ようこそ「エリート」、実力至上主義の教室へ (小狗丸)
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入学

 世界から戦争はなくならなかった。

 

 科学技術が発達して地球上の全てが開発され、一部の貴族が月に別荘を持つようになっても、

 

 国連という組織がなくなって全ての国家がバラバラになり、新たに四つの勢力に再構成されても、

 

 球体に無数の砲身を生やした巨大なサボテンのような兵器が登場して、戦争のあり方が「クリーンな戦争」というものに変わっても、

 

 それでも戦争はなくならなかった。

 

 しかしそれはある意味仕方がないことだろう。

 

 人間とは良くも悪くも中々変わらない生き物で、遥か昔から受け継いできた「何かを得るために何かと戦わなければならない」という生き方をそう簡単に変えることはできないのだ。

 

 それは先人が後進の人間を指導して時代を担う人材を育てるという生き方も同じで、世界から教育もなくならなかった。

 

 軍人達が「クリーンな戦争」とは名ばかりの地獄のような戦場で弾丸の雨をくぐり抜けている間にも、戦火が届かない「安全国」では学生達が親の金で学校に通い、青春を謳歌しているのである。

 

 そして世界を四分割する四大勢力の一つ「資本企業」に所属する島国日本に「高度育成高等学校」という高校がある。この高校は日本で有力な複数の企業が共同で運営している国内でも有名な名門校で、今年の春に一人の新入生が入学するのだが、その新入生は少し他の新入生とは違っていた。

 

 

 

 何処かの大陸の山岳地帯で二つの巨大な影が高速で走っていた。

 

 片方は巨大な球に無数の砲身が生えている外見で、もう片方は巨大な球から八本の脚が生えている外見であった。

 

 オブジェクト。

 

 日本によって初めてその存在を生み出された人類の叡智の歪な結晶。全長五十メートル、重量二十万トンを超える怪物兵器で、今や戦争の代名詞と呼ばれている。

 

 オブジェクトに対抗できるのはオブジェクトだけで、現代の戦闘は全てオブジェクト任せでオブジェクト同士の戦いの結果で戦争の勝敗が決まる、世間が言う「クリーンな戦争」と化した。

 

 二機のオブジェクトは互いに一発撃つだけで街の一つを消し飛ばせそうな砲撃を撃ち合い嵐のような砲撃戦を繰り広げていたのだが、やがてその戦いにも決着がついた。

 

 勝ったのは巨大な球から八本の脚が生えている形のオブジェクト。

 

 八本脚のオブジェクトは、八本の脚を持つという利点を活かして山岳地帯という不安定な足場が多い場所でも安定した砲撃体勢を取ると「曲がるレーザービーム」を放ち、相手のオブジェクトを貫き無力化させた。

 

「てきのオブジェクトの破壊をかくにん。とうじょうしていたエリートは脱出した」

 

『はい。分かりました。相手のエリートは捕まえても面白くありませんし、放っておいてください』

 

 八本脚のオブジェクト「かみなりぐも」のコックピットでエリートの青年、雨田(あまだ)竜治(りゅうじ)が報告をすると、通信装置から若い女性の声が聞こえてきた。

 

「……おもしろい、おもしろくないで、エリートをつかまえるかどうか決めるのか?」

 

『ええ、そうですよ』

 

 竜治が呆れたように言うと女性の声は即答して、口調だけで向こうが笑っていると理解した彼はいよいよため息を吐いた。

 

「わかった。これよりきかんする」

 

『ええ、急いで日本に帰ってきてくださいね。来週には入学式ですから』

 

「……」

 

 女性の声が「入学式」という単語を出した時、竜治は眉をひそめる。

 

 雨田竜治は十二歳の頃に実家が営業している企業が建造したこのオブジェクト「かみなりぐも」を操縦するエリートとなり、今日までの三年間、様々な戦場で戦ってきた。そして彼は現在十五で、本来ならば「安全国」である故郷の日本で学生をやっている年齢なのだが、エリートであることで義務教育等を免除されていた。

 

 それなのに今回の任務の直前、任務が終わったらすぐに高度育成高等学校に入学することが決まったのだった。

 

「なぁ? ほんとうにオレも入学するのか? エリートのオレが? いまのごじせい、どの国もエリートとオブジェクトをあそばせる余裕はないとおもうが?」

 

『これも貴方のためだと思いますよ、竜治君。貴方には皆さんも、そして私も期待していますからもっと成長してもらいたいのですよ。……それにきっと任務が出たら私も貴方も呼び出されるはずですから』

 

「……そうか」

 

 今更どうやっても高校の入学は取り消せないことを改めて認識した竜治は、諦めた表情で呟くとオブジェクトを自軍のベースゾーンに向けて走らせるのだった。

 

 

 

 それから数日後、雨田竜治は日本の東京にある高度育成高等学校の敷地内で掲示板の前に立ち、自分が所属するクラスを探していた。

 

「オレのクラスは……Dクラスか」

 

 

 

 

 

【かみなりぐも】

全長…120M(本体は50M)

最高速度…時速500キロ

装甲…2センチ厚×500層

用途…宇宙開発支援兵器

分類…水陸両用第二世代

運用者…雨田竜治

仕様…エアクッション式推進システム+高出力イオンクラスター

主砲…多目的超高出力レーザービーム砲

副砲…レーザービーム、電磁波発生装置、高高度無人偵察機

コードネーム…かみなりぐも(武装がレーザー系のみな上、電気関連の防御システムを持っていることから。余談だが「正統王国」でのコードネームは「スナイプスパイダー」)

メインカラーリング…黒

 

 雨田竜治の実家の企業が建造して運用しているオブジェクト。

 巨大な球に八本の脚が生えているような外見をしていて、主砲の多目的高出力レーザービーム砲は本体の上部に装備、副砲のレーザービームは八本の脚に内蔵されている。

 竜治の実家の企業はレーザー系や電気関連の技術を研究して取り扱っており、そのため「かみなりぐも」もそれらの技術で武装している。

 一番の特徴は八本の脚で、レーザービームを内蔵して不安定な足場でも安定した動きを取れるだけでなく、特殊な電磁波を発生させることで敵からのビーム等の光学系兵器の射線を歪曲させて防御することができる。

 主砲の多目的高出力レーザービーム砲は高高度無人偵察機を発射するレーザー式カタパルトでもあり、戦闘ではまず最初に装填されている無人偵察機を打ち上げ、偵察機からの情報で遠距離からの狙撃の精度を上げる。更に八本の脚と同様に特殊な電磁波を発生させる機能もあって攻撃の射線をある程度曲げることが可能で、八本脚の利点を組み合わせることで「敵が移動できない場所から予測困難な砲撃で一方的な攻撃を仕掛ける」という戦いを実現する。

 主砲の砲身は左右に展開できる構造となっていて、高高度偵察機の装填は砲身を左右に展開してそこから行う。偵察機以外の物も打ち上げて宇宙にあるステーション等の施設に物資を送ることにも使用できることから、一部の人間は「かみなりぐも」を第二世代ではなく第三世代と呼ぶ。

 

 

 

 

 

高度育成高等学校学生データベース

氏名 雨田竜治

学籍番号 S01T003916

部活 無所属

誕生日 8月7日

学力 A

知性 A

判断力 B

身体能力 B+

協調性 C

 

 全ての能力が高く、能力値だけで言えば文句無しのAクラス候補であった。だがオブジェクトのエリートという特殊な環境から義務教育を受けておらず、同年代の人間との関係性が築けるかという疑問点からDクラスとなった。

 更に言えば、これからの学園生活でも任務が入った際にクラスから離れることも予想されるので、うまくクラスメイトとの友好関係を築けるかどうかが気になるところである。



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高度育成高等学校

(ずいぶんと広いな……。まるでひとつの街みたいだ)

 

 高度育成高等学校は、校舎や学生寮といった学校関連の施設以外にもコンビニから映画館まで様々な施設が揃っていて、竜治が思ったように一つの街のようであった。その事に彼は驚きよりも戸惑いを感じながらも自分のクラスへと向かって行った。

 

 竜治が自分がこれから三年間通うDクラスの教室に着くとまだ他の生徒の姿はなく、彼は窓際にある自分の席に座って外の景色を見る。窓の向こう側には先月造られたばかりのオブジェクトの整備基地が小さく見えて、そこでは今頃、彼が乗るオブジェクトのかみなりぐもが整備されているのだろう。

 

(Dクラスか……。せっかくなら『アイツ』とおなじAクラスがよかったんだけどな)

 

 竜治がこの高校に入学する前の任務でオブジェクトの通信装置越しに会話をしていた女性のことを考えていると、他の生徒達も次々教室に入ってきて、最後にはスーツを着て髪型をポニーテールにしている女性教師が姿を現した。

 

「新入生諸君、私はDクラス担当の茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員の面倒をみることになるだろう。よろしく」

 

 茶柱と名乗った女性教師は教室に生徒が全員いるのを確認すると自己紹介をしたのだが、竜治は茶柱が自分達に向けてくる視線に違和感を感じた。

 

 それは戦場でたまに感じる視線。

 

 人を人として見ず、自分の「駒」として役に立つか立たないかを見定める無機質な視線。

 

(なんで学校のせんせいがあんな目をしているんだ?)

 

 内心で首を傾げる竜治を余所に茶柱は話を進めていく。

 

「今から一時間後に入学式が行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて説明させてもらう。まずは全員机の引き出しを開いてくれ。それぞれ中に携帯端末が入っているはずだ」

 

 茶柱に言われて竜治達が机の引き出しを開くと、中にはスマートフォンタイプの携帯端末が入っていた。

 

「その携帯端末は学生証であると同時にキャッシュカードのようなものでもある。携帯端末にはプライベートポイントというポイントが記録されていて、それを使用することで学園内の施設を利用できたり売店の商品が購入できる。基本的に学園内にあるものでプライベートポイントで買えないものはない」

 

(プライベートポイントでかえないものはない、か……)

 

 竜治は茶柱の言葉を聞いて心の中でどこか納得したように頷いた。

 

 日本が所属している資本企業は企業が軍事と政治を司る勢力で、貯金の残高がその個人の価値に直結している。だから今の茶柱の言葉はまさに資本企業「らしい」と言えた。

 

「プライベートポイントは毎月一日に支給されて一ポイントで一円の価値があり、すでに全員の携帯端末には十万ポイントが与えられている」

 

「十万ポイントって……つまり十万円!?」

 

 茶柱の説明に男子生徒の誰かが大声を出し、教室全体がざわめきだす。生徒のほとんどが動揺する中、竜治もまた顔には出さないものの少なからず驚いていた。

 

(全校生徒にまいつき10万円のかちがあるプライベートポイントを与えるだなんてほんきか? そんなことをしたらこのクラスだけで……たしか、生徒数はちょうど40人だったから、ひとつきで400万円。1ねんで4800万円に……いや、まてよ?)

 

 そこまで考えたところで竜治は一つの疑問に思い至り、それによって冷静になると手を上げて茶柱に質問をすることにした。

 

「どうした、雨田?」

 

「せんせいはさっき、プライベートポイントはまいつき1日にしきゅうされるといいました。それはまいつき10万ポイントがしきゅうされると考えていいのですか?」

 

『『……?』』

 

「……」

 

 雨田の質問に教室にいる生徒のほとんどは何を言っているんだ、と言いたげな表情を浮かべ、質問をされた茶柱は周りに気づかれないように小さな笑みを浮かべてから口を開く。

 

「もう一度言うが、プライベートポイントは毎月一日に支給される。……以上だ。理解したか、雨田?」

 

「……ええ。わかりました」

 

 実際には茶柱は雨田の質問に答えていないのだが、彼はそれに納得したように頷く。

 

(まずまちがいない。プライベートポイントはまいつきしきゅうされるけど、それは必ず10万とはかぎらない。もし10万のプライベートポイントがしはらわれるなら、はっきりとそうこたえてくれたはずだ)

 

 雨田は心の中で呟くと、この学校がどんな場所なのか少しだけ分かった気がした。

 

 ここではプライベートポイントが最も重要な要素であり、今の茶柱の肝心な点をあえて言わない口振りから察するに、生徒達に知らせていないルールが数多くあるにだろう。

 

 隠されたルールを調べ上げ、自分や他人の力を使って実績を上げ、それによってプライベートポイントという「資産」を増やして自分の価値を証明する。

 

 この高度育成高等学校はまさに資本企業の社会の縮図と言えた。

 

(『アイツ』やまわりが、オレをこのがっこうに入学させたのは、これがもくてきか)

 

 竜治がこれからもオブジェクトに乗って経済の関係と切っても切れない資本企業の戦場で戦うには、戦い以外の知識と技術を得る必要があり、ここはまさにそれを学ぶのに最適な場所と言えた。そこまで考えた彼は最初はやる気はなかったのだが、次第にこれからの学生生活にやる気を持ち始めたのだった。



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自己紹介

「みんな、少しいいかな?」

 

 説明が終わり茶柱が教室を出ると、爽やかな印象の男子生徒が教団の前に立ち、教室にいる生徒達全員に声をかける。

 

「僕らはこのクラスで過ごす事になる。だから今から自己紹介をして、一日も早く仲良くなれたらと思うんだけど、どうかな?」

 

「賛成〜! 私達、まだみんなの名前とか分からないし」

 

「そうだなっ! やろうぜ!」

 

 男子生徒こ言葉に他の生徒達も賛成して、竜治もその提案に声を出さずに賛成していた。

 

(たしかに……。これからこの学校でせいかつするには同じクラスにどんなにんげんがいるかしっておいたほうがいいか)

 

 この学校は普通の学校ではない。ここで上手く立ち回り、自分を高めるためには有望な人間と協力関係を築く必要があると竜治が考えていると、自己紹介を提案した男子生徒が話し出す。

 

「じゃあ僕から……僕は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーをやっていて、この学校でもサッカー部に入るつもりなんだ。よろしく」

 

 平田と名乗る男子生徒が爽やかな笑みを浮かべて自己紹介をすると主に女生徒達から拍手が起こり、竜治も拍手をしながら平田を観察する。

 

(ヒラタくん、か……。このあいさつで多くのクラスメイトから好印象をえた。クラス全体でうごく時はかれが中心になるのかもな)

 

「わ、私は、佐倉愛理……です。趣味は……その、特にありません」

 

「俺の名前は山内春樹。小学校は軍の特別隊員になって、中学はオブジェクトを操縦するエリートだったけど、いまはオブジェクトが事故で壊れちまったんで待機中だ。よろしく!」

 

 平田の次に女生徒が自己紹介をして、その次に山内と名乗る男子生徒が自己紹介をすると、それを聞いた竜治が不愉快そうに眉をひそめる。

 

(なんだ、あのおとこは? 特別隊員ってなんだよ? それにどうみてもオブジェクトのエリートなんかじゃないだろ?)

 

 資本企業の軍隊は基本、民間軍事会社がいくつも集まって行動しているもので、他の勢力のような軍隊なのではなく、臨時隊員はあっても特別隊員というものは存在しない。そして加えて言えば山内からはオブジェクトに乗るためだけに心身を改造されたエリートの気配は微塵も感じられず、実際にオブジェクトを操るエリートである竜治からすれば山内の自己紹介は自分を馬鹿にされたようにしか聞こえなかった。

 

(あのおとことは関わらないでおこう……)

 

 竜治は山内に早々と見切りをつけると、教室全体をみても可愛らしいといった印象を周りに与える女生徒が自己紹介をする。

 

「私は櫛田桔梗です! 中学からの友達はこの学校に一人も進学していないから、早く顔と名前を憶えてみんなと友達になりたいです! 私の最初の目標として、ここにいる全員と仲良くなりたいです。皆んなの自己紹介が終わったら是非私と連絡先を交換してください」

 

 櫛田の自己紹介に平田と同じく教室から拍手が起こり、竜治もまた拍手をする。

 

 そして自己紹介が続いていく中、一人の赤髪の生徒が苛立った様子で席から立ち上がる。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんてやりたい奴だけでやれ。俺は別に仲良しごっこするためにこの学校に入ったわけじゃねぇんだよ」

 

 赤髪の生徒はそう言って教室を出ていくと、数名の生徒達が同じ意見なのかそれに続いてが教室を出ていき、竜治は冷めた目で彼らの背中を見る。

 

(いいたいことはわかるが、だからといってあのたいどはないだろう?)

 

「俺は池寛治! 好きなものは女の子で、嫌いなものはイケメンだ! 彼女は随時募集中なんでよろしくっ! もちろん可愛い子か美人な子を期待!」

 

 赤髪の生徒達が出ていったせいで教室は一時微妙な空気となったが、気を取り直して自己紹介を再開し、平田が腕を組んで両足を机の上に乗せている金髪の男子生徒に話しかける。

 

「あのー、自己紹介をお願いできるかな?」

 

「フッ、いいだろう。私の名前な高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを小さなレディー達。それから私が不愉快と感じた行為を行った者には、容赦なく制裁が加わえることとなるだろう。その辺は十分に配慮したまえ」

 

 金髪の生徒、高円寺の自己紹介に教室が再び微妙な空気となるが、竜治はそれに構わず高円寺の顔を見る。今、高円寺が口にした高円寺コンツェルンは日本だけでなく資本企業でも有力な企業であり、その名前だけなら何回か耳にしたことがあったからだ。

 

(かれがあの、コウエンジコンツェルンの……。見たかんじ、このクラスで優秀そうだけど、協力関係をきずくのはは難かしそうだな……)

 

「あー……。じゃ、じゃあ、次は君にお願いできるかな?」

 

「え、オレ?」

 

 平田が微妙になった空気を誤魔化すよう笑いながら男子生徒に自己紹介を頼むと、話しかけられた男子生徒は戸惑いながら自己紹介をする。

 

「えー……。えっと、綾小路清隆です。えー、得意なことは特にありませんが、皆んなと仲良くなれるように頑張りますので…….よろしくお願いします」

 

(……? アヤノコウジ? どこかできいたような……?)

 

「今度は君の番だよ」

 

 綾小路の名前を聞いて竜治が首を傾げていると平田が話しかけてきて、思考を中断された竜治は仕方なく自己紹介をする。

 

「アマダリュウジだ。まずさいしょに言っておくけど、オレは『とくたいせい』だ」

 

『『………!?』』

 

 竜治が自分のことを「特待生」と言うと平田を初めとする教室にいる生徒達が驚いた顔となる。

 

 特待生というのは学生でありながらすでにどこかの企業の正社員となった者のことである。例えそれが書類整理や荷物を運ぶなどのアルバイトのような仕事しか任されていなくても、企業に就職できるだけの実力かコネを持っている特待生は、この資本企業の学生社会においてオブジェクトの操縦士とは違う「エリート」なのだ。

 

「かいしゃからの命令がくれば、クラスからはなれなければならないので、もしかしたら皆にめいわくをかけるかもしれない。それでも、皆とはなかよくなりたいと思っているので、よろしくおねがいします」

 

「な、なあ!? 特待生って言ったけど、どこで働いているんだ!? 俺達も知っている有名な会社なのか?」

 

 竜治が自己紹介を終えると、先程自己紹介をしていた池という男子生徒が竜治に質問をして、他の生徒達も興味深そうに見てきた。

 

 資本企業ではオブジェクトを建造、保有できることが大企業の条件とされている。一応、竜治の実家が経営している企業「雨田電機」はオブジェクトを建造できるだけあって資本企業でも大企業、日本では間違いなく上位となっているが、全てを話す気がない彼は窓の向こう、自分のオブジェクトが整備を受けている整備基地を指差した。

 

「あそこ……。オブジェクトのきちで働いている」

 

「オブジェクト関連!? マジかよ! 流石に嘘だろ!?」

 

 嘘は言っていない。オブジェクトの操縦士である竜治はある意味、オブジェクトの整備基地で働いているようなもので、彼の言葉に教室が騒然となり、自分のことをオブジェクトの操縦士だったと言っていた山内が特に大声を出す。

 

(だまれよ。ウソを言っているにはおまえだろうが)

 

 竜治が心の中で山内に吐き捨てるように言うと、彼の前に自己紹介をしていた綾小路が話しかけてきた。

 

「俺と同い年なのに特待生……それもオブジェクト関連だなんて凄いんだな」

 

「……きみは、アヤノコウジくんだっけ? オブジェクトにきょうみがあるの?」

 

「ああ。この国……いや、資本企業では金さえあれば自由も権力も全て手に入る。そして今の時代、最も稼げるのがオブジェクト関連だからな」

 

(へぇ……?)

 

 表情を変えることなく綾小路が言った言葉はある意味で正しく、それを聞いた竜治はここで初めて綾小路に興味を持ったのであった。



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パートナー

 クラスでの自己紹介の後に始業式も終わると竜治はある人物に呼び出された。彼が待ち合わせの場所である学校の敷地内にある喫茶店に行くと、そこでは竜治を呼び出した人物がすでに席に座ってコーヒーを飲んでいた。

 

 席に座ってコーヒーを飲んでいるのは、他の生徒と比べて小柄で綺麗な銀髪と大きな蒼い瞳が特徴的な人形のように整った容姿の女学生だった。

 

「すまない、アリス。おくれた」

 

「いいえ、それほど待っていませんよ」

 

 銀髪の女生徒を見つけた竜治が謝罪をすると、それに彼女は笑って答える。

 

 銀髪の女生徒の名前は坂柳有栖。

 

 彼女も竜治と同じこの学校の新入生で、それと同時に彼と「同じ職場」で働く仕事仲間であった。

 

 竜治が坂柳と知り合ったのは十三歳の頃。オブジェクトの操縦士である自分を補佐する戦術オペレーターとして紹介されたのが彼女である。

 

 坂柳はエリートとなるべく英才教育を受けた竜治に負けないくらいオブジェクトの知識に詳しく、特にオブジェクトの戦術論は彼以上であった。これまでにも竜治は坂柳が立てた作戦のお陰で何度もオブジェクト同士の戦闘で勝利しており、今では二人は互いに認め合い協力し合うパートナーの関係を築いていた。

 

 ちなみに学校に入学する前の任務で、竜治と通信装置越しに会話していたのも坂柳である。

 

「高校生活の一日目はどうでしたか?」

 

「……まだ授業をうけてないからはっきり言えないが、それでもずいぶんとレベルが低いきがする。すくなくと『しょうがっこう』とくらべたらずっと低いとおもう」

 

 席に座った竜治に坂柳が質問をすると、彼は少し考えてから答える。

 

 年々少子高齢化が進んでいる日本では子供は成長資源として大切に扱われており、一部の子供は早い内から会社直属の教育施設で英才教育を受けている。

 

 竜治が言った「小学校」もその一つで、正確には彼の実家の企業である雨田電機がオブジェクトの技術を研究するための研究所であった。竜治はそこで六歳から十二歳になるまでの六年間、自身が乗るオブジェクトのかみなりぐもの開発と建造に合わせてエリートになるための訓練と教育を受けていた。その時のことを思い出しながら彼が言うと坂柳が小さく可笑しそうに笑った。

 

「ふふ……。竜治君、前にも言ったと思いますが、竜治君の言う小学校は普通の小学校と違いますからね。あそこと比べるのは流石に酷というものです」

 

「そうなのか? ……まあ、少なくともたいくつはしないとおもう。アリスや、他のみんながオレをここにいれた理由もすこしだけわかった気もする」

 

「あら?」

 

 坂柳は竜治の言葉を聞いて、彼がこの学校が普通ではないと気づいていることを察し、嬉しそうな笑みを浮かべると興味深そうに彼を見る。

 

「それは大変良かったです。……それで? 興味を持ったのはこの学校だけですか? 気になるクラスメイトはいませんでしたか?」

 

 気になるクラスメイト……つまり、自分達に有益な人材はいなかったかと坂柳に聞かれ、竜治はクラスでの自己紹介で気になった二人のクラスメイトの名前を口にする。

 

「コウエンジロクスケくんとアヤノコウジキヨタカくん。コウエンジくんはあのコウエンジコンツェルンの一人息子だけど、アヤノコウジくんのほうはよくわからない」

 

「綾小路……?」

 

 竜治が綾小路の名前を口にすると坂柳が目を僅かに見開いて驚いた表情となる。それを見て彼は彼女に話しかける。

 

「アリス? アヤノコウジくんのことをしっているのか?」

 

「はい。と言っても、私が一方的に知っているだけですし、前に彼を見たのは八年も前です」

 

「アヤノコウジくんはどんなヤツなんだ?」

 

「……『綾小路財閥』、『ホワイトルーム』、『唯一残った被験者』」

 

「っ!?」

 

 坂柳が口にした三つの単語。それを聞いただけで竜治は綾小路の経歴を理解して、自己紹介の時、彼の名前を聞き覚えがあった理由に気づくのだった。

 

「……そうか、それで。かれが『あの』アヤノコウジの……。でも、それだったらアリスはアヤノコウジくんに因縁があるってことか?」

 

 坂柳と二年間共に戦ってきた竜治はそれなりに彼女の過去を知っており、だからこそ坂柳と綾小路の間に因縁があることを予想した。しかし当の本人の坂柳は特に気にした様子もなく首を横に振る。

 

「いいえ。竜治君の口から綾小路君の名前を聞いた時は驚きましたがそれだけです。……確かに二年前の私だったら『偽りの天才を葬ることこそ、天才の役目』と言って目の敵にしていたでしょう」

 

「……」

 

 竜治は坂柳の言葉に彼女と出会ったばかりの頃を思い出す。言われてみれば確かにあの頃の坂柳は、研究所でエリートになるための訓練と技術を受けた……彼女が言う「偽りの天才」である竜治を、表には出していなかったが敵対意識を持っていた。

 

 しかし実際にオブジェクト同士の戦争やそれに付き纏う経済戦争を竜治と共に体験しているうちに、坂柳も徐々にだが考えを改めていき、今では竜治と信頼関係を築けるようになっている。

 

「生まれながらの天才でも、作られた天才でも関係ない。要は勝利して望む未来を掴み取るための『駒』となれるかどうか……大切なのはそれだけです。……それにしても大変興味深い話が聞けましたし、次は私の番ですね」

 

 そう言うと坂柳はとあるニュースサイトを開いた自分の携帯端末の画面を竜治に見せ、そこには次のような文章が表示されていた。

 

 

『衝撃! 生身の兵士二人がオブジェクトを破壊!?』

 

 

「これは……!?」

 

