戦場より電海へ、再会を望む便りを (来亜昌)
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巨大要塞、相対するは時代錯誤の姫と家来

ネフホロ二次の増加を願って投稿させて頂きました。
下手の横好きが書いたので非常に拙い文であり、誤字脱字矛盾その他諸々があるかと思われます。それを踏まえた上で、読んでいただけると幸いです。



「■■■■◾︎◾︎◾︎…」

 

それ(・・)は歌う。

折り畳んでいた巨大な四脚を伸ばし地へと向け、轟音を連れて降り立った、宇宙を連想させる青と紫の混色を纏うそれは、形容し難く、しかし聞き惚れるような。不可思議な音声で歌う。

 

「■■■■◾︎◾︎◾︎…」

 

果たしてその歌は、再度踏みしめた星に住まう遍く生命体への、二度目の死の宣告か。無窮なる藍の世界を、長きに渡って共に旅した同胞達へ捧ぐ、始まりの祝福か。

 

「■■◾︎◾︎■■■◾︎…」

 

要塞の如きそれの上部から湧き出てくる、無数のピットが飛翔する。空を隠す黒雲の下で、同じく生産された機衣人達と足並みを揃えて、紙に落ちた水滴のように、じわじわと彼等の領土を広げて征く。

かつて勃発した、第三次宇宙文明侵攻の跡地、「墓標並び立つ黒土」を覆う、夢見る機械達の洪水。圧倒的な質量と物量を併せ持った、無機物の行進には、最早人の力では抗う事は叶わず…

 

「———私を見下ろすなんて、良い度胸じゃない」

 

故にこそ四機は、モノアイの機衣人(・・・)達は立ちはだかった。

 

「不遜な奴だねぇ…どうする大将、ぶっ壊すかい?ぶっ潰すかい?」

 

二本の大剣を背に、紺碧のラインが走る大型の鎚を片手で軽々と肩に乗せた、近接戦特化の大型機衣人が、敵を鋭く睨みつけながら、荒々しい口調で問う。

 

「選択肢が少なすぎやしませんかね…まぁぶっ壊すのには賛成だけど」

 

腕部よりも太い機器で繋がれたバックパックのようなものを背負い、右手に槍を握る騎士然とした外見の機衣人が、槌使いに賛同する。その後、黒い台形の中に灯る光を左にずらし、もう一機に視線を向けた。

 

「…姫の命に従うのみ」

 

肩部の八連装誘導型ミサイルと対機衣人用バズーカ、腰部の機関銃に、脚部の無誘導ミサイルをシンメトリーに配置。更に右腕部に長方盾と対大型機衣人用狙撃銃、左腕部には対機衣人用鎖鋸と散弾銃を装備する、槌使いよりも更に巨躯な機衣人は、外見にそぐわぬ落ち着きのある声で応え、沈黙した。

 

「そう。なら、命ずるわ」

 

前述した三機の正面で、威風堂々と仁王立ちする機衣人が、改めて口を開く。

 

「壊しなさい。破壊しなさい。目障りなあのガラクタを、私を見下すガラクタを、許しを請う咎人のように、惨めに地に這いつくばらせなさい」

「仰せのままに」

 

上に立つ者として、確かな重み(威厳)を含む言葉を放った指揮官機は、極彩色の着物のような認識阻害外套から、棘のある白色の片腕を出す。瞬間、蛍が葉から飛び立つが如く、一つ、また一つと装甲に偽装したビームガンナーピットが剥がれていき、やがて本体の両脇で、総数八機が、一矢乱れぬ隊列を組んだ。

 

「…前置きはこのぐらいでいいかしら?」

「十分かと」

「録画もバッチリです」

「ならさっさと始めようぜ大将。アタシゃもう我慢できないよ」

「少しは待ちなさい。“transcendere・confine(超越者)”」

 

今にも飛び出していきそうな家来を静止し、軽く深呼吸をする。そして、上辺だけでなく、内面まで戦闘用(・・・)に切り替えた指揮官機は、芯の通った声で。

 

「“十二の天災(コスモス・カタストロフィ)”が一席、『モノ・ズィミウルギア攻略作戦』」

 

戦いの幕を。

 

「別称、『Consultare Cometa作戦』」

 

凛々しく、切り落とした。

 

「開始!!」

「「了解!!」」

「了解」

 

一番槍を戴いたのは、ラインが薄く発光し、玄能に青色の電気を纏い出した槌を構える超越者。改良型噴脚と、大剣を挟むようにして装着された、背部の三機の大型推進機によって侵攻の名残である棺桶(古い機衣人の残骸)を飛び越え、モノへと突き進む。

 

「おっと、流石最高難易度。狙いも正確で弾数も多いねぇ!」

 

武器を持ち、猪突猛進してくる超越者とその仲間達の接近を察知したモノが、塔のような四つの脚部が支える胴部分から、固定粒子砲や粒子機銃を撃ち始めたのを皮切りに、母体であるモノを守るべく、飛行していたピットが空から各々の適正射程での射撃を始め、陸を制圧していた機衣人が、それぞれの武装と脚部を活かして射撃、又は接近を試みる。

放たれた粒子砲を改良型噴脚で瞬時に左に飛ぶ事で回避しつつ、敵方の熱い歓迎に喜色に満ちた声を上げる超越者は、時折脚部や腰部の推進機も使用し、必要最低限の動きで被弾を避けながらぐんぐんと前へ進んでいく。

 

「“transcendere・confine”、あんま先走らないようにしてくれよ?俺と“Leonardo ・artigliere(万能の砲手)”でカバーできる範囲内なら構わねぇが、姫の負担は増やしたくないし」

「分かってるって、“tavola rotonda・Braccio(ベティヴィエール)”」

「本当に分かってるなら、もうちょい息を合わせて進んでくれ…姫」

「見えてるわ、離しなさい」

「はっ」

 

先行していた超越者に追いついたベティヴィエールが、片腕で抱えていた四機のシールドピットを宙へ優しく放る。すると、超越者の周囲へとシールドピットが移動し邪魔にならない距離で三機は衛星のように回り出し、一機は頭上へと移動した。

ネフホロのプレイヤーの中でも、最高峰のピット操作数を誇る指揮官機の援護を受けた超越者は、その勢いのままに、滑走輪脚で不規則に揺れながら迫る粒子剣持ちの敵機衣人に向かって槌を振りかぶる、が。

 

「さっすがウチの大将!これならアタシも、気兼ねなく武器を振るえるって」

 

殴りかかる寸前に粒子剣持ちの機衣人の胴部。それも、エネルギー貯蔵庫(コア)のある場所を正確にライフル弾が貫通した。

 

「指定の座標まで援護する」

「エネルギーの消費は避けていきなさい」

 

原動力がなくなり、崩れるようにして倒れていく機衣人を踏破し、超越者が先陣を行く。

万能の砲手は、上空から降り注ぐ弾を盾で受けながら、指揮官機とつかず離れずの距離を保って噴脚で前進し、狙撃銃を前衛の二機に襲いかかる標的へ向けて発砲する。

 

「…分かってるってぇ。そんなにアタシが考えなしに見えるかい?」

「「「…」」」

「…見えるみたいだねぇ。まったく」

 

各機操縦者(パイロット)の冷酷な評価に、超越者は余裕にも最前線で溜息を吐き、肩をすくめた。

その隙を敵方が見逃す筈もなく、三機の機衣人が、モノの粒子砲による援護射撃の波に乗って、左右正面から肉薄する。

しかし、超越者は慌てる素振りを見せない。むしろ、それを待っていたと言わんばかりに砂色の瞳を爛々とさせ、勇猛果敢に迎え撃つ。

 

「…なら」

 

改良型噴脚の機能を切り一度地面に着地し、機体正面に集ったシールドピットによって一発目の粒子砲を躱すのに併せて右機衣人の方向へ跳躍。一際強い光を放った増大槌を右殴りの姿勢で構えながら、再度改良型噴脚で前方へブーストし、粒子剣を振り上げようとする機衣人に衝突する寸前、前に向けた左脚の全力噴射で前へのベクトルを殺して、右脚の噴射と起動した背部の推進機で車に撥ねられたかのように左へと急転進する。

ドウンドウンドウンッ!と小刻みに噴射と推進機の起動をする事で、瞬間的に加速した超越者が、中央側にいた機衣人の粒子剣による薙ぎ払いを紙一重で飛び越え、左側の機衣人に接近。油断はしておらずとも、あまりの速度に対応が遅れたそれが剣で斬りつけるよりも速く、大槌を左方向から振るい。

 

「汚名挽回と行くかねぇ!!」

 

雷轟(・・)で、音を塗り潰した。

機衣人用武器の生産企業。その一社に属する技術者(変態)達が生み出した超機構により、直撃した機衣人を始点として扇状に戦場を駆ける青電が、範囲内にいた二機の機衣人を呑み込む。

 

「危ねぇ!?FFには気を付けろって!後挽回してどうする!返上しろ返上!!」

「ニュアンスが伝われば問題ないのさ!」

 

直前に危険を察知し、高跳びしていたシールドピットとベディヴィエールが、超越者の元へと戻る。

大槌に吹き飛ばされた機衣人達の直線上。そこに他の二機がいた不幸も相まり、積み重なり物言わぬ残骸と化した機衣人を越え、両者はモノとの距離を詰めて行く。

 

「所で、そろそろかい大将?」

「ええ、予想が正しければ、もう直ぐ例のエリアに入るわ。二人共、作戦内容は覚えているわね?」

 

改良型噴脚を休める目的で、地に足をつけて走る超越者の抽象的な言葉に、指揮官機が主語を付け加えて返す。

 

「応さ!」

 

後退すると共に粒子機銃の弾をばら撒く機衣人に、ベディヴィエールは左手に持っていた物を横へと投擲。ヨーヨーに類似した形状の武装が、内に収納していた合金の鉄線を残らず吐き出させると、左手に残る機器のボタンを押して鉄線を赤熱させ、引き撃ちの体勢を取る機衣人へと振るい、鋼鉄の体躯を上下に容易く溶断した。

矢継ぎ早に来る敵に備え、ベティヴィエールは素早く鉄線車を巻き上げる。そして、指揮官機に随伴する万能の砲手へ、信頼せているが故の語気の荒い冗句を飛ばした。

 

「そらよっ、と。はい、大丈夫です。“Leonardo ・artigliere”!姫に傷一つでも付けたら、これで串刺しだからな!!」

「ああ。重々承知している」

 

時折上空から突撃してくるコマンドピットを、誘導ミサイルや散弾銃で迎撃するのと並行し、支援攻撃を行う万能の砲手。その、指揮官機には傷一つ付けさせないと言外に仄めかすような、返答に満足したのか、ベディヴィエールは他に何も語らず、ただ横に伸ばした左手でサムズアップした。

 

「そう、なら良いわ。頑張りなさい」

「健闘を祈る」

 

ベディヴィエールはともかく、問題の超越者も記憶している。それに安心したのか、若干柔らかい声で指揮官機は、万能の砲手と、前衛の二機に向けて激励の言葉を送る。

後方の二機の言葉を背に受け、超越者とベディヴィエールは例のエリアと称した、モノの引き起こす通信妨害圏へと突入する。

綿密に練った作戦通り、戦局を二分化させていった。

 

 

 

 

 

side【“plotone・comandante(一機小隊)”】

 

ズィミウルギア・モノは、自機の一定範囲内に機衣人が侵入すると、通信機器をジャックして、強制的に自分の歌を流す。私とfool(万能の砲手の操縦者)はその範囲内に入っていないから大丈夫だけれど、前の二人はもう通信は使用できず、環境音も踏まえると、拡声器込みでも大体百メートル以内でしか、お互いの声は届かない。

 

「厄介なギミックね」

 

初見攻略の都合上、ストーリー中に散りばめられたヒントを頼りにして、作戦を立てるしかなかったけれど、今の所大きな誤差、誤差を引き起こしかねないものは見当たらない。心の中でガッツポーズを取るも、思考は休まず、ビームガンナーピットとシールドピットを動かし続ける。

 

「しかし、この程度の障害。姫が立案された作戦通りに行けば、問題ではないと」

 

背部に搭載する巨大な長方体のとある武装の裏側から、戦車の上半分をそのままとって付けたかのような榴弾砲を起動。人間で言うなら、肩甲骨の下辺りにあるサブアームに散弾銃を仕舞わせ、空いた手で左側面を覆うように展開した榴弾砲のハンドル(持ち手)を固く握り、砲口から火を吹かせた。

狙撃用視覚カメラでない、汎用的な視覚カメラから繰り出す砲撃を、機体名に恥じない精度で、前の二機に近づく機衣人に命中させる。そんな芸当を淡々と繰り返すfoolが、私の独り言に反応した。

最古参にして、頼れる右腕の持ち上げる台詞は、とても心地良い。けれど私は、それに浸るのは悪い結末を招く事を、何度も身をもって体感している。

 

「過信するのはやめなさい。所詮は藁を編んで作った家。青天霹靂の前には、無常に吹き飛ぶ他ない、軟弱な建物擬きのものよ。出撃前にも言ったけれど、作戦は若干歩きやすいと思うくらいの獣道。無理に通って蛇に噛まれる必要はないのだから、ある程度の事象なら貴方自身で考えて、回り道をするなり、最善と判断した行動を取りなさい」

 

戦況は流動するものであり、予期せぬ出来事だって起こり得る以上、作戦の力を過信し、何とかしてでも筋書き通りにしようとするのは愚の骨頂。いくら家臣のFoolや◼️◼️、クトゥルンがその予期せぬ出来事にも柔軟に対応できるだけの力量があったとしても、そんな状態では勝利は叶わない。

