強くて逃亡者 (闇谷 紅)
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プロローグ?

「なん……だこれ?」

 

 気がつけば俺は見知らぬ場所にいた。

 

「夢か?」

 

 テーマパークの作り物っぽさは無い。にもかかわらず中世にタイムスリップでもしたのか、はたまた異世界にトリップでもしたのか。おそらく後者だろうと数秒で断定したのは、視界内で酒を飲み料理をかっ喰らう男の姿に見覚えがあったから。

 

「ドラクエかぁ」

 

 しかもⅢ。ピンクと赤をメインにした見覚えのある鎧を着ていらっしゃるのだ。

 

「うーむ……は?」

 

 酒場でくつろぐ時ぐらい装備外しても良いのではと思いはしたものの、そう言えばと自分の身体を見た俺は衝撃で固まった。身に纏っていたのが意識を失う前、最後に着ていた服はないと言うのもあるが、それより何よりまず袖から覗く肌の色がまず違う。

 

(トリップと言うか、憑依だなこれ……ん?)

 

 ぼんやりしつつ身じろぎすれば椅子の背に何かが当たって音がし、音源を辿るとベルトにぶら下げていたらしい凶器がブラブラと揺れていた。爪だ。

 

(何だったかな、これ)

 

 ドラクエⅢは最後にプレイしたのがSFC、だったのでもうかなり長いこと触っていない。

 

(夢中になった遊んだ頃は敵のドロップアイテム辺りまで結構網羅してた気がするんだけどな)

 

 武器の名前一つ思い出せないというのは、面倒な話だった。ぶら下げてることを鑑みるにこれはこの身体の持ち主の装備だろう。

 

「自分の装備のことさえわかん――」

 

 そこまで言いかけてもう一度固まったのは、一つ思い至ることがあったから。爪は初期装備ではないのだ。

 

(ちょっと待て、この身体の持ち主それなりに強いんじゃ……)

 

 つまり、初期装備以外を身につけるだけの何かはしてきたと言うことであり、へたすると魔王を倒す勇者パーティーのメンバーだったりする可能性もある。

 

(うわあ)

 

 まずい、まずすぎる。中身が戦争どころか喧嘩の経験さえ乏しい俺に劣化した状態で、身体の持ち主と同じレベルの行動を要求されても無理だ。

 

(そもそも、これって結構良い装備だった気がするんだけど)

 

 気のせいか魔王を倒しに行ったレギュラーメンバーの一人が爪を装備していたような記憶が残っているのだが。

 

(とにかく荷物も見てみよう)

 

 まだ情報が足りない。これでいかにも盗賊ですよと言わんがばかりの大きめ鞄から仲間全員のHPを回復出来るラスボス戦のお供『賢者の石』とかが出てこないように祈りつつ俺は鞄の口を開ける。

 

「く……つ?」

 

 とりあえず最初に出てきたのは石ではなかった。何だかピエロとかが履いていそうな感じの一風変わったデザインで、履いて街の外を歩いた日には一歩ごとに経験値が入ってきそうでもある。

 

「いきなりれああいてむじゃないですかやだーっ」

 

 この時点で俺の顔は引きつっていた。ちなみに我に返って他にも何かないか確認したところ、二足目の靴とフラグを回収だと言わんがばかりに『賢者の石』もきっちり見つけ、そのほかにも鞘に入ったダガーを発見したりする。

 

(そっか、このキャラって――)

 

 俺が鞄にある『しあわせのくつ』を集める為に使っていた盗賊の一人にして魔王ゾーマを倒す時にも『賢者の石』及び補助係として活躍したキャラクター。

 

「こんにちは」

 

「いらっしゃい、ルイーダの酒場へよう……」

 

(やばっ)

 

 そして、耳に拾った声の先で勇者という呼称をもつであろうツンツン頭が酒場の女主人と交わす言葉を耳にした俺は、腰を浮かそうとして――。

 

「うおっ?!」

 

 失敗する。椅子に『まじゅうのつめ』が引っかかったのだ。

 

(うああああっ、何でこんな時に?! 無理、ゾーマとか無理ッ! いきなり実戦とか無理ッ!)

 

 肉体が幾らハイスペックでも、中身は隣の席で飲んでいる武闘家のオッサンに睨まれただけで逃げ出す自身のある混じりっけ無しの一般人なのだ。

 

(逃げたって良いよね? と言うか逃がしてくれ頼むッ!)

 

 無銭飲食する気はない。鞄を漁った時に見つけたお金はテーブルに置いてもうお勘定する気マンマンなのだが、中身が主じゃなくなったことに臍を曲げたのか、『まじゅうのつめ』は椅子から外れてくれない。

 

「それで一緒に魔王を倒しに行く――」

 

「ちょっ」

 

 カウンターの方から聞こえてくるツンツン頭の声が俺を絶望へ誘う。

 

(だめだ、あいつ行く気だ。魔王を倒しに行く気だ。ルーラな……いかんっ、俺自身は他の街に行った記憶もないし、ここでルーラしても天井に頭をぶつける)

 

 一度行ったところに移動出来る呪文を遠慮無く使える青空が、今の俺には欲しかった。賢者を経由して覚えられる呪文を殆どコンプリートさせた理由は別にこんな時に逃げ出す為では無かったが、今はどうでも良い。

 

(どうする? 中身は別人だと正直に打ち明けるか、記憶喪失のフリでもするか)

 

 臆病者とそしりたければ勝手にしてくれ。中身が俺の時点で役に立つどころか足を引っ張る気しかしないのだ。

 

(もしくは病気、仮病もいいか。お腹が痛いとか言ってしまうのも……)

 

 声変わりしていないのか高めの声をしたツンツン頭が無情な宣告を下すまであと何秒か。

 

「バラモスを倒」

 

「はい?」

 

 どうすれば逃げられるかひたすら考えていた俺は、ツンツン頭の声に耳を疑ったのだった。

 

 




いかがだったでしょうか?
二次創作もやってみたいなぁと思っては居たので出来心で書き始めてみました。
一応、他所で書いてるオリジナルものの方を優先するので、更新はまったりめになるとは思いますが、生ぬるい目で見守って頂ければ幸いです。


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第一話「いきなりの誤算」

(バラ……モス?)

 

 俺の認識からするととっくに倒した相手だった。第一、この身体が身につけている装備の幾つかは少なくともバラモスを倒した後でしか入手出来ないものも含まれているのだ。

 

(何という、強くてニューゲーム)

 

 ゲームクリア時の能力やレベル、装備を引き継いで遊ぶことの出来るゲームは幾つかプレイした覚えがあった。どういう理屈かはわからないがこの身体も近しい状況にあるのだろう。

 

(まぁ、中身が俺じゃなきゃソロは無理でもフルメンバーなら余裕でゾーマ倒せるスペックだしなぁ)

 

 ゲームそのものの世界に居ることで刺激されたのか、ポツポツと思い出すのは所謂クリア後のお楽しみのこと。

 

(確か二回は勝ったよな)

 

 倒せば願いを叶えてくれるゾーマを凌駕する強敵との戦い。一応報酬も受け取ったはずなのだが。

 

(バラモスが生きてるなら報酬はリセットされてると見るべきか、よし)

 

 ともあれ、逃げるなら今しかない。俺同様に勇者も魔王を倒した状態のままなら、ゾーマの手先に過ぎないバラモスなどソロでも充分倒せるはずだ。

 

(このキャラが行方をくらましても、控えメンバーで充分フォロー出来るし)

 

 一応、ダンジョンの宝物が持ち去られた状況か確認する必要もある。

 

(魔物が蔓延る世界なんだ、魔王と戦わなくても襲われる可能性もあるからな)

 

 パニックに陥らない為にもならしておくべきだろう。

 

「お代はここに置いておくぞ」

 

 女主人ことルイーダさんはまだツンツン頭と取り込み中のようだったので、それだけ言うと俺は席を立ち、ルイーダの酒場を後にする。

 

「さてと、まずは道具屋によるかな」

 

 呪文が使えるかの確認とどっちを優先すべきか迷ったが、必要になった時に「中身が俺なので使えません」なんて残念展開になりでもしたら目も当てられない。

 

(スタート地点の雑魚に手傷を負わされるとは思わないけど、魔物に襲われて怪我をした旅人とかに出くわすかも知れないしな)

 

 まずは『やくそう』の確保。酒場で飲み食い出来たことからすれば保存食みたいなモノも要るかもしれない。

 

(全てがゲーム通りだとか考えてたら痛い目見そうだし)

 

 備えあれば憂い無し。中身が一般人の俺ならば尚のことだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

「邪魔をする。少し遠出をするのだが――」

 

 声をかけてきた道具屋の店員に要望を伝えた俺は、念のためルーラと同様の効果がある『キメラの翼』を購入しておく。

 

「以上でよろしいでしょうか?」

 

「ああ」

 

 火打ち石とか寝袋のような野営用の道具も買うべきか迷ったが、ぶっちゃけ魔物が出歩く野外で安眠出来るような心臓の持ち合わせもない。

 

(日が暮れてきたらルーラかキメラの翼で戻って来れば必要ないしな)

 

 そもそもこの世界の状況確認をするにしても、いきなりダンジョンは無謀すぎるというもの。

 

「まずは呪文だ」

 

 町中で使える呪文を試してみることも考えたが、生まれて初めて使う魔法なのだ。

 

(やっぱ、攻撃呪文とか使ってみたいよな)

 

 火事になると拙いし、火の系統であるメラや熱を放出するギラは自重するとして何を使ってみるべきか。

 

(あぁ、ワクワクするなぁ)

 

 このアリアハンの城下街を出るまでの短い時間とはいえ、俺はこの先に待ち受けているであろう問題や脅威への不安や恐怖を忘れることが出来ていた。

 

(バギじゃわかりづらいし、ヒャドかな。イオは爆発の音で魔物に気づかれるかも知れないし)

 

 ちなみに強力な呪文を使う気はない。下手に目立つことをして勇者の目に留まったら逃げ出した意味がないのだから。

 

(呪文が使えるようなら武器での戦闘も経験してみよう)

 

 動物も殺せなかった俺だが、魔物が山野を跋扈するこの世界ではきっとそんな甘いことなど言っていられない。極力逃げるとしても追いつめられたら戦える程度にはなっておきたかった。

 

(「ここはアリアハンの街です」とか言うのかな、あの人)

 

 入り口に立っていた人を横目で見つつ、通り過ぎ。

 

(さて)

 

 俺の目の前に広がるのは風にそよぎ波のように揺れる草原。

 

(流石に入り口から見えるところでやるのは拙いよな)

 

 かといって離れすぎて帰り道がわからなくなったりするのも拙い。

 

(ゲームだと十歩分も離れていなかったと思うんだけどな、ナジミの塔)

 

 考えてみれば当然でもあるゲームと乖離する状況に思わず唸りつつ、俺は足を進め。

 

「ピキーッ」

 

「うひょわぁぁぁっ?!」

 

 飛び出してきた影に間の抜けた悲鳴をあげるのだった。

 




さて、次はいよいよ最初の戦闘……になるのかなぁ?

ステータス的には負ける筈無いんですけどね。
ちなみに、プロローグで主人公の持ってたダガーははぐれメタル狩り用のアサシンダガー。
装備他は以下の通りです。

E:魔獣の爪
E:闇の衣
E:水鏡の盾

もちもの:
ミスリルヘルム(酒場で脱いでそのまま)、賢者の石、幸せの靴×2、アサシンダガー、薬草、キメラの翼 他

うん、スライムに負ける方法が思いつかない。

続きます。


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第二話「勇者などスルーして」

「うおおおおおっ」

 

 晴れ渡る青空にひしゃげた水色の物体が飛ぶ。スライム・シュートだ。

 

「ふぅ」

 

 条件反射的に思わず蹴飛ばしてしまった最初のスライムはかなりの飛距離をたたき出し、たまたま空を飛んでいた馬鹿でかいカラスと激突して砕け散った。

 

(やっぱこの方がやりやすいよなぁ)

 

 俺としても想定外の形で最初の戦いは終了し、次は呪文でといかないまでもせめて武器で倒そうと思ったのだが、水色の跳ねる最弱モンスターことスライムは俺の予想より小さかったのだ。

 

「これで三本目か」

 

 背の低い魔物に対してまじゅうのつめで攻撃するより蹴飛ばした方が早いという結果は、ハイスペックな身体とスライムの脆弱さの両方が相まってのものであり、別にストライカーを目指している訳ではない。

 

(いっそのこと足に爪を装着してみるべきかな)

 

 全てがゲーム通りとはいかないこの世界だ、装備する武器が一つでないといけないというルールなんて無ければ装備箇所が固定という決まりもない。

 

(いやいや、まずは手堅く二刀流とか……あぁ、夢が広がるなぁ)

 

 厨二病とか言わないで欲しい。これはロマンだ。

 

「そう言えば荷物にダガーがあったな」

 

 盾に隠した形でダガーを持ち、敵の不意をついて斬りつける。急所を突けば一撃なんて特殊効果が付いていた気がするこのダガーなら更に効果的なのではないか。

 

「などと思ったことが俺にもありました」

 

 実際試してみたところ、盾とダガーで左腕が重くなりすぎて、バランスがめちゃくちゃとりづらくなった。

 

(良いアイデアだと思ったんだけどなぁ)

 

 たぶん盾を装備しなければ重量バランスについては解決なのだろうが、チキンな俺に盾を装備から外すなんてことが出来るとお思いだろうか?

 

「『それをはずすなんてとんでもない』である」

 

「ピキー?」

 

 誰に話しているのだろう、俺は。

 

(訝しんでいるのは足下の水色生物のみだというのに)

 

 虚しい、虚しすぎた。

 

「そう、虚しすぎてこのやるせない気持ちを右足に込めてシュゥゥゥゥッ!」

 

「ビギィィィィィィ?!」

 

 悲鳴の尾を引いた水色生物が幻のゴールネットを突き破って何処かへ飛び去る。これで四点目だ。

 

「はぁ、とりあえず呪文の確認に移るか」

 

 蹴り飛ばされたスライムが落としていった薬草らしきモノを回収すると、俺は片手を前方に突き出す。

 

「天と地のあまねく精霊達よ……我が呼び声に応え以下省略」

 

 ゲームやアニメ、漫画と作品ごとに詠唱が違ったりいい加減だったりしていた記憶があるので、詠唱についてはあくまでイメージを助ける補助的な意味合いなのではないかという見解に基づき、呪文にはアドリブを入れてみる。

 

「ヒャドッ!」

 

 我ながら酷い詠唱だったにもかかわらず、手の前で形成された氷の固まりは弾丸のように草原をかっ飛んでゆく。

 

「よ、よっしゃぁぁぁっ」

 

 いきなりの成功だ。思わずガッツポーズをしたとしても誰が責められよう。

 

(次は無詠唱というか呪文名だけで発動するかのチェックかな)

 

 作品によってはこれだけで発動してるモノもあるので大丈夫なんじゃないかと思いつつ俺は検証し、実際「バギ」の一言だけで生じた風は草の葉を斬り散らした。

 

(あー、まぁ流石にこの大陸でこれだけ出来るなら身の危険はなさそうだなぁ)

 

 冷静になって考えてみれば、ラスボス戦レギュラーメンバーという高スペックの身体をもっているのに最弱レベルのモンスターしか居ないこの場所で俺は少々ビビリ過ぎていたのかも知れない。

 

(足も速そうだし、最悪戦わなくてもひたすら逃げてればいいし)

 

 ゲームのように敵が無限に湧くかも定かでない。大量虐殺やらかして何らかの悪影響が出てから後悔しても遅いのだ。

 

(あの水色生物達は貴い犠牲だったとして)

 

 今日一日ぐらいは心に留めておこう。ありがとう、すらいむさん。

 

「さて、冒険の始まりだ!」

 

 目指すは岬の洞窟。今居る草原の先、川にかかった橋を渡り南西、森の中に入り口があったのは覚えている。

 

(勇者が足を踏み入れる初めの洞窟だよな、感慨深い)

 

 俺が足を踏み入れるのは最初の宝箱までだ。

 

(中身は革の帽子だったかな?)

 

 やくそうだった気もするあたり、やっぱり記憶は劣化するものなのだと実感する。

 

「結構時間を消費してしまったし、急ごう」

 

 この身体の持ち主がルイーダの酒場に居たのは昼食をとる為で、その後道具屋で買い物し、スライムを蹴ったり呪文を使ったりしていたのだ。

 

(そもそも、ゲームならともかくこの世界だとそれなりに歩くことになりそうだしなぁ)

 

 のんびりしていて日が沈んでしまったでは拙い。今日の宿も決めていないのだから。

 

「って、そうだよ宿だよ」

 

 勇者と鉢合わせすることがないようにしたいところだが、アリアハンの滞在を避けて次の宿屋があるレーべにまで足を伸ばしてもそっちで勇者と会わない保証はない。

 

(バラモスが倒されてないだけでなくダンジョンまで初期化されてるとすれば)

 

 先に進む為必要となる魔法の玉を手に入れる為レーベへやってくる可能性は捨てきれない。

 

(解錠魔法のアバカムがあればショートカット出来るんだっけ?)

 

 ゲームの記憶をしっかりと覚えていればこういう時悩まなくて済むのだが、今更後悔しても後の祭りだ。

 

(まぁ、勇者はルーラ使える筈だし俺のことは諦めて一気にバラモス城まで乗り込んでくれると良いんだけど)

 

 ダンジョンがリセットされているなら、勇者側のルーラで飛べる場所まで白紙になってるかもしれない。

 

「って、ちょっと待てよ……このまま洞窟いくとそこで勇者と鉢合わせる可能性まであるのか」

 

 時間を無駄にして良かったかも知れない。

 

(怪我の功名かな。呪文の確認せずに洞窟直行してたらどうなってたことか)

 

 自分の馬鹿さ加減に思わずため息が出るが、気づけてラッキーだったと思おう。

 

「こんなこともあろうかと、今の俺にはこの呪文がある、レムオルッ!」

 

 パーティーの姿を透明にするという割と使いどころのない呪文だったが、俺としてもこんなところで使うことになるとは思わなかった。

 

(念には念を入れよう)

 

 足音を立てないよう忍び足で歩き出し、俺は改めて洞窟へ向かう。

 

「はぁ」

 

 さっきまで「はじめてのじゅもん」にピーク近かったテンションは随分と落ち込んでいたのだった。

 

 

 




とりあえず、呪文が使えることを確認した主人公。
魔王はまだ遙か遠く、警戒すべきはむしろ勇者。

果たしてこのまま逃げ切れるのか。


と言う感じで続きます。


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第三話「男はスライムだと思ったなどと意味不明の供述をしており」

「くっ」

 

 それが誰であるかを深く考えるよりも先に走り出していた。つい先程まで蹴っていた水色生き物が倒れ伏した人に襲いかかっている姿だったからだ。

 

「間に合え、ラリホー!」

 

 呪文が使えるのは確認済みとはいえ、ゲームの時のように巻き込んでも味方にダメージ無しなんてご都合主義が通るか疑念があった俺の選んだ呪文は、敵一集団を眠らせるというもの。

 

(眠らない奴がいれば蹴り飛ばすッ)

 

 一応蘇生呪文であるザオリクだって使えるが、水色生き物諸共倒れてる人を吹っ飛ばすような外道さを持ち合わせては居ない。

 

「とにかく助けないと」

 

 ただその一心で駆けつけ。

 

「は?」

 

 己の足がスライムシュートを放てる距離まで近づいた時、一瞬我を忘れ俺は立ちつくした。

 

「はい?」

 

 正直に言うと見つけた時は旅人だと思った。着ているのが旅人の服だったからなんてどーしようもない理由もあるが首から上が俺の居た場所からは茂みに隠れて見えなかった被襲撃者の髪は黒。そして尖っていらっしゃった。

 

「なんでゆうしゃがすらいむにぼこられてるんですか?」

 

 しかもソロ。ルイーダの酒場で仲間募ったんじゃなかったんかい。

 

「……ピキ?」

 

(おちつけ、おちつくんだおれ)

 

 スライムに蹂躙されて喜ぶ性癖の持ち主でないなら、この状況に至った理由で考えられるのはただ一つ。

 

(ひょっとしておれいがいすべてりせっとですか?)

 

 つまり、眠っているのか意識がないのか既に事切れてるのか、スライムに囲まれて動かない勇者様はレベル1、ひょっとしたらレベルアップしているかも知れないがそれでもおそらくレベル一ケタは脱していないだろう。

 

「うわぁ、どうのつるぎとはなつかしい」

 

「ピキー」

 

 近くの下生えの上に転がっていた勇者の初期装備を見て俺の顔が引きつる。

 

(まおうとうばつはゆうしゃまかせにしてにげだすおれのかんぺきなさくせんが)

 

 何があったかは本当に知らないが、肝心の勇者様は単身外に出てスライムに倒されてるのです。

 

「と、とにかくこの状況をどうにかしよう」

 

「ピキッ、ピキー」

 

 たぶん、真っ先に処すべきは眠りから目覚めて俺を新たなターゲットに定め体当たりを繰り返してる水色生き物だろう。

 

「空気読めぇぇぇぇぇ、シュゥゥゥゥッ!」

 

「ビギィィィィィィ?!」

 

 まるで切り取って貼り付けた(コピー&ペースト)したかのようにそっくりな悲鳴をあげながら水色生き物はぶっ飛んで行く。

 

「はぁ、他のも目を覚ます前に倒して……この後どうするかだな」

 

 このまま放置して行くのは寝覚めが悪いし、何で一人なのかも気になる。ちなみに、水色生き物の殲滅についてはもはやただの作業だった。一人フリーキック大会だった。

 

「さてと、じゃあ起こ――」

 

 あんにゅいな様子を隠そうともせず、俺はうつぶせの勇者に手をかけ。

 

「え?」

 

 むにゅんというやわらかなかんしょくをてにかんじてこうちょくした。

 

「すら……いむ?」

 

 ひょっとしてあのみずいろいきものはふくのなかまでもぐりこんでいたのだろうか?

 

(OK、おちつこう)

 

 ルイーダの酒場で俺は勇者の姿をはっきり見ていない。出来る限り早く離れようとしていたぐらいなどだから余裕もなかった。

 

(そう言えば思ったより高めの声だとはおもったんだよなぁ)

 

 ただ、声変わりしていないだけだと思っていた。

 

(だいたい、このキャラ使ってたパーティーメンバーの勇者は男だったはず)

 

 これはどういうことなのか。手の中から零れ出しそうなたぶんスライムではないものの感触さえ忘れて、俺はかすれた声を漏らす。

 

「どういう……ことだ?」

 

 勇者が性転換してるとかそれなんて二次創作モノ、とか言いたいところだが、ゲーム世界に憑依トリップしてる時点で充分に二次創作だ。

 

(考えててもらちはあかないけどなぁ)

 

 こんな所で女の子の胸触っててもどうしようもない。

 

「って、いかん」

 

 我に返った俺は女勇者の身体を仰向けにすると急いで手を退けた。

 

「危なかった、誰かに見られようものなら牢獄行きは避けられなかっただろうな」

 

 と言うか、人としてもアウトなんじゃないだろうか、相手の意識がないことにこういうことをするのは。

 

「さてと」

 

 また水色生き物がやって来る可能性も否定出来ない。俺は片膝立ちの姿勢で手を組むと蘇生呪文を唱えた。

 

「ザオラル」

 

 最初は眠った者を目覚めさせる呪文ザメハから試そうと思ったのだが、何となく祈りたくなったのだ。決してご馳走様でしたとかごめんなさいとかそう言う意味の行動ではない。

 

(か、勘違いしないでよ。懺悔ってつもりじゃないんだからねっ)

 

 気持ち悪くなってしまったが、他意はない。

 

「んッ」

 

「っ」

 

 蘇生確率半分の呪文がきいたのかはたまた気を失っていただけなのか、何処か艶っぽく呻いた女勇者に俺は肩を振るわせると、少女が目を開く様をじっと見守ったのだった。

 

 




いつから勇者が男だと思っていた……?

と言うか、一応最初から女勇者の予定だったんですけどね。
男同士だとBLにしか転がらない気がしましたので。

そんな感じで続くのです。


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第四話「おんなのこをなかせるやつなんてさいていだ」

「うわぁぁぁん」

 

 とりあえず勇者なら俺の胸で泣いてるよ、とか心の中で呟いてみるべきだろうか。

 

(よっぽど怖い目に遭ったんだろうなぁ)

 

 ザオラルが本当に必要だったかはさておき、死の恐怖を感じるには充分すぎる状況だった。

 

(そこから助かって人の顔を見たなら、まぁ)

 

 張り詰めていたモノが切れ、安堵とかで号泣してもしかたない。まして相手は女の子だ。

 

(しかし、勇者までリセットされてると言うことは、ダンジョンなんかの宝箱もたぶん元通りだろうな)

 

 宝箱が空いていて再度アイテムが入手不可能になっていたなら、魔王討伐に参加しない俺は何らかの方法で今もっている装備を勇者に渡すつもりだったのだ。

 

(魔王討伐に参加しないだけでも足引っ張ってるのにアイテム面で更に足を引っ張る訳にはいかないと思ってたけど)

 

 全てが杞憂に終わった。もちろん、念の為に岬の洞窟の宝箱ぐらいは確認するつもりでいるが。

 

「ひっく、ひっく」

 

(それにしても、これからどうしようか)

 

 助けてしまった以上、勇者から事情は聞く。ここまでは確定だ。

 

(が、その前に……女の子を泣きやませるにはどうしたらいい?)

 

 とりあえず背中をさすってやっているが、落ち着くにはまだ時間がかかるだろうか。

 

(誰か、助けてくれ)

 

 つくづく俺は役に立たない奴だと思う。

 

「ピキー?」

 

「ひっ」

 

 泣き声が聞こえたのかいつの間にか近寄ってきていた水色生物に少女が怯えるまで気づかなかったのだから。

 

「ピ?」

 

 ただ出来たのは無言のままむんずと水色生物を掴み。

 

「だから空気を読めと言っているだろうがっ!」

 

「ピギィィィィィ」

 

 全力で投げ飛ばすことだけだった。確か同じドラクエのナンバリングで相手を混乱させるメダパニの呪文を受けたキャラが敵を投げ飛ばすと言う行動をしたと思うのだが、同様のことは俺でも可能だったらしい。

 

「まったく……」

 

 勇者がトラウマを負って戦えなくなったら世界が詰むと言うのに。

 

(しかし、本当にどうするべきかな)

 

 どうやって勇者に落ち着いて貰おうか。さっきからやけに静かだが、間をおかずスライムと遭遇したことがよっぽどショックだったのかも知れない。

 

「……あ、あぁ」

 

「とりあえず、今日は戻るぞ? 親御さんも心配しているだろう」

 

 放心したままの勇者の肩に手を置くと、俺はキメラの翼を天高く放り投げた。

 

(こんな使い方をする為に買ってきた訳じゃないんだがなぁ)

 

 まったく、予定が狂いっぱなしである。

 

(うわっ、絶叫マシンみた)

 

 身体が引っ張られるように宙に浮き上がり思わずぎゅっと強めに抱きしめてしまった少女ごと俺の身体はアリアハン目掛けて飛んで行く。

 

「と言うかこれって着地どうすんだろ?」

 

 などと思ったのは、宙に浮いてからで。

 

「っ」

 

(ちょっ)

 

 勇者も怖かったのか俺の身体にしがみついてきて、俺は更に狼狽える。

 

(や、怖いのはわかるけど頭で足下がよく見えっ、わ、高度がどんどん下がっ)

 

 はっきり言ってもう何しても手遅れだった。後はキメラの翼が移動の為の道具であることと、俺の身体の頑強さに賭けるしかない。

 

(うおおおおおっ)

 

 女の子抱いてる手前、叫び声を口に出す訳にはいかず、ただ俺は神に祈った。無事着地出来ますようにと。

 

「……着いたぞ」

 

 抱き合うような形だったのが良かったのだと思う。俺の引きつった顔は勇者からは見えなかったはずだ。だから、何でもない風を装って少女の身体を引きはがす。

 

(はぁぁぁっ、びびったぁ)

 

 女の子の前で醜態をさらさずに済んだのは重畳である。あ、ルイーダの酒場の件はノーカンでお願いしたい。

 

(さてと、問題はここからだな)

 

 自己保身を優先するなら勇者を送りつけて後は知らんぷりという外道な選択肢もある。事情は聞けないが、我が身が大事ならそれも一つの手だ。

 

(ま、それが出来るならはなから助けなかっただろうけど)

 

 ゲームの通りなら俺が助けなくても勇者は王様の前で復活していたはずだ。おお勇者よ死んでしまうとは情けない、とか言われながら。

 

(まぁ、勇者がどうして一人だったのかは聞いておくべきだろうしなぁ)

 

 それによって此方もどう動くか決めよう。

 

「あ、あの」

 

「……今日はゆっくり休め。俺も今日はここに宿を取る。話があるなら明日聞こう」

 

 何か言い出そうとする勇者様を制すと、俺はアリアハンの城下町にくるりと背を向ける。

 

「俺はまだやることを残しているのでな」

 

 そう、大ぽかをやらかしたので埋め合わせに行くのだ。

 

(銅の剣、回収してこないと)

 

 ついでに岬の洞窟も先っちょだけ見てこよう。見上げれば太陽は随分傾いていたが、だからこそ急がなければならなかった。

 

(夜の屋外で捜し物とか無理ッ)

 

 ダッシュだ、急ぐんだ、俺。勇者と会った場所を忘れないうちに――。

 

 




プランをほぼ白紙に戻されてしまった主人公、そして盗賊は剣を探す。



続きます。




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第五話「みんなのトラウマ(トラウマ注意)」

「案の定、か」

 

 ものの見事に『やくそう』が入ったままだった宝箱の前で俺はため息をついた。

 

「やっぱりこの世界、『おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました』してしまったんだろうな」

 

 俺の憑依してるキャラだけが最後にセーブした状況のまま残ってるのは謎だが、これについては俺が憑依したというイレギュラーが原因なのではないだろうか。

 

(それで最初からになってるから勇者の性別も違ったと)

 

 ぶっちゃけ此処がゲームの世界に酷似した異世界という可能性だって0では無いと思うが、だとするとこのキャラだけが俺がゲームで使っていたレギュラーメンバーの一人そのままなのはどういうことなのか。

 

「わからないことが多すぎる」

 

「ピキーッ」

 

 ぼやいてみたところで仕方ない。しかし、水色生物はなぜこうも相変わらず空気を読まないのか。

 

「蹴りもした、投げてもみた……次はどうするかな?」

 

「ピ、ピィィィ」

 

 剣呑な視線を向けてみると俺の敵意を察したらしく、スライムは逃げ出した。ゲームのようにガサガサ逃げるかと思ったが、そんなこともない。

 

「はぁ……とりあえず戻ろう」

 

 このまま洞窟にいても角の生えたうさぎやらさっきの水色生き物に絡まれるだけだろう。

 

(それに洞窟の中は時間がわかりづらいからなぁ)

 

 別に真っ暗でもキメラの翼があるので遭難の恐れはないが、外に行くところを勇者が見ているのだ。

 

(休むようには言ったけど、何か言いかけてたし)

 

 街の入り口で待ってる可能性だってあると思うのは、俺の自意識過剰だろうか。

 

 そもそも、遅くなってチェックインしようとしたら「宿屋が満室です」とか言うオチだってありうる。

 

「さてと、じゃあさっさと帰りますか」

 

 道具屋で買っておいたたいまつのありがたさを実感しつつ、俺は来た道を引き返すのだった。

 

「ピキーッ」

 

「ま た お ま え か」

 

 物陰から飛び出してきた学習能力0の水色生き物に堪忍袋の緒を耐久テストされたりしながら。

 

「しっかし、この身体のスペックが高すぎてモンスターの強さがよくわからないな」

 

 勇者がボコボコにされていたのだから一般人にはスライムでも脅威なのだろう。本来の身体なら俺だってあの水色生き物にもあっさり殺されるに違いない。

 

「とりあえず、今日から人前での盗賊以外の呪文は禁止するとして」

 

 縛りプレイ気味に実力は隠蔽しておくべきかも知れない。強すぎる力は厄介ごとの種になりかねないし。

 

「勇者の事情次第かな」

 

 全力で逃げ出すつもりだった俺だが、あの勇者を放置するのは良心が咎めるし、魔王が倒されず魔物が蔓延り続ければまずいことぐらいは俺にでもわかる。

 

(商人による物流の流れが止まり、街や村などが孤立して……)

 

 物価が上昇すれば暮らしにくくなるだろうし、どこかの村の様にモンスターに滅ぼされる所も出てくるだろう。

 

「やっぱり、勇者には魔王を倒してもらわないと」

 

 もちろんパーティーメンバーは今でも御免だ。

 

「とはいえなぁ……」

 

 妥協すべきなのだろうか。悩んでる内に俺は洞窟の出口に辿り着き、鞄を漁ってキメラの翼を取り出す。

 

「アリアハンへ」

 

 二度目ともなれば取り乱しようもない。

 

「うわぁ」

 

 オレンジ色に輝く海に思わず感嘆の声を上げながら短い空の旅を楽しんだ俺の身体はやがて降下し始める。

 

(って、勇者)

 

 そして、気づいた。入り口で街の外をずっと見ているツンツン頭な少女がいることに。

 

(おちつけ、あれは俺の身を案じたとかじゃない。そう、銅の剣を待ってるんだ)

 

 そもそもおれのためにとかじいしきかじょうすぎである。とんだかんちがいやろうである。

 

「話は明日だと言った筈だが」

 

 と言うか、心の準備が出来ていない。故に俺は勇者が此方に気づくよりも早く声をかけ機先を制すると刃の方を持ったまま銅の剣を差し出した。

 

「あっ」

 

「忘れ物だ、そのままにして飛んだのは俺の落ち度だからな」

 

 渡すモノを渡してさっさと宿に引きこもろう。

 

 ちなみに銅の剣は馬鹿みたいに探し回ったあとふと思い出したレミラーマの呪文であっさり見つかった。アイテムのあるところが一瞬光る盗賊の呪文、なんでこれを忘れていた自分。

 

「あの、ありがとうございまつ」

 

「礼には及ばん」

 

 勇者が噛んだのは敢えてスルーしつつ、俺は素っ気なく応じ宿屋に向けて歩き出した。

 

(大丈夫だよな、このキャラなら取っつきにくいよな?)

 

 縋られたらその手をふりほどけない気がして、張った予防線。己に何度も問いかけ、辿り着いた宿のカウンターで俺は尋ねる。

 

「一泊頼めるだろうか?」

 

「申し訳ありませんが、満室でして」

 

「……そうか」

 

 ゆうしゃにぱーてぃーさんかをことわるどころかやどでしゅくはくをことわられましたよ。

 

(これも傷心の少女に冷たくした報いかな)

 

 他にアテも無かった俺は交渉の末宿屋の納屋で寝ることになったのだった。

 

 




そして夜は明け、少女の口から語られる勇者側の事情。

少年が選ぶのは逃亡かそれとも――。

続きます。

あ、挟む形で勇者視点の番外編書こうか迷ってますけどね。


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番外編1「あの人と出会うまで(勇者の視点)」

 

「いや、本当に勇者様々ですよ。いや、シャルロット様々でしょうか」

 

 宿屋のおじさんにそう言われて、ボクは苦笑するしかなかった。

 

「シャルちゃんを見に来たお客さんとかで部屋は満室。武装していた人もいるから、ひょっとしたらシャルちゃんの旅の仲間になろうという人も――」

 

「へぇ」

 

 ルイーダさんの酒場に直行して仲間を募る前に情報収集しておこうかなと思って宿屋に寄ってみたけど、幸先が良いかも知れない。

 

(王様にも言われたもんね)

 

 魔王を倒す為行動を共にする仲間、どんな人に出会えるんだろうとボクは期待に胸を膨らませつつ酒場の門を叩いた。

 

 もちろん不安もあったけど、ボクは勇者なんだ。

 

「すみません、通してください」

 

 混雑する客席を少し緊張しながら通り抜けて、カウンターにいるお姉さんの所にゆく。同じアリアハンの住人だし酒場はボクの家の前だからルイーダさんを間違えることなんて無い。

 

「こんにちは」

 

「いらっしゃい、ルイーダの酒場へようこそ。ここは旅人たちが仲間をもとめて集まる出会い と別れの酒場よ、何をお望みかしら?」

 

 外で出会えばいつものように挨拶する人だけど、今日のルイーダさんはいつもと違った。きっとお仕事モードなんだろうなぁ。

 

「それで、一緒に魔王を倒しに行く仲間を捜しに来たんです」

 

 お城から話は行ってるかもしれないけれど、ボクは事情を説明してから振り返る。

 

(名簿を見せて貰って個別に話をするのも良いかもしれないけど……)

 

 宿屋のおじさんが言っていたように、ボクへ力を貸してくれる為にここに来ている人がいるかもしれない。

 

(うん)

 

 だからまず呼びかけてみようと思った。

 

「バラモスを倒す為、力を貸してくださる方はこの中に居ませんか?」

 

 酒場の喧騒に負けないように声を張り上げたのだ、だが。

 

「バラモスぅ? お~う、嬢ちゃん。そんなんいいからこっち来て酒注いでくんねぇか」

 

 真っ先に声を上げたのは顔の赤い酔っぱらいのおじさんで、呼びかけは最初から躓いた。

 

(そ、そうだよね。酒場何だからこういう人が居ることぐらい)

 

 ボクが甘かったんだと思う。

 

 ううん、本当に甘すぎた。

 

「良くないです、僕は勇者として――」

 

「はぁ、お前が勇者かよ? 勇者って言うから期待したのに女とか」

 

「何よ、それ。勇者って言うからいい男だと思ったのにぃ」

 

 勝手な期待をし、勝手な失望をして何人もの人が立ち去り。

 

「……そんな」

 

 呆然としていたボクは気づかなかったのだ、酒臭い息をしたおじさん達が近寄ってきていたことに。

 

「え、きゃあっ」

 

「うへへへ、聞いたかおい?『きゃあ』だってよ」

 

「おぉ。おい勇者の嬢ちゃん、俺達が仲間になってやろうじゃねぇかぁ。一緒に楽しいことしようぜぇ? へへへっ」

 

 突然後ろから抱きつかれて思わず悲鳴をあげたボクの反応を楽しむようにニタニタ笑いながら一人が腰の辺りに手を伸ばしてきて――。

 

「放してっ」

 

「うおあっ」

 

「てめえっ」

 

「痛っ」

 

 酔っぱらいを乱暴に振り払い距離をとろうとしたけれど、今度はもう一人の酔っぱらいに腕を掴まれる。

 

「大人しくしてりゃいい気になりや」

 

 その腕を掴んできた酔っぱらいが声を荒げボクの身体を引き寄せようとした直後だった。

 

「がっ」

 

「ああっ」

 

 短い声を漏らして酔っぱらいは崩れ落ち、腕を掴まれたままだったボクもバランスを崩して床にへたり込む。

 

「オイオイ、何の騒ぎですかコレ、うっせーんだけど?」

 

 頭上から聞こえてきたのは、たぶんあの酔っぱらいをのした人の声。

 

「あ、あの……ありがとうございました」

 

「はっ?」

 

 慌ててお礼を言ったボクに返ってきたのは、訝しげな反応だった。

 

「ひょっとして、俺様が助けてくれたとか勘違いしてるクチ? ちょっ、だったらマジ受けるんですけど」

 

「えっ」

 

「いや、だって勇者とか言っといてあんな雑魚の対処も出来ずにテーソーの危機? ねーよ、どこの笑い話ですかソレ」

 

 愕然とするボクの前で恩人だと思った人は、お腹を押さえてバカ笑いしだす。

 

「つーか、お前みたいな雑魚はぁ、ぶっちゃけこの雑魚達とイイコトしてんのがマジお似合い。おおがらすの餌になるより人々にコーケンできるっぜ、ガチで」

 

「え」

 

 ボクはその人が何を言っているか理解出来なかった。

 

「言い過ぎよ」

 

 ルイーダさんが止めにはいるまで。

 

「はぁ? そーゆアンタだって酔客のローゼキガチ放置してたのに?」

 

「……わかってて言ってるでしょ。人を斡旋する以上こっちにも相手を見極める必要があるのよ」

 

「あー、そっか。けどよ、この雑魚勇者様試されてたことさえ気づいて無かったんじゃね?」

 

「試……す?」

 

 まだ理解が追いつかなかった。

 

「うわ、ポーカンとしてる。ボーゼン、ボーゼンジシツって奴? 悪かった、お前マジ面白ぇわ、雑魚じゃねぇ芸人だな」

 

「っく」

 

 相変わらずこっちを指さしてげらげら笑う人の言ってることを完全に理解した時、ボクは酒場を飛び出していた。

 

(ボクがもっと強ければ……しっかりしてれば)

 

 侮られることなんて無かった。みっともない真似だってしなかった。

 

(強くなろう。そうしたら、きっと……)

 

 仲間だって見つかると思う。あんな失敗はしない。

 

(何の功績もない、ただお父さんの娘だってだけだもの)

 

 それだけで力を貸してくれだなんて虫が良すぎたのだ。去っていった人達を見返してやろうって気もあった。

 

(こんな所で躓いたままじゃいられないよね)

 

 メインストリートに出て右に曲がり、アリアハンの外に出る。

 

「あれは……」

 

「ピキーッ!」

 

 最初に遭遇したのは一匹のスライムだった。

 

「ボクだって、スライムぐらいっ」

 

 ボクは力一杯銅の剣を振り上げ、自重を活かして叩き付ける。

 

「ビギッ」

 

 ただそれだけで、断末魔をあげてあっさりとスライムは動かなくなった。

 

「や、やった……」

 

 初めての勝利。

 

(大丈夫、ボクだってやれるんだ)

 

 少しだけど溜飲も下がって、自信を取り戻したボクはレーベに向かって歩き出す。ただ、この時ボクは気づいていなかった、自分がどれだけ無謀なことをしているかを。

 




この後勇者シャルはスライムの群れに遭遇し、ボコボコにされたところを主人公に助けられるという流れになっております。

シャルロットが本名ですが、ゲームだと文字数的に愛称のシャルじゃないと登録出来ないかも。

ともあれ、次回は本編の予定。

続きます


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第六話「私に良い考えがある」

「ふあぁ」

 

 あくびを噛み殺しつつ宿を出た俺は勇者の家に向かって通りを歩いていた。

 

(さてと、問題はこれからどうするかだよなぁ)

 

 ソロだった理由についてはまだ聞いてないが、これについては予想がつく。

 

(一人旅のメリットって言うと「経験値がたくさん入ってくる」「装備にかけるお金が少なくて済む」だったかな?)

 

 勇者のレベルアップは他のキャラと比べて遅めなので、パーティーを組む前に少しレベル上げをしておこうというのも選択肢の一つだと思うのだ。

 

(そのつもりがたまたま沢山のスライムに囲まれてああなったのだとしたら、一定レベルまで育ててやれば問題は解決だよな)

 

 パーティーに入るのにはまだ抵抗があるが、所謂師匠ポジションでサポートし、一定レベルまで育ったところでワシが教えることはもう無いとフェードアウトしてしまえば後は勇者が上手くやってくれると思う。

 

(むしろ、一度加入することで後々誘われないようにする。我ながら良いアイデアかも知れない)

 

 勇者に引き留められるという可能性も0では無いだろうが、この世界にはバシルーラという呪文もある。

 

(プレイヤーとしては嫌な呪文だったけどなぁ)

 

 相手を吹き飛ばしてしまう呪文でこれを喰らったキャラはパーティーから離脱してしまうのだ。ゲームではルイーダの酒場に戻ってしまうだけだが、飛ばされた後置き手紙でも残して酒場を出れば晴れて自由の身という訳である。

 

(まぁ、他にも方法はあるしなぁ)

 

 割と心配はしていない。

 

(場合によっては勇者の為にパーティーメンバーを用意してやっても良いし)

 

 ゲームと違って勇者でないのに自由に俺は動ける。適当に使えそうな人材を連れ出して一定レベルまで育て、勇者にあてがえば良いのだ。

 

(この大陸から出ない範囲なら俺でも何とかなりそうだし)

 

 こちらを蠍の尾で刺し麻痺させてくるさそりばちというモンスターが気にはなるものの、育てるメンバーに麻痺を治す『まんげつ草』を持たせればいい。

 

(あと、懸念事項があるとすれば俺の名前かなぁ?)

 

 本名を名乗るか、それともキャラの名を名乗るか。

 

(だいたい、この状態がいつまで続くかわからないし)

 

 身体の持ち主が戻ってきた後のことを考えると下手なことは出来ない。

 

(人間関係はリセットされた後のことを踏まえて動くべきだな。場合によっては本当のことを予め話しておくことも考えておかないと)

 

 ルイーダの酒場には可愛い女の子も結構いたのだが、恋愛はNGである。愛をはぐくんでいる途中で憑依が解けた場合、誰も幸せになれないのだから。

 

(さいあくしゅらばですよ。いきなりこいびとが「だれだおまえ」とかいいだしたりしたら)

 

 故に俺は恋愛が出来ない。

 

(まぁ、中身は残念だしなぁ)

 

 そもそもおれにほれるあいてなんていないとおもうが、それはそれだ。おれはべつにないてない。

 

(いや、だが助けた勇者なら俺のことを……って、これ自意識過剰だよな)

 

 困っていた女の人を助けたところで「貴方いい人ね、さよなら」が現実である。経験談でもある。

 

(ダメダメだ。相手が好意を抱いてるかも知れないとかストーカー思考じゃないか)

 

 えいへいさんこのひとですされてしまっても、責められない。

 

(保険も兼ねてパーティーメンバーをあてがうなら、人員にイケメンを入れておくべきかな)

 

 そしてほかのそだてためんばーとくっついてどりょくはむだになるんですね、わかります。

 

(くっ、ならいっそのこと勇者以外全員男の逆ハーパーティーを……あ)

 

 そこまで考えて、育成中は男祭りになることに気づいた俺は、考えるのを止めた。

 

(やめろ、俺の想像力)

 

 無理矢理打ち切ったと言う方が正しい。三人のイケメンから惚れられる俺という地獄絵図を一瞬でも想像してしまったのだから。

 

(かといって女の子ばっかりにするのもなぁ)

 

 それでは俺がまるで女好きのようだ。

 

(だぁぁぁっ! 勇者の情報抜きに考えててもらちが空かない)

 

 ウジウジ悩んでいないで勇者の所に行こう。頭を振って迷いを振り払う。そもそも、宿屋からは目と鼻の先なのだ。

 

「……ふぅ」

 

 考え事をしていて通り過ぎるというベタな展開はギャグマンガだけにして欲しい。

 

「今日も天気は良さそうだな」

 

 とりあえず、街の入り口から見た空は今日も晴れ渡っていた。その青さが目に染みたのはきっと気のせいだ。

 

(OK、さっきのは無かったことにしよう)

 

 平静を装いつつ勇者の家の前まで戻ってきた俺は、腕を組んで立ち止まる。

 

(さてと、話は今日聞くと言っておいたし、勇者は家にいるよな)

 

 今度こそ何も問題はない、俺はドアをノックして、反応を待った。

 

(……あれ、勇者って何て名前だったっけ?)

 

 致命的な失敗に気付き、愕然としながら。

 

「はい……あ、あなたは」

 

 勇者が出てきてくれたのは運が良かったと思う。

 

「話を聞くと言ったからな」

 

 がんばれ俺のポーカーフェイス。

 

「その、昨日はありがとうございましたっ。あ、上がってください」

 

「あぁ」

 

 こっそり自分で自分を応援しつつ勇者に促されて足を踏み入れた勇者の家は、ゲームだった時の間取りを彷彿とさせながらもあちこちに差異が見られた。

 

(当然と言えば当然だよなぁ)

 

 ゲームの時と違って、この世界の人々はモノも食べれば下品な話になるが排泄もする。宿屋では納屋に泊まったから内装を見てはいないが、トイレとかゲームには無かった部屋が追加されてるのではないだろうか。

 

(ま、それはそれとして)

 

 ここからが本番だ。

 

「そ、その昨日は本当にありがとうございまちたっ」

 

 二階に通されて、勇者はまず礼の言葉を口にした。噛んだ事にはもうツッコまない。

 

「気にするな。あれは、ただの自己満足だ」

 

 そう、自己満足とエゴと打算なのだ。

 

(うわーい、何て言うんだろこの感覚。針のむしろ?)

 

 全力で感謝されるといたたまれなくて逃げ出したくなる。

 

「話がそれだけなら俺は失礼させて貰うが?」

 

 だから「そんなことないです」とかぶんぶん首を横に振る勇者を制して俺がそう言ったのは、何割かの本音も含んでいた。

 

(こっちから事情を聞くポーズをとるのは拙いからなぁ)

 

 むろん、事情を聞くつもりで足を運んだのだから、帰るつもりはない。

 

「ま、待ってください。話を――」

 

 予想通り自分を呼び止めた少女に罪悪感をぐりぐりと剔られながら、振り返ると短く「聞こう」とだけ言い。

 

「どうかボクを弟子にしてください」

 

「は?」

 

 パーティーメンバーにでは無いお誘いに、俺は思わず聞き返していた。

 

(なに……それ)

 

 その後、ポツポツと少女が語り出した経緯を聞いて俺は困惑する。ゲームでは絡んでくる酔っぱらいなどいなかったし、ルイーダに話しかけルイーダが名簿に登録されている仲間を呼び出してパーティ結成というお手軽展開だった筈だ。

 

(そりゃ、ゲームの方がご都合過ぎすぎるんだろうけれど)

 

 あげくのはてによっぱらいへのたいしょでゆうしゃをためすとかなんですか。

 

(初期ファミコンだしなぁ、こんなイベントぶち込んだら容量足りないとかめんどくさいだけとか色々あるんだろうけど)

 

 すんなりパーティーを組めると思っていた自分が甘かったと少女は語りつつ己を恥じていたが、俺も同じ認識だったのだ。

 

(って言うか、下手するとこれ勇者用のパーティーメンバー集めるのも俺が想定してたよりめんどくさい事になるんじゃ)

 

 勇者の目がなかったらきっと頭を抱えていたと思う。俺も色々と甘すぎた。

 




これがゲーム脳の弊害か?

どこからどこまでがゲーム通りなのか、衝撃の事実と勇者の願いに主人公は――。

ちなみに、主人公が盗賊だと知った勇者が「泥棒はまだ出来ないけれど、きっと覚えます」とか言う展開は自重しました。


続きます。


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第七話「俺、ピンチ」

「ごっ、ごめんなさい」

 

「気にするな」

 

 頭が痛い。とはいえそんなことも言ってられなくて、俺はペコペコ謝る勇者を前にキャラを崩さず宥めるのに苦戦していた。

 

(と言うか、あの宿屋の満室勇者の出発に絡んでたんだなぁ)

 

 払った筈なのに身体に埃が付いていて、宿が満室だったので納屋で寝たことをうっかり漏らしたらご覧の有様である。

 

「それよりも、これからのことだが」

 

 話が進まないので、俺は強引に話題を変えた。弟子入りについては想定の範囲内であったし、普通のパーティー加入より途中で抜けやすいだろうという目論見でOKをだした。

 

(というかふくのはしっこひっぱってうわめづかいとかはんそくすぎる)

 

 かてるわけないじゃないですかやだー。

 

「は、はいお師匠様」

 

「俺にも準備がいる。修行は明日からと言うことでいいな?」

 

 強引にも見えるかも知れないが、勇者の話を聞いて酒場の一件は確認しておきたいし、他にもやっておきたいことが幾つかあった。

 

(だいたいこの勇者の性格からすると、今すぐにでもとか言い出しそうだったしなぁ)

 

 経緯を考えると自分に責める権利はないが、カリキュラムじゃなかった訓練内容を考えて煮詰める時間も欲しい。

 

「ではな、明日になっ」

 

「ま、待ってください」

 

「どうした?」

 

「あの、お師匠様の名前をまだ――」

 

(あ)

 

 俺は踵を返そうとして少女に呼び止められ、訝しんで投げた問いの答えに内心硬直する。

 

(ちょっ、忘れてた。どうしよ? お師匠様呼びで解決したと思ったのに)

 

 頭の中は踊り出すほどに混乱中だったが、ここで名乗らないのは不自然。

 

「名か」

 

 短い呟きで、時間を稼ぎ必死に考える。

 

「過去にはあった、だが今の俺にはそれを名乗る資格すらない」

 

 苦心の末思いついた返事は、ある意味真実であり、追求するのを躊躇わせる様なモノだった。

 

(うん。良く考えついたよなぁ、俺)

 

 密かに自画自賛しつつ、勇者には好きに呼べと言って今度こそ勇者宅を後にする。

 

(ふぅ、何とか乗り切れた)

 

 中の人は割といっぱいいっぱいだったなんて些細なことだ。

 

(そう、ゆうしゃのなまえをききわすれてことだってささいなことですよ?)

 

 忘れ物というのは後になって思い出すから忘れ物なのだよ。銅の剣の一件しかり。

 

(明日はちゃんと聞こう)

 

 俺は自己反省しつつ、酒場へ向けて歩き出した。

 

(あの娘の言い分を疑う訳じゃないけど裏をとっておかないとな)

 

 ついでに名簿を見せて貰って良さそうな人材がいたなら勧誘してみよう。

 

(呼びかけると勇者の二の舞になりかねないし。まぁ、男なら酔っぱらいに絡まれる展開はない……よな?)

 

 ホモ展開は全力でお断りさせて頂く。

 

(パーティーに加えるなら、人数はとりあえず多くて二人かな。経験値が分散しすぎると意味ないし)

 

 勇者を鍛える事になるのはほぼ確定だろうし、だったら一緒に鍛えてしまえば勇者と面識も出来るし上手くいけば仲間意識だって芽生えるだろう。

 

(上手いこと目当ての人材が見つかると良いけど)

 

 こればっかりは行ってみないとどうにもならない。

 

(買い物は明日だな)

 

 勇者も王様から仲間用の装備を貰っていると思うので、その辺りの確認が先だ。

 

(いまごろになってききわすれていたことがぼろぼろでてくるのは、きっときのせいなのです)

 

 こうもうっかりが多いと、人の言葉を完全記憶する勇者の固有特技「おもいだす」が羨ましい。使えたとして聞き忘れを防止するような応用が使えるか何てわからないけど。

 

「いかんな、これ以上気が滅入る前に酒場に入ろう」

 

 勇者の家とは向かいの立地だけあって気づけば俺は酒場の前に立っていた。

 

(時間的にまだ午前中だし、入ってみると流石に酔客も少ないな)

 

 さっさと済ませてしまおうと人もまばらな客席を通り抜けてルイーダの元に向かい。

 

「悪いが名簿を見せて貰えるだろうか」

 

 口にして依頼した直後だった。

 

「あのっ」

 

「ん?」

 

「お願いですっ、私を連れて行ってくださいっ!」

 

 ウエイトレスをしていたバニーさんが後ろからしがみついてきたのは。

 

(ちょっ)

 

 これにどうしておちついていられるだろうか。せなかごしにおしあてられたやわらかなものはゆうしゃのものよりたぶんおおきい。

 

(……じゃなくて! 落ち着け俺、クールだ氷の心で対処するんだ)

 

 解せぬ。身体はハイスペックな筈なのにピンチの連続でござる。外見上はただ突っ立ってるだけだが、内面は謎の侍口調になってしまうほどに混乱していたのだ。

 

「落、ち着け」

 

 うっかり「お」から始める別の単語が飛び出そうとしたのを何とか誤魔化して、俺は出来るだけ冷静さを装った声を発すと、助けと説明を求める視線をルイーダさんに送ったのだった。

 

 




新キャラ登場しました。

脳内プロットではずいぶん前から登場確定してたキャラなんですが、実はまだ名前決めてなくて。
うーむ、良い名前はないかなぁ。


続きます。


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第八話「なあに、こんなのはホンの致命傷だ」

(うわぁ)

 

 事情を聞いたらかなり重かった。バニーさんの父親は行商で、魔物に襲われ亡くなったということなのだが不幸はそれで終わらなかったのだ。既に母親はなく、残されたのは借金のみ。

 

「このままでは借金のカタにその、そういうお店に行くしかないと言うところで声をかけて貰ったんです」

 

 諦めるのはまだ早い、職業訓練所で何らかの適正が見つかればそれでお金を稼いでいけるかも知れない、と。

 

「それで適正を調べに行ったら――」

 

 適正があったのは遊び人オンリー、冒険の役に立つとは思われずお誘いがかかるのはどう考えても身体が目当てな男ばかり。勇者が来た時は声をかけたかったのだが、天敵である酔っぱらいがいて近寄れなかったらしい。

 

「ここでウェイトレスさせて貰ってるのですが……お、お給料だけじゃ借金は殆ど減らなくて」

 

 かなり追いつめられていたところに俺が登場したと言う訳だ。

 

(こんなはなしきかされて、「はいさようなら」なんてできるわけないじゃないですかやだー)

 

 出来たのは、動揺を悟られないようにして店主のルイーダに尋ねることだけ。

 

「いいか?」

 

 勇者は試された。なら今度は俺が試されたっておかしくはない。

 

「もちろん良いわよ。貴方になら安心して預けられそうだし」

 

(え)

 

 だと言うのに拍子抜けするほどあっさりで面を食らう。

 

「理由を説明するとね、貴方が助けた勇者には念のために人をつけてたのよ」

 

「なっ」

 

 思わず驚きが口から出てしまった俺を前に、ルイーダさんは説明し始めた。

 

「国王自ら魔王討伐に向かうことを承認した勇者があっさり倒れるようなことがあれば国の体面に傷が付くでしょ?」

 

 故にいざとなったら倒れた勇者を回収すべく腕利きの者達が待機していた、と言うことらしい。

 

(ああ、全滅した後王様の前で復活するアレか……って、いうことは)

 

 納得はしたが、同時にもの凄く嫌な予感がして硬直する。

 

「貴方には先を越されたようだけれど」

 

(ああああっ、やっぱ見られてたぁぁぁぁっ)

 

 致命的大失敗であった。

 

(ということは「らりほー」や「ざおらる」つかったことまでしってるんですね、わかります)

 

 拙い、拙すぎる。

 

(落ち着け! いや無理だ! じゃなくて、えーと)

 

 もうこの時点で俺の頭の中は「どうしよう」と言う単語でいっぱいだった。

 

(どうやってごまか)

 

「けど、『盗賊が信心深いとか、マジ目ェ疑った』とも言ってたわね」

 

(えっ?)

 

 パニックになっている間もルイーダさんはしゃべっていて、声には出さなかったが、驚きが顔に出てしまっていたのだろう。

 

「助けた相手にまだ息があったと知って神に感謝の祈りを捧げたんでしょ?」

 

(……あるぇ、ひょっとして呪文使ったのはバレて……ない?)

 

 クスクス笑いつつ首を傾げるルイーダさんの言葉が時間差で頭に染み込んできて、俺は心の中で胸をなで下ろそうとし、一つの疑問にぶち当たった。

 

(ん? けどラリホーの方は誤魔化しようが無かったよなぁ)

 

 そちらに言及されなかったことに疑問が残ったが、ルイーダさんの次の一言で得心がいった。

 

「貴方がいてくれて助かったわ。さっきは先を越されたっていったけれど、あの娘につけてた人達が直前に魔物の群れと出くわしちゃって、タイミング際どかったのよ。ようやく辿り着いた時には貴方がスライムを蹴り飛ばしてるところだったわ」

 

(あぁ、あっちは見られなかったのか。良かったぁぁぁ)

 

 と言うか、勇者の処置で最初に使ったのがザオラルで良かった。ザメハや回復呪文のホイミとかかけていたら言い逃れのしようも無かった。

 

「だからあの娘の胸を触ったことは内緒にしておいてあげる」

 

「っ」

 

(あんしんさせたところでとんでもないばくだんなげつけてきましたよ、このおんな)

 

 ばにーさんに聞かれないよう耳もとで囁いてくれたのだけはありがたかったが。

 

「そのかわり、あの娘に護衛がついていたことは秘密よ」

 

(うぐぐぐ)

 

 あれは不可抗力だろうと小声で抵抗しつつも結局俺はルイーダさんの要求を呑むより他になく、胸中で誓ったのだった。

 

(今後は呪文の扱いもっと徹底しよう)

 

 こんな致命的失敗は一度で充分だ。

 

「しかし、覗き見とは良い趣味をしてるな」

 

 これ以上ボロが出ないように気分を害した態で俺は吐き捨てると、ルイーダさんに背を向け歩き出す。

 

(これは、仕方ないよな)

 

 本当ならもう一人メンバーを入れたかったが、このままルイーダさんと会話を続ける余裕なんて俺の中のどこを探したところで見つかりようもない。

 

「行くぞ」

 

「あっ、は、はい」

 

 バニーさんに声をかけ、俺は酒場から逃げ出したのだった。

 

「あの、ところで貴方のお名前を伺ってないのですが――」

 

「……名か」

 

 ちなみに当然の如く尋ねてきたバニーさんの疑問には、勇者の時と同じ答えを返しておいた。

 

「わ、わかりました。これからよろしくお願いします、ご主人様」

 

「あ、あぁ」

 

(すきによべとはいったがどうしてそうなったとあたまをかかえたくなったのはおれだけのひみつですよ)

 

 と言うか、本当にどうしてこうなった。

 

 自分以外女の子のパーティーは止めようと思っていたはずなのに、結果はご覧の有様である。

 

(はーれむぱーてぃーじゃないですかーやだー)

 

 これで恋愛OKなら百歩譲って「役得ひゃっほー」とか言えるのだが、借り物の身体で誰かとお付き合い出来ない俺にとってはただの苦行。

 

(これが世界の悪意かっ)

 

 実際はそんなことなどないのだろうが、疑ってしまう俺を許して欲しい、世界よ。

 

(現実逃避はこの辺にして、遊び人って何が装備出来たかな?)

 

 ルイーダの酒場には日を改めてもう一度行くと言う選択肢もある。

 

(となると、バニーさんと勇者の初対面とか他のやることは明日以降か)

 

 そう、『明日』以降。

 

「ところで、今日の宿はどうなっている?」

 

「えっ、家はとっくに売り払ってしまいましたし……その」

 

「……予定変更だ」

 

 もじもじするバニーさんの態度でとんでもない大問題が残っていた事に気づいた俺は、勇者の家を再訪問しバニーさんを預かってくれるよう頼んだのだった。

 

 




いやー、本当にあぶないとこだったぜ。

危うく蘇生呪文が使えるところまでバレるところだった主人公。

新たな仲間も加わってこれから三人旅となるのか。

羨ましいぞ、そこ替われ主人公。

バニーさんの口調、勇者との差別化考えると別のモノにした方が良かったかなと悩みつつ、続きます。


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第九話「勇者失格」

 

「ちぃっ」

 

 舌打ちしつつも俺がすぐさま動けたのは、最悪のケースとして想定していたからだ。

 

「あ、あぁぁ……」

 

 投げ出された銅の剣。

 

(なんでこう――)

 

 ひっ、と短く悲鳴をあげて身体を縮こまらせた少女は体当たりしてきたスライムによって尻餅をつかされ、恐怖の表情を浮かべて固まってしまっている。

 

「ピキ」

 

「はぁぁぁぁぁぁッ」

 

 尚も追加の体当たりを試みようとした最弱モンスターは鳴き声すら最後まであげられず木に激突して潰れた果実モドキと化した、俺の蹴りでだ。

 

(可能性はあったが、あれがトラウマになってたとはなぁ)

 

 これでは魔物を倒せる倒せないという以前の問題だった。

 

(あんな目に遭えば無理もないとはいえ……)

 

 戦闘力がほぼ皆無な街の人間でさえ魔物に襲われれば逃げ出そうとするだろうが、勇者は怯えてしまって逃げることすら出来なかったのだ。

 

(今回は俺が居たから何とかなったけど)

 

 一人だったらろくな抵抗も出来ず、たった一匹のスライムになぶり殺しにされていただろう。

 

(いや、その前に酒場の腕利きが助け出すかな?)

 

「あっ、あ、あぁぁ……」

 

 もっとも、助け出されたとしても今だ放心しっぱなしの少女が勇者として役に立つかと問われたなら答はNO。

 

(ったく)

 

 そして俺は、たまたま助けることがなければ勇者がこんな風になってしまったことさえ知らず暢気に待っていたはずだ、魔王が倒されるのを。

 

(いい気なモンだよな。何様なんだろうな、俺って)

 

 強く拳を握りすぎて、掌に爪が食い込んだ。気づけば俺は自分自身に激しい怒りを感じていたのだ。

 

「シャル、シャルロット」

 

 ようやく聞くことが出来た少女の名を呼んで、へたり込んでいた勇者の前に膝をつく。何と声をかけるべきだろうか。

 

(「もう大丈夫だ」か、それとも――)

 

 出来る限り安心させてやりたくて、だが言葉がなかなか定まらない歯がゆさともどかしさに焦燥した俺は。

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

「うみゃぁぁぁっ」

 

「ぶっ」

 

 ばにーさんがお尻を触ったことで悲鳴をあげ、立ち上がろうとした勇者のヘッドバッド(かいしんのいちげき)をモロに喰らったのだった。

 

「釈明を……聞かせて貰おうか」

 

 当然ながら俺はおかんむりである。

 

「その、すみませんすみませんっ。無防備なお尻があると、つい」

 

 バニーさん、マジ厳粛破壊者(シリアスブレイカー)。と言うか、意思に反して痴漢行為してしまうとか、何それ怖い。

 

(あそびにんってのろわれてるんだろうか)

 

 じゃなくて。

 

「シャル」

 

 今は勇者のケアが第一だ。頭を振った俺はシャルロットに向き直るともう一度名を呼んで。

 

「う……あ……お、お師匠ざまぁぁ」

 

「まったく」

 

 ボロボロ泣きながら胸に飛び込んできた少女を受け止める。

 

(師匠を引き受けたんだから、相応のことはしないとな)

 

 魔王のような強者との戦いになれば俺は足手まといでしかないが、この段階なら出来ることはいくらでもある。

 

(最低でも勇者のトラウマは克服させる)

 

 それはけじめであり償いだ。

 

(トラウマの治し方なんて知っている訳じゃないけど)

 

 このままで良い筈がない。

 

「まず、修行内容を変えねばな」

 

「お師匠……様?」

 

 顔を上げ、きょとんとした表情をするシャルの頭に俺は手を置き逆に問うた。

 

「諦めるつもりか?」

 

「で、でもボク……」

 

「今すぐ戦えとは言わん。だがお前はまだ俺の弟子だろう?」

 

 まさかこんな事を自発的に言うようになるとは思わなかった、だが。

 

(そもそも今更見捨てられないもんな)

 

 言い訳は逃げだろうか。だとしたら俺はたいして変わってない、気づいたらルイーダの酒場に居た時から何も。

 




はい、主人公覚醒(成長)回でした。
勢いで書いてたらうっかり打ち切りエンドしちゃうところだった。
危ない危ない。

勇者として致命的なトラウマを抱えてしまったことが発覚、果たしてシャルロットはトラウマを克服出来るのか?

そして、変更される修行の内容とは?
主人公の逃げる気どこ行った?

そんな感じで続きます。


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第十話「守りたい、その……(性的描写注意)」

 

「お前達が為すべき事は二つだ」

 

 とりあえず服が濡れていたのでそれを口実に勇者を着替えさせた俺は、バニーさんと勇者を前にして修行の説明を始めていた。

 

 経緯は聞いていたので修行を始める前にモンスターと戦わせて実力を見、あわよくばその経験値で勇者がレベル2に上がるかなと思ったところでのトラウマ発覚である。始める前から内容を変更せざるを得なくなった訳だが、是非もない。

 

「一つは二人共通で生き残ること。とは言っても、お前達に近寄る魔物は全て俺が片付ける」

 

 故に心配は要らないと二人を安心させ、本題へと入った。

 

「先程追いかけっこをして貰うと言ったな?」

 

「は、はい。ボクが逃げて……」

 

「わ、私が追いかける」

 

 俺の問いかけに答えた二人へ、俺は満足そうに頷く。

 

「その通りだ。よって二つめは、シャルなら『追っ手に捕まらない』こと」

 

 バニーさんなら、勇者を捕まえることである。

 

「言ってみれば足腰を鍛えるトレーニングだが、もしシャルを捕まえたなら好きにして構わん」

 

「「え」」

 

 続けた説明に二人の声がハモる前で俺はポーカーフェイスを崩さず、言う。

 

「課題を果たせない者にペナルティーは必要だろう? その方が真剣に取り組めるというものだ」

 

「け、けど……そのっ、い、いいんですか?」

 

「ああ」

 

「お師匠様?!」

 

 追いかけてる最中手が届けばお尻を触ることも許可を出したら、バニーさんはまごつきながら確認してきたが俺は心を鬼にして首を縦に振った。

 

(というか「いいんですか」とききつつ「てをわきわきさせる」のはやめてください)

 

 バニーさんの本心はどっちなんだろうか、本当に。

 

「やったぁ、ご主人様話がわかるぅぅっ!」

 

 とか大喜びされたら、全力でヒいていたとも思うけれど。

 

「お師匠様、どうして……」

 

(うう、何だか罪悪感が)

 

 勇者がショックを受けているが、これも勇者の為なのだ。水色生き物と遭遇して放心状態だったシャルはバニーさんにお尻を触られて我に返った。

 

(モンスターは俺が倒すつもりだけど、モンスターを見ただけでさっきの状態になってしまうかもしれないしなぁ)

 

 つまり、バニーさんのセクハラは動けなくなった勇者を正気に戻すと言う役割も担っているのだ。

 

「すまん」

 

 ちなみに、バニーさんを預かってくれた昨晩、シャルはさっそくその洗礼を浴びたらしい。

 

(とはいえ事情は説明出来ないし)

 

 モンスターの攻撃ならば当たり所が悪ければ落命の可能性すらある、それと比べればこの修行ははるかに安全だと思う。

 

(逃げる練習と攻撃を避ける練習を兼ねてるんだけど)

 

 バニーさんのセクハラは、攻撃のかわりでもあった。スライムにさえ怯えてしまう勇者が練習用の攻撃にも怯えてしまう可能性を考慮し、攻撃と認識せずなおかつ逃げようとするものとして考えたモノがこれなのだ。

 

(おれが「おって」やったら、はんざいだもんなぁ)

 

 と言うかこれ以上ルイーダさんに弱みを作ってたまるものか。腕利きの護衛とやらが監視してるかを確認した訳ではないが、李下に冠を正さずである。

 

「一応『やくそう』と『キメラの翼』を各々に渡しておく。ん?」

 

「……あぅ」

 

 俺は鞄から道具を取り出して二人に差し出し、受け取る様子を見せない勇者の顔を見て、嘆息する。

 

「はぁ」

 

 気が進まないのはわかるが、妥協して貰わないと話が進まない。

 

「まぁ、こんなモノ無くても今日は俺が守ってやるが、念のためだ。それに嫌なら捕まらなければ良いだけだろう?」

 

 勇者を安心させる為に顔を覗き込んでもう一声かけ。

 

「だ」

 

「だ?」

 

 何かを言いかけたシャルに問い返した俺は――。

 

「だったら、ボクのお尻も守ってくださいっ」

 

「は?」

 

 思いっきり耳を疑った。

 

「あっ、ちが違う、違うよ。そうじゃなくてボク、あ、うぁう……」

 

 誰だ、誰が勇者に混乱呪文メダパニをかけた。

 

(いや、きっと何か言いたいことがあったけど踏ん切りかつかず、それを誤魔化そうとしたらとんでもないこと言っちゃったとか、そんなオチなんだろうけど)

 

 真っ赤な顔をして悶えてるところを見るにそんなところだろう。と言うか、そうであって欲しい。

 

「『勇者の師』兼『尻の守り手』」

 

 とか伝承に記載されて喜ぶ趣味は持ち合わせていないのだ。ならば、ここは触らず流すが吉、追求などもってのほか。

 

「まあいい、そろそろ始めるぞ?」

 

 俺は助け船のつもりで、勇者に確認をとり。

 

「う、うん」

 

 テンパって居た勇者は、半ば反射的頷いたのだと思う。

 

「ならばすぐに逃げろ」

 

「え?」

 

 俺の声に勇者が振り返った時には、既に手が届く距離にバニーさんが居たのだから。

 

(こういうときだけこのひととんでもないよな)

 

 俺も何となくだが、バニーさんがどういう人なのか理解し始めていた。

 

「きゃっ」

 

「フライング……先走りすぎだ、勇者が逃げてから三秒待て」

 

 たぶん身体スペックが高いから間に合ったのだろう、左腕を後ろからお腹に回すようにして飛びつこうとしたバニーさんを俺は止める。

 

「お、お師匠様」

 

「早く行け、次は助けんぞ」

 

 別に勇者の尻を守った訳ではない。あっさり終わってしまっては修行にならない、それだけの事である。

 

「そう言う訳だ、すまんな」

 

「い、いえ。こちらこそすみませんっ、ご主人様の手を煩わせてしまって」

 

「謝罪は不要だ」

 

 バニーさんも恐縮してくれたが、俺が謝りたいのはそれだけでは無かったりする。左腕につけた水鏡の盾に押されて逃げ場を失ったバニーさんのおっ……柔らかくて勇者のそれより大きなモノが俺の腕にのっていたのだ。

 

 もちろん、ご馳走様とも言えない。

 

「放すぞ?」

 

「は、はいっ。すみませんでしたっ。ゆ、勇者さん……い、行きますよっ」

 

 通知してから拘束を解くと、バニーさんは地面を蹴り、勇者の後を追い始める。

 

「さてと、俺も行かねばな」

 

 二人が修行を始めたなら、俺も二人の護衛をしなくてはならない。

 

「そう言う訳だ、悪く思うな」

 

「ビギュ」

 

 勇者達の出発直後にあらわれた水色生き物に踵をめり込ませると二人の後を追ったのだった。

 

 




一話で終わらせようとしたのに最低でも前後編の長さになりそうな修行回。

まったく、なんて酷い修行なんだろうね?

そんな感じで続くと思われます。

果たして勇者達はこんな修行で成長出来るのか?

バニーさんのセクハラレベルが上昇するだけってオチはやめてくれ。

次回「早く賢者しないと(性的描写注意)」(予定サブタイトル)にご期待下さい。


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第十一話「早く賢者しないと(性的描写注意)」

 

「嫌ぁぁっ」

 

「ううっ、ごめんなさいっ」

 

 反射的に後ろを見ず出した勇者の後蹴りを謝りながらバニーさんが半身をずらし紙一重のところで回避する。

 

(しゅぎょうのせいかがでてきたといえばいいのかなぁ)

 

 どんどん動きが良くなって行くシャルロットのお尻が犠牲になった数は両手の指の数をそろそろ越えようとしていた。

 

 もちろん、数えたくて数えた訳ではない。

 

「うきゃぁぁぁっ」

 

 そう、勇者が悲鳴をあげるたびにモンスターが乱入したのではと声の方を見ていた結果なのだ。

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

「はぁはぁはぁ……んうっ」

 

「あの……」

 

 走り回って息を乱した勇者の身体がビクんとはね、手を放したバニーさんは何か言いたげにこっちを見てくる。

 

(えーと、まさか確認とか?)

 

 好きにして良いとは確かに言ったが「ここからお子様にはとても見せられない真似を繰り広げちゃうけど約束だからやっちゃっても良いよね」と言うことなのだろうか。

 

(くっ、バニーさんを甘く見ていた俺のミスか)

 

 などと一通り戦慄した俺は、鷹揚に頷いた。

 

「そうだな、休憩としよう」

 

「は、はいっ」

 

 すぐに同意が返ってきたことからするに、さっきの視線は「そろそろ休憩にしませんか」で合っていたらしい。

 

(はっはっは。おれのめがあるのに、そんなえろてんかいあるわけないじゃないですか、やだー)

 

 おわかりかはと思うが、戦慄辺りから現実逃避のおふざけである。

 

「念のため薬草を使っておけ」

 

 バニーさんは何度か蹴られていたし、勇者だって逃げる途中で枝に引っかけたりして傷を作っていても不思議はない。

 

 俺は二人に指示すると、休憩時の安全を確保する為、魔物除けの効果がある聖水の瓶を取り出すと中身を周囲に振りまいた。

 

「これでよし」

 

 時間的な意味でどれぐらい効果があるのかはまだ検証していないが、効果が切れてモンスターが出たとしても蹴散らせば済むだけの話だ。

 

(なんだか精神的に疲れたからなぁ。MP減ってないと良いけど)

 

 ポーカーフェイスを保ちキャラを作ってるのが、思いの外きつい。自業自得ではあるものの。

 

(そう言えば勇者達って俺のことをどう思ってるんだろう)

 

 あまり親しくなりすぎてパーティーが俺離れ出来なくては困る。少し距離を開けようと言うのも勇者の嫌がりそうな修行を選択した理由なのだが。

 

「ままならんな」

 

 嫌われようとすると心が痛むのだ。俺は俺で勇者に情が移ってしまったのかも知れない。

 

(別れはかならず来るというのになぁ)

 

 パーティーメンバーはゲームなら最大四人。俺が途中で抜けることを踏まえるなら俺の代理ともう一人用意する必要がある。

 

(正確には俺が代理だよな)

 

 バニーさんには賢者になって貰うとして、問題は残り。

 

(俺が表立って賢者の呪文を使えないことを考えると呪文の使い手が一人は要る)

 

 回復呪文の使い手である僧侶にするかそれとも攻撃呪文のエキスパートである魔法使いにするか。

 

(どっちにしてもルイーダの酒場に行くのは確定だけど、顔を出したらルイーダさんにからかわれるよなぁ)

 

 こっちも弱みを握っているので、からかわれる以上のことは無いと思いたいが。

 

「お師匠様、お師匠様?」

 

「ん?」

 

「あの、ご主人様……そろそろ修行の再開を」

 

 考えている間に随分時間が経っていたらしい。

 

「そうだな、すまん。ルールに変更は無しだ」

 

「はい。それじゃ、今度は捕まらないからね?」

 

「は、はい……」

 

 流石にバニーさんも今度はフライングしない。

 

(そして始まる「セクハラ鬼ごっこ」かぁ)

 

 バニーさんが居たからこそ成立したこの修行方法だが、俺は複雑だった。

 

(今だからこそ良いけど)

 

 もし勇者がトラウマから立ち直りまともに戦闘出来るようになったなら、バニーさんのセクハラは数少ないレアケースを除いて戦闘の邪魔でしかない。

 

(うん、バニーさんには一日も早く賢者になって貰おう)

 

 このままだと俺も目と耳のやり場に困る。

 

「うひゃうっ」

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

 悲鳴を聞きつけて反射的に勇者の方を見た俺が目にしたのは、謝りながらもしっかり両手で勇者のお尻を触っているバニーさんの姿。

 

(さっきまで片手だけが精一杯だったのに――)

 

 駄目だあいつ、成長してやがる。

 

(賢者にしないと、早く賢者にしないと……)

 

 俺は呪文のように繰り返すと掌で顔を覆い。

 

「ふぅ」

 

 思わずため息を洩らしたのだった。

 




今のところバニーさんのセクハラレベルしか上がってるように見えないまま、まだ終わらない修行回。

この作品、どこに向かっているのか、そもそもこの修行って勇者にも本当に効果があるのか。

酷い光景の中主人公が脳裏に描き始めるのは、未来の勇者ご一行の図。

主人公の考える三人目(主人公の後釜)と四人目とは?

次回「十六回」(予定サブタイトル)にご期待下さい。


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第十二話「十六回」

「うみゃぁぁぁっ」

 

「カァァァッ」

 

 聖水の効果が切れたことを俺が確認したのは、休憩から十六回目の勇者の悲鳴が上がった直後のこと。

 

「散れっ」

 

「ギャァァッ」

 

 バニーさんの頭を狙って急降下してきた大きなカラスを俺は掴んでいたしゃれこうべごと蹴り飛ばした。

 

「怪我はないな?」

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様。い、今のは……」

 

「モンスターのことを聞いているならおおがらす、蹴りのことを聞いているならオーバーヘッドキックだ」

 

 地面に背を向け、飛び上がっての大技は本来の俺の身体だったらとてもではないが実行出来なかっただろう。

 

(ジャンプ力も足りないし、落ちた時のダメージもなぁ)

 

 この身体、本当に優秀だった。

 

(だからこそゾーマ戦用のレギュラーだったんだけど、これで補助要員なんだから恐ろしい)

 

 盗賊の素早さを活かして攻撃力を倍加するバイキルトの呪文、味方全体の守備力を引き上げるスクルトなど敵に攻撃される前に回復呪文や補助呪文をかけるのが主な役目だったのである。

 

(それはそれとして、聖水の効果が切れたなら警戒しないと)

 

 いつ水色生き物が出てきて勇者が動けなくなってしまうかわからない。

 

「俺は護衛を継続するが、一応気をつけておけ。聖水の効果が切れたらしい」

 

「わか……りました、お師匠様」

 

「は、はい」

 

 へたり込んでいる勇者とバニーさん双方の返事を確認すると、俺は周囲の警戒をしつつ足首をほぐしつつ、空を見上げた。

 

(おおがらすは、あれ一羽だけかな)

 

 見上げた空に今のところ魔物の姿はない。

 

「こっ、今度こそっ」

 

 視線を戻せば、丁度立ち上がった勇者が走り出したところ。

 

(むっ、あれは)

 

 ただし十数メートル先の草むらが不自然に揺れていて、俺も走り出す。

 

「ピッ」

 

「っ」

 

 モンスターが現れたと言うところまでは予想通りと言うべきか、水色生き物の登場に勇者の足が止まり。

 

「ピキーッ」

 

 勇者に気づいた水色生き物はポムポム跳ねながら近寄り始める。

 

(間に合えっ)

 

 勇者が体当たりを喰らう前に水色生き物を屠る自身はあったが、シャルロットの反応も予想しづらい。

 

「あぅ……あ……嫌、嫌ぁ」

 

 少なくとも距離がトラウマ発覚時よりあるからか、へたり込むことなく後ずさってはいるが、下手に心の傷を広げる前に投石か何かで片付けるべきか。

 

(むぅ)

 

 生じたちいさな迷い。そして、俺が判断を下すよりも早くシャルロットが叫んだ。

 

「嫌ぁぁぁぁっ、メラぁっ」

 

 そう、一番初歩的な攻撃呪文の名を。

 

「ビギィィィ」

 

 指先から飛んだ火の玉は水色生き物ぶち当たり、断末魔をあげながら火だるまになったそれは仰向けに倒れて動かなくなる。

 

「えっ、あれ? ボク……」

 

「……良くやったな」

 

 焼きスライムの悲鳴で我に返ったシャルロットは水色生き物の骸と自分の手を交互に見ながら呆然とし、俺は勇者に声をかけて労うと、心の中でガッツポーズをとる。

 

(ぃやったぁぁぁぁっ)

 

 近接戦でもトラウマが克服出来ているかはまだ不明だが、戦えないはずのシャルロットが自力であの水色生き物を倒したのだ。

 

(我ながらナイスアイデアだったよなぁ、あれ)

 

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 

「この靴を履け、二人ともだ」

 

 この修行を始める前に俺はそう命じていた。

 

「靴の性能差でどちらかを有利にする訳にはいかん」

 

 とかそう言う名目で俺は二人に履かせていたのだ、あの靴を。

 

(うわーい、さすがれああいてむだー)

 

 歩けば一歩ごとに経験値の入る『しあわせのくつ』はその真価を存分に発揮していた。さっきまで初期レベルだったから恐ろしい勢いでレベルが上がったことだろう。

 

(メラを覚えるのは2か3辺りだよな?)

 

 接近戦では怯えてしまっても、魔法で遠距離からなら対処出来るのではないか。そう思ったこともあって俺は勇者のパワーレベリングを優先しようとした訳だが、大当たりだったのである。

 

「お師匠様、ボク……」

 

「今のがまぐれでないなら、離れていればあれにも対処出来るだろう」

 

 そして今は俺とバニーさんが居る。

 

「まずは慣れることだ、その為の協力を惜しむつもりはない。俺は当然だが……」

 

「は、はい。私も協力します」

 

 俺が話を向ければ、バニーさんもちょっときょどりつつ頷いて。

 

「お師匠様、ミリーさん……お師匠様ぁっ」

 

(あーうん、そりゃばにーさんはさけるよね、セクハラ確定だし)

 

 瞳に涙を溜めたシャルロットに抱きつかれた俺は無自覚に押しつけてくる柔らかいものの感触を意識しないよう遠い目をしつつ、ミリーさんことバニーさんを勇者がスルーした理由に納得していた。

 

「お師匠様、お師匠さうみゃぁぁぁっ」

 

 結局感極まってるところでもはや定められていたかのごとくお尻を触られて悲鳴をあげるのではあったが。

 

「ごっ、ごめんなさいっ。よ、良かったですね。勇者さん」

 

(いや、あやまるならしなきゃいいのに)

 

 ともあれ、勇者のトラウマ問題については解決に向けて一歩前進したと見て良いだろう。

 

「まったく」

 

 俺は何処か呆れたふりをしつつ、目尻に溜まっていた涙をこっそり拭ったのだった。

 

 




タイトルでネタバレするとあれなので避けたサブタイトル名は「勇者の復活」

とりあえず「しあわせのくつ」の伏線もこれで回収完了ですね。

本当は一つ前のお話でここまで書くつもりだったのですが、いやはやままならないモノです。

勇者のトラウマはこのまま克服されるのか、二人は何レベルまでレベルアップしたのか?

そんな感じで続きます。

次回、「一行、レーベへ」(仮タイトル)にご期待下さい。


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第十三話「一行、レーベへ」

 

「お師匠様……」

 

「流石に俺では呪文の指導などできんからな」

 

 そんな顔はするなと勇者の頭を撫でてから、俺は振り返る。

 

「二人をどうかよろしく頼む」

 

「はい、微力ながら全力を尽くさせて頂きます」

 

「私にお任せですの」

 

 頭を下げての言葉に答えた髭のオッサンとボブカットの女性は、ルイーダの酒場で斡旋して貰った僧侶と魔法使い。

 

(どっちもレベル1だと思うけど、昨日メラとホイミを覚えたばかりの勇者の先生にはもってこいだよな)

 

 勇者を暫く後ろに下げ呪文による遠距離攻撃で戦わせる方針からすると前衛不足も甚だしいが、そこはバニーさんに頑張って貰うとしよう。

 

(勇者よりレベルが1高いもんなぁ)

 

 勇者のレベルアップに必要な経験値が高いからなのだが、その分勇者は多才なのだから仕方ない。

 

「あ、あのご主人様……」

 

「勇者を頼むぞ、それと程ほどにしておけ」

 

 何か言いたげなバニーさんに釘を刺すと、俺は勇者のパーティーを外れた。

 

「そうだ、これを渡しておこう。窮地に陥ったなら、天にかざせ」

 

 お守り代わりだと言って「それ」を勇者に握らせてから。

 

(今生の別れという訳でもないんだけどなぁ)

 

 売られて行く牛とか捨てられた犬のような目で見ないで欲しい。後ろ髪を引かれる思いだったが、パーティー離脱は決めていたことだったのだ。

 

「ではな」

 

 短く一言告げて勇者達に背を向けた俺は、歩き出す。そして、少し進んだところで、横に曲がって茂みの向こうへ。

 

「待たせたか?」

 

「全然だ。つーか、ダンナこっちでいいの? 勇者ガチ泣きそうだったじゃね?」

 

 発した問いかけに応じたのは、ルイーダの酒場で勇者を前に馬鹿笑いした武闘家の男。名前は

ヒャッキと言うらしいが、この男こそ勇者を影からこっそり護衛していた『腕利き』のリーダーだった。

 

「やけに気にするんだな」

 

「そりゃ、まー立場上勇者の仲間にゃなれねえし、自分で嫌われるようにし向けたけどどっちかって言うと俺あの勇者マジ好きだし」

 

 この男も不器用なものだと俺はつくづく思う。

 

 以前、酔っぱらいから勇者を助けたとも当の勇者から聞いていたが、あれは護衛の仕事としてではなく、勇者への好意からしたことだったらしい。

 

「あの健気さに惚れたつーの? んなわけで、ダンナにゃかなわねぇけど俺的にダンナはライバルだかんな?」

 

「勝手にするがいい」

 

 ヒャッキに色々勘違いしていることを指摘出来ない俺はそう吐き捨てると、足音を忍ばせて歩き出す。

 

(大丈夫だと思うけど)

 

 ここから俺はレーベまで勇者を影ながら護衛するのだ。

 

「レーベの場所を覚えれば『キメラの翼』を使い一瞬で移動出来るようになる。勇者もいずれ独り立ちせねばなるまい」

 

 前者は少し予定を前倒ししただけのことで、同時にリーダーシップを養う修行でもあるのだ。

 

(まぁ、一番の理由は他にあるんだけどね)

 

 ぶっちゃけレーベに行くにしてもゲームと違いパーティーに人数制限はない。一時的とはいえ俺としてもこんなに早く勇者パーティーから外れるハメになるとは昨日ルイーダの酒場を訪れるまで想像の埒外だった。

 

「ふぅん、いかにも尤もそうなことを言ってるじゃないのさ」

 

 そう、鼻を鳴らして睨み付けてくるこの女戦士に酒場で声をかけられるまでは。

 

「ただの事実だが」

 

「はん、そうかい」

 

 嘘は言っていないというのに、女戦士は気に入らないらしい。

 

「まったく、面倒なことだ」

 

「なんだってぇ?」

 

「大声を出すな、魔物が寄ってきたらどうする」

 

「くっ」

 

 声を荒げたところを正論で黙らせると、顎をしゃくって勇者様ご一行を示した。

 

「ああいう風にな」

 

 俺がそう言った直後。

 

「っきゃぁぁぁぁ」

 

 魔法使いさんの悲鳴が周囲に響く。

 

(ばにーさん、ほどほどにっていったのに)

 

 この時、俺は既に走り出している。丁度俺達と勇者達の間を遮るように横手から姿を現した魔物が居たのだ。

 

(おおありくい、ね)

 

 一人で蹴散らすのは十分可能だったが、昨日の今日。

 

「行く手を塞ぐなら――」

 

 勇者のことが気になって、三つ並んだ毛皮の一つ、真ん中のおおありくい目掛けて跳躍し、頭に着地して頭に『まじゅうのつめ』を突き立てる。

 

「二匹は頼むぞ」

 

 後ろも見ずに傾ぐ骸を踏み台にして俺は先を急ぐ。

 

(大丈夫だと思うけど……我ながら過保護だなぁ)

 

 倒した時にちゃっかり奪い取った『かわのぼうし』を左手に、自分へ苦笑しながら。

 




突然のパーティー脱退、一体主人公に何があったのか。

そして、主人公につっかかる女戦士との関係は?

勇者パーティーに加わった僧侶と魔法使いを殆ど空気にしつつ、悲鳴に誘われて現れた魔物との戦闘は始まるのだった。

と言う感じで、続きます。

次回、「風評被害」(予定サブタイトル)にご期待下さい。


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第十四話「風評被害」

「「メラッ」」

 

「ギャァァッ」

 

「ピギーッ」

 

 俺の心配は杞憂だったらしい。女魔法使いの飛ばした火の玉で顔面を焦がされたおおがらすがあげた断末魔とほぼ同じタイミングで水色生き物が火だるまになって居たのだから。

 

(そっか、ちゃんとやれたんだな)

 

 相手にトラウマを抱いている筈だというのに、勇者は自分からスライムを狙ってメラの呪文を唱えたのだ。

 

「ふぅ、これで上空からの奇襲はなくなりましたけど……いきなり何をしますの」

 

「すっ、すみません、ごめんなさい。無防備なお尻があると、その」

 

 おおがらすを倒した女魔法使いが角の生えたうさぎと対峙するバニーさんを剣呑な目で見るが、無理もない。

 

「まぁまぁ、今は戦闘中です。口論はひとまず置いておきませんかな?」

 

(やっぱバニーさんは何とかしないとなぁ……さてと)

 

 僧侶のオッサンが仲裁に入る所まで見届けて、俺は勇者達に背を向けた。

 

(シャルロット達だけで対処出来るなら俺が出張るのは無粋だよね)

 

 大丈夫だとは思うが、放置してきたおおありくい二匹のこともある。

 

「こちらも要らぬ心配だったな」

 

 護衛と合流した第一声がそれになったのも、半ば予想出来たことだった。

 

「おぅ、ダンナにゃ遅れちまったけどな」

 

 地面に倒れたおおありくいたちはピクリともせず完全に事切れており、片方については重量に任せた鈍器で殴られたかのように身体の一部が陥没している。

 

「はん、侮んじゃないよ。こんな雑魚仕留めたところで自慢にもなりゃしないけどね」

 

 魔物の死体を蹴飛ばした女戦士は凶器になった銅の剣を担いで俺を睨み、鼻を鳴らした。

 

(なんだかなぁ)

 

 この女戦士が俺に食ってかかってくるのには訳があった。

 

 

 

 そう、あれは、ルイーダの酒場で勇者の呪文における教師役を紹介して貰おうとルイーダさんに名簿を見せて貰い、一人の魔法使いを指名したすぐ後のこと。

 

「今度はその魔法使いを毒牙にかけようってのかい?」

 

 いきなり人聞きの悪いことを言ってきたのが、この女戦士だった。

 

「勇者の師匠だったかね? 聞いてるよ、借金を立て替えたかわりに女遊び人に好き放題してるそうじゃないか」

 

 何でも俺は立て替えた借金を盾にバニーさんをご主人様と呼ばせ欲望のはけ口にしただけでは飽きたらず、勇者へのセクハラを強要して楽しんでいる外道なのだそうだ。

 

「あたいは勇者の護衛を請け負っててね、見てるんだよあの娘が謝りながら勇者の尻を触っているところを」

 

 はっきり言って、俺は返答に窮した。

 

(一概に誤解と言い切れない部分があるのが何とも……)

 

 利息が付くよりはとバニーさんを仲間に加えた日、彼女の借金を立て替えたのは事実なのだ。

 

(しっかし、何故この身体の方のパーティーの口座が残っていたのやら)

 

 全てリセットされたかと思っていた俺にとって意外だったのが、このキャラの所属していた方の勇者パーティーの口座がゴールド銀行に残っていたことだ。

 

(そのお陰でバニーさんの借金を返せたんだけどなぁ)

 

 ゴールド銀行はルイーダの酒場の中にある。俺が借金を立て替えると恐縮したバニーさんがどんな行動をとったかおわかりだろうか。

 

「あ、ありがとうございますっ。か、必ずお返しします……その、すぐには返せませんけど、ご主人様がお望みなら――」

 

 そう、身体で払うとか言い出したのだ、人前で。

 

(だ れ が そ ん な こ と を よ う き ゅ う し た か)

 

 ツッコミたいのを堪えて、丁重にお断りしたのだが、居合わせた酔っぱらいが話を大きくしたのではないだろうか。

 

(その上で「ああいう修行」させてたことを知ればなぁ)

 

 邪推するのも無理は無いと思う。だったら、勇者達と引き合わせて誤解を解こうとしたのだが、これは女戦士に拒否された。

 

「あたいは影から勇者を守ってんだ。面識出来るのは拙いんだよ。わかってて言ってるだろ」

 

 とんだ言いがかりである。

 

「ならあの男は?」

 

 ヒャッキが勇者を酔っぱらいから助けたのは、どうなのかと聞くと「人は人」と言う答えが返ってきた。

 

「第一、あいつは自分から嫌われるようにし向けただろ? 面識作ってパーティーに誘われたらあいつみたいにわざと嫌われろとでも言うつもりかい?」

 

 こう返されて「そうだ」という面の厚さを俺は持ち合わせていない。

 

 

 

(そして今に至る……んだけど)

 

 女戦士は俺の化けの皮を剥がし、勇者達を俺の魔の手から解放しようと言う腹積もりなのだ。

 

(本当にどうしようなぁ)

 

 少しでも誤解が解ければと男性の僧侶も斡旋して貰い、一時的にパーティまで抜けたというのに俺の疑いは晴れない。

 

(このままだと勇者の育成に支障が出かねないし、かといってこの誤解を放置するのもマズイ)

 

 けれども、しあわせのくつの存在と効果を明かすわけにもいかず。

 

(履いて歩くだけで強くなれるアイテムの情報なんて出回ればトラブルの元だもんなぁ)

 

 故に靴の効果は勇者達に明かさなかった。

 

(そもそも、俺が靴の説明をしてそれを信用してくれるかって問題だってあるし)

 

 頭は痛いが、良い解決法が思いつかないのも事実。

 

(今は勇者達を見守ってレーベに行くしかないかな)

 

 先送り、逃げにしかなってないとわかりつつも俺は問題を頭の片隅に追いやって、勇者を追い歩き出すのだった。

 




極悪非道なり主人公。

まさに女の敵は女戦士から正義の鉄槌を下されるのか?

え、違う? えん罪?

ともあれ、勇者育成の障害となって立ちはだかる風評被害。

このピンチを主人公はどう切り抜けるのか?

次回、「めんどくさい女(性的描写注意)」にご期待下さい。


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第十五話「めんどくさい女(性的描写注意)」

「さて、と。どうしたものか」

 

 その日の晩、人気のないレーベの村はずれで俺は一人の女と対峙していた。

 

(うーん)

 

 どうしてこうなったかというと、今日はもう眠ろうかととっておいた宿の部屋に向かったところドアに手紙が挟み込んであったのだ。

 

(今時果たし状とはなぁ)

 

 ここがゲームの中という異世界なので、古風と断じて良いのかはわからない。

 

 ゲームと違って宿屋は部屋数もベッドもそれなりの数があったが、この辺りは勇者の家の間取りがゲームと違ったのと同じで人々が営みを送るのに矛盾が出ないよう何らかの修正力が働いているのだと思われる。

 

(まぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。勇者達も疲れてるだろうからこんな所にやってくるとは思えないけど)

 

 ちなみに、勇者一行は影ながら護衛していた面々の出番もそれ程なくあっさりレーベに到着。バニーさんが「やらかしたセクハラ」でつるし上げられている間に僧侶のオッサンが宿の手配をし、全員が客室に引っ込むのを見計らってから護衛組はチェックインした。

 

(俺もゆっくり休めると思ったけれど、虫が良すぎたのかな)

 

 勇者達が部屋に引っ込む迄に目の据わった魔法使いのお姉さんがロープの束を持ってバニーさんを一室に連行していったが、自業自得なのでそちらに関わる気はない。

 

「このウサギには調教が必要ですわね」

 

 とか言っていたが、どちらかもしくは両者が新しい扉を開けたり変な趣味に目覚めないことを俺は祈るだけだ。

 

「ったく、いつまでだんまりを決め込んでる気だい?」

 

(バニーさんのことはさておき、村の中だしあまり騒いで村の人の迷惑になるのは避けたいよね)

 

 単に現実逃避目的の回想をしていただけなのだが、女戦士は痺れを切らしたらしい。

 

「あたいが勝ったらアンタは勇者と遊び人から手を引き、以後このアリアハンの女には手を出さない。そんでアンタが勝ったらあたいの躰を好きにする……条件を呑んだからここに来たんだろ?」

 

(はぁ)

 

 正解は、無視したら更に面倒なことになりそうだから来たなのだが、今までの態度からすると話をするだけで誤解を解くのは無理だろうなぁと俺は思っている。

 

「つまり、俺が勝ったなら俺の言うことは何でも聞く……ということで良いんだな?」

 

「はん、あたいは嘘を言わないよ。しっかし、想像通りの下種だねあの娘だけじゃ飽きたらず……」

 

(……この女の中ではどれだけ外道設定なんだろ)

 

 汚物でも見るような視線で刺してくる女戦士の口ぶりに少しだけ気になったが、聞いたら後悔する気がして、俺は疑問を心の中だけに止めた。

 

(うん、聞いてしまったら勇者達と顔を合わせた時絶対思い出すだろうし)

 

 ここは聞かないのが正解だ。

 

「……もう遊び人の娘は手遅れかも知れないけど、せめて勇者だけでも救ってみせるよ」

 

(て お く れ っ て な ん だ)

 

 聞く気がなくても向こうから話してくるとか、無いと思う。

 

「言いたいことは、それだけか」

 

 俺はことさら冷酷そうな声色で吐き捨てると、武器を地面に落とし、地面を蹴った。

 

「ゆくぞ」

 

「なっ」

 

 驚異的なスペックを誇るこの身体なら、距離を詰めるのは一瞬で済む。

 

(さっさと終わらせよう。これ以上口を開かせたら精神力が削られるし、何より……)

 

 俺には勝負を急がなければいけない理由があった。

 

「舐めんじゃないよっ」

 

「くっ」

 

 女戦士があっけにとられていたのは、一秒にも満たない時間だった。そこから我に返り、反射的に攻撃のモーションに移ったのは、力量の差を考えれば賞賛に値する。

 

(しまった)

 

 もっとも、反撃を繰り出そうとすることが出来たのは、懐に飛び込んだ時点で俺がまごついてしまったからでもあるのだが。

 

「ちっ、避けたかい」

 

(どうしよう、よくよく考えたらこの身体って素手でもこの辺りの魔物なら瞬殺出来るほど身体能力高いんだよなぁ)

 

 最初は漫画とかでよく見かけるように首筋を叩くか鳩尾を殴って気絶させるつもりだったのだが、勢い余って殺してしまう可能性に思い至ったのだ。

 

(となると、関節技かな? ううむ、格闘技の経験もないし)

 

 ナイスアイデアである。女性を殴るのに抵抗もあった俺としては、よく知らないとはいえ試してみる価値はあると見た。

 

(力でねじ伏せるのだって難しくないもんな)

 

 ガッツリ組み合って力比べをしたとしても、力のステータス値が違う。

 

「けどねぇ、盗賊が素早いのは織り込」

 

 おそらく織り込み済みだとでも言いたかったのだろう。此方の動きを見ず、繰り出したのは後ろ蹴り。

 

(なるほど)

 

 動きにあわせて攻撃したのでは間に合わない、ならば相手の動きそうな位置を予測して攻撃を仕掛ける。スピードは俺がかなり勝ると見ての高度な戦い方だった。

 

「だが、遅い」

 

「ああっ♪」

 

 先読みを差し引いたとしても、突き出した女戦士の腕を掴んで捻りあげるのは容易く。

 

(えーと)

 

 そんなことより、捻りあげた時の悲鳴がどことなく嬉しそうに聞こえたのは俺の気のせいだろうか。

 

「勝負あったな」

 

「くぅっ、は、はんっ。こんなの腕を握ってるだけじゃないのさ。勝ったって言うんならあたいを地面に這い蹲らせてみなっ」

 

 気のせいに違いない。頭を振って勝利宣言すれば挑発で返してきたのだから。

 

「そうか、ならば――」

 

 遠慮は要るまい。

 

「うわっ」

 

 俺は後ろ手になった相手の腕を捻り上げたまま空いた手と身体で押さえつけるようにして女戦士を地面に押し倒した。

 

「くっ、これぐらいっ」

 

「させん」

 

 当然暴れようとするので、そのまま押さえ込む。プロレスや柔道の押さえ込み技を知らないのが悔やまれる身体能力便りのでたらめな押さえ方であるが、是非もない。

 

「っ、く……はぁ、はぁはぁ」

 

 疲れてきたのか、下になった女戦士の呼吸が荒くなり、力んだりしているからなのか肌も赤みがかってくる。

 

「はぁっ、んッ、あぅ……あんッ♪」

 

 もぞもぞ動きながらあげる呻き声が呻き声でない別の何かに聞こえてしまうのは、俺の気のせいか。

 

「んんぅ、あッ、あぁ……」

 

「……これは、俺の勝ちでいいのか?」

 

「はっ……そ、そうだね。あたいの負けだよ……」

 

 微妙にリアクションに困りつつ問いかければ、女戦士は我に返って答え、戦いは終了したのだった。

 

「約束だ、好きにしな」

 

「待て、何故鎧を脱ぎ出す?」

 

 理由が何となく察せても聞かなければいけないことはある。

 

「はぁん? もしかして自分で脱がすのが好きだったりするのかい? そいつぁ悪かったね」

 

「何の話だ」

 

 うすうす想像はつくが、認めたくなかった。

 

「父さん、母さんゴメン……あたいはこれからこの男に口にするのも憚られる様なことをされて」

 

「誰がするか!」

 

「えっ、しないのかい? どことも知れない地下室に監禁して――」

 

 思わず全力でツッコんだら意外な顔をして女戦士が語り出した自分の敗北後はお子様にはとても聞かせられない様な内容だったので敢えて伏せておく。

 

(じんめんちょうだったかな、この辺りに出没してマヌーサを使うモンスターって言うと)

 

 意外そうと表現した女戦士の表情が何処か残念そうでもあったのは、知らないうちに幻を見せる呪文マヌーサをかけられていたからに違いない。

 

「なぁ、本当に何もしないってのかい?」

 

「俺としてはどうしてそう言う発想が出てくるか教えて欲しい物だがな」

 

 物欲しげに聞いてくる女戦士への答えは半分皮肉というか嫌味のようなものであったのだが、聞かれた方はそう受けとらず。

 

「っ、それは……いいよ、何でも聞くって約束だったからね」

 

 少し躊躇を見せながらも話し始める。

 

「あたいがこんな風になっちまったのは、一冊の本を拾ったのが切欠だったんだ」

 

(あっ)

 

 語り出しだけでオチが読めたというかおおよそのことは察せたが、ここで話を遮るのはルール違反に思えて。

 

(アレなんだろうなぁ)

 

 俺は女戦士の過去話に耳を傾けたのだった。

 




えろす「ちょっとだけ本気出す」

正義感が空回りした人の話を聞かない女かと思ったら――と言うとんでも展開。

ある意味バニーさんよりめんどくさい女とかかわることになってしまった主人公。

え、省略された女戦士の説明部分?

ご想像にお任せします。

そして、明かされる女戦士の過去とは。

想像付いてたらごめんなさい。

次回「おれのそうぞうした●●と違う(性的描写注意)」にご期待くだ……えーと、うん。あはははは……。

つづきますッ


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第十六話「おれのそうぞうした●●と違う(性的描写注意)」

「持ち主に返してやろうと思って名前が書いてないか表紙をめくってみたのが失敗の始まりさ」

 

 見るからにいかがわしい本だったので一時は捨てようかとも思ったらしいが、持ち主を捜そうとした辺りこの女戦士も根は善人だったのだろう。

 

(そう言えば誤解とはいえ勝負を挑んだのだって勇者達を助ける為だったし)

 

 負けて自分から酷い目に遭おうとしたなんて不純な動機の筈がない。無いと思いたい。

 

「表紙の裏を見るだけのつもりだったのに、目に飛び込んできた扉絵から目が離せなくなってね」

 

「気がつけば本を読み始めていた、と」

 

「そうそう、しかも自分の意思で止められない上に何か得体の知れないモンが頭に入り込んでくるんだよ」

 

 このドラクエⅢの世界には、読むことで読んだ人間の性格を強制的に変更してしまう本が存在する。

 

(そして、性格が変えられちゃった訳か)

 

 ちなみに、それらの本は消耗品で一度使うとなくなってしまったような気がする。

 

(まぁ、残っていたとしても読み返したところで性格が元に戻る訳でないし)

 

 この女戦士にとってはとんでもない災難だった訳だ。

 

「それで、本を読んでから……あ、あたいは物事を、その、なんだ……え、えっちな方に想像しちまう様に――」

 

(うわぁ)

 

「し、しかも想像してると、なんだか興奮してきて……」

 

(さっきみたいなことになったんですね、わかります)

 

 話を聞く限り、女戦士が読んだのは女性の性格を「セクシーギャル」に変える『エッチなほん』だと思われるのだが、うん。

 

(おれのそうぞうした「せくしーぎゃる」とちがう)

 

 ただの痴女というか、変態というか。

 

(バニーさんといい、この女戦士といいどうなってんだアリアハンの女性って)

 

 まぁ、勇者のような女の子だって居るはずだが、勇者にも「お尻を守って」発言の前科がある。

 

「頭から離れないんだよ、本の内容が。それで時々本の登場人物とあたいが、自分がかぶって……」

 

(と言うことは、「地下室に監禁云々」は本の内容……のろわれればいいのに、そのひっしゃ)

 

 たった一冊の本のせいで人生を歪められた女性が居るのだ。

 

「で、だんだんあたいも興奮してきて……」

 

(いや、聞いたの確かに俺なんだけど、それを聞かされてどういう顔をすればいいのやら)

 

 笑えば良いんだろうか。

 

「わかった、経緯についてはもう充分だ」

 

「あっ、あぁ。それじゃ……話も終わったし、今度こそあたいは鎧を脱がさ」

 

「それはもういいっ!」

 

 コントなのか、同じネタを繰り返して笑いをとる業界用語で言うところの「テンドン」と言う奴なのかもしれない。

 

 そして、俺は気づかなかった。言葉を遮ってツッコんだとき女戦士が残念そうな顔をしたことなんて。

 

(なんてゆーか、「せくしーぎゃる」っていうかひとりだけべつのげーむやってるよね?)

 

 そう、この女戦士の部分だけお子様がやっちゃいけないゲームになってるんですが。

 

「ええっ、けどさ……ホラ、約束だろ?」

 

(さすが、げーむのせかい)

 

 放っておけない少女が居るかと思えば、いろんな意味で放っておきたい女まで居るとは。

 

(いや、これも捨ててはおけないか。今すぐにでも逃げ出したいけどこの人がこうなってるのも性格矯正する本のせいなんだろうし)

 

 前言撤回、犠牲者だと考えれば放っておくのも寝覚めが悪いか。

 

「俺の言うことに従えとは言ったが、そんな約束をした覚えはない」

 

「っ! た、確かにそうだけど……あたいとしてもさ、こう、ムラムラとしてきてて」

 

 とりあえず動揺を押し隠しつつ冷たくはねつけたが、女戦士はとんでもないことを言い出した。

 

(そ れ を お れ に ど う し ろ と い い ま す か)

 

 勝負に勝ったのに何でピンチになっているのか、誰かに説明を求めたい。

 

(一刻も早く性格を変えるアイテム見つけないと)

 

 このままだと、この女の言いがかりだったものが既成事実にされかねないし、勇者の護衛の一人がこんな状態だというのにも問題がある。

 

「今日の所は宿に戻って寝ろ」

 

「そ、そんなぁ」

 

「それから、俺についての情報を人に話すことを禁じる」

 

 女戦士は不満そうだったが、勝者権限で黙らせると、ついでに口止めもしておいた。

 

「わかったよ。そしてあたいは人にも言えないまま、あんな事やそんなことを……んッ」

 

 頬を赤らめながら内股を擦り合わせるようにもじもじして居たのは、見なかったことにする。艶っぽい声を漏らしたのもだ。

 

(俺は何も聞いていない……聞いていないんだ)

 

 勝負に勝って変なことを言わないよう口止めするだけだったのに、何でこんなに疲れる結果になったんだろう。

 

(ラリホーが使えればなぁ)

 

 人前で呪文を使えないと言う縛りがやたらと面倒に感じたレーベの夜。

 

(ともあれ、これで勇者パーティーから抜けている理由はなくなったけど、どうしたものか)

 

 見た限りでは勇者の方も心配はない、護衛はヒャッキ達に任せれば単独行動も十分可能なのだ。

 

(ここから東に出るモンスターとはまだ戦ってなかったし、下見をするのもなぁ)

 

 解錠呪文のアバカムを覚えているので、やろうと思えばアリアハンの宝物庫の中身をごっそりなんてことも可能ではある訳だが、あの勇者の性格なら泥棒は許せないだろうし、俺もする気はない。

 

(ここの近くの森に鍵のかかった扉があったよなぁ)

 

 奥が入った者を一瞬で離れた場所に送る「旅の扉」であることは知っているのだが、行き先までは覚えてなかった俺としては下見をしてくるのも良いかと思っている。

 

(迷うなぁ)

 

 色々考えてしまった俺は、この晩殆ど眠ることが出来なかった。

 

 そして夜は明け――。

 




女戦士の真実、それは彼女もまた凶悪なアイテムの犠牲者であったという真実だった。

痴女とか変態とかにしか見えなくてもすべてはあの忌まわしき本のせいなのだ。

どう考えても男性が読んだ場合変更される「むっつりスケベ」の方が近い気がしますが、うん。

果たして女戦士は「せくしーぎゃる」からほかの性格になることは出来るのか。

また、勇者パーティーという枷が外れて、いよいよ動き出すのか、主人公。

次回、「ちょっとだけの一人旅」にご期待下さい。

タイトルがネタバレってる様な気もしつつ、続きます。


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第十七話「ちょっとだけの一人旅」

 

「おはよ、ちょっといいかい?」

 

 朝一番、ドアを開けたら昨日の女戦士が立っていたときの俺の気持ちがわかるだろうか。

 

(ここでドア締めちゃっても、失礼じゃないよね)

 

 人目があるところで昨日のような妄想を垂れ流されたら、社会的にこっちも死ぬ。

 

「ちょっ、な、なんだいその顔は。あたいだって昨日の今日で恥ずかしいんだよ? ま、まぁその恥ずかしいのも、こう……ふぅ」

 

(はぁ)

 

 関わり合いになりたくないというか、さっさと別の性格になって頂きたいと俺は切に思う。

 

「用件は何だ」

 

 言葉に刺が混じるが、たぶんこの女にはご褒美でしかないのだろうと思うとやりきれない。

 

「はぁはぁ……って、そうだよ。実はあんたに会いたいって王様が仰ってるらしくてね」

 

「は?」

 

 おまけに、とんでもない爆弾まで投げ込んできたのだ。

 

「王というと」

 

「ロマリアまでの道は閉ざされてんだ、ならわかるだろ?」

 

「それは、な」

 

 アリアハンを治める国王が、わざわざ自分を呼んでいるらしい。

 

(勇者の師匠ってポジションになってるもんなぁ)

 

 国をあげて送り出そうとしている勇者と関わっていると言う点で、国王が興味を持つのも頷ける。

 

(師とはいえ一介の盗賊を呼びつけるというのがどういう用件なのかは気になるけど、王が現在得てる情報はルイーダさん経由だよな)

 

 勇者を護衛している「腕利き」達のことをルイーダさんがわざわざこっちにバラしたのが「ただの大ポカでした」と言われて信じるかと聞かれたなら、答えはNOだ。

 

(後ろに王様が、国が居ると臭わせて――)

 

 こっちを牽制しようとしたのか、それとも。

 

(一般人に、駆け引きとか謀略とか心理戦とか要求しないで欲しい)

 

 何にしても嫌な予感がビシバシする。

 

(とはいえ、伝えられちゃった以上、「聞いてませんでした」とは言えないし)

 

 呼び出しから逃げるにしてもアリアハンから出る手段は、昨晩どこに行くかの候補に入れた「旅の扉」のみ。

 

(どこに出るか覚えてない上、そもそも逃げるってのも面倒なことになりそうなんだよなぁ。俺が逃亡した責任を勇者が負うことになりでもした日には、後悔すること請け合い)

 

 判断を下すには情報が少なすぎるのも、痛い。

 

「呼んでいる、と言うところまでは理解したが、用件は? なぜ俺を呼ぶ?」

 

「生憎とあたいはそこまで知らされて無くてね。……はっ、まさかあたいを拷問にか」

 

「ルイーダに聞くしかなさそうだな」

 

 問いかけては見たが、相手が悪すぎた。

 

(ここまでわかっててメッセンジャーに選んだとしたら、侮れないな)

 

 侮れないというか、どっちかって言うと凄く嫌って感じだが、それはそれ。

 

「アリアハンへ」

 

 女戦士を放置&無視して宿屋のカウンターでチェックアウトを済ませた俺は、宿の外に出るなりキメラの翼を放り投げた。

 

(うわっ、未だに慣れないわこれ)

 

 予定にあったのとは別の短い空の旅。現実のジェットコースターを思わせる感覚に顔を引きつらせながらも、身体はアリアハンへと飛んで行く。

 

「あら、お早いお着きね?」

 

「……もう少しゆっくりならば、景色を楽しむ時間もあるのだがな」

 

 声がかけられたのは、着地した直後のこと。余裕ぶって答えた俺は逆に問うた。

 

「しかし、良いのか? ルイーダがルイーダの酒場に居なくても」

 

「朝だもの、お客も少ないのよ。それに、暫く此処にいて来ないようなら戻るつもりだったから問題ないわ」

 

「ほぅ」

 

「待ってたのもほんの気まぐれよ。どうせ寄っていったでしょ?」

 

「まぁな」

 

 確かにその通りだった。メッセンジャーの女戦士が詳しいことを知らされていなかった時点で、情報源になりそうな人物は限られる。

 

(憑依して日も浅く、コネもツテもない。俺が頼ってくるのは織り込み済みだったってことか)

 

「一応聞いてみるが、何も考えず直接お城に直行するとは考えなかったのか?」

 

「無いわね。仕事柄、人を見る目はそれなりにあるつもりよ」

 

「成る程、愚問だったな」

 

 どこまで見抜かれているのか、不安ではある。

 

(とは言え、情報0の上に無策で王様と会うよりマシか)

 

 呼ばれた理由さえわからない状況では対策の立てようも無いのだから。

 

「ならば、俺が何を聞こうとしているかもわかるか?」

 

「そうね、まず呼ばれた理由は何かっていったところかしら? 後は陛下が何をお考えかとか?」

 

「だいたいそんなところだ」

 

 女戦士に内容を知らせなかったこともある、満足の行く答えは貰えないかも知れないが、そう確認して来るからになにがしらは答えるつもりがあると俺は見た。

 

「そう。それじゃ、話は私の部屋でしましょ。少なくとも立ち話で話すような内容じゃないもの。陛下には私の方から連絡しておくわ、あなたが少し寄り道してから行くとね」

 

「ふむ、ここは礼を言っておくべきか?」

 

「要らないわ。貴方には勇者を救ってくれた上立ち上がらせてくれたって言う意味で、大きな恩があるもの」

 

(恩、ねぇ)

 

 俺はただ、一人の少女が見ていられなくて、自己保身込みで手を貸しただけなのだ。

 

(好意と感謝、疑いたくはないけれど)

 

 ルイーダさんには国王の息がかかっていると見ている。

 

(問題は国王が何を思っているか、かな。下手すれば足下すくわれるかも知れないし)

 

「ついてきて」

 

「あぁ」

 

 結局の所、何もわからない内から警戒してしまうほどに俺は小心者で、反射的に頷くと背を向けたルイーダさんの背中を追い始めていた。

 

 




まさかでもないタイトル詐欺。

アリアハン国王に呼び出された主人公。

疑心暗鬼と警戒の中、ルイーダは何を語るのか。

次回、……といつもの様に予告したい所なのですが、ひょっとしたら番外編2の方が先に上がるかもしれませんので今回は明言せず「次回につづく?」とさせて頂こうかと思っております。

さぁ、次は十八話か番外編かそれは闇谷にもまだわからない。


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番外編2「ウサギの謎と勇者とその師(女魔法使い視点)」

 

「この陣形、理にかなってますわね」

 

「そう? お師匠様が考案したんだよ」

 

 私が褒めると、勇者様は我がことのように得意げに微笑まれた。

 

「ほら、この陣形だとあのウサギが前に居ますもの、不埒な真似はし辛いでしょう?」

 

「あっ、あー。あはは、ミリーさんにも困ったものだよね」

 

 困ったもので済ませてしまえる辺り、勇者様は心が広いのかもう慣れてしまわれたのか。

 

(後者であることは考えたくありませんわね)

 

 いきなりお尻を触られた時は鳥肌が立ちましたし、慣れてしまうのは女としてどうかとも思いますわ。

 

(そもそも私の記憶が正しければ、警戒しなければいけないのは男の遊び人の筈ですのよね)

 

 女の遊び人がお尻を触って来るというのは、聞いたことが無かったのだ。

 

(男性の場合でも、それなりに経験を積んだ遊び人にはそう言う人も居ると言うお話しでしたけれど)

 

 駆け出しの場合気後れしてしまってそんな破廉恥な行動には出られないのだろう、と私に語ってくれた人は仰ってましたわ。

 

(だからこそ不意をつかれたとは言え……)

 

 腑に落ちない。

 

「えーと、魔法使いさん?」

 

「『サラ』とお呼びください。親しい方はだいたいそう呼びますの」

 

 流石にいつまでも他人行儀は良くないですものね。勇者様の声で我に返った私は自分の愛称を教えて微笑んだ。

 

「じゃあ、サラさん。どうしたの?」

 

「少し、考え事をしていただけですわ」

 

 少々突っ込まれたくない内容の考察をしていたからだが、案の定。

 

「そんなことより、勇者様はご自分の師のお話ばかりですのね」

 

「えっ、そう? けどね、今ボクがあるのもお師匠様のお陰だし……」

 

 切り返してはぐらかせば、勇者様は瞳を輝かせて語り出す。

 

(誰がどう見ても、恋する乙女の目ですわね)

 

 同期にパーティーへ加入された僧侶の方は「青春ですなぁ」とかしきりに頷いていらっしゃるけれど、これは問題ですの。

 

(勇者様のお話を聞く限りは善良で腕も立つ様ですけれど)

 

 恋愛は拙い。

 

(魔王討伐の旅は過酷なモノになるはずですわ。色恋沙汰にうつつを抜かす余裕もありませんし)

 

 下手をすれば、パーティーを空中分解させてしまう亀裂になるかも知れないのだから。

 

(旅の途中での駆け落ち、三角関係や痴情のもつれから来る仲間割れ……考えたくなかろうとも最悪のケースは想定しておくべきですものね)

 

 そもそも問題の人物が勇者様にとって『師』であることが気になった。

 

(私達を引き合わせたことも考慮すると、勇者様の旅についてくる気はなさそうですわよね)

 

 同行したとしても、何処かで身を引くと言うのが私の予想であり。

 

(そのとき勇者様がどうするかですわね)

 

 何もかもを捨てて愛する男の元へと逃げるのか、それとも。

 

(こうなってくると、勇者様の言う『お師匠様』がどう考えてるかも気になってきますわ)

 

 勇者様の独り相撲という可能性だってある。

 

(結ばれる方ばかり考えてましたけれど、失恋の痛手から立ち直れなくなる可能性だってありますもの)

 

 そうなってくると、やはり「調査」が必要ですわね。

 

「勇者様、そのお師匠様のお話ですけれど、もう少しお聞きしても?」

 

「えっ? あ、うん。もちろんいいよ。えーと、何を話そうかな?」

 

 私が話をねだれば、一瞬面を食らいながらも快諾して話す内容に頭を悩ませ始める。

 

(これは、もう確定ですわね)

 

 悩んでいるのに困っている様には見えず、眩しいくらいに嬉しそうで――。

 

「あ、これにしよ。あのね、追いか」

 

 ようやく決まったのだろう、此方を振り向いた勇者様はさっそく語り始め。

 

「ふみゃぁぁぁぁぁっ」

 

 いきなり悲鳴をあげて飛び跳ねた。そう、もう何が起きたかわかってますわ。

 

「ごっ、ごめんなさいっ。ごめんなさい」

 

「……はぁ、どうやら昨日の調教では物足りなかったみたいですわね」

 

 この為に買ったモノではないと言うのにと胸中で嘆息しつつ、私は荷物からロープを取り出す。

 

「ふふふふ。こんなはしたない前足は縛ってしまっても全然問題ありませんわよね?」

 

 そう、後ろ手に縛ってしまえばよろしいのですわ。随分タフなのは昨晩に判明済みですもの、魔物に些少ボコボコにされても僧侶の方や勇者様がホイミで癒せますし。

 

「あうぅ、ご、ごめんなさいっ」

 

 何だかウサギがやたらと怯えてるのですけれど、口に出してたかしら。

 

「謝るなら、何故しますの? と言うかそもそも間にいた僧侶さんは何してましたの?」

 

「前方を警戒しておりましたが?」

 

「えっ?」

 

「ミリーさんが急にそわそわし出しましてな、そちらに向かいだしたので一声かけてから警戒を」

 

「っ、聞いてませんわよ?!」

 

「いえ、私が声をかけたのは――」

 

 声を荒た私を前に、僧侶の方は勇者様を指し示す。

 

「あれ、ボク?」

 

「ええ、並び順から考えると真っ先に襲われるのは勇者様ですからな。『お師匠様の話』に夢中のご様子でしたし、私が聞いたのは生返事だったのでしょう」

 

「っ」

 

 となると、責任の一端は私にもありますわね。

 

「ごめんなさい。勇者様に盗賊さんのことを聞いたのは私、そう言う意味では責任の一端は私にもありますもの」

 

「そ、そんなこと……」

 

「いいえ、こういう問題ははっきりしておかないと。ウサギの調教は確定ですけれど、だからといって非はきちんと認めなくては他者を非難する資格を失ってしまいますわ」

 

 勇者様は庇ってくださろうしたけれど、それではいけませんの。

 

「あぅぅ……お、お仕置きは確定なんですね」

 

「むしろされない理由があるなら、お聞きしたいところですわね?」

 

 そもそもこのウサギは、そう怯えるなら何故もああ、懲りずに勇者様のお尻を狙いますのかしら。

 

(理解に苦しみますわ。それはそれとして――)

 

 私は密かに呪文の詠唱を始める、『ウサギ』を狙う為に。

 

「メラッ」

 

「ひいッ」

 

 罰だと思ったのかウサギが悲鳴をあげて身をすくませましたけれど、失礼しちゃいますわね。

 

(いくらセクハラウサギだからって呪文攻撃なんてしませんわ)

 

「ギュエエッ」

 

「えっ」

 

 悲鳴をあげた一角のウサギに勇者様が驚き、振り返る。

 

「おっと……気づかれてましたか」

 

「もちろん、ですの」

 

 どうやら僧侶さんは折を見て警告するつもりだった様ですけれど、二度も失敗はしなくてよ。

 

「ピキーッ」

 

「勇者様、魔物ですわ。『岬の洞窟』はもう少しの筈ですけれど」

 

「う、うん。天と地のあまねく精霊達よ……」

 

 ひのきのぼうを茂みを鳴らして現れたスライムに向けたまま、警告すれば勇者様は返事をするなりメラの詠唱に入る。

 

「ウサギは汚名返上のチャンスですわよ、私達をあの魔物達から守れたら、今晩のオシオキに少しだけ手心を加えること……考えてみても」

 

「はっ、はひっ」

 

 精神力にも限りがありますし、そのまま倒してくれてもいっこうに構わないのですけれど。

 

(高望みでは無い筈ですのよね)

 

 あのウサギにしても身体能力は私と比べものにならず、勇者様に至っては私より多くの呪文を扱える。

 

(聞けば、修行を始めたのはつい先日。成長が早いにも程がありますわ)

 

 どんな修行をしたのかについてだけは、お師匠様に口止めされてると話してくださいませんでしたけれど。

 

(まさか、愛の力? って、だとしたらあのウサギも盗賊さんのことが好きだったりしますの?)

 

 拙いですわ、既に三角関係が発生していた、なんて。

 

(これは早急に盗賊さんとお話しして真意を確かめるしかなさそうですわね)

 

 それには、今日の予定である「岬の洞窟」の攻略を済ませて帰ること。

 

(と、言いたいところですけれど……)

 

 勇者様はきっと「ナジミの塔」まで攻略したいと言い出す気がしますわ。

 

「洞窟は塔に続いている。そして、ナジミの塔には何故か宿屋があるからな。休息をとっていけると思ったら最上階まで行ってみるのもいいだろう」

 

 なんてお師匠様に言われていたらしいのだから。

 

(何でこれから先向かう場所についてそんなに詳しいのかもそうですけれど、謎が多すぎですの)

 

 私は魔法の使い手としてのアドバイザーというか先生として呼ばれた筈ですのに、勇者様の呪文の使い方はまるで同じ攻撃呪文の使い手に教わったかの様に正確だとか。

 

(そもそも閃熱で敵を焼く呪文ギラの効果範囲とか、爆発を起こして敵を消し飛ばすイオ系呪文で自爆しない為の注意とか、予習ってレベルじゃありませんわよね?)

 

 ギラでさえまだ使えないけどね、と恥ずかしそうに笑う勇者様の前で私の受けた衝撃と言ったら。

 

「昔、使ってた知り合いが居たんだって」

 

 と勇者様は仰ってましたけれど、それって最低でもイオの呪文が使える知り合いが居たと言うことに他ならない。

 

(なのに今その人をアテにしていないと言うことは、既に故人なのか、それとも……はっ)

 

 もしかして、盗賊さんには死に別れた魔法の使い手である恋人が居たのではありませんの。

 

(それで、勇者様に恋人を重ねているとか? ここまで至れり尽くせりで勇者様を導こうとしているのは――ううん、断定するには情報不足。これじゃただの妄想ですわ)

 

 かなり良いセンいっているとは思いますけれど、今は戦闘中ですの。

 

「メラッ!」

 

「ビギィィィ」

 

「これであと二匹、さっさと終わらせますわよ」

 

 ウサギの横を通り抜けようとしたスライムを呪文で迎撃した私は、パーティーを叱咤すると首を巡らせる。

 

(あれが、そうですのね)

 

 森の中にぽっかりと口を開けていたのは、木々の合間に見えた岬の洞窟。私達の洞窟探検は始まっても居なかった。

 




何だか気が付いたらいつもよりずいぶん長めになってましたが、番外編2をお送りしました。

いやー、ぶっちゃけ女魔法使いさん使い捨てのゲストキャラの筈だったんですけどね、僧侶のおっさんが殆ど空気に。

どうしてこうなった?

番外編ばっかりやってても顰蹙買うでしょうし、主人公は盗賊に憑依した中の人なので次は本編に戻れるといいなぁ、とか。

ともあれ、続きます。


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第十八話「失念」

「あなた、あの娘の師匠になってから陛下の元を尋ねたことはあった?」

 

「……いや」

 

 ルイーダさんの部屋に入り、そこに腰掛けでだのとといったやりとりの後の第一声へ俺は首を横に振った。

 

「でしょ、私の方からも報告は入れてるけど王様からすれば生の情報も欲しいのよ」

 

「なるほどな」

 

 言われてみればもっともでもある。国をあげて勇者を支援しているのだから、国王としても勇者の状況は気にかかるのだろう。

 

(俺が深く考えすぎてただけだったのかなぁ……ん?)

 

 一瞬納得したものの、引っかかりを覚えて、俺は問う。

 

「だが、報告を求めたなら何故勇者ではなく俺を呼ぶ?」

 

「客観的な観点からの報告の方が良いと思ったのよ、主観で偏ってしまうことがないようにね」

 

 報告は俺を引っ張り出すダシではないかと思ったわけだが、ルイーダさんは即座に反論してきた。ただし、これには俺も反論がある。

 

「第三者視点の報告ならそちらで出しているだろう?」

 

「すぐ側で勇者の面倒を見てるあなたと影でこっそり見てる護衛では得られる情報量が月とすっぽんなのよ」

 

「ふむ」

 

「しかも、あなたが黙っててくれれば勇者に内緒で近況が確認出来るでしょ? あの娘、危うく命を落とすところだったり、それによってトラウマを抱えたりしちゃってるから、呼んでも報告に来辛いと思うのよ」

 

「確かに」

 

 ルイーダさんの言葉には、説得力があった。大人の女性に論戦を挑んだ時点で勝ち目など無かったのかも知れないが。

 

(言ってることはもっともなんだけど、これがただの口実ってことは充分考えられるし)

 

 後は此方から質問して情報を仕入れ、自分で考えるしか無いのかも知れない。

 

(カマかけても引っかかってくれるか妖しいし、藪蛇になったら元も子もないもんな)

 

 俺の強みはうろ覚えの原作知識だけだが、情報の出所は言えない上に行っても信じて貰えないものだ。

 

「ならば、王の用件はそれだけなのだな?」

 

「ええ、私が知っているのはだけどね」

 

「っ、ならば別のことを聞かせて貰おう――」

 

 せめてもの抵抗とばかりに確認した後、幾つか質問し、そして俺はルイーダの酒場を後にした訳だが。

 

「よくぞ来た我がアリアハンの勇敢な若者よ!」

 

 王の第一声がベタすぎるくらベタな言葉から始まったことに、俺は何とも言えない気持ちでいっぱいだった。

 

(いや、わかっていたけど……少しぐらいはあるんじゃないかと思っていたけどね)

 

 ルイーダさんについていった俺は、あの後幾つかの情報を得ていた。だからこそ、少しは心の準備も出来て居たし、「こう来られたらこう返す」と言った対応も考えては居たのだが。

 

(いきなり「じょうだんで、こうほにいれていたもの」からきりだしましたよ、このおうさま)

 

 まさかゲーム通りの対応からはいるとか誰に予測出来ようか。

 

(挨拶もそこそこに本題切り出してくるとか考えてたのに……)

 

 老獪な国王相手の息詰まる心理戦とかあるんじゃないかとビクビクしていた俺は、密かに脱力し。

 

「お主が次のレベルになるには」

 

(あっ)

 

 盛大な地雷を失念していたことに気付き、固まった。

 

「なっ」

 

 そして、王様も固まった。

 

(うあああああああああああああああああああ、しまったぁぁぁ)

 

 ゲームでの王様は勇者達があとどれくらいの経験値で次のレベルに上がるのかを教えてくれるのだが、次のレベルに上がるまでの必要経験値はレベルが高いほど多い。

 

 レベルアップの後に経験値が貯まってれば、必要経験値も少なくなるので誤魔化すことも出来たかも知れないのだが。

 

「皆の者、少し下がれ。わしはこの者と話がある」

 

「な、何と?! ですが、王様このような得体の知れぬ盗賊と二人とは」

 

「そうです、王様。せめて護衛をお許しください」

 

 何やら兵士や大臣が抗議を始めていたが、そんなもの俺の耳には届かなかった。

 

(そう言えばここゲームの世界だもんな)

 

 お城も街も外の広さもゲームの時とは比べものにならないし、人々の反応も決められた台詞を話すだけでないので、忘れていた。

 

「不用じゃ、下がれ」

 

(うわーい、これはかんぜんにばれてますよ)

 

 王が何もないのにわざわざ臣下へこんな対応をとるだろうか。つまり、俺の正体の一部を察したのだ。

 

(ははははは)

 

 このキャラは「しあわせのくつ」を集める為に倒すと膨大な経験値を獲得出来る「はぐれメタル」というモンスターをひたすら狩りまくっていた訳だが、盗賊は攻撃した時相手の持ち物を盗むことがあり、その成功率はレベルに依存する。

 

(そう、実は俺はレベル99だったのさっ)

 

 所謂カンストである、次のレベルまでの必要経験値などあるはずもないし、成長限界に達していたことは一発で気づいただろう。

 

「さて、待たせたな勇者の師よ」

 

(これは、あれかな? お前がバラモス倒しに行けって言われる流れかな)

 

 自分がアリアハンの国王で、此方の事情を知らなかったら100%そう言っていただろう。

 

(逃げる……って、そんなことしたら勇者達が責任を負わされるし、って言うか俺が行かされるならそもそも勇者達がお役後免に、あれ?)

 

「ご無礼を致しました」

 

 見事に混乱している俺の前で、アリアハン国王はいきなり跪いた。

 

(は?)

 

「その強さ、わしにとてわかります。人とは思えぬ……いえ、本当に人では無いのではありませんかな?」

 

 展開に頭のついて行けてない俺が国王のとんでもない発言の意味を理解したのは、その後国王に二度ほど声をかけられた後のことであった。

 

 




強さ故に人外認定されてしまった主人公。

盗みの成功率と他のメンバーが転職してしまったことで戦力ががくんと下がるのを避ける為、一人だけレベルカンストのままだったことが災いしたのだ。

そんな主人公を前にして、王様は何を言い出すというのか。

次回「ルビスの使い」にご期待下さい。

とんでもない展開になったと思ったのは、きっと闇谷もだ。


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第十九話「ルビスの使い」

「っ」

 

「あら、起きたの?」

 

「起き……た?」

 

 身を起こした俺は、横から聞こえた声の方へ首を向ける。

 

「そうよ、寝不足だったんでしょ? 話の途中で静かになったと思ったら座ったまま寝てるのだもの」

 

(じゃあ、あれは夢か)

 

 夢オチとはベタだなと思うべきか、夢で救われたと思うべきか。

 

(そうだ、助かったんだ。もしあのままなし崩しに神の使いだとかルビスの使いだとかに勘違いされていたら)

 

 ゾッとする。今以上に面倒なことになっていたかも知れない。

 

(少なくとも王様との話は機先を制さなきゃ駄目だな。いっそのことこっちからある程度の実力はあると打ち明けて追求を避けるのも)

 

 とにかく、失敗も神の使い扱いもごめんである。

 

(今度こそヘマせず王にあって帰ってきてみせる)

 

 俺は決意も新たにベッドにしていたソファから腰を上げると。

 

「ところであなた、『ルビスの使い』がどうのって寝言で口にしていたのだけど」

 

「えっ」

 

 ルイーダさんからの爆弾発言で見事に石化した。

 

(おもったやさきに、まためんどくさいことになりましたよ)

 

 夢オチで失敗は無かったことになったかと思ったら、とんでもない自爆をしていたらしい。

 

「ルビスってあのルビス様のことじゃないわよね?」

 

(っ、どうしよ? ここはどう答えるべき)

 

 正直に話すのは、王様が勝手に勘違いしたという方向ならアリかも知れないが、この場合どうして勘違いしたんだと言う話になってくる。

 

(となるとでっち上げるか、そんなことは言ってないととぼけるか)

 

 ルイーダの酒場の女店主相手に聞き違いだろうととぼけて誤魔化せるなんて俺は思わない。酔っぱらいからヒャッキ達のような手練れまでを相手にする大人の女性に中身が一般人の俺がどうこう出来ないのは、眠ってしまうまでのやりとりで既に発覚済みでもある。

 

(下手すれば手玉にとられて、かえって弱みを握られかねないよなぁ)

 

 いつものように棒読みで「わかります」とか付け足してしまいたくなるほどに、予想出来る未来で。

 

「女だ」

 

「女?」

 

「女の夢を見た。あまりに美しかったのでな、ルビスの使いかと思った。ただそれだけのことだ」

 

 俺が短い時間で必死に考えた言い訳は、全く関係ない単なる比喩表現ということにするものだった。

 

(うんうん、これならツッコミどころはないはず)

 

 美しい女性を「天使」や「天女」だと思ったとか褒めること自体はままあるはずだ。

 

「ふぅん、女ねぇ。ところで、その人って私と比べたらどうかしら?」

 

 だから、俺はそんな切り返しが来るとは言われるまで気づかなかったのである。

 

(いやー、女性の前で他の女の人が美しいといった時点で失敗だって気づくべきだったよね)

 

 ルイーダさんからようやく解放された俺は、遠い目をしつつ気づけば衛兵さんの後ろを行く形で城の中を歩いていた。

 

「王様はこの上におはします」

 

「そうか、手間をかけた」

 

 そう、いよいよテイク2であった。二階の階段まで送ってくれた衛兵さんはそこで立ち止まり、俺は礼の言葉を口にして階段を上がる。

 

(二度と失敗はしない、まずは機先を制して圧倒する)

 

 ここからは、俺の戦場だ。

 

「ひっ」

 

「うわっ」

 

 滲み出る俺の気魄に圧されたのか、目のあった兵達がいきなり仰け反り。

 

「っ、お、王をお守りしろっ!」

 

(え?)

 

 それでも声を張り上げた一兵士の発言で、俺は内心慌てて、ゆっくりと周囲を見回す。

 

「き、貴様、武器を捨てて手を上にあげろっ!」

 

(あー、気合い入れすぎて殺気と受け取られちゃったってオチですか?)

 

 予想外だった。ぶっちゃけ解錠呪文アバカムを使える身としては、このまま捕まって牢獄に放り込まれたところであっさり抜け出せるのだが、勇者達に火の粉が降りかかりかねない。

 

「まったく、呼びつけたのはそちらだろうに」

 

「なっ」

 

 俺の言い様に兵士達が気色ばむが、動じた様子を見せず「まじゅうのつめ」を絨毯の敷かれた床に落とす。

 

「はっ、えらそうなことを言っておいてそれか。まあいい、次は両手を頭上に――」

 

 嘲るように笑いつつも武器を捨てたことに気をよくした兵士の一人が命令してくるが、聞く気など更々ない。

 

「遅い」

 

 レベル99盗賊の素早さを舐めて貰っては困る。命令が終わるよりも早く兵の合間をすり抜けた俺は王のすぐ側にいた。

 

「ばっ」

 

「馬鹿な」

 

 愕然とした兵士達が此方を振り返るが、いくら中身が一般市民の俺でも水色生き物やおおがらすと戦いを経てこの身体もある程度は使えるようになっているのだ。

 

(対人戦の訓練になるかと思っていた女戦士との果たし合いは、アレだったけどね)

 

 ああいう手合いと事を構えることは、もう無いと思いたい。

 

「俺が王を害する気なら、貴様等など居ても居なくても変わらん」

 

 これは、純然たる事実だ。使っていないがそもそも俺は呪文が使える。武器が無くても攻撃呪文で兵士ごと纏めて消し飛ばしてしまうことだってスペック的には出来るのだ。

 

「そして、これが何かわかるか?」

 

「そっ、それは俺の剣」

 

「サブウェポンの注意を疎かにしすぎだ。俺が刺客なら王はお前の剣で今頃刺されて居るぞ」

 

 言いつつ、俺は兵士の一人から失敬した剣も絨毯の上に投げ捨てる。

 

「うぐっ」

 

 実際剣を奪われ王のすぐ側までくせ者を通した兵士は、呻きこそすれ何も言えない。

 

「で、次はどうする?」

 

「くっ」

 

「むむむ」

 

 挑発的な目を向けつつ俺が聞き返しても、兵士達は俺をにらむだけ。

 

「っぷ、くくくくく……ふはははは」

 

 かわりにすぐ側から聞こえた吹きだし笑いが、爆笑にかわり。

 

「……見事じゃ、流石は勇者の師よ」

 

「この程度、たいしたことはない。それよりも俺を呼んだ用件だが、勇者の近況報告のみで間違いないな?」

 

 不遜な態度で俺は王に尋ねた。

 

 




気合いを入れすぎたら暗殺者と間違われたでござる、ニンニン。

これはあり得たかもしれないもう一つの展開。

(元本編は別のお話に移転されました)

カンストキャラだとばれるのが、別のお話。ばれないのがこのルートですね。

そんな訳で、実は展開を複数考えていたので、夢オチにして二つ目も使ってみたというのが真相。
別のお話の方が突発的に思いついた展開で、こっちが前々から考えてた展開です。
主人公がポカしすぎるのも不自然ですからね。
かといって没にするのも勿体ないと言う。

感想見ると最初の展開が予想外に好評でしたがその後に問題がありましたので、以後このルートをメインルートで進めようと思います。

そんな感じで続きます。


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第二十話「王の用件」

「それじゃがな、実はもう一つあるのじゃよ」

 

「ほぅ」

 

 やっぱりあれは口実であったと言うことか。俺は心に鎧を着せると、視線で王に先を促した。

 

「警戒することはない、おぬしは勇者の危機を救っただけでなく折れかけていた勇者の心も救ったじゃろう?」

 

 故に褒美をとらそうと思ったのじゃ、と王は言う。

 

(うーむ)

 

 放っておけなかっただけで勝手にしたことと此方から辞退することも考えたが、話の持って行き方では欲しかったモノを手に入れられるかも知れない。

 

「そうじゃな、お主に伝言を伝えた女戦士が居ったじゃろう? あやつをお主にやろう」

 

「な……に?」

 

 そんな迷いがあったから、王の申し出は俺の決断より早く、そして虚を突いた。

 

「何でも面妖な本を読んでおかしくなってしまったようでな、もうあれでは勇者を影ながら守るなどという役目は果たせぬであろう? 『役立たず』を抱えていても仕方あるまい?」

 

「待て、『役立たず』と知ってそれを押しつけるののどこが褒美になる?」

 

 嫌な予感がする。話の流れから、王が何を言わんとしているかは察せたが、そうでなければいいと思いつつ俺は問い返す。

 

「あれでも一応『女』じゃろう?」

 

 だが、王の言葉は俺の嫌な予感を肯定するものだった。

 

「故に好きにするがよい。勇者シャルロットには魔王バラモス討伐という大きな役目があろう? 間違いは許されぬ」

 

「間違い?」

 

「じゃが、あの役立たずなら話は別じゃ。子を孕もうが、精神を病もうが、壊れようが損失にはなり得ぬ」

 

 つまり、この王は俺が勇者へ手を出さない為の生け贄として、あの女戦士を差し出すと言うのだ。

 

(あの女戦士を好きにして良いから勇者には手を出すな、ねぇ)

 

 馬鹿にしている。

 

「見くびるな」

 

 怒気を込めて俺は王を睨み付ける。全く心が動かなかったかと言われればNOだが、誰彼構わず手を出す輩などと見られてるなら不本意だ、何より。

 

「む、気に食わぬか? やはり、がさつな女戦士よりも抱き心地のよ」

 

「見くびるなと言っている。そんなモノに俺がひっかかると思うのか?」

 

 そう、王の態度は俺を試しているとしか思えなかったのだ。

 

「気づいておったか」

 

(ああ、やっぱり)

 

 一般人に高度な心理戦など無理とは言ったが、何かを仕掛けてくるのではと言うことぐらいは想定済みである。

 

「むしろ、ここで引っかかるような奴なら既に勇者に手を出している。その戯言自体が無意味だ」

 

「むぅ、解ってはおったんじゃがな、その女戦士が上げてきたお主の報告がじゃな」

 

「あぁ、それなら納得がゆく」

 

 単なる引っかけだと思っていたら、褒美当人が噛んでいたのは、予想外だった。

 

(むぅ、虚偽報告については問いつめたいけど、あの女戦士には顔合わせたくない……)

 

 俺のそんな気持ちを誰かが察したのだろう。

 

「うむ、報告を無碍にする訳にも行かぬのでな……これでわかったじゃろう?」

 

「は、はい……あたい、何てお詫びしたらいいのか」

 

 物陰からご本人登場である。

 

(なに、このてんかい)

 

 ドッキリですか、ドッキリなんですね、わかります。

 

「しかし、話を戻すがお主に褒美を与えようと言ったのは本当じゃぞ? 何ぞ欲しいモノは無いのか?」

 

「ふむ」

 

 一瞬、遠い目をしていた俺だが、改めて切り出されれば手に入れたいモノはある。

 

「ならば、性格を変えることが出来るという本を一冊。そこの女戦士には悪いが、役立たずと言うところは同意見だ。早急に何とかすべきだろう」

 

「ぬっ、他人の為に褒美の権利を使うと申すか?」

 

 元々考えていたことだ、アリアハン内に有った気もするが、泥棒は拙いし場所も解らない。王は驚いているようだったが、褒美をあげたからと言う理由で厄介ごとを押しつけられる可能性だってあるのだ。

 

(君子危うきに近寄らずってね)

 

 お前のような一般人が居るか、とツッコまれようが中身は一般人、そこは譲れない。

 

「うむ、ではこうしよう。まず、この女戦士に我がアリアハンに伝わる『ごうけつのうでわ』を授ける。これは身につけた者を豪傑の様な性格にすると言われておる、性格が変われば良いならこれで問題なかろう?」

 

「えっ、あ、あたいにそんな貴重なモノを?!」

 

(あーそっか、言われてみればゲームの宝物庫で泥棒した時、そんなのあった様な……って、ちょっと待てよ?)

 

 無言のまま納得しかけて、一つ問題点に気づく。

 

「身につけている間、ということは?」

 

「むろん、外せばあの性格じゃな」

 

 良い笑顔で言うのは止めて下さい王様、と俺は全力で言いたかった。

 

「王たる者、一度言ったことは反故に出来ぬ、だいたいそこの女は虚偽報告の罪により馘首……つまり、クビじゃな。よって好きにするがよいぞ」

 

 このファンタジーな世界なら本来の斬首刑の意味がしっくり来るのだが、ツッコんでる余裕などない。

 

「そ、そう言うことなんでね。ホラ、あたいとしては腕輪のお礼とかアンタの間違った報告をしちゃったこともあるし」

 

(だから、王様良い笑顔止めて。って言うか、女戦士も顔赤らめてモジモジすんな、胸すりつけて来んな、つーか、さっさと腕輪しろ! 『せくしーぎゃる』のままなのに気付け、ちょ王様の前で鎧脱――)

 

 この後、無茶苦茶王様のペースで話が進んだ。

 

 ちくしょう、みんな女戦士のせいだ。

 




ハニートラップとはこういうものだ。

警戒していたにもかかわらず、王によって手玉にとられてしまった主人公。

恐るべし、女戦士の罠。

うん、女戦士が全部持って行ってしまった。


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第二十一話「塔へ(グロ注意)」

「勇者のこと、頼んだぞ」

 

「あ、ああ」

 

 王のペースで話が進みすぎたこと事態は不本意だったが、国王が幾つかの要望を押しつけただけという流れのお陰で、俺がカンストしていることはバレなかった。これは、怪我の功名と言っても良い。

 

(けど問題はなぁ)

 

「あん、どうしたんだい?」

 

 俺を見て首を傾げる女戦士。ごうけつのうでわのお陰でもう「せくしーぎゃる」では無いのだが、結局彼女を押しつけられてしまったのだ。

 

(賢者の石で代用すれば、勇者以外全員前衛でも何とかなると思うけどさぁ)

 

 勇者パーティーの四人目は僧侶のおっさんのつもりで居たのだ、バランスを考えて。

 

(そもそも、よく考えたらバニーさんとこの女戦士の組み合わせって最悪じゃないか)

 

 腕輪で「ごうけつ」になってる今なら良いが、入浴とか水浴びで腕輪を外してるところにバニーさんが一緒だったら。

 

(あああああああああああっ)

 

 繰り広げられる子供には絶対見せられない光景、性別的に一緒に居るであろうシャルロット。

 

(情操教育に悪いってレベルじゃねぇ?!)

 

 しかも、最悪勇者まで巻き込まれる。

 

(いや、それで済むのか? 「せくしーぎゃる」に戻ったこの女戦士なら最悪俺まで巻き込んでくるんじゃ)

 

 拝啓、王様。間違いがどうのって言っておきながら間違いを起こしうる人材押しつけてくる何て何考えてるんですか。

 

(まさか、俺が止めろと? 生け贄にされたのは女戦士じゃなくて俺?!)

 

 一瞬、サムズアップする良い笑顔なアリアハン国王の幻影が見えたが、誰が俺にマヌーサをかけたのだ。

 

(いや、落ち着け。今はまだ腕輪の効果がある。最悪キメラの翼で隔離すれば街での入浴における惨事は防げるはずだ)

 

 もしくは、勇者だけルーラで逃げて貰うか。俺一人ならこっそりレムオルの呪文で透明になって難を逃れると言うことだって出来る。

 

(普通覗きに使うとかの方があり得そうだと思ってたんだけどなぁ、あの透過呪文)

 

 俺からしても驚きの使用法である。

 

「いや、何でもない。勇者達も気になる、そろそろ出発するとしよう」

 

「あいよ」

 

 出発前から躓いてしまったが、長居は無用だ。

 

「ところで、王よ地下牢の先にある通路を使わせて貰うぞ?」

 

「ほぅ、あれを知っておったか」

 

 国王は驚きの声を上げたが、却下はしなかった。ならば、遠慮は無用。

 

(そう言えば牢屋の壺には何か入ってた気がするなぁ、囚人と交渉したら譲って貰えないかな)

 

 お金ならそれなりにある。能力値を上昇させる効果のある種や集めて持って行くとメダル王と呼ばれる人物が貴重なアイテムをくれる小さなメダル。俺の記憶が確かならこういった場所の壺にはたいてい何かが入っていたのだ。

 

「と、まぁそう言う訳だ」

 

「細かいねぇ。ま、だからこそソイツが手に入った訳だけどさ」

 

 そして、数分後。話して拙い場所はぼかして女戦士に説明し、牢番の兵士に許可を得て交渉した結果は「ちからのたね」が一個。

 

(転職出来ない勇者に使うのが基本だよなぁ。けど……うーん)

 

 牢屋の壺に入っていたと言う時点で食べるのに抵抗のある物体なだけに、俺としてもこれを食べろと言うのには抵抗がある。

 

(埋めて増やせたらいいんだけどなぁ、栽培出来るとしても収穫までに何年かかるか解らないし)

 

 かといって捨ててしまっては交渉した意味がない。

 

(まあいいや、それよりも今は勇者との合流しないと)

 

 今居る城の地下から更に進めば魔物の出没する領域に出る。相手は雑魚とは言え、考え事をしたまま不意をつかれていい気はしない。

 

「強行軍で行くぞ、着いてこれるな?」

 

「はん、誰に言ってるんだい? アンタにゃ借りがある、『ついて来るな』って言われてもついてくよ!」

 

(えーっと、それはマジで勘弁して欲しいんですが)

 

 割と薄情なことを考えてしまうが、これまでの経緯が経緯なのだ。

 

「勝手にするがいい」

 

 突き放すように吐き捨てると、俺は床を蹴って駆け出した。

 

(あれは……)

 

 通路を進んだところに見えたのはたいまつの光にぬめりと光る黄緑色の大カエル。

 

「ゲコッ?」

 

「はっ」

 

 フロッガーと言うその魔物が俺に気づいた時には、まじゅうのつめの先端が皮膚を斬り裂き脇腹に沈み込んでいた。

 

「せいっ」

 

 疾走の勢いを借りて右腕を振り抜けば、手応えらしい手応えもなく両断された大きなカエルの上半身は体液やその他諸々をぶちまけながらぐちゃりと床に落ち。

 

「邪魔だよっ」

 

 後を追ってきた女戦士によってそのグロい死体が蹴り飛ばされる。

 

(うっわー、流石「豪傑」)

 

 此方としては自分の作り出した結果であるにもかかわらず目を背けたかったぐらいなのだが、こういう面では少し羨ましいぐらいに頼もしい。

 

(ひょっとして、俺も本とか読んでみたら――)

 

 今の性格を変えられるのだろうか。

 

(うーん、身体の方の性格だけ変わるオチだって充分あり得るもんなぁ。試してみるなら先に装飾品かな)

 

 例えば女戦士のつけている腕輪のような。もちろん、アレを女戦士から外すなんて恐ろしい真似俺にはとても出来ない。

 

(腕輪があれだけってこともないだろうし……あぁっ、こういう時しっかり覚えてたらなぁ)

 

 無い物ねだりだとは解っている。だから、気持ちを切り替えて前に意識を集中させようとすれば視界に入ってきたのは緑色の汚泥に似たものが複数。

 

「ちっ、次はバブルスライムか」

 

「何だい、毒でも気にしてんのかい?」

 

 舌打ちすれば、揶揄するように女戦士が言ってくるが、俺としてはさっきの死体がグロいことになったので、今度は蹴りで仕留めようと思っていたのだ。

 

(そう思ってる矢先に、毒持ちとはなぁ)

 

 バブルスライムこと発泡型緑色生き物の毒は攻撃した時何割かの確率で受けるものであり、攻撃して毒を貰うことなど無いのだが、それでも蹴るのには抵抗がある。

 

(狙ったように蹴りたくない敵が出てくるのは、何故だろう)

 

 この場に女戦士が居なければ、ギラの呪文で焼き払って終わりなのだが――。

 

(ん、そっか)

 

 そうだ、女戦士が居なければいいのだ。

 

「あれの相手は俺がする、お前は先に行け」

 

「は?」

 

「毒消し草の数も有限だ、相手にするのが一人なら毒を受けたところで一人分有れば事足りる」

 

 もちろんレベル差を考えれば、緑色生き物の攻撃が俺に当たるとも思えない。これは方便だ。

 

「第一、あの程度の魔物など俺一人でもどうということもない」

 

 呪文一つで一掃出来るのだから。

 

「まったく、しょうがないねぇ。さっさと来ないと置いてゆくよ」

 

 女戦士も俺の実力は果たし合いである程度把握しているからだろうか、あっさり引き下がるとバブルスライム達を迂回するようにして脇を抜けて行く。

 

(さてと、直接は見えてない筈だけど、まだこの距離じゃ拙いなぁ……ん?)

 

 此方に背を向けていようと、音は聞こえる。

 

「階段の上で待っていろ、大してかからん」

 

 女戦士の背に声を投げ、俺は小声で呪文を唱え始める。

 

「ザラキッ」

 

 熱放射と違ってただ複数の敵を即死させる死の呪文はあっさりと緑色生き物達の生命活動を停止させ。

 

「……終わりだ」

 

 たまたま呪文が効かなかった一体が飛びかかってきたところを俺はまじゅうのつめで両断した。

 

 




相変わらずの強さの主人公、同行してる女戦士の意味とは一体。

だが、彼はまだ気づいていないのだ。この先に待ち受ける試練を。

次回第二十一話「大きな誤算」にご期待下さい。


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第二十二話「大きな誤算」

「まずは宿屋だ。場合によってはそこで合流出来る可能性もある」

 

「あいよ」

 

 地下通路の魔物を撃破し、階段の上で女戦士と合流を果たした俺達が最初に向かったのは、塔の地下に降りるもう一つの階段だった。

 

「邪魔をする、此処にアリアハンから来た勇者一行は――」

 

「おっ、ダンナ」

 

 階段を下りるなり宿屋の主人と思わしき男性に尋ねようとしたところで、階段の上から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。

 

「おや、ヒャッキじゃないのさ」

 

「あー、お前も一緒?」

 

 女戦士もヒャッキと呼ばれた武闘家の男も元々は勇者を護衛していた「腕きき」同士、俺もその護衛に一時期同行していたから面識があるのは知っているのだが。

 

「何故お前が此処にいる?」

 

 ヒャッキについてはまだ現在進行形で勇者パーティーの護衛をしていたはずである。

 

「あー、なんつーの? 此処の宿に勇者と一緒に泊まる訳にはいかねーだろ?」

 

「あぁ、そう言うことかい」

 

「そうそう、勇者達は宿で疲れを癒せても俺達は無理、そーなると消耗してくるわけよ、ガチで」

 

 だから交代要員に護衛任せて宿に休みに来た、と言うことらしい。

 

(成る程なぁ)

 

 何にせよ、今も勇者達にはちゃんと護衛がついている訳だ。

 

「それで、勇者達の現在位置は?」

 

 俺は続いて質問し。

 

「一度三階まで行って、引き返してきてた」

 

 ついさっきまで一階の地図を作りながら回っていて、今は二階を探索している所だろうというのがヒャッキの見解だった。

 

「そうか、手間をかけたな」

 

 ゲームとしては始めに訪れる塔だ。宿屋があって至れり尽くせりだし、俺が勇者に渡しておいたアイテムもある。故に何の心配もないと、思っていた。

 

「あ、ダンナ。ただ」

 

 俺を呼び止めて、口にしたヒャッキの言葉を聞くまでは。

 

「っ、急ぐぞ!」

 

「は? 仕方ないね」

 

 一瞬疑問符を頭に浮かべつつも、険しくした俺の顔に質問することなく女戦士が鞘から銅の剣を抜く。

 

(しくじった、ここにアレが居るなんて)

 

 想定では、その魔物と勇者達が出くわすのはもっと先だと思っていた。うろ覚えだった知識に足下をすくわれたのだ。

 

(くっ、間に合えよ)

 

 その魔物の名は「まほうつかい」。

 

「ただ、覆面かぶった黒いローブのおかしな奴らにゃ注意した方がいいぜ、ガチで」

 

 ヒャッキの忠告を聞いて思いだした、初めて遭遇することになるであろう『人型の敵』。

 

(賢者の石だってある、最悪の事態には)

 

 ならない、と思いたかった。

 

(そうだ、出たとしても一度に複数出てくることなんて無いはず)

 

 無いはずだと思うのに、つい先程のミスのせいで記憶が信じられない。

 

「くそっ」

 

 おまけにこんな時に限って魔物が行く手を遮るのだ。階段を登り前にして不規則な軌道で空を飛ぶのは、エメラルドグリーンの大きな蝶。

 

(しかも「じんめんちょう」とか)

 

 本来なら胴体である部分に赤い不気味な人面を備え付けたこの魔物は、対象を幻で包み攻撃を逸らすマヌーサと言う呪文を使う。呪文が使えないことにしている俺にとってめんどくさいことこの上ない。

 

「マヌーサを唱えられる前に倒すぞ」

 

 女戦士に声をかけつつ一匹を斬り捨て。

 

「あいよ、そらぁっ」

 

 女戦士も銅の剣で一匹のじんめんちょうをたたき落とした。

 

(よしっ)

 

 二匹が倒れたことで丁度ぽっかりと生じた空間は人一人が通るのには充分な幅があった。

 

「邪魔だ」

 

 突っ込みながら行きがけの駄賃とばかりに右側のじんめんちょうを屠ると俺はそのまま階段を駆け上がる。

 

「先行するっ」

 

 言い捨てた後は、後ろも見ない。

 

(分かれ道……どっちだ?)

 

 階段を上った先の部屋には、通路の入り口が二つ。

 

(せめて、せめてマップを覚えていたら……っ、これは)

 

 悔やみつつ同じフロア内の宝の数を知る「とうぞくのはな」を使えば、匂いという形で感じるはずの宝の数は0。

 

「もう探索済みなのか……ピオリム」

 

 迷っている時間はない。俺は下の階層の構造を思い出し、素早さを上昇させる呪文を自分にかけると右側の通路へと足を踏み入れた。

 

(まずは、塔の中央を挟んで反対側の部屋……くっ、外れか)

 

 通路から部屋を覗き込んだだけでも上り階段があるかぐらいならすぐ解る、そこから俺は壁づたいに塔の中を歩き回って一つの上り階段を見つけ――。

 

(だあぁぁぁぁぁっ、よりにもよって)

 

 空っぽの宝箱があるだけの小部屋で、またじんめんちょうの群れと遭遇していた。

 

「バギッ」

 

 風を起こし敵を切り刻む呪文を使ったのは、道を間違えて女戦士が側にいないのもあるが、正直に言えば八つ当たりである。

 

(急いで戻らないと)

 

 このミスで取り返しのつかないことになったら、絶対に俺は後悔する。人の目が無ければ呪文の行使を躊躇う必要も皆無。

 

(間に合えよ、間に合ってくれよ)

 

 焼死体ではなく何かに斬り裂かれた魔物の骸しか残さないという分別をつける程度の理性は残っていたが、頭の中は一つのことで一杯だった。

 




己の過ちが故に、かの者は焦り、勇者の無事を祈りながらいくつもの骸を作って塔を駆け上る。

主人公を焦燥に駆りてさせた意味とは。

そして、師は愛弟子と再会する。

次回、第二十三話「覚悟」ご期待下さい。


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第二十三話「覚悟」

「こっちだよ」

 

 魔物に足止めを喰らっていた女戦士と俺が合流したのは、三階に上がってすぐだった。

 

「この分だと勇者達は最上階に行ってる可能性もあるな」

 

「かもね」

 

 二階とは違い、所々に転がる魔物の骸にはまだ体温を失っていないものが幾つか存在している。

 

「……はん、『人を斬る』ねぇ」

 

 俺の危惧も此処に至るまでで女戦士には伝えてある。

 

「あぁ。人型の魔物としては、勇者達にとって遭遇する初めての相手になるはずだ」

 

 獣や水色生き物の様なものならまだ抵抗感も薄い方だろう。だが、人型の魔物となるとどうか。

 

(お約束、一種の通過儀礼なんて言い方は不謹慎だけど)

 

 前に読んだことのある異世界トリップ系の展開がある小説などでも「人の姿をした敵の登場」は主人公の前に立ちはだかる大きな壁だった。

 

(俺にとっても壁なんだよな、これって)

 

 この身体は一度世界を救っている、そう言う意味では何を今更と言われるかもしれないが、攻撃されて消滅するドット絵とゲームの中に来てから戦った魔物はまるで違う。

 

 少なくとも動物の魔物については死体が残っているし、斬れば血を流した。

 

(だったら、人型の魔物は……)

 

 出来れば、考えたくもない。第一、魔物は此方の躊躇に付き合ってくれないのだ。

 

「勇者はこの間までスライム一匹を倒すのがやっとだった、人を相手にした経験などあると思うか?」

 

「言われてみれば……あたいは職業訓練所の出だからね」

 

 たぶん、戦士としての心構えとかでその手のメンタル的な問題は既に解決済みなのだろう、故に思い至らなかった、と。

 

「アンタが焦ってた理由は納得したよ。殺し合いの中で一瞬だろうと迷いは死だ、仲間か自分のね」

 

 そう、もし勇者が躊躇している間に「まほうつかい」が呪文を唱えたら。使えるのは、初歩的な攻撃呪文一つとはいえ、他の魔物の物理攻撃とは比べものにならない。

 

「シャルロットならメラの一、二発には耐えうる」

 

 だが、未熟な上に打たれ弱い同行者なら、どうか。

 

(一応護衛もいるとは言え、ゲーム通りだと……)

 

 彼らは勇者一行が全滅しそうになって初めて動く。

 

(蘇生呪文だって使えるけど、人前で使う訳にはいかないし……何より、そんな事態になったら)

 

 最悪の事態を想像し、俺は拳を強く握りしめた。

 

「自分の躊躇で味方が傷ついたとしたら、どうなると思う?」

 

「あの娘が気に病む、かい?」

 

 わざわざこんな問答をしてる暇すら惜しい。

 

「そう、だっ」

 

「ギャァァァッ」

 

 羽根を斬り飛ばされて転がっていた「じんめんちょう」の身体で天井付近を旋回していた「おおがらす」を撃墜すると、俺は床を蹴って前方に転がる。

 

「ゲロゲロッ」

 

 声の主が伸ばした舌は何もない空間を薙いで戻った。

 

「またかい、その顔は見飽きたんだよこのカエル野郎ッ」

 

「グゲッ」

 

 引っ込む舌を追いかけるように肉薄した女戦士が銅の剣で「フロッガー」の顔面を粉砕し、俺は前転で稼いだ距離を使って懐に飛び込んだ赤と青のストライプ模様をした昆虫の魔物「さそりばち」をまじゅうのつめで両断する。

 

「魔物が行く手を塞ぐ、か」

 

 むろん気配は殺して進んでいるのだが、魔物に気づかれにくくなる忍び歩きも万能ではない。

 

「こっちに来てる可能性は低いってことかい?」

 

「いや、魔物とて一所にじっとしている訳ではないだろう。第一、あそこを見ろ」

 

 そう言って俺が前方に転がった魔物の骸を指し示した時。

 

「っきゃぁぁぁぁ」

 

 フロアに悲鳴が響いた。

 

「くそっ」

 

 人の居る方向は解ったが、嫌な予感が急速に膨らむ。

 

(大丈夫だ、勇者には賢者の石が)

 

 勇者へ渡したお守り代わり、一時は我ながら過保護と苦笑さえしたそれに、俺は縋った。

 

(あれさえ使えば、俺が駆けつけるまでの時間ぐらいは――)

 

 今の勇者達なら難しくないと思っていた塔の攻略は、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

「っ」

 

 全力で走っていた俺は頭上からの羽音に気づいて、前方にダイブし。

 

(この、急いでいる時に――)

 

 身を起こすと共に振り返って羽音の主に手を向けて、硬直した。

 

「コイツらはあたいに任せな! アンタは、先に」

 

 追いかけてきた女戦士の目に気づいたのだ、これでは呪文を唱えられない。

 

(くっ)

 

 かといって女戦士に任せるには敵が厄介すぎた。麻痺毒を持つ尾で刺した相手を麻痺させる「さそりばち」の群れ、単独で相手をして万が一麻痺でもしようものなら、待つのは嬲り殺しにされる未来だけ。

 

(どうしろって言うんだよ)

 

 呪文さえ使えば、鎧袖一触ではある。だが、人前で攻撃呪文が使えるという事実をさらけ出す、覚悟はまだ無かった。

 

「頼むっ」

 

 焦燥の中、俺はまた逃げて、女戦士に背を向ける。

 

「落ちろっ」

 

 せめてもと自分に一番近かった「さそりばち」を斬り捨て、女戦士に襲いかかろうとしていた別の一匹を投げたダガーで撃ち落として。

 

(間に合えよ……ん?)

 

 再び駆け出した俺が一瞬足を止めたのは、魔物ではなく人の姿を見つけたから。

 

「勇者はこの先か?」

 

「っ、お前は……ああ」

 

「ここは俺が代わろう、向こうで女戦士が一人さそりばちの群れと戦っている。そっちに助勢してくれ」

 

 勇者達を見張っている護衛から肯定の答えを受け取ると、女戦士への援軍を頼み声の方に急ぐ。

 

「あれ、か……」

 

 折れ曲がった通路を進み、見えてきた外壁のない回廊へ彫像のように立つ勇者の姿。

 

「無事か、シャ」

 

 声をかけようとし、俺は言葉を失う。床に横たわり「さそりばち」に群がられる「誰か」。

 

「うぐっ、うぅ」

 

 帽子を投げ出し顔を片手で覆って蹲る魔法使いのお姉さん。

 

「ちぃっ」

 

 勇者の向こうに立つ黒覆面の魔物が立てた指を「敵」へ向けるのを見て、俺は飛び出していた。

 

『メラ』

 

 放たれた火の玉は身を守ることなど考える余裕もなかった俺の視界一杯に広がり。

 

「お師……匠さま?」

 

 顔面を焼く呪文の熱さの中、聞いたのは勇者のかすれた声だった。

 




たどり着いた先で見たのは、残酷な現実。

主人公は身を挺して誰かを庇い、そして勇者シャルロットは――。

次回、第二十四話「悪夢と後悔」にご期待下さい。


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第二十四話「悪夢と後悔」

「ああぁぁあぁぁぁああぁっ!」

 

 目を瞑ってしまっていたから、俺が最初に知覚出来たのは雄叫びのような声とダンッと強く床を蹴る音のみ。

 

「がっ」

 

(うぐ、一体何が……)

 

 短い悲鳴と誰かの倒れる音がし、俺は顔のひりつく様な感覚を堪えながら目を開ける。

 

「シャル……ロット?」

 

 首を巡らせて勇者を捜す俺の視界へ最初に入ってきたのは、首がおかしな角度に曲がった黒覆面男の死体。

 

(これは、あいつがやったのか?)

 

 おそらく横薙ぎ振るった銅の剣で首を狙ったのだろう。だが、手を下したはずのシャルロットの姿はそこになく。

 

「っ」

 

 ちゃりり、という金属の音を辿ってようやく探し人の姿を見つけるに至った。

 

「シャル」

 

 此方に背を向けた勇者は無言で財布から片手を抜き、さそりばちの群れ目掛けて振るう。

 

「な」

 

 理解が追いついたのは、乾いた音を立て「誰か」に群がっていたさそりばちの一匹が弾かれるように吹き飛んだ直後。

 

(今のは……ゴールド?!)

 

 吹っ飛ばされたさそりばちが即座に飛び上がるのを見るに大したダメージはない。だが、ゴールドのつぶてが命中して魔物に集られていた者の姿が露わになる。

 

(バニーさん? そうか……今の内にバニーさんを助け)

 

 助けるつもりだったのか、と俺は納得しかけた、だが。

 

「メラっ」

 

「なに……?」

 

 勇者ははじき飛ばされたさそりばちに向けた指から火の玉を飛ばし、撃ち落とすなり再び床を蹴る。

 

(シャルロット?)

 

 一瞬で仲間を火だるまにされ、しかも自分達に向かって来たシャルロットを脅威と見たのかさそりばち達はバニーさんの上から飛び立つと勇者に飛びかかった。

 

 無言、そして表情一つ変えずシャルロットはさそりばちの尾やハサミから身をかわし、逆に後方に回り込んだ一匹の羽音だけを頼りに後ろ蹴りで蹴り飛ばすと正面の個体を銅の剣で粉砕する。

 

(今のは、バニーさんと追いかけっこした時の)

 

 一瞬回避行動に過去の学習を見いだした俺を置き去りに淡々と冷酷に勇者は魔物を屠って行く、まるで作業の様に。

 

(トラウマを克服した? いや、あればそんなんじゃ)

 

「ううぅ」

 

(そうだ、あっちは?!)

 

 豹変した勇者、火傷の痛みも忘れて呆然としていた俺を我に返らせたのは、後背からの呻き声。俺が飛び出したのも、メラを喰らったと思わしき女魔法使いを庇う為だった。一時とはいえ、忘れていたのはどうかしている。

 

「大じょ」

 

「少し手を退けて頂けますかな? ホイミ」

 

 慌てて、声をかけようとすれば、いつの間にか僧侶のオッサンが隣に跪いて回復呪文を魔法使いのお姉さんにかけていた。

 

(これで向こうは一安心か、なら俺はせめてバニーさんを回収しないと)

 

 非常事態だ、出遅れただとか言うつもりは毛頭無い。そもそもシャルロットの様子だって気になる。

 

「加勢するぞ」

 

 俺は勇者の答えも待たず、羽音を周囲にばらまいていた「さそりばち」の一匹をまじゅうのつめでスライスすると、床に転がったまま動かないバニーさんの脇に膝をつく。

 

(やっぱり麻痺かなぁ、とは言え俺が解麻痺呪文のキアリク使う訳にはいかないし)

 

 僧侶のオッサンもまだ覚えているとは思えないが、バニーさんを此処に放置しておく訳にもゆくまい。

 

「ちぃっ、しつこい」

 

 シャルロットから逃げるように此方へ飛んできた別のさそりばちを両断すると、俺はバニーさんの身体を脇に抱え上げると後方を振り返った。

 

「悪いが、こいつを頼めるか?」

 

 勇者に全てを任せるには相手が悪かった、仲間を呼ぶのだ「さそりばち」は。

 

(いくらシャルロットが斬っても減少した分以上の増援が来てしまえば――)

 

 まして、勇者の変わりようも気になった。

 

「承りましょう」

 

 頷いた僧侶のオッサンに俺も頷きで応じると、数歩近寄ってバニーさんの身体を床に横たえると今度は女魔法使いに声をかけた。

 

「まだ呪文が唱えられるなら援護を頼む。麻痺毒にやられたら面倒だ」

 

 だから早く倒さないといけないと思ったのだが。

 

「あの、麻痺毒を持つのは『さそりばち』ではなく別の魔物ではありませんかな?」

 

(え?)

 

 オッサンの言葉に俺は固まった。

 

「ならば、これは一体……」

 

 僧侶の指摘に俺は自身の思い違いを知ったが、ならば足下の遊び人はなぜさそりばちに群がられたまま動かなかったのか。一同の視線がバニーさんに集まり、次の瞬間。

 

「うぅん、ごめんなさいごめんなさい……もうお仕置きは止め」

 

 こてんとひっくり返って寝言を口にしたバニーさんに空気が凍る。

 

(あーそっか、遊び人って戦闘中なのに急に寝たりしたわな)

 

 マヒして動けなかったと思ったのだが、実は遊び人特有な「戦闘中のおふざけ」が原因だったらしい。

 

「……サラ」

 

「承知しましたわ」

 

 俺が促せば、目の据わった魔法使いのお姉さんは束ねたロープを引っ張ってバチンと鳴らす。

 

「ひっ、え? あれ? ……あ」

 

 バニーさんが怯えた声を上げて跳ね起き、女魔法使いを見て固まるが、止める気はない。

 

「今晩が楽しみですわ……ですけど、その前に――」

 

「っ、そうだった! シャルロットの加勢に戻らねば」

 

 俺も「さそりばち」が麻痺毒を持つと勘違いしていたのは悪いと思う、だが。

 

(いくらなんでも「これ」はないだろ、バニーさん)

 

 安堵と罪悪感とやるせなさとその他諸々がない交ぜになった俺は、感情のはけ口を求め。

 

「ごめんなさいっ」

 

 お仕置きを恐れるバニーさんは涙目で「さそりばち」に斬りかかる。

 

「これなら、何とかなりそうですな」

 

 他のパーティーメンバーが復活した上に俺が加勢に加わったのだ、もう負ける要素などない。

 

「ですが……勇者様は」

 

 だと言うのに僧侶のオッサンの向けた視線の先、変わってしまった勇者の様子が不安をかき立てて。

 

「くそっ」

 

 俺は嫌な予感を振り払うようにさそりばちを斬り捨てる。

 

(シャルロット……)

 

 先程俺が加勢するといった時もシャルロットは反応を見せなかった。いや、見えていなかったのではないか。

 

(俺のせいか?)

 

 大切な仲間が傷つき、倒れる様は悪夢だ。ただでさえ勇者は一度心を折られかけている。

 

(俺が「まほうつかい」のことを覚えていたら、呪文が使えることを隠していなかったら……)

 

 苦い後悔が俺の口の中に滲んだ。

 

 




我を忘れたように殺戮を続ける勇者。

主人公は苦渋を噛みしめ残る魔物を掃討する。

倒すべきモノが居なくなった時、勇者は?

次回、第二十五話「暴走の先は」にご期待下さい。

尚、勇者が連続行動しているように見えますが、あれは他のメンバーが「驚きとまどった」り「ぼーっとしていた」為です。
ので、不正はなかった


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第二十五話「暴走の先は」

「シャルロット」

 

 俺が呼びかけても、勇者は「さそりばち」だったモノに銅の剣を振るい続けていた。もう、ただの骸だというのに。

 

(くっ)

 

 憎悪か怒りか、何がシャルロットをああしてしまったのかは解らない。

 

「ご、ご主人様……その」

 

「いや」

 

 此方と勇者を交互に見るバニーさんに俺は頭を振ると、ゆっくりとシャルロットの背後へ歩み寄る。

 

(ここは、俺の仕事だ)

 

 我を失っているなら、近寄っただけでいきなり斬りかかってくるかも知れない。バニーさんに任せるのは危険すぎたし、俺のせいでもあるのだから。

 

「うぁ」

 

「シャルロット」

 

 後ろから抱きしめ、耳元に囁く。腕を回した時、勇者が微かに声を上げたが、蹴られようと暴れられようと放す気はなかった。

 

「っ」

 

 だから腹にめり込んだ肘の一撃を俺は耐え。

 

「もう、いい。……皆無事だ。お前のお陰だ」

 

 抱きしめたまま、声をかけ続ける。女戦士と果たし合いした時のように力ずくで取り押さえることなど出来よう筈もない。

 

(くっ、この程……うぐっ、ぐあっ、今の結構痛――)

 

 足を踏まれた、脛をけりつけられた、二発目の肘が脇腹に突き刺さった、だが俺は甘んじて受け入れた。

 

「シャルロット……」

 

 呼びかけるだけでは駄目なのだろうか、どうすれば元に戻るのか。見当もつかなかった俺には、そうすることぐらいしかできなくて。

 

「シャルロッ」

 

「お……師匠様? あ」

 

 何度目の呼びかけになったかは、数えていなかった。だが、初めて反応を見せてくれた勇者は、小動物のように腕の中でビクんと震えると、硬直した。

 

「あ、あぁ……」

 

 俺の足の上に置かれていたシャルロットの足がゆっくりと退けられ、怯えの色を帯びた瞳でゆっくりと振り返る。

 

「っ、気にするな。こんなもの大し」

 

 ワンテンポ遅れて勇者が硬直した意味、つまり自分のしたことに気づいたことを悟ってフォローしようとしたが、遅かった。

 

「ボク、ボクが――」

 

 叫ぼうとしたシャルロットの表情が俺の顔を見て硬直する。

 

(っ、しまっ)

 

 色々あって傷の痛みさえ忘れていたが、勇者の暴発は女魔法使いを庇う形で俺が顔面にメラの呪文を受けた直後だったのだ。耐久力からすれば魔法使いのお姉さん程酷くはないとしても、火傷ぐらいしていておかしくない。

 

「……お師匠様、ボクのせいで……顔に火傷……サラさんも、ミリーもボクがもっとしっかりし」

 

「違うッ! この塔に「まほうつかい」が出没することを忘れていた俺のミスだ!」

 

 呆けたように目の光を消し呟き出すシャルロットを見て、反射的に叫んでいた。

 

「だいたいこの程度ホイミで治る。そもそも――」

 

「あっ」

 

 尚も勇者を落ち着かせるべく語りかけていた俺は勇者の身体を強引に引き寄せると、道具袋に手を突っ込んだ。

 

「んぅ、お、お師匠様……こ、こんなと」

 

 艶っぽい声を上げたシャルロットが腕の中でモゾモゾするが、気にしている場合はなかった。

 

「ひうッ、あ……お師」

 

(これか? いや……っ、これだ)

 

 手探りで中に入っているものから狙ったモノを出すのは、骨が折れる。とはいうものの、何とか「それ」は見つかった訳だが。

 

「あった、か。何の為に『これ』を持たせたと思っている?」

 

 そう言って俺がかざしたのは、ボス戦のお供、味方全体を回復する高位回復呪文ベホマラー同様の効果をもつアイテム「けんじゃのいし」だった。

 

「「え?」」

 

「こうやって天にかざせば、僧侶が覚えるという全体回復呪文と同じ効果がある」

 

 目をまん丸に見開くパーティーメンバーに説明すると、僧侶のオッサンが凄く遠い目をしていたが、その点は本当に済まなかったと思う。

 

「はっはっは、少しだけ存在意義について考えてしまいましたぞ?」

 

「いや、すまん」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 何故か隣でシャルロットまで謝っているが、俺は人のことに言及出来る身分でない。

 

「とにかく、さっさとこの塔の用件を果たして戻ろう。俺は同行者を一人置いてきてるからな、回収したら最上階に向かう」

 

 アイテムの効果も伝えたし、流石に二度目の危機はないだろう。「けんじゃのいし」の効果による驚きでシャルロットが自責の念を忘れている今が好機だ。

 

(メンタルケアするにしても安全なところまでいかないといけないしな)

 

 女戦士の方は麻痺毒持っていないようだし、仲間を呼ぶとはいえ護衛の面々を応援にやっているから大丈夫な筈。

 

「とは言え置いていったのも事実か。……今日は謝りっぱなしになりそうだな」

 

 この後、女戦士と合流を果たした俺は、最上階にいた老人の部屋で勇者達と合流。勇者一行は無事「とうぞくのカギ」を手に入れたのだった。

 




僧侶のオッサンには本当にすまないことをした。

主人公は反省しつつ、勇者達は遂にナジミの塔を攻略するに至る。

出番の無かった塔の老人は言うかもしれない「解せぬ」と。

ともあれ、盗賊の鍵を手に入れ、勇者達が次に目指す場所とは?

次回、第二十六話「レーベの村の」

あ、タイトルがネタバレしてる。


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第二十六話「レーベの村の」

「で、レーベの村に戻ってきた訳だが……」

 

 誰に説明しているつもりなのかは自分にも解らなかった。おそらく現実逃避したかったのかも知れない。

 

(まずはシャルロットの所に行くべきか)

 

 塔の宝箱に入っていたキメラの翼でレーベに戻ってきた俺と女戦士そして勇者一行は、まず宿屋に向かった。戦いの疲労と精神的疲労の両方から勇者を休ませるべきと言う意見が半数を占めたのだ。

 

(まぁ、それだけじゃなかったけど)

 

 ちなみにバニーさんは魔法使いのお姉さんに引き摺られて連行されていった。きっと今頃はお仕置きが始まっているのではないだろうか。

 

(うん。結局の所、シャルロットの所以外の選択肢は無かったのかもな)

 

 女戦士の所に詫びに行こうかとも思ったが、腕輪を外して入浴している可能性に思い至った時点で選択肢から消した。僧侶のオッサンは、この村の教会に出かけてくると言って宿には居ない。

 

(行こう。取り込み中だったら、外で待つとか出直せばいいし)

 

 客室に引っ込んだ勇者が入浴や着替えをしているかもと、いったんは自分もあてがわれた部屋に入り、ベッドに腰掛けていた俺だが、このまま座っていても仕方ない。

 

(まずは謝ろう、それから話すべきことをきちんと――)

 

 そこまで考えて、前に踏み出そうとした足が止まる。

 

(話す、かぁ)

 

 どこまで話せば良いのだろうか。打ち明け話をするなら、最初はバニーさんにすべきと俺は思っていた。卑怯なのは重々承知だが、バニーさんいは俺に借金を肩代わりされているという負い目がある。

 

(口止めは絶対に必要だ)

 

 勇者達を見てふと気づいたのだ、ただのゲームキャラにも自我があり自分の判断で動いていると言うことに。何を今更と言われるかも知れない、だがバラモスやゾーマのような倒すべき相手にも自我と思考する知性があったとしたら。

 

(まだ過程に過ぎないけど、俺の介入で予定を変更してくることは充分考えられるもんな)

 

 アリアハンに自分を単独撃破出来るスペックの人間が居ると知れば、バラモスの立場なら最優先で対策を考えるだろう。

 

(普通に考えれば手段を問わず倒すか無力化する、場合によっては味方に引き込む……ぐらいしか今は思いつかないけど)

 

「ワシがバラモスじゃ、お主に世界の半分をやろう。ワシの部下になる気は――」

 

 ろくでもない展開になることだけは想像がつく。一瞬浮かんだベタ展開は無いにせよ。

 

(確か何処かのお城の猫は魔物が化けたモノだった筈)

 

 イシスという国だった気がするが、同じことをアリアハンでもやられてるとしたら、誰かに打ち明けるだけでも危ない橋である。

 

(もっと、今の時点じゃただの仮説。保身の為に呪文を使わなかったことの言い訳に過ぎないかぁ)

 

 逆にこの仮説が正しいなら「勇者の取り乱しように慌てて、賢者の石を使って見せたあげく説明までしてしまった」のは大ポカだ。

 

(その辺抜きにしても、賢者の石のことは口止めしておこう。よくよく考えたら、あれって平和な時代には戦争を引き起こしかねないし)

 

 本当に賢者の石の一件は酷いミスだった。護衛の面々を女戦士の元に向かわせていて、目撃者が勇者パーティーに留まったのがせめてもの救いか。

 

(はぁ、自業自得とはいえ……頭痛い)

 

 全て俺が甘んじて受けるべきモノだとは思う、だが。

 

(って、こんなとこで凹んでる暇はないな。早く勇者のと)

 

「お、お師匠様」

 

 頭を振って部屋を出ようと思い直した直後だった、ドアがノックされたのは。

 

「どうした、シャルロッ」

 

「お師匠様、ボク……」

 

 戸口に居たこともあって、ノブに手をかけてドアを開けるとそこにいたのはまくらを小脇に抱え、パジャマ姿のシャルロットだった。

 

(はい?)

 

 一瞬、俺の思考は停止した。

 

(ピロートーク? いや、まくら投げか?)

 

 前者は同性とやるようなモノの気がするし、後者は二人でやるようなモノだろうか。

 

「傷は治っても、ボクのせいでお師匠様の顔に傷を負わせちゃったことは変わらないし、その……責任を」

 

(セキニンッテ、ナンデスカ?)

 

 誰だ、誰が勇者に妙なこと吹き込んだ。

 

(バニーさんか、女戦士か、それともあの魔法使いのお姉さんと見せかけて僧侶のオッサンか?)

 

 俺は混乱していた。逃げだそうにも一個しかない部屋の入り口は勇者が立っている。

 

(なら、窓から……って、逃げてシャルロットが気に病みでもしたら)

 

 駄目だ、逃げても解決にならないどころか状況が悪化しそうな気がする。

 

(か、考えろ。少なくともこの身体は元賢者、賢さの数値だってそれなりにあるはずだ)

 

 一瞬中身が俺の時点で賢さ関係あるのかとか冷静な部分がツッコんできたが、敢えて無視する。

 

(まず、勇者は自分が原因で俺が怪我をしたと思いこみ、気にしている)

 

 それで、罰というか償わせて欲しい、そんなところなのだろう。

 

(いや、どう考えてもペナルティ受けるのは俺の方なん……ん? ペナルティ?)

 

 閃いたのは、一つの案。そして、それを起点にした二つの展開。

 

「いや、むしろ詫びるのは俺の方だ。お前は、良くやったシャルロット」

 

 首を横に振って、頭を撫でると勇者の瞳が涙で潤み。

 

「お師匠ざま……おじじょうざまぁぁ」

 

「すまんな」

 

 抱きついてきた勇者の身体を受け止めた俺は、腕の中のシャルロットに詫びながらドアを閉めた。

 




別の意味で暴走するところだった勇者は誰の差し金か。

悩み、追い込まれた主人公の脳裏に浮かんだひらめきとは、彼は勇者に何を話すというのか。

次回「昨晩はお楽し……じゃなかった、第二十七話「告白と選択」。

提示した選択肢に勇者の選ぶ道は、己が罪と向き合う機会となるのかそれとも別れの序章か。


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第二十七話「告白と選択」

「落ち着いたか?」

 

「……は、はい。えっと……」

 

「っ、すまん」

 

 行き場の無かったモノもある程度発散出来たのではないかと思う。俺はモジモジするシャルロットの視線の先に自分の手があったことに気付き慌てて腕を引っ込めた。

 

(そりゃ、いつまでも置いておいていいモノじゃないしなぁ)

 

 ただ泣いている時背中をさすっていた名残なのだが、セクハラは拙い、バニーさんではあるまいし。

 

(と言うか、まだ潤んでる勇者の目とかちょっとまだ紅潮したままの頬とか反則すぎる)

 

 罪悪感が二割り増しや三割り増しも当たり前である。

 

「……実はシャルロットに話しておきたいことがある」

 

 この空気では、言い出しにくいことこの上なかったが、もう決めたことだ。

 

「……ボクに、ですか?」

 

 俺が真剣な顔をしていたからだろう。シャルロットは姿勢を正すと、手を膝の上に載せて見返してきた。

 

「あぁ、これからのことにも関わってくる話だが……俺はお前達に黙っていたことがある」

 

「黙っていたこと?」

 

「そうだ」

 

 オウム返しに勇者が聞いてくるが、ここまでは良い。問題は、どこまで話すか。

 

「ところで、シャルロットはバラモスについてどう思う?」

 

「えっ?」

 

 思わせぶりに言っておいて、急に話題を変えきょとんとしている勇者に俺は説明する。これまで考えていた仮説の一つをあくまで仮説と前置きした上で、だ。

 

「俺がバラモスであるならば、今のお前は無視する。世界を支配すべく活動する方がよっぽど重要だからな」

 

 俺の見立てで、シャルロットのレベルは高くても十台前半と見ている。幸せの靴を履かせた例の「しゅぎょう」で底上げしたからだが、バラモスが脅威と見るにはほど遠いだろう。

 

「うぅ」

 

「そう落ち込むな、むしろ今は無視して居て貰わねば困るところなのだからな」

 

 はっきりというのは、残酷だし罪悪感でいたたまれなくなってくるのだが、この師匠キャラをいきなり崩す訳にも行かない。

 

「今この大陸はロマリアに至る道が閉ざされ、言わば隔離された状況だ」

 

 逃げ場の無い状態であり、バラモスが勇者を危険視し、排除を優先しようとすれば、このアリアハンに集中させた戦力をぶつけてくるだろう。

 

「このレーベにしても大して強力な武器は置いてない、バラモスが本気で襲ってきたらどうなると思う?」

 

「それ、やっぱり……村を」

 

「ああ」

 

 わざわざ勇者だけを狙って村をスルーする理由など無い。

 

「勇者一行の隠れ場所になる可能性だってある、むしろ優先的に潰しにかかってくるだろうな」

 

 アリアハンと地域を限定出来ることで戦力を集中させることの出来るバラモス側から見れば村一つ滅ぼすことなど造作もないだろう。

 

「逆に言うと、ロマリアに到達し、お前達がどこに行くのか解らなくなってしまえば例外はあるものの『戦力を集中させて潰す』と言う方法はとれなくなる」

 

 予定では人型の敵、つまり「まほうつかい」と戦うことになるのはこのレーベでロマリアに続いている「いざないの洞窟」の封印を解く「魔法の玉」を手に入れた後のことになる予定だった。

 

(対策も考えていたんだけどなぁ、まぁこうなっては意味ないけど)

 

 人前で呪文を使わずに居たのも最初は、その為の布石だった。

 

「つまり、俺は自分の役目を『お前を独り立ち出来るところまで鍛え、ロマリアまで連れて行くこと』のつもりで居た」

 

「えっ」

 

 最初は魔王討伐に付き合わされることから逃げる為だった。逃げる方法も五つほど考えていた。

 

(「魔法の玉のスペアや試作品を貰ったことにし、勇者がピンチになった時、それを使ったことにして極大爆裂呪文であるイオナズンで敵を吹っ飛ばし、自分は自爆したことにしてフェードアウトする」か)

 

 当初はこのピンチこそ「まほうつかい」との初遭遇のつもりで居たのだが、むしろこのことについては予定が狂ってくれて良かったのかも知れない。

 

「過去形だ。『居た』と言っただろう? そこで俺のお前達に隠していたことがあるという話になる」

 

 借り物の身体、そもそも勇者が俺になついているのだって俺が師であり、父であるオルテガを重ねてみていると言ったところだと思う。

 

(だから、俺も師として放っておけないだけなんだ)

 

 まだアリアハン。地下世界のアレフガルドやバラモスの居城ならいざ知らず、もう暫く同行したとしても支障はない。

 

「お前と直接手合わせしたことはなかったな、シャルロット?」

 

「え、あ……はい」

 

「手加減というモノをした経験があまり無いのも理由の一つだが、あれは俺が全力を出すのを避けていたからでもある」

 

 理由は先程言ったとおりだと述べて、俺は言葉を続ける。

 

「もし俺に旅の仲間としてこの先同行して欲しいというのであれば、しばらくの間全力は出せない。他の仲間が同行しても変わりない程度に手を抜くし、装備にしてもお前達のモノに合わせたグレードのものに取り替える」

 

 一見バラモスへ目をつけられない為の対策に見える条件だが、これは俺がこの身体をきちんと使いこなせるようになる為の訓練が主目的だ。

 

「師として同行を望むのであれば、俺が同行するのはお前が一人前になるまでだ。無論、バラモスに目をつけられない程度に手を抜くのはかわらん。手を抜かずに済む頃には既に一人前になっているであろうしな」

 

 後者を選んでくれればバラモス討伐に付き合わされずに済む。

 

(卑怯だよな、結局自分じゃ決めかねて勇者に判断を委ねてるんだから)

 

 勇者に決められたからと言ういい訳。シャルロットがあれほど辛い目にあったのだからとか言いつつ、結局覚悟が決まっていないのだ。

 

「決断はすぐにしろとは言わん、どのみちロマリアまでは一緒に行くことになるからな」

 

 後ろめたさを隠す為、勇者から顔を背けて俺は言い。

 

「ううん。お師匠様、ボクは決めてたから」

 

 勇者は頭を振る。

 

「弟子にして下さいって言ったのは、ボクだから」

 

 頭を振って「お師匠様」と俺を呼んだところで、もう解っていた。勇者がどちらを選んだかなど。

 

「そう、か」

 

 すぐに別れる訳でもない。まして勇者が選んだというのに、俺はそう答えるのがやっとだった。

 




勇者の選んだ道はやがて別れに至る道。

安堵以外のものを抱えて主人公は、自問自答する。

そして、ここでも呪文を使えることを明かさなかった意味とはバラモス対策以外にも他にあるというのか?

次回、第二十八話「結果は覆らない」

覆らないならば、後は――。


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第二十八話「結果は覆らない」

「はぁ」

 

 確かに弟子にしてくれと言ってきたのは、シャルロットである。

 

(そもそも仲間として同行するとなると、考えてたことの大半は無駄になるよな)

 

 だが、それでもいいと何処かで思ってしまうほどに俺は罪悪感を抱いていたのだ。

 

(結局、決めさせてしまったのだから……なら俺は)

 

 当初の予定通りに動くと決めた。原作知識がうろ覚えだったことによって起きた失敗分の修正を加えた上で、だ。

 

(おやすみ、シャルロット)

 

 賢者の石の件を伝えた後、やはり参っていたらしい勇者は気がつけば寝息をベッドでたてていて、俺はシャルロットを起こさぬように声を出さずにただ毛布だけを掛けてやると、部屋の外に出てドアに鍵をかけた。

 

(さて、バニーさん達はまだ取り込み中の可能性もあるな)

 

 となると、まずは僧侶のオッサンと話に行くべきだろう。女戦士は賢者の石を使った時あの場に居なかったのだから。

 

「おや? 今からお散歩ですかな?」

 

「いや、いいタイミングと言うべきか」

 

 丁度宿を出ようとしたところで宿屋に戻ってきた僧侶のオッサンと鉢合わせた俺は、話があると告げた。

 

「お話しですか」

 

「少々人前では言いづらい話だがな」

 

「ほほぅ、わかりました。悩める者の話を聞くのも神に仕える僕の役目」

 

 俺としては賢者の石のことを口止めするつもりだったのだが、オッサンは懺悔したいことがあるととったらしい。

 

「ならば拙僧の部屋でお話を伺いましょうかな」

 

「助かる」

 

 もっとも、この時点での勘違いなどどうでも良いことだ、勇者が寝ている俺の部屋で何て流れになるよりは。

 

(朝になればシャルロットだって誤解だと説明してくれるだろうけど、嫁入り前の女の子だし)

 

 風評被害の厄介さは女戦士の一件で学習済みだ。

 

「さてと、ではお話を伺いましょう」

 

「ああ、実は塔で使った『アレ』のことだが――」

 

 僧侶のオッサンの部屋に着いた俺は、オッサンと向き合う形で椅子に座るとすぐさま本題に入り、賢者の石の存在を明かすことの危険性を語り出した。勇者に語った俺の危惧も何割か一緒に話す形でだ。

 

「……ふむ、言われてみれば口外するのは危険ですな。承知しました」

 

 最初は懺悔でないことに驚いた様子ではあったものの、オッサンはすんなり口外無用という言葉を快諾してくれた。そこまではいい。

 

「では、本題に移りますかな?」

 

「っ」

 

「戦闘の方は駆け出しもいいところですが、これでも信者の方々から相談を持ちかけられることは多々ありましてな」

 

 いや、「そこまではいい」など俺がこのオッサンを知らぬ間に見くびっていたのだろう。あれは勘違いなどではなく、俺が悩んでいることを見抜いていたのだ。

 

(レベルだけが人の強さ、じゃないよな)

 

 俺は、レベルがカンストしていることに何処かで慢心していたらしい。借り物の身体だというのに。一瞬心を読まれたのかとさえ思ったが、オッサンは年長者だ、人生と言う経験値では俺にかなうはずもない。

 

「勇者様が一歩踏み込んで来られた理由は、貴方の方がご存じの筈です。ならば答えはシンプル、受け入れるか、拒絶するか」

 

 確かに、そうだ。

 

(責任とは言っていたが、シャルロットは「あれっぽっちの火傷」でそこまで思い詰めてたんだよな)

 

 後々のことまで考えると「攻撃や回復の呪文を使えること」も「レベルがカンストしてること」も伏せておくのが正しい。

 

 エゴの贖罪として正式なパーティーの一員となり勇者に尽くす道も提示はしたが、シャルロットが選んだのは、もう一方。

 

「勇者様のことです、責任をとると言われたのではないですかな? それは酷い言い方をすれば『勇者様のエゴであり、自己満足』でもあ」

 

 話し続けていたオッサンの言葉が不意に途切れる。

 

「す、すまん」

 

 無意識に放出した俺の殺気によって。

 

「い、いえ。微動だにされてないのに殺されるかと思いましたぞ、貴方がご同輩なら噂に聞く死の呪文でも唱えられたかと思うぐらいでしたが……ともあれ、一瞬とは言え我を忘れる程に勇者様を思っておられるご様子、ならば拙僧の戯れ言などもう必要は無いのではありませんかな?」

 

 オッサンの言いたいことはわかる、さっきの言いようにしても俺の本心をはっきりさせる為に言ったことだと言うのだってすぐに気づいたから謝った。

 

(けど、もう結果は覆らないんだよ)

 

 自分から離れると言っておきながらついて行くのでは、もうストーカーである。つきまといである。衛兵さんこの人です、である。

 

「ただ、お節介ついでにもう一つ言いますと――」

 

 俺の内心には気づかないのか、それとも察していて敢えて触れないのか。立ち上がった僧侶のオッサンは自然な動作で椅子から腰を上げると、部屋の窓辺まで進んで言葉を続ける。

 

「新たな命を授かることになるかは人知の及ばぬ所、杞憂と言うこともありますぞ?」

 

 そう、思い切り想定外なモノを。

 

「は?」

 

「おや、勇者様が貴方の部屋を訪ねて行かれたのでしょう?」

 

 ちょっと待て。

 

(ひょっとして この おっさん おもいっきり ごかい して やがりますか?)

 

 まさか、勇者に要らないことを吹き込んだのもこのオッサンなのだろうか。

 

(畜生、俺の感銘を返せぇぇぇ!)

 

 思わず握った拳に力が入る。

 

「ちょ、ちょっとどうなされましたかな? そんな怖い顔をされ、いや、話せばわかり――」

 

 良かった、バニーさんがセクハラをすると判明してから、バニーさん用に携帯していたロープがあって。

 

「んぐぐ、んーっ、ん゛ーっ」

 

 人を縛ったことなんてこれが初めてだというのに「身体が縛り方を覚えてでもいるかのような感触」を覚えたことは考えないことにして、俺は誰得な生きたオブジェ「僧侶のオッサン縄縛り1/1」をベッドの上に放置すると、オブジェにバニーさん達への伝言を言いつけて部屋を後にする。

 

(何だか妙に疲れたけど……勇者が寝ている今しかないよな)

 

 結果が覆らないなら、当初の予定を完遂して少しでも多く勇者に報いる。

 

 オッサンの勘違い説法(?)を聞いて決意を固めた俺はレオムルの呪文を唱えて姿を透明にすると、一人レーベの村を抜け出したのだった。

 

 




誰が予測した結末か。

僧侶の言葉のどこかに答を見いだした主人公は、己の意志で動き出す。

姿を消して向かうその先は?

次回、第二十九話「俺だから出来ること」にご期待下さい。


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第二十九話「俺だから出来ること(閲覧注意)」

「あれか」

 

 真夜中の海岸、俺は全裸で腕を組んだまま遠くを見つめていた。

 

(うーむ、お城っぽいけど消去法で考えると……)

 

 サービスシーンとか言い出す気もなければ、何か全裸主義に目覚めた訳でも無い。

 

(まあ、いいや)

 

 俺はくるりと回れ右すると、折りたたまれた服の山から下着を探し出して足を通す。

 

(とにかく、あそこをルーラのリストに載せよう)

 

 そもそもその為にこんな格好をするハメになったのだから。

 

(思ったより大変だったと言うべきか、何というか……)

 

 そう、あれはレーベの村を後にした後のこと。

 

「考えてみると、夜は失敗だったかもな」

 

 ゲームでは夜でも周囲を見ることは出来た、フィールドを俯瞰する形であったのも大きいと思う。

 

(草原はまだマシだったよなぁ)

 

 だが、実際にゲームキャラの目線で見ると、夜の森はほぼ真っ暗闇である。月明かりがあって草原では何とかなったし、この身体のお陰か夜目は利くが、それでも昼と比べれば行軍のし辛さは雲泥の差だった。

 

「さてと、だいたいこの辺りだった筈だが……あれか」

 

 俺が探しているのは、レーベの南東にある小さな建物。ナジミの塔に続く地下通路の入り口もこの側にあるが、俺のお目当ては建物の方。

 

(さてと、どこに繋がって居るんだったかなぁ)

 

 入り口を閉ざす鉄格子の奥に見える淡く青い光。正体が、入ったものを瞬時に別の場所へ運ぶ「旅の扉」であることまでは俺も知っている。問題は、飛んだ先がどこなのかまで覚えていないことだ。

 

「アバカム」

 

 呪文一つで頑丈そうな鉄格子はあっさり陥落して軋んだ音を立てながら道を空け、俺は念のため足音を殺して奥に進むと、旅の扉に身を投じた。

 

「うおっ」

 

 よくよく考えれば、旅の扉に入るのは初体験である。視界が揺れてふやけてゆくと言う未知の感覚に思わず声を上げてしまうが、幸いにも目撃者は居ない。

 

「……出て早々鉄格子とはな」

 

 レーベ側の鉄格子と比べれば倍近い大きさの扉だったが、解錠呪文の前には大きさなど関係ない。

 

(ん、階段? ふむ……)

 

 扉を出てすぐ、壁の影に階段があったことに気づいた俺は少し考えてから階段を上り始めた。

 

(誰か居るかもしれないし)

 

 高い建物であれば、周囲を見渡せる可能性もある。

 

(成る程、灯台ね……よっと)

 

 一番上まで登って無駄に大きな光源と展望台と見まごうばかりのパノラマに建物の役割を悟った俺は、外に身を乗り出すと、外壁に取り付く。

 

(流石盗賊、と言うか本当にこの身体能力凄いわ)

 

 もちろん、身体能力の確認にこんなことをしている訳ではない。

 

(えーと、高さ的にはどれくら……高ッ!)

 

 下を見て少し怖くはなったが、天辺に登る必要があったのだ。

 

「さてと」

 

 盗賊には心の目を大空に飛ばし周囲を探る「タカのめ」という呪文がある。

 

(何か見つかるといいなぁ……あっ)

 

 わざわざ灯台の天辺まで登ったのもその呪文の精度が少しでも高くなればと思ってのことであり、俺の心の目は努力のかいがあったのか、海の向こうに人の手によると思われる明かりを捉えていた。

 

(となると、海を越えなきゃ行けないか)

 

 当然ながら俺は船など持っていない。

 

(とりあえず、海岸に行ってみよう。実際の距離がどの程度あるか確認すれば……)

 

 正直に白状すると、この時俺はまだノープランだった。

 

(うわぁ、潮の香りが)

 

 現実で最後に海に行ったのはいつだったか。

 

(て、アリアハンも周囲海だったよな。そんなことより、今は向こうに渡る方法を見つけないと)

 

 簡単に直せる打ち上げられた船でもあれば良かったが、そんな物質化したご都合主義など砂浜にはなく。

 

「……流木か」

 

 見つけたのは、船とはほど遠い物体だった。

 

「もっとたくさんあれば筏ぐらいなら作れそうなんだが」

 

 バニーさん用に持っていたロープは僧侶のオッサンに半分くらい使ってしまったが、まだ残っている。

 

「いや、筏が作れたとしても魔物と遭遇したらおしまいか」

 

 ゲームの中で立派な船を貰うまで船旅が出来なかったことにだって理由はあるのだ。手作りの筏では海での戦闘に耐えうるとは思えない。

 

(此処まで来て手ぶらで戻るのもなぁ)

 

 俺は流木を足で突きつつ、海を眺めて唸り。

 

(待てよ、この方法なら――)

 

 不意に脳裏に閃いたアイデアに視線を海面に固定する。

 

「試してみる価値はある」

 

 すっかり板に付いてきた師匠モードでの独り言を残すと、俺は流木に手をかけ、引き摺りながら歩き出した。

 

(さてと、上手くいくかな?)

 

 思いつきを実行に移す為に。

 




船「解せぬ」

女戦士でさえ作中では見せなかった全裸、何故主人公がそこに至ったのか。

きっと誰特であろうサービスシーン(?)に秘められた訳とは。

次回、第三十話「全裸に至る訳(全裸注意)」――1回で終わらなくて、ごめんなさい。


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第三十話「全裸に至る訳(全裸注意)」

「こんなものか」

 

 流木の内側をまじゅうのつめで削って空間を作った俺は、そこに肩からかけていた鞄をはめ込んだ。

 

(まずは服と靴、次に装備で一番上はキメラの翼かな)

 

 服を脱ぎながら鞄に収める順番を考え、時折手を止めては周囲を見回す。

 

(魔物が近づいてくる様子はなし、と。まぁ、その為にたいまつもつけずに月明かりで作業してるんだけどさ)

 

 今の姿は、挙動不審の一言に尽きる。

 

(シャルロットにはというか人には見せられないよなぁ、こんな格好……)

 

 とりあえず一糸纏わぬ姿になった俺は、ため息をつきつつ流木を押して海に入る。

 

「ふむ、高波でも来なければ荷物は大丈夫そうだな」

 

 そもそも、これで荷物が濡れるようなら、裸になった意味がない。

 

「じゃあ、泳ぐか」

 

 この身体の持ち主が泳げるかは知らないが、俺も夏になれば体育で水泳の授業は受けてたし、ビート板には不格好だがそれなりに浮力を備えた流木がある。

 

「いざ、新天地へ」

 

 一声発すと、俺は水の抵抗を考え流木を脇に抱えるような形で泳ぎ出す、タカのめで明かりを見つけた方角へ。

 

(ふぅ、この辺りでいいかな?)

 

 ただし、100mほど。そこで一旦足を止め、流木に巻き付けたロープで身体を固定し、両手を自由にしてから右手を口の前に持って行く。

 

(何が来るかは呼んでからのお楽しみっと)

 

 遊び人の唯一覚える呪文に「くちぶえ」というものがある。呪文の分類で本当にいいのかには疑問を覚えるが、これを使うと、周囲のモンスターを呼び寄せることが出来るのだ。

 

(ゲームの時はお世話になったなぁ)

 

 しあわせのくつを盗めるモンスター狩りに乱用したことを思い出しつつ、俺は口笛を吹く。そして、数秒後。

 

「フシャァァ!」

 

「シュゴォォォォ!」

 

 ラブコールに応じてくれたのだろう、少し先の波間が盛り上がると大きなゲソ足が海面を突き破り、下半身が魚の半漁人っぽい魔物がイルカよろしく大きなジャンプを見せる中、俺は呪文を詠唱し。

 

「ザラキッ」

 

 まずはゲソ足の主目掛け死の呪文をお見舞いする。

 

「シュォォォォッ」

 

(よし、効いた)

 

 効果は抜群だった。一瞬痙攣したイカの足が力をなくして波間に消えて行き。

 

「「フシャシャン」」

 

 此方に向かって泳いできていた半漁人「マーマン」達がまだ間合いが遠いと見て口々に防御力を低下させるルカナンの呪文を唱えてくるが、俺にとってこれはありがたかった。

 

(此処で倒してしまえばノーダメージだもんな)

 

 両手を前に突き出し、唱える呪文は攻撃呪文。イオ系やギラ系など爆発やら熱放射やら夜の闇では目立ちそうなので使えない、だから。

 

「バギクロスッ」

 

 俺の唱えた呪文が複数の竜巻を呼び、波間を泳いでいたマーマン達を水上に巻き上げながら切り刻みつつ、一つの巨大な竜巻に合体する。

 

(よし、お次は……)

 

 テロップが流れるなら「魔物の群れを倒した」辺りだが、これで終わりではない。

 

「モシャスッ」

 

 続いて俺の唱えたのは、変身呪文。

 

(さて)

 

 味方の誰かそっくりに変身し能力をコピーする呪文だが、Ⅲ以降のドラクエでは敵に変身するモンスターが存在していた。

 

「だったら此方も敵に変身出来るのではないか」

 

 という仮説を元に俺が狙ったのは、海の魔物へ変身すること。

 

「フシャッ!(やった!)」

 

 呪文で生じた煙が晴れると、俺の手は水かきを有し手の甲は鱗に包まれていて、足のかわりに尾の感覚があった。

 

(元々海を住処とするなら、俺が泳ぐより早いよな、きっと)

 

 一応モシャスの呪文がどれくらい保つか、と言う疑問点はあったものの実験は概ね成功。

 

(まぁ、途中で切れたらまた呼び寄せて化ければいいだけだし)

 

 時間はかかるし、MPや天候が変化する可能性、俺の疲労的な問題で短い距離しか渡れないとは思うが、船のない序盤でこれは大きい。

 

(疲れる上に人前では絶対にやれないのが弱点と言えば弱点かな、うん。あとは、時々変身を解いてタカのめで方角確認しないといけないかもしれないし……)

 

 全裸であることとかを思い出して微妙に何とも言えない気持ちになりつつこの後俺は海を泳ぎ切り、人の姿に戻って海岸に上がったのだ。

 

(本当に誰得だったんだろう)

 

 本来なら行けるはずのない場所にたどり着けたのはいい。タカのめで見つけた明かりがルーラの呪文で飛べる街か城、もしくは村ならば、かなり大きい。

 

(アリアハンは半鎖国状態だし、ルーラで交易すれば確かにかなりの利益が上がりそうだもんなぁ)

 

 実は、アリアハンの国王と謁見した後、女戦士のハニートラップに引っかかった俺は国王から幾つかの仕事を「頼まれ」ていたのだ。

 

(どっちかって言うと、押しつけられたというか強制的に引き受けさせられただけど)

 

 その一つが、交易網作成の協力。これからバラモスの暗躍で生活が厳しくなるであろう国民を交易の利益で救いたい、と言うのが国王の弁なのだが、どこまで本当なのやら。

 

(完全なただ働きよりはマシ、かぁ)

 

 一応、利益の何割かは勇者達の装備を調える費用として支給するとも言われてはいるのだが。

 

「ま、何にしてもあそこが何処なのか確かめねばな」

 

 服を着終えた俺は再び武器防具を身につけると、ちらりと東の空を見てから走り出した。

 

(願わくはアリアハンから離れた大きな街でありますように)

 

 そして、朝になる前にたどり着けるようにと祈りながら。

 




ロマリア「解せぬ」

まさかのショートカットにより主人公はかの地へ。

果たして主人公の見つけた明かりの正体とは?

次回、番外編3「O・SI・NO・BI・ばけーしょん(勇者視点)」

初めて訪れるアリアハンの外、その時勇者は?

ようやく全裸が終わりました、はふぅ。


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番外編3「O・SI・NO・BI・ばけーしょん<前編>(勇者視点)」

「んぅ……あれ?」

 

 気がついたらお師匠様のベッドの上だった。

 

(そっか、ボクお師匠様の部屋で寝ちゃったんだ)

 

 窓から見える空は白み始めていて、夜明けが近いのが解る。

 

(ど、どうしよう……ちゃんと戻るつもりだったのに)

 

 サラさんやミリーは心配してるんじゃないかな、なんて思う。

 

(ボクが部屋を出てきた時には、サラさんがミリーをロープで縛ってお仕置きしててとても寝られそうな空気じゃなかったけど……そう言う問題じゃないし)

 

 どうやって言い訳をしよう、そんなことを考えていた時だった。

 

「シャルロット?」

 

「ふゃい?! あ、お師匠様――」

 

 突然かけられた声に、漂う潮のにおい。びっくりして振り返ると、隣にお師匠様がいて、ボクは固まる。

 

(えっ? あれ? ええっ?)

 

 けんじゃのいしって言う凄いアイテムのことで人に話してはいけないと言われたところまでは覚えてる。重要そうだったから、深く胸に刻み込んだ。

 

(その後、どうし)

 

「す、すまん」

 

 混乱していたら、何故か謝られた。謝る必要なんて無いのに。そもそも、ここはお師匠様の部屋なのだ。

 

「いえ、お師匠様の部屋に来たのはボクの方ですし」

 

 お師匠様は、何処か眠そうだった。ボクが寝てからも何かしていたのかも知れない。お師匠様からは、魚やイカみたいな臭いだってしたのだから。

 

「そう言う訳にもいかんだろう、迂闊だった」

 

「いえ、本当に大丈夫ですから。……それよりお師匠様は、海に?」

 

「あ、あぁ」

 

 何だか謝り合いになりそうな気がして話題を変えると、やっぱり海に行っていたらしい。

 

「そうか、臭いが残っていたか。風呂には入ったんだが、となると服だな……」

 

「服?」

 

「濡れないように脱いで鞄に入れていたんだが、それでも海水が染みたらしい。拾った宝箱を一緒にしてたからかもしれんが……」

 

 ブツブツ呟くお師匠様の背中を見てボクに理解出来たのは、お師匠様が海に行っていたことと、そこで魔物と戦ったこと、それから――。

 

(ぼ、ボクお師匠様と……)

 

 一緒に寝てしまったこと。疲れて帰ってきたお師匠様は、ボクが居ることを忘れてベッドに潜り込み、そのまま寝てしまったのだそうだ。

 

(ああっ、ボクの馬鹿っ)

 

 せっかくお師匠様と一緒に寝られたのに何も覚えてないなんて。

 

「はぁ……」

 

「す、すまん」

 

「あ、いえ……お師匠様のせいじゃありません、じゃなくて今のは別の、別のため息ですから」

 

 どうもお師匠様はボクの隣で寝たことを気にしてる様だというのに、ため息を洩らしちゃうなんて、本当にボクの馬鹿。

 

「じゃ、じゃあボクは自分の部屋に」

 

 いたたまれなくて、ベッドから起きあがったボクはそのまま部屋を出ようとし。

 

「待て、シャルロット」

 

 お師匠様に呼び止められた。

 

「今日は少し予定を変更しようと思う、勇者だと解らない普通の服に着替えて来い」

 

「普通の服?」

 

「ああ、連れて行きたいところがある」

 

 首を傾げたボクは、お師匠様の言葉を理解するのにかなりの時間を要した。

 

(え、まさか……デート、とか?)

 

 はっきり言って、浮かれていたのだと思う。後になって考えれば考えが飛躍しすぎていたとも。

 

「どうしましたの、勇者様?」

 

「うぇっ?!」

 

 何時の間にかサラさん達の元に戻ってきていたボクは、気が付くと心配そうな顔をしたサラさんに顔を覗き込まれていたのだから。

 

「あ、うん。昨晩、お師匠様とちょっと……」

 

 正直に全部打ち明けていいのか、迷ってしまったボクは悪い子だろうか。お師匠様の所に行けばいいと薦めてくれたのは、サラさんだって言うのに、何も覚えていないなんて言うのは、恥ずかしいというか、情けなくて。

 

「そ、そう言えば帰ってきませんでしたものね。あ、あれからどうしましたの?」

 

「わっ」

 

 ガバッと身を乗り出してきたサラさんの勢いにボクは思わず仰け反る。

 

「ちょっ、サラさん近いよ」

 

「そんなこと、どうでもいいことですわ! それよりも何が」

 

「う、うん。えっと……」

 

 迫力に逆らえず、つっかえつっかえになりながら一緒に寝たとかイカの臭いがしたとかサラさんに言ったら、何故か顔を赤くしたり青くしたりと暫く百面相したあと、男の人はそう言うモノなのですわ、と教えてくれた。

 

 ただ、耳年増なだけなので詳しくは知らないともいっていたのだけど。

 

(男の人って凄いな)

 

 お師匠様は海でイカの魔物と戦ったって仰ってたけれど、ボクは見たことさえない。お父さんはともかく、町の人も朝早くから海に出て魔物と戦っていたりするってことなんだろうけど。

 

(ひょっとして、あれが目的とか?)

 

 お師匠様からお土産に貰った木の実は、フジツボのビッシリ付いた宝箱に入っていてイカの魔物から奪い取ったって聞いている。食べると体力がつくという、貴重な木の実。

 

「そ、それで……身体の方は大丈夫ですの?」

 

「ん……うん、大丈夫。むしろ、ちょっと元気が出た、かなぁ? ちょっと口の中からイカみたいな臭いしそうだけど」

 

 お師匠様は魔物の持っていたモノだから無理して食べることは無いって言って下さったけれど、無駄にできない。

 

「そ、そう」

 

 けど、サラさんが顔を赤くして顔を背けていた理由は結局わからなくて。

 

「ああ、勇者……私……いで、大人……段を……」

 

 蹲って何かボソボソ言っている間にボクは休暇用の服に着替えると、宝玉のはまったサークレットを外して髪型を変えてみる。

 

(ポルトガかぁ、どんな所なんだろ)

 

 お師匠様によると目的地はそんな名前の国らしい。

 

「服装は、これで良し。お化粧とかもして行った方がいいかな? うーん」

 

 独り言を口にしながら鏡と睨めっこしているボクはこの時まだ知らなかったことがある、それは――。

 

「えっ、サラさん? ミリーに……お師匠様?」

 

 スキップしたい気持ちを抑えて宿の入り口に向かったボクの前にいつもと違う格好のみんなが居て、お師匠様が言う。

 

「全員そろったようだな?」

 

 そう、二人っきりのデートじゃ無かったんだ。

 

「キメラの翼を使う、俺の周りに集まっておけ」

 

「あ、はい……」

 

 ボクは少し憮然としたままお師匠様の言葉に従って。

 

「行くぞ」

 

「え、っきゃぁぁぁぁ」

 

 気がつけば空高く舞い上がっていた。

 

 




風評被害再び?

全てはイカのせい。

経緯部分だけでバケーションまでいけなくてごめんなさい。

次回、番外編3「O・SI・NO・BI・ばけーしょん<後編>(勇者視点)」に続きます。


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番外編3「O・SI・NO・BI・ばけーしょん<後編>(勇者視点)」

 

「ここが、ポルトガ……」

 

 思ったよりも長い距離を飛んで、辿り着いた先は大きな港町だった。

 

「わざわざそんな格好させたから解ると思うが、おまえが勇者であることは口外無用だ」

 

「う、うん」

 

 街の入り口に降り立った時、お師匠様に釘を刺されボクは頷いた。たぶんバラモス対策の一環なんだろう、まだロマリアって国にもたどり着いていない勇者一行が別の場所に現れた何て不自然すぎる。

 

「そうだ、下手に注意を引くことは今の段階では避けるべきだからな」

 

 答え合わせする為にお師匠様に確認したら、そう言って頭を撫でてくれた。

 

「ただ、たまには勇者としての役目を忘れて年頃の娘らしいことをしても罰はあたるまい? 今日此処に連れてきたのは、休暇がわりでもある」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 デートという部分だけは間違っていなかったのだろうか。

 

「ああ」

 

 期待を込めて見返すと、お師匠様は笑顔で頷いて、ボクの背をサラさんの方に押す。

 

「えっ?」

 

「活気のある港町だし、女同士でショッピングというのも悪くないだろう?」

 

 お師匠様の声はどういうことですか、と問うよりも早い。

 

「お師匠様?」

 

「ん、そうか。小遣いを渡すのを忘れてたな。武器防具に関しては後日買いに行くから今日は気にするな」

 

「えっ、えっと……」

 

 流石に「違うんです、お師匠様とデートしたいんです」と自分から言い出す勇気はボクにはなくて、まごついている間にお師匠様はボクに革袋を押しつけて去ってゆく。

 

「はぁ」

 

 情けなさとやるせなさで、口からため息が出た。

 

(ああああっ、せっかくのチャンスだったのに……ううっ)

 

 ただ、これも失敗だったかも知れない。

 

「勇者様? どうかなさいましたの?」

 

 いつの間にかサラさんが心配そうな顔で此方を覗き込んでいたんだ。

 

「え、あ、ううん……大したことじゃ無いんだけどね?」

 

 たぶん、お師匠様とのやりとりを見られていたんだと思う。朝食をまだ食べていないからだろうか、気が付くとお腹の辺りを片手で押さえていたし、具合が悪そうに見えて気を遣わせてしまったのかもしれない。

 

(お師匠様が行っちゃったのはボクが不甲斐ないせいだし)

 

 お腹に手を当ててたのだって朝、命の木の実一個食べただけだからお腹が空いているだけ。

 

(そう言えばサラさん達は朝ご飯食べたのかなぁ?)

 

 軍資金もお師匠様から頂いたし、何処かで一緒に朝ご飯と言うのも悪くない。

 

「あの、勇者様……先程からお腹を押さえていらっしゃるようですけれど、お加減でも?」

 

 ちょっと考えてれば、案の定だ。

 

(ちゃんとご飯食べてるところを見せれば、安心してくれるよね?)

 

 ボクはお腹が空いてるだけ、と言うのが少し気恥ずかしくて顔を少しだけ赤くすると、意を決して口を開いた。

 

「そうじゃ無くて……えーと、お腹に命」

 

 お腹に命の木の実しかまだ入れて無くて、お腹が空いちゃっただけだよ、と。そう説明しようとしたんだ。

 

「「え」」

 

 けど、最後までボクに言わせずサラさんは彫像の様に固まって、サラさんに忍び寄っていたミリーまで目を見開いてこっちを見ている。

 

(えっ? 「いのちのきのみ」一個で何で……あ、サラさん打たれ弱いから欲しかったとか?)

 

 よくよく考えてみればミリーだってボクのかわりにパーティーの盾になってくれてた、だからミリーもあの木の実が欲しかったのかも知れない。

 

「ご、ゴメン。ボク、よく考えて無くて……サラさんやミリーも欲しかったんだよね?」

 

「勇者様?」

 

「そ、それどう言う意」

 

 居ても立ってもいられなかった。

 

「ボク、お師匠様探してくるっ」

 

「ちょっ、勇者……ってはお身……」

 

「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい、安いよー」

 

「さぁ、港に入ったばかりの――」

 

 サラさんがボクの背中に何か言いかけていたけれど、既に走り出していたボクには街の喧騒で殆ど聞こえなかった。

 

(探さなきゃ、お師匠様を捜さなきゃ)

 

 イカの魔物に今のボクが勝てるなんて慢心はない、だからボクに出来ることはお師匠様にお願いすることしか無いけど。

 

(何処に行ったんだろ?)

 

 初めて訪れる街、アリアハンよりはシンプルな作りに見えるのに、お師匠様の姿が何処にもない。

 

「あの、ちょっとお聞きしても……」

 

「胡椒のことかい?」

 

 仕方なく、たまたま目に付いた人に声をかけたら返ってきたのはまったく関係ない話。

 

「いえ、人を探していて」

 

「そうか、いや勘違いして悪いね」

 

 何でも胡椒という高価な食べ物をこの国の王様が欲しがっているのだそうだ。

 

(ひょっとしてお師匠様、お城に?)

 

 いろんなことを知ってるし、けんじゃのいしなんて凄い道具まで持っていたお師匠様だ。その「くろこしょう」って言うモノも持っていたりするのかもしれない。

 

(船が欲しかったら王様に会うようにって、言ってたお爺さんもいたし)

 

 お師匠様はボク達にお休みをくれてその裏で一人、ボク達の為に頑張っていたのではないのか。

 

(行ってみよう、お城に)

 

 ごく普通の町娘の格好じゃ、お城に入れてくれないかもしれないけれど、入り口で待つことぐらいは出来る。

 

(そう言えばあの時も……少しだけ、懐かしいな)

 

 わざわざボクの剣をとってきてくれたお師匠様をアリアハンの入り口で待っていたのもついこの間のことだ。

 

「あ」

 

 ただ、この日は待つことなんてなかった。

 

「シャル……ロット?」

 

 お城から出てくるお師匠様と、大きな扉の前で鉢合わせしたのだから。

 

「どうした、一人で?」

 

 驚きに目を見開いていたお師匠様が、我に返って訪ねてくる。

 

(今度こそ……今度こそ……)

 

 勇気を振り絞る時だ。

 

「お師匠様、ボク――」

 

 一緒にいたいと、お師匠様だけに苦労はさせたくないと、ボクは言おうとし……ぐきゅるるると盛大にお腹の虫が鳴いたのだった。

 

「あぅぅぅ」

 

 あんまりだと思う。

 

(そう言えば、お腹が空いていたのも忘れてお師匠様を捜しては居たけど、幾ら何でもこんなタイミングでお腹が鳴るなんて……)

 

 穴を掘って埋まりたい。埋まりたかった。これじゃ、お師匠様にご飯をねだりに来たみたいじゃないか。

 

「ふむ、もう少々遅いが飯にするか」

 

「え?」

 

 ただ、結果的にはこれが良かったのかも知れない。お師匠様は呆然とするボクの頭に手を置くと、

その手でボクの手を取って――。

 

「予め言っておくが、街の中の散策は俺も今日が初めてだ。飯のうまい店は知らんぞ?」

 

 そんなことは、どうだって良かった。

 

(あっ)

 

 ただ、忘れずに言っておかないといけないことだけはかろうじて思い出し、ボクは告げる。

 

「あの、お師匠様……サラさんとミリーも命の木の実欲しいみたいで」

 

「そうか、すぐ手にはいると確約は出来ないが、覚えておこう」

 

 これで、二人のお詫びにはなるだろうか。

 

「すみません、お手を煩わせてしまうようで」

 

「いや、それぐらいなら構わん」

 

 頭を振ったお師匠様に手を引かれ、ボクは街に戻って行く。

 

「お師匠様」

 

「ん? 揚げ物か、白身魚のようだな……店主、それを貰えるか?」

 

「へい、毎度」

 

 途中の屋台でお魚の揚げ物を買い。

 

「あそこで食べましょう、お師匠様」

 

「ん、ああ」

 

 木陰に誘い、腰を下ろして。

 

「はむっ……美味しいですね、お師匠様」

 

「ああ。港町は魚介類に限るか」

 

 本当に幸せな時間だった、ボクにとって。

 

(……サラさん達もちゃんとご飯を食べてるかな?)

 

 ふと思い出して、置いてきてしまった罪悪感に責められもしたけど。

 

「お師匠……様?」

 

 きっと、色々あって疲れていたのだと思う。気が付くと、木陰でお師匠様は寝息をたてていて、呼びかけても返事はなく。

 

(ええっと、今なら大丈夫かな……)

 

 ちょっと挙動不審になりながら、お師匠様の頭を持ち上げその下に足を潜り込ませる。実はちょっとだけ憧れていたのだ、サラさんの教えてくれた膝枕に。

 

「あっ」

 

 なのに、どうしてこうなったんだろう。スカートがまくれ上がってしまって、お師匠様の頭がスカートの内側に。

 

(ど、どうしよう。こんな所誰かに見られたら……)

 

 かと言って、慌てて足を抜いたらお師匠様が起きてしまうかも知れない。

 

「シャルロット」

 

「ひゃ、ひゃい?!」

 

 しかもこの直後に声がしたものだからボクは飛び上がらんばかりに驚いて。

 

「お師匠様ごめんなさ……え?」

 

 スカートをまくり上げ、ボクの太ももの上にあったお師匠様の顔に二度驚く。

 

(そっか、寝言かぁ)

 

 ひょっとしたら続けて何か言っていたかもしれないのだが、驚いていたせいで聞き逃してしまった。

 

(ううん、そんなことよりお師匠様が寝ている今の内に――)

 

 足を引き抜こう、そう思ったボクは片手でお師匠様の頭を持ち上げながら、顔にスカートが掛からないようにもう一方の手でスカートを引っ張り上げ。

 

(この調子、ゆっくり、ゆっく)

 

 慎重に続ける隠蔽作業中、不意に顔を上げると見覚えのある人と視線がぶつかった。

 

「あー、うん。今日は空が青いですなぁ」

 

 わざとらしげに空を仰いだのは、僧侶の――。

 

「っ、きゃぁぁぁぁぁぁ」

 

「ッ、どうしたシャルロ――」

 

 直後、ボクのあげた悲鳴はお師匠様も起こしてしまい、出来れば忘れ去りたい黒歴史の一ページになったのだった。

 




ちゃんとしたデートになると思いましたか?

残念、勘違いモノの本領発揮ですよ。

帰還した勇者が女性陣に騒がれるところまで書きたかったけれど、そこまで書くのは、ちょっと時間が……。

次回、第三十一話「変態盗賊の提案」。

どう考えても、今回の主人公は被害者だったと思うけど、それを知るのは勇者だけだから……うん。


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第三十一話「変態盗賊の提案」

 

「これは、どういうことなんだ?」

 

 目を覚ましてからが大変だった。

 

(えーっと……)

 

 シャルロット達とポルトガに来て、休暇を楽しめるようにとお小遣いを渡して別れたところまでは予定通り。その後アリアハン国王からの手紙をポルトガの国王に渡して、交易網作成にも色よい返事を貰えた。

 

(一応、裏の目的の方は及第点だと思うんだけどな)

 

 まぁあの王様は、黒胡椒を欲しがっているのだ。望むモノが手に入る可能性が増えるなら飛びついてきたって不思議はない。

 

(にしても……)

 

 無事役目を果たして気が緩んでいた、とは思う。いくらシャルロットが側にいたからとは言え居眠りをしてしまったのは事実。睡眠時間が短かったとか、海を泳いで疲れていた何て言うのはただの言い訳だろう。

 

(だから そろそろ せつめい を して くれません か?)

 

 思わず心の声が棒読みになるが、バニーさんと魔法使いのお姉さんの罪人を見るような視線は変わらない。

 

「あう……」

 

 シャルロットは喘ぎつつ顔を真っ赤にして俯いてしまうし。

 

(僧侶のオッサンはなぁ……)

 

 昨晩縄で縛った身として、微妙に頼り辛い。

 

(これからについて話したいのに)

 

 何故、俺は縛られて居るんだろうか。これはバニーさんのポジションではなかったのか。

 

(や、俺も僧侶のオッサン縛ったけど)

 

 と言うか、正座させられているのも謎だ。魔法使いのお姉さんはジパング出身ではないというのに。

 

「査問ですわ」

 

「は?」

 

 俺が焦れてきた頃、ようやく口を開いた女魔法使いの第一声がそれだった。

 

「最初は勇者様からお話を聞こうとしたのですけれど、ずっとあの調子ですし……」

 

 何があったのか、何があってそうなったのかを居合わせた僧侶のオッサンに聞いてみたものの、「聖職者として人の事情をみだりに話すことは出来ない」と口を割らなかったそうなのだ。

 

「と、言われてもな……」

 

 ぶちゃけ、俺にもよくわからないのだ。シャルロットの悲鳴で目を覚ましたと思ったら視界は何かの布で覆われていて、直後に後頭部を強打。

 

(痛みを堪えて布を取り払おうとしたら、また強打)

 

 最初は強盗か何かに襲われ、布を被せられて袋叩きにされているのかと思った。何度か頭を蹴られた気もするし。

 

「と言う訳で、気が付くとシャルロットに身体を揺すられていた」

 

 すぐに僧侶のオッサンがホイミを駆けてくれたが、そんな場所にいたのは騒ぎを聞き駆けつけたのか。

 

(そっか。これは俺が勇者の身を危険にさらしたことに対する断罪)

 

 たぶん、それで二人は俺に怒っているのだ。こんな単純なことを言われなければ思いつけないなんて情けない。

 

(シャルロットはそれをまた自分のせいだって思ってるのなら)

 

 説明はつく。自責の念にかられることなんてないのに。

 

「すまない」

 

 そうだ、遅すぎたかも知れないが俺が為すべきはまず謝罪だったのだ。

 

「お師匠様?!」

 

 頭を下げた俺を見てシャルロットが驚きの声を上げたが、構わない。

 

「配慮が足りなかった、シャルロットも自分一人の身体ではないというのに……」

 

「な」

 

 魔王討伐の任を果たそうとする勇者は、この世界の人々の希望。そんなシャルロットを俺はまた自責の念に追い込んでしまった。

 

(まったく、俺は何をやってるんだろう)

 

 そもそも精神的な負荷から解放しようと、ほんの少しでも気が紛れればと休暇を計画したというのに、真逆の結果になってしまっている。

 

「非難は受けよう、罰も」

 

 何故か魔法使いのお姉さんが固まってしまっているが、その顔は真っ赤だ。今更罪に気づいたことに驚き、怒ったのだろう。

 

(そりゃ、怒るよなぁ)

 

 勇者パーティーの一員としても、この世界の住人の一人としてもその怒りは正当なものだ、ただ。

 

「ただ、厚かましいかもしれないが、一つ願いがある。その前にシャルロットと二人だけで話をさせてくれないか?」

 

 シャルロットの心の負担を減らしたくて俺は一つ提案を、いや希望を口にした。

 

「お師匠様ぁ……」

 

「っ」

 

 声に振り返ると泣きそうな顔をしたシャルロットが居て、いたたまれなくなる。これ以上、自分を責めさせたくなくて、俺はもう一度頭を下げ。

 

「たの」

 

「ち、違う。ボクが、ボクが悪いんだ!」

 

 口にした言葉をシャルロットの悲痛な叫びがかき消す。

 

「あ、あんな事をしようと思ったから……」

 

「シャルロッ、っぷ」

 

 涙声に変わり始めたそれに慌てて、縛られているにもかかわらず立ち上がろうとした俺はバランスを崩して床に突っ伏し。

 

「ボクが、お師匠様に膝枕をしようなんてしたから――」

 

「「え」」

 

 続けた言葉に、耳を疑った。何を言っているのか理解出来なかったのだ。

 

「「ひざまくら?」」

 

 場にいた全員の声が見事にハモる中。

 

「うわぁぁぁぁ」

 

 シャルロットは俺達の前で泣き崩れた。

 




まずは短めですみませぬ。

勇者は涙ながらに語る、自分の黒歴史を。

そして真実を知る主人公とサラ。

互いの誤解が明らかになった時、彼らが取る行動とは。

次回、第三十二話「真相とそれぞれの誤解」

僧侶のオッサン、そろそろ名前確定させたい


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第三十二話「真相とそれぞれの誤解」

「ひっく、だから……お師匠様と……うう、おじじょうざまに少しでも……お返ししたく、て」

 

 宿の一室、燭台の明かりが室内を照らす中、しゃくり上げながらシャルロットは語る。

 

「シャルロット……」

 

 俺が感じたのは安堵が半分、申し訳なさが半分だった。

 

(強盗で無かったのは良かったけどなぁ)

 

 膝枕をしようとしたところ、スカートの内側に「お師匠様の頭」が入ってしまい、足を引き抜こうとする最中を僧侶のオッサンに目撃された、どう見ても黒歴史である。

 

(気遣うつもりが逆に気遣われてたなんて……)

 

 憧れていたとも言っていたが、母子家庭も同然の環境で育ったシャルロットにとって男親との触れあいは求めても手に入らないもの。

 

(何やってるんだか)

 

 師匠を父親と重ねて一緒に居たがったんだとしたら、その心境に気づかなかったと言う意味でやっぱり俺のミスだ。

 

「すまない、気を遣ってくれた上に言いづらいことを言わせてしまったな」

 

「おじじょうざま……」

 

 涙声の勇者を出来れば撫でてやりたいが、生憎縛られたままの俺は身を起こすこともかなわない。

 

「さて、ならば次は俺の番か」

 

 シャルロットが人に言いたくないようなことまで明かして庇ってくれたのだ、次は俺が泥をかぶる番だろう。

 

「先程の一件、俺は物盗りによる襲撃だと思っていた。昔、袋を後ろから被せるなどしてから引き倒しボコボコにして金目の物を奪うという犯罪の手口を聞いたことがあったからな」

 

 シャルロットの方がビクっと震えるのが見えたが、ここは正直に言わないと誤解を生む。

 

「故に俺は恥じた。街中だからと油断してシャルロットを危険な目に遭わせたと」

 

「そんな、お師匠様っ。それは違う、あれはボクが――」

 

 勇者が悲痛な声を上げるが、俺は床に横たわったまま頭を振って見せた。

 

「庇ってくれるな。勇者は人々の希望を背負う者、そう言う意味でも一人だけの身体ではないと言」

 

「「え?」」

 

 一人だけの身体ではないというのに危険にさらした。故に、その非難は敢えて受けようと思ったのだが――。

 

「何故、そのタイミングで驚く?」

 

「あ、え? そ、それは……ご主人、勇者様と……その」

 

 視線を向けるとバニーさんは何処か落ち着きをなくして、言いづらいことがあるかのように視線を逸らし。

 

「勇者様を妊娠させたのではありませんでしたの?!」

 

「「は?」」

 

 女魔法使いの叫びに俺とシャルロットの声が重なった。

 

(なん の じょうだん です か、 それ)

 

 ひょっとしてこの査問とやらの主目的はそれだったりするのだろうか。ともあれ、俺が諸悪の根源としてまず始めに思い至ったのは、とんでもない勘違いをやらかした僧侶のオッサンだった。

 

「聖職者、というのはそう言う悪意のあるデマを周囲に吹き込む者なのか?」

 

「ち、違いますぞ?」

 

 そのとき縛ったからか、俺の殺気に当てられてか。オッサンはブンブン首を横に振って否定するが、もし犯人がこのオッサンで無かったとしても悪質すぎる。

 

「嫁入り前の娘にその手の噂が流れればどういうことになるか解るだろう?」

 

 お忍びで遊びに来て居たのは、不幸中の幸いだがシャルロットが妊娠したなんて噂が流れたらどうなることか。えん罪で俺も断罪されるだろうが、そんなことよりもまずシャルロットが傷つく。

 

「あの、勇者様……今朝仰ってたことですけれど」

 

「えっ、今朝?」

 

 そのシャルロットは、真っ青な顔をして震えている魔法使いのお姉さんと話しているようだが。

 

「ああ、『命の木の実』だったら……ボクはまだイカの魔物は倒せそうにないし、手に入」

 

「いのちのきのみ?」

 

「ん? ああ。欲しがってるとシャルロットから聞いたからな」

 

 シャルロットの言葉で固まった女魔法使いの顔がどんどん青ざめて行くのは何故だろうか。

 

「あ、ミリーの分も頼んであるから安心してね?」

 

「え、あ……その、あ……」

 

 勇者が話を向ければ、バニーさんまで更に挙動不審になり。

 

「も、申し訳ありませんでしたっ」

 

 女魔法使いことサラが俺とシャルロットに土下座したのは、その直後だった。どうやら真犯人はこの女だったらしい。

 

「むーっ! 勝手に誤解してお師匠様を縛るだなんて……だいたいお忍びなのにボクのこと『勇者』って呼んでたよね?」

 

「あぅ、あれは気が動転していて……申し訳ありませんでしたの」

 

 シャルロットは相当お冠で、サラは勇者にひたすらペコペコ頭を下げてるが、怒りの収まる様子は見えない。

 

(うーん)

 

 俺とて、思うところはあるが勇者を放っておいて居眠りしてしまった失敗をしてるので強くは怒れない。

 

「丁度良いと言えば……丁度良いか」

 

「お師匠様?」

 

 だから状況を有効活用させて貰おうと思った。

 

「昨晩に色々話したと思うがあれを元に今後の計画を考えてな。念のためここから先は筆談で話す。俺の腕はご覧の有様だ。悪いが、シャルロット耳を貸して貰えるか?」

 

「あ、はいっ」

 

 俺としてはこっちの文字が書けるか不明な為、何処かで確認しておく必要がある。そこで思いついたのが代筆だった。

 

(手が使えない今だからこそだよなぁ)

 

 誤解と判明したのだから縄を解かれる可能性もあったが、その場合はシャルロットを危険にさらした戒めの為もう少しこのままにしておくと言うつもりだ。

 

「まずバラモス討伐について、俺はダブルパーティー制で当たることを提案する」

 

 とりあえず、身体だけは起こして貰い、何故か顔の赤いシャルロットの耳元に俺は囁いた。

 




解かれる誤解、明らかになる罪。

自分ではなく互いの為に怒る勇者とその師。

本来ならまだたどり着くはずもないポルトガの地で、密談は続けられる。

次回、第三十三話「ダブルパーティー」

主人公の立てた計画とは?


