単発小説『嵐の航海者が鎮守府に着任しました!』 (sahala)
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単発小説『嵐の航海者が鎮守府に着任しました!』

以前は連載中の小説に載せていましたが、指摘があった為にこちらへ移させて頂きました。

そんな小説ですが、よろしければどうぞ。


 深海棲艦。

 

 突如として海から現れたソレは、同族以外の船を次々と海へ沈めた。深海棲艦には既存の兵器が通じず、瞬く間に人類は海域の支配権を失う事となった。海上の輸送通路を絶たれ、事実上の鎖国状態と化した各国に追い討ちをかける様に深海棲艦達は地上にも侵略を始めた。

 もはや絶体絶命に思われた状況は、時を同じくして現れた妖精達が召喚する大戦時の軍艦の力を秘めた少女---艦娘達の活躍により、深海棲艦達の侵略を阻止する事に成功した。

 だが敵もさるもの。当初は確認されなかった空母型や戦艦型の深海棲艦の出現により、艦娘達の快進撃も打ち止めとなった。今は艦娘達の協力を得ても、地上へ進軍されない様に沿岸部の警備する事が精一杯だ。

 

 そんな人類の危機に応じたのか、一人の英雄が海の彼方から舞い戻った---。

 

 

 

 横須賀鎮守府 司令室

 

「司令官さん! 大変、大変なのです!」

 

 無線の受話器を置いた“司令官さん”と呼ばれた青年は、ドアを破りかねない勢いで入ってきた少女を驚愕した顔で迎えた。

 彼の名前は『提督』。本名はあるが、率いる艦娘達に“提督”や“司令官”と様々な呼ばれ方をしていた。海軍の中で数少ない『妖精に好かれる人間』である為、艦娘の指揮と彼女達の装備の開発指示を任されている。二十代の若さで、一つの鎮守府の長となったのもその為だ。

 

「深海棲艦の部隊が向かって、天龍さん達が危険で、その、えっと!」

「落ち着いて、電(いなづま)。まずは深呼吸だ」

「は、はい! スゥ~、ハァ~・・・・・・・・・」

 

 司令室に入ってきた栗色の毛をバレッタで纏めたセーラー服の艦娘ーーー駆逐艦・電は、深呼吸を繰り返して息を整えた。少し落ち着いたのか、真面目な顔で提督に報告を行った。

 

「コホン、失礼しました・・・・・・・・・。南西諸島海域へ遠征に行っている第二艦隊から入電なのです! 帰還中に多数の深海棲艦と遭遇。至急、応援を求むとの事です!」

「敵勢力の数は?」

「確認できるだけでも戦艦ル級と重巡リ級が二隻ずつ。その他にも多数の駆逐イ級が確認されるそうです」

「そうか・・・・・・・・・明らかに此方の編成を意識した様な艦隊だな」

 

 着任以来から秘書を務めている艦娘の報告を受け、提督はゆっくりと頷いた。

 目下の人類の敵である深海棲艦とコミュニケーションを取れた者はいない。その為に彼等を獣程度の知能しか持たないと勘違いする者も多い。

 だが提督の中で、その考えは崩された。鎮守府周辺の海域は駆逐艦型や軽巡洋艦型の深海棲艦が散発的に出没する程度だったが、南西諸島海域では戦艦型や空母型が艦隊を編成して跋扈していた。鎮守府周辺海域では見られなかった深海棲艦の連携攻撃に、現在の横須賀鎮守は一進一退の攻防を強いられているのだ。装備開発の為の資材調達へ行った第二艦隊の前に現れたのも、無関係では無いだろう。敵は恐らく、横須賀鎮守の資材や戦力状況を把握して攻撃を行っている。

 

「どうしましょう? 天龍さんの水雷戦隊では駆逐艦や重巡洋艦はともかく、戦艦級の相手は・・・・・・・・・」

 

 それ以上の言葉を紡がず、電は俯いた。第二艦隊は軽巡洋艦の艦娘・天龍を旗艦として、同型の龍田と駆逐艦数隻で構築される。火力を考えれば、戦艦級を相手にするには心許ない。さらに今回の遠征で随行しているのは、電の姉妹艦達だ。これまでの激戦をくぐり抜けた仲間の力量を疑うわけではないが、万が一の事を考えると電も不安で堪らないのだろう。

