗は、虐げられている人を見過ごせない。助けるべきだと言った。それに対し俺、朱里、雛里、そして最近加入した星は疑問を持った。なにか、うまく乗せられている気がしてならなかった。しかし、本当に暴政がある可能性も捨てきれない。なので俺たちは、真実を見極め為にも、この連合に参加する事を決意した

連合には既に幾つかの勢力が合流していた。

曹操、孫策、袁術、公孫賛、馬超など、名のある諸侯が集結していたこの時もまた、おかしな違和感を覚えていた。結成が早すぎないか?

その後の軍議で、袁紹を総大将と定める。そして俺たちの勢力は、この連合に一番最後に合流したと言う理由で、汜水関での先陣を請け負う事になってしまった。うちには優秀な将はいるが、まだまだ弱卒。それを見かねた公孫賛、そして孫策が協力を申し出てくれた。孫策は、汜水関の将の一人、華雄と因縁があるらしく、曰く「私が華雄を挑発すれば、簡単に出てくるんじゃない」との事。

結論を言ってしまえば、それは面白いほど上手くハマる。華雄は激情し突出して、恐らくそれをカバーするために張遼も釣れた。そしてこれを撃退。華雄、張遼の両武将を取り逃がすも、難攻不落と謳われた砦の一つである汜水関は、わずか半日で堕ちた

 



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反董卓連合編其三

 

 

 

 

 

 

「慌てずに、必要なものを持って避難してください!」

「押さないでください、走らないでください、静かに行動してください!」

洛陽に着いた私たちがまず目にしたものは、軍人による洛陽市民の避難誘導だった。辺りは混乱や不安、恐怖といった感情が渦巻いていた

「咲夜、君は月ちゃんの救出に行ってくれるかい?僕は詠ちゃんを探す」

「わかった」

「おっと、これを持って行け。使い方はわかるな?」

そういって渡されたのはヘッドセットのついた小型の通信機だ。こういう場面で、別行動の際には必ず渡される未来の便利からくり。これなら離れた所でも情報を交換できるという謎原理だ

「ああ、問題ない。じゃあ行くぞ」

「ああ、気を付けてね」

†††††

 

 

司馬懿サイド

私は零士と別れ、すぐに城に潜り込む。城内も慌ただしく、また警備もざるだった。潜入にはさほど苦労もしなかったな

「さて…入ったはいいが、これからどうするかな」

情報が少なすぎる。それにどいつが敵かもわからない。慎重に行動しなければ、見つかれば月の命も危ない

「チッ…とりあえず、その辺の奴ら捕まえて、聞き出すしかないか」

丁度いいところに、文官風の女が歩いてこちらにやってくる。まわりに人影はなし。あいつに聞いてみるか。

「フッ」

私は素早く相手の背後を取り、喉元にナイフあて、口を塞ぎ、そのまま物陰に連れ込む

「んー!!んー!!?」

「暴れるな。静かにしろ。妙な真似をしない限り、殺したりはしない。こちらの質問に答えてくれたら逃がしてやる」

女文官は暴れるのをやめ、大人しくなる。はぁ、仕方ないとは言え、女を怯えさすのは気が引けるな

「悪いな。まず、お前はどちらに与している?董卓か?張譲か?」

「ぷは!はぁ…はぁ…あ、あの、私、は、と、董卓様に、仕えています…」

「本当だな?」

私は喉元のナイフを少し当てる。それに女文官がびくってしたので、危うく刃が入ってしまうところだった

「ほ、本当です!あ、あの、覚えていませんか?司馬懿さん、ですよね?五年前、董卓様や賈詡さんと仲良くしていた」

「知っているのか」

そこで私はこの女文官を離してやる。女文官は数度せき込み、やがて落ちつきを取り戻す

「はい。私は李儒と申します。董卓様の下で、賈詡さんや、最近加入された陳宮さんと一緒に内政に携わってきました」

そこで思い出す。私は五年前、月の屋敷にいた頃、詠や他の文官と勉強していたことがあった。その時に確か李儒と名乗る子がいた

「う…すまない。手荒な真似をしてしまって」

もっとちゃんと見るべきだった。こんな可愛くて綺麗な子を怖がらせてしまうとは…

「い、いえ、それよりも、どうして此処へ?今の洛陽は大変危険な場所ですのに」

「ああ、月を助けに来た」

「え?」

私は今回の件について、私や零士が疑問を持ち、そして助けに来たことを説明した。李儒さんはそれを黙って聞き入れる。そして口を開いた

「はい。そちらの予想通り、今回の黒幕は張譲、段珪の仕業です。私たちは董卓様、劉協様を人質に獲られ、従わざるを得なかったのです…」

そういう李儒さんもまた、張済さんのように涙を流す。この人もまた悔しかったのだろう

「張譲と段珪はどこに?」

「段珪は王の間に。張譲は、この連合が組まれる少し前に姿を消しました」

「なるほど。ってことは、暴政云々のほら話を袁紹に吹き込んだのは張譲か」

段珪はすぐに殺しに行けるな。だがまずは月の安全確保だ

「李儒さん、月がどこに監禁されているかわかるか?」

「考えられる場所は二か所あります。一つはこの城の地下深くにある牢屋。もう一つは、ここから少し離れた別館の収容所です。どちらも警備が厳しかったので、確認はとれませんでしたが、いるとすればこの二か所のどちらかです」

「わかった!」

私は通信機を取り出し、零士に報告する

「零士、場所が判明した。二か所あるが…」

 

†††††

 

時は少し戻り   東零士サイド

 

咲夜と別れた後、僕はパニック状態にある街を見わたす。僕は張済さんと協力しつつ、詠ちゃんを探しはじめた

「高順!」

ほどなくして、張済さんがごつい男性に話しかける。僕も見覚えがあった。五年前、僕が訓練で倒した兵士の一人の高順さんだ

「張済!戻っていたか!こちらは見ての通り、避難活動中だ。お主の部隊にも手伝わせてくれ!…そちらの御仁は……あ、東殿!?どうしてこちらに?」

お!覚えていてくれたか。好都合だな

「久しぶりだね。再会を喜びたいところだが、そんな余裕はなさそうだ。高順さん、賈詡殿はどちらに?」

「賈詡殿ですか?賈詡殿なら、確か中央広場で部隊の指示にあたっていたはずですが。何か御用ですか?」

「ああ。君たちの主を助けに来た」

「なんと!貴方ほどの御仁が来てくだされば、百人、いや千人力ですな!そういうことであれば、ご案内します!張済!こちらを任しても良いだろうか?」

「任せろ!その方をしっかり案内しろ。俺たちの最後の希望かもしれん!」

「もちろんだ!さぁ、東殿!こちらへ」

希望か…そこまであの董卓が慕われているとは。歴史ってのはあてにならないものだな

人ごみを避け、僕は高順さんの誘導で広場にでる。そこには女の子が怒鳴りながら指示を渡している姿があった

「賈詡殿!少しよろしいか?」

「そっちの部隊!左翼がだいぶ混乱してるわ。早急に状況を鎮圧して!手荒に扱っちゃだめだからね!高順殿!なにしてんの!?民の誘導はまだ終わってないわよ!」

「は!承知していますが、どうしても会って頂きたい御仁がいまして」

「はぁ?誰よこのクソいっそがしい時に!」

「悪いね、詠ちゃん。だがこちらも急用だ。少し話せるかい?」

「あぁ?…な!あんた東じゃない?どうしてここに?」

「月ちゃんを助けに来た」

「!!咲夜はどうしたの?」

「あの子は先に城内に行かせたよ」

「そう。…高順殿!ここを任せてもいいかしら?」

「御意!…東殿、我らが主、董卓様を必ずお助けください!」

「ああ、任せてくれ」

「東、少し場所を移すわよ」

 

†††††

僕と詠ちゃんは人気のない民家に入る。そこには何もなく、慌てて貴重品だけを持ち去っていったあとがあった。

「はぁ、あんたと咲夜がいるってことは、今回の件についてはあらかた察しはついてるのでしょうね」

「ああ、暴政なんてなかったんだろ?」

「ええ。私たちは暴政どころか、税を減らし、治安改善に努めてきた。五年前あんたの言った通り、十常侍に気をつけていたはずだった。だけど…」

そう。僕は五年前、月ちゃんや詠ちゃんに会い、別れ際に忠告しておいた。今後、中央に呼び出されることがあったら、十常侍に気をつけろと。そして出来るだけ治政をさらに良いものにするようにと。だが結果は失敗に終わったようだ

「連中、最初からこの戦が望みだったのでしょうね。おかしいと思ったのよ!洛陽を住みやすい地にしてるって風潮が全然流れなかったのだもの。もっと早く気づいていれば」

やはり、この戦争は何かがおかしい。目的がはっきり見えてこない。月ちゃんを嵌めるにしても、最初からという事は恨みなんてないはずだ。理由がない。いったい…

「過ぎたことは仕方ない。連合は今どの辺にいるんだ?」

「今頃虎牢関よ。汜水関は半日で堕ちたわ。どうせあの馬華雄が暴走したんでしょうね」

な!?たった半日?思った以上に速いな

「連合の先陣は?」

「報告によれば、孫策、公孫賛、そして劉備ってとこの陣営らしいわ。劉備ってところは弱小だからって思ってたけど、甘く見てたわ」

公孫賛は会った事ないが、なるほど、雪蓮ちゃんが加担したのか。それにしても

 

「やるじゃないか一刀君…」

「え?…それより、月を助けに来てくれたのよね?正直、僕たちだけじゃ自由に動けなかったのよ。下手をすれば月の命が危ない。囚われている場所もまだ特定できてなくて………いや、二か所怪しいところがあるけど、なんとも言えないわ」

「その二か所って?」

「一つは、城の地下の牢屋。もう一つは城から少し離れた別館の収容所。どっちも警備が厳重だったわ。恐らくどっちかに月と劉協様がいるわ」

「わかった。じゃあ行くか。案内を頼めるかい?」

「任せて!」

「おっと、その前に、咲夜にも…」

ピピピッ

僕が通信機に手を伸ばそうとすると、通信が入る。

『零士、場所が判明した。二か所あるが』

「地下の牢と別館の収容所だね。さっき詠ちゃんに聞いた」

『話が早い。どっちに行く?』

「詠ちゃん、ここからだと、さっき言った二か所のどちらが先に着く?」

「え?別館の収容所だと思うけど…あんた何一人で喋ってるの?」

「ああ、この機械を使って、咲夜と話しているんだ。咲夜!僕らは別館の方へ行ってみる。そっちは地下に行ってくれるかい?」

『了解』

「はぁ~。いったいどういう原理よそれ」

「ふふ、細かい事は気にするもんじゃない。さぁ、僕らも行こうか。別館までの案内を頼む」

「わかったわ」

「おっと、そうだ。連合側で、月ちゃんや詠ちゃんの顔を知っているのは何人いる?」

「おそらく誰もいないわ。僕がひたむきに隠してきたから。月には、平和に静かに暮らして欲しかったから。こういう時の為に、月をすぐ逃がしてあげれるように、表舞台に立たないようにしてきたわ」

「そうか。それなら上手くいくかもしれないな」

僕は咲夜の策を思い出しながら、次なる一手を考え始めていた

 

 

 



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反董卓連合編其四

 

 

 

 

 

 

司馬懿サイド

私と李儒さんは地下にあるとされている牢に向かっていた。もちろん、見つかるとまずいので、慎重に隠れつつ進んでいた

「そういえば、李儒さんよく私ってわかったな」

私は李儒さんの緊張をほぐすためにも、会話を振ってみる。こういう場に馴れていないのだろう。少し震えていた

「ふふ、覚えていますとも。私、記憶力だけは自慢できるんです。それでなくとも、あなたと東さんは印象的でしたから。うちの軍の方々がたった一人に制圧されてしまうなんて、嫌でも忘れませんよ?」

はははぁ、そりゃそうだよな。後にも先にもあんなことしたのは、あいつだけだろうな

「それに、あなたにも驚きましたよ?あなたはあなたで、うちの文官相手に軍人将棋で勝っちゃうんですもの。最後は賈詡さんと引き分けてしまうなんて、今でも信じられませんよ」

李儒さんはクスリと笑いそう言った。そう言えば、そんなこともあったな。勉強をしつつ、軍人将棋で成果を試す。その時、あらかた文官は倒したが、詠だけは勝てなかったな。

これが終わればまた対局するか

「!!見えてきました。あちらです」

そういって李儒さんが指差したのは、扉の前にいる二人の兵士。恐らくあの先に月か劉協がいるのだろう

「零士、こっちは位置に着いた。そっちはどうだ?」

 

私たちはいったん身を隠し、零士と連絡を取ることにした。程なくして、零士からの通信が入る

『僕ももう少しで着く。着いたら連絡するよ』

さて、なら少し休憩だな。こういう時は、同時に攻めた方がいい。一方を攻めたら、一方が危うくなるなんて、バカみたいな話だしな

「先ほども思ったのですが、そのからくりは遠くの人とも会話ができるのですね」

 

李儒さんが興味深げに通信機を見て言ってきた。私は通信機をちらつかせ、説明することにした

「ああ。通信機って言ってな。詳しい原理はわからないが、これを繋げておくと、耳に当ててる方から向こうの声が聞こえて、口に当ててる方はこっちの音を拾って向こうに届けるんだ」

 

確か零士は、魔力を使った念話とやらの代わりといっていたか?未来の道具は今でもよくわからん

「なんと便利なのでしょう!すごいですね!」

はは。確か悠里もこんな反応だったな。多分、昔は私もこんな感じだったんだろう

ピピピッ

「通信か…位置に着いたのか?」

 

通信が入り、応答すると、零士が反応をくれた

『ああ。いつでも行けるよ』

「了解。李儒さん、これから突入する。李儒さんは私が見張りを倒したら来てくれ」

「わかりました」

 

私は李儒さんが物陰に隠れるのを確認してから零士に話しかける

「零士、スリーカウントだ」

 

私はナイフを抜き、体制を低くする。さて、ここからが本番だ

『了解。じゃあ行くぞ。3…2…1…ゴゥ!』

私は一気に走り抜け、敵に肉薄する。そして私は気づかれる前に一人の兵士の…

 

「ゴアッ…」

 

喉笛を切り裂いた

「ヒィ!なんだきさっ、あぐっ!」

私は間髪入れずもう一人を蹴り倒す。そして倒れたところ、私は相手の頭を掴み喉を切り裂く。ほどなくしてもう一人の兵士も絶命した

「ふぅ、クリア」

『こっちもクリアだ。見つかる前にこいつらの死体を隠そう』

「了解。李儒さん、もういいぞ。少し手伝ってくれ」

「はい…司馬懿さん、お強いのですね」

「まぁな。こいつらの死体を隠す。見つかると厄介だからな。手を貸してくれ」

私たちは二つの屍を物陰に隠した。李儒さんはあまり馴れていないのだろう。少し気分を悪そうにしていた

「悪かったな。大丈夫か?」

 

私は李儒さんに謝っておいた。彼女の顔は依然として青いが、微笑んでくれた

「は、はい。すいません」

「いや、気にするな。それより…」

「ええ。この先ですね」

私たちは扉を開く。そこからさらに階段になっていた。かなり暗く、湿っている。気持ち悪い空間だ

私たちは慎重に降りていき、やがて渡り廊下のようなとこに出る。少し進むと兵士がさらに二人いた。私は李儒さんを下がらせ、静かに間合いを詰める。

なんだこいつら?無能か?こんな真横にいて気づかないとか、兵士失格だろう

私はナイフの鞘を奥に投げる。その音に反応した兵士が一斉にそっちに振り向き、私は兵士の背後を取る。そして

 

ゴキッ

 

そのまま兵士の首の骨を折る。その音に気付いたもう一人の兵士が慌ててこちらに向き直す。

「貴様!どこから入った!」

「うるさい、死ね」

私は有無を言わさず、ナイフを振るう。刃は首を切り裂き、頭を飛ばす。

「李儒さん、もういいぞ。…ああ、そうだ。ここに来るとき、あまり下は見ない方がいい。気持ちのいいものではない」

「う、わかりました。すみません…」

しまったな。気を使ったつもりだったけど、殺し方には気をつけないとな。さて、カギは…あった。首を折った方に入っていた。

私と李儒さんは牢の中を確認していく。ほとんどが空だったが、一か所だけ、人影が見えた。まずいな。倒れている

「李儒さん!」

李儒さんは急いでカギを開ける。中には桃色の髪の女の子がいた。月じゃない…ってことは、この子が

「劉協様!ご無事ですか、劉協様!」

やはりこの子が劉協か。暗くて見えにくいが、かなり衰弱しているようだ。とりあえず、零士に報告だな

「うぅーん…李儒?咲夜?」

 

名を呼ばれ、ドキリとする。どうしてこいつは、真名を知っている?

「!お気づきになられましたか?劉協様!」

「待て、お前、なんで私の真名を…」

私は目を凝らしよく見てみる。桃色の髪、幼いながらも、どこか大人びた顔立ち…

「まさか…桜か…?」

 

†††††

 

東零士サイド

詠ちゃんの案内で、僕は別館にあると言われている収容所へ向かう。その道中で、張譲がいない事を知らされた。

「ってなると、袁紹をたきつけたのは張譲か」

「恐らくね。あいつは十常侍を束ねていた親玉的存在。あいつの事を舐めていたわ」

張譲か…今回の件が無事に終わったら、一度調べないといけないかもな

ピピピッ

『零士、こっちは位置に着いた。そっちはどうだ?』

 

通信機が鳴り、応答すると、咲夜が報告をくれた。どうやら先に着いたらしい

「詠ちゃん、後どれくらいで着く?」

 

「もう少しよ。咲夜の方はもう着いたの?」

「らしいね……僕ももう少しで着く。着いたら連絡するよ」

 

そういって僕は通信を切る。僕は詠ちゃんと目を合わせ、頷く

「少し急ぎましょうか」

「そうしよう」

僕たちはさらに動く速度あげる。見つかるとまずいと思い、慎重に行動していたが、少し急ぐことにした

ほどなくして、収容所と思しき場所を補足する。僕は咲夜に連絡をする

『位置に着いたのか?』

「ああ。いつでも行けるよ」

見張りは三人。余裕だな。厳重って聞いてたから、十人はいると思っていたよ

『零士、スリーカウントだ』

僕は詠ちゃんに合図を送り下がらせる。武器はいらないな。素手で十分だろう

「了解。じゃあ行くぞ。3…2…1…ゴゥ!」

僕は敵に一気に詰め寄る。相手が反応するより先に一人目の首をへし折った

ゴギィッ

鈍い音が広がり、そいつは地に伏せた

「な、なんだこいッ、グハッ!」

二人目の見張りには思いっきり蹴り飛ばし、後ろの壁に叩きつけた。

「なんなんだこいつ!」

三人目は僕に向かって斧を振り上げる。愚かだな。増援を呼べばもっとマシな戦況に出来ただろうに。………まぁ、そんなことさせませんけど

「よっ」

僕は敵の斧を避け、そのまま裏拳を入れる。衝撃に耐えれなかった敵はそのまま地に伏せ、僕はそいつの頭蓋を思いっきり踏み砕いた。

グシャッ

嫌な音が響き、辺りは静かになった

『ふぅ、クリア』

「こっちもクリアだ。見つかる前にこいつらの死体を隠そう」

『了解』

 

通信を切り、さっそく死体を片づけ始める。あ、詠ちゃんも呼ばないと

「さて、詠ちゃん、もういいぞ」

「あんたって、相変わらず化け物じみた力なのね」

 

詠ちゃんは少しため息交じりに言った。これくらいなら、武将クラスなら誰でもできると思うけどね

「はは。素手の方が、音をたてずに殺せるからね」

その後、僕は三人の死体を茂みに隠した。この時、詠ちゃんが顔を引きつっていたのを見逃さなかった。まぁ、慣れてない人が見たら嫌なものだよね

「さてと。じゃあ、突入しようか」

「ええ。お願いするわ」

収容所は、思っていたより広かった。しかし、広い割には誰もいない。看守も、囚人も、誰も。少し歩くと、一か所だけ見張りが四人いる場所があった。

「恐らくあそこね」

 

僕と詠ちゃんは物陰に隠れながら様子を伺っていた

「みたいだね。さて、どう攻めるか」

地形は一本道。見張りは両脇に二人ずつ。素手でやってもいいが、面倒だな。この子の前で使うのは気が引けるが、仕方ない。銃を使うか

僕は魔術を使いサイレンサー付きの拳銃を出現させる。昔から愛用しているM92Fをベースにした拳銃だ

「ちょ、あんたいつそれ出したのよ」

「ん?説明は後だ。とりあえず、あいつらを倒す。そこにいるんだ」

僕は敵四人を捉え、引金を引く

 

パシュンパシュンパシュンパシュン

 

四人の頭を瞬時に撃ち抜いた。兜を被っていたので、弾かれると思い、撃つ瞬間に弾丸に魔力を込めて威力を底上げした。結果見事に貫通。四人は瞬く間に屍に成り果てる。て言うか、どっちにしろ銃使うんなら、最初の突入の時に使えば良かった。いらない労力をつかっちゃったなぁ、まったく

「あんた、その武器いったい…」

はは。今の時代の子からしたら、物珍しいよね。確か咲夜の時もそうだったな

「説明は後でするさ。今は要救助者の確保が先だ」

「そ、それもそうね。カギを探しましょう」

僕らは死体からカギを手に入れる。それから看守がいた扉のカギを開ける。中には女の子が倒れていた

「月!」

女の子は月ちゃんだった。詠ちゃんは月ちゃんを抱きしめ泣いている。

「んぅ、詠…ちゃん?」

「月!大丈夫?どこも怪我はない?」

「平気だよ…詠ちゃん…詠ちゃんこそ…大丈夫?」

「よかった!よかったよぉ月~」

かなり衰弱しているようだが、怪我らしい怪我ないようだ。とりあえずは安心だな

「月ちゃん、久しぶりだね。覚えているかな?」

 

月ちゃんはぼんやりとした眼差しで僕を見て、やがて口を開いた

「………東さん?…どうして此処に?」

「君を助けに来た。咲夜も一緒だよ」

「咲夜さんも?…ありがとうございます。あ、詠ちゃん、劉協様が」

「大丈夫よ月!きっと咲夜が助けてくれるわ」

そうだな。そろそろ向こうも助け終わったころだろう。連絡しないとな

ピピピッ

そう思っていた矢先、通信が入る。どうやら成功したようだな

『零士、人質の確保に成功した。こっちは劉協だ。かなり衰弱しているが、意識もある。無事のようだ。そっちは』

「こっちも今しがた月ちゃんを確保したよ。こっちもかなり衰弱していたが無事だ。いったん合流しよう。城の厨房でどうだい?」

『了解。……零士』

「どうかしたかい?」

『劉協は桜だった。覚えているか?』

桜、桜…ああ、一度うちに食べに来た子にそんな子がいたな。確か文醜、顔良と一緒に来た子だ。なるほど。どこぞの貴族の令嬢だとは思っていたが、まさか帝の子とは

「そうか。とりあえず合流しよう。話はそれからだ」

これは、上手く事が運ぶかもしれないな

 

 

 



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反董卓連合編其五

 

 

 

 

 

劉協。真名は桜。この子は以前、『晋』に来たことがある。確かその時は、袁紹のとこの文醜と顔良が一緒だった。その三人は、零士の作る料理を気に入り、また意気投合して真名を預けあう仲になった。と言うよりは、桜は真名を教えて、彼女の性と名は教えてくれなかった。まさか帝の子だったとは。そりゃ教えられない。そういえば今回、猪々子と斗詩も戦に来ているのだろうか。どちらにしても、今は会うべきじゃないだろうな

私と李儒さんは、桜を抱えて厨房に辿り着く。街中が混乱しているからか、ここら辺には人影があまりなかった

「すまんな、二人とも。迷惑をかけてしまった」

「お気になさらないで下さい。すぐにお水を御用意いたしますね」

 

桜は厨房の椅子に座らせ、李儒さんは水を用意しに行ってくれた

「まさかお前が劉協とはな、桜。無事のようで安心した」

 

私は桜に話しかける。桜は衰弱しているも、弱弱しく笑みを見せてくれた

「まさか咲夜との再会がこのような形になるとは、我も思ってもみなかったぞ」

お互い、妙な縁があったみたいだな

 

「劉協様、こちらお水になります」

「すまんな、んくんく、はぁ。生き返ったぞ」

程なくして、水を持ってきた李儒さんは、水の入った器を桜に渡す。桜はもらった水を一気に飲み干すと、一息つけたかのように穏やかな表情になり、少し顔色も良くなったようだ

「お!先に着いていたか。待たせたね」

ほどなくして零士たちも合流する。よかった。月も無事の様だな

「董卓、お主大丈夫か?」

 

「はい。劉協様もご無事のようで」

 

桜が心配した様子で聞いた。月もだいぶ衰弱しているようだったが、少し余裕はありそうだった

「久しぶりだな月、詠。とりあえず無事の様でよかった」

「咲夜さんも、この度は助けていただき、ありがとうございます」

「本当に感謝するわ。正直、来てくれなかったら、どうなっていたことか」

「我も今一度感謝しよう。ありがとうな!」

 

決して無事とは言い難いかもしれないが、生きているだけマシなのだろう。これで目標の一つ目はクリアだな

「董卓様も、こちらのお水をお飲みください」

「ありがとうございます李儒さん。ん…ん…はぁ…」

みんなが揃い、一息入れる。いつまでもこうしていたいが、現実はそうも言ってられない

「さて、さっそくだがこれからの話をしよう」

 

零士が口を開いた。その真剣な表情から、ここの空気が変わるのを感じた

「これから?」

 

月が聞く。閉じ込められていた分、現状を知らないのだろう

「月や桜は知らないかもしれないが、今洛陽は、反董卓連合軍に襲撃を受けようとしている」

 

私がそう言うと、月も桜も驚きと怒りにも似た表情を見せてくれた

「な!なんだそれは?」

私は桜の問いに答えるかのように、今の状況を説明する。それを聞いた月と桜は青ざめていた

「そんな…」

「我らが囚われている間にそのような事になっているとは…」

「今は虎牢関で防いでるみたいだけど、それも時間の問題でしょうね。数が違いすぎるわ」

「奴らの、張譲の仕業だな?」

「そうだ。桜、なにがあったんだ?」

「うむ。あれは董卓と洛陽の政治を話し合っている時であった。夜遅くまで政治の見直しをしていた時に兄上、劉弁がやってきたのだ。その時に…」

 

†††††

 

 

一カ月前

「桜!無事か?」

扉が急に開かれ、誰が入ってきたのか確かめると、そこには血まみれの兄上がいたのだ

「兄上!どうしたのだその血は!」

月「劉弁様!大丈夫ですか?」

我と董卓は怪我をした兄上のそばに行き、手当てをしようと試みたが、兄上はその手を止めたのだ

 

「董卓もいたか。我のことは良い!それよりも聞くんだ!張譲が生きている!そして、あの書もまだ…」

グサッ

「ガフッ…クッ、張…譲…」

会話はそこで途切れる。兄上は喋らなくなった。見てみると兄上の心臓に槍が刺さっていた

「い、いやーーーーーーー!!」

「兄上!兄上!しっかりしてください!兄上!!」

董卓の悲鳴と我の叫ぶ声を気にも、兄上の体の周りには血だまりができていた。そして、その光景を冷笑を含んで見ていた人物が一人いた

 

「まったく、愚かな男だ。ちょこまかと鬱陶しい。だがこれで、そのわずらわしさも解消されるでしょう」

「お主は!張譲!!お前が兄上を!」

「ええ。殺しましたが。それが何か?無能な癖に、いっぱしに頭は切れるから、目障りだったんですよ。そして、私の下まで辿り着いてしまった。殺すしかありますまい」

「この下衆が!」

「ええ。私は下衆ですね。しかし貴女はそんな下衆にすら勝てないんですよ。…お前たち、劉協と董卓を捕えろ。殺すなよ。まだ利用価値はある」

†††††

 

現在

「といった風に、我と董卓は捕まってしまったのだ」

なるほどな。劉弁殺害も張譲の、しかも劉協の目の前で殺されたのか。しかし、劉弁はいったい何を見たんだ。消されるほどの物となるといったい。今回の戦争に関係あるものか

「劉弁は、君たちに書がどうのこうの言ってたんだよね?その書ってのはなんだい?」

「わからん。ただ、兄上があのように焦っていたとなると、なにかよくない書のなのだろう」

良くない書ねぇ。………まさかな。あれは燃えたはずだ。だが仮に、もしあるとしたら…零士も同じ考えにいきついたのか、冷や汗を流している。そんな馬鹿な…

「なぁ、零士。まさかとは思うが…」

「あまり考えたくはないが、それならこの戦争の意味が見えてくる。見ての通り、街は負の感情でいっぱいだった。そして戦場は、あらゆる感情で溢れている。もしあるとしたら、かなりの負の力を蓄えられる」

「いったい何の話?」

詠が私たちに訪ねてくる。確証はない。だが妙な確信はあった。あまりあって欲しくない確信が…

「なぁ、太平要術の書って知ってるか?」

そして私は、太平要術の書について話し始める。その力、特性、黄巾の乱の元凶、そして焼き払ったと思っていたこと。私が知りうる全てを話した。その話を聞いた者は、各々考え込んでいた。確かに、信じられる話じゃない

「その話が本当なら、張譲は最初から、その本の強化が目的?」

「恐らくな。それならあの情報操作や、この連合の結成にも納得がいく」

「兄上は、その書の所在を知ってしまったが故に、殺されて…」

「……段珪は、何か知っているのでしょうか?」

「わからないな。だがすぐ殺すのは、やめたほうがよさそうだ」

無意味な気はしている。段珪は恐らく何も知らないだろう。もし知っていたら、張譲と共に戦争勃発の前に行方をくらませるはずだ。それがなかったと言うことは、ただ欲に走っただけにしか見えない

「月ちゃん、劉協ちゃん、とりあえずこれを食べておくんだ。特製卵粥だ」

そういって零士は、二人分の卵粥を持ってくる。奥でこそこそしてるとは思っていたが、いつの間に作っていたんだ

「あ、ありがとうございます」

「何から何まですまないな」

「気にする必要はないよ。さて、それを食べたら段珪のとこに行くか」

「だな。生きていることを後悔させてやる」

†††††

 

月と桜が食事を取った後、私と零士、月と桜は王の間に向かう。詠と李儒さんは、董卓軍の面々に救出成功を報告しに行った

「ここだな」

しばらくして、豪華な装飾の扉の前に辿り着く。ここまで来るのに苦労はなかった。警備が誰一人としていなかったからだ。違和感を感じていたが、その答えはすぐにわかった

「この中にいるね。身辺警護に回したか」

気配で感じる。この中には少なくとも百はいる

「大丈夫なのか?」

桜が心配そうに尋ねてきた。見ると月も不安気だった。それを見た私と零士は、微笑み

「「余裕!」」

そう答えてあげた

「乗り込む。みんな下がっているんだ」

零士は氣を凝縮した拳を構える。それを見た私は庇うように月と桜の前に立ち、そして

ガァァンッ

思いっきり扉を吹き飛ばした。中にいた奴らは驚き、騒ついていた

「なんじゃ貴様!」

小太りの、ハゲ散らかった男が声をあげる。あれが段珪か?小物臭が半端ないな

「段珪!よくも我と董卓を閉じ込めてくれたな!万死に値するぞ!」

「劉協に董卓!?何故ここに!」

「私たちが助けたに決まっている。諦めるんだな」

 

私が前に出てそういうと、段珪は鼻で笑っていた

「諦める?たかが二人で何ができると言うのじゃ?こっちには精鋭百人はおるんじゃぞ?」

 

段珪のその発言に、私と零士は目を合わせた

「ククッ、聞いたか咲夜。百人だってさ」

「あぁ。クッ、笑えてくるな」

私と零士は挑発するかの様に笑ってみせる。それに対し段珪は顔を赤くして激昂していた

「なにがおかしいのじゃ!」

「ハッ。なら逆に聞くが、たった百人で私らとやろうってか?この豚野郎!」

段珪の顔は真っ赤になっていた。これじゃあ豚じゃなくてサルだな。おっと、それじゃあサルに失礼だったか?

 

「ぐぬぬ…お前ら!あの賊共を生かしておくな!殺せ!」

武器を持った男共が一斉にかかって来る。それに対し零士は刀を、私はナイフを抜いて待ち構え…

「ハァァァ!!」

「………ッ!!」

私と零士は一気に走り抜けた

後ろには

先ほどまで襲いかかってきた男共の屍で満ちていた

「……は?」

段珪は何が起きたかわかってない様子だった。馬鹿みたいに間抜けな顔をしている

「董卓…なにが起こったのだ?」

「わ、私にも…」

どうやら後ろ二人にも、理解出来ていなかったみたいだな

「貴様ら、何をしたのじゃ!」

「何って、すれ違いざまに一人一太刀ずつ入れただけだけど?」

「そ、そんな馬鹿な話…」

「だから言っただろう。百人で何ができるって。私たちと一戦交えたきゃ、一万は引っ張ってこい」

ちょっと本気を出せばこんなものだ。百くらいなら、瞬殺ってやつだ

段珪「た、頼む!命だけは!」

でたよ、命乞い。さすが小物だな。手のひら返すのが早い早い

「ふむ、とりあえず質問に答えろ。そしたら考えてやろう」

零士は段珪の首筋に刀を向けて言い放つ。段珪はビクッとするも、すぐさま姿勢を正した

「な、なんじゃ?なんでも答える!」

「そうだな。太平要術の書は知っているか?」

「いや、聞いた覚えはない」

「………なら、張譲の目的は?」

「それも知らん。あやつ、突然行方をくらましたからな」

「…本当に、何も知らないのか?」

「うむ。弾圧のあった日、たまたま張譲と一緒におって、運良く難を逃れた。その後しばらくして、張譲が劉協、董卓を拉致すれば好き放題できると言われてな。そしたらこの戦じゃ。わしですら、何が起きているかわかっとらん」

あ、零士が呆れている。予想通りとはいえ、こうも何も知らないじゃさすがにな

「はぁ……お前の目的はなんだ?」

「酒池肉林じゃギャアァァァ!」

あ、とうとう切り伏せてしまった。相当イラっとしたんだろうな

「我はこのような小物に…」

桜も少し落ち込んでいた。当然だろう。あんな奴に出し抜かれるなんて

「全ての元凶は張譲だ。元を絶つにはそいつを見つけないといけない」

「はぁ。とりあえずは、一つ解決だな。さて、もう一つをどうするか」

どうやってこの戦争を終わらせるかな

「あぁ、それならなんとかなりそうだよ。詠ちゃん曰く、連合側で董卓の顔を知る人はいないはずらしい」

「そうなのか?なら……あぁ、その豚を董卓にしたてあげよう」

「あ、あの、何のお話ですか?」

月が戸惑いながら聞いてくる。つかこの豚、重いなチクショウ

 

「あぁ、そう言えばまだ話していなかったな。この戦争をどう終わらせるかなんだが、詠や李儒さんにも意見が聞きたい。先にあいつらと合流しよう」

そして私たちは、死体置き場となった王の間を後にした

 

†††††

 

 

 

会議室には私と零士、現在洛陽にいる董卓軍の幹部、そして劉協こと桜が集まっていた

「さて、軍師の方々には予想がついているだろう。この戦争をどう終わらせるかだ」

口を開いたのは零士だ。零士の言葉を聞いた詠と李儒さんは、表情を曇らせていた。さすがに気づいていたようだ

「連合を返り討ちにしてはいけないのですか?」

 

董卓軍武将、高順さんが聞いてくる。確か高順さんは、恋の補佐官だったかな?

「それじゃあダメだ。世間は董卓を悪とし、連合を正義としている。正義が負け、悪が勝ってしまえば、月の評判はますます悪くなる。恐らく董卓が討たれるまで、争いは続く。この戦争が始まった時点で、月が助かる道はないんだ」

「そんな!」

 

高順さんの表情は焦りに満ちていた。当然だろう。自分たちがここまで追い詰められていたなんてな

「我が連合と掛け合ってみるか?」

 

桜が提案してくれる。だが、それも難しいだろう

「それも上手くいくとは思えない。劉協は董卓に操られている。そういう認識があるからね。劉協ちゃんが何を言っても、恐らく無意味だ」

 

零士がそういうと、桜はシュンとなってしまった

「一応策はある。さっき零士から聞いたんだが、詠、連合側で月を知っている奴はいないんだよな?」

 

私は詠に聞いてみる。この条件こそが、一番重要だ

「そのはずよ……!!そう。そういう事ね…」

「気づいたか。この戦争、終了条件は暴君董卓の死だ。だから董卓には死んでもらう」

「え?」

そこで空気が変わる。見れば武将陣は明らかにこちらに敵意を向けていた

「み、みなさん落ち着いて下さい!司馬懿さんはそういう意味で言ったのではありません」

 

李儒さんが慌てて止めに入るも、武将陣は今だこちらに明確な殺意を向けていた。本当に、よく慕われているな

「悪かった。言葉足らずだったな。正確には、その辺の死体を董卓と偽って差し出す。連合側に月の顔は割れていない。誰が死のうが、連合側にはわからないさ」

「月を無事に逃がすなら、それしかないわね」

 

私の発言に詠や李儒さんが首を縦に振って頷いてくれた。みれば、武将陣も理解してくれたようだ。とりあえず武器は下してもらえた

「あぁ。それで、この策を実行するに当たって、一つ聞かなきゃいけない」

「誰が董卓様を殺した事にするか、ですか?」

そこで皆が黙り込む。当然だな。いくら暴君と唄われようが、主殺しは汚名でしかない。それに、いくら偽物とはいえ慕っている董卓を殺した事になるのは、辛いはずだ

バンッ

すると突然扉が開かれ、一人の兵士が入ってきた

「報告します!虎牢関、突破されました!交戦中だった呂布将軍、張遼将軍、陳宮様が敵の手により捕縛。華雄将軍は負傷後、戦場から離脱、行方不明になりました!」

「なんですって!?」

チッ!思っていたよりずいぶん速い。それにあの恋と霞が捕縛?なかなかやるじゃないか連合軍!

「これで時間がなくなったね。早急にどうするか決めなきゃ、連合が来るぞ」

焦り、不安が入り混じる。連合は恐らくすぐそこまで来ている。長く身積もっても、明日の夕方には着くだろう

「あの…」

すると李儒さんが、重い沈黙を破った

 

 

 



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反董卓連合編其六

 

 

 

 

 

「じゃあ咲夜、二人と恋ちゃんの家族を頼む」

私は月と詠、そして恋の家族だという無数の犬猫を連れて、車の中に潜り込む。この犬猫、月がどうしても放っておけないと言い、連れて行く事を許可した

「本当に僕もいいのかしら」

賈詡は董卓の右腕として有名だった。連合に見つかれば、恐らく殺されてしまうということで、保護する形になった。それに

「いいんだよ。それともなにか?月を残して先に逝きたいのか?」

「へぅ、嫌だよ詠ちゃぁん…」

「ゆ、月、大丈夫よ!ずっと月の側にいるから!」

「えへへー、よかったぁ」

この二人は、ずっと一緒にいるべきだ。それにしても、ホント詠は昔から月には弱いな。

「じゃあ出すぞ。…零士、車はいつもの場所に置いておけばいいな?」

「あぁ、それじゃ頼んだよ」

零士は洛陽に残り、行く末を見届けるそうだ。ついでに張譲がいたら、サクッと暗殺しておくとも言っていたな

「よし。それじゃあまた後で」

私は車を出し許昌を目指す。さぁ、新しい家族を連れて帰ろう

†††††

 

 

東零士視点

咲夜を見送った僕は、城の一番上に陣取り、辺りを見回していた。街の外には全董卓軍の武将、兵士、軍師が並び、その先頭には劉協がいた

「……来たみたいだな」

約3キロ先で砂塵が舞うのを確認した。先頭には袁の旗印。袁紹な袁術のどちらかだろう。

その後ろに曹、孫、劉と有名な三人の旗が見られた。その中に、見慣れない十文字の旗印があった

「あれが一刀君のか?北郷なのに何故十文字?」

やがて連合軍は洛陽に接近し、進軍を停止する

「全軍、武装解除!連合軍!我々に貴軍と戦う意思はない!降伏する!」

高順さんが指示を下し、全軍武器を放棄する。それを見た連合軍は騒ついていた

「連合軍総大将、袁紹はいるか?」

劉協が前に出て呼びかける。すると連合から三人出てきた。袁紹、文醜、顔良の三人だ

「お、お嬢!? 」

「お嬢様!ご無事でしたか」

「劉協様。この袁本初、お助けに参りましたわ。それよりも、これは一体どうなっているんですの?」

「うむ。我は、お主らが暴君と謳っていた董卓に監禁されていてな。そこを救ってくれたのが、我の後ろにいる董卓軍の面々なのだ」

「は?董卓さんが劉協様を監禁して、それを董卓さんが助けた?」

 

袁紹が疑問を隠さずに言うと、それに応えんと李儒さんが前に出た

「ここからは私がご説明します。私達は確かに董卓様に仕えていました。しかし、上洛してからというものの、私達は大切な人や劉協様を人質に取られ、やりたくもない圧政や暴力を強いられていました。そして今回、この戦の混乱に乗じて劉協様をお救いし、董卓及び賈詡を私達の手で始末しておきました。これがその二人です」

そうして出されたのは、段珪と名も知らぬ文官風の男の屍だ。昨日、李儒さんは自らが董卓殺しの汚名を着ると言ってくれた。しかし董卓軍の面々は、李儒さん一人に負わすのは酷と判断し、いっそのこと全員でやってしまったということにしようと結論だした。

仲間思いというか、甘いというか。嫌いじゃないがな

「劉協様、間違いありませんの?」

 

袁紹、文醜、顔良が死体を確認し、袁紹が劉協に確認を取る。劉協は大きく頷いた

「うむ。我がこうして生き延びれたのも、この者達のおかげなのだ」

うーん……改めて、少し荒唐無稽な話ではあるよな。これで素直に信じたらただのバカ、極めつけの愚か者……

「まぁそうでしたの。大変でしたわね。陛下がご無事で何よりですわ!」

………いやぁ、さすが袁紹!正義感で連合軍を結成する事だけはあるなぁ

結論から言ってしまえば、今回の戦の責任は全て董卓、賈詡にあるとされ、その配下に罪はないということになった。その後の董卓軍の処遇は、ほとんどの者が洛陽の、劉協の配下になった。少数は、フリーの傭兵になる者もいれば、農家に務めるという者もいた。かなり甘い判決ではある。それもあの劉協が味方についたおかげだろう。しかし、ここまで上手くいくとはな

しかしいい話ばかりではない。今回の戦をきっかけに、朝廷は事実上の崩壊を迎えた。というのも、公には発表しないだろうが、劉協自身が新たな帝の座を降りたのだ。自分には大陸を統べる程の力はないとの事だ。今後は元董卓配下の者と共に洛陽の再建に力を入れるそうだ。恐らくこれから群雄割拠の時代が来るだろう。そしてもう一つ、今回の騒動の元凶である張譲を捕らえる事が出来なかった。洛陽には来ていなかったようだ。まぁおかげで、月ちゃんと詠ちゃんの件は無事に済みそうだ。だがあいつは危険だ。なるべく早く見つけないと、何をしでかすかわからない

†††††

 

 

 

僕はしばらく辺りを見回し、ある人物を探す。せっかくの機会だ。話しておきたい。

………お!あの道行く青髪の女の子は…

「やぁ、星ちゃん。久しぶりだね」

僕は屋根から降りて、偶然通りかかった星ちゃんに話しかけた

「貴殿は…東殿?なぜこのような地に?」

星ちゃんは一見、何でもない様子で話しかけてくる。しかし微妙に警戒はされていた

「あはは、まぁいろいろあってね。敵意はないから、その殺気はしまって欲しいかな」

「!!…おやおや、これでも隠していたつもりなのですが、あなたは一体何者なのですかな?」

 

星ちゃんは少し驚き、そして面白がっているようかのように微笑みを漏らした

「ただのしがない料理人さ。そんな事より、君の主に会わせて頂きたい」

「主と言うと、劉備殿の事かな?」

「いや、そっちじゃない。あぁまぁ、そっちにも興味あるが、会いたいのはもう一人の方。北郷一刀君だ」

北郷一刀。天の御使いであり、この外史の創造主。どんな人物か、一目見ておきたい

「主に?ふむ、まぁ貴殿の事だ。なにか理由があるのでしょう。会うのは構いませぬが、今持っている物は、こちらでお預かりして構わないか」

そう。僕は布に包んである刀を二本を持っていた。一刀君にプレゼントのつもりで事前に出したものだ

「構わないよ。もとよりこれは、一刀君に贈るために持ってきたものだからね」

そういって僕は荷物を星ちゃんに渡した。刀が物珍しいのか、興味深げに見ていた

†††††

 

 

 

「主、主に客人が来ている。少々よろしいですかな?」

星は天幕の前で語りかける。中には数人の気配を感じる。話し中だったかな?そんな事を考えていると、中から声がかかる

「星。入ってきてー」

僕と星は中に入る。そこには男の子が一人、女の子が六人いた。あれ?

「恋ちゃん?ここにいたのか」

六人の内、一人は恋こと呂布だった。捕縛と聞いていたが、まさかここにいるとは

「……零士?」

恋ちゃんは、どうしてここに?と言いたげな表情でこちらを見た

「あの、どちら様ですか?」

おっと。すごく不信がられているな。当然か

「おっと、すまない。僕は東零士という。許昌で飲食店を経営している者でね。星ちゃんとはそこで知り合ったんだ」

「星が真名を許す程の者なのか?」

 

黒髪の女の子が星ちゃんに問いかける。星ちゃんは少し微笑み話始めた

「愛紗よ。この者はそこいらの料理人とは訳が違う。わがメンマ道の最大の協力者なのだ!」

星ちゃんは熱弁してくれた。どうやら僕はいつの間にか、メンマ道の最大の協力者になっていたらしい

 

「お、おう…それで、その料理人が、こんなところに何の用だ?見れば呂布とも知己の仲に見えるが」

あ、あはは、敵意剥き出しだな

「そうだね。僕は一刀君と話をしに来ただけだったんだが、どうやら交渉もしないといけないな」

僕は恋ちゃんを見て答える。その恋ちゃんは呑気にあくびをしていた。はは、緊張感ないなぁ

「呂布とはどういった関係で?」

 

一刀君が問いかける。僕と恋ちゃんの関係か。何といえば良いか…

「そうだなぁ…保護者…かな?だから出来れば、恋ちゃんを許昌に連れてってやりたいんだ」

 

うん、保護者ってことにしておこう。どうせうちに連れて帰るつもりだし

「あ!丁度いいんじゃないかなご主人様。呂布ちゃんどうしよっかーって話してたんだし」

「桃香様!」

桃香と呼ばれた少女は呑気に答えた。この子、わかっていないのか?あの呂布の武を手放すって事だぞ。見れば後ろにいた帽子を被った少女二人は複雑な面持ちだった

「呂布ちゃんはどうしたいかな?」

「………」

桃香と呼ばれた子は恋ちゃんに問いかける。対して恋ちゃんは何か言いたげな表情でこちらを見た

「………家族」

恋ちゃんはボソリと答えた。なるほど、そういう事かな

「恋ちゃん、君の家族、月ちゃんに詠ちゃんに、それにセキトだったかい?あの子達なら僕が保護した。今は咲ちゃんが先に許昌に連れていったよ」

 

僕がそういうと、恋ちゃんにしては珍しく、大きく目を見開いた

「…月と詠、生きてる?」

「あぁ、元気だよ」

「……よかった」

恋ちゃんは安堵の表情を浮かべると、こちらに寄り添ってきた。どうやらこっちに来てくれるらしい

「さて、一刀君。まずはそうだな。僕から君にプレゼントだ。星ちゃん、さっき預けた物を」

星ちゃん二振りの刀を一刀君に渡す。一方、一刀君は驚いた表情でこちらを見ていた

「あなたは、一体何者ですか?」

一刀君は当然の問いを投げかける。だが僕はそれをいったん置いて話し始める

「まずは刀だ。それは蒼月と紅月と言って、脇差の方が紅月だ。どっちも軽めに作った。だが、絶対に折れる事はない。何故折れないかは聞くもんじゃないぞ」

一刀君は刀を抜き、軽く素振りしていた。その時、少しだけニヤっとしているように見えた

 

「これは日本刀?とても軽い。不思議と手に馴染む」

「気に入ってくれたかい?」

「………どうしてこれを俺に?あなたは一体」

 

一刀君は刀を鞘に納め、僕に向き直った

「プレゼントだと言っただろ。同郷のよしみというやつさ」

そこで周りが騒ついた。一刀君自身も信じられないといった様子だ

「俺以外に、この世界に来た人が?」

「どうだろ…多分僕以外にいないと思うよ。二年間、大陸を渡り歩いたが、それらしい人には会った事がない」

管理者は除外だろう。あれはまた別の存在だし

 

「一体いつからこの世界へ?」

「五年前だね」

「五年…?」

一刀君は僕の発言が信じられなかったようだ。軽く頭を抱えている

 

「君は、この世界がどういうものか、理解していないのか?」

「い、いえ、まったく」

そうか。まったくか。正直、あまり長居はしたくない。大陸中を歩いたせいで、かなり知り合いが多いからな。雪蓮ちゃんくらいなら挨拶していきたいところだが、曹操ちゃん辺りに見つかったら、間違いなく面倒ごとになる

「どうやら、長話になりそうだね。その話はまたいずれにしよう。いつか許昌に来てくれ。そこで知る限りを話すよ」

一刀君は困惑しつつも、了承してくれた。なるほど、意外と物わかりのいい子ではあるようだ

「一つだけいいかい?君たちは何故連合に?」

僕は皆に問いかける。答え次第では、今回の件を話しておきたい

「私たちは、洛陽の民が苦しんでいると聞いて、助けに来たんです」

 

ピンク髪の子が代表して答える。恐らく桃香というのは真名だろう。言って切られでもするのは嫌だな

「君は?」

 

なので僕は名を聞くことにした

「あ、すいません。私、劉玄徳と言います」

「私は関雲長。ご主人様の第一の矛だ」

「鈴々は張飛なのだ!」

「はわわ!しょ、諸葛亮でしゅ」

「あわわ、龐統でしゅ」

僕が聞くと、みんな教えてくれた。なるほど。この子達が桃園の兄弟、ここでは姉妹か。それと伏龍鳳雛。噛んでいたけど、この子達があの名軍師とは

「私たちは暴政の噂を聞き、やって来ました。しかし、同時に違和感もありました」

それから話したのは、僕らが疑問に思った事と同じだった。情報規制、タイミング。この連合には、真実を確かめるためにやってきたとも

「なるほど。だいたいわかった。これからこの戦の真実を告げたいんだが、ここで一つ交渉だ。こちらの情報と恋ちゃんの身柄、交換といかないかい?彼女の武は絶対的だが、当の本人はあまり戦闘を好まないんだ。彼女が戦う理由は家族を守るため。そしてこれからは、彼女が戦う必要はなくなる。恋ちゃんには、普通に暮らして欲しいと思っているんだ」

場は静まり返る。しばらくすると、一刀君はみんなの目を見てうなずき、やがて意を決するかのように口を開いた

「わかりました。その代わり、そちらの情報を教えてください」

そして僕は話し始める。月ちゃんと劉協が囚われていたこと、今回の事件の黒幕、太平要術の書。全てを話し終えた頃、各々が複雑な心境のようだった

「むぅ、なんだか可哀想なのだー」

「その張譲って人、許せないよ」

 

張飛ちゃんと劉備ちゃんはすんなりと信じたようだ。諸葛亮ちゃんと龐統ちゃんは少しだけ考えている様子だった。軍師を務めているからな、素直に聞くわけにはいかないのだろう

「ちなみに、董卓と賈詡はこちらで保護した。今後は表舞台に立つことなく、料理屋で働いてもらうよ」

「わかりました。こちらでも、張譲を追ってみます。貴重な情報、ありがとうございました」

さて、今話すべき事はあらかた済んだかな。ここらでお暇しとくか

「あの!」

こちらがそろそろ帰ろうとした時に、一刀君に呼ばれる

「どうかしたかい?」

「あなたはどうして、董卓を助けたんですか?いくら知り合いでも、いくら状況がおかしくても、単身で助けるなんて、どうかしている」

 

一刀君の疑問は最もだろう。普通に見たら、僕らは異常だ

「はは、君は勘違いしているな。いつ僕が一人でやったといった?」

「仲間が?」

「あぁ。司馬懿、仲達。名前くらいは聞いた事あるだろう?その子と二人で助けに行った」

「司馬懿?…って、え?二人?」

「まぁもちろん、現地の協力もあったよ」

「それでも二人で来るなんて、常識はずれにも程がある」

常識はずれか。確かにそうだ

 

「はは、僕に常識は通用しない。それに、僕もあの子もただ友達を大事にするだけだよ。もう一つ付け加えるならね一刀君。僕らは悪を許さない。悪は必ず殺す。だからもし、君が道を踏み間違えたら、その時は僕が君を殺しに行くよ」

そう言うや否や、三姉妹が一刀君を守るように前に立つ

「ご主人様は大丈夫!絶対に誤ったりしない!」

「そうなのだ!お兄ちゃんはいい人なのだ!」

「我がご主人様を愚弄するのはやめて頂きたい」

 

張飛ちゃんと関羽ちゃんは凄い殺気だな。これがかの有名な一騎当千の将か

「悪い悪い。それにしても、ずいぶん愛されているな一刀君」

そう言ってやると、星ちゃんと張飛ちゃん以外はあうあうと顔を真っ赤にした。

ふふ、どうやら大丈夫そうだな。なかなか雰囲気のいいチームじゃないか

「どうです?なかなか良い所でしょう?」

 

星ちゃんが問いかける。僕も思わず、笑みがこぼれてしまう

「あぁ。君が選ぶだけはあるね。さて、僕はここらで帰らせてもらうよ。一刀君、許昌にある『晋』という店で待ってるよ。恋ちゃん、行こうか」

「……ん」

「また会いましょう。今度はゆっくり話したい」

「あぁ。それじゃあね」

そして僕と恋ちゃんは、誰にも見つからないように、その場を後にし、帰路についた

 

 

 



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反董卓連合編終幕

今回で連合編はラストです


 

 

 

 

 

「あー!やっと帰って来た!咲夜姉さん今までどこにいたんですか?」

店に着いたのは夕方だった。道中、月と詠が車の便利さに驚き、つい出来心で車で遊びながら帰って来たのが失敗だった。扉を開けると、悠里の怒声で迎えられてしまった。すっかり忘れていた。こいつには黙って出て来たんだったな

「まったくもう!心配したんですよ!」

「わ、悪かった悠里。ちょっといろいろあってな。月、詠、入ってきてくれ」

そう言うと、恋の犬猫を抱えた月と詠が入ってくる。少し緊張しているようだった

「こ、こんにちは」

「お邪魔します…」

「………姉さん、誰ですか、この小さい可愛い子達。それにこの犬猫達」

月と詠が入るのを確認すると、悠里がまっすぐ彼女たちを見つめて聞いてきた

 

「今日から家族になった月と詠だ。月、詠、こいつは張郃って言って、この店の従業員第一号だ」

「あ、はじめまして張郃さん。月といいます。よろしくお願いします」

「僕は詠よ。よろしくね張郃」

私は彼女たちの名を教える。ちなみに月と詠には、董卓、賈詡の名を捨ててもらった。それについては、抵抗なく受け入れてくれた

「か…」

「か?」

悠里はプルプルと震えていた。あー、これは…

 

「可愛いー!!なんですかこの可愛い生き物!?連れ帰っていいですか!?」

「へぅ~、詠ちゃ~ん」

予想通り、悠里は勢いよく月に抱きついた。失念していた。こいつは極度の可愛いもの好きだったな

「悠里、この犬猫は連れ帰っていいが、月はダメだ。この子は私のだ」

そう言って私は月を奪いとった。あ、月いい匂いだ。なんか安らぐ

「ちょ!いつからあんたのになったのよ。月は僕のよ!」

「はわあわへぅ~」

いつの間にか、月の奪い合いになってしまった。

やがて落ち着きを取り戻し、悠里が口を開いた

「えっと、ごめんね月ちゃん。あたしの事は悠里でいいよ。もちろん、詠ちゃんもね!」

「あ、ありがとうございます。悠里さん」

「改めてよろしく、悠里」

よかった。こっちはなんとか、仲良くやっていけそうだな。問題は…

「この犬猫、どうしようなぁ」

犬猫合わせて約十匹。うちは飲食店を経営しているので、さすがに置いておくのは衛生上よろしくない気がするのだが……てか恋のやつ、どんだけ拾ってくるんだよ

「あ、でしたらうちで引き取りましょうか?うちの子ども達の遊び相手になってくれると思いますし」

私の呟きに、悠里が反応してくれる。それはとても魅力的な提案だが…

 

「いいのか?」

私はそう聞く。悠里はそんなこと気にするそぶりもなく…

 

「もちろんですよ!」

 

満面の笑みでそう言ってくれた。とりあえず、食費のこともあるし、零士にも許可を取らないとな

「そうだな、考えさせてもらうよ。零士が帰ったら、また相談しよう」

その後私は、月と詠にここでの生活の説明をした。仕事の内容や機材の使用法、部屋割りなど、おおよそ思いつく事は全て説明したつもりだ。説明が終わった後、月と詠は風呂に入ってもらい、その間に私は夕食を作っておいた。零士ほどじゃないが、私もだいぶあいつの国の料理を作れるようになった。今回は挽肉入り具だくさんオムレツを披露してやった。我ながら上手く作れたと思う。風呂から上がった後、食ってもらい、二人から絶賛された

「ふんふふん、ふんふふん、ふんふんふーん♪あれ?月ちゃんも詠ちゃんも寝ちゃってる」

食事が終わり、風呂から上がると、二人は机に突っ伏して眠り込んでいた。長旅だったし、いろいろあったからな。力尽きてしまったんだろう

「悠里、部屋へ連れて行こう。手伝ってくれ」

「了解でーす!」

そしてそれぞれ寝台に寝かせてあげる。この時何故か、犬猫もそれぞれついて来た。慣れない土地だからか、知ってる人間の近くに居たいのだろうか

「さてさて、あたしもそろそろ帰りますね。また明日来ます!」

 

月と詠を寝台に寝かし、部屋を出ると、悠里が伸びをしてそう言った

「あぁ、今日はいろいろありがとうな。それと、すまなかったな。置いてったりして」

「あはは、いいですよ。事情があったんですよね?だから気にしてないです。あ!でも次は連れてってくださいよ!」

 

私の謝罪に対し、悠里はそれを吹き飛ばすかのように笑って答えてくれた。それに、深く詮索もしない。いろいろと、気遣わせてしまったようだ

「はは、そうだな。次があれば、頼むとするよ」

「絶対ですよ!それでは!」

ホント、あの子には敵わないな。いつかちゃんと事情も話さないとな

†††††

 

翌朝

「ただいまー」

零士が帰ってきたのは正午前だった。しかも、捕まったはずの恋を連れて

「恋!無事だったか」

「恋さん!」

「恋!あんた大丈夫?どこも怪我ない?」

月と詠は恋に飛びつき、泣きじゃくっていた。捕まったって聞いていたからな。相当心配だったんだろう

「…月…詠…よかった」

恋も恋で心配だったみたいだ。微妙に目に涙を溜めていた

「ワンワン!」

「…セキトも」

セキトが恋に飛び付くと、他の犬猫もそれぞれ恋に飛び付いた。おいおい大丈夫かあれ。食われてないか?

「あ!東おじさん、おかえりなさーい」

 

店の裏手からやって来た悠里が零士に挨拶をした

「ただいま悠里ちゃん。しばらく留守にして悪かったね」

「いやぁ大丈夫ですよ。姉さんにも言いましたが、気にしてな…い……」

ん?悠里が固まったぞ。どうしたんだ?

「……おじさん、後ろの、触角がみょんみょん動いてる女の子、誰ですか?」

悠里は恋を指指して尋ねる。当の恋も、犬猫に舐められながら、悠里をじっと見つめていた

「………恋」

「恋ちゃーーん!!」

速かった。恋が名を答えるや否や、悠里は超速で恋に抱きついた

「なんですかこの子!?なんでこんなに小動物的なんですか!」

またか。こいつもこいつで、大概女好きだな

「違いますよ姉さん!あたしは可愛いものが好きなんです!」

心を読むなよ

 

その後、月と詠と恋は三人で談笑していた。その横で、私と零士と悠里は犬猫の件を話し合っていた。結果、セキト以外の犬猫は悠里の孤児院で預かる事になった。なお、その子達の食費等はこちらで出す事になった。預かってもらうんだ、それくらい当然だな。恋も預ける事を了承してくれたが、セキトだけは側にいて欲しかったようだ。セキト一匹くらいならと、零士も許可し、セキトはこのままうちの番犬になった

†††††

 

それから数日が経った

月、詠、恋はうちで接客業に携わる事にした。月と詠は不慣れながらも一生懸命励み、客からの評判も良い。しかし恋は、接客が出来ず、時折客の料理に手を出したりしていた。だが、そんな恋の食べる姿を見て、癒されたという声が上がり、今ではうちの看板娘のような存在となり、客から愛されている。零士曰くマスコットだとか。ちなみに接客からは降ろした。恋には店の用心棒か、買い出しに付き合わせるかになった。最強の飛将軍が用心棒とは、なかなか贅沢だな

さらに街にも変化があった。今回の戦の功績で、許昌は正式に曹操さんの管轄になった。なんでも曹操さん、許昌が欲しいと、かなり無理を言ったらしい。

 

 

 

そんなある日

「邪魔するぞ。久しぶりだな。ずいぶん従業員が増えたようだな」

「久しぶりだな、夏侯淵さん。こっちもいろいろあってな」

 

夏侯淵さんがやって来た。夏侯淵さんは月と詠が忙しなく働いている姿を見ていたが、別段何と突っ込むことはなかった

「ふふ、そうか。今日はもう一人お連れした。良いかな?」

「もちろんだ。誰を連れて来たんだ?」

「久しぶりね、司馬懿!」

夏侯淵さんの後ろから、金髪の少女が現れた。あぁ、そんな気はしてたけどさ…

「げ、曹操さん…」

「久しぶりに会ったのに、ずいぶんな挨拶じゃない。こっちは貴女に会うために、無理して許昌を得たのに」

 

やって来たのは、夏侯淵さんの上司にして、覇道を突き進む少女、曹操さんだった

「そうですか。それはお疲れ様です。でも私はあんたのとこには行かないぞ」

 

私は何年か前に曹操さんと会って以来、何かと勧誘されている。ただ、私自信、彼女の野望に興味はないし、ここで働いていくと決めているので断っている。それに、曹操さんと言えば女好きだしな

「あら?私が諦め悪いのは知ってるでしょ。これから何度でも来るわよ。覚悟なさい!そうねぇ、まず手始めに、私の事は真名で呼びなさい!」

「ふむ、では私のことも秋蘭と呼んでくれて構わない」

あぁ、今後はこの人の相手もしないといけないんだな。正直、この手の人物は苦手だ。なんというか、いろんな意味でガチすぎる

「はぁ、不幸だ…ってやつか?」

しかし悪い事ばかりではない。曹操…華琳の勢力が来た事によって、許昌はさらに安定し、そして着実に発展していった。そして、思わぬ再会も果たした

「ねね!ここなんか?」

「はいなのです。ここに霞の友人という者がいたのです」

ん?外が騒がしいな

「どーっん!久しぶり咲夜ー!会いに来たでー!」

勢いよく扉を開け現れたのは張遼こと霞だった。あまりに突然の事で、店に居た従業員は皆固まってしまった

「し、霞さん…?」

「ゆ、月!?詠!?それに恋も!?あ、あんたらなんで…」

「霞ー!」

詠を皮切りに、月と恋も霞に飛び付く

「れ、恋殿?恋殿ー!!」

さらにそこに陳宮も加わった。もう何が何だかわからない状況だったが、皆が皆、お互いの存在を確かめるかのように抱きしめ合い、そして涙を流していた

「そっか、そないなことになってたんか」

やがて落ち着きを取り戻し、お互いの状況の説明した。霞は曹操軍と対峙し、かなり不利な状況に陥り、それを見かねた陳宮が救出に向かうも、力及ばずそのまま捕まったということだそうだ。陳宮はあの時、恋は大丈夫と判断し、霞の救出に向かったが、まさか恋まで捕まるとは思っていなかったようで、かなり後悔したとの事だ

「うちからも礼を言わせてくれ。三人を助けてくれて、ホンマおおきに。この恩は必ず返す!」

「ねねからも礼を言うのです!あと、ねねの事も今後は真名で呼んでくれて構わないのです!」

「張譲はこっちでも探しとくわ。あのクソ野郎、見つけたらタダじゃおかへん!」

 

霞とねねの瞳には、張譲に対しての敵意が写っているようだった

「あぁ、頼むよ」

「あ!これからはこの店で飯食うさかい、よろしゅうな!」

霞は先ほどの怖い顔から一転して、笑顔になった。はは、華琳といい霞といい、新しい家族を迎えた『晋』はずいぶん賑やかになりそうだな

あれ?

誰か忘れているような………

まぁいっか

 

 

 

 




これにて連合編は終了。次回は日常編になります。ちなみに、華雄さんの登場はもう少し先になります(笑)


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日常編其二
月と詠と恋のいる風景


 

 

 

 

 

許昌 お食事処『晋』 お昼頃

 

 

 

「詠!五番の料理が出来た!」

「い、今行くわ!」

「悠里ちゃん、月ちゃん、これを六番と七番に!」

「了解でーす!」

「は、はい!」

「……すー…すー……」

月、詠、恋が来て一ヶ月が過ぎようとしていた。彼女達の加入後、彼女達目的に来る客も少なくなく、今まで以上に忙しくなった。店としては良い事なんだが、さすがに彼女達にはきつそうだ。

今だって…

「あれ?お水が人数分足りない?す、すいません!すぐご用意します!」

「しょ、少々お待ちくださいお客様。もうすぐお料理できますので」

「…んー…にゃぁ~…」

とまぁこんな風に、客の数を数え間違え焦る詠や、料理を急かされ謝る月など、てんてこ舞いな感じだ。恋に関しては店の入り口に設置したソファで呑気に眠っている。その恋の周りには、寝顔を見ようとする客で溢れかえっていた。そしてその客がさらに入店することで、店内の忙しさはさらに増す。まったく、素敵な仕組みだよ

ちなみにうちの番犬のセキトも、店の外に設置した犬小屋の中で寝ている。さすがにうちは飲食店だからな。清潔を保つ為にも外にいてもらっているんだが、番犬としての仕事はしてくれないようだ

「うがー!なんでこんなに忙しいのよ!」

詠があまりの忙しさにとうとう吠えたが、まぁこれも普段通りだ

†††††

 

昼の一番混む時間を乗り越え、店内はようやく静けさを取り戻す。この時間は主にお茶を飲みに来る客が来るだけで、大して忙しくはない。昼時とは打って変わって、ゆったりした時間が流れる

「ふぅ、やっと落ち着きましたねー」

「あぁ。月、詠、休憩入っていいぞ。って言うか大丈夫か?」

そう言って私は詠を見る。彼女は机に突っ伏して、脱力していた

「詠ちゃん大丈夫?」

「…大丈夫よー、少し休めば…月は大丈夫なの?」

「うん。大分慣れて来たし、この仕事も楽しいよ!」

詠より月の方が逞しかった

「釣銭確認終了っと。さて、月ちゃんと詠ちゃんは今から休憩かい?何か作るけど、食べたいものはあるかな?」

昼までの釣銭を確認し終えた零士は厨房に戻り、月と詠にまかないがいるかどうか聞いた

 

「うー、軽いもの」

「いつもすみません。私も軽いものでよろしいですか?」

二人とも、食べなきゃいけないとはわかっていても、疲れのせいか食欲はなさそうだった

「軽いものか……あーなら、サンドイッチにしようか」

「いいわね。具は任せるわ」

「私もそれでお願いします」

最近うちで出すようになった、女性間で人気のあるサンドイッチ。作るのに相当苦労したようだが、それ相応の味と売り上げを叩き出している。食べやすく、具も様々だ。丁度こういった時間帯に向いているな一品だな

「お待たせ。たまごサンドに野菜サンド、それと果物サンドだ。飲み物はコーヒーでいいかい?」

 

出されたサンドウィッチはとても美味しそうだった。いかん、腹減ってきたな

「お願いするわ」

「何から何まで、ありがとうございます」

月と詠は、零士からコーヒーを受け取ると食事を始める。すると外から恋が入ってきた

「………ご飯」

は?まだ食べるのか?恋はさっきからずっと客から飯をもらっていた。中には恋に料理を奢る者もいた。実はこれもまた、売り上げ上昇の理由の一つだったりする

「ふふ。もちろん恋ちゃんのもあるよ。恋ちゃんには特別にカツサンドも作ってある」

「♪」

そして恋もご機嫌になり、一緒に食べ始める。いつものように、頬をパンパンにして

「はぁ~…なんかもう、この瞬間だけで、一日の疲れとか吹き飛んじゃいそうです」

 

悠里がホクホクした表情で言った。それには全面同意だな

「まったくだな。恋には人を癒すなにかを発しているとしか思えない」

私と悠里が、三人の食べる姿を見て癒されていると、他のお客さんもそれを見て和んでいた。さすが恋だ。こんな場でも、飛将軍の名は伊達じゃないということだ

「ご馳走さま。それにしても、ホント美味しいわよね。見た事ない料理ばっかりだけど」

食事を終えた詠が、一息ついてそう呟いた。ちなみに月と恋はまだ食べている。月も体のわりによく食べるから驚きだ

「そう言ってくれると嬉しいよ。僕が出す料理は、基本的に僕の居た国の料理ばかりだからね。なんなら作り方を教えようか?」

「え?教えてくれるんですか?」

先に食いついたのは月だった

「もちろんだよ。もう少し仕事に慣れて、余裕が出来たら教えるよ」

「ありがとうございます!」

「詠ちゃんはどうする?」

 

零士が詠に聞く。当の詠本人は、少し迷っているようだった

「うーん…難しくないかしら?」

「そうだねー、このサンドイッチにしてもそうなんだけど、作るのは大して難しくないんだ。ただ材料を揃えるのが大変なだけで。料理に慣れていたらあっという間だよ」

「うっ、ならまずは、料理の基礎から教えてくれると嬉しいわ」

「ふふ。わかった」

月も詠も、案外乗り気だった。確かに飯を作れるようになると、動ける幅も増えるし、作る側の負担も減る。こちらとしても、喜ばしい事だ

†††††

 

 

それぞれが休憩を取り、時刻は夜。昼ほどではないが、この時間帯もそこそこ忙しい。開店当初は、もともとこの時間帯で営業していた。零士が、仕事終わりにふらっと立ち寄って、美味い飯と酒を喰らい、明日への活力にして欲しいという狙いのもとで立ち上げた。だが、今ならわかる。それは昼営業したくなかっただけの、単なる言い訳だと。正直二人じゃ絶対回らないからな

「ふふん!昼を乗り越えた僕に、この程度の忙しさ笑止!余裕だわ」

「ふふ、詠ちゃん元気だね」

詠は疲れてるのか?微妙にテンションがおかしな事になってるぞ

そう言えばここ最近、夜だと言うのに迷惑な客が減ってきた。減ってきただけで、いなくなったわけではないが、それでも頻度はかなり減った。というのも…

「おいこら!酒はまだか!」

「こ、困りますお客様…」

 

こういった迷惑な客が月などに絡む、すると…

「なんだお前!逆らう気オフッ!」

 

赤毛の女の子が、客の腹を思い切り殴り、外に連れ出して路地裏に捨ててきます

「…他の、お客様の、迷惑」

このように、恋の制裁が入る。その容赦のない制裁が、噂となって広がり、今では悪党の中で危険地帯認定にされたという話を聞いた。傷害罪になるんじゃないかって?営業妨害による正当防衛ですのでお咎めなしです。それに…

「ずっと気になっていたんだが、あれは呂布だよな?何故ここに?」

 

うちの常連には秋蘭という偉い人がいて、認知されている上で何も言われていないので大丈夫です。そんな秋蘭は、肉じゃがを頬張りつつ、恋の働きを眺めていた

「いろいろあってな。今じゃ家族の一員だ」

「そ、そうか。最強の武人が用心棒とは、いよいよもってこの店は手がつけられなくなるな」

「だが、一般の客からしたら、夜だっていうのに、最高の安心感を抱いて飯が食えるんだ。悪い話じゃないだろ?」

「まぁ、そう言われたらそうなんだが」

そう言う秋蘭の顔は何とも言えないと言った表情だった。言いたい事はわかる。最強の武と、それと正体はばれていないが賈詡の智謀がある。それを世の為に使わずに、この店で使っているんだ。秋蘭からしたら、微妙な気分にはなるだろうな

†††††

 

 

 

やがて客も帰って行き、今日の営業も無事に終える。月と詠と悠里は風呂へ、私と零士と恋は店で茶を飲んでいた

「あがりましたー」

「ふぅ、いいお湯だったわ。正直これがないと、明日まで疲れを引っ張るわね」

「いやぁ、あたしは月ちゃんと詠ちゃんの裸でゲフンゲフン」

悠里は風呂以外でも活力を得ていたようだった

「さて、今日は親愛なる君たちに渡す物があるんだ」

そう言って零士は四人分の封筒を持ってくる。そうか、今日はあの日か

「はい。これが悠里ちゃんの分。悠里ちゃんには犬猫の飼育費もあるから、少し多めにいれておいたよ」

「ありがとうございまーす!」

「そしてこれが、月ちゃんと詠ちゃんと恋ちゃんの分だ。大事に使ってくれ」

そういって零士は月と詠と恋に金の入った封筒を渡す。月と詠は少し戸惑っているようだった

 

「これ、もしかして給料?え?でもいいの?僕たちはここに住ませてもらってるのに…」

「そうです。さすがにちょっと、お世話になりすぎています…」

月と詠は渡された封筒を零士に返そうとする。だが、零士はそれを拒否するかのように手で抑えた

 

「労働に対する対価を支払うのは、上の責務さ。それに、君たちだって欲しい物の一つや二つあるだろ」

「……ありがとう」

「うん。恋ちゃんは素直でよろしい!さぁ、君たちも」

素直な恋を見て、月と詠は目を合わせ、やがて観念したかのように頷いた

 

「うぅ、なら有難く受け取るわ」

「本当にありがとうございます!」

「もうすぐ定休日だし、それで遊んで来るといいよ」

「えへへー。詠ちゃんどこ行こうか」

 

月は給料をもらったことが嬉しかったのか、少しだけ目を輝かせているように見えた

「そうね……って!貰い過ぎよ!なんで官で働いてた頃と同じくらいあるのよ!」

詠は封筒の中を確認して大声をあげる。あぁー、やっぱり多いんだ

「ほらぁ、やっぱり多いんですよ。あたしも最初貰った頃おかしいと思ったんですよ。ここの給料で、孤児院の維持費の半分以上まかなえるんですもん」

 

そういえば、悠里の初給料の時も、今の詠と同じような反応をしてくれたな

「あんた、こんなに渡して大丈夫なの?」

「うーん…うちって基本的に材料費くらいしかお金使わないからね。それに君たちが来てからさらに売り上げも伸びたからね。いろいろ差し引いてそれだけ渡しても、まだ少し余るんだよ」

 

私も零士も、たいして金を使う方じゃないからな

「さ、さすがにそれでも、貰い過ぎな気が…」

「いいんだよ。素直に受け取っとけ。遠慮は無しだ」

若干引き気味な月に、私は強引に金を受け取っとけと言い放った。それでも二人の顔はやはりすぐれていなかった

 

「ねぇ月。僕たちって、もしかしてとんでもないところで働いてるんじゃ…」

「へぅ、詠ちゃん、頑張ろうね」

「月、詠、頑張る」

今回のこの初給料で、月と詠は改めて頑張ろうと誓い合っていた。私としては、そんなに気にしなくてもいいと思うんだけどな

 




月ちゃんと詠ちゃんがメイド服で接客してくれます。恋ちゃんはマスコットです


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激辛がめぐり合わせた出会い

零士さん視点です。某ドラマCDのパロディになります


 

 

 

 

 

今日は定休日。ということで、やることがない。咲ちゃんは月ちゃんと詠ちゃんと一緒にどこかへ。悠里ちゃんは恋ちゃんと一緒に犬猫の世話をしにいった

この世界に来て五年以上が経つ。最初こそ、物珍しいもので溢れていたが、慣れてしまえばなんてことない。ありふれた日常になる。特に娯楽が少ないので、休みになると何もする事がない

「仕方ない、散歩にでもいくか」

休日はこうして外に歩きに行く事が多い。外を歩くと、たまに思わぬ掘り出し物があったりするが…

「んー、香辛料の香りがするなぁ」

今回はなんとなく、飯店が多くある通りを歩いていた。昼時だし、かなり賑わっている。だいたい毎日、自分で作って食べることが多いが、たまにこうして他所で食べる事もある。そうすることで、料理に関する思わぬヒントを得る事があるからだ。決して、自分で用意するのが面倒だった、なんて訳じゃないからな?

 

 

 

†††††

 

 

「んん?こんなところに、飲食店なんてあったか?」

なになに?『泰山』?確かこの大陸のどこかにある地名だったよな?新しくできたのかな

「うん!新しい店を開拓するのも、悪くないかもしれないな」

そして僕は入店する。中はこじんまりとしているも、どこか温かみのある雰囲気。カウンター席をメインに、大人数用と思われるテーブル席が三つ。昼時ではあるものの、客は少ない。頼めばすぐ出てきそうだな

「らっしゃい!好きな席へどうぞ!」

店員に促されるまま、僕はカウンター席に座る。さて、何が美味しいのかな

「はい嬢ちゃん!麻婆豆腐お待ち!」

「ありがとうございます。いただきます…はふはふ、んく。もくもく」

すぐ近くに座っていた銀髪の少女が、一心不乱に麻婆豆腐をかき込んでいた。なるほど麻婆豆腐か。それもいいかもしれないな

「すいません。麻婆豆腐を一つ」

「あいよ!」

僕も麻婆豆腐を注文した。ふぅ、それにしても、凄い香辛料の匂いだな。もしかして、結構辛いんじゃないか?でも、あの銀髪の子は汗一つ流してる様には見えないし…

「店主!おかわりをお願いします」

「あいよ!」

おぉ!あの銀髪の子、麻婆豆腐をおかわりか。そんなに美味いのか。楽しみだな

「お待たせ!麻婆豆腐一つね」

お、きたきた。うん!いい匂いだ。思わず生唾を飲んでしまうな。どれ、じゃあさっそく

「ありがとう。いただきます。…はむ……ンッ!」

辛っ!うぅわっ辛っ!かっらー!なんだ、なんだよ、なんなんだこれ。想像以上に辛い!ウッ!…口にする度、手が震えて、汗が止まらない。なんて辛さだ。だが…

「はふはふ、はむっ」

辛い!だがイケる!この、脳を焼くような刺激が堪らなくいい!食べる手が止まらない!なんかこう、辛いものを食べられるって、大人って感じがしていいな!それにしても、あの銀髪の子、こんなに辛いのによく汗一つかかないで食べられるな

「店主!おかわりをお願いします」

さ、三皿目だと?凄いペースだ。しかしあの子、大丈夫なのか?だが、確かに僕も、もう一皿欲しくなってきたな

「店主、僕も麻婆豆腐のおかわりを頼む」

一皿目をさらえ、水を飲み一息つく。すると銀髪の子がこちらに近づいてきた。よく見るとこの子、相当鍛えているのがわかる。軍人かな?

「あの、辛いもの、お好きなんですか?」

銀髪ちゃんはキラッキラした瞳で僕を見つめて聞いてきた

 

「そうだね。僕はこれでも料理人だし、なんでも好んで食べる方かな。そういう君は、相当辛いもの好きだね」

「はい!最近許昌に来て、料理店を食べ歩いていたんですが、ここは当たりですね。ここ以上に辛さを追求した店はありません」

 

確かに、ここ許昌でここ以上に辛い店はないな。それをここ最近で調べまわるなんて…この子見た目に寄らず意外とグルメなのかもしれないな

「へへっ。うちはそういう店よ!なんでもかんでも辛いぜ!それでも嬢ちゃんには驚いたがな。なんたって、嬢ちゃん用に作った、通常の三倍の辛さの麻婆豆腐をぺろっと平らげちまうんだからよ!」

なん…だと…?あれの三倍?通常の辛さでこれなのに、これが三倍になると一体どうなるんだ

「お待ち!嬢ちゃんはこっち、兄ちゃんはこっちだ」

店主はおかわりの麻婆豆腐を二つ出す。だがその二つは、明らかに違った。主に色が。通常のものはかなり赤に近いオレンジといった色だが、三倍は、そう、正に真紅だ。鮮やかな赤だ。もはや芸術と言える域だろう

「もぐもぐもぐ…」

銀髪ちゃんは再び一心不乱に食べ始める。僕も麻婆豆腐を口にし始めるが、意識は銀髪ちゃんの麻婆豆腐に集中していた。気になる。こっちはこっちで十分辛いのに、そっちは一体どれだけ辛いのか。そんな僕の様子に気づいたのか、銀髪ちゃんは食べるのを止める

「あの、食べてみますか?」

「いいのかい?」

「はい。どうぞ」

そう言って銀髪ちゃんは、蓮華ですくった麻婆豆腐をこちらに差し出した。僕はそれを口に近づけ、やがて一口…

「あーんっ………ンッ!」

その瞬間、僕の中で何かが弾けた。それはまるで、対物ライフルで撃ち抜かれたかのような衝撃。もはや、辛さを超越している。辛いのか、美味いのか、痛いのか、なんだかよくわからなかった………ハッ!!危なかった。危うく意識を手放すところだった。気づけば、銀髪ちゃんはこちらの様子を心配そうに伺っているのが見えた

「あの、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。しかし、なんというか、凄まじいね」

 

店主はよくここまで辛いものを用意できたな。それを食べる銀髪ちゃんも相当なものだが

「さすがの兄ちゃんも、三倍はきつかったと見える」

店主の言うとおりだ。僕には恐らく、通常の辛さが限度だろう

†††††

 

やがてお互い麻婆豆腐を完食する。ふぅ、久々に有意義な食事だった気がするな。しかし、辛さを追求するか。うちにはない料理だな。今度僕も、何か辛い料理を作ってみようかな

「店主、お勘定だ。ごちそうさま」

「おう!また来てくれよ!」

 

僕は店主に勘定を渡す。結構値段も安めだな。また必ず来よう

「あぁ。銀髪ちゃんも、今度はうちにも来てくれ」

「ぎ、銀髪ちゃんですか?そう言えば名乗っていませんでしたね。私の名は楽『食い逃げだー!誰か捕まえてくれ!』…!!」

銀髪ちゃんが名乗ろうとした瞬間、外で大声した。食い逃げか。どれ、食後の運動だ。ちょっくら懲らしめてやるか

「店主!勘定置いときます!」

銀髪ちゃんはお金を置いて、凄い速さで店を出て行った。僕もその後をついて行くように店を出た

「ヒャッハー、捕まるかよ!」

食い逃げは思ったよりすばしこく、また身軽に動いていた。人と人との間をするする通り抜けたり、民家の屋根に登ったりと、結構やっかいな感じだった

「クソ!逃がさないぞ!」

銀髪ちゃんは走りながら拳に氣を溜めていた。へぇ、氣を扱えるのか。まぁ、この世界じゃ珍しくはないか

「はぁぁ…」

って、え?溜め過ぎだろ。そんなんじゃあ民家が吹き飛ぶぞ。それにあの方角には、『晋』もある。さすがに止めないとまずい

「ちょ、ちょっと待つんだ!それじゃあ一般人にも被害が出るぞ」

「な!あなたは先ほどの…何故止めるんですか!」

 

僕が彼女の腕をつかむと、彼女はこちらに対しても敵意を向けてきた

「君のやり方じゃ、食い逃げ犯がケチった金額より、被害額の方が高くなる」

「クッ、離してください!逃げられてしまいます!」

真面目なのはいいが、加減を知らないのだろう。この子に任せるのは少し怖いな

 

「あぁ。少し待っているといい。捕まえてきてあげるよ」

「え?」

そう言って僕は民家の屋根に飛び移った。食い逃げ犯はおよそ百メートルといったところだな。魔術は…やめておこう。一般人が多すぎる

「まぁ、関係ない、なっ!」

僕は一気に飛び、食い逃げ犯に肉薄する

「な、なんだおまグヘッ!」

接近した勢いのまま、ラリアットを敵の背中に命中させた。すると、食い逃げの背骨がメシメシっと折れたような音が鳴り、食い逃げ犯は縦に何回転して屋根から地上へ落下していった。……しまったな。強くやり過ぎてしまった。食い逃げ犯は白目を向いている。まぁいいや

「はぁはぁ、大丈夫ですか?」

 

僕が地上に降り、白目をむいている食い逃げ犯の首根っこを掴んだところで、銀髪ちゃんが走ってやってきた

「お疲れ様。見ての通り、捕まえておいたよ」

そう言って僕は食い逃げ犯を差し出す。食い逃げ犯はそのまま、兵士に連れて行かれた

「ご協力、感謝します。改めて、私は楽進。曹操様の下で、警邏隊の隊長を務めさせてもらっている者です」

銀髪ちゃん改め、楽進ちゃんがピシッと敬礼して挨拶する。なるほど、この子が楽進か。確か魏軍でも、かなりの勇将だったっていうイメージがあるな

「よろしくね楽進ちゃん。僕は東零士。『晋』という飲食店の料理人だ」

「東零士…『晋』…!!あなたがあの東零士さんですか?お話は伺っています。あの華琳様や秋蘭様が絶賛した料理人がいると」

へぇ、秋蘭ちゃんはともかく、あの華琳ちゃんが僕をねぇ。あの子、男には興味無さそうだったのに

「それは光栄な事だ。君も今度来るといいよ。と言っても『泰山』さんみたいな激辛料理は置いてないけどね」

「ぜひお邪魔させていただきます。それにしても、鮮やかな手並みでした。武術の心得が?」

 

やべっ、変なとこに食いついた…

「…こんなご時世だ。自分の身を守れるくらいの力はあった方がいいだろ?」

 

とりあえず、自然な理由を言ってみる。あながち間違ってないから嘘ではない

「確かにそうですね。あの、もしよろしければ、一度手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか?」

しまったなぁ、やはりこの手のタイプか。強い力に興味があり、試してみたい。多くの武将がこれに該当するが、あまり派手にやるのはよくないな

「手合わせか…構わないけど、仕事はいいのかい?」

「うっ、そうでした。ではまた後日、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ。構わないよ」

「ありがとうございます!それでは私はこれで」

僕は彼女を見届け、その場を後にした

 

参ったな、手合わせか。正直武将級の人間とはあまりやりたくないけど、あんな目をらんらんと輝かせていたら、断れないよなぁ。仕方ない。しばらくは、咲ちゃんの早朝訓練に付き合おうかな

 

 

 



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対決!魏軍!