だからこそ縛るのではなく、ある程度は各々の判断に任せる。家来達は力を十全に発揮でき、私は一部の思考に割くリソースを別に回せるから、一石二鳥というもの。

 

「了解しました。では…失礼」

 

前衛二機。特に、クトゥルンの駆る超越者の動きに注意しつつ、モノが此方にも機衣人を送り込んで来るのを確認して、戦闘の激化に備え右腕を外に出しピットを隊列に加える。すると、レーダーマップ上の点、foolを示すものが、私の隣に移動してくるのを視界の端に捉えた。

 

「…何のつもり?」

「姫の守護こそ、最善であると判断しました。無頼漢共の相手は私が務めるので、どうかご安心してピットの操作を」

 

聞くに堪えない嘘に、つい口から溢れそうになった溜息を何とか飲み込む。

今回の戦場で、私の生存は重要でないのは理解しているでしょうに…私情込み込みじゃない。

 

「好きになさい。ただし、エネルギーの残量に、は…」

 

乱れた思考を整えようと、会話を早々に切ろうとした直後、モノの異変に気づく。

聳え立つ塔のような四つの脚に支えられた、甲板と言うべき場所の中心。そこで、半透明の膜に包まれたまま、今の今まで微動だにしていなかったモノの上半身に当たる部分が、休息を終えた鳥が翼を開くように、畳んでいた左右の腕部を展開している事に。

 

「…!」

 

悪感が、脳裏をよぎる。

大地に水平に伸びていく腕部は、仮に伸ばし切ろうとまだ前衛の二機には届かず、掌から射撃でもするのかと思えば、その様子もない。頭部の表情は以前変わりなく、ただ私を嘲笑うように胸元のアメジストに似たコアを、妖しげに光らせる。

何を為そうとしているのか。意図は果たしてなんなのか。分からない。分からないけれど、その行動は私達に害を与えるものだと、根拠はないが確信めいたものを抱いた刹那、私は叫び。

 

「総員!!」

 

あたかも、自らの歌を賛美するように広げる両腕の側面が放つ、数十の眩い煌めき(・・・)を目にし、自身の判断は正しいものであると悟った。

 

「回避きゃ!?」

「っ!!」

 

戦火に晒され、焼け焦げた大地を、幾つもの紫苑色に輝く粒子照射砲が鋤いていく。

強烈な速度で迫り来る、極太の光柱。私はそれを避けようとし、推進機を吹かす直前、foolの駆る噴脚を最大稼働した“Leonardo ・artigliere”に抱き抱えられ、非常に不本意な体勢で危険領域を離脱する。

 

「っ、mineとクトゥルンは!?」

 

焦りで決まり(出撃中は余裕の無い状況と私に対して以外、機体名で呼ぶというもの。前衛二人は長続きしない)を忘れ、二人の名を呼ぶ。当然、返事は返ってこないが、操縦の手が止まり、一時的に静止状態になっているシールドピットを発見して、更にその先に無事照射砲を回避したらしい二人の機衣人を見つけ、胸を撫で下ろした。

なんとか無事ね…でも、通信妨害圏外の私達にすら、攻撃が余裕で届いているのを踏まえると、今のはMAP兵器かしら?照射砲直径は大体二十五から三十。照射跡に持続判定は…無さそう。直線に撃つだけはあまりに単調だから、照射パターンは他にも幾つかあると考えておいた方が賢明ね。

 

「…」

「…ご無礼、申し訳ありません。罰はこの戦の後、謹んでお受けします」

 

事前情報にない攻撃についてつい熟考していた私を、怒っていると勘違いしたのか、foolが本当に申し訳なさそうな声色で謝罪してきた。

大型犬が私を見上げる姿を想像して、もう少しこのままでいて困らせてやろうかしら、と悪戯心が芽生えるが、今はそんなことをする暇はない。照射パターンの考察は一旦止め、ビームガンナーピットとシールドピットの操作を再開し、前者は私の周りに、後者は超越者の周りへと向かわせる。

 

「別に、気にしてないわ。けど、エネルギーの残量には留意しておきなさい?道は一つではないとはいえ、いくら進んでも望んだ結末を得られないのなら、結局はみんな同じなんだから」

「銘肝します」

「分かったなら、早く下ろしなさい。視界がブレて操作がやりにくいのよ」

「はっ…っ!」

「ひゃっ!?もう少し丁寧に…っ!」

 

後ろに投げられるようにして下され、あまりにも雑な扱いに文句を吐こうとfoolの方へと向き直る。でも、敵機衣人の鉄剣を長方盾で防いだまま取っ組み合う、foolの“Leonardo ・artigliere”を確認し、文句ではなく、ピットによる粒子弾の雨を、無防備な敵へと降らせた。

 

「照射砲は時間稼ぎにもなるってわけね…!」

「ふん。如何致しましょうか、姫」

 

ボロボロの機衣人の胴部を、唸りを上げる鎖鋸で突き破り処理したfoolが、私に命令を求める。

レーダーマップには、あのMAP兵器を隠れ蓑に接近したと思わしき敵影が複数。敵機衣人の耐久力は紙なので、一体を倒すのにそう時間はかからないけど、射撃タイプと格闘タイプに分かれている上、そこにモノと空のピットの横槍も入る。きつくはないが時間はかかるし、実質的に拘束されているから、援護もできない。

数瞬考えを巡らせ、結論に至り行動を起こす。

 

「援護は一旦中止。プロットCまでに周囲の敵機衣人を迅速に殲滅」

「了解しました」

「はぁ…自分で判断なさいと言った側から、命令を下すなんて」

「やむを得ない状況故、無理もないかと」

 

“transcendere・confine”の周囲に配置していたシールドピット四機をオート操作に切り替え、代わりに背部のソードピットを同数起動する。

脳への負担がギリギリ掛からない、ビームガンナーピット三機。ソードピット一機の四隊形成し、一隊を自衛用に追従させ、他の三隊で応戦した。

 

「私は操作に集中したいの、よ!」

 

噴脚による飛行で、上方から撃ち下ろす機衣人の脚部を一隊の集中砲火で溶解。推進力を失い、地に堕ちる最中で更に視覚カメラにソードピットを突き立て無力化し、他の二隊で肉薄してくる近接型機衣人をセルフ挟撃する。

近接型六、射撃型九。コマンドピットの突撃、及びモノによる粒子砲発射兆候確認…駄目ね、一々言語化していたら他が処理できなくなる。多少の粗さには目を瞑ってでも、敵の行動は感覚で把握した方が良さそう。今優先すべきは、ピットの操作と囲まれない事。向かい合ってドンパチやる分にはあまり苦労しないけれど、包囲されたら消耗が加速する。だから。

 

「右の敵は私がやるわ。貴方は」

「左の敵の相手は私が務めます。危機が迫れば、存分にこの身を盾にお使いください」

「…分かってるじゃない」

「姫に仕える者として、この程度は必須の技能ですので。では」

 

さっきのは分からなかった事も知らず、間抜けにもfoolは誇らしげに言って、その場から離れる。

…ちょっと生意気ね。でも、会った時に比べれば、こっちの方が頼りがいがあるかしら。

 

「…ふふっ」

 

過去の記憶を想起して、つい戦場に立っているのを忘れ笑いを零す。

辛酸を何度も舐めさせられて、恥ずかしい失敗を繰り返して。それでも諦めないで戦って、泥を被りながらも手に入れた、勝利の美酒を分かち合って。思えばもう四年近く、姫プを続けてきたのね。未だに私が憧れるあの理想の姫には、遠く届かないけれど。

 

「あら?」

 

後で一人反省会ね、と思い出を懐かしむ緩み切った己を自戒して前を向く。すると、死に体の機体でも健気に私に剣を振るおうと肉薄する、機衣人の姿が瞳に映った。

s字の軌跡を描き、けたたましくも美しい戦争音楽を置き去りにせんと疾走する機衣人に、三隊を他の敵の攻撃に当たらせている私は、何もしない。

残していた一隊で、しつこく突っ込んでくるコマンドピットを迎撃するだけで、何も。

 

「!」

 

大気を裂き、轟々と差し迫った機衣人。首を求め彷徨う死の妖精の如く、粒子剣を振り上げたゲームオーバー。

 

 

その間合いに入る寸前に、私は優しく助言をした。

 

「こんな初見殺しにも引っ掛かったら、孤島では生きていけないわよ?」

「…!?」

 

赤子のように持ち上げられ、車輪の空回る音が虚しく響き、剣の柄から放出される粒子と共に、消える。

敵機衣人の視覚カメラが消灯し、その背でモノの粒子砲を受けてもらったのを確認して、胸部に突き刺した二本の赤熱した剣。平均の凡そ四倍に及ぶ(・・・)腕部に握った、工業用溶断剣を引き抜いた。

 

「まぁ、貴方に二度目はないのだけど」

 

機能を停止させた剣から、高温発光がなくなるのを見届け、認識阻害外套の下から外に出した部分を内へと戻す。

腕か脚、若しくはその両方が、タコの触手のように自由自在に動かせる、多関節型機衣人。操作難度や、動作中の燃料の消費が多いなどのデメリットを持つ。けれど、動かさなければ少し多いぐらいの燃費で済みむし、外套の中に仕舞い込めば、相手にタイミングや仕方を悟らせずに攻撃ができる。デメリットも気にならない性能を秘めた型。

と、ここまで熱弁したはいいものの、相手にもよるけど、まず近づかれないようにするのが一番。私の“plotone・comandante”は、多関節型の中でも屈指の長腕を持つ為に、インファイトは苦手中の苦手。NPC相手ならまだしも、プレイヤーに対してこれを使う状況は、危機と同義だもの。これも反省ね。

 

「さ、他も片付けましょうか」

 

これ以上、一人反省会の議題を増やすのは流石に許容できない。

致命的なミスの防止も兼ねて切り替えた私は、眼前の敵を一掃する為、一層ピットの操作に神経を注いだ。



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絶頂が過ぎ去ろうと

メカを書くのは難しいと頭を抱えつつ投稿させて頂きました。
誤字脱字などがありましたら、筆者に叩きつけて貰えると嬉しいです。



side【“tavola rotonda・un bras(ベティヴィエール)”】

 

体が、震えていた。

機体を掠める銃弾にでも、戦場に溶け込む歌にでも。暴威と化した味方にでもない。

肉体を超え、精神すらも支配せんとする、この震えの正体は。

 

「Foooooooo!!!」

 

歓喜(・・)であった。

 

「公式からの供給を生で拝めるのは、同じ前線に立てる家来の特権っ!!」

 

粒子照射砲斉射で、クトゥルンとは逆方向に吹かして回避した直後。foolが姫を抱えている姿を目撃した瞬間、俺のテンションはメーターを振り切った。

何故お姫様抱っこじゃないんだだとか、果たして当時姫は何と仰ったんだろうだとか。夜しか眠れぬぐらいに気になる所が沢山あるが、取り合えずこれだけは叫んでおこう。

 

「年の差主従cp最高っ!!」

「意味不明な事抜かす余裕はあるみたいでほっとしたよ!」

「ただの現実逃避だよ!」

 

気を取り直して現状確認。俺達前衛チームは、モノの右前脚が目と鼻の先にある位置にいる。しかし、ともなればモノの護衛も必然的に多くなる訳で…

 

「二人にこれはっ、戦力過多だろ!」

「しかも殴りがいが無いときたもんだ。スヴェル(陽光塞ぐ天蓋)の硬さが恋しくなる、ねぇ!」

「機動要塞の群れとか圧殺される未来しか浮かばねぇ…」

 

周りで待機する者も含めれば、三十は下らない敵の数は、現在進行形で生産されている故に更に増える。

同じく騎士の装いをし、されど我が“tavola rotonda・un bras”とは方向性が異なる機衣人。プレイヤーが構築した機体の中で、foolのと並び最大級のとある機体を、今戦っている敵全てと置換する。超重量級機衣人で視界が埋まる、どうあがいても絶望な光景に背筋が凍った俺は、幻の寒さを掻き消さんと穂先を熱を込め、粒子剣と交差するようにして敵を槍で突く。

 

「ちっ。キリがねぇ」

 

コアに風穴が開き、膝を突き倒れる敵を掴み、モノ本体から直々に送られてきた誘導ミサイルの肉盾にしながら打開策を考える。

どうする、使うか?いやしかし、使ってもこの状況を打開できないまま沼れば、最終局面でエネルギーが不足する可能性がある。傍らにいる味方の大槌もチャージ時間が確保できねぇし。滞空して待ち構えている敵もいるが、一か八か改良型噴脚と推進器を吹かして飛んでみるか…!