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第三十三話「ダブルパーティー」

「バラモスを倒す為にも、下手に警戒させるのはよろしくない」

 

 故に俺が考えたのは、パーティーを二つ用意するというモノだった。

 

「一方は囮だ」

 

 此方に勇者を配し、かなりのんびりペースで旅をさせる。

 

「お師匠様?」

 

「この囮に目を向けさせ、注意を逸らしつつもう一方のパーティーで情報を集め、バラモスに対処するべく動く訳だ。今日の休暇のように素性や実力を極力隠してな」

 

 勇者を囮に回す、と言ったところでシャルロットが驚いた顔をして此方を見たが、俺は敢えてそのまま説明を続けた。

 

「ただ、勇者と言ってもシャルロットを囮の方に配するとは言っていない」

 

 筆談だからこそ、声は殺され視線が俺に集中する。

 

(まぁ、配置しないとも言っていないけどね)

 

 今のところ、勇者一行はアリアハンから出ていないことになっている。

 

「そこで、ロマリアに渡ってからは別の人物を勇者に仕立てる。偽勇者というか、影武者だな」

 

 この時シャルロットは勇者の仲間という立ち位置に移動し、状況によってはもう一方のパーティーへ移動する訳だ。

 

「勇者オルテガを直接知っている者と遭遇するとややこしいことになるという欠点もあるが、頭をすっぽり覆う防具で誤魔化すなり手はある」

 

 疑われることも計算の上、後でアリアハンの国王に掛け合い勇者一行であるという証明書を一筆書いて貰おうかなとも思っている。シャルロットが同行中は嘘でもない訳だし。

 

「それで、囮パーティーにのんびり旅をさせると書いて貰ったが、これは裏のパーティーつまり本命側のパーティーメンバーが揃う為の時間稼ぎでもある」

 

 同時に偽勇者を仕立てる時間もこれで稼ぐ。

 

「勇者の影武者に要求されるのは、武器を振るう技量と魔法使い及び僧侶の呪文を行使する能力」

 

 勇者には勇者しか使えない呪文があるものの、わざわざ呪文を使わなければいけないというルールもない。

 

(精神力を温存するって理由付けすれば、呪文控えめでも疑念は持たれないだろうし)

 

 そもそも勇者の専用呪文で真っ先に思い浮かぶ攻撃呪文のギガデインは覚えるのが当分先なので、今は気にする必要もないだろう。

 

(先に覚える電撃呪文ライデインでさえ結構先だった気がするもんなぁ)

 

 問題があるとすれば、そんな何でも出来るような人材が居るのかという疑問。もちろん、提示してきたのは俺ではなく、ペンを走らせてこっちに見せてきた僧侶のオッサンだ。

 

「今は居ないが、聞いたところによるとこの大陸の東に職業を変えられるダーマと言う神殿があるらしい」

 

 転職を行うことで複数の職業の呪文を会得することも可能だとシャルロットに書いて貰えば、納得したらしくオッサンは紙を引っ込め。

 

「そして、一定以上の経験を積んだ遊び人は僧侶と魔法使い両方の呪文を会得出来る『賢者』への転職がかなうとも聞いた」

 

 俺の投げた爆弾にまずシャルロットが自分の口を押さえてバニーさんをガン見し、慌てて書き上げた文を見て今度は驚きの表情を浮かべたオッサンと女魔法使いの視線がバニーさんに集中する。

 

「ただし、転職は全く別の道を歩み始めると言っても過言ではない」

 

 レベル1からのやり直し、当然いきなり魔物の強い場所に引っ張り出すのも危険なので、囮パーティーをゆっくり進ませるのにはレベル1になってしまったバニーさんを危険にさらさず通用するところまで育成するという狙いを含む。

 

「装備はシャルロットも賢者も扱えるモノを選んで出来るだけ共有するか、同じモノを身につける」

 

 幸いにもバニーさんとシャルロットの体格はあまり変わらない。ある一点を覗いてはだが、これは俺が続けたようにサイズ違いで同じモノをあつらえてペアルックすればいい。

 

「それでだ、実質『実働部隊』となる側にはルーラの使い手が複数居ることが好ましい」

 

 一人は途中で囮部隊から離脱するシャルロットに担って貰い、もう一人については丁度この中にいる。

 

「実力が要求されるのでな、サラには『実働部隊』が準備出来るまでとある『修行』を行って貰う」

 

 人数的な不足もあるのでルイーダさんの所で追加斡旋して貰うメンバーと共にだ。

 

「お師匠様、その修行って」

 

 と明らかに引きつった顔に物を言わせるシャルロットに俺は頷いた。

 

「今回の騒動の罰だな」

 

 新人さんには申し訳ないが、魔法使いのお姉さんの方はあれがあるからあまり心が痛まずに済む。

 

「魔物の数が急激に減ると此方が腕を上げつつあることにバラモスが気づくかもしれん」

 

 その点を考えれば、セクハラ鬼ごっこは実に優れた修行だと言える。受ける側からするとロクでもないモノだったとしても。

 

「ご主人様、と言うことは……」

 

 空いた手をワキワキさせながら紙を見せるのは止めてくれませんか、バニーさん。

 

(しあわせのくつがもっとあればなぁ)

 

 あのレアアイテムを盗むことが出来る魔物、はぐれメタルが出る場所でこの世界限定なら俺が覚えているのはバラモスの城だけ。

 

(流石にその為だけにネクロゴンド目指す訳にもいかないし)

 

 ともあれ、俺が見せられる考えの大半は提示した。

 

「最後に俺だが、時折パーティーを抜けて単独行動する許可を貰いたい。多少の無理なら可能だからな。ダーマ神殿とやらに向かうルートを探ってみようと思う」

 

 出来ればシャルロットは連れて行ってやりたい気持ちもあるのだが、今後のことを考えるとまだ魔法が使えることが明かせない。

 

(聖水、ルーラ、アバカムがあれば行動範囲はけっこう広くなるはずだし)

 

 自由裁量を得られることで出来ることはかなり大きい。

 

「追加の人員の選択はシャルロット達に任せるが、修行の都合上女性が好ましい」

 

 流石にいくらバニーさんでも男の尻は狙わないと思うので。

 

「異論がなければこれで動こうと思うが、皆はどうだ?」

 

 得心がいったのか、引きつった顔で笑うシャルロットに俺は肩をすくめつつ頷くと、周囲を見回したのだった。

 

 




虚と実、二つのパーティーがもたらすは魔王の油断か、それとも。

主人公は自由裁量を求め、そこにいくつもの狙いを内包す。

計画を打ち明けられた勇者一行が下す決断は、そして罰ゲームにリーチがかかっているサラの運命は。

次回、第三十四話「天の配剤」

新キャラが登場するかもしれません。


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第三十四話「天の配剤」

「そうか」

 

 結論を先に言うと、反対意見は出なかった。

 

「初めて聞くお話も色々ありましたが、相手が魔王となれば手を尽くすと言うのは頷けますからな」

 

 偽勇者については反対意見も上がるかと思ったのだが、一番口にしそうだった僧侶のオッサンはそう答えていたし、俺の爆弾発言から挙動不審だったバニーさんも「ご、ご主人様がそう仰るなら」と言いつつ手をワキワキさせていた。

 

(だいたいの問題はクリアーかな)

 

 あとは一点、早急に確認しておきたいことがあるが、此方には単独行動が必須となる。

 

「ならば最後に一点。お前達が追加人員を定めている間、独断行動をさせて貰いたいのだが」

 

「お師匠様、それってどういう……」

 

「一つ、確認しておきたいことがある。空振りに終わる結果を否定出来ないのだが……」

 

 急ぐ必要があると俺が振り返ったシャルロットに真顔で言えば、何らかの理由があることを察したのだろう。

 

「わかりました。お土産話は期待してもいいですよね?」

 

 一瞬顔を曇らせつつもすぐに誤魔化すような笑顔で聞いてくる。

 

「そうだな……首尾良くいったなら話と言わず土産も持ってこよう」

 

 俺はシャルロットに頷きを返すと、ロープを解いてくれるよう頼み。

 

「すまんな、シャルロット。本来なら、もっと師匠らしいことをすべきなのだろうが」

 

 一瞬だけ浮かべていた表情に罪悪感を覚えていたこともあって、自由になった手でシャルロットの頭をなでると財布からいくらかのゴールドを取り出し、まだずっしり重い財布を差し出す。

 

「これで装備を調えておくと良い。囮パーティーの間は使えないだろうが、ここの武具はアリアハンのモノよりそれなりに強力だ」

 

 オススメはこれだと、ポルトガ城に行くついでに武器屋で購入した「はがねのむち」を勇者に手渡し、俺はちらりと窓の外を見やった。

 

(完全に日は沈んでるかぁ)

 

 外を移動するには出来れば昼間の方が良かったが、是非もない。

 

「ではな、アリアハンでまた会おう」

 

 言い残して宿屋を後にし、厩に行く。

 

(改めて考えると、無かったのが不思議なんだよな)

 

 勇者の家のトイレでもそうだったが、ゲームでは必要なくても人が暮らすなら必須に近い施設がある。例えば食料品を扱う店、八百屋や魚屋、シャルロットと揚げ魚を買った店もそうだが、そんなモノはゲームになかった。

 

(メタなこと考えると容量の関係から削ったんだろうけど)

 

 無ければ、人々が暮らすのに矛盾する。俺が足を運んだ厩にしてもそうだ。

 

「ポルトガ王から許可を貰っている。ロマリアへ向かうのに馬を借りたいのだが」

 

「へい、こいつをお使いくだせぇ」

 

 正確には途中にある関所まで向かう為だが、詳しく説明する必要もない。

 

(さてと、たいまつと聖水はあるし、急ごう)

 

 俺はただ「すまんな」と馬番の男に頭を下げると、聖水を振りまき鞍に跨った。俺自身には乗馬経験も無いが、最悪身体のスペックで何とかする。

 

「はあっ」

 

 参考にしたのは、時代劇。見よう見まねだったがそれでも走り出してくれた馬の上で俺は呪文を唱えた。

 

「ピオリム」

 

「ブルルッ」

 

 自分の身体に未知の作用が働いたのを感じたのか、身震いするが伝令用の馬だけあって本来臆病な生物の筈なのにそれ以上動じた様子は見せない。

 

(さてと、この馬なら関所までもそんなにかからない)

 

 問題はその後だ。

 

(しっかし、すっかり忘れてたな)

 

 俺が今目指そうとしている目的地のことを思い出したのは、ポルトガ城で王と謁見し貿易網についての詳しい話をした時のこと。

 

(あの時見た地図の通りなら……)

 

 目的地は、ポルトガから関所までの距離の三倍、普通に向かえば一日や二日で着く距離ではないが、馬に乗っている上にピオリムでその馬を加速している。

 

(少なくとも夜が明ける前に関所にはたどり着く)

 

 聖水をまいたお陰で魔物も近寄ってこない。

 

「ここか」

 

 馬の疲労もホイミをかけたり薬草を食べさせることで軽減した俺は、予想より早いタイミングでポルトガとロマリアを隔てる関所にたどり着いて馬を止めた。

 

「関所を通して貰おう、ポルトガ国王からの許可は得ている」

 

「むっ、確かにこれは……良いだろう、通るといい」

 

 ロマリア側の出口に居た兵士と話すと、別に寄るところもあると言って馬を預け、そのまま関所を出る。

 

(とりあえず、これで一つめの問題は良し)

 

 少なくとも俺はロマリアの関所を普通に抜けた証人が出来た訳だ。

 

(問題はこの後だな)

 

 俺は荷物を漁るとポルトガで着ていた服を脱ぎ、布地をアサシンダガーで裁断して簡易な覆面を作り出す。

 

「やはり、あれで行くか」

 

 手袋や靴を予備の色違いのものと取り替え、パンツ一丁のまま覆面をかぶってマントに分類される「やみのころも」を羽織った。

 

「変・装ッ!」

 

 どこから見ても変態だった、何て言うかロマリアで金の冠を盗んだ変態の色違いである。

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 攻撃呪文の使えない何処かの勇者のお師匠様とは別の人物なので間違えないで貰いたい。

 

「くッ、装備出来ないからとケチらず鉄の斧も買ってこればよかったかッ」

 

 おててがお留守なことに一抹の寂寥感を禁じ得ないが、シャルロットに渡す軍資金をそんなしょーもない理由で減らすことなど出来なかったのだ。

 

「まあいいッ! この『マシュ・ガイアー』からすれば、この程度の関所……目撃されずに破ることなど容易いッ、レムオルッ!」

 

 私はさっそく呪文で透明になると関所に再突入し、謎のポーズを決めながら小声で呪文を唱えた。

 

「アバカムッ」

 

 本来ならとある鍵がなければ空かない鉄格子さえマシュ・ガイアーの前では無力。

 

「任に着いたのがこの『マシュ・ガイアー』だったことこそ天の配剤ッ」

 

 旅の扉に飛び込んだ私は、こうして一気に距離を稼ぐのだった。

 




変質者・爆誕ッ!

突如現れた謎の人、その名は『マシュ・ガイアー』。

彼は英雄なのかそれとも悪魔なのか。

謎の新キャラの登場にきっと人々は困惑する。

と言うか、呪文使えない縛りを主人公がしていた理由の一つがこれなのだ。

次回、怪傑マシュ・ガイアー第一話……じゃなかった、第三十五話「自重などという言葉は忘れてきた」

そのサブタイトルに、嫌な予感しかしない。


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第三十五話「自重などという言葉は忘れてきた(閲覧注意)」

「そして私はこの場にやって来たのであったッ!」

 

「あのー、もしもし?」

 

 間違った旅の扉に入ってしまったこともあった、カウンター越しに宿屋の主人がこちらを見て声をかけてきている、どちらも些細なこと。

 

「なんだ、私の名前かッ? 私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

「は、はぁ……」

 

 だが敢えて名乗っておいた、もちろん自己顕示欲に負けたからではない、これから行う行為が犯罪であるからだ。

 

「ではなッ、主人ッ」

 

 謎のポーズを決めると後ろ手にドアを開け私はバックで宿屋を営業している祠を後にする。

 

「とりあえず説明しておこうッ、ここはオリビアの岬ッ! 恋人を思い身を投げた娘の悲しみが未だ消えぬ場所ッ」

 

 誰に向けての説明だという独り言も全ては己を落ち着かせる為だった。

 

「脱・衣ッ!」

 

 そして私は再び衣服を脱ぎ出すと、覆面一丁の姿で水面に近寄る。

 

「むッ」

 

 そして、唸った。

 

(しまった、覆面したままだと口笛吹きにくい)

 

 そう、例によって口笛とモシャスのコンボで内海を渡ろうとしたのだ。

 

「だが、この程度で『マシュ・ガイアー』は挫けないッ!」

 

 まぁ、この程度で挫けてたら日常生活さえおぼつかないだろうけれど。

 

「しかし、イカが出ないとはなッ」

 

 誤解ではあっても、約束は約束。

 

 一応昨日戦った魔物が出たなら、お土産にいのちのきのみを持って帰れるかと少し期待していたのだが、私の口笛に誘われて現れたのは見覚えのある半魚人の色違い、そして大きな猛禽。

 

「良かろうッ! この『マシュ・ガイアー』に挑んだ愚かさを知れッ、バギクロスッ」

 

 私の放った攻撃呪文はあっさりと魔物の群れを殲滅し、モシャスで半魚人に変身すれば目指すは遠くに見える一つの島。

 

(さてと、まだ生きてると良いけど)

 

 ゲームの通りなら望みは薄い。だが、この世界はゲームそのままではない部分がある。

 

「希望は捨てないッ、それがこの『マシュ・ガイアー』だッ」

 

 迷いを振り払い、自分を鼓舞するように言い放つと私は意味もなくポーズを取る、ほぼ全裸で。

 

「フシャァァァッ」

 

 観客は口笛で寄ってきた魔物のみ、こちらも声援に応えるようにバギクロスをぶっ放し、モシャスし直して更に進む。

 

「到・着ッ!」

 

 ざばあっと水から上がった私は無意味にポーズを取りつつ視線だけを動かして周囲の様子を伺った。

 

(誰もいない、か。看守ぐらい居ても良さそうだと思ったんだけどなぁ)

 

 ますますもって嫌な予感がする。

 

(さてと、まずは服は着て)

 

 服と言っても下着とマントに手袋ブーツだけ。

 

(あー、うん。着替えが少し楽になったと思っておこう)

 

 ちなみにこの格好、ファミコンヴァージョンな勇者の父親をリスペクトした格好でもある。私の趣味とかそう言う訳ではないので間違えないように願いたい。

 

「行くぞッ! むッ」

 

 気合いと共に島に佇む祠に足を踏み入れると、中は薄暗かった。

 

「ここは、寂しい、祠の牢獄……」

 

「むうッ」

 

 階段を下りれば、ユラユラと揺れる炎の様なモノに迎えられ、私は顔をしかめた。

 

(これはきつい)

 

 ゲーム通りならここには幽閉された人の骸が幾つか転がる牢獄であり、死体は時間の経過と共に腐敗し、臭ってくるのが普通である。

 

(よくよく考えれば、まだ人の亡骸は見たこと無いんだよなぁ)

 

 私は、精神的な意味合いで自分が耐えられるだろうかと不安を抱かざるを得ない。

 

(アニマルゾンビとかくさった死体よりはマシだと思うけれど)

 

 ここまで来てしまった以上、進むしかない。何らかの力で死体が動き出した魔物を引き合いに出し心の中で呟き、足を一歩前に踏み出す。

 

(せめて、誰か一人でも)

 

 生きていて欲しいと私は思う。そもそも此処に急いでやって来たのだって、ゲームでは屍や魂としか対面出来なかった人を救えるのではないかと考えたからなのだ。

 

(ゲームでの設定が、いずれ勇者が此処に辿り着いた時を想定してるなら)

 

 現時点では生存者が居たって不思議はなく、息を引き取る前の目的の人物と会い、救い出せるかも知れない。

 

(ま、囚人の脱獄幇助だしなぁ、事情はあるにしても)

 

 わざわざ覆面をしてるのも、趣味ではなく汚れ仕事だからである。

 

(カンダタにしてもデスストーカーみたいな人型の魔物にしてもやってることは殺人か盗み、誘拐だし)

 

 ファミコン版のオルテガさんについては触れないであげて欲しい。たぶんシャルロットの親父さんは犠牲者なのだから、データ容量節約の。

 

(って、メタ思考してる場合じゃないな。さっさとやることを済ませよう)

 

 わざわざこんな妙なテンションのキャラを作ってるのだって、徒労に終わるかも知れないと心の何処かで思ってるからなのだ。

 

「誰か生きている者は居ないかッ、助けに来たぞッ」

 

 一縷の望みを叫びという形で祠の中に響かせれば。

 

「オォォォ」

 

「出して、出してくれェ」

 

「たす、助け……て」

 

 返ってきたのは、想定外の手応え。

 

(よかった、何とか間に合ったみたいだ)

 

 私はほっと胸をなで下ろしながら遠い目をする。何て言うか、声の聞こえてきたはずの牢の一つから白いモノが突き出していたのだ。世間的には人骨とか呼ばれるシロモノが。

 

(うーん、ザオリクで生き返るかなぁ、あの人)

 

 少なくとも一つの返事は心霊現象だった模様。まぁ、入り口に人の魂が彷徨ってる時点でこんなオチはお察しである。

 

(一応試してみて、駄目なら二フラムの呪文で浄化かな)

 

 本来ならモンスターを光の中に消し去る呪文であるが、生憎と死者の魂を浄化するとか成仏させるような呪文の心当たりが私にはないのだ。

 

(近そうなのは、解呪呪文のシャナクぐらいだけど)

 

 ともあれ、まずすべきは生存者の確認。次に死者蘇生が可能かどうかを検証。

 

「駄目で元々ッ、この『マシュ・ガイアー』、自重などという言葉は出発前に置いてきたッ」

 

 心霊現象への恐怖を押し隠し、ビシッとポーズを決めた私はそのまま牢獄の奥へと早足で歩き出していた。

 




自重しない男、遂に脱ぐ。

そしてたどり着いたのはほこらの牢獄。

そう、マシュ・ガイアーの目的はここに幽閉されたとある人物であった。

果たしてザオリクは死者達を救えるのか。

また、変態は脱獄幇助という新たな罪を重ねるのか。

次回、番外編4「シャルロットの判断・前編(勇者視点)」

すみませんが、忙しくて検証データをほこらの牢獄まで進めてないので次回は番外編でお茶を濁します


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番外編4「シャルロットの判断・前編(勇者視点)」

 

「お師匠様、今頃何してるかなぁ」

 

 昨日の夜、宿屋のベッドに寝ころんで窓から星空を眺めていた時と同じ言葉をボクは呟いていた。

 

(ロマリアだっけ、この国に一番近いの)

 

 お師匠様はいろんな事を知っている、だから何処に行かれたか何て予想してもきっと当たらないだろう。

 

(それに、いつまでもお師匠様のことだけ考えてちゃ駄目だよね?)

 

 そう考えつつも、気が付くと手がベルトに吊した「はがねのむち」の持ち手を弄ってしまっているのだけど。

 

「ゆ、シャルさん、どうされましたの?」

 

「う、ううん何でもないよ。これからどうしようかなぁ、って」

 

 不意に声をかけられて一瞬どきっとしたけれど、嘘は言っていない。昨晩一緒になって決めたお忍び中の呼び方で声をかけて来たサラに頭を振って見せたボクは、動揺を誤魔化す為、更に言葉を続ける。

 

「ほら、お店が開いたら買い物して、その後ルーラで帰るくらいの予定は立ててるけど」

 

「ああ、新規メンバーのことですわね?」

 

「うん。お師匠様におじさんとみーちゃん、それからお師匠様と一緒に居た女戦士さんまでは決まってるとして……」

 

 盗賊、魔法使い、僧侶、遊び人、戦士。ここに勇者のボクを加えると八人に足りないのは二人。

 

「成る程、バランスを考えるなら攻撃か回復の呪文を使える職業を入れるべきでしょうが、悩みどころですな」

 

「そう。けど、今のパーティーには武闘家や商人の人も居ないし」

 

 僧侶のおじさんに頷きを返すと、ため息を着いてからみーちゃんことミリーに目をやる。

 

「みーちゃんが賢者になるって所まで考えると、商人や武闘家の人でも良いんじゃないかって気もするから」

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

「あ、えっと」

 

「シャルさんは責めてるわけではありませんわよ? ただ、今後の計画を立ててるだけですの」

 

「そういうこと。むしろボクは頼りにしてるからね、みーちゃんのことは」

 

「「えっ」」

 

 何故かサラまで驚いて声を上げたけど、今までもパーティーの盾になってくれていたのは事実だし、そもそもミリーが居ないとあの『修行』は出来ないのだから。

 

(な、内容はともかく、効果だけ見れば……)

 

 進んでやりたいどころかもう出来ればやりたくない修行だけど、自分でも信じられないくらいに実力がついた。

 

(けど、あれからだよね。こう、油断すると後ろにミリーが居て)

 

 すりすりとお尻を撫でられているような気がするように、なったのは。

 

(っ、そう……こん、な感、じ?)

 

 今まさに触られているような気までしてきて身体を強ばらせつつボクは振り返り。

 

「す、すみません」

 

「うみゃぁぁぁっ」

 

 視線のあったミリーから謝るのと同時にお尻を鷲掴みにされて悲鳴をあげた。

 

「っ、このエロウサギ! 謝りつつ何してますの?!」

 

「ほ、ほめふははひぃ、ふひはへふふぅ」

 

 サラがミリーのほっぺたを引っ張って引きはがす間、ボクは青い空を見上げてふと思う。

 

「まだ見ぬ新人さんを苦行に突き落とすようなことを考えたからバチが当たったんじゃないか」

 

 と。

 

(何か他の修行方法考えてみるべきなのかな)

 

 効果があるのは間違いないものの、サラはともかく何の落ち度もない人をあんな目にあわせるなんて。

 

(第一、あの修行で力をつけたミリーから逃げられる新人さんなんていないよね……あれ?)

 

 そこで、ふと気づく。ミリーが追う側では新人さんがすぐに捕まってしまって修行にならないのでは、と言うことに。

 

(けど、どうしよう。それじゃ、普通に新しい人を入れても無理なんじゃ……あ、ひょっとしてこれはお師匠様からの課題?)

 

 わざと問題点を残してそれをボクに解決させようと言うことなのかもしれない。

 

(そっか、あぶなかったぁ。気づかなかったらお師匠様をがっかりさせるところだったよ)

 

 逆にこの課題をクリアして結果を残せば、お師匠様はきっと褒めて下さるはずだ。

 

(わかりました、お師匠様。ボク、必ずお師匠様を満足させて見せますっ)

 

 結果を出すことを胸中で誓うと、大きく息を吸って吐く。

 

「うんっ」

 

 何だか急にやる気が出てきた。

 

「「シャルさん?」」

 

 突然声を出したからか、みんなの視線が集中したけど、ボクは何でもないと頭を振って外を示す。

 

「そろそろお店も開いてると思うし、装備を買いに行こっ?」

 

 宿の一室から指さす窓、お日様も完全に顔を出して、天気は良い。雨天だって出来るけどルーラで飛ぶならこっちの方が良いと思う。

 

「そうですな。これだけの港町です、きっと良い品も並んでいることでしょうしな」

 

「ですわね。呪文があるとは言え、流石に『ひのきのぼう』のままはきついですものね」

 

 こうして買い物に出かけたボク達を待っていたのは。

 

「僧侶と魔法使い用の装備? うちには置いてないねぇ」

 

「「えっ」」

 

 サラとおじさんに買える装備が置いていないという事実だった。

 

「ふむ」

 

 揃って呆然としていた中、真っ先に我に返ったのは僧侶のおじさんで。

 

「どうしたの、おじさん?」

 

「よくよく考えれば、あの方はシャルさんに話しかけてお金を渡していたような気がしましてな」

 

「あ」

 

 問いかけに返された言葉でボクもようやく気づいた。

 

(それって、つまり……)

 

 あれはパーティーに向けての一言ではなく、ボクに対しての言葉だったのだと。

 

「愛、ですわね」

 

「ご馳走様ですな」

 

「ふぇぇっ?! ちょっ、そのボクとお師匠様はそう言うのと違くて、ううん、そうなったらい……あ、違」

 

 まじめくさった顔で言い放つサラとおじさんの言葉にボクの顔が熱くなる。

 

「あ、あのすみません……このはがねのむちを頂けたら、その」

 

 この時、ちゃっかりミリーが武器を買っていたことに気づいたのは、ボクが冷静さを取り戻し、ルーラでアリアハンへ帰る段階になってからだった。

 

 




勇者の装備しか殆ど売ってなかったのは、主人公のポカです。

さて、ポルトガでの休暇は終了し、アリアハンに戻るシャルロット一行。

目指すはルイーダの酒場か。

果たしてシャルロットの判断とは。

次回、番外編4「シャルロットの判断・中編(勇者視点)」

そろそろ検証用のデータ進めたい。


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番外編4「シャルロットの判断・中編(勇者視点)」

 

「はぁ、ようやくあの『さっちゃん』なんて呼ばれ方とお別れ出来ましたわね」

 

「あ、うん」

 

 アリアハンに戻ってきたサラの第一声に、相づちを打ちつつボクは苦笑する。

 

(親しみやすそうで良い呼び方だったと思うんだけどなぁ)

 

 嫌がっていたようなのでなるべく呼ばないで居たけど、正解だったみたいだ。

 

「じゃあ、ボクは一旦家に帰るね? お土産渡してきたいし」

 

「承知しました、では我々はルイーダの酒場に行っておりますな?」

 

「うん、じゃあお土産渡し終わったら酒場に行くね」

 

 街の入り口に近いのって、こういう時良いと思う。

 

「おかえりなさい、私の可愛いシャルロット」

 

「ただいま。これ、お土産」

 

「まあ、高かったんじゃないの?」

 

 出迎えてくれたお母さんにポルトガで買ったワインと塩漬けのお魚を渡すとボクは頭を振った。

 

「ううん、大したこと無いよ」

 

 実際、ナジミの塔でモンスターを倒して結構お金が貯まっていたからお土産を買う程度の余裕はあったのだ。

 

(お師匠様が装備のお金をくれたのもあるけど……あ)

 

 そこまで考えてふと気づく、せっかくお師匠様に貰った武器や買った防具が暫く使えないことに。

 

(そっかぁ)

 

 しばらくは袋の中で封印するしかないのだろう。鉄の鎧にはミリーにお尻を触られても何ともないって魅力的な一面があったのだけど、旅人の服に逆戻りだ。

 

(革の鎧ぐらいなら買えるけど、囮ならあんまり装備を強化するのも良くないだろうし)

 

 だいたい自分だけお尻をしっかりガードしてるというのも良くないと思う、あの「しゅぎょう」を人にさせるなら。

 

(だいたい、一人で考えてても仕方ないよね)

 

 今のボクには頼れる仲間が居るんだ。

 

「じゃ、ボクルイーダさんの所に行ってくるね?」

 

「あら、気をつけて行くのですよ」 

 

 お土産を渡し終えて家での用件を片付けたボクはお母さんに背を向けると、外に出て。

 

「あ」

 

 大通りの脇で、立ち止まる。目に飛び込んできたのは、お師匠様を待っていた街の入り口。

 

(ううん、気になるなら尚のこと結果を出して待ってなくちゃ)

 

 そもそも酒場ではみんなが待っているだろう。大通りを横切って酒場に続く道を早足に進み、ドアをくぐる。

 

「よう、姉ちゃん俺といっぱ」

 

「ごめんなさい、通りますね」

 

 肩に腕を回そうとしてきた酔っぱらいのおじさんから身をかわすと、店の奥へ。

 

(これも修行の成果、かな)

 

 ちょっとだけ苦笑して周囲を見回す。

 

「勇者様、こちらですの」

 

「あ、お待たせ」

 

 サラが呼んでくれたお陰でみんなもあっさり見つかり、再会は果たせた。

 

「いえいえ、家族との団らんに水を差す気はありませんからな。もっとゆっくりされていてもいっこうに構いませんでしたぞ?」

 

「ううん、みんなあってのボクだし……お師匠様が帰ってくるまでに新しいパーティーメンバー揃えておきたいなぁって」

 

 何だかまたからかわれそうな気もしたけれど、嘘は言えない。

 

「ふむ、まぁ早いに越したことはないでしょうな」

 

「……で、ですね」

 

「異存ありませんわ」

 

「え?」

 

 だから、ちょっとだけ面を食らった。茶化さず真剣に賛成してくれたことに。

 

「さて、ではここから先は上階で話すとしましょうかな?」

 

「あ、登録所」

 

「然様です。あそこであればこちらの希望する人材を見つけてくれるでしょうからな」

 

「そっかぁ、けどボクまだ登録所を利用したことなくて……」

 

 思い返せば、今のパーティーメンバーだってお師匠様が用意してくれた人達なのだ。

 

「大丈夫かなぁ……」

 

 この酒場に最初に来た時だって失敗したから、どうしても不安になる。

 

「誰でも最初は初心者なのですぞ? まして、勇者の貴女が尻込んでどうするのです?」

 

「っ」

 

 まごついていたところへかけられたその言葉にボクは打ち据えられた。

 

(……だよね)

 

 単純すぎることを忘れていた。そもそも大げさに怖がりすぎていたとも思う。

 

「ありがとう。ちょっとまだ恥ずかしいけれど行ってくるね」

 

「ええっ? け、けど新しい人をどうするのかってお話しは……その、まだしてませんよね?」

 

「うん。ただ、思いついたことがあるからそう言う人がいるのか聞いておきたくて」

 

 驚いた顔をしたミリーに頷きで応じたボクは階段を上ると、登録所に向かった。

 

「あの」

 

「ああ、お客さんですね。ここは冒険者の登録所。貴女が仲間にしたい人を登録し――」

 

「と、登録の前に探して欲しいんです、ボクが今から言う条件に合った人がいるかどうかを」

 

「は、はぁ」

 

 ボクの申し出に係の人は面を食らったようだったけれど、ここまで言ってしまった以上、引き返せない。

 

「お、お尻を……女の人か男の人のお尻が好きな女の人はいっ、居ませんか?」

 

「はい?」

 

 初めは初心者。なら初心者を初心者と修行させればいい。

 

(男の人のモノの方が好きな人がいたなら、男の人だって修行できるよね?)

 

 口に出すのは本当に恥ずかしかった。だけど、もしそんな人がいたなら――。

 




あの師匠にしてこの弟子あり。

シャルロットもひそかに影響されていたようです。(遠い目)

そして、シャルロットの判断による新人の加入であの修行はさらなる混沌と化してしまうのか?

次回、第三十六話「死者と考察」。

時系列的に番外編4の後編は主人公と合流シーンが入ると思われるので、先にこちらを書きます。


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第三十六話「死者と考察」

 

(しかし、暗いなぁ)

 

 入り口には魂のぼんやりとした明かりがあったものの、少し進めば殆ど意味を為さなくなっていた。

 

「オォォォォ」

 

「出せ、出せェ」

 

 自分の足音とネズミの鳴き声、それに何処かから聞こえてくる声。

 

(と言うか、怖いわっ!)

 

 心霊現象なのか生存者の声なのかの確認は急務だけど私にホラー耐性はない。

 

「だがッ、この『マシュガイアー』にはこれがあるッ」

 

 掲げるたいまつと己を偽り高めたテンションで帰りたい気持ちを抑え込み、脇道をスルーして真っ直ぐ伸びた通路を奥へと進む。

 

(重要な人物ほどそう言うところに収監しておくモノだろうし……あ)

 

 そして、辿り着いたのはT字路だった。

 

「ふむッ……」

 

 左右の通路を比べると右側の通路がほんのり明るく、誰かの声が聞こえるような気がして、胸中で落胆する。

 

(はぁ、ここはゲームの通りか)

 

 おそらく目的の人物、勇者サイモンはもう生きていない。他の場所に明かりがついていないというのに一カ所だけ明るいというのは、入り口同様炎の様に揺れる魂が光源に違いない。

 

(とはいうものの、一応確認しておかないとな)

 

 ゲームの時と比べてこの牢獄も広い気がする。魂の状態で彷徨っている別の誰かだったという可能性だって0では無いとも思うのだ、何より――。

 

「希望は捨てないッ、それがこの『マシュ・ガイアー』だッ」

 

 謎のポーズを決めつつ、たいまつを火の消えた燭台に近づけ明かりを灯すと、まず明るかった方へと私は歩き出した。

 

「確認せねばなるまいッ、アバカムッ、アバカムッ」

 

「私はサイモンの魂。私のしか」

 

「更にアバカムッ!」

 

 目に付く鉄格子を手当たり次第に解錠呪文で開けて行く。途中の牢の中にいた魂が何か言っていたがまずはスルーする。

 

「牢の開放完了ッ、続いてフェーズ2に移行するッ」

 

 傍目から見れば謎のテンションだろうが、次に行うのは中にいる者達の生存確認。酷い状態の遺体と対面する可能性を踏まえると、虚勢だろうと張っておく必要があった。

 

「誰か生きている者は居ないかッ、助けに来たぞッ」

 

 本日二度目の問いかけに、牢の奥やベッドの上で転がる「それら」は何の反応も見せなかった。

 

「むうッ」

 

 所謂、返事がないただの屍のようだと言った反応はある意味分かり切っていたモノでもある。

 

(看守が居ないってことは囚人の世話をする人間が居ないってことでもあるからな)

 

 この分だと返ってきた反応全てが心霊現象だった可能性も否めない。

 

「だがッ、私は諦めないッ! ザオリクッ」

 

 もしここで諦めてしまっては、わざわざ許可を得て行った単独行動がただのアイテム回収に終わってしまう。私は祈りを込めて蘇生呪文を唱えた。

 

(だいたい、この状況を見て放っておけるわけなんて……)

 

 蘇生してくれることを願い、じっと見続ける骸の横に文字が刻まれていたことに気づいたのは、ただの偶然。

 

(あるはずが無いッ、今の私は『マシュ・ガイアー』なのだからッ)

 

 たいまつの明かりに照らし出された横倒しの文字は恨み言での類ではなく家族へ向けた詫びの言葉をみた私は、いつしか自分の作り上げた存在に引っ張られ始めていた。

 

「詫びならば自分の口で言いに行くがいいッ! ザオリクッ」

 

 先程とは違って今度は相手に呼びかけながら、もう一度。

 

(くッ、効果なし……かッ)

 

 二度施行したが、何も起こらない。

 

(まぁ、これで蘇生出来るならゲームでも生き返らせて回ってるがッ)

 

 ゲームであれば死亡した味方を100%蘇生させる呪文も、万能にあらずと言うことなのか。

 

(けど、本当に無理なのかな?)

 

 何か手があるのではないかと、心の何処かが問うてくる。

 

「考えろッ、考えるんだッ」

 

 何故なら『マシュ・ガイアー』は希望を捨てないから。

 

(どうすれば蘇生させられるか、かぁ)

 

 普通に唱えるのは駄目だった、呼びかけながらでも駄目だった。だが、考えたお陰かまだ試していない幾つかのアイデアも思いついていて。

 

「うむッ、手当たり次第に試すのみッ!」

 

 力強く頷いた私は、神をも恐れぬ実験を開始する。

 

「合・体ッ!」

 

 まずは一つ吼えて、骸を背負い、そのまま来た道を引き返す。

 

「ここは、寂」

 

「お邪魔しましたッ」

 

 とりあえず、入り口の魂に挨拶は忘れず外に飛び出した私は右手を覆面の中に突っ込むと、勢いよく口笛を吹く。

 

「ゲコッ」

 

「さぁ、来るがいいッ」

 

 現れた青いカエルの魔物ことポイズントードへ向けてファイティングポーズを取りながら、唱える呪文は決まっていた。

 

「ザオリクッ」

 

 戦闘中だけ蘇生魔法と同じ効果を発揮する杖がこの世界にはある、またパーティー内でのザオリク行使に失敗はない。

 

「ならば、戦闘に巻き込んでしまえば同じパーティッ!」

 

 無茶苦茶な理論と言うかもしれない、だが。

 

「敢えて言っておくッ、この『マシュ・ガイアー』に無茶苦茶は褒め言葉だッ」

 

 叫びながら覆面の下で口が笑みの形を作る。精神的な疲労を覚えると同時に背中の骸が急に重くなり始めたのだから。

 

「遅いッ」

 

 もっとも、その程度の加重でこちらに伸びてきた毒カエルの舌をかわし損ねるはずもない。やみのころもの持つ力にも助けられポイズントードの舌は空を薙ぎ。

 

「協力には感謝しようッ。そしてさようならだッ、イオラッ」

 

 私の呪文によって生じた爆発がカエルの魔物を消し飛ばす。

 

(けど、本当に良かった)

 

 ただ純粋に誰かを救えたことを喜ぶ気持ちと。

 

(まあ、ここからが本当の地獄だろうけど) 

 

 この先に待って居るであろう救出作業の量に覆面の内で引きつる顔。

 

(しかし、本当にザオリクが効くとはなぁ)

 

 ただ、この結果は正直に言うと嬉しい予想外であり、次の想定外の切欠だった。

 

 

 




まさかの蘇生成功に喜ぶマシュ・ガイアー。

だが、この時彼はまだ失念していた。

再びほこらの牢獄へと入っていったかの人はやがて知ることとなる。

己の行動がもたらした結果を。

次回、第三十七話「勇者サイモン」。

二人目の勇者との出会いは、変態に何をもたらすというのか――。



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第三十七話「勇者サイモン」

「落ち着いてゆっくり飲むといいッ」

 

 蘇生は成功した、そう言う意味では賭に勝ったのだろうか。

 

(うーむ、しっかしなぁ)

 

 問題は、行き帰りはしたものの、助けた相手が予断を許さない状況にあることが私の頭を悩ませていた。

 

「しゃべる必要はないッ、まずは身体を癒すことを第一に考えろッ」

 

 戦闘ではなく衰弱死か餓死が死因と思われる救助者第一号の青年は、蘇りはしたものの、死の直前を再現したかのようなガリガリにやせこけた姿で生き返ったのだ。

 

(すぐにでも適切な治療が出来るところに運び込まないと拙いよな、これは)

 

 運ぶだけならルーラがある。

 

(けど、飛ぶにしてもこの状態じゃ……抱えて飛ぶしかないかぁ)

 

 極度に衰弱してる対象に着地など望むべくもない。となると、救えたとしても一度に助け出せるのは、私に抱えられる人数と言うことになる。

 

(一人は抱いて、ロープか何かで固定しつつ背負えばもう一人ぐらいはいけるかな)

 

 この場所にルーラで戻って来られたらいいのにと、どうしても思ってしまう。

 

(もう一度蘇生を試す時間も惜しい、となると)

 

 出来るのはせいぜい骸を一つ背負っていって、搬送先で蘇生を試みるぐらいしか思いつかず、牢獄の中で誰か一人だけ選んで連れて行くとしたら、私が選ぶのはもう決まっていた。

 

(勇者サイモンか)

 

 そも、勇者とその一行は死亡した場合、ゲーム内でも教会で生き返らせることが可能だった。今回私が試みたケースと違い、教会で神父に頼んで復活させられる可能性もある。

 

(駄目なら駄目で、あの人を預けてからもう一度蘇生を試しても良いし)

 

 助けられるかも知れないと解った時点で、放置して行くという選択などあり得なかった。

 

 最初は首尾良く助けられた場合、ダブルパーティーの本命隊の方に参加して貰おうなどと下心満載の皮算用もしていたが、それはこっちの勝手な期待。

 

(そもそも、上手くいく可能性は殆どなくて、シャルロット達にも明かせなかったぐらいだしなぁ)

 

 人助けが出来たことで良しとしておくべきだろう。

 

(と言うか、まだ蘇生出来ると確定してる訳じゃないし)

 

 あれこれ考えていても仕方がない。

 

「考えるより動くッ、賽は投げられたのだからなッ」

 

 生き返らせた青年を抱え上げた私は、ほこらの牢獄へ引き返すと階段を下りた先で一旦青年を下ろす。外に放置して魔物に襲われたら目も当てられない。

 

「説明しようッ、少々わすれものがあったので取りに来たのだッ」

 

 何故戻ってきたのかと問われることを先読みして謎のポーズを決めつつ答え、フロア内の宝の数を知る盗賊の鼻の呪文で役に立ちそうなアイテムがあるかを確認する。

 

(二つ、か)

 

 おそらく一つは勇者サイモンの遺品でもあるガイアの剣だろう。

 

(もう一個は何だったかな、牢屋って言うと種か小さなメダル辺りだと思うけれど)

 

 ぶっちゃけ、今は時間が惜しい。レミラーマの呪文を唱えつつ歩いてみることにはするが、目的地までに無いならスルーする予定だ。

 

(どうせ、また来るだろうし)

 

 少なくとも『マシュ・ガイアー』はその気だった。ゲームの攻略的にこの場所が、ガイアの剣を回収すれば用済みだったとしても、そこに助けられるかも知れない人がいるのなら。

 

「ほこらの牢獄よ、覚えていろッ! この『マシュ・ガイアー』は必ず戻ってくるッ」

 

 ガイアの剣を鞘ごと身につけたサイモンの骸を背負い、ロープで固定すると私はそれだけ言って踵を返す。

 

「すまんッ、待たせたッ」

 

「ここは、さ」

 

 答えも待たず、入り口に横たわっていた青年を抱き上げると、例によって魂をスルーし、階段を上る。

 

「フェーズ3終了ッ、アリアハンへ帰還するッ、ルーラッ」

 

 そして、謎の人『マシュ・ガイアー』は空を飛ぶ。

 

(鎖国状態のアリアハンなら追求の手も及ばない筈)

 

 一人二人助けたところで自己満足かも知れないけれど。

 

「言いたい奴には言わせておくッ、かわりに私もやりたいことをやらせて貰おうッ」

 

 迷いはない。眼下に景色は流れ、徐々に近づいて来る大陸を見て、私は抱えた青年に負担がかからないよう着地の姿勢を取り始める。

 

(帰ってきたんだよな、流石にこの格好ならシャルロット達にも俺だとは……)

 

 ばれないと思う。

 

(そもそも)

 

 戻ってきたからと言って、シャルロットに会うとは限らない。

 

(だいたい、こんなはっちゃけ過ぎたキャラを作っておいてあっさり看破されたら立場もな……って、ちょっ)

 

 ただ、だんだん大きくなるアリアハンの城下町、ルイーダの酒場から出てきたツンツン頭を見た時俺は気づいた。自分が胸中で呟いた言葉がフラグになっていることに。

 

(どうみても はちあわせ ふらぐ です。 ありがとう ござい ました)

 

 口からエクトプラズムが出そうになるが、頭を振って現実へ帰還する。

 

(だああっ、そうじゃないっ)

 

 鉢合わせしたからどうだというのだ、他人のふりをすればいいのだしこちらは覆面をかぶっている。

 

(いや、まぁ……衰弱した人抱えた上に背中に死体背負っても居るけど)

 

 こんな時こそ自重しない人、『マシュ・ガイアー』の出番だ。

 

(注目されようがいけるっ、彼ならば)

 

 そして、考える。俺の作り出した彼ならどう動くかを。例えば、ルーラでの到着時。

 

「到・着ッ!」

 

「え……」

 

 気が付いたら身体が勝手に動いていたとでも言わんがばかりに、青年をお姫様だっこしたまま着地ポーズを決めた俺――いや、私を見てシャルロット嬢が固まるッ。

 

(掴みは上々ッ)

 

「……い」

 

 大きく目を見開いたままシャルロット嬢は何か呟いたようだが、生憎気にしている暇など無かったッ。

 

「勇者様、どうなされま」

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 シャルロット嬢の様子に気づいたのだろうッ、ルイーダの酒場から出てきたサラ嬢が声をかけようとするのを見て、私は名乗るとポーズを決めるッ。

 

(これで良しッ)

 

 評価はどうあれ『マシュ・ガイアー』は強力なインパクトを与えたと思うッ。主に勇者の師として面識のある誰かとは違ったベクトルでッ。

 

(さてと、アリアハンに病院などという施設はないッ、となると……)

 

 向かうべきは教会だろうッ。青年の容態も気にかかった私は勇者一行を放置して早足に歩き出すッ。教会にたどり着いたのは、それから七分ほど後のこと。

 

「頼もしき神の僕よ我が教会にど」

 

「衰弱している者が居るッ、まず彼の治療を頼みたいッ!」

 

 出迎えた神父の言葉を遮る形で、私は用件を述べた。

 

(普段から勇者や勇者の仲間の蘇生をやってるならこの手の状況にも対応してるはず)

 

 もちろん、希望的観測ではあるのだが、断られることは無いとも思っていた。神父の口にした言葉は勇者一行にたいして口にするものだったから無碍にされることも無いと踏んだのだ。

 

「ふむ、これはいかん……されば」

 

「寄付だなッ、承知したッ」

 

 謎のポーズを取りつつ、財布を突き出すと、更に私は勇者サイモンの蘇生も頼む。

 

「ちなみに、蘇生費用が何Gだったかは秘密だッ!」

 

「誰に向かって仰っておいでかな?」

 

 さりげなく神父にツッコまれたが、ただの現実逃避だと正直に答えておいた。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕サイモンの御霊を今此処に呼び戻したまえ」

 

 固唾をのんで見守る中、蘇生は問題なく進行し、私は密かに胸をなで下ろす。

 

(よかったぁ)

 

 途中までは見たのだ、死体が人に戻って行くところを。グロ耐性ないので途中からは顔を背けていたが、何らかの変化があったと言うことは効果があったと言うことでもある。

 

「……ここは、教会? 君が私を生き返らせてくれたのか?」

 

「なッ?!」

 

 想定外だったのは、蘇生が成功した直後。それなりにやつれてはいるが、衰弱死直前とは思えない姿で、起きあがった勇者サイモンは私に話しかけてきたのだ。

 

「まずは礼を言わせてくれ」

 

「いや、礼には及ばないッ。私は私の正義と打算で動いただけなのだからッ」

 

 ポーズを決めつつ、私は更に言葉を続けた。

 

「それに暫くは安静にしておいた方がいいッ、話なら身体が完治してから伺おうッ」

 

 サイモンに無理をさせたくないと言う気持ちともあるが、そろそろ変装を解いてシャルロット達と合流したいとも思っていた私は、すっかり忘れていた。

 

「そう言う訳にもいかぬ、王があのままなら今ごろサマンオ――」

 

 サイモンがあの監獄に幽閉されるに至った経緯と背景を。

 

 




遂に復活した勇者サイモン。

だが、サイモンの語る内容は主人公へ選択を強いるモノであった。

だからこそ、彼は悩む。

次回、番外編4「シャルロットの判断・後編(女魔法使い視点)」

主人公、いよいよ勇者と合流。


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番外編4「シャルロットの判断・後編(女魔法使い視点)」

「ええと、ボクはこの人でどうかなぁって思うんだけど」

 

 勇者様が持ってきたのは一枚の羊皮紙。

 

「女性の僧侶でがんばりやさん……ですの?」

 

 そこまでは良いと思う。問題はこの羊皮紙に書かれている人物が勇者様のなされた要求を満たす人物でもあると言うことだ。

 

(つまるところ、対象が男性になったあのエロウサギみたいな生き物と言うことですわよね?)

 

 不安だった、不安以外の要素がなかった。

 

「時に、その女性のお名前を聞かせて頂いても良いですかな?」

 

 と、勇者様に名前を聞いてらした僧侶の方……アラン様も実際答えを聞いて絶句されていた辺り、お知り合いだったのかも知れませんけれど。

 

(反応からするに、まともな人物ではなさそうですわ)

 

 と、言うか何故勇者様はそんな人材を求められたのか。

 

「あ、うん……ええっと、修行にちょっと、ね」

 

「す、すみません。すみませんっ」

 

 質問してみたら何故か遠い目をされた勇者様にエロウサギが謝っていた。

 

(何だか非常に気になりますけれど、聞いてしまったら後悔する気がしてなりませんの)

 

 そもそも、件の僧侶さんの加入が決まった訳ではないし、パーティーの空き枠はもう一つある。

 

「んー、そっちは商人さんが良いかなって思ってるんだけど」

 

「ふむ、パーティーの金銭管理をする人材というわけですか」

 

「うん、男の人にするか女の人にするかも決めかねてるけど、そっちは最初の人が確定してからにしようかなぁって」

 

 アラン様と勇者様のお話を聞いている限り、そちらも職業だけは定まりつつあるようですわね。

 

(盗賊さんの指示通りならそちらも女性でしょうけれど)

 

 私は好ましいとは思わない。

 

(勇者様が盗賊さんをお慕いされているのはもうほぼ確定ですもの)

 

 一方で盗賊さんも勇者様を大切にしてはいるようですけれど、微妙にその辺りがはっきりしませんのよね。ポルトガの一件は私とエロウサギの盛大な勘違いでしたし。

 

(新しい女性が入って勇者様達との三角関係に発展でもしたなら――)

 

 パーティーが空中分解してしまうかも知れない。

 

「私は男性の方が良いと思いますわ。今のままだとアランさんが肩身の狭い思いをするでしょうし」

 

 だからこそ、話に割り込んで男性がよいとプッシュしてみた。もちろん、本当の理由は伏せてだ。

 

「何だか申し訳ありませんな、気を遣って頂いて」

 

「っ、そ、そんなことありませんわ」

 

 表向きの理由に感謝されると目を合わせづらいですけれど、これは私の自業自得。

 

「うーん、じゃあ一人は男の商人さんで、もう一人はさっきの僧侶さんでいいかな?」

 

「拙僧としては全力でお止めしたいところですが……わざわざ条件指定をされたと言うことは外せない項目だったということでしょうからな」

 

 何か言いたげだったアラン様が結局折れてしまわれては、他の誰からも異議は出ず、勇者様は登録所の方へと戻って行かれた。

 

「我が主よ、この選択は正しかったのでありましょうか?」

 

 勇者様の背を見つめながら呟いたアラン様が、問いかけの答えを得られたかはわからない。

 

「お待たせ、それじゃ、下階に行こっか? 顔合わせもしておきたいし」

 

 戻ってきた勇者様がそう仰って、ルイーダの酒場に戻ってきた私達は、一度パーティを解散した。新人達を呼んで貰おうとしたら、「そんなにお仲間が居るのに?」とこの酒場の主人に言われてしまったからだ。

 

「ご指名ありがとうございますぅ、エミィと申しますぅ、あ」

 

「いやはや、勇者ご一行に誘って頂けるとは感激ですわ。わいは商人のサハリ、以後よろしゅうに」

 

 ペコッと頭を下げて帽子を落っことした僧服の少女と、日に焼けた肌で訛りのある男性。

 

「と言う訳で、この二人が新しいメンバーだよ。仲良」

 

 たぶん仲良くしてあげてねと私達とお二人を引き合わせた勇者様は、仰りたかったのだと思う。

 

「あーっ、アランさんじゃないですかぁ」

 

「はっはっは……我が主よ、これも試練だと言われるのですか」

 

 それを遮ったのは、僧服の少女でアラン様はかわいた笑いを顔に貼り付けたまま小声で呟かれた。

 

(たぶん、面識がおありなのですわね)

 

 表情から察するに、歓迎とは真逆なのは明らかだ。

 

「えーっと、実際にパーティーを組むのはお師匠様が帰ってきてからにするとして……」

 

「お久しぶりですぅ、勇者様と旅に出られてたって本当だったんですねぇ?」

 

 言葉を遮られる形になった勇者様は微妙に気まずげなのだが、知った顔に気付き、興奮した様子の僧侶の少女に気づいた様子はない。

 

「ははは、ちょっと外の空気を吸ってくるね?」

 

「勇者様? わ、私も外の空気を吸ってきますわね?」

 

 そのまま店を出て行こうとする勇者様を追いかけて私は外に出る。勇者様を気遣ったのもあるが、酒場に残ることを危険だと第六感が告げたのだ。

 

「ふみぃぃぃっ」

 

(ああ、やっぱり)

 

 早速エロウサギの洗礼を浴びたらしい先程の少女の声に、自分の判断の正しさを再確認しつつ。

 

「……い」

 

「勇者様、どうなされま」

 

 私は、アリアハンの入り口に立ちつくされる勇者様を見て声をかけようとした。

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 だが、あんな者が居てどうして言葉を失わずに居られるだろうか。

 

(何、ですの……)

 

 やせこけた男性を抱き、背に死体をくくりつけた覆面姿の変態。しかも、それが何だかよくわからないポーズを取っていたのだ。

 

「謎の人物……ええ、確かに謎でしょうとも、と言うかツッコミどころが多すぎて意味不明ですわ。そもそも誰がそんな説明を求めたと言いますの?! って、え?」

 

 呆然とした状況から我に返り、指を突きつけて叫んでから私は気づく、その場にもはや変態が居ないことに。

 

(……きっと幻覚ですわ)

 

 色々あったから気疲れで変なモノが見えてしまったのだろう。現に勇者様は騒ぎ立てる様子もなく。

 

「か、格好いい……」

 

 と、何処かぼんやりした様子で呟かれていたのだから。

 

(……いや、呟かれていたのだからありませんわよね?)

 

 そこまで情景をナレーションしてから、思わず自分にツッコむ。

 

「ゆ、勇者様?」

 

「あ、サラ。さっきの人、格好良かったよね……」

 

 耳を疑う、というのはこういう時に使う言葉なのだろう。

 

「は?」

 

 思わず聞き返した私は悪くないと思いますの。

 

「えっ、ほら。あの、荒々しさとか……お父さんが生きてたらあんな感じだったかなぁって」

 

「の、ノーコメントとさせて頂きますわ」

 

 オルテガ様を冒涜する気ですかと窘めるべきか、とりあえず空気を読んで同意しておくべきか迷った私は声を絞り出すと、勇者様へくるりと背を向けた。

 

(お酒の力を借りないと行けないなんて、情けないですけれど)

 

 これが飲まずに居られようか。だが、飲み過ぎはよくないものだ。

 

「ただいま」

 

「待たせたな。新しいメンバーが決まったと聞いたのだが……」

 

 暫くして、勇者様に伴われ酒場にやって来た盗賊さんが先程の変態とダブって見えたのだから。

 




オルテガさんと結婚した女の人の娘が勇者、シャルロットの反応はつまりそう言うことです。

感性的なモノが遺伝?

ともあれ、ようやく主人公が合流。

次回第三十八話「計画と人命」。

この裏側で語られていた勇者サイモンの話に、主人公は――。


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第三十八話「計画と人命」

 

(この段階でボストロールとか、どう考えても無理ゲー過ぎる)

 

 変装を解いて、つい今し方シャルロットとの合流を果たした俺だったが、頭を占めていたのはサイモンとの会話のことだった。

 

「サマンオサ王がおかしくなった」

 

 と言う話なのだが、その原因を俺は知っている。ただ、そのおかしくなった王がサイモン達を牢に放り込んだりしていたことはすっかり忘れていたのだ。

 

(変化の杖で王に成り代わった魔物がやりたい放題かぁ)

 

 牢屋に押し込んで放置というほこらの牢獄の件とは違う。王の悪口を言っただけで処刑、気に入らないことがあれば処刑。

 

(恐怖政ってと言うか、暴政だったけ)

 

 現在進行形で人が殺されていっていることまで思い出して、俺は苦悩した。

 

(あれに介入したらバラモスを油断させる計画は全てパァだ。とは言え沢山の人間が大した非もなく殺されて行くのを看過する訳にも……)

 

 ついでに言うなら、この情報を明かせばシャルロットは付いてこようとするだろう、勇者として。

 

(スカラの呪文で守備力上げてもあいつは痛恨の一撃出してきた気がするし)

 

 どう考えても足手まといであり、他のメンバーにも同じことが言える。

 

(ボストロールをソロで撃破、ステータス的にはやれないことはないはずだけど)

 

 俺にその度胸があるかどうかが問題だ、更にはこの段階で有力な敵を倒してしまえばバラモスは警戒を強めるだろうし、この身体は一つしかない。

 

(誰かに相談するしかないよな)

 

 考えを纏めたいとサイモンの前で結論を出さず、今も考え続けているのだが、この状況を打開する案が浮かばない。

 

「お師匠様?」

 

「悪い、少し考え事をな」

 

 合流した後シャルロットからも話は聞いている。パーティーの残りメンバーが確定したと。俺以外との初顔合わせは済んでおり、俺が対面を果たしたのもつい今し方。

 

「ああ、そう言えばお師匠様は何処かに行かれてたんですよね」

 

「まぁ、な。それでその土産話なのだが……」

 

 俺はシャルロットの耳元に口を寄せると、此処では拙い話があるとと小声で続けた。

 

「あ、そ、そうですね。今はみんなとの顔合わせの時間ですし」

 

「だな」

 

 何故か顔を赤くしてモジモジしだしたものの、理解はして貰えたらしい。俺はシャルロットに相づちを打って応じると、新規パーティーメンバーであるという二人に向き直る。

 

「一応シャルロットの師と言うことになっているただの盗賊だ、時折単独行動を取ることもあるが……」

 

「そ、その、ご主人様は実力も知識もパーティ一番で……」

 

「優秀な方であることは確かですな」

 

 語末を濁した俺をバニーさんと僧侶のオッサンがフォローしてくれる。

 

(あー、うんと、フォローしてくれるのはありがたいんだけど)

 

 俺がはっきり最後まで言えなかったのは、これからまた一人で出て行く可能性があるからなのだ。

 

「私一人で充分、ボストロールごとき敵ではないッ! 人々の命がかかっているのだッ」

 と、即座に決断を下して出て行けるほどの度胸は俺にないし、単独行動から帰ってきたばかりでまた抜け出すというのも問題がある。

 

(どうしよう)

 

 俺は迷っていた。この近辺の雑魚ならばともかく、ボストロールの繰り出す一撃ならば当たり所が悪ければこのスペックの身体でもかなりの怪我をする可能性がある。

 

(そもそもなぁ)

 

 勇者一行にとっての壁でもあるボス戦なのだ。成長の機会を奪うことにもなりかねないし、レベルカンストのキャラだけで倒したら経験値も勿体ない。

 

(うーん、ん?)

 

 山積みの問題に頭を抱えたくなりつつも自分の思考に沈んでいた俺は、人の声を知覚してふと我に返った。

 

「……どうぞよろしゅうに」

 

(って、ああああああああっ! 自己紹介の最中だった)

 

 どうやら二人の内の一人、商人のオッサンの自己紹介を聞き逃してしまったらしい。

 

(何て失敗を……いや、待てよ? 何で男が入ってるんだろう?)

 

 メンバーは女性でないと修行が出来ないことはシャルロット達に説明してあったはずだ。

 

(その辺りも含めての自己紹介だったとしたら拙いな)

 

 人命を取るか計画を優先するかで頭がいっぱいだったとは言え、とんだ失態である。

 

(ともかく、もう一人の方はちゃんと聞こう)

 

 考えるべきこともあるが、あれは後だ。俺は自分に活を入れて意識を意識を切り替え。

 

「お初にお目にかかりますぅ、エミィと申しますぅ、あ」

 

 ぺこりと頭を下げて帽子を落とした少女は、慌てて帽子を拾い上げると帽子の中から何枚かの羊皮紙を取り出した。

 

「失礼しましたぁ。わたしぃ実はこういうモノを書くのが趣味なんですよぉ?」

 

「ほ……ぅ?」

 

 挨拶代わり、とでも言うかのように差し出されたそれに数行ほど目を通したところで、俺は固まった。

 

「昔書いたぁ『司祭様×アランさん』のぉお話しですぅ」

 

「……だいたいそう言う娘なのです、おわかり頂けましたかな?」

 

 僧侶のオッサンことアランさんが賢者になれそうなほど悟りを開いた顔で、口を開く。

 

(うわぁ)

 

 そう、新人の片割れは腐っていたのです。

 




遂に主人公の前に現れた一つの脅威、その名はエミィ。

何でこんな事になったんだろうか、うん。

ともあれそんな感じで続きます

次回、第三十九話「腐った僧侶が現れた」


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第三十九話「腐った僧侶が現れた」

 

「聖職者ってぇ、身体を神様に捧げてますよねぇ?」

 

 だからといっても自分は乙女なのですぅと僧侶の少女は言う。

 

「だからぁ、男の人と男の人が一緒に居るとついつい想像してしまうじゃないですかぁ?」

 

「そう言うモノなのか?」

 

 何やら同意を求められたので女性陣に話を振ってみるも、俺は答えを予想していた。

 

「いいえ、ありませんわね」

 

 魔法使いのお姉さんはばっさり切って捨て。

 

「うん、ボクもそう言うことはないかなぁ」

 

 シャルロットは、困ったように苦笑しつつ目をそらし。

 

「その、そう言うことは無いです、ごめんなさい」

 

 バニーさんは恐縮した態でペコペコ頭を下げる。

 

(あー、うん。そうなるよなぁ)

 

 解っては居た、だが、此処で全員が肯定してきたら俺は全力で逃げ出す自身もあった。

 

「ひ、酷いですぅ」

 

「と言うか、了承を得ず口も憚るようなモノに登場させるのも大概に酷いと思うのですがな」

 

 めそめそと泣き真似をし出す少女にすかさず僧侶のオッサンがツッコんでいたが、まぁ、されたことを考えれば無理もない。

 

(って言うか、これ、下手すれば俺も被害に遭うよなぁ)

 

 さっきまでさんざんシリアスな内容で悩んでいたのに、気が付けば謎のピンチに見舞われているという不条理。

 

「ですけどぉ、わたしぃ挫けません! より心ときめくお話を書いて皆さんに男の人同士の恋愛の良さを理解して貰うのですぅ」

 

「……だそうだが?」

 

 ぶっちゃけノーサンキュー以外の何ものでもないのだが、即座に拒絶するのも角が立つような気がして、僧侶のオッサンを振り返ってみると。

 

「私の指摘は無視されたようですな」

 

 凄く遠い目をして呟いていた。

 

「つまるところ、言っても無駄と言うことか」

 

「なんや、とんでも無いとこに来てしもうたなぁ……」

 

「かもしれんな」

 

 新人のもう一人、商人のオッサンと仲良くやれそうな気がしたことは、怪我の功名か。

 

(自己紹介聞きそびれてたもんな、商人と言うことは交易の件でアドバイス貰うこともあるかもし)

 

 そこまで考えたところで、俺は視線を感じ、固まる。

 

「うふふふふふ、創作意欲が湧いて来ましたぁ」

 

 振り返るまでもなかった、声が聞こえてきたこともあるが少女の趣向を考えれば、俺の行動は腹が減った狼の前に肉を投げ込む様なモノだったのだから。

 

「これは、いけますぅ。けどぉ、ちょっと迷っちゃったりも。どっちが攻――」

 

「何というか、ご愁傷様ですな」

 

 気が付けば、僧侶のオッサンが仲間を見るような優しい視線でこちらを見ていた。

 

(のぉぉぉぉぉぉぉぉっ)

 

 一応、弟子の手前。俺は心の中でだけ叫んで、シャルロットに向き直る。

 

「そう言えば、どうしてこういう人選になったかをまで聞いていなかったのだが」

 

「えっと、この人がミリーの代わりをしてくれれば男の人でもあの修行出来るかなぁって……」

 

「代わり?」

 

 この時点で猛烈に嫌な予感はした、だが質問した手前聞かずに終わるのは不自然だったのだ。

 

「その、お尻を……男の人のお尻が好きなおん」

 

「もういい、わかった」

 

 答えが想定内だったからこそ、顔を赤くしモジモジしつつも答えようとしていたシャルロットを制し、俺は僧侶の少女を盗み見る。

 

(男の人の尻が好きって、つまりは、そう言う趣味だからなんだろうなぁ)

 

 お尻そのものも好きというフェチズムまで持っている可能性もあるが、考えないことにした。

 

「何て言うかぁ、実物を触ったり感触を確かめられたらよりリアリティのあるお話が書ける気がするんですよぉ」

 

 と言うか、考える必要も無かったらしい。こちらの心を読んだのかと疑いそうになるほど狙ったかのようなタイミングで、登録所の人がお尻好きと断じた理由を自分から少女は暴露したのだから。

 

「えっと、『頑張り屋さん』だそうですよ?」

 

「日々わたしぃの作品が理解して頂けるようにぃ、頑張ってるのですぅ」

 

 シャルロットの添えた補足に呼応する少女を見て、俺は思わず心の中で叫んだ。

 

「頑張る方向間違いすぎてるんですけどこの娘ぉ」

 

 と。

 

(いや、まぁ……冷静になって考えれば、『修行』で犠牲になるのは僧侶のオッサンと商人のオッサンだろうけどさ)

 

 妄想と冒涜的な書物の題材についてはレベルも力量も関係ない。まして、一度ロックオンされてしまっているので「商人のオッサンとのお話」とやらは確実に作成されるだろう。

 

 もちろん、世に出回る前に書き上がる直前辺りを狙って全力で奪還し、処分するつもりだが。

 

「ともかく、修行の方はちゃんと考えてたようだな。及第点をやろう」

 

「あ、ありがとうございまつ」

 

 色々言いたいこともあったが、敢えて飲み込んで頭を撫でてやるとシャルロットの顔がぱぁっと明るくなる。

 

(まぁ、僧侶のオッサンの修行についてはメドが立ってなかったもんな。この一点だけ見ればグッジョブとも言えるし)

 

 何だかんだでシャルロットも色々考えていたのだ、褒めるところは褒めるべきだろう、噛んだことは気づかないふりをするにしても。

 

(これで当面の問題は片づくだろうな、シャルロット側の方は)

 

 問題があるとしたら、俺がほこらの牢獄で拾ってきた方だ。

 

(サマンオサかぁ)

 

 心情的にも実利的にも処刑される人々は助けたい。何せ、処刑された人間にはザオリクが効かないのだから、放っておいて後で蘇生という手は使えない。

 

(処刑した人間の蘇生が可能じゃ刑の意味がない、言われてみればそうだけど)

 

 納得出来るかというと、別の話。

 

(勇者は神に選ばれた者、ねぇ)

 

 サイモンやシャルロットの様な勇者とその仲間は例外らしいのだが、だからこそサイモンはへんぴな場所の牢獄に放り込んで放置という方法をとったのだろう。

 

(と言うか蘇生が可能な条件とかについても神父さんを交えてもう少し詳しく聞いておくべきだったかもな)

 

 ボストロールと戦うかという大きな問題への答えが出せなかった為に、考えを纏めたいと教会を後にしてしまったが、切り上げていなかったらもっと話は聞けたかも知れない。

 

(人を救いたいと言っておきながら、結局はボストロールと戦うのにビビッてるだけだもんな)

 

 自分で自分が嫌になる。シャルロット達が足手まといになるとか、計画がおじゃんになるとかなんてただの言い訳に過ぎないのだ。

 

(違うって言うなら、考えついてみろよ。シャルロット達を守り、サマンオサの城と王と人々を救う方法を)

 

 声には出さず、自分で自分に罵声をぶつけてみるが、答えは出ない。

 

(どうしたら……)

 

「お、お師匠様?」

 

 シャルロットの頭に手を置いたまま、俺は胸中で何度目かのため息をついた。

 




仲間達との交流に一時、苦悩を忘れた主人公だったが、我に返ればそれは再びやってくる。

怯える自分の臆病さを疎んじ、答えの出ない歯がゆさに焦燥感を抱きつつも、まだ光明は見いだせず。

ただひたすらに悩むのは、この決断が分岐点たり得るからでもある。

悩み、悩み抜いた末に彼が決めるのは、戦う道か、逃亡か、それとも。

次回、第四十話「答えを求め」



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第四十話「答えを求め」

 

「すまん、少し考え事をな」

 

 土産話をおねだりされていたこともある。

 

(いっそ、拙いところは伏せて、話してしまおうか)

 

 三人寄れば文殊の知恵、とも言う。一人でああだこうだ考えていても結論が出ないなら誰かに相談するのも手ではあると思うのだ。

 

(けどなぁ)

 

 前に迷った時、俺はどうしただろうか。選択権をシャルロットに委ねて、代わりに決めて貰ったのだ。

 

(自分の行動すら人に決めて貰わないと何も出来ないんじゃ)

 

 駄目だと思う。

 

(だから、今度のことは)

 

 自分自身で決めて、曲げずに貫く必要がある。

 

(シャルロットに任せて楽をした分は、ここで埋め合わせないと)

 

 俺がもしここで逃げたとしても、シャルロットなら本来の道筋を辿ってバラモスを倒し、ゾーマも倒して世界を平和に出来るだろう。

 

 ただ、俺が逃げなければ助かった人々が何人も命を落とし、俺が提唱したダブルパーティーも計画倒れに終わる。あれは俺の解錠呪文による行動制限の解除に寄るところが大きいのだから。

 

「とりあえず、場所を移して土産話をしようと思うのだが」

 

 まだ、結論を出した訳ではない。それでも単独行動をした手前、ねだられていた話しはしておくべきだと思って俺は切り出し。

 

「あ。そ、それじゃ……ボクの家に来て下さい。お母さんとかにもお師匠様を紹介したいし」

 

「ふむ」

 

 シャルロットに切り出されて、気づく。そう言えば勇者の母親とはまだ会って居ないことに。

 

「言われてみればそうだったな」

 

 母親からすれば、俺は大事な娘を預けている男だ。いくらシャルロットの望んだこととは言え、一言挨拶があってしかるべきだったかもしれない。

 

(最近ポカばかりだ……)

 

 何だか通常比五割増しで勇者も緊張したりソワソワしているようだが、こんな男とはいえ一応師匠だ。礼儀知らずという一面を指摘するのも憚られたのだろう。

 

「ふむ、家族に紹介と言うことは勇者様も本気ですな」

 

「むしろそこは盗賊さんの方が切り出っきゃぁぁぁぁ」

 

 こちらを伺いつつ何やら呟いていた約二名の片方が急に悲鳴をあげたが、もしかしなくてもバニーさんの仕業に違いない。

 

「エーローウーサーギぃ……」

 

「ああ、その、ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 

 案の定と言うべきか、地の底から聞こえてきそうな魔法使いのお姉さんの声にひたすら頭を下げるバニーさんを横目で確認した俺は、軽く嘆息するとシャルロットを促す。

 

「行くか」

 

「そ、そうですね……えーと、それじゃみんなまたね?」

 

 苦笑いで応じ、他の面々に手を振った勇者を伴って、酒場の戸口を抜け。

 

「あっ、居た居た。酷いじゃないのさ、あたいを置いて行くなんて」

 

「「あ」」

 

 こちらにやって来る女戦士を見つけた二人の声は見事に重なった。

 

(そういえば、休暇の時にも居なかったような……)

 

 たぶん、あの時レーベに置いてきてしまったのだ。その後、『マシュ・ガイアー』はルーラで直接アリアハンに来てしまったし、女戦士が一緒にいなかったと言うことは、シャルロットもレーベではなくこっちに直接帰ってきてしまったのだと思われる。

 

「すまん」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ま、謝ってくれたんならいいさ」

 

 俺達が謝ると、女戦士は肩を一つ竦めただけですませ。

 

「それより、あれから何があったか聞いてもいいかい?」

 

 かわりに当然とも思える要求をした。

 

(あー、ひょっとしてダブルパーティーの辺りから説明しないと行けないのか)

 

 となると、外で出来るような話ではない。

 

「そうだな……所でどの辺りまでは把握している?」

 

 頷きつつも、そう口にしたのは単なる確認のつもりだった、だが。

 

「んー、あの仲間を呼ぶしつこい虫を倒して一緒に塔からレーベに行って――」

 

「ん?」

 

「どうしたんだい?」

 

「いや、何でもない」

 

 何気ない女戦士の一言が引っかかった。

 

(仲間を呼ぶ……)

 

 問い返されて頭は振ったものの、頭の中ではそのキーワードを反芻し。

 

(ひょっとしたら、これで問題のうち1/3は片づくかも)

 

 唐突にアイデアが閃く。

 

(ヒントって意外な所に転がってるものなんだなぁ)

 

 残りは二つだが、この分なら何とかなるかも知れない。

 

(もう一度サイモンと話し合ってみるか)

 

 この分だと何か見落としてる可能性だって考えられる。

 

「なら、これからシャルロットの家に行くところだ、話はそこでしよう」

 

「えっ」

 

 俺がそう答えると、シャルロットがいきなり声を上げ。

 

「拙かったか?」

 

「あ、ううん……そ、そんなことない、よ?」

 

「そうか」

 

 訝しんで向けた問いへ、何やら慌てて否定する勇者と一緒に俺達は大通りを横断すると、家の入り口がある裏手に回り込む。

 

(さて、どちらにしろ伏線は仕込んでおくべきだろうな)

 

 シャルロットの様子も気にはなったが、もっと優先すべきモノが今の俺にはあった。

 

(1/3とは言え、解決手段が見つかったんだ、だったら俺も腹をくくるべきなのかも知れない)

 

 次の問題が解決しないことには、決意も無意味に終わる可能性があるが、自分で自分を追い込まなければまた逃げてしまいそうで、密かに決意する。

 

(話が終わったら、サイモンに会いに行こう)

 

 と。

 




忘れていた訳ではないのです。

一場面に沢山の登場人物が居ると誰が誰か解らなくなってしまう為、リストラったのです。(主に出番を)

ともあれ、女戦士の登場により光明の見え始めた主人公は徐々に覚悟を決めて行く。

次回、第四十一話「優秀な嘘」

師は弟子に語る、そを――。


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第四十一話「優秀な嘘」

 

「ただいまぁ。お母さん、お師匠様と……お知り合い連れてきたよ」

 

 女戦士とシャルロットは、あまり面識がない。故にそう言う言葉選びになったのだろう。

 

「邪魔するよ」

 

「お邪魔する」

 

「まあ、いつもシャルロットがお世話になっております」

 

 女戦士と共に勇者の家の戸口をくぐった俺は、ダイニングの向こう、台所からやって来たシャルロットの母親から頭を下げられ、すぐさま頭を振るとこちらも頭を下げた。

 

「いえ、お宅のお嬢さんをお預かりしておきながら挨拶が遅れ申し訳ない」

 

 謝罪は早い方が良い。

 

「そんな、先日はシャルロットが危ないところを助けて下さったそうではないですか」

 

「そ、そうですよ。ボク、お師匠様が居なかったらどうなってたか……」

 

「それとこれとは――」

 

 話が別だ。

 

(だいたい、思い返せば結構とんでもないことやってるしなぁ)

 

 母親の前で言うのは憚られたが、しあわせのくつの効果をぼかしつつ勇者達を鍛える為とはいえ、

バニーさんを嗾けてセクハラ鬼ごっこをさせたのは他の誰でもなく俺である。

 

(ましてや、そのせいで妙な影響与えちゃったみたいだし)

 

 ある意味で腐った少女が仲間に加わって妄想の具にされたが、思い返せばあれも俺の自業自得だ。

 

(何だかんだで俺ってとんでもなく外道なのでは)

 

 過去の己を振り返れば振り返るほどいたたまれなくなってくる。

 

(何かかわりの修行法でも思いつくと良いのだけど)

 

 走るのと同時に敵の攻撃から身をかわす訓練を兼ねた修行のかわりとなると、かなり難しい。

 

(そんなに簡単閃いたら苦労は無いよな)

 

 胸中で呟きつつ、あの『修行』風景を思い起こす。

 

(そう、確か追っかけっこの最中に出てきた魔物を、俺が蹴……ん?)

 

 簡単に新しい修行内容なんて見つかるはずがなかった。無かったはずなのだ。

 

(あれ、俺って自分自身が既にやってたことにも気づいていなかったのか)

 

 愕然とした。

 

「何故、気づかなかった……」

 

「お師匠……様?」

 

 思わず口から漏れていた独り言にシャルロットが訝しげな顔で声をかけてこなければ、俺はもう少しの間茫然自失の態で居たことだろう。

 

「シャルロット、一つ思いついたことがある。こういう遊びを知っているか?」

 

「え?」

 

 小学生の頃、祖父に買って貰ったボールで近所の子と遊んだことを思い出す。

 

(人数も足りなけりゃ、家一軒建つかぐらいの狭い空き地がフィールドだったし、ただの玉蹴り遊びだったよな、あれは)

 

 そう、サッカー。水色生き物をさんざん蹴っていたと言うのに、何故思いつかなかったのか。

 

(ボールを追いかければ必然的に他も走ることになるし)

 

 アメフトよろしくタックルもありとか、追加ルールを設ければ攻撃を避ける訓練としての面だって兼ね備えられるだろう。

 

(問題があるとすれば靴が二足しか無いことだよな、けど)

 

 セクハラ鬼ごっこよりよっぽど健全である。

 

「とまぁ、本来は遊びだが足腰を鍛えるトレーニングに使えないか、とな」

 

 土産話をするつもりがとんだ脱線だが、悪くはないと思う。

 

「なかなか面白そうじゃないのさ。後で試しにやってみるかい?」

 

 女戦士の反応も上々で。

 

「あ、お師匠様……ボク、この間お師匠様がやってた、あれ、オーバーヘッドって言うのやってみたい……かなぁって」

 

「ふむ、やるのは良いが頭を打たんようにな」

 

 思いがけないリクエストに俺は面を食らいつつも、起きうる事故を考えて釘を刺す。

 

(僧侶がいれば回復呪文はあるけど、出来ればアクシデントはない方がいいもんな)

 

 ただの好奇心からの挑戦で怪我をしたら目も当てられない。

 

「さて、修行の話はこれぐらいにしてそろそろ本題に移ろう。話の順番は土産話が後で良いな?」

 

「あ、だったら二階に……お母さんが聞いてもわかんないと思うけど、知ってる人は少ない方が良さそうだし」

 

「そうだな、では俺達はこれで」

 

 シャルロットの提案に乗る形で勇者の母親に頭を下げた俺は、踵を返すと脇を通り抜けた勇者を追って二階へ上がる。

 

(ここに来るのは二回目か)

 

 二階に二階目とかギャグで思った訳ではない。

 

「き、汚いところでつけど」

 

 何故か緊張しつつ、ベッドのシーツをならして座る場所を確保するシャルロットを眺めつつ、俺は壁に寄りかかった。

 

「俺はここで良い」

 

「そ、そんな」

 

「話をするなら向かい合った方がやりやすいからな。女性を差し置いて座るのは問題だと言うのもあるが」

 

「う、うぅ」

 

 冗談めかしつつ、シャルロットの反論を封じ込めると、顔を女戦士へと向ける。

 

「さて、あの後俺達はポルトガと言う国に向かった。ナジミの塔で色々あったからな。お忍びの休暇という形で――」

 

 始めた説明は誰も幸せにならなかった勘違いや勇者の黒歴史を省いた休暇のことが半分、残り半分はあの晩シャルロット達に語ったモノと大差ない。

 

「計画の狙いはだいたい、そんな所だ。さて、待たせたなシャルロット」

 

 問題は、この後、土産話の方だ。

 

「ポルトガを出た俺がまず向かったのはロマリアの関所だ。ここを抜けて東に進み南下するとロマリアに到達する訳だが、俺はここで妙な男に出会った」

 

 優秀な嘘とは真実を混ぜ込んだモノだとか何処かで聞いた気がする。一応ロマリアの関所に行ったのは事実だし、兵士と会話してアリバイも作った。

 

「妙な男?」

 

 何処までシャルロット達を騙せるかはわからないが、切り出した以上後には退けない。

 

「ああ。覆面マント姿で着ているものは他に下着だけの男で、自分のことを『謎の人』とか名乗っていた」

 

「えっ、お師匠様……その人って」

 

「知っているのか、シャルロット?」

 

 出来る限り自然に、驚きを浮かべることが出来たと思う。

 

「うん、戻ってきたお師匠様に会う前にアリアハンの入り口で出会った人かもしれない」

 

「そうか。そのマシュ・ガイアーと言う男は解錠呪文アバカムの使い手でな」

 

 魔法の鍵が無くては開けられない関所の扉だけでなく旅の扉に続く鉄格子まで易々と開け放っていたと俺は語った。

 

「その男によるとロマリアの関所にある旅の扉を使えば、出た先の旅の扉を経由する必要があるものの、サマンオサやバハラタという所にまで行けるらしい」

 

「へぇ、格好は変態みたいだけど随分詳しいじゃないのさ」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 痴女に変態扱いされたが俺は泣いていない。何故ならあれは世を忍ぶ仮の姿だからだッ。

 

「生憎と俺はロマリアに行くという理由で関所に足を運んだからな、同行はしなかったが、その時ロマリアから遙か南東にアッサラームと言う街があると聞き、俺はここを目指すことにした」

 

 マシュ・ガイアーに変装してしまった俺の痕跡は関所の外でパッタリ途切れている。ロマリアや他の場所にたどり着いたことにすると目撃者が居ない矛盾やキメラの翼で飛べないという矛盾が出てしまう。

 

「魔物自体は何とかなったのだがな、このままだと何日かかるかわからん」

 

 そこで思いついた苦肉の策が、目的地が遠すぎてたどり着けなかったというもの。少々情けない結果だが、そこは一人旅の過程で旅の商人と出会って聞いたということにした原作知識で誤魔化す。

 

「その上、バハラタから北東に進んだ先にダーマ神殿があると聞いてはな」

 

「は? ダーマ神殿ってアンタがさっき言ってたやつじゃないのさ」

 

「その通りだ。そしてそのバハラタに向かうには旅の扉を経由しない場合、とある抜け道を通るしかないらしい」

 

 ただし、この抜け道は一人のボビットが管理しており、このボビットを説得出来ねば通行出来無いとも俺は語る。

 

「ついでに言うならそのボビットはポルトガの国王と仲が良いらしい」

 

「なんだいそりゃ」

 

「話を聞いて一旦ポルトガに戻る必要を感じた俺は、それならばと経過報告を兼ねて戻ってきた訳だ」

 

 そこまで語り終え、更に爆弾を一つ投下する。

 

「まさか帰ってきたこのアリアハンであの男と再会するとは思わなかったがな」

 

「っ、じゃあお師匠様はボク達が見た人をあの後で――」

 

 サマンオサに勇者を連れて行くならば、ここから先は布石だ。シャルロットの言葉に首肯で応じた俺は、再び口を開いた。

 

「ああ、そこで条件によってはバハラタまでなら連れて行っても良いとも言われた」

 

 わざわざ条件によってはとしたのは、まだサイモンとの話がまだだからだ。

 

「俺が酒場でしていた考え事は概ねその件についてだ。条件をのむかであり、連れて行って貰うかという意味でもある」

 

「成る程ねぇ、で、その条件ってのは何だい?」 

 

 嘘に納得がいったようで尋ねてくる女戦士を見つめたまま、俺は頭を振った。

 

「まだ明かせん。先にしておかねばならんこともあるからな」

 




嘘と原作知識にいくばくかの真実で練り上げた土産話を残し、主人公は一人教会へ向かう。

残る問題は解決を見るのか、未だ解らぬままに。

次回、第四十二話「勇者は言う」

勇者とは、勇気ある者。ならば、かの人は――。


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第四十二話「勇者は言う」

 

「しておかないといけないこと?」

 

「旅とはそう言うモノだろう、準備が不可欠という意味で」

 

 言外に一体それは何と聞かれたが、はぐらかしてちらりと窓の外を見やる。

 

「さて、俺はそろそろ行かねばならん」

 

 サマンオサをボストロールの手から解放するだけなら後は俺が覚悟を決めるだけで良い、ただしそれではバラモスを油断させる計画がおじゃんになる。

 

(せめて他の何処かに目を向けられれば良いんだけど)

 

 注意を引くだけでは駄目だ。シャルロットの父親のようにバラモスには死んだと思わせてフェードアウトすれば油断は誘えるだろうが、今度はどうやって死を偽装するかという話である。

 

(火口に落ちてオルテガが助かったのは運もあるだろうし)

 

 俺に活動中な火山の噴火口へ落ちる勇気はない。

 

(炎や氷のブレスから身を守るフバーハの呪文を応用すればいくらかはダメージを消せるかも知れないけれど……)

 

 そもそもこの手の死んだふり大作戦には下準備が居るし、監視の目を誤魔化す為のものであるから、決行まではバラモスの手の者に見張られることになると考えて良い。

 

(そんな状況下で側にシャルロットを置いておく訳にはいかないもんなぁ)

 

 パーティー離脱、師匠の役目途中放棄はほぼ確定だ。

 

(逃げるつもりだった頃なら歓迎したかな)

 

 おそらく、その前のボストロール戦で冗談じゃないと逃げ出したかもしれない。

 

(とにかく、サイモンさんに相談してみよう)

 

 元々向こうから持ちかけてきた話だ、相談に乗るくらいの助力はしてくれるんじゃないかな、と俺は思っていた。

 

「それなら話が早い、私を使うと宜しかろう」

 

 だが、教会に着いてこちら側の事情を踏まえながら話をすると、いきなりそう言いだしたのだ。

 

「牢獄で朽ち果てたと思われていたサイモンは、何らかの形で生き延びある日サマンオサに戻ってくる。そして王に化けていた魔物を倒すが、今までの無理がたたって身体を壊し、数日後に息を引き取る」

 

「それで、良いのか?」

 

「無論」

 

 確認する俺に、サイモンは真顔で頷いた。

 

「もとよりかの御仁に救われた、いや生き返らせて貰って得た命だ。それでサマンオサが救われ、恩人に報いることが出来るというのであれば」

 

「承知した。マシュ・ガイアーにはそう伝えておこう」

 

 さんざん頭を悩ませてくれた問題があっさり片づいてしまった理不尽には思うところもあるが、これで後は詳細を煮詰めるだけでもある。

 

(しかし、一人二役も大変だなぁ)

 

 今回、勇者の師匠とサイモンの間に面識を作る為、マシュ・ガイアーの知り合いと言うことにして変装もせず教会を訪れたが、次はマシュ・ガイアーに扮してシャルロットの元を訪ね、事情を説明する必要がある。

 

(無いとは思うけどキャラを間違えないようにしないと)

 

 ちなみにボストロール戦でのマシュ・ガイアーは、中身が勇者サイモンであったと言う設定で実際には俺が戦うことになっている。

 

「二人で戦ってはスケープゴートの意味が無く、ソロで戦った場合サイモンでは勝てない」

 

 と言うのが俺とサイモン二人共通の見解であり。

 

(だいたい、サイモンさんも生き返ったばかりだからなぁ)

 

 俺が生き返らせたもう一人の様に衰弱しきってこそいないものの、サイモンも本調子ではないのだ。

 

(ま、仕方ないか)

 

 サイモンの場合はゲームの勇者様ご一行とは違う。

 

(しかし、そんなことになってたとは)

 

 何でも牢獄に放り込まれて弱りつつあったところで一部の囚人が脱走を試みようとして、暴動が起きたらしい。

 

「私が命を落としたのは、そんな混乱のさなか。おそらく脱走の為に武器を手に入れようとしたのであろうな」

 

 他者に殺された為に衰弱死には至らず、看守が暴動の隠蔽を図った為にサイモンの屍はガイアの剣ごと別の牢に移された。

 

(魂と屍が別々の檻に別れて入ってるってのは言われてみれば、不自然だったけど)

 

 魂の彷徨っていた方の牢が命を落とした場所だと言うなら説明がつく。ちなみに、入り口の辺りに居た魂は暴動の時に負った怪我が原因で命を落とした看守のものであろうとのこと。

 

(ひょっとしたら不祥事を隠す為、同僚に置いて行かれたのかもな)

 

 寂しいと言っていた魂のことを思い返しつつ、俺はさりげなく道を外れて民家の裏で服を脱ぐのだったッ。

 

(そうッ、マシュ・ガイアーに変装するのだッ)

 

 




探偵「つまり、勇者サイモンの殺害現場はこの牢獄では無かった訳です」

以上、サイモンが生き返れた説明補足回でした。

次回、第四十三話「変態と勇者シャルロット」

変態とシャルロットが出会う時――凄い絵面になる。


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第四十三話「変態と勇者シャルロット」

(計画は概ね定まったッ)

 

 後は事情を説明し、OSINOBI仕様に着替えたシャルロット達とサイモンを連れてサマンオサに向かうだけだッ。

 

(しかしッ、ロマリア行く前にサマンオサでボストロール戦かッ)

 

 偽物の正体を暴く為には真実を映し出すというラーの鏡を探し出すことも忘れてはいけないッ。

 

(説明しようッ、そんな訳で私は今、勇者の家の側にいるッ)

 

 マシュ・ガイアー敵にはポーズをつけつつ声を口に出す所だがッ、これからシャルロット達に話す内容は外に漏らせるようなモノではないッ。

 

(故に人目を避けて声も出せず、勇者の家の影でこそこそしているのだッ)

 

 このマシュガイアーともあろう者が、何という屈辱だろうかッ。

 

(ふむッ、頃合いかッ)

 

 シャルロットには師匠から私が訪ねて行くことが告げられているッ、一応一度目撃されている訳だし対面して取り乱されるはずもないッ。

 

「はぁい」

 

 声は出さず、扉をノックするという形で到着を伝えれば中から聞き覚えのある声がし、私は腕を組むとマントを風に揺らしながら戸口の前に佇んだッ。第一印象は肝心だッ。

 

(って、よく考えたら二度め……まあいいかッ、『マシュ・ガイアー』はそんな些細なことなど気にしないのだッ)

 

 一瞬素に戻りかけつつ待つこと十数秒。

 

「どち」

 

 おそらく「どちら様ですか」と続けようとしたまま、中からの声が途絶えた。

 

(あれぇ?)

 

 16歳の少女にこの格好は、刺激が強かっただろうか。思わず素に戻ってしまったが、この反応は

予想外である。何せ、事前連絡はしてあったのだから。

 

(それとも、声似てたけどお母さんの方が出てきちゃったとか?)

 

 古き良きファミコン版の旦那さんをリスペクトした格好だが、だからといってこの姿では初対面なシャルロットの母親がどういう対応をしてくるのかは、正直予想が付かない。

 

(この沈黙、どうすればいいのでせう?)

 

 心の中で問いかけてみるが、答えは出ず。

 

「し、失礼しまち、失礼しました」

 

 扉の向こうで復活した相手の声によって俺は悟る。

 

(今の噛み方は、間違いなくシャルロット)

 

 お母さんの方でなくて良かった、だがそう思ったのも一瞬で。

 

(って、待てよ? どのみちシャルロットの家で話をするとしたらお母さんに目撃されちゃうんじゃ)

 

 新たな問題に気付いた所で、ドアが開いた。

 

「えっと、お師匠様から話は聞いてます。どうぞ、中に」

 

「そうかッ」

 

 促されて答えつつも、そのまま入っていいものか、俺は迷った。

 

(いっそのことシャルロットにモシャスで変身……は拙いか。うーむ)

 

 考えてみたが、短時間で良い案など早々出ない。

 

(仕方ない、さっさとシャルロットの部屋に案内して貰おう。願わくはお母さんの方に気づかれませんように)

 

 妥協した俺はマシュ・ガイアーとして、更に言葉を続ける。

 

「ならばお邪魔しようッ」

 

「あ、はい……えーと、話はボクの部屋の方が良いかな」

 

 話が通っているとは言えシャルロットからすれば、私は師の知り合いである謎の人、ましてこれから話す内容は人には言えない様なモノときているッ。

 

(家族に見とがめられる前にと言う判断、間違ってはいないッ)

 

 むしろ支持に値するだろうッ。

 

「えーと、ここです」

 

「うむッ」

 

 そのまま勇者に誘われ、再びシャルロットの部屋に戻ってきた私は鷹揚に頷くと、部屋の一角で謎のポーズを取って立ち止まるッ。

 

「師匠から話を聞いていると言うことなので、割と単刀直入に言うぞッ。君達には魔王バラモスの配下の魔物ボストロールの撃破に協力して貰いたいッ、それがバハラタへ君達を連れて行く条件だッ」

 

「えっ」

 

 いきなりの爆弾発言である、驚くのも無理はない。

 

「子細はこれから説明するッ、まずそのボストロールはサマンオサという国の国王と成り代わり圧政を敷いているッ」

 

 続いて明かしたのは、ボストロールが変化の杖という道具を用いて国王に化けていることと、偽物の国王によって罪もない人々が処刑されているという事実。

 

「このまま放置すれば、犠牲者はさらに増えるッ! だが、今ここにその事実を知る『マシュ・ガイアー』がいるのだッ」

 

 ボストロールの暴虐を止めてみせるッ、と私は大見得を切り、その為に協力を求めたいと続ける。

 

(ぶっちゃけ、カンストキャラだけで倒すと経験値が勿体ないから何だけどね)

 

 普通に考えればシャルロット達は足手まといにしかならないが、そこは先程思いついたアイデアがある。

 

「君の師匠は危険だと渋っていたが無理もないッ、このボストロールはバラモスの持ち手駒の中では上から数えた方が早い、言わば幹部クラスの魔物ッ」

 

「お師匠様……」

 

「うむッ、かわりに自分が戦うとも言い出しかねなかったが、それは拙いッ。実力を晒さずバラモスを油断させるのが君達の策と聞いているッ」

 

「えっ、けど貴方は戦うんじゃ?」

 

 どう思ったのかポツリと漏らしたシャルロットは私がダブル・パーティーのことを知っていると明かせば当然の疑問を口にした。

 

「もっともな疑問だッ、故に説明しておこうッ。私はボストロールを倒した後、身体の無理がたたって命を落とすことになっているッ」

 

「なっている……ということは」

 

 それで、シャルロットも理解しただろう、死んだふりであると。

 

「これから作戦の詳細を話すッ」

 

 私は意味もなく謎のポーズを決めながら告げ。

 

「ただ、今回の作戦に君の師匠は同行しないッ」

 

 前置きして爆弾を放り込む。

 

「っ、それはお師匠様が渋っておられたから?」

 

「違うッ、そんな理由ではないッ! 合う役がないのだッ」

 

 一応、そのお師匠様が私だからと言う明かせぬ理由もあるが、そもそも勇者の師匠は強いもののただの盗賊、と言う設定である。

 

(勇者サイモンの代役やるキャストには攻撃と回復の呪文が使える人間じゃないとダメだし)

 

 その手の呪文が使えないことになっている盗賊さんでは不的確という訳だ。

 

(だったら、マシュ・ガイアーとお師匠様のペアで当たったらどうかと言うことになってくるだろうけれど)

 

 死んだふりで誤魔化す人間が増えると、その分誤魔化せるか怪しくなる。

 

(だいたいそんなところかな、言い訳は)

 

 設定上ではシャルロットのお師匠様も役はないものの、ついてきてシャルロット達を見守っていることにし、上手くことが運んでサイモンとバトンタッチ出来たら、俺はシャルロットの師匠に戻ってシャルロット達と合流するという筋書きだ。

 

(賽は投げられた、か)

 

 ここまで話してしまった以上、後戻りなんて出来ない。俺は覆面の内から一人の少女を見つめ、密かに拳を握りしめた。

 




そして、物語は再び動き出す。

ロマリア到着よりも先にボストロール戦という展開で。

次回、第四十四話「覆面隊、始動」

タイトルでオチが予想されませんように――


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第四十四話「覆面隊、始動」

「ルーラは任せても良いなッ?」

 

 ボストロールと戦うとなると流石に万全の体勢で挑みたい。移動呪文でMP、つまり精神力を消費する役をシャルロットに任せれば、一人の傷を完全に回復するベホマの呪文一回分くらいにはなる。

 

(とはいうものの、ラーの鏡の探索まで考えるとなぁ。と言うか、鏡って何処にあったっけ?)

 

 毒の沼地に沈んでいたのは、未来の話。確かドラクエⅡだったと思う。

 

(おそらく聞き込みをすれば何とかなるとは思うけど)

 

 この辺りはゲーム特有のご都合主義に感謝するより他にない。現実ならご丁寧にヒントなど用意してないだろうし、場合によっては問題を解決する為の方法さえないことだってある。

 

(わからない部分はなるべく一番悪いケースを想定して準備をしておこう)

 

 シャルロット達には顔を隠させる、とか。

 

「わかりました、他には?」

 

「念のため、途中からはこのマシュ・ガイアーが先行するッ、サマンオサ周辺に出没する魔物は手強いのだッ」

 

 質問してくるシャルロットに返した答えは嘘ではないが、全てでもない。

 

(時間の経過を考えると、ゲームでは処刑されていた人達がまだ生きてる可能性もあるもんな)

 

 ゲームで見られた景色は、あくまでプレイヤーの分身である勇者の目を通してのもの。原作をぶっ壊す勢いでショートカットするハメになった現状ならより多くの人が救える可能性はある。

 

(もっとも、シャルロット達が到着したのがフラグになってゲームの通りに何てのも考えられる訳で)

 

 先にサマンオサを訪れるのは、確認と希望の為。

 

(フィールドみたいに矛盾を修正する力が働くとするなら)

 

 先行した俺が、ゲームでは処刑されていたがまだ処刑されていない人々を確認していた場合、はどうなるだろうか。

 

(最悪のパターンだってあるかも知れないし、全くの徒労で終わる可能性もある訳だけど)

 

 つまるところ、ここまでしておきながら「ゲームではこうだから」と言う名の不条理によって決意やら何やら全てをふいにされる可能性に思い至り、手を打った訳だ。

 

 まさに一番悪いケースを想定しての行動。

 

(ほこらの牢獄でサイモンが屍の状態だったのも、ゲームでは屍としてしか存在しなかったからなのか、たまたま脱獄騒ぎに巻き込まれ命を落としたのかはっきりしないしなぁ)

 

 ゲームの通りと先入観に囚われるのは良くないが、逆もまた然り。

 

(ドラクエの世界だって知ってなかったらこんな不安とも無縁だったんだろうけど)

 

 悩んでたって仕方ない。

 

「以上が作戦だッ。顔を隠す覆面は各自で用意して貰いたいッ、視界を妨げ戦闘に支障が出ないレベルを考えてだッ」

 

 そう言いつつ俺はシャルロットに支度金を渡すと、二三やりとりを交わしてから部屋の外に出る。

 

「レムオル」

 

 呪文で透明になってしまえば、もうマシュ・ガイアーの演技は必要ない。

 

(後は着替えた場所に戻って、いつもの格好になってから教会に――)

 

 作戦が動き出したことをサイモンに伝え、準備を終えれば俺も宿で休む。

 

 シャルロット達が変装の準備などをしている間に一人先行して色々やってみると言うことも考えたが、マシュ・ガイアーしてから寝てないのだ。

 

(オリビアの岬からほこらの牢獄までにぶっ放した攻撃呪文、魔物に変身する為に使ったモシャスの呪文、蘇生呪文のザオリクに行き帰りで使ったルーラの呪文。さっきのレムオルを勘定に入れてもMPに余裕はまだあるはずだけど、睡魔ばっかりは……)

 

 だいたい、ここでコンディションを整えておかないと対決に響く。

 

(そうだよなぁ、寝られる時に寝ておこう)

 

 緊張して眠れないんじゃないかとちょっとだけ心配したが、身体は疲労に正直なのか後から言うなら杞憂だった。

 

「おはようございます、夕べは良くお休みでしたね」

 

「ああ」

 

 気づけば宿の主人と挨拶を交わしている自分が居て。

 

「準備は出来ているようだなッ」

 

 宿の戸口にはビシッとポーズを決める覆面マントの変た……マシュ・ガイアーの姿がある。

 

「こ、これで良いか?」

 

「ああ、体格や体つきの違いがあるからな。マントの前を閉じた格好なのが少々気になるが、仕方なかろう」

 

 どことなく自信なさげに確認してきたマシュ・ガイアーこと勇者サイモンに俺は頷きを返すと歩き出す。

 

(まさか、やって くれる とは おもわ なかった ですよ)

 

 謎の人と俺が同一人物ではないとシャルロット達に知らしめる為の苦肉の策だが、本当にサイモンさんごめんなさいである。

 

「で、では行くとしようッ」

 

「承知した」

 

 どことなく照れたようにどもった辺りで非常にいたたまれなくなりながらも、俺は感情を顔に出さず歩き出す。

 

(何て言うか、自分でやっておいてあれだけど、良くあんな格好したよな、俺)

 

 第三者視点になったことで見えてきたモノに心の中で顔を引きつらせ、罪悪感と静かにバトルしながら向かったのは、シャルロットの家。

 

「あ、お師匠様……とマシュ・ガイアーさん、おはようございます」

 

「な」

 

 ぺこりと頭を下げてきた覆面マントの少女に俺は思わず固まった。

 

(なんで しゃるろっと が あの かっこう してるんですか?)

 

 まごう事なきマシュ・ガイアーとのペアルックである。

 

「そ、そのおはようございます」

 

 バニーさんは何故かボンデージ姿に黒い仮面を付け、「はがねのむち」を装備していらっしゃった。

 

「おはようございますわ」

 

「あ、ああ」

 

 魔法使いのお姉さんは、何というか「まほうつかい」だった。ナジミの塔に出てきたモンスターの方の格好そのまんまである。お陰でうっかり身構えそうになったのはここだけの秘密だ。

 

「しかし、その格好は……」

 

 流石にどうよと、言いたくなったのは俺だけではあるまい。

 

「私も迷いましたわ。けどお財布事情を考えると節約しておくべきだと思いましたのよね」

 

「節約?」

 

「実はこれ、塔で倒した魔物の服ですの」

 

(うわぁ)

 

 逞しいというかしたたかというか、魔物かと思ったらそのものズバリ魔物の着ていた服だったでござる。

 

「も、もちろん覆面部分は違いますわよ? 間接キスなんて後免ですわ」

 

 そう言う問題なのだろうか。

 

(しっかし、ほんとに色々酷いなぁ)

 

 僧侶のオッサンは下に着ていたタイツを色違いにして頭も覆った言わば全身タイツwith仮面。

 

「どうですかな?」

 

「変態だな」

 

 オッサンには正直に答えておいた。

 

 ちなみに、新人二名は女戦士と一緒にお留守番で、女戦士には一時的に勇者が使っていた装備で勇者のコスプレをしつつ二人の監督をして貰うことになる。

 

「話は聞いたよ、留守番はシャクだけど誰か残ってないと確かに勇者一行が消えちまうからね。あたい……いや、ボク、頑張るよ」

 

「無理してキャラまで似せようとする必要は……いや、努力は買おう」

 

 思わず遠い目をしてしまったが、責めないで欲しい。何というか緊張感の方が先に何処かに旅立ってしまった朝だった。

 




朝からなんちゅうモンを見せてくれんや、とか言われそうな展開。

魔物と変態のタッグチームにしか見えなくなった勇者一行。

次回、第四十五話「サマンオサへの旅路」

ほこらの神父さん、寝込まないと良いけど


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第四十五話「サマンオサへの旅路」

「お師匠様、みんな行くよ? ルーラっ」

 

 シャルロットの呪文で俺と勇者サイモンを含む合計六名がポルトガに向けて飛び立つ。

 

(さて、ここからだなぁ)

 

 もうすぐ到着するであろうかの地を拠点にし、一同はロマリアの関所に向かうのだ。

 

(関所の内兵士が居るのはロマリア側だけの筈)

 

 魔法の鍵がないと開かない扉、最後の鍵がないと空かない鉄格子があったと思ったが、マシュ・ガイアーの解錠呪文の前には無意味。

 

(確か、旅の扉を抜けたの先はオリビアの岬の他にサマンオサ方面に移動出来る旅の扉もあったし)

 

 そちらを使えば目撃者は、サマンオサ側の出口である教会の神父のみに絞られる。

 

(あとはサイモンさんと入れ替わるタイミングだな)

 

 顔が割れているので、レムオルで姿を隠してついて行き、サイモンさんにはそのままマシュ・ガイアーしていて貰うと言うと言う手もある。

 

(サマンオサじゃ顔は割れてるだろうし……ん?)

 

 そこまで考えて俺は大きなポカに気づいた。

 

(って、わざわざ旅の扉経由しなくてもいいじゃん)

 

 そう、サイモンにキメラの翼で飛んで貰えば良いのだ、元々サマンオサにいた人間なのだから。

 

(色々考えてた俺っていったい……)

 

 ちょっと悲しくなったが、ここは精神衛生上、更なるショートカットが見つかったと喜んでおこう。

 

(少々変更はいるけどこれで、サマンオサまで行ける)

 

 適当なタイミングでシャルロット達を置いて、先行したことにして実際はルーラでひとっ飛びすればいい。

 

(問題は帰ってくる時ルーラの目的地に選べるのがポルトガしかないことだよなぁ)

 

 そうなると、サマンオサ側の旅の扉出口で待たせ、ラーの鏡を手に入れてから戻って合流するのが良いか。

 

(圧政による人々の犠牲を最小限に抑えることが主目的だし)

 

 上手いこと国を救えたらそのときは例の交易網の話を本物の王と出来ればそれで良い。正直、シャルロット達にはサマンオサ周辺の魔物は強すぎるし「ドキッ、死と隣り合わせのパワーレベリング大会」なんてやらせる気もない。

 

(範囲攻撃をもたないボストロールとどんなのが居たのかも覚えてない周辺の雑魚を一緒にはできないよね)

 

 ブレス攻撃とか攻撃呪文持ちが居たらシャルロットやバニーさんはともかく、僧侶のオッサンや魔法使いのお姉さんは一発でアウトである。

 

(となると、どれだけ早く合流出来るかかな)

 

 はっきり言って今の勇者一行はビジュアル的なインパクトが尋常ではない。こんな面々と旅の扉を封印する鉄格子越しに教会の神父が対面してしまったら、どうなるだろうか。

 

(そう、例えば――)

 

 俺は一緒に飛んでいるシャルロット達の格好を見て、想像する。

 

 

 

 ある日、いつもの日課である旅の扉を閉ざす鉄格子の確認をしていた神父は、物音に気づいて足を止める。

 

「誰か、そこに居られ――」

 

 書けようとした声は、途中で途切れ、目は限界まで見開かれて立ちつくす神父さんに覆面とマントの怪人物がかわりに口を開いたのだ。

 

「えへへ。えっと、お邪魔してます?」

 

 お邪魔してますという問題か、即座に言い返そうにも声が出てきません、何故なら。

 

「すみませんすみませんすみません」

 

 身体を締め付けると同時に周囲を威圧するような背徳的な拘束衣を身につけた娘が何故かひたすら謝り倒していたのだから。

 

「お騒がせします」

 

「お、お構いなくですの」

 

 いや、それだけではない。全身タイツに仮面の変態やあげくには人型モンスターまで鉄格子の向こうに居るではないか。これはもう緊急事態だ。

 

 

 

(うん、前情報無かったら教会捨てて逃げ出したって誰も責めないと思うな)

 

 常人の理解を超えていたので、俺は間接的に自分がこの格好にさせたことを棚に上げて、まだ見ぬ神父に同情した。

 

(ま、それはそれとして)

 

 続いて、衝撃に備える。我に返ったら丁度見えてきたのだ、眼前に海に面したポルトガの街と城が。

 

(宿は数日分部屋だけ取っておいて貰って、聖水で敵を避けつつ、まずはロマリアの関所に行くか……)

 

 それともシャルロット達に宿の手配を任せてサイモンと一気にサマンオサに飛ぶか。

 

(情報だけでも手に入れておいた方がいいよな)

 

 結論は、着地するまでに出た。

 

「シャル、マシュ・ガイアーの話ではここから先、ルーラで飛べるのはサマンオサだけらしい」

 

 故にここポルトガを拠点にすると告げると、俺は更に言葉を続けた。

 

「そして、俺はラーの鏡を探す為、一足早くサマンオサに向かう」

 

「えっ」

 

「俺の本職は盗賊だ、戦わず逃げ回りながら情報を集めるだけなら脅威にはとられん」

 

 シャルロットは驚きの声を上げたが、流石に弟子達に任せきりにしつつ一人だけお留守番では師としての立つ瀬だってない。

 

「そもそも、マシュ・ガイアーは目立ちすぎるしな」

 

 と言う一言で納得させると、俺は宿の手配を任せてマシュ……サイモンに道具屋で買ってきたキメラの翼を手渡した。

 

「すまん、少々予定を変えてしまった」

 

「かまわん……いや、構わないッ」

 

 もとより助けを求めたのはこちらなのだからと、サイモンは小声で言って。

 

「では、行くとしようッ」

 

「ああ。外は、こっちの方が近かったな……」

 

 街の外に向けて歩き出した俺達二人は、やがて外に出てサマオンサに向かって飛び立つ。

 

(信じよう……自分を)

 

 浮遊感と共に上昇し始めた俺は、ぐっと拳を握りキメラの翼が誘う先へと目を向けた。

 

 そう、本来なら悲劇と強敵が待つであろう地へと。

 




訪れた圧政下の国、サマンオサ。

主人公を待つのは新たな出会いか、それとも。

次回、第四十六話「戦士ブレナン」

この辺りの為に保存していた検証データを上書き出来る日が、やっとくる。


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第四十六話「戦士ブレナン」

「懐かしいな、よもやここに戻る日が来ようとは」

 

 一度は死んだ身、感慨もひとしおなのだろう。

 

(まぁ、無理もないか)

 

「すまぬ、時間を取らせた」

 

「少し待って貰えるか」

 

 俺は無言で覆面の人のそれに付き合うと、マシュ・ガイアーを呼び止める。

 

「うん?」

 

 覆面の人は訝しむが、とりあえずスルーだ。

 

「……あれが良い」

 

 周囲を見回し、一本の木に目を留めると近寄ってまじゅうのつめを一閃させ、枝を切り落とす。

 

「ふむ、妥当だな」

 

 呟きながら側枝を払い、先端も斬り飛ばせば、俺の手で完成したのは一本の棒。

 

(そうそう、こんな感じだった)

 

「それは一体?」

 

「杖だ」

 

 昔、祖父が使っていた歩行補助用の杖がだいたい似たような姿だったのだ。

 

「杖? 盗賊が杖を使うのか? だいたい適当に切りそろえた木の枝が武器に使えるとは思えぬが」

 

「そうではない、いや、見せた方が早いか」

 

 俺は言葉でマシュ・ガイアーの勘違いを正すのを諦めると鞄を開けた。着替え用の布の服を一着犠牲にして作ったフードと、先程作ったばかりの杖。

 

「ふぉっふぉっふぉ、これで良し。ワシのことはスレッジとでも呼んで貰おうかのぅ」

 

 杖をついてフードは目深にかぶり、しわがれた声をつくれば、全く別人の誕生である。

 

「仮の顔は、一つだけでは無かったのだな」

 

 マシュ・ガイアーの正体を勇者サイモンだったとする作戦上、サイモンにはマシュ・ガイアーの正体が俺であることはとうに明かしている。故の言葉だろう。

 

「いやいや、本来なら服をもっと本格的なローブにし、つけ髭を手に入れて完成形じゃよ。今回は間に合わせに過ぎん」

 

 実際、この第三形態はもっと後で使う予定だったのだ。だが、勇者の師匠の格好で聞き込みは拙いと急遽前倒ししたのだ。

 

「ついでに言うならマシュ・ガイアーとつるんでる人間が居ると知れては本末転倒じゃからのぅ、ここからは別行動じゃ。何人かに目撃されてくれれば、お前さんはキメラの翼でポルトガに帰ってくれても一向に構わぬよ」

 

 ここから先は、旅の老爺という設定で、まず聞き込みを行う。

 

(マシュ・ガイアーじゃ悪目立ちしすぎて圧政下にある城下町での聞き込みには向かないもんな)

 

 覆面の人に入り口で少し待って貰い、その間に俺は城下町へ足を踏み入れた。

 

「さてと、どっちに行こうかのぅ」

 

 情報収集の基本は人の集まる場所だと思うが、この町だと何処になるか。

 

「すまんが、ちょっとお尋ねしてもよいかの」

 

 俺はたまたま目に付いた町人に声をかけ。

 

「どうした、爺さん? この町の名前ならサマオンサですよ?」

 

「いやいや、そうじゃないんじゃよ」

 

 聞いても居ないのに町の名を口にする町人にヒラヒラ袖を振って見せた。

 

(この人、ゲームだと町の名前を言う役目の人なのかな)

 

 そう、密かにゲームの人物に当てはめると、俺は改めて質問する。人の集まりそうな場所を教えて欲しいと。

 

「実はワシの孫なんじゃが、どうも一所に落ち着くと言うことをせん奴でのぅ」

 

 孫を捜している、と言う即興の嘘をつく。

 

(圧政下にある国だもんな)

 

 観光では不自然だし、下手にツッコまれる前にそれっぽい理由をでっち上げておけば追求もされないだろう。

 

「なるほどなー、だったらモンスター格闘場に行ってみるといいですよ」

 

「ほぅ、格闘場とな?」

 

 言われて、ああそんな施設もあったなぁと俺は胸中で呟きつつ、町人に格闘場までの道を教えて貰った。

 

(いや、この世界の人には少ない娯楽なのかも知れないけど)

 

 何というか、ゲームでは格闘場を殆ど使用しなかったので印象が薄かったのだ。すごろく場と違って強い武器や防具が手に入るでも無し、手に入るのはお金だけ。

 

(まぁ、ギャンブルが合わないというか俺が下手なのもあるけどね)

 

 ダイス運も酷いので、すごろく場は他の誰かに行って貰えたら、と思う。

 

(ま、すごろくのことは置いておいて、今は情報収集しないと)

 

 軽く頭を振って雑念を振り払い、教わったとおりにカクカクと折れ曲がった道を進み、目印となる民家を目指す。

 

(あれかな)

 

 丁度そんな曲がり角の一つを作り出している一軒の民家から道は真っ直ぐ南に延びていて。

 

(ん?)

 

 ふと目に留まったのは、民家から小道を挟んだ脇の花畑。愁いを帯びた瞳で策に囲まれた墓地を見ていた一人の男だった。

 

「爺さん、見ない顔だな? 旅の人か」

 

 どうやらこちらの視線に気づいたらしく、先に声をかけてきたのはその男。

 

「う、うむ。お前さんは……」

 

「あ、ああ。俺はブレナン。ただの戦士さ」

 

 頷いて名を問えば、そう言って男は力なく笑う。

 

(ブレナンねぇ、そんな登場人物居たかなぁ)

 

 何となく重要人物っぽさそうなオーラを纏っているように見えたが、生憎と俺の原作知識はうろ覚えである。

 

(けど、戦士ってことは話の持って行きようでは力になってくれるかもしれないよなぁ、もしくは情報源とか)

 

 情報でも味方でも、今の状況ではありがたい。

 

「先程墓地を見ていた様じゃが……何か訳ありかのぅ?」

 

 意味ありげな行動にイベントの予感を感じつつ、俺はブレナンに尋ねた。

 




まさかの……でもない、戦士ブレナン登場。

新たな変装でブレナンと出会った主人公は、フードの下から憂いの理由を問う。

彼がどういう役回りであったか気づかぬままに。

次回、第四十七話「国家権力」。

えいへいさん、このひとです。


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第四十七話「国家権力」

「もう何人の者が殺されたことか。あの国王はどうかしている」

 

「っ」

 

 明確な国王批判の言葉に、俺は思わず息を呑む。

 

(ちょ、流石に拙いんじゃ……)

 

 圧政下にある国でするようなことではない、この手の状況で権力者や制度に反抗的な人間は迫害されたり粛正されるモノである。

 

「よ、よいのか?」

 

 そもそも、ブレナンと名乗った戦士が見ていた墓の幾つかだって圧政の犠牲者の筈なのだ。こんな街中で堂々と口にしたらどうなるかぐらい、俺にだってわかる、だが。

 

「ああ。ずっと思ってたんだ。今聞かれたから口に出したが、そうでなかったとしても何処かで漏らしていたさ」

 

 そう言ってブレナンは力なく、自嘲するように笑った。

 

(そっか……)

 

 俺の言わんとしていることは理解していたのだろう。

 

「王が変わらなければ、この国の未来は暗い。誰かがどうにかしなくてはならないとしてもな。勇者サイモンはどこぞの牢獄に幽閉されてしまった」

 

 かといって国王や国をどうにかするほどの力は自分にないとなれば、出来るのはただその行く末を憂うことだけだったと言うことか。

 

(けど、だからってあのボストロールがこの人を放っておくかって言うと話は別だよなぁ)

 

 既に何人もの人間が死刑にされているのだ。同じことがおきても不思議ではなく、切欠になったのはどう考えても話を振った俺である。

 

「ほっほっほ、何を言うかと思えば。実によい王様ではないか。剛毅というか……」

 

 だから、ことさら陽気になるべく大きな声で、俺はサマンオサ王を賞賛し始めた。

 

「なっ」

 

 驚きの声を上げたブレナンの身体を引き寄せ、賞賛の合間に耳元で囁くのも忘れない。

 

「お前さん無茶をしすぎじゃ、そんなことを言えばどうなるかはわかっておるじゃろうに。まぁ、これで誤魔化せるかはわからんがのぅ」

 

「っ」

 

 俺の狙いを正しく理解したのか、目を見張りつつも沈黙したブレナンへ更に俺は話しかける。

 

「ささ、お前さんも一緒に来るといい。王様の偉大さがわかる場所を教えて貰うてのぅ」

 

 表向きは嫌なことは娯楽に逃避して忘れようという様な口ぶりで、ブレナンの手を引き。

 

「おっとっと」

 

 バランスを崩したふりをしてブレナンの身体に寄りかかると小声で言う。内密に話たいことがあるのじゃ、と。

 

「さ、こっちじゃぞ」

 

 行き先がモンスター闘技場一択なのは、町人との会話の流れ上、是非もない。

 

(早まったかなぁ)

 

 それよりも、気になるのは、先程の言動の影響だ。国王を褒め称えたのは、情報収集面では大きなマイナスだろう。だがこの戦士を見捨ててもおけなかった。

 

(ま、最悪この格好も諦めて適当な人にモシャスで変身して聞くって方法もあるしな)

 

 時間に制限があり、精神力を消費するのがネックだが、この呪文があればピチピチギャルになることとて夢ではない。

 

(つまり、色仕掛けだって出来るのだよ。MP以外の精神的なモノがガリガリ削れる自爆技だけどね)

 

 使う機会が来ることなど皆無だろう。無いと信じたい、有ってたまるか。

 

(だいたい、ゲームじゃそんなことしなくたって情報が手に入ったはずだし、ゲームより遙かに短時間で来てるんだからなぁ)

 

 情報を持っている人間だってゲームの時より沢山居るだろう。ラーの鏡は、ボストロールにとって正体を暴かれる危険な品。

 

(俺がボストロールなら、何らかの罪をでっち上げる形で優先してラーの鏡に関係する情報の持ち主を消すけど)

 

 考え得る中で最短のルートは見せしめに反対する者を処刑し、そこから圧政を強いて行くパターンだが、都合の悪い人間を処刑する土台を用意しても、問題の相手が見つからないと話にならない。

 

(その上、こっちの狙いが知れたら拙いんだよなぁ)

 

 ラーの鏡の情報を躍起になって消そうとすれば、その鏡に何かあると自分から言っているようなものである。

 

(で、興味を持った者が鏡の効果を知れば……)

 

 どうなるかは言うまでもない。

 

(となると、公言してるような人の方が下手すれば身は安全かな)

 

 ただ、ラーの鏡についての知識があると周囲に知られてる人物の元を訪れるというのは、自分もラーの鏡に興味がありますと行っているようなものでもある。

 

(まぁ、ここまで来たら毒を食らわば皿までかもしれないけど)

 

 何にしてもラーの鏡を入手しないことには偽物の国王の正体を暴けないのだから。

 

(とりあえず、目をつけられた所で逃げる方法はいくらだってあるし)

 

 移動呪文のルーラの他、荷物の中にはキメラの翼、姿を消す呪文のレムオル。使い方次第では他の呪文だって逃亡の助けになるだろう。

 

(問題があるとすれば、この人をどうするかだよな)

 

 放り出すつもりなら、あんな芝居は打ったりしない。とはいうものの内密の話をするに屋外は向かなくて。

 

「意外に遠いのぅ、何処かに休憩するところでもあればよいのじゃが」

 

「だったら爺さん、家に来るか? すぐそこだしさ」

 

「おぉ、催促したみたいで悪いのぅ」

 

 漏らした独言の意図を察したブレナンの誘いに乗り、俺は後に続いた。

 

「あそこだ……大した物は出せな」

 

「ぬっ」

 

 通りの角に立つ民家をブレナンは示し、釣られるように民家を見て察したのは、ブレナンの言葉が途中で途切れた理由。

 

「戦士ブレナンだな」

 

「城まで来て貰おうか」

 

 どうやら誤魔化せなかったらしい。腰から剣をぶら下げ手に槍を持った兵士が二名、民家の前に待ちかまえていたのだ。

 

(対応、早すぎるだろ)

 

 俺も選択を迫られた。逃げることは容易い、撃退だって可能だろう。

 

(……どっちもアウトかな。鏡の情報を全く手に入れてない現状、騒ぎを起こすのは拙い)

 

 今後がやりづらくなるし。

 

「悪い、爺さん。闘技場行けなくなっちまったみたいだ」

 

 第一、ブレナン自身に抵抗するつもりが無かったのだから。

 

「仕方ないのぅ」

 

 理由の方も民家の窓から不安そうにこちらを見ている女性を見つけたことで、だいたい理解した。

 

(恋人……って年ではないか。ともあれ家族が居るから逃げられない、そういうことね)

 

 キメラの翼で強引に逃がすことも出来るが、その場合、おそらくブレナンの家族が捕まってしまう。

 

(敵は国家権力、か)

 

 真っ正面からぶち当たるのが拙いのはわかる。

 

「しかたないのぅ。ではワシはこれで。お勤めご苦労様ですじゃ」

 

 だからぺこりと頭を下げて俺はその場を立ち去ろうとした。もちろんブレナンを見捨てるつもりはない。

 

(さて、どう出るかな)

 

 兵士達の出方を探る為だ。俺まで一緒に連行しようと言うならそれも良し。アバカムとレムオルを使えば脱獄は容易いし、牢に捕らわれている人々の中に鏡のことを知る人間が居る可能性だってある。

 

(牢の中なら密談にもうってつけだろうしなぁ)

 

 もちろん、看守にラリホーの呪文で眠って貰ってからだが。そして、連行されず放置なら、後をつけて城に忍び込むつもりだ。

 

(さぁ、どう出る?)

 

 沈黙したまま背を向けて、俺は兵士達の反応を待った。

 

 




兵に囚われてしまった戦士ブレナン。

元凶の住む城の地下牢で、老爺スレッジはとある人物と会う。

次回、第四十八話「In地下牢」

そこで主人公の取る行動とは。


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第四十八話「In地下牢」

「そこの爺さんもだ」

 

 などと声をかけられることさえ覚悟したというのに、兵士達の対応はあっさりとしたものだった。

 

(やっぱり、国王を褒めたからかなぁ)

 

 一旦見失わない程度に兵士達から離れた俺は物陰でレムオルの呪文を使い、透明になってブレナンと護送する兵士達を尾行する。

 

(効果時間だけは注意しないとな)

 

 ゲームだと使いどころが限られてた呪文だが、こうしてドラクエの世界に居ると割と応用の利く呪文だと思う。

 

(こんな呪文使えて良いのかって気もしてくるけど、まぁ、使い手も選ぶか)

 

 そう、結構精神力を消費するのだ、この呪文は。体感でルーラの二倍近くだろうか。

 

(次のレムオルは城に入る時として……)

 

 いつ効果が切れても良いように木の陰に隠れながら、フードを取る。ついでに上着を羽織れば、万が一呪文の効果が切れた後で兵士に見つかったとしても、あの老人とは思うまい。

 

「さてと」

 

 視界の中には兵士と共に橋を渡るブレナン。手を見るとレムオルの効果はまだ消えていない。

 

(変なタイミングで切れたら拙い、このまま橋を渡ってしまおう)

 

 木々に囲まれた塀の向こうに城を見ながら俺は早足で兵士達を追いかけ。

 

(ちぃっ)

 

 渡りきったところで、咄嗟に木々と川の間にある堤防の上へ飛ぶ。ちらりと確認した自分の身体から透明化の効果が消え始めていたのだ。

 

「ん?」

 

「どうかしたか?」

 

「いや、気のせいのようだ」

 

 木々の向こうからは兵士の声がして、俺は密かに胸をなで下ろす。

 

(危なかったぁ)

 

 心臓に悪いことこの上ないが、だいたいの効果時間は再確認出来た。

 

(これなら潜入は大丈夫)

 

 入り口が兵士が封鎖していたとしても連行されたブレナンは通すだろう。それに、潜入方法がなくてはボストロールの元にたどり着けない。

 

(ご都合主義かも知れないけど、ありがたいことこの上ないね)

 

 時折木や塀に身を隠しつつ尾行ミッションを再開した俺は、やがて鉄格子の前で兵士達が立ち止まったところを見計らってもう一度レムオルを唱え。

 

「罪人を引っ立ててきた、通して貰いたい」

 

「うむ、ご苦労。通るが良い」

 

(今だ)

 

 問答する兵士の後ろで息を殺し、門番が道を空けた隙に身体を城の中へと滑り込ませた。

 

(ふぅ、とりあえず第一段階は上手くいった)

 

 思わずへたり込みたくなるが、休んでいる暇はない。

 

(呪文が効いてる間に安全地帯を見つけておかないと)

 

 ブレナンについては視界に入れていればいい。

 

(こういう時間取りをしっかり覚えてたらなぁ)

 

 思わず愚痴が出そうになりつつブレナン達を追い越すと、横道に逸れて鍵のかかった扉をアバカムで解錠してそっと開けてみる。

 

(こっちは、誰もいないか)

 

 ベッドの置かれた小部屋は誰かの寝室だろうか。

 

(ともあれ、隠れ場所確保と)

 

 後はブレナンが何処に連れて行かれるのかを見極めるだけだ。

 

(こっちは行き止まりな訳だし、直進しか無いと思うけどね)

 

「さぁ、こっちだ」

 

(うん、予想通り)

 

 念のため部屋の入り口で透明なまま立ち止まっていた前方を兵に両脇を挟まれたブレナンは通り過ぎ。

 

(ああ、あそこか、っと)

 

 地下へと引っ立てられて行くところまで見届けて、俺はさっき無人と確認した部屋へ入り込んだ。

 

「……抵抗するかと思ったが意外に大人しかったな」

 

「ああ、全くだ」

 

 ブレナンを連れて行った兵が引き返してきたのだ。

 

(さっきのところが地下牢の入り口かぁ)

 

 罪人を引っ立てて行くのだから処刑場の可能性もあったが、もしそうだとしても今から追いかければ間に合うはずだ。

 

「レムオルっ」

 

 小声で呪文を唱え、階段を下りる。

 

(っと、いきなり看守か)

 

 牢への入り口を塞ぐように立ちつくす兵士の姿は、想定外と言うほどのモノではない。

 

「いきなりラリホー」

 

「なっ、今何か聞こえ……あ」

 

 囚人が増えてお疲れだと思われる看守に透明な姿のまま、強制的に休養を取って頂くと、忍び足で寝息を立て始めた看守をまたぐ。

 

(ここまでは良いんだよな。次に処刑が行われてるなら阻止して、問題はその後)

 

 囚われてる人をどうするかだ。

 

(集団脱獄は「ほこらの牢獄」でやろうとしてたし、犯罪だからとか二の足踏むつもりは更々ないんだけど)

 

 ブレナンの様に家族が居る場合、逃がしたとしても今度は家族が捕まる可能性がある。

 

(囚人の家族が捕まるまでの時間でラーの鏡を探して、スピード解決するってのも厳しいよな)

 

 だいたい、シャルロット達の準備が出来ているかもわからない。

 

(うーん、悩んでても仕方ないか)

 

 まずはブレナンと合流するべきだろう。ついでに先ほどするつもりだった内緒話はここでしてしまえばいい。

 

(よし、そうと決まれば探索だ)

 

 ついでに使えそうなアイテムを持っている囚人が居れば、交渉して譲って貰おう。

 

「……何て考えていたことがワシにもありましてのぅ」

 

 何故、かくも無情であるのか。

 

 結局順に囚人へ話しかけていったが、交渉に応じられる精神状態でない人もそれなりにいたし、既に息を引き取っている人も居て。

 

 やがてブレナンの入れられた牢にただりついた俺は、鉄格子開けると、ブレナンの横に据わり、遠い目をしたのだった。

 

「誰に言ってるんだ、じいさん?」

 

 合流したブレナンのツッコミを受け流しつつ、俺は小さなメダルを握りしめ、この世の世知辛さを再確認する。

 

(と言うか、ゲームでもきっとこんなモンだったよな)

 

 そもそも、囚人である。アイテムとか取り上げられてるという発想が何で出てこなかったのか小一時間問いつめたい、自分を。

 

「まぁ、時に人は若さ故の過ちを犯すものじゃて」

 

「爺さんの台詞じゃないよな、それ?」

 

「ぬうっ、現実逃避のボケにツッコんでくるとは……」

 

 遠い目をしつつ誤魔化そうとしたところで覆い被さるツッコミに、俺は思わず呻くと頭を振ってからブレナンに向き直る。

 

「と、少々遊んでしまったが、ここからどうしようかとちと悩んでおるのじゃよ。脱獄は可能と見ておるが、家族が居る者も居るじゃろう?」

 

「って、いきなりとんでもない話になったな、脱獄は可能って」

 

「ちなみに、この地下の何処かには本物のサマンオサ国王も幽閉されているとワシは睨んでおる」

 

「なっ」

 

 立て続けの爆弾発言に思わず愉快な顔になったブレナンを見物しつつ、待つこと暫し。

 

「実を言うとのぅ、偽物の国王を成敗する為の作戦が水面下に遂行中なんじゃよ」

 

 そこで、と前置きし俺はブレナンに問うた。

 

「お前さん、仲間にならんかの」

 

 と。

 




お店はお休みです、っていうのを書いてて思い出した。

いただきストリートのスペシャルだったかな、ドラクエキャラの出るバージョン。

ともあれ、続きます。

次回、第四十九話「どきどきだっしゅつだいさくせん?」

私に良い考えがある。

修行の犠牲、再び。


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第四十九話「どきどきだっしゅつだいさくせん?」

「いや、仲間にどうのこうのの前によく考えたら爺さんどうやってここに? 平然と入ってくるから流してたが」

 

 時間差ながら、割と的確なツッコミだった。

 

(人間、それが当然だと言わんがばかりに行動してると結構気づかないもんだからなぁ)

 

 小学校の時、運動会の組を間違えて別の場所にいたのに、気づいたのは競技が終わった後だったのを思い出しつつ、俺はとぼけたように笑う。

 

「ほっほっほ。なあに、この世界には『きえさりそう』という煎じて使えば一時人を透明にする不思議な植物が売られて居る町があるのじゃよ」

 

 効果としてはレムオルと同じという使い切りアイテムだが、使い方によっては犯罪にさえ利用出来てしまうモノを普通に道具屋で販売していて良かったのかと今更ながらに思う。

 

「少々稀少じゃが、道具として使うと相手を眠らせる呪文と同じ効果を持つ魔法の杖も広いこの世界では売られて居るのじゃよ」

 

「……そんなモノホイホイ売ってて大丈夫なのか?」

 

「むぅ、おそらく相手を見て販売してるのではないかと思うんじゃがな、節操なくとはワシも考えとうないわい」

 

 世界の闇というか矛盾に図らずも光を当ててしまう結果になったような気がするが、これはゲームだからで割り切るしかないのだろうか。

 

(って、そんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 いけない、危うく脱線するところだった。

 

「で、話を戻すがのぅ。実はこの国の王は……王座にいる方はこの国に伝わる変化の杖という魔法の杖で王の姿に化けた魔物なのじゃ」

 

 だが、この魔物を何とかするには真実の姿を映し出すラーの鏡というモノを捜し出し、鏡の力で正体を明らかにしてから倒す必要があるとも俺は説明する。

 

「何でそんなまどろっこしいことを? 偽物だってわかってて……って、倒すって言ったよな? 倒す算段が付いてるようなら尚のこ」

 

「そうもいかんのじゃよ。まず、ワシのような爺の言うことをあっさり信じたことの是非は置いておくとしてな、もし人が魔物と入れ替わって居ることが発覚すれば、疑心暗鬼に駆られる者が出てきおる」

 

 王が偽物だったなら他にも偽物が居るんじゃないかと疑う人が出てくるのでは、ということだ。

 

「これが拙い。一応当人にしかわからん質問をしてみるなどという確かめ方はあるんじゃが、人とあまり関わっておらなんだ者にはこの方法は適用出来ぬやもしれぬし」

 

 場合によってはその事態を悪用する者が出てくる可能性もある。

 

「例えばじゃ、サマンオサ王には娘が居る。その姫も魔物やもしれぬので服を脱がせ裸にして検分する必要があるなどと言い出す者が居た、などという展開がわかりやすいかのぅ?」

 

「っ、なんだそりゃ? いったいどうしてそんなことに……」

 

 ぶっちゃけ、最悪の場合もっとえぐいことをしでかそうとする輩が出ると俺は見ている。

 

(まぁ、要するに「魔女狩り」が発生する危険性だよな)

 

 この世界のモンスターではなく、現実世界の西洋とかでおきた言いがかりによる虐待や処刑と言ったアレだ。

 

「人は誰しも善良という訳ではない。ここほどではないが別の国にも牢はあった。人も集まれば唾棄すべきような人間の一人二人居るもんなんじゃよ」

 

 最悪の事態を考慮に入れたからこそ思い至った最悪のケースは疑心暗鬼が広がって魔女狩りが横行、国が更に荒廃すると言うパターンである。

 

「ま、その事態もラーの鏡が有れば解決できるじゃろう?」

 

 言いがかりがつけられた人を魔物じゃないと照明した上で、悪意のある言いがかりであった場合は逆に言いがかりをつけてきた方を処罰する。本当に魔物だったなら、ボストロールの後を追わせてやるだけなので何の問題もない。

 

(まぁそんな鏡があるとわかった時点で、知能のある魔物だったら普通逃げ出すよな)

 

 ともあれ、まずは偽国王の正体を暴くことだ。

 

(だいたい、ここで鏡を見つけておかないとシャルロットの子孫が一生犬の姿で過ごすことにだってなりかねないし)

 

 ラーの鏡の確保は譲れないのだ。

 

「そんな訳での、ラーの鏡は偽国王にとって都合が悪い。じゃからこの牢に囚われておる者の中に鏡のことを知って居る者がおらんかと探りがてら助けに来たのじゃよ。……お前さんが捕まった原因も元はワシが話を振ったことでもあるからのぅ」

 

「なるほどな。後のことまで考えりゃ爺さんが正しい……てか、俺のことはほっといてくれても良かったんだが」

 

「そうもいかんじゃろ。だいたい、鏡を確保するにしてもまだ情報が殆ど入って居らぬ。危険な場所にあった場合、優秀な戦士が護衛してくれると力強いとは思わんか?」

 

「爺さん……」

 

 俺の方をじっと見つめてくるブレナンから俺は背を向けると、肩を竦める。ぶっちゃけ、変装が未完成なのでまじまじ見られると困るのである。

 

(うん、色々台無しな気はするけどね)

 

 追求しないで居てくれるとありがたい。

 

「で、問題は脱出するかどうかなどじゃな。死刑が執行されないという保証が有れば窮屈かも知れぬが、ワシが鏡を見つけ、偽国王が倒されるまで待ってて貰うのも手なんじゃが」

 

「ない、な」

 

「うむ、となるとワシの思いついた案は二つ。この牢の入り口を何らかの手段で塞いで引きこもると言うのが一つめ。あくまで立てこもりと言うよりは牢の一部が崩れて閉じこめられてしまったという態じゃな。人が来られぬなら処刑もない。時間稼ぎにしか過ぎ」

 

「ちょっと待った、入り口を塞ぐってどうやんだ?」

 

「うむ、世の中には爆発を引き起こせる危険な道具があってじゃな」

 

「って、またそのオチか」

 

「オチと言うでない」

 

 実際は道具と誤魔化して呪文で落盤させちゃおうと言うかなり危険でいい加減な作戦なので、これは保険だ。

 

「もう一つはじゃな、名付けて『どきどきだっしゅつだいさくせん』まぁ、単に脱走じゃな。ワシとてこう見えて知り合いは居る、仲間を呼んで人質にされそうな家族ごと異国に一旦逃がすというものじゃ」

 

 キメラの翼を多用すれば、一人一組でかなりの数をポルトガに逃がせるだろう。

 

「どっちにしても一時しのぎでよい、最終的には偽国王をやっつけるのが目的なのじゃからな」

 

 さっき眠らせた看守が責任を取らされて処刑されるという可能性もあるので、あの兵士には申し訳ないが強制的に逃亡劇に付き合って頂く予定である。

 

(だいたい城に詳しい協力者は絶対必要だもんな)

 

 恨まれる可能性は大だが、そこは後払いで国を救うことでチャラにして貰おう。

 

「だいたい話はわかった。けど、どうやってここから逃げんだ?」

 

 最初の案は無かったことに下らしく、質問してくるブレナンに俺は言う。

 

「なぁに、こういう牢には抜け道があるのが相場と決まっておる」

 

 ゲームの場合逃げられないと詰むから、とは言わない。

 

「無いようなら無理矢理こじ開けるから安心せい」

 

「あー、なんだ、悪ぃけど不安しか湧いてこねぇ」

 

「むぅ」

 

 かわりに安心させようと続けた言葉は引きつった笑いを返されて、腑に落ちないものを感じながら、俺は考える。

 

(抜け道は用意されてるとして、抜け出した後か。ブレナンを連れてルーラすればキメラの翼で輸送出来る人間が一人増える)

 

 助け出した人達全員にやってもらうことで効率アップというのも考えたのだが、おおっぴらにやると「戻ってきたら兵士が街の入り口で大歓迎」なんて対策を立てられる恐れもある。

 

(ブレナンなら兵士相手でも些少の立ち回りは出来るだろうけど、一般人の皆さんにそれを要求するのは酷だよな)

 

 せいぜい頼めてシャルロット達までだろう。あとは、アリアハンに残ってる居残り組の女戦士。

 

(そして、あとはマシュガイアーか)

 

 別行動故に所在地不明な謎の人は今何をしているだろうか。

 

「とうッ」

 

 俺が、そんなことを思ったからではないと思いたい。

 

「なっ」

 

 驚きの声を上げたブレナンよりも聞き覚えのある声に意識は向いた。顔は嫌が応にも引きつった。

 

「ここは、地下牢かッ」

 

 ビシッとポーズを決める覆面マントの変態さん。別行動してるはずの謎の人が牢の通路奥にあった階段から上がってきてすぐそこにいたのだから。

 




なにやってんですかましゅ・がいあーさん。

何故か地下牢に現れた謎の人。

脱出どころか変態がやって来たでござる。

次回、番外編5「残された者達(商人視点)」

ほら、あっちも放置しっぱなしじゃかわいそうだし……


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番外編5「残された者達(商人視点)」

「わからん。あの勇者ハンのお師匠様……どないなお人なんやろ」

 

 わいは地面にへたり込んだまま、擦り傷に薬草を練り込み空を仰いだ。

 

(靴の効果を考えたらこの修行は間違うてへん、むしろこんなロクでもない修行にしてんのも他者が興味を抱かへんようにっちゅう深謀あってのことやろうし)

 

 その結果として若い僧侶のお嬢ちゃんに尻を狙われてるというのは正直言うと堪忍して欲しいんやけど。

 

(ともあれ、この靴はあの「しあわせのくつ」に間違いないわ)

 

 実物を見るのは初めてだが、間違いない。店で売るとはした金になってしまうのは、この靴の希少性と恐るべき効果から人の目を背ける為とも聞いとるけれど、そもそもこんな稀少品をはした金でしか引き取れないと聞いても売るアホ自体普通は居らん。

 

(第一、マジマジ見るのは失礼やと盗み見ただけやったけど)

 

 流石勇者の師匠と言うべきなのか、実物など初めて目にする――言わば資料に少し記載があるといった情報しか残っていない強力な防具で身を固めていて、初対面の際は目を疑ったものだった。

 

(ま、沈黙は金なり言うしなぁ。下手なおしゃべりは信用を落とすさかい)

 

 稀少品を所持し、強力な装備品を身に纏っていると言うことはただ者ではないと言うことでもある。

 

(下手なこと言うて、心証損ねたら……)

 

 一体どんなことになるか、身の程はわきまえているつもりでもある。

 

(あの出会いは幸運だったと見るか、不幸の始まりだったと見るか)

 

 凄い人物と出会え、しあわせのくつと言う稀少品の恩恵に与っていることは幸運なんやろう。

 

「さて、疲れはとれたかい?」

 

「うふふ、今度はもっとじっくり触らせて下さいねぇ?」

 

 鬼教官めいた勇者ルックの女戦士ハンと僧侶の逆セクハラお嬢ちゃんが戻ってきたことの意味は理解しとる。

 

(つーか、勇者ハン……ようこんな修行しとったなぁ)

 

 効果があることはわかっていても、捕まった時のことを思い出すと尊敬の念を抱くと同時に敵意を覚えた。

 

(せや、効果があるのはわかっとるけど、何も男にまで同じ修行が出来る人材を用意することなかったやおまへんか)

 

 靴の効果は商人の端くれとして理解しとる。だから、靴を渡されて修行の説明をされた時点で意図の方は理解したのだ。他の面々は靴の効果と凄さを理解してない者がいたので、ネタばらしするのは避けたが。

 

(アランハンも戻ってきたらきっとこれをやらされるんやろな)

 

 思い起こせば、二人の僧侶は元々の知り合いだったと言うてた気もする。

 

(ずっと前からあのお嬢ちゃんといっしょだったとか、ホンマご苦労さんやわ)

 

 わいやったら何日もつことか。

 

(はぁ、もう思い出しただけなのに尻をまさぐられとるような気がしてきたわ)

 

 これは重症やな、とちからなく笑ったわいはちらりと横を見て。

 

「うふふ、インスピレーションが湧いてきますぅ」

 

「て、何しとんねんごるぁぁぁぁっ!」

 

 無遠慮に尻をなで回す嬢ちゃん見つけて絶叫し。

 

「ぶげっ」

 

 頭蓋に衝撃と痛みを感じて突っ伏した。

 

「そりゃこっちの台詞だよ。休憩時間は終わりだって言ったのに上の空だったのはアンタじゃないか」

 

「ですぅ。そうそう、お話を書く時は視覚や聴覚以外の表現を使うとリアリティが増すんですよ。ですからぁ、サハリさんの体温とかお肉の付き具合を知るのは重要なファクターなのですぅ」

 

 鬼教官はともかく嬢ちゃんには聞いてへん。主に、動機とか動機とか。

 

「最終的には余すとこ無く知り尽くして完璧な作品を仕上げてみせますからぁ、ご期待くださいねぇ?」

 

「せえへん、絶対期待せぇへん?」

 

「あぁ、遊び人さんが良くやるぅ『押すなと言ってるけど実は押して欲しい』みたいなのですかぁ」

 

「わかってて言ってるやろ、ワレ」

 

 あかん、一瞬血管が切れかけた。面倒な客なんて商売しとったら何処ででも出くわす可能性がある言うのに、わいもまだまだ修行が足らへんらしい。

 

「ったく、仲が良いのも結構だけどね。一応修行ってことになってるんだ。さっさと再開するよ」

 

「えーっ、せっかくインスピレーションがわいてきたところだったのにぃ」

 

 何というか、腐ったお嬢ちゃんは何処までもブレへんかった。

 

「……この人選、失敗だったんとちゃうやろか?」

 

 思わず、ワイはそう零す。商人の端くれとして人の欲望というモノを否定する気など無い。無いのだが、これは。

 

「仕方ありません、でしたらさっきの感触を補完する為にぃもう一度捕まえるのですよぉ」

 

「あーええっと、ま、やる気があるのは良いことさ。頑張んな」

 

「はぁい」

 

 変な形でたきつけられた変態お嬢ちゃんがワイに笑顔でにじり寄る。

 

「っ、やられてたまるかぁぁぁっ!」

 

 こうして勇者ハンの留守、ワイらの修行は続くんやった。

 

(つーか、勇者ハン、はよ帰って来てぇな)

 

 心の中で、あの人らの帰還を真剣に待ち望みながら。

 




僧侶の少女視点でない理由は、R-18になってしまうからです。

まぁ、商人のオッサンの話なんて需要ないでしょうけど、ここで書いておかないと出番当分なさそうですからね。

ともあれ、商人の鑑定能力によって主人公がぶっ飛んでることを一番理解してるのはおそらくこの人だと思われます。
(自重せずに生き返らせたサイモン達蘇生組を除く)

次回、第五十話「牢獄の奥からやって来た変態」

と言う訳で舞台は再び地下牢に戻ります。

マシュ・ガイアーがあんな場所に現れた訳とは?


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第五十話「牢獄の奥からやって来た変態」

 

「な、何じゃお前さんは?!」

 

 人目があること、別々に動いていたことを思い出した俺は、少し遅れつつも初対面の態を装って覆面の人に誰何の声を投げた。

 

「私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

「自分で自分のことを謎の人物って……」

 

 俺が教えたとおりに名乗り謎の人物がポーズを決めれば、ブレナンは胡散臭げにかの人を見やる。

 

(えーと、この展開って俺のせい?)

 

 もっと無難なキャラで設定しておくべきだっただろうか。

 

(けどなぁ)

 

 その場のノリで動けるようなあのキャラでなければ、ほこらの牢獄にから囚人を脱獄させようなんて行動には移せなかった。

 

(あの時は必要だったんだ)

 

 今は演じてくれてるサイモンさんにひたすら申し訳ない気持ちで一杯だが。

 

(とりあえず、ここを抜け出してさっさと「マシュ・ガイアーセット」を受け取ろう)

 

 ラーの鏡についての情報収集が残っているが、ひょっとしたらこの牢内に情報提供者が居るかもしれない。

 

「ともあれ、地下から来たということはそこの謎の人とやらが土から湧いて出てくる生物でなければ、地下にも外に繋がる場所があるということじゃろう」

 

「や、土から湧いてくるとかそれどんな怪現象だよ」

 

「違うかのぅ?」

 

「うむッ、正解だッ。地下通路があるッ」

 

 挙げた二択の片方に入るツッコミをスルーしつつ俺が問えば、謎の人は頷いて。

 

「爺さんの冗談じゃなかったのかよ。って言うか相場って……」

 

「そこは言葉のあやじゃ。そもそも城ともなれば王族の脱出用に隠し通路の一つや二つ設けるものじゃろう? ま、地下牢に有るかどうかは賭けじゃったがの」

 

「……おいおい」

 

「もっとも、この城は川で町から隔離されて居る。このパターンで脱出用の隠し通路を設けるとしたら、船を使って川を水路がわりにするか川の底を抜けて行く地下道のほぼ二択じゃ」

 

 そして、後者なら地下から通路を延ばした方が労力も費用も少なくて済む。

 

「よって、この程度は想定内と言うことじゃよ。問題はこっちの御仁が何故その通路からやって来たかの方じゃが」

 

「言われてみればそうだな」

 

 ブレナンも俺の言葉に頷いたが、まさにそれが謎である。

 

(最初から知ってた可能性だって否めないけど)

 

 マシュ・ガイアーに仲間が居ることを悟られぬ為、わざわざ単独行動をとって貰っていたのだ。ここで合流しては単独行動していた意味がないし、それぐらいのことはサイモンさんも承知だろう。

 

「説明しようッ、墓地を歩いていたら足下が急に崩れたのだッ」

 

「「は?」」

 

 思わず声をハモらせた俺とブレナンに謎の人は語る。落ちた場所が通路の出口らしき場所だったので、気になって逆に辿ってきたのだッ、と。

 

「では、純粋な好奇心から辿ってきたと?」

 

「うむッ」

 

 マシュ・ガイアーは頷くが、俺は知っている。それが真実ではないことを。

 

(たまたま隠し通路を見つけて、そのまま帰るのは忍びないと下見しようとしてくれたんだろうな)

 

 墓地に寄った理由はこの場で答え合わせする訳にはいかないから憶測だが、知り合いの安否を確かめたかったのではないかと思う。

 

(ずっと牢獄の中だった訳だし)

 

 圧政で人々が処刑されているという状況下、あの格好では人に聞いて回る訳にも行かず墓を一つ一つ確認して知人の無事を確かめたかったのではないか。

 

(しっかし、墓地に続いてたのか)

 

 抜け道があることは疑っていなかったが、出口の場所は完全に忘れていた。

 

「何にせよ脱出手段は確保出来たようじゃし、ここでぼやぼやしとっては処刑を執行する為の人間がいつ降りてくるとも知れん。そろそろ失敬せんかの?」

 

 そもそも、俺がこの時点でボストロールを倒すと一大決心をしたのも、処刑される人達を救いたかったからだ。とりあえず逃がす手段を得たのだから、実行に移すべきだろう。

 

「あ、ああ」

 

「きまり、じゃな。お前さん、悪いが先導してくれんかの?」

 

 提案に頷くブレナンを横目で見るた俺は、謎の人に水先案内人を頼みつつ、脳裏で今後の計画を修正する。

 

(とりあえず、処刑される危険性の高い人間から逃がすとして……国王も一緒に一旦逃がすべきかな)

 

 囚人がごっそり居なくなれば、誤魔化しようがない。逃走経路を探す過程で偽国王からすると見つかって欲しくない本物が見つかってしまったら拙いことになる。

 

「最悪口封じされる可能性もある。よって、囚われておる者はみんな連れて行くことになるが、何とかなるじゃろ」

 

「何とかって……」

 

 二の句も告げないと言った顔でブレナンが見てくるが、こればっかりはしょうがない。計画が大幅に狂ったのだ。これこれこうして成功する、なんて保証も詳細説明も出来かねる。

 

「お前さんには王様を背負って貰うと言う大役を担って貰おうと思って居るのでそのつもりでの? ちなみにワシは一番楽なポジションじゃ」

 

「ちょっ、てか楽って何だよ?」

 

「ほっほっほ、この老人に力仕事は無理なのでのぅ。便利な道具でちょちょいと追っ手の対策をな」

 

 抗議に戯けるようにして俺は答えたが、ぶっちゃけ殿である。

 

「待てよ、追っ手の対策ってそれ、殿ってこ」

 

「先に逝くのは年老いた者からと相場は決まって居る。そも、お主には家族が居るじゃろうに」

 

 こういう時だけ勘のいいブレナンの言葉に自分の言葉を被せると、俺はブレナンの手にキメラの翼の束を持たせ、一人片っ端から牢の鉄格子に解錠呪文をかけて行く。

 

「さて、『どきどきだっしゅつだいさくせん』の開始じゃな?」

 

 口調は楽しげにするが、ここから始まるのはハードワーク以外の何ものでもない。

 

(場合によっちゃ助けた人からの聞き取り調査や王様の介抱みたいな危険のない仕事はそれこそポルトガのシャルロット達に頼ってもいいだろうし、マシュ・ガイアーとブレナンも居る)

 

 俺だって無茶する気は更々ない。中身は一般人である訳だし。

 

「爺さん……死ぬなよ?」

 

「勿論じゃとも……カム」

 

 自分の背に投げられたブレナンの声に応じると、また一つ鉄格子を開いた。

 




ちなみに堀を水路に使うパターンはドラクエⅤのラインハットですね。

流石に混同はせず、例としてあげただけでしたが。


次回、第五十一話「鏡を求めて」

次で鏡の場所ぐらいは突き止めたい。


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第五十一話「鏡を求めて」

 

「向こうに一人の戦士と覆面をかぶった怪しい男が居る。彼らに続くのじゃ」

 

 外に出られる、逃げられることを説明して囚人を逃がしては次の鉄格子を開ける。しばらくはその繰り返しだった。

 

(騒がないようにとも言い含めてるしなぁ)

 

 上にいる城の人々とボストロールはまだ知らないのだろう、大規模な脱獄計画が進行中であることなど。

 

(とは言え、あの眠らせた看守だっていつまでも寝っぱなしってことはないよなぁ)

 

 だからこそ殿に残った訳でもあるのだけれど。

 

(そろそろ何かあってもおかしくないし、説明は省略するか)

 

 解錠呪文で鉄格子だけ空け、看守の居た場所へと。

 

「これ、何処に行くつもりじゃ? そっちには看守が居る」

 

 流石に牢を飛び出して階段の方へと行こうとする様な輩は止めたが、そこまでイキのいい囚人は本当に少数だった。

 

「そこまで元気が余って居るなら、そこのご老人を運んで貰えんかの? 何、何でそんなことをしないとじゃと? 鍵を開けてやったじゃろ?」

 

 と、鍵を開けてやったことを持ち出して労働力になって貰ったおかげでブレナンの仕事が少し減ったのは収穫かも知れない。

 

(もっとも、一人二人増えたところで完全脱獄までは暫くかかるだろうけれど)

 

 それまでの時間を稼ぐのが、俺の仕事である。

 

「っ、お前は……よくも戻っ」

 

「ラリホー」

 

「うっ」

 

 再会から僅か数秒、二度目なので失敗するかと思ったが対象を眠らせる呪文はきっちり仕事をし、眠りこけた看守が起きない内に俺はロープで看守の身体を縛って猿ぐつわを噛ませる。

 

(あとは牢にあったムシロで簀巻きにして……っと)

 

 これで些少の時間は稼げた。上から兵士が降りて来る可能性もあるので油断は出来ないが、かといってずっと階段と睨めっこしていないといけないほどの状況下と問われれば答はNOだ。

 

「ふぅ……さてと、そろそろ正気に戻って貰えんかのぅ?」

 

 俺は一息つくと、まだ鉄格子が閉じたままの牢にいた青年に話しかける。

 

「えっ、あ、貴方は一体……」

 

「スレッジというただの爺じゃよ。実は今、この牢の者達が処刑されてゆくのを見かねて逃がしておる所でのぅ。ワシがこうして追っ手を食い止めて居る間に下に降りてブレナンと言う男に伝言を頼みたいのじゃ」

 

 我に返った青年に託す伝言は、これからそちらへ向かうと言うもの。

 

(よく考えたら、解錠手段の無いブレナン達じゃ先に進んでも鉄格子は開けられないもんな)

 

 結局の所二度手間というか、俺が追いつかないと鉄格子が開けられないのだ。かといって他の二人に殿を任すのは不安があった。

 

(俺なら看守にモシャスして凌ぐって方法もあるし)

 

 だったら先行して動けない者を運んで貰ったりしようと思ったのだ。

 

「ふおっ?」

 

 ところが。

 

「むッ、時間切れかッ」

 

 ブレナンの入っていた檻の側まで辿り着き、再びアバカムしつつ下に降りた俺が見たのは、鉄格子に取り付いて鍵穴に針金らしきモノを突っ込んだまま顔を上げた覆面の人の姿。

 

(ちょっ、何やってるんですかサイモンさん)

 

 聞かれたならピッキングとか答えてくれたかも知れない。

 

「鍵無しで鉄格子を開けるのはやはり難しいものだッ、一つ出来たならもう一個ぐらいはと思ったがッ」

 

「一つ?」

 

 言われて周囲を見回せば、内側から開けられた鉄格子が一つ。

 

(そっか、抜け道の入り口って牢の中だったのか)

 

 先程のマシュ・ガイアーの行動から察するに、隠し通路を逆に辿ったサイモンは似たようなことをやって鉄格子を空け上に来たのだろう。

 

(知人の姿を探したが町に姿が無くて、墓地に行ってみても墓が確認出来ず……)

 

 落ちた先の通路が牢に繋がっていたので、様子を見に来てしまったといったところか。もちろん、これは俺の想像だ。人前で有る以上、突っ込んだ話は不可能なのだから。

 

「ま、まぁ結果オーライと言うことじゃの」

 

 あの服は元々俺のモノである。盗賊らしく服の何処かに解錠器具的なモノが入っていたのだろう。

 

(で、それを使って鉄格子を開けた、と)

 

 勇者サイモンも牢獄に囚われていた身、きっと抜け出そうとして解錠技術を会得し、あと一歩と言うところで脱獄騒動に巻き込まれ命を落としたのだ。

 

 謎の人が発言するまで、俺はそう思っていた。

 

「うむッ、暫く使われていない牢だったからか錆びていてバキッと解錠出来たがッ」

 

「バキっと……って」

 

「この分だと何もせずとも傷みが激しくて、いつしか交換したやもな」

 

 ゲームでは交換後だったって設定なんですね、わかります。

 

(ま、まぁ本物の国王だって飲まず食わずじゃ命を落とすし……)

 

 少なくとも食事を与える為に誰かが来ていたのは、間違いない。

 

(けど、誰が直したのやら……)

 

 うっかり牢を間違えたボストロールが鉄格子を壊してしまい、城の者に隠れてコソコソ鉄格子を交換してるというシュールな絵面が浮かんだが、即座に忘れることにする。

 

「って、んなことはどうでも良い。それより爺さん、見つかったぜ、ラーの鏡知ってるって奴」

 

「なぬっ」

 

 正確に言うと、吹っ飛んでしまったが正しいか。

 

「あ、それじゃあんたがブレナンさんの言う……俺にとっても恩人だ、大したことは知っちゃいないがこれで礼になるなら聞いてくれ」

 

 待ち望んだ情報は意外なところからではなく、しかも予想外と言えるほど唐突でもなく。

 

「なるほどのぅ」

 

 うろ覚えの知識を補完して俺に次の目的地を示すのだった。

 




有力情報を得た主人公。

次に向かうは鏡の在処か?

次回、第五十二話「その前にしておくこと」

ああ、そう言えばまだ地下牢でしたよね。


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第五十二話「その前に」

 

「何だか外の空気を吸うのも久しぶりな気がするのぅ」

 

 前触れもない集団脱獄は流石に城の兵士達も気づけなかったらしく、今のところ墓地に居るのは、殆どが元囚人か覆面の人のみ。

 

「つーか、何で俺まで覆面させられてるんだ? 女房や子供に凄く説明し辛かったんだが」

 

「仕方なかろう、一度捕まった以上、お前さんは顔が割れておる。キメラの翼で戻ってこられるのが街の入り口である以上、町中を動ける格好は必要なのじゃよ。そのままだと怪しいことこの上ないが、既にあのマシュ・ガイアーというお人が歩いた後じゃからな」

 

 ブレナンに答えながらも俺は微妙に頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 

(目立つのを避けて単独で動いて貰っていたはずが何時の間にやら大人数とか。こうなってくると「地下牢に潜入したマシュ・ガイアーが囚人達の協力を得た」ってシナリオに修正するしかないよな)

 

 戦力を現地調達したとすれば、バラモスが警戒する対象もまだマシュ・ガイアー一人で押さえ込めるだろう。今のところ俺が魔法を使ったのを見てるのは元囚人の方々と簀巻きにした兵士を除けば、謎の人のみなのだから。

 

「にしても、まだかのぅ」

 

 ラーの鏡の情報を得て、殿である俺以外の者は地下道を辿り先に墓地に出た。そして、マシュ・ガイアーへルーラでブレナンを含む元囚人数名とポルトガに戻って貰い、同時にシャルロット達への伝言と協力要請を託し、今に至る訳だ。

 

(ま、事情を鑑みれば仕方なくもあるかぁ)

 

 ブレナンだけはキメラの翼で戻ってきて自宅から家族を連れ出し、この墓地に戻ってきているが、マシュ・ガイアーは本物の国王という重要人物を同行もしている。手間取るのも仕方ない。

 

(はぁ、こんなことなら覆面二つ用意しておくんだったか)

 

 闇の衣は流石に無理だが、下着と覆面だけなら用意するのは簡単だ。

 

(見た目だけ似たマントなら近い色の布を買って作れば良いだけだし)

 

 この老人の扮装で人目につく大立ち回りは避けたい。

 

「このまま待って居っても時間がかかるばかりじゃな」

 

「まぁ、確かにな」

 

 割とこらえ性がないのか、それとも不安を感じているからか。ついつい独り言が漏れ、それにブレナンが応じる型はこの後数回続いた。

 

(うーむ、少しでも人を向こうに送るべきか……ただ、ブレナン一人に人員のピストン輸送を頼むとなぁ)

 

 覆面の不審な人物が頻繁に墓地へ向かうと言う奇っ怪な状況を町の人に目撃されることになる。

 

(ラリホーも100%効く訳じゃないし)

 

 一人では運べる人数もそう多くないことを鑑みると、下手に動いて注意を引いてしまう危険に見合うかだが。

 

「冒険させるには厳しい」

 

 と言うのが俺の判断だった。もちろん、だからといってただ待ってるのはもどかしく。

 

「むぅ」

 

 袖の中で落ち着きなく指を踊らせながら、時折空を仰ぐ。

 

「待つというのは意外と辛いものじゃな」

 

 何気なくそう漏らすまでに、幾度天を見上げたことか。

 

「気持ちはわかるけどよ、来ないモノは仕方ねぇだろ?」

 

「まぁ、そうなんじゃがな。そう言う訳で退屈しのぎに一つ余興を見せてやろうと思ったのじゃよ」

 

 言いつつ俺が胸中で詠唱した呪文はもうなじみのあるモノ。

 

「は、余興?」

 

「何、ちょっとした変身呪文じゃよ、モシャスッ!」

 

「なっ」

 

 たちどころに自分そっくりの姿になった老爺にブレナンが目を見張る中、俺は小声で言った。

 

「待ち望んでいたモノとお呼びでないモノが同時に来るとは、皮肉なモンじゃて」

 

 それは、何気なく見上げた空に大きくなってくる複数の黒点を見た後のこと。視界の端、建物の向こうからこっちに向かってくる兵の一団を俺は捉えていたのだ。

 

「つー、訳で暫く名と格好を借りるぜ、ブレナン」

 

 俺は本物にヒラヒラ手を振ると、兵がこちらにまだ気づいていないのを確認しつつ歩き出す。

 

「俺はこのままあいつらとちょっと遊んだら話にあった洞窟に向かう。お前らは俺があいつらを惹きつけてる内に街の入り口に行け。その人数ならたぶん何とかなるはずだ」

 

「って、ちょっと待て。鏡を手に入れるのに護衛が居るンじゃなかったのか?」

 

「あン? 優秀な戦士ならここにいるだろ?」

 

 呼び止められての短いやりとりは、最後に立てた親指で自分を指して終わらせて。

 

(さーて、格好つけてみたものの、モシャスで逆にスペック下がってるし、本気で逃げ回らないとやばそうだ)

 

 ノリで割と窮地に陥っちゃった自分自身に半ば呆れつつ、俺は近くの民家の壁に手をかけた。

 

(持ってる武器は、枝で作った杖とアサシンダガーにまじゅうのつめかぁ)

 

 サイモンが俺の武器を装備出来なかったので、自分の服の中に忍ばせておいたのだ。

 

(最初のは普通に考えれば論外、アサシンダガーは当たり所が悪いと拙い)

 

 簡単な三択問題だった。

 

「誰か探してるのか?」

 

 民家の屋根によじ登った俺は先手を取って兵士達に声をかけると、口の端をつり上げてにぃと笑う。

 

「むっ、貴様はブレナン!」

 

「やれやれ、有名人は辛いモンだぜ」

 

 記憶の中のブレナンの口調を思い出しつつ、俺は肩を竦めると隣の民家の屋根に飛び移る。

 

「っと、牢で待つのも案外退屈なんだよな。まったく本でも差し入れてくれりゃ良いのに、サマンオサ王って本当にケチくさいよな」

 

「貴様ぁッ」

 

「まぁ、悪く言われたぐらいで牢にぶち込むとか程度が知れるし」

 

 屋根に登ったのは、すぐ飛びかかられない為と他に理由がもう一つ。ことさらに王を馬鹿にし、兵達を挑発するのは俺が囮である為。

 

「どうせ死刑にされるってんならさんざん引っかき回してやるぜ。せいぜい気張って追いかけてこい、兵も王も無能ですって語り継がれる様な醜態さらさせてやるぜ」

 

「おのれっ、言わせておけば……」

 

「回り込め、ここで確保するぞ! 大口を叩いたことを後悔させてやる」

 

「おおっ」

 

 挑発だけなら大成功だろう。いきり立った兵士達のうちある者は壁に手をかけて民家を登り始め、別の者は他の者と一緒に民家の裏手へ、つまり俺の両脇の下を通り抜け、裏手に回る。

 

(さてと、何処までやれるかな)

 

 制限時間はモシャスの呪文が終了する数秒前。こうして俺の逃亡劇は始まったのだった。

 

 




久しぶりにタイトルっぽく逃亡者出来た気がする主人公。

だが、ブレナンに変身したことで呪文は使えず、スペックもダウンしてしまう。

本当にこのまま逃げ切れるのか。

強気の理由とは一体?

次回、第五十三話「ダンジョン攻略・ソロ」

その洞窟に鏡は眠る。


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第五十三話「ポルトガへの帰還」

「あっちだ」

 

「くそっ、また飛び移ったか」

 

 足下や後ろで兵士達が叫ぶ。

 

(せめてもう少し素早いと振り切れるんだけどなぁ)

 

 装備は布の服である分、ちゃんとした防具をつけた兵より身軽にもかかわらず追跡を振り切れない状況に俺は胸中で嘆息した。

 

(さてと、何処まで時間を稼げるか)

 

 ただし、悲壮感はない。何も勝算無しにこんな真似をするほど勇敢ではないのだ、保険は用意してある。

 

「しっかし、良い天気だ。重い装備をつけて鬼ごっこするにはちょっと良い天気過ぎるかもしれねぇけどな」

 

 青い空を見上げて呟いた言葉は皮肉以外の何物のつもりもない。

 

(あっちがアリアハンでこっちだと……)

 

 俺は脳裏に世界地図を浮かべつつ、袖の中に持った「それ」を弄ぶ。

 

(何度もモシャスしておいてよかった。だいたいの時間がわかってないと囮にだってなれなかったし)

 

 頭上には、遮るモノもなく空が広がっている。

 

(天井に頭をぶつける恐れはナシっと)

 

 最悪、飛びついて阻止しようとする兵士が出てくるかも知れない。だから俺は「それ」を袖から出すことなく走り続けた。

 

「くっ……あっちだな」

 

 建物が切れ、屋根から地面に降りるハメになっても、周囲を見回して兵の居ない方を選んで更に走る。

 

(いくら圧制下だからって兵も無能じゃないよな)

 

 わざと手薄な場所をつくってそっちに向かわせるぐらいの誘導をしてくることぐらい充分考えられた。

 

(だったら敢えてノってやるてのもヒーローっぽいか)

 

 兵士に追われているあたり、どちらかというとダークヒーローとかの部類っぽいが。

 

(けど、わざわざ危険を冒す必要もないんだよね)

 

 俺は走りながら袖からキメラの翼を取り出すと、天高く放り投げた。

 

「ポルトガへっ」

 

「「なっ」」

 

 追っていた兵士達が驚愕するが、もう遅い。

 

(方角的にアリアハンじゃ西に飛んじゃうもんな。街の入り口が北西だからポルトガなら直線距離では東北東のルートの方が近いし)

 

 空に浮かび上がり、小さくなって行く兵士を見下ろして俺は口の端をつり上げる。

 

(後は元の姿に戻ってからあそこに戻ってきて問題の洞窟に行けばラーの鏡は手に入る筈)

 

 マシュ・ガイアーもといサイモンやシャルロット達がうまく捕まっていた人々を助け出せてるかも気になるが、二度空の旅をするタイムロスを惜しんでサマンオサの入り口に飛び、兵士を連れて行くぐらいならこの方がまだマシである。

 

(わざわざ飛ぶ先を口にしてるし、仮にルーラかキメラの翼で追いかけてきたなら――)

 

 ポルトガでサマンオサの法がまかり通るはずもない。モシャスは解けているだろうし、ラリホーで眠らせるなりスペックの差で取り押さえるなり、対処法には事欠かない。

 

(シャルロット達も助けた人達を連れてくるから、ひょっとしたらポルトガで鉢合わせるかな)

 

 もっとも、シャルロットが出会うのは、初対面の老爺、魔法使いのスレッジなのだが。

 

(盗賊の格好で戻ったらブレナンが置いてきた老爺のことを心配して戻るとか言い出しかねないし)

 

 ともあれ、飛んでしまった以上もう戻ることは不可能。俺に出来るのは着地の準備をすることと、ポルトガに着いてからどうするかを考えることだけだった。

 

(まず無事に避難出来ている場合は、問題ないな)

 

 それならダンジョンに行くだけであり。

 

(拙いのは誰かが捕まるパターンだけど)

 

 一度逃げていることもある、下手をすればそのまま処刑も充分に考えられる。

 

(スレッジの格好で、まず状況を聞いて捕まった者が居るならそのままルーラかな)

 

 出来ればマシュ・ガイアーへ扮したサイモンに貸し出している装備を回収しておきたいが、その時間があるかどうか。

 

(後者なら大丈夫なんだけど)

 

 考えている内にも眼下の景色は流れ、やがて大地が見え始める。そして、建物つまりポルトガの城がはっきり確認出来るようになり。

 

(さてと、そろそろ……ん?)

 

 着地の姿勢を取った俺は、覆面マント姿の誰かが立ち、こちらを見上げていることに気づく。

 

(あれは)

 

 マシュ・ガイアーではない。サイモンも万全の状態だった訳ではないが、あれほど華奢な身体のつくりをしては居なかった。

 

「ほっ、ワシを待っておってくれたのかのぅ?」

 

「スレッジさんですね? ボク……私は今は名を名乗れませんが、マシュ・ガイアーさんから伝言を預かった者です」

 

 離れていた時間はそれ程長くも無かったはずなのに、シャルロットの声は何処か懐かしく。

 

「ほぅ、では伝言を聞かせて貰ってもよいかの?」

 

 胸中の気持ちを隠し、俺は問うた。これから語られる内容次第ではまた少しの間離ればなれでもある。

 

(まったく、師匠らしいこと全然出来ていやしないよな)

 

 心の中で嘆息し、ただ沈黙してサイモンの伝言を聞く。

 

「サマンオサ王及び、捕まっていた民衆は無事保護。無実の民衆に紛れる形で罪を犯した者が混じっていた為、これを隔離する。以上でつ」

 

「うむ、そうか……犯罪者が混じっていたのは失念して居ったのぅ、手間をかけてすまぬと伝えて貰えるかの?」

 

 例によってシャルロットが噛んだことは追求せず、俺はただ伝えるべきことを伝え踵を返そうとした。

 

「それが」

 

 だが、シャルロットは言葉を濁し。

 

「ぬ?」

 

「待てよ、爺さん」

 

 振り返った所に声をかけた者が居たのだ。そう、戦士ブレナンが。

 

「なんじゃ、お前さんか」

 

「一人で洞窟に潜る気かよ? 言ってたろ、護衛って」

 

 確かに言いはした。

 

「じゃが、今のお前さんは指名手配中の筈じゃ、一方でワシはこのフードのお陰で顔も割れておらん。ルーラでサマンオサに戻って入り口に兵が居た場合、お前さんを連れて行ってはそれだけでサマンオサ出入り禁止になってしまうわ」

 

 故に連れて行けないと、俺は説明する。

 

(だいたい、このまま爺さんのフリ続けるのも疲れるしなぁ)

 

 ブレナンの実力はモシャスで変化したから解る。洞窟攻略に連れて行くのに足手まといではないが、助けにもならないという微妙な実力であり、それも普通に攻略する場合ならと言う前提が着く。

 

(忍び足で極力戦闘避けて行くなら、話は別だし)

 

 ブレナンの前では敢えて盗賊の呪文やら何やらは使っていない。勇者の師匠と同一人物であると悟られるのを避ける為にだ。つまり、ブレナンを連れて行くと縛りプレイをすることになって、かえって時間がかかってしまうのだ。

 

(流石に話せる内容じゃないけどね)

 

 事実を知ればきっと落ち込みもするであろうし。

 

「そう言う訳じゃ、悪く思わんようにな」

 

「くそっ、世話になりっぱなしで俺は何も出来ないってのかよ」

 

「何を言う、随分世話になって居ったのじゃぞ? お前さんが気づかぬだけじゃ」

 

 そもそも、俺の言葉に悲痛な声を上げると言うことは、気づいてないらしい。

 

「は、何がだ?」

 

「お前さんの顔を借りた後、少々兵隊さん方と遊びすぎてのぅ。ちょっと失敗じゃった」

 

「なっ」

 

 そう、たぶん俺が翻弄したサマンオサ兵達の敵意はおそらくブレナンに向かう。もちろん計算して行ったことでもなくただの成り行きなのだが、それはそれ。

 

「まぁ、この国で暮らす分には何の問題もない話じゃがな。ではさらばじゃ、ルーラ」

 

 ブレナンを煙に巻くことに成功した俺は強引に呪文で再び空へ舞い上がるのだった。

 

 




予想より長引いて、タイトルが変更になってしまったことをお詫びいたします。

再びサマンオサに戻った主人公。手にした情報を元に向かう先に鏡は眠る。

第五十四話「ダンジョン攻略・ソロ」

今度こそラーの鏡を


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第五十四話「ダンジョン攻略・ソロ」

 

「これは、どう考えても町に寄るのは避けた方が良いな」

 

 ポツリと呟いてしまったのは、町中を歩き回る兵士の姿があちこちに見えたからだ。

 

(おそらく、囚人が逃げ出してる方までばれてるんだろうなぁ)

 

 着地の姿勢を作りつつ、そんな予測を立てる。

 

「っ」

 

 衝撃は思ったより弱い、これは俺がなれてきたのか。

 

(となると、このままダンジョン突入か。ああ、ガイドブックとかあったらなぁ)

 

 キメラの翼はまだ残っているし、脱出呪文であるリレミトを唱える精神力だってまだ残っていた。

 

(問題はダンジョン構造さえ覚えてないことかな)

 

 一応現在居る場所の名前と階層を知る呪文は覚えているが、これで解るのは自分が何というダンジョンの何階にいるかだけである。

 

(忍び足で出来るだけ交戦を避けて行くしかないか)

 

 まじゅうのつめなら当てれば一撃で倒せるとは思うが、防具の方が布の服と心許ない。

 

(ん? ひょっとしたらルーラでの着地が思ったより楽だったの、防具の軽さも影響していたのかな)

 

 微妙に思考は脱線しつつ、俺は町の入り口から遠ざかる。

 

「さて、南東だったな」

 

 大まかな場所は聞いていた。

 

(しっかし、森に山地に……何というめんどくさい立地)

 

 タカのめがあるので迷うことはないが、頭を抱えたくなるような行程だった。

 

(隠れる場所も多いけど、逆に死角も多そうだし)

 

 この世界は、ゲームと違って移動画面が急にバトル画面に切り替わる訳ではない。故に見通しがよければタカのめと併用することで魔物のいる位置を避けて行くことも出来るのだが、上から死角になる場所の多い森などでは活用出来ないのだ。

 

(後半はともかく、森ではしのびあしに期待するしかないかな)

 

 時間との勝負でもあった。

 

(おっと)

 

 緑色の大猿が大木にぶら下がる姿を発見して迂回し。

 

(うっ)

 

 吐き気を催すような腐乱臭を感じて、風上を避ける。

 

(あー、これはひょっとしてこのあたりアンデッドが出るのか)

 

 グロ耐性のない俺にとって実力以外の面で相性の悪い敵の存在を文字通り「臭わせる」展開に、テンションは嫌が応にも下がった。

 

(別の意味でも戦闘は避けていかないとな)

 

 そう言えば、このゲームには動く死体を使役するようなイメージのモンスターが居た覚えがある。

 

(経験値勿体ないけど少数なら見つけ次第狩っておくべきか)

 

 もし、そいつらが死体を魔物に変えているというなら数を減らしておかないと、天敵まで増加するかもしれない。

 

(けど、確かあれって人型なんだよな)

 

 シャルロットはナジミの塔で経験済みだが、俺は人型の敵を殺したことがまだ無い。せいぜい半分魚の魔物ぐらいなのだ。

 

(いざというときに躊躇ったら後悔するし)

 

 割り切るべきなんだろうか。

 

「シャァァァ」

 

 少し悩みながら、木と木と間に甲羅が挟まって動けなくなった亀とドラゴンのあいのこの様な魔物、ガメゴンをスルーして山地に突入し。

 

(あれ、か……)

 

 山の中腹に固まっている縦に長い仮面をつけた蛮族もどきを視界に入れた俺は、足を止めた。

 

(とりあえず、今回はスルーしておこう)

 

 向こうがこちらに気づいていないこともあったが、何より所々に骨の除いた人影を伴っていたのが大きい。

 

(うーん、一度も戦ってないからかなぁ)

 

 山地を通過するまでにあわや接触が三回ほど。遠くから気づいてこちらが避けたのを含めると両手両足の指数で足りなほどの数魔物を発見し、俺は平原にたどり着いた。

 

(だいたいここからサマンオサまでと同じくらいかな)

 

 ここからは見通しが良いが故に行軍速度も上がり、徐々にオレンジへと染まり行く中、敵を避けて疾駆すればやがて橋が見えてくる。

 

「あ」

 

 そして、気づいたゲーム世界との違い。橋の先に広がるのは毒々しい色をした沼地、。所謂、毒沼である。

 

(そっか、フィールドもゲームより広いなら一マス分の毒沼地もこうなるよなぁ)

 

 学校の運動場を八個集めて囲ったらこうなるだろうかと言う広大な沼の中央に、ぽっかりと口を開けた洞窟。

 

(仕方無いよね)

 

 毒沼地を無傷で渡る為の呪文、トラマナを俺が唱えたのは言うまでもない。

 

(いくら精神力は温存したいって言っても……うん、無理。帰りは入り口からルーラしよう……)

 

 惰弱と罵るなら罵ってくれて良い。

 

(で、ここが話にあった洞窟か……)

 

 そんなこんなで辿り着いた洞窟は不気味な霧が漂っていた。

 

(とりあえず明かりがあるのはありがたいけれど)

 

 こんな場所の燭台にわざわざ火を灯しに来る人間が居るとは思えない。おそらくは人型の魔物が視界確保に油を差しているのではないだろうか。

 

(まずは正面に行くか右手後方に行くかか)

 

 いきなりの分かれ道に、少し迷いつつ、俺は直進を選んだ。理由は単純、行き止まりなら引き返すだけで戻ってこられるからである。

 

(次は右折か直進か、か)

 

 最初の右手後方の道は左手に折れ曲がっていた。

 

(となるとさっきの入り口はこの階の南東にあるのかも)

 

 だったら北西の端に下り階段はあるのではないだろうか。

 

(行ってみよう)

 

 盗賊のはなによると、このフロアに宝箱はない。故に目的地は地下二階以降。

 

(地底湖、それとも地下水脈かな)

 

 パチャパチャと水と戯れるガメゴン達の微笑ましい光景を気配を殺してのすり足による迂回でやり過ごし。

 

(上が毒沼地だからと思いたいけど……あ)

 

 充満する腐敗臭にMPではない精神力を削られつつも、たまたま地下に降りる階段を発見する。

 

(うん)

 

 さっさと降りる以外の選択肢なんて無かった。

 

「え」

 

 まぁ、降りてからも問題だったのだが。

 

(これは、古典的というか、何というか)

 

 等間隔、と言う訳ではないがいかにもこっちにおいでと言わんがばかりに宝箱が転々と置いてあったのだ。

 

(まず、あっちは違うな)

 

 と言うか、この中のどれかがラーの鏡だったら俺は暴れる。

 

(となると、怪しそうなのはもう一つの出口か)

 

 宝箱が誘うのは北西、右手に箱を見ながら進むと左手の方にも今居る大きな空間の出口があってそっちには宝箱もない。

 

(そして最後に、あの穴)

 

 階段ではなく、穴。下に降りるという意味では穴を落ちるのが一番早そうだが、一方通行でもある。

 

(ん?)

 

 そう、普通ならば一方通行だ。

 

(そう言えばロープがあったっけ)

 

 サマンオサの牢で兵士を縛った残りだが、試してみても損はない。

 

(ま、階段に近い位置だしたぶんハズレだろうけど)

 

 さして期待もせず、俺はアサシンダガーにロープを巻き付けると地面に突き刺してから近くの石で撃ち込み下に降りる準備を始めたのだった。

 

 




宝箱をスルーし、先に進むことを優先する主人公。

ロープを使って降りた先にあるものとは?

次回、第五十五話「ラーの鏡」。

ようやくサマンオサ編終わりの兆しが見えてきた、かも。


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第五十五話「ラーの鏡」

(うわぁ)

 

 聳える二本の柱、間に鎮座する宝箱。いかにもここが正解でしたよと言わんがばかりの光景は強烈な腐敗臭を伴って眼下に広がっていた。

 

(この距離でも色々キツイな)

 

 俺がロープでぶら下がっている穴から落ちたのであろう動く腐乱死体は、ぼーっとしたり呻き声のようなモノを上げながらのたのたと地底湖の中にある小島を歩き回る。

 

(まぁ、所謂ゾンビに知性を求めてもあれかぁ)

 

 小島にはさらに下の階層に落ちる穴が見受けられるのだが、落ちてここから出るという発想に至らないらしく、くさったしたい達は、上から落っこちてここから出られなくなったのではないだろうか。

 

(いっそのこと、ここから呪文で一掃したいんだけど)

 

 見た目も臭いも接近戦などご免被りたい。だが、シャルロットにはラーの鏡を探すのは師匠である自分がすると説明している。

 

(ここでスレッジがラーの鏡を見つけた何てことになったら師としての立場が危うい)

 

 故に、ラーの鏡を見つけたのは勇者の師、盗賊の俺でなくてはならないのだ。

 

(一人で何役もやろうとしたんだ、自業自得か)

 

 スレッジが洞窟にやってきたところで丁度鏡を手にした俺と遭遇したという筋書きである。故に、ここで攻撃呪文の痕跡を残すのは宜しくない。

 

(となると、他に方法はないな)

 

 眼下のくさったしたい達に悟られぬよう嘆息すると、俺は振り子のように身体を揺すってからロープを手放した。

 

「せいっ」

 

「お゛ぉあぁ」

 

 着地点は死体の背中。

 

(う゛っ)

 

 もの凄く嫌な感触がしたが、動く腐乱死体は穴に蹴り落とされて見えなくなる。

 

「まず一体」

 

 ポツリと呟いて、足下から石を拾い、こちらに気づかない別のくさったしたいへ投げつける。

 

「う゛ぉぼっ」

 

「あ」

 

 後頭部にそのまま石が直撃したその個体は、頭のど真ん中に風穴を開けて崩れ落ちた。

 

(そ、そう言えば守備力は低かったっけ、あいつ)

 

 見た目の嫌悪感から投げた石に想像以上の力がこもっていたらしい。

 

「お゛ぉぉぉ」

 

「うぉっ」

 

「お゛」

 

 それでもすぐに起きあがってくるなどと、だれが考えよう。俺は思わず声を漏らし、頭部の真ん中に穴の空いた死体は、声に気づいたのかゆっくりと振り返る。

 

(ちょっ勘弁してくれ)

 

 冗談抜きに、足がすくんだ。

 

「お゛ぉぉぉ」

 

(うぐっ)

 

 よたよたとこちらへ寄ってくる様には、反射的に攻撃呪文を使いそうになった。

 

(耐えろ、耐えるんだ)

 

 こう言うゾンビ的なモノと戦う人って本当に凄いと思う。俺は、自分を鼓舞しながら立ちつくし。

 

「お゛ぉおぉぉぉ」

 

 くさったしたいは俺目掛けて真っ直ぐ進み――穴に落ちた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 これで二体目。動き自体は遅いこの魔物だけならこうして数を間引けば、間を縫って宝箱の所まで行くのは難しくない。

 

(念のため判別呪文のインパスで宝箱自体が罠じゃ無いかも確認するとして)

 

 余裕をもって事に当たるならこの釣り出して穴に落とすループを暫く続ける必要がある。

 

(武器を使えばもっと楽なのは、解ってる)

 

 だが、使い捨ての武器ならいざ知らず、今手にしているまじゅうのつめは替えの聞かない強力な武器なのだ。

 

(何処かに替えのききそうな武器は……)

 

「シャァァァ」

 

 見回してみても地底湖から上がってきたらしいガメゴンぐらいしか見あたらない。

 

「しかたない、か」

 

「シギャァァァァッ」

 

 妥協の結果、すれ違ったガメゴンの首が断末魔を上げながら、飛び。

 

「っ、うおおおおおっ」

 

 俺は身体のスペックを頼りに首を失った魔物の身体、馬鹿でかい首ナシの亀にしか見えなくなった死体をひっくり返す。

 

「でやぁぁぁぁっ」

 

 ひっくり返ったなら次は全力で押す。ひっくり返った亀の甲羅を蹴飛ばして敵をなぎ倒せたらそれはもう別のゲームである。だから、押した。

 

「お゛ぼ」

 

「お゛ぶ」

 

「お゛ぼあぁぁぁっ」

 

 濡れた甲羅はよく滑って、進路上にいたくさったしたい達がはじき飛ばされ地底湖に水柱を上げる。

 

「カカカカカ……」

 

「邪魔をするなっ」

 

「カカカッ?!」

 

 カタカタと歯をならしながら剣を持った六本腕の人骨が柱の影から現れたが、もう、関係ない。俺は宝箱に当たらないよう進路を変えると甲羅でぶちかましをかけて、尚も押す。

 

(……バイキルト)

 

 密かに攻撃力を倍増させる呪文まで使い、甲羅の縁を握りつぶさんばかりに力を込め。

 

「沈めっ」

 

 骸骨の態勢が崩れたのを見るや、トドメとばかりに甲羅を蹴り込む。

 

「ふぅ」

 

 声帯がないのか、とっくに力尽きたのか断末魔さえあがらなかった。骨の魔物は手にしていた鋼の剣やら骨やらをばらまきながら甲羅ごと地底湖に突っ込み、俺は額の汗を拭うと宝箱に向き直った。

 

「インパス」

 

 この大立ち回りの合間も動かず、今更宝箱の魔物でしたというオチも無いとはおもったが、案の定インパスの呪文に宝箱が見せた反応は、宝物を示す青く淡い光で。

 

「……これは」

 

 中に入っていたのは、一枚の鏡だった。

 

(これが、ラーの鏡か)

 

「お゛ぉぉ」

 

 間違いがないか検分したいところだが生憎小島の魔物を一掃できたわけではない。ついでに言うならさっきの立ち回りで他の魔物がこちらに気づいてしまった可能性だってある。

 

(長居は禁物だな、ん?)

 

 警戒の為に周囲を見回した俺は、浮かぶガメゴンの甲羅の向こうに目を留めた。

 

「宝箱か」

 

 もうここまで来たならついででもある。

 

「お゛ぉぉぉ」

 

「はっ」

 

 地面に刺さった鋼の剣を引き抜くと、こちらへやってくるくさったしたい達から逃げるように地面を蹴って甲羅の上に着地する。

 

「シャァァァ」

 

「せいっ」

 

 突如水面から飛び出してきた二体目のガメゴンに持っていた鋼の剣を投げつけて、牽制し。

 

「ギャァァァ」

 

「悪く思うな」

 

 顔面に剣が直撃し悲鳴をあげたガメゴンの首をやはりまじゅうのつめで斬り飛ばして、その甲羅を二つめの足場にする。

 

「インパス」

 

 更に甲羅の上から俺が呪文を唱えると、島の対岸にあった宝箱は青く光った。

 

(よし、鋼の剣は少し勿体なかった気もするけど、あれをとって戻ろう)

 

 予定と違ってちょっと大暴れしてしまった気もするが、ガメゴンとくさったしたいに挟み撃ちされたのだから仕方ない。

 

「さてと何が入って……って、これか。まあいい……リレミト」

 

 俺は宝箱の中から出てきた場違いに可愛い人間サイズのぬいぐるみに思わず顔を引きつらせると、リレミトの呪文を唱え、洞窟を後にする。

 

(まぁ、中途半端な老人の扮装より良いか。守備力もあるし)

 

 新たな、キャラの登場も視野に入れながら。

 




・Get
 ラーの鏡
 ぬいぐるみ

・Lost
 鋼の剣
 アサシンダガー
 ロープ

手にしたのは、鏡とぬいぐるみ。

そして、考える主人公。

まさか、着るのか? やめるんだ、誰も得しな(ザー)

次回、第五十六話「師の帰還」

 師匠、シャルロットの元に帰る。


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第五十六話「師の帰還」

「ポルトガへ」

 

 ダンジョンから出るなり、俺はキメラの翼を空に放り投げた。

 

(さてと、これで後は偽国王の正体を暴いて討つだけか)

 

 身体が空へと引っ張られる感覚の中、視線を下に向けて遠ざかって行くサマンオサの城を目にすると、ぐっと拳を握りしめる。

 

(ついに、ここまで……)

 

 ボストロールに向けて「待っていろ」とでも言えば格好が付いたのだろうが、戦うのは俺なのだ。一度は割り切ったつもりだったが、恐怖もある、迷いもある。

 

(って、何を今更)

 

 この時点でボストロールと戦えるのは自分だけである以上、退くことなど出来ない。

 

(そう……だよな)

 

 原作のルートを無視してあそこにいたのは、圧政に苦しむ人を、処刑される人を見捨てられなくてだった。

 

(シャルロットは魔物に囲まれ命を落としかけたのに、その恐怖に打ち勝って、今も勇者たらんとしてるんだ)

 

 師匠の自分が、ここで二の足を踏んでどうする。

 

(あの洞窟でだって、やれたんだ)

 

 怖じ気づく心を叱咤し、ガメゴンとの戦いを思い出して、俺は顔を上げた。

 

「シャルロット、俺は……」

 

 空を行くのは自分一人、漏らした呟きを耳にする者は誰もいない。

 

(そろそろ到着だな)

 

 長いのか短いのか、同じ距離を徒歩で行くのと比べるなら間違いなく短い時間でポルトガ上空に至っていた俺はいつものように着地の姿勢を作り。

 

「――う様ぁーー」

 

「っ」

 

 いつものように街の入り口で待っている弟子の姿に思わず口元を綻ばせた。

 

(変わらないな、そこは)

 

 こちらに気づいて、大きく手を振っているという意味では成長したのかも知れないけれど。

 

「今帰った」

 

「お帰りなさい、お師匠様」

 

 覆面をしていようと、声と行動で誰なのかなど聞くまでもない。警戒感無く俺に抱きついてくる異性など限られているのだから。

 

「……ただな、些少の慎みは持った方が良いと思うぞ?」

 

「えっ、あ……」

 

 布の服の守備力の前では、抱きつくと共に押しつけてきた柔らかな膨らみの感触が顕著で、対応に困ったのも事実。

 

「あうぅ」

 

 真っ赤になって俯いてしまったシャルロットを見て俺は嘆息すると、そのまま耳元に口を寄せて囁いた。

 

「鏡は手に入れてきた」

 

 と。

 

「ほ、本当ですか?!」

 

「ああ、ただな……『くさったしたい』と言う文字通り動く腐乱死体の魔物と少々やり合ったからな、俺としても臭いが気になると言うかだな……」

 

「え? うっ……」

 

 何だかんだ言ってもきっと俺を心配していてくれたのだろう、こちらから言うまで臭いに気づかぬほどに。

 

「魔物と戦うなら、こういうこともある。だから、いきなり抱きつかれると、その……な?」

 

 覆面の鼻辺りを手で押さえたシャルロットへ気まずそうな顔で続けつつ、背中に回された手を優しく引きはがす。

 

「とにかく、蹴り飛ばしたブーツを履き替え、ついでに宿で入浴してくる。お前はこの『ラーの鏡』を持って一度皆の所へ行って貰えるか?」

 

「……ふぁい」

 

 何か葛藤でもあったのか短い沈黙を挟んで鼻を押さえたままシャルロットは頷くと、俺の差し出した鏡を手に街の中へ戻っていった。

 

「さてと……しかし、あの洞窟にあったと言うことはこの『ぬいぐるみ』もいったん洗濯した方が良いかもな」

 

 宝箱の中だからセーフと思いたいが、洞窟の中にいた俺はおそらく臭気で鼻が麻痺している。

 

(だいたい、この形状からするとなぁ)

 

 まして、あの洞窟で手に入れた防具は、ぬいぐるみとは名ばかりの夏場は絶対蒸れそうな着ぐるみなのだ。

 

(店で買ったモノじゃないし、中古の可能性だってあるし)

 

 汗とか染み付いて、ある種拷問具みたいな状態になっている可能性も否定できない。

 

(追加でゴールド払えば洗濯ぐらいして貰えるよね?)

 

 ゲームでは触れられなかった部分だけにメンテナンスは宿屋ではなく防具屋の領分かなとも思いつつ、町を歩き。

 

「旅人の宿屋にようこそ」

 

「済まないが魔物との戦いで少々汚れていてな、すぐに入浴出来るか? あとこれの洗濯を頼みたい」

 

 宿に辿り着くと、俺はぬいぐるみとゴールドをカウンターに乗せて言った。

 

「あ、はい。洗濯を含めて一晩13ゴールドになりますがご利用になられますか?」

 

「ああ、頼む。前金で良いな?」

 

「ありがとうございます。浴場はあちらに」

 

「すまん」

 

 断る理由など何処にもない。むしろさっさと臭いを落としたくて、頷くが早いかゴールドを押しやり、浴場に向かったのだった。

 

(さてと)

 

 あまり長い時間をかけてシャルロット達を待たせる訳にはいかない。一気に服を脱ぐと、俺は浴槽から湯を汲んで身体にかけた。

 

(布の服は処分してしまうとして、問題は武器の手入れだな)

 

 この身体に憑依して日が浅い今はまだ影響も少ないとは思う。

 

(ゲーム同様にメンテナンスなしでも切れ味が落ちないとしても、刃物である以上、放っておけば血の臭いが染み付いてしまうだろうし)

 

 そうなると臭いに敏感な魔物を惹きつけてしまうかも知れない。

 

(何処までゲームに準ずるのかわからないけど、手入れしておいて損は無いもんな)

 

 問題は武器の手入れ方法を誰にどうやって聞くかだが、これについては既に考えついている。モシャスで新米冒険者に化けて先輩に教えを請うのだ。

 

(モシャスがばれたら新人を上手く指導出来るかを確かめていた、とか理由付けすればいいし)

 

 問題も呪文を使う手前またスレッジを演じないといけないという点ぐらいであるし、デメリットらしいデメリットも無いと思う。

 

(いっそのこと転職して冒険者の心得を一から教えて貰うって手もあるけど、こっちはデメリット大きすぎるからなぁ)

 

 そもそも、何に転職するかという問題もある。

 

(ともあれ、今はそんなことを考えている余裕はないし)

 

 考え事をしながら、身体を洗い終えると、再び身体に湯をかけてから湯船へ。

 

(ふぅ……何だかこう、疲れがとれるって言うかHPとMPが回復したっていうか)

 

 宿に泊まっただけで生命力や精神力が回復する謎の答えとでも言うかのような心地よさは、ひょっとしたらお湯の中に薬草か何かを入れているのかも知れない。

 

(寝る訳にもいかないし、完璧とは言えないけど)

 

 一息つくことは出来た。

 

(じゃあ、さっさと上がろう。ここに誰かがやってきて鉢合わせなんてベタ過ぎる展開は無いにしても、人を待たせてる訳だし)

 

 最終的な打ち合わせはさっさと済ませてしまいたい。

 

(決行はゲームの通り夜にするなら、出発は明日の朝だもんな)

 

 ルーラで飛ぶと何故か到着は太陽が出ている時間帯になると言うゲーム上の仕様が働く可能性がある。だったら、朝に出発して現地で昼夜を逆転させる呪文、ラナルータを使った方がよっぽど堅実である。

 

「良い湯加減だった、出かけてくる」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 とりあえず湯浴みを済ませた俺は服を着替えると、店主に告げてから宿を後にした。

 

(まずは、防具を受け取らないとな――)

 

 最初に落ち合うのはマシュ・ガイアーこと勇者サイモンだ。

 

「うむッ、待っていたぞッ」

 

 城に向かって歩いていると、彼は向こうから現れた。

 




よく考えると、宿屋って本当に不思議施設ですよね。

このお話で宿屋の回復は「入浴と食事」の回復効果を「睡眠」によって増幅させると言うマイルールで設定しています。

何とか整合性のある設定にしたかったのですが、闇谷にはこれが限界でした。

次回第五十七話「出撃、マシュ・ガイアー」

 ようやく盗賊主人公の出番が戻ってきたと思ったらこのタイトルである。


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第五十七話「出撃、マシュ・ガイアー」

 

「お師匠様、さっきはすみません。えっと、こちらです」

 

 サイモン扮するマシュ・ガイアーは俺を迎えに来ていたらしく、城に入るなり俺は待ちかまえていたシャルロットに頭を下げられたり手を引かれたりして、城の一室に通された。

 

(ああ、ここもゲームの時より部屋数が増えてるのか)

 

 ポルトガ王と会ったのは謁見の間だったために足を運ばなかったが、ゲームのポルトガ城は謁見の間とおそらく国王夫妻の寝室、それに宝物庫という下手な民家より部屋数の少ない間取りだった。

 

(まぁ、流石にあのままじゃ色々問題あるもんなぁ)

 

 保護して貰ったサマンオサ王を寝かせようにもゲームのままだったら国王夫妻のダブルベッドに寝かせるしかないなんて事態になってたはずだ。

 

「サマンオサの王様も中に、起きあがるのは無理ですけど、話が出来るぐらいには回復したそうです」

 

「そうか」

 

「はいっ、それからボク達が偽物の王様をやっつけようって計画してるのを聞いて、是非とも打ち合わせに加わりたいってお話で……」

 

「なるほど、それで王を交えての最終確認となったわけか」

 

 城の内部については王の方が詳しいだろう、そう言う意味でサマンオサ王が打ち合わせに加わるのは助かる。

 

「俺達のことを知る人間が増えることは気になるが……」

 

 そもそもこれから行うボストロール討伐は「全てはマシュ・ガイアーが一人でやってくれました」と全てをサイモンの功績にするかわり、バラモスの目をひきつけて貰うという狙いもある。

 

(裏でこそこそ動いていた俺達のことが漏れて、バラモスの耳にでも入ったら)

 

 何せ、一度は出し抜かれてボストロールに国王の座を奪われてしまっている王様なのだ。

 

「それなら心配いらんッ」

 

 不安を覚えたところで口を挟んだのは、覆面姿な謎の人。

 

「君以外の覆面達は元々牢に入れられて抜け出したサマンオサ国民と言うことになっているッ!」

 

 どういうことだと問い返す前に、マシュ・ガイアーは語り始めた。

 

「国王といえど全国民は把握していないッ、そして偽国王の圧政によって捕らえられたとは言え脱獄犯という負い目がある彼女らは自分の正体を明かすことに抵抗があるという設定だッ」

 

「なるほどな、今のシャルロット達の実力はサマンオサ城の兵には及ばない、よってただの国民だったと説明してもおかしいところはない、か」

 

「うむッ」

 

 連れてきた牢の面々と面識がないと言う不自然さはあるはずだが、そこは覆面をして居る上正体を察されないように振る舞っていたとかなんとかとでも言いくるめるのだろう。

 

「ならば、俺から言うことはない」

 

 後は、部屋の中に入って打ち合わせをするだけだ。俺は鞄に手を突っ込むと、中を漁って布きれを取り出す。

 

(まさかこんな目的に使うとは……)

 

 布の服を切り裂いて作った武器を手入れする為の布きれ、俺はそれに細工をして顔の下半分を覆い隠した。

 

「ならば俺もサマンオサ王に素顔はさらせんだろうからな」

 

 かと言ってフードではスレッジになってしまうし、覆面ではマシュ・ガイアーである。

 

(ま、顔合わせするのはここだけだし)

 

 勇者の師匠ではなく、ボストロールとはマシュ・ガイアーとして戦うので、国王からすれば俺はちょい役でしかない。

 

(上半分はそのままだけど、いいよね)

 

 ドアをノックしてから、どうぞという返事を待って部屋へ足を踏み入れる。

 

「揃ったようですな」

 

「その様ですわね」

 

「ふむ……どうやら俺が最後だったようだな」

 

 待たせてすまんと頭を下げ、俺が席に着くのを合図とするかのように最後の打ち合わせは始まった。

 

「まず作戦を再確認しようッ、夜を待って国王の寝室へ侵入し、ラーの鏡で正体を暴くッ、ここまではいいなッ?」

 

「は、はい」

 

「ああ」

 

 発言は主にマシュ・ガイアーが行い、他のモノは疑問点が有れば挙手して発言する。こういう形にしたのも、マシュ・ガイアーの印象を強める為だ。

 

「その後は偽国王である魔物との戦闘になるッ、私は戦いつつ後退し、バルコニーまで退き奴を誘き出すッ」

 

 以後も戦い続けながら消耗度合いを観察し、行けると見たらシャルロット達に合図を出す。

 

(つまり、『仲間を呼んで』一斉攻撃で畳みかける)

 

 一方的な攻撃ならダメージが出なくても良い。うまく勝利出来れば、経験値が手に入ると言う訳だ。

 

(呪文なら近づかなくても攻撃出来るし、僧侶のオッサンは初歩の回復呪文であるホイミしか使えないにしても居ないよりマシ、問題はバニーさんだよなぁ)

 

 いくらリーチが長めの武器とはいえ、流石にはがねのむちでボストロールを攻撃しろ、とは言いづらい。

 

(やっぱり、アレがあるかの確認だけは避けられないか)

 

 出来れば質問で注目を浴びることはしたくないのだが、あるかないかでだいぶ展開が違ってくる。

 

「一つ、いいか? サマンオサ城にコレがあるか聞きたいのだが……」

 

 俺は挙手すると、羊皮紙にペンを走らせて描いた絵を国王とマシュ・ガイアーに向けた。

 

「無論じゃ、とは言うもののわしが牢に入れられる前のことじゃが……」

 

「うむわからんッ、私も城に入ったのは地下からだからなッ。だが、普通に考えれば用意されているだろうッ」

 

 返ってきた答えが微妙に残念だったのは、二人の置かれていた状況を鑑みると責められない。

 

「だが、地下牢の看守なら知っているやもしれんッ」

 

 ただ、マシュ・ガイアーの続けて出した案によって、俺が簀巻きにしてお持ち帰りした看守に話を聞くことで、疑問は解消される。

 

(連れてきてよかったなぁ)

 

 看守曰く有るとのことで、バニーさんの役目も決まり、問題はほぼ解決した。

 

「時にそなた、その声はもしや……」

 

 ただひとつ、サマンオサ王はマシュ・ガイアーの声に聞き覚えがあったらしく。

 

「どうやら俺達はお邪魔のようだ。いったん席を外すぞ?」

 

 俺は覆面の勇者一行に声をかけて退出を促し、振り返ってマシュ・ガイアーに無言で頷く。

 

(ここでサマンオサ王がマシュ・ガイアーの正体を知っておけば、この後の入れ替わり後も「マシュ・ガイアーの正体はサイモン」説を補強してくれるだろうし)

 

 まさに計画通りである。

 

「向こうは取り込み中のようだが、俺もお前達と再びお別れだな……」

 

「お師匠様……」

 

 そして、シャルロット達はこの後マシュ・ガイアーと共にサマンオサに向かうこととなる。そう、今度はマシュ・ガイアーに扮した俺と、だ。

 

(サイモンさんには、この後で打ち合わせしておかないとな)

 

 宿に残してきたぬいぐるみがかわいたら、それを着てサマンオサへ行くようにである。

 

(名付けて、「勇者ニャイモン」ッ!)

 

 サイモンはサマンオサでは顔が割れているので、是非もない。

 

(きっと見とがめられても猫のふりをすれば大丈夫なはず)

 

 ファミコン版ではグラフィックまんま普通の猫と同じだったような気がするし、ちょっと頑張ったら誤魔化せるのではないかなとかとちょっぴり期待してみたりする。

 

(うん、無理だろうけど)

 

 何にしても可愛らしい猫のぬいぐるみの中身が勇者だなどと普通は思わない。故にパッと見ならばれないと思うのだ。

 

「待たせたなッ」

 

 翌日、俺はいや私は再びマシュ・ガイアーとして、シャルロット達の前で、謎のポーズを取っていた。

 

「行こうッ、彼の地へッ! ルーラッ」

 

 覆面集団と共に宙に舞い上がる謎の人。いよいよ決戦当日となった空を飛んで私はサマンオサへ向かったのだった。

 




まさかのぬいぐるみサイモン爆誕。

そして再び変態となる主人公。

いよいよサマンオサで彼はボストロールと対決する。

次回、第五十八話「真夜中の決戦(前編)」

ゆけ、勇気と共に。


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第五十八話「真夜中の決戦(前編)」

 

「手はず通り始めるぞッ、ラナルータッ!」

 

 降り立つなり視線でシャルロット達に確認をとり、そのまま唱えた呪文で昼夜が逆転、闇の帳が周囲を覆い出す。

 

(唱えておいてあれだけど、どういう仕組みなんだろうな、これ)

 

 自分達以外の人々が全て反転後の生活パターンを送っているところから察するに、だいたい半日後に使用者と仲間達以外がタイムスリップする呪文なのではと当たりをつけてみるが、確認している時間はない。

 

「流石に覆面姿では勝手口を通る訳にも行くまいッ、私は独自のルートで忍び込むッ、城門前で待てッ」

 

 バルコニーに到達したら上からロープを垂らしてシャルロット達の侵入経路を造るという流れである。

 

(謎の人は呪文が使える設定と言っても手の内をあまりさらけ出すのも問題だからなぁ)

 

 後で勇者サイモンがその呪文を使ってくれと無茶ぶりされる事態にも陥りかねない。

 

(アバカムの件もシャルロット達には口止めしておかないと)

 

 これをしておかないと、地下牢に現れた解錠呪文の使えないマシュ・ガイアーとで矛盾が出てしまうのだ。

 

(って、後のこと考えるよりも前に今は目先の戦いに向けて集中しないとな……っと)

 

 私は覆面集団に先行する形で夜のサマンオサの町を駆けながら、苦笑すると立ち止まって物陰に身を潜める。

 

「いたか?」

 

「いや。拙いな……このままブレナンが見つからなくては我々も処刑されかねん」

 

 会話の内容からすると、ブレナンの姿を借りて翻弄した兵士達なのだろう。

 

(まさかあれからずっと探しっぱなしとはなッ)

 

 見つかっていないので素通りしても良いのだが、私はやり過ごせてもシャルロット達が見つかってしまう可能性がある。

 

(となると、ここはこのマシュ・ガイアーが何とかするしかないッ)

 

 物陰で謎のポーズを決めた俺は、近くの民家に登ると屋根の上で身体を伏せた。

 

「そこの兵士諸君ッ」

 

「だっ、「誰だ!」」

 

 いきなり声をかけられたことで兵士達は誰何の声をあげたが是非もない。

 

(「怪しい者ではないッ」と姿を見せて話をしようかとも思ったがッ、「お前のどこが怪しくないのだ」とか絶叫されてしまいそうだからなッ)

 

 結果として声だけの助言者という形で、私は言葉を続けた。

 

「なにッ、困っている者を見捨てておけぬ者だッ。どうやら誰かを捜している様子ッ、聞くところに寄るとこの町の墓地には隠し階段があり、そこから通路が延びていると聞くッ。隠れている者を探しているというなら、当たってみると良いだろうッ」

 

「か、隠し階段だと?」

 

「うむッ、このマシュ・ガイアーの言葉を信じるかどうかは君達の自由だッ、強制はしないッ」

 

 これで、上手く墓地の方に行ってくれるならよし、無理なら簀巻きの看守と同じことをしても良いし、他にも手はある。

 

「どうする?」

 

「……行ってみよう、殆どの場所は探しているが、墓地に隠し階段があるという報告は上がっていなかったはずだ。未調査の場所ならひょっとするやもしれん」

 

「だ、だが」

 

「報告にあったように異国まで飛んでいったのが事実なら行ったことのない我らではどうにもならんのだぞ? そこで手がかりの一つでも見つかる方にかけるしかあるまい」

 

 一人は迷っているようだが、相当行き詰まっていたのだろう、もう一人は私の言葉にこのまま無為に過ごすよりはマシと判断したらしい。

 

「情報提供感謝しよう、では我らはこれで失礼する」

 

(うむッ、これで少しは通り抜けやすくなったッ)

 

 頭を下げて墓地の方に去って行く兵士達を見届けて一人頷くと、私は再びサマンオサの町を駆け――。

 

(遂に決戦の地にやって来たのだったッ)

 

 声に出したいところだが、生憎隠密行動中、ポーズのみなのが残念なところだッ。

 

(しかしッ、兵に助言していたせいだろうなッ)

 

 城を囲む塀の陰には既にシャルロット達の姿があって、いつの間にか追い抜かれていたことを知る。

 

(さてッ)

 

 そして覆面集団から離れた木の陰に人間サイズな猫のぬいぐるみを見た私は、先にそちらへ声をかけたッ。

 

「待たせたなッ、今夜で終わるッ」

 

 一応潜めた声に勇者ニャイモンは無言で首を縦に振り、私は布の服で作ったマシュ・ガイアーなりきりセットを差し出すと、更に言葉を続けた。

 

「城門の脇にスタンバイしていてくれッ、ことが終わったらバルコニーから飛び降りるッ、そこで入れ替わろうッ」

 

 と。

 

(では改めてッ、いざッ……レムオルッ)

 

 そこから先の潜入に関しては順調というか、ほぼ拍子抜けするぐらいだった。透明になって勝手口を抜けブレナン達の捜索で人員でも減っているのか人気の少ない城内を時計回りにぐるっと回り、私は行き止まりにあった階段から二階へ昇る。

 

(そう言えばこんなだったなッ)

 

 寝室までの道筋を教えてくれたのは、この城の本来の主だ。

 

(いよいよかッ)

 

 更に階段を登って小さな塔の屋上に出た私は謎のポーズを決めながら星空を仰いだ。

 

(大丈夫だッ、今の私ならやれるッ、何故なら私は――マシュ・ガイアーだからだッ)

 

 己に言い聞かせると、心の中で特撮モノのヒーローよろしく「とうッ」と叫びつつ、屋上から飛び降りる。王様の話に寄れば、この着地点から少し進めば、バルコニーに至るはずだ。

 

(後はロープを垂らして、シャルロット達が登ってきたのを確認したら突入だなッ。見せてやるッ、正義の力をッ)

 

 城門の真上に辿り着き、城壁にロープを結わえてる姿は、正義どころか曲者以外の何でもなかったが、そこはご容赦頂きたいッ。

 

「では行ってくるッ」

 

 覆面集団が全員バルコニーに上がったことを確認し小声で告げれば、四対の瞳が俺を見返して揺れ、私は仲間達の視線を受けながら踵を返すと、偽国王が眠る寝室のドアに手をかけた。

 

(情報通りッ、不用心この上ないなッ)

 

 例え最後の鍵でしか開かない鉄格子だろうがこのマシュ・ガイアーの前では無力ではあるが、これはいかがなモノかと思う。

 

(それだけ腕には自信ありかッ)

 

 バラモス麾下の幹部という実力からくる傲慢さがこの不用心さを産んでいるのかもしれない。

 

(ならば好都合ッ)

 

 私は荷物からラーの鏡を取り出すと、守備力を上昇させるスカラの呪文を詠唱しながら国王の寝台へ忍び寄るッ。

 

(……ぬッ)

 

 覗き込んだラーの鏡に映るは、黄緑色をした魔物の寝顔。

 

「っ」

 

 一瞬、なんでこんなモノを自分は見てるんだろうかというやるせない気持ちにさせた、それは次の瞬間跳ね起きて、正体を露わにする。

 

「見~た~なあ?」

 

「応ともッ」

 

 私は聞かれたので全力で答えたッ。

 

「……うぐっ」

 

「スカラッ」

 

 黄緑の魔物が気圧された隙に呪文を唱えると、私は魔物、そうボストロールに指を突きつけて名乗りを上げる。

 

「私の名はマシュ・ガイアー、悪を許さぬ謎の人ッ! サマンオサ王の名をかたる偽物よ、覚悟しろッ」

 

「けけけけけっ、威勢の良いことを! 正体を見られた以上、生きて返すわけにはいかぬぞえ」

 

 己を奮い立たせる様にポーズを取れば、凶暴な笑みを作った偽国王は魔物という本性のまま棍棒を振り上げた。

 

「喰らえぇ」

 

「遅いッ」

 

 未熟な戦士ならその一振りで肉塊に変えられたであろう一撃も覆面と共に纏ったやみのころもの力によって豪奢な絨毯を叩き付けるに留まった。

 

「どうしたッ、この程度かッ」

 

「おのれ」

 

 そのマントへ包んだ私の身は闇にとけ込むようにぼやけ、身体が持ち合わせたスペックとあわせて、ボストロールを翻弄する。

 

「ルカナンっ」

 

「なッ」

 

 ただ、私も失念していたことがある。ボストロールが二回行動であることを。幸いかけられた防御力を下げる呪文は効果を及ぼさなかったが、私に衝撃を与えるには充分だった。

 

「くけけ、さっきまでの威勢はどうした?」

 

 黄緑の魔物はにたりと笑うが、私は反論出来なかった。

 

(っ、まさか……)

 

 本当に予想外だったのだ。

 

(まさか、こんな所で見つけられるなんて)

 

 そう、密かに探していた相手に出会えるとは。

 

「くくくくくッ……はははははははッ」

 

「なっ」

 

 ボストロールが目を剥いたが、私の笑いは止まらない。

 

「気でも狂」

 

「ふはははッ、マホトーンッ」

 

「うぐっ」

 

 笑いに紛れた呪文で偽国王の呪文を封じると、再びポーズを取る。

 

「お前に絶望というモノを教えてやろうッ、今まで処刑されていった無辜の人々の分までなッ」

 

 むろん、格好はつけても油断はしない。歓びの前に恐怖はかき消えていたが、痛恨の一撃への警戒はきっちり残っていたのだ。

 




失念していたはずが、何故か歓喜する主人公。

主人公の狙いとは。

次回、第五十九話「真夜中の決戦(後編)」。

君達は英雄の誕生を目にすることになるのかも知れない。


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第五十九話「真夜中の決戦(後編)」

 

「シールド・ガァァドッ」

 

 かざした腕に装備した盾で振り下ろされた棍棒を私は強引にはね除けるッ。

 

「あ、あり得ん」

 

 ボストロールは愕然としているが、スカラのかかった時点で棍棒の殴打は以前顔面にぶち当たったメラより痛くないのだ。

 

(注意すべきは痛恨の一撃ッ)

 

 もはや、まぐれ当たりに警戒さえしておけば、負けはない。

 

「バギクロスッ」

 

「うぎゃぁぁっ」

 

 私は呪文で作り出した巨大な竜巻で黄緑の怪物を斬り裂きながら、バックステップで距離を取る。

 

(やはり呪文ではダメージが今ひとつかッ)

 

 勇者専用の攻撃呪文が使えない為、シャルロットの父親、つまりオルテガが使っていた攻撃呪文を使ってみたが、これなら攻撃力を倍加させるバイキルトの呪文を使ってからまじゅうのつめで斬りかかっていた方が戦い自体は早く終わるだろう。

 

(もっとも、接近戦に持ち込めばあちらも殴りやすくなるッ)

 

 まぐれ当たりがあることを考えるとこのまま遠レンジから呪文で攻撃するべきか、迷うところでもあった。

 

(HP自動回復ついてた気がするのだがッ)

 

 気のせいであればいい、だが、もし徐々に傷が塞がって行くとしたら火力で劣る呪文攻撃では精神力が尽きてしまう恐れもある。

 

(ならば、攻めるかッ)

 

 まじゅうのつめは等間隔に並んだ三枚の刃が爪を構成する武器、これで斬りつけると平行した三つの傷が刻まれるが、サイモンはおそらくこの武器を装備出来ない。

 

(あの状況なら問題ないッ)

 

 だからこそ、最初は呪文のみで弱らせることを考えたのだが、先程使った呪文はバギクロス。ボストロールの身体には真空の刃による無数の切り傷がついていた。つまり、切り傷が増えてもさほど目立たないのだ。

 

「うおおおおおッ」

 

「ぐおおおおっ」

 

 互いが武器を握り、吼えた。

 

「はあッ」

 

 敵の懐に飛び込んだ私は、黄緑魔物の棍棒をかざした盾で受け流し、側面へ回り込みながら脇腹を爪で削る。

 

「うぐあああっ」

 

「だあッ」

 

 悲鳴ともに右腕へ肉を斬る感触を感じつつ駆け抜けると、絨毯に飛び込むようにダイブして勢いで前転する。

 

「おのれっ」

 

 直後に私が走り続けていたなら居たであろう場所に棍棒が振り下ろされ、竜巻に切り刻まれた絨毯の破片を舞い揚げた。

 

(うむッ、間一髪かッ)

 

 私と違って奴には二度目の攻撃があるのだ。

 

(ぬッ)

 

 飛び起きるなり向き直ると、傷口から血を流すボストロールが目に入り、そこで気づいた。

 

(傷が癒えていないッ?!)

 

 自動回復は私の気のせいだったのか、別のボスだったのか。

 

「来るが良いッ、致命傷にはまだ遠いだろうッ」

 

 再び謎のポーズを作るとことさら挑発してみせる。

 

(まだまだダメージは浅そうだな)

 

 密かにバイキルトの呪文を詠唱し始めながら。

 

「喰らえぇぇっ」

 

「遅いッ」

 

 マントの力で何度かに一度の攻撃は当たらない。

 

(もっとだッ、もっと動きをッ)

 

 私は挑発することで敵の攻撃が大振りになるのを誘いつつ、観察に徹する。

 

「おのれ……ちょこまかとっ」

 

「バイキルト」

 

 些少は学習能力があるのか、振り下ろす単調な縦の攻撃から薙ぎ払う横の攻撃に切り替えたボストロールの棍棒を今度は伏せてやり過ごし、小声で発動させた呪文は攻撃力を引き上げる。

 

(これで、まずは動きを鈍らせるッ)

 

 回復手段がないなら、もう一撃ぐらいは叩き込んでおくべき。

 

「はあッ」

 

 己の判断に従って私はボロボロになった絨毯を蹴り、再び黄緑の怪物と肉薄する。

 

「ぐおおおおおっ」

 

「たッ」

 

 突っ込んで行く私を粉砕せんと振り下ろされる棍棒へ今度は盾を差し出さず、身体を低くして下を通り抜ける。

 

「貰ったぁッ」

 

 片足で絨毯を踏みしめながらターンし身体を起こすと無防備な二の腕が目に入り、すかさずすくい上げるようにして爪を突き上げる。

 

「っぎゃぁぁぁぁ」

 

 ゲームでは生命力がゼロにならなければ、行動に支障はなかったが、もし四肢に重いダメージを受けたらどうなるかという疑問。

 

(検証出来るのは相手がタフだからこそだなッ)

 

 血と思わしき液体を噴き出させながらでたらめに棍棒を振るう魔物の懐から飛び離れ、私は再び観察の目を向ける。

 

「むッ、これではまるで弱い者いじめではないかッ」

 

 傷だらけで血だまりの中に立つ魔物とほぼ無傷の私。もっと苦戦するとばかり思っていたのは、思い出補正だったとでも言うのか。

 

「ばっ、馬鹿にしおってぇぇっ」

 

 激昂して偽国王が棍棒を振り上げた時、私は既に絨毯の残骸ごと床を蹴って飛んでいた。

 

「っ、うぬうっ」

 

「ふむッ」

 

 叩き付けた反動を利用して持ち上げた棍棒を常に視界に入れながら、ボストロールの背中側に逃げるように回り込んで、まじゅうのつめを持った手をだらりと下げる。

 

「やはり遅いッ」

 

 後ろに引き絞っってから繰り出す一撃や上からの一撃よりもすくい上げるような斬り方の方が出しやすい。腕を怪我している上振り向いてから攻撃する必要のある先方と素早さに定評のある盗賊でなおかつ出の早い攻撃を選んだこちらではどちらの一撃が早いかなど確かめるまでもない。

 

「ぐぎゃぁぁぁぁっ」

 

 ボストロールの絶叫を伴った結果は、ただそこにあり。

 

「だがッ、弱い者いじめであろうと、この『マシュ・ガイアー』、情けをかけるつもりは無いッ」

 

 腕を振るって爪についた血を振り払うと、今度はこちらから飛びかかる。

 

(あまり追い込んで窮鼠になられては困るがッ)

 

 シャルロット達の元に連れ出すには早すぎる。流石に人前で爪を使った攻撃をすれば私の正体がバレかねない。

 

(呪文とシャルロット達の援護で倒せるぐらいには弱らせねばなッ)

 

 もっとも、こちらの思惑など知るよしもないのであろう。

 

「おのれっ、おのれぇ」

 

 流れ出る血の量と傷が増えるに連れ、ボストロールの動きはこちらを叩き潰すのではなく、振り払い近寄らせまいとする動きに変化していた。

 

(頃合いかッ)

 

 やることは全てやってしまうべき。私は密かに呪文を唱えつつ、意味もないポーズを取る。

 

「モシャスッ」

 

「なっ」

 

 唱えたのは、変身呪文。ボストロールの姿となった私にオリジナルは目を剥いて立ちつくした。

 

「説明しようッ、変身呪文によってボストロールとなったのだッ」

 

 驚いているようなので、一応解説をしてやる。

 

「何を考えているっ」

 

「知れたことだッ、私はお前の行動をつぶさに観察していたッ」

 

 故に。

 

「こういうことが出来るのだッ! ルカナンッ、ルカナンッ」

 

「うげっ」

 

 そう、私が狙っていたのは、二回行動の出来る魔物と遭遇し動きを観察し、二回行動を会得すること。

 

(人の身体でいきなり模倣は無理だろうが、オリジナルのコピーなら難易度は下がるッ)

 

 後はこれを人に戻ってからも使えるように試行錯誤してみればいい。

 

(まぁ、流石にルカナンが効くとは思って無いけどね)

 

 それでも、レベルでカンストしている以上、これ以上強くなる方法が能力アップアイテムの使用ぐらいしか思いつかない今、二回行動の会得というパワーアップ機会は大きい。

 

「おのれいい気になりおって、貴様の呪文など効いておらんぞっ」

 

「ぐうッ」

 

 たとえ、モシャスの効果に引っ張られて守備力の下がった所で受けた棍棒の殴打は肩が砕けたかのような激痛だったが、覚悟の上だ。

 

「鏡よッ」

 

 俺は片手でラーの鏡を取り出すと自分が映るようにして覗き込む。

 

「流石に人に戻って即座に実践は無理かッ」

 

 出来ればついでに回復呪文をかけたいところだったのだが、肩に受けた傷の痛みもあってままならず、ヨロヨロと後退する。

 

「けけけけけっ、当たりさえすればこんなものよ」

 

「くうッ」

 

 演技でなく苦痛に足下のおぼつかない私を見て、気をよくした黄緑の魔物に怯んだ芝居をしつつ、密かに呪文を唱える。

 

(ベホマッ)

 

 完全回復呪文を使ったのは、傷の程度がどれほどなのか判別出来なかったからである。

 

(さてと、ついでにそろそろ頃合いかな)

 

 ただ、怪我の功名と言うべきか、モシャスしたことでボストロールの消耗具合もだいたい理解出来た。

 

「やむを得ぬッ、ここは退くッ」

 

「待てっ」

 

 わざとらしく寝室の外へ逃げ出そうとすれば、偽国王はドスドスと足音を立てながら居ってきて、私は覆面の下でほくそ笑む。

 

 いよいよ決着の時が来たのだ。

 

 




まさかの主人公に二回行動フラグ。

ここで閃かないと、次バラモスまで機会無いですからね。

そしていよいよボストロールに終焉が。

次回、第六十話「マシュ・ガイアーの正体」

ついに、謎の人の正体が明かされる


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第六十話「マシュ・ガイアーの正体」

「待てと言われて待つ奴は居ないッ」

 

 叫びながら戸を開けてバルコニーに飛び出したのは、同士討ちを避けるという意味であり、攻撃を準備せよという合図でもあった。

 

「減らず口をっ」

 

 振り返れば、追いかけてくるボストロールの姿が見え、私は足を止めるなり反転し片手を上げた。

 

「今だッ」

 

「な」

 

 わざわざ単独で戦えていた相手が仲間を呼ぶなど、想定していなかっただろう。

 

「はいっ」

 

「待ってましたわ」

 

 驚きに足の止まった黄緑の魔物を見据えるのは、正体を隠した四人の男女。

 

「撃ち方始めッ」

 

「メラ」

 

「は、はいっ」

 

 私の合図でボストロールに向けられていた大砲二門の臀部に呪文とたいまつで火がつき。

 

「げぇっ」

 

 引きつった顔の魔物目掛けて轟音と共に砲弾が撃ち込まれる。

 

(いやぁ、まさか大砲がこの世界にあるとはなぁ)

 

 ポルトガで外洋船の甲板に備え付けられているモノを見るまで私もこの凶悪な兵器が存在することを知らなかった。だが、有ると知ったからには利用を考えずには居られなかったのだ。

 

(出てくる場所は寝室の扉で固定だし、ボストロールは身体が大きい分外しにくい)

 

 ちなみにこのサマンオサ周辺の魔物には空を飛ぶものが存在する為、ひょっとしたらあるのではないかと思ったのだが、サマンオサ王に確認して正解だった。

 

(最初期の大砲だって未熟な戦士が銅の剣で斬りかかるよりはダメージがでかい筈)

 

 命中するかという問題も、相手の方を特定の場所に誘き出すという方法でカバーした。

 

「がっ」

 

 流石に強靱な魔物の身体は貫くにはいたらず、砲弾を跳ね飛ばしたが、身体にめり込んでからという注釈がつく。

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

「どうだッ、これが正義の力だッ」

 

 砲弾を撃ち込まれた場所をおさえてのたうち回る黄緑の魔物を前にして俺は無意味にポーズを決めると、呪文の詠唱を開始する。

 

(このまま決着をつけるッ)

 

 詠唱中なので心の中で呟きながら、私は両手を突き出した。

 

「バギクロスッ」

 

「ぎぎっ、がっ、あ」

 

 ダメージで足に力が入らないのか、呪文によって生み出された竜巻に黄緑の巨躯は状態が泳ぎ。

 

「今の内に再装填ッ」

 

 素人に二発目を込めている時間があるかは疑問だが、そう指示して走り出す。

 

(武器は使えなくても今なら)

 

 狙うのは、足。

 

「てやあッ」

 

 竜巻がかき消えると同時に懐に飛び込んだ私はバランスを崩したボストロールの足を引っかける。

 

「うぐっ、ぬあああっ」

 

「はッ」

 

 倒れ込みつつもこちらに振り下ろしてくる棍棒を視界の端に入れながら再び飛び込み前転し。

 

「バギクロスッ」

 

「うぎゃぁぁぁっ」

 

 跳ね起きるなり再び攻撃呪文を見舞う。

 

(思った通りだ、呪文二つはまだ厳しいけど、攻撃と呪文の併用ならこの調子で訓練していけば)

 

 使えるようになるかもしれない。

 

「うぐっ、何だ貴様は……貴様のような奴がいるなど、聞いて居らぬ」

 

 呻きつつ身を起こそうと悶えながら黄緑の魔物は私を睨み付けるが、それもそうだろう。私とてこの世界に人の身体で降り立つことになるとは思ってさえ居なかったのだから。

 

「ならば改めて説明しておこう、今の私の名は『マシュ・ガイアー』ッ。貴様の悪をくじく為、彼の地より舞い戻りし漢だッ」

 

 ただし、馬鹿正直に説明する義理も理由もない。中身がサイモンであっても問題なく受け取れるよう改めて名乗ると、謎のポーズを決めたまま、呪文を詠唱する。

 

「空を行き渡る風の精霊達よッ、今この手に集いッ、罪深きし者を裁く竜巻となって悪を斬り裂かんッ」

 

 一つは、声に。

 

(空を行き渡る風の精霊達よッ、今この手に集いッ、罪深きし者を裁く竜巻となって悪を斬り裂かんッ)

 

 もう一つは心の中で、二重に唱えて起こすは、巨大な竜巻。

 

「バギクロスッ」

 

 わざわざ詠唱をしたのは、一か八かの呪文連続発動を試そうとしたからに他ならない。

 

「がっ、ぐがぁぁぁぁ、ぎっ、ぐおっ」

 

「バギクロスッ」

 

 竜巻の中で悶える黄緑の巨体向けて手を突き出したまま、もう一度呪文を唱える。

 

(くッ)

 

 一度目の呪文を行使した時同様に精神力が消費されて行く感触を覚えながらも顔を険しくする。

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

 ワンテンポ遅れて発生した竜巻が、ボスとロールを切り刻むが、明らかにタイミングが遅い。

 

(失敗だな。連続で放ててるように見えて、その実ボストロールが弱って反撃もままならなくなってるだけだ)

 

 流石にホイホイ習得出来るようなものでは無いと言うことだろう。

 

(まぁ、いいや……今は)

 

 そんなことよりも、戦いを終わらせなくてはいけない。

 

「ぐううっ、おおおおおっ」

 

「これで終わりだッ、マシュ・ガイアーキィィィックッ」

 

 血だまりの中咆吼しながら身を起こそうとする巨躯目掛けて私は石床を強く踏み切るとボストロールへと蹴りかかった。

 

「あ」

 

 声を漏らしたのは、今だ大砲への装填作業を続けてた誰かだろうか。

 

「がふっ」

 

 短い悲鳴をあげて黄緑色の魔物は倒れ込み。

 

「ぐげげげ……お、おのれ……うぐアーッ!!」

 

 再び起きあがろうとして、失敗し断末魔を残し、果てる。

 

「えっ? ひっ」

 

 バニーさんは、事切れたボストロールの顔を見てしまったのか大砲の影に引っ込み。

 

「ふむ、次弾装填は遅すぎたようですな」

 

 僧侶のオッサンは全身タイツに仮面という変態仕様で平静に呟き。

 

「間違ってますわ、世の中おかしすぎますわ」

 

 何故かまほうつかいの格好をした魔法使いのお姉さんは膝を抱えて座り込んでいたが。

 

「ええと、お、お疲れさまでちた。勝ったんですよね?」

 

「うむッ、君達の協力あってこそだッ」

 

 足下の死体に恐る恐ると言った様子で近寄ってきた覆面シャルロットに、私は頷きを返してポーズを取る。

 

(うん、少々白々しい気もするけどね)

 

 ともあれ、これでシャルロット達にも経験値が入ったことだろう。

 

「ありがとうッ、名も知らぬ市民達よッ、君達のことは忘れないッ」

 

 一応シャルロット達が、元は言われない罪でこの城の地下に囚われていた市民という設定を物音に駆けつけてきた城の兵士達へ聞かせながらバルコニーを走り。

 

「とうッ」

 

 私は下へと飛び降りた。

 

「っ、レムオルッ」

 

 そして走りながら唱えていた呪文を使い透明になって「マシュ・ガイアー」と入れ替わる。

 

「頼むぞ」

 

「ああ。後は任せよ、そしてすまん……貴殿には本当に世話になった」

 

 姿の見えぬ俺に頭を下げて、覆面マント姿のサイモンは町に向けて歩き出しながら、覆面を脱ぎ捨て。

 

「なっ」

 

「馬鹿な、あれは……勇者サイモン?!」

 

「ありえん、サイモンは幽閉されて朽ち果てた筈」

 

 ざわざわと兵士達が騒ぎ出す中、城の方を振り返ってもう一度頭を下げる。

 

「名も知らぬ市民よ、この勇者サイモンに助力してくれたこと心から感謝する」

 

「市民?」

 

「おい、バルコニーに誰か居るぞ」

 

 サイモンの言葉に兵士達が騒ぎ出すが、これも俺達にとっては予定通りだった。

 

「いくよ、みんな?」

 

「「ええ」」

 

「はっ、はい」

 

 シャルロットが確認の声を上げれば、各々がキメラの翼を取り出し空高く放り投げる。

 

(さてと、レムオルの効果が切れないうちに俺も退散するか)

 

 落ち合う先はポルトガ。変化の杖は回収していないが、ぶっちゃけ杖が必要なのは、なげきの牢獄でサイモンの骸からガイアの剣を手に入れる為に必要になるからであり、サイモンを蘇生させてしまった時点であまり意味はないのだ。

 

「ルーラ」

 

 ぼそりと呟いて空に浮かび上がった俺が下を見ると、立ち止まって空を見上げるサイモンとそんなサイモンへ駆け寄る一人の若者の姿が見えた。

 




サマンオサ編・完?

次回、第六十一話「そして次の冒険へ」


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第六十一話「そして次の冒険へ」

 

(ひょっとして、さっきのはサイモンさんの息子さんかな。父親を捜して旅していたって言う)

 

 先程の光景を思い出しながら俺は小さく唸る。

 

(勧誘しておくべきだったかもなぁ)

 

 魔物の出没する外を旅が出来るのだ、それなりの腕があるのは間違いない。

 

(まぁ、TPOをわきまえるとこれでよかったかも知れないんだけど)

 

 離ればなれになっていた親子による感動の再会に水を差すほど空気が読めない人間であるつもりもない。

 

(ただ……なぁ)

 

 流れでルーラしてしまったが、サマンオサにはもう一度足を運ぶ必要はある。モシャスで魔物に変身し、川を渡ることが出来るので、ガイアの剣はなくても何とかなるのだが、これから戻る先にはサマンオサ王が居るのだ。

 

(これからサイモンさんは注目を集めるはず)

 

 ならば、回復したサマンオサ王をサマンオサまで運ぶのは、こちらでやる必要がある。

 

(今回の協力の報酬だったバハラタまでの同行も無理だろうなぁ、当然俺がマシュ・ガイアーをやるのも拙い)

 

 マシュ・ガイアーが同時に二人居ては、何の為に面倒くさい偽装をしたのか解らない。

 

(案内役は、謎の老爺「スレッジ」しか居ないか。何処かで付けひげ調達しておかないと)

 

 バハラタまで行ければ、ダーマまでは徒歩でゆける為、レベルさえ上げればバニーさんを賢者にすることも難しくはない。

 

(ダーマの側にはメタルスライム出るしなぁ)

 

 憑依先の身体がひたすら狩っていた魔物と比べると倒して得られる経験値は低いが、それでも倒せば多くの経験値を得られる水色生き物の色違いモンスター。これを狩ることは俺の中で既に確定事項だった。

 

(さてと、ただレベル上げは良いとして問題はやまたのおろちだよな)

 

 ジパングという国にもボストロール同様バラモス麾下の魔物が居り、生け贄として若い娘を要求し食らっているという話がある。

 

(うーん、犠牲を出来うる限り減らすならダーマから陸路を行って海をモシャスで魔物になって渡るのが一番早いけど)

 

 俺を悩ませるのは、ジパングにはサイモンの様に言い方は悪いがスケープゴートに出来る存在が居ないのだ。

 

(やまたのおろちに食べられてしまった女王ヒミコが生きていたってパターンは流石に無理があるからなぁ)

 

 サイモンと違って自分の腹の中である。部下の腹の中に収まった相手が「実は生きていました」なんて報告されてバラモスが信じるだろうか。

 

(フバーハで軽減出来るとは言え炎吐いてくるし)

 

 シャルロット達を連れて行った場合、確実に炎に巻かれて怪我をするか命を落とす。

 

(くっ、打開策が思いつかない)

 

 無策でやまたのおろちまで倒してしまえばバラモスは絶対警戒するだろう。ボストロールの件は勇者サイモンに倒されたで説明がついても、やまたのおろちは誰に倒されたか解らないと言うことになるのだから。

 

(いっそのことモシャスと変化の杖を併用して、ボストロールとは逆に俺がやまたのおろちになりすますか?)

 

 バラモスが部下にどんな連絡手段を使っているかも解らない手前化けたところですぐバレるとは思うが、流石にそうポンポンと良案は浮かばない。

 

(うーん……ん?)