戦闘描写に擬音が多いという指摘を受けたので、少し頑張ってみましたが、まだ少し描写不足かもしれません。文才のなさを痛感しました…


 

 

 

 

 

今日は定休日。日頃の疲れを癒す為にも今日くらいはゆっくり昼寝だ。

なんて考えていたのに…

「なんで私まで…」

「あはは。まぁたまには、違う人と訓練するのも悪くないんじゃないかな」

「そーですよ!あたしもちょっと興味ありますし」

なんでも今日、楽進と言う奴が訓練に付き合って欲しいとの事らしい。どうりでここ最近、零士が早朝訓練に付き合ってくれたわけだ

もともと零士に依頼されていた話なのに、悠里がその話を聞き面白がり参加するといい、珍しく恋がその話に興味を持ちついて来て、月と詠は恋が行くからという理由で同行。残された私は一人ぬくぬくセキトでも抱いて寝ようと思っていたのに強制連行

「お弁当を用意しましたので、お昼になりましたら皆さんで食べましょう」

 

月は今日早起きして私たちに昼食を作ってくれていたようだ。正直、それくらいしか楽しみがない

「月の手作りよ。感謝して食べなさい!」

「ふふ。詠ちゃんも手伝ってくれたんです」

「ゆ、月!そういうのは言わなくていいの!」

相変わらず詠はツンデレだな

 

「あはは。まるでピクニックみたいだ」

「ぴくにっく?」

 

零士の発言に、悠里が疑問を口にした。ぴくにっく…私も初めて聞いたな

「うん。こうやってお弁当持って、皆で外に出かける事、でいいのかな。ちょうど今から行くところには、川とかもあるみたいだし」

「おー!ピクニックですね!」

今から訓練だというのに、なんともお気楽なものだ。絶対遊び気分だろ

「はぁ…セキトはいいな」

私はセキトに話しかける。セキトは「わぅ?」と言った感じで小首をかしげた。なんだ働かない番犬、可愛いじゃないか

 

 

†††††

 

 

 

「あ!東さん!こちらです」

森に入り、少し進んだ先に銀髪の子がいた。この子が楽進だな

「待たせたね。今日は皆も連れてきたから、君にとってもいい刺激になると思うよ」

まぁ、私は来るつもりなかったけどな

「皆さんもわざわざありがとうございます。私が今回依頼した楽進です。本日はよろしくお願いします。この先に開けた場所があるので、そこまで移動しましょう」

私たちは楽進の誘導でさらに奥へ進んでいく。その間私は楽進を観察していた。かなり鍛えられているのがわかる。またこの子は武器を携帯していないところを見ると、無手の使い手だろうと推測。今までに会った事のない手の者だな

「着きました。ここです」

やがて私たちは目的地に到着する。するとそこには、見慣れた人物が数人いた

「なんでお前達までいるんだよ。華琳、秋蘭、霞」

「あら?私が部下の訓練を見に来ちゃいけないのかしら?」

「ふむ、凪から話を聞いてな。私も混ぜてもらおうと思ったのだよ」

「咲夜とヤりたくて!」

おい霞。なにかお前だけ、邪な気配がしたぞ

「やぁ華琳ちゃん。今日はよろしくね。後ろの方達も、一緒に訓練を受けるって事でいいんだね?」

 

零士が華琳に挨拶すると、片目を蝶の眼帯で隠している黒髪の女性が零士の前に立ち、大剣を構えた

「おい貴様!男の分際で神聖な華琳様の真名を呼ぶとは何事だ!叩き切るぞ!」

って、聞いてるそばから零士に向かって思いっきり切りにいってるぞ。あれが噂の夏侯惇か

「はぁ…やめなさい春蘭。これはいいのよ。私が認めてる男の一人だから」

 

「か、華琳さまぁ~」

 

華琳が呆れた様子で夏候惇を止めると、夏候惇はしょんぼりした表情で華琳を見つめた

「部下が失礼をしたわ。この子が夏侯惇。これでも一応、うちの最強って事になってるの」

若干ため息混じりに説明する。対して夏侯惇はどこか誇らしげだった

「私が華琳様の第一の!臣下にして魏武の大剣、夏侯元譲だ!」

ずいぶん第一ってのを強調したな。………あぁなるほど。あいつ華琳を溺愛しているな。だから急に切りかかったのか

「そしてこの子達が私の親衛隊で許褚と典韋よ」

 

そう言って華琳が紹介したのは、二人の小さな少女だった

「許褚でーす。今日はよろしくね」

「典韋です。今日はお弁当も作って来たので、後で食べてください!」

あのちびっ子、許褚と典韋が親衛隊?見た目では想像できないな

「さて、まずは実力を見たい。組分けはどうしようか。僕は楽進ちゃんに頼まれて来たし、楽進ちゃんと組もうと思ってるけど…」

各々軽く自己紹介を済ませ、本題に入っていく。そう。私たちは今日訓練に来たのだ。忘れてはいけない。………忘れたかったな

「はいはーい!うち咲夜とヤりたい!」

霞が元気よく名乗り挙げた。霞か。五年前は勝てなかったが、今はどうだろう。少し興味あるな

「いいぜ。相手になってやる」

「ふむふむ、じゃああたしはお子様の相手をしようか」

そう言って悠里は許褚と典韋を見る。それに対し許褚は牙を向いた

「カチーン。ちょっと身長とおっぱいがあるからって、舐めて掛かると痛い目見るよ!」

「ふふん、そういうのはお姉さんに勝ってから言いなさい!」

「ムカッ!流琉!一緒にあのお姉さんをぶっ潰すよ!」

「ちょっと、季衣落ち着いて」

 

悠里の煽りに、怒りをあらわにする許褚と、それを頑張ってなだめようとする典韋の光景が、少しだけほほえましく見えた

「ふむ。私も咲夜と訓練したかったが、仕方ない。恋よ、相手をしてくれるか?」

「…ん」

 

秋蘭は恋とやるらしい。が、そこへおろおろしている女性が一人いた

「しゅ、しゅうらぁん。私は?私は誰とやればいい?」

一人残された夏侯惇が涙目になって秋蘭に駆け寄る。一瞬、秋蘭の表情が恍惚となっていたように見えたのは、私の気のせいであって欲しい

「うぅむ…どうしたものか」

「二人で来たらいい」

秋蘭が悩んでいると、珍しく恋から提案する。大丈夫か?いくら恋でも、二人がかりはキツくないか

「うむぅ…流石に二体一というのは」

これには流石の夏候惇も気が引けるらしい

 

「あぁ、私は待てるから、姉者の後でも良いのだぞ?」

「大丈夫」

だが、恋はそんな心配すら気にしてないかのような、余裕の表情だった

 

「じゃあ楽進ちゃん。予定通り、僕が相手を務めさせて貰うよ」

「はい!よろしくお願いします!」

組分けは決まった。零士と楽進。悠里と許褚・典韋。恋と夏侯姉妹。そして私は霞とだ。やるからには勝ちたいな

†††††

「さて、全力で来るといい」

「はい!」

まずは零士対楽進からだった。今日の主役は楽進だからな。まずは彼女からとの事だ。もはや訓練というより、試合だな

「ハァァーッ!」

先に仕掛けたのは楽進だった。彼女は零士に向かって直進し、一気に間合いを詰める。走った勢いを使い初手は飛び蹴りを繰り出した

「よっと」

零士はそれを難なく避ける。しかし…

「タァッ!」

そこから間髪入れず、無数の拳と蹴りの嵐を零士に浴びせる。なかなか速いな

「へぇ」

零士はこれを避け、時に防御しながら捌いていく。一撃一撃を全て見極め、分析しているようだった

「速い、けどそれだけだ、ねっ!」

零士は楽進の猛攻を打ち破るように、正拳突きを繰り出す。楽進は咄嗟に両腕で防御するも、衝撃から後ろに大きく吹き飛ばされた

「クッ、防御の上から…重い…」

「それで終わりかい?」

「まだまだ!」

その後も激しい攻防が繰り広げられた。楽進の鋭い体術の技に、零士は防戦を余儀なくされる。一見、楽進が押しているかのように見えるこの戦況。だが、先に息のあがり始めた楽進とは対象的に、零士の表情は余裕といった様子だった。現に、楽進の攻撃は一つも決定打にならない

「はぁはぁ…ハァァー!」

まともに攻撃の通らない楽進の表情には焦りの色が見え始める。すると楽進は一度距離を取り、息を整えたと思ったら、今度は足に氣を集中させていった。へぇ、氣を扱えたのか

「猛虎蹴撃!!」

楽進は巨大な氣の弾を零士に向けて撃った。かなりの速度で放たれた氣弾は、吸い寄せられるかのように零士に直撃した

そして、直撃するとドカンと大きな爆発が起き、周囲にも軽い衝撃波が来る。大した威力じゃないか。だがな…

「はぁはぁ…クッ!」

あいつはあの程度じゃやられない。砂煙で確認はとれないが、どうやら楽進も零士がまだ立っている事を悟ったようだ

「ふふ」

瞬間、一気に砂煙が晴れる。零士が吹き飛ばしたのだろう。その零士は、汚れてはいるものの、余裕といった表情だった

「チッ!」

楽進はもう一度氣を溜め始める。しかし、流石に二回目は無さそうだ。零士は一気に距離を詰め…

「フッ!」

楽進の腕を掴み、そして投げる。私もチンピラ相手によく使う、合気と呼ばれる関節技だ。投げた後も腕は離さず、そのまま楽進の背中に馬乗りになり、組み伏した。決まりだな

「ガハッ!」

「勝負有り、だね」

場は静まり返る。唯一、霞だけは「やっぱなぁ」などと呟いていた。それ以外は信じられないと言った表情だ

「あの男が強いのは知っていたけれど、あの凪を容易く制圧するなんて」

周りにいる誰もが抱いている感想を、華琳が代表するかのように呟いた

 

「あぁ、楽進は強い。だが、初見で零士とやる奴は、大抵あんな感じだ。なぁ、霞?」

 

私は霞に同意を求める。霞は腕を組み、思い出すかのように空を見上げた

「五年前、うちと咲夜を含めた董卓軍の武将、全員ボコボコにするような奴やでなぁ」

その話を聞いた華琳は苦笑いだった。見れば詠も苦笑いだ。きっと五年前の事を思い出したのだろう

「全体的な評価としてはまずまずだ。速さに関しては及第点だが、重さが足りない。僕の一撃はどうだった?」

零士が組手の感想を楽進に伝え始めた

 

「骨が折れるかと思いました…」

「だろう?今後は一撃一撃を常に必殺のものと意識するんだ。もう一つ、君は氣を扱えるのに、それを身体強化に回していないのか?」

「氣を身体強化に?可能なのですか?」

「あぁ。そうか知らなかったのか。なら頷けるな。これからは氣を身体強化に回せる訓練をしよう。それだけで戦略の幅は広がるからね」

「はい!お願いします!」

「最後に、あの氣弾の威力は見事だった。正直、あれを初見で防げたのは運が良かった。いいセンスだ」

「いい、せんす?」

「あぁ。僕のいた国で、兵士に送られる最高の褒め言葉と思っていい」

「あ、ありがとうございます!あの、今後は凪とお呼び下さい!」

「あぁ。よろしく凪ちゃん」

そして零士と楽進は固い握手を交わした。なんとなく、楽進の零士に向ける視線が熱っぽいものに見えた

†††††

 

「次はあたしです!かかって来いちびっ子ちゃん!」

「ムカーッ!行くよ流琉!」

「ちょっと季衣、あんな見え透いた挑発に乗らないでよ」

二戦目は悠里対許褚・典韋だ。悠里が鉄棍に対し、許褚と典韋はどこから出したんだと言うような巨大な武器を手にしていた

「うわぁ、それどこから出したの?」

「へへ、気をつけてねー。じゃないと文字通りぺちゃんこだよ」

「では、よろしくお願いします」

少し興奮気味な許賴に対し、典韋は冷静に悠里を観察していた。なるほど、あの典韋って子が抑え役なのだろう

「行くよー!どーりゃー!」

先に仕掛けたのは許褚だった。巨大な鉄球を振り回し、それを悠里に振り落とす。ドシンと腹に響く大きな地鳴りをたてた許褚の攻撃だったが、悠里には当たらなかった。直前で、紙一重で避けたようだ

「うっへぇ、流石にあれには当たりたくないなぁ」

「心配しなくても、次はちゃんと当てるよッ!」

許褚は立て続けに二撃、三撃と繰り出していく。それも悠里はひらりひらりと避け続けていった

「私もいますよ!」

次の瞬間、悠里が許褚の攻撃を避けた先に典韋の攻撃が迫っていた。流石の悠里も驚くも、これを冷静に対処。鉄棍を使って大きく飛び距離をとった。なかなかの連携だな

「い、今のは危なかった…よく避けれたなあたし」

 

悠里は典韋の攻撃で地面にできた大きな穴を見て、冷や汗を流しながら呟いていた。あれ、当たったら痛いじゃすまないよな?

「むしろ、今の当たらなかったのが、結構悔しいですよ」

意外と典韋も、好戦的な性格なのかもしれない。武器を手元に戻して、悠里をまっすぐ見つめていた。その目には、しっかり闘志が宿っている

 

「ふふん。さぁて、いっちょあたしも攻めてみますか!」

悠里はトントンと軽く飛び、直後にそこから高速で移動する。悠里の速さに慣れていない人には、目で追う事が辛い程の速さ。その予想以上だっただろう速さに、許褚と典韋は驚愕をあらわにした

「とった!」

悠里は許褚の背後を取り、鉄棍を振りかぶる。許褚はそれをなんとか反応するも、無理な体勢で防御したため、上手く受け身がとれなかったようだ

「ウッ!」

「季衣!ハァッ!」

典韋は咄嗟に許褚の援護をしようと武器を投げつけるも、それは空を切った

「え?」

先ほどまで目の前に居た悠里が、一瞬で移動し、典韋の背後を取った

「あまーい!」

鉄棍は完璧に典韋を捉え、悠里は典韋を綺麗に振り抜いた

「アウッ」

典韋はそのまま吹き飛ばされ、武器を手放した

「よくも流琉を!」

許褚は既に起き上がっており、悠里に直進していく。それに気づいた悠里は再び高速で移動し、許褚に近づいた

「二度も同じ手はもらわないよ!」

許褚は先ほどの攻撃と同じように、後ろから来ると判断したのだろう。悠里が移動すると同時に振り向き背後を見た

「残念、こっちが正解です!」

だが実際は許褚が振り向いた先の背後、つまりはあのまま直進していたら正面に立つように位置づいていた。そのまま悠里は許褚の背後を振り抜く

「アガッ」

その衝撃から、許褚も武器を手放し、吹き飛んだ

「そこまで!悠里ちゃんの勝ちだ」

そして、零士が割って入り、終了の合図を告げた

「いえーい!大勝利ー!」

悠里は結果に満足して飛び跳ねる。対して許褚と典韋は納得いっていないという表情だった

「ぼ、ぼくはまだやれるよ!まだまだこれからなのに、なんで止めるのさ!」

「そうです!納得いきません!」

「ここが仮に戦場だったとして、今の君たちはどんな状況かな?傷を負い、武器もない。それでもまだ、挑むのかい?」

 

零士の発言に、二人は言いよどむ。無手の使い手なら話は別だが、こいつらは違う

「それは…」

「むぅ、ならもっかい!次こそは勝つ!」

「順番は守ろうね?」

「ふふん。君たちの挑戦をいつでも受けるぞ!」

あーだこーだ言う許褚を零士はなだめている。そんな光景をみていると、霞が話しかけてきた

「悠里って結構やるやん。ちゅうかむちゃくちゃ速いな」

「あぁ。うちの面子で一番速いからな。私でもついていくのはしんどい」

「せやなぁ。ついていかれへん訳やないけど、季衣や流琉にはちとキツイ相手かもな。二人とも重量級で、どっちかってぇと対集団戦向きやでな。今回は相性も悪かったやろな」

悠里の最大の武器、それがあの俊敏性だ。以前、『晋』の面子で短距離走をしてみたところ、

悠里は私たちを大きく引き離し目標地点に到達した。本人曰く、余裕でウサギを追い抜けるとか。悠里も大概化け物だな

†††††

 

「たかが飲食店の奴らに遅れをとるとは、魏武の名折れだ。ここは私がお手本というものを見せてやろう」

「姉者、あまり余計な事は言わない方がいい。なにせこれから相手にするのは、世に名高い飛将軍だからな」

「…」

三戦目は恋対夏侯姉妹。この組み合わせは皆が注目する一戦になる。飛将軍と魏武が誇る最強の武人。辺りは静寂に包まれ、緊張感が走る

「霞はどうみる?」

私は霞に問いかける。霞は唯一、どちらの武にも相対している。だがその霞も、珍しく神妙な面持ちで見ていた

「正直、うちにもわからん。恋の武は確かに一級品や。いくら春蘭でも、一対一はきついやろな。せやけど、今回は秋蘭も一緒や。あの姉妹が組むとかなり強いで。お互いを熟知しとるさかい、なんも言わんでも連携組めるんや」

これは本当に、どうなるかわからないな

「行くぞ秋蘭!」

「援護は任せろ姉者」

「………来い」

「オォーー!」

夏侯惇は雄叫びをあげ恋に突っ込む。それに対し恋は武器を握りしめ、待ち構える。そして夏侯惇が大剣を振り下ろすと…

「!」

大剣が振り下ろされる直前に、恋目がけて鋭い矢が飛んでくる。恋はこれに反応し、最小限の動きで矢を弾き、そして間髪入れず大剣の一撃にも対応した

「ウラアァァァ!!」

夏侯惇の猛攻が恋を襲う。夏候惇の攻撃は大振りだが、一撃一撃がとても速くて鋭い。さらには、一瞬でも夏侯惇が隙を作っても、その隙を埋めるように秋蘭の矢が飛び、恋に攻撃させる暇を与えない

「はははー!どうした呂布!」

「…んっ」

押されているとはいえ、恋も恋でかなりやる。今でこそ、猛攻は許しているも、決して決定打になるものは与えていない。確実に剣と矢の攻撃を捌いて凌いでいっている。恐らく夏侯姉妹も、それに気づいているだろう

「さすがにやるな。…姉者!」

「おう!」

秋蘭の掛け声の直後、一度距離を取った夏侯惇が、助走をつけて突進する。一方の秋蘭は数本の矢で拡散させるように恋を射った。恋が軽くこれを弾き返すと…

「ハァーッ!」

夏侯惇は渾身の力で、恋が矢を防御した上から空へ打ち上げるように攻撃する。

すると恋はその衝撃から空中へ飛ばされた

「ハァッ!」

空中に打ち上げられた恋を、今度は秋蘭が矢で撃ち抜く。それも一本ずつではなく、複数本を連射で

「ん!」

空中では身動きが取れないながらも、恋は激しい雨のような矢の弾幕を全て叩き落とす。だが、夏候姉妹の攻撃はまだ終わらない

「そこだー!」

全ての矢を叩き落とすと同時に、夏侯惇が大きく飛び、恋の頭上に位置づいて大剣を振りかざす。流石の恋もこれには驚き、咄嗟に防御することに成功するも、そのまま地面に叩きつけられた。恋が地上に叩きつけられると、地鳴りと共に砂埃が辺りを覆った

「はぁはぁ…やったか?」

「やってもらわねば困る。今ので矢が尽きた」

これが魏最強の武…これが夏候姉妹…見事な連携だ。あの恋をここまで押すとは

「大剣による近距離攻撃と、矢による遠距離攻撃。単純だけど、この二つの組み合わせはなかなか強い。しかも二人の連携、お互いの役割を熟知して、ちゃんとお互いをカバーし合いながら動いている。これほど厄介な存在はないだろうな」

あの零士が感嘆の声を漏らす。だが次の瞬間、零士はクスッと笑った

「だが、相手が悪かったな。やはりあの子は龍の子、いや、龍そのものか」

零士のその視線の先には、砂埃が晴れ、静かに立ちあがる恋の姿があった

「あれを食らって立ち上がるのか!」

「クッ!姉者、援護はするが、期待はするなよ」

「…今のは悪くなかった。次は、恋の番」

恋は夏侯惇に突っ込み、猛攻を仕掛ける。先ほどまで押していた夏侯惇が、今度は防戦一方だった。それを助けるため秋蘭が弓で攻撃するも、遠距離が本職の秋蘭は軽くあしらわれる。その後も、激しい剣撃が繰り広げられ、戦いは熾烈を極めた

「これで、最後」

「グハッ!」

夏侯惇は恋の攻撃を防ぐも、衝撃に耐え切れず武器を吹き飛ばされる。そしてそのまま、恋は方天画戟を夏侯惇に向けた。勝負有りだな

「そこまで。恋ちゃんの勝利だ。三人ともよくやったね」

「クッ、まさか二人がかりで負けるとは…」

「あの時仕留め損ねた時点で、勝敗は見えていたのかもしれないな」

「まさか、あの子達が敗れるなんて…反董卓連合の時に欲張らなくて正解だったわ…」

「楽しかった。またやろう」

悠里が速さなら、恋は力だ。全てを砕く圧倒的な力と強靭な肉体。恋には決まった型がない。技術なんて関係なく、感覚で押し通す。まさに天賦の才能だろう

†††††

 

「来たで来たでこの時が!わざわざオオトリにしたんや。派手に行こうやないか!」

「ふん。五年前の借り、返させてもらうぞ」

最後に控えるは、私と霞の一騎打ち。実に五年振りとなる霞との打ち合いだ。あれからお互い成長したが、負ける気はない

「ほな行くで咲夜。がっかりさせんなや!」

霞は真っ直ぐこちらに突撃してくる。悠里ほどじゃないが速い!私はこれを迎撃する為にも前に出る。そして霞の偃月刀と私のナイフがぶつかり合い、火花を散らせた

 

「ふん!」

 

「はは!」

お互い一歩も譲らず、武器を押し付け合う。力は互角、いや少しこちらが押され気味か

「やるやん!」

「そっちも、なっ!」

私は押し返し、一旦下がった。すると霞は、自分の体を抱きしめ、恍惚とした表情でなにやら震えていた

「ええでぇ、ええでぇ、ゾクゾクしてきた!」

「はっ!なら冷ましてやるよ」

私は一気に駆け寄り、霞に肉薄する。そして縦横無尽と、ナイフで連撃を繰り出した

「ふっ、ふっ!」

流石に届かない。霞はこれを避け、時に防御し防いでいく

「チッ!流石にやるやん!完璧にあんたの間合いに入ってまってる!」

ナイフは短い。超近距離戦闘に特化したものだ。対して霞の偃月刀は、長い分余りに近すぎると対処が難しいはず。だからこそ、一気に叩く!霞の間合いに入ってしまったら、一気に不利になってしまう

「咲夜~。あんたがそないにうちとくっ付いていたいなんてなぁ」

「嬉しいだろ?なんならこのまま抱き締めてやろうか?」

「かぁー!魅力的な提案やけど、今は遠慮しとこか、なっ!」

突如霞が攻撃を仕掛けてくる。それに反応し、一瞬攻撃の手を緩めてしまった。結果、霞は後ろに後退した

「チッ。あのままいたら、抱いてやったのに」

「ハっ!ならうちが勝ったら、好きなだけ抱かせてもらうで!」

霞は一定の距離を保ち剣撃を放つ。しまったな。これは霞の間合いだ。近過ぎない、偃月刀を振るうにはちょうどいい距離。霞は猛攻撃に出た

「おらおら!それで本気か?」

「んなわけないだろ」

と言っても、今の状況はまずい。このままじゃジリ貧だ。だが、最初は気乗りではなかったが、今回は相手が相手だ。勝ちに行くぞ

「ふぅー…」

私は霞の攻撃を防ぎつつ集中し始める。氣による身体強化。ついでに零士にコツコツ習った魔力を使った武器の硬化だ。零士ほどじゃないにしろ、ちょっとは使えるんだぞ

「!!咲ちゃんめ、魔力まで使ったな…」

 

感覚が研ぎ澄まされ、体が軽くなっていくのを感じる

「さぁ、ここからが本番だ。行くぞ!」

 

私はナイフを強く握りしめ、霞の攻撃を弾いた同時に、思いっきり横にナイフを振った

「なんや?急に鋭く…」

 

横振りの攻撃は防がれ、霞はいったん距離を取った。だが、これで終わりじゃない

「五年の特訓の成果だ。しっかりその身に刻め」

私は一気に霞に接近し、腰を低くしてすくい上げるようにナイフを振っていく。それは防御されるも、霞の表情を歪ませた

「鋭なったと思たら、一撃一撃がめっちゃ重なってる!そないな技隠しとったんか!?」

「あんまり喋ると舌噛むぞ」

 

私はナイフで霞の偃月刀を傷つけていく。私は目を凝らし、しっかり見極めていく。狙い目は…あの柄部分の先端だな

「言うやんけ。ならうちも本気でいかせてもらうでぇ!」

お互いがお互い、攻防の一進一退。激しい剣撃が重なり合い、火花を散らせる。純粋な打ち合いは、何合を超えたのかわからなかった。だが…

「フンッ!」

氣と魔力を込めた私の渾身の一撃が、霞の偃月刀とぶつかる。その瞬間、私はニヤッとなってしまう

「…霞、私の勝ちだ」

「はぁ?何言うとんねん。まだ終わって…」

次の瞬間、霞の偃月刀の先端部分に切れ目が入り、偃月刀は綺麗に折れ、地面に落ちた。偃月刀を手にしていた霞は何が起こったのかわからず、偃月刀をぼんやり眺め、そして理解すると驚愕の表情をあらわにした

「って、えぇ!?う、うちの偃月刀が…咲夜、あんた最初からこれを…」

「まぁな。あれだけ打ち合えば、こうなるさ」

「う、嘘やろ…この飛龍偃月刀、どんだけ硬いと思てんねん」

ふぅ。久々に本気出した甲斐があったな。借りは返せたみたいだ

「二人ともお疲れ様。武器破壊は咲ちゃんの得意技だね。氣による身体強化及びに武器の硬化。そこに咲ちゃんの天性の戦闘技術。もう一つ付け加えるなら彼女の視力もそうだね。全ての攻撃を見切り、脆い部分を見抜き、そして破壊する。速さの悠里ちゃん、力の恋ちゃん、そして技の咲ちゃんって感じだ」

ま、あの偃月刀、かなりガタがきていたし、楽に壊すことができたってのもあるけどな

†††††

 

 

 

「まさかうちの子たちが全滅だなんて…本当に、何故飲食店にしたのよ。世に出れば、間違いなく名を残せたでしょうに」

試合が終わり、一息ついてると華琳が近づいてきた。華琳は呆れつつ、怒りつつ尋ねてきた。結果が結果だ。聞かれても当然だよな

「言いたい事はわかるが、私たちにも事情がある。それに興味もない。やる気のない人間がいても、返って邪魔だろ」

「事情ねぇ、あの男かしら?」

 

華琳は零士を見て聞いてくる。相変わらずこいつは、察しがよすぎるな

「さぁな」

 

私は努めて興味のなさそうな風を装って返すが、恐らく無駄だろう

「ふむ、零士。あなた、うちに来る気はないかしら?あなたのその力、我が覇道に役立ててみない?」

さっそく勧誘かよ

「残念だけど、僕はあの店と、僕の家族さえ守れればそれでいいんだ。覇道に興味はないな」

「小さいわね、男のくせに。この大陸全てを守るくらい言えないの?」

「はは。そういうのは僕の仕事じゃないな」

 

零士は飄々と笑って断った。華琳は少しムッとした表情になってしまった

「はぁ…なら張郃。あなたはどうかしら?あなたのその俊足、戦場で試してみない?必ず名を残せるわよ」

今度は悠里に目標を変えたか。おおかた、悠里を味方につけて、私を引っ張る気だろう

「あー、あたし孤児の面倒見なきゃいけないし、なにより『晋』で働くの好きなので、お断りさせていただきます!」

 

華琳は頭を抱えはじめてしまう。これ、ある意味華琳も初めての経験なんじゃないか?女性からあまり断れている印象ないし

「…なら呂布はどうかしら?」

そう言って恋をチラッと見ると、セキトを抱いて寝ていた

「…はぁ…初めてよ。この私が、ここまで振られるなんて」

「そりゃ残念だったな。これを機に諦めることだ」

その後は月と流琉が持ってきた弁当を分け合った。ちなみにこの時、みんな真名を預けあった。月や詠は、同じく料理人でもある流琉と仲良くなり、悠里に関しては先ほどまで弄っていた季衣と親睦を深めていた。春蘭は食事中の恋の仕草にきゅんきゅんしており、そんな光景を秋蘭が慈愛の目で見つめていた。零士は凪に戦闘技術を教えているが、そんな凪の目はやはり熱っぽい。そして私は…

「ねぇ咲夜、今夜私の閨に来なさいよ。いっぱい可愛がってあげるわ」

「明日仕事なんで遠慮する」

華琳に絡まれていた。恐らく、私を恋愛的な意味で籠絡しようとしているのだろう。その色っぽい仕草に内心、ちょっとだけ、ドキドキはしていたものの、なんとか耐える事ができた。おかしいな。私は至って普通の性癖のはずなんだが…

食後も訓練は続いた。今度は組み合わせを変えたり、二対二でやってみたりと、なかなか濃い時間を過ごした。今まで訓練は一人でやることが多かった分、こうして複数でやるのはなかなかいい刺激になった。まぁ、悪くない休日だったんじゃないかな

†††††

翌日

「いらっしゃい…」

「あら、元気ないわね。店員がそんな態度でいいのかしら?」

訓練の疲れを残したまま営業する羽目になった私は、休日はゆっくり寝ると堅く心に誓った

 




今回、『晋』のメンツが全勝しましたが、これは相性によるものが大きいです。例えば咲夜なら、1対1でなら強いですが、夏候姉妹と相手となると負けます。悠里も、夏候姉妹や霞には負けて、凪といい勝負ができるレベルです。零士に関しては、純粋な試合をさせたら恋に負けます。改めて戦闘描写は難しい。今後の課題です


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プロポーズ大作戦

 

 

 

 

「さぁ、今日は失敗は許されない。お客様に最高の時間と最高のおもてなしを提供し、最高の思い出を作ってもらおう!」

『はい!』

零士の言葉に、『晋』の従業員全員が勢いよく返事する。というのも、今日の『晋』はどうしても失敗するわけにいかない理由があった。事の発端は数日前、とあるお客さんの訪問から始まる

†††††

 

数日前

「お久しぶりです。と…月様。お元気そうで何よりです!」

「まぁ、張済さん。お久しぶりです。許昌にいらしてたんですね」

とある昼下がり。来店してきたのは、元董卓軍武将の張済さんだった。張済さんは現在、雇われの傭兵として生計を立てており、時々こうして『晋』に来ることがある

「呂布殿は相変わらず、店の入り口で寝ておられるのですね」

「ふふ。ここに来てからは、恋さんあそこで寝るのがお気に入りみたいなんですよ」

「あら?張済じゃない?久しぶりね」

「お久しぶりです。か…詠殿も、お変わりない様子で安心しました」

「ゆっくりしてってくれ。今茶を出すよ」

それからしばらく張済さんと話していた。どうやら張済さん、今回は霞を頼って華琳のところに士官しに来たらしい。と言うのも…

「まぁ、好きな人ができたのですね!」

「へぇ、どんな人よ?」

月と詠が少し前のめりになり、張済さんに詰め寄った。私も少し興味が湧いたので、食器を片づけつつ聞き耳をたてることにした

 

「実は鄒氏という女性なんですが…以前この近辺で仕事をした時に偶然出会い、お恥ずかしながら一目惚れしてしまい…」

「恥ずかしい事なんてないですよ。とっても素敵な事です」

「そうよ。あんた、ちゃんとその鄒氏って人とは会ってるの?」

「はい。しかし、私も浮浪の身故、あまり頻度は多くありませんでした。なので今回は、曹操殿に士官し、ここに住もうと思っています。おっと、私はそろそろ行きますね。また夜お伺いします!」

そう言って張済さんは出て行った。それに入れ替わるように、零士と悠里が買い出しから帰って来た

「ただいま帰りましたー!」

「ただいま。今さっき張済さんに会ったよ」

「おかえり。実はさっきな…」

私は先ほどの事を説明する。すると悠里が目を輝かせていた

「素敵です!私たちで応援しましょうよ!」

「それいいですね!」

「仕方ないわね。このか…詠様の智謀、貸してあげましょう!」

あんがいみんな乗り気だった。やはりこういう話題に興味があるのだろう

 

 

そしてその日の夜

 

 

張済さんは霞とねねも連れてやってきた。董卓軍の面子が勢ぞろいだな

「協力…ですか?」

「あぁ。僕たち『晋』の従業員が総力を挙げて、君の恋の成就を手助けするよ」

「あ、ありがとうございます!」

「なになに?なんの話?」

私は霞とねねにも説明する。まぁ、ねねは恋に抱きしめられ、幸せそうにしているから聞いてないだろうな

「なんやそれ!めっちゃおもろそうやん!よっしゃ!うちも協力したんで!」

「ふふ。じゃあこれより、張済さんのプロポーズ大作戦を決行する」

『晋』の従業員による、作戦会議が開かれた

 

「まずはやっぱり好感度上げですよ!いっぱいお出かけに誘うんです!」

「そうだな。景色のいいところや買い物なんかが、女性は喜ぶんじゃないか」

 

私は悠里の言葉に補足するように提案し…

「身だしなみも重要よ。汚い格好じゃ引いてしまうわ」

「かと言って、あまり気合いを入れるのもダメだと思います。平時はあくまで普通を意識した方が良いかと」

詠と月が身だしなみについて助言し…

 

「美味い飯と酒!これも重要やで。告白する時にクソまっずい飯やと、気分下がってまうでな」

「それならここで告白すればいいよ。その方が僕たちも色々仕込めるからね」

 

最後に霞と零士が提案する。全員がポンポンと提案する中、張済さんは一生懸命聞き入っていた

現在

そしてあの冒頭に戻る訳だ。この日までの数日間、いろいろな事があった。服装や装飾品を見繕ってやったり、お出かけ名所や美味い飲食店を探したり。そして今日、張済さんはいよいよ結婚を申し込む

「では、行って参ります」

「あぁ。その時計の短針が七、長針が十二を指したらここに来るんだ」

零士は張済さんに腕時計を渡していた。張済さんは少し物珍しげに時計を眺め、そして腕に付けた

 

「わかりました。何から何まで、ありがとうございます!この恩は忘れません!」

「その台詞は成功したら、もう一度聞かせてくれ。ほら、女を待たせるのは感心しないぞ」

私がそういうと、張済さんはピシッと姿勢を正した。気合十分のようだ

 

「はい!では!」

そして張済さんは小走りで去って行った。さぁ、私たちも気合い入れるぞ

†††††

私たちは通常通り営業し、その傍ら準備を進めていく。霞の言うとおり美味い飯と酒の仕込み、奥のテーブル席の装飾、そしてなんと…

「私たちの出番になったら言いなさい!」

「お姉ちゃん、頑張るよー」

「他ならぬ『晋』さんの依頼、私たちを救ってくれた事は聞いてるわ。

この依頼、必ず成功させます」

あの数え役満☆姉妹を雇った。店内の音楽担当として、雰囲気のいい、落ち着いた恋愛系の歌を歌ってくれと頼んだ。さらにさらに…

「もうすぐですねー」

「へぅ、詠ちゃん、緊張してきたよ~」

「月が緊張してどうするのよ」

皆が徐々にそわそわし始めるなか、カランカランと店の扉に付いた鈴が鳴り開かれた

「お邪魔するぞ」

「星」

やって来たのは、二人の男女。一人は星と、もう一人は見慣れない白い服を着た男だった

「やぁ星ちゃん、それに一刀君も。よく来たね」

「はい、お久しぶりです」

一刀?………あぁ、こいつが

「お前が、天の御使い、ってやつか?」

「確かに、世間ではそう呼ばれてるかな」

そう言った北郷一刀は苦笑していた。すると後ろから凄い勢いで悠里が走ってきた

「あなたが天の御使いさんなんですか!?」

「えっと、はい。あの、あなたは?」

「あ、申し遅れました!私は張郃って言います!」

「あ、北郷一刀です。天の御使いやってます」

「うぉー!天が味方したー!」

悠里が北郷一刀の手を掴み、ぶんぶん振り回した

「……なるほど。悠里ちゃん、そういうことだね?」

「はい!手伝ってもらいましょう!」

「はい?」

そして私たちは今夜の事を説明する。すると星も北郷一刀も、笑顔で了承してくれた

「素敵な事だ。主、しっかりやるのだぞ」

「もちろんだ。プロポーズ大作戦、成功させよう!」

北郷一刀と星の役割は、告白が成功した時に祝ってあげること。これは他のお客さんにも協力してもらう事だが、北郷一刀にはその後にも、天の御使いとして祝ってくれるよう頼んだ

「もうすぐ時間だ。総員、配置につけ!」

今回は零士と悠里が厨房。そして私と月と詠で給仕を担当している。恋には店の入り口付近で警護として働いてもらう。今日に限り、不躾な輩は徹底排除とお願いした。星と北郷一刀はカウンター席にいる。実はこっそり霞とねねも来ていた。結末が気になるのだろう

†††††

 

カランカラン

 

「いらっしゃいませ。お食事処、『晋』へようこそ」

やがて扉が開かれ、張済さんと鄒氏さんの二人が入ってくる。時間通りだな。それにしても鄒氏さん、かなりの美人だ。大人の魅力ってやつか?色気が凄い

「ご予約のお客様ですね?ご案内します」

私は奥の席へ誘導する。そして月と詠が椅子を引き、座りやすいように工夫した。見れば張済さんだけでなく、鄒氏さんも緊張しているようだった

「ここって、最近人気の『晋』さんですよね?いつもこのようなことを?」

「いえ。ご予約のお客様に限り、こういったおもてなしをさせて頂いています」

 

私が説明すると、鄒氏さんはそわそわと店内を見回していた

「ちょ、張済さん、大丈夫なんですか?私みたいな人がこのような場所」

「大丈夫ですよ。私に任せて下さい」

 

張済さんの言葉に、鄒氏さんは落ち着き、少し顔を赤らめていた。この二人、もう両想いなんじゃないか?

「では、お飲み物をご用意しますね。少々お待ちください」

月はカウンターに行き、零士特製の酒を用意している。私は奥の張三姉妹に出番を伝えた

「私たちの歌で、最っ高にいい雰囲気にしてあげるわ!」

「任せてー」

「恩に報いる為にも、精一杯やらせてもらうわ」

零士が芸人用に作った小さな舞台。張三姉妹がまだ有名でない頃、うちに来てはそこでよく歌っていったな。それが今や大陸でも有名な歌手だ。ホント、よく頑張ったよな

「こちら、自家製の果実酒になります」

穏やかな曲が流れる中、月と詠は酒を注いでいく。桃を基盤にした、零士特製の酒だ。甘めだが、香りが良く、また色も鮮やかだ。女性に人気の一品だな

「なんだか、バーみたいな雰囲気ですね」

「まぁ、そう意識してやってるからね。さぁ、一刀君と星ちゃんも、食べて行ってくれ」

「私はメンマ丼を頼む」

「め、メンマ丼…俺は…うわ!すげぇ!ハンバーグがある!」

「ふふ。じゃあハンバーグにしようか」

「お願いします!」

その後は食事を堪能してもらう。果実酒に合わせ、ステーキと呼ばれるものを食べてもらった。評価は…

「柔らかい…とっても美味しいです!」

上々だな

食事を終え、二人はしばらく談笑していた。すると張済さんは、意を決したように、身を引き締めた。いよいよだな

「す、鄒氏さん!少しよろしいでしょうか?」

「!!…はい…」

あの二人の緊張感がこっちにも伝わってくる。やばい、私まで緊張してきた気が…

「俺…いえ、私と!結婚して下さい!!」

張済さんは気合いを入れて申し込んだ。すると鄒氏さんは一粒の涙を流し、すぐに笑顔に戻しそして…

「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

パンッパンッ!!

『おめでとう!!』

みんなで一斉に、クラッカーと呼ばれるものを鳴らし、大声で祝ってやった。それに対し二人は驚き、そしてすぐさま顔を赤らめた

「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「…おめでと」

「おめでとうなのです!」

「おめでとさーん!」

「おめでとー!幸せになってくださいね!」

「おめでとう。よかったじゃないか」

「ふふ。おめでとう」

みんながそれぞれ、祝いの言葉を並べて行く。この時、食いに来てくれていた一般のお客さんも、心の底から祝ってくれているようだった。そして…

「おめでとうございます。この場に居合わせた事、心から幸運だと思います」

「あなたは?」

「私は北郷一刀。世間では天の御使いと呼ばれている者です」

「み、御使い様!?」

 

北郷一刀の言葉に、店内にいる誰もが驚いた。天の御使いの名の影響力は大きいらしい

「あ、畏まらないで下さい。天とついていますが、私もあなた方と同じ人の子です。そして私からもう一度、お祝いの言葉を。本当におめでとうございます。お二人の新たな門出、影ながら応援させて頂きます」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます。御使い様に祝われるなんて…今日の事は一生忘れません!」

ふぅ…どうやら成功したみたいだな。あの二人の笑顔が見れたんだ。それだけで、ここまで仕込んだ甲斐があったってもんだ

†††††

 

やがて閉店時間になる。張済さんと鄒氏さんは先に帰宅して行った。その後、霞やねね、張三姉妹を始めとした客達が次々に帰っていく。私たちは店を閉め、片付け始めた

「いやー、今日は本当によかったですよ!あたし感動しちゃいました!」

「私もです。少し泣いてしまいました」

「あの二人、お似合いだったわね」

「我々も、このような良き日に立ち合えるとは思ってもみませんでしたぞ」

「俺も、なんだか元気貰いました。今日は美味しい料理もありがとうございます。それでは俺たちはこれで。行こう星」

「御意。それではな。またくるよ」

「おー。二人とも今日はありがとうな。また来てくれ」

私たちは二人を見送り、そして再び後片付けに入った。今日は充実した一日だったな。そういや、星と北郷一刀は何しに来たんだろう。あいつらって確か、平原、いや今は徐州だったか?にいるはずだよな。なんでわざわざこんなところまで…

「ちょーっと待ったーー!!」

なんて考えていると、北郷一刀が勢いよく戻ってきた。なんだこいつ、騒々しいな

「どうかしたかい?一刀君」

「いやいやいや!あなたに会いに、話を聞きに来たんですよ!」

話ねぇ…どうやら今日は、まだまだ終わらないらしい

 

 

 



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東零士

 

 

 

 

 

「さて、何から話そうか」

店内の片付けを終え、今この場には私を含めた『晋』の従業員、そして北郷一刀と星がいる。悠里や月、詠には帰っていいと言ったんだが、どうやら残るらしい。ちなみに恋は寝ている

「正直、俺はこの世界の事を全く知りません。なので、もし知っている事があれば、教えてください」

 

北郷一刀が申し訳なさそうに訪ねてくる。それに対し、零士は少し思案している様子だった

「知っている事ねぇ。あまり多くは知らないけど…そうだね、まずは僕がこの世界に来た時の話をしようか…」

†††††

 

 

 

五年前

気が付けば、僕は果てしない荒野にいた。辺りには何もなく、ただまっすぐ大地が続いている

「ここは…」

まずは状況の整理をしないとな。少なくとも、魔術は使える。体に異常も見られない。ただ、どうやってここに来たのか、前後の記憶がない

「一体…」

「あらー、イレギュラー反応があるって聞いて来てみれば、ご主人様とはまた違った私好みの渋い男前!これは仕事にかこつけて、きゃっきゃうふふなドキドキハプニングがあるやもよ!」

振り向くと、そこにはガタイのいい巨漢がくねくねしていた。凄い筋肉だな。それにピンクのビキニ?なんというか、凄まじいファッションだ

「…君は?」

とりあえず僕は尋ねてみる。この巨漢、あのくねくねに似合わず気配を消していた。一応警戒して損はないだろう

「おおっとこれは失礼。あたしは貂蝉!都の踊り子をしてる絶世の美女よん!」

「…貂蝉?あれって確か、女だったような…君はどうみても…」

「漢女よん!」

なにか、触れちゃいけない気がするな

「…そうか。僕は東零士。ところでここはどこなんだ?」

「ここは愛しのご主人様、北郷一刀が作った外史よ」

がいし?ガイシ…外史……あぁ、以前、何かの書物で読んだことがあるな

 

「確か、誰かが想像し、作り出した世界、みたいなそんなイメージだったが、それでいいのか?」

「そんな解釈でいいと思うわ。そしてここは、そうねー、あなたの居た時代の約1800年前の中国よ」

「1800年前…三国時代か…つくづく僕は、戦争に縁があるな。ところで、君は何者だい?君の口ぶりからして、外史の関係者なんだろ」

「あらん?そんなに私の事が気になっちゃう?気になっちゃうのん?そんな私ってば罪な漢女!」

「茶化すな」

 

妙にくねくねするなぁ。そういう人がいるのは知っていたが、初めて会うな

「せっかちねぃ。まぁいいわ。私は外史の管理者の一人よ。そしてご主人様の愛の性奴隷!」

後者は無視だな

「管理者?」

「うふん、華麗にスルーされたわぁ。えぇ。今回の私の仕事は、イレギュラー問題の対処、つまりあなたの処理よ」

 

「処理…か。もしかして殺されてしまうのか?」

「あらやだわぁ。あたし、無意味な殺生は好まないのよ。普通、外史には他の人間は来れないはずなのよねー。だからあなたはイレギュラー。招かれざる客ってとこね」

イレギュラー…つまりこいつからしても、不測の事態か

 

「招かれざる客ねぇ。なら、僕の居た世界に帰してくれるのか?」

「それがどういうわけかできないのよ」

「…できないだと?管理者なら、なんとかできるんじゃないのか?」

「普通はできるんだけど…なぜかブロックがかかってるみたいなのよねん。そういう意味でも、あなたはイレギュラーなのよ」

「なら、この世界で生きていかなきゃいけないのか?」

「そうなるわね」

突然訳のわからない世界に来て、イレギュラーと呼ばれ、そして生活を強要されるか。勝手だな

「はぁ…まぁいい。前の世界には飽き飽きしていたし、人生やり直せるチャンスなんだろう。ところで、君の言うご主人様…北郷一刀君?ってのはどこにいるんだ?」

「まだ来ていないわ」

 

思わずこけてしまいそうになる。ちょっと予想外の答えだった

「まだ来ていない?創造主がいないのに、この世界は成り立っているのか?」

「そりゃそうよ。この世界だって、成長しなきゃいけない。予定ではご主人様は五年後に来るわ」

それはまたずいぶんと…

「はぁ…さて、せっかく三国志の時代に来たんだ。世に名を残す英雄でも、訪ねてみようかな」

「おっとちょっと待って。一つだけいいかしら?」

「なんだい?」

 

僕が歩き出そうとすると、貂蝉に引き止められる。まだなにかあるのか?

「あなた、野心を持つようなタイプには見えないけれど、くれぐれも何処かに仕官したり、天下をとろうなんて国を作ったりしないでねん。この世界は、あくまでご主人様が主役。ゲストがその座を奪ったら、この世界どうなるかわからないわ」

「ようは北郷一刀君の邪魔さえしなければいいってだけだな。なら大丈夫だ。そんなものに興味はない。何もしなくても一刀君が天下を統一してくれるなら、僕は黙って見守ってるよ」

 

なおの事好都合だ。この世界では、血なまぐさい厄介ごとに巻き込まれないように、ひっそり静かに生きよう

「お願いねん。…名残惜しいけど、私はそろそろ行くわ。そうねぇ、今度はプライベートで会いましょ。私の超絶テクで虜にしちゃう!」

そう言って貂蝉は何処かに飛んで行った。それを見送った僕は、当てもなく歩き、やがて一つの村に辿り着いた。その村で咲夜、司馬懿と出会ったんだ

†††††

 

現在

「というのが、僕の話かな。僕が今まで何処かに仕官しなかったのは、そういう制約があったからなんだ」

零士は北郷一刀だけでなく、月や詠にも意識を向ける。彼女達にもまだ話していなかったからな

「外史…俺が作った?わけがわからない…ていうか魔術?」

「そう言えば言ってなかったね。君にあげた刀もそうだけど、この店も含めて、ここにあるものは全部僕が魔術で作ったものだよ」

そう言って零士は箸やレンゲ、ナイフや銃などをポンポン出していった

「ふむ、便利な技だな」

「……え?」

「わぁ、凄いです!」

「……え?」

星と月は驚き、北郷一刀と詠は言葉を失うなど、反応はそれぞれだった。今気づいたが、月や詠にも、ちゃんと魔術を見せたのは初めてなんだな

「まぁ、魔術に関してはこんなもので。外史については、僕も深く理解しているわけじゃない。これは単なるタイムリープじゃなく、パラレルワールド、平行世界の一種だと思えばいい。そしてこの世界、いや物語か、それは君のものだ」

「俺が主役…って事ですか?」

「そういうこと。だから君が天下を泰平に導かなければ、この世界がどうなってしまうかわからないよ?」

零士は少し脅すように言葉を並べる。もちろん、半分くらいは冗談交じりのはずだが、

北郷一刀には十分重圧になっただろう

「あの、うちに来てくれませんか?天下泰平に、協力してください」

北郷一刀が頭を下げてお願いした。まぁ、当然そうなるよな

「悪いが、その誘いには乗れない。僕はイレギュラーだ。僕が政治に関わったら、この世界がどうなるかわからない」

上手い言い訳だな。私は断るわけを知っている分、そう思わずにはいられなかった

「そう、ですか…残念です」

「君の重圧は理解しているつもりだ。今日みたいに、誰かにプロポーズしたいっていうくらいの応援なら協力するが、さすがに国を動かすレベルの物には協力できない。本当にすまないと思うよ」

「い、いえ、大丈夫ですよ。きっとこれが、俺の役割なんだと思います。みんなと協力して、平和な世を目指します!」

それから北郷一刀と星は店を後にした。

あいつがどんな方法で、どんな理想を持って天下を狙っているかなんて、興味はないが平和にしてくれるならそれでいい

†††††

 

「……って言うか、あんた天から来たの?」

「あ!そうですよ!なんで言ってくれなかったんですか」

「へぅ、天ってどんなところなんですか?」

気付けば零士は質問攻めにあっていた。バイクとか車とか出した時点で、何も思わなかったのだろうか

「……ねぇ、なんで協力しなかったの?あんたの話じゃ、邪魔をするなと言われただけなんでしょ。協力してもよかったはずなんじゃないのかしら?」

しばらくすると、詠がポツリとつぶやく。さすがに詠は気づくか

「……ふふ。もちろん、さっき話した理由もない訳じゃないないと思うよ。でも、それを抜きにしても、僕はどこかの国家に付く気はない。あまり気分のいい話じゃないが、聞いてみるかい?」

零士は珍しく笑顔を作らず、深刻な面持ちで尋ねた。それに気後れしたのだろう。少し間ができてしまう。私は理由を知っているが故に黙っている。ただ、零士を見つめて…

「あたしは聞いてみたいです!東おじさんは、私にとってはもう家族みたいな人ですから!家族のことは知っておきたいです!」

「わ、私も、その、知りたいです。私も、家族の一員、ですから」

悠里が元気よく答えると、月もそれに続いて答える。ただ月は、家族という単語を発すると、顔を赤くしていた

「し、仕方ないわね。月が聞くっていうんなら、僕も聞いてあげるわよ。その、ぼ、僕も家族だし?」

ツンツンしながら言うあたり、詠らしいな。聞いたのは詠だったはずなのに

「………僕はね、前居た世界では、何でも屋をしていたんだ。幼いころに事故で家族を失い、ある日身寄りのなかった僕は魔術の師匠に拾われてね。そして僕は魔術を習い、世に出だ。幸か不幸か、僕は魔術の才があったらしくてね。そんな僕の力で、誰かを助けることができるかもしれない。そう信じていたんだ。だが、僕のところにくる仕事の大半は、殺人だった。とある国にとって、目障りな奴を殺してくれってね。もちろん、仕事は選んださ。殺すのは決まって悪人。善良な一般人を虐げる者を殺してきた。いろんな人に感謝されて、正義の味方にでもなった気分だったよ。それでもね、平和な世界なんてこなかった。殺しても殺しても、悪は増え続ける。善良な人間が死んでいく。いい加減、疲れ始めていたよ。意味がないんじゃないかってね。そんなある日、師匠に呼び出された。ある国家の仕事を手伝ってくれって。だがね、それは偽りの依頼だった。本当の目的は僕の殺害。師匠と、その国の軍隊が武器を構えて待っていたよ。やりすぎたんだよ、僕は。強すぎる力は忌み嫌われるんだ。気づいたら、師匠も軍隊も血まみれで倒れていた。それからだ、僕は世界中の敵になってしまった。今まで何度も協力していた国からも追われた。師匠に裏切られ、世界に裏切られ、平和でもない。絶望しかけていた。そして気づけば、この世界にいた。やり直せるって思ったよ。僕の力は、僕の知る人間のみを助けられたらいいって思った」

全てを失い、力を利用され、裏切られた男。それが東零士だった。零士の過去を聞き、皆黙り込んでしまう。だが私は、こいつらなら零士の支えになってくれるだろうと信じていた

「あ、あたしは、絶対に裏切ったりしません!」

「う、ぐす…そうです!私たちは、いつまでも味方です!」

「そうね。僕たちはあんたに救われた。だから、今度は僕たちがあんたを助けたい」

悠里と月と詠はそれぞれ強く答える。それに零士が少し涙を溜めていた様に見えたのは、気のせいじゃないだろう

†††††

 

それからしばらくして悠里が帰り、月と詠と恋も寝床についた。まぁ恋は既に寝ていたがな

私はなんとなく眠れず、裏庭の縁側に向かっていた。すると、私の他に先客がいた

「珍しいな、お前が酒を飲んでるなんて」

「やぁ咲ちゃん。今日は充実した一日だったし、月が綺麗だからね」

零士は縁側で一人、酒を飲んでいた。私はそんな零士の隣に腰掛け、月を眺めた。確かに、今日の月は綺麗だ

「…眠れないのかい?」

「そんなところだ」

「そっか」

「よかったな。みんな家族だってよ」

「あぁ。本当に、幸せなことだよ。この世界にきてよかった」

「そっか」

私は頭を零士の肩に乗せて答える。なんとなく、こうしていたかった

「咲ちゃんは、どこかに仕官したりはしないのかい?」

「何度も言っただろ。あいつらと同じように、私もお前と一緒にいるって決めたんだ。他の奴に興味はない」

「ふふ、同情かい?」

「私がそんなことすると思うか?」

「はは、それもそうだね」

私は零士のそばに居たかった

それは、零士の過去に同情した訳じゃない

私は誓ったんだ

救われたあの日に

こいつと共に生きると…

 

 

 

 




といった具合で、今回はオリジナルキャラクター、東零士の説明回のようなものでした。彼自身はチート存在ですが、零士が戦う大半の理由は大切なものを護るためですし、国家に付けないのは北郷一刀君がこの外史でも「主役」だからです。国を泰平に導くのは一刀君の仕事なので、理由がない限り戦争には基本的に不干渉です。零士のキャラクターについては、賛否両論あると思いますが、深く考えないでくれると幸いです。

あ、ちなみにこの回以降、北郷一刀君は最終回まで出てきません。原作の、一刀君ファンの方はごめんなさい。あまり表の「主役」が出てくると、この作品のコンセプトから外れてしまいますので、あしからず。この作品は、あくまで本編の裏のお話です。
それでは


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恋姫短編集其一

今回は短編です。それぞれの視点で描かれる『晋』の日常


 

 

 

 

 

魔術 詠視点

「ふんふふん♪」

僕は現在、厨房で東に料理を習っている。東は鼻歌を歌いながらも、とても鮮やかな手つきで包丁を扱っていた。だが、ちょくちょく調理器具をポンポン手から出すのはどうかと思う

「はぁ~。あんたのその、魔術だっけ?本当に便利そうよね」

「ん?そうだね。基本的に何でも出せるし。ちょっと耳痒いな、って思った時に耳かきがすぐ出せた時は、本当に便利だって思ったよ」

なによその理由。もっと他にもあるでしょうに……ん?なんでも出せる?なら…

「ねぇ、なんでも出せるなら、なんで料理は手作りなの?魔術ですぐじゃない」

「あー…」

東は微妙な顔をしていた。できないのかしら?

「出せない事はないけど…」

そう言って東は、お皿の上にハンバーグを出現させた

「できるじゃない。見た目も悪くないわ」

「食べてごらん」

「んん?まぁ、いただきます…ぱく」

僕は魔術製ハンバーグを口に含み、数度咀嚼する。なんだろうこれ?少なくとも、いつも東が作ってる味じゃない。形容し難い。食べられなくはないけど、美味しくはないわね

「んー…?」

「なんか、ごめんね。魔術で作れるのは構造だけで、味までは再現できないんだ」

魔術も万能って訳じゃないのね

†††††

 

魔術? 月視点

私は今、裏庭に来ています。落ち葉が多いので、お掃除をしたいのですが…

「ん?月ちゃんどうしたんだい?」

 

私がどうしようか悩んでいると、東さんがやってきました

「あ、東さん。掃除をと思い箒を探しているんですが、見当たらなくて…」

「はは、落ち葉すごいもんね。わざわざありがとう。僕も手伝うよ。箒も…ほら」

東さんは手から箒を二本出して、一本を私に渡してくれた

「魔術って便利ですよね」

 

私は素直にそう思いました。すると東さんは笑顔で…

「ふふ。案外やってみたら、出来たりしてね」

なんて言いました。その言葉に、少し期待してしまいます

 

「そうなんですか?」

「もちろん、才能もあるけどね。そうだねー。強く念じてみるんだ。落ち葉を一箇所に集めるのを意識してね」

「よ、よ~し…」

私は手に持った箒を振り回してみます。んー…落ち葉集まれ~

「へぅ~」

私が強く念じると、ひゅーんと風が吹き、落ち葉が一か所に集まっていきました

「………え?」

「わぁ!見てください!できましたよ~」

魔術?って案外できるものなんですね!

 

 

「…月が魔術使ってる…」←偶然通りかかった咲夜さん

 

魔法少女へぅへぅ☆月ちゃんの誕生だった

†††††

まいぶーむ 悠里視点

最近のあたしは、恋ちゃんにご飯をあげるのが大好きです!

「恋ちゃーん!これ!肉まん買ってきたよ!一緒に食べよ!」

「…あそこの肉まんは、歯ごたえが楽しい……もきゅもきゅ」

「あたしは恋ちゃんといると楽しいよー!」

「恋ちゃーん!桃貰ったんだー!」

「…桃は良い…甘くて、爽やか……はむはむ」

「この瞬間が一番甘ーい!!」

「…お腹、へった……」

「恋ちゃーん!これ、お客様のだけど食べ」

スパーンッ

 

「あう」

 

突如、後頭部にとんでもない衝撃が走る。振り向くと、そこには咲夜姉さんがいました

「悠里、減給。…恋、こっちにこい。シチューがあるぞ」←ハリセン装備

「…しちゅー…野菜の味、いっぱい、濃厚…食べる」

「あたしはそんな恋ちゃんと濃厚なチュ」

スパーンッ

†††††

 

不思議な外史世界 零士視点

この世界に来て結構経つけど、不思議な事が多々ある。例えば

「Hey Saku-chan, can you understand what I saying? (やぁ咲ちゃん、僕が何話してるかわかるかい?)」

「Huh? What are you talking about? Are you nuts? (は?何言ってんだお前。バカか?)」

このように英語で話すと、英語で返ってくる。そのわりには…

「とーぅ!!」

「ふふ。悠里ちゃんはいつもパワフルだね」

「ぱー…なんですか?」

「パワフル。力が漲ってるよねって事」

「おー!パワフルですよ!」

「…Haha, word powerful is very suit for you. (はは、パワフルって言葉は君にピッタリだ)」

「Yeah!! I'm always powerful!! Thank you for telling me uncle Azuma!! (はい!私はいつでもパワフルですよ!!教えてくれてありがとうございます、東おじさん!)」

ホント、どうなってるんだろうね。この世界は

†††††

伝説 咲夜視点

「おうこら!てめぇらが最近調子乗ってるっつー『晋』の奴らだな?悪いがお前らには俺たちの伝説の第一歩になってもらうぜ!」

「あぁ?」

外にはかなりの数のチンピラがいた。どうやらうちを倒して名を挙げに来たらしい。愚かな奴らだ

「む、今日は親子丼にするか」

「親子丼だね?」

店内は平常運転だ。見れば、秋蘭を含めた客たちも慣れたのか、こちらの様子をほとんど気にしていない

「お前ら、覚悟は出来てるのか?」

「ご飯の邪魔する奴は、許さない」

 

普段は恋のみで対処してもらっているのだが、今日は私も暇なので、恋と一緒に叩き潰すことにした

「ハ!こちとら料理人なんぞに負ける気なんざしねぇ!てめぇら、やっちまえ!」

数分後

「ぐぎゃー!」

「れーん、殺すなよー。血で汚したくない。せいぜい関節外すくらいにしとけー」

ボキッ

「わかった」

グキッ

「ぎゃー!もうやめてー!」

「覚悟、できてるんだろ?こうなる覚悟がよっ!」

バキッ

「うんぎゃー!」

 

きったねー悲鳴。聞くに堪えんな

「恋、ちょうどいい感じにボコボコにしたし、こいつら積み上げようぜ。なんて言ったっけ?零士がこの前教えてくれた…」

「…てとりす?」

「そーそれだ!」

さらに数分後

「飽きた。ご飯、食べる」

「そうするか」

 

一通りボコボコにし終えた私たちは、飽きたので店内に戻って飯にすることにした。

ふぅ、悪党を蹴散らした後のお茶は美味いな

「これは酷い」

「こういうのを、愉快なオブジェって言うんだろうなー」

『晋』にまた一つ、伝説が出来た瞬間だった(あまりに過激なため、描写できません)

†††††

家族 恋視点

「おはよう恋ちゃん。今日の朝ご飯は味噌汁と焼き魚、卵焼きにソーセージ、トンカツとステーキだよ」

「じゅるり」

 

零士のご飯は、いつもいっぱい。とても、美味しい

 

だから、好き

 

 

「おはようございます恋さん。あ、ご飯粒が…はい、取れました。えへへ、恋さんって子どもみたい」

あ、月の指、ご飯粒

「…ぱく」

「へぅ、恋さん!」

 

月は、温かい。おひさまみたい

 

だから、好き

 

「あ、恋じゃない。今日は確か悠里のとこの孤児院に行くのよね。気をつけて行くのよ」

「…ん」

「べ、別に心配してるわけじゃないんだからね!…あ、恋!ちょっと待って……はい。下着見えてたわよ。気をつけなさい」

 

詠は、いつもおこってる。けど、おこってない。とても、優しい

 

だから、好き

 

「いこ、セキト」

「わぅ」

「お!恋やないか!なんやお出かけか?」

「恋殿~。ねねもご一緒させて下さい!」

 

セキトは、恋と、いつも一緒

 

だから、好き

 

霞は、いつも楽しい。猫みたい

 

だから、好き

 

ねねは、ちっちゃくて、可愛い

 

だから、好き

 

「いらっしゃい恋ちゃん!あ、霞さんにねねちゃんも!どうぞ上がってください!」

「恋ねーちゃんだー!あそぼー!」

「恋おねーちゃん、わたしともー」

「ふふん!ならみんなで恋お姉さんと遊ぼう!」

悠里は、とても明るい。子ども、みんなに、好かれてる

 

だから、好き

「おかえり、恋。風呂沸いてるぞ。後は私たちだけだし、一緒に入ろう」

「…ん」

「頭洗ってやるよ。ほら、痒いとこはないか?」

「…ん、気持ちいい」

「そりゃよかった」

咲夜は、みんなに、気遣う。みんなを、守ってくれる。みんなの、お母さん

 

だから、好き

零士も、月も、詠も、セキトも、霞も、ねねも、悠里も、咲夜も

みんな、恋の家族

みんな、恋の大切な人たち

だから、大好き

 

 

 




ハートフル系の次はストーリー編。次回から袁紹編になります


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袁紹編
袁紹編其一


 

 

 

 

 

なんで、こんな事になったんだろう

「斗詩!姫を連れて先に逃げろ!」

麗羽様は、虚ろな目をして、斗詩に担がれている

「文ちゃんは!」

城内は燃えていて、敵もすぐそこまで来ていた

「あたいは時間を稼ぐ!心配すんな、すぐに追いつく!斗詩は麗羽様を守れ!」

「文醜!その首もらいうけるぞ!」

夏侯惇が、大剣を担ぎこちらに迫ってきていた

「行け!」

「う…絶対だよ、文ちゃん。絶対に来てね!」

へへ、悪りぃな斗詩。その約束はできねぇ

「文醜、覚悟!」

あたいは夏侯惇の攻撃を受け止めるも、武器は砕かれ、大きく吹き飛ばされてしまった

へ、あたいもここまでか

悪い、斗詩、麗羽様

追いつけそうにねぇや

「……子!…猪々子!」

薄れゆく意識の中、あたいを呼ぶ声が聞こえた

だけどあたいは、その声に返すことなく、意識を手放した

ホント、どうしてこうなったんだろう

†††††

時は少しさかのぼり……    洛陽

大陸はまさに乱世と呼ぶに相応しい状況になっている。袁紹が北方の雄、公孫賛を攻め落とした事を皮切りに、各地で勢力争いが勃発した。ちなみに、公孫賛は敗れるも劉備の下へ落ち延びたようだ。そして現在、袁紹は曹操と対峙していた

そんな中、私たち『晋』の従業員は洛陽を訪れていた。とある情報が入ったからだ

「うっへぇ~、洛陽のお城って凄いですね」

「まぁ、朝廷が使っていた城だからね」

劉協こと桜は、反董卓連合の一件以来、帝の座を降り、洛陽の再建に勤めていた。しかし、帝を降りた事はいまだ公にはしていない。弱くなったとは言え、帝の影響力は至るところにある。突然降りては混乱を招くと判断したのだ

「皆のもの、待たせてすまなかったな」

扉が開かれ、三人の影が入ってくる。桜に李儒さん。そして…

「華佗?お前もいたのか」

三人目は五斗米道の華佗だった

「みんな久しぶりだな。今回の情報提供者は俺なんだ」

「…なるほど。お前が…」

今回の件、黄巾、そして連合に噛んでいたとされる張譲に関する情報が入ったとの事だった。私と零士は、桜や李儒さんに張譲を追ってくれと依頼していた。私たちの友人を苦しめた報いを受けさせる為だ。以降、定期的に情報をもらってはいたが、至るところで張譲の目撃談があり、なかなか決め手に欠けていた。そんなある日、信頼できる筋からある情報を得たので、洛陽に来て欲しいと言われ、現在にいたる

「張譲が見つかったのかい?」

「すまないが、張譲の存在は確認していない。だが、一つおかしな点があるんだ」

「なんだ?」

 

私が聞くと、華佗は少し咳払いし、真剣な表情に変わった

「あぁ。現在、袁紹が勢力を伸ばし始めたのは知っているな?」

「もちろんだ」

 

この群雄割拠の引金のような人物だしな

「普通、侵略されてすぐに民が従うなんてことはないだろ?あってもその領主が余程の人物だった場合だ。だが、袁紹が侵略していった地の民のほとんどが、素直に袁紹に付き従った。それも、どこか袁紹を盲信しているように。さらには、従わない者がいた場合、その者たちは他の民に殺された、なんて話も聞いている」

袁紹を盲信…暴徒化…なるほど

「太平要術か」

「その可能性が濃厚だ」

恐らくは、黄巾の時と同じような事態になっているんだろう。太平要術による人心掌握。めんどくさい事この上ないな

「わかった。じゃあ、華佗からの依頼、太平要術の書の奪還、もしくは破壊の続きだな」

 

零士が言う。黄巾での依頼を完遂しないとな

「すまない。書は恐らく袁紹が持っているか、袁紹の本拠地である冀州にあるだろう。袁紹は現在、曹操と交戦中だ。だからまずは冀州に向かいたい」

「恐らくそこに、張譲もいるであろうな」

「ふん。今度こそ見つけ出して殺してやるさ」

「あ!今度はあたしも行きますからね!約束しましたもんね!」

悠里が両手を挙げて、存在を主張していた。あぁ、そういえばそんな約束したな。なら今回は悠里も連れて行かないとな

「あの、私たちは?」

 

月が聞き、詠も無言でこちらを見ていた

「月様と詠さんは、こちらで護衛する為に洛陽まで来てもらいました」

「って事は、僕たちは留守番って訳ね」

李儒さんの言葉に、月と詠は申し訳なさそうな表情をした。自分が足手まといになってしまうと判断しているから、悔しいのだろう

「すぐ帰るさ。待っててくれ。恋、二人を頼んだぞ」

「…ん」

「二人は責任を持って我らが守る。咲夜達も、くれぐれも気をつけてくれ」

「あぁ。ありがとう。じゃあ行ってくるよ」

†††††

その後、私、零士、悠里、華佗の四人は、前回同様バイクに乗り、冀州を目指す。戦場になっているであろう場所は避け、大きく迂回しながら向かったが…

「!?」

もうすぐ冀州の城がある街に着くところで異変に気付く。街の至るところで火の手が上がっていたのだ

「零士!街が燃えている!」

「なに!」

私はさらに目を凝らし見てみる。すると、かなりの人数の軍人が城を攻めている様だった。

旗印は…

「曹…華琳か!チッ!聞いてないぜ、ここが既に戦場なんて。相変わらず仕事が早いな」

私は軽口を叩き、どう侵入するかを考えはじめる

「うっひゃー、派手ですねー。砂煙凄いのに、咲夜姉さんよく見えますね」

「……なるほど煙か。零士!煙幕弾作ってくれ。煙に紛れて侵入するぞ」

「承知!」

零士は大型の銃を出現させ、前方に狙いを済ませる

「煙幕展開!」

弾が撃たれ、着弾したところから白い煙が上がる。零士はさらに二発、三発目と撃ち、完全に視界を奪った

「よし!全員バイクから降りて侵入するぞ!」

私たちはすぐさま城内に侵入する。街中が燃えており、民が混乱しているようだった

「民間人が居るのに戦場になっているのか!」

「華佗!気持ちはわかるが、目的を忘れるな!」

「…クッ…咲夜、悪いが俺は助けたい。医者として、見捨てるわけにはいかない!」

そういい華佗は飛び出して行った。チッ!医者ってのは厄介な生き物だな

「悠里!華佗についてやれ!可能なら民間人を安全地帯に誘導してやれ!」

「了解です!」

 

悠里は華佗を追って、民間人の救助に向かった。あいつがいれば、とりあえずは大丈夫だろう

「僕はこっちを探してみる。咲夜はそっち方面を頼むよ」

「わかった。気をつけろよ」

「誰に言ってるんだい?」

零士は微笑み、炎の中に消えて行った。さぁ、私も探すぞ

†††††

 

 

咲夜サイド

私は曹操軍及び袁紹軍の間を抜け、袁紹もしくは張譲を探していた。しかし、どちらも見つからない。いい加減、火の勢いも増しており、あまり長居はできなくなってきた

「文醜、覚悟!」

すると突如大声が聞こえ、火の向こう側から人がこちらに吹き飛んできた。こいつは…

「猪々子!おい猪々子!」

吹き飛んで来たのは、以前うちに食いに来たことがある猪々子だった。猪々子は傷だらけで意識を失っている

「チッ、火の勢いが…文醜はどこだ?」

春蘭が猪々子を探しにこちらへ来た。今見つかるのは厄介だな。ここは一旦引くか

カチッ、パシュン

「な、なんだ?」

私は事前に手渡されていた煙幕弾を使って煙を焚き、猪々子を担いでその場を離脱した

†††††

 

悠里サイド

「華佗さーん!多分これで全員です!」

「すまん!君、もう大丈夫だ。必ず助けてやる!」

あたしと華佗さんは、怪我人を街の外まで運び、治療していた。さ、さすがに重労働でしたよ、あの数は…

「はぁ~。ちょっとその辺見てきますね。まだ怪我人いるかもしれないんで」

「わかった!ハァァー!全力全快!」

あたしはその場を離れ、城壁を登り、辺り一面を見渡していた。各所で炎が上がっており、黒煙を巻き上げていた

「んんー?」

するとその炎の中を歩いている人影を確認する。文官風の男で、なにか本を持っているような…

「すいませーん!避難しているんですか?」

あたしは気になり、男に近づいてみる。男は振り向き、こちらを見て微笑んだ。

…!!この人、洛陽の人相書きにあった…

「…あなた、張譲ですね?」

あたしは武器を構えて尋ねる。男は一瞬驚いた表情をするも、またすぐに笑顔に戻した

「おや?私を知っているんですか?これでも一般人にはバレないように工夫していたつもりだったんですがね」

「その手に持っている本、それが太平要術の書、ってやつですか?」

「んー?この書の事も……あなた一体何者ですか?」

「ふふん。言うと思いますか?」

あたしは全速力で張譲に近づき背後を取る。そしてそのまま頭を全力で振り抜き…

「な!」

全力で振り抜いた鉄棍の一撃は空を切った。その場には、張譲の姿がなかった

 

あたしの攻撃が当たる瞬間に消えた?いや違う。あたしと同じように、凄い速さで避けただけだ

「なるほど速いですね。危なかったですよ」

 

張譲はあたしの背後にいた。私はゆっくりと、張譲を睨みながら振り向き、改めて武器を構える

一瞬で距離を離された。文官ってのはみんなひょろひょろだと思ってたけど、そういう訳じゃないんだね

「さて、あなたの心、見させてもらいますよ」

その瞬間、太平要術の書が光り、そして気づけば張譲があたしの頭に触れていた。あたしはそれを振り払い、一度距離を取る

「一体何を!?」

「ふむ、あなたが張郃……なるほど、あの十三年前の…ふふふ、これは興味深い。ここは引かせてもらいます。またいずれ機会があれば会いましょう」

「な!待て!」

張譲は凄い速さで駆け抜け、炎の中へ消えて行った。体に異常は感じられない。ただ、中身を覗かれたような、そんな気分がする。あの人、一体何を…

†††††

 

零士サイド

僕は三人と別れた後、城の裏口へ来ていた。なんとなく、ここに袁紹が来そうな気がしたからだ

なんというか、さすがにあの曹孟徳だ。容赦がないというか、仕事が速いと言うか…危険な本一冊探しに来ているだけなのに、戦争に巻き込まれる僕も、相当ついてないんだろうな

しかしマズイ。炎はその勢いを増し、体力をじわじわ削りに来てる。こりゃあまり長居はできないぞ。それにしても、袁紹でも張譲でも、どっちでもいいから見つかって…

「!あれは…」

その瞬間、視界に入って来たのは、袁紹が顔良に担がれ、馬で走っていく姿だった。一瞬だったから自信はないが、袁紹の目が虚ろに見えた。チッ…あの馬、かなり速いな。ありゃもう追いつけない。幸いなのは、書を持っている様子がなかったことだ

「零士!手を貸してくれ!」

突然後ろから呼ばれ振り返ると、咲夜が文醜を担いでやって来た

はは、この子も、つくづくお人好しだよな

 

 

 

 



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袁紹編其二

 

 

 

 

 

一年半前  許昌

「斗詩!ここからいい匂いがする!昼飯はここにしようぜ!」

「ちょっと文ちゃん!お嬢様の前ではしたないよぉ」

「フハハハ、文醜はいつも元気であるな!」

なんだ?ずいぶん外が騒がしいな

カランカラン

入って来たのは三人。バカっぽい元気な奴と、オカッパのおっとりした奴、それに桃色の髪をしたどこか上品な奴

「いらっしゃいませー!お好きな席へどうぞー!」

 

悠里が出迎え、三人組はテーブル席に着いた

「くぅー!腹減ったぜー!何にするかなー……ありゃ?なぁ斗詩、この生姜焼き?ってなんて食いもんだ?」

「はん…ばーぐ?とんかつ?なんだろう?お嬢様はわかります?」

「うぬぬ、我も聞いた事がないな」

零士の国の料理は、この大陸では知られていない。一見の奴らは皆決まって同じ反応をしてくれる

「お客様。お決まりにならないようなら、こちらでオススメを作りますが?」

私が言うと、三人は目を輝かせてこちらに振り向いた

 

「うむ!そうしてくれると助かる」

「あたい、いっぱいあるやつ!」

「すいません。文ちゃんはもうちょっと落ち着いて」

なんだか面白い奴らだな。私は零士に視線を向けると、零士はわかったと言ったように目で合図した。この辺り、さすがは零士ってところだ

「お待たせ。せっかく聞こえたから生姜焼き、とんかつ、ハンバーグ定食を作ってみたよ」

程なくして、零士が料理を持ってやって来て、三人の前に並べていく

 

「あたい、とんかつがいい!」

「我はこの、ハンバーグとやらに惹かれるな」

「じゃあ私は生姜焼き?だね」

三人がそれぞれ「いただきます」と言い食べ始める。すると元気な奴とお嬢様が揃って…

「「美味い!」」

と、一言大きく叫び、そのままかき込んでいった。オカッパはそれに対し苦笑しつつも、生姜焼きを美味しそうに食べていた

「食った食った!こんな美味いもん、初めて食ったかもしんねーや!」

「うむ。大変美味であった。満足したぞ!」

 

緑髪の奴がお腹をさすりながら言い、品の良さそうな桃色髪の女の子もそれに同意した

「いやー!お客様、いい食べっぷりでしたねー!」

「あぁ。あんなに美味しそうに食べてくれると、こっちも作った甲斐があったってもんだよ」

「食後の茶だ。ゆっくりしてってくれ」

私は三人分のお茶を用意すると、三人は怪訝な顔をしていた

 

「え?でも頼んでませんよ?」

「私からの気持ちだ。ふふ、今後もご贔屓にってな」

 

私は片目を瞑り、笑って見せる。すると三人もそれにつられて微笑んだ

「気に入ったぜ!あたいは文醜!真名は猪々子だ!」

オイオイ。そんな簡単に真名教えていいのかよ

「ちょ、ちょっと文ちゃん!なに真名まで教えてるのよ!」

「えー。だって気に入ったんだもーん」

「ふむ。我も名乗っておこう。桜だ。訳あって性と名は教えられんが、お主達なら真名を預けられる」

「お、お嬢様まで!?」

「なんとなくだが、こ奴らとは長い付き合いになりそうであるからな」

「むー。じゃあ私一人教えないのも悪いので…顔良といいます。真名は斗詩です」

これが、猪々子、斗詩、桜との出会いだった。会ったのはあれっきりだが、その時にずいぶん仲を深めた事を覚えている。猪々子も斗詩も桜も、私の大切な友人だ

†††††

 

現在  洛陽

「ほんっとーにすいませんでした!!」

私、零士、悠里、華佗の四人は、猪々子を連れ燃え上がる冀州から離脱。そのまま洛陽に連れ帰った。華佗が居たことが幸いした。猪々子は重傷だったが、華佗の治療で一命はとりとめた

「あまり気にしなくていいよ。それより、悠里ちゃんは本当に異常はないんだね?」

悠里はどうやら張譲に会っていたらしく、取り逃がしてしまったことを気に病んでいた

「あ、はい。何ともないです!」

 

悠里は張譲と交戦し、何かされたらしいが、外傷はなく、本人も異常を感じていないと言っていた。ホントに、なにもなかったのだろうか?

「文醜が目を覚ましたぞ!」

華佗からの報を聞き、私たちは部屋に駆けつける。中には猪々子が起き上がり、状況を確認するように辺りを見回していた

「え?さ、咲夜?悠里に零士、お嬢まで…いったいどうなってんだ?」

「どうやら無事みたいだな、猪々子」

「よかったぁ。猪々子ちゃん、凄い怪我だったんだよ」

「うむ。我も心配したぞ文醜」

「んー??あたい確か……!!斗詩!麗羽様!…ウッ!」

猪々子は何かを思い出したかのように表情を変え、慌てて起き上がろうとしたが、痛みに耐えられず、うずくまっていた

「猪々子、落ち着け。無理するな」

「落ち着いてられっかよ!斗詩が、麗羽様が!」

「二人なら恐らく無事だよ。冀州から離脱していったのを確認したからね」

 

零士が優しい声音で諭すように言うと、猪々子は少しずつ落ち着き始めた

「本当か?」

零士は一言「あぁ」と答えると、猪々子は安堵し脱力していた

「一つ気になる事があるんだが…君の主、袁紹についてだ。彼女のあの虚ろな目、何があったんだい?」

零士が聞くと、猪々子は表情を曇らせて、弱々しく話し始めた

「姫は…麗羽様は変わっちまった…昔は…あんな事しなかった…」

†††††

数ヶ月前

多分、姫が変わり始めたのは、数ヶ月前の反董卓連合の時だったと思う。あの連合を解散してから、突然野心剥き出しになったんだ。もともと、野心は強かったんだけどよ、あそこまで表立って出す人じゃなかったはずなんだ…

「文醜さん、顔良さん?軍備強化の調子はいかがですの?」

「あ、姫ー。ぼちぼちやってますよー」

「文醜さん?ぼちぼちではいけませんのよ?帝がその座を降りた以上、新しい指導者が必要ですわ。そしてそれはこの名門袁家の現当主、この私にこそ相応しいんですわ!」

「はぁ」

 

なんだか、ずいぶんやる気満々だなぁ姫

「軍備が整い次第、白蓮さんを攻めます。そのおつもりで」

「れ、麗羽様よろしいんですか?公孫賛さんはご友人ですよ?」

 

斗詩が慌てて言うと、姫は斗詩を睨らんだ

「あら顔良さん。私の決定に何かご不満が?」

「い、いえ…」

「よろしい。それでは」

「…なんか、凄い迫力だったな」

「うん。どうしちゃったんだろ」

それから軍備を整えて、公孫賛を攻め落としたんだけどよ、その時の戦い方も、なんか姫らしくないっていうか……前はもっと、力で押し切るような、そんな単純な策ばっかだったんだけど、公孫賛の時はやたらと頭を使う感じでさ。極めつけは…

「顔良さん?民衆の支持はどうなっていますか?」

「はい。公孫賛さんの民のほとんどが、麗羽様を支持しています。しかし、少数は反抗的で、今だ信用されていません」

「そう。ではその少数は切り捨てなさい」

「な!麗羽様?」

「ひ、姫。さすがに殺すことは…」

「おやりなさい」

姫のその冷ややかな声は、あたいと斗詩を黙らせた。この時の姫の、あの感情のない瞳は今でも鮮明に覚えている。あんな姫、初めて見た…

「はぁ…もうよいですわ。私自ら指示します」

そう言った麗羽様は、民衆を煽動してその少数を殺したんだ。昔の麗羽様なら、そんな事は絶対にしなかった。どんなに野心が強くても、それは民により良い生活を与えたいが為だった。その麗羽様が、民を殺すなんて、信じられなかった…

それからしばらく各地の弱小勢力を潰し回ってたんだけどよ、なんかやっぱ違和感があったんだ。いくらなんでも、民がほいほいついてきすぎだったし、軍も疲弊してきたってのに、麗羽様は容赦なく軍事活動を強要してくるしでさ。そんな状態で、あの曹操との一戦だ。最初は野戦で挑んだんだけどよ、さすがに疲れ切ってたうちの軍が曹操軍に勝てるわけなくてよ。そしたらさ…

「旗色が悪いですわね…ここは冀州に引き、籠城戦を構えますわよ」

「麗羽様!あそこはまだ民の避難が…」

「だまらっしゃい!民にも戦わせたらいいんです。一国の危機なのですから」

「しかし!」

「顔良さん?あなたいつから私に意見を聞けるようになりまして?…さぁ、退却しますわよ!」

あたいらは、やむなく退却したんだ。このまま野戦で挑んでも、勝ち目はなかったし。退却してすぐ民を避難させたらいいって思ってた。でも…

「ふむ、やはりこの程度でしたか。馬鹿は扱いやすいが、所詮馬鹿。無能ではさすがに天下はとれませんね」

城に着いたあたいらを待ってたのは、うちにちょくちょく顔を出してた張譲だった

「なんのようだ張譲!」

 

あたいが張譲を睨みつけると、張譲はあたいの方を見ることもなく、ただ姫を見ていた

「貴女の役目は既に終えました。欲を言えばもう少し蓄えておきたかったんですがね。追い込まれてしまっては意味がない。貴女を解放しますよ?袁紹」

 

張譲はそう言って指を鳴らした。すると…

「…は!私は一体………あ…あぁ……」

張譲が指を鳴らすと、麗羽様の様子が変わって、すぐさま膝をついたんだ

「麗羽様!」

「あ、あぁ…斗詩…猪々子…私は…私はなんて……」

「てめぇ!麗羽様に何をした!?」

「言ったじゃないですか?解放してさしあげたと。今までよく働いてくれましたからね。ご褒美と言っては何ですが、彼女がこれまで行ってきた全ての記憶は、そのまま彼女に残しておきました」

「あ…あ……ああああぁぁぁぁ!!!」

「うーん、素晴らしい絶望の色ですね……おや?曹操軍がやってきたようですね。さすがに速い………では、少しお助けしましょう。これは働いてくれたお礼ですよ。それではご機嫌よう」

張譲が再び指を鳴らすと、今度はそこらかしこから火の手が上がった。そして気づけば、張譲は既に消えていた

「麗羽様!麗羽様!!」

斗詩は麗羽様を抱えて、一生懸命呼びかけたけど、麗羽様はブツブツ言いながら涙を流していた

あたいは、どうしたらいいかわかんなくなってた。曹操軍はすぐそこまで迫ってきている。事情を話せばわかってくれるかもしれない。でもわかってくれなかったら?そう思った瞬間、あたいは斗詩と麗羽様だけでも逃がさなきゃって思って、外に馬用意して、それで夏侯惇と対峙して…

†††††

 

現在

「それで気づいたら、ここにいたってわけだ」

猪々子が話してくれた事は、やはり私たちの予想通り、太平要術が使用されたであろうものだった。袁紹を操り、無理な従軍を強要し、負の感情を蓄えていた。そして最後は、散々利用してきた袁紹を切り捨て、袁紹自身を絶望に陥れた

「とんだ外道だな」

「さすがにこれは、酷いですね」

「すまなかった文醜。我がもっと早く気づいていれば…」

「いやいや、お嬢のせいじゃないですよ。気づけなかったあたいの責任でもあるし」

「そうだね。元凶は太平要術…張譲だ」

張三姉妹、董卓軍に続き、袁紹軍までをたった一人の男によって踊らされた。いや、もしかしたら私たちはみんな既に張譲の手の上にいるのかもしれない。張譲、そして太平要術の書、この二つを早急に処理しないと、いつかこの大陸全てを巻き込む何かをしでかしそうでならなかった

 

 

 



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袁紹編終幕

「ほんと、あんがとな。世話にまでなっちまって」

「気にするな。それに、そんな事言ってられる余裕がないくらい鍛え上げてやる」

私たちは洛陽を出る際、猪々子も連れてきていた。理由は二つ。一つ目は単純に保護だ。袁紹と斗詩が見つかるまでの間、うちで世話することにした。最初は桜が「洛陽に残ればいい」と言ってくれたが、もし猪々子が洛陽にいる事が華琳に知られたら、それは洛陽に攻め込む理由を与えかねないため危険だった。だからうちで預かる事にした。まさか華琳も、うちに猪々子がいるなんて思わないだろう。見つかったとしても、その辺で拾ったなどと、適当に誤魔化せばいい。そして二つ目、袁紹と斗詩を探している間、猪々子を鍛えることだ。これは猪々子たっての願いで、「今のままじゃ、斗詩や姫を守れねぇ」と言う理由で懇願してきた。うちには幸い、最強の用心棒がいるからな。基本は恋に任せる予定だ

「ふふ、家族が増えますね」

「ここってなんか、みんな訳ありな感じの人でいっぱいね」

 

月と詠が言う。確かに詠の言う通り、ここの連中はみんな一癖あるやつらばかりだ

「…なぁ?月と詠って何もんなんだ?あの呂布、恋とも仲良さげだし」

 

猪々子が月と詠を見て聞いてきた。そういえば、猪々子は正体を知らないんだったな。言うべきかどうか…

「…私は董卓ですよ」

「月!?」

 

「詠ちゃん、いいの。猪々子さんはきっといい人だよ」

 

私が悩んでいると、月がゆっくりと、優しい笑みで言った。詠は慌てていたが、私は月の言う通り、猪々子なら大丈夫だと思う

「え?と、董卓って、あの董卓?し、死んだんじゃ…」

「あぁ。ありゃ偽物だ。って言うか、あの事件自体、嘘しかないぜ」

「え?え?なんの話ですか?」

あぁ、そう言えば、悠里にも言うの忘れてたな。私は反董卓連合の裏側、真実をかいつまんで説明した

「マジ…かよ」

「月ちゃん、詠ちゃん、本当に助かってよかったよぉ」

悠里は月と詠に抱きつき、豪快に泣いていた。それに対し猪々子は、申し訳なさそうな表情だった

「ほ、本当にすまねぇ。あたいら、何も知らなくて、張譲に、暴政が横行してるって…」

「大丈夫ですよ猪々子さん。過ぎた事です。私も、詠ちゃんも、恋さんも、みんな無事ですから。それに、悪いのは貴女ではありません。全て、あの張譲さんの仕業です」

「そんな!いいのかよ!騙されたとはいえ、お前らの人生奪ったようなもんなんだぞ?そんな簡単に許されちゃ、いけねぇだろ…」

猪々子は泣き崩れていた。真実を知り、罪の無い人間を追い込んでいたことを悔いているのだろう。そして、それに対し責めてくれないことで、余計辛いのだろう

「はぁ…」

詠が泣き崩れている猪々子に近づき、顔を上げさせる。そして…

パチーンッ

思いっきり、頬を引っ叩いた

「……え?」

「ほら、これで許してあげるわ。あんたも僕らも被害者なんだから、気にしなくていいのよ。月の言った通り、過ぎた事なのよ。過去を悔いても仕方ないわ」

「う、うぅ…」

「あーもー、泣くな泣くな」

詠は猪々子を抱きしめる。詠ってキツイようで、実は結構優しいよな

「…詠、やっぱり優しい」

「な!」

恋の一言で、詠は顔を真っ赤に染め上げた。詠は言い訳するも、混乱して何言ってるのかわからなかった。それに対し、みんなが笑い、猪々子も涙を流しながら笑っていた

†††††

 

それからしばらく、猪々子は訓練に励んでいた。実は『晋』には、地下に特別訓練場という馬鹿でかい空間があり、そこで訓練してもらっている。主に射撃訓練に使う場所で、地上には訓練時の音や振動はこないよう設計されている。さすが魔術。いろいろあり得ない

訓練は基本的に恋が担当している。昼間の営業では、恋はほとんど寝ているか、時々買い出しに行くくらいだからな。そんな恋の、猪々子に対する評価は…

「………弱い?」

「つーか恋が強過ぎんだよ!」

との事だ

ちなみに交代で私と悠里、零士が訓練に付き合ったりもした

零士の場合…

「基礎的な身体能力は悪くないんだけど、それを使う技術が皆無だね」

「か、かい……」

悠里の場合…

「初動が遅いんですよねぇ。もっと速く反応しなきゃ」

「ど、どうやったらあれに反応できんだよ」

私の場合…

「そーれそーれ、もっと上手く捌かないと、一瞬で17分割にしちまうぜ」

「こぇーよ!咲夜が一番容赦ねぇよ!」

そんなこんなで二ヶ月半近くが経とうとしていた。この間にもいろいろあった。華琳が袁紹の後を埋めるように河北一帯を制圧。同じ頃、孫策こと雪蓮が、袁術に反旗を翻し呉を奪還したとの話を聞いた。ずいぶん時間は掛かったが、これで雪蓮もようやく雪辱を晴らせたな。そして…

「ほんと、今までありがとうな。結局一本も取れずじまいだったけど」

「あはは。僕ら四人にあれだけ耐えれるようになったんだ。間違いなく強くなってるよ」

「そうですよ!自信持って下さい!」

「猪々子、早くしないと不味いんじゃない?」

私たちは袁紹、斗詩が見つかったとの情報を得ていた。どうやらあの二人、北郷一刀と劉備の下へ落ち延びたらしい。しかしその情報の出処が…

「まさか華琳から聞くとはな」

しかも華琳、どうやら北郷一刀を攻め込むらしい。夕べ、物凄く歪んだ満面の笑みで語っていた

「華琳ちゃんは容赦ないから、急いだ方がいいかもね」

「あぁ、そろそろ行くよ」

 

零士が促すと、猪々子は荷物を持ち、馬にまたがった

「また、必ず来てくださいね。猪々子さんは私たちの家族も同然です」

「もちろんだ!月も、いつも美味い飯ありがとうな!へへ、家族かぁ。なんかいいな」

それに対しみんなが頷く。短い期間ではあったが、猪々子は間違いなく家族の一員だろう。かけがえのない、愛すべきバカって感じだ

「…猪々子、がんばる」

「おう!恋もありがとうな!」

「じゃあな猪々子。気をつけろよ」

「おう!今度会う時は、あたいが勝ってやんからなぁ!」

「ふん。期待してるぜ」

「あ!零士!なんかさ、かっこいい決め台詞ない?あたいが駆け付ける頃には、多分危機的状況にありそうな気がするからよ。こう、すぱーんと登場して助ける時に何か言いてぇんだよ」

なんだそれ。子どもかよ

「あー……なら、こんなのはどうかな?………」

 

零士が猪々子に決め台詞を伝える。正直、そのセリフで登場するのはどうかと思った

「おー!それいただき!じゃあ行ってくるわ!」

猪々子は馬を走らせ、劉備の下へ向かって行った。私たちは猪々子の姿が見えなくなるまで、その場で見送っていた

「寂しくなりますね」

「そうね。でも…」

「うん。きっとまた会えますよ」

「今度は、大陸が平和になった頃だな」

「ならそれまで、僕たちの家をしっかり守らなきゃね」

そして私たちは、『晋』へ帰る。また、必ず会えるだろう。その時を楽しみにしてるぜ、猪々子

†††††

 

長坂

「こっから先は、この燕人張飛が絶対に通さないのだー!」

「文ちゃんの仇、ここでとらせてもらいます!」

「後ろにいる民達のため、そして私たち二人を救ってくれた北郷さんの恩に報いるためにも、ここは退けません!」

「…麗羽、貴女変わったわね。惜しいわ。もう少し早く、今の貴女になっていたのなら、

私の最大の敵は貴女だったでしょうに……春蘭、秋蘭、全力で相手をなさい。私は麗羽を討つわ」

「「御意」」

「さぁ、行くわよ!!」

「ちょーっと待ったー!!」

「その声は!」

「まさか!」

「ヒーロー参上!!」

「文ちゃん!」

「猪々子…あなた生きて…」

「悪りぃ斗詩、麗羽様。待たせたな。でも、ちゃんと追いついたぜ!」

「文醜!やはり生きていたか!」

「へ、地獄(特別訓練場)から帰ってきたぜ。覚悟しな!あたいは今度こそ、大切なもんを守ってみせる!!」

 

 

 




これにて、袁紹編は終了です。次回はそんな袁紹編の後日談です


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日常編其三
猪々子の生活


今回は猪々子視点で送る、猪々子が『晋』に居た頃のお話


あたいが『晋』に来て二ヶ月近くが経とうとしていた。今でこそ慣れてきたけど、最初は驚きの連続だったなー

「え?風呂って毎日入ってんの?」

「あぁ。うちは特殊な技術(魔術)によって、風呂を沸かすのはそれほど手間じゃないからな。毎日の汚れと疲れを落とす為にっていう、零士のこだわりだ」

あたいが初めて『晋』で一夜を過ごす時、咲夜が気ぃきかせて風呂に入ろうと言ってくれた。なんでも、ここの風呂はいろいろ変わってるらしい

「へー……お!結構広いな!」

「あぁ。三人くらいなら余裕で入れるぞ。これも零士のこだわりだ。足を伸ばして入りたいんだとさ」

一般家庭にしては十分過ぎる程広い。詰めて入れば大人五人くらいは入るだろう

「ふーん…なぁなぁ咲夜、これはなんだ?」

あたいはこのよくわからない、先端に無数の小さな穴が開いた物を指差す

「それはシャワーだ。そこをひねってみろ」

ん?これか?

「よっ、うわ!な、なんだ?」

あたいが何かをひねると、先端から水が勢いよく出てきた。すげー冷たい…

「ははは。月も詠も、似たような反応してたなぁ。それな、そこをひねると水が出たりお湯が出たりするんだ」

「そういうのは先に言ってくれよ。びっくりしたぜ」

「悪い悪い。あ、ちなみに出しっ放しにはしないでくれよ。動力が枯れちまうからな」

「ックシュ」←零士さん(動力)

 

 

 

†††††

風呂から上がると、今度は詠が飲み物を持ってきてくれた

「詠、これなんだ?」

「牛乳よ。風呂上がりに飲むと最高なのよね」

「え?牛の乳?飲めんの?」

「僕も最初は信じられなかったわ。でも特殊な技術(魔術)で加工したから、飲めるようになってるのよ。栄養価も高いみたいだし、害はないわ」

 

そう言って詠は勢いよく牛乳を飲み始めた

「へー、いただきまーす。んくんく」

おぉ!なんだこれ!美味い!濃厚な味わいのはずなのに、なんだか飲みやすい。すげぇ!牛乳美味ぇ!