 

「っ!mine!!」

「ああ!!」

 

鉄板と見紛う程の、二本の重厚な大剣で豪快に敵を薙ぎ払うクトゥルンの呼びかけの真意を知る故に応え、後方から飛来した三発の砲弾が直撃し、吹っ飛んだ敵達がいた場所。包囲網の穴から、多少の損害は無視し他の機衣人を蹴散らして、二機ほぼ同時に突破する。

激しい戦闘に耐え切れず、二機に減ってしまったシールドピットにキレが戻り、支援攻撃が再開された。という事は、どうやら姫とfoolも上手くやったらしい。

 

「さぁて、無事援護も戻ってきたし、手間取った分、スムーズな脚登りと行こうじゃないか!」

「未経験者にも優しい脚だと良いんだがな、よっと」

 

今まで出会った全ての機衣人が比較対象にすらならない、ビルのような脚へと跳躍。空中で適度に推進器を吹かし、内部に格納していたらしき粒子砲とその台座へと着地しながら、砲口を向けるそれが発射するよりも早く槍で貫く。

噴脚やらの飛べる脚部とか、飛行機体じゃなくても一応いける親切設計ではあるらしいな。まぁ、叩き落されたら下手したら最初からとか言う心折設計の一面もあるが。

 

「一々飛び乗るなんて面倒だからね、アタシは文字通り駆け登らせてもらうよ!」

「声の届く範囲には注意しとけよな!」

「はいはい分かってるよ!」

 

片方の大剣を背へと収め、重力游脚でホバー移動する敵を踏み台に、モノの脚部左側面へとクトゥルンが飛び移る。

 

「凹凸はぁ…大丈夫そうだね」

 

壁を蹴り、後ろ斜め上に跳ねて、腰部の推進器と背部の大型推進器を一瞬吹かし、また壁へ。この動作を高速で繰り返し、“transcendere・confine”が側面を走る。

やっぱ台座に飛び乗って行くよりかは、壁蹴って行った方が速いか。

 

「なら、こっちも温めてたやつを使うとしようか!」

 

事前に決めていた工程通り、背部のバックパックにエネルギーを注入し、変形させる。

おっと?おあつらえ向きに突っ込んでくる敵機確認。しかも不幸にも一体。

 

「わざわざ接待しに来てもらったのに悪いが、残念ながらこの台座は一機用なんでな。お帰り願う!」

「!?」

 

肩に乗せたバズーカの狙いを俺に定め、発射しようとする瞬間。敵機衣人の右上半身を巨大な左手(・・・・・)が握り潰す。

円卓随一の贅力を持つ、隻腕の騎士。べディヴィエールをイメージして構築した、この機体のメイン武装である巨大左腕。一人で十数機を操る姫や、雷の槌を振るうクトゥルン。数多の武装をマウントしたfoolの機体と比べるとインパクトでは劣るが、そんなものはいらない。必要なのは。

 

「利便性とぉ、殺傷能力ぅ!」

 

片方でも十分だが、この巨大左腕は、両方を兼ね備えた武装だ。

殴って良し、武器を持たせても良し、装甲が厚いから盾にしても良し。割と何でもこなせる器用な巨大左腕は、もっと言えば、機体名に恥じない怪力を保有している。

 

「そぉれ受け取れ!」

 

耐久力自体はそこまでないのも影響して、一撃で粉砕できた機衣人を別の機衣人へと投げつけ、怯んだ隙に掌に埋め込んだ粒子砲を二発撃ち込む。

 

「そっちは大丈夫そうかい?」

「心配はいらねぇよ。それより、そっちに一機行ってるぞ!」

「問題ないよ!」

 

レーダー上の自機の左にある青い点に迫る赤い点を発見し、警戒を促す。しかし、それこそ心配いらないと一際強くモノの左脚を蹴って、クトゥルンが空に飛び出た。

 

「だって、そろそろだからねぇ!!」

 

巨大左腕で二個上の台座を掴み、上に持ち上げる反動と改良型噴脚の噴射で更に上の台座に乗りつつ、ちらりと横を向く。するとそこには、頭部と右肩部にシールドピットの突撃を食らい、ぐらつく機衣人に大剣の腹を叩きつけて、ホームラン!とご機嫌に笑いながら振り切り、放物線を描かせるアマゾネスの姿があった。

ああ、そういやオート操作にもなってたから、シールドピットのエネルギーはそろそろ限界だったな…ん?というか、プロットCはPVの映像からして、距離的にシールドピットによる防御支援は難しいと姫が仰ってたよな。攻撃だって同等以上の難度だろうし…まさか戦いの中で成長を?

姫の能力は化け物のそれではないかと、薄々感じていた疑問が信憑性を帯びていくのに恐怖を覚える。だが、実質狂人の集まりを一言で統率する荘厳な立ち姿を思い出し、寧ろそうでなければおかしいのかと一人納得して、落ちていくシールドピットを尻目に、上へ上へと駆け上がっていく。

 

「あっはっは!よく飛んだ、って、うん?」

「どうした?」

「…あ~成程ねぇ。確かにそうすりゃ、色々便利か。mine、こっからは気ぃ引き締めて行くよ」

「だから、何がどうしたんだって」

「来るよ!構えな!!」

「主語を付けっ!?」

 

何度も何度も姫に主語を飛ばすなと叱られているのに、懲りずに主語を飛ばすクトゥルンの言葉に困惑している途中で、第六感が警鐘を喧しく鳴らした。

両手じゃ効かない程に命を救われている俺は、即座に恩人ならぬ恩覚を信じて機体後方を巨大左腕で薙ぎ、何かを打ち払った感触を感じる。

 

「なんだ!?レーダーには映ってなかったんだが!?」

「こっちを見な、mine」

「一体何が…うわぁちょうちょ(飛行機体)がいっぱい」

「どうやら、ジャミングも装備してるらしいね。全く小賢しいちょうちょだよ」

 

取って付けたような機械翼と飛行補助推進器は、恐らく本当に取って付けたものなのだろう。左を向けば、翼人型によく似た敵の中に、モノの機体下部に幾つもあるハッチへえっちらおっちらと味方を担いで輸送する、噴脚の機衣人がいた。しかも、輸送する味方が、機能を失っていようがお構いなしに。

いっそ無視したくなるまでの改造、再利用アピールに赤い涙が零れそうだよ畜生。毎回イベントの最終任務の最高難易度は凝ってる上に面倒だが、今回は特に気合入れすぎだろ運営さん。

良いぞ、もっとやれ。(虚勢)

 

「ちっ。こいつら、他より」

「強いねぇ。動きもボス並みとはいかないが、CPUにしては上出来だ」

 

噴脚系の脚部を装着する機衣人は、確かに空中もいける。ただそれは、どちらかと言えば戦闘が可能、という意味の「いける」だ。空中戦を想定し構築された敵は以ての外として、飛行用のユニットを装備した相手との空中戦も、普通に分が悪い。空中で移動しようとすればエネルギーの消費量も一気に激しくなるし、俺達に任せられた役割もある。なので、相手の得意な戦場に付き合い一機ずつ仕留めるなどはせず、不安定且つ、限られた足場を掴み、踏みしめて憎い面を拝もうと登る他選択肢はない。

とまぁ、そんな考えには至っても、先ほどまで戦っていたそこそこできるCPUよりも機敏な動作で、近接武器での一撃離脱やビームちゅんちゅんをされれば、仏の顔もシステムを起動してあったまるというもので。

 

「目の前にサンドバックが欲しいねぇ!」

「俺は机が欲しいぜ…っ!」

 

数えるのも面倒な程の、機械仕掛けの天使が放つ光弾。巨大左腕をフル活用し、猿の如く変則的に登って避け、避けられない光弾は巨大左腕でなるべく受ける。が、数の暴力は飽きれるまでに強く、次第に機体を掠め、焼いていく弾が、ちらほらと表れ始めた時、視界の端の敵が爆発した。

 

「最高だ、親友(fool)!!」

 

その爆発を皮切りに、煙の尾を引いて突貫する誘導型ミサイルや、大型ライフル弾。直撃すれば空中でナパームをまき散らす焼夷弾や、AP弾と榴弾が、後方から敵に向けて降り注ぐ。立場が逆転して、姫に守られている、射撃に全力で臨める状態なのもあるが、弾の命中率は、実はγ出身かと偶に疑う域だ。

信じられるか。これ、全部一人でやってるんだぜ…?惜しいなぁ。魔弾の射手の二つ名が他のプレイヤーに使われてなけりゃ、foolが名乗れただろうに。

 

「はっはぁ!!速攻で残り半分も速攻で行くぜ!!」

 

次々と墜落する敵など気にも留めず、背中は任せて最高速で登攀する。

鉄線車は腰に掛け、左手に槍を持たせて右手を溝に突っ込み、機体を持ち上げ、今度は巨大左腕で粒子砲を破壊した台座を掴み、また機体を持ち上げる。台座の位置がまばらなのと、所々細かく溝が作られているのもあり、登りやすい脚は、何故か俺の気分を高揚させていった。

やべぇなんかテンション上がってきたぁ!いやテンションは元から高かったが、ランナーズ・ハイみたいな何かがテンションを底上げして上登が止まんねぇ!人生楽しい!!推しの絡みを特等席で眺める人生クッソ楽しい!!

 

「…ne!」

「我が人生は七色に輝いてるぜはっはっはぁ!!」

「mine!!」

「どうしたクトゥルン!もうばてたか!?」

「馬鹿言ってないで避けなっ!!」

「あ?ってうおっ!!?」

 

最早油断を通り越し、もぬけの殻のような注意を易々と搔い潜ったモノの右腕。クトゥルンの声と、影の動きで漸くその存在が間近に迫ろうとしているのを認識した俺は、瞬時に巨大左腕など目じゃない規模の手中から逃れるべく、台座を離れ、空中へと機体を躍らせる。

 

「くっ!」

 

遊びすぎたと悔みつつ、何もない場所で如何にして足場へと戻るかを考えるが、先ほどまでいた場所は腕で覆われており、元の位置への帰還は絶望的。覆われていない上方は、到達するまでに改良型噴脚が焼けつく。下方へならいけるが、その場合再度此処まで来るのに時間がかかってしまう。

迷う時間すら惜しい。俺はクトゥルンと離れる事を許容し、前へと推進器と改良型噴脚を吹かして、灼熱の槍をモノの腕に突き刺し、姿勢を固定する。

 

「すまん、俺はこっちから向かう!何とか登ってきてくれ!!」

「はいはい、先行ってな!」

 

楽しくなると周りが見えなくなる癖は直せ。と姫に叱られていたのを思い出し、他人をどうこう思う立場じゃなかったなと心中では自嘲しながらも、機体は槍を支柱に、腰部の推進器を補助目的で気休め程度に使い、広げられる腕ににしがみつく。

普通の槍なら補助いらないだろうが、この槍は高熱化機能も保有している故に、耐久は平均以下。最悪巨大左腕さえあればいいが、最悪が起こるのは、今では早すぎる。

 

「…高所恐怖症の人は卒倒もんだな」

 

並のマップであれば引っ掛かる筈の、高度限界は存在しない。闘争を繰り広げる姫とfoolが、点としか認識できない地上は遥か遠くにある。

ゲームだと頭で理解していても、足が竦むプレイヤーはきっといるだろう。仮想現実と謳われるだけの迫力を、リアリティを。俺は今、身を以って体感している。

 

「はぁ」

 

所詮は仮想(・・)だなと、憂いながら。

風が機体を撫でる涼しさはある。鉄の匂いを運ぶ潮風には及ばないが。

手に槍を握る感触はある。いくら力を込めて握っても、潰したくなる肉刺はできやしないが。

敵意を向けられる感覚はある。口が癒着するような、息苦しくなる殺意には劣るが。

槍で敵を貫く悦びはある。皮膚を破り、骨をすり抜け、軟い臓器に刃が沈む快感には勝らないが。

傷つけられる屈辱はある。脳を蝕む蛆虫が、頭蓋骨の中身を伽藍堂にするまでには至らないが。

鋼鉄の肉体では、実感できないものもあるだろう。しかし、肉体の差異はなどは関係ない。大切なのは、俺が居る(要る)という実感。二つの世界からの肯定だ。その内の一つの世界の肯定が、他よりはマシなこの世界でも、故郷と比較すれば、希薄も同然なのだ。

 

「…ないものねだりをする歳じゃねぇ、か」

 

満たす度に、一段と容量を増し続けた欲が何をしても埋まらないように。今亡き世界は、三十を過ぎた男があれこれ駄々を捏ねた所で帰ってこない。

ならば、完全に満たされない今をどう生きるか?空欄を埋める答は、既出済みだ。

 

その場のノリで生きる(・・・・・・・・・・)しかないよな」

 

適度に弁えつつ、後悔も一種の刺激として受け止めて、過去に熱を冷まされないよう、刹那に生き、常に感情を更新する。そうすれば、最高の時間は味わえないだろうが、楽しい一時ぐらいは享受できる。親友の笑顔に釣られて、笑う事すらできなくなった訳ではないのだから。

 

「んじゃまぁ、頭空っぽにして、人生楽しくやって行こうかぁ!?」

 

何度繰り返したかも忘れてしまった自問自答はさっさと終わらせて、照射の構えを取ろうとし、地に向けて傾くモノの腕から槍を引き抜く。

当然、支えがない機体は重力に従い落下するが、改良型噴脚と腰部の推進器で腕の正面へと位置を調整し、巨大左腕を向ける。

 

「発射!!」

 

巨大左腕の甲に装備した武装。自機捲揚機から射出された錨状の弾がモノの上腕部に引っ掛かり、機体が高速で巻き上がる。

あ~ああ~はぁいそこどいてねぇ、必殺ターザンキック!!ピットにも平等にターザンキック!!

 

「我こそは密林から遣わされた円卓の機衣人なるぞ!そこをどけぇい!!」

 

接近してくる敵は蹴落とし、光線は身を捩り回避して、アンカーが外れる角度ギリギリで漸く足が着く。もう一度ターバンやりたいと叫ぶ童心を抑え、急斜面を滑るように駆け上がる。

 

『残存エネルギー、五十%』

「報告せんきゅー!!」

 

星を掻く、交差する破滅の光を尻目に、天辺まで辿り着いた俺は、着地時を考慮して改良型噴脚を休め、推進器だけで中心へと前進する。

お、あれか!あれがバリアか!よーしおじちゃん張り切って壊しちゃうぞーおらどけターザンキーック!!

