筋肉ダルマとナイスネイチャ【完結】 (鍵のすけ)
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第1筋肉 筋肉とナイスネイチャ

 筋肉は全てを解決する。

 ロジカルな肉体を持ち、ストロングな肉体を兼ね備えれば、出来ないことはない。

 

 

「よーし、今日もいっちょ、ほどほどに頑張りますかね~」

 

 

 万年三位ウマ娘ナイスネイチャ。

 弛まぬ努力をこなし続ける彼女は伸び悩んでいた。いつも良いところまではイケる。だが、そこからが高い壁。

 伸ばしても伸ばしても届かない。もどかしい。

 いつか。

 いつか、その壁を超えるため、ナイスネイチャは更に努力を重ねるのだ――。

 

 

 というのが、諸君らの想像しているナイスネイチャの物語であろう。

 だが、先に謝罪をしておこう。今回はそういう物語ではない。

 

 

「Hello……。ネイチャ、トレーニングの時間だ。まずは自分と併走をしよう」

 

「いや、アタシ、ウマ娘なんですけど」

 

 ナイスネイチャに声をかけたのは、身長約二メートルはある大男だった。筋肉という名のペンキを雑にぶちまけたような、見事に“仕上がった”肉体。

 そう、彼こそがナイスネイチャのトレーナー。

 

「ねえトレーナーさん。何回も言っているけど、そろそろ名前を教えてよ。このままじゃネイチャさん、ずっとトレーナーしか呼べませんよ~?」

 

「No problem……。君を育てるのに、自分の名前は関係ない。さぁ、早速走ろう」

 

「なんだかいつも上手く誤魔化されている気がする」

 

 早速、練習場へやってきたナイスネイチャとトレーナー。

 それぞれ準備運動を念入りに行った後、トレーナーは指を二本立てた。

 

「二回走ろう。まずは七割の力。次は八割だ。俺も走る」

 

「オッケー。ちなみにどういう風の吹き回し? もしかしていつもアタシが走るのを見てたから、走りたくなっちゃった感じ?」

 

「Yes……。そういうことだ。というより、ウマ娘とどこまで戦えるのか、知りたくてな」

 

「まあ、確かにそんなガタイ良ければ、気になっちゃいますよねー」

 

 ナイスネイチャも個人的にめちゃくちゃ気になっていた。ちなみに、初めてトレーナーを見た時の印象は“めちゃヤバ”である。

 二人が並ぶと、トレーナーはコインを取り出した。

 これが落ちたのと同時に、レースが始まる。人間対ウマ娘。自転車と新幹線との対決と言い換えても良い。

 つまり、勝敗は既に分かっている。

 

「Are you ready……? ナイスネイチャ、行くぞ」

 

「いつでもどーぞ」

 

 コインが宙を舞い、地面へ落ちる。

 二人は同時に駆け出した!

 

 

「Lose……。負けた」

 

「あっはっはー。いえーい。ネイチャさんの勝利! まーアタシにもプライドってもんがありますからねー。負けませんよー」

 

 

 結果はナイスネイチャの圧勝。彼女がゴールする時、トレーナーはまだコースの半分くらいを走っていた。

 当然といえば、当然の結果である。人間とウマ娘の身体能力には大きな差がある。

 それを埋めるには一体どれだけの鍛錬が必要だろうか。

 呼吸を整えた二人は再度、走る準備をする。

 

「よーし。じゃあ二本目いきましょーか」

 

「Okay……。次は負けない」

 

「今更なんだけど、アタシと走ってて楽しい? こんなこと言っちゃ、すごい失礼ですけど、負けるの分かってて走るなんて、ちょっとアタシには信じられないなーって」

 

 ナイスネイチャは、自分の口が少し痺れたような感覚を覚えた。その言葉は、自分にも降り掛かってくる“かも”しれない言葉なのだ。

 救いは、まだこの言葉通りのメンタルに、ナイスネイチャがなっていないこと。

 そんな彼女の言葉に、トレーナーは即答する。

 

「No limit……。負けたくて人間は走っている訳じゃない。ウマ娘だって、そうだろう」

 

「っ……! 早くコイントスして、トレーナーさん。それとごめん。八割って言ったけど、九割で走るから」

 

「Okay……。俺も突破口を掴んだ。次は絶対に負けない」

 

 再び、コインが宙を舞い、そして着地する!

 二人が駆け出した!

 

 先行するは当然、ウマ娘であるナイスネイチャ。

 ここまでは先程通り。そして、先程と違うのは、彼女は九割の力で走っているということ。

 駆けながら、彼女はトレーナーの言葉を考えていた。

 

(突破口って何?)

 

 本来ならあまりよろしくないことだが、今回はあくまでトレーニング。

 ナイスネイチャは何気なく後ろを向いた。すると、彼女の目にとんでもない光景が飛び込む!

 

 

「Run……。人間の力を見せてやる」

 

 

 

 四 足 走 行 ! ! !

 

 

 

 先程は二本足で走っていたトレーナーが、両手両足を器用に使い、地面を駆けていた!!!

 

 二足走行でナイスネイチャとの距離はだいたい半分ほど。二足走行では限界あり。ならば両手を使えばどうだろうか? コロンブスの卵的発想がトレーナーに降りてきた。

 

 一+一はニ。ニ+ニは四。

 

 

 ニ倍ッ!

 

 

 二足で半分の差ならば、ニ手を足せば、ナイスネイチャとの距離をゼロに出来る道理!

 彼女が力をセーブしていた分を考慮し、トレーナーは走っていた。

 その姿はまるで、別世界に存在する誇り高きウマ娘たちの“魂”の権化たる生物を彷彿とさせる、雄々しくも機能美に溢れた姿だったという。

 

 

「うぎゃああ! キモい! そのカッコでそのスピードはまじでキモい! 助けてー!」

 

 

 そうなれば良かったが、実際の絵面は筋肉だるまが四肢を器用に操り、まるでホラー映画の生物さながらに超速度で、ウマ娘を追いかけている構図。

 もし一般人が通りかかろうものなら、即座に携帯電話を取り出し、町の平和を守る組織へ通報される、そんな危ういものだった。

 

「A little more……。もう少しで追いつくよ、ナイスネイチャ」

 

「不審者のセリフだ~!」

 

 

 結果はナイスネイチャのニバ身差。

 勝ったはずのナイスネイチャが酷く疲れていた。彼女のメンタルに与えられたダメージは非常に大きい。

 

 

 試合に負けて、勝負に勝つ。

 

 

 これから始まろうとしているこの筋肉ダルマとナイスネイチャの物語は、そういう物語だ。

 




鍵のすけです。
こういうお話を不定期かつ、短めに書いていきます。よろしくおねがいします。

感想反応次第で、長編になるかどうか決まるかもしれません。


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第2筋肉 叫びたい筋肉とナイスネイチャ

 多少の無理は筋肉で通す。

 哲学というのは、そういうものだろう。

 

 

「また負けたぁ!」

 

 

 ナイスネイチャの悲痛な叫びが練習場に響き渡る。

 彼女は先日のレースでまたしても三着という結果になってしまった。本人としては死ぬ気で走っているだけに、この結果は堪えていた。

 

「Cool down……。ナイスネイチャ、走り自体はとても良かったよ。頑張ったね」

 

「うぅ……ありがとうねトレーナーさん。けど、そのガタイから出る声にしては随分優しすぎるから、もうちょっとドス利いてても良いんじゃない? ってネイチャさんは思いますよ」

 

 気づけば、練習場の隅っこで体育座りをして、反省会をする二人。

 ナイスネイチャはまだいい。見た目二重丸どころか百重丸くらいする美少女だ、絵になる。だが、隣にいるトレーナーはどうだろうか。

 身長約二メートル。筋肉と辞書を引けば、トレーナーが出てきそうなほど、“仕上がった”肉体。単品ならばまだ見逃されるだろうが、ナイスネイチャという美少女ウマ娘と隣り合えば、普通に犯罪臭しかしない。

 そんな彼は、彼女の一言に思うところがあったのか、すぐに行動に移してみた。

 

「Okay……。もう少しドスを利かせてみよう」

 

「え、ちょっ。ただの冗談だから――」

 

 瞬間、ナイスネイチャはトレーナーの腹筋、そして首の筋肉が光り輝いたのを見た。

 声の高低音を自由自在に出すコツは筋肉にあり。ナイスネイチャが視た輝きとは、思いつく限りの筋肉を瞬間的に躍動させた故、瞬間的に体温上昇、湧き上がる汗が飛び散り、太陽に乱反射をした結果に他ならない。

 彼は、渾身の重低音をお見舞いする――!

 

「ネイチャ、オチコンデイラレナイヨ。コレカラトックンダ」

 

「あっはっはっは! あーはっはっはっ! な、なんでそこから超高音になるのよ~! 嘘でしょ! それ反則すぎ~!!」

 

 超音波一歩手前の超高音が周囲に虚しく響き渡る。

 見た目と、口から出るまさかの声に、ナイスネイチャの笑いのツボは滅多刺しであった。

 腹を抱え、芝を叩き、過呼吸寸前まで笑いまくる彼女。二分ほど、彼女の爆笑が続いた。

 

「は~。笑った笑った。ありがとうトレーナーさん、一週間分は笑わせてもらったわ~アタシ」

 

「Good……。君が笑ってくれたのなら、結果オーライだ」

 

「そういえば、ずっと気になってたんだけど」

 

 笑っている内に出た目尻の涙を拭いながら、ナイスネイチャは質問した。

 

「What……。何だい?」

 

「なんでトレーナーさんって喋り始める前、英語出てくるの? 何かの癖?」

 

「……もしかして自分は、また出ていたのか?」

 

「え、あ、うん。もしかしてマジで癖なの?」

 

「君は筋肉の鼓動を感じたことはあるかい?」

 

「ない」

 

 即答。ナイスネイチャは正直、頭でも打ったのだろうかと心配になっていた。

 

「筋肉を育てているとね、降りてくるんだよ筋肉の具現化が……」

 

「よーし、保健室行こっか。トレーナーさん、だいぶお疲れ様のようだよ、うん」

 

 完全にかわいそうなものを見る目だった。

 筋肉が頭まで侵食されるとこうなるのだと、学びが深まった。

 

「……って、答えになってなーい!!」

 

 頭を抱え、空を仰ぐナイスネイチャ。筋肉ダルマがトレーナーになってから、ずっとツッコミ続けているような気がするナイスネイチャであった。

 

「だからこそ、君が気になる」

 

「……へっ!?」

 

 突然の一言に、ナイスネイチャの思考が固まった。

 今、自分は何を言われたのだろうか。言葉を反芻する前に、トレーナーは追撃をかける。

 

「な、何を……。って、あぁ~そっか。もしかしてアタシ、ずっと芝の上に座ってたからジャージに跡でもついちゃった? そうだよねーそうにちがいな――」

 

「君をずっと見ていて、自分はもう我慢の限界だ」

 

「突然の欲望カミングアウト!? え、トレーナーさん顔近っ! ちょ、落ち着いて! どゆことどゆこと!? アタシ、まだ心の準備が出来てないー!」

 

 ゆでダコのように真っ赤になるナイスネイチャ。目もぐるぐる回っている。自分がおかしな事を口走っていることにも気づいていない様子だった。

 筋肉ダルマがナイスネイチャに急接近。

 この絵面は言い逃れできない。国が国ならば、銃で撃たれてもおかしくない。犯罪一歩手前トレーナー!