 予想もしなかった文章に驚いた竜治が画面を凝視して文章の続きを読むと、先月アラスカで「正統王国」と「信心組織」の間でオブジェクト同士の戦闘があり、オブジェクト同士の戦闘は信心組織の勝利で終わったのだが、その後で派遣留学生とレーダー分析官の二人が信心組織のオブジェクトを破壊したとあった。

 

「なまみでオブジェクトを破壊……? いったいどうやったんだ?」

 

「残念ながらそこまでは分かりません。……ですけど、今までオブジェクトの数と力だけが勝敗を決めていた戦争のあり方が変わるかもしれませんね?」

 

 竜治の言葉に坂柳はそう返すと、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「もしそうなったら……これからの戦争、とても楽しくなりそうです」



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買い取り

 高度育成高等学校は敷地内にまるでマンションのような学生寮があり、特待生のような特別な立場や理由が無い限り、卒業まで学校の敷地外へ出る事を禁じられている。

 

 坂柳との会話を終えた竜治は、一通り学校の敷地内を見ながら買い物を済ませて学生寮の自室へと帰った。その後彼は坂柳から「生身の兵士二人がオブジェクトを破壊した」というニュースを見せられたことを切っ掛けに、自分からもオブジェクト関連のニュースを携帯端面で調べることにしたのだが、途中でオブジェクトとは別の気になるニュースを見つけた。

 

「これは……『しほんきぎょう』、宇宙開発計画にレーザーしき『きどうエレベーター』を採用することをせいしきに発表? へぇ、これはうちのかいしゃも喜こぶだろうな」

 

 地球の全て地域が調べ尽くされて資源を採掘されている現代、人類が宇宙を次の開拓地にと考えるのは自然なことであり、どの国でも宇宙の開発を計画している。

 

 軌道エレベーターとはその宇宙開発のために人員や資材を宇宙の送るための建造物で、ロケットを打ち上げるよりも低コストな上に安全な方法だと言われている。そして資本企業では建造する軌道エレベーターを、電磁力を使って打ち上げる巨大なレールガンみたいな「マスドライバー方式」にするか、それともレーザーを使って推進力を生み出し打ち上げる「レーザー式」にするかで長年議論されていた。

 

 だが資本企業はレーザー式軌道エレベーターを採用すると発表して、これは竜治と彼の実家の企業である雨田電機にとって朗報であった。

 

 竜治が乗るオブジェクトのかみなりぐもは「宇宙開発支援兵器」という名目で建造されており、その主砲である多目的超高出力レーザービーム砲は武器以外にもレーザー式のカタパルトとしても利用できる。そしてこれを開発した雨田電機の技術は、レーザー式軌道エレベーターの建造にも大きく貢献できることが予想されて、今頃雨田電機は国の軌道エレベーターの開発を担当している部署に売り込みをしていることだろう。

 

「しかし、これに対して『マスドライバーざいばつ』のスラッダー・ハニーサックル氏は、マスドライバーしきのさいようを強調。さいごには、マスドライバーしきがさいようされなければ、亡命もじさないと……ん?」

 

 竜治が携帯端面が表示しているニュースを読み上げていると、そこに一通のメールが届いた。ニュースを読むのを中断してメールを確認すると、それは高度育成高等学校の経理部からのメールであった。

 

「がっこうから? ……電気のかいとりの申し込み?」

 

 高度育成高等学校からのメールは、簡単に言えば彼のオブジェクトのかみなりぐもが発電している電気の一部を買い取りたいというものだった。

 

 オブジェクトはその巨体を動かしたり武装を使用するのに常識では考えられない程の膨大な電力を必要としている。オブジェクトの動力炉はそんな非常識な量の電力を一度の補給で五年間休み無しで生み出せるのだが、一度止めると再び稼働させるの多くの手間と時間がかかるので、気軽に停止させたり稼働させたりできなかった。

 

 そこで「情報同盟」は数年前に戦闘をしていないオブジェクトの電力を基地に送り有効活用する計画を考え、その情報をとあるルートから知った雨田電機はかみなりぐもにも他の施設に電力を送れる機能を加えたのである。

 

 待機中にかみなりぐもの電力を施設へ送るかどうかの決定権は操縦士の竜治にあり、高度育成高等学校は電力を送ってくれれば「対価」を支払うとメールで知らせてきた。

 

「でんきを売ったら、使用電力におうじたプライベートポイントを、まいつきげつまつにしきゅうする、か……」

 

 入学してすぐに十万のプライベートポイントを与えて、毎月一日にプライベートポイントを支給すると説明をして、その上プライベートポイントで電気を買い取りたいというメール。これらのことから竜治は、この学校ではプライベートポイントが何をするにも必要な、重要な要素であるという考えに確信を持った。

 

「プライベートポイントはいくらあってもこまらないか……」

 

 そう呟くと竜治は、学校にオブジェクトの電気を売ること了承したメールを送信するのだった。



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頼み

 高度育成高等学校に入学してから一週間が経った。ほとんどの新入生達が新しい学校生活に慣れ始めてきたが、竜治はそれどころではなく自分の中で不安が増していくのを感じていた。

 

(なんなんだ、このがっこうは? 本当に、にほんでも有数の名門校なのか?)

 

 授業の内容はエリートになるための教育を受けた竜治からすれば信じられないくらいの低レベル。

 

 いや、それはまだいい。専門的な知識や技術は大学に進学したり、会社に入社してから学ぶことができる。

 

 しかし学校の教師のほとんどが生徒を指導する姿勢が「緩く」、生徒達が授業中に不真面目な態度をとっても叱ろうとしない。そのせいでDクラスでは毎日数名の遅刻欠席は当たり前、授業中に居眠りをしたり携帯端面を使う生徒が多くいる。

 

(じつはここはがっこうではなく、なにか特別なしせつだったりするのか?)

 

 竜治は正統王国では実力はあるが正義感が強すぎたり性格に難がある問題の多い軍人を、戦闘も何もない島に押し込めて飼い殺しにして自主退役に追い込むこという噂を思い出す。そして自分が過去に気づかないうちに問題を起こし、噂と似たような状況に送られたかもと一瞬考えたが、すぐに首を横に振って否定する。

 

(いや、それはさすがに考えすぎか……。でも、いまの状況はよくないな)

 

 竜治の予想ではやはり来月も十万プライベートポイントが支給される可能性は限りなく低い。

 

 恐らくは生徒達の授業態度等から支給されるプライベートポイントの額が増減されるのだろう。更に言えば、そのプライベートポイントの増減はクラス全体の連帯責任になると竜治は睨んでいた。

 

 どの職場でも一人ではなくグループで仕事をする場合、一人の人間が問題を起こせばそれはグループ全体の問題となり評価を落とすからだ。

 

(げつまつには電気をうったプライベートポイントがはいってくる。それでもいくらかわからないから、クラスの生活態度をあらためて、プライベートポイントの支給学をへらさないようにしたほうがいい。そのためには……)

 

 そこまで考えた竜治は同じクラスにいる二人の生徒の顔を思い浮かべた。

 

 

 

「ふたりとも、急によびだしてすまなかった」

 

 その日の放課後。竜治は学校の敷地内にある喫茶店の中で二人のクラスメイトにそう言った。

 

「いや、気にしていないよ」

 

「そうだよ。それにしても雨田君は私達に話しかけるなんて初めてじゃない?」

 

 竜治が呼んだのは平田と櫛田で、二人は笑顔を浮かべて言葉を返してくれた。

 

「それで雨田君? 僕達に話があるって一体なんだい?」

 

 首を傾げて聞いてくる平田に、竜治は早速本題に入ることにした。

 

「……プライベートポイントのことだ。ふたりはプライベートポイントが、本当にまいつき10万しきゅうされると思うか?」

 

「え? それってどういうこと? 先生は毎月十万ポイント支給してくれるって言ってなかった?」

 

 竜治の言葉に今度は櫛田が首を傾げるが、それに竜治は首を横に振ってみせた。

 

「オレが聞いたのは、まいつき1日にプライベートポイントを支給するというせつめいだけだ。入学式にオレは|せんせいに、10万ポイントがもらえるのかとしつもんしたが、せんせいはポイントをしきゅうするとしかいっていなかった。……おぼえていないか?」

 

「そういえば……」

 

「うん。雨田君、茶柱先生にそんな質問していたね」

 

 言われて平田と櫛田も、入学式の日に竜治が茶柱に質問をしていたことを思い出す。

 

「ほんとうにまいつき10万ポイントがしきゅうされるなら、最初からそういうはずだ。それにもし、まいつき10万ポイント、10万円がもらえるとしたらがっこうはDクラスだけでまいつき400万円、いちねんで4800万円しはらうことになる。……いくらなんでも|ふしぜんすぎると思わないか?」

 

「……それで、雨田君はどう考えているんだい?」

 

 竜治の言葉を聞いているうちに平田と櫛田は不安を覚え、平田が恐る恐る竜治に質問をする。

 

「オレはまいつき10万ポイントがしきゅうされることはないと思っている。おそらく、授業態度とかでしきゅうされるポイントが増減されるはず。そしてそれはクラスぜんたいの連帯責任となる可能性がたかい」

 

『『………』』

 

 平田と櫛田はDクラスの日頃の授業態度を思い出し、竜治の言った通りなら来月からの生活が苦しくなることを予想して顔色を悪くしていく。それを見た竜治は二人が自分の話を信じてくれたと分かると、二人を呼び出した理由を口にする。

 

「ふたりにこの話しをしたのは、クラスメイトたちに授業態度をあらためるように言ってほしいからだ。ふたりはクラスでも友人がおおいし、オレよりも話しをきいてもらえるはずだ」

 

 竜治は一週間Dクラスを見て、ここにいる平田と櫛田の二人がクラスの中心だと感じた。二人とも入学から一週間でクラスのほとんどと知り合いになっていて人望も厚く、クラス全体で動くならこの二人の協力が必要だと思ったのだ。

 

「うん。分かった僕の方からもそれとなく皆に言ってみるよ。雨田君の話は……もしかしたら本当かもしれない」

 

「私も。今の話が本当だったら皆困るからね」

 

 平田と櫛田は真剣な表情となって頷き、それに竜治は小さく頭を下げて礼を言う。

 

「ヒラタくん、クシダさん、ありがとう。……オレは、オレのことばを信じて、協力してくれたあいてには、必ずれいをする」



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答え合わせ

 結論から言えば、平田と櫛田に協力してもらったDクラスの授業態度の改善は、あまり効果はなかった。

 

 竜治の頼みを聞いた平田と櫛田はそれとなくDクラスの生徒達に授業態度を改めるように言ってくれた。だが強く注意して相手との友好関係を壊したくない二人はあまり強く注意できず、注意された生徒達も最初こそは大人しくしてくれたが、すぐに元の無法状態と戻ってしまったのだ。

 

 そしてDクラスの授業態度を改善することができないうちに一ヶ月が経過した。

 

「うまくいかなかったな。……でも、無理にかいぜんする必要はなかったかな」

 

 四月の月末、竜治は自室で残念そうに呟いてから携帯端面の画面を見る。そこにはオブジェクトの電気を高度育成高等学校に売った代金であるプライベートポイントが表示されていた。

 

「あしたは答えあわせか」

 

 明日はプライベートポイントが支給される日で、竜治の予想が当たっているのか否か、予想が当たっていた場合Dクラスはどうなるのかが分かる。それだけ言うと彼は明日に備えて眠ることにした。

 

 

 

「なぁ、雨田?」

 

 次の日に竜治が教室に行くと生徒達が困惑した表情をしており、彼が自分の席に座ると綾小路が話しかけてきた。

 

「どうした、アヤノコウジくん?」

 

「今日の朝、プライベートポイントが支給されていなかったんだが、雨田は支給されていたか?」

 

 綾小路の言う通り、竜治が今朝携帯端面を確認してみたら昨日とプライベートポイントの額が変わっておらず、周りの様子を見るに他の生徒達も同じなのだろう。

 

「……オレも、きのうとプライベートポイントの額がかわっていなかった」

 

「そうか」

 

 竜治は嘘は言わずただ事実だけを言って綾小路の質問に答えず誤魔化すと、綾小路はそれで納得したように頷いて自分の席に戻っていった。

 

 そうしているうちに丸めた紙を二枚脇に抱えた茶柱が教室に入ってきて、ホームルームを開始する。

 

「これより、朝のホームルームを始める。その前に何か気になる事があるようだが、質問はあるか?」

 

「先生、おかしいですよ。朝ポイントを確認しても全く振り込まれてませんでしたよ。何か不備でもあったんですか?」

 

 茶柱の言葉に男子生徒の一人が発言し、他のクラスメイトも便乗する。しかし茶柱はそんな生徒達に冷たい目で見ていた。

 

「前にも説明した通りだ。ポイントは毎月一日に振り込まれる。今月のポイントは既に振り込まれている」

 

「え……でも、ポイント増えてませんよ?」

 

「……はあ。お前達は、本当に愚かな生徒だな」

 

『『……!?』』

 

 いきなり茶柱はこれ見よがしにため息を吐くと雰囲気を冷たいものへと変えた。そんないつもとは違う茶柱の態度に生徒達は困惑し、平田と櫛田の二人は最悪の状況に思い至り顔を青くする。

 

「もう一度言うがポイントは既に振り込まれている。これは間違いない。このクラスだけ忘れられていた、と言うこともない」

 

「いやでも、実際に振り込まれてませんし……」

 

 最初に茶柱に質問をした男子生徒が食い下がるように同じことを言うが、ここで高円寺の高笑いが教室中に響き渡る。

 

「ハハハッ! 理解したよティーチャー。この謎解きがね」

 

「は? どういう事だよ高円寺」

 

 男子生徒が茶柱から高円寺に聞くと、高円寺はそれに余裕な表情で答える。

 

「簡単な話だ。私達Dクラスは0ポイントを支給された訳さ」

 

「それはないだろ。だって、毎月一日に十万ポイント振り込まれるって……」

 

「そんな言葉を私は一度も耳にしたことは無いね。そうだろう、雨田ボーイ?」

 

「高円寺の言う通りだ。全く、これだけヒントを与えて気づいたのは数人とは……。雨田、お前の努力は全て無駄に終わったな」

 

 高円寺が男子生徒に答えてから雨田を見ると、茶柱も再びため息を吐いてから彼を見る。

 

「……なんのはなしですか?」

 

「隠す必要はない。……まあ、いい。とりあえず皆の疑問から答えるとしよう」

 

 竜治の言葉に茶柱はそう言うと、生徒達の最初の疑問であるプライベートポイントが増えていない理由を説明する。

 

「遅刻欠席、合計七十六回。授業中の私語や携帯を使用した回数、二百四十一回。一月でよくもまあここまでやらかしたものだな。この学校は、クラスの成績がそのままポイントに反映される。途中で平田や櫛田が注意したが焼け石に水だったな。この一ヶ月間のお前達Dクラスの実力を調査した結果、お前たちの評価は……0だ」

 

『『………!?』』

 

 茶柱の言葉にクラス中がざわめきだすが、茶柱はそんな生徒達を馬鹿にするような目で見ながら口を開く。

 

「ちょっと考えれば分かるだろう。高校に入学したばかりのお前達に十万もの大金を何の理由もなく渡すわけがないだろう? そこにいる雨田を見ろ。雨田は入学式当日、プライベートポイントの支給額に疑問を抱き、私に質問をしていたぞ。更に言えばクラスの成績がポイントに反映されることに早くも気づいて、平田と櫛田に協力を頼み、クラスの授業態度を改善しようとした」

 

(いったいどこで会話がきかれていたんだ?)

 

『『………!?』』

 

 内心で舌打ちをする竜治の方をクラスの生徒のほとんどが驚いた顔となって見て、その間に茶柱は持ってきていた二つの丸めた紙の一枚を広げて黒板に貼る。そこには全クラスと数字が書かれていた。

 

 

 Aクラス 940

 Bクラス 650

 Cクラス 490

 Dクラス 0

 

 

「これは各クラスの評価表だ。これを見て気づく事はないか?」

 

「……妙に綺麗に並んでいますね」

 

「その通りだ、堀北。この学校では優秀な生徒からAクラスへ、ダメな生徒ほどDクラスへ配属される。つまりお前達は、最悪の不良品という訳だ」

 

 堀北と呼ばれた黒髪の女学生が茶柱に答えると、茶柱は更に衝撃的な発言をしてクラスの混乱は強まり、非情な現実に嘆く者が多く現れる。

 

「……これから俺たちは他の連中に馬鹿にされるのかよ」

 

「何だ須藤? お前にも気にする体面はあったんだな。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」

 

 赤髪の男子生徒、須藤が歯を食いしばりながら言うと、それに茶柱が意外そうな顔をして言う。

 

「あ?」

 

「クラスポイントは毎月の支給額と連動してクラスのランクにも反映される。つまりはお前達が他クラスより多くのポイントを得れば昇格できるという訳だ」

 

 ポイント次第では上のクラスになれるかもしれない。

 

 その言葉を聞いたDクラスの生徒の何人かは、絶望の中で微かな希望を見た表情となるのだが、Dクラスの絶望はまだ終わりではなかった。

 

 茶柱はもう一枚の丸めた紙を広げて黒板に貼り付ける。今度はDクラス全員の名前と点数が表記されていた。

 

「さて、ここでお前達に知らせなければならない残念な知らせがもう一つある。この数字は先週行った小テストの結果だ。揃いも揃ってクズのような点数だ。お前達、中学で一体何を習っていたんだ? これが本番なら赤点を取った七人の生徒が退学になっていたぞ?」

 

『『はあっ!?』』

 

 赤点を取った七人の生徒達が驚愕の声を上げる。しかしそれに構うことなく茶柱は話を続ける。

 

「次からの中間、期末試験では赤点を一つでも取った生徒は即刻退学となる。覚えておくように」

 

『『……!?』』

 

(あかてんを取ったらたいがく……進学校ではよくあるペナルティだと思うけど、みんな大丈夫かな?)

 

 学力の問題では退学の危険はなく、茶柱の説明にも納得している雨田なのだが、次から次へとショックを受けて顔色を悪くしているクラスメイト達を見て流石に彼らに同情をしていた。

 

「最後に、この学校が誇る就職率・進学率100%の恩恵を得られるのはAクラスのみだ。それ以外の生徒には、何一つ保証する事はない」

 

「そ、そんな……聞いてませんよそんなの! 滅茶苦茶だ!」

 

「みっともないねぇ幸村ボーイ。男が慌てふためく姿ほど惨めなものはない」

 

 いい加減耐えかねたのか、眼鏡をかけた男子生徒、幸村が悲鳴のような声を上げるとそれに高円寺が笑みを浮かべながら言う。すると幸村は高円寺に敵意のこもった目を向ける。

 

「……お前はDクラスであることに不服はないのかよ、高円寺?」

 

「フッ、実にナンセンスな質問だ。学校側はただ単に私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。それに私は将来高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。輝かしい現在と未来が決まっている以上、DでもAでも些細なことだよ。君もそうだろう、雨田ボーイ?」

 

「そこでなぜオレの名前がでる?」

 

「……これで浮かれた気分は払拭されたな。ではこれでホームルームは終了する。各人生活態度を改めより良い学校生活を送ってくれ。中間テストではきっと生き残れると信じているぞ」

 

 茶柱はそう告げると教室を後にして、その背中を見ながら竜治は心の中で呟いた。

 

(答えあわせは、ほとんど当たっていたが、あまりよろこべないな……)



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二つの教育体制

 朝のホームルームのせいか、その日のDクラスの空気はずっと暗いままであった。

 

 そして一日の授業が終わった放課後。竜治が教室を出ようとすると平田が話しかけてきた。

 

「雨田君。これから皆でクラスポイントを上げる方法について話し合いたいと思うんだけど、君もどうかな?」

 

 見れば平田の周りには数名のクラスメイトが集まっており、竜治は首を横に振って答える。

 

「すまない。きょうはこれから人とあう約束があるんだ」

 

「そうなんだ。引き止めてすまなかったね」

 

「いいや。……それと、クラスポイントをあげる方法だったら、けんとうがついている」

 

「っ!? それは本当かい?」

 

 すまなそうな顔となって謝る平田に、竜治がもう一度首を横に振ってから言うと、平田だけでなく彼の周りに集まっているクラスメイト達も驚いた顔となって彼を見る。

 

「ホームルームでのせんせいの話しでは、ちこくや不真面目なこうどう、がっこうが咎めるこういが『マイナス』になっている。

 だったら逆に、がっこうが賞賛するこういが『プラス』になるはずだ。

 ……しかしそれはじゅぎょうを真面目にうけるだけじゃダメだ。それはがっこうでは当然のことで、『プラマイ0』とされるはずだ」

 

 竜治の言葉に平田達は納得した表情となって頷くと、平田が続きを聞いてくる。

 

「確かに……。それじゃあ、学校が賞賛する行為って?」

 

「かんたんなことだ。テストで高得点をとったり、部活動でたいかいに優勝するなどの好成績をだすことだ。だから、次の中間テスト。それがさいしょのクラスポイントを上げるチャンスじゃないか?」

 

「そうか……そうだね! ありがとう、雨田君。参考になったよ」

 

「どういたしまして。それじゃあ、オレはもういくよ」

 

 竜治は自分に礼を言う平田にそう言うと、今度こそ教室を出て、自分を呼び出した人が待っている所へ向かうのだった。

 

 

 

 竜治を呼び出したのは坂柳だった。今、彼女と竜治は喫茶店の中にいて、Dクラスの朝のホームルームの様子を聞いた坂柳が楽しそうに笑う。

 

「朝のホームルーム、Aクラスでも驚いている人が多かったですが、Dクラスはその比ではなかったようですね。……実際にその様子を見てみたかったです」

 

「やめてくれ」

 

 坂柳の言葉に竜治はうんざりとした顔で言う。

 

 坂柳有栖は人形のような可愛らしい容姿とは裏腹に、非常に強い嗜虐的な性格で、その優秀な頭脳を相手を苦しめることに使うという恐ろしい一面を持っている。

 

 ただでさえ阿鼻叫喚といった朝のDクラスに、もし坂柳がいて口出ししたら、どうなるか想像もつかなかった。

 

「それにしてもクラスメイトに授業態度の改善を頼んだり、アドバイスをしたりするなんて、竜治君は優しいですね。それだったらいっそ、竜治君がDクラスをまとめたらどうですか?」

 

「オレはリーダーなんてガラじゃない。それにエリートのしごとがきたら、アリスとは違って、すぐににほんをでないといけない」

 

 竜治は坂柳の言葉に即答すると、自分と彼女では仕事の環境が違うと言う。

 

 オブジェクトのエリートである竜治は、オブジェクトの調整のために週の半分は放課後に整備基地に向かっているし、今言ったように出撃命令が出れば世界中のどこにでも行かなければならない。

 

 それに対して坂柳は、オブジェクトの出撃命令がない限りは自由となる時間が多く、更に彼女は先天的に心臓が弱くて歩くにも杖を使っており、オブジェクト同士での戦闘では日本にある基地から指示を出しているのであった。

 

「それもそうですね。自由にできる時間が多かったので、Aクラスでも派閥を作ることができました」

 

 坂柳が頷いて言うと、それを聞いた竜治が意外そうな顔となって彼女を見る。

 

「はばつ? アリスだったらすでにAクラスを纏めあげているとおもったけど?」

 

「フフッ。Aクラスには思ったより優秀なクラスメイトがいて、今はその人の派閥と遊んでいるところです。でもすぐにAクラスを支配してみせます」

 

「おもったより、か……」

 

 坂柳は楽しそうな笑みを浮かべながら答えるが、それに対して竜治は何かを考えるような表情となる。

 

「どうしたんですか、竜治君?」

 

「いや、このがっこうは、本当に名門校なのかとおもってな。朝のホームルームをみても思ったが、やっぱりレベルがひくい気がするんだ」

 

 学力もそうだが、突然の出来事に対応する対応力といった人材としてのレベルが低すぎると思う。これでは企業に就職できてもマトモに活躍できないと竜治は感じていた。

 

「ああ、それはそうでしょう。彼らのほとんどは、今までレベルの低い教育しか受けていませんから」

 

 竜治の疑問に坂柳は何でもないように答える。

 

「それはどういうことだ?」

 

「日本……いいえ、資本企業の教育体制は二つに分けられます。

 一つは私や竜治君のように子供の頃から企業が運営している教育施設で英才教育を受けさせる。

 もう一つは小学校と中学校はあえて低レベルな教育をして、高校と大学で一気に英才教育を受けさせる。

 この学校の場合は後者ですね」

 

「……なんでそんなまわりくどいことを?」

 

 坂柳が言う資本企業の二つの教育体制に、竜治が困惑したよう聞くと、彼女は真剣な表情となって説明をする。

 

「資本企業の『安全国』では、将来有望な天才児が大企業の非公式な組織に誘拐される事件が多いことは知っていますね?」

 

「……ああ」

 

 竜治が硬い表情となって頷く。

 

 坂柳が言った通り資本企業の安全国では、物理学で博士号を取った十歳の天才少年が他勢力のテロに偽装した大企業の組織に誘拐され、その後は特別な教育(洗脳)をされて大企業に利用されるという話にこと欠かない。

 

「だから資本企業で子供を誘拐されることなく育てたい人達は、子供を専用の教育施設に閉じ込めて最初から英才教育をするか、一度誘拐する価値もない低レベルにしてから途中で英才教育をするかのどちらかを選ぶわけです」

 

「なるほど……」

 

「ちなみに日本で最も誘拐事件を起こしているのは『綾小路財閥』らしいですよ」

 

 坂柳の説明を聞いて納得した竜治は、続けて聞いた彼女の言葉にクラスメイトの男子生徒の顔を思い浮かべる。

 

「アヤノコウジくん、か……。オレがいえたことじゃないが、彼もすごい家にうまれたな……」

 

「竜治君、ちょっといいですか?」

 

 ため息混じりに呟く竜治に、坂柳が面白いことを思いついたという顔で話しかける。

 

「なんだ?」

 

「その綾小路君なんですけど……私達の仲間にしちゃいません?」



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二度目の自己紹介

 五月初日にホームルームで茶柱からプライベートポイント等のこの学校のシステムを知らされてから一週間が経った。先月はまだこの学校のシステムを知らなかったせいで新入生のほとんどが受かれていたが、今ではその様な気配は全くなく、多くの新入生が緊張した様子で授業を受けている。

 

 そんな中、学力的に余裕のある竜治は教師の言葉をノートに取りながら、先週の坂柳との会話を思い出していた。

 

(アヤノコウジくんをオレ達のなかまにいれる。アリスは本当にだいたんなことを考がえるよな。しかも、そのためのだんどりもすぐに用意するし……。でも、いちばん面倒なしごとを、押しつけるのはやめてくれないかな?)

