ウマ娘の頭悪いサイド (パクパクですわ!)
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パクパクですわ!

おれはトレーナーだ。名前はまだない。

 

「ありますわよ。何を言っているのかしら」

 

ない。

 

「……。夏目漱石でしょう? 急に影響されたのかしら……」

 

そうだ。おれはトレーナーだが、頭がいいので文学にも目覚めたのだ。かしこい。

 

「もう。バ鹿言ってないでトレーニングを始めますわよ、それにかしこい人は自分で自分のことをかしこいなどとは言わないのです。わたくしのように」

 

……なんてことだ、そうだったのか。マックイーンはかしこいな。

 

「ふふ、当然ですわ。メジロ家足るもの、速くてかしこいのは当然ですもの」

 

おれは読みかけのぼっちゃんに栞を挟んで立ち上がった。正直そろそろ頭が痛くなってきたので、マックイーンが来てくれて助かった。このままだとおれの頭は爆発していたかもしれなかった。

 

さて、やるか──そうだ、せっかくだしおれも体を動かすぞ! 勝負だマックイーン、トレーナーは強いのだ。

 

「あら。理解(わか)らせをご希望であれば、最初からそのように仰って下さればよかったですのに」

 

ふふふ。おれには秘策があるのだ──おれが勝ったら、おれの機嫌が良くなってスイーツ食べ放題券をあげるかもしれないぞ!

 

「……ッ! ひ、卑怯ですわ! クズですわ! 最低ですわ! このわたくしを、メジロの誇りを侮辱していますわ! 物で釣ろうなんて、やっぱりトレーナーさんは最低最悪の人ですわ!」

 

ははは。しっぽの動きで丸わかりだぜ、物に釣られるチョロいウマ娘がそこにいるぜ。

 

がちゃ。ドアが開いてナイスネイチャが入ってきた。放課後なので来たのだ。

 

「バカ言ってないでやるよー」

 

誰がバカか。おれはかしこいんだぞ、トレーナーなんだぞ。すごく偉いんだぞ。

 

「はいはい。チョコあげるからちゃんとやりなさい」

 

わーいチョコだー。

 

「ほら、マックイーンにもあげる。新発売のイチゴ味、結構美味しいのよ」

「いいんですの!? やりましたわ、これで気分爆上げですわ! 優勝ですわ!」

「はいはい優勝優勝。さ、今日も張り切っていくわよ!」

 

よし! チームアルファード、チョコの力で優勝するぞ!

 

「……チョロいねー。こんなのばっかりで本当に大丈夫なのかしらね」

 

おい、おれは天才なんだぞ。

 

「はいはい天才天才。すごいねー」

 

むふふ。もっと褒めてくれ。

 

「ちょっとネイチャさん、わたくしの方がすごいですわ!」

「うんうん最強最強。いつも頑張ってて偉いねー、かしこいよーマックイーン。さすがメジロの天皇賞ウマ娘ね、憧れちゃうねー。可愛くてかっこよくてかしこい!」

「かしこいですわ! どすこいですわー!」

 

マックイーンのやる気が上がった!

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれはトレーナーだ。名前はまだない。

 

「お兄さまは、お兄さま……だよ?」

 

お兄さまと呼ぶなクソガキ!

 

「ら、ライスのこと……嫌いになっちゃったの……?」

 

やめろぉ! おれはおまえの本性なんて見抜いているんだ、その小動物ムーブさえ保てばあとは周りが味方になってくれると思っているんだろうが、大間違いだ!

 

おれが対策を用意していないとでも思ったか。スカーレット! 分かっているな!?

 

「残念だけど、ここにあんたの味方はいないわよ。全く……こんな可愛い子を捕まえてクソガキだなんて、ほんとにそろそろ分からせてやろうかしら……」

 

裏切り、だと……?

 

「お、お兄さまは悪くないよ……! ライスが、ライスが悪いの……」

「ん〜もう! トレーナー! 何言わせてんの、さっさとクソガキって言ったことを謝りなさい!」

 

そういうとこだぞ! ライス! スカーレットに隠れてほくそ笑ん出るんじゃない! おまえの狙い通りだと思うなよ……!

 

「す、スカーレットさん……っ、ライス、そんなことしてないよ……!」

「このクズトレーナー! 今日という今日はわからせてやるわ、このねじ曲がったロリコン! 変態! うまぴょいの芝に埋めてやるわ……! こっちは重機引っ張ってきてるんだから!」

 

ふざけんな! 大体重機よりおまえの方が馬力あるだろうが!

 

「だ、大丈夫だよお兄さまっ! ちゃんと、きちんとしたところに……首から上は、地面から出してあげるからね……っ!」

 

なんにも大丈夫じゃねーよ! 埋めるって本気か!? おれを誰だと思っている! おれは天才トレーナーだぞ、おれが埋まって困るのはおまえらなんだぞ!

 

「大丈夫よ。首から上が動くじゃない。ほいほいどっか行っちゃうことも無くなるんだから、お得なことしかないわね」

「だ、大丈夫……だよ。ちゃんと、トレーニングが終わったら出してあげるから……ね?」

 

とか言いながらライスはぬっと麻袋を取り出した。嬉しそうである。

 

……麻袋、だと? バカな……ゴルシが黙っちゃいないぞ!? あいつがこんな暴挙を許すはずが──!

 

「ゴルシからは免許皆伝を受けているの。私は成長したわ。一年前とは違うってところを見せてあげる。その成長を一番近くで見せてあげるんだから、ちょっとは嬉しそうにしなさいよね」

 

成長はレースで見せろよ! 麻袋なんて誰でも使えるだろうが!

 

「本当にそう思ってる? だとしたら、あんたの目も曇ったわね」

 

なんだと……!?

 

「気付いてる? ライスが今、どこにいるのか」

 

ライスが、なんだ──いや、待て。

 

おかしい。おかしいぞ。ライスが視界から消えている。スカーレットとの会話に気が取られて……違う、意識を誘導された。これは……ミスディレクション……!?

 

ライス、どこだ! どこに消えた!

 

「え、えへへ。お兄さまの後ろ、ライスがもらっちゃったから……」

 

はっ!?

 

ごわごわした布が頭からかぶさった。は、離せ! 話せば分かる(激ウマギャグ)! お、降ろせ! おれをどこに連れて行く気だ!

 

「べっつにー。さっきから言ってるでしょ、あんたがサボらないように、きっちりコートに埋めるんだって。そ、れ、とー……食べ物の恨みもあるしね」

「秋華賞、来週だよね? ライス、スカーレットさんには頑張って欲しいから……」

「そういうこと。きっちり見ておくことね、あたしの一番の走りを!」

 

おれは埋まった(ウマだけに。激ウマギャグ)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え。え、え、え、……ええええええ!? トレーナーが埋まってる、なんでぇー!?」

 

埋まっている。ウマだけに──おれのダジャレブックがまた厚くなるな……。

 

「す、すごいねー、これ。頭だけ飛び出してる……気がつかずに踏むところだったよー。あっちのドリルを使ったの?」

 

ああ。岩盤を砕くために使ったらしい。いいかテイオー、人を入れるくらいの穴を掘るには岩盤があって邪魔だから、ちゃんと砕かないといけないんだ。これはレースに活かせるアイデアだ。

 

「い、いやいやそんなわけないでしょ。レースとドリルに一体何の関係があるのさー、もう……」

 

よく考えてもみろ、バ群の中から抜け出すパワーはドリルとよく似ているだろ。何かしらの参考になる部分はある。パワーが上がるぞ。ついでにおれを地面から引っこ抜いてくれ。

 

「え、でも……引っこ抜くって言ったって、無理に引っこ抜いたらトレーナーの首が千切れちゃうよ。にんじんを収穫するのとは訳が違うんだから」

 

ばかな。

 

「まあいい薬なんじゃない? サボってばっかりのトレーナーなんだから、ちょっとは真面目に見てなよ。ボク着替えてくるね!」

 

テイオーは着替えてきた。

 

ところでだが、部室からなんか飲み物を取ってきてくれないか? おれは喉が乾いている。

 

「うん、分かった。でもやったのってライスとスカーレットでしょ? 放置されてるの?」

 

そうだ。おれは反省しないといけないらしいのだが、なぜおれが反省しなければならないのかが分からん。おれは何も省みないし、そうする必要もないのだ。

 

「でもこの前の夏合宿のとき、似たような感じで砂浜に埋まってたよね。同じ理由なんじゃないの?」

 

ああ。昼休憩の時にうっかり寝落ちしてしまって、起きたら埋まっていた(ウマだけに)。おれも本意ではなかったのだ、貴重な時間を消費してしまったのは反省している。だが今回のはわからん。おれは勝手に人のプリンは食べない人種なのだ、自分のウマ娘に恨まれる要素なんて一つもないはずだ。

 

「ぷ、プリンって言ったって! フタに自分の名前を書いておかないのが悪いと思うなー! ボク!!」

 

なんの話をしているんだ。おれはちゃんと書いているぞ、一つ一つ。

 

「あ、じゃあ違うや……。え? じゃああのプリンは誰のだったんだろう」

 

む。おい、聞き捨てならないぞ。スカーレットは怒っていたんだ、プリンの恨みとも言っていた。おれはさっぱり分からなかったが、もしかしておれは勘違いで埋まっているのか?

 

「い、いや。違うよ! ボクは悪くない! だいたい、冷蔵庫にぽいって捨ててあったんだ! 捨ててあったものをもらって何が悪いのさ! リサイクルと一緒だよ!」

 

ふざけんなおめー! そんな理屈が通るんなら警察なんていらねーじゃねーか! おれに謝れ! おまえの盗み食いのせいでおれは埋まってんだよ! こんなことばっかりしてるからおれはいっつも怒られてんだ!

 

「うるさいうるさい! そもそもトレーナーが全部悪いんじゃないか! 食事制限なんて、ボクに出来るわけないじゃないかー! そんな無理を押し付けてきたのはトレーナーなんだから、責任はトレーナーにあるに決まってる!」

 

黙りやがれ! 暴飲暴食をしたのはお前だろうがー! 何責任転嫁してんだ、お前が一人で痩せられねーからおれが管理してやったってのに逆ギレかー!?