 彼は、両手両膝を芝へつけた。

 

「ずっと三着で頑張っている君の力になっていない……!」

 

「トレーナーさん……」

 

「素晴らしい筋肉なんだ……。しなやかな下半身の筋肉、それに負けていない上半身。走ることに適したウマ娘たちの中でも、上から数えたほうが良いくらいの優秀さ。だが、それでも三着……それはつまり、君はまだまだ自分の身体を使いこなせていないということなんだ……。常に筋肉と会話をしている、この自分がいながら……!」

 

 号泣ッ!

 トレーナーの目から涙が溢れる。止まらない。彼の落涙に合わせ、腕の筋肉も“ぴくっぴくっ”と可愛らしく動いている。

 

「あれ? なんだろ、普段のアタシならここで泣きそうになったり、悔しくなるんだけど、そんな感情が一切湧いてこない……」

 

 真剣なのは伝わってくる。

 だけど、真剣な内容と、ツッコんで良いのか分からない内容が織り交ぜられているため、どういうテンションでいればいいのか分からないナイスネイチャであった。

 

「でもま、ありがとうねトレーナーさん。アタシなんかのために、そこまで泣いてくれるのはちょっと……ううん、かなり嬉しい」

 

「ナイスネイチャ……」

 

 手を伸ばし、ナイスネイチャはこう言った。

 

「じゃ、今度は教えてよ。その身体の使いこなし方ってやつをさ。そんで、アタシをもっと速くしてよ。そうすれば、もうトレーナーさんは泣かないでしょ?」

 

「……That's right。分かった、ならこれから練習だ。自分はもう、ナイスネイチャの顔を曇らせない」

 

「ふふ、お願いねー? この美少女ネイチャさんを落ち込ませたら大事件ですよー?」

 

「美少女……?」

 

「なんでそこは引っかかるの!? やめてよなんかアタシ、自意識過剰みたいじゃん!」

 

「いや、美筋肉だとは思っている。そこは自分の筋肉生命に誓って言う。君は美筋肉だ」

 

「せめて美少女って言えー!」

 

 ナイスネイチャの叫びが、またしても練習場へ響き渡る。

 だが、それは最初のときのような悲痛さはなく、力強く、前を向いたものであった。




第二筋肉です。
読んでくださり、ありがとうございます!
ナイスネイチャはまじでかわいい。


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第3筋肉 フラミンゴの筋肉とナイスネイチャ

たくさんの感想や高評価、ありがとうございます!


 トレセン学園にはプールがある。基礎体力を向上させるにはうってつけのこの場所に、ナイスネイチャとトレーナーはいた。

 ちなみにナイスネイチャは学園指定水着。彼女のしなやかな肉体が眩しい。全ての男どもが見て、ブヒブヒ叫ぶこと間違いなし。別世界からの生暖かい声が今にも聞こえてくるようだ。

 そして、トレーナーも水着。もはや待望、という頭文字がついてもいいだろう。彼もまた、海パン姿であとは鋼のように鍛え上げた肉体を惜しみなく晒していた。

 ナイスネイチャの水着姿、トレーナーの水着姿、どちらが魅力的か。それはもう決まっている。トレーナーだ。

 

「Hey……。ナイスネイチャ。今日のトレーニングは水の上を走ることだ」

 

「頭は大丈夫ですか?」

 

 突然呼び出されたナイスネイチャは、もはや脊髄反射の速度でこう返した。

 それも当たり前といえば当たり前。いくら人間よりも身体能力が上のウマ娘と言えど、出来ることには限りがある。

 例えば、今この瞬間、求められたトレーニングがそうだ。

 ウマ娘だからといって、水の上を走れるかバーカ。そういう感想だ。

 普通の世界の常識で考えれば、そんなものは不可能だ。だが、トレーナーは真顔でその試練を口走っている。

 無理だ。ナイスネイチャの頭には、その三文字しか浮かばなかった。

 たまにこのトレーナーは人間とウマ娘の身体能力の境界がよく分かっていないのではないかという疑問を抱く。

 元々の能力なのか、それとも鍛錬によって得られた能力なのか。それは分からないが、それでもこのトレーナーは真顔で“走る”などと口走る。

 

(それがどんだけ難しいっていうのを、トレーナーさんは分かってないんでしょうねー)

 

 だって、きっと、“持ってる”から。そういう荒唐無稽な事は全部、出来てしまうのだろう。

 そういう思いもあって、ナイスネイチャは少しだけ批判的に喋っていた。

 だが、そんな真正面の意見に対し、トレーナーは真っ向から答える。

 

「What……。頑張ればイケないか?」

 

「よ~しトレーナーさん! 保健室行こっ! 多分、相当参ってる!」

 

 厳しくも暖かいナイスネイチャの言葉。だが、トレーナーはそんな彼女の言葉を、そう捉えてはいなかった。

 

「? 手本を見せよう」

 

「て、手本!? トレーナーさんそれ失敗して大爆笑~って流れにするつもり? それが許されるのはお笑い番組だけですよー」

 

 これが偶然かどうかは、分からないが、ナイスネイチャは子どもの頃、お笑い番組でこういう展開を見ていた。だいたいは爆笑必至の顛末が待っている。

 だが、トレーナーはプールの水に爪先をつけながら、こう言った。

 

「ナイスネイチャ。君は何か勘違いしている」

 

「何を!?」

 

「人間、ひいてはウマ娘が常に何かを望んで、成し遂げようとしているだろう。筋トレ、レースの勝利、色々ある。――“出来る”んだ。出来ると自分は信じている。やるか、やらないかなんだ。その結果、どうなろうが、それを常に受け入れられる自分なのか、疑問をいだき続けるんだ」

 

「トレーナーさん……」

 

 言っていることは分かるのだが、それはきっともう少し別の場所で言えたはず。

 ナイスネイチャは呆れていたが、トレーナーを見守ることにした。

 この後の展開は予想できている。プールに落ち、“挑戦する事が大事なんだ”と“置き”にいくだろう。

 

「良し。じゃあお手本をやるぞ」

 

 

 ――その時のトレーナーの姿は、まるで水面に漂う一羽のフラミンゴを思わせた。

 

 

「はぁーーーー!?」

 

 右足を水につけ、沈む前に左足で水を蹴る。左足が沈む前に、右足で水を蹴る。これを超高速で行えば、水の上に“立つ”事ができる。

 沈む前に浮くことをすれば、永遠に沈まぬという道理だ。

 なんていうことはない、それだけの話。身体能力さえあれば、誰でも出来る魔法でも手品でもない、ただの“行動”。

 

「こんな感じで水の上にいる。そして、更に前気味に水を蹴ると――」

 

 

 ダッシュ!

 

 

 水の上を颯爽と走る姿は忍者だ。現代の忍者、ここにあり。

 たまたま近くにいたマイルの女王タイキシャトルは、水の上を爆走するトレーナーの姿を見て、“ワオ! ジャパニーズ忍者デース!”と大喜びしていた。

 

「よし」

 

「よし、じゃなぁーい! 出来るかっ!」

 

 二十五メートルを難なく走破したトレーナーは、満足げに笑みを浮かべ、ナイスネイチャにも促した。

 これはただの虐待宣言だということを理解していないトレーナーに、彼女は徹底的に抗議する。

 

「これはトレーナーさんがオカシイだけ! アタシみたいな平凡なモブウマ娘が出来るわけないから!」

 

「Is that so……。あそこの芦毛のウマ娘は出来ているようだが……」

 

 

「は~なるほどなぁ! 今度から、これやりゃあゴルシちゃんボートいらねぇや! ネイチャのトレーナー、アンタすげぇな!」

 

 

 水の上を反復横跳びしている芦毛の不沈艦ゴールドシップがそこにいた。

 

 

「ゴールドシップ! 話がややこしくなるから出てこないで! つか、あんたもオカシイ奴か!」

 

「彼女は“やってみた”。君は? ナイスネイチャ、君はどうしていくんだ? 結果がどうなろうと“やってみる”かい? それとも“やらない”?」

 

 これだけの話じゃない、ということくらいは良く分かっていた。

 ずっと三着のままでいいのか? そんな訳はない。その壁をぶち壊したいからこそ、自分は自分にやれることを“やる”だけなのだ。

 

「……やってみる」

 

「Great……。ナイスネイチャ、君ならそう言ってくれると確信していた」

 

「やるんだ……アタシは、万年三着ウマ娘には絶対にならない! なりたくないからー!!」

 

 

 

 ナイスネイチャは決意の雄叫びと共に、プールへ飛び出した!!!

 

 

 

「いや、やっぱ無理ー! 脚つったー! 助けてー!!」

 

 しかし、やはり常識的に考えて、無理なものは無理。

 ナイスネイチャはこの後、しっかりトレーナーを叱り倒し、普通に水泳をした。

 普通が一番! それに勝るものはない。




第三筋肉でした。
ゴールドシップ好きなので出しました(直球)


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第4筋肉 腕立て伏せ筋肉とナイスネイチャ

「Hey……。ナイスネイチャ、今日のトレーニングは上半身を鍛えよう」

 

「お、摩訶不思議なトレーニングじゃないのね。でもなんで上半身? 走る練習はしない感じ?」

 

「Yes……。上下のバランスは重要だ。それだけで走り方というものが変わってくる」

 

「確かに……よ~し! じゃあトレーナーさん! 練習やろ! 何すればいい!?」

 

「Okay……。これだ」

 

 そう言いながら、トレーナーは片手を地面につけた。もっと正確に言えば、右小指だけを地面につけていた。

 そこから何をするのだろうと思ったら、おもむろにトレーナーは右小指のみを支点にし、倒立を始めた!

 あり得ない! 重量や小指の強度を考えれば、それだけでバカバカしい光景!

 だが成し遂げている! この荒唐無稽な光景を、トレーナーは何故か演出出来ているのだ!