 

 綾小路清隆を自分達の仲間にする。

 

 そのための交渉を今日自分がやるようにと竜治は坂柳に言われており、彼は彼女の無茶振りに内心でため息を吐くのだった。

 

 

 

「アヤノコウジくん、ちょっといいか?」

 

「雨田? 一体どうした?」

 

 放課後になって竜治が綾小路に声をかけると、カバンに教科書を入れて帰り支度をしていた綾小路が感情が見えない無表情で竜治を見上げた。

 

「いきなりですまないが、すこし話しがあるんだ。いまから一緒にきてくれないかな?」

 

「駄目よ」

 

 竜治の言葉に答えたのは綾小路ではなく、彼の隣に座っていた堀北だった。

 

「私も綾小路君に用事があるの。だから駄目よ」

 

 竜治はまるで自分の意見が優先されて当然という態度の堀北をしばらく見た後、綾小路に視線を向ける。

 

「アヤノコウジくん? なにか、ホリキタさんとやくそくをしていたの?」

 

「いや、そんな約束はした覚えはないけど?」

 

 綾小路が竜治に返事をすると、それを聞いていた堀北が胸の前で腕を組んで口を開く。

 

「そうね。確かに私は綾小路君と約束はしていないわ。だけど私はこれからの中間テストに関する話をするつもりなの。雨田君、貴方はどうせ大した用事じゃないのだから、後にしてくれないかしら? 後、貴方に私の名前を呼ぶ許可を出した覚えはないわ」

 

(……えっと、なにコレ? どうしてオレ、いきなりホリキタさんにここまでいわれないといけないの? オレ、なにかホリキタさんを怒らせることをしたか?)

 

 これ以上ない上から目線の堀北の言葉に、竜治が怒るより先に困惑していると、そこに綾小路が助け船を出してくれた。

 

「雨田。堀北はいつもこんな感じだぞ?」

 

「そ、そうなんだ? わるぐちがデフォルトってことか。……将来、くろうしそうだな

 

 綾小路の言葉にひとまず納得した竜治は、堀北に話しかける。

 

「くだらなくなんてないよ。オレはただ、アヤノコウジくんと友達になりたくて、すこし話しがしたいだけだ」

 

「友達……!?」

 

 竜治の言葉に綾小路は瞳を輝かせるのだが、堀北の方はくだらなそうに竜治と綾小路を見る。

 

「それだったらここで話せばいいでしょう? それに、いくら特待生だといっても『自分は特別な人間だ』なんて顔をして、周りを見下している貴方に友人を作る資格なんてないわ」

 

『『…………………………』』

 

 堀北がそう言うと竜治と綾小路だけでなく、話を聞いていたDクラスの生徒達までもが揃って沈黙した。

 

 確かに竜治は入学式の日に「自分は特待生だ」と言ったし、周りとの認識の違いを感じていて、それが周りからは見下しているように見えているのかもしれない。

 

 だが、それを初めて話す相手に上から目線で暴言を吐く人物に言われるのは納得がいかず、そう思ったのは竜治だけでなく綾小路を初めてとするDクラスの生徒達も同様であった。しかし堀北はそんな周りからの冷めた視線にも気づかず、あるいは気づいていても無視しているのか言葉を続ける。

 

「そもそも、私には貴方みたいな人が実力で特待生になれたとは思えないわ。どうせ親の力で特待生になれたのでしょうね」

 

「………!?」

 

 そうに違いないといった感じで言う堀北の顔を竜治は無言で見る。

 

 確かに竜治がオブジェクトのエリートとなれたのも、彼の父親が雨田電機のトップであるからだ。

 

 しかし竜治もエリートとなるための努力をしたし、エリートとなってからはオブジェクトに乗って様々な戦場で戦いをしてきた。その戦いは楽なものばかりではなく、中には何回も死を覚悟した戦いもあった。

 

 そんな自分の努力と戦いを、何も知らないくせに一方的に否定してくる堀北に、竜治が悲しみと怒りが混ざった複雑な感情を抱いていると、見かねた綾小路が口を開く。

 

「堀北、言い過ぎだ。雨田も堀北を許してやってくれ。……とにかく、今日は雨田の話を聞くからここを出よう」

 

 そう言うと綾小路は雨田を連れて教室を出て、そんな二人の背中に堀北は「後悔するわよ」と言う声を投げかけた。

 

 

 

 教室を出た後、何とか気持ちを落ち着かせた竜治は、綾小路をある場所に連れて行った。そこは業者や外からの来客が出入りする学校の出入り口のすぐ近くであった。

 

「雨田? こんなところまで連れてきて、一体何の話なんだ?」

 

「……『あやのこうじざいばつ』」

 

「っ!?」

 

 綾小路の質問に竜治が短く呟くと、それを聞いた綾小路が僅かに目を見開き、竜治は綾小路を見ながら話し始める。

 

「『あやのこうじざいばつ』は最初、にほんにある、少しおおきな会社のひとつでしかなかった。

 だけど、にほんで初めてオブジェクトがつくられたとき、多額の開発資金をだしたことで知られている。

 そしてオブジェクトがせんそうの代名詞になると、『あやのこうじざいばつ』は、オブジェクトかんれんの軍需産業や、民間軍事企業にて手をだして、独自でオブジェクトを3きも保有する、日本有数の大企業にせいちょうした」

 

「………」

 

 竜治の綾小路財閥の説明を、いつもの無表情に戻った綾小路は無言で聞く。

 

「『あやのこうじざいばつ』のトップには、一人息子がいて、オレと同い年くらいらしい。その、一人息子のなまえは……アヤノコウジキヨタカ」

 

「……それは凄い偶然だな。でも俺はそのアヤノコウジキヨタカ君とは同姓同名の別人だ」

 

 綾小路は無表情のまま淡々とした口調で言うが、竜治にはそれが内心の怒りや恐れを必死に隠しているように感じられた。

 

「話はそれだけか? だったら俺は帰らせてもら「アヤノコウジくん」……?」

 

 竜治はこちらに背を向けて立ち去ろうとする綾小路に声を投げかける。

 

 

「単刀直入にいうぞ。オレの、オブジェクトのせいびしとなってくれないか?」

 

 

 今の竜治の言葉は流石に予想外だったようで、綾小路は驚いた顔となって振り返る。

 

「オブジェクトの整備士? それに俺のって……」

 

「そうだ。オレはオブジェクトの操縦士、エリートだ」

 

「………」

 

 綾小路は数秒言葉を失うが、すぐに首を横に振る。

 

「すまない。雨田が冗談を言うようなタイプには見えないが、言葉だけでは信じられない」

 

「だろうな。だからこれから、オブジェクトの整備基地までつれていく。そこでなら信じられるだろう。大丈夫、そとに出るきょかなら、すでにとってある」

 

「……雨田。お前は一体何者なんだ?」

 

 綾小路の言葉に竜治は小さく笑うと、彼の前でもう一度自己紹介をする。

 

「オレはアマダリュウジ。

 オブジェクト「かみなりぐも」の操縦士のエリート。

『あまだでんき』ぐんじぶもんの現場指揮官。

『しほんきぎょうぐん』でのかいきゅうは少佐だ」



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交渉

 竜治が綾小路を連れてオブジェクトの整備基地へと行くと、そこには坂柳がいて二人を出迎えてくれた。

 

「ようこそ、綾小路君。一応は初めまして、になりますね。竜治君も綾小路君を連れてきてくれて、ご苦労様です」

 

「え? えー……綾小路清隆です。初めまして?」

 

「たいしたことはしていない」

 

 坂柳の言葉に綾小路は戸惑いながら自己紹介をして、竜治は何でもないように返事をする。

 

「早速、綾小路と話をしたいのですが、その前に今日のお仕事を終わらせましょう。竜治君、皆さんがお待ちですよ」

 

「わかっている」

 

 竜治は短く坂柳に返事をすると整備基地の奥へと進んでいき、坂柳は綾小路に話しかける。

 

「今からオブジェクトの調整をするところなんです。綾小路君も良かったら見学しませんか?」

 

「……そうだな」

 

 綾小路はそう言うと、竜治と坂柳の後に続いて整備基地の通路を進んでいった。

 

 

 

 それから一時間後、オブジェクトの調整作業を終えた竜治は整備基地内の休憩所で、坂柳と綾小路と一緒にいた。

 

「……雨田、本当にオブジェクトのエリートだったんだな」

 

 綾小路が竜治に話しかける。最初はオブジェクトの操縦士だなんて、単なる冗談だと思っていたが、オブジェクトのコックピットで機器を操作して調整作業を行っていた竜治の姿を見た以上、疑いようがなかった。

 

「これでしんじてくれたか? それで、オブジェクトの整備士になってくれるか?」

 

「……その前に何で雨田は俺を整備士にしようとしているんだ?」

 

「簡単に言えば、貴方のお父様への嫌がらせ……というより、綾小路財閥にこれ以上力をつけさせないためですね」

 

 竜治への綾小路の質問に答えたのは坂柳だった。

 

「……あの男への嫌がらせ? 綾小路財閥に力をつけさせない?」

 

 自分の父親を「あの男」呼ばわりする綾小路に坂柳は頷いてみせると説明をする。

 

「綾小路財閥は確かに三機のオブジェクトを保有している大企業で、その戦力は日本の防衛に大きく貢献しています。ですがそのことで綾小路財閥のトップ、綾小路清武は増長して、自分のことを『日本の守護神』と自称するだけならまだしも、オブジェクトを持っていない企業に圧力をかけて強引に自分の傘下としているのです」

 

「あの男ならやりそうなことだ」

 

 坂柳の説明に綾小路は無表情のまま吐き捨てるように言う。それを聞いて竜治は、事前に聞いた綾小路に関する情報が正しかったことを確信する。

 

 綾小路清隆は確かに綾小路財閥のトップ、綾小路清武の実の息子であるのだが、二人の間に親子の情は存在していなかった。そして親は子供を自身の道具として扱おうとし、子供は親と関わりのない場所を求めてこの学校にとやって来たそうだ。

 

「綾小路財閥がこれ以上力をつければ日本を中心とする経済バランスが崩れる危険があり、資本企業としてもそれは望ましくありません。そしてそれを防ぐ確実かつ簡単な方法が、綾小路財閥が新たなオブジェクト、もしくはエリートを手に入れるのを妨害すること。……ここまで言えばもうお分かりでしょう? ホワイトルーム唯一の四期生、綾小路君」

 

「………!」

 

 坂柳の言葉に綾小路は表情を強張らせる。

 

 ホワイトルーム。

 

 それは綾小路清武が作ったオブジェクトを操縦するエリートを育成するための教育施設である。そこで日本の全国から「集められた」子供達がエリートになるための教育と訓練を受け、無事に教育と訓練を終えた者は綾小路財閥が保有するオブジェクトの操縦士、あるいはその予備となる。

 

 綾小路は昔、そのホワイトルームで大勢の同年代の子供達と一緒にエリートになるための教育と訓練を受けていた。しかし彼がいた時期は過去最高の難度の教育と訓練を行っていて、それが原因で綾小路以外の子供達は全員脱落した上にホワイトルームも一時的に閉鎖されたのだった。

 

「坂柳……お前は何者だ。何であそこの事を知っている」

 

「私のお父様は綾小路君のお父様の知り合いでして、八年前にホワイトルームに連れて行ってもらった時に、訓練を受けていた貴方を見ていたのです」

 

 綾小路の視線を向けられた坂柳は彼の疑問に答えると説明を続ける。

 

「お父様の話によると綾小路君はホワイトルームの最高傑作らしく、綾小路清武は綾小路財閥の力を結集させた最高のオブジェクトに乗せるつもりだそうです。ですからその前に、私達は貴方をスカウトして綾小路財閥から引き離すことにしたのです。貴方もその方がいいでしょう?」

 

「……確かにそれは俺にとっても助かるがいいのか? あの男は目的のためならどんな手も使う男だぞ? きっと俺を連れ戻すためにこの会社に手を出すに決まっている」

 

「その点についてなら大丈夫です」

 

 坂柳の話に綾小路は少し考えてから聞くと、彼女はそれに笑顔を浮かべて返事をする。

 

「大丈夫?」

 

「はい。綾小路君をスカウトする話を事前に周りに相談したら、この雨田電機だけでなく他の企業、最後には軍の方々まで賛成してくれました。特に資本企業軍のバッファ=プランターズ少将なんてノリノリで『素晴らしい! その調子でもっとあの無礼者を挑発してやれ!』と言っていましたから」

 

(バッファ=プランターズ少将か……)

 

 坂柳と綾小路の会話を聞き、竜治は資本企業軍の軍人の顔を思い出す。バッファ=プランターズ少将は宇宙開発計画にも関係している上に、以前からレーザー式軌道エレベーターを推奨していたこともあって、現在では雨田電機のお得意様となりつつあった。

 

「ですから綾小路君が竜治君のオブジェクトの整備士となれば、雨田電機だけでなく他の企業や軍も、貴方を貴方のお父様から守ってくれます。どうです? 悪い話ではないでしょう?」

 

「………そうだな」

 

 坂柳の話を最後まで聞いた綾小路は少しの間、目を閉じて考えた後、竜治と坂柳を見る。

 

「オブジェクトの整備士、やらせてもらう。これからよろしく頼む」

 

 

 

 

 

※綾小路の父親の名前は作者が勝手につけました。



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勧誘

 綾小路がオブジェクトの整備士になることを了承した後、竜治は坂柳と綾小路と一緒に、どうやったら綾小路をオブジェクトの整備士だと周りに納得してもらえるか考えた。

 

 そして考えた結果、「綾小路の元々頭が良かったが目立つのが嫌いで普段は実力を隠していた。そして以前からオブジェクトに興味を持っていて、放課後図書館でオブジェクト関連の資格の勉強をしていたところを竜治が見つかった。その後、竜治の紹介で彼と同じ整備基地の採用試験を受けて合格し、五月から特待生として整備基地で働くことになった」というカバーストーリーが完成した。

 

 この話を信じてもらうために綾小路は中間テストで高得点を取らなくなった上に、放課後は忙しいフリをしなくてはならなくなったが、綾小路も自分の父親から逃れるためならと納得してくれた。こうして話し合いが全て終わった竜治達三人は学校に戻るのであった。

 

「遅くなったな」

 

「そうですか? 今日は調整作業も綾小路君の説得も早く済んだと思いますけど」

 

「オレもアリスと同意見だ。なぁ、アリス、アヤノコウジくん。よかったらどこかで食べていかない? おごるよ」

 

 夜の学校の敷地内で話す綾小路と坂柳に、竜治は一緒にどこかの店で夕飯を食べることを提案する。

 

「それは助かるが、ポイントは大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ」

 

「………!?」

 

 竜治は綾小路の言葉に答えると、自分の携帯端末を取り出して保有しているポイントを見せ、綾小路はそのポイントの数に目を見開いた。

 

 2072256ppt

 

「……二百万ポイント以上もどうして持っているんだ?」

 

「ああ、それはオブジェクトの電気を売った報酬ですか?」

 

 驚いた顔で言う綾小路の質問に坂柳が答える。

 

「電気を売った?」

 

「そうだ。がっこうから待機中のオブジェクトの電気をうってほしいとメールがきて、四月のげつまつに振込まれた」

 

 竜治が四月にきた学校からのメールについて話すと、綾小路は探るような目で彼を見てきた。

 

「……すでにオブジェクトのエリートっていう権力を持っていて、実力も学力もポイントもある。雨田、いっそのことお前がDクラスを率いた方がいいんじゃないか?」

 

「私も以前そう言ったのですけど、本人はリーダーなんて柄じゃないと言って……。私としてはもっと色々と積極的になってほしいのですが……」

 

 綾小路の言葉に坂柳が「困ったものです」と言いたげな顔で同意して、竜治が二人になんて言おうか迷っていると……。

 

 ガンッ!

 

 と、誰かが固い金属を蹴ったような音が聞こえてきた。

 

『『………?』』

 

 突然聞こえてきた音に竜治達三人は顔を見合わせた後、音が聞こえてきた方へ向かう。するとそこでは一人の女学生が忌々しげに電柱を何度も蹴りながら、呪詛にような呟きを口にしていた。

 

「ああ〜、ムカつく! あの女! あの女! 勉強会をしたいから協力してって言ったのは自分の方でしょ? それなのに何よあの態度! そもそもアンタなんかに人に何かを教えられるわけないでしょ? というか、あんな言い方したら須藤達だって怒って当たり前だっての! それなのに『私は悪くありません』みたいなすました顔をしやがって! 死ねばいいのに、堀北なんか! 死ね、堀北! 死ね、堀北! 死ね! 死ね! 死ね!」

 

『『………!?』』

 

「………」

 

 電柱を蹴りながら恨み言を口にしているのは竜治と綾小路と同じDクラスの櫛田であった。今の彼女はいつも笑顔を絶やさない普段の姿からは想像もできない憤怒の表情を浮かべていて、加速する暴言に竜治と綾小路は思わず絶句し、坂柳だけが面白そうに櫛田を見ていた。

 

「はぁ……! はぁ……! ………っ!?」

 

 恨み言を言いながら電柱を蹴り続けて体力を消費したのか、それとも多少は気持ちが落ち着いたのか、一先ず電柱を蹴るのを止めて荒い息を吐いていた櫛田は、そこでようやく竜治達三人がいることに気づく。

 

「貴方達……!」

 

「こんばんわ。一人で夜の散歩をするのはいいですけど、近所迷惑になるかもしれませんから、大声はあまり出さない方がいいですよ?」

 

 目を見開く櫛田に笑顔で挨拶をする坂柳。竜治と綾小路の二人はそんな坂柳の背中を畏怖の目で見ていた。

 

「………貴女、今の話聞いた?」

 

「ええ。中々興味深い独り言でしたね」

 

 こちらへと近づき、まるで今から刺し殺してきそうな目で聞いてくる櫛田に、坂柳は笑顔を崩すことなく答え、それを見て竜治と綾小路は坂柳に逆らわないことに決めた。すると櫛田は次に竜治と綾小路の方へ殺気のこもった視線を向ける。

 

「綾小路君と雨田君も聞いたの?」

 

「あら? 二人と同じクラスでしたか?」

 

「そうだけどそれが何? それで? 二人とも聞いたの?」

 

 櫛田は坂柳に短く答えると竜治と綾小路に再び質問をして、それに二人が頷いて答えると、櫛田は大きく息を吐いた。

 

「……そう。それで三人はどうするの? 今日のことをクラスに言いふらすの?」

 

「それは詳しい話を聞いてから決めたいと思います。まずは何であそこまで怒っていたか教えてくれませんか?」

 

 半ば自暴自棄になった櫛田に坂柳はそう言い、櫛田は自分が怒っていた理由、今日の放課後に起こった出来事を話始めた。

 

 櫛田は竜治達がオブジェクトの整備基地に行った後、堀北に話しかけられてある事を頼まれた。それは須藤、池、山内といった前の小テストで赤点を取り、次の中間テストで退学になるかもしれないのに勉強をする気配のないクラスメイトと勉強会をしたいので、彼らに声をかけてほしいというものであった。

 

 堀北は上位のAクラスとなることに必死で、そのためにクラス全体の学力を上げたいと考えていて、恐らくは放課後に綾小路に用事があると言っていたのもこれのことだろう。

 

 櫛田の協力で何とか須藤達を集めて勉強会を開いて堀北だったが、途中で問題の意味すら分からず成果が見られない須藤達に堀北は暴言を言い(本人は単に注意しただけのつもりらしいが)、これに須藤達は激怒して勉強会は途中で解散となってしまう。

 

 その上、自分で勉強会を企画した上に櫛田に協力を頼んだ堀北は、自分が全く悪いとは思っていないようで「時間を無駄にした」だの「出来の悪いクラスメイトは切り捨てたほうがいい」と言って、最後まで須藤達を引き止めようとしていた櫛田を置いて先に帰ってしまう。

 

 ここまで聞いた竜治達は、それは櫛田も怒っても仕方がないだろう、と思ってしまった。

 

「これでいい? それで私をどうするつもり?」

 

「……そうですね。櫛田さんでしたっけ? 私……というか、竜治君と綾小路君の協力者になりませんか? 役に立ったらお礼はしますよ。竜治君が」

 

『『えっ?』』

 

 坂柳の提案に、櫛田だけでなく竜治と綾小路も同時に声を上げた。



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会社からの命令

「雨田君がオブジェクトの操縦士で、綾小路君が整備士!?」

 

 竜治の自室に場所を移して、竜治達が自分が何者か教えると、それを聞いた櫛田が驚きの声を上げた。

 

「はい。そして私は雨田君専属の戦術オペレーターです」

 

「俺はこれからなる予定だけどな」

 

 坂柳と綾小路がそう言うと、櫛田は信じられないといった顔で竜治達三人を見る。

 

「ふあ〜……。で、でもそれだったら雨田君と坂柳さんはどうしてこの学校に来たの? だって二人共もう勉強する必要なんてないし、オブジェクトのお仕事をしていた方がいいんじゃない?」

 

 櫛田の疑問は最もなものであった。オブジェクト関連の仕事は例え整備士の雑用でも、資本企業では高額な方であり、操縦士のエリートであれば大企業の重役並……というか実際に大企業の重役扱いで、しかも敵のオブジェクトを撃破すれば他の企業から「協力金」として多額の報償金が得られる。

 

「私は将来の人脈作りのためと、竜治君の学生生活をサポートするためですね」

 

「オレは同年代のにんげんと一緒にこうどうすることを学ぶためだ。ここでのけいけんはきっとこれからの行動にやくだつはずだから」

 

「そ、そうなんだ……。二人共凄いね……」

 

 櫛田はすでに実際に現場で働いているのに、まだ自分を高めようとしている竜治と坂柳を感心した顔で見る。

 

「それで櫛田さんにお願いしたい協力のことですが、竜治君と綾小路君は仕事があれば学校から離れなければなりません。貴女には二人とDクラスの間を取り持ってほしいのです」

 

『『ああ、なるほど』』

 

 坂柳が櫛田に言った「お願い」の説明をすると言われた櫛田本人だけでなく、竜治と綾小路の二人も同時に同じ言葉を口にした。そんなどこか抜けている男二人を無視して坂柳は櫛田に話しかける。

 

「それでどうでしょうか、櫛田さん? 引き受けてくれますか?」

 

「どうするも何も、秘密を知られた私に断る選択肢はないじゃない。……でも、雨田君?」

 

 櫛田は坂柳の言葉に肩をすくめて答えると、竜治の顔を覗き込むように見てきた。

 

「どうした、クシダさん?」

 

「前にクラスの皆に授業態度を何とかしてほしいって言った時に、『お礼』をしてくれるって言ってくれたよね? ……それは、忘れないでね」

 

「…………………………りょうかい」

 

(哀れ、雨田……。櫛田に一体何を頼まれるんだろうな?)

 

「はい。これで協力関係は成立ですね。櫛田さん、これからよろしくお願いしますね」

 

 妖しい笑みを浮かべる櫛田に竜治が冷や汗を流しながら頷き、綾小路が同情するような視線を彼に向けていると、坂柳が楽しそうな顔となって三人に話しかけて今日の話は終了した。

 

 

 

 竜治と坂柳が綾小路をオブジェクトの操縦士にスカウトして、それから櫛田も協力者となった日から、Dクラスでは忙しい日々が続いた。

 

 前回の小テストで満点を取った竜治は平田に頼まれて仕事の合間に彼と他のクラスメイト達の勉強会に参加して勉強を教え、

 

 綾小路は採用手続きを無事に終えてオブジェクトの整備士の仕事を覚えながら竜治と櫛田の行動を手伝い、

 

 櫛田は平田達とは別の勉強会を開いて須藤や池に山内といった小テストで赤点を取ったクラスメイトに勉強を教えた。

 

 そして最後に、坂柳の助言から今回の中間テストが毎年同じ問題が出ていることを綾小路が突き止めて、竜治が大量に持っているプライベートポイントでテスト問題を上級生から買い取り、櫛田が知り合いから譲ってもらったと言ってテスト問題をクラスメイト全体に配ることで、Dクラスは全員退学することなくテストで高得点を取ることができたのだった。

 

「みんな、嬉しそうだな」

 

 中間テストの結果発表日。Dクラスの教室では全員が退学にならなかったどころか、ほとんどの生徒が高得点を取れたことでクラスメイト全員の表情が明るかった。

 

「そうだな。それにしても櫛田は凄い人気だな」

 

 竜治の言葉に答えた綾小路の視線の先では、櫛田がDクラスの生徒達に囲まれていた。Dクラスの生徒達は全員、中間テストの過去問を突き止めて入手したのが彼女だと思っていて、櫛田に感謝の言葉を言っている。

 

(それに比べて……)

 

 櫛田を見ていた綾小路が視線を移すと、堀北が無言で教室から出て行くところが見えた。

 

 今回の件で元々高かった櫛田のクラスでの人気は更に上がったのだが、堀北の方は勉強会で須藤達に暴言を吐いたことが知られていて、Dクラスでは堀北に自分から近づこうとする者はほとんどいなくなっていた。そのことが何となく気になっていた綾小路は、櫛田が教室から出て行く堀北に視線を向けていたように見えた。

 

(櫛田……?)