 

「だってトレーナーが教えたんじゃないか! コンビニスイーツの美味しさなんて知らない方がよかったのに、どうしてボクに食べさせたんだよ! トレーナーが遊んでるから、ボク達まで緩んでるんじゃないかー!」

 

黙らんかい! 過程なんてどうでもいいんじゃ、勝てばいいんじゃぁ! さっさと走ってこんかい!

 

「このバカトレーナー! 絶対プレミアムスイーツ食べ放題奢りだからね! じゃないと一週間くらい埋めたままにしてやるんだから!」

 

やってみろやぁ〜! そんなことしてみろ、おれは泣くぞ! ギャン泣きするぞ! そのまま死ぬぞ!

 

「は、反省すればいいんだ! もっとボクに優しくしておけば、もっと真面目にしておけばーって反省しなよ!」

 

おれは日に日にやつれていくんだ……。お腹が減っても何も食べられず、トイレにも行けないし、睡眠だってままならない……。かゆいところがあっても掻けないんだ、おれはそんなの耐えられない!

 

「じ、自業自得だよ!」

 

くっ……。トウカイテイオーっ!

 

「なにさ!」

 

頼む、一生のお願いだ! 穴から出してくれ!

 

「自分で頑張って出ればいいじゃん。もうボク知らない!」

 

出られたらとっくに出てるだろうが! 土が重くて体が動かせないんだよ、念入りに埋められたからな! ビーチの砂場とは訳が違うんだよ!

 

「ふんっ! 指一本も動かせないならちょうどいいよ! ボクの走りを見てたらいいさ!」

 

なにを言うか。おれはいつも見ているだろう。

 

「うそつき。ふん!」

 

不機嫌に鼻を鳴らしてテイオーは走っていった。

 

おれの首から下は入念に埋まっていて(ウマだけに)、腕すらも持ち上がらないのである。おれの鍛え方がきっと足りないのだ。今度からは土に埋められても大丈夫なように鍛えておかなければならない。

 

ということで、おれは誰かに助けてもらわなければ動けない。

 

……あれ? もしかしておれ、ピンチじゃないか? もしかしなくても、テイオーに助けてもらわなきゃいけなかったんじゃ……?

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの光が両眼に焼き付いて、とてもまぶしい。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ──!」

「距離2000もう一本! 顔が俯いてるわよ、姿勢上げなさい! そんなんじゃ勝てないわよ!」

「──ッ、う、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

シルエットで判別するに、最後の追い込みをやっているのだ。スタミナを限界まで追い込んでいる。スカーレットがストップウォッチ片手に喝を飛ばしていた。

 

テイオーが必死に走っている。よくやるものだ、トレーニングで疲れ切ったところから更に全力を出すのはきつい。その中でタイムと戦うのだ。

 

それにしてもトレーナーの面目が立たない。おれ、別に要らなくね? 今日なんておれ、一つも指示出してないんだが。おれの作ったメニューとかガンガン勝手に改造してやってるし。おれが今日やったことって埋まることぐらいだぞ。どうなってんだ。

 

沈みゆく太陽を背景にして、みんな頑張っている。実に青春的な光景だ。

 

「ひ、ひぃ!? 首、生首が埋まってますわ!? だ、誰ですの!? 事件ですの!? サスペンスですの!?」

 

おれだよ。

 

「あぁ、何ですの……トレーナーさんでしたか。驚かせないでくださいまし」

 

うむ。階段ダッシュやってたのか?

 

「ええ。偶然他の方たちもやっていらしたので、混ぜてもらいましたわ。やはり、誰かと競い合いながらのトレーニングは有効ですわね」

 

あの神社ダッシュはなかなかきつい。おれもやったことがあるが、半分行く前に疲れて登れなくなった。

 

「それで、どうして埋まっているのかしら。ちょっと驚いてしまいましたわ」

 

ちょっとではないだろ。

 

「ちょっとだけですわ。わたくしは悲鳴なんてあげませんもの」

 

そうかな? 本当にそうだったかな?

 

「ねじきりますわよ」

 

そうだね、マックイーンは可愛くてかっこいいから悲鳴なんてあげないね。

 

「ええ、ええ! 当然ですわ! メジロに名を連ねる者の一人として……。ところでトレーナーさん、もう一度言ってくださる?」

 

マックイーンは悲鳴なんてあげないね。

 

「違いますわよ。可愛くてかっこいいの部分ですわ。もっとわたくしを褒めなさい」

 

うむ。褒めたら助けてくれる?

 

「ええ、まあ……。ちょっとしたホラーですし、躓きそうで危ないですから」

 

おまえが居てくれてよかったよ。マックイーンは可愛くてかしこいな。

 

「ふふふ。当然ですわ」

 

えっへんとばかりに、マックイーンは得意げに胸を張った。控えめな口調とは全く逆のポーズ。とてもかしこそうである。

 

「じゃあ、引っ張り上げますわね。少々失礼します──……」

 

マックイーンはおれの顎と首の境目くらいを両手で掴んだ。

 

……おい、待て。

 

「なんですの?」

 

おまえまさか、"おおきなカブ"みたいな感じで引っこ抜く気じゃないだろうな。

 

「ええ、そうするつもりですけれど」

 

やめろ! おれはカブじゃないんだぞ! そんなことしたら首が千切れる!

 

「え、ええ? ではどうすればいいんですの?」

 

それはほら、地道に穴を掘って……。

 

「面倒ですわ!」

 

やめろ、殺す気か!

 

「大丈夫です、トレーナーさんはそんな柔な方ではありません。さあ、気張りなさい!」

 

ひぃぃ! おれを殺す気だ! くそ、正気じゃない! スカーレット、スカーレット! おーい、おーい! このバカ娘を止めてくれ、おーい!

 

「だぁ──れがバカ娘ですの!? もうカチンと来ましたわ、思いっきり引っこ抜いて差し上げますから、どうか千切れないでくださいまし!」

 

むぐっ!?

 

本当にカブを掴んで引っこ抜くような調子だ。すでにその怪力により顎へと力が掛かっている。

 

む、むぐぐー! むごーッ!

 

「ふんっ、はぁぁぁぁ!」

 

ぎゃああああああああああああ!

 

内心での恐怖は声にならなかった。首の骨が折れると思ったが、強烈な地面の抵抗を突破しておれの体は土を崩しながら上がっていく。

 

「ぶっこ抜き、ですわぁぁぁぁぁぁ!」

 

ちょ、待て待て待て待て! おまえ力入れすぎだしぶっこ抜きは麻雀用語──

 

勢い余って、というべきか。

 

おれはまだ、ウマ娘という存在の力を甘く見ていたのかもしれない。

 

まるで海から飛び出すトビウオの如く、あるいはまるでペットボトルロケットの如く。おれは地面から打ち上がった。

 

──夕焼け色に染まるグラウンド。新緑の芝が照らされて眩しい。加速度がゼロになった時、おれの視界はまるで止まっているようだった。

 

なんだあれ、とスカーレットが呆れまじりに見上げていた。

 

楽しそう、とライスがぱぁっと笑った。

 

絶句と言った様子で、テイオーが間抜けにおれを見上げていた。

 

冗談ではなかった。ギャグみたいな状況だったが、おれにとっては全く笑えなかった。首は千切れなかったが、これではまるで紐なしバンジー。着地点はターフではなくあの世である。

 

ぎゃあああああああああああああああ!?

 

次々と巡ってくる走馬灯の中の記憶と、真っ赤に染まったトレーニング場がごちゃ混ぜになってぐるぐるしている。

 

いつもよりもちょっとだけ空に近い場所で、おれの絶叫が響き渡っていた。

 




マックイーンのチラシのコラ画像見て一生笑ってる
※続きません。



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もぐもぐですわ!

おれのチームはアルファードという名前がある。

 

アルファードという星は、うみへび座の一点を構成する恒星(激ウマギャグ)だ。発音によってはアルファルド(Alphard)となるし、事実wikipediaにはアルファルドと書いてあるのだが、まあ大した違いはあるまい。

 

なんでも星言葉というやつがあるらしいのだ。今ググったのだが、例えばスピカだったら「抜群のセンスと直感力」。リギルなら「聞く耳をもつ包容力」。

 

そしてわがアルファードの星言葉は「孤独なもの」。

 

おれがこのチーム名を決めたのは、ズバリこの言葉のカッコよさである。孤独なもの……カッコいいではないか。おれは天才ゆえに孤独なのだ……。

 

「え? お菓子のアルファードからじゃないの?」

 

それはアルフォートだ! うっかり"ファ"と"フォ"を間違えるな、甘くなっちゃうだろうが!

 

「ふーん。でもいつも部室にはアルフォート置いてあるよね。だからてっきり、アルフォートが好き過ぎてもじったのかと思ったよ」

 

否定はしない。おれは正直、アルフォートはミルクチョコレート味だけでいいんじゃないかと思う。

 

「何言ってんの、二種類入ってるからいいんじゃん。トレーナーってば、お菓子ばっかり食べてると太っちゃうよ?」

 

おっ、自己紹介か?