 

「HEYモノちゃん!ちょっとバリア解いてそこの補給所でお話しし硬ぇ!?ナンパ拒否世界チャンピオンかよ!?」

 

挨拶代わりに放った黄色の粒子砲は、菱形のコアを守るように展開された淡い薄紫の障壁に着弾し、傷一つ付ける事無く、泡沫よりも儚く霧散する。

全身にくまなく配置された動力ラインらしきものが、コアに向かうにつれ収束していく辺り、コアの破壊=撃破の線が濃厚。というのが、ストーリー中の伏線なりを念頭に置いた姫の推測だが、当たりだろうな。というか、この規模の敵とまともにやって勝てる気しねぇし。

 

「おーおーわらわらと来やがったな雑兵ども!だが、残念ながら俺にはモノちゃんを口説くという使命があるからな、あばよ!!」

 

着地、跳躍、推進器点火、着地。と機衣人流ステップを刻んで走る、第一関節の先には、モノの中心部から生産されたてほやほやの羽根付きが数体。クトゥルンがそろそろ着く頃合いと予想して、雑魚は相手にせず、元の角度に直そうと傾いていく腕から中心部へ、斜めに火花を散らしてずり落ちる。

 

「I CAN FLLLLLLLLLLLLY!!はっはぁ!!!」

 

火花が途切れ、浮遊感に包まれている身の奥底で懲役から解放された童心の赴くままに、天に粒子弾を放った巨大左腕からアンカーを発射する。

ヒュー!この爽快感堪んねぇ!可愛い(砲口)でこっちに熱い視線を送る(粒子砲や誘導ミサイルを撃つ)ガールズさえいなりゃ、もう十回ぐらいやりたいんだがなぁ!!

 

「へいへい、メアド配りは後でなぁ!いやー持てる男はつら」

 

数こそ多いが、敵方のロックが緩く、ミサイルの誘導力も低いともなれば、振り子軌道で被弾せずに押し通るのは難しくない。付近を通過していくだけの攻撃を前に、思考は既に胴部に着陸した後の行動を模索していた。

——―ある機衣人を、モニターに収めるまでは。

 

「い…?」

 

極薄の頭部に、阿修羅を上回る八本の腕。その全てが持つ箱に大口径マズルとグリップが溶接された、と表す他ない奇形な銃。

間違いない。間違う筈がない。ネフェリムホロウに登場する機衣人で、あんな変態(直球)構築をした奴は一体しかいない。

 

「なんでお前がっ!?」

 

奇形のツインアイが俺を捉え、武装のトリガーを引く。瞬間、散弾。ライフル弾。ミサイル。誘導ミサイル。粒子弾。粒子拡散弾。規格はおろか、弾そのものの性質まで異なる六種の弾で形成された、暴力的な弾幕が襲来する。

自機捲揚機をパージする事で無理やりアンカーを外し、巨大左腕で前面を防護しつつ改良型噴脚も稼働させ、左に自機を吹っ飛ばす。爾後、固定砲台のロック性能とは桁違いの精度で繰り出された粒子弾が、紙一重で彼方へと飛んでいった。

ふざけた外観とは裏腹に、第三次宇宙文明侵攻で数多の命を屠った、モノ・ズゥミウルギアと同列の存在。“十二の天災”の一席に座する、最も謎深き武装の担い手。

 

「“ヘキサ・モイラ(六の運命)”がここにいるんだよっ!!?」

 

俺の問いに、ヘキサは発砲で撃滅の意思を返した。




「巨大左腕」

武装として存在はしておらず、大型機衣人用で肉弾戦向きの腕部に自作した装甲や武装を着せて構築した、mineがそう名付けただけの腕。
機能させなければエネルギーの消費は重量分だけになる仕様を利用し、普段はバックパックに変形、必要になったら展開をしている。
装甲の厚さを過信して盾に使っていた所を、早暁の女王の超絶技巧で滑るように回り込まれて武士の恥を刻まれたことがあったりなかったり…


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飢えた獣は振り返らない

新品よりも、泥だらけ且つ傷だらけの方がカッコよく見えるのは私だけではない筈…と思いながら投稿させて頂きました



side 【“transcendere・confine(超越者)”】

 

やーっと着いたかい。全く。翼なりなんなり装着してくりゃ楽なんだろうけど、アタシみたいな地に足を着けて移動する機体は面倒すぎるねぇ。

 

「いよっと」

 

途中トラブルもあったりしたが、foolの砲撃もあり、無視できる範囲内の損害でモノの左脚を登り切る。エネルギー量は五十を過ぎ、四十も間もなく下回るが、アタシ達の役割はあの目障りなバリアの破壊。だから、ここでエネルギー切れになろうが、あれさえ壊せば問題ない。

本当は、一回の攻撃可能時間じゃ壊せないぐらいの耐久はあるんだろうけど…ま、そこはウチの秘密兵器がなんとかしてくれるか。外したら終わりだがね。アッハッハ!!

 

「さーて、暴れ散らかそうかい…?」

 

イマイチ圧力に欠ける剣持ち羽付きを、収納していた大剣を抜刀すると共に叩き潰しつつ、恐らく先に到着しているバー(“tavola rotonda・un bras”)を探す。大方、あの馬鹿デカい腕でバリアを殴ってるだろうと予想していたが、その予想は裏切られた。

 

「っ!!」

 

左腕が半壊した上で、牛若丸を彷彿とさせる軽い身のこなしで間隙もなく襲い掛かる弾を躱す、本人の姿によって。

 

「なんだか知らないが、面白そうじゃないか!!」

 

三度目のイベントのボスである、六番目(ヘキサ・モイラ)が此処にいる理由を考えるのは後回し。ウンザリする数配置された粒子砲台や粒子機関銃、ミサイル砲の視線を浴びるアタシは、六番目に肉薄しながら右手の大剣をぶん投げて、攻撃に待ったを掛ける。

 

「アタシも混ぜておくれよ!!」

「…」

 

バックブースト(後方噴射)で大剣は容易くあしらわれるが、バーへの射撃は中断させた。六番目の遥か奥の方で大剣が粒子機関銃にぶち当たり、動きを止めたのを確認し、頭の片隅にそれを留めておいて近接戦を仕掛けようとするが、四つの銃口が一斉に自身に向いたので、一旦合流も兼ねて右に吹かす。

一番目よりも、青みがかった機体色をする六番目。その色を更に薄めた粒子拡散弾を先鋒に、全力を出したfoolに並ぶ弾幕が一瞬で創造される。

マシンガンと同じ、とまではいかないが、銃やらを触らないアタシでもおかしいと思う連射速度で出るライフル弾。飛行速度の速いロケット弾。詰め込まれた小さな弾の数が尋常ではない散弾。縦軸の誘導がかなり強い誘導ミサイル。弾がデカい粒子弾に、射程距離が長く、実弾への壁にもなる粒子拡散弾。それらがランダム且つ、無尽蔵に発射される。

こちとら大将とあるやつに、あの特異な銃のそれぞれの弾の特性は、嫌になる程頭に叩き込まされてるんだ。そう簡単に当たってやんないよ!

 

(砲台)もあるし、更地よりかはやり易いねぇ!」

 

背部両端の大型推進器から出る青白い炎の揺らぎを、多種多様な弾が断ち切る。粒子弾と誘導ミサイルを、砲台を肉盾にしやり過ごす。六番目に晒している左側面をカバーする大剣から、カンカンと小さな弾が当たる音が、モノの歌に紛れて耳に入る。

まるで、嵐に見舞われている状態。そんな、なかなかどうして癖になる、余裕のない今に対抗するように頭は冴えわたり、反射的に機体をせわしなく動かしている中、ある疑問を抱いた。

なんか、前に比べて、弱くないか、と。

弱いと言っても、ほんの少しだ。元を百とするなら、アイツは九十五程度の差だ。だが、その少しは、アタシの思い違いなんかじゃない。確実に、少しだけ弱くなっている。

 

「しかし、なんでだい?」

 

誰にでもなく発した声を、誘導ミサイルの発射音が掻き消す。アタシは解消できない問題に悶々とするも、同じように弾幕に追われながらコッチに来ようとするバーを視認し、一旦考えるのを止め、迎えに行ってやろうと崩壊寸前の機関銃を蹴り、改良型噴脚と推進器を吹かす。

 

「mine!そっちは大丈夫かい?」

「跳べクトゥルンっ!!」

「はぁ?」

 

火花を散らし、煙を上げる自機の左腕は気にも留めず、アタシに向けて言ったものの内容に困惑する。この速度なら、六番目が詰めてこない限りライフル弾もギリギリ当たらないし、なんなら跳んだ方がミサイルに喰われる危険がある。

大将主催の六番目の弾種特性試験(不正解者にはレオから榴弾がぶち込まれる)で、全問不正解を叩き出し爆発四散した奴の言葉を果たして聞いていいものかと一瞬悩む。まぁ、あの後更に何発か貰って一応合格してたから良いか、と信用し、噴射で無理やり上に飛ぼうとした矢先、大剣に何かが衝突して火を噴いた。

 

「ぐっ!?」

『回避を推奨します』

「クトゥルン!ちっ!!」

 

盾になった大剣からみしりと不穏な音がし、衝撃によって機体が揺らぎ倒れかける。駆け寄ってきたバーが差し出した巨大左腕によって何とか体勢を立て直すも、反撃の暇を与えない弾雨に歯ぎしりし、敵の本拠地を並走する。

 

「mineっ!!今のは一体何だい!?」

 

先の攻撃の正体。爆発したからにはロケット弾か誘導ミサイルらへんだろうが、ロケット弾は粒子拡散弾に呑まれたし、誘導ミサイルは曲がらない筈。バズーカ持ちの羽根付きを見逃したのかね?

 

「誘導ミサイルだ!っ外野がうぜぇ!!」

「はぁ!?ありゃ上下にしか行かない奴じゃなかったかい!?」

「推測がある!とりあえず見てろよ!!」

 

じりじりと接近する六番目に少しづつ端に追いやられ、面倒にも羽根付きによる撃ち下ろしも加わった事で、砲台の盾も厳しくなってきた現状への悪態を吐くmineが答え合わせをする。しかし、記憶している特性上納得できず、アタシが問い詰めると、mineは何やら考えがあると話した上で、まず問題のミサイルの実証を始めた。

六番目の奇妙な銃から、二発の誘導ミサイルが現れる。一発はロケット弾と同じ末路を辿るが、もう一発の旅路には邪魔する者はなく、粒子弾を連れに無の空間に道のりを残して強襲してくる。

特に強い誘導はなく、時間がたてば数舜前にいた場所を通過するだろうと予想できる弾道。だが、そいつは一定の距離を進むや否や、急に水を得た魚の如く急旋回し、超誘導を発揮した

 

「っと!」

「あれぇ?」

 

バーが後を追ってくる誘導ミサイルを黄の光弾で相殺し、事なきを得た。

間抜けな声を漏らしたアタシは、自分が間違えていたのかと混乱する。

 

「確か縦誘導が強かったような気がするんだけど…あれぇ?」

「いや、それは間違いじゃねぇ。恐らく、ヘキサの性能が変化してる」

「根拠は何だい?」

「根拠と呼ぶにはマジで弱いが、俺がバリアを背に戦ってた時、ミサイルが勝手に避けてった。同士討ちを避けた線も十分にあるが、モノの創造。生産系能力でカスタマイズされたレプリカの可能性を、俺は、推すっ!」

 

ああ、そういうのも考えられるのかぁ。あいつらは皆名前に沿った能力持ってるし、一番目(最初の数)だし。他のボスがゲスト出演なんて展開は盛り上がるからねぇ。

 

「でも、なんで横に誘導が強くなるんだい?」

「多分だが、アレがあって誘導が必要ねぇからじゃねぇかな」

「アレ?」

「ん?ああ、気づいてなかったか。まぁ、相当目を凝らさないと見えねぇもんな」

 

騙し騙しで休ませていた改良型噴脚が、本格的に熱をもってきた。時間が稼げそうな場所はないかと頭を回すと、あまり深くはないが、屈めばギリギリ射線を切れそうな窪みに繋がるを発見する。

 

「あそこで一休憩しようか、十秒は持たないだろうけどね」

「なぁに、休めるだけで御の字だぜ。んで、話の続きだが」

「うん」

「ステルスで半透明になった機雷があんだよ。ジャンプぐらいなら大丈夫だ食らってんのが不幸中の幸いだな」

「へぇ?楽しようとするやつへの対策ってわけかい」

 

飛行機体なら簡単にクリアできるんじゃないかという安直な方法にも、運営さんは生真面目に対策を打っているらしい。彼彼女らの涙ぐましい努力が報われて、過疎が解消されないものかと妄想するが、きっとそれは夢物語というものなのだろうと完結する。

 

「ほいっ、お邪魔しまーすいてっ!」

「お邪魔するよーあたっ!」

 

粒子砲で邪魔な砲台を溶解させ、尻に火を付けた思いで滑り込むように窪みへと侵入。頭部をぶつけながらも、安息の地に到着する。

これなら、真上からじゃない限り、一応安心できそうだ。つかの間の休息も、戦場じゃありがたいねぇ。

 

「たたっ…さて、どうする(・・・・)?」

 

mineが、数舜前に頭をぶつけていたとは想像できない真剣な声色で、今後の行動をアタシに尋ねる。

 

「俺の機体(“tavola rotonda・un bras”)の粒子砲はそろそろ品切れで、エネルギーの余裕も殆どねぇ。務めを果たすのを優先するなら、ヘキサから逃げつつチマチマバリアを叩くのが妥当な方法だが…」

 

アタシ達に課せられたバリアの破壊。それの達成を優先するのなら、mineの言うやり方はこれ以上ないやり方だ。“transcendere・confine”の残存エネルギーはもう二十台。下手に動いてエネルギー切れになり、何もできな線だなんて情けないことになるリスクを無理に拾う必要はどこにもない。

ダメ押しに、六番目は高速機動中、本腕でしか射撃ができない。背部の三対の副腕を使用した一斉斉射は、ある程度の安定した姿勢があって初めて可能とする技。こっちから出向かなけりゃ、アイツは時間を無駄にしてでも急速接近するか、このまま固定砲台ごっこをするしかない。