 

「大丈夫だ、電」

 

 緊急の報告を受けたにも関わらず、提督は電を安心させる様に微笑んだ。

 

「こんな事もあろうかと、第一艦隊に指示を出しておいた。これで一安心さ」

「第一艦隊に、ですか?」

 

 電は首を傾げた。横須賀鎮守府で唯一の正規空母である赤城が率いる第一艦隊は、敵の空母機動隊の攻撃を受けて赤城と随行艦の足柄が大破した為に撤退命令が出されていたはずだ。そんな状態で救援に迎って、何になるというのか?

 

「第一艦隊と言っても、救援に出せるのは一人だけさ。彼女だけ無傷で弾薬の消耗も殆ど無かったからね」

「た、たった一隻ですか!? 無茶です! 余計な損害を増やすだけなのです!!」

「大丈夫さ。何せーーー」

 

 電の抗議を聞きながら、提督は執務机の後ろを振り向いた。そこには可愛らしい文字で『なのです!』と書かれた掛け軸と、

 

「彼女は、最強の海賊だからな」

 

 海軍には似つかわしくない、海賊旗(ジョリー・ロジャー)が飾られていた。

 

 

 

 南西諸島海域の海上。

 太陽が燦々と輝き、波が穏やかで絶好のクルージング日和になりそうな海だった。だがひっきりなしに響く砲撃の音は、そんな呑気な考えを吹き飛ばすのに十分だ。

 

「ったく、次から次へと湧いてんじゃねえ!」

 

 近くの駆逐イ級を20.3cm連装砲で撃ちながら天龍は吼えた。サメに人間の口が着いた様な形状をした駆逐ハ級は、腹に風穴を開けられて轟沈する。だが、天龍の苦い顔のまま唸った。

 

「ちっ、いくらやってもキリが無え」

「あら~、これはちょっとマズいかしら~」

 

 隣りにいた天龍の姉妹艦・龍田がおっとりとした声を上げた。口調こそノンビリとしているが、顔には焦りが見え隠れしていた。

 輸送任務中に突如として強襲してきた深海棲艦の艦隊は、まるで天龍達を逃がすまいとするかの様に駆逐イ級達の波状攻撃を行っていた。イ級程度、普段なら相手にもならない。しかし、犠牲を厭わないかの様な物量攻撃に天龍達は振り切れないでいた。

 

「厄介な事に、遠くに見える戦艦ル級と重巡リ級は手を出してきてないのよね~。どういうつもりかしら~?」

「そんなの、こっちの消耗を狙っているに決まってるだろ。イ級共を使って、俺達が疲れ果てた所に戦艦と重巡の砲撃で轟沈させよう、ってハラだ」

 

 天龍が自分の考えの述べるが、そのくらいは龍田も承知していた。あえて言葉にしたのは、随行している駆逐艦達にもどうするべきかを教える為だ。

 

「それじゃ、どうするの~? このまま全員倒すまで戦ってみる?」

「ハン、敵さんの思惑にワザワザ乗る道理はねえよ。包囲の薄い箇所のイ級を沈めてバックレるぞ」

 

 自分の考えを纏めると、天龍は無線に呼び掛けた。

 

「聞いたな、チビ共! 五時方向の駆逐艦達に集中砲火を喰らわせるぞ!」

『了解! っていうか、レディをチビ呼ばわりしないでよね!』

 

 駆逐艦の艦娘・暁の抗議を聞き流しながら、天龍は次の指示を出す。

 

「響、雷(いかずち)! お前ら、四連装魚雷を積んでいただろ!? 援護するから、合図を出したら一斉に撃て!」

『了解』

『任せてよね!』 

 暁と同型の姉妹艦の響と雷の返事を聞き、天龍自身も魚雷を装填する。魚雷は戦艦すら沈める強力な火力だが、持ち込んだ数は少ない。ここで失敗は許されない。

 

「いくぞ! 三、二、一・・・・・・・・・撃て!!」

 