 

「ねえ、まだそのこと擦るの? ボクが太ってるように見えるの?」

 

ふむ。骨折直後は酷かったな。

 

「いや、そんなでもなかったでしょ」

 

いいか。おれは自暴自棄になり、栄養バランスが偏るのも気にせずに好きなものばかりを食べるその精神をデブだと表現したのだ。そしてこの調整段階において、おまえは二週間で一キロ太った。

 

「……もう戻ったよ」

 

おまえ、あれからもコンビニに入り浸っていたそうじゃないか。コンビニスイーツを制覇すると意気込んでいたと、おれのところに報告があったのだ。

 

「え、うそぉ! 誰から聞いたの!?」

 

ああ、嘘だ。だが間抜けは見つかったようだな……。

 

「ハッ! し、しまった! トレーナー、鎌掛けたんだ! ずるい!」

 

はっはっは。大人はずるいのだ。

 

「……ボクと3歳しか変わらない癖に」

 

でもおれ二十歳だから大人なのだ。大人はコーヒーをブラックで飲めるんだよ。ほれほれ。

 

「その判断基準は明らかに大人じゃないでしょ。それにボクもコーヒーくらいブラックで飲めるもんね〜だ!」

 

クソガキはさっと手を伸ばしておれの飲みかけをさらって飲んだ。

 

「うえ、にが……く、ない。甘い……トレーナー! これゲロ甘じゃん! ブラックじゃないじゃん! 見栄張ってる!」

 

コーヒーというのはミルクを混ぜた瞬間にブラックでは無くなるのだ。つまり、その逆もありえる。

 

「砂糖いっぱい入れたってことじゃん!」

 

うむ、まあそういうことになるな。

 

「うえー。大人って汚いねー……」

 

そう、汚い。大人になるに従って、だんだん汚れていくものだよ。

 

「で、トレーナーは何やってるの?」

 

ふむ。今は昼休みだ。

 

「そうだね。トレーナーの生態がどうなってるか気になって来てみたんだけど、何これ。トレーナー英語出来るの?」

 

おれは天才だからな。英語なんてペラペラなのだ。

 

実際のところ、モニター前のスペースに散らばった無数の英語の論文とか、積み上がった何ヶ国語かの本の山は一見してとても頭が良さそうである。そして右手にコーヒーで完璧だ。頭がよさそうである。

 

「……ホントに? カッコつけてるだけじゃないの?」

 

いきなり来たと思ったら失礼なクソガキだ。今一度、トレーナーというものの偉大さを教えてくれるわ。

 

「でもトレーナーってば、ほんとに遊んでるだけじゃん。また反省文書かされたんでしょ?」

 

今年に入ってもう8回目だ。おれ、トレセンに来るまで反省文なんて書いたことなかったんだからな。めちゃくちゃ怒られたんだ。特に芝のところに穴を開けたのがダメだったみたいでな。

 

「え、でも翌日には元通りになってたよね?」

 

そうだよ、おれが徹夜で張り替えたんだ。あの部分だけ……。

 

「ええ? トレーナーってばそんなこと出来るの!?」

 

おれはトレーナーだぞ。ネットで調べながら頑張ったんだ。おれの自費で元通りにして、それプラス反省文5枚と説教一時間でようやく許してもらえたんだ。もうしません、許してくださいって……。

 

「……すごいね、トレーナー」

 

おい。別の意味のすごい、だろう。全然分かってないからな。

 

「いやいやすごいって。だってスカーレットにもライスにも怒ってないじゃん。トレーナーってすぐ怒るけど、一日経ったら完全に忘れてるもんね」

 

おれの長所だな。器がでかいのだ。

 

「鳥頭だね!」

 

ぶっ殺すぞクソガキが! 誰が鳥頭だ! おれはアメリカの大学を主席で卒業した超天才だぞ! 最年少トレーナーなんだぞ!

 

「まったまた〜。……え? 最年少なの?」

 

そうだが。

 

「……まあ確かに、ぶっちゃけボクとあんまり変わらないなーとは思ってたけどさ」

 

3歳も年上だっつってんだろうが!

 

「何にも知らない人に聞いてみたらいいじゃん。トレーナーってば背が低いし童顔だから、ボクの方が年上に見えるんじゃない?」

 

……。おれ、やっぱりそう見えてるのかなぁー。

 

「あ、傷ついちゃった?」

 

おれ、セノビックとセノビーとミロ混ぜて飲んでたんだよ。理想の配合とか考えてたし。

 

「な、なんかごめん……」

 

うむ。実際のところ、カルシウムだけを取ったところで大して意味はないのだ。よく食べてよく寝る、これに勝るものは特にない。それで伸びなきゃそういう運命なのだ。

 

──と、凡人なら諦めるところだが、おれは違う。おれは天才なので、自分の身長程度は自由に操るのだ。そしてその秘策は大体固まってきている。

 

「え? ホントに? 身長を伸ばせる方法ならボクも知りたい!」

 

いいだろう、伝授してくれるわ。

 

身長が伸びるということは、骨が伸びるということだ。そして骨が伸びる時期は限られている。つまり普通は成長期に限られるというわけだ。

 

おれが目をつけたのは成長ホルモンだ。骨が伸びる時期にはこいつがたくさん出る。つまりなんとかして成長ホルモンを出せばいいのだな。

 

「おお、それっぽいねー」

 

ではどうやってホルモンを出すのか……。それはズバリ。

 

「ごくり……」

 

よく寝て、よく食べて、よく運動することだな!

 

「……」

 

……。

 

「……普通じゃない?」

 

うむ。ちゃんと実行すれば、伸びる。来世の成長期でなら、必ず。

 

「ダメじゃん! 来世とか言ってる時点でダメじゃん!」

 

ダメなんだよ! くそーッ! そんなもんで背が伸びるかよーッ!

 

おれは夜更かしぎみの子供だったのだ……。ちゃんと夜には寝なきゃダメだったんだ……。ダメだったのに……。

 

というわけで、夜更かしには気をつけねばならんのだ。分かったな。絶対夜更かし気味とかなるなよ。絶対だからな。

 

「はーい! ……あれ? なんか忘れているような……」

 

ははは。鳥頭はどっちかな。

 

「こんのー! もう一回埋めてやる!」

 

麻袋を持たぬウマ娘など恐るに足らず! 貴様におれは捕まえられんわ!

 

「ボクに扱えないとでも……!?」

 

ハッ!? そ──それは、麻袋ッ! バカな、なぜおまえが──!

 

「免許皆伝だよ! ついでに麻縄も追加してやるーっ! 二度とボクに向かって舐めた口利けないようにしてやるからねー!」

 

ぎゃああああああ!

 

コースの上ならばともかく、ここは狭い部室内だ。ウマ娘としての身体能力は高かろうが、この場所ではおれの方が上!

 

逃げるんだよぉ──!

 

「くそっ、チビだからすばしっこい!」

 

チビにチビって言われたくねーよ!

 

ドアが目の前だ。テイオーよりも、おれがドアノブを開く方が早い。勝ったながはは、おれは扉の光の先へ突っ走って──その先にいたスカーレットに衝突した。あれ。え? なんでスカーレットいるの?

 

「え? ちょっ、きゃあっ!?」

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

結局埋められた。うまぴょい(物理)である。

 

だが今度はおれ一人ではない。

 

「……なんでボクまで」

 

テイオーも有無を言わさず埋められていた。地面から二人分の生首が生えているわけで、相当にシュールである。

 

同罪らしい。納得がいかん、テイオーだけウマぽいされればよかったのに。

 

「もう散々だよぉ。ちょっと遊びに来ただけで、どうしてボクまで埋められなきゃいけないのさー……。制服が土まみれになっちゃうじゃん、洗うの大変なんだから」

 

おれはスーツだぞ。高い金出して買った一張羅なんだぞ。

 

「いーじゃん、どうせテキトーに着崩してるんだし、大して似合ってないんだし。どーせいいスーツが欲しかったんじゃなくて、高いスーツならなんでも良かったんでしょ?」

 

おまえ、そんなことばっかり言ってたらおれが傷つくぞ。事実を言うことで傷つく心もあるんだぞ。おれはもうボロクソに言われて泣きそうだよ。

 

「はいはい分かったって。じゃあ今度、ボクがスーツを選んであげるよ。絶対前よりマシにしてあげるからさー」

 

マシって何だ。そこはカッコよくしてやる、だろ。

 

「いーじゃん別に。っていうか、トレーナーの仕事はボクをカッコよく育てることなんだけどね」

 

今でも十分カッコいいよ、おまえは。

 

「え? そう? ……にへへー」

 

ちょろ。ちょろQですわ。もうひもQですわー。

 

「……ねえ。あたしが居るってことを忘れて、ずいぶん仲が良さそうじゃない?」

 

おう。実は真後ろに立たれると、首が回らなくて顔が見えん。ついでに視線の高さも合わせてくれ。

 

「反省してないのね。次はコンクリに埋めるわよ」

 

まったまた〜。そんなことしたら死んじゃうだろ〜? ヤクザじゃないんだしさ〜。

 

「持ち運びも楽になるし、あたしは結構本気で考えてるけどね。普段は部室に飾っておけばいいし」

 

「それいいね! ボクたちだったら持ち運びもできるし!」

 

昼下がりのがらんとしたコースを前に、スカーレットはパイプ椅子を持ってきてどかっと不機嫌そうに座った。

 

「あんたたち、なんで埋められてるか、分かってる?」

 

ぶつかったのは悪かったよ。だがおれも痛かった。そしておまえも痛かった。引き分けってことにしようぜ。

 

「……。トレーナーバッチ、千切られたいのかしら」

 

「ねえスカーレット、その位置だと多分、トレーナーからパンツ見えてるよ。足閉じた方がいいんじゃない?」

 

こいつ言いやがった。

 

スカーレットが青筋を立てている。耳もぴくぴくしている……。

 

>白色か……。

>見てないよ。

 

おもむろに浮かんできた二択。まさか、これは脳内選択肢……!

 

>白色か……。

 

「あんた殺してやるッ! 今、この場所でッ!」

 

やべえ押し間違えた! 選択肢で押し間違えること、あると思います。あるわけねえだろバカか。

 

ちょ、ちょっと待て! おれがおまえなんぞに発情するか! パンツなんて単なる布だ! 落ち着け!

 

顔色を名前の通り緋色(スカーレット)に染め上げて、パイプ椅子を振り下ろさんばかりのスカーレットに叫んだ。

 

「それはそれでムカつくッ!」

 

落ち着け、死ぬぞ!? まじでスイカ割りみたいな感じで死ぬぞ! 絶対夢に出てやる、一生付き纏う悪夢になってやるからな! おれを殺したら末代まで呪ってやる!

 

「そんなの知ったもんですか、このクズ野郎──っ!」

 

顔の真横をパイプ椅子が掠めていった。正直股間がキュッと小さくなるくらいには怖かった。真夜中にクマと遭遇したときだってこんな恐怖感はなかった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ! だめよスカーレット、こんなのでも殺したらダメ、殺したらダメよ、私はダイワスカーレットなんだからッ、落ち着くのよ……ッ!」

 

必死に自分に言い聞かせてるようだ。その段階まで興奮している。まるで親の仇のように睨みつけていた。殺気が漏れていて相当怖い。

 

地面に打ちつけたパイプ椅子がちょっと変形していて、地面にめり込んでいた。こんなので叩かれたらスイカ割りじゃ済まない。スイカ砕きだ。もう砕くことが目的になってる。

 

スカーレットは殺意の波動を制御することで手一杯だ。黒い波動が漏れ出している。

 

おれもここまできてふざけている余裕はない。選択肢一つ間違えただけで死ぬとかfateかよ。バッドエンドだけで40個ぐらいあるとか命の価値どうなってんだ。

 

>ごめん。お詫びに、今度二人でデートに行こう。

>もう少し派手なやつの方が好みだな。

 

終わったわ。さっきからおれの脳内選択肢どうなってんの?