 

 腕を組んだまま飛翔していたが、気づけば俺の身体は高度を下げ始めていて。

 

「しまった、もうポルトガについたのか」

 

 余程長いこと考え込んでいたらしい。

 

(っ、考えるのは後だな)

 

 どちらにしてもまずはシャルロット達と合流しなくてはならないし、格好がマシュ・ガイアーなのも拙い。

 

(見つかる前に着替えよう)

 

 俺は急いで着地に備え身構えながら呪文を詠唱し始める。

 

「レムオルッ」

 

 シャルロットのことだから、外で待っているかも知れない。

 

(そこにマシュ・ガイアー全開で飛んで来たら、なぁ)

 

 面倒なことになるのは説明さえ不用だろう。

 

(問題は透明の状態で着替えが上手くできるかという点だけど)

 

 そこは、変な格好になったらレムオルの効果が切れてから直そう。

 

(考えて答えが出ないならこれ以上考え続けても無意味だよな)

 

 だったら、決まっているところまでやることをやってしまうべきだ。

 

(バハラタとダーマをルーラに乗せるだけでもだいぶ違ってくる)

 

 ついでに言うならダーマの様な世界から人の集まってくる場所ならまだ行っていない町の出身者も居るかもしれない。

 

(キメラの翼で相乗りさせて貰えば、ルーラで行ける場所が増え……あ)

 

 そこまで考えて思い出した。何処かのほこらにジパング出身の男性が居たことを。

 

(モシャス使うまでも無いかもな……っと)

 

 協力してもらうことが出来ればの話だが、拒絶されたとしても最初に考えていた方法で海を渡るだけである。俺は手袋にブーツと順番に脱いだそれらを脇に置き、鞄を開けて中を漁る。

 

(っ、手探りって意外と難しい)

 

 着替えるにも一苦労だった。ちなみに脱ぎ終えた覆面と手袋、ブーツは穴を掘って埋める。

 

「世話になったな、マシュ・ガイアー」

 

 使い回してシャルロット達に見られることを防ぐ為だ。

 

(これで、マシュ・ガイアーはサマンオサにただ一人)

 

 人知れず謎の人の真相は土の中に葬られ、俺は土の被せられた穴を一瞥してからポルトガへと歩き出す。

 

「あっ、お帰りなさいお師匠様」

 

「ああ」

 

 予想通り、シャルロットは俺を街の入り口で待っていた。

 

(あ)

 

 前回の一件があったからか抱きついてくることは無かったけれど、たぶんこれで正しかったのだろう。

 

「激しい戦いだったらしいな」

 

「えっと、ボク達は殆ど何もしてなかったんですけど……」

 

 ばつが悪そうに視線を逸らしたシャルロットは、それでも次の瞬間には視線を戻して。

 

「それより、凄かったんですよマシュ・ガイアーさん。バギクロスって呪文とか」

 

「そ、そうか」

 

 目を輝かせ語る姿に微妙な居心地の悪さを感じつつも顔には出さず、俺は手を差し出す。

 

「行こう、町の入り口で立ち話するのもな」

 

「あ、はいっ」

 

 そして、ぎゅっと手を握り替えしてくるシャルロットと共に中へと。

 

(先走りすぎていたのかもな)

 

 まだ、方針さえ完全に定まっては居ない、だが勇者一行からすれば、強敵を倒した直後である。

 

「何だか腹が減ったな」

 

「そう言えばボクもお昼……あれ? お昼で良いのかな?」

 

 ただ一人焦っていたことを教えられて顔には出さず苦笑しながら、シャルロットの頭に手を置く。

 

「なら、屋台で何か買って行くか」

 

「はいっ」

 

 嬉しそうに返事をする勇者の笑顔に少しだけ口元を綻ばせ、俺はちらりと後方を振り返った。

 

 




ポルトガに帰還した主人公。

謎の人との密かな別れを済ませ、仲間の元へと帰る。

次回、第六十二話「バハラタへの道」


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第六十二話「バハラタへの道」

「すまん、遅くなった」

 

 途中で調達した食べ物をお腹に入れ、宿にたどり着いたのは一時間ほど後のこと。

 

「「あ」」

 

 ドアを開けて中に入った瞬間、全員が声を上げた理由は何というか、取り込み中であったのだ。

 

「こっ、これは……そう、このエロウサギがまた粗相をやらかしたからですわっ!」

 

「あうっ」

 

 狼狽えた魔法使いのお姉さんに踏みつけられて声を漏らしたのは、ロープで縛られたバニーさん。

 

「あは、あはは……」

 

 苦笑するシャルロットも何があったのかを察したのだろう。

 

(あー、バニーさんがまたお尻でも触ったんだろうなぁ)

 

 もう別に同性を追いかけ回す必要もなくなったことだし、バニーさんのセクハラについても何とかしなければ行けないのかもしれない。

 

「だいたいの事情は察した。それで流石に同席するのも問題と言うことであの男が居ないのか」

 

「あ、うん。それもあるけど、アランさんはサマンオサの王様の具合を見に、今お城に行ってるから」

 

「成る程」

 

 回復魔法の使い手であることをを踏まえれば、僧侶のオッサンが国王のところに出かけているというのも納得の行く状況である。

 

「本来は全員が揃ってからの方が良いのかもしれんが、これからのことをそろそろ話しておこうと思う。まず、次に向かう場所だが、東の関所から旅の扉を通れば様々な場所へゆけることは話したな?」

 

「えっと、さっき戻ってきたサマンオサやバハラタって町に他の旅の扉を経由すれば行けるってお話でしたよね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 俺はシャルロットの言葉に頷くと、先を続ける。

 

「本来ならマシュ・ガイアーがバハラタに連れて行ってくれるという話だったが、サマンオサがあの状態では一時的に国を抜けるなど難しかろう。今では救国の英雄だからな」

 

 おまけに国王はこのポルトガで療養中である。

 

「た、確かにあの状況で約束だから連れて行けとは言い出しづらいですわね」

 

「そこでだ。マシュ・ガイアーの知人にスレッジという老人が居る」

 

「あ、その人なら――」

 

「ああ、シャルロットは会っているな。その老人はさまざまな呪文を会得しているらしく、解錠呪文のアバカムを覚えているらしい」

 

 はっと顔を上げたシャルロットに頷いて、俺はその老人が連れて行ってくれることになったという旨を三人に説明する。

 

「もっとも、交換条件付きだがな」

 

「「えっ」」

 

 シャルロットと一緒にバニーさんや魔法使いのお姉さんまで「また条件付き」という顔をしたが、これは仕方ない。

 

(俺が同行しない理由を作っておかないと不自然だもんなぁ)

 

 胸中で嘆息し、城にいる僧侶のオッサンへ心の中で詫びつつ、俺が明かした条件は至極単純なもの。

 

「同行者は若い女性のみ、だそうだ。何でも『サマンオサでは子持ちのオッサンのお守りしかしとらんのじゃぞ? ワシだってたまにはピチピチのギャルに囲まれた旅がしてみたいと思うても罰はあたらんじゃろ?』と言っているらしい」

 

 とんでもないエロ爺の言い分だが、あまりスレッジに親しくなられるのは正体に気づかれそうで宜しくないのだ。となると、スレッジ爺さんに扮した俺はシャルロット達からあまり好かれないポジションを取る必要もある。

 

「あ、あの、ご主人様……そ、それは」

 

「ああ。俺とアランは留守番になるな。かわりにアリアハンにいる二人のどちらかを連れて行くぐらいは出来るかも知れないが」

 

 恐る恐る尋ねてきたバニーさんへ無慈悲な肯定を返すと、俺は演技で遠い目をしてみせる。

 

「ああぁぁあ……エロウサギだけでも大変ですのに」

 

 魔法使いのお姉さんの胸中は察するが、流石にセクハラをするつもりはない。人の身体に憑依している俺には責任の取りようがないし。

 

(そもそも俺はシャ――って、そうじゃない。だいたい、浮かれてる場合じゃないもんな)

 

 こうしている間もジパングでは人命が失われているかも知れないのだから。シャルロット達にも自分にも休養は必要だろうが、だからといって時間を無駄にするつもりはない。

 

「思うところはあるだろうが、スレッジとやらが同行するのはバハラタまでだ。そこまでは耐えて欲しい」

 

「そこまで? お師匠様、その後はどうするんです?」

 

「バハラタはここポルトガ同様、一度訪れればルーラで移動が可能だ。お前達は帰ってきても良いし、バハラタで買い物をしても良い」

 

 自由行動だ、としておきつつ、釘は刺す。

 

「ただ、不用意に外には出るな。バハラタ周辺に出没する魔物はサマンオサほどではないがお前達にはまだ荷が重い」

 

 一度水色生き物に囲まれて窮地に陥ったシャルロットなら無謀なことはしないと思うが、念のためである。

 

「スレッジとやらはお前達が同行することを鑑みるに自分で聖水を撒いて魔物除けをしつつ進むだろうし、行きで魔物と出くわすことはないだろうがな」

 

「……つまり、そのご老人は周辺の魔物より明らかに腕が立つと言うことですのね?」

 

「ああ、スレッジにはその後別件で俺と協力して貰うことにもなっている」

 

 魔法使いのお姉さんに頷きつつ俺の口にした別件については、考えてある。と言うか、丸く収める解決方法が未だ見つからない「やまたのおろち討伐」のことだ。

 

「別件?」

 

 疑問の声を上げたのは、シャルロット。

 

「ああ……聞くと後悔するかもしれんが、それでも聞くか?」

 

 ぶっちゃけ、今回は安全策が思いつかない為、話をしたとしても同行は認めづらい。だからこそ、わざと脅すように言ったのだが、勇者は迷うことなど無かった。

 

「はい、聞きたいでつ」

 

 ただ、噛んだ。

 

「……サマンオサのボストロールは倒した。だが、ほぼ同格の魔物がとある国で女王に化け、若い娘を生け贄として要求しているという話をな、噂で聞いた」

 

「ど、同格の魔物?!」

 

「ああ、しかも複数の頭を持つドラゴンで、炎も吐く。ボストロールとは違い複数の敵を相手取るのも得意なタイプだな」

 

 言外にボストロールの時の様にはいかないことを語りながら、俺は肩を竦める。

 

「当然、バラモス麾下の魔物で幹部クラスだ。倒してしまえばバラモスは警戒するだろうし、マシュ・ガイアーは頼れん。その国までどうやっていくかも未定だ」

 

 問題だらけだから、まだこの時点では言うつもりもなかった。

 

「スレッジとは目的地まで辿り着く方法をまずは探すつもりで居る、上手くいけば過程でダーマにも辿り着けるかもしれん」

 

「お師匠様、その旅ボクも同行させて貰」

 

「それはできん」

 

 最後まで言わせず拒絶したが、シャルロットがそう言い出すのは明らかだったから。

 

「サマンオサの時は直接町に飛ぶだけだったが、今回はアテのない旅になる。もしかの国の人々を救いたいと思うなら同行ではなく修行を積んでやまたのおろちとの決戦に同行出来るだけの強さを手に入れておけ」

 

 心を鬼にして、俺は言う。

 

(そもそもついてこられたらスレッジと俺が同一人物だってばれるしなぁ)

 

 同行は無理な相談なのだ、いろんな意味で。

 

「お師匠様っ」

 

「恥を言うが、まだ作戦さえ定まっていない段階だ。何とかしたいと思うのは俺も同じだ、実際、ここに戻ってきた時、お前達に軽く挨拶だけしてそこへ行く方法を探しに行こうかとさえ思った」

 

 だが、焦って先走れば、どうなるか。

 

「そう言えば、あの時町の外の方を振り返って……」

 

「そう言うことだ。そもそもお前達とてボストロールとの戦いで疲れているだろう? 問題の国はダーマよりさらに東らしい、どのみちバハラタまでは行かねばならん」

 

 つい先程のことを思い出したシャルロットを宥め、その日は旅立ちの準備をすると宿で休息し。

 

「俺は一足先に出発する。不足している情報も集めねばならんからな」

 

 もっともらしい言い訳を口にしつつポルトガを旅立つと外でスレッジに変装し、引き返す。

 

「おおっ、やはりいいものじゃのぅ……ありがたやありがたや」

 

 シャルロット達と再会するなりとりあえず拝んでみたのも当然ながらエロ爺を印象づける為の演技である。

 

「あ、あの」

 

「うむうむ、解って居るとも。お前さん達をバハラタまで連れて行けば良いんじゃろ?」

 

 早くも若干退き気味のシャルロットへ、旅立ちの準備の合間に買った付けひげで顔の下半分を隠したまま俺は好相を崩すと、しきりに頷いてみせる。

 

「ワシに任せておきなされ。お前さんのお師匠さんに先を越されなんだらラーの鏡だって取ってくるぐらいの実力は持ち合わせて居るのでの。大船に乗った気でいることじゃ」

 

 カラカラと笑いつつ、これぐらいはノーカンかとシャルロットの肩に手を置こうとした瞬間。

 

「っきゃぁぁぁぁ」

 

「な、なんじゃ? ワシはまだ何もしとらんぞい?」

 

 近くで上がった悲鳴に俺は慌てて周囲を見回し。

 

「何しますのこのエロウサギっ!」

 

「ひうっ、ご、ごめんなさいっ」

 

「……何じゃ、あっちか」

 

 いつもの光景を見つけて胸をなで下ろすが、ひとつ忘れていた。自分がうっかり口走ったことを。

 

「何も?」

 

「あ」

 好意の籠もった視線を向けられることが多いので、シャルロットのジト目はある意味新鮮でもあった。

 

「サラ、ロープ余ってない?」

 

「ちょっ、待つのじゃ、お前さん何をする気じゃ?!」

 

 だが、こういうピンチになるとは思っても居なかった。

 

(あれ、バハラタまでの道ってひょっとしてずっとこんな感じ?)

 

 自分で決めたこと、ではある。だが、いきなりピンチになるのは想定外だった。

 

(って言うか、縛られたら体つきとかで正体ばれるし)

 

 いきなりの大ピンチである。かといってもシャルロットに何かする訳にも行かず。

 

「さ、さぁ出発しようかの?」

 

「っ、待てーっ」

 

 俺に出来たのは誤魔化しながら逃げ出すことだけだった。

 




焦る気持ちはあっても、解決策が思いつかない。悩みながら進むことを決めた主人公は老爺を演じつつ勇者に追い回される。

次回、第六十三話「バハラタ到着」

旅の扉を経由して、聖水で敵のでなくなったフィールドを歩くだけのお手軽旅行です


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第六十三話「バハラタ到着」

「ほっほっほ、最初の威勢はどうしたのかのう?」

 

 ポルトガを出た後も追いかけっこは続いていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 もっとも、スペックを考えればシャルロットが俺に追いつけるはずもなく、バニーさんとのセクハラ追いかけっこで鍛えられていたにも関わらず、既に息は荒くなっていたりもするのだが。

 

(あぁ、幸せの靴を履かせらればなぁ、シャルロットの経験値が稼げるのに)

 

 こちらには考え事をする余裕もある。

 

「ただ、他のお嬢ちゃん達と離れすぎるのは感心できんぞ? 聖水の効果範囲からあちらが出てはワシの同行する意味が半減してしまうのでな」

 

「あ」

 

 シャルロットは声を上げるなり慌てて後ろを振り返るが、そこはぬかりない。考え事をするついでに他のメンバーの位置も把握済みである。例えば、シャルロットのすぐ後ろに忍び寄っているバニーさんとか。

 

「うみゃぁぁぁぁ」

 

「ま、近すぎるのもかんがえものかもしれんがのぅ。ありがたや、ありがたや」

 

 一度決めたキャラを崩す訳にも行かず、この手のアクシデントで拝むのはもはや六回目に達している。

 

(恐るべしはバニーさんか)

 

 しかし、バニーさんの何がああさせるのか。

 

「もうっ、ミリーっ!」

 

「ごっ、ごめんなさい。その、つ、つい……」

 

 お冠なシャルロットにバニーさんが謝り倒すのはもはや見慣れた光景である。

 

「まったく、このエロウサギは懲りるということを知りませんのね」

 

「ひっ」

 

 そしてだだ黒いオーラを纏って追いついてきた魔法使いのお姉さんにバニーさんが悲鳴をあげるのもまた。

 

「ううっ、男の人だったらいい絵になるのにぃ……はっ、そうですぅ! ここは心の目で性別を転換して見るですぅ!」

 

 あと、シャルロットがいったんアリアハンへ戻って連れてきたらしい腐った僧侶少女は相変わらずブレなかった。

 

(や、ブレないというか、悪い方向に成長してるような気がするんだけどきっと気のせいだよね?)

 

 足には幸せの靴を履いたままなのでどんどん経験値が貯まっているとは思うのだが、別のレベルを上げられても困る。

 

「少年勇者のお尻をついつい触ってしまうピエロさんに、その光景に手を合わせて拝む魔法使いのお爺さん。やがて少年勇者さんと深い関係になったピエロさんはぁ……」

 

 と言うか、俺までセットで腐った妄想にぶち込むのは止めて下さい。

 

「きゅぴーんっ! 何だか素晴らしいお話が書けそうな気がしてきましたぁ」

 

 魔物が出ないのを良いことに宣言するなり荷物を漁って羊皮紙を取り出した僧侶の少女。

 

「魔物が出ないなら、縛ったまま歩くのだって問題有りませんわよね?」

 

 据わった目でロープを取り出す魔法使いのお姉さん。

 

「ひっ」

 

 怯えて縮こまるバニーさん。

 

「あー、えっと」

 

 俺を追いかけていたことも忘れて目の前の惨状に顔を引きつらせるシャルロット。

 

(なに この かおす)

 

 フードと付けひげで顔の大半を隠しては居るが俺の表情もシャルロットに似たり寄ったりだろう。

 

「お師匠様、ボクこの人達をこれから御して行けるんでしょうか……」

 

 俺ではなく、きっとここには居ないはずの師へ語りかけるシャルロットの呟きに、俺は何とも言えない顔になる。

 

(うん、流石にこれはなぁ)

 

 もし、師匠として同行していたらシャルロットになんと声をかけてやれただろうか。

 

(手を打ってみるか)

 

 成功するかはわからない。だがパーティーにはちゃんと機能して欲しい。

 

「お前さん方、そろそろロマリアの関所に着くぞ?」

 

 そう俺が口にするまでにカオスは四回ほどあって、何とかしなきゃと言う思いは強くなる一方だった。

 

「ここが、関所……」

 

「うむ、ここの扉は本来の鍵以外では、魔法の鍵か最後の鍵と呼ばれる特定条件を満たした扉ならどんな扉でも開けてしまう鍵でしか解錠出来ぬ扉を使っておってな」

 

 それが故に許可されたもの以外が通り抜けるには俺の述べた鍵のどちらかを必要とする。

 

「もちろん、アバカムの呪文が有れば簡単に空いてしまうが、それはそれじゃ」

 

「アバカムっていうとお師匠様のおっしゃってた解錠呪文?」

 

「その通り。この呪文じゃったら、関所の扉を開けてロマリアへ行くことだけでなく、地下道にある鉄格子を開けて旅の扉を利用することも可能となる。そっちのお嬢ちゃんも経験を積めばやがて覚えられるじゃろう」

 

「わ、私が?」

 

 シャルロットの疑問に答えつつ示した魔法使いのお姉さんは驚いた顔をするが、無理もない。アバカムを覚えるレベルは確か三十レベルを幾つか過ぎてから。ボストロールの経験値が入ったとは言え、まだ当分先の話なのだから。

 

「ま、その頃には今よりまともなパーティーになっとるじゃろ。人は成長するものじゃ、お前さんも気に負いすぎぬようにの?」

 

「あ、えっ?」

 

 いきなり真面目にフォローしたことへ面を食らったのか、シャルロットが驚いた顔をするが、これはまぁ仕方ない。さんざんエロ爺を装ってきたのだから。

 

「あ、ありがとうございまふっ」

 

 だが、それでも感謝の言葉が言えるのはシャルロットの凄いところだと思う。

 

「ほっほっほ、まぁあの男なら言うであろうことをかわりに言ったまでじゃ、礼などよいよい」

 

 俺はヒラヒラ袖を振りながら笑うと、アバカムの呪文で関所の扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 

「さ、行くぞ? 地下道じゃから足下に気をつけての。何ならワシが腰辺りを支えてやっ」

 

「「一人で行けます」」

 

 わざとらしいセクハラ発言をすると、言い切る前に予想通りの答えが重なって返ってくる。

 

(ふぅ、これで良し、と)

 

 身体を密着させると中身が老人でないとばれてしまう以上、この手の言動は仕方ない。

 

「む、むぅ……最近の若者は素直でないのぅ。こっちじゃ、ならばさっさと行くぞ」

 

 一応残念そうな態度を装い、更にふてくされた演技をしつつ俺は早足で階段を降り始めた。

 

「問題の旅の扉はこの地下道の間にある……あそこじゃな」

 

 話ながらT字路にあった場所を示し、そこで曲がるとアバカムで鉄格子を開けて旅の扉へ。

 

「とんだ先には複数の旅の扉がある。言わば中継点のようなモノじゃな。間違えてはぐれるでないぞ?」

 

 前回来た時間違ってあちこち行った俺は流石にどれが正しい旅の扉か解るが、シャルロット達はそうもゆくまい。

 

「さてと、それでここがオリビアの岬じゃ」

 

 中継点を経由してオリビアの岬にある宿屋までどれほど時間がかかったのかは、正直解らない。旅の扉は瞬時に別の場所に運ぶと何処かで説明があった気がするので、関所に着いた時間からはそれ程経っていないと思いたいが。

 

「勇者サイモンが幽閉されておったほこらの牢獄のある島も天気が良ければあっちの方角に見ることが出来るかもしれんの」

 

「あのマシュ・ガイアーさんが……」

 

「と言うか、あんなでたらめに強い方が良く虜囚に甘んじてましたわよね」

 

 ガイドよろしく俺が説明すれば、シャルロットと魔法使いのお姉さんがポツリと呟く。

 

(あー、言われてみればそうかもなぁ)

 

 と言うかマシュ・ガイアーでちょっと全力を出しすぎただろうか。

 

(今頃寝室の改修費要求されてたりして……って、それはないよな救国の英雄だし)

 

 豪奢な寝室で遠慮無く竜巻起こしたのは、俺だ。あれは状況的に仕方のないことだと思うが、ボロボロの室内を思い出すと流石に良心が痛む。

 

「ちなみに、ここは宿屋でもある。疲れているようなら一泊し」

 

「「大丈夫です」わ」

 

 気を紛らわせる為ことさら戯けて口にした提案は、あっさりはね除けられ。 

 

「むぅ、そう声をハモらせんでもよいではないか……しかたがないのぅ」

 

 残念そうに言ってみるが、これで良かったのだろう。

 

「ええっと、スレッジさん?」

 

「む?」

 

 気の進まぬ様子でアバカムの呪文を唱えようとした俺は、シャルロットの声に振り返る。

 

「気を遣ってくれてありがとうございます。けど、ボク達なら大丈夫ですから」

 

「何のことじゃな?」

 

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 

(ひょっとして気を遣っているように見せかけたセクハラ発言を真面目に受け止めていたとか?)

 

 天然っぽいところのあるシャルロットならあっておかしくはない、とも思ったが。

 

「一刻も早く行きたいんですよね? お師匠様と行こうとしている本来の旅に」

 

「っ」

 

 シャルロットは思った以上の成長を遂げていたらしかった。

 

「戯けたフリをしてる見たいですけど、地下道も老人とは思えないほど早足でしたし、ボクをからかったのだって不自然でなく行軍の速度を速くする為、あなた達が何をしに行くかはお師匠様に聞いちゃいましたから……ここに泊まろうという提案も自分のペースに付き合わせてしまったボク達を気遣っての」

 

「何を言っておる? ワシもいい歳なのでな、張り切りすぎて疲れたから休みたいと思っただけじゃよ?」

 

 ここで動揺しては駄目だ。そして、エロ爺の演技も崩せない。

 

「それにピチピチギャルとのお泊まりじゃぞ? こんな役得を」

 

「スレッジさん……」

 

 尚も演技を続ける俺に向けたシャルロットの目は、最初にエロ爺を追いかけ回していた時と違い、暖かで、それでいて何かを見透かしているかのようで。

 

「まったく、あの男の弟子はやり辛くてかなわんのぅ」

 

 結局のところ、先に音を上げたのは、俺だった。

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「そこはお前さんの想像に任せるわい。ただ、泊まろうと言うのには別の思惑もあったのじゃよ」

 

「思惑?」

 

「うむ」

 

 ため息と共に漏らした言葉へ食いついてきたシャルロットへ、腕を組み頷く。

 

「ワシの推測通りなら愉快なモノにはならんのでな、こっそりやってみようと思っておったことがあるのじゃが……バハラタについたなら、ちょっと協力してもらっても良いかの?」

 

「えっと、ボクで良いなら」

 

 結局のところシャルロットには完敗だった、まぁ約束を取り付けられたことは成果かも知れないのだが。

 

「騙されましたわ」

 

「ひょ?」

 

「すっ、すみません、すみません。てっきり本当にエッチなお爺さんかと……」

 

「あ」

 

 俺は失念していた、一緒に居たのがシャルロット一人でないことを。

 

「私達にも協力出来ることがあるならお力添えしますわ」

 

「で、出来ることなら……その」

 

「ぬ、ぬぅ……」

 

 気持ちはありがたいのだが、こっそりやるつもりだったことにも理由がある。

 

(うわぁ、どうしよう)

 

 この状況はちょっと拙かった。

 

「で、ではバハラタに着いてからじゃ。まずはバハラタに向かうぞい」

 

 テンパった俺は咄嗟に問題を先送りにし。

 

「「はいっ」」

 

 態度が180度逆転した女性陣の協力もあってオリビアの岬からは完全な強行軍となる。

 

「はぁはぁ、はぁ……心が通ったことで深まる絆ぁ、うぅん、これもいけますぅ」

 

 一名、ブレない僧侶も居たが、あれはもう放置しようと思う。

 

「はぁはぁ、っきゃぁぁぁ」

 

「サラっ」

 

「す、すみませんっ。けど、急がないと……その」

 

 魔物の出ない旅路はいつしか謎のセクハラマラソンもどきと化していて。

 

(いや、どうしてこうなった)

 

 バハラタに到着したのは、本来の予定より半日近く前のことだった。

 




演技、あっさりと見抜かれる。

成長を遂げたシャルロットによって目論見を崩された主人公。

バハラタへ至った勇者一行、そして勇者と取り付けた約束。

主人公が試みようとしたものとは?

次回、第六十四話「立つ前に」

さようなら、       さん。
(ネタバレ防止のため空白スペースです、反転しても何もありません)


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第六十四話「立つ前に」

「では、行ってきますわ」

 

「うむ、ワシの分は要らぬのでそのつもりでの」

 

 宿の手配を頼んだ魔法使いのお姉さんを見送りつつ、俺は付けひげで隠した口元を密かにつり上げる。

 

(こっちは上手くいったか)

 

 やたら協力的になったのはありがたい。

 

(さて、腐った僧侶さんは教会に挨拶に行ったようだし、あとはバニーさんか)

 

 道具屋へお使いに出す、という辺りが妥当だろうか。

 

(遊び人と言う職業に一抹の不安を感じるけど、まぁそこは考えないことにするしかないかな)

 

 などと考えつつ、俺は財布から少額のゴールドを出すと、残る二人を呼んだ。

 

「使った聖水の補充をしておきたくての、二人の必要は無いので遊び人の嬢ちゃんはちょっと道具屋まで買いに行ってきて貰えると助かるんじゃが」

 

「わ、解りました……」

 

「ただ、尻は触らんでよいのでな?」

 

「うぇっ?!」

 

 頷くバニーさんに釘を刺した直後、シャルロットが奇声を上げたのは、きっと後一歩まで近寄ってきていた手に気づかなかったのだろう。

 

「ミリーっ」

 

「ご、ごめんなさい……つい」

 

「まぁ、ええわい。ワシが触られた訳では無いのじゃからな」

 

 シャルロットは何か言いたげであったが、俺は敢えて触れずにバニーさんを送り出すと、残ったシャルロットの二の腕あたりをそっと突いて目配せする。

 

(理解出来てると良いけれど)

 

 わざわざシャルロットを残した理由と、今の仕草について。

 

「そ、その……で、では、行ってきますね?」

 

「うむ、お金を落とさぬようにの」 

 

 もちろんそんなことはおくびも出さず、バニーさんへ対応して送り出すと。

 

「スレッジさん」

 

 シャルロットは一つ頷いてからこちらの名を呼んで物陰へ歩き出した。

 

「さてと……ところでお前さん、ラリホーの呪文は使えるかの?」

 

 やはりシャルロットも成長しているようだと胸中で喜びを噛み締めながら、用件を切り出したのは、物陰で立ち止まった後のこと。

 

「えっと、ごめんなさい。そこまではまだ……」

 

「ふむ、ならば仕方ない」

 

 わざわざ確認を取ったのは、対象を眠らせるその呪文が勇者と僧侶の覚える呪文であるからだ。

 

(見た目魔法使いのスレッジが使うのは不自然っぽいから出来ればシャルロットにやって欲しかったんだけど)

 

 無い袖は振れない。

 

「少々稀少じゃが、道具として使うと相手を眠らせる呪文と同じ効果を持つ魔法の杖があっての、今回はそちらを使う」

 

「そんな品があるんですか?」

 

「うむ」

 

 稀少な品を持ってることがバレると後々面倒だから表向きは呪文を使っていることにすると俺は予防線を張りつつ、これからすべきことを説明し始めた。

 

「で、わざわざそんなモノが必要になる理由なんじゃがな、宿で言うたじゃろ?」

 

「あ、愉快なモノにはならないって言う――」

 

 シャルロットの言葉に今度は無言で頷く。

 

「ましてや、その杖……ラリホーはお前さんのお仲間に使うのでな」

 

「えっ」

 

「じゃから、愉快なモノにはならんと言うたじゃろ?」

 

 驚きの声を上げるシャルロットに俺は嘆息してみせると、更に言葉を続けた。

 

「オリビアの岬にある宿で泊まるようであれば、お前さん達全員を眠らせてからこっそりやるつもりだったのじゃが……どうしてこういう流れになってしもうたんかのぅ」

 

「ボクも? それはやっぱり愉快じゃないってところに関わってくるんですか?」

 

「うむ、その通りじゃ。ワシの予想が正しかったとしてもじゃし、間違っていたなら間違っていたで嫌じゃろ、仲間のお嬢ちゃんが眠っている間に老人とはいえ男に何かされるなどという展開は」

 

「そ、それは……」

 

 事実を知っていて黙っているのは気まずいし、中途半端に知っていた場合自分も何かされたんじゃと不安になるかも知れない。

 

「ワシの独断専行なら、あの時までなら失敗しても『夜這いのつもりじゃった』とかで誤魔化すことも出来たじゃろうし」

 

 エロ爺が演技だと見抜かれた今では、流石にこの言い訳も怪しい。

 

「ともあれ、全員揃って眠っておったなら何があったかも知らんで終わったじゃろ? 世の中、知らずに済めばその方が良いことなど掃いて捨てるほどあるものじゃからな」

 

「……ごめんなさい、ボク達に気を回してくれてたんですね?」

 

「それもあるが、いくらかは自衛の為じゃよ。魔法の杖を持っているが呪文を使っているフリをするとさっき言うたじゃろ? あれと同じ、手札を明かさずいざというときに備える為じゃ」

 

 シャルロット達に「魔法使いだから」で説明出来ない僧侶の習得呪文を使うところを見せない為、と言うのが一番大きな理由だが、流石に当人に明かせる訳もない。

 

「色々考えてるんですね……ところで一つ聞いても良いですか?」

 

 シャルロットは表向きの理由に一通り感心すると、何気なく俺に問う。

 

「なんじゃ?」

 

「『夜這い』ってなんですか?」

 

「ぬぉう?!」

 

 と言うか爆弾を投げつけてきた。

 

(うーん、シャルロットの態度からすると、きっと知らないんだろうなぁ)

 

 天然さを発揮したシャルロットによって俺はいつの間にか窮地に立たされ、思わず遠くを見た。

 

(ああ、あの空を飛べたらどんなに素敵だろう)

 

 飛んで、この窮地から逃げ出せたら。

 

「スレッジさん?」

 

 だが、シャルロットは俺の現実逃避を許してくれない。

 

「む、うむ……ええと、何じゃな。ほれ……」

 

 対応に困り、混乱に陥り、言葉をぼかしつつ、気づけば胸中で密かに呪文を唱えていた。

 

「ら、ラリホー」

 

「ふぇっ、スレッジさ」

 

「っ、ふぅ」

 

 とっさに、袖の中に隠した杖を突きつける動作まで出来たのは、さっきシャルロットに自分で説明したからか。崩れ落ちるシャルロットを咄嗟に両手で支え、俺は安堵の息をつく。

 

(危なかったぁ)

 

 物陰で少女を眠らせてる時点で、客観的に見ると今の方が余程危ない様な気もするが、そこは考えないでおく。

 

(とりあえず、これで結果オーライだよな)

 

 本来、誰にも気づかれることなく済ませるつもりだったのだ。

 

(えーと、シャルロットはこのまま、ここの物陰に寝かせて、と)

 

 俺は荷物を漁るとロープと目隠し及び猿ぐつわ用の布を取り出す。

 

(ラリホーと言うか状態異常の眠りはいつ解けるか解らないのがネックなんだよなぁ)

 

 マヒを解く呪文はあってもマヒさせる呪文はなく、結果として寝ている間に縛るという手間をかける必要が出てくる。

 

(用心するに越したことはないか)

 

 いつでも透過呪文が使える態勢を整えつつ、手は束になったロープを解く。一応先日会得した一ターンに二回行動の練習も兼ねているのだ。

 

(しかし、何だろうこの光景。犯罪臭しかしない)

 

 俺は胸中で独り言ちながらも、複雑な気持ちで作業を進めるのだった。

 




スレッジの手に落ちてしまったシャルロット。

と言うか、一体何をするつもりだ主人公。

漂う犯罪臭は、きっと気のせいだと思いたい。

次回、第六十五話「か、勘違いしないで。こ、これは確認作業なんだからね」

これ程白々しいサブタイトルも……うん、まぁ……

ちなみに前回予告のさようならについては六十五話まで伸びそうです、すみません。


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第六十五話「か、勘違いしないで。こ、これは確認作業なんだからね」

 

「さて、ひとまずはこれでいいかの」

 

 ポツリと漏らしたのは、シャルロットを縛り終えた後のこと。

 

(終わったらロープの補充もしないとな)

 

 切らずに使うと縛り目で面倒なことになる為、必要な長さを切って使っていたロープはかなり目減りしていた。

 

(ま、後一人ぐらいなら何とかなるんだけど)

 

 どちらにしても、目的の人物が戻ってきてからだ。

 

(俺は宿に寄らずそのまま旅立つことになっているからなぁ)

 

 シャルロットの方を呼びに魔法使いのお姉さんが来る可能性もあるが、距離的には教会か道具屋の方が近い。ならば、先に戻ってくるのは、バニーさんか、僧侶の少女と言うことになる。

 

「お、お待たせしました。聖水買って……えっ?」

 

 結果だけを先に言うなら、先に戻ってきたのは、バニーさんだった。居るはずの場所に俺達が居ない事態に驚いている姿を見ながら、俺は呪文を唱える。

 

「うむ、すまんの。ラリホー」

 

 それで、バニーさんも眠ってくれると、そう踏んでいた。

 

「なっ……あれ?」

 

「な」

 

 そう、失念していたのだ。運の良さが高いと状態異常にかかりにくいことを。

 

(しまった、肝心のところで失敗するとか)

 

 シャルロットに眠って貰っているのにここでバニーさんに騒がれたり逃げられては終わりである。

 

「す、スレッジさん……ど、どうして」

 

「むぅ」

 

 誤魔化すべきか、きっちり話すべきか。

 

「もうちょっとじゃったんじゃがのぅ……」

 

 流石にもう一度ラリホーを使って抵抗されては取り返しがつかなくなる恐れもある。

 

(やむを得ないか)

 

 流石に警戒の色を見せ始めたバニーさんへ、俺は真相を話すことにした。

 

「お前さんについてこっそり確かめたいことがあったのじゃよ」

 

「た、確かめたいことですか?」

 

「うむ、旅の間も仲間のお嬢ちゃん達の尻を何度も触っておったじゃろ? ああ、謝らんでもよい。本来尻を触るのは男の遊び人の筈、そこが少々気になっての」

 

 そう、ゲームなら決してあり得ない行動をこのバニーさんが何故とるのかという疑問は前々から抱いていた。

 

「そこで一つの呪文をかけてみようと思ったんじゃよ、ただお嬢ちゃんの意思に反して身体が動いておるなら抵抗される恐れもある」

 

「で、では」

 

「うむ、とはいうものの縛られて身体を調べられたなどというのは良い気がしないと思うたのでな。眠っている内に全て済ませてしまおうとして失敗し、当人にも気づかれぬように調べることを諦めたワシはこうして説明することにした訳じゃ」

 

「す、すみません。呪文にかからなくて」

 

 根が善良なのか、気弱だからかバニーさんは謝ってきたが元はと言えば遊び人の運の高さを計算に入れていなかった俺のミスだ。

 

「謝らんでもいいと言うに。ともあれ、このままだとそっちのお嬢ちゃんも起きてしまうのでな、さっさと済ませ――って、何故服を脱」

 

「え? そ、その身体を調べるって」

 

「だぁぁ、脱がんでもよい。呪文をかけるだけでいいのじゃ」

 

 いきなりの行動に俺は慌ててバニーさんの脱衣を止めさせると、即座に呪文の詠唱に入った。

 

(確実にこれで良いって確証はないけど)

 

 唱えた呪文の名は。

 

「シャナクっ」

 

「えっ、あ……う、あぁぁっ」

 

 呪いを解く呪文をかけた直後、ラリホーの呪文でケロッとしていたのが嘘だったかのようにバニーさんは己の身体を抱きしめながらがくりと膝をつき、悲鳴をあげる。

 

「くっ……あ、うぁっ、ダ……ダメ、ダ……カワ、イイ……あうぅ」

 

 同時に身体から不吉な色をしたオーラが立ち上り、人の形を作りながらバニーさんの口を使って男の声を出し始めた。

 

「ぐぅっ……カワ、イイ……オンナノコ、はうっ、あ……オンナノ、コノ……オシリハ、スベテッ、スベテッボクチャンノモノォォ」

 

 端から浄化呪文で削り取られながらバニーさんを吼えさせる人型はピエロ、というかデフォなこの世界の男遊び人の格好をしていた。

 

(いや、まさか本当に呪われてたとはなぁ)

 

 職業訓練所というのがあるそうだから、そこで呪いにかけられたのだろうか。何にしても、眼前の男遊び人な悪霊もどきがバニーさんにセクハラを強いていた根源なのだろう。

 

「グゥゥ、ボクチャンハ……ガァッ、ボクチャンハ、キエ……ナイ、マダ」

 

「やかましい、シャナクっ、ニフラムっ!」

 

「ギャァァァァッ」

 

 シャナクを目の前で使ってしまった以上、今更取り繕っても仕方ない。と言うか明らかに往生際の悪い呪いだったからだろうか、つい呪文を重ねて浄化してしまった。

 

(って、あれ? 一度に二回呪文が使えてる?!)

 

 しかもこんなしょーもない相手であれほど望んでいたモノが完成してしまった俺はどうすればいいのやら。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……い、今のは?」

 

「お前さんにかかっておった呪いじゃ。これでもう、仲間のお嬢さんのお尻を追いかけ回す様なことも無かろうて」

 

 知らぬ間に呪われていたなどという事実など知らない方が良いと思ったのだが、是非もない。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

「礼は要らんわい、ただワシが僧侶と魔法使い両方の会得する呪文を扱えることだけを黙っておってくれればの」

 

 シャルロットが眠っている以上、バレたのはバニーさんだけの筈。恩に着せる格好になってしまうとしても、これで秘密は守られるだろう。

 

「は、はい」

 

「ではな。ワシはそろそろゆくのでな。さっきのを見られぬようにやむなく眠らせて縛ったお嬢ちゃんがそこに寝ておる、お前さんにはお嬢ちゃんのことも頼んで良いかな?」

 

 呪いが解けたなら、安心して任せられる。

 

「わ、わかりました。その、どうかお気をつけて」

 

「うむ」

 

 深々と頭を下げるバニーさんに見送られ、俺はバハラタの町を後にする。一人の少女を救えたというささやかな満足感を胸に。

 

 




と言う訳で、セクハラバニーさんがログアウトしました。

呪われてるんじゃないか発言のフラグ、ようやく回収ですね。

次回、第六十六話「転職の神殿、遠いダーマッ」

また主人公ソロのお時間ですか、シャルロット達成分は番外編とかで補完して行きたいなぁ。


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第六十六話「転職の神殿、遠いダーマッ」

 

「確かこっちじゃったな?」

 

 バニーさんから受け取った聖水を振りまいた俺は、うろ覚えの記憶を頼りにとりあえず川を目指した。

 

(とりあえずはダーマを目的地にするか、運が良ければ情報だって手にはいるかも知れないし)

 

 ルーラでゆける場所を増やせば、シャルロット達を連れて行くのも楽になる。

 

(と言うか、そろそろこの格好も終わりで良いかな)

 

 何かポカをやらかしててシャルロット達が追いかけてくる可能性を考慮し、スレッジの格好と口調を続けているのだが、フードで視界は狭くなるし、肉体のスペックが馬鹿高いとはいえ、常に腰を曲げているのはキツいものがある。

 

「念のためにあの木の陰まで行くとしようかのぅ」

 

 商人の覚える呪文、大声で呼べばフィールド上の何処にいても行商人が駆けつけてくる世界であり、町で出会う商人の中には行商を生業としている商人も居た。

 

(この先にダーマがあるなら開けたところで着替えてたら行商に目撃されてもおかしくはないし)

 

 レムオルで透明になって着替えることだって出来るが、精神力がかかる上手元が見えず、緊急時でなければあれを使おうとも思わない。

 

「……さてと、こんなものか」

 

 結果として木陰でいつもの姿になった俺は、東を目指し、歩き出す。

 

「森、か。まぁ、魔物が出ない以上迷わなければ問題はないな」

 

 聖水の効果で魔物と遭遇する可能性がゼロである以上、敵は地形だけである。

 

(方角が分からなくなると拙いし、とりあえず、直進しよう)

 

 橋を渡って森に入った俺は、ひたすら東へと進む。

 

「ん? また川か」

 

 人の足では薦めぬ場所に俺が行き着いたのは、半日以上経ってから。

 

「だが、俺にはモシャスがある」

 

 聖水の効果が切れるのを待って、口笛で魔物を呼び寄せれば川とて障害にはならない。

 

(ついでにここ近辺の魔物とも一度は戦ってみるか)

 

 サマンオサの南にあった洞窟でも魔物とやり合えたのだ。そろそろビビらず魔物と戦えるようになるべきだろう。

 

「「ウ゛ォォォン」」

 

「ヴヴヴヴヴヴ」

 

「くっ」

 

 俺がそんな自分の判断を後悔したのは、二秒後のこと。羽音の主であるストライプ模様の昆虫はまだいい、濁った咆吼と共に地面を蹴った方が問題だった。

 

(うわっ、えっと、なんだっけ、アニマルゾンビじゃなくて……)

 

 ぶら下がった眼球、露出したあばら骨、狼のような肉食動物を腐乱死体のアンデッドにしました、とでも言わんがばかりの存在が複数、俺を包囲したのだ。

 

「とりあえずベギラゴンっ」

 

「「ギャァウォォォォン」」

 

 見た目も酷いし、臭いもきつかったのでつい熱消毒してしまったが、誰に攻められよう。

 

「……これで問題はひとつ、片づいたな」

 

 後は残った巨大昆虫を仕留め、モシャスでその一体に化ければいい。

 

(空を飛んだことはないけど、身体の構造上何度か試せばどうにかなるだろうし)

 

 駄目だったとしてももう一度呼べば良いだけである。

 

「ヴヴヴヴ」

 

 必死の抵抗とばかりに、ギラの呪文を唱えて抵抗してきた蜂だから蠍だかよく分からない昆虫達だったが、昨日ボストロールに殴られたのと比べればどうと言うこともない。

 

「煩わしいとは言え、ここでマホカンタも大人げないしな」

 

 今すべきは、ボストロールの時同様、魔物が自分の身体をどう使うかを観察することである。

 

「では、お前達もご苦労だったな……バギマ、モシャス」

 

 もちろん、延々と呪文を喰らい続ける趣味もなく、適度なところで呪文によって生じた真空の刃を使い、昆虫達を一掃すると、変身呪文を使い同じ魔物の姿へ変身して、ポテッと地面に落ちた。

 

(うぐっ、浮いた状態からスタートってのは、ちょっと意地悪すぎるような)

 

 愚痴を言おうにも、今の姿ではギチギチ顎をならすくらいしか出来ない。

 

(あ、ギラなら唱えられはするか)

 

 ついさっき同じギラ系呪文の最上級をぶっ放した俺からすると頼りないことこの上ない火力だが、この姿に求めるのは空を飛ぶ力だ。

 

(さてと、待ってろよ、ダーマ)

 

 結構あっさりつけるかと思いきや、意外に遠い。俺はまず自分の身体を浮かせることを目標に羽根を動かし始め。

 

(……やったぁ、これで飛べるぞっ)

 

 アクロバティックに八の字を空に描けるようになった頃には、三グループ分同族の死体を周囲に積み上げていた。

 

(しかし、自分の身体に無い器官を動かすのって意外に難しいな)

 

 この分だと、竜に変身して炎を吐くもう一つの変身呪文も何処かで試してみた方が良いかもしれない。

 

(ま、それはそれとして……今は東へ、だ)

 

 モシャスの残り時間も考え、少し急いで俺は川を横断し。

 

「……危ういところだったな」

 

 時間がギリギリになって川岸に人の姿で突っ伏すと言う事態を招きつつも、聖水を再び振りまいて、更に東へ進む。

 

「さてと、そろそろタカのめを使うか」

 

 どれほど東へ進んだことだろう。いつの間にかオレンジ色だった周囲の景色の中、俺は呟いた。

 

(暗くなってからの方が人工の明かりは見つけやすいけど。地形の方は把握出来なくなるもんなぁ)

 

 いざとなればラナルータで昼に飛ぶことも可能だが、ジパングでは犠牲が出続けているのではと思うと、それもし辛い。

 

 だから、確認出来る内に地形を把握しておくのは間違った判断ではないと思うのだ。

 

(え゛っ)

 

 にもかかわらず、俺は大空に飛ばした心の目が移したモノに思わず顔を引きつらせた。

 

(えーと、あれって……)

 

 ポツンと立つ宿屋が見えた、それはまぁ良いとしよう。ただ、更に向こうに見えた見覚えのある列島については確認するまでもない。

 

(なんで ダーマ じゃ なくて ジパング が みえ はじめてる んですか やだー)

 

 どうやら俺はダーマをすっ飛ばしてジパングの方へと来てしまっていたらしい。

 

(どうしよう、とりあえずジパングに行くしかないかな、これは)

 

 ダーマ神殿は遙か遠く、俺はとりあえず頭を抱えたのだった。

 




・本日の犠牲者
 デスジャッカル
 ハンターフライ

遠いどころか、まさかのスルー。

迷わないように直進したのが仇になった主人公。

このまま無策でジパングへ渡るつもりか。

次回、番外編6「ミリーの告白(勇者視点)」

その、前にバハラタにカメラを戻して番外編行こうかと思っております。


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番外編6「ミリーの告白(勇者視点)」

 

「ぷはっ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 口を塞いでいた布を取り外されたボクに出来たのは、喘ぎつつ首を縦に振り、大きく空気を吸い込むことだけだった。

 

(何でこんな所に……って、ちょっ)

 

 視界を覆っていた布も取り外され、首を巡らせると横倒しになった世界が見え、同時に身体の自由が利かないことに気づく。

 

「何これっ、縛られ――」

 

 足首と手首に巻き付いた何かの感触で状況は察した。よく分からないけれど、縛られて動けないのだ。しかもすぐ側にいるのはミリーだけ。

 

「ひっ」

 

 気がつくと短い声を漏らしてボクは身を捩っていた。

 

(こんな格好で側に居るのがミリーだけなんて)

 

 抵抗のしようもなければ、逃げることだって出来はしない。それでも身体を捩って何とかミリーから離れようとした。

 

(あれ? けどボク何で縛られて……まさかミリーが?)

 

 スレッジさんに何故か杖を向けられて、眠らされたところまでは覚えている。

 

(眠らせて縛ったのがスレッジさんなら、側に居ないのも変だし)

 

 そもそもスレッジさんはどこに行ったのか。視界内には居ないけど、そんなことはどうでも良い。

 

(こ、このままじゃボク、ミリーに)

 

 お尻を触られる。いや、それで済むだろうか。手足を縛られて抵抗もままならないのだ。

 

「しゃ、シャルさん?」

 

「……けて」

 

「えっ」

 

「助けてっ、お師匠様ぁぁぁぁっ」

 

 気がついたらボクは大声で叫んでいた。

 

「何だぁ?」

 

「今、悲鳴が」

 

「あ……」

 

 失敗を悟ったのは、明らかにお師匠様以外の声が聞こえて来た後のこと。

 

「なんだありゃ」

 

「女の子が縛られてる、ひょっとして人攫いでは?」

 

「けどあっちも姉ちゃんだし、人攫いには見えねぇけどなぁ」

 

 ボクの悲鳴を聞きつけてやって来たのは、明らかに町の人だった。

 

「あぅ……」

 

 縛られたままのボクに町の人達の視線が突き刺さって。

 

「いっ」

 

 また叫びそうになった時だった。

 

「ごっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

 

「ん゛んぅ」

 

 柔らかなモノを顔に押しつけられたかと思えば浮遊感を覚え、身体が激しく揺れた。

 

「おいっ、やっぱり人攫いだ」

 

「抱き上げて逃げたぞぉ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 

 視界を塞がれたボクに知覚出来たのは、遠ざかる町の人の声とひたすら謝るミリーの声。

 

(ミリー?)

 

 いつもならすぐに伸びてくるはずの手もボクの身体を支えているだけで、いつものように嫌らしく蠢くことはない。

 

「す、すみません……ひ、人の居ないところですぐ解きますから」

 

(ああ、ボクって)

 

 本当に申し訳なさそうな、消えてしまいそうな声を聞いて、ボクはようやく気づいた。最低な類の勘違いをしてしまっていたことに。

 

「みーちゃん、ごめん」

 

 謝罪の言葉を口にするのに労力なんて要らなかった。

 

「えっ」

 

「いくらみーちゃんでもそんなことするはず無いのに、ボク……勘違いでみーちゃんを傷つけたよね」

 

 変なことをするどころか、傷つけた筈のボクを町の人から隠す為に人攫いの疑いをかけられてまで町の人の視線から庇ってくれたのだ。

 

「ち、違うんです……勇、シャルさんにそんな謝って貰えること何て何もないんです、私――」

 

「えっ」

 

 ボクが謝った時にミリーがしたのと同じ様に驚きの声を上げるボクへ、ミリーは語り始める。

 

「呪われていたんです」

 

「呪われてた?」

 

 最初の一言でも充分驚愕の事実だった。

 

「け、けど……その、そう言うことを他の方が知ったらどうなるか。す、スレッジ様は、そういうことを気遣って下さったのだと思います」

 

「そっか、だからボクを眠らせて」

 

「は、はい。聖水と道具を使って一時的な封印をして下さったので、後でこっそり教会に行って呪いを解いてくればいいと……け、けど黙っていたら」

 

 スレッジさんがボクを眠らせたことに説明がつかず、最悪スレッジさんに変な疑いがかかると言うことなのだろう。

 

(ああ、ミリーは恩人にそんな嫌疑がかかって欲しくなくて……)

 

 少しの間一緒にいただけだけれど、何となく解る。あそこでボクを眠らせたと言うことは、スレッジさんは自分が悪く思われることがあっても、ミリーが呪われていた事実を隠そうとしたんじゃないかってことぐらいは。

 

(最終的に「やっぱりえっちなおじいさんでした」ってことにすれば説明はつくよね)

 

 ボクを抱き上げても何もしなかったところを見るに、スレッジさんの封印はちゃんと機能しているみたいだし。

 

「けどさ、だったらみーちゃん後でスレッジさんに怒られない? 黙っていれば良かったのにって」

 

「え、あ……は、はい」

 

 ボクの言わんとしていることに気づいたのか、ミリーは少し言いづらそうにしつつも首を縦に振った。

 

「こ、今度お会いすることがあったら……謝って、怒られようと思います」

 

「……そう。じゃ、そのときは、ボクも一緒に謝って、怒られるね?」

 

「えっ」

 

 驚いたミリーの顔を見ながら、ボクは少しだけミリーとの距離を縮められたように感じて口元を綻ばせる。

 

(仲間、だもんね)

 

 これまでも、これからも。

 

「じゃ、さっさとロープを解いて誤解を解きに――」

 

「……ここにいましたのね」

 

 ただ。

 

「あ、さっちゃ」

 

「エロウサギ、勇じゃなくてシャルを縛ったあげく掠ってこんな人気のない場所に連れ込むとは、良い度胸ですわ!」

 

 騒ぎを聞いてボク達を探していたっぽいサラの誤解を解くのは、相当苦労しそうかもなんて思って、ボクは思わず空を仰いだ。

 

「うふふふふ、ふふふふふ……」

 

 もの凄く穏やかな顔の中に鬼気迫るモノを宿したサラの顔は本当に怖かったから。

 




とりあえず、シャルロットとバニーさんの友情回でした。

腐った僧侶さんは犠牲になったのだ。

出番無しという犠牲に。

次回、第六十七話「いいからジパングだ」

あそこまで言ったなら、ルーラにはのせておきたいですもんね?


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第六十七話「いいからジパングだ」

 

「とりあえずは、あの宿屋に行ってみる他ないのだろうな」

 

 俺の身体は高スペックだが、疲れと無縁な訳でもなければ睡眠が不用な訳でもない。

 

(休める時に休んどかないと)

 

 勝てる戦いの勝利だっておぼつかなくなるかも知れない。

 

「それはそれとして、だ」

 

 俺は荷物を漁ると、徐にずっと身につけていなかった兜、ミスリルヘルムを取り出す。

 

(防御面では優秀な筈なんだよなぁ、これ)

 

 目と鼻そして口だけが露出するデザインの兜は頭をすっぽり覆うフルフェイスタイプのもの。

 

(顔のパーツがほぼ丸出しじゃなきゃ仮面代わりにもなったんだけど、それは望みすぎかぁ)

 

 例によって適当な布で目元を隠すか、追加で仮面パーツをつければいい。

 

「とりあえずは、布だな。仮面の方は後で適当な武器屋に寄って相談するしかなかろう」

 

 無策状態とはいえ、馬鹿正直に名前と顔をさらしてジパングへ行く気なんて俺にはない。

 

「そうだな、名前は『スーザン・ノルンオウル』とでもしておくか」

 

 思いついた偽名は、最悪ソロでやまたのおろち退治まですることを前提に。

 

(うーん、流石に布の覆面の時と勝手が違うなぁ)

 

 おそらく、砂漠とか暑い地方では蒸れて地獄だろう。防御面と呪文やブレス耐性、特殊能力以外の理由で防具を選ぶなんてゲームでは考えられなかったが、現実となると最低限の過ごしやすさを求めてしまう自分が居た。

 

「慣れなければ、ならんのだろうがな」

 

 今はまだ何とかなっているが、この先も頭防具無しの縛りプレイが通用するなどと慢心してはいない。

 

(せめて、寝る時ぐらいは脱ぎたいけど)

 

 それが叶うのは、きっとジパングから戻ってきてからだろう。もちろん、人気のない場所でこっそり脱ぐぐらいは出来ると思うし、モシャスで他人に化けて兜を脱ぐという手もある。

 

(何にしても、今日はあの宿で休もう)

 

 ひょっとしたら、ジパング人があそこ居るかもしれない。何処かのほこらに居たといううろ覚えの記憶しかないが、タカのめで見た時、ジパングが端に確認出来る位置にあるのだ。

 

(居なかったとしても、情報ぐらいは手にはいるかも知れないし)

 

 確か、ほこらのジパング人はやまたのおろちの脅威から逃げてきたと言っていたような気もする。

 

(宿にいるとするなら、被害が深刻化してるって見て良いよな)

 

 その場合、最悪覚悟を決めないといけない。

 

(サマンオサに売ってたドラゴンシールドがあれば炎のブレスのダメージは減らせるけど)

 

 あの盾を装備出来るのは、シャルロットと女戦士ぐらいだ。

 

(賢者の石を常時使って、俺がフバーハとスクルトを同時掛けした上、石を使わない時は防御に徹して貰わないと厳しいか)

 

 経験値を無駄にしないプランを構想してみるが、僧侶と魔法使い双方の呪文を使うのが前提のプランなど通せる訳もない。

 

(駄目だな、こりゃ)

 

 一応、ゲームでは生け贄にされてしまう女性の婚約者とかが居た様な気がするが、名前さえ出てこないモブキャラだった気がする。

 

(戦闘力には期待出来ないし下手に連れて行って死なれたら気まずいもんなぁ)

 

 勇者一行が足手まといにならないレベルまで成長してくれる様な何かが有れば、ミスリルヘルムを使ってまた新しいキャラを演じるとか、スレッジ爺さん再びなんて方法で同行させることの方は出来るのだが。

 

「世の中、ままならんな」

 

 嘆息し、肩を落とした俺は泊まるつもりで宿を訪ね。

 

(あ)

 

 こう、真っ先に聖徳太子を思い浮かべた髪型の宿泊客を目に留めて、戸口に立ちつくす。

 

(もう、逃げ出す者が出るまで深刻なのか……いや)

 

 確認した訳ではない、ただの旅行や行商の可能性だってあるのだ。

 

「見慣れぬ出で立ちだな、異国の者か?」

 

 動揺を押し隠して、とりあえず声をかけてみる。

 

「ああ、旅の方かお気をつけなされ。われは日いづる国より来た者。国ではやまたのおろちなる怪物がおりもうして、皆困っておりまする」

 

「っ」

 

 だが、断言するには早いと思ってした確認は、皮肉なことにやまたのおろちの存在とジパングに被害が出ていることを裏付けてしまった。

 

(と言うか、逃げ出した訳じゃないのか、この人)

 

 口ぶりからすると、助けを求めてここまで来たと言う方が正しい。ましてや、ただの旅人という認識の俺に忠告までしてくれている。

 

(酷い違いだな、ここに来たばっかりの頃の俺とは)

 

 勝手に逃げ出したと決めつけていたことにしても失礼極まりない、だから。

 

「気をつけると言ってもな、俺はそのやまたのおろちを退治する為にわざわざ来たのだ」

 

 贖罪の気持ちもあって、気づいた時にそう口にしていた。

 

「なんと?」

 

「そして、これは『キメラの翼』行った事のある国や町の光景を思い浮かべ、空高く放り投げれば使用者達をその場所へ誘う道具」

 

 良かったらジパングへ連れて行って欲しいと頼んだ俺へ、我に返ったジパング人は真剣な顔を作って問う。

 

「やまたのおろちは国の勇士どころか、外国の勇者なる者でさえ倒すことならなかった怪物、それでも挑むおつもりでありましょうや?」

 

「外国の勇者?」

 

「確か『おるてが』と言う名であったと思いまする」

 

「っ」

 

 いきなり出てきた意外な名前に一瞬息を呑むが、そう言えばオルテガがやまたのおろちと戦うシーンを何処かで見たような気もする。

 

(って、待てよ? だったらオルテガを名乗ってリベンジ……は拙いな、こっちの隠れ蓑にはなってもアレフガルドに行ったシャルロットの親父さんにゾーマの注意が行っちゃうか)

 

 その辺りは、差し引いたとしても、シャルロットからすれば貴重な情報の筈だ。

 

(しかし、こうなってくると父親のリベンジに出来ればシャルロットは連れて行ってやりたいよなぁ……何か安全を確保出来るような方法は……う~ん)

 

 まぁ、考えたからと行ってそう簡単に思いついたら苦労はしない。普通に考えれば味方全体を鋼鉄に変えて全ての攻撃を無効にする勇者専用呪文のアストロンだが、あれはこちらも動けなくなる。

 

(とにかく、ドラゴンシールドの確保だけはしておこう)

 

 ジパングがルーラで行けるようになりさえすれば、そこからサマンオサにルーラで飛んでドラゴンシールドは買いに行ける。

 

「なるほどな、話は分かった。だが、それは俺では勝てない理由にならん」

 

 だいたい、ここで引き返しては何の為にダーマを通り過ぎてしまったのかさえわからない。

 

「そもそも単身で挑むつもりと言った覚えも、この足ですぐに倒しに行くと言った覚えもない。キメラの翼の説明はした筈だ、まず向かう手段を用意し、準備を整えてから討ち果たす」

 

「わ、わかりもうした」

 

 もちろん、場合によっては単身での撃破も考えて居るが、わざわざ言う必要もない。

 

「……頼む」

 

「では、参りまする。ジパングへ」

 

 翌日の朝、俺は放り投げられたキメラの翼に導かれ、ジパングへと飛び立っていた。

 

 




そして、ジパング到達へ。

次回、六十八話「スーさんとでも呼んでくれ」

下準備って重要だよね?


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第六十八話「スーさんとでも呼んでくれ」

「ここが、ジパング……」

 

 鳥居を見て懐かしく思うのは、ここに居てから西洋洋式の建物しか見ていなかっただろうか。

 

「世話になったな、他にも助成を願うつもりでいるなら、キメラの翼で行けるところ限定ではあるが送ってやれるが」

 

 振り返って「どうする」と問うと俺を連れてきてくれたジパング人は首を左右に振った。

 

「それは貴方を信じていないと言うも同じでありましょう? われは貴方の言葉を信じ、ここで待ちまする」

 

「そうか」

 

 ならば、信頼には応えねばなるまい。

 

(やまたのおろちを早急に何とかするのは、確定として)

 

 まずは情報収集か。

 

(時間軸的にゲームで来るより早い到着になってるはずだし、シャルロットが……勇者一行が訪れていないことでの差異だってあるかもしれない)

 

 とにかく、調べてみないことには今後の行動も定まらない。

 

「では、俺はおろちのことを調べてこよう。戦うつもりなら万全を期さねばな。俺はスーザン・ノルンオウル、呼びづらければスーさんとでも呼んでくれ」

 

「わかりもうした。ただ、でしたらそれはわれが受け持ちまする。話を聞くに外国の者よりわれの方が適しておりましょう」

 

 ただ、その申し出は少々予想外だった。

 

「……言われてみれば、そうかもしれんな」

 

 ともっともらしく頷いては見たが、ゲームでの状況とどう違うのかを確認するという一面も兼ねての情報収集だったのだから。

 

(とは言え、無碍には出来ないしなぁ)

 

 純粋な好意からの協力をはねつけることなど出来よう筈もない。

 

「ならば、頼む。出来れば――」

 

 出来たのは、調べて欲しい情報に幾つか注文をつけることぐらい。

 

(既に生け贄を差し出し始めてるのか、犠牲はどれぐらい出ているのかぐらいは知っておかないと)

 

 状況がどこまで深刻かでこっちの動きも変わってくる。

 

(最悪の被害が、ゲームでのジパング到達時と同じだとして)

 

 今動くことでどれだけの犠牲が減らせるのか。

 

(今日にでも生け贄が捧げられますってパターンが一番行動を抑制させられるよなぁ)

 

 流石に見捨ててはおけないし、準備の時間がどうのと言っても居られない。

 

(HPとMP全回で、気にかかるのはドラゴンシールドがないことぐらい)

 

 図らずしもゲームで言うところの一ターンに二回呪文が唱えられるようになった今の俺なら、守備力を引き上げるスカラの呪文と炎や氷のブレスから受けるダメージを和らげるフバーハの呪文を一度に使うことが出来る。

 

(あとはスカラで限界まで守備力を上げてしまえば、ボストロールの時ほどでは無いと思うけど一方的な展開になるはず)

 

 そう、ゲーム通りなら。

 

(既に生け贄捧げられちゃってて、やまたのおろちが生け贄の娘さんを盾にするって言うパターンだってありうるよな)

 

 ヒミコに成り済ましてジパングの人々を騙す知能は持ち合わせているのだ、戦闘で圧倒出来るからと高をくくると足下をすくわれる。

 

「さてと」

 

 情報収集に際して、一刻を争う状況なら途中で切り上げてでも知らせに来て欲しいと注文はつけた。

 

(ルーラ使ってしまうと時間が経過しちゃうからなぁ)

 

 ゲームでは夜に使っても到着が昼になったりする辺り、プレイヤーには一瞬だがちゃんと移動時間がかかっているのだ。

 

(サマンオサに飛んで戻ってくる間に生け贄が捧げられる可能性だってあるし)

 

 とりあえず「生け贄を捧げ始めてるか」と「捧げているなら次はいつになるか」の二つを確認しないと動くに動けない。

 

(こういう時モノだけ送れる呪文が有れば便利なんだけど)

 

 ダメもとで手紙を書いて本来なら敵を何処かに飛ばす呪文「バシルーラ」で飛ばしてみるべきか。

 

(飛ばされた仲間ってゲームではルイーダの酒場に戻ってきてたけど、あれって飛ばされた人が自力で酒場まで行ったと見るべきだよな)

 

 当然だが、手紙は歩かないし動かない。

 

(誰かに拾われる可能性も捨てきれないか)

 

 当たり障りのない手紙を書いて試しにバシルーラってみることも出来るが、そもそもちゃん届いたかを確認するにはルーラなり何なりで確かめに行く必要があり。

 

(最悪このままやまたのおろちを倒しに行くのにMPを無駄には出来ないわな)

 

 実験と検証をやるにしてもTOP、時と場所をわきまえる必要があると言うことだ。

 

(何でも一人でやろうとしたことが失敗だったのかもな)

 

 全てとは言わないまでもある程度打ち明けて、協力を頼める仲間が居たなら、この状況下でもキメラの翼かルーラでお使いなり伝言を頼めたと思う。

 

(仲間、か……シャルロットに打ち明ける訳にはいかないとして……)

 

 俺は一通り勇者一行の顔を脳裏に並べてから、頭を振る。

 

(駄目だな、一緒に旅をする仲間に隠し事をし続けるのが難しくてめんどくさいのは自分が一番解ってるもんなぁ)

 

 協力者を作るなら、口が堅くてシャルロット達とはあまり面識のない人物にすべきだろう。

 

(救国の英雄でなければサイモンさんがベストなんだろうけど)

 

 いろんな意味で目立ちすぎてる人間には頼めないし、無理がある。

 

(後は、ほこらの牢獄で助けた人と戦士ブレナンくらいかな)

 

 前者はまだ療養中、後者は俺がサマンオサで姿を借りて色々やらかした記憶がある。

 

(となると……ほこらの牢獄にもう一度行って、誰かの蘇生を試みても無理か)

 

 上手く生き返ってくれたとしても、しばらくは絶対安静だろう。

 

(うーむ、ままならないなぁ)

 

 報告を待ちながら己の考えに耽っていた俺は一つ嘆息すると。

 

「殿っ、スーさん殿ぉ」

 

「ん?」

 

 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて我に返る。

 

「何……ちょっ」

 

 視界に飛び込んできたのは、一瞬ではあったが、盗賊の仮面が脱げかけるほどの事態。

 

(もう、報告いらないかな、これは)

 

 ミスリルヘルムの中で顔を引きつらせて見たのは、輿を担いでこちらに向かってくる一団とそのかなり前を駆けてくる情報収集を請け負ったジパングの人の姿だった。

 

 




生け贄、スタンバイ。

その後、「スーさん殿ぉ」がなまって「すさのお」になったとかならないとか。

次回、六十九話「さくりふぁいす」

おお、作者酷い人準備の時間無しとかおっしゃる?(アッサラーム商人風)


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第六十九話「さくりふぁいす」

「説明は必要ない。ここの風習に詳しいつもりはないがどういうことかはだいたい予想出来る」

 

 結婚式的なモノで無い限り、あれは生け贄の行列だろう。

 

(これは準備してる時間ゼロだな)

 

 出来ればシャルロットだけでも同行させて父親のリベンジをさせてやりたかったが、今ルーラで戻ったらあの輿に乗せられた少女はおろちの腹の中だ。

 

(確かやまたのおろちは一度で仕留めきれなかったはず、後の方でなら……ん、待てよ?)

 

 うろ覚えだが、今の俺には原作の知識がある。故におおよその展開は知っている訳で。

 

(そっか、ゲームとは違う顛末にすることだって難しくないよな)

 

 少しだけ光明が見えてきた。

 

「まったく、おちおち準備も出来んとはな」

 

「はぁ、はぁ……スーさん殿、まさか」

 

 走ってきたからか、息を切らせつつも顔を上げたジパングの人に俺は肩をすくめることで答えると、道の脇に寄って追いついてきた輿の一団をやり過ごす。

 

(ここで「やまたのおろちを倒しに行く」何て明言してこの行列に聞かれようモノなら騒動になりかねないもんなぁ)

 

 それが、口に出して答えなかった理由。

 

(さてと、それじゃ生け贄の娘さんには一足先に行って貰いますか。やまたのおろちも自分の要求したモノを部下の魔物に襲わせるなんてしないだろうし)

 

 先行して貰えば、魔物と戦うことなくやまたのおろちと対面することも出来るかもしれない。

 

(問題は、娘さんが戦闘で足手まといになる可能性だよなぁ)

 

 守備力上昇呪文を複数に効果のあるスクルトに切り替えれば些少のフォローにはなるが、娘さんのスペックが低いとブレスに巻き込まれて即死なんてことにもなりかねない。

 

(かといって追い越して先回りしようにも、道を覚えていないんだよなぁ)

 

 マグマの煮えたぎる溶岩洞窟だったことは覚えているが、そんな場所をこの格好で彷徨うのはご免被りたい。

 

「一つ、聞いていいか? 先程の娘の名は?」

 

「は? た、確かクシナタと……」

 

 ダメもとで蘇生呪文を使うことも考慮に入れて俺は尋ねると、返ってきた答に短く唸る。

 

「ふむ、偶然か何者かの意図でも働いたか……まあいい。丁度良い道案内が出来た」

 

「では?」

 

「ああ、俺は行く。モタモタしてはあれを見失いかねないからな」

 

 複雑そうな顔で御武運をと頭を下げたジパングの人に見送られ、踵を返せば輿はまだ目視出来る位置にあり。

 

「さてと」

 

 鞄を漁って取り出した聖水の瓶を苦笑しつつ鞄に戻した。

 

(魔物除けで逆にこっちの接近に気づかれたら元も子もないしなぁ)

 

 近づきすぎると一団に見つかってしまうだろうし、離れすぎると魔物が襲ってくる。

 

(サマンオサと言い今回と言い、何でこうも尾行ミッションっぽいことしてるのやら)

 

 盗賊という職業を考えるとあながちやってることは間違いでない気もするのだが、胸中は複雑だった。

 

「山道なのがせめてもの救いか」

 

 隠れるものが多く、相手は輿の為に移動速度は遅い。

 

(うん、今は尾行しやすくて良いけど……)

 

 洞窟に入ってからもモタモタ進まれるのは、尾行している俺にとって溶岩洞窟の暑さを長時間お楽しみくださいと言われているようなモノである。

 

(氷の矢を砕いて水筒に入れてみようかな、けどあまり精神力を無駄遣いするのもなぁ)

 

 本来は攻撃用であるヒャドの呪文を転用することでの暑さ対策を考えてみるも、下手に水分を取ったりするとかえって汗をかきそうな気もする。

 

(まぁ、前の人達が、ダンジョンに辿り着いた時点でついて行くしかない訳だけどね)

 

 声には出せないので、胸中で誰に聞かせるつもりなのかも解らない独り言を呟きながら、尾行を続けた俺が洞窟の入り口に辿り着いたのは、体感時間で数時間後のこと。

 

(とりあえず、すれ違える場所があればそこで、無ければレムオルかな)

 

 輿を担いでる人々が戻ってくることも考えて前方には特に注意しながら、階段を下りる。

 

「っ」

 

 思わず声が漏れた。

 

(ちょっ、暑っ)

 

 洞窟の入り口辺りでもそれなりに暑かったのだが、洞窟の中は輪をかけて強烈だった。

 

(うわぁ)

 

 左手を見れば、赤熱どころか白に近い輝きを放つ溶岩に先の沈んだ通路があり、輿の一行が進む正面の通路は突き当たりで左に折れ曲がっている。

 

(トラマナの呪文で溶岩も渡れたらいいのに)

 

 バリヤー床や毒沼地などの有害な地形から身を守り安全に渡れる呪文は、こういう時こそ効果を発揮すべきだと思うのだ。

 

(って、有害な地形から身を守る?)

 

 それは、唐突な思いつき。

 

(そうだよな、ゲームでは渡れなかったけれど、こっちでどう働くかを確認した訳じゃないんだ)

 

 靴のスペアは鞄にある。そもそも、ゲームだった頃から徒歩の移動が多かったのだから、履き潰すことも考えてスペアを持ち歩くのは普通である。

 

(流石にあの人達と別方向に行くのは論外でも、試せそうな場所だって一カ所ぐらいは……)

 

 あるだろうと希望的客観をしつつ、生け贄ご一行を更に尾行した俺はやがて大部屋に辿り着いた。

 

(よしっ、ここなら)

 

 流れ込んだ溶岩によって三つに分断された部屋の中央には下に降りる階段らしきモノも見て取れる。これが渡れればショートカットで一団を追い抜かすことだって可能だろう。

 

「トラマナっ」

 

 満を持して呪文を唱え、溶岩の上に足を一歩踏み出す。

 

(うん、大丈夫そうだ)

 

 毒沼も渡れるだけあって、靴は少しマグマに沈み込んだところで止まり、体重を乗せても変化無し。

 

(じゃあ、このまま階段を目指すか)

 

 そう思って、踏み出したもう一方の足は、溶岩に沈むなり横滑りする。

 

「なっ」

 

 いや、横滑りと言うより流されるが正しいか。部屋の溶岩は流動していたのだ。

 

「くっ」

 

 バランスを保とうと慌てて俺は足を引き抜き。

 

「うおっ」

 

 足の抜けた勢いで尻餅をつく。シャルロットやあのジパング人にはとても見せられない光景だった。

 

「あ」

 

 足だけ抜けて靴の片方をマグマに持って行かれたところも含めて。

 

(そっか、流れてるモノの上も渡れるなら川だってトラマナで渡れるってことになるよな……って、やば)

 

 毒沼は流れのない沼だから渡れるのだろう。靴の片方と少しの精神力を犠牲に失敗の教訓を得た俺は、靴を履き替えると慌てて輿の一団の後を追いかけた。

 




さようなら主人公の靴。

実験には失敗がつきものなのです。

次回、第七十話「草薙の剣は盗むと落とさない」

二本手に入っても良いじゃないかと思ったのは私だけではないと思いたい。


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第七十話「草薙の剣は盗むと落とさない」

(何で気づかなかったのやら)

 

 全身が溶岩で構成され、頭と片手だけを外に露出したようがんまじんと言う魔物が居る。

 

(もう今更だよなぁ)

 

 俺が、あれにモシャスすれば溶岩も渡れたんじゃないのかと思い至ったのは、ようやく追いついた輿の一団を遠目に眺めマグマの中へと沈んで行くその魔物の姿を目撃したからだった。

 

(そもそも今はラーの鏡もないし……)

 

 ゲームでは戦闘終了時に解けるものの、任意で変身を解除することは不可能であり、ここの魔物に変身すると幾つかの能力までオリジナルに準じてしまい弱体化するデメリットもある。

 

(まぁ、ラーの鏡があっても取り出した時に破損しそうだよな、マグマの身体じゃ……さてと)

 

 結局歩いて尾行することになった俺は、輿の一団から少し遅れて階段まで辿り着き、こちらを遠巻きにして襲ってこないようがんまじんを横目に階段を降り始めた。

 

(ごく普通の魔物に人間を見分けろって言うのも酷ってことか)

 

 たぶん輿を運んでいる面々が帰ることも考慮して「今日通る人間は襲うな」のように知能の低い魔物にも大まかでわかりやすい指示が出ているのだろう。

 

(結果としてありがたいけど……とっ)

 

 考察しながら階段を下りていた俺は、開け始めた視界に下ろされた輿と一団を認め、即座に立ち止まる。

 

(あれが、祭壇か)

 

 石造りのいかにもこれと言った祭壇の麓には絨毯が敷かれ、その絨毯の上で随員と話す少女を見つつ、唱え始めた呪文は、ご存じ透過呪文。

 

「レムオルっ」

 

 祭壇の手前には左右に脇道があったのだが、生け贄と思わしき娘さんは会話の為後ろ、つまりこっちを見ていらっしゃるのだ。

 

(この距離なら輿担ぎの人達とかが壁になって見えないかも知れないとは言え、あそこまで行ったら絶対気づくよなぁ)

 

 階段を下りてすぐの場所も小さく左右に膨らんでいるので、俺に出来るのは透明になって十字路まで進み、曲がるか、ここで待機し輿の一団がこっちに戻ってきた時透明になって膨らみ部分でやり過ごすかぐらいだろう。

 

(だったら答えは一つ)

 

 生け贄に近い方が護りやすい。

 

(帰ってゆく人達とすれ違ってから、透明のまま祭壇まで近づこう)

 

 ゲームとは訪れる時期だって違うし、状況も違う。

 

「ではな、おぬしの献身忘れぬぞ」

 

「はい、……様も……て」

 

 聞こえてくる別れの挨拶に撤収の時が近いことを悟った俺は、十字路の横道に逸れて、少女を除く面々が通り過ぎるのを待った。

 

(いよいよか)

 

 ボストロールを倒すことは出来たのだ、ならば今回だって全力で挑めば負けはない。

 

「スカラ、フバーハ」

 

 近づきながら唱えた二つの呪文はいきなりやまたのおろちが襲ってきた時の為。

 

(Ⅲには存在し無いけど、盾になって庇うことぐらいなら出来るはず)

 

 火炎のブレスを吐いてきた時も庇えるか不安だが、この時点で生け贄の少女までフバーハの範囲に入れるのは厳しいし、少女が俺に気づいてしまうとその反応でやまたのおろちにも招かれざる客の存在が露呈しかねない。

 

「……な。お父様、お母様」

 

(くっ)

 

 さぞや怖いことだろう。祭壇に近寄れば嫌が応にも散らばる人骨が目につく上、少女からすれば一人きりなのだ。

 

(輿まで準備されていてやけに手回しが良いと思えば、やっぱりこれが初回じゃ無かったか)

 

 だが、励ますことも声をかけてやることもまだ出来ず、既に犠牲が出ていたことへやるせなさを感じつつ、次の呪文を唱え始める。

 

「ううっ、誰か……」

 

(っ、まだ……まだだ)

 

 呪文の名を口にするのは、やまたのおろちの咆吼に合わせて。それなら俺の声自体はおろちの声が被さって聞き取られにくい。

 

「グルォオオ……」

 

「スカラ、バイキルトっ」

 

「ひっ」

 

 どこからか響いてきた唸り声へ少女が息を呑む直前だった、攻撃と防御の両面で、戦いの準備が終わったのは。

 

(どこだ、どこから来る……)

 

 洞窟という場所柄、声は反響する。身体のスペックはほぼ反則でも俺には戦闘経験が乏しい、これで敵の位置を悟れと言う要求は難易度が高すぎた。

 

(って、落ち着かないと。おろちからは俺の姿も見えてないはず、なら認識してるのは生け贄だけ)

 

 まして、その生け贄を送るように指示したのがヒミコに化けたやまたのおろち当蛇である。

 

(普通に考えれば、罠を警戒する可能性は低いよな)

 

 むしろ、生け贄を怯えさせ、絶望から逃げる気を無くさせるなら堂々と姿を見せた方が良い。

 

(もちろん奇襲は警戒するけど)

 

「フシュウウゥッ」

 

 息を殺し、忍び足で気配も最小限まで抑えて待つ中、牙の合間をすり抜けるような吐息の音は、先程より近い。

 

(よし、どうやら堂々とやって来るようだな)

 

 俺が密かに口の端を綻ばせ音の方を見れば、尾を引き摺りながらこっちに進んでくるやまたのおろちの姿があり。

 

「あ……あぁ」

 

(ごめんね、けど)

 

 放心しかけた少女の声に少し申し訳なさを感じつつ、身構える。

 

「グ」

 

「おおおおぉぉっ」

 

 雄叫びと共に地面を蹴った俺は吼えようとしたおろちの首目掛け、掲げるように高く上げたまじゅうのつめを振り下ろし。

 

「でやぁっ」

 

 着地するなり、篭手を返してすくい上げた。

 

「ギャアアアアアッ?!」

 

 最初の一撃で切断されかけた首が斬り飛ばされて、血の尾を引きながら絨毯の上をバウンドする。

 

「まず、一つ……」

 

 バイキルトがかかっている上に連続行動で攻撃力は実質四倍、つまり1パーティー分。

 

「そしてっ」

 

 切られた首に気をとられている間に懐におろちの懐に飛び込んだ俺は、一本の剣を奪い取ると地面を滑らせるようにして少女の足下に転がす。

 

「戦利品だ」

 

 雑な扱いだが、まだ放心している少女を我に返らせるにはこうするのが一番良いと踏んだのだ。

 

(道具として使ってくれればおろちの守備力下げられるし、装備出来ない剣はただの重りだもんなぁ)

 

 同じ効果の呪文なら使えるので、持ってるメリットも低い。

 

(シャルロットには良いお土産になるかもしれないけど、まずはやることをしてからだ)

 

 首を一つ潰したとは言っても、相手は多頭の怪物である。

 

「あ、あなた様は……」

 

「スーさんとでも呼んでくれ。見ての通り少々手癖の悪い男だが……それなりに出来るとは自惚れている」

 

 ブンッと軽く腕を振って爪に付着したおろちの血を払うと、少女に振り向くことはせず、おろちへ爪を突きつけた。

 

「待たせたな、続きと行こうか」

 

 呼びかける必要など本当はない。待たせた、とは言ったが、その間に苦痛を堪えて延ばしてきた首から身をかわしていたのだから。

 




遂にやまたのおろちと対峙するに至った主人公。

いきなりの本気で圧倒し出すが、果たしてこのまま勝利を収めることが出来るのか?

次回、第七十一話「やまたのおろち終了しました」


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第七十一話「やまたのおろち終了しました」

 

「首が一つ欠けてはもう『やまたのおろち』ではないな」

 

 そもそも最初から首が五つしか無かったような気もするが、きっとそこは触れちゃいけないのだろう。

 

(ひょっとしたらオルテガとの戦いで三つ首を切り落とされてこうなってるのかも知れないし)

 

「グゥゥゥオォ」

 

 やまたのおろちは終了し、よつまたのおろちとなった目の前の魔物は人語を発すことなく怒りの籠もった唸り声で俺の挑発に反応した。

 

(発声器官とかの都合で人語が喋れないのか、それとも後ろに生け贄の娘さんが居るからか)

 

 どちらにしても舌戦をする気はないらしい。

 

「ガァァァッ」

 

「おっと」

 

 こちらに噛み付かんと開いた一つめのあぎとを盾で受け止め。

 

「フシャァァァッ」

 

「っ、いいだろう……喰えるものならっ」

 

 二つめの首はミスリルヘルムの頑強さを信じ、敢えて頭に噛み付かせる。

 

「ガアアッ?!」

 

 スカラの呪文で守備力が増強されたミスリルヘルムは牙を通さず、噛む力に押し出される形で頭はおろちの口を脱した。

 

「やはり、その程度か」

 

 嘲るように言ってみるが、一応現状の過度な挑発はおろちの注意をこっちに惹きつける為にある。

 

(けど、ちょっと失敗したかも)

 

 何というか、守備力が高くなりすぎた。

 

「ゆくぞっ」

 

 再びおろちに飛びかかりつつ、俺は密かに呪文を唱える。

 

「キシャァァァァッ」

 

「フバーハ」

 

 発動タイミングはむろん、おろちの咆吼に合わせ、出来る限り悟られぬように。

 

「こ、これは……」

 

(いや、ちょっ)

 

 後ろで驚きの声が上がるが、突然自分の身体を光の衣が包めば、無理もない。

 

(驚くのは解るけど、今声を出されるとこっそりかけた意味が)

 

 ついでに挑発することでこっちに向けようとしているおろちの注意も逸れてしまうかも知れないのだ。

 

「フシュオオォォ」

 

「くそっ、やっぱりか」

 

 大きく口を開け息を吸い始めた時点で、次の行動は察せた。牙が通らないならおろちの攻撃手段は燃えさかる火炎を吐きつけることのみ。

 

「炎を吐きかけてくる、出来る限り下がって身を守れっ」

 

 叫びながらサイドステップでおろちから離れ、俺は側面に周り込む。

 

(フバーハの効果と、あれにかけるしかないか)

 

 少女に駆け寄って庇うことも考えはしたが、そうなれば火炎の息は確実に少女の方へと向かう。ならば、出来うる限り離れることでこちらに火炎を向けさせる。

 

(……上手くいってくれよ)

 

 少女を祭壇に残してわざわざこっちから打って出たのも、ブレスに巻き込む可能性を少しでも避ける為。多頭と言うことで360度全方位に炎を吐ける可能性もあるが、それならそれで威力が分散する筈だ。

 

「こっちだ、ウスノロっ」

 

「フシュオオオオオッ」

 

 故に俺はおろちの背後に回り込み、罵声が届いたのかおろちも振り返る。

 

(よしっ、賭けはおれの勝ちだな)

 

 残された全ての首で。流石に奇襲とはいえ一ターンで自分の首を一つ斬り飛ばした相手を放置は出来なかったのだろう。密かに胸中で笑いながらも、吐きつけられる火炎に備えて身構える。

 

(水鏡って名前、炎耐性有りそうな響きなんだけどなぁ)

 

 残念ながら、今手に持っているソレは防御力こそあるものの、耐性はまったくない。

 

「キシャァァァッ」

 

「くっ」

 

「スーさん様っ」

 

 覚悟を決めたところで吹き付けてきた火炎の熱さに顔をしかめた俺の耳に届く悲鳴は、生け贄の少女のもの。

 

「っ、騒ぐな……これぐらい大したことは、ベホイミ」

 

 ただし、痛いモノは痛いし、熱いものは熱い。

 

(何だかんだ言っても即回復してしまう辺りは俺の弱さだよなぁ)

 

 我慢して斬りかかって、次かその次辺りで上位の回復呪文を使った方が効率的なのだ。と言うか、ゲームだったらまずそうしたと思う。

 

「火炎の礼だっ、喰らえっ」

 

「ギャウッ」

 

「ふっ」

 

 振り向き切れていないおろちの身体をまじゅうのつめで斬り裂き、悲鳴をあげるおろちの身体を蹴って俺は距離を取る。

 

(出来るだけ引き離さないと)

 

 後ろに回り込んだのは良いが、おろちが振り向けばブレスは生け贄の少女に届いてしまうかもしれないし、この状況はおろちと少女の間に誰もいないと言うことでもあるのだ。

 

(気づかれたら拙いことになるもんな)

 

 とりあえず、少女には目線で黙れと言っておく。通じるかどうかも微妙だし、あんまりな言い分かも知れないが、今おろちに気づかれる訳にはいかない。

 

「さて、続けるぞ」

 

 身体越しに少女へ向けた視線を引き戻し、俺は再び地面を蹴った。

 




次回、第七十二話「想定の範囲内」


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第七十二話「想定の範囲内」

「はっ」

 

 迎撃するように延ばしてきた首をかいくぐり、一閃させた爪の後を追うように血が噴き出す。

 

「せいっ! っ」

 

 腕を引き戻して今度は爪をつけたまま殴るように右腕を突き込み、爪の先端をおろちの胴に突き刺すと、剔るように捻りを加え、別の角度から襲ってきたアギトから逃れるように俺は飛びすさった。

 

「ふっ、残念だったな」

 

 際どいタイミングだった。首を落とした時の隙を見て大ダメージを与えれば動きが止まるかと期待したのだが、あれは不意をつかれた驚きも加算しての硬直だったのだろう。

 

(けど、残りHPはあとどれくらいなのかなぁ)

 

 ボストロールの時と違い、同じ間隔で二回攻撃出来るようになったことで強くなったのは間違いない。

 

(とはいうものの、どれくらいタフだったかなんて覚えてないし)

 

 夥しい出血こそあるものの、こちらを狙う首の動きに遜色は見えず。

 

(いや、首が一個ない分密度は下がってるけどね)

 

 脳内で訂正しながら、ちらりと頭を失い垂れ下がる首へ目をやる。

 

(うん、自分でやったこととは言えグロい……)

 

 だが、結果的に戦いやすくなったのも事実なのだ。

 

(もう一つ二つ減らせば攻撃回数も減るかな?)

 

 ゲームでは不可能であったが、謎のリアリティが追加されているこの世界なら可能性はある。

 

(まぁ、最初のは油断をついたからだしなぁ)

 

 だが、狙ってやれるかというと、別問題だった。

 

「グルオァァァァッ」

 

「くっ」

 

 出血を強いられた怒りか焦りか、おろちはこちらを牽制するかのように火炎を吹きかけ。

 

(熱っ)

 

 咄嗟に盾で顔を庇うが、耐性のないこの盾では大した意味もない。

 

「ぐっ……舐めるなぁっ」

 

 再び回復呪文で生じた火傷を癒したくなったが、肌のひりつきを堪えて俺はおろちに飛びかかった。

 

「はああっ」

 

「グギャァァァッ」

 

 振り下ろした爪の一撃に生じた血煙をすり抜け。

 

「っ、でやあっ」

 

 焼けた肌に血を浴びて顔をしかめつつまだ熱いみかがみのたてでおろちを殴りつけ、反動で俺は後ろへ跳んだ。

 

(っう染みる……あの血、毒じゃないよな?)

 

 早く回復したいところだが、火炎の息を吐きつければこちらが回復に手を取られると学習されると拙い。

 

(さっさと決着を――)

 

 焦れた俺は追撃をかけようと身構え。

 

「グウォォォォ」

 

「っ」

 

 唸りながら後方に血の色をした渦を作り出すのを見て確信する。

 

(想定通りっ)

 

 やまたのおろちが深手を負った時旅の扉もどきを作り出して逃げ出すことは覚えていた、だから。

 

「ここで逃がさなければ俺の勝ちだ、バギマっ!」

 

 出現した旅の扉もどきを見た瞬間唱え始めた攻撃呪文を旅の扉もどき向けて放つと同時に荷物から取り出したロープ付きの鉤をおろち目掛けて投擲する。

 

「グガァッ?!」

 

「ふっ」

 

 まさかおろちも自分が旅の扉もどきで逃げるところを予測されているとは思わなかったのだろう、バギマの呪文で出現した竜巻状の風に尾を斬り裂かれ、怯んだところで身体に引っかかった鉤つきロープを引かれ、バランスを崩してひっくり返る。

 

「知らなかったのか? 逃げようとしても、確実に逃げられるとは限らない」

 

 生憎と敵対者を絶対に逃がさない能力はないので微妙に格好は付かないが、ゲームとして遊んでいた頃は敵に回り込まれて何度か全滅させられたものだ。

 

「ベホイミ……さてと、お前が人語を解することも人の心に語りかけることも俺は知っている」

 

 俺はロープを力任せに引きながら回復呪文で火傷を治すと、言葉の爆弾を投げつける。

 

(これで、どう出るかな?)

 

 逃亡を阻止した今、このままトドメを刺すのは容易い。だが、ここで倒してしまうとやまたのおろちが倒されてしまったという事実が残ってしまう。

 

(顔を隠してても、誰が倒したんだってことにはなるもんなぁ)

 

 だからこそ、俺が思いついたのは、こちらの力を見せ追いつめてからの恫喝だった。

 

「グルゥゥッ」

 

「信じられないか? ならそれで良い、人を喰らうただの魔物としてここで討ち果たすだけだが」

 

 どのみちおろちを圧倒した事実はもう出来てしまっている、ここでこの魔物を見逃す理由は無いのだ。

 

『ま、待て』

 

「ふむ、待っても良いがその見返りは?」

 

 そっけなく応じながらも、おろちが語りかけてきた時、俺は胸中で笑んだ。

 

(第一段階クリア、かな)

 

 と。

 

『は、話を聞いてやろう。わざわざあのようなことを口にしたのも話があってのことじゃろう?』

 

「そうか、話が早くて助かるな……では」

 

 ゲームではこの洞窟で退けられたやまたのおろちの方が正体の口止めを要求してくる展開だったと思う。

 

(黙っていれば殺さない、ねぇ)

 

 こちらからの条件はなしの一方的な要求を押しつけられる訳だが、これに「はい」と答えれば戦闘にはならなかった。

 

(考えようによっては、保身を計ろうとしたようにもとれたもんな)

 

 ならば逆にこちらから要求を突きつけたらどうなるか。

 

「俺の要求は二つ。一つめは以後人に害を及ぼさぬこと、生け贄などもってのほかだ。二つめは俺の存在を他言せぬこと」

 

『な、わらわに飢えろと申すかえ?』

 

「別に人しか食えんという訳でもあるまい? 野山の獣を狩って食えばよかろう」

 

 抗議するおろちに代案を突きつけ、俺は嘆息する。

 

『ぬぬぬ……』

 

「これでも妥協しているのだがな、祭壇を見る限り既に何人も食っているのだろう? 俺がここに来たのは、人に害を為す魔物を討つ為に他ならない。この条件をのむというなら、俺はお前に直接手は出さん」

 

 そう、直接は。リベンジを果たすのはシャルロットの方が相応しいだろうし、これなら俺がバラモスに警戒されることも以後被害が出ることもない。

 

『ならば、わらわが人間に襲われた時はそのまま討たれろと言うかえ?』

 

「もちろん、お前を討ちに来る相手に関しては人であろうと戦っても構わん。自衛に関しては例外だ」

 

『むぅ……』

 

「ただし、約束を違えた時は覚悟して貰おう。お前を討つのは俺一人で充分の様だが、後悔させるのには不足かもしれんからな。そのときは仲間も連れてくるとしよう」

 

『な……うぐっ、やむを得まい……』

 

 シャルロット達のレベルを考えると、今のところハッタリでしかないが、おろちが強さを認識しているのは俺のみなのだ、葛藤はあったらしいが最終的におろちはこちらの言い分を飲み。

 

「ならばもう戻るがいい、長いこと留守にしては怪しまれよう?」

 

『おまえ、何処まで知って……』

 

 追い打ちとばかりに投げた言葉に動きを止めたおろちを見たまま、呪文を唱え俺は道を空ける。

 

「これはおまけだ、ベホイミ」

 

 流石に全回復させてやる気はない。

 身体を引きづりながら赤い旅の扉もどきに沈んで行くおろちの姿が消え去ったのは、切り落とされた首を回収した後のこと。

 

「まったく、些少なりとて傷を癒してやったんだから礼の一つあってもよさそうなものだが」

 

 ぼそりと零した俺は肩をすくめると踵を返そうとし。

 

「あ、あの……」

 

「ん? ……あ」

 

 声に振り返って固まった。

 

(しまったぁ、生け贄の人忘れてたぁ)

 

 作戦成功に酔いすぎたか、盛大な大ポカであった。

 




生け贄の人に見られているのをいつの間にか忘れていた主人公。

こいつは(ダジャレが書いてあったが自主規制)

次回、第七十三話「見られちゃった(てへぺろ)」

近年まれに見る酷い失敗、どう穴埋めするのやら


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第七十三話「見られちゃった(てへぺろ)」

 

「……怪我はないか」

 

 些少の時間を要し復活した俺は、生け贄だった少女にそう声をかける。

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

「そ、そうか」

 

 即座に答えが返ってきて生じたのは、何とも言えない空気。

 

(あー、誤魔化しようがないというか、そもそも「どうごまかせって言うんだよ」と抗議するレベルだからなぁ)

 

 発声器官に違いがあるのか深手を負っていたからか、おろちは俺の心に語りかけていたが、俺はごく普通にしゃべっていた。

 

(となると、こっちの話していたことが聞かれたのは間違いないとして)

 

 ここからどうするかだ。

 

(ジパングに戻ったおろちがどうしてるかにもよるんだよな)

 

 考えられるおろち側の行動としては、俺の要求をのみ大人しくしているパターン、俺に恐れをなしてジパングから逃げ出しているパターン、策を巡らせ俺に一矢報いようとするパターンが考えられる。

 

(きちんと約束を守っているなら、ここでこの娘がジパングに戻るのは、拙い)

 

 ヒミコの正体こそわざとぼかしているので、少女は知らないだろうが、戻ったジパングでヒミコが大怪我していたらいくら俺がぼかしていようがアホでも無い限りヒミコの正体に気づくだろう。

 

(とは言えあそこで傷を完全に治すと、おろちの方がろくでもないことしでかしそうだったもんなぁ)

 

 俺の負わせた傷を少ししか直さなかった理由はそこにもある。

 

(万全の態勢どころか重傷を負っているし、俺がおろちだったら素直に従ったふりをして傷を癒すけど……)

 

 仲間の存在を臭わせつつも、一人でこの洞窟にやってきている理由に気づけば、小細工をしようとする気も失せると思うのだが。

 

(確か、ジパングには宣教師っぽい神父のオッサンが居たはず)

 

 仲間の一人と思わせるには厳しい気もするが、そもそもおろちへの対応は、ほぼノープランで洞窟に突入して成り行き任せに動きながら即興で作り上げたものなのだ。

 

(出来るだけ疑心暗鬼に陥って動けずに居てくれると助かるなぁ)

 

 もちろん、これはこちらの希望であってその通り動いてくれる保証はない。

 

(となると、こっちはおろちがどう出ても対応出来るようにしておく必要があると言うことかぁ)

 

「わ、私はクシナタと申しまする。此度は、命を救って頂き、何とお礼を申してよいやら……」

 

 まずは目の前で自己紹介に続き二度目の礼を口にした少女ことクシナタさんに話をしておくべきだろう。

 

「俺の名乗りは不要だな? 気にするなと言いたいところだが、感謝しているなら幾つか頼みを聞いて欲しい」

 

「た、頼みと申しますと?」

 

 聞き返されて、俺は少しだけ迷った。

 

(んー、どうしよう)

 

 何処まで話すべきかというのもあるが、ジパングに降り立った時、こちら事情を知りシャルロットの面識がない協力者が欲しいとも思っていたからだ。

 

(さっきの戦闘、補助呪文がかかってたってことは同じパーティーメンバーとして認識されてたってことだろうから、おろち戦の経験値は入ってるはず)

 

 クシナタさんが何レベルが解らないが、もし一レベルだったとしてもいくらかレベルは上がっている筈である。

 

(場合によってはパワーレベリングすれば、いいかな?)

 

 幸か不幸か、この洞窟にはメタルスライムという倒せば沢山の経験値を落とす魔物が群れで出現したりもするのだ。

 

(場合によっては、一時的に幸せの靴を返して貰うってのもありだし)

 

 やろうと思えば、たぶん何とかなるだろう。

 

「俺と一緒に、俺に付いてきて欲しい。暫くはジパングに帰ってくることも出来ないことになるが……」

 

「え」

 

 目撃者である以上、どのみちクシナタさんをジパングには帰せない。だから、これは最低条件だ。

 

「命を救ったからと恩を着せるような申し出ですまないが」

 

 こちらの都合で故郷を離れろと言うのは心苦しいが、少なくともおろちが約束を守るつもりが有るか確認する必要がある。

 

(協力して貰うかはその後、って言いたいところだけど……)

 

 俺はちらりと転がっていた人骨を見た。あちこちで溶岩の煮える洞窟だけあってか、虫の類は湧いていないが、このままにしておくのも忍びなく。

 

(そうだな、身勝手と罵られようが外道と呼ばれようが……俺はその為に来たんだから)

 

 決意を固めると、まだ答えのないクシナタさん達へもう一度言う。

 

「俺と一緒に来て欲しい」

 

「……かりました」

 

 かすれた、消え入りそうな声が聞こえたのは、その直後。

 

「そうか、すまない」

 

 俺は骨に目を落としたまま呟くと、荷物から布を広げてしゃがみこむ。

 

「スーさん様?」

 

 訝しげな声は俺が何をするつもりかを疑問に思ってのものだろう。

 

「俺は生け贄にされた皆に言ったつもりだ。だからこいつらも連れて行く」

 

 独り言のように呟くと、顔を上げず俺は続けた。

 

「だが生憎、俺はまだ他の者の名を知らん。だから、教えて欲しい……こいつらの名前をな」

 

「スーさん様……」

 

 おそらく、クシナタさんは俺とは別の解釈をしたことだろう、だがはっきりこう言った。

 

「わかり申した、私達はこれより貴方様について行きまする」

 

 と。

 

「すまんな、そんなことを言わせてしまって」

 

「いえ……では、一人目から順に」

 

 犠牲になった少女の名を聞きながら、黙ったまま俺は骨を拾う。それがクシナタさんの一人前の少女になるまで。

 




そう言えば、Ⅲってルイーダの酒場で仲間を募るからあの「**が仲間になった」の音楽と無縁ですよね?

ともあれ、ようやく一人旅が終了しそうな主人公。決意の先に待ち受けるものとは?

次回、第七十四話「おろちの罠(閲覧注意)」

まさか、あんなことになるとは思いませんでした。


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第七十四話「おろちの罠(閲覧注意)」

「だいたいこんなところか」

 

 最後の一人まで名を聞き終え、骨を拾う作業も一段落したところで聖水を振りまいた。

 

(魔物に聞かれるのは避けたいもんな)

 

 ダンジョンでも魔物除けの効果が発揮されたかは覚えてないので、無意味かも知れないが、別に構わない。

 

(重要なのは少しでも成功率を高くする為の努力をすること)

 

 上手く行く保証はない。

 

「スーさん様、何を?」

 

 再びクシナタさんが疑問の声を上げるのを敢えてスルーし、俺は聖水で清めた祭壇に人骨を置く。

 

(出来れば検証をしてからにしたかったけど)

 

 拾えるものは全部拾ったつもりだが、取りこぼしのある可能性もある。

 

(理論上はこれで行けるはず)

 

 祭壇の前で跪くと、口には出さず詠唱しながら両手を組んで祈りを捧げ。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕アイナの御霊を今此処に呼び戻したまえっ、ザオリク」

 

「な、ひぃっ?!」

 

 驚きの声が悲鳴に変わってクシナタさんの方からどさりと音がした。尻餅でもついたのだろう。

 

(っ……となると、成功か)

 

 ちなみに俺は祈った時点で目を瞑っている。骨から人が再生されて行く光景が繰り広げられている可能性があるからだ。

 

(蘇生に必要なのは一定以上の遺体と蘇らせるべき者の名、そして蘇生の為の資格……神の僕、すなわち勇者の仲間であること)

 

 それは、初めて訪れる町の教会で仲間を蘇生させて貰えることと、サイモンさんの蘇生がかなったことから導き出した、蘇生させる為の条件である。

 

(こじつけに近かったけど、何とか行ったってことだよな)

 

 勇者と共に旅をした俺の仲間なら勇者の仲間であるという無茶苦茶強引な理論だけに不安もあったが、ほこらの牢獄で蘇生させた人という成功例もあるのだ。

 

(ともあれ、助けられてよかた)

 

 達成感と共に俺はゆっくりと目を開け。

 

「いやぁぁぁっ」

 

「な」

 

 目の前の光景に固まった。

 

「おろちが、おろちがっ」

 

 先程まで骨のあった祭壇に居たのは、一糸纏わぬ裸体で取り乱すお姉さんの姿だったのだから。

 

(あー、最後の記憶がおろちに食われたところまでだったなら、こうなるのもおかしくないよなぁ)

 

 取り乱している方については。

 

(とはいうものの、何というか……)

 

 流石にこのままでは拙いので、俺は半狂乱なお姉さんに近寄ると両手で肩を掴んだ。

 

「しっかりしろ」

 

 こういう時の定番パターン、揺さぶるのと頬を叩くので迷ったのだが、女性を叩くのは気が引けて選んだのは前者。

 

「っ」

 

 その選択が失敗だと気づいたのは素っ裸のお姉さんの身体を揺すったらどうなるかという簡単な物理法則に思い至らなかった俺自身のミスだ。

 

(うわっ、あ、えっと)

 

 すっごく揺れた、と言えばきっと説明不用だと思う。結果として俺は目のやり場に困って軽いパニックに陥り。

 

「えっ、あっ、あ……きゃぁぁぁっ」

 

 我に返ったお姉さんことアイナさんは自分が裸であることに気づいて二度目の悲鳴をあげるのだった。

 

「うぅ……もうお嫁に行けませぬ」

 

「あー、その、すまない……」

 

 着替えに鞄へ入れてあった布の服を羽織ってよよよと泣くアイナさんに俺が謝り倒したのは、きっと言うまでもないだろう。

 

 ちなみに、ミスリルヘルムに平手打ちをして逆にダメージを受けた手へホイミをかけたりもしている。

 

(くそっ、おろちめ何て卑劣な罠を)

 

 けどちょっとだけありがとう、なんて言うつもりは更々ない。

 

(借り物の身体じゃ責任とれないもんなぁ)

 

 と言うか、何というか。

 

「スーさん様……」

 

 クシナタさんの視線が痛い。

 

「説明せず始めたのは悪かった。それから考え無しでもあったな。今のは特定条件下にある死者を生き返らせる呪文だ」

 

 もう遅い気もしたが、俺は二人に呪文の大まかな効果と呪文で生き返らせる為の条件を説明する。

 

「では、他の生け贄にされた娘達も?」

 

「ああ、生き返らせることが出来る可能性はある……そこで、手伝って惜しいのだが」

 

 流石に同じ失敗は二度出来ない。

 

「承知致しました、そう言うことであれば及ばずながら協力させて頂きまする」

 

「頼む、俺はいいと言うまで目を閉じていよう……さて」

 

 申し出を快諾してくれたクシナタさんに頭を下げ、鞄を開けると中から着替えを引っ張り出す。

 

「これで足りるか?」

 

 そう、同じく裸で生き返るであろう生け贄の娘さん達に着せる服である。

 

「生け贄の女子の数からすると……恐れながら、これでは少し」

 

「そうか、男物の下着は流石に申し訳ないと思ったが、やむをえんな……これも使ってくれ」

 

 葛藤もあり苦悩もあったが、男の前に裸で居ろなんて言える筈がない。首を横に振ったクシナタさんに俺はありったけの着替えを下着込みで提供し。

 

「あ、あの……頂いておいてこのようなことを申し上げるのは心苦しくありまするが、この衣、胸が……」

 

「……そうか、サイズの問題もあるのか」

 

 とりあえずアイナさんの控えめな主張に思わず目が遠くなる。きっときついのだろう。何というか、胸の方は全然控えめでないお嬢さんだったので是非もない。

 

「とりあえず、きついようなら破いてしまって構わん。たかだか普段着か防具の下に着る安物だからな」

 

 だいたい、アイナさんには先程の一件で負い目がある。もちろん布の服一枚で、精算出来る何て露ほども思っていないが。

 

「破る……そうでございまする。いざっ」

 

「な」

 

 何を思ったかクシナタさんがいきなりくさなぎの剣で自分の服を切り裂き出したのは予想外だった。

 

「な、何を?」

 

「スー様だけに頼る訳にはいきませぬ、この衣を切り裂いて数を増やせば数も足りまする」

 

 理屈は解る。だが、それでは一人当たりの布面積がとんでもないことになってしまうのではなかろうか。

 

「アイナ様だけ恥ずかしい思いをさせてはおけませぬ。そも、生き返らせていただいただけでもありがたいのにスー様に着たきりスズメを強いるなど、妻として……」

 

「いや、気持ちはありがた……妻?!」

 

 俺は慌てて制止しようとし、強烈な違和感を覚える単語に思わずクシナタさんを二度見した。

 

(何だかとんでもなく聞き捨てならないキーワードが出てきましたよ?)

 

 おかしい、付いてこいというのは蘇生を可能にする条件付けだときっちり説明している筈なのだ。

 

(そうだよな、説明してるよな? ならなんだってこんな展開にええっと、あれか、さっきのアイナさんの一件のせいか?)

 

「はい。ふつつか者ですが、どうぞよしなにお願い致しまする」

 

 俺をとんでもないピンチに追い込んだクシナタさんは、俺が固まったままなのに気づかず、洞窟の地面に三つ指をついて頭を下げたのだった。

 




おのれ、おろちめ。なんてひどいことをするんだ。

おそらく今まで最大のピンチを迎えてしまった主人公。

シャルロットは知るよしもないだろう、遙か東の洞窟でお師匠様が横からかっさらわれそうになっていることなど。

次回、第七十五話「人生の墓場、迫る?」

うぐっ、べ、別に羨ましく何て無いんだからねっ


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第七十五話「人生の墓場、迫る?」

 

「……と、とにかく今は残りの娘達の蘇生をさせてしまうぞ」

 

 クシナタさんの態度は明らかに何かを誤解していたが、場所も状況もゆっくり話をするには不適当だった。

 

(棚上げとか先送りするのも良くないとは思うんだけどなぁ)

 

 もう一つ、誤解を解くとしてどういう説明をすべきかで迷いが生じているのだ。

 

(憑依してることまで明かせば、流石に責任とれないことは解って貰えると思うけど)

 

 ついでに事情を理解した協力者も作れる可能性がある。

 

(デメリットは多数に話すことで情報の漏れる可能性だな)

 

 人の口に戸は立てられぬ、なんて諺か何かがあったと思う。

 

(未来のことまで知ってる人間なんて、魔王からすれば勇者より脅威だし)

 

 憑依してることだけ話すと言う選択肢もあるが、そうなると本体はどこにと言う話になってくるだろう。

 

(そもそも、憑依してると明かして信じて貰えるかという問題点がその前にあるんだよな)

 

 はっきり言って問題山積みである。だったら、とりあえず生け贄にされた人達の蘇生に逃避しても仕方ないと思うのだ。

 

(おろちが約束を違えて逃げてればこの生け贄にされた人達をジパングに置いて行くという選択肢もあるけど)

 

 自分の都合に合わせて世界が動いてくれると期待するなど虫が良すぎる。

 

(物事は常に最悪の状況を考えて動けばいざというとき狼狽えないんだっけ?)

 

 俺にとってはおろちが約束を破って状況が悪化することだと思っていたが、どうやら最悪は一つでなく複数存在するものらしい。

 

「俺はまた目を瞑っているから、服の方は頼む」

 

「は、はい」

 

 考え事をしている間も、蘇生準備は進んでいた。アイナさんが祭壇に骨を置いてくれ、もう呪文を唱えるだけの状況が作りだされて居たのだ。

 

(精神力、もつよなぁ?)

 

 最悪の場合、クシナタさん達や口笛で呼びだしたモンスターから精神力を吸い取る呪文で補填することも考えているが、人間の精神力には呪文で減るモノと根気とか苦難に耐えうる力の二種類があるんじゃないかと最近考えるようになった。

 

(地獄のような楽園か、楽園のような地獄か)

 

 蘇生が成功するたびに目のやり場に困るような少女やお姉さんが増えて行く訳である。もちろん、俺の服やクシナタさんが服を切り裂いて作った即席の服を着て貰うことにはなっているが。

 

(もっと着替え詰め込んでおくべきだったな、鞄に)

 

 例えば、アイナさんの現状にしても胸の部分を斬り裂いたことで下の部分だけボタンを留めた、所謂裸ワイシャツに近い格好になってしまっているとでも言えば理解して貰えるだろうか。

 

(ま、目を瞑れば世界は闇なんだけど)

 

 責任をとれない俺は出来うる限り肌色から目を逸らすしかなかった。そう言う意味で言うと瞼の裏の闇は絶好の避難場所で。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる――」

 

 闇の中、呪文を唱えておろちに食われた少女を生き返らせる。

 

「っきゃぁぁぁ、ほ、骨がっ、うっ」

 

 若干のけだるさを覚え、アイナさんの悲鳴が洞窟に響いたと言うことは今回も成功なのだろう。人骨の状態から肉体が構成されて行くのだから、目を開いたならきっと別の意味で目のやり場に困るようなグロい光景が目に飛び込んできたと思う。

 

(うん、目を閉じてて良かった)

 

 何度か魔物を斬り裂いたりはしたが、内臓丸見えとかの光景は慣れない。その点はきっとアイナさんも同じだったのだろう。

 

「うぷっ、う……」

 

「ひいいっ、誰か、誰か助けてぇぇぇぇっ」

 

「クシナタ、頼む」

 

 地熱で液体はけっこう早く蒸発する。どことなく酸っぱい臭いのことは敢えて意識しない様にしつつ俺はクシナタさんに声をかけた。

 

「はい、しっかりなさいませ」

 

「あうっ」

 

 パシッと乾いた音がしたので、きっとクシナタさんは顔を叩く派なのだろう。

 

(はぁ、無事に救えたのは良かったけど、しばらくはこの展開のループだろうなぁ)

 

 おそらく、その後はクシナタさん達を連れて何処かの町か城へ寄る必要がある。もちろん、服を買う為だ。

 

(とうに死んだことになってるはずだからジパングへ様子を見に行く訳にも行かないし、他の街に連れて行くとしてもなぁ)

 

 服を分け与えはしているが、人前に出られるような格好かというとNOと言わざるを得ない。

 

(やっぱり、サマンオサまで行くしかないか)

 

 レムオルで透明になって自分を含む同行者達の姿を変えることが出来るという『変化の杖』を回収しに行き、杖の効果で見た目を誤魔化して服を買う。おそらくこれが一番問題の少ないパターンだと思う。

 

(ついでにサイモンさんの様子を見て来るというのも一つの手だし)

 

 シャルロットへのお土産へ魔物が吐く火炎や吹雪への耐性があるドラゴンシールドを買って行くことだって出来る。

 

(うん、複数の女の人を連れてシャルロットにあう勇気は無いけどね)

 

 凶悪なバラモスの手下を倒すと出かけて行き、戻ってきたのはハーレムひっさげた女の敵でした何てことになったら師匠の威厳もあったモノじゃない、と言うか社会的に殺される。

 

(成る程、結婚は人生の墓場とはよく言ったモノだなぁ)

 

 絶対、誤解は解かなくては。

 

(と言うか、本体の時は「彼女居ない歴=年齢」なのにこの世界ではやたら女性と縁が有るんだけど、これはあれですか? この身体のスペックですか? 顔ですか、男は顔だって言うんですか!)

 

 人生には三度モテ期があると言う都市伝説を聞いた気がする。

 

(憑依中ってノーカウントだよね?)

 

 人の身体でモテたってあんまり嬉しくないのだ。

 

「はぁ」

 

「スー様? しっかりしてくださいませ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 思わずため息をつくと、周囲で声が上がる。たぶん、呪文の行使による精神的な疲労と勘違いされたのでは無いだろうか。

 

「いや、心配には及ばん。それより、これで何人だ?」

 

 今後のことを考えつつも機械的に蘇生を繰り返していた俺は、敢えて目を開けずに問う。

 

「私を除いて六人にございまする」

 

「そうか……」

 

 オルテガ、シャルロットさんの親父さんが旅に出た時シャルロットはまだ幼く、それから幾年か後にジパングでやまたのおろちと戦っている。

 

(そのときから生け贄やってたら相当な数になったよな)

 

 生け贄を捧げるようになったのは、おろちがヒミコに成り代わった後のこと、でなければ俺が蘇生出来る人数では済まなかったと思う。

 

(いや、一度で無理だったとしても生き返らせるつもりだったけど)

 

 蘇生でMP尽きるほどの人数の女性をどうしただろうか。ぶっちゃけ、クシナタさんから名前を教えられた女の人の数でも充分いっぱいいっぱいである。

 

(とりあえずリレミトのMPは残さないとな)

 

 後で買い揃えることも考えれば服は良いのだが、実は足りないモノがある。

 

(でないと、うん)

 

 今俺達が居るのは煮えたぎる溶岩の見える灼熱の洞窟だ。祭壇周辺はまだ良いが、当然地面はフライパンとは行かないまでも裸足で歩けるレベルではない。

 

(予備の靴を使っても絶対足りないもんな)

 

 となると、抱いたり背負ったりする必要が出てくる。そう、目のやり場に困る少女やお姉さんをだ。

 

(戦えないってのは聖水で魔物除けをすれば良いけど目を瞑って進む訳にはいかないし)

 

 そんな展開にでもなろうものなら責任とってくれと言われても文句のつけようがない。

 

(折らなきゃ、フラグだけは)

 

 暑さ以外の理由で汗をかきつつ、俺は再び呪文を唱え始めた。

 

 




悩みつつも主人公は人を救う。

だが、それは自分をどんどん窮地に追い込むことでもあった。

次回、第七十六話「決断」

つけなければいけないモノ、それはケジメ


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第七十六話「決断」

 

「これで全部だな」

 

「はい」

 

 何とかもってくれたと言うべきかもしれない。

 

(とりあえずリレミト分の精神力は残ったかぁ)

 

 別の精神力がガリガリ削られている気もするが、俺にはまだやることがある。

 

「これからリレミトという呪文で洞窟から脱出する。流石に溶岩の煮えるこの洞窟を裸足で歩いて帰る訳にはいくまい」

 

「言われてみれば」

 

「流石スー様にございまする」

 

 靴が足りないという問題点へ言われてから気づいたお姉さんが声を上げたが、生き返ったばかりの身の上では無理もない。

 

(いっぱいいっぱいの人も多いだろうからなぁ、そこにつけ込むのは罪悪感があるけど)

 

 チャンスとも言える。

 

「が、その前にお前達に話して置きたいことがある」

 

 迷いに迷ったが、はっきり言ってこの人数を連れ歩くのには無理があり、結婚なんて論外だ。

 

(うぐっ)

 

 お米の食事には後ろ髪を引かれるモノがあるが、ほかほかの白いご飯の為に女性の心を弄ぶ真似なんて出来ない。

 

「まず、この話は他言無用だ」

 

 本来なら話すつもりなど無かったとも前置きし、俺は語り始める。

 

「俺が良く読んでいた物語の種類に『憑依モノ』と言うものがあるのだが……」

 

 流石にゲームでは理解しづらいだろうと物語に変えつつ、まずは憑依について説明し、今の自分は他人の身体にのりうつっている状況だと明かした。

 

「この身体が他人のものである以上、安易に結婚など出来ん。ましてや、お前達を助けられたのもこの英雄の身体によるところが大きいのだ」

 

 はっきり言って生身の俺だったらクシナタさんを助けることだって能わなかっただろう。

 

「それは、まことにございまするか?」

 

「ああ、幻滅したか? その上で厚かましくも頼みがある」

 

 少女やお姉さん達がざわめく中、代表して問いかけてきたクシナタさんへ頷きを返すと、俺は言う。

 

「事情を知った上で協力してくれる人材が欲しい」

 

 と。

 

(聞きようによっては、協力者欲しさと言う下心で助けたともとれるもんなぁ)

 

 結婚フラグやハーレムフラグなんかはこの説明で折れたと思うが、同時に協力して貰いにくくもなった。

 

(そして、誕生したのはこっちの弱みを握った女の人がいっぱい)

 

 馬鹿をやってるとは思う。ただ。

 

「むろん、協力してくれなかったとしても生活の場は用意する。口止め料代わりだとでも思ってくれればいい」

 

 止める気も見捨てる気も無かった。

 

「生活の場といいますると?」

 

「サマンオサと言う国がある。つい先日まで国王に化けた怪物が圧政を敷いていた国だが、圧政で人が減っていてな」

 

 怪物は倒され、今は平和になっていると補足説明すると、その国なら些少顔も利くと付け加える。

 

(クシナタさんを除いて他の人は死んだことになってる筈、平穏に暮らしてくれるなら少なくとも助けた甲斐はあった訳だし)

 

 結婚フラグが折れたことで良しとしておこう。

 

「服も必要だろう、洞窟を出たらサマンオサまで送って行く」

 

 そしてキメラの翼でジパングにとんぼ返りし、おろちの反応を確認し、出方次第でこちらの方針を決めるという流れだ。

 

(おろちが逃げ出してたらクシナタさんだけはジパングに帰してもいいよね)

 

 他のお姉さん達は元々神父の存在しなかったジパング、蘇生呪文の存在も下手をすれば知らない可能性がある。

 

 生け贄として死んだはずの人達が帰ってきたらパニックになってもおかしくない。

 

(他のお姉さん達は根回ししてからじゃないと危ないだろうな)

 

 確かこの洞窟には歩く腐乱死体の魔物なら出没するのだ。準備無しで帰郷すれば、最悪それのお仲間と見なされて攻撃される何て嫌な展開が起こったって俺は驚かない。

 

「かしこまりましてございまする。ところで、スー様?」

 

「ん? 質問か?」

 

 いつの間にかまた自らの思考に沈んでいたところで声をかけられ我に返ると、クシナタさんは「はい」と肯定し、尋ねてきた。

 

「協力する場合はどうすれば宜しゅうございまするか?」

 

「なっ」

 

 それは、想定外の問いだった。

 

「スー様、あんまりでございまする。スー様が、どのような方であれ、私達を助けて頂いたのは事実」

 

「スー様に頂いた命、スー様の為に使わせて下さいませ」

 

「お前達……」

 

 気がつけば、真っ直ぐな視線が俺を見つめていた。肌色面積的な意味で、こっちはちょっと目を逸らす形になったけれど。

 

「すまんな」

 

 クシナタさん達の決意は、危険に身を置くことでもある。俺は深々と頭を下げて感謝の意を示したのだった。

 

 




こうして主人公は協力者を手に入れたのだった。


次回、第七十七話「もう一度ジパングへ」


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第七十七話「もう一度ジパングへ」

「まずはここを出よう。俺の周りに集まってくれ」

 

「「はい」」

 

 生け贄になった人達の蘇生が目的で留まっていたが、洞窟の中は快適とは言い難い。呼びかけに返ってくる返事は早かった。

 

(ナンバリングが違うけど、この呪文は馬車や船ごとの脱出も出来たはず。ならこの人数だって問だ)

 

 問題はない、と思われた。

 

「スー様っ、これでようございまするか?」

 

「いや、そんなに密着する必よ、ぷっ」

 

 だが、落とし穴は意外なところに空いていたのだ。柔らかな何かを押しつけられた俺は返事を返すことさえままならず。

 

「ちょっ、押さな」

 

「痛っ、ちょっと足踏まないでよっ」

 

「わ、私じゃありませぬ」

 

 プチ押しくらまんじゅう状態の中核にされた俺を取り巻くのは、もはや混沌だった。

 

(い、息が……)

 

 と言うか、おろちは圧倒したのに何でこんな所で殺されかけてるのだろうか。

 

(っ)

 

 押しのけれるにしても武器を持ったままの右手は使えず、左手は盾という面積の大きなモノをつけている為お姉さん達の間から引き抜けず。

 

「あんっ」

 

「ぷはっ、く、口を塞ぐな……リレ、ミトっ」

 

 顔を背けるようにして何とか柔らか凶器から口の自由を確保した俺は、即座に呪文を発動させた。至近距離から聞こえた艶っぽい声は、聞かなかったことにして。

 

(洞窟だ、洞窟さえ出れば)

 

 呪文で脱出する為に密集ったなら、外に出ればこの今日何度目か解らないピンチからも抜けられるはずである。移動呪文特有の浮遊感に呪文が正しく発動した確信を得ながら、身体は一瞬で洞窟の外にまで運ばれ。

 

「よしっ、そ」

 

 視界の端に空が見えたと思った直後だった。

 

「きゃ」

 

「ああっ」

 

「ぷっ」

 

 悲鳴が上がり、俺の視界が肌色で埋まる。洞窟の入り口に出現した瞬間、お姉さんや少女の何人かがバランスを崩したんだと思う。

 

「痛ぅ、お、重い」

 

「そ、そんな重いなんてあんまりでありまする」

 

「いいから退いてよ」

 

「空が、ああっ、また空が見れるなんて……」

 

 再びのパニックの中、一人感動してるっぽい外周部分のお姉さんの声が何故かはっきり聞き取れた。

 

(っ、感動に浸ってるところ悪いけど、助けて欲しいとか思っちゃったり)

 

 声が出せないどころか、息も出来ないのだ。

 

「み、皆様、スー様が」

 

 気づいて声を上げる人が出てくるまでたぶん一分もかかってないと思うのだが、その一分は長かった。

 

「……はぁはぁ、まさかこんな所で死にかけるとな」

 

「も、申し訳ありませぬ」

 

「ごめんなさいっ」

 

「いや、俺も説明不足だった……」

 

 助けたり生き返らせた少女達から逆に救助された俺は、草の上に座り込んだまま頭を振ると荷物を漁ってキメラの翼を取り出す。

 

「これは放り投げることで記憶にある遠く離れた町や城へ運んでくれる道具だ」

 

「このようなモノで飛べるのでありまするか?」

 

「最後に着地があるからそのつもりでな。さっきみたいに固まりすぎると惨事になりかねん」

 

 人によっては役得だとか羨ましいとか言うかもしれないが、苦しいモノは苦しい。

 

(だいたい、ただでさえ身体のスペックに助けられてるだけの人間だって明かした後なのに)

 

 この状況を楽しんで何て居たら、ゴミでも見るような目を向けられたって文句は言えない。

 

(そもそも、責任とれないんだから下手なこと出来ないよな)

 

 一度折ったフラグが立つような真似は避けるべきである。

 

「とにかく、今のままで居る訳にもいくまい、まずサマンオサに飛んで服を用立てる」

 

 何というか今のままでは目の毒なのだ。

 

(アリアハンに飛んで職業訓練所に預けたほうが手っ取り早いんだけどね)

 

 全員が協力者なら、そちらでなにがしらの職に就き、ついでにルイーダの酒場で仲間として連れ出せる形にしておくと言うところまでは考えてみたのだが、その場合、この格好のお姉さん達と顔見知りの多いアリアハンへ飛ぶことになる訳で。

 

「おい、凄い格好したネーちゃん達が居るぞ?」

 

「ホントだ。あれ? 一緒にいるあれって勇者様の……」

 

 などと目撃される訳ですね、わかります。

 

(風評被害ってレベルじゃねーですよ?)

 

 もちろん服をまともなモノにしても言われるだろうが、あの格好と比べれば数倍マシである。

 

「ちゃんと一定の距離は取ったな? よし、サマンオサへ」

 

 早く何とかしないとと逸る気持ちを堪えきれず、俺は確認するなりキメラの翼をほうり投げた。

 

「うきゃあっ、飛、飛んで」

 

「浮、浮い」

 

「ああっ、心の準備がまっきゃあぁぁ」

 

 空の旅初体験のお姉さん達だ、悲鳴をあげるのも仕方ない。

 

(しかし、サイモンさんと話すのは後回しにした方がいいかもな)

 

 全員アリアハンに連れて行くなら、サマンオサへ立ち寄った理由はほぼ服の用意だけになる。

 

(着替えて貰った後は宿に一~二泊して貰って、その間に用事を済ませれば……)

 

 そもそも、おろちが大人しくこちらの言うことを聞いているなら、急いで解決しなければ行けない案件はもう無かったと思う。

 

(俺が忘れてる可能性もあるけど……)

 

 原作記憶が、うろ覚えであることが悔やまれた。

 

「スー様」

 

「ん?」

 

「何かお悩みでありまするか?」

 

「いや、物語の中で他に俺が行動することで救える者が居たか、とな」

 

 ただ、考え事をこうして隠さず明かせる人が出来たことは、大きなプラスだとも思う。

 

「……スー様」

 

「俺が何故今ここにいるのか、意味があるのか単なる事故なのかすらわからん。だがな、お前達を助けられたのも今俺がここにいるからだ。なら、他にも救える者が居るのではないかとな」

 

 内心を吐露し、着地に備えるようにとクシナタさんへ続けて言い、俺も軽く膝を曲げて衝撃に備える。

 

(まぁ、移動呪文だから着地に失敗したところで怪我何てしないけどね)

 

 ただ、お姉さん達が倒れ込んでくる事態は避けたかったのだ。

 

「っ、皆大丈夫か?」

 

「は、はい」

 

「スー様のおかげでございまする」

 

 わざわざ声をかけた成果か。見回して声をかけてみたが、お姉さん達が転倒している姿はなく。

 

「なら、俺は服を買ってこよう。人目につきにくい場所に隠れていてくれ」

 

 姿を消す呪文用のMPも残っていなかった俺は、お姉さん達を残し走り出した。

 

(何というか、本当にもう、目の毒だよな)

 

 せっかくフラグを折ったというのに、じろじろ見てしまって変な誤解をされるのは避けたい。とはいえ、あの格好を前に無関心でいられる木石で俺はなかった。

 

(きっと生き返った興奮とかで吊り橋効果みたいなモノが働いているだけだろうし)

 

 服を与えて暫くすればこの状況だってきっと落ち着く筈。

 

(だいたい、この身体がなければ俺のどこに女性を引きつける点があるのかも疑問だもんなぁ)

 

 ブレナンの家の前を右折し、服屋へ向かいながら密かに苦笑する。

 

(クシナタさん達には憑依のこともバラしてるし、ピンチはあれっきりで終了に決まってる)

 

 左手に見つけた道具屋をまずはスルーして、更に町の奥へ。

 

「武器防具屋か、あそこも後だな」

 

 生け贄だったお姉さん達が何を装備出来るのかが解らない以上、とりあえず誰でも装備出来る布の服を人数分買って戻るのが先だろう。

 

「女性用のゆったりした服を……これと同じモノはあるか? 数は――」

 

 飛び込んだ店で服のサイズという問題に行き当たり、大は小を兼ねるとばかりに大きめの服を人数分注文し。

 

「もちろんありますが……本当によろしいので?」

 

「何か問題があるのか?」

 

「これ、マタニティドレスですよ」

 

「な」

 

 何故かまごつく店主に訝しんで問い返した俺は、とんでもない地雷を踏んづけそうになったことを知って硬直する。

 

(うわぁ)

 

 着られない服を避けようと思っただけだったのに危うく自爆するところだった。

 

「す、すまん。なら、あっちの、あの服を。それとむこうのゆったりしたローブも」

 

 引きつった表情をミスリルヘルムが隠してくれたらいいなと願いつつ、大量の服を抱えた俺は来た道をダッシュで引き返す。人目を集めるのは必至なので、一緒に買ったローブを羽織ってだ。

 

「すまん、待たせた」

 

「えっ」

 

「スー様でございまするか?」

 

 結果として正体はごまかせたと思うが、再会したお姉さん達にまで「誰?」という目で見られたのは、反省点かも知れない。

 

「ああ、大量の服を持って町中を走れば人目を引くからな。とりあえず、大きめの服を選んでおいたから上から着てくれ」

 

 衣服もどきになってしまった布の切れ端は宿に部屋を取って客室で着替えればいい。そんな風に説明したと思う。

 

「いらっしゃいませ、旅の宿に」

 

「部屋は空いているか? この人数なのだが」

 

 かりの着替えを済ませたお姉さん達とその足で宿屋へ向かった俺は、宿のカウンターで後ろを示して切り出し。

 

「えっ、あ、はぁ……ひぃ、ふぅ、みぃ……」

 

「とりあえず、前金を払っておく。買い物の途中なのでな」

 

 目を白黒させる宿の主人の前にお金の入った袋を置くと、お姉さん達の元へと戻る。

 

「とりあえず、前金を払っておいたから、宿でちゃんと着替えるといい」

 

 出来れば下着も用意したかったのだが、男一人で女物の下着を買うのは難易度が高すぎた。

 

(せめてモシャスが使えたら……)

 

 サイズを調べる手間もかからないのだが、効果時間の問題が足を引っ張るし、そもそも今はMPが足りない。

 

「買い物に出かけてくる。クシナタ、後は頼むな」

 

「はい、行ってらっしゃいまし、スー様」

 

 クシナタさんに見送られて宿を出、武器防具屋でドラゴンシールド、それに毒蛾の粉を買い、キメラの翼を補充した俺が戻ったのは一時間ほどあとのこと。

 

「一応、サイモン宛の手紙を一筆したためておく。主人、一枚貰うぞ? これは宿泊費……紙の代金込みだ」

 

「は、はい」

 

「アクシデントで戻れなくなった場合もある。もし三日経っても戻ってこない場合は、それを使ってくれ」

 

 もちろん、必要とする事態は来ないのが一番だが。宿帳のページを失敬して手紙を書き上げると、クシナタさんへまだインクの乾いていないそれを渡し、宿屋の主人にも多めに宿代を払っておく。

 

(ふぅ、これでよしっと)

 

 これで、とりあえずだが、お姉さん達の居場所は確保した。

 

「では、後は頼むぞ」

 

「「はい、スー様も御武運を」」

 

 見送りに来たお姉さん達の視線を受けながら、宿を出た俺はキメラの翼を空高く放り投げる。

 

「ジパングへ」

 

 来た道を逆に辿る空の旅、選んだ選択の答えがそこに待っているはずだった。

 

 




時間の都合で、サマンオサ行動部分カットしたので、加筆。


次回、第七十八話「マルチエンディング」

結構好きなんですよね、そう言うゲーム。

ダークとかバッドなのはノーサンキューですが。


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第七十八話「マルチエンディング」

 

「さて、問題はここからだな」

 

 大地に降り立ち、ポツリと呟く。

 

(おろちが逃げていればヒミコが突然不在、逃げていなくても大怪我をして寝込んでいるどっちにしても騒ぎにはなってるだろうなぁ)

 

 おろちに一時でも俺との約束を守る気があるかは、入ってみればわかる。

 

(とりあえず、あの情報集めてくれた人のところは真っ先に行かないとな)

 

 生け贄の輿を追いかけ、おろちを倒しに行くと言って出ていったっきりなのだ。心配しているかも知れない。

 

(しっかし、もうかなり原作崩壊しちゃってるよなぁ)

 

 サイモンにサマンオサで処刑されるところだった人々、生け贄のお姉さん達。原作では生きていない筈の人達が生きていて、ボストロールは倒れ、おろちも一度目の撃退はほぼ成功しているのに、ルーラで飛べる場所にロマリアが無いというとんでもなさ。

 

(えーと、ロマリアによらないとカンダタ関連のイベントが進まなくて船が手に入らないんだっけ。うーん、船が無いのにジパングかぁ)

 

 こうやって記憶を掘り返してみると我ながら無茶苦茶してきたなぁ、と思う。

 

(ゲームの時は一本道とまでは言わないけど、過程こそ違えエンディングはほぼ一つだったな)

 

 もちろん、世界を滅ぼされる訳にはいかないので、この世界でも大魔王ゾーマは倒す必要がある。

 

(確か勇者抜きでゾーマ倒しても、勇者は召喚されるんだっけ)

 

 後のお話しに矛盾が出ないようにする為の措置としては是非もないのだが、未来を知らなければツッコミどころしかない展開だよなとも思う。

 

(じゃあ、シャルロットでなくサイモンさんがゾーマ倒したらどうなるんだろう?)

 

 そこで疑問がふと生じる。

 

(まてよ、やり方によってはシャルロットの親父さんを助けて親父さんに世界を救って貰うパターンも不可能じゃないのか)

 

 ゲームだったらどちらも不可能だ。だが、勇者サイモンはサマンオサで生きているし、時間軸からすればオルテガも生きているはず。

 

(何というマルチエンディング)

 

 個人的に勇者サイモンルートが見てみたいと思う俺は異端だろうか。

(あれ? やりようによってはサイモンさんの息子さん加えて、勇者親子×2の勇者しか居ない四人パーティーとかも出来るんじゃ?)

 

 勇者用の装備がワンセットしかないのがネックだが、凄い絵面になるのは間違いない。

 

(くっ、何というロマン)

 

 まぁ、フバーハやスクルトと言った防御系の補助呪文に乏しいパーティーになりそうなので、実際には他の職業のメンバーを入れた方が安定するだろうが、想像するのは自由だと言いたい。

 

(ま、とは言え遊びじゃないからなぁ。妄想はこれぐらいにして)

 

 今すべきはジパングの現状確認することだ。

 

「さてと」

 

「っ、スーさん殿っ!」

 

 声をかけられたのは、足を踏み入れてすぐ。

 

「よくぞご無事で……」

 

「今帰った、何かかわったことは?」

 

「それが、ヒミコ様が大怪我をされましてな。『生け贄はもう必要ない』とだけ告げられて今もまだ寝込まれておりまする」

 

「そうか」

 

 どうやらおろちは約束を守ることにしたらしい。

 

(とは言っても表面上なのか、本気で守るつもりが有るかはまだ解らないけど)

 

 確認の為にも一度は足を運ぶ必要があるだろう。

 

(クシナタさんのこととか話しておかないとな)

 

 おろちからすれば、あの日の密約を目撃した唯一の人物と認識しているはずだ。

 

(場合によっては口裏合わせてクシナタさんが助かったことにすれば、他の人と違って帰国できるかもしれないし)

 

 今後どうするかについてもきっちり話し合っておく必要がある。

 

(まぁ、バラモスやゾーマを完全に裏切ってまでこっちにつくとは思えないし、一時的なものになるかな)

 

 最終的に、おろちは修行を積んだシャルロット達に倒される。約束通り、俺は直接手を出さない。

 

(それでいいとは思うけど)

 

 問題は、シャルロットに討たれそうになったおろちが恥も外聞もなく俺に助けを求めてくるパターンだ。

 

(俺のスタンスは告げてるはずだから可能性は低いものの、まるっきりナシと考えるのも危険かぁ)

 

 もっとも、シャルロットに倒されるようでは俺が助けてもこちらにメリットはない。ゾーマやバラモスの注意を引かないようにする為活かしておいたのだから、他者が倒しても倒した者に魔王の注意が向くだけである。

 

(そう言う訳で、助けて貰うつもりなら何かこちらを利する必要が出てくるんだけど)

 

 おろちに差し出せるモノがあるだろうか。

 

(「ジパングの半分をお前にやろう」とか?)

 

 そんな何処かの魔王を彷彿とさせる申し出は無いとして。

 

(オーブは倒して奪えばいいだけだし、となると残るのは自分自身ぐらいなんだよなぁ)

 

 やまたのおろちを仲間にした勇者一行、少なくとも民衆感情的にジパングには出入り禁止になりそうである。

 

(生命力はあるし、専用の防具や武器を作って装備させれば盾代わりくらいにはなるか)

 

 もっとも、強化した後裏切られたら笑えないし、裏切らない保証もないのだが。

 

(うん、仲間ルートはナシで良さそうだな)

 

 保身を考えるタイプは最前線で使うに危険すぎる。かといって、後方に控えさせておいても使い道がない。

 

(ま、考えるのはこの辺りでいいや)

 

 あとは実際に会いに行くだけだ。

 

「とりあえず、怪我をしているというなら見舞いに行こう。丁度荷物に異国で買った薬草がある」

 

 俺はそう言い残すと、ヒミコの屋敷に向けて歩き出した。

 

 




何というか、飛んでもない未来描きかけましたね、主人公。

次回、第七十九話「おろちとスーさんの話し合い」



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第七十九話「おろちとスーさんの話し合い」

「もっと早く来ると思うておったが」

 

「初対面の人間が怪我をしたばかりの女王と面会させてくれと言われても門前払いが関の山だろう」

 

 通された部屋でヒミコに化けたおろちと対面を俺は、皮肉にたいしてそう切り返すと、とりあえずクシナタさんのことを説明する。

 

「ほう、あの娘を異国に送ったとな」

 

「見られているからな、ここに戻してはやりづらかろう?」

 

 もちろん、生き返らせた他のお姉さん達のことは明かさない。俺に負けなければシャルロットが倒すまで村娘を食らっていただろうおろちを信用する理由などないのだから。

 

(強いて言うなら約束を守ったことだけど、この傷じゃあなぁ)

 

 姿を変えるなら傷も隠せばいいと思うのだが、それが出来ないほどのダメージだったのか、姿を変える術自体に融通が利かないのか。

 

「ともあれ、ここからどうするかはお前次第だ」

 

「……それは脅しかえ?」

 

「さて、な?」

 

 個人的には約束を守っておとなしくしてくれていた方がありがたい。シャルロットがバラモスを倒せるレベルに達するにはまだ時間がかかる。

 

(俺ならたぶんソロでも勝てるだろうけどなぁ)

 

 それでは意味がない。

 

「どのみちこの傷ではじっとしている他、ないじゃろうに」

 

「わかっている。俺が聞いているのは、傷が癒えた後のことだ」

 

「ぬう……」

 

 傷が癒えきっていない以上、おろちからすれば本心がどうあれ「約束を守り続ける」と言うしかない場面ではある。

 

(だから、想定内の返事ならどうでもいいんだけどね)

 

 この場合、約束を違えぬように釘を刺して話は終わりだ。

 

(丁度いいモノもあるし)

 

 俺は鞄に目を落とすと中を漁って筒状に丸められた書状を取り出す。

 

「希望がないなら、こちらで決めさせて貰おう。実はとある商人に異国との交易の橋渡しを頼まれていてな。当然だが、こういった取引には双方の国の許可が居る」

 

「何、どういうことじゃ?」

 

「このジパングの国主は一応お前だろう? これに署名して貰おうか」

 

 おろちに差し出したのは、前にアリアハンで国王頼まれた交易網を拡張する為の書類である。

 

「異国に送ったとは言え故郷の食べ物というのは忘れがたいモノだ。だからその手配をな」

 

 もちろん、これは大義名分で本音を言うなら「俺もほかほかのご飯食べたい」だ。

 

「この国に訪れる事になる商人達には俺の方から色々と話はしておこう」

 

「お前、まさか……」

 

 プラスαで言外に商人達はお前の監視を兼ねている、とにおわせる。

 

「何か問題でもあるか? 即答出来ないようだったからこっちで決めてやったと言うのに」

 

 もっとも、答えたところで、交易の協力は突きつけるつもりだったのだが。

 

(何にしても、これでこっちの目が常にあると誤解してくれる状況になれば、おろちは約束を破らないはず)

 

 拒否しようものなら、退治するだけだという酷い恫喝であった。

 

「交易すれば美味い食い物が手にはいるかもしれんぞ? まあ、人間用のだがな」

 

 一応フォローだって忘れない。

 

「うぐぐ、ええい、わらわの負けじゃ。しかし、その食い物とやらは本当に美味いのであろうな?」

 

「人にはな。そもそもお前が食うモノを一つしか知らんし、どんなものを好むかも聞いていない」

 

 白旗をあげたおろちに俺が指摘すると、また唸りだしたおろちは暫くしてから料理名らしいモノを幾つか挙げ始めた。

 

「しかし、良く知っているな?」

 

「館の者達がわらわに食事だと供してきたのじゃ。食べねば怪しまれるじゃろ。もっとも、その程度の量ではわらわには全然足りぬがな」

 

 おろちの巨体を考えれば無理もないが、ともあれ話は纏まった。

 

(これで俺もようやく休めそうだな)

 

 ヒミコの屋敷を退出しつつ、俺は安堵からほぅとため息を洩らす。

 

「サマンオサへ」

 

 残すはクシナタさん達とアリアハン、ポルトガ、サマンオサ各国王への報告のみ。交易品の見本用にと貰ってきたお米の重さが、キメラの翼で舞い上がる俺の腕に心地よかった。

 

 




短いですが、これにてジパング編、終了ッ。

そして主人公はご飯をゲット。

次回、番外編7「久しぶりの(勇者視点)」

さて、その頃の勇者はと言うと?


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番外編7「久しぶりの(勇者視点)」

 

「はぁ……」

 

 またため息が出てしまった。

 

(お師匠様は今頃どうしてるのかな)

 

 あのスレッジさんと一緒だし、心配はしていない。

 

「そう言えば、スレッジさんも不思議なお爺さんだったよね」

 

 マシュ・ガイアーさん、つまり救国の英雄勇者サイモンさんのお知り合いで、いろんな呪文を知ってるお爺さん。

 

(ミリーの為に、自分が悪者になろうともしてくれてた――)

 

 いい人だとボクは思う、それにとっても強い人だ。ひょっとしたらマシュ、サイモンさんが勇者として旅をしていた時の仲間だったりするのかもしれない。

 

(うん、サイモンさん凄く強かった)

 

 サマンオサで王様に化けていた黄緑色の魔物を圧倒していた姿はこの目に焼き付いている。

 

(ボクもいっぱい修行したら、あんな風に強くなれるかな?)

 

 あの戦い、ボク達ははっきり言っておまけだった。たぶん、居なくてもサイモンさんはあっさり勝っていたんじゃないかと思う。

 

(強くなりたい……強くなれば、今だってお師匠様と一緒に行けたかも知れないのに)

 

 あの黄緑色の魔物とほぼ同格の魔物が待ち受けているとすれば、今のボクが足手まといにしかならないのは解っている。

 

「修行、した方がいいかな? けど、出かけてる時にお師匠様が帰ってきたら……」

 

 何故か随分久しぶりな気のする我が家、窓からちらりと見たアリアハンの入り口にはお師匠様の姿もなく、降り出した雨が叩くようにして洗っていた。

 

(お師匠様……)

 

 雨だけなら修行を休む理由にはならない。のに、今日にでも帰ってくるんじゃないかって思うと町の外に行けなくなる。

 

「シャルロットや、外は雨よ?」

 

「うん、解ってる。けど、今日は帰ってきそうな気がするから――」

 

 そして、気がつくとお母さんにそう返しながら、玄関に向かって居るんだ。

 

「勇者様、お出かけですの?」

 

「あ、サラ。ホラ、今日はお師匠様が帰ってきそうな気がするんだよ」

 

 うちに泊まることになったサラとやりとりを交わして。

 

「あっ、し、シャルさん」

 

「ミリー、そんなことしなくてもいいのに」

 

 ボロ布で拭き掃除をしていたミリーに苦笑する。

 

「す、すみません。け、けど私の手が皆さんにご迷惑をかけてしまいましたし……せめてこれぐらいは」

 

「もう気にしてないって。呪いも完全に解いて貰ったんでしょ?」

 

「っ、それは間違いありませんけど……」

 

 真面目すぎるというか、呪いの解けたミリーは引っ込み思案でかなり律儀な子だった。

 

(出会った時にこうだったら、印象変わってたかも)

 

 もしそうだったら、何度もお尻を触られた修行だって別のモノになっていたと思う。

 

(うん。だけど、今のボクがあるのはあの修行のお陰でもあるんだよね)

 

 たまたま修行中に魔物と出会って、咄嗟に呪文を放てなかったらまだまともに戦えないままだったかも知れない。

 

「しゃ、シャルさん?」

 

「あ……んと、ちょっと昔の事を思い出しちゃって」

 

 声をかけられてちょっと慌てたけど、とりあえずここまでに嘘はない。

 

「みんなと出会ってからまだそんなに経ってないのに、随分あちこち行ったし、凄い戦いも見たよ

ね?」

 

「そ、そう言われると、確かにそうですね」

 

「だよね?」

 

 何とか、誤魔化せただろうか。

 

(あの修行のこと思い出してた、なんて)

 

 ミリーには言えない。ただでさえ、気にしているのだから。

 

「で話を戻すけど、お師匠様とかスレッジさんそろそろ帰ってこないかなぁ、って」

 

「ご、ご主人様とスレッジ様ですか?」

 

「うん。心配はないと思うけど、窓の外見てたら気になっちゃってね。外に出たら濡れるのは解ってるよ」

 

 雨なのは、窓から見た。なのに、じっとしていられないのだ。

 

「だからさ、ちょっと出かけてくるね?」

 

 別行動だと、ついつい入り口で帰ってくるのを待ってしまう。

 

(止むか、せめて小降りになってくれるといいのに)

 

 せわしなく屋根をノックする雨音の中、ボクは天を仰ぐ。どんよりとした灰色の雲に占拠され薄暗い空は見えない。

 

(ルーラしてくるなら何か見えるかと思ったけど)

 

 世の中は甘くないのか、お師匠様の姿は空にない。

 

(やっぱり駄目かぁ……あれ?)

 

 変化があったのは、落胆しつつもボクが視線を巡らせるさなかだった。

 

「あれは……お師匠様っ」

 

 東の空に見えた小さな黒点。濡れるのも構わず、ボクは軒下から飛び出した。

 

(見つかったのかな、移動方法?)

 

 お師匠様達なら、女王に化けた多頭の竜を倒しての凱旋だったとしても驚かない。

 

「あっ」

 

 走行する間に黒点は人影にかわり、それが一人でないことへボクは気づく。

 

(お師匠様とスレッジさん? それにしては人数が……)

 

 一人や二人ではない、もっと大人数。ただ、だからといって外れかというとそうでもなく。

 

「っ」

 

 大きくなった人影はボクの記憶にあった人のものと一致する。

 

「スレッジさ――」

 

 お師匠様ではない、だが同行者。話を聞こうと落下地点目掛け駆けつけたボクは。

 

「うひょひょひょひょ、雨の日は最高じゃのぅ」

 

「スレ様、嫌でございまする」

 

「は、恥ずかしい……」

 

 雨に濡れて服の透けた女の人に囲まれ鼻の下を伸ばしているスレッジさんを見て、固まったのだった。

 

 

 




そう、スレッジ爺さんは、シャルロットとバニーさんのやりとりを知らなかったのです。

次回、第八十話「アリアハンの再会」

こんな酷い再会があってたまるかぁぁぁぁっ


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第八十話「アリアハンの再会」

 

「さぁて、とは言えこのままじゃ風邪をひいてしまいかねん。お前さん達は一足先に宿屋にでも行っておってくれ」

 

 とりあえず、お姉さん達にそう言うと、俺はスレッジの演技をしたままシャルロットへ向き直る。

 

(はぁ……ひょっとしたらとは思ったけど、雨なのに外で待ってるとはなぁ)

 

 お姉さん達に囲まれた状態でシャルロットの前に降り立つ訳にも行かないので、スレッジに汚れ役をやって貰う格好になったが、アリアハンが雨なのは俺にとって想定外だった。

 

(そもそも、バニーさんとバハラタで別れた時も中途半端だったし)

 

 あの後、バニーさんがシャルロットに何と説明したか解らない。ただ、シャルロットを眠らせたのがスレッジなのはシャルロット自身に見られてしまっている。

 

(先にバニーさんと会って口裏合わせられればなぁ)

 

 こうなってしまっては是非もない。

 

(呪いのことはバラして無いと良いんだけど)

 

 シャルロットを目で確認してから地面に降り立つまでの短い間で俺が思いつけたのは「スレッジはやっぱりエロ爺で、バニーさんは俺を庇い適当なことを言っていた」という事にするなんて案ぐらいだった。

 

(バラしていたとしてもそうでなくても、スレッジを庇っての虚言と言うことにしておけば無かったことに出来るし、辻褄が合わなかったとしても「嘘だったんだから」で押し通せる)

 

 代償としてスレッジの株がだだ下がりするが、これは甘んじて受けるしかない。

 

(そもそも生け贄の人達を生き返らせた何てのも説明出来ないからなぁ)

 

 それに、バハラタのことを蒸し返されても困る。

 

「さてと、シャルロットちゃんじゃったか?」

 

「スレッジさん……」

 

 俺が声をかけると、ようやくシャルロットは我に返って口を開いた。

 

(あー、と言うか「雨の日は最高じゃのぅ」の辺りで気づいて欲しかったんだけど)

 

 とりあえず、我に返ってくれたのはいいことだ。ただ、お姉さん達同様、シャルロット自身も濡れた服が肌に貼り付き、所々透けていることにも気づいて欲しかった。

 

(目のやり場が、なぁ)

 

 とりあえず、着ているのがフード付きのローブで良かったと思う。

 

「あの男なら無事じゃ」

 

「っ」

 

 まず、一番欲しがって居るであろう情報を投げることで機先を制し、更に言葉を続ける。

 

「何でもまだやることがあるとかでのぅ。生け贄にされるところだったこともあってかの国に居づらくなったお嬢ちゃん達と空の旅という役得をさせて貰ったわい」

 

 この辺り、後でお姉さん達と口裏を合わせないといけないが、クシナタさんについてだけなら、俺の言ったことに嘘はない。

 

(生き返らせたお姉さん達の方は後で何か考えないとなぁ)

 

 シャルロットがジパングに行き、生け贄にされかかって生きていた人など居ないと知れば、矛盾が生じてしまう。

 

(もしくは怪談かな)

 

 生け贄にされかかったと言う部分で、暗い過去ととり、空気を読んで触れずにいてくれれば良いとも思うが、これは勝手なこっちの都合だ。

 

(とにかく、今はこの場をやり過ごして――)

 

 今度は勇者の師匠である盗賊としてこのアリアハンへ戻って来ないと行けない。

 

(それで居てバニーさんにはスレッジでもあって、情報交換しないと行けないのか)

 

 やることが、多い。

 

(まぁ、レムオルの呪文があるから撒こうとも思えば撒けるし、無理ゲーって訳でもないからなぁ)

 

 この場は退散してしまうべきだろう。

 

(やることもあるけど「お師匠様」が戻って来なきゃこのまま雨の中待っていかねないし)

 

 バニーさんとの打ち合わせをして居ない今、下手なことも言えない。

 

「詳しい話は本人から、じゃな。こんな場所では誰が聞き耳を立てているやら解ったものではないからのぅ」

 

「っ」

 

 弾かれたように周囲を見回すシャルロットへ、俺は「ではの」と続けて踵を返す。

 

(と言うか、タイミング悪いわ)

 

 背後ではシャルロットが、スレッジの名を呼んで呼び止めようとしていたが、その向こうにバニーさんが居たのだ。

 

(これじゃ打ち合わせも出来ない……)

 

 もう少し離れていたなら、レムオルをかけてバニーさんだけに声をかけることも可能だったのだが、実際俺に出来たのは、逃げ出すことだけだった。

 

(この町に出口が複数あったのが、せめてもの救いか)

 

 距離的に飛んで来ないと不自然でもあるので、一度アリアハンの外に出てからキメラの翼を使う。迂遠だが、疑われそうな要素は残せない。

 

「さてと……アリアハンへ」

 

 雨に逆らうように飛んでいったアイテムを追いかける様に俺の身体は浮き上がり、つい先程舞い降りた場所へと運ばれて行く。

 

(っ)

 

 距離が短く、何かを考える時間も殆どない。

 

「あ」

 

 ただ、街の入り口でこちらを見上げて口を開けたシャルロットの顔ははっきり見えて。

 

「こっちは、雨か」

 

 着地した俺は、濡れそぼった髪から滴を垂らしながら呟くと顔を上げ。

 

「まったく、雨の中濡」

 

「お師匠様ぁぁぁっ」

 

「っ」

 

 シャルロットに向けようとした言葉は、抱きつかれて中断を余儀なくされた。

 

「風邪をひくぞ、シャルロット」

 

「えへへ」

 

 嘆息混じりに言おうとした言葉を短く言い直すと、シャルロットは微笑んで。

 

「お帰りなさい、お師しょ、っくち」

 

 噛みはしなかったが、くしゃみをしたのだった。

 




今度はちゃんと再会出来た。

次回、第八十一話「ベタと言えばベタ」



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第八十一話「ベタと言えばベタ」

 

「言わん事ではない」

 

 ため息をついた俺はシャルロットの頭にポンと手を置くと空を仰いだ。

 

「この分だとまだ降るな。着替えることも考えるなら宿屋だが……」

 

 シャルロットの家がすぐ側にあるのに、わざわざ遠い宿屋に行く選択肢など無い。

 

「お師匠様、でしたらボクの家に」

 

 おまけに、シャルロット自身もそう言いだした。

 

(まぁ、何となくこうなるんじゃないかとは思ったけどね)

 

 ちょっとだけこの事態は拙いのだが、ここで首を横に振るのは不自然すぎる。

 

「そうか、すまんな」

 

 俺は、軽く頭を下げつつも、心の中で唸った。

 

(推理モノで証拠品の処分に困った犯人の気分というか……うん)

 

 バニーさんとの打ち合わせを考えると処分する訳にもいかなかったスレッジの服が濡れたまま、鞄に入っているのだ。

 

(ちゃんと絞ってから入れたはずではあるけど)

 

 他が濡れないように、着替え用の服を一枚犠牲にして付けひげと一緒に包んであるので、ぱっと見では解らないと思うが、現在進行形で雨が降っているので、俺も着替える必要がある。

 

(「着替えを取り出そうとしてポロリ」とかベタ過ぎるものの、ないって言いきれないもんな)

 

 おまけにスレッジの服がくるまれた元着替えがあるのは鞄の一番上。

 

(着替えると言えば、男の着替えを覗く趣味でもない限り女性陣からは見られることも無いと思うけど)

 

 こういう時に油断は禁物。

 

「お師匠様、濡れちゃった物洗っちゃおうと思うんですけど、お師匠様は洗濯物ないですか?」

 

 なんて、シャルロットが親切心を発揮して来るかも知れない。

 

(気遣いの出来る娘だからなぁ)

 

 それが空回りして騒ぎになった「大王イカと命の木の実事件」は記憶に新しい。

 

(とにかく、服のことはバレないようにしないと)

 

 スレッジを悪者にする為の演技とはいえ、濡れて透けた服のお姉さん達に囲まれてご満悦だったりしたのだ、あれが俺であるとシャルロットに気づかれでもしたら――。

 

(って、悪い方に考えるのは、今は止そう)

 

 まだバレると決まった訳ではなく、俺自身もシャルロットと一緒にシャルロットの家へ向かっているだけに過ぎない。

 

「ただいま。お母さ、くしゅっ」

 

「まぁ、シャルロットこんなに濡れて……」

 

 そして、辿り着いてもシャルロットのくしゃみは変わらずだった。

 

「本当に風邪をひきかけているのかもしれんな。俺のことはいいから、さっさと着替えてこい」

 

 それなりに濡れているという点では俺も同じ筈だが、何ともないのは、身体能力の差だろうか。

 

「え? ですけど……」

 

 客人をほっぽっておいて自分だけ着替える事に抵抗でも覚えたのかもしれない。

 

(とは言え、このままじゃあなぁ)

 

 流石にこのまま風邪をひかせる訳にはいかず、まごつくシャルロットに向かって、俺は思っても居ないことを口にする。

 

「何だ、それとも着替えさせて欲しいのか?」

 

 こういえば、俺の好感度は下がるだろうが、シャルロットは自分の部屋に引っ込むと思ったのだ。

 

「えっ?」

 

「む?」

 

「えっと、そう言うのはちょっと早いというか……その、あぅ」

 

 だが、シャルロットは驚きの声を上げて何故かモジモジし出す。

 

(何、これ? そうていがいのはんのうですよ?)

 

 顔を赤くしてドタドタ階段を上がって行くとばっかり思っていたのに、想定外でござる。

 

(ん、待てよ……そうか。師匠の言うことだからセクハラ発言なのに、文句も言えないと)

 

 面を食らったのは、短い時間。シャルロットの態度の理由に気づくと、俺は自己嫌悪に陥った。

 

(何やってるんだか……)

 

 最低なことをしてしまった。パワハラとセクハラのダブルコンボである、しかも。

 

「ご主人様……」

 

「ん?」

 

 横手から聞こえた声で振り返ると、何故かそこにバニーさんがいらっしゃるではないか。

 

「えっ、え゛」

 

 驚きにあげた声は勇者の師匠ではなく、素のものになってしまったが、それどころではない。

 

「そ、その……ご主人様が見たいとおっしゃるのでしたら、私……」

 

 シャルロットより早く戻ってきた様ではあったが、雨に濡れたからだろう。

 

「ちょ、ちょっと待て」

 

「ミリー?!」

 

 バスタオルを巻いただけで服を着ておらず、全然バニーさんでは無かったが、バニーさんは呪いが解けてもやっぱりバニーさんで、俺は思わず後退り、さっきまでまごついていたシャルロットもこれには目をむいた。

 

(なんでこうなるの? と言うか、どうしてバニーさんがシャルロットん家にいるの?)

 

 勇者パーティーの一員だからだろうか。

 

(そう言えば、勇者の家ってパーティーで来ると一緒に泊まれて宿代わりにって……そんなこと思い出してる場合じゃねぇぇぇぇぇっ!)

 

 ピンチだ、大ピンチだった。

 

(だいたい、シャルロットのお袋さんの前でしょうに、と言うか完全に黙っちゃって空気じゃないか、お袋さん)

 

 テンパって思考が纏まらないが、ともかく、この場は何とかしないと社会的に俺が殺されかねん。

 

「その……だな、酷い誤解があ」

 

「お師匠様、そのっ、ボクっ」

 

 止めようとしたのだ、なのに。

 

(何故、俺の言葉を遮ってシャルロットぉ?!)

 

 バニーさんの行動は伝染する病気か何かですか。

 

「いや、ちょっと待て……落ち着け、ふた」

 

「何の騒ぎですの?」

 

 そして、今なら唐突に踊り出すことさえ出来そうなほど追いつめられていた俺は、階段の上から声と共に降りてくる新たな登場人物を知覚した。

 

 




作者も想定外のカオス展開?

果たして、事態は無事収拾出来るのか?

サラさんがログインしたところで、次回、第八十二話「勇者の家、混沌」に続きます。


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第八十二話「勇者の家、混沌」

「とりあえず、状況を説明して頂けますわね?」

 

「あっ、ああ」

 

 刺すような視線の前に、レベルの差など関係ない。

 

「俺で説明出来るところならな」

 

 何というか、魔法使いのお姉さんが降りてきた時、一階は本当にカオスだった。

 

(なんでこうなったのやら……って、俺のせいか)

 

 バニーさんは身体に巻いていたバスタオルを外そうとしかけていたし、シャルロットは濡れた服をこの場で脱ごうとでも言うかのようにたくし上げようとしていて、俺は混乱しつつも二人を止めようとしたが、よくよく考えれば発端は俺の要らない一言なのだ。

 

「おお! 何てことでしょう! 私のかわいいシャルロット!」

 

「……と、まぁ俺がろくでもないことを言った結果がこれだ」

 

 復活したシャルロットのお袋さんが崩れ落ちて床に膝をつく中、懺悔に近い形で魔法使いのお姉さんに事のあらましを説明した。

 

「お師匠様……」

 

「すまんな、シャルロット」

 

 風邪をひいてはいけないからという動機も、勝手にシャルロットのリアクションを想定して事を起こしたことも説明に含んだ。

 

「変な小細工はせず、師匠の命令で押し切るべきだったな」

 

 一刻も早く着替えて欲しいというのは、風邪を引かないか心配だっただけでなく目のやり場に困るという一面も有るのだが、流石にこっちは言及しない。ただ、自嘲気味に嘆息すると、俺は顔を上げる。

 

「シャル……ロット?」

 

 そのまま、こういう訳だからさっさと着替えてくるようにと言うつもりだった。

 

「あぅ……うぅ」

 

 そう、顔を赤くしたシャルロットが俯いていなければ。

 

(怒っている? いや……)

 

 モタモタしていたから風邪をひいてしまったのかもしれない。

 

「いかんな。悪いがシャルロットとそこの遊び人を上階へ連れて行って貰えるか?」

 

「し、仕方ありませんわね」

 

 こんな時、魔法使いのお姉さんが居てくれて本当に良かったと思う。

 

「勇者様が風邪をお召しになっては行けませんもの。ほら、貴方もですわよエロウサギ」

 

「は、はいっ」

 

 呪いは解けた筈なのだが、魔法使いのお姉さんがバニーさんを呼ぶ呼称はすっかり定着してしまったようだ。

 

(とりあえず、これでシャルロット達も着替えてくれるよな)

 

 手遅れで既に風邪をひいてしまってる可能性もあるが、そちらはどうしようもない。

 

(効果があるなら、世界樹の葉を取りに行くのも手だけど、あれが効いたのは病気じゃなくて呪いだし)

 

 そもそも、シャルロットの遠い子孫のお話で、ナンバリングタイトルまで違う。

 

(まぁ、それはそれとして)

 

 結果的にシャルロット達は二階へ上がって行き、カオスは立ち去ったように思えた。

 

「説明して、頂けますか?」

 

 ただ一つ、目の据わってしまったシャルロットのお袋さんという厄介なお土産品を残して。

 

(ひぃ、ピンチ継続中っ)

 

 何をどう説明すればよいのだろうか。

 

「いや、何か誤解されていると思うのだが……」

 

 気がついたら、俺は床の上に正座していた。無意識のうちに気持ちで既に押されていたと言っても過言ではない。

 

(そうか、ラスボスはここに居たんだ。って、そうじゃないっ)

 

 思わず現実逃避がてらボケをかまして本当に逃げ出してしまいたくなる空気の中。

 

「貴方はあの子について、どうお思いなのです?」

 

「お、俺には過ぎた弟子だと思っている……」

 

 投げられる問いと向けられる視線に言葉を選びつつ答える今の俺は、師匠の威厳など欠片も無かった。

 

(いや、威厳がどうこう言うよりも、まずはこの窮地をくぐり抜けること何だけどね)

 

 魔法使いのお姉さんへした事情説明は、目の前にいるシャルロットのお袋さんも聞いていたはずである。

 

(もちろん、言い訳と取られる可能性だってある訳だけど)

 

 パワハラでセクハラをしてしまったのは、動かし様のない事実でなのだ。

 

(しかも、この人の前で言っちゃってるしなぁ)

 

 早くシャルロットに着替えて欲しかったとは言え、とんでもない大ポカだった。

 

(うん、お袋さんの前じゃなきゃ言っていいかっていうとそれも違うけど)

 

 シャルロットには改めて謝っておく必要があるだろう。

 

(で、バニーさんは……あー、謝るって言うか、スレッジ……の格好で会わないとな)

 

 名前が脳裏に出てきた時点でスレッジに押しつけてしまえとろくでもない悪魔の囁き囁きが聞こえたが、完全に無視する。

 

(ここまでスレッジにはさんざん泥をかぶって貰ってるもんなぁ)

 

 だいたい、自分の過ちなのだからスレッジではなく、勇者の師匠として罰を受けるべきでもあった。

 

(とは言っても、責任のとれない身だし)

 

 要求によっては応じられない事もある。

 

「すまない」

 

 だから俺は、謝罪の言葉に、こう続けた。

 

「もうお嬢さんを任せておけないというのであれば……俺は去ろう」

 

 犠牲者が出づける差し迫った脅威は取り払った。物を盗み人を掠うカンダタ一味や、人々が眠ったままの村などがあるが、これらの件は順当に力をつけて行けばシャルロット達でも解決可能である。

 

(直接会わなくても、クシナタさん達をパーティーに送ってサポートさせたり、手が回らない事件はこっちで解決するのだって不可能じゃないもんな)

 

 俺というイレギュラーが外れても、本来のゲーム通りな流れになるだけだ。ちょっと武器防具や道具が充実していて、快進撃するかもしれないが。

 

「その場合、お嬢さんに二度と近づかないとも約束する」

 

 こんな所で投げ出すつもりはなかったし、間接的なサポートを止めるつもりはないが、けじめはけじめだ。

 

「この申し出自体、無責任だとそしりを受けるかも知れないが、俺は……」

 

 ただ、言葉を待った。

 




失言からまさかの展開。

けど、冷静になって考えるとここから原作沿いに進むなら、主人公割と要らないんですよね。

強力な装備やアイテム持っててシャルロットサイドはさくさく進めるはずですし。

果たして、勇者の母は何と答えるのか。

次回、第八十三話「答え」


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第八十三話「答え」

「無責任ですね」

 

「っ」

 

 一片の容赦もない。

 

「貴方があの子の師であることは聞いています。シャルロットは帰ってきても貴方の話ばかりでした『お師匠様のお陰で強くなれた』とか『戦い方を教えてくれた』と」

 

「シャルロットが……そう?」

 

「ええ」

 

 気がつけば尋ねていた俺にシャルロットのお袋さんは頷いた。

 

「あの子がどれだけ貴方を慕っているかは解るつもりです。先程のあれについては、後で叱っておきますが」

 

 まぁ、お袋さんからすれば当然だろう。

 

「……少々問題もあったとは言え、あの子はあそこまで信頼を寄せていたのですよ? 貴方が去ったらシャルロットはどうなるのです?」

 

「それは……」

 

「弟子として、シャルロットが貴方に向けていた気持ちは『失言の責任を取るから』で踏みにじれるようなものなのですか?」

 

「うっ」

 

 向けられた非難の言葉は、もっともだった。愛娘にあんな行動を取らせたことではなく、娘の気持ちを蔑ろにしたことにお袋さんは怒っていて、俺には返す言葉もない。

 

「……本当は、旅に出て何て欲しくなかった。いつまでも側に居て欲しかった。それでもあの子はあの人の意思を継ぐことを選んで、危険な旅に出ようとしているのです。なら、せめて私はあの子の思うようにさせてやりたい……」

 

 一歩間違えば――いや、ゲームの時は何度も全滅したことからして生きて戻ってくるとは思えない過酷な魔王討伐の旅だ。

 

(俺は……)

 

 夫を失い、娘を止められなかったこの人の胸中を推し量ることなど人生経験の浅い俺には不可能。ただ、底の浅さを見せ、母親の愛の深さを見せつけられただけ。

 

「貴方が、負い目を感じているというなら、シャルロットの気持ちを……あの子を裏切らないで下さい。それが私からの……願い、です」

 

 要求は正当なものだと思う、ただ。

 

(最初から裏切って……借り物の身体で偽ってる俺にどうしろって言うんだ……)

 

 クシナタさん達の時のように全てを打ち明けたならば、それは今まで騙していたことを明かす事でもある。

 

(シャルロットなら、俺のことは責めないだろうけど)

 

 おそらく、傷つくだろう。自分を救ってくれた英雄の中身がこんなモノだと知れたなら。

 

(このまま、偽り続けるか……)

 

 だが、隠し事がずっとばれない保証はない。

 

(「シャルロットを立派な勇者に育て、独り立ちさせる。そこまでただ勇者の師匠をやり通す」か)

 

 唯一思いついた打開策は、嘘を突き続ける事であり、求められたことの真逆でもある。

 

「女で一つで育てたからでしょうか、あの子は何処かで求めていたのかも知れません。父親のように、頼りになる男性を」

 

「そうか」

 

 両親が揃って健在の俺には少々ピンと来ないが、シャルロットがやたら自分を慕ってくれた理由も父親代わりだったと言われれば、頷ける。

 

(そうだよなぁ、そんな気はしてたんだ。身体が高スペックでも、俺は俺だもんな)

 

 自意識過剰野郎にならずに済んで良かったと思うべきところだろう、ここは。

 

「俺にどれだけのことが出来るかは解らんが」

 

 そう前置きして、俺は一度だけ天井の方を見てから視線を戻す。

 

「『バラモスを倒した』と凱旋の報告を貴女にシャルロットがするまで、お嬢さんは俺が命に代えても守ろう。魔王を討伐するところまでついて行く師匠というのもどうかと思うがな」

 

 お袋さんの願いは聞き入れられない、だから、かわりに出来うる限りのことをする。

 

「魔王を倒すところまでついてこられるというのは、勇者としては不本意というか過保護も過ぎるだろう。そう言う意味で裏切ったことになってしまうが……」

 

 敢えて願いを聞く訳ではない、とも言っておく。

 

「酷い人ですね、シャルロットにあんな事を言わせた上、私の願いも聞いてくれないなんて……」

 

「すまん」

 

 謝っては見たがお袋さんの声に非難の色はもうなかった。

 

「鈍いところあるのが多少心配ですが、自分から言い出したことは守ってください」

 

「あ、ああ」

 

 鈍いというか大ポカをやらかしたのは、事実である。

 

(バラモス討伐、か)

 

 逃げ出すつもりだったのがもう随分昔のようだ。

 

(まさか、こんな事になるなんてなぁ)

 

 気がついたらルイーダの酒場にいたあの時は、思ってもみなかった。

 

(ただ、俺もあの時とは違うし、状況だって違う)

 

 やまたのおろちはこちらの突きつけた条件をのみ、ボストロールは既に倒している。

 

(まぁ、予定は変更しないと行けなくなったし、ただでさえやることは多いけど)

 

 一つ一つこなして行くだけだ。さしあたっては、濡れた服を着替えること、バニーさんとスレッジの格好で話をすることぐらいか。

 

「ところで、俺も着替えたいんだが……」

 

 シャルロットのお袋さんとはいえ異性の前で服を脱ぐ訳にも行かないと、俺は着替える場所を求めた。

 

(スレッジの服がポロリしたら事だしなぁ)

 

 実現したとしても、誰も得しないポロリである。

 

「上階に行っていて貰えないか?」

 

 この身体がそう簡単に風邪をひくとは思えないが、濡れた服は不快で出来れば早く着替えたい。

 

「わかりました」

 

 押しかけておいて厚かましい申し出であったが、シャルロットのお袋さんは頷くと階段を上り始め。

 

「……ふぅ」

 

 俺もようやく濡れた服を脱ぐことが出来たのだった。

 

 




予定調和か、それとも作者さえ予期しなかった展開か。

主人公はバラモス討伐へついて行くことを誓い。

シャルロットはただ、二階で着替える。

次回、第八十四話「そは嘲笑う」

まさか、こんな結末になろうとは?


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第八十四話「そは嘲笑う」

「晴れる日もあれば雨が降る日もあるのだろうが……」

 

 よりによってこのタイミングで降らなくてもいいのになと独り言ちながら、脱いだ服を戸口から外に出て軒下で絞る。

 

「通り雨、ではないか」

 

 しとしとと降り続ける雨は弱まる様子を全く見せず、俺は周囲を見回してから、スレッジとして着ていた服も同じように絞ってから布の服にくるんだ。

 

(バニーさんも上で着替えてるとして……うーむ、シャルロットの家に滞在してるとなると面倒だなぁ)

 

 側にシャルロットが居るのでは、バハラタで俺が去った後の話など出来ようはずもない。

 

(かと言ってこの雨の中、わざわざ外出する理由もないだろうし)

 

 バニーさんとの情報交換は後回しにするしかないだろう。染み込んでくる外の肌寒さに頭も冷えた。

 

(とりあえず、シャルロットの着替えが終わっているようなら、調子を聞いて)

 

 シャルロットにも謝る必要がある。

 

(それから移動と修行だな)

 

 ダブル・パーティーの片方を囮にし、お忍びの格好で旅をすると言うところまでは以前の方針のままで行くつもりだが、今の俺にはクシナタさん達という協力者もいる。

 

(大半は素人だろうし、あのお姉さん達には囮パーティーと一緒にアリアハンで暫く修行して貰うとして)

 

 本隊であるお忍び勇者一行は、ダーマを目指す。

 

(バハラタまではシャルロットか魔法使いのお姉さんのルーラで行けるから、俺がタカの目をこまめにつかって現在地を確認しながら進めば、問題ないな)

 

 ダーマの近くには倒すと沢山の経験値が得られる水色生き物のはとこ分みたいな魔物が出没する塔があるのだ。

 

(今の俺のスペックなら他の魔物も敵じゃないし、当面は塔でレベル上げだな。遊び人が転職するまでに必要な経験値の量は、確かはぐれメタルで三匹分、灰色生き物だと三十匹狩れれば、登録したてのキャラでもレベル20に行けたはずだから……)

 

 作業ゲーに近い形で、遊び人から賢者を量産したので、そこだけははっきり覚えている。

 

(お姉さん達は適正次第だけど、全員遊び人にして一気に賢者を量産するって手もあるのか……ん、全員遊び人?)

 

 たぶん、俺が最初に会ったからだと思う。呪われた状態のバニーさんが集団になったイメージが唐突に浮かんで、俺は固まった。

 

(そう言えば、呪いは解いたけど、どういう経緯で呪われたのかは聞いてなかったっけ)

 

 バニーさんに聞きたいことが増えてしまった。当人も呪われていたことには気づいてなかったフシがあるが、原因なくして結果があるとは思えない。

 

(幾ら何でも遊び人になろうとした女性がもれなく呪われるなんて展開は無いとは思うけど)

 

 放置して次の犠牲者が出たら厄介だ。

 

「何にしても、まずは中に戻らねばな」

 

 今後の方針を定めるなら、シャルロット達と話をして決めた方がいい。

 

「世話をかけた、こちらの着替えは終わったぞ」

 

 戸口をくぐるなり二階に声を投げ、先程絞ったモノを俺は鞄に戻した。

 

(これで良し)

 

 後は待つだけだ。

 

(風邪、ひいてないといいなぁ)

 

 考え無しだったが、あのセクハラ発言はシャルロットに風邪をひいて欲しくなくて口にしたのだ。

 

(シャルロット……)

 

 衝動的に飛び出したのか、勇者はあの時、雨具もつけていなかった。マントをつけ、前を閉じていればあれほど濡れることはなかったろうに。

 

「気持ち、か」

 

 慕ってくれていることは、間違いない。俺だってそれぐらいはわかる。

 

(今の俺に出来るのは、師匠として真摯にシャルロットに向き合うことぐらい)

 

 シャルロットを強くするよりも優先しなければ行けないものは、もうない。

 

(ソロで勝てるレベルとは行かないまでも、俺抜きでバラモスに勝てるようにはしておかないと)

 

 時間はあるのだ。

 

(シャルロットが降りてきたら、まず謝って――)

 

 ジパングでの出来事を話す、クシナタさん以外の生け贄だったお姉さん達の事は上手くぼかしてだ。

 

「あ、あのご主人様……」

 

「ん?」

 

 だが、時としてそは、人を嘲笑う。いつの間にか思案に耽っていた俺はバニーさんに呼ばれて顔を上げた。

 

「シャルロットなのだけれど、風邪をひいてしまったようで――」

 

 降りてきている女性の中にシャルロットが居ない時点で、そんな気はしていた。

 

「そうか」

 

 短く答え、天井を見上げ。

 

「出かけてくる」

 

 踵を返すと俺は三人へ短く告げた。

 

(こういう時、中の人が現代人ってのはネックだよなぁ)

 

 ガスコンロも無ければコンビニも病院もない。シャルロットが風邪をひいたと聞いても俺単独では役立たずなのだ。

 

(道具屋に行けば風邪に効く薬とか置いてるかな? それから……病人の食事と言えばアレだよな)

 

 ジパングでお米は手に入れたが、竈と土鍋でご飯を炊くことについてはまだ自信がない。

 

(クシナタさん達にコーチして貰うしかないな。宿屋で厨房を借りられれば、この家まではそんなに離れていないし……)

 

 家の入り口をくぐりながら、俺は買い込むモノを脳内にリストアップする。

 

「まずは道具屋か」

 

 未だ降り続く雨の中、俺は早足で歩き出したのだった。

 

 




やっぱり風邪をひいてしまったシャルロット。

定番展開の中、主人公は薬を求めて雨の中へと飛び出して行く。

次回、番外編8「娘とその師(勇者母視点)」

まさかの、勇者母視点。尚、母親の名前は多分出てきません。


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番外編8「娘とその師(勇者母視点)」

 

「シャルロット、入りますよ」

 

 はぁい、と言う返事を確認してから私はドアを開けた。

 

「お、お母さん……お師匠様は?」

 

「出かけてくるって言って、さっき出ていったわ」

 

 戻って来るなりの第一声が、それだったことに少しだけ苦笑しながら答えると、水をたたえた桶をベッドのすぐ脇に置く。

 

「……そぅ」

 

「気になるの、あの人のことが?」

 

「ふぇっ、え、あ……」

 

 目に見えて落胆したように見えたから聞いてみると、娘は面白いように挙動不審な動きを見せた。

 

(あなた、勇敢な男の子として育てたつもりでしたけど……シャルロットはやっぱり女の子でした)

 

 娘時代の自分は夫にあそこまで積極的だったろうか、と思わず考えてしまう。

 

「悪い人ではなさそうですね……」

 

「それはもちろんっ! あのね、お師匠様は――」

 

 水を向けてやると、我がことを褒められたかのように得意げにはしゃいでこの子は語る。風邪をひいているというのに。

 

(たぶん、いい人ではあるのでしょう。何処か抜けたところもある人のようでしたけれど)

 

 娘の命の恩人であり、自分の失言を反省もしていた。シャルロットのことも大切に思っているようだ、ただし師匠としてのようではあるが。

 

(酷いことも言ってしまいましたね)

 

 だが、これは仕方ない。かの人は、可愛い一人娘を奪って行くのだから。

 

(いいえ、奪うのはあの子の方かもしれませんね)

 

 我が娘ながら、真っ直ぐと言えばいいのか、何というか。きっとシャルロットはあのお師匠様と呼んでいる人を逃がさない。親だから、わかるのだ。

 

(昔から、一度これと決めたことは譲りませんでしたし)

 

 あのお師匠様も自分の言い出したことは必ず守るだろう。

 

(私の態度に気分を害したようには見えなかったようですが)

 

 その意味にも気づいては居ないだろう。腕が立ち、思いやりもあって、シャルロット自身も好意を寄せている。

 

 シャルロットがお師匠様と人生を共に歩きたいと言ってきても、反対する気は私にはもう無い。

 

「そんなにはしゃぐと、悪化しますよ? もうおやすみない」

 

「えぇ、聞いてきたのお母さんなのに……」

 

 窘めれば、不満げな声を上げたシャルロットに私は思い出す。

 

「そう? でしたら、さっき殿方の前で服を脱ぎ出そ」

 

「ご、ごめんなさいっ。おやすみなさいっ」

 

「もう、この子は……」

 

 言葉を遮って毛布をかぶった娘に、結局怒りそびれてしまった。

 

「まったく、これは責任を取って頂かないといけませんね」

 

「っ」

 

 大きな独り言にベッドの毛布が震える。

 

(好きな人と一緒にいられない辛さは母さんが一番よく知っているもの)

 

 人となりは、先程のやりとりでだいたい察した。気分を害するようならその時点で平謝りするつもりもあったが、こちらの非難に甘んじ、かつ自分自身を責める姿に、この人なら娘を託せると私は思ったのだ。

 

(お友達の一人の態度が少々気になるけれど)

 

 そこはしっかり、念を押しておいた。あの子を裏切るなと。

 

「わたしの可愛いシャルロットは、一度こうと決めたらそれを曲げない子でした。おそらく今もそうでしょう?」

 

 ベッドの中から答えはなかったが、構わない。

 

「いつか、役目を果たして帰ってきたら、そのときは――」

 

 どんな報告が聞けるだろうか。

 

「シャルロット、あなたはもう寝ていなさい。風邪を治す為にもゆっくり休むのですよ」

 

 ベッドへそう声をかけると、私はシャルロットの部屋を後にした。

 

 

 




短いですが、これが勇者の母側から見た主人公でした。

完全にシャルロット応援モード入ってます。

責任とれない主人公は果たして勇者から逃げられるのか。

次回、第八十五話「お師匠様の奔走」

その頃、主人公は――。


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第八十五話「お師匠様の奔走」

 

「煎じて飲ませれば良いのだな?」

 

「はい」

 

 道具屋に薬が置いてあったのは、幸いだった。

 

(現実で言う漢方薬とか生薬みたいなモノかなぁ)

 

 おそらく、現実で病院の帰りに処方箋を持ち込み、薬局で貰ってくる薬ほどは効かないと思うが、薬学と無縁な俺には、これに縋るより他ない。

 

「とりあえず、薬はこれでいいな。……よくよく考えたら、シャルロットの家に常備薬がある可能性を失念していたが」

 

 家の薬を使うなら、今買ったばかりの薬は減った常備薬の穴埋めにすればいい。

 

「世話になった」

 

「毎度あり」

 

 買い物を済ませた俺は道具屋の主人の声を背に宿屋ヘ向かう。

 

(そう言えば、クシナタさん達とも今後のことやさっきのことについて話しておかないとな)

 

 とりあえず、このアリアハンで何らかの職について貰うところまでは既定路線で変更はない。

 

(問題はその後だよな)

 

 シャルロットの元を離れられないとなると、クシナタさん達のパワーレベリングはシャルロット達と合同でやるしかないと言うことになる。

 

(ついでにスレッジになるのも無理になるなぁ)

 

 シャルロットを守るといった手前、師匠は側を離れられないからだ。

 

(ひょっとしなくても先走ったか、これって)

 

 一応シャルロットが風邪をひいている今なら側を離れても約束を破ったとは言えないと思うが。

 

(うーん)

 

 薬を買いに来たのも、これから宿屋を訪ねるのも、シャルロットの看病をする為なのだ。

 

(流石にこのままシャルロットを放置……はないな)

 

 となると、看病とレベル上げを両立させるという離れ業が必要になってくる。

 

(想定外のハードスケジュールか)

 

 自分のまいた種なら、是非もない。自分で刈り取るまでだ。

 

「……と言うことになってしまってな」

 

「スー様らしいと思いまする」

 

「いや、すまん」

 

 宿に着いた俺は、クシナタさん達へさっそく恥をさらし、フォローの言葉に頭を下げつつ、米をとぎ始めた。

 

「短期間で素人を一人前まで育て上げる方法も心当たりはあるからな」

 

 ジパングでおろちと戦ったあの洞窟には、経験値を沢山落とす灰色生き物ことメタルスライムが群れで行動しているのだ。

 

「ドラゴラムと言う一時的に竜へ身を変じる呪文がある」

 

 攻撃呪文は全く効かず、高い防御力で物理攻撃も殆ど効かない難敵だが、ドラゴラムで竜に変身して吐く炎だけは灰色生き物も何故かまともにダメージを受ける。

 

「動きも素早く臆病ですぐ逃げ出す魔物というのも倒しづらい理由なのだが炎を吐きかけることが出来れば一撃だ」

 

 ゲームでは、変身している間に逃げられることも多いものの、今の俺は複数行動を会得している。

 

(ドラゴラムで竜になっても連続行動出来るかが鍵だな)

 

 ゲームでは変身するとただ炎を吐くことしか出来なくなった。そのことから、知性や理性が減退している可能性もある。

 

(それと、おろちに食われたお姉さん達のトラウマを剔るかもしれないんだよな、竜変身)

 

 かといって、他の方法は著しく効率が悪くなる。

 

(とりあえず、問題がないか、事前に試してみる必要があるな)

 

 順番から言えばシャルロットの看病が先だが。

 

「ふむ、かえっておかゆで良かったと思うべきかもな」

 

 とぎ終えた米を投入し土鍋を火にかけはしたが、上手く炊ける保証はない。その点、炊けたご飯を煮込んでおかゆにすれば火の通りの甘くても何とかなると思うのだ。

 

(こんな事なら、料理とかも勉強しておくんだった)

 

 何の変哲もない卵がゆを作るだけだというのに、異国の料理だからか作るのは苦労の連続だった。まず出汁を取る海藻が宿の厨房にない。

 

(一応、許容レベルの味付けにはなると思うけど)

 

 人様に出すモノなのだから、味見は必須だ。

 

「では、スー様」

 

「あとは、こちらの方々に」

 

「あ、ああ」

 

 予定繰り上げに従って、雨具をつけた元生け贄のお姉さんの一部がこちらに挨拶をして宿を出て行く。ルイーダの酒場に、正確には職業訓練所へ行くのだ。

 

(料理の指導に全員は要らないもんな)

 

 料理の合間に説明はしたし、出来るだけ魔法使いや僧侶のように呪文の使える職業を選んで貰うようにも言ってある。状況によっては精神力を奪い取るマホトラの呪文で味方から精神力を補充することも考えているからだ。

 

(場合によっては、お姉さん達自身に呪文を使って貰うことになるかもしれないし)

 

 次期賢者要員の遊び人やアイテム強奪役の盗賊辺りまでで大半を構成し、念のために一人くらいは商人という構成でどうかと今は考えている。

 

(問題は、シャルロットの風邪が治る前に訓練所での教習が終わるかかな)

 

 ゲームだと登録所で登録するだけというお手軽さで連れ出すキャラを作成出来たが、生身の人間となるとそうもいかない。

 

(まぁ、レベル1で僧侶や魔法使いだって呪文も一個覚えてるだけだもんな)

 

 逆に気の遠くなるような時間がかかるとも思えないが、行き当たりばったり感も否めない。

 

「さてと、これで後は最後に味付けだったな?」

 

「そうでございまする」

 

 お姉さんの一人に確認を取ると、俺は壺から塩をつまみ取る。

 

「ふむ」

 

 味付けは塩のみとシンプルだ。本当にシンプルだが、久しぶりに食べたお米は自分で炊いた失敗作だというのに涙が出るほど美味しく感じた。

 

(シャルロットの口に合うといいな)

 

 食文化が違うので、若干の不安は残るが、全力は尽くしたと思う。

 

「では、ゆくか」

 

 ルイーダの酒場に寄り道して、先程のお姉さん達はどうしたかを聞きたいところだが、流石に土鍋をもって訓練所を直撃するつもりはない。

 

「お前達にも世話をかけたな」

 

「そんなこと有りませぬ」

 

「スー様は、良い生徒でございました」

 

 最後までおかゆの調理に協力してくれたお姉さんはシャルロットの家の前まで一緒だ。言葉を交わしつつ厨房を出ると、俺は、宿の主人に言う。

 

「助かった、感謝する」

 

 主人の協力なくして、おかゆは作れなかった。

 

「いえいえ。さ、シャルちゃんのところに」

 

「すまん」

 

 お盆代わりにした水鏡の盾を土鍋ごとカウンターに乗せると、俺は財布から十ゴールドほど取り出して主人の方へ押しやる。

 

「これぐらいしか俺には出来んが納めてくれ、厨房の使用料だ」

 

 口ぶりからすると、宿の主人はシャルロットと知己のようだが、暢気に会話していてはおかゆが冷めてしまう。

 

「ありがとうございました」

 

 礼の言葉を背に受けながら、宿を出ると降りしきる雨の中、俺は早足で歩き出すのだった。

 

 




料理って意外と難しいですよね?

次回、第八十六話「時間との戦い」

さぁ、戦いの始まりだ。


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第八十六話「時間との戦い」

 

「口に合うかはわからんが……」

 

 シャルロットの家に戻った俺は、そう前置きしてから土鍋の蓋を開けた。

 

「わぁ……えっと、これお師匠様が?」

 

「あ、あぁ……」

 

 何故か嬉しそうなシャルロットを前にして、俺自身は戦々恐々というところか。

 

(アリアハンの人には馴染みのないジパング料理だからなぁ)

 

 しかも、コーチして貰っていたし味見もしたとは言え、素人の料理でもある。

 

(まぁ、俺に出来そうなことなんて他にはないし)

 

 ベッドの横で付き添い、頭に濡れた布を乗せてやると言うのも考えたが、長時間拘束されるとクシナタさん達のレベル上げが出来なくなってしまう。

 

「お師匠様がボクに……えへへ」

 

 熱があるのか、頬を紅潮させながら幸せそうに微笑むシャルロットを見て、ちょっと居たたまれなくなる。

 

(俺が作るよりクシナタさん達に任せるべきだったかな)

 

 もう一度言うが、素人の料理である。俺がシャルロットの師匠でなかったら、きっとプレッシャーに負けこの場で土下座していたと思う。

 

(どうしよう? 素人の料理だと前置きしてハードルを下げるか、それとも)

 

 足りない分は行動で補うか。

 

(よし、両方とろう)

 

 これ以上ポカは出来ない、だからこそやれるだけの事はやる。

 

「素人の料理だがな」

 

 何気ない風を装いつつもしっかり前置きをした俺はキッチンで借りた器に土鍋の中身をよそってさじを添え。

 

(猫舌では無かったと思うが、念には念を入れたほうがいいかな)

 

 一口分をすくうと、二度ほど息を吹きかけて、ベッドから身を起こしたシャルロットへ差し出す。

 

「熱いかもしれん、気をつけろよ」

 

 忠告と一緒に。

 

(こんな感じだったよな)

 

 年頃の女の子を看病などしたこと無いので、参考にしたのはアニメや漫画、ライトノベルなんかで見かけた同様のシチュエーションである。

 

(何だか、緊張するな)

 

 ちょっとやりすぎのような気もしたが、素人料理という残念部分を埋める術を俺は知らなかった。ただ、じっと反応を待ち。

 

「お、おっ」

 

「お?」

 

 次の瞬間、目にしたのはオットセイみたいに「お」を連呼しながらプルプル震えだしたシャルロットの姿だった。

 

(ひょっとして、悪寒がするって言いたいとか?)

 

 だとすれば問題だ。

 

「どうした、シャルロット? 寒いのか?」

 

 わざわざ看病に来て病状を悪化させたのでは何の為に戻ってきたのか解らない。俺はさじと器をベッドの脇に置くと手袋を脱ぎながら歩み寄って素手でシャルロットの額に触れる。

 

「あっ」

 

「ふむ、熱は……」

 

 ひょっとしたら掌で確認するまでもなかったかもしれない。シャルロットの顔は真っ赤で、瞳も潤んでいた。

 

(そう言えば、熱とか酔いを好意や恋慕からくるモノと勘違いするって話がどこかにあったっけ)

 

 もし、俺が既読で無ければ変な誤解をしていたか可能性がある。危ないところだった。

 

(そんな誤解して居ようモノなら、現実ならむしろ「何勘違いしてるの、きもーい」とか蔑まれかねないよな)

 

 それなりに仲の良かった異性の知り合いが自分に好意を持っているんじゃなんてのぼせ上がって、突撃し撃沈したのは、思い出すと今だ枕に顔を埋めて暴れたくなるリアルの黒歴史だ。

 

(OK、俺は冷静だ。勘違いはしていない)

 

 わざわざ自分で冷静だなんて言ってしまう所は、人が聞いたら噴飯ものかもしれないが、心の平静を保つには必要な事で。

 

「どうする、シャルロット? 調子が悪いなら、眠るか?」

 

 胸中で発した自分の言葉に力を借り、表向きは取り乱すこともなくシャルロットへ問う。無理をさせる気はもうとう無いのだ。

 

「ふぇっ? え、あ、ううん……あのね、お師匠様」

 

「ん? どうした?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 モジモジしながら口を開いたシャルロットへ聞き返せば、返ってきたのは消え入りそうな感謝の言葉。

 

「大げさだな。そもそも、素人の料理だからな、あまり大仰に感謝されると俺もいたたまれん」

 

 第一、まだ食べて貰っても居ないのだから。

 

「あはは……」

 

「ふっ」

 

 照れを隠し顔を背けると、シャルロットが笑い、釣られて俺の口元が微かに綻ぶ。

 

(これで、おかゆも口に合うようなら言うことはなしかな)

 

 クシナタさん達のことも気にはなるが、途中で投げ出す訳にもいかない。

 

「あの、お師匠様……」

 

「何だ、シャルロット?」

 

「さっきみたいに、食べさせて貰ってもいいですか?」

 

 例え、予想も出来ないおねだりをされたとしても。

 

(はい?)

 

 混乱したのは、ホンの一瞬。

 

(そっか、お袋さんの言っていたあれか)

 

 シャルロットが育ったのは、母子家庭だ。俺を父に重ねているのだろう。

 

(看病はどっちかって言うと母親のイメージなんだけどなぁ)

 

 元を正せば、食べさせようとしたのは、俺が最初なのだ。

 

「火傷しないように気をつけろよ」

 

「あーん」

 

 言外に承諾した俺は苦笑しながら、口を開けたシャルロットへ卵がゆを食べさせる。

 

「美味いか」

 

 とは、言えないし聞けない。

 

(拙くてもシャルロットならこっちに気を遣いそうだもんな)

 

 その後、器を空にしておかわりまでしてくれたので、不味くはなかったと思いたい。

 

「……そう言う訳で、やまたのおろち自体はまだジパングに残っている。もっとも、敢えて見逃した形だからな。そうそう変な気は起こさないと思うが」

 

 立ち去る前にジパングでのことを一部ぼかして語り。

 

「お師匠様、お師匠様とスレッジさんがおろちにトドメを刺さなかったのって」

 

「バラモスに警戒されない為だ。約束をしてしまった今となっては、手を出す訳にも行かなくなったがな。ただし、お前は別だ。父の代わりにおろちを倒すというなら止めはせん」

 

 ただし、手助けも出来ないと補足しておく。

 

「倒すか、倒さぬか。俺はどちらを選ぼうとも構わない」

 

 おろちを倒さないと世界に散らばるオーブの一つが手に入らないので、正直に言うと倒して欲しいところだが、強制する気はなかった。

 

(シャルロットが手を出さなければ、たぶん……)

 

 他の人物が倒すだけだから。

 

「ではな、シャルロット。ゆっくり休むといい。俺はスレッジやジパングから連れてきたという娘達に合わねばならん」

 

 表向きはジパングでの騒動の事後処理と言うことにして、その実はクシナタさん達のパワーレベリング。

 

(時間との戦いだよな、まったく)

 

 シャルロットに配慮して、急いではいるが静かに階段を下りると、下に居たシャルロットのお袋さんにも一言二言交わしてから外に出る。

 

「相変わらずの、雨、か」

 

 盾を傘代わりにしながら俺はルイーダの酒場を目指した。

 




さて、いよいよ協力者達のハードな修行が始まるかも知れません。

次回、第八十七話「超狩猟時間」

何だか、某狩猟ゲームやりたくなってきました。


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第八十七話「超狩猟時間」

 

「あら、いらっしゃい。ここはルイーダの酒場。旅人達が仲間を求めて集まる別れと出会いの酒場よ」

 

 何をお望みかしら、とルイーダさんに続けられた俺は、名簿の閲覧を希望した。流石に職業訓練がもう終わっているとは思わなかったが、少々気になることがあったのだ。

 

(さてと、そう言えばこの名簿を見るのは二度目だっけ?)

 

 確か最初に閲覧を希望した時はバニーさんに声をかけられてかなわず、初めて閲覧したのはシャルロットへ呪文の使い方を指導して貰おうと、魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンを斡旋して貰った時だったと思う。

 

「想像はしてたが、訓練所を出たての駆け出しが殆どだな」

 

 ゲームで名簿に載っていたのは、登録所で仲間として連れ出せるようにした者かデフォルトで登録されているキャラだけだったが、その辺りも踏襲されてるのか、人数も随分少ない。

 

(女性ばかりのパーティーってのも場合によっちゃあ、トラブルの種になるもんな)

 

 ついでだからレベル上げの旅に男性メンバーを追加出来ないかと考えたのだ。決して、お姉さん達へのスケープゴートとかではない、ハーレムフラグは折ったのだから。

 

(うーむ、解っては居たけど本当に少ないなぁ。これはいっそのこと登録所で探して貰うのも……)

 

 条件を満たしてるのは、戦士一人だけ。

 

(シャルロットの護衛やってる人達は連れ出せないし、他に方法もないか)

 

 そもそも、先にこちらへやって来たはずのお姉さん達がどうなったかも聞く必要がある。

 

「職業訓練所のことなら私より登録所の人の方が詳しいわよ? あそこに卒業者の情報がまず行って、誰かが登録して初めてこちらにくるのだもの」

 

「やはりそうか」

 

「ええ。ジパング出身のお嬢さん達のことよね? そこのヒャッキが案内していったわ」

 

 頷いたルイーダさんは、俺の返した名簿をしまうと酔いつぶれてテーブルに突っ伏している武闘家を示した。

 

(あー、居たなぁ。何故か随分久しぶりに見た気がするけど)

 

 割と失礼な感想になってしまったが、他意はない。

 

「俺の知り合いだからか?」

 

「概ねイエス、ね。交易網の方で成果を出し始めてるみたいじゃない」

 

 声には出さない無礼を誤魔化しながら問えば、肯定の答えと共に重そうな革袋が突き出される。

 

「そのお嬢さん達が置いていったわよ、あなたの報告書。今はお城かしら?」

 

「それで、これが報酬という訳か」

 

 まだ利益が出るほど日数は経っていない、というか交易だって始まっていないと思うのだが、気前がいいというか何というか。

 

「正確には、支度金ね。生憎、ルーラでよその国までゆける人間だって、この国にはそう居ないもの。ルーラは使えても問題の国に行った事がないとか」

 

「なるほどな、つまり」

 

「ええ、あなたが王様と約束したお仕事の一つよ」

 

 よりによってそれがこのタイミングで来るというのは、運命か、それとも。

 

「交易担当者の育成か」

 

「そうよ。駆け出しの魔法使いを何人か預けるから、最低でもルーラの呪文が使えるようになるまで育てて頂戴。あのお嬢さん達を訓練所へ向かわせたのだって、育てる為でしょ?」

 

「半分当たりで、半分はずれだな」

 

 鋭いというか、やっぱりルイーダさんは侮れないと思うが、ここはそう答えなくてはならない。

 

「あら、半分って?」

 

「育てるのは俺ではない。呪文の使い手を育てるのに盗賊の俺では不適当だからな」

 

 と言うか、灰色生き物ことメタルスライム狩りをするならドラゴラムで竜変身してからの殲滅の方がよっぽど効率がいい。

 

(つまるところ、スレッジの出番なんだよなぁ)

 

 預かることになる駆け出し魔法使いさんとやらに俺が呪文を使えるところを見せる訳にもいかない以上、キャラ変更せねばならないのだ、面倒くさい。

 

(しかも、そうしたら俺は何をしてるんだ、って話になるし)

 

 不在の理由を考える必要がある訳で、でっち上げた理由には信憑性を持たせなくてはならない。

 

「その間、俺は単独行動を取らせて貰う。見つけておきたい品があるからな」

 

「捜し物なら人を貸すわよ?」

 

「いや、不要だ。情報があやふやで探そうにも徒労に終わりかねんものだ」

 

 予想はしていた申し出を辞退し、スレッジとの落ち合い場所と時間を伝えた俺は、その後ルイーダの酒場を後にする。

 

(さてと、当初と予定が随分変わってしまったなぁ)

 

 嘆いても始まらないが、修正のしようはある。

 

「スー様、お話とは」

 

「実はな――」

 

 とりあえず、職業訓練所に足を運んだ俺はクシナタさんを呼びだして事情を説明、他の者に渡してくれとキメラの翼を差し出した。

 

「訓練が終わったらそれでジパングへ飛んでくれ。顔は隠してな」

 

 まず、始めにクシナタさんと駆け出し魔法使い、それと名簿に載っていた戦士の男にスレッジを加えたメンバーでジパングへ飛び、洞窟で灰色生き物狩りをする。

 

「この時、日に三度ほどジパングへ寄ろう。皆には、そこでこちらと合流して貰う」

 

 駆け出しさん達の休憩と食料などの補充と言う名目だが、後でやって来るお姉さん達と合流するのが狙いであるのは言うまでもない。

 

「合流出来る頃には、初期参加メンバーなら足手まといにならないぐらいには成長している筈だ」

 

 あとは、初期メンバーでお姉さん達のフォローをしつつ、戦い続ける。

 

「ただし、駆け出し魔法使い達には一定まで育ったところでアリアハンへ返って貰う」

 

 人数が多いと効率も悪くなるし、ずっと音信不通はまずいだろう。

 

「国王やルイーダへの報告をして貰うと言う意味も有るが、アリアハンの情報も伝えて貰いたいところだからな」

 

 返ってきた魔法使いが、シャルロット完治の情報を持ってくれば、レベル上げはいったん終了。

 

「シャルロット達と旅を再開することになるだろう」

 

 駆け出し魔法使い達との待ち合わせに赴く前にバニーさんと話をしておく必要もあるが、この件についても俺はクシナタさんと話し合った。

 

「だいたいこんな所だ、では明日は頼むな」

 

「はい、承知つかまつりまする」

 

 そして、夜は明け。

 

「うむ、良い天気になったのぅ」

 

 次の日は快晴だった。

 

「あ、あなたがスレッジ殿でありますかっ?」

 

「何じゃい?」

 

 投げられた声に振り返った俺が目にしたのは、女性二人と老人一人と言う構成の三人組だった。

 

「お初にお目にかかる」

 

「我々、国王陛下から交易の担当を仰せつかった者達であります」

 

「しばらくの間、宜しく頼むよっ」

 

 順に頭を下げて三人が自己紹介をした数分後。

 

「おぅおぅ、遅れちまったみてぇだなぁ、俺はライアス。よろしくなっ?」

 

 筋骨隆々の男が現れ、全員が揃う。ちなみにクシナタさんとは真っ先に合流済みである。

 

「何にしても、これで揃った訳じゃな? ならば行くとしようかの……ルーラッ」

 

「うおっ」

 

「きゃっ、これが移動呪も……きゃぁぁぁぁっ」

 

「ひっ、ひああああっ」

 

 呪文を唱えて身体が舞い上がると、ルーラ初体験の方々から驚きの声や悲鳴が上がった。

 

(こんなのでルーラ会得出来るのかなぁ? ま、初めはこんなモノかぁ)

 

 やたら怖がっている女性魔法使い二名に先が思いやられる俺だったが、これはまだ序章。

 

「そろそろ着地じゃぞ」

 

「え、あ」

 

「ちょっ、そんなこと言われたって」

 

 地面が徐々に近くなってきたタイミングで警告を発しつつ、この後のプランを組み立てる。

 

(洞窟は面倒な魔物も結構いたもんなぁ、となるとあれか)

 

 タンッと足取りも軽く着地した背後で、どすんとかどたっと言う音がして悲鳴が重なった。

 

「痛たたた……」

 

「うぐっ、移動呪文ってなぁ便利なんだろうけどよぉ、こう、まだタイミングが掴めねぇな」

 

「慣れじゃよ。そこの嬢ちゃんを見てみぃ」

 

 呻いた戦士を横目に俺が示したのは、クシナタさんで、徐に口へくわえたのは指。

 

「スレ様、それは?」

 

「まぁ、洞窟に入る前の準備運動じゃな。全員身を守っておくのじゃぞ?」

 

 勢いよく口笛を吹いた理由は、言わずともがな。

 

「ゴァァァッ」

 

「ひっ」

 

 口笛に釣られて出てきた巨大熊の咆吼に怯えた声を誰かが漏らしたが、レベル1では是非もない。

 

「ではさらばじゃ、ベギラゴンっ!」

 

「ゴ」

 

 もっとも、俺にかかるとそんな熊の魔物ことごうけつ熊も呪文で一撃だったりするのだが。放出された強大な熱量に包み込まれた熊は、一瞬で燃え尽きて崩れ落ち。

 

「え」

 

「な」

 

「なん……だ、そりゃ?」

 

「攻撃呪文じゃが?」

 

 驚き呆然とする面々の前で肩をすくめた。

 

「ともあれ、これで心の準備くらいは出来たじゃろう?」

 

 ついでに初期レベルも脱したと思う。

 

「では、超狩猟時間の開始と行こうかのぅ」

 

 もはや黒こげの死体に過ぎない熊から盗み取ったちからのたねを弄びつつ、俺は歩き出す。

 

「ほれ、ついて来んかい」

 

「流石スレ様でする……」

 

 かっておろちと戦った洞窟へ向かって。

 




素早さカンストからの1ターン二回行動で極大攻撃呪文とか言うチート。

熊にとっては災難以外の何者でもなかった。

次回、第八十八話「洞窟突入」

無双が始まる予感しかしない。


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第八十八話「洞窟突入」

「何だか納得いかねぇ」

 

「そう言われてものぅ」

 

 ライアスの言葉をもっともだったが、伏せるべきところを伏せたまま上手く説明する事が出来ないのだ。結果として、困惑した様子を見せるしかない。

 

「とりあえず、この薬草を使っておくと良いじゃろう」

 

 薬草を差し出したのも、半分は何とも言えない空気を誤魔化す為のものだった。

 

「すまねぇ」

 

「なぁに、お前さんにはか弱い女子や老人の盾になって貰わねばならんからの」

 

「なっ」

 

「さて、先に進むとするかのぅ」

 

 頭を下げてきた戦士を茶目っ気混じりの言葉で絶句させ、俺は一人スタスタと歩き出す。

 

(しかし、レベル上げかぁ)

 

 この世界は経験値を得てレベルが上がると身体能力が上昇する世界である。

 

(リアルではあり得ないけど、このルールを前提にしないとこの身体のスペックを説明出来ないし)

 

 たぶん、この前提条件は崩せない。

 

(そう言う意味では、正解だったよな)

 

 洞窟に着くまでに戦闘は二回。いきなり灰色生き物を倒して大量の経験値を得てしまうよりは身体の負担が少ないだろうと敢えて口笛を吹いて呼びだした魔物との戦いであった。

 

(この辺の敵なら大した手間にはならないし、急激に高まった身体能力に振り回されて怪我をするよりは、なぁ)

 

 ちなみに、戦闘はどちらも呪文一つで殲滅完了の秒殺である。

 

「しっかし、強すぎだろ、爺さん」

 

「いやいや、ワシなどまだまだじゃよ。そも、人間一人では限界があるもんじゃ」

 

 ライアスの呆れ混じりの言葉に頭を振りつつ嘆息し、洞窟の入り口をくぐる。

 

「まして、お前さん達なら協力は必須じゃな。ここに出没する魔物はお前さん達より格上じゃからのぅ」

 

「ちょっ」

 

 俺の爆弾発言に上擦った声があがり。

 

「い、いえ……あの熊を見た時点でそんな気はしてたでありますが」

 

 後背から聞こえた震える声の主はきっと顔を引きつらせて居たんじゃないかと思う。

 

「されど、動じておられぬ様にお見受けするが?」

 

 唯一落ち着いた調子だったのは、駆け出し魔法使いのうち唯一の男性、スレッジとややキャラ被りしているじいさんだった。

 

「そりゃ、ワシ一人なら敵が出てきても殲滅は容易いからの」

 

 集合前にドラゴラムの呪文を試してみたが、ちゃんと敵味方の識別は出来るようで「うっかり味方を燃やしちゃいました」なんて事になる心配は皆無。

 

「問題は、ちょっとすばしっこい魔物がここにはおってな。お前さん達を効率よく育てるには、それを狩るのが必須なのじゃが攻撃呪文が効かぬのじゃよ」

 

「おいおい、それってやばいじゃねぇか」

 

「心配無用。効かぬのは攻撃呪文じゃ。倒す方法はちゃんと用意しとるわい」

 

 ドラゴンの状態で連続行動出来るかも、水色生き物という貴い犠牲によって検証済みである。

 

「まぁ、すばしっこいので逃がす可能性だけはどうにもならんかったがの」

 

 ただ、ドラゴラムの呪文で変身すると巨体になった分やはり動きが鈍くなってしまうと言う欠点まで確認できたわけだが。

 

「駄目じゃねぇか」

 

「ほっほっほ、まぁその辺りは逃げずに居てくれるよう祈るしかないのぅ」

 

 ライアスのツッコミを誤魔化すように笑いながら、俺は心の中で呪文を詠唱る。

 

「ヒャダインっ」

 

「ゴォォォッ」

 

 手を向けた先は、煮え立つ溶岩。それに紛れたつもりだったようがんまじんを呪文は纏めて屠った。

 

「な」

 

「え」

 

「うむ、少しは涼しくなったようじゃな。さて……」

 

 断末魔で初めて魔物の存在に気づいたのだろう。俺は声のした方を振り返ると、駆け出し魔法使い達へ語り出した。

 

「今の魔物はヒャド系の呪文が良く効く。と言っても一撃とはいかんじゃろうが、お前さん達のヒャドでも牽制にぐらいはなる」

 

 今はまだ戦力としてまだアテには出来ないが、それも現在の話。

 

「もちろん、腕を上げたなら普通に手伝って貰うがのぅ」

 

 使える戦力を遊ばせておくつもりはない。

 

「スレ様……」

 

「あー、お前さんは例外じゃ」

 

 そう、もの言いたげな目をしたクシナタさんを除いて。

 

(と言うか、まさかこうなるとはぁ)

 

 おろちとの戦いでレベルの上がってしまったクシナタさんは訓練所で職業に就けなかったのだ。

 

(職業に就くにはダーマで転職するしかないとか)

 

 レベルが上がることで身体能力の上がる法則は適用されているのだが、俺の知っている職業のどれとも違う成長の仕方をしているので、アドバイスも出来ず、現状は様子見と言うことにしている。

 

(何というか、呪文の使えない賢者が近いのかなぁ)

 

 解ったことは、おろちから奪い取ったくさなぎのけんを装備出来ることと、現状で呪文が使えないことぐらい。

 

(よくよく考えれば、刀鍛冶とか踊り子とかダーマでは転職出来ない職業の人も世界には居る訳で)

 

 ゲームでは選べなかった職業も、申請したら転職出来るのだろうか。

 

(って、まだダーマに辿り着いても居ないのにこんな事考えていても仕方ないか)

 

 今すべきは、同行者のレベル上げである。

 

「どっちにしても、もう少し強くならねば攻撃はさせられぬのぅ。下手に反撃を食らって怪我をしてはことじゃからな」

 

「あー、そう言やぁ僧侶がいねぇもんなぁ」

 

 俺の言いたいことを察したライアスが周囲を見回すが、まさにその通り。回復呪文の使い手が俺しか居ないのだ。

 

「ふむ、確かに。薬草は持ってきているが、数に限りがあるのも事実」

 

「自分もあと三つであります」

 

 道具袋の口を開けて呟いたのは、駆け出し魔法使いのじいさんで、続いて女魔法使いの片方が申告する。

 

「まぁ、薬草が尽きるかワシの精神力が尽きるかと言った話じゃと思うがな。目当ての魔物を狩るには少々派手な呪文を使うのでのぅ」

 

「派手な呪文でありますか?」

 

「うむ、目当ての魔物が来たら見せてやろう」

 

 期待と恐れの混じった視線に頷きを返した俺は右手の指をくわえる。次の瞬間、洞窟に響き渡ったのは口笛の音。

 

「っ、来たっ」

 

「爺さん、あれか?」

 

 やがて、現れた魔物の姿に同行者達は身構えた。

 




いよいよ登場か、メタルスライム?

次回、第八十九話「エンカウント」

ネタバレを避けるにはこんなタイトルにするしか……。


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第八十九話「エンカウント」

「ビンゴじゃ、いやぁ、幸先がいいのぅ」

 

 洞窟に入って一度目の口笛で呼べるとは予想外だ。

 

(かといって、見逃すのもね)

 

 溶岩の光を照り返すメタリックボディの主はまさに俺が求めていた獲物、出来ればなるべく沢山仕留めたいところでもある。

 

「お前さん達はようがんまじん、さっきの頭と腕だけを出した魔物が出たらヒャドで攻撃を頼むぞ? あれには炎が効きそうに見えんからのぅ」

 

「そ、それはどういうことであり」

 

「ドラゴラムっ」

 

 駆け出し魔法使いの問いかけが終わるよりも早く、俺は呪文を唱え、竜へと変わった。

 

「なっ」

 

「ひいっ」

 

「グオオォォッ」

 

 初見の同行者達が驚き、声を上げるが咆吼を上げた俺ニハドウデモイイコトダッタ。

 

(ニガサン、ニガサンッ)

 

 敵、燃ヤス。

 

「「ピキーッ」」

 

 灰色、火ノ玉ブツケテタ。少シ熱イ、イライラ。

 

「……ちょっ、あれ何なの?」

 

「竜に変身し敵を倒す呪文でする。ああなってしまうと、スレ様でも敵と味方を見分けるくらいの分別しかつかなくなるとか」

 

 仲間、シャベッテイル。生キテル、イイ。灰色燃ヤス。

 

「ガァァァァ」

 

「ピィィィッ」

 

「ピ」

 

 三、逃ゲタ。アト、燃エタ。

 

「ちょっ、何だよあれ? 攻撃呪文は効かねぇんじゃ無かったのか?」

 

「そうでございまする。ですが、あれは変身して吐く炎。例外的に効果があると」

 

「何というか、無茶苦茶でありますな……うっ」

 

 後ロ、五月蠅イ、ケド仲間。俺、次、探ス。

 

「ぬっ、動き始めたぞ」

 

「くっ、あの呪文は一度に相当の精神力を使いまする。おそらくスレ様は、変身していられる時間の限り敵を倒すとつもりであられましょう」

 

「……それで、さっきのいかにも溶岩で出来てますって魔物の対処を我々にと言ったのでありますな?」

 

 声スル、生キテル、ナラ俺、敵焦ガス。

 

「ま、まぁ何だ、俺達はあのドラゴンの炎に巻き込まれたりしないように後を追やぁいいんだな?」

 

「……はい、左様でございまする」

 

「そっか、って大丈夫? 何だか凄い汗だけど」

 

「き、気遣いは無用でする。へ、蛇や竜が少し苦手なだけでございますれば……」

 

 仲間、少シ変。ケド、俺、灰色探シテ燃ヤス。

 

「ゴア」

 

「ガァアァァ」

 

 熊、燃ヤス。

 

「「ゲ」」

 

 蛙、焼ク。

 

「これは、何と……」

 

「本当にとんでもねぇな、あの爺さん」

 

「死線をくぐると人は成長すると聞き及んでいるでありますが、果たしてこれを成長と呼んでいいのか微妙であります」

 

「うーん、けどさ。さっきから、身体がはち切れそうなほど力とか湧いてきてるよ?」

 

 後ロ、何カ言ッテル。生キテル、イイ。灰色燃ヤス。

 

「って、ああっ、また動き出したよっ」

 

「むぅ、急いで追いかけねば」

 

 ソレカラ、二回灰色焼イタ、後のことだったと思う。

 

(ん、俺は……って、そうか)

 

 ドラゴラムの時間切れで人の姿に戻って知性や理性が戻ってきたのだ。

 

「さてと、どうかの? そろそろルーラぐらいは使える様になったと思うのじゃが」

 

「言いたいことはそれだけかよ、爺さん……」

 

「むぅ……」

 

 振り返った俺にライアスが苦虫をかみつぶしたような顔をしたが何を言わんとしているかは、解る。

 

「昼飯の時間かの」

 

 解っていてすっとぼけた。

 

「おいっ」

 

「スレ様、幾ら何でもそれはあんまりでする」

 

「いや、すまんのぅ。ドラゴラムをフル活用するなどワシも初めてでな。かつ、変身中はそれこそ獣に近いレベルまで知性が低下する。自重や気遣いなどしようと思っても不可能なんじゃよ、すまん」

 

 謝る俺の周囲には、焼けこげた魔物の死体が散乱していた。どうやら、思った以上に暴走していたらしい。

 

「と、ともあれ。スレッジ様のお陰で我々は無事ルーラの呪文を会得することが出来たのでありますし」

 

「経緯はともあれ、感謝致す」

 

「えっと、ありがとうございました?」

 

「そうか、ノルマは果たせたようじゃな」

 

 覚えたのは、安堵。アリアハン国王から請け負った仕事もこれで終わりと見て良いだろう。

 

(ちょっと早まった気もするけど、のんびりしてる時間無かったからなぁ)

 

 こんなにあっさり人材を育ててしまって良かったのか、と心の何処かが問いかけてくるが今は無視する。

 

「では、いったん外に戻ろうかの。ジパングに寄って女王と面識を得ねばならんじゃろうし、ルーラで飛んで来られるようになるには、一度訪れておく必要もあるじゃろうしな」

 

「了解であります」

 

「はいっ」

 

「うむ」

 

 アリアハンとジパング間の交易ルートはこれで確保出来たと見て良いだろう。

 

(よしっ、これで毎日お米を食べる生活に一歩近づいたっ)

 

 まだアリアハン限定だが、交易網が広がれば他の地域の宿屋でだって食事について「パンorライス」と尋ねられる時代がやって来る筈だ。

 

「予定とちいっと変わってきたが、クシナタの嬢ちゃんはアリアハンへの報告を頼めるかのぅ?」

 

「はい、承知致しましてございまする」

 

「すまんな。ついでに勇者の嬢ちゃんやお前さんのお仲間さん達の訓練状況も持ち帰って来てほしいんじゃが」

 

 俺はそう依頼しつつ、クシナタさんにキメラの翼とお金の入った革袋を握らせる。

 

「そのゴールドは経費と小遣いじゃ、好きに使ってくれて構わん」

 

 おかゆを作った時も世話になったが、サマンオサではお米のご飯を炊いてくれたし、クシナタさんを初めとした元生け贄のお姉さん達には世話になりっぱなしだったのだ。

 

「スレ様」

 

「ほっほっほ、ワシに出来ること何ぞたかが知れておるがのぅ、お前さんには感謝しておるのじゃよ」

 

 協力者になることを承諾した時、俺は色々なことを明かした。それでもついてきてくれている。これだけでもいくら感謝しても足りない。

 

「ス……スレ様」

 

「それはそれとして……そこの三人。ルーラが使えるならリレミトの呪文も覚えたじゃろう? 誰か使って見せてくれんかのぅ?」

 

「はっ、では自分が」

 

 とはいうものの、第三者の前では打ち明け話も不可能。誤魔化すように元駆け出し魔法使いの三人に話を振れば、何故か軍人っぽい口調の女魔法使いが挙手し、詠唱を始める。

 

「リレミトでありますっ」

 

「あー、そこもその口調な」

 

 誰かの呆れたような声を途切れさせ、完成した呪文は俺達を一気に洞窟の外まで運び出した。

 

 




メタル狩りの効率、恐るべし。

3人の魔法使いにルーラを覚えさせた主人公は、3人をおろちとの顔つなぎをさせるべく、ジパングへと向かう。

次回、第九十話「ジパング再び」

お知らせにあるとおり、明日の朝の更新はお休みになる可能性が大です。



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第九十話「ジパング再び」

「では、スレ様行って参りまする」

 

「うむ、気をつけてのぅ」

 

 ジパングの入り口が見えたところで、俺はクシナタさんを送り出した。

 

「アリアハンへ」

 

「うおっ」

 

 声と共に放り投げたキメラの翼へ引っ張られる様に舞い上がって行くクシナタさんを目で追っていたライアスが、いきなり声を上げて顔を背ける。

 

「どうされた、ライアス殿?」

 

「白……い、いや、なんでもねぇ」

 

 元駆け出し魔法使いの爺さんに問われてぶるぶる頭を振るが、最初の発言で既に語るに落ちていた。

 

「有罪でありますな」

 

「だねっ」

 

「……のようじゃのぅ」

 

 突き刺さる女性陣の視線に同調し、責めるような視線を向ける。ルーラで浮かび上がった女性の下着を見るとか本当にけしからん行いである。

 

(ルーラに慣れない男女混合パーティーなら起こりうる事故ではあるけどね)

 

 だからといって、放置しては示しがつかない。

 

「ちょっと待てお前ら、あれは事、やめろ! 近寄るな! や、やめ……アーッ!」

 

 響き渡る絶叫の下、ライアスに何があったかは敢えて伏せておこう。

 

(うん、あれはなぁ)

 

 同性として自分があんな事をされたなど吹聴されるのは勘弁して欲しかったから。せめてもの慈悲だった。

 

「……虚しいものでありますな、仲間を裁かねばならぬと言うのは」

 

「そうじゃのぅ」

 

 同意する俺の視線が遠かったのには、別の意味も含まれていたが、それはいい。

 

「ともあれ、中に入るとしようかのぅ」

 

「そ、そうであったな」

 

 同じ男としてきっと俺の気持ちが分かったのだろう、魔法使いの爺さんは提案に頷き、歩き出す。

 

「ライアス殿、貴殿の事は忘れぬ」

 

「うむ」

 

 短い時間ではあったが、共に過ごした仲間なのだ。弱々しい声で「勝手に殺すな」とか聞こえた気もするが、この手のやりとりはお約束である。

 

「さて、到着じゃ」

 

 数分後、先頭を歩いていた俺は足を止め、仲間の方を振り返った。

 

「ここがジパングでありますか」

 

「これはこれは、ようこそジパングにお越しくださいました」

 

 物珍しげに周囲を見回す女魔法使いの一人に、気がついたのだろう。入り口の側にいた女性はこちらへぺこりと頭を下げ、歓迎の意を表す。

 

「こんにちはっ、ヒミコ様に会いに来たんだよっ」

 

「あ」

 

 言っていることは間違っていないが、開口一番にそう言うのはどうなのか。

 

「ま、まぁちょっとした用があってのぅ……」

 

 苦笑しつつも話してよい部分だけ抜粋して、俺はもう一人の女魔法使いをフォローする。

 

(案内して貰うつもりだったのかも知れないけど、ヒミコの屋敷は人に尋ねるまでもないからなぁ)

 

 一軒だけの他の民家とは比べものにならない大きさの建物が門の様に聳える鳥居の先にある。

 

(うん、間違えようもない)

 

 ついでに周囲を見回す、と前にここを訪れた時と比べて感じる印象もだいぶ違う。

 

(おろちが約束を守っているからかな?)

 

 かって国を荒らし回ったやまたのおろちは暴れることなく、沈める為にと差し出されていた生け贄ももう必要ない。おろちが健在であるから仮初めの平和とも言えるが、状況は改善されているのだ、その雰囲気も頷けた。

 

「では、ワシらはこれで失礼させてもらおう」

 

「はい、さようなら」

 

 挨拶をし、女性と別れて鳥居をくぐれば、ヒミコの屋敷まではあと少し。

 

「随分でけぇ家だな」

 

「国主じゃからのぅ。あれは、城の様なものじゃよ」

 

 ただ、冒険の書に記録してくれる人は居なかったけれど。

 

(もしゲームでヒミコが生きて屋敷にいたら、セーブくらいはして貰えたのかなぁ)

 

 生け贄にされたお姉さん達と違い、遺体が何処にあるかも解らないヒミコは、流石に俺のザオリクでも生き返らせようがない。

 

(まあ、生き返らせたらそれはそれで問題になりそうだけど)

 

 元生け贄の娘さん達は連れ出せたが、同じ事をヒミコにするのは、不可能。

 

(普通なら自分の国を取り戻したいと思うはずだもんな)

 

 それに女王となると扱いも困る。

 

(なんて、ありもしない仮定の話をしててもしかたないか)

 

 やるべき事をさっさと済ませてしまおう。

 

「交易の担当はお前さん達じゃからのぅ。ワシは今回、後ろで控えさせて貰うぞ?」

 

 スーザンとしておろちとは何度か会っている。変装がバレるとは思わないが、人前で接触する危険を冒す必要もないだろう。俺は、三人へヒミコと謁見する前にそう言い含め。

 

「了解でありますっ、自分達はもともとそちらが得意分野、戦闘は管轄外でありましたが」

 

「些少なりとも戦える様になったのは、スレッジ殿のお陰。感謝に堪えぬ」

 

「ありがとうございましたっ」

 

「ほっほっほ、大したことはしとらんよ。年甲斐もなくちょっとはっちゃけてしまったがのぅ」

 

 頭を下げられ、笑いながら視線を背けた。

 

「あれでちょっとかよ」

 

 背後から何か聞こえた気もするが、心霊現象だろうか。

 

「いや、精神力はそれなりにくったかもしれんが。では、ゆくとしようかの」

 

 ライアスが成仏してくれるように、一応補足しつつ、俺は三人を促すのだった。

 




ライアス、無茶しやがって。

次回、第九十一話「交渉は人任せ」

起こりうるって、ひょっとして主人公サン、過去に……いや、なんでもないです。


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第九十一話「交渉は人任せ」

「お前達がわらわに会いたいという者かえ?」

 

「ワシはただの付き添いじゃがのぅ」

 

 おろちの問いへ肩をすくめていった言葉に嘘はない。

 

「お初にお目にかかるであります。自分達はスーザン殿とヒミコ様が取り交わした交易網作成の担当者で――」

 

 未来の交易担当者三名がおろちに自己紹介し始めたのを眺めつつ、ただ黙し観察する。

 

(変な気は起こさないと思うけどね)

 

 念のためにいつでも呪文を唱えられる準備だけはしておくが、この場で戦闘になることなど無いと確信していた。

 

(確かおろちが倒された後は別の女の人が後を継ぐんだよなぁ)

 

 反面、頭の中で考えていたことはある意味穏やかではなかったけれど。

 

(ま、おろちと言うかジパングの方はあれで暫くもつだろうから、俺がやるべきなのは元生け贄のお姉さん達の強化で……)

 

 その後は風邪の治ったシャルロットとお忍びで、ダーマ神殿を探す。

 

(この時、クシナタさん達のレベル次第では、転職かな)

 

 特殊な立ち位置にいるクシナタさんが転職出来るかはちょっとだけ心配だが、ゲームで神殿にいた町娘とかが転職するつもりであることを語っていたし、何とかなると思いたい。

 

(それはそれとして、ライアスさんはどうしよう)

 

 パーティーバランスと男女比率の緩和で連れてきた戦士だが、この後の予定は全くの未定である。

 

(結果的に育成しちゃったけど)

 

 ひょっとしたら、ある意味で俺を追いつめたあの女戦士よりもう強いかも知れない。

 

(あっちは腐っても……というか、エロくなっても勇者の護衛を任されるほどの実力があったはずなのに)

 

 本当に残酷だと思う。長年の修練が、暴走してドラゴンになった爺さんについていっただけの元駆け出しに負けるというのだから。

 

(ま、身体能力だけだから、実戦……対人戦でぶつかり合ったらどうなるかはわかんないけどなぁ)

 

 何故か、途中で豪傑の腕輪がとれて、対人戦が別の戦いに変化する気もしたが、これは俺の気のせいだと思いたい。

 

(うーむ、育てた人材をそのままリリースするのは勿体ない気がするけど)

 

 パーティーメンバーはもう決まっているし、ライアス自身の意思を確認した訳でもないのだ。

 

「そもそも、まずはライアスを教会に運んで生き返らせるところから始めねばならんしのぅ」

 

「おぉい?! 何の話してる、勝手に殺すなよっ」

 

 交易網作成の担当者三人とおろちの話が進んでいたようなので席を外し、ヒミコの部屋を出た辺りで思わず独り言を呟くと何故か声が聞こえてきた。

 

「むぅ、心霊現象か。化けて出るとは余程無念じゃったと見える」

 

「化けてねぇ、生きてるってのっ!」

 

「ほう、つまりリビングデッドか」

 

 確かそう言う名前のアンデッドモンスターも居た気がするが、生ける屍とは生きてるのか死んでるのかややっこしい呼称である。

 

「なぁ、爺さん? 解ってて言ってるよな?」

 

「ほっほっほ、何の事やら? まぁ、咎人で遊ぶのはこれぐらいにしておくかの」

 

「咎人っ?!」

 

 からかってみると、ライアスという戦士、意外に面白い人物なのかも知れない。

 

「うむ」

 

 俺のキーワードに衝撃を受けたようだが、生け贄にされた悲劇の少女の下着を結果的に覗いた凶悪犯である、情状酌量の余地はない。

 

「ま、その辺はあっちの方で三時間ぐらい寝かせておくとして、ワシが考えておったのは、お前さんがこの後どうするかという話じゃ」

 

「これから? まだレベル上げとやらするんじゃねえのかよ?」

 

「その後じゃ。アリアハンに返らせた娘とそのお仲間を一人前になるところまで育てるのが本来の目的じゃったからな。その嬢ちゃん達と一緒にいるなら、お嬢ちゃん達が一人前になった頃には、お前さんも必然的に一人前になっておる筈じゃ」

 

 怪訝な顔をしたライアスに説明を付けたし、改めて問う。どうするのかと。

 

「一人前になったら、か」

 

「うむ。世界中のおなごの下着を見て回るとか、見るに飽きたらず手に取りたくなって捕まる、とかじゃな」

 

「ちょっ、下着から離れてくれ、頼むから」

 

「むう」

 

 過去の行動を鑑みて辿りそうなルートを挙げたというのに文句を言われた、不本意である。

 

「いやいやいや、文句じゃねぇだろ? お願いっつったぞ、俺?」

 

「はて、最近どうも耳の調子がのぅ」

 

「爺さん、喧嘩売ってンのか?」

 

 待ち時間が暇だったので、ついついからかってしまっているが、他意はない。

 

「スレッジ殿、お待たせしたであります」

 

「お話し終わったよっ」

 

 ただ、時間の方は見事に潰れてくれたようで、ライアスのジト目を受けていた俺の背中に女魔法使い二名の声がして、謁見の終了を知った。

 

「ふむ、それは何より。ならば、お前さん達ともしばしのお別れじゃな」

 

 誰かがおろち、もといヒミコとの話し合いの結果を報告しに行かなければならないのだから。

 

(一人に行って貰うと、その一人だけ弱くなるからなぁ)

 

 ここは予定通り、三人にアリアハンへ戻って貰い、戻ってきたクシナタさんを含む元生け贄さん達と合流してから再びレベルあげとすべきだろう。

 

(ライアスと二人っきりのレベル上げとか罰ゲームだし、誰得ですよねー)

 

 エミィとか名乗っていた腐った女僧侶のことは除外だ。あれは除外しなくてはいけない、全力で喜びそうだから。

 

(そっか ゆうしゃ ぱーてぃー に もどった ら おとこ と かけざん される ひび が ふたたび なんですね)

 

 嫌なことを思い出して遠い目をしてしまった俺を誰が責められようか。

 

「では、自分達はこれにて。ライアス殿、覗いたら攻撃呪文フルコースでありますよ?」

 

「だよっ?」

 

「なっ」

 

 アリアハンへの出発前、咎人に釘を刺す女魔法使い達を前にしても、思い出してしまった余計なモノは頭の中から消えてくれなかった。

 




ほぼ、ライアスさんを弄るだけのお話でした。

哀れ、ライアス。

次回、第九十二話「クシナタ隊」

スー様親衛隊ではきっと、ない。


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第九十二話「クシナタ隊」

 

「ふぅ、行ってしもうたのぅ」

 

「だな」

 

 何だかんだ言って、結局男二人が残されてしまった状況である。

 

(ここにあの女僧侶が居ないのがせめてもの救いかな)

 

 嫌なものほど忘れられない、忘れそうになったら思い出す。勘弁して欲しいと切に思う。

 

(うーん)

 

 女性の下着を見るぐらいだ、ライアスにそっちのケは無いと予想するのだが、油断は禁物だ。

 

「さて……どうしようかのぅ」

 

 かと言って、さっきみたいに弄り続けてヘソを曲げられても今後に差し支える。

 

「やっぱあの姉ちゃん待つしかねぇだろ? クシナタとか言ったっけ?」

 

「それはそうなんじゃが、問題があるんじゃよ」

 

 師匠を待つシャルロットの様に入り口で待て居れば最速で合流出来る上、元生け贄さん達がジパングに入らずに済むと言う利点があるのだが、ライアスには前科がある。

 

「『そうやって入り口で待って下着を見るつもりなんでしょ、さっきみたいに』と言う懸念じゃな」

 

「ちょっ」

 

「人間、一度過ちを犯すと過去の罪というレッテルは常について回るのじゃよ」

 

 さんざん風評被害に遭った俺だから、言える。

 

「あの頃はワシも若かった……」

 

 いや、今も若いのだが、それはそれ。

 

「爺さん?」

 

「うむ、すまなんだな。お前さんは後悔しない人生を歩む事じゃ」

 

 とりあえず、何かありました風の発言をすることでちょっとだけからかったことを煙に巻き、俺は言葉を続けた。

 

「何処かの娘さんの下着を握りしめ、兵士に連行されたとしてもお前さんに悔いがなければ、そ」

 

「だあああっ、待てって、何でそう下着の話になる?」

 

「何故と言われても、お互い知り合って間もなかろう? お前さんと過ごしたこの半日で一番印象に残ったのがあの事件じゃからな」

 

 ライアスは何やら不満の様だったが、ドラゴラムで竜に変身していた時は同行者のことなど生きているか死んでいないかといった程度で全然気にしていなかったのだ。

 

「あー、言われてみれば俺も姉ちゃんやあの三人としか会話してなかったな……って、そうじゃねぇだろ!」

 

「むぅ、見事なノリツッコ」

 

「んなんはどうでも良い。俺のことをよく知らねぇって言うならこれから教えやりゃいいんだろ?」

 

 俺の言葉を遮ってライアスは親指で自分を指し、違うかよと問うてきた。

 

(いや、違うかというか、その言い回しは……)

 

 やばい、極めつけにやばい。

 

「いや、その言葉だけで充分じゃ」

 

「は?」

 

「生憎ワシは男と恋愛する趣味はないのでのぅ」

 

 スススと後退りながら顔を引きつらせて言ったのは、、怪訝な顔をしたライアスへ遠回しに悟らせる為である、自分の発言がいかに危険かを。

 

「ななななな……」

 

「今の言い回し、どう考えてもそっち方面にしかとられんぞ?」

 

 そして、なを連呼したところで念のために直球も投げ込んでおく。

 

「勇者一行にその手の話題が大好物の嬢ちゃんがおってな、あんな迂闊な発言でもした日にはどうなる事やら」

 

 などと補足も入れておけば、きっと解るだろう。俺が単にからかってそんなことを言った訳ではないと言うことに。

 

(いや、本当にここにあの子がいなくて良かった)

 

 事実無根の妄想を羊皮紙にインクで書き込まれたら、うっかりメラゾーマしてしまうかもしれないから。

 

「とにかくじゃ、自爆なら一人でやってくれんかの? いくら薄情と言われようが巻き添えは御免じゃ」

 

 あれは譲れない。この気持ちはターゲッティングされた人間だけが持つ感情だと思う。

 

「……あー、うむ。そう言う訳じゃからして、言動には注意した方が良いと、そう言う訳じゃ」

 

 忌まわしい考えや記憶に長く触れているのは、危険だ。

 

「やむを得ぬ、入り口で嬢ちゃん達を待つとするぞ」

 

「え、あ、おい」

 

 俺は強引に話題を切り上げると、歩き出す。

 

(事故の危惧は二人揃って足下を見てれば良いだけだもんなぁ)

 

 最悪、ラリホーで眠らせる手もあるが、あれは僧侶の覚える呪文だった気がする、本当に最終手段だろう。

 

(そして、元生け贄のお姉さん達を待つ、かぁ……ん?)

 

 心の中で呟いて、ふと思う。

 

(そう言えば、この呼称も問題だよな。もう生け贄じゃ無い訳だし)

 

 そも、魔物に喰い殺された過去などあのお姉さん達だって思い出したくはないだろう。

 

(うっかり口から出ちゃうとまずいし、別の呼称を考えておくべきかな)

 

 いい、気分転換にもなりそうだ。

 

(まず、クシナタさんがレベル一番高いし、無難なところで「クシナタ隊」かな?)

 

 安直かもしれないが、わかりやすいとも思う。

 

(うーん、「じぱんぐ☆がーるず」……は、没だな。版権モノはオリジナルと重ねたり比較しちゃいそうだし)

 

 センスのなさに我ながら驚きつつ、俺は更に案を挙げて行く。

 

(「乙女隊」……も没。全員ジパング人なのにその辺り全く活かせてないし。「ご飯はふっくら炊き隊」……ああ、そう言えばお昼まだだっけ)

 

 ジパングには、宿屋が無い。ヒミコの屋敷に滞在していれば、ご飯も出たかも知れないが、今更戻ると言うのも格好が付かない、と言うか恥ずかしい。

 

「うーむ」

 

「スレ様、スレ様?」

 

「む?」

 

 気がつけば、随分考え込んでいたらしい。自分を呼ぶ声に顔を上げると、こちらを見つめるクシナタさんの視線とぶつかった。

 

「もう戻ってきておったのか、早かったのぅ」

 

「はい、それで向こうの状況ですが、シャルロット様の風邪は完治までにまだかかるようでございまする」

 

「むぅ、まあそうなるじゃろうな」

 

 リアルの様な薬の無い世界だし、そもそも昨日の今日だ。

 

「となると、このままお前さん達を鍛えればよさそうじゃの」

 

 俺の言葉にクシナタさんは頷くことで、答え。

 

「ただ、あちらの方が」

 

「な」

 

 微妙に言いづらそうにしつつ、クシナタさんが指した先に視線をやって俺は絶句する。

 

「なんで、こんな目に……ぐふ」

 

「し、しっかりしてくださいまし!」

 

「だれか、薬草をっ」

 

 地面に倒れ伏したライアス、と周囲でわたわたする元生け贄じゃなかった、クシナタ隊のお姉さん達。

 

「キメラの翼で飛んできたあちらの娘が、下敷きにしてしまったのでございまする」

 

 俺は気づかなかったのだが、ライアスは地面に押し倒されて頭を打った上、のっていた娘さんに物理的に尻の下にひかれていたらしい。

 

(あれ、ひょっとしてこれって俺が上を見ないようにさせたせい?)

 

 足下を見続けていたなら、上から降ってくるモノには気づけなかっただろう。

 

(と言うか、一歩間違えば俺もああなっていたかも知れないのかな?)