 

「そうだねぇ。そっちの方が、安全だ」

 

合理的に判断を下せば、安全策が採用されるのは自明の理だろう。犯す必要のない危険に、自分から踏み込む奴なんていない。

 

「でも…」

 

―――馬鹿(・・)以外は。

 

「なーんか癪だよねぇ。やられっぱなしっつうのはさぁ」

 

生憎アタシは、合理的な思考なんてとうの昔に捨ててる。クソくらえな壁を超えると決めたあの時に、感嘆の涙と一緒に流しちまってる。

 

「…くくっ、はっはっは!お前ならそう言うと思ったぜクトゥルン!!」

 

そして隣の騎士様も、アタシと同じ馬鹿だ。今を生きることに忠義を尽くす、大馬鹿者だ。

 

「やり返さずに壊してクリアだなんてつまんねぇ!キッチリ落とし前はつけてもらわないとなぁ!!」

「当然さmine!大将に叱られるのを恐れずして何が漂流者だよ!!」

「だな!失敗して叱られたら、そん時はそん時の俺に任せりゃいい!!」

「「HAHAHA!!」」

 

馬鹿二人がそろってアクセルペタ踏みしだしたら、もう誰にも止められない。例え制止役(大将とfool)が此処にいても、この昂ぶりは抑えられない。

聴きごたえのある歌に礼代わりの高笑いを捧げ、大剣を握る左手には力を籠めて、スタンディングオベーションの準備を整える。

 

「チャンスは一回だ!しくじるなよクトゥルン!!」

 

まるで嬉々としている犬の尻尾のように、巨大左腕を落ち着きなく揺り動かすバーが、壊れかけの左手を差し出す。大気を裂く射撃音に交じり雑魚が寄ってきてる音も漏らさずキャッチしつつ、アタシは漫画のような台詞を鼻で笑って、出された手をはたき。

 

「そっちこそ!ちゃんと合わせなよmine!!」

 

アタシは、モノのコアのある中心へ。バーは、一度通った道へ。窪みから勢いよく飛び出し、二手に分かれた。

 

「一度きりの初挑戦!勝つにしろ負けるにしろ、盛り上がらせておくれよ!!」

「…!」

 

大分詰めてきていた六番目に存在を認識され、さっきまでの半分の量の弾幕の壁が、しかし途切れぬままに押しつぶさんと横殴りに降る。無論六番目だけでなく、囲いを作っていた羽根付き共も、ある奴は柄から紫色に輝く剣身を生み出し。ある奴は自身を鏡映す精巧な鉄剣を円盾の背後に忍ばせ。ある奴は光線銃の引き金に指を掛け。アタシ一人に攻勢を仕掛ける。

果てなき闘志を燃やし、得た推進で宙を走るアタシは、モニター越しの地獄に口を歪ませ、四足の獣の如く姿勢を低くし更に加速した。

 

「っ!!」

 

直撃コースの光弾を肩部の上っ面を焼く程度に済ませ、盾を突き出す機衣人に這うように近寄りがら空きな脚を大剣で千切り飛ばし、モノを蹴って左に跳ね、敵の想定よりも内側に入ったことで、粒子剣を振り上げるよりも早く棘だらけの硬い拳で胴部を殴り、破砕する。

決して足を止めず、ひたすらに前進する。敵を薙いだ隙に腹を撃たれても。肘と膝で頭部を粉砕した敵の執念で右腕を焼かれても。傷を闘志に変換し、くべて嵐をいなし疾走する。

 

「そらそらぁ!!」

 

砲台を鬱陶しい誘導ミサイルの身代わりにし、粒子拡散弾は空中でネジを巻くみたいな回転機動でやり過ごす。着地を狙う敵の頭部を鷲掴んで、床に打ちつけ大人しくなった所を六番目のロケット弾に投げ捨て、処分し大剣を引きずり奥地へと行く。

 

「ぎっ、まだだ!まだやれるだろぉ!?“transcendere・confine”!!」

 

正面からの光線を潜り抜けた、僅かに速度を下げた瞬刻を逃さず、六番目のライフル弾が左腰部の推進器に風穴を開けた。

右に傾く機体を制御し、邪魔になった腰部の推進器を二機とも取っ払うと共に、好気とみたのか接近してきた敵を、球体関節の特性を生かし腕ごと一周回した大剣でかちあげる。ビキッ、とミサイルが原因で生まれた、亀裂の面積を増やす大剣を他の敵の胴部に突き刺し、そのまま手放して空いた左腕を背部に回していると、六番目とバーが直線上に見える場所に達した。

 

「さぁ!追い込むよぉ!!」

 

接地した左脚を軸に、無理やり百五十度旋回。推進器から放出される、三本線の蒼炎をあたかも戦旗の如くにはためかせ、損傷している粒子砲台の傍らにある大剣を右手で拾い上げて、押し返そうと迫る数多の弾の波の間に挟み、回避は最低限に猛進する。

荒れ狂う粒子弾が大剣を溶かし、熱された場所に爆発が巻き起こった。防御を抜けてきた散弾が装甲の表面を着実に削り、ロケット弾の爆風が機体を炙った。

されど踏み込んだ脚を、足跡は絶やさまいと対の脚を引き上げる。

 

「!」

 

剣の腹が大部分を覆うモニターの端には、アタシとは違い被弾を極力避けて六番目に近づく、バーがいる。肩から先の左腕を脱落しているだけでなく、自慢の巨大左腕すらも傷だらけなバーは、槍を捨てた手で何かを持ち、機雷には当たらず、しかし六番目は超える絶妙な高さで、手中の何かを投擲した。

宙で体を躍らせているのは、アイツが愛用している鉄線車。六番目に脅威とされず、素通りを許された鉄線車は、やがて落下軌道に入り、弾幕に呑まれる不幸なく、アタシの進行方向に落ちていく。

良いパスだ。mineの能力を称賛する呟きを発したアタシは、距離を縮めるにつれ苛烈を極める猛攻に耐え切れず、砕け散った大剣を労う時すら与えんとするロケット弾に、右腕を捧げた。

 

「っ、漁網に!!」

 

四肢の一本を全損寸前にした報酬は、瞬く間の猶予。

背部に回した左腕が手にしていた、チャージ済みの大槌(・・・・・・・・・)を鉄線車に振るうには、猶予は十分すぎた。

 

「引っ掛かりなぁ!!!」

 

鉄線車に槌が触れた瞬間。森羅万象、一切の喚きが、轟雷に支配される。

腕部装備型蒼電放射式大槌、「ミョルニル」。柄のボタンを押し続けるとチャージを開始し、玄能で何かを叩くと同時に、継続ダメージを与える蒼の電気を一定範囲に扇上に放射する武装。一定範囲は、時間に比例して拡大していくが、チャージ時間が関与するのはそれだけではない。

八秒という長い時間をチャージに費やし、放射した蒼電は、範囲内の敵味方に継続ダメージと、行動を阻害する麻痺を付与する。

 

 

人の形を外れた、操作が複雑な異形型に対して、より顕著に効果が表れる状態異常を。

 

「…!?」

 

蛸と同数の腕を保有する六番目には覿面だったようで、短い時間だが射撃を停止し、機能不全と化す。

避ける暇すら惜しい為、既に放たれた弾を甘んじて受け止め、突破する。機体の耐久値ががくんと落ち、限界が近いと知らせる警告音が歌に紛れだすが、悠長に聞いている余裕はない。何故なら、六番目はもう、行動を再開させようとしているからだ。

鬼ごっこが始まったら、もうアタシ達は追いつけない。だからこそ、アタシは相方(mine)を信じ、全力で電海の中を駆けた。

 

「…!」

 

麻痺の拘束から解放された六番目が、真横に推進器を吹かそうとする。が、間髪入れずにバーが巨大左腕の指から発射した五つのキャプチャーネットが、副腕や本体に纏わりつき、六番目を束縛する。

やれ!と語らずとも伝えてくるバーのモノアイに応じるように、アタシはボロボロの右手を前に突き出し、呆れる程のスピードで束縛を解いた六番目の、内部のコアに一番近い胴部の中心からやや下に触れ。

 

「これでっ!!」

 

アタシを取り巻く八つの銃のどれよりも早く、撃鉄(・・)を起こした。

 

「終いだぁ!!!」

 

触れた掌の穴から強烈な速度で射出された鉄杭が六番目の装甲を貫き、完全に手からから分離したタイミングで起爆する。

 

「!…」

 

コアのある内部を毀損させられた六番目は、にも関わらずトリガーに指を掛ける。

一歩及ばなかったか。悔しいが、敵が一枚上手だったと脳が生存を諦め、崩壊しゆく右腕を眺めながらバーに後を託そうと考え始めた時。六番目が、糸の切れた人形のように倒れた。

 

「ッハ…ギリギリ、何とかなったねぇ」

 

もたれかかってくる六番目だった残骸を払いのける。すると、左の脇腹から素体が見え隠れし、巨大左腕は余すところなく傷だらけ。左腕に限っては、肩から先を脱落させているバーが、隣に立っていた。

 

「よう、クトゥルン。生きてるか?」

 

鏡を見せてやりたいねぇ…

 

「そっちこそ、死に体って様じゃないか。というか、アタシならまだしも、アンタが左腕を失うってどうなんだい?」

「俺の左腕はコッチ(巨大左腕)さ。むしろ、右腕もなくなってからが本番だぜ」

「本番までが長いねぇ」

 

余韻でよく滑る口で中身の無い会話を交わしつつ、機体の状態を改めてチェックする。

エネルギーは残り十数%。使える武装は「ミョルニル」ぐらい。耐久はあと一、二発食らえば、もれなくスクラップの仲間入りをするぐらいに低く、オマケに右腕がない。

笑っちまう程の悪状況…いや、六番目がいなくなった今、雑魚共とやりあうにはいいハンデか。

 

「いけるか?」

「愚問だね。例え両脚がぶっ壊れても、這っていくさ」

「うし。んじゃあさっさと役目を果たして、天体観測と洒落込もうぜ!」

 

破壊が完了すれば、アタシ達はお役御免。干渉も不可能だから、大将とfoolに大人しく任せるしかない。

珍しく上手いことを言ったmineに、アタシは空を仰ぎ、話に乗る。

 

「夏の第四角形は、この天候じゃ駄目そうだがねぇ」

「三だ三。気軽に星を創るな」

「あれ、そうだっけ?まぁいいや。行くよ!」

「あっ誤魔化しやがった。っておい待て!せめて槍ぐらいは回収させろ!!」

「殴れって蹴ればすぐに終わるさ!!」

 

粒子障壁は、粒子系の攻撃には滅法強いが、物理攻撃には弱い。粒子系の武装なんて持っていないアタシにはカモ同然。

「ミョルニル」のチャージを開始し、ぼさっとしているバーを置いて推進器でかっ飛ばす。雑魚は無視し、コアのある場所に機体を運ぶ。

だけど、ふと気になり、一秒だけまた空を仰ぎ、確認した。

 

「…良い塩梅の暗さだねぇ」

 

積もる黒雲と、数多のピットが太陽を直隠すせいで、地上は気分も曇らせかねない仄暗さになっている。

雲で夜に星を眺められないのは残念だが…

 

 

これから眺める星には、今の天候は最適だ。





次回で戦闘は終了させるつもりです。
ストックが尽きてしまったので、執筆に時間がかかると思われる為、もし次回を楽しみにしている方がいらっしゃいましたら、気長にお待ちしていただけると幸いです。


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天地を縫いて凶兆を告げよ


設定の矛盾に気づいたので頭を抱えながら投稿させていただきました。
そして謝罪をします。申し訳ありません。ネフホロでは弾同士は干渉しないことを失念していました。原作改変のタグ通り、このユニバースでは、弾同士が干渉するということで何卒お願いします。
他に、榴弾砲よりも、カノン砲の方が適当であると判断した為、この回より変更をさせていただきました。重ね重ね、申し訳ありません。


side 【“Leonardo ・artigliere(万能の砲手)”】

 

「右背部カノン砲残弾、三十%』

 

無機質な音声に注意を促されるが、既に合図は出ている。残弾には構わず、カノン砲で私達にも攻撃を仕掛け始めた羽付きを堕とす。

戦線(ライン)を上げた今、モノの通信妨害圏の境目で戦闘は進行している。foolやクトゥルンへの支援砲撃が不可能になった為に、一つの戦闘に集中できる状態だが、少々数が多く、手間取っていた。

 

「予想以上の数ね」

 

同じ考えを持たれていたようで、指揮者のようにピットを操作する姫も、鬱陶しそうにされている。

私の機体と姫の機体は、射撃に偏ってはいるものの、接近拒否は比較的できる部類。敵を遇らうのはそう難しいことではないが、数機、十数機が絶え間なく、しかも数の補充がすぐ為されるとなると、最終的に近接攻撃で応戦することもしばしばあった。

極力、姫にリスクを背負ってほしくはないので、その都度、近接攻撃手段が豊富で、装甲も厚い私が対応に務めたかったが、姫の「私がやるわ」の一言には逆らえず、任せきりになってしまっている。

 

「っ。やはり、少し退くべきではないでしょうか。姫お一人でこの数と立ち向かうのは、やや厳しいかと」

「退いても、確実に撃ち抜ける自信はあるのかしら?」

「…断言はできません」

「なら、此処にいるべきよ。最終的に、貴方が万全のコンディションで撃てれば良いのだから」

「しかし…」

 

ビームシューターピットで滑走する敵の足元をおぼつかせ、派手に転んだ隙にソードピットでコアを貫く。それと並行して、羽付きの右翼を左斜めに切りつけ、不安定にさせた所を集中砲火で一気に堕とす。