 

どっちだ……?

 

少しクールダウンをしたらしいスカーレットが顔を赤くしたままスカートを抑えておれを睨んでいる。ちょっとは殺気が収まってきた。

 

>もう少し派手なやつの方が好みだな。

 

「────やっぱり殺そう。ここで」

 

違う違う違う違う間違えた間違えた間違えた間違えた!

 

どうなってんだ! さっきから押し間違いしかしてないが!? おれの脳内タッチセンサーガバガバじゃねえか!

 

「へー、もっと派手なのが好みなんだ……。もっと、派手なの……うええええ!? ちょ、トレーナー! 何考えてんのさ!」

 

テイオーが勝手に顔を赤くしている。勝手にやってろ。

 

なりふり構ってられない。もうスカーレットはパイプ椅子を振り上げているのだ。

 

スカーレット!

 

「何。遺言なら、聞いてあげるわ」

 

──言葉を間違えてはならない。

 

何だ。何を言う。何を言わなければならない。考えろ、このIQ300の、灰色の脳細胞(当社比)で──。

 

おれは、夕食にカレーが食いたいッ!

 

「……? あんた、何言ってんの……?」

 

──選ばれたのは綾鷹でした。

 

おれの狙い通り、突然こんなことを言われたらわけが分からないだろう。おれだって分からん。だがそれこそがおれの狙い。必ず生まれる、意識の空白──それが、スカーレットを冷静にさせるはずだ。

 

「……もしかして、作って欲しいの?」

 

いや、別に。そう言いたくなる気持ちをグッと堪えた。

 

「あたしの作ったカレーが食べたい……ってこと!?」

 

……そうだ。

 

「あ、あたしの作るご飯が食べたいってこと!?」

 

ああ。

 

「朝も夜も、お味噌汁からおかずまで……ってこと!? そういう、こと……!?」

 

うん?

 

「何よもう! しょうがないわね、そうならそうって最初から言いなさいよ、勘違いしちゃったじゃない!」

 

ふむ。何言ってんだこいつ。

 

「え、ええ? なんで?」

 

心の声をテイオーが代弁してくれた。

 

「だってそういうことじゃないの? 命が懸かってる状況なんだから、あたしに許されようとするのが普通じゃない。そこでカレーが食べたいって、つまりあたしに作って欲しいってことよね」

 

なんでそんな深読みするんだ? こいつ、もしかしてアホなのか。そんなカイジばりの深読みするか普通? ライアーゲームかよ。

 

「だって、あたしの得意料理がカレーって知ってて言ってるのよね」

 

「え? そうなの、トレーナー?」

 

こいつの得意料理なんておれが知っているわけがない。おれは堂々と、正直に答えた。

 

うむ。そうだ。

 

おれは涼しい顔をして頷くほかなかった。

 

「全くお騒がせなんだから。ほら、昼休み終わっちゃうわよ」

 

「えー!? ウソ、もうそんな時間!?」

 

とか言いながらテイオーはぬるっと地面から両手を出して穴から脱出した。は? おまえ自力で出れるの? おれは出れないんだが? ウマ娘との根本的なスペックの差が存在してるが?

 

「仕方ないわね。でも今日はトレーニングがあるから、週末にでも作ってあげる。ちゃんと予定空けときなさいよね」

 

「じゃあねー! トレーナー! スーツ見にいく約束、今週の日曜日でいいよね!」

 

よくないが。おれ、日曜ぐらいゆっくりしたい。クソガキの相手とか絶対いやでござる。

 

「来なかったらまた埋めるからねー!」

 

おっけい、きっちり空けとくぜベイビーどもよ。

 

とか言いつつ、校舎へ戻っていく二人を見送った──いや、見送らざるを得なかったのである。下手な言葉をかけたらまためんどくさいことになるのだ。

 

二人の影が見えなくなって、やっと一息ついて気がついた。

 

あ、ちょ……脱出! 出られないが! 出られないんだが! だ、誰か助けてー!

 

 




・トレーナー
IQ5。

・トウカイテイオー
IQ13

・ダイワスカーレット
IQ11

本日の合計IQ:29


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ぺろぺろですわ!

おれはアウトドア派である。インドアもいけるので、おれは実質的にどこにでも存在していることになる。

 

「……トレーナーさ。ファッション、ちゃんと考えた方がいいよ」

 

なんだと。

 

「顔、そんな悪くないんだからさ。だから……そんな、10年前のロックバンドみたいなファッション、しない方がいいよ。まず革ジャンを脱ごう。ボク、隣にこんな人連れて歩くの恥ずかしい。っていうか存在から恥ずかしい。こんな恥ずかしい人がボクのトレーナーだなんて信じたくないよ」

 

ばかな。

 

おれのアウトドアスタイルがボロカスに言われている。

 

「なんで意外そうなの? 鏡とか、出る前に見ないの?」

 

おい。失望した顔やめろ、かなりグサッと来る。かなり刺さる。

 

「大体アウトドアっていうか、スーツ見にいくのになんでそんなの来てくるの? 今更トレーナーにおしゃれとか求めてないけどさー……。せめてダサいくらいで留めておいて欲しかったよ。っていうか自転車で登場って何? 車くらい持ってきてよ」

 

ふむ。おれは金欠なので、車など持ってない。この自転車もゴミ捨て場から拾ってきて直して使っているのだ。

 

「……トレーナーって、結構高給取りじゃなかった? トレーナー、寮住みでしょ? 何に使ってるの、給料」

 

大人の男には秘密があるのだよ、テイオー。

 

「まさか、パチンコとか、キャバクラとかじゃないよね?」

 

そんなわけがあるまい。おれがそのような愚民に見えるのか。

 

「じゃあ何? トレーナー独身じゃん。彼女もいないんだから、使い道なんてないでしょ」

 

やれやれ。少しはおまえのトレーナーを信じろ。おれはおまえたちウマ娘のためを思って行動しているのだ。

 

「嘘ばっかり。トレーナー、部室に入った時は大体寝てるじゃん。10回あったら7回は机で寝てるよ。なんのためにあんな甘ったるいコーヒー飲んでるのさ、寝ちゃってるじゃん」

 

眠い時は寝るに限るだろう。訂正するが、ちゃんと部室には仮眠用のベッドも置いてあるので机で寝ているわけではないのだ。ベッドはいつでも使っていいぞ。

 

「使わないよ……え、待って。トレーナーは使ってるの?」

 

うむ。学園に寄ってトレーナー用のシャワー浴びれば、寮に帰る必要もないので楽でいい。おれは結構部室で寝泊まりしてる。

 

「……。ふーん、へー。そっかー、ボクもお昼寝したくなったら使っていい?」

 

好きにしたまえ。昼寝だけね。

 

で、今日はどこに行くんだ。

 

「……そうだった! トレーナーのセンスが壊滅的すぎて、思わず一瞬忘れちゃったじゃん!」

 

ははは。おれのセンスは死んでない……はずだ……。

 

「さて、じゃあ行こー! まずはどこから回ろっかなー! とりあえず電車に乗って──」

 

おい、洋服の青山じゃないのか。

 

「トレーナー何言ってんの。リクルートスーツ買いに来たんじゃないんだよ」

 

洋服の青山さんを侮辱したな、法廷で会おう。

 

「ああもう、いいから行くよ!」

 

大型のトレーラーに引きずられるような形でおれは引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

誰が見てもデートなのだが、正直に言っておれは帰りたかった。

 

「ねえねえ見てよトレーナー! この首飾り、かわいいよね! ボクに似合うかな〜!」

 

本格的にこいつが楽しみだしているのである。

 

うむ、似合う似合う(5回目)。

 

「えへへへへ。よーし、これも買おー!」

 

おれのスーツは? とたまに聞くのだが、その時だけ都合よくクソガキは耳が聞こえなくなる症状に襲われている。きっと明日には治っている病気なのだろう。謎が深い。

 

だいたい、何が悲しくてこんなクソガキとショッピングモールを歩き回らねばならんのだ。おれは研究者気質なので、歩き回ったりするのは本当は面倒なのだ。ウマ娘の体力に合わせていたらそのうちにぶっ倒れても知らんぞ。

 

「どう? トレーナー! ボクかわいいでしょ!」

 

うむ。かわいいぞ(8回目)。

 

もはやおれはbotだ。さっきから似合ってるぞとかわいいぞしか言ってない。

 

やはりテイオーに遊びを覚えさせたのは失敗だったかもしれん。もともと有り余る体力をトレーニングで発散させていたのだ。クソガキ特有の元気が遊びに向いてみろ、もうどうなるかも分からんではないか。おれももう若くないのだ……。

 

「何ぼやいてんのさー。もう、デートなんだからそう言うのは禁止!」

 

ふむ。お出かけと言い直せ。

 

「なんで? 一緒じゃん」

 

コンプラだからだ。あー、さっさとおまえの足完治しねーかなー。

 

「むぅ、ボクとは出かけたくないってこと?」

 

うむ。そうだ。

 

「ふーん。また埋まりたいんだ」

 

うむ。今のはウソだ。

 

「えへへ。トレーナーは優しいね」

 

うむ。そうだろうそうだろう。

 

テイオーの足が治り切って、また全力で走れるようになるまでもう少しだ。メンタルの方もこの調子では問題なさそうなので、ようやくスピカに復帰できるだろう。

 

おまえの次のレース、なんだっけ?

 

「トレーナーってばさー……。トレーナーって、トレーナーでしょ?」

 

呆れたようにそう言うが、それもまた仕方ないことなのである。

 

テイオーはもともとスピカだし、アルファードにはあくまで一時的に所属しているのみなのである。沖野さんに頼まれて預かっているのだ。

 

スピカには顔出してるんだろう?