 

「なんでだー!?」

 

「What……。ナイスネイチャ、君はおかしなことを言うね。適切な重心操作と小指の強度、そして何より大事なのは筋肉だ。これさえあれば出来る」

 

「じゃあアタシは出来ませんけど!」

 

 思い切りナイスネイチャは叫んだ。

 これが許されるのならば、これから先、あまりにも無茶な練習をさせられる可能性が大きくなる。

 

「Hmm……。じゃあ腕立てをしてみよう。でも、ただやるだけじゃ気が乗らないだろうから、自分と勝負しよう」

 

「勝負……勝負? またアタシとトレーナーさんが?」

 

「Yes……。自分も体を動かしたい」

 

「いや、素直か! ……まぁ、特に断る理由はないっか」

 

「Okay……。同意と見てよろしいですね?」

 

「オッケー。やるからには、勝ちに行きますよ~?」

 

「Good……。それなら、もしナイスネイチャが勝ったらスイーツを奢ってあげよう」

 

「マジですか!? よし! 絶対にかぁーつ!」

 

 ルールを決めた二人。これはあくまでトレーニング。五分間きっかりで終え、しっかりとした姿勢で行うのが、前提条件。

 それを確認しあった後、二人仲良く並び、腕立て伏せの姿勢をとった。

 公平となるよう、ナイスネイチャに号令をしてもらうことにした。

 

「よーい、どん」

 

 

 その瞬間、ナイスネイチャは突然、視界が光に包まれた!!

 

 

 もはや怪奇現象。普通に生活を送っていれば、こんなことはまず起きない。ならば一体この現象はどういう理屈で発生しているのか――!?

 答えはすぐ近くにあった。

 

「Hm! Hm! Hm! Oh Yes! Oh Yes!!」

 

 高速で腕立て伏せをしているトレーナーの肉体が、なんと発光していた! これは何という不可思議!

 この世の光景ではない!

 

「なんか光ってるー!?」

 

 困惑しながらも、腕立て伏せは続行するナイスネイチャ。だって仕方がないじゃないか。タダで食べるスイーツほど、美味しいものはないのだから!

 

「What……。ナイスネイチャ、腕立て伏せをしている時はいつもこうならないのかい?」

 

「なってたまるか! なんでアタシがそんな人力発電機みたいなこと出来ると思ってんの!?」

 

「Why……。何故だ、自分がこうなるから皆そうだと思っていた」

 

 もし、この場に肉体工学に精通している有識者がいれば、みんな首を縦に振り、トレーナーの言うことを肯定しているだろう。

 身体は動かすたびに、燃焼される。常人ならば、当然その燃焼を見ることはないのだが、トレーナーの領域に達すると、それが可視化されるのは周知の事実。

 トレーナーが一往復する。すると、彼の肉体に留めきれなかった熱が外に放出される。それだけならまだよかったが、それが空気中の静電気に触れるとどうなるだろうか?

 

 

 そう、引火し、小爆発を起こす!!!

 

 

 トレーナーの身は、いまや小型の危険物! 危険物取扱者甲種を持っていなければ、近づくことすら危険!!

 

「いや、そんなんあったら誰もがニュース案件です、よ!」

 

 ふざけた事を言っているトレーナーのペースは、遅くなるどころかむしろ早くなっていた。

 目算で負けていると感じたナイスネイチャは、一刻も早く、追いつこうと全身を懸命に動かす――!

 

 きっかり五分。

 

 トレーナーはすぐに立ち上がった。

 

「Lose……。自分の負けだ」

 

「か、勝った……? え、でも相当トレーナーさんが動いていたような……」

 

「Yeah……。あぁ回数上では自分の勝ちだ。だが、回数よりも大事なことで、自分は君に負けた」

 

「何それ……?」

 

「Win……。勝利への貪欲さ」

 

 トレーナーは続ける。

 

「Feeling……。君の勝負に対する意識は素晴らしい。けど、一歩退いてしまっているんだ。自分の口からは絶対に口にしないが、君は“諦め”と“あがき”の中間点にいることは間違いない」

 

 それは、ナイスネイチャにとって、一番キツい一言だった。

 だが、それを表に出さず、彼女は返す。

 

「い、いやぁ……見抜かれてしまってましたか! さっすがトレーナーさん! このネイチャさんの事を良く見ていらっしゃる!」

 

 じっと、トレーナーは何も言わずにナイスネイチャを見つめていた。

 何か言ってくれればいいのに。それで、ナイスネイチャはつい、漏らした。

 

「何よ……アタシは、それが身の丈に合ってるの。ほどほどに頑張って、ほどほどにいい成績出して……それで良いでしょ?」

 

「本当に、そう望んでいるのなら、自分は何も言わない。けど、そうじゃないだろう?」

 

「…………もちろん、そうに決まっているじゃない。アタシだって、勝ちたい! 勝つためにトレーナーさんのトレーニングをこなしたいの! だから!!」

 

 

「だから自分はこうしてナイスネイチャと張り合うんだ」

 

 

「っ!」

 

 いつの間にか言葉の前に英語が消えていたトレーナーは、ナイスネイチャの両肩を掴む。

 

「心の底からの全身全霊の勝負を怖がるな。君は、乗り越えていける」

 

「アタシは、皆みたいに軽々困難を超えていける、キラキラしたウマ娘には――」

 

「なっていたろう! 今! あの瞬間! 自分に勝とうと、君は力を出せた! それが答えだ! 君は、君を信じても良いんだ……!」

 

「アタシが、アタシを……」

 

 筋肉の放熱で光り輝くトレーナーが、ナイスネイチャと向かい合う。それは悪質な宗教勧誘とか、そういう風に揶揄されても仕方のない絵面。

 ナイスネイチャ自身、まだ目の前の非現実に適応できていないが、それでも彼の言葉でしっかり噛み締められた。

 

「アタシ、もう少しだけ信じても、良いのかな?」

 

「All right……。当たり前だ」

 

「……そっか、ありがとう。トレーナーさん」

 

「Okay……。よし、じゃあナイスネイチャ。早速スイーツの時間だ」

 

「あれ本当だったの!? え、ええ~……何にしよっかな~。久々のスイーツだし、行きたかったあそことか良いかも。ふふ、ふふふふ……」

 

 空を見上げ、スイーツに思いを馳せているナイスネイチャ。そんな彼女に対し、トレーナーは首をかしげていた。

 

「? ナイスネイチャ、約束のスイーツだよ」

 

「えっ、早くない? 一体どこの店のスイーツ……」

 

 差し出されたのは、プロテインシェイカーだった。

 色と匂い的にバナナ味。まさかと思いながら、ナイスネイチャは訪ねた。

 

「……えっと、トレーナーさん。これは?」

 

「What……。約束のスイーツだ。バナナ味プロテイン。今日は特別に砂糖を入れたよ」

 

 沈黙が通り過ぎた。

 いや、少しは予想できていた。こんな筋肉ダルマの発想なぞ、本当は手に取るように分かっていた。

 だけど! あえて、叫ばせて頂きたい!

 

 

「この筋肉ダルマァァァーー!!!」

 

 

 ナイスネイチャの心からの叫びは、トレセン学園中に響き渡ったそうな。




第4筋肉でした。

こんなネタまみれの二次小説に感想いっぱい書いてくださり、本当に励みになります!
いつも感想読んでは笑顔になってます。

これからも感想は必ず読むので、いただければ、本当に嬉しいです!


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第5筋肉 スーパーカー筋肉とナイスネイチャ

 果てしのない筋肉道。走っても走っても、また次の道が見えてくる果てしのない漢道。人間の一生に与えられた課題、と言い換えても良い。

 それはウマ娘たちの人生にも似ていた。駆け抜けても駆け抜けても、次のレースが待っている。更なる高みが待っている。

 そう、ウマ娘と筋肉というのは、ある意味姉妹関係なのだ。

 

「Good morning……。ナイスネイチャ、おはよう」

 

 練習場で既にストレッチをしていたナイスネイチャへ、トレーナーは声をかける。いつ見てもキレイにしているジャージだな、とトレーナーは思った。

 補修も何度かされているみたいで、一つの物を大事にしているのが、良く分かる。

 

「おはよートレーナー。今日は何すんの?」

 

「Run……。今日のトレーニングは、他のウマ娘と走ってもらう。いわゆる併走トレーニングだな」

 

「併走? アタシと? 誰がやってくれんのそんなこと」

 

 併走とは文字通り、他のウマ娘と走ることだ。

 しかし、それは他のウマ娘の貴重な時間を頂くことと同義。当然ながら、相手側にもそれなりの成果がなければいけない。

 ナイスネイチャは、そのことが気になっていた。自分は万年三着ウマ娘。普通なら、もっとレベルの高いウマ娘と走りたいに決まっている。

 

「そんな優しいウマ娘さんはどなたさん?」

 

「This……。自分の後ろにいる」

 

「いや、なら見えんわ」

 

 身体の大きいトレーナーが邪魔になって、全く見えない。大きなウマ娘も多々いるが、このトレーナーにかかれば、皆見えなくなる。

 ナイスネイチャが手で払うモーションをしたので、トレーナーは横にずれてやった。

 

(さてさて、誰かな~? アタシと走ってくれるんだから、もしかしてマヤノ? それともまさかのテイオー……? う~……誰でも嬉しいかも)

 

 無意識に笑顔になっていたナイスネイチャ。貴重な時間を割いてくれて、一緒に走ってくれるのだから。

 感謝と共に、ナイスネイチャはそのウマ娘へ焦点を合わせる。

 

「……え?」

 

 “彼女”を目にした瞬間、ナイスネイチャは思わず息を止めてしまった。

 

 

「ハァイ。マルゼンスキーよ! ネイチャちゃん、今日はよろしくね!」

 

 

 マルゼンスキーがそう言って、ウィンクをひとつした。

 

「な、なぁーー!? ま、ままままマルゼン先輩!? へっ!? トレーナーさん!? なんで!? どうやってマルゼン先輩に来てもらえたの!?」

 

 彼女の走りを見た者は、こう言葉を揃える。

 

 ――エンジンが違う、と。

 

 規格外の走りを見せる彼女の異名は“スーパーカー”。他のウマ娘らを普通の車扱いにするのが許されるのだ、彼女は。

 怪物中の怪物。

 本来ならば、最上の戦場で戦っているはずの彼女。それがどうして、ここにいるのか。

 ナイスネイチャの思考がバグった。

 

「What……。普通に頼んだら、来てもらえたよ」

 

「可愛い後輩の頼みだもの。お姉さん、ひと肌脱いじゃう!」

 

「……まって、トレーナーさん、マルゼン先輩……。一回、深呼吸させて」

 

 大きな深呼吸を一度。身体の中に新鮮な酸素が入ったことで、思考がクリアになる。

 その上で、改めて今回の併走相手を見た! マルゼンスキーだった! またナイスネイチャの思考がバグる!