守る行為が烏滸がましく思える操作を、私との会話と並行して行われる姫に、返す言葉が見当たらず、口を閉ざす。

今作戦の要である私は、最終段階であるプロットFに移行すると、約二十秒置物と化してしまう。そしてその間、姫が私という荷物を抱えた状態で、一人で戦闘を行わなければならない。

想定以上の数であるとはいえ、作戦立案時にこの段階で守られるという役割を承諾した以上、今更私がどうこう言うのは筋違いだ。

…筋違い、なのだが。

 

「それとも、私では力不足かしら?」

「そのような、ことでは…」

 

敵を処理しきれず、私を庇い、姫が脱落する。いざその可能性が迫ると、体が強張り、それが許容できなくなっていく。

 

「…はぁ」

「…申し訳ありません」

 

溜息に、私はただ謝罪しかできない。

沈黙が続く。カノン砲の長砲身を羽根付きが移動する先に向け、硝煙を連れて飛び出すAP弾で胸元を抉り貫きながら。左腕に持つライフルで狙いを定めていた脚を砕いた敵を、左脚部の無誘導ミサイルで炭にしながら覚悟を決めようとするが、本当に良いのか?と自問が投げかけられ、答えられない私は、結局覚悟を決められずにいる。

時間は有限だ。現在も二人は戦っていて、バリアを破壊しようとしている。私が姫を想う権利も、時間も、一抹たりともない。

燻りを解消しようとするも、敵を撃破するようにはいかず葛藤する私に、姫は微笑した。

 

「ふふっ。何時までたっても変わらないわね」

「…申し訳ありません」

「責めてないわよ。ただ、貴方はあの頃から、ずっと変わってないって思っただけ」

 

平常とは異なり、年頃の少女らしさが垣間見える穏やかな声調で、姫は追憶する。

 

「覚えてる?貪牛を倒そうとして、大失敗した時のこと」

 

刹那、鋼の躯体が鈍る。

硬直を振り解き、どう返答するべきか悩んだ挙句、私は無難に肯定の二文字を発した。

 

「はっ」

「当時は慢心していて、貴方の言葉に耳を傾けなかった。なのに貴方は、皆がボロ雑巾みたいに吹き飛ばされて、作戦が失敗に終わっても、私を逃がす為にたった一人で殿を務めてくれたわ」

「…仕える者として、当然のことをしたまでです」

 

あまり自ら触れない過去を語る姫は、今でもそうするであろう私の取った行動を突然賞した。

何故今褒められたのか。当惑する私を余所に、姫は話を続ける。

 

「リスポーンして、再会しても、皆と力不足でしたと謝ってくれたわね」

「私に力があれば、遂行は可能でした」

「いいえ。あんな稚拙な作戦では不可能よ」

 

結果は不変。冷却の為、ビームシューターピットを一機ずつ繰り替える姫は、先端を黄に染めた掴みどころのないうねる両腕で、近接型の敵を射程外から交差するように脚を断ちつつ、譲らない。

自他共に厳しく接している姫は、その事件が起きてから一層自身を律した。悔やんでいる意見の汲み取りは勿論。全盛期は百を超えていた家来を纏めるカリスマを研削し、資材の管理や武器の状態、他の勢力の動向にも目を張り、何とか止められたが、姫自らが戦う術を身に付けようとしたこともあった。

あまりそういった類のものに精通していない家来達に代わり、様々なことを一人で回していた姫が、過労で足取りを崩したこともある。しかし、幾度となく頼ってくださいと誰もが頼んでも、並みの少女には持ちえない頑固さで譲ろうとはせず、約三週間、説得が完了するまでそんな生活が続いた。

ただ家来が、ゲームで一度死んだだけ(・・・・・)であるのに。姫の働きに見合うようなことは、何一つとしてなかったのに、だ。

 

「…私は、死を軽視していたわ。所詮は、遊戯の中に過ぎないって」

「違いありません。所詮は遊戯の中。仮初の命を投げ出すことなど、姫の苦労の前には」

「でも…それは違った(・・・)

 

支えを失った敵のコアに、姫は力強く右腕の溶断剣を突き立てる。

 

「まるで機関車の汽笛だった、草木を捥ぎ取る鼻息を立てて。およそ日常生活では耳にしない異音を、魔豚を含んだ口から発して。私の命を聞いてくれた皆だったものに塗れながら、理性の認められない血走った目で、次はお前だって睨まれて」

「…」

「いざ直面して、漸く私は自分の浅はかさを理解したわ。所詮と蔑していた世界は、それこそ所詮非力な少女が振ればカラカラと音を鳴らす頭で夢想した、物語の主人公として輝く舞台とは程遠い世界だって」

「っ間違いは誰にでも起こり得るものです。姫がご自身を卑下なさる必要はありません」

 

姫は緩慢な動きで首を上げ、自嘲気味に音を揺らす。ピットの操作には微塵の乱れも発生させず、精彩な機動で空を滑らせながら。

目を逸らせば、波紋のように跡形もなくなってしまう気がして、私は喉から上がってきた言葉を手をつけることなく口から出した。

 

「優しいわね。でも、私は貴方を、皆を、この手で弄び、殺めたのは覆しようのない事実よ」

「私共は、死を承知の上で姫に付き従っています。命に沿い、地に還るのであれば本望です」

「貴方と皆はそうかもしれない。けど、覚悟を持たない私に、そうしてもらう資格自体が無いわ」

 

だから、と姫は纏う雰囲気を儚く散りそうなか細さから、一片の歪みなく張った弦が如き威に一変させる。そして眩い太陽から遠ざけるかのように首を下げ、橙色のモノアイで、きっぱりと正面を見据えた。

 

「私は貴方と皆を、例え血を流してでも守れるように、私なりの方法を模索して、努力すると誓ったの。死を厭わない働きに報いれる、主として恥ずかしくない姫になる為に。無論、今もよ」

「なりません。血を流すのは、私共の役目です!」

「そうね。孤島ではそう言われたわ。でも、この世界ならどうかしら?血はおろか、痛みさえ感じない。死んでも、暗闇に少し包まれるだけ。生温いことこの上ない」

 

確かに、あのもう一つの現実を体現した孤島に比べれば、生温いかもしれない。しかし、私は、私共の為に姫が谷底に身を投じるなど、無二の恐怖であり、遊戯の中であっても、とても受け入れられるものではない。

心の内から洩れ、漏れた不安が震えとなり、震える唇を開いて姫に送る文が、何よりも的確に私の心の内を伝える。

晴れない不安を払おうと、無尽の敵を腰部の機関銃で撃ち退ける私の数歩先にいる。その身に悉く大きな貫録を詰める小さき姫は、意を知ったうえで、退かなかった。

 

「大丈夫、ではないかもしれないけれど、心配は要らないわ。もう私は、あの慢心に満ちた()じゃない。実力を客観的に分析して、いけると判断したから、挑もうとしているのよ」

「…」

「…ふふっ。本当に、貴方は変わらないわね。タイムスリップしてきたのかしらと考えるぐらい、変わらない」

 

過信(家臣)でなく、自信(自身)を以って制すると物語る背に、私は想起した。

灯台の灯りも見失い、総舵手も失って孤島を彷徨う私の舵を取った、高嶺の花のような彼女を。自身に満ち溢れた瞳をする、一等星のような姫との邂逅を。

相応の対価をあげるから、私の忠実な家来になりなさい。そう言いきった姫に、私は慌てて膝を突き、話を受けた。受けたのだ。忠実な家来として、姫に仕えると。

そうだ。私は受けた。一等星の光を、微々たる距離でも近くで眺められるように。もう迷わず、歩けるように。

だとすれば、私がすべきことは、一体なんだ。

 

「…ぁぁ」

 

思考がついに答えに至り、全身から強張りが消えた。

沼底もかくやという濁りは去り、視界が鮮明に映った。

 

「…fool。そこで観ていて。ここで私が、証明して見せるから」

 

初めて海に潜り、目にした空を泳いでいるような幻想的な光景にも勝る、今の光景。中でも姫は、記憶にあるどの星よりも輝いていた。

私はただの馬鹿者。己が目的すら持てず、人生を無意味に浪費するだけのfool(愚者)

そんな私を導いてくださる姫の輝きを、遮ってはいけない。

 

「…仰せのままに」

 

瞬間、モノのコアを守護する障壁がひび割れ、やがて砕け散った。

姫は、私と掛け合うこともなく、顔を見合わせもしない。攻撃を停止した私も、同様に。

姫の輝きを遮る(モノ)は、私の全力を尽くして排除する。

迷いの壁を打ち砕いた私は、決意を胸に姫に守られながら、あるコードを宣言し。

 

εσύ,κομήτης σκοπευτής(汝、妖星の砲手)

 

貯蓄しておいたエネルギーを喰らい尽くす。

 

『…認証』

 

切り札(・・・)の、目蓋を上げた。

 

 

 

『―――オクタ・カタスヴァシィ、起動』

 

 

 

 

 

時に、Nephilim Hollowには、未確認文明浸食武装という武装カテゴリが存在する。

十二の天災に属する機衣人の、それぞれの最高難易度をクリアすると一定確率で入手ができるもので、観賞用に入手するプレイヤーが殆ど。実際の戦闘では用いられず、それを組み込んだ構築を愛機とする者は、端的に表現すれば過疎っているゲーム内でも、両手でこと足りる程しか存在しない。その理由としては、単純な使いにくさ(・・・・・)が大部分を占めている。

例として、ヘキサ・モイラ(以降、ヘキサと略する)を挙げよう。ヘキサは、すべてにおいて性能が平均以上の弾を発射できる代わりに、六種の弾から発射するものを選択できないデメリットを保有している。このデメリットにより、状況に不適切な弾を撃ってしまうことが多く、また、敵が使用していた際は弾数が無限だったのに対し、プレイヤーが使用する際は弾数に制限が付けられてしまう。環境を一新してしまうのではないか、という期待が密かにあったが、期待と共に倉庫に送られてしまった悲しき武装でもある。

そして問題なことに、このヘキサの使いにくさを、他の未確認文明浸食武装は蟻を飛び越えるように軽々と超えてしまった。中でも、とびきりの癖を持つ武装の一つが、武装と同様にドロップで手に入るコードの宣言により起動した、オクタ・カタスヴァシィ(消滅の八)である。

 

「…」

 

万能の砲手が、背部に装備した長方体から二門のカノン砲をパージし、ズゥン、と重厚感のある音を響かせる。次に、機銃など物ともしないずんぐりした脚部を、縦断されたかのように分離して、二人が背中合わせになるかのように膝を曲げ、四脚形態へと移行した。

邪魔なものが取っ払われ、自由になった長方体。オクタ・カタスヴァシィは、枯渇した川に水を流しむが如く、金茶色(機体色)の表面の線に薄紫を満たし始め、次第に濃く、光度も高める。そして、エネルギーの充填が終了した時、蕾は綻んだ。

 

『保護防壁、開錠』

 

背部に直接繋がる箇所と、支える下部を別として、保護防壁が徐々に開き、内部に秘めていたものを露わにする。

カノン砲ですら、対象にならない太さと厚みを併せ持った砲身。複雑怪奇な凹凸に動力ラインが無数に走る、不明特殊弾生成装置。何より、無窮の星海を凝縮した色。

異様という他ないその武装は、正しく宇宙の産物であった。

 

「「「「…!!」」」」

 

戦場の様相が急変する。ベティヴィエールや超越者の付近にいた個体を除いた敵全てが、一斉に万能の砲手へヘイトを集中させた故に。

何故か。原因は至極単純。万能の砲手を放置すれば、コアを露出したモノは、たったの一撃(・・)で命を絶たれる可能性があるからだ。

 

『砲台形成、履行』

 

オクタ・カタスヴァシィが設置されている防壁が、固定された上部に負担を掛けつつ途中から折れて時計回りに持ち上がる。やがて水平になると、背部に繋がっていた二枚壁の一枚がまた時計回りし、収納されていた防壁を地面に投下。姿勢を安定させる。

後は砲身を連結して、標的に狙いを定めつつ、特殊弾の生成を待つのみ。だが、モノとモノが生産した敵機衣人、ピットは、蛮行を許しはしない。

万能の砲手の近辺にいた射撃機体は無防備な体に銃を構え、近接機体は首を撥ねんと鬼気迫る速度で剣を固く握り、ピットは多種の攻撃を仕掛け、モノは粒子砲で多大な被害をもたらそうとする。

ただの一機に対して、過剰の熟語ですら気後れする、いっそ清々しいまでの死刑宣告。盾を緩衝材にしたとしても、塵すら残らない数の暴力に、万能の砲手は動じず、主の勇姿を静観する。

 

「限界起動」

 

硝煙を蔓延る虚空に、呟きが霧散する。鼻から聞く耳すら持ち得ないモノ達は、少しも慮ろうとはしないままに脅威の排除を執行しようとし…

 

「!?」

 

三十機(・・・)のピットと、二本の触手に阻まれた。

 

「行くわよ!」

 

万能の砲手の前面と上方の邪魔にならない位置に配置した五機の代替えに、腕部からと脚部から新たなピットを補充。ビームシューターピット二十一機。ソードピット六機。シールドピット三機。占めて三十の小隊に値する機数が、一機の機衣人の指揮を受け、本体と淀みなき舞の一足目を踏む。

連なり肉薄する四機のビームシューターピットが、次々に射撃機体を取り囲んで銃を持つ手だけを撃ち壊し、切り込む四機を援護せんと、中央を先頭に左右に下がりつつ並ぶ七機のビームシュータ―ピットが、ヘイトを切り込み役に変更しかけている敵の脚部や頭部目掛けて光線を飛ばす。