 号令と共に、海面上に白い航線を引いて魚雷が一斉に放たれる。その先で、轟音と共に数隻の駆逐イ級達が黒煙を上げながら海に沈んだ。

 

「よし、今だ! 出力、最大速度!!」

 

 敵が沈んで開いた包囲の穴に向かい、天龍達は一斉に進んだ。艦娘特有の装備である艤装を出力をフルスロットに回し、駆逐イ級の包囲網を突破する。途中、追いすがろうとする駆逐イ級達には龍田と暁の連装砲で蹴散らしていく。

 

(行ける! このまま戦艦達の射程圏から逃れればっ、・・・・・・・・・!?)

 

 その時、天龍の耳に海中からの音が聞こえた。小型のスクリューが回転して、水をかき混ぜる様な音。これは、魚雷のスクリュー音!

 

「全員、散開!」

 

 突然の天龍の命令に、全員が驚きながらも従った。龍田達が三々五々に散らばるのと同時に、天龍がいる海面に突き上げる様な水柱が昇った。

 

「天龍ちゃん!?」

 

 龍田が悲鳴を上げた先には、着ていた服が半ばまで破れ、艤装から黒煙を上げた天龍がいた。

 

(クソ、海中からの魚雷・・・・・・・・・潜水力級が隠れていやがったのか!? まさか、包囲網が薄かったのは誘い込む為・・・・・・・・・?)

 

「大丈夫!? いま助けるわ!」

 

 中破した天龍へ、雷が全力で航行する。雷の方に天龍が顔を向けるとーーー遠くで控えていた戦艦達の砲塔が自分に向けられている事に気付いた。

 

「馬鹿、来るんじゃねえ!!」

 

 天龍が声が引き金になったかの様に、四隻の砲口が一斉に光る。轟音と共に、発射される一六インチ砲と八インチ砲。天龍は力を振り絞って、自分の元へ来た雷を突き飛ばす様に後ろへ放り出す。

 

(すぐに回避・・・・・・・・・駄目だ、いま避けたら雷に当たっちまう!!)

 

 秒にも満たない思考で、天龍が出した答えはその場に留まって雷の盾になる事だった。

 

(すまねぇ、龍田。俺の代わりにチビ共を鎮守府に送り届けてくれ)

 

 離れた場所で龍田が、いつもの余裕さをかなぐり捨てた顔で何かを叫んでいる。暁と響が何かを言いながら、天龍の元へ向かっている。だが、それよりも早く砲撃が天龍を沈めるだろう。天龍は数秒後の死を覚悟しーーー

 

「発射(ファイア)!!」

 

 背後から飛んできた砲丸が、深海棲艦達の砲弾とぶつかって生じた爆発光に目が眩んだ。

 

「よう、嬢ちゃん達。大変だったみたいだねぇ」

 

 突然の出来事に驚いている天龍達の背後から、少し煙草や酒に灼けた様なハスキーな声が聞こえた。振り向くと、顔の右上から左下の頬にかけて大きな傷があり、時代がかったフロックコートを着た赤髪の女姓がいた。

 

「ライダーさん! どうしてここに!? 赤城さん達と南西諸島の奥地に行っていたんじゃ・・・・・・・・・」

「赤城と足柄が大破したもんだから早引きさ。お陰で暴れ足りないったら、ありゃしないよ」

 

 驚きながら質問する雷に、やれやれといった風に女性ーーーライダーは首を振った。トリガーハッピーな所があるライダーからすれば、弾丸も砲丸も撃ち尽くさずに帰還するというのは詰まらない事だっただろう。

 

「で、仕方ないからUターンしようとした矢先に提督殿から、ジャリ共が心配だから様子を見てやってくれと言われて来たってワケ」

「そ、そうだったんだ・・・・・・・・・っていうか、ジャリって言うな!」

「ハン、酒を飲めるような歳になってから言いな」

 

 雷の抗議をカッカッカッと大笑しながら流すと、ライダーはキリッと顔を引き締めた。

 

「さて、ウチの嬢ちゃん達を痛めつけてくれた連中にはタップリと御礼をしなきゃねえ。タツタ、テンリュウ達を連れて下がってな」

「ま、待ってくれ。俺はまだ、」

「無理すんじゃないよ。あとはアタシ達に任せな」

 