 

「そりゃあそうだよ。ボクも適当なトレーナーの下になんていつまでも居たくないもんねーだ」

 

おれはリハビリ専門のトレーナーだからな。勝つためのトレーニングは出来んでもないが、専門ではないのだ。

 

大量の紙袋を抱えて適当なカフェに入ったテイオーが、どさっと荷物を置いた。

 

「すっごい今更なんだけどさ。トレーナーってもしかして普通のトレーナーじゃないの?」

 

チームアルファードは特殊な経緯を辿っている。

 

おれがトレセンに来たのは去年のことだ。中央トレーナー資格を取る連中は、その頃には確実に最低で20歳以上になってるからな。当時19だったおれが最年少ということになったらしい。

 

「それってつまり、飛び級ってこと?」

 

うむ。天才というのは普通の枠に留めておけんのだ。

 

「でもアメリカの大学? 行ってたんでしょ?」

 

ふむ。話すと長いから話さないが、いろいろあったのだよ。

 

アルファードはトレセン内で唯一リハビリ専門のチームである。本格的な医療設備もあったりする。扱う範囲がとても広く、体のケアも心のケアもお任せだ。

 

「心のケアはないでしょ」

 

何を言うか。今してるだろう。

 

本当はそれぞれのチームのトレーナーがそういう面倒を見てやればいいのだが、そこはトレセン学院。人がいないためにトレーナーは多忙であり、そしてフィジカルやメンタルの管理はより複雑で大変だ。怪我をしているなら尚更そうだ。そこで白羽の矢が立ったのがおれである。

 

「こんなちゃらんぽらんのトレーナーに任せていいのかなー……」

 

さっきからひどい言い草である。おれ一応M.D.(Medical Doctorのこと。医学の学位)持ってんだけどなー。医者なんだけどなー。

 

「……冗談、だよね?」

 

テイオーは本当に信じられないものを見るような目でおれを見ている。

 

まあ、医者として働くには実務経験が必要なので、おれは厳密には医者ではないんだがな。これでも向こうじゃ超天才で通ってるんだからな。医学部飛び級ってちょーすげーんだからな。

 

「信じられない……。こんなボクより頭悪そうなトレーナーが……」

 

おれはおまえがおれより頭いいと思っていたことが信じられん。おれはとてもかしこそうなのだが。

 

「まあ、確かにアルファードにはメンバーが多いけどさ……」

 

ウマ娘改めケガ娘の駆け込み院と呼ばれているのだ。実質的に学園内の病院なのだ。よってメンバーの入れ替わりが激しい……というか、治ったら元のチームに戻っていく。今おれが面倒を見ている連中は大体そんな感じなのだ。

 

「いや、面倒は見てないでしょ……」

 

ふむ、好きに言いたまえよ。実際、おまえのケガの治りは予定より早くなってるのだし、復帰してった連中は調子がいい。

 

ふむ、やはりおれは天才……。

 

「もう! 絶対ボクの方が天才なんだから!」

 

ははは。よしよし、いい子いい子。

 

「にへへへ……って、頭を撫でるなー! ダートに埋められたいの!?」

 

ダートはまだ未経験だ。ちょっと興味が湧いた……はっ、閃いた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。反省の意思は、ありますね?」

 

はい。

 

「前にも同じことを聞きました。もうしません、と。私は確かに聞きました」

 

はい。

 

「釈明を聞きます。言葉は選んでくださいね?」

 

確かにおれは、同じことはしないと言いました。

 

「続けてください」

 

同じことはしていません。

 

「同じことは……ですか。では、以前ターフに穴を開けた件と、今回の……理事長落とし穴事件は別種類、であると。そう言いたいわけですね」

 

以前の一件はおれが埋められていただけですが、今回は、その……事故であったと、その……。

 

「言いたいことは、以上ですか?」

 

その……おれは、理事長を狙ったわけじゃないんです。おれ、うちの連中にいたずらされて……。

 

「それは、マジックで顔にヒゲを描かれた件ですね?」

 

はい。全然落ちません。油性です。

 

昼寝から起きたら描かれてたのだ。かなり強いマジックを使ったらしい。こんなザマでは、おれはもう人前に出れない。ヒゲと言ってもネコのヒゲの方で、かなりコメディチックになってしまっている。

 

だから、その……犯人の目星は、ついてたから……落とし穴、作っておいて、仕返ししてやろうと……だから、その、理事長を狙ったわけじゃ、なくてですね……。

 

「ですが、まるで誘導したようであったと、そう聞いています。」

 

いや、理事長がわざわざ部室に来ることなんて、珍しかったから……その、落とし穴の存在を忘れてて……。

 

「ではなぜ、あなたが引っ掛からなかったのですか?」

 

それは、その……直前で思い出して、気がついた時には遅かったっというか、その……わざとじゃないんです、おれに悪気は……。

 

「なかった、と。ですが担当のウマ娘を落とし穴に嵌めようとした事実に変わりはありません。怪我の可能性がありますよね」

 

それは……ありません。現代身体論の観点からして、怪我をしないような設計の落とし穴を作成した、です。理事長も、びっくりしただけ、ですね。

 

「ですね、じゃないですね」

 

怒っていますか?

 

「はい。私は怒っています。なぜ、真面目にやらないのか……」

 

>おれは真剣です。

>どすこい山です。

 

──。

 

>どすこい山です。

 

「はい。はい?」

 

間違えました。

 

これは、その……おれなりの、コミュニケーションなんだ、です。やはり……ウマ娘のメンタルをケアするには、正攻法だけでは通じない時もあります。

 

「一理あることは認めます。確かにあなたは、多くのウマ娘を立ち直らせてきました。学園側が取りこぼしてしまいそうなケースを補い、たとえ選手生命を絶たれてしまった場合でも新たな人生の目標を与えるなど、単なるメンタルケアに留まらない素晴らしい仕事ぶりを発揮してきました。それは評価しています、ですが」

 

たづなさんは静かに台パンした。

 

「もう少し、おとなしく出来ないものでしょうか?」

 

不可能です。

 

「言い切らないでください。せめて他の人を巻き込んだり、学校の一部を破損させるようなことはやめてください。理事長は優しい方ですから笑って許されたのであって、冗談では済まないこともあります。それは分かっていますよね?」

 

はい。

 

「……いいでしょう。次も同じことが起きたのなら、覚悟の準備をして頂くことになります」

 

もしかしてオラオラですか? きっとそうなのだろう。

 

おれはそっと退出していった。今月二回目の説教とか一体どうなってんだ。もうそろそろ減給されるかも、とは常々思っている。

 

本格的に、おれも懲りねばならんということか。落とし穴なんて子供っぽいことはもうやめて、いい加減大人になろう……。

 

「あ、トレーナー! ねえねえ、あの落とし穴ってどうやって作ったの!? 気になるー!」

 

よくぞ聞いてくれたな、テイオー! あれは実は秘密があってな、ただの落とし穴じゃないんだよ! いやぁ苦労したんだ、その甲斐あって本当にいい穴が掘れた! せっかくだし教えてやろうじゃないか、シャベルを持ってこい!

 

「分かった!」

 

「……トレーナーさ〜ん?」

 

ひぃっ! 違います違います! 行くぞテイオー!

 

「わ、分かった! たづなさん、じゃあねーっ!」

 

バカのせいでまた怒られるところだった。おれは扉から顔を出したたづな大明神の前からそそくさと逃げるのであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わって、作業をしていたときのことだったか。

 

結構な頻度で使われている部室のドアが開いて、一人のウマ娘が入ってきた。

 

……おいおい、またサボりか?

 

呆れを混ぜてそう聞くと、そいつはへらっと笑い返した。

 

「やだなぁーもう、人聞き悪いんだから。違いますよー」

 

ふむ。ウソだな。

 

おれはそいつの適当な性格を知っていたのでそう言った。

 

「違いますってー。今日はあいさつをしに来たんですよー」

 

……。ふむ、あいさつ。

 

「はい」

 

へらへらしてる表情に、なんとなく別のものを感じ取って察した。

 

「私、辞めることにしました」

 

のんびりした声だが、決意を感じる。

 

「先生にはお世話になったから、ちゃんとあいさつしとこうと思って」

 

先生と呼ぶな。

 

「やでーす。どーせトレーナー業は大抵サボってるんだし」

 

一部の連中から、どうやらおれは先生と呼ばれている。ほとんどリハビリを専門にしているためだろう。

 

前のレース見たよ。三着とはなかなかやるじゃないか。

 

「あははっ、プレオープンですよ? 死ぬほど頑張って、それで三着。これまでで一番いい成績だってんだから、もう笑うしかないっていうか。諦めもつくっていうか」

 

ふむ。もういいのか?

 

「じゃなきゃ来てませんよー、やだなーもう」

 

へらへらと笑っているそいつは、いつもよりちょっとカラッとした笑顔を浮かべた。

 

「怠け者で不真面目で、怪我するくらいのトレーニングを努力と勘違いしてた私でしたけどもね。先生にしこたま怒られて、周りにも心配かけて、それでも全然結果出なかったし、腐ってさぼってばっかで、本気で頑張ってもこのザマでしたんでね。もうここらですっぱり諦めることにしました」

 

きっと本気で努力するのが遅すぎたのだ、とそいつは言った。

 

「才能っていう言葉で言い訳して、最低限の格好をつけようとしてただけだったんだなーって。でも本気で頑張ってみて分かりました。私、レースの才能なかったんだなって」

 

レースの才能というのは、本人のセンスや運動神経もそうだが、生まれや育った環境による体の作りが最も重要だ。そしてそれは後天的にどうにかなるものではない。

 

そうだな。おまえは死ぬほど頑張っても、せいぜい掲示板に入るのが限界だ。腐ったり、怪我してなくても、G3で5着がいいとこだな。

 

「もっと早く言ってくださいよー、もう。貴重な青春消費しちゃったじゃないですかー」

 

ふむ。だが才能のない連中にいちいち言ってまわっていたら、おれは学園にいるほとんどの連中にそれを言わなきゃいけなくなるぞ。

 

「ひっどーい。トレーナーのセリフじゃないですよー。全員を敵に回しますよ?」

 

本当のことだ。日本最高峰の才能が集うといえば聞こえはいいけど、格差があるのは事実だろ。それも時々バカらしくなるくらいの天才や化け物が現れる。誰もがそうなりたいと願ってトレセンに来る。そして百人いたら、そのうちの九十人はそうはなれない。そして残った十人のうち九人も、頂点の一人にはなれない。

 

おれは元々はウマ娘に魅せられてトレーナーになった側の人間()()()()から、正直ちょっと受け入れ難いところはある。

 

おまえのようなやつをたくさん見てきたよ。

 

怪我、故障、敗北、挫折。

 

レースの世界は厳しい。

 

だけど前のレース。おまえの走る姿、眩しかったよ。

 

「……はい。先生のおかげです」

 

いいや、おまえの努力だ。……これからどうするんだ?

