雛にも稀な (扇町グロシア)
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雛にも稀な

同居を知った直後、まだ雛ちゃんが色々気づく前の時間軸です。
非常に低カロリーでアクの無い仕上がりですので、おつまみ感覚でお楽しみください。


 鹿野千夏先輩は悪い人ではない、と思う。と言うか良い人だろう。初対面で「彼氏とかいるんですか」って聞いても怒らないし、聞こえる範囲では悪い噂も無いし。アスリートとしてのスキルも高いし、キレイだし、……胸あるし。そりゃあ、誰もが憧れるだろう。誰もが憧れるからこそ、私は気にしなければならない。私の、――親友も、彼女に憧れている一人だから。

 

 千夏先輩に憧れる身の程知らず、それが猪股大喜という男子を語る上で一番分かりやすい。英明を背負って立つアイドルと英明のじゃがいも、釣り合うなんてとてもとても。それなのに好きだとか結婚したいとかなんだと言うのもほほえましく、男子ってやっぱり子供だなーとしか思えなかった。しばらくしたら格差を思い知ってガックリ来るだろうし、その時になったら頭の一つも撫でてやろう、とも思っていた。

 でも、それが。家の都合だとかで先輩は大喜の家に住むことになっていて。気が付けば大喜も「先輩は同じインターハイを目指す同志」なんて事をまっすぐな目で言うようになって。……面白く、ない。何が面白くないのかは考えたくないけど、面白くない。別に邪魔をしてやろうという気はないし、なんなら応援すると言ったのも嘘ではない。でも、なんだか面白くないのだ。

 

 友達を取られた気分、に似ている。あれ小さい頃はよくあったけど、最近はないんだよね。最近友達増えてないし。……どうも皆「新体操のエリート」みたいに見てくるから、近頃はめっきり気が抜けない。何も考えずにバカ話出来る相手はだから大事なんだ。あの猪突猛進バカは、私に必要なバカなんだから。

「でもなぁ……だからって私だけのモノじゃないしなぁ……」

 それに大喜がどう思おうと、先輩が相手にするとも思えない。同学年だって男子は子供なんだから、後輩なんて小さい子にしか見えないだろう。どうやったって、大喜が身の程知らずなのは変わらない。もしかしたら、それがわかっているから先輩と大喜が近づくのが嫌なのかもしれない。勘違いに勘違いを重ねて酷い傷を負う前に、親友として止めてあげないといけないのではないだろうか。うん、きっとそうだ。そうに違いない。きっと――うん。

 

「先輩って、年下イケる方ですか?」

「……えっと、急にグイグイ来るね蝶野さん」

 とりあえず、放課後を狙って先輩を捕まえてみた。そう言えば親交があるわけでなし、人となりもまだ掴めない。まずは探っておくべきだろう。幸い同じ整体院にかかっているから、帰り道で捕まえるのは難しくないし。大喜の為にも、色々と探りを入れておくのが得策な筈。そう、そうだ。

「うーん、年齢で人を判断するわけじゃないかな……」

 そりゃまぁ、そうでしょうね。こうやって私相手にも接してくれているわけで。それから暫く駄弁った限り普通に優しい人だとは思えるけれども、どうにも上手く掴めないというか。芯を意図的に外している、という感じがする。距離感は近いけど、でも接触しないようにギリギリを見定めている。――気配り屋なのか、詐欺師なのか。どっちにしても、大喜が勘違いするには余り有る。ああ、こういう所なんだな。私がどこか、面白くなく思うのは。

 そのまま流れで連絡先を交換し、手を振って別れる。一回目の敵情視察にしては、上出来の戦果だろう。いやそんな大袈裟でもないけどさ。一先ずは踏み込めた、ここから入り込んで探っていこう。親友の為、雛さまが一肌脱いであげようじゃないか。そう、大喜の為。大喜が傷つかないように。それだけ、だ。

 

「……いやお前がそれで良いなら良いんじゃないかな」

「良くないから言ってんのよ……っ」

 メガネの癖に察しが悪い匡の肩にグーを捩じ込みながら、私はちょっと溜め息を吐いた。あれから、先輩と大喜の関係がどうなったかは分からない。でも、私と先輩の関係は、……絶賛進行中。あの後すぐ「次のお休み、一緒に出掛けない?」と来たのを皮切りに、思った以上の勢いで押してきている。このまま行くと、先輩が日本を立つ前にオトナの階段を上ってしまうかもしれない。「年下イケる方ですか」の年下を、大喜じゃなくて私だと思ってくれたんだろう。いや……そうじゃないんだけど。

「そりゃ先輩優しいし尊敬できるしっ、美人だし胸大きいし有名人だしっ、何処行ってもなにやっても楽しいしっ、超優良物件ではありますけどねっ。なんだろうなぁっ、私女の子好きになったこと無いけど先輩なら良いかもとか思うようになってきてるんですよっ。お嫁に行くって選択肢もあるかなぁ、とかっ。でもねぇっ、大喜くんが先輩好きだってのも事実じゃないですかっ」グリグリグリグリグリグリグリグリ……

「まず握り拳を止めろ、あと落ち着け」

 これが落ち着いていられるか、でも一応手だけは引っ込める。本当に、どうしたものだろう。ミイラ取りがミイラになる、ってこの事だろうか。関係ないけどこの諺、ミイラ取りをミイラにしたのは誰だろう。勝手にミイラにはならないだろうし。まあいいけど。……肝心な所を掴ませない先輩を面白くなく感じる理由も、変わりつつある。大喜の為じゃなく私の為に、先輩の本心が知りたい。でもそうする為にはきっと、「特別な一人」にならなければならない気がする。そういう相手になるまで、きっと先輩の本心には到達できない。

「でもなぁ……、そうすると大喜くんを蹴落とす事になるんですよメガネボーイ」

「うるせぇレオタードロリ。……先輩と大喜が近づくのは不満だったんだろ、ならこれでいいんじゃないか?」

「色々とベクトルがおかしいんだい。なんか、……なんかさぁ、なんかなのよ」

 どこかでボタンをかけ違ったのか、それともこれで合っているのか。馴れない事に首を突っ込むと、やっぱり上手くいかないものなんだろうか。この先どうやって歯車を回していけばいいのか、……まぁゆっくり考えよう。頼れる先輩の手も借りていけば、きっと道が見付かるさ。私は蝶野雛さまぞ、終わってみれば万事上手く納まってくれるに決まっている。

 

 

「あのさ、匡が大喜と付き合ってくれると全部丸く収まる気がするんだけど」

「……………………俺は構わないけど……いいのかそれで」




私はあのメガネをなんだと思ってるんですかねぇ……。
でもメガネが上手く立ち回って丸く収める展開は、誰も傷つかなくて良いと思うんですよ。


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