「ぷはーっ!もう一杯!」

「あんまり飲むと、お腹壊すわよ」

「ところで、なんでこんなに冷えてんだ?」

「あぁ、それはこれ、冷蔵庫のおかげよ」

あたいは詠の案内で、厨房に向かう。その奥に冷蔵庫と呼ばれる大きな箱があった。中を開けると…

「うお!なんだこれ?冷てぇ!」

 

箱から冷気がきた。すげぇ!なんだこれ!

「これは主に食材を保存するためのものね。これならどんなに暑くても、食材がすぐ痛むなんてことはないわ」

「おー、涼しー」

「あ、あんまり開けっ放しにしないで。動力が枯れちゃうから」

「はっくしゅん!」

「…零士、風邪?」

「んー?いや、そんな事は…まぁ最近冷えてきたからね」

「………恋が、暖めてあげる」

 

†††††

飯も美味かったなぁ。さすがは飯屋!羨ましいぜ

「あ、猪々子さん。おはようございます。昨晩は眠れましたか?」

「おはよう、月!おかげで爆睡だったぜ!」

「ふふふ。いま、朝食を用意しますね」

月が朝食を用意してくれてる間、あたいはその姿をずっと眺めてた。すると、咲夜が入ってきた

「ん?起きてたか猪々子」

「おはよう!咲夜はどこにいたんだ?」

「あぁ。私は早朝訓練だ。営業中は暇がないからな。力の維持のために毎朝やってるんだ。明日はお前も一緒にやるか?」

「頼むぜ!……って言いたいとこだけど、起きれるかな?」

「ふん。やる気があるなら、叩き起こしてやるさ」

「朝食ができました。咲夜さんもご一緒にどうぞ」

「ありがとう。いただくよ」

「いただきまーす!…美味ぇ!」

出された料理は米に焼き魚、卵に吸い物。特にこの吸い物、食った事ねーけどなんだかホッとする

「なぁ!この吸い物、なんていうんだ?」

「それはお味噌汁です。味噌という、東さんが特殊な技術(魔術)を用いて作った調味料があるんですけど、それをだし汁と一緒に溶いで作ったものなんです」

「へぇ、お味噌汁かぁ。美味いなぁ」

「月、また腕が上がったな」

「えへへ、ありがとうございます」

「あー、あたいこれ好きだなー」

「東さんも好きですよね、お味噌汁」

「そうだな。味噌の開発には、全力でやってた節があったからな」

「そういえば東さん、今日は調子悪そうでしたね」

「あーイタタタ」

「??どうかしたんですか東おじさん?」

「あぁいや、昨晩、恋ちゃんと寝たんだけどさ…」

「え!?やっちゃったんですか?」

「女の子がやっちゃったとか言わない。そうじゃなくて、最近冷えてきたでしょ?それを恋ちゃんに言ったら暖めてくれるって言うから、恋ちゃんが抱き枕になってくれるかと思ったんだ。なのにまさか僕が抱き枕になるとは。しかも思いっきり抱きしめられるなんて…骨が折れるかと思った…」

「なんですかそれ?なんて羨ましい!今晩、恋ちゃんと寝ていいですか!?」

 

 

†††††

 

訓練はしんどかったなぁ。何回死にかけたっけなー

「うっへー、地下にこんなバカデカイ空間があるんだ」

 

あたいは零士の案内で、恋と一緒に地下にある訓練場にやってきた。中は石造りのだだっ広い空間だった

「ここは特別訓練場でね。雨の日や、特定の武器の訓練をする時とかに使う場所なんだ。特殊な技術(魔術)で作ったから、どんなに暴れても上には響かない。思う存分やってくれ。武器はその辺にあるものを使ってくれて構わない」

 

そう言って零士は武器の入った一室を開けてくれた。中には槍や剣や弓もあれば、見たこともないようなヘンテコな武器もあった

「かー、いっぱいあんなー。見たことねぇもんもあるし……お!ちょうど良さげな大剣が、これにするわ」

 

あたいは斬山刀に似た形状の大剣を掴む。うん、いいくらいの重さだ!

「さて、それじゃあ恋ちゃん、後はよろしく頼むね。お腹が空いたら言ってね」

「…わかった」

 

そう言って零士は部屋から出て行った

「よーし恋!さっそくやるぜ!」

「…こい」

 

さぁ、張り切って強くなるぞ!

数時間後

「モウ…ムリ…」

「ふぁぁ……お腹、へった」

 

飛将軍の名は伊達じゃなかった…

 

 

 

†††††

正直訓練は、毎日の風呂と美味い飯がなかったら続かなかっただろうな

「おかわり!」

「…おかわり」

「二人ともよく食べるねー」

「ていうか食い過ぎだろ」

「だって美味いもん。なぁ恋?」

「ん、零士のご飯は、大陸一」

「嬉しいなぁ。まだあるから、ゆっくり食べるんだよ」

「…東、この量を毎日だと、近々赤字になるわ」

「え?」

†††††

 

唯一残念だったのは、あまり外を出歩けなかった事だな。曹操の領地だから仕方ねぇけど、あたいも『晋』の仕事手伝いたかったなぁ

「さすがに世話になりっぱなしだし、何か手伝いてぇんだけど、何かあるか?」

 

とある日、あたいは咲夜に聞いてみる。咲夜はうーん…と唸っていた

「…って言っても、あまり店内に出るのはまずいし………あぁなら、家の方の掃除を頼めるか?意外と手間なんだよ。結構広いし」

「そんなんでいいなら毎日やるぜ!」

 

あたいがそう言うと、咲夜は少し驚いた表情を見せ、その後に静かに微笑んでいた

「へぇ、言ったな?なら毎日してもらおうか。早朝訓練に、飛将軍との特訓、それに加え家の掃除か。途中で投げ出すなよ」

「??任せろ!」

この時のあたいは知らなかったんだよなぁ。まさかこの家の掃除がこんなにも大変なんて…って言うか広過ぎんだよ!おかしいだろ!どこぞの貴族の所有物件かと思っちまったよ!

「猪々子、大丈夫か?」

「心配してるんなら、そのニヤニヤ顏はおかしいと思う…」

咲夜は笑いを堪え切れていなかった

 

†††††

 

 

いろいろあったけど、この二ヶ月は本当に楽しかった。出来ることなら、ずっとここで暮らせたらとも思った。でも、明日はいよいよ出発しなきゃいけない。斗詩と麗羽様が劉備の所にいるってのがわかった。でも、その情報をくれた人物が、劉備を攻めるらしいから、助けに行かなきゃいけない。『晋』のみんなも、本当に大好きで、本当に大切なやつらだけど、斗詩と麗羽様も同じくらい大好きで大切なんだ。それに、斗詩はきっと待ってくれている。だから、行かなきゃいけない

「ほんと急よね」

「仕方ないよ。状況が状況なんだから」

「なんだ詠、寂しいのか?」

「ば、馬鹿言わないでちょうだいよ!僕は別に…」

「でも詠ちゃん。寂しくない、って言えないよね」

「うぅ…」

 

月の言葉に、詠は顔を赤くしてそっぽを向いていた

「詠は相変わらずだな」

「とかいう咲夜姉さんも、寂しいくせに」

「…」

「ちょ!図星だからって、ナイフ振り回さないで下さいよ!」

 

咲夜はナイフを抜いて悠里を無言で追いかけ回していた

「はは!ほんと、いいよなここ。なんつーか、すげぇ安まるよ!」

 

この皆がいる光景も、今日でおしまいかぁ…そう思うと、少し、いやかなり寂しい

「……そうだ。記念にみんなで写真撮っとこうか」

「しゃしん?」

 

零士が提案するが、あたいはよくわからなかった。しゃしんってなんだ?

「うん。…よっと」

「え?」

零士の手から、なにかよくわからない物が出てきた。え?え?どうなってんだ?

「い、今のどうやって…」

「はは、まぁ細かい事は気にしない。写真と言うのはね…」

零士があたいに写真?ってのを向けると、そのからくりから音が出た

「はい。これが写真」

「す、すっげぇ!あたいがいる!」

手渡された一枚の絵には、あたいが写っていた。すげぇ精巧に描かれてる。本物みてぇ

「このからくりはカメラって言ってね。これを使うと、その場の風景を鮮明に写し出す事ができるんだ。ここの品書きにある絵も全部写真だよ」

「へー、なんかよくわかんねーけど、すげぇな」

 

つまりは、凄い絵、ってことだな!

「まぁ、そんな反応だよな。よし、じゃあみんな集まって撮ろうぜ」

「あたし咲夜姉さんの隣!恋ちゃんもあたしの隣ね!」

「…セキトも」

「私は詠ちゃんの隣だね!」

「わかったわかった。だから引っ張らないで」

「僕はセットしなきゃいけないから、端っこにいくね。猪々子ちゃんは真ん中だね」

左から零士、詠、月、あたい、咲夜、悠里、恋(セキト抱っこ)という順番に並んだ

「みんな笑ってねー。よし!十秒後だよ」

 

零士がかめらに細工し、こちらに小走りでやってきた。どうやらあのかめらを見なきゃいけないらしい

「な、なんか緊張すんな」

「ふふ、笑顔ですよ」

「気をつけないと、ずっと残るぜ」

「経験者は語る、ってやつですね」

「だ、大丈夫かな?」

「…セキト、あっち見て」

「わぅ?」

「3、2、1…」

パシャッ

†††††

「文ちゃん?あれ、起きてたの?」

ガチャリと扉を開けて斗詩が入ってくる。あの後あたいは曹操軍を退かせ、無事に入蜀を果たした。あの時、夏侯惇とも戦ったが、倒す事は出来なくても、十分渡り合える事は出来た。特訓の成果はあったようだ

「よー斗詩!最近早起きが染み付いちまってな。さっきも早朝訓練終えたとこだぜ!」

「文ちゃんが早起きなんて…ん?何見てるの文ちゃん?」

斗詩はあたいが持ってた写真を指差す。あたいそれをもう一度見て、そして斗詩に見せてやった

「これは写真って言ってな?あたいの、大切な家族と一緒に写った絵なんだ」

写真には、みんなが笑顔で写っている姿があった

今は離れ離れだけど、いつか、必ずまた『晋』に帰ろう

今度は、斗詩と麗羽様も一緒に…

 

 

 




北郷軍に董卓組が居ない分、袁紹組の性能が上がりました。袁紹さんが知力強化で、呂蒙と同じかそれ以上、ついでに慢心や見下すといったこともしません。猪々子さんは星さん並に。斗詩さんは防戦なら結構な時間持ちこたえれます。と言っても、北郷軍の話はないので、あくまで裏設定程度に思いください。


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平和な『晋』と医者と愉快な怪物たち

 

 

 

「んー…」

「…よ。これでどうだ?」

「あ!………うぅ、僕の負けよ…」

「よし!これであの時の借りは返せたな」

私と詠は軍人将棋で対局し、そして私は見事勝利を収めた。『晋』は今日定休日。だというのにうちの従業員は揃って店内で暇を持て余していた。零士と月は私達の対局を観戦し、悠里は恋とセキトと遊んでいる。とても平和で穏やかな時が流れていた

「はぁ~、咲夜強くなったわね。ていうか、手がいやらしすぎるわ。こっちの失敗を誘発するような手ばっかりで攻めてくるなんて」

「人間は完璧じゃないんだ。ちょっと手を加えるだけで、簡単に崩れるもんなんだぜ」

対する詠は、ずいぶんと攻撃的な攻め方だった。防御を蔑ろにしているわけじゃないが、それでも攻撃が最大の防御と言わんばかりの手だった

「零士とばっかりしてたせいで、詠との対局に新鮮さを感じたよ」

「へぇ、東も打てるんだ」

「まぁ、勝てた試しはないけどね」

「そうなんですか?」

 

月の疑問に、私は零士との対局を思い出しながら、答えることにした

「こいつの場合、詠とは真逆でかなり防御的なんだ。守りが堅い、でも攻めてないから勝てないんだ。だけどな…あぁちょうどいい。詠、ちょっと零士と対戦してみろよ。実際にやったらよくわかるぜ」

「なになに?ちょっと面白そうじゃない」

詠は少し楽しそうにしていた。今でこそ給仕をしているが、前までは軍師をしていたんだ。その血が騒ぐのだろう。まぁ、その余裕はすぐ消えるんだけどな

「じゃあ、お手柔らかに頼むよ」

数十分後

「はぁはぁ…これでやっと勝てた…」

「あー、やっぱり負けかぁ。あの時もう少し慎重に打つべきだったなぁ」

 

将棋は詠が勝利を収めた。だが、当の詠はかなり疲弊していた

「なにこいつ?凄い疲れる…」

「だろ?こいつは一手一手が速い。そして凄い語りかけて相手の思考や動揺を奪うんだ。さらにはあの防御の陣と至る所にある罠。その罠が、零士の語りのせいで更に疑心暗鬼になってしまう。私以上にひねくれた打ち方をするんだ」

「まぁ、勝てないけどね」

こいつの場合、勝つことに意味はなくて、ただこうして引っ掻き回して遊んでいることに重きを置いているだけだろう。真面目に打てば勝てるだろうに

「咲夜姉さんお腹すいたー」

「…すいた」

セキトと遊んでいた悠里と恋がこちらに近づいて催促する。この子達は欲望に忠実だな

「あ、もうお昼なんですね。夢中で見ちゃってました」

「だな。何か作るか」

「あ!そうだそうだ。昨日新しい調味料を開発したんだ。やっと待ち望んだ食材が手に入ったからね」

 

私と月が立ち上がり、厨房に向かおうとすると、零士に止められた。零士は少し興奮気味で、楽しそうな表情だった

「あぁ、そう言えば、暇を見つけては何かしていたな。確か、トマト?だったかを仕入れたんだっけ?」

少し前に、遠方から取り寄せた野菜を入荷していたのは知っていた。それがどんなものかは知らないがな

 

「うん。だから今日はみんなに試食して欲しいんだ。て言うか、既にもう仕込み済みだったりするよ」

 

だから珍しく、朝早起きしていたのか

「お!新作ですか?今日来てよかった!」

「…楽しみ」

「期待してるわよ」

「ふーん。私も少し見に行っていいか?」

「あ!私も何かお手伝いさせて下さい」

「わかった。なら二人は一緒に厨房へ、三人は座って待ってて」

 

 

†††††

 

 

「へぇ、これが新しい料理か」

「とっても香ばしいですね」

 

私と零士と月は厨房に行き、新しい料理とやらを覗いた。汁物…とはまた違うな。結構赤いけど、辛いやつだったりするのか?

「ミートソースって言ってね。この麺に絡めて食べる物なんだ」

 

そう言って零士は、拉麺とはまた違った麺を取り出した。これも手作りなのだろう

「麺ものとは珍しいな。完成しているのか?」

「やっと六割ってところかな。とりあえずみんなの感想聞いて、いろいろ試そうと思ってる。商品化はそれからだね」

「へぅ、これでも十分美味しそうなのに」

「より良いものを出してこそだよ月ちゃん」

それから私たちは麺を茹で、ミートソースと呼ばれるものを掛けていく。少し味見したが、十分美味かった。挽肉、人参、玉ねぎなどが入っており、味は今まで食べた事ない味だった。少し濃いが、遠いところで酸味がある。不思議なものだった

 

 

 

†††††

 

 

「よっと。これで人数分かな」

「そうだな」

「楽しみです」

私たちは人数分のミートソースを円卓に並べて行く。悠里も恋も、待ちきれないといった様子だ

「いい匂い!」

「…美味しそう」

「へぇ、麺なんて珍しいわね」

 

待っていた三人は物珍しげに、それでいてとても楽しみといった表情でミートソースを見ていた

「それじゃあ、いただきます」

『いただきます!』

零士の音頭に、みんなが手を合わせて「いただきます」と言う。そして悠里や恋が勢いよく食べ始めた

 

「…もくもく…うまーい!」

「ちゅるちゅる」

「わぁ、美味しいです!」

「なんか、不思議な味ね。濃いのに、時々酸味を感じるわ」

「だが、悪くないな」

みんながみんな、思い思いに感想を言いながら食べていた。このミートソース、美味いな。少し濃口だが、白米に合わせるような味じゃない。これは、サンドイッチとかに使うパンと合わせた方が美味そうだ

 

「ふむ、思ったより美味くできたな。…でもみんな、気をつけて食べてね」

零士が口の周りに注意を促すように指す。周りを見てみると、みんな多少口の周りを赤くしていた。……ハ!

「!!……」

私は慌てて口の周りを拭う。珍しく紙布巾を置いておいたのはこのためか!拭った紙を見ると、しっかり赤い跡があった

「「!!……」」

私の様子に気づいた月と詠も、慌てて口の周りを拭う。ミートソースと同じくらい顔を真っ赤にして

「おい零士…こういうのは先に言え」

「そうよ!バカなんじゃないの!?」

「へぅ……」

「あはは、ごめんごめん」

あ、こいつわざとだな。仕方ない。こいつの指の一本、ちょん切っても文句は…

 

カランカラン

 

「ん?ずいぶん楽しそうだな」

「やぁ、華佗。いらっしゃい」

私がナイフを抜こうとした瞬間、扉が開かれ華佗が入ってきた。それと…

「ふむ、こやつがだーりんの言っていた親友だな?だーりんに負けず劣らず良い男だ!」

 

「あら?東零士ちゃんじゃない?こうして会うのはいつ振りかしら」

 

「「「…」」」

 

私と月と詠は思わず絶句してしまった。なんだか、直視したいくない物体が…

「わぁ、すっごいおっきいですね!華佗さんのお友達ですか?」

「ちゅるちゅる」

あぁ。私はきっと疲れているんだな。最近忙しかったからな。今日はゆっくり風呂入ってしっかり寝ないと…

「やぁ、貂蝉。僕がこの世界に来て以来だから、五年…いやもうすぐ六年か。時の流れは早いな」

「「普通に話し始めるなー!!」」

「え?なになに?」

 

私と詠は揃って同じツッコミを零士にした。なんだよオイ!なんだこのあり得ない珍光景は!?

「せっかく私が現実逃避を始めようとしていたのに!」

「華佗の後ろの化物共はなんなのよ!」

「だーれーがー一度見たら一生トラウマとして残る化物ですってー?」

「ひぃっ!」

月と詠はその化物の圧倒的存在感と気持ち悪さに気後れし、震えていた。かく言う私も、正直逃げたかった

「おい。一体何を騒いで……董卓様?賈詡!呂布まで!」

「え?華雄さん?」

私達が騒いでいると、一人の女性の声が聞こえた。そして巨漢二人の間を抜け現れたのは、元董卓軍武将の華雄だった

「はい!華雄です!ご無事で何よりです董卓様!生きているという報は李儒から聞いていましたが…本当によかった」

「華雄、あんた生きてたのね」

「む、李儒から聞いていなかったのか?」

「んー?月聞いた?」

「き、聞いてないけど…」

 

†††††

 

 

「くちゅんっ」

「ん?なんだ風邪か京〈みやこ〉(李儒の真名)」

「い、いえ。恐らく誰かが噂を……あ」

「どうしたのだ?」

「あぁいえ。この前月様がお越しした時に、華雄さんが来たことを伝え忘れてしまったと思って…」

「ふむ。まぁよいんではないか?そのうち会えるだろう」

「うーん…それもそうですね。あ!桜様、最近出来た新作のお菓子が……」

†††††

 

 

華雄の話によると、汜水関・虎牢関での戦闘で二度に渡り敗北。戦場から離脱後は己の力の無さを痛感し、単身武者修行の旅に出たとか。その道中、医者王と愉快な怪物達と出会い、共にいるのだという

「世界は広い。ずいぶん前に零士に、孫堅が存命だった頃には孫堅にも敗れ、それを痛感していたはずだったんだがな。前までの私は自分の力を過信し過ぎていた。今度こそ、真の力を手にし、それから董卓様をお迎えに参ろうと思っていたが…」

「私は、もう大丈夫ですよ。ここで生活すると決めていますから。その力は、ここではない、必要とする人に使ってあげてください。それと、私も詠ちゃんも、もう董卓と賈詡ではありません。これからは月と呼んで下さい」

「……は!月様」

よし。話はまとまったな。もうここにいる理由はないし、私はそろそろ部屋に…

「お、話は終わったね。ちょうどいい。四人もうちの新作食べて行ってくれ」

「ほぉ!それは楽しみだな!」

「ふむ。では呼ばれるとしようかな」

「いいわねぇ。イケメンの作る料理だなんて、あたし興奮しちゃうわ!」

「華雄さんも食べてください。美味しいですよ」

「う、うむ。ではいただく」

「決まりだね。そこで部屋に帰ろうとしている咲ちゃん、ちょっと手伝ってくれるかい?」

「なんでだよ!私以外にもいるだろ!」

 

†††††

 

 

「で、そこの筋肉の塊は一体何者なんだ?」

私はしぶしぶ料理作りを手伝い、四人に提供する。だいぶ慣れてきたが、正直あまり直視したくない

「あらん?この鍛え上げた美しい肉体を塊だなんて、ひどいわぁん。あたしは貂蝉。都の踊り子よん!」

「卑弥呼だ!謎の巫女とでも言っておこう!」

本当に謎だよ。なんだ都の踊り子って。嘘しかないだろ。それになんだその格好。どういう神経してたらそこに辿り着くんだよ

「華佗、お前あれ見て何も思わないのか?」

「ん?よく鍛え上げられた、健康的で良い肉体だと思うが?それよりこのミートソース?美味いな!」

「…零士!」

「あはは、落ち着きなよ咲ちゃん。ただ体格の良い人が、妙な服装でクネクネしてるだけだよ」

「そうですよ咲夜姉さん。人を見かけで判断するのは良くないと思いますよ」

ちょ、ちょっと待て。おかしいのは私だけなのか?それに、見かけで判断したわけじゃない。あいつら明らかに害をなす奴らだろ!言動の節々に見え見えしてるだろう!

「…咲夜、大丈夫よ。あんたはまとも。あいつらが少しズレてるだけ」

「詠…」

詠が同情するかのように寄り添ってくると、月もギュッと手を握ってくれた。よかった。私は一人じゃないんだな

「ところで、華佗は今日どうしたんだい?雰囲気的に、太平要術関係じゃなさそうだが?」

「あぁ。今日はちょっと頼みがあってな。俺たちは現在、ある薬の素材集めをしているんだ。そのうちの一つに、厄介なものがあってな」

「厄介?」

「あぁ。実はそれ、龍からしか取れないんだ」

龍か。なるほど確かに厄介だな。実際に見たことはないが、なかなかの化物だって噂は聞くな

「え?龍っているの?」

ん?珍しい反応だな。零士の事だから、龍くらい見たことあると思っていたんだが

「なんだ零士、未来には龍はいないのか?」

「え?あぁ、まぁ、未来では空想上の生物って認識が多いくらいだからね。あれ?この大陸では龍って普通にいるの?」

「いるわね」

「私たちも、実際に見たわけじゃありませんけど、目撃情報はよく聞いていました」

「あたしは見た事ありますよ?お父さんの仕事についてった時に、ぐぁーっと空飛んでるの見ました」

「…昔、ぜつえー、っていう龍と、暮らしてた」

「えー…」

零士は微妙な顔をしていた。珍しく自分の知らない事を知ったからだろうな

「それで、龍退治に付き合ってくれって事か?」

 

私は、信じられないと言った表情をしている零士を放っておき、華佗に話の続きを促せた

「あぁ。卑弥呼や貂蝉、華雄と猛者はいるが、大事をとって協力を仰ごうと思ってな」

なるほどな。ならここは、恋辺りを行かせるか?最近うちに挑むバカも減ってきたからな。恋も暇つぶしに…

「僕が行こう」

「…は?」

零士が立ち上がり宣言した。こいつはバカか?

「あんた何言ってんのよ?あんたが行ったら、誰が料理作るのよ!」

 

詠の言う通りだ。こいつはこの店の代表だ。その代表がいないのは流石に…

「大丈夫。咲ちゃんはここの料理全部作れるし、月ちゃんもかなり上達したから、十分回せるよ」

 

いや、信頼されているのは嬉しいけど…

「恋に行かせたらいいだろう。最近は治安も良くなってきたんだし」

 

私がそういうと、零士は少し考え、やがて何かひらめいたかのように華佗の方を見た

「……華佗、その龍ってのは、どんな龍なんだい?」

「ん?その近辺の村々では、あまり縁起の良くない邪龍とは聞いているぞ」

「そうか。恋ちゃん、聞いての通り、悪さをしている龍を懲らしめに行くんだけど、恋ちゃんは行きたいかい?昔飼ってたらしいけど」

こいつ!なんて卑怯な!そんな事言ってしまっては恋が、あぁ、なんて悲しそうな顔を…

「……んーん」

恋は悲しい顔で首を横に振った

 

「じゃあ、大人しく待っててね。なるべく早く帰るから。……ということで、僕が行く事になりました」

 

なんだこいつ?なんでこんなに積極的なんだ?

「…理由を聞かせろ。お前は進んでこんな事する奴じゃないだろ」

「……から」

「あぁ?」

珍しくハッキリしないな。すると零士は顔を少し赤らめ一言

「見たいからだ!」

「…は?」

 

零士の強い口調に、この場の誰もがきょとんとしてしまう。見たいから?

「だって龍だよ?僕のいた世界では伝説の生き物だよ?そんなのが見れる機会、逃せるわけないだろ!あ!写真も撮らなきゃな。龍の素材かぁ…解剖して構造を理解したら、魔術に組み込めるかなぁ」

………あぁ。今日の零士は、私の知ってる零士じゃないんだな。もう六年近く一緒にいるが、こんな生き生きしてる顔初めて見た。出会った当初は、死んだ魚みたいな目をしてたのに

†††††

 

 

「よし。準備は整ったな。なら行こう!」

それからしばらくして、零士は身支度を整えて出発することになった。急すぎるだろ

「僕がいない間も、しっかり営業するんだよ。もし、僕のいない間に過去最高の売り上げを叩き出したら、特別手当を考えておくよ」

「お!言いましたね?あたし頑張っちゃいますよ!」

「へぅ、不安です」

「まぁ、なんとかなるわよ」

「…恋も、がんばる」

「はぁ…さっさと行って、さっさと帰ってこい。わかったな?」

じゃなきゃ、寂しいだろ…なんてことは、気恥ずかしくて言えなかった

「では月様、私も行って参ります。またいずれ、会いにきます」

「はい。華雄さんも、お気をつけて」

「ところで、一体何の薬の素材を集めているんだ?」

 

私は少し気になっていたことを聞いてみた。龍の素材を使わなきゃいけないほどの薬ってなんだろう?

「あぁ。実は呉の孫策の妹君が…」

「!?ちょっと待て。雪蓮の妹?蓮華か?小蓮か?」

私は雪蓮の名を聞き、途端に焦る。あいつらのどっちか、病気なのか?

「孫権の方だが?知ってるのか?」

「あぁ、まぁな」

 

孫権…蓮華が?いったいあいつの身になにが…

「あんたらって、ホント何者よ。どんだけ顔が広いのよ」

詠が呆れつつそう言う。そりゃあそうだろう。なにせ零士が「英雄を見てみたい」って理由で二年も旅していたんだからな

「そうか雪蓮ちゃんか。なら酒も持って行かないとな。少し待っててくれ」

そう言って零士は厨房に向かって行った。私はそれを横目で見ながら、先ほどの問いを聞き直す

「それで、蓮華は大丈夫なのか?」

「ん?あぁ、まぁまだ大した事はないがな。放っておくのもまずいし、少し強力な薬を作っておきたいんだ」

 

大事じゃないのか。それはよかった。それにしても…

「そうか…蓮華は一体何に侵されているんだ?」

「あぁ、それは生……」

………蓮華、苦労してるのかな

「あたしはその孫権さんに会った事ないんですが、お辛いですよね」

「へぅ…」

「そんな事、さらっと言わないでよ…」

 

悠里は同情しているかのような表情だったが、月と詠は顔を赤らめていた。まぁ、おおっぴらにいう事でもないからな

「お待たせ。とりあえずこれだけあれば……って、みんなどうしたの?」

「あら零士ちゃん?そんな事聞くのは野暮ってものよ」

「うむ。これは漢女にしかわからぬ辛さ。男のうぬではどうする事もできんのだよ」

おい化物二人。その口ぶりだと、お前らにも月のものが来るって言っているように聞こえるんだが、そんなのは幻想だろ

「そっかぁ。なら仕方ないね」

零士…ツッコミを放棄しただけって、私は信じているからな

「それじゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい!お土産期待してますよー!」

「気をつけてくださいね」

「無理すんじゃないわよ」

「…行ってらっしゃい」

「こっちはこっちで上手くやる。雪蓮達によろしくな。それと、体調には気をつけろよ…」

「ふふ、そっちも頑張ってね。咲ちゃんも、気をつけてね。それじゃ、行ってきます」

私たちは零士達を見送り、そして店内に戻った。さて、特別手当のためだ。これから策を練らないといけないな

 

 

 



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龍退治

 

 

 

 

 

僕と華佗、貂蝉に卑弥呼、そして華雄の五人は、邪龍がいるとされる南蛮の地に向かっていた。雪蓮ちゃんの妹、蓮華ちゃんの薬の素材を集めるために

「しかし、冬だと言うのに南蛮の地は暖かいな」

気温は約28度といったところか?湿気もあるし、冬だというのに汗をかいてしまうな

「違いないな。水分補給はしっかりしないといけないな」

「むむ!だぁりんの額に汗が!わしが拭いてあげよう」

「なら私は、零士ちゃんの汗を、ペロペロしちゃうわぁ」

「なんと!貂蝉お主、はしたないぞ!」

「あら卑弥呼、そんなんじゃ意中の人を盗られちゃうわよ」

「お前達は何をしているんだ?」

 

 

†††††

 

「しかし龍かぁ。悪魔や生物兵器を相手にしたことはあるけど、龍は初めてだ」

いわゆる正史世界に居た時に、仕事又は事件に巻き込まれ、そういった人外を相手に戦ってきた事はあった。だが今回は龍だ。想像した事はあっても、実際に見たことはないからな。興奮を隠せない

「珍しく浮かれているな。だが気をつけた方がいい。これから相手にする龍は、なかなか手強いらしいぞ。なんでも火を吹くとか」

まぁ、その程度ならわけないな。僕だってその気になれば火や雷を出したりできるし

「腕がなるな。私の力が、化物相手にどこまで通用するか」

しばらく歩き山の中へ入っていく。この山の頂上に例の邪龍がいるとの事だ。しかし、さっきまでの暖かさが嘘のように冷え込んできた。村の人々曰く、こういったおかしな天候も、邪龍の仕業らしい

「そろそろ頂上だ。気を引き締めよう」

「ふんぬぅ、血がたぎってくるわ」

「うっふーん、興奮して私のあそこがじゅんじゅんきちゃうわぁ」

「今日の私は、少々負ける理由がないな」

全員がやる気満々、なかなかのコンディションだ。それに、しばらく見ない間に華雄ちゃんがだいぶ強くなってる。これはなかなか楽しみだ。そして…

「ここが頂上か…なかなかの絶景だね。それに…」

頂上に出ると、一面が雲に覆われ、銀世界とかしている。そう言えば聞こえはいいが、実際は少し吹雪いており、またどういうわけか雷も鳴っている。そしてその中に、白い世界には不釣り合いなドス黒い影が一つ。あれが龍…なんて大きさだ

「ぬぅ、なんと禍々しい氣を放つ龍だ!」

「これは私も、真面目にやらなきゃマズイかも?」

「ふん!相手にとって不足なし!」

「気をつけろみんな!」

「おっと!写真写真!」

華佗たちが龍を相手に身構えているなか、僕はカメラでバシャバシャ写真を撮っていた。うん!なかなかかっこ良く撮れたな。欲を言えば僕も一緒に写りたいが、その余裕はなさそうだ

「まずは私からだ!」

「援護しよう」

僕はロケットランチャーを出現させ、華雄ちゃんの突撃を援護する。僕がロケットランチャーの引金を引くと、ロケット弾が発射され、巨大な龍に命中し、黒煙を上げる。そこに間髪入れず、華雄ちゃんが大斧で一撃いれる

「ハァァー!」

氣を纏った華雄ちゃんの一撃は、龍の皮膚を引き………裂かない?

「チッ!なんて硬さだ!」

あの一撃なら、間違いなく切り傷を与えれるはずだった。しかし龍の体には傷一つない。僕が当てたロケットの傷でさえ…

「ギャァァァァ!!」

邪龍が吼え、華雄目掛けて爪を振り下ろす

「貂蝉!」

「わかってるわよ卑弥呼!」

華雄ちゃんに龍の攻撃が当たる直前、貂蝉が華雄ちゃんを抱きとめ、卑弥呼が爪の一撃を拳で防いだ

「ぬぅぅぅーあぁぁー!!」

卑弥呼の拳と龍の爪がぶつかり合い、衝撃波が生まれる。そして両者仰け反り、卑弥呼は後ろに下がった

「すまん!助かった」

「気にしないでぇ、それより…」

「かなり硬いみたいだな」

「うむぅ、かなり重いぞ。気をつけるのだ」

「みんなで連携を取りながら戦おう。個人の力じゃ勝つのは厳しい」

久々に、全力で魔術を使おう。僕は魔力を全開にし、地に両手を着け、陣を展開させていく。その陣が展開されている地面から、ありとあらゆる近代兵器を出現させた。機銃、ロケットターレット、対空ミサイル、超電磁砲、ロケットランチャー各種などなど

「なんと!お主魔法使いか」

卑弥呼が関心したかのように叫んだ。だが、卑弥呼の予想は少し違う。地球に魔法使いはいないからな。ミッドチルダ出身だったら、話は変わっていただろうが

 

「僕自身は、魔術師を自称させてもらっているよ。さぁ、僕が攻撃したら、全員突っ込め」

 

僕は全ての平気に自分の魔力を接続させる。後は起動キーを引くだけだ

「あらあら、なかなか壮観ねぇ。これだけの兵器を一度に見れるなんて」

「わけのわからないものばかりだ」

「いつでもいける!零士頼む!」

「よし!派手にいくぞ!」

全弾発射!

僕が引金を引くと、とてつもない轟音が辺りを覆い、ありとあらゆる兵器の弾丸の雨が龍に命中。そこから黒煙があげる。そしてその中を華佗、華雄、貂蝉、卑弥呼が突っ込んでいった

「ハァァー!五斗米道ぉぉぉ!!」

「うっふーん!!」

「ぬっふーん!!」

「ハァッ!私の新たな力、とくと見よ!!」

おぉ!華雄ちゃんの後ろから氣で出来た毘沙門天みたいなのがいる。氣の毘沙門天は華雄ちゃんの攻撃に合わせて動いていた

「凄まじいな。よし、僕も出るぞ!」

僕は太刀を出現させ、龍に突撃した

†††††

 

 

 

しばらく激しい攻防が続いた。その中で、徐々に龍の力を理解して行く

「…ッ!」

僕は氣を纏った一撃放つ。すると龍の体を傷つけることに成功した。しかし…

「チッ、傷がすぐ塞がる!」

そう。傷を与えたとしても、即座に塞がり、再生してしまう。硬いだけじゃないだなんて、なかなかに面倒だ。こういう手合いは、ダンテの仕事なんじゃないのか?しかし、例外もあった

 

「ぬっっふーーーーーーん!!!」

 

貂蝉、卑弥呼の形容しがたい体術での攻撃が龍に当たると、その攻撃で傷ついた傷だけは塞がらなかった。いったい、なんの差があるんだ?

「ギャァァァァ」

邪龍は雄叫びを上げ、口から炎を吐こうとしていた

「!?華佗!」

まずい!あいつ華佗を狙って…クソ!間に合うか!?

「だぁりん!ぬぉぉぉ!流派漢女道究極奥義!性破天昇拳!!」

卑弥呼が氣を凝縮させ、巨大な弾を発射する。以前、凪ちゃんが放った氣弾の数倍大きいものが放たれた

「龍よ…飛ぶ斬撃を受けたことはあるか?」

同じ頃、華雄が大斧に氣を凝縮させ、それを飛ばすように大斧を振るった。すると武器の先から鋭利な氣の塊が放たれた

龍の火炎と卑弥呼の氣がぶつかり相殺。そして華雄の氣の斬撃は龍の顔面に直撃した。それに対し龍は怯み、隙が生まれた

「華佗ちゃん!大丈夫かしら?」

貂蝉はすでに華佗を保護しており、後ろに下がっていた

「すまない!俺は無事だ。それにしても…」

僕達は龍を見る。龍はあれだけの攻撃を食らっても無傷だった。正確には、既に再生された後だった

「チッ!これは予想外だな」

エクスカリバーでも出して、吹き飛ばしてしまうか?いや、そんな事したら僕の体が持たないな

「効かないわけじゃないけれど、あの回復力が脅威ねー」

「流石にこのままでは、こちらが危ないか」

「ぬぅ、たかがトカゲの分際で、我が奥義を打ち消すか…」

いよいよもって手詰まりか?流石にこれ程とは思わなかったな。もう少し真面目に準備しておけばよかった。ここは一旦退いて態勢を立て直すべきか…

「………俺に考えがある。みんな、もう一度龍の隙を作ることはできないか?」

 

華佗がなにやら思案顔で提案してきた

「…勝算はあるのか?」

「あぁ。恐らく上手くいくはずだ」

 

華佗の瞳には、確かな自信が見受けられた

「ふん。隙を作るくらい、造作もないな」

「うむ。わしはだぁりんを信じよう!」

「華佗ちゃんのその目、その希望と情熱に満ちた目、素敵よぉ~。私の体がヒクヒクしちゃうわぁ」

「よし。やってみよう。華佗、信じてるぞ」

「あぁ!みんな頼む!」

僕、華雄ちゃん、貂蝉、卑弥呼が、華佗を護るように前に立ち、武器や拳を構えた。さぁ、ラストアタックだ

 

「貂蝉!うぬも性破天昇拳を放つのだ!」

「わかってるわぁ」

「「流派!漢女道!究極奥義!性破!天!昇!拳!!」」

「華雄ちゃん、さっきの一撃、なかなか良かったよ。だが、まだまだ本気じゃないんだろ?」

「無論だ!見せてやろう!我が最大の一撃!」

「なら僕も合わせよう」

僕と華雄ちゃんは武器に氣を集中させていく。そして、巨大に膨れ上がった氣の塊を、僕達は放った

「くたばれーー!!」

「ハァッ!!」

轟音を巻き上げた四人の氣弾は見事に龍を捉えた。氣弾が直撃すると爆発し、衝撃波を生む。そして龍は悲鳴を上げ大きく怯んだ

「我が身、我が鍼と一つなり!一鍼同体!全力全開!輝け金鍼!!燃えろ我らの魂!!おおおおぉぉぉぉぉ!!賦相成!!!五斗米道ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

華佗は大きく怯んだ龍に突っ込み、光り輝く鍼を龍に突き刺した。そして…

「げ・ん・き・に!!なぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!!」

大量の氣を龍に流し込んだ………あれ?

「え?」

「は?」

「あらん?」

「華佗!!うぬはアホか?元気にしてしまってはいかんだろうが!!」

卑弥呼の言うとおりだった。せっかく与えたダメージも、これでは意味がな…

「いや、成功だ」

「な!?」

龍を見ると、龍がもがき、苦しんでいる姿があった。そして雄叫びを上げ、大きな音を立てて龍は地に伏した

「いったい、何をしたんだ?」

 

華雄ちゃんが聞くと、華佗は少し微笑んで話してくれた

「なに。龍の回復力と生命力を逆手にとって逆に強化したんだ。結果、強すぎる力が暴走したということだ」

 

限界まで高めて、破裂させたということか。凄いな

「なるほど。考えたな」

「医術にそのような使い道があるとは」

「さっすが華佗ちゃん!すぅごいわぁ!」

「わ、わしも最初から、だぁりんを信じていたんだからな!」

「あまり使いたい技じゃないがな。さぁ!材料をもらっていこう。龍の肉は村の人たちに渡せばいいだろう」

「おっと、そうだったね。なら僕も、ちょっと素材を剥ぎ取らないとな」

 

†††††

 

 

僕は龍の牙、爪、皮、肉、骨と剥ぎ取っていく。華佗の方は龍の股間付近で作業していた。そう言えば、一体なんの素材を集めているのだろう?……ん?これは…

「……なるほど。これが火を吹く元か」

消化器官のすぐ近くに、火の付いた内臓があった。流石に熱くて触れず、確かな証拠はないが、恐らくこれが龍の火炎の正体だろう。飲み込んだものを消化すると同時に燃やして火にしてしまうってか?凄い構造だな

「零士!こっちは終わったぞ」

華佗と三人は作業が終わったらしく、こちらに向かってきていた。仕方ない。もって帰りたかったが、流石にこれは手に余るな。諦めるか

「あぁ。こっちももう大丈夫だ。下山しようか」

気づけば、先ほどまでの異常気象が嘘のように晴れ渡っていた

しかし龍か。初めて戦ったが、一人じゃ勝てたかどうかわからないな。なかなか貴重な経験だったな。本当に来てよかった

 

 

 



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孫呉編
孫呉編其一


せっかくの加筆修正版なので、孫堅さんの真名を公式の方に合わせてみました。
TINAMIさん版:蓮鏡→ハーメルンさん版:炎蓮


 

 

 

 

 

僕は現在、華佗、華雄ちゃん、貂蝉、卑弥呼と一緒に呉を目指している。移動手段は馬車。のんびりしていていいね。その道中、僕は先刻手に入れた龍の素材の解析に勤しんでいた。魔術に組み込むためだ

「そう言えば、零士は孫家と知り合いだったな?いつ頃に知り合ったのだ?」

 

そんな道中、華雄ちゃんが孫呉との関係について聞いてきた。どうせ暇だし、話してもいいだろう

「んー?そうだね、あれは僕と咲ちゃんが旅をして一年半くらいだったから、かれこれ四年以上前だね」

 

†††††

四年前

「しかし、長江ってのは広いな」

「そうだね。それにさすが呉の地だ。そこらかしこに漁師がいるね。水産業に関しては間違いなく大陸一だろう」

僕と咲夜は、江東の虎と称される孫堅に会いに行くべく呉の地を訪れていた

この世界に来て一年半くらいが経過した。そろそろ旅も終わりが見えてきたし、居住地を考えなきゃいけないな

「あぁ?なんだあの船。こっちに向かってくるぞ」

咲夜が指さした船の乗員は、明らかに武装しており、殺気をガンガン飛ばしていた

「あー、あれは江賊かな?それもあの旗、この辺りじゃ結構有名な賊だね」

 

旗印は『甘』。恐らくはあの猛将だろう

「…賊?」

賊という単語が出た途端、咲夜は殺気を剥き出しにしていた

「咲夜、賊と言っても、この辺では悪党のみを狙う義賊らしい。君が考えているような獣ではない」

「ハッ!どうだかな。どっちにしろ、やらなきゃやられるんじゃないか?」

それはそうかもしれないが……チッ、悪党のみを狙うって事は、この船には悪党が居るって事か。正直助ける義理もないんだが…

「なかなか威勢がいい少女だな」

「あぁ?」

声のする方を見ると、そこにはピンクの長髪に、褐色の肌をした綺麗な女性がいた。そしてその後ろには、彼女に似た風貌の子が一人、そして弓を担いだこれまた綺麗な女性が一人いた

「堅殿、あれが我らの目標ですかな?」

「ふーん、結構な数ね。まぁ、母様と祭が居れば余裕そうね」

「祭、雪蓮!なるべく殺すなよ。出来る限り生け捕りにしろ」

「!?来るぞ!」

咲夜の一声と共に江賊がなだれ込んでくる。数は…200はいるな

「そこの少女と青年!私は孫堅という。見れば相当の使い手と判断するが、少しばかり手伝ってくれないか?賊を制圧するのは容易いが、他の乗客を守るのは面倒でな」

「!貴女が孫堅さんか。わかった。そちらは頼みます。咲夜!聞いての通りだ。防衛にまわろう!」

「あぁ?お前一人で十分だろ!」

あーあー、咲夜もう暴れちゃってるよ。仕方ない。一人で守るか

「悪餓鬼には仕置きだな。ふんっ!」

おぉう。あれは痛そうだ。孫堅さんは拳の一撃で江賊の一人を叩き潰し、そいつは船にめり込んだ。腰に差した剣はいらないんじゃないか?

「鬱陶しい!」

「ぐへっ」

 

咲夜は咲夜で、賊を相手に舞うように攻撃を避け、鋭いナイフの一撃で賊の切り刻んでいった

「へぇ、あなた結構やるわね。私は孫策。あなたは?」

 

そんな姿に感心したのか、孫策と名乗った少女が賊を制圧しつつ咲夜に話しかけていた

「司馬懿だ!お前、孫堅の妹か?」

「あっははは!まっさかー。あの人は私の母様よ」

「え?孫堅ってずいぶん若く見えるな」

そう思うのも無理はない。それくらい孫堅さんは若く見える。僕も正史の知識が無ければ間違えていただろうな

ヒュンッ

「ぐあっ」

僕が船員を護りつつ、敵を制圧していると、鋭い矢の一撃が江賊達の背から心臓を次々と撃ち抜いていった。素晴らしい手際だ

「お見事」

 

僕は弓を担いだ女性に声をかける。その姿からは、歴戦の猛者の威風を纏わせていた

「主もかなりやるようじゃの。わしは黄蓋。こんな事に巻き込まれて、ツイておらんだな」

この方が黄蓋。呉の宿将か

 

「あはは。もう慣れましたよ。それにある意味ツイてる。僕は東零士。孫堅さんを訪ねにきたんだ」

「堅殿に?ふむ、ではこの後ついて来るといい。わしから堅殿に伝えておこう」

それはありがたい

 

「ところで、こいつらって悪党のみを狙う江賊なんですよね?貴女達が悪党には見えないんですが…」

「はっはっは!我らは雇われただけだよ。ちなみに、その雇ったやつが俗にいう悪党で、既に仕置き済みじゃ」

チリーン

「!?」

鈴の音が聞こえた瞬間、孫策がその音に反応し、背後まで接近していた女性の攻撃を振り向いて剣でガードした

「ほぅ、今のを止めるか」

「止められたくなかったら、その鈴は外すことね。あなたが甘寧ね?」

 

甘寧は一度距離を取り、再び武器を構えなおした

「かの孫策に名を覚えてもらっているとは。光栄と言うべきなのか?」

「あら?あなたは結構有名よ?義賊の、鈴の甘寧さん?」

「ふん。鈴の音は、黄泉路へ誘う道標と心得よ。いく…!?」

甘寧が孫策に攻撃を仕掛けようとすると、甘寧の背後から咲夜がナイフで攻撃した。甘寧は寸でのところで攻撃を防いだ

「へぇ、あれを止めるのか。大した反応速度だ」

「殺気を剥き出しにしていれば、嫌でもわかるさ」

 

だめだなー咲ちゃん。奇襲する時はどんな気配も完全に消すように言ったのに。それでも、あれを止めた甘寧も十分凄いけどね

「ちょっと司馬懿ー。あなた武人としての誇りとかないの?あんな不意打ちみたいな真似」

「は!誰かさんの影響で、そういったものは持ち合わせていないんだ。それに私は武人じゃないぞ」

 

いったいだれのえいきょうかなー

「あら。あなたの腕なら歓迎したのに。うちに来ない?」

「考えといてやるよ」

「ふふ。まずは甘寧を迎えなきゃね。甘寧、うちに来なさい。私たちはあなたと、あなたの仲間の力を評価している。ここに来たのだって、あなたを加えるため」

孫策は咲夜との会話を打ち止め、再び甘寧に向き直った。その瞬間、彼女の纏う雰囲気が一変した。本気になったな

 

「ふん。賊である我らを欲するか。流石は虎だな。だが、我らは力無き者には従わんぞ」

「えぇ。だからこうして叩きのめしているのよ……ふふ。さすが母様。もう終わっちゃったみたい」

孫策が言うと、全員が孫堅の方を見た。そこには…

「ふぅ。こんなものか。他愛ないな」

孫堅さんの周りには、多数の江賊が転がっていた。見たところ、全員気絶させられていたようだ。全員拳で黙らしたらしい

「…チッ!まだ私がいる!」

甘寧は孫策を惑わすように、ククリ刀を縦横無尽に振るい、軌道を読ませようとしない。そして一撃が振り下ろされた

 

「フッ!」

しかし孫策はそれを容易く跳ね返し、甘寧の武器を吹き飛ばした

「蓮華よりは強いけど、それでもまだまだね。さぁ、力を示したわよ。甘寧!うちに来い!」

「……クッ」

甘寧は諦めたかのように地に膝をつける。決着はついたようだ

「咲ちゃんお疲れ。見てたけど、だいぶ動けるようになってきたね」

「ふん。今回はあまり、何かしたわけじゃないがな」

江賊達はみな一箇所に集められ、甘寧は孫堅、孫策、黄蓋と話している。その輪には僕と咲ちゃんも一緒にいた

「なるほどな。理由はわかった」

僕達は甘寧の話を聞いていた。彼女とその仲間達が賊に堕ちた理由……ある町の役人が暴走し、彼女達は民を守るためにその暴君を倒した。だが、彼女達は救世主ではなくただの犯罪者として追われ、居場所を失い、賊に堕ちるしかなかった。しかし、彼女達の正義感から、善良な市民を襲うような真似はせず、悪党や悪政を敷く者のみを狙い、また奪ったものは飢えている者達に分け与えていたとのことだ

「どうだい咲ちゃん。これでもまだ、彼女達を獣と罵るかい?」

「……興味ないな」

この子も素直じゃないな

 

 

「改めて礼を言うぞ、東零士殿。なんでも、私に用があるみたいだが?」

 

話が終わると、孫堅さんがこちらに話しかけてくれた

「あぁいや、用と言うほどの事でもないですよ。ただ、かの江東の虎がどのような人物か、一目見ておこうと思いまして」

そして、いずれ小覇王と謳われる孫策にもね

「そうか。なら協力してくれた礼だ。そちらがよければ、飯くらい食ってってもらいたいのだが」

「それはありがたい。では、ご好意に甘えさせて頂きます」

†††††

 

 

現在

「それから僕達は、孫堅さんの城がある建業に滞在する事になったんだ。初日にずいぶん気に入られてね。しばらく世話になったな。その間にもいろいろあったよ。呉の訓練に付き合ったり、釣りに出掛けたり。そうそう、呉で料理を作った時に凄く美味いって褒められてさ。『晋』をやるきっかけの一つだったんだよな」

四年以上も前の事だが、今でも昨日の事のように思い出せる。あの凛々しく、クールで、それでいて彼女の真名を表すかのように、内には炎を宿している。みんなの母親のような王。もし僕に制約がなくて、天下に興味があったら、間違いなく彼女についていただろう

「そう言えば、孫堅とは試合したのか?」

そう言えば、華雄ちゃんは孫堅と戦った事があるんだったな。かなり興味津々のようだ

「炎蓮さん…孫堅さんとは互角だったよ。彼女は本当に強かった。お互い武器なしの素手で戦ったんだけどさ、凄まじかったね。決着がつかなかったのが悔やまれるよ」

 

彼女との一騎打ちは、僕の人生の中でも屈指の激戦だっただろう。なにせ、朝から晩まで、ずっと打ち合うことになったからな

「零士、華雄、もうすぐ着くぞ」

華佗が僕達に呼びかける。気づかないうちに建業に着いていたようだ。ずいぶん話し込んでしまったな

 

†††††

 

 

城に入り、蓮華ちゃんの部屋へ目指す。ここには久しぶりに来たが、あまり変わってないみたいだ

「失礼するぞ」

 

華佗が一室の戸を開ける。中には二人の女性が居た

「華佗!ようやく来たか」

「ようやくね……あら?あ、東?何故ここに?」

「やぁ、蓮華ちゃんに思春ちゃん。久しぶりだね。今回、僕は華佗に頼まれて素材集めに協力していたんだ」

 

本当に久しぶりだ。彼女たちも、すっかり大人っぽくなってきちゃって

「そう。わざわざすまない。ん?咲夜は一緒じゃないの?」

「咲ちゃんなら『晋』だよ。今は僕がいなくても十分回せるようになったからね」

「そうか。久しぶりに会いたかったのだがな」

蓮華ちゃんは少し残念そうにしていた。そう言えば、蓮華ちゃんは咲ちゃんと仲良くしていたからな。歳も近かったし、気が合ったのだろう

「それよりも、蓮華様の薬は大丈夫なのか?かなり時間がかかったようだが」

 

思春ちゃんが華佗に問いかけ、話を戻した

「すまないな。少し手間取ってしまった。そっちは、言っておいた材料は集まったか?」

「問題ない」

 

思春ちゃんがなにやらよくわからない素材を見せてくれた。なんだろうこれ?なにかの尻尾にも見えるような…

「よし。さっそく調合しよう。貂蝉、卑弥呼、手伝ってくれ!」

「うむ。だぁりんの頼みなら仕方がないな」

「私達が、愛を込めて調合しちゃうわぁ」

華佗と貂蝉と卑弥呼は部屋を出て行った。そう言えば…

「ところで、一体蓮華ちゃんはなんの病に?僕は材料を詳しく知らないんだけれど」

「そ、それは…」

あれ?蓮華ちゃんが微妙な顔してる。そんなに深刻なのか?

「華雄ちゃんは、何か知ってるのかい?」

「ん?あぁ、確か生…」

「わーっ!わーっ!わーっ!」

「!?」

び、びっくりした。どうしたんだ突然。顔を赤くして、恥ずかしい病気なのだろうか

「すまないな東。蓮華様の為にも、聞いてやらないでくれ」

 

思春ちゃんが目を合わせないで言ってきた。触れちゃいけないようだ

「あ、うん。わかったよ……ところで、華雄ちゃん普通にいるけど、孫呉の方達には恨みがあったんじゃ」

話をそらす意味でも、すっごい今さらな質問をしてみた。じゃなきゃ空気が変な感じになりそうだったし

 

「あれは私の勝手な逆恨みだ。素直に自らの非を認め、謝ったさ」

おぉ!華雄ちゃんやっぱり成長したな。前までなら絶対認めていなかっただろうからな

ガチャン

「やっほー、華佗達が戻って来たんですってね!調子はどう……かしら」

「やぁ、雪蓮ちゃん。久しぶりだね。君にお土産として酒を持ってきたよ」

勢いよく扉が開かれ、雪蓮ちゃんが入ってきた。だが雪蓮ちゃんは僕を見るなりどういう訳か固まってしまった

「あれ?雪蓮ちゃん?」

「姉様?」

「………き」

き?

「きゃーーーーーー!!!」

ガチャ バタン!!バタバタバタバタ!!

「「「えー」」」

「なんだあいつ?」

雪蓮ちゃんは突然悲鳴を上げて、バタバタと走り去ってしまった。僕と蓮華ちゃんと思春ちゃんは信じられない光景を目にし揃って同じ反応を、華雄ちゃんだけが冷静に状況を見ていた

………あれ?僕、なにかしたっけ?

 

 

 



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孫呉編其二

 

 

 

 

 

「きゃーーーーっ!!!」

「ん?どうした雪れ…えー」

ガチャッ バタンっ ぼふっ

「むーーーー」ばたばた

私は部屋まで全速力で駆け込み、そして寝台に飛び乗り枕に顔を埋めて思わず唸った

なんで?なんでよ?なんでなのよ!?どうして零士がここにいるのよ!?聞いてないわよ!華佗がいると聞いたから行ったのに……久しぶりに会えてとっても嬉し…

コンコン

「あのー、東零士ですけど…雪蓮ちゃん大丈夫?僕、何かしちゃったかな?」

「ひゃい!」

いやーーーー!!ひゃいってなによーー!!

なんで追いかけてきたのー!?しかも何故か私を心配してくれてる…嬉しい!!じゃなくて!零士誤解してる。私が急に逃げたからだ。あ、謝らないと…

私は寝台から立ち上がり、小走りで扉の前に行った。数度深呼吸して、心を落ち着けて、そして扉を開けた。目の前には、とても心配そうな表情の零士が、私をまっすぐ見つめていた

「あ、よかった。雪蓮ちゃん大丈夫?」

「あ、ああああ、あの!ご、ごめんなさい、急に走っちゃったりして」

あぅ…目ぇ見て話せない…顔が凄く熱い…心臓の音がドキドキうるさい…

「あぁいや、それはいいけど、もしかして僕が原因?何かしたんなら、謝りたいんだけど…」

「ち、違うの!あの、そうじゃなくて…その…」

あーもー!!ちょっと意識し過ぎじゃない!?こんなのは孫伯符じゃないわ!!ほんと、私はどうしてこうなっちゃったのよ!!いや、理由は私が一番わかってるけどさ…あの日の事があったから。あれは約三年前、母様が死んでしまった時…

†††††

 

 

三年前

「こんにちは。久しぶりだね、雪蓮ちゃん」

「久しぶりだな。蓮華達はどうしている?」

 

母様の葬儀を終え、数日が経ったのち、零士と咲夜がうちを訪ねてきた

「咲夜、零士。来てくれたんだ。咲夜、蓮華達なら部屋よ」

「そうか。零士、私は蓮華の方へ行く」

「あぁ。頼むよ」

 

咲夜は蓮華の部屋に向かっていった。零士は、私のそばに居てくれた

 

この日の数日前、母様は戦で亡くなってしまった。死因は毒矢。乱戦の中、一人の下衆が母様を狙い、矢をかすめた。だがそれだけで十分だったらしく、賊を退治した直後に、母様も息を引き取った。母様は、最期まで戦い抜いた…

「惜しい人を亡くしたよ…」

「そう…」

亡くなって初めて見える、母様の影響力。母様は多くの人の心の中にいた。皆が涙し、皆が悔いた。そして私は、そんな母様の後を継がなければならない。まだ数日だが、とんでもない重圧を感じる。正直、耐えれるかどうか、母様のようになれるか不安だった

「少し、歩こうか」

私は零士に連れられるように歩き、やがて小川があるところまでやってくる。この男なりに気を遣ったのだろう

「大丈夫かい?」

零士は、私の事を見透かしているかのように問いかけてきた。この男はもう、私が抱えている問題に気づいている、そんな気がした。だけど私は…

「えぇ、大丈夫よ。問題ないわ」

あえて強がった。ここで「大丈夫じゃない」と答えてしまってはいけないと、こんな事で参ってると知られたくなかった。母様のように強く生きなきゃいけないのに、それではまるで、弱さを露呈してしまうようだった

「そう…」

零士はただ一言、そう呟いた。それからしばらく無言が続いたが、再び零士が口を開いた

「雪蓮ちゃんは、炎蓮さんの事、お母さんの事をどう思っていた?」

「母様は、最期まで戦人だったわ。親という意味では、あまり良くなかったと思うわ。だって赤子の私を戦場に連れて行くのよ?」

母様は、私が物心つく前からずっと戦場に立っていた。そして私自身も、母様に鍛えられ、戦場に立たされた。それは蓮華、小蓮と生み、父を亡くしてからも変わらなかった。とても厳しい人だった

「それでも、一人の女性として、また王としての母様は、素直に尊敬するわ。本当に、大好きだった」

もちろん、母親としても…

「…僕も、彼女の事が好きだったよ。っと言っても、恋愛感情じゃないぞ?君と同じように、人として好きだった。僕のいた国の王は、民の事なんて気にしないような連中ばかりだったんだが、彼女は違った。彼女は誰よりも、民を愛していた。そして民の為に尽くしていた。時には自ら街に出て、民と一緒の目線に立ち、談笑することもあった。それでいて、しっかり威厳もあり、力もあり、目先の事だけじゃなく先の事もしっかり見ていた。僕の中の王の印象をがらりと変えてくれたよ。こんな人もいるんだって。尊敬したよ。この人についていけたらなとさえ思えた。それだけ魅力があった」

 

そう語る零士の瞳には嬉しさと懐かしさ、そして後悔が見受けられた

「ならなぜあなたは、うちにとどまらなかったの?母様の事だから、誘われていたはずでしょ」

「…ある事情があったからさ」

零士が話してくれたこと、とてもじゃないけど信じられない内容だった。遥か未来からやって来た事、天下に名を挙げることを封じられたこと。彼が表舞台に立つと、この世界が崩壊するかもしれないこと。荒唐無稽すぎていた。だがそれでも、零士が嘘を言っているようには見えなかった

「本当に悔いている。ここにずっと居たら、炎蓮さんは今も存命だったかもしれないのにって」

「過ぎたことよ。過去を悔いても仕方ないわ」

「…だが、そのせいで君は今、その偉大な王、孫堅と言う名の重圧に押しつぶされそうになっている」

やはり、この男は…

「…そんなことないわ。余裕よ。私も母様のように、みんなを引っ張っていかなきゃいけないんだから」

「…君は、炎蓮さんが亡くなってから、涙を流したかい?」

なぜ、そんな事を聞く?

 

「…いいえ。そんな暇なかったもの」

半分本当で、半分は嘘。確かに忙しくはなったが、冥琳のおかげで時間はあった。それでも、泣くことはなかった。泣いてしまったら、いろんなものが崩れる。そんな気がしたから。母様の意思を受け継ぎ、みんなをまとめなきゃいけない。涙は弱さでしかない。だから、私は我慢していた

「雪蓮ちゃん、泣くことは、弱さじゃないよ?」

零士は、私の考えていることを見透かしたかのように言った

 

「いいえ弱さよ。精神的に脆いから泣くのでしょ?王がそんなほいほい泣くわけにはいかないわ」

「……雪蓮ちゃん、君は今どこにいて、そして君の周りには誰がいる?」

「はぁ?ここは小川で、私の周りには零士一人しか…」

 

いい加減、いらだってきた…

「そうだ。僕たちは小川に来ていて、そして僕の目の前にはただの女の子しかいない」

「違うわ!!私は…私は王よ!孫文台の娘、孫伯符よ!!そこらの女子と一緒にするな!」

「…君は、王というものに縛られ過ぎている。いや違うな。先代である孫堅という名に縛られている」

「なにを!」

「君の王道はどこにある?彼女の模倣をする事が君の王道なのか?」

「な!?私を侮辱するか!」

私は母様が使っていた孫家に代々伝わる家宝、南海覇王を抜き、零士に向けた。だが零士は、そんなこと構いもせず近寄ってくる

「彼女の存在は確かに大きい。彼女のようにならなくてはと思う気持ちもわかる」

 

なぜこいつは、私に近づいてくる?

「く、くるな!」

「だが、だからって、彼女になる必要がどこにある?そのせいで、君は君自身を見失っているぞ」

 

南海覇王を持つ手が震える…

「やめろ…」

「雪蓮、君は炎蓮さんの意思を受け継がなければならない。だが、それは決して炎蓮さんになることじゃない。それに、君は彼女にはなれない」

「やめろー!」

私は南海覇王を振り下ろす。だがそれは簡単に受け止められ、そしてそのまま…

「あ…」

私は優しく抱きしめられた。その温もりが、不思議と心を落ち着かせた

「君は君の王道を進めばいい。炎蓮さんを目指す必要ない」

 

私は南海覇王を手放した

「でも、みんな母様についてきたのよ?」

「なら今度は、その人たちを雪蓮の力で、雪蓮のやりかたで認めさせたらいいんだよ」

「私に…できるかな?」

 

私らしくなく、弱音が出てしまう。それと一緒に…

「雪蓮ならできるよ。炎蓮さんを、君のお母さんを越えるんだ。だがその為にも、ここで一回発散しておくといい。ずっと我慢してきたんだろ?さっきも言ったけど、泣くこと自体は弱さじゃない。その悲しみを乗り越えれるかどうかなんだ。そして、雪蓮なら乗り越えれるよ。君は強いからね」

 

涙が静かに零れてしまう…

「でも、私は…」

「君には失礼かもしれないが、僕から見たら雪蓮は女の子なんだ。それにずっと王でいる必要はない。この瞬間だけは、僕以外誰も見ていないんだから」

「う…ぐすっ…」

私はもう、我慢できなかった。ずっと溜めていたものが、決壊して、溢れ出てきてしまっていた

「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

零士は、泣きじゃくる私を優しく抱きしめ、そして子どもをあやすように頭を撫で続けてくれた。ずっと悲しかった。ずっと泣きたかった。でもだめだと思ってた。けれど零士は受け止めてくれた。それがとても嬉しかった

 

その後日

「やぁ雪蓮ちゃん。もう大丈夫かい?」

「あ、あわわわ、だ、大丈夫よ…」

零士という存在が私の心を大きく占めてしまい、彼を直視できなくなるほど好きになってしまった。本当に彼の言う通り、これでは王ではなく、そこいらの町娘と変わらなくなってしまった

 

零士と咲夜が帰る日には…

「咲夜!!いつかあなたのその場所、私が奪ってやるんだからね!!」

「はい?」

咲夜にも宣戦布告してしまった

†††††

 

現在

「そ、そっかー。華佗のお願いで来てたんだー」

私と零士は、母様の墓に向かい歩いていた。せっかく来たから、墓参りも済ませたいらしい

落ちつけ私。大丈夫。いつも通りに振る舞えば大したことはないはず…

「それにしても、雪蓮ちゃんの活躍は聞いていたよ。呉の独立おめでとう。君ならやり遂げると思っていたよ」

きゃーーーー!!褒められちゃったーー!!!頑張ってよかった!!

………ハッ!落ち着け私!!少しいじわるして、まぎらわそう

「あ、ありがとう。でも零士と咲夜がいてくれたら、もっと早く独立できたのにー」

「う…ごめんね」

「いいわよ。仕方ないわ」

大丈夫。普通に会話できてるわね。慣れてきたわよ!

「ふふ。よかったよ。しっかりやっているようだね」

「えぇ。少し遠回りしちゃったけど、これでようやく、母様を越えられるわ。零士、改めてお礼を言わせて。ありがとう。あの日、零士が私を支えてくれたから、今の私があるんだと思うわ。きっとあのままだと、母様の重圧に押しつぶされちゃってたかも」

ずっと言いたかった感謝の気持ち。あの日泣いていなかったら、きっと今こうして笑うこともできなかっただろう。本当に救われたと思っている

「……そっか。君の力になれたみたいで、本当によかったよ」

「えぇ。私は私の王道を貫き、そして母様を越え、仲間を、民を導いていくわ」

†††††

 

 

同時刻  とある茂みにて

「おい、本当にやっちまうのか?」

「あたりめーだろ!あのアマ、孫策さえいなきゃ俺たちは…」

「あぁ。俺たちの人生を奪ったあいつだけは許さねぇ」

「確実に仕留めるぞ。俺たち五人がこの毒矢を使えば、一矢くらいあたるだろう。そしてあたりさえすれば…」

「必ず死ぬ。幸運にもあいつ、のこのこ人気のないとこにきやがった。全員、配置につけ」

「孫策の隣の男はどうする?」

「放っておけ。見たところ武器も持ってない。大した脅威じゃないだろう」

「俺たちの狙いはあくまで孫策ただ一人だ。これが成功すれば一生遊んで暮らせる。必ず成功させるぞ!」

 

 

 



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孫呉編其三

 

 

 

 

 

私と零士は母様のお墓があるところまで来ている。袁術から呉を奪還してからは、いろいろと慌ただしかった為私もここに来るのは久しぶりだった

「久しぶり、炎蓮さん。今日は貴女好みの酒を持ってきたんだ。よかったら飲んでくれ」

零士は荷物の中から酒を取り出し、それをお墓にかけた後、残りを墓前に置いた

「貴女の娘は立派に成長しました。貴女の意志をしっかり受け継ぎ、そして強くなった。貴女を越える日も、そう遠くないかもしれませんね」

あぅ…顔が熱い…ニヤけちゃう…冥琳に褒められてもこんな事はなかったのに…

それからしばらく、零士は母様に語りかけ、そして立ち上がった

「では炎蓮さん、僕はこれで。また来ます」

そして私は零士と入れ替わるように母様のお墓の前に立った

「久しぶり母様。ずいぶん待たせちゃってごめんなさい。袁術から呉を取り戻すのに、少し手間取っちゃった。ふふ、母様なら遅過ぎる!って怒るわよね。でも、私達は帰ってきた。仲間と、蓮華や小蓮と協力して。母様の願い、呉の民達が平穏に暮らせる世界の実現、私が叶えてみせるわ。だから、母様は見守っててちょうだい。必ず、母様が見たかった世界を見せてあげるから」

そしてこれは、口には出さないもう一つの報告…

母様!どどど、どうしよう!私、零士に恋しちゃった!なんか、冷静でいられないの!冥琳の事も愛してるのに、冥琳じゃこんな取り乱さないの。ねぇ、どうしたらいい?助けて!

「…!」

にゃー!零士が肩に手を置いたー!手大きい!暖かい!

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

「え?」

「…ッ!」

気付けば、零士は剣を取り出し、飛んでくる矢を全て叩き落としていた

な!?暗殺!?

「この僕の目の前で暗殺とは、1800年くらい早いんじゃないか?」

「ッ!」

零士が、たしか銃と呼ばれる武器を構えてそれを使うと、凄い音を立てて小さな矢のようなものが発射された

「ギャーーーー!!!」

すると森の中から複数の男の悲鳴が聞こえた

「確か魔術だっけ?ほんと便……!?零士!怪我してるじゃない!大丈夫?」

零士の腕には矢が掠った跡があった。だが、掠った割りには出血が酷く、また零士も汗をかいていた

「大丈夫だが…少し離れているんだ……!!」

「な、なにしてるの!」

零士は手から短刀を出し、それで傷口をえぐった。そしてそこから大量に血が吹き出した

「は、早く止血を!」

私は慌てて自分の服を破り、それを傷口に巻こうとした。その際、微妙に傷口が変色していたように見えたが、零士はそれを確かめる時間を与えてくれず、そのまま森の中へ入ってしまう

「…やぁ、気分はどうだい?暗殺者君?」

「い、痛ぇよぉ!!ち、ちくしょう!てめぇなにもんだ!」

森の中には四人の死体と、足を怪我した一人の男がいた。こいつらが、暗殺者…

「…」

私は無言で男を斬りかかろうとするが、それは零士に止められた

「なぜ止めるの?」

「君は、こんな小物が暗殺を企てると思うかい?」

言われて気付く。ここで殺してしまっては、情報を潰すことになる。チッ!今日の私はどうかしている!零士が来たことで舞い上がり、暗殺者の気配も察する事ができないくらい気を抜き、零士を傷付けられたことで取り乱して…少し、本当に落ち着こう。これでは凡愚だ

「さぁ、君は誰の差し金かな?」

「は!言うと思うかよ」

「なかなか威勢がいいな…」

ダァン!

「ウグァ!」

零士は銃で暗殺者の右足をさらに撃ち抜いた。なぜ左足を攻撃しなかったのだろう。私は暗殺者の右足の二つの穴からでる血を見ながら考えていた

「さぁ、言わなきゃ今度は…」

ダァンダァン

「ウギャー!」

今度は両手を撃ち抜いた。手にはぽっかり穴が開き、そこから大量に血がでる

「なかなか頑張るな…じゃあ、これはどうかな?」

今度は零士の手からノコギリが現れた。ほんといろいろ出てくるわね

「な、何する気だ…?」

零士はノコギリを暗殺者の背中に当てる。そして、それを引いた

「アァァー!」

 

中途半端な切れ味なのか、数度ノコギリを引いたにも関わらず傷は深くなかった

「君が口を割らなきゃ、二秒毎にこれで君の背中を切って行く」

「は、話したら俺が殺されちまう!」

「なら僕が殺してあげるよ…選べ!

①このまま何も話さず、僕にこのまま切られ上半身と下半身がお別れ

②無言を貫き通し17分割

③無視したら君の体に穴と言う穴を開けて見通しを良くする」

「救いはねぇのかよ!!」

 

確かに、このままでは殺す道しかない

「我がままだなぁ…なら

④君が知りうる全ての情報を話す。ただし嘘をついたら愉快なオブジェ

ちなみに話してくれたら、君を解放しようと思う。ついでに腕のいい医者も紹介してあげよう」

「ほ、本当か?」

「あぁ。僕は何もしない」

「わかった!話す!だから助けてくれ!」

それから暗殺者はペラペラと話してくれた。自分達が元袁術軍の兵士で、私に恨みを抱いていたこと。そして誰かの手引きでここに侵入し、暗殺をけしかけられたこと

「その誰かって?」

「俺たちも知らねぇ。これは本当だ!顔も見た事ねぇ。俺たちは紙に書いてあった事を実行したまでだ」

「……そうか」

「使えないわねぇ。どうするの零士?多分ここまでよ」

「そうだね……よし。君、もう帰っていいぞ」

え?そんな簡単に帰していいの?

「本当か!?」

 

暗殺者は絶望的な表情から一転、自分は救われたと確信したかのように明るくなった

「あぁ。約束は守る。僕は手だししない。そのために君の左足は傷付けなかったんだし」

「ありがてぇ!」

 

暗殺者は重々しく立ち上がり、穴の開いた右足を引きずりながら森の奥へ行ってしまった

「な!?零士!」

私が追いかけようとすると、零士に制止されてしまう。そして零士は、見てなよと言わんばかりに片目をつむった

「あぁ、君。気をつけるんだ。その辺には…」

 

「え?…うぉーー!グギャッ!」

零士が賊に対し何かを言おうとした瞬間、暗殺者は突然宙ずりになり、そして無数の槍によって串刺しになった

「僕が獣用に仕掛けた罠があったんだが、どうやら遅かったね。だが、これは事故だ。

僕が直接手を加えた訳じゃないから、約束は破ってないだろ」

げ、外道ね。上げて落としたわよ。これは百年の恋も冷める外道っぷりね。まぁ、私は冷めたりしないけどね!!

「……はぁ…はぁ…」

「!?零士!」

零士が突然膝を地に付け、息も荒々しかった。私は零士を抱きとめたが、零士の体は凄く熱くなっていた

「ごめん雪蓮ちゃん。華佗の所まで連れてってくれるかい?」

「わかったわ!」

零士の声はずいぶん弱々しかった。一体、どうして…

「全く僕も油断してたな…まさか毒にやられるとは…」

「え?」

零士はボソリと呟いたが、私はしっかり聞こえていた。零士が毒?母様と同じように、毒に?

「そんな!嫌!嫌よ零士!なんで言わなかったのよ!?」

「自分で処理出来たと思ってたからね…失敗しちゃったな」

あれは、あの大量の出血は毒を出すため?あの傷の変色も…クソ!なんでもっと早く気づかなかったのよ!私は、私はまた大好きな人を失ってしまうの?

「だめ!そんなの絶対に認めないわよ!零士は、必ず助けてみせる!」

私は零士を担ぎ、全速力で華佗を探した

 

 

 

†††††

 

 

「策殿!なにやら凄い音が…!?零士!一体どうしたのじゃ!?」

城内に入ると、祭がこちらに向かって走ってきていた

「祭!今すぐ華佗を探して!零士が毒に侵されてしまった!」

「なんじゃと!?すぐ探してくる!」

はぁはぁ…どこよ華佗!このままじゃ…

「策殿ー!連れて参ったぞ!」

「一体どうし…零士!何があったんだ?」

幸運なことに、祭はすぐに華佗を見つけてくれた

「よかった!華佗!零士が、零士が毒に…」

「なに!?卑弥呼、貂蝉、手を貸してくれ。手術を始めるぞ!」

「これは一大事ねぇい。急がないとマズイわ」

「うむ。だいぶ弱っておる。早く処置しなければ」

華佗、貂蝉、卑弥呼の三人は零士を寝台に乗せ、治療を始めた。祭は冥琳に報告しに行った。私は、私は見ているだけしかできなかった…

「無茶な応急処置をしたな。血が足りない…」

「!!私の血を使って!」

「いいのか?俺の血を使ってもよかったが」

「お願い!私も力になりたいの」

「華佗ちゃん。ここは孫策ちゃんの想いを汲み取りましょう」

「うむ。素晴らしい愛の力を感じるぞ」

「わかった。少しチクっとするが、我慢してくれ!」

華佗は私に鍼を刺し、そこから血を抜き取り零士に流した。貂蝉と卑弥呼は、弱りつつある零士に氣を送っている。そして…

「見えた!行くぞ病魔!我が鍼の一撃、とくと味わえ!元気に、なぁぁれーー!!」

華佗が叫ぶと、零士の周りを明るく照らした

「病魔、退散!」

「華佗!もう大丈夫なの?」

「あぁ。無茶な処置だったとはいえ、体の毒素はほとんど抜け切っていたからな。しばらく安静にしていれば、すぐに目を覚ます」

「よかった…本当によかった…」

私は脱力しきってしまった。だが、まだ終わりじゃない。この暗殺劇の首謀者を必ず捕まえなければならない

「冥琳、いるのでしょう?」

「なんだ、気づいていたのか。もう良いのか?愛しの東殿のそばにいなくても」

「う、正直そばにいたいけど、でもケジメはつけなきゃいけない。冥琳、信用できる者を集めて。呉の内部に、裏切り者がいるわ」

†††††

 

零士サイド

「ここは…」

目が覚めると、僕は寝台の上にいた

「零士!目を覚ましたか」

「華佗?…あぁ、確か毒にやられたんだったな」

僕は確か、炎蓮さんの墓の前で、雪蓮ちゃんを守って、それで毒矢を貰っちゃったんだったな

「ふぅ、無茶したわねぃ」

「いくらなんでも、あそこまで抉る事はなかろうに」

「お前程の者でも、重体になることがあるのだな」

はは、華雄ちゃん?それではまるで、僕が人間じゃないって言っているみたいだ

「雪蓮ちゃんは?」

 

この部屋には華佗、華雄ちゃん、貂蝉、卑弥呼しかいない。雪蓮ちゃんは無事なのだろうか

「彼女なら無事だ。傷一つない。それに彼女は、血を提起してくれた。あれがなかったら、少し危なかったかもしれないな」

あれ、血液型って………まぁいっか

おっと、皆様は輸血の際、しっかり血液型を調べてくださいね

「そっか。後でお礼を言わないとね」

「それにしても、零士がこうやって倒れる時は、誰かをかばう時くらいだな」

「はは、違いないな。咲ちゃんを助けた時もこうして倒れて、君に助けられたな」

本当に華佗には、頭が上がらないな

「あ、よかった。め、目を覚ましたのですね?」

扉が開かれ、一人の片眼鏡をかけた女の子が入ってくる。見たことない子だな。少しオドオドしてるけど、新入りかな?

「君は?」

「はぅ!し、失礼しました!私は呂蒙といいましゅ!め、冥琳様の下で、軍師見習いをしてます!」

この子が呂蒙か。確か史実では、関羽を追い詰めたんだっけかな。それにしても、軍師に必要な落ち着きがないな

「えーっと、呂蒙ちゃん?少し落ち着こうか。深呼吸しよう。はい、吸ってー、吐いてー」

呂蒙ちゃんは素直に深呼吸し始めた。すると徐々に落ち着きを取り戻していったようだ

「すー…はー…すいません。少し落ち着きました。私、極度の人見知りで…」

あぁうん、そうだろうね

「ところで、なにか用事かな?」

「あ、いえ。雪蓮様に、様子を見て来いと言われたので、それでやって来ました」

「そっか。雪蓮ちゃんは今どこに?」

「玉座の間です」

ということは、会議中かな。今回の事件は明らかに内部の人間の仕業だ。恐らく彼女が信用している面子が集まっているだろう…ん?呂蒙ちゃんどうしたんだろう。ずいぶんジロジロ見てくるけど…

「あの、どうかしたかな?」

「あ、いえ、貴方が東零士さんなのですねと思い」

「ん?僕はそんなに有名なのかい?」

「えぇ。お話はかねがね」

 

いったいどんな話題があがっているんだ

「さすが零士ちゃんねぇい。こんな可愛げな女の子の心まで掴んじゃうのかしら?」

「か、かわ?!」

「フハハハハ!顔を真っ赤にしよって。なかなかにウブな奴じゃのう!」

 

貂蝉と卑弥呼が呂蒙ちゃんをいじって遊んでいた。これくらいの言葉で顔を真っ赤にするあたり、年頃の女の子なんだね

「あはは。さて、それじゃあ僕もそろそろ、調査してみようかな」

流石に関わってしまったし、雪蓮ちゃんには血をわけてもらった。きっちり解決してから帰らないと、僕の気も済まない

「む?体調はもう良いのか?」

 

華雄ちゃんは腕を組みながら様子を伺っているようだった

「あぁ。十分回復した。この程度なら余裕で動ける」

 

本調子とまではいかないけどね

「なんとタフな男だ。だぁりんがいる前で、わしの心が揺れるではないか!」

「…零士ちゃん、あなた、本当になんともないのかしら?」

 

貂蝉が聞いてきた。その瞳には、いつもには見られない真剣な様子と、疑念が感じられた

「ん?どういう意味だ?」

「…いいぇー。なんでもないわぁ。さすがはイレギュラー、ですものねぃ」

んー?今ここで、それになんの関係が…

「零士、わかっていると思うが、あまり無茶はするなよ。今のお前は、孫策の血で補ったとは言え、血液不足に変わりないんだ」

 

貂蝉の言葉の意味を聞き直す暇もなく、華佗が僕の心配をしてきた

「わかってるよ」

無茶するな、って約束はできないけどね

「それで、まずはどこに行くのだ?」

 

華雄ちゃんが聞いてきた。どうやらついてきてくれるらしい

「おっと、そうだね。呂蒙ちゃん、君も少し協力してくれるかい?」

「はひぃ!わ、私もですか?」

「あぁ。少し案内して欲しいんだ」

†††††

 

 

雪蓮サイド

玉座の間には私、冥琳、蓮華、祭、穏、思春、明命が集まっていた。亞莎には零士の様子を見に行かせ、小蓮は待機させた。小蓮には、呉内部で裏切りがあったなんて、知らせたくなかった

「みんなに集まってもらったのは他でもないわ。既に知っている者もいるだろう。今しがた、私に刺客が向けられ、暗殺をしようとするものに襲われた。私は無傷で済んだが、不幸にも私をかばった零士が毒矢で負傷した」

「毒矢!?」

一番の反応を示したのは蓮華だった。当然ね。だって母様の命を奪った原因ですもの

「落ち着け蓮華!零士は無事だ。華佗が一命をとりとめた」

「そうですか…」

蓮華は安堵しため息をついていた。見れば他の零士を知る者も安心したといった様子だ

「雪蓮様、その暗殺者は?」

 

思春が発言する。静かにだが、声には確かな怒りを感じる

「零士が全て始末したわ。だが、そいつらは首謀者じゃない。黒幕は他にいるわ。それも、呉内部に」

「裏切り、ですか?」

 

明命が聞いてきた。明命自身は、零士との接触はなかったが、真剣に考えてくれているようだった

「恐らくね」

「信じられない…」

私もできれば蓮華に同意したい。だが、これは明らかに内部からなにかしらの支援が無ければ不可能だ

「冥琳、穏、ここ最近で、私に不満を持っている者はいるかしら?」

 

私は二人に聞いてみる。二人とも、いろいろ思案している様子だった

「そーですねー。いないことはないですがー」

「頭の硬い老人達だな。あのもの達はずいぶんと保守的で、雪蓮の勢力拡大に不満があったようだからな」

その報告は、私も以前から聞いていた。だが、あの狸どもが暗殺を企てるかしら?恐らくは無い。保守派なら、わざわざまた内部を瓦解するような事はしないはずだ。甘い汁を吸いたいだけなのだから

「もしくは、袁術ちゃんを追い払らう際に、孫呉派と偽り入ってきた者がいるとか」

私もその線で考えているが、どうにもそれはなさそうな気がしている。勘だが、もともと孫家に仕えていて、なおかつ野心のある…

「……あ」

一人いる。古くから仕え、なおかつ野心の塊のような奴。あまり目立つような奴ではないが、老人達の中で唯一勢力拡大に積極的だったもの…

†††††

 

零士サイド

僕と華雄ちゃんは、呂蒙ちゃんの案内で資料室に来ている。今の呉に誰がいるのかを確かめる為だ。ちなみに華佗、貂蝉、卑弥呼の三人は手術に力を使った分疲弊していたので、部屋で休んでもらっている

「あ、あの、これで全部です」

呂蒙ちゃんに集めて貰ったのは、将兵、文官、全ての個人データがある資料。なかなか膨大な量だが、将兵は後回しだ。一応持ってきてもらったが、こういった暗殺を企てるのは文官の確率が高い

「あの、一体誰を探しているんですか?」

「さぁ、それはまだわからないな」

今回ばかりは、証拠が無さ過ぎる。確か史実では、于吉と呼ばれる術士が孫策暗殺を企てたが、その線はない。なぜなら…

「于吉?あいつならこの外史にいないわよ。あいつは管理者の一人だからねい。他の管理者が外史に来てたらびんびん反応しちゃうんだけれど、それがないわ」

「というか、奴は確か死んだはずだ」

「死んだ?」

「ちょこーっとおいたがすぎたのよ」

という事らしい。だから于吉の線は除外。なら今度は、呉にとって不利益になりそうな者、縁起の悪い者を探そうと言う事にした

かなり膨大な量だが、今回は建業の文官のみに絞ろう。きっと出てくるはずだ…

「……………!!」

おいおい。こりゃとんでもない奴が見つかっちまったぞ。こいつが生きてるなら、もう一つの事件にも関わっているはずだ

「ん?なにか見つかったのか?」

 

華雄ちゃんの問いに、僕は顔を上げ、頷いた

「あぁ。呂蒙ちゃん、少し案内してくれるかい?黄祖がいるところまで」

 

 

 



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孫呉編其四

 

 

 

 

 

私は冥琳、祭と共に、ある男の部屋に向かっていた。その男の名は黄祖。母様の代から仕えている古参で、昔から欲の強い危険な男ではあった。証拠はないが、何もしないよりはマシだろう

「え?零士!?」

黄祖の部屋へ向かう途中、私たちとは反対側からやってくる集団がいた。零士、亞莎、華雄だった

「やぁ、雪蓮ちゃん。君には救われたみたいだね。ありがとう」

「なんで零士がここに?体はもういいの?」

「ふふ。見ての通りだよ。雪蓮ちゃんの血のおかげかな」

 

零士は平気だよと言わんばかりに肩を回した。無事の様で、本当によかった

「心配したが、壮健のようで何よりじゃ」

「ふふ。雪蓮ったら、手術中ずっと東殿の手を握っていたんですよ」

ちょ!?冥琳、いつから見てたのよ!?

「そっか。心配してくれてありがとうね」

「あぅ…」

私は零士に頭を撫でられてしまった。それがなんだか無性に嬉しく、なんかどうでもよくなってきていた

「これでは虎ではなく、子猫じゃな」

 

うるさい祭。撫でてくれるなら猫でもいいもーん

「さて、楽しい談笑もここまでだ。君たちとここで会うという事は、同じ男が怪しいと見ているんだね」

零士の言葉でハッと我に返る。そうだ。私たちは黄祖を訪ねに来ていたんだ

「零士は何故あいつだと?」

 

私は零士に聞いてみた。零士は真剣な顔でこっちを見た

「強いて言えば、未来の知識かな。後は雪蓮風に言えば勘かな。そっちは」

 

「強いて言えば、欲の強い奴だから。後は勘ね」

「そっか。雪蓮の勘なら、頼りになるな」

零士が私を雪蓮と呼ぶのは三年ぶりね。確か咲夜が、零士がちゃん付けで呼ばない時は、深刻な時だなんて言ってたかしら。零士は勘と言っていたが、恐らく犯人と確信しているのだろう

「雪蓮さまー!」

「明命?どうしたの?」

もうすぐ黄祖の部屋というところで、明命が慌ただしく駆けてきた

「しゃ、小蓮様がいません!」

「なんですって!?」

瞬間、頭の中で最悪の展開が駆け巡る。小蓮は既に捕まり、人質に…

「蓮華様はご無事でした。今は蓮華様達にも捜索を手伝って貰っています!」

蓮華は無事か…なら

「急ぐわよ!シャオが危ない!」

チッ!部屋に待機させたのが失敗だったか?あの時、玉座の間に連れて来ていれば…

 

 

 

†††††

 

 

 

私、零士、冥琳、華雄の四人は黄祖の部屋の前まで辿り着いた。亞莎、明命、祭には、シャオの捜索に当てた。この四人が居れば十分と判断したからだ

「一つだけ約束してくれ」

扉を開けようとした瞬間、零士が語りかけてきた。こんな時に、一体何を?

「なにがあっても、冷静でいるんだ。わかったね」

その言葉の真意はわからなかったが、確かに今焦りがある。零士の言うとおり、少し落ち着こう

そして私は扉を開ける。そこには二人いた。一人は初老の男で黄祖。そしてもう一人は、寝台に横たわっている…

「シャオ!」

小蓮がいた。しっかり確認したわけじゃないが、傷は見当たらない。眠っているだけか、または気を失っているか…

「クッ!もう来おったのか。えぇい!役立たずのクズ共め!」

黄祖は小声だったが、確かにそう呟いた。バカなやつ、これで言い訳はできなくなった。まぁ、ここにシャオがいる時点で、犯人と言っているようなものだが…

「黄祖、雪蓮の暗殺容疑がかかっているんだが、来てくれるよな?」

「こ、こいつが見えんのか!?」

クズが!シャオを人質に取りやがった。黄祖はシャオを抱き、窓に近づく。逃亡する気だろう

「待て。お前にはもう一つあるだろう。何故孫堅殿を殺した?」

…え?零士は今、なんと言った?

「な!何故それを!?」

「文官失格だな。カマをかけただけだ。証拠なんてない」

「なに!?」

こいつが、母様を?何故?母様は賊との戦闘で毒矢を受け…

「悪いが、捕まってもらうぞ」

「だから!こいつが見えんのか!」

チッ!今はどうにかして、シャオを確保しないと…

私がどう攻めるか考えていると、零士が手を後ろに持っていき、何か合図した。あの手の動き、伏せていろ、と言いたいのかしら。そして手の指を一本ずつたたんでいく。まるで数えるかのように…!!そうか!

指が全てたたまれると、今度は別の手から黒い丸いものが出現し、それを黄祖に投げつけた

「な!?」

破裂音と共に、突如辺りが明るく照らされた。私たちは皆伏せているにも拘らず、それがわかるくらい凄い光だった

「クッ!目がぁぁぁっ!!」

黄祖はのたうち回りながら小蓮を離し、そして窓から飛び出て行った

「よし!シャオちゃん確保。華雄ちゃん、この子を頼む」

「わかった!」

 

零士がシャオを抱き留め、すぐさま華雄に手渡した。よかった、ただ寝ているだけか

 

「東殿、今の光は?」

「説明は後だ。黄祖を追いかける!」

「私も行くわ!」

私と零士は黄祖が出て行った窓に飛び出し、追いかけてことにした

 

 

†††††

 

 

 

「くぅぅぅそぉぉぉ!!えぇい!凌統!!こやつらの足止めをせい!!」

私が黄祖を追いかけると、その先には無数の兵士が待ち構えていた。こいつ!兵を雇っていたのか!

「チッ!めんどくせぇが、金貰った分は働きますよ~」

凌統と呼ばれたやる気の無さそうな女を先頭に、約二百はいるだろう兵が行く手を阻んだ

「雪蓮!先に行け!ここは僕が受け持つ」

「零士!?」

零士を信用してないわけじゃない。見たところ敵の兵も大した事はない。だがそれでも、病み上がりの零士を一人にするのは…

チリーン

「付き合うぞ、東。雪蓮様。先をお急ぎください」

「思春!」

鈴の音と共に、思春がやってきた。これなら…

「すまない!任せたわよ!」

私は二人を残し、一気に駆け抜けた。あの二人なら何の問題もないだろう

「さて、悪餓鬼には仕置きだな」

「鈴の音は、黄泉路へ誘う道標と心得よ」

 

†††††

 

 

「黄祖ォォォ!!」

私は全速力で駆け抜け、黄祖を視認する。クッ!逃げ足の速い!だが追い詰めたぞ!

「凌統は何をしとる!?太史慈!!わしを助けろ!!」

黄祖が叫ぶと屋根から一人の女性が現れた。厳格な雰囲気、凄い威圧感、こんな子を隠し持ってたなんて

「…義理は果たすが…やるせないな。悪いな孫策殿、ここは通せない」

クッ!こんなとこで足止めを食うなんて!