 

「やっぱりマルゼン先輩だ……」

 

「あら……? もしかしてあたしじゃ、駄目だった……かな?」

 

「な! ないないないない!」

 

「ないないナイスネイチャ?」

 

 マルゼンスキーのパスに、ナイスネイチャが神速で乗っかった。

 

「どうも~ないないナイスネイチャです! ……乗せないでくださいマルゼン先輩。……もし、本当に走っていただけるなら、光栄です」

 

「うふふ。ありがとうね。ネイチャちゃんの力になれるよう、あたし頑張るから!」

 

「Time is money……。マルゼンスキー、早速頼めるだろうか」

 

「もちのろんよ! じゃ、早速行きましょっか。あたしに追いついてみなさい」

 

「それは――」

 

 そこで、ナイスネイチャは言葉を切った。

 

 ――それは無理ですよ!

 

 今、“いつもの”調子で、こんな事を言おうとした。それを言ってしまえば、簡単だ。いつもの通り走って、いつもの通り終われる。

 

 ふざけるな。

 

 自分を信じる、この前、確かにそう誓ったのだ。

 ナイスネイチャは両頬を叩いた。ひりひりする。だが、これは自分の甘さが生んだ痛み。受け入れ、飲み込み、彼女は一つの言葉を練り上げた。

 

 

「追いつきます! 必ず! マルゼン先輩を!」

 

 

「……うん、その言葉を待っていたわあたし」

 

「Great UMA MUSUME……。ナイスネイチャ、自分は今泣いている」

 

 泣いている、なんて可愛い表現ではなく、号泣していた。目から、筋肉から、トレーナーは全身で感情を表現していた。

 

「な、泣くの早すぎ! アタシ、まだ走ってないから!」

 

「But……。感動したものは感動したんだ……うぇーん」

 

「アタシが原因だから、これ言うのは違うかもだけど、“うぇーん”は無いと思う」

 

「さぁさネイチャちゃん。時は金なり、よ。早く行きましょっか」

 

「はい! よろしいお願いします!」

 

 ナイスネイチャが小走りで遠ざかっていく。

 マルゼンスキーは彼女の後ろ姿を見ながら、トレーナーへ顔を寄せる。

 

 

「……正直に言うと、最初はあたし、貴方の土下座に心ドッキュンコしたから来ただけだったのよね。でも、今のネイチャちゃんを見てると、この併走をもっともっともっと実りあるものにしてあげたいって、そう思っちゃった」

 

 

「Thanks……。ナイスネイチャに足りないものは、皆が持っている。けど、皆に足りないものは、彼女が持っている。君も、彼女から学ぶと良い」

 

 マルゼンスキーは思わず目を丸くした。

 今までアプローチを受けたトレーナーたちからは、一切聞いたことがない言葉だったから。

 

「ふふ。ネイチャちゃんはもちろんだけど、あたし貴方に興味持っちゃった。これからも声掛けてくれたら、ネイチャちゃんの併走付き合うわよ?」

 

「Really……?」

 

「だ け ど」

 

 ピッと人差し指を立て、マルゼンスキーは小悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「今度で良いから、あたしの練習も見てくれないかしら? 貴方なら、良いアドバイスをくれるんじゃないかって、そう思うの」

 

「Okay……。自分で良ければ」

 

「じゃ、期待してるわよ~!」

 

 そう言い残し、マルゼンスキーはナイスネイチャの元へ走っていく。

 

「Plus……。サポートするウマ娘が増えた、のだろうか?」

 

 

 その後、ナイスネイチャはマルゼンスキーと走り、普通に圧倒的敗北を喫した。

 だが、ナイスネイチャの顔は清々しく、“次”に対する意欲が非常に強く増したのだという。

 

 

「……ありがとう、トレーナーさん」

 

 

 トレーナーに聞こえないタイミングで、ナイスネイチャは確かにそう呟いた。




第5筋肉でした。

皆様のおかげで日間ランキング入ってました!
まさか載るとは思ってなかったので、この結果は本当に嬉しいです!
皆様の感想が、まぁ~~~「よし書くか!」と、書きたくなる感想ばかりだったので、すごく励みになってます。

これからもたくさん感想お願いします!!!!

失礼します!


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第6筋肉 口説かれる筋肉とナイスネイチャ

「ほらほら、ネイチャちゃん。脚の回転遅れてるわよー」

 

「りょう、かい、です!」

 

 練習場にナイスネイチャの気合の一声が響く。

 走るナイスネイチャを見守るのは、トレーナーとマルゼンスキーだった。

 何故、マルゼンスキーがいるのか、それは先日のトレーニングを見てもらえれば一目瞭然である。

 トレーナーはトレーナーの立場から見た改善点、マルゼンスキーはウマ娘の立場から見た改善点。双方向から見た改善点は、ナイスネイチャの練習強度を更に高める。

 

「Why……。何故君はここにいるんだマルゼンスキー?」

 

「あたしがここにいちゃ駄目? 最近、妙に他のトレーナーさんからのアプローチが多いから、ここに来ただけなんだけど……ヨヨヨ」

 

「What……。何故泣いているんだい?」

 

「もー。こういう乙女な泣き方にはちゃんとフォロー入れないと! 貴方、ポイント下がるわよ」

 

「Point……。君は誰よりも優しくて強い。そういうウマ娘にはちゃんとついてきてくれる。ポイント下がるどころか、常に上昇していると思っていたのだが……」

 

「へぇ……トレーナーさんもなんだかんだ言って、あたしを口説いてくるのね?」

 

「What……。口説くとはどういう意味だ? 君の言っていることは時折、分からない」

 

 マルゼンスキーはあの併走のときから、良くナイスネイチャとトレーナーの所へ顔を出すようになった。

 元々ナイスネイチャの事は知っていたが、何故ここに現れるようになったのか。

 答えは、今彼女の隣にいるトレーナーが全てだった。

 

「ちなみに、トレーナーさんはあたしに声を掛けようとは思わないの?」

 

「Meaning……。自分の担当するウマ娘はナイスネイチャだけだ」

 

「確か、担当するウマ娘は複数でも構わないはずよ。あたしはトレーナーさんだったら、二つ返事でオーケーするのに。貴方は賞がどうとか、そういうのじゃなくて、ただひたすらにウマ娘と向き合ってくれるみたいだし、ね」

 

 ウィンクしながら、そう返すマルゼンスキー。

 もし他のトレーナーがそのやり取りを見ていたのならば、彼ら彼女らは皆、血の涙を流し、嫉妬していただろう。

 このトレーナーはマルゼンスキーというウマ娘を知っているが、“知らなかった”。

 マルゼンスキーの脚がどれほど魅力的で、どれほどの高みを見せてくれる存在なのかを。

 

「Know……。君の速さは知っている。だけど、何回でも言うけど、自分はナイスネイチャのトレーナーだ。彼女に集中したいんだ」

 

 だが、それを知ったとしても、トレーナーの気持ちは変わらなかっただろう。

 トレーナーの真摯な瞳には、ナイスネイチャしか映っていないのだから。

 

「あらら……フラれちゃった。――なぁーんて、すぐに諦められるほど、あたしは打たれ弱いオンナじゃないわよ」

 

 マルゼンスキーが静かにトレーナーの前へ立った。身長差。彼女は上目遣いになり、右手を鉄砲の形にし、それをトレーナーへ向けた。

 

「いつか、貴方に“君を担当させてくれ”って言わせてあげるわ。覚悟しなさい?」

 

「Okay……。何故こういう流れになったか分からないが、覚悟しよう」

 

 

「あー! トレーナーさんが走っているアタシを見ずに、マルゼン先輩と話してるー! これは、浮気ってやつですか?」

 

 

 ナイスネイチャはニヤニヤしながら、駆け寄ってきた。たまにはからかってやろうという、可愛らしいいたずら心である。

 そんな彼女に、トレーナーは真正面から返した。

 

「No……いや、そんなことはない。眼球運動それすわなち筋肉。自分はマルゼンスキーと話しながら、眼球を動かしていた」

 

 トレーナーは続ける。

 

「マルゼンスキーの言う通り、ここぞというときの脚の回転率が悪い。これがスタミナによる所なのか、根性の問題なのかは、これから分析していくところだがな。だけど、走行時のフォームはだいぶ改善されている。上半身の筋肉量が増したことにより、安定感が増したのだろう」

 

 最後にトレーナーはこう締めくくる。

 

「練習の成果は確実に積み上がっている。頑張っているぞナイスネイチャ」

 

 ぽかんとするナイスネイチャ。ちゃんと見ていてくれていたという事実に、ナイスネイチャの顔がどんどん赤くなる。それを見て、お腹を抱えて笑うマルゼンスキー。

 

「もーラブラブね、ネイチャちゃん」

 

「なぁ!? ないないないない!」

 

「ないないナイスネイチャ?」

 

「どうも~ないないナイスネイチャです~! ……マルゼン先輩、味をしめましたか?」

 

「テヘリンコ☆」

 

 ペロッと舌を出し、片目を閉じ、頭を軽くコツンと叩く。どこか古代に見たような所作。

 ここに歴史研究家がいれば、彼女の仕草に正確な名称をつけられたのだろうが、生憎とこの場にそれを指摘できる者は誰ひとりとしていない。

 

「そ、それよりも! トレーナーさん! 次の練習は!? 何!?」

 

「Hmm……。そろそろレースが近いし、実戦形式の練習を増やしたいところだ」

 

「お、その心は?」

 

「Battle……。君に足りないのは、ここぞというときの勝負勘だ。これは筋肉と違って、鍛えられるものではない。だけど、乳酸と同じだ。ひたすらにでも動かしていけば、溜まっていくものだ」

 

「なんだか例えが微妙に嫌だなぁ」

 

「Don't think……。そこで、今回も――」

 

 トレーナーがちらりとマルゼンスキーを見た。すると彼女は、右手でオーケーサインを作る。

 

「マルゼンスキーと、そして自分も走る」

 

「あら」

 

「え、また!?」

 

「Win……。今回は勝たせてもらおう。そのために鍛えてきた」

 

 トレーナーは全身に力を込めた。すると、彼が愛用しているスーツが約二倍膨れ上がる! 伸縮性が高い素材を使った特注スーツ! それでも、彼の膨張した筋肉はそれを突き破らんと悲鳴をあげる! 一歩間違えれば、公然わいせつ! 

 諸君らは砂時計の形を覚えているだろうか? 彼のマーベラスな筋肉は四肢の形を変え、ただでさえ逆三角形だった体格は更に巨大化! 下半身の筋肉も盛り上がっているため、まるで砂時計のような体格と変貌した!