 

 どうやら、またやらかしてしまったようだ。

 

「……とそんなことがあってじゃな」

 

 ライアスが気絶したのをこれ幸いと、事情を説明したのは、その後すぐ。

 

「私達の呼称でありまするか」

 

「うむ、『クシナタ隊』ではどうじゃろうか?」

 

「そんな、私の名前では他の方に申し訳なく思いまする。……そう、『スー様親衛隊』ではいかがで」

 

「いやいやいや、それは人前で口に出来ぬじゃろう」

 

 押し問答の末、俺が強引にクシナタ隊に決めたのをライアスは知らない。

 

(ともあれ、これでこれからは――)

 

 こうして、俺がジパングで救ったお姉さん達は以後自分達をクシナタ隊と称することになる。

 

「ご再考くださいまし」

 

 約一名頑強に抵抗していた少女もいたが、決定は覆らなかった。

 

 




ライアス、無茶しやがって……あれ、デジャヴ?

次回、第九十三話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」

あれ、簡単かなぁ?


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第九十三話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」

「さてと、一つ問題は片づいたとして、次はあれじゃな」

 

「スレ様っ」

 

 まだ何か言いたげなクシナタさんから視線を逸らし、目を向けた先に居たのは男と女が一人ずつ。

 

「ううっ、空から姉ちゃんが……」

 

「ああ、しっかりしてくださいまし! ホイミっ」

 

 横たわって譫言を漏らすライアスとそのライアスをお尻に敷いてしまったクシナタ隊所属のお姉さんである。

 

「まだ、目を覚まさん様じゃな」

 

「スレ様、このお方が……」

 

「あぁ、解っておる。あまり精神力を無駄遣いしたくはないのじゃが、仕方あるまい」

 

 クシナタ隊の皆は俺の身体が元賢者で僧侶の呪文も扱えることは明かしている。よって、呪文を使えることを隠す必要もない。

 

(ライアスさんはご覧の有様だからなぁ)

 

 ダメージは加害者のお姉さんがホイミの呪文で回復済みだが、眠った者を起こすザメハの呪文はある程度経験を積んだ僧侶でなければ覚えない。

 

(呪文を覚えるまで放置しておく訳にはいかないもんな)

 

 だいたい、ここに放置していてアリアハンに帰っていった魔法使い達が戻ってきたら、第三の事件が起きてしまう。

 

「ジパングにルーラで飛んできたら地面に寝っ転がった戦士がパンツを覗こうとスタンバイしていました事件」

 

 名前を付けるなら、きっとそんな感じだ。それは防がねばならない。

 

「ザメハっ」

 

「……ううっ、ん? 俺は、どうし」

 

 謎の使命感から呪文を唱えると、効果はてきめんだった。横たわっていたライアスは呻きつつゆっくり目を開け、身体を起こそうとしかけた体勢で硬直する。

 

(まぁ、あの状況じゃあなぁ)

 

 不機嫌そうなクシナタさんと目が合ってしまったのだ。もっともクシナタさんの機嫌が悪い理由は、隊の名前の件で自分以外に押し切られたからなのだが、気絶していたライアスが知る筈もない。

 

「すみませんでしたぁっ」

 

「え?」

 

 いきなり地面へ突かんばかりに頭を下げたライアスにクシナタさんが面を食らい。

 

「え?」

 

 想定外の反応にライアスが声を上げる。

 

(先日の下着を見たことぐらいしか思い至らないよなぁ、普通)

 

 だが、それは墓穴以外の何者でもない。まだクシナタさんは自分が下着を見られていたことなど知らないのだから。

 

「どうやら目が覚めたようじゃな」

 

「爺さん……」

 

 二人の為にも黙っておくのも手かと思っていた。

 

(クシナタさんに謝らなかったら、だけど)

 

 謝ってしまっては知らぬが仏と言う訳にも行かない、だから俺は良い笑顔で言った。

 

「説明不足はいかんのぅ。クシナタの嬢ちゃんはお前さんがキメラの翼で舞い上がった時に下着を覗いたことなど知らなかったと言うのに」

 

 と。

 

「なっ」

 

「え、あ? ちょっ、爺さん」

 

 二人が揃って別の音で驚きを表現し、ライアスがこっちに目を剥くが、俺としては当然被害者の味方である。

 

「す、スレ様……それは真でございまするか?」

 

「うむ……残念じゃがな」

 

 俺とライアスの双方に視線を往復させ、顔を真っ赤にして尋ねてきたクシナタさんに俺は頷く。

 

「ライアス様?」

 

「うぉっ?! ちょ、ちょっと待って、あれは事故だったんだ! 俺は――」

 

 刺し貫くようなクシナタさんの視線にライアスが慌てて弁解するが、さもありなん。やまたのおろち戦で俺と一緒に居た分、クシナタさんの方がライアスより強いのだ、レベル的に。

 

(何か、こう……処刑用BGMとか聞こえてきそうだよなぁ。あ)

 

 暢気に見物していると、クシナタさんが腰に差していたくさなぎのけんを抜いた。

 

「剣よっ」

 

「待っ、うおっ?!」

 

 刀身に青い光を帯びた剣は所有者の声に応え、備え持った力を解放する。

 

「何だ……こりゃ? 痛くはねぇが……一体」

 

(うわぁ)

 

 当然である。俺は思わず心の中で呻いた。くさなぎのけんは道具として使うと敵の守備力を下げる効果を持つのだ。つまり、ここから本命が来る。

 

「って、そうじゃねぇ。すまねぇ、本当に。な、さっきだって謝っ、ちょ、ちょまぶべっ」

 

 ワンテンポ遅くそれに気づいたライアスだったが、弁解の途中で綺麗に宙を舞っていた。

 

「南無」

 

 思わず口に出してしまうほど痛そうな平手打ちを受けた戦士の身体は、土の上で二回くらいバウンドしたと思う。

 

「……もう一回ぐらいホイミが必要そうじゃの」

 

「す、すみませぬ。これから洞窟に行くというのに余計な手間を」

 

 我に返ったクシナタさんは恐縮していたが、責める気などもうとう無い。

 

「傷が癒えたら、出発じゃ。そうそう、途中で熊を狩るぞ? クシナタ隊の他の嬢ちゃん達はまだ慣れておらんじゃろうからのぅ」

 

 この後、洞窟に至るまでについては、特筆することは何もない。

 

「ベギラゴンっ」

 

「ゴアァァァァァ」

 

 殆ど前回の再現のようなモノだった、驚いたのが駆け出しの魔法使いから俺の戦闘自体は初めて見るクシナタ隊のお姉さん達に変わったぐらいで。

 

「なんつーか、やっぱ納得いかねぇ」

 

 二度目になるライアスだけは、前回と違って遠い目をしていたが。

 

「さ、このまま洞窟に突入じゃ。ワシについてくるだけの簡単な仕事じゃぞ」

 

 一回目の竜変身中、ようがんまじんまで炎で倒せていたらしく、駆け出し魔法使いの一人から話を聞いていた俺は補助の要請を省いて、洞窟の入り口をくぐる。

 

「ぜってぇ簡単じゃねぇだろ」

 

 後ろの方からツッコミが聞こえたが、気にしない。

 

「ほっほっほ、さーて何が出てくるかのぅ」

 

 口の端をつり上げた俺は指をくわえると、獲物を呼び出すべく口笛を周囲に響き渡らせたのだった。

 

 




いかん、ライアスのお仕置きに時間と行数を割きすぎたっ。

次回、第九十四話「爺さん自重」

そんなの無理に決まってるのに


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第九十四話「爺さん自重」

「ドラゴラムっ」

 

 出てくる敵が何であろうと、対応は変わらない。魔物を確認するなりまず呪文で竜になる。

 

「うぉっ」

 

「ひっ」

 

「あ、あぁ……」

 

 突然の変身にクシナタさん以外が驚クガ、モウ気ニシテ居ラレナカッタ。

 

「グオオォォッ」

 

 吼エタ俺、炎吐ク。

 

「ギャアア」

 

 腹ニ顔アル赤イノ燃エタ。

 

「相変わらずとんでもねぇな」

 

「皆、落ち着いて下さいませ。あれはスレ様、味方でする」

 

 後ロ五月蠅イ、ケドイイ。俺、モット敵燃ヤス。

 

「ゴ」

 

「ガァァァァッ」

 

 岩ノ影、飛ビ出シタ熊燃ヤス。溶岩カラ顔出シタ頭ト腕ダケモ燃ヤシタ。

 

「な、何と……」

 

「はぁ、二度目でも慣れねぇな。つぅか、色々反則だろ、ありゃあ」

 

 五月蠅イ、変ワラズ。生キテル、俺、進ム。

 

「グオォォォン」

 

 敵、出テコイ。

 

(燃ヤス、燃ヤスッ)

 

 俺、敵倒ス。

 

「グルルッ、ガァ」

 

「ガッ」

 

 尻尾痛クテ横見ル。

 

「ガアアアアッ!」

 

「ゴオッ?!」

 

 熊居タカラ、燃ヤス。

 

「ま、魔物が次々と一瞬で炭に……」

 

「皆様、足を止めてはなりませぬ。今のスレ様は敵見方の区別しかつかぬ状態、そして己の傷を直すことも出来ませぬ。僧侶の方はホイミでスレ様の傷をっ」

 

「は、はい。ホイミっ」

 

 後ロ、マタ五月蠅イ。ケド尻尾、暖カクナッタ。

 

「おっ、尻尾の傷が」

 

「続いてピオリムを。巨体になったことでスレ様は動きが鈍っておられまする。効率的に魔物を討ち果たすには呪文による補助は不可欠」

 

「わかりましたっ、ピオリム」

 

「グオ?」

 

 身体、軽クナッタ。理由解ラナイ。

 

(ケド、コレナラ敵逃ガサナイ)

 

 俺、進ム。

 

「グオオォォォォォ」

 

 敵、燃ヤスッ。

 

「おいっ、また動き出したぞ……」

 

「あ、ちょっと待って下さい。まだ、魔物の隠し持っていたゴールドが」

 

「この種、焦げてるの外だけだし食べられるわよね?」

 

「って、何やってんだお前ら?」

 

 後ロ、ヤッパリ五月蠅イ。

 

「「見てのとおり」よ」

 

「いや、商人と盗賊ってコンビの時点で解るけどな、順応早すぎだろ!」

 

「何言ってるんですかっ、ゴールドは重要なんですよ!」

 

 五月蠅イ。

 

「グォ?」

 

 尻尾、変。気ヅイタラ、箱巻イテタ。ヨク解ラナイ。箱、離ス。

 

「あっ、あんなところに宝箱が」

 

「ん? けどよ、こんな所に宝箱あったか?」

 

「魔物が落としたものだと思いまする。今のスレ様は宝箱を見つけてもそれが何か理解する知性が残っていない様子」

 

「そっか、それでこいつらが魔物の死体漁ってる訳か」

 

「はいっ、ここまでしてくれるスレ様の為にも、一ゴールドだって見落とせませんから」

 

「その通りよ。ところで、この焦げた力の種、誰か欲しい?」

 

 後ロ変ワラズ。生キテル、イイ、思ウコトシタ。

 

「グオオオオオオッ」

 

 俺、敵燃ヤス。

 

「ム?」

 

 ソレカラどれ程の敵を屠っただろうか。

 

「どうやら、時間切れのようじゃな……お前さん達、無事じゃったかの?」

 

 元の姿になって知性の戻ってきた俺は、すぐさま後ろを振り向いた。

 

(気にしてられなかったもんなぁ)

 

 脱落者を出すような真似はしていないと思いたいが、半ば暴走するようにひたすら敵を燃やしていた記憶と、時々回復や補助呪文をかけて貰っていた記憶がある。

 

(ありがたくはあったけど、負担になってないかなぁ?)

 

 僧侶と魔法使いの比率は多いはずだが、ここに来るまでレベル1だった面々である。

 

「お、お気遣いありがとうございます」

 

「私達なら大丈夫でありまする」

 

「そうか、それを聞いて安心したわい」

 

 だからこそ、言葉に偽りなく、俺は胸をなで下ろした。

 

(とはいうものの、突っ走りすぎだったかも知れないし、そろそろ自重すべきかな?)

 

 ここは溶岩が煮える洞窟なのだ、歩き回るだけだってかなり消耗する。

 

「じゃがの、無理をし」

 

 だから、この後はもうちょっと緩いレベルあげにしようと思い始めていたのだが。

 

「あー、スレ様ぁ、ものは相談なんだけどさー」

 

「ぬ?」

 

 俺に声をかけてきたのは、黒髪のバニーさん。呪われていた勇者パーティーのミリーではなくクシナタ隊に所属する元生け贄のお姉さんだ。

 

(訓練所恐るべしと言うか、すっかり変わっちゃったよな)

 

 俺が何人かは遊び人なる様にと指示をしたので、これは間違いなく俺の罪。

 

「スレ様に跨っていい?」

 

「はい?」

 

 ただ、次の瞬間遊び人のお姉さんが出してきた提案に俺が感じ始めた罪悪感は何処かへ吹っ飛んでいってしまった。

 

「跨る……じゃと?」

 

「そーそー、あたし、口笛覚えたの。だからー、ドラゴンになったスレ様に跨って口笛を吹けば、わざわざ敵を探して歩き回る必要無いんじゃない?」

 

「むぅ、確かに効率的かもしれんが……」

 

 跨るとか、字面的に一歩間違ったらとんでもない誤解されそうなのは、気のせいだろうか。

 

「気分はドラゴンライダー? それともドラゴンロデオ?」

 

「いやいや、その辺はどうでも良いがのぅ、鞍がある訳でもないんじゃぞ?」

 

 ドラゴンになれば身体も大きくなる。落馬ならぬ落竜してしまったら怪我をしかねない。ましてや、周囲には煮えた溶岩もあるのだ。

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。ちゃんとその辺も考えてるんだから、あたしちゃんってば」

 

「しかしのぅ」

 

「大丈夫、責任とってなんて言わないからさー」

 

 渋ってみたが、ヒラヒラ手を振る女遊び人のお姉さんは退く気がないらしい。

 

「仕方ないのぅ」

 

 結局俺は根負けし。

 

「じゃあスレ様。身体を低くして?」

 

「……うむ」

 

 言われるがまま、俺は四つん這いになる。

 

「時に、一つ尋ねていいかの?」

 

「なにー?」

 

「何故ワシの前に居るんじゃ? それにその格好は」

 

 何というか、酷い絵面だった。四つん這いになった俺の前で女遊び人の姉さんは空気椅子みたいな格好をしていたのだ。当然、俺の顔の前には、お姉さんのお尻がある。

 

(何かもう嫌な予感がするんですけど……というか)

 

 たぶん、これが「その辺も考えた」結果だと思うのだが、周りの視線が痛くて仕方ない。

 

「いいからドラゴラムしてよー」

 

「その前に説め」

 

「スレ様、こっちに魔物がっ」

 

 せめて、どう言うつもりか明かして欲しかったのだが、何故モンスターはこうも空気を読まないのか。

 

「ええい、どうなっても知らんぞ? ドラゴラムっ」

 

 半ば自棄になって呪文を唱えた直後。

 

「えいっ」

 

 竜へ変貌し始めた俺の視界をバニースーツへ包まれたお尻が塞いだのだった。

 




と言う訳で、その他大勢になってしまいそうなクシナタ隊の皆さんに焦点を当ててみました。

隊の皆さんは、ジパング人なので職業にかかわらず全員黒髪だったりします。

次回、第九十五話「変身解けた後ワシはどんな顔をすればいい」

なお、この回の相談者は住所不定の自称魔法使いスレッドさんです。


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第九十五話「変身解けた後ワシはどんな顔をすればいい」

 

 すわ顔面にヒップアタックかとも思ったが、予想した場所に衝撃は来なかった。

 

(っ、は?)

 

 柔らかな感触を感じたのは、額から頭頂部にかけて。

 

「なっ、ななな」

 

「ちょっ、スレ様に何してるんですか!」

 

「頭に跨ったというか、乗ってる?」

 

 そう、耳があった前辺りを両足で締め付けられる形で、竜ニナッタ俺ハ乗ラレテイタ。

 

「掴まれそうな角があるしー、背中のデコボコも無関係っ。あたしちゃんてば、あったまいー」

 

 マァ、ソノ場所ナラ落ッコトスコトモナイダロウガ、別ノ問題ガ。

 

「そんなことより、魔物近づいてきてるよ、スレ様?」

 

「グゥゥゥ」

 

 遊ビ人ノ声ハ、マダ残ッテイタ理性ヲ押シ流スノニ充分ダッタ。

 

(敵、燃ヤス)

 

「スレ様、ごーっ!」

 

 頭ノ上五月蠅イ、ケド味方。

 

「グオオォォォ」

 

「ゲ」

 

 蛙、向キ変エヨウトシタ、遅イ。

 

「うわー、一瞬で」

 

 頭ノ上、声スル、気ニナル。ケド味方。

 

「あぁ、スレ様に何と言うことを」

 

「う、羨ましい」

 

「おい、とんでもない事口走った奴が居るぞ」

 

 後ロも五月蠅イ。

 

「じゃあスレ様、あたしちゃん次の魔物呼ぶね? 出てきたら宜しくー」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! まだゴールドの回収が」

 

 上ト下、声シタ。頭ノ上カラ音シタノ、スグ後。

 

「ゴァァァァァ」

 

「ちっ、次が出てきや」

 

 熊出タ、燃ヤス。

 

「ゴオッ?!」

 

「ちょっ」

 

 燃エタ。

 

「グォォォォン」

 

「スレ様、さっすがー。じゃー、次いくよー?」

 

 頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤス。頭ノ上、音響ク。敵出ル、燃ヤ――。

 

「ムゥ」

 

 ソレモ幾度カ目ニナレバ、自然ト解る。変身が解け始めた感覚だ。

 

(って、ちょっ)

 

 だが、思い出して欲しい。このまま元に戻るとどうなるか。

 

(社会的にやばいっ)

 

「っ、きゃぁっ」

 

 俺は慌てて頭を下げた。もちろん、遊び人のお姉さんを落っことさないように気をつけてだ。

 

「スレ様っ?」

 

「あー、変身が解け始めたんだろうよ」

 

 訝しげな声をクシナタ隊のお姉さんがあげていたが、ライアスは何故いきなり頭を低くしようとしたかに気づいたらしい。

 

「うぐっ」

 

「きゃ」

 

 竜の時は大きさの比率でそれ程の重量と感じなかったが、人一人分の体重が全部頭にかかっているのだ。俺は思わず声を漏らして、蹌踉めく。

 

(っ、だがっ)

 

 頭に女の子を跨らせた変態老人の図の完成だけは防がねばならない。

 

(急げっ、間に合えぇぇっ)

 

 時間との勝負だった。

 

「っ」

 

「あ」

 

 本当に、間一髪。足が地面へ着いたのか頭の上から重みが消え、ただし勢いも殺せず俺はそのまま地面へ突っ伏した。

 

「危ないところじゃったわい」

 

 本当に、本当に危なかった。

 

(はぁ、良かったぁ)

 

 エロ爺を演じたりしているので今更と言われるかもしれないが、あの演技については、クシナタ隊の皆に説明済みであり、今回とは条件が異なる。

 

(だいたいクシナタさん達は俺の正体も知ってるもんなぁ)

 

 スレッジの格好でやらかしたとしても、それは俺の評価に直結するのだ。

 

「スレ様……」

 

「うむ、ワシはどんな顔をすればいいのかのぅ?」

 

 まあ、顔を上げたまま土下座した様な姿勢になっている現状も大概酷い格好かも知れないが、そこには触れないで頂きたい。

 

「そうだなぁ、とりあえず怒るべきじゃねぇのか?」

 

「うーむ」

 

「そうでありまする、スレ様にあのようなことをするとははしたない」

 

 ライアスの提案を反芻しつつも、声に振り返ると同調したクシナタさんが、しきりに頷いており、瞳にはチラチラ揺れる怒りが見て取れた。

 

(俺の姿勢はともかく、遊び人って迷惑行動をいくら叱っても意味ない気がするんだよなぁ)

 

 と言うか、良くここまでこれぞ遊び人という性格になったものだとちょっとだけ驚きが隠せない。

 

(バニーさんの呪いといい、何かあるんだろうか職業訓練所)

 

 ゲームではなかった施設なので、余計に得体の知れなさを感じてしまう。

 

「えーっ、けどさー、効率的だっ」

 

「だまらっしゃい! それとこれとは話が別でありまする。いいですか、女子たる者――」

 

 俺が驚いたり感心している裏ではさっきの遊び人さんがクシナタさんにきっちりお説教を食らっていたりする辺り、ライアスの言った怒るべきと言うのも、振り上げた拳の落とし場所に困る。

 

「とにかく、スレ様の上に乗るのはもう禁止でありまする」

 

「あー、うむ。そうして貰えるとワシもありがたいのぅ。ライアスじゃったら喜ぶかも知れぬが」

 

「ちょっ」

 

 とりあえず俺はクシナタさんの言に賛意を示すとちらりとライアスの方を見た。

 

「ちょ、な、おまっ」

 

 何だか顔を引きつらせていたが、落竜の危険性を考えると、人に乗っていて貰った方が安全なのだ。

 

「高さの面でもそうじゃな」

 

 我ながら完璧な理論だ。ついでにライアスには前科もある。

 

「ま、遊び人の嬢ちゃんさえ良きゃじゃがの」

 

「んー、これー?」

 

 遊び人のお姉さんが微妙そうな顔をしなければ、きっとライアスライダーが誕生していたことだろう。

 

「これって言うなよっ! と言うか、俺を巻き込むんじゃねぇ!」

 

「あれをまたやっては危険なのじゃから、代案を出さねば仕方なかろう!」

 

 ライアスは多いに不満だったようだが、俺にも言い分がある。

 

「あっ……スレ様、また魔物が」

 

「ぬぅっ、あれだけ騒げば当然じゃの。まったく」

 

 ただ、やはりモンスターは空気が読めなくて。

 

「ワシが出る。お前さんはクシナタ隊の嬢ちゃん達を頼むぞ、ドラゴラム」

 

 俺は半分逃げるようにして再び竜へと変身するのだった。

 

 




とりあえず、8/31はお休みになりそうです。

次回第九十六話「やりすぎちゅうい」



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第九十六話「やりすぎちゅうい」

 

「むぅ……」

 

 再びドラゴラムの効果が切れれば、周囲に転がるのは炭化した魔物の骸、骸、骸。

 

(我ながら、これはひどい)

 

 はっきり言って虐殺レベルである。

 

(とは言え、変身中は自制利かないからなぁ)

 

 ただ炎を吐きまくって敵を殲滅するの繰り返し。第三者視点で見たら面白いことなど何もない、作業と認識したかもしれない。

 

(まぁ、レベル上げって実際にただの作業だし)

 

 食べると力が強くなったり素早くなる種が時々手に入るとか、レベルが上がる以外のメリットもあるにはある。

 

(そうそう、ドロップアイテムだって美味しいんだから間違ってはいなかった筈)

 

 そう、これで良かったのだ。

 

「始めるわよ? レミラーマっ」

 

「あ、あそことここと向こうの死体が光ったよ」

 

 盗賊のお姉さんが唱えた呪文で光った場所を監視していたクシナタ隊に所属する他のお姉さんが指さす。

 

「いきますっ、ピオリム!」

 

「……スクルト」

 

「バイキルトっ!」

 

「では、ライアス様、魔物への警戒はお願い致しまする」

 

「あ、あぁ」

 

 僧侶や魔法使いのお姉さんから支援の呪文で強化されたライアスが何とも言えない顔で頷くのを俺は横目で見ると、洞窟の天井を仰いだ。

 

(ははははは……)

 

 うっかり、クシナタ隊のみんなが一人前と目されるレベル20を突破してしまった事など、些細なことだ。

 

(この人達、もう確実にシャルロット達より強いよね)

 

 恐るべきは、灰色生き物からの獲得経験値か。

 

(そろそろダーマの神殿探しに行った方がいいかも)

 

 まだ全ての呪文を覚えた訳でない魔法使いと僧侶、それにアイテムを盗む確率がレベルに依存したと思う盗賊はともかく、他の面々はこれ以上育てるメリットがあまり無い。

 

「あったよー」

 

「あちゃー、この種焦げてる……」

 

(あっちのカタが付いたら、外に出て提案してみるかな)

 

 戦利品を発見したお姉さん達の声を聞きつつ、俺は決断し、仲間へ混じってアイテムを探していたクシナタさんへ声をかけた。

 

「大漁のようじゃのう」

 

「あ、スレ様。スレ様のお陰でする」

 

「いやいや、謙遜せんでもよい。アイテムを見つけたのはお前さん達じゃろうに」

 

 だいたい俺一人ではレミラーマの呪文で周辺を探索したり、光った場所を探すなどと言う手間をかけられたかどうか。

 

「いえ、これもスレ様が教えて下さったからに他ありませぬ」

 

「あれくらい教えずとも思いついたと思うんじゃがのぅ」

 

 一部のお姉さん達が必死にアイテムやゴールドを探す姿を見て、怪しい場所――主に調べるとアイテムの手に入る場所を光らせる呪文を使ってはどうじゃと提案したのは、確かに俺だ。

 

(ゲームじゃ戦闘中とかは使えなかった呪文だもんなぁ)

 

 魔物を倒した直後にレミラーマの呪文を唱えることを思いついたのは、盗賊のお姉さんが件の呪文を覚えて、俺に解説を求めたのが切欠だった。

 

(しかし、アイテムの入手確率が上昇したのは大きいよな)

 

 ゲームなら無限に出現した魔物だが、こちらの世界ではどうなっているのか、未だに結論が出ない。

 

(全てがゲームのままだったら、こんな事で悩む事も無かったんだろうけど)

 

 この世界では、ゲームの時と比べて、フィールドが広い。町やお城も広く、その人口もリアリティを追求しているかのように多い。

 

(魔物の数が、有限だったとしても相当の数が居なきゃこの人間側の人口に対応出来ないもんなぁ)

 

 だからこそ、判断がつきかねているのだ。

 

(「少なくても万、多ければそれ以上の単位で生息してるのか、ゲーム宜しくモンスターは無限に湧くのか」か)

 

 前者であれば数に限りがある為、尚のこと無駄なレベルアップは出来ない。

 

(とはいうものの、検証するのも面倒くさいし)

 

 やまたのおろちのような喋れる魔物に確認を取ることなら可能だが、今度は「正直に話してくれるか」という問題にぶち当たる。

 

(うん、当面は有限と見なして動くべきだろうな)

 

 敵が強くて進めなくなった時、成長出来る場所がなくなっていたら、最悪詰む。

 

(ボストロールは倒してるし、シャルロット達が最初にぶち当たる壁って言うと……おろちか)

 

 それは以前の約束があるからこそ、手の出せない唯一の相手。

 

(なら、尚のことここのメタルスライムは絶滅させないようにしないと不味いな)

 

 もう手遅れと言うことは、無いと思いたい。

 

「さてと、そろそろええかのぅ? 一度洞窟の外に出て話をしようと思うんじゃが」

 

「あっ、はぁい」

 

「はぁ、良かった……ここ暑くて。では、呪文唱え始めますね?」

 

「だよな、干からびるかとおもっちまった」

 

 アイテム捜索の終了を見計らって口にした提案は、賛成者多数のようで気の早い魔法使いのお姉さんはリレミト呪文の詠唱を始めていたりする。

 

(まぁ、暑いってのは同感だし)

 

 外に出たら残った精神力でヒャド系の呪文を使い、氷の固まりとかを出すのもいいかもしれない。

 

(俺の精神力が尽きても、商人のお姉さんいるもんなぁ)

 

 一連の行軍で成長したクシナタ隊の商人さんは、フィールド上で大声を上げ旅の商人やら宿屋やら神父を呼び寄せる呪文を覚えていたのだ。誰が呼ばれるかはランダムだが、宿屋と遭遇出来れば休憩も出来る。

 

(旅の宿屋って言うのは想像するとシュールだけど)

 

 客室が馬車か何かで移動するタイプなのか、テントの様なモノを持ち運ぶのか。ゲームでは台詞分のテキストだけだったので、その実態は気になるところだ。

 

「リレミトっ」

 

「むっ」

 

 呪文の詠唱が完了したのは、丁度俺がそんな割とどうでも良いことを考えていた時。

 

「っ、やっぱり外はええのぅ」

 

 溶岩煮えたぎる洞窟に長居したからだろう、外に出ただけだというのに肌を撫でる風は冷たく、心地よかった。

 

 




レベル20まではまだ楽。

パルプンテ使えないし、はぐれメタルと比べると効率は悪い筈なんですけどね。

次回、第九十七話「今度こそダーマへ」


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第九十七話「今度こそダーマへ」

「あぁ、生き返りまする」

 

「さてと、涼しくなったところで今後の話といこうかの」

 

 へにょっとしてるクシナタ隊のお姉さんを横目に、俺はそう切り出した。

 

「今後ってぇと、あの一人前になったらって話か」

 

「うむ、良く覚えておったのぅ」

 

「あんだけおちょくられて忘れるかよ」

 

「それはそれとしてじゃな……ふむ」

 

 感心して見せたのに何故かジト目を向けてきたライアスから目を背け、数歩歩くと徐に黒こげの杖を地面へ突き刺した。

 

(ジパングがここで……たしかここが、こうなって)

 

 武器としてはもう役に立たないであろう杖でガリガリ地面を削って描き出したのは世界地図だ。

 

(にしても、この杖なんて名前だったんだろうなぁ。ゲームじゃきめんどうしって武器は落とさなかった気がするけど)

 

 武器を持っているグラフィックの魔物が全て倒した時に武器を落としていったら、武器屋も商売あがったりだろうが、実際に隠し持っていたアイテムも謎である。

 

(すごろく券、かぁ)

 

 竜になって吐いた炎で良く燃えなかったな、と思う。

 

(そう言えば、すごろくのマスの中で魔物と戦闘が起きたりもするし、すごろく場から逃げ出してきた魔物……なんて事はないよな)

 

 常識的に考えて、旅人から強奪したものと考える方が自然だ。

 

(うん、まだすごろく場の無いジパングでいったい誰から券を奪ったのか謎だけど)

 

 きっと、考えたりツッコんじゃいけない部分なんだろう、そこは。

 

「待たせたの、これがワシのうろ覚えな世界地図じゃ」

 

「うろ覚えなのかよ」

 

「うむ」

 

「っ」

 

 弄られていた反発か、ライアスがいきなりツッコんできたので、とりあえず力強く頷いて絶句させる。

 

「まぁ、だいたいが解れば問題ない。盗賊の嬢ちゃんもタカのめを覚えたことじゃしな」

 

 いざとなれば、目的地の位置は呪文で確認して貰えばいいのだから。

 

「さて、何故地図なぞ描いたかなんじゃが、ワシはそろそろダーマ神殿を目指してみようと思っておる。前に説明したと思うので理由は省くぞ」

 

 そもそもクシナタ隊のお姉さん達へのパワーレベリングはお姉さん達を一人前のレベルまで育て上げ、転職によって次の段階へ進ませる為のものだった。

 

(まさか、こんなにあっさり目的のレベルに達せるとは思わなかったけどね)

 

 とりあえず、今は嬉しい誤算だと思っておこう。

 

「それで、本来ならすぐにでも旅立ちたいところなんじゃが、同行者を一部アリアハンへ帰らせておってな」

 

「向かうのは、その人達と合流してからと言うことですか?」

 

「正解じゃ」

 

 こちらの説明に挙手して問うた僧侶のお姉さんへ俺は首を縦に振って肯定すると、焦げたきめんどうしの杖で、地図の一点を示す。

 

「ここはバハラタ。ワシがルーラで飛んでゆける最寄りの町じゃ。そして、ダーマはだいたいこの辺りだと思われる」

 

 前回、東に直進してスルーしてしまったことを鑑みると、ダーマがあるのはもっと北東だったとしか考えられない。ならば、想定ルートは二つ。

 

「それで、バハラタからダーマ神殿があると思われる地点まで歩くということになるかの」

 

 これが一つめ。

 

(いっそのことここから海を渡って目指すのも一つの手ではあるんだけど)

 

 二つめは海を渡る手段が必要になる。

 

(大王イカみたいな大物にモシャスすれば何人か乗せて運ぶのは出来るんだよなぁ)

 

 スレッジは魔法使いというふれこみなのでモシャスで魔物に変身しても問題はない、問題はないのだが。

 

(いか と おねえさん の くみあわせ って どう かんがえて も じらい じゃ ないですか)

 

 胴のぬめりで滑って海に落ちたクシナタ隊のお姉さんを触手で絡め取る巨大イカ姿の俺。どう考えても人命救助の筈なのに第三者から見たら襲っているようにしか見えないんじゃなかろうか。

 

(これ以上風評被害にあってたまるものか)

 

 李下に冠を正さず、である。

 

「この地図からすると相当距離はありそうね」

 

「まぁ、の。それがネックでもあるがのぅ」

 

 ダーマに向かっている途中でシャルロットの風邪が完治することも考えられる。

 

(それが一番不味いんだよなぁ、バハラタ出てからダーマに着くまでルーラで合流出来るような場所はないし)

 

 聖水で魔物除けし、馬に乗って行軍速度を稼ぐと言う方法もバハラタ側は殆どが森林だから難しい。

 

(ここまで育ってるんだから、クシナタ隊の人達にダーマ神殿探索は任せて俺だけルーラでアリアハンに戻るって手もあるにはあるけど)

 

 それは最後の手段にしておきたい。第一、シャルロットの具合だってまだ解らないのだ。

 

(あの元駆け出し三人組が戻ってきてからだよな)

 

 そして、今度こそダーマへ。

 

「何にしても追加報告をまってじゃな」

 

 俺は少しもどかしい気持ちで空を見上げた。ルーラの移動時間やその他諸々を考慮すると、三人の帰還は早くても明日か。

 

「もうかりまっかぁぁぁぁぁ」

 

「ぬおっ?!」

 

 自分の思考に沈んでいた俺は、突如声を張り上げた商人のお姉さんに驚き。

 

「ここは武器と防具の――」

 

「え、えーと……それじゃ」

 

「……あんなの、なんじゃな」

 

 呼んでしまった手前、買い物するお姉さんを呆然と見つめたまま、ボソッと呟いた。

 

 




イカは駄目ですよね、ビジュアル的に。

そんな訳で、無難なルートへ。

次回、第九十八話「再会と出発」


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第九十八話「再会と出発」

 

「うーむ。何というか、これは予定を変更してアリアハンに戻るべきかもしれんのぅ」

 

 いきなりこんな前言撤回をしたのには、理由がある。商人のお姉さんの精神力が尽きたのだ。

 

「あぅ……すみません」

 

「いやいや、ワシの想定が甘かっただけじゃ、気にせんでいい」

 

 恐縮するお姉さんに袖振って謝罪に及ばないと告げつつ、頭ではこの後のことを考える。

 

(宿屋かぁ。海を渡って向こう側にはあるけど)

 

 船のない俺達がそこに至るには、没にしたモシャスで魔物に変身して渡る案を使うしかない。

 

(やっぱり没だな、イカは)

 

 となると、残された選択肢はルーラで町か城に飛んでそこに宿泊するかこのままこのジパングで帰ってくる元駆け出し三人組を待つかになる訳だが、ジパングを動いては三人組と合流出来なくなる可能性がある。

 

(そもそもこうなることは少し考えればわかったじゃないか、俺)

 

 殆ど俺がドラゴラムで竜になって敵を焼き尽くしていたので表面化しなかったが、クシナタ隊のお姉さん達の精神力は僧侶や魔法使いのお姉さんまで尽きかけの状態だったのだ。

 

(合流を待ってバハラタへルーラ、バハラタで一泊するのが一番ロスのない方法だろうけど)

 

 こうなってしまうと、アリアハンも気になってくる。

 

(あっちは完全な私情になっちゃうからなぁ)

 

 シャルロットの様子が気にはなるが、これについてはあの三人組にも報告を依頼してあった。

 

(それに今の俺はスレッジだし)

 

 第一、師匠である盗賊の方ならともかく、その知人とはいえ魔法使いのスレッジがシャルロットを気にかける理由もないのだ。

 

「さて、どちらにしてもここからは移動した方がいいじゃろう」

 

「確かにそうね」

 

「ですね」

 

「うむ、ではゆくとしようかの」

 

 だから俺はごく常識的な提案をしてクシナタ隊のお姉さん達の同意を得ると、ジパングへ向けて歩き出した。

 

(ジパングに着けば食料や水ぐらいは手にはいるだろうし)

 

 元駆け出しの三名が戻ってきた時、ジパングの入り口に居ればすぐ気づけるとも思う。もちろん、ライアスにはジパングの中に居て貰うつもりだけれど。

 

「もう過ちを繰り返す訳にはゆかんからのぅ」

 

 ライアスが何か言いたげなら、そう言うつもりだったが、「爺さん、空から女の子が」事件で流石に懲りたらしい。

 

「おぅ、じゃあ俺は中にいるな」

 

「うむ、出発の時は呼んでも良いがお前さんはどうするかの?」

 

 到着するなり断りを入れてから去って行こうとする背に問いかけると、ライアスは返した。

 

「だったら呼んでくれ」

 

 と。

 

「爺さんの呪文見てたらまともに魔物と切り結ぶのが馬鹿らしくなっちまってな」

 

「成る程のぉ」

 

 レベル的に転職は可能だから魔法使いになるつもりなのだろう。

 

(ゲームだと男は誰でも老人になったけど、こっちはどうなんだろ)

 

 俺自身が転職するつもりはないが、気になるところだった。

 

(そう言う意味では、丁度いいかもしれないよな)

 

 自分から転職するつもりなら参考にさせて貰おう。

 

「一応言っておくが、ワシの様な使い手になりたければさっきのあれが生ぬるい程の修練が必要じゃぞ?」

 

 ただし、勘違いされてもあれなのでしっかり警告はしておく。

 

(玉手箱よろしく一瞬で爺さんになってしまうとしたら、代償大きすぎるもんなぁ)

 

 転職すれば元に戻れるかも知れないが、一人前の魔法使いにならなくては再転職できない。

 

 ゲームとして遊んでいた俺にとって転職はただ呪文を覚えたりする為だけのモノだったが、こちらの住人にとってはまったく別のもっと重要なモノだろう。

 

(こちらの住民、か)

 

 一瞬だけその単語に違和感を覚え、そして苦笑する。

 

(俺、戻れるんだよな?)

 

 この世界が滅んでしまっては帰還どころでないからと、シャルロットを鍛え、今はお姉さん達とついでにライアスを鍛えていたが、元の世界に戻る方法に関しては、まだ探してもいない。

 

(バラモスを倒して下の世界にいければ、ルビスと会う機会も会った気がするし)

 

 帰れる帰れないを決めるには、参考になる情報が少なすぎるというのも動かない理由にはあった。

 

(帰る、ねぇ)

 

 出会いが有れば別れは必ずやってくる。その日、俺は何とも言えない気分のまま過ごし。

 

「スレッジ殿ぉぉぉぉ」

 

「ぬっ」

 

 空から聞こえてきた声に慌てて地面を見たのは、次の日の朝方。

 

「我々三名、陛下への報告を済ませ、ここに復帰を果たしたであります」

 

「そうかの。それはご苦労さんじゃ……それで、じゃの」

 

「シャルロットさんならもう少しかかりそうだけど風邪自体は大したこと無いみたいだよっ」

 

「大事を取るとおそらく、あと二日は安静と見た」

 

 軍人口調な魔法使いのお姉さんを労いつつ、問いかけようとした俺の言葉にもう一人の女魔法使いが先回りし、最後を補足で締めくくったのは、唯一の男である老人だ。

 

「ならば、ダーマに向かう事自体は問題なさそうじゃな」

 

 方針は定まった。

 

「では、悪いが中にいるライアスを呼んできて貰えぬかの? ワシは他の皆に説明をしておかねばならんし」

 

「はっ、了解であります」

 

 俺が呼びに言ってもいいのだが、そうするとクシナタ隊のお姉さん達だけがこの場に残ることになってしまう。

 

(出かけようとするジパングの人に見つかったら面倒なことになるもんなぁ)

 

 クシナタさん以外は、もう死んだものと認識しているジパングの人々と接触させるのは不味い。

 

「……とそう言う訳で、ライアスが戻ってきたらバハラタに飛ぶのでそのつもりでの」

 

 有言実行の為にお姉さん達へ連絡しつつ、四人が帰ってくるのを俺は待ち。

 

「お待たせしたであります」

 

「うむ」

 

 声を聞くやいなや詠唱を始める。

 

「ルーラっ」

 

 慣れてきたか、もう悲鳴をあげる者も居ない。俺達の身体は、呪文の力に引っ張られ宙へと舞い上がったのだった。

 

 

 






次回、第九十九話「バハラタの」


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第九十九話「バハラタの」

 

「見えた、あそこがバハラタじゃ」

 

 距離がそれ程離れていないこともあって飛翔時間は短めだが、徐々に大きくなる町を指をさして仲間に告げるには充分すぎる。

 

「あれがバハラタでありまするか?」

 

「うむ。町の端を聖なる川が流れておってな、身を清めることが出来ると言われておるらしいの……他にも」

 

 クシナタ隊のお姉さん達にとっては初めての町だ。前回の滞在した時間は長くなかったが、俺は覚えていることをガイド宜しく解説しながら、着地の姿勢を作る。

 

「残りは後じゃ、そろそろ着くぞ。着地の姿勢を」

 

 飛び立つ時のことを鑑みれば、もう注意を促すことだって不要かも知れないが、念の為に俺は声をかけ。

 

(うん、大丈夫そうだな)

 

 ついでに周囲を見回して密かに安堵する。女性比率が多いと意図しない事故が起きた時、社会的に殺されかねないのはここ二日のライアスを見れば明らかだ。

 

(まぁ、スレッジに関しては遅すぎる気もするけど)

 

 シャルロットの前へクシナタ隊のお姉さんと一緒に降り立ったことは忘れていない。

 

(あれはわざとだからなぁ)

 

 説明したからこそクシナタ隊のお姉さん達が俺を白眼視することはないが、理由がなかったりライアスのような第三者が居て弁解出来ない状況では話が異なってくる。

 

「ほっ……さて、皆大丈夫かの?」

 

 スタンッと軽快に着地を決めた俺は、即座に周囲を見回し確認を取った。

 

「特にライアス」

 

「名指しだと?!」

 

「当然じゃろ、お前さんには前科があるからの」

 

 約一名驚いているようだったが、むしろ何故驚くかが謎である。

 

「うぐぐ」

 

「まぁ、何事もなしなら重畳というもの。流石に消耗しておるじゃろうし、既に言ってある通り今日はここで宿をとる」

 

 夕食の時間までは自由行動と説明し、隊を幾つかの班に分け、何人かにお小遣いとしてゴールドも手渡す。

 

(何というか修学旅行みたいだよなぁ)

 

 シャルロット達の時のお忍び休暇と比べると人数も多いのだ。グループ分けは必須だったと思うのだが、謎のデジャヴを感じてしまう、ただ。

 

「行きましょう、ライアス様」

 

「お、おぅ」

 

 班の一つにライアスが誘われて行動を共にするとは思わなかった。両手に花というかどう見ても「ハーレムパーティー」とか言われるモノだった。

 

(ハゲればいいのに)

 

 班員にライアスの上に落ちてきてしまった娘さんが居たので、それが理由なのだろうが、ここは万国共通であろうお約束に従い、一応呪詛を放っておく。

 

「はぁ……」

 

 ちなみに俺は一人だ。誘ってくれる班は幾つかあったのだが、どれかに加わると他から不満が出そうと言うのもあってこうなった。

 

(まぁ、それは表向きの事情なんだけどね)

 

 ゲームではこの町の娘さんが悪人に掠われるというイベントがあったのだ。そんな町にクシナタ隊のお姉さん達が訪れたらどうなるか。

 

(人攫いなら「カモが集団でやって来た」とでも思うんだろうなぁ、普通は)

 

 ライアスのついてる班は心配ないと思うが、他の班は万が一の事態があるかも知れない。よって、何かあった時の動きやすさを考えたのがこの状態なのだ。

 

(ぼっちじゃない、俺はぼっちじゃない、ぼっちじゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない)

 

 口に出したら不審者なので、心の中で繰り返しながら教会を囲む塀を背に俺は佇む。

 

(ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない)

 

 繰り返している内に悲しくなってきたのはきっと気のせいだと思う。

 

(ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、俺じゃないぼっちは、俺はぼっちじゃない、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、あれはポチじゃないお隣のペスだ、ぼっちは俺じゃない、ぼっちは俺じゃない、俺じゃないぼっちは、ぽっちじゃない俺は俺じゃない、そうだ、俺は――俺がぽっちだっ!)

 

 気がつけば、俺は両手を握りしめ目を見開いていた。

 

「そう、俺がぽっち――って、誰がぽっ」

 

 思わず素になりつつ、自分にツッコミを入れようとした時、だった。

 

「うおわっ」

 

 鎧甲冑に身を包んだ男がひっくり返ったのは。

 

「ぬ」

 

「痛てて……」

 

 普通、こういう時ラブコメなんかだと可愛い女の子と出会うパターンだと思うのだが、現実は非情すぎた。

 

(えーと)

 

 俺が遭遇したのは、動く甲冑のモンスター、さまようよろいを彷彿とさせる甲冑の男。

 

(何で俺だけこういう展開なんですか、やだーっ)

 

 だからと言って、これでこの男が「何ぼーっと見てんのよ、手くらい貸しなさいよね、ばかっ」とかバイザーから微かに見える顔を赤らめさせて言ってきたら俺はきっと殺人事件を起こす自信がある。

 

(と言うか、あれだよな。このさまようよろいの色違い……どう考えても)

 

 うろ覚えの原作知識でもはっきりと覚えている、この町で誘拐事件を働いた男の部下でおそらく間違いはない。

 

(けど、このタイミングで誘拐って言うのも謎だよな)

 

 目の前の鎧甲冑を率いている男カンダタは、ロマリアで金の冠を盗み、勇者達に懲らしめられるまでは別の場所で悪事を働いているはずなのだ。

 

(ひょっとして……いや、こいつを捕まえて吐かせた方が早いか)

 

 想定外の展開であるが、見つけてしまった以上、放置は出来ない。

 

「ひょひょひょ、不幸な奴じゃ。まぁ、これも運命と諦めるのじゃな」

 

 ついでに言うなら、行き場のなくなっていたフラストレーションをぶつける相手がお越しくださったのだ。丁重に歓迎しなくては沽券に関わるというモノでもある。

 

「んだぁ、この爺? 何とぼけたこと言ってやがる? 俺を驚かしておいて、ただで済むとは思うなよ?」

 

 眼前の男は、いきり立っているようだったが、知らないというは不幸かそれとも知らぬが仏なのか。

 

(うーむ、こいつのHPってどれぐらいだったかなぁ? オーバーキルしちゃ不味いし。うん、まずラリホーかな?)

 

 迷ったあげく、俺は密かにラリホーの詠唱を始めるのだった。

 




カンダタこぶんA、詰む。

次回、第百話「蟷螂の斧」

老人は労わりましょう



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第百話「蟷螂の斧」

 

「おらぁっ」

 

 たぶんこちらを侮っていたのだろう。鞘に収めていた剣こそ抜いては居たが、剣の間合いより内まで近寄ってきた甲冑男の繰り出してきたのは、ただの蹴り。

 

「おっとっと」

 

「なっ」

 

「か弱い老人に何をするんじゃ、ラリホーっ!」

 

 あっさり回避して驚き目を見張るカンダタこぶん(推定)に完成した呪文を放ちつつ、拳を握り込む。

 

(効けばいいけど)

 

 駄目ならこのままボディーへ一撃見舞うだけだが、会心の一撃というまぐれ当たりがあるのだ。

 

「うぐっ、呪文だと、くっ」

 

 期待を込めて様子を見つめる中、甲冑男は兜越しに額へ手を当て呪文で生じた睡魔に抵抗を見せ。

 

「くぅっ、舐めるな」

 

 ブンブンと激しく頭を振って呪文に打ち勝った。

 

「ぬぅっ」

 

「はっ、どうだ爺!」

 

 唸る俺と勝ち誇る甲冑男。こちらとしては、残念だったが、やむを得ない。

 

「さっきのふざけた態度はこべばっ」

 

 きっと、こちらの自信の理由はあのラリホーだとか効かなかったがどうするんだ、とかそんなことを言うつもりだったのでは無いかと思う。

 

「はぁ、とりあえずクリティカルヒット的な何かでは無いと思うんじゃが」

 

 まだ息のあることを願いつつ、俺は身体を奇妙な方向に折り曲げて吹っ飛んだカンダタこぶん(推定)へ向けて歩き出した。ただ、この時忘れていたのだ。

 

「おーい、生きとるかの?」

 

「がっ、がはっ、ぐふっ、て、てめぇ……武闘家かぁ、だましやがって」

 

「何をおかしな事を、武闘家が呪文を――あ」

 

 気づいたのは、まさに殴られた場所をおさえたまま蹲る甲冑男に言い返そうとした、時だ。

 

(ラリホーは僧侶の覚える呪文、魔法使いの格好をした俺が使えば非難も当然……って、そうじゃなくて!)

 

 なるべく殺さず無力化しようとして、魔法使いなら使えるはずのない呪文を使ってしまった。まさに大失態である。

 

(どうしよう、この格好で僧侶は嘘くさいし、シャルロットの時みたいにアイテムを使ったで誤魔化すのもなぁ)

 

 人攫いに誰でも使えるラリホーと同効果の杖があるなんて情報を与えられるはずがない。

 

(あんなえげつない呪文がホイホイ使われるとか、冗談じゃない)

 

 この町で抵抗出来なくなったシャルロットを縛り上げたのは俺だ。

 

(とは言え、このままにし)

 

 視界の端に銀色の輝きが映ったのはそのときだった。

 

「っ」

 

「うぐっ、ちっ」

 

 呻きつつも舌打ちをしたのは、剣を横薙ぎにした甲冑男。

 

(あぁ、びっくりした)

 

 一撃見舞ったとはいえ、俺も相手を見くびりすぎていたらしい。

 

(そもそも完全に無力化してないのに他のことを考えるとか、油断もいいところだよな)

 

 俺はいったん問題を先送りし、尻餅をついたままの様な姿勢の敵に詫びる。

 

「すまんのぅ、少々侮りすぎたようじゃ」

 

 事後処理は後に。

 

(まずは戦闘を終わらせないと)

 

 決意し、突き出したのは片方の腕。

 

「ここからは本気で相手をさせて貰おう」

 

「は、本気?」

 

「……メラゾーマっ」

 

 オウム返しに問う甲冑男を無視し、何も居ない町の外目掛けて呪文を放つ。

 

「なっ……て、何だ、外れじゃ」

 

「当然じゃろう、肩慣らしじゃからな」

 

 見当違いの方向に飛んだ火球を嘲笑おうとした甲冑男の言葉へ被せるように俺が言った、直後に火球は着弾して爆ぜた。

 

「……かた、ならし?」

 

「うむ、塀やら植わっている木を巻き込まんようにする為にちいっとばかり爆発の範囲をな」

 

 爆音に後方を振り返り、固まっていた男が漏らした声に頷いてやると、腕を今度は甲冑男に向けたままで振り向くのを待つ。

 

「いやー、町を壊して文句を言われるかもしれんからのぅ、派手な攻撃呪文は避けようと思っておったんじゃが、仕方ない。最初のアレで寝ておいてくれれば痛い思いだってせずに済んだかもしれんのじゃがのぅ」

 

 もちろん、黙っていた訳ではなく、遠回しに恫喝しながら。

 

「あ……う、あ……」

 

「ところで、お前さんを驚かせるとただでは済まぬのじゃろう? なら、さっきの呪文ぐらいぶちかませば勘弁して貰えるのかのぅ?」

 

 当然の如くブラフだが、これで戦意を喪失してくれればこっちとしてもありがたい。

 

(メラゾーマは早まったかも知れないけど、カンダタがロマリア方面に居るはずなのに、子分がこんな所に居るってのも変だし)

 

 この甲冑男には色々と聞いておくことがありそうだ。

 

「返事がまだなんじゃが?」

 

「ひっ、すみませんでしたぁぁぁっ! 許します、許させて下さいいっ」

 

 催促してやると、男はあっさり降伏し。

 

「では、今度はこちらの番じゃな。お前さんは何処の誰で何をしておった?」

 

 事情を知らなければ、知りようもないことから俺は質問を始めたのだった。

 




カンダタこぶん:HP120

力カンストの武闘家なら素手一撃でしとめられるレベル。


次回、第百一話「尋問」



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第百一話「尋問」

 

「成る程のぅ、ただのごろつきじゃったか」

 

「は、はいぃ」

 

 最初に絡んできた時とは雲泥の差で、甲冑男は俺の質問に答える。

 

(本当に何も知らなかったら、きっと鵜呑みにしていただろうなぁ)

 

 原作知識があるからこそ目の前の男がカンダタ一味であること、つまり男が嘘をついていると解るが予め知っていなかったらどんなことになったやら。

 

「ふむ、ならば仕方ないの。天と地をあまねく精霊達よ……」

 

 少しだけ考え込むふりをしてから俺はことさらゆっくり片腕を甲冑男に向け、呪文の詠唱を始めた。

 

「な」

 

「嘘をついたら罰が要るじゃろ? 易々騙されると思うてか! ふんっ!」

 

 驚きと恐怖で顔を強ばらせた男に一喝し、脱いで脇に置かせておいた男の兜を力任せに踏みつけ、粉砕する。

 

「ひえええっ」

 

「次に嘘をついたら、おぬしの四肢の何処かを踏む。まぁ、か弱い老人がちょっと踏むだけじゃ、大したことにはならんじゃろうがのぅ」

 

 忠告しつつ、俺はゆっくりと甲冑男へ近づいて。

 

「スレ様、何事でございまするか?」

 

「む」

 

 何処かからクシナタさんの声が聞こえてきたのは、そんな尋問中のことだった。

 

「言っておくが、あの声の主はおぬしより強いぞ? よからぬ事は考えんことじゃ」

 

 やって来た女性を人質に逃げようとするなんてお約束パターンを甲冑男が踏み抜きそうな気がして、釘を刺し。

 

(うーむ、まぁメラゾーマなんてぶっ放せば、気づくよなぁ)

 

 こちらにやって来るのが事情を知っているクシナタさんだったこともあって、俺は放り投げた。このカンダタ子分の処遇を一人で決めることを。

 

「……と言う訳で、不審者を見つけたワシは色々問いただしておったんじゃが、こやつが嘘をつきおってな」

 

「うぐっ……す、すみませんでしたぁ! どっ、どうぞお許しをぉぉぉっ」

 

「と、謝られてる訳じゃよ」

 

 殴られたところが痛むのか、時々呻き声を上げつつも必死に土下座する甲冑男を横目にクシナタさんへこれまでの経緯を説明し、肩をすくめる。

 

(お忍びでもシャルロットがここを訪れたからイベントフラグが立ったとか?)

 

 あるいは原作に出てこなかっただけで前々から悪事を続けていたのか。

 

(俺の考えすぎならいいけど)

 

 こんな所を悪党がうろついていた理由については確認しないといけない。

 

「ところでスレ様、この者がついた嘘というのは何でございましょう?」

 

「おお、言っておらんかったのぅ……少々こっちに来て貰えぬかの?」

 

 一匹いれば三十匹ではないが、他にも様子を伺っているカンダタの部下が居る可能性がある。

 

「は、はい」

 

 手招きに重要な話があると思ったのか、少し顔を強ばらせ急いで寄ってきたクシナタさんの耳に俺は囁く。

 

「こいつはカンダタの手下だ」

 

 と。

 

「っ」

 

 うろ覚えの原作知識はクシナタさんを始めとする隊のお姉さん達にも話してある。当然、この甲冑男の親分のこともだ。だからこそ、俺の発言にクシナタさんも息を呑んだのだろう。

 

(もし俺が気づかなかっただけで、被害者が出続けてたなら、これは俺の失態だ)

 

 サマンオサとジパングの被害を減らせたことでもう安心だと思っていた。だが、思い違いだったかも知れないのだ。

 

(カンダタはバラモスの部下じゃない、人間の犯罪者だ)

 

 だが、だからといって、犠牲を出すなら放置なんて出来るはずがない。

 

(金の王冠を盗んだだけなら、窃盗だけなら放置しても良いかとも思ったけど)

 

 人攫いとなると話は別だ。

 

「さてと、待たせたの。内緒話は終わりじゃ、では知っていることを、全て正直に話して貰えるかのぅ?」

 

「はっ、はひっ、な、なん、ぐぅ……何なりと」

 

 すごみをきかせて睨むと、甲冑男は再び呻きつつも叩頭し。

 

「いちいち呻かれては聞きづらいの。すまんが薬草を買いに行って貰えんかのぅ?」

 

 ラリホーを使ってしまった時点で今更な気もするが、回復呪文でこの男を癒す気にもなれず、俺は男から視線を外さぬまま、クシナタさんに買い物を頼む。

 

「わかりました、行ってきまする」

 

 そう、応じてくれたクシナタさんは気づいただろうか。

 

(男しか居ない犯罪者達が若い女性を掠う、となるとなぁ)

 

 女性にはとても聞かせられないような話が飛び出してくる可能性がある。ぶっちゃけ、胸糞悪くなるような話が飛び出してきそうで、俺も出来れば聞きたくないのだが、それでも聞かなくてはいけない。

 

(俺のせい、だもんな)

 

 やまたのおろちによる犠牲は止めなければいけなかった。だが、おろちに生け贄を止めさせて安心した俺は、ここでこの甲冑男と遭遇しなければ、カンダタ一味がこの町で悪事を働き続けていることにも気づかずに居た筈だ。

 

(ダーマに着いたら、一部の人が転職して再びジパングに……シャルロットの風邪が治ったとして、ロマリア、カザーブ、ノアニール、アッサラーム……イシスをスルーしたとしてもバハラタに再び訪れるのは――)

 

 どれだけ先のことになることか。この間、犯罪者達が野放しになっていたかも知れないとすると、ぞっとする。

 

(悔やむのは後だ、現状を確認して、一人でも助けられるようなら助けないと)

 

 そもそも、今の内に聞いておかねば、クシナタさんをお使いに行かせた意味がない。

 

「単刀直入に問おう、この町で何をした?」

 

 おそらく後悔するだろうなと思いつつも、こうして俺はパンドラの箱に手をかけたのだった。

 




その先に待つのは、救いか奈落か。

次回、第百二話「せめてもの」


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第百二話「せめてもの」

「……ほう」

 

 聞いて良い気分にならないことぐらい、覚悟していた。

 

「アッサラーム、のぅ」

 

 地理的にはこのバハラタからあまり離れていない、その町はまだ俺が一度も足を運んだことのない場所だが、原作知識というモノからある程度の情報は知っていた。

 

「確かベリーダンスで有名な町じゃったか」

 

「はっ、はいぃ。あの町にはそう言う店も多くて、売ればいい金に――」

 

 こちらが商品に興味を示すと値段をふっかけてくる怪しい商人の方がインパクトは強いが、ぱふぱふをしないかと持ちかけてくるお姉さんが居たりする町であることも鑑みると、そのテの店があっても不思議はない。

 

(と言うか、あってしかるべきだよな。ゲームの時は容量の関係で削られていたんだろうけど、あっちの世界ではそう言う店ってたいてい何処にでもあった気がするし)

 

 バニーさんもそんな店で働かざるを得なくなるところだと言っていたからアリアハンに存在するのは確定で、このバハラタにだって探せばあるとは思う。

 

(で、地元で売れば足が付くから隣の町へか)

 

 アッサラームまで行く為の抜け道が解放されていない今、どうやってあちらに行くかは謎だが、おそらく独自のルートを持っているのだろう。

 

(そうじゃなきゃロマリアに金の王冠を盗みに行く事なんて出来ないもんな)

 

 ともあれ、カンダタ一味が女性を掠って売り飛ばしているという事だけは判明した。

 

「で、売り物になるから女には手を付けて居ない、じゃったな」

 

「そ、その通りですぅ、はいぃ」

 

 せめてもの救いは、売られてしまうまでは手荒な扱いをされないと言うこと。

 

(シャルロットや俺がここに来る前から人攫いしていた、か)

 

 確かに、これから向かおうと思っている一味のアジトには牢が複数あった。

 

(そりゃ「イベントの為に牢を作りました」なんてことはないもんな)

 

 ゲーム状では掠われたこの町の黒胡椒屋の孫娘とその娘を助けようとした恋人だったか婚約者だったかが入れられる檻だが、何故アジトに牢があったかは想像がつく。

 

「最初に人身売買用目的があって牢屋つきのアジトを構え、人を掠っていた。黒胡椒屋の孫娘を掠ったのはたまたま」

 

 だいたいそんな感じで、原作にてカンダタ一味のアジトが勇者一行に踏み込まれたのは、手に入れてくるよう言われた黒胡椒売りの孫娘を掠ってしまったという偶然によるものだったと思われる。

 

「で、掠った娘達はまだアジトなのじゃな?」

 

「はいぃ」

 

 甲冑男によると信用の問題で、娘達を引き渡す時も商談もカンダタ自身が行っていたらしい。つまり、今急襲すれば、少なくとも売られる前の娘さん達に限っては助け出せると言うことだが。

 

(何で気づかなかった、町の人口が広さに矛盾しないように増えたなら犠牲者も比例して増えておかしくないのに)

 

 アジトに現在居るであろう女性だけでも既に十人を超えていると甲冑男は白状した。

 

「むぅ」

 

 助けに行くことだけなら既にこの時、俺の心の中では決まっていた。

 

(問題はこの男の処遇と、隊の皆をどうするかかな)

 

 女性を掠って売り飛ばす様な輩だ、情けをかけるつもりなどサラサラ無いが、ここで俺が消し炭に変えてもそれはただの八つ当たりでしかない。

 

(町の有力者に突き出して、裁いて貰うってところだろうなぁ、妥当なのは。実はカンダタがこの町に多大な影響力を持っていて、突き出したところで即解放されると言うパターンもあるかもしれないけど)

 

 それはそれで構わない。

 

(町の人が裁けないって言うならこっちにだってやり用はあるし、残りの一味の処遇を町の人に任せていいかの試金石にもなるもんな)

 

 預けた甲冑男は、訳を話して盗賊のお姉さんに見張っていて貰えばいいだろう。その間に俺はアジトを襲撃して、掠われた女性達を助け出す。

 

(ついでに既に売られた女性の売却先も聞き出して)

 

 アジトの金品は根こそぎ強奪、売却して女性の売られた先が第三者なら買い戻しに使う。掠われてきた女性だと知って買った確信犯なら、『盗賊』の襲撃にあったって誰も心を痛めないだろう、善良な人は。

 

「……はぁはぁ、スレ様ぁ! 薬草でございまする」

 

「おぉ、走って来んでも良いのに、悪いのぅ。さて……」

 

 色々考えている間にクシナタさんが戻ってきて、俺は差し出された薬草を受け取ると甲冑男の足下に放った。

 

「使うが良かろう。正直に話した褒美じゃ。ただし、人攫いをするような悪人は看過出来ぬ、おぬしの身柄はこの町の有力者に引き渡させて貰うがのぅ」

 

「あ、ありがとうございますぅぅ」

 

 メラゾーマの脅しがよっぽど堪えたのか、甲冑男はペコペコ頭を下げ。

 

「礼は要らん、か弱い老人ではその身体を引き摺って行くのも辛いというだけじゃ。さて、薬草を使ったならもういいじゃろう。武器と盾は預からせてもらうぞ」

 

 俺は丸腰になった男に立って歩くよう命じると、後ろに続く。

 

(鎧も回収して売りたいところだけど、それやっちゃうと見分けつかなくなるもんなぁ)

 

 ロープで縛ったりしないのは、逃げたら今度こそ呪文で消し飛ばしてやればいいかのなどと独り言を呟いてみたので甲冑男にも察して貰えたと思う。

 

「あれ? スレ様と隊長じゃないですか。その人は?」

 

「ああ、人攫いじゃよ。女性を掠って売り飛ばすタチの悪い犯罪組織の一員らしくてのぅ、これから突き出してくるところじゃ……ところで、自由時間は楽しんでおるかの?」

 

 偶然再開したクシナタ隊のお姉さんに軽く状況を説明し、世間話のふりをしながら俺はお姉さんへ徐に近づく。

 

「ここから話す内容は周囲に漏らせぬものじゃ、のでお前さんにはこの爺が猥談を耳元で吹き込んだとかそう言う反応の対応をしつつ聞いて貰いたい」

 

 最初に耳元で囁いたのは、そんなお願い。続いてこれから掠われた女性を助けに向かうことと、盗賊のお姉さんにこの甲冑男がどう裁かれるのかを見届けて欲しいことを伝える。

 

「ワシ一人では掠われた女性のケアは難しいのでの。念のため何人か僧侶も着いてきて貰えるとありがたい」

 

 もちろんまだ呪文が使える人員限定でだが。

 

「ただ、この町を一味の者が監視してる可能性もあるのでの、連れて行くのは、一班分の人数だけじゃ」

 

 俺はそこまで告げると、にやけきった顔で少し大きめの声を出す。

 

「ほっほっほ、なぁにを驚いておるのじゃ。まだまだここからじゃぞ? そしてその酔った女子はどうしたと思う? 実はのぅ――」

 

 一瞬驚いてしまったお姉さんの表情を誤魔化す為の台詞回しと、再び囁きモードに入る為の前振りだ。

 

「スレ様?」

 

「なんじゃ、お前さんも聞きたいのかぉ? よいよい、こっちに来い」

 

 事情を知らないクシナタさんが怪訝そうな顔をしたので、手招きして同じ説明をする。

 

「そんな、駄目でございまする……ほ、本当にその様な……あっ」

 

「あ、あの俺にも」

 

 クシナタさんへの説明中、寄ってきた甲冑男は手加減して尻を蹴り飛ばしておいたが、当然の処置である。

 

(と言うか、クシナタさん演技上手すぎ)

 

 何度か耳元で囁いたところ、顔は真っ赤になるわ挙動不審になるわで、甲冑男が思わずふざけた申し出をしてきたのもクシナタさんのリアクションによるところが大きい。

 

(これで二人が他のみんなに説明してくれれば、準備は完了かぁ)

 

 一応集合場所もきっちり伝えておいた。あとは甲冑男を突き出して待ち合わせ場所に向かうだけだ。

 

(ダーマ到達が遅れてもいい、これだけは)

 

 ぐっと拳を握りしめ、見上げた先にあったのは、立派な屋敷。この町の有力者のモノだった。

 

 




スレッジ爺さんの猥談?

書きませんよ、そんなもの。たぶんR18になっちゃいますし。

次回、第百三話「断罪時間へと」


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第百三話「断罪時間へと」

 

「さて、そろそろ宿に戻るかのぅ」

 

 甲冑男を突き出して一人になった俺は、ポツリと呟くとのんびりとした足取りで歩き出す。

 

(一味の一人を突き出した後だもんな)

 

 こちらの存在に気づいてあの男の仲間が密かに監視するという可能性は否めない。

 

(そう言う意味でこっちの格好だったというのは良かったと思うべきかもなぁ)

 

 俺が宿に向かっている理由なんて何のことはない、着替える為である。

 

(警戒されてたとしても魔法使いのスレッジに対しての筈)

 

 だったら、宿屋でシャルロットのお師匠様と交代してしまえばいいという寸法である。ちなみに、クシナタさん達に告げておいた待ち合わせ場所も宿屋なので、同行する皆にもここで着替えて貰う予定だったりする。

 

(同行しないみんなが自由時間を楽しんでれば目くらましにだってなるはず)

 

 シャルロットの師匠たる盗賊の俺はたまたまバハラタを訪れていて、この後ダーマへ向かうと言う名目で町を出るつもりだ。

 

「しっかし、この年じゃと観光も疲れるわい。もう少し若ければちょっと羽目を外したぐらいではここまで疲れん筈だったのじゃがなぁ」

 

 宿に戻るには早い時間だが、一応でっち上げの理由も考えてある。

 

「とは言え長生きはするもんじゃわい。この後はあの二人と……ウヒョヒョヒョ」

 

 猥談に見せかけた内密の話も、宿に引っ込む理由作りの一つ。

 

(クシナタさん達にまで風評被害が及びそうだけど、まぁそこは後で俺がスレッジの姿でボコボコにされれば問題ない……かな)

 

 エロ爺が一人で良からぬ事を企んでちょっかいをかけようとした二人にお仕置きされると言う図式にしておけば、泥をかぶるのはきっと俺だけで済む。

 

(うん、スレッジ爺さんの扱いが酷いことになってる自覚はあるけどね)

 

 エロ爺の何と便利なことか。漫画とかでエロいお爺さんキャラがちょくちょく出てくる理由をここに見たような気がした。

 

(けどなぁ、何というか……)

 

 演じつつもエロ爺の演技が板に付いてきたような気がするところは、何とも悲しくて。

 

「さて、と……たしか、宿屋は……おぉ、あった、あそこじゃあそこ……ムフフ、待っておれよワシのパラダイスっ」

 

 何でこんな事をしなきゃならないんだという気もしたが、表向きはただはしゃぎながら宿に駆け込む老人を演じる。

 

(演技だって知らなきゃクシナタ隊のお姉さん達だってドン引きだろうなぁ)

 

 心の中では何とも言えない気持ちになりながら、俺は宿のカウンターへ近寄った。

 

「ヒョヒョヒョ、ちょっと良いかの? 宿泊したいんじゃが、三人部屋は空いておるかの?」

 

 やるのなら、徹底的に。

 

(流石にここまでやれば、俺がこの足でアジトに突っ込むなんて思わないだろう)

 

 社会的に死にかねない危険を冒してまでのカモフラージュだ、見破られたら、たぶん泣く。

 

「スレ様、クシナタでする」

 

「おおっ、早かったのぅ。鍵は開いておるぞ。ささ、来るがええ」

 

 他のお姉さん達に連絡してきたのだろう、俺のチェックインに少し遅れてやって来たクシナタさんへドア越しに俺は答え。

 

「スレ様、その、これは……」

 

「ほっほっほ、決まっておるじゃろう。さっきの続きじゃよ」

 

 少し困惑しつつ入ってきたクシナタさんの前で、内緒話をする時のようにくちに手を添える。

 

(もし盗み聞きしてたとしてもあの猥談の演技も見てたなら)

 

 続きの意味も違ってくる。

 

「……と言う訳でのぅ、念には念を入れようとした訳じゃ」

 

 二人に妙な噂が立たないように最終的には俺が衆人の目の中で仕置きされる予定であることまで語り、改めて協力を申し込む。

 

「その際、結局何も出来なかったことをワシが見苦しくわめき立てれば、貞操の面で疑われることも有るまい」

 

 社会的にはスレッジ終了のお知らせだが、掠われた娘さん達に比べたらどうと言うこともない。

 

(まして素顔じゃなくて仮の姿の一つだしなぁ)

 

 スレッジのことを好意的な目で見ようとしてくれたシャルロットやスレッジが自分を悪者にすることで他者を守ろうとしたことを知っているバニーさんのことを考えると少しだけ、躊躇う気持ちが生まれたが、あちらはあとで説明すれば解って貰えると思う。

 

(今は準備を整えて、掠われた人を助けることだけ考えよう)

 

 着替える為という理由を省いて外に漏れそうな声で「服を脱ぐのじゃ」と言ったり「ならばワシから脱ぐとするかのぅ」とか言いながら魔法使いの爺さんを演じる為に着ていたフード付きの上着を脱ぎ捨てたりしながらだと緊張感に欠けるかも知れないが、演技の方は上出来だったのだと思う。

 

「スレ様、隊長! 混ぜて下さ……自重して下さい。楽しむのはいいですが、外に声が漏」

 

「ぬ?」

 

「え?」

 

 次にやってきたお姉さんは勘違いしていたのか、明らかに顔を赤くしていたのだから。

 

(うーん、ちょっと気が高ぶりすぎてるのかなぁ)

 

 何だか酷い幻聴が聞こえた気がして俺は額に手を当てた。

 

(あの女戦士みたいな人がそうそう何人も居るとは思いがたいし)

 

 と言うか、幻聴じゃないと俺が悪者になってもフォロー出来ないので、きっと幻聴だろう。

 

「うーむ、ちょっとやりすぎたかもしれんのぅ」

 

 そう反省した態を繕いつつも、ここでネタ晴らししたら、付き合ってくれたクシナタさんに申し訳ないし、偽装をしていた意味がない。

 

「……という訳なんじゃが」

 

「――っ」

 

 耳元でこっそり理由を説明したら、勘違いしていたお姉さんは枕に顔を埋めて足をばたつかせ、身もだえし。

 

「スレ様、何て破廉」

 

「ぬ?」

 

 そこに現れる三人目。

 

「さて、行くか」

 

「「はい」」

 

 目的を果たすまでネタ晴らしする訳にもいかず、変装を済ませた二人目と三人目のお姉さんは、宿を出る時も顔は真っ赤だった。

 

(くそっ、カンダタとその一味め。お姉さん達に何という辱めを)

 

 いつもの盗賊スタイルに戻った俺は、拳を握りしめると断罪への決意も露わに宿を後にしたのだった。

 

 




実はクシナタ隊にはセクシーギャルが一人以上混じってます。(ネタバレ)

人数と職業は秘密ですが。

次回、第百四話「魔獣の爪を血に染めて」

鳴るか、処刑用BGM?


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第百四話「魔獣の爪を血に染めて」

 

「邪魔だっ」

 

「ギャァァ」

 

 横に薙いだまじゅうのつめは、水でも切ったかのように殆ど抵抗なく青色をしたおおありくいもどきを両断する。

 

(何て名前だったかな、この魔物)

 

 ゲームだとおおありくいのグラフィックを使い回ししていると思われる姿なのだが、生憎と名前の方は記憶になく。

 

「とりあえず、解ったのは、鉄の槍を持ってることぐらいか」

 

 戦利品を弄びつつ、ちらりと俺は後方を見た。

 

「誰か、使うか?」

 

 刃で出来た羽根をもつ穂先から石突まで完全に鉄で出来た槍は結構な重量があるが、割と多くの職業で装備出来る武器だった気がする。

 

(俺には装備出来ないみたいだけど)

 

 必要ないなら売ってしまえばいいが、こうして魔物を倒しながら進むとなると武器を持った味方は多い方がいい。

 

(ジパングには武器屋無かったもんなぁ)

 

 バハラタで装備を調えようにも、あの町で売っていた武器には装備出来る職業に偏りがある。

 

「あ、じゃあ私が貰ってもいいですかっ?」

 

 そう、例えば今手を挙げている商人のお姉さんの装備出来る武器は無かったのだ。

 

「あぁ、受け取れ」

 

「はいっ、ありがとうございますスー様」

 

 ちなみにこのパーティーに商人のお姉さんを同行させている理由は、襲撃したカンダタ一味のアジトから金品を根こそぎ奪い取る為である。

 

(盗賊の役割は俺が果たせるし、な)

 

 ゲーム知識で何とかなるモノならいいが、それ以外にはド素人の俺では、美術品とか鑑定士の必要になりそうなお宝があった場合がらくたと見なしてスルーしてしまう可能性が否めない。

 

(金になりそうなモノは根こそぎとか、ゲームとは逸脱した方法だからなぁ)

 

 ゲームの時はグラフィックの一部で引っぺがせなかった絨毯だっておそらくこの世界なら引きはがして手に入れることは可能だと思う。

 

(となると、原作には出てこなかった品が手に入る可能性もある訳で……)

 

 それが呪われて居ることだって考えられる。

 

(アリアハンのバニーさんだって変な呪いにかかっていたし)

 

 迂闊に触って呪われたら笑えない。故にアイテムを鑑定出来る商人の同行は必須だったのだ。

 

「気にするな、求めたのは俺なのだからな」

 

 ましてカンダタ一味が尾行してくることを想定し、わざわざしのびあしや魔物除けの聖水を使っていない以上、護身用の武器くらいは持っておくべきでもある。

 

「はあっ! スー様、こちらも片づきましてございまする」

 

「あ、あぁ……」

 

 ちなみにクシナタさんはこのバハラタ近郊の魔物で弱い者なら一刀の元に斬り捨てられる程度にまで急成長を遂げていた。

 

(武器がいいのも有るんだろうけどなぁ)

 

 いけると思えばくさなぎのけんで斬りかかり、堅いと見なせば道具として使い、守備力を下げてから手数で押す。そう、手数で。

 

(本当にクシナタさんって何者なんだろうなぁ)

 

 呪文が使えないならと、試しに俺がボストロールとの戦いで覚えた連続行動を教えてみたところ、中途半端ながら再現してしまったのだ、あの人は。

 

「やはりまだスー様のように全力で二度は斬りかかれませぬ」

 

 何て言っては居たが、充分すぎる。

 

(才能か、才能なのか?)

 

 ひょっとしてシャルロットやバニーさんにも手とり足とりみっちり教えたら習得出来るんだろうか、この技術。

 

(風邪が治ったら検証してみる必要がありそうだなぁ)

 

 勿論、今は掠われた人達の救出が最優先だが。

 

「あの、スー様。私にもあれ、教えて頂けませんかっ?」

 

 鉄の槍を手に、もの凄くキラキラした目で上目遣いに見てくる商人のお姉さんが至近距離にいて。

 

「気持ちは分からんでも無いが、後でいいか? 今は掠われた者の救出を優先したい」

 

 そう断るのにどれ程の気力を要したことか。

 

「わかりました。すみませんっ、我が儘言って」

 

 ポニーテールまで気持ちしおれたようにしょげつつ謝ってきた時に感じる罪悪感。

 

「いや……すまんな」

 

「いいんですっ、助けた後に教えてくださるんですし」

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

 やらかしたことに気づいた後、背中を流れる嫌な汗。

 

(あるぇ? ひょっとして、これってあれですか?)

 

 教えると約束したことになったと言うことと。

 

「あの、スー様」

 

「わ、私も掠われた方達を助けたら教えて貰っていいですか?」

 

 一人に教えるとなし崩しに自分も自分もと希望者が殺到する雪崩現象。

 

(うわーい、やっぱりぃ)

 

 検証するつもりで居たから、教えるのはやぶさかではない。

 

(けどなぁ)

 

 人数が人数であるし、そもモシャスで同じにスペックになり学んだから俺は習得出来た訳で、クシナタさんが異常なのだ。

 

(たぶんモシャス覚えるのが習得のほぼ必須条件だと思うんだよなぁ)

 

 もちろん、同行してる魔法使いのお姉さんなら、レベルが上がればモシャスは覚えるだろう、ただ。

 

(それって、自分と同じ顔にずらっと並ばれて全員から見つめられることになるよね)

 

 想像するだけで、何とも言えない気分になるのは気のせいだろうか。

 

(くっ、それもこれもみんなカンダタ一味のせいだ)

 

 そう、カンダタ一味が悪さをしなければ、聖水振りまいて魔物の出ない森林を突っ走りダーマへ行くだけだったのだから。

 

「あ、あぁ」

 

 俺は武器についた魔物の血の汚れをボロ布で拭き取ると、何とも言えない気持ちを悪党達に向けながらクシナタ隊のお姉さん達へ力なく頷いた。

 




ああ、クシナタさんまでチート化してゆく。

本当に、どうしてこうなった。

次回、第百五話「バハラタ東の洞窟」



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第百五話「バハラタ東の洞窟」

 

「ふぅ……ん?」

 

 何度目になるか解らない襲撃者達を骸に変え、ゴールドを探し始めた商人のお姉さんにバトンタッチした後だった、それの存在に気づいたのは。

 

「やはり魔物を避けないと少々手間がかかったな」

 

「スー様、あれが?」

 

「ああ」

 

 視界の端に見えたのは、森の中にひっそりと口を開けた洞窟で、同じモノを発見したらしいクシナタさんに頷きを返す。

 

(間違いはないよな、たぶん)

 

 外見だけなら自然の洞窟のようにも見えるが、カンダタ一味のアジトであることは原作知識とバハラタで尋問した甲冑男の情報からほぼ確定と見ていい。

 

「ここから先は足音を殺して行く。中の連中に気づかれて人質を取られたら厄介だからな」

 

「「は、はい」」

 

 了承する声を背中に洞窟に足を踏み入れた俺は、宣言通り忍び足で階段を下りると短い通路を進んだ先で立ち止まる。

 

(部屋かぁ、魔物や一味の人間が居ても不思議はないよな)

 

 魔物ならまだいい、だが相手が人間だったらどうするか。

 

(俺に出来るんだろうか、人を手にかけることが)

 

 ここは敵の本拠地なのだ、敵に遭遇したなら出来るだけ早く制圧しなければ侵入者の存在を知らされかねない。

 

(一瞬の躊躇が致命傷にだってなりかねない……せめてラリホーであっさり眠る相手ならなぁ)

 

 甲冑男が対象を眠らせる呪文に抗って見せたことを鑑みるれば、同じように抵抗されて異変を知らされる可能性がある。

 

(シャルロットはとっくに乗り越えた壁なんだし、あんな女の子手を汚させておいて自分だけ何て最低だとは思うけど)

 

 躊躇ってしまうのではないかという不安が消えない。だが、こんな所で立ち止まり続ける訳にもいかなくて。

 

(とりあえず、敵からの襲撃に警戒しつつ、物音にも気をつけ先手をとれることを心がけるしかないか)

 

 耳を澄ませ、物音がしないことを確認してから通路の出口――部屋の中を俺は覗き込む。

 

(うん、敵はいな……うわぁ、いきなり分岐ですか)

 

 最初の部屋はほぼ正方形で正面と左右に通路が延びていた。

 

(と言うか、このパターンのダンジョンで無限ループになるやつが記憶にあるんですが)

 

 ナンバリングが別のドラクエだった気がするので、ここは通路が無限に続く何て展開など無いと思いたいが。

 

(うーん、一応目印でもつけておくべきか。けど、変に細工すると魔物や一味にそれで侵入者の存在を気取られるかも知れないし)

 

 こういう時スパッと決められないのも俺の弱さだろうか。

 

(仕方ない、迷路でお約束のアレをやるに止めよう)

 

 このまま棒立ちしているとクシナタさん達から不審に思われるであろうし、いつまで経っても進めない。心理的には半ば諦めるようにため息をつきつつ、実際にはポーカーフェイスを保って、俺は歩き出す。

 

(とりあえず左側から行ってみよう)

 

 壁に片手を添えたままで。一部の迷路を除いては必ず出口にたどり着けるという攻略法を用いた訳だが、この洞窟が攻略法に対応していないダンジョンではないと信じたい。

 

(さてと、この通路の先は……)

 

 音は立てず、出来るだけ周囲の音は拾い進んだ先は、おそらく部屋。

 

(って、えーと)

 

 ただ、その部屋はもの凄く今し方見た様な形状で。

 

(まさか、無限ループ?)

 

「きゃ」

 

 俺は慌てて後ろを振り返り、視線が思わず声を漏らしてしまったお姉さんのモノとぶつかる。

 

「……すまん」

 

 驚かせてしまったのは、どう見ても俺のせいだ。出来るだけ小さな声で謝ると同時に片手でお姉さんを拝む。

 

(冷静にならないと)

 

 わざわざ忍び足で歩いているのにお姉さんに悲鳴をあげさせていたのでは、意味がない。

 

(そもそもまだループって決まった訳じゃないし、たかだか犯罪者達のアジトに無限ループなんて大がかりそうなしかけがあるとも思えないよな)

 

 これが魔王の城とか妖精の森なんていかにも不思議な力が働いていてもおかしくなさそうなダンジョンだったら、説明もつくが、ここをねぐらにしているのは人間の筈なのだ。

 

(いざとなったらリレミトで脱出だって出来るんだし、まずは調べてみよう。壁に手をついたままなら、さっきの部屋では階段のあった通路からがセオリーだよな?)

 

 もちろん、また急に動いて後続者を驚かせないようにゆっくりと。

 

「……は……な」

 

(ん?)

 

 ただ、部屋に踏み込み二歩ほど進んだところで、どこからか聞こえてきた声に足を止める。

 

(カンダタ一味か?)

 

 この状況下で、調べるつもりだった通路を見に行く気はない。

 

(確認しておこう。殺さず捕まえることが出来れば情報も手にはいるかも知れないし、放置するのは危険すぎる)

 

 覚悟の方はまだ完了していないが、それはこちらの事情である。

 

(方向からすると、こっちの部屋か。……それにしても)

 

 緊張からか手の中に嫌な汗が滲んでくる。

 

(何だろうな、この居心地の悪さのようなモノは)

 

 ただ、敵を蹴散らして進めばいいいつもとは違う状況から来るものだろうか。

 

「……ったく、愚かなものだ、人間共は」

 

(は?)

 

 そんな推測は、声の主が再び呟いた瞬間、吹き飛んで。

 

「しかし、妙だな。あの人間共がゾーマ様の脅威になるとは思えん」

 

(ちょっ)

 

 魔王を飛び越して、大魔王の名前が出てきた時点で引きつった。

 

(うあああっ、何で忘れてたっ)

 

 カンダタ一味とか、はっきり言ってどうでもいい。

 

(くそっ)

 

 俺はあっちへ行けと言うジェスチャーを後ろに送ると全力で前にかけ出していた。

 




主人公が取り乱した理由、そして声の主の正体とは?

次回、第百六話「致命的失敗」




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第百六話「致命的失敗」

「バイキルト」

 

 走りながら小声で呪文を唱え、通路の先にあった部屋へ飛び出す。

 

「な」

 

 驚きの声を上げて固まったのは、目視出来る距離まで近寄ったはずだというのにシルエットのままの存在。

 

(やっぱりこいつか)

 

 魔物の名を「あやしいかげ」と言う。何らかの魔物が化けているという設定で、特定の魔物を除く魔物達の内からランダムで正体の選ばれる魔物なのだが、この時何が化けているかに先頭のキャラのレベルが影響する。ランダムではあるものの、出てくる魔物の強さの上限がこちらのレベルで決まるのだ。

 

(くそっ、よりによって――)

 

 俺の憑依先はレベル99、つまり大魔王の城を闊歩してるような魔物が正体でも不思議はなく、実際この魔物は大魔王の名を口にしていた。もし俺の想像通りなら、クシナタさん達では狩られる獲物になりかねない。

 

「でやあっ」

 

「がっ」

 

 念のために攻撃力を倍加した一撃を振り抜き、漏れた声に一瞬遅れて影の胴から上が滑り落ちる。

 

「ふぅ……ちょっ」

 

 一撃で仕留められたと言うことは、最悪の部類では無かったという事なのだろう。俺は安堵の息をついて視線を骸にやると、紫色のローブに包まれた上半身を見て思わず声を上げた。

 

(えーと、アークマージだっけ……)

 

 明らかに魔法を使いますよと言わんがばかりの格好で横たわるソレは俺の記憶が確かならイオナズンの呪文を使ってきたきた気がする。

 

(単体で良かったぁ)

 

 高威力の範囲呪文を覚えていても唱える前に斬り捨ててしまえばいいだけなのだが、こいつは蘇生呪文のザオリクも使うのだ。数が多ければ、倒した端から蘇生されて数が減らないなんて状況に陥っていたかもしれない。

 

(けどどうしようなぁ、この先……)

 

 桁外れに強い魔物が化けている理由は、足下に横たわるアークマージの口ぶりからして自分の強さが相応な強者の存在を知覚し探していたからなのだろう。

 

(一応桁外れに強い敵が出てくる説明はつくけど、となると「あやしいかげ」の出る地域ってのは大魔王が情報収集の為地上に張っている網って事だよな)

 

 せっかくここまでバラモスの目を誤魔化してきたというのに、ここで大魔王に注目されるようなことになったら意味がない。

 

(ゲームの仕様通りならレベルが一定以下の場合は脅威無しと見てスルーするんだろうけど、この辺りに派遣するには強すぎる部下が未帰還の状態なら普通は原因を調べるだろうし)

 

 地面に横たわる骸を無かったことにするのは、不可能だ。

 

(早まったかな、これは)

 

 声を耳にした時点では、まだ見つかっていなかったのだから、引き返すのが正解だったのだと今更ながらに思う。

 

(それで、クシナタさん達だけで突入して貰えば、こういう強敵は取るに足りない相手と見てスルーしただろうし)

 

 転職の出来るレベルまで強くなっているお姉さん達ならカンダタ不在の一味とであれば戦って勝つことだって難しくない気がする。

 

(ともあれ、こうなってしまったら選択肢は他にないよな)

 

 俺はしゃがみこんでアークマージの死体からローブと覆面をはぎ取ると、荷物から針と糸を取り出す。

 

(裁縫はあんまり得意じゃないんだけどなぁ)

 

 胸中でぼやくが、ローブごと両断してしまったのは、俺だ。何とか見られる姿に戻す為、一人布地と格闘を始め。

 

(よし、だいたいこんなとこ――)

 

「スー様?」

 

「っ」

 

 不意にかけられた声へ俺が振り返ったのは、応急処置レベルの修復がいくらか済んだ後のことだった。

 

「下がれと手で指示しただろうに」

 

 などと言う訳にもいかない。縫い物に気をとられてクシナタさん達と合流することを忘れていたのだから。

 

「この洞窟には『あやしいかげ』が出没する」

 

「えっ」

 

「あ、あやしいかげと言うとスー様が一番警戒するように言っていた、あの魔物でありまするか?」

 

 とんでもない強敵といきなり遭遇しかねないと言うことで、事情を打ち明けた時クシナタ隊のお姉さん達には、要注意モンスターとして、その特性は説明しておいた。

 

「ああ。その結果がこれと……あれだ。本来なら大魔王の城で遭遇する魔物なのだがな」

 

「ひっ」

 

「うっ」

 

 頷きつつアークマージの死体を示せば、クシナタさん達は息を呑み、内の一人が口元を抑えてしゃがみこむ。

 

「――だいたい、そう言う訳だ。俺の強さをどうやってか朧気ながらでも察知して、探していたようだな」

 

 酸っぱい匂いのし始めた殺害現場から隣の部屋に移動した俺は、アークマージのローブを着込みながら、見聞きしたこととそこから推測したことをお姉さん達に語った。

 

「故に、このまま俺が同行するとかえって救出は難しくなるだろう。それにあのアークマージの仲間がうろついている可能性も高い」

 

 だからと続けた俺は一つの提案をする、ここで一旦別れようと。

 

「スー様、それはどういうことです?」

 

「このままでは救出に支障が出ると言うことだ。お前達はバハラタに一旦戻って仲間を増やし、準備をしてから戻ってきてくれ」

 

 ゲームではあやしいかげの正体に影響するのは先頭のキャラのレベルだけだったと思うが、俺がアークマージを倒してしまったこの状況でも通用するかは解らない。

 

「分散すれば、実力的に格下のお前達はスルーするはずだ。そのうちに俺はこの格好でアークマージ達の方をなんとかする」

 

 この洞窟に至るまでにマホトラの魔法で精神力を魔物から拝借し、いくらかの呪文は使えるレベルにまで俺の精神力も回復している。

 

「ついでにこの大荷物も処分しないとな」

 

 言いつつ布の服で巻いた死体を示す。

 

「しかし、スレ様それでは――」

 

「問題ない、俺には忍び歩きがある。こっちが仲間のアークマージを先に見つけ、モシャスで強さを偽装して偽の報告をすればそれで終わりだ。それらしい奴を見つけたから追いかけて外に行くとでも言っておけば、しばらくは誤魔化せるだろう」

 

 一時しのぎに過ぎないし、報告を受けた先方が予想外の反応をしてくる可能性もあるが、他に方法も思いつかなかった。ついでにこの格好でカンダタ子分を襲撃することぐらいしか。

 

(アークマージをカンダタ一味が敵と認識すれば、あいつらもこちらの探索だけに構っていられなくなるはず)

 

 一味の人間には踏んだり蹴ったりだろうが、これまでの行いが行いである。

 

「本当に危なくなったらリレミトで脱出も出来るからな、俺のことは気にしなくていい」

 

「ですが」

 

「スー様っ」

 

「大丈夫だ、心配するな」

 

 異論はありそうだったが、押し切った。

 

(そもそもアークマージのふりをして誤魔化すなら一人じゃないと都合が悪いもんなぁ)

 

 そして上手く騙せるかは、俺次第。

 

「ではな、このローブを脱いだ時にまた会おう」

 

 別れを済ませ、引き返す先は洞窟の中。俺の長い一日が始まろうとしていた。

 

 




想定外の事態に一人洞窟へ残る主人公。

果たして偽装報告の策はうまくゆくのか?

次回、第百七話「アークマージな潜入生活一日目」



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第百七話「アークマージな潜入生活一日目」

 

(さてと、まずは地図でも作ってみるべきか)

 

 ゲームではこの洞窟にも足を運んでいた筈なのだが、はっきり言って構造なんてまるで覚えていない。

 

(だからこそ、あやしいかげが出没することを忘れてて今に至る訳なんだけどね)

 

 覚えてるのは、最奥にカンダタ一味のアジトがあってそこに牢屋があることと、洞窟内に置かれている宝箱の中に宝箱に化けて探索者を餌食にする魔物が混じっていることぐらいだ。

 

(背中の死体はそのひとくいばこに処分して貰うとして)

 

 この格好でカンダタ一味にちょっかいをかけるのはその後が妥当だろう。いくら俺でも余分な荷物を抱えていては、動きが鈍る。

 

(なら、当面はマッピングしながら周辺を歩きつつ宝箱を探すかな)

 

 同時に背中の死体のお仲間も並行作業で探すつもりだが、ゲームではあやしいかげに化けている魔物の正体はランダムだった。アークマージを探していたらより強力な魔物に出会っちゃいました、何てオチは笑えないが充分あり得る。

 

(確か、一番めんどくさいのは、キングヒドラだったかな?)

 

 ゲームでは大魔王と戦う前に発生する強敵との連戦の一番手にして、シャルロットの親父さんを殺害した強敵である。

 

(バラモスとかゾーマなんかが化けてるパターンはゲームでも流石になかったけど)

 

 ゲームの仕様通りでキングヒドラの群れがうろついてる展開とかは勘弁して欲しい。

 

(だいたい、キングヒドラを群れで派遣するとかどんな調査なんだよ)

 

 アークマージみたいな人型なら、当人が言っていた調査的なモノで説明つくが、ツッコミどころしかない。

 

(「護衛として連れて行ったのがはぐれた」か、「こっちに送り出す時に巻き込んで一緒に送っちゃった、てへぺろ」ってのが妥当なところかなぁ)

 

 強引に矛盾点を納得出来る形に修正するとそんなところだが、これが事実なら事実でカンダタ一味はよくこの洞窟を拠点にしていられるものだ。

 

(と言うか、冗談抜きで掠われた人達が心配になってきた)

 

 アークマージが歩き回っていたのは、調査という名目であるし、無益な戦闘は避けるよう言い含められているのかも知れないが、不安はぬぐえない。

 

(出会ったら聞くことが増えたな)

 

 レベルの低いクシナタさん達なら襲われないのかだけは確認しておく必要があった。場合によっては、救出作戦の中止も考えなくてはならない。

 

(まぁ、カンダタ一味は襲われていないのだろうからきっと杞憂だろうけど)

 

 だいたい、無差別に弱者まで襲う気なら、カンダタ一味は魔物に滅ぼされているはずだし、掠われた人達も生きてはいない筈だ。

 

(ただ、悪い方に考えるとカンダタ一味とアークマージが手を組んでるって可能性もあるんだよなぁ)

 

 大魔王の手下はカンダタ一味を隠れ蓑に地上の調査をし、カンダタは見返りに拠点を魔物に守って貰うという協力関係にあるなら話は違ってくる。

 

(って、だったらカンダタにゲームで勇者が勝てたのが謎だよな。貴重な情報収集用の拠点なら守る為にカンダタへ増援送ってたっていいだろうし……うーん)

 

 正直、混乱してきた。

 

(はぁ、判断材料がこれだけじゃ考えても無駄かぁ)

 

 やはり、あやしいかげを探して話を聞く必要があるだろう。

 

(うまく人語を話せるそれっぽいのを見つけられるといいんだけど)

 

 手にかけたアークマージは倒すまで、ゲームのグラフィックそのままなコウモリのような羽根をつけた影の姿だったのだ。ぶっちゃけ、見た目で判別するのはまず不可能。

 

(ゲームの仕様に従ってるのか、それとも調査目的だから正体を悟られないよう偽装の為に姿を変えてるのか)

 

 常識で考えるなら、後者だと思う。

 

(と言うことは、こっちもあの格好をしないと不味いか)

 

 現状のローブだけでは不審に思われるかも知れない。

 

(まぁ、その辺りはモシャスもあるし、何とでもなるよなぁ)

 

 何にしてもまずはあやしいかげを見つけることだ。

 

(なら、足で探すしかない訳で――)

 

 周囲を見回し、耳を澄ませて何者の気配も無いことを確認した俺は、まだ足を踏み入れたことが無いはずの通路へと侵入するのだった。

 






次回、第百八話「似て異なるモノ」


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第百八話「似て異なるモノ」

 

「……暇だ」

 

 ポツリと漏れてきた声に足を止めたのは、それが自分の発言では無いからだった。

 

(人の言葉、かぁ……ま、ないな)

 

 一瞬だけアークマージの可能性を考えて早々に遺棄する。強者の気配を察知して探しているなら、罠でもない限りそんな気の抜けた発言は漏らさないだろう。

 

(罠だとすれば声の主が囮で、気づいたら包囲されてましたってパターンが妥当だろうなぁ)

 

 耳を澄ましてみても物音がするのは声の方向からだけ。

 

(まだ気づいていないなら、何者かだけでも確認しておくか)

 

 この洞窟には、魔物の他にカンダタ一味も居るのだ。

 

(と言うか、どんなモンスターが出てくるか覚えてればなぁ……)

 

 たらればは禁物だと思うが、あやしいかげが出てくると分かればやりようはいくらでもあったのだ。俺は同行せず、代わりに装備をクシナタ隊のお姉さん達に貸し出し、装備の性能によるごり押しで解決して貰う、など。

 

(なら、せめてこの洞窟に生息する魔物の種類ぐらいは調べておかないと)

 

 これは今洞窟にいる俺にしかやれないことだ。汚名返上にはほど遠いが、あやしいかげ探しのついでに出来ることでもある。

 

(声からして人型の魔物か人間の可能性が高いとして……この世界だとどんな魔物が居たかな? ドルイド、バンパイア、げんじゅつし……)

 

 頭が無くて胴体に顔のある魔物を人型にカウントしてるのはご容赦願いたい。と言うか、思い出そうとすると意外と少なくて驚いた。

 

(あんまり強すぎる奴は出て来な……い訳でもないな。あやしいかげだったら)

 

 油断と思いこみは禁物だろう。

 

(何が来てもいいようにしておかないとな)

 

 正体が判明してから咄嗟に動いたのではアークマージの時のように判断を間違える恐れもある。

 

(そーっと、そーっと……は?)

 

 抜き足、差し足。音を立てずに通路を進んで、俺が目にしたのは、壁にもたれかかってぼーっとしている覆面マント姿の男だった。

 

(カンダタ? 帰ってきてたのか?)

 

 少なくともシャルロットのおやじさんでは無いと思う。アークマージを追っかけてアレフガルドから戻ってきたなんて超展開があったとしても、こんな所でぼーっとはしていないだろう。

 

(と言うか、カンダタだとしても変だよな? こんなところで親分が手持ちぶさたに立ってるなんてのは)

 

 むしろ見張りに立たされてる下っ端の行動っぽいが、カンダタのこぶんは甲冑姿だった気がする。

 

(となると、さつじんきかな?)

 

 消去法であり得なさそうなモノから消して行くと残ったのは、カンダタの色違いなモンスターだけなのだが。

 

(あれってもっと後の方で出た気がするんだけどなぁ)

 

 どうやら記憶違いをしていたらしい。

 

(実際に存在するんだから、俺の記憶違いだったって事だよな)

 

 原作知識がうろ覚えだとこういう時、厄介だと思う。

 

(ましてや、記憶なんて時間が経つに連れて劣化するもんな。クシナタ隊のお姉さん達にあったら幾つかの情報を訂正しておかないと)

 

 そしてもう一つ、この洞窟のアークマージではないが、今後はクシナタ隊の中から斥候部隊を編成して先行して貰った方がいいかもしれない。

 

(もうここは手遅れかも知れないけど、あやしいかげが出るのはここだけじゃないし)

 

 呪文の使えなくなる地下を使って狩りをしたりしたから、ピラミッドに出没するのだけは覚えてるのだが、こことあわせて二カ所だけとも思えず。

 

(うーん。ま、それは追々考えるとして――)

 

 かといってすぐに思い出せるとも思えなかったので、俺は意識を切り替える。

 

「しっかし、本当に暇だな。ネズミでも忍びこんでくりゃ楽しめるのによぉ」

 

(まずはこっちだよなぁ)

 

 独り言を呟いた覆面の変態は、そのネズミに気づいた様子がない。

 

(さつじんきって事は既に人を殺してると見て良いよな)

 

 変態で人殺しとかつくづく救えない存在であると思う。

 

(更なる犠牲者を防ぐなら、ここで倒しておくべきかもしれないけど)

 

 まだクシナタさん達が戻るのにも時間がかかる段階でやるのは危険すぎる。

 

(誰かが目の前で殺されそうにならない限りは保留するしかないかぁ)

 

 ラリホーの呪文を試して見るのも考えたが失敗して騒がれたら不味い。

 

(とりあえずここに見張りが居ることだけ覚えて、次に行こう)

 

 重要なのは、背中に背負った死体のお仲間に俺の存在を悟られぬよう誤魔化すことである。手にした地図に印を付けると、俺はその場を静かに立ち去ったのだった。

 




次回、第百九話「アークマージな潜入生活二日目」


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第百九話「アークマージな潜入生活二日目」

 

「あふっ」

 

 出かけたあくびを噛み殺すと、ゆっくりと目蓋を開いた。

 

(うーん、眠れないのはきついなぁ)

 

 そろそろ日が変わった頃だろうか。洞窟の中だと時間の経過は解りづらいが、見張りをしている覆面パンツさん達もカテゴリ的には人間。不眠不休ではいられず、その交代と体内時計が時間経過の参考手段になっている。

 

(地図はだいぶ埋まったけど……見張りを何とかしないと地図の完成は無理かな)

 

 重要なところを重点的に警備するのは解る。その警備もレムオルの呪文で透明になればあっさり通り抜けられはするのだが、消費精神力が大きい割に効果時間の短いのがネックになって多用できないというのが現状で。

 

(あやしいかげにしても正体ランダムだもんなぁ)

 

 何度か見かけはしたのだが、獣の様な唸り声を上げたり、腐敗臭を漂わせていたりと明らかにハズレと解る魔物ばかりだったのだ。

 

(「ピキーッ」って鳴いた時は思わず蹴り飛ばしそうになったっけ)

 

 条件反射というのは、怖いモノだと思う。

 

(ま、それはそれとして……相手に悟られないようにしながら観察だけで正体暴けって言うのが難易度高いわ)

 

 人語を話せるかで探している敵かどうかをある程度絞れはするが、その先が難しい。

 

(独り言でも呟けば判断材料になると思うけど)

 

 このままだと地図の方が先に完成してしまいそうな気もする。

 

(冒険になるけどモシャスしてから人語しゃべってる適当な奴に接触してみるべきかもな。クシナタさん達が戻ってきてしまったら、何の為に一人残ったのか解らないし)

 

 幸いにも精神力の方は接触が避けようのなかった雑魚モンスターを奇襲した時マホトラの呪文で拝借したのでそれなりに余裕はある。

 

(とりあえず、最初にアークマージと接触した場所に戻ろう)

 

 そろそろモシャスの効果も切れる頃だ。

 

(しかし、我ながらナイスアイデアだよな。魔物は近寄ってこないし)

 

 いざというとき死体を処分出来るよう探していた宝箱に扮する魔物は、誰かが調べようとするまで動かない。洞窟の魔物やカンダタ一味は中身が調べた者に襲いかかる魔物と知っているから近寄ってこない。

 

(ひょっとしたらモシャスの必要も無かったかも知れないけど、狭そうだもんなぁ)

 

 そう、俺が呪文でそっくりに変身したのはこの洞窟に配置されていたひとくいばこだ。オリジナルは奇襲であっさり倒して箱もバラしてお尻の下に敷いている。倒したひとくいばこの中で休憩しようかとも思ったのだが、万が一調べられたら不味いと念を入れた結果が現状である。

 

(と言うか、宝箱の底を抜いてかぶって進むというのもいいかもしれないな。そんなゲームあった気がするけど)

 

 もしくは壁そっくりの裏地のマントを用意するとか、ダンジョンごとに用意しないといけなくてめんどくさそうではあるが。

 

(さて……)

 

 そろそろかな、と思った瞬間だった。俺の身体が箱から紫のローブ姿を着た姿へと変わったのは。

 

(アークマージな潜入生活二日目、開始としますか)

 

 インパスの呪文で確認したところ、ひとくいばこはもう一個あったので、アークマージを倒した場所を通った後は、そちらの箱へ餌をやりに行く予定でいる。

 

(モシャスのお手本用に保存しておいたけど、そろそろ臭い出すだろうからなぁ)

 

 アンデッド系の魔物が正体のあやしいかげがいるからか、死臭が漂っているのは不自然でも無いのだが、他者との接触を出来る限り避けている俺にとって、臭いの元になっている状況は宜しくない。

 

(えーと、扉を開けてまずは直進だったな。ついでに一旦外に出るか)

 

 対処が済んでないのにクシナタさん達が来ると不味いので、合図的なモノを残してくるのだ。

 

(雨じゃないといいけど、中がこの湿度なら大丈夫だよな)

 

 せっかく用意して雨で流れたりしたら、笑えない。

 

(たしか、ポケットの中に……って、ローブ着てると出しにくいな)

 

 合図に使うのは、何処にでも有りそうな石ころを三種類。ただし、この辺りでは見かけない色合いをチョイスしてある。五色米という忍者の連絡手段を参考に、米では動物に食べられてしまうので小石としてみた。

 

(カンダタ一味が同じ事をしてたらあれだけど)

 

 昨日合図を出しに来た時、それらしいモノはなかった。

 

(そもそも、あれだけ人員いるならそんなまどろっこしい真似せずに伝令出すだろうし)

 

 お陰で見張りをスルーするのが大変な時もあった。

 

(ゲームの時と比べて人口が増えてるのは、悪人も一緒かぁ)

 

 世界人口という分母が増えてるのだから是非もない。

 

「……はぁ、すぅ」

 

 階段へ辿り着き、登って外に出ると俺は大きく息を吐き、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。

 

「んっ、くぅぅっ、やはり外はいいな」

 

 大きく伸びをしただけで、下降していたテンションも止まり、視界に映るのは目に優しい翠とこちらに向かって走ってくる鎧甲冑。

 

(うん、何だか心が安ら……って、鎧甲冑?!)

 

 何というか、もの凄くバハラタで見たカラーリングだったり、何故か兜が無かったりするのは、俺の気のせいだろうか。

 

(いや、こういう再開は想定していなかった訳ではないけど)

 

 間が悪いというか、何というか。

 

(うーむ、そう言えばカンダタ一味とアークマージ達の関係も気になるんだよなぁ)

 

 幸いというか何というか、今の俺は紫のローブと覆面でスレッジとはまるで別人というかモンスターの格好になっている。

 

(いっそのことこの格好で接触してみるか)

 

 ちょっとした賭けではあるが、あの甲冑男がこっちまで来ているとなると、見張りにつけたクシナタ隊の盗賊なお姉さんが側にいるはずだ。

 

(失敗したら物理で何とかして盗賊のお姉さんに預かってて貰えば、ひとまずはなんとかなるだろうし)

 

 アークマージと接触出来ていない今、情報ゲットのチャンスでもある。

 

(さぁてと、どんな話が聞けるかな)

 

 もたらされるであろう情報への期待に、地下にいた時のモヤモヤは殆ど吹き飛んでいた。

 





次回、第百十話「甲冑男との再会」


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第百十話「甲冑男との再会」

(さてと、まずは「あやしいかげモード」でのアークマージを認識してるかだな)

 

 甲冑男が近づいてくるのを待つ間に背負っていた死体は木の陰へ隠しておいた。

 

(こっちが先に気づけて良かったぁ)

 

 ローブの紫は割と目立つんじゃないかとも思ったのだが、カンダタこぶんの甲冑の方が派手だった、ただそれだけのことである。

 

(おかげで死体隠してる時間が確保出来たんだからな)

 

 あの荷物のせいで怪しまれて情報収集に失敗しようものなら、悔やんでも悔やみきれない。

 

(埋める時間はなさそうだけどね)

 

 幸いこの辺にはアンデッド系の魔物も生息しており、臭いだけなら魔物のものだろうと誤魔化す事が出来るのは幸いだが。

 

(しっかし、まさかあの手の魔物の臭いに助けられる日が来るとはなぁ)

 

 もはやおなじみの歩く腐乱死体や、片方の眼球をぶら下げ、所々骨を露出させた犬科の動物のゾンビっぽいものを思い出して覆面の中で顔をしかめる。

 

(あれの骸からお金を探せる商人のお姉さんって凄いわ、本当に)

 

 憑依先が盗賊でまだ良かったと思う。戦闘中のアイテム奪取は、攻撃のついでに身体が動いていたと言う感覚であり、ほぼ一瞬のことなのだから。

 

(ま、それはそれとして――今考えるべきは、あの男の反応に対するこっちのリアクションか)

 

 想定されるのは「アークマージの事を知っていて協力関係にある」パターンと「アークマージは知らないがあやしいかげとしては認識していて協力関係にある」パターン。

 

(それに「あやしいかげの存在自体にも気づいていない」パターンに前者の二つだが協力関係ではなく不干渉関係であるってのぐらいかな?)

 

 どのパターンでもバハラタの町で見聞きしたことを報告されると不味いので最終的には物理的に何とかすることになりそうだが、是非もない。

 

(とりあえず、兜の事に触れてみるか。誰がどう見ても不自然だし)

 

 あの男がスレッジのことをどう見ていたかも解るというものである。

 

(解放されたのか脱走してきたのかは、盗賊のお姉さんに聞けばわかるもんな)

 

 一つ一つ対応を考えながら待った時間は数分ほどだろうか。

 

「その頭はどうした? 兜をかぶっていないようだが」

 

「あ、あんたは、魔物使いの」

 

 いかにも待っていましたと言った態から切り出した言葉に返ってきたのは、ある意味で想定外のモノだった。

 

(魔物使い?! って、ああそう言うふれこみで協力してるのか)

 

 ゲームではさつじんきと洞窟に出現する他の魔物は共闘して勇者パーティーに襲いかかってきた。

 

(アークマージは思いっきり人型だもんなぁ、他の魔物は全部使役してる魔物ってことにしていると……)

 

 ともあれ、カンダタ一味がアークマージと面識のあった事が知れたのは、大きい。

 

「そ、そうだ。実はバハラタの町にとんでもなく強ぇぇ爺が現れて、俺はそいつを知らせに来たんだ」

 

「爺だと?」

 

「あ、あぁ。兜もそいつが砕いたんだ。すげぇ呪文を使う奴で、下手すりゃここに乗り込んで来るかもしれねぇ」

 

 俺の声に頷いた甲冑男は、だからこそ仲間に報告しなければいけないと主張した。

 

(ふーむ、協力者とは言えここまで詳しく語ったのは、早くここを通りたいからと見るべきか)

 

 だが、当然ながらこの男を洞窟の中に進ませる訳にはいかなくて。

 

(ただなぁ、止める理由が無いんだよな、アークマージだったら。そこを何とかしな……ん?)

 

 ひらめきは突然訪れた。

 

(ひょっとしたら最初の予定よりこっちの方が遙かにいいかもしれない)

 

 最初は盗賊のお姉さんに預けるつもりでいたが、洞窟の魔物達とカンダタ一味の関係が俺の予想通りなら――きっと上手くゆく。

 

「成る程な、ならば」

 

「ああ、そう言う訳だ。通」

 

「ふんっ」

 

 これ以上話をするのももどかしいと言わんがばかりに、脇を通り抜けようとした男の足を俺は思いっきり踏みつけた。

 

「っぎゃあああんぐ」

 

「喧しい」

 

 更に悲鳴をあげる男の口を塞ぐと地面へと引き倒す。

 

「面白い話を持ってきてくれたが、貴様を通す訳にはいかん。その老人、私が求めていた方かもしれんからな」

 

「ん゛ん?!」

 

「何故なら、私は――今の主にうんざりしていたのだよ」

 

 シナリオを大幅に変更し、甲冑男の口を塞いだまま俺は語り始めた。

 

(さぁ、始めよう。急なアドリブでクシナタさん達には悪いけど)

 

 これもアークマージの死を有耶無耶にし、なおかつ掠われた人達を救う為。

 

(タイトルを付けるなら「アークマージの反乱」かな)

 

 人間の犯罪者風情に力を貸し、やって来るかも解らない強者を待つ日々に嫌気のさしたアークマージの一人がある日突然、大魔王を裏切る。

 

(大魔王の城にいるような魔物が本気でカンダタ一味に協力してるとは思えないし、仲間の中でも上位に存在する者が裏切ったとなれば犯罪者の用心棒どころじゃなくなるはず)

 

 ある程度引っかき回した上で、アークマージ役の俺自身は逃亡し、洞窟内にいる魔物を誘引する。

 

(それで、混乱したカンダタ一味だけになったところへクシナタ隊が、突入。俺は魔物達と適当に遊んでからドロンする)

 

 透明になる呪文のレムオルと移動呪文であるルーラ、これに忍び足を併用して逃げるのだ。

 

(後はローブを脱いでしまえばいい)

 

 かくして裏切り者は姿を消し、魔物達は存在しない裏切り者のアークマージを追いかける。

 

(ちょっとスレッジではっちゃけすぎたからなぁ)

 

 ちなみに、このアークマージの格好はほとぼりが冷めた頃に呪文の使える仮の姿としてリサイクルするつもりだ。

 

(シャルロット達の前には出られないのがネックだけど、そこは仕方ないよな)

 

 本物と紛らわしいので、あくまでソロ活動用の格好である。

 

(その時までにはちゃんと直しておかないと)

 

 甲冑男を拘束したまま、俺は密かに触れた。応急処置の為されたローブの縫い目を。

 

 

 




次回、第百十一話「あれの応用」


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第百十一話「あれの応用」

 

(さてと、この甲冑男は盗賊のお姉さんに拾って貰えばいいとして、問題は詳細な内情だな)

 

 この格好では盗賊のお姉さんと接触するのも無理があるので、石の合図を使って甲冑男の回収はお願いするつもりだが、派手に反乱を始める前に聞いておかなくてはならないことがある。

 

(掠われた人達はアジト最奥の牢屋だと思うけど、人が多いもんなぁ)

 

 掠われた人を人質に取られて心ならずも一味に荷担してる人と言ったイレギュラーがいたとしたら。

 

(協力者になってくれるかも知れないし、巻き込むのは寝覚め悪いし)

 

 とはいうものの、聞き出すならこの甲冑男を納得させる理由が必要だ。裏切り者のアークマージが犯罪組織に所属してる、実はいい人を知らなくてはいけない理由が。

 

(ま、カンダタの子分はこのオッサンだけじゃ無いんだし、失敗したら次の情報源を捕まえれば良いだけだしなぁ)

 

 取り押さえてしまった時点で、この男を洞窟の中に行かせる訳にはいかない。

 

(下手に気負って大ポカするぐらいならな)

 

 案ずるより産むが易しとも言う。

 

「ところでお前は今の頭に不満はないのか?」

 

 失敗したら次があるさぐらいのつもりで俺は、話を切り出した。

 

「私が手を貸せば、お前がボスになることとて不可能では無いのだが……」

 

 わざわざスレッジのことを知らせる為にこの洞窟へ来るぐらいだし、普通ならこんな誘いにホイホイのって来るとは思わない。

 

(けど、些少でも頭が回るなら、話に乗ろうとするはず)

 

 甲冑男からすれば、強者に捕らえられている今の状況は詰みなのだ。

 

(裏切って仲間になるふりをして解放して貰い、逃げ出して仲間達の元に戻るか)

 

 あるいは、俺を騙して罠に填め、仲間達の元に誘い込むなんてことも考えられる。

 

「こうして口を塞いでいては答えられんだろう。口を塞ぐ手は外してやる。ただし、大声を上げたり仲間を呼ぼうとした時は殺す」

 

 たぶん足の骨が砕けていると思うので、逃げることは出来ない筈だが押さえ込みは解かない、ただ口を押さえている手だけをどかし。

 

「問おう。私と組むか、あの男への忠義を貫くか」

 

 今度は別のもっとはっきりした形で甲冑男に問いかけ、答えを待った。

 

(さてと、どう答える?)

 

 沈黙は長くても二分ぐらいだったと思う。

 

「あ、あなた様にしたがいますですぅ」

 

「ほぅ、賢明だな。ならば、聞いておくことがある」

 

 わざとらしくない様注意しつつ軽く驚いて見せた俺は更に一歩踏み込む。

 

「お前の仲間の内で信用出来る者や全く信用出来ない者は居るか? もちろんこれはお前がボスとなることを前提でだ」

 

「そ、それは信用出来る者をひ、引き込むってことで?」

 

「ついでに邪魔そうな者は消しておいた方が良いだろう。後顧の憂いは断ってこそだ」

 

 恐る恐る尋ねてきた甲冑男に頭を振って見せると、出来るだけ冷酷そうな声を作って答え、更に問うた。

 

「異論でもあるか?」

 

 と。

 

「い、い、いえ……とんでも、とんでもないですぅぅぅ」

 

「ならば話せ。信用出来ない者でもわざと暴発させて他者を疑心暗鬼にさせるという使い道がある。理由は詳細にな」

 

 実際は助けるべき人物が居るかどうかを知る為だが、馬鹿正直に説明する理由はない。

 

(ま、申し出自体はこのオッサンが一味のボスに収まる為にはどうするかを本気で考えた場合自分なら言うであろう事なんだけどね)

 

 ただし、時間をあまりかけられない場合限定での話になる。

 

(組織を乗っ取るなら地盤固めと根回しは必須だろうからなぁ)

 

 トップになってから組織の把握を始めるなんて正気の沙汰ではないが、チートな俺の実力があれば話は別だ。

 

(ただ の きょうふ せいじ に しか ならない き が する? き の せい ですよ?)

 

 そもそも、いくら職業が盗賊だとは言え、犯罪組織のボスをやる気なんてもうとう無い。

 

(だいたい、民家のタンスを漁ることだって自重する善人だというのに)

 

 何が悲しくて犯罪組織を運営しなくてはならないのか。

 

(まぁ、世の中には義賊ってタイプの盗人も居るし、魔物相手にはアイテム容赦なく盗んでるけどさ)

 

 それとこれとは話が別である。

 

「なるほどな、だいたい分かった」

 

 一部行いがろくでもなさ過ぎて現実逃避もしていたが、気になる一味の人間に着いての部分はしっかり聞いていた。もちろん、全面で信用する気はなく、あくまで参考のレベルだが。

 

(これを参考にして二、三人捕まえて情報を照合すれば嘘をついてるところがあれば矛盾する筈)

 

 ついでに表向き仲間に引き込んで、三人に残る二人は心から協力してくれているとか言えば猜疑心から暴走や裏切りも防げるんじゃないだろうか。

 

(囚人のジレンマだったっけ?)

 

 うろ覚えなのであってるかどうかは解らない。ただ、探してみると世の中には他の事に応用出来そうな事案が結構転がっているものだと思う。

 

(そもそもこのアークマージの反乱だってやまたのおろちを参考にしたからなぁ)

 

 上位の者に絶対服従でない姿を見たからこそ、偽装反乱を思いついたのだ。

 

(魔物も一枚岩じゃないって事だよな)

 

 町中にスライムの居る町もあったのは、覚えている。

 

(しかし、魔物使いか)

 

 アークマージがそう名乗って通用していたと言うことは、この世界にも魔物を使役する職業が存在するのだろうか。

 

(確認してみるのは後だな、まずは――)

 

 この反乱を成功させること。

 

「参考にはなったが、その足で洞窟に戻れば不審に思われるだろう。信用出来る男とやらの元には私が出向く」

 

 ここで待機しているように言い置いて、俺は再び洞窟へ足を踏み入れた。

 




次回、第百十二話「信用出来ない男」


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第百十二話「信用出来ない男」

(そして洞窟に逆戻りかぁ)

 

 最初は掠われた人達を助け出すだけの筈だったのに、随分面倒なことになったとは思う。

 

(まぁ、すすんで一味に加わったんじゃなさそうな人の情報とか手に入ったことを考えると結果オーライかも知れないけど)

 

 悪人だと思って容赦なく痛めつけた相手が、脅されてやむを得ず従っていた人だった何て事になったら後味が悪すぎる。

 

(あのオッサンの話を全面的に信用するつもりはないけど……)

 

 参考にはさせて貰うつもりだ。裏切ったアークマージとして、後にこの格好でカンダタ一味を襲うつもりの俺だが、襲いかかるなら根っからの悪党を選びたい。

 

(ついでに無理矢理協力させられてる人に話を通しておけば、人質や掠われた人達の安全も確保出来るかも知れないし)

 

 石を使った五色米もどきの連絡手段だけはクシナタさん達に伝えられることも限られてくる。

 

(とりあえず一味の人間何人かに接触して情報収集だな。うん、本物のアークマージに不審がられないようにしつつとか難易度高いわぁ)

 

 洞窟の魔物はカンダタ一味を襲わない。故に覆面パンツの変態さんと魔物が一緒にいるパターンもそこそこ見かけるのだ。

 

(魔物の前で話をする訳にはいかないし、魔物を排除しようとすれば自分も攻撃されると思って応戦してくるだろうし)

 

 情報収集どころではなくなってしまうことうけあいである。

 

(つまり、この場合探すのは出来るだけボッチで戦意の薄い変態……)

 

 魔物の側におらず一匹狼していてくれると言うことナシだが、実はこの条件に当てはまる人間に心当たりがあった。

 

(確か、担当区画はこっちの方だって言ってたよな?)

 

 相変わらず、似通った形で連続する部屋を忍び足で通り抜けつつ、俺が向かった先は、無数にある部屋の一つにして作りかけの地図からすると一階の端にあたる一室。

 

「お前が、ジーンか?」

 

「っ! なんだ、魔物使いか」

 

 足音を殺していたからこそ、こちらの接近に気づかなかったのだろう。覆面男は弾かれたように振り返り、俺のローブを見て咄嗟に取ろうとした構えを解いた。

 

「もう一度聞く、お前がジーンか?」

 

「……そうだ」

 

「ならば、話がある」

 

 甲冑男によると、このジーンは信用出来ない男であるらしい。

 

(殺害人数は三人だったっけ)

 

 とある町で有力者の息子とその友人を殺して故郷を追われたらしいのだが、殺害理由は家族の敵討ち。

 

(何とか本懐は果たしたが有力者の恨みを買い、流れ流れて辿り着いたのが、ここだったと)

 

「それで、話とは?」

 

 投げかけてくる視線は、甲冑男から聞いた話を肯定するかのようにどこか冷めていて、無言の牽制になっていたが、まごついている時間はない。

 

「何、現状に満足しているのかと思ってな」

 

 他に身の置き場がなくてやむを得ず一味にいるなら、状況を打開してやることぐらいは出来る。

 

「何を言っ」

 

「二度と追われることのない居場所を与えてやろう。非合法な真似をせず真っ当に暮らせる居場所をな。むろん、無条件ではないがな」

 

 見返りに求めるのは、情報と協力。

 

「本当に、本当に静かに暮らせるのか?」

 

「任せておけ。世界は広い」

 

 俺は念を押す覆面男に頷きを返し、ただし受け入れ準備にある程度の時間は貰うぞと付け加え。

 

「わかった、それで俺は何をすればいい?」

 

「そ、そうだな……まず、私に協力してくれそうな奴が一味にいれば教えて欲しい」

 

 あっさり承諾してくるチョロさ加減に罠の可能性も考えたが、敢えて除外する。

 

(甲冑のオッサンが嘘を言ってた可能性もあるし、何より協力者が居ないとここから先やりづらいからなぁ)

 

 魔物と一味の人間が同じ場所にいる状況でも、ジーンが協力してくれれば、魔物に攻撃されることなく、一味の人間だけを連れてくることが出来る。

 

(何人か情報提供者や協力者を作ったら情報を照らし合わせて……あとは、完全に信用出来ない連中が居たなら、例のジレンマで裏切りを防ぎつつクシナタさん達待ちだな)

 

 反乱で騒ぎを起こすタイミングを間違えるとかえって救出を難しくしたり、クシナタ隊と俺を追いかけてきたあやしいかげ達と隊が鉢合わせしかねない。

 

「……だいたいこんな所だ、人付き合いも殆どないし下っ端の俺が把握してることなんてこの程度だが」

 

「いや、助かった。なら、次はさっき言っていた男を呼び出して貰えるか?」

 

 話を聞き終えた俺は、ジーンにそう依頼すると、後ろ振り返る。

 

(さてと、入り口に置いてきた甲冑のオッサンをどうするかな……)

 

 信用出来ない男と言われたジーンに接触したのは、邪魔な魔物やお仲間が居なかったこともある。だが、甲冑男が信用出来ないと言ったからでもあって。

 

(どっちが信用出来ないのやら)

 

 声には出さず胸中で呟いた。

 




さつじんき が なかま に なりたそう に こちらをみている
ジーンは嬉しそうに馬車へ駆け込――

なんて展開はなかったぜ。
協力はして貰えそうですけどね。

次回、第百三話「亀裂」


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第百十三話「亀裂」

「はぁ」

 

 何人かの覆面マントさんから話を聞き終えた俺は、壁にもたれかかるとため息をついた。

 

(とりあえず、これでだいたいのことは解ったかな)

 

 話した中にはジーンのように情状酌量の余地がありそうな者や、人質を取られてやむなくしたがっている者も居たが、カンダタ一味の大半は罪を犯したごろつきや荒くれ者で構成されているらしい。そして、少数派であるやむなく従っている者達は全員が下っ端であることも判明した。

 

(まぁ、組織から見て信用出来ない相手ならそうするか)

 

 協力して貰う算段もつけはしたのだが、下っ端では掠われた人達や人質の捕まっている牢屋に近づくことは許されていないそうで、近づけるのは甲冑男のみと語った協力者その三の覆面さんの言葉に、俺は少し後悔した。

 

(勿体ないことしたよなぁ、甲冑のオッサンの兜粉砕してなきゃ別の救出方法もあったかも知れないのに)

 

 今から甲冑を手に入れるには、協力者さんの誰かに甲冑を着た一味の誰かを呼び出して貰い物理的に無力化するという手間がかかってしまう。

 

(倒すのは簡単だけど騒ぎを起こす前に目立つ訳にもいかないし)

 

 下手に小細工して失敗するぐらいなら掠われた人や人質達の救出は協力してくれるさつじんきの皆さんとクシナタさん達に任せた方が無難だろう。

 

「バハラタの町から戻ってきた者が、武装してここにやってくる一団を見ている。掠われた者を助けに来たか、犯罪者達の掃討に来たと見て間違いはない」

 

 クシナタさん達のことは協力してくれる覆面マントさん達にだけそう説明してある。

 

(問題は、ここからだよな)

 

 アークマージとして動いている今、クシナタさん達が仲間であることは明かせない。

 

(クシナタさん達には入り口の甲冑男を見張ってるはずの盗賊のお姉さんにレムオルで姿を消しつつ接触してこっちの事情を伝えればいいけど)

 

 ジーン達にクシナタさん達が実は俺の仲間でしたと明かす訳にはいかない。

 

(うーむ、となると「こっちからは矢文か何かで協力したい者が居ると伝えた」とかでっち上げるしかないな。俺とクシナタさん達が繋がってると知れると、アークマージの一人が反乱を起こしたってのも疑う奴が出てくるかも知れないし)

 

 クシナタ隊は、反乱を決意したアークマージにとって引っかき回す為の隙を作ってくれた見知らぬ人間達の集団でなくてはならない。

 

「こちらに協力者が居ることは私が矢文で連中に伝えておこう。ことが終わったならその武装集団について行くも良し、むろん約束を違える気はない。協力の代価を払えと言うなら、落ち着ける場所まで連れて行こう」

 

 後半はジーンにだけ向けて言い、さつじんきの皆さんに背を向ける。

 

「ではな、私は手紙をしたためてから入り口に向かう」

 

 協力者を作ったことでカンダタ一味の中に生じた亀裂。いや、やむを得ず従っている者が居るのだから亀裂は最初から生じていたのか。

 

(カンダタが留守じゃなかったとしても、対処のしようがないよなぁ)

 

 クシナタさん達の襲来とアークマージ一名の反乱と言う外圧が加わるのだ。

 

(後は、信用出来そうにない連中の疑心暗鬼を煽って機能不全にしておけば、救出の方は何とかなるとして……)

 

 一つだけまだ解決策を思いつかないモノがある。

 

(ジーンとどうやって合流したものか)

 

 俺は最終的に引っかき回した魔物の集団に追いかけ回されることになる。

 

(さざなみの杖を使ったことにして反射呪文のマホカンタ使っても防げるのは自分への呪文だけだし)

 

 逃げてる途中で合流した場合、魔物からの攻撃呪文に巻き込まれて死亡なんてオチもあり得る。

 

(かといってルーラで一度離脱すると戻ってくるのにもう一度移動しないといけないもんな)

 

 戻ってくるのに時間がかかることを事前に伝え待っていて貰うことも考えたが、これは反逆者を捜して魔物がうろついてる地域に反逆者の格好でわざわざ戻ってくると言うことを意味した。

 

(仲間だったアークマージの一人が味方を襲って混乱してる時ならともかく、時間が経って相手が冷静になったなら思いも寄らない手を打ってくる可能性だって……)

 

 すすんで危険に身をさらす気はない。だが、約束を破る訳にも行かない。

 

(クシナタさん達にジーンを預かって貰うか? けど、アークマージはクシナタさんと面識のない設定だし、預けるの不自然なんだよなぁ)

 

 ジーンが去り際に伝えた選択肢の前者を選び自分の意思でクシナタさん達について行ってくれると助かるが、そちらを選ぶことはまず無いと思っている。約束を交わしたのは、クシナタさん達ではなく俺なのだから。

 

(ま、それはそれとして手紙にはジーンのことも書いておこう)

 

 協力者であることとは別の記載で、静かに暮らせる場所を求めていることを大まかな事情説明も付けておくつもりだ。

 

(さてと、それじゃ寄り道しますか)

 

 とりあえず手紙を書くのは確定事項だが、必要なモノがあるのだ。

 

(中央は同じ様な部屋を連続させて迷わせる為だって言うのはわかるけど、何というか……)

 

 このダンジョン、一階に大きな明かりのある部屋は、四つしかなく、全てが洞窟の端と来ている。文字を書くにはそれなりの光源が必要だった。

 

(隠れるだけなら暗い方が隠れやすくはあるんだけどさ)

 

 だから、一概に暗いのが悪いとも言えないのだが。

 

(ひとくいばこの居た部屋なら箱を机代わりに使えるかな)

 

 おそらく入り口にも一番近かった気がするその部屋に向かった俺は、数分で手紙を書き終え。

 

(やっぱ洞窟の中って微妙に気が滅入るよなぁ、魔物を避けるのに神経使うし)

 

 再び入り口近くまで戻ってくると「ふぅ」と一息ついて階段を上る。

 

(さてと、ついでに深呼吸でも……え゛っ)

 

 さつじんきの覆面やパンツ以外の緑色を視界に求めて外に出た俺が目にしたモノは――。

 

「脱走して逃亡を図るなんて」

 

「せっかくスレ様が命は取らずに居てくれたのにねー」

 

「あ、あぁ……」

 

 剣呑な目で武器を構えたクシナタ隊のお姉さんに囲まれた甲冑男の姿だった。

 

 




甲冑男がフルボッコされるまで後数秒――?

次回、第百十四話「間の悪い男」

足を踏まれていると言うことは、お姉さんに蹴られて「踏んだり蹴ったり」が完成するんですね、わかります。



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第百十四話「間の悪い男」

(うわぁ)

 

 何という間の悪さか。思わず顔を引きつらせ、回れ右をしかけたけど仕方ないじゃないかと思う。

 

(よりにもよってこのタイミングで鉢合わせるとか……)

 

 予定ではクシナタさん達宛の手紙を五色米もどきの石と一緒に洞窟の入り口に残し、甲冑男を回収していったん中に戻るつもりだたのだ。

 

(今、アークマージの格好で出てゆくのは拙すぎるよな。面識無い設定は守らないと)

 

 クシナタさん達は俺がアークマージの格好をしていることは知っているが、甲冑男の前でクシナタさん達と仲良くする訳にはいかない。

 

(となると、やっぱりクシナタさん達に甲冑のオッサンはボコボコにして貰って、こっちは洞窟に戻るか……うーん)

 

 心情的には見捨てたい、見捨てたいのだが。

 

(ここで使い捨てにすると離反者が出かねないというか、まず間違いなく暴発するわなジレンマ要員が)

 

 情報収集で接触し、信用出来ないと判断した数人のさつじんき達には俺と甲冑男が完全な協力関係にあると吹き込んである。発言力も信用も甲冑男の方があるから、こちらが何か企んでいると知らせることは出来ず。

 

(甲冑のオッサンには「話して貰った者達との協力を取り付けることに成功した」って報告したからなぁ)

 

 甲冑男からすれば短期間に部下の一部を掌握されたように見えることだろう。実際の協力者は、人数的に報告の半分に満たないのだが、敵を欺くには何とやらである。

 

(使い方が微妙に間違ってる気もするけど、今はそんな細かいことに拘ってる場合でもないし)

 

 ここは甲冑男を回収して離脱がベストだろう。

 

(となると、どうやって回収するかだよなぁ)

 

 クシナタ隊のお姉さん達に手荒な真似をする訳にもいかないが、甲冑男は完全に包囲されているのだ。

 

(レムオルで透明になればお姉さん達の間は通り抜けられるだろうけれど)

 

 隙間無くびっちり並んでいては武器も振るえない。実際、通り抜けることはぐらいは出来そうな隙間もある。問題は、包囲の話に侵入したの後のことである。

 

(離脱自体はラリホーの呪文を使い、お姉さん達を眠らせることでたぶん何とかなる。ラリホーの効果範囲は一グループだった筈だし)

 

 アークマージがラリホーの呪文を使えないという点がネックなのだ。

 

(レムオルは透明になってるから良いとして……うーん。側にラリホーを使える魔物が居たことにするぐらいしか思いつかないなぁ)

 

 魔物使い扱いをされていたのだし、なら使役する魔物が居たと言うことにしておけばいいか。

 

(それで「問題の魔物は足止めに残ってクシナタさん達に討たれた」ってとこかな)

 

 甲冑男を回収したら時間との勝負だ。

 

(適当なところで甲冑のオッサンと別れて――)

 

 おそらくはクシナタさん達が手紙を飛んでいる間に知性のあるあやしいかげを探し出して宣戦布告。袂を分かつことを告げたら、襲撃タイムだ。

 

(巻き込む訳にはいかない人達にはもう話を通してるし)

 

 心おきなく呪文をぶっ放せる。

 

(似た部屋が多くてめんどくさい洞窟だけど、そこそこ広いのと一部屋二部屋落盤で潰れても問題ないのが良いよなぁ)

 

 ちょっと地形が変わってしまうかも知れないが、ちゃんと地下に何もない場所を選んで呪文は使うつもりだ。崩落で掠われた人が怪我をしたり命を落としては本末転倒であり。

 

「覚悟は出来ましたか?」

 

「掠われた人達の為にも、あなたはここで討ち果たしまする」

 

 今丁度甲冑男に裁きを下さんとしているお姉さん達に迷惑をかけるのは、本意でない。

 

(さてと、始めるとしようか)

 

 モタモタしてると甲冑男が本格的に成敗されてしまう。俺は手紙を地面に置くと、声に出さずレムオルの詠唱を始め。

 

「……レムオル」

 

 小声で呪文発動させたところで、ラリホーの詠唱に移る。

 

(そう言えば、味方にラリホーかける展開、やたら多いなぁ)

 

 甲冑男にも使おうとしたし、水色生き物に使った記憶もあるが、普通に冒険してれば味方にラリホーの呪文をかける必要なんて早々やってこないと思うが。

 

(って、そんなこと考えてる余裕はないな)

 

 雑念を振り払い、呪文を唱え終える。

 

「ラリホー」

 

「うっ……」

 

 効果は即座に現れた。

 

「っ、新手?」

 

「皆様、警か――」

 

 ただ、クシナタさん達の反応も早い。

 

(流石だなぁ)

 

 レベル上げの効果なのだろうか、数日前まで素人だったとは思えない反応速度だった。

 

(ま、それでも退路は確保出来たか)

 

 崩れ落ちたのは数名に過ぎないが、歯抜けになった人垣は脱出に充分すぎる。

 

「ぐがーっ」

 

(けどさ、何で今回に限って効くんですかね)

 

「わぁ……ごーるどがこんなにたくさんっ。ふふふ、うふふふふ」

 

 俺は距離と立ち位置の都合でラリホーの呪文に巻き込んでしまった甲冑男を担ぎ、幸せそうな顔をした商人のお姉さんをまたいで包囲を抜けた。

 

「あっ」

 

(ふぅ、とりあえずこれで後は洞窟に逃げ込めば)

 

 手紙もあるし、突入には眠ったお姉さん達を起こす必要がある、即座に追撃されることはないと思っていたのだが、俺の予想は裏切られた。次の瞬間、後ろから声が投げつけられたのだ。

 

「待ちなさい、逃がしませんわメラミっ!」

 

 何か攻撃呪文のおまけ付きで。

 

(ちょっ)

 

「ぐがーっ」

 

「っ」

 

 思わず覆面の中で顔が引きつり、背中のいびきにイラッとして担いだオッサンを反射的に呪文の盾に使いかけたが自制し。

 

(くそっ、一か八かかっ)

 

 振り向きざまかわりに突き出したのは、自分の手だった。

 

 




あの中に一人、殺る気の魔法使いが居るッ!

次回、百十五話「反乱の時間」


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第百十五話「反乱の時間」

 ローブが燃えてしまっては作戦が破綻する。だからこその行動だが、これで終わりではない。

 

(……我が呼び声に応え以下省略っ)

 

 後ろに飛びながら声に出さず詠唱していた呪文を解き放つ。

 

「ヒャドっ」

 

 撃ち出された小さな氷の固まりが存在を許された時間は一秒もない。俺の手に迫っていた火の玉と接触し爆ぜた火球に飲み込まれたのだから。

 

(っ、熱っちぃぃ!)

 

 俺が試みたのは、ゲームではあり得ない呪文同士の相殺、ただ、威力とぶつけた位置の関係で俺の手は炎に包まれる。

 

(うぐっ)

 

 まず間違いなく火傷をしているだろうが、直撃よりはマシだし今は撤退が先だ。

 

「そんな、メラミは完全に命中しましたのに」

 

 速度を緩めず遠ざかる甲冑男に魔法使いのお姉さんが驚きの声を上げるが、対処したのは甲冑男ではなく透明になった俺である。

 

(ううっ、手がひりつく……ヒャダルコかヒャダインならもっと威力を殺せてただろうけどなぁ)

 

 それをやってしまうと、呪文のエフェクトというか呪文によって起こる効果が見えてしまう。ただでさえラリホーの件を誤魔化さなければいけないのに、更にめんどくさい事態になるのは間違いなかった。

 

(とにかく、やるべきことはやったんだ)

 

 後は逃げの一手。

 

「ぐがーっ」

 

「ベホイミ」

 

 今だ眠りこけた甲冑男をブラインドにし、手に負った火傷を回復呪文で癒しながら俺は洞窟に飛び込み。

 

「ふぅ……追っては来ないようだな」

 

 警戒したのか、手紙に気がついて読んでる最中なのか、それとも。

 

(姿の見えない乱入者には気づいてるよな、おそらく)

 

 ラリホーの呪文は甲冑男の居た場所とは別方向で唱えられているし、呪文を行使したのが甲冑男でないと言うことも囲んでいたクシナタさん達なら気づいただろう。

 

(乱入者の正体にまで気づいてるかは微妙なとこだけど)

 

 俺が育てたのだが、クシナタ隊のお姉さん達は成長めざましい。乱入者の正体を看過していたとしたって驚かない。

 

(無謀な追撃をかけてくるお姉さんも居ないみたいだし、重畳だよな)

 

 こういう時、短期間に得た力で増長し、痛い目を見るというテンプレがあるも、お姉さんは当てはまらなかったようだ。

 

(わざと逃げ出して誘引し、罠にハメるってのはベタ過ぎるけどね)

 

 手紙を無視して追いかけてこられたら、何らかの足止め策を使わざるを得なかった。

 

(ともあれ、ここまでは何とかなった訳だし)

 

 後は甲冑男を適当なところに放置して、次の行動に移るだけである。

 

「ぐがーっ、んぐぐ、ぐがーっ」

 

(……やっぱり最初はイオナズンかな)

 

  相変わらず寝たままの甲冑男から手を離し、直前まで大きな荷物の負荷がかかっていた側の腕を回しつつ、俺は予定の場所へ向かう。

 

(手頃な獲物が居たなら些少場所がずれるのは誤差の範囲として……)

 

 例によって忍び足で進みながら物色するのは、襲撃の標的。

 

(人語を解す魔物とカンダタ一味、混乱させるなら同時に襲うより時間差にすべきだよな)

 

 まず、人語の話せる怪しい影を襲って離反を宣言し、次にカンダタ一味を襲いアークマージというか魔物達が敵に回ったと思わせる。

 

(逆だとジーン達まで魔物に襲われるし、この順番だけは守らないと)

 

 先に離反した者が居ると魔物側が知っていれば、カンダタ一味に襲いかかられてもそれが、自分達を裏切ったアークマージの小細工だと気づく。

 

(襲ってくるカンダタ一味に応戦すれば、俺の思う壺だってことも解る筈)

 

 あやしいかげに化けている魔物の強さにもばらつきがある、殺し合いになった場合、最終的に生き残るのは魔物側だろうが、被害が出る上にカンダタ一味という人間の協力者まで失ってしまうことになる。

 

(誤解を解こうとするなら良し)

 

 めんどくさくなってとか知性の低い魔物を御せなくてなし崩しの殺し合いになる可能性もあるものの、裏切ったアークマージを放置してカンダタ一味を殲滅させるような真似は、俺が許さない。

 

(経験値は勿体ないけど、間引いておかないとクシナタさん達やジーン達が危ないもんな)

 

 少なくともアレフガルドを棲息域にする魔物はこっちで倒すか、連れ出す必要がある。

 

(まぁ、俺が暴れれば虫は出来ないだろうけどなぁ……ん?)

 

 タイミングが良いと言うべきか。

 

「おい、ヴァロ様を見なかったか?」

 

「ヴァロ様? そう言えば昨日から見てないが」

 

「ふみゃぁぁ」

 

 声が聞こえて足を止めた俺が見つけたのは、何やら会話する怪しい影が二体とあくびをする皮翼をもった猫。誰かを捜している口ぶりにもの凄い心当たりを覚えてしまうのは、気のせいではないだろう。

 

(なるほど、あのアークマージの名前か)

 

 まさにおあつらえ向きの相手な上、情報までくれるとは至れり尽くせりである。

 

(それじゃ、お礼をしないとな)

 

 声には出さず詠唱し始めた呪文が何であるかは言うまでもない。

 

「ん、おい……あれヴァロ様じゃ?」

 

「何?」

 

 わざとその怪しい影達がたむろする部屋へ足音を鳴らし、登場した俺は影の片方を巻き込まないように調整しつつ呪文を完成させる。

 

「イオナズン」

 

「「な」」

 

 驚きの声を上げたあやしいかげ達の姿が爆発によって生じた光に漂白され消える。側にいた猫の魔物諸共。

 

「ククククク……ハハハハハ」

 

 出来るだけ本物の声を思い出して似せながら哄笑すると、洞窟の床を蹴って前に飛ぶ。

 

(さて、仕上げっと)

 

 あやしいかげの片方はおそらく無事な筈。俺の振る舞いを喧伝して貰う為にも生きていて貰うつもりだが、俺の攻撃呪文に恐れをなしてこの段階で逃げられては、困る。

 

「立て、今のはわざと外してやった筈だ」

 

 煤まみれになって床に転がるあやしいかげに命じると、共にもう一度声には出さない方で呪文の詠唱を始めながら反応を待つ。

 

「おいっ、何だい――」

 

「イオナズン」

 

 爆音を聞きつけて飛び出してきたらしい何者かが、呪文で生じた爆発に呑まれて消える。

 

「くだらんな。実にくだらん」

 

 さぁ、始めよう。一大造反劇を。倒れ込んだまま身動きのとれなかったあやしいかげから視線を外さず、俺は嘆息した。

 

 

 




主人公無双、はっじまっるよー?

次回、第百十六話「蹂躙」



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第百十六話「蹂躙」

 

「ふと思ったのだ、何故このような場所で人間共のお守りをして燻らねばならんのかとな」

 

 地面に伏したままのあやしいかげへ無造作に近寄りながら、周囲に散乱する魔物のパーツをまたぐ。

 

(吸血鬼かその色違いってところか)

 

 猫の前足と一体化したモノ以外のコウモリを思わせる翼とタキシードっぽい衣服へ包まれた身体の一部にあやしいかげの正体を察した俺は、立ち止まると黒いシルエットのままの体躯を殺さないよう加減して、踏みつけた。

 

「ぐふっ」

 

「あの人間共が脅威となるとは思えん。上手く使えば情報を仕入れる助けにくらいは使えるであろうが、それならば連絡役をつけておくぐらいで事足りる。ならばなぜ、私はこんな場所で無為に時を過ごさねばならん?」

 

 普通に考えれば、この洞窟にアークマージを配するなど過剰戦力も良いところだ。

 

「これが私への正当な評価だというなら……ゾーマ様いや、ゾーマへ返す私の答えだ」

 

「うっ、く……」

 

 少々強く踏みつけすぎたのか足下で呻くだけの影法師に足を乗せたまま、俺は言葉を続ける。

 

「伝えておけ。私を軽んじたこと、後悔させてやるとな。その為に貴様は生かしておいたのだ」

 

 フンと鼻を鳴らして足を退け、歩き始めながら何気なくを装って洞窟の壁や天井へ視線をやる。

 

(どうやらこの分だと、派手にやらかし過ぎなきゃ呪文を使っても落盤の危険はなさそうだな)

 

 よくよく考えると攻撃呪文でどうにかなるような構造なら、洞窟に攻撃呪文を使う魔物を配備する奴はただのアホと言うことになる。

 

(ま、気にせず動けるならこっちもその方が都合が良いんだけどね)

 

 アークマージのフリをしている以上、使える呪文は限られている。攻撃呪文のイオナズンが洞窟だから使えないなんてオチになったら、人間の俺に出来るのは物理攻撃だけだからだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃばべっ」

 

「ま、物理だけでも何とかなる訳だがなっ」

 

「フシャァァァッ」

 

 たまたま視界に入った笑い狂う顔つきの袋を忍び寄って踏み抜くと、そのわらいぶくろの骸ごと地面を蹴って飛び、空中で威嚇する先程の魔物と色違いである皮膜を持ったオレンジ色の猫目掛けて腕を振り上げる。

 

「はあっ」

 

「ブギャッ」

 

 叩き付けた腕に嫌な感触を残して悲鳴をあげたキャットフライの身体がひしゃげ、洞窟の壁に赤色をぶちまける。

 

(うわぁ……こっそりバイキルトかけたとは言え、素手でこれって)

 

 自分でやったことながらえぐい光景に顔を引きつらせるが、素の攻撃力ではアークマージのような強敵が出てきた時に対応出来ないのだから仕方ない。

 

「何だ、一体何があっ……あ?」

 

「どうし、うげっ」

 

「っ」

 

 魔物の断末魔を聞いたのか、それともさっきのイオナズンの爆音を聞きつけたのか。通路から飛び出してきて凄惨な光景に立ちすくむ覆面マントの変態二名を知覚した俺は我に返って走り出す。

 

「ふはははははっ」

 

 走りながら高笑いし。

 

「あ……なばっ」

 

「がふうっ」

 

 翼のように広げた両腕で、固まった変態二名の首を引っかける。なんちゃってラリアットだ。

 

「ふむ、両腕を攻撃に使えば一度に二人までは距離次第で仕留められるか」

 

「う、うぅ……」

 

 ポツリと呟く俺の足下で呻き声がするのは、猫の魔物でやりすぎを自覚して手加減したからなのだが、どうやら上手くいったらしい。

 

(そもそも、生きてアークマージに襲われたって証言して貰わないといけないからなぁ) 

 

 カンダタ一味のみの編成で出てきたならば、最初から殺すつもりはない。

 

(魔物とセットで出てきた時は口封じしないといけないんだろうけど)

 

 犯罪者とは言え殺人は抵抗がある、だから――。

 

「メダパニ」

 

 再び足音を殺して進み、魔物とカンダタ一味の混合パーティーを見かけた俺が物陰から唱えた呪文は、対象を混乱させる呪文。

 

「ヴヴヴヴヴヴ」

 

「ん? おい、ど」

 

 突然羽根を激しく動かした昆虫が放出した熱に覆面マントの言葉が遮られる。

 

「ぎゃあああっ」

 

「なっ、てめえ!」

 

 ギラの呪文で不意をつかれて顔面を焼かれたさつじんきが地面をのたうち回り、たまたま呪文の範囲から免れていた別の男が瞳に敵意を宿して絶賛混乱中な昆虫の魔物に向き直った。

 

(……計画通り)

 

 たぶん同じ要領で同士討ちさせていけば、カンダタ一味と魔物達の間に亀裂を生じさせるのは簡単だろう。

 

「死ねぇっ」

 

「とち狂いやがって虫けらがぁっ!」

 

「ブブッ」

 

 斧を振り下ろされて、空から落とされたハンターフライが、顔に火傷を負いいきり立つ変態にトドメを刺されて動きを止める。

 

(あとは、この調子で混乱を広げていけば問題ないな)

 

 ジーン達には下階に近い場所へ移動するように言ってあるので、この騒ぎに巻き込まれる可能性は低い。

 

「メダパニっ」

 

 最初の同士討ち演出に手応えを感じた俺はしのびあしで進むと、今度は魔物の脇に立つ覆面マントの男に向けて呪文を唱えた。

 

「ん、今何か聞こえ……待て、人間何をすぎゃぁぁぁっ」

 

 黄緑色の胴に顔のある魔物が覆面マントの男に斧でかち割られて断末魔をあげ。

 

「がっ」

 

(……これでよし。さてと)

 

 別の場所では不意をついて人語を話すあやしいかげに忍び寄って一撃で仕留めてから、声色を出来るだけ真似て叫ぶ。

 

「誤解だ、我々は裏切ってなど……ぎゃああっ」

 

 断末魔はサービスだ。お代は更なるパニックで結構。

 

「消え去るがいい、イオナズン」

 

 次の部屋では問答無用に魔物の群れの中央で呪文による大爆発を引き起こし。

 

「ぐほっ」

 

「貴様等のような雑魚のお守りはうんざりしたのだよ」 

 

 まだ事態に気づかず、ぼーっと立っていた覆面マントにはすれ違いざまに膝蹴りを叩き込んでから通過する。

 

「マホトラっ」

 

「ヴ?」

 

「さらばだ、イオナズンっ」

 

 呪文で精神力を奪われた虫の魔物は振り返った瞬間、仲間達と共に爆発へ飲み込まれ。

 

「何だ、何が起こっている?」

 

「裏切りだ、魔物共が裏切ったぞ!」

 

 何処かで上がる叫び声が、パニックの広がりを伝えてくれていた。

 

(そろそろ仕上げに移るか)

 

 もうそろそろいいだろうと、成功を確信し、足音を殺すのを俺は止め。

 

(魔物達はこっちに引っ張ってこないとな……よしっ)

 

 作戦を第二段階へと進める為、走り出た。

 

 




もう、主人公(アイツ)一人でいいんじゃないかな?

次回、第百十七話「手の込んだ誘引」


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第百十七話「手の込んだ誘引」

「グル?」

 

「イオナズンっ」

 

 獣らしき唸り声を上げたあやしいかげは、次の瞬間爆発の中に消える。

 

「なん」

 

「はあっ」

 

 爆音を聞きつけて飛び出してきた黄緑色の魔物の胴に拳を叩き付け、そこにある顔を粉砕し。

 

「でやあっ!」

 

 崩れ落ちる骸を通路に蹴り戻す。

 

「うおっ?!」

 

 丁度後続の魔物がこちらに向かって来ようとしていたのだろう。衝突して声を上げたあやしいかげが死んだ魔物の身体を押しのけようとしている間に俺は距離を詰め。

 

「なっ、お前はヴァロ! まさ」

 

「っ」

 

 様付けではなく呼び捨てにしたそれに繰り出そうとしていた拳を止める。

 

(同格か格上辺りか)

 

 手強い魔物には出払って貰わなければこの後突入するクシナタさん達が困る。

 

「イオナズンっ」

 

「ギャァァァァァッ」

 

 だから直接攻撃はせず、完成させた呪文で消し飛ばしたのは振り返らずに腕だけ突き出した自分の後方。断末魔が聞こえたと言うことは、戦闘の音を聞きつけてこちらにやって来ようとしていた魔物が居たと言うことだろう。

 

「何と言うことを……お前は自分が何をしたのか理解しているのか?」

 

(勿論、と言いたいところだけど……下手に会話して偽物とバレたら拙いもんな)

 

 怒気を滲ませつつあやしいかげの発した問いに俺は敢えて答えず、無言で歩き出す。

 

「っ、待て!」

 

 呼び止めようとするのも立場からすれば当然と言えた。止まってやるつもりなどもうとう無いが。

 

(さてと)

 

 ここからは鬼ごっこの始まりだ。

 

「逃げるなら容赦せんぞ、イオナズン!」

 

(って、いきなりですか)

 

 魔物を何体も屠って明らかな敵対行動をしたからだろう、続いてあやしいかげが怒りを滲ませた声には攻撃呪文がセットでついてきて。

 

(うおおっ、ちょっ、洒落になんないんですけどっ)

 

 数秒前まで居た場所が爆発に飲み込まれる。

 

「ちぃっ、運の良い」

 

(いや、運というか素早さがカンストしてるから何だけどね?)

 

 舌打ちする推定アークマージに俺は声を出すことなく胸中で答える。ゲームで言うなら逃亡が成功して戦闘が終了したとでも言うところか。戦闘範囲を脱した為、呪文がギリギリで届かなかったのだ。

 

(自分でやっててアレだけど、反則だなぁ、これ)

 

 素早いから先手をとれる、そして呪文を唱えながら逃げる何て真似も出来る為、敵対者からすればタチが悪すぎる。

 

「イオナズンっ」

 

「っ、ぎゃぁぁぁ」

 

 逃げながら、行く手を塞ぐ魔物がいれば爆殺し。

 

「今の悲鳴はな」

 

「ヴヴヴヴヴ」

 

「イオナズンっ」

 

 断末魔や爆発音を聞きつけた魔物がやって来ては、呪文によって生じた爆発の中に消える。

 

(効かないなら効かないで物理攻撃があるし)

 

 よっぽどの強敵が出てこなければ単身で対処は十分可能だった、しかも。

 

「っ、てめぇら良くも裏切りやがったな!」

 

「何のこ」

 

「おらぁ、死ねぇぇぇっ!」

 

 逃亡劇のさなか、顔に火傷を負った覆面マントの男が乱入し怒声を浴びせたかと思えば、推定アークマージに斧で殴りかかったのだ。

 

「っ、これは何の真似だ?」

 

「ああん? てめぇがあの虫に俺を襲わせたンだろうが!」

 

 実力差から大したダメージにはならなかったものの、味方だと思っていた相手から突然の襲撃にアークマージと思われるあやしいかげの注意は俺から逸れ。

 

「ヴヴヴヴヴ」

 

「お頭が居ないこの隙にってことか、おい? あぁ?」

 

 激昂したままのさつじんきは気づいていない。従うべき相手に危害を加えられた虫の魔物が、自分を敵と認識して取り囲み始めたことに。

 

「ええぃ邪魔だ、ど……待てお前達、このおと」

 

 あやしいかげの方が先にハンターフライ達の動向に気づいたが、もう遅かった。

 

「てめぇ、どっちを見」

 

「「ヴヴヴヴヴ」」

 

 羽根を激しく動かした魔物達は呪文を放つ直前だったのだ。

 

「ぎゃぁぁぁっ、熱ちぃぃ」

 

 一斉にハンターフライ達から熱を放射された覆面マント男は、床をのたうち回り。

 

「おい、どうし」

 

 悲鳴を聞きつけてやって来た甲冑男が、おそらく想定外の事態に立ちすくむ。

 

(うわぁい)

 

 まさか、カンダタ子分まで出てくるとは思っていなかった。

 

(兜があるってことは別の子分かぁ)

 

 推定アークマージからすればろくでもない展開だろう。手下のモンスターが味方であるはずのカンダタ一味を襲っているところを一味の幹部に見られてしまったのだから。

 

「貴様、これは一体全体どういうことだ!」

 

 当然ながら、甲冑男はあやしいかげに食ってかかった。

 

(うーむ、混乱に拍車はかかりそうだけど)

 

 こちらを追って来て貰わないと、クシナタさん達の安全が確保出来ない。かといってここで双方を攻撃しては小細工をした意味がない。

 

(うん、逃げよう)

 

 俺は足音を殺さず踵を返した。この状況下で俺が去ろうとすれば、あのあやしいかげは事態を収拾するか俺を追うかの二者択一を迫られる。

 

(……どっちを選ぶかな)

 

 もし、俺を放置したなら、辻イオナズンの犠牲が増え続ける訳で、事態の収拾を図ろうにも側にいる魔物とカンダタ一味は既に交戦状況にある。

 

(俺だったら裏切り者の追跡を選ぶけどね)

 

 ついでに己が手で先走った虫の魔物を始末し、裏切りは誤解だと告げてこちらを追うだろう。

 

(そもそも同士討ちが始まってるのも一カ所に限った話じゃないし)

 

 あれを収拾するのは、一苦労だと思う。

 

(だからこそ知恵が回れば、思う筈。このパニックは裏切ったアークマージが安全に逃げ切る為のものだと)

 

 事態の収拾を優先して逃げ切られたら裏切り者の思う壺、と言う訳である。

 

(そう思わせてこっちを追いかけてきて貰うのが狙いなんだけどね)

 

 めんどくさい真似をしているという自覚はある。

 

(けど、それ故に普通なら考えもしないはず)

 

 わざわざ自分を追わせる為だなどと言うことは。

 

 




次回、第百十八話「バトンタッチ」


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第百十八話「バトンタッチ」

「グォォォ」

 

「フシャァァァァ」

 

 誘引については成功したのだと思う。

 

「待」

 

「グオォォォン」

 

 シルエットの低さに反したドスドスとかズリズリなんていかにも重量級ですよ的な音をさせつつ追いかけてくるあやしいかげの方向の合間にさっき聞いた声が時折するからだ。

 

(いやぁ、思った以上に大量だぁ。はっはっは……)

 

 何というか、俺としては、笑うしかない。連続であやしいかげが吐きかけてくる火炎の出所が複数箇所あった時点で正体はだいたい察した。

 

(一番化けてて欲しくない奴きたぁぁぁぁっ)

 

 正確にはまだ確定ではないがものの、とりあえず複数の首をもつドラゴンっぽいの魔物と言うところまでは確定だと思う。

 

「イオナズンっ!」

 

 その系統の魔物には効かなかったような気もしつつ俺は呪文を放つ。

 

(これで少しくらいはっ)

 

 一緒になって追っかけてきてる魔物を間引かないと、万が一もあり得るからだ。

 

「おい、何だ? 何があっ、うおっ」

 

 足跡を聞きつけたのか脇から出てきた覆面マントの脇を俺は無言で駆け抜ける。

 

「危ねぇな、気をつ」

 

 背中越しに投げられた罵声が途中で切れたのは、きっと後ろの団体さんに気がついたのだろう。

 

「な、何だお前等、一体な、ちょっちょっと待て、あ、ぎゃぁぁぁぁっ」

 

(……南無)

 

 カンダタ一味を積極的に襲う気はなくても、超重量級の魔物が爆走してるのだ。巻き込まれたらただで済むはずがない。

 

「ええい、この忙しい時にっ。お前はホイミスライムでも呼んでこいっ」

 

 誤解を解く為の点数稼ぎか実は割と人が良いのか、俺を追う魔物の向こうからそんな声が聞こえた気もするが、はっきり言って今の俺にそんなことを気にしてる余裕はない。

 

(今は前を……)

 

 前方の注意を疎かにすれば行く手を遮られ、「○○は逃げ出した! しかし回り込まれてしまった」状態に鳴りかねない。

 

「ふにゃあぁ」

 

「ヴヴヴヴ」

 

「そこか、イオナズン!」

 

 前方に意識を集中し、魔物の鳴き声がすればためらいなく呪文を叩き込む。

 

(そろそろ精神力がやばいか……)

 

 呪文は届かずとも視界に入ってる状況で精神力を吸収する呪文を使っては偽物だとばれてしまう。

 

(なら、ここから先は……この拳で)

 

 そう。これが、肉体派アークマージ・ヴァロ爆誕の瞬間であった。

 

(って、何妙なナレーション入れてるんだよ、俺)

 

 ともあれ、熱心な追っかけと貸してる推測多頭ドラゴンとアークマージは是が非でも洞窟から釣り出さないといけない。

 

(俺の存在を、強者の存在を感じ取って出てきたって言うなら、俺が洞窟を去れば追ってくるか、引っ込むはず)

 

 ゲーム的に言うなら一ターンに二回行動出来る今、追いかけてきた連中をまくこと自体は難しくもない。

 

(問題はデカブツの方だけど)

 

 アークマージは奇襲すればあっさり屠れる。裏切り者が出たことは知れ渡っているから、追いかけてきた連中を生かして返す必要はない。

 

(と言うか、どう考えてもボスクラスのモンスターをこんなとこで野放しにする訳にもいかないしなぁ)

 

 大物の方は耐久力はあるが攻撃は直接攻撃か火炎のブレスのみ。補助呪文を重ね掛けすれば少々時間はかかるが単独撃破だって可能だ。

 

(裏切ったアークマージの評価がとんでもないことになりそうだけど)

 

 イオナズンで魔物達を蹂躙しまくったあげくに同格の魔物を撃破、更に格上の魔物まで単独で撃破する。

 

(まぁ、身の不遇から反旗を翻した理由としては納得出来るか)

 

 もし、本当にそれ程の実力を秘めていたなら人間の犯罪者のアジトに置いておくなど人材の無駄遣いも甚だしい。

 

(チートな部下をつまんない場所に配置して不満を抱かせ、野に降らせたとなるとなぁ)

 

 下手すれば大魔王の沽券と言うか配下達からの評価にまで関わってくるんじゃないだろうか、これ。

 

(いや、こっちの都合良く考えすぎかな。……何にしてもまずは後ろの熱狂的なファンにお出かけ頂かないと)

 

 俺がクシナタさん達では手に負えない魔物を洞窟の外に引っ張り出すことは手紙で伝えてある。

 

(クシナタさん達とジーン達を信じて、俺は自分のやれることをやるだけ、かな)

 

 洞窟を出て、クシナタ隊に救出任務というバトンを渡す。

 

「でやぁっ」

 

「がっ」

 

 出くわした杖をもつ黄緑の魔物目掛け、腰を深く落として真っ直ぐ突き出した拳を叩き込むと、傾いでくる体躯を飛び越えながら踵で後方に蹴り込む。

 

「グガアアッ」

 

 魔物の吹っ飛んでいった後方でデカブツの咆吼があがるが、重量級の足音は鈍らない。

 

(うーむ、効果無しかぁ。まぁ、嫌がらせ程度にしか考えてなかったけど)

 

 何とスリル満点の鬼ごっこであることか。

 

(金属の擦れる音、さまようよろい、か?)

 

 次の部屋に突入する直前、物音を聞きつけた俺は拳を握り込み。

 

「っ、あんたは」

 

「っ」

 

 兜をかぶってない甲冑男の姿に慌ててパンチを止めた。

 

(ここに来て、このオッサンとか)

 

 バッドタイミングこの上ない。

 

(下手なところに行かれるとジーン達のことがバレるしなぁ)

 

 連れて逃げるには足手まといだが、邪魔だからと言う理由だけで殺人は躊躇われた。

 

「逃げろ、潰されるぞ」

 

 だから、俺の口から出たのは忠告で。

 

「は? っ、ひぃぃぃっ」

 

 声をかけた分、不幸な覆面マントより反応は早かった。

 

「な、に、が、ど、どう、なっ」

 

「しゃべる暇があったら走れ。追いつかれて踏みつぶされるぞ」

 

 どうしてこうなったのかは、わからない。

 

「もうすぐ出口だ、意地を見せろ」

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 ただ、俺と甲冑男は何とか階段のある通路まで辿り着き。

 

「おおおおおっ」

 

 勢いを駆って階段を上りきったのだった。

 

 




次回、番外編9「任務、託されて<前編>(クシナタ視点)」

いよいよ、洞窟に突入。




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番外編9「任務、託されて<前編>(クシナタ視点)」

「っ」

 

 スー様、と喉まで出かかった声を私は飲み込みました。覆面とローブで姿をお隠しでも間違う筈がございませぬ。そも魔物なればあれ程急いで洞窟を飛び出してくる理由も無きことにて。

 

「えっ」

 

「あ」

 

「皆様、お静かに」

 

 一緒にバハラタで見た人攫いが居ることのみ気になりましたが、ここで魔物達に気づかれては身を挺して魔物を誘き出して下さったスー様に申し訳が立ちませぬ。私は自分を律して皆に注意し、身を伏せまする。

 

(スー様、未熟な我が身でスー様を案じるなど烏滸がましいこととは思いまするが、どうぞご無事で)

 

 まずは魔物が去りし姿を見届けること。スー様の背を見送ることも出来ませぬが、掠われた方々を救うことこそ私達の役目。

 

(一体どのような魔物が――)

 

 スー様を追ってこれから出てくるのは、託して下されたお手紙にある私達ではかなわぬと記された魔物達。以前お教え頂いた「あやしいかげ」なる魔物の特徴からすると、見た目はただの影法師聞き及んでおりまするが。

 

「グルォォォ」

 

「ひっ」

 

「ひぃ」

 

「あ、あぁ……」

 

 ただ一つの咆吼だけで、私達には充分でございました。腰を抜かす娘、放心した娘、地に伏せて震え出す娘。

 

(やまたの……おろち)

 

 隊の皆が一瞬にして震えるだけの無力な女子に戻ったことを責めることなど出来ませぬ。それは、私達にとって恐怖の象徴。

 

(ジパング以外にも居たなんて……し、しかしスー様ならば)

 

 スー様が私を喰らおうとしたおろちを追いつめたのは、つい先日のことでありまする。

 

(スー様が負ける訳はありませぬ。ならば、私達は為すべき事を為すのみ)

 

 己が両の頬を叩いて気合いを入れ直すべきかも知れませぬが、洞窟の入り口から未だ魔物が吐き出される中、音を立てるのは下策。

 

(あの魔物達が出払ったらなら……)

 

 魔物がまだ溢れてくるからこそ、まだ動けませぬ。

 

「追えっ、まだ遠くには行っていないはずだ」

 

「待てっ、お前達は行くな、戻ってまだ息のある者の治療を」

 

(あれは……)

 

 息を殺して洞窟の入り口を観察し続けるうち、魔物に指示を出す影法師の姿を見つけ足るも、指示を出すと言うことは相応の強さを持ち合わせていることでありましょう。

 

(ああ、もし今スー様の横に並び立てる程の実力があれば、飛び出していって切り伏せまするのに)

 

 力のなさが口惜しい。

 

『あなたは力を望んでいるのですか?』

 

「え」

 

 その時でありまする、あやし声がしたるは。

 

『私の声が聞こえますね? 私はすべてをつかさどる者。あなたが、何故力を求めるのか、この私におしえてはくれませんか?』

 

「あ、あなたは」

 

『あぁ、声に出す必要はありません。心の中で語ってくれるだけでよいのです』

 

 あやし声に敵意は感じませぬ、されど、今は――。

 

(私は為さねばあらぬ役目のある身。今、長々と語る時間はございませぬ)

 

 そう、洞窟の前の魔物達が去れば、私達は洞窟に突入することになっておりまする。掠われた人々と、スー様に内応を約束してくださった方の命にも関わること。他のことを考える余裕など無く。

 

『わかりました。取り込み中のところごめんなさいね。では、また後ほどお話を聞かせてください』

 

(え? あ、はい。後ほど)

 

 ただ、あっさり引き下がった声に少し拍子抜けしつつも答え。

 

(……っ、呆けてる場合ではありませぬ! あ)

 

 頭を振って我に返れば、洞窟の前にはむ魔物の姿もなく。

 

「皆様っ」

 

「た、隊長」

 

「す、すみません醜態を」

 

「いえ」

 

 呼びかけにすぐさま応じた隊の方々に向かって首を横に振った私が最初にしたことは――。

 

「しっかりなさいませ」

 

「ぶっ」

 

 未だ放心した方々の頬を叩いて正気に戻すことでございまする。

 

「おろちは私達がいつかは乗り越えねばならぬ壁、それにこんなことではスー様に受けた恩も返せませぬ」

 

「っ」

 

「スー様が私達に指導をしてくださったのは、逆にそれだけの実力がなければならない程の危険が待ち受けていると言うことでもありまする。もう無理だというのであれば、それはそれで構いませぬ。スー様にお伝えして、除隊の許可を頂いてきましょう」

 

 スー様の協力者としての務めは過酷なモノになると思われまする。故に耐えきれぬなら、ここで身を引くのがおそらくは最善。

 

「このままバハラタに戻ったとてとがめ立てはしませぬ」

 

 私に無理強いするつもりはありませぬ。

 

「クシナタさん……」

 

「隊長」

 

「この状況で帰るなんて言い出す子がいる訳無いでしょ」

 

 呆れたように言い返してきたのは、盗賊になった私より一つ年上の方。

 

「先行するわ。斥候は任せておいて」

 

「あ……宜しくお願」

 

「そう言うのもナシで良いわ、隊長様。年上なんだから少しぐらいは出しゃばらせて頂戴」

 

 私の言葉に被せる形でうむを言わさず主張したその方は、言うが早いか洞窟に向けて歩き出し。

 

「そう仰るなら隊長も引き受けてくだ」

 

「ふふっ、それじゃお先に行かせてもらうわねっ」

 

 逃げるように洞窟の中へ消えていったのでありまする。

 




すべてをつかさどるものだって?!

いったいなにものなんだ?


次回、番外編9「任務、託されて<中編>(クシナタ隊女盗賊視点)」


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番外編9「任務、託されて<中編>(クシナタ隊女盗賊視点)」

(はぁ……隊長様は気づいて言ってるのかしら?)

 

 背中にかかった声を思い出し、あたしは心の中で嘆息した。

 

(あのシルエットに化けてた魔物の声を聞いた時、即座に動けたのは隊長様だけだったって言うのに)

 

 あたし達に共通する心の傷も、命を落とすことの無かった「隊長様」だけは他の皆より浅い。

 

(最初にあのお方――スーザン様に直接ついてきて欲しいと言われたと言うのもあるかも知れないけど)

 

 申し出を代表して受けてくれたからこそ今のあたし達があるのだ。

 

(あれがなければあたし達は生き返ることなんて出来なかったもの)

 

 一人の女子としてごく普通の生活を送り、伴侶を得て子をなし、育む。望んでいたささやかな夢は、あのやまたのおろちの生け贄に選ばれた時点で潰えた。

 

(そこで終わりだと思っていたのに、新しい明日をくれたのだもの)

 

 危険と隣り合わせの今は平穏とはほど遠い暮らしだとしても、諸悪の権化である大魔王が滅びれば平和が戻ってくると聞いている。

 

(嫁き遅れの覚悟は必須ね。もっとも、お相手のめどさえ立ってないのだけど)

 

 スーザン様に思いを寄せる子もいるものの、おそらく実らぬ恋だと思う。スーザン様の身体は他者のものなのだから。

 

(あの方自身も首を縦に振らないだろうし、心だけの、自我だけの方だもの)

 

 もし、思いを受け入れて貰えたとして、その先はどうなるというのか。

 

(そもそも、今為すべきは世界を平和にすること)

 

 色恋にうつつを抜かしている時ではない。

 

(スーザン様なら、弟子の……シャルロットさんだったかしら? ともかく、勇者を導いて、世界を平和にしてくださるはず)

 

 だから、あたしはやれることをやるのだ。

 

(確か、地下に行くには左に曲がって、二つめの部屋を右に……)

 

 スーザン様は手紙に地図まで添えてくださっている。

 

「ヴヴッ!」

 

「うおおおっ、てめぇっ良くもアイツを」

 

 ましてや、洞窟の中は大混乱だ。悲鳴がしたかと思えば、怒号に続いた何かが叩きつぶされる音の後にそれまで通路から聞こえていた羽音が消えた。

 

(あの甲冑男の仲間と魔物の同士討ちがまだ続いてるのね)

 

 事態の収拾が可能な魔物はおそらく大半がスーザン様を追って出ていったのだろう。残されたのは、不意をつけばあたし達でもどうにかなるような魔物とこの洞窟を根城とした人攫い一味ばかり。

 

(しかも、万全の状況にはほど遠い。同士討ちで手傷を負ってる魔物も居そうだし……手傷で済んでないのも居るみたいだもの)

 

 部屋の脇を見れば、転がるのは倒された魔物の骸。スーザン様が手を下したのか、仲間割れの結果なのかは解らないが、気にする必要もない。

 

(何か持ってるか調べて行きたいところだけど、今は自重しましょ)

 

 後ろ髪を引かれつつも、死体の転がる部屋を後にし、あたしは通路に踏み込む。

 

(仲間割れは終了してるわね)

 

 虫のモノらしき羽音が絶えていることから、倒されたのは魔物側か。

 

「うへへ、ざまあみろってんだ」

 

 通路の中程でこちらに背を向けてひしゃげた大きな羽虫を踏みつけるのは、覆面と一体化したマントを纏う一人の男。

 

(協力者なら知ってるはずよね。この混乱の真相も)

 

 ならば、倒してしまって問題ない筈だ。

 

(かといって討ち漏らして騒がれたら拙いわね)

 

 あたしは男に気づかれないように後退すると、さっきまで居た部屋に戻り、部屋の入り口まで来ていた皆に指を一本立ててから通路の方を指さす。

 

「敵が一体いるわ、念のために一斉攻撃で仕留めたいのだけど」

 

 などと口に出せば、男に気づかれる可能性がある。故に連絡はハンドサインとジェスチャーを足して二で割ったようなもので行い。

 

(直接的な恨みはないけど、己の罪を悔やむのね)

 

 無言のまま仲間を連れて再び先程の通路に足を踏み入れたあたしは、束ねていたはがねのむちをほぐし。

 

「んぐっ?! がっ」

 

 空気を斬り裂いた鞭が覆面をかぶる頭に巻き付いた直後、剣風が鞭を引きはがそうと顔に両手をやった男の胴を薙いだ。

 

(流石ね……あたしの攻撃も要らなかったかもしれないぐらいに)

 

 倒れ伏した男から毒々しい赤が広がって行く光景を見つめながら男の頭に巻き付いたはがねのむちを外し、棘を指に刺さないようにして再び束ねる。

 

(確か、次の部屋の左手に見える扉の向こう)

 

 協力者はそこにいる。

 

(あれだけ混乱してれば当然よね)

 

 騒ぎに巻き込まれないようにスーザン様が指示したそうだが、正解だったと思う。耳も澄ませば、何処かで争う音や怒号、悲鳴などが聞こえてくるのだから。

 

(下手するとあたし達の侵入にも気づいてないかしら)

 

 取り込み中の今が好機だ。あたしは再び隊の皆を置いて進むと、手紙にあった扉に歩み寄り、ノックする。

 

「何だ?」

 

「手紙、読みました」

 

 奥から聞こえた訝しげな声への答えは簡潔な上そのままだが、合い言葉のようなものは取り決めてないのだ。

 

「……そうか、ん?」

 

「用心の為、先行したのよ」

 

 扉が内側からあっさり空き、現れた男が周囲を見回したので、あたしは言い添える。

 

「なるほどな。聞いてるかも知れんが、俺がジーンだ」

 

「手紙にあった通りね。早速だけど――」

 

「皆まで言うな、解っている。幹部連中はこの騒ぎで半分が出払った」

 

「それは好都合ね」

 

 とは言え出払っただけなら時間が経てば戻ってくるだろう。

 

「この下階の構造は聞いているか?」

 

「ええ、階段を下りて直進した先に小部屋が一つ。左に曲がった先に生活スペースがあってその奥が牢だったわね?」

 

「そうだ。時間が惜しかろう。小部屋の方で騒ぎを起こして何人か釣り出す」

 

「その隙に突入するってことね」

 

 悪くない案だと思う。これを考えたのはスーザン様か、それとも目の前のこの人なのか。

 

「わかったわ、仲間に伝えてくる」

 

 想像以上に早く、救出作戦は大詰めを迎えたと思う。断りを入れてからあたしは皆を呼ぶ為、来た道を引き返した。

 




長かったこの洞窟もそろそろ終了です、たぶん。

次回、番外編9「任務、託されて<後編>(クシナタ隊女盗賊視点)」



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番外編9「任務、託されて<後編>(クシナタ隊女盗賊視点)」

「あたしは牢のある方にゆくわよ?」

 

 人質を解放する側は、誘き出される甲冑の男達をやり過ごす必要がある。足音や気配を殺すのが得意なあたしとしてはこちらに回るべきだろう。隊の皆合流し、先程のやりとり説明するなり、そう主張した。

 

(流石にこれは声を出さずにどうこう出来る話じゃないものね)

 

 幸いにもこの階の混乱はまだ収まる様子を見せない。短いやりとりなら大丈夫だろう。

 

「私も牢の方に参りまする」

 

「あら、隊長様も来て下さるの?」

 

「掠われた人の確保が最優先ですし。私はバイキルトで隊長を補助しますね」

 

「一気に殲滅って流れなら、魔法使いは牢屋側のほうが良いもんねー? じゃ、私もそっちかなぁ」

 

「じゃあ、わたしはもう一方に回ります。誘き出す小部屋って宝物庫でしたよね?」

 

 着々と人員の割り振りは決まって行く。商人のあの子は宝物庫というかお宝に釣られてる様にも見えるけど、隊長様を除けば、この中で一番打たれ強いから釣り出された相手の抑え役としての立候補ってところかしらね。

 

(回復役も多めに回るみたいだし)

 

 さっきの協力者とフォローしあえば時間稼ぎぐらいは出来ると思う。

 

(そもそも、ここまで来たらもう行くしかないわよね。下の階にいる幹部が少ないのは今だけだもの)

 

 今はまだ人攫いと魔物があちこちで戦っている様だけれど、魔物の中でも特に強い個体はスーザン様が連れ出して洞窟内には残っていない上、下の階から上がってきた甲冑姿の男達が覆面男達の加勢に加わっている筈なのだから。

 

「混乱が収まって、この階にいる幹部が戻ってくる前に下階を制圧しないといけませんね」

 

「そうね、急ぎましょ」

 

 あたしは仲間に頷き返すとさっき戻ってきた道を引き返す。

 

「来たか」

 

「ええ、連れてきたわよ。皆も」

 

 距離にすれば通路一つと一部屋分、再会までにあまり時間はかからず。

 

「お初にお目にかかりまする、わた」

 

「いや、挨拶は後でいい。今この時も人質を取られたままの奴が居る」

 

 時間が惜しいということか。

 

(そりゃそうよね、もしこの中の誰かが捕まってたりしたらあたしだって居ても立ってもいられないし)

 

 さっさと為すべきことを澄ませてしまおうというのであれば、賛成だった。

 

「なら、急」

 

「少し待て」

 

「何?」

 

 その割には呼び止めてきたから訝しんだのだけど、呼び止めた覆面の人には理由があったみたいで。

 

「これを渡しておこう」

 

「これは?」

 

 差し出されて思わず受け取ってしまってから問えば、ジーンと名乗っていたその人は短く告げた、毒針だと。

 

(けど、物騒なモノ持ってたのね、あの覆面男って)

 

 布にくるまれた鋭い針をマジマジと見ながら、倒した男の懐も漁ってくるべきだったかと思ってしまったのは、これがどういうモノであるかを別の人からも教わっていたから。

 

(急所にさせば一撃で、ね……)

 

 これがあると、あの溶岩洞窟での『れべるあげ』の効率が上がるとスーザン様は言っていた。

 

(とは言っても、長居して死体を漁る時間はきっとなさそうね)

 

 洞窟から連れ出された魔物はあの方に任せておけば間違いないとは思うが、ひょっとしたらはぐれて戻ってくる魔物がいるかもしれない。

 

「どういう物か知っていたようだな。おそらく俺よりお前の方が上手く扱えるだろう」

 

 こちらの反応を見て察したらしくジーンはそれだけ告げると歩き出し、あたしもすぐに後を追う。

 

「ここで少し待て」

 

 と言っても、進めたのは階段までだったけれど。

 

「お前達と一緒だと見つかった時言い訳ができん。下階には幹部しかいないが上階はこの騒ぎだ」

 

「警戒してる可能性があるってことね」

 

 上で起こった騒ぎの元凶がやって来ることを警戒して階段の見える場所で待機でもされていたなら、いくらあたしでもアウトだ。スーザン様のように姿が消せるなら別だが、隊の魔法使いの子もスーザン様が使っていたあの呪文はまだ覚えていないと思う。

 

「それじゃ心苦しいけど、一番手はお任せするしかないわね」

 

「気にすることはない、下心あってこちらも手を貸している」

 

「下心?」

 

「手紙には書いていなかったか、力を貸す理由は?」

 

「細かくはかいてなかったけど、それで納得はいったわ」

 

 一つのキーワードに引っかかりを覚えはしたけれど、そう言えば人質を取られてやむを得ず従っている人がいるとこの人は言っていた、ならこの人もまた何らかの理由であの人攫い達から解放されたいのだろう。

 

(身の上について詳しく聞かれたらあたしだって説明に困るものね)

 

 詮索する気はなかった。

 

「すまん。問題ないようなら一度、戻ってくる」

 

「んで、釣り出したあいつらに対処するって嬢ちゃんは俺らと一緒に来てくれ。入り口から影になるところに隠れて襲いかかるからよ」

 

「あ、はいっ」

 

「宜しくお願いします、お気をつけて」

 

 階段を下りだした覆面の男達を見送る仲間の横で、あたしは肩をすくめた。

 

(……地形を熟知してる協力者がいると本当にありがたいわね)

 

 この調子ならきっと救出も上手く行く。

 

「いい人達みたいね」

 

「本当に」

 

「ただ、玉石混淆の可能性もあるけれど、何て言うか……」

 

「ええ」

 

 覆面の男達は協力してくれた人達も途中で倒してきた男もあまり強くはない。

 

「私もそう思いまする」

 

「まぁ、あの甲冑着込んだ幹部やスーザン様が連れてった魔物と比べたらだけど」

 

 あの方のお陰であたし達もそれなりに強くなったとは思うが、甲冑男が相手だと楽勝とはいかないと思う。

 

(そこは隊長様の剣、それにあの子達の呪文へ期待するしかないわね)

 

 重要な方に来ておいて何だが、一撃の威力には自信がない。

 

(あたしが為すべきは……)

 

 そう、別のことだ。

 

「待たせたな」

 

「チャンスだ、あいつら何か話し込んでやがる。今なら通っても気づかねぇだろうぜ。準備は良いか?」

 

「「はい」」

 

 階段から顔を見せたジーンともう一人の問いに頷いた隊の仲間は、くるりとこちらを振り返り、もう一度頷いて。

 

「そろそろ良いんじゃない?」

 

 あたしが口を開いたのは、仲間の約半分が覆面の二人と階段の下に消えしばらくした後のこと。

 

「では皆様、こちらも参りまする」

 

「ええ」

 

「じゃ、あたしが先行するわ」

 

 当然ながら斥候は、口を開いたあたしの役目だ。

 

「火事場泥棒だぁ? ふざけやがって、このド畜……ん? 誰も居ねがっ」

 

「うおおおおおっ」

 

 階段を下りたとたん通路の奥から聞こえてきた訝しげな声は雄叫びにかき消され。

 

「お覚悟をっ」

 

「な、ぎゃぁぁぁっ」

 

 聞き覚えのある声の後に悲鳴が響き渡る。

 

(……上手くやってる見たいね、なら)

 

 そしてあたしは通路を突き進む。

 

「くそっ、何だ今のは? 上の騒ぎを起こした奴らと同じ奴か?」

 

「どうする、加勢に行くか?」

 

 想定外の事態に浮き足立って居るようで、左側に合流する通路の奥から聞こえる声には焦りが滲んでいた。

 

(今ね、賭けになるけど)

 

 あたしは足音を消したまま声のした通路に入ると、誘き出された甲冑の男達が開け放ったままにしておいたらしき扉の向こうに顔をつきあわせる二人の甲冑男を確認する。

 

(まだ、気づいてない……いける)

 

 一、二、三、四、一歩踏み出すごとに男達との距離が縮み。

 

「っ、なんだ貴様は?」

 

 弾む視界の中で、こちらに気づいた甲冑男の片方が抜剣するが、あたしは構わない。

 

(あたしがすべきは――)

 

 狙いを悟らせないこと。

 

(あと、少し)

 

 あの二人が連れ出してくれたからこそ、誰も座っていない椅子を飛び越え。

 

「てめぇ、まさか……」

 

「ふふっ」

 

 ようやくこちらの意図に気づいたもう一人から大きく迂回してようやく辿り着く、居住空間と牢とを繋ぐ通路に。

 

(聞いてた限りなら幹部の人数はこれで全てよね)

 

 振り返れば、あたしの後ろにあるのは牢と囚われた人のみ。

 

(分断成功よ。後は)

 

 あたしが耐えるだけ。

 

「はん、たかだか女一人、まして自分からそっちに行ってくれるなんてなぁ、好都合」

 

「どうかしらね、そう上手く行くと思う?」

 

 数の優位もあるから、強気な男達へあたしは首を傾げてみせると、走りやすいように束ねていたはがねのむちを再び解いて対峙する。

 

「へっ、強がりを」

 

「面白ぇ……どう上手くいか」

 

 もう勝った気で居る甲冑男達は、気づかなかったらしい。

 

「行きませんわよ、メラミ!」

 

「「メラミ」」

 

 すぐ後ろまで来ていた隊の皆が声に出さず詠唱をしていたことに。

 

「「ぎゃぁぁぁぁっ」」

 

「はぁ、あたしの見せ場はなくなっちゃいそうね……」

 

 あの子達の呪文に耐えたとしても、追い打つ準備の調った隊長様がくさなぎのけんを構えている。

 

「一応、投降を勧めておくわ。牢屋もあるし丁度良いでしょ」

 

 人攫い達にあたしの言ったことを理解する余裕があったかは解らない。

 

「おどぉざざぁぁぁん」

 

「すまん、辛い思いをさせたな」

 

 全てが終わった後には、焼けこげた甲冑男達の骸と泣きじゃくる子供を抱きしめる父親。

 

「あの、何てお礼を言ったらいいのやら」

 

「あたしたち、帰れるの?」

 

 頭話下げてくる女の人、まだ事態をのみこめていない娘さんの前で、あたし達の隊長様は頷いたのだった。

 

「もちろんでする」

 

 と。

 




次回、第百十九話「かげさんこちら」

クシナタ隊が洞窟の地下二階を制圧していた頃、主人公は――。


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第百十九話「かげさんこちら」

(さてと……)

 

 どうしてこうなった、と声が漏れそうだった。

 

(俺も甘いと言うか、何というか)

 

 甲冑のオッサンはこのまま逃げようにも足の速さ的な問題で追いつかれて、推定複数の首をもつドラゴンなあやしいかげに踏みつぶされると思ったので、バハラタにでも戻ってろとキメラの翼を渡して逃がした。

 

(まぁ、本気で戦うには足手まといにしかならないもんなぁ)

 

 せめてマホトラで精神力を吸い取れれば良かったのだが、追っかけてくる魔物達から丸見えの状態でアークマージの使えない呪文を唱える訳にもゆかず、今に至る訳だ。

 

(カンダタこぶんにマホトラ効いたか覚えてないけどね)

 

 どちらにしても、済んでしまったことだ。

 

(今は後ろの団体さんをなんとかしないと)

 

 洞窟の外は森なので隠れるところには困らない。

 

(さっさと逃げてしまうのは意外に簡単そうにも見えるけどね)

 

 追いかけてきた魔物達をから逃れたとしても、洞窟に近い位置でまいたのであれば、何割かの魔物は洞窟に戻って行くことだろう。

 

(それは看過出来ないよね)

 

 クシナタさん達がどこまで潜ってるかは解らないが、あの魔物達を一体でも洞窟に引き返させればクシナタ隊の戦力では詰む。

 

(最低でも橋の向こう辺りまでは引きつけないと)

 

 倒すかどうかは別として、そこまでは最低条件だ。

 

(ゲームじゃ数マスでもリアルだと結構な距離なんだけどな)

 

 追いかけてきて貰わないと困るので、姿は隠せない。

 

(よいしょっ、と。うん、手頃な大きさ)

 

 見失って貰っても困るが精神力の方は無駄遣い出来ないので、出来ることと言えばこうして逃げながら時折木の枝や石ころを拾い――。

 

(そおぃっ!)

 

 投げることぐらい。

 

「グオッ?!」

 

 ごすっといい音がして、バキバキ木をへし折りながら追いかけてきたあやしいかげに命中するが、悲しいかな投げた物が小石。

 

(力が200越えてようが、モノが小石じゃ大したダメージにはならないかぁ)

 

 もしくはあの影が想定通りの魔物でやたら頑丈なのか。

 

「フハハハハハ、その図体では木々が邪魔で追ってこれんか、ノロマめ」

 

 とりあえず、何も考えずこっちに向かってきてくれるように足を止めて嘲笑い。

 

(ふぅ、まったく……)

 

 俺は徐に近くのしげみに歩み寄り、立ち止まると、足を後ろに振り上げた。

 

「はぁっ」

 

「ごぶっ?!」

 

 全力の蹴りを叩き込んだ茂みから転がり出てきたのは、顔面を砕かれた黄緑色の魔物。胴の部分に顔を持つそれは洞窟でも遭遇した魔物だった。

 

(杖の端っこが覗いてなかったら見落としていたかもな)

 

 後ろの敵も居るが、こういった元々この場所にいた魔物の相手もしなくてはならない。

 

(思ったよりハードかも)

 

 思わず胸中で呟きつつ、地面に横たわった魔物から持っていた杖を奪い取る。

 

(うーん、投げれば石ころよりはでかいダメージになりそうかな)

 

 ブーメランの様に戻ってきてはくれないだろうから、きっと使い捨て扱いだが。

 

(と言う訳で、そぉいっ!)

 

「グルオオオオオッ! ガッ」

 

 とりあえず、蹴った時に奪い取ったチケットのようなモノをポケットに突っ込みつつ投げた杖は激しく回転しながら、先程の嘲笑に怒りこちらへ向かってくるあやしいかげへ直撃した。

 

「グルルルル……」

 

 きっと、さっきより痛かったのだと思う。

 

(じゃ、今の内にっと)

 

 蹲ったあやしい影が唸っている間に、俺はそそくさと歩き出す。

 

「おい、何があった?」

 

 立ち去り際、追いついてきた別のあやしいかげが僅かとはいえ足を止めていた推定ヒドラ系が正体のあやしいかげへかけた声を聞き。

 

(あっちのは、さっきのアークマージか、やばっ)

 

 慌てて木々の影に飛び込んだ直後だった。

 

「イオナズンっ!」

 

 林の一部がいきなり爆ぜたのは。

 

(はぁ、危なかったぁ)

 

「くっ、……逃……れ……」

 

 割と近くの爆発だったせいか、攻撃呪文をぶちかましてくれたあやしいかげが何を言って居るのか良く聞き取れず、起きあがった俺は再び逃げ出した。

 

(何て言うか、今ならちょっとだけ灰色生き物の気持ちが分かる気がする)

 

 追いかけられるって、めんどくさい。

 

(距離とりすぎるとこっちを見失うかも知れないし、かといって近づきすぎるとイオナズンでドカンだからなぁ)

 

 呪文である以上、精神力切れで使えなくなる可能性もあるのだが、魔物の中には精神力無限とか言うふざけたモノが存在していらしたりするのだ。何が起きるか解らないパルプンテの呪文の効果でゼロまで精神力減らされた筈が、平気な顔してギラの呪文を唱えてくる、でろっとした灰色生き物の様に。

 

(って、あれはアークマージじゃ無かったかな?)

 

 こういう時、無性に攻略本か攻略サイトが見たくなる。

 

(まぁ、そんなこと考えられるようなら、まだ大丈夫かな。問題は――)

 

 元気にイオナズン唱えてくるあやしいかげ他をこれからどうするかだ。

 

(野良あやしいかげとしてこの辺りをうろつかれると拙いよなぁ)

 

 掠われた人のこともある、一度はバハラタに戻ると思うが、あんな凶悪な魔物が徘徊していては、俺はともかくクシナタ隊のお姉さん達だけでは独力でダーマへ行くことも能わない。

 

(と、なれば倒すしかないよなぁ)

 

 まず、俺が偽物と感づかれるとやばいので、人語を解する魔物を優先的に。

 

(幸い、隠れるところだらけだし……あれが良いだろうなぁ)

 

 別のゲームの話になるのだが、似通った条件の時に良くやったのだ。

 

(れっつ、ゲリラ戦っ)

 

 なけなしの精神力は、攻撃力を増加させるバイキルトに使う。

 

(一撃離脱、筆頭&ウェーイ)

 

 何かが微妙に違う気もするが、だいたいそんな感じだ。

 

(あんまり洞窟の近くで始めちゃ逃げられるだろうし、開始はやっぱり、橋を越えてからかな)

 

 この時、俺は疲労からちょっとおかしくなっていた。

 




筆頭がパーリィせずに、うぇーいって言う感じ。(意味不明)


次回、第百二十話「かりのじかん」

魔物の群れ、殲滅出来るか、主人公?


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第百二十話「かりのじかん」

(はぁ……)

 

 橋の向こうに辿り着く前に気配を殺してしまうと、追いかけてくる魔物達がこちらを見失う可能性がある。

 

「ヴォォォォン」

 

 だが、何もしないまま歩けば周辺に棲息する魔物と普通にエンカウントする訳で、現に数歩進んだ茂みの向こうから聞こえる濁った咆吼は、まず間違いなく動物のアンデッドな魔物だろう。

 

(臭いするからそうじゃないかとは思ったけど、よりによって……)

 

 アークマージのふりをしている今の俺は武器が使えない。攻撃手段は素手オンリーなのだが、相手は腐った動物の死体である。

 

(うああああっ、殴りたくNEEEEEE!)

 

 ならば投石と行きたいところだが、そうそう都合良く足下に石もなく。

 

(もういっそのこと突っ切るかな。追い抜いて推定アークマージと挟み込む形になれば、俺に向けた呪文に巻き込まれてくれるかも知れないし)

 

 もちろん、唱えた攻撃呪文が味方を巻き込まないゲーム仕様でしたなんて展開も考えられる。

 

(いや、待てよ)

 

 イオナズンで吹き飛んでこっちに残骸が散弾の様に飛んできたら。

 

(うん、嫌な展開ばかり思いつくなぁ)

 

 こうなっては他に手段もない。

 

(ごめん)

 

 俺は心の中で詫びると近くの木目掛けて蹴りかかった。バイキルトのかかった俺の蹴りに耐えきれる訳もなく、もの凄い勢いで倒れ込む。先程咆吼の上がった辺りへと。

 

(とりあえず、これで厄介な敵は何とかなったけど)

 

 あの魔物はこの辺りに棲息している個体の一つに過ぎないのだ。

 

(遭遇する度に木を折るのもあれだし、魔物の武器を奪うにしても俺に扱えるかって問題が浮上するんだよな)

 

 そこから暫くは攻撃呪文が恋しかった。

 

「ヴヴヴヴヴヴッ」

 

(っ、この!)

 

 木々の間から飛び出してきた昆虫の魔物は、刺される前に尾を掴んで地面に引き落として踏み。

 

(シュゥゥゥゥッ!)

 

「グルォア?!」

 

 のたのた歩いていた顔のあるキノコは、踵落としを決めてから、沈黙したところで追いかけてくるあやしいかげ目掛けて全力で蹴り込んだ。

 

(どうせ、大したダメージにはなってないよなぁ)

 

 それなりにでかく重量もあるが所詮はキノコだ、身体の柔らかさで衝撃を吸収するタイプのようで防御力はそれなりにありそうだったが、質量兵器にした場合の攻撃力としては活かせそうにない。

 

(食べて腹でもこわしてくれれば……いや、それだと追ってくる足が鈍って帰ってめんどくさくなるか)

 

 そんなどうでも良い考察をしながら野生の魔物をあしらいつつ俺は逃げ続け。

 

(あれは……ようやくここまで戻ってきたのかぁ)

 

 川にかかる橋へ辿り着くまでに倒した魔物の数は両手の指の数などとっくに超えていたと思う。

 

(長かった……)

 

 何故か驚く程軽い緑色の服やら、木の実やらが荷物に増えてしまうミステリーも起こっていたが、些細なことだ。

 

(この橋を渡って反対側に逃げるところまで見せておけば、重点的にあちらを探すはず)

 

 いよいよ反撃の解禁である。

 

(まずはあのデカブツをやり過ごして、推定アークマージを仕留めよう)

 

 広範囲を爆破する攻撃呪文イオナズンは厄介だし、自然にも優しくなさそうだ。

 

(バイキルトがかかってれば素手でも倒せるよな)

 

 最初の一体はテンパって爪で両断してしまったが、同じアークマージが倒したとするなら爆殺か殴殺、もしくは凍死させるのが望ましい。

 

(精神力切れてる設定だし、吹雪なんて口から吐けないもんなぁ)

 

 一見すると人型だが、ブレス攻撃出来る時点で人外だと思う。別のナンバリングでは転職することでその手の攻撃が覚えられたような気もするけれど、あれは例外だ。

 

「グルオォォォ!」

 

 橋の上では視界を遮るモノが何もない。俺の姿を捉えたあやしいかげが咆吼をあげつつ橋にさしかかり、重量から足下が揺れ。

 

(っ、あと少し……)

 

 少し蹌踉めきつつも向こう岸はどんどん近くなる。

 

(あと少)

 

「「ヴヴヴヴヴ」」

 

 ついでに、橋のたもとあたりの上空をうろついていらっしゃるでかい蜂と蠍を足して二で割ったような魔物達もも。

 

(ま た お 前 かぁぁぁぁぁ!)

 

「「ヴ」」

 

 最後の一歩を踏み切ると同時にジャンプし、両手で一匹ずつ尻尾を掴んで地面に叩き付ける。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ようやく終わりだと思ったところで苛立たせてくれる魔物だった。

 

(さてと、もう少し直進してから忍び歩きで気配を断つか)

 

 視界の先には再び木々の多い茂る森林がある。俺は脇目もふらず木々の合間を縫うようにして直進し。

 

(あれにしよう)

 

 太めの木に目を留めると、回り込んで隠れ、息を殺しながらしゃがみ込む。

 

「グルオオオッ」

 

(とりあえず、追っては来てるな)

 

 近寄ってくる声に確信しながら、草の影をしゃがんだまま歩いて隣の木の根本に移動し、同じ要領で脇に逸れて行く。

 

(踏みつぶされるのは嫌だしなぁ)

 

 咆吼と一緒にバキバキと音がして正体が巨体故に木々がなぎ倒される。脇に移動していなければ、見つからなくてもあの手の折れた木の下敷きか、身体にでっかい足跡を付けて地面に突っ伏すことになっていただろう。

 

(とりあえず、第一段階クリア、と)

 

 木々をなぎ倒して進むような巨体なら一旦見失っても、破壊の跡をたどれば見つけるのは容易だ。

 

「くそっ、何処に逃げた……」

 

 そして、最初に倒すべきと定めた標的はあの正体デカブツを戦力として頼りにするつもりか、森林破壊をしつつすすむあやしいかげの後を追いかけていたらしい。

 

(向こうから来てくれるってのは想定外だけど)

 

「確かにこっちへ逃げてきたはずだが……」

 

 嬉しい誤算だった。推定アークマージのあやしい影は周囲を見回しつつも俺に気づくことなく先に進もうとし。

 

「おのれ、しかしヴァロめ一体どうやってあん゛」

 

「独り言中、悪いな」

 

 忍び寄って振り下ろした俺のチョップはあやしいかげの頭部を胴体にめり込ませていた。

 

(ふぅ、とりあえずは一体か)

 

 影法師の偽装が解け、今身につけているのと同じ紫のローブに包まれた本性を現しつつ、死体は横たわる。

 

(推測もどうやらアタリみたいだけど)

 

 一体倒してはい終了とはいかない。

 

(待ってれば後続も来るだろうし、あんまり散らばられたら討ち漏らしの心配もなぁ)

 

 このまま行くと荷物が持ちきれなくなりそうなのも心配だが、そっちの優先順位は割と低い。

 

(一番厄介そうなのはやり過ごしたし……とにかく、残りを叩こう)

 

 転がる骸から視線を橋があった方にやると、俺は気配を消したまま歩き始めた。

 




二人目のアークマージさん、SYU・N・SA・TUです?

次回、第百二十一話「当たり判定詐欺の正体」


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第百二十一話「当たり判定詐欺の正体」

 

「グルルル……ガアッ?!」

 

 獣の鳴き声に無言のまま繰り出した跳び蹴りが命中し、倒れ込んだ影法師は白がかった灰色の毛皮を持つ大きな熊の骸へと変わった。

 

(ダースリカントだったっけ?)

 

 ゲームではすばやさのたねをよく盗ませてくれたので、その魔物の名前は覚えていた。

 

(思いっきりアレフガルドの魔物だなぁ)

 

 バイキルトで攻撃力が倍加しているとは言え素手の一撃で倒した俺が言うとあれだが、この魔物もそこそこ強い。

 

(クシナタさん達が遭遇してたら拙かったな。やっぱり狩りにきて正解か)

 

 アークマージを倒してから今足下で転がってる熊まで既に二十数体程あやしいかげは倒したが、このダースリカントの様な強敵も混じってるモノの、比率は雑魚の方が多い.

 

(だいたいは一撃だけど、正体が分からないってのがなぁ)

 

 うぼーだのうあーだの呻きつつ腐敗臭を漂わせていたあやしいかげなど割とヒントは出してくれていたのだが、複数体出た時には間違って素手で殴ってしまうと言う事故だって起きかねない。

 

(うーむ)

 

 一応精神力の方は、目撃者の出ない状況下でマホトラの呪文を使ってから倒したりでいくらかは補充したのだ。ただ、派手な攻撃呪文を使おうものなら、せっかく分散させた戦力が集結してくる恐れがある。

 

(中身が解らない以上、安易に呪文使って耐性持ちの魔物なので効きませんでしたとかなった上に逃げられても困るし)

 

 派手な音がしないで複数の敵を倒す呪文もあるにはあるが、成功すれば相手の息の根を止める呪文なので相手の正体を見定められない状況で使うのは精神力の無駄になるかもしれない。

 

(そもそも一番殴りたくないアンデッドな魔物って即死呪文効きそうにないイメージがあるんだよなぁ)

 

 こうなってくると人型動物に関係なく動く腐乱死体な魔物が正体のあやしいかげがもう打ち止めであることを祈りつつ狩るだけだ。

 

「……ここか! っ、こ」

 

「ふんッ」

 

 ダースリカントを蹴り倒した時の物音でも聞かれたのか。木々の合間から姿を見せ地面に横たわる骸を見て動きを止めた新手に俺は拳を叩き込んで沈黙させる。

 

(ええと、こいつは何だったかな)

 

 浅黒い肌で仮面と腰蓑をつけた人型の魔物はもはやピクリとも動かない。

 

(この杖は……俺には扱えそうにないな。本職じゃないから断言出来ないけど、売れる気もしないし)

 

 落ちていた杖を一瞥し、拾い上げてマジマジと観察してみたが、角の生えた動物の頭蓋骨を先端につけたソレの詳細など商人でない俺にとってはさっぱりだった。

 

(せいぜい投げるぐらいしか使い道なさそうかな……と)

 

「ギャンッ」

 

 軽く弄んだ後木々の間に見えた影に投げつければ悲鳴が上がり。

 

(とりあえずは、こんなモンだったかな? 橋の方まで見に行ってみて、あやしいかげと遭遇しなければあのデカブツを追おう)

 

 決意してから二十を数えたタイミングだっただろうか。

 

「ピキーッ」

 

「シュゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 聞き覚えのある鳴き声と共に飛び出してきた影法師に気がつけば条件反射で蹴りを叩き込んでいて。

 

「ふぅ……そんな前じゃないのに、懐かしいな」

 

 ひしゃげて水色に戻りながらかっ飛んで行くあやしいかげの蹴り心地は、あの日シャルロット達の前で幻のゴールネットを揺らした時と変わらぬまま。

 

(って、あれが最後とは限らないし、遊んでる場合じゃないか)

 

 頭を振ると謎の懐かしさと別れを告げて、歩き出す。

 

「……そして はし まで に じゅったい ほど たおしましたよ」

 

 所要時間は戦闘含めて十五分程だろうか。誰に向けての説明なのかは不明な辺り、本気で疲労が溜まってきたのだと思う。

 

(いかん、身体が重いし……眠い)

 

 ゲームと違って疲れたりするところには安心するべきか。

 

(ま、何にしてももう報告される恐れもないだろうし……)

 

 ここからは本気で行く。

 

 

 俺は――。

 

 アークマージのローブを脱いだ。

 ミスリルヘルムを装備した。

 みかがみのたてを装備した。

 まじゅうのつめを装備した。

 

 ちなみに、やみのころもはローブの内側に着込んでいたのでわざわざ羽織る必要がない。

 

「ホイミ」

 

 殆ど一方的な狩りだったが、念のために回復呪文をかけ。

 

「……行くか」

 

 気配を消してから、走り出す。

 

(あんまり遠くに行ってないといいな)

 

 気力にも限界があるし、あのあやしい影が俺を見つけられず、ダーマやバハラタに辿り着くなんて展開もご免被りたい。

 

(あの巨体でこれだけ木の茂る場所を進むんだからそう遠くには行ってないと思)

 

 思うけど、と心の中で呟くよりもそれは早かった。

 

「この音は……」

 

 丁度最初にあやしいかげ達をやり過ごそうとした時に聞いた、木々のなぎ倒される音。

 

「しかし……」

 

「グルォアァァ!」

 

 本当にアタリ判定詐欺だと思う。木々の間を悠々と通り抜けられそうな影法師に見えるたのに、瞳に映るのは、複数の木が同時に傾ぎ倒れて行く光景。

 

(うん、ツッコんだら負けかな)

 

 今のところゲームでしか確認してないが、水も無いのにクラゲやら半漁人が砂漠のピラミッドに現れたりするぐらいだ。この程度でとやかく言っても仕方ない。

 

「……バイキルト、フバーハ、スカラ、スカラ……ついでにマホカンタっと」

 

 気づかれないうちに自分へ思いつく限りの補助呪文をかけ、俺は音の方へと進行方向を変える。ちなみに呪文を反射するマホカンタの呪文は、付近に棲息する魔物が乱入して呪文をかけてきた時用の備えだ。

 

(さてと、その正体……見せて貰いますか)

 

 見た目と正体が違うので、冗談抜きでアタリ判定詐欺が心配だが、完全武装の上スカラの呪文を二重がけして防御力を高めているのだ。

 

「ゆくぞ」

 

 呟いて地面を蹴るなり、俺は木々を倒しながら進む影法師の側面に回り込んだ。

 

(正面じゃ、距離感掴めなくて倒れてくる木に巻き込まれるのが関の山だからなぁ)

 

 もちろん、側面からでもどのあたりからが身体なのかは解らないが、それなりに対処方法はある。

 

(図体が大きいことだけは解ってるんだ、なら――)

 

 武器を振り回して突っ込めばいい。

 

(そして影に向かって突き進めばっ)

 

「ッ、グギャァァァァァッ」

 

 僅かな手応えと共に何もなさそうに見えた空間から血が噴き出した。

 

(こうなる、ってね)

 

 手応えがあまり感じなかったのは、爪の切れ味とこの身体の腕力そしてバイキルトの呪文のお陰だろう。

 

「おまけだっ」

 

 先程の手応えと噴き出す血を手がかりに見当をつけた場所を更に爪で斬り払う。

 

「グギャウッ」

 

(しっかし、今更だけどホントにチートだよな。攻撃力もあれだけど、今の一撃の手応えからすると、きっと守備力の方も)

 

 不意をついたからこそここまでは一方的だが、おそらく噛み付かれたところで大したダメージは受けないと思う。

 

「グルォォォッ」

 

「っ」

 

 咆吼と共に頭上を何かが通過し、盾で防御姿勢を取ったところへ何かがぶつかってきたが、大した衝撃はなく。

 

(やっぱりか、だったらインファイトに徹した方がいいな)

 

 俺は更に前へ踏み込む。

 

(こんな所で火炎を吐かれるぐらいなら、十回や二十回噛み付かれたって)

 

 問題ない、森林火災になるよりはマシだと思った俺の太ももにポタッと垂れてきたモノがある。

 

「っ、何だこれっ?」

 

 最初は返り血かと思ったが、無色で雨にしては粘性がありそうな上、したたり落ちる場所は限定的。

 

(……ひょっとして、よだれ?)

 

 頭を挟まれるような衝撃を感じつつ、俺は自分の導き出した答えに硬直する。

 

(そりゃあ、噛み付いてきたなら唾液も出るよなぁ。あははははは……)

 

 数秒程現実逃避をしてから、とりあえず、腕を横に振るった。

 

「グギャァァァァ」

 

 手応えと共に悲鳴が上がり、噴き出した血が周囲にまだら模様を描き出す。

 

「さっさと殺そう。殺して風呂に入ろう」

 

 口に出したのは、もはや決定事項。

 

(首を斬り飛ばせば、よだれも出ないか)

 

 全部斬り飛ばしたら、四肢の生え方からいってホモォとか鳴く謎の生き物みたいな感じになりそうだが、流石に首を全部刎ねられれば、このきたないかげも死ぬだろう。

 

(首の生えてるのはだいたいあの辺で……)

 

 やまたのおろちと戦った経験が生きてくる。

 

(一撃で無理でも二連撃を叩き込めば)

 

「グルォッ」

 

 目の前のあやしいかげが不意に後ずさろうとした様な気もしたが、周囲は木々に囲まれ、正体が巨体であることも相まって逃げ場はなく。

 

「では、刈るか……」

 

 こうして俺は一時的に首狩り族と化し。

 

「ギャァァァ」

 

 斬り飛ばされた首は影法師の一部から紫色の鱗と群青の鶏冠を持つ竜のモノに変わって地面へ落ちる。

 

(うわーい、よりにもよって想定した奴の中で一番強い奴じゃないですかーやだーっ)

 

 転がった首を見て顔が引きつるが、こうなってくると余計野放しに出来ない。

 

「俺の前に現れたことを悔いるのだな」

 

 顔をシリアスモードに戻して色々吹っ切った俺は再びあやしい影に斬りかかるのだった。

 




はてさて、キングヒドラのソロ撃破なるのでしょうか?

次回、第百二十二話「とりあえず、帰って寝よう」



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第百二十二話「とりあえず、帰って寝よう」

 

「はあっ」

 

「グギャオオオッ」

 

 切り下ろしからのすくい上げるような一撃で落ちてきた影法師の欠片が、三つ目の首として地面に転がる。

 

(やっぱり根本は太いけどその分低い位置にあるから当てやすいな)

 

 実感しつつ飛びずされば、それまで居た場所を噴き出した血が汚していった。

 

(はぁ、終わったらよだれだけじゃなく返り血も洗い落とさないと)

 

 斬りつけた後にバックステップしたり盾を傘がわりにして防いではいるのだが、切断した部分が首ともなれば噴き出す血の勢いはかなりのモノになる。

 

(と言うか、おろちとの戦いの時に学習しておくんだった)

 

 あの時は追い込んだところで見逃したのでここまでの惨事になることはなく、見逃した後のこと――現クシナタ隊のお姉さん達を生き返らせたりと色々あったせいで返り血がどうのなんてことはすっかり忘れていた訳だが、装備のメンテナンスは重要事項だ。

 

「グルオアァァァッ」

 

(まぁ、今更言っても仕方ないというか、今はそんなこと考えてる場合でもないかぁ)

 

 己の首を半分以上失ったあやしいかげは痛みと怒りでかなり凶暴化していた。

 

「グルォオオッ」

 

「ふ、何処に目をつけている」

 

 もっとも、手が付けられないレベルにはほど遠いが。咆吼の発生位置と手近な首から刎ねていったこともあり、噛み付いてくる首への対処は、比較的楽だった。

 

(たぶんやみのころもの効果もあるんだろうな)

 

 何度かに一回敵の攻撃から身をかわす効果のある防具に身を包んだ素早さカンストの盗賊が相手とか、俺があのあやしいかげだったらもうとうに心が折れてると思う。

 

(首も半分以上失ってるし)

 

 この状況下でまだ逃げ出さないのは、ひょっとしたら再生能力とかあるんじゃないかと警戒もしていたが、首の数が戻った様子はない。

 

(知能が低いのか、怒りに我を忘れたか)

 

 はたまた死さえ恐れぬ程に勇猛なのか。

 

(いや、偽ヒミコみたいに命乞いとかされたらこっちが困るんだけどさ)

 

 相手はキングヒドラ、シャルロットの親父さんを殺した上、大魔王の城最深部でゾーマに挑もうとするところを立ち塞がる言わばラスボス戦前座の一体目と同じ魔物である。

 

(おろちみたいに人に化けられるならともかく、あの巨体じゃ連れ回すのも大変だし)

 

 何処かで飼うと言うなら、一つだけアテはあるが。

 

「グルアアアアッ」

 

(まぁ、却下だよね)

 

 目の前のあやしいかげこと推定キングヒドラは命乞いどころか、咆吼を上げながら噛み付いてくるのだから。

 

(そもそも、ジパングのあの洞窟はおろちの縄張りだろうし)

 

 と言うか、俺がこのキングヒドラを連れて行ったらどんなリアクションをするやら。

 

(色違いだけど耐久力以外じゃ、こっちの方が圧倒的に上だからなぁ。愉快なリアクションをしてくれそうだけど)

 

 このあやしいかげが命を惜しんで俺に膝を折るとは思えない。

 

(だったら死体を持って行くとか……ん? 待てよ、ジパングに?)

 

 それは、おろちへをからかう目的だった発想が、うろ覚えの原作知識によって別の目的に変わった瞬間だった。

 

「っく、ふふふ……我ながら突拍子も無いことを思いついたものだ」

 

「グルオアアアアッ!」

 

「はぁっ」

 

 口の端をつり上げたまま、襲いかかってきたあやしいかげの一部を斬り飛ばす。

 

「ッギャァァァァ」

 

「これで残りは一本……さて、ジパングの者に騒がれんようにして持ち込む方法を考えんとな」

 

 巨体を覆い隠すには、アークマージのローブとハンターフライから奪ったみかわしのふくを切り開いて布にしたとしてもまず間違いなく足りない。

 

(こいつのへし折った木の枝をくくりつけて隠すしか無いかな。倒れた木なら結構あるし)

 

 おろちの所には切り落とした首の一つでもみかわしのふくに包んで持て行けば良いだろう。

 

(はぁ、終わったらとりあえず帰って寝るつもりだったんだけどなぁ)

 

 どうしてこうなったかと問えば、思いつきを実行に移そうとしているからなのだが。

 

「まぁ、そう言う訳だ。悪いがそろそろ終わりにさせて貰うぞ」

 

 俺は断りを入れてから最後の首を斬り飛ばした。

 

(ふぅ、思ったよりあっさり倒せたな。まぁ、これで調子に乗ると絶対足下救われるだろうから油断なんて出来ないけど)

 

 思いつく限りの補助呪文をかけて不意打ちした上、巨体に不利な地形での戦いだからこそここまで一方的な戦いになったのだ。

 

(肝心な場面で大ポカやらかすのが俺だからなぁ。この死体も目撃されないように急いで隠さないと)

 

 倒木から枝を打ち払い、葉のついた枝を横たわる死体に乗せる。

 

「切り落とした首も胴体に乗せて……枝と一緒に縛っておいた方が良いだろうな」

 

 防具や服に飛んだ唾液と血を洗い落とすのはその後だ。

 

(こいつが俺を捜しに戻ってきてくれたお陰で川まではそう遠くないし)

 

 行き帰りを走れば、死体を獣に食い荒らされましたなんてオチも無いと思う。

 

(クシナタさん達と連絡とれないままの行動になるのが気になるところだけど)

 

 こんなデカブツを放置して旅人に見られでもしたら問題だ。

 

(アークマージと違ってこいつはまじゅうのつめで仕留めちゃったからなぁ)

 

 目撃者の話が大魔王側に流れた時、首を切り落としたのは誰だという話になってしまう。

 

(よって、この死体は隠蔽しないとね)

 

 何だか推理モノの犯人になった気分だが、実際やろうとしていることは証拠隠滅、あながち間違いでもない。

 

「メラミ、メラミ、ヒャダルコ、ヒャダルコ」

 

 とりあえず、メラミの呪文で血溜まりを蒸発させ、ヒャダルコの呪文を使って火事を防ぎつつあちこちを凍り付かせると、俺はその場を離れた。

 




次回、第百二十三話「おみやげもってきたよー?」

主人公、やまたのおろちにとんでもないモノを持って行くの巻。


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第百二十三話「おみやげもってきたよー?」

「まぁ、乾かす暇など無いのもやむをえんな」

 

 少し迷ったが、結局洗ったばかりで濡れそぼった衣服と装備を身につける。

 

(誰も居ないし、顔だけ隠して下着姿って訳にもいかないし)

 

 近くの洞窟に似たような格好の犯罪者は出たが、ルーラでジパングに向かうことを考えると、いつもの格好に目元を布で隠したものでないと拙いのだ。

 

(あのジパングの人の協力は絶対必要だからなぁ)

 

 宿屋からジパングまでキメラの翼で連れて行ってくれたジパング人の男性と面識があったのは、その後おろちを退治しに洞窟に向かった男、スーザン・ノルンオウルだけなのだから。

 

(とりあえず、ジパングに着いたらあのジパングの人に死体の見張りを頼んで……)

 

 首だけ持ってまずはおろちと話をつける。

 

(あれだけ大きなモノ持ち込むなら国主の許可を得ないとな)

 

 だいたいモノがモノだ。生き物の死体を持ち込むとか、一歩間違えば嫌がらせと取られても仕方ない。

 

(おろちが居ることで情報統制できそうなジパングがベストなんだけど)

 

 少しでも濡れた服が乾けばと全力疾走しながら、俺は声に出さずに呪文を詠唱する。

 

「ヴヴ」

 

「イオナズン」

 

 完成した呪文は、右手前方を飛んでいた虫の魔物を足下の死体や倒木ごと消し飛ばした。

 

(ふぅ、これで良し。綺麗な死体を残しすぎると素手で倒した不自然さが目立っちゃうかも知れないからなぁ)

 

 丁度俺が吹っ飛ばした辺りは「倒す→物音に気づいてやって来る→死体に気づいて硬直→隙あり、でやぁ!」のループで数を稼いだ場所に該当し、転がっていた骸が多い。

 

(纏めて倒されてれば、イオナズンで一網打尽にされたっぽいし)

 

 偽装についてはこれぐらいやっておけば充分だろう。

 

(周囲の魔物とかが爆発の音に気づいてあっちに集まってくれれば更に儲けものかな)

 

 全力疾走ではあるが、忍び歩きもちゃんと同時にしている。せっかく洗った服に魔物の返り血がついた日には何の為に川まで行ったのか解らないのだから。

 

「さてと……そろそろだったな」

 

 イオナズンの甲斐もあってか、気配を消していたからか、俺はイオナズンで消し飛ばしたハンターフライとのニアミスを除けば魔物と遭遇することもなく、キングヒドラの死体の所まであと少しという場所に達し。

 

(念のため今骸のある場所の側に五色米もどきは設置しておくか)

 

 枝で隠されて緑の小山になったそれに近寄ると、白石で一個の赤石を囲み、葉っぱの上に載せ、呪文を唱える。

 

「ヒャダルコ」

 

 合図の石もそのままではルーラの反動で吹っ飛んでしまうかもと思い、凍らせたのだ。

 

(時間が経てば氷は溶けるし)

 

 凍り付いた地面は偽装の一部にしか見えないと思う。

 

「しかし、この辺りも随分荒らしてしまったか……」

 

 ザオリクでも倒れた木を蘇らせるのは不可能だろう、おそらく。

 

(まぁ、洞窟にいて貰っちゃ掠われた人を助け出せなかったし、仕方ないかぁ)

 

 クシナタさん達が上手くやったかは気になるが、洞窟には戻って俺しか勝てないあやしいかげが再び出てくるようなことがあれば目も当てられない。

 

「ジパングへ、ルーラ!」

 

 唱えた呪文が、緑色の服にくるまれたお土産を抱える身体を、お土産の身体こと宙に浮き上がらせる。

 

(うわぁ)

 

 移動呪文とんでもないなと思いはするが、驚きはしない。この呪文、海に浮かんだ船ごと空を飛ぶことだって出来るのだから。

 

(とりあえず、着地には気をつけよう)

 

 ライアスがクシナタ隊のお姉さんのお尻に敷かれた時はギャグで済んだが、質量兵器と化したお土産(胴体)に乗っかられたらほぼ間違いなくぺしゃんこだ。

 

(まぁ、空からこんなモノが飛んできたって気づけば逃げてくれると思うけど)

 

 木の枝をくくりつけられ緑の小山な巨大物体が一緒に飛ぶ様はシュールこの上ないが、俺という比較対象が側にあるので、巨大な物体が落ちてくると言うことはおかわり頂ける(何故か変換出来ない)と思う。

 

「そろそろジパングか……」

 

 眼下の景色が海に変わったかと思えば山地に代わり、見覚えのある場所が近づいてくるに従って高度が下がって行く。

 

「降りるぞ! 巻き込まれないように注意しろ!」

 

 人気はなかったが、念のため声を張り上げながら着地の姿勢を作ると横を見た。

 

(これだけ離れてれば、いいな)

 

 周りに気を配っておいて、自分が仕留めた魔物の骸に押し潰されるなんてオチになったら笑うに笑えない。

 

「っと……ふぅ」

 

 よそ見をしていたせいでちょっとだけ蹌踉めいたものの着地は成功。

 

「――殿ぉー! スーさん殿ぉ」

 

(……ナイスタイミング。と言うか、こんな目立つ登場すれば来るわなぁ)

 

 こちらの姿を見つけたらしく駆け寄ってくる顔なじみのジパング人に、俺は緑の小山の見張りを頼んだ。

 

「献上品を持ってきたのだがな、荷物が大きすぎた。無許可で持ち込むのも問題だろう?」

 

 そんな感じに許可を得るついでにお土産を渡してくると説明したので、問題はない。

 

(確かおろちには一度会ってるし、門前払いにされることはないはず)

 

 実際、来訪と目的を告げると、あっさりとヒミコの部屋に俺は通され。

 

「な、何用じゃ? お前の要求は叶えたであろう?」

 

 若干腰が引けてる気がするのは、ひょっとしたら血の臭いとかがしたのだろうか。

 

(そう言えば肉食動物ってそう言うのに敏感そうだもんなぁ)

 

 おろちにもそれが当てはまるとは断言出来ないが、何らかは感じ取っているからこその態度なのではないかと思う。

 

「何、少々面白いモノを手に入れたのでな。土産に持ってきた」

 

「面白いモノじゃと?」

 

「ああ。少々重く、ここまで持ってきたのはこれだけだがな」

 

 訝しむおろちに頷いてから俺は脇に抱えていたモノを地面に置くと、包んでいた緑の布地をぺらっとめくって見せる。

 

(そう――チラリズムである)

 

 渾身のボケだが、流石に声に出すのは自重した。

 

「な」

 

 布地の奥にあったキングヒドラの首は、同じ多頭の魔物であるおろちには衝撃がでかすぎたらしい。

 

「こんな、まさか……」

 

「どうだ、気に入ったか? もう少し見やすくしてやろう」

 

「そん……な……」

 

 顎が落ちそうになる程口を開いて布が払われ露わになった首を見ていた偽ヒミコは、視線を俺の方にスライドさせると、ひっと息を呑み、へたり込む。

 

「あ、あ、あぁ……」

 

(うーん、ちょっと刺激が強すぎたかな)

 

 と言うか、割と外道だったかも知れない。おろちからすれば同族とは行かなくても色違い、近しい種だったとしても不思議はないのだから。

 

(まぁ、生き返らせたとは言え若い娘さんを喰い殺してた時点で慮るつもりなんて無かったんだけど)

 

 勿論俺とてただ怯えさせてからかいに来た訳ではない、最初の発想はともかく。

 

(圧倒的な強者だと知らしめて釘を刺し、あわよくばオーブを供出させる)

 

 こちらの強さが想定以上だと解れば、おろちも態度を改めるんじゃないかと思ったのだ。

 

「ど、どうか命ばかりは……何でも言うことは聞く、命ばかりは許してたもれ」

 

(そうそう、こんな風にガタガタ怯えて、服を脱ぎ……ん?)

 

 何故だろう、今一つおかしな所があったような気がする。

 

「何故、服を脱ぐ?」

 

「に、人間の男は女子にそう言うことをするのが好きなのじゃろう? わらわのこの姿は触った感触も人の女子そのも――」

 

(なんだか とんでもねぇ こと に なり やがり ました ですよ?)

 

 ある意味間違ってはいない、とかそう言うレベルじゃねぇ。

 

「ちょっと待て、何がどうしてそうなった?」

 

 はっきり言って俺は頭を抱えた。もし、この状況下でお付きの人とかが声を聞いて飛び込んできたらどんな事態に発展するか。

 

「ヒミコ様、いかがなされましたっ?」

 

 そして、聞こえて欲しくない声はするなと願った直後にすぐ後ろからしたのだった。

 




おろち の すてみ の はんげき。
しゅじんこう は だい ぴんち に なった!

こまんど?

次回、第百二十四話「そう言うゲームじゃねぇから、これ」




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第百二十四話「そう言うゲームじゃねぇから、これ」

「っ、レムオルっ!」

 

 とっさに呪文を唱えられたのは、高い身体能力がなせる技か。

 

「な」

 

(おっと)

 

 突然透明になったからかおろちが驚きの声を上げる中、俺は脇に退く。突っ立っていれば、さっきの声の主に衝突される恐れがあったからだ。

 

「ヒミ――」

 

「あ、ちょ、ちょっと待」

 

 かくして遮るもののなくなった声の主は、おろちが言葉を終えるよりも早く部屋の中に踏み込み。

 

「あ」

 

「っ、だから待てと申したのじゃ!」

 

「も、申し訳ありませんっ」

 

 あられもない主人の姿を見て固まったお付きの人が叱責されてペコペコ頭を下げる後ろで俺は密かに胸をなで下ろした。

 

(ふぅ、危なかった……)

 

 レムオルを使えることが露呈してしまったが、あの怯え様を見るにこの情報を大魔王サイドに流す度胸があるとは思えない。

 

(とりあえず危機は去ったと思うけど、この呪文効果時間短いんだよなぁ。いったん外に出るか)

 

 時間切れになったら呪文で隠れた意味がないし、お付きの人が何の為に犠牲になってくれたかと言うことにもなる。だから、足音を立てないようにして踵を返そうとし。

 

「と、時に先程の客人はどちらに?」

 

「そ、それは……」

 

(うわぁい)

 

 背後でのやりとりに顔を引きつらせた。

 

(いや、国主への謁見なんだから姿を消して去ればいいとか考えた俺がテンパりすぎてたんだとは思うけど)

 

 しっかり存在を覚えられていたのでは、姿の無いことが不自然。だが、この時点で姿を現したら「あんな格好の(偽)ヒミコ様を前に一体何やっとたんじゃぁ、ワレ」と言うことになる。

 

(っ、せめておろちが誤魔化してくれることにかけるしかない)

 

 今まで怯えさせていた相手に頼るしかないというのは何とも情けない話だが、おろちの返答によっては、ジパングへの出入り禁止やお尋ね者扱いなんて事態もあるだろう。

 

「そも、何故このようなお姿を?」

 

「あぁ……その、じゃな」

 

 ごく常識的な質問へしどろもどろなおろちの対応。

 

(何だか、嫌な汗出てきた……いっそのことこのお付きの人ラリホーで眠らせて夢オチに持って行くか?)

 

 効かなければ騒ぎになる上、夢で納得してくれるかも解らないと穴だらけの解決策だが、もしおろちが変なことを口走ろうものなら、社会的致命傷を受けかねない、俺が。

 

(どしてこうなった?)

 

 キングヒドラの首については、オーブを頂いた後に示して「仲間を殺されて悔しいか、それとも悲しいか? だが生け贄にされた娘達の家族だって同じ思いをしたんだぞ」と所謂SEKKYOUして締めくくるつもりだったのだ。

 

(攻撃力とか守備力を考えると上位種族だったかもしれないけど、あんな反応……誰に予測出来るというのですか?)

 

 と言うか、女と見れば節操なくそう言うことをしてしまう男だと見られていたのが不本意で、同時にそう言えばと思い出すことがある。

 

(ありあはん にも おれ を だい ぴんち に おいこんだ おんなせんし が いた ような……)

 

 酷いデジャヴであり、あの時も最低男の濡れ衣を着せられた気がする。

 

(あれ、ひょっとして俺に学習能力が無いだけだったり?)

 

 ふと気づいて、愕然とした。

 

(っ、この世界はせくしーぎゃるを軽くあしらえなければ冒険もままならない魔境だったなんてっ)

 

 わかった、バラモスやゾーマもセクシーギャルなんだろう。

 

(そう言えばゾーマって、我が胸の中でどうのこうのって言ってたもんな、ゲームでは……)

 

 流石大魔王である。ホンの一瞬で絶望の世界へと誘ってくれた。

 

(おのれ、大魔王めっ)

 

 俺はぎゅっと拳を握りしめ。

 

(ま、それはそれとして――)

 

「これにはちと深い事情があるのじゃ」

 

「事情といいますと?」

 

「そ、それはじゃな……」

 

 とりあえず現実逃避を止めておろち達の会話に耳を傾け、気づいた。

 

(話はさっきのままですか)

 

 たぶん、おろちの方に良い言い訳が浮かばなかったのだと思う。

 

(うーむ)

 

 透明のままおろちに近寄って助言すべきかで迷う。

 

(下手に口出しすることでこっちの弱みを見抜かれたら拙いんだよなぁ)

 

 実は秘密の恋人同士で逢瀬の真っ最中でしたとか、俺が嫌がりそうな答えの幾つかはおろちの格好のせいで説得力がありすぎるのだから。

 

(と、言うものの……もたついてると入り口の死体がなぁ。処理はさっさとした方が良いだろうし)

 

 振り返っても建物の壁で見えないが、ジパングの入り口にはカモフラージュしたままの死体が残っている。

 

(運び込む許可と人足の手配して貰わないとな)

 

 流石にあの巨体を俺一人で運ぶのは難しい。

 

(キングヒドラともなれば、かなりのレア素材がはぎ取れるだろうし)

 

 きっかけはサマンオサだった。武器屋でドラゴンシールドを見かけた時にふと思った俺は尋ねたのだ、どんなドラゴンの素材を使っているのかと。

 

(アレフガルドに行く手段がないなら、当然と言えば当然だけど)

 

 炎に強いスカイドラゴンと氷に強いスノードラゴン、東洋の龍を思わせるフォルムのモンスター二種類とラーの鏡があった洞窟で遭遇したガメゴンと言う種の魔物を店主は挙げた。

 

(キメラの翼やモンスター闘技場という謎はとりあえず脇に置いておくとして……)

 

 ごく普通に考えれば手に入る範囲の素材で武器防具を作るというのは納得の出来る答えだった。ただ、逆に言えばもっと良い素材があれば通常以上に強力な武器防具が作れるともとれたので、思いつく限り上から数えた方が早い魔物の死体を持ってきた訳だ。

 

(ジパングには手先の器用な刀鍛冶が居たはず。もうアレフガルドに行っちゃってるとしても)

 

 同僚か弟子ぐらいは居るんじゃないかと思ったのだ。

 

(魔物を狩って素材を集め、武器を作ってもらって、再び狩りに)

 

 この世界の人々が目にしたことも無い凶悪な魔物であれば、既存の品より高品質な武器防具が出来るはずである。

 

(狙い目は耐性持ちの魔物……ロマンだよなぁ。うん、もう狩猟ゲーになっちゃってる気がするけど)

 

 ゲームでは出来なかった反則技だが、試す価値はあると思う。

 

(魔法やブレスを軽減出来る装備はこれから絶対必要になってくるし)

 

 その為にも、やらなければならないことがあった。

 

「ヒミコ様?」

 

「そ、そうじゃ! その前に服を着させ――」

 

 まだ服着てなかったんかい、と言うツッコミを堪えて事態を収拾させるという難事が。

 




大魔王(せくしーぎゃる)「勇者よ! 我がお持ち帰りの祭壇へよくぞ来た(はぁはぁ)」

こうですか? わかりたくありません。

次回、第百二十五話「囁くもの」

さぁ、一狩りいこうぜ!


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第百二十五話「囁くもの」

「返事はしなくていい」

 

 おろちに近寄った俺はそう前置きすると、ラリホーの呪文でお付きの人を眠らせることを試みてみると伝えた。

 

「このままではらちがあかんからな」

 

 ついでに言うと呪文による透明化の残り時間が心もと無いからでもあるのだが、これはおろちに明かす必要もない。

 

「ラリホー、ラリホー」

 

「うっ」

 

 念のために二重掛けすると、どちらかか両方が効いたらしくお付きの人らしき男性は崩れ落ちた。

 

「おぉ、上手くいったようじゃな」

 

「あぁ、いつ起きるかはわからんものだが、ひとまずは何とかなったと見ていいだろうな」

 

「うむ。それは重じょ」

 

 密かに安堵する俺の言葉に頷いた偽ヒミコは振り返ろうとした姿勢のまま、急に固まった。

 

「ん?」

 

 釣られて振り返るが後ろには何もなく。

 

「あ、あぁ……」

 

 視線を戻すとへたり込んだまま後ずさろうとするおろちの姿。

 

(そっか)

 

 ついさっきまで大ピンチだったあまり、俺はキングヒドラの首を見せこちらに怯えてしまっていたことを忘れていたのだ。

 

「あぅ、あ、あぁ……」

 

「ふむ」

 

 これは拙い。ここで服を脱ぎ出すようなことがあれば大ピンチの再来である。

 

「まったく……」

 

 ここはおろちを落ち着かせることが最優先と判断して俺は尻餅をついたままのおろちに手を差し伸べた。ここまでのような高圧的な態度では、おろちをいっそう怯えさせるだけだろうし、それではいつまで経っても本題に入れない。

 

「な」

 

「立て。心配せずともお前を殺す気はない」

 

 だいたい以前の約束があるからそんなことをするつもりがないのは分かりそうなものだけど、生首の効果が過ぎたのか。

 

「そう言う約束だっただろう」

 

 仕方ないので口にも出し、俺はもう一度嘆息してみせる。

 

(ここで「それとも俺が約束を破るとでも思っていたのか」とか言うと萎縮させちゃいそうだしなぁ)

 

 結果として、変な遠慮をした対応になってしまってるのが、どうにもむずがゆい。

 

「……そうかえ。いや、そうであったのぅ」

 

 次の言葉を探したことで生じたささやかな沈黙は、徐に口を開いたおろちの言葉に破られ。

 

「わらわの早合点じゃった。すまぬ」

 

「解ればそれでい……待て、何故また服を脱ぐ?」

 

 再び訪れかけたピンチに、俺の顔はポーカーフェイスを保てていただろうか。

 

「人間の男は女子に――」

 

「それはもういい、だいたいそんな知識を何処で拾って来た!」

 

 まず間違いなく以前と同じ答えが返ってきそうだったので、被せる形でツッコむ。実際、疑問だったのだ。

 

(前に会った時はこうじゃなかったよなぁ?)

 

 キングヒドラの首に激しく怯えた結果とは言え前から今のような性格だったなら、クシナタさんを助けようとした時にも同じ反応をした筈である。だからこそ、気になったのだが。

 

「そ、それは本じゃ」

 

「本?」

 

 返答は、猛烈に嫌な予感がした。

 

「あれはおま……お前様に言われ……て、山で兎や猪を捕っておった時のことじゃ。空から本が一冊落ちてきてのぅ」

 

「空?」

 

「うむ。危うく直撃するところだったそれに腹を立てたわらわは焼いてしまおうとして目を向けた瞬間、本から視線を外せなくなってしまったのじゃ」

 

「そ、そうか」

 

 その時点で焼き捨ててくれたらどんなに良かったことか。

 

「気がつくとわらわはこの姿で本を読みふけっておった。あ、あのような本を……」

 

 だいたいの事情はそこまでの説明で察したが、つまるところあの女戦士のお仲間だった、ただそれだけのことだ。

 

(よし、何処かで本を仕入れてこよう。可及的速やかに)

 

 もう相手にならないと思った中ボスがとんでもなく厄介なモンスターに変貌したことが確定したのだ。

 

(だいたい そら から おちてきた って なんです か)

 

 一体誰がそんな極悪非道な真似をしたというのか。少し間違えれば、レベル挙げに向かうクシナタ隊の誰かが拾って読んでしまうなんてことも起こりえたというのに。

 

(っ、なんと恐ろしいことを)

 

 心の中で役得じゃんとかふざけたことを悪魔っぽい何かが囁いた気もしたが、敢えて無視した。

 

「その時他に何か気づいたことはあるか?」

 

 おそらく本の落とし主は、女戦士を「せくしーぎゃる」にした加害者。ある意味俺にとっても一発殴り飛ばしておきたい相手なのだ。手がかりがあるなら得ておきたい。

 

「すまぬ。気がついた時には本から目が離せず、そのときはこの姿じゃったから」

 

「いや、解ったから服を脱ぐな!」

 

「し、しかし埋め合わせをせぬことにはわらわのムラム……わらわの気が収まらぬ」

 

(いま いっしゅん ものすごく ほんね が すけて みえ ました よ?)

 

 ひょっとしてここで俺が逃げ出したら、その収まらないものとやらは寝ているお付きの人に向かうのだろうか。

 

(帰ったらアリアハンの王様と相談しないと)

 

 おろちを一刻も早くまともな性格に変えないととんでもないことになる。

 

(別のゲームだと人型のモンスターとも子供残せたはずだし)

 

 ジパングでやまたのおろちが大量発生とかは正直勘弁願いたい。

 

(取り越し苦労の可能性もあるけど、おろちに直接は聞けないもんなぁ)

 

 人間と子供をなせるか聞くなど藪をつついて蛇を出すようなものだ、おろちだけに。

 

「ならこれから言うことで協力してくれればいい」

 

 ともあれ、口実であろうと埋め合わせを求めているならちょうど良い。

 

「協力?」

 

「ああ。そもそもここに来た理由だが……」

 

 俺は死体の持ち込み許可及び人足の手配をおろちに要求し、複雑そうな顔をしつつも承諾した偽ヒミコへの前から立ち去ることに成功する。

 

「人足を案内せねばならんだろう? 俺が居ないと話にならん」

 

 と言う名目で。

 

「ふぅ、危ないところだったな……あ」

 

 安堵にへたり込みそうになりつつヒミコの屋敷を出たところでオーブを貰い損ねたことに気づいたが、流石に今から引き返す気にはなれず。

 

(今度来るまでに、必ず本を――)

 

 ただ胸に誓いつつ、待ったのだった、人足達が集まるのを。

 




予想通りでしたか?