 

「とりあえず、地元に帰ろっかなって。その後は、まあその後で考えようと」

 

つまり何も考えてないということらしい。

 

「むぅ、なんですかその目。私だって、新しくやりたいことが出来たんですからね」

 

ふむ。言ってみるがいい。

 

「音楽ですよ。私、ロックスターを目指します!」

 

ふむ。正気か?

 

「本気ですぅー。私、今度の今度は本気なんですからね。アルバム出したら送ってあげます」

 

……そうか。

 

相変わらずへらへらした言葉だが、どこか晴れ晴れとしていた。吹っ切れたのだろう。以前からこいつは音楽が趣味で、楽器の腕はそれなりに良かった。

 

楽しみにしておいてやろう。

 

「上から目線! すっごい上から目線だ!」

 

うむ、当然だ。おれはトレーナーだからな。

 

適当に机の上をがさごそと探した結果、特にめぼしいものはなかったので──。

 

ほれ、餞別だ。飴玉をやる。

 

「……もう少し、他になんかないもんですかね? 私の新しい旅立ちなんですけども」

 

ふむ。少し待ってろ。

 

がさごそとダンボールをひっくり返すと、何かの記念メダルが出てきた。なんだっけこれ……。なんかの観光地のメダル? それともなんかの賞のやつだっけ……。

 

「……そのメダル、いいですね。それ下さいよ」

 

む。これでいいのか?

 

「はい。なんか高そうなんで。金ピカだし」

 

……。売るなよ。

 

「売りませんよー! もう、信用なさすぎー……」

 

日頃の行いだ。……わかった。この変なメダルをおまえにやる。

 

トロフィーがわりと言っては変ではあるのだが、まあ欲しいのならこれでいいか。おれはちょっと姿勢を正してメダルを渡した。

 

二年間、よく頑張った。

 

地方からやってきたウマ娘は、大抵の場合は大成しない。夢破れて散っていくのが常識のようなものだった。一握りのスターとその他大勢の凡人たち──こいつは例外にはなれなかった。オグリキャップにはなれなかったのだ。だが。

 

元気でやれよ。

 

世間にその名前を知らしめることが出来なかったそいつは、無数にいる夢破れたモブのうちの一人だ。

 

「……もう、ずるいなぁ。こんな時、だけ……っ、真面目になったって、騙されませんから……」

 

だがモブにも人生がある。意思がある。夢破れたって、残りの人生、いやウマ生は長い。別の夢を追いかけるには十分だし、諦めきれずにしつこく走り続けるのもいい。

 

「わ、私っ……! がんばります、がんばりますよ……っ! ここで負けたって、レースの才能はなくても別のところで、頑張って……やってみせますから……っ!」

 

逃げてもいい。諦めてもいい。レースに負けたからって、それが全てではないのだ。

 

最後の最後に笑っていれば、それまでの全てが肯定されるだろう。それは単なる勝ち負けではない。敗北も挫折も、また別の土壌になり、新しい芽を出すだろう。そうなるように手助けするのがおれの仕事だ。そしてそれが新しい花を咲かせるかは、そいつ次第だ。

 

「絶対、泣かない……つもりで、来たのに……っ! 最後は笑って、旅立とうって……決めてたのにっ!」

 

泣くのは本気で頑張ったからだ。だからって、おれは別に涙などを肯定するつもりはない。

 

けどまあ──。

 

「……私、行きます」

 

しばらくして泣き止んだそいつはそう言った。

 

今から出るのか?

 

「手続きは全部終わって、寮の荷物も全部送りました。先生のとこ来るのは、最後にしようって思って」

 

そうか。見送ってやる。

 

「いらないですよー。大丈夫ですぅー」

 

そうか。

 

人生楽しめよ、最後に笑えばそれでハッピーだ。

 

「その言葉、覚えておいてあげます」

 

上から目線だな……。

 

「先生に見習ったんです。……それじゃ、この辺で」

 

ああ。何かあれば連絡しろ。また遊びに来てもいいからな。

 

「いいえ、甘えになりそうだから……もう二度と、ここへは来ません。次会う時は、日本武道館で」

 

ふざけた言葉が飛び出したものだが、それくらい目標はでっかく。夢は大きく──夢破れたそいつが言うと、妙な説得力があった。

 

ふむ。わかった、チケットは送れ。

 

「そこはちゃんと、お金出して買ってくださいよ……」

 

仕方ない。まあ、頑張れよ。

 

「はい、全力でやったりますよ。ばいばい、先生」

 

うむ。じゃあな、──────(名もなきウマ娘よ)

 

最後にそいつはへらっとした表情で手を振って、それから扉が閉まった。

 

今日また一人、夢破れてこの地を去り、新天地へと歩いて行った。

 

トレセン学院では、よくある話だ。

 

「おいーっす! 授業終わったよー! トレーナー、今日のトレーニングはー!?」

 

クソガキが来た。

 

うるせーぞ、校庭1000周だ。

 

「えー!? ついにバカになっちゃったのー!? あ、元からトレーナーはバカだったね、ごめーん!」

 

このクソガキ。いいだろう、今日という今日はダートに埋めてくれる。

 

「はっ、その袋は──!?」

 

おれが黙って埋まるだけかと思ったか。このずた袋を食らえ──!

 

「ボクだってタダでやられると思ったら大間違いだよ! 特注のカーボンナノファイバーで出来たこの袋の力、見せてやるー!」

 

は? ちょ、なにそれ!? 最先端素材をどんな使い方してんだおまえ! ついにバカになったな!?

 

「生首にしてダートに埋めてやるー! この前の落とし穴の恨み、忘れてないんだからねーっ!」

 

ぎゃあああああああああ!

 

 

 

 

夢追う者、諦める者。

 

ウマ娘たちは大いなる自由と現実を前にして、どのように立ち向かっていくのか。

 

全てのウマ娘はいずれ引退する。違うのは、それが早いか遅いかだけだ。そしてその後も人生、いやウマ生は続く。

 

去っていったあいつが、今度は音楽という厳しい世界で、いつか世の中をびっくりさせるような音楽を作ってくれる日を待っていよう。

 

ひんやりとしていて心地いい、土の温度を感じ、首から下を埋められたおれはそんなことを思ったのだった。

 




・トレーナー
IQ2

・トウカイテイオー
IQ20

・モブのウマ娘
IQ74

IQ合計:22
※モブウマ娘は引退したのでノーカン


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ぶちころですわ!

減量だ。

 

おれははっきりと、マックイーンにそう言った。

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おいデブ。計量だ。

 

「ひぃっ、イヤですわ、乗りたくありませんわーっ!」

 

だまれ。乗れ。

 

「イヤです! 絶対に乗りませんわ! っていうか誰がデブですの、ぶち殺しますわよ!?」

 

ふむ。どいつもこいつも……。

 

おれはおまえに言うことを聞かせるための二つの手段を持っている。アメかムチ、好きな方を選べ、デブクイーン。

 

「デブっていうのを止めなさい! このメジロマックイーンに向かって! クズトレーナーさんなんて八千回くらい地獄に落ちなさい!」

 

分かった。ではムチで行こう……。

 

おまえの月別体重推移をエクセルで作ったが、体重計に乗らなかったらこれをURA公式ホームページに貼るぞ。公式Twitterにも上げるぞ。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃ! な、なんて恐ろしいことを思いつくんですの!? 鬼ですわ! 悪魔ですわ! ちひろですわ!」

 

なんとでも言うがいい。それで、どうする?

 

「アメの方にしてくださいまし! 優しい心で接してくださらないとひどいですわよ!」

 

ふむ。おれも最初はそういう感じで行こうと思っていたんだが、おまえがあまりにも食べてばっかりだからしょうがないのだ。

 

「トレーナーさんが連れ回すからいけないんでしょう!? わたくしは悪くありませんわ! 管理責任を問いますわ!」

 

ふむ。どうやらデブクイーンの闇は深い……。

 

仕方がない。おれも妥協するよ。

 

「な、なんですの?」

 

そう警戒するな。1人で減量といってもさびしいだろう。だから、他の連中も一緒にやらせてやろうというのだ。

 

「……。た、確かに……他の方が目の前で美味しそうなものを召し上がっているのに、わたくしだけプロテインで済ませるのはつらいし、寂しいものがありますわ! けど……」

 

みんな一緒ならこわくない。1人で抜け駆けもできない。そんなことをしたら、他の連中に申し訳ないだろう? おまえは。

 

「けど、他の人たちに迷惑をかけたくはありませんわ……」

 

ふむ。できればおれにも迷惑はかけないでほしいね。デッブクイーンをどうやって寸胴クイーンに戻すか、おれは寝ずに考えていたのだ。

 

「わたくし、最近プロレスにハマっておりますの」

 

うむ。冗談だ。

 

安心するがいい。あのデッブクイーンを助けるためならば、とみんな協力してくれるそうだ。それにデッブなのはおまえだけではない。おれもだ。

 

「よくわたくしのことを言えましたわね、あなた。じゃああなたも減量するんですの?」

 

ああ。おれはこれからそうめんだけで生存する。おまえもそうしろ、そうめんデッブクイーン。

 

「キレましたわ。今からトレーナーさんをコンクリに埋めます」

 

冗談だ、落ち着くがいい。ほれ、飴ちゃんをやる。カロリーゼロだからどれだけ舐めても太らないんだ。

 

「それは飴ちゃんではありませんの。ただの石ころですわ」

 

…………。

 

た、確かに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、ドラム缶に詰められてコンクリに埋まったおれである。

 

「よう先生、……。何があったんだ?」

 

沖野Tが来た。

 

待っていたぞ、沖野さん。

 

「コンクリに埋まったままそんな堂々と言われてもな……。まあいい、テイオーの調子はどうだ」

 

ふむ。予定より一ヶ月早く復帰できるだろうな。

 

「そ……それは本当か? 一体どんなマジックを使ったんだ?」

 

マジックの種は明かさないものだぜ。一つ言えることがあるとするならば、精神は肉体を超越する。

 

「そんな言葉で怪我が治るんなら誰も苦労しねぇよ……」

 

ドラム缶に入ったまま動けないおれの横に沖野さんが座った。

 

それで、何か用事があるのか?