 

「何か筋肉があっちゃこっちゃ動いて、キモくなったー!!?」

 

「Name……。そうだな、これは“トレーナー・ランニングフォーム”とでも呼んでくれ。ナイスネイチャ、君に負けた夜から、コツコツ鍛えたんだ。そうしたら、筋肉の声が聞こえて、この走行に適した姿になれたよ」

 

「筋肉言っておけば全部スルーされるって思ってない?」

 

 沈黙が流れる。

 トレーナーは大きな咳払いを一つ。そしてナイスネイチャを指差した。

 

「Game……。ナイスネイチャ、そしてマルゼンスキー。自分はこの勝負に勝つ。二人とも、怪我しない程度に本気で来てくれ。……前から思っていたが、ウマ娘よりも遅い自分が、偉そうに練習の指示をしていることに恥ずかしさを覚えていた。だから、自分は提示する。人間の底力を」

 

 ナイスネイチャは、妙にその言葉が頭に響いた。

 

(そっか、トレーナーさんもアタシみたいに、何かと比べて、それでも頑張って……)

 

 これは決して感化されたわけではない。

 けど、これに応えないとも言っていない!

 

「良いよ! アタシ、どっちにも勝つ! マルゼン先輩にも、トレーナーさんにも!」

 

 三つ巴の勝負が、始まる。

 

 

 

 




第6筋肉でした!
沢山の感想ありがとうございます!全部読ませていただいております!
本当にいつも感想書いてくれてありがとうございます!嬉しいです!
これからもよろしくおねがいします!


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第7筋肉 真剣勝負筋肉とナイスネイチャ

 芝二千メートル。いわゆる中距離レース。

 その練習場に、三人の戦士が立っていた。外側から順番に紹介していこう。

 一人はマルゼンスキー。“スーパーカー”とも呼ばれているトレセン学園でも最上位の実力を持つウマ娘。

 一人はナイスネイチャ。“ブロンズコレクター”。その実力を、根性と努力で乗り越えていこうとするウマ娘。

 一人はトレーナー。筋肉。

 

「ねえトレーナーさん。これって、どうやってスタートするの? またコイン?」

 

 ナイスネイチャが聞くと、トレーナーはデジタルタイマーを邪魔にならない所に置いた。

 

「Time……。三秒後にスタートだ。良いだろうか?」

 

 ナイスネイチャとマルゼンスキーは頷いた。既に二人は、勝負に向けてのマインドセットを完了していた。

 あとは火蓋を切るのみ。

 準備完了を確認したトレーナーは、リモコンでデジタルタイマーを起動した。

 

「Ready……。負けない」

 

 リモコンを放り捨て、トレーナーは走る構えを見せる。

 おお、何たることか! トレーナーの脚の筋肉に力が(みなぎ)る! さながら加工前の、丸太の如き(いわお)を感じさせるではないか!

 しかし、ここでレースに知識がある者ならば、トレーナーの両目に視線がいくのではないだろうか?

 三秒のカウントを見逃さないよう、普段の三倍の力が眼球周辺の筋肉に込められているのだ。今のトレーナーの視力をもってすれば、スロー再生はお手の物。人間DVD再生機爆誕!

 

 三、ニ、一。

 

 同時に、駆け出した。

 

(へぇ……)

 

(なぁっ!?)

 

 

「fast……。初手より全力でつかまつる……!」

 

 

 それを、ウマ娘たちの走行スタイルでカテゴライズするのならば――“逃げ”。

 

 

 極限の鍛錬をしたとして、人間とウマ娘の体力には圧倒的差がある。

 トレーナーに許された手札は、ウマ娘に近い身体能力のみ。

 二百の体力に対して、百の体力で勝負を挑む。

 

 

 ――つまり、その百の体力を使い切る内に、決着をつければ良い道理だ。

 

 

 トレーナーの走る後は、土煙があがり、さながら一発の弾道ミサイル。トレーナーの全身の筋肉が軋む!!

 

(トレーナーさん、あたしの“走り”を知らない訳じゃないでしょうに)

 

 トレーナーの隣を走るのは、マルゼンスキーであった。彼女の脚質は“逃げ”。

 彼女が最も“楽しい”と思う走りだ。

 マルゼンスキーは、ひたすらゴールを目指すトレーナーを横目に見る。

 

(……ううん。あたしの事を知っている上で、この走り方を選んだのよね。貴方の体力とウマ娘(あたし達)の体力には差があるから。抜き差しの技術で戦うよりも、真正面からの対決を選んだ)

 

 マルゼンスキーの分析は正確であった。だからこそ、彼女はくすりと笑う。

 

(ほんっと貴方、他のトレーナーさんとはひと味もふた味も違うのね)

 

 故に、同じ舞台(逃げ)を選んだ相手を、真正面から打ち砕く。マルゼンスキーの脚の回転率が一層跳ね上がった。

 

 

(トレーナーさん、はっや! どんだけ鍛えてきたんだっつ―の!)

 

 

 ナイスネイチャはトレーナーとマルゼンスキーの背中を追いかける形となっていた。

 以前走ったときとは、まるで違う。

 

(すごいな……アタシだったらどうなんだろう)

 

 もし仮に、自分がトレーナーのように人間だったなら。

 こういう状況になったとして、自分も同じように鍛錬できただろうか?

 分からないが、それでも“出来ない”とは決して言いたくない。

 トレーナーがちらりと、ナイスネイチャを見た。そんな余裕はないはずなのに。人間と、ウマ娘が戦っているのだ。そんな余裕、少しもないはずなのだ。

 

(もしかしてトレーナーさん、アタシに見せようとしている? 努力は裏切らないって)

 

 誰もが不可能と、そう口にするこのカード。

 だが、それでもトレーナーはああして自分と張り合うどころか、最強のマルゼンスキーにさえ食らいつこうとしている。

 

 絶対に勝てる。そう信じて。

 

(ははっ。アタシ、本当にすっごいトレーナーさんに担当してもらえているのかも)

 

 ナイスネイチャの言葉には、複雑な感情が入り混じっていた。

 だからこそ、ナイスネイチャはきっちりと勝つつもりだった。トレーナーは当然として、マルゼンスキーにも勝つ。

 勝負は最終直線。これだけの距離があっても、まだ自分は食らいつける。

 今のナイスネイチャ自身を表しているかのような、この勝負。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 ナイスネイチャは心の底から叫んだ。普通、こんなことは絶対にしない。だけど、前を征く二人に感化されたのだろう。

 彼女は、そう自分に言い訳し、鼓舞の雄叫びをあげる。

 

 

「Lose……。負けた」

 

 

 一着マルゼンスキー、ニ着ナイスネイチャ、三着トレーナー。

 マルゼンスキーは数バ身離してのゴール。三着のトレーナーは、二着のナイスネイチャとは手の届くくらいの距離でのゴールだった。

 

「すごかったわねトレーナーさん。最初の勢いは本当にすごかったわ。まさか第三コーナーまであたしの隣に並んでくるとは思わなかったわ。そしてネイチャちゃん。貴方、前よりもうんと速くなったわね~」

 

「ありがとう……ございます!」

 

 ナイスネイチャは肩で息をしていた。

 必ず倒すつもりで走っていたのもあってか、どっと疲れが押し寄せてきた。この疲労感はどこか心地いいが、ナイスネイチャは今、ここで言わなきゃならない言葉があった。

 

「トレーナーさん」

 

「What……。どうしたナイスネイチャ」

 

「ありがとう。トレーナーさんの走りを見ていたらアタシ、なんだか心の底から勝ちたいって、負けたくないって、そう思えた。次のレース、早く走りたい。そう、思えたんだ!」

 

 ナイスネイチャはマルゼンスキーの方を向く。

 

「マルゼン先輩、ありがとうございました! 次は、必ず勝ちます!」

 

「ふふ、いつまでも待ってるわよ」

 

 一つ壁が生まれれば、一つぶち壊せばいい。

 それだけのシンプルな話。ナイスネイチャは、この死闘で戦心(いくさごころ)を培うことに成功したのだ。

 ゆっくりと頷いたトレーナーは、筋肉を縮小させ、“トレーナー・ランニングフォーム”を解除した。そして、満面の笑みでこう言った。

 

「Training……。では、次のレースのため、次の練習をしよう」

 

「ちょ、ちょっと待ってトレーナーさん。少~しだけ休憩をば……」

 

 トレーナーは、水筒を取り出した。

 

「Drink……。プロテインがある。今日はブルーベリー味だ。これを飲めば、即回復し、ナイスネイチャの身体の筋肉は最高の状態になるだろう。さ、これを飲んでレッツ筋肉」

 

 

「い、いやだぁ~! もっと乙女なものが飲みた~~~~い!!」

 

 

 ナイスネイチャの抵抗は、しばらく続いたのであった。




第7筋肉でした!

人間とウマ娘との対決でした。

いつも感想ありがとうございます!すぐには返せませんが、すぐに読んでます!これからもよろしくおねがいします!


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第8筋肉 後悔筋肉とナイスネイチャ

 ナイスネイチャは練習場で汗だくになっていた。

 来月のレースのため、ずっと調整を続けてきている彼女は、最近ずっとこの調子である。

 そんな彼女を、じっと見守るトレーナー。その口元は油断なく、引き締められていた。

 

(Think……。考えすぎだろうか)

 

 彼女の努力に水を差すつもりはない。だからトレーナーはずっとナイスネイチャのやりたいようにやらせてきた。

 しかし、レースが近づくたびに感じる。

 

 

 ――彼女は頑張りすぎている。

 

 

 

「Hmm……。ナイスネイチャ、今良いだろうか?」

 

「はぁ……はぁ……! 何、トレーナーさん? アタシ、このままもう一本追加したいんだけど……!」

 

「Really? ナイスネイチャ、それはいけない。やるにしても一度休憩だ」

 

「駄目! それじゃあ次のレースは勝てないと思う! だからやらせてほしい!」

 

 トレーナーは思わず後ずさった。ここまで明確に拒否してくることは初めてだったから。

 ナイスネイチャは続ける。

 

「マルゼン先輩にも、そしてトレーナーさんにも、沢山練習に付き合ってもらった。だからアタシはその恩に報いるためにも、絶対に勝たなきゃならないんだ。だからお願いトレーナーさん! もう一本!」

 

「One more……。ナイスネイチャ、オーバーワークは確実に身体へダメージを与える。それについて、自分が許可を出すことなんて……」

 

 ナイスネイチャはじっとトレーナーを見つめる。否、これはもはや射殺すという表現で良いだろう。彼女は真剣だった。だからこそ、視線に重みが乗る。

 トレーナーは天を仰いだ。突っぱねるべきだと、ウマ娘の身体の事を考えるならば、ここは突っぱねる以外の選択肢はない。

 

「Yes……。一本は認める。ただし、走るのではなく、自分と同伴で歩いてもらう」

 

「どういうこと?」

 

「Share……。各コーナー、ストレートごとに俺が感じたことを述べよう。そしてナイスネイチャ、君がこの場所ではどう判断するか、それを教えてくれ。そして認識の共有を図ろう。より、君が効率よく走れるように」

 

「ふむふむ……なるほどね、オッケー! じゃあ早速行こうトレーナーさん!」

 

「Yeah……。じっくり行こう」

 

 ナイスネイチャと歩きながら、トレーナーはこう思っていた。

 

 

(Bad……。自分はトレーナーとして未熟だ)

 

 

 トレーナーとして、これが妥協案だった。走らせる訳にはいかなかったため、こうしてより負担が少ない選択肢へ持っていくことが精一杯。

 真面目な彼女は、トレーナーから苦し紛れの理由ですら、しっかりと受け止め、意見を出している。

 ナイスネイチャはトレーナーへ意見を出しながら、こう考えていた。

 

(アタシは絶対に勝つ。トレーナーさんとマルゼン先輩に胸を張れるように……!)