ドラクエモンスターズでは魔物の性格も本で直せた気がするんですよね、うむ。

次回、第百二十六話「次はバハラタ」

あっち、途中で投げ出してきた格好ですからね。

シャルロットそろそろ復帰させたいけど、その前に片づけておく部分ががが……


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第百二十六話「次はバハラタ」

休載お詫びの一発ネタ

主人公「腰が抜けた、か。まったく……仕方ない俺の背中に乗れ」
おろち「こ……これは……さ、サラマンダーよりずっと早いのじゃ」


シャル「ううっ……」
サ ラ「勇者様、勇者様!」
シャル「ん、あ……夢かぁ」
サ ラ「夢、ですの?」
シャル「うん、ちょっと嫌な夢を見ちゃってね‥…ごめん、心配駆けて」

しょーもない&別ゲームネタでごめんなさい。



「では宜しく頼む」

 

「「へいっ」」

 

 集まった人足達は運ぶモノの大きさに驚きはしたものの、戦くようなことはまだ無かった。たぶん、問題のブツを木の枝で覆ったままだからだと思う。

 

「しっかし、旦那ぁ。よくこんなデカイのしとめられやしたね?」

 

「そこそこ手こずったがな。だがだからこそコイツの素材で武具を仕立てたくなった訳だが」

 

 話しかけてきた人足の頭へ俺は肩をすくめると、ちらりと作業を始めた人足達を見る。

 

「流石に一人で持てる大きさではないからな」

 

「あっしからすると、じゃあどうやってここまで運んできたのかってツッコミたくなりやすがね」

 

「大きな船ごと空を飛び離れた場所に移動させる道具があってな、それを使った」

 

「へぇ、そんなモンがあるんですかい」

 

 道具屋も武器屋も存在しないこの地ではキメラの翼も未知の品なのだろう。

 

(と言うか、知ってたら集団で逃げてるよな、おろちの被害がついこの間まであった訳だし)

 

 これから運ぼうとしている品にしても、おろちの色違いっぽい魔物の死体なので、木の枝が取り払われた瞬間、周囲がパニックになる可能性がある。

 

「ふむ」

 

「どうしやした?」

 

「いや、少しな」

 

 臭いなど誤魔化しきれない部分があった為、正体はぼかし「加工して貰う為に持ち込んだ魔物の死体」とは明かしてあるが、巻き付けた木の枝を取り払う作業は人足を帰して一人でやった方がいいだろう。

 

(あとは、加工して貰う刀鍛冶への対応か)

 

 こちらはパニックを避ける為にも先に正体を明かしておいた方が良いと思う。

 

(口止めは、普通にお願いしておけば大丈夫だろうけど)

 

 偽ヒミコからも口外無用と言う通達は出して貰っている。やまたのおろちではないにしても似通った姿の魔物が倒されたなんて話が広まれば、偽ヒミコとしても掘り返されたくないモノに飛び火する可能性があるのだから。

 

(利害の一致、だよな)

 

 これに関して俺は脅していない。

 

(強く出ようとすれば、また服脱ぐだろうからなぁ)

 

 とりあえず、今回はピンチを回避したがおろちの性格改変事件については早急に対処が必要だろう。

 

(もっとも、その前にバハラタへ一度は戻らないとな)

 

 兜を壊したカンダタこぶんは放置したままだし、クシナタ隊や捕まっていた女性達のことも気になる。

 

(手が回らないな。このままクシナタ隊のお姉さん達に掠われた人達のこと……あ)

 

 そこまで考えて、俺はここまでにもう一つポカをやらかしていたことに気づく。

 

(五色米もどきで、ジパングに飛んだって伝えたけど、隊のお姉さん達ジパングには来られないじゃないか)

 

 そう、生け贄にされて死んだ筈のお姉さん達はこのジパングに顔を出せない。

 

(ってことは、こっちから合流するしかないよな)

 

 一刻も早くバハラタに行く必要が出てきた。時間があれば、魔物から素材をはぎ取る方法とかも学んだり素材の幾つかは素材のままで受け取ってすぐ他のドラゴン系装備を扱ってる武器屋へ持ち込むつもりだったのだが、是非もない。

 

「すまんが、用事が出来た。一足先に刀鍛冶の方に話を通しに行く。これだけ貰って行くぞ?」

 

「へ、へい。お気をつけて」

 

 人足の頭に断りを入れ、俺は運んでいる荷物からキングヒドラの首を一つ抜き出すと一足先に鍛冶屋の家へと向かう。

 

(死体を覆う枝を取り払う作業は自分でやらないといけないだろうけど、作業開始までに言づてをしておくことは出来るもんな)

 

 見本用に首を一個先行して持って行くので、説明も何とかなると思う。目的地へ辿り着くのにも俺の足で大した時間はかからなかった。

 

「邪魔をする」

 

 と、声を発してお邪魔した先はたぶん連絡が行っていたからか、炉に火を入れて居る最中で。

 

「ん、思ったより早かったな。あんたがヒミコ様から話のあった御仁か?」

 

「ああ。獲物の方はもう少しかかるが、これの胴体と残りの首だ」

 

 振り返った初老の男にキングヒドラの首を突き出す。

 

「っ、こいつは」

 

「ああ、首が複数ある魔物だ。こいつを使って武器と防具を作って欲しい。それとこのことは口外無用に頼む。それなりに手こずる相手だったからな、相応の価値はあると思うが……」

 

「なるほど、欲に目の眩んだ輩が無謀をやらかすと目覚めが悪い、そんなところか?」

 

「そう受け取って貰っても構わない」

 

 良い具合に勘違いしてくれたので敢えて訂正はせずに流すと、俺が注文したのは主に防具。

 

「材料が余るようなら、鞭か爪も作って欲しい。鞭はこんな形で――」

 

「なるほど。しかし、この形状からすると材料が被るぞ?」

 

「ふむ、確かに……仕方ない、最初に頼んだとおりこちらを優先してくれ」

 

 思い出せる限り、ゲームにあった武器の構造を再現した絵を描きながら説明し、鍛冶師の返答に悩みつつも取捨選択して指示を出す。

 

「これは『どらごんろーぶ』だったか?」

 

「ああ。それから、俺用に盾も頼む」

 

 シャルロットにはまだ見入手だが勇者専用装備がある筈だし、そうなってくると勇者一行に必要なのは後衛職の防具だろう。みかがみのたてではブレスを軽減してくれないのでちゃっかり自分の盾も依頼したが。

 

(だいたいこんな所だな。あとは素材の方が到着してくれれば)

 

 骸を覆う枝を取り払い、目の前の鍛冶師に素材を託してバハラタへ向かえる。そう、バハラタへ。

 

(クシナタさん達無事だと良いけど)

 

「旦那ぁ、お待たせしやした」

 

「あ、ああ。世話をかけた」

 

 到着を知らせに顔を出した人足の頭へ応じつつも、俺の意識は既に別の場所へと向いていた。

 




次回、番外編10「自宅の窓から(勇者視点)」



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番外編10「自宅の窓から(勇者視点)」

「あれってなんだったんだろ……」

 

 ボクはベッドに身を委ね、天井を見上げてポツリと呟いた。

 

(あの時と同じひと、だよね?)

 

 夢の中で出会ったのは――声だけだから出会ったでいいのかわからないけど、とにかく声の主は誕生日の夜に夢の中で色々と質問を投げかけてきたひとと同じひとだったと思う。

 

(すべてをつかさどるもの、だったし)

 

 名乗りは同じ、声も同じ。

 

(けど、何だったんだろ)

 

 風邪で気が弱っていたからか、愚痴のようなモノを言ってしまった。

 

「お師匠様達が頑張っていらっしゃるのに勇者のボクがこの有様だなんて」

 

 とか。

 

「せめて、何らかの方法で力になれたらいいのに」

 

 とか。

 

「……ジパング、かぁ」

 

 確か、お師匠様はジパングでやまたのおろちという魔物を懲らしめた後しまつをすると仰っていた気がする。だから、きっと今頃はジパングに居るのだろう。

 

「どんなところ何だろ」

 

 上半身だけ起こして窓の外を見ても、ここからじゃ見えるのはルイーダさんの酒場と青い空ぐらいだ。

 

(やまたのおろちって魔物もまだ居るんだよね)

 

 その魔物が化けた女王がお師匠様と仲良くしてる夢を何故か見て魘されたりもした。

 

(お師匠様、強くて格好いいし……好きになっちゃうのは不思議じゃないとは思うけど)

 

 我ながら突拍子もない夢だったと思う。

 

(ひょっとして無意識に不安を感じてるのかな、ボク)

 

 側に居ないから、誰かに盗られてしまうのではないかという不安。

 

(スレッジさんと一緒に居たお姉さん達を助けたのも、たぶんスレッジさんだけじゃないだろうし)

 

 記憶の中で鼻を伸ばしたスレッジさんを囲んでいた女の人達は、一人とか二人じゃなかった。

 

(ボクより綺麗な人も、……む、胸が大きな人も居たし)

 

 雨で濡れて服が透けて居たのに、口では嫌と言っていても女の人達がスレッジさんに向けていた視線には好意が宿っていたように思う。だったら、同じ助けてくれたお師匠様にも好意を持っていておかしくない。

 

(スレッジさん、ひょっとしてそれでボクが不安にならないようにわざとあんな態度を?)

 

 もともとスケベなお爺さんに見せかけることでミリーを庇おうとしたりする優しい人だった。実は裏があったのだとしても不思議はない。

 

(お師匠様とあの女の人達はどうなのかは解らないけど)

 

 たぶんボクが危惧しそうなことは無いのだと思う。

 

(お師匠様は真摯なひとだし……)

 

 第一、弟子が師匠を信じなくてどうするというのか。

 

(ましてや、今のボクは――)

 

 病で寝込んでいて、勇者の勤めすら果たせていない。

 

「はぁ……」

 

 最低だと思う、為すべき事も果たせないのに遠くでジパングの人の為に働いているお師匠様のことを僅かなりとも疑ってしまうなんて。

 

「早く風邪を治さないと」

 

 そして、お師匠様の所に行きたい。

 

(ボクじゃまだ足手まといかもしれないけど)

 

 彷徨わせた視線は、再び窓に止まる。

 

「……お師匠様」

 

 寝てる間にボクの様子を聞きに来た人がいるとお母さんから聞いた。何でもお師匠様に頼まれたそうで、お師匠様は遠くにいながらボクを心配してくれているのだ。

 

(……しっかりしなくちゃ)

 

 まだ熱があるのか時々ぼーっとするものの、調子は少しずつ良くなってきてる。

 

(ミリーやサラ、アレンさん達にだって心配させちゃってるし、)

 

 早く良くなってお返しをしよう、そう思った時だった。

 

「勇者様」

 

 ノックの音が扉の向こうからしたのは。ここは二階だというのに階段を上がる音に気づかなかった。

 

「あ、どうぞ」

 

「果物を買ってきましたわ」

 

 考え事をしてたからかな、なんて思いながら答えると、籠に入ったリンゴを抱えたサラが入ってきて。

 

「勇者様、お加減はどうですの?」

 

「あ、うん。薬とか飲んでこうして寝てるし、良くなっては来てると思うよ。それより、ごめんね……」

 

 お見舞いに来てくれたサラへ、ちょっと後ろめたい気持ちになったボクは謝った。

 

「ボクが寝込まなければ、冒険とか修行とか何か出来たかも知れないのに」

 

「気にすることはありませんわ、風邪をひくことなんて誰にでもありますもの。それにお休みを頂けたと思えば、ちょうど良い羽休めですし。勇者様やあの盗賊さんとのこれまでを振り返れば」

 

 笑顔で頭を振られて「そっか」とボクは呟く。

 

「言われてみると、相当濃い日々だったかも」

 

 ボクがバラモスを倒す為旅に出てまだ一ヶ月どころか半月も経っていないのに、レーベ、ポルトガ、サマンオサ、バハラタと旅をしてボク達はほとんどおまけだったとは言え、バラモスの部下の中では幹部にあたる魔物まで倒しているのだ。

 

「と言うか、サマンオサの戦いは色々とデタラメでしたわね」

 

「あ、うん。凄かったよね、バギクロス……ボクもあんな呪文使えたらなぁ」

 

 マシュ・ガイアーさんとボストロールって魔物の戦いは本当に凄かった。

 

「ボクもいつかはあんな風に……」

 

「覆面マントに下着だけの格好は止めて頂きたいと申しておきますわ」

 

「ええっ、格好いいと思うんだけどなぁ。あの女戦士さんだってあんなに肌の見える鎧着てたし」

 

 あれに覆面をしたのと大して変わらないとボクは思うけど。

 

「それとこれとは話が別ですわ」

 

「むぅ」

 

 あのかっこ良さをサラはどうして解ってくれないんだろう。

 

「だいたい、そんな寒そうな格好をしてまた風邪をひくようなことになったらどうしますの?」

 

「うっ」

 

 そう言われると、反論のしようがない。

 

「そもそも、装備とはかっこよさではなく、機能で決めるモノですわ。斬撃などなら受け止めれば良いでしょうけれど、魔物が吐く炎の息や範囲呪文などに面で襲われる可能性もありますのよ?」

 

「そ、それは……」

 

 サラの言うことは正論だ。魔物との戦いはいつ命を失ってもおかしくない殺し合いなのだから、全面的にサラが正しい。

 

「装備するモノは性能で決めるべきかぁ」

 

「ええ。それでも覆面マントに下着で戦いたいと仰るなら、下手な鎧よりも高い性能を持つ下着を探してくるべきですわ」

 

「下手な鎧より……」

 

 無理難題な気がして、反芻しつつ見ると、サラは肩をすくめて言った。

 

「そんなモノ存在しないとおもいますけれど」

 

「普通に考えればそうだよね、布の面積が少なくなればその分身体を守れる広さが狭くなる訳だし……うーん」

 

 唸りつつボクは考える、打開策はないかと。

 

「あ!」

 

 突如閃いたのは、本当に偶然だった。

 

「じゃあさ、もの凄く強い魔物の皮とか鱗とかを加工して下着にしたらどうかな?」

 

 だけど、名案だと思ったのだ。

 

「……そのもの凄く強い魔物はどうやって倒しますの、誰が?」

 

「あっ」

 

 致命的な欠点をサラに指摘されるまで。

 

「だいたい、そんな都合良く素材になりそうな魔物と出くわせる筈がありませんわ。そう言う魔物って言うのは、あのサマオンサの魔物の様に重要な場所を任されてるか、それこそ魔王の護衛をしているものじゃありませんの?」

 

「ううっ」

 

 どうしてこんな穴だらけの案を名案だなんて思ってしまったんだろう、ボク。

 

「まだ本調子じゃないのかなぁ」

 

「きっとそうですわ。さ、横になって」

 

「はぁい」

 

 促すサラの声に従って再びベッドに横たわると、少しでも眠る為に目を閉じた。

 

 




どう見てもフラグです、ありがとうございました。

次回、第百二十七話「合流」

シャルロットの復帰まであと何話かかるかなぁ。


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第百二十七話「合流」

「何だかんだで相当時間をかけてしまったな」

 

 眼下に広がるバハラタの町を見ながら、俺は着地の体勢をとった。

 

「ふぅ」

 

 地面に降り立つのにももう随分慣れたと思う。

 

(さてと、ジパングまでの行き帰りを考えると二日は経過してるかな)

 

 兜を壊した甲冑男も渡したキメラの翼を使ったとすれば、ロスは一日分。

 

(クシナタさん達も掠われた人達を保護したなら、バハラタに戻ってるだろうし)

 

 人攫いの一味と知っているクシナタ隊のみんなと鉢合わせしている可能性があるのが気になるところだ。

 

(あの甲冑のオッサンが先に気づいてやばいと思って逃げ出してる可能性もあるもんなぁ)

 

 あやしいかげが出没すると判明したあの洞窟にもう一度踏み込むのは危険すぎる為、クシナタさん達が情報を得てくれてなければ、あのカンダタこぶんが掠われて売られた人達の手がかりになりそうな唯一の存在と言うことになる。

 

(まずは、あのオッサンを探そう)

 

 幸いにも最初にあった時は魔法使いのスレッジ、次に会った時は偽アークマージと素顔での接触はしていない。

 

(面識がないのだから、こっちの姿を見て即逃亡ってことは無いはず)

 

 既に町から逃げ出している可能性もあった。

 

(ただなぁ……)

 

 あの甲冑男の認識からすれば、自分はアークマージの誘いに乗ってと言うか無理矢理乗せられて起こした反乱の主犯である。

 

(そこへ来て、魔物の暴走騒ぎ)

 

 意味不明だったに違いない。だが、話を聞こうにも元凶のアークマージはキメラの翼を渡して「バハラタにでも戻ってろ」と言うのみ。逆らって留まっていれば追いかけてきた魔物に挽き潰される以上、従うしかなく。

 

(あのオッサンからすれば、選択肢は三つ)

 

 アジトに戻るか、町でアークマージを待つか、逃げるか。ただ、反乱を起こそうとしていたことは同じようにアークマージに反乱へ荷担させられた者が知っており、アジトに戻っても場合によっては主犯として仲間達に処断される可能性がある。

 

(ついでに魔物達がアークマージを追いかけてきたのも見てるのだから、一緒に逃げる形になった自分があの洞窟に戻ろうなんて気には普通ならないよなぁ)

 

 よって、アジトに戻るという選択肢はたぶん選ばないと思う。

 

(逃げた場合も、アジトに生き残りがいれば、裏切り者としてカンダタ一味に追われる可能性が残る。一方で、自分を巻き込んでくれた元凶とは言え、キメラの翼を渡してアークマージは自分を逃がしてくれていた、と)

 

 数日放置したなら、ともかく、まだ一日だ。

 

(あのオッサンが藁にも縋る思いで待ってる可能性は低くないと思うんだけど)

 

 そう言う訳で、町中にもかかわらず忍び歩きをしながら、俺は町の中でも比較的治安の悪い区画へと足を向けた。

 

(あのオッサンにかかわらず、逃げ出した一味の連中がこっちに来てる可能性もあるし)

 

 などと思っていた時期が、俺にもあった。

 

「あっ」

 

 こう、後回しにしたツケだろうか。入り組んだ路地を歩いていて出くわしたのは、見知った顔。

 

「スー様……」

 

「スー様」

 

「っ、お前達……」

 

 一瞬、逃げ出すことも考えたが、あまりに薄情かと諦め。

 

「無事だっ」

 

「「スー様ぁぁぁぁ」」

 

 突撃してきたクシナタ隊のお姉さん達にもみくちゃにされたのだった。

 

「ぷはっ、すまんな……色々任せきりにして」

 

「いえ、スー様こそ、よくぞご無事で」

 

 こうして、想定外の合流を果たしたクシナタ隊のお姉さん達によると、救出作戦自体はほぼ成功したらしい。

 

「奴隷商人と交わした証文も確保したわ。金目の物の回収については、すぐ持ち出せそうでかさばらないモノしかしてこられなかったけど」

 

「なるほどな、売られた先はわかるか?」

 

 あの状況下でなら、充分すぎる成果だろう、俺は相づちを打つと先を促し。

 

「ええ。アジトがあんなだったからかしらね、連絡を待って入り口にいた留守番組の子達がキメラの翼で逃げてきた幹部らしい男とこの街の入り口で鉢合わせしたのよ」

 

「は?」

 

 女盗賊のお姉さんの言葉に思わず声を上げていた。

 

「あー、スー様でも驚くことあるのね。まぁ、私達も驚いたんだけど」

 

 俺の驚きは別のベクトルというか、何て運のない男なんだ的なモノだったのだが、訂正する必要もない。

 

「それでね、その男の証言と持ち出してきた書類を照らし合わせて」

 

「売られた先はアッサラームと」

 

「ええ」

 

 そう言えば、前に尋問した時もアッサラームへ売ったと言っていた気がする。

 

「アッサラームか」

 

 胡散臭い商人とぱふぱふのイメージがやたら強いのはネタにされる頻度が高いからか。

 

「どうしました、スー様?」

 

「いや、少しな」

 

 今更気がついたのだ、アッサラームという町に潜む危険へ。

 

(拙い、今更お前達は連れて行けないなんて言う訳にもいかないし)

 

 だいたい、売られてしまった人々の数を考えると、一人で解決するのは厳しい。

 

「女を売り飛ばすような場所におまえ達を連れて行くのは危険だ」

 

 なんて建前で言っても素直に従ってくれないだろうとも思うが、もし従ってくれたとしても今度は人手が足りない。

 

(ああっ、あの町にお姉さん達を連れて行くとか……)

 

 もう嫌な予感しかしないのに、避けて通れないというジレンマ。

 

「スー様?」

 

「っ、すまん。ところで、ジーンはどうしている?」

 

 話しかけられて我に返った俺は話題を変えると、協力者となってくれたさつじんきについて触れてみた。現実逃避したかったと言うだけの理由ではない。約束を守る為でもあったからなのだが。

 

「あ、あの人でしたら、今は隊長達と一緒に宿にいます」

 

「スー様とも会えましたし、一度合流しましょうか」

 

「いいのか、ここに居たのも何か用があったんじゃないのか?」

 

「いえ、ちょうど帰るところだったんですよ」

 

 戻ろうと言い始めたクシナタ隊のお姉さん達に問いかけてみると、俺がお姉さん達に出会ったのは、掠われた人を家に送り届けた帰り道だったらしい。

 

「そうか、なら戻ろう」

 

「はいっ、隊長も心配してましたし、急ぎましょうっ」

 

 結局俺の甲冑男捜しは無駄に終わった訳だが、結果オーライだった。

 





次回、第百二十八話「誘惑の町」


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第百二十八話「誘惑の町」

「それで、問題になるのはここからどうやってアッサラームへ至るかだな」

 

 宿屋でクシナタさん達との合流を果たした俺はクシナタ隊のみんなを一部屋に集めて会議を開いた。

 

(一つ小さなポカやらかしてたけど、そっちも大事になる前に処理できたし)

 

 この直前、今更ながらにスレッジではない今の姿でライアスと面識がなかったため、スレッジと友人として自己紹介し顔つなぎをしたりもしたが、それはそれ。

 

(アッサラームからこっちに抜けてくる道はアッサラーム側からしか開けられないからなぁ)

 

 よって普通に陸路で行くことは出来ず、残された移動手段は船を使った海路か、旅の扉を経由した大回りルートか、ジパングで断念した俺がでっかいイカに変身してクシナタさん達を乗せ河か海を渡ると言うビジュアル的に問題がある方法のみ。

 

(ついでに言うと、最後の方法はライアスが居る状況では使えない訳で)

 

 ダーマに行くからとライアスを連れてきていたのが仇になってしまっていた。

 

(カンダタ一味のアジト襲撃の時は留守番していて貰ったけど、二度続けては流石に反発するよなぁ)

 

 だったらダーマに向かって貰うかとも考えたのだが、あやしいかげの狩り残しが居た場合、足の遅いライアスでは逃げ切れず餌食になる可能性がある。

 

(かと言って、俺がダーマを請け負ってクシナタさん達とライアスにアッサラーム行きを任せると船で行くしか方法がないし)

 

 旅の扉を経由するには解錠呪文、変身して河を渡るには最低でも変身呪文が必要だが今のクシナタ隊に該当呪文を覚えているお姉さんは居ないのだ。

 

(海とかの魔物も結構強いと思ったんだよな。慣れない船の上の戦闘じゃ不覚を取る可能性だって……)

 

 つまるところ、ダーマ行きはもう少し先にするしかなくなった訳だが、これはきっと欲張るなと言うことなのだろう。

 

「案がないようなら、スレッジに頼んで旅の扉を経由するルートか、船でアッサラームを目指すルートになるが」

 

「異存ありませぬ」

 

「そうですね、何か良い案が浮かんだら良かったんですけど」

 

 クシナタ隊のお姉さん達からも反対はなく、この後の話し合いで最終的には船旅と言うことになった。

 

「奴隷商人を運んだ商船を使うというのは微妙に複雑ですわね」

 

「やむを得まい、ポルトガに胡椒を持っていって船を貰ってくると大幅なタイムロスになるからな」

 

 ルーラの往復分の時間を考えると交易船に便乗させて貰った方が早く、交渉次第では護衛として乗ることで用心棒代も稼げるかも知れないと言う商人のお姉さんの案もあり――。

 

「良い天気だな」

 

「この調子で晴れてくれると良いかもしれませんね」

 

 次の日には、ルーラで他所へ飛ぶこととなった者を除く俺達全員が船上のひととなっていた。

 

「しっかし、暇だなぁ、オイ」

 

「行程を少しでも短縮する為に聖水を振りまいたからな」

 

 用心棒代は海賊でも出なければ、基本給のみとなってしまいそうだが、やむを得ない。

 

「釣りとか出来たらいいのだけどね」

 

「オールで漕ぐ船の構造上、無理だろうな」

 

 釣り糸がオールに絡まって雇い主や船員達に睨まれるハメになったら目も当てられない。

 

(しかし、アッサラームかぁ)

 

 バハラタでクシナタ隊のお姉さんと再会した時に抱いた懸念が取り越し苦労であれば良いのだけど。

 

(ゲームでのアッサラームは全年齢対象のゲームだったからあれで済んだ面もある訳で……)

 

 もし、とんでもない魔窟だったりしたら。

 

(そう、例えばお子様には見せられないようなお店がひしめき合ってる場所だったら)

 

 俺には少々ハードルが高すぎる。

 

(一人でもいろんな意味で無理っぽいのに、掠われた人を探すとなるとむしろそう言う所こそ重点的に探さなきゃいけないよなぁ)

 

 当然だが、後ろにクシナタ隊のお姉さんを引き連れて。

 

(いかん、まだ船の上なのに帰りたくなってきた)

 

 女の子の前で、そう言ったお店の人とやりとりしろとかどういう罰ゲームですか。

 

(掠われた人のことを聞くつもりが、しどろもどろになったあげく客と勘違いされてお店に引き込まれる光景しか想像出来ないっ)

 

 当然ながらそんな醜態をさらせば、クシナタ隊のお姉さん達にはゴミクズの様なモノを見る目で見られることになるだろう。

 

(生き返らせた時に裸を見ちゃったお姉さんとかには「やっぱり嫌らしい目で見てたんだ」的な勘違いをされて)

 

 最終的には、純粋に助けたいと思ってかけたあのザオリクも下心あってのモノと見なされて、つまはじきに。

 

(それがシャルロット達にも何らかの形で伝わって……)

 

 俺、社会的に終了のお知らせ。

 

(うあああっ! 駄目だ、破滅的な未来しか見えないっ)

 

 もういっそ、モシャスで女の子に変身してしまうべきか。

 

(って、それじゃ精神力もたないし、効果時間もなぁ)

 

 キングヒドラをソロで撃破することより高い壁を感じる。

 

(だからって、どうする?)

 

 クシナタさん達に任せる何てのは論外だし、恥を忍んでライアスにそう言うお店の人のあしらい方を聞いてくるべきか。

 

(人とは接せず、透明になって掠われた人がいないかどうか一軒一軒調べる……のは、呪文の効果が切れて見つかったら最悪だし、そもそもあの呪文は燃費も悪いからなぁ)

 

 恐るべし、誘惑の町。俺は辿り着く前からもう既に挫けそうだった。

 

「はぁ」

 

「スー様、どうなされました?」

 

「いや、アッサラームについてからのことをな」

 

 声をかけられて我に返った俺は、クシナタさんに答えると顔を手で覆って俯く。

 

「悪い方に悪い方に考えてしまうのだ、我ながら度し難いとは思うが……」

 

「スー様……」

 

「解っている、今更かもしれん。ただ、俺は相変わ」

 

 そう、独言していた時だった。柔らかなモノが背中に押し当てられたのは。

 

「スー様、あんまりでございまする」

 

「な」

 

「我々クシナタ隊はスー様の協力者、お一人で抱え込まなくても――」

 

「いや、そう言う訳にもいかなくてだな?」

 

 子供には見せられないお店でどう対処して良いかわからないなどと言えるはずもない。

 

「す、すまん。俺がこんなでは他の者が動揺するな。少し向こうで潮風に当たってくる」

 

 俺は顔を上げると、なるべく平静を装おうとしながらクシナタさんから逃げ出したのだった。

 




主人公、ネガティブする。

次回、第百二十九話「ぱふぱふ」

きっと、説明不要。



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第百二十九話「ぱふぱふ」

 

「昼についたのは幸いだったな」

 

 夜じゃなくて本当に良かったと思う。

 

(あのテのお店って繁盛してるのだいたい夜だろうからなぁ)

 

 昼間お休みで夜営業してる武器屋や道具屋もあったと思うから一概にはそうと言いきれないが、ゲームと同じ仕様なら、偽物の踊り子さんが悪魔の囁きをしてくることは無いはずだ。

 

(そうだよな、うん。避けられないならせめて話を聞きやすそうな時間帯に到着出来たことを良しとしなきゃ)

 

 正直な気持ちを言うと今からでもルーラで大空に飛び立ちたい気持ちで一杯だ。ただ、売り飛ばされた人達のことを考えると、そんな真似が出来るはずもない。

 

(あれが、ゲームの時にもあったやつかな?)

 

 用水池なのか噴水なのか町の中央に湛えられた水が陽光を反射して周囲を取り巻く壁の一部を明るく照らす姿を眺めつつ、俺は現実逃避した。

 

「賑やかな町でありまするな」

 

「っていうかー、広すぎだと思うなぁ、あたしちゃん」

 

 他の町同様にゲーム仕様ではなく町と言うに相応しい人口と広さをもった姿のアッサラームを眺めながらコメントするクシナタ隊のお姉さん達。

 

(これからここを探さないといけないんだよなぁ、うふふ、あはははは……)

 

 町が広いと言うことは、子供がいっちゃいけないようなお店の並ぶ区画も相応に広い。言葉が分からない人のためにか、絵看板では際どい服を来たお姉さんが来訪者達を手招きしている。

 

「いやぁ、魔物が出なかったのはあんたらが聖水撒いてくれたからなんだろ。護衛代金、あれっぽっちじゃ申し訳ないと思ってね。色つけておいたよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 交易船の護衛を終えた後、商人のお姉さんはこの町に向かうことになっていた人達からも護衛の仕事を取り付けたらしく、俺達の後ろからはそんなやりとりが聞こえていた。

 

「資金が増えるのは歓迎すべきでする」

 

 とクシナタさんは賛成していたが、俺も文句はない。売られてしまった人を買い戻す資金、と考えると少し憂鬱になるけれど。

 

「スー様、お待たせしました」

 

「あ、あぁ」

 

 来るべくして来てしまったと言うべきか。

 

「とりあえず、ハヅキとカンナそれからサツキは別の班にした方が良いわね」

 

「そうですね、キメラの翼があるとは言えルーラの使える人が居た方が緊急時には対処しやすいでしょうし」

 

 当然の様に始まった班分けは、全員一緒に回るような効率の悪いことをしていられないという意味では頷ける。

 

(この流れだと、俺も隊のお姉さん達何人かと行動ってことになるんだろうなぁ)

 

 そも男一人では首尾良く掠われ売られた人を買い戻すことが出来たとしても、精神や肉体的なケアの面で問題がある。

 

「アイナはライアス様と一緒にするとして」

 

「ちょ、ちょっとそれはどういう」

 

「お尻に敷いた仲でしょ」

 

「お、おい。待てお前ら」

 

 知らぬ所でカップルが発生していたという事実を間接的に知った胸のモヤモヤに苛まれつつ、俺は空を仰いだ。

 

(空は青いなぁ、こういうのを何て言うんだろう? バシルーラ日和?)

 

 今の自分は盗賊の呪文しか使えない、ただの盗賊だ。解ってはいる。

 

(ライアスにそんな呪文使えるわけが……じゃなかった、ライアスの前でそんな呪文なんて使える訳がないじゃないか)

 

 だいたい、俺達は遊びに来た訳じゃないのだ。人捜しの人員を一時の感情で排除するなどあり得ない。

 

「それは良いとして、スー様と一緒の班は――」

 

「はい! やっぱり隊長のいる私達の班が良いと思います」

 

「な、何を」

 

「そうですわ、隊長が居るのにスー様まで居たらバランスが」

 

 あり得なさすぎて、何だか俺をクシナタ隊のお姉さん達が取り合っているかのような幻聴まで聞こえてきた。

 

(ここはあれかな、「やめてっ私の為に争わないで」とかおきまりの台詞でボケるべきとか?)

 

 いや、幻聴にボケてどうするのだ。

 

「盗賊のカナメとかもしっかりしてるからさぁ、あたしちゃん達の班でよくない?」

 

「そうそう。そもそもスー様も盗賊だから被っちゃうよね?」

 

「けど、そちらには商人の方がもう既に」

 

 しかし、何故幻聴は途切れないのか。

 

(あれ、これってひょっとして幻聴じゃない?)

 

 だとすると、信じがたいことだが、俺が原因で班決めが終わらないと言うことでもあり。同時にチャンスでもある。

 

「俺が原因で決まらないというのであれば、俺は一人で行くぞ?」

 

 売られた女の人については、助けることが出来た時点でクシナタ隊のお姉さんを捜して預ければいい。

 

(そう、思ってたんだけどなぁ……)

 

「で、ではスー様お願いしますね」

 

「よ、よろしく」

 

「よろしくね、スー様」

 

 謎の団結を見せたクシナタ隊のお姉さん達はくじ引きという手段を編み出し、俺は盗賊のお姉さんが居る班と行動することに相成った。

 

(盗賊が二人同じ班でいいのかなぁ)

 

 バランスとしては問題ありそうなのだが、ここで異議を唱えたら班決めでもめていたついさっきに逆戻りだろう。

 

「ああ、よろしくな。さてと……」

 

 ポーカーフェイスを崩さないように注意しつつ応じ、歩き出す。

 

(せめて死に場所は自分で決めよう、社会的な)

 

 そも、この編成で俺がリーダーでないというのも不自然だろう。

 

「売られた、とするとおそらくはあの区画だろうな」

 

 俺が見上げたのは、先程も目にした看板。

 

「助けるぞ、一刻も早く」

 

「ええ」

 

「「はっ、はい」」

 

 半ば自棄になりつつ漏らした声に三人が答え、歩き始めた矢先。

 

「そ、そこの人、ちょっと待つぱふっ!」

 

 俺の背中に、何だかとんでもない語尾で声がかけられた。

 

「ぱふ?」

 

「おうっ、いきなりそこに着目するぱふかっ」

 

 思わず口にして振り返れば、そこにいたのは「あちゃあ」とでも言うかのように顔を手で覆ったオッサン。

 

「見たところこの町は初めてのようぱふから、忠告しておくぱふっ」

 

 趣味の悪そうな黄金のペンダントを首から提げてふんぞり返ったオッサンを。

 

「さて、行くか」

 

 俺は当然のように無視した。

 

「ちょっ、ちょっと待つぱふっ! そ、それはないんじゃないかなぱふっ!」

 

 後ろから抗議の声があがったきもするが、ぱふぱふ言うオッサンの首に掛かっていたモノが俺の知っているアイテムなら女連れで相手にするのは危険すぎる。

 

「え、ええと、スー様?」

 

「い、いいんですか? 何か忠告とか言ってましたけど?」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は聞いてきたが、この点に関して俺に譲る気はなかったのである。

 

 




主人公、お前にリア充を恨む資格はない……ぱふっ。

くっ、中途半端なところまでしか書けなかった。

おのれ回線不調めっ。

え、ぱふぱふ? ちゃんとぱふぱふ言わせておいたぱふよ?

次回、第百三十話「そこに潜む危険」

アッサラームの闇を、君はまだ知らない。


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第百三十話「そこに潜む危険」

「とりあえず、振り切ったか」

 

 はぷぱふ言う声が聞こえなくなって、少しだけ安堵した。

 

(忠告ってのが気にならなかった訳じゃないけど、これから向かう先は「あれ」だもんなぁ)

 

 見上げると角度の関係からか際どい服のお姉さんが手招きしている看板は殆ど見えなくなっていたが、看板が見えようと見えまいと、そこがどういう店かについては変わらない。

 

(首から提げていたのは、まず間違いなく「きんのネックレス」だろうし)

 

 男性専用の装飾品で、装着者の性格を「むっつりスケベ」に変えてしまうという恐ろしい品だ。

 

(「せくしーぎゃる」でさえあんなに厄介な性格だったって言うのに……)

 

 しかも俺達の向かう先が、子供にはとても近寄らせられないいかがわしいお店であると知れれば、あのオッサンがどんな行動にでるか解ったもんじゃない。

 

(だいたいなぁ……)

 

 むっつり、というのがいかにも「下心ありますぱふっ」と全力で語ってる気がするのだ。

 

(俺が失望されるのはもう仕方ないとしても――)

 

 それ以上に不快な思いを同行してくれるお姉さん達にはさせられない。

 

「ここから先は、聞きづらいことを聞きに行く訳だからな。余計な人間が居ては話してくれたかも知れないことさえ口を割らんかもしれん」

 

 前情報なら仕入れてあるとも説明してお姉さん達を納得させると、もう迷いなど無かった。お店に足を踏み入れてからはテンパったり、良いようにあしらわれたりとさんざんな醜態をさらす気はしたけれど。

 

「すまない、少し邪魔をす」

 

「あら、格好いいお兄さんようこそぱふっ」

 

「は?」

 

 俺は、店に足を踏み入れた直後、まったく別の理由で硬直した。

 

「ぱふ?」

 

 思わず口にしたそれに謎のデジャヴを感じてしまうのは気のせいではないと思う。

 

「……その様子だと、まだこの町に来たばかりぱふね? 外で誰かに言われなかったぱふ?」

 

「……声はかけられたが、あまりに胡散臭かったのでな」

 

 どうあっても言い訳だが、俺は無視したと素直に明かした。

 

「じゃあ、知らないぱふね。あまりこういうことを吹聴したくないぱふけど……今この町では語尾に『ぱふ』がついてしまう呪いが広まってるぱふよ」

 

「な、呪いぃ?」

 

 驚きのあまり声が裏返りかけた。

 

(ちょっ、どういうこと? ゲームじゃこんなイベントは無かったはず)

 

 俺が原作の進行ルートを無視して好き勝手やったバタフライ効果とでも言うのか。

 

(そも、呪いってことはバラモスか?)

 

 確か何処かの町でバラモスによって馬だか猫だかにされた人がいたような気はするが、こんなツッコミどころに困る呪いはかけてこなかったように思う。

 

(って、呆けてる場合じゃない)

 

 俺を出迎えたこの店の人の話が真実なら、クシナタ隊のお姉さん達が問題の呪いにかかってしまう可能性だってあるのだ。ならば、呪いの情報は最優先で集めておくべき。

 

「なるほどな、それで……呪いにかかった原因は?」

 

「それがぱふ……みんな気がついてたらこうなっていたとしかぱふ。ただ、夜に起きてる人からは呪いにかかった人が一人もいないと言うことぐらいしかわかっていないぱふ」

 

「夜、か」

 

 とりあえず、手に入った情報は一つだけだが、何も知らなかったさっきよりはマシだろう。

 

「所で、この店にはバハラタ出身の女性はいないか?」

 

「バハラタぱふ? ……ごめんなさい、ウチにいるのはイシスとロマリアの娘くらいぱふ」

 

「そうか」

 

 取り乱すことなく聞き込みが出来たのは、呪いという情報の与えたインパクトが大きすぎたからかもしれない。

 

「お兄さんバハラタの人ぱふ? 故郷の人が良いのかも知れないけれど、うちの娘だって綺麗どころが揃ってるぱふよ?」

 

 あと、たぶん呪いでついてる語尾が。

 

「いや、仲間にも呪いのことを伝えておかないと大変なことになるかも知れないからな。邪魔をした」

 

 こうして呪いをダシに一軒目のお店から逃げ出すことに成功した俺は、そのまま数歩進み。

 

「……すまん」

 

 一緒にいたお姉さん達に頭を下げた。

 

「俺が浅慮だった」

 

「「スー様」」

 

 たぶん、あの胡散臭いオッサンも呪いの被害者だったのだ。非は性格だけに目を奪われて本質を見誤った俺にある。

 

「あ、謝る程のことじゃないですよ」

 

「そ、そうですよ。あのおじさん、確かに胡散臭かったですし、カナメさんの胸とかお尻とかチラチラ見てましたし」

 

「や、やっぱり気のせいじゃなかったのね。って、じゃなくて! ええと、呪いのことについてはちゃんと聞けたんだし……」

 

 お姉さん達のフォローが胸に痛かった。三人は、わざわざスルーして良いのかと聞いてくれていたのだ。それを聞き入れなかったのは、やはり俺。

 

「すまん」

 

 一歩間違えば、お姉さん達もぱふぱふ言うハメになっていたかも知れないと思うと、ひたすら申し訳なくて。

 

「はぁはぁはぁ、あ、居たぱふ! はぁ、ようやく追いついたぱふよ」

 

 俺が、凹みに凹んでいるところでそのオッサンは再登場した。

 

「あ、さっきの」

 

「……というか、さっきの人よね?」

 

 顔に青あざをこしらえたりしてやけにズタボロの格好で。

 




ゲームにはなかった謎の呪い、まさか主人公達までぱふぱふ言う様になってしまうのか。

そして、この呪い騒動の元凶とは?

次回、第百三十一話「聞き込み案件が倍になったってばよ」

そんな感じで、続きます。


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第百三十一話「聞き込み案件が倍になったってばよ」

 

「じ、実は今この町には語尾に「ぱふ」がついてしまう呪」

 

「それならさっき聞いたわよ」

 

「うぐっ、ぱふ」

 

 とりつく島もないというか、何というか。さっき胸やお尻を見られていたからだろう、盗賊のお姉さんがオッサンの話をぶった切る。

 

(いや、お姉さんからすればその対応も仕方ないかも知れないけど)

 

 しっかりとむっつりスケベしていたのだから関わり合いになりたくないという気持ちは分かる。それでさっきは俺も無視した訳だし。

 

(ただなぁ)

 

 しっかり話していない以上、このオッサンが追加情報をもっている可能性もあるのだ。

 

「下がっていてくれ、俺が聞こう」

 

「ええっ、ぱふ」

 

 お姉さん達を制して俺が進み出るとオッサンは酷く残念そうな声をあげた。

 

(結局の所下心はあるってことかぁ、厄介な)

 

 顔に青あざを作ったりしてるのも女性に良からぬことを企んで制裁を受けたのかも知れない。

 

(関わったのが、他の隊のお姉さん達じゃなきゃ良いけど)

 

 ともあれ、今優先すべきは情報の入手だ。

 

「……呪いについて他に知っていることはないか? 夜起きている者はだれも呪いをかけられていない、以外で」

 

「んーぱふ? その前に、何か言うことがあると思うぱふ?」

 

 話を切り出すやいなや、オッサンはそうのたまって首を傾げた。

 

(っ、根に持ってたかぁ)

 

 ひょっとしたらお姉さん達を下がらせたことで気分を害した可能性もあるが、こちらが無視をしたのも事実。

 

「……そうだな」

 

 それは、人として当然のことだ。俺はオッサンの言葉に頷くと、躊躇うことなく指で指しながら声を張り上げた。

 

「えいへいさん、このひとです!」

 

「ちょっ、ぱふ?! な、何を言うぱふかぁ!」

 

「おかしなことを言う、俺の連れの身体を嫌らしい目でなめ回すように見ていただろう? こういう時、不審者として兵士に突き出すのは市民の義務だろう?」

 

 何だか食ってかかってきたけれど、間違ったことはしていないと思う。

 

「だいたいその顔、痴漢行為を働いて女性に殴られたんじゃないのか?」

 

「ぎくっぱふ」

 

 案の定と言うべきか俺の指摘にオッサンはビクりと震え。

 

(しっかし「ぎく」とかにもつくのかあの語尾。徹底してるというか何というか……)

 

 とことん嫌な呪いだなぁと顔には出さず戦慄する。

 

「やっぱり」

 

「っ、何だか時間差で鳥肌が」

 

 語るに落ちたせいでクシナタ隊のお姉さん達のオッサンへむけた視線がマヒャドレベルの冷たさに変化したり、視線に晒されてた盗賊のお姉さんが自分自身を抱きながら震えてたりするが、この辺りはオッサンの自業自得だろう。

 

「そもそも、そんな目にあってまで何故そのネックレスをしてるんだ?」

 

「えっぱふ? どういうことぱふか?」

 

 ひたすら謎であったからこそ、思わず口から出た言葉に、オッサンはきょとんとする。

 

「まさか知らないのか? そのペンダントは金のペンダント。身につけた男性の性格を『むっつりスケベ』に変えてしまう力のある装飾品なんだが」

 

「性格を変える……ぱふ?」

 

 俺の説明に自分の首元へ視線を落とし愕然とするところを見るに、知らなかったらしい。

 

「じゃ、じゃあ全てこれのせいだったぱふか?!」

 

「いや、全てかどうかは知らんが」

 

 元の性格が何かも知らない以上、断言は出来ない。

 

「ああ、何てことぱふっ! これのせいで、こんなもののせいで私はぱふっ」

 

 両手でペンダントを握ったままふるふる震えていたオッサンは金のネックレスを外すと地面に叩き付け。

 

「こんなものっ、こんなものぱふ!」

 

 何度も足で踏みつける。

 

(うわぁ)

 

 足の下でネックレスをひしゃげ変形させるオッサンの鬼気迫る様に少しだけ引いていた。

 

(たぶん、そうせざるをえない程に何かあったんだろうけど)

 

 知りたいとは思わない。そも、既に調べないといけないことを二つも抱えているのだから。

 

「はぁはぁはぁ、ぱふ」

 

「気は済んだか?」

 

 荒い息をしつつもペンダントを踏みつけるのを止めたところを見計らって、声をかける。

 

「っ、み、みっともないところをお見せしたぱふ」

 

「……気にするな」

 

 性格変更アイテムだと覚えていなければ、俺だってどうなっていたやら。

 

「……じゃあ、あれをスー様にかけたら」

 

 何てお姉さんの呟く幻聴まで聞こえてくるぐらいなのだ。

 

(疲れてるのかもな、俺へ「むっつりスケベ」になって欲しいと思うお姉さんとか居る訳ないのに)

 

 さっきまでいたお店の空気に毒されたのかも知れない。

 

「それよりも、だ。聞きたいことがある」

 

「あ、呪いの情報ぱふね?」

 

「ああ」

 

「そこまで知ってるなら、私の知ってる話はちょっと不確かなのが一つだけぱふが」

 

 話を戻したこちらの問いへオッサンは素直に答えてくれた。ペンダントの効果を教えたことが大きいのだと思う。

 

「なるほどな……」

 

「目撃者は相当酔っぱらってたから、幻でも見たか何かと見間違えたんじゃないかって皆言ってるけどぱふね」

 

 追加で手に入った情報は、一つだけ。

 

「それから、もう一つ。バハラタ出身の女性を知らないか?」

 

「バハラタぱふ? 確か劇場の踊り子さんに二人か三人ぐらい居た気がするぱふ」

 

「っ」

 

「それって……」

 

 ならばついでに聞いてしまえと問うて見ると、かなり有力そうな答えが返ってきて、俺はお姉さん達と顔を見合わせた。

 

「すまんな、助かった。……行ってみよう」

 

 前半はオッサンに、後半は同じ班のお姉さん達に。

 

「「はい」」

 

 お姉さん達が返事をした時、俺は既に走り出していた。

 

「ありがとうぱふ、あなたのことは忘れないぱふよ~」

 

 オッサンの声を背中に受けながら。

 

 




オッサン本当に何があった?

と言う訳で、手がかりを手に入れた主人公は劇場へ足を運ぶこととなったのでした。

さて、アッサラームで劇場と言えば、あれですよね?

そう、ベから始まって次がリの、あれ。

「きゃぁっちまぁいはぁぁぁぁぁと!」

 そうそう、こんな感じで某有名声優さんのシャウトから始まるメロンを讃える歌……って違うぶるぁぁぁ!

 し、失礼しました。個人的には好きなんですけどね、あの曲。

 次回、第百三十二話「ベリー○○○」

 何故伏せ字にしたし。


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第百三十二話「ベリー○○○」

「これは……」

 

 何か聞き覚えがあると思ったら、ピラミッドのBGMだった。そんなことを思い出しながら音の漏れ出てくる劇場の入り口をくぐる。

 

「邪魔をする」

 

 オッサンの話が真実ならば、ようやく売られてしまった人を助け出せるかも知れないのだ。

 

(昼で良かったって思うべきなんだろうなぁ)

 

 出し物の告知文に何が書かれていたかは、敢えて伏せておく。

 

「いらっしゃいませ、ここは劇場です。ただ、お客様申し訳ありませんが今は練習中でして、ステージは夕方以降に――」

 

「いや、客ではなく踊り子と座長に話があって来たのでな」

 

 踊りを見に来た訳ではないと即座に否定したのは、班員のお姉さん達が後ろにいるからではない。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「もうっ、駄目ぇ」

 

「みんな! 弱音を吐いちゃ駄目よ!」

 

 観客席の向こうで揺れるメロンにスイカ、じゃなかったレッスン中の踊り子さん達の何人かが辛そうにしていたからだ。

 

「すまないが、少し話を聞かせて貰ってもいいだろうか?」

 

 幾ら何でもぶっ続けで踊り通しと言うことは無いと思う。なら、話しかけることで休憩する理由になればと思っただけのこと。

 

(べ、別に目の毒だからさっさと用件を済ませて次の場所に何て思った訳じゃないんだからねっ)

 

 などと思考がツンデレ風味になってしまう程、取り乱してる何てことはない。俺は冷静だ。

 

(そう。例え、衣装が「危ない水着よりよっぽど危ないわ」と絶叫してしまいたくなるような「もう見えちゃ拙い場所だけ隠しておけば良いんでしょ」とかだろうが、右端から三番目のお姉さんのそれが、ずれて外れかけていようが関係ない)

 

 魔物の僅かな隙をついて隠し持ったお宝を盗む為の動体視力が、まさかこんな所で仇になるとは思わなかった。

 

「お話ですか。もう少し待って下さいね、キリの良いところまで後ちょっとですので」

 

「あ、ああ」

 

 座長と思わしきお兄さんからの指示に俺は天井を仰いだ。

 

(平常心、平常心、平常心、平常心、平常心、平常心、平常心、HEY! ジョー知んない? 平常心、平常心、平常心、平常心)

 

 駄目だ、謎の外国人が紛れ込んできた。と言うか、「ジョーって誰だよ、俺の方が聞きたいよ」とかツッコんでおくべきだっただろうか。

 

(ってそうじゃなくて、落ち着け落ち着くんだ俺。こういう時は、天井の染みを数えてれば良いってのがセオリー……だったっけ?)

 

 何か違った気もする。

 

「ああっ、もうっ」

 

「はぁ、はぁ……ううっ」

 

 よっぽどハードな練習なのか、聞こえてくる呼吸を荒くし喘ぐ踊り子さん達の声と息づかいが、俺の瞑想を妨げて。

 

(くっ、精神滅却、色即是空、明鏡止水……うーん、あとそれっぽい四文字熟語は……)

 

 何だかクイズみたいなことになってきてたが、それが良かったのかもしれない。

 

「お待たせしました、それでお話というのは?」

 

「ん?」

 

 座長さんの声で我に返って視線を向けると。キリの良いところまで行って休憩に入ったらしく、踊り子さん達はステージの上にへたり込んでいた。

 

「はぁはぁ、はぁ」

 

 汗の浮いた肌、荒い呼吸、すごく目の毒だが、ここで用件を伝えないと足を運んだ意味がない。

 

「あ、あぁ……実はな」

 

 俺は、ここまで来た経緯と理由をかいつまんで説明すると、もし居るなら売られてきた女性と話したい旨を伝えた。

 

「当人の意思を確認したいというのもあるが、他の女性がどこに行ったのか知っているかも知れないしな」

 

「なるほど、そういう事情でしたか」

 

 でしたらと続けた座長さんは、お探しの女性はそこにとへたり込んでいた踊り子さんのうち二人を示し。

 

「灯台もと暗し、ではないか……」

 

 少しだけ苦笑したおれの目に映ったのは、メロンじゃなくて劇場に入ってきた時辛そうにしていた踊り子さん達だった。

 

「入ってきたばかりだったから、動きにまだ慣れなくて辛そうだったんですね」

 

「それだけじゃないような気もしますけど。いいなぁ……大きくて」

 

「……さて」

 

 何やら納得したようにクシナタ隊のお姉さんが頷くが、もう一人のお姉さんの呟きは、聞かなかったことにし。

 

「何にしても、これでようやく話が出来るな。……とは言え相手は女性、事情説明は頼めるか?」

 

 俺は同行者である盗賊のお姉さんに役目を振った、別に目の毒だから人任せにしようという訳ではない、ちゃんと理由はあるのだ。

 

「ええ。と言うか、これで何もしなかったらただスー様についてきただけになってしまうものね。任せておいて」

 

「すまんな。ところでもう一つ聞いても良いか?」

 

 快諾して踊り子さんの所へ向かおうとする盗賊のお姉さんに頭を下げると、座長さんに向き直る。

 

「最近この辺りで広まっている呪いについて知っていることがあれば教えて欲しい」

 

 俺には俺でまだ聞くことが残っていた、そう言う訳だ。

 

「あの呪いですか。ウチのステージは夜やってますから、お客さんも呪われた人は少ないのですよね。一応夕方の部を見に来てくれているお客様には呪いにかかった方は居られるようですが」

 

「ふむ。そう言えば酔っぱらいが怪しい者を見たとも聞いたな」

 

「ああ、それでしたら私も聞きました。猫か何かと見間違えたんじゃないかと言ってた人もいましたね」

 

 呪いの一件が広まれば興行にも悪影響があるからだろうか、事件を解決する為に調べているのだと言うと座長さんは知りうる限りのことを教えてくれた。

 

「猫、か」

 

 うろ覚えの記憶だとイシスだったと思っていたが、おそらく間違っていたのだろう。

 

「真相は、だいたい分かった」

 

 探偵など柄ではないが、再会したクシナタ隊のお姉さん達が語尾に「ぱふ」をつけているところは見たくない。

 

「呪いの一件、俺が解決して見せよう。ただ、解決した暁には――売られてきた者達が望むのであれば解放してはくれんか?」

 

 交換条件のようで卑怯かも知れないが、カンダタ一味のアジトで十全にお宝を回収出来なかったこともある。

 

「今急に抜けられると困るんですが、仕方ありません。呪いの一件、宜しくお願いしますね」

 

「ああ、任せておけ」

 

 こうして座長さんと約束を取り付けた俺は、盗賊のお姉さんが踊り子さん達から聞き出した情報を頼りに向かった先で事件を解決したら売られた女性を解放して貰うと言う約束を取り付けては、その女性から得た情報を頼りに他の売られてきた女性を探すと言うリレーを繰り返すハメとなったのだが。

 

「先を越されたか」

 

「……流石、隊長さんね」

 

「他の班より飛び抜けて結果を出しているようだな」

 

 所々でぶち当たったのは「もう身請けされてここには居ないぱふ」という反応。

 

「手がかりが切れてしまった以上、一旦宿に戻るか」

 

「そうですね、また隊長が預けに来てる可能性もありますし」

 

 走り回ったせいか、日も傾き始めていた茜色の中、俺の提案に隊のお姉さんは頷き。

 

(さて、宿で合流出来ると良いのだけど。ここからが勝負だな)

 

 夕日に顔を染めながら俺達は宿に向かって歩き出した。

 




主人公(くっ、精神滅却、色即是空、色即是空、シキソ、シキソ、シキソシキソシキソシキソ、ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥドゥドゥドゥドゥエドゥドゥドゥ)
お姉さん「ああっ、スー様がマグロのように飛び跳ねながら外にっ!」

 と言う没ネタもあったんだぜ。(劇場での瞑想中より)
 他ゲームネタなので除外したけれど。

いやぁ、ベリーなメロンでしたねぇ、私のお目々も釘付けぇ、的な。

次回、第百三十三話「ベ○ー○○○」

私達のステージは、ここからだ。


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第百三十三話「ベ○ー○○○」

「そうか、そっちの班でもあの男にあったのか」

 

「はい、装飾品のせいだったとすると少し悪いことをしたかも知れませぬ」

 

 宿で顔を合わせた別班のお姉さんによると、金のペンダントをかけてたオッサンに青あざを作ったのは戦士ライアスだったらしい。

 

「それは流石にあの男の自業自得だろう」

 

 以前ライアスを物理的にお尻へ敷いたお姉さんがたまたま転んであのオッサンを巻き込み、巻き込まれたオッサンはラッキースケベを装って不埒な行為を働こうとしてライアスに殴られ、走った逃げた先にいたのが俺達だったと言う訳だ。

 

「と言うか、兵士に突き出しておくべきだったか」

 

 ちなみにライアスと被害にあったお姉さんはその一件があって距離がより縮まったのだとか。

 

(「お前等一体何しに来てるんだ」って怒ってもいいところだよね、これは)

 

 こっちが、社会的に死ぬ危険へさらされて精神をすり減らしながら情報収集していたというのに。これはもう、あの二人が語尾に「ぱふ」をつくようになってしまっても放置して許されるレベルだと思うぱふ。

 

(って、やるせなさと怒りに震えてる場合じゃない)

 

 空気の読めないバカップルはさておき、これまでに集めた情報が確かなら、ここからが本番なのだから。

 

「話を戻そう。今、この町に呪いが広まっているのは説明したとおりだ。そこで、二つ程対策を立てた」

 

 一つは夜の町を歩き回り、呪いを広めている元凶を探して捕らえるというもの。

 

「もう一つは一班を囮としてこの宿で眠って貰い、他の者が不寝番でこれについて呪いをかけようとする者が現れた場合、これを強襲する囮作戦だな」

 

 囮作戦はこちらが狙われると限った訳ではなく、夜回りに関しても元凶が見つかる保証はない。

 

(とは言え、掠われた人達の解放を報酬に事件解決は引き受けちゃってるし)

 

 放置すれば俺達まで呪われる可能性がある。

 

「ただ、どちらの策も相手に発見されないようにするには、盗賊を一人は振り分ける必要がある」

 

「っ」

 

 気配を断って敵に発見されにくくするしのびあるきを使える者の有無で成功率は雲泥の差になると予想される。

 

「カナメとは別行動にならざるをえんな」

 

「……そう言う理由なら、仕方ないわね」

 

 同じ班だったのはくじ引きに参加してまでこの盗賊のお姉さん達が得た権利なのだ。

 

(近くにいることで、蘇生して貰った恩を出来るだけ返したかったとかそう言うことなんだろうけれど)

 

 どことなくテンションの落ちたお姉さんを見ると罪悪感が湧くし、機会を奪ってしまうことは申し訳なく思う。

 

「すまんな、クジで勝ち取ったモノをふいにさせてしまって」

 

「しょうもない呪いとは言え、こちらに降りかかってくるかも知れないし既に犠牲者も大勢居る。一個人の我が儘で事件の解決を遅らせる訳にはいかないもの、詫びには及ばないわ」

 

「そうか」

 

 まったく、男前というか何というか。時折自己保身に走る俺とは大違いだと思う、ただ。

 

「俺が女なら惚れていたやもな」

 

 何気なくふと思ったことが口をついて出るとは、自分でも思わなくて。

 

「「え」」

 

 俺を含む場にいた全員が、声をハモらせるのと同時に固まった。それは、短いようで永遠に続きそうな沈黙の始まり。

 

(だぁぁぁっ、この口は余計なことをおおおおおおおおっ)

 

 身動きのとれる空気の中、胸中で盛大に頭を抱えるが失言を無かったことにするなど不可能。誰かに言われたことを半永久的に完璧保存出来るシャルロットがこの場にいなかったことは救いだが、やってしまった感はぬぐえない。

 

(そもそも、これから作戦開始だというのに)

 

 何をやっているというのか。

 

「す、スーさま?」

 

「ん……あ」

 

 誰かの絞り出した声に呼ばれて、我に返った俺の視界には蜂の巣になりそうなぐらい俺の顔をガン見するお姉さん達が居て。

 

「すまん」

 

 とりあえず、謝った。

 

「これからだと言う時に余計なことを言った。俺は先に宿の入り口で出立の準備をしておく。カナメは囮作戦の方を頼む」

 

「スー様……」

 

 外回り側を選んだのは、居たたまれないというか、場の空気に耐えきれなくなったからだ。

 

「ねぇカナメさん、さっきのって……」

 

「カナメさんの裏切りものっ!」

 

「ちょっ、待ってよ! こっちだって何が何だか――」

 

 俺の発言がきっかけで急に後ろが騒がしくなった気もするが、きっと気のせい。

 

(そう言えば女の子に恋バナとかたき火に油ぶっかけるようなモノじゃないか)

 

 気のせいと誤魔化そうとしたが明らかに俺のせいですありがとうございましたな状況に頭を抱えたくなったが、今戻って何かを言っても逆効果にしかならないだろう。

 

(盗賊のお姉さんは囮作戦組だろうから直後の再会はないと思うけど、他のお姉さん達にはどんな顔をして会えばっ)

 

 おかしい、社会的に死ぬかも知れなかった今日の日中は凌ぎきったというのに、何でこんな所でピンチになっているというのか。

 

(これもきっと、呪いのせいだ。妙な呪いをかけた奴が居たからこんなことに……)

 

 今なら呪いをかけて回ったのが、暇になってこっちに遊びに来ちゃってた大魔王だったとしてもソロでぶっ殺せるかも知れない。

 

「楽に死ねると思うなよ……」

 

 腰にぶら下げたまじゅうのつめを確かめて、宿の廊下を歩きながら俺は呟く。

 

「ねぇねぇ、この宿のお風呂混浴らしいよ」

 

「じゃあさ、アイナさんライアスさんと入ってきたら?」

 

「「ちょ」」

 

 壁越しにそんな会話が漏れてくる辺り、たぶん客室の壁も防音仕様ではないのだろう。

 

(あるぇ、じゃあさっきの会話隣の部屋とかでも聞こえてたんじゃ……)

 

 自分でも解るぐらいに、血の気が引いた。

 

「スー様」

 

 ひょっとしたら、血が下がっていったのは事態を理解したからだけじゃ無かったのかもしれない。更なる窮地を第六感が教えてくれていたのではないだろうか。

 

「クシ……ナタ?」

 

 後ろからかかった声の主が誰か気づいて俺は振り返る。

 

「少しお話が」

 

 真っ直ぐ俺を見つめる目はどこか据わっていて、クシナタさんの向こうには宿の客室から顔を出したお姉さん達の頭が等間隔のトーテムポールになっている。

 

(なんですか、この公開処刑秒読みモード)

 

 きっとこれからSEKKYOUが始まるのだ、隊のお姉さん達に見られた状態で。

 

(落ち着け、考えるんだ。この窮地を何とかする方法を)

 

 この町に来た時点でメンツは投げ捨てた筈だが、だからといって廊下でお説教をされてるシーンをみんなに見られるのは恥ずかしい。

 

(何処の修学旅行風景ですか、これ)

 

 修学旅行の旅館で羽目を外して先生に見つかりみんなの前で怒られてる生徒の気分を体験出来るイベントとか俺には要らない。

 

(どうする、どうやってごまかす? どこかの漫画だとここで愛を囁くとかやって有耶無耶にしたりしてた気もするけど)

 

 あれは相手が自分に惚れててなおかつこちらも責任がとれるから成り立つのだ。しかもだいたい後でツケが回ってきて酷い目に遭うし。

 

(となると、あれしかないか)

 

 追いつめられた状況で良案が思いつく程、俺の頭はさえていない。

 

「すまん、話は戻ってきてからで良いか」

 

 故に俺がとったのは、先延ばし。

 

「呪いの元凶を突き止めて処置しなければ、売られた者達も解放されん。俺が拙いことを言ったのは確かだが、今は行かせてくれ」

 

 帰ってきた後が怖いが、自業自得だし私事だ。

 

「……仕方ありませぬ」

 

 短い沈黙の後、クシナタさんは嘆息してからそう言うと、やみのころもの端を手でつまんだ。

 

「ただし、見回りには私も同行させて頂きまする」

 

(うわぁ)

 

 俺に信用がないのか、絶対逃がさないという主張なのか。

 

(ひょっとして、帰るまでもなくお説教されるオチですか?)

 

 引きつりそうになる顔を堪えつつ、俺は「すまない」と告げた。一応こちらの言い分は聞き入れてくれたのだ。

 

「スー様、お待たせしましたっ」

 

 夜回りの準備が調ったのは、それから暫く後のこと。

 

「ふふふ、くじ引きでも正義は最後に勝」

 

「そこ、私語は慎んで下さいませ」

 

「は、はい! ごめんなさいっ!」

 

 ブツブツ呟きながらにやけるお姉さんがクシナタさんに注意され、隣のお姉さんが我がことのようにバッと頭を下げる。

 

(帰ったら、あれが俺に向けられるんですね。わかります)

 

 とりあえず、今夜は眠れないことになるかもしれない。

 

「行くぞ」

 

 口は災いの元と言う言葉が身に染みている俺はただ短く一言で出発を促し、夜の町へと歩き出す。

 

(しかし、町って行っても広いし……長丁場になりそうだなぁ)

 

 元凶の詳細は目星がついているとは言っても実際は不明だし、盗賊が俺だけなのでメンバーを別けて探すことも出来ない。

 

「ん? あれは……」

 

 だからこその予感だったのだが、ふと見た先にある建物にそれは居た。

 

「ベビー……サタン?」

 

 紫のコウモリに似た翼をもつ魔物の姿を俺は見つけたのだ。

 




またベリーダンスというオチだとでも思っていたのか?

突如アッサラームの町に姿を見せた魔物。

その目的とは?

次回、第百三十四話「悪魔」

あくまで、ベビーですから。


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第百三十四話「悪魔」

「……見つけた」

 

 不覚にも町中に魔物が居たのは覚えていなかったが、あれが呪いの一件と無関係なはずもない。

 

(いきなり殺すのは拙いよな)

 

 仕留めるだけなら、この位置からでも投擲に向いた武器を借りて投げつけるとかで可能だとは思う。ただ、流れ弾が町の人に当たる危険性を考えても避けた方が無難であろうし、殺すにしても情報を吐かせる必要がある。

 

(あくまで怪しいだけだからなぁ)

 

 ベビーサタンなだけに。

 

(……ってくだらない冗談は置いておいて、確証もないし呪いのかけ方解き方も不明。最悪あのベビーサタンは呪いをかけた元凶の使い魔と言うか目の代わりで呪いをかけた大本は別にいても不思議はないし)

 

 とにかく、俺がまず為すべきはあの魔物を生け捕って尋問することだろう。

 

「スー様、見つけたとは?」

 

「町中だというのに建物の上に魔物が居た。呪いの元凶かは定かではないが……」

 

「何かを知ってる可能性は充分にありまするな」

 

「ああ」

 

 クシナタさんの言葉に頷くと、周囲を見回しながら何人かはここに残って魔物を見張っていて欲しいと伝える。

 

「俺は忍び足で近寄ってあいつを捕まえるつもりだ。逃すつもりはないが、接近中に建物の影で見えなくなっている時に奴が動き出す可能性もある」

 

 無いとは思うものの、失敗した時のフォローとしても監視の目は残しておいた方が良いとも思った。

 

「僧侶と魔法使いには残って貰えるか、あいつに呪文が効いたかは覚えがないが」

 

「わかりました。射程の長い攻撃の出来る人が居ればいざというとき牽制ぐらいは出来るってことですよね?」

 

「概ね、な。俺とて逃がす気はサラサラ無いが、あれは唯一の手がかりだ」

 

 失敗の許されない状況なら、最悪の事態を想定して動くぐらいでちょうど良い。

 

(それでクシナタさんには見張りをするお姉さん達の指揮を頼みたいところだろうけど、まぁ無理だろうなぁ)

 

 別行動を承諾してくれるぐらいなら、そもそもこの外回りについては来なかった筈なので。

 

「クシナタ、お前は俺の側に居てくれ」

 

 だから、俺は敢えて自分の方から頼んだ。

 

「え?」

 

「スー様?」

 

「な」

 

「静まれ、奴に気づかれる」

 

 何故かお姉さん達がざわつき出すが、俺は目線と声で制して呆然とするクシナタさんの手を掴み、を引き寄せ。

 

「お前が側にいてくれると……」

 

 作戦の成功率が上がると言いかけたところで、ふと気づく。

 

(あれ? そもそも何であのタイミングでざわめくんだろ?)

 

 まさか、盗賊のお姉さんに続いてやらかしてしまったのか。

 

「取り押さえるなら不完全とは言え一ターン複数回行動もどきを覚えてるクシナタさんが居てくれると心強いもんなぁ」

 

 とか、そう言う意味合いしか無かったというのに。

 

(ひいっ、ひょっとしてお説教時間の延長が確定っ?!)

 

 拙いことになった。

 

「す、スー様?」

 

 腕の中からは上擦った声をクシナタさんがあげている。

 

(って、何このシチュエーション。詰みかけてるじゃないですかーやだー)

 

 誤解を解くべきなのだろうが、誤魔化そうとして下手な対応をしようものなら状況が悪化することぐらい俺にも解る。

 

(だいたい、自分の身体じゃないから責任とれないよってクシナタさん達には言っておきながらこれとか)

 

 駄目だ、言ってることとやってることの違う人間がどうして人から信用されようか。

 

(何とか、ごく自然にこの事態を収拾させないと)

 

 とは言え、他のお姉さん達の居る場所でこれ以上何か話すとフォローに失敗した時の被害が洒落にならない。

 

(一人で考えるより二人か)

 

 ここはOSEKKYOUを延長されるのを覚悟でクシナタさんに事情を話して皆の誤解を解くべく協力して貰うべきだろう。

 

「今は作戦が先だ。続きは部屋に帰ってから二人でな」

 

 この短い時間で思いついた中では我ながら最高の答えだと思う。先送りであることは否めないが、作戦に移れるし、部屋に戻ってから事情を説明するという旨も伝えられたのだから。

 

(はっはっは、自分の才能がにくいなー)

 

 宿に戻ってからのことを考えると色々怖くてちょっとだけ現実逃避気味だったりするけれど、やることは覚えている。

 

(こんな窮地に陥れてくれたあの悪魔にたっぷりお礼をしないとなぁ)

 

 精神攻撃とは悪魔らしく陰湿な手段だと思う。呪いの一件にしても、然り。

 

(相手がベビーでも容赦はしない。赤ん坊の時点で前線へ送るとか魔王軍って酷いブラック企業だとは思うけど)

 

 と言うか、親はいったい何をやってると言うのか。

 

(もしくは、前線送りが悪魔の教育方針とか?)

 

 だとしたら悪魔には生まれたくない。スパルタ過ぎる。

 

(さてと、思考の脱線はこれぐらいにして)

 

 俺は、現実に帰還するなりクシナタさんへ問うた。

 

「いけるか」

 

 と。

 

「は、はい。もちろんでする」

 

「そうか。では始めるぞ。残る者は監視を頼む」

 

「「はい」」

 

 肯定の返事が返ってきたなら、後は動くだけだ。

 

(お説教の時間を減らす為にもここは活躍しておかないと)

 

 良いところを見せれば、矛先も鈍ると、鈍ってくれると信じたい。

 

(上に登るのはある程度近づいてからの方がいいよな)

 

 建物と建物の間にある路地を縫うように、標的の視界には入らないように大きく迂回する形で、近づき。

 

「この建物の向こうでするな」

 

「ああ。さてと、人がやって来ないか道を見張っておいてくれ。泥棒と見間違われてはたまらんからな」

 

 クシナタさんの声に頷いて、俺は建物の窓を足場に壁をよじ登り始める。輪にしたロープをたすき掛けしてあるので、登り切ったらこれを上から垂らす心算でもある。

 

(しかし、もう少し移動するかと思っていたのだけど)

 

 思い切り丸見えだったのだ。てっきり移動中だからあの姿なのかと思えば、そうでもないようで。

 

(罠の可能性も考慮しておくべきかな)

 

 俺は民家の屋根に登ると、ロープを垂らしつつ、一度だけ紫の幼い悪魔の方を振り返った。

 




たまには、勘違いモノらしく。

次回、第百三十五話「小さなメダル」

いよいよ、ベビーサタンと対面。

町の人々の呪いは解けるのか?


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第百三十五話「小さなメダル」






「ゆくぞ」

 

 と声に出すことはない。当然だった、声などあげようものなら気づかれてしまうから。

 

「大丈夫でございまする」

 

 ちらりと横目で見るとクシナタさんの瞳がそう頷いた気がして、小さく首を縦に振った俺は屋根を蹴って身体を宙へと投げ出した。

 

(よし、いけるっ)

 

 眼下のベビーサタンは、明らかにこちらへ気づいていない。

 

「はあっ」

 

「べっ」

 

 記憶が確かなら、こいつの脅威は口から吐くブレスのみ。だから、空中で頭を鷲掴みにするとそのまま顔面を床に叩き付け。

 

「うぐっ」

 

「動くな、即座に身体の一部を失いたくなくばな」

 

 呻く悪魔の背中に膝を乗せて押さえ込みつつ、俺は言う。

 

「ぐっ」

 

「こいつの武器を遠くに」

 

 こちらの言葉に足下でもがこうとした動きが止まったのを見て、同行者に向けて指示を出し。

 

「は、はい」

 

(ふぅ。うん、とりあえずここまでは何とかなったな)

 

 お姉さんの一人がでっかい金属製のフォークを拾って離れるのを見、胸中で胸をなで下ろす。この魔物の攻撃力なんてたかが知れているが、油断する気はサラサラ無い。

 

(さてと、お次は尋問だけど……)

 

 あのしょーもない呪いの元凶がこの幼い悪魔なら、問いつめればあっさり白状しそうな気もする。

 

(やまたのおろちさえあんなだったし)

 

 ただ、だからといって馬鹿正直に問いただすのもどうかと思うのだ。

 

(一応悪魔だからなぁ、嘘をついて言い逃れる可能性だってある)

 

 と、なるとカマをかけてみるべきか。

 

「き、貴様等いっ」

 

「……お前がこの町の人間に呪いをかけて回っていることは解っている」

 

 ベビーサタンの言葉を遮る形で俺は断定すると頭を掴む手に少しだけ力を入れながら続けた。

 

「呪いを解け」

 

 それは質問ではなく、命令。

 

「な、何故貴様の言うことなどを聞かねばならん!」

 

「ほう」

 

 幼い悪魔の反応に口の端をつり上げ笑むと頭を掴んでいた手の力を少しだけ緩める。反発は想定内なので構わない。むしろ、歓迎すべきだった。

 

「成る程、呪いをかけたことは否定せず、かけた呪いを解けぬ訳でもない訳か」

 

「うげ! き、貴様カマをかけて」

 

 俺の呟きに、ようやくこちらの真意を――というか、自分が語るに落ちたことをこのベビーサタンは理解したらしい。

 

「悪くない判断ではあったと思うぞ? この状況下ですっとぼけようものならお前にとって楽しくない展開しか待っていなかっただろうからな。苦痛を快楽に感じる趣味でもあれば別だが」

 

 実際、俺の頭では情けないことにこのカマかけに引っかかってくれなかったら拷問的なナニカぐらいしか思いつかなかったのだ。

 

「勿論ベビーと名の付く種にいきなり乱暴な真似をするつもりはなかった。とりあえず、聖水試飲体験、聖水エステ、聖水風呂などで心身共に浄化して貰った後、特別コースなどは考えていたが」

 

 などとおもてなし方法を説明すると何故かベビーサタンは震え出し。

 

「生憎俺は呪いと言うモノが術者を倒せば解けることぐらいしかしらなくてな。そちらの方が良いというならそれで構わんが」

 

「と、解く。解かせて貰う!」

 

 怯えだしたならちょうど良いとトドメを刺すと、殆ど反射のレベルで答えが返ってきて少し拍子抜けしたが、呪いが解けるなら結果オーライだろう。

 

(問題は俺をSEKKYOUに追い込んでくれた借りを返す大義名分がなくなったってことだよなぁ)

 

 事件を解決してもクシナタさんのお説教が待っているのは、間違いがない。

 

(これが本当にゲームとかなら、お説教シーンだってスキップできるのに)

 

 もし小説なら「この後無茶苦茶せっ――きょうされた」とか言う一文で終わらせてしまえるとも思うが、現実では無理な相談である。

 

「呪いを解くのはこの姿勢では無理だ、手と足を退けてくれ」

 

「やむを得まい」

 

 とは言え、呪いをそのままには出来ない。

 

「出来る限り早めにな。俺はそれ程気が長くない」

 

 俺は足下の悪魔からの要求に応じて退きつつも釘を刺す。下手に時間を与えて良からぬことを考えられたら拙いというのもあってが、ここは人の家。長居して良い場所でもない。

 

(いかにもお金持ちの家って感じだもんなぁ、守衛が居てもおかしくないよう……ん?)

 

 ただ、俺がそれを見つけたのは、本当にたまたまだった。一瞬何かを反射して光らなかったら、レミラーマの呪文でも使わない限り見つけられなかったと思う。

 

「小さなメダル、か。そう言えば集めるとそれなりに使えるモノも貰えたな」

 

 流石に黙って持って行く気はないが、メダルを集めて貰える報酬は出来れば欲しい。

 

(朝になったらここの家主と交渉してみよう。ひょっとしたら他にも何か持っているかも知れないし)

 

 おろちの性格を矯正出来る本も探していることだし、アッサラームで出来ることはついでに済ませておいた方が時間の節約になる。

 

(ベビーサタンはおろちにでも預かって貰えば悪さも出来ないだろうし)

 

 これで一件落着だと思っていたのだが。

 

「ん?」

 

「けけけっ、よそ見をするとは間抜けめ!」

 

 振り返ると、何故か解放された悪魔は丸腰にもかかわらず、胸を反らしながら勝ち誇ったように笑んでいた。

 

「間抜けはお前だ、丸腰で何が出来る?」

 

 奪い取ったフォークはお姉さんお一人が持ったまま、一応ブレスは吐けるが予備動作を見せたところで俺が距離を詰めれば、気を吐くよりも早く屠るのは容易い。だからこそ、自信の根拠が気になったのだが。

 

「フォークなんぞ無くても同じことよ、消し飛ぶがいいイオナズン!」

 

「なっ」

 

「きゃあ」

 

 呪文名を聞いてクシナタ隊のお姉さん達が驚き、身を伏せる。一応、イオナズンなら俺が使えるし、どういう呪文か把握したからこその反応なのだろうが。

 

「「え?」」

 

 爆発どころか煙一つ発生せず、悪魔とお姉さん達の声がハモる。

 

「な、何故だ? 呪文は間違っていなかったはず! ならば、ザラキ!」

 

 狼狽しつつもベビーサタンは更に呪文を唱えるが、何も起きない。

 

(リアルで見ると滑稽だなぁ)

 

 この魔物、高度な呪文を覚えてはいるのだが、精神力が足りない為に使うことが出来ないのだ。ゲームでもそうだった。

 

「気は済んだか?」

 

「うぐっ、こ、こうなればメガンでっ」

 

 懲りずに最後まで呪文を唱えようとした悪魔は俺が横薙ぎに放った一撃で身体を両断され、屋根の上に崩れ落ちる。

 

「ふっ、何とも締まらん顛末だな」

 

 こうして、アッサラームを騒がせた呪い騒動の元凶はあっさりと討ち取られたのだった。

 




 さて、あっさり退場したのベビーサタンですが、

「にゃーん。 …………??? うげ! ばけそこなったか! えーい! どうせ同じことよ!」

 原作では話しかけると、んな事を言って襲って来たりしますので、本作でも間抜けキャラとしての扱いに。

まぁ、アークマージよりはマシですよね?

次回、第百三十六話「お説教のじかん」

処刑用BGMがいりそうな予感が。


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第百三十六話「お説教の終わるまでが任務です」

 

「スー様……」

 

 格好良くは決めたつもりでも、誤魔化せないモノがある。そして、逃げられないモノも。

 

「あ、あぁ。ひとまず皆の所に戻ろう。見張りをしてくれていた者達には見えていたと思うが、宿に残った者もいるからな」

 

 お説教が待っているという意味合いでは「宿屋=処刑場」の認識であるものの、宿屋で呪いの元凶が現れるのを未だ待ちかまえて居るであろう囮組の面々には事態の解決を一刻も早く知らせる必要がある。

 

(同時にクシナタさんのご機嫌を取っておけば、OSEKKYOUも少しは……いや、今の俺だとかえって状況を悪化させかねない)

 

 クシナタさんとの関係もだが、周りからどう見られているのか的な意味でも。

 

(下手に口は開かない方が良いな、うん)

 

 何か言うのは帰ってから。とりあえず、宿について二人きりになったら土下座しようと思う。

 

「……スー様達黙り込んでしまいましたよ」

 

「言葉が無くてももう通じ合えてるってことでしょうね、いいなぁ……」

 

(うっ、方針は決めたものの……ああっ、今度は沈黙が気まずいっ! と言うか、外野のお姉さん達何言ってんですか)

 

 出来ることならルーラで大空に飛び立ちたいぐらいに逃げ出したい気分だが、人としてそれはやっては駄目だろう。と言うか、この状況でルーラを唱えたら呪文の仕様上クシナタさん達もついてくると思う。

 

(傍目からはただの駆け落ちですね。わかります)

 

 これ以上傷を広げてどうするというのか。俺だって馬鹿ではないし、歩く地雷原とか呼ばれる気もない。

 

「スー様?」

 

「大丈夫だ、ちょっと考え事をな」

 

 訝しんで問いかけられても、答えは最小限。少し前までの俺なら「今夜は眠れなくなりそうだな」とか余計なことをついポロっとこぼして居たかも知れないが、そもそもOSEKKYOUで今夜が眠れなくなるのはもう確定事項って言うかそうじゃなくて――。

 

「これ以上事態を悪化させるようなことを早々言うと思うてか、ふーはーはーっ」

 

 とかだいたいそんな感じでござりまする。

 

(とにかく、出来うる限りの危険は潰しておこう。宿の壁は薄かったし、恥を覚悟でやや大きめの声で話して間接的に誤解は解くか……って、それをやると他のお客さんに迷惑だよな、夜中だし)

 

 と言うか、夜隣の部屋の男女が五月蠅くて眠れなかったとか吹聴されたら拙い。

 

(そこから宿の主人が「夕べはお楽しみでしたね」って言うコンボですねって、やかましいわ!)

 

 徹夜でOSEKKYOUされてお楽しみする趣味なんて俺にはない。断じてない。それどころか、出来れば避けたいぐらいに思っているのに、俺の想像力はどうなっているというのだ。

 

(気のせいか、首の辺りが重くなった気までするし)

 

 疲れているのだろうか。

 

「あるぇ、おかしいなぁ……ねぇ、これが……だよね?」

 

「ええ……が……言って……ので……」

 

 何だかお姉さん達がヒソヒソ話す声と首元でジャラジャラ何かが鳴る音まで聞こえてきた、やっぱり疲れているのだろう。

 

「あーら、素敵なお兄さん! ねぇ、ぱふぱふしましょっ。いいでしょ?」

 

「そうだな、疲れた時はぱふぱ……ふ?」

 

 横合いからかけられた声へ反射的に応じてしまってから気づいた。おかしい、と。

 

(ちょっと待て、え? えっ?)

 

 これからOSEKKYOUが待っているというのに何故そんな特大急の地雷を踏みに行くのだ。

 

(いや、アッサラームならこの人がいるのは当然というか、よりによってこのタイミングでと言うか、このペンダントは金のペンダントじゃないですかというか、落ち着け、れ、冷静にならないと)

 

 まずい状況だった、ほぼチェックメイトってる。

 

「ぱふぱふしましょ」

 

 と言われて、そうだなと応じてしまっているのだ。殆ど言質をとられかけてると言っていい。

 

(このままなし崩しに進めば、原作通りならこの娘の親父さんとベッドINルート確定ですね、あはは)

 

 プラスすることーの、帰ったら超強化されたOSEKKYOUというまさに地獄ルートである。

 

「あら嬉しい! じゃあ、あたしについてきて」

 

「スー様?」

 

(って、しまったぁぁぁっ、一瞬呆けたら話が進んで――拙い、ここで何とかしないと終わる。だいたいぱふぱふするならオッサンじゃなくてシャルロッ、いや待て何でここでシャルロットが出てくる)

 

 追いつめられて混乱していたのだと思う。

 

「すまんな、首は縦に振ったが先約がある」

 

 そう、とっさに応じられたのは奇跡だと思う。

 

「す、す、すすす、スー様?」

 

 示した先にいるクシナタさんが顔を真っ赤にして混乱してるのを見ると、事情説明が更に大変なことになったのは間違いなく、結局の所地雷は盛大に踏み抜いた訳だが。

 

「っくぅ、ええいっ!」

 

 俺は首元のペンダントを気合いを入れて引きちぎり、後ろを振り返る。

 

「お前達も付き合ってくれるんだろうな?」

 

「ひっ」

 

「す、スー様、ごめ」

 

 女性を脅すというのは男としてどうかと思うが、ベビーサタンに大した八つ当たりも出来ずにいたところで更に窮地へ追い込んでくれたお姉さん達へ容赦する気持ちなど俺も流石に持ち合わせては居なかった。

 

「あ」

 

「っ」

 

 カンストした素早さで一気に距離を詰めた俺はお姉さん達の襟首を即座に捕まえる。

 

「ひぃぃ、許してぇっ」

 

「ご、ごめんなさい、出来心だったんです」

 

「良いから、来い! 今日は寝れると思うな」

 

 推定首飾りをプレゼントしてくれた二人には、道連れになって貰う朝までOSEKKYOUコースに。

 

(最低でも事情説明して貰わないとな)

 

「あ、あ、あ、あのすっ、スー様? い、一体どういう?」

 

「ああ、実はな――」

 

 急に激怒したこととへ、理解が追いついていなかったのだろうクシナタさんはパニックに陥っていたようだったので、順序立てて俺は説明する。首飾りの効果と、考え事している最中にそれをかけてくれたこと、性格が変わったことで怪しげな誘惑へ反射的に応じてしまったことまでを。

 

「成る程、説明感謝致しまする」

 

 その後、俺が貰ったクシナタさんの言葉はお礼の筈なのに何故か言いしれぬ迫力を持っていた。

 

「首飾りのせいとはいえ責任の一端は俺にもある。宿に帰ったら苦言なり文句なりSEKKYOUなりは甘んじて受けるつもりだ」

 

 話の流れで、ちゃっかり誤解しかけていたであろう俺の言い回しについて軌道修正できたのは災い転じて福となすというか、何というか。

 

(流石にあのお姉さん達に礼を言う気にはなれないけどなぁ)

 

 ちなみに、ぱふぱふしないと声をかけてきた女の人は俺の怒気に驚いたのか既に逃げ出してしまってここには居ない。

 

「あなた方も帰ったらお覚悟の程を」

 

「あ、あうぅぅ、嫌ぁぁぁぁぁぁっ」

 

「ごめんなさい、ごめんなざい、ごべんなざいぃぃ」

 

 残されたのは、般若と俺に連行されるお姉さんが二人。他のお姉さん達は巻き込まれるとでも思ったのか、俺達を置いて先に宿屋へと帰っていった。

 

(はぁ、結果的にはこの二人に救われたような気もするけど……)

 

 結局の所OSEKKYOUコースに至るというのは変わらない訳で、気は重い。

 

(とにかく、さっさと帰ろう。嫌なことは早く終わらせてしまった方が良いし)

 

 お姉さん二人を引き摺りながら嘆息した俺は、少しだけ足を速めたのだった。

 

 




今回はお説教にまで至れず、サブタイトル変更になったことを心よりお詫びします。

次回、第百三十七話「お説教のじかん」

一連のやりとりを目撃したお姉さんのうち何人かが「ぱふぱふとは何ぞや?」と調べて赤面したりマスターしようとしたり、スペック的に諦めるしかなくて黄昏れたりしたのは、きっと別のお話。


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第百三十七話「お説教のじかん」

 

「すまんっ」

 

「な」

 

 部屋に入るなり床に正座し、驚くクシナタさんにも構わず頭を床に叩きつける勢いで下げた。DOGEZAであり、有言実行でもある。

 

(いや、実際口に出した訳じゃないし有言実行はちょっと違うか)

 

 どちらにしてもまずはクシナタさんのご機嫌を取るというか心証を良くしておかないといけない。

 

(ネックレスの件は説明出来たけど、盗賊のお姉さんへの失言とかは100%俺自身の落ち度だもんなぁ)

 

 結局の所、お説教からは逃げられない訳でもあり、自業自得でもある。

 

「す、スー様頭を上げて下さいませ」

 

「いや、そう言う訳にもいかん。カナメへの失言を含め今日一日己の行状を顧みるとな」

 

 我に返ったクシナタさんにお願いされるも、頭を下げてるのは、お説教時間を減らして欲しいという下心からだけでない。反省しているのだ。

 

「この身体は借り物で責任をとれないと前に言っておきながらのあの言動、お前やカナメにも申し訳ないし、謝らなくては周囲に示しもつかん」

 

「スー様……」

 

 勘違いしないで欲しいが、別にお説教が怖いとかそう言う意味ではないのだ。

 

「ふふ、うふふふふふ……」

 

「ごべんなざいごべんなざいごべんなざいごべんなざ……」

 

 一緒にこの部屋に運ばれて来るなり意識が何処かに飛んで行ってしまったお姉さんとか、ごめんなさいをエンドレスしてるお姉さんなんて何も関係がない。

 

(しかし、何をされたらああも怯えて……)

 

 二人のお姉さんを何もしていないにもかかわらずあんな風にしてしまう程ジパング式のOSEKKYOUは恐ろしいモノなのかとビクビクしていることは認める。

 

(あの二人、少しはフォローしてやるべき何だろうか……いや、いけないいけない)

 

 他人に構ってる余裕もないし、俺は被害者の筈なのだが、ふとそんなことを考えてしまい胸中で慌てて頭を振る。

 

(ここで助け船なんか出したらよけいややこしいことになる。そも、この件で反省せずにまた同じ様なことがあったら……)

 

 今回はペンダントに気づけたから良い。

 

(そうだな、一歩間違えばオッサンとぱふぱふだったんだ)

 

 ここでこの二人のフォローをしなくても俺は悪くない。一部の特殊な趣味の人で無ければオッサンとぱふぱふ何て金を積まれても嫌だろう。

 

(あの二人には猛反省して貰わないといけないんだから、俺は悪くない)

 

 仏心は出すべきじゃない、自分の心配をするべきだ。

 

「そう言う意味では口を出すべきではないと思うが、あの二人についても些少手心を加えてやっては貰えないだろうか?」

 

 だと言うのに、俺の口は何を言っているのやら。

 

「スー様?」

 

「俺を慕う気持ちが暴走したというなら、あれもまぁ間接的に俺のせいとも言えなくもなくもないような気がするからな」

 

「それは、最終的に否定になっている気がしまするが……ではなくて、お庇いになられるのでありまするか?」

 

「あ、ああ。まぁ、な」

 

 こちらの言葉に呆然としたクシナタさんは我に返るなり尋ねてきたが、出来たのは曖昧に頷くことぐらい。自分でもこの行動には少し驚いていたのだ。

 

(残り大部分はお人好しすぎるって呆れだけど)

 

「「スー様……」」

 

 あの二人を庇ったらどうなるかなど、解っていた筈だった。

 

(やっぱ馬鹿だわ、俺)

 

 DOGEZAしたまま顔を上げていないので周囲の光景は解らないが、声でぶっ壊れていたお姉さん達が正気に戻ったことも理解出来たし、声自体に高純度の好意やら感謝やら敬意やらが籠もっていることにも気づいた。

 

「「スー様ぁぁぁぁぁ!」」

 

「あ、あな」

 

「ぐふっ」

 

 おそらくは感極まって俺に抱きつこうとでもしたお姉さん二名のジャンピングボディアタックをDOGEZA姿勢で受けた俺は、潰された。

 

(うぐぐ、何だかドラクエの断末魔っぽいもの出た)

 

 腰と頭の辺りに柔らかい感触を感じつつ無事だった俺の頭は冷静にそんなどうでも良いことを考え。

 

「スー様、大丈夫でするか?」

 

「あ、あぁ」

 

 クシナタさんの声に応じつつ、身を起こす。そう、俺は大丈夫だった。

 

「良かった……さて」

 

「えっ」

 

「あ」

 

 ほぅと胸をなで下ろしたクシナタさんが次に見たお姉さん達二人となると話は異なるが。

 

「恩を仇で返したにもかかわらず庇っていただいたスー様に斯様な仕打ち、スー様が許すと申されてももはや私は許す気になれませぬ……」

 

 一言で言うなら般若復活である。

 

「ひいっ」

 

「あ、あ、あの、あ、あれはスー様への気持ちがおっ、押さえき」

 

「問答無用っ!」

 

「「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ」」

 

 流石に再び庇う気はいくら俺でも無かった。

 

「っ、おとなしくしなさいませっ」

 

 一ターン二回行動の劣化番コピーを応用して逃げようとしたお姉さん達を捕まえると、その場に組み敷いてうつぶせに伏せさせた状態に持って行き、両足で押さえつける。

 

(うわぁ、だんだん慣れてきてるなぁ……何という才能の無駄遣い)

 

 呆れればいいのか、目のやり場に困ればいいのか。

 

「その性根」

 

「「え」」

 

「ちょ」

 

 たぶん目のやり場に困る方が正解だったのだと思う。お姉さんの片方と驚きの声をハモらせた直後。

 

「たたき直して差し上げまするっ」

 

「あぐぅっ」

 

「はうっ」

 

 クシナタさんは振り上げた手を、お姉さんのお尻に叩き付けたのだから。

 

(おしりぺんぺん……だと?)

 

 お姉さん達が色々やり過ぎたというのは解る。だが、仮にも異性の前でそれはあんまりなのではなかろうか。

 

(おろちとか女戦士のレベルまでいっちゃってるとご褒美とか受け取りそう何て一瞬でも考えた俺はきっとまだペンダントの影響が残ってるんだろうな、うん)

 

 その後のことについて、俺は何も見ていない。流石に気の毒に思って目をふさぎ、ついでに耳も塞いでおいたのだから。

 

(どうか俺にはおしりぺんぺんが待っていませんように……)

 

 ただ一つのことを真摯に祈り続けるだけだった。ジパング式、マジで怖い。お姉さん達が正気を失っていたのもある意味納得である。

 

 その後俺自身も無茶苦茶OSEKKYOUされたが、体罰的なモノが無かったのは幸いだった。

 

(なるほどなぁ)

 

 クシナタさん曰く、スー様の身体は他の方のものなのだから体罰などとんでもないとのことだったのだが、言われてみればそれもそうであり。

 

(それはそれとして、本当に朝まで続くとは思わなかった)

 

 おしりぺんぺん中は流石に戸で塞がれていた窓から外を見れば空は白み始めていて。

 

「スー様、申し訳ありませんでしたオッサンとぱふぱふ」

 

「ごめんなさい、スー様」

 

「い、いや俺はもう良いのだが……な」

 

 お姉さん達には罰が科せられていた。クシナタ隊全員で案を出し合い、それをクジにして引かせた結果が現状なのだが、二人の引いたクジは一人が「語尾を『オッサンとぱふぱふ』にすること」でもう一人は「首から罪状のプラカードを下げる」と言うモノで。

 

(クシナタ隊のみんなを怒らせるようなことは絶対にしないようにしよう)

 

 惨状から目を逸らしつつ、俺は心に強く誓ったのだった。

 

 




酷いことになったと思ってる。

説教シーンをくわれてしまうとは酷い誤算だった。

次回、第百三十八話「呪いは解けて」

正直、あの語尾は無いと思う。誰だよ、提案ったお姉さん。


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第百三十八話「呪いは解けて」

 

「……何だかんだあったが、流石に徹夜は堪えたのだろう」

 

「スー様、スー様は大丈夫なんですか?」

 

 背中で寝息をたてるクシナタさんを負ぶったまま、お姉さんの問いに「ああ」と短く肯定の言葉を返す。

 

「徹夜の説教は俺やあの二人には罰だ、故にここで寝る訳にはいかない」

 

 ラリホーの呪文をかけられたら抗えない程度には瞼が重いが、クシナタさんと一緒の現状でうっかり寝てしまうことが拙いことぐらいいくら俺でも理解していた。

 

(うっかり寝ちゃって、例え隊のお姉さんが気を利かせて毛布を掛けてくれただけだったとしてもなぁ)

 

 隣にクシナタさんが寝ていたりしたら他の人からどう見られることか。

 

「スー様」

 

「起き……寝言か」

 

 と言うか、この状況もかなりヤバいのだ。背中には柔らかいモノを押しつけられた感触がずっと続いてる上、こうしてクシナタさんが時々寝言を零すのだから。

 

(精神衛生上アレって言うか……)

 

 時々回した腕にぎゅっと力を込めてきたり、幸せそうに笑うのもきつい。

 

(純粋に好意を向けられることに耐性がないってことか……はぁ)

 

 俺が元の身体で、クシナタさんが恋人であれば何の問題もない光景だが、現状ではやるせないだけだった。

 

(クシナタさんにとっては真実をさらけ出した後でも俺は英雄だったんだろうな)

 

 そうでなければ、ここまで慕ってくれるはずがない。

 

(けど、今の身体は借り物。憑依だっていつ解けてもおかしくはない。原因自体が不明なのだから)

 

 背中の重みも温もりも、一瞬で夢として儚く消えてしまうかも知れず、借りにずっとこのままだったとしても今度は別の問題が生じる。

 

(身体の持ち主からすれば身体を不法占拠されたまま、俺自身からすれば元の身体はどうなってしまうのかって大きな問題が残る)

 

 身体の持ち主の方にも居るか解らないが、家族。そして、こちらはパーティーを組んでいた以上ほぼ確実に居るであろう仲間。

 

(そもそも、他の世界における時間の概念もわかんないし)

 

 元居た場所の時間は止まっているのか、動いているのか。俺達の置かれた状況はどうなってるのか。

 

(忘れてたのか、忘れようとしていたのかどっちだったのやら)

 

 トリップやら転生、憑依で異世界に来てしまったキャラなら大抵は経験するであろうホームシック。

 

(とんだパンドラの箱が眠っていたもんだ)

 

 アッサラームの呪い騒動は解決したし、約束を果たした以上、売られた女性達の身柄も引き渡してくれるだろう。

 

(アッサラームとバハラタについてはほぼ一件落着、残ったのはダーマへルーラでいけるようにすることと、ジーンを新天地へ誘うこと、クシナタ隊のお姉さんの転職……事件の真っ最中に思い出すよりはマシだけど)

 

 キリの良いところだからふと頭を過ぎってしまう。元の世界に戻る方法を試してみても良いんじゃないかという悪魔の囁きが。

 

(ただの英雄ならいい。ヒーローは事件が終われば呼び止められてもただ去って行くだけ。けど――)

 

 今の俺は約束をまだ果たしていないし、やり残しも多い。

 

「結局の所、寝不足で俺も参ってるのだろうな」

 

 今考えなくても良いところまで思考がいってしまったのは、背中に感じる感触やら眠気から逃れようと無意識にあれこれ考えた故に起こったことだった。

 

「さっさと済ませてしまうぞ」

 

 掠われた女性からすれば一秒でも早く故郷に戻りたいであろうし、いくら罰のつもりで甘んじて受けるとしても無限に睡魔と戦える訳ではない。

 

(安全を確保してから寝ないと、昨晩以上のピンチにだってなりかねないもんなぁ)

 起こりうる最悪のパターンは、気がついたらクシナタさんプラス罰を受けたお姉さん二人と同じベッドで寝ていたと言うパターンか。

 

(あの二人は流石に懲りてると思うけど)

 

 寝ている俺に小細工解かされた場合、危険度は更に跳ね上がる。

 

(少々薄情だけど、バハラタに戻ってからジーンだけ連れてジパングにルーラ、ジーンをジパングに置いてアリアハンへルーラし宿屋に泊まるというのが一番安全かな)

 

 シャルロットはまだ風邪をひいてるだろうし、バニーさんが少しだけ心配だが、たぶんシャルロットの家に泊まってると思うので、これ以上妙な誤解も生まないと思う。

 

(さてと、方針が定まったなら残ったことをさっさと片付けちゃおう)

 

 俺は徐にクシナタ隊のお姉さん達に向き直ると、再び口を開いた。

 

「とりあえずクシナタ隊は手分けして残る掠われた人達を連れてきてくれ。呪いは解けている以上、約束は果たしたからな」

 

「「はい」」

 

 声を揃えて応じると、お姉さん達は自分が何処に向かうかを近くの仲間と相談し始め。

 

「ただし罰を受けてる二人は、ここに残って既に保護してる女性の世話をして貰う。その語尾や格好で外を出歩きたいなら別だが」

 

「あ、ありがとうございますオッサンとぱふぱふ」

 

「スー様、あんな事をした私達の為に」

 

「ああ」

 

 約二名、別の仕事を申しつけた二人は感動していたようなので、自分達までお仲間と見られるのが嫌だからと言う血も涙もない本当の理由は隠して鷹揚に頷いておいた。

 

「俺はアイテムの調達に町を回ってくる。流石にこれでは荷物が持てんのでクシナタには宿で寝ていて貰うことになるが、宿の客室なら問題もなかろう」

 

 背中の感触に未練などございませんとも。と言うか、俺の理性がガリガリ音を立てて削られていそうなので、ポーカーフェイスしつつも解放は急務だったのだ。

 

(金のネックレス無理矢理引きちぎったからなぁ、影響がまだ残ってるのかも知れない)

 

 ぱふぱふしたいなんて思っていませんぱふ。

 

(くっ、流石アッサラーム。これが誘惑の町か)

 

 出来ることならもう二度と訪れたくはない。今日のウチに必要なモノは全て回収しておこう。

 

(ついでに踊り子さんの行方も報告しておくか)

 

 原作ならアレフガルドに行かなければ解らない行方不明の踊り子も不完全とはいえ原作知識を持っている俺にはとっては既に知っていること。

 

(とは言っても直に話した訳じゃないから、突っ込んで聞かれると答えられないんだけどね)

 

 報告で貰えるアイテムはゲーム終盤で手に入ることを踏まえれば、欲しいのだが報酬に値する情報を渡せない以上、ここは諦めるしかない。

 

「……と思っていたのだがな」

 

 宿を出てから二十分後、「解せぬ」と呟く俺の手の中には人づてに聞いたことにした行方不明の踊り子の話に感謝して座長さんのくれた品があった。

 

(呪いを解きもしたからなんだろうけど、うん)

 

 俺の記憶ではここで貰えるアイテムは魔法のビキニだった気がするのだが、情報が中途半端だったのが悪かったのかも知れない。

 

(ぬの の めんせき が じょうほう に ひれい してる き が します よ?)

 

 ゲームの世界にはなかった防具なのかもしれない、きっとそうに違いない。

 

(と言うかこんな布と言うよりヒモみたいなモノ女性に着ろって渡した瞬間、社会的に俺が死にますよね?)

 

 ひょっとして嫌がらせだったんだろうか、不確かな上に大したことのない情報でアイテムを貰おうとした図々しい奴に対する座長さんの。

 

(か、考えるのはよそう。次はとりあえず小さなメダルを譲って貰える交渉をしに行かないと)

 

 ゲームで言うところの持ち物欄を座長さんから頂いたとんでもない爆弾で埋めた俺は、それを鞄に押し込むと出来るだけ平静を装って歩き出したのだった。

 




馬鹿なっ、クシナタさんのヒロイン力が更に上昇してるだと?!

攻略サイト見て回ったら、魔法のビキニではなく危ない水着をくれると書いてあるサイトがあって、確認の時間が取れなかった為に、こうなりました。

次回、第百三十九話「アッサラームを立ちて」

さようなら、アッサラーム。


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第百三十九話「アッサラームを立ちて」

「抜け道など通らんでも、東に行きたいなら連れて行ってやるぞ? そもそも俺は東から来ているのだからな」

 

 キメラの翼を手に、ただしただと言う訳にはいかんとして要求したのは、小さなメダル。

 

「なんと、あれを渡せば連れて行ってくれるというのか」

 

「ああ。こちらからすればついでだからな。ところで、読んだものの性格を変えるような書物を探しているのだが、心当たりがあれば教えて欲しい。情報については謝礼をするし、モノがあるというなら言い値で買おう」

 

「それなら本棚に一冊あったと思う。少し待っていてくれ。とって来させよう」

 

 無事交渉が成立しかけたところで問うと、金持ちっぽいオッサンはパンパンと手を叩いて使用人を呼んだ。

 

(ふーむ、この辺りもゲームと乖離してるなぁ)

 

 ベビーサタンの一件があって思い出したのだが、目の前のオッサンの家に使用人なんて居なかった筈なのだ。

 

(おそらく、他の町もこうやってキャラが水増しされて都市らしい人口とかになってるんだろうな)

 

 そして、人が増えればイベントも増える。

 

(元々ここに来た理由だって、それに関連してた訳だし)

 

 町の人口がゲーム通りだったならそもそもカンダタ一味の掠ってここへ売り飛ばした女性自体が存在しなかったのだから。

 

(追加イベントってのもゲームだったら喜んで探したんだろうけど、そんな余裕はないよな)

 

 ベビーサタンの件と勘違いしていた猫に魔王の使い魔が憑依している件はそのままになっているし、手下のボストロールを失ったバラモスがこのまま何もせずのんびりしているとは思いがたい。

 

(勇者にはまだ警戒していないと思う。ただ、サイモンのふりをしてサマンオサで結構派手に暴れたし)

 

 原作では、ボストロールとおろちを倒したらオーブを集めて不死鳥ラーミアを孵化させその背にのってバラモスの城に攻め込むって話だった筈だがそのオーブもまだ一つとして手に入れていない。

 

(おろちの持ってるオーブはジーンを送るついでに回収してくるとして、海賊のアジトにあるやつを回収するには間違いなく船が要るかぁ)

 

 一応、掠われた人を助け出した時にくろこしょう屋の孫娘さんも助け出しているので船と交換する分にも交易の商品としてもくろこしょうの供給元については大丈夫だ。

 

(おろちの性格についても本を譲って貰えれば何とかなりそうだし――)

 

 噂をすれば影とでも言うのか。ちょうど性格を変える本のことを頭に過ぎらせた時だった。

 

「お待たせしました、ご主人様」

 

 オッサンに命じられて引っ込んでいた使用人さんが戻ってきたのは。

 

「おお、来たな。本は?」

 

「こちらに」

 

 捧げるようにしてテーブルに本を置くと使用人さんは一礼して下がり。

 

「ご苦労。さて、この『ユーモアのほん』だが、町の恩人にふっかける気はない。60ゴールドでどうだろうか?」

 

「っ」

 

 オッサンが提示した額はこちらの想定より遙かに安かった。

 

「すまん、ではその価格で譲って貰おう」

 

「なあに、望んでいた東へ行けると言うのだ。本もメダルもそれに比べれば大したものではないよ」

 

 交渉は成立し、俺はその後出立の時間と集合場所を伝えてオッサンの屋敷を後にする。

 

(ゲームとは違って、かぁ。人が多いと言うことはゲームでは手に入らなかったアイテムが新たに手に入る何てこともあるかな)

 

 勿論、欲張りすぎると集合時間に間に合わなくなる可能性がある。

 

(旅人や学者もしくはお金持ちや土地の名士にターゲットは絞ろう)

 

 旅人ならばこの町で売り払おうとアイテムを持ち込んでる可能性があるし、学者は研究の為、お金持ちや名士なら見栄の為に良いアイテムを持ってるのでは、と思ったのだ。

 

「……世の中そんなに甘くない、か」

 

 ただ、俺は失念していたらしい。つい昨日までこの町は呪いが広まっていたという事実を。

 

(呪いが広まってる町に来る物好きなんて普通居ないよなぁ)

 

 探した結果、呪いが怖くてベリーダンスが見られるかぁという猛者も居たが、交渉しても手に入れたい品を持っては居なかった。

 

「と言うか、嫌がらせなのかこれは? つい買ってしまった俺も俺だが」

 

 ブツブツ呟いて視線を落とした先にあった鞄には、座長さんに貰ったアレの他、魔法のビキニと女性モノの際どい下着が入っている。

 

(いや、こういう町だとは解っては居たはずなのに……)

 

 肩から提げた鞄にはシャルロットの持つ無限にアイテムが入る袋とは違って容量の限界がある。

 

(荷物が持ちきれなくなる前に売るか誰かに渡すか袋に入れる必要がある訳だけど)

 

 女性に渡せば、社会的に俺が死にかねない。袋に入れるにはシャルロットに話を通す必要があるし、後日袋の中にビキニやら下着やら水着を見つけたら誰が入れたんだという話になって時限式でやっぱり俺が社会的に死ぬ。

 

(だからってわざわざお金を払って手に入れたモノを売り払うのはなぁ)

 

 もういっそのことまた新しい仮の姿でも作って、プレゼントと称し送りつけるか。

 

(そう、赤い服に白い袋を背負って「メリィークリスマァス」とか叫びながら)

 

 ツッコミどころだらけなのは自覚している。そも、この世界にサンタさんが存在するのかもわからないのだし。

 

(うん、没だな。サンタさんの名誉毀損で訴えられかねない)

 

 なら、義賊カンダタとでも名乗って行うか。

 

(これも駄目だな、まだカンダタと面識のないシャルロットの場合、シャンパーニの塔で出会った時とか素直にお礼を言いかねない)

 

 ばれるような嘘をついて墓穴を掘るぐらいなら最初から没にすべきだ。ただでさえここのところポカが多いのだから。

 

(よし、いっそのことモシャスで俺が女の子に変身して着……っ)

 

 行き詰まって、かなり追い込まれていたのだと思う。

 

(危ないところだった)

 

 俺が着てどうするというのだ。しかももし途中でモシャスの効果が切れたなら変態爆誕である。

 

(とは言うもののなぁ……どうすればいいのやら)

 

 ちなみに、おろちに渡すと言う選択肢は最初から除外してある。あのせくしーぎゃるへわざわざそんなモンを持ち込むなど、手の込んだ自爆でしかない。

 

(ん……待てよ? 俺が手渡したら自分に気があるとか誤解されるかもしれないけど、黙ってこっそり置いてくる分には問題な……いやあるな)

 

 誰からの品か解らなくてもせくしーぎゃると化したおろちなら嬉々として身につけかねない。

 

(常時ヒモ水着の変態女王が爆誕とか……)

 

 しかもせくしーぎゃるである。俺をピンチに追い込んだ女戦士をぶっちぎるレベルの天敵が生まれてしまう。

 

(正体が魔物なら罪悪感無しで送りつけられるかと思ったけど、俺が間違ってた)

 

 結局、手に入れたアイテムの活用法も処分方法も解らぬまま、時間だけが経過し。

 

「すまん、待たせたか?」

 

 ぐるりとアッサラームの町を回った俺は、クシナタ隊や本を譲ってくれたオッサンとの集合場所へとたどり着き、既に待っていたお姉さんに声をかけた。

 

「ううん、まだ来てない子もいるし。首からプラカードの子はギリギリの方が良いでしょ」

 

「……言われてみれば。と言うか、バハラタに着いてもまだプラカードなのか?」

 

「うっ。わ、私もそう思うんだけどね。隊長、お冠だから。スー様から何とか行って貰えない?」

 

 俺の質問に引きつった顔をしたお姉さんが問うて来たが、俺にだって出来ないことはある。

 

「俺もポカをやらかして説教を喰らった身だからな、むしろ逆効果だろう」

 

 プラカードの罪状が例え間接的に「ぼーっとしていてむっつりスケベにされた間抜けです」と言う意味合いで俺へのダメージになっていたとしても、だ。

 

「だいたい、そんな時間もないらしい」

 

 そう言って肩をすくめつつ俺はこちらへやって来る人影を示し。

 

「いやぁ、お待たせした。バハラタ行きはこちらで宜しかったな?」

 

「皆さん、遅くなりました」

 

 ああ来ちゃったんですかと漏らしたお姉さんへ振り返り「な」と同意を求めた。

 

「さてと、これで全員だな?」

 

「はい、揃いましてございまする」

 

 掠われた人とお金持ちっぽいオッサンにその使用人。かなりの大所帯になってしまったが、最悪ルーラを使える面々で幾つかのグループに分けて飛べば良いだけのこと。

 

「なら、ゆくぞ。バハラタへ」

 

 俺は周囲を見回してからキメラの翼を天高く放り投げた。

 

 

 





次回、第百四十話「バハラタ経由ジパング行き」


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第百四十話「バハラタ経由ジパング行き」

「どうか私達も連れて行って下さい」

 

「連れて行って下さいっ」

 

「ふむ、そう言われてもな……」

 

 こうなる気は何処かでしていたのだ。バハラタに降り立ち、もう自由だとアッサラームへ売られてしまっていた女性を解放した時、立ち去らずに残った女性が数人居て、どうしたのかと問えば意を決した表情で切り出した最初の一言が連れて行ってくれ発言である。

 

(ここに来てまさかのクシナタ隊新入隊員っ?! って、驚く程でもないか)

 

 家族の元に返れるなら良い。だが、掠われた女性が天涯孤独であったら。

 

「何でもします、私達を自由にする為に使ったお金の分だけでも恩返しをさせて下さい」

 

「お願いしますっ」

 

 もしくは、ただ助けられたことに負い目を感じていたら。

 

(純粋な好意なだけに断りづらいなぁ)

 

 ついでに言うならこの場には第三者が居る。

 

「ここまで言っているのだ。どうだね、連れて行ってやっては?」

 

 無責任に応援しないで貰いたいと言いたいところだが、俺がもし事情を殆ど知らぬ第三者だったら同じ様なことを言ったかもしれない。

 

(お姉さんが数人増えるぐらいはもう今更って気もするけど、隊に加えるとなるとレベルの差がなぁ)

 

 かといってシャルロット達勇者一行の追加メンバーとして扱う訳にも行かない。

 

(シャルロットは寝込んでるし、ろくな修行になってないだろうからあの腐った女僧侶とかの追加加入組に追いつくぐらいなら簡単だけど……)

 

 シャルロットからすれば風邪で寝込んでいたら師匠が見知らぬ女の子を連れてきてパーティーに入れると言い出した格好になる。

 

(どう かんがえて も ての こんだ じばく じゃない ですかー やだー)

 

 しかもついてくると主張されてる方の内二人は、劇場で出会ったメロンさんもとい踊り子さん達なのだ。

 

(世界って俺に恨みでもあるんですか?)

 

 ただでさえクシナタ隊のお姉さんに振り回されっぱなしだと言うのに。

 

「お願いしますっ」

 

(くっ)

 

 何度も頭を下げて頼んでいるというのにここで拒否したらこちらが悪者になってしまう気がする。

 

「仕方あるまい……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 結局折れたのは、俺だった。

 

「……苦労しているな」

 

「結局の所これも身から出た錆だ……クシナタ」

 

 労ってくれたさつじんきのジーンにそう応じると、俺は複雑な表情をした「隊長さん」の名前を呼ぶ。

 

「新入りはお前に任せる。隊長としての手腕に期待させて貰っても良いか?」

 

「はい、承りまする」

 

 直後に交わしたこのやりとりは、クシナタさんへ丸投げしたように見えるかも知れないが、こちらとしてもこれ以上墓穴は掘りたくないが故の、言わば苦渋の決断だ。

 

(ダーマで転職したやり直し組と並行作業で育てて行けばレベル差は問題ないだろうし)

 

 新入りさん達の恩人は俺ではなくて俺達だ。

 

「クシナタはお前達を助けた隊の長だ。悪いようにはしないだろう。俺はこれからジーンをジパングへ送り届けねばならん」

 

「ジパングでするか?」

 

「あぁ、あそこなら交易関連と女王に関わらなければ静かに暮らせるだろう? お前達とは別行動になるが」

 

 お店が一軒もないへんぴな場所だが、だからこそジーンにはちょうど良い。

 

「その後どうするかはシャルロットの体調次第だ。もう良いようならジパングからアリアハンへ向かう」

 

 そして駄目な時はこのバハラタに戻ってきてそこからダーマを目指すつもりだ。

 

(イシスも気になるけど、ジーンとの約束を果たさないままってのは具合悪いもんな)

 

 順番からすれば、イシスはその後だ。おそらくシャルロット達と合流してからになる。

 

「「スー様」」

 

「そんな顔をするな。永遠の別れと言う訳でもない。それに仕方なかろう」

 

 生け贄として命を落としたことになっているクシナタ隊のお姉さん達がジパングに足を踏み入れては騒ぎになるのが目に見えている。

 

「正直に言うとジパングに行くのは気が進まん」

 

 今のおろちは俺にとって天敵とも言っていい相手だ。ましてや肩から提げた鞄の中身なんてせくしーぎゃるのおろちと接触した瞬間化学反応を起こす危険物の固まりだ。これでどうして嬉々としてジパングに行けようか。

 

(とは言え、人一人住まわせてくれって言うなら絶対許可がいるし)

 

 オーブを貰い受ける必要もあるので、おろちとの再会はほぼ確定だ。

 

(うん、鞄の中身には絶対気づかれないようにしよう)

 

 そんな胸中の呟きさえフラグか何かであるような気がするのは、俺がひねくれているのか単に疲れてるだけなのか。

 

「スー様、お気をつけてオッサンとぱふぱふ」

 

「まだその語尾は続いていたのか……」

 

 改めて聞くと、そのお姉さんの語尾はとんでもなく酷いモノだと思う。言葉の中でとはいえ慎重にオッサンとパフパフさせられた俺が言うのだから間違いはない。

 

「クシナタ、罰も程々にな」

 

 新入りさんに諸注意など早くも説明を始めているクシナタさんお方を向きながら、俺は顔の引きつりを押さえられただろうか。

 

「待たせたな、ジーン」

 

「……もう良いのか?」

 

「ああ。出立のタイミングを逸してしまいそうでな」

 

 ジーンに苦笑で応じながら手にしたのはキメラの翼。

 

(クシナタ隊のお姉さん達だけならルーラも使えたんだけど)

 

 人の目がある以上、道具に頼るのもやむを得ない。

 

「君にはせわになったね」

 

「そうでもない、働いたのは、譲って貰った品との差額分だけだ。もしアッサラームに戻りたいようならキメラの翼を使うか、隊の魔法使いを捜してルーラを頼むと良い」

 

 最後に声をかけてきた同行者の金持ちっぽいオッサンと言葉を交わすと、俺は再びキメラの翼を空高く放り投げるのだった。

 




次回、第百四十一話「はみ出ちゃだめぇっ」

まぁ、おろちの所に行ったらそうなるわな、うん。


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第百四十一話「はみ出ちゃだめぇっ」

 

「……ここが、ジパングなのか?」

 

「ああ……ん?」

 

 ジーンの問いかけに首を縦に振り、入り口をくぐった先で目に飛び込んできたのは見慣れぬ建物。

 

(ゲームじゃこんな建物無かったよなぁ)

 

 人口が増えていることで町の中などもゲーム通りの地形ではなくなっているが、それを差し引いても目の前にある建物は見覚えがなかった。

 

「ああ、これだったら『こうえきじょ』とか申すものだとか」

 

「成る程、本格的に事業を始めるつもりなのか」

 

 その辺りを歩いていたジパング人を捕まえて聞いた所、洞窟で鍛えた魔法使い三人組の一人が俺と入れ違いに大工を引き連れてやって来て建てていったらしい。

 

(バタフライ効果というか、何というか。ここも様変わりして行くんだな)

 

 出来れば良い方向に変わってくれることを祈りながら交易所の前を通り過ぎると、井戸を迂回して鳥居をくぐる。

 

「まずはヒミコにあって移住の許可を貰わんとな」

 

 そして譲って貰った本でその性格も矯正しなくてはいけない。持ち込んだキングヒドラも気になるが、それは最後だ。

 

「かあちゃん、あれ何ー?」

 

「ぬぅ、外国の木こりは変わった格好をするのじゃな」

 

 すれ違う人の注目をジーンが集めまくっているような気もしたが、さらりとスルーしてヒミコの屋敷へ向かう。

 

(木こりと思われたならむしろ幸いだよな。勘違いに便乗すれば当人の望み通りの静かな暮らしはできるだろうし)

 

 問題があるとすれば、このジパングの外をうろつく魔物の方がジーンより強いことぐらいか。

 

(とは言えちょうど良いレベル上げスポットが近くにあるもんなぁ。育成すれば問題はだいたい解決するかな)

 

 灰色生き物ことメタルスライムが狩られすぎて絶滅するようなことがなければ、それで何とかなると思う。

 

「そう言う訳でな、ここで暮らすなら魔物に狩られない程度の強さを身につける必要があるだろう」

 

「……それを手伝うと?」

 

「俺がではないがな。人間向き不向きと言うモノがある」

 

 成長させる為の糧が灰色生き物なら、事情を知らない者の前でも遠慮無くドラゴラムの呪文を使えるスレッジでの同行が相応しいのだから。

 

(ジーン一人なら経験値も半分は入るはずだし、短時間で済むはず)

 

 順番的にはキングヒドラがどうなったかの更に後だが、せっかく新天地へ誘ったのだからジーンにはここで幸せになって貰いたい。

 

「腕の良い魔法使いを知っている、クシナタ達の元にも戻らねばならんから俺と入れ違いの形になると思うが」

 

 とりあえず、同一人物と疑われない為の理由付けをしつつ屋敷の入り口をくぐると、ヒミコの部屋はもうそれ程遠くない。

 

「今のヒミコは性格を変える本のせいで少々『せくしーぎゃる』になってしまっている。お前を住まわせる以上、面通しは必須だが、注意しておけ」

 

 部屋に入る前に「何言ってるんだこいつ」という目で見られることを覚悟でジーンへ忠告をした俺は、大きく息を吸って、吐く。

 

(ラスボスなんかよりよっぽどやりづらい相手だからなぁ)

 

 だが、天敵との対峙もこれで終わる。

 

(おろちだって矯正されてしまった今の性格は好ましいと思っていない筈)

 

 故に、本を出して拒まれることは無いと思う。

 

「さて、行くか」

 

「わかった」

 

 お付きの人には献上品を持って来たと本の実物を見せて説明し、ジーンを伴って再び歩き出す。

 

「……ところで、『せくしーぎゃる』と言うのは、俺の知っているもので良いのか?」

 

 なんて聞いてくるジーンをいざとすれば人身御供にするなどと非道で外道なことは考えていない。

 

(「さつじんき×やまたのおろち」とか考えると全く別のゲームだしなぁ)

 

 もちろん、一目見た瞬間恋の花が咲いたとか自然な恋愛だったら無責任に応援ぐらいはするけれど。

 

「邪魔をする、性格を変える本を手に入れてきたぞ」

 

 ともあれ、まずは先手必勝。うむを言わさず、俺は用件を告げた。

 

「な、本じゃと?」

 

(よしっ、食いついてきたぁっ)

 

 完璧だったと思う。きっとこれなら主導権は握ったも同然だろう。おかしいところ何て何処にもない。偽ヒミコことおろちの視線はちゃんとこちらに向いてるし、問題の本はよく見えるように殆どヒモな水着がはみ出してる鞄から取り出して両手で持っていた。

 

(うん、おかしな所なんて……そくざ に みつけられる ぐらい に ないね)

 

 と言うか、はみ出すな水着。

 

(何だかガン見してるのが本じゃなくて鞄からはみ出した余計なモノのような気がしますよ?)

 

 きっと本を取り出したはずみでこうなったのだろう、おのれお付きの人。

 

(見なかったことにするとか気を回さないで注意してよぉぉぉぉぉぉぉっ)

 

 やっちまったとか言うレベルではない。

 

「お、お前様……それは?」

 

「あ、ああ……ブックバンドだ。本を縛る、な」

 

 だからこそ、咄嗟に嘘をつけた自分を褒めたい。

 

(嘘つきは泥棒の始まりと言われたって気にしないっ! 俺、盗賊だもんっ)

 

 ただ、謎の気持ち悪い言い回しを脳内でしてしまうほど、テンパっていた俺は一瞬とは言え忘れていた、ジーンのことを。

 

「……それは水着ではないのか?」

 

 その罰だとでも言うのか、ジーンの無情に友情な親切心がいらんお世話で俺を窮地にシュートした。

 

(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!)

 

 心の中で絶叫し、脳裏に危険な攻撃呪文の詠唱文が幾つも浮かぶ。そうか、これが殺意か。

 

(って、初体験に呆けてる場合じゃないっ!)

 

 考える必要があった、この状況を取り繕える言い訳を。

 

 




謀ったな、ジーンッ!

ジーンのよけいな親切で大ピンチに陥った主人公。

水着はおろちに着られてしまうのか。

次回、第百四十二話「せめてこの水着ならおろちよりシャルロットに着て欲しかった」

主人公、君に勝利の栄光を。


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第百四十二話「せめてこの水着ならおろちよりシャルロットに着て欲しかった」

遅刻のお詫びネタ


 (サブタイトル)と言うのに、何でこうなったのだろう。

「……いいな、実に良い」

 覆面をしているから、その男がどういう表情を浮かべているのかはわからない。

「くっ」

 世界はどうしてこうも凶悪な存在を生み出せるというのか。

 そう、「危ない水着とガーターベルトを装備してしなを作るさつじんき」など。

「むぅ、こう言うのも意外とありじゃのぅ……じゅるり」

 あと……魔物の感性はやっぱり俺には理解不能だったよ、シャルロット。

「すまない、まさかこんなとこ――」

 とんでもない視覚的暴力に耐えきれず、俺の意識はそこで闇に沈んだ。



 とりあえず、さーびすしてみた。



「ブックバンドにもなる水着かえ?」

 

 それは、おろちが気を遣ってくれたのか、単に天然だっただけか。

 

(っ)

 

 おろちの言葉に乗っかるかどうかで俺は迷う。

 

(ここで肯定したとすると……)

 

 上手く行けば誤魔化せるが、つい先程のことを思い出すにジーンが口を挟んで台無しになる気もする。

 

(ジーンかぁ)

 

 もういっそのこと「ジーンを縛ろうとヒモを用意したつもりがちょっとした手違いでヒモ水着持って来ちゃったテヘペロ」とか言ってみるか。

 

(って、何考えてるんですか俺! ……はぁ、ジーンへの憤りでおかしくなりかけてる)

 

 元々遊び人経由で賢者になった身体だからか、縛り方については身体の方が覚えているようなのだが、覆面マントにパンツ一丁の男を縛って何の意味があるというのか。

 

(せいぜいあの腐った僧侶が喜ぶだけだよな)

 

 一瞬脳裏に良い笑顔の腐少女が浮かぶが、現実逃避していられるような状況ではない。

 

(考えろ、考えるんだ。おろちに水着を着させない為にはどうすればいいかを……ジーンに着せる、悪夢。自分で着る、アウト。もう諦める、論外。シャルロットに……ん?)

 

 そのひらめきはまさに天啓と言っていいモノだったと思う。

 

「モノ自体のことはさておき、これは知り合いへの土産なのでな。悪いがやれんぞ?」

 

 そう、架空の渡す相手をでっち上げて予約済みにすれば良かったのだ、これなら更なる追求はすまい。

 

(か、勘違いしないように言っておくけど、べ、別におろちよりシャルロットに着て欲しかったとか思った訳じゃないんだからねっ?)

 

 心の中で口にした我ながら気持ち悪いツンデレ風弁解が一体誰に向けてのモノだったのかは俺にも解らない。

 

(だいたい、試みようとした時点でシャルロットのお袋さんに殺されかねないし)

 

 そもそも他人に渡した時点で俺が社会的に死亡すること請け合いなのだ。

 

(まぁ、上から何か追加装甲をつけて鎧みたいに加工すれば別だろうけれどね)

 

 装甲同士を繋ぐヒモ的な役割と言うことにすれば、女戦士の着ていたビキニアーマーみたいなモノレベルまで無難な品にはなるだろう。しかも守備力も増――。

 

(あ、そうか! 直接渡さず刀鍛冶の人に託して魔改造して貰えばいいんじゃないか)

 

 テンパっていたとは言え、どうしてこんなことに気づかなかったと言うのか。

 

(そうと決まれば、こんな所で時間を食っている暇はないっ)

 

 さっさと用件を済ませてしまおう。おろちがムラムラしだしたなら、ジーンを与えておけば済む、たぶん。

 

(ジーンは『さつじんき』だもんな)

 

 まさか社会的に殺されかけるとは思わなかったが、やらなければこちらがやられてしまう。

 

(非道でも外道でもない、これは緊急措置なんだから)

 

 俺は密かに心の中で割り切った。これが大人になると言うことなのだろうか。

 

「故にお前へ渡せるのは、この本と隣にいる男ぐらいだ。名はジーン。静かに暮らすことを望んでいるが、ここならばもってこいだろう?」

 

「……宜しく頼む」

 

 俺の言葉をどう受け取ったのか、ジーンは偽ヒミコへ頭を下げ。

 

「ほぅ……見てくれは悪くはないが、少々頼りなさげじゃな」

 

 ジーンに興味と視線をやったおろちの言葉へ反射的にツッコまなかった自分を褒めたい。

 

「見てくれはともかく、腕の方はこれから鍛えてくる予定だ」

 

「そうかえ。ただのぅ、わらわとしてはお前様のほ」

 

「生憎、俺はやることを残している。待たせている者もいるしな」

 

 皆まで言わせると恐ろしいことになりそうだったので、おろちの言葉を遮って、手にした本を突き出す。

 

「その性格のままでいるのもまずかろう? 使うといい」

 

 ぶっちゃけ、性格さえ変わってしまえば新アイテム「ジーンの盾」など使わなくても良かった気もするが、ジパングで暮らすというなら、目の前にいる偽ヒミコを無視することなど出来ない。

 

(これで良かったんだ)

 

 数年後、謎のクリーチャーが誕生したとしても、人に危害を及ぼさないなら良しとしよう。

 

「ではな」

 

 ジーンにはジパングの入り口でレベル上げの助っ人を待たせて置く的なことを告げ、踵を返す。

 

(はぁ、終わったぁ。水着にしても加工して貰えば問題ないし、これでほぼ一件落着だよな)

 

 この時、俺は本当にそう思っていた。

 

「さて、入り口に戻るついでだ、刀鍛冶の家に寄って行くか」

 

 些少順番が前後するも、思い立ったが吉日とも言う。別にあの忌まわしい水着を一刻もはやく手放したかったとかそう言う訳ではない。

 

「ああ、あんたか。モノは幾つか仕上がってるぜ?」

 

「本当か?」

 

 訪れた先で待っていたのは、思わぬ吉報。

 

「皮も鱗も硬くて加工は苦労したけどな。で、そいつは?」

 

「あ、ああ。実はこの水着をベースに防具が作れないかと思ってな」

 

 肩をすくめつつもきっちり仕事をしてくれた刀鍛冶の技量に背中を押された俺は、鞄の中に押し戻していた水着を取り出して刀鍛冶の男へ見せた。

 

「ふーむ、なるほどなぁ」

 

 マジマジ見て唸る刀鍛冶の視線へ水着越しに晒されて少々居心地が悪かったが、些細なこと。

 

「出来るか?」

 

「んー、まぁ、まだあの魔物の素材は残ってるしな、任せておけ」

 

 問いかけへ帰ってきた言葉は本当にありがたく、心強いモノだった。

 

「じゃあ、これを着せる嬢ちゃんか姉さんも連れてきてくれ」

 

 続きを聞くまでは。

 

「は?」

 

「『は?』じゃねぇよ、これだけ身体にぴっちり合わせるモンを作るなら採寸は必須だ。ついでにコイツを未加工で着ているところを確認せんことにはな。装甲取り付けてから『動きにくいです』って言われても直しようがねぇ」

 

 動くのに邪魔にならない装甲の厚さ、重量、その辺まできっちり見て仕上げないといけないのだと刀鍛冶は言う。

 

「いや、言ってることはわかるのだが……」

 

 目も言葉もやましいところは見受けられず、純粋に職人としてのこだわりで言っているのはわかる。

 

(だからって、連れてこいと? アレを着て貰う為に?)

 

 頭を下げれば、嫌な顔をせずに同行してくれる人物の心当たりは幾つかある。ありはするが、一体どんな顔で頼めばいいと言うのか。

 

(とんでもないところにピンチ埋まってたぁ……とは言え今更「じゃあ良いよ」ってのも不自然すぎるよなぁ)

 

 本当に、どうしてこうなった。

 

「では、とりあえずこれとこれとこれは預けておくな」

 

「おう」

 

 鞄の容量を圧迫する上、またはみ出てはたまらない。俺はとりあえず水着と俺自身が持っていても意味無い女性用の下着を鍛冶師の男に渡すと顔には出さず嘆息した。

 

 




「さつじんき×やまたのおろち」で配合すると「へびておとこ」が生まれてきそうな気がする今日この頃。

尚、へびておとこはドラクエⅤのモンスターになります。配合を含めて、他ゲームネタで申し訳ない。


次回、第百四十三話「八つ当たりなんかじゃないと俺は言いたい」

主人公と墓穴堀り属性は離れられぬ定めだとでも言うのか。


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第百四十三話「八つ当たりなんかじゃないと俺は言いたい」

 

「とりあえず、やることはやったな」

 

 厳密に言えばまだジーンのレベル上げが残っているが、それを手伝うのは刀鍛冶の家から出てきた盗賊ではなく、魔法使いのスレッジなのだ。

 

(ジパングの外に出て、着替えてジーンと落ち合う。その後は強行軍かなぁ)

 

 爺さんと覆面マントのペアが灼熱の溶岩洞窟で延々と魔物を倒す光景など第三者から見たらきっと「誰得だ」と問いただしたくなるだろう。

 

(うん、さっさと済ませよう)

 

 バハラタでクシナタ隊のみんなを待たせてるし、シャルロットの様子も気になる。

 

(たかが数日顔を見ていないだけだって言うのにな)

 

 ここまで苦労とピンチの連続だったせいか、気づかないうちに俺は随分参っていたらしい。苦笑しながら鞄を開けると、脱いだミスリルヘルムを押し込み、代わりに底にしまい込んでいたフード付きの服を着込む。

 

「この格好もいつぶりじゃったかのぅ」

 

 バハラタで甲冑男を懲らしめた時まではスレッジだったはずなので、そんなに日は経っていないとは思う。

 

(やることも大して変わらないよな)

 

 ただドラゴラムの呪文で竜に変身して魔物を焼き払うだけ。

 

(ん?)

 

 俺が草を踏む音に振り返ったのは、その直後だった。

 

「……そこの老人、助っ人の魔法使いというのは」

 

「うむ、おそらくワシのことじゃろうな」

 

 相変わらずなさつじんきルックのジーンに首肯を返すと、服を着込む前に肩からかけていた鞄を掲げて見せる。

 

「スレッジじゃ。こいつはあの男から預かっておっての」

 

 説明しつつ鞄を開け、取り出したのは一つの盾。

 

「これで身を守ると良いじゃろう。もっとも、一時的に貸すだけと言っておったがの」

 

 キングヒドラの角・うろこ・皮などを貼り合わせて作られた特別製のソレを差し出しつつ付け加える。

 

「あの男も意外とケチくさいのぅ。そう言う訳じゃから、その盾は修練が終わったら回収するが悪く思わぬようにな?」

 

 まぁ、自分用に作って貰った高性能の盾をわざわざ隠遁する男にくれてやれるほど俺も気前は良くない。

 

(と言うか、やみのころもはブレス耐性ないし、盾で補っておかないとって用意した一品だからなぁ)

 

 おろちが襲ってくることも無いと思うので、盾が効果を発揮出来るのは、火を吐く生きた溶岩の魔物であるようがんまじんと対峙した時ぐらいだろう。

 

(うっかり、竜変身中に八つ当たりで炎のブレスに巻き込んでもダメージ軽減されるだろうとか、そんなことは考えてないし)

 

 単に強い盾を装備しているだけでも生存率は高くなる。

 

「魔物との戦いでワシは竜に変身する呪文を使うのじゃが、変身すると敵味方の区別ぐらいしか出来なくなってしまうのでの。自分の身体は自分で守って欲しい訳じゃよ」

 

「……本当にそれだけで良いのか?」

 

「うむ。相手が格上であれば対峙して生き残るだけでも充分修行じゃしの」

 

 クシナタ隊のお姉さん達がついてくるだけでレベルアップしていたのだから、今回も大丈夫だと思う。

 

「……そう言うものか」

 

「まぁ、百聞は一見にしかずとも言うからのぅ。ここを出て少し言ったところで魔物と戦って見るとしよう」

 

 微妙に納得のいかなさそうなジーンを連れ、この後俺が行ったのは、クシナタさん達の時にもやった口笛で呼びだして高位の攻撃呪文で瞬殺するコンボ。

 

「ゴアアアッ」

 

「ごきげんようベギラゴンっ」

 

 口笛でノコノコ現れた数頭の熊は俺の手から発せられた熱の中でバタバタと倒れ伏した。

 

「これでワシの言うことに嘘がないことは解って貰えたかの?」

 

 黒こげになったくまさんを前に振り向いて問いかけても覆面マントの男ことジーンは絶句していたが、こちらからすれば想定内。

 

「――レッジ殿ぉぉぉぉ」

 

「むおっ?!」

 

 むしろ想定外だったのは、俺の名を呼びながら飛んで来る人影だった。

 

(あれは交易担当の……)

 

 冗談抜きで「ワシが育てた」とか言っても過言にならない魔法使い三人組の一人。

 

(仕事でジパングに飛んできて、たまたま眼下に俺を見つけて声をかけたと)

 

 最初はそう思った。

 

「スレッジさぁぁぁぁん」

 

 もの凄く聞き覚えのある声を、聞くまでは。

 

「スレっこほっ、こほっ」

 

「もうシャル、無理をしてはいけませんわ」

 

 上空で器用に窘めるお姉さんの隣、口元を押さえながら咳き込んでいたのは、紛れもなくシャルロットだった。

 

(はい? ちょ、おま)

 

 何がどうしてこうなった。

 

(いや、バハラタから想定外の事態でアッサラームとか行ってたし、数日報告が聞けなかった気はしたけどさ)

 

 明らかにシャルロットも本調子ではないようなのに、何故ジパングに飛んで来てるのか。

 

(そりゃ交易担当の人がルーラで連れてきたんだろうけど……って、そうじゃなくて!)

 

「……知り合いか?」

 

「う、うむ」

 

 俺の動きが止まったのを訝しんだジーンへ声をかけられて我に返った俺は、とりあえず頷いた。

 

(って、やばっ)

 

 そして同時に知りうる限り空気読めない率でトップを誇る男が隣にいることに思い至って頭を抱える。

 

(もしシャルロットがこっちに来たら、まず自己紹介だよな)

 

 そのとき、盗賊の俺がシャルロットの師匠と知れば必ず言うだろう。

 

「……そいつならさっきまでここに居たぞ」

 

 と。

 

(シャルロットのことだ、すぐさま探すか追いかけて行きかねない)

 

 体調が万全でなさそうにもかかわらず。シャルロットは、そう言う娘だ。

 

(雨の中待っていたりするぐらいだもんなぁ)

 

 そして、刀鍛冶の元には試着者到着待ちの危ない水着と魔法のビキニとガーターベルトがあると言う悪意さえ感じる状況。

 

(ジーンとの顔合わせを避ける為にこっちが放置するか逃げたら、手がかりを探す為に聞き込みとかしちゃっても不思議はない、と)

 

 その過程で師匠がとんでもないモノ持ち込んでいたことが発覚するんですね、わかりたくねぇですぜこんちくしょう。

 

(これはもう、こっちから接触して上手いこと触れないように誘導し誤魔化すしかないじゃないですかーやだーっ)

 

 俺のピンチは一体いつ終わるというのか。

 

「ゴアアアアッ」

 

「やかましいわい、ベギラゴン」

 

 ふさぎ込みたくなるところで無神経に咆吼を上げられて、気がつくと俺は呪文を唱えていた。

 




完治していない様子で現れたシャルロット。

そして、終わる暇がなかったジーンのレベル上げ。

立ちはだかる難事を主人公はどう切り抜けるというのか。

次回、第百四十四話「祝・シャルロット再登場」

お待たせしました、シャルロットファンの皆様方。


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第百四十四話「祝・シャルロット再登場」

 

「先程の娘じゃがの」

 

 少し迷って、まず最初にしたことはジーンへの説明だった。勿論、伏せるべき所は伏せてだ。

 

「お主をここまで連れてきた男の弟子でな、師匠を慕っておるらしい。そこでお前さんが『その男ならついさっきまでここに居た』などと無神経な発言をした日には、あの娘を落胆させかねん」

 

 見たところ本調子でない娘を気落ちさせるようなことを言うのは良くないから、と言う理由で口止めしようと言う訳である。

 

(ちゃんとした理由まで説明すればいくらこの人でも失言はしないだろ)

 

 油断するとかではない、わざと体調の悪い女の子を落ち込ませるような奴ではないと思ったのだ。

 

「そんなことになったら、ワシはあの男に詫びる為に精神力が尽きるまで原因になった輩に攻撃呪文をぶち込まねばいかんかもしれん」

 

 続けて一応釘は刺したが、これはブラフである。そもそもさつじんきのジーンなら呪文一つで事足りるのだから。

 

(別に信用してないわけじゃない。けど、ジーンはおろちと俺のやりとりも見てるからなぁ)

 

 水着がはみ出て大混乱事件のことを何気なく話し出してもおかしくない以上、慎重すぎるぐらいでちょうど良い。

 

(こうしてジーンが要らないことを話すのを防ぎ、次はシャルロット達に接触して何故ジパングに来たかを一応聞いてと)

 

 シャルロットの体調が万全でない所と、魔法使いのお姉さんも一緒に付いてきているところを見るにたぶんルーラでジパングに飛べるようにする為地理を覚えに来たとかじゃないかと予測は立つけれど、思いこみは危険だ。

 

(ただでさえ、これまで結構ポカやって来たんだから、一つ二つは失敗するくらいの気持ちで、原因を一個ずつ潰していかないといつピンチになるやら)

 

 ただでさえ、刀鍛冶の所に誰かを連れて行かないといけない流れなのだ。

 

(そっちは俺がモシャスでシャルロットに変身して試着すればいい様にも思えるけれど)

 

 モシャスの効果時間の短さを鑑みると、試着中にモシャスの効果が切れる最悪パターンが待っている気がする。

 

(と言うか、そもそも変身するなら見本にすぐ直前まではシャルロットと一緒にいる必要があるとか、穴だらけだわ、この案)

 

 効果時間を最大限に活用するなら別れた直後にモシャスする必要があるが、刀鍛冶の家の前まで来ていれば勇者であるシャルロットが興味を持たない筈がない。

 

(いや、シャルロットだけじゃないな。普通新しい町に来たら武器屋と道具屋とかはだいたい見て回ったもんなぁ)

 

 ゲームでのことだが、俺もそうした。

 

(うん、試着はまた今度にしよう。ほら、シャルロットも調子悪そうだったから、こんな時にあんなヒモだけとか余計体調悪くなっちゃうよね、ふつう)

 

 一体誰に向かって弁解してるのか心の中で、誰かへ必死に言い訳しつつ、足はジパングへと向かって動く。

 

(何て言うか、体調悪いから俺はシャルロットを保護しなきゃいけないんだよ。こう、まかり間違っておろちの所行って変なことでも吹き込まれたら拙いからね? 変なことでも吹き込)

 

 この時俺は、埋まった地雷が刀鍛冶の所だけではないことに気づいた。

 

(……しまったぁぁぁぁ、おろちがいたぁぁぁぁぁっ!)

 

 隣にはジーンが居る、口に出して絶叫しなかった自分を褒めたい。

 

(うわぁどうしよう、魔法使い三人組の人は仕事で来ただろうし、だったら確実にヒミコの屋敷に立ち寄るはず)

 

 そちらについていったなら、たぶん詰む。

 

(人に害を及ぼさない様に約束したことは伝えたと思うけど)

 

 その後お土産を持って遊びに行ったら身体を差し出されたというシャルロットにはとうてい聞かせられない展開の後再訪問した俺は鞄から水着をはみ出させている。

 

(どっちか一つでも話されたら色々終わるっ)

 

 やばい、やばすぎる。

 

「いかん、あの女王がいらぬことを吹き込んだら――」

 

 シャルロットが俺を師として慕っていることはジーンにもさっき教えてある。だからこそ、呟けば俺の危惧するところの何分の一かぐらいは伝わるだろう。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 

 歩いている場合ではない、全力疾走だった。

 

(賭けるしかないっ、シャルロットのよい子っぷりとこれまでのスレッジとの関係に)

 

 顔見知りを見かけてわざわざこちらまで挨拶に足を運んでくれる可能性、それだけが俺にとっての唯一助かる術、蜘蛛の糸だった。

 

「ゴアアアアッ」

 

「邪魔をするでないわぁっ」

 

 故に、邪魔する者は許さない。呪文を放つ手間も惜しくて渾身の力を込めて繰り出した拳は熊の身体を貫通して背中へ突き抜けた。

 

「砕け散れぇい、イオラっ」

 

 腕を引き抜きざま、身体の中に呪文を放って、膨れだした体躯を蹴り飛ばす。

 

「ゴボァ」

 

「ワシの前を塞ぐなら等しく滅びがあると知れぇっ」

 

 爆散した熊の肉片がボトボト落ちてくる中で俺は吼えるとロスした分を取り戻すべく、また走った。

 

「……素手で、熊を」

 

 後ろでジーンが何か言っていたが、どうでもいい。

 

(早く、早くシャルロットを)

 

 考えることはそれだけだった。

 

「「ゴアアアッ」」

 

「邪魔じゃというのがわからんかぁっ」

 

 しょうこりもなく出てきた三頭のごうけつぐまの内右の熊の顔面を密かにバイキルトをかけた拳で粉砕し、中央の熊の首を蹴りでへし折る。

 

「ゴアァ」

 

「ちぃっ」

 

 残った一頭が爪で引っ掻いてきたのを敢えて左腕で受けながら、血塗れになった右腕を攻撃直後の熊の顔面へ向ける。

 

「メラゾーマっ」

 

「ゴ」

 

 至近距離から大きな火の玉をぶつけられた熊は生じた爆発の中に消え、自爆しないように俺は即座に後ろへ飛ぶ。

 

「まったく、こんな時ばかり邪魔が入」

 

「スレッジ……さん?」

 

 ぼやきつつ身を起こしかけた時だった、聞き覚えのある声がしたのは。

 

(どうやら、賭けには勝てたのかな)

 

 こちらを呆然と眺めるシャルロットの姿に俺は心の中で胸をなで下ろす。

 

「ふむ、久しぶり……と言うほどでもないかの。とは言え『元気じゃったか』と聞くのは愚問じゃの」

 

 血塗れの締まらない姿ではあったが、務めてスレッジのキャラを作って戯けつつそう言った。

 

 




ぎゃぁぁぁぁ、シャルロットがあまり出せなかったぁぁぁぁぁっ。

申し訳ありませぬ。

ので、次回はシャルロット側からここまでの光景をお送りしたいと思います。

次回、番外編11「そしてボクはジパングに(勇者視点)」


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番外編11「そしてボクはジパングに(勇者視点)」

 

「ちょっと出かけてくるね」

 

 断りを入れてからボクは家を出た。時々咳は出るけど、熱も下がったし風邪自体はだいぶ良くなったと思う。

 

「道具屋さんで薬を買って……」

 

 その後は教会に行くつもりだ。

 

(みんなは「気にすることはない」って言ってくれてるけど)

 

 パーティーがアリアハンで足止めされてるのは、ボクが風邪をひいちゃったからに他ならない。

 

「はぁ……」

 

 教会に着くどころか、道具屋さんにも辿り着いていないのにため息が出る。

 

「どうしたのじゃ、ため息などついて」

 

「えっ」

 

 だけど、見られているとは思わなかった。驚いて声の方を振り向くと、見知らぬおじさんが居て。

 

「実は――」

 

 元々教会には懺悔に行くつもりで、誰かに話を聞いて欲しかったボクの口は自然に事情を語り出していた。

 

「なるほどのぅ、風邪をひいて迷惑をかけた分仲間に何かしたいというのじゃな」

 

「うん、埋め合わせが出来たらと思うんだけど……良い方法が浮かばなくて」

 

 早く病気を治すのは当然として、その後どうするか。

 

「うーむ、安直かもしれぬがモノではどうじゃ?」

 

「モノ?」

 

 訝しげに聞き返したボクにおじさんは話してくれた。

 

「わしは世界に散らばる小さなメダルと言うものを集めておってな。集めてきた者に褒美を与えておるのじゃ」

 

 と。

 

「小さなメダル……それって、ひょっとして、これ?」

 

「おお、まさしく小さなメダル」

 

「ナジミの塔の宝箱で見つけたんだけど……そっか」

 

 道を間違えたのも無駄にならなかったみたいで少しだけ嬉しくなる。

 

「しかし、既に見つけておったなら話は早い。これと同じモノを探して持ってくればお主に褒美を授けよう。そうじゃな、本来はそれなりに数を揃えねば出さぬ褒美なのじゃが、仲間を思うお主の心には感銘を受けた。規定枚数は後で持ってきてくれればよい」

 

「え、いいの?」

 

 おじさんの唐突な申し出には少しびっくりしたけれど、ボクにとって都合の良い話だとは解る。

 

「勿論じゃ。本来ならば十枚集めねば渡さぬ褒美じゃがな」

 

 思わず訊ね返せばおじさんは首を縦に振った。

 

「それで、モノはガーターベルトという装飾品……まぁ、下着なのじゃが」

 

「えっ」

 

「そ、その様な目で見るでない。下着と言ってもこれはとんでもなく凄い品なのじゃぞ」

 

 おじさん曰く、その品は着用した人の性格を変えてしまうものらしい。

 

「身につけた者は異性に積極的になる為、男の場合妻や恋人へ贈る者が多いようじゃがな。奥手の女子ならば思い人との距離を縮めるのに一役買ってくれるじゃろう」

 

「お師匠様との距離を……縮める?」

 

 本当に恥ずかしいことだけど、その説明を聞いた瞬間、迷惑をかけたみんなにお詫びをしないとって気持ちが何処かに飛んで行ってしまっていた。

 

「しかもな、変わった後の性格をした者は呪文の使い手として大成した者が多い。お主が呪文の使い手ならその下着を着けて修行すれば大成して実力の面で仲間に報いることとて不可能ではないじゃろう」

 

 だけど、我に返って自分を恥じる前に、おじさんは大義名分をくれて。

 

「おじさん……」

 

「うむ、礼ならまだ早いぞ? 褒美は次のメダルを持ってきてからじゃからな」

 

 ボクは決意した。必ずその下着を手に入れてみせると。

 

「ううん」

 

 同時に頭も振る。

 

「何も思いつかなかったボクに目標をくれたんだから、お礼は言わせて下さい。ありがとう、って」

 

「ほっほっほ、なぁに大したことはしとらんよ。ただし、褒美を前借りする件は他の者には内緒じゃぞ?」

 

「うん。それじゃあ、さようなら」

 

 普段は井戸の底に立っている家に住んでいるというおじさんに必ずメダルを持って行くと約束してボクはおじさんと別れ。

 

「……勇者殿ではありませんか」

 

「あ、えっと……」

 

 道具屋に向かおうとしたところで出会ったのは、ボクの様子を時々聞きに家へ来てた魔法使いのお姉さんだった。確か、スレッジさんのお弟子さんだったと思う。

 

「いや、こんな所で会うとは奇遇でありますな。出歩いているところを見るに、風邪の方はもう治られたのでありますか?」

 

「ううん、完治はまだなんだけど道具屋さんに薬を買いに」

 

 訊ねてきたお姉さんへ首を横に振り、あと二言三言交わしたら別れて再び道具屋に向かうつもりだったボクは――。

 

「そうでありましたか。自分はこれからジパングに向か」

 

「ぼ、ボクも連れて行って下さいっ」

 

 次の瞬間、お姉さんの言葉を途中で遮って、申し出ていた。

 

「えっと、ホラ……ボクもルーラ使えますし、行って帰ってくるだけならそんなに消耗しないかなって」

 

「うむむ、その要望は聞き入れてあげたいところでありますが、女王陛下との謁見などあります故、本調子でない勇者殿を一人にしてしまう訳には……」

 

「じゃ、じゃあ」

 

 渋るお姉さんを納得させるべく視線を巡らせたボクの目は自宅の前で留まって。

 

「付き添いがいれば良いんですよね?」

 

「そ、そうでありますな。それならば問題はないかと」

 

 たまたまそこに居たサラには悪いことをしたと思う。

 

「勇者様何のお話ですの?」

 

「あ、実はね――」

 

 事情は呑み込めず、こちらの視線や身振り手振りで自分のことを言及してることだけは察しやって来たサラにボクは事情を説明し。

 

「……そう言うことなら仕方ありませんわね」

 

 あっさり承諾を得ることが出来たのは、たぶんお姉さんのお陰だと思う。数日前まで駆け出し同然だった目の前のお姉さんはスレッジさんに一日か二日ほど師事を受けただけでサラの実力をあっさり追い抜いてしまったのだから。

 

(その修行地がジパングだもんね)

 

 サラからしてみても気になる国なのだろう。もしスレッジさんが居たら、自分も教えを請いたいと思ってるのかも知れない。

 

「けど、良かったよ。サラが承諾してくれて」

 

「是非もありませんわ。反対したらお一人で行かれたでしょう?」

 

「うっ」

 

 そう指摘されると否定出来ない、自分が居る。ボク達がルーラの呪文で飛び立ったのは、それから暫くしてのことだった。

 

 




メダルおじさんのせいでシャルロットに「せくしーぎゃる」ふらぐがひっそり立っていた件。

そして、ジパングの刀鍛冶の所には主人公の預けたガーターベルトが。

果たしてあれは伏線だったのか?

次回、第百四十五話「サラ・暴走」

この番外編読まないと144話からこんなサブタイトルになるとは思わないわな、うん。


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第百四十五話「サラ・暴走」

「ふむ、病気の完治してない者に魔物の出るような場所で立ち話をさせるのも何じゃな。ひとまずジパングに戻るとするかの」

 

 襲われても撃退出来るけど、さっき咳き込んでたシャルロットに魔物が現れるかも知れない状況はよろしくない。空気を読まず襲ってくるかも知れないし。

 

 交易網作成には協力したんだし、話せば中で見た交易所の一室ぐらいは貸してくれるだろう。

 

(ジパングには宿屋もないもんなぁ)

 

 こう、やって来た旅人が拠点に出来る場所がないのは不便だと思う。これまでのジパングならそれで良かったんだろうけれど、交易で更に人が訪れるようになれば、宿屋は必須だ。

 

(一筆書いてシャルロット達を連れてきたあのお姉さんに持っていって貰おうかな)

 

 直接会えなくても交易所の方に預けておけばたぶん何とかなるだろう。魔法使い兼国の役人と言った立ち位置だと思われるし。

 

(ま、それはそれとして)

 

 空気の読めない殺人鬼はともかく、もう一人を空気にしておく訳にはいかない。

 

「さて、そっちのお嬢ちゃんはサラさんじゃったかの?」

 

「はい、バハラタで別れて以来でしたわね」

 

 話を向ければ肯定してきた魔法使いのお姉さんに、俺は声には出さずそう言えばそうだったなぁと呟いた。

 

(クシナタ隊のお姉さん達とアリアハンに戻った時に会ったのはシャルロットとバニーさんだけだったような)

 

 シャルロットの師匠としてはシャルロットの自宅などで顔を合わせて居たので、「あれ、そうだっけ?」と一瞬首を傾げそうになったが、危ないところだった。

 

(別人演じてるとこういうところめんどくさいよな、しかも一個ポカやらかすと正体バレかねないし)

 

 特に時々大ポカやらかす俺は要警戒である。

 

「そっちの本調子でなさそうなシャルロットちゃんと一緒と言うことはルーラの為に地形を覚えに着たと行ったところかの?」

 

「ええ、それもあるのですけれど……もう一つ気になることがありましたの?」

 

「ほぅ」

 

 魔法使いのお姉さんことサラの言う気になることには心当たりが有ったが、俺は少し興味の色を除かせるにとどめ視線でサラへ先を促した。

 

「先ほど私達を送ってくれた方をあそこまでの実力者に育て上げたのはあなただとお聞きしましたわ。ですから、私も――」

 

(想定内)

 

 口を開いたサラが魔法使いのスレッジに願い出たことは、俺の予想の範疇を出ない。

 

「ふーむ、元々そこのジーンを鍛えに行こうとしていたところなのでの、ワシは構わんのじゃが」

 

 言葉を濁しつつ、シャルロットへ視線をやる。

 

「そっちの嬢ちゃんはどうする気じゃ?」

 

「あ」

 

 サラからすれば、師事して貰うべき相手と自分の実力を追い越した同業者の修行場所となったジパングで出会えたと言う好状況に、頭の中から抜け落ちていたのだろう。

 

(やや、暴走気味かな)

 

 ただ、無理もないと思う。魔王を倒す為活動する勇者一行であるならレベルアップを試みようとするのは当然のことであるし、俺としてはレベル上げに協力するのもやぶさかではない。

 

(唯一の問題点が、シャルロットをどうするかってことになるわけで)

 

 魔物を一掃するのはドラゴラムで変身したこちらが引き受けるので負担もそれ程はかからない。

 

「無理をして病状が悪化しては元も子もない。そも、そんなことになってしまったらそっちの嬢ちゃんのお師匠様にワシは何をされることやら」

 

「……そうでしたわね。申し訳ありませんわシャル。私が身勝手でしたの」

 

「そ、そんな……ボクこそゴメン。風邪をひいてなかったら、ここでスレッジさんに鍛えて貰えたかも知れないのに」

 

 俺の指摘にサラがシャルロットへ謝罪し、シャルロットもまたサラに謝る。美しい友情だと思った。

 

「そうだ、さっちゃんは修行して更に実力をつけたいんだったよね? だったら良いことを教えて貰ったんだ」

 

「シャル、その呼び方は止め……良いこと?」

 

「うん、『ガーターベルト』って装飾品なんだけど……」

 

 そのアイテムの名前を耳にするまでは。

 

「な」

 

「ガーターベルト、ですの?」

 

「そう、実はちょっと色っぽい下着なんだけどね、身につけた者の性格を変える力を持ってるらしいんだよ」

 

 俺が思わず声を上げていたことにさえ、気づかない様子で二人は不穏な気配が漂い始めた会話を続ける。

 

「下着と言うのには抵抗がありますわね」

 

「そうかも知れないけど、着用後の性格の人は呪文使いとして大成した人が多いんだって。だから……ボク、キミがその下着をつけてスレッジさんの修行を受ければとっても強くなれるんじゃ無いかと思うんだ」

 

(えーと……)

 

 これは、どうしてそう言う結論になったとツッコミを入れるべきか。非常に拙い流れだと言うことはわかる。

 

(けど、これにどうやって介入しろと?)

 

 下着にそんな効果なんて無い、とは言い難い。確かに、レベルアップ時の能力上昇と性格に関連性があってもおかしくないとは思うのだ。と言うか、攻略サイトで、関連があると書いてあったような気もする。

 

(情報の出所は不明だけど、シャルロットがああも言ってるってことは、「せくしーぎゃる」は本当に呪文使い向けの性格なんだろうな)

 

 純粋に能力だけ求めるなら、選択肢としてはアリだ。しかも見計らったかのように今のジパングにはそのガーターベルトが存在している。

 

(なに、この てんかい)

 

 まさか、アッサラームでアレを手に入れた時からこうなることは仕組まれていたのだろうか。

 

「……下着か、水着では駄目なのだな?」

 

「「え?」」

 

 ほら、来ましたよ。

 

(やっぱり、お前か! お前かぁぁぁぁぁっ!)

 

 その男の名はジーン。空気の読めないさつじんきである。

 

 尚、驚きの声に続けてシャルロットが「かっこいい」とか呟いたのは幻聴だと思いたい。

 

「その話、もう少し詳しく!」

 

 もうそうなるだろうなぁ、とか思い始めていたが俺の予想をぶち抜く感じでサラはジーンの発言に食いついて。

 

(そう言えば、盗賊な俺のことは黙っていてくれって言ったけど、水着に付いては何も言及してなかったっけ)

 

 いやぁ、まいったねこれは。

 

(どうしろと、ここからどうやって不穏な方向にしか行かなさそうな状況を方向修正しろと?)

 

 刀鍛冶の所へ預けに行ったことはジーンに知られていないと思うが、このままだと水着がはみ出ちゃった事件の現場に向かい、おろちと出会いかねない。

 

(と言うか、おろちってあの後ちゃんと本は使ったんだよな?)

 

 ジーンを押しつけて立ち去ったので知らないが、もし「せくしーぎゃる」のままだった日には。

 

(ん、せくしーぎゃる?)

 

 この時、俺の脳裏に不吉な光景が浮かんだ。シャルロットかサラのどちらかがおろちと対面して口にした「せくしーぎゃる」と言う単語に反応し、おろちが「せくしーぎゃる」になる方法を中途半端な形で教えてしまったなら。

 

 

「えっちな本を読むと『せくしーぎゃる』になるのじゃ」

 

「そ、そんな……けれど呪文使いとして大成する為ですわ」

 

「そ、それで『せくしーぎゃる』になれるなら、ボク……」

 

 

 二人とも根は真面目なのだ。魔王を倒す為、実力を高める為に必要なことだと言われればだいたいそんな感じで実戦し始めてしまいそうな気がする。

 

(っ、シャルロットが汚れてしまうっ)

 

 何という悪夢。やはり、この世界はせくしーぎゃるを軽くあしらえなければ冒険もままならない魔境なのか。

 

(止めないと、何とかして止めないと――)

 

 まだ、対策は思いつかない。だが、いつもならストッパーになりそうなサラまで暴走を始めているのだ。

 

(本当に、どうしてこうなった)

 

 ごめん、クシナタ隊のみんな。俺はまだ当分、ここからそっちに行けそうにない。

 

 




まさかの『せくしーぎゃる』フラグ、サラへ感染。

おろちかシャルロットかと期待させておいてまさかの第三者なのか。

そして、この窮地主人公は切り抜けられるのか。


次回、第百四十六話「たった一人でこの状況、どうしろって言うんですか」



大丈夫、君ならきっと……うん、なんだ、ファイト。


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第百四十六話「たった一人でこの状況、どうしろって言うんですか」

「こちらのジーンさんが見たという水着、どこに行ったかご存じありませんの?」

 

 俺がひたすら考えている間に、ジーンとの会話は終わってしまったらしい。そして、はみ出し事件の後で水着がどうなったかを空気の読めないさつじんきは知らない。

 

(となればこっちに質問が来るのは必定だよなぁ)

 

 たぶん持ち主であるシャルロットのお師匠様の鞄を俺が持っていたこともこうして質問されたのに一役買っているのかも知れない。

 

(しかし、この質問どう答えるべきか)

 

 知らないと答えれば、落胆しつつも聞き込んだり周辺を探し始める可能性があり、下手をすれば刀鍛冶の家を訪ねてしまうかも知れない。

 

(なら「知っている」と答えて嘘をつくか)

 

 ただし嘘をついた場合、バレれば信用を失うし、先を読んで嘘をつかなければ矛盾が生じたり墓穴を掘る。

 

「むう……」

 

「ご存じですの?」

 

 思わず唸ってしまった、俺にもの凄い勢いでサラが食いついてくる。とはいえ、正直に話す訳には行かない。

 

(そう、刀鍛冶の家で防具の材料に……ん?)

 

 ひょっとしたら、真実を話すことこそが正解かも知れない。

 

「うむ。ただのぅ、持ち主はガーターベルトを『あんな破廉恥なモノを女性に渡すなど社会的信用を損なう』と防具の材料にしてしまったのじゃよ」

 

「「え」」

 

 俺の思わぬ打ち明け話にサラとシャルロットの声がハモった。そう、もう存在しないと告げてやれば良かったのだ。

 

「そんなぁ」

 

「なんてこと……」

 

「すまんのぅ、お前さん達がそんなにアレに興味を持っていたとは知らんで」

 

 落胆するシャルロット達を見ると良心が痛んだが、これできっと諦めてくれるだろう。

 

「……水着だけでなく下着もあったのだな」

 

 うん、ジーンが要らないことさえ言わなければ。

 

「そう言えばそうですわね、私が聞いたのは水着の行方ですわよ? 一番欲しかったモノが失われてしまったのは痛恨の極みですけれど」

 

「うん。と言うかスレッジさん、それを何処で知ったんですか?」

 

「っ、そ、それはじゃな……」

 

 欲しいモノを前にした女の執念恐るべし、と言うか、諦めさせる為に余計なことまで付け加えて口走った俺のミスか。

 

(どうしよう、諦めるかと思ったら余計踏み込んで来たし)

 

 敵が一人に追求者が二名、たった一人でどうしろって言うんですか。本当に、誰か助けて欲しかった。

 

「何か、お隠しになられてますわね?」

 

「うぐっ」

 

 会心のアイデアだと思ったのに、進んだ先はただの窮地。すっとぼけられれば良かったのだが、図星をつかれて呻いてしまった。

 

「やむを得まい」

 

 誰かがこの光景を見ていたら諦めるの早すぎと笑うだろうか。どうしてそこで諦めるんだと怒るだろうか。

 

「全てはそこにいるジーンのせいなのじゃ」

 

「「えっ」」

 

「な」

 

 女性二人の視線が俺から逸れてほぼ同時に声を上げたさつじんきの方へ向く。

 

(間違ってはいないよね?)

 

 全てはジーンのせい、と俺は何もかもを今まで空気を読まず足を引っ張ってくれた男に押しつけることにしたのだ。

 

「待て、それはどういう――」

 

「さて、どこから話そうかのぅ。『はみ出た水着事件』のことは聞いたかの?」

 

 始めよう、逆襲を。責任転嫁という名の剣で怨敵を貫くのだ。

 

「そも、水着を持ち主が手に入れたのは自分から求めたのではなく、お礼として受け取ったものじゃった」

 

「へぇ、お礼ってことは何かあげたとかですか?」

 

「うむ、行方不明になっていた者の消息を知らせた礼と言っておった気がするのぅ」

 

 約一名「俺のせいとはどういうことだ」とか騒いでいた気もするが、スルーである。

 

「成る程、善行の謝礼だったのでしたの」

 

「まぁ、それ故に捨てる訳にもいかず、モノがモノだけに店に持っていって売るのにも抵抗があって頭を悩ませていた様なんじゃが、ある時、他の荷物に引っかかってその水着が外に零れだしてしまっての」

 

 ポロリしてしまったのは俺のミスだ、だが。

 

「周りの人間に見とがめられた時、水着の持ち主は『ブックバンド』だと言い逃れ様とした。見とがめた者はとあるお偉いさんでな、当人からすれば持っているのもちょっと恥ずかしい品。興味を持たれては、拙いと思ったんじゃろうな」

 

 ただ、この時、空気を読まない男が一人いた。

 

「そこのジーンはこう言ったそうじゃ。『……それは水着ではないのか?』とな。持ち主は居たたまれなくなって、その場を逃げ出し、防具の材料にするという形で処分してしまったのじゃが、仕方ないじゃろ? 人前で恥を掻かされた原因となるような品、持ち主はさっさと処分してしまいたかったじゃろうし。処分してしまいたいという意味合いではガーターベルトも同じだったのじゃろうな」

 

 実際、処分する為に刀鍛冶に預けたのだから混じりっけのない事実である。

 

「本当ですの?」

 

「……いや、それは。その、確かにそう言ったのは俺だが」

 

 サラの視線と声から滲み出る何かにさつじんきがたじろいで居るが、同情するつもりなど俺にはない。

 

(ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!)

 

 窮地脱出成功である。採寸の件は恥を忍んで新しくクシナタ隊に加わった踊り子さん達に行って貰おう。

 

(踊り子さん達の衣装ならあの手の水着と大差ないはずだもんな)

 

 下心なんて無い。フードの中で俺がにやけたとしたら、貰ったモノが無駄にならず窮地まで脱することが出来そうだからであり、他に理由なんて無いのだ。

 

(だいたいまだ完全に気の抜ける状況じゃないし。既に入手してたなら水着の行方とかにあれほど食いついてくるはずはないし、シャルロットや魔法使いのお姉さんがいつも通りな筈もないから)

 

 たぶんメダルおじさんの褒美で貰えるガーターベルトはまだ手に入れていないのだろう。

 

(そっちもどうにかしないとな)

 

 女戦士とおろちだけでもいっぱいいっぱいだったというのにこれ以上せくしーぎゃるが増えられてたまるか。

 

(ただ、一息つけたことは事実だよなぁ……ふぅ)

 

 危なかったぁと俺は密かに胸をなで下ろすのだった。

 

 

 




正義は勝つ?

まぁ、ガーターベルトは一つじゃ無いですし、窮地を逃れたと言ってももう大丈夫かというとまだ危険は残っている訳で。

次回、第百四十七話「ようやくレベル上げが出来るよ」

検証データの盗賊も、レベルカンストまでまだ結構あるんですよね、うぐぐ。


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第百四十七話「ようやくレベル上げが出来るよ」

「とにかく、そっちの嬢ちゃんは風邪じゃったか? とにかく病気の方を先に治して貰わんとの」

 

「うっ」

 

 だいたい、付き添いの筈の魔法使いのお姉さんがこっちについてきてはまだ病人のシャルロットが一人になってしまう。

 

「そう言う訳で一旦出直してきて貰えぬかの? 本格的に修行をしたいと言うならこちらにも手配して欲しいモノもあるのでのぅ」

 

「何か必要なモノがありますの? 先程は修行に向かうところだったというお話しですのに」

 

「うむ」

 

 質問はある意味でもっともだった、ただ本格的な修行をするつもりなら足りなすぎるのだ。

 

「先日バハラタへ一緒に行った時、ないすばでーの嬢ちゃんが一緒じゃったじゃろ? あの嬢ちゃんを呼んできて貰えんかの?」

 

「ないすばでー?」

 

 鷹揚に頷いて続けた要求に返ってきたのはお姉さんのジト目。まぁ、胸の大きな遊び人のお姉さんを呼んでこいとか言われたら「何考えてるんだ」とか「このすけべジジイ」とかそんな感じに非難の目を向けられても仕方はない。

 

「待って、さっちゃん」

 

 ただ、シャルロットは気づいたらしい。

 

「しゃ、シャル! その呼びか」

 

「必要なのは、ミリーの『口笛』でつよね、スレッジさん?」

 

「ほう、よくわかったの」

 

 お姉さんの抗議をスルーしつつ確認するように問いかけてきたシャルロットに、俺は正解だと解るよう力強く頷いて見せた、噛んだのは気づかなかったことにして。

 

「え」

 

「スレッジさんは修行に必要な魔物を呼び寄せるのに、口笛が吹ける遊び人が欲しかったんだよ」

 

「もっとも、もう一人欲しい人員があるのじゃがの」

 

 驚きの声を声を上げたお姉さんにシャルロットが解説を始めたので、便乗する形でこちらも口を挟む。

 

「もう一人、ですか?」

 

「うむ、『ピオリム』と言う味方全員を素早く動けるようにする呪文が使える僧侶が居ると効率が良いのじゃよ。ついでに倒した魔物からお金やアイテムを回収したいなら商人と盗賊も必要じゃな」

 

 クシナタ隊のお姉さん達のレベル上げ時に活躍した人員そのまんまである。

 

「実際、前の時はそれでかなり財布が潤ったからの。修行で力をつけるのはよい、じゃが時間は使うなら効率的に使うべきじゃろ?」

 

「っ、そ、そうですわね……申し訳ありませんわ。好色なふりをしてるだけでその実私達のことを考えていてくださった方だと解っていたはずですのに」

 

「は?」

 

「そうだよ、さっちゃん。こほっ、スレッジさんがああいう言い回しをするのはボク達へ妙に気負わせないようにする心遣いなんだから」

 

 思わず漏れた俺の声をサンドイッチする形で会話するお嬢さん二人のやりとりに、俺は思わず頭を抱えたくなった。

 

(何でそんなにポジティブに評価されてるの、スレッジ!? エロジジイだよ? アリアハンに戻ってきた時の登場は我ながら最悪だと思ったよ?)

 

 それが何でこんな高評価になってるんですか、おかしいですよ。

 

(とはいうもののここでこっちから「エロジジイです」とか言っても絶対に信用されない気がする)

 

 実力行使という名の痴漢行為にまで及べば別だろうが、そんなこと出来るはずもなく。

 

「もういっそこの服の背中に『エロジジイ』とでも刺繍しようかの……」

 

 服の袖を見つめながら、ただ呟いた。

 

「えっ」

 

「そして、戦いの前には『エロジジイ・スレッジ見参』と名乗りをあげるのもいいのぉ」

 

 何処かで驚きの声が上がったような気もするが、どうでもいい。

 

「スレッジさんが壊れた……」

 

「壊れてはおらんぞ? ワシは正常稼働中の良いスケベジジイじゃ、キリッ」

 

「ああっ、私達のせいで……」

 

 どうしてこうなった。スレッジはただのスケベジジイとしてフェードアウトさせるつもりだったのに、何で評価が高くなる。

 

「参ったの、どうすればワシがスケベジジイじゃと信じて貰えるんじゃろうな? 魔王か、魔王の尻を触ってこればよいのかの」

 

 って、こんなこと言ってもただの狂人だしなぁ。

 

「それはそれとして、お前さん達は一旦アリアハンに戻って必要な人員を連れてきてくれんかのスケベジジイ」

 

「「語尾になった?!」」

 

 自分でも何言ってるんだろうとは思うけれど、おかしくなったふりって言うのはある意味最強何じゃないかと思いました、まる。

 

「わ、わかりましたわ……もう、スケベなお爺さんですわね、まったく」

 

「さっちゃん?!」

 

 そして、おかしくなったふりをした結果がこれである。シャルロットは驚いたし、俺も一瞬「えっ」とは思ったけれど。

 

「よく分かりませんけれど、あれはきっと自分は『好色なお爺さん』ということにしていてくれと言う遠回しなお願いだと思いますの」

 

「あ、そっか。スレッジさんのことだから何か意味があるのかも……」

 

 こういう時、ハイスペックな身体が憎いと思う。盗賊という職業柄、優れた聴覚はお嬢さん達がヒソヒソ声で交わす会話を拾ってしまっていたのだから。

 

(と言うかこういう時、どう対処すればいいのだろうか、俺って)

 

 この時、ちょっとだけ考えて締まっていたからだろう、俺の視線は二人から外れ。

 

「え、えーと」

 

「ん?」

 

 それが、致命的だった。

 

「……や、やーん、スレッジさんの……えっち」

 

「ごふっ」

 

 上目遣いでその台詞は反則だよ、シャルロット。咳き込んだふりで口元を押さえなかったら、鼻血が出ていたかも知れない。風邪がまだ治りかけなせいか、頬も赤く染まっているのだ、破壊力は更に倍であった。

 

「スレッジさん?!」

 

「だ、大丈夫じゃ。ここはワシに任せてお前さん達は先に行けぃ!」

 

「……誰と戦ってるんだ」

 

 空気の読めないさつじんきがロープでぐるぐる巻きにされたまま問うてきたが、口に出せたなら俺はこう答えただろう。

 

「己とじゃよ」

 

 と。

 

「……ふぅ」

 

 とりあえず、変な語尾で続けた言葉には一理あると思ったのかシャルロット達はルーラで戻っていった。

 

「アランさんに見て貰おうよ」

 

「そうですわね、ホイミで治るか解りませんけれど」

 

 とか言っても居たが、風邪がぶり返しでもしたのか少し心配ではある。

 

(ともあれ……スケベジジイのレッテル貼りには失敗したけど、あれだけやっておけば高潔な人物とはもう見られないよね?)

 

 せいぜいが、かわいそうな人とか残念な人だ、きっと。

 

「何にしても、ルーラで往復じゃと戻ってくるまでそれなりにありそうじゃの」

 

 戻ってきたお姉さんの修行を考えると精神力を使う訳にはいかないが、ただここで待ってるよりは口笛で呼びだした魔物を素手で倒していた方がマシか。

 

「では行くとするかの、熊との戦いでもお前さんなら充分修行になるじゃろうからな」

 

「ま、待」

 

 ジーンを縛るロープに手をかけると、片手でその身体を持ち上げた。

 




せくしーぎゃるが襲撃?

ある訳無いじゃないですか、そんなこと。

次回、第百四十八話「勇者、旅立つ」

え、シャルロットなら帰っていっ……ええっ?!



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第百四十八話「勇者、旅立つ」

 

「さて、そろそろかの」

 

 俺は空を見上げていた。シャルロットを送り届け、必要人員を連れて戻ってくるはずの魔法使いのお姉さんを待っているのだ。

 

「……ううっ。やめろ、俺は餌じゃない! やめ」

 

 足下では相変わらず縛られたままの覆面マントがマントを血で赤黒く染めたまま横たわり、魘されている。

 

(と言うか、誰の得にもなんないもんなぁ、縛られたジーンを半ば餌に口笛で呼びだした熊を延々とぶちのめすシーンとか)

 

 熊が絶滅しちゃわないか心配でござるとかほぼ残酷描写で占められた回想を頭の隅に追いやると、ふぅむと短く唸った。

 

「どうしようかの、これは」

 

 掌を開いて視線を落とせば、そこにあるのは、アーモンドに似た物体。

 

(ジーンにはばれて無いと思うけど、盗賊ってあれだよなぁ。戦闘になると、つい盗っちゃうと言うか……)

 

 殴り殺した熊の魔物から奪った「食べることで力の強くなる種」は俺にとって無用の長物だった。

 

(捨てるぐらいなら誰かに使って貰った方が良いけど、戦闘シーンは足下の空気が読めないさつじんきさんが見ていらっしゃった訳で……)

 

 誰かに渡そうにも何処で手に入れたと言うことになる上、宝箱から手に入れたという嘘も目撃者が居るのでつけない。

 

(いっそのこと、埋めて増やす……にしてもこの種がどんな植物になるか知らないしなぁ)

 

 この手の種の量産が可能なら魔王が世に蔓延ってもいないだろう。ドーピングしまくった兵士を用意すれば力押しで何とか出来るのだから。

 

(その辺謎だよな、ルイーダの酒場の登録所で仲間候補に支給される種だって一人に纏めて使えば一騎当千の猛者を作ること出って理論上不可能はない訳だし)

 

 やらないのは、きっと何か制約があるのだとは思うけれど。

 

(って、話が脱線した。最悪適当な宝箱に放り込んで見つけて貰えば良いかな)

 

 もしくは、盗賊の攻撃した相手からアイテムを盗む器用さを利用してこっそり荷物に潜ませればいい。

 

「だいたいそんな所じゃろうな」

 

 足下のジーンはまだお休みの様なので声に出して呟いてみた。

 

「むぅ、いっそザメハの呪文でもかけられたらのぅ」

 

 眠った者を起こす呪文は僧侶の覚える呪文に分類されるので魔法使いのスレッジが使う訳にもいかない。

 

「まぁ、目が覚めたら覚めたで、話すことも無いわけじゃが」

 

 俺はここに居る必要があったのだ。

 

「最悪なのは、ワシらがここに居らん時に嬢ちゃん達が飛んできて、ジパングの中に捜しに行くケースからの派生系じゃろうな」

 

 行き違いになって刀鍛冶の所に行ってしまったり、偽ヒミコと接触した場合、大惨事へ発展する恐れがある。

 

(そもそも、アリアハンに戻ったと言うことはシャルロット達が小さなメダルを幾つ所持しているかによっては、ガーターベルトをメダルのオッサンから受け取ってこっちにやって来るケースだってある訳で……)

 

 何故だろう、起こりうる危険を上げだしたら急に嫌な予感がしてきた。

 

(あれ、あの女戦士みたいなの相手に自分から「エロジジイです」って言うの手の込んだ自殺以外の何者でもないんじゃ……って、落ち着け。まだ「せくしーぎゃる」が来ると決まった訳じゃない)

 

 そうだ、早々都合良く来るはずが無いじゃないか。漫画なんかだって今時そんなベタな展開はしない。

 

(第一、いくら何でもこんな爺さんに迫っては来ないだろ)

 

 シャルロットのお師匠様だったら危なかったが。

 

「――レッジ様ぁぁ」

 

「ん、おお来たようじゃな」

 

 上空から聞こえた声には、聞き覚えがある。声の角度からしてうっかりスカートの中を覗いてしまったライアスの様にはならないだろうと判断し、俺は顔を上げ。

 

「ここじゃ、ここ。待っ」

 

 呼びかけに応じて両手を大きく振り、飛んでくる人影の四つ目を確認した所で言葉を失う。

 

(え? え? え? いや、いやいやいや、ないでしょ、それは)

 

 付けひげがなかったら引きつった口元が丸見えだったと思う。魔法使いのお姉さんとバニーさん、僧侶までは良い。商人や盗賊が同行していても驚きはしない。

 

(けどさ、なぜ だいいち の せくしーぎゃる が いっしょ なんです かね?)

 

 少し遠いものの、見間違いようもない。それは俺を固まらせるのに充分すぎる天敵との再会だった。

 

「終わった。何もかもおしまいじゃ」

 

 膝と掌を地面が呼んでいた。ごうけつの皮をかぶったセクシーギャルの再登場は俺にとって絶望に値するほどの事態だったのだ。

 

(こう、挨拶の振りをしてバシルーラで吹き飛ばせたらなぁ)

 

 きっとこの世界は女戦士の装備品だけを飛ばすのだろう。もう、オチなど読めましたでございますわド畜生、おほほ。

 

(これはあれですか、筆舌に尽くしがたい逆セクハラを受けて俺が終了するんですね)

 

 騒ぎを聞きつけて本をまだ使ってなかった偽ヒミコまでわざわざやって来るに違いない。どういう訳か刀鍛冶に預けた水着や下着を持った状態でだ。

 

(そして始まる、第一回ジパング痴女合戦っ)

 

 何という酷い展開だろう。

 

 と言うか、密着されたら俺の正体がバレかねない。こっちは顔の上半分はフード、下は髭で隠しているだけのお手軽変装なのだ。

 

(ええい、もはやこれまで……かくなる上は俺も正体がばれる前にモシャスでせくしーぎゃるにっ)

 

 良い案のような気がしてきた。

 

 せくしーぎゃられ、せくしーぎゃりたり、せくしーぎゃるとき、せくしーぎゃれ、せくしーぎゃろう。

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉ、完璧じゃ。この五段活用があればワシも『せくしーぎゃれる』っ」

 

「あれですわ、アランさん何とか元に」

 

「混乱の治し方と言われましても、私が知っているのは――」

 

 謎のテンションに支配された中、近くで誰かが話していた気がする。

 

「やむを得ませんな、でぇいっ」

 

「うおっ」

 

 四つん這いの姿勢から両手をバネに飛び退いたのは、条件的な反射。

 

「ちょっ、な、何をするんじゃ」

 

 振り下ろされた一撃が地面を叩くのを見て顔を引きつらせながら俺は言葉を投げた。

 

「申し訳ありません。混乱した者を正気に戻す術を叩いて正気にするしか知り得ませんでしたのでな」

 

「そ、それならもう大丈夫じゃ。ワシは正気じゃ」

 

「とは言われましても数秒前までを見ていますと」

 

「うぐっ」

 

 しれっと返してくる僧侶のオッサンに訴えかけたが、これまでの現状を顧みるとあながち反論出来なかった。

 

「そりゃ混乱じゃってするわい! ワシが求めたのはそっち嬢ちゃんとお前さんじゃろ、何故女戦士まで居る?」

 

「それはあたいが話すよ」

 

「な」

 

 ただ、だからといって譲れないというか看過出来ないモノは俺にもある。半ば逆ギレ気味に話題を転じれば、口を挟んできたのはまさかの当人。

 

「あたいも修行の必要性を感じててね。酒場に居たらそこへ魔法使いの娘がやって来たんだよ」

 

「そして修行をすると聞いて同行を申し出たと?」

 

「そう言うことさ、魔法使いだけあって察しが早いね」

 

「むぅ」

 

 語られたのは至極真っ当な理由であった。

 

「これは聞いた話だけど、サマンオサの勇者サイモンがバラモス討伐に旅立つらしいじゃないか」

 

「は?」

 

 俺を呆然とさせる動機がセットの。

 

「知らなかったのかい? とにかく、旅立つらしいんだよ。そうなってくるとあたいはもう一人の勇者の師匠の所有物って立場だけどさ、このままアリアハンでのんびりしてるって訳にもいかないじゃないのさ」

 

「成る程の」

 

 そこまで説明されれば、言わんとすることはわかる。元々サイモンにはシャルロット達へバラモスが目を向けない為の囮をお願いしてある。

 

(それがこのタイミングで動いたってことはバラモスが何かしかけてきたってことか)

 

 どうやら遊んでいる暇は無いらしい。

 

「ならば早速修行に移るとするかの。ただし、お前さんはワシに近づくの禁止じゃ」

 

 さらりとせくしーぎゃるに接近禁止令を出しつつ、俺は歩き出す。あの溶岩煮えたぎる洞窟に向かって。

 

 

 




女戦士再登場、フラグは回収したよ、やったね?

次回、第百四十九話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」


このサブタイ久しぶり。



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第百四十九話「おじいちゃんについて行くだけの簡単なお仕事です」

「洞窟内での行動はここまで歩きながら説明した通り。ワシはドラゴラムの呪文で竜となるので――」

 

「わ、私が魔物を口笛で呼び寄せて」

 

「私がピオリムの呪文で強大な竜に変じて生じる動きの鈍さを補うと言うことでしたな」

 

「うむ」

 

 洞窟の前でのお復習い。呼び出し役のバニーさんと補助役をする僧侶のオッサンの回答へ鷹揚に頷きを返した。

 

「残りの面々は、そこの商人を除いて護衛じゃな。まぁ、出てくる敵は片っ端からワシが燃やすと思うがの」

 

「ほな、わいはゴールドの回収に専念させて貰いますわ。みなさん、よろしゅうに」

 

 俺の言葉に続く形で頭を下げた商人のオッサンはサハリとか言っただろうか。元祖せくしーぎゃるの襲来で取り乱した俺は正気に戻っても暫くその存在に気づかなかったのだが、来てくれたのはありがたい。

 

(この身体が属してた勇者一行の口座に頼りっぱなしとはいかないもんなぁ)

 

 人のモノであることを考えるなら使った分もあとで補填しておくべきだと思うし、交易網作成の報酬に勇者一行の装備を調える為の費用を得られるとは言え、自由に出来るお金が増えるのは正直ありがたい。

 

(ゲームと違って保存食とか旅には装備以外の経費もかかるし)

 

 一人前の商人がいれば、大声で旅の宿屋を呼ぶという荒技も出来る訳だがそれでも宿泊費用がかかってしまう。

 

「軍資金が多くて困ることはないじゃろうからな、宜しく頼むぞ」

 

「任しといてぇな」

 

 クシナタ隊のお姉さん達の時はゴールドの回収が追いつかなくて商人のお姉さんがひいひい言いながら必死に魔物の死体を漁っていたとあとで聞かされたような気もするが、ここでわざわざそんなことを明かしてサハリのオッサンのやる気を刈り取ることもない。

 

「では、進むとしようかの。変身すると敵のと味方の区別ぐらいしかつかなくなるので巻き込まれんようにのぅ」

 

「は、はい」

 

「承知しましたわ」

 

「うむ。ならば行こう」

 

 釘を刺す声にバニーさん達の声が返ってきたところで、俺は洞窟に足を踏み入れる。

 

「まずは開けた場所まで行かねば、竜の巨体では動きづらいのでの」

 

 おまけに魔物を倒せば骸が残る。狭い場所では骸が邪魔になってしまうと言うこともあった。

 

「なるほど。魔法使いとしての戦い方、学ばせて頂きますわ」

 

「う、うむ。とは言うものの、今から使う呪文をお前さんが会得するのは結構先のことになると思うのじゃが」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございますわ」

 

 当分使えないことを後で知って落胆するよりはと思い、敢えて言うも魔法使いのお姉さんは首を横に振った。

 

「まだ遠くてもいつか覚えるなら、学んでおいて無駄にはなりませんもの。……エロウサギもちゃんと学ぶのですわよ?」

 

「えっ」

 

「いずれ賢者となられるのでしたら、魔法使いの呪文も扱えるようになりますからな。サラさんの言うことももっともと言うことです」

 

 いきなり話を振られてきょとんとしたミリーに僧侶のオッサンが噛み砕いて説明するのを横目で眺めつつ、俺は呪文を唱える。

 

(精神力無駄遣いはしたく無いんだけどなぁ)

 

 拳で何とかしてはお姉さんへの手本にならない。

 

「ヒャダインっ!」

 

「「え」」

 

「「な」」

 

 唐突に唱えた呪文に同行者達が驚く中、出現した氷の棘の集合体の射出した棘が煮えたつ溶岩へと突き刺さると同時に表面が激しくうねり出す。

 

「す、スレッジ様、これは……」

 

「この洞窟にはようがんまじんと言う生きた溶岩の魔物がおってな」

 

「「ゴアオオオオオッ」」

 

 説明する間も撃ち込まれた氷の棘はマグマへ突き刺さり、あちこちから断末魔があがる。

 

「まぁ、こんな訳じゃ。流石にアレのゴールド回収は無理じゃろうが、どんな魔物が棲息するかは知っておいた方が良いと思っての。ちなみにあの魔物はヒャド系の呪文に弱い。まぁ、身体が溶岩で出来てるのじゃから当然じゃろうが」

 

 学ぼうとする意思というのは尊いモノだと思う。そもそも、開けた場所に出るまでにも魔物と遭遇する可能性はあるのだから、教材にはおそらく事欠かない。

 

「ただし、溶岩故に、ああいう場所にも潜めるし思わぬ場所から奇襲をしてくるかも知れぬのでの」

 

「お、恐ろしい相手ですね……」

 

「まぁ、あれに限らず油断は禁物じゃろうな」

 

 プチ講義をしつつ洞窟を進み。

 

「先程の魔物は教材が前と被ったので補足は不要かの……と、着いたようじゃ」

 

 魔物と遭遇すれば、倒してその特性と注意点を説明することを繰り返すこと数回。見覚えのある景色の中で周囲を見回し、俺は同行者に向き直る。

 

「では始める。呪文を唱え終えてワシが竜になったらまずピオリムを、口笛はその後じゃ」

 

「「はい」」

 

「うむ」

 

 バニーさんと僧侶のオッサンが同時に返事をするのを見届け、こちらも頷きを返して背を向ける。

 

「ドラゴラムっ」

 

 さあ狩りの始まりだ。

 

「グオオォォッ」

 

「す、すごい……」

 

「ぼーっと見ている時間はありませんぞ、ピオリムっ!」

 

 俺の咆吼を眺めポツリ呟クバニーサンヲ叱咤シ僧侶ノオッサンガ補助呪文ヲ俺達ニカケル。

 

「あ、す、すみませんっ」

 

 謝ルバニーサンガ口笛ヲ吹キ鳴ラシタノハソノ直後ダッタ。

 

「ゴァァァァァ」

 

 熊、出テキタ。

 

「来ましたぞ、スレッジ殿」

 

「グォォン」

 

 五月蠅イが熊燃ヤス。

 

「な、こんなにあっさりと?!」

 

「……凄まじいな」

 

「す、凄……あ、すみませんっ、次呼びますっ」

 

 味方、騒ガシイガ、敵後ロカラ音響イタ後ニスグ出テキタ。

 

「グオオォォッ」

 

 俺、火ハク。敵燃ヤス。

 

「ギャアアッ」

 

「ゲ」

 

 燃エタ敵、動カナクナッタ。腹ニ顔アル奴モカエルモ。

 

「ちょっ、何てペースや。魔物の群れ二つをこんな短時間で……くっ、手ぇ回らへんっ」

 

「こんな強力な呪文がありますのね……」

 

 後ロ声シタ、ダガ俺敵燃ヤスダケダッタ。

 

 




そして始まるドラゴラム無双。

次回、第百五十話「ハンターズ・ハイ」


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第百五十話「ハンターズ・ハイ」

「グオォォオォオン」

 

 敵、燃エル、俺ノ勝チ。

 

「一見すると私達の居る意味を疑いたくなる光景ですな」

 

「……お前は良い、呪文をかける役目がある」

 

「この見た目も怪しい人と同じ意見なのはちょっと複雑ですけれど同感ですわ。護衛の筈が片っ端からスレッジ様に倒されて、今のところ出番なしですのよ?」

 

 何匹焼イタ、解ラナイ。ケド関係ナイ。皆燃エル。俺、強イ。モット、燃ヤ――。

 

「ム」

 

 コノ感覚モー久シブリナ気ガしテシまう程前のレベル上げから時間は経っていないと思うのだが、ともあれ身体に生じた前兆には覚えがあった。変身が解け始めたのだ。

 

(ノッて来たところだったんだけどなぁ)

 

 謎の高揚感は名付けるなら、ランナーズ・ハイにちなんでハンターズ・ハイとでも言ったところか。

 

「と、だいたいこんな感じじゃな」

 

「何というか……とんでもない呪文ですわね」

 

「そ、そう……ですね」

 

 人に戻って肩をすくめた俺に魔法使いのお姉さんがコメントし、バニーさんが同意する。

 

「あった、ゴールドや……て、熱っ」

 

「おっと、大丈夫ですかな? ホイミ」

 

「たはは、おおきに」

 

 相変わらずお金の回収に追われていたサハリのオッサンはようがんまじんの残骸に突っ込もうとした手を引っ込め、僧侶のオッサンから回復呪文をかけられて失敗を誤魔化すように笑う。

 

「けれど、こんなにサクサク魔物が倒せるなら盗賊さんも連れてくるべきでしたわね」

 

「け、けどあの人が何処に行ってるか知ってるのかい?」

 

「あー、違いますわよ。登録所で新人を登録して連れて来ればよかったってことですわよ」

 

 まぁ、見た目で変化は見分けにくいがゲームで言うところのレベルは面白いように上がっているようなのだ。そう思っても無理はない。

 

(魔法使いのお姉さんもヒャダルコは使えるようになったって自己申告してた気がするし)

 

 竜に変身してる最中だったので絶対の自信はないが、バニーさんが灰色生き物の群れを二度ほど呼びだしてくれたのだ。たぶんジーンもモンスターで言うところの一ランク高い色違いと互角程度の強さには成長するのは遠くないと思う。

 

「まぁ、過ぎたことを嘆いても仕方ないってもんさ」

 

「同感じゃの、第一人数が増えるとこの修行の効率も下がる」

 

 女戦士の言葉へ頷きつつ見回す俺の視界に入る者達は、合計六名。俺を入れると七人でクシナタ隊の時よりは少人数だが、ゲーム時代のパーティーと比べれば人数は倍近い。

 

(経験値の入り方がゲームに準ずるなら、手に入る経験値はだいたい二分の一程度だもんなぁ)

 

 人が増えればその分、レベルの上がりも遅くなる。優先してレベルを上げるべきは、このジパングにてこれから一人で暮らして行ける強さを身につける必要があるジーン。時点が遊び人のままでは魔物を呼び出すことぐらいしか役目のないバニーさんだろうか。

 

「ともあれ、今のお前さん達なら一人前と見なされるだけの実力は身に付いたことじゃろうて」

 

「納得は出来ませんけれど、否定も出来ませんわね」

 

「故にワシの役目はほぼ終わりじゃ」

 

 複雑そうな表情をした魔法使いのお姉さんをちらりと横目で見て、そう告げると唱え始める呪文は洞窟を脱出する為のモノ。

 

「「え」」

 

「な」

 

「リレミト」

 

 幾人かが驚きの声を上げた時、完成した呪文は俺達を外へと運んでいた。

 

「そ、外? ……リレミトですのね」

 

 状況の把握は流石に同じ呪文の使える魔法使いのお姉さんが一番早く。

 

「す、スレッジ様……す、すみません、役目はほぼ終わりとはどういうことですか?」

 

 ただ、真っ先に真意を問いただしてきたのは別の人物、バニーさんだった。

 

「お前さん達はもっと修行を続けたかったかもしれんがワシにも都合があっての」

 

 軍人口調をした魔法使いのお姉さんからもたらされた情報を知らせなくてはいけない人物が居ると告げる。

 

「バラモスによるイシスへの降伏勧告、女王がはねつければバラモスは実力行使に出るやもしれんじゃろ」

 

 これへの牽制の意味もあってサイモンが動いたが、二正面作戦をやってのけるぐらいの戦力をバラモスは有していると俺は見ていた。

 

(サイモンへの刺客とイシスへ向けた侵攻軍の双方に一人で対処するのはどう考えても難しい)

 

 ならば、俺にとれる対応策は限られてくる。

 

(バハラタに飛んでクシナタさん達と合流するか……)

 

 もしくはアッサラームまでルーラしてイシスまで強行軍、まずはイシスへ飛べるようにするか。

 

(クシナタさん達へイシスに向かって貰って俺は別行動するという手もあるんだけど、ゲームにない展開だけに最悪の場合イシスへどれ程の強さの魔物が押し寄せてくるかが未知数何だよなぁ)

 

 どっちにしてもこれ以上シャルロット抜きの勇者一行のレベル上げなんて悠長なことはしていられない。自信を持ってイシス側を任せられる程の強さまでバニーさん達を育てるよりも侵攻の方がおそらくは早いと思うのだ。

 

(戦闘力だけならまだクシナタ隊の方が高いし、人数も多い)

 

 いっそのことドラゴラムで俺が蹴散らしてバニーさん達かクシナタさん達の成長の糧になって貰うという手も考えはしたが、わざわざ目立たないように隠していた面々を表舞台に引っ張り出しては本末転倒である。

 

(せめてラーミアを孵化させられればショートカットも可能なんだけど)

 

 無い物ねだりだった。

 

「何にせよ、ワシも動かねばならん。むろん、あの男もじゃな」

 

 具体的な名前は出さずとも誰かは察すると踏んで俺は言い放つと、ジーンやバニーさん達に背を向けルーラの詠唱を開始した。

 

「……る数多の風の精霊よ、翼持たぬ我の羽根となりて我を彼の地へ導かん」

 

「……行かれますのね」

 

 詠唱中だからこそ、魔法使いのお姉さんの問いには答えない。むしろ、追及されることを避ける為にわざわざ口に出して詠唱をしているのだ。

 

「あ、あの……ご武運を」

 

「……世話になった。死ぬなよ」

 

 この姿では出会って間もない女戦士と商人のオッサンはバニーさんとジーンへ譲ったのか、声をかけることなく呪文は完成する。

 

「ルーラッ」

 

 もう随分なれた身体を引っ張られる感覚。地面は遠ざかり、先程まで一緒にいたみんなの姿もどんどん小さくなる。

 

「まったく、予定が狂わされっぱなしじゃの」

 

 嘆息は風に流れて後方に消える。結局、放置してしまった水着と下着がほんの少しだけ気になったが、そんなことに拘っている場合ではない。

 

「この代償高くつくぞ、バラモスよ」

 

 おおよそのではあるものの魔王が居城の方へちらりと目をやって俺は吐き捨てた。

 




地図で見るとバラモス城へテドンの次に近いのがイシスなんですよね。

次回、番外編12「運命(おろち視点)」


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番外編12「運命(おろち視点)」

「奇妙なものじゃ、本によって押しつけられた性格であったと言うに……」

 

 わらわはあの男が置いていった書物に目を落としたまま、ポツリと呟いた。一日経ってしまったというのにまだこの本はここにある。

 

「わらわの首を切り落とした、あの男……」

 

 人間如きと侮る気はもはや無い。わらわを恫喝した時に見せた実力であれば、殺そうと思えば簡単にわらわの命を奪えるであろう。嬲り殺すこととて、容易い。

 

「あの男に……嬲られる、と……それも良いやも、っ、何を考えて居るのじゃわらわは!」

 

 たかだか、一つの言葉が頭の中で暴走してしまい、振り払おうと頭を振る。

 

「ヒミコ様、いかがなされ」

 

「何でもない、下がりおりゃ」

 

「はは」

 

 部屋の外から聞こえた人間の声へ八つ当たり気味に声をぶつけ、気配が遠ざかったのを確認しながら奥歯を噛み締める。

 

「うぐぐ、このような事態を巻き起こす性格に未練なぞ……わらわには……」

 

 ない、と言い切りたかった。そも、今手にしている本は、わざわざわらわの性格を矯正する為にあの男が探し出して来たモノ。

 

「特別な力を持つ本を探し出すと言う苦労までさせて、もしここでわらわがこの本を使わねば……」

 

 あの男は気分を害するだろう、そんな生やさしいモノでなく怒り狂うかも知れない。ただの人間ならまだしも、あれはやまたのおろちであるわらわを遙かに凌駕する力を持つ人間。好き好んで怒らせるつもりはない。

 

「なれど、あれほどの力を持った者は同族にさえ覚えなきもの。あの男と子がなせれば――」

 

 産まれる子供はわらわの従う方さえ凌ぐ存在となることじゃろう。

 

「あの男の子を望むのであれば、今の性格の方が良きことは疑いようもない」

 

 ブックバンドと言っては居たが、本を取り出した時に荷物より零れ出た水着なるモノのこと鑑みるに、あの男は女子に興味がないと言うこともなかろう。まるでヒモのようであったあれを着たところで裸と大差ない。

 

「その様なモノを持っていたと言うことは女子の裸に興味があると見て良いじゃろうからの」

 

 なら、希望はあるとも言える。

 

「されど、ジーンなる男をわらわにあてがおうとしたことと言い……一筋縄で行くとは思えぬ」

 

 第一、水着を持っていたと言うことは既に着せる女子がいるということなのじゃ。

 

「わらわに生け贄として捧げられたあの娘か、それとも……」

 

 外国の男だ、外国の女子と既に番であったりする可能性もありうる。

 

「一人であったのは、生け贄の娘と既に子をなし、娘が身重であるからやも……あれほどの力を持つ男、何人もの女子を囲っていてもむしろ当然かえ……ん?」

 

 そこまで考え、ふと思う。

 

「あの男の子なれば……あの男ほどではなかったとしても、それなりの強さを持つ戦士となるはず」

 

 あの男に匹敵する者が何人も誕生するとしたら。

 

「終わりじゃ……おしまいじゃ」

 

 このジパングの女王を一呑みにして成り代わった時、人間など大したことの無いと自惚れたわらわに噛み付いてやりたい。

 

「もはやわらわが生き残る道は……あの男につくよりあるまい」

 

 日和見を決め込んでいては、機を逸す。

 

「そして、あわよくばこの身体を差し出してあの男の子を……」

 

 自分の子を産んだ女となれば、あの男とてわらわを殺すことは無かろう。以前の約定もあるが万全を期すべきじゃ。

 

「そうと決まれば、やれるだけのことはせねばのぅ」

 

 生け贄の娘に随分先を越されているかも知れぬ。後発の身としては出来る限りのことをして追いつかねばならぬ。

 

「まずは、あの男が持っておった水着とやらを手に入れるかえ」

 

 この国には手先の器用な者が多く、わらわの身の回りの品もとある鍛冶士の献上品であった筈。

 

「確か、本職は刀鍛冶であったが防具も手がけて居た筈じゃ」

 

 後に使いを出すかそれともお忍びで直接訊ねてみるべきか。

 

「問題は、今尋ねるとまず間違いなく見せられることになってしまうことかえ」

 

 あの男が見せた首はわらわと近しい種族のもの。その亡骸が解体され武器や防具にされる様を見て、取り乱さずにいられるか、わらわには自信がない。

 

「使いを出すにとどめるべきじゃな」

 

 よくよく鑑みれば、あの男は仲間を殺した訳じゃが、わらわもあの男と同じ人間を喰らうておった。

 

「……そうであったな」

 

 わらわはあの男の同族を殺したのじゃ。わざわざわらわに見せに来たのも、加工すると言っていたのも、わらわに対する当てつけであったのかもしれぬ。

 

「だと言うのに……」

 

 わらわは虫が良すぎたようじゃ。

 

「ならせめて、生け贄の娘達の骨を集めてくるとするかえ」

 

 そしてあの男に詫びるのじゃ。もう、遅すぎるかもしれぬが、それでも。

 

「これより暫し瞑想する。この部屋へ誰も入れてはならぬぞえ」

 

「はっ、承りました」

 

 外にいた人間に言いつけるとわらわは赤い渦を作りだし、あの男と初めてであったあの場所へ身体を運ばせた。

 

「ふむ、着いたかえ」

 

 目を開けば、視界に飛び込んできたのは石の橋と地面、そして煮えたぎる溶岩。

 

「骨はおそらく祭壇の周辺じゃろうな」

 

 自分の記憶を掘り起こし、同時に何とも言えない気持ちになる。喰らった娘の中には命乞いをしてきた者もいたのだから。

 

「恨んでおるかえ……それで、当然じゃろうな」

 

 呟きながら石の橋を渡り終え。

 

「ん?」

 

 天井越しに聞こえてきたのは、何者かの咆吼。

 

「な、何じゃこの声は……」

 

 聞き覚えの無いそれに、気がつけば、足は祭壇ではなく反対にあった上り階段に向いていて。

 

「グオォォオォオン」

 

「な」

 

 階段を何段か上り、一階に顔の半分だけ出して溶岩の向こうに咆吼の主を見つけたわらわは呆然と立ちつくした。

 

「一見すると私達の居る意味を疑いたくなる光景ですな」

 

「……お前は良い、呪文をかける役目がある」

 

 竜と人間。竜の後ろで話している一人には見覚えがあったが、そんなことはどうでも良い。

 

「なんと雄々しき……」

 

 後ろ足だけで立ち上がる逞しい竜の姿に、きゅんと何かが締め付けられるのを感じた。

 

「これはひょっとして……恋というものかえ?」

 

 わらわの吐く火炎とは比べものにならぬほど熱く大きな炎が、煮えたぎる溶岩で出来ている筈のようがんまじんすら焼き殺して行く。

 

「あ、あぁ……」

 

 殺されているのがわらわの配下であるというのに、そんなことよりもあのお方の戦う姿が見たいと思ってしまった。吐き出す焔が命を奪う様に見とれてしまった。

 

「あの方の子を産んでみたい……」

 

 結局の所、わらわはわらわと言うことなのか、心惹かれたのは人間ではなかった、ただ。

 

「ゴア?」

 

「はっ、まずい」

 

 呆けていたのが拙かったのじゃろう、うっかり配下に見つかりかけたわらわは慌てて頭を引っ込める。今配下に見つかってはまず助けを求められる。

 

「あの方と戦うなど……わらわには出来ぬ。いや、出ていって服従の姿勢をとれば……だめじゃ、配下の手前でその様なことなど……興奮するでは、違うそうではないっ……ううっ」

 

 階段の下で悶々と悩んでいたことは、たぶん失敗であったのじゃろう。

 

「ええい、そもそもここでわらわが出て行かねばあやつらが殺されてしまうではないか」

 

 ようやくそれに気付き、階段を駆け上ったわらわを待っていたのは。

 

「な、あのお方は何処に?」

 

 焼けこげた配下の骸だけだった。

 

「……あぁ、運命の出会いと思えたのに……」

 

 あの方の居た方にヨロヨロと近寄ったわらわは落胆も隠せずがっくりと崩れ落ち。

 

「あ」

 

 弾みで懐に入れていた本が零れるのを目で追った、その先にある液状の溶岩に突き刺さるまで。

 

「な、ちょっ、待」

 

 慌てて手を伸ばすが、本は既に炎を上げて燃え始めており。

 

「消えろ、燃えるでない、こ、これがあの男に知れたらわらわは、わらわはっ」

 

 拾い上げて何とか火を消そうとした結果、完全燃焼は免れた。

 

「終わりじゃ……わらわも防具にされてしまうっ」

 

 だが、燃え残った半分の本の前でわらわが感じたのはやはり絶望だけじゃった。

 

 




やまたのおろち、改心&ドラゴラムした主人公に惚れるの巻き。

しかし、おろちは本を過失で消失してしまう。

どうなる、やまたのおろち。

だいたいそんな感じで本編に戻るのです。

次回、第百五十一話「ルーラの行き先」

え、骨集めで生け贄蘇生させたことがばれるンじゃないかって?

おろちは骨集め出来るような精神状態じゃありませんからね、あの後焼け残った本抱えて帰って布団に埋もれてガタガタ震えていたので、今のところ気づいてません。


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第百五十一話「ルーラの行き先」

 

「遅くなって済まぬ」

 

「「え、スレ様?」」

 

 ルーラでバハラタに着くなりクシナタさん達の滞在する宿屋へ顔を見せた俺に、隊のお姉さん達が驚きの声を上げる。

 

「うむ、ジーンをあのまま置いてくるとジパングの魔物の餌食になってしまうでの」

 

「ああ、そう言うことでするか」

 

 隊のお姉さん達は大半がジパング出身、全部話すまでもなく事情を察してくれたらしい。

 

「レベル上げ、だっけ? スレ様と一緒にいたら強くなるのあっという間だったしーホントスレ様って凄すぎー」

 

「いや、まぁ……地道に鍛錬を詰む者には少々申し訳ない方法かもしれんがの。ともあれ、用事も済ませて今度こそダーマにと行きたいところだったんじゃが……バラモスが動き出したようでの」

 

 これを牽制する為にか勇者サイモンが旅立ったことと共にジパングで知ったことを俺は明かし、その対処の為に立ち寄ったのだと戻ってきた理由を説明する。

 

「やっぱり、噂は本当だったみたいね。スレ様、ジパングやアリアハンよりイシスに近いからその話ならこの町でも人の口に上ってるのよ」

 

「人間側の不安を煽る為に魔王が広めてる可能性もあるんですけど」

 

「成る程のぅ、ならばワシが対応すべく動こうとする所までは想定済みじゃったか」

 

 合流すべきだと判断して行く先にバハラタを選んだが、これなら連絡しなくても独自に動いてくれていたかも知れない。

 

「その様なことはありませぬ。す、スレ様が居なければ私達ではとても……」

 

 頷く俺にクシナタさんはそう言ったが、謙遜と言うかこちらに対するフォローだろう。

 

「すまんの、気を遣わせて。ともあれ、降伏勧告を受けたイシスの女王がいきなり勧告を突っぱねでもしなければ、魔物の侵攻までにいくらかの猶予は生じるじゃろう」

 

 俺としてはこのロスタイムを使って出来る限りの手を打つつもりで居た。

 

「お前さん達には一部を連絡要員に残し、アッサラームまでルーラで飛んで貰う。そこからは途中まで馬を使った強行軍でイシスを目指す。騎乗中はワシが聖水を使うから魔物と出くわす心配はない」

 

 イシスへ向けられるバラモスの軍勢がどの程度の規模と強さか解らない以上、あまりやりたくはなかった。

 

「ろくでもないことを頼まねばならぬ我が不明を恥じて、頼む。イシスを守る為、力を貸して欲しい」

 

「スレ様……」

 

「この戦い、シャルロットの嬢ちゃんは間に合わんじゃろう。他の面々ならば参戦は可能じゃろうが、勇者一行にクシナタ隊の存在を知られるにはまだ時期が早い」

 

 そも、勇者一行がルーラでたどり着ける最寄りの場所は、バハラタかポルトガ。

 

(ただし、前者は抜け道が開通して居らず、後者は関所を通る為の鍵を勇者一行が所持していないから……ん?)

 

 行く方法がない、と言うところまで考えて何かが引っかかった。

 

(行く方法がなかったら、普通どうする?)

 

 何とか辿り着く手段を探そうとするのではないか。

 

「すまんが、お前さん達はここにいてくれんかの」

 

「スレ様?」

 

 確証はなかった。だが、可能性としてはあり得た。

 

「はぁはぁはぁ、良かった。まだここにいらっしゃいましたのね」

 

「っ、お前さんは――」

 

「はっ、はっ、はっ……す、すみません。送り出しておいてすぐ追いかけてきて」

 

 驚き半分、ああやっぱりなという気持ち半分の俺に呼吸を乱したバニーさんがペコペコ頭を下げ。

 

「ゆ、シャルはまだああですけれど、あなたのお陰で些少なりとも強くなれましたわ。大した力にはなれないかも知れませんけれど、それでもお返しをする機会ぐらいは求めさせて頂きますの」

 

 流石は勇者一行の魔法使いと言うべきか。

 

「死ぬかもしれんのじゃぞ?」

 

「それは恐ろしいですな。しかし、忘恩の徒となるのも肝心の時に何も出来ぬ役立たずと言われるのもご免被りたいのです」

 

 俺の脅し文句に応じたのはいつの間にか現れた僧侶のオッサン。

 

「まったく、しょうのない者達だの」

 

 この分では帰れと言っても聞かないだろう。

 

「この町にはくろこしょうという香辛料を売る店がある。そこでくろこしょうを手に入れ、ポルトガ王へと献上すれば外洋航海用の船を一隻譲ってくれる筈じゃ。勇者サイモンも旅だったと聞くが移動手段を考慮すればまずポルトガに向かうはず。お前さん達には勇者が居ない、じゃがそこに行けば勇者が居る。お前さん達の勇者ではないじゃろうがの」

 

 だとしても単純な足し算で即席とはいえ、勇者一行と言うパーティーが出来上がるはずだ。

 

「イシスへの降伏勧告自体が勇者サイモン暗殺の為の罠と言うことも考えられる。故にお前さん達に頼みたいのは……ちょっと、こっちに来てくれぬかの?」

 

「あ、は、はい」

 

「うむ、実はじゃな」

 

 続きは、とりあえずバニーさんを手招きしてから、寄ってきたバニーさんの耳元に囁いた。

 

「ええっ、そ、それは」

 

「うむ、我ながら何を言うのかという気もするがの、頼めるのはお前さん達だけじゃ。むろん、無理はせんでいい。お前さん達を失うことになったらあの男にワシが殺されるのでの」

 

 イシスに向けられるであろう侵攻部隊と刃を交える可能性もあるクシナタさん達にしろ、バニーさんにしたお願いにしろ、最悪命を落とす可能性がある。

 

(けど、俺の身体は一つしかなく、どっちかに纏めることも出来ないから……)

 

 俺は悩んだ末に、バニーさん達をサイモンの元へと向かわせる決断を下した。

 

「お前さん達を危険な目に遭わせかねないだけでも後が怖いがの。ワシも分裂は流石に出来ん。イシスとサイモン、両方は守れん。となれば……の」

 

「スレッジ殿は、イシスへ向かわれるのですな?」

 

「ほっほっほ、想像にお任せするとしようかの。格好いいこと言っておいて臆病風に吹かれ一人逃げ出すかもしれんぞ?」

 

 この世界に来たばかりの俺なら、そうしていたかもしれない。クシナタ隊と勇者一行がそれぞれ40レベルくらいまで育っていれば、安心して丸投げ出来ただろう。

 

「会うたびに嘘が下手になってるきがしま……何でもありませんわ。ともあれ、確かに勇者様を狙ってくることは充分に考えられますものね。承知しましたわ。エロウサギ」

 

「は、はいっ! あ、あの……わ、私達はこれで」

 

「う、うむ。気をつけての」

 

 相変わらずの呼び方で魔法使いのお姉さんに呼ばれ、ビクッと身をすくませたバニーさんに俺は頷きを返すと、立ち去るシャルロット抜きの勇者一行を見送ってから、宿の方へと向き直る。

 

「さてと、お次はこっちじゃな。まったく、いつになったらダーマに行けるのじゃろうな」

 

 愚痴を漏らしつつ向かう宿屋は第二の作戦説明会場でもあった。

 

 




はっはっは、まさかヤマカンでスレッジの行く先を推測してついてくるとか、ぐぎぎ。

いやぁ、まさかの二正面作戦?とか、本当にどうなるんでしょうね、うむ。

次回、第百五十二話「い、言っておくけど、アッサラームだからってぱふぱふ出てくると思ったら大間違いなんだからねっ」

語尾も呪い解けちゃいましたからね。

期待して夢やぶれても責任はとらないぱふ。


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第百五十二話「い、言っておくけど、アッサラームだからってぱふぱふ出てくると思ったら大間違いなんだからねっ」

 

「さてと、待たせたの」

 

 戻って来るなりそう言ってから始めた説明については、それ程複雑なモノではない。

 

「だいたいこんなところじゃ」

 

 地図を広げての大まかなルート説明やこのバハラタで呪文ダメージを軽減出来るまほうのたてを購入し装備しておくことなどうろ覚えでも原作知識を持っていれば思いつくであろう準備や対策が殆どだった。

 

「ワシは道具屋でキメラの翼と聖水を買うだけじゃが、お前さん達には盾の代金もいるじゃろう。名前を呼んだら側へ来るようにの」

 

「「はい」」

 

 理由を説明して指示すれば、素直な返事が返ってきてあとは一人一人呼ぶ為にやって来るお姉さんを抱き上げる作業が待っているのみ。

 

「きゃあっ」

 

「うひょひょひょひょ、良い感触じゃのぅ」

 

「スレ様?」

 

 クシナタさんがジト目で見てきたが、金のネックレスの一件やらおろちやら水着やらにピンチへ追い込まれた身としてはたまに役得があっても良いと思うのだ。

 

「せ、責任はとれんがここのところ生殺しじゃし、こう、何というかじゃな……」

 

 苦しい弁解だとは思う。だが、こっちも限界なのだとか俺は正座をして訴えてみた。もちろん内心はクシナタさんにお仕置きされるんじゃないかとビクビクである。

 

「……申し訳ありませぬ」

 

「ひょ?」

 

 ただ。

 

「す、スレ様とて人の男の子。当然のことを忘れておりました」

 

「い、いや。そうかしこまられる程のことではなくてじゃな?」

 

 謝られるのは予想外だった。

 

「隊長、ここはアッサラームで教えて貰ったアレをすべきかと提案致します」

 

「えっ」

 

 と言うかはっきり言って甘かったのだろう。今回のこれはどう考えても俺が掘った墓穴。

 

「ぱふぱふですよ、隊長」

 

「た、隊長がされないのでしたら私がっ」

 

 うん、落ち着こうかクシナタ隊のお姉さん達。何でそんな対応なの?

 

「み、皆様方、な、何を仰られれ」

 

 唐突な展開に混乱してるのはクシナタさんも同じ様だったが、救いとは思えない。

 

「良いんですか隊長っ、あの人多分本気ですよ?」

 

「ううっ、まさかスレ様から求めてくださるなんて……」

 

「「ちょ、ちょっ?!」」

 

 再び、俺とクシナタさんの声がハモる。

 

(正直すまんかったです、これってドッキリですよね? 俺がモテるとかあり得ないし、クシナタさんと俺を弄る為のドッキリだよね?)

 

 そうに違いない、焦るな俺。ここは流れに乗って俺もクシナタさんを弄る方に回ってしまうんだ。

 

「あ、えー、あ、あんな事を言って居るぞ?」

 

「スレ……様?」

 

 クシナタさんは俺の態度に呆然とするが、俺にはうっすらと隊のお姉さん達の意図が読め始めていた。

 

(イシスが危ないというこの時に、そんな不謹慎な真似をする筈が無いじゃないか)

 

 冗談で緊張をほぐそうとしたのだろう。

 

(ま、まぁ、当事者にされればテンパって即座に気づけなくても無理はないけどさ)

 

 それで居て、俺のセクハラには文句の一つも言わない。良い人達に会えたとつくづく思う。

 

「み、皆様がそこまで言われるのでしたらっ!」

 

「ひょ?」

 

「す、スレ様……」

 

 だから、クシナタさんもそろそろ気づくよね。思い詰めた顔で何故胸元をはだけて顔を赤くするんですか。

 

「ええっ」

 

「ああっ」

 

「ちょっと、隊長嗾けなかったら私がしてあげられたのに、酷い」

 

 あれ、他のお姉さん達も何で止めないの。

 

「たいちょー、ふぁいとー」

 

「ごーごー」

 

「……いいなぁ」

 

 煽ってるように聞こえるのはきっときのせい。気のせいなのだ。

 

「ちょ」

 

 ええっと、どっきりですよね、もしもし。

 

「ちょ、ちょっと待」

 

 こっちは本気で慌てた。迫ってくるのだ、クシナタさんのそれが。

 

「「なーんちゃって」」

 

「「はい?」」

 

 だから、お姉さん達が声を揃えて言った時、俺は紛れもなく言葉の意味が理解出来ず、後で声を上げた側だった。

 

「スレ様があたしちゃん達にセクハラとかー、マジありえないしー」

 

「隠したいことがあったから、誤魔化す為にあんな狂言回しをしたんでしょ?」

 

「っ」

 

 遊び人のお姉さんと盗賊のお姉さんの説明で理解に至ったのは、己の失敗。

 

(わざとらし過ぎたかぁ)

 

 二人の指摘は、図星だった。

 

「えっ、何それ?」

 

 気づいていなかったお姉さんも居た様だが、となると彼女は素で煽っていたのだろうかクシナタさんを。

 

(けど、クシナタさんはきっと気づいて居たんだよな)

 

 演技の上手さには定評があったからつい騙されてしまった。

 

「そっ、それは本当でするか?」

 

「え?」

 

 そう思っていたのに、顔を真っ赤にしたクシナタさんは落ち尽きなく周囲を見回して確認していて、俺は目を疑う。

 

「あれー、隊長気づかなかったの?」

 

「違いますわ、きっとあれも演技ですわ」

 

「あぁ、クシナタさん、演技上手いもんね」

 

 ああ、そうか。危うくまた騙されるところだった。

 

「いやぁ、脱帽じゃ。してやられたの」

 

 完全に観客と化してるお姉さん達の声に耳を傾けた俺は、顔を引きつらせたままクシナタさんの方を振り返ると素直に負けを認めた。色々カオスだったし、一時期はひょっとしたら本気かと疑いすらしたけれど、そんな美味しい展開ある筈がない。

 

「そ、そ、それ程でもありませぬ」

 

 謙遜しつつも、まだ顔が真っ赤な辺りは実に演技派だと思う。

 

「所で、スレ様……」

 

「何を隠してたんですか?」

 

「うぐっ」

 

 もっとも、素直に感心している時間をこちらはそう長々と貰うことは出来なかったようで。

 

「そ、それはじゃな……」

 

 だからと言って真意は話せない。故に答えへ困った。

 

「まさかスレ様……死ぬつもりじゃ」

 

「「ええっ」」

 

「ちょっ」

 

 そして、答えに困ったところを飛躍して考えるお姉さんが居たせいで、宿屋の中は再び混沌と化した。

 

「……と、好色な翁の演技が勇者一行の一人にあっさり看破されての。練習じゃったのじゃよ」

 

「あぁ、勇者さんの前でやってたあれね」

 

「ええと、人には向き不向きもありますから……」

 

 とりあえず、最終的に納得させることは出来たと思う。

 

「お話は理解しました。ただ、皆様……この一件が終わりましたら別のお話が」

 

 ただし、クシナタさんのOSEKKYOUという地獄が確定したようでもあり。

 

「では、準備を終えたら町の入り口での……はぁ」

 

 宿を出る俺の心には微妙に沈んでいた。

 

「さてと、聖水とキメラの翼は必須じゃな。あとは……」

 

 道具屋を経由して入り口に皆が集まったら、次はアッサラームだ。

 

「いよいよじゃの」

 

 ごめん、みんな。本当のことを言えば、きっと……が……るから……。俺は、みんなに言えなかった。

 




そう、本当のパフパフタイムはバハラタにあっ(ザー)


<暫くお待ち下さい>



意味深な終わり方で、主人公達はアッサラームへ。

あれ、ひょっとして作者物語畳み始めてる?

次回、第百五十三話「砂漠へ向けて」

くっ、ぱふぱふ入れてたらアッサラームいけなかった。

ぐぎぎ。


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第百五十三話「砂漠へ向けて」

「ルーラ」

 

 クシナタ隊のお姉さん達が、呪文の力によって浮かび上がる。もはや眼下になってしまった町に残ったのは、連絡要員のみ。

 

「アッサラームに着いたら食料やら何やらを仕入れて、馬で強行軍じゃ」

 

 馬の限界が来るか馬の足が行かせない砂漠に入ったところで、新入りの踊り子さん達にキメラの翼を使ってアッサラームへ馬を運んで貰う予定だ。

 

「すまんの、苦労をかけて」

 

「スレ様、そんなことありませぬ」

 

 いつもに増して今回は我ながら酷いと思う。安全の保証どころか命の保証も出来ない作戦なのだから。

 

「蘇生呪文があると言えばあるのじゃが……使わずに済むに越したことはないのは言うまでもないからの」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は半数以上が自分の死を経験している。俺だったらその一回だけで間違いなくトラウマになっていると思う。なのに、お姉さん達は付いてきてくれたのだ。

 

「じゃから、一つ命じておく。死ぬな、とな」

 

 死なせたくはない。イシスなど放り出し逃げ出しても構わないとさえ言いたかった。もっとも、そんなことを言ったらお姉さん達は自分への侮辱と受け取るだろうけれど。

 

「人攫いのアジトと違って、イシスにはどれ程の強さの魔物がどれ程の規模で押し寄せてくるかが全く読めん」

 

 バラモスが動員出来る戦力という点からアレフガルド以降の敵、つまりゲームでバラモスの城をうろついていた魔物より強い敵は出てこないと思うが、バラモス城ことネクロゴンド周辺に出没する魔物の強さはクシナタ隊で対処出来るレベルをおそらく凌駕している。

 

「そう言う意味では勇者一行の方も心配じゃがな」

 

 あちらはクシナタ隊より若干レベルが低いのだ。

 

「もし、勇者一行が首尾良く船を手に入れ、あの砂漠を横断してイシスで会うようなことがあった場合、お前さん達には義勇軍を名乗って貰うつもりじゃ、顔を隠しての」

 

 空を飛んでいるからこそ見える前方の砂漠を指してそう説明してみるが、簡単に合流出来るかは疑問だった。

 

「サイモンの暗殺を狙うなら、合流前の方が用意なのだから海か砂漠の何処かでしかけてくる気もするのじゃがの」

 

 イシスに辿り着かせてしまってから大兵力でイシスごと潰そうと動く可能性も否めない。イシスの方がバラモスの拠点からは近く、サイモン達にイシスまでの行軍を強いることで疲弊させることも出来るのだから。

 

「ふむ」

 

「スレ様」

 

 俺の頭が何処かの名軍師並に良ければバラモスの方針を見抜き、もっと良い作戦を立てられたと思うのだが歯がゆくてならない。

 

「うむむむむ」

 

 どうにか出来ればいいのだが、名案は浮かばず。

 

「スレ様ってば」

 

「うん、何じゃ?」

 

 呼ばれてることに気づいて振り返ると、そこにいたのは遊び人のお姉さんで。

 

「あのさー、バハラタでイシスに行ったことがある人が居れば、その人にキメラの翼渡して運んでくれるようにお願いとかできないの?」

 

「うむ、それはワシも考えたのじゃがな、いくら即座にキメラの翼で折り返すにしてもこれから攻められるかも知れない場所に行ってくれる者など、そうそう居らんじゃろ」

 

 苦笑しつつ答えたところで、横方向への移動が加わり始め。

 

「そろそろ到着じゃぞ、着地で転ばぬようにの」

 

 眼下に広がる景色の中にある町がどんどん大きくなって行く。思えば、そのときの回答がフラグだったのかもしれない。

 

「どなたか、どなたか私とイシスに行ってくれませんか?」

 

「スレ様ぁ?」

 

「うむ、正直すまんかった」

 

 着地するなり遭遇したのは、まさにイシスへの同行を求めて道行く人へ声をかける、金のネックレスしてたオッサンだった。

 

「訳ありのようじゃが、いかがなされたかの?」

 

「き、聞いてくれるんで……あ、あなた方は」

 

「お久しぶり、かしら?」

 

 俺の声に反応し、直後に硬直したオッサンへ苦笑しつつ片手を上げて応じたのは、盗賊の姉さん。スレッジの格好では初対面なので是非もない。

 

「ほう、知り合いじゃったか。して、何故イシスへ行きたいのかの?」

 

「そうですね。実は私達、ちょうどイシスに向かおうとしていたところなんですっ」

 

 そもそも、こちらからすればまさに渡りに船の提案。自己紹介の手間も惜しんで単刀直入に理由を聞けばお姉さんの一人がこれに合わせ。

 

「理由ですか、実は……」

 

 オッサンが話し始めたのは、以前この人が首に賭けていたネックレスを踏みつけた事情でもあった。

 

「あのネックレスのせいで、隣の奥さんやはす向かいの娘さんに目移りしてしまうようになり、それが元でご近所ともめてしまったんです」

 

 結果、その場所に居られなくなったオッサンは引っ越すハメとなり、やがて家庭も上手くいかなくなったそうだ。

 

「頭を冷やした方が良いと私は一人イシスを後にし、以前あのネックレスを買ったこの町にやって来たのです」

 

「そして、あの呪いの騒ぎに巻き込まれたのね?」

 

「はい、あのネックレスも元々は妻のお土産に買ったんだけど、男物と後で知りまして」

 

 売れば目減りしてしまうから自分にかけ、家庭が上手くいかなくなり、呪いにかかったあげく、家族の居る故郷が魔物に侵攻される危機にとは何というかもの凄くツいていないオッサンである。

 

「話が少し脱線したのぅ。つまり、家族を疎開させられれば良いと言うことじゃな?」

 

「ええ。私一人でも行きたいところだったんですが、向こうがどうなってるか解らないので、一緒に行ってくれる腕の立ちそうな人を探して居たんですよ」

 

 何ともご都合主義臭さを感じるが、このショートカットはありがたい。

 

「お話しは解りました。ただ、暫し準備の時間を頂きとうございまする」

 

「そうね、旅の食料はそれ程要らなくなりそうだけど、キメラの翼は居ると思うし」

 

「もちろん、構いませんとも」

 

 猶予を頂きたいと打診するとオッサンはこちらの要求を快諾し、俺達は始めた。砂漠へ向けて挑む準備を。

 

 




思わぬ再会を果たしたクシナタ隊の面々はいよいよイシスへ。

次回、第百五十四話「イシスの現状」




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第百五十四話「イシスの現状」

 

「すまんの、遅くなった」

 

「いえ」

 

 準備を終えアッサラームの入り口に戻ってきたのは俺が一番最後だった。

 

「向こうは魔物の侵攻前、このタイミングでモノを売りに行く命知らずは居っても少数派じゃろうからな、現地が物資不足の可能性を考えて色々買い込んだのじゃよ」

 はち切れそうな背負い鞄に視線が集中し口ほどにモノを言いそうだったので、疑問が口から出るより先にそう答えておく。ちなみに鞄もこの町で買ったものだ。

 

「けど、スレ様それで戦えるんですか?」

 

 そんな疑問がクシナタ隊のお姉さんから即座に飛び出してくるほど大きな荷物になってしまった訳だが、もちろん戦えるはずがない。

 

「この荷物のいくらかはイシスに置いてくるものじゃからな」

 

 俺が全力で暴れ回った時正体を隠す為の変装用衣装とかも着替えと一緒に購入して混ぜてあるし、予備武器としてチェーンクロスという分銅付きの鎖が二つ、寝ている武器屋の主人を起こして購入し側面のポケットに突っ込んであったりと仕込みはしてあるがわざわざ明かす理由もない。

 

「お前さんの家族が食糧不足で飢えている可能性もあるじゃろ? ルーラなら携帯の食料はさほど必要ないと言うのも今回の様なケースに限れば間違いじゃ。疎開する旅路の食料もイシスでは購入出来ん可能性があるからの」

 

「っ、すみません。戻って保存食買ってきます」

 

「あ、私も」

 

「む」

 

 とは言え、表の理由に納得して買い物に戻って行くお姉さん達が出るのはちょっと予想外だった。

 

「ちょっと待て」

 

「え?」

 

「買い込むのは良いが、それは呪文の使い手のみじゃ。ルーラで飛んだ先で魔物と出くわす可能性もあるじゃろ」

 

 俺は動けなくても呪文で固定砲台が出来るが、攻撃呪文が使えない盗賊や商人のお姉さんはそうもいかない。

 

「それに買い込む者もワシの真似はオススメ出来んぞ? 着地で潰れてしまう可能性があるからの」

 

 ゲームで言うところの力のステータス値が200を越えてる俺ならともかく、呪文使いである後衛職は基本的に非力なのだ、ここにいない賢者を除いて。

 

「それに、呪文が使えると言っても向こうが一刻を争う自体になっている可能性も0ではなかろうて。怪我を治せる僧侶、緊急時の脱出手段としてルーラの使える魔法使い。幾人かは素早く動ける状態であることが好ましかろう」

 

 そう言って、俺は隊のお姉さん達の中でも比較的小柄な数人の荷物を逆に減らした。

 

「まぁ、だいたいこんな所じゃな」

 

 後は先走って町に戻っていったお姉さん達が戻ってくるのを待つだけである。

 

「さてと、ワシは少し昼寝をさせて貰うとするかの。町に戻っていった皆が帰ってきたら起こしてくれ」

 

「はい、承知いたしました」

 

 宿屋に泊まる訳では無いにしても少しぐらいなら疲労も回復するだろうし、向こうの状況によっては暫く眠れないなんてこともあり得る。

 

(人目がなければ自分にラリホー使うんだけどな)

 

 流石に元ぱふぱふ語尾のオッサンを前にして魔法使いの格好の俺が僧侶の呪文を唱える訳にはいかず。

 

「……スレ様、スレ様」

 

「起きないとイタズラするよ、スレさ……あ、隊長冗談です。冗談だからお尻ペンペンはやめ――」

 

「ううっ……もう、時間かの?」

 

「はい」

 

 それでも目を閉じると少しは寝られたらしい。何処かで呼ぶ声に呻きつつ目を開けると、ぼやけた視界にお姉さんの姿があって、俺はそうかと短く呟いて身体を起こした。約一名、無茶をしたお姉さんが居たような気もしたが、きっと気のせいだったのだろう。

 

「ならば、行くとしようかの。キメラの翼を」

 

「は、はい、宜しくお願いします皆さん」

 

 促せば何処か緊張した態でオッサンは進み出て、こちらに勢いよく頭を下げてから周囲を見回した。

 

「じゅ、準備は宜しいので?」

 

「ううっ、お尻が、お尻が……」

 

「うむ」

 

 物陰からお尻を押さえて一人のお姉さんが出てきたのを確認してから、頷く。

 

「では、イシスへっ」 

 

 オッサンの手を離れたキメラの翼が手を離れた瞬間、俺達の身体は空へと持ち上げられた。

 

「さてと」

 

 上空だからこそ遠くまで見渡せる。となると、まず見るべきはイシスもしくはバラモスの城とイシスの間であり。

 

「スレ様」

 

「スレ様、あれを」

 

「ねぇ、あの黒いのって」

 

 幾人かのお姉さんが声を上げ、呼びかけてきたお姉さんが見ているモノは俺が見ているのとおそらく同じだろう。広がる砂漠の南高く聳える山の上を移動する黒いもやの様な代物。

 

「飛行出来る魔物の群れじゃな。しかもあちらから来たということはイシス周辺の魔物とは比べものにならぬ、の」

 

「それだけじゃないですっ、東の砂漠にも!」

 

「ふむ、あちらは砂漠の魔物ばかりじゃな」

 

 ほぼ雑魚ばかりの地上部隊と、まだかなり距離はあるがおそらく強敵ばかりであろう飛行出来るモンスターからなる第二陣。

 

「これは何ともあからさまじゃの」

 

 両者はかなり離れており、このまま何もなければ東の陸上部隊の方が先にイシスへ到達するだろう。

 

「地上部隊は様子見の捨て駒で、南からの部隊が本隊といったところかの。とりあえず捨て駒の方はお前さん達でどうにかなりそうじゃが」

 

 本体は微妙だ。

 

「何にしても、詳しく作戦を練るのはまだ早そうじゃの」

 

「そうでございまするな」

 

 魔物の配置は解ったが、イシスの現状はまだ確認出来てないのだから。

 

「戦える人、沢山居ると良いんですけど」

 

「居たとしても南の魔物は強いからの」

 

 本隊の中でも弱いモノならクシナタさん達でも倒せる可能性はある。こんなこともあろうかと思い、まほうのたてを買い与えたのだ。

 

「とりあえず、本格的に対策を考えるのは降りてからじゃろうな」

 

「ですわね、あちらの方をご家族の所まで送り届けなくてはなりませんし」

 

 話し合う間も周囲の景色は流れ、やがて高度も下がり始めて俺達はイシスに降り立った。

 

「ぬっ、お前達は……援軍か?」

 

 降り立つなり声をかけてきた戦士らしき男の第一声がそれだったのは、先程の光景を鑑みれば無理もないと思う。

 

「微妙なところじゃな。ただ、物資が不足しているのではとこうして救援物資をいくらか運んでは来たがの」

 

「いや、物資だけでもありがたい。あの降伏勧告以来この国に来る商人がめっきり減ってな」

 

 予想通りと言うべきか、この世界の商人は不甲斐ないと言うべきか。確かに危険ではあるが、この状況下なら些少ふっかけても商品は売れてしまうだろう。

 

「人の足下を見るのは感心できんが、キメラの翼を使えばボロ儲けとて十分可能じゃと思うがの」

 

「ああ、そう言う考えの商人も居るには居た。ただな、ふっかけたせいでいきり立った群衆に襲われてな」

 

「あー」

 

「そのせいで、金目当ての商人まで減ってしまった訳だ」

 

 結果としてこのイシスは慢性的に物資不足になってしまったらしい。

 

「だから忠告しておくが、支援物資については城に持っていった方が良い。強突張りな商人と邪推されて最悪町の人間に襲われる可能性だってあるからな」

 

「助けに来たつもりがそれでは、アレじゃの」

 

「ああ。善意でやってきて襲われて怪我をしたって奴も実際居るんだ」

 

 そして助けてくれる人が減って物資が不足する悪循環。微妙に自業自得な面もあるが、人間の醜さとか愚かさを再認識させられた気もする。

 

「ならば、仕方ないの。ワシら大荷物組は城を目指す」

 

「では、残った私達が」

 

「うむ、そこの依頼人と家族の護衛じゃな。すまんの、流石にここまで人の心が荒んでおるとは予想外じゃった」

 

 認識が甘すぎたのは、紛れもない事実。俺はオッサンに頭を下げた。

 

(そして、ここまで荒んでいると言うことは、勇者サイモン一行もまだ未到着、か)

 

「いえいえ。私もこれは予想外でしたし」

 

 オッサンが気にすることはないと言ってくれる中で、俺はこのイシスを目指している筈のもう一組に思いを馳せる。

 

(何処かで襲われたか、それとも想定外のショートカットでこちらが早く着きすぎただけか)

 

 いくら上空から眺めていたとは言え、あの広い砂漠を横断する数人の人影を見つけるのは、至難の業だ。魔物ほどの数が群れてるならまだしも。

 

「ともあれ、この様子じゃと町中で襲われる可能性もある」 

 

 ただ、今はサイモン達を案ずるよりすべきことがある訳で。

 

「皆まで言わないでいいですわ、スレ様」

 

「そうそう。こちらの方とて一刻も早くご家族とお会いしたいでしょう」

 

「うむ、宜しく頼むの」

 

 身軽なお姉さん二人の言葉に頷きを返し。

 

「気をつけてね、何があるか解らないし」

 

「そちらこそ」

 

 オッサンとその護衛を受け持つお姉さん達と俺達は、別れた。

 

 




何というか割とヒャッハーなことになっていたような気がそこはかとなくしそうなイシスの城下町。

城を訪ねる主人公一行を待ち受けているモノとは?