 

「ああ。たまには一緒に酒でも飲まないか、と思ってな」

 

……困った。酒はハイカロリーなのだ。

 

「? ああ、そうだな。けど苦手じゃないだろう?」

 

うむ。だがおれは今、減量中なのだ。

 

「……糖尿にでもなったか? そんな太ってるようには──」

 

と、おれの体を観察しようとした沖野さんは、おれがドラム缶に埋まっていることに気がつくとそっと口を閉じた。

 

いや……。実は、マックイーンの減量に付き合ってやろうと思っていてな。

 

「なるほど、一緒にやることでモチベーションを上げる作戦か……」

 

おれもちょっと腹に肉がついてきた気がするから、いい機会だと思う。酒は無理だけど、麦茶でいいなら付き合うぞ。

 

「しゃあねえな。8時にいつものとこで」

 

うむ。

 

……。トレーナー同士の交流は不可欠。ゆえにこれは仕方ないのだ。そう、仕方がないことなのだ……。

 

 

 

 

 

 

というわけで、そろそろ出してほしいのだが。

 

「……?」

 

よくわからない顔をされた。

 

「行きたいところがあるなら、ライスが運んでくよ……?」

 

ふむ。そういう問題ではない。

 

ライスシャワーは大体、もうアルファードのメンバーじゃない。不調だった時期に多少の面倒は見てやったが、それだけだ。

 

だがメンバーの入れ替わりの激しさは、そのまま曖昧さに繋がる。出たり入ったりしやすいので、不調が終わっても素知らぬ顔でアルファードに来ていることもある。

 

だいたい、このクソガキも分かってやっているのだ。誰にでもお兄さまとか言ってるのだ。じゃなきゃ気が狂ってる。

 

「お兄さまったら、またそんなこと言って……。ライス、ちゃんと覚えてるもん」

 

どうすっかな。誰かにコンクリを砕いてもらわないと飲みに行けない。トレーナー仲間との飲みはおれの数少ない楽しみなのだ。

 

「お酒はダメだよ。健康に悪いんだって、お兄さまが前言ってたことだよ?」

 

……誤解するな。飲みに行くとは言葉の綾だ。おれはノンアルで済ませるつもりだ。

 

「も〜っ! お兄さまのうそつき! 前もそんなこと言って、べべれけになってたんだもん」

 

なってない。

 

「なってた!」

 

そうかな? 本当にそうかな? きみがその目で見たのかな?

 

「ライス見たもん! お兄さまが道端で寝てたの見たもん!」

 

うそだろ。なんで知ってるの……。

 

「見たもん!」

 

……。誰にも言ってないな?

 

「ライスね、本当にお兄さまかどうか自信なかったから、みんなに言うのはやめておいたんだ。けどこれからも言わないかは、お兄さまの態度次第かなって」

 

ううむ……。

 

「ライスね、お兄さまのことが心配なの。危ない人に襲われたりしないかなって……」

 

まずいな。この醜態が世間にバレたらとてもまずい……。今度は反省文だけじゃ済まない。今度という今度は本当にやばいかもしれない。

 

今思い出すと、よく誰にも通報されなかったよな。朝日の日光が直撃して起きた時はかなりゾッとした。血の気が引いたわ。

 

しかし、こんなちっこいガキにまで心配されるようになっていたとは。おれも反省せねばならんということだろう……。次はない。流石に次はない。天才は同じことを二度も間違えない。ライスシャワーの言う通り、今度はやんちゃな連中に身ぐるみを剥がされないとも限らん。

 

分かった。観念する。おれも反省するよ。

 

「本当?」

 

うむ。本当だ。

 

「誓う?」

 

うむ。誓う。

 

「今日は大人しくする?」

 

……それとこれとは話が別じゃない?

 

「も〜! お兄さまのうそつき! ライス、もうお兄さまのことなんて知らないんだからね!」

 

待って待って待って。

 

ステイクール。ステイクールだ。冷静になれ。おまえだけが頼りなんだ。

 

「調子のいいことばっかり言ったって、ライスの気持ちは変わらないんだから!」

 

たのむ。いや、これは飲みに行くとか行かないとかの話じゃなくて、シンプルに生きるか死ぬかの問題なんだ。おれを助けてくれ。

 

「……。テイオーさんと、デートしてきたんでしょ?」

 

デートではない。お出かけと言い直せ。

 

「ライスも、お兄さまと一緒にお出かけに行きたいの」

 

うむ。いいだろう。

 

「ほんと!? じゃあ今から行こう?」

 

今からか……。

 

時刻は午後7時。アルファードのトレーニングは終わっている。

 

……はっ! 脳内選択肢が……!

 

>いいよ。晩御飯でも食べてこようか。

>全力でお兄ちゃんを遂行する。

 

……もう一声!

 

>明日にしてくれたら、素敵な場所へ連れて行ってあげる。

 

……。素敵な場所ってなんだ? こんな選択肢はゴミ箱行きだ、バカらしい。

 

>明日にしてくれたら、素敵な場所へ連れて行ってあげる。

 

「え……ほ、本当!? ライス、聞いたからね!」

 

押し間違えた。もはやおれ以外の何者かの強い意志を感じる。

 

吐いた唾は飲めない。根拠はなくとも、何事も堂々とすることが大切だ。言い放ってやるほかあるまい。

 

うむ。楽しみにしておけ。

 

「聞いたからね、ちゃんと録音もしたからね! 絶対だよお兄さまっ、約束を守ってくれなかったらひどいことするからね!」

 

はっはっは。どすこい山だ。座して待て。

 

……録音はやり過ぎではないだろうか。

 

ビリビリに破かれたドラム缶と、部室にコンクリートの破片が散らばっていくのを見ながらおれはそう思った。

 




・トレーナー
脳内選択肢は別にそういう特殊能力ではなく、無自覚でセルフ
個人的な印象では、うむ。って言ってる時が一番バカっぽい

・マックイーン
言うほど太ってない

・ライスシャワー
か わ い い 。

合計IQ:だいたい40

次回:マックイーン、地獄のリバウンド。ライスシャワーの花嫁修行。トレーナー、真理の扉を開くの三本立てでお送りしますうそです


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モニョモニョですわ!/ 秋、嵐の前に

なんかめっちゃ伸びてると思ったらランキング載っててびびった
誤字報告助かります 感想は全部読んでます 嬉しいです


力なき正義は無力であり、正義なき力は圧政である。

 

そう言ったのはフレーゼ・パスカルというおっさんだ。まさしく金言。人生、いやウマ生を導いてくれる素晴らしい言葉だ。

 

ふむ。そうは思わんか。

 

「……当てつけですの?」

 

それ以外に何かあるものかね。北海道フェアに行くなとあれほど言ったにも関わらず、おまえはじっとしていられなかった。いっそおれはおまえの通帳と財布でも預かっていた方がいいのかね。

 

「トレーナーさんだって顔を出していたでしょう。同じ穴の狢にとやかく言われたくなどありませんわ」

 

見張りだよ、見張り。おまえが来た時に、尻尾を引っ張ってでも止めるためにおれは休日返上で張り込んでいたのだ。

 

「その割には、ずいぶんお腹が膨らんでいたようですけれど」

 

おのれのボテ腹に比べれば、膨らんでいたとは言えんな。

「……。そもそもの話をしましょう。トレーナーさんが口うるさくカニフェアだとかチーズフェアだとかミルクケーキフェアだとか口にしなければ、きっと私はその存在すら知らなかったのです」

 

おっと。今度は言い訳か。いいだろう、言いたいだけ言いまえよ。だが忘れてはいけない。パスカル曰く、人間にとって苦悩に負けることは恥ではない。快楽に負けることこそ恥である──だ。

 

「人間にとっては、ですわ。わたくし、ウマ娘ですので」

 

少しは最もらしい言い訳をしたまえ。名言とは霊長類ヒト科だけに向けたものではない。心ある生き物への言葉だ。

 

「では聞きますが、あなたのBMIはどれだけ増えましたか?」

 

くだらんな。BMI指数なぞなんの医学的根拠もない。あんなもので本質は測れんよ。

 

「言い訳は結構です。増えたのでしょう?」

 

……。おれが多少重くなろうと、おまえには影響がない。

 

「では約束通り、ペナルティを執行します」

 

そういう態度を取るのなら、おれにも考えがある。確認するが、あくまでおれが悪いというつもりなんだな?

 

「ええ。わたくしはミスをしませんでした。だとするならば、トレーナーさんに原因があるのは一目瞭然です」

 

言いたいことは全て言え。おれはトレーナーだからな、不満は全て受け止めてやろうではないか。

 

「ではお言葉に甘えますが、この二週間であなたがわたくしを連れ回した回数は二桁を超えます。食べ放題、スペシャルフェス、フレンチ、そして屋台。はっきりと言わせていただきます。あなたはこのわたくしのトレーナー失格です。今日限りでトレーナー契約を解除させて頂きますわ。追放系ですわ」

 

何言ってんだか。おれの写真フォルダ見るか? どこを探してもおまえの笑顔しか映ってないが。ほれ、秋祭りの写真だ。浴衣にお面つけて林檎飴、ニッコニコじゃねえか。どうなってんだ。楽しそうだな、おまえ。

 

「……。それは、その。だって……トレーナーさんがあまりにもはしゃぐから、わたくしもつい……」

 

……。

 

話変えようぜ。お互いのために、それがいいと思う。

 

「ええ、そうしましょう。では……食事制限に関してのわたくしの意見と要望を」

 

ああ。建設的な意見を期待する。

 

「わたくしはある程度の我慢をしなければなりません。それは自分でも分かっていますわ、けれどそれには周囲の協力が不可欠です。そして最も重要である、食事メニューに関して……わたくしは、言いたいことがあります」

 

続けろ。

 

「ダイエット食品を食べ過ぎる、という本末転倒なことは、そう珍しくないようですわ。カロリー控え目と言っても、それを食べ過ぎてしまったらなんの意味もありません」

 

ふむ。確かにおれは、おはようからおやすみまでの食事プランを食堂のおばちゃんに提出した。食生活とは生活そのものだからな。だがおかしい点が一つ。おかわりは禁止──おばちゃんには、そう頼んであったはずだ。

 

太るはずがない。なぜなら、おまえは太るほど食べられるはずがないのだ。おれのプランに穴はなかった。確実に⭐︎ダイエット大作戦⭐︎は成功するはずだったのだ。なぜ失敗した……?