 

 堀北の背中を見送っていた櫛田は小さく嗤っていたような気がして、綾小路が内心で首を傾げていると竜治が話しかけてきた。

 

「アヤノコウジくん? いったいどうしたんだ?」

 

「……いや、何でもない。気にしないでくれ」

 

「そうか。……ん?」

 

 綾小路の返事を聞いた直後、竜治は自分の携帯端末に一通のメールが来たことに気づきその内容を確認する。メールは竜治の実家の企業、雨田電機からの命令書であった。

 

 

 

 その命令とは、かつてオーストラリアという国があった大陸にあるオセアニア軍事国で、資本企業だけでなく正統王国と情報同盟に信心組織の四大勢力による多国籍軍がある作戦を開始するので、それに竜治も参加せよというものだった。



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とある留学生と軍人の会話

 オセアニア軍事国があるのは、大陸の内地の砂漠とまでは言わないが水気が少ない荒野で、農業が近代都市の開発に向かない土地であった。

 

 科学技術の発達により荒野でも尋常ではない速度で育つように遺伝子改良された植物が開発されると、荒野の緑地化が進み農業が発展し、そこから生まれる資金が近代都市の開発に使われてオセアニア軍事国は豊かな国になると多くの人々が思っていた。

 

 しかし実際にはそうはならなかった。古くから、それこそオセアニア軍事国ができる前から大陸に生きる「部族」の人々がその遺伝子改良された植物を拒み、オセアニア軍事国の荒野の緑地化に強く反発したのだ。

 

 これに対して一刻も早く緑地化がもたらす利益を得たいオセアニア軍事国は「部族」の人々に対して強硬手段を取ることにした。

 

 それは原子力空母十隻の大戦力も一機で滅ぼせる怪物兵器オブジェクトを用いて、武装なんて猟銃くらいしかない「部族」の人間達全てを抹消するという常軌を逸した虐殺行為。

 

 このオセアニア軍事国の暴走には世界各国が非難して、資本企業と正統王国、情報同盟に信心組織の四大勢力が兵力を出し合って多国籍軍を結成すると「部族」の人々を守るべく多国籍軍を大陸に送り込んだのである。

 

 そして現在、オセアニア軍事国周辺の土地では多国籍軍のベースゾーンが複数設置されおり、その中の一つに正統王国に所属しているオブジェクトの設計士を目指す戦地派遣留学生と貴族出身の軍人の姿があった。

 

 

 

「俺達が大人気ないオセアニア軍事国から『部族』の奴らを守る正義の軍団だってことは分かったがよぉ。いくらなんでもこれは俺達の方が大人気ないんじゃねぇの? オセアニア軍事国は一機しかオブジェクトを持っていないのに、それに対して俺達多国籍軍は二十機以上のオブジェクトを持ち込んで……。どう見ても弱い者イジメをしているのはこっちだぜ」

 

 貴族出身の軍人の青年がベースゾーンの敷地内を歩きながらそう言うと、その横を歩く軍人の青年と歳が近い留学生の青年が返事をする。

 

「戦力は多い方がいいんじゃない。俺は他の国のオブジェクトを近くに見られて満足だけどね」

 

 現在このベースゾーンには自分達が所属している部隊のオブジェクトの他に、資本企業と情報同盟のオブジェクトが一機ずつ待機していて、少し視線を上げると巨大なサボテンのような怪物兵器の姿が見えた。すると軍人の青年は一機のオブジェクトを見て嫌そうな顔となる。

 

「まさかここでアイツの姿を見るなんてな」

 

「アイツ?」

 

「あれだよ。あの八本脚のオブジェクトだ」

 

 留学生の青年に返事をした軍人の学生は、巨大な球体から八本の脚が生えているオブジェクトを指差した。

 

「資本企業、というか『島国』のオブジェクトでな。一年くらい前、テメェがやって来る少し前にウチの『お姫様』相手に黒星をプレゼントしてくれやがったんだよ」

 

「ええっ!?」

 

 お姫様というのは軍人の青年と留学生の青年が所属している部隊のオブジェクトを操縦するエリートの愛称で、自分達のオブジェクトが敗北した相手と聞いて留学生の青年は驚いた顔となって八本脚のオブジェクトを見る。その横で軍人の青年が八本脚のオブジェクトの情報を話し始める。

 

「俺達、正統王国がアイツにつけたコードネームは『スナイプスパイダー』。海やら高低差が激しい場所、ようするに相手のオブジェクトが動き辛い場所から遠くまで届く上に射線が曲がる変態みたいなレーザー砲で狙撃してくる面倒臭い野郎だ」

 

 軍人の青年の言葉に留学生の青年は好奇心を刺激されて瞳を輝かせる。

 

「へぇっ!? 『島国』は兵器開発関連の技術がズバ抜けていてガラパゴス化しているって聞いていたけど、曲がるビーム砲か……。それでそのスナイプスパイダーはどうやってお姫様に勝ったの?」

 

「その時の作戦は海岸にある資本企業の基地を、お姫様のオブジェクトともう一機のオブジェクトで攻めるって作戦で、基地の防衛をしていたのがスナイプスパイダーだったんだ。それでさっきも言ったようにヤツは、海に陸地にと自分に有利な場所を動き回りながら狙撃してきて、お姫様のオブジェクトは中破でもう一機のオブジェクトは大破。その後でお姫様が何とか隙をついてスナイプスパイダーを同じ中破にしたのは良かったんだが、その間に別の資本企業のオブジェクトがやって来て、俺達は逃げ帰ることになったんだ」

 

「なるほど……。海や陸地を移動できるってことは推進方法は多分エアクッション式か。でもやっぱり曲がるビーム砲か……興味深いな」

 

 軍人の青年の話を聞いて留学生の青年は手を顎に当てて呟いた後、もう一度スナイプスパイダーを見上げるのだった。



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二人の正統王国軍の兵士

「せいびしになってすぐにオセアニアに出張だなんて、アヤノコウジくんもついていないね?」

 

「これも仕事だから仕方がないさ」

 

 オセアニア軍事国周辺のベースゾーンの一つの敷地を歩きながら竜治が隣の綾小路に話しかけると、綾小路は首を横に振って答えた後、空を見上げる。

 

「……それに、あの男と同じ国から離れられると思ったら、外国にいる方が気が楽だ」

 

 あの男とは綾小路の父親のことであり、綾小路財閥の影響が少ない外国は綾小路にとって心安らぐ場所なのかもしれない。父親と関係が悪くない竜治は、実の父親を憎んでいるのがはっきりと分かる綾小路の言葉を聞いて僅かに居心地が悪そうな表情を浮かべるが、すぐに気を取り直して彼に声をかける。

 

「まあ、とにかくいまはその話をおいといて、ちゅうしょくにしよう」

 

 そう言って竜治は持っていた紙袋を綾小路に見せる。紙袋の中には二段重ねのハンバーガーにフライドポテト、炭酸飲料といった老若男女が気軽食べられて満足できるメニューが二人分入っていた。

 

「それでたべる場所なんだけど、ひとが少ないところはないかな?」

 

「何でだ? 食べる場所なんてどこでもいいだろ?」

 

「よくない。たべているときに襲われたくないだろ?」

 

「………何?」

 

 昼食を食べる場所を探す竜治にそう言った綾小路は、すぐに帰ってきた言葉に思わず動きを止めた。

 

 現代の軍隊の食事はどの勢力、どの国でも栄養調整型のレーションばかりなのだが、これらのレーションははっきり言って「不味い」。

 

 明確な味をつけると味の好みや美味い不味いの問題で兵士の士気に影響が出る、というふざけた理由であえてレーションの味を適当にしたり薄くしていて、正統王国のレーションは味が全くないことから「食べられる巨大な消しゴム」という愛称で親しまれている。資本企業のレーションは正統王国のと比べたらずっと美味しいと評判だが、味が大雑把な上にハンバーグ味とカレー味とチーズ味しかないので、やはりずっと食べたいとは思わないだろう。

 

 しかしオブジェクトを操縦するエリートは、その戦闘の結果が戦争の勝敗を決めるため、士気と集中力を上げる一助としてレーション以外の「まともな食事」が与えられている。噂ではコックピットに小型の冷蔵庫や電子レンジを完備しているオブジェクトもあるらしい。

 

 そして竜治が持っているハンバーガーセット二人前は、そんなエリートの為に用意された食料で、毎日不味いレーションしか口にしていない一般の軍人達からすれば、後で大問題になっても奪い取りたい「ご馳走」なのである。実際、今もハンバーガーの匂いを嗅ぎつけた軍人達が竜治達……正確には竜治が持っている紙袋を血走った目で見つめており、殺気だった視線を感じた竜治は綾小路を連れてこの場から立ち去るのであった。

 

 

 

 それからしばらくした後、竜治と綾小路の二人はベースゾーンを囲むフェンスの近くで昼食を食べることにした。

 

 前を見ると離れた場所で、正統王国軍の戦闘服を着た二人の兵士が滑走路の清掃をしており、竜治と綾小路はぼんやりと二人の兵士を見ながら同時にハンバーガーに齧り付いた。

 

『『……!?』』

 

 竜治達がハンバーガーに齧り付いた瞬間、正統王国の兵士二人の身体が「ビタァッ!」と止まった気がしたが、竜治は特にそれ以上気にすることなく、口の中のハンバーガーを飲み込むと綾小路に話しかける。

 

「それで? せいびしの仕事にはもうなれた?」

 

「あー……。ぼちぼちってところだな。今は見習いってことで雑用ばかりだけど、仕事内容は理解できた」

 

 綾小路は元々、竜治と同じくオブジェクトのエリートになるための訓練と教育を受けていて、本職の整備士程ではないがオブジェクトの知識はあった。綾小路の言葉に竜治は満足したのか一度頷くと、ストローで炭酸飲料を飲んだ。

 

『『……!』』

 

 竜治がストローで炭酸飲料を飲んだ音に反応して正統王国の兵士二人の首が「グリン!」とこちらに向いた気がしたが、綾小路は特にそれ以上気にすることなく今度は自分が竜治に話しかける。

 

「なぁ? 俺達はいつまでここにいるんだ?」

 

「そうだね……。オレ達はオセアニア軍事国をたおすまでって契約だけど、あいてはオブジェクトが1機だけだし、そんなにじかんはかからないと思うよ?」

 

「そうか」

 

 竜治の言葉に綾小路が納得すると二人は同時にフライドポテトを摘んで食べる。

 

『『……!!』』

 

 外で食べる解放感からか竜治と綾小路が美味しそうにフライドポテトを食べていると正統王国の兵士二人の身体が「ガタガタガタッ!」と震え出し、そこでようやく竜治と綾小路は正統王国の兵士二人の様子がおかしいことに気づく。

 

「なんだ? ……あっ?」

 

 正統王国の兵士二人に視線を向けた竜治は手にしていたフライドポテトを数本地面に落としてしまった。すると次の瞬間……。

 

『『貰ったーーーーー!』』

 

 離れた場所にいた正統王国の兵士二人が尋常ではない速さで竜治達の元まで走ってきたかと思うと、竜治が落とした数本のフライドポテトに飛びかかったのであった。

 

「何するんだよ、ヘイヴィア! これは俺が拾ったポテトだぞ! 大体『貴族』様が拾い食いなんてしていいのかよ!?」

 

「うるっせぇんだよ、クウェンサー! そんな綺麗事を言ってたら軍人なんて務まらねぇんだよ! だからこれは俺のモンだ!」

 

 数本のフライドポテトのために見苦しい争いをする正統王国の兵士二人。彼らは正統王国の言語でお互いを罵っていたが、仕事で必要なら世界各国を移動することから正統王国の言語を習得している竜治は、二人の会話を理解していた。

 

(このふたり……今、『ヘイヴィア』と『クウェンサー』っていわなかったか……?)

 

 クウェンサー=バーボタージュ。

 

 ヘイヴィア=ウィンチェル。

 

 その名前は竜治の記憶違いでなければ、先月のニュースにあった、生身でオブジェクトを破壊した兵士の名前であった。



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ヒーローの条件

『まあ、そんなことがありましたか』

 

「ああ。まさか、あんなところであのふたりと会えるだなんて、おもってもいなかった」

 

 ベースゾーンにある自分専用の更衣室でオブジェクトを操縦する時に着る特殊スーツに着替えた竜治は、パソコンを使って日本にいる坂柳と通信をしていて、パソコンの画面の中にいる彼女は彼の話を聞いて面白そうに笑う。

 

 竜治が坂柳に話したのは昼食時に出会った正統王国軍の兵士、クウェンサー=バーボタージュとヘイヴィア=ウィンチェルの二人のことであった。

 

 地面に落とした数本のフライドポテトを奪い合って醜い争いをしていた正統王国軍の兵士二人に、竜治がまだ大量にあるフライドポテトと二段重ねのハンバーガーのまだ口にしていない部分を差し出して「いっしょに食べますか?」と言うと、二人は目を輝かせて「喜んで!」と即答。これによって竜治は、自分がオブジェクトのエリートであると知って驚くクウェンサーとヘイヴィアの二人と食事をして、オブジェクトを破壊した時の話を聞くことができた。

 

 クウェンサーとヘイヴィアの話を聞いて竜治が二人に懐いた印象は「普通」の二文字だった。

 

 人並みの良心と出世欲を持ち、片方は「オブジェクトの設計士になる」、もう片方は「実家の貴族の家を継いで当主になる」という夢を叶えるために中途半端な覚悟で戦場にやって来た、良くも悪くも現代の「クリーンな戦争」に慣れきった普通の兵士。それが竜治のクウェンサーとヘイヴィアに対する印象である。

 

 ただ一つ、クウェンサーとヘイヴィアが普通ではない点があるとすれば、それは「諦めない」こと。どんなに絶望的な状況にあっても決して希望と自分の良心を捨てないこと。

 

 だからクウェンサーとヘイヴィアは、アラスカで自分達のオブジェクトを破壊された時も、敵に捕らわれた自分達のオブジェクトのエリートを助けることを諦めず、結果として生身でオブジェクトを破壊するという奇跡を手にしたのだと竜治は考える。

 

「ふだんはさえないけど、どんなピンチでもけっして諦めずにみかたを救う……。まるでマンガやアニメのヒーローみたいだ。……オレもクウェンサーさん達みたいなヒーローになれるかな?」

 

『いいえ。なる必要はありません』

 

 クウェンサーとヘイヴィアの活躍は、男だったら一度は憧れるヒーローみたいで、竜治が憧れを懐いて呟くとそれに坂柳が即答した。

 

『竜治君。資本企業におけるヒーローの条件が何か知っていますか?』

 

「? いいや」

 

『戦場で味方の資源の損害を可能な限り少なくする。この一点だけのシンプルなものです」

 

「お、おう……」

 

 パソコンからいかにも「資本企業」らしいヒーローの条件を聞かされて思わず竜治が頷くと坂柳が言葉を続ける。

 

『そして私はその資源の中で最も重要なのは「人間」だと思っています。結局のところ、人手がなければ何もできないわけですからね。そして竜治君は今までずっとオブジェクトに乗って戦場に立ち、私達部隊の人間を守ってくれました、ですからすでに竜治は「資本企業」にとっても私達にとっても英雄なのです』

 

「……」

 

 坂柳の言葉に竜治が僅かに驚いた顔になると、パソコンの向こう側にいる彼女は小さく笑みを浮かべながら語りかける。

 

「クウェンサーさんやヘイヴィアさんに憧れるのはいいですが、無理に彼らみたいになる必要はありません。……というか、彼らがしたことは無謀を通り越して自殺の一歩手前ですから、真似をされては困ります」

 

「そうだな」

 

 戦闘ではいつも博打に近い攻めの戦術ばかり提案するくせに、クウェンサーとヘイヴィアの行動が自殺と紙一重であると言う坂柳が少し可笑しくて、竜治は小さく笑って返事をした。

 

『……あと、拾い食いなんて真似もしないでくださいね? 竜治君がそんなことをすると私達のイメージまで下がってしまいますから』

 

「りょうかい」

 

 昼間に地面に落ちた数本のフライドポテトを醜く奪い合うクウェンサーとヘイヴィアの姿を思い出して竜治は坂柳の言葉に即答する。いくら何でもあの姿は憧れないし、真似をしたいとは思わなかった。



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「かみなりぐも」

 坂柳との会話を終えた竜治が通信を切ると、オブジェクトの整備が完了したので呼びに来た綾小路が、彼の姿を感想を口にした。

 

「雨田。それがお前の特殊スーツなのか。……結構格好いいな」

 

 竜治が今着ている特殊スーツは、メインカラーが黒でサブカラーが黄色のライダースーツの肩や胸にプロテクターを取り付けたようなデザインで、まるでアニメに登場する人形ロボットのパイロットみたいだった。更に戦闘時にはこれに加えてメカっぽいヘルメットも装着して、その時の姿は特撮のヒーローのように見える。

 

 ちなみに特殊スーツの黒は竜治のオブジェクトのかみなりぐもの機体色で、黄色は資本企業を象徴していたりする。

 

「ありがとう、アヤノコウジくん。それじゃあ、いってくるね」

 

 自分の特殊スーツを褒められた竜治は綾小路に礼を言うと、更衣室から出て自身のオブジェクトが待つ整備場へと向かって行った。

 

 ここから先は戦争の時間。

 

 竜治が整備場に向かって三十分後、オブジェクトに乗った彼は「正統王国」と「情報同盟」のオブジェクトと共にベースゾーンから発進した。

 

 

 

 現代の戦争はオブジェクト同士の戦いで勝敗が決まる「クリーンな戦争」である。

 

 そのためお互いのオブジェクトの性能と数によって戦う前から勝敗が決まるということも珍しくはない。

 

『こちらは一機のオブジェクトしかいない。だが敵はこちらと同性能のオブジェクトが二機。勝てるはずがない。降参しよう』

 

『こちらのオブジェクトは一機だけだが第二世代だ。敵のオブジェクトは二機いるがどちらも第一世代だ。勝てるかもしれない。交戦しよう』

 

 司令官が戦いの最初で思い浮かべるのは、自軍と敵軍の戦力差や地形等を利用した難しい戦術ではなく、小学校の足し算のような単純な理屈。そしてその単純な理屈が優先されて進められるのが現代のクリーンな戦争なのである。

 

 だからオブジェクトを一機、それも第二世代どころか未熟な技術で建造されたため、第一世代よりも性能で劣る「0.5世代」と呼ばれるものしか所有していないオセアニア軍事国は、第一世代と第二世代を合わせて二十機以上のオブジェクトで攻めてくる多国籍軍に、自分達では勝てないことを早々と理解していた。だがそれでも降伏しようとしないオセアニア軍事国は、自分達が遺伝子改良した植物で作った森林に、戦力を分散させて潜伏させた。

 

 今回の竜治の任務は「正統王国」と「情報同盟」のオブジェクトと共に、そのいくつもあるオセアニア軍事国が潜伏している場所を攻撃することであった。

 

 潜伏先にはオセアニア軍事国が唯一所有しているオブジェクトがあるかもしれない。もちろん戦えばこちらが勝つだろうが、それでも一般の兵士達に大きな被害が出るかもしれないので、竜治は僅かな違和感も見逃さないようにオセアニア軍事国が隠れている森に意識を集中する。

 

 すでに「正統王国」と「情報同盟」のオブジェクトは攻撃を開始している。竜治は視線入力デバイスで目の前の森に標準をつけると、兵器のスイッチを押した。

 

 竜治がスイッチを押した瞬間、かみなりぐもの球体の本体を囲むように取り付けられている八本の脚から数本のレーザーが発射された。レーザーは最初、斜めや真横、後ろへと発射されるのだが、途中で射線を曲げて狙い通り前方の森へと向かって行った。

 

 かみなりぐもは、八本の脚と本体の上部に取り付けてある主砲の多目的超高出力レーザービーム砲に特殊な電磁波を発生させる装置を装備していて、これを使ってレーザーの射線を曲げて予測困難な砲撃を可能としている。またこの電磁波は、敵からのレーザーや下位安定式プラズマ砲といった光学系の攻撃を防御することにも利用できる。

 

 かみなりぐもに正統王国軍がつけたコードネームは「スナイプスパイダー(狙撃する蜘蛛)」。これはその外見と主砲の射程の長さからつけられたものだが、この機体の真価はそこではない。

 

 世界でもトップクラスの「島国」の技術で作られたレーザー系の兵器で武装して、電磁波を使い敵からの光学系兵器に対して高い防御力を発揮する第二世代オブジェクト。

 

 光とは電磁波の一種である。それ故に「雷雲」、あるいは「雷を操る蜘蛛」という意味を込めて「かみなりぐも」という名前をつけられたのだった。

 

 レーザーが曲がる、という光景は常識という言葉を何処かに置き忘れたオブジェクトの戦闘を見てきた者達から見ても珍しいらしく、正統王国軍と情報同盟軍から驚きの声が上がった。そして……。

 

「しゅほう以外のレーザーもまがるなんて……」

 

 以前かみなりぐもと交戦したことがある正統王国軍のオブジェクトのエリートは目を大きくして驚き、

 

「おほほ。なかなか興味深いデータがとれましたわ」

 

 情報同盟軍のオブジェクトのエリートは興味深そうに笑い、

 

「うわっ!? 本当にレーザーが曲がった! 何アレ!? 何アレ!? 一体どうしたらあんな風にレーザーが曲がるの? もう一回見たい! リュージ、もう一回撃って! ワンモアプリーズ!」

 

「うるっせぇぞ! 戦場で馬鹿みたいにはしゃいでいるんじゃねぇ!」

 

 戦地留学の学生は未知の技術に瞳を輝かせて叫び、隣にいる「貴族」出身の軍人に怒鳴られていた。



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砂漠の会話

「………」

 

「浮かない顔をしているな」

 

 多国籍軍の命令で竜治が正統王国と情報同盟のオブジェクトと一緒に、潜伏しているオセアニア軍事国に攻撃を仕掛けに行った日の翌日。夜に出撃して早朝に帰ってきた竜治は何やら暗い顔をしていて綾小路が話しかける。

 

「きのうの任務でちょっとね……」

 

「昨日? ああ、そういえば向こうのオブジェクトは見つかっていなかったな」

 

 オセアニア軍事国が唯一所有しているオブジェクト。その操縦士はオセアニア軍事国の独裁者本人で、このオブジェクトさえ破壊すればオセアニア軍事国は瓦解して今回の戦いは終結する。

 

 だが昨日竜治達が向かった地点にはオブジェクトの姿はなく、他の多国籍軍の部隊も見つけられずいた。

 

 綾小路は最初、竜治がオセアニア軍事国のオブジェクトが見つからなかったので落ち込んでいると思ったが、どうやらそうではないようだった。

 

「……うん。それもそうなんだけど……。きのう行ったばしょに『ぶぞく』のひとたちの集落があって。『オセアニアぐんじこく』のぐんじん達が集落のひと達を攻撃していたみたいなんだ」

 

 まともな武装を持たない「部族」の人々がオセアニア軍事国の軍人に対抗できるはずがなく、その時に行われたのは一方的な虐殺だったのだろう。幸いオセアニア軍事国の軍人達は情報同盟軍によってすぐに鎮圧されて被害は最小限に済んだが、それでも死者は出たし、「オセアニア軍事国の独裁者が報復としてオブジェクトを使った復讐を行う可能性がある」と多国籍軍から発表された。

 

 これらのことが竜治の気を重くしていたのであった。

 

「雨田。俺達がやっているのは『クリーンな戦争』といってもやはり戦争だ。残酷なようだが『そういったこと』は仕方がないと思う」

 

「そうだね……」

 

 綾小路の言葉に竜治は力なく頷くと気持ちを切り替えていく。

 

 竜治だって十二歳の頃からオブジェクトに乗って戦ってきたプロの軍人である。オブジェクト同士の戦闘の流れ弾で無関係の人間が巻き込まれて死んでいった光景も、数回だが見たことがあるし多少だが耐性もついていた。

 

「俺達は俺達の仕事をしよう。そうしていれば、この戦いを終わらせる切っ掛けがやってくるはずだ」

 

「うん。わかっている」

 

 竜治はもう一度綾小路に頷いてみせる。

 

 そして綾小路の言う「切っ掛け」は意外にもすぐに訪れることになった。

 

 

 

 翌日。多国籍軍の監視衛星がグレートサンディー砂漠で高エネルギー反応を感知した。

 

 グレートサンディー砂漠は、以前から近くにあるタナミ砂漠と一緒に、オセアニア軍事国が潜伏している可能性があると注目されていた地点であり、多国籍軍はそこにオブジェクトがあると考え、一番近い竜治達に出撃を命令した。

 

 グレートサンディー砂漠に到着して竜治達が攻撃の指示が出るのを待っていると、突然全ての兵士達の無線機に通信電波が送られてきた。

 

 

『イエーイ☆ 多国籍軍の皆さん、聞こえてるー?』

 

 

 無線機から聞こえてきたのは、戦場には不釣り合いなくらい明るい聞き覚えのある声だった。

 

(このこえ……ヘイヴィアさん?)