次回、第百五十五話「女王」



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第百五十五話「想定内と想定外」

「ふむ」

 

「どうしました、スレ様?」

 

 真っ直ぐ民家やお店の建ち並ぶ町の中央へ進んでいったオッサン達と違い、こちらの目的地はイシスの城。入り口近くにあった墓地の前で左手に折れ直進するだけの道のりではあるのだが、この道はモンスター格闘場、つまり賭博場の脇を抜ける道でもある。

 

「なあに、この手の施設の側は治安が悪かったりすることがままあるのでの」

 

 ましてや、商人が住民に襲われるという事件まで起きているこの状況下でリュックをパンパンにした人間が通りかかれば、どうなるか。

 

「おぅ、そこのジジイ。重そうな荷物じゃねぇか」

 

「へへへ、大変だろ。俺達が荷物を軽くしてやるぜぇ?」

 

「と、元々この辺りをうろついておったごろつきが因縁をつけてくるわけじゃの」

 

 いかにもと言った風体の男が数人、肩をいからせて歩み寄ってきたので、肩をすくめてみる。

 

「なるほど」

 

 白昼堂々、いきなりコレとは恐れ入るが、同行者のお姉さんは俺が唸った理由に納得出来たらしい。

 

「一応聞いておくが、この老人を哀れんで、荷物持ちをしてくれるお手伝いさんではないのじゃな?」

 

 まずあり得ないとは思う。ただし、語尾にぱふがつく呪いが蔓延する町があったりするこの世界なら、実はただのツンデレなだけで博愛精神が豊富なごろつきだって存在するかも知れない。

 

「はぁ?」

 

「おいおいジジイ、てめぇのおつむはどうなってんだぁ?」

 

 思い切り小馬鹿にしたような顔で見てくるところをを鑑みるに、ごく普通の物盗りなのだろう。

 

「いや、違うならそれで良いんじゃよ。親切な若者を問答無用ではり倒す訳にもいかんのでの」

 

「んだと、ざけ」

 

「せいっ」

 

 ごろつきの一人が何か喚き出したが、俺は取り合わない。ただ、最後まで言い終えるよりも早くリュックのポッケに手を突っ込み、抜きはなったそれを振るう。

 

「がっ」

 

「……へ?」

 

「な」

 

 短い悲鳴にどさりと倒れ込む音が続き、喚きだしたごろつきを含め俺を除くほぼ全員が音の方へ視線を集中させる。

 

「ふむ。まほうつかい、とはの」

 

 倒れ伏したのは、覆面をした黒いローブの男にも見えた。

 

「ま、魔物?!」

 

「格闘場から逃げたってのか?」

 

 ごろつき達がこちらのことも忘れて騒ぎ出すが、バラモスのし向けた魔物達がこのイシスに向かってきているタイミングで魔物が逃げ出すというのは幾ら何でも出来すぎていると思う。

 

「スレ様」

 

「これは厄介どころではないの」

 

 もしこれもバラモスの差し金なら、町に存在する魔物もつい今し方倒した雑魚一体のみとは思えない。ひょっとしたら物資不足をもたらした商人の襲撃にすら魔物が関わっている可能性がある。

 

「格闘場用の魔物と偽って町の中に運び込み、機を見計らっておったか……」

 

 アークマージをカンダタ一味の人間が魔物使いと呼んでいた気がする。もし同じように魔物使いを名乗って格闘場で戦わせる魔物を納入しているバラモスの部下が居たとしたら。

 

(けど、それなら何故このタイミングで発見されるようなヘマを)

 

 最初から大暴れさせるか、モンスターが襲撃するのにあわせて内側で暴れさせた方が効果は大きいはず。

 

「とにかく、これは格闘場にそこの死体を持っていって事情を聞いた方が良さそうじゃな」

 

 無いとは思うが、ただ単にモンスターが逃げただけだったとしても、あのまま逃亡を許せば事件になっていた可能性がある。

 

「スレ様、あちらは大丈夫でありましょうか?」

 

「むぅ、住民の襲撃だけなら問題ないと見たんじゃがそれは責任者に話を聞いてみないことにはの」

 

 先程のように魔物が外に出ているなら、数が合わないはず。どんな魔物がいるかという意味でも確認しておく必要があった。

 

「とりあえず、そこのごろつき共を縛ったら格闘場に寄り道確定じゃな」

 

「なっ、何で俺らが」

 

「明らかにワシの荷物を狙っておったじゃろうに。それとも抵抗してみるかの?」

 

 魔物への攻撃はごろつき達への威嚇も兼ねていた。

 

「手加減は苦手なんじゃが」

 

 多分そう続けたのが決め手だったのだと思う。

 

「うぐっ」

 

「ほっほっほ、観念することじゃの。さて、嬢ちゃん達、荷物にロープがある。そいつでこの連中を縛ってくれ」

 

「「はい、スレ様」」

 

 無駄な抵抗を諦めたごろつき達は、こうしてクシナタ隊のお姉さん達の手でお縄となり。

 

「厳つい男達を縛って連行しとればごく普通の町民なら寄って来ぬ。ついでに道中の安全も確保じゃな」

 

 魔物という例外もあるが、その時はチェーンクロスで仕留めるだけだ。

 

「人語を解す魔物なら捕らえて背後を聞き出すのもありじゃの」

 

「っ、とんでもねぇジジイだ」

 

「くそっ! なんでこんな化け物みてぇなジジイに絡んじまったんだ」

 

 ごろつき達には酷い言われようだったが、敢えてそこはスルーしておく。

 

「スレ様ぁ」

 

「やっちゃって良いですよね?」

 

 こめかみ辺りをヒクヒクさせたお姉さんが、良い笑顔で武器を握りしめていたのだから。

 

「歩くのに支障が出ぬ程度にの」

 

「「はいっ」」

 

 その後、お姉さん達がごろつき共に何をしたかは敢えて伏せておく。

 

「モンスター格闘場によう……ひいっ」

 

 格闘場につくと入り口に居た従業員に悲鳴をあげられたが、きっとごろつき達の有様ではなく顔面を砕かれた魔物の死体を担いでいたからだと思いたい。

 

「驚かせてすまんの、実はこの魔物を町中で見かけてな」

 

 ここから逃げ出したのではと思い尋ねてきたのだと用件を告げると、従業員の顔が別の理由で引きつる。

 

「しょ、少々お待ちください。今すぐ城に使いを」

 

 慌てぶりからすると、寝耳に水なのだろう。

 

「城?」

 

「えっ、ええ。この格闘場は公営ですので。勿論、魔物の確認も直ちに行います。誰か――」

 

 俺の問いかけに答えつつ振り返って人を呼び。

 

「お呼びですかい?」

 

「魔物使いと世話係を集めてください。魔物が逃げ出したのです」

 

「なっ、あ、ああ、す、すぐに呼んで来まさぁ」

 

 格闘場は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 

 




執筆の過程により、タイトル変更になったことを心よりお詫びします。

次回、第百五十六話「女王」

次こそは、女王出したい。




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第百五十六話「女王」

 

「逃げ出していたのは、あなた方が運んできたあのまほうつかいだけだったようです」

 

「ふむ」

 

「実は……」

 

 騒ぎが一段落して、魔物の完全な脱走を防いだ者ということもあってか従業員が教えてくれた真相は、俺の顔を引きつらせるには充分だった。

 

「前の試合でおおありくいとおばけありくいに全身を舐め回されていた、のぅ」

 

 生き残りはしたが、それがトラウマになっていたらしく、逃亡を図ろうとしたことは以前にもあったらしい。

 

「その後、バラモスが攻めてくると言う話になって、魔物達が呼応して町の中に逃げ出すのではと言う危惧から運営を休んで、施錠も厳重にしていたはずなのですが」

 

「一部の鍵が開いていて、あの魔物が逃げ出した、と言う訳じゃな」

 

「はい」

 

「こう、何というか作為を感じるのぅ」

 

 考え過ぎなら良いのだけれど、このタイミングで魔物が脱走したというのが引っかかる。弱い魔物が一体だけなら、この城下町の兵士でも倒すのは難しくない。一度脱走を防がせ油断させておいてとか、何かを隠す為に騒ぎを起こして人の目をそちらに向けさせようとしたのではないかとか勘ぐってしまう訳だ。

 

「状況が状況じゃろ? このまま城に向かっていいものかと思ってのぅ」

 

 ある程度話を聞いた俺は格闘場を出ると、格闘場の入り口が見える場所で立ち止まり、自分の考えをクシナタ隊のお姉さん達に打ち明けた。

 

「そうですね。スレ様の懸念ももっともです」

 

「けど荷物をこのままにもしておけないよね?」

 

「うむ、そもそも寄り道して時間をロスしておるしの、ここで足止めを喰らうのも拙かろう」

 

 ルーラの呪文で飛翔していた時目撃した魔物の大群は今この時もこの場所へと進軍を続けているのであろうから。

 

「でしたら、見張りでも立てましょうか? 誰かが残って」

 

「むぅ、それなんじゃがな……」

 

 ゲームだと格闘場にで戦っている魔物の強さはあやしいかげ同様こちらのレベルで変わってきた気もする。とは言えこの世界の住人ならば知り得ないメタ的な話を部外者であるごろつき達の前で刷る訳にもいかない。

 

「ワシが残れば最悪の事態でも多分対処は出来ると思うんじゃが、背負った荷物がの」

 

 結構な量の支援物資が入っているリュックごとこの場に残るのもどうかと思えて。

 

「そこの者」

 

「む?」

 

 ちょうど迷っていた時だった、ふいに声をかけられたのは。

 

「格闘場から逃げた魔物を倒した老人というのはお前のことで良いか?」

 

「うむ。お前さんは?」

 

 確認してきた声の主に一応尋ねはしたが、格好を見れば愚問でもあっただろう。

 

「私はあの城に仕える兵士だ。格闘場の者からも話は聞いたが、お前からも詳しい話が聞きたい。城まで来て貰おう」

 

 当事者となれば、話を請われるのは仕方ない。

 

「それは構わぬのじゃが、格闘場の方はもう大丈夫かの? 状況が状況じゃし、また魔物が逃げ出すようなことがあっては拙いじゃろ? ここで見張っておくべきかとも考えたのじゃがな」

 

「成る程。一度逃げ出すところに出くわしたのであれば、その危惧も笑えんか。だが安心するといい、伝令の私を追う形で同僚達が念のため派遣されることになっている。あのような不祥事など二度と起こるまいよ」

 

「ううむ」

 

 こちらの質問へ得意げに胸を張った兵士の言葉にあからさまなほどのフラグ臭を感じたが、ここで要求を突っぱねて揉めては余計にめんどくさいことになるのが目に見えていた。

 

「承知じゃ。元々ワシらは支援物資を届けに来た者でな、城には行くつもりじゃったしの」

 

「支援物資? それはありがたい……で、その縛られてる連中は?」

 

 支援物資と聞いて表情を綻ばせた兵士がごろつき達へ目をやった直後。

 

「「言いがかりをつけて物資を奪い取ろうとした人達です」」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は、俺が何か言うよりも早く声をハモらせた。

 

「う、うむ。この娘達の言うとおりじゃな」

 

 ごろつき達は余程嫌われたらしい。まぁ、いかにもテンプレなならず者なので、俺が格闘場の従業員と話している間にろくでもないことを口走ったりしたのだろう。

 

「それは本当か?」

 

 もっとも、罪状を知らされた兵士がごろつき達に向けた敵意はお姉さん達のそれを凌駕していた。

 

「し、知らねぇ!」

 

「では、こちらのご老人とお嬢さん方が嘘をついたとでも?」

 

 いつの間にか扱いがご老人にランクアップしているが、多分支援物資を持ってきたと言うことにも関係していると思われる。

 

「そ、それは……」

 

 追及されてごろつきが言葉に詰まった理由は、背後に立つ良い笑顔のお姉さん達か、それとも自分の言い分に説得力が欠けていることに気づいたのか。

 

「まぁ、こやつらは自業自得じゃが……そのご様子じゃと、深刻なのじゃな、物資の不足は」

 

「あ、ああ。まだ数日ぐらいなら切りつめれば何とかはなると思うが、この手の馬鹿共のせいで商人達は寄りつかなくなってしまった。町の有志が他の町へ買いつけに行く計画も立てられたが、キメラの翼の値段が高騰して、実際旅立った者は予定の三分の一以下。しかも他所の町へ飛んでそのまま逃げ出した者が居てな」

 

「うわぁ」

 

 お姉さんの一人が声を漏らす。俺の顔も引きつっていたかも知れない。

 

「スレ様、アッサラームでのあれはひょっとしてこれを見越しておられたのですか?」

 

「いや、ワシもここまでとは思わなんだの」

 

 お姉さんお一人が尊敬の眼差しで見てきたが、流石にここまで荒れてるのは想定外。結果オーライではあった訳だが、となると気になることがある。

 

「しかし、となるとキメラの翼はこの町では貴重品じゃの?」

 

「そうだな。持っているとしても口に出さん方が良い。力ずくで奪おうなどと短慮を起こす馬鹿も出てくるだろうが、譲ってくれとしつこく食い下がってくる者も居る」

 

「なるほど。前者はワシらならどうにでもなるが後者はやりづらそうじゃな」

 

 最悪の事態に備えてキメラの翼は大量に持ち込んでいるが、この城下町とお城にいる人間全員に行き渡るほどの量ではない。

 

「まぁ、あの馬鹿共は一方的にやられた様だしな。ご老人達ならそうだろうが、この町の道具屋はご覧の有様だ」

 

 俺の言葉に頷いた兵士は、城へ続く通りを歩きつつ、前方へ立つ小さな建物を示した。

 

「こ、こんな……」

 

「……酷い」

 

 目に飛び込んできたのは、打ち壊され、火でもかけられたのか木造の部分が焼けこげ、煤にまみれた道具屋のなれの果て。

 

「こういう状況だ。あなた方の物資がどれ程ありがたいものだったかは理解して貰えると思う」

 

 同時にごろつき達に向けた敵意の意味も分かって貰えるよね、とか説明する兵士の言葉はそう言う意味なのだと思っていた。

 

「異国からはるばる物資を運んできて頂けるとは、感謝にたえません」

 

「い、いや困った時はお互い様で――」

 

 まさか、女王が自ら礼を言いたいと仰ってるんですよなんて意味だとか解る訳ないじゃないですか、やだー。

 

(てっきり、詰め所で事情を聞かれて物資を渡したらサヨナラだと思ってたんだけどなぁ)

 

 詰め所どころか真っ直ぐ直進して謁見の間まで連れて行かれた俺は、胸中でどうしてこうなったと呟きつつ、イシスの女王と向かい合っていた。

 

(そも、お付きの人まで下げちゃうとか、何それ?)

 

 人払いまでされて、あちらは何故か女王のみ。

 

「皆が私を褒め称えますが、バラモスの軍勢が迫り城下はあのような状況。一時の美しさなど何の役に立ちましょうか」

 

 自嘲気味に零す女王は確かに美人なのだろう。褐色の肌に整った目鼻立ち。憂いを帯びた瞳で見つめられれば、針で縫い止められたかのように動けなくなってしまうかもしれない。

 

(むぅ)

 

 ただ、美人過ぎて気後れするのだ。それぐらいならクシナタさん、いやクシナタ隊に居るあの魔法使いの女の子の名前は何だっただろうか、ジパング特有の黒髪のボブカットが特徴的なあの子は。

 

「そう、胸も小さすぎず、下品なほど大きくもない。安産型だし、きっと丈夫な子供を産んでく」

 

「……何をやっとるのかの、お前さん」

 

 耳元で囁く声に気づくのが遅れたのは、微妙に現実逃避をしていたからだろうか。美人なのだろう、辺りまでは自分の考えだったように思えるが、どうやら思考を誘導されていたらしい。

 

「あ、スレ様。これは、その……」

 

 何とか言い逃れをしようとする様のお姉さんはさっきのごろつきを思わせたが、イタズラするにしても時と場合を考えて欲しいと思う。

 

「ここ、謁見の間なんじゃがの?」

 

「安心してください、スレ様。後で隊長に報告しておきますから」

 

「ひぃっ、嫌ぁ! お尻ペンペンは嫌ぁぁぁぁっ」

 

「いや、じゃから……」

 

 謁見中にこんなコントめいたやりとりをしたら不敬罪で牢屋にぶち込まれるんじゃないかと思うのだが。

 

「連れの不作法、平にご容赦を」

 

 流石に拙いだろうと俺は即座に頭を下げる。

 

「気にすることはありませんわ。なかなか微笑ましいものを見せて頂きました。ああいったものは、今のこの国には無いものですもの」

 

「そ、そう言って頂けると幸いですの。じゃが……」

 

 内心ほっとはした。だが、寛容すぎる。

 

(仮にも女王の前であれは普通ないよなぁ、怒って当然だと思うのに、何故)

 

 訝しんだ俺の前で女王は微笑すると。

 

「女王を前にした態度ではないとお思いですか? 構いませんわ、私は女王様ではないのですもの」

 

 とんでもない爆弾を投げてきたのだった。

 




女王登場ならず?

爆弾発言の真相とは?

次回、第百五十七話「投獄」



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第百五十七話「投獄」

「そちらの騒いでいたお嬢さんはお気づきだったようですけれどね」

 

「な」

 

 続けて投じられた発言は一つ前のモノと比べれば威力は乏しかったが、充分驚きに値する。

 

「お尻ペンペンは嫌、嫌ぁぁぁぁ」

 

「うーむ」

 

 ただ、振り返った視界に入ったのは、クシナタさんのお仕置きに怯えてガタガタ震えるお姉さんでしかなく。

 

「……話を続けましょうか」

 

「そ、そうじゃの」

 

 一瞬漂った気まずい空気の中、女王でないと自ら口にした女性の言葉に俺は頷いた。

 

「女王様ではないと先程言いましたが、私はただの影武者なんですの」

 

「影武者? では本物の女王様は」

 

 女王でないなら何なのだ、と考えれば一番納得の行く答えではあったが、口にした疑問は当然次に行き着く疑問だと思う。

 

「その話をする前に、こちらも確認しておきたいことがあります」

 

 ただ、女王の影武者さんはこちらの口をついて出た疑問に即答することなく、そう前置きして俺達へと訊ねた。いや、俺以外にと言うべきか。

 

「アッサラームの町で広がりつつあった呪いを解いた『解呪の英雄』の、そちらの皆様は英雄のお仲間の方々ですね?」

 

「何のことでしょうか?」

 

「あ、えっと……」

 

「スレ様、どうしましょう?」

 

 解呪の英雄とは初めて聞くが、多分「語尾がぱふぱふ」事件の解決者という意味なのだろう。

 

「やむを得まいの」

 

 影武者さんはカマを欠けてきただけかも知れないが、うっかり反応してしまったお姉さんが居る以上、とぼけるのは多分無理だと思う。せっかく言質をとられまいとしてくれたお姉さんが居たのに、申し訳ない。

 

(というか、俺に判断を仰いだの誰だよ)

 

 あの時は勇者のお師匠様モードだったので英雄と同一人物視されるとは思わないが、俺が助言出来るレベルの関係者であると暴露してしまったようなモノだ。

 

「それを何処でお知りになったのかの?」

 

「東へ行ってみたいと旅に出ていた大臣のお兄様がつい先日までバハラタにいらっしゃったのですが、イシスの窮地を聞いて駆けつけてくださいまして……その時にですわ」

 

 その人物に心当たりはあった。アッサラームでベビーサタンが屋根にいた屋敷の主人で、バハラタまで送っていった人物でもあるのだから。

 

(短い間とは言え、一緒に行動したもんなぁ)

 

 これは俺が迂闊だったのだろう。うろ覚えの原作知識を掘り返してみると、ゲームでもイシスの大臣はそれっぽいことを言っていたのを思い出せたのだ。

 

「それで、あなた方なら信用出来ると思いまして、お願いもあったからこうしてお呼びしましたの」

 

「願い、ですか?」

 

「ええ」

 

 隊のお姉さんの一人が漏らした問いへ影武者さん首肯を返した。

 

「先程の本物の女王様は何処にと言うご質問の答えにも繋がるのですが……」

 

 続けるまでに間があったのは、躊躇ったのだろう。

 

「女王様は、ご自分のお部屋に。ただ、バラモスの僕に呪いをかけられてしまったのです」

 

「ええっ」

 

「呪……い?」

 

 躊躇の理由は、明かされた内容を鑑みれば是非もない。そして、同時にここまでの経緯からもの凄くろくでもない展開が待ちかまえている予感をヒシヒシヒシと五割り増しぐらいに感じた。

 

「はい。語尾に『降伏しマース』がついてしまう呪いですわ。ああ、何とお労しい」

 

「……スレ様、バラモスってアホなんでしょうか?」

 

「いや、アッサラームの件を考えると、部下の独断じゃろ、これは」

 

 詳細を知った時、俺達は一様に遠い目をしていたと思う。

 

「ことあるごとに降伏を口にされては周囲の士気にも関わります。それにバラモスの部下が降伏勧告の返答を迫ってきた時、呪いが解けていなかったら……」

 

 確かに、深刻だとは思う。だが、同時に飛んでもなく馬鹿馬鹿しい。

 

「皆様はアッサラームで同様の呪いをお解きになったと聞いておりますわ。ですから――」

 

「むぅ、皆まで言われなさいますな」

 

 馬鹿馬鹿しいとは言え、放置しておけるかというと別問題だ。

 

「あ、ありがとうございます。それで、おそらくですが女王様に呪いをかけたバラモスの僕はまだこの城内に潜伏していると思いますの」

 

「成る程、その僕を私達で倒せば良いのですね」

 

「ええ、お願い出来ますか?」

 

「無論ですじゃ」

 

 隊のお姉さんの言葉に縋るような視線を向けた影武者さんへ俺は力強く頷き。

 

「ありがとうございます。では、この後のことなのですが、詳細はこちらに」

 

「指示書ということじゃな?」

 

「ええ」

 

 影武者さんは玉座から近くまで降りてきて丸めた紙を差し出すと、受け取った俺の言葉を肯定し、再び玉座に戻って大きく息を吸い込む。

 

「皆の者出合いなされいっ」

 

「女王様、いかがなされました」

 

 影武者さんのあげた声を聞きつけて兵士達が飛び込んでくる。人払いされたとは言え、ここは謁見の間。すぐ駆けつけられる場所に弊誌は詰めていたのだろう。

 

「私に対して無礼をはたらきました。衛兵っ、この者達を牢に」

 

「はっ、女王様の前で無礼をはたらくとは何と畏れ多い」

 

「さぁ、こっちだ! 抵抗するなよ!」

 

 影武者さんが呼びだした衛兵に武器を突きつけられた俺達は、イシスの牢屋に投獄されたのだった。

 




重臣「女王様、降伏するとはなにごとですか?」

女王「そんなつもりはありません。降伏しマース」

重臣「女王様っ!」

 だいたいこんな救いのない会話が暫く続いて、ようやく呪いであることが伝わったという、女王様の呪われた初日。

次回、第百五十八話「ドキドキ、夜のお城探索っ」



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第百五十八話「ドキドキ、夜のお城探索っ?」

「敵を欺くにはまず味方から、鉄板じゃの」

 

「方針は否定しませんが、ちょっと狭いですね」

 

 影武者さんの指示書からするとここまでは予定通りらしいのだが、僧侶のお姉さんの言うことには全力で同意したいと思う。

 

「おそらくこんな人数を詰め込むのは想定外だったのじゃろうが」

 

 そも、原作でイシスに牢屋があったかを俺は覚えていない。犯罪者の居ない国家など存在するとは思えないので、矛盾を解決する為に増設された施設なのではないかと見ているが、この牢獄天国のようなぢごくであった。

 

「んぅ、ちょ。ちょっと押さないで下さいっ。す、スレ様、すいません」

 

「い、いや、謝るのはワシの方というか」

 

 牢が狭いせいで頻繁に触れるお姉さん達の身体。わざとやってるとは思わないが胸やらお尻やらが当たったり押しつけられたりするのだ。

 

「こういう場合、普通男女で分けると思うんじゃがの」

 

「ううっ、お尻ペンペンは嫌ぁぁぁぁ」

 

 俺が嘆息する牢内に響く、お仕置きを恐れるお姉さんの声がシュールというか、カオスめいた空気を作り出すが、指示書によると夜まではこの牢で過ごさないといけないらしい。

 

「迷惑をかけるの」

 

 無礼は働いたものの支援物資を運んできた恩人でもあるので、反省の為一晩牢に入って貰うが次の日には解放というのが、俺達の表向きな扱いである。実際には夜中に影武者さんから事情を知らされてる牢番の兵士が戸を開けて外に出してくれるのだが、暫くこの狭い中で一緒に缶詰だ。

 

「え、ええと。私はスレ様と一緒で嬉しいですよ?」

 

「そうですね、私もです」

 

 何てお姉さん達はフォローしてくれるが、居たたまれないというか、何というか。もってくれ、俺の理性。

 

(くっ、何て悪辣なトラップをっ。おのれバラモスめっ)

 

 さっさと過ぎ去って欲しい時間ほど長く感じることを再確認させられながら、俺は孤独な戦いを続けた。精神力を回復させる為横になって寝ることも考えたが、寝ぼけてお姉さん達ととんでもない間違いを犯してしまう可能性を考慮すると寝ることも出来ず、ただ目を瞑るだけにとどめた。

 

(水色生き物だ。背中や頬に当たるぷにっとした感触は、水色生き物なんだ。悪い水色生き物じゃない、いい水色生き物なんだ。程良い弾力があって、密着してるからか暖かいけど、きっと目を開けるとあの涼しげなブルーの色が目に飛び込んでくるはずで――)

 

 首筋にかかる温かな吐息はお姉さん達のモノじゃない。

 

「んあっ」

 

「ちょ、ちょっと、だから押さないでくださいませ」

 

 呻くような声とか上擦った声も幻聴だ。

 

「嫌、お尻ペンペンは嫌……」

 

 そうだな、お尻ペンペンは嫌だな。

 

「むぅ」

 

 無だ、無の境地に辿り着くのだ。賢者を経験しているこの身体なら、不可能ではない筈。

 

(ん、この感覚は……)

 

 いや、出来るかどうかなどという段階はもうとっくに過ぎていたのだと思う。目は閉じているはずなのに、俺は何かを感じ始めていたのだ。

 

「けけけ、もうどうあがいても手遅れだというのに無駄な努力をしたあげく、牢にぶち込まれるとは相当なアホだな」

 

「やかましいっ」

 

「がふっ」

 

 故に、その怒りは正当だったと思う。リュックから袖の内側に忍ばせていた鎖分銅を耳障りな声の方へと射出し、分銅が何かを打ち砕いた感触と人の瞑想の邪魔をしてくれた何かの断末魔を知覚し、ほぅと吐息を漏らす。これで瞑想を再開出来ると思ったのだ。

 

「え」

 

「何、それ」

 

「す、スレ様?」

 

 だが、実際には違っていた。水色生き物達が後ろでざわめきだし。

 

「スレ様、スレ様ぁ」

 

「んんっ、何じゃ?」

 

 揺さぶられ、結局瞑想を断念せざるを得なくなった俺は唸りつつ、目を開け振り返った。

 

「ぬおっ」

 

 目に飛び込んできたのは水色生き物、ではない。オレンジ色だったのだ。何というか僧侶のお姉さんのインナーとそれを内側から膨張させる恐るべき凶器である。

 

「す、スライムベス……じゃと?」

 

「い、いえ、そんな魔物ではありません。確かに魔物は魔物ですけど、あれはアッサラームで見た――」

 

「ひょ、アッサラームで?」

 

 我に返って視線を上に移動させた俺は、一点を凝視するお姉さんの視線を辿った。

 

「……あれは、ひょっとして」

 

 確かにアッサラームで見た魔物だった。と言うか、俺が倒した魔物でもある。

 

「ベビーサタン、と言うことは女王に呪いをかけて居た魔物かの?」

 

「やっぱりアホでしたね」

 

 まさかとは思うが、女王に無礼を働いて牢にぶち込まれた人間を見る為だけにわざわざ自分からノコノコ現れたのだろうか。

 

「いやいや、いくら何でもアホとか言う次元を超越しとるじゃろ?」

 

 一言で言うなら「何故出てきたし」辺りか。ともあれ、半ば呆れつつもはやピクリともしない魔物の死体を見つめてた時だった。

 

「なんだ、もう終わったのか? まあ、牢の中の人間などを殺……うげっ」

 

「どうし、な」

 

 アホ二号以降が出現したのは。

 

「「スレ様」」

 

「解っておる、アバカムっ」

 

 お姉さん達の声へ即座に反応しつつ、呪文で牢の鍵を開けながら二号の漏らした言葉でノコノコ現れた理由を俺は察した。

 

(外から現れた不確定要素を始末しておこうってとこかな)

 

 おそらく、こんな狭い牢にぎゅうぎゅう詰めではろくな抵抗も出来ないと踏んだのだろう。ならば、自分達の行動を邪魔されないよう、こちらが抵抗出来ないところを利用して今の内に殺してしまおうと、だいたいそんな所か。

 

「げえっ、何故鍵がっ」

 

「く、ええいこうなれば」

 

 魔物達にとって想定外だったのは、俺がアバカムの呪文を使え、いつでも牢から出られたことと。リーチの長い武器を服の中に仕込んでいたことだ。

 

(呪文で殺すことも出来たことは挙げないでおこう、せめてもの情けに)

 

 実際、新たに現れた魔物達もやろうと思えば呪文で一掃出来たのだが、それでは収まりのつかない人達が居た。

 

「窮屈な思いをさせてくれたお礼、存分にさせて頂きます!」

 

「良くもスレ様から遠い位置にしてくれたわね!」

 

「な、何のことがふっ」

 

「げべっ」

 

「ぎゃあっ」

 

 どす黒いオーラを漂わせながら牢を飛び出していったお姉さん達が、アホな魔物達に襲いかかり、鎖の先についた鉄球が薙ぎ払う。

 

「今です、畳みかけますよ」

 

「はいっ」

 

「ええ」

 

 クシナタ隊は大半が後衛職であり、実際牢に入っていたお姉さんの殆どは魔法使いか僧侶なのだが、一撃目は物理攻撃。

 

「うーむ、フバーハ、スクルト」

 

「あ、スレ様ありがとうございますっ」

 

 とは言うものの、軽く支援呪文をかけておけば、負けもないだろう。

 

「うむ、油断せず、逃がさぬようにの?」

 

「はいっ」

 

「お任せ下さい」

 

 はっきり言って、その後は殆ど一方的な蹂躙だったと思う。

 

「まさかこんなにも早く解決して下さるなんて、何とお礼を申し上げたら良いか。……ですが、魔物が複数城内に潜入していたというのが気になりますわ」

 

「同感じゃ、他にも居る可能性は否定出来んですしの」

 

 女王の呪いが解けたことで何かあったことを察した影武者さんへ再び謁見の間に呼ばれた俺は、本物の女王様の言葉に同意する。

 

「ん゛ーん゛ーっ」

 

 ちなみに、前回やらかしたお姉さんは猿ぐつわを噛ませて部屋の隅っこに転がされるといういささかアレな処置がされているが、信用って大事なのだなとつくづく思う。

 

「ですから、生き残りの魔物が居ないかどうかの調査を皆様には引き続きお願いしたいのです」

 

「なるほどの」

 

 女王の申し出は断る理由もなく、そもそもこちらは魔王の軍勢に脅かされるイシスを何とかすべく足を運んだ身だ。

 

「さてと、先に呪いは解いてしまったが結局の所やることは変わらんかの」

 

 申し出を引き受け、軽く打ち合わせをしてから謁見の間を後にした俺はお姉さん達の方に向き直ると、じゃらりと両腕の鎖を鳴らした。

 

「生き残りが居るとして、本格的に動くならまず夜じゃろう」

 

 俺達に倒されたことで、魔物が複数潜入していることは城の人々に知らされている。

 

「仲間がヘマをやらかしたと逃げ出す気なら自体が発覚した時点で逃げるか夜陰に乗じて逃げるかじゃろうからの」

 

 ゲームで魔王の使い間を確認出来たのも夜だったのだ。原作知識を盲信して足をすくわれる気はないが、わざわざ見つかる危険を冒してまで魔物達が昼に活動する理由など思いつかない。

 

「部屋を用意してくれると言うことじゃから、夕方まではそこで何組かに別れて休憩じゃ。入り口で別れた嬢ちゃん達とも連絡を取らないといかんし、やることは色々あるがの」

 

 ドキドキ夜のお城探索はその後だ。

 

「ふむ」

 

 茜色の空が何もかもを同じ色で染める中、お姉さん達をあてがわれた部屋に残して外に出た俺は、南の空を見る。

 

「大群であることを鑑みると、今日明日の襲撃はないじゃろうな」

 

 城の探索は二時間後ぐらいだろうか。

 

「まったく、本当にやることが多いわい」

 

 この騒動が終わったら、俺は――。

 

「とは言え、今すべきことは別じゃったの」

 

 密かに苦笑して、部屋へと戻り。そして、探索は始まる。

 

 




探索パートまでいけないとか、ぐぎぎぎ。

ベビーサタン達はアホというか相手が悪すぎました。

牢の外から延々と冷たい息で攻撃してなぶり殺しする目算だった様ですが、まぁ、相手があれですし。

次回、第百五十九話「夜の城と俺の――」

主人公、君が思うは――。


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第百五十九話「夜の城と俺の――」

 

「うーむ、しかし足元を見るようであれじゃったかの」

 

 俺達が最初に向かうことにしたのはゲームで星降る腕輪と呼ばれるアクセサリーが収められている地下だった。

 

「ですけどスレ様、女王様を呪いから救った褒美という形な訳ですし」

 

「救ったというか、あれは呪いをかけた張本人が盛大に自爆しただけじゃろ」

 

 隊のお姉さんがフォローしてくれるのだが、国の窮地にかこつけて国宝を奪って行くような罪悪感は消えてくれないのだ。

 

「まぁ、まだ持ち主との交渉は残っておるが」

 

「ああ、幽霊が出るんでしたっけ?」

 

 ゲームでは星降る腕輪を持ち去ろうとすると骸骨姿の幽霊が現れて、私の眠りを覚ましたのはお前達かと呼び止められるのだ。更に宝箱の中身をとったのも自分達かと問われるのだが、この問いには正直に答えても嘘をついても何もなかった。故に、ゲームの仕様通りなら待っているのは結果の分かる交渉といえるのかさえ微妙なやりとりだけだ。

 

「ただのぅ」

 

 出てくることだけは解っていても幽霊が出てきた時、俺はビビらないかと少し不安でもある。ホラー系のアクションゲームとかで敵の出現ポイントが解っていても実際に出てきたらビクっとするとか、お化け屋敷でいかにもな場所だからと身構えてにもかかわらずお化けが出てきて驚く時のみたいになってしまわないかと言う意味でだ。

 

(他にも理由はあるけどね)

 

 心の中で呟きつつ、俺はちらりと後ろを振り返る。お化け屋敷へ女の子と一緒に入った時にアニメとかなら高確率でおこるイベントを危惧しているのだ。俺意外は全員が女性。下手をすれば牢屋に押し込められていた時以上の試練が待ちかまえている可能性がある。

 

「どうされました、スレ様?」

 

「いや、魔物にも注意せねばならんと思っただけじゃ」

 

 ベビーサタンかどうかは解らないが、バラモスの部下がまだ城内に潜入しているかも知れないし、スライムベスの集団に窒息させられる可能性だってある。

 

「そ、そうでしたね」

 

「うむ、驚いてパニックになれば格下相手でも思わぬ苦戦をするかもしれん。抱きつかれてバランスを崩したりとかの」

 

 念のために抱きつかれたら困るんだよと言う意味合いの予防線を張ってみたので、きっと大丈夫だと思いたい。

 

(こう、押すな押すなよとか言って実際に背中を押される芸人みたいなことにはならないよな)

 

 口にした後でフラグ臭に気づいたが、幾ら何でもそんなベタなことは起こらないだろう。

 

「と、とにかく……この先にある階段からは人目につきにくい地下じゃ、魔物ならば隠れるのにうってつけ、警戒は密に、いつ魔物が現れても良いようにの」

 

「「はい」」

 

「うむ、良い返事じゃ」

 

 念には念を入れてお姉さん達に忠告し、口を揃えての答えに勇気づけられた俺は細い通路を進むと、階段の前で立ち止まる。

 

「さてと、ここからは数人に分かれて進むとしようかの」

 

 階段を降りればいよいよ地下なのだが、原作通り階段の横には通路が延びており分かれ道になっていたのだ。

 

「階段の向こうの道はもう一つの地下に降りる階段に続き、更にその階段の向こうにも通路は続いておる。行き止まりじゃったかまでは覚えていないがの」

 

「成る程、魔物と行き違いにならないようにするんですね」

 

「うむ、状況次第では追いつめて挟撃も出来るからの。通路の向こうに二班階段を下りる班が一つあれば通路の先が行き止まりなら地上部分は完全に確認出来るじゃろ。外には夕方に合流した嬢ちゃん達の何人かが居るしの」

 

 元ぱふぱふ語尾のオッサンを無事家族の元に送り届けたクシナタさん達と合流を果たしたお陰で、広い城ではあるが探索の人員も充分だった。ちなみに、クシナタさん達と別行動で動いているのは、城が広く探索メンバーを指揮出来る人間を地上と地下で一人ずつ置いた方が良いと思ったからで、他意はない。

 

(うん、断頭台に登らされる死刑囚の様な目で引き取られていったお姉さんなんて俺は見なかったんだ)

 

 ペシーン、ペシーンと砂漠の夜風に乗って聞こえてきた音とお姉さんの泣き叫ぶ声なんて聞こえなかった。だから、せめてもの慈悲に執行現場も見えず、声も音も届かない地下へ逃れようとしただなんて誤解である。

 

「スレ様、あの子のことは……」

 

 と言うか、心読めるんですか魔法使いのお姉さん。タイミングピンポイント過ぎるんですけど。

 

「う、うむ。信賞必罰は集団行動に置いて不可欠じゃろうからな、規律を守る意味でも」

 

「そうですね」

 

 沈痛な顔で俯いたお姉さんの名前は何だったか。人数が多いので未だに全員の顔と名前が一致しないのが申し訳ないところだ。盗賊や商人のお姉さんみたいに隊の中で同じ職業の者が少ない人とか、俺にイタズラしてクシナタさんにお仕置きされるお姉さんは流石に覚えているのだが。

 

(ひょっとして、俺に名前を覚えて貰う為にわざわざイタズラを?)

 

 だとしたら非情に申し訳ない話だ。

 

「が、その前にのっ」

 

 階下の物音に気づいた俺は片袖を振る。

 

「っぎゃぁぁぁ」

 

「魔物?!」

 

「うむ。この短時間で通路の先に行った嬢ちゃん達がこっちにやってくるとは考えづらい。わざわざこの時刻に地下へ往く者が居ないのは、出発前に確認済み。消去法からすると、他はないのぅ」

 

 上がる絶叫に後背のお姉さん達が身構えたのだろう。モーニングスターの鎖の鳴る音を知覚しつつ、階下へ視線を向けたまま、お姉さんお一人が漏らした驚きの声に首肯する。

 

「まだ深部に達していなくてこれとは、最悪地下は巣窟になって居るやもしれんの」

 

 もちろん、別班のお姉さん達に追われてこっちに逃げてきた可能性だってある訳だが、城に潜入していた魔物が、少なくとも牢屋に現れただけでないことだけはこれで確定した。

 

「ここから先は、より気を引き締めて行くべきじゃな」

 

 牢屋にノコノコ現れたからあっさり片が付くかと思えば、面倒くさい。これでは、城の掃除をしている間に外の魔物が来てしまうかも知れない。もう時間はあまりないって言うのに。心の中だけで愚痴を漏らして、階段を下りる。

 

「物陰には気をつけるんじゃぞ」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

 一人で先行して目につく魔物を全て倒して行くことは可能だが、それではお姉さん達に経験値が入らない。階段を下りる俺の足は気づけば少し早足になっていた。

 

 




以上、第百五十九話「夜の城と俺の――」でした。

――の部分は「焦り」をネタバレ防止に省略したものだったりします。

うむむ、お話がなかなか進まない。

一応、お尻ペンペンは執行されたようですけどね、無茶しやがって。


次回、第百六十話「ほしふるうでわ」

そうそう、黄緑色のスライム、Ⅲには居ないんですよね。

スライムエイミーとかライムスライムとか他ナンバリングや派生なら呼び名はあるんですけど。



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第百六十話「ほしふるうでわ」

 

「せいっ」

 

「フシュアアアアッ」

 

 袖から飛び出した分銅が赤紫色をした巨大芋虫の頭部に命中し悲鳴をあげたそれは暫くのたうち回ってから動きを止めた。

 

「どう見ても芋虫なのにかえんむかでとはこれいかに……ではなくて、通路の途中から外に出られるようになっとったがあそこから入ってきたのかの」

 

 地下へ降りてから砂漠をうろついているはずの魔物と出くわすのは、もう四回目になっていた。

 

「かも知れませんね」

 

「他の班の子達は大丈夫でしょうか?」

 

 相づちを打つお姉さんが居るかと思えば、仲間を心配するお姉さんも居て、遭遇した魔物に対する反応も様々だったが、巨大芋虫を見て抱きついてくるお姉さんが居なかったのは残ね、いやありがたい。

 

「まぁこのまま進めばもう一つの階段から下りてくる筈の嬢ちゃん達と合流出来る構造だった筈なのでの、そこで待つしかなかろうて」

 

 どの隊のお姉さん達もレベル20は越えている。ベビーサタンやこのイシス周辺の魔物に負けるとは思えない。例外があるとすれば、南の空を飛んでいた魔物軍ぐらいだが、あれが襲来するにはまだ時間が残されている筈だ。

 

「それにしても、ここは冷えますね。暗いし、何だか薄気味悪いです」

 

「まぁ、幽霊が出る場所じゃからのぅ」

 

 もし、本来明かりが灯されている場所でもおそらく知恵のある魔物達が消してしまっているだろう。そう思ってたいまつを借りてきているので、視界については何の心配もないし明かりを持っているからこそ同士討ちの可能性も低い。

 

「かえんむかでの漏らした火の息をたいまつと間違えんようにはせんといかんじゃろうが」

 

「あ、同士討ちの心配ですか?」

 

「うむ、平時なら敵と味方の誤認など起こらんじゃろうがの」

 

 魔物に急襲されてパニックになっていれば、敵の増援と間違えて先方が呪文をぶっ放してくるなんてことだって起こりうると思うのだ。

 

「さてと、この先に合流地点があったはずじゃ」

 

 出くわした魔物の数を考えるともう一方の階段から来る予定の班が一度も魔物と遭遇せずにやって来るとは思いがたい。

 

「おそらく待つことになるじゃろうが、お前さん達だけ合流地点で残してワシだけ先行するという手もあるがどうするかの?」

 

 もし向こうの階段から合流地点までに魔物がいれば同行しているお姉さんかもう一方の階段班と出くわす為に漏れはない。だったら、ただ待って時間を浪費するより合流先を一人で掃除した方が時間の節約にはなる。もちろん、その分の経験値は無駄になるが。

 

「スレ様のご意見は?」

 

「ワシか、ワシも実は迷っておるんじゃよ。ワシが先行すれば時間の節約にはなるがお前さん達の活躍と成長の場を奪ってしまうことでもあるからの」

 

 そもそも今更になって先行するなどと提案すること自体、俺に焦りがあるのだとも思う。

 

「むろん、城内の魔物掃討は疎かに出来ぬ。じゃがの、ルーラで見た魔物の群れのこともある」

 

 さっさと倒して休養をとっておかないと、万全の態勢でバラモスの軍勢を迎え撃つのが難しくなる。

 

「そしてもう一つ、バハラタで別れた魔法使いの嬢ちゃん達と勇者サイモンの方も気になるのじゃよ」

 

「あぁ、そう言えば」

 

 ぶっちゃけ、身体が複数あればいいのにと思うほどに手が足りないのだ。

 

「とは言っても、ここで時間を些少短縮したところで出来ることなどたかが知れて居るからの」

 

 勿論、時間が貴重であることは間違いないのだ。

 

「まぁ、こうしてしゃべっておることでそれなりに時間は経過してしまったようじゃが」

 

 苦笑しつつ俺は辿り着いた合流地点で立ち止まり、苦笑する。

 

「ある意味タイムアップじゃな。こっちが外れじゃったのかもしれん、のっ」

 

「ギャアアアッ」

 

 気配を感じて袖を振れば、仕込んでいたチェーンクロスで一撃されたアホのお仲間ことベビーサタンが暗闇からたいまつの照らす範囲内に倒れ込む。

 

「ほれ、あれが見えるかの?」

 

 魔物の絶命を確認してから俺が示したのは、もう一方の階段がある方向。チラチラと揺れる明かりは動きからしてかえんむかでのため息と言うことはなさそうに見えた。

 

「あ」

 

「たいまつの明かりが見えるということは遮るモノがないと言うことじゃ。天井にへばりついたり物陰に潜んでる可能性は否定できんから油断は禁物じゃがの」

 

 不意をつかれたところで蹴散らせる相手ではあるが、油断する気はない。大したダメージでなかろうと巨大芋虫に巻き付かれるのはご免被りたい。

 

「あ、スレ様っ! ご無事でしたか?」

 

「まぁ、の」

 

 幸いにも影に魔物が潜んでいることなどなく、一度別れたお姉さん達とはあっさり合流出来たのだが。

 

「さてと、いよいよじゃ」

 

 幽霊が出てくる辺りこの先は地下墓所でもあるんじゃないかと思うが、なにぶんうろ覚えの原作知識だ。ただ、それが何だと言うのか。

 

「ここからは駆け足でゆくからそのつもりでの、ピオリム、ピオリム」

 

「す、スレ様?」

 

「スレ様?」

 

 お姉さん達の素早さを底上げすれば準備は完了。色々考えすぎて、忘れているモノがあったことにようやく気づいた。

 

「ゆくぞ、ワシに続けェェェェッ!」

 

 そう、この身体のスペックなら勢いに任せれば割と何とかなる、と。

 

「でぇい」

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

 走りながら鎖を振れば顔面を割られたアホの仲間が倒れ伏し。

 

「バイキルトっ、そしてシュゥゥゥッ!」

 

「シュゴッ」

 

 呪文で攻撃力を倍加して蹴り飛ばせば、巨大芋虫は面白いように吹っ飛んだ。

 

「命が惜しくば道を空けよとは言わぬ。ワシが前に総じて滅べェェェェッ」

 

 何だろう、この高揚感。

 

「え、えーと」

 

「スレ様?」

 

「す、スレ様が壊れた……」

 

 後ろでお姉さん達が何かゴチャゴチャ言ってる気がするが、気にならない。

 

「くくくく、ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャドっ」

 

「フシュォオオッ?!」

 

 どさくさに紛れて撃ち出した氷が、物陰に潜んでいた蟹の魔物を貫く。

 

「トドメじゃ、そぉいっ……む?」

 

 死にきれなかったその蟹を踏みつぶし、視線を前方に戻せばそこには更に地下へ降りる階段があった。

 

「意外とすぐじゃったか」

 

 うろ覚えの知識でだが、確かこの下は宝箱のある部屋があってそこが終点の筈だった。

 

「もう少し、ワシのストレス解消に付き合ってくれると思うておったのにの」

 

 まぁ、魔物が少ないのは良いことなのだが。

 

「ふむ、あれじゃな」

 

 階段を下りれば目に飛び込んできたのは真っ正面、壁際に設置された宝箱が一つ。

 

「さてと、魔物が中身を奪っておらねば良いが」

 

 流石にそれはないと思いつつもポツリと呟いた。ここまでで遭遇した魔物からはいつもの癖でアイテムを失敬したりしたが、腕輪を持っていた魔物など居なかった。

 

「……やはり大丈夫じゃったか」

 

 実際、宝箱に近寄って開けてみれば中には金に縁取られた緑の腕輪が安置されていて、俺は大きく息を吸い込むと、叫んだ。

 

「頼もぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 いきなり出てきて驚かされるぐらいならこっちから呼べばいいじゃない。まさにコロンブスの卵的な発想だった。

 




主人公、遂にブチ切れる?

まぁ、思わぬところでピンチになってましたからね。

次回、第百六十一話「幽霊とスレッジ」

ダイナミック降霊術?


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第百六十一話「幽霊とスレッジ」

「私の眠りを覚ましたのはお前か?」

 

「いかにも」

 

 何もなかったところから浮かび上がってきた白骨に、俺は内心の動揺をここまでの勢いで押し潰しつつ頷いた。

 

「実は今この国は魔物に攻められて居るところでの、魔物の本隊が到着するのはまだ先じゃが小物が何匹か入り込んだので排除がてらそこの『ほしふるうでわ』を頂戴しに来たのじゃよ」

 

 むろん、説明はそれで終わりでなく、魔物を倒したりした報酬であること、現女王の許可を得ていることも合わせて明かしておく。

 

「なるほどな、私が眠っている間にその様なことになっていたのか。ならば、私も少々協力しよう」

 

「協力?」

 

 ただ、こちらの説明を聞き終えた幽霊の対応は想定外のモノで、思わず聞き返すせば説明してくれるつもりらしい。

 

「そうだ。お前はこの国の者ではなさそうだが、ならば砂漠を旅して来たな?」

 

 骸骨はオウム返しに問うた言葉を肯定し、確信した様子で確認してきて。

 

「い、いや。この国の者の案内でキメラの翼を使って飛んできたんじゃが」

 

「……なんと」

 

 正直に答えたのは、空気が読めなかっただろうか。

 

「あ、じゃ、じゃがそれに何の意味が?」

 

「一つ確認しておきたかったのだ、未だ砂漠をミイラが彷徨っているかをな」

 

 幽霊が絶句してしまったので慌てて質問すると、復活した幽霊さんは語り始めた。

 

「そもそもミイラ達はピラミッドの番人、元々は砂漠をうろついてなど居なかったのだ」

 

 だが、自分達の守っていたピラミッドの財宝を盗む者が現れ、その泥棒達を追って砂漠に出て行ってしまったミイラ達が居たのだと幽霊さんは言う。

 

「あの者達には盗人と旅人の区別などつかぬ。故にいつからか砂漠を彷徨い遭遇する人間を無差別に襲うようになってしまった」

 

 だが、流石に人型でない魔物と盗人の区別はついたらしく、襲うのは出くわした人間のみとのこと。

 

「今のままでは、ミイラ達は旅人にとっての災厄でしかない。そしてミイラ達の本来の主でない私には人間を襲うのを止めさせることも出来ん。ただ、ただな。私も王家の血を引く者、追加で命令をすることならできるのだ『魔物を襲え』とな」

 

「おおっ、では」

 

 ここまで言われれば、幽霊さんの言う協力がどういうモノかわかる。

 

「地上をゆく魔物共に関してはこれより昼夜問わず砂漠を彷徨うミイラ達が襲いかかるだろう。それなりに数は減じさせられるし、進軍の速度も落とせるだろうな」

 

「それはありがたい」

 

 城内の魔物掃討しかしていない現状、魔物の大群は健在だ。全く対策が出来ていなかったところにこの支援は大きい。

 

「ただし、人を襲うなとは命じられぬ。故に出くわせばミイラ達はお前達にも牙を剥くであろう。また、空を飛ぶ群れに関してはおそらくミイラ達には何も出来ぬ」

 

「いや、充分ですじゃ」

 

 現在バラモスの地上部隊が何処まで近づいてきているかは解らないが、少なくとも地上と空の連係はし辛くなるだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。他国の者にこの国を任せ眠り続ける訳にも行かん、当然のことだ。腕輪も私にはもう用のないもの、当代の王の許可もあるというならば尚のこと持って行くがいい」

 

「では、ありがたく頂いて行きます」

 

 最後にこの国を頼むと告げて、幽霊は消えていった。

 

「この国、か」

 

「スレ様ぁ、やっと追いつい……あれ、幽霊は?」

 

 後ろから着いてきているはずのお姉さんが現れたのは、俺が最後の言葉を反芻した直後。これは、完全に置いてきぼりにしてしまったか。

 

「つい先程まで話し込んでおったよ?」

 

「えー、またまたー。背中が見えた時、スレ様しか居ませんでしたよ? 話にあった骸骨なんて何処にも」

 

「そうですよ、いくら地下だからってスレ様のたいまつで明るいですし、骸骨なんて居たら気づきます」

 

「ひょ?」

 

 からかわないで下さいよと言外に訴えるお姉さんに俺が呆然とする。先程俺が見た骸骨は幻覚だったとでも言うのか。

 

「ま、まぁ『ほしふるうでわ』はホレこの通りじゃしな」

 

「あ、それが話にあった……」

 

「わぁ、綺麗」

 

 気を取り直して、譲り受けたそれを見せればお姉さん達の感心は腕輪にあっさり逸れ。

 

「何にせよ、魔物が居らんならもうここには用もないじゃろ。死者の眠りをこれ以上妨げる訳にもいかん。地上に戻るぞ?」

 

「「はーい」」

 

「……まったく」

 

 声をハモらせて回れ右をしたお姉さん達の背中を押した俺は、徐に立ち止まると宝箱の方に振り返って一礼し、お姉さん達の後に続いたのだった。

 

「ん、何故止まって居るんじゃの?」

 

「あ、スレ様」

 

 そして、帰り道は行きに蹴散らした分楽々かと言うとそうでもない。

 

「スレ様ぁ、ちょっとこれなんですけど」

 

 通路で出来ていた渋滞に遭遇した俺が訊ねれば、脇に退いた僧侶のお姉さんが指し示したのは、かえんむかでの骸。

 

「卵とか持っててここで孵ったら大変だし、運びだそうって話をしたんですけど、重くて」

 

「むぅ」

 

 同行したお姉さん達は僧侶と魔法使い、力仕事が向かないのは明らかだ。

 

「しょーがないのぅ」

 

 ノリノリで駆除しまくった後に待っていたのは、死骸の処分という力仕事でした。しかも、遠慮なく蹴ったり分銅ぶつけたので、死体はかなりグロいことになっている。

 

「こう、自重無しに暴れたのは、失敗じゃったな」

 

 顔をしかめつつも鎖に絡めて巨大芋虫だかむかでだかの死骸を引き摺る作業を始めてから、数時間後。

 

「ふぅ……ともあれ、これで魔物については片づいたかの」

 

 結果から言うと精神肉体両面から割とへろへろになりつつ、死体を片付け終えるのにかかった時間の方が長かったと思う。

 

「そうですねー」

 

「ですね、けどその腕輪は誰が着けるんですか、スレ様?」

 

 疲労感と二人連れな俺の言葉に相づちを打ちつつも、話題をほしふるうでわのことに持って行くのは、やっぱりお姉さん達が若い女性だからかも知れない。

 

「うむ、素早さを倍にするなら純粋に増加量の多いカナメと言うのも手なのじゃがの……」

 

 これをつければクシナタさんの俺を真似たという一ターンに二回行動もどきが完成するだろうかなどと、ふと思い、俺は言葉を濁した。

 

「あ、カナメさんじゃないとしたら隊長ですか」

 

 魔法使いのお姉さんに絶妙のタイミングで聞かれてしまったのは、考えたことが顔に出ていたからか、ただの偶然か。

 

「はて、どうじゃろうな? ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 

 もっとも、俺としてはどちらでも良かった。今考えているもう一つさえ見透かされていなければ。

 

 




思わぬ助力を得たかに思えた主人公。

ただ、幽霊の姿をみたのは主人公のみ。幽霊との会話話は現実だったのか、それとも。

次回、第百六十二話「さようなら、クシナタさん」


……ええっ?!


 別れ、それは時に突然やって来る。



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第百六十二話「さようなら、クシナタさん」

 

「ふぅ、何だかんだで結局魔物が巣くってたのは地下だけだったみたいだけど、やっぱ疲れるよね」

 

 素の口調で話す独り言がやけに久しぶりの様に感じてしまうのは、ここのところ勇者の師匠やら魔法使いスレッジを演じ続けていたからだろう。

 

「……みんな、お疲れさま」

 

 魔物捜索と掃討、ついでに後始末。クシナタさん達からすればこれに加えてイシスまで連れてきてくれたオッサンの護衛と家族の捜索もか。とにかく色々あったせいか、隊のお姉さん達は早々にあてがわれた部屋に入っていった。おそらく今頃大半のお姉さん達は夢の中だ。

 

「とりあえず……ここまでは何とかなった」

 

 バラモスの地上部隊はあの幽霊さんが幻でなければ、ミイラおとこに襲撃されて消耗し、イシスに辿り着くまでには数を減らして居るとも思う。

 

「ただ、なぁ……格闘場の一件がまだ未解決だし、空を行く魔物の群れや勇者サイモン一行のこともあるし」

 

 まだ、めでたしめでたしにはほど遠いのだ。

 

「時間的にも、やるならきっとギリギリ……」

 

 躊躇っている猶予など、ない。

 

「……アバカム」

 

 俺は隊のお姉さん達が眠りについている部屋に忍び足で歩み寄ると、ドアに向かって解錠呪文を行使した。

 

「うん、やっぱり反則だなこの呪文と、これは……レムオルっ」

 

 誰かが起きてる可能性を踏まえて、透明化呪文を自身へ付与。これから、寝ている女性の部屋に侵入するのだ。見つかったらただでは済まされない。

 

「と言うか、まるっきり変態ですよねー」

 

 少しだけ何をして居るんだろう俺、とも思う。ロープで出来た輪っかへ片腕を通しているのだから。何というか、女性の部屋に侵入した上相手を縛って何かする変態さんと誤解されても仕方ない姿はシャルロットにもお姉さん達にも見せられない。

 

(あと、せくしーぎゃるには別の意味で見せられないかなぁ)

 

 ここから先はおしゃべり厳禁である。声を出さずに呟くと、音を立てないようにドアを開け、再び締めて鍵をかける。

 

(サンタクロースのシーズンにはちょっと早いけどね)

 

 鞄からそっと取り出したのは、地下で見つけたほしふるうでわ。ベッドを一つ一つ確認し、音を立てないようにしながら、俺はその人を探した、だが。

 

「す、す、す、スレ様?!」

 

「っ」

 

 突然上がった声に身をすくませる。何故見つかったのか、と言う驚きを押し殺し咄嗟に身を伏せた。隊のお姉さん達を甘く見ていたのだろうか。

 

「だ、駄目ですわ。ふ、覆面つきのマントに下着だけなんてわたくしには」

 

 そんな張り詰めた空気は、この第二声で息に崩れた。幾ら何でも女の子の寝室に入る為だけにマシュ・ガイアーへ扮した覚えはないからだ。となると、寝言だとは思うが、一体俺を何だと思って居るんだろう。

 

(いや、結果的にサイモンさんにはその格好強いることになっちゃったけどさ)

 

 お姉さん達にあんな格好を強制するつもりは無い。

 

「んぅ、スー様ぁ」

 

 他にも時折俺を寝言で呼ぶお姉さんが居たが、精神衛生上の理由と人のプライバシーへ踏み込むのはマナー違反という考えから敢えて聞き流すことにする。そも、俺の目的はこのほしふるうでわをクシナタさんに託すことなのだ。

 

「お尻ペンペンはもうい」

 

「ホイミ、ラリホー」

 

 ただ、お尻を突き出すような不自然な格好で俯せに寝ていたお姉さんには少しだけお節介しておいたけれど。叩かれたお尻がはれて普通の格好では眠れないのだろうけれど、男からすれば目の毒である。

 

(余分な精神力を使ってしまったなぁ)

 

 かといって眠っているお姉さんからマホトラの呪文で吸い取る訳にも行かず。

 

(あ、確か女王の部屋に祈りの指輪があったっけ)

 

 かわりに填めて祈ることで精神力を回復するアイテムを女王様が所持していたことを思い出した俺は、寄り道を決意する。お姉さん達は疲れているから早めに寝たが、呪いのせいで自室に缶詰になっていた女王様ならまだ起きているだろう。

 

(問題は、そうするとこの部屋には後で来た方が良かったってことだよなぁ)

 

 後悔先に立たずだった。まぁ、ともあれ、部屋に居たお姉さんの半分は既に顔を確認してしまった。一度、寝ぼけたお姉さんに手を囓られて悲鳴をあげかけ、右手には歯形がついたままになっているが、これは無意識の抗議だったのかも知れない。

 

(ごめん、みんな)

 

 今夜、俺はこのイシスを抜け出す。バラモスのし向けた魔物達との戦い参加することも無いだろう。

 

「ん。スー様、あれほど駄目と申し上げまするに……」

 

「クシナタ、さん」

 

 ただ、何度も聞いたその人の寝言が飛び込んできた時、思わず名を口にしていて。

 

「っ」

 

 俺は一瞬、確実に躊躇った。

 

「スー……さま?」

 

「な」

 

 悪かったのは、躊躇いかそれとも名を呼んだことか。声に振り返った時、一番見つかりたくない女性が目を開けてこちらを見ていた。

 

「くっ、ラリホーっ」

 

「あぅ」

 

 咄嗟に唱えた呪文でクシナタさんの目が閉じる。

 

「んー、何、もうあ」

 

「ラリホー、ラリホー」

 

 そこからは無様だった。目を覚ましたお姉さんを呪文で眠らせ。

 

「ん゛ーっ」

 

 この手の呪文が効きにくい遊び人のお姉さんに関してはロープで縛ると持ってきた布で目隠しと猿ぐつわをした。もう完全に変態の所業である。去り際ぐらいセンチメンタルに浸らせろ、何て言う資格はなかった。

 

「はぁはぁはぁ……たださ、これはあんまりだよね」

 

 ようやく部屋を制圧し、荷物を担いで外に出た俺の口から愚痴が漏れた。

 

「さてと」

 

 自分に割り当てられた部屋まで足を運んで、担いでいた荷物を一旦隠し、その足で女王の部屋に向かい、祈りの指輪を手に入れて再び自室に戻る。それをクシナタ隊のお姉さん達に悟られずに完遂せねばならない。最後は力業だったからラリホーで眠らせたお姉さん達が起きれば、気づくだろう。侵入した俺が残してきたモノに。

 

「だからさ、急がないといけないと思ったんだけどね……」

 

 何故、こういう時に限って上手くいかないのか。

 

「一つ、質問に答えて」

 

 荷物を部屋に運び込む所までは上手くいったのだ。だが、部屋から出てくると行く手を塞ぐように立つ人影があった。

 

「……カナメ、さん」

 

 部屋は制圧したと思ったが、きっと寝たふりか何かでやり過ごしたのだろう。夜中寝ているところに侵入したというのに盗賊のお姉さんの瞳には俺を軽蔑するような色はなく。

 

「バラモスの所へ向かうつもり……よね? みんなを置いて、そうでしょ?」

 

 ただ、いつもならこのお姉さんは出さない必死さを顔に浮かべて発した問いへ俺は首を横に振る。

 

「違うよ。流石に死にたくはないからね。逃げ出すかな、ってさ」

 

 出来るだけ軽薄そうな声を作って、答えもした、ただ。

 

「そう言う訳で、お休み。ラリホー」

 

「あ、待っ」

 

 とてもじゃないが、誤魔化せない気がした俺は、再び力業に出た。

 

「行か、ない……おね……」

 

「……結局こんな形で去ることしか出来ないなんてなぁ」

 

 眠りに落ちたカナメさんを抱き上げた俺は、出てきたばかりの自室に戻ってベッドに寝かせると、改めて女王の部屋へと向かい――。

 

「さようなら、クシナタさん……ごめん」

 

 全てを終えて、大きな荷物を背負いながらイシスの城を背に呟く。もう、後戻りする気はなかった、もし戻れるとしても。

 

 




結局のところ、どんな理由があろうと逃げ出して来たならそれは逃亡者。

イシスを後にした主人公はどこに向かうと言うのか。

次回、第百六十三話「強くて逃亡者」

いやー、ようやく逃亡できまつた。

前ふり長かったぁ。



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第百六十三話「強くて逃亡者」

「ふぅ、冷えるなぁ」

 

 ゲームの知識でとは言え、夜の砂漠が冷えるのは知っているつもりだった。

 

「供出した物資以外にもアッサラームで色々買ったから防寒具も問題ないと思うけど」

 

 問題はここからどう進むかだ。

 

「イシスの攻防戦を前に逃げ出した人間なら、ルーラで安全な場所まで逃げるかな」

 

 そしてカナメが口にしていた様にバラモスの所に乗り込むなら、ルートは三つ。南下して空を行く魔物の群れを襲い、モシャスで魔物に変身して南下する最短距離ルートが一つ。

 

「ジパングに飛んでおろちの所に行ってキメラの翼を使わせるのが二つめ」

 

 ゲームだとバラモスの城はルーラで飛べなかったが、魔物からすれば本拠地である主の城に移動出来ないのは不便極まりない。魔物であればひとっ飛びにネクロゴンドまでいけるのではないかという訳なのだが。

 

「ただ、あくまでこれは仮定で実際に試した訳じゃないし、おろちが協力するかとか問題もあるからなぁ」

 

 失敗したらルーラの移動時間を丸々無駄にしてしまうという大きなリスクがある。

 

「三つ目はすごろく場の西にある川から勇者オルテガの落ちた火山の脇にある河を通過、洞窟を経て一歩手前まで抜けるルート、と」

 

 この場合、川は筏か例によってモシャスで水辺の魔物に変身して泳ぐことになると思う。ゲームのオープニングか何かではオルテガが火山の火口で魔物と戦うシーンがあったと思うので、シャルロットの親父さんが落ちた火山は工夫次第では徒歩で越えることも可能だと思う。

 

「クシナタさん達が追ってくるとしたら、南か東だろうけど……」

 

 あの状況でクシナタさん達が抜けたらまずイシスは守りきれない。それでも逃げ出した俺をみんなは追ってくるだろうか。

 

「んー、あたしちゃんは追ってこない方に300ゴールド。スー様が本気で逃げたら追いつけないのは解ってるはずだし、下手に外に出たらイシスに向かってくる魔物の群れと鉢合わせして危ないしー」

 

「まぁ、クシナタさんもその辺りのことは気づくし解ってるよな」

 

 遊び人のお姉さんの言葉に頷きながら、俺はちらりとイシスの方を振り返る。

 

「何、スー様後悔してるの?」

 

「いや、ただ申し訳ないなぁ、と」

 

 ついそこまで荷物として連行してきたこのお姉さんにも言えることだが、本当に色々済まなかったと思う。

 

「でしたら、戻って隊長に謝って下さいっ! 私も、その……お、お尻ペンペンは三分の一ならかわりに受けても良いですからっ」

 

「ごめん、それは無理なんだ」

 

 同じようにして荷造りして持ってきた僧侶のお姉さん――と言うには小さい隊最年少の少女が服の裾を引っ張って言ってくるが、頭を振ることしか出来なかった。

 

「今、イシスが攻められようとしてる。けど、バラモスの底力と言うか運用出来る最大戦力がどれぐらいかまでは俺もしらない」

 

 この世界はゲームであってゲームでない。無限に魔物が湧くとは思わないが、だからといって俺一人で蹴散らせるほど少数と言うのも違うと思うのだ。

 

「ただね、ここで、イシスの防衛に成功した場合、バラモスの名に大きな傷が付く。バラモスの軍勢なんて大したこと無いと世界の人々が思ってしまえば、世界征服という意味で大きく後退してしまうと思う」

 

 バラモスはそもそも大魔王ゾーマの僕の一体に過ぎない。大きな失態をやらかせば処分されても不思議はない訳で。

 

「本気になったバラモスが今以上の軍勢を増援としてイシスに差し向けたり、一度に複数の都市を狙って侵攻し始めたら今度こそ俺達には打つ手がない」

 

 ひょっとしたら、カナメさんはこの辺りまで考えたのでは無いだろうか。

 

「じゃ、じゃあどうしろって言うんですかっ!」

 

「決まってる、バラモスがこれ以上侵攻を考えられない様な状況に追い込んでやればいい」

 

「えっ」

 

 その一つがバラモスを倒してしまうことであり、多分カナメさんは俺がそのつもりで動き出したと思ったのだろう。

 

「スー様、バラモス倒しにゆくの? あたしちゃん達ってーそのオトモ?」

 

 驚きに僧侶の少女のが固まる一方で、マイペースな遊び人のお姉さんは首を傾げつつ訊ねてくるが、残念ながら不正解である。

 

「ハズレ、良いところまでは行ったんだけどね、この編成で気がつかない?」

 

「編成? え、あ、ま、まさか……」

 

 我に返ってからすぐに思い当たる辺り僧侶の少女は頭が良いのだろう。

 

「んー、わかんなーい。スー様、ヒント頂戴?」

 

 対して、遊び人のお姉さんの方はと言うとまだ解らなかったらしい。

 

「じゃあ、ヒント。口笛係、ピオリム係、ドラゴラム係」

 

「ちょ」

 

 クシナタ隊にとっては殆ど答えな俺の返答に、僧侶の子が引きつった顔をする。

 

「そう、正解は『可愛い女の子二人を連れ出して両手に花で逃避行する』でした」

 

 ハッスルしすぎて何処かのカバさんが他のことに手が回らなくなったなら、それは不可抗力だ。

 

「スー様、それ絶対わざととぼけてますよねっ? どう考えてもレベ」

 

「はっはっは、何を仰る。ストレスが溜まってるのでたまには女の子と一緒にお城見物しながらはっちゃけようってだけじゃないか」

 

 言わせない、その先は言わせないよ僧侶の子。と言うか、俺がこの子を選んだ理由は、僧侶で一番体重が軽かったからだったりする。飛行出来る魔物に変身した時、掴んで飛べるように。

 

「ただね、お城まで行く手段としてちょっと必要なモノを狩ってくるつもりなんだけど、二人はどうする」

 

 ちょうどあつらえたかのように俺の向かう先には何故だか魔物の群れの姿があった。

 

「んー、スー様守ってくれるならあたしちゃんついてく」

 

 危険ではあるが、ちょっとした挨拶でも後ろの二人ならレベルが上がる可能性はある。念のために聞いてみたら遊び人のお姉さんは即座に手を挙げて。

 

「な、何言ってるんですかっ! そんな危険な」

 

「じゃあ、ツバキちゃんは一人で残ってる?」

 

「うっ……わ、わかりました、ご一緒します」

 

 噛み付いた少女も一人で残ってるのは嫌だったのだろう。

 

「じゃあ行こうか」

 

 二人を連れた俺はそのまま、砂漠を南下する。逃避行がてらお城見物ツアーに行く為に。待っててね、発泡型潰れた灰色生き物。

 




ま・さ・か・の・れ・べ・る・あ・げ。

特攻かと思ったらおちょくりに行くとネタばらししちゃったでござる。

うん、これ以上伏せて書くの難しいかなって思ったからこうなったんだけどね。

二人ほどお持ち帰りしてるのは、ピンクいワニさんを運んだでっかい猛禽なら女の子二人ぐらい運べそうだし、と言う理由。

主人公、一人で三人は厳しいと思ったらしい。(意味深)

次回、第百六十四話「空を飛ぶ者達の災難」

逃げて、モンスターさん逃げてぇ


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第百六十四話「空を飛ぶ者達の災難」

「これは何というか、周辺の飛べる魔物をかき集めてきたって感じだなぁ」

 

 不自然に小さな雲が所々を隠す中、群れの中心になっているのは、胴体の膨れたシルエットの蝶に箒に乗った人影、それから羽根の色が違う二種の猛禽らしき影。所々には水色をした東洋風のドラゴンも見受けられた。

 

「さてと、なら気づかれていない今の内に……」

 

「スー様、何してんのー?」

 

「いや、ここでちょっとはしゃいじゃうと素の格好を脅威と認識されちゃうかも知れないから変装をね?」

 

 遊び人のお姉さんに答えつつ、支援物資と一緒に買い込んでおいた紫風味のローブと覆面を俺は荷物から引っ張り出して着込む。更に砂が谷になっている部分に近寄ると、周囲の砂の色に合わせた布を取り出して広げ即席の隠れ場所を作成。

 

「あのアークマージ、何て名前だったかな? ま、良いか」

 

 まずは以前変装したアークマージに扮して挨拶代わりにイオナズンを二発ほどぶちかます。爆発系統の呪文が効かない魔物も居るかも知れないが、その時は隠れ場所に引っ込んで着替え、別人として再登場、別系統をプレゼントする予定だ。

 

「『こんなこともあろうかと』をやれるぐらいゲリラ戦の用意はしてきてるからね」

 

 その代わり、背負ったリュックの重さとでかさがとんでもないことになったが。

 

「スー様……」

 

「いや、そんな目で見られると照れるんだけど」

 

「賞賛の視線じゃありませんっ!」

 

 何か言いたげな僧侶少女ことツバキちゃんの視線につぃと顔を逸らしたら、怒られた。理不尽だと思う。

 

「もっとも、照れ隠しは気づかないでおいてあげるのが紳士だよね」

 

「な」

 

「スー様、声に出てる」

 

「おっとゴメン。何処まで話したっけ? えーと、とりあえずこの布で出来た隠れ場所

を幾つか設置して、二人にはそこから俺を支援して貰おうと思う。うろ覚えで悪いんだけど、敵は広範囲の相手を一掃出来るような冷たい息や範囲攻撃呪文を使ってくる魔物がそれなりにいるようだからね」

 

 俺はともかく、お姉さん達の一網打尽は避けたい。まほうのたては持ってきていると思うが、あれで軽減出来るのは攻撃呪文だけなのだから。

 

「むうぅっ……わかりました。色々言いたいことはありますけど後にしますっ」

 

「えっと、小言とかお仕置きはもうクシナタさんから頂く予定なので、許容量オーバーになりそうな気がするのですがね、ツバキちゃん?」

 

 と言うか、後と言うのは止めてくれ。死亡フラグになったらどうするんですか。

 

「ねー、スー様、じゃああたしちゃんはー?」

 

「ツバキちゃんが暴走しないか見ていて貰えると助かるかな?」

 

 うん、まさか遊び人に他の人の抑えを頼む何て展開が待ってるとは俺も思わなかったけど、単独ならともかく今の二人に前方の魔物は危険すぎる。

 

「力量的にあの中で弱い方の魔物との一対一なら二人でも勝てるかも知れないけど、数が数だからね。念のためにキメラの翼はいつでも投げられるようにしておくこと」

 

 釘を刺しつつ、荷物から布を取り出して広げ、避難場所二つ目はあっさり完成した。

 

「これで良し、次に行こう」

 

 再び布を出してはしかける、こうして繰り返すこと数回。

 

「ふぅ、だいたいこんなものかなぁ」

 

 ちょっとしたゲリラ戦の舞台は調った。

 

「後は二人にも念のため変装して貰おうかな」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ただ、続けて口にした言葉に驚かれた俺が驚いた。

 

「これから色々やらかすんだから、顔が解らない格好しないといけないと思うんだけど」

 

「そ、それは……ここで隠れていれば」

 

 尚もツバキちゃんは渋るが、理由が分からない。

 

「それでも万が一とかあるかもしれないからさぁ。だいたい、そんなに変なカッコさせる気はないよ?」

 

 そも、特定の服装を強要した覚えは無かった筈である。シャルロット達とサマンオサに行った時だって、変装は当人達のセンスに任せたから変態集団になったのだ。

 

「えっ」

 

「……まさか、俺が変な服を着せるとでも思った?」

 

 心外だったが、こちらの言葉に対するリアクションを見ると、正解っぽくて少しショックだった。

 

「おかしいな、そんなにセンスは悪くないつもりなんだけど」

 

 マシュ・ガイアーにしてもこっちの世界のセンスに合わせただけだし、ただ、顔を隠すだけの時はミスリルヘルムに目元のみを隠す様にしただけだった。スレッジの変装だって付けひげにフード付きローブとおかしな所は見あたらないと思うのだが。

 

「これは、今回初お目見えの新コスチュームを前倒し公開して汚名返上しておくべきか……」

 

「あ、あのスー様、そこまでして頂かなくてもっ」

 

「いや」

 

 ツバキちゃんは何やらフォローしてくれたが、城に乗り込んだ後はその格好で動くつもりなのだ。些少お披露目が早くなるだけ、何の不安もない。

 

「なぁに、ベースはスレッジじゃからな。それ程変わらんよ」

 

 呟きながら覆面をとると付けひげをつけ、スレッジの時のローブとは若干色合いの違うそれをアークマージ風ローブの上から重ね着る。

 

「ほらの、完成じゃわい」

 

「あ、本当ですね。済みませんっ、スー様……私」

 

 老爺に扮した俺を見て頭を下げてきたツバキちゃんに笑顔を返した。

 

「何、謝罪には及ばんよ……エロジジイ」

 

「え?」

 

 そう、謝罪には及ばないのだ。

 

「満を持して、『怪傑・エロジジイ』今ここに見参ッ、エロジジイ!」

 

 説明しよう、怪傑・エロジジイとは通りすがりのベビーサタンに語尾をエロジジイにされるという呪いを受け、復讐の為に今日もバラモス及びその一党と戦う正体不明なフードの老魔法使いなのだっ。

 

「その正体は誰も知らないのじゃエロジジイ」

 

「え、えーと……」

 

 以前のエロジジイ演技を見破られて以来、俺は考えていた。どうすれば誰が見てもこいつはエロジジイだと思われるのかを。

 

「背中にでかでかと入れた『エロジジイ』の五文字、エロジジイ! そしてこの語尾、エロジジイ!」

 

 これだけ全力で訴えておけば、よもや誰も疑うまい。マシュ・ガイアーで学習したのだ。人は割と勢いで押せば何とかなると。

 

「何よりこのインパクトじゃ、エロジジイ。これだけ強烈なキャラにしておけば、お前さん達にまで注目は行かんじゃろ、エロジジイ」

 

 そして、何よりこちらがエロジジイを主張すれば空を箒に跨って飛翔している魔女達はどう出るか。

 

「戦わずして敵を退ける、まさに完璧な戦術じゃエロジジイ」

 

 全くもって一分の隙もない、そう思ったのだが。

 

「ごめんなさいスー様、服を見せて下さいっ。自分で選びます」

 

「なん……じゃと?」

 

 驚き故に思わず語尾を忘れていた。何故だ、何が悪かったというのだ。

 

「くっ……エロジジイ」

 

 ツバキちゃんが着替えるというので、隠れ場所を出た俺はとぼとぼと砂漠を歩くと。

 

「……イオナズン、イオナズンじゃ、エロジジイ!」

 

 気づけば俺は、鬱屈した気持ちを我が物顔で飛び交う魔物達に解きはなっていた。

 

「ギャァァァ」

 

「シュゴオオオッ」

 

 断末魔をあげて魔物の残骸が砂漠に降り注ぎ、俺は口の端をつり上げる。

 

「己の不幸を呪うと良い、エロジジイ」

 

 今、この瞬間怪傑・エロジジイは空を飛ぶ者達の災厄となろう。け、決して八つ当たりとかじゃないんだからねっ。

 




エロジジイの一件、まだ気にしてたんかい……主人公ェ。

と言うか、こういうキャラにしたのはバラモス城まで行くには結構な距離を変身して飛ぶ必要があるので、マシュ・ガイアーみたくハイテンションモードになっておく必要があるからなのです、とネタバレ。

け、決して両手に花で羨ましいから主人公をアホにしようなんて意図はありませんからね?

次回、第百六十五話「エロジジイの初陣」

蹂躙せよ、エロジジイ!


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第百六十五話「エロジジイの初陣」

 

「ヒャダイン、ヒャダインじゃ、エロジジイ!」

 

 爆発に巻き込まれつつも無事だった魔物達に放つのは、氷で出来たイガの様な物体が二つ。

 

「ギャアッ」

 

「ひぎゃぁぁぁっ」

 

 イガは回転しながら周囲に氷の棘を射出して、身体の何処かを撃ち抜かれた魔物達が悲鳴をあげて次々に落ちて行く。

 

「うーむ、威力がいまいちじゃなエロジジイ」

 

 即死に至らない魔物が見受けられたのは、最上位の呪文であるマヒャドでは無かったからだろう。むろん、わざわざ一つグレードを下げて呪文を使ったのにも理由はある。ゲームで言うところのマヒャドは敵グループを攻撃する呪文であって、一塊になった特定種の魔物しか狙えないからだ。

 

「ま、効果範囲を考えると選択の余地は無かった訳じゃがな、エロジジイ」

 

 イオナズンとヒャダインはどちらも敵全体に効果を及ぼす広範囲呪文。威力の不足が手数で補えるなら、大群を相手にする以上、優先すべきは呪文の効果範囲である。

 

「さてと、挨拶にしては上出来じゃな、エロジジイ」

 

 魔物の群れは何かに食いちぎられたかのように一部が欠け、視線を下にやれば呪文で翼をズタボロにされた魔物がよたよたと身を起こすのが見えた。

 

「させんよ、エロジジイ! マホトラ、マホトラ、エロジジイ」

 

 鮮やかな赤の体毛を持つ鳥には覚えがあったのだ、確か全体回復呪文を使う魔物だったと。

 

「クオァ?!」

 

「うむ、精神力はありがたく頂いておくエロジジイ」

 

 吸い取ってしまえば、回復呪文も使えない。おまけに消費した精神力の補充にもなるのだからまさに一石二鳥である、相手が鳥なだけに。

 

「むぅ、ヒャダインを使いすぎたのかもしれぬエロジジイ。ならば……エロジジイ」

 

 何だか急に寒くなった気もして、ポツリと呟くと俺は最寄りの隠れ場所へと走り出す。

 

「走れば身体も温かくなる、エロジジイ」

 

 そも、一カ所に留まれば全ての魔物がそこに殺到してしまうだろう。本気でやれば魔物の群れの全滅させることも可能ではあるが、流石にそこまでする気はない。バラモス城見物の前に精神力が尽きてしまっては本末転倒なのだから。

 

「幸いにも近すぎる魔物は殆ど一掃されたから隠れるなら今の内と言うのもあるがの、エロジジイ」

 

 このまま怪傑・エロジジイの一人舞台にしては何の為にアークマージローブもどきを用意してきたか解らない。

 

「見比べられたらバレるからね」

 

 色違いっぽい魔物が居るバラモス城では使えない服なのだ。そも、バラモスやバラモスに近しい魔物ならあのアークマージ自身に面識がある可能性もある。策士策に溺れる展開はご免被りたかった。

 

「モシャスの見本に出来そうな魔物の死体は確保出来たし、長居は無用だけど」

 

 用意した服には他にも使い道がある、例えば――。

 

「……立てるか?」

 

「あ、あなた様は」

 

 アークマージもどきとなった俺は、攻撃呪文の余波を受けて地面に落ちた魔物の一体に手を差し伸べていた。

 

「ピラミッドのミイラ共が急に襲いかかってきたのだ、何かあると見てこちらに来れば、案の定だ」

 

 そう、ピラミッドにもあやしいかげは出没する。そちらに所属していたアークマージのふりをして、死にかけの魔物へ接触し、情報を得る。人の言葉を話せるかが解らない鳥やドラゴン、昆虫では無理だが、魔物の群れの中には箒に跨った人型の魔物も多数居たのだ、なら利用しない手はない。

 

「こちらはどうなっている? お前とあれが全戦力なのか?」

 

「い、いえ。ワシらの他にもこのあた……うぐっ」

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 自分でやっておいてこんな台詞を口にするとは何という茶番だろうか。アークマージが回復呪文を使えるならここでホイミでも唱えたのだが、アークマージが使えるのは蘇生呪文。クシナタ隊のお姉さん達を蘇生出来た所から察するに味方なら俺でも蘇生させられるだろうが、敵となると、どうなのか。

 

「おい! ……くっ、駄目か」

 

 考えつつも呼びかけてみるが、ボロボロの老婆はもはや反応を返さない。

 

「……どうする」

 

 次の生存者を捜すか、イオナズンをいくらか撃ち込んで離脱するか。アークマージの格好では使える呪文も限られてしまうし、ここで時間をとられすぎると、バラモスに時間を与えてしまう。

 

「やむを得ん。生存者が居る保証もない。ここは――」

 

 少し悩んで、結局イオナズンを放つべく、詠唱を始めた時だった。

 

「……ぁぁぁぁぁ、誰か止めてぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 上空から聞こえた悲鳴がもの凄い速さで突っ込んできたのは。

 

「なっ」

 

「嫌ぁぁぁぁっ」

 

「……くっ」

 

 矢と見まごうばかりの速さで突っ込んできたそれを思わず受け止めてしまったのは、優れた動体視力が箒にしがみついた少女だと知覚してしまったから。

 

「っ、ぐおおおっ、がっ」

 

 勢いのついた箒と少女を受け止めた俺は、砂という足場の悪さに押し込まれ、半ば引き摺られながら背中から砂の山に叩き付けられる。

 

「うぐっ、一体何だと言うのだ……」

 

 悲鳴がなければ、正体をこちらの見破った魔物が特攻してきたのかと思った所だ。

 

「しかし、状況を踏まえると、この娘……」

 

 とっさに助けてしまったが、箒に跨っていたと言うことは、俺が吹っ飛ばした魔物の仲間の可能性が高い。

 

「きゅう」

 

「かと言って、なぁ……」

 

 当の少女は目を回して完全に伸びてしまっているようだが、だからこそ始末が悪い。

 

「まぁ、意識を取り戻せば事情を聞くぐらいは出来るか」

 

 悩んだ末に少女の持っていた箒を回収し、少女自身も担ぎ上げた俺は隠れ場所へと引き返した。

 

 




うん、せくしーぎゃる魔女とどっちを登場させるか迷ったんだけど、あえてこっちで。



次回、第百六十六話「ツバキちゃん、空から女の子が」


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第百六十六話「ツバキちゃん、空から女の子が」

「……と言う訳で連れてきてしまったのだが」

 

 担いでいた少女が目を覚ますと面倒なのでアークマージもどきのままで隠れ場所に戻ると、ツバキちゃんと遊び人のお姉さん当然の如く少女のことを訊ねられ、こうして説明するに至る訳だが。

 

「事情は分かりましたっ、けどこの子……」

 

「目ぇ、覚まさないねー」

 

 そう、少女はまだ目を覚ましていないのだ。

 

「うむ、あまりのんびりしても居られないと言うのにな」

 

 上空では襲撃された魔物の群れが襲撃された混乱から回復し、加害者を捜して動き出している頃なのではないかと思う。

 

「まぁ、この箒と格好からするとあの軍勢に居たことは間違いない。となれば、置いていっても魔物に襲撃される可能性は低いかろう」

 

 ただし、それはあくまで上空の魔物。イシス城の地下であった幽霊との会話が俺の妄想で無ければ、砂漠を彷徨っているミイラ男達が倒れている少女を見つけてトドメを刺そうとすることも考えられるのだ。

 

「ここまでの情報を踏まえれば、こちらにとれる選択肢は三つ。置いて行くか、連れて行くか、誰か一人がキメラの翼を使って送るか、だ」

 

 この内最初の選択肢以外では、バラモス城に乗り込んで嫌がらせじゃなかったレベル上げする作戦が破綻するとまでは行かずとも大きく変更を余儀なくされるだろう。

 

「じゃあ、スー様この子置いてくー?」

 

「……出来る訳ないだろ。万が一ミイラ男にでも襲われたらどうする? 流石に寝覚めが悪い」

 

 その少女が居た魔物の群れを攻撃呪文で吹っ飛ばした人間の言としては噴飯ものかもしれないが、呪文を唱えた時はこんなイレギュラーの存在など知らなかったのだ。

 

「それに、事情を聞かんと空の連中についてどう対処するかも決まらん」

 

 もし、あの中に他にも目の前で横たわってる女の子の様な少女が居るとしたら、攻撃呪文をぶっ放せる自信はない。かと言って、このままスルーしてバラモス城に向かうと、そんな少女とクシナタさん達が殺し合う展開に至るかも知れず。

 

「何より、俺の把握していることとのズレについて確認しておかんことにはな」

 

 今までさんざんお世話になった原作知識であるが、矛盾を解消する為かこの世界では時折原作との乖離が見られる。

 

「足をすくわれるのは、ごめんだ」

 

 少女のことも本来老婆しか居ないはずの魔女というモンスターに「魔女が老女のみというのはおかしい」と言う矛盾を解消する為の変化が起きていたとしたら、これからも眼前の少女のような敵と戦う可能性が出てくるのだ。

 

「どちらにしても、目を覚まさんことにはどうにもならんか、ザメハ」

 

「えっ」

 

 精神力は温存したかったし、方針が決まってないのに呪文で無理矢理起こすのはどうかとも思ったが、情報が足りなすぎる。

 

「んぅ……ここは? あたし……死んだの?」

 

 少女が死後の世界と誤解したのは、地面に激突寸前だったことと布に遮られた薄暗い空間だったからだと思う。

 

「いや、勝手に死んで貰っては困るのだが」

 

 口をついて出たのは、弱めのツッコミ。いっそのこと「ザオリクで蘇生させたよー。アークマージだよー」とでも言ってやるべきかと迷ったのだが、きっと場を和ませるようにツバキちゃんの刺すような視線が襲ってきそうだと、危機察知能力が働いたのだ。

 

「え、あ、きゃぁぁんぐ」

 

 うん、結果的に叫ばれて口を押さえましたけどね。

 

「まったく……助けてやったというのに、叫ばれては私の立つ瀬がなかろう。お前は箒に跨って砂漠に突っ込んできていた。で、止めろと叫んでいたから受け止めて、ここまで運んでやったのだぞ?」

 

 実際には悲鳴が漏れて外の魔物に気づかれたらやばいからだが、叫ばれたことが不本意だという様に取り繕いつつ俺は端的にこれまでの経緯を説明してやった。

 

「じゃあ、あたしったら恩人の顔を見て悲鳴を……も、申し訳ありませんでした。それから、助けて頂きありがとうございました」

 

「そのことについては、もういい。さっき口を塞いだことでおあいことしておこう。ただ、ついでに言うなら、今この砂漠では彷徨っているミイラおとこが人だろうと魔物だろうといっさい構わず襲いかかると言う異変が起きている。知らなかったかもしれんが、大声を出せばミイラどもにも気づかれかねん。以後は慎め」

 

 謝罪も謝礼も必要ないとしつつも、とりあえず叫ばないようにと言うことだけは釘を刺し。

 

「さてと、注意はこれぐらいで良かろう。それよりも、何があった?」

 

 俺は少女に問うた。

 

「え、えっと……あたしにもよく解らないんです。あたしは……個人的な話になるんですけど、昔のことを良く覚えて無くて……」

 

「記憶喪失? まさか、受け止めた衝撃で?」

 

 まさか、今まさに此処は何処私は誰状態ですか、ひょっとして。

 

「あ、いえ、違うんです。その、記憶喪失ってのになったのはもっと前です。自分が誰かも解らないところを一緒に箒で飛んでいた人達に拾われて……『人間にしては才能がある』って。そこで、色々教えて貰って、『今回の戦いは後詰めじゃしな、相手も大したことはないからお前の初陣にはちょうどいいわ』と……それで、戦場に向かう途中、急に前ので凄い爆発が起きて、びっくりしたらこの子――箒の制御が出来なくなっちゃって」

 

「なるほどな」

 

 どこからツッコめばいいのか解らないが、この少女が人間で魔物に拾われたイレギュラーっぽいところまでは把握した。

 

「それでは、何が起こったかははっきり把握していない訳だな」

 

「そ、そうです。すみません」

 

「責める気はない。他に解っていることは? お前の様に拾われた人間……というか他に新兵は?」

 

「いません」

 

「そうか」

 

 とりあえず、直接的な意味で戦いにくそうな相手が頭上の連中に残っていないのは幸いだろう。

 

(しかし、そうなってくるとこの子の扱い厄介だなぁ)

 

 上手いことこの少女を味方に引き込めれば、ラーミア以外の飛行手段を獲得出来るというメリットがあると思っていたのだが、記憶喪失になったところを拾われて思い切り敵側に刷り込みされちゃっている。

 

「爆発については私も見た。あの規模の攻撃呪文を放つ者が相手であれば新兵には荷が重い。……ん? くっ」

 

「きゃあっ」

 

 とりあえずは少女にとっての味方なふりをしつつ、少女自身の処遇を考えようとした俺は、それに気づくと慌てて少女の腕を捕まえ、抱き寄せた。

 

「オォォォォ」

 

「な」

 

 砂を突き破って飛び出してきたのは、包帯の巻かれた腕。

 

「っ、さっきの悲鳴を完全に防げなかったのが失敗だったか」

 

「す、すみません。あたしの……せいで」

 

 ミイラおとこなどぶっちゃけ同行してるお姉さん達にとっても容易に倒せる敵でしかないが、今は魔物の群れから隠れてる最中であり、砂の山と山の間にある谷部分をに布を被せただけの隠れ場所は狭くて周囲の砂も崩れやすい。

 

「攻撃呪文は使うな、生き埋めになりたく無ければな」

 

 そも、外に気づかれるような派手な攻撃は御法度だ。こちらが偽物と気づかれない様にするにはこっちも素手で戦わなくてはいけないだろう。

 

「私の力を呪文だけと思うな」

 

 両拳を握りしめると、俺は拳を握りしめ、ミイラ男に殴りかかった。

 




空から降ってきた少女は記憶喪失だった。

何というテンプレ。

だが、事情を聞けば扱いにくいことこの上なし。

次回、第百六十七話「ある意味での平等」

え、新キャラがミイラ男の包帯で縛られる展開?

ありませんよそんなの。


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第百六十七話「ある意味での平等」

「ゴガアッ」

 

 ミイラ男は熊より弱い。故にただの一撃である。

 

「かけ声付きで打ち込めんと、若干威力は鈍るか」

 

「はうぅ。す、凄い……」

 

「なに、大したことはない」

 

 こちらとしては若干不満の残る一打だったのだが、拾った少女を感嘆させるには充分のようで、声と共に向けられる視線を知覚した俺は覆面の中で苦笑した。

 

「それよりも、だ。お前は何処まで戦える?」

 

「え?」

 

「こんな場所でさえアレが現れたのだ。ミイラ共は外にも居るはずだ。上空に逃れてしまえば良いだけだろうが、ここから出る時や離陸の瞬間を狙われる可能性がある」

 

 俺としては正体がばれて敵に回られた時を踏まえても少女の戦闘能力は確認しておく必要があったのだ。

 

「あ、え、ええっと……ベギラマとベホイミ、それからバシルーラにば、バギマまでなら……バギクロスはめ、滅多に成功しなくて、その、あぅぅ……」

 

「待て、何だそのレパートリーは」

 

 気がついたらツッコんでいた。新兵ってレベルじゃねぇ、使える呪文は一ランク上の色違いのモノまで使える上に本来使える筈のないバギ系呪文まで使用可能とか完全に上位互換じゃねぇか。

 

「まったく、それは戦力に組み込もうとするはずだ」

 

 箒の制御の甘さという弱点はありそうだが、下手したらバギ系最強呪文が飛んできたかもしれなかったのか。とんでもない地雷が潜んでたモノだと、覆面の下で顔が引きつる。

 

「ともあれ、それだけ色々使えるなら下手な心配は不要か」

 

 少女自身が自分の身を守れないのではと言う懸念だけならば、だが。

 

(うん、余計に放置出来なくなったよなぁ)

 

 一応隙をついて呪文を封じる呪文をかけるなり呪文で眠らせるなりした上でミイラ男の包帯を使って縛り上げることも可能だ。ただ、出来ればこの少女は味方にしたい。

 

(記憶が戻ってくれればとも思うけれど、そうそう都合良く物事は運ばないだろうしなぁ)

 

 ならば少女を離反させる方法は外にいるであろう魔物と対峙してカマをかけ、ボロを出すのを期待する、ぐらいか。

 

(ただ、あの魔女達がこの少女のことを本当に仲間として認めてたりとかすると完全に逆効果になるからなぁ)

 

 やろうとすれば、大きな賭けになる。

 

(ただの使えそうな戦力として見てるだけの外道ならいい)

 

 だが、少女のことを真っ先に聞いてきて、無事だと解ると「良かった」とか笑顔を見せるようないい人だった場合、俺まで攻撃し辛くなる。

 

「ふむ」

 

 どちらにしても、ここにとどまり続ける訳にはいかない。賭に出るとしても、言葉を交わせる魔物と都合良く接触出来るかどうかと言う問題があるのだ。

 

「まぁ、やるだけやってみるとするか」

 

 そもそも、今はいろんな意味で時間との戦いの真っ最中だ。躊躇による時間の浪費こそ唾棄すべきもの。

 

「私は外に出て負傷者を保護してくる。お前達はここに居ろ。何時戦闘が再開されるかわからんし、負傷者を運んできた場合お前のベホイミが必要になる」

 

 襲撃やらかした人間の台詞ではないが、こう言っておけば、少女も外には出ないだろう。

 

「ひゃ、ひゃい。お、お気をつけて」

 

「うむ」

 

 こちらの真剣な雰囲気に呑まれたのか、鯱張った様子で頭を下げてきた少女に見送られ、俺は外に出た。

 

「さて、生きていてくれると良いが」

 

 こっちに都合の良い証言をしてくれる魔女が。

 

「まず、落下した時生きていれば自分にベホイミをかけるとして……」

 

 一部の精神力が無限とか言う反則な敵を除き、魔物の精神力の最大値はそれ程高くなかったと俺は記憶している。

 

「普通ならそのまま上空に逃れるところだ。ただ」

 

 正体不明の相手からの攻撃呪文が負傷の原因である以上、下からも丸見えな上空に逃れるのは狙ってくれと言わんがばかりである。

 

「あ」

 

 そう言う意味では先程の少女への発言、大ポカだったかもしれない。空に逃れれば良いなど、呪文攻撃してきた脅威についてまったく計算に入れていない発言だったのだ。

 

「一応フォロー出来んこともないが、しくじったな」

 

 反省すべき点ではあるが、その為だけに戻って自己弁護するなど怪しんでくれと全力主張するようなモノだ。

 

「とにかく、今は生き残りを――」

 

 だから俺は振り返りかけた後方から前へと視線を戻し。

 

「ひぃぃぃ、た、助けてくれぇぇぇぇっ」

 

「っ」

 

 知覚した声に周囲を見回し、目撃する。

 

「ゴオオ」

 

「オオ゛オオアアアッ」

 

「ひっひぃ、はぁはぁ、はぁ」

 

 先端を失い、ただの折れた棒となったモノを片手にミイラ男の集団から追い回される老婆の姿を。

 

「成る程、箒が折れれば飛んで逃げることも出来んわけか」

 

 呪文を使って迎撃しないところを見るに精神力の方も尽きて居るのだろう。

 

「こちらが襲われたようにあちらも襲われていた訳だな」

 

 ある意味で平等に、本来盗掘者を追ってピラミッドを出た守護者達は牙を剥いた。

 

「向こうには災難だろうが、こちらとしてはちょうど良い」

 

 願わくは、あの魔女がこちらにとって都合の良い外道でありますように。

 

「待っていろ、今行く!」

 

 利己的なことを考えつつ、俺は敵の助けを求める声に応じたのだった。

 

 




うぐぐ、短くてすみませぬ。

次回、第百六十八話「とある老婆を事情聴取」

ジャッジメントかもしれませんの!



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第百六十八話「とある老婆を事情聴取」

 

「でやぁっ」

 

 駆け寄るなり地面を蹴って放ったのは、跳び蹴り。攻撃呪文のイオナズンでは老婆を位置的に巻き込みそうだったのもあるが、箒を失う状況を招いたのは、奇襲となった同じ攻撃呪文なのだ。

 

「ゴッ」

 

「せやぁっ」

 

 俺の蹴りを胸に受けたミイラ男は吹っ飛んで後続のミイラ達を巻き込み転倒し、着地するなり拳で別のミイラ男の頭部を破壊する。

 

「脆いな」

 

 この程度なら、バイキルトも必要ない。

 

「ゴオオオオッ」

 

「遅い」

 

「ゴアッ」

 

 拳打に足を止めたところを好機と見て別のミイラ男が倒れかかってきたが、半身をずらして身をかわしつつ、カウンター気味に膝を腹に叩き込んで浮かせ。

 

「邪魔だ」

 

 顔面を掴んで投げ飛ばす。狙いは蹴り飛ばされた仲間に巻き込まれて転倒し、今起きあがろうとしている別のミイラ。

 

「こうも数が多いと、面倒くさいものだな」

 

 アークマージの戦い方じゃない何て苦情は受け付けない。あくまでも人間の自分には口から冷気のブレスを吐けるような身体構造はしていないのだ。

 

「まったく、手間をかけてくれるわ」

 

 一度に二体、十体近くいたのでゲームで言うところの五ターン前後はかかったと思う。

 

「さてと……大丈夫か?」

 

「は、はひ。ありがとうございま」

 

「礼はいい。そんなことより他の者は?」

 

 首を巡らせて砂の上にへたり込んでいる魔女を見つけた俺は、声をかけると帰ってきた感謝の言葉へ首を振り、懸念の一つを問う。

 

「見たところ、追われてるのはお前だけのようだったが」

 

 こちらとしてはこの老婆を連れて行き、ボロを出して貰って少女がバラモスの元から離反する展開を期待したいところだが、他にも生存者が居て助けて欲しいと言われた場合、応じないと不自然になってしまうし、生き延びた魔物達がこの魔女を助けに来ても計画は破綻する。

 

「そ、それが突然呪文で攻撃されまして……箒をやられたワシは墜落の衝撃で足を。ベホイミで何とか癒し、近くに倒れていた者にも使いましたがもう手の施しようが無く」

 

「……つまり、生存者はお前だけと言うことだな?」

 

「は、はい」

 

 仲間に回復呪文をかける辺りがいい人だったらどうしようと言う不安をかき立てるが、他に生存者が居ないというのはこちらにとって都合の良い展開だった。ならば、邪魔が入らぬうちに確認してしまうべきだろう。

 

「そうか、ならばお前に聞くしかあるまいな」

 

 腕を組むと砂の上に座り込んだままの老婆を威圧しながら俺は問いを発す。

 

「……何故人間の小娘がお前達と一緒にいる?」

 

「なっ、何故それを?」

 

「質問は許さん、答えろ」

 

 魔女からすれば、当然の疑問だったかも知れないが、まだ明かすタイミングではない。そしてこっちが望む答えが出てくるか解らない状況で相手に必用以上の情報を渡すのも悪手だろう。俺は、視線で老婆を貫きながら答えを求め。

 

「あ、あの娘は上手く扱えば良い戦力になると思いましたのじゃ」

 

「戦力だと?」

 

「は、はひっ。あの娘は親共々生気に引かれて寄ってきたくさったしたい共に群がられて居たところを見つけたのです」

 

 最初に娘を庇った両親が殺され、残されたあの少女は恐怖からか唱えようとした呪文を暴走させたらしい。

 

「生じた竜巻に死に損ない共は蹴散らされ、このままではワシらまで呪文の餌食となるかと思いましたが、娘はそのまま倒れ伏し、捕まえて連れ帰ったところ記憶を失っておったのです」

 

「なるほどな。しかし、何故連れ帰ったのだ? 記憶喪失が判明したのは連れ帰った後なのだろう?」

 

 倒れた時点では記憶喪失かどうかは解らなかった筈だ、ならば意識を失った少女を連れ帰る理由が分からない。

 

「そ、それは……」

 

「それは?」

 

 戦力としてのみ見なしているだけなら、話の持って行きようはあるが、連れ帰った動機次第では全てがひっくり返る。

 

「しょ、処女の生き血が……肌によいと聞いた仲間がおりまして、その」

 

 OK、これなら呪文で消し飛ばしても良心の呵責は覚えずに済みそうだ。

 

「愚か者が。確かにくさったしたいを一掃出来る攻撃呪文は有用だろう。だが、私的理由で連れ帰った副産物の上、小娘が記憶を取り戻したらそれはこちらに向けられるかもしれんのだぞ?」

 

 と言うか、記憶を取り戻した時の危険性を考えてなかったのだろうか、この魔女。

 

「で、ですのでこの戦いに同行させましたのじゃ。人間共に力を振るえば、もはやあの娘は記憶を取り戻したとしても行くべき場所を失います。そも、直接あの娘の親を殺したのは脳みそも腐った死体ども。知性のかけらも無いきゃつらの暴走で、詫びの意味も兼ねて保護したのだと言いくるめれば」

 

 わぁい、想像以上に外道でしたこの老婆。だが、これならばいける。

 

「何処までもおめでたい奴だな。その小娘のことを何で私が知っていると思う?」

 

「へ?」

 

「あの攻撃呪文に驚いて地面目掛け突っ込んできたのだ、何故かお前と同じ装いをした人間の小娘がな」

 

 あっけにとられた顔の魔女へ怒気を込めた視線を送りつつ、俺はついてこいと言葉を続ける。

 

「その小娘に会わせてやろう」

 

 あとは老婆を誘導し、あの少女に聞こえる位置で本性を露呈させればいい。

 

(ふぅ、こういう時覆面ってありがたいよな)

 

 きっと今の俺はもの凄く悪い笑みをしていることだろう。だが、それで良かった。一人の少女が外道の操り人形から脱せるなら、それで。

 

 




うーむ、思ったより短くなってしまった。

ぐぎぎ。

ともあれ、容赦なくずんばらりん出来そうな外道と判明した少女の保護者。

少女の自由を勝ち取るべく、主人公は画策する。

次回、第百六十九話「一つの真実、一つの門出」

たぶん、ジャッジメントですの。


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第百六十九話「一つの真実、一つの門出」

 

「小娘はこの先だが、本当に出来るのか、恩人だと思われているのだろう?」

 

 わざわざそんな質問をした理由は他でもない、責任をとって自分の手で小娘を始末すれば罪は問わないと言うと即座に食いついてきたからだ。

 

「も、もちろんですじゃ。そもそもあの小娘は最初から気に入りませんでしてな。才能があって使えそうだから生かしておいてやっただけのことでして……」

 

 こっちとしては、上手くいきすぎてペテンにかけられているのではと疑ってしまうのだが、魔女は頼んでも居ないのに少女のことをひたすら悪し様に言うと手にした元箒を脇に挟んで手をすりあわせて見せる。

 

「そ、そうか」

 

 強者に媚びへつらう小悪党のテンプレを見せられているようで、何とも言えない気持ちになってくるが、一応流れは俺の目論見通りにいっている。

 

「だ、そうだが?」

 

「ひぇ?」

 

 そう、例えば砂山と俺の身体が影になる形で魔女からは見えない位置に目的の場所があって、会話は隠れ場所からほぼ筒抜けであるとか。

 

「酷い……」

 

「あ」

 

 やりとりを聞いていたからこそ出てきたのであろう少女と、老婆の視線があった。

 

「まったく、この小娘はお前達のことを案じていたというのに、酷い話もあったものだ」

 

「な、これはどういう」

 

 わざとらしく肩をすくめれば、我に返った魔女はこちらと少女を交互に見る。

 

「お前はこの娘のことを才能があって使えそうと評したが、才能があると言うところまでは同感だ。だが、お前のその下劣さではこの娘から慕われる資格も従える資格もない」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下され! 先程までとは話が」

 

 突然の掌返しに老婆は慌てるが、俺からすれば想定通りの流れである。

 

「まだ解らぬか? この程度で馬脚を現すようでどうしてこの娘を言いくるめられると思っていたのだ? 貴様の様な奴に預けておいては才ある者を腐らせるだけよ。あの小娘は私が預かる」

 

「ま、まさか……そこの娘をワシから奪う為に、わざとあのような話をしたと?」

 

「違うな、小娘をこのまま任せるに足る人物かを計る為にだ。結果は残念なものに終わったがな」

 

 この段階でアークマージじゃない、と正体を明かしてしまうパターンも考えたのだが、そうするとアークマージに化けていたことを言い逃れに使われる可能性がある。

 

「さて」

 

 老婆を放置して少女の方に歩み寄ると砂に片膝をついて俺は頭を下げた。

 

「お前にはすまないことをした、騙されたままで居た方が幸せであったやもしれん」

 

「え」

 

「な」

 

 魔女と少女の双方がこちらの態度に驚きの声を上げるが、構わない。

 

「だが、あの本性ではとてもお前を任せてはおけぬのでな。試す為とは言え話を向けたもはや私も信用できんかもしれんが、私はお前についてきて欲しいのだ」

 

「そ、そんな……あたし、急に言われても、頭の中、いろんなことで一杯で、その……」

 

「即答はせんでいい。ただ、どちらにしてももうあの者とは過ごせまい。この娘の身柄はこちらで預からせて貰うぞ?」

 

 まごつく少女に頭を振って応じると、視線はそのまま老婆へやる。後半の魔女に向けた言葉は確認の形をとったが、ほぼ断定である。

 

「は、はひっ」

 

 思いっきり理不尽な対応ではあるが、実力的にも地位的にも老婆は逆らえる位置に居ない。こちらの要求を呑むしかなく、結果俺は少女の身柄を手に入れた。

 

「これで一つは片が付いたな。あとは……」

 

 眼前の箒を失った魔女をどうするかだろう。このまま断罪してしまっても良いのだが、聞いておきたいことがあったのだ。

 

「ここにキメラの翼がある。砂漠で行き倒れていた人間の死体から拾ったものだが、箒が無くともこれがあれば報告には戻れるか?」

 

 そう、バラモス城にルーラで飛べるかという確認だ。出来れば少女の両親が無くなった経緯ももっと詳しく知りたいが、それを突っ込んで聞く理由がアークマージにはない。だからこそ、不自然にならない形で質問出来る中でも一番知りたい疑問の答えを俺は求め。

 

「へ、も、勿論ですじゃ」

 

「そうか」

 

 覆面の中で笑む。つまり、同じ場所からここまでやって来たあの少女もキメラの翼を使えばバラモス城に飛べる理屈なのだから。後はキメラの翼を渡すふりをしつつ外道を一匹始末するだけだ。

 

「お前は戻って少し休むと良い。心の整理をするにも落ち着ける時間はいるだろう」

 

 流石にそんなシーンを見せる訳にも行かず少女に隠れ場所へ戻って貰うよう俺は促し。

 

「あ、あの……ありがとうございます。けど、あたし、もう時間はいりません」

 

「は?」

 

 想定外の反応に呆ける。いや、もっとゆっくりしていって良いのよ、とかこの格好じゃ言っては拙いようなことを口走るところだった。

 

「ふ、ふつつか者ですが……よ、宜しくお願いします!」

 

 決断早すぎだろとでもツッコミ入れるべきか何て馬鹿なこと考えてる内に、こうとんでもないことを言われて。

 

「ヒッヒッヒ、なるほどそう言うことでしたか。よりによって人間に負けるとは……ワシもあと十年若ければ」

 

 ちょっと待てそこの外道、何勘違いしてるんですか、攻撃呪文ぶちかましますよ。

 

「あー、ええとだな……」

 

「その、優しくして下さいね……」

 

「いや、ちょっと待て」

 

 うん、どうしてこうなった。

 

「ワシはあっちの方におりますでの。終わったら声をおかけ下され」

 

 下され、じゃねぇよ。ってか、何が終わったら何だよ、何が。

 

「ええい、埒があかんっ! 一旦中に戻るぞ」

 

「は、はい……」

 

 顔を赤くしてついてきた少女と一緒に隠れ場所に戻った俺はツバキちゃんから無茶苦茶罵声を浴びせられた。

 

 みんなあの外道魔女のせいだ、おのれ。

 

「……私達にも説明はしてくれるんですよね、スー様?」

 

「はぁ」

 

 この後正体を明かして事情説明し、仲間になった少女の新たな門出、と言うことになると思っていた俺は、まず誤解を解くところから始めないといけないらしい。

 

 おのれ、魔女め。

 

 




ジャッジメントならず。

次回に持ち越しっぽいですね、うぐぐ。

次回、第百七十話「精算と書いておとしまえと読む」



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第百七十話「精算と書いておとしまえと読む」

 

「とりあえず、先にこっちと説明させてくれ」

 

 ツバキちゃん達に弁解するにも、こちらが人間であることを明かしておかないと少女を置いてきぼりにしてしまう。

 

「んー、あたしちゃんは構わないけどー」

 

「……後でお話ししてくれるなら構いません」

 

 ツバキちゃん、そのお話しってOHANASIとかお話し(物理)とかじゃないよね、などと問い返してしまいたくなるほど約一名の眼光が鋭かったが、順番を逆に出来ないのはさっき胸中で呟いた通りだ。

 

「うむ。ならば『後で』と言うことで」

 

 こういう時、引きつった顔を隠してくれるという意味でも覆面は便利だと思う。

 

「すまん、待たせたな」

 

「いいえ。あの、説明とは?」

 

「ふむ、何から話すべきか……まず、あの魔女がお前をどう見ていたかについては、あれが勝手に話していた通りなのだろうが、故に確認しておきたいことがある」

 詫びて見せた俺に頭を振った少女が訊ねてきて、一つ唸ると一つの質問を発す。

 

「お前は、先方があれでも魔物達と一緒に暮らすつもりか?」

 

「えっ、そ、それはどういう」

 

「今のお前は私預かりと言うことになっている。つまり、このまま帰らずに人間共の国に行けば、人間として平和に暮らすことも出来るという訳だ」

 

 この少女が同行してくれれば、バラモス城までひとっ飛びと非常に助かるが、それはあくまでこちらの都合。

 

「私についてくるなら戦いは避けられない。傷つくこともあるだろうし、最悪命を落とすことさえ覚悟せねばならん。一緒に行くというのが小間使いか何かのことだと勘違いしているようなら、ここで正しておかねば禍根となろう。故に確認している」

 

「っ」

 

「もう一度問おう。お前には三つの選択肢がある。あの魔女の所に戻ると言うのが一つ目、人間の所に去って人として平和に暮らすと言うのが二つ目、私について戦いに赴くと言うのが三つ目だ」

 

 一つ目は論外だし、個人的には三つ目であると助かるが、無理強いもしたくない。バラモス城へのルーラについては「自分もバラモス様に報告することがある」とか何とか言って今席を外してる魔女を言いくるめることが出来ればショートカットについては問題ないのだ。

 

「あ、あたしは……あなたについて行きます」

 

「それで良いのか?」

 

「はい、知ってしまった以上戻れませんし……き、記憶のないあたしには行くところもありませんから」

 

「わかった。まずは礼を言わせて貰おう、その選択に感謝する」

 

 とりあえず、これで第一段階クリアだ。

 

「れ、礼だ何て……」

 

「そして……一つ謝らなければならんことがある」

 

「えっ」

 

 驚きを隠せぬ少女を放置し、俺は隠れ場所の入り口に歩み寄ると、布をめくった。

 

「「あ」」

 

 声をハモらせたのは、すぐ外にいた老婆と背後の少女。やはり盗み聞きをしていたか。

 

「終わるまで向こうに居るのではなかったのか?」

 

「そっ、それは……ですが、なりませぬ! この小娘を人間共の元にやるなど――」

 

 この魔女の立場としては、一見正論にも聞こえる意見ではあるが。

 

「本当にそう思うなら、中まで入ってきて何故諫言もせずここで立ち聞きしていた?」

 

「ひょ? そ、それは」

 

「大方、後で見聞したことを利用しようとしていたのだろう。『ワシの力になってくれなければ、人間を見逃そうとしていたことを恐れながら大魔王様に訴えさせて頂きますじゃ』とでも言うつもりでな」

 

「うぐっ」

 

 狼狽えていた醜悪な顔が思い切り引きつったところを見ると、おそらく図星なのだろう。何にしても、これでこいつを処分する大義名分が出来た。

 

「何処までも底の浅い愚か者よ。貴様が立ち聞きしている可能性にこの私が気づかぬとでも思ったか!」

 

「ひ、ひぃぃ、も、申し訳ありませぬぅ」

 

「キメラの翼で帰してやろうと思った私も愚かよ。もはや貴様のような奴にかける慈悲はない、この砂漠を彷徨うミイラ共にでもくびり殺されるのだな」

 

 直接手を下す形にしなかったのは、利用するつもりでとは言えこれまで面倒を見てくれていた形になる少女への配慮ともう一つ。

 

「あ、あぁ……な、なにとぞ御慈悲をっ」

 

「何故私がそんなことをせねばならぬ? 貴様は私の足をすくおうとしたのだぞ」

 

「も、もう二度とあのようなことはしませぬじゃ、ですから」

 

「くどい……と言いたいところだが、チャンスをやろう。この小娘が記憶を失うことになった経緯を思いつく限り詳しく話せ、嘘偽りなくな」

 

 すぐに処断せず、窮地に追い込むことで、得たい情報を吐き出させる為だ。

 

「な、何故その様なことを」

 

 当然の疑問ではある。一応、少女に恩を着せる為とか言った理由は用意してあるが、当人の前で説明したら台無しである。

 

「説明する価値があるか? 貴様は既に私の信用を裏切っているのだ、懇切丁寧に説明したところで馬鹿をやらかしたり裏切られてはかなわん」

 

 だいたい、立場的にも説明を要求出来る位置にいないですよね。

 

「もういい。従わぬと言うのであれば、このキメラの翼は……」

 

 更に一押しすべきかなと思った俺は、キメラの翼を取り出すと羽根の先端と石のはまった金属パーツをそれぞれ摘んで引っ張り始める。従わないならこいつ引きちぎっちゃうよ、と言うポーズだ。

 

「お、お待ち下され。わかりました、話します、話しますじゃ」

 

 まさに計画通り、と言うかこの外道魔女、本当に踊らせ易い。この説明強要は盗み聞きの罰であり、それ以外の罪の精算ではないのだが、勿論そんなこと明かすつもりもない。

 

「それでいい。では話して貰おうか。お前もここに来ると良い」

 

 老婆に促すと、俺は少女を手招きする。流石にツバキちゃん達を見られるわけにはいかなかったのだ。

 

 

 




くっ、なかなか断罪までいかない。おのれ、魔女め。

次回、第百七十一話「悲劇の理由」

少女の過去が、今明かされる?



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第百七十一話「悲劇の理由」

「小娘の親は傷の手当てに薬草を使っておりましたので、ワシが思いますに精神力もほぼ底を尽きていたのではないかと」

 

「成る程な」

 

 魔女の話によると、少女達を魔女が見つけた時には既にかなり疲弊していたらしい。

 

「しかし、精神力を温存の為に薬草を優先して使ったとかそもそも回復呪文が使えなかったとも考えられるが?」

 

 少女は回復呪文の初歩であるホイミが使えない。ベホイミについても、ベギラマなどと同様魔女に習って会得したモノであり、少女の両親も回復呪文が使えなかった可能性がある。

 

「そ、それは確かに。ですが、空を飛んでいてたまたま出くわしただけのワシらでは……」

 

 箒に跨った上空の傍観者に解ったのは、父親の方が一度だけバギマの呪文を使ったと言うことのみであり。

 

「まぁ、遠巻きに戦闘を眺めていただけで解ることはたかが知れていると言うことか」

 

 恐慌状態に陥ったのか、両親を殺された怒りと悲しみに依るモノか、暴発させたバギクロスの呪文によって生じた竜巻は敵味方だけでなく周囲の木々すら巻き込んで荒れ狂ったのですじゃと魔女は語る。

 

「むぅ」

 

 ならば少女の素性を知る手がかりも一緒に吹き飛んでしまっていると見るべきだろう。

 

「しかし……疲弊していたと言ったが、あの辺りは人間共への襲撃をそれ程頻繁に行っているのか?」

 

 少女の両親がそれ程強くなかったというケースも考えられるが、バギマを行使するだけの力は持ち合わせているのだ。

 

「周辺に居る者全ての行動を把握している訳ではないワシには何とも言えませんじゃ。ワシが最近何をしておったかを知るのは同じ魔女の仲間の数名がせいぜい。そも、知能の低い死体どもは生気を求め、その持ち主を好き勝手に襲います。ワシらに襲いかかってくることだけはないようシャーマン達が徹底して命じてはおりますが」

 

「つまり、詳しい話を知りたければ、シャーマンを当たれと」

 

「は、はひ」

 

 シャーマンとは仮面を付けた蛮族のような格好をした人型の敵であり、回復呪文のベホイミを使う他、くさったしたいを呼び出したりするモンスターだと記憶しているが、つまるところ、くさったしたいの動向は管轄外と言うことか。

 

「……皮算用が過ぎたな」

 

 結局の所、得ることの出来た情報はあまり無かった。少女の出自の手がかりになりそうなモノは呪文の暴走で吹っ飛び、疲弊するに至った理由を知るには魔物達に聞いて回らなければならないと言うのだから。

 

「解ったのは、あの娘が記憶を失った場所くらいか」

 

 位置的にはバラモスに滅ぼされたと言うテドンの村の北西に当たるので、村の生き残りという可能性が有力かとも思うが、裏付ける証拠はない。テドンの村は死者達が夜になると生きていた頃のように生活を送る亡霊の町と化しているので、夜にテドンを訪れることが出来れば確認は出来るのだけれど、寄り道している時間も今はないのだ。

 

「まぁ、この状況下では検分や確認に赴く余裕などあるまい」

 

 現在の立ち位置が魔物側であっても、こちら側であっても。老婆達ならイシスを襲撃するところだった上、正体不明の相手に呪文攻撃を受けて大きな被害を出したばかりだし、俺達にはバラモス城にお邪魔してレベルあ、もとい嫌がらせの破壊工作をしてイシス襲撃やらサイモン暗殺などをしていられない状況に追い込む必要がある。

 

「だが、一応聞いておく。お前にシャーマンの知り合いはいるか?」

 

 だから、もはや眼前の老婆に価値があるとすれば、次なる情報提供者の紹介状としてのモノのみであり。

 

「いえ、知り合いは魔女仲間のみですじゃ」

 

 それが首を横に振った瞬間、利用価値は消え去った。

 

「そうか、ご苦労だった」

 

 問題があるとしたら、この魔女の処分方法だ。少女の前で殺すのは宜しくないが、このまま立ち去らせる訳にも行かない。

 

「あ」

 

「お前は中に戻って休んでいろ」

 

 記憶がないからと言っても両親が命を落とした時の詳細を聞かされたのだ、平静でいられるとは思えない。俺は気遣うように少女の背を押すと、老婆を一瞥し、再び口を開く。

 

「私はあの魔女を送ってくる」

 

 何処へかまでは言わないので、嘘ではないだろう。

 

「ではな」

 

 手にはキメラの翼を持ったまま、歩き出す。

 

「待たせたな」

 

「い、いえ、滅相もありませんですじゃ」

 

「そうか。ともあれ、お前達を襲った者のこともある。キメラの翼で飛ぶにしてもあの娘からは離れた場所の方が良かろう」

 

 悲鳴など漏らさせないつもりであるが、万が一もある。

 

「もっとも、あれから何もないのがかえって不気味でもあるがな……」

 

「ひぇ? 言われてみれば、そうですなぁ」

 

 もっともらしいことを言いつつ周囲を警戒し俺は周囲を見回すが、これも少女が隠れ場所からこっちを見ていたり後をついてきていないかを確認する為。

 

「ただ一つ言えるのは、あれだけの被害を出せる敵が存在したと言うことだ。忌々しいが、場合によっては撤退や大幅な作戦の変更を進言せねばならんやもな。貴様も無駄死にはしたくなかろう?」

 

「も、もちろんですじゃ。ですが、ワシごときの言葉をバラモス様が聞き入れて下さいますやら」

 

「否定はせんが……頭を使え。箒が使えない以上戦線の復帰も難しかろう? 報告に戻ったとすれば敵前逃亡と罪を問われることもない」

 

 そして、報告をしているのだからイシス侵攻作戦が失敗した場合責めを負わされるのは、進言を聞き入れなかった上の者ということになる。

 

「故に言質をとっておくのだ。進言はした、とな。その上で戦況を報告する。主力がかなりの損害を被っているのだ、私ならばそこまで言われれば捨て置かん。確認ぐらいはするだろう」

 

「な、なるほど」

 

「そして確認の結果が報告通りであれば、貴重な戦力を壊滅から救ったとして貴様の手柄になる。聞き入れられなくても貴様の失点にならんのはさっき述べたとおりだ」

 

 端から見れば敵に入れ知恵しているようにも見えるかも知れないが、こちらの狙いはアドバイスに従い眼前の老婆がバラモスかその部下に作戦中止もしくは撤退を進言すること。仲間の魔女が救援に来るなりして始末を失敗した場合の予防策だ。もっとも、この魔女の外道&小者ッぷりからすると危険を顧みず仲間の捜索をするような魔女はおそらく居ないと思うけれど。

 

「しかし、厄介なことだ。我らに刃向かうは勇者を称する者とその仲間だけだと思っていたのだがな、聞いた話では私と同じアークマージにも裏切り者が出たと聞く。お前達のうちいくらかの被害は爆発によるものだったな」

 

「な、ではその裏切り者の仕業だとおっしゃいますか?」

 

「いや、確証はない。爆発を起こす呪文は効果範囲が広い、単により多くの被害をもたらす為の選択であった可能性も否定はできんからな」

 

 などとまるで他人がやったかのように襲撃犯は何者かと推論を交わしつつ歩くこと暫し。

 

「この辺りまで来れば良かろう」

 

 徐に砂の山の陰になる位置で足を止めると、俺はキメラの翼を片手に後方に向き直る。

 

「後ろにはミイラ共の姿もない。例の襲撃者もそれらしい人影はないな。かわりに上空に味方の影もないが」

 

 襲撃者についてはここにいるからなのだが、それはそれ。

 

「そっちはどうだ?」

 

 自分の身体を目隠しにして袖から取り出したミイラ男の包帯を自分の片手に巻き付けながら、老婆に問う。

 

「こ、こちらも異常はありませんじゃ。味方もおりませぬが」

 

「そうか」

 

 お膳立ては調った。

 

「ならば、死ね」

 

「ひぇ?」

 

 振り返る間も与えなかったので表情は解らないが、きっと呆けていたのでは無いだろうか。殴り飛ばされたやや小柄な身体は砂の上に二度三度と跳ねて止まると、ひしゃげたまま短い痙攣を経て動かなくなる。

 

「終わったな。後は砂をかけて隠しておくか」

 

 包帯を解きながら俺は呟くと、ローブの中から用済みになった衣装を埋める為に買っておいた移植ゴテを取り出し死体へと近寄るのだった。

 




犯人はミイラ男?

次回、第百七十二話「新たなる選択肢」


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第百七十二話「新たなる選択肢」

「砂漠に良いところがあるとしたら、こういう時掘りやすいことか」

 

 ただし、埋めても風が少し吹いただけで露出してしまう訳でもあるのだが。

 

「生存者は居そうにないが、死者なら珍しくないもんな」

 

 見つかったところで、最初のイオナズンで地面に落とされ、ミイラ男達に殺されたのだろうとでも言っておけば説明はつく。

 

「まぁ、それはそれとして……」

 

 これで、あの少女にキメラの翼を使って貰えればバラモス城に乗り込めることにはなった。ただ、移動が楽になったことでとれる方針も増えてしまったのだ。

 

「うーむ」

 

 通常なら喜ばしいことであり、実際良いことなのだが、自由度が増えた故の悩みというモノもある。

 

 例えばバハラタでクシナタ隊の女の子達を抱き上げたのは、モシャスで空飛ぶ魔物に変身し運んで行く人を選ぶべく体重の出来るだけ軽いお姉さんを探していた為で、その結果俺が選んだのが現在同行しているツバキちゃんであり、同行者が二人だったのも三人以上を運ぶのは厳しいと判断した為だ。

 

「けど、こうなってしまえば人数制限はナシだもんなぁ」

 

 イシス防衛にそれなりの人数は残さなければいけないが、イシスに出戻って追加人員を加えてからバラモスの城に飛んでも充分間に合う。

 

「問題はどの面下げてイシスに戻るかってことと」

 

 帰ったらほぼ確実にクシナタさん達のOSIOKIが待っていることが予想される点だ。

 

「効率を考えたら商人と盗賊のお姉さんにはついてきて貰いたいかな」

 

 うん、盗賊のお姉さんことカナメさんにはどんな顔で会えばいいか解らないけどね。

 

「後は、遊び人のお姉さんがおもしろがって隊のお姉さん達にあること無いこと吹き込む可能性とか」

 

 うわぁい、ピンチに陥ってる場面しか想像出来ないじゃないですか、やだー。

 

「少人数の方が効率は良いけど、やっぱり勿体ないよなぁ」

 

 死体を隠蔽する作業中も隠れ場所までの帰路も進むか戻るかが俺の頭を悩ませる。

 

「はぁ……ま、どっちにしてもまずは説明だな」

 

 少女にアークマージで無いことを明かして、これからしようとしてることもかいつまんで教える必要があるだろう。現状、バラモス城までキメラの翼で行けるのは、少女だけなのだから。

 

「そして、説明を終えた上で三人と話し合うか」

 

 三人寄れば文殊の知恵とも言うし、一人であれこれ悩むよりはマシな決断が出来ると思う。難点があるとすれば、協議して決める様なモノだから、定まった後で「やっぱ今のナシ」とはやれないことだ。OSIOKI怖い。

 

「半ばトラウマ化していた者までいたからな」

 

 こう、解りにくい例えになるかも知れないが、小学校の予防接種で前に注射された子がギャン泣きしながらやって来てすれ違った時の心境とか、それに近い。いくら肉体がハイスペックとはいえ、クシナタさんには道具として使うと相手の守備力を下げるくさなぎのけんがある。

 

「尻を狙われる展開などあの腐った僧侶の少女からのモノ以外無いと思っていたのだが」

 

 俺の認識は甘かったらしい。

 

「くそっ、急がないといけないはずなのに足が重い」

 

 理由は言わずもがなである。だが、このまま戻らなくてはならず。

 

「すまんな、遅くなった」

 

「あっ、お、お帰りなさい」

 

「あ、あぁ」

 

 少女に出迎えられた俺は、頷きを返すとちらりと同じく待っていてくれたツバキちゃんと遊び人のお姉さんを見た。別に顔色を窺ったとかではないと思う。

 

「では、帰ってきて早々だがこれからのことについて話そう……ただ、その前に」

 

 とりあえず、謝っておかないといけない。だが、それよりも先にしておかないと拙いことがあるのだ。

 

「まだ名前を聞いていなかったな」

 

「あ」

 

 そう、この少女に何と呼びかければいいのかが解らないのだ。

 

「記憶喪失というのは聞いているが、それでも仮初めの名前ぐらいはあるのだろう」

 

「は、はい。その、すみません……あ、あたしの名前はエリザベートって言います。ふ、普段は名前で呼ばれることなんて無かったんですけど……あぅ」

 

「いや、謝るのはこっちの方なのだが」

 

 魔物のふりをして欺いていたのもあるし、よくよく考えればこっちもまだ名乗っていなかったのだから。

 

「えっ?」

 

「私はアークマージでは……魔族や魔物ではないのだ。すまん」

 

 驚きの声を上げたエリザベートの前で覆面をとると、俺は跪いて頭を下げた。

 

「イシスの国にバラモス配下の魔物が群れをなして進軍しているのを目にしてな、この辺りの説明は不用と言うかエリザベートさんの方が詳しいだろうが……私、いや俺は万が一魔物に見つかった場合に備えて魔物の格好をして偵察に来ていたのだ」

 

「偵察に? じゃ、じゃあ」

 

「ああ。もの凄い勢いで突っ込んできたエリザベートさんを受け止めたのは、成り行きだ。魔女を連れてきたのは、話を聞いてエリザベートさんの記憶を取り戻す手がかりが得られたらなと思ってな」

 

「そ、それであんなことを……言ったんですね」

 

「うむ、そうなる」

 

 老婆にエリザベートさんを拾った経緯の詳細を話させたことについては嘘をついていないので、俺は頷き。

 

「それでだ、改めて確認したい。俺達と一緒に来てくれるか?」

 

 改めて問うた。

 

「……そ、その。まず、あたしですけれど……よ、呼び捨てで構いません。え、エリザと呼んで頂ければ。それから、ええと、その、申し訳ないのですけれど……あ、貴方の名前、まだ伺って」

 

「あ」

 

 ただ、名乗り忘れたことに気づいたのは、エリザから指摘された後で。

 

「スーザンだ。皆にはスーさんで通している」

 

 ツバキちゃん達からはスー様と呼ばれているが、差異は許容範囲だろう。

 

「す、スーさんですね。あ、あたし……スーさんが人間でも……ううん、人間なら尚のことついて行きたいです。その、よ、宜しくお願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 こうしてエリザが仲間に加わり。

 

「スー様?」

 

「スー様っ、私達置いてけぼりなんですけど?」

 

「あ゛っ」

 

 俺は再びポカに指摘されてから気づくと言う失態をおかしたのだった。

 

 

 

 




少女の名前、最初は魔女だからタバサで良いかなとも思ったんですけどね、うむ。

敢えてこっちをエリザベートにしてみますた。

次回、第百七十三話「どうする? 出戻る?」

さて、どっちを選ぶのかな、主人公?


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第百七十三話「どうする? 出戻る?」

 

「出戻る、か」

 

 説明を終えて、ツバキちゃんと遊び人のお姉さんに聞いたところ、二人はイシスにいったん戻る方が良いと主張した。

 

「はいっ、隊長達も心配しているでしょうし、遭遇した魔物の構成などについても連絡しておいた方が襲撃された場合の迎撃がしやすくなると思いますからっ」

 

 とはツバキちゃん。

 

「って言うかスー様、ここで帰らないとか言っちゃうとあたしちゃんもお尻ペンペンされちゃうし、闘技場の一件まだ未解決でしょ?」

 

 遊び人のお姉さんも自己保身めいたことを最初に口にしつつも思いきりまともなことを口にする。レベル20を越えて賢者への転職資格を得たからだろうか。ともあれ、この二人が相談すればイシスへ帰る方に票を投じることは少し考えれば解ることだったかもしれない。

「確かにそうだが……」

 かといって先程二人を放置していた上にここで意見まで求めず行動していたなら、ツバキちゃんのOHANASIでまだ俺は説明すらさせて貰えてなかっただろう。結局の所、このままバラモスの城に向かうという選択肢なんて、砂漠で見るオアシスの蜃気楼のようなものだったのだ。

 

「スー様、諦めたら?」

 

「あ、諦めるとは何だ? べ、別に戻りたくないと言ってる訳ではないぞ?」

 

 絶妙のタイミングで投げかけられた言葉に動揺を隠せず、悪戯っぽさゼロな瞳から俺は思わず目を逸らす。遊び人のお姉さんは、ひょっとしたら俺の本心を見透かしてるのかもしれない。

 

「一時の感情によって選択を誤るとそれこそ後々まで後悔することになるよ、スー様? そのとき、あたしちゃんは何もしてあげられないかも知れない。スー様にはこれでも感謝してるつもりだから、後悔はして欲しくない。隊長と上手くいかなくなるのも駄目。そもそもクシナタ隊はスー様のサポートが存在理由なのだからその隊長と人間関係の面でぎくしゃくしたり片方が片方を避けるようになるのは、今後を考えると極めて宜しくない。あたしちゃん的には傷が小さい内に修復しておくことを主張し」

 

「ちょ、ちょっと待て! は、話はわかった。わかったが、キャラ変わりすぎだろ?!」

 

 一人称以外はもう遊び人を止めてるとしか思えない。「出張でもしたのかダーマ神殿」とでも叫びたくなるぐらいに賢者っぽかった。ひょっとして、転職したらこのお姉さんは、以後こんな感じに長い話を一気にまくし立てるようになるのだろうか。

 

「そう? あたしちゃんは、スー様の為に何が出来るかを考えてると時々こうなる。客観的に見ると、今の自分で出来ることに限界を感じ、焦っているのかも知れない。スー様の話にあった賢者になれれば今よりももっと力になれるのではないかという考えが先行しているようにも思われるけれど、実際のところがどうであるのかには」

 

「……ツバキちゃん、私はどうしたらいい?」

 

「え、ええっと私に言われてもっ」

 

 救いを求めてツバキちゃんを見たが、結局対処に困った人員が二人になっただけだった。

 

「転職させてやれれば、解決する問題かもしれんが」

 

 ルーラで飛べるのはバハラタまでであり、いくらバラモス城までキメラの翼一個でいけるようになったとは言え、そこからダーマ神殿へ徒歩で寄り道している時間はおそらくない。

「くっ、カンダタめ。何処までも私の邪魔をしてくれる」

 正確にはあやしいかげに化けたアークマージやらキングヒドラやらがカンダタのアジトに居たことが原因だが、そもカンダタ一味が人攫いなどしなければ、洞窟をスルーしてさっさとダーマ神殿へ到達出来ていた筈なのだ。

 

「カンダタ?」

 

「あ、すまん。とある場所に魔物と協力関係を築いていた犯罪組織があってな、協力関係にある魔物が強すぎて目的地に向かえぬ事態が生じていたのだ。カンダタはその組織の頭に当たる泥棒の名だ。さて、それはさておき……皆の意見からするとイシスに戻ることになりそうだが、異存はないな?」

 

 危うく置いてきぼりにするところだったエリザさんに頭を下げて補足説明すると、申し訳ないがそれを利用して話題を戻す。

 

「あるとしたら、スー様だけではありませんかっ?」

 

「うぐっ」

 

 ツバキちゃんから容赦なく言葉のナイフで胸を剔られたが、まぁきっとこれは俺の自業自得なのだ。

 

「隊長はスー様を心配してると思われるので、可及的速やかに帰還することをあたしちゃんも推奨してみたい」

 

 賢者モードというと色々語弊はありそうだが、賢者ってる遊び人のお姉さんからの救いもなく。

 

「うっ」

 

「く、クシナタ様でしたよね……その、隊長様。ど、どんな方なんですか?」

 

「おしとやかで、優しい方ですっ。怒らせると怖いですが、そこは本人の前ではくれぐれも言わないようにっ」

 

 俺がお姉さんからの進言に怯んでいる脇でエリザさんはツバキちゃんに質問をしていて、返答にある怒らせると怖いと言う部分に関してはイシスへ帰ればすぐにでも知ることになると思う。主に俺が断罪されることで。

 

「ハッハッハッハッハ、何ヲ言ウンダツバキ。クシナタニ怖イトコロ何テアル訳無イジャナイカ」

 

 とか、思わずキャラもわきまえず言ってしまいたくなる衝動に駆られるのは何故だろ

う。

 

「と、とにかく……方針が決まった以上、長居は無用だ。行くぞ」

 

 流石にこの位置からルーラで帰ると魔物に感づかれる恐れもある、今の俺にとって「イシス=刑の執行場所」の認識だったが、立ち止まることは許されない。時間は貴重であるという言い訳で自分を誤魔化しながら仲間達を促し、隠れ場所の入り口から俺は砂漠に出た。

 

「ゴォォォ」

 

「オ゛ァァァァァッ」

 

 よたよたと砂漠をこっちに進んでくるミイラ達がいた。

 

「っ、しょうこりもなく……」

 

 ねぇ、このミイラ男達になら少しぐらい八つ当たりしても良いよね。俺は誰に向けてでもなく、心の中で問いかけると、拳を握り込む。答えなんて期待していないし、聞いても居ない、そしてNOと言われてもとまる気はなかった。

 

「いいだろう、私へ害を為そうというその愚行が間違いであることを存分に思い知らせてやる」

 

 呟いた次の瞬間には砂を蹴っていた。

 

「はあっ」

 

 風にアークマージのローブもどきをはためかせながら、距離を詰め固めた拳を顔面に打ち込む。

 

「ゴベッ」

「っ、エァァァッ」

 

 衝撃に浮かんだ身体を捕まえてコマの様に回転しながら「装備:ミイラ男」で俺はミイラ達の群れに突っ込んだ。

 

「らあっ」

 

「オ゛」

 

「ゴ」

 

「ゴァ」

 

 纏めて三体を鞭か何かを振るう時のように薙ぎ払う。

 

「っ」

 

 武器のミイラ男の上半身が三体目に当たった瞬間折れて、上半身を持って行かれる。脆い。

 

「ならばっ」

 

 ただ、幸いにも次の武器は目の前に三つあった。両手で一体ずつ抱えれば二体流まではやれるか。

 

「うおおっ」

 

 魔物に察されると拙いので、雄叫びは控えめに。呪文は自重するが、手加減はしない。

 

「ふははははは、脆い、脆いぞ」

 

 俺による蹂躙は続く。

 

「あ、あの……スーさん」

 

「ん?」

 

「す、スー様。流石にそれは、ちょっとっ」

 

 とりあえず、ツバキちゃん達にドン引きされていることへ気づくまで。

 




とりあえず、本編を先に。

OHANASI部分は余裕があったら前書きの方に後で掲載するかも。

次回、第百七十四話「処刑用BGMを各自ご用意下さい」

ほら、戻ることになったら、ねぇ?


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第百七十四話「処刑用BGMを各自ご用意下さい」

「……一歩一歩が重い」

 

 まるで減速呪文のボミオスをかけられたみたいでござるとか急にござる口調になってしまっても不思議がないぐらいにイシスに戻る右足と左足は重かった。

 

「「スー様?」」

 

「わかっている、わかってはいる」

 

 何も声を揃えて言うことはないんじゃないかとか心の中で続けて愚痴ってしまう程度に気も重い。

 

「スー様、隊長は怒ってると思うけどそれ以上に心配してるとあたしちゃんは考える。口笛要員として荷造りした上でお持ち帰りされてしまったから同行することになったけど、あたしちゃんも遊び人でなければイシスでお留守番組だったはず。自分が置いて行かれたらどう思うかと仮定することでみんなの気持ちをくみ取ることは出来る」

 

「とりあえず、お持ち帰りは止めてくれ」

 

 クシナタさんの耳に入ろうものならOSIOKIの時間延長が確定しそうで怖い。

 

「スミレの言う通りだとは思う。だがな、以前の班決めでも私と誰が町を回るかで揉めただろう?」

 

 遊び人のお姉さんことスミレさんの視線を受け止めながら、俺が掘り返したのはアッサラームの町を幾つかの班に分かれて回ろうとした時のこと。

 

「正直に全てを打ち明ければ、何人かは私を止めようとしただろう」

 

 実際、カナメさんにイシスを抜け出そうとしたところで制止の声をかけられた。

 

「それでもこちらが折れないと見ればついて来ようとしたはずだ」

 

 だが、人員は既に決まっていた。重量と役割の面で同行者は必要最小限の二名でも内心は少し不安だったのだ。

 

「そして、ネクロゴンドに行く手段も限られていた」

 

 連れて行けない理由を説明しての離別は残酷で、それぐらいなら気づかないうちに立ち去った方がまだマシだとも思った。

 

「結局の所脱走は露呈し、誤魔化すのにもほぼ失敗して呪文頼みの力業で脱出することになったがな」

 

 本当に何をやってるんだろうか、俺は。

 

「何を言っても言い訳にしかならん」

 

 男ならやらかした以上、きっちり罰を受けるべきである。

 

「……スー様、覚えてますかっ? 三分の一なら、引き受けますから」

 

 ましてや、ツバキちゃんにそんな男前発言をされてしまった日には、尚のこと逃げられない。と言うか、年少の少女にここまで言わせてる時点でもう男としてアウト何じゃないかとも思う訳で。

 

「今更格好をつけるのもアレだが、三分の一を引き受けると言った件、ツバキの気持ちだけ貰っておこう」

 

 どうか皆様、それって格好つけてるのとは言わないで下さい。

 

「何というか、一人でバラモスを倒す方が余程簡単に思えてしまう辺り、私も大概アレなのだろうな」

 

 うん、お尻ペンペンが嫌なのだ。そも、いったい誰得なのだ。あの腐った僧侶少女か、そうなのか。

 

「はぁ」

 

 いかん、覚悟を決めたつもりだったのに逃げたくなってきた。

 

「スー様?」

 

「いや、何でもない。そも、時間的な余裕はなかったな? 急ごう」

 

 人は弱いモノなのだとつくづく思う。だから、言葉で自分を縛って歩みを早める。敢えて自分から処刑台目掛けてダッシュするように見えるかも知れないが、避けられないのだから、これで良いのだ。うん、何だか悟った気がする。悟り開いちゃったかも知れない。この身体、とっくに賢者は経験積みだけどそんなことはどうでも良い。

 

「戻ったらやることが山積みだからな」

 

 決してそっちの方で忙しくなって有耶無耶になる可能性に気づいて気を持ち直した訳ではない。ないったら、ない。

 

「魔物の軍勢の規模と構成の報告、迎撃するにあたってのアドバイス。闘技場の一件の調査まで出来るかは微妙だが」

 

 OSIOKIの執行より優先すべきモノ何じゃないかなとか俺は思ったりする。

 

「罪の精算をしている間に魔物達が動き出したら元も子もない」

 

「安心して、スー様。それはあたしちゃんがみんなと済ませておく」

 

「え?」

 

「安心して、スー様。それはあたしちゃんがみんなと済ませておく」

 

 大切なことだから二度言ったんですね、わかります。

 

「不正解、スー様が聞き直したから」

 

「いや、確かに聞き直しはしたが……」

 

 何でこっちの考えてること的確に見抜いてるんですか、スミレさん。

 

「はぁ……ん?」

 

 確実に賢者へ近づいているというか新能力に目覚めつつあるようにも思える遊び人のお姉さんに頭痛にも似たないかを感じつつ砂漠を歩いた俺達は気づけばイシスのオアシスと城下町や城の入り口がはっきり確認出来るところまで来ていて。

 

「あれは」

 

 入り口に人影を認め、声を上げた直後だった。

 

「多分隊長」

 

「ですねっ、格好も昨日、合流した時のものみたいですし」

 

 スミレさんの推測とツバキちゃんの同意に俺の中で処刑用BGM的なモノが流れ始めた。

 

「あ、あれが隊長さんですか?」

 

「おそらくは。あたしちゃんは目が良いから見間違えようもない」

 

「あっ、こっちに気づいているみたいですっ。歩いてきますよ」

 

 避けては通れないと思っていた。だが、このタイミングで会うとも思っていなかった。迂闊と言えば迂闊だ、魔物が攻めてくる可能性がある以上、誰かが見張りはしていてもおかしくなかったというのに。

 

「さ、スー様」

 

「スー様、こういうのは最初が肝心だとあたしちゃんは思う。しっかり『ごめんなさい』出来たらOSIOKIを手加減してくれるかも知れない」

 

「い、いや言ってることはわかるが、その、減刑目当てで誤るのは……その、だな」

 

 謝らなければいけないとは勿論思うのだ。ただ、何かが違うというか、上手く言葉が出てこないというか。

 

「スー様……」

 

 結局の所、まごついた俺の初動は遅れた。お互いの顔がはっきり確認出来るところまで近づいて、最初に口を開いたのはクシナタさんだったのだ。

 

「っ」

 

 だが、こちらが無言ではいけない。俺は意を決して口を開くと――。

 




うん、OSIOKIまで行けなかったよ、すみません。

次回、第百七十五話「ただいま」


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第百七十五話「ただいま(閲覧注意)」

 

「がっ」

 

 言葉を発しようとした口から漏れたのは呻き声だった。視界も横に流れ傾き、やがて世界は左が上の世界となり、側頭部には強烈な痛み。

 

「隊長っ?」

 

「どの顔下げて戻ってきたのでありまするか」

 

 ツバキちゃんが声を上げる中、自分が思い切り殴られたことに気づいた俺にクシナタさんは瞳に涙を溜めながら吐き捨てて。

 

「カナメが……スー様を……止められなかったことを……気に病ん……で……う、うぅ」

 

「な」

 

 泣き崩れるクシナタさんに、いや途切れ途切れ口にした言葉から推測してしまった結果に、一人の馬鹿は絶句し己の愚かさを思い知らされ、打ちのめされた。

 

「隊長……今、カナメちゃんは?」

 

「女王様の好意でお借りした城の一室に居……安置してありまする」

 

 カナメさんはしっかりしている人だと思っていた。だからこそ、責任を感じてしまったのだろう。

 

「くっ」

 

 馬鹿だ、大馬鹿だ俺は。何でラリホーで眠らせるんじゃなくて、ちゃんと説明しなかった。カナメさんなら、レベル上げで引っかき回すだけでバラモスには挑まないし、同行者もいるって言えば納得してくれただろうに。いや、納得してくれなくても納得してくれるまで説得するべきだったんだ。

 

「安置とは……蘇生はしなかったのですかっ?」

 

「生き返らせて、また同じことをしない保証がありませぬ。だから、スー様を」

 

「そう、それで……」

 

 一言も発せず、会話に加われないままにツバキちゃんとクシナタさん、それにスミレさんの三人で話が進んで行く。まだ起きあがることさえ出来ていない。

 

「あ、あの……」

 

「あ、ごめんなさいっ。隊長、この方は砂漠で――」

 

 突然の展開で置いてきぼりにされたエリザさんが躊躇いがちに声を上げて、それに気づいたツバキちゃんがクシナタさんにエリザさんを紹介する。ついてきて早々、こんな場面に遭遇させてしまったことも申し訳ない。

 

「そんなことが。スー様を信じてついてきて頂いたのに申し訳ありませぬ」

 

 クシナタさんはそう言ってエリザさんに頭を下げるが、違う。まず、詫びるべきなのは俺の方で。

 

「すまなかった」

 

 身体を起こすよりも優先して声を絞り出した。

 

「スー様」

 

「俺が浅はかだった」

 

 カナメさんにもクシナタさんにもエリザさんにも、こんな謝罪では足りないことはわかっている、だけど。

 

「……まずはカナメの所に、案内致しまする」

 

 ただ、淡々と告げるクシナタさんの言葉からは感情というモノが読み取れず。

 

「すまない」

 

 そうさせてしまっている俺としてはただ、謝罪の言葉を口にし、身を起こしてついて行くことしか出来なかった。

 

「スー様?!」

 

「す、スー様……」

 

 途中で出会うクシナタ隊メンバーの反応は様々で、驚きの声を上げる者がいれば、呆然とこちらを見る者も居て。

 

「あ……っ」

 

「スー様……」

 

 こちらに気づき顔を伏せた者や何か言いたげな者も居た。再会に、本来なら戻ってきた時点で口にしようと思っていた「ただいま」の言葉を言えなくなったのは、俺のせい。

 

「こちらでありまする」

 

 やはり感情のこもらぬ声で、クシナタさんは先導し、二階に上がる階段の前で右に逸れる。

 

「こちらに」

 

 階段を取り巻く回廊を行きながら示したのは、伸びた廊下の一つだった。左右に配された扉の数と間隔から多分侍女や兵士など城に務める者用の個室あたりだと思う。

 

「この先にカナメちゃんがいるの?」

 

「知っているとは思いますが、地下は先日魔物が入り込んでおりました。故に魔物の接近を聞いて城を逃げ出し、空き部屋になった使用人部屋をお借りしておりまする」

 

「っ」

 

 逃げるという単語に心が痛む。自分以外のことだとわかっていても。

 

「スー様、精神力は残っておりまするか?」

 

「あ、あぁ。ザオリクだな……問題ない。いや――」

 

 急に声をかけられて自分に要求されているモノを察し頷いた俺は、顔を上げるとクシナタさんに深々と頭を下げた。

 

「ありがとう。この役目を俺にさせてくれて」

 

 何だかんだ言っても、クシナタさんは優しい。償いの機会をくれたのだ。勿論、ただ一度の蘇生呪文でチャラになるなどと言う甘い考えはしていない。

 

「カナメさんに謝る為にも蘇生は絶対に成功させてみせる」

 

「……こちらの部屋でありまする」

 

 素の口調で告げ、示された部屋のドアを開ける。

 

「っ」

 

 戸を開けて、息を呑んだ。薄暗い部屋の中、お香らしきモノの匂いが立ち籠める中に横たわる女性のシルエット。背中から差し込む光に浮かび上がったカナメさんの目元にはクマがあり、顔もやつれて見えた。

 




主人公を待ち受けていたのは、想像していたよりも遙かに重い罰だった。

次回、第百七十六話「唱えた呪文は」

咎人は償いとかの人との再会を求め、呪文を紡ぐ。



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第百七十六話「唱えた呪文は」

 

「カナメさん……」

 

 俺の口から出たのは、謝罪の言葉ではなく相手の名前。何を言うべきか迷ったのもある。だが、何より謝罪の言葉はカナメさんが息を吹き返した後に言うべきだと思ったのだ。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕カナメの御霊を今此処に呼び戻したまえっ、ザオリク」

 

 いつも以上に力を込め、カナメさんの傍らで片膝をついて詠唱から呪文名に至るまでを一気に唱えた。カナメさんを生き返らせるのは二度目であり、一度は成功していた、だから今回も生き返る。ザオリクの呪文は一ランク下の蘇生呪文であるザオラルとは違い効果があるなら100%相手を生き返らせる呪文なのだから。

 

「え」

 

 そう、生き返るはずなのだ。にも関わらず、呪文は何の効果も発揮せず、カナメさんは横たわったままで。

 

「精神力が足りなかった? そんなことはない筈」

 南で空飛ぶ魔物の群れを襲撃した時もマホトラの呪文で魔物から精神力を吸収し、補充していた。

 

「何で……」

 

 わからない。ジパングの洞窟では骨の状態からでも生き返らせた呪文だというのに。

 

「ザオリク!」

 

 もう一度唱えてみた。だが、やはり何も起こらない。

 

「そんな……」

 

 呪文を唱えれば、生き返らせることが出来ると思っていた。ちゃんと謝って、ただいまも言えると思っていた。

 

「スー様、蘇生呪文は身体を復元しそこに魂を呼び戻す呪文……」

 

 憮然とする俺の背にスミレさんの声がかかる。

 

「わかってる」

 

 該当する呪文の使えないスミレさんよりもこの呪文については理解してるつもりだ。だから、何を言おうとしているかもわかってしまっていた。

 

「頼むから、その先は言わないでくれ……」

 

 魂自体に戻ってくる気がなければ、呪文は効果を発揮しない。カナメさんが自責の念から命を絶ったとしたなら。

 

「っ、あああぁぁぁぁ! ザオリク、ザオリク、ザオリク、ザオリクっ!」

 

 認めない、そんな結末は絶対に認めない。俺はひたすら呪文を唱えた。

 

「……ザオリクっ! ザオリクっ!」

 

 滲む視界の中、祈り呪文を唱え続け、どれ程時間が過ぎ去っただろうか。時折後ろから呼ぶ声が聞こえては居たが、構ってなど居られなかった。

 

「くっ、呪文が駄目なら心臓マッサージと人工呼吸で」

 

 ザオリクが効かないのに今更そんなことをしても無駄だと心の冷静な部分は理解して居たけれど、もうこれは理屈じゃなかった。立ち上がるなり手袋を脱ぎ。

 

「す、スー様?!」

 

「な、何をされる気でありまする?」

 

 心肺蘇生法がこの世界にあるかはわからないが、少なくともジパング出身のクシナタさん達は知らなかったのだろう。こちらが何をしようとしているか理解出来ない様子であったが、納得させることの出来る説明をする自信もなければ余裕もない。無視して、カナメさんの胸に手を置き――。

 

「んっ」

 

「へ」

 

 その口から声が漏れて、俺は固まった。何というか服という布越しではあるがカナメさんの胸も死人とは思えない暖かさで。

 

「お帰りなさい、スー様」

 

 胸に当てていた俺の手を引っぺがしたカナメさんは笑った。

 

「ふふっ、その様子からすると気づいてなかったみたいね、死んだフリに」

 

「カナメさんの胸に触れた時はお解りになってなさってるのかとも思いましたるが」

 

 呆然とした俺の後ろから聞こえるクシナタさんの声は先程までとトーンが完全に違っている。俺は忘れていたのだ。クシナタさんがもの凄く演技の上手い人であると言うことを。

 

「もうお気づきかも知れませぬが、カナメさんの自死は狂言でありまする」

 

 なんですか、それ。と言うか、俺の後悔と苦悩とその他諸々はいったい。

 

「スー様、真っ白になってるよ? あたしちゃん、これはちょっとやりすぎだと思うけど」

 

「そうは言いまするけれど、自死は狂言なれどカナメさんがスー様を止められなかったことを気にして自分を責めていたところまでは事実でありまする」

 

 スミレさんとクシナタさんが何か言ってる。けど、どうでもいいや。うん。うふふ、あははははは。

 

「くくくくく……」

 

「隊長、スーさん変な笑い方で笑い出してるけど」

 

 これが笑わずにいられますか。はっはっはっはっは。まさか、ドッキリしかけられるとは、普通思わない。けど、嘘であってくれて良かった。このまま馬鹿笑いしてしまえば、泣いてしまったことだって誤魔化せるだろう。

 

「ふふふ、ふはははははははっ、あーっはっはっはっはっは」

 

 良かった、本当に良かった。

 

 




実は、ドッキリだったというオチ。

主人公は忘れていた、クシナタさんの演技上手い設定を

次回、第百七十七話「それはそれとして」



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第百七十七話「それはそれとして」

「……そうか」

 

 俺を止められなかったカナメさんはそのことを気にし、不眠不休の体勢でタカのめを使い、ずっと城の南側を監視していたらしい。もし魔物の襲撃などの変事があれば真っ先に気づくように。そして、もし、俺が心変わりして帰ってきたら真っ先に気づけるように。

 

「すまない。いや、申し訳ない」

 

 結局の所、カナメさんにそこまでさせてしまったのは、俺だ。

 

「それで、帰ってきてくれたと思ったら、知らない女の子が増えてるのだもの」

 

「……ごめんなさい」

 

 ましてやカナメさんの言うような状況であればこの仕打ちも当然である。俺がお姉さん達の立場だったとしてもブチ切れていたと思うし。

 

「慌てて隊長やみんなに報告に行って、『隊長は演技派だし、これが一番効果的だろう』って話になって」

 

「後はスー様も知るとおりでありまする」

 

 成る程、途中で会ったお姉さん達の内、顔を伏せた人は咄嗟に演技が出来なかった人で、何か言いたげだった人は俺を騙すことに抵抗のあったお姉さんだったと言うことか。

 

「本当にすまなかった」

 

 この場にいないお姉さん達にも後で謝っておこう。

 

「スー様が反省なされたのでしたらこれ以上何か言うつもりはありませぬ。スー様達の方の事情については、ツバキが説明をしている頃でありますれば」

 

「事情説明が必要なのは、この部屋に残ってる二人だけね」

 

「なるほどな」

 

 狂言をしかけても、そちらにかまけては居ないと言うことか。

 

「それで――」

 

「特にエリザさんについては詳しくおしえていただきたいところでありまするな」

 

「え」

 

 それは、俺にとって第二のOSIOKIの始まりであり、まさにOHANASIの時間だった。

 

「何がどうしてああいうことになったのか。きっちり、ね?」

 

「あ、いや、その……」

 

 まぁ、隊員をお持ち帰りしつつ逃げ出しておいて、見知らぬ女の子を連れて戻ってきた俺がきっと悪かったのだろうけれど、出来ればお尻ペンペンは勘弁して欲しいなと、引きつった顔で後退りながら思う。

 

「待て、い、一から順に説明するからくさなぎのけんを道具として使うのは――」

 

 この後何があったかは言いたくない。お尻にベホイミかけて余計な精神力を消費したり、お婿にいけないとかそんなことはなかった。

 

「テドンの近くで魔物に襲撃されてでするか」

 

「あ、ああ。となると原作通りテドンは滅ぼされて死人の村と化してる可能性が高い」

 

 エリザがテドンの出身で、記憶が戻ればクシナタ隊のお姉さん達の様に無理矢理勇者一行に加入させてザオリクで蘇生という荒技も出来るかも知れないが、蘇生呪文をかけるには最低でも魂を呼び戻す為に相手の名前が必要になってくる。

 

「それで、必要な名前については夜に村を訪れ直接聞くか、エリザさんの記憶が戻るのを待つかの二択になる訳だが」

 

 どちらにしても、これはバラモス対策の後だ。

 

「言い方は悪くなるものの、バラモス城へ纏まって移動出来る手段が確保出来た。あとは予定を少々変更し、少し多めの人数でバラモスの城に侵入し、鍛錬がてら城内を引っかき回す」

 

 変更に関しても追加で人員を加えると言った程度の変更である。

 

「お話しにあった、嫌がらせのレベル上げでありまするな?」

 

「ああ。ただ、イシスの守りを残しておくのは絶対だから、クシナタには隊長としてこちらに残って貰わないといけない」

 

「っ」

 

 断言するなりクシナタさんが仲間にして欲しそうにこちらを見たが、流石にこれは覆せない。

 

「カナメにはアイテム回収要員としてついてきて貰うことになると思う」

 

「あ、あぁ……あれをまたやるのね?」

 

 当然、商人のお姉さんとコンビでハードワークと言うことになる訳で。

 

「大丈夫か? 徹夜で同行は厳しいようであれば、居残り組でも良いし、交代要員としての途中参加でも何ら問題はないぞ?」

 

 バラモス城に一度飛べば、キメラの翼やルーラでの往復も可能となる。

 

「着地の直後に襲われる可能性が高い為、合流のタイミングを決め、横やりが入らないように周囲の魔物を殲滅しておく必要があるが、理論上途中参加も可能だ。疲れているようなら、一晩寝てからでも」

 

「ふふっ、ありがとうスー様。だけど気遣いは無用よ」

 

「そうか」

 

 俺の言葉を遮ったカナメさんは、もっと強くなりたいものと微笑する。それが、今度こそ俺を止める為にとかでありそうで微妙にいたたまれない気持ちになるのだが。

 

「そう言えば、商人の『大声』なら宿屋も呼べるか」

 

 ゲームではフィールド上なら例えバラモスの城の真ん前でも呼べば来たはずだが、この世界ではどうなのだろう。

 

「スー様、流石にそれは」

 

「一介の商人に魔王の城の前まで来いなどというのは無茶にございまする」

 

 いや、解ってはいたけれども。ゲームでは店の場合、最後に訪れた店の主人がやって来ることになっていたのだ。アリアハンの道具屋の主人が大魔王ゾーマの城の前まで出張とか、極悪非道の行いをしたあげく何も買わずに帰って貰う何て非道も出来た。

 

「そ、そういうものか。しかし、懐かしいな」

 

  間違って呼んで、申し訳なくて束で買った薬草でゾーマ戦の前にHPを回復した訳だが。

 

「一応弁解しておくが何も好奇心から呼ぶつもりだった訳ではないぞ?」

 

 メインはHPとMP回復の為だ。そも、俺も精神力の方は魔物から吸い取りはしたが万全ではない。かといって貰ったいのりのゆびわを使うのも勿体ない気がしてしまったのだ。

 

「第一、呼べば来るというのが『おおごえ』であって……」

 

 周辺の魔物が強すぎるからいけませんでは存在意義が半減である。

 

「と、話が逸れたな」

 

 後で検証はしてみるべきかもしれないが、今話すべきことから脱線してるのは確かだった。

 




主人公は結局お尻ペンペンされたのか?

きっとそれは聞いてはいけないことなのだ。

次回、第百七十八話「出発」

さぁ、嫌がらせ旅行に出発だ!


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第百七十八話「出発」

 

「この国の守りも必要だからな。最低でも半数は残って貰う」

 

 一度空から来る魔物の群れを襲撃したが、あの編成であれば脅威になるのはブレス攻撃と範囲魔法による一斉攻撃だと思う。だから、マホカンタの使える魔法使いのお姉さんには持てるだけ薬草を持って残って貰う。

 

「攻撃面に関しては、イオ系呪文かヒャド系呪文のどちらかは効く相手だ。雲と細長いドラゴン以外ならヒャド系呪文が有効と見て良いか」

 

「イオとヒャドでありまするな?」

 

「ああ。勇者のみが使えるというディン系の呪文なら双方に効くと思うが、勇者サイモンが襲撃の前にたどり着けるかどうか微妙だからな。こちら側の主な対処手段は魔法使いの呪文攻撃になるだろう」

 

 一応、僧侶も攻撃呪文は使えるのだが、僧侶のお姉さんには回復と補助を担って貰う必要があるのだ。

 

「まず、呪文の有効射程に敵が侵入する前にピオリムの呪文で味方全体の素早さをあげ、先制攻撃の確率をあげる」

 

 形として呪文の撃ち合いになることが予想される為、素早さは重要。先制の範囲攻撃呪文を重ねられれば、無傷で相手を一方的に殲滅することだって不可能ではない。

 

「まあ運の要素もあるし、精神力が続けばだがな」

 

「なるほど、参考になりまする」

 

 とりあえず、こうして戦って得たデータは対応策付きでクシナタさんに披露し、準備を整えた上で俺は迎える。

 

「では、後は任せる」

 

「はい」

 

 そう、出発の時を。嫌がらせ組の編成は、盗賊1商人1遊び人1僧侶2に魔法使いが1とエリザさん、それに俺だ。魔法使いはエリザさんが居るので一人削った。

 

「計八人か」

 

 最初は三人で行くつもりだったのに三倍近い人数に膨れ上がっている。結果として継続戦闘能力も高くなった。

 

「後はシャルロットの持ってる袋があれば言うことないのだがな」

 

 無限にアイテムが入っておそらく重さも無視出来るあのチート収拾があれば、戦利品が持ちきれない何てオチになることもない。

 

「まあ贅沢が過ぎるか」

 

 そもそもシャルロットを連れずにバラモスの城へ行くこと自体当初の予定にはなかったのだ。

 

「しかし、シュールな眺めだな」

 

「スー様、それは言っちゃ駄目だと思う」

 

 スミレさんに窘められてしまったが、そのスミレさんも今では黄緑色の覆面ローブ姿で声がなければ誰だか解らない。

 

「ああ、すまん。まぁ、ルーラで人間が飛んできたら警戒されるだろうから是非もない訳だが」

 

 バラモス城に出没する魔物、エビルマージに扮しているせいで何とも言えない出発シーンになってしまったものの、これもルーラで飛んできたこっちを見て魔物達へ迎撃体勢をとらせない為の苦肉の策である。

 

「変化の杖があればな。こんな仮装に時間をとられることもなかったものを」

 

 自分達の姿を変化させ、本来ならほこらの牢獄へ向かう為間接的に必要になる杖も泳いでほこらの牢獄にたどり着いてしまった俺には不要の品。スルーしたのがこんな所で祟るとは思っていなかった。

 

「まぁ、今となっては後の祭りか」

 

 今更サマンオサまでルーラで寄り道する時間はない。そもそも、今更愚痴を言ってどうにかなるモノでもないのだ。

 

「まぁ、遠目にばれなければいいのだからな」

 

 到着して、その場しのぎの変装に魔物達が気づいたとしても倒してしまえばいい。

 

「念のために二つ渡しておく、一つは緊急時ここに戻ってくる時に使ってくれ。バラモス城まで宜しく頼むぞ?」

 

「は、はい」

 

 キメラの翼を渡すと、俺はエリザを促し。

 

「いっ、行きます!」

 

 翼は放り投げられた。

 

「行ってらっしゃい」

 

「気をつけてね」

 

「抜け駆けしちゃ駄目ですよ?」

 

 その背に声を投げられて俺達は――って、抜け駆けってなんですか。

 

「……一部コメントに困る言葉があったな」

 

「そ、そうね」

 

 何とも言えない表情で覆面をしたお姉さんの誰かと視線を交わした俺の身体は空高く運ばれて行く。

 

「スー様、あれを」

 

「っ、南に居た魔物の群れか」

 

 直後、お姉さんの一人に呼ばれて指し示す方を見れば、もやのように進行方向へ群れる魔物達が見える。

 

「想定より進軍が遅いな」

 

 おそらくは俺が襲撃をかけたせいだろうが。

 

「多分そうね。スー様に被害を受けた分、再編成とかに時間をとられたんだと思うわ」

 

 肯定するお姉さんの言葉を聞きつつ、身体は飛翔を続ける。

 

「なら、その分の時間も有効に使わせて貰おうか」

 

 向かう先は、バラモス城。嫌がらせタイムは刻一刻と近づいていた。

 






次回、第百七十九話「空からやって来た者」



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第百七十九話「空からやって来た者」

 

「やはりルーラは便利だな」

 

 眼下に広がるは、ゲームでは徒歩で通行不可能だった高山からなる山脈。目に目をやれば低めの山地の先に平原が広がり、川を挟んで再び高山からなる山脈が見える。

 

「向こうの山脈に囲まれた湖だったな、バラモスの城がある島は」

 

「はっ、はい。人間のあたしが足を運んだのは、その、イシスを攻める為の軍勢が集められた時だけでなので……中のことはわかりませんけど」

 

 エリザに確認をとらずとも進行方向からどっちに向かってるかぐらいはおおよそ解るのだが、このやりとりもどっちかというと同行してるお姉さん達に聞かせる意味合いが大きい。

 

「いや、構わん。聞いての通りだ。前方の山脈に至れば高度が下がり始めるだろう。周囲にたむろする雑魚は俺が一掃するつもりだが、取りこぼしに備えて戦闘態勢は整えておけ」

 

 後半はお姉さん達の指示をしつつ、確かめたのは、先日袖に仕込んで大活躍したチェーンクロス。強い武器ではないが、敵を纏めてなぎ払えるのは、大きい。

 

「それから、一応俺もアイテムは回収するつもりだがカナメ達はアイテムとゴールドの回収を頼む」

 

「ええ、もちろん」

 

「ううっ、カナメさんは良いですよね。スー様手伝って下さるしっ」

 

 頷いた推定カナメさんを恨めしげに見ているやっぱり推定商人のお姉さんには「生きろ」としか言えないなぁ。

 

「そうは言うが、カナメは徹夜で消耗しているし、その原因を作ったのも俺だからな。この程度で罪滅ぼしになるとは思えんが……」

 

 埋め合わせは、させて貰う。

 

「……スー様」

 

「俺が言うのも何だが、これから向かうのはバラモスの城、敵の本拠地だ。無理はするなよ?」

 

 反則的な身体スペックの俺ならともかく、現地に居る魔物は同行するお姉さん達にとっては格上の相手なのだ。お姉さん達だけで遭遇した場合、先手をとられて範囲魔法やらブレス攻撃で一方的に全滅させられたとしても不思議はない。

 

「一応、呪文への備えにまほうのたてを買って装備するよう言ったが、あの盾はあくまで呪文攻撃の被害を軽減するモノだ。ドラゴンの吐く息には効果がないし、呪文とて無効化する訳でもない。僧侶は回復は早めを心がけ、先手をとられないよう予めピオリムの呪文をかけておけ」

 

「「はい」っ」

 

「いい返事だ」

 

 覆面のせいで誰が僧侶のお姉さんか不明だが、振り向いた俺は頷いてくれたので良しとして、前に向き直った。

 

「さて、鎖の届く範囲に固まっていてくれるといいのだがな」

 

 到着後、まず始めに行うのは周囲の魔物の始末だが、呪文で一掃では精神力が必要になるし、音で周囲に気づかれる可能性もある。となれば、袖に仕込んだ鎖分銅での対応になるが、このチェーンクロスが攻撃出来るのはゲームで言うところの敵一グループ、纏めて攻撃出来ると行っても効果範囲内に居る敵ならと言う条件付きなのだ。先程取りこぼしに注意するようにとは言ったものの、場外の敵もお姉さん達にとっては格上の敵。

 

「ふむ、ままならぬモノだな」

 

 やはり、イシスへの侵攻が痛かった。もっと余裕があればお姉さん達を適正レベルまで鍛えられたし、ダーマの神殿へ到達して転職させることだって出来たかも知れないと思うと歯がゆい。

 

「が、是非もないか」

 

 もし、バラモスを油断させもっと時間を得ようとすればサマンオサではボストロールの化けた偽の王によって更に数多くの人が処刑され、クシナタさんを含むクシナタ隊のみんなを救うことも能わなかった可能性があるのだから。

 

「スー様?」

 

「いや……無益なことを考えていた。もう少し時間があればなどとな」

 

 独り言を耳にしたのであろうお姉さんに名を呼ばれ、頭を振って苦笑する。覆面してるので、きっと苦笑は見えなかったと思うが、そこはニュアンスと声のトーンとかで察して貰えたらなと思う。やがて、俺達は二度目の山脈を眼下に見ることとなり。

 

「バイキルト」

 

 高度が下がって行くのを感じつつ、呪文を唱える。

 

「侵攻軍に居た奴か」

 

 近づいてくる城と地面の間、最初に見えたのは宙を泳ぐ水色の東洋風ドラゴン。上空というのが着地前に敵対行動とらなければいけないという意味でめんどくさいが、飛んで空に逃げられたら拙い。

 

「でやぁっ」

 

「グフシャァァ」

 

「シュウォォォ」

 

 一閃させた左の袖で軌道上にあったスノードラゴン達の頭部を角ごと粉砕し。

 

「「フシュオォ?!」」

 

「次は貴様等だ」

 

 降ってきた水色東洋ドラゴンの死骸に慌てふためく甲羅を背負った赤いドラゴン達目掛け、右の袖から伸ばした鎖分銅で薙ぐ。

 

「「シギャァァァァッ」」

 

「ふっ、造作もない……ん? これは」

 

 まさに鎧袖一触。振るった鎖を引き戻せば何故か宝箱に巻き付いていて、箱から出てきたのは一粒の種。

 

「流石スー様ですっ! あ、ラックの種ですね、食べると運の良さが上がるらしいですよっ」

 

「そ、そうか」

 

 こういう時、鑑定が出来る商人のお姉さんが一緒に居て良かったと思う。

 

「さて、戦利品についてはこの後増えて行くことだろう。余計な荷物を増やす訳にはいかん。誰か欲しい者は居るか?」

 

「はい」

 

 言いつつ見回すと、ちょうど一人覆面のお姉さんが手を挙げる。

 

「他にはいな」

 

「あ、すみません。希望じゃなくて質問です」

 

「だあっ」

 

 希望者一人ならちょうど良い、そんな風に思った俺は被せるようにまくし立てたお姉さんの声にすっ転ぶ。典型的なコントの流れだった。

 

「……お前な」

 

「紛らわしくてごめんなさい。ええと、運の良さって恋愛運とか男運も含みますか?」

 

 しかも質問も割とどうでも良い感じじゃないですか、やだー。

 

「ええと、普通は『状態異常呪文とかがたまたまかからない』運の良さ何ですけどっ」

 

 うん、ゲームではそうだった。だが、恋愛運をあげてどうしようというのか。

 

「けど?」

 

「クシナタ隊に男の人って居ませんよねっ? 同行者と言うことにしても男の方ってスー様以外いらっしゃらないのですけどっ?」

 

 そう、商人のお姉さんが言うように、この場に男性は自分だけなのだ。だが、俺自身は人の身体を借りてる皆のでお付き合いは出来ないとしっかり予防線を張ってある。

 

「うぐ」

 

「と言うことは、スー様狙いと考えて良いのですねっ?」

 

「そっ、それは……」

 

 えーと、張ってあるんですよ、もしもーし。

 

「そうか」

 

 いや、これまでの経緯を考えれば、一つ思い当たるモノがある。ドッキリだ。カナメさんのアレに味を占めて二匹目のドジョウ狙おうとしたのなら説明がつく。

 

「成る程、俺を引っかけるのが狙いか」

 

「「え?」」

 

 図星であったのだろう。お姉さん達はこちらを見て呆然としている。心を見抜かれて驚いたのだ。まぁ、ドッキリにかけられる原因となった行動を顧みれば、俺がモテる筈もない。だが、この短期間に二度も騙されるほど俺かでもないつもりだ。

 

「引っかけられるモノなら、引っかけてみると良い」

 

 条件に無理があったなと内心でドッキリの評価をしつつ、俺は宣言する。

 

「え、アタックOKってことですか? やったぁ」

 

「「す、スー様?」」

 

 どうやら仕掛け人のお姉さんは最初の設定を貫くようだが、初志貫徹という一本筋が通った所を褒めるべきか、既にバレてる演技を続けることに生産性はないと窘めるべきか。あと、何驚いてるんですか他のお姉さん達。

 

「ん?」

 

 ひょっとして、そのリアクション自体もドッキリの仕込みなのか。一人のお姉さんがこちらに気があると思わせておいて実はドッキリでしたと言うのを隠れ身にして、実は別の手で俺を騙すつもりなのではないか。

 

「充分あり得るな」

 

「え、えーと、スー様?」

 

「ん、すまんな。少し考え事をしていた。そうそう、先程の話だがあの城での嫌がらせを終えた後でと言うことにさせて貰うぞ? 流石に他のことを考え」

 

「スー様、あ、あれを!」

 

 ドッキリ自体は構わないが、流石に嫌がらせ破壊活動中に何かさえるのは拙い。故に釘を刺そうとしたときだった。俺の声に被せて一人のお姉さんが東の方を指し示し。

 

「ん? なっ」

 

 釣られて東の空を見た俺は思わず声を上げていた。見覚えのある多頭のドラゴンが背に覆面マントつけた人物を乗せてこっちに飛んでくるところだったのだから。

 

「やまたの……おろち、だと?!」

 

 しかも背中に何か乗せている。どうして、こうなった。

 

 




自己評価だだ下がり中の主人公は、クシナタ隊のお姉さんの好意をドッキリと勘違いしてしまう。

そこに現れたやまたのおろちと謎の騎乗者。覆面マントと言うことはあの男が帰ってきたと言うのか、それとも。

次回、第百八十話「やまたのおろちライダーが現れた! こまんど?」

ファンのみんなお待たせ、いよいよあいつが再登場だ!


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第百八十話「やまたのおろちライダーが現れた! こまんど?」

「っ、呆けてる場合か。皆、下がれ! 潰されるぞ」

 

 おろちに翼がない以上、あれはキメラの翼を使っての移動だろう。ならば、ちょうどこちらの降り立った場所に着地すると言うことで、頭を振って自分を叱咤した俺はお姉さん達に警告を飛ばしつつ、後方へ引く。

 

「あ、あぁ……」

 

「ちぃっ」

 

 しかし、相手が悪かった。飛んでくるのはお姉さん達を一度喰い殺した者なのだ。恐怖が再燃してしまったのか、立ちすくんでしまっているお姉さんを視界に捉え、舌打ちするなり地面を蹴る。

 

「レムオルっ」

 

 飛び出しながら、同時に呪文を唱える。精神力を喰らう割には効果時間の短い透明化の呪文だが、何故おろちがよりによってここに現れたのかが解らない今、安易にこちらの姿を晒す訳にはいかない。

 

「他はいいな? よし」

 

 口に出して聞きつつも周囲を見回すが、幸いにも足を止めてしまったのは一人だった。そのまま後ろからお腹のあたりに腕を回して抱くと、もう一度地面を蹴る。

 

「スー様」

 

「とりあえず間に合った。だが、ここから私語は厳禁だ」

 

 透明になっても音は消えないのだ。まだ距離はあるが、声を出せば聞こえてしまう可能性がある。

 

(しかし、想定外にも程があるというか、何故このタイミングでおろちがわざわざバラモス城へ来るのやら)

 

 声に出せないが故に、心の中で呟くと、近づいてくるやまたのろちの方へと俺は目をやった。

 

(それに、あの覆面マント……)

 

 おろちの身体が影になってよく見えないが、色合いはジパングで別れたジーンの物に似ている気がする。ただ、さつじんきのジーンがわざわざバラモス城へおろちと一緒にやって来る理由がない。おろちが約定を違えてバラモスへ密告する為にやって来たのだとしても、何故ジーンを連れて来るというのか。

 

(人質……にはならないしなぁ)

 

 じゃあ、何だと問われると他人を納得させる様な答えは思い浮かばない。

 

(うーん……)

 

 考える間にもおろちの姿はどんどん大きくなり。

 

「は?」

 

 背に乗った人物の姿をより近くで見ることになった俺は、私語厳禁と言ったにもかかわらず声を漏らしてしまっていた。覆面マントの下にあったのは、比率の大きな肌色とそれを申し訳程度に隠すビキニ。

 

「なん……待て、落ち着け」

 

 しかも色っぽい下着までつけた少女のようなのだ。これで黙っているという方が無理だ。と言うか、俺の持っていた危険物ことガーターベルトは刀鍛冶に預けたと思ったのだが。

 

(まさか、あいつ権力を使って刀鍛冶の人からビキニとガーターベルトを無理矢理?)

 

 流石に今度は声に出すのを自重したが、これは看過できない。

 

(くっ)

 

 とは言え、まだ出て行くのは早すぎる。あの覆面マントを許容出来る少女という時点でもう俺には心当たりが一人しかいないのだが、想像通りだとしても、向こうの事情をもう少し知る必要がある。

 

(静まれ、静まるんだ俺)

 

 おろち達はまだ地面に降りても居ないのだ。

 

「フシュルォォォ」

 

「……あれ……ラモスの……」

 

 固唾を呑んでと言う表現が正しいかどうか考える余裕もないままに、途切れ途切れに聞こえた少女の声に確信を強め、透明のままで俺達は迎えた。おろちと勇者シャルロットの到着を。

 

「グルォォ」

 

「っと」

 

 地響きさえ立てそうな勢いで地面に降り立ったやまたのおろちの背を推定シャルロットは滑ると、地面に足を着け、首を巡らせた。

 

「魔物の死体がこんなに……じゃあ、お師匠様はやっぱり来てるのかな」

 

「グルォォ」

 

 おろちは本性のままなので鳴き声だが、きっと以前俺にもやった人の心に語りかけるテレパシーもどきでやりとりしているのだろう。

 

(となると、聞き耳を立てるにしても情報源になりそうなのはシャルロットの言葉だけか)

 

 とりあえず、お師匠様はやっぱりとか言ってるところを見るに、こっちの狙いの何割かは見透かされていたようだ。

 

「フシュオオオッ?」

 

「うん、死体から流れてる血からすると時間も経ってないみたいだけど、どうしよう? おろちちゃんはきっと問題ないだろうけど、ボクは見とがめられるよね……魔物に見つかったら」

 

 しかも何やら俺に先へ行かれたと思って後を追いかけようとしている模様。って、どうしろと言うんですか。

 

(ここで怪傑エロジジイとしてでていったらシャルロットに「お師匠様は?」って聞かれるよなぁ)

 

 だが、師匠の格好で出ていったらドラゴラムで嫌がらせ計画が破綻する。

 

(と言うか、そもそもあの下着って……あれ、だよな)

 

 一時期所持していたので、解る。シャルロットのつけてるのは、見間違いようもなくガーターベルトだった。

 

「お師匠様、今のボクを見たら……なんて言うかな? んっ、想像しただけで……」

 

 たすけて、るびすさま。シャルロットまで、せくしーぎゃるになってるの。

 

(おろちの性格が本で治ったとおもったらこれですか。何これ、イジメ? イジメなの?!)

 

 あんなシャルロットの前に師匠の格好で出て行ける訳ないじゃないですか。

 

 うぐぐ、世界の悪意が。

 

「グルル」

 

「あ、うん。ごめん、想像したらちょっと興奮しちゃって……え? 気持ちはわかる?」

 

 何故だろう、情報収集しないといけないのに、思いっきりこの二人のやりとり聞きたくないですよ。何だかアイドルの汚れた一面を知らされるファンの心境というか、それに近い感じがするので思いっきり耳を塞いでいたいですよ。

 

(まぁ、それはそれとして……シャルロットに変なこと吹き込んでたらあの首だけ多めのハ虫類、ぶっ殺して良いよね? 首一本残して全部斬り落としてからベホマで再生させてのループを精神力切れるまでやってからぶっ殺しちゃっていいよね?)

 

 約定なんて知ったことか。俺にはシャルロットのお袋さんとの約束があるのだ。

 

「いやー、目を離した隙に娘さん変態さんになっちゃいました。てへぺろ」

 

 では済まされない。

 

(どうする、ここで介入するか。それとも……)

 

 いや、ここで介入して何とかなる問題なのだろうか。シャルロットのせくしーぎゃるがお師匠様だけでなく男性なら誰にでも向けられるタイプだった日には、飛び出した所で詰む。

 

(うぐぐぐぐ)

 

 俺は今まさに、決断を強いられようとしていた。

 




満を持して登場の勇者シャルロット。

やけにおろちと仲も良さそうだが、いったい何があったのか。

次回、最終話「シャルロット、お前がナンバーワンだ」……っと、間違えた。

次回、第百八十一話「顔を隠した者同士の複雑な関係」に続きます。


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第百八十一話「顔を隠した者同士の複雑な関係」

「そこの者、エロジジイ」

 

「えっ、えろ……じじい?」

 

「フシュオッ?」

 

 かけた声に、推定シャルロットが弾かれたように振り返る。迷いに迷ったが、黄緑のローブを脱ぎ介入することにしたのだ。このままいきなり城に突入でもされたら、一歩出遅れるのは確実であるし、判断は間違っていなかったと思いたい。

 

「うむ、ワシは怪傑エロジジイ。バラモスの僕に語尾へ『エロジジイ』がつくの呪いをかけられ、復讐の為に戦う者、エロジジイ」

 

 バラモス対策にスレッジも拙いと怪傑エロジジイの装いを着込んでいた俺にとって、名乗る名前はそれしかなかったエロジジイ。

 

「え、ええっと」

 

 覆面マントのビキニ少女が言葉を探す様を眺めながら、フードの奥で密かに緊張する。ローブの色こそ変えているが声音もスレッジの時そのままのモノに語尾を付け加えただけなのだ。余程鈍くなければ、スレッジと同一人物であると気づくと思うのだ。その上で、わざわざこんなまどろっこしいことをしてる理由に気づいてくれるかどうか。

 

「あー、頭が幾つもあるドラゴンはさておき、お前さんは魔物でないようじゃが、何者かのエロジジイ?」

 

 確認の為、俺は再び口を開いて問いかけた。さつじんきもどきの覆面マントもこちら同様バラモスに素性を悟らせない為の可能性もある。だからこそ、何と呼ぶべきかと問うたつもりだったのだが。

 

「え、ぼ、ボクは通りすがりのドラゴンライダー……名乗るほどの者じゃ」

 

 うむ、この反応からするときっと偽名とか考えてなかったのだろう。俺が知るシャルロットなら相手が名乗ってるのに自分が名乗らない何て失礼をするような子じゃなかったのだから。

 

「ほう、竜乗りじゃったか、エロジジイ」

 

 ともあれ、一つ解ったことがある。

 

「しかし、ワシの名乗りを聞いて襲って来ぬと言うことはその多頭ドラゴンもお前さんもバラモスと敵対、もしくは中立の立場であると考えて良いのじゃな、エロジジイ?」

 

「グルォゥ」

 

 直後に肯定するようにおろちが鳴かずとも、状況から察した。バラモスに復讐すると言ってのけた者へ即座に襲いかからずにいるというのは、騙すつもりがないならバラモスの部下としては背任以外の何ものでもない。しかもシャルロットまでバラモス城に連れてきたところを見るに、保身の為完全にこちらへついたと言ったところか。

 

 決めつけるのは危険かも知れないが、一度戦ったおろちは知っている、俺の強さを。だからこそシャルロットに味方することで点数を稼ごうとしたなら、一応納得は出来るのだ。

 

「あ、うん。ボク達人を探しに来たんだけど、お爺さ……怪傑エロジジイさんは見てせんか? 爪のついた手甲を装備して暗い青色のマントをつけた盗賊なんですけど」

 

 更に推定シャルロット自身の発した問いで、目的と言うかここまで来た動機もおおよそは知れた。

 

「むぅ、こんな場所まで人捜しとは大変じゃの、エロジジイ。しかし、その人物はこんな危険な場所まで足を踏み入れる様な御仁なのかの、エロジジイ?」

 

「今、イシスが魔物の侵攻に遭ってるって聞きました。それで、お師……その人なら二つに一つかなって思ったんです。イシスを守りに行くか、元を断つ為ここに来るか」

 

 成る程、発想はカナメさんに近いケースで予想した訳か。

 

「おろちちゃんならここにキメラの翼で飛んで行けるって知って、まずは飛んでみて戦闘の跡があるかで判断しようと……」

 

「ふむ、エロジジイ。戦闘の跡があれば、捜し人が城に乗り込んだかも知れぬと言う訳じゃな、エロジジイ」

 

「はい」

 

 多分、戦闘の跡がなければルーラで戻ってイシスに向かうとか言った辺りの計画だったのだろう。ならば、この推定シャルロットがどう動くかはこちらの返答次第とも言える。周りの魔物の死体について、自分の仕業でないと言えば、お師匠様を捜して城に乗り込むと思う。

 

「ところで、あの魔物達ですけど」

 

 やはり来たと言うべきか、とぼけると言う手はないらしい。

 

「ワシが片付けたエロジジイ」

 

 少し迷ったが正直に告げることにし。

 

「え、全部お一人でですか?」

 

「む、エロジジイ」

 

 自分の攻撃だけで倒したのは事実だが、厳密には一人でなく。隠れていたままだった同行者のお姉さん達を紹介するかでまた悩む。シャルロットにクシナタ隊の存在を明かす訳にはいかないのだが、かと言ってこのまま隠れていて貰うことも出来ない。複雑な事情と関係があるからこそ、対応一つとってもめんどくさく。

 

「ピキー?」

 

「あ、まだ出てきちゃ駄目、メタリンっ」

 

「ひょ? ……エロジジイ」

 

 葛藤していた俺は少女のマントの中からいきなり出てきた灰色生き物に思わず語尾を忘れるところだった。

 




まさかの灰色生き物ことメタルスライム登場。

そして、隠し事をしてるからこそ言えないことがあって主人公は悩む。

次回、第百八十二話「灰色生き物」


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番外編13「ついにここまで来たけれど1(勇者視線)」

 

「あ、まだ出てきちゃ駄目、メタリンっ」

 

 臆病だから大丈夫だと思っていたのに、気を抜いたのが悪かったんだと思う。

 

「ピキ?」

 

「このお爺さんにまだ説明してないんだから。お爺さんも驚いてるじゃない」

 

 このメタルスライムを倒すと強くなれるみたいだったから、人前に出るような癖はついて欲しくない。スレッジさんなら大丈夫だとは思うけど。

 

「えーと、どこから説明しようかな」

 

「ピキー?」

 

「よいしょっと」

 

 ボクは頭を悩ませつつ、とりあえずメタルスライムのメタリンを捕まえた。

 

「んー」

 

 それにしても、スレッジさん本当に語尾をエロジジイにしちゃったんだ。もちろん、突っ込んで聞くのはいけないことだと思うし、言及はしないよ。

 

『やれやれ、難儀しておるようじゃな』

 

「あ、おろちちゃん。えへへ、ゴメンね?」

 

 突然心に語りかけられて振り向くと、呆れたような五対の視線を向けられて、ボクは苦笑する。そもそも、ボクがここバラモス城に来ることが出来たのも、メタリンを仲間に出来たのもおろちちゃんの協力が大きい。

 

「もうちょっとボクに慣れてくれたと思ったのになぁ」

 

 アリアハンを旅立った後、スライムに襲われて、一時期スライム恐怖症になりかけたボクがまさかメタルスライムを仲間にすることになるなんて、風邪で寝込むまでは思いもしなかった。

 

(全ては、あの日――)

 

 そう、懺悔をするためにアリアハンの教会に足を運んで、二人目のお師匠様に出会ったのが、きっかけだった。

 

 

「そ、そこの君」

 

「えっ?」

 

 教会の廊下を歩いていたボクが振り返ると、ベッドに寝かされてるやつれた男の人がいて、訊ねてきたのだ。

 

「サマンオサが平和になったというのは……本当かね?」

 

「あ、はい。勇者サイモンさんが、魔物に化けていた偽物の王様を倒して、囚われの身だった本物の王様も救い出されたって聞いてます」

 

 流石にその討伐に同行していた何て言えないので、サイモンさんのことだけ言うと、その人は「そうか」と呟いてからしきりに「良かった」と繰り返した。

 

「ひょっとして、あなたはサマンオサの人なんですか?」

 

「ああ。私はサマンオサで魔物使いをしていてね……」

 

 反応から予想して問うと、二人目のお師匠様となるその人は、頷いて身の上を語り始めた。

 

「サマンオサには魔物同士を戦わせる格闘場があるんだけど、私はそこで戦わせる魔物を外でてなづけ、魔物が戦う時には影から指示を出すのが仕事なんだ」

 

 この人、名をロディさんと言うのだけど、ある日新人の魔物使いが連れてきた魔物が城下町に出て行くのを目撃してしまったそうなのだ。

 

「おそらく、王様に化けていた魔物と言うのがその魔物だったのだろうね。拙いところを見られる形になった私を偽物の国王は適当な理由をつけ、ほこらの牢獄という僻地にある牢獄へ幽閉したんだ」

 

 それで、助け出されはしたものの衰弱して今だ満足に身体が動かないのだとか。

 

「あ、そう言えば……」

 

 よくよく考えると、ボクは前に一度この人と会っていた。確か、マシュ・ガイアーと名乗ったサイモンさんと出会った時、ロディさんと同じ髪の色をした人がサイモンさんに抱かれていたのを朧気ながら覚えている。

 

「そっか、あの時助け出されたんですね」

 

 事情がわかってからロディさんとは一気にうち解けた。いろんな話もしたと思う。

 

「そうか、そんなモノがあるとは世界は広いね」

 

「ですよね、ボクも最初はただのえっちな下着だと思ったんですけど――」

 

 風邪もだいぶ良くなって、念願の二枚目の小さなメダルを見つけ、メダルのおじさんからガーターベルトを譲って貰ったこととか。

 

「そこでアランさんが何て言ったと思います?」

 

「え? 僧侶の人ならこう、無難なことを言ったのでは?」

 

 真面目なのに時々とんでもないことを言い出すアランさんのこととか。

 

「そろそろ返事が来ても良いと思うんですけど」

 

「そうですね。じゃあ……」

 

 ロディさんからは家族がサマンオサにいるはずだが、投獄されてから連絡出来ず、ようやく安否確認の手紙は出せたが返信はまだだと聞いて、ボクがルーラで確認してこようかと提案した時は、やんわり断られ。

 

「魔物のてなづけ方、ですか」

 

「お願いしまつっ」

 

「……仕方ありませんね」

 

 仲良くなったボクが、魔物使いの心得を教えて欲しいと頼み込むことになるとロディさんは、いやお師匠様は見抜いておられたのだと思われる。

 

「私も人に助けられた身、出来ればその方にお礼をと思っていましたが、この身体ではいつ果たせるかも怪しい。貴方も見た私を抱えてここまで連れてきてくださった方の力になって下さるなら、お教えしましょう」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「風邪が治ったら旅に出られるのでしたよね? 時間もありません、指導は厳しくなりますよ?」

 

 実際、二人目のお師匠様の指導は厳しかった。その上、魔王の影響下にあるこの世界ではてなづけた魔物も大半が自分達を襲わせないようにするのが精一杯で、一緒に戦ってくれる戦力にもならないとも教えられた。

 

「ただ、中には例外も居ます。高い知力を持った魔物や高位の魔物、呪文などの影響を極端に受けない魔物ならあるいは」

 

 結果から言うなら、メタリンを仲間に出来たのは、このお師匠様の助言があったからだ。それともう一つ――。

 




いやー、ほこらの牢獄で蘇生した人の伏線、ようやく回収出来ました。

長かったなぁ。

次回、番外編13「ついにここまで来たけれど2(勇者視線)」

アリアハンに戻ったシャルロットがその後何をしていたか、回想は続く。



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番外編13「ついにここまで来たけれど2(勇者視線)」

 

「ジーンさん、だっけ」

 

 ロディお師匠様から魔物使いとしての心得を学んだボクがルーラの呪文でまず向かったのはジパングだった。

 

「さっちゃん達は居ないし……」

 

 今からポルトガに飛んでもきっとサラ達には追いつけない、だいたいスレッジさんに修行して貰って強くなったみんなからすればボクはたぶん足手まとい以外の何者でも無いと思う。だから、ジパングに向かったのは、修行の為。

 

「一緒に修行したジーンさんならきっと詳しい修行方法とかも知ってるよね」

 

 魔物を呼ぶ口笛の吹ける遊び人と、ピオリムの呪文が使える僧侶が必要なのは知っている。

 

「遊び人のあてはないけど、詳しい修行方法が解れば代用がきくかも知れないし」

 

 エミィとサハリさんなら実力的な面の問題でサイモンさんの所には向かわずアリアハンで留守番していた筈なので、遊び人と盗賊以外なら人員心当たりはあった。

 

「うん。まずはジーンさんを探して話を聞いてみないと」

 

 ただ、この時のボクはジーンさんを捜し当てて修行のことを聞こうと思っていただけだったのだ。

 

「お前かえ、ジーンを探しているというのは?」

 

「あ、はい」

 

 なのに何故か、ジパングのちょっと偉そうな人に呼び止められて、気がついたら女王様の前にまで引っ張り出されていた。

 

(確かこの人……魔物なんだよね)

 

 風邪で寝込んでいた時、ベッドのボクにお師匠様は手作りのご飯を食べさせながら教えてくれたのを深く心に刻み込んだから、しっかり覚えている。あ、うん、別にふーふー覚ましてからスプーンを差し出してくれたところとかがメインでこっちの情報がおまけだったなんてことは無いと思う。

 

(お師匠様は変なことはしないだろうって仰ってたけど)

 

 だったら、何故自分が呼ばれたのか、と言う謎が残る。けど、流石に当人と言うか、当の魔物に効く訳にも行かない。

 

「ジーンの追っ手が娘一人と言うことはあり得ぬ、となれば……お前、わらわのことを誰ぞより聞いて居らぬかえ?」

 

「えっ」

 

「ふむ、即答はせぬか。まぁよい。これ、お前達は席を外せ。わらわはこの者に話がある」

 

「話?」

 

「右手に爪のついた手甲、身体には暗い青のころもを纏った男、お前は知っておろう?」

 

 本当に話で済むのか、ひょっとしたらお師匠様達に対しての人質に捕まえるつもりなんじゃないか、とも思って密かに警戒するボクの前で、偽の女王、やまたのおろちは語り始めた。今まで何人もの若い女の人を食い殺したこと、その日も生け贄に捧げられた娘を喰らおうとして、とある男に襲われたこと。

 

「わらわは、その男と約定をかわした。じゃから、人は襲えぬ。もっとも、今は約束に縛られずとも人を襲うつもりなどないのじゃがな」

 

 どことなく自嘲するように語ったやまたのおろちは、言う。男に自らの愚かさを思い知らされた、とも。

 

「わらわはの、あの男の力になりたいと思うておる。最初は保身の為じゃった……じゃが」

 

「今は違う、と?」

 

 ボクが問うと、おろちは複雑そうな顔で首を横に振った。

 

「あの男に逆らえば、わらわの命はない。故に、今、お前にこうして協力したいと申し出て居るのにも保身の意味合いがないとは言いきれぬ」

 

 ただ、他にも理由があると偽の女王は言った。

 

「お前の言うジーンと言う男が修行をする姿をわらわは密かに見ることとなったのじゃが、その時にとある方の姿を見たのじゃ」

 

 そのとある方というのは、おろちの話を聞いたところジーンさんと言うよりもどうやらサラ達に力を貸していてくれたみたいなのだけれど、一頭のドラゴンなのだとか。

 

「修行に付き合っていたあの方に、もう一度お会いしたいからでもあるのじゃ」

 

「そっか」

 

 裏があるんじゃないかとか色々警戒していたけど、男の人を慕う気持ちからと協力したいと言うなら理解も納得も出来た。

 

「ほ、他にも理由はあるのじゃが……お前を強くすれば、あの男の心証も良くなろう」

 

「えっ、じゃあ、まさか……」

 

「幸いと言う訳ではないが、修行に使われていた洞窟はわらわの支配下、魔物も大半はわらわの僕じゃ。一部例外もあるのじゃがな」

 

 ボクが強くなる為の修行に、バラモスの部下であるはずの魔物から協力して貰うなんて、アリアハンを旅立つ時には思いも寄らなかった。

 

「と言うか……今でもちょっと信じられないけど」

 

 おろちは言う。

 

「今までのこともある、信じて貰おうなどと虫の良いことを言うつもりはない」

 

 と。

 

「どちらかというと本を燃やしてしまったことがバレた時のことを考えると、ここで点数稼ぎをしておかないと、わらわは……わらわは」

 

「本?」

 

「な、何でもない。そも、お前には関係のない話じゃ」

 

 譫言のようにブツブツ言っていたのでちょっと気になったけど、協力してくれると言う相手に深く突っ込んで聞ける筈もない。

 

「と、とにかく。ジーンと言う男のことも知って居る。家まで案内させるからお前は詳しい話を聞いてからもう一度わらわを訊ねよ。修行場所の洞窟ならばわらわの力を使えばここから一瞬で行ける」

 

「あ、ありがとう……ございます?」

 

「何故疑問計なのじゃ?」

 

「えっ、保身の為だって言ってたし、魔物に敬語も変かなぁって思って」

 

 一応偽物でも女王様だからつけておいた方が良いかなぁとも思ったけど、こんな会話聞かれていたら不敬罪とかどころじゃないような気もするし。

 

「くっ、事実だけに言い返せぬ。と、ともかく修行は手伝うが、手は抜かぬ。厳しいものと覚悟して望むのじゃぞ?」

 

 悔しそうに呻いたおろちはその後ボクに退出を促し、屋敷にいたジパングの人に案内されてジーンさんと再会したボクは知ることになる。

 

「そうか、あれをやるのはあの男が居ないと厳しいと思うが、まあいい……メタルスライムという魔物は知っているか?」

 

 スレッジさんの行った修行の目的がメタルスライムを効率よく倒すことであったことを。

 




まさかのおろち全面協力で次回、シャルロット強化計画発動。

うん、バラモス城にやって来たシャルロットが強くなってないなんて誰が言った?

次回、番外編13「ついにここまで来たけれど3(勇者視線)」



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番外編13「ついにここまで来たけれど3(勇者視線)」

「ふぅむ、メタルスライムか。あれはわらわの僕ではなく僕と共生関係にある野生の魔物なのじゃが」

 

「えっ」

 

 メタルスライムを倒すことが修行になると話すとおろちは短く唸ってから話し始めた。

 

「あの魔物に攻撃呪文が効かないことぐらいは知っておろう?」

 

 ボクにとってはその時点で驚きだったのだけれど、メタルスライムは魔王の影響も殆ど受けていないと聞いて更に驚いた。

 

「ひょっとして、出会えばメラの呪文を放ったりしてくるから魔王様の影響で凶暴化しているとでも思ったかえ? あれは、硬い身体に反して生命力が弱いが故に怯えて過剰に攻撃しておるのじゃ」

 

 おろちが言うには、魔王に影響されている魔物ならあれほど逃げることはないのだとか。

 

「そっか、ロディお師匠様の言ってた連れ歩ける可能性があるって、そう言うことだったんだ」

 

 ひょっとしたらそのメタルスライムであれば、修行のついでにてなづけることも出来るかも知れない。

 

「ロディ? それがあの男の名か?」

 

「あ、ううん。少し前に知り合って色々教えて貰った別の人だよ。それより、あなたのことは何て呼べば良いのかな? おろちさん、とか?」

 

 まさか聞かれてるとは思わなくて、話題を変えた後だった。

 

「『さん』はいらぬ。わらわはあの男につくことにしたが、そう言う意味ではお前の方が先輩じゃろう? だいたい、お前があの男のつがいであったら、その者にさんづけで呼ばせていたと知られた日には――」

 

「えっ、つ、つがい?」

 

 とんでもないことって言うか、嬉しいって言うか、ええと、とにかくそんなことを言われたのは。「つがい」って言うのは、あれだよね、人間で言うところの夫婦、みたいな。

 

「違うのかえ?」

 

「やっ、違わないって言いたいけど、ボクまだお師匠様とは、その、そんな風になってなくて。えっと、なりたくはあるんだけど、ええと、あうぅ」

 

「ほうほう」

 

 あれ、何でボク魔物を前にこんな弁解してるの。

 

「まぁ、よいわ。わらわも好きな男の居る身じゃからな、気持ちも些少はわかる。そも、強い雄の子を産みたいというのはおそらく生物共通のものじゃろうからなぁ」

 

「こっ、子供とか。そ、そんなのまだ早いよ!」

 

「むぅ、そう言うものかえ? まぁ、わらわと人間では寿命も違うからのぅ。じゃが、それ程乳や尻が大きく育って居るところを見るに人間の女子としてはもう子を産める歳なのじゃろう?」

 

 思わず叫ぶと、おろちはボクの胸とかお尻をジロジロ見てきて。

 

「ちょっ、何処見て」

 

「警戒せんでもよい、手は出さぬ。それこそあの男に殺されかねぬからのぅ」

 

「うぅ……」

 

 嫌らしい笑顔で答えるのを見たボクは悟る。からかわれてると。同時にこうも思った、このままじゃいけないと。

 

「じゃ、じゃあおろちちゃんはどうなの? さっき、一目惚れした相手が居るって言ってたけど」

 

「なっ」

 

 起死回生の一手、話題を返してここで主導権を握る。

 

「ぼ、ボクのことだけ話題にするのって不公平だと思うし」

 

「い、いや、それはそうかもしれんのじゃが……というか、おろちちゃんって何じゃ?」

 

「えっ?」

 

 勢いで押し切れるかな、と思ったけどそこにも追求してくるなんて、やっぱりおろちは手強い。

 

「理由がどうあれ、修行に付き合ってくれる訳だから呼び捨ても悪い気がして……そもそも、可愛いよね、おろちちゃんって呼び方?」

 

 心の中では、おろちと呼び捨てにしてるけど、どうもしっくり来ない気がしたのだ。敵ならともかく、協力者というなら。

 

「待て、気遣いは感謝するが、まさかわらわを僕の前でもその呼び方で呼ぶ訳ではあるまいな?」

 

「えっ」 

 

「えっ」

 

 驚いたボクの顔に驚きの表情をおろちちゃんが返して、部屋を一瞬沈黙が支配し。

 

「ねぇ、おろちちゃん。愛称とかそう言うモノは、呼ぶ為のモノだってボクは思う」

 

「お断りします、止めて下さい、何でもするのでそれだけは止めて下さい」

 

 諭すように語りかけたら、特有の語尾なしの敬語で懇願された。ちょっと、ショックだった。

 

「うぅ、そんなにダメかな?」

 

 親しみやすそうで良い感じだと思ったんだけどな。

 

「ぶ、部下の僕の前でなければそれで構わぬ。じゃが、流石に僕の前でそれは勘弁してたもれ」

 

「じゃあ、オロちゃんで」

 

「一文字抜けただけではないかえ!」

 

「んー、だったら『おろっちゃん』?」

 

「殆ど変わっておらぬ?! そも、何で『ちゃん』付けに固執するのじゃ!」

 

 色々考えてみたのに、どれも気に入らないらしい。

 

「……仕方ないかな」

 

 呼び方がどうので時間を無駄にしては居られない。

 

「流石あの男のつがいじゃ、ただの会話だけでわらわをこうも疲弊させるとは……」

 

 何だかほんの僅かな間にげっそりやつれてしまったおろちちゃんは、ブツブツ呟くと輪郭をぼやけさせ。

 

「フシャァァァァァァッ」

 

 次の瞬間、五つの頭を持つドラゴンに変わっていた。

 

『今からわらわが赤い渦を作り出す。そこにわらわが入って消えたら後を追って飛び込むのじゃ』

 

「あ、うん」

 

 ボクが頷いたのが早いか、それともおろちちゃんが言葉通り赤い旅の扉みたいなモノを作り出したのが早かったか。

 

「グルォゥ」

 

 一声鳴いたおろちちゃんの姿は渦の中に消え。

 

「よしっ」

 

 ボクもすぐ後に続いた。

 

「っ」

 

 飛び込んだ後の感覚は旅の扉で移動している時に似ていて、その感覚が途切れるなり襲ってきたのは、猛烈な暑さ。

 

「ここが、みんなの修行した……洞窟?」

 

 目を見開いて、飛び込んできた光景に暑さの理由を悟る。溶岩だ。煮え立つ溶岩で囲まれた島にボクはいたのだ。

 

『そうじゃ、あのジーンという男達が修行をしておったのは、この上の階じゃがな』

 

「え、上?」

 

 心に直接語りかけてくるような声に振り返ると、そこにはおろちちゃんが居て。

 

「フシュアアァァァ」

 

 一声鳴いたおろちちゃんは一糸纏わぬ女の人の姿に戻ったのだった。

 

「さて、では上に向かうかえ」

 

「え、ええっと……それはいいけど、服は?」

 

「この洞窟では燃えやすいモノはホンの僅かな気のゆるみで燃えてしまうのでな、本性に戻った時に向こうで脱いできた」

 

 おろちちゃん曰く、この洞窟は一階に登る階段が狭く、人の姿になったのは階段を通る為であって、上階に着けばドラゴンの姿に戻るので問題ないとのことだったが、そういう問題じゃないとボクは思う。

 

「うーん」

 

 ひょっとしたらドラゴンだから人間の女の子みたいな恥じらいを持ち合わせていないのかも知れないけど、見ている方が気になるというか。

 

「気にするでない。人間の女子に裸を見られたところであまりムラムラせぬし、興奮もせぬからのぅ」

 

「え、えっと……」

 

 魔物ってみんなこんな感じなんだろうか。ボクは少しおろちちゃんのことが解らなくなりだしていた。

 




すみませぬ、「おろちちゃん」と呼ばれる経緯の部分書いてたら、修行開始までたどり着けなかった。

次回、番外編13「ついにここまで来たけれど4(勇者視線)」

もうちょっとシャルロット主役なので許して下さい。



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番外編13「ついにここまで来たけれど4(勇者視線)」

 

「さて、わらわは僕共を呼び集めて指示を出す。お前はその間に戦いの準備をしておくのじゃ」

 

「あ、うん」

 

 階段を上り終え、振り返ったおろちちゃんに頷く。おろちちゃんの興奮がどうとか言う発言に覚えた困惑を引き摺っていて、修行が疎かになったら本末転倒だ。

 

「準備かぁ」

 

 何があるか解らないからと武器は腰にはがねのむちで作った輪っかをぶら下げてるし、念のために何でも入る不思議な袋だって持ってきている。けんじゃのいしは風邪で動けなかったボクが持っていても仕方なかったからサラに渡したけど、袋はボクが持っているようにってサラもアランさんもミリーも受け取らなかったのだ。

 

「薬草はぁ……んっ、これだけあれば大丈夫だよね?」

 

 ホイミとか回復呪文も使えるけれど、精神力は出来れば温存しておきたかった。

 

「じゃあ……あとは」

 

 ボクは袋に手を突っ込んで、それを取り出した。ガーターベルト。衣服のずり落ちを防ぐものをガーターって呼ぶらしいから太ももまでの足を包む網タイツとセットなのがちょっと謎だったりするんだけど。

 

「うん、そんなことより……これをつけるってことは、脱がなきゃいけないんだよね」

 

 インナーの上から履く訳にもいかないと思うから、つまり。

 

「よりによって、こんな洞窟で……」

 

 おろちちゃんが居るから、着替え中に魔物が現れて、恥ずかしい姿のところを襲われると言うことはないと思う、けど。

 

「あう……やっぱり、心の準備が」

 

「フシュァァァァァッ」

 

 遠くから聞こえる咆吼はきっと部下の魔物をおろちちゃんが呼んで居るんだろう。

 

「あぁ、早く着替えないとおろちちゃんが戻って来ちゃう」

 

 時間はない。なら、さっさと着れば良いとも思うのに、未知のモノに対する恐怖と不安で踏み切れないのだ。この装飾品は着用者の性格を変えてしまうとメダルのおじさんは言っていた。

 

「お師匠様」

 

 みんなに報いる為と望んで手に入れておきながら、身につけて自分が自分でなくなってしまうのを何処かで怖がっていたのだと思う。

 

「お師匠様ぁ……ボク」

 

 だから、気がつくとそれをにぎったまま、ボクは大好きな人を呼んでいた。

 

「ボク、変わってしまっても……みんなの為になりたいんです。だから、勇気を……勇気を下さい」

 

 側に居ない人に呼びかけても答えなんて返ってこないことはわかってる。それでもボクにはそれが必要な儀式で。

 

「んっ」

 

 上に着た衣服の中に両手を入れ、インナーがずり落ちないようにしていた腰ひもの結び目を解き、内側に親指を入れて、ずり下ろす。続いて片方だけブーツと一緒にインナーを完全に脱いで、靴下も脱ぐ。

 

「さ、急いで履かないと」

 

 素足を網タイツの部分に入れて膝の下あたりまで履いたら、ブーツを履いて、もう一方の足も同じようにインナーと靴下を網タイツに交換する。

 

「ふぅ」

 

 下手に素肌が触れると火傷してしまいそうな地面だから、着替えをするだけでもかなり緊張する。

 

「あとはこの靴下止めの部分をあげて、上からインナーを履……あれ?」

 

 履こうと思っていた筈だった、少なくとも直前までは。

 

「何でインナーなんて履こうとおもったんだろう、ボク。こんなに暑い場所なんだもん、履かなくていいよね?」

 

 流石に裸は拙いと思うけれど、下着姿ぐらいなら許容範囲だと思う。

 

「……お師匠様が見てくれるなら、裸でも良いかもしれないけど……って、そうじゃなくて」

 

 ボクは修行する為に着たのだから、今すべきことは、強くなることだ。風邪で休んで鈍った身体を鍛え直して、お師匠様に見て貰う。

 

「って、違う違う。お師匠様やみんなの足を引っ張らない自分にならないと」

 

 次に会う時は、生まれ変わったボクを見せるんだ。隅々まで、恥ずかしいところも。

 

「えっ、ちょっと待って……何かおかしいような……」

 

 何だろう、この違和感。ひょっとして、性格が変わったからなのかもしれない。

 

「ううんと、『修行して強くなる』は問題ないよね? で『生まれ変わったボクをお師匠様に見て貰う』も問題ない……『恥ずかしいところも』も問題なし。気のせいかぁ」

 

 性格が変わるって所を必用以上に気にして神経質になってたみたいだ。

 

「グルォアァァ」

 

「あ、おかえり」

 

 もう何度か聞いたおろちちゃんの声に振り返ると、ボクは脱いだインナーから外したむちの輪を解き、無造作に地面を叩いた。

 

「こっちの準備も終わったよ」

 

『ほほ、そうかえ。ならば修行の説明と行こう。わらわの僕がメタルスライムを今、ここに向かって追い込んで居る。お前はそのメタルスライムと戦うのじゃ』

 

 こちらの報告に心に語りかける声で応じたおろちちゃんの説明も、ここまでは想像通りだった。

 

『ただし、殺すことはまかりならぬ』

 

「えっ」

 

『殺してしまっては、メタルスライムが絶滅してしまうわ』

 

 驚きの声を上げたボクにおろちちゃんは言い。

 

「けど、それで修行になるの?」

 

『わらわは殺すなと言うておるだけじゃ、倒すなとは言うておらぬ。お前達人間とて人間同士で戦いに備え木剣で打ち合うたりするじゃろう。殺さねば無意味なら、あれは一体何だと言うのじゃ』

 

「そっか」

 

 どうやら模擬戦の様なモノをやらせたい様だと察し、はたと膝を打つ。命懸けの実戦と比べれば得られるモノは少ないかも知れないけれど、てなづけるならむしろその方が都合がいい気もする。

 

『納得がいったかえ? ならば身構えておくのじゃ。じきに追い立てられたメタルスライムがやって来る』

 

「わかったよ」

 

 上手く行けば一緒に戦ってくれる魔物との出会いになるかも知れない。メタルと名は付いてもその形状はかってボクが殺されかけたスライムに近い。もう、恐怖は乗り越えたつもりだけど。

 

「ううん、乗り越えたんだ」

 

 そしてお師匠様のお陰で、ボクは強くなれた、だから――。

 

『来るぞえ』

 

 おろちちゃんの警告を聞いた直後だった。

 

「ゴアアアッ」

 

「「ピキィィィィ」」

 

 熊らしき魔物の咆吼と微妙に怯えた鳴き声が聞こえてきたのは。

 

「あれは」

 

「「ピキッ?! ピキィィィィ!」」

 

 声の方を見れば、右手の通路の入り口から飛び出たメタルボディの魔物が飛び出し、左手にあった別の通路に飛び込もうとして急停止し、向きを変えて突っ込んでくる。

 

「っ」

 

 違う、あれはあの時のスライムじゃない。追われているからか、鬼気迫る様子のメタルスライム達に一瞬だけ足が竦んだけれど、すぐさま頭を振ってはがねのむちを振るった。

 

「やあああっ」

 

 全部当てようとは思わない。固まって突っ込んでくるなら、せめて一、二匹でも。

 

「ピッ」

 

「「ピキーッ」」

 

「あ」

 

 薙ぐような軌道で迎え撃ったはがねのむちは最初のメタルスライムにぶつかった瞬間軌道が逸れて、跳ね上がったむちの下をくぐったメタルスライム達がそのままボクに飛びかかってくる。

 

「くっ、それぐらいっ」

 

 覚悟はしていた。

 

「「ピキッ」」

 

「呪文っ?」

 

 何匹かが不意に立ち止まり、火の玉が生まれたのを見てボクは咄嗟に盾を構える。こんなこともあろうかと用意していたまほうのたてだ。

 

「うくっ、まだまだぁっ」

 

 火の玉が盾に直撃して衝撃が腕に伝わってきたけど、ただそれだけ。ボクは再びはがねのむちを振るうと。

 

「やあっ」

 

「ピキーッ」

 

 メタルスライム目掛け一撃を放った。

 

 




おろちの修行とは模擬戦だった。

まぁ、殺さなくても経験値が手にはいるのはカンダタ戦という例があるので不正はないのです。

その分手に入る経験値が低い設定ですが、メタルスライムはもともと得られる経験値が高いので十分訓練になってしまうと言う。

ご覧の通り、内容はけっこうガチのバトルですし。

次回、番外編13「ついにここまで来たけれど5(勇者視線)」

多分、この番外編は次で終わりです。


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番外編13「ついにここまで来たけれど5(勇者視線)」

ちなみにその頃の勇者サイモン一行


サ  ラ「本当についてませんわね。船を手に入れていざ南下という段階で嵐に巻き込まれるとか」

アラン 「しかも、同じ嵐に巻き込まれてボロボロになった船だと思い救助に赴いた船が幽霊船というオチまでついてますからな」

ミリー 「あ、あの‥‥また魔物が」

サイモン「くっ、陣形を整えよ! 私が先陣を切る」



‥‥うん。

どこ寄り道してるんですか、アンタ達はぁーッ!


 

「これで終わりっ」

 

「ピィィッ」

 

 はたき落としたメタルスライムが地面に跳ねて倒れ込む。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 手強かった。それ程素早いという訳じゃないし、メラの呪文もまほうのたてで受け止めれば威力を殺せたけれど、数は多いし鞭の一撃も殆どダメージが通ってない様に見えたから、かなりの持久戦になったのだ。

 

「薬草、使わなきゃ」

 

 メタルスライムの体当たりがあたったところは、痣になってるかもしれない。

 

「けど、その前に……」

 

 視線を感じて、ボクは振り返る。

 

「……ピキー」

 

「あっ」

 

 目を回してあちこちに倒れ伏していたメタルスライムのうちの一匹、起きあがってじっとこちらに視線をやってる子とボクの目があったのだ。

 

「……ピ」

 

「どうしたの?」

 

 何か言いたげにこちらを見てくるメタルスライム。ただ、ボクはスライムの言葉は知らなくて、だから問いかけた。ロディお師匠様から、聞いては居た。戦った敵であるはずの相手に起きあがった魔物が敵意以外の向けてこちらを見てきたなら、それはこちらに興味を持った証拠だと。

 

(ここから、この子がボクについてきてくれるかは、ボクの対応次第)

 

 視線を外さないまま薬草とかと一緒にしてあった道具袋に手を入れて、指の感覚だけでそれを探す。

 

(これじゃない、これはたぶんキメラの翼。ええっと、袋に入れてあったはずだけど)

 

 欲しいのは、干し肉。メタルスライムが何を食べるのかは解らないけれど、魔物はだいたい肉を好むとボクは教わった。草食のいっかくうさぎなんかも、差し出されれば肉は食べるらしい。もっとも、主食ではなく嗜好品という意味合いだとロディお師匠様は仰っていたけど。

 

「あった。えっと……キミ、良かったらこれ食べる?」

 

「ピキー?」

 

 ようやく見つけ出し、一切れ差し出して見せるとメタルスライムは「いいの」と聞くかのように身体を傾げた。ちょっと可愛いかも知れない。

 

「あ、うん。キミ、なかなか強かったし……健闘賞というか、その強さを讃えて、ね?」

 

 実際、ボクに体当たりを喰らわせたのは、見間違いでなければこの子だと思う。他のメタルスライムと比べて飛び抜けて強いという訳ではなかったけれども。

 

「アリガトウ」

 

 そう、食べる前にお礼だって言える子なのだ。そう、お礼だって。

 

「えっ」

 

『何を驚いておるかえ?』

 

「だって、この子喋って……」

 

『それがどうしたのじゃ?』

 

 どこか呆れたようすのおろちちゃんによると、人型でない魔物の中にも人の言葉を喋れる魔物がそれなりに存在するのだそうだ。

 

『あいにく、わらわの僕で人の言葉が話せるのはきめんどうしくらいじゃがな。それにそのメタルスライムも喋れるとは言っても、おそらく簡単な挨拶が出来る程度じゃろう』

 

「そうなんだ……」

 

 言われてみれば、お礼の言葉もカタコトというかぎこちなさがあったような気もする。

 

『お前が教えれば喋れる様になるかもしれぬがな』

 

「へぇ。けど、この子ボクについてきてくれるかな?」

 

 もう暫くはここで修行することになると思うけど、いつまでもここにいる訳にはいかない。となると、言葉を教える時間があるかどうか。

 

「ピキッ」

 

「あ」

 

 考えるだけ無駄だったみたいだ。前に傾ぐようにしてボクの問いかけに肯定を返したメタルスライムは網タイツに包まれた足に擦り寄ると身体を擦りつけて。

 

『どうやら懐かれたようじゃのぅ』

 

「あはは、そうみたい。よろしくね? えーと」

 

「メタリン」

 

 おろちちゃんに苦笑を返したボクにメタルスライムは名乗る。これがボクとメタリンの出会いだった。

 

『では、次の模擬戦といくかえ?』

 

「えっ?」

 

「ピキッ?」

 

 だけど、メタリン達との戦いは始まりに過ぎなかったんだ。その後何匹のメタルスライムと戦ったかは覚えてない。

 

「うぅ……もう、ダメぇ……」

 

「ピキー!」

 

「ピィッ」

 

「ピキッ」

 

 その場で尻もちをつく訳にはゆかず、気力を振り絞って地下二階に戻ってきたボクは石で出来た祭壇に突っ伏した。精神力は温存してたはずなのに、流石に疲れたのか、身体と瞼が重い。

 

『これ、そんなところで寝るでな……むぅ、仕方のない女子じゃのぅ』

 

「んぅ?」

 

 急に身体が引っ張られたと思ったらほっぺに何かが触れた。目を開けると顔のすぐ脇に人に戻ったおろちちゃんの頭があって。

 

「あ、おろ」

 

「しゃべらずともよい。ただ、わらわの背中から落ちるでないぞ?」

 

 裸のおろちちゃんに背負われたボクはもう一度赤い渦をくぐった。

 

「生憎まだ宿屋は出来ておらぬのでのぅ、今宵はわらわの部屋に泊まってゆくが良かろう」

 

「あり……がと」

 

 頭ももう半分くらい働いてなかったかもしれない。

 

「ピキー?」

 

「ん、メタリン冷たくて気持ちいい」

 

 洞窟では熱を帯びて熱かったけど、ひんやりとした感触が枕にちょうど良い。

 

「けど、服が汗でぐしょぐしょ……んー、いいや脱いじゃえ」

 

 おろちちゃんは女の子だし、裸でも問題ないよね。ボクの意識は服を脱ぎ散らかしてから再び横になったところで途切れ。

 

「……きよ、起きるのじゃ」

 

「んー?」

 

 自分へ向けられた声と共に身体を揺らされて目を覚ますと、服を着たおろちちゃんがボクを見下ろしていた。

 

「ようやく起きたか。ちょうど良いわ。まずはこれを着るのじゃ」

 

「着る? なぁに、これ? 水着みたいだけど」

 

「それはな、あの男がこの国の刀鍛冶に預けていったも」

 

「お師匠様が?!」

 

 寝ぼけ眼で差し出されたモノを受け取ったボクだったけど、眠気は一気に吹き飛んだ。

 

「い、いや……勝手にあの男の持ち物を持ってきては拙かろう? それは刀鍛冶に命じて作らせた模造品じゃ」

 

「模造品……ってことは、本物もその刀鍛冶さんの所に行けばあるんだよね?」

 

「う、うむ。何でも防具に加工してくれと頼まれた品らしいのじゃ」

 

 あれ、そう言えばスレッジさんが水着を防具にしてしまった人のこととか、話していたような気もする。

 

「加工ってことは実物はもう無いの?」

 

「それがまだなのじゃ。加工するにあたって着る人間を連れてきて採寸する必要があってのぅ、あの男は着せる相手を連れておらなかったのでな、水着を預けたっきりだったそうじゃ」

 

「そっか」

 

 きっとボクが風邪で寝込んでてパーティーのみんなが動けなかったから、連れてこられなかったんだと思う。

 

「お師匠様が誰に着せる為のものって明言されてないなら勝手にボクが貰って行く訳にもいかないよね。おろちちゃん、この模造品貰ってもいい?」

 

「そ、それはわらわが……いや、何でもない。お前が着るのかえ?」

 

「うん。お師匠様に見て貰いたいから……」

 

 何でだろう、これを着てお師匠様の視線を浴びることを想像したら、凄く興奮する。

 

「うぅん、けどなぁ」

 

 お師匠様がどんな反応をするか、ちょっと怖い気もした。

 

「あ、そうだ! ジーンさんみたいに覆面を被って水着姿を先に見せて、反応が良かったら覆面をとればいいんだ」

 

「ほう、変装じゃな」

 

「あー、言われてみるとそうかも」

 

 その後、おろちちゃんの協力で刀鍛冶の人に覆面マントまで作ってもらったボクは、おろちちゃんの部屋まで再び戻ってきて今後どうするかを話し合うこととなった。

 

「コスチュームも完成したし、お師匠様に会いに行きたいけど……やっぱりイシスかなぁ」

 

 ボクがルーラでいけるのはポルトガかバハラタまで、イシスにゆくにはどれだけ時間がかかることか。

 

「お師匠様が居れば多分イシスは大丈夫……けどイシスが落ちなかったらバラモスは他の手を練ろうとするよね?」

 

「う、うむ。……って、何故わらわがこんな相談にのっておるのかのぅ」

 

 何だかんだ言いつつも話に付き合ってくれるのだから、おろちちゃんは意外と人が良いのかも知れない。そんな風になったのもお師匠様と出会った影響だったりするのかも知れないけれど。

 

「って、そうじゃなくて……バラモスの行動にいちいち対処してたら後手後手に回っちゃう……と言うことは」

 

 ひょっとして、お師匠様直接バラモス城に乗り込んで決着をつけてしまわれるんじゃ。

 

「おろちちゃん、キメラの翼があったらバラモスの城に行ける?」

 

「な、何じゃ突然? ま、まぁ、行けんこともないが」

 

「じゃあ、お願い。ボクをバラモス城まで連れてって」

 

 ボクの思い過ごしなら良い。ルーラで戻って来れば良いのだから。ただ、思い過ごしじゃなかったら、ここで行かないと絶対後悔する。

 

「ちょっ、待、待」

 

「待たないっ」

 

 この件に関して、ボクは退く気はなかった。

 

「うぐぐ、どうなっても知らぬぞえ?」

 

 おろちちゃんが折れてバラモス城ことになったのは、この一日後。今の実力ではまだ無理だと言われてもう一日模擬戦に費やした後だった。

 




ちょっと駆け足しましたが、シャルロット側はだいたいこんな感じでした。

次回、第百八十二話「灰色生き物」

ようやく本編に戻れるぅぅぅ




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第百八十二話「灰色生き物」

 

「フシャァァァ」

 

「あ、おろちちゃん。えへへ、ゴメンね?」

 

 どうやらやまたのおろちと会話しているようだというのは解った。

 

「もうちょっとボクに慣れてくれたと思ったのになぁ」

 

「ピキー?」

 

 灰色生き物を抱えてブツブツ呟いているところを見るに、信じられないことだが、たぶんシャルロットはあの灰色生き物を仲間にしたのだと思う。

 

「しかし、お前さんよく魔物をてなづけることなど出来たのぅ、エロジジイ」

 

 ましてや、勇者一行の新しい仲間は、倒しづらいと定評のある歩く経験値ことメタルスライムだ。仲間モンスターシステムのある作品でも仲間にするには一度倒す必要があった上、倒せば確実に仲間になる訳ではないと記憶している。

 

(灰色生き物だけなら俺も結構な数を狩ってるんだけどなぁ)

 

 起きあがってきた個体は居なかった。となると、仲間にするには何らかの手順がいるのか。

 

(もしくは、あの『おろち』が何かしたかかな)

 

 灰色生き物はおろちの居たジパングの洞窟に棲息していたはず。見たところ、シャルロットはおろちとも仲が良さそうだし、おろちから配下のモンスターを譲り受けたって可能性だってある。まぁ、推測するよりお師匠様になって聞き出した方が早い気もするけど。

 

「うん、あれは本当にきつかったよ……」

 

「嬢ちゃん?」

 

 何故だかシャルロットの目が何処か遠くを見ていて、呼びかけにも返事が帰ってこなくて、うっかり語尾をつけ忘れた。

 

「うむぅ、これは何というか回想モードじゃな、エロジジイ」

 

 考え事の最中に思考が逸れて俺もたまにやるので、シャルロットを責める資格はないのだが、この状況で放置されるのは流石に困る。

 

「揺り起こしてでも正気にもどすか、それともあっちに聞いてみるべきか、エロジジイ」

 

 ガーターベルト着用でせくしーぎゃるになっていらっしゃるシャルロットに直接触れるなんて目に見えた地雷を踏み抜きたくはないが、魔物形態のやまたのおろちとスレッジは面識が無かった筈で、話を微妙に切り出しにくい。そも、今はスレッジじゃなくて怪傑エロジジイだし。

 

(ただ、なぁ‥‥)

 

 かといってクシナタ隊のお姉さん達はシャルロットと引き合わせられず。

 

「ああ、のんびりしておれんというのに、エロジジイ」

 

 どうしろというのか。いや、解ってはいるのだ。

 

「もしもーし、嬢ちゃん聞こえとるかのー、エロジジイ?」

 

 とりあえず、気力を振り絞ってもう一度シャルロットに声をかけた直後だった。

 

「裸で寝るのも気持」

 

「は?」

 

 何だかとんでも無いこと口走り始めましたよ、この子。

 

「ちょっ、ちょ」

 

 流石にこれは人様に聞かせられない。だが、近寄ってシャルロットがせくしーぎゃるしてしまったら――。

 

「お、おいそこの五つ頭、お主の騎乗主じゃろ、エロジジイ? 何とかせぬか、エロジジイ!」

 

 俺は追いつめられてとっさにそんなことを言ってしまい。

 

「仕方ないのぅ」

 

「むぐっ」

 

「え」

 

 素っ裸のヒミコに姿を変えたおろちがシャルロットに後ろから組み付いて覆面の上から口を押さえる姿を見て、固まった。

 

「どうかしたかえ? 竜の身体で口は押さえられぬ、何とかしろと言うたのはお前じゃろ?」

 

 確かにそうですが、何故裸なんですかご馳走様です。じゃなくて、何故裸なのだ。

 

(せくしーぎゃるは治った筈だよなぁ)

 

 だいたい、おろちの狙いはスレッジではなくスーさんだった筈。

 

「ピキー?」

 

「教えてくれぬか、何があったのじゃエロジジイ?」

 

 どうしようもなくなった俺はこともあろうに、シャルロットが後ろから抱きすくめられた弾みで逃げ出した灰色生き物へ訊ねていた。

 

「ワカラナイ」

 

「しゃべったぁぁぁぁ?!」

 

 ただ、聞いておいて何だがメタルスライムが答えてくれるとか想定外で。あ、語尾忘れた。

 

「し、しかし……まさか喋れるとはのぅ、エロジジイ」

 

 確かランシールと言う村の神殿に人語を話すスライムが居たような気がするから、理論上存在しても不思議はないのだが、流石に驚いた。

 

「ピキー、チョット……ダケ」

 

「むぅ、なるほどのぅ、エロジジイ」

 

 改めて聞いてみれば、確かに若干片言っぽい気もする。となると、複雑な言い回しや詳細説明みたいなモノは無理か。

 

「ともあれ、流石にあそこまでされれば我に返ったじゃろ、エロジジイ」

 

 灰色生き物を観察しつつ現実逃避する時間はもう終わりだ。

 

「それで、何故こやつはお前さんになついてるのじゃ、エロジジイ?」

 

 俺はシャルロットへ再び訊ね、答えを待つ。期待と不安が半々にない混ぜな気持ちで。

 




短くてごめんなさい。ぐぎぎ。

ともあれ、回想シーンから何とか戻ってきたっぽいシャルロット。

せくしーぎゃるであるが故に一歩間違えば大ピンチの状況は終わらない。

次回、第百八十三話「看過出来ぬモノ」

シャルロットの話に、主人公は――。


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第百八十三話「看過出来ぬモノ」

続・その頃の勇者サイモン一行(プチ)


サラ「やりましたわ! ねんがんのガーターベルトを手に入れましたわ!」







うん、実は幽霊船にも一個あるんですよね、ガーターベルト。


「んー、んーっ」

 

 聞いてみたが、口を塞がれていれば、話せない。道理である。

 

「とりあえずもう口を押さえるのは良いのでお前さんは元に戻ってくれんかの、エロジジイ」

 

「むぅ、注文が多いのぅ。まあ、よい」

 

 とりあえず、目の毒でもあるのでおろちには元に戻って貰い、もう一度シャルロットに事情を聞く。ここまでは確定事項だ。もし、シャルロットが仲間にした灰色生き物の様に潰れ発泡式の灰色生き物も仲間に出来るのだとすると、それをシャルロットが望む可能性もあるのだ。

 

(ドラゴラムじゃ完全な黒こげになっちゃいそうだからなぁ)

 

 ゲームの時はHPが10もなかったところを竜になって吐く炎は90ダメージも与えていた気がする。オーバーキルってレベルじゃない。かといって、理性に乏しいドラゴラムした竜の自分がはぐれメタルだけ器用に避けて魔物に攻撃出来るかというと、怪しい。シャルロットのペットな灰色生き物だけならこちらに攻撃しては来ないだろうからギリギリ何とかなりそうな気もするが、おそらくはそれが限界だ。

 

(魔物をてなづける仕組みを、それが無理でもどうやっててなづけることが出来るようになったかとこれからも仲間モンスターを増やすつもりかだけは聞いておかないとなぁ)

 

 魔物を仲間に出来るのであれば、これまでのように「出来るだけ殺しておく」何て行動をせずに済むし、大魔王の戦力を味方に取り込めるのは大きい。エリザの様に敵側の拠点へルーラで移動出来るようになるかも知れないと言うのも大きいが、喋れる魔物であれば敵方の事を知る情報源にもなる。反面、連れて町にはいると騒ぎなるであろうというデメリットもあるのだけれど。

 

(まぁ、おろちが居るならおろちに管理して貰うと言う手もあるからなぁ)

 

 ジパングがモンスター王国になってしまう可能性もあるが、現女王が魔物の時点で微妙に今更な気もしてしまうのは、俺が疲れてるからなのか。

 

「おそらくお前さんも欲しい情報があるじゃろ、エロジジイ。ここは情報交換といこうではないかの、エロジジイ」

 

 俺としては、クシナタ隊のお姉さん達をシャルロットに会わせられない以上、こちらの対価情報として「バラモス城にお師匠様は来ていません」と言い、シャルロットにはいったん帰って貰った方が良いとも思っている。騙すのは心苦しいが、おろちと同行などクシナタ隊のお姉さん達にとってはまだ苦行以外の何物でも無いということもあるし。

 

(効率を考えれば一緒にレベル上げした方が良いんだろうけど、こればっかりはなぁ)

 

 全ては事情と隊のお姉さん達を慮ってのことだ。別にせくしーぎゃるが天敵だから遠ざけようだとかそんなエゴな理由ではない。

 

「あ、うん。そうですね。じゃあ、お尋ねのことから。ボクがこの子を仲間に出来たのは――」

 

 そうしてシャルロットが明かした、魔物使いの心得を得ることになった経緯は、俺にとって驚きであり、同時に忘れててごめんなさいロディさんとアリアハンに向けてDOGEZAしたくなるような話だった。

 

「なるほどの、エロジジイ。しかし、拙いことになっておるのエロジジイ」

 

「え、拙いこと?」

 

「うむ、エロジジイ」

 

 オウム返しに問うてくるシャルロットへ俺はいかにもと頷く。

 

「実はイシスでも闘技場から魔物が逃げ出す騒ぎがあったらしくての、エロジジイ。そのサマンオサに魔物を侵入させた手口と同じことがイシスで起こっておる可能性があるのじゃよ、エロジジイ」

 

「そんな」

 

「しかも……そのサマンオサの話、ワシは初めて聞いた、エロジジイ。お前さんが探しておる人物はそのことを知っておったりするかの、エロジジイ」

 

 当然知らないのだが、敢えて、俺は訊ねる。

 

「い、いいえ。お師、その人にもまだ話していないと言うか、話を聞いてからまだ会ってないから」

 

「ならば、誰かがイシスに行って忠告しておかねばならんの、エロジジイ」

 

 このまま放置すれば、最悪外からの魔物の襲撃に呼応して城下町でも格闘場から脱走した魔物が暴れ回る何て事態になりかねない。

 

「ただのぅ、ワシらは増援を送らせぬ為にもちょっとここで騒ぎを起こす必要がある。となると、お前さんにイシスへ行って貰えるとありがたいのじゃが、エロジジイ」

 

「えっ、けどボクはイシスに行ったことなんて」

 

 シャルロットの言うことはもっともだが、これについては考えがあった。

 

「それなら問題ないエロジジイ。エリザ、ちょっと来て貰えんか、エロジジイ」

 

「は、はいっ」

 

 クシナタ隊のお姉さん達をおろちに同行させたり、シャルロットと会わせるのは問題だが、加入したばかりでおろちと何の因縁もないエリザならば――。

 

「キメラの翼があれば一度行った場所に飛ぶことが出来るのは知っておるなエロジジイ? お前さんにはこの二人をイシスまで送って行って欲しいのじゃエロジジイ」

 

 身柄を預かると言っておきながら使いっ走りさせてしまうのは申し訳ないが、他に選択肢もない。

 

「それから、ちょっと耳を貸すのじゃエロジジイ」

 

「えっ、は、はい」

 

 ただ、俺としてもこのまま使いっ走りにするだけと言う気はサラサラ無い。

 

「もし、イシスに勇者サイモン一行が到着しておったら、キメラの翼でこちらに連れてきて欲しい。これから送って行く二人も一緒にな。そして、かわりにクシナタ隊の皆にはイシスに戻って貰う。所謂ローテーションだ。あの五つ頭と一緒にいることが隊の皆には苦痛となる。イシスの防衛戦となれば流石に魔物である五つ頭は参戦しないだろうし、隊の皆の負担にもならないだろう。また、クシナタにこっちの状況を知らせる連絡員という意味合いでも誰かにイシスへ戻って貰わないと拙いのだ。お前の身柄を預かると言っておきながら、すまないが……」

 

「す、スーさん」

 

「ん?」

 

「あ、あたし……行きます」

 

 内緒話故に頭を下げる訳にも行かなかった俺の願いをエリザは聞き届けてくれた。

 

「そうか、すまん」

 

 シャルロット達に聞かせる訳にはいかないからこそ、感謝を言葉以外で表す訳にも行かず。

 

「すまん待たせてしまったかの、エロジジイ?」

 

 声のトーンを戻すと俺はシャルロット達との会話に戻ったのだった。

 




あれ、シャルロットまた退場?