ソードピット三機が、一機小隊の周囲をぐるりと一周した後帰還した右腕に寄り添い、指し示す方へと射出されたように急加速して敵を穿ち、シールドピットが、遠方より襲い来る凶弾を自らを犠牲に堰き止める。

 

『砲身連結、完了』

 

大木を連想させる砲身が直上を巡り、連結が完遂した直後、護りを突破した近接機体を、手首を高速回転させ、焔の円を作り出す左腕が上下にスライスした。

コンマ一秒の間隙もない舞台を、二つの灼熱のチャクラムと、ピットの小隊がメリーゴーランドのように華麗に揺蕩う。

冷却を要するビームシュータ―ピットが、他のピットと交差して下がる場面は、まるで互いを庇い合う尖兵のようで。上空から降り注ぐ鉄塊や光線から、本体や万能の砲手を守護し、果敢に攻め立て一刀両断する剣と盾の活躍は、さながら王族に仕える騎士で。

小さな妖精が数多の敵を退け続ける景色は、御伽噺の演劇を思わせる。

 

「…っ」

 

しかし、劇の裏。スポットライトの当たらない暗がりでは、血の滲むような努力が行われていると相場が決まっており、そしてそれは、一機小隊の操縦者も、例外ではない。

並列起動の最大数である三十機のマニュアル操作に加え、常時冷却や耐久値の把握。既に計り知れない負担の上に、追い討ちするかの如く複雑な両腕による攻撃が乗っている。一機を一機として扱わず、何機かを一つの隊に仕立て上げ、その隊を一機として認識することで軽減はしているが、多大なる負担に耐え切れず、今にでも操縦者が限界を迎えるのは、そう想像に難くない。

 

発射刻限始秒(カウントダウンスタート)

 

万能の砲手の、前に盛り上がった頭部に置かれた砲身が浮き上がり、調整を行う。標準を合わせる目標は、彼方の宇宙を体現する山の主柱。大きさにして機衣人一機分の、菱形の紫水晶(コア)

決して狙撃機などではなく、名の通り万能機として設計された機体で、目標を撃ち抜くのは容易でない。一機小隊の芸当に勝るとも劣らない高難易度であるのは、口に出すまでもないだろう。

 

「…」

 

だが、無謀とすら言える挑戦にも。持ち前の冷静沈着を崩さず、ただ一点を見つめ、角度調整に全神経を注ぐ。

一機小隊の操縦者は、万能の砲手の操縦者に傷一つ付けまいと、脳を焼きつかせる苛烈さで稼働させる。万能の砲手の操縦者は、一機小隊の操縦者に立ち塞がる障害を排除せんと、目を渇かせ萎ませる熾烈さで目標を捉える。

戦友の為、同じ戦地でありながら、非なる戦いに臨む二人。彼彼女は、逆境に立たされ、己のパフォーマンスを際限なく上昇させていく。

 

『十』

 

短いようで長いカウントダウンが、秒針を刻み始める。

 

『九』

 

二機の最前線にいたビームシュータ―ピットが、光の奔流に消えた。同種のピットが炎刃を振るう左腕から離れ、即座に空いた穴を埋める。

 

『八』

 

直角に曲がり、意表を突いた右腕の炎刃が敵の首を刎ねた。一機のシールドピットが、伸びきった腕の隙をカバーして鉄剣を遮り逃がしたのち、出力で負けて黒土にはたき落される。その事象を脳が認識するよりも早く、一機小隊は反射的に万能の砲手の付近の同種のピットに操作を切り替え、代わりを用意した。

 

『七』

 

真上から襲撃する敵方のピットを切り捨てていたソードピットが、死を厭わず突撃するコマンドピットの波に呑まれる。剣の替えはもうなく、仕方なしに一機小隊は左腕を空に向け、回転させて発生した天使の輪で蠅を一掃し、一瞬の余裕を創造して体勢を立て直させた。

 

『六』

 

微調整の段階に突入した万能の砲手が、オクタ・カタスヴァシィをミリ単位で駆動させていく。複数の騒音が入り乱れる渦中に身を置きながら、たった一つ以外を全てシャットアウトして。沸騰寸前の精神も、小池の水面とに転じさせて。一意専心に、砲の角度を修正する。

 

『五』

 

両腕に細かな傷こそあれど、一機小隊は目立つ被害を受けることなく、折り返し地点に到達する。

息すらも挟めない状況でありながらも、残り五秒という時間をどうしてでも稼ごうと、気を引き締め直そうとした刹那。

 

「…!」

 

防御の隙間に差し込めという祈祷を現実とする、砲火より出でたロケット弾を、機械の一つ目越しに見た。

 

「っ!」

 

炸裂。火の花と呼ぶにはあまりに汚いそれは、強敵だったと敬意を払うかのように花弁擬き(煤煙)で、一機小隊の機体を隠匿する。

機動力の確保の代償に装甲を削っている一機小隊は、一発のロケット弾の直撃でも、致命傷に繋がりかねない。刺突や切払いに使用していて、何とか戻そうとした腕を盾にできなかったともなれば猶更であり、最悪、脱落だってあり得る。

 

 

―――もしも、まともに直撃していればの話だが。

 

『四』

「舐めっ」

 

煤煙の内側で、操縦者の意思に呼応するかの如くオレンジのモノアイが爛々と煌めいた。

 

「るなぁ!!」

 

ある意味攻撃の前兆とも取れる光を見た二体の近接機体が、ほぼ同時に煙中より突如として出現した、球体の集合体のような腕にコアを貫かれる。

膝を突き、倒れる二機に目もくれず、一機小隊はシールドピットを残し他のピット全てを自機の付近に帰還させつつ、極彩色の外套を音を立てて広げ、先のロケット弾を凌いだ正体。近寄られた時の最後の防衛線である、四十七機のコマンドピットを曝け出し、全機を惜しみなく特攻させていく。

 

『三』

 

攻撃の起点となる腕、移動の要となる脚と翼に向かってコマンドピットが飛翔し、積み重なる残骸を乗り越えてくる無数の敵を押し留める。怯みや硬直を起こしている間に、前線に舞い戻ったピット達が、身を粉にして再び敵陣を荒らし回る。

 

『二』

 

狙いが定まり、オクタ・カタスヴァシィの微動が遂に停止した。

艱苦奮闘を乗り越え、手中に収めた希望。燦然たる可能性を勝利へと至らせるべく、両脇から抜けようとする敵を刺し止めた一機小隊の操縦者が、断崖絶壁を共に歩んできた者の名を叫ぶ。

 

『一』

「fool!!!」

 

忠義を尽くす主に、万能の砲手の操縦者は澄んだ声で応答し。

 

「お任せを」

 

かつて凶事の前触れとして恐れられ、今は願いを叶えると信じられるまでに成長した星を謳う、青白く照り輝く特殊弾を放つ。

 

『零。疑似星誕再現消滅弾頭(アステルケーステラ)発射(ファイア)

 

妖星が、空を翔け上がる。雷も音も凌駕して、込められた思いを成就せんと征く。

目標は紫水晶。行く手を阻む者の動力源。

母なる大地を鋤いた極光をも背に追いやって、寸分のズレなく歌う機械の胸元を穿った妖星は宙へと飛び。

 

 

黒雲を、一息に晴らした。

 

 

 

 

 

side【“plotone・comandante(一機小隊)”】

 

見上げた妖星が目視できなくなり、無限に広がる青空だけが瞳を映った。

 

「…ふ、ぅ」

「姫!」

 

久しぶりの全力で疲れ、操作が覚束なくなって斜め後ろに重心が傾く。まあいいかしらと衝撃に備えるが、万能の砲手に受け止められ、備えは杞憂に終わった。

 

「調子はいかがでしょうか、気分が悪いなどは?」

「…平気よ。ちょっと、疲れただけ。それより、どうだったかしら?」

 

あえて主語抜いて、foolに問う。だけど、彼は迷う間も見せず、静かに答えた。

 

「この目に、しかと焼き付けました。姫の、多大なる成長を」

「…そう」

「とても、御立派でした」

「………そう」

 

送られた純粋な誉め言葉。表情にでる訳でもないのに。思わず私は顔を背ける。

すぐに戻すのも嫌なので、一面の青を視界から外し、動力源の破損により倒れたまま不動を貫く、モノ・ズィミウルギアを見る。

 

「よく、あんな小さい的に当てられたわね」

「姫の獅子奮迅の活躍に比べれば、大したことではありません」

「謙遜しすぎよ。もっと誇りなさい」

 

ズームするにしたって限度があるのに、綺麗に中心を撃ち抜いたのだから、誇ったって罰は当たらないのに。foolはそうでしょうかと困ったように呟く。苦笑している姿が、ありありと目に浮かんだ。

 

「…私が誇るものは、一つで充分です」

「…一つって、何?」

「姫に仕えることです」

「…呆れたわ。ふふっ」

 

本当に年上かと疑う程に真っ直ぐな台詞に、心の底から呆れ、何故か笑いが込み上げる。倍ぐらい人生を経験しているのに、あまりに声帯が無垢な彼も、釣られて笑った。

 

「…なら、願いを聞いてくれる?」

 

皮を脱いで発した本来の声に、foolは何も語らず、頷いた気配だけを感じた。

それがあまりに早かったものだから、私はつい口を緩ませながら、命じる。

 

「…エントランスに転送されるまで、このままでいなさい」

「…仰せのままに」

 

了承の返事に更に口を緩ませた私は、何をするでもなく、ただ家臣と一緒に、陽光を浴びて安息の時間を過ごした。





これにて戦闘は終了。エピローグと、気が向いたらfoolのリアルを書いて、完結となります。
自己満足で書いた拙作ですが、面白かったと思っていただけたら嬉しい限りです。それでは。
御来場、誠にありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。


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友へ。私達は此処にいます。

男性の女性に対して抱くクソ重感情は、どちらに転んでも笑顔で見れるのが投稿させて頂きました。



side 【 fool 】

 

「「「「初見クリアおめでとうございます!姫!!」」」」

「ん。ありがとう」

 

暗転した視界が開け、見慣れた景色が目に飛び込んだと思うや否や、同士である大勢の家臣達の熱烈な歓迎が待っていた。だが、艶やかな黒の長髪を手で後ろに払う少女。姫は、軽く受け流した。

 

「よっ、我が親友。流石じゃねぇか!ど真ん中をブチ抜くなんてよ!」

「姫の守護のお陰だ。大したことはしていない」

 

背を軽く叩いたのは、mineだった。

リアルの顔はそのままに、髪だけを金に染めた親友は、色に劣らない笑顔をして肩を組んでくる。どうやら楽しめたらしい雰囲気に、私も顔を綻ばせていると、バンバン、と今度は強く背を叩かれた。

 

「もっと胸を張りなよfool!アタシ達なんか楽しくなっちゃってつい寄り道」

「おい馬鹿やめろ!!」

「寄り道…?」

「あっヤバ」

 

その張本人は、男性も顔負けの筋骨隆々とした体格をし、燃えるような赤髪を短く切り揃えたクトゥルンだった。

mineと反対の肩を組み、快活な破顔を魅せる彼女は、何やら怪しげなことを言いかけ、mineに咎められて慌てて口を塞ぐ。しかし、姫の耳にも入っていたようで、ジト目で睨まれて青褪める。

 

「その寄り道とやらについて私も聞きたいのだけれど、良いかしら?」

「…」

「mine。貴方にもよ」

「…はっ…」

 

こっそり逃げようとしていたのもしっかりと見られていたmineが、恨めし気な視線をクトゥルンに向ける。罰の悪そうな面持ちのクトゥルンは、視線から逃れるように首を回した。

お祝いムードが、説教のそれに変化しつつあるのを感じ、居心地を悪そうにする同士の為にも、悪さをした犬と化している二人の為にも、そしてなにより、戦闘によって疲弊している姫の為にも止めようと、跪き、口を開く。

 

「ここは、誰一人欠けることなく迎えられた勝利と、私の顔に免じて、二人を許してもらえないでしょうか」

「…しょうがないわね」

「親友…!」

「fool…!」

 

情緒豊かな子供のようにコロコロと表情を移ろわせる二人に、姫は額に手を当て、私は同士達と共に苦笑いを浮かべる。

抱きついて来ようとする二人から優しく逃れていると、そういえば、と姫が、ある家臣の不在を気にした。

 

「鰯偏食家はどうしたの?」

「ん?そういやいないねぇ」

 

以前までは多忙で、最近やっと仕事が落ち着いたと話していた家臣、鰯偏食家の姿を探すが、周囲には見当たらない。

此処にいる家臣の大体は社会人である故に、仕事との縁は切っても切れない。しかし、彼は今日の朝頃に、グループでのチャットで終わりごろには参加できそうだと喋っていた。

少し遅れているのかと考えたが、家臣の一人が前に出て、予想外の言伝を発した。

 

「それが…ちょっと人形操師(ドールオペレーター)の奴らに喧嘩を売られたので買ってきます、と」

「…はぁ?」

「調査したところ、また掲示板で揉めていたようでして…」

 

人形操師とは、約一年程前から国内で流行しているあるゲームのジョブのことだ。鰯偏食家の就いている傀儡操師と犬猿の仲で、性能や、傀儡操師の最上級職が未だ判明しないことを理由として、下にみられるのが火種となり度々掲示板にて衝突している。

相手方の最上級職、人形創師の女性プレイヤーはどちらにも温厚に接し、ジョブ界隈の活性化の為新規の情報を無償で提供する極めて親切な方なのだが…一体どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「…もういいわ。頭痛が酷くなりそう」

「姫、一度お休みになられた方がよろしいのでは?」

「そうしたい所だけど、まだやることが…ああ、来たわね」

「うふフ。そっちモ、終わっみたいネ」

「チッ、俺達がドべかよ」

 