「策殿ー!」

 

後ろから私を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと祭が走ってやって来ていた

「!!祭!黄祖を追って!あいつは、母様の仇だ!」

「なんじゃと!?…策殿。ならここは、わしが引き受けよう。策殿は黄祖を!」

「!…祭、気をつけて。あの子、なかなかやるわよ」

「わかっておる。さぁ、行くのじゃ!」

「ありがとう!」

私はこの場を祭に任せ、先を急ぐ。その際、太史慈の横を通ったのだが、彼女は動くそぶりを見せなかった

「ん?追わんでよかったのか?」

「あんな小物、どうなろうと知った事じゃない。俺は、より強き者と戦いたいだけだ」

「ほぅ。なかなか楽しめそうじゃ!」

†††††

 

 

「チィッ!もう追いついたのか!」

「逃がさないわよ黄祖!」

捉えた!私は南海覇王を抜き、黄祖の首を飛ばさんと薙ぎ払う…

「な!?」

止められた?私の攻撃が?こんなクズに?

「ふひ、ヒィーハハハハハァ!!素晴らしい!素晴らしい力じゃ!」

一体、こいつは何をした?

「フゥン!」

黄祖は凄まじい勢いで剣の連撃を仕掛けてくる。なんだこいつ!?強い!

「ヒヒッ、目障りなんじゃよ!お前も、あの女も!」

「なに!?」

「あぁそうじゃ!わしが孫堅を殺した!あの日、賊に毒矢を提供し、指示を下したのは、このわしじゃ!そしてすぐに、袁術に孫呉を吸収するように促したのも、このわしなんじゃよ!」

零士の言う通りだった。こいつが、母様を殺した。袁術を手引きしたのもこいつ。こいつが、こいつこそが全ての…

「元凶!!」

許さない!絶対に殺す!こいつのせいで、みんなが悲しみ、みんながバラバラになり、みんなが悔しい思いをした!

「ぬぅ!」

私は必殺の一撃を何度も繰り出す。剣戟が火花を散らせ、刃が重なる音が響いた。怒りはあった、だが事前に零士の言葉を受けていたせいか、心は思ったよりも冷静だった。それに、黄祖は攻撃を受け止められるが、うまく捌けていない。所詮戦闘は素人。これなら…

「ハァ!」

私は渾身の一撃を黄祖の剣に叩きつけ、剣を折り、吹き飛ばした。そして南海覇王を突きつけた

「ぐぅ…ハッ!待て!なにも、殺す事はないじゃろ。金か?金ならあるぞ」

ここに来て命乞い?母様は、あの偉大な母様は、こんなしょうもない男に殺されたの?

 

私は無言で黄祖の右足を斬りつけた

「ぎゃーーっ!」

黄祖は汚い悲鳴を上げた。すぐには殺さない。こいつには、生き地獄を見せる

「なぜ、母様を殺した?」

今度は左足に突き刺し、グリグリと肉を抉った

「ヒギャーっ!」

 

私は剣を足に突き刺したまま、寝ころんでいる黄祖の頭を思い切り踏みつけた

「言え!」

極めつけは、剣を引き抜き、それを徐々に背中に突き刺していった。ゆっくり、ゆっくりと。恐怖を植え付けるかのように

「うぎゃーっ!め、目障りじゃったんじゃ!あの女の光が!皆を惑わすあの輝きが!あの女さえ、孫家さえおらんだら、ここはわしの…」

 

くだらない欲だ…

「もういい、喋るな」

そして私は、黄祖の首を刎ねた

 

†††††

 

 

終わりは、本当にあっけない。私は虚無感に包まれていた。先程までの怒りが嘘のようになくなっていた。あるのは、虚しさだけ…

「おやおや、袁紹よりも使えませんでしたね。力も、全然蓄えられていない。失敗ですね」

「!?」

私が背後を振り向くと、そこには黄祖の死体から、なにか一冊の本を取り出す文官の男がいた

「あなたは?」

「これはこれは申し遅れました。私は張譲といいます。以後お見知りおきを」

張譲?その名、どこかで…

「ふむ。今ここで孫策を殺せば、失敗を補えるかもしれませんね」

え?…!?

「なにを!」

張譲は凄い速さで短剣を振るってきた。私は寸でのところでこれを南海覇王で受け止めることができた。危なかった。もう少し反応が遅れていたら私は…

「抵抗しないでくださいよ。疲れますから」

クッ!凄い速さだ!うまく捌けない!それになんだか体が重く感じる…!マズッ

ダァン!

凄まじい音が背後から聞こえたと思ったら、それと同時に張譲が持っていた短剣が吹き飛ばされた。張譲は驚きながらも冷静に距離をとった

「……誰ですか?」

「ふん。お前が、張譲だな?」

零士が銃を張譲に向け現れた

「雪蓮、無事か?」

「えぇ、助かったわ。あいつは一体誰?」

「僕や華佗が追っている男だ。悪いが詳しい説明は後だ。こいつはここで仕留める」

 

零士は私の前に立ち、張譲に相対した

「仕留める?私をですか?そんなボロボロの体で?」

こいつは何を言ってるの?零士に傷らしい傷は…まさか!まだ調子が…

「ふん。十分だ。あまり舐めない方がいいぞ」

零士が銃をしまうと、今度は二振りの剣が現れた

「零士!私も手伝うわ!」

私が再び前にでようとすると、零士に止められた

「雪蓮、下がってなさい。君も、だいぶ疲れているだろ?」

「でも!」

 

確かに疲れはある。だけど零士一人に任せるには…

「いいから、信じて待ってるんだ」

瞬間、零士は凄まじい速さで張譲に接近し、二刀による苛烈な攻めを見せてくれた

「なるほど。確かに強いですね。それに面白い術を使う」

だが張譲はそれをいとも簡単に捌いていった

「お前のその力、太平要術だな?」

「えぇ。この書は素晴らしい。こんな事もできるんですから」

張譲が持っていた書が光ると、張譲の手から炎がでてきた

「!!」

零士はこれを躱すも、火炎の球体がさらに零士を襲い、そしていくつかは、こちらにも飛んできた

「!!」

私はそれをかろうじて弾き返すことができた。こいつは一体何なんだ?妖術か?それとも零士と同じ魔術?

「これは僕も、舐めてたかもな」

零士は左腕を抑えながら呟いた。まさか、当たったの!?あぁ、そんな!血がまた吹き出してる。傷が開いたんだ!

「零士!大丈夫?やっぱりまだ本調子じゃ…私に任せて少し休んでて!」

「心配いらない。ちょっと油断しただけだ。まだまだ本気じゃない」

零士は笑ってそう答えてくれたが、額には汗をかき、明らかに無理しているようだった

「ふふ。では、いきます……!!」

キィンッ!

張譲が武器を構えると同時に、私達の背後から氣の斬撃が飛び、張譲を襲った

「誰ですか?」

「忘れたとは言わせんぞ張譲!我が主を罠に嵌めた償い、ここで受けてもらう!」

「華雄!?」

うそ!今の、華雄の技?この子ってあんな事できる子だっけ?

「いいところにきたね華雄ちゃん。少しだけあいつを足止めしといてくれるかい?すぐに息を整える」

「あぁ、足止めはいいが、別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」

華雄が斧を構えると、それに合せて張譲も短剣を構える。その瞬間、張譲の頭上に矢が飛んできた。張譲はこれを弾いたが、表情は少しいらだっているように見えた

「今度は誰ですか?次から次へと」

「華雄よ。わしも付き合うぞ?」

「祭!」

祭が屋根から弓で張譲を狙い来てくれた。後ろには先ほどの太史慈もいた

「孫策殿。先ほどはすまなかったな。これより加勢しよう」

太史慈はこちらに加勢してくれるようだ。やはり、あんな小物の味方ではなかったようだ

 

チリーン

「雪蓮様、ご無事のようで何よりです。ほら、お前も挨拶せんか!」

「へーへーわかりましたよー姉御。孫策さーん、助太刀しまーす」

「思春!」

今度は思春が、鈴の音と共に凌統を連れてやってきた。これだけの戦力なら、負けはしないはずだ!

「さぁ張譲。決着をつけましょう。仲間を傷つける輩を、呉は許さないわよ!」

 

私は零士を護るように、零士の前に立ち、南海覇王を張譲に突き付ける。張譲はため息をつき、短剣を下した

「さすがに分が悪い。仕込みなしで貴女方とやり合うほど、愚かじゃありませんよ。ここは退かせていただきます。それでは」

「な!?待て!」

そんな私の声なんか聞こえていないように、張譲は屋根に飛び乗り、凄い速さで離脱した。その際、祭が弓で攻撃するも、当たることはなかった。あいつは一体何者なんだ…

「はぁはぁ…さすがに、血が足りない…な…」

「零士!」

張譲がいなくなるのを確認すると、零士は倒れてしまった。私はすぐにかけより、容体を確認したが、気絶しているようだった。しかし顔色がかなり悪い。このままはまずい!

「誰か!早く医者を!華佗を呼んで!早く!」

お願い!死なないで零士!

 

 

 



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孫呉編終幕

 

 

 

 

 

「まったく、あれほど言ったのに零士は無茶をしたのか」

張譲が去った後、華佗がすぐに駆けつけてくれ、再び治療してくれた。華佗曰く、しばらくは寝て過ごすことになるらしい。ちなみに小蓮は薬で眠らされただけだったみたいで、特に異常はなかった

「それで、太史慈に凌統と言ったか?お前達二人は呉に入りたいそうだが」

 

冥琳は太史慈、凌統の処遇を話し合っていた。どうやら二人は呉に加わりたいらしい

「あぁ。俺はより強い者と闘いたい。ここに居たら、その機会があるのだろう?」

「無論だな、太史慈殿。退屈はせんぞ」

 

太史慈の目的は自分を高める事。ただ純粋に、力を追い求めているようだった

「私は思春の姉御についていくんでー」

「姉御?」

 

凌統の発言に、私も冥琳も首をかしげてしまう。あの思春を姉御呼ばわり?

「何年も前の話なんすけどー、私の親父ってどーしよーもない最低な奴でー、母さんにも暴力振るってたんすよー。そんなある日ー、うちのクソ親父が思春の姉御に殺されてー。それ以来恩感じてたんすよー。解放されたーって」

江賊時代の思春のやってきたことか。ふーん、こうやって救われた人もいるんだ

 

二人の話を聞き、二人とも悪い奴じゃないと判断した。ただ、悪い奴に雇われただけだった。他の半数の兵も、二人と同じように雇われただけと言う者もいれば、残り半数は私達に恨みのある者もいた

虎は全てを食らう。私達はこの者達を迎え入れた

「さて、張譲に会ったらしいな…」

華佗は張譲について、ひいては太平要術の書について教えてくれた。その恐るべき力、黄巾や連合にも関わっていた事も…

「その太平要術を使って、身体能力が上がるなんてことはあるのかしら?」

あの時の黄祖の力は、明らかに何らかの細工があった。あり得ない力に速さ、そして反応速度。それに技術も持ち合わせていたら、今無傷でいるかわからなかった

「俺も詳しくはわからないが、あり得ない話じゃない。あの書にかかれば、あり得ないということがあり得ないのかもしれないな」

ふざけている。皆を不幸にして、奴の目的は一体何?

「わかったわ。こちらでも張譲を探しておくわ」

「すまない」

「いいわよ。貴女には明命や蓮華、それに零士を救ってもらった。これくらい安いことよ」

張譲か。次見つけたら必ず殺してやる

そして夜になり、皆が部屋へ帰って行った。

私は、零士のそばに残ることにした…

†††††

 

 

零士視点

ふと、目が覚める。辺りは既に暗い。ずいぶんと寝てしまったようだ

「ん?」

横を見ると、雪蓮ちゃんが僕の手を握り寝ている姿があった

「すー…すー…」

「また、心配かけちゃったな。ごめんな雪蓮ちゃん」

僕は右眼を隠し、周りを見渡してみた。見えた風景は、靄がかかったような世界だった

やはり、もう左眼の視力はほとんどない。あの時、雪蓮ちゃんを庇った時に、僕は矢を弾き損ねた。そして一本が不幸にも掠ってしまった。油断していたとはいえ、なんたる失態

「衰えたな…」

昔なら、片目だけでも、全ての矢を弾けただろう。だがそれができなくなってしまった。最前線から遠退いたからだろう。これがいい事なのかどうか、ちょっとわからないな

「ぅん~…」

「…ふふ」

雪蓮ちゃん、何処と無く蓮鏡さんに似てきたな。寝顔なんてそっくりだ

僕は雪蓮ちゃんの頭を撫でる。こんな若い子が、いや、雪蓮ちゃんだけじゃないか。この大陸の王は皆高校生か大学生くらいの者ばかりだ。そんな子が、一国を預かるという事は一体どういう気分なのだろう。僕にはわからない。少なくとも、僕にはできない事だ

「んー…?……れーじ?」

†††††

 

雪蓮視点

「おっと、起こしちゃったかな?」

あれ?零士が起きてる…私、寝ちゃってたんだ………!!

「れ、零士!大丈夫なの?」

「はは。もう大丈夫だよ。心配かけたね」

よ、よかった。いつもの、あの余裕のある零士だ。助かったんだ…

「…ぐすっ……うっ…」

「え?ちょっと、雪蓮ちゃん?大丈夫かい?」

「ぐすっ…よかった…ホントによかったよぉ…私、また、大好きな人…いなくなっちゃうかと…」

私は涙を止める事ができなかった。本当に、心配したから…もし母様みたいに、もう二度と起きなかったらどうしようって思ってたから…

「ごめん」

零士は優しく頭を撫でてくれた。零士の暖かい手、不思議と落ち着く。それでも、涙が止まることはなかったが、止まるまで零士は頭を撫で続けてくれた

「落ち着いたかい?」

「うん…」

私が泣き止むと、零士は撫でるのをやめた。少し名残惜しいな。もうちょっと泣いててもよかったかも

「ふふ。王がほいほい泣いてよかったんだっけ?」

「むぅ…零士の前では女の子だもん…」

「はは。そっかそっか」

「零士が言ったんだもん。女の子でいていいって」

私はちょっと拗ねた感じで言ってみる。意地悪を言った罰だ。困らせてやる

「あはは。機嫌を損ねちゃったかな?」

「つーん」

「困ったなぁ……では雪蓮お嬢様、お嬢様のご機嫌はどのようにすれば直るのでしょうか?」

「っ!」

ちょ、ちょっと!妙に手慣れてる感じね。思わずドキッとしちゃったじゃない!零士の服(スーツ)も合間って凄く似合ってる…

「う、そ、そんな簡単に許さないわよ…」

「承知しております。なんなりと、お申し付け下さい」

な、なんでもいいのかしら?な、何しよう…………!!

「では零士!わ、わわわ、私と………」

言葉が詰まる。は、恥ずかしい!私は何を言おうとしたの!?

「私と?」

うぅ~~!!

「私と……添い寝したら許してあげる…」

「添い寝?」

零士はポカンとしていた。あぅ。恥ずかしいよぉ。顔が凄く熱い…

「はっはっは。添い寝かぁ。もっと凄い事をお願いされるかと思ったよ」

零士は私を見て笑った。こんな笑顔もするんだ。いつもは微笑むくらいなのに……ん?

「えっと、何をお願いされると思ったのかしら?」

少し気になった。一体何をしようとしたのだろう。だが、答えはすぐわかった

「んー?それはね…」

「え?きゃっ!」

私は零士に腕を掴まれ、一気に寝台に引き込まれてしまった

きゃー!顔が近ーい!ちょっとちょっと!何する気よー!まだ心の準備が…

「クッ、はっはっは!さっき大好きって言われちゃったからね。これくらいしろって言われると思ったよ。まさか添い寝とは」

はぃ…最初はそのつもりでした。でもヘタレちゃってお願いできませんでした…だって、はしたないって思われたくないし………あれ?私、大好き、なんて言ったかしら?

「れれ、零士?私、あなたに大好きって言ったの?」

「うん。泣きながらね」

きゃーーーー!!私なにしちゃってんのよーー!泣きながらってなに!?全然覚えてない…

「あー、覚えてなかったかな?」

「…」

恥ずかしいよぉ……助けて母様……

「…え?」

私が恥ずかしさのあまり、飛び出したいなんて考えていると、零士が静かに、優しく抱きしめてきた

「君を抱きしめるのは、三年振りになるのかな」

暖かい。三年前と同じ、不思議と心が落ち着いて、安心して、そして、とても愛おしい

「…好き…零士が、好き」

私はすんなりと、自分の気持ちを言うことができた。今まで散々恥ずかしがっていたのが嘘のように、今は心穏やかだ

「ありがとう」

零士は私を抱きしめながら、頭を撫でてくれた。癖になりそう。とても気持ちいい

「大好きよ、零士…」

†††††

 

 

チュンチュン

「……んぅ……」

鳥が鳴いているのが聞こえる。眩しい…もう朝なのね…

「……あれ?ここ、どこ?」

覚醒しきっていない頭で、辺りを見渡す。見覚えのない部屋だった。少なくとも、私や冥琳の部屋じゃない。ここはどこだろう

「すー…すー…」

零士が隣で寝息を立てていた。そうか。ここは零士の部屋だったのね。………え?零士の部屋?

「きゃーーーっ!!」

「うぉっ!な、なんだ?」

私は慌てて寝台から飛び出る。私、何しちゃったの!?なんで零士と寝てるの!?…ハッ!まさか一線を…

「ど、どうしたんだい雪蓮ちゃん?」

零士の姿を見てみると、しっかり服を着ていた。ていうか、私も服を着ていた。別に乱れてもいない

「あ、ああああ、あの!さ、昨晩、私たちって、どうなったんだっけ?」

服は着ているから、一線は越えてないんだろうけど…

「ん?あの後雪蓮ちゃんはすぐ寝ちゃったんだ。とりあえず仕方ないし、雪蓮ちゃんの命令通り添い寝をしといたんだけど、なにかまずかったかい?」

何もされてない?添い寝しただけ?それはそれで、ちょっと悲しいような…魅力ないのかな…

「それにしても、雪蓮ちゃんみたいな綺麗な子と寝るのは、結構緊張したな。ドキドキしっ放しで、なかなか寝付けなかったよ」

零士は少し顔を赤らめて答えた

魅力、あったんだ。私といると、ドキドキしてくれたんだ!

「きゃーーー!!♪」

ガチャッ バタン ばたばたばた

「えー」

私は部屋を飛び出して、るんるん気分で歩いていると、冥琳が歩いてくるのが見えた

「ん?どうした雪蓮?ずいぶんとご機嫌だな」

「冥琳♪えへへー!零士がねー、ドキドキしてくれたんだー!」

「あ、あぁ。それはよかったな。一夜を共に過ごしたのだ。一線は越えたのだろう?」

「めめ、冥琳!?そんな事言わないでよ…」

「お前、本当に雪蓮か?これではただの生娘ではないか。私とはそんな反応しないくせに」

 

それはちょっと失礼じゃない?

雪蓮「いーのよ冥琳!この私もまた、私なのよ!」

†††††

 

 

それからあっという間に日が経った。零士は徐々に回復していき、少なくとも一対一では誰にも負けないくらいまで調子を取り戻していた

ちなみに私はと言うと、仕事の合間合間に零士と共に時間を過ごしていた。一緒にご飯を食べたり、街へ出たり、釣りにも行った。私の人生で一番楽しかったかもしれない。唯一残念だったのは、一緒にいても何もされなかった事だ。少しくらいは、期待してたんだけどな…

そんな楽しい日々も、今日でとうとう終わりを迎える。零士達が『晋』に帰るとの事だ

 

「ずいぶんお世話になったね。お土産もこんなに頂いちゃって」

「なに、気にする必要はない。こちらも助けられたのだからな」

「また来てくれよ。零士が持ってきた酒、なかなか美味かったぞ」

「本当にいろいろとありがとう。咲夜にも、よろしく伝えておいてくれ」

「…はぁ…雪蓮。なにをモジモジしている?」

「あぅ…」

冥琳に呼ばれ、少しびっくりしてしまう。だって、何言っていいかわからないし、泣いちゃいそうだし…

「………雪蓮ちゃん」

私がどうしようか迷ってると、零士が優しく抱きしめてくれた。それに対し、私も抱きしめる

「まったく、雪蓮は」

「はっはっは!見せつけてくれるのう!」

「し、雪蓮姉様…」

冥琳、祭、蓮華は三者三様の反応を示してくれた。特に蓮華なんて、顔を真っ赤にしてる。でも、人の事は言えないかも。きっと私も同じくらい顔が赤い

「また、会える…?」

「あぁ。必ず」

「いつ、会える…?」

「平和になったら、かな。今度は雪蓮ちゃんが、うちに遊びに来るといい」

「絶対行くわ。平和になったら、絶対行く…」

「あぁ。待ってるよ」

私も零士も、抱きしめあい、囁くように約束した。そして私は零士に向き直り…

 

「…ちゅっ」

男の人と初めての口付けをした。零士は一瞬驚いた表情を見せてくれたが、すぐに受け入れてくれた。ポカポカと、とても暖かく、穏やかで、優しい気持ち。ずっとこのままでいたい。でも、もう時間ね…

「仲睦まじいな!」

「あらやだ孫策ちゃんたら大胆!」

「恋する乙女の顔だな!」

「あ、あれが口付け…」

華佗、貂蝉、卑弥呼、華雄が何かを言っている気がしたが、私は零士との口づけに集中した。きっと、しばらく会えないから…

「あー、はは。参ったなぁ。年甲斐もなくドキドキしたよ」

 

顔を離し、お互いの顔を見ると、零士は少しだけ顔を赤らめていた。とても珍しい表情だ

「零士、待ってて。私が平和な世界にするから。絶対に行くから!」

「あぁ。楽しみにしてるよ。それじゃ、また会おう」

そして零士達は馬車に乗って行ってしまった。私は、零士達の姿が見えなくなるまで見つめ続けた

「行っちゃった…ねぇ冥琳?追いかけちゃ…」

「ダメだ」

「むぅ、冥琳の意地悪…仕方ないわね。頑張って、平和な世を作る!さぁ、忙しくなってくるわよ!」

平和になったら、一目散に『晋』を目指そう。家督は蓮華に譲って、私は零士と暮らして、いつか子どももできて……あは!なんだか楽しくなってきたわ!

†††††

 

 

 

零士視点

僕たちは馬車に揺られながら帰路につく。恐らくもうすぐ許昌だろう。見覚えのある景色になってきた

「はは。雪蓮ちゃんにはやられちゃったなぁ」

あの娘が好意を寄せていたのは知っていた。だがまさか、最後にキスされるとは思わなかったな

僕は、別れ際に雪蓮ちゃんから咲夜宛にと預かった手紙を見ながら思う。あの娘も、年頃の娘なのだな

「……よし。解析完了。どれ……」

僕は以前入手した龍の素材を解析し、さっそく魔術で現出させてみる

「ん!?」

さ、さすがは龍の素材だな。結構魔術を食ったぞ。だが、成功だな。僕は龍の素材で作った大斧を見て満足する。贋作かもしれないが、素晴らしい出来だ

「華雄ちゃん」

 

僕はさっそく華雄ちゃんを呼んだ。外の風景を眺めていた華雄ちゃんがこちらに向き直ると、早速大斧に視線を集中させていた

「ん?なんだ零士?その大斧はどうしたのだ?」

「君用に作ったやつだ。良ければ使ってくれ。多分、龍の力が宿ってる」

僕は華雄ちゃんに大斧を手渡す。すると華雄ちゃんは目を輝かせて見ていた。気に入ってくれたようだ

「ふむ。悪くないな!礼を言うぞ零士」

よし。後は咲ちゃん用のナイフを数本と、悠里ちゃん用の棍も作って、恋ちゃんの方天画戟も作ってみよう

「零士、許昌についたぞ」

 

華佗に呼ばれ、僕はハッとする。帰りはなんだかあっという間だな

「お!なら降りなきゃな。華佗達はどうするんだい?」

「俺達はこのまま別の街に行ってみる。まだまだ大陸には患者が絶えないからな!」

 

ふふ、華佗らしい

「名残惜しいけど、ここでお別れねん!最後にちゅーしましょうか?」

「ふむ。ではわしからも…」

「あはは、遠慮しとくよ」

 

この二人も、相変わらずだけど、僕にその趣味はないなぁ

「ではな零士。月様達をよろしく頼む」

「あぁ。そっちも気をつけて」

僕は華佗を見送り、許昌に入る。約一ヶ月くらいの旅だったが、なかなか濃い時間だったな。おかげで許昌の街並みがずいぶん懐かしく感じる

「お!『晋』が見えてきた。はは、相変わらず恋ちゃんは寝てるな」

遠目からでもよくわかる、見慣れた我が家。そして店の入り口付近に設置したソファで寝る恋ちゃん。帰ってきたんだな

「…!!」

ん?恋ちゃんのアホ毛が動いたような…あ、恋ちゃん起きてこっち見た。あのアホ毛はレーダーなのかな?

「!!」

おー駆け寄ってきた。セキトも一緒にきた

「ただいま恋ちゃん」

「おかえり」

お?恋ちゃんが突然後ろに回ったと思ったら、背中に乗って来たぞ。いわゆるおんぶ状態というやつだ

「♪」

「はっはっはっ」

セキトもすり寄ってきた。あはは、なんだかんだ、寂しかったのかな

カランカラン

僕は恋ちゃんをおんぶしたまま『晋』に入った。この扉を開けた時のベルの音もまた懐かしい

「ただいまー」

「いらっ…あ、東さん!おかえりなさい!」

「おー!東おじさん!おかえりー!」

扉を開け、月ちゃんと悠里ちゃんが迎えてくれると、突然左腕に月ちゃん、右腕に悠里ちゃんがそれぞれ抱きついてきた。あれ?この子達、こんな事するような子達だっけ?

「えーっと…どうしちゃったのかな?」

「へぅ、寂しかったんですよ…」

「そうですよ!これくらいされたって文句言えません!ていうか、むしろ役得ってやつですよ!」

んー?寂しかった…のかな?店の奥を見ると、詠ちゃんがこちらをチラチラ見ていた。あの子もなのか?

「あー、詠ちゃんただいま。君もその、抱きついたりするのかい?」

「う、ば、バッカじゃないの!?僕がそんな事するわけないじゃない!でも、おかえり…」

詠ちゃんは顔を真っ赤にして答えた。あぁうん、まぁそう返すよね

「ごめんごめん。…あれ?咲ちゃんは?」

僕はこの場には見当たらない咲ちゃんを探してみる。一体どこに…

「私なら、いるぞ」

咲ちゃんは奥の厨房から出て来た。ナイフを持って

「やぁ咲ちゃん。ただいま。えーっと、なにか怒ってるかな?」

「なぜだ?」

「いや、なんとなく、空気が…」

それにナイフを研ぎながらだし。なんだか怖い…

「そうか…大丈夫だ零士。別に怒ってはいない。ただなんとなく、ナイフを研いでるだけだ」

「そ、そうかい?」

うわぁ、あのナイフ、いい感じに鋭利だ。咲ちゃんの技量も合わせてあれで切られたら、文字通り真っ二つになるだろうな

「いいんですか咲夜姉さん?まだ前空いてま…」

ヒュッ すとーん

さ、咲ちゃんがナイフ投げた…ナイフは悠里ちゃんの横を通って、壁に刺さった

「悪い悠里、少し手が滑ってしまった。さて、さっき何か言ったか?」

悠里ちゃんは無言で首を全力で横に振った。怖いもんね

「零士」

「はい!なんでしょうか?」

僕は咲ちゃんに呼ばれると、無意識に敬語になってしまった

「…おかえり」

そして咲ちゃんは微妙に顔を赤らめ答えた。はは、相変わらずこの子は…

「ただいま」

 

 

 




これにて孫呉編は終了です。

今回のお話は、いわゆる蜀√では、なぜ雪蓮が生存できたのかっていう発想を元に作ったお話でした。まぁ原作に零士も司馬懿もいないんですが、きっとこんな感じかなってやつです。

そして過去話ですが、雪蓮が孫堅の後を継ぐ時、蓮華が雪蓮の後を継いだ時と同じような葛藤があったんじゃないかなぁって妄想があったので書きました。先代の光ってのは強く見えるもんなんですよ

あとは乙女な雪蓮ちゃんを書きたかった! 原作の雪蓮ちゃんが好きな人は申し訳ありませんでした!


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日常編其四
『晋』の恋愛事情


 

 

 

 

 

零士が龍退治に行って数日、今日も『晋』は通常通り営業している。お昼の一番混む時間を乗り越え、ようやく一息つく頃…

「んー…」

途中売り上げを確認していた詠が唸り声をあげていた

「どうしたの詠ちゃん?」

「ん?あぁいや、なんかここ最近、売り上げが落ちてる気がしてさ。確認してたんだけど、やっぱり落ちてるみたい」

 

売り上げが落ちている?

「そう言えば、いつも来てくれる常連さんの何人か、最近見てないね」

「確かに、最近料理の作り甲斐がない気はしていたが、そんなに落ちているのか?」

 

私は月の発言に同意し、詠に再度確認してもらう

「がた落ち、って訳じゃないけど、落ちているのは間違いないわ」

「へぅ…まずいよ詠ちゃん。東さんが居ない間に売り上げが落ちてるなんて…」

確かにこれは問題だ。過去最高の売り上げなんて言っていたのに、逆に落ちているなんて。これでは顔向けできない。これは真面目に、対策を考えないとまずいか

「んー…あぁやっぱり。わかりましたよ」

何かを確認するように帳簿を見ていた悠里は、何かに気づいたようだった

「何がわかったんだ?」

「売り上げが落ちた理由ですよ。この帳簿見る限り、売り上げが落ち始めたのはほんの数日前、つまり東さんが出てって二日後からなんですよ」

 

悠里は帳簿を片手に、なんてことない様子で答えた

「まさか、零士が居ないから来ないって、私の料理じゃダメだってことなのか…?」

自分で言ってて、少し悲しくなった。私はまだあいつの味を再現できてないんだな…

「いえいえ、味の問題じゃないと思いますよ。咲夜姉さんの料理、物によっては東おじさんのを越えてると思いますもん」

「ほ、本当か?」

「確かに。煮物とかは、咲夜の方が美味しいわ」

「私も、咲夜さんの肉じゃが、とっても大好きです」

う、やばい。ちょっと泣きそう。美味いって言ってもらえるのが、こんなに嬉しいって思った事ない…

「なら、何が問題なんだ?」

 

私は涙が出そうになるのを堪え、悠里に聞いてみた。なら、なにが原因なのだろう

「問題は、東おじさんが居ない事ですね。知ってました?東おじさんって、結構モテるんですよ」

はい?

 

「つまりあれか?あいつ目的で来てる客が居ないから、売り上げ落ちてるってのか?」

「確かに、見なくなった常連さんって、ほとんどが女性の方です」

「あー、納得だわ。確かに最近、女性受けする料理売れてないわ」

言われて気づく。確かに最近、豆腐ハンバーグやサンドイッチなど、いわゆる軽食や健康にいい料理を多く作っていな………ちょっと待て

「え?え?あいつって、女性に人気あるのか?」

ちょっと想像できなかったせいか、私はかなり動揺して聞いてしまった

悠里「結構いますねー。顔は渋くてかっこいい方だし、物腰は柔らかいし、話は聞いてくれますし。なんていうか、理想の大人の男って感じではあるんですよね」

嘘だろ?

 

「東さん、素敵ですよね…」

「月!?」

そんな私の感想とは真逆に、月がぼそりと呟いた。その月の発言に、詠は声を上げて驚いていた

 

「ゆ、月!考え直せ!零士だぞ?あいつはあれだ、鬼畜だぞ?人を貶めることに全力を掛けて愉悦を感じるような人間だぞ?それでもいいのか?」

私は反論する。こんな可愛い子が、あんな外道と一緒にいていいわけはない

 

「でも、私たちには優しいですよ?」

「そ、そうかもしれないが…」

確かにあいつは、身内には甘いが…

 

「月?さすがに東は…そ、そうよ。歳が離れすぎてると思うわ!(零士27歳)」

詠も反論してくれた。かなり苦しい言い訳だが

 

「そんな事ないと思うけど…それに詠ちゃんだって、この前東さんに買ってもらった髪留め、嬉しそうに眺めてたよね」

「ゆ、月!なんでそれを!?」

「ほっほーう?これは深く聞かなきゃいけないかなー?」

悠里は悪い顔して詠に詰め寄った。本来なら止めていたかもしれない。だが、私も少し、ほんっとうに少しだけ、興味があった

「べっ、別に大した事じゃないわよ!ただちょっと、この前買い出しについてった時に…」

†††††

 

 

「結構買ったわねぇ。これが全部無くなるって言うんだから、驚きよねー」

「それだけお客さんが来てくれるって事だね。ありがたい事だよ」

「そうねー。………あ」

「ん?あの雑貨屋さんが気になるかい?荷物は持っててあげるから、見ておいで」

「え?い、いいわよ!別に………」

「…ふむふむ。…店主、そこの髪留めをくれるかい?」

「へいまいど!こちらのお嬢さんにでいいのかい?」

「頼むよ」

「ちょ!なんで僕がそれ欲しいって…じゃなくて!なんで東が買ってんのよ!ホントいいわよ!」

「うーん…じゃあ、これはいつも頑張ってくれている詠ちゃんに、僕から感謝の気持ちとして、贈らせてくれないかな?」

「な!?…う、ど、どうしてもって言うんなら、貰ってあげないこともないわ!」

「ふふ。どうしても」

「あぅ……あ、ありがと…」

†††††

 

 

「かぁーっ!キザったらしいなぁ東おじさん!」

「その日以来、一日一回は、その髪留めを見てるんですよ」

「へ、へぇー」

なんだよ。ずいぶん優しいじゃないか零士のやつ。私には最近、そう言ったものは買ってくれないくせに

「月ちゃんは、東おじさんのどんなところにドキッとした?」

「へぅ、ど、ドキっですか…」

 

悠里は調子に乗って月にも聞いた。こいつ、楽しんでやがるな

「ほれほれー、いっちゃいなよー!!」

「あ、あの…」

†††††

 

 

「あ、東さん。おはようございます。朝ご飯もうすぐできますよ」

「おはよう月ちゃん。いつもありがとうね。手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。もうできますので」

「そっか。うん。美味しそうだね。ありがとう。いただきます。……うーん、このお味噌汁、美味しいなぁ」

「本当ですか?」

「あぁ。僕なんかのより全然美味しいよ。うん!この魚も、程よい塩加減で美味しい」

「ありがとうございます」

「ほんと、月ちゃんのお味噌汁は毎朝食べたいなぁ。あ、なんか今の結婚の申し出みたいだね」

「け、結婚!?」

「うん。僕の国では、ベタな文句でさ。毎朝お前の味噌汁が食いたい、結婚してくれ!ってね。まぁ、実際そう言って結婚の申し出する人は見たことないけど……ってあれ?大丈夫月ちゃん?」

「へぅ……」

†††††

 

「結婚…だと…?」

 

あいつは犯罪者になりたいのか?

「へぅ…」

「あたしも毎朝月ちゃんのお味噌汁食べたいなぁ」

悠里の言動は放っておくとして、月がそんなにも零士と親しげにしていたとは思わなかった。確かに、月が料理をするようになってからは、一緒にいた時間が増えたようだったが。時間が増えたといえば…

「れーん!」

「…よんだ?」

私が恋を呼ぶと、恋は店の入り口からひょこっと顔を出し、こちらに近づいてきた

「恋、お前は零士の事どう思っている?」

そう。恋は何気に零士といる時間が多い。気づけば零士が恋をおんぶしているなんて光景、当たり前になりつつある

「……??」

「あー、恋ちゃん、東おじさんの事は好き?」

「………ん」

悠里が聞き直すと、少しの間をおいてから恋はコクリと頷いた。なんだか、判断しづらいな。この好きは、一体どういう意味の好きなのだろう

「うーん…恋さんにとって、東さんはどういう人ですか?」

「………………お父さん?」

なるほど。恋にとって零士は父親か。そうかそうか。なら背負われているのも頷けるな

「お父さんかぁ。そんな気はしてましたけど、面白味がないですねー」

 

やはり悠里は楽しんでいたのか

「そういう悠里さんは、東さんの事どう思っているんですか?」

「そうね。一人だけ言わないのは、公平じゃないわよね?」

「悠里、言え」

私は月と詠に便乗して迫った。こいつは一番の古株だが、私とべったりしているせいで、そういう話にはなった事がない。私がいじられる、なんてことはあるが

「あたしですか?もちろん好きですよ」

「…」

ずいぶんハッキリすんなり言われたせいで、私も月も詠も一瞬思考が停止してしまった。恋が私の裾を掴み「ご飯」と言ってくれなかったら、固まったままだったかもしれない

「あ、でも、みんなみたいに異性としてのそれかは、わかんないんですよねぇ」

 

悠里は付け足すように言った

「なによそれ。ハッキリしないわね」

「あくまで家族、そういう事ですか?」

「まぁ、もしかしたらそうかもしれません」

「は!お前だって面白味がないじゃないか」

なんだよ、結局は恋と一緒ってことか

 

「あはは!でも油断して、ダラダラしてたら、私があっという間にかっさらっちゃいますよ?俊足は、恋愛でも速いんです!」

 

え?

「へぅ、負けません!」

月まで何言ってるんだ?

 

「か、勝手にしたらいいんじゃない」

じゃあなんでそんなに顔が真っ赤なんだよ、詠

 

 

 

†††††

 

 

カランカラン

「やぁ、お邪魔するぞ」

「失礼します!」

「おっと!いらっしゃい」

入り口の鈴が鳴り、二人入ってきた。秋蘭と凪だ。珍しい時間に、珍しい組み合わせだな。いつもは二人とも、夜に来るのに

「あれ?珍しいですね。お二人がご一緒で、しかもこんな時間に来るなんて」

「私も凪も、先程まで仕事で昼食を逃してしまったからな」

「はい。私も秋蘭様も、今日は午後からの仕事はありませんので、一日ゆっくり『晋』で過ごせたらと思ったのですが、よろしいですか?」

 

なるほど。ま、今からの時間は暇だし、問題はないな

「あぁ、構わないぜ。飯はどうする?」

「夜も頂きたいからな、なにか軽めのものを頼む」

「私は……あれ?東さんはいらっしゃらないのですか?」

なに?まさかこいつ…

「お前、零士目当てか?」

「っ!」

「ちょ!咲夜姉さん雰囲気がヤバイですよ!なんかただの人殺しみたいな雰囲気出してますって!」

「む、悪かった」

「い、いえ。大丈夫です」

 

悠里に指摘され、私は感情を抑える。見れば凪、少し冷や汗を流していた。悪い事したな

「ちなみに東さんでしたら、華佗さんのお願いで龍退治に出かけました」

「龍か。それはなんとも、でかい仕事だな」

私と月は秋蘭たちにフレンチトーストを作ってあげた。サンドイッチか迷ったが、時間が時間だけにこういったお菓子のような食べ物にしておいた

「たまには…甘いものもいいですね」

「これは珈琲とよく合うな」

「これもまた、零士がこだわり抜いて作った品だからな」

 

どうやら好評のようだった

「あ!お二人は東おじさんの事どう思います?凪さんはわかりますが」

 

悠里が店内のテーブルを拭きながら聞いた。すると凪は顔を赤く染めていた

「ど、どうって……って!わかりますってどういうことですか!?」

「いやぁ、あれだけの熱視線で東おじさんの事見てたら…」

「あぁ。誰でもわかると思うぞ」

「あ、あわあわ…」

や、やっぱりそうなのか?あの熱っぽい目はやはり好意を抱いていたのか?

「……咲夜、あんたまさか、今気づいたんじゃ…」

詠の声にドキリとしてしまう

 

「な!?そんなわけないだろ!知っていたさもちろん」

おい。なんだお前らのその生暖かい視線は。そんな春蘭を見るような目で見るんじゃない!

「あ、あはは。あ、あの、ではまず凪さんから東さんのお話を聞きませんか?」

 

今日の月はずいぶん積極的だな

「い、いや、あの…」

「凪、別に無理にとは言わんさ。ただ、もし話してくれたら、力になれるかもしれないだろ?」

「あぅ…」

聞いていて、上手い事言ったなと思った。秋蘭の奴、実は悠里なみに楽しんでいないか?

「あの、東さんとお会いしたのはとある飲食店でして。多分初めて出会った頃から意識はしてたんだと思います。私の趣味を否定しませんでしたから…それで一緒に訓練をした日に、あの方の強さを知って。そしてその日褒めて下さった事がとても嬉しくて、それで…」

それからは、多分私達も知っている。よくうちにきては、零士と話していたからな。凪の趣味ってのは、恐らく激辛好きの事だろう。あれについていけるやつなんて、零士くらいしかいないからな

そして当の凪は顔を真っ赤にしていた。これ以上聞くと凪が壊れそうな気がした

「うわぁ、知ってたけど凪さんおっとめー!」

「悠里、あんまりいじってあげない。そろそろ爆発しちゃうわよ」

 

きっと、こういうのに慣れていないのだろう。凪は少しぐるぐると目を回しているようだった

「秋蘭さんはどうですか?」

そんな凪を休ませるかのように、月が話題を切り替え、秋蘭に問いかけた

 

「む、私か?そうだな…良い男だと思うぞ?気が利いて、包容力もある。華琳様と姉者程ではないにしろ、男の中では間違いなく一番じゃないかな」

少し楽しそうに言っているあたり、半分くらいは冗談かもしれないな。だがそれでも秋蘭が評価していることはわかった

そして包容力、という単語で、一人の姫君が零士にベタ惚れだったことを思い出す。雪蓮は確か、孫堅さんが亡くなった時に、零士に慰められ惚れた、なんて言っていたな。普段の雪蓮からは想像ができないが、零士を見ると恥ずかしくて上手く話せないくらい惚れていたはずだ

「へぅ、改めて、東さんって人気ありますね」

「これでも一角ですからねー。街を歩けば、もっと出てきそうなもんですよね」

「「はぁ…」」

月は感心したように、詠と凪は重いため息をつき、そして悠里と秋蘭はその光景を楽しそうに見ていた

恋が羨ましいな。私も、あいつを父親って見れたらよかったのかもしれないが…

「まぁでも」

すると悠里がこちらを見てニコッと笑った

「咲夜姉さんには敵わないんですよねぇ」

「ふふ。そうですね」

「そうね。勝てる気がしないわ」

「ずるいです…」

 

悠里の言葉に、月と詠が同意し、凪は少し恨めしい目でこっちを見てきた

「え?ど、どういうことだ?」

私は聞いてみた。すると秋蘭がため息交じりに口を開いた

 

「私もお前達とは長い付き合いだが、私の目から見ても、最初は…いや今でも夫婦かと思ったぞ」

「ふ、夫婦!?」

「…ん。咲夜は、お母さん」

な、ななな、何を言っているんだこいつらは

「あんた達、息ピッタリ過ぎるのよね」

「お料理の時でも、何も話していないのに、必要な時に調味料とか取って渡していたりしますしね」

「戦闘訓練でも、二人が組んだら敵無しなんじゃないですか?一度お二人と戦った時、攻める隙がありませんでしたもん。さらに思考まで似てるから容赦がない!」

「ま、まさか…もう既に結婚を…?」

「いや、確かまだのはずだ。咲夜がなかなか素直になれないからな」

「そ、そうですか…はぁ…」

 

私を置いてきぼりに、みんなが好き勝手話始めた。やばい、かなり熱くなってきた…

「そういえば、ちゃんと聞いた事ありませんでしたね。咲夜姉さん、東おじさんの事は好きですか?」

悠里の発言と共に、みんなが私に注目した。い、言えるかそんなこと!

私は無言を貫き通した。すると悠里がため息をつき一言

「はぁ、わかりました。では咲夜姉さん、私は東おじさんを籠絡しようと思います」

 

は?

「あ、わ、私も頑張っちゃいます」

月も!?

 

「一番の好敵手がこれなら、私にもまだ付け入る隙があるようですし、手は抜きません」

 

好敵手ってなんだよ、凪!

「ふむ、では私も、暇があれば東と時を過ごそうかな」

秋蘭まで何言ってんだよ!?

 

「…」

皆が皆、零士に詰め寄ると言った。詠は一人何も言わなかったが、目を逸らしたあたり、あいつもやる気だろう

 

く、どうしてこうなった!あぁーもう!

「あ、あいつは私の物だ!お前らの好きにはさせない!」

私は言ってやった。すると周りは一間置き…

『どうぞどうぞ』

全員が全員、手を差しだし、同じ言葉を発した

「お、お前ら…」

私はナイフを取り出した。こいつらおちょくりやがって。切り刻んでやろうか?

「あはは!まぁでも、冗談抜きで油断してたらかっさらうんで、そのおつもりで!」

「ふふ。気をつけてくださいね」

「ふ、ふん!」

「東さん…いつ帰ってくるかな」

「…おかわり」

「さてさて、どうなることやら。月よ、私は茶のおかわりを頼めるかな?」

な、なんなんだよ!本気なのか?みんな本気で零士を?わからん…て言うか、零士め。こんなにも女性に好かれやがって。帰ったら少しだけ優し………脅してやる!

ちなみに、売り上げは更新できなかった

あの後、一応話し合ったんだが、関心は既に恋愛方面に移っており、まともな会話にならなかった

ほんと、どうしてこうなった…

 




感想に咲夜についての意見があったので、少しだけ言い訳させてください!(笑)

TINAMIさんで上げてた時も指摘があったのですが、咲夜の設定については偶然なんです。この作品を書いていた当時、東方を知らなく、後でそういった指摘を受けて調べたら、咲夜って名前のナイフ使いが居ることにかなり驚きました。なので、特別意味があるわけじゃないんですよ。もし、不快に思われた人がいるなら、この場で謝罪します。申し訳ありませんでした。


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恋姫短編集其二

 

 

 

 

 

咲夜と華琳の出会い 華琳視点

最近の私の楽しみは、ここ『晋』で食事をすることだ。ただ、朝から晩まで仕事詰めなので、そう頻繁には行けないのが難点だ

 

「そう言えば、華琳様と咲夜はいつお知り合いになったのですか?」

私が牛肉のワイン煮というものを食べていると、同席していた秋蘭が尋ねてきた。秋蘭はシチューを食べている。とても美味しそうだ

 

「咲夜との出会いねぇ……確か三年前よ。秋蘭がここの政治の手伝いに来ていた頃、私も何度か赴いていたでしょ?その時に…」

三年前

「ふむ。都から近い割には、この辺は暗い雰囲気ね。いろいろ条件の良い場所なのに、それを最大限発揮出来ていないなんて…本当にここの職員は無能ね」

私は許昌の視察の為に、わざわざ裏通りの方まで見ていたのよ。その時に、運の悪い事に不躾な輩に絡まれてしまってね

「ヒュー!なにこの金髪美少女ちゃん!俺らに食われに来たのかなー?」

「お前、こんなチビにも欲情すんのかよ!」

「むしろお前は欲情しねぇのかよ?」

「はぁ…」

私が、男って低脳な腐ったゴミ屑、って思っていると、もの凄く不機嫌な顔でこっちにくる子がいたのよ。それが咲夜だったわ

「お!美少女一名追加ぶふぇ!」

咲夜は容赦なく顔面を殴って、さらに倒れたところにチンピラの顔面を踏み潰していたわ

「よこちゃん!?な、なんだてめぇ!?」

「あぁん?私は今日大変な一日でなぁ。すこぶる機嫌が悪いんだ。運が悪かったんだよ。お前らは」

そう吐き捨てて、咲夜は瞬く間にチンピラ共を蹴散らしていったわ。その戦い振りがなんというか、容赦ないのよね。敵の頭を掴んで壁に叩きつけて、崩れたところを今度は膝蹴りで敵の頭を壁に叩きつけて、さらに倒れたら頭を踏んづけて。これでもかというくらい、顔を集中的に攻撃してたわね。でも私は、そんな容赦のない戦い振りに惚れたのよ

「はぁ…お前も、この辺は治安悪いから、気をつけろよ」

「待ちなさい!貴女、名はなんという?」

「…司馬懿だ。じゃあな」

そう言って、咲夜は裏通りの奥へと行ってしまったわ。これが、咲夜との出会いよ

 

 

現在

「ふふ、昔から咲夜は過激でしたからね」

 

秋蘭は楽しそうに聞いていた。秋蘭がこういう表情を見せるのは珍しいわね

「そうね…ところで、何故貴女はあの時あんなにも機嫌が悪かったの?」

「おい。そんな自然に話しかけるな。今は一応営業中だぞ」

「いいじゃない。手は空いてるんでしょ?」

 

私は皿洗いしている咲夜に話しかけた。店内の客は少ない。なんの問題もないだろう

「はぁ…三年も前の事なんて、覚えてないな」

「あら、本当かしら?」

私がそう聞くと、咲夜は目線を落とし、皿洗いに集中し始めた。そんなに言えない事なのだろうか

 

「……(言えない。あの日は確か妙に忙しくて、さらに零士に楽しみにとって置いた饅頭を食われて機嫌が悪かった、なんて絶対に言えない)」

†††††

 

射撃訓練 月視点

今日は『晋』の地下室、特別訓練場と言う場所に来ています。中に入ると、凄く広い空間に、剣や弓、さらには見たこともないような武器らしきもので溢れていました

「今日は護身の一環として、射撃訓練をしてもらいます」

「射撃…ですか?」

 

零士さんの発言に、私は疑問をもちます。射撃と言えば、弓かな?

「うん。…よっと、これを使って、的を撃ち抜く訓練だよ」

東さんは魔術で、東さんがよく使う小さな武器を出しました

「あ、それって確か、月を助ける時に使ってたやつよね」

詠ちゃんが聞きました。そういえば、あの時にも使っていましたね

 

「よく覚えていたね。これは銃と言って、未来の世界で弓に代わる遠距離武器と考えていい。弓と違うのは、どんなに非力な人でも、技術さえあれば一定の威力で攻撃することが可能なんだ」

「どういう原理よそれ」

「細かい説明は後でするさ。咲ちゃん、悠里ちゃん、見本を見せてやってくれるかい?」

 

零士さんが言うと、咲夜さんと悠里さんが銃の手入れをし始めました

「言うほど、私は銃に慣れている訳じゃないんだがな」

「そうですねー。棒振り回してる方が、あたしにはあってますし」

お二人は銃を構え、目の前の的に狙いを定めました

「おっと、これをつけておいてね。凄い音だから」

東さんはみんなに耳当て?らしきものを手渡してくれました。すると、これを付けた途端、音が全く聞こえなくなりました。ですが、しばらくしてみなさんの声だけが聞こえてきました

「始めてくれ」

お二人は再び狙いをつけ、そして…

ダァン!ダァン!ダァン!

お二人が銃を放つと、凄い音と共に前方にある的に穴が開いていきました

「まぁ、こんなもんだな」

「おぉ?今日は絶好調だぞ!」

 

お二人は的に当てたことに満足している様子でした

 

「さぁ、次は君たちの番だ。これを持って…」

東さんは手取り足取り教えてくれました。初心者だからと、最初は低反動、的も遠くないところに設定してくれました。そしていざ撃ちますと…

パァン!パァン!

「わわっ、思ってたより反動が…」

「そ、そうね。でも…これくらいなら…」

銃の引金を引くと、凄い反動と一緒に、手の中で銃がはねました。でも…うん。難しくはない

 

一時間後

「ふぅ、大分慣れてきたわ」

「へぇ、やるじゃないか詠。しっかり当てているな」

「ふふん!涼州の騎馬民族は馬に乗って弓が引けなきゃいけないのよ?これくらい朝飯前だわ!」

「わぁ!月ちゃん凄い凄い!!」

「あぁ。まさかハンドガンで50mワンホールショットを決めるなんて…」

「えへへー、昔から弓でもそうですが、狙い撃つのが得意でしたので」

「…」

「月ェ…」

うん♪いい感じかもしれないです!

†††††

 

 

 

零士さんと凪さん 凪視点

 

 

今日は東さんと一緒に過ごしています。そんな私と東さんの会話は…

 

「ま、まさか、この僕がここまで追い込まれるなんて…」

「貴方の力はその程度ですか?違いますよね?貴方はまだ力を隠しています。見せてください!貴方の全力を!」

「クッ……なら、これでどうだ!」

「な!?これは…しかしまだ……ふぅ、危なかった。今のは悪くありませんでした。いいセンスです」

「ぼ、僕の負けだ…ふふ、ここまで完敗してしまうと、いっそ清々しいな」

「お前ら…なんの話をしているんだ?」

 

私と零士さんが特訓していると、咲夜さんが妙なものを見たといった目でやってきました

「やぁ、咲ちゃん。今日は定休日だし、凪ちゃんに協力してもらって、激辛料理の研究をしていたんだ。やっぱり、味見できない事が痛いんだよなぁ」

 

そう、今日は東さんと激辛料理を作っていました。なんでも、私の為に作ってくれているんだとか。とても、嬉しい…

「味は全て最高です。よく、辛くしてしまえばいいと考え、味の調整を怠るものがいますからね」

「お前、よく味見もしてないのに調整できたな」

 

咲夜さんが呆れつつ言いました。東さん曰く、ある程度の想像ができるから味の調整をできたんだとか

「こんにちはー!遊びに来ちゃいましたー!おぉ!凪さんこんにちは!なにしてるんですか?」

 

今度は悠里さんがやってきました。ここは本当に人を寄せ付けますね

「料理研究の試食に、凪ちゃんが協力してくれてるんだ」

「えー!あたしにも言ってくださいよー。お!これですね?いただきまーす!パクッ……」

 

悠里さんが勢いよく激辛料理を口にしました。ちなみにこの料理、カレーと呼ばれるもので、ご飯と一緒に食べるのですが、悠里さんはカレーの部分だけをすくって食べました

「あ」

「お、おい…」

「( ゚д゚)」

「私の手料理を食べた時の華琳様と同じ顔をしていますね」

 

悠里さんは口に含んだまま、固まってしまいました

「そういえば、華琳ちゃんは辛いものがダメだったねー」

「( ゚д゚)」

「呑気に話してる場合か!悠里固まっちまってるぞ!悠里!悠里ーー!!」

後に悠里さんは、川を半分くらい渡ったと呟いていました

†††††

 

 

咲夜と秋蘭の出会い 秋蘭視点

「そう言えば、秋蘭はこの店の最初の客だったのよね?」

 

私がシチューを食べていると、華琳様が尋ねてきました。華琳様が食べている牛肉のワイン煮がとても美味しそうだ

「はい。あれは私がこの街に初めて来た頃の話ですね。慣れない地での仕事に手間取り、夕食を逃してしまい…」

四年前

「むぅ、ずいぶんと遅くなってしまったな。ここの政があそこまでとは…」

それに腹が減ったな。夕食まで逃したのは痛い。まだやっている店があるといいが…

少し歩くと、灯りの付いている店を見つける。お食事処『晋』?なかなかの外装だな。よし、ここにするか

カランカラン

私が扉を開くと、感じのいい鈴がなり、女性店員が出迎えてくれた

「失礼。まだ営業しているか?」

「い、いらっしゃいませ。え、営業中です!」

ずいぶんと、あたふたしているな

「咲ちゃん、リラックスリラックス」

ん?りらっ…?まぁいい

「ここは飲食店でいいんだよな?品書きを見せてくれるか?」

「かしこまりました!零士!品書きだ!」

零士と呼ばれた男が品書きを手に、悠々と現れた。この者が、料理長か?

「咲ちゃんがこんなにキョどるのも、珍しい事だよね。はい、こちらがお品書きになります」

「どれ……ん?」

手渡された品書きを見るが、私は戸惑ってしまった。天丼?親子丼?見慣れない名前ばかりだ

「すまん。ここに書いてあるのは本当に料理なのか?」

「はい。私の故郷の料理となっております。差し障りなければ、私のオススメを提供しましょうか?」

 

店長らしき男が提案してきた。ふむ、少し怖くなってきたが、致し方ない

「そう…だな。頼むよ」

「畏まりました」

男はそのまま厨房へ入って行った。女性店員はそのまま私の隣で一息ついていた

「はぁ…申し訳ありません。ただ、味は保障しますので」

「そうか。ここは、最近始めたばかりなのか?」

「はい。本当に数日前の事です。そしてお客様が最初のお客様になります」

「なるほど。それであんなにも落ち着きがなかったのか」

「う、お忘れ下さい…」

「お待たせしました。こちら東さんの気まぐれ御膳になります」

女性店員と話していると、男が料理を持ってやって来た。思ったより早かったな。まだちゃんと見てないが、なかなか量がある。空きっ腹だったから助かるな。しかし気まぐれとはこれいかに

「ほぅ。これはなかなか、香りも良いな」

「ありがとうございます。こちらから、生姜焼き、ミニハンバーグ、唐揚げ、卵焼き、サラダ、お味噌汁、そして白米です」

「聞いたことのない料理ばかりだが、ふむ、悪くなさそうだ。では、いただきます…あむ…」

私はミニハンバーグと呼ばれた物を食す。口に含み、数度咀嚼すると、肉汁が溢れ、肉や野菜の甘みが広がっていく。それがこれにかかっていたタレと絶妙に合わさっていた。美味い!なんだこれは?こんなもの、今まで食った事がない

「あむ…はむ…」

私は他の料理も食していく。なるほど、これはまた白米と良く合うな。箸が止まらない。この吸い物もまた、不思議な味わいだが、とても心落ち着ける味だ

「ふぅ…ごちそうさまだ」

私はあっという間に完食してしまった。すると、女性店員がお茶持ってきてくれた

「ん?茶を頼んだ記憶はないのだが」

「あぁ、いいんですよ。それはオマケです。美味しそうに食べてくれた、せめてものお礼かな?」

「と、言うことです。ここのお茶も自家製です」

「そうか、いただくよ」

私はお茶を含んで行く。多少、脂っこかった料理を綺麗に洗い流すようにお茶が流れていく。なるほど、美味いな

「美味かったよ。いくらだ?」

「あ、お代は結構です」

 

私が財布を取り出そうとすると、男性店員がその手を止めた

「む、何故だ?」

「最初のお客様からは、お代をとるつもりはありませんので」

 

私の疑問に、女性店員の方が答えてくれた

「むぅ、それは悪い気が…」

「いいんですよ。その代わり、今後ともご贔屓に」

なるほどそういう事か。だが確かに、この店には今後も通っていきたいな

「ならせめて、私相手に敬語を使わないでくれるか?私は夏侯淵。これからは仲良くしていきたい」

この街には知り合いもいないしな。初日に良い出逢いをした気がする

「そうか、わかった。私は司馬懿だ。よろしくな、夏侯淵さん」

現在

「というのが、私と咲夜の出逢いです。もう四年の付き合いですね。あの日以来、許昌にいる間はほぼ毎日通っていました」

 

私は咲夜との出会いを懐かしみながら語った。もう、四年も前のことなのか

「ふーん。あら?でも最近まで真名は預けてなかったのよね?」

む…それは…

 

「それは…なぁ、咲夜」

「だから、自然に話しかけないでくれ…」

 

私は皿洗いしている咲夜に視線を流した。咲夜も苦笑いだ

「何故それだけの付き合いで、真名は預けられなかったの?」

「そりゃあ、私も秋蘭もなんとなく教える時期を逃してしまって、ズルズルな…」

「なんとなく、気恥ずかしくなってしまって…」

「そ、そう」

それでも、私と咲夜の間には、確かな絆がある。今後とも、よろしく頼むぞ、咲夜よ

 

 

 



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咲夜編
咲夜編其一


 

 

 

 

 

「……ん」

ふと、目が覚める。なんだかずいぶん寝てしまったようだ。いつもの早朝訓練の時間に起きれなかった。疲れていたのか?

「まぁいい。今日は仕事休みだし、もう少し寝るか」

だが、もう既に起きてしまったせいか、眠れそうになかった。仕方ない。起きるか

「…」

私は立ち上がり、ふと机に置いておいた手紙に視線を向ける。零士が呉から帰ってきた時に受け取った雪蓮の手紙だ

内容の半分は、零士との惚気と言う名の自慢話だった。だが、もう半分は、呉で起きた事件の内容だった。孫堅さんの死の真相、張譲の出現、そして零士が雪蓮を庇い毒矢を受けた事。その事に関しては、文面でもわかるくらい、謝罪の気持ちが伝わってきた。だが私は、そんな事よりも零士が矢を弾き損ねた事に違和感を覚えた。あいつは、そんな失敗しないはずだと。しばらく思案する。すると一つの答えが浮上した。あいつは、あいつの左眼は、もうほとんど見えていないのではないだろうか。あの日、私が原因で負った傷のせいで…

「…とりあえず、飯でも食うか」

私は考える事をやめ、台所へ目指す。これは仮定でしかない。そんな事を考え始めてもキリがない。体力の無駄だ

「おはよー」

私は『晋』とはまた別にある、家の台所の扉を開ける。朝食は皆、基本はここで済ませる。月が料理をするようになってからは、自然と月が朝食当番になった。月の料理は美味しいからな

「やぁ咲ちゃん、おはよう。今日はずいぶんゆっくりだね」

だが台所で待っていたのは、月ではなく零士だった。先ほどまでこいつの事を考えていた分、少し驚いてしまった

「ん?月はどうした?」

「月ちゃんなら、今日は朝早くから出かけちゃったよ。ちなみに詠ちゃんも一緒に行った」

月と詠が?そんな話は聞いていなかったが…

「まぁいい。今日の朝食はお前が?」

「いや、月ちゃんが作ってくれたよ。今温めるね。なにか飲むかい?」

「珈琲」

「ん」

零士は立ち上がり、料理を温め始めた。それと同時に、珈琲も用意する。別段、何不自由なく用意していく。やはり、考え過ぎなのだろうか

「お待たせ。さぁ、食べようか」

「ん?お前、まだ食ってなかったのか?」

「うん。咲ちゃんを待ってたからね」

「私を?」

珍しい事もあるもんだな

「あぁ。今日は何か予定はあるかい?よかったら、今日一日付き合ってくれると嬉しいんだが」

零士は一言そう告げ、そして朝食を取り始めた

零士が私を?本当に珍しい。こいつはこんな事を言う奴じゃないんだが…まぁいい。嬉しいと思った気持ちもある。それに、今日は…

 

†††††

「悪い、待たせたか?」

「いや、そんな事ないよ」

私たちはそれぞれ家の前で待ち合わせた。だが、思った以上に服に迷ってしまい、結構時間を食ってしまった。散々悩んだ末、今日は零士がずいぶん前に贈ってくれた和服というものを着ることにした

「お!今日は和服か。やはり似合っているね」

「そ、そうか」

私は顔が熱くなるのを感じ、視線を逸らした。どうやら私の選択は間違ってなかったらしい

「つ、付き合って欲しいとの事だったが、どこか行きたいとこはあるのか?」

私は照れているのを誤魔化すように、話題を振る。今日は零士の用事に付き合うって話だしな

「あぁ、僕の用事はまだいいんだ。だから、もし咲ちゃんが行きたいとこがあれば、付き合うよ」

ん?誘っておいてなんだそれは。ずいぶん適当だな。こういう時は、男が引っ張って欲しいとこだが…

「はぁ…まぁいい。じゃあとりあえず、行きつけの饅頭屋に行くか。そこで決めよう」

私たちは饅頭屋を目指し歩きだす。今日の零士の服はスーツ。旅の間はずっとこれを着ていたな。バーテンダー服も悪くないが、私はこちらの方が好みだ。スーツの方が、こいつらしい

「お!司馬懿さんいらっしゃい!今日は東さんも一緒かい?」

饅頭屋に辿り着くと、馴染みの店主が話しかけてくれた

「やぁ店主。咲ちゃんがいつもお世話になっています」

おい。その言い方だと、私はお前の子どもみたいじゃないか

「いいってことよ!こちとら司馬懿さんは大事な常連さんだしな!」

「へぇ。そんなに来ているんだ」

「この街に来てからだから、もう四年くらいの付き合いだな。ほぼ毎日通ってるぜ」

「それは凄いね」

 

四年の付き合いだが、ここの饅頭の味に飽きは来ない。甘さ絶妙な素晴らしい饅頭だ

「あら咲夜ちゃん、いらっしゃい。おや、東さんもいるじゃないか!今日は二人でお出かけかい?」

奥からひょっこりと、饅頭屋の奥さんが顔を出した。この人にも、相談に乗ってくれたりと、かなり世話になっている。信用もしているから真名も既に預けている。母親のいない私にとっては、母に代わるような人だ

「こんにちは綾乃<あやの>さん」

綾乃さんというのは、奥さんの真名だ。ちなみに奥さんの名は鄧艾というらしい

「こんにちは。はい、今日は二人でお出かけなんですよ」

「あら!よかったじゃないか咲夜ちゃん!」

綾乃さんは私の肩をバシバシ叩きながら笑っていた。実はこれ、結構痛い。綾乃さんは元軍人らしいからな。力が半端なく強い

それからしばらく、特に予定を決めるでもなく、饅頭屋の人達と談笑してしまった。私自身も楽しかったからいいんだがな…

「おっと、ずいぶん長居してしまったね。そろそろ行こうか」

 

零士も長居してしまったことに気付いたのか、私に手を差し伸べながら立ち上がった

「あらやだ私ったら!ごめんね咲夜ちゃん。せっかくの二人の時間を…」

「あ、綾乃さん!いいですから!それより、これからどこに行く?」

 

私は零士の手を取り立ち上がる

「んー…まだ時間には早いしなぁ…」

時間?なんの話だ?

「街を歩くだけでも、なかなか有意義に過ごせるよ!あんた達が来てから、この街はずいぶん住みやすくなったからね」

綾乃さんが提案してくれた。私たちは関係ないと思うが、確かに以前に比べて活気付いている。華琳の頑張りが目に見えるな……おっと!そうだった

「聞いたぞ零士。お前、詠に髪留めをあげたらしいな」

私は以前詠が話していたことを思い出す。すると零士は、まずい、といった表情になった

「あー、うん。確かに贈ったね」

「私には、なにもないのか?」

私は少し意地悪く言ってみる。実はこいつ、押せば簡単に折れる

「わかったわかった。君の好きなものを買いに行こう」

「は!そうこなくっちゃな!」

 

私は指を鳴らし、喜びを表してみる。零士はため息をついているがな

「ん?司馬懿さんがずいぶんご機嫌だね」

「女の子にはいろいろあるのよ!」

「お前は女の子って歳じゃ…」ボソッ

ドゴーン

「さぁ!あんたら二人はお行き。咲夜ちゃん、しっかりやんなさいよ!」

「は、はい!」

私は、綾乃さんの拳で黙らされた店主を見て元気よく答える。間違いなく、この街で怒らしてはいけない人の上位に入るだろう

†††††

 

「い、いやー、奥さん凄い人だね」

饅頭屋を出てしばらく歩くと、零士が笑顔を引きつらせながら言った。流石の零士も、綾乃さんにはビビったらしい

「普段は面倒見のいい人なんだけどな。さて、零士、覚悟しろよ。財布の準備は万全か?」

「お手柔らかに頼むよ」

なんか、楽しくなってきたな。あまり自分が主導権を握る事はないんだが、今日ばかりは零士を振り回してやる

私たちは街を歩き、装飾品や置物、服など、いろいろな物を見て行った。思えば零士とこうして普通に街を歩くのは初めてかもしれない。妙に新鮮な気がした。それに…

「この辺は賑わってるせいか、人が多いね。咲ちゃん、はぐれないように手を繋ごう」

「お、おう」

今日はなんだか、いつもより距離が近い気がした。手を繋ごうなんて、今までなかったよな?う、少し緊張するな。零士の手、大きい…

「うーん…ちょっと人が多過ぎる。咲ちゃんこっちだ」

「お、おい!」

私は零士に引っ張られ、裏路地に入っていく。……って、しまった!この辺は…

「ありゃありゃーん?こんなところに男女が一組…手まで繋いじゃって仲良しだこと」

でたよチンピラ…わかってたけどさ…

「女マジやべぇ!ボンキュッボンな上玉じゃん!食っちゃおーぜ!」

「ウホッ!俺好みのいい男!やらないか?」

約一名、変な奴が混じってるな

「咲ちゃん、たまには僕が相手するよ」

「ん?いいのか?お前の貞操の危機だぞ?」

「はは。気をつけるよ」

 

零士が悠々と私の前に守るように立った

「おーおー、女守るたぁかっこいアベシ!!」

「一人でなにがウワラバ!!」

「やはりイイ男!アッー!!」

零士は一瞬で三人を叩きのめした。こういう輩は、まだまだ絶えないな。そして零士は、何事もなかったかのようにそいつらを踏みつけてこちらに近づいてきた

「行こうか」

「そうだな」

†††††

時は夕刻となり、陽が傾き始めた。空は茜色に染まり、少しずつ暗くなりつつある。ずいぶんと、遊んでしまったようだ。そういえば…

「おい、お前の用事はよかったのか?」

今日はもともと、こいつが用があるというから付き合ったのだが、結果として私が連れ回してしまった。大丈夫なのだろうか

「あぁ、そろそろいい時間だね。咲ちゃん、少しついて来てくれるかい?」

「ん?あぁいいが…」

私は零士について行く。すると思ってもみなかったところに辿り着いた。城の前だ

「城がどうかしたのか?」

「ふふ、ちょっと失礼」

「な!?」

私は零士に抱きかかえられてしまった。ななな、何をする気だ!顔が近い!

「ちょっと飛ぶよ。よっ!」

「は?飛ぶって…きゃーっ!」

零士は私を抱えたまま大きく飛び、城の一番高い屋根に着地した

「おい!一体なんのつもりだ!」

「はは。落ち着きなよ咲ちゃん。落ちるよ?」

言われてハッとする。私はまだ零士に抱きかかえられたままだ。ここで暴れたらどうなるかわからない

「チッ!ならさっさと降ろせ」

悪い気分じゃないが、やはり恥ずかしい。鼓動が鳴り止まない

「その前に、ここからの景色はどうだい?」

「景色だぁ?そんなもの………」

一瞬で目を奪われた。私の視界に映った世界は、言葉にするには難しいほど美しい光景が広がっていた。太陽は既に沈んでいるにもかかわらず、地平線に薄く広がる茜色と、少し明るめの夜空が上手く重なり合っていた。本当に…

「綺麗だ…」

私は思わず声に出して呟く。すると零士が話し始めた

「この現象は、マジックアワーと言ってね。陽が沈み切るほんの僅かな時間でしか見れないものなんだ」

「お前、こんな景色を知っていたのか?」

「いや、僕もここまで綺麗に見えるとは思わなかったよ。高いところに来たら見えるだろうとは思ってたけどね」

それでここか。零士の癖に、ずいぶん味な真似するじゃないか

「気に入ったかい?」

「あぁ、悪くないな」

だが、一人でこの景色を見ようとは思わない。ここには零士と来て初めて意味を持つ。そんな気がした

†††††

 

 

 

それからしばらくして、私と零士は家に帰っていった。その間会話はなかったが、いつものことではあるし、なによりもその時間がたまらなく心地よかった

「ん?なんで店に来たんだ?」

私たちは家の入り口ではなく、店の入り口の前にやって来た。別に、ここからでも入れるが、何故わざわざ?

「僕の目的地はここだからね。さぁ、入った入った!」

はぁ?目的地って、さっきの景色じゃなかったのか?

「あぁ?……まぁ、入るけど…」

 

私は店の扉を開ける為に手を取る。そして開けると…

パァンパァン!

「お誕生日、おめでとー!!」

「………は?」

店に入ると、クラッカーの破裂音と共に悠里、月、詠、恋が出迎えてきた。え?一体どうなってるんだ?

「咲夜姉さん、誕生日おめでとー!」

「おめでとうございます咲夜さん!」

「おめでとう!咲夜、二十歳になるんだってね?」

「…おめでとう」

突然の事で、少し頭がついて行かない。誕生日……ハッ!そうだ、今日は私の誕生日だ

「おめでとう咲ちゃん。びっくりしたかい?」

いや、今日の朝までは確かに覚えていた。だが、零士と付き合っているうちに忘れてしまっていた……まさか!

「おい!まさか零士、これを仕込むためにわざわざ?」

「案を出したのは悠里ちゃんだけどね。僕は時間稼ぎさ」

 

零士は片目を閉じて、悠里の方を見た。悠里はぺロっと舌を出し、してやったりといった表情をしていた

「へっへー!驚かせてやりたかったんですよねー!」

「ふふ、大成功ですね」

そうか。だからこいつら、朝から見なかったのか…

「チッ!やられたな…」

私は涙が零れそうになるのを我慢する。本当に嬉しかったからだ。今日は誕生日、だがそれよりも、私にとって忘れられない日でもある。それでも、こいつらは楽しい思い出にしようと色々仕込んでくれた。それがたまらなく嬉しかった…

「咲夜!ボケっとしてないで、こっちに来なさい!今日はあんたの好きな料理をいっぱい作ったんだから!」

「…咲夜、一緒に食べる」

私は皆に連れられ、料理が並ぶ机に座らされた

「凄いな。これ全部お前らが?」

 

詠の言う通り、並べられている料理は全て私の好物だ

「とーぜん!」

「頑張りました」

「味は保証するわよ」

「…食べて、咲夜」

「あぁ。いただきます…」

私は皆が作ってくれた料理を食べ始める。それは今まで食べてきた料理の中で最も、美味しいものだった…

その後、それぞれから贈り物を貰った。悠里からは孤児院の皆で用意した花束と悠里個人が用意した前から欲しかった本と筆記用具、月と詠からは新しい調理器具と茶碗などなど、そして恋からは小さい犬の人形が括り付けてある紐をもらった。本当に、いつの間に用意したんだろうな。どの品も、本当に嬉しいものばかりだった

†††††

 

 

誕生日会を終え、皆が店で寝静まった頃、私は一人起き上がり、外に出た。すると店の外の、普段恋が寝ているソファに、零士が座っていた

「ん?起きたのかい?」

「お前こそ、ここで何をしているんだ?」

「いやなに、特に意味なんてないんだけどね。なんとなく、星空を見たくなったんだ」

「そうか。隣いいか?」

私は零士が頷いたのを確認し隣に座る。こいつの隣は、不思議と落ち着くな

「君と出会って、もう六年か。早いものだね」

「そうだな…」

そう。今日は私の誕生日。そして私の両親を失った日であり、零士と出会った日でもある。

だから、忘れるわけはないのだ

「なぁ」

「なんだい?」

私は、ずっと気になっていた事を聞いてみることにした

「お前、左眼はどれくらい見えている?」

沈黙。だがそれが答えなのかもしれない。やはりもう、見えていないのか。すると零士が話し始めた

「雪蓮ちゃんだね?あの日、僕は矢を弾き損ねた。左眼が、もうほとんど見えていなかったんだ。自分でもびっくりしたよ。まさかこれ程とはってね」

「あ…わ、悪い…」

「咲ちゃんが謝る事なんてないだろ?」

零士は笑ってくれているが、私にはそれが辛かった

「いや、これは私の責任だ。私のせいで、お前の眼は…」

こいつと出会ったのは、六年前の今日

そして私がこいつと共に生きると誓ったのは四年前

『晋』を立ち上げる前の、二年間の旅の話………

 

 

 



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咲夜編其二

 

 

 

 

 

思い出すのは、あいつとの日々

あいつに救われ、一緒に駆け抜けた二年間の旅の軌跡

そして、私があいつと共に生きると誓った記憶

全てが、かけがえのない私の思い出

これは、咲夜<わたし>と零士<あいつ>の物語

†††††

私はもともと、小さな村の平凡な家に住んでいた。その昔、司馬一族と言えばそれなりに有名だったらしいが、今ではなんてことない、私塾を営む日々を送っていた

私は、司馬家の一人娘として生まれ、本に囲まれ、様々な知識を得る毎日を送っていた。外で遊ぶよりは、こうして知識を蓄えていく方が楽しかった私としては、それなりに有意義な日々だった

だが、そんな日常も、14年目の誕生日を迎える日に、あっけなく終わってしまった

私の村に多数の賊が押し寄せてきた。役人共は自分の身可愛さに早々に逃げ、村の皆で迎え撃つも、数に押されて行く。やがて、私の下にまで賊がやってくると、両親が身を挺して私を逃がしてくれた

私は怖かった

だから、助けることも、振り返ることもできなかった

今でも、鮮明に覚えている

燃える家屋、虐殺されていく村人、混じり合う断末魔と獣の咆哮

そして両親の悲鳴

私は地獄に来たのだと思った

そして、私は次第に追い詰められる

だが、一発の銃声が私を地獄から引き上げてくれた

それが、東零士との出会いだった

†††††

 

 

六年前

目を覚ますと、私の部屋ではないどこかの寝台に横になっていた

ここはどこだろう

部屋を見渡すと、かなり荒れているのがわかる。その光景が、目を背けたかった事実を明らかにさせた

「そうか…やはり昨日の事は…」

賊の襲撃………夢であってほしかったが、そんなうまい話ないよな

「待て、何故私は生きている?」

一つの疑問が浮上する。恐らく村の皆は全滅したはずだ。そして私自身も、最後は逃げ切れず、追い詰められたはずだ。なのに何故、私は今ここにいる?

「……とりあえず、外に出てみよう」

私は部屋を出て、外に出ることにした。その光景に、かつての村の姿はどこにもなかった。崩れ落ちている家屋に燃え切った畑……だが不思議な事に、死体がどこにも見当たらない。賊の者も、村の者も…

「…」

私はしばらく歩き、私が住んでいた家の前に辿り着く。だが、そこに家はなかった。燃え尽きてしまったようだ

「やぁ、体の調子はどうだい?」

「!!」

声のする方へ振り向くと、そこには見慣れない黒い服を着た男がいた。こいつは確か…そうだ。私はこいつに救われたんだ

「お前、昨日私を助けた奴だよな」

私は警戒しながら尋ねる。正直、勝てる気も逃げ切れる気もしないが、何もないよりはマシだ

「そんなに警戒しなくてもいいよ。僕は東零士。最近ここに来たんだが、なんというか災難だったね」

東零士と名乗った男は、悠々とどこからか出した椅子に座った。え?本当にどこから出したんだ、あれ

「私は司馬懿だ。お前、ここにあった死体はどうした?どこにも見当たらないんだが」

「君が司馬懿?」

ん?こいつ、何に驚いたんだ?

「死体はみんな片付けたよ。放っておいても、害にしかならないから」

こいつの話によると、あの夜襲撃してきた賊は全て殺したらしい。だが既に、私以外に生存者はおらず、とりあえず私だけでも救ったとのことだ

「村人がいるところまで、案内しようか」

私は無言で頷き、こいつの案内で村人が眠っていると言われる場所にくる。そこには、確かに何かを埋めたであろう跡が残っていた

「とりあえず、僕の世界の流儀で埋めさせてもらったけど、大丈夫だったかい?」

「あぁ、別に構わない。悪いなわざわざ」

ここに、私の両親が眠っているのか…

「……うっ……くっ……」

私は自然と涙が零れた。もう会えないのだと思ってしまうと、途端に寂しくなり、恋しくなり、哀しくなった…本当に最悪な誕生日だ…

「ごめん。もう少し早く、ここに着いていたらね」

こいつは私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。それがとても暖かく、安心したのだが、涙が止まることはなかった

「悪かったな、突然、その、泣き出して」

しばらくすると落ち着くが、今度は羞恥心に襲われた。何故私はこんな見知らぬ輩の前で、しかも胸を借りて泣いてしまったんだ

「はは、気にしないで。仕方ないからさ」

こいつは笑って、気にしてないと言ってくれたが、正直無理な話だな

「さて、突然だけど、君はこれからどうする?」

考えてなかったな。よくよく考えたら、私はこれで帰る場所を失ったんだ。ここにいても意味がないし、正直ここにはいたくない。だが、どこかに行きたいにしても、また賊に襲われでもしたら…私にそれを撃退する力はなんて…

「…」

 

私は無言になってしまう。こいつはそんな私の様子を見て、微笑みかかえてくれた

「あはは、なら、一緒に来ないかい?僕は今、世に名を残す英雄と会う、って旅をしているんだ。君さえよければ、どうかな?」

妙な旅だな。そもそも、こいつは何者なんだ。だが、考えるまでもないな。こいつについて行かなければ、私は必ず野垂れ死ぬだろう。それに、なんとなく私はこいつと一緒にいたかった。その気持ちが、なんなのかはわからないが…

「こっちとしても願ったりだ。よろしく頼むよ、零士」

「あぁ、よろしくね司馬懿ちゃん」

司馬懿ちゃん?なんか落ち着かない呼び方だ

「ちゃんはやめてくれ」

「はは、考えとくよ」

嘘だな。おっと、そうだったな…

「それと、咲夜だ、私の真名。助けてもらった礼と、今後世話になるからな。好きに呼んでくれ」

するとこいつは不思議な表情をした。真名を許したのがそんなに不自然だったか?

「えーっと…真名ってなんだい?」

「はい?」

零士曰く、この大陸に来たのは昨日の事だったらしく、ここの文化について全く知らないらしい。どうやってここまで来たんだよ…

「こりゃ、いろんな意味でお前にはついて行った方が良さそうだな」

「あー、はは、よろしく頼むよ」

それから私たち二人は旅に出た。歩きだったし、なんてことない、って思っていたが、そういうわけにはいかなかった

†††††

 

 

しばらく歩き、私たちが小川に辿り着く頃…

「さて、ここらで休憩にしようか。えと、咲ちゃん大丈夫かい?」

「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だ。それと、さ、咲ちゃんはやめろ…」

息が絶え絶えだった。ずっと本と暮らしていた分、致命的なまでに体力がなかったのだ

「ふふ。初日だしね。咲ちゃんは休んでなよ。魚でも釣ってくるから」

あー、くそ!まだ咲ちゃんと呼ぶか。もういい…

「わ、悪い。迷惑かけるな…」

「いいって」

そして零士は小川に近づいていった。あいつ、釣竿も無しに魚を釣る気か?

「よっと」

目の錯覚か?いま、零士が指をパチンと鳴らした瞬間、何も無い所から釣竿が現れたぞ?

「椅子も出しちゃお」

今度は椅子が現れた…

「ちょ、ちょっと待て!お前、今何をした?」

私は聞かずにはいられなかった

「何って、魔術?」

「魔術ってなんだよ!?あれか?妖術の一種か?」

なんでこいつは、さも当たり前と言った様子なんだよ!

「魔術の定義か…考えたことないな。まぁなんだ、なんでも作れる便利な技、って認識でいいよ」

ずいぶん適当だなオイ。だが、興味深い。なんでも作れるだって?そんな事が可能なのか?

「なぁ、それって、私でもできるのか?」

私は知的好奇心から、思わず聞いてしまった。そんなあり得ない技、私の常識にはない。可能なら、私自身も習得したい

「魔術を?あー…できないことはないけど、素質もいるし、なにより…」

零士は私をチラッと見て微笑を漏らした

「君の体力じゃあちょっとねぇ」

「…」

かなり傷ついた…いやそりゃ、自覚はしていたけどさ…こんな事なら、もっと外で遊んでりゃとか思ったけどさ…

「だからまぁ」

零士はひょいっと釣竿を上げ、一匹の魚を手にした

「まずは、体力を付けよう。僕でよければ、基礎体力作りや護身術の指導をするよ」

「本当か?」

私は賊の襲撃以来、武力も欲していた。今度は、誰かを助けたい。そして、私から全てを奪った賊を根絶やしにしたい。そんな願いがあったからだ

「あぁ。魔術はある程度体力が付いたら教えるよ」

「頼む!」

だが私は舐めていた。こいつの訓練内容と、私の体力の低さを…

「はい。初日はこんなもんかな?………大丈夫かい?」

「お、お前、ほんとに、心配しているんだよな?はぁ…はぁ…なんでそんな、ニヤニヤしてんだ…」

 

 

 

†††††

それからの日々は、今までの人生とは全く真逆と言っていいほど変わった。旅をしつつ、武術を学びつつ、またこれまでは気にしたこともない、零士が言うところのサバイバル術なども学んでいった

体力の低さは仕方ないにしても、どうやら素質があったらしく、みるみるうちに技術を学んでいった。これに関しては零士も驚いていたな

充実した毎日だった。今までにない、新たな事を学び生きていく。それは、私が過去を思い出す暇すらないほど、充実していた

 

だが、ある日何時ものように訓練し、街に向かい歩いていると、賊と遭遇してしまった

 

「おうおう!ここらはワシらの縄張りやぞ?なに、勝手に入ってきてんねん!」

「ひゅーっ!ベッピンキター!」

「ずっこんばっこん犯しちゃいやしょうぜー!」

数は50人ほどだったが、私は思い出してしまった。恐怖と、哀しみと、怒りを…

「咲夜、下がっていなさい」

零士が命令する。だが私には、そんな事聞こえていなかった

「お前らが…お前らみたいなのがいるから…」

怖かった。体の震えは止まらなかった。だがそれでも、私はこいつらを殺したかった

「咲夜…」

私は飛び出し、ナイフを振るった。この時の事は、あまり覚えていない。だがそれでも、私が犯した最初の殺人だった。そしてその感触だけは、忘れる事はなかった

気付けば、私と零士は血だまりの中にいた。全て殺したらしい。すると零士が重々しく口を開いた

「咲夜、気持ちはわかるが、もっと冷静になりなさい。あんな戦い方をしていたら、いつか死ぬぞ」

「ハッ!気をつけとくよ」

この時の私は、そんな気なんてさらさらなかった

賊を全て殺す

私の心は、どす黒い感情で満たされていた

 

 

 



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咲夜編其三

 

 

 

 

 

この二年間の旅は、私に様々な出会いをもたらした。天水の月達や、呉の蓮華達、その他にも紹介し切れないほどの英傑達と出会った。そこで様々な事を学び、力を付け、いつしか人を護れる立場に立つことが出来た。しかし、私の中で賊に対する憎しみが消えることはなかった

 

そんなある日…

「!!零士!少し行った先の村が賊に襲われている!」

「よく見えたね…っておい!咲夜!チッ!」

数里先で燃えている家屋が見えると、私は既に走り始めていた。助けなければ…あんな思いをするのはダメだ。賊は絶対に殺す

「咲夜!乗れ!」

零士はバイクに乗り、追いかけてきた。魔術か。本当に便利な技だ。だがありがたい

私が零士の後ろに飛び乗ると、零士は全速力でバイクを走らせた。そして村に近づき、状況を確認した

よかった。まだ被害は少なそうだ。村人達がよく耐えてくれている…

「行くぞ咲夜。あまり無茶するなよ」

「わかってる!」

私は賊の群れに突っ込み、村人達を助ける

「なんだきさグァッ!」

「あ、あなたは…」

「大丈夫か!助けに来たぞ!」

 

賊が振り向いた瞬間、私は賊の首を切り裂き、襲われそうになっていた村人を助けた。その様子に気づいた賊どもが私に対し殺気をむき出しにする

「この数相手に、たった一人か?笑わせるぜ!」

「は!ひん剥いてヤッちまおうぜ!」

「下衆が…」

私は村人達を守りつつ、賊を次々と切り刻んでいった。数はいたが、一人一人は大した事はないし、既に零士が過半数を潰していた

「ふむ、これで終わりか?」

零士が感情のない冷たい眼差しで賊を睨んだ

 

「ヒィッ!ば、バケモノー!!」

賊の一人が逃げ出すと、残りも次々と逃げ出していった。チッ!逃がすか!

「待て咲夜」

「あぁ?なんで止めるんだ?」

私は零士に止められてしまった。クソッ!逃げられた。逃げ足の速い…

「おい、賊を放っておけば、後々面倒になるぞ」

「あぁ。だが、その前に怪我人の手当てが先だろ?手伝うんだ」

私は村を見渡す。村人の多くが傷を負っていたが、死人はいないようだ。上々の結果だな

私は零士が魔術で出した包帯を配っていく。零士曰く、薬も出せない事はないらしいが、成分が細かいので疲れやすいらしい。だが今回は、そんな疲れる思いはしなくて済みそうだった

「な!おい君!大丈夫か!?」

赤毛の、零士と同じくらいの年齢の男がやってきた

「いてぇよぉ…血が、止まんねぁ…」

「待ってろ!今助けてやる。ハァァァッ!見えた!元気になぁぁれぇぇぇ!!」

男は突然叫び声をあげ、鍼を村人に刺した。あいつは、一体何をしているんだ?

すると突然、まばゆい光が辺りを照らした

「治療、完了!」

「え?す、すげぇ!痛みがない!血も止まった!」

村人は、先ほどまで苦しんでいたのが嘘だったかのように飛び跳ねた。あいつは一体何者だ?

「俺は華佗!五斗米道の医者だ!重傷者から見ていくから並んで待っててくれ!」

それから、華佗と名乗った男は次々に村人を治していった

「御三方!この度は助けていただき、誠に感謝します。私はこの村の村長、村を代表して、お礼をさせてください!」

 

村長が私たちにお礼言いに来た。私も零士も華佗と呼ばれた男も、そろって首を横に振った

「礼はいい。当然の事をしたまでだ!」

「彼の言うとおりです。それに、たまたま運が良かっただけです。そんなに気にしないで下さい」

「しかし…」

「いいんだよ。それより、華佗って言ったか?お前、何者だ?」

 

私は話しを逸らすつもりもかねて、華佗に話しかけた

「俺か?俺は五斗米道という宗派で、医術を学んでいる者だ。現在は修行中で、大陸を渡り歩いている。いつかこの大陸に巣食う病魔を全て取り除くのが、俺の目標だ!」

な、なんていうか、熱い男だな…それに、あの五斗米道か。結構昔から聞く医療を生業としている連中だな

「そ、そうか。私は司馬懿。私も大陸を旅している。そしてこいつが…」

「東零士。同じく大陸を渡り歩いているものだ。よろしくな」

軽い自己紹介を済ませ、零士と華佗は村長と何やら話し始めた。私は大して興味もなかったので、外で待っている事にした

村人達は怪我を負いつつも、皆が協力して村の復興に当たっていた。私は、ここの人達を守れた。その事実に確かな充足感を感じていた。それと同時に、もし、あの日私の村の人間も皆無事だったら…などとも考えてしまった。過去を悔いても、仕方ないのにな…

「はぁ…はぁ…」

私がもの思いにふけっていると、一人の女性が何やら慌てて何かを探しているようだった

「どうかしたのか?」

私は特にやる事もなかったので話しかけてみた。すると女性は涙を溜めて私にしがみついてきた

「はぁはぁ…い、いないんです!私の、子どもが…他の方の子も…」

「なに!?」

まさか、賊に連れて行かれたのか?

「おい!本当にいないのか?」

「はい…みんなで探しているんですが…どこにも…」

チッ!最悪だな

「待ってろ!私が探してやる!」

逃げ込んだ場所はだいたいわかる。あの程度なら、私一人でも…

†††††

 

 

 

「この辺りに……見つけた。あれか」

私は賊が逃げ込んだ森の中に入っていった。零士に学んだサバイバル術のおかげで、賊の足跡を辿る事も成功した。そしてしばらく進むと、洞窟を発見する。間違いない。あそこだ

「さて…人質の確保が先か、それとも…」

殲滅が先か。内部の構造を把握していない分、慎重に動かなければならない。見つかるのはマズイ。人質の命に関わってくるからな

「となると、まずは人質を見つけるか」

私は地形を記憶しつつ、洞窟内を探索し始める。なかなか入り組んではいたが、迷うほどじゃないな…おっと!

「ふぁぁ…ねみぃ。ったく!巡回なんて必要かね」

賊の一人がダラダラとこちらに向かっている。好都合だ。奴に聞くか

「布団にくるまりムグッ!」

私は賊の口を塞ぎ、喉にナイフを当て、物陰に引き込んだ。チッ、暴れやがる

「大人しくしろ。刃が食い込むぞ」

私は強めにナイフを押し当てた。賊の喉からツーッと血が流れる

「………」

すると賊は大人しくなった

「利口だな。さっそくだが、お前達が連れて行った子ども達はどこだ。必要の無い事以外は言うな。言ったら殺す」

私はナイフを押し当てたまま、賊の口を解放した。賊は数度咳き込み、そして弱々しく答えた

「この先を、少し行って、左に、牢がある…」

私は再び賊の口を塞いだ

「本当だな?」

賊は頷く。場所は割れた。救出前に退路の確保をしなければな

「おっと。御苦労だったな。もう逝っていいぞ」

「こかぁっ……」

私は賊の喉を切り裂いた。賊は少しのたうちまわり、やがて倒れ、血だまりを作った

「きったね」

さぁ、この辺一帯の消毒が終わったら、牢を覗いてみるか

私は牢屋に訪れる前に、この洞窟内の地形を全て記憶した。宝物庫、食料庫、寝室、そして大広間。出口は二つあったな。その後は賊が教えてくれた場所に進み、牢屋を視認する。ここからなら、二つ目の出口が近いな。救出後はそこに行こう

「警備は…二人か。しかも寝ている。やる気あるのか?」

私はナイフを握りしめる。静かに…静かに近寄り…さぁ、永眠のじか…

「あ、あなたは?」

私が寝ている賊の一人を殺そうとすると、牢に入っている一人の女と目が合ってしまった

な!この桃色!喋んなよ!