 

 彼女の闘志は最高潮に達していた。

 もはや来月まで待てない、そのレベル。

 そんなナイスネイチャの“熱”を感じていたトレーナーは、危うさを感じていた。

 

 ――近い内、嫌な予感が現実になるのではないかという予感だ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 運命の日は、レースまであと三日という時にやってきた。

 

「Good morning……。ナイスネイチャ、今日も頑張ろう」

 

「おはよ……トレーナーさん。あと三日だからね、頑張ろ?」

 

 ひと目で、ナイスネイチャの様子がおかしいと分かった。顔が赤く、呼吸も乱れている。

 トレーナーは背筋に悪寒が走る。

 

「Stop……。ナイスネイチャ、動かないでくれ」

 

「へ……?」

 

 トレーナーはナイスネイチャの額に手をやり、もう片方の手は自分の額に当てた。じっくり観察するまでもない。

 

 ――酷く、熱い。

 

「Health room……。保健室だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよトレーナーさん。練習は?」

 

「No……。保健室に行こう。君は今、感覚が鈍っているのかもしれないけど、酷い高熱状態だ」

 

「嘘……」

 

 トレーナーの見立ては正確だった。

 保健室に連れていき、養護の先生の立ち会いのもと、検温した結果、やはりナイスネイチャは高熱を出していた。

 トレーナーはそのまま、ナイスネイチャを病院へ連れていくことにした。

 

「Hmm……。体力低下のところを狙った風邪か」

 

「あはは~。ごめんねトレーナーさん。これからって時に」

 

 トレーナーはナイスネイチャと話し合い、レースのこともあるので、念の為一晩だけ入院させてもらうことにした。

 病室のベッドの上にいるナイスネイチャは、ずっと耳が下がっていた。

 

「No……。自分の判断ミスだ。君はずっと練習しすぎだと思っていたが、君の情熱に甘えてしまっていた」

 

 トレーナーは頭を下げていた。

 それに思わずナイスネイチャは両手をぶんぶんと振る。

 

「や! 何言ってるのよ! 自己管理できていないアタシが原因なんだからさ! 気にしないでったら!」

 

 ナイスネイチャは更に言った。

 

「そっか……アタシって、やっぱちょっと頑張ればこうなっちゃうんだ」

 

「No……。ナイスネイチャ、それは――」

 

「うん、分かってる。分かってるんだけど、悔しいなって……。ここで名前出すのもなんか脈絡ないけどさ、テイオーはこれ以上の練習をしているはずなんだよ。だからアタシだって、頑張らなきゃってそう思ってた。それがこの有様ですよ! あっはっはっ!」

 

 トレーナーはとても愛想笑いをする気にはなれなかった。

 ナイスネイチャは布団に潜り込んだ。

 

「ごめん、トレーナーさん。アタシ、このまま寝たい」

 

「All right……。それじゃ自分は帰るよ。お休みナイスネイチャ」

 

「う~い、おやすみ~」

 

 病室を出たトレーナーは、すぐに歩き出さず、しばらくそこにいた。

 やがて、病室の中から静かに、だけど確かにすすり泣く声が聞こえた。

 

「……」

 

 トレーナーは今度こそその病室を後にする。

 

「Absolutely……。ナイスネイチャ、自分は必ず君を勝たせる」

 

 トレーナーは両目を拭い、誓いを新たにした。拭った腕は、少し濡れていた。




第8筋肉でした!

この物語も後少しで完結となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです!


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第9筋肉 回復筋肉とナイスネイチャ

 レースまで後、二日。

 ナイスネイチャは病室のベッドの上で目覚めた。

 

「んっん~……」

 

 全身を覆っていたダルさが消えていた。ナイスネイチャは自分の額に手をあて、熱が引いたことを確認した。

 看護師さんが来たので、改めて熱を測ってもらうことにした。

 

「よっし、回復!」

 

 平熱だったことを確認したナイスネイチャは握りこぶしを作った。

 だが、それでも完全に気分が晴れたわけではない。

 

「アタシ……無理しちゃってたんだなぁ」

 

 ここでようやくナイスネイチャはオーバーワークを実感した。

 ここのところ、練習に熱が入りすぎていたのもあり、まともな生活を送っていた記憶がなかった。

 熱で倒れた日の朝なんて、どうやって身支度をしていたかすら、思い出せないほどだった。

 

「迷惑……かけちゃったな」

 

 ナイスネイチャの脳裏に、トレーナーの顔が思い浮かんだ。

 彼は寄り添おうとしてくれていた。その結果、自分が後悔するかもしれなくても、彼は自分の決断を尊重してくれたのだ。

 

 ――それを前提にして、ナイスネイチャは決断を迫られていた。

 

 彼女が思考の海に入る寸前、ノック音が聞こえた。

 

「はぁ~いネイチャちゃん。元気になったかしら?」

 

「ま、マルゼン先輩!? どうしてここに……!?」

 

「トレセン学園の正門でトレーナーさんと会ったのよ。それであたしがここまで車を出してあげたってわけ」

 

「Thank you……。ありがとうマルゼンスキー。おかげで走らずに済んだ」

 

 トレーナーが病室の出入り口からにゅっと現れた。身体が大きいこともあり、その登場の仕方は一種のホラーかと見間違える。

 

「おはよ~トレーナーさん。なんだか怖いよ、それ」

 

「Sorry……。なるべく静かに入ろうとしたのだがな。中々難しい」

 

「いや~そういうギャグを聞くのも久しぶりですね~」

 

 ナイスネイチャが心底おかしそうに笑う。

 

「Check……。だいぶ回復したみたいだな」

 

「まーね。なんかこうやって休んだのも久々だから、早く練習に復帰しなきゃなー」

 

 トレーナーの隣でそのやり取りを聞いていたマルゼンスキーはふと、こんなことを口にした。

 

「ところでトレーナーさん。確かネイチャちゃんのレースって残り二日よね? “どうするつもり”?」

 

 レースに出るか、出ないか。それはナイスネイチャに迫られていた決断である。

 トレーナーは即答した。

 

「Of course……。二日だけだが練習して、それでレースに出てもらう」

 

「あたしはそれ反対よ」

 

「マルゼン先輩……?」

 

 マルゼンスキーはそこでナイスネイチャに頭を下げた。

 

「ごめんねネイチャちゃん。でもネイチャちゃんは弱っているわ。本当の完璧に体力が戻ったわけじゃないと思うの。……オーバーワークから来る疲れは、そう簡単には癒えない」

 

 ナイスネイチャはドキリとした。

 確かにそうだった。下半身がまだ重りをつけたような感覚だ。以前のような回転率を取り戻すには、もう少しかかる。

 感覚的に、あと五日はかかる。

 そこまで喉元まで上がってきたが、ナイスネイチャは何とか飲み干した。

 

「What……。マルゼンスキー、自分は走ってもらう。そう決めた」

 

「私たちウマ娘は車以上に走れるわ。そんな高速の世界では、僅かな小石に躓くことすら許されないの。もし脚がもつれたら? もしトップスピードに乗った瞬間、ふっと意識がなくなったら? はっきり言って、体力が落ちているネイチャちゃんをレースに出すのは危険よ」

 

 マルゼンスキーの表情は真剣そのものだった。

 ナイスネイチャは、マルゼンスキーの言うことをよく理解していた。彼女が言う“最悪”のシチュエーションは容易に想像がついた。

 

「で、ですよね~……。マルゼン先輩の――」

 

 “言う通り”。ナイスネイチャはこの言葉を口にできなかった。それを言ってしまえば、終わりのような気がしたから。

 

「No……。ナイスネイチャはレースに出す。明日から練習にも復帰してもらう」

 

 トレーナーは一切迷うことなく、マルゼンスキーへそう言い返した。

 

「トレーナーさん……! ネイチャちゃんに何かあってもいいの!?」

 

 マルゼンスキーはこの件に関しては、絶対に退くつもりはなかった。

 意地悪で言っているつもりではない。それで実際に潰れたウマ娘を見てきているからだ。彼女の発言には経験が伴っていた。

 そんなことは百も承知のトレーナーである。

 

「ナイスネイチャ。君はどうしたい?」

 

「アタシは……」

 

 マルゼンスキーは黙っていた。

 トレーナーはここで、口を挟んでくるかと思っていたので、拍子抜けしてしまった。

 誰も促さない。ただ、じっとナイスネイチャの言葉を待っていた。

 

「アタシは……マルゼン先輩や、トレーナーさんと過ごしたあの時間を無駄にしたくない」

 

 ナイスネイチャはトレーナーをしっかりと見据えた。

 

「アタシ、走りたい。走らせてください、トレーナーさん!」

 

「All right……。無論だ」

 

「トレーナーさん。貴方、何かあったら絶対に後悔するわよ」

 

「Yes……。そうだ、だが、それで終わるつもりはない」

 

 トレーナーはナイスネイチャに近づき、彼女の手を握った。

 

「と、トレーナーさん!?」

 

「君の走りの全てに、自分は責任を持とう。レースの最中、もし君の脚が折れたら、自分は同じ脚を折る。君の腕が折れたら、自分は同じ腕を折る。もし君が転んでレース復帰困難になってしまったら、一生をかけて君をサポートする」

 

 トレーナーの口から、英語が消えていた。

 

「わぁお」

 

 マルゼンスキーが途中からニヤニヤし始めていたが、トレーナーは一切気がついていない。

 ナイスネイチャの顔はもう最初から真っ赤だ。茹でダコだ。

 

「て、手ぇ離して!」

 

「? Sorry……」

 

 ナイスネイチャは両手を大事そうに握りしめながら、言った。

 

「……アタシがこうやって言えたのは、全部トレーナーさんのおかげ。多分、トレーナーさんと会う前だったら、すぐマルゼン先輩の言うことを聞いていたかもしれない。けど! トレーナーさんはアタシが“出来る”と思ってくれたから! だから、アタシは頑張りたい。トレーナーさんの期待に……応えたいんだ!」

 

「Great……。その言葉を待っていた」

 

「マルゼン先輩も!」

 

「あら?」

 

「マルゼン先輩にも、練習に付き合ってもらいたいです! 勝手なこと言っているのは分かってます! それに、アタシがあと二日で何が出来るのか、どこまでやれるのか、正直分かりません。けど、アタシはやってみたい。それがどんな結末になろうとも、アタシは走りたいんです! ウマ娘だから!」

 

 マルゼンスキーもナイスネイチャに歩み寄った。そして、ナイスネイチャの手をそっと取った。

 

「ええ……もちのろんよ。あたし、ネイチャちゃんならきっと、そう言ってくれると思ってた。あたしの言葉を跳ね除けられるくらいの力が、ネイチャちゃんにはあるって信じてたから」

 

「それじゃマルゼン先輩、わざと……」

 

「……トレーナーさん、ごめんなさいね。あたし、きっと無意識にトレーナーさんとネイチャちゃんを試しちゃったのかもしれない」

 

「Don't worry……。君のその両手を見て、誰が責められる?」

 

「え……?」

 

 マルゼンスキーは自分の両手を見た。握りすぎて、一部血が滲んでいた。

 トレーナーは二人の前に、手を差し出した。

 

「Victory……。自分たちトレーナーと、ウマ娘たちの合言葉は常に一つだ」

 

「……うん!」

 

「そうね、ネイチャちゃん。明日から厳しいわよ?」

 

 三人の手が重なる。代表して、トレーナーがその言葉を告げた。

 

 

「――勝つぞ」

 

 

 この瞬間、三人の気持ちが一つになった。




第9筋肉でした!