 負傷した身体を引きずって戦おうとする天龍を、ライダーは有無を言わせない口調で黙らせた。いかに死を良しとする信条であっても、同じ釜の飯の仲間を目の前で死なせる事はライダーはしたくなかった。

 

「よくもまあ、ここまで集めたもんだ・・・・・・・・・」

 

 辺り一面を真っ黒に染め上げる様な駆逐イ級の群れを見て、ライダーは嘆息した。遠くの方では、戦艦ル級と重巡リ級がこちらを生気の無い目でじっと見ている。新しく現れたライダーを警戒して、様子見に徹する事にしたのだろう。加えて足下である海中からは、潜水力級の隠しようの無い殺気を感じていた。

 まさに、多勢に無勢。絶望的としか表現のしようがない状況にライダーは、

 

「でも、まあ。命も弾も、ありったけ使うから楽しいもんだ」

 

 シニカルに笑って見せた。

 多勢に無勢? 圧倒的な戦力差? それがなんだと言うのか。いつだって、自分はそんな状況で戦い抜いてきた。

 

「さあて・・・・・・・・・最初から全力で、おっ始めるとしようか!!」

 

 ライダーの宣言が合図になったかの様に、あれほど晴れ渡った空が即座に様変わりした。

 分厚い雲が太陽を隠し、殴りつける様な風雨が吹き始める。海面も激しく荒れ、駆逐イ級達と海中の潜水力級は転覆しない様にするので精一杯となった。

 

「アタシの名前を覚えていきな。テメロッソ・エルドラゴ! 太陽を落とした女ってねーーー」

 

 海鳴りの様に、はたまた悪魔の囁きの様にライダーの声が響き渡る。ここにきて、ようやく深海棲艦達は理解した。

 コイツは艦娘とは違う。自分達と同じ、いや比べ物にならない様な海の魔物だ! 、と。

 不意に海面が激しく揺れた。揺れはどんどんと大きくなり、やがて激しい水しぶきを上げながら黄金の光を放つ帆船がライダーの足下から浮上した。それに呼応する様に、次々と帆船が浮かび上がって隊列を組んでいくーーー!

 

「これは、ガレオン船・・・・・・・・・!?」

 

 ライダーと一緒に、船の甲板に持ち上げられる形で乗船した天龍達は驚愕して浮上する船団を見る。

 鋼鉄で造られた戦艦が主流な現代において、時代錯誤な木造の大型艦だというのにーーー何故か、その船団からは底知れぬ畏怖を感じていた。

 

「野郎共! 時間だよ!! 嵐の王、亡霊の群れーーーワイルドハントの始まりだ!!」

 

 ライダーの号令と共に、帆船に取り付けられたカルバリン砲が一斉に深海棲艦へと標準を合わせる。

 この時、深海棲艦の艦隊は統率を失った。

 自分達は仮にも軍艦の怨霊だ。姿形こそ異形となったが、装甲や砲台は最新鋭の戦艦にも劣らない。あんな骨董品の船など恐れるに値しない。しかし、あれは駄目だ。あれは自分達の様に、ただ沈んだ艘とはワケが違う。歴史が違う、格が違う。なによりも背負っている人々の想いが違いすぎる。全世界の希望となった船と自分達では全てにおいて相手にならない。だから、あの船の砲撃を喰らえばーーー!!

 そこまで理解して、深海棲艦達は一斉に動き出した。無駄を承知で逃走を試みるもの、自暴自棄になって突撃しようとするもの。しかし、お互いの行動と荒れ狂う波によって、思うように動けなかった。

 そこへ、船首に立ったライダーはクラシカルな拳銃を深海棲艦達へと構えた。

 

 かつて、生きたまま世界一周という偉業を成し遂げ、沈まぬ太陽の国と謳われたスペインの無敵艦隊を沈めた海賊。死した後には嵐の王と怖れられ、いつか遠い未来で復活を望まれた英霊は、いま高らかに自身の宝具を開帳する。其はーーー

 

「撃ち鳴らせ! 黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)!!」



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