「おっあっぐっ!」

私が一人の首を刺し殺す頃、人質の一人が喋り出した。そしてその声で、もう一人が起きてしまった

「な、なんだ貴様!」

「チッ!死ね」

私はナイフで賊を切り刻んだ。ちくしょう、ヒヤヒヤしたな

「はぁ…おい。助けにきたぞ」

人質は、この桃色を含めて5人か

「!あ、ありがとうございます!みんな!助かるよ!」

「ほ、ほんと?」

「おうち、帰れる?」

「うん!みんなで帰ろう!」

チッ!このバカ女、声がでけぇ

「おい、もう少し静かにしろ。見つかりたいのか?」

「あぅ。ごめんなさい…」

 

桃色バカ女はシュンとした。こいつより、子ども達の方が利口だな

「はぁ…これで全員か?」

「はい。あの、本当に助かりました!」

この桃色、年は私と同じくらいか。その割りには、ずいぶん発育がいいな。私もそこそこあると、思っていたんだがな

私は警備から鍵を奪い、牢屋を開けて行く。さて、ここからが本番だな。この頭のユルそうなバカ女が騒ぐ前に脱出できれば上々だ

「みんな、シーっだよ!」

お前が一番黙れ

「あの、ところであなたは?」

もうすぐ出口、というところで、桃色が話しかけてきた。ここまでは順調だな

「あぁ?お前らの村を襲った賊を追い払ったしがない旅人だよ」

私は警戒しつつ、話に付き合ってやることにした

「ほぇー、凄いんですね。羨ましいなぁ」

バカ女は能天気に答えた。いちいち腹立つな

「なにがだ?」

「私も、みんなを守りたいんですけど、闘うとか苦手で。いつも、みんなの邪魔ばっかりしちゃうんですよね」

見ればわかる。じゃなきゃこんな所にいないだろう

「だろうな」

「あぅ、そんな正直に答えられると、さすがに傷つきます…」

「知るかよ。…お前、そうやって誰かを助けたいって思って、実際何かしたか?」

「どういう事ですか?」

「例えば、私は二年前に賊に家族を奪われた。その時に、自分の無力さを呪ったよ。以来、私は鍛錬を怠っていない。その結果、今はこうして、お前達を守れる立場にいる。お前はどうだ?」

私は、何を話しているんだろうな。なんでこんな話、こんなバカ女に…

「私は、その、痛いのとかはちょっと…」

「それで、なんの努力もしてこなかったのか?苦手だと、切り捨てて」

「…」

甘ったれるなよ

「いいかバカ女。力が無きゃ、なにも救えない。だから力を付けろ。本気で誰かを助けたいならな」

 

私は自分の声に怒気が混じっているのに気付いた。きっと、過去を思い出してしまったのだろう

「力だけじゃ…平和になりません…」

「あぁ?」

「私は、あなたとは違います。私はもっと、別の方法で、みんなを助けたい!」

バカ女の声に熱が入る

 

「綺麗事だな。結局は力に頼るぞ」

それとは対照的に、私の声は冷めている

 

「そんな事ありません!」

「なら、今のこの状況、武力以外で切り抜けられるのか?」

「それは…」

 

バカ女は黙った。こいつは、今の状況も含めて、現実を理解していない

「もっと現実を見ろ。今のままじゃ、ただの夢想家だ。理想だけじゃ人は救えない。話し合いで世界が平和になるほど、この世は甘くない。守るための力を、身につけるんだ」

「守るための、力…」

「あぁ。よし、出口が見えた。帰れるぞ」

 

私は出口を確認する。出口から光が漏れている

「あの、私にも、誰かを守れるかな?」

 

バカ女はうつむいたまま聞いてきた

「さぁな。お前の頑張り次第じゃないか?バカ女」

「もう!さっきからバカバカ言わないでくださいよ!私には劉…」

「待て!来やがったぜ」

出口に出たところで、洞窟内から複数の賊が押し寄せてきた

「さっさと行け!」

出口の外には橋か…使えるな

「あなたは!」

「いいから行け!時間を稼いでやる!」

「でも!」

「バカ女!守りたいんだろ?最初の仕事だ。その子ども達を無事に村まで連れて行け。わかったな!」

「!!…わかりました。死なないでください。助けを呼んできますから!」

あのバカ女は、子ども達を連れて橋を渡り切ったな。さてと…

ザシュ ガシャーン

私は橋を切り落とした。これで、賊共は追えないはずだ。まぁ、私も帰れなくなったがな

「ハッ!関係ないか。さぁ賊共、お前らに明日はないぞ!」

そして私は、賊の群れに突っ込んで行った

†††††

 

 

ピンク髪の女の子視点

「はぁ…はぁ…もうすぐだよ!みんな頑張ろ!」

私は洞窟を抜けた後、一目散に村を目指した。私たちが橋を渡ってしばらくすると、何かが崩れる音が聞こえたけど、あの人は大丈夫かな?………あ!

「名前、聞いてなかったな。あれ?私も名前言ったっきゃうっ!」

痛!つ、つまずいちゃった…

「劉備おねえちゃん大丈夫?」

「え、えへへー、大丈夫だよー!」

子どもに心配されちゃうなんて…うぅ。恥ずかしいなぁ…あ、村が見えてきた!

「うわぁーん!かあさまー!」

「あぁ、よかった…本当によかった…劉備ちゃん、本当にありがとうね」

「い、いえいえ!私はなにも…あ!村長ー!」

 

子ども達が親のもとへ帰るのを確認してから、私は村長のもとへ駈け出した。あの人を、あの人を助けなきゃ!

「おぉ劉備!無事じゃったか!」

「村長!今すぐみんなで洞窟に!私を助けてくれた人がまだ!」

「心配せずともよい。先ほどとんでもなく強い御仁が向かった。会わんだか?」

 

もう向かった?あの人の仲間かな?

「い、いえ。でも、それならよかったぁ…」

私はここで緊張の糸が切れ、脱力し、気を失ってしまった

守るための力、かぁ…

私でも、誰かを助けられるのかな…

んーん、助けるんだ

私一人じゃダメかもしれないけど

いろんな人と協力して

いつか、みんなが笑って暮らせる世界を………

 

 

 



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咲夜編終幕

 

 

 

 

 

「ぎゃーー!!」

「はぁ…はぁ…」

一体、どれほどの賊を殺したのだろう

「てんめぇ、よくも!ゴァッ!」

斬っても斬っても、切りが無い

「女一人に何やってやがる!全員で一斉にかかれ!」

「ハァァァァッ!」

襲ってくる賊を全て返り討ちにしていくうちに

私の周りは屍で溢れ、体は返り血で染まっていた

「な、なんなんだよこいつ!」

「怯むな!奴も人間だ!必ず殺せる!」

「はぁはぁ…その前に、私が殺してやるがな」

終わりが見えないな。殺した数も、百を越えた辺りから、数える事をやめた

「チッ!どんだけいやがる!」

見誤ってしまったな。まさか、これ程とは…だが

「舐めるなよ!」

私はそれからも、次々と賊を殺していった。同士討ちを誘ったり、ナイフで切り裂いたり、奪った槍で突き刺したり、剣で首を刎ねたり…そろそろ千人斬り達成するんじゃないか?

「ヒィッ!化け物!」

はっ!とうとう、私も化け物判定か。悪くないな…

「うっ!」

足場がどんどん屍で埋まっていったせいか、私はその一つに躓いてしまった。しまった!態勢が…

「今だ!やっちまグハッ!」

私はすんでのところで、槍を突き出し、賊の一人を殺す事が出来た。だが、私は完全に態勢を崩してしまい、倒れてしまった。そして容赦無く、賊が押し寄せてくる

そんな…

こんなところで終わるのか?

力を付けたのに、私はまた負けるのか?

クソ!クソ!クソ!

こんなはずじゃない!

まだいけるだろ!

動け!

動けよぉぉぉぉっ!!

ダダダダァン!!

「!!」

雷鳴のような音が洞窟内に響き渡る。これは…銃声?

 

「今のは危なかった。無事か咲夜?」

気付くと、私に向かっていた賊達は皆蜂の巣になっていた。その奥には、零士が銃を構えて立っていた

「わ、悪い…」

また、こいつに守られてしまったな。一人で飛び出したくせに、格好悪い…

「休んでいなよ。だいぶ派手にやったみたいだしね」

それからの行動は早かった。零士は瞬く間に賊を殲滅。逃げて行く奴らも容赦無く殺していった。洞窟内は死臭と屍で満ちていた

「はぁ…咲夜、何故一人で出た?」

賊の掃討が終わると、零士は私に近づき、語りかけてきた

「早く助けなきゃマズイって思って」

半分は本当だが、もう半分は私一人で賊を全滅できると思ったからだ。結果、零士に助けられたがな。私もまだまだだ…

「とりあえず、ここを出よう。話はそれからだ。さぁ、掴まれ」

零士は私に手を差し伸べる。私はそれに捕まろうと手を伸ばすが…

「今だ!やっちまえー!」

数多の屍に紛れ、賊の生き残りが一斉に襲い掛かってきた

マズイ!対処しきれない!

ザシュグサッブシャッ

刃物が肉に突き刺さる嫌な音が聞こえた

 

「…?」

私は咄嗟に防御しようと構えた。だがおかしなことが起きた。攻撃がこない?私はこの時、目をつむってしまっていたため、状況を理解できていなかった。そして目を開けると…

「……あ、あぁ…零士!!」

零士が私を庇って、攻撃を防いでくれていた。剣や槍が刺さり、体は切り傷でいっぱいで、瞳からも血を流していた

「……っ!」

零士は咄嗟に長刀を出現させ、残りの賊共を真っ二つにした。そして膝をついた

「零士!おい零士!大丈夫か!?」

私のせいだ…私が一人で来たから…

「はは…ドラマや映画でよくある、誰かを庇って傷つくなんて…バカのする事だと思ったけど…なるほど、こんな気持ちなのか…」

零士の体はいたるところから出血していた。声も心なしか、少し弱々しい

「零士ごめん!…私が、私がもっと考えて行動してたら…」

「ふふ…学んでくれてよかったよ…もう、こんな無茶、しないって約束してくれるかい?」

「あぁする!だからもう喋るな!出血が酷い…このままじゃ…」

私は零士を抱え、出口を目指す。地面は賊の死体で埋め尽くされていて歩きにくい。クソ!急いでるってのに!

「咲夜…この二年間、君といられて楽しかったよ…」

「おいやめろ!そんな事言うな!まだ死ぬ訳じゃねーだろ!」

自然と、涙が零れた

「あはは…悪くない最期だ…」

涙を止めることができなかった

「ダメだ!零士逝くな!逝かないでくれ!私を…私をまた一人にしないでくれ…」

村の皆を失って、家族を失って、今度は零士まで、私のそばから離れようとしている。私は、私はまた失うのか?また、あんな悲しい思いをしなきゃいけないのか?せっかく助けてもらったのに…せっかく心の底から楽しいって思えたのに…せっかく好きになれたのに…こんな事って…

「この辺りはひど…!零士!どうした!?」

「お前…華佗か…?」

私が零士を抱え泣いていると、華佗が奥からやって来た

「酷い傷だ。出血も激しい。とりあえずここで応急処置をする。幸いな事に、五斗米道の支部がこの近くにある。応急処置が済んだら、そこへ向かおう!」

「零士…助かるのか…?」

私は涙声で華佗に問いかけた。すると華佗は満面の笑みで答えてくれた

「あぁ!必ず助けてみせる!」

それから華佗は鍼治療を施す。ただ物資が足りないのか、止血と軽い切り傷を癒す程度しかできなかった。さらに…

「まずい!眼球をやられている!このままじゃ視力を失うぞ!」

「な!…早く!その支部があるところに行くぞ!」

 

最悪だ…本当にまずい!

 

 

 

†††††

 

 

私と華佗は零士を抱え走り出した。そして村とは反対方向にある道を駆け、森に囲まれた民家に辿り着いた。そこには、華佗の同業者らしき者がいた

「すまない!急患だ!手伝ってくれ!」

「華佗?…なんと!?酷い傷だ。すぐ手術の準備を始める!」

「あ、あの!絶対、絶対に助けてくれ!そいつは私の…」

「任せろ!俺の患者は、誰一人死なせない!」

それからの数刻、私は扉の前でひたすら待ち続けた。中から聞こえる激しい声に、一抹の不安を抱きながら。そして…

「ふぅ」

体中汗まみれの医者が部屋から出てきた

「おい!零士は無事なのか?」

私は医者に詰め寄った。すると医者は笑顔でこう答えた

「華佗の応急処置が幸いしたな。あれがなければ、今頃出血死していただろう。それを抜きにしても、あの男の生命力には驚いたがな。あれだけの傷を受けて生きている者など、今まで見たことがない」

「それじゃあ…」

「あぁ。手術は成功。あの男は生きている」

「そうか…」

私は脱力し、膝をついた。そして、また涙が零れ始めた

「ありがとう!…本当にありがとう!」

「礼なら華佗に言うといい。この手術も、実質あいつの力だ。まぁ、力を、使い果たした分、今は寝てしまっているがな」

「それでも、救ってくれて、感謝する…」

「医者として、当然の事をしたまでだ。さぁ、お嬢さんも休みなさい。疲れただろう」

それから医者は、私に布団と果物を用意し、部屋に帰っていった。私は、零士が寝ているとされる部屋に入り、零士のそばにいた。零士は、左眼の部分に布を巻かれていた

「……なんで、私を庇ったんだよ…」

私は零士に問いかける。あの時の私に、救われる資格なんてなかったはずだ

「お前は…なんで怒ってくれないんだよ…」

それでもこいつは私を助けた。愚かにも私怨に囚われ、一人で突っ込み、人質を助けた事でいい気になっていた

「なんとか、言えよ…」

こいつは、以前からずっと忠告してくれていた。冷静になれと。だけど私は無視ししていた。力を手にし、思い上がっていた

「私は、お前が好きなんだ…二年前、救われた時からずっと…だから、ずっとそばにいてくれよ…」

こいつにはずっと支え続けられてきた。この二年の旅は、本当に楽しかった。これからもずっと続くと思っていた

「もう…絶対に一人で突っ走ったりしない…忘れる事はできなくても、冷静でいるように努める…だから…」

一人にしないでくれ…

「………約束、守れるかい?」

「!!零士!」

零士の右眼が開き、こちらを覗いてきた。よかった…生きてた…

「はは、心配かけたかな?」

 

声は少し弱弱しいが、余裕はありそうだ。峠は越えたみたいだな

「当たり前だろ…ばか…」

「咲夜、君の気持ちは理解しているが、僕は復讐の為に力を与えたわけじゃない。力を得ることで、できることは確かに増える。だが同時に、力を手にしたその時から、君はもう奪う側の人間でもある。そしてその力の使い方を間違えたら、それは賊と変わらない。力の使い道を私欲に使ってしまったら、それはただの獣なんだ。それだけは、忘れちゃいけない。もし忘れたら、君は君の大切なものを失ってしまう。咲夜のその力は守るための力だ。殺すためじゃない。わかったかい?」

「わかった…」

「もう、間違えないと、約束できるかい?」

零士は真っ直ぐ私を見つめて言った。答えは決まっている。私はもう、二度と違えない。私にはもう、失いたくない大切な人がいる

「あぁ。約束する…」

そして私は口付けをした。全ての想いをのせて…

†††††

 

 

「華佗。世話になったね」

二日後には、零士は完治していた。五斗米道の力が凄いのか、こいつの回復力が半端ないのか、判断しづらいところだった

「あぁ、だがすまん。お前の左眼は…」

あの時受けた傷のせいで、左眼だけは完治できなかった。傷は消せても、視力だけは回復しなかったようだ

「大丈夫だよ。まだ微妙に見えるし。それに今後は…」

零士は突然、私にもたれかかってきた

「お、おい!」

「咲ちゃんに支えてもらうから、なんともないよ。いいよね?咲ちゃん」

「お前…」

本当に勝手だ。だけど、嫌な気分ではない

「旅は続けるのか?」

「いや、もうだいたい会いたい人には会ったし、どこかに定住しようと思っているよ」

「な!いいのか?まだ曹操と劉備だったか?には会ってないぞ」

こいつの旅の目的である、後の英雄に会いに行くといもので、孫堅、孫策には会えたが、曹操と劉備はまだのはずだ

 

「大丈夫。会える目処はたってる。咲ちゃん、許昌に行くよ」

 

「許昌か。ここからなら近いな。だが、あそこには何もないぞ?」

 

華佗が言った。確かにあそこは、特になにと聞かないな

「ふふ。今はね。だがすぐに発展するさ。いずれ曹操とも、そこで会えるはずだ」

「未来の知識、ってやつか?」

 

私が聞くと、零士はニコッと笑った

「そういう事だ。じゃあ華佗、そろそろ行くよ。助けてくれて、ありがとう。許昌では飲食店をやるつもりだから、いつでも来てくれ」

飲食店?こいつは本当に、相談無しで決めていくな

「わかった!道中気をつけてくれ!」

「華佗、世話になった。ありがとう。今後は咲夜と呼んでくれ」

「いいのか?俺は五斗米道の教えで、真名を教える事はできないんだが…」

 

華佗が少し申し訳なさそうな表情で言った。そんなことは気にしなくていいのに。こいつには大恩があるのだから

「いいんだ。受け取ってくれ」

「…わかった。咲夜も気をつけてくれよ!」

そして私たちは、許昌を目指す最後の旅をした。その旅が、どことなく寂しく感じられた。

やがて、私たちは許昌に辿り着く。許昌の街は、広い割りには活気がなく、どこかさみし気だった

「よし、許可は取ってあるし、ここに店を構えよう」

 

私と零士は許昌の角にやってきた。人通りは多くはない。静かな場所だ

「金はあるのか?」

「ん?」

「…」

私が聞くと同時に零士が指を鳴らすと、立派な建物が現れた。魔術がいちいち反則過ぎる

「なかなかの外装だな。中も悪くない」

 

私は建物を確認していく。木造建築でとても落ち着いた雰囲気。厨房は見たこともない機材でいっぱいだった。恐らく未来の便利品だろう

「さて、僕はここで飲食店をするつもりだよ。許昌の物流は悪くないし、僕の世界の料理なら絶対に受けるみたいだしね。咲夜、君はどうする?」

「は?何言ってんだ?私もやるに決まってるだろ」

 

こいつは何を今さら…

「…いいのかい?君程の力があれば、多くの人を助けられるんだぞ?」

そうかもしれないし、ついこの間まではどこかに仕官も考えていた。私の力が誰かを救うかもしれないから。だが…

 

「だとしても、私はお前と一緒に生きていくと決めたんだ。それが飲食店をやることでも、関係ない。私は、私の大切な人を守れたら、それでいい」

 

もう私は、こいつ意外に興味はない。傷を負わせた償い、と言うわけではないが、私はこいつと共に生きたい

「そっか…なら、今後とも、よろしく頼むよ。咲夜」

それからも、様々な出会いがあり、大切な人が増えていき、そして…

†††††

 

 

現在

これが、私と零士の今がある道程。こいつの左眼は、私の責任だ。許されるはずがないんだ

「咲夜、そんなに気を遣わなくていい。僕は今までも上手くやってこれたし、これからもやっていける。だから、大丈夫だよ」

「上手くいってないから、死にかけたんだろ?」

 

私がそういうと、零士は微妙な笑顔を見せた

「あー、はは。油断してたらね。ずいぶんと衰えたもんだよ」

「なんでお前は…そうやって笑っていられるんだよ…」

こいつはいつだってそうだ。何があっても、笑って受け流す

「それでも僕は生きているからかな。生きている限り、笑ってなきゃ勿体無いだろ?」

 

だからって…

「私はお前が心配だ…いつか、いなくなってしまいそうで…」

私は知っている。こいつは冷静だが、その癖に無茶をしたがる。私に約束させといて、自分の事は棚に上げる。本当に勝手だ…

「………そういえば咲夜、四年前の答え、聞かせて欲しいな」

四年前の、答え?

「僕は咲夜を支える。だから、咲夜は僕を支えてほしい」

言われて気づく。確かに、私はあの時、ちゃんと答えを言っていなかったな

「当たり前だ。私はお前を支える。お前は、私の大切な相棒だから…」

そして私は、零士を手放さないかのように、二度目の口付けを交わした

 

 

 



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日常編其五
お悩み相談所『晋』


 

 

 

 

 

ここはお食事処『晋』。美味い飯と酒につられ、様々な客がやって来る。そんな中に、時折悩みを抱えているお客様が来ることがある。そんな人達の相談に乗ってあげるのもまた、『晋』の仕事だ

CASE1 担当:東零士

「てんちょー…沙和もうダメなのー」

今酒を飲んでうなだれているのは、凪の親友の于禁こと沙和だ。楽進、李典、于禁は魏の三羽烏と呼ばれ、そこそこに有名だ。だが、于禁は軍にいるのが想像できないほど、噂好きで、流行に敏感な、普通の女の子だった

「どうかしたかい?沙和ちゃん」

「わたしー、軍人向いてないのかなーって。凪ちゃんみたいにー、強くないし。真桜ちゃんみたいにー、何か作れる訳じゃないしー。私ってー、お邪魔みたいなのー。今日の新兵訓練も、沙和の所だけ言う事聞いてくれないの」

ずいぶん酔っているせいか、どこか元気がないな。だが、こんなお客を励ますのも、うちの仕事だ

「なら、君は何故、華琳ちゃんの所に入ったんだい?」

「それは、村の皆を、困ってる人を助けたかったからなの」

「その気持ちは、今もまだあるかい?」

「当然なの!」

 

沙和はガバッと起き上って怒鳴った。そんな姿に、零士は優しく微笑む

「なら君は、軍人に向いているんだよ。軍人はね、そうやって誰かの為に戦える人にしか務まらないんだ。その気持ちも無く軍に入った者はただの三下。君はまだ、力は無いかもしれないけど、軍人の心としては、一流なんじゃないかな」

「そう、かな?」

「あぁ。それに、こうやって愚痴をたれても、失敗を繰り返さない為に、試行錯誤しながらまた明日も頑張るんだろ?それはとても立派な事だ」

「そ、そっか。えへへー、ありがとうなの、てんちょー!」

「ふふ。なら、頑張っている沙和ちゃんに、僕から助言をしよう。明日の新兵訓練に、ここに書いてある事を試してみるんだ」

 

零士はいつのまにか用意していた手帳を沙和に手渡す。沙和は戸惑いながらもそれを受け取った

「なんなの?」

「僕が昔いた所の海兵隊という軍が実際に行っていた訓練法だ。多少は効果があるはずだよ」

 

沙和は絶対わかっていなさそうだったが、目を輝かせて喜んでいた

「ほぇー。ありがとうなの!また明日も頑張ってみるの!また来るの!」

沙和は零士に手渡された手帳を握り、元気良く帰って行った

「よう。大丈夫なのか?海兵隊の訓練法って確か…」

「大丈夫かなー」

投げっぱなしかよ

だが後日、沙和が満面の笑みでうちに成功報告にやってきた

どうやら、あの罵倒式の訓練法は、そこそこ人気を得たらしい

†††††

 

 

CASE2 担当:詠

「はぁ…」

「どうしたの稟、ため息なんかついて」

こいつは郭嘉こと稟。袁紹の一件以降にここに来た魏の軍師で、かなりのキレ者らしい。そして…

「いつになったら、華琳様は私を閨に呼んでくれるのかなって…」

こいつもまた、華琳を溺愛している一人だ

「ね、閨って…あんたその前に、あの鼻血癖をどうにかしなさいよ。きっと呼ばない原因もそれにあるわよ」

そう。こいつの困った所は、妄想が暴走し、その結果どこでだろうと鼻血を噴き出すのだ。その度に、うちに来ては血になるものを食っていく。レバニラ炒めは、ほぼこいつの為にできた料理だ

「私だって、どうにかしたいですよ!でも、華琳様を思うと…」

稟がよからぬ妄想に入ろうとするところへ、詠はハリセンを取出し、阻止した

「妄想禁止!こんな所で鼻血出されたら、たまったもんじゃないわ!」

「す、すいません…ですが!この気持ちを止められないんですよ!」

「あぁはいはい。わかったから、そんなに近づかないで。…そうよ。あんた僕とはこんなに至近距離でも会話できるのに、どうして華琳とはできないのよ」

 

詠と稟はカウンターを挟んで会話している。そこそこ近い距離だ

「それはその…恥ずかしくて…」

「今までの鼻血癖の方が、恥ずかしいと思うけど」

 

詠に同意見だ

 

「あ、それなら、華琳に慣れてしまえばいいのよ!」

「慣れる、ですか?」

「えぇ、ちょっと待ってなさい!……………あったわ!ほらこれ」

 

詠は店の奥に引っ込んだかと思うと、なにか本を持ってやって来た

「これは!なんと精巧な華琳様の絵でしょう!」

 

詠が持ってきたのはアルバムらしい

「まずはこれで慣れるのよ!これで妄想しても堪えられるようになったら、きっと閨にも呼んでもらえるわよ!」

「私にできるでしょうか?」

「できるかじゃない。やらなきゃダメなのよ!じゃなきゃあんたは、いつまで経ってもこのままよ」

「う、が、頑張ります!では、また結果報告を。この絵、ありがとうございます!」

稟は華琳の写真を大切に持ち、帰って行った。その時、顔が赤くなっていたのは言うまでもない

「お疲れ詠。お前、いつの間に華琳の写真なんて撮ったんだ?」

 

私は詠に話しかけた。あの華琳によく撮影許可がでたよな

「あぁあれ?僕、猪々子と写真撮って以来、カメラが趣味なっちゃってさ。色んな人や物、風景なんかを撮ってんのよね」

そう言って詠は、多数の写真が入っているアルバムを手渡してくれた。風景や人々の笑う姿、常連の写真や料理の写真、私たちが写った写真まであった

「へぇ。よく撮れてるじゃないか」

 

「まぁね!」

後日、華琳と稟の距離は何処と無く近くなったようで、普通に会話もできるようになったらしい

ただ

あの相談があった日以来、夜な夜な稟がレバニラ炒めを多く食すようになった。一体、ナニをしているんだ

†††††

 

 

 

CASE3 担当:悠里

「ふえぇぇぇーーん!!!」

「あー…またですか桂花ちゃん」

今泣いているのは荀彧こと桂花。華琳が許昌に移り住む前から居た猫耳軍師。うちにも割と来てくれる奴なんだが…

「もう!!聞いてよ悠里!華琳様ったらまた春蘭と閨を共にしたのよ!なんでこんなにも尽くしてる私じゃないのよ!」

酒が入るとこのように泣いたり怒ったりと、とにかく面倒臭くなってしまう

「えー。でも桂花ちゃん、この前華琳さんと閨を共にしたって喜んでましたよね」

「そんなのは二日前の事よ!こっちは毎日でだって足りないくらいなのに…」

そしてこいつもまた、華琳が好き過ぎる奴の一人だ。魏の奴はこんなんばっかりか

「うーん…どうしたものか………そうだ!ねぇ桂花ちゃん。桂花ちゃんは、華琳さんに振り向いて欲しいんですよね?」

あ、なんか嫌な予感が…

「えぇ、ぐすっ、そうよ」

「ならさ、ちょっと浮気してみない?」

「浮気…?」

 

まーた妙な事言い始めたぞ

「そそ!他の誰かとイチャついてる所を華琳さんに見せつけたら、きっと華琳さんも妬いちゃいますよ!」

「でも…私は華琳様以外を愛するなんて、できないわよ」

「別に愛する必要は無いんですよ。フリだけです」

「でも相手がいないわ」

「ふっふーん!それなら大丈夫ですよ!ここに女泣かせの店長様がいます!」

 

悠里は零士を親指で指して答えた

「え?それって僕の事?いつ女泣かせたっけ」

 

急に話を振られ、戸惑う零士に…

「はぁ?嫌よ、気持ち悪い」

桂花はズバッと切り捨てた

 

「うわぁ…傷つくなぁ…」

 

流石の零士も、ハッキリ言われると心に来るらしい。微妙にションボリしてる

「うーん…なら、咲夜姉さんでどうですか?」

そしてやっぱりこっちにも来たか…

「却下だ。後で華琳に何言われるかわかったもんじゃない」

 

あいつのことだ。そんな事したら後でネチネチ言われるに決まってる

「えー…なら、あたしで大丈夫ですか?」

 

悠里が言った。最初から自分を指名させたらいいだろうに

 

「いいの?」

「もちろんですよ!桂花ちゃん可愛いし!」

「そ、そう。なら、よろしく頼むわ。浮気かぁ、たまにはいいかもね」

案外、桂花も乗り気なんだな。後ろに怖い人がいるのに…

 

「あら、何がいいのかしら?」

「「ヒィッ!」」

後ろの怖い人に声を掛けられ、悠里と桂花は声をあげた。華琳はいじわるな目を桂花に向けてゆっくりと口を開いた

 

「桂花、あなたが誰の所有物か、一度しっかり刻み込まないといけないみたいね」

「は、はい!」

 

なんでちょっと嬉しそうなんだろう

「それと悠里、もし私の所有物に手を出したら、ただじゃおかないわよ」

「き、気をつけます!」

 

おー、怖い怖い

「利口ね。零士、何か精の付くものを」

「畏まりました」

「桂花、今夜は寝かさないわよ」

「か、華琳さまぁ…」

その後、華琳は飯を平らげ、恍惚とした表情の桂花を連れ帰って行った

「怖ぇ!華琳さんマジ怖ぇ!」

「あれはお前が悪い」

後日、桂花が再び上機嫌で入店したことは、言うまでもなかった

†††††

 

CASE4 担当:恋

「う~ん、凪ちゃん程ではありませんが、風も辛いものは好きなんですよ~」

こいつは程昱こと風。稟と同時期に入った魏の軍師で、実は一番侮れない奴なんだが…

「…零士のカレーは、絶品」

「そう言えば恋ちゃん、聞いてくださいよ~。この前野良猫と…」

「…」

「ぐぅ……」

「すぴー……」

このように、普段はグダグダだ

「ていうか起きろよ!」

†††††

CASE5 担当:咲夜

「はぁ…」

「ん?どうした華琳。ため息なんてついて」

なにか悩み事か?私でよけりゃ聞いてやるか

「あら咲夜。実は最近、気になる子がいるのよ」

「へぇ、別に珍しい事じゃないな」

女好きで有名だしな

「でもその子、なかなか私の下に来てくれなくて」

「そうなのか?華琳って結構モテるんだろ?」

秋蘭とか春蘭とか桂花とか稟とか。あげたらキリがなさそうだ

「私もそれなりに自信はあったのだけれど、その子はなかなか我が強くてね」

へぇ、そんな子がいるんだ

「ちなみにその子ってどんな子なんだ?」

「美しい黒髪が特徴ね。顔は中性的で整っているわ。なにより、戦う姿が綺麗なのよ。一瞬で魅了されたわ」

「へぇ、聞く分には、なかなかの子らしいな」

そう言えば、北郷一刀の所の関羽って奴が、美しい黒髪から美髪公なんて呼ばれていたな。もしかして、関羽の事なのか?

「ということで咲夜、今晩閨にこないかしら?」

「なんでその流れで私なんだよ!」

「何を言っているの?私はさっきから、あなたの事を話していたのよ」

「関羽じゃないのかよ!」

「関羽もいいわよねぇ。いずれ必ずモノにしたいわ。その前にまず、咲夜から頂かないと」

「なんでだよ!て言うか最近の話じゃねぇだろそれ!」

「あら、私はいつもあなたの事を考えているわ。だからある意味最近よ」

「女癖悪いにも程があるだろ!少しは節度を持て!」

華琳の悩みには乗らないのが正解らしい

†††††

 

CASE6 担当:月

「月っちー、ちょっと聞いてぇなぁ」

「どうかしたんですか霞さん?」

霞が悩み事か、珍しいこともあるな

「最近凪が冷たいんよ」

「凪さんが、ですか?」

あー…

「うん。うちとしては仲良ぉしたいんやけど、なんかこう、距離置かれてる気ぃしてさ」

「それは、前からそうなんですか?」

「いんやぁ、ちょーっと前までは膝枕とかしてくれたんやけどなぁ。最近はないなぁ」

「何か、心当たりはないのですか?」

「ないよー。あったらこんな悩まんよぉ」

「へぅ、一体何でなんでしょう?」

「ぐすん…うち、嫌われたんかなぁ…」

霞は割と真面目に悩んでいるみたいだな。涙まで流して。ただ…

「そんな事は………あの、今涙を拭いているその布は一体…」

「ん?あぁこれ?凪の下着よ?」

「…」

「あぁ!凪が恋しい!うちこれだけじゃ満足できん!」

そう言って霞は、凪の下着をクンクン嗅ぎ始めた。実は私は知っていた。最近、凪が霞の性的イタズラに悩んでいると。そしてどういう訳か、その日辺りから下着が消えていた事も

「あぁんもう!今度凪が風呂入ってるとこ覗こかな!ほいで夜とかも、こっそり凪の布団に忍び込んで…」

あ、銀髪少女が霞の肩をトントンとたたいた。霞は振り返らないが、銀髪少女は振り返るまで肩をたたき続ける

「あぁ?なんやねん!今ウチ妄想で忙しい…ねん…」

「…」

 

霞は振り返り、笑みを凍りつかせた。銀髪少女こと凪は、素敵な笑みで霞を見ている。ただ、目だけは笑っていなかったが

「にゃ、にゃはー。な、凪やん!どないしたん?こないなところで」

「いえ、ただ夕食を頂きに来ただけでしたのですが、まさかこんな所に下着泥棒が居るとは思いもしませんでした」

 

凪は手錠を取出し、それで遊ぶかのように回し始めた

「し、下着ドロやて?だ、誰やろなー、そないけったいな奴がおるなんて…」

「………霞様、ご同行、願いますよね」

 

凪のどすの利いた低い声が、霞を黙らせた

「はぃ…」

そして、凪は霞をしょっ引いて帰っていってしまった

「な、なんだったんでしょうね」

月は戸惑いながら聞いてきた。さぁ、なんだったんだろう。とりあえず言えることは…

 

「現行犯逮捕、ってやつなんじゃないか?」

よかったな凪、これで悩みも解決するといいな

 

 

 



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魏の大食漢とその保護者達





 

 

 

 

 

うちの店『晋』は、美味い、安い、量が多い、さらには美女揃いということで、かなりの集客率を上げてきた。そして基本は来る者拒まずの精神で、明らかに柄の悪い輩でも、一旦は店に入れてあげる。その後、もし店で暴れたら、恋による制裁が入るがな

そんな『晋』でも、出入り禁止制度は実装されていたりする。だが完全な出入り禁、というわけではない。月に一度だけ、入店は許可している

 

 

そして今日は、その入店許可日だ

「邪魔するぞー!」

「はー、一ヶ月長かったなー」

ぞろぞろと入ってくるのは、うちの店の要注意人物でも上位にのぼる二人、春蘭と季衣だ

「は!き、来ました。みなさん戦闘態勢です!」

「今日は体力をばっちり残してあるから負けないわよ!」

月と詠の言動、決して大袈裟ではない。春蘭と季衣は本当によく食う。それこそ、恋並に食っていく。おかげで、こいつらが来ると在庫が空になりかねない

「すまんな、咲夜。迷惑をかける」

「東さんも、本当にすいません」

春蘭、季衣の後から秋蘭、流琉が申し訳なさそうに現れる。この二人は、それぞれの保護者的立場にある良識人だ

「気にするな。きちんと金は払ってくれてるんだ。問題は…ない事はないがまぁいいさ」

そう。うちは料金設定を安めにしているため、在庫を空にされるほど食われると、微妙に赤字になってしまうことが稀にある。それ故に、こいつらは月一の入店と制約を設けた

「そういう事。さぁ、二人も食べてってくれ」

そして四人が円卓席についていく

「へっへー!食らいつくしてやる!」

「はっはっはーっ!行くぞ『晋』よ!食料の貯蔵は十分か!?」

試合開始だな

†††††

 

 

「姉さん!揚げ物、全滅します!補充急いでください!」

「なに!ちょっと待ってろ!」

「丼物ももうすぐやられるわ!あいつら、どんな胃袋してんのよ!」

「へぅ~目が回りますぅ~」

「まずいな、手が足りない」

 

私たちは凄い勢いで料理を作っていった。たった四人しかいないのに、一度に作る量は10人前を越える程だ。それでも間に合っていないらしい。えぇい!あいつらの胃は化け物か!

「そんなものか『晋』!」

「姉者…もう少し落ち着いて食えんのか」

「一ヶ月我慢した分、ここで晴らしてもらうよ!」

「季衣もはしたないよぉ。…あのぉ、お手伝いしましょうか?」

流琉が申し訳なさそうに言ってくれた。魅力的な提案だが、客に手伝ってもらうのは…

 

「マジで!?うんうん!ちょっと手伝って流琉ちゃん!」

「おいこら悠里。何勝手に決めてやがる」

 

私は悠里の首根っこを掴む。こいつはまったく…

「あぁいや、大丈夫です!それに、『晋』さんの調理に携われるなんて光栄です!」

「ここってそんなに有名なの?」

 

詠が聞いた。聞きたくなる気持ちはわかる。光栄だなんて言い過ぎだろ

「多分、料理人で知らない人はいないくらいではないでしょうか?あの華琳様が絶賛された店ですから!」

へぇ、あの華琳がねぇ。そりゃ納得だわな

「それは僕も初耳だね。はい!焼きそばとお好み焼き、それぞれ20人前お待ち!」

「うわぁ、凄い…」

零士はとんでもない量の焼きそばと、とてつもなくデカイお好み焼き二枚を一気に持ってきた。お好み焼き、よくあの大きさで作れたな

「さぁ流琉ちゃん、お言葉に甘えて、少し手伝ってもらおうかな」

「はい!」

零士が流琉の入店を許可すると、流琉は目を輝かせて喜んだ

 

†††††

 

 

 

「す、凄い…お城にもないような調味料がいっぱいある」

流琉は早速厨房に入り、材料を見ていく。うちには各所から取り寄せた様々な調味料に加え、零士が独自で研究、開発した調味料がある。料理人でもある流琉からしたら、なかなか興味深いところだったらしい

「ふふ。後でいくらでも見せてあげるから、今は少し手伝ってくれるかな?お客様がお待ちのようだ」

「は、はい!」

「じゃあ流琉、ここの野菜を一口大に切っといてくれ。それが終わったら野菜を鍋にぶち込んで、この調味料と一緒に炒めといてくれ」

「はい!」

その後、流琉の協力もあり、なんとかさばいて行く。流石に、華琳が認めただけはあるな。動きに無駄がない。流琉のあの技量、うちに欲しいくらいだ

「クッ!そろそろ限界か…」

「かなり食べたけど…まだ…」

あの大食らい共も、そろそろ満腹らしいな

「零士、あれやるのか?」

「せっかく準備したんだ。やらなきゃ損じゃないかな」

 

私が聞くと、零士は料理を作りながら笑顔で言った

「りょーかい、準備する。流琉、助かったよ。後はこっちでやるよ」

「もういいのですか?」

「あぁ。今からちょっとした芸を見せてやるよ」

「芸?」

困惑する流琉をよそに、零士は巨大な鉄板を芸人用に作った小さな舞台に持って行く。そしてそこで火を付け、鉄板を温めていった

「零士、ほら、材料持ってきたぞ」

私はバターを筆頭とした様々な調味料に米、ニンニク、ネギ、玉ねぎ、卵、さらにかなり大きめの肉の塊を持ってきた

「さて、では始めますか」

零士は大きめの包丁を出し、豪快に調理を始めた

「ほぅ。調理するところを見せてくれるのか」

「あぁ、零士式鉄板焼きだ。まぁ見てな」

「ではでは皆さん、しばしお付き合い下さい」

零士はまず、玉ねぎやニンニクを細切れに刻み、そして鉄板で炒めていく。すると、なかなか香ばしい香りが漂ってくる

「ほぉ、これは」

「いい匂ーい!」

春蘭や季衣だけじゃなく、この時に来ていた他の客も、視線を零士に向け、生唾を飲んでいた

「よっ!」

次に零士は、巨大な肉の塊を空中に投げ、それを包丁で一瞬で一口大に刻んでいく。それを見たお客から、歓声の声が上がる

「そしてちょっとだけ、派手にいこう!」

零士は肉を炒めつつ、少量の酒をまいていく。すると大きく火の手が上がった

「だ、大丈夫なのか?」

 

春蘭がおろおろと心配していた。零士がそんなヘマするわけないだろ

「ちゃんと調整はしてますよっと!」

ある程度肉を焼いていったら、今度はご飯を投入する。それを先ほどまで炒めたものと混ぜていき、そしてといでおいた卵をかけていく。ジューっという良い音が、さらに客の腹の虫を刺激したのか、待ちきれないといった様子だ

「最後に調味料で調整して……はい!お待たせしました。本日限定、特製肉炒飯です!」

「食べたい人は、こちらからお渡しします!」

「並んで待ってください!」

月は出来た物を皿に移していき、詠が列の整理をしている。店にいた客の大半が並んだ。こうして実際調理しているところを見せ、食欲を刺激するのがこの芸の狙いだ。今回は試験的にやってみたが、結構受けたし、今後もちょくちょくやってみるか

「む、季衣!急ぐぞ!なくなってしまう!」

「当然ですよ!」

春蘭と季衣も列に並ぶ。あいつらの事だから、一般客を押し退けるかと思ったが、そんな事はなかったようだ。意外と律儀だった

「「♪」」

おかしいなぁ、うちの従業員である悠里と恋も並んでいるように見える…

「おー、派手にやるもんだね。もう完売したよ」

一応大量に用意したんだが、あっという間になくなってしまった。そこそこ良い肉やらを使ったし、こりゃ今日は赤字かもしれないな

「美味い!」

「凄いこれ!なんかもう、全ての食材が絶妙にお互いを引き立ててる!このタレの味付けに程よいニンニクの香り、そしてお肉の柔らかさ!最高だよ!」

見れば、春蘭と季衣だけでなく、他の客も美味い美味いと連呼し、勢いよくがっついていた

赤字かもしれないが、あの笑顔を見れただけで、十分なのかもしれないな

†††††

 

 

 

「今日はありがとう。美味かったよ」

大食漢二人があの炒飯を平らげると、ようやく食事が終わった。その後は閉店間際まで茶を飲んでいた。その間、流琉だけは厨房でうちの仕事振りを観察していた

「あの、また来てもいいですか?」

 

流琉がおそるおそる聞いてきた。なぜ聞く必要があるんだ?

「ん?流琉は別にいつでもいいんだぞ。お前はうちの制限受けていないし」

「あぁいえ、私の手が空いた時に、こちらの店で働きたいなぁって」

 

おいおい

「は?城の仕事はいいのか?」

いくら若いからって…ていうか、流琉は幼いのに仕事熱心だな

 

「もちろん、お城のお仕事優先になりますが、休日とかにここで働きたいなって」

「来てくれるのはありがたいけど、休日潰しちゃってまで来て大丈夫なの?」

 

悠里が聞いた。私も同意見だ。根を詰めるのはよくない

「あ!それは全然構いませんし、きつい日はしっかり休みます。だからかなり不定期になるんですけど…」

「理由を聞いてもいいかな?」

 

零士は思案しつつ考えていた。あの表情、入れてもいいと考えているな

「『晋』の皆さんの働きぶり、一人一人が一流の動きでした。東さんと咲夜さんのあの調理の連携、悠里さんの状況把握能力と速さ、月さんと詠さんの接客と気遣い、見えない所で頑張る恋さんの警護、全てが一級品です!私もここで働いて、技術を学びたいんです!」

流琉は真っ直ぐこちらを見つめそう言った。それに対し、うちの従業員が皆照れてしまう。こんなに真っ直ぐ褒められる事も珍しいからな

「へぅ、なんだか…」

「こそばゆいわね…」

「あ、あははー、いいんじゃないですかね?流琉ちゃんの熱意凄く伝わってきますし」

「零士、お前が責任者だ。お前が決めてくれ」

 

みんなが微妙に顔を赤らめ、全てを零士にゆだねた

「うーん…僕は構わないけど、華琳ちゃん次第かな。だから華琳ちゃんとしっかり話して、それからまた来るといいよ」

「は、はい!」

 

まぁそうなるだろう。零士の一存だけじゃ、決められない。しっかり華琳とも相談しないとな

「ふむ、そういう事であれば、私からも話をしておこう」

「流琉の為なら、僕も華琳様にお願いしてみるよ!」

「もちろん、私からも華琳様にお願いしてみるぞ!」

はは、なかなか愛されているな流琉

「まぁ、だからって、お前達二人は向こう一ヶ月出入り禁止だけどな」

「な、何故だ!?」

「そんなぁ、流琉ばっかりずるいよー」

 

春蘭と季衣はぶーぶーと不満を垂れているが、当然だろう

「何故も何も、あんなバカみたいに食われると仕入れが間に合わないんだよ。お前らが食う量減らすってんなら考えてやってもいいが」

「無理だ!」

「うん、無理!」

「なら、しばらくのお別れだな」

「そんなぁ!」

季衣、春蘭はこの後も駄々をこねるが、しばらくすると秋蘭が割って入りなだめてくれた。まったく、季衣はまだわかるにしても、春蘭は本当に姉か?秋蘭の方がずっと姉らしい

 

ちなみに後日、華琳が直々にうちに来て、流琉の仕事の打ち合わせをしていった。どうやら華琳も、うちの仕事、いや料理か、に興味があったらしく、ここで学ばせる事自体には反対はなかったらしい。ただ流石に、城の仕事をしつつはキツイと判断したので、零士と華琳で無理のない出勤表を作っていった

「時々ですが、これからよろしくお願いします!」

「おう。こっちもよろしく頼む」

即戦力の確保だな。今後はもう少し、楽になりそうだ

 

 

 



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新年会

「おはよー、明けましておめでとう」

目を覚まし、家の台所に行くと、そこには零士と月がご飯を作っている姿があった

「おはよう咲ちゃん、明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます咲夜さん」

机には様々な料理が並べてあった。元日の飯だろう。なんて言ったか、零士の国の料理で…

「………思い出した。オセチってやつか?」

「正解。よく覚えていたね」

「まぁな。私も手伝うよ」

そして私も調理に参加する。と言っても、当のオセチとやらは既に作り終えたらしく、現在作っているのは『晋』の品書きに載っている物ばかりだ

「いっぱい作りましたねー」

「だいたい百人前ってところかな」

「そう言えば、新年会は悠里の所でやるんだったな」

そう。今回はうちだけでなく、悠里の家族と悠里の親父の部下と過ごす予定なので、こんなにも大量の料理を作っているのだ

「おはよう。明けましておめでとー」

全て作り終えたところで、詠が少し寝ぼけながら現れた。後ろを見れば恋も一緒だ

「…いいにおい」

「おはよう詠ちゃんに恋ちゃん、明けましておめでとう。今から悠里ちゃんとこに行くから、準備しておいで」

「そうだったわね。じゃあ、また後で」

「…ご飯は?」

「いっぱい作ったよ。恋ちゃんの出番だ。向こうに着いたらいっぱい食べていいから、しっかり荷物運んでね」

「わかった」

 

そう言って、恋も詠も着替えに戻った

「ふふ、恋さんご機嫌ですね」

「キラキラしてたな」

 

 

 

†††††

 

 

しばらくして、私達は悠里の家に向かう。悠里の家は孤児院と護衛業を営んでおり、かなり大きめの家だ。ここ許昌では、知らぬ者はいないほどだろう

「明けましておめでとうございまーす!ささ、皆さん入って下さい!」

悠里の家の前に着くと、正門前には悠里が待っていた

「おう。明けましておめでとう。邪魔するぞ」

正門をくぐると、そこには複数の人間が待ち構えていた。そして一斉に頭を下げ…

「「「いらっしゃいませ!!『晋』の皆様方!!」」」

一斉に歓迎されてしまった。こいつらは悠里の親父の部下だ。一見チンピラに見えなくもないが、多くは退役軍人で、義に厚く、礼儀をわきまえている

「おとーさーん!!みんな来たよー」

「おう!よく来てくれたな!まぁ上がってってくれ」

この人が悠里の親父で大河さんだ。かなりガタイが良く、とても威圧感のある屈強な男だが、人格者でこの街の皆から慕われている。親父と呼ぶに相応しい人物だ

「おはようございます大河さん。明けましておめでとう御座います」

「おめでとう。悠里がいつも世話になってるな」

「いえいえ、悠里ちゃんにはいつも助けてもらってますよ」

この二人が並んで歩くと、職質されかねない雰囲気を醸し出してしまうな

「あの二人が並ぶと、ただのヤバい人達ですよね」

「ぷっ!こら悠里、それは思っても言っちゃいけないわよ。く、ふふ…」

そういう詠は、笑っちゃいけないと思うぞ

家の中に入ると、多くの子ども達と悠里の母親の椎名さんが出迎えてくれた

「あらあら、こんなにも料理を持ってきてくれるなんて。私、作りすぎちゃったかしら」

「大丈夫だと思いますよ。恋さんもいますし」

「あら、それもそうね」

椎名さんはクスクスと笑いながら、子ども達に囲まれている恋を眺めていた

「恋ねーちゃん遊ぼー!」

「恋お姉さん私もー!」

「ご飯、食べてから、ね?」

恋って子どもに好かれやすいんだな

大広間には私達『晋』の従業員、悠里の家族、大河さんの部下30人、子ども達10人が集結していた。皆がそれぞれ飲み物を手にし、大河さんの挨拶の言葉を待っていた

「おう。全員、飲みもんは行き渡ったな。なげぇ挨拶はなしだ。お前ら、今年もよろしく頼むぜ。乾杯!」

「「「カンパーイ!!」」」

そして皆が好きなように飲み、食べ始めた。私たちはそれぞれ別れて、色んな人と談笑しつつ楽しんでいた

†††††

 

 

 

悠里・月・恋サイド

ここ三人は主に子ども達の世話をしている。三人が三人共、子どもの扱いになれているのだろう。子どもたちはとても楽しそうにしていた

「おいしー!」

「ふふ、いっぱいありますから、ゆっくり食べてくださいね」

「もきゅもきゅ」

「恋おねーちゃん、ほっぺぱんぱーん!」

「あ、アホ毛がミョンミョン動いてる…か、可愛い…」

「いやー、癒されちゃうなぁ」

とても暖かく、純粋な空間だった

 

†††††

 

 

零士サイド

ここは零士と大河さんが皆を眺めつつ、ゆっくりと飲食を楽しんでいた。さらにそこに…

「すいません、遅れました」

「やぁすいませんね、大河さんに東さん。張済さんに饅頭運ぶの手伝ってもらってたんですよ」

途中から私が懇意にしている饅頭屋の店主とその奥さんの綾乃さん、そして張済さんと鄒氏さんがやってきた。女性二人はこちらに、男性2人は零士達と合流した

「やぁ店主に張済さん、明けましておめでとうございます」

「おめでとさん。さぁ、おめーさんらも座って飲んでくれ!」

「それでは、ご一緒させて頂きます」

「失礼しますね」

男四人が並んで座ると、それぞれ飲み始め、なにやら楽しそうに話し始めた。内容までは聞こえなかったが、恐らく店主の愚痴だろう

†††††

 

 

咲夜・詠サイド

「チッ!あの馬鹿亭主め。どうせ私の愚痴なんだろうね」

「あらあら、それは後でお仕置きになりますね」

こちらは私、詠、椎名さん、綾乃さん、鄒氏さんの五人で固まっていた。私と詠と鄒氏さんはそれぞれ二人の奥様方に気圧されていた

「あ、あの!旦那さんと上手くいくコツとかあるんですか?」

最近張済さんと結婚した鄒氏さんは興味津々で聞いていた。同様に詠もジッと綾乃さんと椎名さんを見ていた。興味、あるんだな

「はっはっは!夫なんて、尻に敷いてナンボよ!」

「そうですねぇ、あまり好き勝手にさせてはいけませんね」

「そ、そうなんですか?」

 

静と動の両極に位置する二人だが、思考は似通っているらしい

「と言っても、飴と鞭は使い分けないといけませんよ。鞭ばかりでは不満ばかりになってしまうので」

「そうさねぇ、鞭が7に対して、飴が3くらいが丁度いいんじゃないかい?」

「そんな割合でいいの?」

「えぇ。主導権をしっかり握らないと、男性はどんどん付け上がりますからね」

「おぉ!」

「飴と鞭を使い分ける…かぁ」

なんというか、私にはできる気がしないな。もう既に主導権を握られてしまっているし

「あんたら二人は、やっぱり東さん狙いかい?」

「「な!」」

私と詠は綾乃さんに指摘され、思わず動揺してしまった

 

「あらあら、お顔が真っ赤ですよ」

「東さんって、凄くモテるって聞きましたけど、本当なんですね」

椎名さんも鄒氏さんも楽しそうに私たちを見ていた。チッ!大人の女性相手だと、いつも後手に回っちまう…

 

「私には良さがわからないけれどねぇ。咲夜を始めとした『晋』の面々やウチの凪の心を射止めてるのよね」

「あぅ…」

「まぁ、悪くない男ですからな」

「はぁ~、東さんもなかなか罪な男だねぇ」

「あらあら、うちの悠里ちゃんもなのかしら」

どうだろう、悠里はよくわからないと言っていたが………って!

「華琳!秋蘭!凪!なんでお前らがここに!?」

 

さらっと自然にいたことで、思わず流してしまうところだったが、私は見逃さなかった。なんでこいつらが…

「新年の挨拶に決まってるじゃない。あなた達が店に居なかったから、ここに来たのよ。明けましておめでとう咲夜」

「明けましておめでとう。今年もよろしく頼むぞ咲夜」

「明けましておめでとうございます」

三人は礼儀正しく挨拶してきた。その姿を見て、騒いでいるのがバカらしくなってきた

 

「はぁ、明けましておめでとう。よくここだってわかったな」

私はため息交じりに華琳に聞いた。私ら、今日ここに行くなんて言った記憶ないんだがな

 

「まぁ、いずれにしろここには挨拶に来る予定だったからね。椎名さん、明けましておめでとうございます」

「あらあら、ご丁寧に、明けましておめでとうございます華琳ちゃん」

椎名さん?華琳ちゃん?

「え?椎名さんって何者なの?」

 

詠に同意だ。あの華琳を子ども扱いだと?

「ふふ、私と華琳ちゃんは親戚なんですよ。と言っても、私というより旦那の血縁ですけど」

大河さんの血縁?そう言えば、大河さんってなんて名前だ?

「大河さんの名前ってなんだっけ?」

 

今日は詠と思考が一緒だな

「曹仁ですよ」

へぇ、曹仁。初めて聞いたな

「そういうことよ。それより咲夜、あなた飲まないの?」

「ホントだ。せっかくなんだから飲みなさいよ」

まずい。私は酒飲むと…

「まさか咲夜、飲めないのか?」

あぁ?

「ハッ!ただ手元に無かっただけだよ!酒なんて水と変わらねぇだろ」

そういって私は酒の入った容器を掴み、一気に飲んでやった

「ゴクゴク…」

「お!咲夜ちゃん、いい飲みっぷりじゃないか!」

「あらあら、大変だわぁ」

「え?何が大変なの?」

「おかーさーん!そっちにご飯…って!咲夜姉さんまさかお酒飲んでるんですか!?」

「え?え?咲夜って酒ダメなの?」

「ダメですよ!姉さんに飲ますと…」

私は酒を飲みほし、悠里の腕をつかんだ

「ゆ~り~」

「ひぃ!」

「おら悠里!お前の部屋行くぞ!」

「い~や~!たーすーけーてー!」

†††††

 

 

 

数時間後

「ぅん…あれ、私、なんで寝てたんだ?ってあれ?」

目を覚まし辺りを見渡すと、どういう訳か皆がボロボロだった

「だ、誰だ…咲ちゃんに酒渡した人は…」

「す、すまん。まさかこうなるとは…」

「………」ぴくぴく

「もう絶対に、咲夜にお酒は勧めない…」

「あらあら、子ども達と月ちゃんと恋ちゃんは別室に移しておいて正解ね」

「………ま、まさか私…」

や、やっちまった!!私は酒を飲んでしまうと、かなり悪酔いするらしく、さらに記憶もないので何をしたのかもわからない。だが、この惨状を見る限り、何かとんでもないことをしたのだろう。悠里なんて、虚ろな目でピクピクしている

 

あぁ、新年はこんな感じで始まるんだな………

 

 

 



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旅行編
旅行編其一


 

 

 

 

 

「みんなー、集まってくれるかい?」

「およ?なんですかー?」

『晋』の営業が終わり、皆が一息つく頃、零士が珍しく招集をかける。

ん?今日は給料日じゃないよな?

「どうかしたんですか?」

 

月が聞くと、零士は嬉しそうに口を開いた

「ふふ。今日はみんなに嬉しい知らせを伝えたくてね」

「嬉しい知らせ?」

「あぁ。みんなの頑張りのおかげで、『晋』の月間売り上げが過去最高を記録しました!」

そう言って零士は売り上げ表を見せてくれた。確かに、過去に類を見ないほど大きく更新しているな。どうりで忙しかったわけだ

「おぉ!この伸び方凄いですね!」

「どうりで今月忙しかったわけだわ」

「へぅ、頑張った甲斐がありました」

「…みんな、おつかれ」

「確かに凄いが、それだけか?」

これはこれで喜ばしい事だが、こいつの事だ。まだ何かあるに違いない

「さすが咲ちゃん。実はまだ報告があってね。頑張ってくれた皆に、ご褒美があるんだ」

ご褒美?

 

「ご褒美!なんですかなんですか!!」

悠里を始め、月も喜び、微妙にわかりづらいが詠や恋も喜んでいるようだった。かく言う私も、興味はあった

「ふふふ。『晋』の従業員みんなで、温泉旅行に行こう!」

†††††

「温泉旅行かぁ。何持って行きます?」

 

零士の発表の数日後、零士と臨時従業員である流琉を除いた私達『晋』の従業員は、旅行の為の準備をしていた。流琉は城の仕事で、零士は下準備だとか。ちなみにこの時、『晋』の営業はしばらく休業するらしい。ご褒美の内の一つとの事だ

「場所は確か、定軍山にある五斗米道の施設でしたよね」

「らしいな。五斗米道の連中が修行に使ってる場所だ。そこらの宿泊施設よりは充実しているらしいぞ」

今回の旅行には、華佗が情報提供してくれたとの事だ。なんでも、疲労回復などの効能がある温泉があるらしい

「それだけいい場所なら、服だけでよくない?」

「あと、食べ物」

 

詠と恋が提案した。私も二人に同意だ。まぁ、食べ物は微妙なところだが

「えー!せっかくのお泊りですよ!もっとなんか、持って行きましょうよ!」

 

悠里がぶーぶーと不満をもらした

「悠里、そんなもの必要ないだろ。荷物になるだけだ」

「姉さんノリ悪いー。つまんなーい」

悠里があからさまに不機嫌になる。こいつ忘れているな。うちには便利な奴が居ることを

「違うわよ悠里。咲夜が言いたい事はそういう事じゃないわ。でしょ咲夜?」

「あぁ」

さすがに詠は気づいているな

「え?え?どういう事ですか?」

「ふふ。持っていかなくても、その場で出してもらえばいいんですね」

「えー?………あ、そっか。東おじさんに頼めばいいのか」

「そういう事だ。あいつの魔術に好きなだけ出してもらえ」

 

あいつに作れない物はほとんどないらしいからな

「…食べ物は?」

「食べ物は…やめといた方がいいわ」

その口ぶり、魔術で作った何とも言えない料理を食った事あるな

「食べ物は買っていきましょう。定軍山までの道のりで食べれる量なら、そんなに多くならないと思いますし」

「そうするか。ならとりあえず、饅頭屋行こうぜ」

「姉さんホント饅頭好きですね」

その後私たちは、各々で好きな食い物を買っていったのだが…正直、恋の胃袋を舐めていた。かなりの大荷物になってしまったのだ。これについては、さすがの零士も苦笑いだった

†††††

 

 

「よし。みんな準備はいいか?」

『はーい』

「じゃあ行くぞ!」

今回の移動手段は大型の車、バスと呼ばれるものだ。だが、今回の車は一味違うらしく、どうやら周りからは透明に見えるとの事だ。零士が「ステルス迷彩の研究に携わってて良かったよ」なんて言っていたな。未来にはまだまだ未知の物が多い。ちなみに運転は私だ。何故かと言うと…

「ひゅー…ひゅー…」

このバスを出す為に、かなりの力を使ったらしく、出した途端ぶっ倒れやがった。もう二度と出さないとも言っていたな

「んー!快適だー!」

「全くよね。広いし楽だし、言う事なしだわ」

「あの、東さん大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫…まさかこんなにも、疲れるとは思わなかった…」

「もきゅもきゅ…零士、食べる?」

「大丈夫だよ恋ちゃん。咲ちゃん、迷わずに行けそう?」

「あぁ、問題ないぞ。もう少し休んでな」

「ありがとう」

そう言って零士は再び横になった。こいつ自身も、日頃の疲れが溜まっていたのか、すぐに寝てしまったようだ

「それにしても、流琉ちゃん残念ですよねー」

「まぁ、流石に城の仕事放っぽりだす訳にはいかないからね」

「お土産、持って帰らないといけませんね」

今回流琉は旅行に参加する事が出来なかった。なんでも、遠征があるとかないとか。いずれにしても、とても残念な事である。そう言えば、遠征先を聞いていなかったな

「意外と遠征先が定軍山だったりして!」

「ゆっくり休むのが目的の旅行で、軍と関わるとか勘弁願いたいわね」

それは私も嫌だな。たまには事件に巻き込まれず、のんびりしたい

バスを走らせること数刻、私は途中で目覚めた零士と運転を交代し定軍山を目指す。結構な獣道を走っているが、本当にこんなところに五斗米道の施設なんてあるのか?

「んん?あれか?」

もう少し行った先に開けた場所があり、そこに建物があることを視認する。へぇ、なかなか立派な所じゃないか

「到着。みんなお疲れ様。荷物を出そう」

私たちは施設の正門の前で降り、荷物を取り出し始めた。と言っても、ほとんどが衣類なのでそこまで大荷物ではないがな

「よし、こんなもんかな」

零士がパチンと指を鳴らすと、先ほどまであったバスが姿を消した

「おぉ!みんな来てくれたか!」

零士がバスを消したところで、正門が開き、華佗が現れた。両隣にはしっかりと化物二匹と華雄もいた

「お久しぶりです月様。お元気そうで何よりです」

「あっらー!東零士ちゃーん!お久しぶりねぃ!」

「はっはっは!相も変わらず良い男だな!」

「やぁ皆。今日からしばらくお世話になるよ」

「あぁ!さぁ上がってくれ!案内する」

そして私達は華佗の案内で部屋に辿り着く。女性陣は皆、大部屋で一つとなり、零士のみ個室を与えられた

「温泉はこの先にあるから好きに入ってくれ。飯の時間になったらまた呼ばせてもらう」

そう言って華佗と化け物二人は零士と共に何処かへ行ってしまった

†††††

 

 

「じゃあさっそく温泉行きましょう!」

「そうね、ゆっくり浸かりたいわ」

「ならさっさと移動するか」

「あぁ、案内するぞ」

私たちは荷物を部屋に置いていき、そそくさと温泉があるところまでやってくる。温泉の入り口は二つあり、二つそれぞれに大きく『男』、『女』と書かれていた

「なんだー、混浴じゃないのかー。せっかく東おじさんの裸見れると思ったのに」

「ゆ、悠里!?」

「へぅ、裸…」

あいつの、裸…

「おやぁ?咲夜姉さん、顔が赤いですけど、想像しちゃってるんですかぁ?」

「な!ば、バカ言ってないで、さっさと入るぞ!」

私は悠里のニヤニヤ顏に軽くデコピンし、そして女湯の方に入って行った。中は広く、清潔感がありながらどこか暖かな雰囲気だ

「あれ?姉さん、また大きくなりました?」

私たちが服を脱ぎ始めると、悠里が私の体をジッと見つめ言い放った。大きくなったとかって話ということは、恐らく胸の話なのだろう

「確かに、最近また下着がキツくなった気がするな」

「へぅ、凄く、大きいです…」

「べ、別に羨ましくなんてないわ!」

「胸の話か?あんなもの、戦闘の邪魔にしかならんと思うが」

そんなに大きいのか?確かに悠里や恋よりはあると思うが

「咲夜、入ろ」

「ん?あぁ、わかった。待たせて悪いな」

恋は既に全裸で待機していた。待ってくれているなんて、恋も意外と律儀だな

「あたし、いっちばーん!」

バシャーン!

悠里は風呂めがけて全力で飛び込み。湯気と水しぶきがあがった。風呂場で走るなよ、転ぶぞ

「あの子って、いくつだっけ?」

「確か、19歳くらいじゃなかったかな」

あれで私の一つ下か。落ち着きないにも程が有るだろ

「ん?どうしたんですか皆?入らないんですか?超気持ちいいですよ!」

「♪」

「ふむ、やはり温泉は安らぐな」

気づけば、恋と華雄もいつの間にか入っていた。私と月と詠も微笑をもらし、風呂に入った

「くぅーっ!染みるなぁ」

「咲夜、オッさん臭いわよ」

 

詠が布を頭に乗せて、苦笑いで言ってきた

「い、いいだろ!気持ちいいんだし!」

こちとら疲れてんだよ!

 

「オッさんは言い過ぎでも、咲夜さんってどこか男らしいですよね」

「そ、そうか?」

 

月の発言は、私の胸に突き刺さった。お、男らしいのか?

「口調も時々男っぽいですし」

「やることえげつないし」

「かなり強いし」

「女の子に対してドキドキしてるし」

「咲夜は、かっこいい」

 

上から月、詠、華雄、悠里、そして恋だ

「なんか、褒められているのか微妙な気分だな」

私ってそんなに男らしいのか?確かに自分が女らしいとは思ったことないが…

「咲夜姉さんはおっぱいのついたイケメンですよ!」

そう言って悠里は物凄い速さで移動し、私の背後に位置どり、そして…

バシャッ

「うーん、やはり大きくなっている」

「な!?こら悠里!お前どこ揉んで、ひゃっ!」

悠里が私の胸を背後から掴み、揉み始めた。すると前方から恋が近づき

「…やわらかい」

恋も混ざり始めた

「ゆ、月は見ちゃダメ!」

「へぅ、羨ましいなぁ」

「なに、月様もいずれは大きくなりますよ」

「お前ら!見てないで助けてくれ!」

男湯

ギャーギャー!!ワーワー!!

「ん?女湯の方はずいぶん賑やかだな!」

「おおかた、咲ちゃんがセクハラにあってるんじゃないかな」

「せく…なんだって?」

「そうだなー、あんな感じじゃないかな」

「ぶるあああぁぁぁ!!!!!!ちょっとそこのイケメン、私のギンギンビンビンになってるアソコを触りなさぁい!」

「待たんか、そこの良い男!せっかく優しくしてやろうというのに」

「ぎゃー!不幸だぁーーー!!!」

「なるほど、体をほぐしているんだな!」

「あぁうん、そんな感じかな。……ところであのツンツン頭の彼は大丈夫なのかい?」

†††††

許昌   秋蘭視点

「ん?今日はやっていないのか」

私が『晋』に赴くと、そこには『しばらく休業します』という札があった

「どこかに行っているのか?ツイていないな」

私もしばらく遠征で許昌を離れなきゃいけないから、ここで食っていこうと思っていたんだがな。仕方ない。しばらくお預けか

「それにしても、ずいぶんと急だな。せっかくなら、一言あってもよいものだが」

柄にもない事を呟いてみる。きっと寂しいのだろう。4年来の友人である咲夜と零士がいない。自分でも思っている以上に、私はあの二人の事が好きだったのだな

「あれ?秋蘭様?どうしたんですかお店の前で」

「流琉?」

私がぼぉっとしていると、流琉が駆け寄ってきた。そう言えば…

「流琉は『晋』が休みを取る事を聞いていたのか?」

「はい。なんでも、温泉旅行に行くだとか」

温泉旅行?

「流琉は行かなくて良かったのか?」

流琉は今回の遠征に付き合う事になっているが、ただの偵察だけだし、言ってくれたら外す事もできたのだが…

「あぁ、大丈夫ですよ。流石にお城の仕事を放っぽりだすわけにはいけませんし。それに…」

私は感心していた。こんなにも幼い流琉が、しっかりと責任を全うしようとしている事に。だが、こんなにも幼い子の自由を奪ってしまう事に、罪悪感もあった

「それに?」

私が流琉に対して罪悪感を抱いていると、流琉はそれを打ち払うように、満面の笑みで答えた

「皆さん、定軍山に居るみたいですし、私と秋蘭様も今から偵察で定軍山に行きますから、きっと会えますよ!」

 

 

 



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旅行編其二

 

 

 

 

 

私達『晋』の従業員は現在、五斗米道の施設の一つである温泉地に来ている。初日は皆が風呂に入った後、なかなか豪勢な飯を食らい、そのまま部屋でダラダラと過ごした。その際、零士が様々な娯楽品を出し、月が眠くなるまで遊んでいた。人生ゲームと言ったか?なかなか白熱したな

そして二日目。私たちは施設の近くにある川にやって来ていた。まだまだ桜の時期には早いとは言え、徐々に暖かくなってきてはいるが、流石に川に入るには寒かった。そこで私たちは釣りをする事にした

「あ!せっかくですから、勝負しませんか?」

「勝負?」

また悠里が妙な事を言い始めたぞ

「簡単に、より多く釣った人が勝ちってのはどうです?」

「勝負と聞いては、受けない訳にはいかないな!」

あーあー、華雄はすっかり乗り気みたいだ

「面白そうね。やってやろうじゃない!」

忘れていたが、詠も結構、勝負事が好きだったな

「私も釣りは得意です!」

あれ?月も乗り気なのか?

「恋も、いっぱい捕ってくる」

恋、釣ってくるじゃないのか?

「ずいぶん楽しそうだな!」

「ふふ、若いっていいね。僕はここでのんびり釣りをしてるよ」

 

零士と華佗は傍観の姿勢を決め込むようだ。あの二人は気楽だよな

「卑弥呼~。ここらでいっちょ、川の主釣り対決でもどうかしら?」

「ほぅ?このわしに挑むか貂蝉!恵比寿に仕込まれたわしの釣り技術、うぬに見せてくれよう!」

あっちはあっちで、別の勝負が始まろうとしているな

「姉さんはどうします?まさか、逃げませんよね?」

あぁ?

「おい悠里。あまり舐めない方がいいぞ?かつて二年間の旅で鍛えた釣り術を見せてやる」

 

その気になれば、川の主だろうと釣ってやるよ

「竿は置いておくから、適当に使っていいよ」

零士が魔術で数本の竿を用意してくれた

 

「あらぁ?零士ちゃんの竿はどこか…」

「さぁさっさと始めようぜ!!」

†††††

 

私たちはそれぞれ場所を移動し、好きなように釣りを始めた。みんな割と距離は離れていないが、唯一恋の姿だけは見当たらなかった

「釣れましたー!」

開始早々、意外にも最初の当たりは月だった

「なに!月ちゃんやるなぁ!っと!私もきたー!」

月に続くように、今度は悠里が引き当てた。流石に速いな

「詠、月って本当に釣り得意なんだな」

「そうねー。実は月って意外と万能なのよ。何やらしても、呑み込みが早くて何でも出来ちゃうのよね」

「唯一武芸だけは、体が付いて来れず苦手としていたがな」

「へぇ」

確かに、『晋』の仕事も、あっという間に吸収して、今では厨房に立つこともある。さらに言えば、今じゃ月は銃の扱いは一流で見習い魔術師でもある。そう考えると、月って実はかなり凄いやつなんじゃないか?

「えぇーい!!」

「とぉーう!!」

「て言うかお前ら釣り過ぎだろ!こっちに魚来ねぇじゃねぇか!」

 

ちょっと目を離した隙に、月と悠里はとんでもない量の魚を釣っていた

「姉さんの腕の問題なんじゃないですかぁ?」

「これでもまだ本気じゃありませんよ?」

「な、なんだと?」

「「あははは!」」

二人は笑いながらも、容赦無く釣り続けた。こりゃ、負けるな

「クスッ。月、本当に楽しそうだなぁ」

「まったくだ」

「ん?どうしたんだ詠」

詠と華雄は慈愛の目で月を見つめ、ボソッと呟いていた

「月が天水に居た頃はさ、微笑むことはあっても、ああやって心の底から笑うような事は少なかったわ。先代の董君雅様が亡くなって、幼くして天水という責任を背負う事になったんだもの。きっと凄い重圧を感じていたわ」

「我らもそれについては気にかけていたんだが、月様はいささか、一人で抱え込んでしまうところがあってな。我らの前では気丈に振るっていたよ。月様が我らの為に涙を流す事はあっても、月様自身の事で涙を流したところは見たことがない。そんな月様だからこそ、我らは彼女に仕え、彼女を守りたかった」

「そっか」

それはきっと、劉協こと桜もそうなのだろう。幼い身でありながら、民の生活を、命を預かるような仕事。私にはその重圧はわからないが、きっととても重く、とても辛い事なのだろう。私が彼女らと同じ年の頃、こんなにもしっかりしていただろうか

「だから、今の生活は月にとって本当に良いものだと思う。責任から解放されて、毎日を楽しく過ごせるようになった。笑ってくれるようになった。僕や華雄だけじゃない、月に付いて行った皆が目指した理想の生活を送ることができた。改めて、礼を言わせてもらうわ。月を助けてくれて、一緒に住まわせてもらって、本当にありがとう。咲夜達に会えてよかったわ」

「我らが主、月様を救っていただき、本当に感謝する!」

「あぁ…」

時々、思うことがあった。本当は、月と詠と恋は、天水に帰りたいと思っていないだろうかと。助けた事に対して恩を感じ、縛っているんじゃないかと。もしそうだとしたら、私達は悪いことしているんじゃないかと思っていた。だがそれも、詠と華雄の話を聞き、それが私の勝手な妄想だとわかった。私は今後も、月達の面倒を見ることが出来る。そう思うと、私の中で暖かな何かを感じた

「詠ちゃーん!咲夜さーん!見てください!こんなにも釣れましたよー!」

この子の笑顔は私が守り続ける。私はそう強く思った

†††††

「皆いっぱい釣ってきたね。お昼には十分な量だ」

私達はそれぞれ釣ってきた魚を並べていく。結局釣り対決には負けた。と言うか、悠里と月が川の魚を釣り切ってしまうんじゃないかという程釣ってきた。勝てるわけがない

「ん?恋はどこだ?」

いつも飯の時間には律儀な恋の姿がなかった。そう言えば、釣りを始める頃に既に姿を消していたな

「…お待たせ」

どしーん どしーん

振り向くと、恋は巨大なクマに乗って帰ってきた。両手には大きな魚が握られている

「恋ちゃんすげぇ…」

「あわわわ…」

「はわわわ…」

「ん、ありがと。帰っていいよ」

 

どしーん どしーん

 

恋が促すと、クマはゆっくりと森へ帰っていった

「ははは、凄いね恋ちゃん。クマさんとお友達になったんだね」

「…ん」

少し前

「……大きいお魚、どこかな」

「(・ω・^)がぅ」

シュパーン!

「(`・ω・´)がぅっ!」←鮭ゲット

「!!……恋も」

シュパーン!

「♪」←鮭ゲット

「がぅがぅ!」

「…がぅ?」

「がぅ♪」

現在

「ごめん恋。よくわかんない」

恐らくはクマと意思疎通に成功したんだろうが。流石は飛将軍というところなのか

「おぉ!ずいぶん脂の乗った鮭だ。これは美味いぞ」

「…楽しみ」

「恋ちゃーん!こっちもいっぱい魚あるからねー!」

「あ、東さん、私も手伝います!」

「僕も手伝うわ。皆でやった方が早いでしょ」

「それもそうだな」

お食事処『晋』、出張青空食堂だな

「おぉー!美味しそー!」

「ふむ、良い香りだ」

「貂蝉!これを食ったら勝負の続きじゃ!必ず大物を釣ってくれる!!」

「あらぁ望むとこよ卑弥呼ぉ!!私が勝っちゃうんだから!!」

「すまんな。招待したのは俺だったのに」

「はは、いいっていいって。さぁ、みんな揃ったね。じゃあ、頂きます」

「いただきまーす!!」

その後、私たちは思う存分魚料理を楽しんだ

†††††

食後も、皆が好きなように川で遊び始めた。悠里は「今日こそイケるかも!」なんて言って水上を沈まずに走ろうとしていたり、月と詠と恋は疲れたのか昼寝を始め、零士は何やら思い出したかのように魔術で何かを作り始めた。私はやる事もなく、ただぼんやりと空を見上げていた

「こんなにも穏やかな時間が流れるのも、久しぶりだな」

休みがないわけじゃない。ただ、街にいると遊びに出ることが多いため、このように何もせず、ダラダラと過ごすことはなかった

「私も、少し寝るかな…」

そう思うや否や、直後に強烈な睡魔が襲ってきた。ポカポカの陽気に気持ちいい風が吹いているなぁ

「おや、寝るのかい?」

零士が私を見て問いかける。だが私は、もうほとんど意識を手放そうとしていた

「あぁ…おやすみ…零士…」

「ふふ、おやすみ」

零士が頭を撫でた気がしたが、私はそれを確認することもなく、意識を手放した

目が覚めると、辺りは暗くなろうとしていた。ずいぶん寝てしまったようだな。そろそろ起きなきゃまずいか

「く、ふぁ~…」

 

私は伸びをし、思わずあくびをしてしまう

「大きなあくびだね。おはよう咲ちゃん。よく寝ていたね」

 

「…あぁ、零士、おはよう。お前、ずっと待っていたのか?」

気付けば、零士が隣にいた。何をするでもなく、座って待っていたようだ

 

「まぁ、君だけじゃないけどね」

そう言って零士は私の後ろに視線を向ける。そこには悠里、月、詠、恋が寝ていた

「なんだ、みんな寝たのか」

「気持ちいい気候だったからね」

「そうだな。だがまぁ、そろそろ起こさないと、冷えてきたな」

 

風邪をひかれても面倒だしな

「そうだね。さっき華佗も、夕食の用意が出来たからいつでも来いって言っていたしね」

遊んで、食って、寝て、また食って、なかなか贅沢な過ごし方だな

「おい。悠里、月、詠、恋。そろそろ起きろ。風邪ひくぞ」

 

私はみんなを起こしていく。ほんと、よく寝ているな

「うへへー…姉さんのおっぱい…凄くやわら…」

パシーン!

「痛ぁ!な、なんですか!?」

「うみゅ~、どうかしましたかぁ…?」

「んー!なんかよく寝たわ」

悠里をはたき起こすと、月と詠がその音で目を覚ました。恋だけは今だ寝ていた

「恋ちゃーん、もうすぐご飯だよー」

「…お腹、減った」

食欲に忠実な恋らしい、素敵な理由で目を覚ました

「あれ、もう陽が沈みかかってる。あちゃー、寝過ぎちゃいましたね」

 

悠里が自分の頬を撫でながら言うと、詠や月もそれに同意するように笑った

「本当ね。まぁ、たまにはいいんじゃないかしら」

「そうですね。素敵な時間だったと思います」

「ふふ、なら夕食後にもっと素敵な物を見せてあげるよ」

「あぁ?」

素敵な物?一体なんだろう

†††††

夕食後、私たちは再び外に出ていた。なんでも、零士が見せたいものがあるとの事だ

「なんですかねー見せたいものって」

「さぁな。私も知らされていない」

「あれ?咲夜は知ってると思ったのに」

「ふふ、なんだか楽しみですね」

それにしても、ここは星空が綺麗に見えるな。なんというか、凄く近く感じる

ドンッ ひゅーーー ドーンッ!

「!!」

私がぼんやり空を眺めていると、直後に凄い音が響き、空に色鮮やかな光を灯した

「おぉー!きれーい!!」

「凄いです!」

「まさか、これ零士が?」

「その通りです!」

すると、森の茂みから零士が現れた。一体どこに居たんだこいつ

「あれは花火っていってね。皆が寝ている間に川辺に仕込んでおいたんだ」

そう言えば、魔術で何かを作っていたな。あいつ、最初からこのつもりだったのか

「花火!凄いですよ東おじさん!」

「はい!とても綺麗です!」

「まぁ、なかなかいいんじゃないかしら」

「…きれい」

「ふふ、まだまだいくから、最後まで楽しんでね」

ドーンッ! ドーンッ! ドーンッ!

「すげー!!」

「わぁぁ!!」

「言葉が出ないって、まさにこの事ね」

色鮮やか火の花が夜空に咲いていく。この世のものとは思えない幻想的な風景に、皆が目を奪われていた

「どうだい咲ちゃん。気に入ったかい?」

「あぁ、悪くないな」

その景色は、忘れる事が不可能なほど、とてもとても、綺麗だった

†††††

とある陣営

「おぉー!見よ紫苑よ!なんと鮮やかな火の光だ!」

「えぇ、とっても綺麗ね。でも、一体誰の仕業なのかしら?朱里ちゃんわかる?」

「はわわー…あ、はい!あの、私もあの光は流石に…ご主人様ならわかるかもしれませんが…」

「わぁ!凄い凄い!!見て見て猪々子ちゃん!」

「見てるって!落ち着け桃香!……朱里、あの光に心当たりがあるんだが、ちょっと偵察に行ってきていいか?」

「猪々子さんがですか?」

「あぁ、もしかしたら、あたいの家族が来てんのかもしんねぇんだ」

†††††

 

もう一方の陣営

「わぁ、綺麗です!なんでしょうあの光?」

「わからんな。だが、心当たりが無い事もない。あいつらが来ているのなら、恐らくはあいつらの仕業なのだろう」

「『晋』の皆さんですね。でも、なんでこんな山奥にいるんでしょう?」

「それがわからん。流琉、共に来い。確認しに行くぞ。張済はここで部隊を休ませておいてくれ。だが念の為、いつでも動けるようにしておけよ」

「「御意!」」

「さて、何がでるか…」

†††††

 

ところ戻って、温泉

「ふぅ…」

あの花火を見終わった後、私は一人温泉に浸かっていた。他の皆は、零士が出した卓球と呼ばれるもので遊んでいる

「一人では、さすがに広いな」

だが、ゆっくり浸かれる。悪くないな

がらがら

「ん?」

男湯の方で、戸が開く音が聞こえる。誰か入ってきたのだろう

「ふぅ…」

この声、零士か?

「零士、いるのか?」

「あれ、咲ちゃん居たんだ」

 

やはり零士のようだ。こいつも一人か

「私一人だけだがな。他は卓球に熱中している」

「そっか」

そこで会話が途切れる。なんか、壁越しで見えない筈なのに、一緒に入っているみたいで少し緊張する

「壁越しで見えないのに、一緒に入ってるみたいだね」

「え?」

「ん?今のこの状況さ。こうして風呂場で話すなんてなかっただろ?なんか新鮮だよね」

び、びっくりした。心を読まれたかと思った

「そうだな。なんだ、ドキドキしているのか?」

私はちょっと冗談混じりで言ってみた

「んー?流石に見えていないから、ドキドキはしないかな」

チッ!こいつ、本当に男か?女にちゃんと欲情するんだろうな?

「なら、今から私がそっちに行ったら、少しは緊張…」

ガサガサ

「「!!」」

塀の外から、草木をかき分ける物音が聞こえた。なんだ?野生の動物か、それとも覗きか?覗きなら切り裂いてやる

「…」

壁越しに、ナイフが飛んでくる。私はそれを受け取り、鞘から引き抜く。どうやら零士も聞こえていたようだ

ガサガサ

音が近くなる。さぁ、何がでるか…

「とぅ!このくらいの塀、どうって事ないぜ!」

「………」

野生の動物ではなく、野生の猪々子が現れた

「おー!やっぱ咲夜じゃん!こんなとこで何してんだ?」

「それは私が聞きたい…」

「………」

「………」

「あわわわわ」

「まぁ、その、なんだ…わざとじゃないんだ」

「あぁ、うん、それはわかってるよ」

「その、すまんな」

「あぁいえ、こちらこそこんな感じで、本当にごめんなさい。ところで、何故ここに?」

「あぁ、それはだな…」

「普通に会話を続けないで下さい!」

 

 

 

 



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旅行編其三

 

 

 

零士視点

「なるほど、偵察にねぇ」

温泉に浸かっていると、茂みから物音が聞こえ、警戒していると秋蘭ちゃんと流琉ちゃんが現れた。彼女達はここに偵察に来たのだと言う。流琉ちゃんが遠征地を言わなかったのは、皆を驚かす為だったらしい

「ていうか!東さん何か着て下さい!」

「あれ、タオル一枚巻いてるだけじゃだめ?」

「私は問題ないと思うのだがな」

「問題しかないですよ!」

年頃の女の子というやつなのかな?流琉ちゃん、顔真っ赤だなぁ

「おっと、咲ちゃーん、そっちは大丈夫かい?」

確か向こうの方でも物音が聞こえたはずだが…

「あぁ、野生の猪々子がいただけだ」

猪々子ちゃん?………!!

「咲夜、エマージェンシー。こっちにはブルー。ツインズの下の方がいた」

「!!わかった」

これはまずいぞ。完全に油断していた。定軍山の戦いは確か赤壁の戦い後のはずだと思っていた。だが猪々子ちゃんがいるということは、恐らく蜀軍が来ている。秋蘭…夏侯淵にとっては最悪の状況だ

「咲夜、僕は先に上がるよ。咲夜は猪々子ちゃんと話してるといい」

「あぁ。零士、悪いが頼まれてくれていいか」

「もちろんだ」

僕が湯から立ち上がると、流琉ちゃんが悲鳴をあげていた。おっと、丸出しは流石にマズイな。ちゃんとタオルを巻いておこう

「咲夜がいるのか?それにしても、お前達はたまによくわからない言葉を使うな」

「秋蘭様は平気なんですか!?丸見えでしたよ!」

流琉ちゃんが何やら喚いているが、構ってあげる余裕はないな

「そうだな…その理由を教えてあげるから、今からちょっと付いてきてくれるかい?」

「ん?構わんが…」

ならさっそく…

「!!?ゴホッゴホッ!」

「お、おい!大丈夫か?」

な、なんだこれは?急に体に力が入らなく………

「ゴホッゴホッ…あぁ、大丈夫だ…急ごう…」

まさか、一刀君の邪魔をする事になるからか?

†††††

 

咲夜視点

「なぁ咲夜。えまー…なんたらってなんだ?」

エマージェンシー、つまりは緊急事態。ブルーは魏を表す言葉で、そのツインズは夏侯姉妹、その下って事は秋蘭が来ている。さらにここに猪々子がいると言う事は、恐らく蜀軍が来ているんだろう。以前零士から聞いた話が事実なら、秋蘭はここで死ぬらしい

「なんでもないさ。ところで猪々子はどうしてここに?」

せっかくの旅行で、ドンパチに出くわすなんてごめんだ。それに秋蘭には黄巾の借りがあるし、なにより大切な友人だ。殺される訳にはいかない。恐らく零士が上手く動いてくれるだろう。私はとりあえず、猪々子の足止めだな

「きゃー!」

「!」

私がとりあえず猪々子と話そうとすると、塀の上から女が落ちてきた。頭から落ちたが大丈夫か?

「おいおい桃香大丈夫か?」

「酷いよ猪々子ちゃん!先に行っちゃうなんて!」

「あはは、悪りぃ悪りぃ」

桃香と呼ばれた女はぷんぷんと怒りをあらわにしている。あれ、こいつどこかで…

「もう……あれ?あなたどこかで………って、あぁー!!」

なんだこの頭の緩そうなバカ女は。急に人を指さして喚きやがって。………あぁ?バカ女だと?

「お前、あの時のバカ女か?」

「ちょ!相変わらずバカ女呼ばわりですか!私には劉備っていう名前があるんです!」

「お前が、劉備?」

このバカ女がか?

「ん?なんだ知り合いか?」

 

猪々子が尋ねてきた。知り合いと言えば知り合いなのだろうが…

「あぁ。昔ちょっとな」

「て言うか、生きてるならなんであの後村に戻って来なかったんですか?」

なんで戻ってこなかったのか、か。私としては、あまり思い出したくないことだな

「まぁ、こっちにも事情があったんだ。それより、あのお前が蜀の王?武力を否定していたお前が?」

私は話しを逸らす意味でも、そしてこいつらの足止めをする意味でも、話題を変えてみた。それに私自身、あの甘いバカ女が国を背負う立場にいることに興味が湧いたしな

「……私は、今でも武力だけで平和になるとは思っていません。でも、あの頃の私と違って、今は現実を見ているつもりです。少なくとも、力を否定はしていません」

ほぅ…

「助けられたあの日の後、私はあなたを探しつつ、助けられる人を助ける為に旅に出ました。でも、あなたの言う通り、力が無ければ救えない人がたくさんいました。何も出来ない癖にしゃしゃり出るなとさえ言われた事もあります。あなたが指摘したように、あの頃の私は現実を見ていませんでした。いえ、見ていても、認めようとしていませんでした。でも、それは甘えだったんです。だから私も、力が欲しいと思いました。それから、かつて黒髪の山賊狩りとして有名だった愛紗ちゃん、それに鈴々ちゃんっていう凄く強い子達と出会って、旅をする中でたくさんの人達を助ける事ができました」

黒髪の山賊狩りは私も聞いたことあるな。確か、関羽だったよな

「お前自身は何かしたのか?その流れだと、さっき言った二人に任せっきりな気がするんだが」

「私も、それは悩んでいましたし、今でも気にする事があります。でも愛紗ちゃんが『姉上には我らにはない魅力と暖かさがあります。それに、民を笑顔にする事は我らにはできない。それは、姉上の力だと私は思います』って言ってくれて。それで時折悩む事はあっても、気は楽になりました。私には、私の役割があるんだったて」

一瞬、甘やかしていないか?とも思ったが、そういう訳ではなさそうだ。それは彼女の目の下のクマや、手にできている筆タコが証明している。さらには肉体も割と締まっていることから、苦手と言っていた武術訓練もしているのだろう。彼女は彼女なりに、自分の出来る事をわきまえ、行動しているんだな

「力の形は様々です。だから、私は受け入れています。それを否定する事は、私を信じて付いてきてくれた皆を、私自身を否定する事になりますから」

 

ふーん…あのバカ女も、数年で成長したもんだな

「なら劉備、お前は何を目指す?」

「皆が助け合い、安心して暮らせる世界。それを妨げるものは、力を示し防ぎます」

「なら、魏の曹操や呉の孫策と戦争をする覚悟があるんだな?」

「呉は既に同盟を結んでくれました。後は魏だけです。曹操さんにも、同盟を持ち掛けたんですが蹴られまして。だから宣戦布告しました。私が勝ったら同盟を結んで下さいって」

ある日を境に、華琳がずいぶんご機嫌だったことを思い出す。確か「ようやく龍が目覚めたわ」なんて言っていたな。もしかして、これが原因か?