 

 竜治が思わず無線機の方を見ると、次に無線機は別の、しかしやはり聞き覚えのある声で話し始める。

 

『こちら正統王国軍第三十七機動整備大隊のクウェンサーとヘイヴィアだ。俺達は今タナミ砂漠にいて、そこでオセアニア軍事国のオブジェクトを発見。繰り返す。オセアニア軍事国のオブジェクトはタナミ砂漠にいる。そちら、グレートサンディー砂漠にあった反応は恐らくトラップだ』

 

「っ!? クウェンサーさん? それは一体どういうことですか? そもそもなんで、タナミさばくにいるんですか?」

 

 驚いた竜治が無線機に話しかけると、無線機はヘイヴィアの声で返事をする。

 

『その声はリュージか? いやな? 俺の相棒が「オセアニアのオブジェクトが何の考えもなく動くのはおかしい」とか「グレートサンディー砂漠だけじゃなくタナミ砂漠も怪しい」とか名推理を披露してくれてよ? その上、情報源はクソ怪しいけどオブジェクトはタナミ砂漠にいるってタレ込みがあったんで、俺達だけでコッソリ偵察に来たんだよ。そしたら見事ビンゴだったって訳だ!』

 

「おれ達だけ? コッソリ? それって独断行動ってことですか? ……ムチャクチャだ」

 

 ヘイヴィアの話を聞いて竜治が思わず呟くと、無線機から「全くよ」という女性の声が聞こえてきた後、クウェンサーが無線機越しに竜治を初めとする全ての多国籍軍の兵士達に呼び掛ける。

 

『とにかく! オセアニア軍事国のオブジェクトは軍の電子シミュレート部門の予測通り0.5世代。オブジェクトの主砲一発、下手したら副砲の集中放火でもカタがつく。至急増援を……って、ヘイヴィア!?』

 

『早い者勝ちだ。急がねぇとまた俺達が美味しいとこ全部持っていって……』

 

 無線機から聞こえてくる声がクウェンサーからヘイヴィアに入れ替わり、オブジェクトを含めた多国籍軍の兵士達に発破をかけようとしたその時……。

 

 

『不要だ。タナミ砂漠に行くことは認められない』

 

 

 突然別の男の声が通信に割り込んできて、クウェンサーとヘイヴィアの声が聞こえなくなった。

 

「こんどは一体だれの声だ?」

 

『フライド評議委員』

 

 竜治が呟くと別の通信チャンネルが開き、坂柳の声が彼の疑問に答えてくれた。

 

『正統王国で「王族」を除いてほとんど最高位の権力を持つ議員で、今回の戦いで多国籍軍の司令官を任されています』

 

「そんなひとがどうして……?」

 

 竜治が呟くのを余所に、フライドは彼を含めた多国籍軍の部隊に呼びかける。

 

『クウェンサー、ヘイヴィアの両名は酷く混乱して幻覚を見ているようだ。敵はグレートサンディー砂漠にいる。オブジェクトは指示が出るまでその場で待機。これは「命令」だ』

 

「……!」

 

 命令の部分を強調して一方的に通信を切ったフライドに竜治は歯を噛み締める。正統王国のオブジェクトのエリートが無線機に何やら話しかけているが、多分今の話に抗議しているか自分だけでもタナミ砂漠に行けないか上官に頼んでいるのだろう。

 

「アリス、オレはいったいどうすれば……」

 

『ちょっと待ってください。今、少し面白い会話を聞いていますから』

 

 竜治が坂柳に意見を求めると、無線機の向こうにいる彼女はそう答えるのだが、その声はどこか楽しそうに聞こえた。そしてそれからしばらくすると、無線機から坂柳の声が聞こえてきた。

 

『竜治君、ヒーローを助けるヒーローになってみる気はありませんか?』



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増援到着

「そういうことか。あのヤロウ、ふざけやがって……!」

 

 坂柳から説明と、ある「音声データ」を聞かされた竜治は苛立った様子で呟く。

 

『つまりそういうことです。先にルール違反をしたのは向こうですから、私達も好きにやらせてもらいましょう』

 

「りょうかい」

 

 竜治は坂柳にそう返事をすると「かみなりぐも」をタナミ砂漠へ向かわせようとするのだが、彼と正統王国のオブジェクトの前に、情報同盟のオブジェクトが立ちふさがった。

 

『おほほ。どこへいくつもりですの? なにやら内緒話をしていましたが、わたしたちはたいきですわよ』

 

 情報同盟のエリートの言葉を聞いて竜治は、無線機の向こう側にいる坂柳に話しかける。

 

「アリス。れいの音声データ、みんなには聞かせていないのか?」

 

『ええ。あれを皆さんに聞かせるのはもう少し後ですね』

 

 竜治が坂柳から聞かされた音声データ、それをこの場にいる多国籍軍の兵士達にも聞かせれば、この戦いはもっと早く、そして安全に終わるだろう。しかしどうやら彼女には何か考えがあるらしく、今は音声データを聞かせるつもりはないみたいだが、竜治はそのことについて口を出す気はなかった。

 

 竜治と坂柳は資本企業の兵士だ。右手には銃を左手には算盤を持ち、どんな時でも常に損得勘定を忘れず、他の勢力から「金の亡者」と呼ばれる兵士である。

 

 坂柳がより大きな戦果を得ようとしているのは疑いようがなく、それならば竜治から言うことは何もない。

 

「そうか。わかった」

 

『はい。それではそろそろ行きましょう。竜治君も正統王国のお二人を死なせたくないのでしょう?』

 

「もちろんだ」

 

『おほほ。わたくしを無視してなにを話しているのですか? わたくし達はたいきだと言っているでしょう』

 

 竜治は坂柳との会話に割り込んできた情報同盟のエリートの言葉を無視すると「かみなりぐも」の操縦桿を操作してフットペダルを踏み込んだ。すると次の瞬間……。

 

 ドパァン!

 

 と、いう音と共に「かみなりぐも」の左側にある四本の脚の接地地点で爆発が起こり、「かみなりぐも」の五十メートル以上の巨体が大きく右へ跳んだ。

 

『『……………!?』』

 

 オブジェクトが跳躍する光景に情報同盟のエリートだけでなく、情報同盟軍と正統王国軍の兵士達が驚愕する。

 

 基本的に「かみなりぐも」の推進方法は地面との接地点から超高圧の空気を噴出して機体を浮かせるエアクッション式推進システムだが、それ以外にも大出力の電力で生成した莫大なプラズマ状イオンを噴射することにより爆発的推力を得る高出力イオンクラスターも装備している。

 

 今の大跳躍はエアクッション式推進システムと高出力イオンクラスターを同時に最大出力で使い、更に四本の脚で地面を蹴ったものであった。陸戦専用で高速を得意とするオブジェクトにも負けないくらいの加速が得られる代わりに、脚部に大きな負担がかかるので何度も使えない大技だったりするが、そのかいもあって情報同盟のエリートの虚をつくのに成功したようだ。

 

 突然の跳躍に驚き情報同盟のエリートは対応が数秒遅れ、その間にも竜治が乗る「かみなりぐも」は後ろから攻撃されないよう高速で右に左にとジグザグに動きながらタナミ砂漠へと向かって行った。すると無線機に正統王国のオブジェクトから通信が入ってきた。

 

『スナイプスパイダー……。クウェンサー達の事をお願い……』

 

 本当は自分が一番、タナミ砂漠に行ってクウェンサーとヘイヴィアを助けたいのに、軍の規約等で動けないでいる。正統王国のエリートの声からはそんな悔しさが感じられた。だから……。

 

「りょうかい。任せろ」

 

 竜治はそれだけ言うと「かみなりぐも」を加速させた。

 

 

 

「クソッ! オブジェクトが一機でも来てくれたら楽勝なのによ! 結局また俺達だけでオブジェクトと戦うのかよ!」

 

「文句は全部フライドチキンの奴に言ってよね」

 

 ヘイヴィアとクウェンサーの二人は、タナミ砂漠にある緑地化計画のための貯水プラントを利用したオセアニア軍事国の基地を走りながら軽口を叩き合っていた。しかし二人の表情は緊張していて、その視線は巨大な影に釘付けとなっていた。

 

 オセアニア軍事国が保有する唯一のオブジェクト。

 

 その存在を確認したクウェンサーとヘイヴィアは、多国籍軍に増援を要請したが「とある理由」によって増援は望めない上に、通信自体も取れないという最悪の事態の中にいた。通信ができなくなってからまだ一時間も経っていないが、二人にはもう何時間、あるいは何日も経っているように感じられた。

 

 不幸中の幸いというかオセアニア軍事国のオブジェクトは、本来のオブジェクトと比べて機能があらゆる面で劣っている0.5世代でレーダーの類いもそれ程精度が良くなかった。クウェンサー達はそのレーダーの隙をついて隠れながら、自分達だけでオブジェクトを倒すための方法を探していた。……しかし、それもいつまでも続くことはなかった。

 

「おい! クウェンサー!」

 

 何とかオセアニア軍事国のオブジェクトを倒す手がかりはないかと、必死に頭を働かせているクウェンサーの耳にヘイヴィアの悲鳴のような声が聞こえてきた。クウェンサーが振り返ればヘイヴィアの視線の先、オセアニア軍事国のオブジェクトが持つ無数の大砲の一つが、こちらに標準を合わせているのが見えた。

 

「マズい! 見つかった!?」

 

「は、早く逃げ……え?」

 

 オセアニア軍事国のオブジェクトがクウェンサーとヘイヴィアに向けて砲撃を行おうとした瞬間、それより先に無数の光線がオセアニア軍事国のオブジェクトに突き刺さり、いくつもの爆発が起こった。二人が光線が飛んできた方を見ると、そこには巨大な球体から八本の脚を脚を生やした外見のオブジェクトの姿が見えた。

 

『『スナイプスパイダー!?』』

 

 過去に一度、クウェンサーとヘイヴィアが所属する部隊のオブジェクトと戦って中破させた資本企業のオブジェクトは、今度は彼らを助けるために現れたのだった。



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決着

「よかった。まにあったみたいだ」

 

 竜治が「かみなりぐも」のコックピットでクウェンサーとヘイヴィアの姿を確認して安堵の息を吐くと、無線機から当の本人達の声が聞こえてきた。

 

『リュージ! 来てくれたのか!』

 

『何だよチキショウ。メシを恵んでくれただけじゃなく生命まで助けてくれるだなんて、この超絶美形貴族のヘイヴィア様の次くらいにいい男だぜ、テメェは』

 

 増援の「かみなりぐも」の姿を見て安心したクウェンサーとヘイヴィアの軽口に竜治が小さく笑うと、無線機にある意味最も聞きたくない男の声が割り込んできた。

 

『馬鹿な!? 何故オブジェクトの増援が来る!?』

 

 割り込んできたのは正統王国の評議員で、多国籍軍の司令官のフライドであった。

 

 どうやら監視衛星でクウェンサーとヘイヴィアの様子を見ていたのだろう。オブジェクトが生身の兵士二人をなぶり殺しにするのを観察する悪趣味さに竜治が顔をしかめていると、無線機からフライドの怒声が聞こえてきた。

 

『貴様! タナミ砂漠には来るなと命令しただろう! これは明確な命令違反「だまれよ。ルールいはんをしたのはそっちだろう」……何?』

 

 竜治はフライドの言葉を遮ると、坂柳から送られてきた音声データを再生させた。

 

 音声データはクウェンサーとヘイヴィア、そしてフライドの会話で、会話の内容を簡単にまとめると次のようになる。

 

 フライドはオブジェクト関連やエリートの育成に向こうに昔から深く関わっており、オブジェクトが戦争を制する「クリーンな戦争」こそが世界を平和にする方法だと心から信じている。

 

 しかしクウェンサーとヘイヴィアがオブジェクトを生身で破壊するという奇跡を起こしたため、「オブジェクトを倒せるのはオブジェクトだけ」という定説とそれによって支えられている「クリーンな戦争」という言葉に揺らぎが生じ始めた。

 

 その「揺らぎ」を無くすためにフライドはクウェンサー達の抹殺を企み、二人の増援要請を封じるとジャミングを使って通信も出来無くし、オセアニア軍事国のオブジェクトにクウェンサー達を殺させようとした。

 

 オセアニア軍事国のオブジェクトがクウェンサーとヘイヴィアを殺したら、その後は大量虐殺を行うと知った上で。

 

 これは「部族」の人々を守るためという名目で結成された多国籍軍の司令官として、これ以上ない反逆行為と言えた。

 

『な、何故その会話が……!? 通信はクウェンサー達の無線機にしか送っていないはず……?』

 

『それは簡単なことです』

 

 竜治が再生した音声データを聞いてフライドが驚き呟くと、別の通信チャンネルから坂柳の声が聞こえてきて、フライドの呟きに答える。

 

『だ、誰だ?』

 

『初めまして。私は「かみなりぐも」の戦術オペレーターを勤めている坂柳有栖といいます。どうぞお見知りおきを。それで貴方達の会話を聞いた理由ですが、竜治君の「かみなりぐも」は便利な「ペット」を飼っているのです』

 

『ペット、だと?』

 

 坂柳の言葉にフライドが訳がわからないという風に呟くと、彼女は楽しそうな口調で説明をする。

 

『「かみなりぐも」の主砲は、レーザービーム砲だけでなくレーザー式軌道エレベーターとしても使えます。「かみなりぐも」は戦いの最初に主砲から無人偵察機を打ち上げ、そこから得られる情報で狙撃の精度を上げるのですが、その偵察機が貴方達の通信データを入手したというわけです』

 

『………!』

 

『無人偵察機の打ち上げ、か。資本企業は宇宙への打ち上げ技術に優れているって聞いたけど、そんな使い方が……』

 

『というか、主砲のレーザービーム砲から偵察機を打ち上げるなんて、色々とかっ飛んでねぇか?』

 

 坂柳の説明にフライドが歯噛みをして、クウェンサーとヘイヴィアがそれぞれ意見を口にするが、坂柳は正統王国のヒーロー二人の言葉を無視してフライドに話しかける。

 

『貴方には感謝していますよ? 貴方の愚かとしか言いようのない指示のお陰で、オセアニア軍事国のオブジェクト撃破という名誉は私達のものとなりましたし』

 

 竜治が視線を前に向けると、機体のほとんどが黒焦げになったオセアニア軍事国のオブジェクトがこちらに背を向けて逃げようとしていた。しかし先程のビーム攻撃によって推進装置にダメージを受けたのか動きは遅く、武装のほとんども使用不能となっており、ここから逃すことはまずないだろう。

 

 オセアニア軍事国のオブジェクトに竜治が意識を向けていると、坂柳の心なしか冷たく感じられる声がフライドに向けられる。

 

『ですが、貴方の指示のお陰で竜治君やこちらの兵士達が危機的状況に陥りかけたのも事実。ですから私達は貴方に賠償金を請求します』

 

『な……!?』

 

『おいおい……! 資本企業らしいストレートな要求が出たぞ、オイ?』

 

『おっかねぇな。資本企業から賠償金だなんて、ケツの毛までむしり取られるんじゃねぇか?』

 

 坂柳の言葉にがフライドが絶句し、クウェンサーとヘイヴィアが恐れ慄く声で呟くが、やはり坂柳は正統王国のヒーロー二人の言葉を無視して言葉を続ける。

 

『そうですね……。まずは貴方の財産、それから貴方はオブジェクトとエリートに深く関わっているようですから、その情報や特許の権利を全ていただきますね。ああ、ちなみにさっき竜治君が再生した音声データは先程多国籍軍に送りましたから逃げられませんよ?』

 

 鬼がいた。

 

 フライドの退路を絶った上にこれから身ぐるみを剥ぐと、それはそれは楽しそうな声で宣言する坂柳に、同じ資本企業の竜治ですら軽く引いた。

 

『怖え……! あのアリスって子、可愛い声をしているけど、ウチの十八歳銀髪爆乳司令官とは別の意味で怖いぞ?』

 

『ついでに言えば二人共根っこは同じとみた。二人共生粋のドSだぜ、絶対』

 

 無線機から聞こえてくるクウェンサーとヘイヴィアの震えるような声を聞いて竜治が内心で頷いていると、坂柳の声が聞こえてきた。

 

『それでは竜治君。予定が山積みですから、まずはそのオセアニア軍事国のオブジェクトから……やっちゃってください♩』

 

「あらほらさっさー」

 

 坂柳が楽しそうにオブジェクトの撃破指示を出すと、竜治は謎の言語で返事をしてレーザービームを発射し、今度こそオセアニア軍事国のオブジェクトを破壊した。

 

 これでオセアニアでの戦いは終わった。しかしオブジェクトに乗る竜治の仕事はまだまだ終わりではなく、むしろこれからが本番のようでようである。



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久しぶりの登校

 竜治がオセアニア軍事国のオブジェクトを破壊した後は怒涛の展開だった。

 

 オブジェクトに乗っていたオセアニア軍事国の独裁者が死んで戦いが終結すると、坂柳は戦いの後始末を他の資本企業の部隊に任せ、「フライドの野郎は絶対ブン殴る」と息巻くクウェンサーとヘイヴィアが所属する第三十七機動整備大隊と共に、フライド評議員から賠償金を請求するために竜治達を正統王国の本国へ送り込んだ。

 

 するとフライドは観念するどころか、自身が建造したオブジェクト「イグザクトジャベリン」を持ち出して抵抗をしたのだった。

 

 そしてイグザクトジャベリンの操縦士が十二歳の女の子でフライドに無理矢理従わされていると知ったクウェンサーとヘイヴィアは、何とか操縦士の女の子を無傷で助けだそうと言い出し、坂柳までも「操縦士を無傷で助けるなら、オブジェクトも出来るだけ無傷で捕らえる必要がありますね。そうしたらオブジェクトのデータはこちらのものです」とまさかの賛成。結果、竜治は正統王国のヒーロー二人の無茶振りに振り回されたのだ。

 

 何とかクウェンサーとヘイヴィアの二人と協力した竜治がイグザクトジャベリンを無力化すると、坂柳はオセアニア軍事国で宣言した通りフライドの財産と、彼が部下に命じて開発させたオブジェクトとエリートに関する技術と特許の権利を賠償金として貰い受けた。すると前から予定していたのか、彼女は続いて「フライド評議員を多国籍軍の司令官に任命した」という理由で正統王国にも賠償金を請求したのである。

 

 フライドが多国籍軍に反逆行為をしたのは事実であり、その点を突いて交渉を有利に進め、正統王国の役人達が顔を青くしていくのを愉悦に満ちた笑みで眺める坂柳を見て、竜治と綾小路は絶対に彼女を敵に回さないと固く心に誓った。

 

 そんなオブジェクト同士の戦闘やら後始末をしているうちに竜治達は六月のほとんどを休むことになり、学校に帰ったのは六月の最終日となった。

 

 

 

「なんか……プライベートポイントが五十万程増えているけど?」

 

 オセアニア軍事国から学校に帰ってきた次の日。七月一日に学校に向かう途中で綾小路が携帯端末の画面を見ながら言うと、竜治も自分の携帯端末を確認する。

 

「オレは150万くらいふえているな。多分だけどこれって、オセアニアに出張した出張手当てじゃないのか? それをかいしゃがプライベートポイントにして送ってくれたんだろうな」

 

「マジか……。特待生って、そんな事までしてもらえるのか?」

 

 綾小路がもう一度携帯端末の画面を見ながら言うと、竜治は携帯端末をポケットの中にしまってから答える。

 

「ほかの特待生はしらないけど、ほんらいの給料にしたらもっともらえるはずだから、これくらいのプライベートポイントはまだ安いとかいしゃも思っているはずだよ」

 

「そうか。特待生って凄いんだな」

 

 竜治の言葉を聞いて綾小路は感心したように呟いた。

 

「それに、アリスのおかげで『せいとうおうこく』で『おたから』が手にはいったからね。それのボーナスもふくまれていると思うよ」

 

 竜治が言う「お宝」とは正統王国で戦ったオブジェクト「イグザクトジャベリン」のことである。

 

 イグザクトジャベリンは、主砲であるレーザービーム砲の照準行動と予備動作を隠蔽した上に、偏光ワイヤーを使って光を歪める事で相手に攻撃を一切関知させないという機能を持っていた。それをほとんど無傷で無力化させたことと坂柳の交渉によって、雨田電機はイグザクトジャベリンのテクノロジーを手に入れたのだった。

 

 イグザクトジャベリンのテクノロジーは竜治が乗る「かみなりぐも」の強化にも使われる予定であり、資本企業の他の会社からも高額で買い取りたいという話がきていた。そしてその話は綾小路も聞いていた。

 

「あのオブジェクトのデータか。一体どこの会社が買ってくれたんだ」

 

「『クライアントセキュリティしゃ』ってかいしゃ。そこでけんぞうされるオブジェクトに利用されるみたいだ。たしか……コードネームは『シャーベティ』だったかな?」

 

「何だか女の人みたいなコードネームだな?」

 

 竜治の話を聞いて綾小路が首を傾げると、それに竜治が頷く。

 

「みたいな、じゃなくて、にほん以外の『しほんきぎょう』のオブジェクトのコードネームはすべて女性のなまえだよ。

 それで『せいとうおうこく』はそのオブジェクトのとくちょうを表すコードネーム。

『じょうほうどうめい』は、ぶそうなどの単語とばんごうの組み合わせ。

『しんじんそしき』は、しんわに登場するかみさまや精霊とかのなまえ」

 

「そうなのか……」

 

「あっ。雨田君、綾小路君。久しぶり」

 

 オブジェクトに関する雑学を披露する竜治に、整備士見習いの綾小路が頷いていると、二人のところに櫛田がやって来た。

 

「クシダさん。ひさしぶり」

 

「久しぶりだな」

 

「ねぇ、二人共? 二人はプライベートポイント振りこまれている?」

 

『『なに?』』

 

 櫛田の言葉に竜治と綾小路は訳が分からず同時く呟いた。



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調査開始

 高度育成高等学校の生徒達は、毎月一日に自分達のクラスが持つクラスポイントに応じたプライベートポイントが与えられる。

 

 一年Dクラスは四月の自分達の行動によりクラスポイントが「0」となり、五月と六月に支給されるプライベートポイントも「0」となっていた。

 

 中間テストではDクラスの生徒全員が高得点を取ったことでクラスポイントが加算され、いくらかのプライベートポイントが得られるだろうとDクラスの生徒達は思っていたのだが、七月一日になってもプライベートポイントは増えていなかった。

 

 その事を雨田電機からプライベートポイントを与えられていた竜治と綾小路は、櫛田の言葉により初めて知ったのである。

 

 

 

「めんどうなことになったな……」

 

「そうだな」

 

「うん。本当にどうしよう……」

 

 放課後。竜治が呟くと綾小路が頷き、櫛田がため息を吐いた。

 

 今日の朝のホームルームで聞いた茶柱の話によると、Dクラスのクラスポイントは「87」まで上がっているのだが、Dクラスは現在Cクラスとトラブルが起こっていてプライベートポイントの支給が遅れているそうだ。

 

 そのトラブルとは、Cクラスの生徒三人が須藤に暴行を受けたと訴えてきたというものだった。これに対して須藤は「Cクラスの生徒達に呼び出されて喧嘩を売られたので自分は正当防衛だ」と主張しているが、目撃者がいないためにどちらの主張が正しいのか分からない状況で、近いうちに生徒会立ち会いのもとで審議が行われるらしい。

 

 プライベートポイントは審議が終わり次第支給されるそうだが、審議の結果次第ではクラスポイントとプライベートポイントの額にも影響が出るかも知れないと、茶柱は言っていた。この言葉が切っ掛けとなって、現在Dクラスの生徒達の何人かは今回の騒ぎの情報を集めようと行動していた。

 

 竜治と綾小路も、櫛田に協力を頼まれて詳しい情報を得るために須藤達が騒ぎを起こした現場に訪れていたのであった。

 

 竜治達が今いるのは、家庭科室や視聴覚室、理科室等といった頻繁に利用しない施設が集中している特別棟の四階の廊下。ここは生徒の動向を監視するために敷地内に無数の監視カメラを設けているこの学校で、数少ない監視カメラがない場所らしいのだが……。

 

「うーん……。本当にカメラがないね」

 

「いや、あるぞ」

 

 周囲を見回して櫛田が呟くと、竜治が即座に否定をする。

 

「え? 本当?」

 

「ほんとうだ。うまく隠してはいるが、てんじょうや壁にむすうのカメラがある。これはプロの軍人でもみおとすかもな」

 

「……ああ、言われてみれば確かに」

 

 軽く周囲を観察しただけで、プロの軍人でも見落とすかもしれない隠しカメラを発見した竜治が言うと、少し遅れて綾小路も隠しカメラの存在に気づく。

 

「そもそも、このがっこうで監視カメラがないばしょなんてあり得ない。ここはいくつものきぎょうが運営しているがっこうで、きぎょうと敵対しているものたちに真っ先にねらわれるばしょだ。そこに監視カメラがないところがあったら『どうぞここで悪巧みをしてください』と言っているみたいなものだ」

 

「そうだな。しかもこの特別棟には理科準備室もある。少し詳しい人間だったら、そこの薬品を使って好きなだけ化学兵器が作れる。それを防ぐための監視カメラがないのは不自然だな」

 

 竜治と綾小路は身体能力だけでなく五感も強化された現役のオブジェクトのエリートとエリート候補であり、監視カメラ等の機械が放つ独特の「気配」を感じ取っていた。そんな物騒な会話をしながらも隠しカメラの位置を確認している二人に、櫛田は僅かに引きつった表情となる。

 

「な、何? オブジェクト関連のお仕事をしている人って、皆そんなに凄いの?」

 

「大袈裟だ。これくらい訓練したら分かるようになるぞ」

 

「アヤノコウジくんのいうとおりだな。エリートには監視衛星の『しせん』をかんじとれる人もいるってウワサもあるし、それに比べたらふつうだよ」

 

「いや、それってもう超能力じゃない?」

 

 綾小路と竜治の話に驚きを通り越して呆れたような表情となった櫛田は気になったことを聞いてみる。

 

「でも、どうしてここだけカメラを隠したりしているんだろうね?」

 

「……たぶんだけど、ここは『エサ』なんだと思う」

 

 櫛田の疑問に竜治は少し考えてから自分の予想を口にする。

 

「餌? どういうこと?」

 

「ここに監視カメラがないとおもった人は、ここでないしょばなしをしたり、人に知られたくないことするかもしれない。そういった、この場所をりようしようとする人をかげから監視するために、カメラをかくしているんじゃないかな?」

 

「……待て。確か須藤はCクラスの生徒にここに呼び出されたって言ってたな? もしかしたら須藤は罠にはめられたんじゃないか?」

 

 竜治の話を聞いて綾小路が思い出したように言う。

 

 表向きは監視カメラがないこの場所ならば、Cクラスが本当に須藤に喧嘩を売っても分かるはずがない。Cクラスの生徒が須藤をここに呼び出したのが単なる偶然じゃなかったら、それは須藤が罠にはめられたことになる。

 

「ありえるな……。とにかく、ここに監視カメラのえいぞうデータを調べてみよう」

 

「でもどうやって? 隠しているってことは、ここの映像データも秘密になっているんじゃないの? 学校に言っても素直に見せてくれるとは思えないけど?」

 

 綾小路の言葉に竜治が自分の意見を言うと櫛田が聞いてきた。彼女の言う通り、ここの隠しカメラのデータは学校でも秘密扱いで、普通の生徒では見れるはずがない。

 

 しかし、ここにいるのは「普通」の生徒ではなかった。

 

「それはもちろん『こっそり』調べるのさ。さいわい、今日はこれからオブジェクトのちょうせいをする予定だからね」

 

 竜治はこれから悪戯をするような笑みを浮かべて櫛田にそう言うのであった。



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坂柳のお友達

 竜治が特別棟にある隠しカメラの映像データを調べると言った日の翌日。その日の学校の授業が終わると竜治は、綾小路と櫛田を自分の部屋に呼んで昨日行った調査の結果を報告しようとしたのだが、彼の部屋に訪れたのは綾小路と櫛田の二人だけではなかった。

 

「うわぁ……。凄い数のモデルガンだね」

 

「そうだな。しかも資本企業だけじゃなくて正統王国や情報同盟、信心組織のものもあるぞ。よく揃えたな?」

 

「モデルガンのコレクションは竜治君の数少ない趣味ですからね。昔から少しずつ集めていたみたいですよ」

 

「……なぜ、お前がいるんだ、アリス?」

 

 竜治の部屋の壁には無数のモデルガンが飾られていて、それを見た櫛田と綾小路が言うと本人ではなく何故か呼んでもいないのにここにいる坂柳が答え、坂柳に竜治が話しかける。

 

「そんな冷たいことを言わないでください。DクラスとCクラスのトラブルのことは私も知っています。それを竜治君達がどう対処するか気になりましたし、それに私の『お友達』を紹介したいと思いましたから」