次回、第百八十四話「今度こそレベル上げを」

始まるか、エロジジイについて行くだけの簡単なお仕事。




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第百八十四話「今度こそレベル上げを」

 

「ううん、さっきの話でボクもおろちちゃんと相談してたから」

 

「そうじゃったか、エロジジイ。ならばおあいこじゃの、エロジジイ」

 

 おろちと何を話していたかが微妙に気になるが、こっち側の内緒話の中身を明かせない以上、何を話していたかとは聞きづらい。

 

「イシスに行って欲しいと言った理由はもう一つあっての、エロジジイ。少なくともここに来ておる人間はワシらだけじゃと言うのがもう一つの理由なんじゃよ、エロジジイ」

 

 シャルロットがここに来た理由がお師匠様捜しなら、もう一押ししてやればとどまる理由は完全消滅する。

 

「もしお前さんの捜し人がこちらに来たなら、イシスに向かうよう伝えておくこともここで約束しておこうエロジジイ」

 

「そっか……じゃあ、伝言宜しくお願いしまつ」

 

「う、うむエロジジイ」

 

 騙していることからくる罪悪感で心が痛いが、これはもう仕方ない。何処かで、埋め合わせはしないとなぁ。

 

「行こ、おろちちゃん、メタリン」

 

「フシュオオオオッ」

 

「ピキーッ」

 

 何処か寂しげな覆面マント少女の背中に魔物達が従う姿にやはり胸は痛くて。

 

「仲間のことを想って厳しい修行に耐え成長したというなら、お前さんの捜し人はきっと誇らしく思うじゃろうよ、エロジジイ」

 

 俺は思わず、その背に声を投げかけていた。

 

「っ、ありがとう……怪傑エロジジイさん」

 

 振り返ったシャルロットの口にした感謝の言葉は、今の俺には受け取る資格もない。だが、応じなければこの場面では不自然すぎる。

 

「礼を言うのはワシの方じゃ、ありがとうエロジジイ。伝言をよろしくの、エロジジイ」

 

 こちらから頼み事をしたことにかこつけてありがとうを返し。

 

「エリザさんだっけ? 宜しくお願いしまつ」

 

「あ、は、はいっ」

 

 袋を漁ってキメラの翼を取り出し、エリザに差し出すシャルロットを眺めながら強く手を握りしめる。

 

「いっ、イシスへっ」

 

 やがてエリザがキメラの翼を放り投げれば、三人と一匹の身体が中に浮かび上がり。

 

「えっ、ちょ、おろちちゃん?!」

 

「何じゃ、町の前に本来の姿で降りるのは拙かろう?」

 

「た、確かにそうかも知れませんけれど、そっ、その服を着た方が――」

 

 何だか約一名素っ裸で北へと飛び去っていった。

 

「あー、うん、その、何じゃエロジジイ」

 

 あれはきっと着いたところで騒ぎにはなるんじゃないだろうか、別の意味で。

 

(おのれ、バラモス)

 

 そも、バラモスが侵攻など始めなければシャルロット達と普通に冒険の旅を出来た筈なのだ。いや、エリザのことを考えるなら悪いことばかりではなかったけれど。

 

「どちらにしても、魔王が侵攻なぞせなんだら平和に暮らしていけた人々がどれ程いたことかの、エロジジイ」

 

 後悔は、させてやろう。

 

「べ、別に八つ当たりとかそんな訳ではないぞエロジジイ?」

 

「……スー様、あたしちゃんいくら何でもそれは無理があると思う」

 

「ぬ?」

 

 独り言にツッコミが返ってきたと思えば、いつの間にかそこには黄緑ローブの覆面さんがいて、口調からするとスミレさんだろう。

 

「けどっ、まさかおろちが来るなんてっ」

 

「話を聞く限りは、こちらに協力するつもりの様だったけれど……」

 

 ぞろぞろ姿を現した偽エビルマージなお姉さん達の言わんとせんことは解る。解るつもりだ。

 

「お前さん達からすると複雑じゃろうな、エロジジイ」

 

 あの態度が擬態であるなら話は早いのだが、それならわざわざシャルロットを育てる何て手の込んだ自滅行為はしないだろう。

 

「だが、このまま行けば顔を合わせる事態もありうる、エロジジイ。何らかの決着をつける機会は作るべきじゃろうな、エロジジイ」

 

 自分で選んでおいて何だがめんどくさい語尾にちょっとだけ煩わしさを感じつつ、ポツリと漏らした俺はちらりと城の方を見た。

 

「ともあれ、今はそんな余裕もないようじゃの、エロジジイ」

 

 感じ始めた地面の揺れ。巨体を動かし城門を出てこちらにかけてくるのは、石で出来たもみ上げが特徴的なオッサン。

 

「うごくせきぞう、じゃのエロジジイ。まぁ、外で魔物を倒しておるのじゃからもう味方だとは思わんじゃろうエロジジイ」

 

「と……言うことはっ?」

 

「嫌がらせ開始じゃな、エロジジイ」

 

 声色から覆面の中で顔が引きつってる推定商人のお姉さんにサムズアップを返すと、俺は声に出さず呪文を唱え始める。

 

「始めるぞ、エロジジイ。一人目の僧侶はピオリムをエロジジイ、ドラゴラムッ」

 

「はいっ、ピオリム」

 

 返事に続きツバキちゃんが呪文を唱えた時には既に俺ノ身体ハ竜に変ワリ始メテオリ。

 

「グルァァァァァッ」

 

 イヨイヨ始マルノダ、俺達ノ嫌ガラセガ。

 




短くてごめんなさい。

イシスへ飛んで行く裸の偽ヒミコ。

着替え渡してやれば良かったと主人公が気づいた時にはもう手遅れで、いろんな意味で鬱憤の貯まった主人公は大暴れする。(おそらく)

次回、第百八十五話「おじゃまします、もしくは蹂躙します?」

限りなく後者の気がする12月の早朝。



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第百八十五話「おじゃまします、もしくは蹂躙します?」

 

「ウォォォン」

 

 吼エナガラ石像崩レル。

 

「相変わらずというか流石スーさ、エロジジイ様というか」

 

「さて、何か持ってないか探さないとね。ゴールドは――」

 

「はいっ、解ってますよっ」

 

 崩レタ石像、仲間近寄ル。

 

「何だ、何があっ」

 

「うげっ、何だこの馬鹿でかいドラ」

 

「グオオォォッ」

 

 敵、出タ。燃ヤス。

 

「「ぎゃぁぁあああっ」」

 

 黄緑の敵、燃エタ。仲間モ黄緑、面倒。

 

「グル?」

 

「あ、あぁ……」

 

 物陰、震エル黄緑イタ。胸大キイ、多分仲間。

 

「えっ、エロジジイ様あそこにも敵が」

 

「グルル?」

 

 言ウコト変、敵、イナイ。

 

「ええっと……多分ですけど、エロジジイ様私達もこんな格好だから、胸の大きさで敵と味方識別してるんじゃ?」

 

「……何故でしょう、否定出来ないような」

 

「これは、葉っぱみたいだけど何か解る?」

 

 後ロ、騒ガシイ。

 

「グルルル」

 

「はぅっ」

 

「あ」

 

 物陰モウ一度ミタ、黄緑寝タ。攻撃ナイ、ヤッパリ仲間。

 

「……気絶したみたいですねっ」

 

「ま、まぁ、あの状態のす、エロジジイ様に睨まれたらね。私だってああなってもおかしくないわ」

 

「けど、どうします?」

 

 後ロ、マタ五月蠅イ。

 

「とりあえず猿ぐつわ噛ませて縛っておきましょ、捕虜にしておけば情報聞き出せるかも知れないし」

 

「それもそうですねぇ」

 

「あったっ、ゴールドありましたっ」

 

 マダ騒イデル。

 

「今の悲鳴は何だ?」

 

「寝ぼけた奴がスノードラゴン共の尻尾でも踏んづけて噛まれたんじゃねぇのか」

 

 ソウ思ッタラ、前モガシャガシャ音五月蠅クナッタ。

 

「エロジジイ様、前から敵来てる。炎宜しく。燃やしちゃったらあたしちゃん口笛吹くから」

 

 敵、ナラ燃ヤス。

 

「はっ、何だこのこ」

 

「ま、まさか敵しゅ」

 

「グルオオオオオッ」

 

 剣沢山持った腕多い骨来タ、炎吐ク。

 

「「ぎえええええっ」」

 

 骨、燃エタ。

 

「ええっ、ちょ早すぎますっ、まだこっちの魔物のゴールドがっ」

 

「解ってたことじゃない、こうなることなんて」

 

「カナメさん達っ、ピオリムまだ大丈夫ですかっ?」

 

 後ロ、騒ガシイ、変ワラナイ。

 

「じゃ、行くよエロジジイ様?」

 

「ああ、待って下さいスミレちゃんっ、今口笛吹かれたら、漁る死体がっ」

 

 音響イタ、敵呼ブ音。

 

「「グルオオオオオオオッ」」

 

 足ノ多イ獅子、来ル。奥ニ変ナ影。

 

「グオオォォッ」

 

 ドッチモ燃ヤス。

 

「グォォォォン」

 

 敵、燃ヤス。全部燃ヤス。

 

「……と、まぁそれなりにはっちゃけたようじゃがの、エロジジイ」

 

 それから、どれだけ暴れただろうか。

 

「ん゛、ん゛んぅーっ」

 

「どうしてこうなったんじゃ、エロジジイ」

 

 猿ぐつわを噛まされ怯えた瞳でこっちを見ながら縛られた身体で何とか後ずさろうとする黄緑ローブの魔物ことおそらく女性のエビルマージを前に俺は頭を抱えていた。

 

「わ、私達と間違えたのはす、エロジジイ様ですし」

 

「いや、多分そうなんじゃがの、エロジジイ」

 

 女性というのが始末に困る。いや、何処かの魔女を殴り殺した人間が何を言っていると言われるかもしれないが、状況も違えば相手も違う。

 

(思いっきり抵抗出来ない状態だしなぁ)

 

 このエビルマージがどんな相手かもまだ解らないのだ。そも、情報収集目的という名目でクシナタ隊のお姉さん達は捕縛したようなので、どっちにしろ話を聞く必要があるのだが。

 

「とりあえず、この状態でやることと言ったら一つじゃの、エロジジイ」

 

「ん゛ぅーっ」

 

 せっかく抵抗出来ない状態なのだから、ここはあれをやらねばなるまい。

 

「エロジジイ様?」

 

「なぁに、痛いことはせんエロジジイ」

 

 それどころか、何故かお姉さんの視線が俺に痛いが、こんな語尾使っていれば仕方のない気もする。そう、ここはもうエロジジイならエロジジイと割り切ってしまおう。

 

「済まぬの、エロジジイ」

 

「ん゛ーっ」

 

 謝ったのが返って悪かったか。首を左右に振りながら俺からとにかく逃れようとする女エビルマージに向けて手を伸ばし、この状況であれば誰でもやるであろう、アレをした。

 

「マホトラ、マホトラエロジジイ」

 

「ん゛ーっ」

 

「「え?」」

 

 そう、精神力を吸い取ったのだ。って、何で意外そうな声を上げるんですかお姉さん方。

 

「猿ぐつわを外して呪文を唱えられたら厄介じゃろ、エロジジイ」

 

 明らかに呪文使いタイプの敵だったエビルマージを尋問するならMPは0になるまで吸い尽くさないと、こっちが危険なのだ。

 

「確かブレス攻撃も出来た筈じゃが、そっちは口から吐くことが解りきっておるからの、エロジジイ」

 

 後ろに回った上、頭を手で固定してしまえば、自分を縛る縄に息を吹きかけて自由を取り戻すことだって能わない。

 

「ともあれ、精神力まで補充出来て一石二鳥という訳じゃエロジジイ」

 

 そもそもお姉さん達の前で良からぬことなんてする訳無いじゃないですか、やだー。と言うか、お姉さん達の前でなくてもやらない。チキンと呼びたければ呼べ、だが俺は外道になる気などさらさら無い。

 

「では、続けるとしようかの、エロジジイ。マホトラ、マホトラ、エロジジイ」

 

 ただ、この時俺は忘れていたのだ、とある重要なことを。

 

 




エロ展開だと思った? 残念、マホトラでした。

さて、主人公の忘れていたこととは、いったい?

そして、捕虜のエビルマージはこのあとどうなってしまうのか。

次回、第百八十六話「失敗」



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第百八十六話「失敗(閲覧注意)」

今話はお食事中に見ないことをお勧めしておきます


「マホトラっ、エロジジイ! むぅ……」

 

 何度呪文を唱えただろうか。大きく減っていたはずの精神力が殆ど回復した時点で、流石に感じ始めた、おかしいと。いくらバラモス城に出没する魔物でも、精神力が尽きてよさそうなモノだと思うのに、その兆候が全く見られないのだ。

 

「これは、まさか……」

 

 攻略本と睨めっこしている訳ではないので魔物の能力の全てを網羅はしていない、俺は原作知識持ちとはいえ、うろ覚えで抜けてるところも多い。故に、気づかなかったのだ、この世界にはMPの数値が無限設定されている魔物が存在すること、ではなくその無限の精神力をもつ魔物の一体が目の前のエビルマージであることに。

 

「じゃって、アークマージは精神力有限だったのじゃぞ、エロジジイ?」

 

 と弁解をしても今更である。こうなってしまえば、もう効くまで呪文を封じるマホトーンの呪文をかける訳しかないのだが。

 

「まぁ、それはそれとしてじゃな、エロジジイ」

 

 俺は気落ちなどしなかった。むしろこの展開はラッキー以外の何物でもない。無限の精神力を持ってることを忘れていたのはある意味で失敗だったけれど、結果オーライである。

 

「何だか嬉しそうですねっ、エロジジイ様」

 

「む、まあいい、エロジジイ。ちょっと耳を貸すエロジジイ」

 

「え?」

 

 声色と口にした内容で何やら不満そうな覆面のお姉さんが居たので、とりあえず手招きする。理由を知れば、そのお姉さんだって納得してくれるだろう。

 

「いいか、おそらくあの魔物の精神力は無限だ。尽きることが無いんだぞ? しかもマホトラの呪文が効く」

 

「っ」

 

 ここまで説明すれば、俺の機嫌の理由を察したのかお姉さんは息を呑んだ。そう、このエビルマージ、確保しておけばそれだけで半永久的な精神力タンクとして使えるのだ。マホトラを覚えていれば、精神力面での消耗を気にせずに戦えるというアドバンテージは大きい。

 

(と言うか、大きいなんてもんじゃない)

 

 ドラゴラムで暴れているのは、攻撃呪文が効かず守備力の高い灰色生き物系の魔物を仕留める為という理由の他に一度変身してしまえばノーコストでブレス攻撃と言う範囲攻撃げ出来、範囲呪文でいちいち対処するより総合的に見て精神力の節約になるという面もあったのだ。反面、理性が飛んでしまって、歩く巨大火炎放射器以外の何者でもなくなってしまっていたが、節約が必要ないと言うなら一戦闘ごとに人に戻ってカナメさんの手伝いをすることだって出来る。

 

「縛って捕虜にしておくだけでも大きい。俺にはシャルロットのような魔物使いの心得がないからあれをてなづけることが出来るかはわからんが、おろちの例もあるからな。仲間をさんざん消し炭にした後で、協力してくれと言うのは虫が良すぎるかもしれん。それでも、な」

 

 あれだけ怯えられると、こっちが悪いことをしているような気がするし、ずっと縛ったままというのも女性であることを考えるとやりすぎにも思えた。

 

「と言うか、今更じゃがの、エロジジイ。誰じゃこんな縛り方したのは、エロジジイ」

 

 何というか、エビルマージは子供が見ちゃいけない本とかに書いてありそうな縛り方で拘束されていたのだ。

 

「はい、あたしちゃん」

 

「……うむ、だいたいそんなことじゃろうと思っておったよ、エロジジイ」

 

 律儀に挙手するスミレさんに俺は嘆息した。こんな縛り方が出来るのは遊び人経験者、つまり俺かスミレさんしかいない。俺の方は何だか身体が覚えてるとかそんな感じなのだけれど、女エビルマージが捕縛された時ドラゴラムしてたのだから無意識であろうと人を縛ることなど不可能。消去法をすれば、聞くまでもない。

 

「あー、流石にこれはあんまりじゃから縛り方を変えるぞ、エロジジイ。解っておると思うが、抵抗はせぬのようにの、エロジジイ」

 

「んぅ」

 

「ではカナメの嬢ちゃん、疲れてるところ悪いがお前さん縛ってくれるかの、エロジジイ?」

 

 猿ぐつわしたままだが、承知したと言うことで良いのだろう。首を縦に振るのを見て、俺はカナメさんに依頼すると、自身にはマホカンタとバイキルトの呪文をかける。抵抗するか逃げようとした場合に備えたのだ。

 

「いいの……どうやら、心配はなさそうね」

 

 一時とはいえ縄を解いても良いのか、と言う意味合いの視線を向けてきたカナメさんは、呪文を唱えた俺を見てこちらの覚悟に気づいたようだ。

 

「当然じゃて、エロジジイ。縛られた女子供に手をあげるなど外道の所業じゃが、仲間に危害を加えようと言うのを見過ごせば、その外道以下じゃエロジジイ」

 

 むろん、心理的な抵抗はある。だからこそ変な考えを持たず、大人しく縛られてくれることを祈るが、最悪のケースでお姉さん達を守れなかった無能にはなりたくない。

 

「ええ。じゃあ、見張りはお願いするわエロジジイ様」

 

 頷いたカナメさんが近寄って行く姿ではなく、エビルマージの方を見つめる。何時、不審な真似をしたとしても即座に対応出来るように。

 

「さてと、結び目は……え?」

 

「んぅぅ」

 

「っ」

 

 だからこそ、エビルマージが不意に動いた時こちらも身構えたのだが。

 

「待って、す、エロジジイ様」

 

「な」

 

 意外にもカナメさんが俺を制した。

 

「ええと、ちょっと言いづらいことなんだけど……悪いわね、流石にこれを説明しないのは」

 

「ひょ?」

 

 後半はエビルマージに向けて軽く頭を下げて見せたカナメさんへあっけにとられた俺を待っていたのは。

 

「彼女、お手洗いに行きたいみたい」

 

「んぅぅ」

 

「あー」

 

 何とも気まずい空気だった。

 

「……エロジジイ様」

 

「う、うむ、エロジジイ」

 

 困ったことになったと思う。目の前のエビルマージを捕虜にしたレベル上げで実はいくらかの発泡型潰れた灰色生き物をこんがり焼いたので、クシナタ隊のお姉さんでも捕虜一人に不覚はとらないと思うのだが、今いるのはバラモスの城なのだ。カナメさん付き添いでトイレに行かせて、途中で魔物の群れと遭遇しましたなんてことになったら笑えない。

 

「ワシ一人じゃったら単独でも大丈夫なんじゃがなぁ、エロジジイ」

 

 性別的には大いな問題があった。かと言って、その辺の影でしてこいとか、そんなデリカシーに欠けた発言も出来ず。

 

(いっそのことモシャスで女性になるか……って、それじゃ何の解決にもなってないし。うあーっ!)

 

 どうしろというのか。あれか、縛ったままでシャルロットの所にお姉さん一人付けてルーラで送るべきなのか。

 

(いや、現実問題ルーラの移動時間に耐えられる筈がないわな)

 

 そも、せっぱ詰まってるからカナメさんにすがりついたのだろうし。

 

「ところで最寄りのトイレはどこにあるのかの、エロジジイ?」

 

 良案が浮かばなかった俺は、とりあえず、そう訊ねた。ダンジョンとしてのバラモス城は発泡型潰れた灰色生き物ことはぐれメタル狩りで結構足を運んでいたので途中までは覚えてるのだが、ゲームのバラモス城にトイレがあった記憶などない。もちろん常識的に考えれば無ければ困るので、この世界のバラモス城には完備されてるのだろうが、原作知識はまるでアテにならない訳だ。

 

「んぅぅう」

 

「って、だぁぁっ、そうじゃったさるぐつわしておったんじゃった、エロジジイ」

 

 これでは口頭で説明など不可能である。

 

「やむを得ぬわ、エロジジイ。お前さんは顎をしゃくるなりして方向を示すのじゃ、エロジジイ。こうなればトイレまでの敵を一掃してすすむしかあるまい、エロジジイ。なぁに、中まで入って行かねば問題なかろう、エロジジイ」

 

 捕虜をトイレに行かせる為に全力で血路を開く。自分でも何をやってるのかと思うが、仕方ない。

 

「え、エロジジイ様」

 

「言うてくれるな、エロジジイ」

 

 仕方ないことなどだ。

 

「くくく、ワシの行く手を塞ぐなら尽く滅ぶと心得よ、エロジジイ」

 

 間に合わなかったりしたら、エビルマージ背負うことになったカナメさんの服がとんでもないことになってしまう。

 

「すまんの、お前さんのお仲間が居ようと蹴散らして行くことになる、エロジジイ」

 

「エロジジイ様、あたしちゃんでもそんなこと言われたらどう返せばいいか解らない」

 

 いや、解るよ。解るけどさ「捕虜をトイレに行かせたいから通してくれ」って言って魔物達がすんなり通してくれるとは思えないよね。

 

「何にしても時間はないじゃろ、エロジジイ。安心するのじゃ、エロジジイ。一応、気づかれ辛いよう忍び足ですすむのでの、エロジジイ」

 

 ほんの気休めだが、無いよりはマシだろう。

 

「では行くぞ、エロジジイ」

 

 心の中のモヤモヤを押し殺して俺は走り出していた。

 

 




あまり関係ない話ですが、このエビルマージ、中身は褐色肌で尖り耳のダークエルフっぽい女の子という設定で想定してます。(酷いネタバレ)

ともあれ、お城ともなれば生活に必要なモノは無いと困る訳で。

バリヤ床とかもIHクッキングヒーターみたく鍋を加熱して料理に使ってるのかもしれません。

次回、第百八十七話「ダンジョンって嫌い! おトイレ遠いんだもん!(閲覧注意)」

ラーミアはまだ居ないので、伝説の鳥でトイレにはいけません。


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第百八十七話「ダンジョンって嫌い! おトイレ遠いんだもん!(閲覧注意)」

前回から引っ張ってるので、閲覧注意はこのままつけっぱなしで行きます。

主人公一行の問題が何らかの方法で解決するまでは。


「ん、外かエロジジイ」

 

 階段を上ると、辿り着いたのは屋上。

 

(うーむ、ここってどのあたりだっけ?)

 

 ゲームでは必要なかったおそらく魔物用の居住空間やら何やらが増設されていて、奥に行けば行くほど原作知識のバラモス城マップが役に立たないせいで、本当にエビルマージの道案内だけが便りだった俺には周囲の見渡せる高所はありがたい。

 

「所で、ここにフック付きのロープがあるんじゃが、エロジジイ」

 

 そして、この身体が盗賊であったことも。

 

「壁づたいに降りたらトイレまでの近道は可能かの、エロジジイ?」

 

「ん゛ぅ」

 

 確認すれば、エビルマージは頷くと顎をしゃくって一方を示し、俺は即座に近くの水色生き物みたいな形状をした屋根の突起にフックをかけると壁を乗り越え、ロープを伝って滑り降りた。

 

「……とりあえず周囲に魔物は居らんようじゃの、エロジジイ」

 

 縛られたエビルマージもロープを使えば安全に下ろせると思う。問題は、ゲームのような俯瞰図を眺めつつ攻略している訳でないので、今の俺には北がどちらか解らない点だ。うろ覚えの記憶ではバラモスが居たのは、北東の地下だった気がするので、そこに近寄るのは避けたい。

 

「エロジジイ様」

 

「む?」

 

 ただ、記憶を漁ったのは一瞬のつもりだったが、思ったより長く自分の記憶に埋まっていたらしい。

 

「エロジジイ様、エビちゃん下ろし終わったよー?」

 

「すまんの……」

 

 スミレさんの声に俺は軽く感謝を示し。

 

「って、エビちゃんって何じゃ、エロジジイ?!」

 

 さらりと流しかけたことにツッコんだ。

 

「エビルマージだから、エビちゃん」

 

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくての、エロジジイ」

 

 幾ら何でも安直だと思うのだ。音だけ聞くと海産物っぽいし。

 

「ん゛ぅーっ」

 

「エロジジイ様、気持ちはわかりますけど今は時間が」

 

「そ、そうじゃったエロジジイ」

 

 脱線してる暇など無いのだった。

 

「次はどっちじゃ、エロジジイ?」

 

「んぅ」

 

 問いかければ、エビルマージは池の中央にある人工的な小島を指し示す。

 

「ったく、いくら侵入者対策とは言え居城に踏み込んだ者を傷つける力場を設けるとか信じられんわ、エロジジイ!」

 

 そちらを見れば、島の表面はいかにも痛そうなバリアで覆われていて、口からは愚痴がこぼれた。

 

「ああ、めんどくさいエロジジイ」

 

 踏むとダメージを受けるゲームで言うところのダメージ床は、急いでいるこっちからすると忌々しいことこの上ない。石畳の一本道を通って島に至れば、声に出さず詠唱していた呪文を唱え。

 

「トラマナっ、エロジジイ」

 

 一応ダメージを受けずに済む様になった訳だが、消費する精神力もエビルマージから吸えば回復出来るものの、気はちっとも楽にならなかった。

 

「呪文の効果が切れる前に降りるぞ、エロジジイ」

 

「あ、はいっ」

 

 いくら原作知識がうろ覚えだからと言っても、馬鹿でもなければわかる。

 

「ひょっひょっひょっひょっひょ、エロジジイ」

 

 俺は笑った。

 

 階段を下りるなり、聞こえ始めた地鳴りのような音。漏れ出る何かに巻き上げられるように砕けた床の欠片か何かが宙へ浮かび上がる。常識的に考えるなら、そりゃここにはトイレだってあるだろう。

 

「え、エロジジイ様」

 

「うむ、何も言うなてエロジジイ」

 

 視線を右に向ければ、いくらか高くなった祭壇のような場所にそは立っていた。プテラノドンか何かを思わせるような後頭部の突起に嘴のように突き出た口、黄緑の衣と朱色に裏打ちされた紫のマント。

 

「エロジジイ様、あれはひょっとして」

 

「うむ、あれがバラモスじゃエロジジイ」

 

 そう、何を隠そうここはバラモスの部屋である。ゲームではここで待ちかまえていたのだからトイレぐらい会って当然だろう。多分、寝室とかも完備に違いない。

 

「一応聞いておくが、お前さんアレにワシらを始末させる為ここに案内した訳ではあるまいな、エロジジイ?」

 

「ん゛ぅぅ」

 

 バリアがあった時点でうすうす察してはいた。ただ、かといって引き返したりする時間的余裕は無いと踏んだのだ。だから、バラモスに気づかれないようにしつつ魔王専用トイレをお借りしてしまおうと思った訳で。

 

(問題は一つ、ゲームじゃ話しかけるか近寄らなければ戦闘にならなかったような気がするけど、流石にこっちじゃそれはないって点だよなぁ)

 

 気づかれれば、戦闘になる可能性は充分にある。

 

「この大魔王バラモス様の城に侵入し、僕共を殺して回ったあげくノコノコとワシの前に現れるとは身の程をわきまえぬ者達じゃな」

 

 とか話し出したら、アウトだ。ぶっちゃけ、一人でもたぶん勝てるとは思うが、勝手にバラモスを倒しちゃったら、シャルロットの立つ瀬がないし、まだバラモスの後ろに控えてるはずの大魔王ゾーマに対処する準備が出来ていない今、バラモスにはもう少し長生きしていて貰う必要がある。

 

「ここからはより慎重に行くぞエロジジイ」

 

 忍び足はもとより、レムオルの呪文での透明化も念のためにしておいた方が良いだろう。こうなると、お姉さん達がエビルマージの格好のままなのは正解だったと思うべきか。

 

「レムオルじゃ、エロジジイ」

 

 俺は、呪文を唱え。そして始まる。大魔王のトイレちょっとだけ借りちゃおう大作戦が。

 




祝:バラモス初登場。

こんな登場でごめんなさい。

次回、第百八十八話「バラモス」

果たして一行は無事エビちゃんをトイレに連れて行けるのか。



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第百八十八話「バラモス」

(さて)

 

 上手く行く保証はなく、ここからはおしゃべり厳禁でもある。だから、声を出さずに呟くと、ちらりと後方を振り返る。

 

(よし、とりあえず姿は消えてるな)

 

 呪文はちゃんと仕事をして振り返った先には一見誰も居ない。後は壁際を伝うようにして進み、壁が途切れた所で右折すればいい。少なくとも、バラモスから遮蔽物の何もない階段周辺に何時までもたむろしてるのは愚策だ。

 

(どうか気づかれませんように)

 

 透明な上にまだ距離はある。大丈夫だと自分に言い聞かせ、足音を殺したたま先を急ぐ。後衛職ばかりだとこういう時、音が立たなくて良い。明らかに「ここにいますよ」アピールするのは、俺の袖に仕込んだ鎖分銅くらいだが、流石にこれを鳴らすようなポカはやらかさない。

 

(大丈夫、見破られる要素は無いはずだ)

 

 自分を安心させるように心の中で言い聞かせ、徐々に近づいてくる壁の切れ目に少しだけ気が急くのを感じつつも、踊り出しそうな心を抑え、ただ進んだ。

 

「それで姿を隠したつもりとは、愚かな者達じゃな」

 

 明らかに自分を含むこちらを見てそれが口を開くまでは。

 

(っ、ブラフかもしれない。ここは――)

 

「この部屋にある礫が何故浮き上がっておるかわかるか? お前達のような者がこそこそ忍び込もうとした時に小細工をした時のことを考えてワシの力で満たしておるのじゃ」

 

 なるほど、こけおどしかと思えば、部屋の中を赤く染めているこれにはそんな意味もあったのか。

 

「気づかれたなら、仕方ないのエロジジイ」

 

「エロジジイ様っ」

 

 俺が声を出したことを咎めようとしたのかお姉さんの一人が声を上げたが、ここでバラモスを無視するのはリスクがでかすぎるのだ。

 

「これで良いのじゃ、エロジジイ。ワシらがこやつを無視してこやつがあたりを付けた場所に炎でも吐こうものならお前さん達も無事で済まぬ可能性があるエロジジイ」

 

「っ」

 

 一応、フバーハをかけたり回復呪文でフォローすることも可能だが、呪文によって起こるエフェクトの様なモノまでレムオルが誤魔化してくれるかも解らない。

 

「単刀直入に言おう、トイレを貸してくれんかの、エロジジイ?」

 

「な」

 

 ならば、最初から要求をしてしまえばいい。

 

「実はトイレに行きたくてのぅ、エロジジイ。お前さんの部下を一人捕まえて聞いたらここが一番近いと言われてのぅ、エロジジイ」

 

 一応行きたがってるのは捕虜のエビルマージだが、馬鹿正直にそれをバラモスへ明かすほど血も涙もない男ではないつもりだ。

 

「トイレじゃと、この大魔王バラモスさまの元に来た理由がトイレを借りに来たじゃと?!」

 

 いや、驚愕するのももっともだが、混じりっけ無しの事実なのだ。

 

「そもそも、この城トイレ少なすぎじゃろ、エロジジイ」

 

「む、そもそも石像や骸骨共は使わぬし、ドラゴンや獅子共はその辺で勝手に用を足す、ワシとエビルマージ共しか使わぬモノをそうあちこちに用意しても……と、何を言わせるかっ!」

 

「くっ」

 

 俺のクレームに、応じかけたところからのノリツッコミとは、俺は少々このバラモスのことを見くびりすぎていたかも知れない。

 

「ええい、この大魔王バラモスさまをおちょくりおってっ!」

 

「おちょくってなどおらんエロジジイっ! お前さんとて適当な場所に粗相されて城を汚されたくはなかろうエロジジイ」

 

「うぐっ、じゃ、じゃが獅子やドラゴン共を放って居る以上今更じゃろうが!」

 

「っ」

 

 一理はある。

 

「確かにそうかも知れん、エロジジイ」

 

「そうじゃろうと」

 

「じゃがの、ここにはトイレがあるのじゃぞ、エロジジイ! あると解っていて、何故使ってはならんのじゃエロジジイ! そもそもトイレは用を足す為に存在するのじゃろうがエロジジイ!」

 

「じゃ」

 

「しかもこっちはせっぱ詰まって居る、エロジジイ。故にわざわざ貸してくれと要って居るというに、それが何故解らぬエロジジイ!」

 

 うん、逆ギレとか屁理屈とか、その前に相手魔王なんだけどとか、バラモスにしろお姉さん達にしろ言いたいことがあるのはわかる。だが、何より負い目のあるカナメさんに「抱えていた捕虜に服を汚されちゃいました」なんてしょーもないエピソードを作る訳にはいかないのだ。持ち込める持ち物量の都合で着替えだってあるか解らないのだから。

 

「ええい、先程からトイレトイレと連呼しおってそこまでワシを愚弄するなら二度とトイレに行かずとも良いようその身体を一瞬で焼き尽くしく――」

 

 故にバラモスがこめかみあたりをひくつかせ、剣呑な空気を纏ったところで、俺に退ける理由など無しっ、

 

「っざけるなぁぁぁぁ」

 

「へばべっ」

 

 最後まで言わせるよりも早く、ダッシュで距離を詰めると固く握りしめた拳でその頬に拳を見舞い殴り飛ばしていた。

 

「え?」

 

「えっ?」

 

「ん゛ぅ?!」

 

「「ええーっ?!」」

 

 何か後方から叫び声と言うか驚きの声の合唱が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。

 

「マホカンタ、フバーハ」

 

 小さな声で、最悪の場合にだけの備えはしておく。避けるべきは、ブレスに巻き込まれた味方が命を落とす場合と俺がバシルーラで飛ばされる場合だけだ。

 

「うぐっ、ば、馬鹿な。このバラモスさまが老人の拳一つでこれほどの」

 

「人がトイレを貸してくれと頼んで居るのにその態度はなんじゃエロジジイ。ホレ、立てエロジジイ。貸さぬと言うなら貸したくなるまで礼儀について講義してやるわエロジジイ」

 

 ただし物理だけどね。何故なら本当に時間がないのだ。

 

「確かに人間の武闘家にしてはやるようじゃな、褒めてやろう。じゃが、今の一撃、この大魔王バラ」

 

「何を勘違いしておる、エロジジイ? 今のは武器を扱うごく普通の魔法使いによる素手の一撃じゃ、エロジジイ」

 

 ただ、とりあえず勘違いだけは訂正しておく。俺が武闘家だったら、あんなモノでは済まない。

 

「え、エロジジイ様。いくら何でもごく普通は無理が――」

 

「むぅ、ならば普段は武器を使っている怪傑エロジジイによる素手の一撃、なら問題なかろうエロジジイ」

 

「そ、それなら嘘は言ってないけれど」

 

「ん゛ぅぅ」

 

 会話のさなか、エビルマージが声を上げる。きっともう、猶予がないというサインと思われた。

 

「何、殺しはせん、エロジジイ。じゃが、ここからはちょっとだけ本気で行かせて貰うからの、エロジジイ」

 

 会心の一撃っちゃうと拙いのでバイキルトをかけるのは絶対条件として、武器はチェーンクロス二刀流で行くべきか、まじゅうのつめ出しちゃうべきか。

 

「では、行くぞエロジジイ。お前さんの部下に語尾にエロジジイが付く呪いをかけられた恨みもおまけさせて貰うのでな、少々覚悟しておくエロジジイ」

 

 ホンの少しの思案の後、まじゅうのつめを装備した俺は足を前に一歩踏み出し。

 

「あびゃぁぁぁぁっ?!」

 

 バリアを踏んで悲鳴をあげたのだった。

 




トイレを借りる為、主人公は今バラモスに挑む。

なにこれ?


次回、第百八十九話「トラマナは忘れずに」

え、最初の一撃のときはバリア踏まなかったのかって?

バラモスの居るところは床が絨毯なので、ジャンプで跳び越えて絨毯の方に着地したという判定です。

不正はなかった。(キリッ)


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第百八十九話「トラマナは忘れずに」

「トラマナっ、エロジジイ」

 

 正直に言って、近年まれに見るかっこ悪さだったと思う、だから。

 

「はぁぁぁぁっ、エロジジイ!」

 

 これを誤魔化すには強引に戦闘に持ち込むしかなかった。

 

「舐めるでないわぁっ!」

 

 とは言え、バラモスの方もこちらがバリアで痛がっていた間に思考を戦闘モードに切り替えたらしい。三本指の手を振り上げて叩き付けようとするのが、視界の隅に入る。

 

「スカラ」

 

 出来るだけ小声で唱えて左腕をかざす。

 

「っ」

 

 盾にした腕に衝撃を受けるが、いつかのボストロールに変身した時に受けた棍棒の一撃に比べればたいしたことはない。

 

「な、腕で、腕でワシの一撃を受け止めたじゃと?!」

 

「ちょっとは痛かったがの、エロジジイっ!」

 

 それで動きを止めてくれるなら儲けものだ。素早さこそこちらに分があるが、手数については全くの互角。一度攻撃するのに充分な時間をあちらが勝手に使ってくれたならここからは俺のターンである。

 

「しまっがあっ」

 

 今頃失敗に気づいてもまじゅうのつめを填めた右手は止まらない。バラモスの口から悲鳴が漏れた時には、下からすくい上げる様に放った斬撃が胴に三本の傷を刻んでいた。

 

「でぇぃエロジジイ!」

 

「がべっ」

 

 そこから更に裏拳の要領で手甲部分をバラモスの横面に叩き付け、後ろに飛ぶ。

 

「がああっ、馬鹿な……ワシの、皮膚を……斬り裂いた、じゃと……?」

 

「何がおかしいエロジジイ? 刃のある武器とは元々そう言う目的で作られたモンじゃろうが、エロジジイ」

 

 単体攻撃用の武器ならおそらく盗賊の最高装備だったような気がするまじゅうのつめを使ってるのだから、こちらからすれば当然の結果である。

 

「エロジジイ様、そう言う問題じゃないと思う」

 

「む、そう言うモノかのエロジジイ。ともあれ、こんなにしっかり声が届く距離ではあれのやんちゃに巻き込まれるかもしれん、エロジジイ。もう少し下がっておるのじゃ、エロジジイ」

 

 戦闘に参加させれば経験値の入る可能性もあるが、危ない橋は渡らせたくない。呼ぶとするなら、勝機が見えてからで良いだろう。だいたい、攻撃に巻き込まれたはずみで最悪の事態を招いちゃったら何の為にバラモス斬ったり殴ったりしてるのか解らなくなる。

 

「や、やんちゃじゃと?! まさかそれはこの大魔王バラモスさまの攻撃のことではあるまいな?」

 

 ただ、俺の発言はバラモスの気に触ったらしい。

 

「違うのかの、エロジジイ? そう思うなら呪文の一つでも唱えてみるがよいと思うぞ、エロジジイ」

 

「うぐぐ、言わせておけばっ!」

 

 せっかくなので挑発すると、売り言葉に買い言葉とでも言おうか、バラモスは即座に詠唱を始め。

 

「後悔するが良いわ、メラゾーマ!」

 

 掲げた手から放り投げるようにして特大の火の玉をこちらに向かって投げつける。

 

「エロジジイ様っ」

 

 後方からお姉さんが悲鳴の様に名を呼ぶが、この流れは計算通りなのだ。

 

「かかったの、エロジジイ! 奥義・鏡面写返陣っ、エロジジイ!」

 

 両手を前に突き出し、いかにも何かやりましたと言うポーズをとった瞬間、俺に直撃し爆発する筈だった大火球は壁にバウンドするように跳ね返り。

 

「な、あぎゃぁぁぁぁぁぁっ」

 

 バラモスの顔面で爆発した。言うまでもなく、こっそり使っておいた反射呪文マホカンタの効果である。

 

「ひょひょひょひょひょ、怪傑エロジジイに攻撃呪文が通用すると思うておったか、エロジジイ? 次は何じゃ、イオナズンで自爆でもしてくれるのかの、エロジジイ?」

 

「がっ、ぐ、ぐぅ……おのれ、おのれぇっ! このバラモスさまをこけにしおってぇぇぇぇっ!」

 

「くっ」

 

 いかん、これは楽しい。だが、俺の目的はあくまでトイレを借りること。バラモスで遊ぶのはまた今度にしなければならない。

 

「わかっておらんようじゃの、エロジジイ」

 

「何?」

 

「これは強者の余裕と言うモノじゃ、エロジジイ」

 

 呪文効果を全て解除する凍てつく波動を使えないバラモスでは支援呪文をフルにかけた俺の前では灼熱の吐息以外で大きなダメージを与えることはほぼ不可能なのだ。物理攻撃なら当たり所が悪ければ大ダメージを受ける可能性は残っているけれど。

 

「故にじゃな、エロジジイ。ここで一つ提案があるエロジジイ。ここから四度攻撃されるまでワシはいっさい反撃せん、エロジジイ。代わりにそれでも平然と立っていられたら、お前さんはトイレを貸してくれ。続きはその後じゃ、もちろんトイレ中に回復呪文で傷を癒しても、再生能力で傷を癒しても構わんエロジジイ」

 

 元々トイレを借りに来たのだから、まずはその目的を達成すべきなのだ。

 

「ぐっ、この期に及んでまだトイレトイレと……」

 

「当然じゃろ、エロジジイ! ならばお前さんは我慢出来ると言うのかエロジジイ!」

 

 俺には我慢出来ない、とかではない。そもそも今我慢を強いられてるのは、魔物とはいえ女性なのだ。結果的に辱めてしまって「責任とってね」とか言われる可能性だってある。これまでもピンチはだいたい意図しないタイミングでやって来たのだから。

 

「お前さんが本気で言って居るのであれば、殴り倒した上、身動きのとれぬ状態で縛り付けて数日放置するが覚悟の上かの、エロジジイ」

 

 敢えて言う、俺は本気だ。こうしている時間さえ惜しいというのに、聞き入れずごねるというのであれば、それこそ思い知って貰わねばなるまい。

 

(と言うか、本当に結構時間経っちゃってる気がするけど、大丈夫かなぁ)

 

 気がかりはただ、それだけ。

 

「うぐっ……よいじゃろう。ワシの前で増長したこと後悔させてくれるわっ! 四度、四度じゃったな?」

 

「うむ、そうじゃエロジジイ」

 

 だからこそ、何やら葛藤はあったようだが、こちらの申し出をバラモスが受け入れた時、俺は安堵したのだ。これで、何とか間に合う、と。

 




バラモスさん、遊ばれちゃったでござるの巻。

だが、ようやく交渉が成立し、主人公の元に一条の光が差す。

果たしてトイレは借りられるのか。

エビちゃんは耐え切れるのか。

次回、第百九十話「バラモスからトイレを借りた男、怪傑エロジジイ」

って、ネタバレしてんじゃねぇか、タイトル!



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第百九十話「バラモスからトイレを借りた男、怪傑エロジジイ」

「とりあえず、スカラ」

 バラモスがやる気になってくれた以上こちらも相応の状態で相対するのが礼儀だろう。聞き取れない程度の小声で唱えた呪文によってもう一段階守備力を引き上げ、バリアから出るとどんな攻撃が来ても対処出来るように身構えた。

「さ、こっちの準備は終わったぞエロジジイ」

 これすなわち、所謂ゲームで言うところの身を守ってる状態である。ゲームなら更に被ダメージが下がる訳であるが、この世界でも適応されるかどうか。

「よかろう。……ここまでよくもこのバラモスさまをこけにしてくれたものじゃ、その愚かさ今からたっぷりと思い知らせてくれるわっ」

 巨体にも関わらず、俊敏な動きで魔王バラモスが絨毯を蹴り、腕を振り上げ宙に舞う。

「ほう、エロジジイ」

 攻撃に自重を乗せて威力を増すつもりか。ただ、こちらに何の策もないと思われるのは、不本意である。

「でやぁぁぁっ」

「おおおおっ、エロジジイ」

 三本指の腕が叩き付けられる直前、俺はバラモスの腕が通る軌道に右腕を突き出し防ぐ姿勢を作った。

「なっ」

 所謂一ターンに二回行動出来るなら、防御も二回出来るという訳だ。

「まずは一度、エロジジイ」

「おのれっ」

 忌々しげに歪んだバラモスの顔は、次の瞬間うっすらぼやけ。

「ほいっ、エロジジイ」

「ぐっ、何じゃと?!」

 残像を作り後方から強襲した二撃目の振り下ろしを、前に飛ぶ形で回避する。

「二度目、エロジジイ」

 これで折り返しだ。

「ええい、ならばっ」

「――ロジジイ様」

 その場に留まったバラモスは大きく息を吸い込み。

「これでよい、エロジジイ」

 遠くからお姉さんの声が聞こえたが、俺は頭を振った。バラモスが背後に回ってくれたのは、むしろ重畳だった。この位置取りなら、バラモスが激しい炎を吐いたところで、被害を被るのは俺だけなのだから。

(そも、回復しないなんて一言も口にしてないもんなぁ)

 声には出さず、ベホイミの詠唱を始めながら両腕を交差させる。

(庇うべきは、顔)

 ゲームでは部位攻撃なんて無かったが、ハンパにリアルなこの世界だ。一番に防ぐべきは、変装用の付けひげが燃えてしまう事態。

(この後シャルロットと最低一度はバラモスと対峙しなきゃいけないんだから)

 顔バレしてたら、そのときに何をしゃべられることか。

「ひょひょひょ、こんな時に髭の心配とは――」

 自嘲気味に笑う俺の視界をクロスさせた腕の左右から炎の色が熱と共に飲み込んでゆく。

「くくく、はははははは、どうじゃ? 流石にこの炎ならば貴様もただでは済むまい?」

 炎の向こうに哄笑が聞こえ。

「って、これでは死んで終わってしまう流れではないかエロジジイ」

 気が付いたら、ツッコミの要領で炎を振り払っていた。

「は?」

「ベホイミっ、エロジジイ。これで三度目じゃエロジジイ」

 流石に両腕を始めあちこちを火傷したことをひりつく肌が教えてくれたが、呪文一つで完治とか回復呪文の反則っぷりには我ながら驚かされる。

「おのれぇ、ならばもう一度っ」

 炎を吐いても回復呪文ですぐ全快される、となればもうバラモスにとれる手段は、まぐれあたりにかけた物理攻撃しかない。

「仕方ないの、手伝ってやるわいバイキルトじゃ、エロジジイ」

「なっ、ワシに補助呪文じゃと?!」

 バラモスがこちらの唱えた呪文を聞いて驚愕に目を見張るが、ぶっちゃけこれはそのまぐれ当たり封じ以外の何ものでもない。

「後でごねられたら面倒じゃからの、エロジジイ」

「おのれ、おのれぇ、何処までも馬鹿にしおってぇぇぇぇっ!」

 そして、いきり立った魔王バラモスは俺目掛けて腕を振り下ろしたのでした。

「ぐうっ、さ、流石はワシのバイキルトじゃの、エロジジイ」

 伝わってきた衝撃はかなりのモノではあったが、補助呪文ならこっちにもかかっている。

「さて、これで四度目、エロジジイ。約束は覚えておろうな、エロジジイ?」

「まさか……ありえぬ、この大魔王バラモスさまがじじい一人に膝をつかせることすら出来ぬなど……」

 ともあれ、条件は満たした。俺は、約束を履行して貰うべくバラモスに視線をやるが、よっぽどショックだったのか、魔王は完全に呆けていて。

「そぉいっ、エロジジイ」

「ぐぁばっ?!」

 とりあえず、側頭部目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。

「な、何をするのじゃ」

「それはこっちの台詞じゃ、エロジジイ! トイレを貸す約束じゃったろうが、エロジジイ。いい加減にせんとその首刎ねてゾンビになって再びふざけたことが出来ぬよう持ち帰ってトイレに飾るぞ、エロジジイ?」

 まったく、こっちは時間がないというのに、何処までも時間をとらせてくれる。

「っ、ぐ……」

「そもそも大魔王ともあろう者が一度した約束を反故にする気かの、エロジジイ?」

「……ぬぬぬ、良かろう。トイレはそこの階段を囲む壁を右手側に回った裏じゃ」

「そうか、すまんの、エロジジイ」

 殺気すら込めた視線が効いたのか「大魔王ともあろう者が」というくだりがプライドに引っかかったか、ともあれ、何とかバラモスからトイレを借りることの出来た俺は、声だけ投げてすぐさま振り返る。

「「エロジジイ様」」

「うむ、すまんの、エロジジイ。待たせてしも――」

 いつの間にかレムオルの効果は切れ、こちらを見るエビルマージもどきのお姉さん達の中、それを見た瞬間、俺は言葉を失った。

「……エロジジイ様」

 マモレナカッタ、オレハ――。




読者の期待に応えた結果か、時間的に当然だったのか。

失意の中、それでもなすべきことの為主人公は歩き出す。

絶望と悲しみの先に、希望があることを願って――。

次回、第百九十一話「もう、腹いせにバラモスボコボコにしたいんですけど、駄目ですよね?」

活用せよ、借りたトイレ


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第百九十一話「もう、腹いせにバラモスボコボコにしたいんですけど、駄目ですよね?」

 

「とにかく、そのままという訳にもいかんじゃろエロジジイ」

 

 と、我に返ってトイレへ行こうと促すまでだが、いくらかの時間を要した。気持ちの整理を付けるというのには得てして時間がかかるものだ。

 

(このやりきれなさを、あの魔王にぶつけられたら――)

 

 時間の短縮にはなっただろうが、バラモスが生きていられるかどうかについては怪しい。

 

「バラモスめ、この恨み忘れぬぞエロジジイ」

 

「は?」

 

 睨み付けると、魔王は訳がわからぬと言った顔をしたが、俺の中では復讐がもはや確定事項である。一応言っておくけれど、これは私怨でも逆恨みでも八つ当たりでもない。

 

「エロジジイ様、あたしちゃんそれはどう」

 

「さ、急ぐぞエロジジイ。 あ、この床の汚れはお前さんがモタモタしておったせいじゃから自分で掃除しておくのじゃぞ、バラモスエロジジイ」

 

「ちょ、ちょっと待てなぜワシがそのようなことをせねばならんのじゃ! そも、その語尾で最後をワシの名にするのはやめ――」

 

 何やら背後で魔王っぽい何かが喚きだしたような気もするが、無視だ。

 

「はぁ、幾ら何でも着替えに立ち会う訳にはいかんし、エロジジイ……かといって付き添い無しという訳にもゆかんしの、エロジジイ」

 

 トイレは借りたが、そこからも問題である。いくら大魔王専用トイレといえど、大人数で入れるような広さがあるとも思えない。だが、少人数の見張りを付けただけの場合、エビルマージが暴れたら押さえられるかと言う問題もある。

 

「え、エロジジイ様……」

 

「ひょ?」

 

 悩んでいた時に、声をかけてきたのは、お姉さんの一人だった。覆面のせいで誰やらさっぱりだったけれど。

 

「それなら、大丈夫だと思いますよ、ほら」

 

「大丈夫、エロジジイ? 何故そん……あ、あぁ。うーむ」

 

 首を傾げつつも、示された先を見た俺は納得すると同時にコメントに困った。問題のエビルマージは完全に放心してなすがままカナメさんに運ばれているところだったのだから。

 

「とりあえず、着替えが終わったらカナメの嬢ちゃんには土下座しておくとしようかの、エロジジイ」

 

 アイテム回収だけでも結構な負担になってるはずなのに、色々手間までかけてしまっている。魔物と言っても女性であり、俺が運ぶことには問題があり、商人のお姉さんが背負うと動きが遅くなりすぎると言うことでこの人選ではあった訳だが、気持ちを声に出すなら「本当に済みませんでしたカナメさん」である。

 

「とりあえず、城内の魔物はいくらか倒したし、バラモスにも手傷は負わせたエロジジイ」

 

 想定よりも小規模で色々残念なことにはなっているが、バラモスの立場からするとこれは無視出来ない事態になっていると思う。俺が本気でバラモスを討つ気だったら、あそこで終わっていたのだ。

 

「俺がバラモスなら、とる手段は二つエロジジイ」

 

「二つ、ですか?」

 

「うむ、二つじゃ、エロジジイ」

 

 侵入者対策をするか、城を空けるか。

 

「その気になればいつでも自分が命を狙われるような状況では、周辺国家への侵略もままならぬじゃろエロジジイ?」

 

 前者であれば、兵力を集めて守りを固めるにせよ、トラップなどを増やす方向で侵入者撃退を試みるにせよ、人手をくう。結果的に周辺国家への侵略をするような余裕はなくなるはずなので、こちらの狙いの半分は果たせることになる。

 

「ただし、後者じゃとちと厄介じゃのエロジジイ」

 

 俺が想像するのは、城にいては危険と城を捨て何処かに潜んでそこから魔物を指揮するパターンだ。

 

「もちろん、こんな方法はとりたくてもとれんじゃろうが、やられたらお手上げになる可能性もあるエロジジイ」

 

 城を遺棄して逃げ出すような戦術を大魔王の名前や主であるゾーマが許すとは思えない。だからこそ、無いとは思うが逃げ隠れした魔王を捜すとなると厄介というレベルを超越する。

 

(つまるところ、手段を選ばなくなる前にシャルロットを鍛えてバラモスを倒さなければ行けない訳だけど)

 

 シャルロットだけなら、問題はない。おろちの協力を得て随分実力を上げたようだし、格好さえちゃんとしてくれれば足りない分は合ったとしてもこっちで補えるのだから。

 

(問題はバニーさん達だよなぁ。バニーさんがまだ遊び人のままってのも痛いけど)

 

 イシス防衛戦に間に合って参戦したとしても、おそらくシャルロットほどの成長は見込めない。だったら、この城に連れてきてレベル上げをすれば良いかというと、こちらにも微妙な問題があるのだ。

 

(倒す魔物にエビちゃんみたいな女性が混じってる可能性があるかもしれないと思うとなぁ)

 

 精神的にやりづらい。一応捕虜を確保した前回の様に胸の大きなエビルマージだけ除いて攻撃することは出来ると思うが、反撃してこない保証もないのだ。我ながら甘いとは思う。

 

「割り切るしかないのかの、エロジジイ」

 

「エロジジイ様っ?」

 

「ひょ? ……すまん、ちょっと考え事をしておったエロジジイ」

 

 声をかけられ我に返った俺は軽く頭を下げ。

 

「そうですかっ。ええとっ、あれがそうみたいですよっ」

 

「あれがそう? おお、トイレかエロジ」

 

 黄緑覆面のお姉さんが指さす先にあるモノを見て絶句する。

 

「……大きいですねっ」

 

「……まぁ、バラモスも身体は大きかったからの、エロジジイ」

 

 きっとトイレとでも書かれているのであろうプレート付きの扉は人間用のサイズではなかった。手が届かないため、お姉さんが二人、片方を肩車する形でドアノブを掴もうとしているとでも言えばその大きさも解って貰えるだろうか。

 

「と言うか、何故こんなトイレを案内したんじゃろうな、あのエビルマージエロジジイ」

 

 一応、俺達の人数ならああして肩車すればドアノブに手が届くことを鑑みると、まったくもって理解に苦しむという訳ではないのだが、うん。

 

「あの嬢ちゃん達は今頃何しとるかの、エロジジイ」

 

 手持ちぶさたになった俺は赤く染まった部屋の中、天井を見上げてほぅと息を漏らした。

 




「戦いたくないか、お姉さんとは?」
「割り切れよ、ここはバラモス城で、お前は勇者の師匠なんだからさ」

などと闇谷はどこかのパロディを引っ張り出しており――。

って、後書き始まっちゃってる?!

え、えーと、次回番外編14「イシス攻防戦1(勇者視点)」

主人公とメンバーの半数を欠いたクシナタ隊、そしてシャルロットとやまたのおろち。

勇者サイモン一行は果たしてこの戦いへ間に合うのか。



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番外編14「イシス攻防戦1(勇者視点)」

 

「一時はどうなることかと思ったよ」

 

 バラモス城で会った怪傑え、エロジジイさんからお願いされて伝言役としてイシスに到着した直後のことを思い出してボクはため息を洩らした。

 

「ぬぅ、全てわらわのせいだと言うのかえ?」

 

「……す、全てとは言いませんけど、やっぱり裸は駄目だと思います」

 

 唸ったおろちちゃんにエリザさんが言うとおり、裸だったのは拙かったと思う。そもそもボク達が飛んできた方角はバラモスの城がある方向だし、一歩間違えばこのイシスを襲うために近づきつつある魔物の仲間と思われても不思議はなかったのだから。

 

(だいたいおろちちゃんは本当に魔物だもん)

 

 魔物の姿で現地到着なんてことになるよりはマシだったと思うけど、案の定大きな騒ぎになった。城下町を守ってるのだと思われる戦士さんとかが異変を察知してやって来たんだけど、視線の大半はおろちちゃんに行って、ボクが慌ててマントでおろちちゃんを隠そうとしたら嫌らしい視線がこっちにも。

 

「あの時、エリザさんの知り合いの人達が止めに入ってくれなかったら、ボク達今頃……」

 

 あの無遠慮な視線に舐めるように体中をくまなく見つめられながら、町の入り口で事情を聞かされていたことだろう。きっとすごく興奮したと思うけど、それじゃ話が進まないし、穴が空くほど見つめられるならお師匠様に見て欲しい。

 

「し、しかし、あの男がこちらにも居ないとは意外じゃったのぅ。どちらかには居ると思うておったが」

 

「んー、だよね。まさか入れ違いとか?」

 

 もしくは、お師匠様のことだから、バラモスや魔物に悟られないように隠密行動をしているか辺りなんじゃないかとボクは踏んでるけど。

 

「どっちにしても、ボク達ここに着いてからまだ間もないし、何より今はまず格闘場の方の対策をしないと」

 

 同じ手を二度使ってくることに引っかかりは覚えるけど、前はサマンオサ。国が違う上、格闘場からバラモスの配下が侵入したことは、ロディお師匠様が話してくれなかったらボクだって知らなかった。

 

「秘密を知っていたロディお師匠様も助け出されるまで幽閉されてたらしいから、バラモス達がそのからくりについて人間達にはまだ気づかれていないと思っていたとしても不思議はないと思うんだ。だったら、前回に味を占めて同じ事を企んだとしても……」

 

「成る程の」

 

「だからおろちちゃんと一緒に格闘場に行こうと思うんだ」

 

 もし、バラモスの手先が潜入してるなら、そこへおろちちゃんが現れたらどう動くだろうか。

 

「むぅ、わらわを餌に接触してくるよう働きかける気かえ?」

 

「うん、おろちちゃんが味方になってくれたことを向こうはまだ知らないと思うから」

 

「しかしのぅ、わらわは極東方面の担当、イシスはバラモスさ……バラモスが直接担当して居る地域、面識は無いに等しいぞえ?」

 

 声を潜めたおろちちゃんの言う事は尤もだ。ジパングとイシスがかなり離れていることは、キメラの翼で飛んだから解っている。

 

「けど、他に手段もないし」

 

 真っ正面から乗り込むよりは可能性があると思うのだ。

 

「そもそもね、おろちちゃんがジパングの女王様に成り代わってるおろちちゃんじゃなきゃ、良いと思うんだよ」

 

「それはどういう」

 

「ホラ、ボクも魔物使いでしょ? バラモスがやったことと同じ事をしちゃえば良いかなって、メタリンも居るし」

 

「ピキー? シャ、呼ンダ?」

 

 名前を口に出したからか、ボクの着替えを入れた袋がモゾモゾ動いて。

 

「ええと、シャじゃなくてボクの名前はシャルロッ……」 

 

 顔を出したメタリンと目があったボクは固まった。

 

「ちょ、ちょっと、メタリン、ボクのパンツ被っちゃ駄目ぇっ!」

 

「ピィ? コノ白布、引ッカカリタ」

 

 引っかかりたじゃなくて引っかかっただけど、よりによって何でそれなの。お師匠様にも被って貰ったこと無いのに。

 

「って、お師匠様がそんなことする訳……あ、してくれても全然構わないけどってそうじゃなくてぇ!」

 

 人目についたら拙いからって、なんでボクあんな場所にメタリン隠しちゃったんだろう。

 

「返して、メタリンそれ返してぇっ」

 

「ピキー! 追イカケッコー!」

 

「追いかけっこじゃないからぁっ!」

 

「やれやれ、たかだか布きれ一枚で騒がしい女子じゃのぅ。わらわなど裸でも興奮するだけで動じぬと言うのに」

 

「あの、そ、それは色々と拙いと思います」

 

 おろちちゃんは何だか好き勝手言っていたけれど、構っている余裕何て無かった。

 

「シャ、オ揃イ。楽シイ」

 

「違うよぉ! ボクのは覆面っ! パンツじゃないんだから、返してぇっ!」

 

 こういう時言うことをきいてくれないのは、まだ触れ合いが足りないんだろうか、それとも。

 

(ううっ、ベッドの下に潜るとか体格差をこうも利用してくるなんて。ええと、何か良い方法は……そうだ)

 

 暫く追いかけ回した後、埒があかないと思い始めたボクは咄嗟の思いつきを口にする。

 

「メタリン、返してくれないとおやつ抜き」

 

「ピッ?! 解ッタ、返ス」

 

「っ、こんな簡単なことで……」

 

 ただ、効果がてきめんすぎて今までの努力は何だったのかと結構凹んだんだけど。

 

「ふふふふふふ、ともあれ善は急げだよね」

 

 多分、もっと早く行動に移していれば良かったんだ。モンスター格闘場の厩舎の中ならボクのパンツなんてないんだから。もっと早く格闘場に行って預けてくるべきだったんだ。

 

「エリザさんはあの人達に伝言お願い出来るかな? 格闘場に潜入してるバラモスの手先をあぶり出すから、万が一に備えて控えておいて欲しいとも」

 

「は、はい。解りました」

 

 ここからはイシスの町を守る戦いだ。決して八つ当たりとかじゃない。

 

(そうですよね、お師匠様)

 

 見上げた宿の天井に浮かんだお師匠様は、優しく頷いてくれて。

 

「バラモス城じゃ試す機会はなかったけど……修行の成果、ようやく実感出来るんだ」

 

 エリザさんが出ていった部屋のドアを見つめ、ボクは呟いた。

 




あの師匠にしてこの弟子あり。

次回、番外編14「イシス攻防戦2(勇者視点)」

たぶん格闘場で前哨戦。

なお、しゃるろっとはあんていのせくしーぎゃるです。


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番外編14「イシス攻防戦2(勇者視点)」

 

「申し訳ありません。こんなに強そうな魔物を連れてきて頂いたのに、生憎営業は休止中でして」

 

「いいえ。状況が状況ですし、受け入れて貰えただけでもありがたいと思いまつ」

 

 メタリンを預けることに気をとられて忘れていたボクの失敗だったのだろう。魔物に国が攻められそうな時に魔物を連れてくるのがどれだけ怪しいか。気を利かせて、女王様からのお墨付きを貰ってきてくれたエリザさんには本当に頭が上がらない。

 

(そのかいもあっておろちちゃんとメタリンは無事モンスターの厩舎に入れて貰えたけど)

 

 これで一安心とはいかない。もし、バラモスの部下が潜入してるなら、接触を図ってくる可能性があるのだから。

 

(おろちちゃんの方に行くんじゃないかとは思うけど、油断して失敗したらお師匠様やエリザさんに会わせる顔がないもんね。ボクもしっかり自分の勤めを果たさないと)

 

 まずは、新入りの魔物使いとして先輩達への挨拶回り。ここで、怪しい魔物使いの目星を付けられれば、要注意人物の数だって絞れる。

 

「では、ボクは先輩方への挨拶をしてきますね」

 

「あ、自己紹介でしたら夜のミーティングで魔物使いを呼び集めますからその時にでも」

 

「いいえ」

 

 回れ右をして歩き出そうとしたボクに格闘場のマネージャーさんが声をかけてきたけど、振り返ったボクは頭を振った。

 

「新入りなんですから、こちらから挨拶に出向くべきだと思うんです」

 

 格闘場関連のことは、しきたりとかを含めてロディお師匠様から一通り教わっている。必要ないかも知れない、なんて仰ってたけど、活用の機会はこうして巡ってきたのだ。心の中で、無駄にはなりませんでしたよと師に告げて、ボクは所属魔物使いにあてがわれた個室の一つに向かう。

 

(さ、いよいよここからだ)

 

 ドアの前に辿り着いたボクは気を引き締めると、ノックをしてから中に呼びかけた。

 

「すみません、本日この格闘場所属になりました新人のシャーリーです。挨拶に参りました」

 

 シャーリーというのは覆面マントを付けてる時のボクが名乗る偽名だ。メタリンがボクの事を「シャ」とか「シャー」って呼ぶ所から決めたんだけど、まだ慣れてないからボロを出さないか少し心配でもある。

 

「入れ」

 

「失礼しま……?す」

 

 中から声がかけられて、ドアノブを回したボクは、次の瞬間凍り付いた。

 

(まほうつかい……じゃ、ない。けど――)

 

 覆面やローブの色が黄緑色で、露出した肌も褐色だったが、その姿には見覚えがあった。ナジミの塔で出会った魔物と同じ系統の魔物なのだろう。つまりは、正解。

 

「何を突っ立っている?」

 

「あ」

 

 訝しげな声を覆面ローブの魔物があげるが、まさかいきなり本命にぶち当たったから、とは言えない。

 

「でつけど、その格好……」

 

「ああ、これか。あのお方を手引きしてる時点で味方だろう? だったら隠す必要はない。まさか、あのお方にお越し願えるとは、思っていなかったが」

 

 あのお方とおろちちゃんを呼ぶところを見るに、バラモスの配下としてはおろちちゃんより実力か身分が下、あるいは両方が下の魔物なのだと思うけれど、いくらこっちにおろちちゃんが居たからとは言え、これはどうなんだろう。

 

(うん。けど勘違いしてくれた方がありがたいよね)

 

 思うところはあったけれど、ボクはそのままこのバラモスの部下らしい魔物の言葉に乗っかることにした。

 

「しかし、あのお方まで来て頂けるなら百人力だ。これでイシスの陥落は決まったようなモノだな。いや、敢えて外の味方には退かせて戦時のどさくさ紛れにあの方が女王に成り代わるのか……やはり打ち合わせは必要だろうな。今晩にでもあのお方の檻の前に参上すると伝えてくれ」

 

「わかりました。お伝えしておきます」

 

 その後、すっかり機嫌を良くした黄緑ローブの魔物にそう頷きを返して退出することになったのだが、どこかでバレるんじゃないかとドキドキしっぱなしだった。

 

(それにしても、こんなに上手くいくなんて)

 

 きっとおろちちゃんのお陰だろう。一国を任されるぐらい高位の魔物なのだから、普通に考えればボク達に味方してくれるなんて思わない。

 

(けど、お師匠様はそれを従わせちゃったんだよね)

 

 凄いと思いもするけれど、お師匠様が遠くなったように感じて少しだけ寂しくなる。

 

「お師匠様ぁ」

 

 最初は成長したボクを見て欲しい、ただそれだけだった。けれど、お師匠様の凄さを実感させられるたびに思うのだ、これで良いのか、こんな所で満足して良いのかって。

 

「お師匠様に喜んで欲しいなら、成長したところを見せるのが一番だよね?」

 

 胸をすくい上げるようにして持ち上げてみる。

 

「おろちちゃんが言うには大きい方が男の人は喜ぶらしいけど……」

 

 って、こっちの成長じゃない。も、もちろんお師匠様が喜んでくれるならこっちでも良いかもしれないけど、ミリーには全然敵わないし。

 

「そっちを考えるのは後にしないと」

 

 まずは、格闘場に潜入してるバラモスの手先を一掃して内憂を断つ。気を取り直したボクはおろちちゃんに伝言を伝えに行き、その日の晩。

 

「がっ、がぁっ、な、何故あなたが」

 

「や、やめっ」

 

「フシュオアアアッ」

 

 味方の増援だと思って完全に油断していたあの黄緑ローブの手下らしい魔物達は、ボクの唱えたライデインの呪文で感電したところをおろちちゃんの牙に噛み砕かれたり、口から噴き出す火炎の息で焦がされたりしてバタバタ倒れて行く。

 

「何故だ、何故あの方が我らに牙を」

 

「ごめんね、けどボク達も譲れないから」

 

 作戦は思った以上に上手くいったと思う。

 

「くっ、おのれ! お前があのお方を誑かしたか?!」

 

「ううん、違うよ」

 

 覆面越しにもわかる憎悪の籠もった瞳で睨み付けてきた黄緑ローブの魔物に、ボクは頭を振ると、ぶらんと下げた指を振って合図を出す。魔法使いに似た格好をしてるなら、何をしてくるかはだいたい分かったから

 

「ええい、とぼけおってもういい。せめて貴様を葬らんことには死んでも死にきれんわ。喰らえ、メラミ!」

 

 魔物が唱えたのは、ボクも使うメラの上位呪文。複数の火の玉がこちらに目掛けて突っ込んでくる。だけど、ボクは怯まない。ボクには『これ』があるのだから。

 

「燃え尽きろぉっ!」

 

 魔物が叫び、火の玉の集団が視界一杯に広がってくるよりも早く。

 

「はああああっ」

 

 ボクは気合いと共にそれを繰り出していた。

 




「呪文を?! まさかあれは海破斬?」
「そんな訳ねぇだろ! シャルの奴やりやがった!」

まさかのこっちでもエビルマージ戦。

果たしてシャルロットの呪文対抗策とは?

次回、番外編14「イシス攻防戦3(勇者視点)」

今まさにシャルロットの新たな可能性が――。

うむむ、前哨戦終了まで書けなかった。

あと、おろちさん、何シャルロットに吹き込んでるんですか。


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番外編14「イシス攻防戦3(勇者視点)」

 お師匠様と出会ってからかなり長い間、解らなかったことがある。

 

「どうしてお師匠様はスライムを蹴るんだろ」

 

 腰には切れ味の良さそうな刃のついた手甲をぶら下げてるのに、なぜ武闘家のように素手で戦うんだろう、と。

 

「けど、お師匠様がすることなんだからきっと意味があるんだよね?」

 

 そう思って、ボクは時々練習していたんだ、それがつい先日――実を結んだ。

 

「ピキィィィッ!」

 

 足にかかるのはメタリンの重さ。あの、スライムを蹴るお師匠様の動きを忠実になぞるようにして、ボクは鉄色の弾丸と化した新しい仲間を、前へと押し出す。

 

「ああっ」

 

 そう、蹴るのではなく、足に乗せて投げるというのが近い。武闘家でもないボクが蹴ったのでは足を怪我する。

 

(この域まで辿り着くのに随分かかっちゃったけど)

 

 お師匠様が蹴ったスライムもその場で爆ぜるのではなく原型をある程度保って飛んでいった。絶妙な力加減、足を振るタイミング、そして標的に命中させる精度。

 

(直接教わった訳じゃない、けどこれはお師匠様が教えてくれた――)

 

 攻撃呪文の効かないメタリンは、火の玉の集団と真っ正面からぶつかりながらも、それを弾き散らし。

 

「なっ、ごふっ」

 

 呆然とした黄緑ローブの魔物の鳩尾に突き刺さった。これが、攻撃呪文を迎撃し、メタリンの体当たりによってダメージを与えるボクとメタリンの合体技。

 

「おいで、メタリン」

 

「ピキー」

 

 手招きすれば得意げに跳ねながらメタリンは戻ってくる。

 

「メタルスライムに呪文は通用しない。だからそっちの攻撃は効かないよ」

 

「馬鹿な、こんな、こんなことが」

 

 余程ショックだったのだろう。憮然とした魔物はお腹を押さえながら攻撃も忘れて立ちつくしていた、だから。

 

「ライデイン!」

 

「ぎゃああっ」

 

 直後にボクが詠唱を始めたことにも気づいていなかったんだ。メタリンに呪文は効かないから、最悪巻き込む形でも呪文の稲妻は放てる。

 

「ふぅ、上手くいったねメタリン?」

 

「ピッ」

 

「きらりんやミウミウに手伝って貰った練習でも大丈夫だったし、いけるとは思ってたけど、成功して何よりだよ」

 

 あの子達もメタリンほど言うことをきいてくれれば、連れてきてローテーションで途切れることなくメタルスライムを打ち出せるのだけれど、そう言う意味ではこの合体技も未完成だ。

 

「イシスのゴタゴタが終わったらあの子達を残してきた洞窟でまた練習かな」

 

 溶岩の煮えるジパングの洞窟は今の水着でも暑いんだけど、おろちちゃんの支配下にあるから魔物に襲われる心配もなければ、誰かに覗き見されることもないから秘密の特訓にはうってつけだった。

 

「おろちちゃんの修行と両立させると、毎日へろへろだったけどね」

 

「ピキー」

 

 その甲斐あってベホマって凄い回復呪文が使えるようにもなった。そのことをおろちちゃんに話したら「わらわとお前が手を組めば、もう怖いモノなしじゃな」って笑ってた。

 

(確かに、おろちちゃんのタフさをボクがあの呪文で支えれば、容易に突破出来ないよね)

 

 おろちちゃんの身体は大きいし、通路を塞ぐように立って貰って、回復が要らない時は、後ろからおろちちゃんには当たらないよう調整しライデインの呪文を唱えてれば、敵からするともの凄く厄介な相手になるんじゃないだろうか。

 

『そっちは終わったかえ?』

 

「あ、おろちちゃん。と言うことは、そっちも終わったんだ」

 

『当然じゃろう。あの者、イシスの町中で暴れることを想定した強さの僕しか連れて居らなんだようじゃからな。あれなら、わらわの配下の熊共の方が余程強いわ』

 

 ふんす、とでも鼻息がおまけしそうなくらい得意げで誇らしげな声からすると、今でもボクに味方してくれてることがちょっと信じられない気もするんだけど、だからこそジパングを任されていたんだろうな。

 

『あー、じゃ、じゃがお前もなかなかではあったぞえ? 流石あの男の弟子じゃな』

 

「あ、ありがとう」

 

 だからこそ、時々気を遣ってくれてるような言動をするのもよくわからないのだけれど。

 

「ともあれ、これで後は外の魔物だけだよね」

 

 念のため、おろちちゃんに伝言する前に他の魔物使いの先輩達にも挨拶回りをしたのだが、接触してくる者は誰も居なかった。憂いは断っていよいよ本番だということになる、ただ。

 

「おろちちゃん……」

 

『わかっておるわ、ここでじっとして居ればよいのじゃろう?』

 

 流石におろちちゃんと一緒に戦う訳にはいかない、メタリンともだ。

 

「うん、ごめんね」

 

『味方にも魔物が居ると、町の戦士やこの有事に駆けつけてくれた冒険者や旅人達が混乱するということならば、わらわが出張る訳にはゆかぬ』

 

 イシスの為にかっての仲間と戦って貰っておきながら勝手なお願いだと思ったのに、おろちちゃんはすんなり聞き入れてくれた。

 

『ただし、死ぬことはまかりならんぞえ? むざむざお前を死なせたとあってはあの男に何をされるやら』

 

「だ、大丈夫だよ。これはボクの意思でする事なんだから。そもそもボクだって命を無駄にする気はないし、おろちちゃんに当たる事なんてないよ。お師匠様は優しいもん」

 

『あの男が優しい、じゃと!?』

 

 安心させるように微笑んで見せたら、凄く驚かれたのは何でなんだろう。

 

「と、とにかく、他の迎撃する人達とも打ち合わせしておかないといけないからボクは行くね?」

 

 事の顛末をマネージャーさんやエリザさん経由で女王様に報告する必要もある。

 

「エロジジイさんはもっと危険なバラモスの城でみんなの為に動いてくれてるんだから、ボクだって」

 

 奮戦して、お師匠様に再会できたときにご褒美を――。

 

「じゃなくて、世界の平和の為にもやらなきゃ」

 

 お師匠様に会えないせいなのか、最近妙な妄想をしてしまうことが多くて困る。不快じゃなくてどっちかって言うと現実なら凄く歓迎なんだけど。

 

「そ、そもそもお師匠様っ、みんなが見てるのにそんな……んっ」

 

「ピキー?」

 

「あ、メタリン、なんでもないからね? じゃ、行ってきまつ」

 

 我に返ったボクは逃げるように厩舎の前を後にしたのだった。

 




内憂の方は処置した。

だがい、一番あれなのはせくしーぎゃるるシャルロットなのではないだろうか。

その場にいない主人公には知らぬが仏か。

次回、番外編14「イシス攻防戦4(勇者視点)」


スライムをお空にシュゥゥゥゥッ! の伏線、ようやく回収完了。



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番外編14「イシス攻防戦4(勇者視点)」

「とりあえず、空を飛んでいる魔物の群れについては、来るとすれば早くて明日だな」

 

「地上の魔物はどうなったのでありまするか?」

 

「ああ、そっちだったらアンタのくれた情報通りだった。砂漠をうろつくミイラ共が傷だらけのかえんむかでを襲ってるって目撃例もあった。あの様子じゃ相当足止めを喰らってるだろうからな」

 

 末席で話を聞く限り、決戦は明日なのだろう。格闘場でおろちちゃんと別れたボクはエリザさんとそのお知り合いと合流し、イシスのお城に向かい、今こうして打ち合わせに加わっている。

 

「しかし、内部潜入しての工作まで行っていたとは、魔王も本気のようだな」

 

「ああ、末席にいる魔物使いの嬢ちゃんが何とかしてくれたって言うヤツか」

 

 こちらに視線が集まったので、ボクは頷いておく。男の人達の視線が身体に行くのがちょっと気になるけど、視線の主がお師匠様じゃないとどうもあんまり嬉しくない。

 

「戦いに魔物を出すと混乱の元になると思いますので、明日はボクだけで参戦させて貰います」

 

「むぅ、戦力が少しでも欲しい時期ではあるが致し方あるまいな」

 

「ま、魔王の影響で格闘場の外じゃ大半の魔物は魔物使いの言うこと聞きゃしねーし、しゃあねぇな。かといって格闘場まで魔物を引っ張ってくる訳にもいかねーし」

 

 やはりおろちちゃんの出番はなさそうだった。

 

「その件はもうそれぐらいで良かろう。次に、空から襲ってくる魔物についてだ。空を飛ぶ魔物相手では城下町の壁も足止めにはなるまい。勿論隠れ場所、魔物の攻撃を遮る盾には使えるものの」

 

「真上から狙われた場合何の意味もありませぬな」

 

「うむ。むしろこちらが逃げ場を失うことにもなりかねん。その前に撃退出来ればいいのだがな」

 

 話を聞く限り、空を飛ぶ魔物達が相当厄介だと言うことはボクにだって解る。アリアハンでナジミの塔に向かう途中、おおがらすに空を飛ばれて倒すのに苦労した記憶だってあるのだ。

 

「……武器が届きにくい場所に居るって言うのが厄介でつね」

 

「ああ。高い位置にいる場合は攻撃呪文の使えるモノと弓や投石に投げ槍、砲撃くらいしか対抗手段がない。鍛冶屋は昼夜を徹し、矢や槍の生産に追われているが、それで充分な数が揃うか……行商人を襲った愚か者共め、こんな場所までまで足を引っ張ってくれる」

 

「襲った?」

 

「ああ、君はまだここに来たばかりだったか」

 

 耳を疑ったボクの言葉へ首を縦に振ったのは、青い鎧を付けたお城の兵隊さんだった。

 

「この国がバラモスの軍勢に襲われるかもしれないと聞いて、様々な物資を売りつけに来た商人達が居たのだが、その中のがめつい連中が足元を見て品物の値段をつり上げてな」

 

「怒った町の連中がそのぼったくり商人を襲って品物を奪った。ただ、それを見て自分達もモノが欲しいから同じ事をやってやろうととでも思ったのか、一部のアホがごく普通の商人や善意で物資を届けに来た奴にまで襲いかかって、イシスに物を持ってくる人間が殆ど居なくなっちまったって訳さ」

 

「……そんなことが」

 

「どうも、そっちの方も嬢ちゃんの始末してくれた格闘場に潜入してた奴らが煽ったり後ろで糸を引いていたって説もあるんだけどな、証拠もないし、アホやらかした連中も主立った奴は見せしめに処刑されちまってるか、奪ったキメラの翼で逃げ出してる。後者は指名手配されたらしいけどなぁ」

 

 そっちに人を割くことも出来ないと言うことなのだろう。

 

「忌々しくはあるが、無い袖は振れん。町の住民は地下にあるモンスター格闘場へ避難させ、我々は壁や建物の影から空を飛ぶ魔物共を撃ち落とすと言う戦いになるだろう。時に、君は攻撃呪文を使えるか?」

 

「えっと、少しくらいなら。ベギラマとかイオラとか……」

 

 ライデインをあげるべきか少し迷ったけど、成り行きで魔物使いと言うことになってしまったので無難なモノだけにしておく。

 

「おおっ、それは凄い。なら、これを持っていってくれ」

 

「これは?」

 

「いのりのゆびわと言ってな、指に填めて祈ると精神力を回復してくれる品だ。何度か使うと壊れてしまうらしいが、出し惜しみはしていられん」

 

「いいんですか?」

 

 わざわざ聞いてしまったのは、この人が指輪を裸ではなく箱に入れて大切そうに持っていたからだと思う。

 

「ああ。うちの家宝だが、死んでしまってはもともこも無い。第一私は呪文が使えないのでね」

 

「……ありがとうございます」

 

 少し迷ったものの、ボクは差し出された指輪を受け取ると荷物袋にしまい込んだ。

 

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。君には我々が見過ごしていた脅威を排除して貰った借りがある。もし使うことが無くこの戦いが終わったとしても、それは君が今後に役立ててくれ」

 

「えっと……兵士さん」

 

「ヴァイス、だ。一応兵士長をしている」

 

「ぼ、ボクはシャーリーって言います。あの、本当にありがとうございまちた」

 

 ちょっとだけ決まり悪そうに名乗った兵士長さんに、名乗り返して頭を下げる。いい人だった。

 

(勝たなきゃ、この気持ちに応える為にも)

 

 ボクは後ろ手に拳をぎゅっと握りしめると密かに決めたのだった。全力を尽くすと。

 




その口調
名前は出ぬに
関わらず
居るの隠せぬ
クシナタさんかな

                        闇谷 紅


シャルロット「あれ?」

そんな感じで、次回、番外編14「イシス攻防戦5(勇者視点)」

多分そろそろ開戦っ!

何一句詠んでるんですかと言う苦情は受け付けませんっ!(キリッ)


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番外編14「イシス攻防戦5(勇者視点)」

 

「おかしいなぁ」

 

 おろちちゃんに助けられながらの修行の日々に身体が参っていたのかもしれない。ベッドに入るとすんなり寝てしまって次の日の朝になった訳だけど、ボクが首を傾げてるのは時間の流れの速さにじゃなかった。

 

「お風呂に入ろうとした時には、何だかもの凄く恥ずかしくなった気がしたのに」

 

 風呂から上がって着替えたとたん、何であんなに恥ずかしかったのかが解らなくなったのだ。

 

「だいたい覆面してるから、首から下が水着姿だって全然恥ずかしく何てないのにね」

 ここにメタリンやおろちちゃんが居るなら相談出来るのだが、生憎この場にいるのは、ボク一人。エリザさんはお知り合いと一緒に戦う予定らしく、恐縮しながら何度か頭を下げてイシスのお城の方へと去っていった。

 

「多分、エリザさんのお知り合いって、あの冒険者の女の人なんだろうな」

 

 イシスの城下町にキメラの翼で飛んできた時、入り口で騒ぎになりそうになったところを取りなしてくれた人も打ち合わせの時一人のお姉さんがしていたのと同じように顔を布で隠していたのだ。

 

「けど、凄いなぁ」

 

 何でも、襲撃騒動で物資が不足したところに危険を顧みず様々な品物を他国から運んできたとかで、感謝の印として女王様からお城の部屋を貸して貰ってるとも聞いた。

 

「ボク、その時はただがむしゃらに修行していただけだったし」

 

 ボクなんかより、よっぽど人々の為に尽力してる。これじゃ、どっちが勇者なのか解らない。

 

「って、落ち込んでなんか居られないよね」

 

 魔物達が攻め寄せてくるとしたらおそらく今日だと、ヴァイスさん達は予想していた。

 

「考えるのは後にしなきゃ」

 

 そもそも、決めたのだ。このイシスの国を守る事に全力を尽くすと。

 

「盾は……まほうのたてにするとして、武器は今腰から下げてるはがねのむちかなぁ」

 

 リーチも長いし、攻撃出来る範囲も広い。どれだけの数の魔物を相手にするか解らないとは言っても、数が多いのは間違いがない以上、広範囲を纏めてなぎ払えるこの武器が一番だと思う。

 

「うん、そろそろ出なくちゃ」

 

 宿屋の人達はもう既に格闘場の方に避難している。宿のご主人だけはボクがこの部屋を出るまではお客様が残っているのだからと主張していたけど、流石にそう言う訳にも行かず、説得して格闘場の方へ向かって貰った。

 

「行ってきます、お師匠様」

 

 何処にいるか解らないけれど、戦いへと向かう前に言っておきたくて、ボクは窓の外に向かって話しかけ、踵を返して外に出た。

 

「あ、ヴァイスさん」

 

 そして、宿を出た直後に目にしたのは、街の入り口の方に向かう見覚えのある背中で。

 

「ん、奇遇だな。その姿からするとこれから向かうのか」

 

「はいっ」

 

「そうか。配置は昨日打ち合わせしたとおりで頼む。一番呪文の使い手が少ない一角を任せるのは、心苦しいが」

 

「大丈夫でつ。指輪、お借りしてますから」

 

 問いかけに応えたボクを見てヴァイスさんは申し訳なさそうな顔をしたけれど、呪文の使い手があまり多くないのは知っている。使える呪文の強さという問題もあるからエリザさんのお知り合いの一団にボクを除くと、呪文でまともにやり合えるのは多くて十人ぐらいだと思うし、こればかりは仕方ない。

 

(この辺りの魔物が相手なら充分戦えそうな人はもっと多いんだけど)

 

 これから戦う魔物がどれ程の強さであるのかはエリザさんから教えられたので知っている。メラやギラの呪文が使える程度の人じゃ逆に返り討ちに遭うのが関の山だ。

 

「それより、ヴァイスさんも敵の呪文やブレスには注意して下さい」

 

 ボクには呪文のダメージを軽減するまほうのたてがあるけど、ヴァイスさんの持っているのはお城から支給されたらしい兵士用の盾なのだ。呪文に対しての被害を軽減する効果はない、とも聞いている。

 

「ああ。確かにこの盾では呪文は防げんだろうが、こちらにも策はある。そうやすやすと不覚はとらんよ」

 

「囮、でしたっけ」

 

「うむ、打たれ強い者と彼女の隊の魔法使い殿に密集して貰って魔物共に呪文を唱えさせ、反射呪文で跳ね返す。一度痛い目を見れば同じ事をしようとしても二の足を踏むだろうよ。もっとも、魔物の吐く息は防げんからな、相手は吟味して選ぶ必要があるが」

 

 この話を聞いて最初に思ったことは、サラには申し訳ないけどエリザさんのお知り合いの人達はサラより強く呪文に精通していると言うことだ。

 

「きっと上手くいきますよ」

 

「うむ、そうだな。相手にブレスや攻撃呪文があるとは言え、こちらも建物や壁を盾に出来る」

 

「市街ならではの戦い方ですね」

 

「我々兵士は町中で罪人を捕らえる事もある、むしろこういう場所での立ち回りは得意中の得意だ。そう言う意味では君達の活躍の場所を奪ってしまうかもしれんな、はっはっは」

 

 剣を腰にはき、利き手には前に見たモノとは違う投擲用の短槍を持ったヴァイスさんは楽しげに笑うと、片手をあげて去っていった。

 

「さてと、ボクも行かないと……」

 

 ちらりと町の外、南の方を見やれば、魔物の集団がはっきりと見て取れる。

 

「お師匠様、みんな、ボク……」

 

 怖くないかと問われて、怖くないと答えたら嘘になる。だけど、勝てるかと聞かれたなら、勝てると答えたと思う。

 

「おぅ、そこの嬢ちゃん、こっちだ!」

 

 時々目を魔物の方にやりながら町を走れば、不意に声をかけられて。

 

「アンタがこの辺担当の呪文使いの人だったな? 一つ宜しく頼むぜ」

 

「はい、こちらこそ」

 

 弓を片手に壁を背にしたおじさんにボクは頷いた。魔物の襲撃までは、あと僅か。

 

 




開戦出来なかっただと?!

次回、番外編14「イシス攻防戦6(勇者視点)」


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番外編14「イシス攻防戦6(勇者視点)」

 

「フシュアアアアッ」

 

「ひぃっ」

 

「おい、びびってんじゃねぇ!」

 

 ドラゴンというのは巨体も相まって外見だけで人を恐怖させるには充分だと思う、けど。

 

「イオラっ」

 

「グギャァァァッ」

 

 ボクが呪文で咲かせた爆発の花は先陣を切って突っ込んできた細長い水色をしたドラゴンたちの殆どを巻き込んだ。

 

「グゥゥ、フシャァァァッ」

 

「っ、やっぱり」

 

 だが、その呪文も一発ではドラゴンを倒すに至らない。視界に捉えた一体が片腕を失っているところを見るとそれなりに手傷は与えたみたいだけど、このままじゃ反撃が来る。顔をしかめたボクは――。

 

「いや、よくやってくれたぜ! 後は任せろ」

 

「え」

 

 思わず振り向きかけた視界の片隅で勢いよく何かが飛んで行くのを目にした。

 

「ギャアアッ」

 

「おらぁ、野郎共! 細長トカゲは弱ってんぞ、お前等も撃てぇっ!」

 

「「おおっ」」

 

 飛んでいったモノを視線で追った先には、顔に矢を突き立てて空中でのたうつドラゴンの姿があって、矢を放った人のモノと思える声に呼応するように鬨の声があがる。

 

「うらぁ、落ちろぉ!」

 

「てめぇを仕留めて防具にしてやるぜ、当たれぇっ!」

 

「メラッ」

 

「纏めて燃やし尽くしてやるっ、ギラッ!」

 

 飛んで行く、矢と投げ槍、石や火の玉。あちこちから放たれる攻撃に晒されたドラゴンたちは数匹纏めて包み込む様に放たれた呪文の炎に包まれ、炎上しながら身をくねらせ、墜ちて行く。

 

「ドラゴン共が墜ちてくるぞ、落下に巻き込まれるなよっ」

 

 誰かがあげた警告の声を待たずして、巨体が落下した衝撃によって地面が揺れ、砂煙が上がる。

 

「くはははははは、ざまぁみろ! この程度でこのイシスを落とせる訳ねぇだろ!」

 

 ピオリムの呪文で素早く動けるように援護して貰ったことと、物陰に隠れて不意をついたのが良かったんだと思う。ここまでは、目に見えた被害もなかった。

 

「馬鹿野郎油断すん」

 

「ベギラマ」

 

「っぎゃぁぁぁぁぁ」

 

 空を指さして笑っていた男の人が一瞬にして燃え上がる。

 

「っ」

 

 ボクは咄嗟に建物の影に飛び込んで伏せ。

 

「ひぇひぇひぇひぇひぇ、全部倒したと思ったかの? 油断しすぎじゃわい」

 

「っ」

 

「ちぃっ、呪文の効いて無いのが混じってやがったか。応戦しろぉ、それからあの馬鹿を引っ込めて手当を」

 

 笑い声に釣られて見上げれば、箒に跨った人影がボク達を見下ろしていて、最初に矢を放った人の声が周囲に響いた。

 

「させぬわ、ベギラマっ」

 

「な、うぎゃぁぁっ」

 

「うぐっ、新手か。野郎共っ隠れろっ」

 

 何処かで上がる絶叫と、苦々しげなさっきの人の声。

 

「呪文で不意打ちしてくることは、学習済みじゃ。まぁ、馬鹿なスノードラゴンやフロストギズモ共はワシらと違ってその程度のことも理解出来んかったようじゃがなぁ」

 

「高く飛び上がれば、矢も槍も届かん」

 

「ひひひ、さっきの爆発やら火の玉でやり合ってみるかのぅ?」

 

 上空から聞こえる声の数からすると、建物で死角になってる場所にも、おそらく箒に乗った魔物は居る。しかも、ボクのイオラや周囲に居る人の攻撃呪文は殆ど効果がないみたいだった。

 

(これは、躊躇ってる場合じゃないよね)

 

 ボクにはまだ使ってない呪文が、一つある。

 

「おやおや、打つ手無しと見て黙りのようじゃぞ?」

 

「なんじゃ、つまらんのぅ」

 

 こっちからの反撃が殆ど脅威で無いと見たのか、周囲の人達が反撃を止めて隠れてしまったからか、上空の魔物達は明らかに油断していた、だから。

 

「ライデイン!」

 

「あぎゃぁぁぁっ」

 

 ボクの唱えた呪文で生じた雷は、一瞬で魔物の一体を焼き焦がした。

 

「ばっ」

 

「何じゃ、今の呪文は?!」

 

 見慣れぬ呪文で、しかも仲間を一撃で倒された驚愕で空にいた魔物達の動きが止まり。

 

「今だ! 野郎共ぉ!」

 

 いつの間にか屋根に登っていた男の人が、矢のつがえられた弓を引き絞り叫んだ。

 

「があっ」

 

 同時に放たれた矢が、魔物の一体を貫き、バランスを崩したその魔物は傾ぎ、箒を手放して地面に激突、そのまま動かなくなる。

 

「高さが足りなきゃ補えばいい、動いてねぇのに当てるなんざ余裕なんだよ」

 

 どうやらさっきの人は隠れるだけじゃなくて反撃の方法も考えていたみたいだ。

 

「お、おのれ! 皆、もっと上に逃げるんじゃ!」

 

「じゃ、じゃがあまり離れては呪文が届かなくなるのでは……」

 

「ライデイン」

 

「ぎゃあっ」

 

 上空でもめ始めた魔物を見つけたボクは、隠すつもりだった呪文で更にもう一体を焼き焦がす。姿はあまり違わないように見えたけど、他の魔物と服の色だけ違う赤い服を着た魔物が居たのだ。多分指揮官だったんじゃないかなと思う。

 

「ひ、ひぃっ」

 

「に、逃げろ、このままではあの呪文でねらい撃ちじゃぁっ」

 

 先程の繰り返しを見せられているかの様に空で一瞬固まった魔物達は、先を争うように逃げ始め。

 

「はぁ……」

 

 ボクは脱力してへたり込んだ。

 




魔女達が逃げ出したのは、主人公の不意打ちがトラウマになってたからだったりします。

もっとも、シャルロットはそんなこと知らない訳ですが。

次回、番外編14「イシス攻防戦7(クシナタ視点)」

同じ攻防戦を今度は別の戦場から見る形になります。一応、ヴァイスさんがいるのもこちら。



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番外編14「イシス攻防戦7(クシナタ視点)」

 

「ば、馬鹿なワシの呪文が跳ね返るじゃと」

 

「今だ、弓兵っ」

 

「皆様、回復を」

 

 マホカンタの呪文が余程想像の埒外だったと思われまする。跳ね返った呪文に驚愕し、狼狽えるを睨み、ヴァイス様が声を張り上げると同時に、私も指示を出しました。呪文を反射出来るのは、術者の。ならば、攻撃呪文を誘発する為に固まっていた方々はあの魔物の呪文で怪我をされたはず。

 

「「ベホイミ」」

 

「うぐ、すまねぇ」

 

「助かった」

 

 隊にいる僧侶の皆が、指示の通り回復呪文で傷を癒し。

 

「ぎゃぁっ」

 

「うげぇっ」

 

 空に居た魔物達は、ヴァイス様が率いた兵による弓の斉射で射抜かれ、墜ちて行く。

 

「ひ、ひぇぇ、逃げろ! 皆、逃げ」

 

「ヒャダルコっ」

 

「ぎゃぁぁっ」

 

 かろうじて矢を免れた者も、呪文を跳ね返し、手の空いた誰かの攻撃呪文を受けて、悲鳴をあげながら錐もみ落下する。東側、スー様の愛弟子であられるシャルロット様が居られるあちらと比べると、敵の数、質共にこちらの方が上なのは、おそらく本隊と交戦するに相成ったからでありましょう。

 

「うむ。雲と竜は最初の呪文による爆発で一掃、残ったあの魔女共も反射に怯んだところを、部下の弓と魔法使い殿達による氷の呪文でほぼ殲滅。第一陣は何とかなったようだな。あなた達のお陰だ、私と兵達だけではこうは行かなかっただろう。感謝する」

 

「礼には及びませぬ。そも、退けたとは言えそれはまだ敵の一部。魔物達は数も備えておりまする。今の内に休養を。皆様も小休止を」

 

 こちらに頭を下げるヴァイス様に頭を振ると、私は皆にもいったん休息をとるよう告げてから、近くにある建物の影に腰を下ろしまする。

 

(先程の雷、おそらくはシャルロット様の……)

 

 勇者様の使われる呪文については、伝え聞いておりました。覆面で顔を隠しているところから察しまするに、勇者であることを伏せて行動なさっていらしたのでしょう。されど、あの空を飛ぶ老婆には対処手段が無く、やむを得ず勇者にしか使えぬ呪文を使ったのだと。

 

(主戦力を一番重要な場所に置くのは当然とはいえ、申し訳ありませぬ)

 

 秘匿していた呪文を使わせることとなってしまうとは。

 

「あの呪文を知る魔物が居るとすれば、東に注意が向いてしまうやも……」

 

 ある程度数で責めてきても、シャルロット様には爆発を起こす呪文がありまする。ただ、あの呪文の効きづらいヴァイス様が魔女と呼んだ老婆が数で攻め寄せれば、多勢に無勢。そもそも、勇者様の実力を頼りにした東側はその分、実力の低い者が多く割り振られたと聞きまする。町の皆様の避難されている格闘場が西側、お城も北西にある関係上、精鋭をこちらに配す必要がありますれば、この配置に異議など唱えられはしませぬけれど。

 

「隊長、第二陣が」

 

「っ、ゆっくり考える時間もありませぬか」

 

 声をかけられて、見上げれば先程よりも多くの魔物が空を覆い尽くし。

 

「「イオラ」」

 

「グギャァァァッ」

 

 複数の光が、魔物の群れの中に生まれるなり炸裂する。

 

「ぬ、おのれぇっ」

 

「「ヒャダルコ」」

 

「ひっ、ひあがっ」

 

 間髪おかず、今度は冷気が爆発を抜けてきた箒で空飛ぶ老婆達を氷で包み、巨大な雹にに変えて地面へと落とす。

 

「むぅ、流石だな……と言いたいが」

 

「はい、数が多すぎま」

 

「フシュアァァァァッ」

 

 ヴァイス様とこちらの会話を遮るようにボロボロの竜が咆吼を上げ。

 

「よくも仲間をっ、ベギラマぁっ」

 

 半身を凍り付かせながらも箒に跨った老婆が、墜ちるような早さで突っ込んで来ながらデタラメに炎をばらまく。

 

「くっ、これでは応射させても兵に犠牲が出るか、ならばっ」

 

「ひぇひぇひぇひぇ、こうなれば道連れに゛っ?!」

 

「ふ、手負いの相手なら一撃で仕留められねばな」

 

 殆ど捨て身の突撃をかけてきた魔物を、投槍の一撃で撃墜されたヴァイス様は、口元をつり上げると、右手を引かれ。

 

「ふむ、少々拉げたがもう一投くらいは使えるか」

 

 結びつけられた細い綱に引っ張られ戻ってきた槍を見て呟かれました。

 

「と格好は付けたが、君が援護をしてくれたのだろう? 確かその剣には敵の守りを弱める力があると聞いた」

 

「はい。弓を扱う皆様のお力になればと」

 

「うむ、実際助かっている。本来なら重ねて感謝したいところなのだが」

 

 徐に右腕を引き絞りつつヴァイス様が視線を上に向けた時点で、どうしたのかと問う必要などもはやありませぬ。

 

「フシャァァァッ」

 

 落ちてきたのは、片角を折り右目の潰れた竜。大きく開いたあぎとはヴァイス様を噛み砕こうと極限まで開かれ。

 

「おおおっ」

 

 口の中にヴァイス様の投じた槍が飛び込んだ瞬間でありました。

 

「クェエェッ」

 

 空の上で鮮やかな薄い紅色の猛禽が鳴いたのは。

 

「なっ」

 

 ヴァイス様が声を上げた直後、潰れていたはずの竜の目や折れた角が一瞬にして元に戻り。

 

「ガッ、フシュオアアアアッ」

 

 投じられた槍を咬み負った竜は再び口を開けて、ヴァイス様へと襲いかかってきたのでありまする。

 

 




ああ、ヴァイスさん、フラグなんて立てるから。

おのれ、極楽鳥。このタイミングでベホマラーとか。

そんな感じで、次もクシナタさん視点。

次回、番外編14「イシス攻防戦8(クシナタ視点)」

バラモス軍の物量に、クシナタ隊は打ち勝てるのか?!


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番外編14「イシス攻防戦8(クシナタ視点)」

 

「ライデインっ」

 

 迷ったのは、ほんの僅かな間。かってあやし声に誘われ、きっかけを掴みつつも誰にも言えず抱えていたそれを受け入れたのは、つい先日のことでありました。シャルロット様が使われたのであれば、今更のこと。

 

「ライデインでありまするっ」

 

「グギャァァァァァ」

 

 二重の雷に焼かれた竜は、断末魔をあげながらヴァイス様の脇に落ち、頭から民家に突っ込んで動かなくなりました。

 

「そ、その呪文は」

 

「お話しは後で、今は残った魔物の対処が先でありまする。誰か、あの鳥を」

 

 明らかに説明を求める顔をヴァイス様はしていらしましたが、説明をしているような余裕はありませぬ。何より、魔物達の傷を癒した薄い紅色の猛禽をそのままにはしておけず。

 

「任せて下さい、メラミっ!」

 

「バギマっ」

 

「ギョエエッ」

 

 呼びかけに応えて放たれた火の玉の群れに群がられた猛禽は風の刃に斬り裂かれて断末魔をあげ。

 

「見える限りにあの鳥はもう居ませぬ。残る魔物の掃討を」

 

「承知しました。けど隊長、後で私達にも事情の説明をお願いしますね? イオラっ」

 

「も、勿論でありまする」

 

 返ってきた当然と言えば当然の要求へは頷くしかなく。

 

「ガァァァァッ」

 

「っ」

 

 そもそも、長々説明している猶予を魔物は与えてくれなかったのでありまする。

 

「ヒェヒェヒェヒェヒェヒェ、お返しじゃ、ベギラマぁ」

 

 半身を爆発に巻き込まれた水色の竜が血を滴らせ、苦痛に吼えながらもこちら目掛けて突っ込んで来るかと思えば、上空から箒に乗った老婆が炎を放つ。

 

「やむを得ませぬ」

 

 双方避けきれると判断し、逃げ場に選んだのは、呪文の炎の中。まほうのたてで顔を庇って竜の体当たりをかわし。

 

「うくっ、ライデイン!」

 

「な、炎の中で逆にこちらへ呪もぎゃぁぁぁぁっ」

 

 雷に焼き払われた魔物が絶叫しながら箒から落ちる。

 

「ホイ」

 

 わざと自分からあたりに言った形になったことが幸いして、味方は巻き込まれずにすみ、回復する為呪文を唱えようとした時でありまする。

 

「待って隊長、回復は私が」

 

 後方から声をかけられたのは。 

 

「ベホイミっ。隊長は精神力を温存して下さい」

 

「すみませぬ。剣よ」

 

 肌に出来た火傷が一瞬で治って行くのを見て頭を下げた私は、手にした剣の力を解放する。

 

「むぅ、女性ばかりに戦わせている訳にはいかんな、弓兵、反撃だ」

 

「「はっ」」

 

 こちらが敵の守りを弱める力を使おうということに気づいたのでありましょう、ヴァイス様が号令を発し、呼応するように物陰から姿を見せたのは、引き絞った弓で空の魔物を狙う方々。

 

「ぁあぁっ」

 

「でやぁっ」

 

「があっ」

 

「むぅ、いかんな。剣では手負いの魔物の始末しかできん」

 

 矢を受けて落ちてきた魔物をヴァイス様は腰の剣を抜くなり一閃させて両断し、顔をしかめられたのでありまする。

 

「では、この剣を」

 

「いや、そんな貴重な物を貸して貰う訳にはいかん。こんなこともあろうかと、周囲の家々には予備の槍や矢を運び込んである。それに、投げる物には不自由しなさそうだからなっ」

 

 少し迷ってから、剣を差し出そうとすればヴァイス様は片手で制しつつ、先程の竜に壊された建物の欠片を拾って投げ。

 

「ギョエッ」

 

 先程のものとは違う猛禽の身体に飛礫は命中しました。

 

「と、まぁこんなも」

 

「クエエエエッ!」

 

「え」

 

 その直後でありまする。肩をすくめたヴァイス様が宙を舞ったのは。

 

「ちょっ、待て。私はこん、うわぁぁぁぁぁぁ」

 

 思わず目で追えば、悲鳴をあげながらヴァイス様の身体はそのままイシスの城の方へと飛んでいったのでありまする。

 

「あー、バシルーラか」

 

「ばし、るーら?」

 

 後方からポツリと漏れたその呪文の名は、以前スー様より聞き及んでおりました。されど、まさかこのような局面で実際に見ることになるとは。

 

「う゛ぁ、ヴァイス兵士長?!」

 

「ひぃっ、何だあの呪文っ?! 兵士長が、一発で」

 

 もっとも、効果を知らぬ者から見れば脅威なのでありましょう。

 

「落ち着け、ヴァイス兵士長の仇を討つんだ」

 

「っ、そうか。そうだな」

 

「うおおおっ、やってやる、やってやるぜっ!」

 

 と、言うか。ヴァイス様がお亡くなりになったと勘違いをして敵討ちに燃える方々に、どう説明すべきか。

 

「隊長、あちらの兵士さん達どうしましょう?」

 

「敵はまだ残っております……後にするしかありませぬ」

 

 私は助けを求めるかのような声に対して頭を振り、戦闘に逃避するしかないのでありました。

 

 




おめでとう、クシナタ は 勇者 に クラスチェンジ した!

と言う訳で、予想していた人は居るかもしれませんが、クシナタさんが勇者の呪文を使えるようになりました。

二回行動可能な勇者。うん、シャルロットの影が、ますます薄くなるね。

そんな訳で、次回番外編14「イシス攻防戦9(勇者視点)」

カメラをシャルロット側にお返しします。



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番外編14「イシス攻防戦9(勇者視点)」

「あれはライデインの……」

 

 西の空に走った雷を見て、ボクは思わず呟いていた。

 

「サイモンさん――さっちゃん達が来たとか?」

 

 可能性はゼロじゃないと思う、けど。

 

「じゃあ、もう一つのライデインは一体誰が?」

 

 ボクの知りうる限りライデインが使えるのは、今は亡きお父さんを含めて三人。残りの二人は、ボクとサイモンさんだ。

 

「ひょっとして、あの時の?」

 

 以前ボクが風邪で寝込んでいた時、勇者として旅立つ前のボクが夢で話した人ともう一度話すことがあったのだけれど、その時すべてをつかさどるものを名乗るその人は、ボクの零す愚痴のようなモノに付き合ってくれた。

 

(勇者でありながら動けないことを嘆いて、何かお師匠様の力になれたら、って)

 

 あの「すべてをつかさどるものさん」は、ボクの願いを叶えてくれたのかもしれない。動けなかったボクに代わって、お師匠様の近くにいた他の人を勇者として目覚めさせたのだとしたら。

 

「お師匠様がここに居ないのだって当然だ」

 

 ここにはもう、勇者が居るから。ボクじゃない勇者が居るから、その人に任せて別の場所に行っているのだとすれば辻褄は合う。スレじゃなかった、怪傑エロジジイさんもひょっとしたら、その人のこととか知っていたんじゃないだろうか。エリザさんがイシスに来たことがあるからこそ、ボク達もイシスに来られた訳だけど、一緒にいたエロジジイさんは言っていた。

 

「ただのぅ、ワシらは増援を送らせぬ為にもちょっとここで騒ぎを起こす必要がある」

 

 と。つまり、エロジジイさんは騒ぎを起こす必要がなければキメラの翼でイシスに飛んでいけたのだ。闘技場から魔物が逃げ出したとも話していたし、バラモスの城に乗り込む前はこのイシスに居たのかもしれない。

 

(そもそも、増援を食い止めたとしてもその間にイシスが陥落するようなことがあったら意味はないよね)

 

 イシスのことをある程度知っていて、持ちこたえられると判断してダメ押しの為、あの場にいたと考えた方が自然だ。

 

「……この戦いが終わったら、聞けるかな」

 

 今は何より、襲ってくる魔物を退ける必要がある。それまでエロジジイさんがバラモス城に居る保証は無いとしても。

 

「新しい勇者かぁ」

 

 その人は、まず間違いなくこのイシスに居る。そして、少なくともライデインの呪文が使える技量もある。

 

「会わなきゃ」

 

 勇者に目覚めた理由がボクの願いだったとしたら、まずは会って謝りたい。お師匠様の力になってくれる人がいればと願ったのはボクで、それは人に自分の役目を押しつけたも同意義なんだから。

 

「その為にも――」

 

「嬢ちゃん、次が来るぜ! くそっ、逃げ去った連中が使い物にならないと見やがったか」

 

「あ、はい……っ!」

 

 かけられた声に振り返って応じ、ボクが空を仰げば、さっき雷の光った方から魔物の群れがこちらに向かって来ていた。

 

「「フシュアアアッ」」

 

 水色をしたドラゴンの咆吼を聞きながら、突き出すのは右の腕。

 

「イオラっ!」

 

「ァァァッ」

 

「ゲェ」

 

 唱えた呪文が爆発を生じさせ、爆音に半ば途切れた魔物の悲鳴や絶叫があちこちであがる。

 

「おっしゃぁ! 野郎共、トドメだ!」

 

「おうよ」

 

「任せておけ、ギラっ」

 

 快哉の声に続いた命令に従う人達が矢を射かけ、あるいは呪文で焼き、断末魔をあげ墜落した魔物が砂を巻き上げる。

 

「ふん、どんなもんだ!」

 

「油断すんな、余裕噛ましてっとあの箒乗りが来るぞ?」

 

 勝ち誇る人、仲間の慢心を諫める人。後方から幾つかの声が聞こえてくるけれど、その声は明らかに戦いが始まった時より種類が少ないし、聞き取れるか微妙なほどに小さな呻き声も混じっていた。

 

「早く終わらせなきゃ」

 

 犠牲は、確実に出ている。こっちで、これなら明らかにこちらより数の多い魔物が襲いかかっている西側はどれ程の被害が出ているのか。

 

「お師匠様、ボクに……ボクに勇気を下さい」

 

 ヴァイスさんの託してくれた指輪を填めて、祈る。ボクの呪文が一体でも多くの魔物を倒すことが出来たなら、その分、被害は減る。

 

「……これでまだ、戦える」

 

 祈り終えて顔を上げれば、こちら目掛けて飛んでくる複数の影。

 

「嬢ちゃん、また来やがった! 箒乗りが多い、頼む」

 

「わかりまちたっ、ライデイン!」

 

「ぎぇぇぇぇっ」

 

 まずは一体、相手を一撃で倒せる呪文があることを見せて、戦う気持ちを削る。

 

「なっ」

 

 箒に乗った老婆が味方の死に動きを止めた瞬間。

 

「今だ野郎共、動きの止まってる奴らを撃ち落とせぇっ!」

 

「「おおっ」」

 

 何本もの矢が空に放たれた。

 

「がっ」

 

「げふっ」

 

「ひぃぃっ」

 

 幾本もの矢に貫かれ、箒を手放した人形のシルエットが地面に墜ちてゆく。

 

「おのれぇっ、ベギラマっ」

 

「ぎゃああっ」

 

「ぬわーっ!」

 

ただし、中には矢を身体に突き立てたまま、呪文を唱える魔物も居て、犠牲をゼロに抑えることは出来ず。

 

「うぐっ、被害がこれじゃ割に合わねぇ」

 

 それでも何とか箒に乗った魔物を全滅させた頃には、更に何人かの声が後ろから減っていた。

 

(怪我をして、後退した人は傷が癒えれば戻って来てくれるよね、けど――)

 

 蘇生呪文、お師匠様から話だけは聞いていたソレがもう少しで掴めそうな気がするのに、掴めない。使えるようになれば、もっと沢山の人を救えたと思うのに。

 

「おい、嬢ちゃん」

 

「え?」

 

 一瞬でも集中を欠いてしまったのが拙かったのか。

 

「フシャァァァァッ」

 

「っ」

 

 気づけば水色のドラゴンが間近に迫っていて、身構えたボクが聞いたのは。

 

「っ……何だそりゃ、このタイミングで追加の増援だとぉ? くっ、野郎共、物陰にかく」

 

「その必要はない」

 

 後ろで聞こえる慌てた声とそれを頭上から制する声。

 

「その覆面、あの呪文。マシュ・ガイアー殿とお見受けした。我は地獄の騎士、ディガス。貴殿との一騎打ちを所望する」

 

 水色のドラゴンから飛び降りた、六本の腕を持つ骨の剣士は、そう言ってボクに剣の一本を向け。

 

「貴殿が勝てば、我が名誉にかけて軍は退かせよう。さぁ、返答はいかに?」

 

 驚きつつも、その勘違いを正した方が良いのか、ボクの中の冷静な部分がそれを考えていた。

 




あるぇ? シャルロット、クシナタさんの存在に感づき始めた?

そして、酷い勘違い野郎が一騎打ちを持ちかけてきた。

次回、第百九十二話「エビでタイを釣る」

イシス攻防戦は続きますが、そろそろ視点を主人公側に戻してみます。


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第百九十二話「エビでタイを釣る」

 

「エロジジイ様、終わったわよ」

 

「おお、そうかエロジジイ……正直すまんかった、エロジジイ」

 

 背中に声をかけられた俺は、とりあえず土下座した。本当にカナメさんには迷惑をかけっぱなしだったと思う。

 

「え、す……エロジジイ様?」

 

「お前さんには本当に手間をかけさせた、エロジジイ。おまけに、その……」

 

 額が床にくっつかんがばかりに頭を下げた今の状況では殆ど確認出来ないが、振り返った瞬間ちらりと見えたカナメさんはエビルマージもどきに扮する為のローブを着ていなかった。いや、汚れたので脱いだのだろう。

 

(おそらく後ろにいた褐色肌の子があのエビルマージか)

 

 揃って服を着替えなければいけない悲劇をもたらした原因の半分くらいは、俺がバラモスで遊んだりしたせいなのだ。一瞬だけ見たカナメさんの後ろの人物と捕らえた捕虜の姿を頭の片隅で照合しつつも、俺に頭を上げるつもりはなかった。少なくとも、そうカナメさんが頭を上げるよう言ってくれるまでは。

 

「い、いいから顔をあ」

 

「……お姉様」

 

「ひょ?」

 

 だからこそ、聞き覚えのない声がカナメさんの言葉を遮るようにして聞こえてきてもかろうじて持ちこたえたのだ、伏せたままの顔であっけにとられはしたけれど。

 

「すみません、お姉様っ! わたし、お姉様のお召し物をっ」

 

「え、ちょっと、お姉様?!」

 

「はいっ」

 

 顔を伏せたままの俺に入ってくる情報はほぼ音だけだったが、珍しく上擦った声のカナメさんと、カナメさんに自分の言葉を反芻されて何処か嬉しそうな聞き覚えのない声の主による会話で解ったことが幾つか。その一つは、完全に俺が置いてけぼりを喰らっていると言うことだ。

 

(と言うか、もう一人ってここまでの流れからすると、ほぼ間違いなくあのエビルマージ……エビちゃんだよなぁ)

 

 声のトーンからすると、そこには明らかにカナメさんへの好意がある。

 

「そ、それに……あんな事をしてしまったしかも敵であるはずのわたしに……」

 

「え、ええと……別に他意は無いわよ? スミレに任せる訳にはいかないからで」

 

「そっ、そんなことありません! お姉様は、とても優しくしてくれました! だから、わたし――」

 

 明らかにカナメさんへの好意がある。重要だから二度言いました、じゃなくて、何というかカナメさんがたじたじだった。

 

「むぅ、これは助けに入るべきじゃろうか、エロジジイ」

 

 処遇に困っていた捕虜が味方に懐いてくれたというのであれば、歓迎すべきことである。そも、今は土下座中であり、許しもないまま顔を上げていいモノかということもあった。

 

「エロジジイ様、葛藤してるところ申し訳ないけれど、あたしちゃんはすぐにでも助けに入るべきだと思う」

 

 だからこそ躊躇した俺の迷いを断ち切ったのは、横合いからかかったスミレさんの声――。

 

「お姉様ぁ」

 

「ちょ、ちょっと、何処触って」

 

 ではなく、正面のカナメさんが上げた声だった。

 

「わた」

 

 こういう時、盗賊でよかったと思う。土下座の姿勢からクラウチングスタートもどきに移行し、飛び出すまでにかかった時間は、一秒にも満たない。

 

「そこ迄じゃ、エロジジイ」

 

「あ」

 

 カナメさん達の脇を抜け、後ろに回り込んで推定エビちゃんの両手首を捕まえて、引っぺがす。

 

「す、エロジジイ様」

 

「嫌がる相手に無理強いをするのは感心せんの、エロジジイ……む」

 

 声に籠もった感謝に頷きを返しつつ、諭すようにしてエビちゃんに声をかけ。俺はこの時始めてエビルマージの中身をしっかりと目にした。

 

(尖った耳に、褐色の肌かぁ、何というダークエルフ)

 

 この世界にはエルフは居てもダークエルフは居なかった気がするが、見た目はファンタジー小説に登場するダークエルフの女の子そのまんまだった。強いて言うなら、胸がやや大きめか、ただ。

 

「え、ひ……あ、嫌あぁぁぁぁっ」

 

 手首を掴まれてることに気付き、振り返ったエビちゃんが怯えた顔をして悲鳴をあげたのは、嫌らしい目で身体を見つめられたからではない。バラモスを玩具にするような絶対強者に取り押さえられてOSEKKYOUされれば、例えこのエビルマージが男であっても怯えて悲鳴をあげたことだろう。

 

「じゃから、時と場合を選ん」

 

「やぁっ、助けてっ、助けてお姉様ぁっ」

 

「……まるっきりワシ悪者じゃの、エロジジイ」

 

 解せぬ。セクハラを防ごうとしたはずなのに、第三者視点から見ると力ずくで不埒な真似を働こうとしてるようにしか見えないとかどういうことなんですか。

 

「んー、エロジジイ様どんまい?」

 

「うむ、すまんのエロジジイ」

 

 スミレさんには察されて慰められたが、声にも出してないのにとツッコむのは止めておく。

 

「で、どうしようかの、お姉様エロジジイ?」

 

「す、エロジジイ様、それは止めて?!」

 

 助けを求めてカナメさんを見たら、お願いされてしまった。やはり解せぬ。

 

「じゃなくて、流石にこのまま解放する訳にもいかんじゃろ、エロジジイ」

 

 手を放せば「お姉様ぁ」とか叫びながらカナメさんに抱きつきに行ってセクハラコンボへ繋げるのは明白である。確かに、懐いてくれれば都合が良いとは思ったが、誰がここまで懐けと言った。

 

「じゃあさ-、エロジジイ様。ここはあたしちゃんがまた縛ろっか?」

 

「却下じゃ、エロジジイ」

 

 またトイレに行きたくなってループしたらどうしてくれる。

 

「はぁ、どうしてこうなったエロジジイ」

 

 最近頭痛の種が加速度的に増えている気がする。いったい何処で選択肢を間違えたというのだろうか。

 

「お姉様っ、お姉様ぁ」

 

 思わず、考え込んでしまう俺の目の前では、掴まれた手首を何とか自由にしようともがきつつエビルマージがカナメさんを呼び。

 

「そこまでだ、狼藉者よっ!」

 

「ひょ?」

 

 聞き覚えのない男の声に振り返れば、そこにいたのはエビルマージを始めとした魔物の集団。どうやら、エビちゃんの悲鳴が周辺の魔物を呼び集めてしまったらしい。

 

「我らバラモス親衛隊っ! そして、我が名はレタイト。仲間を捕らえ、欲望のはけ口にしようとは見下げ果てた奴」

 

「……誤解、と言っても無駄じゃろうな、エロジジイ」

 

 酷い濡れ衣に思わず遠い目をするが、現状をレタイトと名乗ったエビルマージの目から見れば、ローブをはぎ取られた仲間の女の子が怪しいフードの爺さんに後ろから拘束されている図である。しかも、語尾がエロジジイ。

 

「エロジジイ様、たぶん無理」

 

 スミレさんの断言で僅かな望みも一刀両断される幻覚が見えて。

 

「さぁ、大人しく人質を解放して降伏しろ!」

 

 善悪が逆転してしまったバラモス専用トイレの前にレタイトの勧告が響き渡るのだった。

 

 




エビちゃんで親衛隊(たい)を釣る。

って言うか、これは釣ったでいいのか?

ちなみに魔物達がここまであっさり接近出来たのは、本来魔物の接近を警戒するはずの盗賊二人がそれどころでは無かったからだったりするのです。

次回、第百九十三話「手の込んだ自殺にしか見えない件」

レタイトさん、悪いことは言わない。逃げろ。


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第百九十三話「手の込んだ自殺にしか見えない件」

「ふむ、エロジジイ」

 

 勧告を聞いた俺は考えた。蹴散らすのも殲滅するのも容易い。ただし、反撃を許せば同行してるお姉さん達が危なく、殺してしまえばエビちゃんこと取り押さえてるエビルマージのトラウマになる可能性がある。現状でもつい今し方まで怯えて助けを求めていたというのに、特等席で味方が殺されて行く姿を見たらどうなることやら。

 

「れ、レタイト隊長……駄目っ、みんな逃げてぇっ!」

 

「馬鹿なことを言うな。私は仲間を見捨てないっ! もう少しの辛抱だ、すぐに助けるっ!」

 

 ましてや、エビちゃんとさっきレタイトと名乗ったどうやら親衛隊長らしいエビルマージに目の前でこんなやりとりされて、助けに来た親衛隊の皆さんを蹂躙出来る筈もない。

 

「べ、別に親衛隊にもチラホラ女子が混じっているからとか、そんな理由ではないからの、エロジジイ」

 

「エロジジイ様?」

 

 エビルマージに擬態した隊のお姉さんが怪訝な顔をした様だったが、ここははっきり否定しておくべきだろう。

 

「まぁ、それはさておき……レタイトと言ったかの、エロジジイ。お前さん、ワシらが降伏しないと言ったらどうするつもりじゃ、エロジジイ?」

 

「むろん、貴様を倒してエピニアを救い出すっ!」

 

「なっ」

 

 こちらの内情をさておき、発した問いかけへ返ってきた言葉に衝撃を受けたのは俺だけでは無かったと思う。

 

「エロジジイ様」

 

「わかっておる、エロジジイ」

 

「エビちゃんじゃなくて、エピちゃんだったなんて。あたしちゃん、不覚」

 

「うむ、エロジジイ」

 

 名乗って貰う機会がなかったとは言え、濁音と半濁音を違えていたとは。スミレさんの言葉に頷きを返した俺は、決めた。以後は、ちゃんとエピちゃんと呼ぼうと。

 

「どうした、今更怖じ気づいたか?」

 

「いや、こっちの話じゃエロジジイ。それよりも、このまま戦闘に突入すれば、身を守るはずローブを付けていないエピちゃんが明らかに戦闘に巻き込まれると思うのじゃがの、エロジジイ」

 

「くっ、卑怯な! エピニアを盾にする気か」

 

 こちらの反応を誤解したらしいレタイトに頭を振りつつ問題点を指摘すれば、呻きながらも別の誤解をしたバラモス親衛隊長は俺を睨み付けてくる。うん、どうあがいても悪役ポジションである。

 

「そんなことせんわ、めんどくさいエロジジイ」

 

「なん」

 

「ぶっちゃけ、このままでもお前さん達を制圧するのは簡単なんじゃが、この娘の精神衛生上良くないのでの、エロジジイ」

 

 これ以上誤解されるのも面倒なので、正直に言った。同時に、反論されたりしても面倒なので、早口で更に言葉を続ける。

 

「かと言ってどうせ諦める気もないじゃろうから、提案があるエロジジイ。ワシはお前さん達を一人で相手にし、ついでに一人たりとも殺さずに倒す、エロジジイ。でじゃ、たった一人の何処にでも居るようなジジイに倒されるような親衛隊などバラモスも願い下げじゃろうから、そのときはワシらの部下になれ、エロジジイ」

 

「「は?」」

 

「「え?」」

 

「「エロジジイ様?」」

 

 親衛隊どころか隊のお姉さん達まであっけにとられているが、正直これが一番手っ取り早い。レタイトはこっちに降伏勧告してくるぐらいだから、自分達の優位を疑っていないのだろう。だったら、これに乗じてバラモス城の精鋭をごっそり頂いてしまおうと言う訳だ。

 

「まぁ、任せておけエロジジイ。ワシに良い考えがあるのじゃ、エロジジイ」

 

 上手くいけばバラモスを倒した後、このレタイトを使う形で、シャルロットがおろちの協力を得て行ったような特訓をすることが出来るかも知れない。そのときシャルロットがいれば、あの発泡型潰れ灰色生き物をペットにすることだって出来るだろう。まぁ、それもこれも目の前のバラモス親衛隊隊長が提案に応じた上、負けた後潔く約束を守れば、だが。

 

(一騎打ちでも良かったけど、それじゃ弱い気もするし。だからって流石に手加減した上こちらはたった一人で全員をKOする、何て条件をつけたらなぁ)

 

 侮辱されたと怒るか、こっちが条件を達成するのはあり得ないと高をくくって簡単にOKするか。

 

「貴様、我らを侮辱する気か?!」

 

 どうやら前者だったらしい。

 

「いいや、ただの本気じゃよ、エロジジイ。伊達にこんな所まで侵入しておらんのでの、エロジジイ。じゃから、こっちが負けた場合、お前さん達はワシらを好きにするがいい。もちろん、そのときはあの娘も無事解放される、エロジジイ。どうじゃ、ワシら全員を相手にするより好条件じゃろ、エロジジイ?」

 

 その分、負けた時は全員部下になれとリスクを引き上げた訳だが。

 

「だ、駄目ですそんぅ」

 

「おっと、自分が捕まったことに責任を感じるのはわかるがの、エロジジイ。口出しは控えてもらえんかの、エロジジイ」

 

 即座に割り込んできたエピちゃんの口を押さえ、俺は再びレタイトの方に視線を戻す。

 

「んん゛ぅ」

 

「貴様っ」

 

「さて、どうするかの、エロジジイ? ワシが怖いなら大人しく立ち去っても構わぬがの、エロジジイ。今後人間に危害を加えぬなら、トイレの奥でガタガタ震えることぐらいは許してやってもよいぞ、エロジジイ」

 

 手を口で塞がれたエピちゃんの漏らす声を間近で聞きつつ、バラモス親衛隊隊長殿を全力で挑発してみる。あちらからすれば、手の込んだ自殺にしか見えない条件設定で勝負を持ちかけた上にこの言いようである。

 

「うぐっ、何処までも馬鹿にしてくれる……良いだろう。その増長後悔させてくれるっ!」

 

「ほぅ、それは怖いのぅ、エロジジイ」

 

 得物は、自分から網に飛び込んできた。にやりと笑みつつ、視線を横に流し、親衛隊の構成を再度確認したところ、警戒すべき魔物はたった一種。

 

「カカカッ、我らが一の使い手ディガス殿が不在とはいえ舐めてくれたものよ」

 

 六本の腕を持つ骨の魔物は地獄の騎士、内一体がカタカタ歯を鳴らしながら笑う。

 

「そう、褒められると照れてしまうのじゃがの、エロジジイ。さて、と言う訳でこの娘は頼むぞ、エロジジイ」

 

「あ、はい」

 

 流石にこのままでは戦えないのでお姉さんの一人にエピちゃんを預けると、マホカンタと、聞き取られないよう留意しつつ小声で続け。俺は袖の中に仕込んでいた鎖分銅の感触を確かめると、身構える。

 

「さぁ、勝負じゃ、エロジジイ!」

 

 こうして、俺とバラモス親衛隊との戦いはその幕を開ける。

 

「な」

 

「はや」

 

 想定外の俊敏さに顔へ驚愕を貼り付けたまま、反応もままならない魔物達へこちらが突っ込む形で。

 




最後あたりのNGテイク

「さぁ、勝負じゃ、エロジジイ! 先攻は貰うぞ、エロジジイ! ワシのターン、エロジジイ!」

 こうして、俺とバラモス親衛隊との決闘はその幕を開ける。

***************************************

 うっかり、デッキからカードをドローしそうなので没にしました。

 ともあれ、まんまと怪傑エロジジイの誘いに乗ってしまったレタイト。彼らに逆転の道はあるのか。

 そしてさりげなく名前の出てきたシャルロットに一騎打ちを申し込んだ地獄の騎士。

次回、第百九十四話「決闘、スタンバイ!」

 魔物ごとバラモス城を頂いてしまおうとか、主人公きたない。さすが主人公きたない。



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第百九十四話「決闘、スタンバイ!」

「せいっ」

 

「がっ」

 

「げっ」

 

 チェーンクロスの良いところは何と言っても複数の魔物を纏めて巻き込めるリーチにあると思う。横に一閃させ地獄の騎士を纏めて薙ぎ払い。

 

「でやあっ」

 

 もう一方の袖に仕込んだ鎖分銅をこちらはある程度手加減しつつ一撃目へ交差させるように振るった。左の一撃まで全力だと確実にオーバーキルするのでぜひもない。

 

「あがっ」

 

「ぐ、馬鹿な。我らが一瞬で……」

 

 鎧や剣、骨の腕の何本かはあちこちに吹っ飛んだが、崩れ落ちつつも喋れると言うことはまぁ、大丈夫なのだろう。

 

「何だと……?」

 

「死なぬよう手加減はしたつもりじゃ、エロジジイ。あ奴らは戦闘不能と言うことでよいな、エロジジイ?」

 

 一番厄介な、浴びた者を痺れさせる息を吐くことが出来る骨の騎士達を倒し、胸中で胸をなで下ろしつつも顔には笑みを浮かべ、俺は呆然と立ちつくすバラモス親衛隊隊長殿へと問いかけた。

 

「ぐっ……た、確かに認めざるをえん」

 

「ほぅ、エロジジイ」

 

 だが、悔しげにしつつもすんなり認めたのは、少し意外だった。

 

「見苦しく認められぬなどと喚き散らすとでも思われたのだとしたら、心外だ。だが、もはや慢心はない。我らが全力を持ってお前を倒す。行くぞっ、マヒャ」

 

「あ、言い忘れておったがワシは呪文を跳ね返すぞ、エロジジイ?」

 

 ただ、いかにも呪文を唱えようとしたなら、これだけは言っておかないと拙い。自分の呪文が跳ね返って自殺とかされでもすれば、こちらの負けになってしまうのだから。

 

「な」

 

「ャド……っ、呪文が、ぎゃぁぁぁぁ」

 

「ああ、少し遅かったの、エロジジイ」

 

 レタイトはかろうじて呪文を放つのを止めた様だったが、既に呪文を唱えてしまった別のエビルマージが光の壁に跳ね返った鋭い氷の刃に斬り裂かれ、崩れ落ちる。

 

「っ、皆呪文は唱えるな!」

 

「はぁ、言わんこっちゃないの、ホイミエロジジイ」

 

 そのまま失血死とかされるとあれなので、一応倒れたエビルマージには回復呪文をかけておく。

 

「うっ、うぅ……な、何故だ、何故戦いのさなか敵に回復呪文など」

 

 呻きつつも身を起こすエビルマージに「勝てばワシらの部下じゃからな」とは言わず、ただ無言で肩をすくめ、チェーンクロスの鎖を鳴らしながら俺は床を蹴った。今まで居た場所でガチッと音を鳴らして牙と牙が咬み合わされ。

 

「フシャァァァァッ」

 

 俺という獲物を咬み損なった水色の東洋風ドラゴンが不満げにこちらを威嚇する。

 

「惜しかった」

 

 と慰めてやるべきか、勝負を挑んできたことに敬意を表して真っ向から迎え撃つべきか。

 

「フバーハ」

 

 ブレスだけは防ぎようがないので、小声で呪文を唱え。

 

「ならばっ」

 

 レタイトが、呪文以外の攻撃に思い至った時には、少し申し訳ないが、俺の身体は光の衣に包まれていて。

 

「エロジジイ様っ」

 

「ん゛んぅ、んーっ!」

 

 ブレスの前動作が見えたのか、エピちゃんをおさえているお姉さんの声が後ろでした。ただし、足は止めない。炎や氷のブレスによるダメージを軽減するフバーハの呪文は保険、視界内のバラモス親衛隊隊長殿は遅すぎたのだ。

 

「ぐはっ」

 

「がっ」

 

 鎖分銅で薙ぎ払い、一人目を倒した分銅はそのまま二人目へ命中し。

 

「きゃああっ」

 

「っ」

 

 直撃コースだった三人目のあげる悲鳴を聞いた瞬間、手首が動いていた。エピちゃん同様、女のエビルマージだったのだ。

 

「え?」

 

 不自然にチェーンクロスの軌道が変わって難を逃れた女エビルマージは顔を庇う両腕を下ろすときょとんとした表情で周囲を見回し、俺は内心歯噛みする。甘いとは解っているが、魔物とはいえ人型のしかも若い女性を武器で殴打すると言うことに心の何処かで抵抗を覚えてしまったのだ。

 

「ぎゃーっ」

 

 無理矢理軌道を修正して男の五人目にはきっちり当てたが。

 

「ほう、今のをかわすか、エロジジイ」

 

「え?」

 

 取り繕おうとした俺の言に三人目が聞き返し。

 

「今の分銅の方があたし達を避けていったような気がするんだけど……」

 

 四人目のエビルマージは容赦なくツッコミを入れてくる。ある意味でレタイトより余程手強いと言えるかもしれない。

 

(なら、他から相手をするか)

 

 ただの問題後送りであることは解っているが、まごついている間に他の魔物に囓られたり殴られたりするよりはマシである。

 

 と言うか、魔物の性別鑑定士でもないのでコウモリみたいな翼の生えた青緑のシルエットやら甘咬みの域を超えたかじりつきを敢行してくるドラゴンの性別は解らず、メスが居たなら申し訳ないが物理攻撃したとしても良心の呵責のようなモノを覚えづらいのだ。

 

「「ゴオオォォォォッ」」

 

 動くでっかい石像に至ってはモデルが統一とうことも相まって全部もみあげのオッサンにしか見えないので、真っ先に粉砕、じゃなかった、足を狙って動けない程度に壊れて貰った。

 

「「フギャァァァァッ」」

 

 足が多くてコウモリ羽根まで生えてるライオンは全部たてがみが見受けられたので、容赦なく。

 

「「グギャァァァァッ」」

 

「「ヒョオオオォォォ」」

 

 他の魔物に関しても、結果として漫画か何かで言うところの一コマで殲滅される雑魚の様にさっくり倒してしまったが、手加減はしたので許した貰えたらなと密かに願う。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ、あとはお前さん達だけじゃな、エロジジイ」

 

「ひっ」

 

「う、あ……」

 

 実は付けるのが微妙におっくうになり始めてるこの語尾だが、いよいよ役に立つ時が来たのだと思う。

 

「大人しく降伏した方が身の為じゃぞ、エロジジイ? ワシはこの通り、語尾にエロジジイが付くほどにエロジジイじゃからな、エロジジイ」

 

 ゲシュタルト崩壊が起こりそうなほどエロジジイを連呼しながら、手をワキワキと嫌らしい感じに動かし、更に言葉を続ける。

 

「殺さぬつもりじゃが、それ以外については何も言及しておらなんだからの、エロジジイ。あくまで抵抗するつもりならば、どうなるかの、エロジジイ」

 

 こんな感じで脅せば、殴らず戦いを終わらせることが出来るかも知れない。

 

「敵とはいえ女の子を殴るのは趣味じゃないしなぁ。『エロいことしちゃうぞー』って脅せば……」

 

「んー、それがエロジジイ様の良いところかも知れないけど、声出てるよ?」

 

「え?」

 

 ここのところ妙な心労が重なったからだろうか。声に出してたら、わざわざエロジジイの演技してた意味が無いじゃないですか、やだー。

 

「え、えーとじゃな?」

 

 声をかけてくれたスミレさんから視線を前に戻してみたが、エビルマージ達は何故か無言で。

 

「ほ、ほんとじゃぞ? 降伏しなかったら筆舌尽くしがたいもの凄くエロイことをじゃな……あ、えーと」

 

「エロジジイ様、もう、止めましょう」

 

「ん゛んぅ」

 

 何故だろう、背中にかけられるお姉さんの優しい声が心に痛かった。

 

「……あの」

 

「ひょ?」

 

「降伏します」

 

 だから、この時、エビルマージ達が折れてくれなかったら、きっとこっちの心が折れていたと思う。いや、これはこれで同情された感があって、とてつもなく切ないのだが。

 

「強敵じゃった。と言うか、バラモスの時よりきつかったわい」

 

 だから、思わずぽろっと零してしまったことだって仕方なかったと思う。

 

 




主人公、いつもの大ポカするの巻。

え、筆舌尽くしがたいもの凄くエロイこと?

書きませんよ、R18になっちゃうじゃないですか、やだー。

ちなみに、書いてる時は、ポカさせるか、取り押さえて一人一人ロープで縛るかで迷ってたりしました。

次回、第百九十五話「疲れると、つい『ひとりごと』が出ちゃったりするよね?」

闇谷も最近増えてきた気がします、ひとりごと。


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第百九十五話「疲れると、つい『ひとりごと』が出ちゃったりするよね?」

「さてと、約束じゃったな?」

 

 何にしても、殺さずに一人で制圧したのだ、約束は守って貰いたい。そんな意味合いの視線を俺はレタイトに向けた、ただ。

 

「待て、今のはどういうことだ? バラモス様の時よりとは――」

 

 そのまま何事も無かったかのように流してくれるほど、世の中は甘くなかったらしい。先程の独り言が聞こえていた様子のバラモス親衛隊隊長殿は、上体を起こしかけた姿勢のまま半ば呆然としつつも俺に問いかけ。

 

「えーと、じゃの、エロジジイ」

 

 すっとぼけようとも思ったが、ここには一部始終を目撃していたエピちゃんが居る。今はお姉さんの一人に口を塞いで貰っているが、ずっとあのままという訳にはいかないし、バラモスも健在であるのだからトイレを借りに来た語尾がエロジジイの老爺がバラモスを殴ったりした、と言う事実は隠そうとしても何かの形で目の前にいる親衛隊の面々の耳に入ることだろう。

 

「仕方あるまい」

 

 下手に隠しておいて「嘘をついたからさっきの約束は無効だ」とか言い出されても面倒ではあるし、こちらの実力を知れば、反抗する気も起きないと思う。

 

「実はの……話せば少々長くなるが、ワシらがここにいるのも、トイレを借りに来た結果なんじゃ」

 

 ただ一点、エピちゃんがローブを脱いでいるのは、トイレで用を足した後、手を洗う時に袖を汚してしまったからとか嘘をついたが、俺は親衛隊の面々へ後は概ね真実を語った。

 

「そ、そんな……」

 

「嘘だ、嘘だと言ってくれぇっ!」

 

 まぁ、何と言うが真実は親衛隊の皆さんには受け入れがたいモノであったようだけれど。

 

「ふふ、ふふふ……とんだ役立たずじゃない、私達」

 

「我々の存在意義は、いったい……」

 

 親衛隊の筈なのに守るべき対象が襲撃され、玩具にされ、しかもその事態を当人から知らされる。レタイト達の立場からするとこれほど残酷なことがあるだろうか。

 

「あー、部下になると言う約束に同意したのはそっちじゃからな、自決とかは約束違反じゃからな?」

 

 もっとも、自責の念から自殺とかされると気まずいし、苦労がフイになってしまうので、釘は刺す。

 

「エロジジイ様、何というかそれは流石に酷いのでは?」

 

「とは言うてもの。ここで『か、勘違いしないでよね。あなた達に死んで欲しくなくて気遣ったことまで露見したらさっきの二の舞だから、ワザと利己的に言っただけなんだからねっ』などとは言えんじゃろ?」

 

 あまりにもかわいそうになったのか、もの申してきたお姉さんが居たので俺は小声で弁解し、再び燃え尽きてしまっている親衛隊の皆さんへ視線を戻した。

 

「何が『ディガス殿が不在とはいえ舐めてくれたものよ』よ、これでは舐められて当然ではないか……」

 

「終わった、何もかも……」

 

 余程、精神的ショックが大きかったのだろう。とりあえず人の言葉を解する魔物はほぼ全員が打ちのめされており。

 

「ここでワシが慰めの言葉をかけても逆効果じゃろうな」

 

「でしょうね」

 

 遠い目をして漏らした言葉に、お姉さんの一人が頷いてくれた。

 

「とは言え、このままここに居ても――」

 

 仕方がないし、そもそもここはバラモス専用トイレの前である。必要に迫られたバラモスがやって来たら更にめんどくさいことになるのは、火を見るより明らかだ。

 

「ので、場所を移そうかなって思うんだけど」

 

「エロジジイ様の懸念はあたしちゃんも尤もだと思うけど……口調、素でいいの?」

 

「まぁ、あっちはまだ立ち直ってないし、大声で話してる訳じゃないから」

 

 絶賛絶望中のレタイト達を視線で示すと、スミレさんの指摘に苦笑する。

 

「エロジジイ様が良いなら、いい。それで、親衛隊はどうするの? 今の内に縛って、括ったロープの端を持って連行する?」

 

「うーん、ここに長居出来ないという意味ならそれも手だけど……スミレさんの縛り方ってあれだよね? とても子供には見せられないような、こう、遊び人仕様の」

 

「勿論」

 

「じゃあ却下で」

 

 若干コントめいた内緒話になったことは、否めない。反省はしない。

 

「と、冗談はさておき、バラモスとバッタリ再会というオチは頂けんの、エロジジイ」

 

 たとえ向こうが戦闘をしかけてきても何とかはなるが、主であるバラモスを前にして親衛隊の面々がどう言った行動に出るかという問題がある。

 

(その点ではバラモス側も、か)

 

 凹んでいる魔物達は親衛隊であるにも関わらず、俺達という侵入者からバラモスを守れず、それどころかこちらから明かすまでバラモスが俺に殴られたことも知らなかったのだ。役目を果たさなかった親衛隊をバラモスが処分しようとする可能性は大いにある。

 

(ただし、それなら好都合なんだけどね)

 

 主が用済みもしくは要らないと判断したなら、部下にしようとしている俺にはちょうど良い。

 

「ま、それはそれとして……」

 

「んん゛んぅ」

 

「その嬢ちゃんはもう口を塞いでおく必要もないじゃろ……さて」

 

 俺はエピちゃんと口を塞ぐお姉さんの方へ向き直ると、エピちゃんの顔を覗き込む。

 

「お前さんの言うところのお姉様に手を出さないと約束するなら、解放してやってもよいのじゃが、どうかの、エロジジイ?」

 

「「えっ」」

 

 首を傾げたまま、声をハモらせるエピちゃんとカナメさんの視線を受け止めて、ただしと前置きしつつ釘も刺す。

 

「もし手を出したら、最初にお前さんを縛った嬢ちゃんの玩具になって貰うがの。当然じゃが、どんな真似をされようが、ワシは止めん。自己責任という奴じゃな」

 

 もう俺が脅しても効かないだろうが、スミレさんの口にするのも憚られるような縛り方については思い知ってるはずだ。

 

「さすがエロジジイ様、話がわかる。あたしちゃん、ちょっと期待」

 

 何て少しだけ嬉しそうなスミレさんの声がしたのは、きっと気のせいだろう。手にした首輪とリードなんて見えなかった。

 

「安心して? あたしちゃん、遊ぶの得意だから」

 

「え、えっ、ええ? お、お姉様?」

 

 声を上擦らせ、エピちゃんがカナメさんの方を向くが、きっとそこに救いの主は居ない。カナメさんだって解っていると思う、ここで救いの手を差し伸べてしまえば、状況は悪化すると。

 

「そう言う訳で、そろそろさっきの約束の履行と行きたいんじゃがの?」

 

 だから俺は、エピちゃんについては二人に任せることにして、レタイトへと声をかけたのだった。

 




スミレさん、本領発揮なるか。

と言うか、どこから出したその首輪。

次回、第百九十六話「おやくそくしたなら、まもりましょう」



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第百九十六話「おやくそくしたなら、まもりましょう」

「わかった。大口を叩いて負けたのは私だ……ただ、恥を承知で頼みがある」

 

 ほら来た、と言うべきか。すんなりと承諾することは無いのではと言う気が、何処かでしていた。

 

「頼み?」

 

「ああ。私は主も守れぬ役立たずだが、だからこそバラモス様に会っておきたい。無力と無能を詫びねばならん。隊長として責任をとらねばならん。その結果、失態を命で償うことになろうとも。もちろん、そうなれば、お前……貴方様との約束を違えることになりましょうが――」

 

「「レタイト様っ」」

 

「……はぁ」

 

 そこまで聞いて、俺は嘆息する。馬鹿と言うべきか、こういう男だからこそ親衛隊の長に収まって居たのだろうなぁと言うべきか。親衛隊の皆さんが悲鳴に近い叫びをあげたのも、納得が行く。

 

「詰まるところ、お前さん一人で親衛隊全体の責任をとろうと?」

 

「はっ」

 

 確認すれば、親衛隊長殿は頷き。

 

「そんな、レタイト様」

 

「我々もお供します」

 

「ならん。もしお前達もついてきて、そこでバラモス様が我ら全員を処分されたとしたら、あの方と交わした約束は誰が履行するというのだ? いや、その約束とて私が勝手に受けたものか。すまん、私が相手の実力も測れぬ愚か者故に」

 

「ち、違います。あそこで隊長が約束を受けてくださったからこそ、我らは生きているのです」

 

「そうです、約束が交わされなかったら、あの方にも手加減してくださる理由など無かったのですから」

 

 謝っては自分の言に落ち込み、部下にフォローされるレタイトを俺は無言で見つめていた。美しい隊内の絆、とか賞賛したほうがいいのだろうか。

 

「もし止めたとしても、脱走して勝手にいきそうじゃの、エロジジイ」

 

 エピちゃんの様に拘束すると言う手段もあるが、誰得であるし、そんなことをした日には恨まれるとも思う。

 

「ぜひもないの、エロジジイ」

 

「え」

 

「「エロジジイ様」」

 

 レタイトだけでなくクシナタ隊のお姉さん達も声を上げたが、敢えてスルーし。

 

「止めても無駄のようじゃからの、エロジジイ。ただし、行かせはするがもうお前さんは今の時点でワシらの部下、すなわち仲間じゃ。故にこの後どうなろうと、約束を違えたことにはならん、エロジジイ」

 

「っ、え、エロジジイ様」

 

 驚きに目を見張る親衛隊長殿に俺は無言で頷く。

 

「流石に人様のトイレの前をずっと占拠するのもあれじゃしの、ワシらも階段の前まで移動するが用事を済ませたら必ず来るようにの」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 来なかったらスミレさんの一日玩具の刑に処す、と言ったようなことを茶化すようにして付け加えれば、もう一度頭を下げてレタイトは去っていった。

 

「ふぅ」

 

「ねー、エロジジイ様、あれでよかったの?」

 

「まぁね。仲間にするなら信頼関係を築かないといけないから何て事情もあるけど、部下の為に自分が全責任を負うなんて言う者を無碍にはできないし」

 

 スミレさんと小声で会話を交わしつつ周囲を見回せば、レタイトの姿を消した方を見つめて祈るエビルマージが幾人か。何人かは胸の膨らみから女性のようだったが、別に羨ましくなんてないし。

 

「このハーレム野郎め」

 

 とか吐き捨ててもいない。別に羨ましく何てないのだ、借り物の身体で責任とれない俺にとって女性にモテるなんてただの生殺しな罰ゲームでしかないのだから。

 

「しかし、バラモスかぁ」

 

 考えようによっては、あのバラモスも親衛隊の女エビルマージを侍らせていた可能性が浮上する。

 

「うーむ、もっとボコボコにしておくべきじゃったかの、エロジジイ」

 

 こちらは同行者がお姉さんばかりでさんざん苦労しているというのに、ぐぎぎ。

 

「おのれ、バラモス」

 

 サマンオサが解放されるまでは、きっと一国一城の主なのを良いことに「酒池肉林バラモスっ」とか言いながら毎日面白楽しく遊びほうけていたに違いないのだ。おろちとかボストロールあたりに丸投げして。

 

(いや、バラモスって名前なぐらいだし……実は同性の方が好きだったりするのかも知れない)

 

 バラモス改め、薔薇モス。そんな感じに。

 

「はっ」

 

 だとするとレタイトが危ない。お子様には見せられない方面で、色々危ない。

 

「レタイト、無茶しおって」

 

「エロジジイ様?」

 

「む? いや、何でもないエロジジイ」

 

 いけない、いけない。発想がついつい変な方へと行ってしまっていた。お姉さんが声をかけてくれなかったら、どんな恐ろしい結末を予測していたことか。やっぱり、疲れているのだろう。

 

「このままここに居座る訳にはいかんとさっきも話題に出した通りじゃ、そろそろ移動するぞエロジジイ」

 

 ついでにバラモスの所に寄ってレタイトも回収してこなくては。よくよく考えると地上に出る為の階段はバラモスの真っ正面に入り口がある通路の奥にあるのだ。うっかりしていた。

 

「まぁ、関わっちゃった以上、捨て置けないからなぁ」

 

 甘いと言われるかもしれないが、それは違う。このまま返ってこなかったら、一瞬の気の迷いで想像してしまった展開を否定出来ないからなのだ。

 

「もっとも、距離的に結末は嫌が応にも目に入ってくると思うんだけど」

 

 リレミトの呪文を使って脱出すれば話は別だが、そもそもこの場所からリレミトの呪文で脱出出来たかも覚えていない。ゲームなんかだと、リレミトで脱出不能なダンジョンとかもあった気がするものの、今居るバラモスの為の空間がそうだったかは微妙だ。試して脱出してしまった日には、またここまでわざわざ戻ってこないといけないし。

 

「って、変な方に考えすぎだよな」

 

 むしろ、一番拙い展開は、バラモスがレタイト達を引き留めるパターンだ。ただでさえ俺という厄介な侵入者が居るのだ、罪は不問にする変わり「次に俺が現れたら食い止めろ」なんて無茶ぶりをされてる可能性もある。

 

「エロジジイ様? 出発の準備出来たよ」

 

「ん、おお。すまんの、エロジジイ。では、出発じゃ、エロジジイ」

 

 スミレさんに呼ばれて我に返った俺は、周囲を見回し号令を発す。この時、当然ながら俺は何が待ち受けているかを知らなかった。バラモスが居るであろう、あの場所で。

 

 




バラモスか、薔薇モスか。

いかにもどこかの僧侶少女の出番な流れの中、主人公は再びバラモスと相対す。

次回、第百九十七話「レタイト、散る(いみしん)」

酷いネタバレを見た。


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第百九十七話「レタイト、散る(いみしん/閲覧注意)」

 

「ふーむ」

 

 魔物が襲ってくることもないのは、親衛隊の面々と一緒にいるからか。

 

「……レタイト隊長」

 

 時々親衛隊長の名を口にする魔物が居る辺り、余程慕われていたのだなぁ、とは思う。ただ、バラモスの元へ向かったレタイトが無事であるかというと、正直怪しいとも思う。

 

(さんざんおちょくったからなぁ、バラモス)

 

 もしレタイトが命を落とすことがあったら、やっぱり俺のせいかもしれない。

 

「エロジジイ様?」

 

「うむ、ちょっとの……」

 

 このまま階段へ向かえば、否が応でも結末を見てしまうと言う意味でも気が重い。そも、後味の悪い展開は大嫌いなのだ。

 

「あの親衛隊長殿の意思を尊重する形になったけど、本当にあれで良かったのかという意味で少し、ね」

 

 俺が同行してバラモスにOHANASIすれば、バラモスもレタイトに危害を加えられなかったのでは、とも思う。

 

「エロジジイ様、後悔してるの?」

 

「うーん、否定はしないかなぁ。まぁ、ついていったらついていったで面倒なことにはなりそうだったし、その場合は親衛隊長殿の顔を潰しちゃうことになっただろうからね」

 

 スミレさんとヒソヒソ話しつつ横目で前方を見るが、正面に見えるのはバラモスの居た場所を囲う段とバリアの端のみ。まだ、バラモスの姿もレタイトの姿も見えない。

 

「ともあれ、バラモスが見えるところまで来ればあちらが何らかのリアクションをしてくることも考えられる。いきなり攻撃呪文とか火炎ブレスなんて勘弁じゃがの」

 

 可能性が0でない以上、スミレさん達や親衛隊の皆さんには少し距離をとって貰い、反射呪文のマホカンタで不意打ち対策をした上で、俺が先行するという形がベストだろう。

 

「これなら先方が不意打ちしてきても、先に手を出してきたことを大義名分に襲いかかってストレス発散しても、『ちょっとブチ切れて殴りかかりボコボコにしちゃいました』とかで許されるじゃろうからな」

 

 別に八つ当たりしたい訳ではないが、備えというのは必要だと思う。

 

「エロジジイ様、許す許さない以前にストレス発散って言ってる時点で八つ当たりするのが主目的にしかあたしちゃんには聞こえないよ?」

 

「むぅ、言葉とは難しいものじゃの。こうもあっさり、誤解を生むとは」

 

 ストレス発散はあくまでついでだし、不意打ちなんてされない方が良いに決まっているというのに。

 

「まあよい。もうすぐバラモスの居る場所じゃからの、ワシはここから一人で少し先行するエロジジイ」

 

「「エロジジイ様?」」

 

 先程までは時折素も出しつつなスミレさんとの内緒話だったが、流石にこの一点だけは説明しておかないと拙い。

 

「それは、いったいどう言うこ」

 

「こっちの嬢ちゃんと話しておったのじゃがの、エロジジイ。万が一バラモスが暴れてでもおった場合、巻き込まれるかも知れぬじゃろ、エロジジイ?」

 

 ならば、巻き込まれても大した被害は受けない俺が先に行って様子を見てくる。同行者のお姉さん達や親衛隊の皆さんへそう補足説明すると、踵を返し、一度だけ振り返る。

 

「安全が確認出来れば戻ってくる、エロジジイ。良いか、それまで追ってくるではないぞ、エロジジイ」

 

「ですが」

 

 釘を刺す言葉へ反論を口にしたのが、おそらく親衛隊の魔物であったのは、バラモスをおちょくっている所を直に見ているのと居ないのとの差だろうか。

 

「心配は要らぬ……エピ嬢ちゃんという証人もおるじゃろうが、エロジジイ」

 

 それでも、バラモスを一人で圧倒したことは伝えてある。

 

「第一、部下は上の者に従うものじゃぞ、エロジジイ」

 

「っ」

 

 問答していても仕方ないので、これは命令だと言い添えて反論を封じ、俺は歩き出す。

 

「さて」

 

 前に来た道を引き返しているだけ、だからどれだけ歩けばバラモスの元に辿り着くかは解っていた。壁沿いを進み、壁が切れたところで曲がる。

 

「いかにも戦闘してます、って音は聞こえ」

 

 聞こえないなと呟こうとした時だった。

 

「言いたいことは、それだけか」

 

「は」

 

 バラモスとレタイトのやりとりが聞こえてきたのは。

 

「っ」

 

 聞き取れた限りでは、明らかにレタイトの落ち度を許すとかいった流れではない。同時に、割って入るには距離がありすぎた。

 

「ならば、そなたの骸を晒し、他の者達への見せしめとしてくれるわっ!」

 

「っ、皆……すまない。私は」

 

 ようやく見えた黄緑ローブの背中。独言が途中で途絶えたのは、バラモスの爪が体躯を両断したから。

 

「間に合わなかった」

 

 こうなる可能性も充分あり得た。

 

「……だがの」

 

 レタイトは、俺の部下なのだ。それが半ば騙すような形で強引に部下にしたのであっても。

 

「故に、ワシが動く理由としては充分じゃッ、エロジジイ!」

 

 強く床を蹴り、腕を振るう。

 

「なばべっ」

 

 袖に仕込んだ鎖分銅は、突然の乱入者に驚愕するバラモスの顔に直撃し。

 

「そぉい、エロジジイ!」

 

 もう一方の腕を振るって伸ばした鎖で、レタイトの亡骸を絡め取る。

 

「まったく、死に急ぎおって、エロジジイ」

 

 部下を思っての行動であるのだろうが、自分の死をその部下達がどう思うのか考えなかったのだろうか。

 

「が、ぐぐ……な、そなたは」

 

「久しぶり……という程ではないの、エロジジイ。お前さんが先程殺したこの男を部下にした者じゃ、エロジジイ」

 

 呻きつつ身を起こすバラモスに、俺は鎖を引き寄せて抱えたレタイトの上半身を示しつつもう一方の鎖を振り回しつつ問うた。ワシの部下に手を出してただで済むとは思っておるまいな、と。

 

「ぐ、何を言う。そもそもその役立たずはワシの部下じゃ。部下をどう扱おうとワシの勝手じゃろう」

 

「それは、お前さんだけの部下だったならの話じゃの、エロジジイ」

 

 流石にここで敵討ちとしてバラモスを倒してしまう訳にはいかないが、報いはくれてやるべきだろう。

 

「そも、この男はお前さんの親衛隊長じゃろうが、エロジジイ。殺してどうする?」

 

 信賞必罰ということかも知れないが、それを言うならバラモス自身とて俺には敵わなかったのだから、レタイトが俺の接近に気づいて布陣を敷き、行く手を遮っていたって蹴散らされて終わりだった筈。

 

「だいたい、内部者の手引きで潜入されるなどこの男の落ち度と言うには酷じゃったと思うのじゃがの、エロジジイ」

 

「やかましいわっ! 役立たずを処分して何が悪い!」

 

 避難するような目を向ければバラモスはこちらに向かって叫び、俺は密かに口の端をつり上げる。

 

「……処分とはあんまりじゃと思うがの、エロジジイ。まぁ、良いエロジジイ。ならば、もうこの男はお前さんの部下でもないという訳じゃの、エロジジイ」

 

「それがどう」

 

 反論の言葉が出終わるより早く、呪文は完成した。

 

「ザオリク」

 

 精神力と引き替えに抱えた亡骸の重みが増し、レタイトの失われた下半身が再生して行く。ちなみに、俺がレタイトをわざわざ仲間と言ったのは、ぶっちゃけ蘇生呪文の対象にすることを可能とする為である。

 

「は?」

 

「う……私は、いったい……」

 

「ならば、生き返ったこの男はワシが貰って――」

 

 あっけにとられたバラモスの前で得意そうに宣言し、このまま皆の所に戻るつもりだった。そう、戻るはずだったのだ。

 

「ちょ」

 

 思わずレタイトの下半身を見て顔を引きつらせた理由はただ一つ。バラモスの一撃で泣き別れた下半身は呪文によって再生していたものの、生まれたままの姿であったのだ。

 

「さすがに、このままかえせるわけないじゃないですかやだー」

 

 である。

 

 俺は頭を抱えた。

 

 

 




レタイト「イワーク!」

なんて展開はなかった。

散るには散ったがあっさり生き返ったレタイト。

ただし、下半身すっぽんぽん。

どうする、主人公。

次回、第百九十八話「リバースカードオープン、死者蘇生ッ! ……は、いいけどさ(閲覧注意)」

うん、本当にどうしよう、この状況。



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第百九十八話「リバースカードオープン、死者蘇生ッ! ……は、いいけどさ(閲覧注意)」

「むぅ」

 

 レタイトを無事蘇生出来たのは良い。

 

(蘇生呪文で生き返らせる条件は、魂を呼び戻す為の名前を知っていることと当人の遺体が一定以上存在するってところかなぁ)

 

 その上で同じ戦闘に参加しているとか、対象が仲間であったりすれば、蘇生呪文を行使出来ると言ったところか。

 

(そう言う訳なので、別に八つ当たりがしたくてバラモスに襲いかかった訳じゃないんだよ……って、誰に向かって弁解してるんだろう、俺)

 

「エロジジイ様?」

 

「あー、お前さんはとりあえず前を隠して貰えんかの、エロジジイ」

 

 ともあれ、とりあえず現実逃避とかをしてみた訳だが、レタイトが下半身丸出しという状況なのは変わらない。町中ならまず間違いなく衛兵さんとかに取り押さえられて牢屋へ直行するような格好である。

 

「……蘇生呪文じゃと?」

 

 今更ながらに、バラモスがかすれた声を出してるが、こちらはそれどころではない。親衛隊にも女性はいるし、エビルマージもどきになってるクシナタ隊のお姉さん達は全員女性。そんな場所に下半身丸出しのレタイトを連れて帰れるはずがなかった。「わいせつぶつ」と言う意味でも。

 

(クシナタ隊のお姉さん達は大丈夫だと思うけど、エピちゃん達の方は会って間もないからなぁ。あの腐った僧侶の少女みたいな思考パターンのエビルマージが居た日には――)

 

 まず間違いなくネタにされる。標的になる。餌食にされる。文章化もしくはイラスト化される。

 

(のぉぉぉぉぉっ)

 

 嫌だ、男同士は嫌だ。と言うか、妄想の具にされたりしようものなら、レタイトが下半身丸出しなのだって俺のせいと言うことにされかねない。

 

「おのれ、バラモス」

 

 だから、忌々しげに元凶の名を口にしたって仕方ないと思う。

 

「は? いきなり何だと言うのじゃ?」

 

 こんな時に限ってきっちり先方に聞かれていたりもするわけだけれど。

 

「決まっておろう、お前さんのせいでレタイトの下半身がすっぽんぽんなのじゃぞ、エロジジイ? しかも手持ちに着替えはない、エロジジイ」

 

 一体どうしてくれるというのか。

 

「はっ! まさかお前さん、実は男の裸を見るのが大好きであるとか……」

 

 それなら説明がつく。本当に薔薇モスだったなら。

 

「……本当なのですか?」

 

 俺の推測を耳にした元親衛隊長殿は、股間を隠しながら一歩後退し。

 

「そんな訳あるかぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺とレタイトの視線に晒されたバラモスは叫んだ。

 

「なんとふざけた奴じゃ、この大魔王バラモスさまをこともあろうに男色の変態扱いとは……」

 

「それぐらいせんとこっちの腹がおさまらんのじゃがの、エロジジイ」

 

 一歩間違えばその風評被害こっちに降りかかるのだから。

 

「そもそも自分とてワシに良いように遊ばれた癖に部下にあたるとか、大魔王を名乗っておきながら恥ずかしくないのかの、エロジジイ?」

 

「うぐ」

 

 それで大魔王が務まるなら、俺にだって充分務まるだろう。元バラモス配下だった親衛隊の皆さんは取り込んだ訳だし、人材面での不足はない。このままバラモスを倒すなり追い出すなりしてしまえば、本拠地だって手に入る。もちろん、勇者の師匠と怪傑エロジジイだけでなく大魔王まで兼任するなんてハードな真似頼まれてもゴメンだけれど。

 

「ともあれ、今必要なのはレタイトの下半身を隠すモノじゃの、エロジジイ」

 

 シャルロットの師匠としての姿を明かしてしまっても良いなら、上から着込んでいる怪傑エロジジイのフード付きローブを脱いでレタイトに渡すという選択肢もあるが、当然却下だ。

 

「となれば、やはりローブを破いたモノに代価を支払って貰うべきだと思うのだがの、エロジジイ。ちょうど良い具合にマントをしてるようじゃし、エロジジイ」

 

「な、待て……それはどういう意味じゃ? まさかこのバラモスさまの身ぐるみを剥ご」

 

「そこまで察しているなら話が早い、エロジジイ」

 

 バラモスの言葉を途中で遮った俺は、小声でトラマナの呪文を唱えると、床を蹴った。攻撃の際、相手からアイテムを盗むのが盗賊である。

 

(だったら、このモヤモヤを一撃に乗せつつ、あのマントとか失敬してもいいよね?)

 

 口には出さない問い、よって答えは求めない。

 

「でやぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぐふっ」

 

 鎖を巻いた拳による一撃を脇腹に叩き込む。

 

「おのれ」

 

「遅いっ」

 

 顔を歪めつつも叩き付けてきた腕を身体を左に傾けることでいなしつつ、再び小声でスカラの呪文を唱える。

 

「ぬおおっ、バラモス様をなめるで」

 

「だから遅いと言っておるのじゃ、エロジジイッ!」

 

「がべうっ」

 

 後ろ手にかざした左腕で背後に回ったバラモスが叩き付けてきた腕を受け止め、叩き込んだのはカウンター気味の回し蹴り。きっと本職の武闘家からすればへなちょこだろうとも、伊達に水色生き物を蹴ってきた訳ではない。

 

「うぐっ、何故じゃ……何故、ワシが、この大魔王バラモスさまが、そなたのような訳のわからぬ爺に……」

 

「解って居らんようじゃな、エロジジイ」

 

 呻きつつ身を起こそうとするバラモスを見て、俺は嘆息する。本当に解っていない。

 

「もし、お前さんが逆の立場じゃったらどうする、エロジジイ? もし、下半身丸出しの部下を連れて他の部下の元に姿を見せられるかの、エロジジイ?」

 

 良いか、社会的に死ぬかどうかの瀬戸際なんだぞ。

 

「だいたい、男の丸出しの下半身を見て喜ぶような者が何処に――あ」

 

 そこまで言いかけて、ふと思い出したのはせくしーぎゃるっていたやまたのおろち。

 

「くっ、そうか……バラモス率いる魔王軍ではこれはただのご褒美じゃったか、エロジジイ」

 

「は?」

 

 迂闊だった。

 

「ちょっと待」

 

「となると、下半身を狙ったのも最初からレタイトの下半身を露出させるのが目的で――」

 

 ついつい勢い余って胴体を両断してしまったと言うことだったのか。何と言うことだ。思い返せば、地獄の騎士も兜と肩パットこそしていたものの、鎧らしきモノは身につけていなかった。

 

「不始末をしでかすと罰として服を脱がされる、かエロジジイ。恐るべし、バラモス軍」

 

 そう言えば、全裸のモンスターとかも結構居た気がするが、あれはこの罰則システムの結果の姿だったのだ。

 

 




おそるべし、バラモス軍。

と、そんな感じでバラモスは今回も玩具なのでした。

それはさておき、このままでは仲間の元に戻れない主人公達。そんな中、バラモスが纏っているのはちょうど腰に巻くと下半身の隠せそうなゆったり目のマントで。

次回、第百九十九話「なにをするきさまらー」


そう、かんけいないね  ニア もてあんでも、うばいとる

こんな選択肢なんて無かった。


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第百九十九話「なにをするきさまらー」

・前書きでどうでも良い補足をしてみる

主人公のエロジジイ語尾ですが、実はバラモスと一人称や口調が被ってしまってるので、混同されないようにと言う意味合いもあったりするのです。

語尾無しのスレッジだと非常に紛らわしいことになってしまうんですね。



「先程からあること無いこと言いおっ」

 

「そのマント貰ったあぁぁぁ!」

 

 だが、いくら恐ろしい掟があろうともそれとこれとは話が別だった。俺は帰らなくてはならないのだ、みんなの所に。

 

「ぇぶっ」

 

 狙うは首もとマントの留め具を掴むとそれを握り拳にして勢いのまま上へと突き上げる。言わば、アッパーカットだ。

 

「おおおおおおっ」

 

「ぐほっ」

 

 宙へと舞揚げた巨体の前でくるりと一回転し、遠心力を乗せた右足が落ちてきたバラモスの腹にめり込み、いきなり重くなった足をそのまま振り抜く。

 

「ふぅ」

 

 飛距離は水色生き物と比べるべくもない。だが、俺の右手の中にはマントの留め具があって、留め具から生えたマントの布地は、回転した身体に引っ張られる形で俺へと半ば巻き付いていた。

 

「なんと 怪傑エロジジイ は バラモス から マント を 盗んでいた」

 

 といった感じだろうか、テロップが流れるとしたら。

 

「さて、盗るモノは盗った、エロジジイ。ほれ、お前さん、これで前を隠さんか、エロジジイ」

 

「あ、え? あ、ありがとう……ございます?」

 

 とりあえず、奪い取ったマントを呆然としていたレタイトに投げると、何故か疑問系な感謝の言葉を受けつつ、バラモスへと視線を戻す。

 

「うぐぐ……」

 

「自ら手にかけるぐらいじゃ、もはや親衛隊は要らんじゃろ、エロジジイ。よって、こやつと愉快な仲間達は頂いて行くぞ、エロジジイ」

 

 殆ど強奪のような気もするが、断りなく貰って行くよりはマシだろうし、このままバラモスの部下をやらせていたらおそらく俺かシャルロット達に殺される末路しか待っていない。呻きつつ身を起こそうとする自称大魔王へ一方的に宣言すると、俺は踵を返す。

 

「さて、皆の所に戻るとしようかのエロジジイ」

 

 やたら長く感じたバラモスとトイレとエビルマージの騒動もようやく終わりを迎えるのだ。

 

(親衛隊もごっそり引き抜いたし、これでイシスへ増援を送ったり他の国を侵略するような余裕はないはず)

 

 後はイシスに戻るか、ここでシャルロット達がやって来るのを待つか。エピちゃんや親衛隊のみなさんの前でこの城の魔物を殺戮する訳にもいかないので、残って修行するならシャルロットを見習い模擬戦と言う形になるんじゃないかと思う。

 

「それはそれとして……警戒は無駄になったようじゃの、エロジジイ。変態っても大魔王と言うこ」

 

「誰が変態じゃ!」

 

 人の言葉を遮って後ろで叫び声がしたが、それはこちらの独り言へ即座に反応出来るぐらい注意を俺に傾けていたと言うことでもある。今後のことを考えつつも、バラモスがマントを奪還せんと襲ってくる可能性を考慮してすぐさま反撃出来るようにこちらも先方に意識の何割かを残していたのだが、気づいたらしい。

 

「エロジジイ様?」

 

「なぁに、飛びかかってきたら本気の一撃で教訓をくれてやろうとしておったのをあやつが察して手控えしていた……ただそれだけのことじゃエロジジイ」

 

 怪訝そうにこちらを見たレタイトに解説してやると、俺は右の袖を徐にめくってみせる。

 

「ほれ、この通り。今度は遊びじゃなくて本気という訳じゃエロジジイ」

 

 バラモスにもレタイトにもきっとまじゅうのつめの刃部分が覗いているのが見えたと思う。

 

「これの鋭さはトイレを借りる時に見せた筈じゃからの、エロジジイ」

 

 ついでに言うなら何度かやり合って力量の差も理解したのだろう。だからこそ、俺の背中に襲いかからなかった訳だ。

 

「ワシに呪いをかけてくれた礼は後日返す、それまでは復讐される日を恐れ震えて暮らすがいい、エロジジイ」

 

 長居して言いつけを破り追いかけてきた誰かと鉢合わせした、何てことになったら面倒と、俺は捨て台詞を残して歩き始める。

 

(良かった。ひょっとしたら服を剥いでるところにエピちゃんか誰かがやって来て誤解されるなんてオチがあるんじゃないかとか考えちゃったけど、取り越し苦労だったかぁ)

 

 ここのところ散々な目に遭っていたからか、どうも思考がネガティブに寄ってしまって困る。

 

「エロジジイ様……ありがとうございました」

 

「む?」

 

「蘇生させてくれたこともですが、何より駆けつけて下さったこと。あの場で朽ち果てることも当然と思っておりましたところ――」

 

 だから、背中に投げかけられたレタイトの感謝に少しだけ報われた気がして、俺は口元を綻ばせる。

 

「それでは、困る者がおるじゃろうに……エロジジイ」

 

 この転換期に要となる隊長が抜けてどうするというのだ。副隊長が居るならそちらを代行にするという手もあるかも知れないが、それっぽい人物も見受けられなかったし。

 

「副隊長ですか? それなら、今イシスに侵攻している軍の総大将として指揮を執っている筈です」

 

「ひょ?」

 

 気になって問いかけてみたら、レタイトはとんでもない爆弾を投げてきた。総大将なら、不意打ちの範囲攻撃呪文で消し飛ばした外周部には居なかったとは思う、だが。

 

(下手したら今頃シャルロットかクシナタ隊と交戦中じゃないですか)

 

 激しくめんどくさいことになった気がする。

 

「ワシの見立てじゃと、イシス侵攻軍は壊滅するぞ、エロジジイ?」

 

 捕虜にでも鳴らない限り、まだ見ぬ副隊長の生存は絶望的だろう。まぁ、蘇生呪文という反則ワザがあるにはあるが、助けたことが露見すれば、イシスを襲っていた魔物の親玉をどうして助けるのかという非難は免れ得ぬと思う。

 

「これはもうイシスに戻るしかなさそうじゃの、エロジジイ」

 

 はっきり言ってこんな事態は想定外だが、見捨てると後々の禍根になりそうな以上、ぜひもない。

 

「それで、その副隊長とやらはどのような人かの、エロジジイ」

 

 片手で顔を覆いつつ訊ねると、レタイトは言った。

 

「彼女の名は、ウィンディ。エピニアの姉です」

 

 と。

 




あっさりマントを入手し、これで一安心と思った主人公はレタイトから驚愕の事実を知らされる。

流石にこれは捨て置けないと、イシスに戻る決意を固めたお人好しもとい主人公。

その頃イシスでは――。

次回、番外編15「勇者シャルロット1(勇者視点)」


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番外編15「勇者シャルロット1(勇者視点)」

「そぉらぁっ」

 

「っ」

 

 一度に複数方向から狙ってくる斬撃で、ボロボロになったマントが、半ばから斬り取られ風に掠われる。

 

「ほぅ、バラモス親衛隊一と言われた我が剣で斬れぬとは……見かけ倒しのマントと違ってそ破廉恥装束さぞや名のある品と見た」

 

「親衛隊?」

 

 ボクからするとレプリカとは思えない強靱さの水着もびっくりだったけど、何より驚かれれたのは、ディガスと名乗った骨の剣士の言葉だった。

 

「うむ。バラモス様もそれだけ此度のイシス侵攻は本気なのであろう。我ら親衛隊から腕の立つ者を引き抜き、将として据えたのだ」

 

「じゃあ、何でボクが勝ったら魔物達を退かせるなて」

 

 驚きのあまりちょっと噛んだけど、それが気にならない程にディガスの申し出は疑問だった。バラモスがこのイシスの国を手中に収めようと本気になっているなら、自分が負けた場合だとしても「軍は退かせよう」なんて言っちゃだめな筈だ。

 

「ふっ、我も武人であったと言うことよ。バラモス様の片腕でもあったあの……名を言っても解らんか。あのボストロールを倒した強者と一対一で戦える機会などそうそうあるようなモノではない。第一、あのまま数にモノを言わせた力攻めを続ければ効果があろうと、こちらの被害は甚大。だが、一騎打ちとあらば、倒れるのは貴殿か我のどちらかだけで済む」

 

「それじゃ――」

 

 この骨の剣士は仲間の魔物を傷つけたくないが故に、あんな申し出をしたんだ。

 

「どうした? もしや、我が部下達を気遣って一騎打ちを挑んだと思ったか? そう思ったならそれは誤解よ。犠牲を少なくする、などあくまで後付の言い訳に過ぎん。犠牲を恐れるなら始めから戦などせぬば良いのだ」

 

「え?」

 

「何を驚く。この身体を見て解るであろう? 我は、一度死して骨となった身。戦の愚かしさ、身に染みている……が、それでも戦いを捨てきれぬが武人の性よ」

 

 一瞬戦いを憎むかのように吐き捨てたことに間の抜けた声を出したボクを見ながら骨の剣士は首を傾げると、骨だけの顔で笑いながら剣を構えた。

 

「……ボクにはよく解らないよ、そう言うのは。けど」

 

 敵とは言え、この魔物に偽っているのは何かいけないようなことの気がして、ボクはもう殆ど役に立たないマントと一緒に覆面を脱ぎ捨てた。

 

「ぬ?」

 

「強者との、マシュ・ガイアーさんとの戦いを望んでたなら、謝らないと。そっちの勘違いだったんだけど、ボクはマシュ・ガイアーさんじゃないから」

 

「何と」

 

 驚く、ディガスを前にして、ボクはもう決めていた。

 

「アリアハンの勇者オルテガが娘、シャルロット。かの人には及ばずながら、お相手つかまつる」

 

 本当の自分として、この魔物に挑むと。

 

「アリアハンの……」

 

 ボクの名乗りには流石に意表をつかれたのか、骨の剣士もあっけにとられたようだったが、呆けた表情は長く続かなかった。

 

「くくく、はははははは」

 

「な」

 

 突然さも愉快そうに笑いだしたのだ。

 

「これは失礼した。勇者は他にも居たのであったな。いや、その言い方もまた無礼に当たろう。勇者となれば、相手に不足なし。実力においても、呪文による爆破で部下達を吹き飛ばしているところは見ていた。まさに申し分ない」

 

 視線も構えも、誤解していた時と変わらずボクを強者と見なしたまま、骨の剣士は言う。

 

「前言は違えぬ。貴殿が倒れれば、そちら側の戦線は崩壊すると言っても過言ではなかろう?」

 

「じゃあ、そっちが負けた時は――」

 

 ボクの確認に解っているとでも言わんがばかりにディガスは頷いた。

 

「部下には我が負けたら撤退せよと伝えたままよ。だが、こちらが勝てば同じ事っ」

 

 六本ある剣の一つに陽光が当たって反射(はね)た。

 

「ゆくぞっ」

 

「うんっ」

 

 骨の剣士は砂を蹴り、応じながらもボクが飛ぶ方向は後ろ。手にしたはがねのむちは目の前の相手には心許ない武器だけど、距離を詰められる前に呪文を完成させれば勝機はある。

 

「っ、呪文か。させぬッ」

 

「え」

 

 腕の数からしても相手は明らかに接近戦に特化した魔物、距離をとればこちらが有利だと思っていたボクは、ディガスが足を止めたことに虚を突かれた。

 

「嬢ちゃん、ブレスだ避けろっ」

 

「っ」

 

 咄嗟に砂の上へ倒れ込めたのは、後ろから声をかけてくれた人がいたからだろう、だけど。

 

「甘いわっ」

 

 間一髪身をかわせた何かを吐いて来たディガスは、そのまま斬りかかってきたのだ。

 

「あぐっ……ううっ、この程度」

 

 振り抜かれた剣は血の尾を引いた。斬り裂かれ、血の溢れてくる傷口を右手で押さえながらも腕を突き出し。

 

「……ライデインっ!」

 

「くっ、がぁぁぁぁっ」

 

 完成した呪文の雷に焼かれ、骨の剣士の絶叫が周囲に響き渡る。

 

「ぐうっ、見事。打たれ弱い部下達では耐えきれぬ訳だ」

 

 ただ、全身から煙を上げながらも、ディガスは倒れなかった。

 

「くくく、流石勇者」

 

 むしろ、笑って。

 

「……これほど、の強……敵と……相まみえ、ることが……かなおうとは」

 

 ガクガクと膝を笑わせ傾ぎながらも、全ての腕で斬撃の構えを作る。

 

「まさに運命ッ、さぁ決着とゆこうぞ、勇者シャルロットよ! もはや先程の様な小細工はせぬ。貴殿に雷の呪文があるならば、我にはこの剣技があるっ! 再び呪文を唱え終える前に斬り捨ててくれよう、参るっ」

 

 力強い踏み込みに砂が舞った。

 

「お師匠様、ボクに……力を」

 

 そして、ボクは――。

 




たまにはギャグ成分抜きのシリアスに……出来てるよね?

次回、番外編15「勇者シャルロット2(勇者視点)」

一騎打ち、決着。




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番外編15「勇者シャルロット2(勇者視点)」

 

「ライ……」

 

 凄まじい早さで距離を詰めてくる骨の剣士。ボクは怯まず呪文を唱え始めていた。

 

「そこまでだ」

 

「「な」」

 

 声と同時にボクとディガスの間へ飛んできたモノが突き刺さるまでは。

 

「その声は」

 

 迷わず、声の方を振り返る。

 

「こ、これは……まさか……」

 

 先程まで対峙していた相手がかすれた呟きを漏らしていたけれど、そんなことは気にならなかった。

 

「すまん。色々と行き違ったようだな」

 

「お師匠様……」

 

 一番逢いたかった人が、立っていたのだ。

 

「怪我をしてるな。ベホ……イミはまだ使えるか? こんな時に手元に薬草が無いとは」

 

 ボクの傷を見て驚き、心配してくれる。やっぱりお師匠様だ。

 

「お師匠様ぁぁぁ」

 

「お、おい怪我の手当を――」

 

 駆け出したら珍しくお師匠様が慌てるところが見られたけど、そんなこと言われたってもう離れたく無かった。少しでも早く側に行って、少しでも長く一緒に居たかった。

 

「はぁはぁ……ボクっ、ボク……」

 

 どれ程この時を待っていただろう。

 

「ちょ、ちょっと待てシャルロット。まだ、後ろに地獄の騎士が居るしだな? そもそも手当が」

 

「ベホマ」

 

「え?」

 

 それでも怪我を気にされてたので、やむを得ず呪文で癒した。着てるものを全部脱いでお師匠様に薬草で手当てして貰いたいなとも思ったけど、他の人が見てるのは良いとして、魔物がまだ居るのは解ってたから。

 

「はぁ、はぁ……これで、もう問題ないですよね、お師匠様?」

 

「シャル……ロット?」

 

「大丈夫です。この位置からでも、呪文ならギリギリ届きますから」

 

 ちらりと振り返れば、ディガスはさっきたぶんお師匠様が投げたモノを見て呆然と立ちつくしている。どう見ても隙だらけだ。

 

「あ、あぁ、いや。もう戦う必要もない」

 

「へ?」

 

 ただ、何故か口元を引きつらせたお師匠様の言葉は流石に予想外だった。

 

「実はな、スレッジがバラモスを殴り飛ばして、親衛隊の魔物をそっくり部下にした。それで、俺は侵攻軍に加わってる奴らを回収しに来た訳だ」

 

「えっ……スレッジさんが、バラモスを?」

 

 確かに、怪傑エロジジイとか名乗ってるスレッジさんにはバラモスの城で会いはした、けど。

 

「バラモスを殴った?」

 

「あ、あぁ……どこから説明したものか。とりあえず、な」

 

 複雑な表情をしつつ、お師匠様は骨の剣士の前に突き立つ剣とそれに結びつけられてなびいてる布を指さす。

 

「あれは、バラモスから奪ってきたマントだ」

 

「えっ」

 

 ああ、それでディガスはあんなに呆然とした顔をしてたんだ。

 

「って、えぇ?!」

 

 バラモスのマントを奪ったと言うことは、どういうことだろう。

 

「ひょっとしてバラモスはもうスレッジさんが倒しちゃったって……こと?」

 

「いや、その辺を含めて説明もしようと思う。ただ、このままでは色々と拙かろう。倒れた者の手当も居る。イシス侵攻軍の総大将とはスレッジが話を付けた。西側の軍勢は退却を始めてるからこちらの魔物もそろそろ退却を始めるだろう」

 

「そう……なんだ」

 

 よくわからないけど、戦いはもう終わるらしい。何だか真剣勝負に水を差された気もするけど、お師匠様に会えたからそれはもういい。話したいこともいっぱいあるから、戦いが終わったというならそれは嬉しかった、ただ。

 

「ま、あの地獄の騎士については、残って貰うがな」

 

「え? あ、あれは……」

 

 お師匠様の声にもう一度骨の剣士の方を見れば、格闘場で戦った魔物にそっくりな上半身がディガスに近づいて行くところで。

 

「元バラモス親衛隊長だ。訳あって、ローブを破かれてしまってな。最初は奪ったバラモスのマントを腰に巻いて居たんだが、侵攻軍の総大将を説得するのにマントが必要になってな。変わりに今はスレッジが変装に使っていたローブの下半分を着てる訳だ。後で紹介しよう」

 

 親衛隊長と言うことはきっとディガスより強いんだと思うけど、下半身がエロジジイさんのローブのせいか、何とも言えない気分に襲われてしまう。

 

「気持ちはわかるが、俺も『どうしてこうなった』と言ってしまいたいようなことの連続だったからな。しかし、敵に通じていたと思われてはたまらん。故にイシス側の防衛責任者や女王陛下にも説明はせねばな」

 

「確かにそれは必要ですね、ボクもおろちちゃんの件で大変だったし」

 

 お師匠様の声にこれからの苦労を憂う声が滲んでる気がして、ボクは同意しながらそっと隣に寄り添った。

 




短くてすみません。

一騎打ちはお師匠様の乱入により無効試合という決着でした、これはひどい。

間に合ったものの、うっかり盗賊の格好でシャルロットにベホマかけそうになった主人公。

無事イシス攻防戦はこれで終わりかと思われたものの、後に残ったのは説明責任。

イシス侵攻軍総大将とのやりとりは、多分回想もしくは説明という形で明かされることになると思われます。

次回、第二百話「帰ってきたらそこは戦場でした」





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第二百話「帰ってきたらそこは戦場でした」

「とりあえず、イシスに戻ってきてからのことだけ先に話そう。それでも長くなるからはしょるがな」

 

 シャルロットの際どい水着姿を出来るだけ視界に入れないことも兼ねて、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

「飛んできた場所が悪かった、正直これにつきるな」

 

「うん、そうかも」

 

 ルーラでたどり着く場所は町の入り口と相場が決まっている。魔物の群れが迫っていたことからも戦場のまっただ中に放り出される可能性があることも。イシスに戻ってきて砂の上に降り立った場所は当然ながら戦闘の真っ最中だった。

 

「これはまた……」

 

 故に周囲を見回した俺は顔が引きつるのを禁じ得なかった。死体、死体、死体、死体。凍り付いた者やら、バラバラになったものが多いところを見ると、主にその場にいた魔法使い達の呪文によるものなのだろう。

 

 

 

 

「幸いにもスレッジの知り合いが居たから事情を説明してな、俺達は敵陣のただ中へと突っ込んだ」

 

「え、いきなりですか?」

 

「まあな」

 

 シャルロットは驚くが、ぶっちゃけイシスに侵攻していた魔物達は俺にとって雑魚でしかない。バラモスの城を立つ時、侵攻軍に加わっている親衛隊の説得用にレタイトからマントを譲り受ける変わりに、スレッジの格好を止め、今の格好に戻ったので、おおっぴらに呪文は使えなくなったが、両腕の鎖分銅を振り回すだけで大抵の敵は死体に変わる。

 

「雑魚はともかく、総大将をやっていたエビルマージは元々親衛隊の副隊長。マントを見せて事情を説明すれば、こちらの言うことをあっさり信じてな」

 

 この時始めて出会ったエピちゃんのお姉さんは、俺の想像の斜め上を行く人物だったのだが、話を一通り聞いて暫く考えた後、言ったのだ。

 

「『でしたらついでに伝言をお願い出来ますか? 我々は一時休戦を望むと』とな、自分達の主の身につけていたモノを持ってきたというのに剛胆と言うか、何というか」

 

「お師匠様、敵陣を単騎突破したんですよね?」

 

「ああ。それも見ていた筈だ」

 

 もっとも、結局使い走りにされた訳だが。

 

「俺がイシスの入り口に戻ったころ、魔物達はじりじりと後退を始めていてな」

 

 魔物側が行動で示したことも加味して、敵の総大将による申し出をある程度信用したイシスの防衛に加わっていた人達も負傷者や死者を収容し、いったん引き上げることとなった。

 

「後は少し遅れて到着したレタイト達と両軍の退いて死体が残るだけになった町の入り口で合流し、急いでここへと向かって今に至る訳だ」

 

 本来なら後退の命令が来ている筈であるのに、指揮官が一騎打ちを申し込んだ上、シャルロットとの戦闘中で連絡が付かず、今になってレタイトから事情説明ついでに後退の命令を伝達されるという珍事がちょうど視界内で起きている。

 

「この後、退いたバラモスの軍勢へそこの元親衛隊隊長が出向いて、説得をするということになっている。当然だが俺は人間側、つまりイシスの女王やお前の戦友達への事情説明をその間にすることとなるな」

 

 ついでに負傷者の手当もか。

 

「しかし、何と説明したものか……」

 

 当初の計画であるバラモス城に潜入して援軍が送られないよう破壊工作を行っていた、と言うところまでは百歩譲って信用して貰えるとしても、バラモスの親衛隊をそっくり丸ごと引き抜いてきたと言って信用して貰えるだろうか。

 

「スレッジも無茶苦茶をする」

 

 自分でやったことではあるが、敢えて俺は人事のように言って呆れてみせた。

 

「あはは……けど、凄いですねスレッジさん。ボクもまだまだだな」

 

「そんなことはない。イシスが陥落ずにここまでもっているのも、半分はお前の功績だ。だいたいそれを言うなら、俺はどうなる?」

 

 スレッジとかエロジジイに扮して働きすぎたせいで、やったことって言えば敵陣への単騎突入がてらのお使いだけだ。マントを奪ったのだってエロジジイのお手柄にしてしまっている以上、ろくに活躍出来ないお師匠様になってしまっている。

 

「もっと自信を持て。ついでに慎みも、な」

 

 と言うか何でそんな格好してるんですかとツッコミたくなると言うか、ああそう言えばこれっておろちの仕業だったか。

 

「そうか、奴には色々と借りを返さねばならんか」

 

 シャルロットをこんな風にした報いは当然受ける覚悟があるんだよね。ふふふ、どうしてくれようか。

 

「お、お師匠様?」

 

「ん、ああすまん。少し考え事をな。説明しなければならんことが多くて困る。それで、何だ?」

 

 俺はこの時、失敗していた。忘れていたのだ。

 

「ボ、ボクお師匠様に……見て欲しくて」

 

「は?」

 

 そう、シャルロットが「せくしーぎゃる」のままであることを。

 

「水着なんて無い、ありのままのボ」

 

「っ、レムオル!」

 

 とっさに呪文を唱えられた自分を褒めたい、ではなくて。

 

「あれ? 透明になってる? お師匠様……これじゃボクお師匠様に」

 

「待て、落ち着け。色々と待て。何故脱ぐ?」

 

 シャルロットは不満そうだったが、それを見てしまったら俺の婿入りが確定する。いや、それでは済まない。もう二度とイシスの地を踏めなくなるし、社会的にも死ぬ。

 

(イシスの人達への釈明というか説明だけでも大変なのに、うぐぐ)

 

 悪意だ、世界の悪意を感じる。ひょっとしたらマントを失敬したバラモスの呪いかもしれない。

 

「おのれ、バラモス」

 

「え? バラモス?」

 

「いや、何でもない」

 

 さしあたっては、おろちに恩返しをすべき所だろうか。痛む頭を労るように額に手を当てると、窮地の中で俺はため息をつくのだった。

 




シャルロット、それありのままやない。生まれたままの姿や。

エピちゃんの姉の人物像も完全に明らかにならないまま、別のモノを明らかにしちゃいそうになった勇者シャルロット。

やること山積みなのにピンチに陥ってしまった主人公へ救いの手はさしのべられるのか。

次回、第二百一話「れ、れ、れ、冷静になれ」

ふぅん、師の前で全てをさらけ出そうとはなかなかの剛胆さだが、甘いぞシャルロット!

いや、ここでゴールインしゃちゃったらお話もうすぐ終わっちゃわないか的な意味で……ねぇ?



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第二百一話「れ、れ、れ、冷静になれ」

 

「しかし、まさかバラモスの城に潜り込む為に苦労して手に入れた『きえさりそう』をまさかこんな所で使うことになるとはな」

 

 うっかり呪文を唱えてしまっていたことに気づいた俺の思いついた苦しい言い訳がこれだ。

 

(と言うか、本当にパニくってたんだなぁ、俺)

 

 一応シャルロットはまだ気づいていないようなので、幸いにも言い訳の出番はまだ来ていないが、近年まれに見る大失態である。

 

「ともあれ、まずはお前と一緒に戦っていた兵士達に魔物達が引き上げることと休戦を求めていることぐらいは伝えておかねばなるまい」

 

「そっか、さっきまで戦っていましたもんね」

 

「ああ」

 

 話題そらしの意味もあるが、これからまずすべきことを口にすればシャルロットはすんなり納得したようで、素直なのはシャルロットの長所だよなぁと言うべきか、ひとまずの脅威は去ったと思うべきか。

 

(ふぅ、良かったぁ)

 

 俺は後者を選んで密かに胸をなで下ろした。これなら何とかなりそうではある。もっとも、ここからが勝負でもあり、更に言葉を続ける。

 

「それでだ、流石に裸で事情説明は拙かろう。その後は城に報告に向かうことも考えられるからな」

 

 それに名を付けるなら、「何とか言いくるめてシャルロットに服を着て貰う大作戦」とでもしようか。

 

「マントも見たところ使い物にならなくなってしまったようだったからな、これに適当な空き家で着替えてくると良い」

 

 そう言って俺は荷物から取り出した鎧をシャルロットが居た方向へと突き出した。親衛隊と戦った時、動く石像から宝箱を盗んでいたのだ。返却しようか迷ったのだが、今はただ快く譲ってくれた名も知らぬ動く石像に感謝である。

 

「え、この感触は鎧ですか?」

 

「ああ。女王陛下と謁見するなら礼服の方が良いかとも思ったが、持ち合わせもないし今は戦時下だからな。鎧でもギリギリ許されるだろう」

 

 と言うか、ぶっちゃけあの際どい水着よりは絶対マシだと思う。

 

「ありがとうございます、お師匠様っ」

 

「ま、まぁたまには師匠らしいこともしなくてはな」

 

 ひょっとしたら今の水着の方が守備力が高い何てこともあるかも知れないが、あんな格好で町を歩き回って貰う訳にはいかないのだから、やむを得ないだろう。何はともあれ、一件落着だと、思った瞬間だった。

 

「じゃあ、お師匠様……ボクに着せて貰えますか?」

 

「え゛」

 

 やばい、素が出た。じゃなくて、なにがどうしてそうなるんですか、シャルロットさん。

 

「お師匠様?」

 

「あ、いや……どういうことだ? 確かに鎧の着用は大変なモノがあるが、一人で着用出来るようになっておかないと自分しか居ない時に困ることになるぞ?」

 

 今困ってるのは俺だけどね、うん。

 

「え、えっと……確かにそうかも知れないんですけど、ボクお師匠様に着せて欲しくて……はぁ、お師匠様に着せて貰うことを想像したら……あっ」

 

「……そう言えば今財布に何ゴールド入っていたものか。1ゴールド、2ゴールド、3ゴールド」

 

 おちつく には なにか を かぞえる と いいんだった よね。

 

(おれ、おちつける かな?)

 

 落ち着かなくても良いからルーラで大空に舞い上がりたい。と言うか、逃げたい。

 

「はぁはぁ……お師匠様?」

 

「162ゴール……どうした、シャルロット? 俺は今、財布のゴールドを数えている。ちなみに、今日の宿代は何とか工面出来そうだ。まぁ、この状況では宿もやすみかもしれんがな、はっはっはっはっは」

 

 いかん、キャラまでぶれてきてる気がする。

 

(と言うか、誰か助けて)

 

 俺は祈った。救いを求めた。

 

「そこの御仁っ」

 

「ん?」

 

 そして、願いはおそらく叶ったのだと思う。

 

「先程の会話からするに、そちらの勇者シャルロットの師とお見受けした。我はディガス。おおよそのことは隊長から伝え聞いた。されど、この勇者をして師と仰がせる人物……是非とも一手手合わせを願いたい」

 

 たださ、帰らなくてよかったんかい地獄の騎士。

 

「……あー、それは構わんが今度のことをあちこちに報告する必要があってな」

 

「おお、ならば我も共をしよう。敵対していた我が証言すれば信憑性も着くというもの」

 

「ほぅ」

 

 ゲームだったら「じごくのきし ディガス が なかま に なった」とかテロップが出て仲間になった時のテーマでも流れそうな展開だが、何というか。

 

「しかし、それでは敵に通じているというあらぬ誤解を招かんか?」

 

「ならば我を縛って捕虜と言う形にされよ。それで問題あるまい」

 

「ふむ」

 

 何だかんだ言って、うまく話が逸れてくれたと思う。

 

「……こういうことなのでな、悪いが鎧は一人で着てくれ。俺はディガスを縛らねばならん」

 

「そんなぁ」

 

 ありがとう、地獄の騎士。落胆するシャルロットにはかわいそうなことをした気がすこしだけしたけれど、ともあれこうして俺は何とかピンチを切り抜けたのだった。

 

 




ある意味元親衛隊が大活躍でした。

え、レムオルの効果? ゴールド数えてる頃には効果切れてますが、何か?

次回、第二百二話「でっかい船乗りの骨にあらず。ん? 誰か忘れてるような……」

お前のような六本腕で焼け付く息を吐く船乗りの骨があってたまるか。


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第二百二話「でっかい船乗りの骨にあらず。ん? 誰か忘れてるような……」

「さて」

 

「うむ」

 

 シャルロットと別れ、対峙するのはディガスという名の地獄の騎士。

 

「では、いざ。さ、遠慮なされるな」

 

 ただし、ディガスの手にしていた武器は全て砂の上に転がっており、骨の腕は俺に縛られる為纏めて突き出さしたところ。シュールすぎる光景である。

 

「人生何が起こるかわからんものだな」

 

 しかし、骨を縛ることになるなどと誰が予想できるだろうか。

 

「いやまったく、我もあの隊長が人間に頭を垂れる日が来ようと……失礼」

 

「ふっ、構わん。俺とてこの展開は想定外だ。もっとも、甘いと言われるかもしれんが少し安堵している。侮辱と受け取られるかもしれんが、女に刃を向けるのは気が進まなかったからな」

 

 砂漠で倒した魔女については、例外だ。外道だったし、そもそも拳で殴ったのであって刃は使っていないし。

 

「ほう、貴殿ほどの者が意外と言うべきか……」

 

「我ながらこれでよくやってこられたと思う面もある」

 

 だが、同時にこれだから俺とも思う。女性に刃を向け、斬りつけて怪我を負わせたり殺害する自分など想像も出来ないのだ。

 

「ん?」

 

「どうなされた?」

 

「いや、何か忘れてるような気がしたのだが……思い出せない所からすると、大したことではなかろう」

 

 もしくは気のせいだったか。

 

「まぁ、必要とあれば思い出すだろうからな。気を遣わせた」

 

「お気になさるな。貴殿らには隊長の命を救って頂いた恩があると聞く。しかも、かっての我らが主たるバラモス様に刃を向けるどころか圧倒したとも。強者に仕えられるとあらば、我にとってこれほど嬉しいことはない」

 

「……そう言って貰えれば、重畳だ」

 

 何というか、このディガスという地獄の騎士。割ととある方向に突き抜けてる気がするのだが、それでもであった中では常識人の方と感じてしまう自分が居て、微妙に複雑だった。

 

(逆説的に、これまで出会った人に変人が多いってことなのかなぁ)

 

 とりあえず、シャルロットはガーターベルトのせい、バニーさんは呪いのせいで、女戦士も性格を変える本のせいと外部的要因の人達も居るから一概に全員を変態認定してしまうのは暴論なのだが。

 

「あ」

 

「何か?」

 

「いや、さっき忘れていると思ったことを思い出しただけだ。そう言えば一人と言うか一体だけ刃を向けた相手が居たな、とな」

 

 いやぁ、思い出せて良かったやまたのおろち。後でシャルロットをあんな風にしたお礼をたっぷりしないといけないのに、どうでも良いで流してしまいかけたのは、本当に不覚だった。

 

「と、言われると?」

 

「わざわざ言う必要もない。このイシスに居るらしいからな。その内会うことになるだろう」

 

 ただ、その時妙なことを口走ったりしなければ良いのだけれど。これは、シャルロットから魔物の躾かたとか倣っておくべきかも知れない。もちろん、せくしーぎゃるで無い時にであるが。

 

「ただ、つい先日までとんでもない変態だったのが気がかりではあるが……」

 

 本を読んで性格は変わったはず、きっとこれはただの杞憂だろう。

 

「よし、腕の方はこれで良かろう。そこの剣はシャルロットに預けるが、構わんな?」

 

「御意に。ただ、貴殿ほどの方には必要なきことかも知れぬが、扱いには気を付けられよ。あれなる剣は、使えば吹雪を巻き起こす名剣。名を吹雪の剣と言う」

 

「な」

 

 そう言えば何処かで見たことあるなと思ったら、割と強力な武器じゃないですか。

 

(って、地獄の騎士が吹雪の剣を落とさなくなった気がしたんだけどなぁ)

 

 シャルロットが苦戦していたのも頷けるが、ゲームとの齟齬が出てきてちょっと混乱しつつも問うた。

 

「しかし、バラモスの城にいたお前の仲間こんな剣は持って居なかった気がするが?」

 

 そう、記憶をひっくり返してみたが地獄の騎士の手にしていた剣は、吹雪の剣ではなかったのだ。重り代わりにバラモスのマントを結びつけて投げたのが部下になった地獄の騎士から借りた剣なので、間違いはない。

 

「さもありなん。これは剣の腕を讃えられ、我らのみが特別に頂いたもの。剣の腕に秀た我ともう一人だけが授けられた品なのだ」

 

「成る程な」

 

 疑問は解けた、ただ。

 

「ならばもう一人の地獄の騎士はどうした?」

 

 あくまで物欲目当てではなく、もう一人侮れない地獄の騎士が存在することに危惧を覚え、俺は聞いた。仲間になってくれるなら、問題はないがバラモス城には思い当たる地獄の騎士は居なかったし、イシスに戻ってきてからも見た覚えがない。

 

「やはりそれをお尋ねになられるか。だが奴は……弾けた」

 

「は?」

 

「つい先日のことだ。砂漠をこの地に向けて行軍していたところ、何者かから呪文による襲撃を受けたのだ」

 

 思わず聞き返してしまった俺にディガスが語った話を整理すると、ほぼ先頭に居て一番槍を狙っていたその地獄の騎士は完全な不意打ちになった呪文によって騎乗していたドラゴンごと消し飛ばされてしまったのだ、そうだ。

 

(うわぁ)

 

 間違いなく犯人は俺であった。もしかしなくとも。

 

「あの者、剣の腕は我に迫るものがあり申したが、性質は残虐。一番槍を狙ったのも数多くの者を殺したいという欲求に駆られてのものと見ますれば、貴殿とは相容れますまい」

 

 などと、ディガスが無自覚フォローしてくれたので少しは救われたが、呪文ぶっ放した位置によってはエリザやエピちゃんのお姉さんまで吹っ飛ばしていた可能性があったのだ。

 

「これも戦争と言うことか」

 

 トイレを借りに行って親衛隊を丸ごと引き抜き、バラモスの邪魔をしたであろうことだけは正解だったと思う。次にこの手の戦いがあったとして、範囲攻撃呪文を放てるかと問われたら、頷く自信はなかったから。

 

「一発芸、ふなのりのほね……」

 

 何かを誤魔化す為、俺はディガスを縛ったロープの端を持って呟いた。当然だが、幽霊船の方角なんてわからなかった。

 

 




すみません、一カ所だけパロディ入れちゃいました。出来心です。

うぎぎ。

サイモンさんだとおもった、おろちのことでしたというサブタイトル詐欺。

え、いつものことですか?

次回、第二百三話「かくかくしかじかで本当に説明が終われば楽なんだけどなぁってたまに思う」

ああ、話が進まない。


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第二百三話「かくかくしかじかで本当に説明が終われば楽なんだけどなぁってたまに思う」

 

「……遅いな」

 

 とりあえず、ディガスは縛った。後はシャルロットが着替え終え出てくるのを待つだけだったのだが、近くの民家に入っていったシャルロットがいっこうに出てこない。

 

「骨の我が言うのもどうかとは思いつつ申し上げるが、そもそもこういうことには得てして時間がかかるもの。ましてや鎧ともなれば、着るのにも手間取りましょう」

 

「確かに、言われてみればそうかもしれんな。……しかし」

 

 縛られたディガスはフォローしてくれるものの、やはり気になる。

 

「よう、見ねぇ顔だがさっき嬢ちゃんが『お師匠様』って呼んでたってことは、あんたあの嬢ちゃんの……」

 

「まあな」

 

 ただ、どうやら俺はシャルロットのことだけを気にしていれば良い立場ではなくなっていたらしい。わざわざ声をかけてきたと言うことは、一体どういうことか説明してくれとかきっとそう言う用件なのだろう。

 

「声をかけてきたと言うことは、状況説明を求めていると言うことでいいな?」

 

 一応確認はしたけれど。

 

「あ、ああ」

 

「なら、説明しよう。このイシスがつい今し方まで魔物の攻撃を受けていたことについては説明不要だと思うが……」

 

 その後増援が来る可能性を鑑み、バラモスの城に直接乗り込んで後方攪乱を狙い、暴れ回った人物が居たと俺はまず明かす。

 

「その結果、侵入者へ好き勝手させるを許したことに激怒した大魔王バラモスは、自分の親衛隊長を処刑しようとした。役目を果たせなかった責任をとらせ、見せしめにする為にな。だが、そうはならなかった。侵入者が乱入し、処刑され晒されるはずだった親衛隊長をバラモスの元から掠っていったからだ」

 

 途中でペテンへかけもう部下にしていたことは敢えて伏せる。

 

「結果として仰ぐべき主を失った元バラモス親衛隊長は侵入者へ仕えることとし、新しい主の為それまでの部下を説得する為、この地に現れた。俺はその付き添いで、この地獄の騎士は親衛隊だった頃の部下の一人と言うことだ。見ての通りもうこの地獄の騎士に抵抗する気はない。このイシスを襲った魔物達からしても、主の居城が襲撃されたとあっては、侵攻戦を続けている場合ではなかろう。このディガスが降ったことを差し引いてもな」

 

 侵攻の為の軍勢を送り出して手薄になった最重要拠点が狙われたのだ、このまま戦闘を続けている間に主が討たれれば、本末転倒である。

 

「そして、親衛隊長の処分に関しても魔物の中に不満を持つ者が居てな……こちらに引き抜ける可能性もある」

 

「って、おい! 魔物を味方にするとか正気か?」

 

 俺の続ける説明へあっけにとられていた男が思わず声を上げるが、流石にこれは無理もないと思う。俺自身この展開は完全に想定外だったのだから。

 

(思い返してみれば、最初はおろちか)

 

 あそこから全てが狂い始めたんだと思う。せくしーぎゃると言う名の脅威なら、女戦士しか居なかった時は、ごうけつの腕輪で何とかなってめでたしめでたしだったのだから。

 

(いや、一応おろちも本を読ませたからもう大丈夫だとは思うけど……)

 

 ガーターベルトをメダルのオッサンが前渡しとかしたせいで、シャルロットがあんな事に。これは慰謝料としてすごろく場が遊び放題になるゴールドパスなるアイテムを要求しても許されるレベルだと思う。

 

(もし拒むなら、無理矢理ガーターベルト付けさせて、城下町の真ん中あたりに張り付けにして放置しよう)

 

 生憎俺は根に持つタイプなので、復讐はちゃんとする。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「っ、すまん。疑うのは尤もだが、どう説明すれば納得して貰えるか、少々言葉を探していてな」

 

 いけないいけない、説明の最中に一人脱線したあげく考え込むとか大失態である。とりあえず、言い繕っては見たが、この手の男を納得させる方法を即座に用意しろと言われても、少々感心出来ないモノ一個しか思いついてなくて。

 

「少し、耳を貸せ」

 

「おう? なんだ?」

 

 迷いはしたが、まごついては説得がより困難になる。俺は、覚悟を決めると男の耳に吹き込んだ。親衛隊のうち、ローブをしてる魔物は中身が美男美女揃いだった、と。

 

「な」

 

「男はさておき、女だが誰もかれもローブの上からでさえ解るような胸をしていてな」

 

 こんな台詞、クシナタ隊のお姉さん達や親衛隊の女エビルマージに聞かれた日には、ゴミを見る様な眼で見られること請け合いではあるが、是非もない。

 

「それは本当か?」

 

「さて、どうだろうな。お前は魔物を仲間にするなど正気の沙汰でないと言う」

 

 はぐらかしつつ、肩をすくめた俺は、男の反応を待った。

 

「うぐ……俺の負けか」

 

「いや、何の戦いだったんだ、と言う気もするがな」

 

 そも、こんな姑息な手段で言いくるめようとした時点で、負けたのはこちらのような気もするのだ。

 

「ともあれ、後背が気になった魔物達はもはや戦えず。後退を指示した上、休戦を求めてきて今に至るという訳だ。こっち側の後退が遅れたのは、主に一騎打ちをしていて指揮官と連絡が取れなくなっていたからだな」

 

「いや、その点については面目ない」

 

 説明に割り込む形で縛られたディガスが頭を下げるのは何ともシュールだったが、きっと気にしてはいけない。

 

「なるほど……まぁ、この町に格闘場があって魔物を従えてる奴は珍しくねぇしな」

 

「っ」

 

 そうか、最初からそっち方面で話を持って行けば良かったのか。

 

「ん、どうした?」

 

「いや、まぁそういうことだ。では、ここにいる他の者への説明は頼む。むろん、先程の内緒話は二人だけの秘密でな。ゆくぞ、ディガス」

 

 言われて気付き、敗北感に打ちのめされつつも、何でもないというように手を振ると、建物の影からこちらを伺っている人影の一つを視線で示して依頼し、地獄の騎士に一声かけてから歩き出す。まずはまだ出てこないシャルロットに声をかけ、着替えが終了し、準備ができ次第、城に赴く。

 

「しかし、女王か」

 

 説明するなら、一方的に押しつけた感はあるものの色々貸しのあるスレッジの姿で赴いた方が良いかも知れないが、今スレッジになるとほぼ間違いなくシャルロットに聞かれてしまう。

 

「あれ、お師匠様は?」

 

 と。そも、いくらせくしーぎゃるっているとは言え、暫く会っていなかった弟子なのだ。ここで逃げ出すなんて師として問題だろう。

 

「しかし、本当に遅いな……」

 

 だいたい着替えにしてもあまりに長すぎる。

 

「行ってみるか……シャルロット、入るぞ?」

 

 気になった俺は、民家の戸口で呼びかけると数秒待ってから中へ足を踏み入れた。

 




・ほんじつのNGシーン

「それは本当か?」
「さて、どうだろうな。お前は魔物を仲間にするなど正気の沙汰でないと言う」
 はぐらかしつつ、肩をすくめた俺は、男の反応を待った。
「けどな、俺はどっちかって言うと男の方が良いんだ」
「え゛?」
「そう、どっちかって言うとあんたみたいないい男が好――」

(以下、自主規制)

 と言う展開が一瞬頭をぎったのは、アリアハン在住の僧侶少女のせい。おのれ、最近出番がないからって人の脳に直接語りかけてくるとはっ!

次回、第二百四話「副作用」

ああ、さっさと女王出したいのに。うぎぎ。


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第二百四話「副作用」

 

「シャルロット?」

 

 もう一度呼びかけてみたが、返事はなかった。いや、返事だけではないかもしれない。周囲を見回しても、視界内にシャルロットの姿が無かったのだ。

 

「……上か」

 

 視界の端に見えた上り階段、単純な消去法だった。

 

「ディガス、ここで待っていて貰えるか? 見落としと言うこともある」

 

「承知」

 

 正直に言えば俺の知覚力で隠れているシャルロットを見逃したなんてことがあるはずも無いのだが、地獄の騎士は多くを語らず、ただ頷いてくれて。

 

「シャルロット、今そっちにゆくからな」

 

 もう一度声をかけてから、階段を上り始めても返事はない。ただ、一度だけ物音がして確信する。シャルロットは上にいるのだと。

 

「シャルロット、着替えは終わっ」

 

 だからこそ、二階に上がってもシャルロットの姿がなかったのは、思わず絶句してしまうほどに予想外だった。

 

「これは……」

 

 見回してみても、あのツンツン頭は何処にもなく、部屋の片隅に毛布を被った様な生き物がじっとしているだけ。床に目を落とせば、脱ぎ捨てられた水着とガーターベルトが散らばっていることから、ここで着替えをしようとしたことは、解った。と、言うか概ね何があったかは察せた。

 

(何というか、実にわかりやすいよなぁ)

 

 まず見るべきは、脱ぎ捨てられたガーターベルトだ。つまり、シャルロットはせくしーぎゃるから元に戻っていると見ていい。

 

「ふむ」

 

 これまでに接してきたせくしーぎゃるの行動パターンから考えて、シャルロットの行動はこうだ。まず、言われた通り水着から鎧に着替えようとし、ふと思い至る。

 

「そうだ、着替えに時間をかけたらお師匠様が来てくれるんじゃないかなぁ」

 

 と。そして思い出されるのは、俺が着替えてくるといいと言った前の行動と発言。

 

「水着なんて無い、ありのままのボ」

 

 あの言葉は「ありのままのボクを」とでも言おうとしたのだと思うが、同時に服を脱ぎだしていた、つまり。

 

「シャルロットは全裸待機で俺を待ち伏せようとした」

 

 と、考えられるのだ。ただ、その過程でガーターベルトを脱いだ時、計算外の事態が起きた。せくしーぎゃるから元の性格に、つまり正気に戻ってしまったのだ。

 

(どう考えても黒歴史――いや、そんな生ぬるいものじゃないよな)

 

 枕に顔を埋めてジタバタして耐えきれるようなレベルを凌駕している。

 

「おそらくは……」

 

 恥ずかしさと居たたまれなさに打ちのめされたシャルロットのなれの果てが、あの天板を乗っけたらコタツに見えなくもない生き物なのだろう、ただ。

 

(何て言葉をかければいいんだ)

 

 とりあえず、自分が同じ立場に置かれたことをイメージしてみるべきか。いや、いかん、その場合だと途中で衛兵に捕まるオチしかイメージ出来ない。

 

(と言うか、わざとそう言うオチで中断させてしまう程にその光景を想像してしまうことを俺自身が拒んでいるとか?)

 

 難敵だ、難敵すぎた。しかし、ならばどうする。

 

(とりあえず、何でも良いから話しかけるべきかも)

 

 このままでは、沈黙さえ俺達の敵と化してしまう。

 

「シャルロット」

 

 意を決して呼びかけると、毛布つむりが震えた。そして感じたのは声は聞こえているという安堵。ただし、次に何を話せば良いんだと言う悩みがもれなくおまけにくっついてはきたけれど。と言うか、ホントにどうしよう。見切り発車しちゃったけど、何を話せばいいのやら。

 

(「ドンマイ」は無い。「毛布もよく似合うな」って、嫌味か。「良い天気だな」も何か違う。えーと、えーと……)

 

 間は空けたくないのに、続ける言葉が決まらない。この身体のスペック的に賢さの数値はそこそこの筈だというのに。

 

「シャルロット」

 

 結局の所、沈黙を産んでしまってから絞り出したのは、前と変わらぬ勇者の少女の名前だった。

 

(くっ)

 

 状況を改善どころか悪化させてしまった気さえする。何というか、しかも気まずい。

 

(考えろ、この間読んだラノベとかだとこういう場面は無かったか?)

 

 必死に記憶を検索して、思い浮かんだのは一つの挿絵と数行の文章。

 

(あった。で、その時どうしてた?)

 

 もう、自分の経験はアテにならない。なら、外部の知恵に頼るしかない。

 

(ええと、確か――)

 

「ぁ」

 

 判断するより身体は先に動いていた。ビクッと震えた毛布を抱きしめ、頭と思わしき場所に手を添え。

 

「この馬鹿弟子が……え?」

 

 毛布を撫でながら、口にした言葉に一瞬遅れて硬直する。一言で言うなら「やっちまった」か。

 

(ちょっと待て、言葉選び間違ってるよ? トドメ刺しちゃってるでしょ、これ)

 

 よくよく考えると、慰め役ツンデレキャラだった気がする。

 

(いや、待て。シャルロットはツンデレを解するお嬢さんかも知れない)

 

 毛布ごと抱く左手に変な汗を滲ませ、頭を撫でる手を緩めることは出来ず。

 

「……あぅぅ、お゛師匠ざまぁぁぁっ」

 

「っ」

 

 良い反応が返ってくるかなんて解らなかった、だからこそ衝撃と共にシャルロットが俺の胸へ顔を埋めた時、バランスを崩しかけ。

 

「ボグっ、ボグぅっ」

 

「まったく……」

 

 泣きじゃくる弟子の頭を撫でつつ、シャルロットがツンデレOKであったことに密かに感謝しつつも、自分の至らなさに苦笑する。

 

(ディガスには悪いけど、もう少しこうしているしか無いかな)

 

 役得だなんてホンのちょっぴりしか思っていない。ただ、シャルロットが落ち着いてくれないと出発はできないからと理屈を付けて、傷心の少女を抱きしめる仕事を続けるのだった。

 

 




おそるべし、せくしーぎゃるの副作用。

打ちのめされたシャルロットを主人公は優しく抱きしめて……べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ?!


次回、第二百五話「謁見」


イシス編、そろそろ終わりを見せたいところ。



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第二百五話「謁見」

 

「とりあえず、その顔をどうにかしなくてはな」

 

 これから城に赴いて女王と謁見すると言うのに泣き腫らした顔は拙い。ホイミの呪文で治るなら良いが、駄目ならスレッジの様にフードを被せるべきかもしれない。いや、謁見なのに顔を隠すのは不敬か。

 

(って、スレッジの時はフードしっぱなしだったし、今更かぁ)

 

 あの時注意さえされなかったことを思い起こすとイシスの女王は懐が広いのか、物資を持ってきた恩人に当たるからスルーしてくれたのか。

 

「お師匠様、ごべんなさい……ボクが泣かなかったら……」

 

「責めている訳ではない。だいたい、元を正せばこれの危険性をきちんと説明しなかった俺が悪い」

 

 鼻をすすってまた泣きそうになるシャルロットの頭を撫でつつ、俺は摘んだ全ての元凶を示してみせる。そう、シャルロットの脱ぎ捨てたガーターベルトは俺が回収した。もちろん、変態的な理由などではなく、シャルロットをもう二度とせくしーぎゃらせない為だ。

 

「すまんな、シャルロット」

 

 アリアハン在住のメダル集めてるオッサンこそ諸悪の根源である気もするが、敢えて言及せず弟子へと頭を下げる。復讐を忘れる気はないが、今はシャルロットに立ち直って貰うことこそ最優先にすべきなのだから。

 

「お師匠様ぁ」

 

 なすがまま再びシャルロットに抱きつかれ、ポーカーフェイスを保ちつつ、己の中の何かに抗う。

 

「ふむ」

 

 シャルロットに渡したのが、鎧で良かった。お腹の辺りに当てられてるのが鎧の硬い胸甲でなければ、即死とは言わないが何かがゴリゴリ削られていたと思う。ありがとう、動く石像。

 

「お師匠様?」

 

「何でもない。それより、鎧にきついところはないか?」

 

 頭の雑念を追い払って尋ねたのは、渡した鎧が元敵の魔物から盗んだ品であるからだ。

 

「ううん、大丈夫です」

 

 一応、目で見て解るほどに大きすぎたり小さすぎたりはしていないが、当然お店で購入した訳ではない。フィットしなかったりする可能性に遅れて思い至ったからなのだが、シャルロットは首を横に振る。

 

「この鎧、留め具の所である程度調整出来るみたいで」

 

「そうか、ならいい。だが、もし不都合があるなら早めに言え」

 

 この町の住人は格闘場に避難していて留守だろうが、他の町ならば武器屋に預ければ調整して貰えると思う。

 

「戦いは少しの不具合が命取りになる可能性もある。下手に遠慮する必要はない」

 

「え、ええと……じゃあ」

 

「ん?」

 

 その時俺は自分がプチ地雷を踏んでいたことに気づいていなかった。

 

「じ、実は……胸の部分がちょっときつくて」

 

「っ」

 

 シャルロットは正直に答えてくれたのだろう。だが、俺としては、透明呪文を唱える直前に水着から零れそうになってしまったモノを思い出してしまった訳で。

 

「そ、そうか。ならば謁見が終わって魔物共が退いたら何処かで装備を調えるか。この後の行動指針も決めるべきだろうしな」

 

 動揺は殆ど漏れなかったと思いたい。

 

「さて、では行くぞシャルロット」

 

「あ、はい。ええと、ホイミ」

 

「……ほぅ」

 

 結論から言うと、シャルロットの顔はホイミの呪文であっさり治った。腫れや目の充血は怪我と判定されたのだろう。回復呪文、侮りがたし。

 

「とりあえず、これであとは謁見し説明するだけか」

 

 レタイト達が仲間になった件については、外で話した男の言葉を参考に「魔物使いの技術を使って屈服させた」とでもしておけばいい。

 

「お師匠様、では行きましょう」

 

「あ、ああ」

 

 抱きつく場所を身体から腕に変えたことで、武器の変わりにシャルロットを装備した形になりながら、俺は歩き出す。

 

(うん、魔物じゃなくて現在進行形で懐いてきてるのは弟子だけど)

 

 とは言え、復活しつつあるシャルロットを拒絶することなど出来ず。

 

「すまん、待たせたな」

 

「いえ、その様なことあり」

 

 弟子を片腕にぶら下げた姿は、一階に戻ってきた俺を出迎えたディガスを一瞬で絶句させた。もちろん、狙ってやった訳では断じてない。

 

 ただ、その時点で気づいておくべきだったのだ。

 

「おい、誰だあれ? って、うぉ?!」

 

「げっ、魔物?! てか、後ろの男誰だ? うぐ、何て羨ましいっ」

 

 左手にディガスを縛るロープの端を持ち、右腕にシャルロットを装備した俺を見た戦士や兵士の皆さんの反応から二つほど抜粋したものが、前述の二つである。見られていた、目立っていた、注目の的だった。

 

(悪目立ちってレベルじゃNEEEE! と言うか、クシナタ隊のお姉さん達に見られたらあがが……)

 

 最初の兵士集団に出会った時にようやく気づいたのだ、ただ。

 

「えへへ、お師匠様ぁ」

 

 なんて幸せそうに頬を染めて寄りかかるシャルロットを振り払うことも出来なくて。

 

「妬ましい、妬ましい、ねったましぃぃぃっ!」

 

「死ぬ気で戦ったのに、何であいつだけあんな可愛い娘と、ぐっ」

 

 あちこちから敵意や嫉妬の視線と声でグサグサされつつ城下町を抜けた俺は、やがてイシスの城にたどり着く。

 

「スー様、後できっちり説明して下さいね?」

 

 何て遠くから視線で主張してきたお姉さんなんて一人もいなかった。

 

「イシスのおし……な、魔物?」

 

「確かに魔物だが心配は不要だ、この通り武器は取り上げ縛ってある。前線の状況報告に参上した。女王陛下にお目通り願いたい。魔物についてはこれで問題ならば、牢に押し込んでも構わんが、証言をさせる為に連れてきている。牢に入れては二度手間となるが、いかがする?」

 

「むっ」

 

 いくら後で問い詰めが待って居ようとも、あくまで私事。格闘場に住民をいつまでも避難させておく訳にだっていかない。

 

「暫しお待ち下さい」

 

 入り口に立つ兵の片方が城内へ去って行き。

 

「お待たせしました」

 

 魔物を連れたままの謁見を許可する旨を戻ってきた兵が告げるまで、それ程時間はかからなかった。

 

「自分が言うのも何だが、やけにあっさり許可が下りるのだな」

 

「それについては、謁見の間で陛下よりご説明があるでしょう。さ、中に」

 

 意外に思って呟いてみるが、はぐらかした上で入場を促され。

 

「どういうことなんでしょうね、お師匠様?」

 

「さあな。あるとすれば――」

 

 シャルロットと言葉を交わしつつ階段を上った先で見たのは、ある意味俺の予想通り。

 

「英雄が揃ったようですわね」

 

 こちらに視線を向け口を開いた女王と、俺達に背を向ける形で今まさに謁見中と言った様子のクシナタ隊のお姉さん達だった。

 




くそっ、ジーンに続いてシャルロットまで装備するとは、主人公め!

と言うか、謎のイチャイチャシーン長すぎて、女王の出番が一台詞とは、うごごご。

次回、第二百六話「脅威は去った。去ったと思いたい。去ったと言ってよ、クシナタさん!」 

 つるし上げタイムの予約が入って確定したようにしか見えないのは気のせい?



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第二百六話「脅威は去った。去ったと思いたい。去ったと言ってよ、クシナタさん!」

 

「前線の状況報告にいらしたと聞いておりますが」

 

「ああ、間違いない」

 

 女王が口にした確認を俺は頷きと共に肯定する。

 

「もっとも、西側を担当した者達が先に到着しているとあれば、こちらからの報告に目新しいモノがあるかは怪しいがな」

 

 少なくとも魔物の軍勢が休戦を望んだことと後退したことはクシナタさん達の口から知らされてると見て良いと思う。

 

「まぁ、そうですか。ですが、何も聞く前から取るに足りぬことと捨て置いてしまうのは問題ですわ。判断は私がします、報告を」

 

「わかった。まず、城下町の東側を襲っていた魔物については当初割り振られていた戦力で応戦、やがて休戦の申し入れ及び西側を襲っていた敵の後退に少し遅れて……」

 

 促されて俺は語り始める。レタイト達に関しては、バラモス城に乗り込んだ知り合いが「魔物使いの技術を使って屈服させた」ことにし、休戦の申し入れや敵の退いた理由に関しても本拠地を襲われる事態が生じたことが原因ではないかと推測を入れておく。

 

「ああ、何と言うこと……いつの間にか城から居なくなられたと思いましたら、我が国の為にそこまでして下さったなんて……」

 

 つい先日まで居た功労者が急にいなくなり、知り合いがバラモスの城に乗り込んだと言う男がこのタイミングで現れる。女王はこの二つをおそらくイコールで結んで察したのだろう。

 

「それで、あのスレッジ様は今どちらに?」

 

 なんて質問が続いて飛び出したので、俺と同一人物だとはバレていないと思う。

 

「残念だが、それは聞いていない。いや、言わなかったと言うのが正解か。バラモスは自分の城に侵入され自身のマントを奪われると言う失態を演じた」

 

 バラモスからしてみれば「こんな屈辱を与えたエロジジイは、生かしておけないエロジジイ」と言った所だろうし、エロジジイの方からしても、自分の行方が解らない方が「自分の首に手の届く実力者が何処にいるのか解らない」という状況を作り出すことでバラモスに緊張を強い、動きを封じることが出来る。

 

「『まぁ、部屋の中で見失った不快な害虫のせいでリラックス出来ない状況みたいなものじゃの』と言っていたが、まさにその通りだな」

 

 何処かの兵法書にもあった気がする、居ると見せかけて居らず、居ないように見せかけて実は居るとかそんな感じの戦術だか何かが。

 

「例え方はさておき、お考えはよくわかりましたわ。つまるところ、あの方はイシスの為に今も動いて下さってますのね」

 

「さて、な。俺は言われたことを伝えただけだ」

 

 戦いは終わったばかり。魔物達は退いた筈だが敢えてはぐれる形で退却せず、この城に忍び込んで聞き耳を立てている魔物が居てもおかしくはない。だから俺は敢えてはぐらかし、ちらりとクシナタさんに視線をやる。

 

(アドリブになるのが悔やまれるなぁ、ボロが出ないといいけど)

 

 とりあえず、視線の意味は口止めだ。こちらが嘘と真実を交え全てを明らかにしなかった時点で察してはくれると思うけど。

 

(うん、アイコンタクトって難しいなぁ)

 

 こっちを見たクシナタさんの視線が俺とシャルロットを往復したあげく、もの凄く何か言いたげだったのは俺に理解力が無くて誤解したのだろう。

 

「スー様、あとで説明を」

 

 と読めてしまったのは、気のせいですよね、クシナタさん。

 

「俺から報告出来るのは、この地獄の騎士を配下にしたことを除けば、おおよそこれぐらいだ。魔物を屈服させたことについては先に報告したとおり。脇に控えるこの娘も魔物使いから手ほどきを受けている。疑うのであれば、このディガスの口からも証言させるが」

 

 そも、証人として連れてきたという設定でもある。魔物が休戦を望んだことを疑われた場合も証言して貰うつもりだったが、クシナタさん達が先に報告していた為、そちらは空振りに終わってしまったのだ。

 

「そうですか、ではせっかくですから話して頂きましょう」

 

 これでは、何の為に連れてきたのか解らない。そう言う意味で、女王がノッてくれたのは非常にありがたかった。

 

「ディガス、と言うそうですわね?」

 

「はっ」

 

 六本腕でも、縛られていても騎士と言うことか。俺の前でディガスは片膝をついて女王に向かい頭を下げると、語り始めた。先の戦場でシャルロットと相対し、一騎打ちを繰り広げたこと。そのシャルロットでさえ相打ちに持ち込めるかどうかと言った強敵であったところ、更に俺が現れたこと。

 

「お二人の武に我は惹かれ申した。死して尚戦いを捨てきれぬ我からすれば、この出会いはまさに僥倖」

 

「こう持ち上げられると少しくすぐったいがな」

 

 肩をすくめつつ調子を合わせ、視線をディガスから女王に戻すと、俺は報告すべきことはあらかた伝え終えた旨を告げる。

 

「ご苦労様でした。しかし、それ程強そうな魔物を心酔させるとは流石は『解呪の英雄』ですわね」

 

「っ」

 

 ただ、俺は女王を少し甘く見ていたらしい。

 

「いや、あの節は世話になった」

 

 こちらに挨拶してくるオッサンは見まごう事なきアッサラームで小さなメダルを譲ってくれたオッサンであり、流石にとぼけるのは無理があった。

 

「恩賞については明日以降とさせて貰いますわ」

 

「あ、あぁ」

 

 大したことはしていないはずなのに、表彰されることが確定した俺は内心で頭を抱えつつも、ここは応じるしかなくて。

 

「お師匠様ぁ、大丈夫ですか?」

 

「無論だ。しかし、お前こそ疲れただろう。今日は早く休め」

 

 謁見の間を出るなり俺の右手装備に戻ったシャルロットの頭を撫でつつ平静を装うと、天井を仰いだ。

 

(シャルロットが眠ったら、クシナタさん達と合流して打ち合わせかぁ)

 

 打ち合わせで終わる気がしないのは、気のせいだと思いたい。

 

(いや、気のせいにするんだ)

 

 外には出さず自分を奮い立たせると、俺は歩き始めた。

 

 




一人見かけたら三十人……は居ないけど一人何役かこなす神出鬼没なのが主人公。

果たしてバラモスは夜一人であのトイレに行けるのか?


次回、第二百七話「夜中に女の子達部屋へ侵入する男」 

夜会話、はじまるよ~?

たぶん、ぢごくのな。


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第二百七話「夜中に女の子達部屋へ侵入する男」 

「ディガス、後のことは頼むぞ?」

 

「は、承知っ」

 

 シャルロットが寝息を立て始めたのを確認するなりベッドから抜け出すと、骨だけの騎士に後のことを任せ、あてがわれた部屋を後にする。

 

(しかし、シャルロットも良い子過ぎるというか……)

 

 最初は男女一緒は拙かろうと女王は二つ部屋を用意してくれたのだが、戦いに疲れた人達が沢山居るのにそんな贅沢は出来ませんとシャルロットが断ったのだ。別々であればすんなり抜け出せたというのに、こんな所にも想定外が転がっているとは。

 

(一応俺も男だし、もうちょっと危機感を持てもらわないとなぁ)

 

 せくしーぎゃるっていた時の自分から受けた精神的なダメージを考慮すれば父親の不在なシャルロットが俺に甘えてくるのは仕方ない一面もあるのかも知れないが。

 

(かといってアリアハンに戻して母親に慰めて貰うなんて、手の込んだ自殺だし)

 

 もちろん、俺の社会的な立ち位置のである。アリアハンに連れ帰った時点でシャルロットのお袋さんは理由を聞いて来るであろうし、俺が言わなくてもシャルロット自身が聞かれて話してしまう可能性もある。そうなれば、あとは責任をとらされる未来しかない。

 

(シャルロットは良い子なんだけどなぁ)

 

 俺は師匠であり、身体は他人の借り物。最初から責任なんてとれないのだから、その選択肢はあり得ない。

 

「と、人のことを考えている場合ではないな」

 

 バラモス城を出るところまでのことは、クシナタ隊に合流したカナメさんやスミレさん達から説明が行っているとは思う。

 

「やはり、問題はその後だな」

 

 シャルロットとの合流は、つまりクシナタ隊との離別を意味する。クシナタ隊の存在をシャルロット達勇者一行には秘密にするという方針上、一緒に行動することは出来ない。

 

「せいぜいが、こうして夜中に抜け出して繋ぎをとるぐらいだが……」

 

 もしくは、シャルロットの足を踏み入れられない様な場所を落ち合い場所にして会うか。アッサラームでぱふぱふしないかとお誘いしてきた娘さんの様にいかがわしい場所を装ったならば、シャルロットもついて来ないと思うのだが。

 

「駄目だな。純真な瞳で『あそこはどういう場所なんですか、お師匠様?』とか聞かれたら答えられん」

 

 それで済んだならまだいい。シャルロットの家でバニーさんと張り合った時の様なことになれば、ピンチ再びである。

 

「何より、おおっぴらに会えなくなると言うのをクシナタ達が納得してくれるかの方が問題か」

 

 一応、クシナタ隊がシャルロット達勇者一行を影から支える集団であることは説明してある。バハラタの人攫い騒動では別行動もした。下地は出来てると思うのだが、まるっきりもめないかと聞かれたら自信はない。

 

「夜中に女性の部屋に行くというのに、これほど足が重くなるとはな」

 

 冗談めかして皮肉を口にしてみるけれど、気の重さは変わらず。

 

「それはどういうことかしら、スー様?」

 

「え゛」

 

 身体はふいにかけられた言葉によって、鉄の塊か何かにでもなったかのように固まった。

 

「隊長はスー様をお待ちかねよ?」

 

「あ、いや……今のは皮肉というか冗談でな?」

 

 カナメさん何時の間にアストロンの呪文を、なんてボケをかます余裕なんて無い。

 

「さ、行きましょうか」

 

「いや、ちょっと待」

 

 夜中に女の子達部屋へ侵入する男改め、夜中に女の子達部屋へ引きずり込まれつつある男となった俺はカナメさんにぐいぐい手を引かれ、もの凄く見覚えのある部屋へと。

 

「こ、ここは」

 

「ふふふ、はい一名様ご案なぁ~い、よっ」

 

「うおっ」

 

 つまり、スレッジとして訪れた時クシナタ隊のお姉さん達にあてがわれたあの部屋へと押し込まれ。

 

「った、んぶっ」

 

 勢いのまま顔から何か柔らかいモノに突っ込んだ。

 

「いらっしゃいまし、スー様」

 

 その柔らかいモノがしゃべった様な気がするのは、気のせいだと思う。歓迎の言葉に聞こえるはずのそれは声のトーンが殆ど対極にあったのだから。

 

「「ルカニ」」

 

「「ボミオス」」

 

 まして、続いて出迎えたのは複数人による守備力と素早さを下げる呪文である。これを歓迎と思える趣向を俺はしていない。

 

「「ふふふ」」

 

「「うふふふふ」」

 

 ええと、と言うか何故そこで笑うんですかお姉さん達。

 

「ぷはっ」

 

「スー様、あのね? あたしちゃん実はちょっと試したい縛り方があったんだ」

 

「え」

 

 柔らかなモノから解放された俺が声に振り返ると、そこにいたのは、まるで全員を代表するかのように一歩前に進み出ていつもの表情でロープの束を腕に通したスミレさんだった。

 

「いや、ちょっと待て……お前にロープの組み合わせだけで嫌な予感しかしな」

 

「問答無用」

 

「罪には罰が必要なんですよっ」

 

「申し開きは罰の後で聞きますね、スー様?」

 

「いや待」

 

 その後、事情説明が出来るようになるまでに何があったかは、絶対に言いたくない。ちくしょう、俺が何をしたって言うんですかぁっ。

 

 




さようなら、クシナタ隊。

主人公は、勇者と立つ。

……ってことになっちゃうんでしょうかねぇ?

私、気になります。

次回、第二百八話「別れと旅立ちの前夜曲」

ええーっ、作者さんこれってサブタイでネタバレしてませんかぁ?