「同盟?侵略じゃないのか?」

「私は皆と協力しないと、この大陸は平和にならないと思います。雪蓮さんじゃないけど、勘で、そんな気がするんです」

その勘はあながち間違いじゃない気がする。今でこそ三国が覇を競い合っているが、隣国には五胡がいる。いつかやつらも攻めてくる日が来るはずだから、戦力は多いに越したことはない。まぁ、それを勘で感じ取るのではなく、ちゃんとした根拠を持って言えてれば、もう少し良かったな

 

「なるほどな。それで、これは軍事活動の一環か?」

「はい。来るべき決戦に向けて、戦力を少しでも削ぐ為の。朱里ちゃん、諸葛亮の策ですが、決定は私が下しました」

「はぁ…」

ドヤ顔で言う劉備に、私は思わずため息を漏らしてしまった。途中まで、まだまだ甘いがまぁ及第点かなって思っていたのに、最後の最後で台無しにしたな。ペロッと作戦バラしたぞ

「なぁ桃香、いくら咲夜が相手とはいえ、それ言ってよかったのか?」

「え?…あ!」

 

猪々子の指摘に、劉備はまずいといった表情になった

「クッ!猪々子に指摘されちゃ、まだまだ合格点はあげられないな」

「それなんか酷くね?」

「あ、えっと、今のなしです!」

劉備はアタフタと顔を赤くしながら、意味のない事を言った

「はっ!そもそも、王がホイホイこんな所に来る時点で、もうダメなんだよ。もっと王としての自覚を持て」

「うっ…それは皆にも怒られました…だってぇ、猪々子ちゃんの家族に会いたかったし」

劉備がシュンとしながら言った。そんな理由で王に来られても、こっちも困るし、部下も可哀想なんだが…

 

「だからお前はバカ女なんだよ」

「もー!いつになったら名前で呼んでくれるんですか!」

 

劉備はキーッといった感じで怒鳴った。いつになったらか…

「そうだな、お前が華琳を倒したら、名前で呼んでやるよ。まぁ、立場上応援はできないがな」

「え?どうしてですか?」

 

華琳って真名で呼んでんだから、気づけよ

「華琳は友人なんだよ。まぁ、雪蓮とも友人だから、どっちも応援できないがな」

「えー!?せっかくあなたを見つけたら仲間になってくれないか誘うつもりだったのに!」

えー…華琳のもとならともかく、バカ女の下で?いや、華琳の下もいろいろ怖いから嫌だけど。てかまぁ、誰かの下で働く気なんてさらさらないけど

 

「悪いな。私は天下に興味がないんだ。それはお前らの仕事だ。私は私の家族を守れりゃ、それでいいんだ。だから巻き込むな」

「むー!あ、あの!お名前、何て言うんですか?あの時、聞きそびれたので」

そう言えば、名乗っていなかったな

「司馬懿、字は仲達だ。お前が目指す世界、せいぜい頑張ることだな、バカ女」

「むー!絶対司馬懿さんに名前で呼ばせてやるんだから!」

結構時間は稼いだか?一応、中立って立場だし、公平にしてやらないとな

「はっ!なら残念なお知らせをしてやるよ」

「残念なお知らせ?」

「あぁ。ここに、魏軍は来ない。お前らがどういう手を使って、魏軍をおびき出すか知らないが、もしくるとしたら、かなりの大群でくるだろうよ」

「え?どうしてそんなことがわかるんですか?」

「私は魏に借りがあってな。それを返すために、天の力ってやつを使わせてもらったよ。まぁそれでなくとも、こんなところでドンパチなんてされちゃ、迷惑だからな」

「えぇ!?でもここでずっと話して…え?え?天の力って?」

「ちぇー。あたいも咲夜達には借りがあるから、なんもできねぇな」

 

今日の猪々子は察しがいいな。知力でも上がったか?

「悪いな猪々子。次来てくれた時は、うんと美味いものをご馳走するよ」

「いぇい!なら許す!」

さて、零士。私は十分時間を稼いだと思うぞ。秋蘭と私達の安寧な旅行の為にも、しっかり動いてくれよ

†††††

 

 

零士視点

「ゴホッゴホッ!みんな、大丈夫か?」

「私達は無事だが、お前こそ本当に大丈夫なのか?凄い汗だぞ」

「あぁ、問題ないよ」

こりゃ、本格的にマズイかもしれないな………

 

 

 

 



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旅行編其四

 

 

 

 

 

時は少し戻り 零士視点

「部隊は何人いる?」

僕は風呂から上がり、服を着替え、秋蘭達の部隊がいるところに向かっていた。いまだに体は重く感じるが、動けない程じゃないのが幸いだった

「私、流琉を含めて百だ。私達以外の兵は分隊長の張済に任せてきた」

張済さんも来ているのか。弓のエキスパートが二人に制圧系の流琉ちゃん……ダメだ。蜀軍の規模はわからないが、恐らく勝ち目はない。圧倒的に数が足りない。まぁ、ただの偵察だから仕方ないかもしれないが…

「そろそろ、話してくれてもいいんじゃないか?東はいったい、なにを焦っている?」

秋蘭が尋ねてきた。声には少し苛立ちも感じられる。何も知らせずに連れまわしているのだ、そろそろ彼女達にも話さなければ…

「ウッ!!ゴホッゴホッ!」

な!?まただ。伝えようとすると、突然体調がおかしくなる。だが…

「いいかい二人とも。これから言う事は、決して信じられるような内容じゃない。だが僕は二人を信用している。だから、君たちも信じて欲しいんだ」

 

僕はまっすぐ秋蘭と流琉ちゃんの目を見て言った。堪えろ。気をしっかり持てば、問題はないはずだ

「…わかった。話してもらえるか?」

秋蘭は怪訝な目をしながらも、しっかりと頷いてくれた。そして僕は定軍山と夏侯淵にまつわる話をする。この先に蜀軍が待ち構えていること。そして夏侯淵が黄忠に討ち取られること

「秋蘭様が、死ぬ?」

子どもは素直だ。こんな話を信じるなんて。流石に秋蘭は半信半疑ってところだな

「……何故、そんな事がわかる?」

「僕が、あの北郷一刀君と同じように、天から来たと言えば、わかってもらえるかい?」

「!」

珍しいものが見れた。いつも表情が読み取りにくい秋蘭が、明らさまに驚いた表情を見せてくれた

「君たちが天と認識している世界は、今から1800年後の世界なんだ。そして、その世界において三国志、今のこの時代の話は、本になるほど有名でね。そこに、君がここで死ぬということが書いてあるんだ」

「そう、なのか…」

 

突然死ぬと言われれば誰だって困惑するだろうに、さすがに秋蘭は冷静だな。少なくとも、動揺を見せていない

「信じられないよね。だが、今は従ってほしい。僕は君を助けたい」

「何故だ?」

「君は僕にとっても、咲夜にとっても、あの街で出来た最初の大切な友人だからね。友を助けるのに、理由がいるかい?」

 

僕がそういうと、秋蘭は少し思案し、やがて頷いてくれた

「そう、か。わかった。なら今は従おう」

「ありがとう」

程なくして、張済さん率いる偵察部隊と合流した。この数なら、強行軍でも明け方には安全圏に辿り着くだろう

「まさかこんな所に東殿がおられるとは」

「あぁ。僕もびっくりだよ」

僕らは警戒しつつ移動する。ここは既に、危険地帯だ。いつ攻撃されるかわからない

「………」

魔術と氣が問題なく使える事から、今は無理やりそれで体調を補っている。だが、正直長くは持たないな。上手く集中できない。力を身体能力に当てている分、この辺一帯の索敵もできない。参ったな

「東、お前は天から来た身であり、なによりあれ程の力がありながら、なぜ天下に名乗りあげなかったのだ?」

 

体を動かすことに集中していると、秋蘭が突然訪ねてきた。ホントに、この問いは何度目になるのだろう

「はは、いろんな人に突っ込まれるよ。前にも言ったが、僕は僕の家族さえ守れたら、それでいいんだ。僕は幼い頃に家族を事故で亡くしてね。それ以来、家族に対して憧れがあったんだ。さらに僕はね、あの世界で十分過ぎる程人を殺してきたんだ。それこそ、世界から忌み嫌われるほど。だからね、今の生活は僕にとって夢のような時間なんだ。やっと手にした、普通の人生って気がしてね」

まぁ、この状況さえなければ、もっと良かったんだけどなぁ。このトラブルに巻き込まれる体質、華佗に言えば治るかな…

「そうか。悪い事を聞いたな…」

秋蘭にしては珍しく、シュンとしている。今日は彼女の普段とは違った表情が見れて何かいいな

 

「そんなに気にしなくていい。もう過去の事だからね」

「だが本当によかったのか?今のこの状況、お前のいう普通の人生からは、逸脱している気がするが」

ほんと、その通りだけど

「さっきも言っただろ?秋蘭も流琉ちゃんも、僕や咲夜にとって大切な人なんだ。だから、僕の手が届く範囲なら、僕は必ず君達を守る。僕の目の前で、大切な人を殺させはしない」

「そ、そうか…」

「あぅ…」

ん?二人とも顔をそらしているけど、どうかしたのだろうか

「なるほど。確かに東殿は、悪い男のようだ」

張済さんが微笑みながら言ってきた

 

「え?張済さんどういう意味ですか」

「はは、いやなに。天然でやる辺り……!!」

「「!!」」

「!!来たか」

後方にかなりの数が来ているな。正確な距離はわからないが、恐らく1キロもないな

「張済さん、見えますか?」

張済さんは暗闇での戦闘が得意だったはずだ。この状況でも、冷静に辺りを見回し確認している

「まだ目視できる範囲では無いですが、確実にこっちに来ていますね」

「了解。殿は僕が務める。後ろは任せて移動速度を上げるんだ」

「了解」

「おっと、僕が指揮しちゃいけないね。秋蘭、君の意見は?」

「いや、何も問題はない。東の方針で行こう。殿には私も務める。流琉は先導してくれるか」

「わかりました」

さすが、精強な魏軍だけはあるな。不測の事態でも、一糸乱れぬ統一性は感嘆に値するな

「…チッ!」

思わず舌打ちをしてしまう。謎の体調不良に加え、片目がほとんど見えない事が影響し、今だに蜀軍を目視できない。後少し時間があれば、この片目の状況にも馴れるはずだが…

ヒュンッ

「ッ!」

僕が暗闇を注視していると、突然一本の矢が僕を襲ってきた。僕は寸でのところでナイフを出現させ、飛んできた矢を弾いた。あ、危なかった。向こうはもう撃ってこられるのか?弓って事は、恐らく黄忠か?流石に弓兵だけあって、目の良さはピカイチだな

「大丈夫か?」

 

秋蘭が弓を構えてやって来てくれた

「あぁ。それより見えたか?」

「あぁ。今しがた確認した。確かに、東の言う通り敵将は黄忠だ。とりあえず…フッ!」

秋蘭が暗闇に向けて矢を放つ。そしてしばらくすると、矢を弾いたと思われる金属音が聞こえた

「威嚇射撃だ。当たれば儲け物だったが、そう上手くはいかないな」

定軍山で夏侯淵と黄忠か。相性は最悪だな。なんとしても、遠ざけなければ

 

「秋蘭、矢はこちらで補充する。だから思う存分射ってくれ」

僕は魔術で数本の矢を出して見せる。それに対し秋蘭が驚愕の表情をあらわにした

「お前はいったい…」

「説明は許昌に着いて…!!」

突如、矢の乱れ撃ちが来た。僕はこれを弾く事に成功したが、なんて精度だ。正確にこっちを狙ってきたぞ。それにこの乱れ撃ち、おそらく弓兵は一人じゃない。最低でももう一人、それこそ祭さん級の武将がいる。片目にもだいぶ馴れてきたが、あれが続くと流石に…

「ゴホッゴホッ!!クッ…すぅ…はぁ…みんな、大丈夫か?」

まただ。また体が重く…

「私達は無事だが、お前こそ本当に大丈夫なのか?凄い汗だぞ」

「あぁ、問題ないよ」

こりゃ、本格的にマズイかもしれないな………

「だが、なんとしても安全圏まで送ってみせる」

こんなところで死んでたまるか

その後、僕らは定軍山の入り口付近まで辿り着く事ができた。途中、矢の乱れ討ちで穴だらけになりそうだったり、滝から落ちたりと、なんども危ない目にあったが、全員生きている。上々の結果だ

「はぁはぁ…ふ、振り切りましたかね?」

「そう、思いたいな…はぁはぁ…」

 

みんな息が切れ切れだが、よく頑張ったな。だが、このままここにいるのは危ない

「さぁ、はぁ、はぁ…みんな、このまま許昌を目指すんだ」

 

「東はどうする気だ?」

 

僕が促すと、秋蘭が心配した様子で言ってくれた

「ふふ…忘れたかい秋蘭…はぁはぁ…僕らは旅行に来ているんだよ。だから、施設に戻るだけさ…」

 

まったく、旅行の間くらいは、ゆっくりしたかった…

「そ、そうだったな。本当に大丈夫なのか?」

「あぁ…問題ない…流琉ちゃん、お土産、持って帰ってくるよ」

「えぇ!?いいですよ!こんな事に巻き込んでしまったんですから」

「いいんだよ。君だけ除け者になってしまったんだ。君も従業員の一人なんだから、素直に受け取るんだよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

はは、流琉ちゃんはホントに、いい子だよなぁ。将来はきっといいお嫁さんになるだろう

「さぁ、行った行った。早くしないと、大軍が押し寄せてくるぞ」

「あぁ。必ず、また許昌で会おう。ありがとう東」

そう言い、秋蘭達は許昌を目指し帰って行った。僕はそれを確認すると、その場で倒れてしまった

†††††

 

 

「ゴホッ!こりゃ、こたえるなぁ」

だが、どういう訳か、体がだんだん楽になりつつあった。恐らく、後少しこのまま休めば、調子も戻るだろう

「はぁ…まったく、一体なんだったんだ?教えてくれよ。いるんだろ貂蝉」

「あらぁ?完全に気配を消していたはずなのに、なぁんでわかっちゃったのかしらぁ」

 

茂みから筋骨隆々の人間が現れた。あのガタイで、よく気配を殺せるな

「僕はこれでもプロだからね」

 

まぁ、僕にはわかるがな

「あら素敵!そんな貴方に痺れちゃうぅ!私の熱いチッスをプレゼントしちゃうわぁ!」

「よ!悪いが遠慮するよ」

僕は迫り来る貂蝉の唇を華麗に避け、立ち上がった。どうやら完全に元に戻ったらしい

「あらぁ?もう動けるようになったの?」

「ふむ、よもや矯正力に抗うとは…やはりうぬは何か特別なのだな」

貂蝉の近くには卑弥呼も立っていた。相変わらず、不思議なファッションの二人だ

「お前達、この不調の原因を知っているんだな」

「そうねぇい。とりあえず、場所を移しましょう。ここだと人が来るかもしれないわぁ」

そう言って貂蝉と卑弥呼ふ大ジャンプした。僕もそれを追いかけるように、大きく飛び後を追った

「ここでいいかしら」

着いた先は、昼間遊んだ川の上流の、湖がある所にやってきた。ちょうどいい、少し水を飲んでおこう。ほとんど無傷だが、さすがに疲れた

「んくんく…はぁ…生き返るなぁ」

「かなり、体が重かったのではないか?」

 

僕が水を飲み干すと、卑弥呼が声をかけた。ずいぶん面白い目をしているな。僕に対しての心配と警戒、そして好奇心が入り混じっている

「……あぁ。猛毒に侵されている気分だったよ。あれは何だったんだ?」

「私と貴方が初めて出会った時、ご主人様の邪魔だけはしないでって言ったのは覚えているかしら」

「あぁ。やはりそれで、あんなにも影響が出たのか」

 

貂蝉の言葉に、僕は頷きつつ反応する。6年前のあの日、貂蝉は一刀君の邪魔はするなと言った。イレギュラーである僕が介入することで、この世界に不和をもたらす可能性があったからだ

「本来は、それだけではないはずなんだがな」

「どういう事だ?」

貂蝉の言葉に、僕は疑問を持った。まだ何か制約があるのか?

 

「うぬは、辿るべき歴史を変えてしまったのだよ。夏侯淵はここで死ぬ予定だった人物であるからな」

「外史には、ある程度決まった未来、特に人物の死が定められてある。その定められた事象を変えてしまうと、矯正力が働いて、変えてしまった人物を排除しにかかるのよぉ」

定められた事象…この定軍山もその一つか。ん?もしかして、あの時も…

「まさか、呉の孫策暗殺事件も辿るべき歴史とやらだったのか?確か正史世界の孫策の最期は暗殺だったはずだ。正史からかなり逸れている歴史を辿っている外史が、あんな正史通りの事件を歩むとは思えないんだが」

 

それに貂蝉と卑弥呼は、暗殺があったこと自体には大して驚いていなかった。むしろ、僕が阻止してしまった事に、驚きを見せていたような…

 

「えぇ。残念だけど孫策ちゃんはぁ、この外史において、あの日に死ぬ予定だったからねぇい」

 

やはり…しかしそれだと…

 

「だが、暗殺を阻止した時、僕はなんの影響も受けなかったぞ」

そう。あの時は片目が見えず、毒に侵されただけで、今回のように体が重くなるといった事にはならなかった。もし歴史を変える事で影響を受けるのなら、あの時も感じていなければいけない

「そこなのよねぇ。私たちもぉ、どうして貴方があの時矯正力を受けなかったのか疑問だったのよぉ。あそこで孫策ちゃんを助けっちゃったら、あなたは間違いなくなんらかの影響は受けていたはずなのに」

 

だからあの時、雪蓮ちゃんを助けた時、貂蝉は僕の体調を尋ねたのか

「イレギュラー、か」

 

あの時貂蝉が呟いていた、イレギュラーという言葉を僕も呟いた。すると貂蝉も卑弥呼も、それに同意するように頷いた

「まさにその通りなのだよ。歴史の矯正力は受けない。だが、創造主である北郷一刀を妨げる行為においては影響を受ける」

「だけどそれもぉ、本来ならば確実に意識を失うはずなんだけどぉ、貴方は最後まで意識を繋ぎとめ、あろうことか夏侯淵ちゃんを守り抜いた。そして事が終われば、即座に回復。あり得ない事ばかりなのよぉ」

本当に僕は、この世界において不確定要素なのだろうか?貂蝉ら管理者の話通りなら、僕は既に消えていなきゃいけない。だが、今もこうして、なんの問題もなくこの世界にいる。ということは、この世界に来たのは偶然でも事故でもなく、作為的なもの?矯正力を無視してまで、やるべきことがあるから、この世界にいるのか?

「わからないな」

情報が足りないし、恐らくは知ることはできないだろう。もし、僕を呼んだ人物が居たとして、その人物が僕に話しに来ない限り

「この外史は本当に異例なのよねぇい。貴方以外にも、イレギュラーが存在するから」

「そうなのか?」

 

貂蝉の言葉に、僕は少し驚いて見せる。僕以外にも、この世界にきた人物がいるという事なのだろうか

「うぬらが追っている、張譲もその一人なのだよ」

「あいつが、イレギュラー?」

 

そんな僕の予想に反して、思ってもみない名が出た。張譲は、この世界の住人だよな

「張譲は貴方と違って、もともとこの外史の住人なんだけどぉ、あいつも本来なら、連合辺りで死んでなきゃおかしい人間なのよぉ。でも、何故かまだ生きている。それもどんどん凶悪になって」

「我々管理者も、奴を危険視しておるんだが、どういう訳か奴の所在を特定することができんのだよ」

なんだと?

「私もご主人様の所に行かずぅ、こうして華佗ちゃんと行動してるのはぁ、張譲を探す為でもあるのよぉ。でもダメ。全然見つかんない!」

「そうなのか…」

もしかしたら、僕がこの世界に来た理由は、張譲にあるのかもしれないな。だが、管理者にも居場所がわからないとなると、見つけるのは容易ではない。なら、次に事を起こした時に、確実に仕留めなくてはならない。奴が、なにかデカイことをしでかす前に…

 

 

 

 



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旅行編終幕

猪々子、バカ女との会話の後、私は一人零士の帰りを待っていた。あいつは無事だろうか

「よっと、到着」

そんな私の心配をよそに、零士は至極軽い感じで帰ってきた。どうやら、なんの問題もなかったようだ

「おかえり零士。首尾は」

「やぁ咲ちゃん。途中妨害もあったが、なんとか離脱させる事ができたよ。これで、黄巾の借りは返せたんじゃないかな」

よかった。秋蘭は無事みたいだな

「そっちは変わったことは?」

「そうだな。以前話していたバカ女っていただろ?あれな、劉備だった」

「バカ女?確か、君が一人で賊の隠れ家に乗り込んで助けた子だったかい?」

「あぁ…」

私自身は、あの時の事はあまり良い思い出ではないがな

「へぇ、咲ちゃんは既に劉備に会っていたのか。ホント僕らは、いろんな人と妙な縁があるな」

「まったくだな」

魏の曹操、呉の孫策、そして蜀の劉備。現在、覇を競っている三人の王と知り合いというのも、なかなかない事だよな

†††††

 

翌朝、私は寝るのが遅かったため、目覚めたのは昼前だった。そしてどういう訳か、私の隣には悠里が寝ていた

「おい、悠里。お前なに抱きついて寝てやがる」

「ありゃ、起きちゃったんですか?ちぇー、もう少し姉さんの温もりを感じていたかったのにー」

お前も起きていたのかよ

「珍しいですねー。咲夜姉さんがこんな時間まで寝てるなんて」

「まぁ、いろいろあって、寝るのが遅かったんだ」

「そう言えば、昨晩途中でいませんでしたね。東おじさんも見当たらなかったし…まさか!」

ぺしっ

「あう」

なにかよからぬ妄想をしていそうだったので、私は悠里にデコピンをお見舞いしておいた

「別になんでもないさ。ただ風呂入って、ぶらぶらしていただけだよ」

魏軍と蜀軍が居たことは、まぁ言わなくていいだろう。せっかくの旅行なんだ。楽しい思い出で終わらせたい

「面白くないなぁ。あ!姉さん、出かけましょうよ!恋ちゃんが子グマ連れてたんですよ!」

「子グマ?それはちょっと見てみたいな」

「ならさっそく行きましょう!」

私は悠里に引っ張られるように部屋を出た。そんなに急がなくても、いいと思うんだがな

†††††

 

 

 

「やぁ咲ちゃん。君も子グマを見に来たのかい?」

行った先には、零士が子グマを抱きしめ、それを月、詠、恋が羨ましそうに見ている姿があった

「なんだお前、子グマ好きなのか?」

「うん。だって可愛いし」

「プッ!」

私と悠里と詠は思わず吹き出してしまった

「えぇ?その反応は酷くないかい?」

「いや、だってねぇ…クッ…」

「あぁ。いい歳したオッさんが、可愛いって…ククッ」

「あははは!全然似合わなーい!!」

「えー。ショックだなぁ」

零士は心外だ、と言わんばかりの態度だった。長い間連れ添ってきたが、さすがにこればっかりは違和感しかない

「そういえば、今日帰るんでしたよね?いつ頃に帰りますか?」

月が零士から子グマを受け取り、抱きしめながら尋ねる。やはりこういう小動物は、月みたいな可愛い子といるのが一番だ

「お昼食べてからかな。皆ももう少し遊びたいだろ?」

「おー!さすが東おじさん!」

「なら、もう少しこの大自然でのんびりしようかしら」

「恋は、クマと、遊ぶ」

「私もクマさんと遊びたいです!」

「ふふ、めいいっぱい、満喫しておいで」

「はーい!」

そして四人は好きなように遊び始めた。と言っても、主に恋が連れてきたクマと一緒にいるがな

「咲ちゃんは、あれに混ざらなくていいのかい?」

 

零士と私は、そんな四人の光景を眺めながら、お茶を啜っていた。いかん、まだ少し眠い

「あぁ。見てるだけで十分だ」

私はクマに乗っている皆を見ながら答える。とても、平和な光景だ

「まさか軍が近くにいるなんて、思わないだろうな」

「あぁ。彼女達は知らなくていいだろう。念のため、五斗米道の皆さんには、伝えておいたけどね」

 

相変わらず、手回しの良い

「戦場になると思うか?」

「それは華琳ちゃん次第だけど、恐らくは」

あの華琳の事だ。売られたケンカは絶対買うだろう。この自然豊かな土地が戦場か。血やらなんやらで荒れてしまうと思うと、少し気が引けるな

「まぁなんにしろ、旅行中に戦場になることはないな。どんなに早くても明日からだろう」

「そうだね」

 

そう言って、同時にお茶を口に含んだ。なんとも呑気なものだ。だが…

「咲夜さーん!東さーん!見てください!凄く高いです!」

「わわ!だ、大丈夫かしらこれ」

月と詠が、クマの肩に乗りやってきた。あれは本当にクマか?中に人間が入ってるんじゃないだろうな。それでも、二人とも楽しそうだ

「おい二人とも、落ちたりするんじゃないぞ」

こんな平和な光景を見せつけられたんじゃ、呑気にもなるな

 

†††††

 

 

 

それからしばらくして、私達は昼食を済ませ、帰る支度を始めた

「うーん…もう少し遊びたかったですねー」

「そう?結構のんびり休めたと思うけど」

「また来たいですね!」

「そうだな」

何事もなく、この施設が残ってりゃな

「……」

「ん?恋、どうした?」

恋が何か思いつめたように外を眺めていた。クマが恋しいのか?

「…咲夜、ここ、大丈夫?」

「!!」

気づいたか?

「恋、きっと大丈夫だ。華佗や華雄、あと化物二匹がいるんだ。あいつらが守ってくれるよ」

私は恋にのみ聞こえるように囁いた。すると恋はコクリと頷き、荷物を持って外に出て行った。やはり、恋程になると気配を感じるのだろう

†††††

 

 

 

「みんな、忘れ物はないかい?」

今回も再びバスで帰る事になった。事前に準備していたんだろう。今回はぶっ倒れていなかった

「みんな!気をつけて帰ってくれ。ここにはまた来てくれて構わないからな!」

「はい!絶対来ます!」

「月様、お身体にお気をつけて。詠も達者でな。恋、二人を守ってくれよ」

「はい。華雄さんもお元気で」

「零士ちゃーん!最後にチューしましょうか!」

「む、それならわしも…」

「なんか、デジャヴを感じるな。それじゃあ、何かあればまた店に来てくれ」

「世話になったな。じゃあな華佗」

そして零士はバスを発進させ、『晋』を目指す。帰り道は、私と零士を除いた皆が眠り込んでいた。遊び疲れたのだろう。グッスリだった

†††††

 

許昌に着いたのは夜だった。私達はそれぞれ荷物を持ち、許昌の正門をくぐった

「いやー、帰って来ましたねー」

「あっという間だったわね」

「でも、凄く楽しかったです」

「…セキト、元気かな」

「今日はもう遅いし、セキトは明日悠里ちゃんの家から引き取ろうか」

「そうするか。もう眠い」

 

てか、寝不足で目の前がぼやぼやする

「了解でーす!ではまた明日!おやすみなさーい!」

「おう、おやすみ」

私達は悠里と別れ、『晋』に向かった。たった三日空けただけだが、なんとなく久しぶりに帰って来たという気分だ

「ふぅ、やっぱり我が家が一番だな」

「ふふ、そうですね」

「今、お風呂沸かすね。その間に何か飲むかい?」

 

零士がお湯を沸かしながら聞いてきた。相変わらず、気の利くやつだ

「僕、あったかいお茶ー」

「…ほっとみるく」

「珈琲」

「すいません、私も温かいお茶を」

詠も恋も私も遠慮なく言う中で、月は申し訳なさそうに言った。月は優しいなぁ。頭を撫でてやろう

 

「はいはーい。あ、咲ちゃん僕も月ちゃんの頭撫でさせて」

 

「へぅ!?いったい2人してどうしたんですか!?」

その後、それぞれ一服し、風呂に入り眠っていった。さすがにデカイ温泉の後だと、そこそこ広いうちの風呂が小さく感じたな

†††††

 

 

それから数日後。私達は通常通り営業を再開し、あるべき日常に戻っていった。嬉しかったのは、うちの飯を心待ちにしている人間が増えた事だ。営業を再開した日は、行列が出来るほど繁盛し、一日の最高売り上げを塗り替える程だった。本当に、幸せな事だ

そして定軍山での戦闘について。

結論から言ってしまえば、戦闘らしい戦闘は無かったとの事だ。両軍がほぼ無傷。蜀は大部隊での戦闘を想定していなかったようで、華琳が軍を率いてやって来る頃にはほとんど撤退していたらしい。恐らく、あのバカ女が私の話を聞いてまずいと思ったのだろう。賢明な判断だ。格好は悪いが、無闇に兵を失うよりかはマシだ。まぁ、華琳は随分と、ご機嫌斜めになっちまったがな

「あの子、勝てないと判断してすぐ撤退よ!私の兵を襲ったくせに!」

華琳はキンキンと起こりつつも、料理を食べる手は止めなかった

 

「まぁ、兵法的には理にかなっちゃいるがな」

「それでもよ!王としては、まだまだ甘いわね」

「それが奴の王道なんだよ。いかに皆を傷つけずに勝つか。恐らく同盟を持ちかけたのも、その考えがあっての事なんじゃないか?」

「ふん!まぁいいわ。それより、あなた達には世話になったわね。特に零士。秋蘭を助けてくれて感謝するわ」

華琳は一通り愚痴るとスッキリしたのか、話題を変え、零士にお礼を言った

 

「私からも、もう一度礼を。撤退支援感謝する。あのまま進んでいたらと思うと、正直今こうして話せる事も叶わなかっただろう」

 

同席していた秋蘭も礼を言う。対する零士は、なんてことはない様子で、洗い物を吹き上げながら口を開いた

「あー、いいよいいよ。秋蘭ちゃんには黄巾の借りがあるし。ね、咲ちゃん」

「あぁ。秋蘭が無事で何よりだ」

「すまんな二人とも」

 

秋蘭も流琉も無事、旅行も特に何事もなく終了。上々の結果だろう

「ところで、あなた天の世界の住人らしいじゃない。何故黙っていたの?」

華琳はなんとも怖い笑顔で言ってきた。零士風に言うのであれば、サディスティックな笑み?

 

「あー、ごめんね。もともと言うつもりだったんだけど、思ったよりも時期が早かったんだよね」

「どういう事かしら?」

「華琳ちゃん、君達、そのうち赤壁辺りで決戦するだろ?」

「!……それも、天の知識とやらかしら?」

華琳にしては、驚いた表情を見せた。確かあのバカ女も、来たる決戦に向けてとか言っていたな

 

「そうだね。問題はその後の戦なんだけど、定軍山で戦闘が起こるんだ」

「それが、先日の…」

「あぁ。定軍山の戦い。黄忠が夏侯淵を討ち取る戦いだ。僕と咲夜は君に借りがあるし、その戦が起こるだろう時に話すつもりだったんだ」

「まぁ、どういう訳かそれが早まって、赤壁の戦い前に起こっちまったがな」

 

あまり未来の知識とやらも、あてにはならないらしい

「そうか…重ね重ね、感謝する」

 

秋蘭は深々と頭を下げた。私たちとしては、大切な友人を護っただけのことなのだがな

「ふーん。まぁわかったわ。それより零士」

「赤壁での決戦、どちらが勝つかについては言わないよ。君、そういうの嫌いでしょ」

 

零士は華琳が全てを言いきる前に言った。それに対し、華琳は満足げな笑みを見せる

「あら、わかってるじゃない。ならいいわ。まぁ、私が勝ってみせるけどね」

「はは、頼もしい限りだ」

 

未来の知識が真実なら、華琳は赤壁で敗れるらしいが、とてもあのバカ女が華琳に勝つとは思えない

「では、私はもう行くわね。行くわよ秋蘭」

「は!ではな二人とも。……おっとそうだ。咲夜」

「ん?」

華琳と秋蘭が立ち上がり、店を出ようとするところで、私は秋蘭に呼ばれ、誰にも聞こえないように耳打ちされる

「残念だが、もう咲夜を応援してあげれんよ。だから気をつけろよ。東の隣、私が奪ってしまうやもしれんぞ」

「な!?」

「ふふ、ではな二人とも」

そう言い残し、華琳と秋蘭は去って行った

「ん?咲ちゃんどうかしたかい?」

「………」

こいつは…

「えーっと…あれー?どうしてナイフなんか抜いてるのかな?」

「お前、秋蘭に何をしたー!?」

秋蘭を助けられたのはよかったが、まさかこうなるとは…

よし、零士は一回切っておこう

 

 

 




ということで、今回は旅行編と言う名の定軍山編をお送りしました

実はこの旅行編、様々な条件のもとで構成されています

まず、定軍山の戦いの発生条件として、劉備が咲夜に助けられていること

そして秋蘭が生存する条件として…
1.零士と咲夜が『晋』を設立 
2.秋蘭との好感度が高い 
3.『晋』のメンツが秋蘭に対し借りがある 
4.猪々子と『晋』の間に絆がある 
5.流琉が『晋』のアルバイトとして雇われている

2と3の理由により、零士と咲夜が秋蘭を助ける理由を持ちます

そして4と5の理由によって、花火が零士の仕業である事を見抜き、秋蘭と猪々子が二人に会いに来ます

といった感じで、今までの事はある意味、この事件を発生させる為の事でもあったわけなんですよね

そして、零士が受けた矯正力について。
あれは一刀君に敵対してしまう行動を取ったが為のペナルティです。この裏√の外史においても、「主役」はあくまで北郷一刀だからです。

まぁ、一刀君は名前だけで、出す気はありませんけどね(笑)



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日常編其六
月ちゃんのとある一日


今回は月ちゃん視点です


 

 

 

 

 

おはようございます。私の名前は月と言います。とある事情から、このお食事処『晋』さんで働かしてもらっている者です。本日は私の語りで、進めていきたいと思います

私の朝はとても早いです。というのも、毎朝の日課にしている事があるからです。

それは…

「おはようございます咲夜さん」

「おはよう月。今日もよろしくな」

この方、咲夜さんとの走り込みに付き合う事です。

ここに来た当初の私は、体力の無さを感じ、お仕事に影響を及ぼしてしまうと考えていました。そうならないために、咲夜さんにお願いして、走り込みだけ付き合ってくれる事になりました。その結果、最近では営業中に息が切れるような事にはならなくなりました

「え?月?なんでここにいるの?」

「あれ?詠ちゃん?どうしてここに?」

毎朝の集合場所に、今日は私の大親友の詠ちゃんも居ました。

どうしたんだろう?こんな朝早くに

「ぼ、僕はちょっと、あの、ただの運動よ!深い意味はないわ」

 

詠ちゃんは少し慌てて言いました。

運動かぁ。いいことだね!

「じゃあ、今日は詠ちゃんも一緒に走るんだね」

 

それってなんだか、少し楽しみです!

「え?月って毎朝走ってんの?」

「あぁ。さすがに武術訓練には参加させてないがな」

 

詠ちゃんの疑問に、柔軟運動をしていた咲夜さんが応えてくれました

「だからか…」

ん?詠ちゃん、私の体をじろじろ見て、どうしたんだろう

「さぁ、さっさと走るか」

「あ、はい!」

「よーし!頑張るわよ!」

そして私達は、いつもと同じ様にお馴染みの道を走っていきました。

朝の走り込み、最初は大変でしたが、慣れるととても気持ちよく、清々しい気分を味わえます。人もほとんどいませんし、とても静かです。咲夜さんはこの時間がお気に入りのようです

「よっし。準備運動終了。月ももう息切らさず走れるようになったな」

 

やがて走り込みを終えると、咲夜さんが汗を拭きながら言ってくれました

「はい。咲夜さんが付き合ってくれたおかげです」

「そんな事ないさ。それは月が頑張ってやってきた結果だ。胸を張っていいぞ」

「へぅ、ありがとうございます」

ほ、褒められました。とても嬉しいです。でも…

「詠ちゃん、大丈夫?」

「はぁ…はぁ…」

詠ちゃんは大の字で寝転び、息を切らせていました

「ゆ、月…いつも…こんなに走ってるの?」

「う、うん。今日はまだ、ゆっくり走ったほうだよ」

「……うそ…でしょ…」

それに実は、いつもより距離も走ってないんだけど、それは言わない方がいい気がしたので、話せませんでした

「詠ちゃんどうする?私これから朝ごはん作りに行くけど」

「ぼ、僕はもう少し、休んでいくわ…」

「うん。じゃあ、また後でね」

「毎朝ありがとうな月」

「いえ、お料理、好きなので」

咲夜さんは一言「そっか」と言って、訓練を始めました。私はそれを少し眺め、そしてお家の台所に行きました

†††††

 

 

「やぁ、おはよう月ちゃん。」

「おはようございます東さん」

台所に行くと、東さんが座ってお茶を飲んでいました

「朝食作りかい?手伝うよ」

「ありがとうございます」

東さんは『晋』の料理長を務めている事もあり、お料理の腕は一流です。とても手際がよく、出来上がるお料理もとても美味しいのですが…

「あつっ」←手が熱々の鍋に触れる

時々おっちょこちょいです

それから程なくして、朝ごはんができます。

今朝の献立は白米、お味噌汁、玉子焼き、魚の塩焼き、野菜炒めです。そして恋さん用にベーコン、ソーセージ、ステーキも作りました

「お腹、減った」

お料理が出来上がると、恋さんが起きてきました。恋さんはいつも、お料理が出来ると起きてきますけど、匂いにつられてくるのかな

「おはよう二人とも。お、ちょうどいい時にやってきたか?」

「おはよう咲ちゃん。みんな揃ったし、食べようか」

「♪」

「あーやばい。足がプルプルしてる気が…」

 

恋さんを皮切りに、咲夜さん、詠ちゃんもやってきました。詠ちゃんは中腰で歩いてるけど、大丈夫かな?

「だらしないぞ詠。月を見てみろ。あの後、ちゃんと仕事もするんだぞ」

「月やばい。月すごい。ホント尊敬するわ」

「あ、あはは。それでは、いただきましょうか」

『いただきます!』

その後、私達は朝ごはんを食べつつ、楽しく談笑していました。途中、東さんのお箸が折れたり、お茶碗が割れたりしていましたが、寿命だったのでしょうか?

「はぁ…今日、誰か暇な人はいるかい?」

 

東さんが少し悲しい目で聞いてきました。

へぅ…東さんとのお出かけ…魅力的だけど今日は予定が…

「今日は月と城だ」

「はい。華琳さんのところでお料理会をする予定で」

ずいぶん前に華琳さんと流琉ちゃんと約束していたので、それを取り下げる事はできません。それにお料理会、楽しみですし

 

「僕は恋と悠里のとこに行くわ」

「……ん。子ども達と遊んでくる」

 

今日の詠ちゃんはなんだか珍しいなぁ。悠里さんのお家、結構大変なのに

「残念。仕方ない、一人で買いに行くか」

東さんは割れたお茶碗と折れたお箸を見て呟いていました。東さん曰く、こういった茶器も魔術で作れない事はないらしいんですが、職人さんが作った物を使いたいとの事で毎回購入しているらしいです。東さんのこだわりの一つですね

†††††

 

 

 

「さて、そろそろ行くか月」

「はい」

それからしばらくして、私と咲夜さんは華琳さんのいるお城に向かいました。

その道中で馴染みの八百屋さんに話しかけられました。八百屋さんは気さくないい人です。お店にもよく来てくれます。時々おまけもしてくれます

「おー!司馬懿さんに月ちゃん!今日はどちらへ?」

「あぁ。ちょっと華琳に呼ばれてな」

「お料理会なんです」

「かー!さすが『晋』さんだわ!また今度、寄らせてもらうよ!」

 

「はい!待ってますね」

八百屋さんだけじゃありません。街を歩けば、道行く様々な人に声をかけられます。この街に来てからは、本当にお知り合いが増えました

「あ!咲夜さーん!月さーん!」

お城の前には、流琉ちゃんが待ってくれていました。流琉ちゃんはこちらに気付き、大きく手を振っています

「おはようございます流琉ちゃん」

「よう。待たせたな」

「おはようございます!では、さっそく行きましょう。華琳様も待ってます!」

私たちはそのまま流琉ちゃんの誘導で城の厨房へ行きます。そこには華琳さんが食材を確認している姿がありました

「おはよう咲夜に月。こちらの準備はできているわ」

「おはよう。ずいぶんと気の早いこった」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

華琳さんや流琉ちゃんは、東さんの故郷のお料理に大変興味を持っている様なので、こちらでも調味料を持ってきました。材料は何とかなっても、調味料だけは揃えられませんので

「私は今日という日を待ち望んでいたのよ。時間が惜しいわ。そしてせっかくだから、いろいろ作ってみたいのよね。咲夜、ここの材料とそちらが用意した調味料で何種類作れるかしら?」

 

華琳さんは私たちが持ってきた調味料を見て聞いてきました。それに対し、私と咲夜さんは材料を見つつ、どれくらい作れるか思案しました

「そうだな……まぁ、量を少なくすれば、そこそこの種類は作れるな」

「そうですね。材料は豊富ですが、こちらの調味料が足りません」

思案した結果、私たちはそう結論付けました

 

「では、まずは調味料から習っていくのはどうでしょうか?」

 

「そうね…咲夜、調味料を作るのに、最短でどれくらい必要かしら?」

 

流琉ちゃんの提案に、華琳さんが同意を示しました

「物によるな。半日で出来るものもあれば、日数を掛けて作らなきゃいけないものもある。美味いものを目指すなら、なおさら時間はかけなきゃいけない。零士の技術を使えば、幾分か短縮はできるんだがな」

「それと、例えばこのケチャップにしても、材料となるトマトが遠方で取り寄せている物なので、用意には時間がかかります」

 

こうして思い返してみても、全て東さんの未来の知識によるものばかりです。東さんの発想は、今までの私たちにはないものばかりですからね

「ふむ、意外と手間がかかるのね。調味料は次回にまわしましょう。それまでにこちらでも材料を集めておくわ」

「うーん…では『晋』さん独自の調味料を使わないで作れる料理になると、何がありますか?」

「まぁ、簡単な物なら作れるな。オムレツとかハンバーグとか」

「では、何か簡単に作りつつ、今日一日で作れそうな調味料を作るのはどうでしょうか?」

「それがいいわね。では、お願いするわ」

そして、咲夜さんと、僭越ながら私の指導で、お料理が始まりました

†††††

 

 

Talk Session 1   月と流琉

「流琉ちゃん、次はこれを炒めます」

「はい!」

流琉ちゃん、うちで働いている姿も見ていますが、こうしてじっくり見るととても手際が良いのがわかります

「できました!どうでしょうか?」

流琉ちゃんは不安気にできた料理を見せてくれました。その姿が、とても可愛らしいです

「はい、見た目も味もばっちりです」

「やった!」

ふふ、もし妹がいたら、こんな感じなのかな

「月さんは、年の近いお姉さんみたいです」

「そ、そうですか?」

「はい!とても優しい、しっかりしたお姉さんです!」

「へぅ…」

照れちゃいます…

 

†††††

 

 

Talk Session 2   月と華琳

「へぅ、華琳さん凄いです」

華琳さんの手際も、流琉ちゃんに負けず劣らず見事です

「あら、私から見れば、あなたの方が鮮やかに見えるのだけれど」

「でも、華琳さんって、王としての仕事をしつつですよね。私はお料理屋さんで働いているから、ある程度こなせますが」

「そうね、もともと料理が好きというのもあるけれど、何かをするのに妥協するなんて事は許せないのよ。より完璧な物を目指す。それだけよ」

「かっこいいです華琳さん」

こういう、華琳さんみたいな人は、素直に憧れてしまいます

「ふむ、でも私は、実はあなたも凄い人物なのではと睨んでいるのだけれど」

「え?」

私が、凄い?

「あなた自身、気づいている様子はないけれど、あなたの持つ才能、周りを惹きつける魅力、時折滲み出る気品さ。どれも一級であるし、王としての素質も十分だわ」

………

「そんな、買いかぶりすぎですよ」

「……私はね、とある連合に不振な点をいくつも感じているのよ。黒幕の死体とか」

「!?」

華琳さんは、気づいている?

「ふふ、安心なさい。今さらどうこうする気はないわ。ただ、やはり『晋』の面々は規格外だとわかったわ」

「へぅ…」

華琳さんはかっこいいですが、やはり侮れないんだと思いました

 

†††††

 

 

Talk Session 3   月と咲夜

「ばれてたな」

「だ、大丈夫でしょうか」

「あぁ、華琳なら問題ないだろう。あいつはそういう事を理由に何かするようなヤツじゃない」

「そう、ですか…」

それでも不安はありますけど。私はどうなってもいいですが、詠ちゃんや恋さんに迷惑はかけたくない…

「月」

「??はい」

「お前も詠も恋も、私が守ってやる。だからそんな不安な顔するな。な?」

「あ…」

そう言って咲夜さんは私の頭を撫でてくれました。その手の暖かさが、不思議と心を落ち着けてくれました

「……ふふ、咲夜さんも、かっこいいなぁ」

「ん?何か言ったか?」

「いえ、なんでもありません」

私も、こんな女性になれるかな

†††††

 

夕が暮れる頃、楽しかったお料理会もそろそろお開きです

「今日はとても参考になったわ。特に調味料の種類が増えた事は収穫ね。これだけで料理の幅が広がるから」

「それは良かったです」

華琳さんはとても満足げな表情でした。お力になれたようでよかったです

 

「でも、本当によかったんですか?こういうのって、あまり教えちゃダメな気がするんですが」

 

流琉ちゃんは申し訳なさそうな顔で言ってきました。そんな流琉ちゃんに、咲夜さんは微笑みかけました

「もちろん、販売目的なら教えてないさ。だが、お前ら2人は違うだろ?」

「それはまぁ、そうですが」

「それに東さんはそんな事気にしませんよ」

東さんなら、そう、「あ、教えちゃったんだ。まぁいいや」と言いそうです。東さんの器の大きさには感服します、咲夜さんは、「ずぼらなだけだよ」と言いますが

 

「まぁ、もう既に習ってしまったし、今さらの事ね。それにこれは、あくまで私の趣味よ。一応言っておくけど、これで稼ごうなんて考えていないわ」

「わかってるさ」

「ふふ。今日はありがとう」

「「………」」

私と咲夜さんは思わず固まってしまいました、いま、華琳さんから珍しい単語が聞こえたような

「な、なによ?二人して黙ってこっち見て」

「あぁいや、華琳が素直にお礼を言ったのが、なんか珍しくてな」

「はい。少し信じられない気が」

「あなた達ねぇ、私を何だと思っているのよ。私だってお礼くらい言うわよ」

私と咲夜さんは思わず笑ってしまいました。華琳さんは少しムッとしていましたが、怒っている様子はありませんでした。また一歩、仲良くなれた気がします

「はぁ、それじゃあね二人とも。また時間ができたらお願いするわ」

「今日はありがとうございました!」

「じゃあな二人とも。今度はうちでやろう」

「お邪魔しました」

そして私達はお城を出ました。すると後ろから華琳さんが…

「月、またいらっしゃい。あなたと私は、と、友なのだから」

と、少し照れたように言ってくれました

「はい!」

†††††

 

 

家に帰ると、そこには誰も居ませんでした。みなさん、まだ帰ってきてないのかな?

「月、お茶飲むか?」

「あ、私やりますよ?」

「いいって。座ってな」

「は、はい」

 

咲夜さんは、本当に気が利いてて素敵な女性です。そして私達はお茶を飲みながらみんなの帰りを待つことにしました

 

「ふんふん♪」

「ん?どうした月。ずいぶんご機嫌だな」

「へぅ…そ、そうでしょうか?」

私が今日一日の事、華琳さんの別れ際の言葉を思い出していると、咲夜さんが声をかけてきました。私、顔に出ちゃってたかな

「はは、今日は楽しかったな」

「はい!早くみなさんに今日の事を話したいです」

街のみんなと話したこと、お料理のこと、華琳さんと流琉ちゃんのこと。本当に素敵な一日でした

ガチャ

「ただいま~…」

「…ただいま」

しばらくして、詠ちゃんと恋ちゃんが帰ってきました。ですが…

「え、詠ちゃん大丈夫?」

どういう訳か、詠ちゃんはグッタリしていました。何があったんでしょう?

「あー、詠。ずいぶん頑張ったみたいだな」

咲夜さんは、何か知っているようです。どうしたんでしょう?

「…詠、子ども達に好かれてた」

「そうなんですか?」

子ども達に好かれていたということは、かなり振り回されたのでしょうけど、詠ちゃん大丈夫かな

「はは、その様子だと、減量計画は順調のようだな」

減量計画?

「ちょ!咲夜なに言ってんのよ!?」

「あぁ?あれ?もしかして、月に言ってなかったのか?」

「当たり前じゃない!」

「へぅ…詠ちゃん…?」

詠ちゃんが、私に言えない事?

「あぁ月!言う!言うからそんな悲しい顔しないで!」

「ほんと?」

「ホントよ!あれは昨日の事だわ…」

「詠ちゃんのとある一日」に続く………

 

 

 



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詠ちゃんのとある一日

詠ちゃん視点になります


 

 

 

 

 

「ふぅ…今日もいっぱい働いたわぁ」

最近は仕事にも慣れて来たけど、さすがに夜になるとしんどいのよね。お風呂が気持ちいいわ

「ん?誰か体重計使ったのかな。出しっ放しじゃない」

お風呂から上がり、着替えていると、ふと部屋の隅に置いてあった体重計に目がいく。東が出した未来の器具で、確か人や物の重さを数字で表すものなのよね。ここに来た当初は、なんでも珍しくって、この体重計にも乗ったっけ。基準がわからないから、あまり何とも思わなかったけど

「そう言えば、あれ以来測ってないわね」

ということで、乗ってみることにした。僕も女の子だ。自分の体型は気になる。太ってはいないはずだけど

「…うそ」

み、見間違いかしら?増えてるように…

「……そんな」

僕は恐る恐る目を開き確認する。明らかに、増えていた

「ど、どうしよ…あ、東のせいだわ!あいつの料理が美味しいから…」

美味しいから、仕事終わりはいっぱい食べていた…

これはまずいわ。まさか増えてるなんて…

「あーっとっと。やっぱり出しっ放しにして…」

「きゃー!」

「うお!な、なになに?どうしたの詠ちゃん?」

僕が茫然自失としていると、戸が開き悠里が入ってきた。

何よ突然。びっくりするじゃない

「んん?んー…」

「?」

何こいつ。僕のことじろじろ見て

「わかりました詠ちゃん!増えてたんでしょ!」

「ぐはっ!」

直球で言われてしまった。なんでわかったのよ!

「あーやっぱりー?詠ちゃん分かり易いなぁ」

クッ!不覚だわ。第一線から遠退いたとは言え、仮にも軍師をやっていたのに。だがしかし、ばれてしまっては仕方ない

「……悠里、残念だけど、知ってしまった以上、あなたを放置するわけにはいかないわ」

「え?あれ?あたし、殺されちゃう?」

「大丈夫、楽にしてあげるわ」

「ちょ、ちょっと待って!詠ちゃん落ち着いて!」

「問答無用!」

僕が悠里を襲おうとすると、再び戸が開かれ、今度は咲夜が入ってきた

「おいお前ら、何騒いでやがる」

そしてそのまま、制止させられてしまった

「なるほどな。事情はわかった」

あの後、僕は観念して咲夜に事情を説明した。じゃなきゃ、解放できそうになかったし

「女の子にとって、体型って重要ですもんねー」

「油断してたわ。確かにここに来てから、いっぱい食べてたから」

「ふーん。ならさ、増えた分減らしたらいいじゃないか」

 

咲夜はなんてことない様子で、とても簡単そうに言ってのけた

「は?どうやって?」

「どうって、運動しかないよ詠ちゃん」

運動?僕が?

「あぁ。詠は仕事ばかりで、運動はしてないだろ?」

「まぁね。ここに来る前までも、頭は使っても体は使わなかったわ」

 

そういうのは、恋や霞、華雄の仕事だったし

「体型が気になるなら、明日の明け方に起きろ。一緒に走るぞ」

「うへぇ、走り込みかぁ。きつそうだわ。食べないってやり方じゃダメなのかしら?」

「ダメです」

「ダメだな。食わないと体力落ちるわ、筋肉も萎むわでいい事ないぞ。それに、人間は食わなきゃ生きていけないから、いつかは食う。それで食わなかった反動でいっぱい食って、また重くなるってのを延々と繰り返すことになる」

二人にものすごく反対されてしまった。なまじ正論なので、反論もできない

 

「楽しちゃいけないって事ね。わかったわ。なら、明日の朝頼むわ」

「あ!それとお昼に恋ちゃんとうちに来るといいよ!きっと凄い運動になるから」

「わかった。お昼に寄らせてもらうわ」

と言った具合で、僕の減量計画は始まった

†††††

 

 

「……くらっ」

目覚ましの音がなり、僕は目覚める。外はまだ微妙に暗い。

咲夜はいつもこんな早くに起きているのかしら

「既に、心が折れそう…」

いつもより少し朝が早いだけで、ここまで眠いのか。だけど、起きなきゃ

「顔、洗お」

僕は部屋から出て、洗面所を目指す。まだちゃんと覚醒していないせいか、ぼぉっとしてしまう

ごんっ!

「…ん?」

扉を開けると、何かがぶつかる音が聞こえた。僕は気になり、部屋を覗くと、そこには頭を抑えている東の姿があった

「あ、ごめん、大丈夫?」

どうやら僕が扉を開けた時に、頭をぶつけてしまったのだろう。ついてないわね

「だ、大丈夫だよ。おはよう詠ちゃん。今朝は早いね」

「そうねー。ちょっと健康を気にして」

「そっか。それはいい事だね。それじゃあ、僕は台所でお茶飲んでるから、何かあったら言ってね」

「うーぃ」

そして東は台所に向かって行った。僕はそれを見送ることもなく、洗面所に入っていく。その際、後ろからドンッと何かをぶつける音が聞こえた気がしたが、あまり気にはしなかった

外に出ると、既に咲夜は待機していた。ほんと、早いわね

「おはよー」

「おはよう詠。ちゃんと起きれたみたいだな」

「まだ眠いけどね」

まだ少し、ぼけーっとしてしまう

 

「だろうな。じゃあ眠気覚ましに、少し柔軟しておこう。いきなり走ったら、体壊すかもしれないしな。じゃあ詠、私の行動を真似てくれ」

「うーい」

そして柔軟体操が始まった。体中の筋肉を伸ばし、ほぐしていく

「んーっ、気持ちいいわ」

「よし、次はこうだ」

咲夜は直立のまま、体を曲げ、足のつま先を掴んだ。

え?無理じゃね?

「んーっ!こ、これ以上いかない!」

とりあえずやってみたが、膝を曲げない限り、届く気がしなかった

「詠は硬いな。ほら、こうだ」

「にゃー!」

僕がもがいていると、咲夜が後ろから押し、無理やり掴ませようとした。正直、折れるかと思った…

「おはようございます咲夜さん」

柔軟をしていると、聞き慣れた柔らかい声が聞こえた。

え!?この声って…

「おはよう月。今日もよろしくな」

「え?月?なんでここにいるの?」

僕の大親友、月がやってきた

「あれ?詠ちゃん?どうしてここに?」

う、減量計画中って言うのは、なんとなく気恥ずかしいわね

「ぼ、僕はちょっと、あの、ただの運動よ!深い意味はないわ」

「じゃあ、今日は詠ちゃんも一緒に走るんだね」

 

月はとても嬉しそうな笑顔で言った。それにつられて、僕も嬉しくなりそうだったが、気になることがあった

「え?月って毎朝走ってんの?」

 

確かに月が早起きなのは知っていたが…

「あぁ。さすがに武術訓練には参加させてないがな」

「だからか…」

僕は月を見ながら呟く。月の無駄のない肉体、そして実は体力もある。これは月の毎朝の努力の結果なのだろう

「さぁ、さっさと走るか」

「あ、はい!」

「よーし!頑張るわよ!」

僕も、月に習わなくちゃね!

と思っていた時期が僕にもありました…

「詠ちゃん、大丈夫?」

「はぁ…はぁ…」

僕は大の字になって寝転がっていた。は、走るだけで、こんなになるなんて…

ていうか…

「ゆ、月…いつも…こんなに走ってるの?」

「う、うん。今日はまだ、ゆっくり走ったほうだよ」

「……うそ…でしょ…」

信じたくなかった…めちゃくちゃ速かったし、めちゃくちゃ走った…

「詠ちゃんどうする?私これから朝ごはん作りに行くけど」

「ぼ、僕はもう少し、休んでいくわ…」

「うん。じゃあ、また後でね」

「毎朝ありがとうな月」

「いえ、お料理、好きなので」

そして月は家の台所に向かって行った。僕は壁にもたれかかって座り、咲夜の訓練を眺めていた

「きっつ…」

「はは、最初は誰だってそうさ」

咲夜は素振りをしつつ、話しに付き合ってくれた

「咲夜も、最初はこんな感じだった?」

「まぁな。それに、私の師は零士だったんだぜ?何回ぶっ倒れたか…」

咲夜は遠い目をして語っていた。一体、どれほど壮絶だったのだろう。あまり知りたくはないわね

「さて、今朝はこんなもんかな。そろそろ切り上げて家に入るか」

「わかったわ」

しばらくして、咲夜は訓練を終えた。そして僕は立ち上がろうとするが…

「おぅ…」

足にきていた…

†††††

 

うちの台所に入ると、そこには月、東、そして恋と集まっていた。机には既に料理も並べられてある

「おはよう二人とも。お、ちょうどいい時にやってきたか?」

「おはよう咲ちゃん。みんな揃ったし、食べようか」

「♪」

「あーやばい。足がプルプルしてる気が…」

「だらしないぞ詠。月を見てみろ。あの後、ちゃんと仕事もするんだぞ」

「月やばい。月すごい。ホント尊敬するわ」

「あ、あはは。それでは、いただきましょうか」

『いただきます!』

その後、僕達は朝ご飯を食べつつ、団欒としていた。運動の後だからか、いつもよりさらにご飯が美味しく感じた

†††††

 

 

 

「恋、行こうか」

「ん。いこ、セキト」

食後しばらくして、僕と恋はセキトを連れ、悠里の家に向かった。悠里は一体、何をしてくれるのだろう

「いらっしゃーい!待ってたよー!」

「わぁ!恋おねーちゃんだー!」

「今日は詠ちゃんもいるー!」

「こらこら、詠姉様と呼びなさい!」

悠里の家にたどり着くと、僕と恋は子ども達に囲まれてしまった。

っとと、凄い元気な子ども達ね

「あらあら、大人気ね」

「あ、おはようございます椎名さん」

 

子ども達に囲まれていると、悠里の母である椎名さんが、柔らかな笑みを浮かべてやってきた

「おはようございます詠ちゃん。今日は珍しいですね」

「はい。悠里に呼ばれちゃって」

「ふふーん。子ども達の相手って、凄く体力がいるんだよねー。きっと詠ちゃんにとって、いい運動になるよー!」

この子達の、溢れんばかりの活力を見ればわかる。これは、覚悟しないといけないようね

「詠ちゃーん!こっちこっち!」

「うお!こ、こら、引っ張っちゃダメー!」

僕、一日持つかしら?

†††††

鬼ごっこ

「じゃあ、まずは鬼ごっこをしよー!」

『いえーい!』

「鬼ごっこ?」

 

聞いたことない遊びね

「一人、追いかける役を決めて、他の子達は捕まらないように逃げるって遊び。そして捕まった人は追いかける役を交代するんだよ!」

「へー。そんな遊びあるんだ」

 

思い返せば、今までも本とばかり向き合ってきたし、あまり外に出るような事はなかったなぁ

「じゃあ、まずはあたしが鬼やるねー!十数える間にみんな逃げるんだー!」

『わぁー!!』

僕と恋も、子ども達と一緒になって逃げ始める。

ふん、捕まらなきゃいいだけよね。こんなの楽…

「九、十!じゃあいっくよー!!」

ヒュンッ!

「……え?」

十数え終えると同時に、悠里の姿は消えた

「はい、詠ちゃんつっかまっえたー♪」

気づけば、悠里は僕の背後にいた

「……はい?」

そして悠里は、また消えてしまった

「…え?無理じゃね?」

「…悠里は、速い」

逃げ切る気も、追いつける気もしなかった

 

†††††

 

 

ドッジボール

「じゃあ、次はドッジボールだ!」

『わぁーい!!』

「はぁ…はぁ…ど、どっじぼーる?」

鬼になった後、子ども達にいいように遊ばれた僕は、既に息が上がっていた。

さすが、悠里のとこの子ども達だわ。みんな速すぎる…

「二つの陣営に分かれて、この球をぶつけ合う遊び。飛んできた球を上手く取れなかったら、退場してもらって、先に全滅させた方の勝ち!」

「な、なるほど」

それなら、僕が上手く策を練っていけば、勝てるかもしれないわね

「よーし!じゃあ私の陣営と恋ちゃんの陣営に分かれて、試合開始だ!」

『おー!』

ふふん、勝ってみせるわよ!

数分後

(´・ω・`)無理でした…

身体能力に差があり過ぎ、開幕直後に集中砲火、なんとか避けてくも次第に追い詰められ、直撃を受けた。ていうか何なのよ、ここの子ども達は!みんな動きが活発過ぎるのよ!

 

†††††

 

 

サッカー

「お次はサッカーだ!」

『おぅいぇあー!!』

「さっかー?」

 

ほんとに、知らない遊びばかりね

「そそ!今度も二つの陣営に分かれて、相手のゴールって呼ばれる枠の中に球を入れる遊び。ただ、手は使っちゃいけません!基本は足を使ってもらいます!」

「へー。さっきのドッジボールでは、早いうちに退場したから、体力は回復済みよ!」

「お!いいねー!じゃあさっそくやろー!」

数分後

「ぜぇ…ぜぇ…」

「詠ちゃーん!ぼーる行くよー!」

「…え?ノァッ!」

きっつ…なにこれ…走り回ってばかり…しかも手が使えないから余計難しい…

「…詠、こっち」

「にゃあ~…」

球を仲間に送ることすら難しかった…

†††††

 

 

「いやぁ~、今日はいっぱい遊びましたねー」

夕も暮れる頃、僕はようやく休む事が出来た。あのサッカーの後、まだまだ遊び倒し、僕の体力を極限まで削っていった。もはや、歩く事すらままならない

「…あんた、いつもこんな事を?」

「そうだよー。まぁお姉ちゃんだからってのもあるけど、やっぱり子どもは好きだからさ!」

そう答える悠里の顔は、とても輝いて見えた

僕は悠里の事を見誤っていたのかもしれない。ただの女の子好きな馬鹿だと思っていたが、それだけじゃない。彼女は周りを明るく照らす、慈愛に満ちた、優しい女性なのだ

「それじゃあ、そろそろ帰るわ」

「あ、またいつでも来てね!うちの子達も、詠ちゃんの事気に入ってるからさ!」

「ふふ、わかったわ」

「…悠里、またね」

そうね。また、来てもいいかもしれないわね

「…詠、大丈夫?」

「…ちょっと、肩貸してくれるかしら…」

これさえなければ…

†††††

 

 

「ってな事があったのよ。思いっきり運動して、増えた分の体重を減らすつもりだったのよね」

僕は『晋』に帰り、事のあらましを月に説明した。依然、僕はだらっとした状態だ

「んー…でも詠ちゃん、太ってませんよね?」

「あぁ。私もそう思うんだがな。本人は増えてるって言うんだ」

「うっ…」

改めて、増えてるって思うと傷つくわね…

「…詠、身長は?」

身長?背の高さよね?それがどうかしたのかしら

「あぁ、詠、身長は測っていないのか?」

「へ?測ってないけど、なんで?」

「身長が伸びてる分、体重も増えなきゃいけないだろ?」

「まぁ、そうね」

言われて気づく。そういえば、どうなのかしら

僕らは身長を測る器具を取り出し、測ってみる事にした。結果は…

「あ、結構伸びてる」

以前測った時に比べ、割と伸びていた

「じゃあ、身長と体重を元に計算して…っと、こんなもんか。詠、お前太ってないぞ。標準体型だ。むしろ痩せてる方なんじゃないか?」

「え?そうなの?」

「あぁ、今のお前の身長なら、それくらいの体重が無きゃおかしい。だから気にしなくていいぞ」

「なんだぁ~…」

「ふふ、よかったね詠ちゃん」

じゃあ、もう気にしなくてもいいのね

「あー、なんか安心したら、お腹空いてきたわ」

「…恋も」

「はは、なら夕飯にするか」

「あ、私もお手伝いします」

 

私たちは家の台所に向かい、夕食を作る準備を始めた。そこで、僕はこの家で唯一の男性がいないことに気付いた

「あれ?そういえば、東はどうしたのかしら?」

「あぁ?そういえば見ないな」

「まだ帰ってきてないのかな?」

みんなも所在を知らないらしい。そう思っていると、玄関の戸が開く音が聞こえた

 

「ただ、いま…」

「お、噂をすればね。おかえりあず…ま?」

帰ってきた東を見てみると、僕以上にボロボロの出で立ちだった

「お、おい、大丈夫かお前?」

これには流石の咲夜も心配する程だった

「いったい、何があったんですか?」

東は若干虚ろな目をして、口を開いた

「実は…」

「零士さんの不幸な一日」に続く………

 

 

 



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零士さんの不幸な一日

零士さん視点になります


 

 

 

 

 

何かがおかしい。僕は割れた茶碗と折れた箸を見ながらふと思った。

今日は朝から妙にツイていない。いや、もともと僕の運はそこまで良いものではないが、今日はそれが顕著だ

朝目覚め、詠ちゃんがドアを開けた際に頭をぶつけたり、

その後足の親指を思い切り強打したり、

お茶を入れる際に火傷をしたり、

朝食作りではタマネギが異様に目に染みたり、

熱々の鍋に手が触れまた火傷したり…

「いったい、なんなんだ?」

僕は訳のわからない不幸に若干戸惑いつつも、割れた茶碗と折れた箸の代わりを買いに行くのだった

†††††

 

 

外に出て、数歩歩いた先で…

バシャッ

水をかけられた…

「す、すまねぇ東さん!あっしの不注意で…大丈夫か?」

「あ、あぁ、いいですよ。気にしないでください」

「本当に悪かった!」

そしてこれを皮切りに、何かと不幸に見舞われた

「ワンワン!ガルルルルゥ!」

道ゆく犬には妙に吠えられ…

「ニャーッ!!フシャーッ!!」

猫には蹴られ、その後引っ掻かれ…

ズドーン!!

「いえーい!大成功!」

子ども達に、落とし穴に落とされ…

「君たち…これは君たちが掘ったのかい?」

「うん!荀彧先生が教えてくれたんだ!」

何を教えているんだ、あの猫耳軍師さんは…

そして目当ての茶器屋さんにたどり着いたものの…

『しばらく休業します』

「なぜだ…」

無駄足になってしまった…

 

†††††

 

 

「妙だな」

僕はこれまでの事を振り返っていた。

確かに僕はツイていないが、今日みたいに小さい不幸が立て続けに起こるなんてことは今までなかった。絶対に何かがおかしい

「ハッ!まさか魔術師の攻撃?これも張譲の仕業?おのれ張譲!」

不幸が続いたからか、何かおかしな事を呟いてしまった。もしこれが本当に張譲の仕業なら、こんな嫌がらせじみたことはしないだろう

そして、そんな事をぼーっと考えていたからだろう。走っている人とぶつかり…

ドゴーン!

氣弾をモロに食らってしまった…

うん、この氣弾知ってる。あの子のものだね

「よし!食い逃げ犯逮捕!さっそく連れ…あれ?二人い……あ、東さん!?」

「やぁ凪ちゃん…君は相変わらず、食い逃げ相手に氣弾を使うんだね…」

「も、申し訳ありません!」

僕じゃなければ大問題だったろう

†††††

凪ちゃんに散々謝られ、その後別れた後も、不幸は続いていた

「あれ?ない…」

サイフを落としてしまった。恐らくあの氣弾を食らった時だろう

「はぁ…見つかるかな…」

今日の調子じゃ、そんな気はしなかったが、流石にないと困るので探しに行く事にした

探し始めること数分、僕のサイフは思ったよりも早く見つかった。

というのも…

「わー、このお財布、中身いっぱいだよー」

「マジ!?やったじゃん!それで何か食べようよ!」

「姉さん達…」

張三姉妹に拾われていた

「き、君たち!ちょっといいかい?」

 

僕は慌てて彼女たちに声をかけた。すると彼女たちも、こちらに気付いてくれた

「東さん?お久しぶりです」

「あー、てんちょーさんだー」

「なによ東!ちー達これからこの財布で美味しいもの食べるつもりなのに!」

 

君たち、割と有名なアイドルだったよね?拾ったサイフでご飯はどうかと思うな…

「あーうん、その事なんだけどさ。それ、僕のサイフなんだ」

「東さんの?」

「へー。てんちょーさん、お金持ちー」

「それ本当?何か証拠でもあるの?」

 

地和ちゃんに指摘される。証拠か。なにか……あぁ、あれがあったな

「そのサイフの中に、君たちの知らない硬貨があるはずだよ」

「どれどれー、あ、ホントだ。なによこれ?」

 

地和ちゃんは手にしたコインを不思議そうに見ていた。馴染みのないものだろうな

「それは僕の国のお金だ。記念に入れといたんだ」

「ふーん。って事は、これ本当に東のなのね」

そう言って地和ちゃんはしぶしぶサイフを返してくれた。持ってて良かった日本円

「あ、でもー、拾ったんだからー、お礼くらいあってもいいよねー」

「それいいわね!なにか奢りなさいよ!」

 

ふむ、確かにお礼はしなくてはいけないよな

「あぁ。それくらいは構わないよ」

「すいません東さん」

「はは、いいって」

まぁ、サイフの中身が無くなるよりは、マシだろう

 

っと思っていた時期が、僕にもありました…

「なにここ?なんでこんなに高いの?」

やってきたのは、許昌でも指折りの高級飯店。確かに美味いが、値段がうちの倍している。デザート一品がどうしてこんなに高い…

「す、すいません東さん」

しっかり者の末っ子、人和ちゃんは流石に少し気にしているようだった

「あ、あぁ、いいよいいよ。気にしないで」

今月の小遣い、今日中に無くなりそうだな。まだ、今月も始まったばかりなのに…

「美味しかったねー。お姉ちゃん、大満足ー」

「サイフ拾って良かったわぁ」

「今日は本当にありがとうございます」

「あぁ、いいよ。こっちもありがとうね」

張三姉妹はご満悦のようで、すこぶる上機嫌になって帰っていった。一方の僕は、朝に比べて軽くなったサイフを見て、少し泣きそうになっていた…

†††††

 

 

「今日はダメだ!早くうちに帰ろう!」

流石にここまで不幸が続くと怖い。今日は家でおとなしく…

「あれ、店長はんやん。こないなとこで何してんの?」

「ん?」

声のする方を見ると、そこには李典こと真桜ちゃんがいた。実は真桜ちゃん、うちのブラックリストの一人で、ご飯を食べないでうちにある機材ばかり見ているので、月一入店に制約を設けた。真桜ちゃんは技術者だからな、未来の物に興味があるのだろう

「お!ちょうどよかったわ。ちょっと店長はんの力貸してくれへん?」

「なにかあったのかい?」

「実はな、うちの螺旋槍、こないだの戦闘でダメにしてもうてん。ほんで直そう思てんねんけど、どうせなら追加で何か機能増やそう思てんのさ。でも、なかなかえぇのが思いつかんくてなぁ。店長はんの知恵借りたいんよ」

正直、帰りたい。何か嫌な予感しかしないからな。だが…

「あぁ。別に構わないよ」

なんて言ってしまった…アホだろ僕、お人好しにも程がある…

「ほんまか?いやぁ助かるわぁ。ほな、早速行こかー!」

そして僕はそのまま城の工房に向かった。その道中、暴れ馬に引かれそうになった…

「なんや店長はん、今日はツイてないみたいやね。ささ、着いたでー。早速やろかー!」

工房は鉄や油の匂いで満ちていた。テーブルの上には巨大なドリルの槍、螺旋槍が置いてあり、見たところ修復は終わったようだった

「真桜ちゃんは、螺旋槍にどんな機能を追加したいんだい?」

「なんやこう、一撃必殺!みたいな感じの欲しいんよなぁ。螺旋槍はデカイで、大振りになってまうし、開幕で敵さんビビらしたいんさ」

「なるほど、一撃必殺ねぇ」

今ある技術じゃ、不可能だな。螺旋槍にとらわれないのであれば、火薬もあるし爆弾でも作れるんだが…

「ほんでな、うちとしてはコレを使いたいんよ」

そう言って真桜ちゃんは黒い球体を持ってきた

「それは?」

「これな、こうやって火ぃつけて…」

「あ、やっぱりちょっと待っ

チュドーン!

その黒い球体は火をつけると、程なくして爆発した。

そんな気はしていた。どこからどう見ても、あれは爆弾にしか見えなかったのだから…

「いやぁ、ギャグ補正なかったら即死やったね」

「むしろ何故生きている…」

そしてこれは日常茶飯事なのか。あれだけの爆発でも、兵士は見向きもしなかった…

「いやぁ、今日はホンマありがとうな。おかげでええもん、できそうやわ」

「あぁ…また…うちに食べにおいで…」

その後真桜ちゃんは、幾度となく爆発を繰り返し、ようやく答えを得たようだった。おかげでこちらはボロボロだが…

「帰ろう…」

もう夕方かぁ。なんか、あっという間だなぁ…

ズドーン!

空を眺め歩いていたら、再び落とし穴に落ちてしまった…

「…」

「いえーい!大成功やなー!」

「張遼将軍、マジかっけー!」

「どれどれ、お!零士やーん!こりゃ大物が落ちてくれたでー!」

「うっ…ぐすっ…」

「え?ちょ、なに泣いてんの零士。え?え?これウチのせい?」

今年で27だけど、久しぶりに涙が出ました…

†††††

 

 

「…ということがありました…その後もまだまだあって…ホモに囲まれたり…」

「も、もういい!もういいから!な?」

家に着いてから、今日あったことを皆に話すと、全部を語る前に止められてしまった。

まだまだあったのに…

「詠ちゃん、もしかして…」

「あーうん。やっぱそうよね」

「なんだ月に詠。この不幸に心当たりがあるのか?」

「うん。その、僕ってさ、不幸を溜め込んじゃう体質みたいで、月に一度、不幸になる日があるのよ」

「そうなのか?」

「はい。それで、それの厄介なところは、詠ちゃんが不幸になるんじゃなくて、周りを不幸にしちゃうんですよ」

「まさか…」

「どういうわけか、東がその不幸を全部受け止めたんだと思う。他の人には影響ないみたいだし」

「その不幸って、一日だけ?」

「今まではそうだったけど、それは月一に発散させてるからであって。しばらく不幸の日がなかったから、もしかしたら数日…」

「…」

 

あ、やばい、また涙が…

「だ、大丈夫ですよ!きっと、多分、おそらく…」

「いい年したオッサンが、ガチで泣くほどの不幸って…」

「あー、なんかごめんね」

「これ、華佗に言えば治るかな…」

そんな僕の願いは虚しく、不幸は一週間続きました…

 

 

 



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悠里編
悠里編其一


悠里編開始。
悠里編は中二設定満載なオリジナルストーリーです(笑)


 

 

 

幼い頃の夢を見た

村を、家族を、たった一人の男によって奪われたあの日の

当時のあたしはたったの五歳

でも、あの光景は今でも鮮明に覚えている

悲鳴と共に降る血の雨

一方的な虐殺だった

みんなが殺された

ただ、あたしを残して

やがて男はあたしに近づき、血で濡れた手であたしの頭を撫でる

「怖いか?憎いか?許せないなら、いつか俺を殺しに来い。待ってるぜ」

そして男は去って行く、大きな肉切包丁を担いで

「おとう?おかあ?」

当時のあたしは、自分の両親が死んだことも理解しておらず、ただひたすらに、両親に語りかけていた。やがて私は力尽き、両親のそばで眠り落ちた。そして今のお父さん、大河さんに保護された

悠里「はぁ…」

やがてあたしは夢から覚める

忘れたくても、忘れられない過去

忘れちゃいけない、血で濡れた記憶

今日のあたしは、調子悪いみたいだ

†††††

 

 

 

四年前

「邪魔するぜぇ!」

お食事処『晋』が開店して数ヶ月が経とうとする頃、あるお客さんが来店した。一人はかなりガタイのいい屈強な男。もう一人は私と同い年くらいの黒髪の少女。そしてその後ろには、数人の柄の悪い男達がいた

「あぁ?お前、昨日私がボコった奴じゃないか」

数人の男の中に一人だけ見覚えのある顔があった。昨日、酔って店の中で暴れていたので軽く制圧しといた奴だ。なるほど、今日は人数を呼んで復讐ってか?

「親父!こいつでさぁ、昨日俺をぶん投げた女は!」

「ほぅ。この子が?」

親父と呼ばれた屈強な男が私の前に立つ。相対して気づく、この男の実力。並の使い手でない事がわかる。へぇ、凄い威圧感だ

「うちのもんが、世話になったみたいだな」

零士の方を見ると、あいつも警戒しているようだった。やがて男はゆっくりと動き、そして…

「本当にすまなかった!」

頭を下げた。

は?なんだおい、喧嘩しに来たんじゃないのか?

見れば零士も驚いている。明らかに、謝るような空気じゃなかっただろ

「俺は大河って言って、この町で護衛業をやってるもんなんだが、うちの組織のもんがここで暴れたと聞いてな。堅気に手を出すなんざ、俺の名が廃るってんで、今日はこうして謝りに来たんだ。本当、うちのわけェ奴が迷惑かけちまった。すまねぇ!」

私と零士は戸惑いつつも、状況を把握した。そして私と零士は目を合わせ、微笑を漏らす。

「あぁー、いやいいよ。うちはそういうの、日常茶飯事だし。な?零士」

「あぁ。うちは大丈夫なので、大河さんも頭を上げて下さい」

「しかし…」

「そうだな。悪いって思ってんなら、うちで食って売り上げに貢献してくれ。それで十分だ」

「わかった!おいお前ら、全員二品以上頼め!わかったな!」

「「「はい!」」」

それから私と零士は複数人の料理を提供した。開店史上最高の売り上げを記録した日だった。

大河さんは、この町で知らない人がいないくらいの有名人だった。人当たりはよくて情に熱い、外見からは想像もできないくらい出来た人間だ。そんな大河さんは護衛業を営んでおり、主に商人や貴族の護衛を生業にしているとの事だ。そしてその傍ら、仕事中見つけた孤児を引き取り育てる、孤児院をやっているとも言っていた。その孤児院の一人目が、張郃こと悠里だった

「口にあったか?」

私は男の中で一人、黙々と食べている張郃に話しかけてみた。すると張郃はご飯粒を口元に付け、満面の笑みでこちらを見た

「はい!見たこと無い料理ですけど、とっても美味しいです!」

「そりゃよかった。それとお前」

私は張郃の口元についていたご飯粒をとってあげ、それを食べた

「あむ。…ご飯粒ついてたぞ。美味いって言ってくれるのは嬉しいが、もっとゆっくり食え」

すると張郃は顔を真っ赤にして俯いてしまった。あれ?どうしたんだろう

「あ、あの、あたしの事は悠里って呼んで下さい!」

「ん?真名か?いいのか今日初めて会ったばかりの奴に許して」

「はい!構いません!」

「そうか。なら私の事も咲夜と呼んでくれ。じゃなきゃ不公平だろ?よろしくな、悠里」

「はい!よろしくお願いします!咲夜姉さん!」

ん?あれ?私今、何かおかしな旗を立ててしまったか?

†††††

 

現在

「とまぁ、こんな感じが、私達と悠里の出会いだな。あの日の翌日に、悠里がうちで働きたいって言って、今に至るって感じだな」

「あの時以来、咲夜姉さんに惚れちゃってねー。同じ女の子なのに、凄いドキドキしてさ。少しでも長く一緒に居たかったんだよね!」

「咲夜、あんた自覚無かったでしょ」

「当たり前だろ。まさかご飯粒取っただけで惚れられるなんて思うか?」

「あたしの中の乙女心に火がついた瞬間だったぜ!」

「ふふ、お二人ってとっても仲良しなんですね」

店内の客が帰って行き、やることがなくなった私は、月と詠に悠里との出会いを話していた。四年前の事なのに、昨日の事のように思い出せる。それだけ印象に残っているんだろうな

「思い出話してるとこ悪いんだが、誰かお使い頼まれてくれるかい?一人でも行けると思うけど、少し量があるから二人で行って構わない」

 

零士が店の奥からサイフとメモを持ってやって来た。私はメモを受け取り、内容を確認していく

「リストは…確かに中途半端な量だな」

 

一人で行けなくはないが、一人だとちょっと多いって感じだ

「あたし行ってきますよ!」

悠里がメモを確認すると、手を挙げて言ってくれた

 

「お、じゃあ頼まれてくれるかい?もう一人は…」

「あー、これくらいならあたし一人で大丈夫ですよ!」

ん?なにか違和感が…

「そうかい?じゃあよろしく頼むよ」

「はいはーい!行ってきまーす!」

悠里はそそくさと買い出しに行ってしまった。

気にしすぎか?どこか…

「悠里ちゃん、何かあったのかな?あの量なら絶対咲ちゃん誘うと思ったんだけど」

「!!零士もか。あいつ、無理してる感じがするな」

†††††

 

 

悠里視点

買い出しに出たあたしは、真っ直ぐ目的地を目指す。空は曇天で、今にも雨が降りそうだった。早く帰んなきゃ、こりゃ濡れちゃうな

しばらく歩いていると、凪さんが深刻な面持ちで兵士さん達に指示を出していた。なにかあったのかな

「凪さーん。どうかしたんですか?」

「あ、悠里さん。買い出しですか?こちらは今捜査中でして」

「捜査?なにか事件ですか?」

「はい。なんでも、洛陽で剣の盗難があったみたいで。それでその剣を持った男を許昌で見たと報告が入ったので、こうして捜索中なんですが」

 

ほえー、洛陽でそんなことが。そういえば、お客さんの中にそんな話をしている人がいたな

「なるほど。でもたかが剣で少し大袈裟じゃないですか?」

「眉唾な話ですが、どうもそれ、昔暴れまわった殺人鬼が持っていたとされる妖刀らしくて。大事をとって、確実に見つけ出せと命令がありました」

「殺人鬼の妖刀かぁ。それってどんなのなんですか?」

「かなり大きめの肉切り包丁のようなものらしいです」

かなり大きめの肉切り包丁………殺人鬼…まさかね

「わかりました。こっちでも見つけたら教えますね」

「ありがとうございます!それではこれで!」

あたしは凪さんと別れた後、一人あり得ない想像を働かせていた。もし、それがあたしの予想通りなら。もし、その殺人鬼が生きていたら…

「あ、あり得ないあり得ない!さ、さっさと買い物済ませちゃおう!」

きっと今日見た夢のせいだろう。そんな想像をしちゃうのは。あたしの両親を殺した仇は、既にこの世にいないはずだ

†††††

 

 

咲夜視点

悠里が買い出しに出てしばらくすると、一人の男が来店した。だが、そいつの雰囲気は明らかにおかしい。存在そのものが深い闇のような、他者に純粋な恐怖を植え付けるような、そう、まさに殺人鬼と呼ぶに相応しい気配だった

「………」

普段寝ている恋が、珍しく起きており、男を見張っている。それほど異形なのだろう

「うまかったぜ。金、置いとくぞ」

「あぁ」

幸いな事に、男以外に客はいない。あんなもの、普通に街中にいていい奴じゃないぞ

「なんなのよ、あいつ…」

「へぅ…詠ちゃん…」

月と詠は奥で震えている。あの子達でもわかるほど、気配がおかしかったのだ

男が店を出る直前に、扉が開かれる。悠里が帰ってきたみたいだ

「ただいま戻りましたー。いやぁ、さすがに一人は……!!」

「あばよ」

男と悠里はすれ違い、そして男は出て行った。対して悠里は汗をかき、震えていた

「あ…あ…な、なんで…なんで、あいつが…」

「悠里!」

悠里は突然膝から崩れ落ち、なにかブツブツ言っている。その表情は絶望と恐怖で満ちていた

「悠里!おい悠里!大丈夫か?」

「悠里!」

「悠里さん!」

みんなが一斉に駆け寄る。一体どうしたって言うんだ。あいつがなにか…

「クッ…」

すると悠里が突然立ち上がり、鉄棍を持って店を飛び出して行った

「悠里!」

私は直ぐに追いかけるも、既に悠里は消えていた

†††††

零士視点

「悠里さん…一体どうしちゃったんでしょう…」

「わからないけど、ただ事じゃないわね」

悠里ちゃんが突然膝から崩れたと思ったら、今度は店を飛び出して行った。咲夜がそれを追いかけて行ったが…一体どうしたんだ

「邪魔するぜぇ。…あぁ?悠里いねーじゃねぇか。あいつどこ行ったんだ?」

しばらくすると、大河さんが来店してきた。どうやら悠里ちゃん目当てみたいだったようだ

「いらっしゃい。悠里ちゃんなら…」

僕は先ほどまでの事を説明した。すると大河さんは、深妙な面持ちでなにかを考えているようだった

「おい東。その男ってのは、どんな見た目だ?」

「身長は僕くらいで、全身傷だらけ。特に顔の、目から頬にかけての傷が印象的な、髭面の30代後半くらいの男だ」

「そいつの雰囲気、殺人鬼みたいだったか?」

「あぁ。知っているんですか?」

「実はさっき、警邏隊の奴らと話しててよ。洛陽で妖刀が盗まれたみたいなんだ。その妖刀を持った奴がこの街にいるみたいでな。今捜索中らしい」

「その話なら、さっきも客の一人が話していたな。確か、巨大な肉切り包丁だったかな?だが、それがどうしたんですか?」

「…あれは十三年前だ。俺がまだ軍に居た頃、大量殺人鬼が世間を賑わせていてな。たった一人で村一個潰すような、そんな化け物みたいな奴がいたんだ。ある日、俺がそいつの捜索である村を訪れたんだが…」

†††††

 

 

十三年前

「こいつぁ、ひでぇ…」

俺の部隊が到着した頃には、辺り一面血の海と化していやがった。家にも、大地にも、血が飛び散っていてよ。さらに言や、そこにあるはずの、村人の死体が見当たらなかった。いや、正確にはあったんだが、人の形をしちゃいなかった。ああいうのを、肉塊って言うんだろうな。さすがに吐き気がしたぜ。うちの隊員は何人か吐いていたな

「うっぷ…そ、曹仁隊長。いかがなさいましょう」

「あんまり期待は出来ねぇが、辺りを調査しろ。もしかしたら生き残りがいるかもしれねぇ」

「は!」

我ながら、無駄な事してんじゃねぇかって思ったぜ。だがな、しばらくして見つかったんだよ。生き残りがよ

「すー…すー…」

ちっせぇ女の子が、その子の両親らしき奴らに抱かれるように眠っていやがったんだ。まぁ、その死体にゃあ手足なんざなかったけどな

「チッ…」

見てらんなかったぜ。俺ぁそれまで、数多の戦場を渡り歩いて、似たような光景を見てきた。だがな、こいつは別だった。わかんねぇが、なにかこみ上げて来るものがあったんだ

「隊長、この子…」

「わかっている。この子、俺が面倒見る」

それが、俺と悠里の出会いだった

 

俺と女房は子に恵まれなくてよ。こいつはちょうどいいってんで、女房も預かる事に賛成してくれたんだ。だがまぁ、保護した後も大変だったんだぜ?親がいないってわかったら、泣くは喚くはでよ。散々騒いだ後は、一転して明るさを無くしちまったんだ。そんな日々が続いたある日…

「行ってくる。椎名、留守は任せたぞ」

「はい。この子と一緒に、あなたの帰りを待っています」

俺を含めた精鋭百人による、殺人鬼の討伐が決まったんだ。たった一人に百人だぜ?馬鹿げてると思った。だがな、やらなきゃいけなかった

「行ってくるな、悠里」

「あ、あの、はい。がんばって、ください…」

俺は悠里の頭を撫でてやった。幼いくせに、子どもらしくない。笑わない、そのくせこっちの顔色ばかり伺ってよ。悠里にあるのは闇だけだった。俺は許せなかった。この子から光を奪った奴を。必ず殺してやるって誓ったさ

殺人鬼は程なくして見つかったよ。なんたって、どでけぇ肉切り包丁担いでんだからよ。ありゃ目立つぜ

「よぉ、軍の犬ども。たった一人にずいぶんな数じゃねぇか。えぇ?ビビってんのか?」

初めて見た時の印象は、危険、だった。こいつが生きてる限り、平和はこねぇとさえ思ったね。こいつは闇そのものだった。

†††††

 

現在

「結果、どうなったと思う?」

「は?大河さんが生きてるんだから、討伐に成功したんでしょ」

 

大河さんの問いに、詠ちゃんは疑問を抱きつつも答える

「あぁ。討伐には成功したさ。俺以外は全滅だったがな」

「な!?」

「そんな…」

 

大河さん以外全滅…その言葉を聞いた詠ちゃんは信じられないといった表情に、月ちゃんは恐怖を抱いたようだった

「正直、今でも勝てたのが信じられねぇ。それくらい、あいつの強さは異常だった。きっと俺を駆り立てていたのは、悠里の存在だったろうな。あの子の為に、勝てたんだ」

「そう…」

 

あの大河さん…曹仁がそこまで言うほどの殺人鬼なのか

「その後、俺は悠里と女房との時間を増やす為に退役。それで今の護衛業を始めたんだ。それから悠里は徐々に明るさを取り戻していったよ。俺と女房の事をお父さん、お母さんって呼んでくれた時は泣いたっけな。そんで四年前、あんたらに会って、あの子は完全に治ったと思ったよ。今の悠里は、人生で一番楽しんでそうだからな」

「あの、いつも明るい悠里さんに、そんな過去があったなんて…」

僕自身も、あの子にそんな過去があったなんて知らなかった。あの子の笑顔の裏に、そんな秘密があるとは

「それで、その殺人鬼がどういう訳か生き返っているか。信じられない話だな」

だが、もしそれが本当なら、放っておくわけにはいかないな

「少し出かけてくる。恋ちゃん、月ちゃんと詠ちゃんを見ててくれるかい?」

「…ん」

 

僕が言うと、恋ちゃんは方天画戟をそばに置き、頷いてくれた。僕はそれを確認し、付けていたエプロンを脱ぐ

「ちょ、あんた行く気!?」

「へぅ、危ないですよ~」

 

詠ちゃんと月ちゃんには止められてしまった。あんな話を聞いたんだ、仕方ないだろう

「悠里ちゃんと咲夜を探しに行くだけだよ。ちゃんと帰ってくるから、いい子で留守番しててくれるかい」

 

だけど、僕は行かなきゃいけない。咲夜も悠里ちゃんも、僕の大切な人なんだから

「俺も探すぜ。あいつは俺の子だ。それに、もしあの殺人鬼が生きてるんなら、もう一度殺してやる」

そして僕と大河さんは、外に飛び出した。外は雨が降っており、少し肌寒いかった

それにしても、殺した人間が蘇るか…ずいぶんと、めちゃくちゃだな

 

 

 



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悠里編其二

 

 

 

咲夜視点

私は、店を飛び出して行った悠里を探し、街中を走り回っていた。悠里が行きそうな場所をくまなく探し、時に高台に登って辺りを見回したが、見つからなかった

「チッ。今ほど悠里の速さを恨んだ事はないな」

あいつはうちの最速だ。まともにやれば、絶対に追いつけない

しばらくすると、空が暗くなり、雨が降り始めた

「チッ。降ってきやがったか」

さっさと見つけないと、風邪引いちまう

「司馬懿さーん」

私がもう一度街中をよく探していると、突然私を呼ぶ声が聞こえた。あれは…

「李儒さん?」

声の主は、元董卓軍軍師、現劉協配下で洛陽の政治に携わっている李儒さんだった

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

李儒さんは大量の資料を持ってこちらに小走りでやって来た

 

「久しぶりだな。でもどうして李儒さんがここへ?」

「はい。実は洛陽で、妖刀の盗難がありまして。その調査依頼を曹操様にお願いしに来たのですよ」

「あぁ。その話なら、私も噂で聞いたな。確か巨大な肉切り包丁だって?」

「はい。十三年前、世間を恐怖に陥れた殺人鬼が使っていたとされる妖刀です。私もその事件の資料を見たのですが、文面であるにも拘らず、吐き気を催すような内容でした。村を何個も潰すほどの大量虐殺。そしてどういうわけか、必ず一人は生存者がいる。それもだいたい五歳くらいの、自我を持ち始める頃の子ども達が」

殺人鬼…十三年前…五歳…

「その生存者の名前はわかるか?」

「はい。曹操様にも伝えるべく、事件の資料は全て持ってきています。確か生存者の名簿も…はい、こちらです」

私は李儒さんから手渡された資料を見ていく。

予想通りなら、あるはずだ。あいつの名前………

「あった。やはり…」

 

私は資料の生存者目録に書かれた『張郃』の名を見て確信する。ということはあいつは…

「どうかなさいましたか?」

「あぁ。この生存者にある名簿の、張郃ってやつ。こいつはうちの従業員だ。そして今、私はそいつを探しているとこでな」

「何かあったのですか?」

「わからない。でも妙な男を見てから、悠里の態度は激変した。恐らくあの男が、その殺人鬼なんだろう」

「そ、そんな…あの殺人鬼はとうに…いえ、まさか…」

「どうかしたか?」

李儒さんは神妙な面持ちで何かを思案していた

 

「その殺人鬼は、十三年前に既に討伐されています。なのであり得ない、と言いたいのですが…」

李儒さんは突然表情を変え、冷や汗を流し始めた

「これは、確定事項ではないのですが、その盗難があった前後、張譲らしき人物を見たとの情報が入っています」

な!?張譲だと?あいつが絡んでいるのか

「今回、その報告もあって、私を始めとした元董卓軍と劉協様は、この事態を大事に取り、こうして調査依頼をしに来たと言う事もあります」

また張譲か。すると太平要術も絡んできているな。しかし、死者を蘇らすだと?あり得ない、と思いたいが、あの悠里の表情は、まさに仇を見る目だった

「わかった。私の方でも探ってみる。李儒さん、悪いがその話、零士にもしてやってくれないか?」

「もともとそのおつもりでした。それよりも、気をつけてください。もしその殺人鬼であれば、相当な化け物らしいです。武将級の精鋭百人を用意してやっと討てたとありますので」

 

武将級を百人だと?そんな化け物が相手なのか

「わかった。ありがとうな李儒さん」

「京<みやこ>とお呼び下さい。あなたは私たちを救ってくださった恩人です。遅れましたが、お預かり下さい」

「じゃあ私の事も咲夜と呼んでくれ。『晋』には月と詠と恋もいる。京さんもゆっくりしてってくれ」

そして私は駆け出した。悠里は強い。それは疑っていないが、相手が化け物だと話は別だ。

蘇るなんて、バカげている

「間に合うといいが…」

私はかなり焦り始めていた

†††††

 

 

悠里視点

「見つけましたよ。どこに行くんですか?」

「あぁ?」

店を出たあたしは、あの男を見つけるために走り回った。途中雨が降ってきたけど、そんな事気にしてられなかった

街中は全て調べた。そして私は街を飛び出す。すると程なくして、見つかった。大きな肉切り包丁を担いだ、あの男を…

「なんだてめぇ」

「覚えていませんか?十三年前、あなたに全てを殺され、そしてあなたに生かされた子どもの一人ですよ」

「……あぁ、覚えてるぜぇ。自分の両親が死んだ事も分かってなさそうな、あの乳臭ぇガキか。へっ、随分いい女になったじゃねぇか。えぇ?」

男は突然こちらに殺気を剥き出しにする。それに触発され、あたしは咄嗟に武器を構えた

「何故、あたしだけ殺さなかったんですか」

ずっと聞きたかった理由。何故あの夜、あたしだけが生き残ったのだろう。残されたくらいなら、死んだ方がマシだと考えた時期もあった。大河さん、それに椎名さんがあたしを保護してくれなかったら、きっとあたしは死んでいた

「フッ。この時の為だ。ああして残しときゃ、俺を殺しに来るだろ?俺はな、闘って死にたいんだ。より強い奴と殺しあって、その中で、死ぬ」

「その為だけに、私を生かしたと」

「あぁ。心地いいぜぇ。てめぇのその殺気、憎しみ、そして恐怖!何ビビってんだよ、殺しに来たんだろ?この俺をよ!」

私は震えていた。それが許せないからの怒りなのか、それとも相対している男の邪気による恐怖なのか、わからなかった。あたしは、こいつにとってただの道具。こいつを殺すためだけに生かされた人形。認めたくなかった。だけど!