 

「おともだち、ね……」

 

 坂柳の言葉に竜治はそう呟くと、彼女の後ろにいる三人の男女に視線を向ける。学校からの帰り道に綾小路と櫛田と一緒に合流してきた坂柳は、その時からこの三人の男女を連れていた。

 

「あんたが『例の』リュウジくんか? 俺は橋本正義だ。まあ、よろしくな」

 

 竜治に視線を向けられると坂柳の後ろにいる三人の男女のうち、金髪でどこか軽そうな雰囲気の男子生徒が自己紹介をして、それに続いて他の二人も自己紹介をする。

 

「神室真澄よ。色々あって、坂柳と一緒にいるわ」

 

「鬼頭隼だ」

 

「アマダリュウジだ。こちらこそよろしく。……それより『例の』ってどういうこと?」

 

 気の強そうな女生徒と強面の男子生徒の自己紹介を聞いて竜治は名乗り返すと橋本に質問をする。

 

「ああ、坂柳さんはよくお前さんの名前を口にするんでね。それで前から少し気になっていたんだよ」

 

 竜治の質問に橋本が答えると横にいる神室と鬼頭も頷き、坂柳は小さく笑いながら橋本達に話しかける。

 

「ふふっ。それはそうですよ。竜治君は私の大切なパートナーですからね」

 

「……貴女がそこまで言うなんて、彼って一体何者なの?」

 

 坂柳の言葉に興味を覚えた神室が聞くと、坂柳は横目で竜治を見て彼が仕方なさそうに頷くと、神室達に竜治が何者であるかを教える。

 

「竜治はあの雨田電機の社長の長男で、オブジェクト『かみなりぐも』の操縦士なのですよ。そして私は竜治の専属の戦術オペレーターを務めていたりします」

 

『『………!?』』

 

 竜治がオブジェクトの操縦士であると坂柳に知らされた橋本、神室、鬼頭は目を見開いて驚き、橋本はしばし絶句した後で恐る恐るという感じで口を開く。

 

「オブジェクトの操縦士に、戦術オペレーター……? 坂柳さん? それって、マジですか……?」

 

「本当ですよ。それでそこにいる綾小路君はオブジェクトの整備士で、櫛田さんは仕事で竜治君と綾小路君が学校を離れた時にクラスとの連絡役をしてくれてます」

 

「……………!?」

 

 その瞬間、橋本に稲妻が走った。

 

 橋本正義という男は、一見軽そうに見えるが実際はかなり計算高く、人並み以上に出世欲がある。

 

 橋本の目標は最終的にAクラスとなってこの学校を卒業し、Aクラスの卒業生だけが得られる「望む大学や企業に確実に進学か就職できる権利」を得て人生の勝ち組となることだ。坂柳と行動を共にしているのも、彼女が最もAクラスの卒業生に近く、一緒にいれば途中で何らかのおこぼれにあずかれると考えたからである。

 

 そんな橋本の前に現れた雨田竜治というこの男は、全学年でも十人もいない特待生で、大企業の雨田電機の社長の長男で、オブジェクトの操縦士で、まさに橋本が考える勝ち組そのものであった。

 

 もし坂柳だけでなく竜治の庇護も受けれたら、これからの学生生活どころか卒業後の人生も磐石なものになるだろう。そう考えた橋本は……。

 

「リュウジくん……いいや、雨田さん。これからどうぞ、よろしくお願いします」

 

 と、竜治の前に進み出ると深くお辞儀をするのだった。それは直角九十度の綺麗なお辞儀で、橋本の突然な行動に坂柳以外の全員が目を丸くして、竜治は思わず呟いた。

 

「いや……いきなりなにごと?」



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二つの問題

「それで竜治君達は今回のトラブルについてどこまで調べているのですか?」

 

「……それをおしえるまえに一つききたい。今回のけん、Aクラスは関わるつもりはあるのか?」

 

 橋本のあいさつ(?)が終わり坂柳が早速本題に入ると、竜治は探るような目を彼女に向ける。これだけのやり取りで竜治がそれなり大きな情報を掴んでいることを確信した坂柳は笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「いいえ。Aクラスは今回の件は静観するつもりです」

 

「そうか。わかった」

 

 坂柳と竜治の会話を聞いて情報のやり取りをしても大丈夫だと思った櫛田が、昨日の会話を思い出しながら口を開く。

 

「えっと……。確か特別棟の監視カメラのデータを調べるって話だったよね?」

 

「特別棟? 特別棟にはカメラなんてないって聞いたけど?」

 

 櫛田の言葉に神室が言うと、綾小路がそれを否定する。

 

「いや、特別棟には隠しカメラが無数にあった。ご丁寧に集音マイクもセットだ」

 

 竜治は綾小路の言葉に頷くと、昨日自分が何をしたのかを説明する。

 

「きのうオレは『かみなりぐも』の調整をしていた。だからのその合間にがっこうのデータベースにハッキングをして映像データを手にいれた」

 

「データベースにハッキングを作業の合間に? 何か、さらりと凄いこと言ってませんか、雨田さん?」

 

「……」

 

 橋本と鬼頭の二人が若干引いた顔で竜治を見るが、竜治はそれを無視して話を続ける。

 

「でも、それでもんだいがふたつ発生した。……これをみてくれ」

 

 そこまで言って竜治は自分の携帯端末を取り出すと、そこに入力した映像データを再生する。携帯端末の画面に映し出されたのは、特別棟の廊下で言い合う須藤とCクラスの生徒三人が言い合う姿であった。

 

 携帯端末の画面の中ではCクラスの生徒三人は呼び出した須藤を挑発し、それに激怒した須藤がCクラスの生徒達を一方的に叩きのめし、それを見ていた坂柳が笑いを堪えるような表情で口を開く。

 

「あらあら……。これは確かに有力な情報ですけど、諸刃の剣になりそうですね」

 

「そうなんだよな……」

 

 坂柳の言葉に竜治はため息を吐いて頷く。

 

 確かにこの映像データは先に仕掛けたのはCクラスである証拠になるが、同時に須藤が「無抵抗の生徒三人に一方的に暴力を振るった」という証拠にもなる。

 

「いやいや、これって須藤のヤツ、やりすぎじゃね? どっちかって言うと須藤の方が悪者だろ?」

 

 橋本の言う通り、これを審議の場で見せればすぐに決着はつくのだろうが、その場合はCクラスの生徒三人よりも過剰暴力を振るった須藤の方が処罰を受ける可能性が高い。

 

「なるほど。これが二つの問題の一つか。じゃあ、もう一つの問題は何だ?」

 

 綾小路が聞くと、竜治は難しい顔となって黙り、やがてゆっくりと話し出す。

 

「……まずさいしょに、これはスドウくんの件とはかんけいない。だけど、こっちの方がスドウくんの件よりおおごとだ。がっこうのデータベースをハッキング中に、ぐうぜん分かったんだけど、がっこうの敷地内でだれかが外部にれんらくをとっていたのが分かった。……それも、がっこうやかいしゃを通じずに」

 

「っ!?  そうですか……。確かにそれは須藤君の件よりも重要な案件ですね」

 

「え? え? 一体どう言うこと?」

 

 竜治が告げた二つ目の問題に坂柳が目を細めて呟くと、櫛田が訳の分からないと言った風に聞いてきて、坂柳が詳しく説明をする。

 

「この学校は生徒の教育と身柄の安全のために、外部との出入りや連絡は可能な限り最小限としています。それは学校の職員や敷地内にあるお店の従業員も例外ではなく、外部と連絡をする時は学校の事務室か自分の会社を経由するのが原則。違反者は即時退職を言い渡された上に情報漏洩の罪に問われることもあります。そして竜治君の言う通り、その原則を破って直接外部に連絡を取る人がいたとしたら……」

 

 坂柳はそこまで言うと一度言葉を切り、冷たい目となって続きを口にする。

 

「その人は学校のスポンサーとは別の企業のスパイ。最悪は企業テロの可能性があります」



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企業戦士リュウジ

 竜治は坂柳達との会話があった日から数日間、須藤の件について更に詳しい情報を調べると同時に、学校や会社を通さずに外部と連絡を取りあっていた人物について調査をした。その結果、外部と連絡を取りあっていた人物は坂柳の予想通り、企業テロの協力者であることが分かった。

 

 企業テロの協力者は、学校の敷地内にある一つの店の男性従業員だったのだが、彼は重度のストーカーであったのだ。

 

 従業員は以前から一人の女性に強い執着を見せており、その女性が今年の高度育成高等学校の新入生として入学すると知ると狂喜乱舞して、次第に女性を自分だけで独占したいと考えるようになる。そこで企業テロのグループは従業員に次のような取引を持ちかけた。

 

 建物等の学校の敷地内のデータ、そしてお前が手に入れられる店の顧客データを全て寄越せば、目当ての女性を手に入れる援助をしてやる、と。

 

 学校から生徒を誘拐すればすぐに発覚して必ず大騒ぎになり、とてもではないが一介の店の従業員程度が集められるデータでは釣り合いが全く取れない。企業テロのグループも実際にまともな援助をするつもりはなく、従業員が女性が拐ったところでその事実を世間に公表し、学校とそのスポンサーの評判を貶める「嫌がらせ」程度の目的であった。

 

 この程度の嫌がらせは資本企業では……いいや、どの勢力のどの国々でも普通に行われていて、従業員は企業テロの取引に応じた。その際に従業員が行った連絡の通信電波を、学校のデータベースへハッキング中だった竜治が感知したのである。

 

 

 

「まったくふざけやがって……!」

 

 現在、竜治は学校の敷地内にある一つの店の前に立っていて、怒りを押し殺した声で呟いた。

 

 ちなみ竜治の近くにはいつも一緒にいる綾小路、そして櫛田の姿はなかった。今日は生徒会の立ち会いのもとで行われるDクラスとCクラスの審議が行われる日であり、綾小路と櫛田の二人は須藤の弁護のために、彼と一緒に審議が行われる教室に行っていた。

 

 審議の結果は気にはなるがそれ程心配はしていなかった。この数日間、情報収集をすると同時にもう一回学校のデータベースにハッキングをした竜治は、特別棟の映像データとは別の事件に関係するデータを発見して綾小路に渡してある。彼ならばその二つのデータを上手く活かして審議も有利に進めてくれるだろう。

 

 だから竜治は目の前の問題に集中することができる……いや、この問題以外気にする余裕などなかったという方が正しかった。何故ならば、企業テロに協力している従業員が勤めている店の看板には次のような文字が書かれていた。

 

 アマダデンキ。

 

 そう、企業テロに協力している従業員が勤めているのは、竜治の実家の企業、雨田電機の支店の一つであったのだ。もし今回の生徒の誘拐が実行されれば、学校とそのスポンサーの企業よりも先に雨田電機の評判が下がるのは明らかだ。

 

「ストーカーにゆうかい……? そんなことをして『あまだでんき』の株がさがったらどうしてくれるんだ?」

 

 資本企業は、情報の速さと正確さを何よりも重視する情報同盟程ではないが、企業の情報には常に目を光らせている。そんな中で末端の一従業員とは言え、ストーカー目的で企業テロに協力したという事実は大きな汚点となる。

 

 竜治は実家の雨田電機、そしてそこで働く従業員のことを大切に思っている。だからこそ今回の従業員の裏切り行為は許せず、先程から竜治が怒りに燃えているのもこれが理由であった。

 

「2、3発はなぐってもべつにいいよな?」

 

 右手を固く握り締めながら竜治は、実家の支店に向かって歩いて行く。

 

 調査の結果、今支店にいるのは裏切り者の従業員だけだと言うのは分かっている。だから従業員を捕らえるには、エリートになる訓練で身体能力を強化してある自分だけで充分だと、坂柳だけでなく学校からも了解をとってある。

 

 今、企業戦士リュウジの戦いが始まろうとしていた。



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制裁

 アマダデンキの店の入り口には「出張整備につき従業員が外出しています」という看板がかけられていた。

 

 しかし企業テロに協力している裏切り者の従業員が店内にいることを知っている竜治は、看板を無視して雨田電機関連の施設に使用されているセキリュティを解除するマスターキーで扉を開けて店内に入る。店内ではスピーカーからコマーシャルの歌や音楽が聴こえてくるが、注意深く観察すれば店の奥から人の気配が感じられた。

 

 竜治が腰のポケットに入れてあるものの感触を確認してから店の奥へ進もうとすると、一人の男が店の奥から慌てて出てきた。

 

「い、いらっしゃいませ! す、すみません。今帰って来たばかりでして」

 

 店の奥から出てきて見え見えの嘘をつきながら愛想笑いを浮かべる中年の男。彼こそが企業テロに協力した裏切り者であり、中年の男がアマダデンキの社員の制服を着ているのを見て、竜治は自分の怒りが一段階上がったのが理解できた。

 

「あ、あの……? それで何の御用でしょうか?」

 

「じしゅ」

 

 中年の男の言葉に竜治は自分の要求を短く伝える。

 

「は? それは一体……?」

 

「おまえが企業テロに協力したこと分かっている。……じしゅすれば、アマダデンキの株もさがらないし、おまえの罪もすこしはかるくなると思う。だからじしゅしろ」

 

「………!?」

 

 竜治の言葉に中年の男は顔を瞬時に白くして凍りついたように動きを止めるが、やがてぎこちない動きで口を開く。

 

「は、は……。な、何のことでしょうか?」

 

「……」

 

「っ!? お、おい!」

 

 引き攣った笑みで誤魔化そうとする中年の男だが、竜治はそれに付き合おうとせず、素早い動きで中年の男を振り切り店内に入っていく。そして店の奥にある倉庫に行くと、そこには学校の制服を着た女生徒が床に眠っており、彼はその女生徒に見覚えがあった。

 

「サクラさん……」

 

 佐倉愛里。

 

 竜治と同じ一年D組の女生徒で、同級生達には知られていないが「雫」という名でネットアイドルをしていて、それが原因で今回の事件に巻き込まれたのであった。

 

「……よかった。ねむっているだけか」

 

「雫ちゃんから離れろぉ!」

 

 竜治が佐倉の首に手を当てて無事を確認していると、中年の男が血走った目で襲いかかってきた。しかし竜治はそれを予想していたのかポケットに入れていたもの、自室に飾っていた拳銃タイプのモデルガンを取り出すと、その銃口を中年の男へ向けてためらうことなく引き金を引いた。

 

 パシュ! パシュ!

 

「ぎゃあああっ!?」

 

 モデルガンの引き金を竜治が引いた瞬間、中年の男の両足から小さな穴が空いて血が噴き出し、突然の激痛に中年の男が悲鳴を上げて床にのたうち回る。そんな中年の男に竜治は冷たい目を向けて言う。

 

「あんしんしろ。弾は植物素材をつかった自然分解するもので、からだに害はない」

 

 竜治の部屋に飾ってあるモデルガンはそのほとんどが単なる観賞用だが、一部には改造したモーターなどを内蔵して至近距離なら人を殺傷できる威力を持っている。日本はこの世界で唯一、一般人の銃器の所持を禁じている国であり、その学校で万が一のことが起こった時に備えて彼は改造モデルガンを用意していたのだった。

 

「痛い! 痛いぃっ! 何で俺がこんな目にぃ!?」

 

「なんでじゃねぇよ」

 

 パシュ! パシュ!

 

「ああああああっ!?」

 

 床にのたうち回りながら泣き言を言う中年の男に、竜治がモデルガンの引き金を二回引くと、中年の男の尻に穴が二つ空いて更なる悲鳴が上がる。

 

「ストーカーにゆうかいは立派なはんざいだ。しかもサクラさんは『おきゃくさま』なんだろ? おきゃくさまに被害をだすなんて、人としてもアマダデンキのしゃいんとしても失格だ」

 

 見れば佐倉の側にはピンク色のデジカメが落ちていた。調べた結果、佐倉は最近壊れたデジカメの修理をこの店に頼んでおり、彼女は今日デジカメの修理が完了したという連絡を受けて店に来たところを眠らされたのである。

 

「な、何が失格だ! 俺は! 俺は雫ちゃんとの愛を貫いただけ……!」

 

 パシュ!

 

「おぎゃああっ!」

 

 中年の言葉の途中で竜治がモデルガンの引き金を引き、中年の男の言葉が悲鳴に変わる。尻の穴を一つ増やした中年は、痛みのあまり失禁して股間を濡らし、それを汚物を見るような目で見ながら竜治は口を開く。

 

「だまれ。おまえが愛とかほざくな。こんどはその舌にかざあなを空けてやろうか……ん?」

 

 そこまで言って竜治が中年の男にモデルガンを持っていない方の手を伸ばそうとした時、店内に中年の男を捕らえに来た学校の警備員達がやって来た。

 

「……ざんねん。まぁ、ここは仕方がないか」

 

 竜治は中年の男を学校の警備員達に任せることにすると、自分は未だに意識を取り戻さない佐倉の介抱をすることにした。



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報告

「……というわけだ」

 

 ストーカー目的のために企業テロに協力をした従業員を学校の警備員に引き渡してから数時間後、竜治は自室に集まった者達に自分が何をしていたのか説明した。

 

 現在竜治の部屋にいるのは、竜治と今回の事件の被害者である佐倉、綾小路と櫛田、そして坂柳とその付き添いで来た橋本と神室に鬼頭の合計八人。竜治の説明を聞いて櫛田が驚いた顔となって佐倉に話しかける。

 

「そんなことがあったなんて……。佐倉ちゃん、気づかなくてゴメンね。大丈夫だった?」

 

「は、はい。雨田君が助けてくれたから大丈夫です」

 

 佐倉は人と話すのがそれ程慣れていないのか、自分の心配をしてくる櫛田に少しためらい気味に返事をする。その様子を見ると、とても彼女がネットアイドルをしているとは思えなかった。

 

「だけど雨田? お前が佐倉を助けたのは分かったけど、何で彼女をここに連れてきたんだ?」

 

「……それは、かのじょがこれからオレ達といっしょに行動するからだ」

 

 竜治が佐倉をここまで連れ来た理由を言うと、坂柳が更に詳しく説明をする。

 

「今回の件は末端の社員とは言え雨田電機の不祥事です。ですから佐倉さんが助けられた後、雨田電機は彼女本人とご家族に謝罪すると、彼女に専属の戦場アイドルにならないかと提案をしたのです」

 

「戦場アイドル!? そんなのストーカーに狙われるより危ないじゃない!」

 

 坂柳の言葉に神室が焦った顔となって言うと、それに竜治が首を横に振る。

 

「大丈夫だ。戦場アイドルといっても、あんぜんな基地やオブジェクトの側でさつえいをして、おわったらすぐに帰るからずっと安全だ」

 

「竜治君の言う通りです。それに佐倉さんが雨田電機専属のアイドルになれば、社員を守るという名目で彼女と彼女の家族を守る人員を送れますから」

 

 竜治の言葉に続いた坂柳の説明に、当事者である佐倉を含めたこの場にいる全員が納得した表情となる。つまり戦場アイドルというのは佐倉への謝罪として護衛をするための名目というわけだ。

 

「でも私としては佐倉さんには期待しているのですよ? 調べてみましたら、ネットアイドルの雫は個人で活動しているアマチュアながらプロ並の人気があり、ブログの再生数が情報同盟のアイドルエリートを上回ったこともあるとか」

 

『『……………!?』』

 

「え? そ、そんなことは……」

 

 笑みを浮かべながら坂柳が言うと、綾小路達が驚いた顔で佐倉に注目して、注目された佐倉が赤くなった顔を下に向ける。

 

「とにかく。そんなわけでサクラさんはオレ達といっしょに行動することになった。……サクラさん、これからよろしく」

 

「は、はい! こちらこそ、お願いします!」

 

 竜治が頭を下げて言うと佐倉も慌てて頭を下げる。

 

 こうして佐倉、ネットアイドル雫は雨田電機のオブジェクト「かみなりぐも」の活動を宣伝する戦場アイドルになり、それを見た正統王国の不良軍人二人が鼻息を荒くし、情報同盟のアイドルエリートが戦慄の表情となったのだが、それはまた別の話。

 

「……それでそっちは? スドウくんはどうなったんだ?」

 

 佐倉の話がひと段落つくと、竜治は今日行われたDクラスとCクラスの審議について綾小路と櫛田に聞く。

 

「うん。それはバッチリ。須藤君はお咎め無しで終わったよ」

 

「雨田からもらった二つのデータが役に立ったな」

 

 竜治の質問に櫛田と綾小路が揃って頷く。

 

 DクラスとCクラスの審議の場で、綾小路は竜治から貰った二つのデータを、その場にいる全員に見せた。

 

 一つは特別棟での須藤とCクラスの生徒達が騒ぎを落とした時の映像データ。そしてもう一つは、騒ぎの後にCクラスの生徒達が、特別棟とは別の場所である人物と会っていた映像データだった。

 

 Cクラスの生徒達が会っていたのは、同じCクラスに所属しているクラスのリーダーと言える生徒で、Cクラスの生徒達はリーダーに上手く須藤を挑発して手を出させたことを報告していた。

 

 これにより今回の騒ぎはCクラスが先に仕掛けた計画的な行動だと分かったのだが、須藤が命令されていたとはいえ一切抵抗をしなかったCクラスの生徒達に過剰な暴力を振るったのも確かなので、両者共に厳重注意という結果で審議は終わったのである。

 

「そうか。それはよかった……」

 

 綾小路と櫛田の話を聞き、ようやく肩の荷が降りたといった表情で竜治が呟くと、そこに坂柳が話しかけてきた。

 

「お疲れ様です、竜治君。またすぐ大変になりますから、ゆっくり休んでおいてくださいね」

 

「? どういうことだ? しばらくはしごとの予定なんてないはずだけど?」

 

 竜治が怪訝な表情となって坂柳に聞くと、彼女は今気づいたという顔となる。

 

「そういえば竜治君にはまだ言っていませんでしたね。竜治君は『ビッグ・シルエット・ツアー』について知っていますか?」

 

 ビッグ・シルエット・ツアーとは資本企業……というか日本が一年に一度主催する豪華旅行のことであり、豪華客船を四機のオブジェクトで護衛しながら旅行をすると言う、世界で最も安全で旅行として知られている。この話題性から世界中の富豪や貴族がビッグ・シルエット・ツアーの参加を望んでいるのだが、「ある理由」により日本が選んで招待した者達しか参加できず、それが更にこの旅行を有名にしていた。

 

「ああ、それはしっているけど、オレと何のかんけいがあるんだ?」

 

「今年のビッグ・シルエット・ツアーに参加するのは高度育成高等学校の一年生徒に決まり、そして護衛するオブジェクトの一機に『かみなりぐも」が選ばれました」

 

『『…………………!?』』

 

 坂柳が言葉に部屋にいる全員が驚き絶句した。



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旅行の始まり

 豪華武装客船アメノトリフネ。

 

 船内には一流のレストランに演劇が楽しめるシアター、プールや様々なアミューズメント施設、高級スパまで完備。更には乗客の安全を守るための武装も備えており、極め付けは複数のオブジェクト運搬して簡単な整備をするための機能もある、テクノロジー大国と呼ばれる日本ならではの多くの機能を一つにした、今回の旅行のために建造された船。

 

 ビッグ・シルエット・ツアー。

 

 四機のオブジェクトによって護衛された世界で最も安全な旅行として知られ、戦争の代名詞であるオブジェクトを近くで見られるということで、毎年様々な国から参加の申し込みが来ている。しかし国家機密の塊であるオブジェクトを調べようとするスパイを近づけないために、主催した企業が厳選した者達しか参加することができない。

 

 そして今年のビッグ・シルエット・ツアーには高度育成高等学校の一年の生徒一同も参加しており、その中には竜治も当然含まれているのだが……。

 

 

 

「むなしい……」

 

 竜治は自身のオブジェクト「かみなりぐも」のコックピットの中で呟いた。

 

 竜治のオブジェクト「かみなりぐも」は今回の旅行で豪華客船を護衛する四機のオブジェクトの一機で、当然ながら竜治は船が航行中の間はオブジェクトに乗って操作をしなければならない。夕方からは船も止まりオブジェクトのエリート達も自由時間となるのだが、それまで周囲を警戒しながら普段の戦闘とは比べ物にならないくらいの低速で移動をして、豪華客船で乗客達が楽しそうに遊んでいるのを見せられるのは中々に苦痛であった。

 

 豪華客船の方に視線を向けると、学校の生徒達が他の乗客に混じって豪華客船の施設を堪能しており、「かみなりぐも」のモニターが同じクラスの櫛田がプールで遊んでいたり、須藤達が一流レストランに入って行く姿をご親切にズームで見せてくれて、それがたださえ低かった竜治のテンションを更に低くした。

 

「いや、わかってるよ? オレは『特待生』だから、会社からのめいれいがあれば、そっちを優先しないといけないことくらい。だけどこれはちょっと……ん?」

 

 死んだ魚のような目となって愚痴を言う竜治だったが、そこで彼は豪華客船の通路で綾小路を発見する。綾小路は戸惑いと怒りが混じった複雑な表情を浮かべており、彼の視線の先には一機のオブジェクトの姿があった。

 

 そのオブジェクトは、機体の右側に横の長さだけなら本体よりも大きな、巨大な四門の砲身を束ねたガトリングガンみたいな武装を装備していて、竜治はその特異な形状を見てオブジェクトのコードネームを初めとする情報を思い出す。

 

「あれは……『いなずま』か」

 

 第二世代型オブジェクト「いなずま」。

 

 下位安定式プラズマ砲の運用に特化したオブジェクトで、主砲は機体の右側にある回転連射型下位安定式プラズマ砲。一度発射する度に特殊ガスと膨大な量の電力を充填しなければならない下位安定式プラズマ砲を、一門の砲で撃っている間に他の砲が特殊ガスと電力を充填することで、絶え間無く撃ち続けることができる強力なオブジェクトである。

 

 そして「いなずま」を建造して所有している企業の名は「綾小路財閥」。綾小路が忌み嫌っている実の父親の企業であった。

 

「このりょこう……何もなければいいんだけど」

 

 竜治は「いなずま」を見てため息混じりに呟いた。

 

 

 

 

 

【いなずま】

全長…80M(本体は50M)