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには大勢のプレイヤーの前に立つ、二人の顔見知りがいた。

方や、腰まで伸ばした藍色のポニーテールを揺らす、おっとりとした口調のスレンダーな女性。方や、二本の火柱が交差したような形状のペンダントを首に掛けた、男勝りな口調をする姫に近い背丈のシスター。

姫に相対するこの二人は、過疎が進行しているこのゲーム内で知名度の高いプレイヤー達である。

 

「Dion。負幸膨苦痛。賭けの内容は覚えているわよね?」

「えエ、勿論覚えているワ」

「忘れる訳ねぇだろうが。鳥頭じゃあるめぇし」

 

Dionは、三大勢力の一つ。ネフェリムカンパニー陣営に属する同盟(クラン)の中で、フォース戦一位の同盟、『天庭に咲く十二の大輪(ワルキューレ)』の盟主。負幸膨苦痛も、天神教人教陣営に属する同盟で、同様の地位を確保している『燭台の風除け(レーギャルン)』の盟主だ。

数奇なことに、巨人殺し(ジャイアント・キリング)に属する中で、一位の座に鎮座する私達の同盟。三宝軍の盟主たる姫や、最強(個人戦一位)の欲しいがままにする早暁の女王、ルストは皆女性プレイヤーである。ロボットゲームは比較的女性層には受けにくいというのが世論だが、実はそうではないのかもしれない。

 

「せーのでいくぞ。いいな?」

「なんでもいいわ」

「私も大丈夫ヨ」

「じゃあいくぞ。せーのっ」

 

シスターの掛け声に合わせて、シスター自身を含めた三人は発した。

 

「四人よ」

「三人だったワ」

「二人。ああ、クソッ。負けかよ」

 

人数の意味は、クリア時に生存した人数。ちなみに賭けとは、クリア時に生存した人数で一番少なかった同盟が、エントランスから繋がっている酒場での飲み会の代金を支払うというものだ。とはいっても。酒場での消費はたかが知れているものなので、その実情は交流会と差異はないものだが。

今回は、負幸膨苦痛が一番少なかった為、代金持ちは彼女の同盟、『燭台の風除け』になる。結果の発表に、それぞれの同盟加盟者は、各々の意を喋り始めた。

 

(わたくし)が。私があんの殺意の塊みたいな機雷で吹き飛ばされていなければっ…!」

「上行けばピットの的で、下から行くと全力を発揮できない…運営は先月飛行機体に親を消し飛ばされまして?」

「すみません。遅れを取ってしまったばかりに…」

「まぁまぁ、気にすることはないデスよ。知らない攻撃も多かったデスし」

「いやぁ、今回は勝てたり、最後に特大の供給も受けたりで良いことずくめですしたな!」

「ですねぇ…最後のは本当にアオハルで胸が潰れましたよ」

「は?待て待て。俺見てないぞそんなこと」

 

喜怒哀楽が、何処からともなく出現する喧噪。次第にその音の中心地は、酒場へと移動していき、発信する相手も、同盟の内側だけでなく、外側にも広がっていく。

 

「…」

 

横を向けば、歩きながらトップ二人と談笑する姫。若干ではあるが、その口角は吊り上げられている。

対等な関係を一人しか作らず、姫は仲間以外に殆ど気を許さなかったこともあり、昔はこんな微笑ましい光景も、数える程しか見たことがなかった。

多様な成長を遂げている姫に、私は感慨深いものを覚えながら、話の邪魔にならないよう、離れて歩こうと思考して一歩踏み出そうする。しかし、見知った者達の塊の外側にある男達の姿を視認して、足が自然と、その集団の方へと運ばれた。

 

「スヴェルのアレで粒子砲を呑み込むのカッコ良すぎでござるよ…」

「ありがとう。できるかなって思ってやってみたんだけど、成功してよかった」

「アレは映画レベルだッたな。にしても、俺の女神と相性悪すぎるだろ…」

「役割無くて雑魚狩りしてた虫キメラさんじゃん。おっすおっす」

「素麵半兵衛、漂流殿、オオムラサキ。お前ら勝手に行動しすぎだ」

「やッぱ、昂ぶりはおさえきれないんやなッて…あッ、foolさんじャないすか!」

 

皆違う装いで、異なる口調。分けて見れば、繋がっているなんて思えない五人組だが、それこそが彼らを彼らたらしめているのを、遠い過去から私は知っている。

黒い服の上に赤い羽織を着て、刀を帯びる男が私の存在を悟り、気さくに名を呼ぶ。何度殺しあったかの記憶が霞む程に、命の奪い合いをした相手に対して、私も手を上げ、気軽に話しかけた。

 

「君達も、モノと戦ってきたのか?」

「うッす。川ヤシがオペで、四人で行ッたッすんよ。そしたら、俺の女神じャバリア壊しに行けなくて…」

「出撃前に何度も忠告したんだがな」

「すまんッて川ヤシ…」

「…ふっ。そちらも、楽しくやれていそうで何よりだ。ちなみに、結果を聞いても?」

「途中で拙者が事故って落ちたでござるが、クリア自体はできたでござるよ。fool殿は?」

「危ない橋を渡ったが、何とか欠けることなく勝利できた。姫の作戦や、采配のお陰だ」

 

今は夢の跡地として残るだけの、弱肉強食が絶対不変の原理として君臨する孤島。あの地では、この年になっても様々なことを教わり、そして貰った。年が離れているのを理解している上で、気兼ねせず会話に付き合ってくれる彼らも、あの地が私に与えてくれた、貴重な友人だ。

そんな友人らと話していると、学生時代が脳裏に浮ぶ。コミュニケーション能力が欠けていた私は、小学生以来の付き合いのmineと、少数の人間としか関わりを持っていなかった。なので、もし,彼らが同級生であったら、どうだったのだろうか?と、偶に考えることがある。抜け毛が徐々に増え、腰に無理をさせられなくなっていく体で、こんな夢物語を想像するのは、少し気恥ずかしく、彼らに言えたものではないが。

 

「すまない。話の腰を折ることになるのだが、いいだろうか」

「大丈夫だぜ」

「ありがとう」

 

妄想の内側で、彼らと交わって心底楽し気に過ごす、ある人の背を幻視した。

雪を被っているかのような純白な髪と、その色が一層異色さを引き立てる赫眼。童女の如く純真無垢に微笑み、誰と接するにも慈愛を絶やさなかった、彼らの仕えた姫。

何事もなければ、恐らく妄想の一部分は現実となった。彼らとかの姫の絆は、並大抵の障害で断つことなど到底不可能と断言できる、深いものだったからだ。

だが、彼らはこの場所にいて、かの姫はこの場所にはいない。即ち、五人と一人は、引き離されたのだ。

 

「…かの姫とは、会えただろうか」

「いえ。未だに影も形も、なんも見つからないッす。まァ、その方が姫の為になるッすから、良いッすけどね」

「…そうか」

 

互いに救い、救われた同士。本音を語り合い、信用しあえる間柄となれた六人に厚く高い隔たりが置かれるのが運命であるのなら、こんなにも残酷な運命はそう他にないだろう。私が眼前の彼、漂流殿と同じ立ち位置であれば、神を怨み、憎んだのは間違いない筈だ。

他人がそこまで憎悪を燃やしかねない仕打ちを受けても、漂流殿は私はもうできないであろう、眩しい笑みをした。

 

「…でも、姫は絶対に約束(・・)を果たそうとしてるッすから。俺たちは命尽きるまで、ずッと待つッすよ」

「…ふっ。そうだな」

 

運命であろうと、自分達と姫を繋ぐ絆と約束は引き裂けないし、引き裂かせない。

確然たる光と狂気を混在させる瞳に見つめられ、私は全くもってその通りだと頷く。

時間がかかるだろう。既に経過した一年と半年だけで済む。なんて生易しい考えを彼らが持ち合わせていないように。何か月、何年、十数年。もしかしたら、何十年経つかもしれない。人生の果てを知るに至るまでの、膨大な時間が。

けれども、無情に置き去っていく時代の流れは、私にとってそうであるように、彼らにとってもさしたる問題ではない。平均して大体終わりかけの学生時代から先は、老いゆくだけの余生と認識している、彼らにとっては。

 

「私にも手伝えることがあれば、何でも言って欲しい。大した力にはなれないかもしれないが、協力は惜しまないつもりだ」

「ありがとうッす。でも、foolさんにはもうかなり協力して貰ッてるッすよ。先週の動画だって…あッ」

 

唐突に漂流殿君は口をつぐみ、皆と共に膝を着いた。その仕草と、彼の視線が私の背後に注がれているのに、私は会話の前に何をしていたのかを思い出し、不穏なオーラを漂わせる方へと振り向く。

 

「随分と熱中していたいたようだけど…貴方は不参加で良いのかしら?」

「…申し訳ありません」

 

三日ぶりなのもあり、つい立場を忘れ長話をしてしまった。過失を認め、頭を下げる。

感情を悟らせない表情に変化はないが、どうやら容赦はもらえたようで、私を射貫く目を下げ、漂流殿へと移らせた。

 

「仰々しくしないで結構よ。楽な体勢になさい」

「「「「「はっ(はッ)」」」」」

 

許しを受け、五人が立ち上がる。

 

「お久しぶりにございます。―――もっちぃ(・・・・)姫」

「ええ。貴方も元気そうで安心したわ、マサトknight」

「御心配、痛み入ります」

 

二メートルを超える細身な男。マサトknightは、陰を宿す嫣然をする。

その表情を一瞥して、少し沈黙を挟んだ後、姫は五人を飲み会に誘った。

 

「貴方達も酒場に来る?Dionや負幸膨苦痛の同盟に女王、他にも大勢いるわよ」

「おっ、良いんですか?」

「代金は『燭台の風除け』持ちだから、存分に飲んできなさい」

「楽しそうでござるな!早速お邪魔させていただくでござるよ!」

「引っ張るな、素麺半兵衛」

「川ヤシも行くでござるよ。ここにいる方が、邪魔になるでござるからな!」

「分かったから引っ張るな。服が伸びやしないが、不愉快だ」

 

VRでは珍しい、ふくよかな体系からは想像もできない俊敏な動きで、素麺半兵衛が川ヤシを連れ去っていき、三人が私達に一礼をして、仲良く並んで二人を歩いて追った。姫は、五人の後ろ姿を見送り、やがて私に目を合わせる。

 

「「…」」

 

酒場に人を取られ、数分前までの騒がしさを喪失したエントランス。その中心で、街灯の消えた町の夜闇で染色したガラス玉、と説明されても信じるであろう、真っ黒な瞳を視る。

星彩の魅力に拍車を掛けるそれは、名だたる宝石を横に置いても遜色ない幽玄美を備えていて、脱力すれば、瞬きの内に吸い込まれかねない危うさも秘めている。私は、気を確かに保ちながら、世界で一番綺麗な音が鳴るのを、背景に同化して、じっと待った。

 

 

 

 

 

近未来的なデザインで建築された、新人から古株まで多種多様な操縦者が集う基地のエントランスにて。静粛に、厳かに、儀式は執り行われる。

 

「ちょっ、もうちょい下がれってお前ら。バレるぞ!」

「mineに独り占めはさせねぇ。俺達だって見てぇんだよ推しcpを!」

 

…酒場に繋がる通路で不審な影が揺れ、小声も聞こえてくる気もするが、それはさておこう。

 

「跪きなさい」

「…はっ」

 

少女の命に、大男は逡巡なく従う。

何もかもを受け入れる、と瞼を閉じた大男に、少女は手を伸ばす。

 

「…今回も、良く頑張ったわね。ありがとう」

 

威光に包まれる王宮で、一国の姫が己が騎士を褒め称えるように。少女は微笑み、大男に比べれば遥かに華奢な掌を頭に乗せて、優しく愛でる。

 

「…姫の為とあれば、どんな難題にも応えるのが、私の望みですので」

 

粛々と、しかし、面持ちは穏やかに、大男は少女の愛でを頂戴する。

新緑の絨毯を撫でるそよ風のように、柔らかな手が髪を整えていく心地良さ。幼少時代以来の至福を、十分に堪能し終えると、大男は開いた目の焦点を少女へと合わせ、手を引いてもらい直立した。

 

「動画の編集、頼めるかしら」

「無論です」

「助かるわ。貴方の編集、評判が良いもの」

 

近年、安定して五桁に乗る程度には好評を博してきた動画への称賛に、大男は畏まり、恐縮ですと答える。

 

「…皆が待っています。戻りましょう」

「ええ、そうしましょうか」

 

少女は頷き、顔見知りしかいない飲み会へと足を進め…半ばで、一度振り返った。

 

「…SHELLEY」

 

小さな口から発したその名は、少女自身が孤島で唯一対等であると認め、接した。可憐な姫の名。

 

「…貴方のことも、皆が待ってるわよ」

 

眉を八の字にした少女は、毎度動画を締めくくる、何処にいても友の心を安らげさせる言葉を呟き、仲間の下へと、大男を随伴させて戻った。




『三宝軍』

同盟の中でも、最大の規模を誇る同盟。
所属するプレイヤーは全員ο島出身であり、また、姫プの意味をはき違えているもっちぃ姫とFoolのcpを推している(内部で穏健派と過激派に分裂)。
孤島出身は伊達じゃない!とランクマに潜り込んでみたものの、意外とプレイヤー達が強く、特に最強に至っては、三宝軍で屈指の実力者であるmineやクトゥルン、foolですら未だに勝利を掴めていない。
過疎環境を憂いてはいるが、顔なじみとのフォース戦などで結構楽しくやっており、動画として投稿させてもらっていたりいなかったり。
今回の攻略作戦では姫が戦場に立ったが、基本的にあのポジションは鰯偏食家や他の家臣で、姫はオペとして動いている。


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