「お前は、お前だけは!ここで討つ!みんなの、あたしのおとうとおかあの仇!許さない!」

「!!」

あたしは一気に距離を詰め、相手の背後をとった。そして思い切り頭目掛けて振り抜く

キィンッ

「な!?」

あたしの攻撃は、その大きな肉切り包丁に止められた。完全に背後をとったつもりだったのに、反応された…

「速ぇじゃねか。少し危なかったぜ」

男は肉切り包丁を振り回し、あたしの頭上に振り下ろす。あたしはそれを避けるも、その威力と速さに驚愕した。一撃で、地面が割れていた。あれを食らえば、真っ二つは免れない。その威力に、あたしは思わず身震いしてしまう

「クッ…アァァー!」

あたしはさらに速度を上げ、猛攻を仕掛ける。一撃入れて距離を取り、また一撃入れて距離を取る。だが全て受け止められてしまう。それならばと、今度は連撃で追い詰めて行く。相手に攻撃をする隙を与えないように、速く、より速く動く

「いいねぇ!いいねぇ!最高だよ、お前!強ぇじゃねか!」

男は笑っていた。追い込んでいるのは私の方なのに、それすら愉しんでいるようだった。その邪悪な笑みに震えたあたしは、一瞬隙を作ってしまう

ガキンッ

「あうっ!」

少しの隙も見逃さなかった男は、一気にあたしを押し返し、その衝撃に耐えきれず、あたしは吹き飛ばされてしまった

「おい、それで終わりかぁ?もっと愉しませろよ!」

「ウッ…」

たった一撃もらっただけで、震えが止まらなかった。怖い。目の前の男が純粋に怖かった

「なにブルってんだよ。…はぁ。お前、あの店にいた奴だよな?」

「…え?」

「お前には期待してるんだ。だからよぉ、殺してくるわ。あの店の奴らも、街の奴らもよぉ」

殺される?お父さんも、お母さんも、咲夜姉さんも、東おじさんも、ここで出会った人たちが殺される?

「な…だ、だめ…それだけは、絶対にだめ!」

あたしはまた失うの?この人はまたあたしから大切なものを奪っていくの?

「聞けねぇなぁ、そんな頼み。じゃなきゃお前は俺に挑まねぇ……あぁ、いい事を教えてやるよ。俺が肉片にしてやったお前の両親もなぁ、そうして頼んでたよ。この子だけは、この子だけはってな。今のお前、そいつらにそっくりだ」

男はそう言うと、声に出して笑い始めた

許せない。この男だけは、ここで殺さなくちゃいけない。おとうとおかあは私を守って死んだ。今度は私が、大切な皆を守らなきゃいけない

「ハァァーッ!」

あたしは恐怖を吹き飛ばすように叫び、男に向かって行った。あいつは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに笑みを漏らし、あたしの攻撃を止めた

「そぉだ!それでいい!もっと憎め!もっと殺気を出せ!俺をやらなきゃ街の奴らが死ぬぞ!」

「やらせない!もう二度と!あたしの大切なものを壊させはしない!」

思い出すのは、街のみんなの、お父さんとお母さんの、『晋』の人たちの笑顔。みんなを思うと、不思議と力が湧いてくる

「これだ。この力こそが!最高だぁ!あの時殺さなくて正解だった!さぁ、俺を殺してみせろ!」

「ハァッ!」

極限の命のやり取り。少しでも気を緩めたら死ぬ。そんな打ち合いが何合も続く。高速での打ち合いがさらに続き、やがて…

「クッ…」

攻撃が入った!あたしはこの好機を見逃さず、体勢の崩れた敵に猛攻をかける

「ぐぉぉ…」

頭、胴体、脚と、あたしは次々に鉄棍での攻撃を当てて行く

「トドメ!」

最後に大振りの攻撃を当て、あいつを吹き飛ばす。男は武器を手放し、大きな音を立てて倒れる。私は男の武器を拾い、そして…

グサッ

「ガフッ…」

それを心臓に突き刺した

「はぁ…はぁ…」

男は、その周囲に大きな血だまりを作り動かなくなった

「やった…やったよ…おとお…おかあ…みんなの仇、とれたよ…みんなを、守ったよ…」

気づけば、あたしは膝を地につけ泣いていた。

それが嬉しさからくるものなのか、悲しさからくるものなのか、何故かはわからないけど、涙が止まらなかった

「う…ぐす…」

脅威は去った

みんなのところに帰らなきゃ

あたしの大切な人たちに会いに行かなきゃ

あたしは安心しきっていた

だから反応することが出来なかった

まさか、男が立ち上がるなんて

そして男が武器を心臓から引き抜き、私に振り下ろすなんて

そしてあたしの世界は、闇に包まれた

あぁ

やっぱり今日のあたしは

調子悪かったんだ…

 

 

 



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悠里編其三

 

 

 

咲夜視点

私が悠里を見つけたのは、街の外だった。雨空の中、一人佇む悠里と、そのそばに男が倒れていた。よく見ると、男の体には剣が刺さっていた

「あいつ、やったんだな」

悠里は成し遂げたようだ。心配していたが、どうやら無事に…

「!?」

すると突然、男がゆっくり起き上がった。男の心臓にはしっかり剣が刺さっているのに…

「クッ!ウソだろおい!?」

私は考えるより先に走り出した。見れば悠里は男が立ち上がった事に気づいていないようだ。そして男は剣を引き抜き、やがて…

キィンッ

「あぁ?」

「はぁはぁ、間に合った」

私は悠里を抱え、ナイフで剣を受け止めた。流石に危なかったな。それにこいつの攻撃、かなり重い

「おい悠里!無事か?」

「咲夜、姉さん?」

私はそのまま悠里を連れ、後ろに下がった

「なんだお前」

殺人鬼の心臓から勢いよく血が吹き出す。そしてその傷口がみるみる塞がっていった

「なるほど。確かにこいつは魔的だ。悠里、お前あんな化け物よく相手に出来たな」

「あはは…私だって…強いんですよ…」

 

悠里は力なく笑う。こいつ、傷は見当たらないがかなり消耗している

「咲夜!悠里ちゃん!」

「悠里!」

零士と大河さんが叫びながら走ってきた。大河さんは悠里を抱え、零士は敵を睨みながらこちらへきた

「無事か?」

 

零士が問いかける。手には銃を握りしめていた

「まぁな。悠里も目立った外傷はない。それよりも、今回の件は張譲が絡んでいるらしい」

「!!なるほど、太平要術か…蘇りもあながち嘘じゃないみたいだ」

 

その様子だと、李儒さんとは会えなかったみたいだな

「あぁ?ずいぶん増えたな。中には俺を殺した奴までいるじゃねぇか」

殺人鬼は首を回し、体をほぐすように動き始めた

 

「本当に生きていやがった…チッ、もう一度あの世へ送ってやる」

 

大河さんは殺気をむき出しにしていた。こんな大河さん、初めて見る…

「大河さんは悠里ちゃんを見てやってくれ。僕と咲夜で抑える」

「だが!」

「黙って見てな!」

私は突撃し、ナイフを振るっていく。デカイ獲物を持っているんだ。小回しがきかないだろ。そら、その腕貰うぜ

ガキンッ!

「な!?」

完全に腕に入ったはずだった。だが、切り落とせなかった。奴の腕、鉄みたいに硬い!

「なんだ?それで終わりか?」

「チッ!」

殺人鬼は巨大な肉切り包丁を振り下ろす。私はこれを躱し、後退した

「おい零士!ああいうのはお前の仕事だろ。なんとかしろ!」

私は零士を見て怒鳴りつける。一方の零士は既に魔術の準備をしていた

「承知!」

零士は手に力を溜め、やがて巨大な火の球が出来上がっていく

「燃えろ!」

零士はその火炎弾を殺人鬼にぶつける。すると爆発が起こり、辺りは燃えていた。だが…

「なんだそれ?妙な技使うじゃねぇか」

殺人鬼は燃えていることを気にする様子もなく、立っていた

「久々に魔術らしい魔術を使ったとは言え、火葬場並みの炎だったはずなんだけどなぁ」

零士は少し落ち込んでいる様子だった。こいつでも無理なのか?

「チッ、仕方ない。零士!50秒時間を稼げ。私がなんとかする」

「……50秒だね?やってみるよ」

そう言って零士は刀と銃を出した

「おっと、咲夜!」

零士からナイフを手渡される。だが、今まで使っていたものとは明らかに違う。不思議な力を感じる

「つ、疲れるなぁ…それは以前龍を倒した時に剥ぎ取った素材を元に作ったナイフだ。多分、龍の力が宿ってる」

「へぇ、悪くないな」

手渡されたナイフは軽く、不思議と手に馴染んでいた。さて、新しい武器も手に入ったし、私も準備に取り掛かるか

†††††

 

 

零士視点

鋼鉄のような硬さ、そして炎をものともしない肉体。いよいよもって、人間じゃなくなっているな

「フッ!」

刀による一閃を決める。しかし、切れていない。正確には擦り傷のようなものはできているが、今の一撃は真っ二つにするくらいでやったつもりだ。もっと深く切れてもらわなければ困る

「いいぜぇお前!いい感じに化け物じゃねーか!」

 

殺人鬼は歪んだ笑みを見せる。こいつから発せられる気配はどす黒いものだった

「お前には言われたくないな」

何合もの激しい打ち合いが続く。

こいつ、どんどん強くなっている…手を抜いていたのか?それとも…

「やべぇぜお前!最っ高にキマッちまってんなぁ!」

チッ!戦闘狂が…

「お前、そんなに殺して何がある?」

「あぁ?理由なんざねぇよ!ただ殺して、そして死にてぇだけだ!」

殺人鬼の容赦のない振り下ろしを、寸でのところで受け止める。受け止めた僕の刀にはヒビが入ってしまった。なんて力だ…

「っ!ならなぜ軍に入らない?」

 

僕は何とか押し返し、刀をいったん消し、新しい剣を現出させる。今度は硬度を高めた銅剣だ

「俺は元軍人よぉ。だがな、あそこはダメだ。縛られるのは性に合わん!そんなある日よぉ、気づいちまったんだ。軍人も、賊も、やってることはただの人殺しだってなぁ」

「だからと言って、罪のない人間を殺す必要がどこにある!」

「ねぇなぁ、どこにも。罪があろうがなかろうが、ただ殺してぇだけなんだからよ。所詮は大量殺人。英雄も殺人鬼も変わらねぇ。なら、好きなようにヤらせてくれや!」

「狂っている…」

快楽殺人者が…大河さんの言う通り、こいつはここで殺さなければならない。こいつは、危険だ

「東!手を貸す!」

そう言って大河さんは氣を凝縮した正拳突きを殺人鬼に決める。それを受けた殺人鬼は大きく吹き飛ばされた

「ッ!なんて硬さだ」

 

大河さんは拳を痛そうに抑えていた。それでも、拳で吹っ飛ばすなんて、さすがは曹仁だ

「お父さん!東おじさん!あたしも手伝います!」

悠里ちゃんが青い顔をしながらも、手にした鉄棍を力強く握りしめ、こちらに駆け寄ってきた

 

「悠里ちゃん!大河さんも!大丈夫なんですか?」

「平気だ!こちとらまだ現役よ!」

「あたしも、もう守られるだけの存在じゃない!」

僕もまだまだ本気じゃなかったんだけどなぁ。まぁいい。それなら…

「悠里ちゃん、これを使うといい」

僕は本日二個目の龍の素材で成る鉄棍を出現させる。一日二個が限界だな。これ以上は僕の生命力にかかわってくる

「凄いこれ。不思議と力が湧いてくる…」

悠里ちゃんは新しく手渡された鉄棍を不思議そうにまじまじと見ていた

 

「ふふ、龍素材様々だな。さぁ、咲夜が何かしてくれる前に、倒してしまおう」

「はい!」

「ククッ、ハーハッハーッ!!いいぜテメェら!まとめてかかって来い!」

なんなんだ、こいつのこの余裕は。まるで、俺は死ぬはずがねぇというような態度だ。まだなにか、カラクリが…

「行くぜ!二人とも合わせろ!」

大河さんは氣を体に纏わせ、殺人鬼に突っ込んでいく。流石、悠里ちゃんの師匠だけはあって、かなり速い

「ヘ!テメェには会いたかったぜぇ。なんたって俺を殺したんだからなぁ!」

「悪いが、もう一度死んでもらうぜ!悠里!!」

殺人鬼が大河さんに意識を集中し始めるのを狙い、悠里ちゃんは殺人鬼の後ろを取る

「ハァァァッ!」

悠里ちゃんの気合いの入った一撃が入る。それを食らった殺人鬼はよろめき、前に倒れそうになる。だが、目の前には大河さんが拳を構え待ち構えていた

「東!!」

大河さんが叫び、殺人鬼を空中に打ち上げた。僕はその隙を逃さず、接敵し…

「…フッ!!」

今度は氣でコーティングして剣の一撃を食らわせる。殺人鬼はとっさに腕でガードするも、鉄の刃は殺人鬼の腕を切り落とした

「グァァッ!!」

僕は着地し、殺人鬼を観察する。腕からは大量の血液が流れ出ていた

「さすが、東おじさんです…」

「かー!なんて硬さだ!手が痺れやがる!」

二人とも、先程の攻撃で手を麻痺していた。打撃系では、あの硬さは酷だったのだろう

「クッ!まさか切られるたぁなぁ…」

殺人鬼は切られた腕を拾い、それを…

「ふぅ…ハハ!ヤベェな俺!まさにバケモンじゃねーか!!」

「そ、そんな…腕が…」

「チッ!なんなんだあいつは!」

信じられない事に、切り落としたはずの腕が繋がってしまった

「お前は…」

「さぁ、仕切り直しと行こうぜ!」

「チッ!」

僕は武器を構え、大河さんと悠里ちゃんを守るように立つ。大河さんはまだ拳を抑え、悠里ちゃんは恐怖から動けそうになかった。これは、出し惜しみしてる場合じゃないな…

やがて殺人鬼が武器を構え、こちらに突っ込もうとすると…

「悪い、待たせたな」

咲夜が、殺人鬼に相対した

「……いけるのかい?」

 

僕が聞くと、咲夜は目を伏せ、少し笑って見せる

「あぁ、何も問題はない。しっかり視えている」

みえている?一体何が…

「いいねぇテメェのその殺気。最高に研ぎ澄まされてんじゃねぇか!」

殺人鬼は咲夜に突進し、肉切り包丁を振りかざす。咲夜はそれをしっかり見極め、紙一重のところで躱していき、そして…

「…」

殺人鬼の攻撃を躱した瞬間、軽くナイフを振り上げ、いとも簡単に片腕を切り落とした

「なに!?」

これにはさすがの殺人鬼も驚き、一旦後退する。あんなに硬かった殺人鬼の体を、水を掻き分けるかのように咲夜は切ってみせた。一体、なにをしたんだ?

「テメェ…」

 

殺人鬼は切り落とされた片腕を抑え咲夜を睨んでいる

「なにビビってやがる?お前の腕を切り落としただけじゃねぇか。ほら、もう一度くっ付けてみせろよ。待っててやるぜ」

「クッ!舐めんなぁ!!」

殺人鬼は再び腕をくっ付け、咲夜に攻撃を仕掛ける。だが今度は、その攻撃を仕掛ける前に、咲夜が殺人鬼の両腕を切り落としてみせた

「チッ!なんなんだテメェは!」

殺人鬼は両腕から血を噴き出させ吠えた。さすがの殺人鬼も、戸惑っているようだった

 

「私は昔から、目の良さには自信があってな。零士と訓練してからは、さらに良く視えるようになったよ。それでな、氣と魔術で能力向上が出来るんなら、視力の向上もできないかって試していたんだ。結果は成功。かなり良く視えるようになったぜ。なんたって、モノの脆い部分が線になって視えるようになったんだからな」

なんだと?

「それでな、その線の通りに切っていくと、いとも簡単に切れちまうんだ。どんなに硬かろうがな」

まさか、“直死の魔眼”?いや、あり得ない。あれは魔術や氣で体得できるようなものじゃない。それに、あれで切られたモノは二度と再生しない。殺人鬼は腕をくっ付けていたから、そのセオリーから外れてしまう

「私はな、私の大切な友達や家族を傷つける奴が許せないんだよ。それが化物だろうが、幽霊だろうが関係ない。もし、傷つける奴がいるんなら、神様だって殺してみせる!」

そして咲夜は走り、殺人鬼に肉薄する。殺人鬼はこれに対応するも、その攻撃は空を切り、腕を、脚を、首を切られていき、文字通りバラバラにされた

「ふぅ…」

一瞬の出来事だった。あんなに厄介だった殺人鬼が、いとも簡単に殺された

だが…

「アアアァァァァ!!!」

「!?おいおい、マジかよ!?なんでまだ生きてやがる!?」

殺人鬼は首だけになり、なおも生きていた

「クソがぁぁぁ!!テメェら、ぶっ殺してやる!!」

そしてバラバラにされた体が、徐々にくっ付こうとしていた。こいつ、まだ…

「おい零士!どうなってやがる!」

圧倒していたとは言え、これには咲夜も焦る。何か、見落としが…

「………まさか、武器!!」

張譲が持ち出したのは、殺人鬼が使ったとされる妖刀、つまりはあの肉切り包丁だ。モノには全て、魂が宿っているとされる。それがかつての殺人鬼の魂も宿っていたとして、それをもし張譲がモノに宿った魂を具現化したというのなら…

「武器だ!武器を壊せ!」

「了解!」

「姉さん!」

僕が叫ぶや否や、悠里ちゃんは既に肉切り包丁を拾い、それを持って咲夜の元に走って行った。咲夜はそれを確認すると、ナイフで傷を入れていく。すると肉切り包丁は豆腐のように切り崩されていった。そして…

「グォォアァァァ…」

殺人鬼は雄叫びをあげ、消滅していった

「今度こそ、やった…」

「はぁ…はぁ…終わったな…」

殺人鬼が消滅したのを確認すると、二人は緊張の糸が切れたのか、突然倒れてしまった

「咲夜!」

「悠里!」

僕と大河さんはそれぞれ抱きかかえ、『晋』に連れて行く事にした

 

 

 



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悠里編終幕

悠里視点

「ここは…」

目が覚めると、あたしは寝台の上に横たわっていた。見覚えのある部屋だが、あたしの部屋じゃない。ここは…

「やぁ、おはよう悠里ちゃん」

「東おじさん?」

扉が開き、東おじさんが現れる。そうか、ここは『晋』の、咲夜姉さんの家か

「調子はどうだい?」

「はい、もうなんとも。あの、姉さんは?」

あたしは少しずつ覚醒していく頭で、気を失う前の事を思い出していく。確か、姉さんがあの男をバラバラにして、武器を壊して、それで安心して、二人して倒れた気が…

「咲ちゃんなら大丈夫だよ。少し前に目覚めて、朝食も取り終えた。君も、何か食べるかい?」

東おじさんは「咲ちゃん」と言った。なら大丈夫なのだろう。もう脅威は去った。あいつはもういない。そう思うと、安心したのか、急激に空腹感に襲われる

「はい、お願いします」

あたしがお願いすると、東おじさんはニコッと笑い、部屋を出て行った。残されたあたしは、水を飲みつつ、待つことにした

「悪い予感が、悪い現実を引き起こしちゃったのかな…」

あたしは昨日の出来事を思い出す。おとうとおかあを殺した、あたしの仇。一度目は大河さんが、二度目は咲夜姉さんが殺した怪物。結局あたしは、また守られたのかな

「お待たせー。ん?どうかしたかい?ずいぶん暗いようだが」

 

東おじさんは料理を乗せたおぼんを持ってやって来た。そして私の様子に気づき、心配した様子で話しかけてきた

「東おじさん…これって、あたしのせいなのかな」

「どういう事だい?」

「猪々子ちゃんの事件の時、あたしが張譲に会ったのはいいましたよね?その時に、張譲になにかされたんですよ。体の調子が悪くなった感じがなかったから、大丈夫だと思ったんですけど、違いました。あの人は、私の心を覗いたんだと思います。だから私が一番怖いって思うあの殺人鬼が蘇った。そして、あたしは何もしないまま、みんなに迷惑かけて、守られた」

自分の力で解決しなきゃいけなかったはずなのに…

「……それのどこが、君のせいなんだい?」

「…え?」

東おじさんは、よくわからないといった表情で聞いてきた。あれ?

「いやだって、あたしみんなに迷惑かけて…」

「別に、咲ちゃんも僕も、もちろん大河さんだって、そんな事迷惑だなんて思ってないよ」

「でも!」

「あの殺人鬼を君が蘇らせたっていうなら、確かに君のせいだけど、違うだろ?あれは張譲の仕業だ。君はどこも悪くない」

「それでも、張譲にきっかけを作ったのはあたしです。だから…」

「…はぁ、確かに、大河さんの言ったとおりだな」

「え?」

お父さんの言う通り?

 

「子どもらしくないんだよ。子どもってのは、家族に守られて当たり前なんだ」

「でもあたしは…」

「血の繋がりがないから家族じゃないとか思ってるのかい?」

「…」

言い当てられ、黙ってしまう。所詮、あたしはよその子だ。それは、今になっても心の片隅にあった

「血の繋がりだけが、家族の証かい?僕はそうは思わないな」

「…え?」

「家族の定義なんて、人それぞれさ。世の中には、盃で交わす家族もいれば、『晋』みたいに絆で結ばれた家族もいる。自分が家族と思えば、それはもう家族だ」

「………」

東おじさんの言葉が胸に突き刺さり、不思議と涙が零れる

「悠里ちゃん、君の家族はここにいる。大河さん達や僕らが、君の家族なんだ。そして僕らは、家族の君を助けたい。それを迷惑だなんて、思ったりしない。だから、もっと僕らを頼って欲しいんだ」

そう言って、東さんはあたしの頭を撫でた。それは、ずっと望んでいた言葉なのかもしれない。心の何処かで、この世界にあたしの居場所はないと思っていたから。迷惑をかけちゃいけないと思っていたから。でも違った。ここが、あたしの居場所なんだ。頼っていいんだ…

「ありがとう…ございます…」

あたしは静かに涙を流す。それが止まるまで、東さんは頭を撫でてくれた

「すいません。急に、泣いちゃったりして」

 

しばらくして、私はようやく涙を止めることができた。その間、東さんはずっとそばにいてくれた

「はは、いいよいいよ。気にしないで。それより、ご飯、冷めちゃったかな」

「あ…」

忘れてた。悪い事しちゃったな

「温めてくるよ」

東さんが料理を取ろうとしたところで、あたしはそれを阻止し、取り上げた

「大丈夫です!東さんの料理は冷めてても美味しいですから!」

あたしはそのまま料理をがっついた。あ、ホントに冷めてても美味しい

「あはは、ありがとうね悠里ちゃん。でも…」

「ごくん…ん?」

東さんが私の顔に手を伸ばし、ご飯粒を取ってくれる。そして…

「あ…」

「あむ、もう少しゆっくり食べなよ。喉に詰まらせちゃうよ」

そのご飯粒を食べた。四年前、咲夜姉さんがやったように

「……」

「ん?顔が赤いね。どうかしたかい?」

「い、いえ!なんでもないです!」

「んー?」

あー、姉さんごめんなさい。こりゃ、惚れちゃったかもしれないです

†††††

 

 

零士視点

悠里ちゃんがご飯食べ終えると、僕は食器を片付けに部屋を出る。そして、もう一人の部屋にもお邪魔した

コンコン

「咲ちゃん、入るよ」

「あぁ」

僕は扉をノックし咲夜の部屋に入る。彼女は既に食事を取り終え、本を読んでいた

「悠里の様子はどうだ?」

「あぁ。もう大丈夫だよ」

「そうか、ならよかった」

咲夜はそう一言告げ、意識を再び本に向けた。だが、僕はまだ、咲夜に聞かなきゃいけない事がある

「咲夜、いつからあの眼を?」

「ん?割と最近だな。魔術訓練してる時にふとできたんだ」

そんな簡単に出来る代物ではないと思うが

「あの眼を使う時、頭が痛くなったりしたか?」

「まぁ、そうだな。脳を酷使してるんだ。痛いし疲れるし、しかも使うのに時間もかかるから、乱用はできないな」

そうか。それならいい

「わかってると思うが、それはあまり乱用してはならない。それは”直死の魔眼”と呼ばれるものに酷似している。”直死の魔眼”は、モノの死が視えるようになる代わりに、常に死を見なきゃいけなくなる。そんな世界は常人には耐えられない。よほどの者でない限り、廃人になる」

「ん?常に?私は集中しないと視えないぞ?」

「あぁ。だから厳密には”直死の魔眼”ではないんだろう。だが、大事を取ってそれの使用はなるべく避けてくれ」

「……わかった。気をつけるよ」

「あぁ。それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。食器、片付けておくね」

「おー、すまんな。……あぁ、それと零士」

「ん?」

「朝飯は月のが美味いな」

な、なん…だと…

†††††

 

 

咲夜視点

あの事件から、三日が経った。街はあんなバケモノみたいな殺人鬼が居たことすら知らず、変わらない日常を過ごす。それは『晋』も例外ではなく、いつも通りの何てことない日常を送っていた

「では、私はこれで。咲夜さん、この度はありがとうございました」

「いいって。桜によろしく伝えておいてくれ。じゃあ、気をつけて帰ってくれな」

李儒さんこと京は、今回の事件の報告を持ち、洛陽に帰っていった

「まさかそんな事になっていたなんてね」

報告の際には、華琳もそばに居た。そういえば…

「お前、あんな事件があったってのに、警邏隊の連中は何してたんだよ」

許昌の外とは言え、あんな派手に戦ってたってのに、軍は救援に来なかった。何かあったのだろうか

「あら、聞いてないのかしら?大河さんの部隊に介入を止められていたのよ。危険過ぎる、がむしゃらに犠牲者を増やさないためにって」

そう言えば大河さんは、かつてあの殺人鬼に100人で立ち向かって、全員を殺されたと言っていたな。確かにその経験からなら、その判断もわからなくもない

「だが、お前がそう簡単に引くとは思えないな」

華琳の性格上、こういう事件には突っ込みたがるはずだ。それが自分の領土内の事件ならなおさら

「あら、私だって、叔父の忠告くらいは聞くわよ。それに、あなた達なら、バケモノ程度なんてことはないでしょう?」

「おいおい、そりゃどういう意味だ?」

「ふふ、そのままの意味よ」

チッ、私らもバケモノってか?否定はできないな

「それより、あれは放っておいて良いのかしら?」

そう言って華琳は零士達に視線を向けた。そこには…

「東さーん!今度の休日、あたしと出かけましょうよ!そうしましょう!」

「あ!ズルイです!東さん、私とお出かけしましょう!」

「あ、東さん、私とも、その、辛いものを…」

「東よ、今度そこの甘味なんてどうだ?」

「あ、あんた達!今、仕事中よ!」

「あ、あはは、参ったなー」

零士が悠里、月、凪、秋蘭、そしてこっそり詠にも囲まれていた。あの事件以来、悠里が零士に対して積極的になったのだ。それに触発されてか、月、凪、秋蘭までもが積極的になっていた

「あの男、着々と築いているわね」

「ははは、そのうち刺されるんじゃないか?」

「そうなったら、真っ先に咲夜を疑うわよ。まぁ、別に捕まえはしないけど」

もうこれは、諦めるべきなんだろうな…

あーでも、もう一回詠の不幸の日にあってくれるといいのになー

 

 

 






今回は張郃こと悠里がメインの回でした。今回登場した殺人鬼は、特に元ネタになる武将等はいません。ただ純粋なサイコパスってのを書きたいが為のキャラクターでした。

バラバラになっても生きている。それは殺人鬼自体が実体ではないから。すべては武器に宿った魂が具現化したもの、だから武器を壊せば死ぬって設定です。中二くさいでしょ(笑)

もう一つ中二くさい事柄は、咲夜の能力についてです。ずっとやりたかったネタだったんですよねー、直死の魔眼。せっかくインスパイア元が両儀式なので、知っている人は知っている有名なセリフもパクリました。ファンの方はごめんなさい

この作品も次回がいよいよ最終章です。最後までお付き合いしてくださると、幸いです


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日常編終幕
とあるゴロツキの挑戦


今回はモブ視点になります


 

 

 

「へっへっへ、今日からこの許昌の裏は俺が占めてやるぜ!」

「さすがアニキっす!どこまでも付いて行くっす!」

「そこに痺れる、憧れるんだな」

俺様は、ちょっとしたワルってやつだ。小せぇ村にゃあ収まらねぇ程の器だったんで、村を飛び出して許昌にやって来た。今日から俺様の伝説が始まるんだ!

†††††

 

 

 

ラウンド1

「アニキー、腹減ったんだな。あそこの饅頭屋に行きたいんだな」

許昌に入って早々、一緒にこの街へとやって来たデクが文句を垂れてきた。だが確かに、こいつの言う通り腹は減ってやがる

 

「仕方ねぇなぁ。金はねぇが、んなもんワルにゃあ関係ねぇか。じゃあ行くぞテメェら!」

俺らはすぐそばにあった饅頭屋に入っていく。そこにゃあ冴えないオッさんと、べらぼうな巨乳美人がいた

「いらっしゃい、何にしますか?」

 

店内に入ると、店主と思しき冴えないオッサンが話しかけてきた

「とりあえずオススメを一人二個ずつくれ!」

「まいど!」

店主が注文を取ると、程なくしていい匂いの饅頭がきた。だが俺様は饅頭よりも、饅頭を持ってきた女の二つの超特大饅頭に釘付けだった

「あいよ!饅頭六個お待ちね!ゆっくり食べてってちょうだい!」

 

でけぇ!

「綾乃さーん、いつものー!」

「あら咲夜ちゃんいらっしゃい!ちょいと待ってな!」

巨乳美人は他の客に呼ばれさっさと行ってしまった。今入ってきた女もかなりべっぴんだな。さすが都、ヤベェぜ

「これ、美味いんだな」

デクは色気より食い気かよ

 

「アニキ!女将さん、マジいい女っすね!口説きやすか?」

さすがチビ、こいつはわかってんな!

 

「ったりめぇだろ!あの巨乳を弄びたいぜ!」

俺様は意を決し、奥さんに話しかける事にした。奥さんはさっき入ってきた女と話していた

「おい、奥さん!俺様の女になれ!」

「お?綾乃さん、ナンパされてるじゃないか」

「おやおや?私もまだまだ捨てたもんじゃないねぇ」

そう言って奥さんは豪快に笑った。そして笑顔のまま立ち上がり…

「気持ちは嬉しいがねぇ、これでも人妻なんだよ。それにねぇ、私ゃ私より強い男じゃないとなびかないのさ!わかったら饅頭食ってとっとと帰りな小僧!」

「んだとぉ?」

このアマ、こっちがせっかく声かけたってのに

「チビ、デク、こい!やっちまうぞ!」

「喧嘩だ喧嘩だ!」

「食後の運動なんだな」

俺様達三人は奥さんを囲んだ

「あむあむ…ごくん。手伝おうか?」

「はっはっは!こんなガキンチョにやられるわけないじゃないか!咲夜ちゃんは大人しく饅頭食ってな!」

 

大の男三人で囲んでるっていうのに、この女はそんな事些細な事だと言わんばかりの態度だった。すぐそこで饅頭食ってた見慣れない服着た女も、でけぇ態度だな。後でシメテやる

「舐めやがって…死ねー!」

「やれやれ」

気がついたら、俺様達は地面に寝転がり、空を見上げていた。いったい、何が起こったんだ?

「おや?気がついたかい?」

目を覚ますと、饅頭屋の店主がこちらの顔を覗きこんでいた。気がついただと?俺様は気を失ってたってのか!?

「チッ、あのアマ…」

俺様が立ち上がろうとすると、店主が近づいてきた。そして底冷えするような声で耳打ちしてきた

「俺の女房を、あんな汚い目で見るなよ。皮、剥ぐぞ」

「ヒィッ!」

「じゃ、気をつけてお帰りください。お代は結構ですので」

そう言って店主は帰って行った。な、なんなんだよアイツのあの気配!普通じゃねぇ!

†††††

 

 

 

ラウンド2

「俺たちに足りねぇのは兵隊だ!まずは仲間集めるぞ!」

「うっす!」

「わかったんだな」

そして俺様は裏路地に入っていく。そこには俺様と何ら変わりないゴロツキがうじゃうじゃいた。そして声をかえ、叩きのめして行き、服従させる事に成功する

「いい感じに増えてきたな。おっ!」

前方に女二人発見!黒髪で活発そうな子と、その母親らしき女。どっちも美人だ!

「そこの奥さん!」

俺様は声をかける。狙いはもちろん奥さんの方だ!

「およ?お母さん、ナンパされてるよ?」

「あらあら、私もまだ捨てたものではありませんね」

なんかさっきも聞いた台詞だな

「じょ、徐晃さん!」

奥さんの顔を見るや否や、先ほどかき集めたゴロツキが頭を下げ始めた

「あらあら、皆さんお集まりで」

「いえ!俺たちはこれで!悪いなあんた!俺らは帰らせてもらうぜ!」

 

そう言って、せっかく集めた兵隊は一目散に逃げて行った

「お、おい!」

なんだあいつら?全員が全員、同じ台詞言いやがって

「それで、あなたはどちら様ですか?」

「おっと、俺様はちょっとしたワルよ!お前、俺様の女になれ!」

「あらあら、困りましたわね。私には夫が…」

「へ!そんな男より俺のほうが…」

がしっ

「誰だ?俺の女に手を出そうとする、クソ野郎は」

気づけば、俺様は頭を鷲掴みにされ、持ち上げられた。そして、世界が反転した

「あらあら、大河さん。別に良かったですのに」

「何言ってやがる。女房を助けちゃいけなかったのか?」

「大河さん…」

「あつ!なんか急に気温が…でも、お母さんも元軍人であたしより強いんだから、別にあれくらい大丈夫だと思うけどなぁ。あ!あたしそろそろ『晋』に戻らなきゃ!それじゃあねお父さん、お母さん!」

それが、俺様が聞いた最後の言葉だった…

†††††

 

 

 

ラウンド3

「って!まだ死んでねぇ!」

「だ、大丈夫ですかアニキ?」

「おかしくなったんだな」

気がつけば、もう夜だった

「アニキー、腹減ったんだな」

「またかよお前は」

「いやいや、アニキは気ぃ失ってたからじゃないすか」

「だーもーわかったわかった。じゃあ飯にするか」

俺様達はしばらく歩く。もうかなり遅い時間だからだろう、どこもやっていなかった。だが、しばらく歩くと一店舗だけ明かりが点いていた。ん?なんだあれ?お食事処『晋』?しゃあねぇ、ここにするか

「邪魔すんぜぇ」

店に入ると、可愛い女の子がやってきた。中はかなり賑わっている。きっと美味いのだろう。楽しみだ。だけど…

「おや?どこかで見た顔だね」

 

饅頭屋の巨乳奥さん…

「いやいや、綾乃さんが叩きのめした奴ですよ」

饅頭屋にいた美人の客…

 

「あら、綾乃さんもですか?」

路地裏で口説こうとした女…

 

「というと、そちらも?」

やばい雰囲気の饅頭屋の店主…

 

「あぁ。俺の女房に手ぇ出そうとしたんで、頭から叩きつけたんだ」

路地裏で俺の頭を掴んで地面に叩きつけた男…

 

「今さらだけど、あれ死んでもおかしくない一撃だよね」

 

あー、やばい、帰りたい…なんで今日会った人たちが勢ぞろいなんでしょう…

「あの、お客様、どうかなさいましたか?」

目の前には小さな女の子。く、クソッ!

「お前ら動くなー!この子がどうなってもいいのかー!」

俺は少女を人質にとり、逃げようとした

「あ、あの…離してくれた方が…」

 

少女が心配しているような様子で言ってくれた。そんな言葉に、俺は少し罪悪感を抱いてしまった

「許せ嬢ちゃん…大人しくしてりゃ、無事に帰してやるから…」

この場から離脱出来たら、ちゃんと安全無事に返してあげよう。なんなら迷惑料も払ってあげよう

 

「アニキ、突然どうしたんですか?」

「やっぱりおかしくなったんだな」

「うるせぇ!テメェら!ずらかる

ヒュッ ストーン

「……え?」

俺が扉を出ようと振り返ったところ、俺の目の前を短刀が横切った…

「おい、月を離せ。そしたら命まではとらん。約束しよう。私は何もしない」

昼間饅頭屋にいた女がもう一本短刀をちらつかせて言ってきた。

何もしない?何もしないだと!?テメェらさんざん痛めつけてくれたじゃねぇか!

 

「な、何言ってやがる!これが

ヒュッ ストーン

俺が人質を見せつけようとすると、今度は短刀が俺の頬を掠めて壁に刺さった。掠った頬からはツーっと血が流れてくる…

 

「次はないぞ?」

「ヒィッ!」

女の鋭く冷たい視線に耐えきれず、俺はたまらず少女を離す。すると少女は小走りで奥に行ってしまった

「おーよしよし、怖かったねー月」

「詠ちゃん、あの人大丈夫かな?」

「………無理なんじゃない?」

俺は少女が奥で保護されたことを確認し、短刀を投げてくる女を睨みつける

 

「おい、本当に見逃してくれるんだろうな?」

「…私は何もしないさ」

 

女は短刀を置いて頷いた。どうやら本当に何もしないらしい

「よ、よし!テメェら!帰るぞ!」

俺様は店を出た。するとそこには、赤毛の女の子がいた

「あぁ?なんだテメぶへらっ!」

女の子は一瞬で視界から消え、そして俺は空を見上げていた。空を見上げて改めて気づいた。少女は俺の顎を思い切り殴り飛ばしたんだ。うん、超いてぇ…

「月をいじめたやつ、許さない」

あぁ、都怖ぇなぁ。おら、小さな村くらいの器なんだなー

凪「お疲れ様です、恋さん!」

恋「…ん」

咲夜「バカな奴だよな。気が動転して、人質取るなんて。何もしなきゃ普通に帰したのに」

零士「はは、よっぽど酷い目にあったんだろうねー」

秋蘭「いったい、何がしたかったんだろうな」

華琳「おおかた、田舎から出てきて、のし上がろうとして失敗したんじゃない?運が悪かったのよ、こいつらは。まさか自分達が、許昌の三大勢力に喧嘩売っていたなんて、知らなかったでしょうし」

これもまた『晋』の、許昌の平和な日常の一幕…

 



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咲夜さん

 

 

 

咲夜さんとお酒:零士視点

四年前

それは、なんて事ない宴会になるはずだった。ただその時のテンションが、咲夜も含め皆妙に高かっただけ。だから僕は、後先考えず、酒を飲んでみたいという咲ちゃんと蓮華ちゃんの願いを聞き、酒を渡したんだ。それが、悪夢の始まりだった…

「おぉ!なかなか良い飲みっぷりではないか!ほれ咲夜!もっと飲むと良い!」

「あら?蓮華も意外とやるじゃない!ほら、ついであげるわよ」

咲ちゃんと蓮華ちゃんは祭さんと雪蓮ちゃんに注がれた酒を静かに飲み干していく。僕はその様子を見つつ、孫堅こと炎蓮さんと飲んでいた

「へぇ、あの子たち、案外いけるクチなんだねぇ」

 

炎蓮さんは咲ちゃんと蓮華ちゃんの飲みっぷりを見て関心していた

「僕も意外です。今まで酒を飲ませる機会なんてありませんでしたからね」

 

ぶっちゃけ、この国の飲酒年齢とか分からなかったし。実際はかなり緩いらしい。飲みたきゃ子どもから飲め。自己責任と言うやつらしい

「だけど、大丈夫かい?初めてなのに、結構な量飲ませちゃってるけど」

「はは、何事も経験ですよ。一度くらい、酒に飲まれる経験もしておけば、後々考えて飲むようになるでしょう」

「その口ぶり、一度失敗してるね?」

「はは、お恥ずかしながら。それに比べ、呉の民は酒が強そうだ。あなたも含め、祭さんに雪蓮ちゃんも冥琳ちゃんも、ケロッとしてますね」

 

僕はそこまで強い方ではないが、炎蓮さんは対照的にめちゃくちゃな量を飲んでいる。これが江東の虎か

「当ったり前よ!呉の女は戦と酒が好きなのさ!もちろん、いい男も放っておかないけどねぇ」

炎蓮さんはぺロっと自身の唇を舐め、妖艶な雰囲気を纏わせて誘惑してくる。その仕草に、僕は少し熱くなってしまった

 

「ふふ、本気にしますよ?」

そう、この時まではよかったのだ。気持ちよく酔っており、蓮鏡さんとちょっといい雰囲気になって。僕だって男だ。蓮鏡さんの誘惑に乗ってみたいと思い始めていた。

だけど…

「おい零士…」

咲夜が酒の入った容器を手に、こちらにやって来たのだ。そして…

「お前、人妻に誘惑されてんじゃねー!!」

ガッシャーン!!

その容器で、頭を思いっきり殴られたのだ。その衝撃で容器は割れ、僕は頭から酒を被ってしまった

「キャハハハハ!!いいわね咲夜!私にもやらせなさいよ!」

ガッシャーン!!

間をおかず、蓮華ちゃんから容赦のない二撃目が飛んできた。なんというか、理不尽だった…

「アーハッハッハ!!なんてザマだ零士!!どうしたんだ?頭から酒を被って!」

「頭のどこから酒を飲むのよ!」

2人ともめちゃくちゃご機嫌だった。というか、絡み酒かよ…

「あちゃー、蓮華も咲夜も、あんな感じになるんだー」

「ふむ、これはなかなか興味深い。普段はお堅い蓮華様が乱れておる」

「東殿…頑張ってください」

「はっはっは!なるほどなるほど!これは面白い!!」

四人も酒が入っており、どうでもいいのか、笑って傍観者になりつつあった。

クッ、まさか咲ちゃんにこんな欠点があったなんて

「ここは、戦術的撤退を…」

がしっ

「逃がすわけないだろ?」

僕は態勢を立て直すため、いったん距離を取ろうとするが、それは叶わず咲ちゃんに捕まってしまった

「っ!?なんて力だ!」

酒のせいでリミッターが外れているのか?咲ちゃんは普段の倍の力でつかんできた

「蓮華ぁ?ちょっと見てなよ。大の大人を一瞬で地面に組伏してやるぜ!」

「やだ咲夜…あのお母様と互角に戦った男を組伏すなんて…そこに痺れる、憧れちゃうわ!!」

組伏す?合気か?だがその技は僕が教えたんだぞ?返し方くらいわかって…

「ふぅん!!」

ドシーン

「………え?」

咲夜から技をかけられ、気づけば僕は咲夜に乗られていた。

あれ?おっかしいなぁ、返す暇すらないくらい速かったんだけど…

「おぉ~、やるではないか咲夜!」

「すごいわ咲夜!一瞬過ぎて目に映らなかったわ!」

 

祭さんと雪蓮ちゃんが感服したといった目で見ていた。いや、見てないで助けて!

「咲夜すごーい!!私も乗る―!!」

「グハッ!」

せ、背中に、二人分の体重が…しかもなんて勢いで…

「さぁ、まだまだ始まったばかりだぜ…」

 

 

「アァーーーーー!!!」

はぁ…はぁ…ゆ、夢か。よかった…

「はぁ…はぁ…あれは確か四年前の呉に居た時の宴会の記憶…トラウマになりつつあるな…」

確かあの後、咲ちゃんと蓮華ちゃんに乗られてキャメルクラッチをくらい、筋肉バ○ターをくらい、無理やり飲まされ、無理やり脱がされ…

「………だめだ、それ以上思い出してはいけない…」

あの日以来、僕は咲夜に酒を飲ませることをやめた。だがそれ以降も、何かと咲夜は酒を飲んでおり、だいたい被害にあっているのは言うまでもなかった…

†††††

 

 

 

咲夜さんと華琳さん:華琳視点

「ふふ、綺麗よ咲夜」

寝台の上には、少し服を着崩し、熱っぽい目は少し潤んで、私より少し大きな体を震わせていた咲夜がいた

 

「華琳、私…初めてなんだ。だからその、優しくしてくれないか…?」

咲夜は消え入りそうな声でつぶやいた。その声音に、私の体は熱くなり、鼓動が高鳴る

 

「意外ね。いつも強気なあなたが、閨ではこんなにもしおらしくなるなんて」

「私だって女だ。不安がある。だけど華琳なら…あっ…んっ…」

「可愛いさえずりね。もっと鳴いて、聞かせてちょうだい。咲夜…」

「華琳…」

「…という夢を見たのだけれど、さっそく今夜どうかしら?」

 

お食事処『晋』にて、今日見た夢を咲夜に言ってみると、咲夜にうんざりした目で睨まれてしまった

「却下だ。て言うか、夢の中のそいつは誰だよ。お前の中の私は受けかよ」

当たり前じゃない。私が受けなんて考えられないわ

†††††

 

 

 

咲夜さんと華琳さん:咲夜視点

 

 

 

「はは、どうしたんだ華琳?いつも強気なお前らしくないな。こんなに濡らしやがって」

 

寝台の上には、だらしない顔で、下半身を濡らしながらだらしなく横たわっている華琳がいた

「さく…や…」

華琳は目で私に何かを訴えているようだ。その目に、私の体が熱くなり、鼓動が高鳴る

 

「ずっとこうされたいって望んでたんだろ?ほら、どうしてほしいかちゃんと言ってみろよ」

「さくや…私の…を……」

「あぁ?なんだって?聞こえないなぁ」

「うぅ………」

「…帰るぞ?」

「待って!!わ、私の、私の事を、めちゃくちゃに犯してください!!」

「ふふ、よく言えました。褒美だ、華琳…」

「咲夜…さま…」

「…っていう夢を見たんだけど、私が攻めでいいってんなら、考えてやってもいいぜ」

 

営業中にて、華琳が店にやって来たので、ちょうど今日見た夢の内容を華琳に話してみると、華琳にうんざりした目で睨まれてしまった

「却下よ!ていうか、夢の中のそれは誰よ。なにが咲夜様よ。あなた、そんな願望があったのね」

「それはお前、あまり人の事言えないだろ」

「君たち二人は、仕事中になんて話をしてるんだ…」

†††††

 

咲夜さんと女性客:零士視点

とある仕事での一日、僕の目の前にはちょっとした集団がいた

 

「し、司馬懿さん!これ、受け取ってください!」

「ん?おぉ、ありがとうな。嬉しいよ」

「はわぁ~…」

 

咲ちゃんは女性客の一人に髪飾りをもらっていた。咲ちゃんはそれを受け取ると、その髪飾りをもらった女性客の頭を撫でていた。その女性客は恍惚とした表情になっていた

「司馬懿さん!私もこれ、作ってきたんです!食べてください!」

 

するとそこへ、今度は別の女性客がやって来た。何か差し入れをもってきたようだ

「へぇ、ごま団子か。今食べていいか?ちょうど腹減っててな」

「はい!」

「どれどれ…もぐもぐ…うん、程よい甘さでいい感じだ!美味いよ。ありがとう」

「美味い…えへへ…」

 

咲ちゃんが差し入れのごま団子を美味しそうに食べると、その差し入れをもってきた女性客はとても嬉しそうにしていた

「司馬懿さん!今度私と、お出かけしませんか?」

 

さらにさらにそこへ、またまた別の女性客が咲ちゃんに話しかけていた。どうやらデートの誘いらしい

「気持ちは嬉しいけど、私の休みはまだ先だぞ?」

「だ、大丈夫です!私、待てますから!」

「そうか。なら今度の休日、迎えに行くよ。それまで待っててくれるか?」

「はい!どれだけでも!」

 

咲ちゃんの提案に、女性客の表情はパァっと明るくなる。とても幸せそうな笑顔だった

「ん?おい君、ほら、クリームついてたぞ?あむ…うん、甘いな」

 

咲ちゃんが厨房に戻ろうとするところで、咲ちゃんは甘味を食べていた女性客の頬についていたクリームを指ですくい、それを舐めとった

「し、司馬懿さん!そんな突然…私どうしたら…」

「はは、君は可愛い反応をするな」

「か、かわ…」

クリームを舐めとられた女性客の顔は真っ赤だったが、不思議と嫌そうではなかった

 

 

そんな様子を、従業員といつものメンツである凪ちゃん、華琳ちゃん、秋蘭ちゃんと眺めていた

「東さんも女性客に人気ですが、咲夜さんも負けず劣らずですよね」

凪ちゃんは咲ちゃんの様子を見て感心していた。

あれ、僕そんなに女性客に人気あると思わないんだけどなぁ

 

「咲夜も、着々と築いているわね」

華琳ちゃんが呟いていた。恐らくハーレム的な意味なのだろうけど、咲夜『も』ってなんだ?

 

「あの子、天然でああいう事しちゃうからなぁ」

「いやいや、東さんがそれを言いますか」

 

「咲夜さんと東さん、そっくりですからね」

 

僕の言葉に悠里ちゃんがツッコミを入れ、月ちゃんが付け足すように言った

「え?僕って普段あんな感じ?」

 

僕、あんなナンパな事してるつもりはないんだけど…

「気づいてなかったの?あんた、結構チャラいわよ」

「恐らく、咲夜に影響を与えたのは東だろうがな」

ウソでしょ?あれが僕の影響?ていうか、咲ちゃんが女性に囲まれているのを見てると…

 

「あぁ?なんだお前ら、そんなかたまって」

 

僕らがかたまっていると、咲ちゃんもやってきた

「いやぁ、姉さんチャラいなぁって」

「私が?……あぁ、さっきの子達か。割とよく来てくれる子達だし、無下にするのも悪いだろ?私としては、当然の事をしたまでだ」

あぁうん、確かにこの発想は僕と一緒だ。一緒だけど、なにもあんなクリーム取って舐めるなんてするかな…

 

「あの子たち、明らかにあなたに気があるわよ」

「だろうな。悪い気はしないな」

「うっわぁ~、なんて清々しい笑顔」

 

流石にこれは…うん、よくないはずだ。あんなナンパみたいな真似、よくないし、見ていて面白くない。こうなったのも僕の責任なんだし、僕が言わないと…

「……さく」

「司馬懿さーん!少しいいですかー?」

 

僕が咲ちゃんの名前を呼ぼうとすると、客の一人の呼び声とかぶってしまった。咲ちゃんはその客の方に向いてしまった

「おう!じゃあなお前ら。また後でな」

……なんで、こんなにも面白くないのだろう。相手は女性じゃないか。別に嫉妬する理由なんて………は?嫉妬?僕は嫉妬しているのか?おいおい、僕は今年27だぞ。なんでそんな学生みたいな…

「ん?東さん、どうしたんですか?」

悠里ちゃんの発言に、僕はハッとする。どうやら考え込んでしまったようだ

 

「い、いや、なんでもないよ?」

 

なんでもない、かぁ…まさかこの年になって、嫉妬しちゃうなんてなぁ…

「……ふふ、二人とも、やきもち妬く辺りも、ほんとそっくりですよね」

 

月ちゃんが微笑みながら何かを言っていたが、僕はそれが聞こえる程、余裕はなかった

 

 

 



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『晋』

今回が最後の日常編になります


 

 

 

「こんにちはなのー!」

「ん?沙和か」

勢いよく入ってきたのは、凪の親友の沙和だ。そしてその後ろにはばっちり凪もいる。それに…

「おい、お前の入店はまだ先のはずだぞ真桜」

ブラックリストの一人、李典こと真桜もいた。こいつはうちに食いに来ると言うより、うちの設備に興味があるらしく、飯そっちのけで観察している。それじゃあただの迷惑なので、こいつにも春蘭や季衣と同じように月一と制約を設けておいた

「ちょ、そんないけず言わんといてぇなぁ。今日はただの付き添いですわ」

「そうなのか凪?」

 

私は凪に確認を取る。すると凪は笑顔でうなずいた

「はい。今日は沙和の用事でやって来ました」

まぁ、凪が言うならそうなんだろうな

「とりあえず、お座りください。お飲み物をお持ちしますね」

「お構いなくなのー!」

 

そう言いつつ、凪も沙和も真桜も席について月にお茶をもらっていた。くつろぐ気満々らしい

「それで、用事ってのはなんだ?」

 

私もお茶菓子を用意し、沙和の話を聞くことにした。幸い、今は客も少ないし、休憩も兼ねるか

「実はー、『晋』を取材させて欲しいのー!」

「取材?」

私が疑問に思っていると、沙和が一冊の雑誌を取り出した。これって…

「え!もしかして、阿蘇阿蘇の取材ですか!?」

いの一番に食いついたのは悠里だった。だが、確かにこれは驚きだ。まさかあの阿蘇阿蘇から取材が来るとは

「あのー、阿蘇阿蘇ってなにかな?」

 

厨房で食器を拭いていた零士が聞いてきた

「え?東さん知らないんですか?」

まぁ、そうだろうな。こいつ、こういうのに疎そうだし

「阿蘇阿蘇というのは、都での流行やオシャレ、人気のお店などが載っている、女性向けの雑誌です」

 

月が阿蘇阿蘇を零士に見せつつ説明してくれた。その説明を聞いて、零士も理解できたようだ

「へぇ、そんなのがあるんだぁ。あぁ、いわゆる、ana…」

「おっと零士、それ以上はダメだぜ」

「え?あ、はい。ところで、咲ちゃんもこういうのに興味あるの?」

零士は阿蘇阿蘇を流し読みしながら問いかけてきた

「なんだ、あっちゃいけないのか?」

「いや、そうじゃないけど…」

「きっと似合わないからで…」

バシッ

「それで、なんで沙和が阿蘇阿蘇の取材なんか任されてるんだ?」

「最近、姉さんからのツッコミが容赦ないぜ…」

「あー、それはねー、この前阿蘇阿蘇買いに行った時に、偶然編集者さんと会ってー。それで沙和が『晋』の皆と仲良しーって言ったら、取材をお願いされちゃったのー」

一体どういう流れで、うちと仲良しだなんて話になるんだよ

「ふーん、経緯はどうあれ、受けてもいいんじゃないかしら。店の宣伝にもなるし」

「詠ちゃんの意見に賛成。みんなも構わないかい?」

『はーい』

『晋』の従業員全員が答えた。こっちとしても、タダで宣伝ができるなら願ってもない事だ

 

「よかったのー!それじゃあ、詳しい予定を話し合いたいの!」

それから、沙和達と飯を食いつつ、取材の細かい予定を組み立てていく。取材当日は沙和のみが来るそうだ。凪と真桜は軍備を整えなきゃいけないらしい。こんな平穏としている中でも、大陸を統一する決戦はすぐそこまで迫って来ているようだ

†††††

 

 

取材当日

「眠いの~。いつもこんなに早起きなの?」

『晋』の厨房には私、零士、月、そして沙和が集まっていた。沙和は仕込みから取材に参加するとの事なので、開店前からやって来ていた。だが、この時間は沙和には酷だったようだ。目がほとんど開いていない

「うちの店はいろいろな料理を出しているからね。この時間からやっていかないと、お昼時に回らなくなるんだ」

「うっへぇ、大変なの~。そう言えば、てんちょーさんはなんで料理店開こうと思ったの?」

 

「そうだねー。僕の作る料理って、結構好評みたいでさ。いろんな人に振舞っては、美味しいって言ってもらえたんだ。それがとても嬉しくってね。だから、もし店を開くなら料理しかないって思ってたんだ。最初は、遅くまで頑張って働いてくれている人が、何気無く寄ってくれて、美味しい料理とお酒を飲んで、明日への活力にしてほしい、って理由で夜間営業をしていたんだ。それが徐々に人が増えて、今では皆のおかげでお昼に開店してもまかなえるくらいにまでなったよ」

 

朝の仕込みをしつつ語る零士の話を、沙和は眠そうながらもしっかり聞いている。今までこういう話にならなかったのもあり、沙和だけでなく月も真剣に聞いていた

「確かに、てんちょーさんの料理を食べると、明日も頑張れそうな気がするの!」

「はは、そう言ってもらえると、こちらとしても頑張った甲斐があったよ」

零士は仕込みをしつつ、嬉しそうに頬をかいていた。やはりこいつでも、褒められる事は嬉しいらしい

「でも、お店を開くって大変だよねー。経営とかー、宣伝とかー」

「まぁ、もともとあまりお金儲けが目的で始めた訳じゃないからねー。当初はお客さんもなかなか来なかったよ」

「まぁ、救世主はすぐ来たがな」

「救世主?」

私の言葉に、沙和は疑問を抱いたようだ。そうか、結構有名な話だと思っていたが、沙和は知らなかったのか

 

「あぁ、うちのお客様第一号は、あの秋蘭なんだ」

「え!?秋蘭様だったの?」

沙和はとても驚いていた

 

「華琳がまだ陳留に居た頃、秋蘭がちょくちょく許昌に来ては、この街の治政に携わっていたんだ。その時に、偶然この店に来てくれてな。以来、秋蘭が許昌にいる間はほとんどうちに来てくれてたよ。時々、文官何人かと一緒に来て、仕事しつつ食ってったなんてこともあったな」

「そうそう。その時に咲ちゃんが彼らの仕事に口出してさ、咲ちゃんの意見に感心した彼らが咲ちゃんを引き抜こうとしてたんだよね」

 

そう言えば、そんなこともあったなぁ。確か当時の文官みんなから引き抜かれそうになったんだよな

「咲夜さん、頭良いもんねー」

「まぁ、私にそんな気はなかったから断ったがな」

実力行使で

 

「な、なんだか、断っている姿が容易に想像できますね」

おいおい月さん、そんな笑顔引きつってどんな想像してるんだ?

 

†††††

 

 

 

「おはようございまーす!」

しばらく話していると、悠里が勢い良くやってきた。後ろには詠と恋もいる

「おはよー。あれ、沙和もう来てたんだ」

「……おはよう。セキトの散歩、いってきます」

「おはよう三人とも。恋ちゃんはいってらっしゃい。気をつけてねー」

そう言って恋はセキトと散歩へ行ってしまった。後の二人は制服に着替えて、掃除を始めていた

「いつも思ってたんだけど、ここの制服可愛いよねー。てんちょーさんが作ったの?」

 

沙和はとても羨ましそうな目で制服を眺めていた

「そうだよー。僕と咲ちゃん、それにたまに恋ちゃんが着ているのがバーテンダー服と呼ばれるもの。悠里ちゃん、月ちゃん、詠ちゃんが着ているのがメイド服だ」

「へぇ、沙和も着てみたいのー!」

「おっと、この制服着たいなら、ここで働かないとね!」

悠里が沙和の要望に反対すると、沙和は頬を膨らませていた

 

「えー、予備くらい着させてくれてもいいじゃーん」

「悪いな沙和。お前の我儘を許すと、とんでもない数の女性客の我儘も聞かなきゃいけなくなるんだよ」

「この服、結構評判良いからね。あんたみたいに、着たいって女性多いのよ」

私と詠で説明すると、沙和はがっくりとうなだれてしまった

 

「みんな考えることは一緒かー」

「そういうこと。一時期は、服飾事業もやってみないかって案もあったんだけど、良い職人さんが見つからなくてね」

「え?じゃあ、その服どうやって作ったの?」

「特殊な技術(魔術)です」

「特殊な?」

「技術(魔術)」

 

沙和の疑問に月と詠が答える。知る人ぞ知る特殊な技術(魔術)です

 

「まぁ、流石に反則臭いから、それは没になったんだよ」

そう。服飾に手を出すということは、零士の魔術で作った物を出す事になる。流石にそれは、他の頑張っている職人さんを泣かしてしまう事になるので没になった。人間、楽して稼ぐなんて真似したら、堕落してしまうからな

「なんかよくわかんないけど、残念なのー」

「なら、平和になったら軍辞めてうちで働いたらどうだ?歓迎するぜ」

「むむ、それはとっても悩むの…」

事実、最近雪蓮と猪々子から届いた手紙によると、大陸統一後はうちで働く気満々でいるらしい。まだ戦ってもいないのにな

「悠里ちゃんと詠ちゃんは、仕込みじゃなくてお掃除なの?」

 

沙和が聞くと、悠里も詠も笑顔で仕事をしながら話始めた

「そそ。あたしも料理は作れない訳じゃないけど、あたしの戦場はここだからね。その戦場を綺麗にしときたいんだ」

「悠里の言う通りね。飲食店が汚いって、やっぱちょっと嫌じゃない。少しでもやれる事やって、気持ち良く食べてってくれると嬉しいわ」

「何気無い気遣いだけど、こういう事をコツコツしっかりやる事に、お客さんが来る秘訣があるのかなー」

「私はそう思います。何事も、日々の積み重ねです。仕込みもお掃除も、手を抜かずより良いものに仕上げていく。それでお客様が笑顔になってくれるのなら、苦ではありません」

 

最後に月が付け足した。みんな、もう一人前の飲食店の従業員だな

「ほぇー、なんかかっこいいのー」

沙和は嘘をつける人間じゃない。おそらく本心から言っているのだろう。だからか、その本心からくる賛辞の言葉に、私達は少しだけ頬を染めていた

 

†††††

 

 

「ただいま。札、変えてきた」

「よし、じゃあみんな!今日もよろしくお願いします!」

『お願いします!!』

恋が散歩から帰ってくると、いよいよ『晋』は開店だ。それぞれが持ち場について行き、お客様を待つことになる

「…咲夜、着せて」

「ん?珍しいな恋。今日は制服着るのか?」

「…ん」

基本、用心棒の恋は、制服を着ることなんて滅多にないが、時々こうして気まぐれに着ることもある。今日はその日のようだ

「おー!恋ちゃん、ピシッとしててカッコイイの!」

「…ありがと」

恋のバーテン服姿は本当によく似合っている。これは今日、恋は大忙しだな

「お邪魔するのですぞー!おぉ恋どのー!今日は制服なのですねー!」

「あれー?ねねちゃんだ」

今日の最初のお客さんは陳宮こと音々音だ。こいつは割と毎朝来てくれる。なんでも、一日の最初に恋に会って元気をもらっているんだとか

「む、沙和ではないですか。そう言えば華琳が、沙和は別件でいないと言っていましたが、ここにいたのですね」

「そうだよー。阿蘇阿蘇からのお仕事で、『晋』に一日密着取材!」

「なんと!ねねもそちらに加わりたいのです!」

「でもねねちゃん、今忙しいもんねー」

「そうなのか?」

 

確かに、ちょっと疲れているように見えるが

「はい。呉および蜀の連合軍との決戦が近いので、最近はそのための調整が大変なのです」

そうか、もうすぐあの決戦なのか

 

「あのねねが、そんな大一番の軍師の一人にねぇ」

 

詠がしみじみと言った。付き合いが長い分、いろいろと思うところもあるのだろう

「むむ、ねねも日々進化しているのですぞ?今なら詠にだって勝てるのです!」

「言ったわねぇ?今度僕が直々に見てあげるわよ」

「ぎゃふんと言わせてやるのです!」

「…ねね、はい、いつもの」

 

詠とねねが睨み合っているところで、恋が食事を持ってきた。するとねねは即座に恋に向き直り、食事を受け取った

「ありがとうございます恋殿!」

ねねのいつもの、珈琲牛乳とフレンチトーストのセットだ。ねねが朝来る時は、だいたいこのセットで、恋に運ばせている

「おはよーさーん。月ちゃん、いつものお願ーい」

「おはようございます。少々お待ちください」

ねねが食べ始めると、常連客がちらほら入り始めた。皆、この街でなんらかの仕事をしている人で、仕事が本格化する前にここで軽く食って行く人達だ。以前は明日への活力だったが、今では今日一日の活力って感じだな

「すごーい。開店してすぐお客さんがいっぱい」

 

沙和は口を開けて感心していた

「これでもまだマシな方よ。一番混むのはお昼時だから」

「並んでたりするもんねー」

「恋が居なきゃ、今頃うちの前は大混雑だったな」

そう。お昼時の一番忙しい時間になると、恋が起き、列を整理してくれるように教え込ませた。覚えてくれるのにかなり時間はかかったが、やったかいあって順番待ちが円滑になった

†††††

 

 

「一番から三番!料理できたよ!月ちゃん、詠ちゃんお願い!」

「「はい!」」

「悠里!四番・五番だ!悠里頼むぜ!」

「りょーかーい!」

「…次の、お客様は、こっち」

昼食時になると、忙しさは極限になる。速い、美味い、安いを信条に、皆が迅速に行動していく。その光景を見た沙和は一人圧倒されているようだった

「す、すごい…」

「はは!どうだ沙和!まだうちで働いてみたいか?」

「うぅ~、まさか本当に戦場みたいだなんて…」

「そうね。今では慣れたけど、前は結構しんどかったわ」

「これでも、月ちゃんと詠ちゃんと恋ちゃんが入ってからは、だいぶ楽になったんだけどねー。はい、六番さんの冷やし中華お待たせ。」

「はいはーい!あたし行くねー!」

 

悠里が凄い速さで料理を持って行った。まるで瞬間移動でもしているかのようだ

「悠里ちゃん速いの~」

「瞬神悠里の名は伊達じゃないってな」

 

流石うちの店の最古参ってところだな

「接客は基本的に悠里さんと詠ちゃんが担当して、私が遊撃、盛り付けやお皿洗いと色々しています」

「何気に、月が一番凄いのかもな。うちの店の仕事、全部できる訳だから。よっし、かつ丼できたぜ。詠、頼むぞ!」

「任せて!」

「ほえー。一人一人も凄いけど、皆の連携はもっと凄いの」

「戦闘も料理も、そういう意味では大差ないかもね。上手く連携を取っていけば、どんな状況も打破できるものだよ」

「中でも、咲夜さんと東さんの連携は凄いですけどね」

「そうなの!てんちょーと咲夜さん、さっきから凄いの!目を合わせてもないのに連携とったりして、とってもすたいりっしゅなの!」

「私と零士は付き合いが一番長いからな。こいつの考えていることはだいたいわかる」

「なんだかんだ、一番信頼しているしねー」

「お二人の絆はとっても固いの!」

†††††

 

 

「みんなお疲れ様なのー!」

「お!差し入れか?気が利いてるな」

昼時の混む時間を乗り越えると、沙和が甘味や飲み物を持ってやってきた

「わざわざすいません。先ほどまであまり話すことができませんでしたけど」

「いやぁ、あれは仕方ないの。それに、あんなに頑張ってる姿見てると、沙和もなにかしたかったの」

「ふふ、なら凪に怒られる前に仕事をやるようにしなさいよ」

「あ、あははー、手厳しいの」

詠の指摘に皆が笑うが、沙和だけは苦笑いだった

 

「よし、釣銭も大丈夫だね。咲ちゃん、月ちゃん、詠ちゃん、休憩入っていいよ」

零士が金の管理を終えて発言すると、私も詠も月も伸びをして楽にし始めた。そんな中で、悠里は用具室から掃除道具一式を持ってきた

 

「さぁて、みんなが休んでる間に、ちゃちゃっとお店の掃除しちゃうか」

「え?また掃除するの?」

「そうだよー。どうしても汚れちゃうからねー。ここでもう一度綺麗にしておけば、見栄えも良くなるってもんだよ!」

「沙和にはそこまで気が回りそうにないの」

「まぁ、この時間からしばらく暇になるからねー。掃除くらいしかやることないってのも言えるんだよねー」

 

零士も掃除をしつつ答えていた。さて、軽く食って出かけるか

「買い出しに行ってくるが、ついでに何か欲しい物はあるか?」

「あ、じゃあ注文しておいた肉が多分入荷してると思うから、ついでに取ってきてくれるかい?」

 

零士が言ってきた。注文するほどってことは、あそこの肉屋か

「うーい」

 

なら市場の後に肉屋に寄らないとな

「え?休憩なのに買い出しに行くの?」

 

沙和は驚いていた。まぁ、普通なら休もうと思うからな。私はじっとしているのが性に合わないから出て行くだけなんだけどな

「まぁ、行けるときに行きたいからな。お前もついてくるか?」

「それがいいかもね。しばらく仕事らしい仕事はないし」

「なら、ご一緒するのー!」

 

†††††

 

 

「それとそれ、あとそれも頼む」

「あいよ、いつもありがとうね!」

「はー、咲夜さん、顔ひっろーい」

私が野菜等を買っていると、沙和がまたまた感心しているようだった。そんなに不思議な事なのだろうか

「まぁ、職業上な。それでなくても、市場の人間はうちにもよく来てくれるし、いい関係は築けてると思うぜ」

「もう咲夜さんを知らない人っていないんじゃないかな」

「さすがの私も、そこまで有名じゃないだろ」

おっと、肉屋にも寄って行かなきゃな

「え?このお肉屋さんって…」

 

私は早速馴染みの肉屋へとやってくる。外装は普通だが、取り扱っているものはどれも一級で、いい感じに脂ののったものが吊るされている

「おっちゃーん、注文しといたやつ、用意できてるか?」

 

私が肉屋の主人を呼ぶと、肉屋の主人が肉を持ってやって来た

「おう司馬懿さん!ほらよ!いつもありがとうな!」

「おう!これ金な。また食いに来てくれよ!……どうした沙和?」

私が肉屋で用事を済ませると、沙和は信じられないものを見たといった表情だった

「い、いやいや!ここ!沙和でも知ってるくらい有名なお肉屋さんだよ!めちゃくちゃ良いお肉だけど、めちゃくちゃ高いって。しかも咲夜さん、あんな大金ぽんと出すなんて、どうかしてるの!」

「あー、まぁ確かにあそこの肉は高いが、それだけ信頼もおけるんだよ。さっきも言ったが、本来金儲けで始めた訳じゃないから、時々赤字になっちまうがな。それでも、客に安くて美味いもん食ってって欲しいんだ」

「うわぁ~、それでも成功してる『晋』さんて、もしかしてとんでもないとこなんじゃ…」

†††††

 

 

時刻は夜。今日の営業ももうすぐ終わりに近づくと、店の中にはほぼ身内のみになってくる。沙和は今日あった事を華琳、秋蘭、凪に報告していた

「沙和、今日一日『晋』に居てどうだったかしら?」

「『晋』さん凄いの。ちょっと店の裏側見ただけだけど、凄い大変ってわかったの」

「だろうな。ここの仕事は決してバカにはできん。一人一人の能力の高さ、気遣いの細かさ、経営法など、我々にも見習う点は多いだろう」

「うん。みんなの頑張ってる姿見て、沙和も頑張んなきゃって思ったの」

「その発言、しっかり覚えておくからな」

 

凪の発言に若干ビクッとなるものの、沙和はしっかり頷いていた

「ふふ、なかなか良い刺激になったみたいね」

華琳もご満悦のようだ

 

「いいなぁ、私も早くここで働きたいなぁ」

「そうですね、私も、早く流琉さんとお仕事したいです」

「なら、さっさと大陸を統一してみせるわ。そしたら流琉も、思う存分ここで働きなさい」

「はい!」

流琉は元気よく答えてくれた。これで未来の『晋』の従業員がまた増えたな

「おらぁ!!てめぇらこのヤロー!この俺と戦いやがれー!」

「…よかったな沙和、今日はアタリだ」

扉が勢いよく開かれ、チンピラが複数入ってくる。なかなかの取材日和じゃないか。『晋』って店がどういうところなのか、わかってもらえるな

「あわわ、大丈夫なのかな」

「なんの問題もないさ。なぁ、東」

「そうだよー。うちには最強の用心棒がいるんだから。はい、天ぷら定食お待たせ」

 

相変わらず、秋蘭と零士は平常運転だな

「へっへっへ!『晋』を倒しゃ、一気に名が上がるってもんよ!」

「表出ろやコラッ!!」

「……」

複数のチンピラがすごむと、バーテン服姿の恋が静かに立ち上がる。その姿に、何人かの女性客が見惚れていた。それほど、今の恋は凛々しく見えたのだろう

「れーん、一人で十分かぁ?」

「問題ない」

そういって恋は外へ出て行った。その姿を見ようと沙和も含め何人かが外に注目する

「いくぞテメェら!今日こそ『晋』を落とすぞ!」

そして喧嘩…というよりは、恋による一方的な殲滅が始まった。その光景を見て、女性から歓声が上がる。沙和は呆然としていた

「今日は割と多目ね。30人くらいかしら」

「それでも、足りませんがな」

「こ、これも日常なの?」

「あぁ、もはやあのチンピラ共も常連だな」

しばらくして、恋が全員を叩きのめし、こちらにやってきた

「おなか、へった」

「はいはい。おう!チンピラどもは何食いてぇ?」

 

私が聞くと、さっきまでぶっ倒れていたチンピラどもが凄い勢いで起き上った

「あ、俺カレーライス!」

「俺はハンバーグ定食!ご飯大盛りで!」

「えぇ!?さっきまで喧嘩してたよね?」

「こいつらは、ただ力試ししてぇだけなんだよ。こうして暴れるだけ暴れた後は、うちの飯を食っていく。ここまでが一連の流れだな」

「なんていうか、器がおっきいの…」

「ふふ、ここでは誰であろうと、等しく僕らのお客様だからね」

†††††

 

 

「今日はありがとうなの!おかげでいい記事が作れそうなの!」

「とうとう阿蘇阿蘇に載っちゃうのかー。なんかわくわくしちゃうなぁ」

今日の営業も終わり、私たちは店を片づけていく。沙和も掃除を手伝ってくれ、思ったよりも早く片付いた。

「あ!最後に、みんなに聞きたいんだけど…」

「ん?なんだ?」

「みんなにとって、『晋』ってなんなのかな?」

最後らしい質問を問いかけられる。これにはみんなが目を合わせ、微笑み、そして…

数日後、新刊の阿蘇阿蘇を買いにみんなで本屋へ出かけた。その表紙には、流行の服飾やら、女性必見モテるコツなど書いてある中、私たち『晋』の名前もあった

「独占!『晋』を大特集!!ですって。ちょっと派手すぎない?」

「へぅ、なんか照れちゃいますね」

「見てください!あたしたちがしっかり載ってます!」

「へぇ、よくできてるね。はは、こうして記事になると、こそばゆいな」

「…セキトも、ちゃんといる」

「なかなか悪くないじゃないか沙和」

冊子をめくっていくと、私たちそれぞれの事、『晋』のメニュー、理念、そして…

「記者が感銘を受けたのは最後の質問。彼らにとって『晋』とは何なのか。彼らは皆が揃ってこう答えてくれた。『晋』にとって、従業員は仲間ではなく家族、そして店は彼ら家族にとっての家。そのまっすぐな言葉に記者は彼らの強い絆を感じ、そしてそれは何者においても断ち切れることはないだろうと確信した。それこそが『晋』の強さであり、温かさであり、魅力なのだ」

 

 

 



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運命編
運命編其一


一カ月ぶりでございます。待っていてくれた方、本当に申し訳ありません。
今回から最終章にして最終決戦に入ります。


 

 

 

「ようやく、全ての駒が揃った」

兵馬俑、祭壇、限界まで力を蓄えた太平要術の書、そして…

「かつて、西楚の覇王が使っていたとされる二刀一対の剣…」

これを掘り出すのには苦労したが、これもあの二人のおかげか

「これで、北郷一刀を…私の運命を変えてみせる!」

全ては、この時の為に…

†††††

大陸では雌雄を決する戦が行われていた。蜀と呉による連合軍対魏軍。決戦の地は赤壁。恐らくこの決戦で、大陸を統べる者が決まる…

はずだった

決戦は、意外な形で幕を閉じた。隣国の五胡が大軍率い攻めてきたのだ。その報を聞いた魏、呉、蜀は、戦闘を一時中断、協力して五胡の迎撃に向かった

そんなデカい戦がある中、私たち『晋』の従業員は洛陽付近の高原にやってきていた。そこには、元董卓軍の将兵や軍師、それに華佗と華雄が布陣していた

そして前方には、無数の心ない人形の軍団に動く祭壇が砂塵を上げて向かってきていた

「数は…ざっと見積もって1万以上だな」

 

私は目を凝らして眺めた。あれだけの数、よく用意できたな

「対して、こちらは5千ちょい。兵法の定石では既に不利ね」

 

詠は敵を眺めつつ、こちらの軍を見ていろいろ思案しているようだった

「加えて、この地形じゃあ策の施しようもない」

 

零士の言う通り、ここは高原で、ほとんど何もない。奇襲や伏兵は仕込めない

「さらに言えば、あちらは死なない軍団。長期戦に持ち込めばこちらが崩れます」

 

月は大型の狙撃銃を調整しながら言った

「かー!全く厄介ですねー。でも絶対にぶっ飛ばす!」

 

悠里は準備運動の如く鉄棍をぶんぶん振り回していた

「……全部、倒す」

恋は簡単に言ってくれるな。それに本当にそんな気がしてくるから心強い。だが、それでも確かに厄介だ。もし貂蝉と卑弥呼からの情報がなかったら、完全に詰んでいたな…

†††††

 

 

三日前

「一体何があった!?」

私達は桜に緊急で招集され、洛陽にやってきていた。そこで待っていたのは、ボロボロにやられていた貂蝉と卑弥呼の姿だった

「あらん零士ちゃん。みっともないわぁ、こんな姿晒しちゃうなんて…」

「不覚…張譲め…とんでもない者らを復活させおって…」

「何があったんだ?」

この二人の実力は知っている。だから二人がこうもやられるとなると、ただ事ではないことがわかる

「二人は、俺としばらく別行動をとっていたんだ。なんでも、気になるところがあるとかで。向かった先は泰山の奥地、そこにある神殿だ」

 

華佗が二人を治療しながら答えてくれた

「ずーっと網を張ってた甲斐あって、ようやく張譲を捉えたのよん。でも、少し遅かったわ。奴らは、既に準備を終えていた」

「わしらも失念しておったよ。奴の太平要術の使い方に」

「太平要術の使い方?」

私は今までの、張譲が関わっていたとされる事件を振り返る。

 

黄巾では民衆の魅了と扇動

 

反董卓連合は群雄割拠の引き金

 

袁紹は操り

 

孫呉では強化

 

そして悠里の時は蘇り…

「なるほど、試していたのか。太平要術がどこまでできるのか」

 

あいつは、今まではただ実験をしていたと、そういうことなのか

「十中八九そうだろう。今までの事件は、奴にとって太平要術の書の力を、奴が使いたい力を使えるか確認するため。奴がこの瞬間に全てをかけれるように」

「今ご主人様、北郷一刀がどこで何してるかは、知ってるわよね?」

 

貂蝉が言う。北郷一刀の所在?あいつは確か赤壁…いや、今は五胡との国境沿いか

「……!!まさか、張譲の狙いは初めから一刀君か?」

「それしか考えられないわねぇい」

北郷一刀が狙い?確かに北郷一刀の軍は、赤壁での決戦で疲弊しているだろうし、三国が手を組んでいるとは言え、五胡の迎撃という連戦を強いられている。間違いなく弱っているだろう。だけど…

「仮にそうだとして、何故今まで狙わなかった?いくらでも機会はあったはずだ」

黄巾の時も、連合の時も、入蜀のときだって。あいつの力があれば、暗殺くらい容易いだろうに…

 

「かつて、それがことごとく失敗するとわかっていたら、どうかしら?」

わかっていたら?結果を?そんな未来を見るなんて…

「いや、ちょっと待て。まさか…」

私は零士を見て思う。こいつはある程度の未来を知っている。それは別の世界からやって来たから。となると張譲も…

「…あいつは、別の外史の記憶を持ち合わせているわ」

「……なるほど、そりゃ最悪だ」

結果を知っている。だから、今までは力を抑え、ここ一番で全力で叩く気か

「おい貂蝉、奴には協力者がいるんじゃないか?それも、お前ら側の。張譲はだいたい連合時期に死ぬんだろ?それ以降の記憶はないはずだよな?なのに、この時を狙うとなると、第三者の入れ知恵がなきゃおかしいよな?そして、それが可能なのは外史の管理者サイドの人間だ。違うか?」

零士は僅かに敵意を出し、貂蝉に問い詰めた。その話が真実なら、こいつらも敵になる

「えぇ。考えられるのは2人しかいないわ。于吉、そして左慈だと思うわ」

于吉に左慈?聞いたことのない名だな

 

「于吉だと?お前は以前、奴は死んだと言っていなかったか?」

零士は知っているのか?それに死んだだと?

 

「確かに死んだわ。死体も回収済みよ。でも、奴らがもし、奴らの記憶を張譲に譲渡していたとしたら、どうかしら?」

「そんな事が可能なのか?確かにそれなら…だが、何故その結論に至った?」

「やつの戦い方だな。左慈に武術を仕込んだのはこのワシだ。そして、張譲には奴のクセを感じられた」

「それに、あいつの妖術、あれは紛れもなく于吉のものだった。于吉と左慈の記憶が、力が、張譲にはあるのよ」

「ちょっと待て。なんだってそんな事…その2人はお前ら側の人間なんだろ?」

 

さっきから、いったい何だってそんなことに?管理者は北郷一刀を護る為にいるんじゃないのか?

「簡単に言ってしまえば、あの2人は北郷一刀を憎んでいた。そして自分達には抗う力を残されていなかったから、全てを張譲に託した。北郷一刀を倒すためだけに」

「北郷一刀を倒すため、つまりは世界を壊す気でいるのか」

そんな事に、なんの意味が…

「いや、今はそれよりも、奴を止める事が先決だな。卑弥呼、お前さっき、とんでもない奴とか言っていたよな?それは誰だ?」

「かつて、西楚の覇王と唄われたものだ」

「!!項羽?そんな伝説級の奴が復活したのか!」

なんて馬鹿げた力だ、太平要術…

「蘇ったのは項羽、虞美人、季布、龍且の四人よ」

「以前、洛陽で妖刀の盗難、そして殺人鬼の蘇り事件があったであろう?あれ自体が陽動であったのだ。本命はこっち。西楚の軍勢の復活であった」

桜が部屋に入って来て言った。あの事件で注意を逸らし、その隙にってか。なかなかとコソコソしているな

「さらに、奴は兵馬俑と結界祭壇も有しておる。兵馬俑は命のない自動人形。これがなかなかに厄介なのだよ。なにせ死なんのだらな。そして結界祭壇は四つの祭壇の力を使って結界を施す。恐らく太平要術の書を守るためのものだろう」

「四つの祭壇って事は、四つにそれぞれ過去の英傑が布陣してるでしょうね」

「勝ちの目が薄すぎるな」

私は詠の読みに同意し、思わずそう呟いてしまった

 

「だが、奴らに勝てるのはお前達だけでもあるんだ」

「どういうことだ?」

 

華佗の発言に、零士が聞き返す。私達だけってどういう意味だ?

「祭壇は特定の力を有している物でしか破壊できない。その特定の力は龍の力。つまり…」

「…なるほど、これのことか」

私、悠里、そして華雄が自前の武器を見つめる。以前、零士が作ってくれた龍の素材から成る武器だ。確かにこいつには、不思議な力が宿っている

「…恋には、ない…」

恋が悲しい顔をしている!?

「おい零士、恋にも作ってやれ」

「ちょ、ちょっと待って!あれ結構疲れ…」

チャキ

「さっさとしろ」

 

私はナイフを取出し、零士の喉元に突き付けた

「はい!できました!はぁはぁ…ど、どうぞ恋ちゃん…」

「♪」

恋は新しく手渡された方天画戟を見つめ、ご機嫌になったようだ

「さぁ、武器は揃ったな。奴の狙いが北郷一刀なら、恐らく奴の背中を狙うだろう。五胡と兵馬俑に囲まれちゃあ、さすがのあいつもひとたまりもないな」

「それに今は、五胡と戦っているのは北郷さんだけじゃありません。華琳さん達も危ないです」

「勝ち目が薄すぎても、これはあたし達にしかできない事ですね」

「僕らがやられたら、この大陸も終わりでしょうね」

「奴には散々掻き回されたんだ。ここできっちり落とし前つけとかなきゃ、いけねぇよなぁ」

「家族を傷つけた奴、許さない」

「はは、みんなやる気満々だ。だけど、家族を、友人を守る為にも、ここは退けないな」

 

私達『晋』の家族が皆武器を手にし立ち上がる。私たちの気持ちは一つになっていた

「やってくれるか?」

 

華佗が聞いてくる。それに対し私たちは皆で強く頷いた

「もちろんだ。張譲は、必ず殺してみせる」

私の手でケリをつけてやる

 

「無論、我も手伝おう」

「私たちも、張譲を討つ為に力をつけました。そして、今がその時です」

「月様、劉協様、今こそあの時の雪辱を晴らしてみせましょう!」

桜、京、高順さんも立ち上がる。これで、あの連合時の雪辱戦に挑めるだろう

 

「なら、さっそく軍議だ。編成、兵糧、奴の進行経路、全て割り出して今日中に構えるぞ!」

†††††

現在

三日という期限があったのが幸いした。私たちは奴の進行上に拠点を構え、零士の魔術で武装改造を施し、万全の状態で望めるようになった。それでも、あの数は辛いがな

「祭壇は五つか。外回りに四つとその中心に一つ。中心にいるのが張譲と太平要術で間違いないだろうな」

「射程圏内に入ったら、撃ってみますね」

月が大型の狙撃銃を構えて答えた。この武装拠点、ほとんど月の為に作ったものだ。零士が休み休み魔力を使い、出せるだけ武器を用意した。月の狙撃能力を限界まで活かせるだろう。だが…

「本当にいいのか月?お前、戦闘は苦手なんだろ?」

本来、月は非戦闘員だ。拠点で戦うと言っても、恐怖は感じるだろう

「もちろん怖いですが、でも苦手だからと切り捨てて、皆が頑張っている中何もしないなんてできません。私は、私のできることをしたいんです!」

それは、とても力強い言葉だった。月は覚悟を決めていた。今の月なら、十二分に戦えるだろう

「月は僕達が守るわ。だから咲夜、あんたは必ず張譲を倒すのよ」

詠と京さんは、それぞれ兵を率い、人形の足止めをするとの事だ。その間に私、零士、悠里、恋、華雄の五人で祭壇及び太平要術の書の破壊を決行する。私たちが失敗すれば、ここの人間全員を殺すことになる。失敗は許されない

「張譲は僕が相手をしよう。奴は何をするかわからないからな。足止めという意味でも、僕が行った方がいいだろう」

「なら私らで祭壇を破壊だな。誰がどいつに当たるか楽しみだ」

「できれば私は項羽と戦いたいな。伝説の覇王と交えるなど、こんな好機ないだろう」

「あたしは虞美人さん見てみたいなぁ。どんな絶世の美女なんだろう」

それぞれが戦に備える。皆、これから殺し合いだってのに、ずいぶんと余裕だな

「部隊の展開、終わりました。いつでも出れます!」

 

京さんの報告を確認し、私達全員が力強く頷いた

「よし!月!そっちはどうだ?」

「こちらも後少しで射程圏内に入ります!」

月は拠点の狙撃地点に陣取り答える。準備完了だな

ダァァァン!!

「!!?」

突如、とんでもなく禍々しい気が辺りを覆った。なんだこいつは!空気が重い!

「なるほど、気は世を覆うって逸話は、あながち嘘じゃないらしい」

兵はこの気に当てられ、少し怯んでしまう。だがそれでも、彼らの目はまだ死んでいない。大した奴らだ

「桜、号令だ。頼むぜ」

ここは一つ、桜に頼むか

「本当に我で良いのか?我より咲夜の方が適任であると思うのだが…」

「私らの総大将はお前なんだ。それに、ここにいる人間は皆お前を信じている。そのお前の言葉だ。士気も上がるさ」

「わかった!」

桜は拠点の上に立った。その姿は幼いものの、凛々しく、しっかりと王の風格を感じさせた

「皆のもの!ついにこの時が来た!かつて我らを苦しめ、皆をバラバラに引き裂いた我らの敵!その敵、張譲が今度は世界を壊そうとしておる!立ち上がれ最強の兵達よ!今こそ雪辱を晴らすのだ!そして皆を護れ!この大陸を救えるのはお主たちだけである!一兵たりとも死ぬことは許されぬ!臆する事はない!我らには、最強の武人がおる!」

私、零士、悠里、恋、華雄はそれぞれ武器を掲げる。その姿を見た兵は目を輝かせ、雄叫びをあげた

「行くぞ!我らの最後の戦いだ!全軍、抜刀!」

ジャキン!

「突撃!!!」

大陸を護るもう一つの決戦が、切って落とされた

 

 

 



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運命編其二

 

 

 

月視点

桜さんの号令で士気を高めた皆さんは、一丸となって兵馬俑の大群に突撃していきました

「私にできること…」

それは、後方で皆さんの突撃を支援すること。私は狙撃銃を構え、命の無い人形に狙いを定めて…

ダァン!