 

「……。だって……美味しかった、から……つい……」

 

そうだ。量で満足できるないのなら、質でカバーしようとおれは考えた。メジロの良い教育を受けてきたのなら、質で満足できる気質が育っているはずだと考えて、な。だが結果はどうだ。おまえは秋天前日にしてこの有様だ。もうどうしたらいいのか分からん……。

 

「あまり自分を責めないでください、トレーナーさん。あなたは十分に使命を果たしましたわ。わたくしが勝てば、何の問題もありません。わたくしを信じてくださいまし」

 

……いや、良い話風にされてもな。

 

「問題ありません。やる気十分、勝って参ります」

 

全て計画通りだ。言ったろう、量より質……おまえの消費カロリーを計算に入れれば、十分な減量が達成できるはずだった。おまえがこっそり隠れ食いをしないように、しっかりと満足させてやる計画だった。

 

なのになぜ北海道フェアに行った。何がおまえをそうさせたのだ……。

 

「……トレーナーさんが悪いのですわ」

 

なんだと。

 

「わたくし、見てしまったのです。机のメモ……カニ、カニ、カニ……甲羅酒、カニ味噌、カニ鍋、カニごはん……」

 

……。

 

「思わずお腹が鳴りましたわ。調べてみたら、出るわ出るわのカニの山……。わたくしというものがありながら、トレーナーさんは一人でこっそり楽しもうとしていたのでしょう? 到底許せるものではない……と」

 

なんということだ。

 

……。聞け、マックイーン。

 

「はい、なんですの?」

 

おれはな、何も自分のためにカニを買い込みに行ったわけじゃない。理由がある……。質のいいカニが売られていると、その筋から情報があったのでな。

 

「どの筋ですの……?」

 

おれは、おまえの一着祝いのために行ってきたのだよ……。あのメモは料理の候補だ。

 

「……本当ですの? 甲羅酒とか書いてありましたけど」

 

気のせいだろう……たぶん……。

 

とにかく、おまえが勝った時のためにおれは色々と買い込んでいたのだ。決して私利私欲のためではない。

 

「……では、わたくしが勝てば、トレーナーさんはご馳走を振る舞ってくださるのですね?」

 

まあ、そういうわけだ。

 

にしても、こいつは少々頭が悪い。春秋天皇賞制覇とかいう偉業を成し遂げたのなら、メジロ家でバカみたいに祝ってもらえるだろうに。それこそカニとか目じゃないくらいの──おれもそこにお呼ばれしないかな。

 

「……。お祝い、してくださらないんですの?」

 

ふむ。結果を出したまえ。

 

「当然です。我がメジロの栄光、そして支えてくださった友人たち、切磋琢磨し合うライバルの皆様に、我が威風を示すため──。わたくしを導いてくださった沖野トレーナー、そして……えっと、一緒に遊んでくださったトレーナーのために」

 

おいおいおいおい。なんだ一緒に遊んでくださったトレーナーって。どんな扱いだ。遊び仲間みたいになってるじゃねえか。小学生じゃないんだぞ。

 

「多少体重が増えようと、所詮は誤差です。わたくしの前には、道があるばかり──道の上に転がっている石ころ一つなど、蹴り飛ばして差し上げますわ! おーっほっほっほっほ!」

 

笑い方……。

 

ダメなやつだ。負けるやつの笑い方だ……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライスシャワーは、じっと物陰から彼らを見ていた。

 

息を殺して、じっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天皇賞(秋)が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま」

 

ま?

 

「負"け"ま"し"た"わ"ぁ〜〜〜っ!!!」

 

うん。そうだね、負けたね。

 

「な"ん"で"で"す"の"ぉ"〜〜〜っ!!!」

 

……。

 

もはや、掛ける言葉はない。負け犬(負けウマ)にアンコールなどないのだ。勝てないのなら、黙って涙を呑むほかない……。それが勝負の世界……。

 

マックイーンはざめざめと泣いている。

 

天皇賞(秋)。

 

ライスシャワー、一着。

 

メジロマックイーン……二着。二着!

 

「お、お兄さま……ライス、ライスやったよ! ライス、勝ったよ!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねて嬉しそうなライスがはしゃいでいる。

 

うめぼしみたいな泣き顔のマックイーンと、晴れやかな笑顔を浮かべるライスシャワー。これが、勝負の世界……!

 

それにしても容赦がないクソガキである。敗北者の隣で、傷口に塩を塗りたくっているのだ。末恐ろしい話である。

 

仕方ない……。おれは口を開いた。

 

マックイーン。天皇賞(秋)の敗北者よ……。

 

「ぐ"や"し"い"で"す"わ"ぁ"〜〜〜っ!!!」

 

おまえは、もう帰れ。

 

「ど"う"じ"で"ぞ"ん"な"い"じ"わ"る"を"い"う"ん"で"す"の"〜〜〜っ!?」

 

いじわるではない。おれはこれからライスを盛大に祝ってやらねばならん。"マックイーン"は所詮……天皇賞(秋)の……"敗北者"じゃけェ……!

 

「ハァ、ハァ……ッ、取り消せよ……! ハァ……今の言葉……!!」

 

……。

 

だが仕方があるまい。トロフィーは勝者1人だけの手に収まる。カニ鍋は勝者だけが味わえる。そうでなくては、なんのために戦ったか分からんだろう。

 

1人だけ……カニ鍋を味わえるのは……っ! 勝者のみ……っ! 敗者は去れ……っ! それが道理……っ!

 

「……カニ鍋、食べたかった……ですわ……」

 

「お兄さま……ライス、賑やかな方がいいな」

 

……。あ、そう?

 

じゃあ……スピカも呼ぶか……。ほれマック、準備を手伝え。

 

「も……もちろんですわ! なんでも任せてくださいまし!」

 

秋。

 

食欲の秋……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライスシャワーは覚えている。

 

素敵な場所──そう言って、連れて行ってくれた場所。

 

「ほれ……どうだ。素敵だろう。たぶん……」

 

紅葉が散る代々木公園、ピクニック用のシートを広げて周りを見渡せば、視界いっぱいに飛び込んでくる朱、朱、朱──。色鮮やかな秋の色。

 

「……まあ、何……おれは金がないのでな。あまり豪華なことはできんが……」

 

そう言いながら、バックから弁当箱を広げていくトレーナー。思わずライスは喜びと驚きの声を漏らした。

 

「秋といえばピクニック……紅葉……! 定番……っ! 皿と箸……っ! タコさんウィンナー……!」

 

この紅葉に負けず劣らず、彩り豊かな重箱だ。おそらくトレーナーのことだから、手作りしてきたのだろう。ちょっと信じられない。お店で買ってきたと言われても信じてしまいそうだ。

 

「では、手を合わせて……いただきます。あ、これお茶ね。熱いぞ」

 

水筒に用意してきたお茶、持ち運びの簡単なタイプのカップ。トレーナーは自身を天才だと公言して憚らないが、こういったところで非常に庶民的であり、天才らしからぬ生活感にあふれている。いい意味での安っぽさとも言うべきか。

 

「好きなだけ食べたまえ。信じられんことに、おれは今減量中だからあまり食べん。だからたくさん食え」

 

ダイエットなど必要ないだろう。むしろ細いくらいだ──トレーナーのことだから、ダイエットなど口実に過ぎないのだろう。メジロマックイーンのモチベーションを上げたり、あるいは自分がこの豪勢な料理を遠慮しないための口実……いや、やはり何も考えていないような気もする。

 

でも、いいのだろうか。独り占めするのも、なんだか他の人に悪い気がする。

 

「うむ。おれもそう思ったので、今からでも暇なヤツを呼ぶか?」

 

……。それも嫌だ。だって二人きりなのだ。アルファードには常に誰かしらが居るので、二人きりの時間など滅多にない。

 

「ふむ。まあ、いい機会だろう。おまえ、秋天に出るんだってな。聞いたぞ」

 

……。

 

「走れるのか?」

 

トレーナーはそう聞いた。

 

その疑問も尤もだ。自分が一番分かっている。だけど前に踏み出さなくては。恐れながらでも一歩目を歩かなくては。

 

「うむ。ならばいい。おまえのやりたいようにやるのが一番だ」

 

そんな他人事みたいにいうが、散々世話を焼いてくれたのはこの人だ。

 

「だがマックイーンが出る。勝つのは容易じゃないな」

 

大丈夫。ライスは勝つ。

 

「……ふむ。何か根拠でもあるのか」

 

その目で見て欲しい。

 

「自信がついたな。成長した」

 

……顔が赤くなっていないだろうか。大丈夫かな。

 

「楽しみにしている」

 

……大丈夫。ライスは勝つ。

 

ライスが勝つところを、あの子たちに見せてあげるからね。お兄さま。

 

「おれはお兄さまではない。トレーナーと呼べ」

 

やだ。

 

「やだって言わない」

 

やだもん。ライスのお兄さまはお兄さまだもん。

 

「違う。それは存在しない記憶……」

 

お兄さまはそんなこと言わない!

 

「脹相じゃないんだぞ。っていうか今週のジャンプ読んだ? やばくない?」

 

うん。すごかったね────。

 

とか話しながら、楽しいひとときが過ぎていく。

 

 

 

 

 

秋天が来る。すぐそこにやってくる。

 

ライスは勝つ。

 

必ず、勝ってみせる。

 

 




・ライス
半年早くマックイーンをたおした
かわいい

・マックイーン
敗北……っ! 地下労働5千年……っ!

・トレーナー
ダイエットの結果、500g体重が減った


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