最高速度…時速420キロ

装甲…2センチ厚×600層

用途…対オブジェクト撃退兵器

分類…水陸両用第二世代

運用者…綾小路財閥

仕様…エアクッション式推進システム

主砲…回転連射型下位安定式プラズマ砲

副砲…下位安定式プラズマ砲、特殊ガス弾発射装置

コードネーム…いなずま(下位安定式プラズマ砲の運用に特化した機体であることから。「正統王国」でのコードネームは「サンダーリボルバー」)

メインカラーリング…緑



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レストランでの会話

「はぁ……。なんか、いっきにつかれたな……」

 

「お疲れ様」

 

「お、お疲れ様です」

 

「お疲れ様だね、雨田君。でもオブジェクトを動かしているだけで、そんなに大変じゃなかったんじゃないの?」

 

 夕方。ようやく船が止まり、オブジェクトのエリートにも自由時間がきて、船内の通路を歩きながら竜治が言うと綾小路と佐倉が彼を労い、櫛田も労ってから疑問を口にする。

 

「精神的につかれたんだよ。周りをけいかいしながらゆっくりオブジェクトを進めて、その間にじょうきゃくがこちらをカメラで撮って、センサーがそれを感知して……。きが休まるひまがなかった」

 

「あはは……。それは大変だったね」

 

(まぁ、一番きになったのは『あやのこうじざいばつ』のオブジェクトだったけどな)

 

 苦笑をする櫛田の声を聞きながら竜治は心の中で呟く。

 

 護衛役としてビッグ・シルエット・ツアーに参加している四機のオブジェクトは、豪華客船の前方と後方の左右にそれぞれ一機ずつ専用の艦橋で繋がっている。

 

 そして竜治の「かみなりぐも」は豪華客船の前方の右側、綾小路財閥のオブジェクトの「いなずま」は後方の右側に繋がっていた。そのためオブジェクトを乗っている時の竜治は、いつ「いなずま」がこちらへ砲撃をしてくるか気が気ではなかったのである。

 

「まあ、そんな雨田のために早めの夕食にしよう」

 

 綾小路も、自分の父親が送り込んできたオブジェクトが気になるはずなのに、それを表に出すことなく先導して通路を歩いていき、竜治達もその後ろについていく。

 

 竜治達がやって来たの豪華客船の船内にあるレストランだった。レストランには同じ学校の生徒達だけでなく他の乗客の姿もあり、店内の落ち着いた上品な雰囲気に竜治達は思わず感心する。

 

「うわぁ……! 凄いね。私、こんなお店初めてきた」

 

「おい。お前ら、Dクラスだろ?」

 

 櫛田が感動したような声を上げると、先にレストランの席についていた学校の男子生徒が立ち上がって竜治達に話しかけてきた。しかしその生徒はこちらを見下すような表情を浮かべていて、とてもではないが友好的には見えなかった。

 

「おい。弥彦、やめろ」

 

 同じテーブルに座っていた禿頭の男子生徒が止めるが、弥彦と呼ばれた男子生徒は聞こえていなかったようでそのまま竜治達に向かって話し出す。

 

「ここはお前達みたいなバカしかいない不良品がいていい場所じゃないんだよ。さっさと出て行って、適当な店でジャンクフードでも食って「ちょっとよろしいでしょうか?」……え?」

 

 弥彦の言葉の途中で、綺麗な発音の「正統王国の言葉」が割り込んできた。弥彦と竜治達が声が聞こえて来た方を見ると、そこには青いドレスを着た金髪のいかにも「貴族」という雰囲気の女性が立っていた。

 

「貴方……。もしかしてリュージ・アマダといいませんか?」

 

「あっ、ハイ。そうですけど……あなたは?」

 

『『………!?』』

 

 金髪の女性に話しかけられた竜治が返事をすると、レストランにいる学校の生徒が驚いた顔となって竜治の顔を見る。しかし金髪の女性と竜治はそれを気づかずに会話を続ける。

 

「わたくしの名前はアズライフィア=ウィンチェルといいます。ウィンチェルという家名に聞き覚えは?」

 

「ウィンチェル……もしかしてヘイヴィアさんのごかぞくの方ですか?」

 

「ええ。妹ですわ」

 

 金髪の女性、アズライフィアの家名を聞いて竜治が、オセアニア軍事国で一緒に戦った正統王国の「貴族」出身の軍人の顔を思い出して聞くと、彼女は胸を張って答えた。

 

「オセアニア軍事国での戦い。そしてその直後に我が正統王国で起こった内乱。そこで貴方には兄様が助けられたと聞きました。ですから貴方には一度会ってお礼を言いたいと思っていましたの」

 

「いえ、オレはたいしたことはしていませんよ。ほとんどヘイヴィアさんとクウェンサーさんが主導でしたし、オレはそのてつだいをしただけです」

 

 竜治がアズライフィアの言葉に首を横に振って答えると、彼女は興味深そうな表情となって彼を見る。

 

「そうですか……。それで兄様は勇敢に戦っていましたか?」

 

「はい。ヘイヴィアさんもクウェンサーさんも勇敢すぎるくらい勇敢でした。というより、勇敢でなかったらなまみでオブジェクトにいどもうなんてしませんよ」

 

「ふふっ。それもそうですわね」

 

 アズライフィアは自分の質問に即答した竜治に嬉しそうに笑うと彼を見る。

 

「また機会があれば兄様がどの様に戦っていたか聞かせてくださいね。それではごきげんよう」

 

 そう言うとアズライフィアは後ろに控えていた眼帯をしたメイドと一緒にレストランを出ていった。その後ろ姿を見送ってから竜治は小さく息を吐いた。

 

「ふぅ……。ヘイヴィアさんって、あんないもうとさんがいたんだね。すごい美人だったね……って、アレ?」

 

 綾小路に話しかけようとした竜治は、綾小路以外のレストランにいた学校の生徒達が驚いた顔で自分を見ていることに気づいた。

 

「皆、どうしたの?」

 

「あ、雨田君って、英語話せたんだね……?」

 

「英語? 今のは正統王国言語だけど?」

 

 竜治は櫛田の言葉を訂正しながら、何故皆が驚いた顔をしているのか内心で首を傾げる。

 

 レストランにいる学校の生徒達のほとんどが驚いているのは、竜治とアズライフィアの会話が理由だった。

 

 あの時、竜治とアズライフィアは話していたのは日本語ではなく正統王国で使われている言語。そして学校の生徒のほとんどは、正統王国言語どころか日本が所属している資本企業の公用語である英語も満足に話せず、流暢に正統王国言語を操った竜治の姿が異様に見えたのだった。

 

「それでいったい何かよう?」

 

「えっ!? あ、いや……な、何でもねぇよ……」

 

「?」

 

 竜治が弥彦に声をかけると、呆然と竜治とアズライフィアの会話を聞いていた弥彦は、すっかり気持ちをくじかれて自分が座っていたテーブルに戻り、それを見て竜治は訳が分からないという顔となった。



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特別試験

「ええ……? ウィンチェルって、すごい名家じゃないか?」

 

 自身のオブジェクト「かみなりぐも」のコックピットで調べ物をしていた竜治は、調べた結果に思わず呟いた。

 

 竜治が調べていたのは昨日レストランで会話をしたアズライフィアのウィンチェル家のことで、調べてみればウィンチェル家は「正統王国」の基盤となった王家が復古した頃から付き従ってきた、正統王国でも指折りの大貴族であった。

 

「アズライフィアさんがいいひとでよかった……」

 

 正統王国の貴族には、王族や貴族でない者を人として扱わない者も少なくない。昨日は一応は敬語だったが、特に態度を咎められなかったことに竜治は内心で胸を撫で下ろした。

 

 そして竜治がウィンチェル家について調べていたのは好奇心もあるが、実際の理由は「現実逃避」であった。

 

「……」

 

 調べ物が終わり、いい加減現実に帰ってきた竜治が右側のモニターを見ると、そこには豪華客船ではなくどこかの島で「かみなりぐも」の前に整列している高度育成高等学校の一年生徒の姿があった。

 

 生徒達の前にはそれぞれのクラスを担当する教師四人が横に並んで立っていて、その隣には坂柳も立っていた。

 

『……』

 

 竜治がモニターを見ていると坂柳が「かみなりぐも」に振り返り、楽しそうな笑みを浮かべた。まず間違いなく彼女はオブジェクトの中にいる彼が今どんな表情を浮かべているか予想がついているのだろう。

 

「アリス……あとでおぼえてろよ……」

 

 モニターの中で自分を笑ってくるパートナーに、竜治はそう言うことしかできなかった。

 

 

 

 話は少し遡り、豪華客船の旅を楽しんでいた学校の生徒達は突然の放送で集められると小型艇でこの島まで運ばれて、「かみなりぐも」も生徒達の護衛という名目で一機だけで同行したのだった。

 

 そして島の港に横向きで着けているオブジェクトを背にして、四人の教師の一人が拡声器を使って生徒達の話しかける。

 

「Aクラス担任の真嶋だ。今日、この場所に無事につけたことをまずは嬉しく思う。それではこれより、本年度最初の特別試験を開始する」

 

「と、特別試験!?」

 

 真嶋の言葉に生徒達から戸惑いの声が上がるが、真嶋はそれに構うことなく僅かに間を置いてから特別試験の説明をする。

 

「期間はこれより一週間。八月七日の正午に終了となる。君達にはこれから一週間、この無人島で集団生活して貰う。また、この島はオブジェクトのベースゾーンとして利用するために複数の企業が合同で開発した島であるので安全であることは保証しよう」

 

「無人島で生活って……この島で、寝泊まりするってことですか?」

 

 生徒の一人から出た意見に真嶋は一つ頷いてから答える。

 

「その通りだ。その間君たちは寝泊まりする場所はもちろん、食料や飲料水に至るまで、全て自分たちで確保することが必要になる。試験実施中、正当な理由がない限り乗船は許されない。試験開始時点で、各クラスにテントを初めとする最低限の生活用品を支給する。受け取りは各クラスの担任に願い出るように」

 

『『………』』

 

 真嶋の説明に生徒達が再びざわめき出すが、それを予測していた真嶋は付け加えるように生徒達に話しかける。

 

「特別試験と言っても深く考えなくていい。この試験のテーマは『自由』。君達はこの一週間、何をしようと自由だ。海で泳いだり、バーベキューをしたり。キャンプファイヤーで友と語り合うのもいいだろう」

 

「試験なのに……自由? 一体どういうこと?」

 

 突然「自由」と言われて、試験だと身構えていた生徒達が混乱し始める。

 

「この無人島における特別試験では、まず試験専用のポイントを全クラスに300ポイント支給する。そして今から配布するマニュアルには、そのポイントで購入できる物のリストが載っている。食料や水のみならず、バーベキュー用の機材や無数の遊び道具なども取り揃えている」

 

「つまりその300ポイントで欲しいものがなんでも買えるってことですか?」

 

「そうだ」

 

 生徒の一人の質問に真嶋が答えると、生徒達の顔に安堵の色が見え始めるが、そこに真嶋が新たな情報を与えてきた。

 

「またこの特別試験終了時、各クラスに残ったポイントをそのままクラスポイントに加算されて夏休み明け以降に反映する」

 

『『………!?』』

 

 真嶋の言葉に生徒達に緊張が走る。クラスポイントがこれから学校生活に大きく影響されるこの学校で今の発言は無視できる物ではなかった。

 

「今からマニュアルを配布する。紛失の際は再発行も可能だが、ポイントを消費するので確実に保管しておくように。そして試験中に体調不良などでリタイアした生徒がいるクラスは30ポイントのペナルティを受ける。それで最後に……」

 

「ま、待ってください!」

 

 真嶋が説明している途中で、何かに気づいた生徒の一人が手を挙げて意見をするが、その生徒の顔を心なしか青ざめていた。

 

「先生はさっき、この島はオブジェクトのベースゾーンだって言いましたよね? それってつまり、この島って戦場に近いってことなんじゃないですか?」

 

『『………!?』』

 

 生徒の言葉に、他の生徒達が試験とは別に緊張した表情となり真嶋の方を見る。しかし真嶋は特に慌てた様子もなく返答をする。

 

「確かに君の言う通りだ。ここから数十キロと進めば、そこはもう戦闘区域で『安全国』の戦闘禁止のルールは適用されない。もしかしたら無断で武装勢力がここへ侵入してくる危険もあるかもしれない。……だがこの島にはオブジェクトがある。このオブジェクトが守ってくれる限り、武装勢力が近づくはずはない」

 

 真嶋が背後にあるオブジェクト「かみなりぐも」を振り返って言うと、生徒達もオブジェクトの巨体を見て安心する。戦争の代名詞であるオブジェクトが守る島に、ライフルや携行型ミサイルで武装した程度の海賊がやって来ても単なる自殺行為でしかないと言うことは、戦争を知らない学校の生徒達も充分に理解しているからだ。

 

「加えて言えば、このオブジェクトを操縦しているエリートは君達と同じ、高度育成高等学校の一年だ。同じ学校の生徒を守るために尽力をしてくれるだろう」

 

『『……………………!?!?!?』』

 

 オブジェクトの操縦士が、自分達と同じ学校の、しかも同じ学年の生徒。

 

 真嶋からもたらされた情報に、生徒達は今日一番の驚きを覚えた。

 

「出て来なさい」

 

 オブジェクト「かみなりぐも」の出入口は球体の本体の右側にあり、現在教師と生徒達に見える位置にある。

 

 真嶋が言うと出入口を塞ぐシャッターが開き、操縦者であるエリートが乗った操縦席が出てきた。そしてエリートは、操縦席から機体のすぐ側にあるタラップに移り、タラップのエレベーターを使って地面に降りると教師達の隣に立つ坂柳の横に立つ。

 

 オブジェクト「かみなりぐも」のエリートは、黒を基調としたライダースーツのような特殊スーツを着ており、生徒達の前に立つとヘルメットを取ってみせた。ヘルメットの下には一年Dクラスの生徒がほとんど毎日見ている男子生徒の顔があった。

 

「一年Dクラスの雨田竜治君。彼はオブジェクト『かみなりぐも』の操縦士をしている」

 

 竜治を紹介する真嶋の声が真夏の空に響き渡った。



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特殊ルール

 驚愕。

 

 竜治を見る学校の生徒達の感情はその二文字につきた。

 

 学校の生徒達は皆、信じられないという表情で竜治を見ており、それに対して彼は何とか表向きは平静を保っていたが、頬には冷や汗が一筋流れている。

 

 戦争の代名詞であるオブジェクトのエリートはどの国でも注目を集めており、竜治も今まで何度も外国のニュースの取材を受けたことがあるが、身近にいる大勢の人間に注目されるのは少し勝手が違っていたのだった。

 

 竜治が何とか内心の動揺を表に出さないように努力していると、真嶋は次に坂柳を生徒達に紹介する。

 

「次に一年Aクラスの坂柳有栖君。彼女はオブジェクトの戦術オペレーターを務めている」

 

「……」

 

 真嶋に紹介された坂柳は静かに頭を下げる。こちらは竜治と違って、同じ学校の生徒達の注目を集めても全く動揺していないのが見ただけで分かる。

 

(……きっとアリスのハートはオブジェクトの『オニオンそうこう』より頑丈にちがいない)

 

「……」

 

 竜治が坂柳を横目で見ながらそう考えていると、彼女が微笑みを返してきた。どうやら坂柳の視線や悪意を感じ取る感覚は、オブジェクトの対空レーダー並みらしい。

 

「さて、それで最後に。今年の特別試験には二名のオブジェクトに深く関わっている生徒がいることから、本来のルールとは別の新しいルールを設けた。このルールは雨田君と坂柳君の二人にのみ適用される『特殊ルール』だ。……二人共、後これを読んでおくように」

 

 そこまで言うと真嶋は竜治と坂柳にそれぞれファイルを一冊ずつ手渡すと、拡声器を使って生徒達に話しかける。

 

「それでは試験開始!」

 

(はぁ……。なんだかいきづらいな……)

 

 特別試験が始まって生徒達が行動を開始したのを見て、竜治も自分のクラスに向かうのだが、何故だか気が重くその足取りは重かった。

 

 

 

「雨田! お前、オブジェクトのエリートってマジかよ!? 何で言わなかったんだよ!」

 

 竜治がDクラスの元へ向かうと、案の定クラスメイトに取り囲まれて、池が皆の意見を代表するように大声を出した。

 

「いや、きかれなかったし……。それに、あの時エリートだといってもウソだといわれるだろ?」

 

「えっ? な、何でそこで俺を見るんだよ!?」

 

 そこで竜治は入学式の自己紹介の時にオブジェクトのエリートだと嘘を言った山内を見るが、当の本人はその時のことをすっかりと忘れているようだった。

 

「なぁ? お前、いつからオブジェクトに乗っていたんだ? てか、エリートなんてどうやったらなれんだ?」

 

 普段はあまりクラスの会話に参加しない須藤も、オブジェクトには興味があるのか竜治に質問をして、他の生徒も興味を持って竜治を見る。

 

「オレは12のときからオブジェクトに乗っていたよ。それでエリートは、基本的にオブジェクトをつくる企業にスカウトされて、そこから長期間くんれんしないとなれないな。オレは6さいのときから6年間くんれんをしてきた」

 

「訓練? やっぱり特別な筋トレとかか?」

 

「きんりょくトレーニングもするけど、オブジェクトの高速戦闘にたえるための肉体改造がメインだね。オブジェクトは高速戦闘をしたらすさまじい(重力)がかかるから、普通のひとだったら最悪それだけで死んでしまうからね」

 

「お、おおう……。そ、そうか。やっぱりスゲェんだな、エリートって……」

 

「そんなことよりも」

 

 須藤が竜治の言葉にやや引き気味に言うと、突然何故か若干苛立った様子の堀北が割り込んできた。

 

「雨田君。貴方、さっき真嶋先生からファイルをもらったわね? それって真嶋先生が言っていた貴方と坂柳さんだけの『特殊ルール』についてでしょ? それを先に教えてくれない?」

 

「え? ああ、わかったよ」

 

 どこか不機嫌そうな堀北の態度に、竜治は内心で首を傾げながらも真嶋から手渡されたファイルに目を通し、最初にあった文章を見て思わず声を出した。

 

「……このしまにある、オブジェクトのベースゾーンの限定的使用許可?」



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悪趣味な試験

「ベースゾーンの使用許可って、どういうこと?」

 

「ちょっとまって」

 

 櫛田からの疑問に竜治はファイルを読みながら答える。

 

「このしまにあるベースゾーンはほんらい立入禁止エリアで、もし入って5ふん以内にでていかなかったら、その生徒は試験失格となって船にもどされる上に試験専用の300ポイントから50ポイントひかれるらしい」

 

「試験失格にマイナス50ポイントって、ちょっと厳しすぎないか?」

 

 竜治の説明にDクラスの生徒の一人が言うが、竜治は特に厳しくないと思っていた。

 

 オブジェクトのベースゾーンは軍にとって最も重要な場所であり、無断で侵入しようとする者がいれば問答無用で銃殺されても文句は言えないだろう。しかしクラスメイト怖がらせたくない竜治はその事は言わず、説明を続けることにした。

 

「だけどオブジェクトのエリートと戦術オペレーターのオレとアリス、そしてオレとアリスがそれぞれえらんだ10人の生徒は、じゆうにベースゾーンを使ってもいいみたいだ」

 

 そこまで言って竜治はファイルのあるページを開いてそれをクラスメイト達に見せる。彼が開いたページはベースゾーンにある建物の内部の写真で、この島に来るまで乗っていた豪華客船には及ばないが、ちょっとした高級ホテル並の設備が揃っていた。

 

 軍の設備なのに慰安系の設備が揃っているのは、完全PMC(民間軍事会社)制で会社の側面が色濃く出ている「資本企業」軍ならではだろう。

 

「うわっ!? スッゲェ! ベースゾーンって軍の施設じゃねぇの? まるでホテルじゃん!」

 

「こんな所に泊まれるだなんて最高!」

 

「だよな! 無人島でサバイバルなんて言われた時はどうしようかと思ったけど、これなら楽勝だよな!」

 

 竜治からベースゾーンの建物の写真を見せられたクラスメイト達のテンションが一気に上がる。しかし……。

 

 

「ベースゾーンを使えるのは、雨田君を含めた十一人だけでしょう?」

 

 

『『……………!?』』

 

 堀北の冷水を浴びせるような声に、クラスメイト達ははっとした表情となって凍りつく。堀北はそんなクラスメイト達を冷めた目で見た後、竜治に視線を向ける。

 

「それで? 特殊ルールはそれだけなの?」

 

「……いいや。さいごにベースゾーンの使用権はオレとアリスの意思でとりけせて、1ど使用権をとりけされた人には、もう1ど使用権をあたえることはできないとある」

 

『『……………!』』

 

 竜治の言葉にクラスメイト達は青い顔となって無人島に目を向ける。

 

 ベースゾーンを利用できるのは、堀北の言った通り竜治と彼が選んだ十人だけで、その数はクラスの四分の一。残りの四分の三は他のクラスの生徒達と同じく無人島で一週間サバイバルをしなくてはならない。

 

 仮に竜治に選ばれてベースゾーンを利用できたとしても、途中で使用権を取り消されたらサバイバル生活に逆戻りで、一度文明の恩恵を受けてから無人島に放り込まれるのは数日間と言っても現代人にはかなりの苦痛となるはずだ。

 

 そこまで考えが至ったDクラスの生徒達は、一斉に必死な表情で竜治の元に詰め寄った。

 

「あ、雨田! 俺達友達だよな!? 頼む! ベースゾーンに入れてくれ!」

 

「ちょっと男子! 私達が先よ!」

 

「お願い雨田君! 私を選んで! 無人島でサバイバルなんてマジで無理だって!」

 

「ズルいぞ、お前ら! なあ、雨田! この学校のことだからこの試験、まだ何があるか分からないだろ!? 俺だったらきっと力になれると思うから、だから俺を……!」

 

「………!?」

 

 一斉に話しかけてくるクラスメイト達に気圧されながら竜治はこの特殊ルールの本当の意味を理解した。

 

 竜治は最初、この特殊ルールはオブジェクトに深く関わっている自分と坂柳を保護する救済処置だと思っていた。しかし実際は単なる救済処置ではなく、自分達を対象とした「試験」でもあったのだ。

 

 すなわち「自分にとって必要な者、そうでない者を区別できるか否か。そして他者を切り捨てれるか否か」という試験。

 

 そのあまりにも「資本企業」らしく、同時にこの学校らしい試験内容に、竜治は内心で一つ舌打ちする。

 

(まったく……。悪趣味なしけんだ……)



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「資本企業」らしいやり方

(とんでもないことになったな……)

 

 特別試験の開始でいきなり出された特殊ルール。竜治と坂柳、そして二人がそれぞれ選んだ十人の生徒達だけ、高級ホテル並のベースゾーンの建物を使用できると聞くと、Dクラスは騒然となった。

 

 Dクラスの生徒のほとんどが竜治に自分を選んでほしいと言い出し、今では同じクラスメイト同士で言い合いまで起こっている。平田と櫛田が何とか騒ぎを収めようとしているが、それでもクラスメイト達が落ち着く気配はなく、竜治はそれを見て内心で呆れていた。

 

(そんなに無人島でのサバイバルがいやだったら、リタイアして船にもどればいいのに……)

 

 ビッグ・シルエット・ツアーの護衛もしている竜治は、自分達の乗って来た豪華客船がこの無人島の近くのルートを進んでいることを知っていた。多分だが、この特別試験は仮病などを使えばすぐにリタイアできて、その後は他の生徒達が試験を終えるまで豪華客船で自由に過ごせるのだろう。

 

 しかしクラスメイト達がそれをしないのは、リタイアすれば試験専用のポイントが減少して夏休み以降のクラスポイントが上がらず、学校生活が改善されないと分かっているからだろう。だからクラスメイト達は試験をリタイアしようとせず、竜治に選んでもらおうと必死なのだ。

 

 目先のことしか考えず、自分の要求だけを口にするクラスメイト達に少しずつうんざりしてきて竜治だったが、すぐにその考えを捨てた。彼がこの学校に入学したのは、同学年の人間と行動して協力し合う能力を伸ばすためで、竜治にこの試験を諦める理由はなかった。

 

(……ようは、サバイバルせいかつをしなくてすんで、試験専用ポイントを少しでもおおくてにいれて、後はほかのクラスとの差をちぢめればいいんだよな?)