命中。弾丸は土で出来た人形の頭を砕きます。でも…

「………」

予想通り、人形はなおも進行を止めません。それならばと、次は腕、足と撃ち、行動を制限することにしました

「やった!これなら…」

人形は手足を失い、その場でもがいています。こうやって四肢を封じていけば、制圧することができるみたいです

「ん?あれって…」

皆さんの突撃を見ていると、視界の隅に見慣れない旗と部隊を確認しました。旗にはそれぞれ曹、徐、鄧、郭と書いてあります

「……ふふ、心強いです!」

†††††

 

 

咲夜視点

後方で月の援護射撃を受ける。月は初弾を頭に命中させたが、人形は動きを止めなかった。そして二発、三発と撃ち、手足をもいでいく。人形は動ける選択肢を失い、その場に留まった

「ヒューッ!月ちゃんかっこいいー!」

「あの子、多分僕より射撃の才能あるよ」

「さすが月様だ!」

 

みんなも月の仕事振りに感心していた

「みんな見たか!人形を殺すことはできない!だからああやって手足を奪え!」

「応!!」

 

私が叫び指示してやると、兵士全員が声に出して応えてくれた。こうした、兵士を引き連れての戦場は初めてだが、なかなか悪くないな

「さぁ、もうすぐだ!気、引き締めろ!」

もうすぐ接触するというところで、全軍が武器を構え、氣をギラつかせた。気合い十分、これなら…

「おい!俺らも混ぜろよ!曹仁隊!悠里の突撃支援に当たれ!」

「あらあら、久しぶりの戦場だからかしら、心踊るわ。徐晃隊、恋ちゃんの突撃支援を!」

「はっはっは!気合い入ってんじゃないか!久々に骨のある喧嘩になりそうだ!鄧艾隊、咲夜ちゃんの突撃支援に入んな!」

「皆さん、若いですね。これは俺も、負けられませんね。郭淮隊、華雄さんの突撃援護に行きますよ!」

 

「お、お父さんにお母さん!?それに綾乃さんと店主さんまで!なんで!?」

私達が接敵するところで、大河さん、椎名さん、綾乃さん、それに店主が兵を率いやってきた。そして四人は私達の前を先行する

「せっかくの子の晴れ姿だ!応援してやりてぇっていう親心よ!」

「咲夜ちゃんはあたしらにとっても大切な子だからね!これくらい安いってもんよ!」

「は、ははは!ありがとう!凄く心強いよ!」

やばい!いまだ絶望的な状況だってのに、全然負ける気がしない!

「さぁいくぜテメェら!しっかりついて来い!」

「正面をぶち破るよ!」

ドッカーン!!

開幕は派手に決まった。大河さん、椎名さん、綾乃さん、店主こと郭淮さんを先頭に、人形兵を大きく吹き飛ばしながら進んで行った

「す、凄い……ハ!賈詡隊、これに乗じ左翼に展開!道を作るのよ!」

「李儒隊!こちらは右翼へ!討ち漏らしてはいけません!」

「正面は引き受けよう。郭淮隊、大穴を開けてやれ!」

部隊が展開していき、あちこちで戦闘が始まり、道が開けていった

「よーし!あたし一番遠い北の祭壇に行きますね!」

「…恋はあっち。西の祭壇。あそこに行く」

「む、恋に先を越されたか。あそこに一番強い奴がいたであろうに。では、私は東を受け持とう」

「なら私は南か。何と当たるかな」

 

それぞれが目当ての祭壇のある方に分かれていく。零士はこのまま中央へ行くようだ

「みんな!この一戦、今まで以上に危険だ!だが、皆なら成し遂げると信じている!だから、これが終わったら、また皆で美味しい料理を作って、そして盛大に祝いながら食べよう!」

 

零士の言葉に、みんなが武器を担いで笑い合った。とても、戦場でみるような表情とは思えないな

「いいですねー!あたし、張り切っちゃいますよー!」

「ご飯、楽しみ」

「ふむ、悪くないな。ならさっさと終わらせよう」

「約五千人分の料理か。そっちの方が大変そうだな」

「はは!違いないな。じゃあみんな!武運を!また会おう!」

「応!!」

そして私達はそれぞれ散らばり、祭壇を目指した

†††††

 

詠視点

「行ったわね…みんな!なんとしても、これ以上進めさせないように!ここが崩れたら終わりと思いなさい!」

久々の指揮。それも前線の。サボってたせいかしら、少し緊張している。でも…

「働き始めた頃の接客に比べたら、なんてことないわね!」

僕の仕事は、いかに兵を失わせずにここを死守できるか。咲夜達が仕事を終えるまで耐えることができれば、僕達の勝ちだ

「また、詠殿と共に戦えるとは、光栄ですぞ!」

「僕もよ高順殿。この一戦、何が何でも勝つわよ!」

「私達の夢、月様に平穏な生活を。その実現の為にも、仇なすものは全て討ちます!」

「ありがとうございます。でも、今は私も戦います。そのための技術を、東さんに習いましたから」

そう言って月は狙撃銃で撃ち続ける。その姿は、お世辞でも似合ってるとは言えなかった

「月にこんな物は似合わないけど、今はそうも言ってられないか…月、そこから太平要術の書は狙えるかしら?」

「一応、射程圏内だけど…」

月は狙いを変え、二発ほど撃つ。だけどその表情は晴れやかではない

「やっぱりダメ。とても小さいし、結界が邪魔して書まで届かない」

「そっか。そんな簡単にいくわけないか」

でも、結界さえ解いてしまえば、いけるかもしれないのね

「大丈夫。あいつらなら、絶対にやり遂げる!」

いまだ状況は悪いが、僕はそう確信していた

†††††

 

 

零士視点

「ハァァ!」

ドゴーン!

僕は氣でコーティングしたハンマーをぶん回し、人形を粉砕していく。こういう手合いは、粉々に砕くに限るな

「さて、ラスボスのお出ましかな」

僕は人形を粉砕しつつ、戦場の中心にある祭壇に辿り着く。そこには一人の男が待ち構えていた。男は僕を見るなり、不敵に笑う

「貴方ですか。やはり、そんな気はしていましたよ」

「そりゃ、期待に応えられたようで何より、だ!」

ダァン!

僕はデザートイーグルを出し、張譲の眉間に向け発砲した

キィン!

だが、銃弾はいとも簡単に弾かれた

「いきなり撃ちますか?怖い事をしますね」

「別にこれで殺せると思ってなかったからな」

あれはただの威嚇射撃。当たれば儲け物だったが、そう上手くはいかないか

「まったく、厄介な存在ですよ、イレギュラーというものは。貴方さえ居なければ、今頃この世界は私の物だったでしょうに」

「イレギュラー…ね。お前は、一体誰だ?」

僕が聞くと、張譲は口元を大きく歪ませた。

 

「フフフハハハハ!面白い事を聞きますね。私は紛れもなく張譲ですよ!ただ、三人分の記憶を持ち合わせているだけの!」

「于吉、それに左慈だな?」

「ご名答。そして、持ち合わせているのは記憶だけじゃないぞ!」

「!?」

奴は途端に加速し、僕に向かってボディブローを炸裂させる。僕はこれを咄嗟にガードするも、大きく飛ばされてしまった。チッ、なんて威力だ。氣と魔力、両方でコーティングされているな

「耐えたか。これは左慈の武術、それに太平要術の書の力を加えたものだ。あまり舐めるなよ!消えろイレギュラー!」

張譲は飛び蹴りをし、ローキック、ハイキックと鋭い体術の猛攻をしかけてくる。一撃一撃がとても重く、まるで真剣の一撃をもらっているかのような気分だった

「チッ、口調が変わったと思ったら、面倒くさい!」

奴は確かに張譲なのだろう。だが、それは肉体の話ってだけだ。張譲という一つの肉体に張譲、左慈、そして恐らく于吉という人格がある。感覚としては、三人分の相手をする事になるのか

「どうしたイレギュラー!防戦一方だな」

「ハッ!今回は妙なハンデがない分、全力でいかせてもらうさ!」

僕は拳に氣を凝縮し、左慈の蹴りを見極め、張譲の胸の心臓部に拳を突きつけた。張譲は咄嗟に腕でガードするも、大きく仰け反らすことができた

「ふん、そうこなくてはな」

そういい張譲は上着を脱ぎ出した。そこには文官らしからぬ、見事に鍛え上げられた肉体があらわになった

「ふふ、私は強いですよ。ハァァ!」

「!?」

再び口調が変わったかと思えば、張譲は手に炎を溜め、それをこちらに投げつけた

バァァン

僕は咄嗟に刀を出し、炎をかき消す。だが、それで終わりではなかった

「どんどん行きますよ!」

奴は炎の弾、雷の槍、風の刃と飛ばしてくる。クソ、厄介だな。攻撃手段が多すぎて対応が面倒だ

「所詮は文官、術師と見誤ったな。項羽なんていらなかったんじゃないか?」

 

チッ!一度に全ては防ぎきれないか!?風の刃が腕や足を掠めていき、切り傷が増えていく!

「そうはいきませんよ。今までのケースでは、そうやって私自身の力を使い挑んで敗れた事もありましたからね。今回は大事を取りしっかり準備させていただきましたよ。西には項羽、南は虞美人、北は季布、そして東は龍且と待ち構えています。これを破るには、いささか兵力不足だと思いますよ」

確か西には恋ちゃん、南は咲夜、北が悠里ちゃんで、東が華雄ちゃんだったな

「クックック、兵力不足だと?あまりうちの子を舐めない方がいいぞ?たかが過去の英傑ごときに、『晋』は負けはしない!」

「そうですか。ですが…」

「!?」

ドシュッ

刹那、張譲は視界から消え、目の前に現れた。張譲は最小限の動きで、いつの間にか手にしたナイフで僕を突き刺した

「その余裕が、命取りになりますよ」

張譲の顔からもれる笑みは、邪悪そのものだった

 

 

 



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運命編其三

 

 

 

悠里サイド

 

「絶好調!」

あたしは皆と別れた後、一目散に北の祭壇を目指した。途中の人形兵はほとんど無視だ。全力で駆け抜け、時折人形の頭を踏みつけたりしながら進んで行った

「とぅ!到着!」

祭壇に着くと、そこには何とも言えない色気を醸し出している女性がいた

「なるほど、あなたが虞美人さんですね!わかります!」

「違うわよ!あたしをあんなオバサンと一緒にしないでちょうだい!あたしは季布!項羽様に仕える将の一人よ!」

「ちぇー」

なんだー、虞美人さんじゃないのかー。ていうか虞美人さん、オバサンなんだー。なんかがっかり

「あなた、なかなか舐めた態度ね。でも、あたし好みの可愛らしい女の子だわ」

「いやぁ、照れちゃうなぁ。お姉さんもなかなかの美人ですよ」

「嬉しい事言ってくれるわね。食べちゃいたい…」

「え?」

うわぁやっべー、華琳さん系の人だ。舌だしてペロッと唇舐めちゃってるよー

「あぁ、あなたが這いつくばってるところを想像するだけで、なんだか濡れてきちゃうわ」

しかも痴女だ!

「あ、あのぉ、お姉さんは確かに綺麗だし、あたし自身もそっちの気が無い事も無いんですが…」

「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいのよ。すぐに天国を見せてあげるから…」

そう言って季布さんは、何か太い小型の棒のようなものを取り出した。なんというか、形が卑猥な気が…

「あのぉ、それをどうするおつもりで?」

やべ、聞いちゃいけない事を聞いた気が…

「これをあなたのあそこに突き刺すのよ。安心なさい。あなた処女でしょ?初めてなら優しく、ちゃんと濡らしてからするわ」

「あ、あたしの貞操の危機ー!?」

このお姉さんガチだ!これは、大陸云々の危機の前に、あたしの身が危ない!あたしの初めては、咲夜姉さんか東さんにしかあげないんだから!

「残念ですが、お断りします!」

あたしは鉄棍を構え答える。すると季布さんはどういう訳か、恍惚とした表情になった

「ふふふ、いいわぁあなた!その強気な姿勢!キッとした眼差し!濡れちゃうわぁ。もうグジュグジュよ。触ってみる?」

ダメだこの人…

「でもあたし、いたぶられる趣味はないの。その代わり、いたぶるのは大好き!」

季布さんはあたしと同じ鉄棍を取り出した。季布さんはそれを胸に挟み、脚で絡ませ、あたしを誘うように手招きした

「かかってらっしゃい。見せてあげるわ、あたしの棒術…」

「え、えぇーい!先手必勝!」

あたしは若干気後れするものの、全速力で駆け抜け、季布さんに接近する。すると季布さんは驚愕の表情を見せた。あたしはそれを確認して、一瞬で季布さんの後ろを取り、鉄棍を振り抜く…

ブォン! ガキィン!

「な!?」

「あなたやるわねぇ。お姉さん、びっくりしちゃった」

季布さんはあたしの攻撃を受け止め、そして押し退けた

「まさか…あたしの速さについてくるなんて…」

この人、ただの痴女じゃないんだね。て言うか、前回といい今回といい、最近よく受け止められるなぁ。あたし、結構速いはずなんだけど…

「あなたは強いわ。でもね…」

「!?」

季布さんは一瞬で移動し、あたしの背後をとった。なんて速さ!

「あたしも速さには自信があるのよ」

ブォン! ガキィン!

「あ、危ねー!」

あたしは何とか季布さんの攻撃に反応し、防御することができた。この人強い。ただ速いだけじゃなくて、あたしの攻撃には無い重さもある。この人は、あたしより強い…

「でも、負けるわけにはいかない!」

世界の為にも、なにより家族の為にも

「ふふ、あなた本当に良い子ね。強い信念を感じるわ」

「当たり前です!季布さんを倒して、ここの祭壇を壊して、それでみんなでまた笑うんです!」

「…羨ましいわ。それにとても眩しい。あなたの様な子は好きよ。張譲なんていう男より、あなたを応援したいくらい」

 

この人、悪い人ではない?

「なら!」

「でも、あたし達は張譲に恩がある。再びこの世界に戻され、皆と再会する事ができた。項羽様に、また仕える事ができた。その恩は、しっかり返しておきたいの」

季布さんは武器を構え、あたしを見つめる。そこには、先ほどまでのような変態的な雰囲気はなく、一人の武人としての姿があった

「あたしは季布。この命、今度こそ項羽様の為に。あなたの名は?」

この人に意見するのなら、やっぱり倒さないといけないのか。できれば、無用な争いは避けたかったんだけど…

 

「あたしは張郃!お食事処『晋』の接客担当!あたしはあたしの家族の為、あなたを倒します!」

 

覚悟を決めよう。必ず、勝ってみせる!

「ふふ、では張郃!見事あたしを倒し、越えて行きなさい!」

あたしは再び武器を構えなおす。すると、あたしの気持ちに反応したかのように、武器が輝きだした

「行きます!ハァァァー!」

私と季布さんは高速で移動し、お互いの武器を振りぬく。鉄棍が重なり合うと同時に内に引き、再び振り抜く。ぶつかるたびに散らす火花。お互いの限界ギリギリまで引き出される速さから繰り広げられる、瞬きすら許されない程の高速の打ち合い

「ヤァァァ!」

「タァァァ!」

神経が磨り減る。少しでも気を抜けば一気に追い込まれてしまう!

「甘いわよ張郃!その程度ではあたしを倒すなんてできない!」

「クッ…」

まずい。あたしは持久戦には向いていない。長く持ち込めば持ち込むほど不利になる

「ハァァ!」

「うっ!」

季布さんの攻撃は確実にあたしの急所を狙いに来ていた。あたしはこれを寸でのところで躱すことができたが…

「っ!」

先ほどの攻撃の風圧で頬にうっすら傷ができ、血が流れていた

「さすがに、強いですね…」

速さも、力も、技術も、全てがあたしより格上の存在だ。唯一、速さだけは、勝てるかもしれない程度。なら…

 

「あなたもね。私の速度に付いてこられたのはあなたで二人目よ」

一人目は恐らく項羽さんだろうな

「それは、光栄です」

この人に勝つには、この人より速く動くこと

「はぁ…はぁ…」

それはつまり、自分の限界を超えること

「ですが…勝つのはあたしです!」

今の自分になら、それができるはずだ!

「………」

あたしは息を整え、静かに力を溜める

「想いを力に………フッ!!」

あたしは再び全力で移動した

「なに!?今までよりも速い!!」

風を切りながら、季布さんに間合いを詰める。あたしは鉄棍を強く握り、最速の一撃を放つ

ガキィン!

その一撃は受け止められるものの、あたしはそれにひるまず、間髪入れず二撃、三撃と打ち込んでいく。息をするのも、瞬きさえも忘れていくほど集中している。今の自分は、風と一体になっている

「っ!!速い!!対処しきれない!」

「これでどうだぁぁぁ!!」

あたしは全力で攻撃を重ね、季布さんが一瞬ひるんだところで決め手を打ち込む

ガキィン!!

その一撃は、季布さんが持っていた鉄棍を上空に吹き飛ばした

「はぁ…はぁ…あたしの、勝ちですね!」

あたしは空に上がった季布さんの武器を手に取り、それを季布さんに突き付けた。すると季布さんは驚いた表情の後、微笑んだ

「あーあ、ざーんねん。あなたともっと遊びたかったなぁ。でも、あたなの勝ちね」

季布さんはそう言って、とても満足げに倒れこんだ

 

はぁ…はぁ…つ、疲れた…けど、あたし、勝ちましたよ!明日は筋肉痛確定ですけどね!

 

 

†††††

 

 

華雄サイド

「ふむ、ここが祭壇で、貴様は何者だ?」

私は一目散に東の祭壇を目指した。途中の人形兵はある程度潰してきた。まぁ、まだまだ数は減らないがな

祭壇には、一人の女がいた。そいつは大剣を担ぎ、私をじっと見つめている

「我が名は龍且。項羽殿に仕える武人なり」

「龍且…か。その武は項羽に匹敵すると聞くが、相違ないか?」

「項羽殿が山を抜くのであれば、私は海を割ろう」

「ほぅ。その意気、相手にとって不足なし!我が名は華雄!月様を護る守護神なり!」

お互い武器を振り上げ、氣を溜め、それを相手に向けて放つ

ドゴーン!

巨大な氣の塊はぶつかり合い、相殺され、砂埃を巻き上げた

「フッ!」

「!?」

ガキィン!

その砂埃から、龍且が現れ突撃をしかけてくる。私はこれに驚くも、受け止めることができた

打ち合いは数合続いた。防御しては攻撃し、攻撃しては防御し、まさに一進一退だった。なるほど、確かに強い…

「ハァァァー!」

私は気合いを込め直し、武器に氣を纏わせ、そのままの状態で斧を振り下ろした

バキィン

「っ!?」

攻撃は受け止められるも、龍且の顔を歪ませるくらいにはなった

「どうした?まだまだ行くぞ!」

私は龍且に攻撃の隙を作らないかのように猛攻をしかける。だが、さすがに龍且だ。決定打にはならず、上手く防がれる

「さすがに…一筋縄ではいかんか…」

「強い…だが、私はもう負けはしない!負けるわけにはいかない!」

奴が攻撃を防ぎ、一旦距離をとると、奴からとんでもなく重い氣が発せられる。その後ろには、氣でできた巨人の姿も確認された。その姿は、まさに阿修羅だった

「行くぞ華雄!我が一撃、とくと味わえ!」

龍且の攻撃と同時に、氣でできた魔人も攻撃をしてきた

バァァン!

「クッ!!」

なんて重さだ!なんとか受け切ることはできたが、かなり吹き飛ばされてしまった

「だが面白い!私も本気を出そう!」

私は氣を全開にする。以前、龍退治に使った時と同じ様に、奴と同じ様に、氣で魔人を出現させる

「ふふふ、今日の私は、ちと負ける理由がなくてな。この一戦、月様の為にも勝たせてもらう!」

私の氣の攻撃と、龍且の氣の攻撃がぶつかり合い、衝撃波を生んだ

「ハァァァー!!」

「ヌゥゥゥー!!」

攻撃する度、地面が抉れて行く。私が一旦大きく空に飛び上がると、龍且が追撃をしかけてくる

「堕ちろ!」

龍且は大剣であるにも関わらず、とても滑らかな、それでいて鋭い連撃を放つ

「ぬぅ…防ぎきれんか!」

なんとか防ぎ応戦するも、最後の最後で腹に一撃もらってしまった。幸い、傷は浅いか…

「チッ、これほどとは…」

 

私は着地し、腹にもらった傷を確認した。傷口は熱く、血が流れている。浅いはずなのに、出血量が多いな

「やはり強い…以前の、死ぬ前の私ならば、とうにやられていただろう」

そういう龍且の腕にも、痣ができていた。先ほどの攻防で、何とか一撃入れたものだ

「ほぅ、古の英傑にそうまで言われるとは、なかなかに栄誉な事だ」

「ふふ、死ぬ前の私は、いささか猪突猛進な所があってな。戦場に出ては熱くなり、周りが見えなくなって、よく部下を死なせてしまったよ。それが原因で負けることもしばしばだ」

それは、かつての私にも言えることだった。己の力を過信し、無謀な勝負に出ることが多かった。それが原因で、連合との戦に敗北した…

「なるほど、私とお前は、似た者同士なのかもしれないな」

お互い目を合わせ、少し笑みを漏らす。それだけで、心を交わすには十分だった。私たちは似ている。過去の経験から学び、真の強さを学んだ。私の相手として、この者以上にふさわしい者はいないだろう

「死してなお、お主のような武人に会えたことを誇りに思う。だが、今は戦場。そしてお主は敵。我が主、項羽殿に仕える身として、ここは退きさがれぬ。だからせめて、言葉ではなく、我が全身全霊を掛けた一撃で、お主に報いるとしよう」

「ククッ、確かに、言葉は不要か。我らは武人。なれば、力を示すのみ。語らうべくは、魂を込めた必殺の一撃のみ!」

再び、武器を構えなおす。すると、戦場であるにも関わらず、その場は静寂に包まれたかのように静かに感じた

静止し、お互いを見つめる

神経が研ぎ澄まされていくのがわかる

対峙する武人はまさに一流

お互いの実力は拮抗している

だが、私は龍且を超えてみせる

月様が平穏に暮らしてもらえる為にも、負けるわけにはいかない

どれほどの時が流れたのかはわからない

お互い、十分に力を溜め、そして…

「参る」

「行くぞ」

お互いの剣閃が交差した

「ふふ、誇ってくれ…それが手向けだ……」

龍且の武器は破壊され、鮮血を撒き散らせながら、静かに倒れた

「貴殿のような強者と戦えたことに、感謝する」

 

私は最後の一閃によって腕に受けた傷を確認し、龍且に一礼した

 

 

 



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運命編其四

 

 

 

咲夜サイド

 

私は途中の人形兵をある程度潰しつつ、奴らが使っている武器を奪いながら進んでいた。人形兵は死なないだけで、大して強くはなく、また動きもとろいので、容易に奪う事ができた。槍に剣、そして弓。これだけあれば、何かと役に立つだろう

「ここが祭壇か」

私は祭壇の階段を駆け上がる。するとそこには、妙齢の女性がいた

「よぅ、あんたは誰だ?」

「私は虞美人。項羽様を心から愛している者です」

「あんたが?」

悠里が絶世の美女とか言うから、どんな奴か期待していたのに…

「思ったよりも普通?」

「な!?なんですか普通って!」

 

虞美人の見た目は、なんというか、確かに綺麗だとは思うのだが、それは平均的な話ってだけで、普段から美少女達を見ている私からしたら、なんとも普通の容姿をしていた

「いや、ちょっと期待外れっていうか…まぁ、性別が女ってだけマシか。自称絶世の美女っていう、性別が筋肉の塊だっているくらいだしな」

「ど、どんな想像してるんですか!ちょっと失礼ですよ!」

「それにしても、期待外れであるにも関わらず、思ったより歳が…」

「うっ…じょ、女性に歳の事を言うなんて酷いです!」

「まったく、少しは歳考えろよ。あんたなんて格好してんだ。なんだそのフリフリ、可愛いとか思ってんのか?」

虞美人の服装は、うちのメイド服よりフリフリしていて可愛らしいものだ。だが着ている人がちょっとなぁ…

「わ、私はまだ、じゅ、17歳だもん…」

「おいおい、そりゃ嘘だろ。明らかに四十手前じゃねぇか」

「そんなこと…ないもん…」

「いやあるぜ。もうあんた残念だわ。えーっと、確かこういう時は……そうだそうだ、チェンジで」

「う…ぐす…」

やべ、とうとう泣かしちまった

「あー!虞美人さんを泣かしたー!」

「悪いんだー!」

人形兵喋れんのかよ!?

「あー、その、なんだ…確かにあんた、綺麗だと思うぞ、うん」

「ほ、ほんと?」

虞美人は涙目で問いかける。この人、単純だなー

「あ、あぁ。なぁ人形ども!」

「そうっすよー!虞美人さん、超可愛い!」

「虞美人さんは世界一可愛い!」

「可愛い!可愛い!可愛い!虞美人!虞美人!虞美人!」

ふぅ、とりあえずこれで虞美人の機嫌も…

「あぅあぅ…」

顔真っ赤かよ!なんだこいつ!超面倒くせェ!なんでどう転んでも涙目なんだよ!精神面弱すぎにも程があるだろ!

「おいあんた、悪いがそこどいてくれないか?私はこれでも忙しい身なんでな」

さっさと祭壇壊して、あいつんとこに助太刀に行きたいとこだな

「だ、ダメです!ここを護るのが、私のお仕事ですから!」

「つっても、あんた戦闘とかできんのか?今なら大人しく…!?」

バシュッバシュッ!!

私が彼女に近付こうとすると、突如地面から槍が飛び出す。私はこれに寸でのところで気付き、避ける事ができた。もし、あのまま進んでいたら串刺しだったな

「……なかなか、怖い事するな」

私は虞美人を睨みつける。彼女は目を拭い、落ち着きを取り戻していく

「あれに気付きますか。初見ではだいたいの人があれで串刺しですのに」

「残念だったな。私はそういうのに敏感でな。ちょっとした地面の違和感も、私は見抜く力がある」

 

目が良くて本当に良かった…

 

「これは、私も本気を出さなければいけませんね」

虞美人の両手から突然細剣が現れた。まるで、零士の魔術のように…

「ずいぶん珍しい技を使うな」

「不思議でしょう?私はこうして、いろいろな物を出すことが出来る。そして私は、それらを使って罠を張るのが得意なんですよ。こういう風に…」

「!?」

ヒュンヒュンヒュン

今度は柱から無数の矢が飛んできた。チッ、面倒だ。一旦下がって…

カチッ

「カチ?って、うぉ!」

下がった所にあった奇妙な出っ張りを踏むと、もう少し後ろの地点で今度は剣山が現れた。私はなんとか踏みとどまり、飛んで回避する

「え、えげつない真似するな。さっきまで恥ずかしがっていたのは演技か?」

「そ、そうですよ!あなたを油断させるためです!」

あれは素か。耳まで真っ赤じゃあ、説得力ないな

「まぁいい。あんたが意外とできる奴ってのがわかったんだ。こっちも遠慮はしない」

私は弓を構え、狙いを定める。女性をやるのは気が引けるが、仕方ない

ヒュンヒュン

私は連続で矢を放つ。秋蘭程ではないが、これくらいの連射なら、私にもできる

虞美人はこれを軽く弾く。慣れてないとはいえ、割と真面目に射ったつもりだったんだが、あぁも簡単に弾かれるとちょっと傷つくな

「ふふ、拠点防衛は私の専売特許。単身で落せる程、甘くはありませんよ」

ヒュンヒュンヒュン!

今度は鉄線が展開されたか。恐らく動きを制限する為のものだろう。本当にいろいろと出てくるな

「だが鉄線ごとき、私にはなんてことない」

私は鉄線をナイフで切り刻む。すると…

ガァン!

タライが頭に直撃した

「ふふふ、その鉄線を切ると、タライが落ちてくるよう細工してあります!」

虞美人はドヤ顔で答えているが、一つ疑問がある

「なんでタライ?」

「精神攻撃の一つです。地味に痛いし、なんだかマヌケみたいですし」

バカだこいつ。こんだけ罠張れるのに、精神年齢が子どもだ…

「………もっかい泣かす!」

私は弓で罠がありそうな所を狙撃しながら前進する。罠は何かしらの引き金が必要だ。それらを潰して行くと、落とし穴や剣山、槍に矢と、いろいろな物が飛び出した

「散々見たんだ。もう見切ったぜ」

私は弓を投げ捨て、事前に拾った剣を虞美人に投げつける。そして間髪入れずにナイフを構え…

キィン! ガキィン!

投げ付けた剣を弾かれたかと思えば、私の攻撃も防がれた。こいつ…

「なんだあんた、接近戦は苦手かと思っていたが、やるじゃないか」

「項羽様について行くには、これくらいの力が無ければいけませんので!」

虞美人は両手の細剣を縦横無尽に振るってくる。マズイな、手数が違いすぎる。かと言って、もう一本のナイフを取り出す暇は…

「ハァッ!」

ブシュッ

「ッ!!」

クソッ、腕にかすったか。舐めていたな。だが…

「フッ!」

私はなんとか立て直し、攻撃を弾きつつ、腹に蹴りを入れてやった。虞美人は堪らず後退し、私も一旦距離をとった

「チッ…ちょっと油断したか…」

私は腕から流れる血を見ながら答える。こいつの細剣、思った以上に厄介だ。速いし、軌道が読みづらい

「ふふふ…はぁ…はぁ…ど、どうですか?私は、つよ、強いんです!」

「………」

息上がってんじゃねぇか

「お前、罠張るために、魔力使い過ぎたんじゃないか?」

「ぎくっ…」

図星かよ

零士の魔術、想造の弱点、それは膨大な魔力を消費すること。そして魔力を使い続けると、体力が思った以上に食われる。ただ、あいつが特殊な点は、一度出してしまえば、それは独立したものとして捉えられ、現出している間の魔力消費はゼロであるとの事。あいつが任意で消すか、死なない限りなくならない

だがそれは、あくまで零士個人の能力。他の魔術師にはできない芸当であり、物を出している間も、魔力は消費されるらしい。そして目の前のこいつは…

「はぁ…はぁ…おぇ…」

残念な事に魔力を盛大に使ったらしく、足にキテいるようだった

「はぁ…大丈夫か、お前?」

「し、心配せずとも…あ、ちょっと待って…」

虞美人さん真っ青な顔で指を鳴らすと、先ほどまであった罠の数々が全て消えた

「ふぅ、これでちょっと回復。仕切り直しです!」

虞美人はキリッとした顔で答える。ただ顔面は汗まみれで残念なことになっていた

「お前、なんでそんなに頑張るんだ?そんなに大陸を手中に収めたいのか?」

 

私は少し気になった。どうして生き返って早々、こんな無茶をしているのか。私の推測だが、こいつはこんな汗まみれになるような人間には見えない。もっとこう、冷静に、相手を高い所から見下すような人間に見えるのに、どうしてこうも必死なのだろうか

「ふっふっふ、聞いてくれますか?」

あぁもう、なんか一瞬で聴きたくなくなった…

「私、この戦いが終わったら、項羽様と結婚するんです!女性同士ですが、項羽様は笑顔で了承してくれました。だから、負けられないんです!」

「あぁ…そう…」

結婚とか、心底興味ない…

「私は私の夢の為、あなたを倒します!」

「そうかい。なら私も…」

私はもう一本のナイフを取り出す。一本は、今まで私が愛用し続けた、私の相棒と言ってもいいナイフ。もう一本は、龍の素材で出来た不思議なナイフ。両方を逆手に持ち、虞美人に対峙する

「家族の為に、お前を倒す。お食事処『晋』副店長、司馬懿仲達、行くぜ!」

私達は同時に動き出し、両手に持った武器を振るう。神速の攻撃が重なり、激しい剣撃が鳴り響き、火花を散らつかせる。縦へ横へ、流れるように展開される虞美人の細剣。それに合わせて防ぐ私のナイフ。手数も力もほぼ互角だが…

「ッ!?だんだん、押されていく!」

ようやく眼が慣れ、あいつの攻撃の軌道が視えてきた。視えさえすれば、技術力は私の方が上だ

「でも、負けない!」

だがあいつも強い。これだけ押してもまだ崩れない。それだけ、虞美人は項羽を想っているということだろうか

「だが、想いの強さなら、負ける気はない!」

こいつが項羽を想うように、私は『晋』を、零士を愛している。その想いは、砕けはしない!

「……ッ!!」

シュン!

「……虞美人、私の勝ちだ」

私は一気に押し返し、その隙を突いて虞美人に一閃を決めた

ハラリ

「な!?」

私は虞美人の服を細切れにし、ひん剥いてやった。武器破壊してしまうと、消えてしまうかもしれないからな

「キャーー!!あ、あなた!鬼ですか!?」

虞美人は自分が下着姿であることを認識すると、縮こまってしまった

「いやなに、せっかく蘇ったんだ。もう少し居たいだろうと思って、せめてもの情けに武器は破壊しないでおいたんだが。ダメだったか?」

「ならそのニヤニヤ顏はおかしいですよ!」

さて、さっさと祭壇壊して、零士のとこに行くか

†††††

 

 

恋サイド

「来たか…名を聞こう、赤毛の少女よ」

「呂布…奉先…」

並び立つは二人の女性。一人は赤い癖毛が印象的な、方天画戟を担いだ少女。その彼女の後ろには、先ほどまで動いていた人形が、文字通り粉々にされていた

「そうか…俺の名は項羽。西楚の覇王だ」

もう一人の女性は、長身でありながら細身で、整った顔立ち。そして、彼女の両手には、その容姿には似合わない二振りの巨大な剣が握られていた

「……よろしく」

戦場には似合わない、なんとも軽い挨拶をした恋だが、その言葉と共に殺気を剥き出しにする。その気に触発された項羽は満面の笑みを見せた

「クックック、いいなお前!俺の前に立つに相応しい気だ!」

項羽は笑いながらも、恋と同じように殺気を剥き出しにした。その氣を感じた恋は直感する。こいつは、強いと

「行くぞ呂布!お前の力を見せてみろ!」

「……こい」

両者、一斉に走り出し、武器を振るう。方天画戟と項羽の双剣がぶつかり合った

バァァン!

すると、彼らを中心とし、広範囲で衝撃波を生んだ。その衝撃波は、先ほどまであった人形の残骸をことごとく消し飛ばした

だが、そんな衝撃波でも、彼らは止まらない。項羽は右手の剣で方天画戟を抑えつつ、左手の剣で恋の横腹を狙う

「!」

恋はこれに気付き、右手の剣を押し退け、最少の動きで防御を取る。そして左手の剣をも弾き、今度は恋が力任せに武器を振り下ろした

ドゴーン!

その一撃は避けられるものの、地面を割り、大きく陥没させた

項羽は再び笑みを見せる。そして一旦下がり、助走を付けて恋に突撃した

「ハァァ!」

ガキィン!!

双剣での、下からすくい上げるような一撃。恋は防御するも耐え切れず、空に打ち上げられてしまう

「そらそらそらそら!!」

項羽は攻撃の手を緩めない。空中に打ち上がった恋目掛けて、氣の斬撃を飛ばした

「!!」

ザシュッ

恋は咄嗟に氣の斬撃を打ち消す。だが、その数の多さに対処できず、一つを直撃してしまった

それでも恋は怯まず、氣を溜め、空中状態から回転し、勢いを付け、そして溜まった氣の塊を項羽に向けて放つ

「素晴らしい!」

ドカーン!

項羽はあえて避ける事はせず、これを迎え討つ。項羽が氣の塊を双剣で受け止めると、大爆発が発生した

「………強い」

恋は腕から流れ出る血を気にもせず、爆発し砂煙が舞うポイントを睨み続ける。恋は確信していた。項羽はまだ立っていると。そしてそれは確証される。項羽は双剣を使い、強引に砂煙を晴らした

「フッ、お前もな。蘇って早々、本気の勝負が愉しめそうだ!」

項羽は恋目掛けて氣弾を飛ばしつつ突進する。恋は氣弾を軽くいなし、目の前の敵に備える

ガキィン!!!

一撃必殺。まさにそう呼ぶに相応しい威力を項羽は繰り出す。そしてその一撃必殺の攻撃が、二合、三合と続く

「ウッ……」

恋は防御しているにも拘らず、痛みを覚える。ガードを無視するほど、攻撃が重いのだ。項羽に決まった技はない。だが、彼女の一撃一撃が、既に奥義の域に達しているのだ

「ふっ!!」

バキィン!!

だがそれは、項羽だけではない。恋の攻撃もまた、一つ一つが奥義級の一撃必殺。

恋は隙を見て方天画戟を振るい、攻撃していく

「クッ……」

項羽は上手く双剣で防御していくも、次第に崩れ始める。そして項羽は堪らず後ろに下がり始める

「ふん!」

項羽は何とか隙を見て一度押し返し、後退する事に成功した。項羽が後退すると、お互い持っていた武器を握り直し、息を整える。二人は息を切らし、血を流しながらも、笑っていた

「こんなに強い奴は、零士以来…」

「ほう!まだ強い奴がいるのか?それは会ってみたいな!」

「項羽も、きっと気に入る。零士はご飯も、美味しい」

「はっはっは!そうかそうか!それは是非とも闘って、その零士とやらの飯を食らってみたいものだ!」

恋は思う。どうして、こんな良い人そうな人が、大陸を奪う戦に関わっているのだろうかと

「項羽は、なんで闘う?」

「ん?俺の闘う理由か?」

「ん。項羽は良い人。だから、わからない」

「……俺は、お前が思う程良い奴ではないさ。部下を信じきれず、愛する者すら守れなかったのだからな」

「………」

「王とは、部下を、仲間を信じ、そして守ってやる立場の者だ。全てを受け入れてこその覇王。だから俺は負けたのだ。受け入れられなかったからな」

「……そう」

恋は項羽の言っている事を全て理解はできなかった。だが、恋は一つだけ気付く。項羽の、悲しそうな瞳に。この人は後悔している。仲間を守れなかった事を悔いている。そう思えた

「俺が闘う理由、それは蘇った皆を信じ、守り、生きていく為だ。その為に、俺は張譲なんていう怪しい奴に与している。これも全て、俺の仲間を守る為の闘いなのだと言い聞かせてな」

「……そう」

「呂布よ、お前はなぜ闘う?お前のその戟は、何のためにある?」

「恋の役目は、『晋』を、お家を、家族を守ること。だから恋は闘う」

項羽は思わず微笑んだ。短い回答ではあるものの、その言葉には想いが、瞳には確固たる意志が見て取れたからだ

「まことに、良き将だ。もう少し早く会えていればな」

「今からでも、遅くはない」

「ふっ、はっはっは!!既に死んでしまった身だが、確かにそう思ってしまうな!だが呂布よ、我々は今だ敵同士なのだ。なんらかの決着をつけなければならない。お前にもお前の守るべき者がいるように、俺にも守るべき者がいるのだ。お互い、引き下がれぬのさ。だらか呂布よ、全力で来い!!全力でやりあい、自らの意志を貫くのだ!!」

「………わかった」

項羽と恋はお互い笑みを漏らしながら武器を構え、氣を発し、突撃していく

それはまさに、ノーガードの殴り合いのようなものだった。お互いがお互い、防御を忘れたかのように攻撃しあっている。そこに一切の手加減はなく、一撃一撃が全力で殺しにかかっている

激しい剣撃は何度も響きわたり、その一つ一つが地を割り、空すらも割り、次第に足場を無くし、空中での切り合いに発展していく

「呂布よ!!お前との勝負は心躍るな!!」

「恋も、項羽は、楽しい」

お互い、傷だらけになりながらも、倒れることはなかった。彼女らの武人としての矜持が、想いが、彼女らを奮い立たせていたからだ

だがやがて限界が見え始め、ふらふらになってしまう。もうあまり余力は残されていない。感じ取った両者は、最後の一撃を仕掛ける為に力を込める

「呂布――!!!」

「項羽!!」

ズバァン!

最後の一撃は、両者ともども受け、そして倒れた

先ほどまで爆撃を受けていたかのような地鳴りがなくなり、辺りは静寂に包まれる

その中で聞こえるのは、二人の息遣い

そして微かな笑い声

「ふふ、呂布よ。なかなかに、良き闘争だったぞ」

「…また、闘おう」

立ち上がったのは恋

そして恋は、倒れている項羽に手を差し伸べた

 

 

 



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運命編其五

 

 

 

「その余裕が、命取りになりますよ」

ナイフを突き刺した張譲の表情は、邪悪に歪んでいた

「クックック、その余裕が命取りか…まさにそうだな…」

「…何がおかしい?」

「いやなに、お前、自分の事を棚に上げてよく言えたなってさ」

「なに?」

僕は張譲に突き刺されたナイフを押し返し、蹴り飛ばした

「クッ、…!?血が、付いていない?」

張譲は握り締めたナイフを見て驚く。その表情は、僕を満足させるに十分なものだった

「残念。腹に防刃ベストを着込んでおいたのさ。いやぁ助かったよ。このベスト、結構重たかったんだ」

僕は傷付いたベストを脱ぎ捨てて答える。対する張譲は、小馬鹿にされた事に腹がたっているようだった

「クソ!ですがこの状況、今だ貴方は劣勢のはず。こうしている今も、貴方の仲間は死にゆくだろう!」

「さぁ、僕はそうは思わない。確かに数では押されているが、僕は皆の力を信じているし、彼らならこれくらい十分に対処できるさ」

僕は戦場を見わたし、みんなを想った。みんななら、きっと大丈夫だろうと…

†††††

 

 

 

月・詠サイド

「全軍!二人一組で確実に一体を潰せ!」

「オオォォォォ!」

高順さんの指示で兵士さんは人形兵に立ち向かい、一人が攻撃を防御し、その隙にもう一人が攻撃する。そして確実に確実に倒していきました

「RPG、撃ちます!」

「わかったわ!全軍、爆発するわよ!気をつけなさい!」

ドカーン!

 

私は戦場の奥の方に向け、ロケット弾を撃ち込みます。弾は人形兵に直撃し、一体を粉々に、その付近の人形兵は少しボロボロになりました。それでも、手足が残っているのでまだ此方に向かってきます

「あぁもう!!死なないって卑怯過ぎるわ!!」

詠ちゃんがその様子を見て文句を言っています。生きている人であれば、傷付いた事に気後れし、恐怖を抱きますが、人形兵にはそれがない。どんな攻撃でも恐れず立ち向かってきます

「グハッ!」

そして人形兵一体一体もまた強いようで、傷付いてしまう人も増えてきました

「全軍、無理はしないでください!」

「生き残る事を優先するんだ!」

 

京さんと高順さんも指示を出し、傷ついた兵を下がらせていきます

「お前は下がれ!撤退を支援する!」

「す、すまない!」

「手助けしよう。ハッ!」

撤退する兵を支援する為に郭淮さんは弓を構え、矢を放ちます

バシュン!

郭淮さんの放った矢は、一本であったにも拘らず、とても巨大な氣で覆われていたことから巨大な矢に見え、直線上の敵を複数貫通していきました

「す、凄まじい…」

その間に傷付いた兵士さんは拠点に入って治療していきます。私はそれを確認してから、再び射撃態勢に入りました。目の前には、終わりが見えない程の大群が進行しています

「ちょっとばかり、数に押され気味か」

人形兵の特性を活用した人海戦術、これにより段々押され始めます

「あんた!弱音なんて吐いたら、すり潰して饅頭の材料にするからね!」

ドカーン!

綾乃さんが叫びつつ、拳に氣を溜め、人形兵を吹き飛ばして行きます

「ぎゃー!あ、綾乃!巻き込んでる!俺もお前の攻撃に巻き込まれてるから!」

「ふん!気合いを入れ直してあげたのさ!」

お二人はどんな状況でも、変わらないんだなと思いました。あれも愛情なのかな?

「あらあら、ですがこればかりは、少しキツイですね」

ズバァァン!

椎名さんは、その細い体には似つかわしくない巨大な斧を軽くぶん回し、人形兵をなぎ倒しながら呟きます。こんなにも台詞と行動が合っていない事もあるんですね

「悠里たちを信じて耐えるんだ!!あいつらなら、絶対にやり遂げる!」

バゴーーン!

大河さんは兵士さん達を鼓舞します。その大河も、自ら前線に立ち、氣弾を人形兵にぶつけて行きます

「大河さん達が来てくれてよかったね」

「えぇ。でも、ジリジリ押されてきてるわ」

「いかんな、張譲め…面倒なものを使いおって」

ダァンダァン!

私は引き続き人形兵に向けて発砲を続け、味方の援護に専念します。ですが流石に数が多く、全てに手が行き届きません

「咲夜さん…早くしないと、こちらが持ちません!」

私は戦場の奥を見つめ、戦っているであろう咲夜さんに向けて言います

「すまん!ようやく卑弥呼と貂蝉の治療が終わった!」

しばらくすると、華佗さんが奥から出てきました。その後ろには、貂蝉さんと卑弥呼さんもいます。華佗さんは今まで貂蝉さんと卑弥呼さんの治療に専念していました。お二人たっての希望で、全快にして欲しいとのことでした

「ふむ、状況は芳しくないが、いけるな貂蝉?」

「あったりまえよぉん卑弥呼!今まで寝てた分、倍にして返してやるんだから!」

 

貂蝉さんと卑弥呼さんも傷が癒えたようで、前線に立ってくれました

「よし!今はこの二人でも頼もしく思えるわ!やっちゃって二人とも!華佗!あんたはこのまま拠点に待機!疲れてるかもしれないけど、怪我人を見てあげてちょうだい!」

「任せろ!怪我人を治す事が、俺の仕事だ!!」

詠ちゃんの指示で、華佗さんが拠点内にいる兵士さん達の治療を始めました。一方の貂蝉さんと卑弥呼さんは大きく飛び、一気に最前線に立ってくれました

「行くわよ卑弥呼!」

「よかろう!ついて来い貂蝉!流派漢女道奥義!超究古王両性弾!!」

お二人は体を回転さえ、自身の肉体を一発の弾丸のようにし、突進していきました。それに触れた人形兵はことごとく弾け飛んでいます

「す、凄い…」

「って、感心してる場合じゃないわね。前線はこれを機に一度態勢を立て直すのよ!重傷者は優先して撤退させなさい!」

詠ちゃんと京さんはどんどん兵を下がらせつつ、迎撃にも出ようとします。私もそれに合わせて銃を構え、引き金に指をかけ……

 

「ふむ、ではその撤退支援、我らが受け持とう」

「へへ、ならあたいは、前線で暴れてくるか!」

「月様!詠殿!遅れて申し訳ありません!」

え?この声って…

「すまん、待たせたな。夏侯淵隊、これより劉協軍の支援に入る!」

「ヒーロー参上!!月!詠!お嬢!待たせて悪りぃな!ヒーローは遅れてやってくるもんらしくてな!文醜隊!一気に突撃するぜー!」

「張済分隊!我らは高順隊の支援に行くぞ!」

「猪々子さん、秋蘭さん、それに張済さんも!!」

後方から、猪々子さんと秋蘭さんと張済さんが大部隊を率いてやって来ました。三つの部隊が人形の大群に次々とぶつかっていく。でも、なんでこのお三方が…

「あら、零士と咲夜はどこかしら?」

「司馬懿さーん!私やりましたよー!バカ女は卒業ですよー!」

「孫策?それに劉備ではないか?何故ここに?」

さらに後方からは、孫策さんと劉備さんの部隊もやって来てくれました。五部隊、合わせて二万程はいそうです

「劉協様!お助けに来ました!」

 

劉備さんが大手を振ってこちらにやって来ました。そんな劉備さんの様子を見て、桜様はとても驚いていました

「助けだと?それはありがたいが、五胡はどうしたのだ?」

「あー、五胡の連中なら、あらかた倒して、やっとさっき撤退始めた所だから、そこは蓮華達に任せてこっちに来ちゃった」

 

桜様の問いに孫策さんが応えてくれました。来ちゃったって、とても軽い感じですね…

「奇妙な部隊が此方に近づいているという報告は聞いていたんですが、なかなかそちらまで手が回らなくて…劉協様の軍を動かしてしまい、本当に申し訳ありません!」

「いや、それは良いのだ。むしろ礼を言う。援軍感謝する。それとこちらも、戦わねばならぬ理由があったからな。敵は、我らが宿敵、張譲なのだ」

張譲の名が出た途端、孫策さんの顔から笑みが消えました。とても怖いです…

 

「張譲…やはりあいつが…零士達は張譲の所ね?」

「はい。今咲夜さん達が祭壇を壊しに向かっていて」

私が説明すると、孫策さんはこちらを見て少し微笑みました

 

「あなた達が董卓と賈詡ね?話は零士から聞いているわ。私の事は雪蓮でいいわよ。これが終われば私もそちらにお邪魔するつもりだし」

「……え?」

え?お邪魔するつもり?

「それより祭壇って何かしら?」

私と詠ちゃんが疑問に思ってると、雪蓮さんはお構いなしに質問してきました。なので私たちは敵の情報や、大まかな現状を説明しました

「なるほど、だいたいわかったわ」

「え?雪蓮さんわかったの?」

劉備さんは、一度の説明では全てを理解していないようでした

「じゃあ私と猪々子の部隊で前線を受け持つわ。桃香は夏侯淵の部隊と協力して、友軍の支援に当たってちょうだい」

「わ、わかりました!」

「援軍か!ありがたい!!」

「あらあら、嬉しい事ですね」

そう言って、雪蓮さんと劉備さんは部隊を率い前に出てくれました

「遅いぞ張済!!五胡相手に何を手間取っていた!」

「すまん高順!遅れた詫びと、今回来れずに悔いている張遼将軍と陳宮殿の分も、しっかり働かせてもらうさ!!」

「やれやれ、これで少し休めるかね」

「なにバカな事言ってんだい!ここから押し返して行くに決まってるじゃないか!」

これにより戦力が一気に増えて、味方の士気も上がったようです

「先ほどまでの劣勢が嘘のようであるな」

「えぇ。これなら負ける事はないわ!」

「そうだね!これで後は咲夜さん達が成功するのを待つだけです!」

私も詠ちゃんも、咲夜さん達を信じている。咲夜さん達なら、必ず成功する。だから私は、準備に入ります。私に任された、もう一つの重要なお仕事…

「すぅーー…はぁーー…」

私は息を整え、狙撃銃を構え、スコープを覗きます。目標は、太平要術の書…

†††††

零士サイド

「タァッ!」

僕は張譲に対し、左ストレート、右フック、左ブロー、右ミドルキック、そして最後に左脚による回し蹴りと流れるように攻撃する。途中の攻撃は上手く防御されてしまったが、最後の回し蹴りで張譲の防御を砕くことに成功した

「おら、どうした!」

僕はその隙を逃さず、拳に氣を纏わせ、相手の頭蓋を砕くが如くの一撃を放った。張譲はその一撃をモロに食らい、盛大にぶっ飛んでいった

「グッ…デタラメですね…貴方の力は!」

ほう、アレを食らってもまだ立ち上がるか

「しかし無駄ですよ!貴方がどれだけ私を傷つけようとも、私には太平要術の書がある!」

「!?」

突如淡く光ったと思うと、張譲の体にあった無数の傷がみるみるうちに塞がっていった。なるほど、厄介だな…

「瞬間回復か…お前にだけはデタラメとは言われたくないな」

やはり、太平要術の書を優先的に破壊しないといけないな

「クッ…」

僕は少し特殊な弾が装填されてあるリボルバーを出現させる。魔力がバカみたいに消費されたな。あとは、四つの結界が破壊されて、防御壁が最後の一枚にさえなれば…

ワァァァァ!!!

突然、後ろから雄叫びが聞こえる。それに気付いた僕と張譲は、後ろで展開されている戦場を確認すると…

「……ふふ、数の利は、覆されたようだな」

「まさか援軍!?えぇい!五胡は何をしている!!」

張譲は目に見えるレベルで怒りを露わにしている。どうやら想定外に速く五胡を撃退されたみたいだな

「クソ!ならばもっと、兵馬俑を強化して…」

「おっと、お前はまだもう少し、僕に付き合ってもらうよ」

僕はリボルバーを懐にしまい、もう一丁ハンドガンを出し、発砲した

「クッ、イレギュラー…お前さえいなければ…」

張譲は怒りに任せた蹴りの一撃を放ってくる。僕はこれを見極め、躱すが…

ブシュッ

間合いを見誤り、微妙に掠ってしまった。まずいな、酷使し過ぎたか。左眼が、完全に見えなくなった…

「ん?貴方まさか…クックック、まだ負けていませんよ!!」

チッ、頭にキてる割りには、しっかり観察しているな。視力を失った事に気付かれたか

「左眼くらい、お前にくれてやる。いいハンデだろ?」

「あまり舐めるなよ、イレギュラー!!」

ここぞとばかりに、張譲は怒涛のラッシュを繰り広げる。いいぞ、もっと僕に意識を向けろ。そうすればいずれ…

パリーン!パリーン!パリーン!パリーン!

「…ふぅ、やっとか」

「な!?一体これはどういう状況ですか!」

「見てわかるだろ?四つの結界が破壊されたんだ」

「西楚の軍勢が、項羽が負けたというのか!?」

張譲は信じられないと言った様子だが、僕はこの瞬間を待っていた。咲夜達なら必ずやり遂げると信じていた。後は、こっちの仕事だな

「さぁ張譲、これで終わりだな…」

僕はリボルバーを、最後の結界に向けて発砲した

 

 

 



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運命編終幕

これにて運命編はラストになります


 

 

 

「さぁ張譲、これで終わりだな…」

ダァン!

僕はリボルバーを、最後の結界に向けて発砲した。そして弾丸は結界にのめり込んだ

「ふ、無駄ですよ!この結界の強度はそこいらの銃弾で破壊出来るほど甘くはない!」

「いつ誰が、そこいらの銃弾を撃ったと言った?」

「なに?」

「いくぞ…解放〈リバレート〉」

パリーン!

「な!結界が!」

結界は、鮮やかな光となり、昇華されていった

「はぁはぁ…はは、綺麗だろう?」

「お前、何をした!?」

張譲は怒り狂い、僕を怒鳴りつけた。なかなかいい顔してるじゃないか。ざまぁみろ

「さっき撃ったのは僕特製の特殊な弾丸でね。あれに撃たれ、残された弾丸を、僕の魔力を消費して破裂させ、術的要因を破壊させるんだ。弾丸自体の魔力消費量も半端なければ、それを破裂させる為の魔力消費もバカみたいにいるから、ここ一番でしか使えないけどね」

僕は息を切れ切れにしながら答える。それを聞いた張譲は憎悪の表情を浮かべるが、すぐに落ち着き取り戻し、笑みを浮かべた

「ふ、ふふははは!では貴方は既に虫の息ということですね?貴方のその状態が何よりの証拠!!」

その通り。僕は力を使い過ぎ、しばらく休まなければ立てそうにもない。これが、解放〈リバレート〉の弱点。だから…

「結界など、太平要術の書があれば何度でも作れる!!貴方の尽力は無に帰るのですよ!」

張譲は太平要術の書に近づき、手に取ろうとする。そこへ…

バシュン!

一発の弾丸が、太平要術の書を貫いた

「ふふ、パーフェクトだ、月ちゃん」

†††††

 

月・詠サイド

「月!あの光!」

「うん!任せて詠ちゃん!」

空に上がる淡い光を確認した私は、スコープを覗き、太平要術の書に狙いを定めます

これは事前に東さんにお願いされていた事でした。曰く「僕が結界を壊したら、その後太平要術の書を撃ってくれるかい?僕の力じゃできそうにないからさ。大丈夫!月ちゃんならきっと出来る」との事です

これが、私のもう一つの役目。太平要術の書を破壊し、皆を、家族を守ること

私は慎重に狙いを定めますが、その手は少しだけ震えてしまいます。もし外せば、皆を危険に晒してしまう。そう思うと、緊張が抜けません

「月、大丈夫よ。月なら出来る。僕も付いててあげるから、だから大丈夫だよ」

詠ちゃんが手を握り、呟いてくれました。その言葉が、詠ちゃんの手の温かさが、先ほどまで震えていた私を落ち着かせてくれます

「うん。ありがとう詠ちゃん。私、皆を守る」

そして私は、狙撃銃の引き金を引き、発射しました

ダァン

弾丸は真っ直ぐ書目掛けて飛び、そして…

「あ、当たった…当たったよ詠ちゃん!!」

「月!!」

私は書を撃ち抜いた喜びのあまり、詠ちゃんに抱きついてしまいました

「良くやったぞ月!人形兵も動きを止めた!!」

その言葉を聞いた私達は戦場を見渡します。そこには、確かに動きを止めた、本来の人形としての姿がありました

「ふぅ、ようやく終わったか。さすが俺達の子だな!」

「えぇ、私達の自慢の子どもですね」

「あー、久々に運動したから、これは明日筋肉痛だな」

「だからってあんた!店は休ませないんだからね!」

「やっぱ凄ぇなあいつら!あたいの出る幕なんてなかったんじゃねぇか?」

「まったくだ。あいつらに勝てる者など、いないのであろうな」

「よーし!司馬懿さーん!どこですかー!?」

「零士ー!今行くわよー!!」

「これだけの規模で死傷者はほぼゼロ。奇跡だな」

「お前が最初から居てくれれば、もう少し怪我人を減らせたかもな」

「ふふ、さぁ皆さん!勝鬨をあげましょう!」

ワァァァァァァァァ!!!!

「見よ貂蝉!これぞまさに、我らが追い求めた人の姿!!」

「えぇ。皆の想いが力となり、大陸を守った。きっかけを作ったのは東零士ちゃん、それに…」

「三人目の、イレギュラーか…」

「ん?なんの話だ?」

「なぁんでもないわ華佗ちゃん!」

私と詠ちゃんは、皆が勝鬨をあげている姿をしばらく見ていました。皆さん、本当に嬉しそうです

「詠ちゃん…」

「わかってるわ。行きましょう月」

いつまでも見ていたいという気持ちもありましたが、私達は拠点を出て、真っ直ぐ奥に進みました。迎えに行かなきゃ、私達の、家族を…

†††††

零士サイド

「クソッ!クソッ!クソッ!ここまできて、ここまで追い込んでおいて…認めん…認めんぞ!」

「いいや、ここまでだ張譲。所詮お前は、その程度だったということさ」

ある程度回復した僕は、張譲に銃を突きつけながら立ち上がった

「お前は、この世界が正しいと思うのか!?定められた、死を確定された運命、それを変えようとすることの何が悪い!?」

「それが、お前の目的か」

「あぁそうだ!!これは復讐!今までの張譲は必ず死んでしまうんだ!そして、その記憶を持った私は、負の感情に満ちているんだよ!なぜ、殺されなくてはいけないのか。その答えをくれたのが、于吉と左慈だ。十年ほど前、瀕死の彼らと出会い、彼らの記憶、彼らの思いを受け取った。そして彼らの記憶から、一つの解を得た。絶対的な基準点、北郷一刀!この世界は、どこまでも北郷一刀の物。全てのシナリオは、北郷一刀が描いたものだ!そんな、独裁的な神を、お前は許せるのか?定められた死の運命に抗う事が、許されない事なのか?」

「その結果が、北郷一刀の殺害」

「その通り!私はあいつが憎い!私はあいつにとって所詮は引き立て役!それが許せない!だから私は北郷一刀を殺す!殺して、この世界を終わらせる!」

「なるほど、確かにお前の気持ち、わからんでもない。自分の運命に抗うこと自体は責めはせん」

「ならば!」

「だが、手段を間違えたな。お前のやり方は破滅しか生まん。なぜ悪に手を染めた?記憶を持っているならわかるだろう?今まで殺されてきたのは、全て因果応報、お前の悪行が原因のはずだ。逆に善行を重ねていけば、お前はまだ助かる道があったかもしれないだろ」

「無理ですよそんなもの。貴方にはわかるまい。この憎しみが、怒りが!」

歪んでいるな。張譲自身が不器用なのか、それとも左慈と于吉の影響で捻じ曲げられたのか。哀れだな

 

そんな事を考えていると、視界の隅に映る人影が写る。その子は僕を見て満面の笑みを見せる。僕もそれを見て思わずニヤッとしてしまった

「あぁ…わからないな」

僕は突き付けていた銃を降ろした。その行動が理解できないのか、張譲は戸惑っていた

「どういうつもりだ?」

「なに、僕自身は十分お前を殴ったからな。それに、僕はお前が北郷一刀を殺す手段を失ったことで十分なんだ。だから僕はお前を殺す気もない。今のお前には、北郷一刀を殺せる程の力は残っていないだろうしな。だから僕は、お前に対してこれ以上何もしない」

「だから、舐めるなと言っているだろ!!書の力が無くとも、私にはまだ于吉と左慈の能力が残されている!そして私が生きている限り、西楚の軍勢は不死だ!弱体化はしただろうが、あれは私自身の力で生み出したもの。まだ兵力は残されている!」

張譲は立ち上がり、僕に向かってくる。本当にこいつは、愚か者だな

「東さんが許しても、あたしは許しませんよ!」

「なに!グハッ!」

張譲は後ろから鉄棍の一撃を食らい、よろけた。その後ろからは、悠里ちゃんが笑顔で現れた

「人の過去を抉るような真似した罰です!」

「ふふ、やっぱり悠里ちゃんが一番乗りか」

「とーぜん!あたし、大陸最速ですから!」

 

ひまわりのような笑顔とピースサインをする悠里ちゃん。この子はとても無邪気だなぁ

「クッ…舐めた真似ガフッ!」

張譲が悠里ちゃんの方へ向くと、こんどは大斧の一撃が、張譲の背中を強打し、大きく吹き飛ばした

「ふん、お前だけは許さんさ。お前は我が主を、仲間を危険に晒したのだからな!」

華雄ちゃんが大斧を担いで、悠々と現れた

「なんだ零士、ボロボロではないか。そんなに苦戦したのか?」

「はは、もう僕も年だからね。そろそろ華雄ちゃんにも負けそうだよ」

「クソッ!なんなんだお前らは!」

「いた、お待たせ、零士。張譲、切っていい?」

「やぁ、恋ちゃん。好きにするといいよ」

恋ちゃんはゆっくりと張譲に近付き、方天画戟を振り下ろした

「ガァァァ!!」

張譲はモロに食らい、大きく血飛沫を撒き散らした

「ガハッ…ゴホッゴホッ…なぜだ…なぜ私がこんな…」

おー、凄い凄い。まだ生きてる。ここで死んだ方が良かっただろうに。だって目の前には…

「はっ!そりゃお前、私の家族や大切な友人を傷つけたからだろ」

咲夜がナイフを構えてやってきたからだ

「お前は…まさか…司馬懿!?」

「あん?お前、私を知っているのか?」

張譲は血を吐きながらも、目を見開き、信じられないものを見たかのような表情だった

「あり得ない…お前は…必ず…」

「あぁ?お前が何を言っているのかわからないが、罪は償ってもらう。お前の命でな」

「く、くそ……はぁはぁ…!?項羽!!そこで何をしている!?私を助けろ!」

張譲の視線の先には、四人の女性が立っていた。察するに、西楚の軍勢なんだろう

「悪いわね張譲。あたし達負けちゃったの」

「敗者は勝者に従うのみ」

「項羽様の言う事以外、聞く気ありませーん」

「我らは負けたのだ。受け入れろ張譲。ここらがお前の器なのだ」

張譲の顔には様々な感情が溢れ出ている。憎悪、怒り、恐怖…そういった負の感情で満ちているようだった

「これで、終わりだと言うのか?何故だ!何故私が死なねばならん!悪いのは全て北郷一刀だ!あいつさえいなければ私は…」

シュンッ!

「いいや、そんなの関係無しに、お前はやり過ぎたんだよ」

「く…そ……」

咲夜は一瞬で張譲を切り裂いた。張譲は肢体を失い、文字通りバラバラにされた

†††††

 

「む、我らも消える時が来たようだな」

「そうか。龍且よ、またいずれ、そちらで会おう」

「残念だなー。せっかくいい子と会えたのにー」

「あはは、幽霊でもいいんで遊びに来て下さいよ!歓迎します!」

「すまんな虞美人。この世での結婚はできず終いになったな」

「いえ、我が御身、常に項羽様と共に在りますので」

「そうか。呂布よ、あの世で待っているぞ。その時はまた闘おう!」

「…ん。わかった。項羽も元気で」

段々と透けて行く西楚の軍勢は、やがて完全にその姿を消した。ただ、彼らの消える間際の表情は、とても穏やかに見えた

「終わったな」

「あぁ、お疲れ様咲夜」

「お疲れ零士。お前、体は大丈夫か?」

「はは、身体中ボロボロだよ。それに、もう左眼の視力も完全に失ってしまった」

「そうか…」

咲夜は途端に暗い表情を浮かべ、俯いてしまった。まったく…仕方ないな

「咲夜」

「ん?なんだれい…」

僕は彼女が顔を上げると同時にキスをした

「な、ななな、何やってんだよ零士!?」

咲夜は耳まで真っ赤になり、あたふたとしていた

「ははは、それでいいんだよ。咲夜の暗い表情より、僕は今の表情の方が好きだな」

「な、ん、……」

咲夜はパクパクと声にならない声を出していた

「なーに二人の世界に入っちゃってんですかー?」

「ハ!ゆ、悠里…」

悠里ちゃんはジトーっと睨みながらため息を吐き、そして苦笑いと言った表情になった

「まったく、今回だけですからね。東さん、帰ったら私にも口付けしてください!」

「え?」

あ、あはは、参ったな

「…あ、月と詠、来た」

恋ちゃんの言葉に僕らは後ろを振り返る。そこには確かに、大手を振って走ってくる月ちゃんと詠ちゃんの姿があった

「みなさーん!大丈夫ですかー?」

「ゆ、月~、ちょっと待って~!」

詠ちゃんは微妙に遅れて走っているみたいだ

「はは、お食事処『晋』、一人も欠けずに全員集合だね」

「よし!月ちゃんと詠ちゃんを迎えに行きましょう!」

「我らには似合いの凱旋だな」

「……お腹、減った」

「なら、みんなで帰ろう。私たちの、家族の家に!」

 

そして僕らは、家族みんなで帰路に付いた

 

 

 




これにて最終章は終わりでございます。

ラスボス張譲の正体は、于吉と左慈の記憶や能力を受け継いだ、ある意味転生に近い存在でした。そして、彼が事を起こしたのも、簡単に言えば自分の死の運命を変えるためです。とりようによっては、悲劇の人物でもありますが、彼は手段を違えてしまい、それ故に『晋』に殺されてしまうのです。

西楚の軍勢に関しては、最初から決めていました。というのも、呂布VS項羽を書きたかったが為の展開でもあります。私なりの見解ですが、項羽は個人の武もかなり強いと思いますが、どちらかというと用兵術に優れているというイメージなんですよね。だから呂布が勝つと信じ、書かせていただきました



実は最後の展開は自分の中で何通りかあって、この展開はGOOD ENDとなっております。

BAD ENDの展開は、途中までは一緒なんですが、最後の太平要術の書を破壊する場面で、
月ちゃんがスナイパーで狙撃せず、零士さんが直接破壊しようとするとBAD√に入ります。弱った零士さんが太平要術の力に飲まれ、操られ、そして咲夜に殺されるというENDです。なので月ちゃんの狙撃能力設定は、GOOD√に入るためのかなり重要な設定だったんですよね。今回はせっかくの初SSだったので、ハッピーエンド書きたいと思いBADは回避しました。

ちなみにギャグENDというものもあって、零士さんが大人げなく近代兵器をフル活用して、戦車やら戦闘機やらでジェノサイドするという展開です。さすがに、作品の世界観を崩壊してしまうためできませんけどね(笑)


つたない表現もあったと思いますが、見てくださって本当にありがとうございます


次回はエピローグです。もう少しお付き合いしてくださると幸いです



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エピローグ
変わるもの、変わらないもの


エピローグになります。もう少しだけ続きます


 

 

 

三国が五胡を撃退して、つまりは張譲を倒して、あれから一年の月日が流れた。あの日の私たちの決戦は、記録には記されていない。外史の管理者が、全ての記録を持ち帰ってしまったからだ。あの事件は、言ってしまえば管理者側の問題だからな。残すわけにはいかなかったのだろう

だがそれでも、一部の人間の記憶には残るものになるだろう。三国に平和をもたらしたのは北郷一刀だ。そして、その裏であったもう一つの決戦は、北郷一刀を、実質的に三国を護る為の戦いだった。奴が表の英雄ならば、私たちはその表の英雄を救った裏の英雄なのだろう

 

 

実はあの決戦の後日、北郷一刀が直々に礼を言いに来たのだ

「今回は、危ない所を救って頂き、誠にありがとうございました」

 

北郷一刀は深々と頭を下げていた。国のトップがこんな飲食店の店員に頭を下げるとはこれいかに

「はは、いいっていいって。僕らにも僕らの戦う理由があったからさ」

零士もなんてことない様子で言っていた。その言葉に、従業員全員が頷く

 

「しかし、貂蝉から話を聞いたところ、今回の件はある意味俺が理由で起こったもの。どう責任を取れば良いのか…」

 

ほう、貂蝉に聞いたのか。こいつよく無事だったな

「ふん、別にどうって事ないさ。そうやって悔いてる暇があるなら、死ぬ気で働いて、大陸をもっと住みやすい地にしてくれ。それで十分だ」

「しかし…」

「あんまりうるさいと、お前の大事な愚息とお別れする事になるぞ」

私はナイフをチラつかせて言う。すると北郷一刀はヒィっと、股間を抑えて青ざめた

「あ、ありがとうございます!」

「あぁ、それでいい。せいぜい頑張れよ、種馬野郎」

今回の件で、私たち『晋』は、三国に対し恩を売る事になった。その事に対し…

「これって、三国に対しデカイ借りを作った事になるのよね?もしかして、私たちがその気になれば、三国を乗っ取ることも可能なんじゃ…」

と、詠は呟いていた。まぁ、そんな気はさらさら無いがな。だが、意外にも華琳が…

「ふむ、もしそうなったとしても、私達は文句を言えないのよね。案外北郷一刀なんかより、いい国が作れたりしてね」

なんて、冗談半分で言っていた

「そう言えば、まさか華琳が負けるとは思わなかったな」

「明確に決着がついたわけではないけれど、あのままやり合っても、勝てたとは思っていないわ。だから、負けを認めて同盟を受け入れたのよ」

となると、やはり赤壁でだいぶやられたんだろう。そこは零士の言うとおりになったな

「たくっ、華琳が負けたせいで、私はあのバカ女を名前で呼ばなくちゃいけなくなったんだぞ」

「あー!またバカ女って言ったー!」

噂をすればってやつか?店にあのバカ女が入ってきた

「ふふ、なるほど、確かにバカ女ね」

「ちょ!華琳さんも酷いですよ~」

「はっはっは!お前、よくそんなんで華琳に勝てたな」

「うぅ…みんなで協力して掴み取った勝利だもん…さぁ、司馬懿さん!私を名前で呼んで下さい!なんなら桃香と、真名でもいいですよ!」

「ふむ、バカ桃香…略してバカでいいか?」

「ひ、ひどーい!!」

「はは、冗談だよ。よく頑張ったな桃香」

「!!?」

私は桃香の頭を撫でながら答える。すると桃香は顔を真っ赤に染めていた

「あなた、本当に天然のタラシね」

「え?」

この一年間で、『晋』もだいぶ変化を見せた。それが顕著なのは…

「ほいっと!海老フライ定食お待ち!!」

「詠ちゃん、猪々子さん、次はこれをお願いします」

「りょーかい!」

「へぇ!お客さん、登山家なんだ!いいわねー、山登りもにも行ってみたいわねー」

「ちょっと雪蓮さん!お客様と話してないで料理持ってって下さいよ!」

このように、『晋』の従業員が増えたのだ。新しく入った猪々子と雪蓮を接客担当に当て、臨時従業員だった流琉は正社員にし厨房を担当してもらうことにした

猪々子の評価はまずまずだ。動きも機敏だし、しっかりと業務もこなしてくれる。これで後は、妙に間の抜けた小さい失敗が無くなれば、言う事はなしだった

雪蓮は、なんとも難しい評価だ。彼女は気分に左右されやすく、機嫌のいい時は最高の動きを見せてくれるのだが、悪い時はグダグダで全然働いてくれない。ただ、悠里と同じくらい客と仲良くなるのが得意なので、彼女目当てに来る客も少なくない事は事実だった

流琉に関しては言う事なしだった。元々高かった調理能力は、最近更に磨かれていき、とても品質の高い料理を作ってくれるようになった。最近では、厨房を月と流琉の二人に任せても問題なく店が回るようになった

三人の加入は、従業員の、定休日以外の休みを作るきっかけにもなった。基本は五人、多くても七人いたら十二分に回せるので、二人は非番にできる。だいたい、厨房から一人、接客から一人を非番にする事ができた

 

 

三国同盟がきっかけで、うちの常連客もだいぶ変化を見せた

 

 

「ふむ、やはりここは楽しそうだな。できることなら、私もここで働いてみたいものだよ」

「同感ですね。ただ、我々にも立場がありますので…」

「その立場をガン無視している雪蓮は、やはり自由過ぎるのです」

「うちはこうして酒さえ飲めりゃ、十分やけどなぁ」

 

今までの常連である秋蘭、凪、ねね、霞はいつも通り店に出入りしていた。最近、秋蘭と凪の零士に対する距離がだいぶ近づいた気がするのは、気のせいであって欲しい

「同感ですな。ここの酒とメンマはまさに至高!これだけでも、三国同盟を結んだ甲斐があったというもの」

 

そして星。こいつは許昌にいる間は基本的にうちにいる。メンマ好きは相変わらずのようだ

「ところでお前らはこんな昼間っから酒飲んでて大丈夫なのか?」

「……だめ?」

っと、霞、星、紫苑、桔梗、祭という酒好きが入り浸るようになった。三国の重役のたまり場になりつつあった

そして今日、三国同盟の締結一周年を迎えるこの日、私達『晋』にある仕事が依頼される。内容は、立食パーティー用の料理を作ってくれとの事だった

「さぁ皆!今日は忙しいぞ!なんたって、三国の首脳陣相手に大量の料理を作らなきゃならない。それはつまり、春蘭ちゃんや季衣ちゃんだけじゃなく、鈴々ちゃんや翠ちゃんと言った大食漢の分も作らねばならない」

という零士の言葉に、ここに居る誰もがげんなりしていた

 

「うっへぇ、想像しただけでもしんどいですね」

「一年前の決戦の方が、遥かに楽でしょうね」

「恋も、運ぶの手伝う」

 

悠里と詠が遠い目をし、恋がその様子を見て手伝うと言ってくれた。悠里と詠って、うちでも割と普通の部類に入るよな。なんというか、ぶっとんでないよな

「ごめんなさい皆…今日は私もあっち側に出ないといけなくて…」

「大丈夫ですよ。というより、雪蓮さんがここで働いてる事自体が、おかしい事なんですから」

「でもそれを言ってしまえば、月も当てはまるじゃない」

「あ、わ、私はいいんですよ。ここの副料理長なんですから!」

「私だって、ここの従業員よ?んーわかったわ、隙を見て抜け出して、ここを手伝いに来るわ!」

 

雪蓮の発言を聞き、月は苦笑いといった様子だった。仮にも元王が給仕とは、贅沢と言うかなんというか

「あ、あはは。あ、お料理はお任せ下さい!腕によりをかけて作りますから」

「だな。今回は食料支給されてるんだ。全部使い切るつもりで作ってやるよ」

 

私と流琉はやる気に満ちていた。城の厨房を借りれるんだ。なかなか楽しみではあった

「うーん…でもいいのか咲夜?お前激しく動いて大丈夫なのか?」

「そうですよ。咲夜さんは、無理しなくても…」

猪々子と月が私のお腹を見て心配した様子で言ってきた。まったく、まだそんなに目立ってないはずなんだがな

 

「心配し過ぎだ。妊娠五ヶ月。まだ腹も少しポッコリしてきたくらいだ。料理くらいなんの問題もねぇよ」

「ほ、本当に大丈夫かい?きつくなったらすぐ言うんだよ?椅子でもベッドでもすぐに出してあげるからね」

「過保護か!」

まったく、零士も心配してくれるのは嬉しいが、さすがにやりすぎだな

「咲夜が楽できるためにも、頑張んないとね」

「だな。今日のあたいは一味違うぜ!」

「ふふーん!ならあたしも、大陸最速であるが所以を証明してあげます!」

「今回ばかりは、譲る気にはなれないわね!」

「あはは、みなさん一体何を競ってるんですか?」

「やる気十分、というのを伝えたいんでしょうね」

「そんなところだな。ということで、私も出るからな、旦那様」

私は零士に向って言い放つ。すると零士は顔を赤く染め、やれやれといった表情になった

「はは、わかったわかった。じゃあよろしくねみんな!行こう!僕らの戦場へ!お食事処『晋』出陣だ!」

「オォー!!!」

7年前のあの日

東零士との出会いにより、私、司馬懿・仲達の運命は変わった

ようやく掴んだ、平穏な生活

隣には、家族と言う名の、かけがえのない存在

そこに溢れるは、絶える事のない笑顔

決して手放すことはないだろう

私はこの大切な日々と、そしてお腹に宿った新しい命を守り続ける

どうかこの日々が、永遠に続いてくれますように………

 

 

 



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終章

 

 

 

時刻は深夜。辺りは暗いはずなのに少し明るい。近頃暖かくなり、もうすぐ春が来るのだろうと思っている矢先に雪が降ったからだ。季節外れの、薄っすら積もるくらいの淡い雪。僕はなんとなく、この空の下を歩いていた

三国同盟が締結され一年が過ぎ、今日はその一周年記念としてパーティーが行われた。僕たち『晋』のメンバーはパーティー用の料理を作る事を依頼され、大量の料理を作る事になった。作って、食べて、飲んで、騒いで…皆疲れ切り、グッスリ眠ってしまっていた。本当に、一年前の決戦より疲れてしまったな

一年前のあの日、張譲との死闘で受けた傷はほとんど回復した。後遺症もなく、普通に生活できる。華佗のおかげだ。彼には感謝してもしきれない。しかし例外はあった。左眼の視力だけは、元には戻らなかった。少し見えるのと、全く見えないとでは、雲泥の差とも言えるほど世界が変わる。それでも、何不自由なく暮らせるだけマシなのだろう

外には誰もいない。人も、犬も猫も、虫でさえ、何もいない。まるでこの世界に僕一人しかいないかのようだ。辺りは静寂に包まれ、聞こえるのは自分が奏でる足音だけ。しかし、しばらく歩くと見慣れた人物が城壁の上にいた

 

咲夜だ

 

僕は彼女に近づく為に城壁を登った

司馬懿、仲達。真名は咲夜

 

正史では、諸葛亮と並ぶ魏の軍師として有名で、その子孫が晋を建国し、最終的にこの三国を統一した。この外史世界では、僕が初めて出会った女性であり、以来僕のパートナーとして、愛する人として隣にいてくれた。僕の、掛け替えのない女性だ

「!」

城壁を登り、彼女に近づいて初めて気づく。彼女の放つ気配が、彼女の物ではなかった。すると、彼女がこちらに気付き微笑んだ

「こんばんは、東零士さん」

 

咲夜の声。だけど、咲夜にしては妙に声のトーンが控えめで静かだ。彼女は本来、もうちょっと荒々しい

「こんばんは………君は、誰かな?」

「あら、やはり貴方にはバレてしまうのね」

「まぁね」

彼女は微笑みを崩さず、まっすぐ僕を見つめた

「ふふ。はじめまして零士さん。私は管輅。この外史の管理者の一人です」

「君があの、天の御使いの噂を流した張本人?なぜ咲夜の体を?」

「私は、他の管理者とは違い実体がないの。この世界そのものが私だから。だからこうして話すのも、誰かの体を借りなきゃいけない」

「世界そのもの?この世界の創造主は一刀君じゃないのか?」

「確かにこの外史は、北郷一刀が想像したものよ。そしてその想像を固定化し、創造したのが私。言ってしまえば、北郷一刀が父で、私が母のようなものよ」

「じゃあ君は、この世界において神様みたいなものかい?」

「当たらずとも遠からずね。この世界の住人は皆、ある意味私の子ではあるし、並大抵の事は何でもできるわ」

「そうか。そんな神様が、僕に何の用だい?」

「貴方の役割、張譲の抹殺は無事に済んだ。だから、もし貴方が望むなら、貴方の居た世界に帰す事ができるわ」

やはり、この世界に来たのは何らかの理由があったのか。そしてそれは、案の定張譲の抹殺。だが一つ疑問がある。何故、彼女自身の手ではなく、僕に始末させたんだ

「君は何故、僕を選び、僕に始末させたんだ?神様なら、人一人消すくらい、訳ないだろ」

僕が彼女に問いかけると、彼女はその問いを待っていたかのように微笑んだ

「私は確かに創造主の一人ではあるけれど、だからと言って私自身は人の生き死にを管理していないわ。それは他の管理者の仕事。基本的に不干渉よ」

「なら、張譲の件はどうなる?」

「あれはイレギュラーだったわ。確かに張譲はどのケースでも、悪として生まれ、悪として死ぬはずだった。通常なら反董卓連合の時には既に死んでいなきゃおかしい。しかし、于吉と左慈が張譲に細工した事で、成長過程で彼の悪の炎が通常より類を見ない大きさにまで膨らんでいた。それは、この世界の創造主、北郷一刀でさえも焼き尽くすほどのもの。さらに言えば、あの于吉、左慈の工作で、それが他の管理者には認知できていなかった。北郷一刀を死なせる訳にはいかなかった私は、急遽貴方を召喚し、そして始末させた」

「だが、君自身は気づいていたんだろう?なら何故他の管理者に告げなかったんだ?貂蝉とか卑弥呼とか」

僕がこの世界に来た当初、貂蝉は僕の存在をイレギュラーと呼んでいた。そしてあいつは、今回の件を一言も話していない。知っていたら教えていたはずだ

「あぁ、だって言っていないもの。私、あの人苦手なのよ」

「……それは、冗談か?」

「ふふ、半分は。もう半分は、私は他の管理者と会うことができないから。だから伝えようがない」

「どういう事だ?」

「そうね、私は他とは違うから、他の管理者と接触するといろいろマズイのよ。だって、私はこの世界を自由に作れるのよ?」

なるほど、確かにそれはマズイ。例えば張譲みたいな奴が、管輅を騙す、もしくは操ったりしたら、それだけで世界は崩壊しかねない。そう考えるなら、確かにそれは適切な処置なのだろう

「そうか。そういえば、もし僕が張譲抹殺を実行しなかったら、どうしていたんだ?」

「そんな心配はしていないわ。だって貴方、悪は絶対に殺す事を信条としているのでしょ。だから呼んだ。貴方のその絶対的な力と、絶対的な正義を利用する為に」

ずいぶんと、わかった口をきくな

「それで、用が済んだから今度は帰ってもいいか。ずいぶん勝手だな」

「えぇ。だから選ばせてあげる。ここで生きていくか、帰還するか」

僕は咲夜や皆の事を思い出す。ここ数年、皆には大切なものを貰ってきた。それは、元の世界に居ては得られなかったもの。かけがえのない、温かな思い出。答えは決まってきた

「悪いが、僕はこの世界で生きていくよ」

「ふふ。貴方なら、そう言うと思っていたわ」

彼女は微笑み、この淡雪の中を歩き始めた。僕は彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと後ろをついていった

†††††

 

「貴方にはもう一つ、お礼言わなければいけないわ」

彼女は歩きながら、ポツリと漏らした

「なんだい?」

「この子の事」

そう言って管輅は自分の胸、つまりは咲夜の体に触れて答えた

「咲夜の事かい?」

「えぇ。数ある外史世界でも、彼女が表舞台に立つことは一度たりとなかった。だいたい、貴方が数年前に救ったあの日に亡くなってしまうから」

「………」

だからか。一年前、張譲が咲夜を見て驚いていたのは。あいつは管理者の記憶を持ち合わせている。絶対に死ぬはずの存在が生きていれば、驚くだろう

「貴方も知っての通り、彼女は全ての要素を兼ね備えている。武力も、知力も、カリスマ性も。あの北郷一刀を唯一倒せる存在。バランスブレイカー。それが司馬懿だった。しかし、この世界の主人公はあくまで北郷一刀。主人公を倒してしまう存在はいらなかった。そこで他の管理者がシステムとして組み込んだ。あの日、彼女が殺されるよう。それも私の意思に関係なく。強過ぎる力は砕かれる」

確かに、彼女の才覚は凄まじかった。武も知も兼ね備え、人を惹きつける魅力もある。僕に制限がなかったら、間違いなく晋を建国していただろう

「他の管理者は焦ったでしょうね。司馬懿が生きている。それだけで脅威。張譲、貴方に次いで、三人目のイレギュラーだった。気づくはずもないでしょうけど、貴方達って常に監視されていたのよ。貴方達が何か問題を起こしたら、迅速に処理できるように。あぁ、でも安心してちょうだい。今後、彼女の命が狙われることはないわ。司馬懿に野心があれば別だったけど、それどころか結果的に北郷一刀を助けたんだもの。障害にならないとわかれば、管理者は干渉しないわ。これで、他の外史の司馬懿の扱いも、見直されるといいんだけどね」

懸念していたことを先に言われ、僕は安堵する。これでとりあえず、咲夜の安全は確保されたんだな

「司馬懿だけではないわ。貴方は多くの、死の運命にあった人々を救ってくれたわ。呉の孫策、魏の夏侯淵、そして蜀の劉備…」

「劉備?先の二人は確かに助けたが、劉備は知らないぞ」

「そうね。確かに貴方は劉備を直接救ってはいない。でも、きっかけを作ったのは貴方よ」

「……あの日の事か?」

僕はあの、左眼の視力を失った事件を思い出しながら答える

「えぇ。劉玄徳という存在も、なかなか不安定でね。あの子が表舞台に立つ事は、実は稀なのよ」

「そうなのか?仮にも、三国志を代表する人物でもあるんだぞ?」

「そうなのだけれど、その劉備のポジションに就くのが、北郷一刀だとしたら、どうかしら?」

「…なるほど。確かに必要なくなるかもしれないな」

この世界においては、北郷一刀が絶対的な基準だ。彼と同等の人物が同じ陣営にいるなど、本来は好ましくないのだろう

「えぇ。本来、北郷一刀が蜀に流れる外史においては、必要のない人物。だから多くは、時が来る前に死んでしまうか、農民として一生を終えるかなのよ」

「そうだったのか」

話を聞く分には、この世界はずいぶんと北郷一刀が優遇されるんだな。それ故に、張譲は反逆にでた。そしてあの時も…

「定軍山の戦いを未然に防いだのは、まずかったのかな?」

あの時の体の異常、北郷一刀の道を妨げたことによる矯正力。本来なら消されるほどの力だったらしいが…

「あの時はびっくりしたわ。私は貴方がこの世界に来る際、あらゆる矯正力を受けないように細工したつもりだったのに。北郷一刀に敵対する時に受ける矯正力だけが残っているんだもの。さすがに焦ったわ」

「となると、歴史改変自体は許されていた訳か」

「えぇ。定軍山での戦闘時は、私も大変だったのよ。貴方が矯正力に抗えるように対抗したりして」

だから、事が済んだら体がすぐ軽くなったのか

「それは、いろいろ迷惑かけたね」

「いいのよ。おかげで、この外史の住人は理想的な程生きているのだもの」

それ程までに、外史世界の住人は不安定なのか。神様ってのは、ずいぶんと放任的なやつらしい

「それにしても、一刀君はずいぶん優遇されているんだな」

「あら、案外そうでもないのよ。彼がこうして成し遂げる外史もあれば、志半ばで死んでしまう外史も存在する。今回は成し遂げた外史ね。それに、あなたが董卓や賈詡といった優秀な人材を引き入れてしまったから、今回はかなり苦労したみたいよ。彼女たち、北郷一刀が蜀に流れる外史では、北郷一刀の侍女として匿われるんだもの。涙目で政治に携わっている姿は、少し笑ってしまったわ」

そういって管輅はクスクスと笑っていた。ずいぶんと、感情豊かな神様だ

「なら、君たち管理者は、一刀君に何を求めているんだい?」

彼女の言葉通りだと、別段、擁護しているようには感じない。となると、考えられることは、北郷一刀という人物を使って何かをしているとしか思えない

「そうね、簡単に言ってしまえば、北郷一刀が想造する外史世界を観察するため。彼は普通ではないわ。ここまで多岐に渡って外史を想像した例は他にはいない。一見同じ様で、実は微妙に違いがある世界。私自身、それ自体に興味はないのだけれど、他の管理者はそこに興味を持った。だから管理者は、データを取るために北郷一刀という貴重なサンプルを擁護した。まぁ中には、北郷一刀をご主人様と慕っている者もいるようだけれどね」

なるほど、なら一刀君は、ある意味では実験動物のようなものなのか。外史の管理者はずいぶんと学者寄りのようだ

「ん?なら、君自身が一刀君を擁護する理由はどこにある?」

彼女はそれ自体に興味を示していないと言っていたが…

「ふふ、私は母体よ?夫を助ける理由は一つじゃないかしら?」

つまりは、一刀君を男性として気に入っているという事なのだろうか。はは、どうやら一刀君は、神様まで落としてしまっているようだ

†††††

 

「おっとそうだ、僕の方も礼を言わなきゃいけないな」

ある程度知りたい事を聞いた僕は、管輅に話しかける。管輅は歩いている足を止め、僕に振り向いた

「あら?なにかしら」

「この世界に呼んでくれた事だ。僕がどんな人生を送っていたかは、君がよく知っているんじゃないか?」

僕は思い出していく。あの世界での出来事。力を利用され、裏切られ、殺して…守りたいものすら守ることのできない、絶望の日々。帰ろうとは思えないな

「えぇ。候補は他にもあったけれど、貴方が一番、あの世界を憎んでいたようだったから。容易にこの世界に組み込めたわ」

「その通りだ。世界をより良いものにする為に、いろんな人間を殺してきた。まぁ結果は実らなかったがな。うんざりしていたよ、あの汚い仕事に汚い世界は」

「そう。なら張譲の抹殺は、貴方には酷だったと思うのだけれど。結局は、あの世界に居た時と変わらない仕事を任せたのだから」

「だが、その件は直接依頼されていないだろ?あれはあくまで、僕個人の意思だ。それに、何でも屋として、魔術師としての僕の仕事はあれで終わりだ。そう思えば、苦ではないよ。これからは飲食店の、一料理人として生き、死ぬつもりだからね」

「ふふ、そう。貴方を呼んでよかったわ」

「僕も、ここに来れてよかったよ。ありがとう」

「ふふ、今日は話せてよかったわ。私はそろそろ行くわね。咲夜の事、私の子ども達の事、よろしく頼むわ」

「あぁ。もちろんだ」

僕が答えると、彼女は微笑み、直後に強い風が吹いた。そして僕が目を瞑ったその一瞬で、彼女は姿を消していた

「そこで見てるといいよ。君の子達は、僕が責任を持って守る」

僕は空を見上げ、そう呟く。その言葉に答えるかのように、さらに風が吹いた。僕は笑みを漏らし、その場を後にした

さぁ帰ろう

皆がいるあの家に

 

 

 





はい、といった感じで、真・恋姫†無双 裏√、いかがだったでしょうか?

前回で綺麗に?オチているとは思いますので、この回は完全に蛇足と言ってしまっても過言ではないんですが、裏√はこの話を元に作ったようなものなのです。

つまりは…

1.零士が外史入りした理由
2.司馬懿が死ぬ理由

この二つを説明して初めてこの小説は終わりを迎えます。

このお話、裏√は所謂本編の裏側が舞台のお話であり、なぜ、原作で司馬懿が出てこなかったのかという発想を元に書いた作品になります。

その中で、北郷一刀という「主役」に敗れる悪党の心境や、外史の仕組みをなど、自分なりの解釈を盛り込んでいます。

司馬懿=三国を統一するきっかけを作る人物なので、生きていれば北郷一刀最大の敵になるだろうという発想から、司馬懿は表舞台に立てなかったのじゃないかな、という解釈になります。

そういった解釈から、司馬懿は死に、何度か言いましたが「主役」は北郷一刀になるのです。

この回を含め、外史に対する解釈は、あくまで私個人の主観によるものなので、これが正解とは思いませんし、これが間違っているという意見があれば、それはそれでいいと思います。ただ、こういう考えがあったということをご了承ください



思ったよりも長くなったこのお話ですが

毎度毎度付き合ってくださった方、お気に入り登録してくださった方、感想を書いてくださった方々、本当にありがとうございました!

未熟な部分は多々あったと思いますが、その都度指摘してくださる方々も、本当にありがとうございました!

また、何か書いた際、お付き合いしてくださると幸いに思います。
それでは!



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