いよいよ、もう少しで最終回です。
最後の最後までお付き合い願います!

さよなら筋肉!(謎挨拶)


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第10筋肉 鈍感筋肉とナイスネイチャ

 本番までの時間は、酷く濃密だった。

 

「ほらほらネイチャちゃん、遅れているわよ! あたしはいつもこのストレートで息を入れているから、参考にしてみて」

 

「はいっ!」

 

 トレーナーは腕を組み、マルゼンスキーとマンツーマンでトレーニングをするナイスネイチャを見守っていた。

 マルゼンスキーはレースまでの時間を全て、ナイスネイチャに使ってくれると言ってくれた。

 伝説と評して過言でもないマルゼンスキーは、ウマ娘ならではの視点で実に的確にアドバイスをしてくれる。

 トレーナーである自分はただ、見守っているだけ。

 

「トレーナーさん! ぼーっとしてないで! ちゃんとネイチャちゃんを見てあげて!」

 

「Sorry……。気合を入れ直す」

 

 芝の上でマルゼンスキーが大きな声で叱責する。トレーナーは両頬を叩き、気合を入れ直す。

 

「はぁ……はぁ……どう? トレーナーさん」

 

 しばらく走り込みをした後、ナイスネイチャとマルゼンスキーが戻ってきた。

 ナイスネイチャはタオルで汗を拭いながら、走りの評価を求める。

 トレーナーは即答した。

 

「No……。レースに出るにはまだ足りない」

 

「うぐっ……! そっかぁ……そうですよね」

 

「But……。だが、熱で倒れていた分の“速さ”は取り戻していたと思う。自分はそう思った。マルゼンスキーはどうだろうか?」

 

「そうねぇ……」

 

 マルゼンスキーは形の良い顎に指を添えた。考え込む彼女に一切の汗は見られない。まだまだ本気では無いということの証左だ。

 

「一日の遅れは完全に取り戻したと思うわ。後はそこからどれだけ伸ばせるかなんだけど……」

 

 ちらりと、マルゼンスキーはナイスネイチャを見た。

 

「実力はそのままってところね」

 

「Yeah……。全く速くなっていない」

 

「辛辣すぎない!? いや、まぁ……自覚はありますけどね?」

 

 両名からの歯に衣着せぬ発言に、ナイスネイチャはすっかりダメージを負っていた。

 だが、二人に悪意は一切ない。ただ、純粋な気持ちでナイスネイチャに言葉をかけているのだ。

 ナイスネイチャにとって、それは百も承知のため、非常に複雑なのだ。

 

「そりゃどこかのアニメの主人公じゃないんだし、急に実力は伸びませんって……」

 

「Why……? 君が主人公じゃないと誰が言ったんだ? 自分たちの友情、そして努力、あとは勝利を掴むだけの道理だろう?」

 

 トレーナーの真っ直ぐな瞳に、ナイスネイチャは皮肉を言うことすらためらってしまった。

 

「……ごめんトレーナーさん。少しだけナーバスになってたみたい。マルゼン先輩! もう一本お願いします!」

 

「オーケイ! 何本でも付き合うわよ!」

 

 トレーナーはマルゼンスキーから発せられる妙に耳に馴染むイントネーションに、つい質問してしまった。

 

「Say……。マルゼンスキー、それはもしかして自分の真似か?」

 

「イエース! 良く分かったわねトレーナーさん!」

 

「あーマルゼン先輩ずるい! アタシもいつか真似しようと思ってたのに!」

 

「あらあら。ネイチャちゃん、もしかしてヤキモチ?」

 

 途端、ナイスネイチャは顔を真っ赤にしながら、反論する。

 

「そ、そんなわけないじゃないですか! やだなーもう! あっはっはっ!」

 

 トレーナーは全く意味が分かっていなかった。

 分かることはナイスネイチャが笑う時に動く筋肉の鼓動だけだった。

 

「トレーナーさんも隅に置けないわね~このっこのっ」

 

「Why……。マルゼンスキー、そのエルボーには何の意味が込められているんだ……?」

 

「分からない?」

 

「Yes……。筋肉の躍動には人一倍敏感な自分が、君とナイスネイチャの動作には何も読み取れない……」

 

 すると、マルゼンスキーとナイスネイチャが途端に死んだ目に変わった。

 

「ネイチャちゃん、練習続けよっか」

 

「……はい」

 

 今、ナイスネイチャとマルゼンスキーの心は一つだった。

 トレーナーを置いてきぼりにして、二人は練習を再開する。

 

「ネイチャちゃん、苦労するわね」

 

 トレーナーには決して聞こえない声量で、ナイスネイチャに語りかけるマルゼンスキー。

 

「はい……」

 

 返答するナイスネイチャの声はワントーン落ちていた。

 だが、マルゼンスキーはまさかの一言をのたまう。

 

「でも油断していたらあたしがトレーナーさんを掻っ攫うからヨロピコ」

 

「は、はぁぁぁぁ!? ま、まままままマルゼン先輩!? 何言ってらっしゃるんですか!?!?!?」

 

「あたし、ああいうトレーナーさんなら一緒に頂点目指しても良いかな? って本気で思っているから、もしネイチャちゃんがトレーナーさんを譲ってくれるなら――」

 

 マルゼンスキーが最後の言葉を言い切る前に、ナイスネイチャの速度が二倍ほど向上した。

 

「譲りませんからー!」

 

「あらら。少し吹っかけたら思った以上に反応してくれたわね。ふふっ、かーわい。でもね」

 

 マルゼンスキーは脚の回転を一段階上げた。

 

「あたしの前は、誰にも走らせないわよ!」

 

 一瞬でナイスネイチャを抜き去ったマルゼンスキー。追い抜き際、マルゼンスキーはぼそりと言った。

 

 

「――あぁでも、トレーナーさんを掻っ攫うって言ったのだけは、本当の気持ちだけどね?」

 

 

 マルゼンスキーはこれからも虎視眈々とトレーナーの事を狙い続けるだろう。

 ナイスネイチャは謎の不安感と焦りのせいか分からないが、妙に速度が上がり、自己ベストを更新できてしまったのは、この後に分かった話である。

 ナイスネイチャとマルゼンスキーの間で飛び散る微笑ましい火花。

 偶然通りかかったアグネスデジタルがその光景を目撃し、尊さで気絶したのは誰も知らない。




第10筋肉でした。
すまん、アグネスデジタル唐突に登場させたかったんですわ()

次回、最終回となります!
最後までよろしくおねがいします!

モチベ上がるので、感想よろしくおねがいします!


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最終筋肉 筋肉ダルマとナイスネイチャ

 レース当日。

 トレーナーとナイスネイチャ、ついでにマルゼンスキーはウマ娘とトレーナーが最後に言葉を交わせる場に来ていた。

 

「Yes……。ナイスネイチャ、ついにこの日が来たな」

 

「頑張ってね、ネイチャちゃん」

 

「……」

 

 ナイスネイチャは黙っていた。

 それが緊張だということを理解していたトレーナーは、更に言葉を続ける。

 

「Yeah……。ナイスネイチャ、君はこの瞬間まで努力をしてきた。あとはそうだな……」

 

「何?」

 

 珍しく言い淀むトレーナー。そんな彼に、ナイスネイチャは首を傾げた。

 

「Break out……。当たって砕けろ」

 

「えぇ~……。トレーナーさんや? それは今からレースに挑むアタシにかける言葉にしては、少し縁起が悪くはありゃせんかい?」

 

 おばあちゃん口調で、ナイスネイチャは冷静にツッコんだ。

 だが、トレーナーの側からしたら、これは何も冗談のつもりではない。

 

「No……。言い方が悪かった。君は、もうこの後ひたすら走るだけなんだ。今までの事を振り返る暇はない。勝て、ただ勝利のために。自分はそう言いたかった」

 

 ナイスネイチャから目をそらし、少しだけ恥ずかしそうに言うトレーナー。そんな彼に、ナイスネイチャは歩み寄った。

 

「What……。これは?」

 

「よくあるでしょ? 少年漫画で見る拳と拳をぶつけ合うアレ。ね、トレーナーさん、やらない?」

 

 握り拳を軽く前に出し、ナイスネイチャは笑った。

 担当ウマ娘からの申し出、これには全力で答えなければならない。トレーナーはそう心得た。

 

「Oh……。ぶつけ合う……、か。了解したナイスネイチャ。君のトレーナーだ。全力でやらせてもらおう」

 

 直後! トレーナーの右肩から右指先にかけて約三倍の筋肉の膨張が見られた!

 拳と拳をぶつけ合う。これを全力でのぶつけ合いと理解したトレーナーは全力で拳を振るうべく、己の筋肉を解放した!!!