 

 自分の中でこの試験に目標を定めた竜治は、それを達成するための手段を考えるべく、情報を集めることにする。

 

「ちょっといいか?」

 

『『………!?』』

 

 竜治が手を挙げて発言をすると、それまで言い合っていたクラスメイト全員が黙って彼の方を見た。しかし竜治はそれらの視線を無視して、この特別試験のマニュアルを持っている平田に話しかける。

 

「まだオレをふくめてここにいる全員、この特別試験のきほんルールをしらない。ヒラタくん、よかったら説明してくれないか?」

 

「え? ああ、そうだね」

 

 平田はクラスメイト達を落ち着かせる機会ができたと思わず笑みを浮かべると、急いでマニュアルを開いて特別試験のルールを説明していく。そのルールは簡単にまとめると、次のようなものだった。

 

 

・この島は各企業が使用するオブジェクトのベースゾーンであり、環境を汚染したり設備を破壊する行為をしたらマイナス20ポイント。

 

・午前と午後八時の二回ある点呼に遅れた場合、1人につきマイナス5ポイント。

 

・他クラスへの暴力、略奪行為、器物破損を行なった場合、そのクラスは即失格となり対象者のプライベートポイントを全て没収。

 

・各クラスはリーダーを一人決めて、リーダーは正当な理由がなければ変更することはできない。

 

・島の各所にはスポットと呼ばれる箇所がいくつか設けられていて、各クラスのリーダーに与えられる専用のキーカードを使うことで、八時間占有する事ができる。ただしキーカードを使用できるのはリーダーとなった人物のみである。

 

・占有したスポットを使用できるのは占有したクラスのみで、他が占有しているスポットを許可なく使用した場合は50ポイントのペナルティを受ける。

 

・スポットを一度占有する毎に試験専用のポイントが1ポイント加算される。ただしポイントが加算されるのは試験終了時のみである。

 

・七日目の最終日、点呼のタイミングで他のクラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。

 

・他のクラスのリーダーを的中させることが出来れば、的中させたクラス一つにつき50ポイントを与えられ、逆にリーダーを間違えれば50ポイント失う。

 

・他のクラスにリーダーを言い当てられたクラスは、そのクラスに50ポイントを支払わなければならない上、それまでスポットを占有したことで得たポイントを失う。

 

 

(なるほどな。このしけんにはポイントを稼ぐほうほうがあって、恐らくこれがしけんの鍵になるはず……)

 

 平田から特別試験の基本ルールを聞いた竜治の中で、今回の試験でどのように動くのかが決まった。

 

(ここは……『資本企業』らしくうごくとしよう)

 

 竜治は心の中で呟くと自分に注目するクラスメイト達を無視して、離れたところで様子を伺っていた茶柱に話しかける。

 

「せんせい。オレの携帯端末を少しのあいだ、かえしてくれませんか」

 

「? 別に構わないが」

 

 この特別試験で生徒達の携帯端末は、試験開始と同時にクラスの担任に預けられている。茶葉から自分の携帯端末を受け取った竜治は、いつもよりやや大きな声でクラスメイト達に話しかける。

 

「ちょっとオレのはなしを聞いてくれ。とつぜんだけどオレと『賭け』をしないか?」

 

「賭け?」

 

 綾小路の言葉に一つ頷いてから竜治はクラスメイト達に提案をする。

 

「みんなは無人島でサバイバルはしたくないと言う。だけどベースゾーンをつかえるのはオレいがいに10人だけ。……だからのこりの29人はここで『リタイア』してもらえないか?」

 

『『………!?』』

 

 突然の竜治の提案にクラスメイト達だけでなく、話を聞いていた茶葉までもが目を丸くする。しかし彼はそれに構わず言葉を続ける。

 

「そしてオレは、ほかの10人の生徒とスポットをせんゆうしたり、他のクラスのリーダーをしらべてポイントを稼ぎたいとおもう」

 

「……それで? さっきの賭けってどういう意味なんだ?」

 

 ほとんどのクラスメイト達が絶句する中、綾小路が聞くと竜治は先程言った賭けの内容を持ち出す。

 

「いま言ったオレのやりかたで、もしDクラスのポイントが1番じゃなかったら、オレはクラスメイト全員に5まんポイントを渡す」

 

「五万!? それもクラス全員に!? ふざけてんの? そんなのできるはずが…………………………エッ?」

 

 竜治の言葉に長く伸ばした金髪をポニーテールにした女子生徒、軽井沢が食ってかかろうとしたが、竜治が眼前に突き出した携帯端末の画面を見て呆けた声を出す。そして携帯端末の画面には竜治の現在持っているプライベートポイントが表示されていた。

 

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「さ、三百五十万!? おま、お前! こんな大金どうしたんだよ!?」

 

「オレが『特待生』なのはしっているだろ? それで稼いだ」

 

『『………!?』』

 

 同じく携帯端末の画面を見て悲鳴のような声を上げる池に竜治が何でもないように答えると、クラスメイト全員が畏怖するような目を彼に向けた。

 

「そして、オレといっしょにベースゾーンを拠点としてスポットのせんゆうや、クラスのリーダーの調査をしてくれた10人には、Dクラスが1番になってもならなくても、ついかで更に5まんポイントを渡す」

 

 そこまで言って竜治がクラスメイト達を見ると、信じられないといった表情で彼を見るDクラスの生徒達は、気圧されたのか誰も口を開こうとはしなかった。



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提案

 特別試験開始から一時間が経過した頃、ベースゾーンの建物で、恐らく指揮官クラスの人間が使うと思われる最も高級な部屋で坂柳は、一人椅子に座って目の前のテーブルの上にあるチェス盤を眺めていた。チェス盤には黒と白の駒が自分達の陣地で綺麗に整列しているが、彼女側の黒の駒の陣地は「女王」の駒だけが盤の外に置かれていた。

 

「坂柳さん、失礼します。ベースゾーンに十人くらいの生徒がこっちに向かって来ているそうです。恐らくは雨田さん達かと」

 

「あら、ようやく来たのですね。それではお出迎えをしてあげましょうか」

 

 部屋に入ってきた橋本の言葉に坂柳は立ち上がり、黒の「女王」の駒をチェス盤の黒の陣地に置いた。

 

 

 

「こんにちわ、竜治君。後ろにいるのが貴方の『お友達』ですか?」

 

「……たぶんだけど、アリスの思ってるような『おともだち』じゃないと思うぞ?」

 

 ベースゾーンの手前で橋本達を引き連れた坂柳は、竜治と彼の後ろにいる十人のDクラスの生徒達を見て言うと、竜治はそれに表情を変えずに答える。

 

 綾小路清隆。櫛田桔梗。佐倉愛里。堀北鈴音。須藤健。池寛治。平田洋介。三宅明人。長谷部波瑠加。松下千秋。

 

 この十人が竜治が選んだ、あるいは自ら立候補した特別試験にリタイアせず参加するDクラスの生徒達だった。

 

「それで他のDクラスの生徒達はどうしました? やはりサバイバルの場所探しですか?」

 

「いいや。ほかの皆にはこのしけんをリタイアしてもらった」

 

「あら?」

 

 坂柳の言葉に竜治が短く答えると彼女は意外そうな表情となり、そのまま彼はDクラスの生徒達に持ちかけた賭けのことを話した。

 

 ここにいないDクラスの生徒二十九人に仮病でリタイアしてもらったこと、もしDクラスがこの試験で一番ポイントを獲得できなければ生徒全員に五万のプライベートポイントを渡すこと、そしてここにいる十人と一緒にスポットの占有をしたり他のクラスのリーダーの調査をする予定のこと。

 

 話を聞いて橋本を始めとする十人のAクラスの生徒達は驚いた顔となり、坂柳は面白そうに笑う。

 

「それは……中々思い切ったことをしますね、竜治君?」

 

「雨田君? いくらなんでも話しすぎじゃないかしら」

 

 竜治と坂柳の会話を聞いていた堀北が責めるような目で竜治を見ながら話しかける。Dクラスの生徒二十九人がリタイアしたことはともかく、スポットの占有や他のクラスのリーダーの調査については話すべきではないと言いたいのだろう。

 

「いいや、大丈夫だよ。……なあ、アリス」

 

 だが竜治は堀北の言葉に首を横に振って答えてから坂柳を見ると、坂柳は笑みを更に濃くして返事をする。

 

「はい。なんでしょうか、竜治君?」

 

「1つ、アリス達に『ていあん』があるんだけど?」

 

「奇遇ですね。私も竜治に提案があるのですけど?」

 

 オブジェクトの操縦士と戦術オペレーター。

 

 二年以上同じ戦場で戦ってきた竜治と坂柳の二人は、まるで事前に打ち合わせたようなような流れで言葉を交わした後、全くの同時に口を開いた。

 

 

『『オレたち(私達)と手をくまないか(組みませんか)?』』

 

 

 竜治と坂柳、二人の口から出た同じ内容の言葉。それが何よりもの了承の証だった。



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黒歴史

 坂柳達と協力関係を得た竜治達は、一先ずベースゾーンの建物に荷物を置くと、島の森を探索することにした。その理由はスポットの位置の確認と、食糧の調達のためだった。

 

 ベースゾーンの施設は確かに豪華だったし、電気も水道も完備してある。しかし肝心の食糧が全てのクラスに平等に配給されている物、資本企業軍のレーションしかなかったのである。

 

 だからまずはスポットと一緒に何か食べられるものがないのか、全員で探しに来たのだった。

 

「おっ。よく見たら食べられる木の実とかいっぱいあるじゃん。これなら何とかなるんじゃね?」

 

 森に入ってすぐに池が、周囲の木に実っている実から食べられる種類をいくつも見つける。それを聞いた竜治が感心したように彼に話しかける。

 

「へぇ……。よくわかったね。イケくんはキャンプの経験があるの?」

 

「あー……。まぁ、キャンプっていうか昔、『資本企業』と『正統王国』が共同でやった民間人でも参加できる軍のサバイバル体験学習ってヤツに冗談で応募したら当選して、三日くらいやったことがあるんだよ……」

 

 竜治の質問に池が苦い顔となって答えると、それを聞いた竜治が眉をひそめる。

 

「正統王国軍とのサバイバル……。ねぇ、イケくん? それってもしかして、さいていでも食用油と金属製のマグカップをいつも持っていろって、いわれなかった?」

 

「……!? も、もしかして雨田もあれに?」

 

 池がはっとした表情となって竜治を見ると、今度は竜治が苦い顔となって頷く。

 

「うん……。エリートになるくんれんの時に、オレも3日だけ……」

 

「あー、そっかー。お前もかー」

 

 竜治の言葉に池は同類を見つけたような嬉しそうな顔をすると何度も深く頷き、楽しそうに話しかけてきた。

 

「あれは本当にキツかったよなー。散々炎天下で動き回されて腹が限界まで減った時にさ、正統王国の軍人のお姉さんが『食事の極意は塩と油で揚げこそが至高。その手本を見せてやろう』って言ってきたんだよ。普通そんなことを言われたら、サバイバル中っていっても少しは期待しちゃうだろ? でもその後一体何が出てきたと思う?」

 

「コオロギ」

 

 池に聞かれて竜治が即答すると、彼はもう一度深く頷く。

 

「やっぱり雨田の時もそれか。軍人のお姉さんは虫は生態系の最下層にある重要なタンパク源だとか、食べられないところはないから食べ残しを敵に発見されずにすむとか言っていたけど、知らねぇよ! いくらなんでも虫はねぇだろ、虫は!?」

 

 当時の事を思い出し、思わずその時感じた不満を爆発させる池に竜治は同意するように頷く。

 

「ほかにも、蜂やサソリはあげれば毒がなくなって食べれるけど、カマキリは寄生虫がいるからオススメしないって、いわれたよね」

 

「言われた! 言われたけどさ! そもそも虫を食いたくないんだって!」

 

「……でも、けっきょく食べさせられたんだよね、虫……」

 

「…………………………ああ」

 

 竜治の言葉に更にヒートアップしていた池だったが、遠い目となった竜治が言うと、一気にテンションをお通夜並みに低くして小さく呟く。

 

「……食べてみたら旨かったよ? 揚げた海老みたいな感じでさ。でも見た目が最悪だった。俺、潰したコオロギを団子にして揚げたのを食わされたんだぜ? 正直泣きそうだった。でも旨かったのが悔しかった」

 

「オレは、10ぴき近いコオロギがかたまって、かき揚げみたいになったのをくわされたな……。きもちわるかったけど美味しかったな……」

 

『『……………!?』』

 

 竜治と池。虫を食べた武勇伝を語り合う猛者二人を、Dクラスの生徒達はドン引きした顔で遠巻きに見ていた。

 

 その後。Dクラスの生徒達は、それはそれは真剣に食糧を探したのだった。

 

 誰だって虫を食べるの嫌なのである。



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スポット

「ずいぶん集まったな。これならレーションばかりたべなくてもすみそうだ」

 

 ベースゾーンの建物で竜治は、Dクラスが集めた食べられる木の実や山菜を見て満足そうに頷いた。Dクラスの生徒達が「何故か」死に物狂いで食料集めを行なってくれた結果だった。

 

「お、おい……! だったらよぉ……何でそれ捕まえているんだよ!?」

 

 竜治の言葉に須藤が怯えたような声を出してある物を指さす。須藤が指差したのは二つの虫かごで中には十匹以上の虫が入っていた。

 

「いや〜……。なんか、サバイバルのときのクセでつい捕まえちゃって……」

 

「俺も。あのサバイバル学習の記憶って、今でもたまに夢に見るんだよな……」

 

「……虫は後で俺が逃しておく。だから二人は絶対にそれに触れるな……!」

 

 虫を捕まえた二人の危険物の密輸犯、竜治と池が申し訳なさそうに言うと、綾小路が固い意思を感じさせる声で二人に言った。

 

「ハイ。スミマセンでした」

 

「それで? これからどうするつもり?」

 

 竜治が綾小路に謝っていると、そこに腕を組んだ堀北が話しかけてきた。

 

「食糧集めはもうする必要はない。だったら次はポイントを集めるための行動に出るべきよ。クラス全員にあんな馬鹿な賭けを言ったくらいなんだから、もちろん作戦はあるんでしょうね?」

 

「……さくせんも何も、オレがかんがえているのは最初にいった、スポットのせんゆうと他のクラスのリーダーのちょうさだけだよ」

 

 竜治は堀北にそう答えると、数枚のメモ用紙を取り出した。それは竜治が「かみなりぐも」の観測データから使って描いたこの島の地図だった。

 

「これから2人1組になってしまの何処にスポットがあるのかをしらべてほしい。もしすでに他のクラスにスポットがせんゆうされていたら、何時までせんゆうされるか。詳しいじかんも調べてくれると助かる」

 

 堀北は竜治からの指示に眉をひそめて彼を見る。

 

「スポットの位置だけじゃなくて占有されている時間も? まさか占有時間が切れた隙をついてスポットを横取りするつもり? ……呆れたわ。そんなのは他のクラスも当然警戒しているはずよ。チャンスがあるとしたら点呼の皆が集まる時間ぐらいでしょうけど、その時は私達も動けない。点呼の時に誰かいないとポイントが減らされるのを忘れたの?」

 

「ホリキタさん。そっちこそわすれた? オレ達Dクラスはそのポイントがすでに『0』なんだよ」

 

「……あっ!」

 

 竜治に言われて堀北は今思い出した表情となって思わず開いた口を掌で隠す。

 

 このベースゾーンに来る前、竜治達Dクラスの十一人は他の二十九人のクラスメイトにリタイアしてもらう前に、試験専用の300ポイントを全て使って、試験に役立ちそうな道具を揃えていた。ポイントが0になってからポイントが減少される行為をしてもポイントがマイナスにならないことは茶柱に確認済みだ。

 

 ポイントが0ならばポイントが減少される心配もないのである程度思い切った行動も取れる。竜治はその利点を活かしてスポットを占有するつもりらしい。

 

「スポットの占有時間さえわかれば、どのタイミングでスポットに行けばうばいとれるかが分かる。あとはまあ、体力勝負だね」

 

 そこまで言うと竜治は一枚のカードを取り出す。そのカードはスポットの占有に使うキーカードで表面には「アマダ リュウジ」と表示されていた。



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拠点発見

 ベースゾーンでの竜治と堀北との会話から数十分後。竜治達は二人一組になって島にあるスポットを探していた。

 

 竜治とペアを組んだのは櫛田で、彼女は森の中を歩きながら竜治に話しかける。

 

「Aクラスの人達も協力してくれて良かったね、雨田君」

 

 櫛田の言う通り、あの後坂柳がDクラスが集めた食糧を分けることを条件に自分と一緒にベースゾーンへ来たAクラスの生徒達を貸してくれて、今は橋本達も島のスポットを探しているのだった。

 

「でも坂柳さん。どうして協力してくれたんだろ? Dクラスが一番になったら自分のAクラスも困ることになるのに」

 

「クシダさんは、Aクラスがいま2つに割れていることはしっている?」

 

 首を傾げる櫛田に竜治が話しかける。

 

「Aクラスが二つに? どういうこと?」

 

「これはアリスとハシモトくんからきいた話なんだけど、Aクラスはアリスをリーダーとするグループと、カツラギくんってひとをリーダーとするグループに別れているらしい。そしていま、ベースゾーンに入れなかったAクラスの生徒達をまとめているのはカツラギくん。……もし、この試験でAクラスがDクラス、またはべつのクラスに負けたらどうなると思う?」

 

「えっと……。どうなるのかな?」

 

 竜治の質問の答えが見つからず櫛田が聞くと、竜治は自分の考えを口にする。

 

「おそらくはカツラギくんの『株』が大暴落する。ベースゾーンにはいれなかったAクラスの生徒達は、とうぜん厳しいサバイバルをたえているんだけど、それはそうすればAクラスが勝利できるとしんじているから。もしこれで負けたら、Aクラスの生徒達は自分達のどりょくが無駄だったとかんがえて、怒りをカツラギくんに向けるだろう」

 

「そうなったら、頼れるリーダーは坂柳さんだけになるね」

 

 櫛田の言葉に竜治は頷く。

 

「ああ。おそらくそれがアリスの狙いなんだろう。結果次第ではAクラスとほかのクラスの差がおおきく縮まるだろうけど、必要経費とかんがえているんだろうな」

 

 竜治が自分のパートナーである坂柳の考えを予測していると、それを聞いていた櫛田が感心したような目を彼に向ける。

 

「ふえ〜……。やっぱり雨田君と坂柳さんって凄いね……。オブジェクトのエリートとオペレーターってだけでも凄いのに、こうして色々考えて皆をまとめているし。……私、偉そうな人とか立場が偉い人とかって大ッッッ嫌いなんだけど、雨田君や坂柳さんくらいになると嫌いになる前に感心しちゃうよ」

 

「お、おおう……。クシダさん、いきなりすごいこと言わなかった?」

 

 突然の櫛田の発言に竜治が若干引いて言うと、櫛田は彼に向けて笑みを浮かべた。

 

「それだけ雨田君を信用して、凄いと思っているってことだよ。……それに引き換え堀北の奴……!」

 

 そこまで言うと櫛田はその場で立ち止まって俯くと小声で呟く。

 

「いつも偉そうな態度だけど、この島に来てからは特にそう……! 雨田君が何か言うたびにいちいち文句を言いやがって。それだったら自分で何か案を出せっての……! まあ、結局何も考えがなくて雨田君に従うしかないのはいい気味なんだけどね……」

 

「あー……。クシダさん? ホリキタさんにふまんがあるのは分かったから、そろそろ行こうか?」

 

 俯きながら黒い面を出して呟く櫛田を見ていた竜治だったが、このままではらちがあかないと考えると、強引に話を切り上げてスポットの調査を再開した。そしてそれからしばらく森を歩くと、竜治と櫛田は滝がある場所を見つけ、そこには学校の生徒達が野営のための拠点を作っていた。

 

「かれらは?」

 

「多分、Bクラスの皆だね」

 

「うん。そうだよ」

 

 竜治と櫛田の呟きに答えたのは、髪を長く伸ばした明るい笑顔が特徴的な女学生だった。



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Bクラスとの会話

「私はBクラスの一ノ瀬帆波。それでこっちは同じクラスの神崎隆ニ君だよ」

 

 髪を長く伸ばした女学生、一ノ瀬は竜治達に自己紹介をすると、自分の後ろについてきていた男子生徒も紹介してきた。

 

「これはごていねいにどうも。オレは……」

 

「雨田竜治君でしょ? 試験の最初に先生に紹介されていたから知ってるよ。Bクラスの拠点にようこそ、有名人さん」

 

 自分も自己紹介をしようとした竜治だったが、一ノ瀬にすでに知っていると言われた後、続けて彼女が言った「有名人」という単語に反応を示した。

 

「有名人……。じょしから興味をもたれるなんて、いよいよこの美形天才富豪オブジェクト操縦士学生のアマダくんに相応しいモテモテハーレムルートがかいしされるのかな?」

 

「雨田君って、そんな冗談言うんだ?」

 

 竜治が明らかな棒読みの口調で言うと、櫛田が何とも言えない表情で見てきた。

 

「すこし前に知り合ったしりあいっぽく言ってみたんだけど、にていたかな?」

 

 ちなみに真似をしたのは、生身でオブジェクトを破壊した二人組の「貴族」出身の方である。

 

「う〜ん……? 私はその人に会ったことがないけど、その人とはあまり関わらない方がいいと思うよ? 女の子から見たら、そういう人ってあんまりモテないと思うから」

 

「そうかな?」

 

 櫛田の言葉を聞いた時竜治は、一瞬青空に天才美形貴族のレーザー分析官の顔が浮かんだ気がした。すると竜治と櫛田の会話を聞いていた一ノ瀬が笑いながら話しかけてきた。

 

「あっはは! 雨田君って、面白い人だね。軍人でオブジェクトのエリートっていうから、もっと怖い人かと思ってたんだ」

 

「しっけいな。オレが指揮するPMC(民間軍人会社)『雨田機動警護隊』は、げんばの市民に愛されるフレンドリーなぶたいであることを常に心掛けているんだよ?」

 

 資本企業ではオブジェクトのエリートは、そのオブジェクトを保有している企業の重役として扱われている。竜治が今口にした「雨田機動警護隊」というのは雨田電機の子会社のPMCで、オブジェクトのエリートである竜治は雨田電機の重役であると同時に雨田機動警護隊の責任者であった。

 

 ふんす、と胸を張って言う竜治の姿が面白かったのか、一ノ瀬はもう一度小さく笑う。

 

「ふふっ。そうなんだ。……それで? ここに来たのはBクラスの偵察なのかな?」

 

「いや、ここにきたのはスポットの位置のちょうさだ。……やっぱりこの辺りのスポットはBクラスが?」

 

 竜治が聞くと一ノ瀬はそれに頷いて答える。

 

「うん。この拠点と、近くのスポットは全部押さえているよ」

 

 一ノ瀬の言葉に竜治は、この辺りにBクラスの拠点と複数のスポットがあることを確信して心の中で頷いた。

 

「そうなんだ。……そういえば、このあたりに他のクラスはいないのかな?」

 

「ああ、それだったら、近くの海岸でCクラスの人達が遊んでいるのを見たよ?」

 

 竜治は特に期待せず世間話の感覚で聞いたのだが、意外にも一ノ瀬の口からCクラスの場所の情報が得られた。



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宣戦布告

「あれ? アヤノコウジくんにホリキタさん。どうしてここに?」

 

 一ノ瀬からCクラスがいる場所を聞いた竜治と櫛田は、そこへ向かう途中で自分達と同じくスポットの探索をしていた綾小路と堀北と出会った。

 

「雨田と櫛田か。お前達こそ何でここにいるんだ?」

 

「Bクラスのイチノセさんから、このさきにCクラスがいるって聞いて、ようすを見にいくところなんだ」

 

「Cクラスか……」

 

 綾小路の質問に竜治が答えると、Cクラスと聞いた綾小路が何か考える素振りを見せる。Cクラスといえば須藤が罠にはめられた件もあって、警戒しているのだろう。

 

「雨田、櫛田。俺も一緒に行ってもいいか? 堀北もいいだろ?」

 

「オレはべつにかまわないよ」

 

「私も」

 

「……そうね。Cクラスの様子は調べておくべきでしょうからね」

 

 綾小路の言葉に竜治と櫛田に堀北が頷くと、彼らはCクラスがいる海岸へとむかうのだった。

 

 

 

「……これはすごいな」

 

 綾小路達と合流した竜治はCクラスがいる海岸に行くと、そこの光景を見て思わず呟いた。

 

 海岸ではCクラスの生徒達が、ある者は水上バイクを走らせ、ある者はビーチバレーで遊び、ある者はバーベキューの料理を食べて、それぞれ夏の海を楽しんでいる。他のクラスは特別試験を受けてサバイバル生活を送っている中でCクラスの行動はあまりにも異質であった。

 

「皆、楽しそうだな」

 

「どういうこと? Cクラスは試験をする気がないのかな?」

 

「そんな……あり得ないわ」

 

 綾小路が冷静に言う隣では、櫛田と堀北が戸惑った表情を浮かべており、竜治は櫛田が言った言葉に違和感を覚えた。

 

(Cクラスがしけんをする気がない? ……本当にそうなのかな?)

 

 確かにCクラスの生徒達は、特別試験のことなど頭になく心から楽しんで遊んでいるのが見ただけで分かる。

 

 しかし竜治は何の確証もないのだが、須藤の件を企んだCクラスが、何もせずにただ遊んでいるだけとはとても思えなかった。

 

「おい、お前ら。Dクラスだろ?」

 

 竜治が海岸で遊んでいるCクラスの生徒達を見ながら考えていると、Cクラスの生徒の一人がこちらへとやって来て話しかけてきた。竜治は話しかけてきたCクラスの生徒の顔に見覚えがあった。

 

(かれは確か……スドウくんをわなにはめて訴えた生徒の1人だったはず)

 

「龍園さんが呼んでいる。ちょっとついてこいよ」

 

 Cクラスの生徒の口ぶりだと、どうやらその龍園という生徒がCクラスをまとめているらしい。他のクラスの情報を得たい竜治達に断る理由はなく、彼らはCクラスの生徒の後についていって、龍園の所へ向かうことにした。

 

 

 

「よお。まさかオブジェクトのエリート様が偵察なんてパシリみたいな仕事をするだなんて、Dクラスってのはよっぽど人手不足なんだな?」

 

 Cクラスをまとめる男子生徒、龍園翔を見た竜治の感想は「独裁者」というものであった。

 

 平田や櫛田、一ノ瀬とは違う、人望ではなく力を持って他者を支配するタイプの人間。その点で言えばむしろ坂柳にタイプが似ていると竜治は思った。

 

 Cクラスの生徒に案内されてきた竜治を見るなり、龍園は小馬鹿にするような顔で言ってきたが、竜治はそれに特に怒ることなく返事をする。

 

「そうだね。Dクラスは『ちょっと』にんずうが減っちゃって、みんなでそれぞれ仕事をしているんだ。それにオブジェクトのエリートだからこそ、さくせんでは皆のまえに出てこうどうするんだよ」

 

「……ほぉ?」

 

 竜治の言葉に龍園は目を細め、まるで品定めをするかのように竜治を見る。それからしばらくすると龍園は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白ぇ……! Dクラスなんて雑魚の集まりかと思っていたが、お前みたいな面白ぇ奴がいたなんてな。坂柳の奴もいい犬を飼っているじゃねぇか?」

 

 オブジェクトのエリートの竜治と戦術オペレーターの坂柳。戦場ではパートナー同士なのだから、学校でも二人が協力関係か主従関係を結んでいると考えるのは自然なことである。

 

 挑発するように言う龍園に竜治が答えず適当に笑っていると、龍園の側にあるテーブルに置かれていたコーラの缶を竜治に向かって投げつけ、竜治がコーラの缶を難なくキャッチする。

 

「それの代金代わりに一つ答えろ。この間……名前は忘れたが、赤毛のゴリラとウチの奴らが揉めた時の映像データともう一つの映像データ……。アレを用意したのはお前か?」

 

 龍園が言っているのは、須藤とCクラスの生徒達が特別棟で騒ぎを起こした時の映像データと、それが龍園の指示だという証拠となった映像データのことだ。あの二つのデータがなければ、須藤は無実を証明することができず重い処罰を下されていたかもしれない。

 

「そうだよ」

 

「……!? ……クッ、ハハハハハッ! いいぜ、気に入ったよ、お前。お前は坂柳と一緒に俺が潰してやるよ」

 

 竜治があっさりと答えると、龍園は目を見開くがすぐに大笑いをした後、楽しそうに宣戦布告をするのであった。



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