 さながら山のごとき筋肉。それを目の当たりにしたナイスネイチャは、至極冷静にツッコんだ。

 

「いや、レースに出る前にアタシのこと殺す気? トレーナーさんからのグーパンなんて、アタシの身体木っ端微塵になる未来しか見えないんだけど」

 

「Sorry……。自分のパンチの威力を忘れていた。自分のパンチは、インパクト時に身体の中にまで破壊が伝わる。……どれだけ手加減していてもナイスネイチャの骨格を歪めるのは間違いないだろう」

 

「思った以上にヤバい未来が待っていた」

 

 すでにこの話題から逃げたかったナイスネイチャ。彼女は咳払いを一つすることにより、払拭することを選択した。

 ここでナイスネイチャはふいに時間を確認した。もう行かなくてはならない。

 だが彼女の心中は、実のある話ができなかった後悔……というより、こんな楽しい時間がもう終わるのかという寂しさだった。

 

「はぁ……この後、アタシは笑うか泣くかの二択なんですよねぇ……」

 

 ふいに出た言葉。ナイスネイチャは別に口にするつもりはなく、心の内に留めておくつもりだった。だが、出てしまった。

 思わず彼女は己の口を手で塞いだ。こんな弱音、レース前にはするべきでないからだ。

 

 だが、トレーナーは“笑った”。

 

「ふおおおお!?」

 

「あ、あらまあ……」

 

「What……。どうした二人とも」

 

「と、トレーナーさんが笑った……!?」

 

「ネイチャちゃんが驚いているならあたしが驚くのも当たり前、よね……」

 

「So……。そんなに珍しいか?」

 

「「珍しい」」

 

 ナイスネイチャとマルゼンスキーの声が揃った。

 基本仏頂面だっただけに、この瞬間はレア中のレア。

 しかし、からかうにも時間がない。ナイスネイチャはその笑顔の理由を聞いた。

 

「Yes……。君が今更、勝ち負けについて気にしすぎているとは思わなかった」

 

「そ、それどういう意味……?」

 

「Best……。君は全力でやった。今の今までずっと。後はその結果を受け止められるだけだと思っていた」

 

「あ~なるほどね。でもアタシ、そこまで柔軟な女じゃないんですけどねぇ」

 

「All right……」

 

「えっ!?」

 

「ひゃっ……!」

 

 ナイスネイチャ、マルゼンスキーの順番に声を上げた。

 二人のウマ娘はトレーナーの胸の中にすっぽりと収まっていた。

 ナイスネイチャとマルゼンスキーは、共に顔を真っ赤にしていた。可燃物を近づければ、それだけで発火しそうなほどに熱く。

 

「これは自分の独り言だ」

 

 英語もなく、トレーナーは話す。

 

「ナイスネイチャ。君はよくやった。今の今までよくやった。体調を崩してダウンしてもなお、君は不死鳥のように復活した。ならあとは頑張るだけだ。どんな結果になろうが、君はそれを飲み込める。君には、その度量があるのだから」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 続けて、トレーナーはマルゼンスキーへ顔を向ける。

 

「マルゼンスキー。君はその類まれなる実力を持ちながら、良く自分たちに協力してくれた。君の献身を、自分は生涯忘れない。だから、ありがとう。君の恩には報いたい、絶対に、何があろうとも」

 

「ふ~ん」

 

 全く余裕がないナイスネイチャとは裏腹に、マルゼンスキーは獲物を追い詰めたような顔を浮かべていた。

 ふいにトレーナーは自分の腕時計を見た。

 

「Let's……。ナイスネイチャ、時間だ。悔いのないように走ってくれ」

 

「――うん! あ、最後にトレーナーさんとマルゼン先輩にお願いしてもいいですか?」

 

 トレーナーとマルゼンスキーは了承はしたが、首を傾げた。

 マルゼンスキーは二人に背を向け、こう言った。

 

 

「背中を押してください。アタシがどこまでも走れるように」

 

 

 ナイスネイチャの申し出を断る者は、この場に誰一人としていなかった。

 

 

 こうして、二人に背中を押されたナイスネイチャは戦場の芝へと足をつけるのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 運命の日から一週間後。

 

「Okay……。ナイスネイチャ、後もう少しペース上げられるだろうか?」

 

「がっ……てん!」

 

 今日も練習場でナイスネイチャが走り込みをしていた。トレーナーはそれを見守っていた。

 最終コーナーを回り、ゴールをしたナイスネイチャはゆっくり歩き、呼吸を整える。

 

「トレーナーさん! どう、タイムは!?」

 

「Hmm……。正直変わりない。練習でこれなら、本番はたぶん……」

 

「ううぅ~~! マジですかぁ!」

 

「ふふ、ネイチャちゃん。大丈夫よ、ネイチャちゃんはまだまだこれからなんだから! 少し休憩したら、今度はあたしと走ってみない?」

 

「マルゼン先輩と!? で、でも……」

 

 もじもじするナイスネイチャを、マルゼンスキーは笑った。お腹を抱えて、非常に面白そうに。

 

「もー何言っているのよ! あたしとネイチャちゃんは“同じチーム”じゃない! 何を遠慮することがあるのよ!」

 

「うっ……! た、確かにそうですよね……。そう、なんですけどぉ!」

 

 あのレース以降、マルゼンスキーは超強引にトレーナーが担当するウマ娘というカテゴリーに属することになった。そこには生徒会長シンボリルドルフにも協力してもらったという裏話もあるが、ここでは割愛する。

 現実として、トレーナーの担当するウマ娘はナイスネイチャとマルゼンスキーの二人になった。

 

「あ、それとも!?」

 

 静かにマルゼンスキーがナイスネイチャに耳打ちする。

 

「もしかして、トレーナーさんと二人きりじゃなくなったから気が気じゃない感じ?」

 

「なーーーー!?」

 

 ナイスネイチャは思いっきり叫んだ。拗れそうになったので、とりあえずトレーナーを遥か遠くに追いやる。

 

「な、何でそんな話になったんですかねぇ!?」

 

「だってねぇ……ネイチャちゃんの顔、分かりやすいわよ?」

 

「嘘!? 隠してるのに!?」

 

 ペタペタと顔を触るナイスネイチャを見て、マルゼンスキーは一層笑い声を強くする。いや、もはやマルゼンスキーは面白さのあまり、芝をガンガン叩いていた。

 

「あはは! ネイチャちゃんやっぱり可愛いわぁ!」

 

「は、はぁー!? はぁー!? べ、べべべべつにそんなことないんですけど!?」

 

「What……。二人とも、何を話している?」

 

「べーつに? 何でも無いわよ。ただ、ネイチャちゃんがかわいーって話よ」

 

「Yes……。それなら肯定出来る」

 

「え……!」

 

 見る見るうちに顔を紅くするナイスネイチャ。

 まさかの人物からの、まさかの言葉。隣で聞いていたマルゼンスキーも思わず口笛を吹いていた。

 

「きゅ、急に何の風の吹き回しなのトレーナーさん!? あ、アタシのこと可愛いって……」

 

「Yeah……。筋トレはその人の努力を映す鏡だ」

 

「ん?」

 

「Power……。筋トレ、つまり努力をしている者は美しい。だがナイスネイチャ、君を見ていたらその言葉はやや不適切だと気づいた。だから、ふさわしい言葉を探した」

 

「そ、それが……可愛いってこと?」

 

 既にナイスネイチャの耳と尻尾が縦横無尽に動いていた。感情をコントロール出来ていない。

 

「Exactly……。自分の、心からの評価だ」

 

「あ……ありがと、トレーナーさん。でもそれを言うならアタシだって……」

 

 そう言って、ナイスネイチャは言葉を続ける。

 

「トレーナーさんは結果の出せないアタシを見捨てないで、ずっと見守っていてくれた。それがどんなに嬉しかったか……。だからアタシは頑張れたんだ。アタシのために、トレーナーさんのために」

 

 ナイスネイチャの熱を帯びた瞳が、トレーナーを貫く。

 

「アタシが一週間前のレースで、あの結果を出せたのは、本当に……トレーナーさんのおかげなんだよ。だから言わせて、ありがとうって」

 

 

 ――二着。

 

 

 万年三位だったナイスネイチャが獲得した、ある意味大金星。

 友情努力勝利が約束されているなんてことは絶対にない世界。だからこそ、この結果は大進歩だった。

 万年三位のウマ娘がこの結果を勝ち取れたということは、確実に一つ壁を破ったということなのだから。

 

「Yeah……。礼は不要だ。何せ自分も感動させてもらったのだから」

 

 トレーナーは空を見上げる。

 

「壁は超えられる、絶対に。自分は君にそれを教わった。だから、これで良い」

 

 トレーナーはナイスネイチャへ手を差し出す。

 

「Teach……。これからも教え、教わろう。自分とナイスネイチャは、最高のパートナーだ」

 

「ふっふーん! ま、トレーナーさんにそう言われちゃ、頷くしかありませんよね~?」

 

 いたずらっぽく笑い、ナイスネイチャは差し出された手を握り返した。

 

「これからもよろしくね、トレーナーさん!」

 

「Yes……。もちろんだ――ネイチャ」

 

「! い、今アタシのことあだ名で……」

 

「……気のせいだ、ナイスネイチャ」

 

「嘘だ! 英語抜けてるし! ねね? もう一回言ってよ!」

 

「No……。忘れてくれ……」

 

「忘れませーん!」

 

 トレセン学園。

 そこには二人のウマ娘とトレーナーがいた。

 一人は不屈の精神を持ち、何度負けても決して折れぬウマ娘ナイスネイチャ。

 一人は影すら踏ませぬ最速にして、皆のお姉さんであるウマ娘マルゼンスキー。

 一人は筋肉。

 

 三人の栄光への旅路は、これからようやく始まるのだ。

 

 無性にナイスネイチャはワクワクしていた。

 何せ、これからもこの筋肉トレーナーは、自分に色々な景色を見せてくれるのだろうから。

 

 筋肉は全てを解決する――いつか、トレーナーはそう言った。ナイスネイチャは今でも“そんな訳はない”と思っている。

 これからもツッコミ続けよう、それがすごく心地いいのだから。

 

「ねぇねぇトレーナーさん? この後、あたしの走りも見てくれないかしら?」

 

「ピピーっ! マルゼン先輩、すこーし距離が近いですよ! 腕を絡めないでくださーい!」

 

「え~? ケチケチしないでよ~。ね、良いでしょトレーナーさん?」

 

「Impressed……。マルゼンスキー、君もようやく自分の筋肉の素晴らしさに気づいたのか」

 

「いや、マルゼン先輩そういうつもりじゃないし!」

 

「What……。それなら君は何故そんなにうろたえているのだ?」

 

「うっ……! そ、それは……その……」

 

「What……」

 

「う、うるさーい! アタシの見てる前じゃとにかく駄目なんだからー!」

 

 

 この物語は、筋肉まみれのトレーナーへ、ナイスネイチャがひたすらツッコミ続けるだけのお話だ。

 

 

 

 

【筋肉ダルマとナイスネイチャ 完】




これにて筋肉ダルマとナイスネイチャ完結です!

短い間でしたが、読んでいただき、ありがとうございました!
自分の中のナイスネイチャ、そして途中から参加したマルゼンスキーに対する解釈を余す所無く書ききれたと思います。

またやる気がむくむく湧いたらまた別のウマ娘を書いてみたいと思います。
ちなみにゴルシとマックイーンの絡みを書くのが大好きなので、もし書くことがあれば、今度はゴルマクになると思います。

最後に一言。

私の作品を読んでくれて、ありがとうございます。それだけで、とても嬉しいのです。
また、何かの作品の二次創作で会いましょう!今まで、ありがとうございました!

それではまた!


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