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第二百八話「別れと旅立ちの前夜曲(閲覧注意)」

「……それ、で……バラモスが本腰を……入れてきた以上、猶予はもうあまり無いと思うんだ」

 

 長かった。弁明でなく、これからどうするかについてと言う本来俺がクシナタさん達の元を訪れた目的の話に辿り着くまでは本当に長かった。ちなみに、師匠モードやれる程の余裕はないので口調は素だ。

 

「確かに、スー様が城で暴れた上にエピニアはさておき、レタイトさん達を引き抜いてしまったものね。今は再び何処かを侵攻する余裕なんて無いとは思うけど」

 

「喉元過ぎると熱さを忘れるってあたしちゃんは言ってみるよ。スー様の懸念には概ね同意」

 

 カナメさんとスミレさんが揃って頷けば、クシナタさんもそうでありまするなと、首を縦に振る。

 

「となれば、ここからは時間が勝負になる。俺としては、まずクシナタ隊を幾つかのパーティーにわけて、やり残しというかバラモスを倒す為にしておかなければいけないことを分担してこなして行こうと思うんだ」

 

「「え」」

 

 一様にお姉さん達が驚いた顔をして固まるけど、ぶっちゃけ、これは避けて通れない。

 

「世界に散らばる不死鳥ラーミアを目覚めさせる為の宝珠、一個はおろちが持っている筈だけど、他はまだ手に入れてないし、ダーマ神殿にも到達していない。ゾーマを守るバリアを取り除く為の光の玉も入手する必要がある。あと、盗賊のカンダタは野放しになってる上、ノアニールの人々は呪いがかかって眠ったままなんだよね。幾つかは、俺とシャルロット……それに勇者一行で何とかするとしても……一塊で回るなんて効率が悪いにも程がある」

 

 だいたい、シャルロットとクシナタさん達はこのイシスの英雄になってしまっているのだ。一緒に行動したら目立つことこの上ない。

 

「バラモスの目を惹いてしまえば、まず間違いなく刺客を差し向けてくる。幾ら何でもそれぐらいはすると思うんだ」

 

 当初のアリアハンに偽勇者を置いてバラモスの目を欺くと言う作戦は没にせざるをえないが、パーティーを複数つくることで分散し、狙いを定めさせないと言う作戦ならまだ有効だと思う。

 

「何より俺はシャルロットのお袋さんに約束をしてるから、それを反故には出来ない」

 

 同時に感情以外の面でクシナタ隊という人材を遊ばせておく訳にもいかなかった。

 

「スー様……」

 

「妙なところで人が良いというか」

 

「軽はずみに約束するからそんなことになるんだとあたしちゃんは思う」

 

 スミレさんの指摘には正論過ぎてぐうの音も出ない。

 

「ごめんなさい」

 

「スー様が勇者様と行くつもりと言うことはわかったわ。おそらくだけど、理由はそれだけじゃないんでしょ?」

 

 謝る俺に見透かしたような目を向けて、カナメさんは言う。

 

「……うん。と言うか今のクシナタ隊なら編成次第で大抵の場所は踏破出来ると思うけどね」

 

 一箇所だけクシナタ隊のお姉さん達には任せたくない場所があったのだ。

 

「宝珠の一つが安置された洞窟、地球のへそって呼ばれてるんだけど、ここは単身で挑まないといけないんだよね」

 

 クシナタ隊のお姉さん達はバラモス城での嫌がらせやイシス防衛戦で成長はしてると思うが、単独で挑まなければいけないこの場所を攻略するのには向かないのだ。

 

「呪文の使い手は打たれ弱く、カナメさん達には回復手段が薬草くらいしかない」

 

 その点、シャルロットはいくらでも入って重さを無視出来る反則的な袋を持っている。

 

「あの袋に薬草を入れられるだけ入れて行くだけでも全然違う。ただ、シャルロットの持ち物だから、あの洞窟に向かうのは勇者一行じゃないと拙い。しかも、単独で突破しなきゃいけない洞窟という意味で難易度が高い。俺が挑まないにしても助言は必要かなぁって」

 

 そも、クシナタ隊のお姉さん達には俺から原作知識を伝えてあるが、シャルロット達にはそれがない。アドバイザーと言う意味合いでも同行するとしないとで大きな差が出来てしまうのだ。

 

「宝珠の中でも本来スーの東で町作りを手伝った商人が手に入れることになる宝珠については一応手が打ってあるんだけど、ここも念のため誰か商人に行って貰わないといけない。勇者一行の予備人員にも商人は居たと思うけど、その商人だと革命はおそらく防げないから……」

 

「私が行くんですねっ、解りますっ」

 

 即座に答えつつも視線が遠くを見ているのは、商人のお姉さん。

 

「ダーマ探索にはタカのめが使えるカナメさんと、賢者になって欲しいという理由でスミレさんに行って欲しいんだけど」

 

「その理由では断れないわね」

 

 カナメさんは肩をすくめてあっさり承諾してくれ。

 

「うーん、じゃあ、スー様もう一度『して』くれる?」

 

「え゛」

 

 条件を出してきたスミレさんに俺は固まった。

 

「あ、じゃあ私も『して』欲しいです」

 

「ええっ、何それ?! じゃああたしもっ」

 

「私もー」

 

「ちょ?! 俺もうへろへろなんだけど?」

 

 スミレさんの一言をきっかけにあちこちからお姉さん達が手を挙げて、顔は否応にも引きつる。

 

「でもさ、スー様。幾つかのパーティーに別れて行動すると危険度が増すんだから、これは必要」

 

「スミレの言うとおりですよ、スー様」

 

「そうです、そうです」

 

 難色を示す俺を前にお姉さん達は聞いてくれなければ、承諾しかねると結託する。何この展開、どうしてこうなるの。

 

「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね、準備しますから」

 

「あ、うん」

 

 かず の ぼうりょく って おそろしい と おもう。気がついたらベッドに腰掛けて頷いている自分が居て。

 

「どれにしようかなぁ」

 

「あたしちゃん、この勝負下着とかオススメ」

 

 背後からなんだか恐ろしい会話が聞こえてくるのですよ、奥さん。

 

(ああ、架空の主婦に話しかけてしまう程にやばい状態なんだなぁ、俺……)

 

 これから何があるのかを俺は知っている。もう逃げられないであろうことも。

 

「スー様、下着は白と赤と黒どれが良いですか?」

 

「とりあえず、がーたーべると じゃなきゃ どれでも いいです」

 

 ああ、そうそう。さっきからさんざん下着についてどうのこうの言ってるお姉さん達ですが、あれを着るのは俺ですからね。って、だれにはなしかけてるんだろう、あはは。

 

「ところで、スー様、モシャスはあと何回ぐらい出来そう?」

 

 そう、お姉さん達が望んでいるのは、自分にモシャスした俺が二回攻撃やら連続呪文を行使する姿を見ることでそれを自分のモノにすることなのだ。ちなみに、よりしっかり動きを見たいという理由から、服を剥がされて女物の下着を着せられ、下着姿で実演することになる。何でも、俺へのお仕置きを兼ねてるらしい。

 

(うん、もう おとこ と しての ぷらいど こっぱみじん だね)

 

 世にある性転換モノとやらで女の子になっちゃった方々がどういう気持ちだったかを、思い知らされたこの日。

 

 俺の精神的ぢごくはアンコールが待っていたという訳で。

 

「スー様ぁ?」

 

「……モシャス」

 

「はいはーい」

 

「うおっ」

 

 半ば諦めの境地で目の前のお姉さんに変身した直後、がしっと腕を掴まれて引っ張られる。

 

「さぁ、お着替えしましょおねぇぇぇ、スー様ぁ?」

 

「いや、ちょっと待って、最初は解らなかったけどもう一人で着替えられ、だから止め」

 

「遠慮することありませんよぉ、呪文の効果時間きれちゃいますからぁ、あたし達がぱぱっとやっちゃいますから」

 

「そうですよ、痛くしませんから」

 

「痛くって何する気ぃ?! あ、ちょ、アーッ!」

 

 服を剥がされながら、俺は思う。本当にどうしてこうなった、と。

 




くしなたたい は しゅじんこう を やっつけた!(せいしんてきに)

287638 の あぶのーまる ぽいんと を かくとく。

くしなたたい の なんにんか は にかいこうどう を おぼえた。


まさかの主人公が同人誌みたいに弄ばれる回でした。

次回、第二百九話「ゆうべはおたのしみでしたね」

本当にお楽しみでしたよね~。うんうん。


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第二百九話「ゆうべはおたのしみでしたね」

「あそこ で いっそのこと がーたーべると を じぶん から はいちゃえば らく に なれたの かな」

 

 大事なモノを失いつつも、歩みを止めることは許されなかった。朝になって元の部屋にいなかったら問題になる。

 

「いや、しっかりしろ俺。俺がせくしーぎゃるってどうする」

 

 頭を振って、一体誰得だと呟きながら、俺はシャルロットとディガスの居る部屋を目指した。

 

「そ、そのお姿は」

 

「少し、知り合いの指導をしてきただけだ。気にすることはない」

 

 多分、憔悴した姿に驚いたのだろう。やや狼狽した様子の地獄の騎士に何でもないとでも言う様に頭を振っては見たのだが。

 

「いえ、肩から女子のモノと思わしき下着の肩ひもが」

 

「え゛」

 

 手袋に包まれた骨の指でさされて俺は凍り付いた。

 

(うわぁぁぁぁぁぁぁ)

 

 つかれて きづかなかったんだね。どう みて も いま の おれ は へんたい さん です。

 

「ご安心召されよ。我は決して口外致しませぬ。男ともあれば、そう言う欲求もあって当然かと」

 

「あ、その……だな?」

 

 なにか そうぜつ な ごかい をし ておりません か でぃがす さん。

 

「このディガス、我が主が朝帰りしたなどとは口が裂けても」

 

 言ってんじゃねぇか。

 

(って、そうじゃなくて……なんでよりによっておそらくこれから行動を共にすることになるこいつに気づかれるんですか)

 

 何とか誤解を解きたいところだが、盗賊の格好でモシャスが使えるとバラスのも拙い、となるとすぐに思いつく理由は一つだけ。

 

「ディガス、お前は誤解している。俺は指導してきた、と言ったがそれは変装術の指導だったのだ」

 

「な、なんと」

 

「中には異性装も含まれる。ここまで言えば理解が出来るか?」

 

「は、これは何と失礼な勘違いを……お許し下さい」

 

 俺の言葉に得心がいったのか、オーバーリアクションな驚きの動作から一転して頭を下げてきたディガスに、俺は気にすることはないとだけ言って、服を脱ぎ始めた。

 

「流石にシャルロットにまで誤解させる訳にはいかん。師としての沽券にもかかわるからな」

 

 服の中に入っているだけなら抜き出せば終わりだが、モシャスが解けた後も内側に着込んでいたようで上半身は裸になることだけは避けられなかったのだ。

 

(けど、よく元の姿に戻っても着ていられたよなぁ)

 

 身体に食い込むことも千切れることも無かったとなると、大きさから言って多分商人のお姉さんのモノかなと思うけれど、同時に何で気づかなかったんだ、自分とも思う。

 

「よし、脱げた」

 

 散々着せ替え人形されたお陰か、女性下着の脱ぎ方が上手くなってしまったのは男として悲しいが、素早く脱ぎ捨てられたのは、この際ありがたい。

 

「では、さっさと服を着ねばな」

 

 目を覚ましたシャルロットの前に上半身裸の俺が居るなんてことになったら、弟子に手を出そうとした変態としてイシス史に残ってしまう。

 

「させん、それだけは……ピオリム」

 

 なけなしの精神力を代償に呪文で着替えの速度を加速させ。身体を回転させながら宙に舞わせた服をかぶり、抜き手で袖に腕を通し、まくれ上がってた服の端を下へ引き下ろしてポーズをとる。

 

「ふっ」

 

「何と……このような服の着方があろうとは」

 

 何で無駄に洗練された無駄だらけの動きになったのかは解らない。疲労から来る謎テンションのせいだろうか。

 

「では、俺は寝る。朝になったら起こし……て」

 

 感動しているディガスに伝えられたか確証の持てないまま、ベッドに倒れ込んだ俺の意識は途絶え。

 

「……ぞ、起き……れよ」

 

 ただ、地獄の騎士はちゃんと言いつけを守ってくれたらしい。

 

「うぅ……やはり、時間的にはあまり眠れ」

 

「あ……お師匠様ぁ、おはようございます」

 

 呻きつつ身体を起こせば、ぼやけた視界にこちらを振り返るシャルロット。

 

「ええと、これってボクに下さったんですよね?」

 

 頬を染めつつ手に持つ女性用下着へ凄まじい見覚えがあるのは、絶対気のせいだと思いたかった。

 

「ボクにはまだ大きすぎますけど、ううん、大丈夫です。そのうちこれがちゃんと着られるようになってみせまつ」

 

 あ、噛んだ。と恐ろしい程冷静に心の中で呟きつつも、俺の視線は遙か遠くに向けられていた。

 

「いや、違うよ。それは脱ぎ捨てた後回収忘れて寝ちゃっただけだからね」

 

 などと言えたらどれだけ良かったことか。

 

「ふふっ、お師匠様から貰っちゃった」

 

 何がどうして嬉しいのかちょっと理解不能ではあったが、幸せそうなシャルロットからその物体を奪還することなど俺には出来ず。

 

「シャルロット、着替えたら格闘場に向かうぞ」

 

 ただ、予定だけを告げた。クシナタさん達との相談は終わった、ならば今度はおろちと話を付けなければならない。

 

(と言うかさ、そろそろ俺のターンが来てもいいよね?)

 

 昨晩は酷い目にあったのだ、シャルロットのことで思うこともあるし。

 

「え? あ、そっか、おろちちゃん達に会うんですね」

 

 シャルロットもこちらの言わんとすることを理解してくれたらしい、きっと半分だけだが。

 

(とりあえず、ダーマに到達したらスミレさんは賢者に転職、旅の賢者として俺達に接触してダーマまで連れて行ってくれる流れ)

 

 商人のお姉さんは以前手がけていた交易網作成の補助をしつつ新販路開拓を目指した調査船に乗ってスーのある大陸へ渡る予定になっている。おろちと話をする必要もあるが、以前引き合わされた商人のオッサンにも商人のお姉さんと同行して貰いたいと思っているので、この件に関してはいくらかシャルロットに打ち明ける必要があるだろう。

 

「他の皆と同行するならサイモンを探しに行く必要もあるが、その為にも今後どういう構成で動くかも決めねばならんからな」

 

 ジパングを放置は出来ないので、非常に残念だけど、おろちには生きてあの国へ戻って貰う必要がある。流石に女王不在は拙すぎる。

 

「考えることもやることも山積みだな」

 

「……そうですね。けどボクは嬉しいでつ、お師匠様と一緒に居られるから」

 

「っ」

 

 思わず出てしまった愚痴に輝かんがばかりの笑顔で答えられて、俺は一瞬言葉を失った。

 

「お師匠様?」

 

「いや、何でもない」

 

 無自覚だから困るというか、何というか。

 

「宜しいですか、そろそろ朝食の時間で――」

 

「はぁい。お師匠様、ご飯ですよ、行きましょう」

 

「あ、あぁ」

 

 ドアのノックに続いた声へ即座に応じて俺の手を捕まえたシャルロットは、そのまま俺を部屋の外へと連れ出した。

 

 




さいしょ は えめらるどぐりーん の いめーじ でした
すーさん の つけてた ぶらじゃー

すっかりお楽しまれて疲労でばたんきゅうしてしまった主人公。

うっかりしまい忘れた下着は、シャルロットの手に。

どうする主人公、新しい下着を買って弁償するのか?

ぶっちゃけそれはそれで面倒なことになりそうですが。

次回、第二百十話「おろちとはそろそろOHANASIしようと思っていたんだ」

イシスからそろそろ出発したいのに、うぎぎ。



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第二百十話「おろちとはそろそろOHANASIしようと思っていたんだ」

 

「さて、と」

 

 広がる青空、差し込む陽光に当たると灰になってしまいそうな気がするのは、寝不足だからだろうか。

 

「格闘場でしたね、お師匠様?」

 

「ああ」

 

 朝食を終え、用件を告げてから外出することとなった俺は、先を行くシャルロットの確認を首肯すると、その背中を追いかけ歩き出す。

 

「……おろちちゃん元気にしてるかな」

 

「気になるか?」

 

 ポツリと漏らした同行者に問うてしまったのは、一つ気になることがあったから。

 

「え?」

 

「ふ……何、俺はお前とあのおろちについての関係を人づてにしか聞いていないからな」

 

 不思議そうに振り返ったシャルロットに弁解してみせ、視線を逸らしたのは、後ろめたさがさせたことかも知れない。ただ「お前がおろちにどれだけ変なことを吹き込まれたか知りたい」などと馬鹿正直に聞く訳にもいかなかったのだ。

 

(断罪するにも罪状を調べ上げないことにはなぁ)

 

 鬱憤を晴らす為に八つ当たりで酷い目に遭わせるのではなく、シャルロットという一人の少女に対して道を誤らせた罪を問い罰を与えるのだから、そこはきちんとするべきである。

 

「そう言えば、お師匠様にはまだ話していませんでしたね」

 

「ああ、スレッジから間接的に聞いただけだ。こんな男でも一応師匠だからな、弟子がどのような修行を経てどう成長したか、何を身につけたかは知っておく必要がある」

 

 なんてシャルロットには建前を話したが、もし修行と称してシャルロットにロクでもないことをやっていたなら、クシナタ隊直伝のOSIOKIの数々で後悔させてやるつもりだ。

 

(べ、別に自分がやられて酷い目にあったから、他人を同じ目に遭わせてやろうってわけじゃないんだからねっ?)

 

 声には出さず、ツンデレ風味に呟いてみるが、これは一体誰に向けたモノなのか。自分でもちょっと解らなくて。

 

(って、訳のわからない自己弁護してる場合じゃないし)

 

「ええと、風邪をひいてアリアハンに残ったボクは教会で出会ったロディさんという魔物使いの人にまず魔物使いの心得や、魔物との接し方などを学びました。その後――」

 

 俺は、シャルロットの話に耳を傾けることにした。

 

「さっちゃん達がスレッジさんの修行で強くなろうとしてたことは知ってましたから、その修行法のことを知ったら強くなる糸口があるんじゃないかと思って、ジパングに向かったんです」

 

 シャルロット曰く、一緒に修行していたさつじんきのジーンと話が出来れば修行法について詳しいことも解るだろうと思ったらしい。ところが、ジパングでジーンを探していたら何故か女王の所まで連行され、おろちと対面するハメとなったとか。

 

「ふむ、スレッジから聞いた話と概ねは同じだな」

 

 シャルロットが連行された理由も俺が面倒を見てくれと預けたジーンを追っ手から守ろうとしてのことだったようなので、残念だが失点には出来ない。

 

「はい。それで、その後お師匠様の話をして」

 

「俺の話?」

 

 ただ、続いてシャルロットの語り始めた話は初耳で、気づけばオウム返しに尋ねていた。

 

(魔物を仲間にすることが出来るようになった経緯は先に聞いちゃったし、あの時はサマンオサ王入れ替わりの手口を知ってそれどころじゃなかったからなぁ)

 

 おろちは俺の報復を恐れて力を貸したのだと思っていたから、深く追求しなかったのだ。

 

「……あの、お師匠様。これから話すことは誰にも言わないで貰えますか?」

 

「口外無用か、それは内容によるぞ?」

 

 何やら意を決した表情で切り出したシャルロットへ俺が頭を振ったのは、何も意地悪でとかこれからおろちとOHANASIを控えているからとかそんな理由ではない。

 

「っ」

 

「シャルロット、お前は人が良い。黙っていてくれと言うことにも理由があるのだろう。だが、俺には師としてお前を守る義務がある。女手一つでお前を育ててくれたお前の母から……シャルロット、お前を預かっている身としてはな」

 

 そして、約束もしたのだ。魔王を倒すまでシャルロットの身は自分が命に替えても守る、と。クシナタさん達との同行ではなくシャルロットと共に行くことを選んだのは、アドバイザーが必要だと思ったのもあるが、この約束があったからでもある。

 

「お師匠様……」

 

「そもそもな、シャルロット。お前が黙っていたなら俺はおろちに聞くぞ? どんな手段を使っても」

 

 相手は魔物だ。しかも、女王に化けてジパングの人々を欺いてきた魔物である。だからこそ、完全に信用していないが、例外もある。あの魔物の命にしがみつく姿勢だ。

 

(そもそも保身からバラモスを裏切るところまでした訳だからなぁ)

 

 今のところこちらに味方しているようだが、俺はやまたのおろちの寿命を知らない。このまま憑依が解けずずっとこの身体で過ごすことになったとしても、寿命や老化に依る身体能力の低下を鑑みれば、おろちを抑えておけるのは五十年程度。つまり、寿命が尽きて抑える者が居なくなるまで従っていれば、あとはやりたい放題出来ると言うことでもある。

 

(と言うか、まずおろちが保身以外でこっちに味方する理由がわからないし)

 

 ひょっとしたらシャルロットが他言無用と前置きした話にその答えがあるのかも知れない。

 

(シャルロットがわざわざ内緒にしてくれとまで言うぐらいだもんなぁ)

 

 考えようによっては、それこそこの後のOHANASIに有用そうな情報が含まれている可能性もあり。

 

「ありがとうございます、お師匠様」

 

「ん?」

 

 聞くか聞かないかの迷路をぐるぐる回っていた俺の思考を断ち切ったのは、シャルロットの発した感謝の言葉。

 

「けど、大丈夫でつ。ボクが黙っていて欲しいってお願いしたことにだって、話せばお師匠様ならきっと納得して下さると思うから……」

 

 俺の前言を聞いても尚、話すと決めたのだろう。

 

「ならば『やっぱり聞かない』とは言えんな。いいだろう、聞かせて貰おうか」

 

 俺はそう答えて、約数分で自分の決断を後悔した。

 

「待て……本を燃やした?」

 

「あ、はい。だけど重要なのはそこじゃなくて――」

 

 いいや、しゃるろっと。おれ には じゅうぶん じゅうよう な おはなし ですよ。

 

「あの駄蛇……」

 

 そも、ブックバンドの件だってあの爬虫類がせくしーぎゃるってたからわざわざ性格矯正の本を探してきてやって起こった悲劇だったというのに、燃やしたとか、燃やしたとか。

 

「くくく……ふふ、ふははははは」

 

「お、お師匠様?」

 

 とりあえず、改心したとやらは少しぐらいなら信用してやってもいい。だが、とりあえず、OHANASIだけでなくOSIOKIも必要であることはよくわかった。

 

(問題は、せくしーぎゃるにとってご褒美になってしまう可能性と、また身体を差し出してきて有耶無耶にされる可能性だな)

 

 一応これについては、対策がある。脱がれる前に縛ってしまえばいいのだ。そして今の俺には多種多様なOSIOKIレパートリーもある。

 

「ふっ、いつまでもしてやられると思うなよ」

 

 まさに、リベンジの時来たれり。ニヤリと口の端をつり上げると、俺は歩く速度を少しだけ早めた。

 




あーあ、あの時シャルロットにポツリと洩らしただけで誤魔化したから……。

しゅじんこう は おいかり の ようです。

次回、第二百十一話「主人公の逆襲?(閲覧注意にならないと良いなぁ)」

ちなみに、ドラゴラムした主人公に見とれたのが原因とかその辺は誤魔化されてシャルロットも聞かされていないので、当然主人公も知りません。

と言うか、謎のドラゴンに惚れたからのくんだりもおそらく聞いていなかったと思われます。

そして始まるおろちとの対面

はたして、おろちの運命は?



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第二百十一話「主人公の逆襲?(閲覧注意にならないと良いなぁ)」

「シャルロット、最初に聞いておく。先に話をするか、それとも後に話をするか?」

 

 格闘場に着きおろちと対面する前にしたことは、シャルロットに問うことだった。勿論これにも理由はある。どちらにするかと選択肢を与えているように見えるが、俺からすると一番ありがたくないのは二人一緒におろちと対面して会話するパターンをなくす為、選択権をシャルロットに委ねたふりをして、最悪のケースになるのを防いだ訳だ。

 

「ええと、じゃあ先にボクがおろちちゃんと話していいですか?」

 

「ああ、構わん」

 

 シャルロットの答えにあっさり頷きを返せるのも、選んだ選択肢が想定通りだからに他ならない。シャルロットからすれば俺に話したことでおろちに負い目を感じているはずだ。ならば、話してしまったことを謝るか説明するかするには、俺の前に話すという選択をせざるを得ない。

 

(シャルロットをペテンにかけるようで心は痛むけど、やっておかなきゃいけないことがもう一つあるからなぁ)

 

 俺が苦労して手に入れた性格を変える本をぱぁにしてくれたという私怨はさておき、クシナタ隊のお姉さん達とおろちの間にある微妙な関係を些少なりとも何とかしておきたいと思っていたのだ。

 

「そうか、ならば俺は格闘場の外に出ていよう」

 

「え?」

 

「俺が側にいては拙い話とてあるかもしれんだろう? 同性同士でしか出来ぬはなしとかな」

 

 振り返ったシャルロットにそちらを気遣って席を外すのですよ的なことを言うが、実のところ戦いも終わり町中で自由行動している隊のお姉さんと接触し、伝言をお願いする為というのが、目的である。

 

「す、すみません」

 

「気にするな」

 

 気を遣われたと思い頭を下げるシャルロットに頭を振り、踵を返す。

 

(上手く行くと良いけど……)

 

 自分を殺した相手を簡単に許せるはずはない。だが、苦手意識を持ったままだと今後に支障をきたす。

 

(このままにしておけないもんなぁ)

 

 やまたのおろちに似た形状の魔物は何体か居るし、竜に分類されるモンスターは更に多いのに、生き返らせて間もなかった頃は、ドラゴラムで俺が変身した竜にさえ怯えてしまう人も居たぐらいなのだから。

 

(あのせくしーぎゃるっぷりをみせられれば、苦手意識とかそう言うモノは消せると思うし)

 

 縛られて身動きとれないところに自分の殺した相手が現れたら、絶対怖いと思う。お姉さん達の恐怖の一万分の一でも味わって反省して貰おうと思ったのだ。

 

(それにいくらあんなんでも、人の姿とってる時は女の人だしなぁ)

 

 やりすぎたらいろんな意味で問題になりそうだし、逆に俺の中のジェントルマンがストップをかけてしまうことも考えられる。

 

「だったら女性陣に任せてしまうのもアリじゃね?」

 

 とか思ったっておかしくないと思う。別に昨晩味わったぢごくがあまりに過酷で俺が手を下すよりよっぽど効果があるとか思っちゃった訳ではないので、どうか俺の記憶力、昨晩の光景を思い出させるのは止めて下さい。

 

「っ、こんな所で予期せぬ精神ダメージが」

 

 おのれ、おろちめ。

 

「とにかく……誰か見つけよう」

 

 格闘場の外の通りはお城へ向かう直線に伸びた道でもある。通行人が居ればすぐ解る道でもあるのだ。

 

「向こうも旅立ちの準備があるし、何人かは外に出てるはず……」

 

 物資不足からの脱却こそなっていないが、このイシスの城下町にだって店はある。攻防戦で魔物から手に入れた戦利品を売りに行って旅の資金を確保していても不思議はない。何せモノが不足しているのだ、ぶっちゃけ普通に売るより高く売れる状況である。流石にまた商人が襲われることを恐れてか、お店には城の兵士が配備されてちょっと物々しかったけれど。

 

「……やはり、来たか。……そこの娘、少しいいか?」

 

 通りの向こうからこっちへやって来る人影を見つけた俺は、歩み寄って声をかけた。

 

「あれ? スー様? 勇者様と一緒じゃないの?」

 

「ああ、今そこの格闘場でおろちと話の真っ最中だ」

 

 おろちと言う単語にお姉さんの顔が一瞬強ばるが、敢えて気づかないふりをしつつ更に近寄ると、耳元で囁く。

 

「それでだ、勇者とおろちの話が終わった後、今度は俺がおろちと話すことになるのだが、お前達の力が借りたい」

 

「力?」

 

「あぁ、実はな――」

 

 準備もいるので、何をするのかの詳細まで説明し、伝言と道具の手配まで頼んでから別れる。

 

「これで、準備の半分は終了だな」

 

 シャルロットに関しては、路銀調達の為に話をしている間お使いをしてきてくれと頼んでも良いし、侵攻軍の魔女の死体からカナメさんがきえさりそうを拾ったそうなので、それを使ってシャルロットをやり過ごして貰っても良い。

 

(おそらく話すのはモンスターの檻の中か前、悲鳴とかを上げられてもきっと聞こえないとは思うけど)

 

 念のため猿ぐつわも手配しておいたので、問題はない。

 

「くくく。では、準備が調い次第始めようか……断罪と復讐と裁きを」

 

 口元をつり上げつつ、俺は格闘場の入り口へ目をやる。シャルロットはまだ出てくる様子がなかった。

 




・ほんじつのNGシーン
 念のため猿ぐつわも手配しておいたので、問題はない。
「くくく。では、準備が調い次第始めようか……断罪と復讐と裁きを」
「ままー、あのおじちゃん何やってるのー?」
「しっ、見ちゃ行けません」
 口元をつり上げつつ、俺は格闘場の入り口へ目をやる。シャルロット間浜出てくる様子がなかった。



短くてごめんなさい。

ついにクシナタ隊、おろちへ逆襲か?

次回、第二百十二話「季節外れの怪談(閲覧注意だと思う)」


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第二百十二話「季節外れの怪談(閲覧注意かもしれない)」

「今後のことを話すかもしれん。少々長くなることも考えられるからな」

 

 そう前置きしてシャルロットにお使いを頼んだ俺は、クシナタさん達と合流、格闘場のある地下への階段を降り始めた。

 

「スー様」

 

「ん?」

 

「皆様のこと、気になりまする」

 

 振り返った俺に後ろを横目で見つつクシナタさんが囁いたのは、無理もないことだと思う。

 

「このタイミングで対面させるかは俺も少し迷ったのだが、おろちがこちらに味方している以上、隊の皆とは何処かで顔を合わせる可能性が出てくる。そのときになって心の整理が着いていないよりはな」

 

 クシナタさんを除くジパング出身であるクシナタ隊のお姉さん達からすると、生き返ってから、一ヶ月も経っていない。

 

「生き返らせた直後に取り乱していたことを鑑みるに、死んでいた間の記憶はない。当然と言えば当然だな」

 

 つまり、生き返ってまだ日が経っていないと言うことは、お姉さん達の認識からすれば自分が殺されてからもあまり時間が経っていないと言うことでもある。

 

「本当ならもう少し時間をおきたかったが、バラモスが行動を起こしてしまった以上、そんな贅沢も言えん。これから隊を幾つかに別けて動く以上、全員が纏まっておろちの恐怖を乗り越えられる機会はこれが最後になる可能性とてある」

 

 一人や二人なら恐怖に押し負けてしまうかも知れないが、全員が揃っていたならば負けることはない、俺はそう思ったのだ。

 

「ついでに言うなら、今のおろちは俺が苦労して手に入れてきた貴重なアイテムを無駄にしたという落ち度がある」

 

 抵抗できないように縛った上でOSIOKIする大義名分もある。

 

「人の姿の上、縛った無抵抗の相手であれば隊の皆も怖じ気づくことはあるまい?」

 

 縛って自分が鬱憤を晴らし、じゃなかった正義の鉄槌を下した後はクシナタ隊の皆さんへ好きにして貰えばいい。色々な意味で子供ではとても見られないような酷いことになったとしても、それはおろちの自業自得だ。

 

「一応シャルロットの仲間ではあるからザオリクも効くだろうしな、せめてもの情けにお前達がOSIOKI中は席を外すつもりだが、シャルロットが戻ってきた時の見張りを兼ねて外に居るからな。蘇生呪文が必要ならその時は声をかけてくれ」

 

 一応あまり長い時間ではないが、睡眠もとれたので精神力はある程度回復している。参加メンバーの数だけ生き返らせるのは厳しいが、そのときはマホトラの呪文でお姉さん達から精神力を吸わせて貰えば、何とかはなる。

 

「と、まぁだいたいそんなところだ」

 

 一応、事細かに説明したのは、クシナタさんの不安を出来るだけ払拭しようとしたのと同時に俺が去った後のOSIOKI実行委員長を務めて貰おうと思ったからでもあった。

 

「お前を助け、他の皆を蘇生もさせたが、決着はお前達だけでつけるべきだろう」

 

 と、尤もなことを言いつつ、OSIOKIシーンを直に見たら昨晩の悪夢を思い出してしまいそうで嫌だから何てことは断じてないのだ。

 

「スー様」

 

「最初は俺がおろちと話す。先程も説明したが俺が話し終えればおろちは目隠しした状態で縛ったまま放置するから――」

 

 誰かがやって来たことだけ理解するおろちに聞かせてやると良い、自分が殺した者達の声を。

 

「俺と入れ違いでおろちの前に行くことになると思うが、お前達はそれまで会話の聞こえる場所で待機だ。では、後ろの面々に伝言を頼むぞ」

 

「はい、皆に伝えておきまする」

 

 最終的な打ち合わせをこういう形で終え。

 

「さて、久しぶりだな」

 

「ひっ、ひぃぃ」

 

 入るなり声をかけたら、いきなりおろちに怯えられた。

 

(解せぬ)

 

 全くもって解らない。そもそも、俺が来ることはシャルロットが伝えていそうなものなのだ。

 

「ふむ、おかしいな。ポーカーフェイスは健在の筈だが」

 

 怒りの形相とかリアル般若の面みたいな顔をしてれば、おろちの反応も頷けるのだが、今顔に浮かべているのは微笑の筈。

 

「あ、あぁっ」

 

 何故怯えられるかが、後退りされるかが解らなかった。

 

「とりあえず、ヒミコの格好をしているところだけは評価しておこう」

 

 精神に直接語りかけてくる方法で会話をされたら、クシナタ隊のみんなには声が聞こえなかったであろうから。

 

「まぁ、ひょっとしたら人の――女の姿なら酷いことはされないとでも思ったか?」

 

 以前の俺であれば、そうだったかも知れない、ただし今日は違う。

 

「あ、あぅ……ゆ、許してたも、がっ?!」

 

「遅い」

 

 服をはだけようとした瞬間、床を蹴って距離を詰めるとロープで作った輪を放り投げておろちの身体に引っかけ、そこを起点にしてロープを縦横無尽に走らせた。

 

「まさか、これをまた使うことになるとはな、よりによってこのロープで」

 

 縛り方は遊び人を経験した身体が覚えていた。ロープは昨日俺をスミレさんが縛った中古である。

 

「うぎっ、あ、う……あっ、んんっ」

 

「まぁ、お前にとってはこれもご褒美でしかないかもしれん……だがな、これでもう色仕掛けも使えまい」

 

 拘束から逃れようともがくおろちが何だか艶っぽい声を上げだしたのは、きっと気のせいだと思う。

 

「さて、話が聞ける状態になったので聞こう。本は燃やしたと言うことで間違いないな?」

 

「あ……そ、それは……あれは事故だったのじゃ。そ、そも」

 

「そも、何だ?」

 

 一体何を言い出すのかという気持ちもあった。だから、先を促し。

 

「……めて、生け贄の娘達を弔おうと洞窟に戻り石の橋を渡った時じゃった、何者かの咆吼が聞こえたのは」

 

「っ」

 

 まだ弁解は本を失うに至った結果に辿り着く前であったというのに、よく考えもせず聞いたことを後悔した。

 

(理解は、したのか……)

 

 もし、あるはずのないお姉さん達の骨を探している最中に溶岩へ本を落としてしまったと言うのであれば、俺はおろちを責められない。いや、この時点で憤りがしぼんで行くのを感じる。

 

「生け贄にされた娘達を弔おうとしたことに嘘はないか?」

 

「は? あ、あぁ……勿論じゃ。わらわが愚かじゃった。であるにもかかわらず娘達と同族のお前様は、わらわを殺すことなく生かしてくれた……じゃからわら」

 

「もういい」

 

 どういう経緯か不明ではあるものの、おろちが改心したと言うところまでは真実だったと言うことだろう。

 

「ならば、ここからは俺の出る幕ではなかろう」

 

「ど、どういうことかえ? んっ、何じゃ、何をする気じゃ?」

 

 いきなり怒りの矛先を収めた俺におろちは狼狽しつつ聞いてくるが、敢えてスルーし、用意しておいた目隠しを被せる。

 

「この世界には不思議なアイテムが幾つか存在してな、一時的に死者や死者の思念を呼び出すなどというシロモノもある。俺が知っている限りでは、これを除けば『あいのおもいで』と言う物がある。こちらは別れ別れになった恋人の片方を呼び出す品らしいが」

 

「ちょ、ちょっと待ってたもぅ、死者を呼び出すじゃと? それは」

 

「詫びも弁解も償いも、全ては当人達にしろ、そう言うことだ」

 

 どうせならここで生け贄のお姉さん達を呼び出すアイテムの名として、ゲームでは没アイテムと言うことになっている死のオルゴールを上げようかとも思ったが、実際の効果を知らないので自重し、俺は縛られたおろちを放置して歩き出す。

 

「と、当人? ま、待ってたも、一人にしないでく――」

 

 背にかかるのはおろちの哀願。

 

「うぅぅ……」

 

「あ、あぁぁ……」

 

 前から聞こえるのは、割とノリノリで俺のアドリブに乗っかってくれたお姉さん達の呻き声。簡単に許す気もないらしいが、それもそうか。

 

「痛い……痛い、痛」

 

「熱い、熱ぃ」

 

「ひ、ひぃぃぃ。ゆ、許してたもぅ、わ、わらわが悪かっ」

 

 立ち去った俺は、その後何があったかを殆ど知らない。ただ、エピちゃんに後輩が出来たかもしれないという湾曲表現をしてみることぐらいはきっと許されるんじゃないかなとも思うのだった。

 




結局OSIOKI出来なかった主人公。

かわりにクシナタさん達はきっちりOSIOKIしておいたようです。

次回、第二百十三話「新たなる旅立ち」

シャルロット、イシスを立つ。



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第二百十三話「新たなる旅立ちへ」

 

「……女性を怒らせては、いけないな」

 

 後は自分達だけで大丈夫だと言われてしまえば、反論は難しい。こう、ちらっとでもおろちがナニをされたかを知ってしまえば。

 

(いや、 みなかった、おれ は なに も みなかった。おろち と くしなたたい の おねえさんたち は はなしあい で へいわてき に わかい したんだ)

 

 おろちの縋るような目なんて見なかった。スミレさんがめちゃくちゃイキイキしていたのも、持てる技術の全てを出し尽くしました、みたいな感じにされちゃってたおろちの姿だって見ていない。きっと、和解するシーンを見られたくないお姉さんの一人がマヌーサの呪文で幻を見せたのだ。

 

「立ち去った俺は、その後何があったかを殆ど知らない」

 

 誰に向けてか、ナレーションの様なことを呟いて頭を振ってみる。

 

「とりあえずこれでおろちの件は終了でいいな」

 

 流石にジパングを長く空ける訳にも行かない。人の姿へ姿を変えていたのだって、俺が来なければジパングに戻る為だった可能性もある。

 

「さて……シャルロットはもう戻ってきても良い頃か」

 

 自分自身はあまり長く話したつもりもないが、万が一蘇生呪文が必要になることを考え、クシナタ隊のお姉さん達がおろちとOHANASIをする間、殆どここで待機していたのだ。簡単な買い物なら終わらせて戻ってくるぐらいの時間は総合的に経過している。

 

「お師匠様ぁ」

 

 故に、噂をすれば影という奴だろうか。呼びかけられて声の方に顔を向ければ、鎧姿でこっちに手を振るシャルロットの姿がそこにはあった。

 

「どうだ、資金は調達出来たか?」

 

「はい、お店繁盛してるみたいで、ちょっと待たされちゃいましたけど」

 

「まぁ、無理もない。魔物の皮や鱗を持ち込んだ者が多かったのだろう?」

 

 昨日の攻防戦で倒された魔物は相当の数に上るはずだ。全部が使い物になるといかなくても水色の東洋風ドラゴンな魔物だけでどれだけの素材がはぎ取れることか。

 

「そうですね。倉庫に収まり切らなくなっていたみたいです」

 

 何という供給過多。

 

「それで、キメラの翼を売ったら凄く感謝されました」

 

「だろうな」

 

 ある程度予測はついていたのでシャルロットには、資金調達に余っているキメラの翼があったら売っておくようにと言っておいたのだ。

 

「この調子で素材が持ち込まれれば値崩れする。防ぐには他所で売るなりして在庫を捌く必要がある。だと言うのにキメラの翼は品薄。このままでは何処かで行き詰まる」

 

 暴動にでもなろうものなら、クシナタさん達やシャルロット、イシスの兵士及び戦士達がこの国を守った意味がない。ただでさえ商人が襲撃された件でイメージが悪化していると言うのに、ここで暴動が起きれば、商人からみたイシスの評判は地に落ちるどころか地面にめり込む。トドメ以外のなにものでもない。

 

「シャルロットにはルーラがあるからな。緊急用に持ち歩いておくのは当然だが、今すぐ使う訳でないなら、別の町で補充すればいい」

 

 問題が一つあるとしたら、これから向かう先への移動手段がルーラではなく徒歩、目的地も町ではないと言うことだ。

 

「ともあれ、本格的に動き出すにはまずサイモンと合流せねばな。その前に一度城に戻る必要がある訳だが」

 

 このイシスを救った英雄の一人であるシャルロットには、女王から褒美が贈られることになっている。当然、この恩賞を授与式っぽいイベントをすっぽかす訳にもいかない。

 

「しかし、俺は大したことをしていないと言うのに……」

 

「け、けどお師匠様はスレッジさんの知り合いですし、アッサラームで呪いを解いたことの方が主な表彰理由じゃないですか」

 

 シャルロットはフォーローしてくれるが、直接活躍した訳でもないことになっている人間が恩賞を賜るとか、周りの視線がとっても痛いことにならないかという不安がある。

 

(一応、報酬については欲しいモノがあったから、そう言う意味では都合が良いのだけど)

 

 俺が望もうと思っているのは、ピラミッドに安置されているまほうのかぎと言うアイテムだ。ゲームでは存在する三種類の鍵がかかった扉の内二種類を開けてしまえる品であり、アイテム集めなどでは色々とお世話になったものだ。

 

(アバカムの使える俺には実質不要だけど、魔法使いの呪文は使えない盗賊ってことになってるからなぁ)

 

 シャルロットの前でほいほいアバカムする訳にはいかない以上、これはどうしても手に入れておく必要があった。

 

(ピラミッド行って直接持ってきたら墓荒らしだし)

 

 事前に許可を得るのは、シャルロットを墓荒らしの一味にしない為である。

 

(ピラミッドかぁ……黄金の爪を失敬して笑い袋狩りしたのはいつのことだっけ。確かあそこもあやしいかげも出るんだよなぁ)

 

 俺が鍵を探しに行くと、またアークマージが出てきかねないので探索自体はクシナタ隊の一パーティーに頼むとは思う。

 

「すまん、気を遣わせたか。式は昼からだったな?」

 

「はい」

 

 その後、城に戻った俺達を恩賞授与の場でちょっとしたハプニングが襲うのだが、この時の俺はそんなことなど知るよしもなかった。

 

 

 




ぎゃぁぁぁ、出発出来なかったぁぁぁっ。

次回、番外編16「恩賞授与式にて(クシナタ隊商人視点)」

と言う訳で、どんなハプニングかは次回となります。

え、もう予想はついてます?


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番外編16「恩賞授与式にて(クシナタ隊商人視点)」

 

「あなた方のお陰でイシスは救われました。喜ばしいことであり、感謝の念に耐えませんわ」

 

 式典が始まり女王様のお言葉の最中だというのに、私の心は半分程別の場所に行っていましたっ。

 

(あれで、よかったんでしょうかっ)

 

 かって私達を喰い殺した恐るべき魔物、やまたのおろち。バラモス城での予期せぬ遭遇では、恐怖がぶり返し動くことさえままならなくなったという訳ではありませんけどっ、かといって竦んでしまった仲間を救出するような余裕はなく、スー様の警告に従うのが精一杯でしたっ。

 

(そのおろちがっ……あれは、何と言うかっ)

 

 三度目の遭遇は、人の姿、故郷の女王であらせられたヒミコ様の姿で目隠しといかがわしい縛り方をされていましたっ。もちろん、スー様との会話で私達にしたことを後悔していたこと、詫びる気持ちがあったことはみんな理解したと思いますっ。とは言え、それで許せるかというと別問題でもありましたっ。

 

(確かに、私も手は出しましたけどっ)

 

 ジパングの民として女王様と同じ姿の相手を叩いたりするのには、抵抗があったのですっ。そう、途中までは。

 

(復讐は虚しいモノと誰かが言っていた気がしますけれどっ、ある意味でその通りでしたっ)

 

 私達を亡者と勘違いして泣き叫び許しを請うおろち。その様子には、ジパング全体を恐怖に陥れた恐るべき魔物としての畏怖など欠片も感じませんでしたっ。

 

(気絶したのを絶命したのと勘違いして蘇生を頼みにスー様を呼びにもいきましたけどっ、あれはみんなやりすぎたと思っていたからですよねっ)

 

 蘇生呪文を唱える為に戻ってきたスー様は、おろちの酷い有様を見て、明らかに引いていましたっ。

 

(ああ、スー様の私達に抱く印象がっ)

 

 ただでさえこれから別行動でスー様と顔を合わせる機会が少なくなると言うのにっ。

 

「はぁ……」

 

 頭を抱えたくなると言うのはこういう事態を言うんでしょうかっ。

 

 この式典が終われば、私はアリアハンまでキメラの翼で飛んで、勇者様のお知り合いの商人――確かサハリさんとおっしゃるその方へとスー様から伝言を預かってきたという形で接触。その後、ポルトガまで飛び、スー様の手がけている交易網作成計画に加わる新メンバーとして新販路開拓の為の調査船にサハリさんと乗り、ポルトガから西の大陸に新しく町を作ろうとしている老人を捜しだし、町作りに協力することになりますっ。

 

(スー様のお話通りなら、町が発展すれば宝珠を持った商人の情報が入ってくるはずとのことですしっ)

 

 交易網自体が問題の商人の情報をキャッチする網でもあるのだそうですっ。

 

「問題の商人から勇者一行の商人はかなりの高額でオーブを買い取り、それを口実に革命を起こされ投獄される流れだったと思うから、オーブを持ってる商人は強欲かオーブ自体を大事にしていた可能性が高い。前者なら交易網によってもたらされる利益を餌にすれば食いついてくると思う。後者だった場合は原作通りの方法で手に入れるしか無いんだけどね」

 

 と、素の口調で語りスー様は苦笑しておられましたけどっ、交渉となれば私の腕の見せ所ですっ。

 

(良いところを見せて、おろちとの対面で出来た私達クシナタ隊の悪いイメージを払拭しないとっ)

 

 それに、スー様には生き返らせて頂いた恩がありますっ、それを少しでも返したい。

 

(って、だったら尚のこと考え事なんてしてないで今は女王様の話に集中していないといけませんっ)

 

 影武者の女王様の時にあの人がしてしまったような不敬をする訳にはいかないのですからっ。

 

「では、まず始めに――」

 

 気を取り直して、女王様の話に耳を傾ければ、最初に名を呼ばれたのは、隊長でしたっ。ただ、この時ふと何かを忘れていたような気がして。

 

「アリアハンとサマンオサ以外にも勇者がいたとは恥ずかしながら知りませんでしたわ。あなたの放った雷が無ければ我が国の兵士にはもっと多くの犠牲が出ていたことでしょう」

 

「あ」

 

 気がつくと声が漏れていましたっ、大声でなかったのはある意味で救いですけどっ。視線が思わずスー様の方へと向くのをおさえるのは無理でしたっ。

 

「隊長が勇者になって勇者様と同じ呪文を使えるようになったのをスー様に伝え忘れていた」

 

 とかそんなことじゃありませんっ。ただ、もの凄く私的なことですっ。

 

(私のお気に入りの下着、スー様に着て貰ったまま……)

 

 何でこんな大切なことを忘れていたんですか、私っ。

 

(ああ、側に勇者様はいるしっ、今は式の最中だしっ)

 

 距離からしても、こっそり下着を返して下さいなんて伝えられる状況じゃないのですっ。とは言え、式が終われば私はアリアハンに向かう身、次に何か伝えられるのはいつになることか。

 

(ううっ、何か方法は……あ、そうですっ! カナメさんから頂いたすごろく券の裏に伝言を書いて、ゴールドに巻き付けて投げればっ)

 

 咄嗟に思いついたにしては、名案だと思いましたっ。ただ、問題は上手くスー様の所に投げられるかと言うことですっ。

 

(券は一枚……と言うか、こんな文章何枚も書けませんっ)

 

 だいたい外すことを前提にするとか、失敗する予感しかしないと自分にツッコミながら、こっそり伝言を書き終え、ゴールド金貨に券を巻きますっ。

 

(届いて、私の言葉っ)

 

 ぎゅっとゴールドのすごろく券巻きを握りしめながら願い、誰かに見とがめられないよう、投げるのは下手投げ。

 

(あ)

 

 自分でも驚く程綺麗にすごろく券はスー様目掛けて低く飛び。

 

「この場にはアッサラームで蔓延していた呪いを解いた、解呪の英雄もお呼びしていますわ。どうぞこちらに」

 

「ああ」

 

「え」

 

 スー様の足に当たると思った瞬間でしたっ、スー様が女王様に呼ばれて前に進み出たのは。

 

(えええええええええええええええええっ)

 

 当然ながら私のメッセージはスー様がいた場所、絨毯の上でバウンドするところころ転がって、壁際に立っていた見も知らぬ兵士さんの足下にっ。

 

「ん、何だ、これは?」

 

 止めて下さいっ、気づかないで良いですっ、拾わないでぇっ。

 

「すごろく券、かこれは? 一体何故こんなモノが」

 

 式の最中なんですよっ、何で広げ始めてるんですかっ、駄目ぇっ。

 

「へ、下着? まてニーナ!」

 

(え?)

 

 顔色を変えた兵士さんは顔を上げるが早いか、叫びましたっ。ただ、私の名前はニーナではないのですっ。

 

(ひょっとして人違いしたんでしょうかっ)

 

 余白のスペースの都合上自分と相手の名前まで書けず「下着を返して」とだけ書いたのが原因かもしれませんっ。

 

「あ、あれには深い訳があってだな! 待……あ」

 

 ただ一つ、言えることがあるとすれば式の真っ最中にあの兵士さんは喚きだし、自分が拙いことをしたと言うことにようやく気づいたということですっ。

 

「し、失礼しました。こ、これには理由がありまして……」

 

「あの者を外に」

 

 こうして、その兵士さんは引っ立てられていきましたっ、ごめんなさいっ。

 

(どうしようっ、何とかしないとあの兵士さんが)

 

 流石に罪悪感に駆られて、式が終わった後あの兵士さんの弁護をすべく私は兵の詰め所に赴くことを決め、ただ式が終わるのをじっと待ち続けるのでしたっ。

 

 




そして、兵の詰め所で件の兵士が女王様の侍女を含む数名の女性に手を出していた女の敵であることを知り、商人のお姉さんは何もなかったことにしてアリアハンへと向かうことになるのでした。

と言う訳で、下着の持ち主は商人のお姉さんでした~。

次回、第二百十四話「勇者を捜しに」

と言う訳で、今度こそようやく旅立てる。



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第二百十四話「勇者を捜しに」

「さて、行くとするかシャルロット」

 

「はい、お師匠様」

 

 女王から褒美として目当ての品を譲って貰う約束を取り付け、イシスの城を後にした俺は、城下町には寄らず北西に向けて歩き出した。

 

(しっかし、あれは本当に焦ったなぁ)

 

 式のさなか、いきなり兵士の一人が叫び声を上げるという珍事に思わず動揺してしまったのは、商人のお姉さんの下着をシャルロットに渡してしまったからだと思う。幸いにも女王の前に進み出る時の出来事だったので、シャルロットは気づいていないようだが、危ないところだった。

 

(ともあれ、イシスの件はほぼ片づいたと見て良いよな)

 

 幾つかに別けられたクシナタ隊のうち、ダーマ神殿を探す面々へ元親衛隊のエビルマージ達はローブを脱いでついていった。目的は、魔物でも転職可能かを試す為だ。

 

(まぁ、エピちゃん達は耳を隠せば人間で通せそうだし、問題はない)

 

 逆に言うとその他の面々は色々問題があると言うことになるのだが、残る親衛隊の面々にはおろちと一緒にジパングに行って貰うことになっている。

 

「ピキー?」

 

「あ、メタリン」

 

「ふ、こいつがお前の側を離れたくないと言うのでな」

 

 例外的に同行を希望した灰色生き物を一匹だけ荷物に詰め込んで連れてきたが、経験値の固まりであるこいつを置いてきぼりにして、勝手についてこられるよりは目の届く場所に置いた方がマシだろうという苦渋の決断である、ので。

 

「パンツ被るな」

 

「ピキー?」

 

 ぴきー、じゃねぇ。と言うか、荷物に入れたのは俺だが、何がどうして人の下着を被ってるんですか、この灰色生き物は。

 

「……シャルロット?」

 

「え、あ、違っ、ボ、ボクが教えた訳じゃ、と言うかボクのパンツだっ……あ」

 

 思わず視線を向けてみれば、シャルロットは取り乱しつつも弁解する途中で何かに気づいたかのように固まって。

 

「や、あ、ち、違うんです! 被って欲しいのはメタリンじゃなくてお師匠様で」

 

「は?」

 

 真っ赤になってブンブン手を振るシャルロットの言葉に今度は俺が凍り付く。

 

(あるぇ? ガーターベルト は ぼっしゅう した はず ですよ?)

 

 ならば、一体何があったというのか。

 

「くっ、メダパニか」

 

 消去法で考えられるのはただ一つ。ただ、イシスの周辺に対象を混乱させる呪文を使う魔物は棲息していないはずだった。

 

「ぬかった、魔物の侵攻があったことで魔物の生息域にも変化があったとは」

 

 この状況で俺まで混乱したら、詰む。俺は周囲を見回し、必死に魔物の姿を探す。混乱してるとは言え、シャルロットの前で反射呪文を唱えるのはリスクが高すぎたからだ。

 

(考えられるのは、ミイラが無差別に相手を襲うようになって、ピラミッドから逃れてきた魔物か、侵攻軍の残党か)

 

 推測の域を出なかったが、じっくり考えている暇はない。

 

「オ゛オオオオォ」

 

「そこかっ」

 

 俺は砂を盛り上げて姿を現したそれ目掛け、腕に絡ませたままになっていた鎖を解き、先端の分銅を叩き付けた。

 

「オ゛ゴッ」

 

「っ、ミイラ男?!」

 

 だが、一撃の命中した相手は全く関係ない雑魚の魔物で。

 

 

 

「……まったく、一体何だったのだろうな」

 

「え、ええと……」

 

 包帯でぐるぐる巻きになった動く死体を元の死体へ戻して暫し。周囲の気配を探っても魔物のモノと思わしきものが耐えたことから、シャルロットへと向き直ると、混乱は解けていた。もっとも、不意打ちされて混乱した未熟を恥ずかしく思ったのか、顔を赤くして俯いていたのだけれど、俺とてそこを指摘する程鬼ではない。

 

「ピキー、シショ、早イ」

 

 シャルロットと違って早さに特化した肉体なので、灰色生き物はあっさり捕まえて下着は回収したが、昨晩も下着で大ポカをやらかした。ガーターベルトも下着とするなら、ひょっとして俺は下着に呪われているのだろうか。

 

「これでも素早さこそウリの盗賊だからな」

 

 灰色生き物から受ける尊敬の眼差しに応じつつもパンツを肩掛け鞄の中へ戻し、空を仰ぐ。

 

(ま、そうは言ってもおろちはジパングに帰ったし、シャルロットのガーターベルトは俺が持ってるし、クシナタ隊の中にいたひょっとしたらせくしーぎゃるかもしれないお姉さんも別行動。もう、せくしーぎゃるに悩まされること何てないんだ)

 

 さっきはシャルロットをいきなり混乱させられるなどという醜態をさらしたが、二度同じ失敗をするつもりもない。

 

「シャルロット、聖水を」

 

「はっ、はいっこれでつ」

 

 まだ顔を赤くして目を合わせてくれないシャルロットからとりあえず、目的の品を受け取ると、俺は瓶の蓋を開け、中身を振りまいた。

 

「これでこの辺りの敵が不意打ちしてくることはもうあるまい」

 

 と言うか自分より弱い敵を近づけない聖水を肉体の強さで人間の限界に近い位置にいる俺が使ったのだ、敵対したままだったならレタイト達ですら、近づけないだろう。

 

「このまま北東に進めばやがて北の海岸に至る。サイモン達がこちらに向かっているなら、何処かで合流するはずだ」

 

 シャルロットに同行してバラモスを倒すなら、元々のパーティーとの合流は必須だ。それに、世界を旅するには、勇者サイモンがポルトガから俺達が目指している北の海岸へと至る為に乗り込んだ船も居る。

 

「サラがアバカムを覚える程成長していてくれれば、魔法の鍵も必要ないのだがな」

 

「さっちゃん、ですか。アランさんやミリーも大丈夫かな……」

 

 ようやく少しだけいつもの調子が戻ってきた様に見える、シャルロット。

 

「問題ないだろう、あちらにも勇者はいるのだからな」

 

 だが、俺に出来ることと言えば気休め言うことぐらい。見渡す限り一面砂の世界にはまだ動くモノを捕らえられなかったのだ。

 

 




と言う訳で、主人公パーティーは現状、当人とシャルロット、それにメタリンの二人と一匹パーティーになっております。

親衛隊のスノードラゴン一頭借りて乗り物にする案も出たのですが、サイモン達に魔物の群れと勘違いされ呪文攻撃される可能性を考慮し、断念したとかいう裏話があるとかないとか。

次回、第二百十五話「もう、せくしーぎゃるとはむえんのはずなんだ」


……まぁ、お約束ですな。


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第二百十五話「もう、せくしーぎゃるとはむえんのはずなんだ」

 

「お師匠様、そろそろですか?」

 

「ああ、もっとも人は建物ほど大きくない。あまりアテにはならんがな」

 

 歩いても歩いても砂漠。人影さえ見つけられない光景に業を煮やし、タカのめを使っ

て周辺を探ったのが、1時間程前のこと。その時幾つかのモノを見かけて、進行方向を微調整した結果がつい今し方の会話ということになる。

 

(うーん、確かに動く影が複数、纏まってたような気がしたんだけどなぁ)

 

 ミイラ男だった可能性も否定は出来ないのだが、向かう方向がイシス方面だったのでもしやと思ったのだ。

 

「バラモスが差し向けたイシス侵攻軍の地上部隊は、東だ。度重なるミイラの襲撃でちりぢりになりはぐれた魔物達だとするなら位置がおかしい」

 

 ちなみに、ミイラの襲撃で消耗した二つめの軍勢は、集団としての形を維持出来なくなった上、エピちゃんのお姉さん率いる軍からの伝令を受けて戦場にたどり着くこともなく撤退したらしい。

 

(そこからはぐれた魔物だとしても位置が北過ぎるし、周辺の魔物で編成してたから百歩譲ってそうだとしても、でっかい虫とか蟹とかの筈、流石に人間と見間違うのはあり得ないもんなぁ)

 

 ピラミッドから逃げてきた魔物という可能性もあるが、魔物だったなら、聖水の効果で近寄って来られない筈である、よっぽどの理由でもなければ。

 

(まぁ、魔物は近寄れないし、俺が魔物と間違えてたなら海岸まで行って、そこからポルトガに飛ぶだけなんだけど)

 

 シャルロットの前で海に棲息する魔物へモシャスして海を渡る訳にはいかないが、あれだけの日数が経過しているのだ、バラモスの刺客に全滅させられたとか嵐で遭難したとかいうオチでもつかない限り、海岸まではたどり着いていると思う。

 

「サイモンさん達だと良いですね」

 

「ああ」

 

 シャルロットに話しては拙い部分だけ端折って根拠を説明し、短いやりとりを交わすと再びタカのめで見た影の方への行軍に戻る。

 

「ちなみにな、あれが『まほうのかぎ』が安置されているイシスの王墓、ピラミッドだ」

 

「あ、ホントだ。砂の山の中に一つだけ」

 

「天辺から見る朝焼けや夕焼けは格別と聞いたこともある」

 

 個人的には一度見てみたい気もするが、あやしいかげの出没する場所に俺が踏み込んだらどうなるかは学習済みである。

 

「へぇ、いいなぁ」

 

「ただ、俺には少々厄介な魔物が棲息して居るとも聞く、故に今回は立ち寄ら――」

 

 ただ、観光ガイドよろしくシャルロットにうんちくを説明するにとどめ、ピラミッド自体は迂回する形で更に北東へ進むつもりだった。

 

「ん?」

 

 踏み出した足がぐにっと何か柔らかい感触を伝えてこなければ。

 

「お師匠様、どうしまちた?」

 

「いや、足下に変な感触がな。少し、待て」

 

 聖水は撒いたままだ、ミイラ男とは考えづらい。と言うか、ミイラにこの弾力はあり得ない。

 

「ひょっとして、行き倒れが砂に埋もれたか」

 

 よく見れば、俺の足を下ろした場所は砂が盛り上がっている。既に屍の可能性もあるが、このまま無視して行くのも躊躇われた。

 

「行き倒れですか?」

 

 俺の呟きへシャルロットが即座に飛びついてくる。

 

「ああ、見たところ一人の様だからサイモン達では無いと思うが」

 

 答えつつ砂を手で払って行くと、出てきたのは丸みを帯びた女性の豊満な肢体。紫のローブの上からでも抜群のプロポーションは誤魔化しようのない。残念ながら、顔は同色の覆面に覆われていて確認出来ないが。

 

(これって、だれ が どうみて も あーくまーじ じゃ ないですかー。 やだー)

 

 一瞬見なかったことにしたいというか、埋め戻したくなった。

 

(と いう か、どうして こう も あるけば じょせい に あたるんですかね、おれ)

 

 呪われているのか、何か悪いことをしたのか。

 

「っ、お師匠様!」

 

「あ、ああ」

 

「お、女の人ですし、こっちはボクが掘り起こしてみます! お師匠様は足の方を」

 

「わ、わかった」

 

 全力で現実逃避したかったが、目の前のシャルロットがそうさせてくれない。女の人と言うか、思いっきり魔物なのだが、ツッコめる空気でもなく。

 

(とにかく、実は行き倒れを装いこちらを襲うつもりと言うのも考慮しないとな)

 

 こうなってしまえば俺のすることはただ一つ、シャルロットを守ること。

 

「ザオラルっ」

 

「な」

 

 そう、守るだけの筈だったのだ。シャルロットがいきなり呪文を唱えなければ。

 

「シャルロット、その呪文は……」

 

「この人、息をしてないんです、まだ身体は温かいのに。少しだけど脈も感じるのに」

 

「っ」

 

 成る程、蘇生呪文を使おうとするのには充分な理由ではあった。だが、俺が知りうる限り、蘇生呪文は相手の名前が解らなくては絶対に成功しない。つまり、俺がシャルロットの唱えた呪文より高度な蘇生呪文を使っても、結果は同じと言うことで。

 

(だぁぁぁっ、よりによって)

 

 悪意しか感じない展開だったが、時間がない。

 

「シャルロット、覆面をとって場所を変われ」

 

「えっ」

 

 驚いた顔のシャルロットへ続けて言う。

 

「お前は知らんだろう、一か八か人工呼吸を試してみる」

 

 相手は魔物、助ける理由はない筈なのだが、我ながら度し難いとも思う。

 

「じんこう、こきゅう?」

 

「とにかく、退け。間に合うかも成功するかも解らんが、助けたいのだろう?」

 

「は、はいっ」

 

 聞き覚えの無い言葉だったか、一瞬呆けたシャルロットを叱りつければ、我に返ったシャルロットの手によってはぎ取られた覆面の下は、ある意味で予想通り。

 

(うわぁ、これは何という……)

 

 ぶっちゃけやり辛いと言うか、気後れしてしまいそうに調った美しい顔が、覆面の穴から入り込んだ砂に汚れていた。

 

(って、まごついてる暇はない。ええと、まず口の中に異物があれば排除する、だったかな)

 

 無言のまま口をこじ開けて口の中を覗き込む。

 

「お、お師匠様?」

 

「異物は、なさそうだな。覆面が幸いしたか」

 

 シャルロットが声をかけて来るも、今はいっぱいいっぱいなのでかわいそうだがスルーさせて貰う。

 

「次は気道の確保、と」

 

 顎を持ち上げながら頭を後ろにそらす。うろ覚えなのだが確かこれでよかったと思う。

 

「後は」

 

 鼻を摘み、開いた口に自分の口を被せて、息を吹き込む。

 

「え」

 

「ぷはっ……くっ、何秒間隔だったか……はぁはぁ、思い……だせん」

 

 もっとしっかり覚えておくべきだったと後悔するが、どうしようもない。

 

(ええい、ここまで来たなら――)

 

 最善を尽くすまで。

 

「はぁ、まだか。なら、あと二秒でもうい」

 

「う、げほっ、げほっ」

 

 息を吹き込んだのが何度目だったかは覚えていない。ただ、周りのことを気にもせず息を吹き込んだ努力は実を結んだ。

 

「ふぅ、上手くいっ……シャルロット?」

 

 シャルロットをまるで鉄の塊か何かの様に固まらせてしまう代わりに。

 

「ピキー? シャ?」

 

 灰色生き物が呼びかけて見るも、へんじがない。ただのぼうぜんじしつのようだ。

 

(ちょ、ようやくせくしーぎゃると無縁になったと思ったのにぃぃぃぃぃっ)

 

 思わず頭を抱えたが、手にしたさざなみのつえは何の助けにもなってくれなかった。

 

 




なんかんだ言っても助けてしまう主人公。

ちゃっかりアイテムは盗んでますけどね。

ちなみに、このアークマージさんが聖水の影響下にあって主人公と出会ったのは、意識を失って離れることも出来ずにいたからです。

怪しい影のシルエット状態でないのも意識を失った為。

また、中の人もこのお話では例によってエビルマージ同様のエルフ耳さんになります。肌の色は魔法使いとエビルマージの中間ですね。

そんな訳で、お人好しにも行き倒れたっぽい高位の魔物を助けてしまった二人と一匹。

助けられた女アークマージは――。

次回、第二百十六話「ふたりめ」

すまんサラさん、出番が遠のいた。


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第二百十六話「ふたりめ」

実は、ネタバレ防止にサブタイ端折っておりました。

最初に想定してたサブタイトルは「二人目のアークマージ」。

一人目はずんばらりんされましたけどね。



「さて」

 

 現状をお復習いしてみようと思う。まず俺達は勇者サイモン一行と合流する為、この砂漠でポルトガに最寄りの海岸を目指し北東に進んだ。

 

(ピラミッドの近くへ来てしまったのは想定外だが、それでも許容範囲だよなぁ)

 

 ゲームではこちらの先頭キャラのレベルに準じた敵と言う正体を持つあやしいかげという魔物が出没するピラミッドだが、その厄介さを知っているからこそ迂回して進んでいた筈だった。

 

(だと言うのに、何故かそのあやしいかげだったっぽいアークマージが何故か行き倒れて砂に埋まっていたという謎)

 

 埋まっていたアークマージは女で、呼吸が止まっていた為、人工呼吸をして助けた。

 

(シャルロットからすると、アークマージに出会ったのはこれが始めてだもんなぁ)

 

 エビルマージやまほうつかいとは遭遇しているので、せめて魔物であるとは気づいて欲しいところだが、出てきたのは砂の中から、しかも呼吸が止まっていた。これでシャルロットへ警戒しろと言うのも難しい。俺が気づいて掘り出さなければまず間違いなく命を落としていたのだから。

 

「ふぅ……本当に生き返りました。見知らぬお方、水まで頂いてしまってどうお礼を申し上げたら良いやら」

 

「いや、助けようと主張したのは俺よりむしろ向こうの娘だからな」

 

「あらあら、ではお嬢さんの方にもお礼を言いませんとね」

 

 しかも穏やかと言うかおっとりした感じで、感謝こそすれ敵意の欠片すら向けてこないのだ。

 

(と言うか、毒気を抜かれてしまった感じだよな)

 

 何だかペースをあちらに持って行かれたようで、いささか拙い気もしてはいる。

 

「いや、それには及ばないと勝手に言ってしまうのも問題だろうが、その娘の方があの状況なのでな」

 

「お師匠様が……お師匠様が……」

 

 譫言のように繰り返し未だ正気に返らないシャルロットを示して気まずげに口元を引きつらせた俺は、まだその女アークマージとの距離も掴めずに居たのだ。敵か味方かと問われれば、魔物である時点で敵であるのは間違いない。

 

(とは言えレタイト達の例もあるわけで)

 

 敵に回すと厄介な魔物だが、蘇生呪文を使えるという一点だけでも仲間に出来ればメリットは大きい。

 

(うーむ、どう切り出すべきか)

 

 質問するなら、何故こんな所に倒れていたかと言った辺りだろうが。何も知らないふりをすれば、はぐらかされる可能性がある。

 

(だからって、こっちがゾーマやアレフガルドとか色々知ってることを端っこでも匂わせれば、嘘はつかれづらくなるだろうけど、警戒される。最悪いきなり襲いかかってくる可能性だってある訳で)

 

 一長一短だからこそ、迷う。そして、悩んだが、沈黙し続ける訳にも行かず。

 

「ぶしつけな質問ですまんが、何故こんな所に倒れていた?」

 

 口をついて出たのは、もっとも基本的な疑問だった。

 

「あらまぁ、やっぱりそれが気になりますわよね。わかりました、お話ししますわ」

 

 すんなりと女アークマージが頷いて語り始めたのは、こちらが恩人にあたるからか。

 

「まず、私の名はアン。見ての通りのおばちゃんですけれど、こう見えて一応、大魔王ゾーマ様にお仕えするアークマージの末席に身を置いてますの」

 

「な」

 

 ただ、いきなり包み隠さず自分の素性を明かし始めたのは、流石に想定外だった。

 

「まぁまぁ、そんなに驚かれることはないのよ。私が魔物と言うことは察してらしたでしょう? この耳は明らかに人間のものではないもの」

 

「あ、あぁ……だが、攻撃されるとは思わなかったのか?」

 

 こちらはどう切り出そうかで悩んでいたというのに、思い切りが良いというのか、警戒心はどうしたというのか。

 

「あらあら、そんな気遣いをして下さるの? そんな勿体ない」

 

 少し驚いた様子で口元を隠した自称おばちゃんは、口を隠すのに使わなかったもう一方の手を振ると、微笑を浮かべて俺に告げた。

 

「もし、貴方に斬られるなら、その時はその時、運命だと思って逝きますわ」

 

「は?」

 

「私には大好きな方がいましたのよ」

 

 ぶっ飛んだ発言に、思わず耳を疑う中、おばちゃんは続ける。自分には夫が居たと。

 

「ふふ、毎日がとても楽しくて。あの人と一緒ならば、危険な任務も全然辛くなかったの。だけど、駄目ね。だからこそ、あの日で私の幸せな時間は止まってしまった――」

 

「えーと」

 

 俺は一体何故こんな話を聞いて居るんだろう。要約すると、このおばちゃんは未亡人で、夫を失った悲しみから生きた屍の様になってしまい、見かねた息子や娘に勧められる形で、あやしいかげとしてピラミッドに派遣されたらしい。

 

「あの子達からすると、おばちゃんはあの人の元に行く為に死に場所を求めていたように見えたのね」

 

「いや、見えたというか現に死にかけて居ただろうに」

 

 多分ここだけはツッコんで置かないといけないように思えて、思わず口を挟んだ。

 

「あら、ふふふ、これはおばちゃん一本とられちゃったわ」

 

「そう言う問だ……すまん、話の腰を折ったな。続けてくれ」

 

 ツッコんだ筈が穏やかに笑われて、気力が萎えつつも俺は話の先を促す。

 

「そう? それでね、暫くは穏やかな日々が続いたの。時々盗掘者がやってくることもあったけど、おばちゃんの出番なんてなくて、ただただ、無為に時間を過ごす日々。だけどね……」

 

 そんな穏やかな日々は、突如終わりを迎えたとおばちゃんは言う。

 

「ピラミッドのミイラやマミーがおばちゃん達を急に襲いだしたの」

 

「っ、ミイラが?」

 

「ええ」

 

 その変化、もの凄く身に覚えがあります。おそらくは、イシスのお城の地下で会った幽霊さんが出した追加命令によるものだろう。

 

「それでおばちゃんはね、ピラミッドから脱出することにした仲間を守りながら外に出て、襲ってくるミイラと戦ったのよ」

 

「成る程な、しかし見たところミイラに倒される程弱いようには見えないが?」

 

「まぁ、ありがとう。最初はそうだったのだけどね、精神力が底を尽きちゃうとおばちゃんの力じゃミイラの数が脅威だったのよ」

 

 元々ミイラ達の拠点であるピラミッドの側で戦っていたおばちゃんはやがて続々湧いてくるミイラおとこを倒しきれなくなったらしい。

 

「そこで、主人の元に行くのも良いかと思ったんだけどね」

 

 倒しきれなかったミイラおとこ達が脇を抜けて仲間達を追いかけようとした為、おばちゃんは囮になる為別方向に逃げたらしい。

 

「それで、逃げてる途中で、迷っちゃったの。しかも、そこを砂嵐に襲われて」

 

「砂に埋まってしまった後に俺達がやって来た訳か」

 

 とりあえず、このおばちゃんの性格はせくしーぎゃるがあれだったことを踏まえると「いのちしらず」辺りだろうか。

 

(しかし、未亡人とは言え相手が居た過去があってくれて良かった)

 

 これなら、人工呼吸を妙な方向へ勘違いされて言い寄られるなんて流れは無いだろう。

 

「話はわかったが、この後はどうする気だ?」

 

 語った素性から普通に考えれば、逃げた仲間に合流するか、報告の為ゾーマなりバラモスなりの元に行くという所だと思う。

 

(ここで見送っちゃえば、敵戦力の中へ微妙に倒しづらい戦力がいることが判明してしまうだけに終わる結果だけどなぁ)

 

 助けた相手だけに気にはなってしまうが、引き留めるのも何か違うように思えて、口に出来たのは問いかけのみ。

 

「そうねぇ、あなた達についていきましょうか」

 

「は?」

 

 ただ、この流れでまさかそう返されるとはちょっと予想外だった。

 




と言う訳で、今回のアークマージは「未亡人+むちむち+美女+熟女+いのちしらず」ポジションのおっとり系おばちゃんでした。

さて、と言う訳で女アークマージのおばちゃんが加わりそうな主人公一行。

ついて行くと言いだしたおばちゃんの真意とは。

次回、第二百十七話「もう一つの説明」



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第二百十七話「もう一つの説明」

 

「ふふふ、命の恩人だというのにまだ何もお返しらしいお返しをさせて頂いてないでしょ?」

 

「い、いや……まぁ、確かにそうだが」

 

 義理堅いのか、律儀なのか。命の恩人であることを鑑みると、驚くような申し出ではないように思えるかも知れないが、このおばちゃんは魔物で、俺は人間。両者は敵味方に分かれた存在でもあるのだ。

 

「良いのか、そもそもお前には大魔王と言う主が居るのだろう?」

 

 そう、ついでに言うなら野良モンスターでもなく、大魔王に仕えていると自分から言っていた。

 

「しかも子供もいると言っていたな。お前が人間についてきて子供の立場が危うくなることは?」

 

 いらぬお節介のような気もするが、俺達について来るというならゾーマ配下の魔物達から見れば、裏切り者扱いされても仕方ない。

 

(ましてや、シャルロットの最終目標はその大魔王ゾーマを倒すことだからなぁ)

 

 このまま同行すると、最悪お子様達と刃を交える展開も考えられる。

 

「あらあら、こんなおばちゃんにお気遣いありがとうございます。けれど、大丈夫。あの子達もとうに独り立ちしているし、おばちゃんもあの状況なら戦死扱いされてるんじゃないかしら?」

 

「いや、『ないかしら』で済む問題か?」

 

 まぁ、確かに俺とシャルロットが通りかからなかったらそうなっていた可能性が高いが、アークマージは蘇生呪文が使えるのだ。俺達と違っておばちゃんの名前も知られていた筈だし、死体さえ見つかれば生き返らせて貰えるのでは、とも思う。

 

(と言うか、ゲームじゃ無限に出てきたからあれだけど、蘇生呪文使える者ってかなり貴重なんじゃ――)

 

 だいたい、こんな僻地に居るとは言え、本来ならゾーマの城に居てもおかしくない魔物なのだ。

 

「戦死したと見られたとして、ミイラの襲撃が落ち着けば捜索隊が遺体を回収しに来るんじゃないのか?」

 

「うーん、可能性としては0じゃないと思うけれど、限りなく低い確率だとおばちゃんは思うわ。ほら、ここ砂漠でしょ? 死体は砂に埋もれちゃうから」

 

「ふむ」

 

 言われてみれば、確かにこんな砂ばかりの場所での捜索活動は無謀か。おばちゃんも会った時は砂嵐にあって砂の中に埋まっていた訳だし、ミイラから逃げ出したという魔物達が体勢を整え戻ってきたとしても、その頃には踏んで解らない程砂が上に積もっていることも考えられる。

 

「それにね、貴方にはちゃんとお話ししておかないとと思ったの」

 

「は、話す?」

 

「ええ」

 

 急に話を方向をぐいっと変わり、思わず問い返すとおばちゃんは頷いてから続けた。

 

「だって、あの時はおばちゃんが子持ちで主人が居た何て知らなかったでしょ? いきなりキスなんて、人間の求愛は凄く大胆なんだなぁって思いましたけど……」

 

「待て」

 

 ええと、なにか ものすごい かんちがい なさって ませんか この おばちゃん。

 

「貴方は命の恩人でしょう。『私には主人がおりますから』とすげなく断るのではなくて、全てを明かし、しっかり納得し」

 

「だから、待て」

 

「……あら?」

 

「『あら』じゃなくて、いやそれはどうでも良いか。とにかく誤解だ」

 

 反応からして人工呼吸を誤解してるのはシャルロットだけだと思ったのに、全然気にしていないように見えてきっちり誤解してるとか、どういうことですか。

 

「誤解? ひょっとして」

 

「ん?」

 

「人妻でもおばちゃんでも構わないと仰るの?」

 

「ちょ」

 

 しかも誤解だと言えば逆方向に勘違いを進めてしまう仕様。

 

「そ、そんな……お師匠様は、お師匠様は……年上の人が好きだったなんて……」

 

「シャルロット?!」

 

 ちょっとまってください しゃるろっと さん、なんで こんな さいあく の たいみんぐ で ふっかつした あげく きかなくて も いいような ところだけ ひろって すな の うえ に くずれ おちるんですか。

 

(というか ししょう が としうえずき って そんなに わるいこと なんですか)

 

 断っておくが別に俺は年上好きではない。胸の大きさで攻略対象を選んで年上及び熟女好きのレッテルを貼られた知り合いとは違う。

 

「っ、何故こんなことになるっ」

 

 一体俺が何をしたというのですか。ただ、人と言うか魔物を助けただけじゃないですか。

 

「最大のライバルは……お母さんやおろちちゃんだったんだ……」

 

 などと しゃるろっと は いみふめい の きょうじゅつ を しており。

 

(って、現実逃避してる場合じゃない。だいたい、俺達は動く複数の影を見つけて、それの確認に来たんじゃないか)

 

 こんな所で時間を浪費しては見つけられるモノも見つけられなくなる、相手は動いていたのだから。

 

「二人とも、説明は道すがらする。こんな何もない砂だらけの場所に留まっている理由もない。とりあえず歩」

 

 気力を振り絞り、おばちゃんとシャルロットに声をかけ、俺は促そうとした。まさにその時だった。

 

「ご、ご主人様ぁぁぁぁぁぁっ」

 

 聞き覚えのある声が、聞こえたのは。

 

(今のは、バニーさんか?)

 

 妙に必死そうに聞こえたのは、気のせいで無いと思う。

 

「まさか、ミイラか魔物に」

 

 この辺りの魔物などバニーさん達には敵でない気もするが、おばちゃんの様な規格外が砂に埋まっている今、想定外の状況は容易に起こりうる。

 

「恩を感じているというなら、そっちの娘を頼む……っ、間に合えよ」

 

 俺は振り返ってまだ復活する様子のないおばちゃんへシャルロットのことを頼むと返事も待たずにバニーさんの声がした方へ駆け出していた。

 

 




ああ、結局説明出来なかった。

ちなみに主人公の知り合いさんはレッテル回避の為にロリ巨乳に手を出して(恋愛ゲーム的な方向で)主人公が最後会った時にはロリコン扱いされていたそうでつ、めでたしめでたし。

ともあれ、バニーさん久しぶりの出番です。(声の出演のみ)

次回、第二百十八話「そしてようやく合流ってことで良いんですよね?」

シャルロット、サイモン、いよいよ二人の勇者が揃うのか?


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第二百十八話「そしてようやく合流ってことで良いんですよね?」

「あれか」

 

 声が届く距離なのだ、ましてこちらは素早さに特化した盗賊である。こっちに向かって走ってくるバニーさんの姿を確認出来る様になるまで時間はかからなかった。

 

「あ」

 

 バニーさんの方でも俺が走ってくる姿を見つけたのだろう。目尻に涙を溜めた瞳はおそらく俺の姿を映し出していたのだと思う。

 

「ご、ご主人様ぁぁぁぁ」

 

「何があっ」

 

 涙目、俺を呼んだこと、こちらへ駆けてくるという状況、全てからただごとではないと察し、問いかけようとした時だった。

 

「おーっほっほっほっほっほ」

 

 バニーさんの走ってきた方角から高笑いが響いてきたのは。

 

「何処に逃げるおつもりですの、エロウサギ?」

 

「ひうっ」

 

 高笑いとおそらく同じ声の主が向けた言葉で、一気にこちらへ駆け寄ろうとしていたバニーさんが身を竦ませ。

 

「は?」

 

 バニーさんに遅れること暫し、こちらにやってくる別の人影に俺は思わず自分の目を疑った。

 

「う、ううっ」

 

「サラさん、その、胸が……当たっているのですがな?」

 

「あら、当ててますのよ?」

 

 バニーさんを後ずさらせる新たな登場人物は、脇に抱えた見覚えのある僧侶なオッサンにこれでもかという程胸を押しつけながら引き摺りつつ、もう一方の手を呪われていた頃のバニーさんよろしくワキワキさせていた。

 

(えーと)

 

 そんでもって、魔物に裂かれたのか大胆なスリットが入ってしまったスカートからあの忌まわしき品を着用した足を惜しげもなく覗かせてもいた。

 

「うふふふふふ、やってみると存外楽しいのですわね、これは。最初にやったのはエロウサギなのですもの、その分今度は私がたぁっぷり良い声で鳴かせてあげようと言いますのに……何故逃げますの?」

 

 うん、何て言うか、どう見てもせくしーぎゃるになった魔法使いのお姉さんです、ありがとうございました。

 

(うわぁぁぁぁぁぁん、ぼくおうちかえるぅぅぅぅぅぅぅっ)

 

 何、これ。俺が何したって言うんですか。

 

(何であのお姉さんまでせくしーぎゃるってるの? と言うか僧侶のオッサンまで捕獲されてるし)

 

 そもそも勇者サイモンはどこに行った。

 

「あ、あぁ……ご、ご主人様ぁ、た、助けて下さいっ」

 

「おぶっ、ぐおっ?!」

 

 ツッコミどころが多すぎてフリーズした俺とは違い、あらたなせくしーぎゃるの接近でバニーさんは我に返ったらしい。ダッシュで俺との距離を0にまで縮めると、抱きついてきて、その勢いで俺は砂の上に押し倒された。

 

「あ、ご、ごめんなさいご主人様。そ、その……」

 

「ぷはっ、いや……謝るのはいいから何がどうなっているかを説め――」

 

 謝罪は大切だ、とは言え、自体への理解が追いつかない俺としては、状況の把握こそが最優先だった。だからこそ、バニーさんへ説明を求めようとしたのだが。

 

「お師匠様ぁぁぁぁ」

 

「ちょ」

 

 何と言うことでせうか、おばちゃんにお任せしたはずのシャルロットが茫然自失の態からいつの間にか復活したらしく、こっちに駆けてくるではないですか。

 

(うん、バニーさんと重なり合ったまままだ起きあがってない俺達の方にね)

 

 いやぁ、もう、何って言うのかなぁ。誰か呪いかけてるだろ、この状況。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……お師……ミリー?」

 

「え? あ?」

 

 結果として出来上がるのは、シャルロットとバニーさんが見つめ合う光景。

 

「どうしたの、そんなに急い……あら、まぁまぁ」

 

 まぁまぁじゃないです、おばちゃん。何でシャルロットをちゃんと見ていてくれなかったんですか。

 

「若いって凄いわねぇ、こんな昼間から大胆な」

 

「……何で、そう言う誤解しかしないのだ、毎回毎回」

 

 と言うか、シャルロットからの誤解が助長されるような発言は止めて下さい。

 

「とりあえず、退いて貰えるか?」

 

 酷いカオスの中、何とか声を絞り出せたのは、我ながら快挙だと思う。

 

「あ、は、はいっ。すみません、すみません」

 

 シャルロットにいくらか遅れ、俺の指摘で自分と俺との位置関係へ気づいたバニーさんが身体を起こし。

 

「あ、あのシャ、んひうっ」

 

 弁解をしようとしたところで、変な声を漏らした。

 

「うふふふふふ、捕まえましたわよエロウサギ」

 

 当然のごとく、せくしーぎゃるっちゃった魔法使いのお姉さんの仕業である。

 

「や、止めて下さい。ご、ご主人様」

 

「くっ、シャルロット、アラン、ラリホーを」

 

 味方に呪文はどうかと思うが、女性を俺が組み伏せようとすれば別の意味で状況が悪化しかねない。無論それでもバニーさんを引きはがすぐらいはするつもりで、俺は指示と同時にバニーさんの腕を捕まえ、引き寄せた。

 

「「あ」」

 

 声をハモらせる形になったのは、魔法使いのお姉さんとバニーさん。一方は片手で胸を鷲掴みにしただけだった獲物に逃げられたことで、一方は腕を急に引かれて体勢を心持ち崩す形になったからだが、ともあれバニーさんの身柄は取り戻した。

 

「っ、やりますわね。ですけれどツメが甘いですわよ。マホカンタ」

 

「んぶ」

 

「な」

 

 ただし、後半は色々想定外だったが。バニーさんを奪還されたと見るや、俺の指示に応じて呪文を唱えようとした僧侶のオッサンに自分の胸を押しつけることで口を塞ぎつつ、反射呪文を唱えることでシャルロットの呪文にも対応する構えをとって見せたのだ。

 

「お師匠様とミリーが重なって……重なって……」

 

 まぁ、シャルロットの方から呪文が来ることは無かったのだけれど。

 

「拙いな……」

 

 ラリホーの呪文で眠らせることが出来なくなったのが痛くて、俺は顔をしかめる。

 

(ただでさえあちこちからの多重な誤解を解かなきゃいけないのに……)

 

 そも、このままでは僧侶のオッサンも人には言えない理由で窒息してしまう。

 

(せめてディガスが居れば「やけつくいき」で何とかして貰えるんだけど)

 

 連れ歩く方が問題が多いからジパングへ行って貰ったというのに、身勝手ではあると思いつつもこの時は胸中で呟かざるを得なかった。

 




くっ、遂に現れやがった。せくしー力が8万を超えてやがる。
あいつは、間違いなくせくしーぎゃるだ。(何故の計測器が握りつぶされひしゃげる音)

主人公からすればまさに晴天の霹靂か。

ラリホーという鎮圧への対処力を持つ最悪のせくしーぎゃるとして主人公の前に再び姿を現したサラ。

衝撃的光景にショックを受けて再び立ちつくすシャルロット。

サラにとらわれた僧侶アランの運命は?

つーか、本当にどこへ行った勇者サイモン。

次回、第二百十九話「まさかの結末」

主人公、受難の時は続く。


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第二百十九話「まさかの結末」

「おーっほっほっほっほっほっほっほ、これで呪文は通じませんわよ」

 

「くっ」

 

 高笑いし勝ち誇る魔法使いのお姉さんの前で、俺は顔を歪めた。一応俺の身体には遊び人時代に培ったらしいロープワークというか縄縛術という対処手段も残されては居るが、これを使った場合出来上がるのは十中八九、卑猥な縛られ方をした魔法使いのお姉さんと言うことになる。

 

(まず間違いなく僧侶のオッサンを巻き込むし、巻き込まなかったとしても社会的に俺が死ぬよね)

 

 だいたい、何で俺はあのお姉さんと戦っているというのか。

 

「いや、愚問か……」

 

 ご主人様と俺を慕ってくれるバニーさんを見捨てることなど出来るはずも無かったのだ。

 

(それに、呪いさえなければ遊び人だってことを忘れそうになるくらい良い子だもんな……ん? 遊び人?)

 

 引っかかりを覚えたのは、一つのキーワード。

 

「そうか」

 

 単語はひらめきに変わり、ひらめきは目の前の状況への解決策をあっさりと導き出す。

 

「これを使え」

 

「え、あ、ご主人様?」

 

 俺は即座に腕へ通していた束ねたロープをバニーさんへと突き出し、理解にまだ至っていないバニーさんへ向け続けて言った。

 

「遊び人なのだろう、なら人の縛り方は一通り仕込まれてる筈だ」

 

 そう、ジパング出身の元々はごく普通なお姉さんだったスミレさんですら職業訓練所を出た時には、いろんな意味で完全な遊び人となっていたのだ。なら、バニーさんも縛ることは出来るはず。

 

「そ、それは……一通り、習いました……けど」

 

「今、俺に助けられたとして……俺が居ない時、サラがまたこうなったらどうする?」

 

「す、すみません……」

 

 見捨てられないと言った側から突き放しているようにも見えるかも知れないが、バニーさんには魔法使いのお姉さんの暴走を止められる力がある。ならばこそ、バニーさんには、自身の力で問題を解決して貰うべきなのだ。

 

「お前がもうすぐ賢者になるなら、それは辛く厳しい苦難の道のりとなるだろう。また、賢者になると言うことは、同時に仲間達から頼りにされる存在に至ると言うことでもある」

 

 故に、時として己が率先して動き、道を切り開く強い意志が求められることもある。

 

「このまま遊び人として生きて行くつもりならば、いい。ここは俺がやろう。だが、生まれ変わり、新たな道を進むつもりが有るな」

 

「ご、ごめんなさい。すみません」

 

 俺の言葉はバニーさんの謝罪によって遮られ、同時に手にかかっていたロープの重みが消失する。

 

「わ、私……や、やります」

 

 口調のせいか引っ込み思案という印象は完全にぬぐえない。だが、ロープの束を持ちこちらへ向けた背中には、強い決意を感じさせて、気づけば俺の口元は綻んでいた。

 

「そうか。ついでに言っておこう。サラがおかしくなっている理由は、俺の推測が確かなら、今あいつが履いている『ガーターベルト』が原因だ。あれを脱がせれば、元に戻る」

 

「え」

 

「だが、それを俺が脱がせるのは問題だろう」

 

 驚きの声を発したバニーさんに冗談めかしつつ、肩をすくめる。

 

「ともあれ、お前ならやれる」

 

 力量的にはまだスミレさんの方が上だろうが、別に遊び人対決をする訳でもない。ターゲットは魔法使いのお姉さんだ。

 

「は、はい」

 

「いい返事だ」

 

 この短いやりとりの数分後、せくしーぎゃるっていた魔法使いのお姉さんは縛り上げられた上、バニーさんにガーターベルトを剥ぎ取られた。

 

 

 

 

「……これで、問題は幾つか片づいたか」

 

 バニーさんが精神的に成長出来たことを踏まえれば問題が片づいただけでなく、バラモス討伐にまた一歩近づいた気もするのだが。

 

「あ、あの、ご主人様……」

 

「そうか」

 

 呼ばれて振り返り、バニーさんの顔を見た俺は、その表情からだいたいのことを察して、嘆息した。

 

「人工呼吸の誤解を含めて幾つか誤解は解けたのだがな」

 

 流石に縛り上げられてガーターベルトを剥がされるシーンに居合わせるつもりなどなく、シャルロットとおばちゃんの元に戻った俺はこれ以上誤解が深まる前にと人工呼吸がどういうモノで、どんな効果があるのかを説明し、下心も何もないと全力で釈明した。

 

「そして戻ってきてみれば……まぁ、可能性は大いにあった。むしろ、こうならない方が驚いたかもしれん」

 

 せくしーぎゃるから元に戻った魔法使いのお姉さんは、シャルロットがそうであったように精神的に打ちのめされ、今はシャルロットと僧侶のオッサンが必死に宥めていると言った有様だ。

 

「すまん、私がついていながらこのようなことに……」

 

「いや、謝罪には及ばん。聞けば魔物の襲撃を受け、常に矢面に立っていたと聞いている、だいたい……既婚者があの状態の女の側に居て間違いがあったら拙いと言う判断も間違っているとは思えんしな」

 

 しきりに恐縮して頭を下げてくる勇者サイモンへ俺は頭を振る。バニーさんからも聞いた話だが、勇者サイモン一行はここにやって来る途中でおばちゃんが巻き込まれた砂嵐を発見。逃れようと進路を変えた所でミイラ男達が襲撃してきて、サイモン自身は殿を引き受ける形でバニーさん達を先に行かせたらしい。

 

「まして砂嵐に関しては、どうしようもなかろう。そも、その状況では俺とてどうしようもなかっただろうからな」

 

 砂嵐の迂回に成功し、ミイラ達男達をやっつけ急いで後を追いかけた勇者サイモンが見たものは、逃げた先で自分を待っている筈の仲間が別の仲間に縛られてガーターベルトを剥がされている真っ最中だったと言う訳だ。

 

「最悪、サラには誰か一人随伴者を付けて故郷に帰す」

 

 最初の目的である勇者サイモン一行との合流は果たした。

 

(魔法使いのお姉さん達だけでなく全員ルーラで移動するのも一つの手ではあるけど、せっかくピラミッドの側まで来てるんだもんなぁ)

 

 少し前までならあやしいかげの居る可能性があるピラミッドへ足を運ぶつもりなど皆無だったが、今はおばちゃんが一緒なのだ。

 

(おばちゃんが取りなしてくれれば、あやしいかげとの戦闘を避けてまほうのかぎを回収してくることだって出来るかも知れないし)

 

 そも、おばちゃんの話を聞く限り今のピラミッドにはそもそもの墓の番人であるミイラ達しか存在していない可能性が高い。

 

「せっかくピラミッドの側まで来ているからな。実は、先日――」

 

 ここからは俺がイシス攻防戦を始めとした色々をサイモン達へ説明する時間である。

 

「成る程、確かに、これから旅をするのに鍵は必須であろうな」

 

「ああ、後は……」

 

 行く先がちょっと変更になったとしても些細なこと。サイモンへ頷きを返し、振り返る先は、魔法使いのお姉さんが居る場所。出来れば立ち直ってくれることを祈りつつ、俺はため息をついた。

 

 




バニーさん覚醒回でした。

とりあえず、勇者サイモンとも合流。

次の目的地はピラミッドか?

次回、第二百二十話「サラ」

黒歴史を越え、立ち上がれサラ!


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第二百二十話「サラ」

「まんまるボタンはお日様ボタン~」

 

「お、お師匠様?」

 

 キャラ崩壊なんて生やさしいモノじゃないかもしれない、だが俺は敢えて歌っていた。

 

「イシスに伝わる歌でな、それがピラミッドにある仕掛けを作動させる為のヒントらしい」

 

「あ、あぁ……そう言うことですか、ボクてっきり……」

 

「いや、一応少しだけ現実逃避したい気持ちもありはしたのだがな」

 

 シャルロットとの会話中だが、結論だけ先に言うなら俺達のピラミッド探索は確定した。アークマージのおばちゃんにピラミッドへ取りに行きたい物があることを明かし、お仲間と戦闘にならないよう取りなしてくれと頼んでみたらあっさりOKを貰えたのだ。

 

「あ、あぁ……さっちゃん、大変でしたからね」

 

 逆に言うなら、魔法使いのお姉さんがガーターベルトの黒歴史を克服するのに時間がかかりすぎていると言う訳でもあるんだけれど、シャルロットはその辺りを察してくれたらしい。

 

「ま、それも説明の時間が貰えたと思えば……」

 

 おばちゃんが魔物であることとか、助けた経緯などの説明も魔法使いのお姉さん以外には終わっている。

 

「あとは、あいつがあの忌まわしい過去を克服出来るかどうかだ」

 

 シャルロットのように耐え切れたなら連れて行く、そうでなければアリアハンにお帰り願う。ただそれだけのこと。

 

「ちいさなボタンで扉が開く~」

 

 待つ間の時間つぶしを兼ねて再び歌い出しつつ、無意識に足を押さえる。

 

「ピキー?」

 

「あ、メタリン」

 

 静まれ、俺の右足。この灰色生き物は敵じゃない。

 

(ああ、時々スライムを蹴ってたせいでこの形状を見ると無性にシュートしてみたく……)

 

 習慣というのは怖いモノだとつくづく思う。決して、シャルロットと一緒に寝たりしていたのが妬ましいとか、シャルロットのパンツを被って駆け回ったと聞いて、ちゃんと躾をしておくべきと思ったなんてこととは全く持って関係ないと思う。

 

「始めは東ッ、次は西ッ」

 

 モヤモヤを振り切るように歌い続け。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、何だか覚えていたモノと微妙に歌詞が違っていた様な気がしてな」

 

 問いかけてきたシャルロットへ反射的に、答える。

 

(んー、何だろうこの違和感)

 

 考えてみても、答えは出なくて。

 

「あ、そう言えばお師匠様の歌、ボクがお城で聞いたのと少し違う気も」

 

「本当か?」

 

「はい。確か、ボクが聞いたのは」

 

 謎が氷解したのは、うろ覚えと前置きしてシャルロットが歌ってくれた後のこと。

 

「成る程、そうか。ファミコン版とスーファミ版――」

 

 ゲームではリメイク作品と元のモノで仕掛けの作動方法が違っていたのだ。ちなみに、俺の覚えていたのが旧作の方だったのだと思われる。

 

「ふぁみこん? すーふぁみ?」

 

「いや、何でもない」

 

 そも、盗賊が職業として存在している時点で気づいておくべきだったのかも知れない。

 

(まぁ、うろ覚えだったから……じゃ、言い訳にならないかな)

 

 ともあれ、うろ覚えの知識通りに操作していたとしたなら仕掛けは作動しなかっただろう。

 

「すまんな、別の童歌と混同していたらしい。助かった」 

 

 本当に、シャルロットが居てくれなければどうなったことか。

 

「ピキー? シショ、コンドー?」

 

 だから、落ち着こうと思う。別に足下の灰色生き物は俺をおちょくっている訳ではないのだ。

 

「勇者様」

 

 ちょうどそんな具合に俺が己と戦っていた時だった、背後から声がしたのは。

 

「え? あ、アランさん。さっちゃんの様子はどうですか?」

 

「実は、そのことについてお話しがあるのですがな……」

 

 振り返ったシャルロットに神妙な面持ちで、僧侶のオッサンは頷き、切り出した。

 

「僧侶を辞めようと思うのです」

 

「「え」」

 

 俺とシャルロットの声が重なったのは、無理もないことだったと思う。

 

「な、何で……それに、いきなり過ぎると思うんだけど」

 

「あ、あぁ……説明して貰いたいな」

 

 だいたい、魔法使いのお姉さんが立ち直るのとオッサンが僧侶を止めるのに何の関係があるというのか。

 

「ん、僧侶?」

 

「おや、気づかれましたか……」

 

 ただ、一つの単語が妙に引っかかり、つい口に出してみれば表情こそ変えずオッサンは視線を逸らす。

 

「以前職業を変えることの出来るダーマの神殿のことをお話し頂きましたな?」

 

「ああ、言いはしたが……見たところ、全ての呪文を修めた訳ではないだろう?」

 

 転職後も覚えた呪文は行使出来る。そう言う意味で言うなら、オッサンがここで転職した場合、効率が悪い。まだ覚えていない僧侶の呪文を覚えたくなった場合、再び僧侶に転職して一から修行を積まなくてはならないのだから。

 

「と、言うことは――止める理由は」

 

 俺が思い至ったのは一つだけ。

 

「ええ、お察しの通りですな」

 

 そして、こちらの表情で考えを察したのか、オッサンは頷く。

 

「え? え? ど、どういうこと?」

 

 ただ、シャルロットだけが取り残されていたが、説明は後でいいとも思う。

 

「後悔はしないのだな」

 

「愚問ですな」

 

 視線を交わした後、口にした言葉は短く「そうか」とだけ。

 

「では、行って参ります」

 

 シャルロットと俺、ついでにメタリンにも頭を下げたオッサンが去り。

 

「……ご迷惑をおかけしましたわ」

 

 魔法使いのお姉さんがオッサンの法衣の端っこを握って現れたのは、暫く後のこと。

 

「いや……ただ、幸せにな」

 

「え? え? えええっ?!」

 

 さりげなく呟くと、耳に入ったのかシャルロットが俺とお姉さんついでにオッサンの顔を交互に見て驚きの声を上げた。

 

「……やはり、気づいてなかったか」

 

 きっかけは、おそらくナジミの塔。メラの呪文で焼かれたお姉さんの顔をオッサンがホイミの呪文で癒したことか。

 

「なんとなく、そんな気はしていた」

 

 そうコメントするのは、一緒に旅をしていた勇者サイモン。ぶっちゃけ、せくしーぎゃるったお姉さんがあそこまであからさまにオッサンに胸を押し当てたりしていたのも、多分あれが始めてではなかったのだろう。

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

 おばちゃんが何故か嬉しそうなのは、うん、とりあえずスルーしよう。

 

「あ、その……お、おめでとうございます、お二人とも」

 

 そんな、空気の中、バニーさんはひっそりと祝福していて。

 

「あ、ありがとうございますわ」

 

 真っ赤になりつつ礼を言うお姉さんを眺めつつ、冷やかしと祝福半分に俺は拍手を送ったのだった。

 




ちなみに、闇谷が覚えてたのも古い方でした。

FC版はでんでろでんでろして一度もクリアーしてないにもかかわらず。

四コマ漫画劇場で男戦士が歌ってたののインパクトが強すぎたのです。

と、言う訳で、予定より前倒ししましたが、僧侶のオッサンと魔法使いのサラさんがくっつきました。

いやぁ、ナジミの塔の時点でこの二人がくっつくのは確定していたのですが、そう考えると長かったのかな?

ともあれ、僧侶のオッサンが責任を取りに行ったことによって、魔法使いのお姉さんは復活を果たしたのでした。

次回、第二百二十一話「ピラミッド」

ああ、ようやくまほうのかぎが手に入る





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第二百二十一話「ピラミッド」

 

「オオォォ」

 

「ゴアァァァァッ」

 

「あらあら、やっぱりどこもかしこもミイラだらけだわ」

 

 曲がり角や通路の奥から現れた守人達を見て、おばちゃんは息を漏らした。

 

「せいっ」

 

「「ウゴ、ガァァァァ」」

 

 いや、息を吐いたと言う方が正しいか。ゲームでもアークマージの使った冷たい息がミイラ達の動きを鈍らせたところで、俺が鎖分銅を一閃。それだけでミイラ男達との何度目になるか解らない遭遇戦はあっさり終了した。

 

「真似したいとは思わないが、便利ではあるな。助かった」

 

「まぁ、どういたしまして」

 

 魔法使いのお姉さんが復活するやいなや、俺達は即座にピラミッドへ突入し、おばちゃんの案内を経て目的の場所までほぼ最短ルートを進んでいる。

 

(それでもこの手のやりとりを両手の指の数では足らない程繰り返して来たのは、たぶんあの命令のせいだろうなぁ)

 

 イシス攻防戦では味方してくれたミイラ男達への魔物を襲えという指示。ピラミッドの番人であるミイラ達と共生し普段から沢山の数が棲息していた魔物達をミイラ達が敵と見なしたら、どうなるか。答えは簡単だ、守るべき場所に大量の敵が入り込んでいるとミイラ達は判断した。

 

(そりゃ、最優先で殲滅しようとするわなぁ)

 

 結果、それまでの非では考えられない程のミイラおとこ達が眠りから目覚め、物量に負けたおばちゃん達は、ピラミッドからの撤退を余儀なくされた訳だ。

 

「お師匠様ぁ、すごろくけんの回収終わりましたよ?」

 

「ああ……しかし、やはり遭遇戦が多いな」

 

 おばちゃんがいれば戦闘回避も出来て楽に進めると思っていたピラミッドは、俺の予想を大きく裏切った。足音を殺し、遭遇回数を減らしているのにミイラが大フィーバーしてるのだ。

 

「……こいつらが、骸を晒しているのも当然か」

 

 おばちゃん達の逃避行で脱落した者なのか、別口か。ここまで来る間にも、そして今通っている道にも息絶えた魔物や最初から倒されていたミイラ達が点在していて、俺が目を留めたのもそんな魔物の一体。

 

「こうなってしまうと、もはや壊れた財布だな」

 

 それは、大量の金貨を持っている為にゲームでは乱獲された魔物。もはや顔のついたボロボロ袋でしかなくなった、「わらいぶくろ」という名の魔物の骸からは、中に入っていたらしいゴールドが外に零れ出していた。

 

「ふむ、これが話にあった『わらいぶくろ』ですか」

 

「ああ。盗掘よりもこの魔物目当てでピラミッドに訪れる者がそれなりに居たと聞く。出来れば全部回収して資金に回したいところだが、この現状ではな」

 

「確かに、こんなにミイラ達がうようよしている場所で欲をかいてはろくなことにならなさそうですわね」

 

 僧侶のオッサンの言葉に俺が解説すれば、杖の先端で倒れたミイラをつつきつつ、魔法使いのお姉さんは呟いた。

 

「解ってはいたけれど、これでは残った仲間達の生存は厳しそうねぇ」

 

「まぁ、高位の魔物ならある程度は耐えうるだろうが、消耗もするしな」

 

 ボロボロになった魔物の死体を背負ったまま、悲しげに漏らすおばちゃんへ相づちを打ち、視線を向けた通路の先にもやはりポツポツと死体がある。

 

「ごめんなさいね、精神力が残っていたら助けてあげられたのに」

 

 なんて死体に語りかけてるおばちゃんを見ると、俺としては色々とコメントに困る訳だが、ともあれ、見ていて気持ちの良いような光景ではない。俺がザオリクの呪文を使えるから、二重の意味で。

 

(流石に人前で使う訳にもいけないし、ましてや相手は魔物だもんなぁ)

 

 勿論、完全に救済していないかというとそうでもない。

 

「すみません、ボクの呪文がもっと成功していたら」

 

「まぁ、ごめんなさい。そういうつもりじゃないのよ?」

 

「そ、そうですとも、姫! 私は生き返らせて貰ったことを感謝しております」

 

 頭を下げるシャルロットを慌てるおばちゃんと一緒に宥めているのは、緋色の甲冑一式だった。

 

「うーむ」

 

 俺の知る限りキラーアーマーと言う名前だったそれは、ザオラルで生き返るや、シャルロットを主と認めたらしい。

 

(まぁ、ディガスの様ないかにもアンデッドな魔物も今はこっち側だもんなぁ、きっとツッコむのは無粋なんだろう、うん)

 

 シャルロットの蘇生呪文が変に作用した、なんて可能性もあるかもしれないし、ないかも知れない。

 

「まぁ、いいか。連れ歩けなければおろちの所にでも預ければ」

 

 一応、鎧と言うことで人型の魔物ではあるし、ディガスよりはマシだとも思う。

 

(このままなし崩しに仲間モンスターが増えて収拾がつかなくならなければ、だけど)

 

 蘇生呪文で生き返った魔物の内、同行を許しているのは魔王の影響を受けない高位の魔物に限定されてる訳なのだが、誰もがあやしいかげとしてこんな僻地に左遷させられていた連中である。

 

「まぁ、あの態度も仕方ないかもしれない……が」

 

 蘇生を恩に感じていきなり忠誠を誓っちゃうキラーアーマーにはちょっとドン引きしたが、このままだとバラモス親衛隊ではなくシャルロット親衛隊が出来てしまいそうで、ちょっと怖い。

 

「……いや、今は鍵を手に入れることだけを考えよう。確か、ボタンのある場所はこの先だったな?」

 

「そうねぇ、間違い無いと思うわぁ」

 

「そうか」

 

 おばちゃんの声にうろ覚えの記憶を補強された俺は更に通路を奥へと進んで。

 

「これが、あの歌の――」

 

 遂に、まんまるボタンだかちいさなボタンだかと対面を果たしたのだった。

 

 

 




最初はみんなのアイドル・ホイミンにしようかと思ったけれど魔王の影響で凶暴化する為、泣く泣く没に。

かわりに鎧が仲間になったぞ、やったね。

鎧に「ニーサン」とか言わせたいと思ったのは秘密。自重して騎士風にしましたよ?


次回、第二百二十二話「まほうのかぎ」

ピラミッド回、これで終わりに出来ると良いなぁ。



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第二百二十二話「まほうのかぎ」

「シャルロット、ボタンはお前が押せ」

 

 自分では押さず、俺がそう言って弟子に任せたのにも理由はある。

 

(ゲームだと外れの場合のトラップは落とし穴だったよなぁ)

 

 記憶違いの可能性もあるが、少なくともダメージを受けるようなトラップだった覚えはない。

 

(多分シャルロットの覚えてる方の歌で正解だとは思うけど、念には念を入れないとね)

 

 最初から押した人間が落下すると解っていれば、やりようはある。当人が押した直後に飛び退くのもアリだが、間に合うかというの問題がある。なら、はなから他人に押させて、自分はその相手を支えていた方が確実と言う訳だ。

 

(おばちゃんが忠告とか警告とかそう言うことを何も言ってこないって時点で問題はない筈)

 

 仮にもここを住処にしていたのだ。仕掛けを知らないと言うのは考えにくい。

 

「お師匠様?」

 

「夥しい数のミイラが徘徊している以上、奇襲も警戒せねばならんのでな」

 

 ついでに言うなら、きょとんとしたシャルロットに向けて語ったこの弁解もどきにも嘘はない。気配探知や襲撃警戒と言うモノは大抵盗賊のお仕事の一つなのだ。

 

(まぁ、トラップ解除とかもそうなんだけどね)

 

 原作知識で対策をしてるので、今回は大目に見てもらおうと思う。

 

「わかりまちた。じゃあ、押しますね?」

 

「ああ」

 

 俺も緊張故にシャルロットが噛んでしまったことには触れない。ただ、頷き。

 

「えい……あれ?」

 

「おそらく、必要な全てのボタンを押してようやく何かが起こるのだろう」

 

 ボタンを押し込み怪訝な顔をしたシャルロットの身体から推測を口にしつつ手を放す。

 

「そっか」

 

「まだ一つめだからな。まぁ、順番が解っていれば単なる作業なのだろうが」

 

 納得した様子のシャルロットに肩をすくめて見せながら、俺は手の中で分銅を弄んだ。

 

「「ゴォオオオォォ」」

 

「問題は、守護者ですな」

 

 僧侶のオッサンが向けた視線の先からこちらにやって来るミイラ達の存在に、気づいていたから。

 

「ああ、まったく面倒だ。だが、こんな所で時間を浪費する訳にもいかん」

 

 ついでに精神力を浪費する訳にもいかない。

 

「俺が、このチェーンクロスで道を切り開く。シャルロット、ミリー、お前達は倒しきれなかった者へのトドメを頼みたい」

 

「はい」

 

「は、はい」

 

「いい返事だ、頼むぞ」

 

 ぶっちゃけおばちゃんにも手伝って貰おうかと思ったが、背中に死体を背負っているので、敢えて除外した。

 

「では私達は呪文で援護をすればよろしいですの?」

 

「いや、ボタンはまだ三つある。精神力は温存しておいてくれ」

 

 ただでさえ、無尽蔵かと言うほど湧いてくるのだ。俺は魔法使いのお姉さんへ頭を振ると、次に勇者サイモンへと視線を向ける。

 

「敵はシャルロット達までで何とか出来ると思うが、念のため、殿をお願いしたい」

 

「承知した」

 

 合流前の戦い方に合わせた形にした訳だが、普段の形に近い方が戦いやすいと思ったからだ。

 

「ところで、お師匠様」

 

「ん?」

 

 シャルロットに呼び止められたのは、そんな感じで指示を出し終え、出発する直前のこと。

 

「あの子達には指示を出さなくて良いのですか?」

 

「ああ、あいつらか」

 

 仲間にした魔物を示すシャルロットに納得してから、俺は続ける。

 

「あいつらにはお前が指示を出すんだ」

 

 と。

 

「本来ならば、お前がリーダーであるのだからな。他者に指示を出すことに慣れて貰わねばならん。まぁ、俺が居ない間とてうまくやっていたようだし、今更かもしれんがな」

 

 そも、俺はシャルロットの師匠と言うことになっている。ならば、シャルロットにはリーダーとして相応しい人物として育てる義務もあると思うのだ。

 

「お師匠様……」

 

「ふ、俺は先に行くぞ? 遅れぬようにな」

 

 先程からこっちに歩み寄ってくるミイラおとこ達との距離はまだあるものの、空気を読んでくれるとは思えない。

 

「まぁ、無断侵入してる身としては、文句を言うのは筋違いかもしれんが」

 

 道を塞ぐなら、薙ぎ払わせて貰おう。

 

「でやぁぁぁっ」

 

「「グゴォ」」

 

 肉迫し、ただ鎖分銅を横に振るうだけ。

 

「はぁっ」

 

「「ガッ」」

 

 前の軌跡と交差するように逆側からもう一閃。

 

「こんなところか」

 

「す、すごい……」

 

 殆どのミイラを再起不能にすると後ろから声が漏れ。

 

「何体か虫の息だ、トドメを頼む」

 

「え、あ、は、はい」

 

 これ幸いとバニーさんにミイラを任せて更に先へ進む。

 

「「ゴァァァァッ」」

 

(まぁ、おかわりはいくらでもあると思ってたからね)

 

 戦闘の音を聞きつけたのか、単なる偶然か。表上は動じず、内心で嘆息し登場した新手もほぼ同じように処理した俺は、先程通ってきた通路を分岐点まで引き返した。

 

「はぁ……持ちきれん」

 

 気がつけば手の中にはすごろく券の束。俺の中の盗賊は無意識のうちに仕事をしたらしい。

 

「お師匠様ぁ」

 

「ん? 来たか、シャルロット。ちょうど良い、これを袋に入れてくれ」

 

「え、あ、これって」

 

「何、ミイラ共からの戦利品だ」

 

 何故ミイラがすごろく券を持っているのかは謎だが、きっとイシスの王族がすごろく好きだったりしたのだろう。

 

すごろく場は、アッサラームとイシスを結ぶ道から逸れたところにあったと思うし。

 

「いつか、暇が出来たら遊びに行くのもいいかもしれんな」

 

 魔法の鍵を手に入れたあとにでも。

 

(ま、それはそれとして……今は、鍵を手に入れないと)

 

 ああも敵が湧いてくると、スレッジの時に使ったドラゴラムが恋しいが、魔法使いのお姉さんはまだ覚えていないであろうし、是非もない。

 

「とにかく、先を急ぐぞ」

 

「ォォォォ」

 

「ァァァァ」

 

 促した直後に、声がした場合、やはり「お前に言ったんじゃねぇよ」とツッコむべきなのだろうか。

 

「はぁ、ちょっと足を止めただけでこれか。……シャルロット、俺についてこい」

 

「えっ」

 

「何故驚く? 俺だけではまたすぐに荷物が一杯になってしまうのでな」

 

 一人で先行したのは、本当に失敗だった。

 

「あ、はい。ですよね、そうでつよね……」

 

「すまんな、荷物持ちのようなことをさせて」

 

 俺個人としても、ダンジョンの心得とか、洞窟での戦い方とかもっと師匠らしく講義とかをしても見たいと思っているのだが、いかんせん。

 

「「ゴォォォ」」

 

 ミイラ達は空気を読まない。

 

「邪魔だぁぁぁっ」

 

 この後、無茶苦茶鎖分銅を振るった。

 

「はぁはぁ、はぁ……おひ、お師匠様、これが……さいご、です」

 

「はぁ、はぁ、すまん、な……シャル、ロット。無理を……させた」

 

 まさか、この身体のスペックで息が切れるとは思わなかったが、ともあれ数えるのも嫌になるぐらいのミイラとの戦いを経て、俺達は何とか最後のボタンの前まで辿り着いた。

 

「……ボタンは押せるか? 無理なら俺が」

 

「い、いえ……ここまで……来ましたから、ボクが押しまつ」

 

「そうか……なら、俺は空気の読めぬ輩の相手だな」

 

 シャルロットの意思を尊重したかったのも有るが、本当にしつこいミイラ達だと心から思う。

 

「「ゴオオオオオッ」」

 

「はあっ」

 

 質は大したことがない、問題は数。

 

「「ゴッ……ォ」」

 

 再び振るったチェーンクロスに何体もの包帯にくるまれた身体が薙ぎ払われ。

 

「「オオォォ」」

 

「くっ」

 

 倒した敵の向こうには、更にミイラおとこ達の群れ。

 

「ベギラマ」

 

「ォアァァァッ」

 

 押し寄せてこようとした次の波は、直後に燃え上がって炎の海と化す。

 

「はぁはぁはぁ、やっと追いつきましたわよ。飛ばしすぎですわ」

 

「す、すまん。呪文を使わせるつもりはなかったのだが」

 

 それは虚勢や誇張のつもりなどない。肉体的にはまだ余裕があったのだ。増援に思わず顔をしかめてしまったのは、精神的な方で余裕がなくなりつつあったからで。

 

「え?」

 

「今のは」

 

 この時、何か重い物が動くような音がしなければ、俺はもう暫く魔法使いのお姉さんに怒られていたと思う。

 

「これで岩扉が開いたはずだ……」

 

 この階層で重くて動きそうなモノというとあれぐらいしか思いつかないからな、とそれっぽい理由で何故か仕掛けで動くモノが何かを知っていたという点を誤魔化し。その後、何とかまほうのかぎを入手した俺達はピラミッドの天辺を目指した。

 

「お師匠様……綺麗ですね」

 

「あ、あぁ」

 

 たどり着いた、先は一面が茜色。

 

「ここなら空が見える。ルーラの呪文で脱出も可能だが」

 

「……もう少しだけ見ていても良いですか?」

 

 シャルロットがそう尋ねてくることは、予想していた。

 

「ああ」

 

 ちなみに、ここに辿り着くまでに手に入れたすごろく券の数は二百枚を優に越え。

 

「では、暫く足止めしてきますかな」

 

「待て、私も行こう」

 

 多分、更に増えるのは間違いない。

 

「全く、やはり空気が読めん奴らだ」

 

 景色を眺める時間さえ、誰かが足止めせねば作れないとは。

 

「す、すみません……お、重くありませんかご主人様」

 

「いや」

 

 番人を少しだけ鬱陶しく思いつつも背中から伝わる柔らかな重みの主に俺はポーカーフェイスで答えた。

 

(と言うか、バニーさん、そんなに身を乗り出すと、あ、当たって――)

 

 うん、何でもないです。

 




ピラミッド探索、ミイラを倒したことでたまりゆく、すごろく券。

よくよく考えれば、それなりに使える景品があることも思い出した主人公は、寄り道することを決意する。

次回、第二百二十三話「すごろく場を目指して」

た、たまには息抜きも必要ですよね?

尚、現在の別行動組みの動きは以下の通り。


<クシナタ隊、商人お姉さん他>
アリアハン経由でポルトガへ

<スミレさん&カナメさん及び元親衛隊アークマージ組>
バハラタからダーマの探索へ

<クシナタさん他>
アッサラームからロマリア方面へ

<エリザ+元親衛隊スノードラゴン組>
親衛隊のスノードラゴンを護衛に、箒で船やラーミアが無いと行けない場所をルーラのリストに載せるお仕事へ


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第二百二十三話「すごろく場を目指して」

「さてと、それですごろく場なのだがな。俺の記憶が間違っていなければ、オリビアの岬の北西にも一つあったはずだ」

 

 ただ、ここへ辿り着くには長い船旅が必要になって来るという欠点がある。

 

(カザーブまでルーラで飛べれば一緒に最寄りの水辺まで来た船を橋代わりにして行けたかも知れないけど、そのカザーブにもまだ辿り着いてないからなぁ)

 

 おまけに、そのカザーブ周辺にはあやしいかげが出没した気がする。

 

(つまり、近寄りたくない場所ナンバーワンなんだよなぁ)

 

 ぶっちゃけ、そう言う理由があるので、そちら方面には個人的に足を運びたくないのだ。おばちゃんに取りなして貰うと言うのも考えたが、同じあやしいかげをやってても、全ての魔物に面識がある筈もない。

 

(ピラミッド内なら、顔を合わせる機会もあったかも知れないけど明らかに場所が違うもんな)

 

 と、まぁそんなこともあって、俺は色々考えた。

 

「そこで、まずはジパングに向かう」

 

「え、ジパングですか?」

 

「あぁ。そこに居るはずの元バラモス親衛隊の空を飛ぶドラゴンについてきて貰えば、背に乗って岬の反対側に渡して貰うことも可能だろう」

 

 流石にほこらの牢獄へ行った時のように俺がモシャスで魔物に変身する訳にはいかない。となると、これが一番手っ取り早いのだ。

 

「ドラゴンに……そう言えば、ディガスもスノードラゴンに乗ってまちた」

 

「ああ、その応用だな」

 

 何処かの不死鳥さんと違ってあのドラゴンは普通の魔物、故に同じ高さを飛べる他の魔物とエンカウントしてしまう可能性はあるが、こちらにはシャルロットや魔法使いのお姉さんが居る。

 

「戦闘になった時は、お前達の攻撃呪文が頼りだ」

 

「そっか、空での戦いに」

 

「そう言うことだ」

 

 とりあえず、シャルロットも理解してくれたところで俺は後方に声をかける。

 

「そろそろ脱出するが、いいか?」

 

「はい」

 

「ええ、堪能させて頂きましたわ」

 

 ピラミッドの頂上から返ってきたのは、魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンの応答。

 

「……というわけだ、そろそろ足止めも切り上げるぞ」

 

「「ゴガッ」」

 

「でやぁっ」

 

 シャルロットに呼びかけつつ振るった鎖分銅で、ミイラおとこ達を薙ぎ払い、足下に転がる動かなくなったミイラを蹴り飛ばす。

 

「お師匠様」

 

「ああ、撤退だ」

 

 出来れば奥の扉も閉めたいところだったが、扉の手前の小部屋には通路から死角になったことでチェーンクロスの届かないミイラ男達がかなり居る。流石に手間だと見切りを付け、シャルロットの声に応じた俺が、そのまま階段を駆け上った直後。

 

「揃いましたわね? 行きますわよ、ルーラっ!」

 

 魔法使いのお姉さんの声を知覚するや否や、身体が宙へと浮かび上がる。

 

「ジパングか……」

 

 ついたらおろちには連れて歩けない魔物の面倒を見て貰えるよう頼む必要もあるかもしれない。

 

「ピキー、ミンナ、会エル」

 

 灰色生き物はジパングという単語で故郷に戻れると理解したのか、嬉しそうで。

 

「しかし、おろちか……」

 

 ただ、俺の脳裏には、クシナタ隊のお姉さん達によって色々無惨なことになっていたおろちの姿が一瞬浮かんでしまう。

 

(……大丈夫だよな?)

 

 今回、クシナタ隊のお姉さんは誰も連れていない。OSIOKIを思い出しておろちが取り乱すようなことは、きっと無いとは思う。

 

(なのに、何で胸騒ぎというか、嫌な予感しかしないのか)

 

 きっと、おろちに振り回されて苦手意識を持ってしまったからとかではないか、とそんな感じで無理矢理納得させ、小さくなって行く足下のピラミッドへ目をやる。

 

「これで、当分イシスとはお別れだな」

 

 ピラミッドの財宝に未練は殆どない。そも、シャルロットの前で墓荒らしめいた泥棒など働ける筈もなかったし、資金面では困っていないのだ。

 

(これも、商人のお姉さんがゴールドをひたすら集めてくれたお陰か)

 

 バラモス城とジパングの洞窟でのハードワークは本当にすまなかった、と思う。

 

(ダーマが見つかったら、商人を増やした方が良いのかも知れないな)

 

 金貨回収要員と言うだけではない。野生の商人を呼び寄せてお買い物の出来る『おおごえ』は状況次第で本当に有用なのだ。特にゲームでは最後に立ち寄ったのがすごろく場のお店だと同じ品揃えの商人がやってきて大いに助かった記憶がある。

 

(やはり「ダーマが見つかってから」しかやれないことも意外に多いかぁ)

 

 ジパングに飛んだなら、ドラゴンで海を渡ってダーマを探すのも選択肢の一つではあった。

 

「お師匠様?」

 

「ん?」

 

「何かお考えですか?」

 

「ああ、この後の行程と予定に変更すべき場所がないかを少し、な。ジパングでドラゴンに手伝って貰えば海を越えて西に行くことも可能だろう? それで、ダーマを探しに行くことも出来るなと考えていたところだ」

 

 一応声をかけてきたシャルロットには説明したが、流石に思いつきで予定を変更する気はない。

 

「転職予定の二人に別行動でダーマを目指して貰うなんてことも考えはしたが、流石に馬に蹴られる気はないからな」

 

「馬?」

 

「恋路を邪魔すると蹴られると聞いた。あれは何処の諺だったか」

 

 きょとんとしたシャルロットに細くしつつ、意味ありげに俺は魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンを見る。

 

「あ、あぁ! そう言うことですか」

 

「一応、ダーマ側にサラを加えるのも手だが、そうすると」

 

「ミリーが居づらくなっちゃいますよね」

 

「そう言うことだ。一応、ルーラの呪文が使える者が分散した方が良いとも考えられはするのだがな」

 

 その辺りはキメラの翼で応用が利くのだ、魔法使いのお姉さんに一緒に行って貰う理由には弱いし、バニーさんがダーマを目指さないと本末転倒になる。

 

「さて、無駄話はこれぐらいで良かろう」

 

 距離的にはまだ移動時間もかかると思うが、ゲームと違って俯瞰で大地を見られない現状において、ルーラの時間はうろ覚えの地理を再確認出来る時間でもある。

 

(下にあるのが、アッサラームであれが、多分バハラタかな……流石にダーマはまだ見えないか)

 

 イシスが日没だけあって足下は夜。

 

(まぁ、だいたい記憶通りだったな)

 

 やがて町の明かりを頼りに行う空中での確認作業が終われば、着地の準備が待っている。

 

(弟子の前で着地失敗なんてできないからな)

 

 慣れてきているとは言え万が一もある。俺は少しだけ気を引き締めた。

 

 




色々考えていたけれど、すごろく場はまだ遠く。

次回、第二百二十四話「続・すごろく場を目指して」

そう言いつつ、おそらくはジパング回。



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第二百二十四話「続・すごろく場を目指して」

「おお、そなたらか。実はヒミコさまが女性恐怖症になられてしまったようでのう。女子に近寄られると酷く怯えられるのだ」

 

 それを嫌な予感の的中と言って良いのか、ジパングに足を踏み入れた俺が出会ったのは、さも心配そうにヒミコのことを案じるジパング人だった。

 

(うわぁい)

 

 やっぱりと言うか、クシナタさん達のOSIOKIはおろちに効果覿面すぎたらしい。

 

「見慣れぬ魔物が現れた時は皆驚いたが、ヒミコさまが調伏し僕となされたと聞いて流石ヒミコ様とみな感服しておったのだがのう」

 

「そうか、それは難儀だな」

 

 とりあえず元親衛隊の面々はどうやらジパングの人達に受け入れて貰えたようだが、まぁそうでなくてはこんなのんびりはしていないだろう。入り口の両脇にバラモス城辺りで見た覚えのある石像がいかにも門番ですと言った感じで立っていたりするのだから。

 

「しかし、ここも随分変わったものだな」

 

 交易を始めたからか、店が出来、商人目当ての宿屋も出来て、ぶっちゃけジパングの面影がなくなりつつあったところへ、トドメとばかりに魔物がやって来たのだ。とりあえず、田んぼのど真ん中にも案山子代わりなのか片足立ちしていた動く石像は見なかったことにしたい。

 

「うむ、これも半分はそなたのおかげだ。外国から物と人が入ってきたことで、我が国も豊かになった。ヒミコ様のお陰で怪物に怯えることもなくなった。ジパングの未来は明るいと思うておったのだが……」

 

「そこで、女王の女性恐怖症が発覚した訳か」

 

「……お師匠様、どうされたんでしょうね? 前にあった時は、そんなこと全然なかった様子でしたけど」

 

 シャルロットが問いかけてくるも、ここで馬鹿正直に「クシナタ隊のみんながとても口に出来ないような酷いことをしたんだ」などと言える筈がない。

 

「さてな、気になるなら会いに行くか……と言いたいところだが、女性に怯えるというならお前が尋ねて行くのは逆効果になりかねん」

 

 故に俺に出来たのは、はぐらかしつつシャルロットがヒミコを尋ねていかないように釘を刺すことぐらいだった。

 

「ですけど、お師匠様。女王様に会わないで、ドラゴンを借りられるでしょうか?」

 

「それなら問題ない、俺だけか俺とアランのみで女王に会いに行けば問題なかろう?」

 

「あ、そっか」

 

 続けた質問に答えることでシャルロットを納得させ。

 

「時間はそんなにかかるまい。ここも随分様変わりしたようだし、お前達は買い物でもして待っていれば良かろう」

 

「買い物かぁ……あ」

 

 気を利かせたつもりで付け加えたのが失敗だったかも知れない。

 

「お師匠様、確か前に刀鍛冶の人に水着とか預けたんでしたよね?」

 

「え? あ」

 

 墓穴を掘ったことに気づいて俺は固まった。

 

「あれって結局誰に――」

 

「そ、そ、そ、それはだな……」

 

 ピンチだった。大ピンチだった。せくしーぎゃる騒動で嫌な事件を経験したからか

 

「ボクが着たいです」なんて全力で主張してくることがなかったのはせめてもの救いだが、鍛冶屋の人には誰かに着せるつもりだが当人を連れてきていないとか言ったような気がする。

 

(やばい、一度レプリカを着てるシャルロットにはすっとぼけた所で意味はないし)

 

 持ってたら社会的に死ぬから、架空の着用者をでっち上げて押しつけたと正直に言うのもNGだ。この場合、着せる相手が居ないなら欲しいと言い出しそうな変態に心当たりがある、主にこの国の偽女王的な何かと言う心当たりが。

 

(かといって誰かの名前を挙げたら、今度は俺が社会的に終了してしまう)

 

 嫌な予感の正体はこれか、死地はこのジパングにあったのだぁっ、うわぁい。

 

「それは?」

 

 脳内でおふざけし現実逃避しようとしても、シャルロットは逃がしてくれない。

 

「あ、あのご主人様……わ、私」

 

 ちょ、バニーさん何を言うつもりなんですか。

 

(詰んだ、もうおしまいだ……)

 

 酷い状況だった。一瞬、ジーンに着せるとか、俺が着るとかそんな選択肢さえ思い浮かべてしまうほどに逃げ場のない状況。

 

(穴があったら入りたいとはこのこ……ん?)

 

 シャルロットから逸らすつもりで横に流した視線が捉えたのは、井戸。

 

「そうか、確かめてみても損はないな」

 

「お師匠様?」

 

 徐に近寄った俺は、シャルロットの言葉をスルーして井戸の中に飛び降りた。

 

「……いや、解ってたがな」

 

 ジパングの井戸の中は、後にすごろく場が出現する場所なのだが、この時点では条件を満たしていない。当然の如く、降り立った先はただの井戸の底だった。

 

(しかし、ここでレムオルを使って透明になってから抜け出せば……って、一時しのぎにしかならないか)

 

 井戸に飛び込んだことについては、「何処かの井戸の中にすごろく場があるという噂を聞いたのを思いだした」とでも弁解すれば、言い訳にはなる。

 

(そう。だから――)

 

 今俺がすべきことは、井戸に飛び込んで稼いだ時間を使って、シャルロット達を納得させつつ自分も社会的に終了しない言い訳を考え出すことだった。

 

 死中に活路を見いだすべく。

 




危うく忘れるところだったオリジナルの水着とガーターベルト。

主人公的には忘れて良かったそれが、このタイミングで牙を剥く。

次回、第二百二十五話「死中に活路を」

もう、バラモスに着せるつもりって要っておけば良いじゃない、主人公。



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第二百二十五話「死中に活路を」

「何処かの井戸にすごろく場があるという噂を耳にしたことがあってな、アリアハンの井戸にもメダルを集める変人が家を建てて住んでいただろう?」

 

 シャルロットにガーターベルトなんか渡してくれやがったメダルのオッサンに唯一感謝することがあるとすれば、それはこうして言い訳の事例を提供してくれたことだけだと思う。

 

「ああ、そう言えばあのおじさん井戸に住んでるって言ってました」

 

「まぁ、そう言う訳だ。思い出したタイミングで近くに井戸があったからな。この井戸には何かあるのかと思ったのだが……俺の思い過ごしだったらしい、すまんな」

 

 とりあえず、井戸に飛び込む奇行については、これで何とか言い繕うことが出来た。

 

(問題はここからだよな)

 

 シャルロット達に向けて下げた頭を上げると、みんなの顔を見回し、内の一人へと目を留めた。

 

「それで、預け物の件だが――」

 

 この時、俺の中ではシャルロット達への回答が完成していた。

 

「アラン、『毒をもって毒を制す』と言う言葉を聞いたことがある。そこで、ふと思ったのだが、あの女僧侶に着せたら回り回ってまともな性格になるのではないか?」

 

「な」

 

 その根拠、送り主へと繋がる理由、腐とせくしーぎゃる、明らかに相反する物だからこそぶつかり合って中和する可能性を僧侶のオッサンに投げかけたのだ。

 

「……おっしゃりたいことは解りますが、それは一歩間違えば最強最悪の存在を産んでしまうことになりかねませんかな?」

 

「かもしれん、だからこそ言い出しにくかったのだ」

 

 我ながら、ナイス言い訳だと思う。オッサンの問いかけに答えつつ、更に俺は迷っていたのだと告白する、

 

「お前の言うことも解る。だからこそ、誰も言及することがなければ、俺が密かに回収しに行き、人目のつかない場所に封印することも考えた。生憎、取りに来る時間的余裕もなく、こうして言及されてしまった訳だが」

 

「……そうでしたか、あれを何とかしようと考えて下さったこと、同じ神に仕える者として感謝致します」

 

「いや、考えはしたが……結局の所危険な賭けでもあったのだ」

 

 シャルロットや魔法使いのお姉さんでも持て余し気味だったのだ、悪い方に転がったらどうなったことやら。だからこそ、俺はオッサンの感謝をまともに受け取ることが出来なかった。実際は口から出任せだったという意味でも。

 

「まぁ、そう言う訳だ。そもそも、アレの恐ろしさについては説明不要だろう?」

 

「あぅ、で、ですね」

 

「そうですわね」

 

 酷い目に遭わされたシャルロットと魔法使いのお姉さんにはぼかしつつもガーターベルトのことに触れれば、それで充分だった。

 

(とりあえず、窮地はしのげたな)

 

 作成を頼んで放置も拙いので、最悪俺が女性にモシャスしてモデルになり回収するしかないかなとも思うのだが、それは思い切りイシスで出来た心の傷を剔るものでもある。

 

「ともあれ、そう言うことでしたら刀鍛冶には『元となった品が着用者へ副作用を及ぼすことが解った』とでもして依頼を取り下げれば宜しいでしょう」

 

「そ、そうだな」

 

 僧侶のオッサンがフォローしてくれたこともあり、こうして俺は窮地を切り抜けた。せっかく作って貰おうとした品だが、せくしーぎゃられる精神的負担と引き替えに手に入れる程の物でもない。

 

(そもそも、まかり間違ってあの言い訳が採用されてしまったとしたら……)

 

 せくしー腐ぎゃるな女僧侶という大魔王ゾーマよりも色々な意味で恐ろしいラスボスが誕生するところだったかもしれないのだ。

 

(うん、考えるのは止めよう……とりあえず、今はおろちと会って、スノードラゴンを借りてくることだけを考えないと)

 

 色々とピンチだったり、うっかりパンドラの箱もしくは禁忌に触れてしまった感はあるが、本来の目的を見失ってはならない。

 

「では、改めて俺は女王に会いに行ってくる。刀鍛冶の所の品は封印する分には回収してきても構わんが、扱いはくれぐれも慎重にな」

 

「わ、解ってますわ」

 

「はい。あ、あの、ご主人様……行ってらっしゃいませ」

 

「いってらっしゃい、お師匠様」

 

 釘を刺しつつ向けた背にかかる声が三つ。

 

「ん?」

 

 そう、三つ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「あぁ、いや……シャルロット、お前が連れてきた魔物やあのアークマージの姿がないなと思ってな」

 

 ピンチだったから失念していたが、そう言えばジパングに着いた後あたりから声を殆ど聞いていない気がする。

 

「それでしたら、ここが新しい住処になるかも知れないと言うことでおろ……女王様の所に挨拶に行ったみたいですよ?」

 

「そうか、よくよく考えれば通常の町には入れられないような魔物もてなづけていたからな……ん?」

 

 シャルロットの声に疑問も氷解し、それなら良いかと思いかけたところで、気づく。

 

「だが、アークマージは思い切り女ではないのか?」

 

「あ」

 

 そも、おろちが女性恐怖症と聞いた時点でおばちゃんは既に居なかった気がする。

 

「急いで行ってくる、もう遅いかもしれんが」

 

「ええと、お気を付けて」

 

 間に合ってくれと祈りつつ、俺は全力でヒミコの屋敷へ向け駆け出した。

 

 

 




「わたしは『せくしー腐ぎゃる・エミィ』……男同士、男女、女同士、どこから来て、どこへ行く? その全てを堪能し、書き、拡散させて、やがて桃と薔薇、百合色で世界を染め、新たなる楽園へと導こう……ですぅ」

せくしー腐ぎゃる・エミィ が あらわれた!

(BGMはお好みのラスボス戦をおかけ下さい。ちなみに闇谷のイメージしたのはネオ・エ○スデス戦でした)




いやぁ、一歩間違うと上のように本当に大変なことになっていたのですね、うん。

次回、第二百二十六話「おばちゃん、そしておろち」

主人公、果たして間に合うか。


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第二百二十六話「おばちゃん、そしておろち」

 

「おっ、お前様、助け、助けてたもぅ」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 可能性としてはあり得た。涙目で抱きついてくる偽ヒミコ=おろちとその光景をにこやかに見つめるアークマージのおばちゃん。

 

(うわぁい)

 

 シャルロット達を同行させなかったのは有る意味で正しかったと思う。

 

「これは……一体どういうことなのでしょうか?」

 

「ああ、ここの女王は女性恐怖症らしくてな。女性が会いに行くのは危険だと慌てて追いかけてきたら、こうなった訳だ」

 

「成る程」

 

 シャルロットを姫と呼んでいた動く赤甲冑の問いに答えると質問者が納得したところまで見てから、俺は視線を胸元へ落とした。

 

「で、いつまでそうやってるつもりだ?」

 

 おばちゃんに見られたのも拙くはあるが、まだ一人ならフォローのしようはある。だが、もし、僧侶のオッサンが後ろをついてきていて目撃されたら、更に面倒なことになる。あのオッサンには一度、とんでもない勘違いをやらかした前科があるのだ。

 

「い、嫌じゃ。女子怖い、女子は怖いのじゃ! あ、あぁ、止めてたもう、わらわの、わら」

 

「……そんなに怖いなら赤渦作り出して洞窟に逃げれば良いだろうに」

 

 言ったはみたものの、錯乱して聞いている様子のないおろちを見たまま、ポツリと漏らす。

 

「……と言っても聞いてないか」

 

 流石にキラーアーマーやおばちゃんも人の目のあるところで顔合わせするのは拙いとお付きの人が居ないタイミングを見計らって会いに来たようだが、ならばおろちとしての力を使ってしまっても何の問題も無かっただろうに。

 

「ともあれ、そう言うことなのでな。アンは席を外した方が良かろう」

 

「まぁまぁ、そう言うことなら仕方ないわねぇ」

 

「ついでに俺も要らぬ誤解を招く気はないのでな、席を外そう。代わりに元親衛隊のスノードラゴンを二頭ほど借り受けたいと言っていたことを伝えておいて貰えると助かる」

 

「はっ」

 

 とりあえず、おばちゃんの了解とキラーアーマーの敬礼を貰うと、俺は無言のまま偽ヒミコの着ている服の襟を手で摘む。

 

「嫌じゃ、嫌じゃ、助けて、助けてたも。助」

 

「ふむ」

 

 せくしーぎゃるっているおろちのことだから、服に手をかけた瞬間自分から脱ぎ捨てるぐらいはしてくるかと思ったが、OSIOKIはよっぽど堪えたらしく、未だに復活する様子もない。

 

「なら、好都合か、ふんっ」

 

「うあっ」

 

 本性のおろちと比べてもたぶん俺の方が力はあるのだ。貼り付いたおろちを引っぺがすのは簡単だった。

 

「女王は任せる」

 

「は? は、はい、承知致しました」

 

「アン、ここへ来い」

 

 そのままおろちの身体は一瞬面を食らいつつも応じてくれたキラーアーマーに押しつけ、代わりにおろち除けのおばちゃんを手招きする。

 

(連れ出さなきゃ面白がってこのまま居座りそうな気がするんだよなぁ)

 

 ついでに女性が側にいればおろちも再びこっちには来ないだろう。

 

「あらまぁ、今日は積極的なのねぇ。おばちゃん驚いたわ」

 

「……解ってて言ってるだろ? いいから、来い」

 

 誤解は解いたのだから、おそらくはからかっての物と思われる反応に、少し迷ってから問いを挟んで手を引き。

 

「この辺りでいいか」

 

 卑弥呼の屋敷を出て、屋敷の裏手に回った所で足を止める。

 

「……お前とは話しておく必要がありそうなことが幾つかあったからな。ちょうど良い機会だ」

 

 そう、よくよく考えると人工呼吸の一件で有耶無耶になってしまい、しっかり聞けなかったことが幾つもあった、

 

(それに、このおばちゃんを何処まで信用して良いかという問題もあるんだよなぁ)

 

 ついてくるとは言った、一応命の恩人という形ではある。だが、連れ出した女アークマージは魔物であり、大魔王ゾーマに仕えているのだ。

 

「ついてくる事は聞いた、理由もな。だが、人間と魔物はここみたいな例外を除けば、敵同士だ。ピラミッドは例外的に魔物と人間、どちらにも襲いかかってくるミイラ達が相手だったから問題なかったが――」

 

「まぁ、仰ることはわかります。おばちゃんが、魔物を前にした時どうするかということね?」

 

「ああ。シャルロットが生き返らせた連中はいい、大魔王を見限ってシャルロットに忠誠を捧げるつもりのようだからな」

 

 だが、目の前のアークマージは違う。違うと思う。助けたのが俺で恩人だからついてくると言うのなら、あの赤い甲冑と大差ないが、この女アークマージには子供が居るのだ、大魔王ゾーマの僕に。

 

「子供が居ることは聞いている、なら最悪子供と敵対することにとてなりかねん」

 

 直接戦わないにしても、このままの流れならシャルロット達は子供の同僚や部下を手にかけ、最終的には主であるゾーマをも討つはずだ。

 

「失礼を承知で言わせて貰えば、お前は疑わしい。人の誠意を疑うなど誹られて当然の行いだが、俺にはシャルロットを守る義務がある。故に聞く、何故、人の中に身を置ける?」

 

 家族を残し、敵中に身を置く理由を俺は問うた。このおばちゃんの能力が裏切られた場合、最悪の結果にすら繋がりうるから。

 

「まぁ、そう仰るのも当然ね。ただ、おばちゃんも気になることがあるのよ」

 

 俺の視線を真っ直ぐ受け止めたおばちゃんは、小首を傾げ、続ける。

 

「それに答えて下さったら、おばちゃんもお話しするわ」

 

「気になること?」

 

 切り返しは「意外」とは言い切れない。ただ、幾つかの心当たりがあって戸惑う俺に向け、おばちゃん問うた。

 

「なぜ、貴方は大魔王ゾーマ様を知ってらっしゃるの?」

 

 と。

 

 




ようやくシリアスさんが来て下さいました。

次回、第二百二十七話「問いと答えと」

おばちゃんの問に、主人公はどう返すのか。



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第二百二十七話「問いと答えと」

「私が『大魔王ゾーマ様にお仕えするアークマージの末席に身を置いている』と語った時、驚かれたのは覚えています」

 

 それ自体は不自然じゃないのよとおばちゃんは言う。

 

「けれど、それなら『大魔王バラモス以外にも魔王が存在したのか』と言う意味合いの驚きだったらの話。だけど、あなたは驚きはしたけどゾーマ様について何も聞いてこなかったわ」

 

「……そこが問題だと」

 

「はい、良くできました。その通り。あなたの様な人間であれば聞き慣れない大魔王の名前が出てきたのにまるっきり関心を示さないのは、不自然すぎるわ。つまり、あなたはゾーマ様のことを知っていたのよ」

 

 おばちゃんは相変わらずのお茶目さを見せるが、話の内容、特に推理については鋭い何てものじゃない。

 

(ああ、初手から対応を間違えていたのか)

 

 確かに、ゾーマのことを知らなければ、あんな反応はしない。

 

「ゾーマって誰だ、バラモスの間違いじゃないのか?」

 

 と、訝しむか、いかにも始めてその名を聞いたという態で、質問したはずだ。

 

(まぁ、バハラタであやしいかげのアークマージが漏らしてたからなぁ。「立ち聞きしたから知っていた」で言い訳には充分のような気もするけど)

 

 立ち聞きで知ることの出来る情報などたかが知れている。

 

(となると、やっぱりゾーマについてまるっきりおばちゃんに質問しなかったのが不自然になってくるか)

 

 その辺を無視して立ち聞きしたと言うことにしても、今度は情報源になったあやしいかげはどうなったかと聞かれる可能性がある。

 

(とは言え黙りという訳にもいかないよなぁ)

 

 迷う。話すべきか、そのまま何処まで明かすべきか。

 

「さて、どこから話したものか……ん?」

 

 思わせぶりな前振りで考える時間を、決断する為の時間を稼ぎ、そこでふと気づく。前に出会ったあやしいかげは朧気ながらも強者の気配を察知出来ていた。

 

(と言うことは、このおばちゃん――俺の実力を察している、とか?)

 

 背筋を嫌な汗が流れた。以前のアークマージは見つかる前に不意打ちして始末したが、おばちゃんとは砂漠で助けてからほぼずっと一緒にいるのだ。

 

「あらあら、どうかなさって?」

 

「いや、何でもない」

 

 引きつりそうになる顔をポーカーフェイスで隠して、考える。おばちゃんの真意を。

 

(実力が解っているとしたなら、何故問い詰めてくるんだろ?)

 

 最悪都合が悪くなってこちらが口封じに始末する可能性だってある。勿論、俺はそんなことをする気はないけど。

 

(腹を割って話せってことかなぁ)

 

 少なくともこちらが話せばおばちゃんも話すということになっているのだ。下手に取り繕っても、ここまでポカをやっちゃっている以上どうしようもない。

 

「バハラタと言う町の北東に洞窟があるのだが、知っているか?」

 

「洞窟? 確か……ええ、聞いたことがあるわ」

 

「そうか。そこにお前同様、黒いシルエットに化けた魔物が居た。洞窟は人間の犯罪者が罪もない人々を掠って閉じこめていて、その魔物は犯罪者共と協力関係にあったらしい」

 

 意を決して切り出した俺は、ゾーマの名については、そのあやしいかげが独言で漏らしていたと明かす。

 

(とりあえず、ここまで嘘は言っていないな)

 

 ただ、全てを話していないだけだ。

 

「もっとも、あの時は大変だった。俺の目的は誘拐され洞窟に囚われた人々の救出だったのだが、魔物に遭遇したのは想定外だったしな。その後、何やら騒ぎが起きたのでそれに乗じて掠われた人々は助け出したが」

 

「あらまぁ、それは大変だったわね」

 

「まぁ、な。ゾーマの名はその時聞いていたからな。同じ名が別の口から出て来れば信憑性は増す。あの時驚いたのも『あやしいかげの口にしていた内容が俺の聞き違いでなかったのか』という類の物だった訳だ。そして、お前の主とやらについては他に聞いた覚えがない」

 

 一刀両断したアークマージのことは敢えて伏せ、それっぽく言い訳が出来ていると思う。

 

「そして、良く聞くのも大魔王バラモス。そのバラモスさえまだ健在な状況で、ほぼ聞いたことのない大魔王のことを詳しく尋ねることに意味があるかというのが、一つ。聞いた場合、お前が正直に答えてくれるのかという問題もあった」

 

 一応、正直に「大魔王ゾーマの部下だぞー」とは明かしてくれたものの、あれ自体こっちにとっては想定外だったのだ、本当にいろんな意味で。

 

「まぁ、予め情報を仕入れておくことでお前の主へと何らかの形で備えておくことは出来るか」

 

 うろ覚えとはいえ原作知識がある時点で備えるにしてもわざわざおばちゃんから聞く必要はないのだが、それはそれ。

 

「さて、こちらは答えたぞ。次は俺が尋ねる番だな?」

 

 言及しなかった場所をツッコんで聞かれる可能性がある以上、完璧とは言えないが何とか取り繕えた。

 

(なら、このまま一気に押し切る)

 

 質問されたくないなら、こっちから質問してやればいい。こうして、攻守は逆転し今度は俺の質問時間が始まるのだった、

 

 




何とかしのぎきったように見える主人公。

さて、では主人公の投げる疑問に対するおばちゃん側の答えとは?


次回、第二百二十八話「俺のターン」


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第二百二十八話「俺のターン」

「質問内容については先程と変わらない。人の中に身を置く理由ともしかつての同胞や家族と戦うことになった場合にどうするかだ」

 

 理由の方に関しては、一つ思い至るモノがある。俺がゾーマのことをどうやって知ったかを探る為、と言うモノだ。

 

(そうであれば、同行理由はこれでなくなる筈)

 

 もっとも、この説に自信はない。こちらの実力を察していた上で、ゾーマのスパイとして動くなら、つい今し方の様な直球の質問をするとは考えにくいからだ。

 

(シャルロットはともかく、勇者サイモンがゾーマの部下であるバラモスと敵対してることぐらいは知ってるだろうし)

 

 かなり高い確率でゾーマの敵となりうる俺達だ。ゾーマの僕、スパイとして同行するつもりなら、直接聞きはしない。こちらを警戒させない様に味方顔をしつつ、盗み聞きしたり俺以外の誰かから聞くなりして情報収集すると思う。

 

(だからスパイの線は薄いと思うんだけど、それでかえって読めないんだよなぁ)

 

 わざわざ肉親を敵に回す形で俺達についてくるメリットがおばちゃんにあるというのか。

 

(一応命は助けたけどその恩返しだとしても……)

 

 俺であれば、自分の子供と敵味方に分かれてまで恩を返すなんて、とても出来ない。おばちゃんが答えを返すまでに、俺はそれだけのことを考え。

 

「それじゃ、あなたについて行く理由から言うわね。それは、あの子達を救う為よ」

 

「は?」

 

 おばちゃんの返答に思わず聞き返していた。

 

「だから、子供達を救う為なの。あなたが少なくともおばちゃんじゃまるで話にならないぐらい強いことはおばちゃんも解ってるわ。だから、このままあなた達がバラモス様や大魔王ゾーマ様と戦うつもりなら、バラモス様はまず間違いなく倒されるし、ゾーマ様の所まで辿り着く可能性も高いわ。それこそ、行く手を塞ぐあの子達を倒してね」

 

 女アークマージは、続けた。

 

「おばちゃん、それは防ぎたいの」

 

 と。

 

「あなた達に同行して、あの子達と出会わなければそれはそれで良し。会うことがなければ、あなた達に殺されませんからね。ただ、もし出会ってしまった時は、おばちゃんが全てをかけて説得するわ。『戦わないように』って」

 

「……全ては子供のために、と言う訳か」

 

「まぁまぁ、そう言うことかしらねぇ」

 

 俺の呟きに頷いて見せたが、おばちゃんの告白は終わらない。

 

「もしあなた達がおばちゃんの見込み違いで、あの子達の元にもたどり着けず殺されてしまうようなら、それはそれで、あの子達は無事でいられるもの」

 

「成る程な」

 

 つまるところ、おばちゃんの同行は子供の命を守る為の保険、と言うことらしい。子供の命を最優先にした見事な日和見だ。

 

「そして、お前は元の主の元に戻ると?」

 

 裏切り者のそしりを受けはするかも知れないが、それこそその場合はゾーマに対する脅威かも知れないから仲間になったふりをして情報を探っていたとでも弁明すればいい訳だ、だが。

 

「あらあら違うわよ」

 

 女アークマージは、頭を振った。

 

「その時は、おばちゃんも一緒に死んであげる。元々、あなた達に救って貰った命だもの」

 

「な」

 

「おばちゃんの忠誠心はね、あの日……ラダトームから来たって言う人間達とあの人が戦って倒れた日に尽きたわ……そう、あの日に」

 

 驚きの声を上げた俺には構わず、何処か遠くを見てため息をつく。

 

「しかし、お前はザオリクの呪文が使えるのだろう、蘇生は叶わなかったのか?」

 

 直後は雰囲気に呑まれていたものの、我に返り問いかけたのは、ふと疑問を覚えたから。ただ、すぐに公開することになる。

 

「おばちゃんもね、そう思ってあの人の戦死の報を聞いた直後に尋ねたわ。蘇生出来なかったのかって。ただ……」

 

 おばちゃんが言うに、夫の遺体は跡形もなく消し飛び回収さえされなかったとのことだった。

 

「人間にもごく僅かだけど、蘇生呪文の使い手がいるでしょ? あの人を倒した程の人間なら人間側だって死体を回収して蘇生させようとする。そこまで計算に入れていたのね」

 

 遺体回収を不可能にする為、瀕死だった最後の生き残りがほぼ自爆するような形で敵味方、生者死者の区別なく爆発呪文を発動させ、おばちゃんの夫が所属した隊は壊滅。

 

「それでも諦めきれなくてね、おばちゃん戦場に足を運んであの人を探したわ。結局見つからなくて、持ち場を勝手に離れたことを咎められて、数日牢で過ごしただけで終わったのだけど」

 

 だから、自分に残されたのは子供達だけなのよとおばちゃんは言う。

 

「おばちゃんはね、あの子達の為ならなんだってするつもり。もし、あなたの人工呼吸とか言う蘇生法、あれがただの建前で、私が欲しいと言」

 

「そこまでにしておけ」

 

 流石にそれを言わせてしまうのは許されない気がして、俺はおばちゃんを黙らせた。

 

(……重い)

 

 そも、子供の為に何処までも捨て身になれる母親に、俺が勝てるはずもなかった。

 

「覚悟はわかった。第一、それでは二つめの質問は聞くまでもなかったな」

 

 嘘の可能性もある。だが、その必死さが嘘とは俺にはとうてい思えなかったのだ。

 

 




俺のターンの筈が、完全にイニシアチブを奪われてしまった主人公。

どうしてこうなった。

そして、おばちゃんの決意を聞かされ、主人公は。

次回、第二百二十九話「オリビア岬」

スノードラゴンについてはキラーアーマーがきちんと借りてくれました。


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第二百二十九話「オリビア岬」

「お師匠様お帰りなさい。準備、出来てますよ?」

 

「フシュアアアアッ」

 

 結局、おばちゃんにはあれ以上追求も出来ず話を終わらせた俺がシャルロットの元に帰ってくると、ご丁寧に鞍まで乗せられた水色の東洋ドラゴンが一緒に出迎えてくれた。

 

「すまん。しかし、鞍とは手間をかけたな」

 

「大人数で乗りますからな。一人なら角を両手で掴んで頭に乗ればよいのですが」

 

 ポツリと漏らしたら僧侶のオッサンが説明してくれたところによると、イシスに責めてきたディガス達はそんな風にして目の前のドラゴンを乗りこなしていたらしい。

 

「なるほどな」

 

 だが、今回はあくまで輸送目的。なら、乗り心地を良くする為にも鞍は必須だったという訳だ。

 

「ただ、一つ問題がありましてな」

 

「ん?」

 

「誰が何処に乗るかがまだ決まっておらんのです」

 

 僧侶のオッサンが続けた答えを聞くなり、即座に納得がいったのは俺達が男女混合のパーティーであるから。

 

「普通に考えるなら、攻撃呪文の使い手が頭で、残りが胴だな?」

 

「ええ。お二人の勇者様と――」

 

 サラ、そしておばちゃんがそれぞれ頭に乗るところまではいい。説明されなくても解る。

 

「残る胴ですが、あの鎧の魔物は勇者様の後ろを希望し、勇者様は『後ろにはお師匠様に居て欲しいでつ』とおっしゃいましてな」

 

「成る程、希望がかち合ったか」

 

「そう言うことです。ちなみにミリーさんも『ご主人様の後ろに』とのこ」

 

「ちょっと待て」

 

 シャルロットは予想出来た。だが、バニーさんが後ろと言うのは、拙い。

 

「この鞍の構造を見るに、三人目の者は前の者に掴まるしかないな」

 

「その様です」

 

 どう考えても胸を背中に押しつけられた状態で長時間過ごすことになると思うのですが、それは。

 

「男女でそれは拙かろう、お前とサラのような関係ならともかく」

 

 バニーさんが嫌いな訳ではない。

 

(むしろ、第一印象ならシャルロットより好みのタイプだっ……って、そうじゃなくて!)

 

 一難去ってまた一難とはこのことか。

 

「何にせよ、背に乗らなければ行けない場所に行くまでにはまだ距離がある。道すがら説得するしかないな」

 

 現状で想定しているルートは、まずドラゴンと一緒にバハラタへルーラで飛び、そこからドラゴンを連れて北上、陸路でオリビアの岬に到達するルートになる。

 

(最後の鍵があれば鉄格子の扉を開けられるから、ポルトガからロマリアの関所にある旅の扉を使うルートもあったんだけどなぁ)

 

 同行者がスレッジではなく俺なので、堂々と解錠呪文のアバカムが使えないのだ。これでは、途中で鉄格子が開けられなくて立ち往生することうけあいである。

 

「いくら盗賊の俺とて、可能と不可能があるからな」

 

 結局、鉄格子があって進めないからと言う理由でバハラタ経由のルートを通ることを説明し、シャルロットとおばちゃんが蘇生呪文の使用で疲弊していることを踏まえ、この日はバハラタの宿屋で一泊。

 

(上手くいけば、ダーマを探してる面々とバハラタで接触出来るかも知れないけど)

 

 何て思っていたが、ジパングに寄り道しているからか、一日前には既にバハラタを出ていたそうで。

 

「……それはそれとして、俺達は何とか岬までたどり着きはしたのだが」

 

 思わず口に出して解説してしまうのは、心の何処かで現実から逃げたいと思っているからかもしれない。

 

「お師匠様、ボクの後ろに」

 

「あ、ああ」

 

 とりあえず、頭に乗る予定のシャルロットは良いのだ。胴の鞍までは距離がある。

 

「あ、あの……ご主人様、宜しくお願いしますね。こ、こういうの初めてで――」

 

 問題はこちら、と言うかバニーさんである。

 

(これでも色々説得したんだけどなぁ)

 

 バニーさんの説得はご覧の通り、失敗した訳だが、ドラゴンたちを借りてきてくれたキラーアーマーに関しては、おばちゃんと同乗する方向で納得して貰ったのだ。

 

(一番肝心の所が失敗しちゃ話にならないよな、うん)

 

 俺としてはいっそのこと勇者サイモンの後ろに乗って、シャルロットとバニーさんの組み合わせで乗って貰うと言う案も考えていたのだが、どうしてこうなったのやら。

 

「まぁ、人間誰しも始めてはあるものだ。そも、ドラゴンに乗って移動したり戦った経験のある人間の方が少なかろう」

 

 俺が知る限りでは、シャルロットとスミレさんくらいだ。後者についてはドラゴラムで俺が変身した龍なのでカウントに入れていいモノか、微妙でもあるし。

 

「念のため、キメラの翼はすぐ使える様にしておけ。シャルロット、お前もな」

 

「は、はい」

 

「さてと、お前も宜しく頼むな」

 

 ここまで来てしまっては仕方ないと半ば諦めモードで安全の為の忠告だけし、ドラゴンに声をかけると鞍へと飛び乗る。

 

「フシュオァァッ」

 

 素の自分だったら思わずビビってしまいそうな咆吼で水色のドラゴンは応じ。

 

「全員乗ったか?」

 

 確認の声をかけ、十数秒間どこからも「まだ」とか「待って下さい」何て声が上がらないのを確認してから、俺は前に向き直った。

 

「良いぞシャルロット、出してくれ」

 

「はいっ。いくよ、みんな」

 

「「フシュアアアァッ」」

 

 シャルロットの声に寝そべっていたスノードラゴン達はゆっくりと身体を浮き上がらせ。

 

「しかし、ここまで来て岬の呪いが解けないとはな」

 

 岬を見つめて、俺は零した。岬の呪いを解くアイテムはサイモン達が幽霊船で見つけたそうなのだが、解呪にはまずこの岬に身を投げたオリビアへこちらの存在を知覚させる必要がある。

 

「船が無くては、どうしようもない、か」

 

 そもそもこの岬の呪いは通りかかる船を恋人の乗った船と勘違いしたオリビアが行かせまいと引き戻すというモノ。逆に言えば、岬を通り抜けようとする船だからこそオリビアは反応するのだ。当然、空を行く俺達には何の反応も示さなかった。

 

(いっそのこと、船っぽく見える丸太の固まりでも近くで作ってみるべきかなぁ)

 

 眼下に見える岬は、船を持って来ようにも、大きく回り込まなければいけない所にあり、船で来るぐらいなら、ホンの一時オリビアを騙す疑似船舶を造った方が早い気がしてしまう。

 

「だが、その前にすごろく場、か」

 

 まだ流石に見えてこないが、それはあくまで普通に探せば。

 

「二人とも俺の身体を少し頼む」

 

 シャルロットとバニーさんに頼むと、俺は自身のまなざしをタカの目に変えて更に空高くから周囲を見渡したのだった。

 




NGシーン
「大人数で乗りますからな。一人なら角を両手で掴んで頭に乗ればよいのですが」
 ポツリと漏らしたら僧侶のオッサンが説明してくれたところによると、イシスに責めてきたディガス達はそんな風に面白格好良く目の前のドラゴンを乗りこなしていたらしい。
「龍○丸とは懐かしいな」
 やはり剣を両手持ちして頭上から振り下ろす一撃でトドメを刺すのだろうか。思わずそんなことを考えてしまう。


次回、魔神英ゆ……じゃなかった、強くて逃亡者第二百三十話「すごろく場に挑む者」

まぁ、想像はつきますよね?


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第二百三十話「すごろく場に挑む者」

「何というか、本当に洞窟だな」

 

 ここがすごろく場だと原作知識で知らなければ、きっとダンジョンか何かと勘違いして装備を固めてから来ていたかもしれない。

 

(そもそも、周辺に国も町も陸続きで何もない場所にすごろく場を建てると言うのも謎すぎるか)

 

 知る人ぞ知る秘密のすごろく場にでもしたかったのかも知れないが、時々思うのだ。このすごろく場の運営ってどう成り立っているのだろうか、と。

 

「普通に考えると採算がとれると思えんのだがな」

 

 ロマリアとカザーブの間のものは解る、旅の途中に立ち寄るのにちょうど良い場所にあるのだから。百歩譲って大きな寄り道になるがアッサラームとイシス間から少し外れた位置にあるすごろく場も良しとしよう。徒歩で行ける場所にあるのだから。

 

「元々は西の川の何処かに橋が架かっていて、何らかの理由で崩落でもしたか」

 

 もしくは最初から利益を度外視した限られた人間だけの為のすごろく場だったのか。

 

「お師匠様?」

 

「ん? すまん、少々考え事をな。まぁ、何にしてもここのすごろく場は景品も万屋の商品もそれなりのものだと聞く」

 

 実際、このすごろく場では万屋の商品を買う為、何度サイコロを振ったか解らない。もちろん、ゲームでだったけれど。

 

「個人的には万屋で購入出来る炎のブーメランという投擲武器がオススメだな。出来れば俺も欲しい程だが」

 

「え、お師匠様が?」

 

「まぁな。ブーメランは視界内の敵を纏めて相手に出来る武器だ。威力の方は今ひとつだが、攻撃呪文の使えない者には多数の敵を相手取る時に重宝するからな、そも」

 

 驚くシャルロットに、全体攻撃武器の良さを説きつつ、俺は自分の腕を示す。

 

「この通り、今俺が使っているのはチェーンクロス。ただの鎖分銅だ。纏めてなぎ払えると言う意味合いではこれも便利ではあるが――」

 

 ただのとか付けている時点で威力の方は察して貰えるとありがたい。

 

「じゃあ、お師匠様の武器確保も兼ねてるんですね」

 

「ふ、否定はせん。そう言う訳でシャルロット、お前に金を預けておく」

 

「えっ」

 

 シャルロットへ肩をすくめてみせるなり、数万ゴールドほど入った袋を俺は差し出し、呆然とする弟子を諭す。

 

「いいか、シャルロット? すごろく場は一人で挑まねばならない施設だ。盤上では魔物と戦うこともあり、罠もある。魔物と戦う戦闘力と戦闘や罠で傷ついた時に自分を癒す回復能力の双方を兼ね備えた者にしかこれは務まらん」

 

 呪文を使ってOKなら俺でもいけるのだが、敢えて俺自身はごく普通の、いや、ちょっぴり強い盗賊と言うことになっている。シャルロットの前で、回復呪文を使う訳にはいかない以上、参加候補者からは外れざるを得なかったのだ。

 

「消去法でサイモンかお前ということになるのだが」

 

 原作では幽閉された上命を落としてしまう勇者サイモンにリアルラックを期待する訳にはいかない。

 

「なるのだが、何です?」

 

「サイモンはここまで来たなら寄りたい場所があるらしくてな」

 

 正確には、サイモンではなくて俺なのだが、同時にサイモンの協力も必要になる為、俺は告げた。

 

「お前がすごろく場に挑んでいる間、別行動をとりたい」

 

 と。

 

「別行動って、お師匠様もついて行くんですか?」

 

「ああ、盗賊の手も必要らしい」

 

 ポーカーフェイスで最もらしく続けて頷くが、こちらは嘘だ。

 

「ば、場所……どちらに向かわれるのか聞いてもいいですか?」

 

「あ、ああ。複数回る可能性はあるが、一つは『ほこらの牢獄』」

 

「あ」

 

「そう、サイモンが囚われていた場所だ。サマンオサの一件で抜け出しては来たものの、獄中で命を落とした者達がそのままになっているらしい」

 

 シャルロットの二人目の師匠の様に助けられるかは解らないが、俺以外ににザオリクの呪文が使える同行者がいるのだ。

 

「そっか、アンさんのザオリクで」

 

「そう言うことだ。上手くいくかはわからん。そして、二つめの行き先は『竜の女王の城』。このすごろく場の東、高山に囲まれた場所にあるらしいが、俺の同行する理由はもっぱらこちらだな。タカのめによる、城の探索」

 

 ゾーマを倒すつもりなら、その身を包むバリアを消滅させることの叶う光の玉の入手は必須。うろ覚えとはいえ、その光の玉を竜の女王が持っていることは覚えていた。

 

「高山の方はドラゴンに乗って越えられるからな。『竜の女王の城』には名の通り竜の女王が住むと聞く」

 

 原作では不死鳥ラーミアを得なければたどり着けない場所だというのに、水色ドラゴンたちの協力は本当にありがたいと思う。

 

「竜の女王……ですか?」

 

「ああ。幸いにもバラモスの城に乗り込むメドはついているが、だからと言ってバラモスがこのまま何もせんとは限らん。暫くは親衛隊が抜けた穴も埋めねばならんし、イシスにした様な侵攻もないだろうがそれでも備えておかねばならん。その点で、人の治める国には船さえあれば連絡がつく、交易網の作成ついでに協力関係を築いておけば、バラモスが小細工してきた時にも対応出来よう」

 

 ただ、いくら船があっても竜の女王の城にはたどり着けない以上、放置してしまっては対策を練っていない竜の女王の城をバラモスが狙ってくる可能性がある。

 

「奴の狙いがこの世界の掌握なら、人の国家のみが侵攻対象ではあるまい。ならば念のためこちらの状況を伝えるぐらいしておかねばな」

 

 以上、シャルロットに対する言い訳でした。

 

(流石にまだほぼ名前すら出てこないゾーマに備える為なんて言えないからなぁ)

 

 だが、何処かで入手はしないといけない品でもある。

 

(後は、オリビアの呪いも解かないとな)

 

 やらなければいけないことが多いからクシナタ隊にも複数グループに分かれて貰ったというのに、すごろく場攻略を入れれば、四つもやることがあるのだ。

 

「流石にすごろくの盤上の上までついていってやることは出来ん。なら、その時間を無駄にせん為にも動こうと思う」

 

 と言う建前で、シャルロットの元を離れれば、呪文の使用を自重する理由もなくなる。

 

(ロディさんだっけ? ともあれ、衰弱して命を落とした人の蘇生には成功した。だったら、竜の女王を助ける方法だって――)

 

 見つかるかも知れない。もっとも、その場合、ほこらの牢獄で行うことになろう蘇生呪文の行使が純粋な人助けでなくなってしまう可能性がある。

 

(人体実験だよなぁ、これって)

 

 結局の所、クシナタ隊のお姉さん達やロディさん、サイモンを蘇生出来たものの、俺はこの世界における蘇生呪文のルールを完全に把握している訳ではない。

 

(それを知れば、助けられる人はきっと増える。増えるけど)

 

 同時に、どうやっても助けられない人との境界線を知ってしまうと言うことでもある。

 

(命の重み、か)

 

 だからこそ、俺は迷い。結論はまだでなかった。

 




まさかのこのタイミングで竜の女王の城へ。

果たして光の玉は託して貰えるのか。

そして、主人公は死者達を前にどう決断するのか。

次回、第二百三十一話「禁忌」

踏み込むことが救いに繋がるのか、まだ誰も知らない――。



と言うことで、この世界での蘇生呪文のルール、ようやく公開出来るかも知れません。


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第二百三十一話「禁忌」

「サイコロの目に逆らうことは出来ない、そう言う意味で言っても仕方ないことかも知れんが、バリアと落とし穴、魔物には気をつけるようにな」

 

 すごろく場に関して、シャルロットに出来るアドバイスなどたかが知れている。

 

「お師匠様……」

 

「大丈夫だ。お前なら制覇出来る」

 

 それでも出来るだけ助言をしてから励まし、おれはすごろく場を後にする。

 

(そう言えば、すごろく場に宿屋のマスとか有って宿泊出来たけど、残されてる他のパーティーメンバーどうしてたんだろう、スタート地点で野宿?)

 

 立ち去る際、割とどうでもいい疑問が浮かんで、そも宿泊ではなく休憩だったことを思い出し、宿泊代のぼったくり度合いまで思考の脱線が飛んだのは、結局の所まだ迷っていたからだと思う。

 

「ゆくのだな、あの場所に」

 

「ああ」

 

 だが、勇者サイモンに問われれば俺は頷くしかない。

 

「誓ったからな。必ず戻ってくる、と」

 

 おばちゃんには先にスノードラゴンの所に行って貰い、今はサイモンと二人だけ。

 

「変・装ッ!」

 

 このかけ声を口にするのは、何日ぶりだろうか。徐に服を脱ぎ、バハラタでこっそり購入しておいた布で作った覆面マントを身につければ、俺はもう俺ではない。

 

「マシュ、ガイ、アーッ!」

 

 どこからどう見ても変態だった。いや、サマンオサのちびっこ達には未だに人気のあるヒーローの再臨であった。

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 しかも、サマンオサを救った救国の英雄でもある。攻撃呪文の使えない何処かの勇者のお師匠様とは別の人物なので間違えないで貰いたい。

 

「それは言うのか」

 

「うむッ、お約束だからなッ」

 

 ともあれ、私が復活したからには有言実行せねばならない。必ず戻ると言った以上、再訪問がこの格好でなければ嘘になる。

 

「勇者シャルロットの師は、一足早く竜の女王の城を探しに旅立ったッ! そう言うことにするのだッ」

 

 割と強引だが、マシュ・ガイアーの格好でなくてはアバカムの呪文を堂々と使えない。結果牢獄の鉄格子を開けられずに詰むという意味でも、この格好での同行は外せないのだ、ただし。

 

「成る程、しかし私と一緒ではその格好の正体を私と言うことにした意味が無くなるのではないか?」

 

 説明を聞いたサイモンが口にする反論も至極もっともである。

 

「うむッ、だからこそここを見て欲しいッ」

 

 頷きつつ俺は自分額を指で叩いた。

 

「そんなことも有ろうかと、『2』と数字を刺繍しておいたッ。つまり、今の私はマシュ・ガイアー二号なのだッ!」

 

 一応、一号に心酔して形から真似てみた元マシュガイアーのファンと言う設定も考えてある。

 

「それと、一号の覆面マントも用意してあ」

 

「解った。魔物と言えど女性を待たせる訳にはゆかぬ、行こう」

 

 何故か言葉を途中で遮ってサイモンが歩き出したのは解せぬが、女性を待たせる訳にはいかないという点についてはもっともだ。即座に後へ続いた私と対面を果たしたおばちゃんの第一声は、「あらあらまぁまぁ」であった。

 

「ともあれ、短い間だが宜しく頼むッ」

 

「こちらこそ。どうぞよろしく」

 

 正体を悟られないよう、私は作ったキャラのままおばちゃんと挨拶を交わし。

 

「ところで、話は変わるが」

 

 それを切り出したのはスノードラゴンの上、雑談の合間。

 

「蘇生呪文で生き返らせることの出来るのは、どのような状態までか教えてくれッ!」

 

 アークマージであるおばちゃんはザオリクの呪文が使える。そう言う意味で、これは聞いておきたいと思っていたのだ。だいたい、ここで聞いておけば、人体実験まがいの真似をせずに済むかも知れない。

 

「まぁまぁ、そうねぇ……それを説明するには、まずどこまで知っているかを先に教えて貰った方がいいかしら?」

 

「うむッ、まず蘇生呪文に必要なのは――」

 

 二度手間になると説明されれば、もっともであったので、私は正直に答え。

 

「あらまぁまぁまぁ、よくお勉強してるのねぇ」

 

 おばちゃんも感心した態であったのだが。

 

「衰弱死した者を蘇生?」

 

 問題は、ロディの一件に触れた時、起きた。

 

「何ッ?! 今、何と?」

 

「その、ね? あり得ないのよ……衰弱して亡くなった人を呪文で蘇生するなんて」

 

 判明したのは、蘇生呪文の使い手の常識すら覆す様なことであったという事実。

 

(つまるところ、アレについて詳しく知るには再現してみるしかないと言うことかッ)

 

 おばちゃんをしてあり得ないと言わしめた、それを検証すべきか否か。

 

「けれど、試させてくれないかしら」

 

 だが、ロディ蘇生のケースを話したことは、有る意味で失言であった。

 

「もし、通常の理を外れた蘇生の方法があるなら、ひょっとしてあの人も――」

 

 諦めた人に不確かな縋る糸見せてしまったのだから。もし、追い求めた先にあったのが、代償を必要とする様な禁忌であったなら。追い求め、されど叶わず、結局徒労で終わってしまったなら。

 

(口を滑らせた私の罪だッ)

 

「検証から始めるとして、まずは近い状態で死亡した人を集め……」

 

 このキャラに似合わず愕然とする私の視界の中で、一人の女アークマージはブツブツ呟きながら、心ここに在らずと言った様子だった。

 




まさかのマシュ・ガイアー再登場。

だが、おばちゃんは動じないのだった。

むしろ、別のことに反応を見せて。

次回、第二百三十二話「再訪」

再び訪れる、ほこらの牢獄。そこで女アークマージは――。


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第二百三十二話「再訪」

「まず、マシュ・ガイアー2号さんのお話を聞く限りであり得ないのは、死後時間がかなり経った遺体の蘇生ね」

 

 おばちゃん曰く、くさった死体よろしく蘇生ではなく魔物にする方法なら存在はするが、時間が経ちすぎてしまった死者を生き返らせる術がまず無いのだという。

 

(まぁ、魔物は戦闘中しか蘇生呪文使うの見たことないもんなぁ)

 

 魔物側も命を落とした直後でなくてもある程度までなら蘇生は可能らしいが、ゲームの勇者一行の様に棺桶にぶち込んで一年後に蘇生させるなんて言う真似はまず不可能らしい。

 

「つまりッ、人間と魔物では蘇生呪文の仕組みが違うと言うことかッ」

 

「そうねぇ。と言うか、人間と言っても勇者一行だからこそ許された特別措置という可能性もあるのだけれど」

 

 ドラゴンの背の上でゾーマ配下だったアークマージと蘇生呪文について議論する一時。他人が見れば目と耳を疑う光景だろうが、話をすりあわせることで、解ってきたことがある。

 

「おそらく、ロディ(やサイモン)が生き返れたのは、勇者一行であるからこその特別措置の可能性が高いと言う訳だなッ」

 

「まず、間違い無いでしょうねぇ。けれど、無理矢理勇者一向にねじ込んでしまうなんて無茶を良くやろうと思ったものだとおばちゃん感心しちゃったわ」

 

「うむッ、正直上手くゆく確信は無かったそうだがなッ」

 

 そもそも、マシュ・ガイアー化したテンションがあったからこそ出来たこじつけである。

 

「ただ、あり得ないことは可能にされた訳だけど」

 

 言葉を濁したおばちゃんが続けるのを躊躇ったのは、覆したルールだけでは夫を生き返らせるに足りないことが解ってしまったからだろう。

 

「呼び戻す相手の名前と、遺体が一定以上残っていること」

 

 このうち後半をおばちゃんの旦那さんは満たしていない。時間の経過だけなら、もう解決したも同然なのだ。

 

「おばちゃんは勇者一行に加わったから、旦那さんも勇者一行ね」

 

 と強引に引き込んだことにしてしまえばいいのだから。クシナタ隊とロディさんと言う成功ケースがあるので、遺体さえ回収出来れば成功すると思う。ちなみに、遺体が無いなら他の死体で代用すれば良いかというと、駄目だそうで。

 

「魂と身体が拒絶し合うから、それを無理に通そうとしても『くさったしたい』みたいな魔物が出来るだけなのよ」

 

 なんておばちゃんに言われてしまった。

 

(けど、じゃあ何で私は憑依出来てるのかって話になる様な……いや、この身体は死んだ訳じゃないからかッ)

 

 色々とややこしいというか、かえって増えてしまった疑問もあるが、スノードラゴンの上での議論だけでは机上ならぬ竜上の空論である。

 

「やはり実地で確認してみるしかあるまいッ」

 

 そも、おばちゃんと私だけで議論してもサイモンが思いっきり蚊帳の外である。もちろん、ただ感傷の為に連れてきたとかではなく、サイモンを連れてきたことにも意味はあるのだが。

 

「時に、サイモンは牢に囚われていた人の名を何人くらい覚えているんだ?」

 

 そう、私が知りうる死者の名はどうしても所持品に名前があったり遺書を残している者に限られる。流石に呼び出す名前を必要とする部分は、超越出来なかったのだ。

 

(だから、おそらく生き返らせることが出来るのは、サイモンが覚えてる人数プラス数名ッ)

 

 サマンオサとか獄内に収監されていた人間のリストでもあれば更に大勢救えたかも知れないが、ゲームでサマンオサの城の牢へ投獄された勇者一行がそのまま抜け穴から出てしまっても騒ぎにならなかったぐらいだ、同じサマンオサの管轄下なら、几帳面に記載してるとは思いにくい。

 

「それでも救える命があるなら、動かぬ理由はないのだッ」

 

 説明しよう。助けられる者が居るなら躊躇しない、それがマシュ・ガイアーなのだ。

 

「とうッ」

 

 熱意の炎を消さぬ為、私はスノードラゴンの背から飛び降りると、着地するなり目的地であるほこらの牢獄へ向き直る。

 

「ついに戻ってきたッ」

 

 これから始めるのは、地味にして楽しいとは言い難い遺体を運び出す作業だ。

 

(この作業はどうしてもサイモンの協力が不可欠ッ)

 

 私にとってはただのしかばねも、放置されてる場所次第でおなじ牢獄に幽閉されていたサイモンなら生前の名前を知って居るかも知れないのだから。

 

「あらあら、牢獄って言うだけはあるわねぇ」

 

「うむッ。さて、ここからは私達で行くッ、蘇生の準備をしていて貰えるかッ?」

 

 周囲を見回すおばちゃんに同意しつつも問いかけて。

 

「――これで、最後だ」

 

 そこから、名前の判明した遺体を全て運び出す作業を二人でこなし終えれば、いよいよ本番。

 

「ふ、この牢獄に囚われていたと言うことはサイモンの仲間、すなわち勇者一行の一人ッ」

 

 私がまずこじつけて、覆面をずらして指を口にくわえると勢いよく息を吹く。

 

「何をしていると言われる前に説明しようッ、前のケースの再現と言うことで『くちぶえ』を使って敢えて魔物を呼び寄せたのだ」

 

 説明はしたッ、ツッコミは受け付けないッ。

 

「ゲコッ」

 

 私の口笛に釣られたのか、奴らは現れた。

 

「ザオリク」

 

 すかさずおばちゃんが呪文を唱える。

 

「良しッ」

 

 半ばミイラと化していた骸に反応があったのを確認した私は、力強く頷く。検証を兼ねている以上、出来うる限り状況を似せるのは必須。

 

「ゆくぞッ、来て貰って早々だが倒させて貰うッ」

 

 片手を突き出し、唱える呪文も前と全く同じ呪文で。

 

「協力に感謝しようッ。そしてさようならだッ、イオラッ」

 

「ゲ」

 

「シャ」

 

 ほぼ同じ台詞に続いた呪文によって魔物の群れは消し飛んだ。

 




ほぼおばちゃんとだべって考えるだけの回でした。

次回、第二百三十三話「理(ルール)」

いよいよ、そが明らかに。


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第二百三十三話「理(ルール)」

「信じられない」

 

 マシュ・ガイアーにすら動揺を見せなかったおばちゃんからすると、それは異常事態だったのだろう。

 

「だが事実だッ」

 

 結果を先に言うなら、衰弱して命を落としたと思われた者の内数名は助けられた。

 

(逆に言うと、全員は助けられなかったと言うことだけど)

 

 助かったと言っても歩くことすらままならぬほどに衰弱していた為、蘇生させた人々はサイモンがルーラで連れて行き、今この場にいるのは、おばちゃんと私、そしてスノードラゴンだけ。

 

「ともあれ、結果からすると救えるケースと救えないケースがあったと言うことだなッ」

 

「そうねぇ、問題は何が明暗を分けたかだけど」

 

 私の言葉に相づちを打っておばちゃんは呟く。

 

「一応、仮説ならあるぞッ」

 

 直後にそう応じられたのは、私がマシュ・ガイアーしていたからであろう。いつもの自分なら言うべきか言うまいか迷っていたはずなのだ。

 

「え?」

 

「ただし、確証はないッ」

 

 思ったことは率直に、躊躇わないですぐ口に出すのがマシュ・ガイアーだ。

 

「それでも良いわ、話してくれるかしら?」

 

「うむッ」

 

 おばちゃんの要請を受け、私は告げた。

 

「鍵はレベルアップだ」

 

 と。

 

「れべる、あっぷ?」

 

「説明しようッ! レベルアップとは戦いで経験を積んだ存在が成長しパワーアップする現象をさすのだッ」

 

 オウム返しにキーワードを口にしたおばちゃんの疑問に答えるべく、即座に解説を始め、更にこれへ補足説明を繋ぐ。

 

「助かった者は、戦闘に縁がない者、戦闘経験のない者が多かった」

 

 つまり、ゲームで言うところの低レベルキャラ。ちょっとの経験値でもレベルアップがしやすく。レベルが上がると生命力と言うか最大HPも上昇することがある。

 

「成長によって増えた分でかろうじて一命を取り留めたのではないかッ、とこういう訳であるなッ」

 

 もの凄くゲーム脳的な理論だと思うが、これなら、救える人間とそうでない人間が出た理由も説明がつくのだ。

 

(増えた生命力分で対抗出来るなら、病死にも効果はあるかも知れないなッ)

 

 もっとも、その全てがこの仮説通りならの話。検証し、理論が正しいと証明するならそれこそここからは非人道的な実験というか確認作業をしなくてはならなくなる。

 

「予め言っておくが、このマシュ・ガイアー2号、悪事には荷担せぬッ」

 

 理論の提唱者であるからこそ、確認するにはどうすればいいかと言ったことが即座に思いつく。だからこそ、私の表明は早かった。

 

「そもそも、今回の情報を完璧にしたとしても夫君を蘇生するにあたって役に立つとも思えぬしなッ」

 

 結局の所、今回のケースは不可能を可能にしたと言うよりも知られていないルールを活用して一般的には無理だと思われていたことを成功させたという形に近い。

 

(逆に言うなら、不可能はやっぱり不可能って言うことにも等しい気もするんだけど)

 

 希望を持たせた上で絶望に突き落としてしまった様で、おばちゃんの顔が見づらい。マシュ・ガイアーしてなければ気落ちして顔さえ上げられなかったかも知れない。

 

「敢えてあやまっておこうッ、すまんッ」

 

 だが、マシュ・ガイアってるからこそ頭を下げることも出来た。このテンションに救われた面もあるのかもしれない。

 

「少し一人にしておいてくれるかしら」

 

 もっとも、そんなことを言われた上で敢えて無視する様な厚顔無恥さを発揮出来るほどマシュ・ガイアーはフリーダムでもなく。

 

「了解したッ! ならば私はオリビアの岬に向かう。行き先を訊ねられたらそう伝えてくれッ」

 

 ただ謎のポーズをとると、私はその場を立ち去って。

 

(さてと)

 

 ここまで来るのに乗せて貰ってきた水色の東洋ドラゴンを視界に入れて呪文を唱える。

 

「モシャスッ」

 

 おばちゃんに足としてスノードラゴンは残して行かねばならない、故にオリビアの岬までの移動手段として空の飛べる魔物に変身したのだ。

 

「フシュオァァァァァッ」

 

 マシュガイアーの時間は終わり、短い空の旅が始まる。

 

(とりあえず、木の生えてるところに行って見せかけだけでも良いから船っぽいモノを作らないとなぁ)

 

 ルーラの呪文で運んでこれるなら良いのだが、いかんせんこの周辺に、呪文で飛んでこられる場所はなく。

 

(少なくともこの格好で上空を飛んでもオリビアが反応しないのは、行きで確認済みだし)

 

 一応、船で通らなくてもむき出しの「あいのおもいで」をぶら下げて通ってみてはどうかとも考えてはみたのだが。

 

(まぁ、ドラゴンに三人乗りしてた時は不測の事態が起こったら拙いと思って提案を自重したんだっけ)

 

 今は一人、どのみち船の張りぼてを作る為に近くを通るなら、試してみる価値はある。

 

(問題があるとすれば、一度モシャスを解いて別の飛べる魔物で挑むことになる点ぐらいかな)

 

 だいたい、張りぼて作戦が上手く行く保証だってないのだ。

 

(あ)

 

 考えつつ進む内、見えてきたのは岬。

 

(うーむ、やるだけやってみるかぁ)

 

 少し迷った俺は手前の陸地と岬を交互に見た後で、手前の陸地へ降り立つべく高度を下げるのだった。

 




この理論通りなら命の木の実でも可能に見えますが、蘇生直後の人に木の実を食べる体力が残されていない為代用は不可能です。

と、実はそんなルールになってました。

次回、第二百三十四話「オリビア」

オリビアの岬って聞くと、無駄知識を披露するテレビ番組を思い出してしまう不思議。


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第二百三十四話「オリビア」

「やっぱり無理だったか」

 

 岬の上、あいのおもいでを片足にぶら下げた巨大な猛禽から人の姿に戻った俺は苦笑する。

 

「しかし……まぁ、あれを収穫はあったと言うのは不謹慎すぎるんだけど」

 

 ただ、飛んでいる最中に見つけたモノがあったのだ。

 

「おそらく、呪いで引き戻されたのかな」

 

 陸地からは殆ど死角になる場所にあったのは、座礁した船。遺棄されたらしく風雨にさらされてあちこち痛んではいたが、完全に原型をとどめていて。

 

(使わない手はないよなぁ)

 

 遺棄された理由についてはおおよそながらも解っている。海底から突き出した穂先の様に鋭い岩と浅瀬に挟まる形で固定されてしまっているのだ。

 

(攻撃呪文じゃ船腹まで傷つけてしまうかも知れないけど、俺にはまじゅうのつめがある)

 

 バイキルトをかけた上でなら岩だって切り裂けるだろう。

 

(後は応急修理をした上で、帆を張り替えて)

 

 最期の仕上げは、イオナズン。威力の高い爆発を生じさせる呪文の爆風を帆に受けさせ、船を浅瀬から引っぺがす。割と荒っぽい方法だが、現状では岬を浮いたまま通行が出来れば良いだけなので、問題も無いと思う。

 

(まぁ、船が沈まず、余裕が有ればルーラでポルトガに運んで修復して貰って二隻目の船として使うというのも手か)

 

 ともあれ、こうしてオリビア岬にかかった呪いを解くメドはつき。

 

「贅沢を言うなら二人とも助けたかったけど、流石に無理か」

 

 幽霊船までいけばこの岬に呪いをかけた娘の思い人の方は亡骸を確保出来るだろうが、岬から身を投げた娘の方は海流の専門知識など無い俺には難しすぎる。

 

(片方だけ生き返らせたとしても、それが救いになるとは思えないし)

 

 俺に出来るのは、せいぜい成仏させてやることだけだ。

 

「ふむ、使えそうだな」

 

 いつもの勇者の師匠モードに戻った俺は、岬から垂らしたロープを滑り降りて座礁船の甲板に降り立つと、あちこちを確かめて呟き。

 

「とりあえず甲板は問題ない様だし、次は船倉と船底だな」

 

 穴が空いていないことを祈りつつ、落とし蓋を開くと足音を殺して階段を下りる。放棄された船とは言え、魔物が巣くっていたり、山賊なんかがアジトに使っている可能性だって否めない。

 

(何より、ゲーム外の展開だから、原作知識が通用しないもんな)

 

 もちろん、普段だって原作を頼りにしすぎるのは良くないと思うが。

 

「ふむ、思い過ごしか……」

 

 降りた先にあったのは、かび臭さと磯の匂いとが混じり合った様な異臭だけだった。目立った損傷は無いが同時に積み荷の様な物も何もない。

 

「他の船に移し替えでもしたのか、はたまた通りかかった者が持っていったのか」

 

 がらんとした内部だからこそ魔物などの隠れられる場所も存在せず、点検を終えた俺は即座に応急修理に取りかかり。

 

「……こんな所だろう」

 

 マストからぶら下がる帆は、マシュガイアーの覆面マントや布の服などをまで使ったつぎはぎ、補習部分は素人臭さが隠せていないが、俺は素人なのだ。まぁ、誰も文句を言う人は居ないのだけど。

 

「ふ、これがツッコミ不在の寂しさか」

 

 べ、別にぽっちになって急に寂しくなったからボケてみたとかそう言う分けでもない。まぁ、一人になると独り言ってついつい口をついて出てしまうものだとは思うけれど。

 

「さてと、始めるか。イオナズン!」

 

 ここからは、爆発呪文のターンだ。

 

「イオラ、イオ、イオラぁ」

 

 船を巻き込まない距離で呪文によって爆風を生じさせ、無理矢理船体を前へと進ませる。船員ゼロの状態では帆の張り方や向きを変えて風を捕まえるだとか、オールを使って漕ぐなんて真似は不可能。このごり押しだってやむを得なかった。

 

「イオラっ……ん?」

 

 何度呪文を放った後のことだっただろうか、爆音に紛れて悲しげな歌声が聞こえ始め。

 

「頃合いか」

 

 俺は腕にぶら下げていたあいのおもいでをかざした。

 

「ああ、エリック! 私の愛しきひと。あなたをずっと待っていたわ」

 

「オリビア、ぼくのオリビア。もうきみをはなさない!」

 

「エリックーッ!」

 

 浮かび上がる青年と娘、長い時を経てようやく再会の叶った二人の逢瀬に水を差す気なんてサラサラ無いのだが、ふと思う。

 

(名前、伸ばすなら「エリーック!」の方がしっくりくる様な気がするんだけど)

 

 割とどうでも良いことを。

 

「ま、何にしても」

 

 これで呪いは解けるはずであり、この地で出来ることはもはや終えたと言うことでもある。

 

「すまんな、会わせることしかしてやれなくて」

 

 空へと昇って行く二人へと詫びてみせると、俺は手を空に向けて突き出した。

 

「イオナズン」

 

 末永く爆発しろ、とかそう言う訳ではない。船を岸に着ける為の推進力を得ようとしたのだ。

 

「さて……船はこのまま岸につけて置いて行くとして、サイモンはルーラを使ったから牢獄には戻って来られまい。となると、やはり単独で竜の女王の城を目指すよりないか」

 

 おばちゃんはまだそっとしておいた方が良いとも思う。

 

「しかし、まさかまた一人旅をすることになろうとはな」

 

 何人かで居ることが多い状況に慣れたせいだろうか、気がつくとつい無意識に同行者を求めてしまうようで。

 

「いや、これ以上人員が増えたら収拾がつかんか」

 

 頭を振ると、指をくわえ、思いっきり息を吹く。船を放置して行くなら、ここから先はまた空の旅、モシャスで変身する為のモデルになる魔物は必要不可欠だった。

 




NGシーン
「ふむ、使えそうだな」
 いつもの勇者の師匠モードに戻った俺は、岬から垂らしたロープを滑り降りて座礁船の甲板に降り立つと、あちこちを確かめて呟き。
「ヨホホホホ、パンツ見せて貰っても宜しいですか?」
「なっ」
 背後から聞こえた声に振り返り、驚きに目を見張る。そこにいたのは、ステッキを持ったアフロ髪の白骨だったのだから。
「おや、男性でし」
「グランドラインに還れアフロ骨ぇぇぇっ、バシルーラぁぁぁぁッ!」
 クロスオーバーしたつもりはない。あんなタキシードっぽい服を着た骨なんて知らない。
「ギャァァァッ」
「さて、と」
 あれはきっとただのアンデッドモンスターだと自分に言い聞かせ、俺は座礁船の確認作業を再開するのだった。

激しく出来心、久々に家に置いてあったワンピースの単行本を読んだ結果がこれだよ。

ともあれ、岬の呪いを何とか解いた主人公、次に向かうのは竜の女王の城か?

次回、番外編17「ダーマへの道のり(カナメ視点)」

あ、そろそろ別行動の人にもスポットを当ててみようかなぁって。


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番外編17「ダーマへの道のり(カナメ視点)」

「勝負して貰えませんか?」

 

「はぁ」

 

 これで何度目になるだろうか、このエビルマージから挑まれるのは。

 

「そろそろ止めておかない? こう見えてもあたしは玄人、素人が挑んで勝とうって言うのは」

 

「解っては居ます。解っては居ますが……ずるいじゃないですか」

 

 やんわりとお断りしようとしたあたしを恨みがましく見てくる魔物の名は、ウィンディ。先日、何故かあたしに懐いたエビルマージの姉で、ことあるごとに「お姉様」とあたしに寄ってくる肉親の姿を見て対抗心を抱いたらしく、バハラタを立った後は、毎日がこれだった。

 

(最初に話した時は、このエビルマージと敵対したままで済まなくて良かったと思ったのだけれどね)

 

 スー様に負けて部下になった魔物達によると、親衛隊一番の智者だったそうで、詳しく聞いてみればとんでもない逸材だった。サマンオサの王様を魔物と入れ替え、勇者サイモンを幽閉させ、勇者オルテガとの合流を妨げたのが、実は彼女の仕業だったというのだから。

 

「あのまま勇者二人が合流した場合、ネクロゴンドに乗り込んでくる可能性が高かったんですよ。そうなれば、私はともかく、エピニアの身まで危険にさらされる」

 

 その結果として、幽閉された勇者サイモンは命を落とし、サイモンとの合流を諦めた勇者オルテガは、単独でネクロゴンドへ向かう途中、魔物に襲撃され、戦いの末火口に消えた。

 

「解っています、サマンオサがああなったのは私のせいであると」

 

「成る程な……」

 

「ち、違います。姉は、予想してなかったんです。さ、サマンオサを任されたあの方が、あんな暴挙に出ることまで」

 

 イシスの戦いの後、いっさい弁解をせず己の身を差し出そうとした所にあの子、エピニアが割り込んで来なければ、知らずに居たことはもっと多かったんじゃないかとも思う。

 

(スー様とまでは断定していなかったみたいだけど、あのおろちが保身から誰かの軍門に降る可能性を見抜いてバラモスに諫言してたなんてね)

 

 当時はまだ親衛隊でもなくおろちの方が魔物としての格が上である為、バラモスは信じなかったそうだが、もしバラモスがその発言を一考の価値有りとしていたら、どうなっていたことか。

 

(スー様が親衛隊を引き抜いて……いえ、あの子を殺さず保護して居なかったらどうなっていたことか)

 

 肉親の情を最優先としているフシのある彼女のことだ、もしスー様達があの子を手にかけていれば、持てる知謀を尽くして復讐しようとしたことは、想像に難くない。

 

(それが、今はあの子の歓心を得ようとあたしと張り合ってるだけだものね)

 

 エピニアがあたしの盗賊としての技術を褒めたらしく、挑んでくる勝負の内容も襲ってきた魔物からどちらがより多くの戦利品を獲られるかという、明らかにあちらが不利な勝負だ。

 

(あの子のことが絡むととたんに残念になるみたいだけど)

 

 一人っ子のあたしには少々理解しづらい。もっとも、スー様に生き返らせて貰って、クシナタ隊という仲間が出来てなければ、欠片も理解出来なかっただろう。

 

(手のかかる子は、隊にも居るものね)

 

 隊が家族だとすれば、ウィンディがあの子を見る感情というのは、きっと。

 

「勝負というのは、やってみなければわからないものです。それに私が勝つ可能性はゼロじゃない。にわかには信じがたい話ですが、あの勇者サイモンが健在だというなら、私は彼へ首を差し出す前に、どうしても貴女に勝って、エピニアに『お姉様』と呼んで貰いたい」

 

「だから、貴女が首を差し出しても、サイモンさんはその首を落としはしないわよ」

 

 このやりとりももう何度目になるだろうか。

 

「その話はおしまい、そろそろタカのめで付近の偵察をしないといけない頃合いだわ」

 

 話を打ち切るだしに使いながらもあたしは、側にいた隊の皆に周囲の警戒を任せ、まなざしをタカの目に変えて大空へと飛ばす。

 

「え?」

 

 続く山地の先、森に囲まれた場所に何かが見え、思わず声を漏らした。

 

「どうしたの、カナメちゃん?」

 

「……あったわ。たぶん、ダーマの神殿」

 

 視界はまだ空を駆けたまま、耳に聞こえた質問に答えた直後だった。

 

「ええええっ!」

 

「どっ、どこ、何処?」

 

「……タカのめでようやく見える距離なら、ここから探してもあたしちゃん無駄だと思うよ?」

 

 耳を塞ぎたくなる程喧しくなる中、至極冷静に指摘するスミレは遊び人になったばかりの頃とは随分違う。

 

(やっぱり、賢者になるつもりなのかしらね)

 

 声には出さず、密かに思いつつも視線を戻したあたしは歩き出す。

 

「案内するわ、ついてきて」

 

 神殿に着けばスー様の言う転職と言うのを試みる子は他にも居るだろう。

 

(転職、ね)

 

 その時あたしはどうするか。実はまだ決めかねている。ただ一つ、変わらず思っていることがあるとすれば。

 

(盗賊と商人が増えてくれると助かるわね)

 

 スー様との「れべるあげ」を思い出すとそれだけは願わざるを得ないのだ。わたし達の後輩がどれ程苦労することになるかを解っていたとしても。

 

 




 ふぅ、ようやくエピちゃんのお姉さんが出せた。

 と、言う訳で普段は常勝軍師ばりの智将、ただしエピニアのことになると一気に残念になってしまうエビルマージです。

 作中には出せませんでしたが、この反則っぽいレベルの知謀がある為なのかとある欠陥を抱えていたりします。

 ともあれ、こうしてダーマを発見した別動部隊。こちらも着実に成果を出しているようです。

 と言ったところで、視点はまた主人公に戻るのですが。

次回、第二百三十五話「遠ッ」

 世界地図を見れば説明はきっと不要ですね。


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第二百三十五話「遠ッ」

「そう言えば」

 

 もし人語が発せたなら、俺は間違いなくそう呟いていたと思う。着かない、そうかなり長いこと巨大な猛禽に変身して飛んだのに、目的地を囲んでいるはずの高山地帯さえ見えてこないのだ。

 

(あぁ、そろそろ呪文の効果が尽きるな。陸地に進路をとって降りないと)

 

 地図で見る限り、最短距離を通るなら内海を突っ切るルートになるが、一度の変身で踏破出来る距離ではない。結果として時折海岸線に寄る弧を描く様なルートで俺は目的地を目指している。

 

「はぁ、間に合ったぁ」

 

 だからこそ、問題なく陸地にたどり着き、変身を解けはした訳だが、ただ着地出来たと言うだけであり。

 

「く……大半は滑空しているだけの筈だったんだけどなぁ」

 

 猛禽の時から感じ出していた腕の疲労感に顔をしかめつつ、気休め程度にでもなればと腕を揉みほぐし、何度目かも忘れた休憩タイムをとるも、疲れは確実に身体へ溜まっていた。

 

「うーん、ここは変に意地を張らずに岬の宿屋で一泊してくるべきだったのかも」

 

 首を巡らせれば、周囲は山地で町はおろか村すら見あたらない。

 

(まぁ、ゲームでもこの辺りは何も無かったからなぁ)

 

 原作と比べると広くなり、人口も増えているこの世界とはいえそう脈絡もなく町や村が増えてはいないと思う。

 

「だいたい、辺りを見回してみても山ばっかりだし、強いて上げるモノがあるとすれば、進行方向に煙が上がっているぐらいで――」

 

 本当に何もない。

 

「ん、煙?」

 

 思わず二度見すると、それは山火事などのような無秩序な煙ではなく、誰かがたき火でもしているかの様なピンポイントに細くたなびく煙。

 

「いやいや、ご都合主義すぎるよね?」

 

 疲れているのを自覚し、休めたらなと思った直後に見つかる時点で、思わずツッコミを禁じ得ない。

 

「まぁ、シャルロット達の居るすごろく場があるのも同じ陸地だし、すごろく場に向かおうとしている旅人が休憩をしているって言うなら、あり得なくもないのか」

 

 一応自身を納得させようとそんな理由をでっち上げてみたが、厳しいものがある。問題の煙が上がっている場所はすごろく場へ向かうルートからは結構外れた森の中なのだから。

 

「明らかに胡散臭いよなぁ」

 

 寄ってみるか、スルーするか。

 

「……とりあえず、確認だけはしていこう。進行方向だし」

 

 少し悩んで寄り道を決めた俺は、上がる煙を頼りに歩き出し。

 

「うわぁ」

 

 山地を踏破した先で見つけたのは、殆ど森の木々に埋もれた一軒の家だった。見れば、かろうじて見て取れる屋根の一部から煙突が飛び出しており、見つけた煙はこの煙突から立ち上っていたモノだったらしい。

 

「うん、どう考えても都合良すぎるだろ」

 

 まるでここで休んで行けと言わんがばかりのタイミング。

 

「日頃の行いが良いからだ、なんてポジティブに考えられる思考は流石にできないよなぁ」

 

 むしろ、罠の可能性を疑って、足音を殺し周辺に生えた木々や茂みを利用して、身を隠しながら俺は何者かの住居に忍び寄り。

 

(ん? ……ああ、そういうことか)

 

 密かに窓から中を覗き込んで、納得する。視界に飛び込んできたのは、煮えたぎる釜と、その前に立った赤いローブを着た老婆。紫色の肌をしてる時点で人間の可能性は消えていたし、壁に掛かっているとんがり帽子と箒から正体も察せた。

 

(そりゃ、人型の魔物なら、人のものに似た家を作って住んでても不思議はないわな)

 

 だから、不正はない。おかしいところは何もなかった。

 

(問題は、ここからどうするかか)

 

 以前にあった同系統の魔物があからさまな外道だったので、問答無用で倒してしまっても良いんじゃないかと言う気がしてしまうが、元バラモス親衛隊の面々やおばちゃんな例も存在する。

 

(うーん、モシャスで仲間に変身して話しかけてみるべきか)

 

 その上でカマをかけ、魔物が外道であればそのまま倒してしまえばいい。何より相手は空が飛べる箒を所有しているのだ。翼を動かして飛ぶ猛禽よりも飛行が楽な様にも思える。

 

(まぁ、結局の所箒にしがみつく訳だから腕に負担がかかるのは同じかも知れないけれど)

 

 このまま無視して、中の魔物が後々悪さをして周辺に被害が出たら悔やんでも悔やみきれない。

 

(さてと、そうと決まればまずはモシャスで変身するモデルを探さないとな)

 

 くちぶえで呼び寄せても良いが、ここで鳴らすと高い確率で家の中から老婆が飛び出して来そうな気がする。

 

(呼び出しは厳禁、として……これだけ広ければ魔物もそれなりの数が居るだろうけれど)

 

 周囲は森、探すのは骨だろう。

 

(いっそのこと、イシスで使ったアレをやった方が早いか。人型の魔物なら覆面とか被るだけで割合お手軽に変装出来るし)

 

 手間を考えてもう一つ別の手をとるべきかとも考えつつ、耳を澄ませ地面に目をやる。もし、周辺に魔物が居るならその行動もまた選考基準になるのだから。旅人を襲ったりしていれば、殲滅確定。

 

(と言っても、こんな所をうろついてるのは余程の物好きか、遭難者だよな)

 

 自分の様な例外を除けば。

 

(ん? 今のは)

 

 それから、どれ程捜索を続けただろうか。ふいに茂みの鳴る音を耳にした俺は、木の陰に身を隠し、音の方に目をやる。出来れば会話が可能な魔物であれば良いなと、密かに願いつつ息を殺して待ち。

 

(あるぇ、何だか何かが転がる様な)

 

 茂みの更に奥から別の物音が聞こえた直後だった。

 

「うおおおおおっ、助けてくれぇぇぇぇっ」

 

 悲鳴をあげて、覆面マントと下着だけというとんでもない格好の変態が飛び出してきたのは。

 

(えーと)

 

 何かに追われている、というのは解る。脇目もふらず一直線に逃げていったのだから。

 

(まさか とは おもいます が ひょっとして)

 

 問題は、変態が走ってきた方向だった。俺の記憶通りなら、そちらは山地で。

 

(あ)

 

 茂みを突き破り、もの凄い勢いで顔のある岩が転がってきたのは、その直後。

 

(山の斜面で勢いがついて、止まらなくなった、とかかなぁ)

 

 まるでコントか何かの様に変態を追いかけて転がっていった岩の魔物は、ばくだんいわという名だった気がする。

 

「ふぅ、さてと……どうやらあの覆面マントを着用すれば問題なさそうだな」

 

 割とつい最近あんな格好をした覚えがあるのだが、まぁ、良いだろう。

 

「放っておいても寝覚めが悪い。助ければ情報源になってくれるやもしれんしな」

 

 勇者のお師匠様モードに口調を直した俺は、岩の挽き潰した草の後を頼りに、走り去った覆面の変態を追いかけることにしたのだった。

 

 




魔物も生息してるなら、どこかに住処はあるはず。

そんな点にスポットを当ててみた回(前編)でした。



偶然であった魔物は、外道か、それとも。

そして、ばくだんいわに追われる変態は果たして有益な情報を持っているのか。

次回、第二百三十六話「お宅訪問をしてみよう」



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第二百三十六話「お宅訪問をしてみよう」

「流石にあれを蹴るのはやめておいた方が良いか」

 

 転がる球形を見ると何となく足が出てしまいそうになるが、前をゆくそれは自分の命と引き替えに敵を消し飛ばす自爆呪文の使い手である。反射呪文を走りながら唱えた俺自身は大丈夫だが、助けようと思って追いかけている覆面マントの変態が消し飛んでしまっては、追いかけてきた意味もない。

 

(勢いはついているが、あの大きさなら前に回ればっ)

 

 こういう時、素早さがウリの盗賊で良かったと思う。ペースを上げて一気に転がるばくだんいわを追い越し。

 

「止まれぇぇぇぇっ!」

 

 前に回り込むと盾をかざして転がり続けるそれを受け止める。

 

「うぐっ」

 

 相当勢いがついていたらしくかなりの衝撃が盾ごしに伝わってきたが、俺の装備している盾はみかがみのたて。そんじょそこらで売っている安物の品とは訳が違う。

 

「……まぁそうだろうな」

 

 ビキッと音を立てて割れたのは、転がってきたばくだん岩の方だった。多分、転がってくる間にもあちこちにぶつけてダメージが蓄積していたのだろう。

 

「さてと」

 

 見た訳ではないが、盾の向こうで身じろぎしたので、死んだ訳ではなさそうなのは理解している。ただ、動くたびにパキッとかピシッとか音がして、欠片が草の上に落ちていたりもした。

 

「メ、メ……」

 

「とりあえず、そこのお前、全力で逃げろ」

 

 盾の向こうから不穏な声が漏れてきたので、後ろを振り返らず、受け止めた魔物を刺激せぬ様、出来るだけ声は荒げずに言う。

 

「あ、うわぁぁぁぁ」

 

 だが、俺の気遣いも半ば無駄になったかも知れない。後方にいた変態の叫び声が遠ざかり。

 

「メ、メ……ガ……ン」

 

 刺激された生ける危険物が呪文を唱え始めたのだ。

 

「っ、舐めるなぁぁぁっ!」

 

 だが、わざわざ自爆を許すつもりはない。盾を退け、足を後ろに引くと渾身の力で俺は「それ」を蹴りつけた。

 

「シュゥゥゥゥッ!」

 

 流石に水色生き物と違って固く重いが、全力ならある程度の高さまでは打ち上げられる。

 

(今だっ)

 

 ばくだんいわの呪文が発動するよりも早く、片手を突き出すと、呪文を唱える。

 

「イオナズンっ」

 

 打ち上げたと言っても標的との距離はあまり離れていない。まさに自分を巻き込む零距離とは行かないまでも至近距離での呪文による爆破。

 

「ふ、シャルロット……すまんな。俺は」

 

 次の瞬間、視界は真っ白に漂白され、耳を塞ぐことさえ無益に思えるほどの爆音と共に出現した爆発が俺を飲み込んだ。

 

 そして、数秒後。

 

「いや、無傷な訳だがな」

 

 呟いたが、自分の声を知覚できたかどうかは怪しいところだった。

 

「とりあえず、ベホイミ、と」 

 

 自分の両耳に回復呪文をかけるが、爆発の煙やら巻き上がった塵はまだ晴れない。

 

「あの呪文用にマホカンタをかけていて助かったな。しかし、これを応用すれば、零距離からのイオナズンも理論上は可能か」

 

 やり方次第では自爆呪文に見せかけて自分が死んだことにするのに使えると思う。

 

(サイモンにもう一度マシュ・ガイアーして貰って何処かで入れ替わり、死亡を装うかぁ)

 

 バラモスがイシスを侵攻などしてこなければこの方法で勇者サイモンへバラモスが向けた目は欺けたかも知れない。

 

「まぁ、今更だな」

 

 だいたい今の勇者一行には蘇生呪文を覚えたシャルロットが居る。敵味方を両方欺く死んだ振り詐欺をやらかすには無理があった。遺体を絶対に回収されない方法で行使しなければ、蘇生を試みられて失敗しかねない。

 

「まぁ、検証はこれぐらいにしてとりあえず、変態を追うか」

 

 俺の記憶が確かならあの変態の魔物名はデスストーカーだったと思うのだが、つきまとう人の名を冠する魔物を追いかけるというのも微妙にシュールな字面な気がする。

 

「追跡者はチェイサーだったな。となるとさしずめ今の俺は『デスストーカーチェイサー』」

 

 こんなくだらないことを考えられるのも、ある意味余裕のなせることか。

 

「べ、別にツッコミが居なくて寂しい何て訳じゃないからな」

 

 つくづく仲間達と一緒にいる時間が長かったのだと、密かに実感する。

 

「いかんな……こう独り言が多くては危ない人と思われてしまう」

 

 とりあえず、さっきの変態をさっさと見つけよう。苦笑を隠さず、ただ足跡を追跡し。

 

(ふーむ。これは、何と言えば良いのやら)

 

 辿り着いた先は先程の家。

 

「おい、ばあさん! いるんだろ? ばあさん!」

 

 見つけたのは、変態が必死にドアへ拳を叩き付けているという、謎の光景だった。

 

「ええい、やかましい。何の用じゃ?」

 

「良かった。ちょっと来てくれ、恩人が大変なんだ! オレを庇って爆弾岩の爆発に……確かばあさんは回復呪文が使えただろ? それで――」

 

(成る程なぁ)

 

 どうやら、変態の方は俺が助けたことを恩に感じ、助けを求めに来た、ということらしい。

 

(まぁ、人型だからなぁ。ジーンの時みたいに中身が人間ならこういう展開もアリと言えばアリかぁ)

 

 そして、頼りにした所から察するに、この二人はおそらく顔見知り。

 

「爆弾岩じゃと? 一体何があったんじゃ?」

 

「オレは何もしてねぇよ、山道を歩いてたら、急に爆弾岩が転がってきて、必死に逃げたけど追いつかれそうになったところで、そいつが助けてくれたんだ」

 

「ふむぅ、そう言えばさっきあっちの方で何ぞ爆発音がしたのぅ。して、その恩人は」

 

 身振り手振りを交えて説明する変態の話を吟味しつつ老婆は冷静に質問をし。

 

「そ、それが逃げるのに必死で顔も見てねぇ」

 

「……呆れてモノが言えぬとは、このことじゃな」

 

 言いづらそうにしつつも結局白状した変態を見て顔を引きつらせた。

 

(とりあえず、話を聞いている分には悪い魔物という感じはしないが……だからこそやりづらいな)

 

 一連のやりとりを物陰から目撃した俺は、密かに嘆息しつつ片手で顔を覆う。あからさまな外道なら斬り捨てて終わりで良いのだが、なまじ恩に感じてくれているからこそ始末が悪い。

 

(あの言い様だと、助けに入ったのが魔物なのか人間なのかすら解っていないようだし)

 

 出て行くタイミングという意味合いでも少し困る。変態の方はさておき、老婆の方は冷静な様だし、ばくだんいわのメガンテに巻き込まれたなら、変態の言う恩人は生きていないものと見なすだろう。

 

(今出て行くと、相手の反応が読めないし、タイミングを逸すと死者扱いされるし)

 

 もっとも、このまま隠れていてもどうしようもない訳で。

 

「どうやら無事だった様だな」

 

 物陰から出るなり、取り込み中の二人へと無造作に声をかけた。

 




外道かと思ったら外道でなかった?

合流してしまった魔物達の前に姿を見せた主人公。

魔物達からすればこの予期せぬ出会いが招くものとは?

次回、第二百三十七話「魔法おばば」

入力ミスなのかこのまほうおばば、周辺の魔物と比べるとモンスターレベルがやけに低いんですよね。

まほうおばば:Lv12
ばくだんいわ:Lv26
デスストーカー:Lv32



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第二百三十七話「魔法おばば」

「なっ」

 

「ひぇ?」

 

 変態と老婆が固まるが問題はない。万が一に備えて物陰で補助呪文はかけ直してからの登場であるし、万が一襲いかかって来たとしても俺が二人を斬り捨てる方が早いのだから。

 

「とりあえず、あのばくだんいわはギリギリの所だったが処置した。別に欠片を回収する必要はないのだろう? 追い回されていたところを見るに、仲間の様でもないようだしな」

 

 あとは、先方が固まったままなのを良いことに言いたいことだけは先に言っておく。

 

「……なるほどのぅ。こやつを助けた恩人とやらが」

 

「まぁ、俺のことだろうな」

 

 案の定と言うべきか、先に復活したのは老婆の方だった。

 

「して、姿を見せたのはこやつの無事を確認する為かの?」

 

(さてと、どう答えるべきか)

 

 鋭く、それで居てこちらを値踏みするかの様な視線に晒され、迷ったのは数秒間。

 

「まぁ、表向きはな」

 

「ほぅ」

 

 わざわざ要らない事実を付け加えて俺は肩をすくめ、こちらに興味を示す老婆を見返しつつ言葉を続ける。

 

「助けた礼と言うと恩着せがましくなるが、聞きたいことがあったのでな」

 

「あ、え? き、聞きたいこと?」

 

「ああ。例えば、何故あんな危険物に追われていたのかとか、この辺りを歩くのに気をつけた方が良いこと、などな」

 

 流石に直球で「お前達は滅ぼさなければならない外道か」と問う程愚かであるつもりはない。

 

「まぁ、旅人としては事前に向かう先について情報を集めてから行くものかもしれんが、陸路は想定外でな。まさか、船があんな事になるとは思わなかった」

 

「船と言うことは、南の岬で呪いにでもやられなすったかの?」

 

「いや。『海の魔物』に、な」

 

 軽装であることを不審がられぬ様に、取り繕いつつ、聞いてきた老婆へ単語をあげることで言外に問う。

 

「俺は魔物に襲われたんだが、お前達は襲ってこないのか」

 

 と。

 

「ひぇっひぇっひぇっひぇ、成る程成る程。そう言うことじゃったか、それはお気の毒に。じゃがわしらのことなら警戒することはないわ。ふむ、この場合わしらの身の上話に付き合って貰った方が手っ取り早いかのぅ」

 

「おい、ばあさん! それはどういう――」

 

「ともあれ、立ち話も何じゃな。わしの庵においでなされ。薬草茶ぐらいしか出せるものはないが、外に居てはわし以外の魔物に出くわしかねんからのぅ」

 

 とりあえず、変態と違って老婆の方はこちらの知りたいことを察してくれた様だった。

 

「ならば、お言葉に甘えるとしようか」

 

 覆面マントを置き去りにしてのお誘いに俺は応じて、案内されたのは最初に見つけた森の一軒家。

 

「邪魔をする。中は土足で?」

 

「うむ、構わんよ」

 

「なぁ、ばあさん。一体どういうことなんだ?」

 

 相変わらず、デスストーカーの方は状況に理解が追いついていない様だが、まぁ放って置いても問題はなさそうに思える。

 

「後で説明してやるから今は黙っておくんじゃ。さて、お客人、失礼したのぅ。湯が沸くのに少しかかる、先に話をさせて貰うとしようかの」

 

「あ、ああ。頼む」

 

「ほいほい。まず、わしじゃが、見ての通り魔物じゃ。人間は『まほうおばば』と呼ぶようじゃがの。こんなわしらにも大きく分けて三つの考え方を持つ者が居る。一つは、かつておのれらが受けた迫害の復讐をなさんと人間を襲う者。一つは、誰にも従わず長年の研鑽で得た力を己が思う様に使う者。一つは、大魔王バラモスに従い庇護を受け、かわりにその命に従って動く者、とな」

 

 自分は二つめに挙げた者に含まれると老婆は言った。

 

「実を言えば昔は最初に挙げた側に身を置いたただの復讐鬼じゃった。それがのぅ、人間の射た矢に当たって死にかけておったとき、こやつの祖父に助けられたのじゃよ」

 

「まぁ、そん時はもめたらしいけどな。魔物を助けるとかとんでもないって」

 

「普通に考えればそれが真っ当な反応だったのじゃろうなぁ」

 

 何処か遠い目をした老婆は続ける、それでも変態の祖父は自分を庇ってくれたのだと。

 

「最初は人間が何の魂胆をもってわしを匿うのかと疑っておった」

 

「ふむ」

 

 話を聞いてる内に微妙にオチが読めてきたのは、気のせいだろうか。

 

(魔物を助ける、か)

 

 お人好しにも程があるとも思うのだが、非常に不思議なことに話にある変態の祖父は他人の様な気がしない。

 

(いや、だけどいくらなんでもありえないな。うん)

 

 俺に対してどこかの多頭痴蛇がしてくれやがったことをこの老婆が、覆面マントのお爺さんにしたとか。

 

(うぐっ)

 

 一瞬でも想像してしまったのは間違いだった。ビジュアル的におぞましすぎる。

 

(……とりあえず、これは俺の胸にしまっておいた方が良さそうだな)

 

 その後、老婆はいかにして今の考えに至ったかを語り、結果的に答え合わせをさせられた俺は引きつりそうになる顔を堪えつつ、不要な部分を端折って、話を整理する。

 

「つまり、この男はこの地へ流刑になった者の作った集落の一員で、そちらはその集落と交流を持ちつつここで半隠居生活を送っていると言うことか」

 

「概ね、そういうことじゃな。まぁ、集落は幾つかあって、方針も違う。しかもほぼ全ての集落が旅人を襲う山賊業を行って居ると言うところは付け加えておく必要があるじゃろうがのぅ」

 

「ちょっ、いや、確かにオレのとこも通行税は貰ってるけどよ? 金持ちと悪人からだけだぜ? だいたい恩人の前でそんなことを言うってのは」

 

「やかましい! そこをしっかり伝えておかねばその恩人が通行税をふんだくられることになるじゃろうが!」

 

「うっ、そ、そりゃそうだけどよぉ」

 

 口を挟んだ変態は老婆に一喝されると、小さくなる。他とひとまとめにされることも、脛に傷を持つ身であることをバラされたのも不本意の様だが、こればかりは仕方ない。むしろその辺りこそ知りたい情報だったのだから。

 

「だいたいのことは、解った。助言、感謝する。ところで、この男の集落の者と他の集落の者を見分ける手段はあるか?」

 

「ひぇ? 知ってどうなさる?」

 

「流石に助けた男の知り合いに怪我をさせる訳にはいかん」

 

 だが、縁もゆかりもない犯罪者なら話は別である。襲ってくるなら相応の報いをくれてやるだけだし、あまりにも悪辣ならここで壊滅させておいた方が良いだろう。

 

「だが、何より――面白い話も聞けたからな」

 

 ばくだんいわは身に危険が迫らなければ、自爆をしない。故に、俺が助けた変態の様にばくだんいわに追われるケースは珍しい、と。

 

(つまり、あれが事故でなければ爆弾岩が物騒に見えて大人しい習性を利用して危害を加えようとした奴がいるという訳だよなぁ)

 

 そも、この辺りには複数の覆面マントな変態の集落があり、利害関係やら何やらで幾つかの仲は宜しくないのだとか。

 

(きな臭いってレベルじゃないよなぁ)

 

 もう既にめんどくさいことになりかけている気がする。

 

(放っておくとそれはそれで寝覚めが悪そうだけど、明らかにタイムロスだよなぁ)

 

 これは、竜の女王の城に行くのは諦めるべきかも知れない。シャルロットと合流してからでも水色ドラゴンがいれば、行くことは可能なのだから。

 

「もし先程のばくだんいわが故意に転がされたモノだとすれば、同じ手口でお前達を害する可能性もあるだろう。旅人の襲撃に使われればこっちにまで被害が及ぶ可能性もある。寄り道になるが調べてみるほかあるまい。となれば、覆面マントの男と遭遇することもあるだろう。故に、どのみち見分け方は知っておく必要がある」

 

「ちょ、ちょっとまってくれ! それって」

 

「面倒な上に時間もとられるが、乗りかかった船だ」

 

 変態の声に、俺は苦笑し頷いた。

 




年をとった老デスストーカーと魔法おばばの濃厚なラヴシーン。

うむ、これは酷い放送事故。

何だかまた面倒なことに首を突っ込んだ主人公。

人が良すぎるのです。

次回、第二百三十八話「お節介は終わらない」



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第二百三十八話「お節介が終わらない」

 

「けどよ、ホントにいいのかよ?」

 

「くどいぞ? 前にも言ったが、だいたいそんな連中を野放しにしては船に同乗していた者が被害に遭いかねん」

 

 覆面マントへはそう答えたが、船に同乗と言う部分を除けば嘘はないと思う。

 

(まぁ、あのメンツならバニーさんと赤い鎧くらいだよな。勇者一行でデスストーカーの相手が厳しそうなのは)

 

 僧侶のオッサンにも若干不安が残るが、効けば息の根を止めてしまう死の呪文があるのだ。魔法使いのお姉さんは攻撃呪文がある上、最悪ルーラの呪文で逃げることも出来るし、シャルロットとサイモンの勇者二人は真っ正面から複数を相手にしても余裕で勝つだろう。

 

「ばくだんいわは攻撃しなければほぼ無害なら、様子を見ている間にこちらが逃げれば済む。この辺りに出没すると聞いた熊やその集落の連中の方が余程厄介だ」

 

 もちろん、お茶をご馳走してくれた老婆と同じ種類の魔物も厄介ではあるのだが、覆面マントの男達と違ってどの辺りに住んでいるかという情報が全く得られなかったのだ。箒という機動力がある分、庵は人の踏み込まない山中や森の奥深くにかまえるらしく、探して殲滅するのは現実的とは言い難い。

 

(まぁ、ようやく探し当ててもあのまほうおばばと同じ中立の魔物でした何てことになれば、くたびれ損だしなぁ)

 

 だいたい、人間である覆面マント達と違って複数の個体が纏まって暮らしていないので、住処を潰して行くというのは、思いっきり非効率的なのだ。

 

「となれば、俺に出来るのは拠点の解ってる連中の制圧ぐらいだろう」

 

 幾つかのタチの悪い男達が住む集落を制圧してしまえば、同じ人間の手にかかって殺される旅人の数は減ると思う。

 

「別に暇な訳ではないからな」

 

 暇だったら熊の巣穴を回って絶滅させるのかと問われると、微妙に答えに詰まるけれど、それはそれ。

 

「なんだか、すまねぇな」

 

「気にするな。このまま目的地に向かい再びこの辺りを通りかかった時、あの老婆の庵やらお前の集落が無くなっていたら寝覚めが悪い」

 

 後ろをついてくる変態をばくだんいわで消し飛ばそうとした輩だ。自分で口にしておいてあれだが、今し方言ったことが予言になってしまう可能性は否めない。

 

「さてと、ばくだんいわが転がってきたのはこの辺りからの様だが」

 

 足を止めて見回すと、ごろりと身じろぎした岩が一つ。

 

「ふむ、これはあからさまだな」

 

 隠す気が無かったのか、ばくだんいわと知れた岩が居たのは、巨大なくぼみの中だった。形状を説明するなら、干上がった人工の池だろうか。高い段差がある為、ばくだんいわは自力でのぼれず。

 

「こうして転がす為のばくだんいわを逃がすことなく確保していたのだろうな」

 

 ごく普通の岩などを転がして、どう転がるかをチェックし、標的がそこにさしかかった時点でばくだんいわを転がす。

 

「お、おい。これって――」

 

「ああ。事故や偶然ではなく、故意。しかもこんな準備までしているとなると一人でやったとは考えづらい」

 

 俺は頷きながら、無造作にしゃがみ込むと、石を拾って投げつけた。

 

「ぎゃあっ」

 

「な」

 

 殺してはいない、と思う。

 

「他人の気配を察知するのが盗賊の仕事の一つでな。まぁ、ばくだんいわが側に居ればそっちに注意が行くとでも思ったのだろうが」

 

 この身体のスペックを舐めすぎである。何者かが潜んでいるのは、明らかだった。

 

「あ、ぐぅぅ」

 

「案の定と言うべきか」

 

 肩を押さえてのたうち回るのは、同行者と同じ覆面マント。

 

「問題の集落の連中とやらは、こいつらで違いないな?」

 

 確認をとりつつ、お前は覆面を脱いでおけと俺は言う。見分け方教えて貰ったので、立ち止まっていれば見分けられるが、激しく立ち位置を入れ替える戦闘のさなかでは、うっかり一緒に倒してしまいかねない。

 

「てめぇ、何者だぁ?」

 

「ふ、何者だと問われてもな。説明が面倒だし、説明する義理もない」

 

 だいたい、この連中がころがしたばくだんいわは一歩間違えば魔物を捜してうろついていた俺に向かって転がってきた可能性もあるのだ。

 

「とりあえず、そこでのたうち回っている奴を縛っておけ」

 

 いつもの様に腕を通していたロープの束を同行者の方に放ると地面を蹴って前に飛ぶ。

 

「なん、てめぇ舐べ」

 

「遅い」

 

 斧を振り上げた瞬間、懐に飛び込み拳を腹に叩き込み。

 

「は?」

 

「でやぁっ」

 

 あっけにとられた隣の変態へ回し蹴りを叩き込む。

 

「げへっ」

 

「これで二人」

 

 崩れ落ちる男の身体に巻き込まれないよう半歩下がり。

 

「うおおおっ」

 

「ふ」

 

 叫びながら飛びかかってきた三人目は声を頼りに姿を見ずに身をかわす。

 

「こ、こいつ」

 

「怯むな、全員でかかれぇっ!」

 

 業を煮やしたのだろう。

 

「やれやれ」

 

 だが、こちらも微妙にめんどくさくなったところだったのだ。腕に巻いた鎖を解くと軽く振って感覚を確かめる。

 

「本気という訳ではないが、これ以上やるというなら覚悟して貰おうか。こいつは素手より痛いぞ?」

 

 ついでにまとめて倒せる。

 

「はん、んなこけ脅しにびっ」

 

「が」

 

「ぐわ」

 

「げ」

 

 警告に耳を傾けないというのは、本当に残念なことだと思う。

 

「さて、とりあえずこんな所か」

 

「凄ぇ、こんな……あの集落の連中をあっという間に」

 

 戦闘不能の変態を量産し、とりあえず立っている者は俺と同行者しか居なくなった訳だが、問題なのはここからである。

 

(とりあえず、全員生きてると思うけど、どうしようなぁ、これ)

 

 相手が人間だからつい殺さずを貫いてしまったが、実はこの後どうするのかまるで考えていないのだ。

 

(まぁ、せっかく生かして無力化した訳だし、とりあえず情報源になって貰おうかな)

 

 そも、このまま無言で立っていても仕方ない。

 

「とりあえず、全員縛るぞ?」

 

 俺は覆面を脱いだ同行者に声をかけると、斧を没収しつつロープでのした変態達を縛り始めた。

 

 




まぁ、主人公相手ならこうなるわな。

次回、第二百三十九話「そういえばばくだんいわが居たんだよね」



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第二百三十九話「そういえばばくだんいわが居たんだよね」

「……しかし、まさかそこまでとはな」

 

 縛るだけでは手は塞がっていても口が自由なので、縛り終えた覆面マントへの尋問をついでに行ったところ解ったのは、叩き伏せた変態達がかつて砂漠で始末した魔女に匹敵する程の外道だったと言う事実だった。

 

(ばくだんいわで集落ごと吹っ飛ばすとか……まぁ、まだ未遂で済んでる訳だけど)

 

 同行していたデスストーカー目掛けて転がしたのがテストを兼ねていて、上手くいけば同じ方法で集落まで狙うつもりだったらしい。当然だが、この集落には女性もいれば子供や老人も居る。

 

(それに、あのばくだんいわも「ただの実験」で命を落とすハメになった訳だし)

 

 俺としては、自爆に巻き込まれかけただけだが、身の危険を感じないと自爆しないなら、あの岩も犠牲者だったと言えるのかもしれない。

 

「さて、どうしたものか」

 

 わざわざ生かして捕らえはしたが、こうなってくると本当に処分に困る。

 

(解放しても悔い改めるとは思えないが、わざわざ生かして捕らえるという手間までかけてるしなぁ)

 

 一応、人間を手にかけることに抵抗感があるというのも、俺自身を煮え切らなくしているのだが、計算尽くで動いた訳ではないので、この結果自体想定外でもあるのだ。

 

「集落に戻って人を連れてくることはできるか?」

 

「へ? そりゃどう言う」

 

「いや、お前の集落の者でこいつ等に捕まっている者が居れば交換材料になるかと思っただけだ。俺達は返り討ちに出来たから良いが、この状況を目撃したとか目撃しそうだからという理由で襲われてそのまま連れて行かれた人間が居たとしても不思議は無かろう?」

 

 俺がした様に尋問して内情を吐かせるという利用手段もあるし、何処かの色違いな変態は部下に人攫いをさせていたのだ。

 

「最終的には労働力などとして売り飛ばす、何てことを考えたとしても不思議とは思わん。そも、俺が立ち寄ったのはあの老婆の庵だけだ。お前達の集落で行方不明者が出ていたとしても、知る術はない」

 

「なるほどなぁ。思いつきもしなかった。そう言うことなら、ひとっ走りして確認してくるぜ!」

 

「そうか、魔物に気をつけてな。俺はこの辺りで、こいつ等を監視していよう」

 

「おうっ」

 

 覆面マントを頭忘れて、元気にお返事をした元同行者はパンツ一丁で山を駆け下りて行き。

 

「ふむ」

 

「ひっ」

 

 足下で悲鳴をあげた変態を無視して周囲を見回す。

 

「まぁ、このままで良いか。下手に集めてお互いのロープを解かれたら投げ斧の的にするくらいしか使い道が無くなるしな」

 

「ちょ、ちょっと待て、投げ斧だ?」

 

「あるだろう、斧ならここに」

 

 上擦った声を上げた変態には、当人から拝借した斧を拾い上げて、軽く弄んで見せると、徐に振りかぶる。

 

「でぇいっ!」

 

 装備は出来ない武器とは言え、持つことと投げることぐらいなら出来る。

 

(そう言えば、投げ込むと拾って来てくれる精霊の居る泉があったっけ)

 

 もっとも、俺が投げた先にあったのは、何の変哲もない大岩。

 

「ほぅ」

 

「あ」

 

 形と大きさからばくだんいわでないのは把握済みのそれに向かって飛んだてつのおのは硬いモノ同士がぶつかった時の様な音を立てて岩の表面で潰れ、砕けて鉄片となった欠片が周囲に散らばる。

 

「なん……だそりゃ?」

 

「う、嘘だ」

 

「……くくくくく、ひゃははははは」

 

 呆然とする者、現実を受け入れられず否定しようとする者、もう笑うしかないとでも言わんがばかりに笑い出す者。

 

「やはり、扱えぬ武器を無理矢理使おうとすればこうもなるか」

 

 売ればお金になったかもしれないが、流石に全員分の斧は鞄に収まりきらない。釘を刺す為にもと、全力で投げつけてみたがゲームで言うところの会心の一撃と言う奴だろうか。正直に言うとここまで酷く壊れるとは思っていなかった。ただし、回りの反応からすると、一つ斧を潰した価値はあったと思う。

 

「どうやら、当たったらとても痛そうだと言うことは判明したな」

 

「冗談じゃねぇ、あんなの喰らったら死んじまう!」

 

 すっとぼけていると即座にツッコミが返ってくる辺り、ノリの良い変態も居るようだったが。

 

「やれやれ、立場が解っていないと見える。俺はああいうことが出来るのに、敢えてお前達を殺さずに捕らえた訳だ」

 

「っ」

 

 察しの良い者なら、ここまで言えば気づくだろう。

 

「生殺与奪の権利は、今俺が握っている。そして、あの男の集落の者が捕らえられているとして、多くても数人ぐらいだろう。つまり、交換に出すとしても全員生かしておく必要などまるで無いという訳だ」

 

 こちらが、人一人殺せない甘ちゃんだと気づかれては、遣りづらくなる。故に、敢えて冷酷なふりをして、問う。

 

「反骨精神、結構。分をわきまえぬのも、いい。充分殺す理由になると思わないか?」

 

「ひっ、あ、すまねぇ、おでが悪かったぁぁぁ」

 

「ど、どうぞ、おゆるじを゛ぉ」

 

 効果は絶大だった。

 

(けど、この手の輩って面白いように強者に弱いよなぁ。テンプレというか、何というか……あ)

 

 半ば呆れつつ、子供には見せられない様な格好で縛られた猥褻物が、自由にならない身体で土下座に挑戦する姿を冷めた目で見ていた俺が「それ」を再発見したのは、たまたまだったと思う。

 

「ふむ。そう言えば……自力では上がれないのだったな」

 

 目を留めたのは、凹みをゴロゴロ転がるばくだんいわ。

 

(流石にあのままもかわいそうかなぁ。よし)

 

 芋虫の真似をする変態達は放置して凹みに近寄り、中へと飛び降り。

 

「じっとしていろ、ここから出してやろう」

 

 声をかけた直後だった。転がっていたそれが動きを止めたのは。

 

「……人間の言葉を解するのか」

 

 呟いてみれば、自分への質問ととったのか、ばくだんいわは少し前に傾いでから、元に戻る。

 

「これは驚いた」

 

 どうやら、簡単な意思疎通ぐらいなら可能らしい。

 

「ま、そんなことより出すと言った以上、言ったことは守らねばな」

 

 念のため、小声でマホカンタの呪文を唱えると、屈み込んでばくだんいわを抱える様に腕を回し。

 

「おおぉっ」

 

 渾身の力を込めて引っこ抜く。

 

「ふっ、上手く……いった」

 

 視界はばくだんいわに塞がれ前方が全く見えないが、だったら振り返りながら後ろに下がればいい。

 

「もう少し、大人しく……していろ。もう……すこ、っ、ふぅ」

 

 少しだと言い切るよりも早く、俺は荷物を凹みの縁にのせ、一息つく。

 

「やれば出来るものだな」

 

 ゲームだとこの手の岩は押すのが精一杯だったが、これがこの世界との差ということだろうか。

 

「さてと、これでお前はもう自由だ。今度はあんな変態共に捕まらんようにな」

 

 一仕事終えた顔をしつつ、俺も縁にあがるともはやばくだんいわには目もくれず、変態達の元へと戻る。ただ、それだけの筈だった。

 

「ん?」

 

 何かが転がる音を聞いて、ようやくこの場から立ち去るのだろうと思い最初は気にしていなかった音が、何故か後ろを着いてくるのだ。

 

「まさか、な」

 

 恐る恐る振り返ってみると、そこにあったのは、仲間にして欲しそうに俺をじっと見てくる瞳。

 

(あるぇ、俺はシャルロットから手ほどき受けた訳じゃ無いんですけど、何これ?)

 

 非常に認めたくないが、どうやら俺はばくだんいわに懐かれたらしかった。

 

 




教えてくれ、サンチョ。

ドラクエⅤの仲間モンスターなばくだんいわは、どうやってハシゴの上り下りをしている? 

俺には解らない。


と言う別ナンバリングの素朴な疑問はさておき、恐ろしく物騒な魔物になつかれてしまった主人公。

どうする、集落の問題片づけたら、次は空の旅だぞ?

次回、第二百四十話「何度目の想定外かを俺は知らない」

むしろ知りたくないの間違いかも知れない。





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第二百四十話「何度目の想定外かを俺は知らない」

「さて、始めるとするか」

 

「は、始める?」

 

 少々想定外があったが、変態山賊達には全員が外側を向く形で円陣を組んで貰い、円陣の中央にで「丸い岩」を担がせた。岩を置く時には目隠しをさせたから背中に何を背負ってるかを変態達は知らない訳だが、まぁ重さと大まかな形で理解は出来たと思う。

 

「何、簡単なことだ。背中の荷物を落とさぬ様にしたまま、俺の連れを待って貰う。時々暇つぶしに小石を投げるがな」

 

「ちょ、ちょっと待てくれ! その小石が背中の荷物に当たったら、あんただって無事じゃ済まねぇ筈だぜ」

 

「ふ、そうでもない」

 

 説明すると、想定通りの疑問を投げてきた変態が居たので、荷物から道具を一つ取り出して、よく見える様に突き出してやる。

 

「キメラの翼だ。効果ぐらいは知っているだろう? ばくだんいわの自爆には数秒ほどの時間を有す。俊敏さが自慢の俺なら、自爆する前にこいつで空に逃れるのは難しくない」

 

 一応反射呪文でも巻き添えは防げるのだが、わざわざ手の内を明かしてやる必要もなかった。

 

「ひでぇ、自分だけ逃げべっ」

 

「喧しい」

 

 自分達の行いを棚に上げて非難する変態が居たので小石をぶつけると減った小石を補充してから、俺は変態達に問うた。

 

「お前達に人を非難する資格があると思うか?」

 

「そっ、それは……」

 

「そもそもお前達が背中の荷物を落としたりしなければ何の問題もない」

 

 投げる小石も、最初に連中の一人を倒した時とは違う。

 

(転倒されたら背中に乗せたのがただの岩だってバレちゃうからなぁ)

 

 当初は背中に本物を乗せて集落まで歩かせようかとも思ったのだが、同行者を帰してしまった以上、戻って来るのを待たずに出発するのは拙い。

 

(まぁ、考えようによってはこの変態達の処遇を任せることだって出来る訳だし)

 

 あのデスストーカーの住む集落の面々からすれば、岩を担がされてひぃひぃ言ってる変態達は、一歩間違えば自分達をばくだんいわで消し飛ばそうとした連中なのだ。

 

(断罪する権利は、俺より遙かにあるもんな)

 

 俺はお節介で手を貸しただけの第三者。

 

「ほら、どうした? 身体で防がんと岩に当たるぞ?」

 

「や、止めてく、がっ」

 

 そう言う意味では、ばくだんいわを担がされてると思っている変態達へ小石をぶつける行為はやりすぎの様な気もする。

 

(しでかそうとしたことからすると、同情の余地は0だけどね)

 

 八つ当たりはするが、加虐趣味は持ち合わせて居ないのだ。第一、変態の悲鳴なんて聞かされて喜ぶ人間ってかなり稀少なのではないだろうか。録音・抽出して悲鳴で歌を歌わせる、みたいな一手間をかければ別だろうけれど。

 

「ふむ、やはり何というか……暇だな」

 

 背に乗せたのをばくだんいわだと誤解させる為、さっき懐いてきたばくだんいわには物陰でじっとしていてくれるようお願いしているので、話し相手になって貰う訳には行かず。

 

(いや、岩とお話しするってもの凄く寂しい人っぽいか)

 

 ともあれ、結局は変態集団をいたぶるくらいしかすることが無いのだ。割と不毛で酷い絵面だとしても。

 

「てめぇ、人を散々嬲っておいていぺぷっ」

 

「まぁ、是非もないか」

 

 いきり立った変態に小石を投げては嘆息し。

 

「全員ひとくくりに縛り直したのを忘れている様だな。俺が石をぶつけなければ左右の男達が引っ張られて転んでいた、感謝するが良い」

 

 尊大に言い放ってはしゃがみ込んで小石を補充する。

 

「ふむ、こうして見ると小石にも色々な種類があるものだな」

 

 何となく、石の色でクシナタ隊のお姉さん達と連絡をとった時のことを思い出すが、今頃クシナタさん達はどうしていることやら。

 

「何だか、童心に返る様だ」

 

 そんなことよりあのデスストーカー早く戻ってこないかなぁ、などとも思いつつ。変態はいっぱい居るのに孤独な俺の小石投げタイムはもう少し続いた。

 

「すまねぇ、遅くなった。いや、人を寄越して貰うのにちょっと手間取っちまっ……は?」

 

「足が、足が笑いだして、うぐっ」

 

「お願いだ、もう許してぐれっ」

 

 ようやく戻ってきた覆面無しパンツ一丁の男が見たのは、何の変哲もない丸い岩を背負わされ、俺から小石をぶつけられる変態達の図。あっけにとられたとしても、仕方ない。

 

「ふ、構わん。ばくだんいわだと勘違いして、背負った岩をひたすら落とさぬ様堪える姿は滑稽で結構楽しめたからな」

 

「ばくだんいわ? あ、あぁ……成る程、なぁ」

 

 俺の説明で、ようやく事態を理解したのだろう。

 

「それとな、ばくだんいわに懐かれた様なのだが」

 

「へ?」

 

 再びあっけにとられた覆面なし男に俺は事情説明しつつ、物陰にいたばくだんいわを呼ぶと、対面させ。

 

「こういうことは珍しいのか?」

 

「うーん、そもそもオレらはガキ達にも口を酸っぱくしてばくだんいわは危険だって言ってるぐらいだからなぁ。正直に言うとここまで近寄ったことすら初めてだぜ?」

 

「成る程」

 

 とりあえず、この事態が想定外だったのは俺だけでなかったらしい。

 

「となると、こいつには少し離れていて貰った方がいいな?」

 

 デスストーカーは言っていた、人を寄越して貰うと。捕まえた変態達を護送するのに追加人員が来るなら、その面々にも配慮しておく必要がある。

 

「もぉ。ニーサン、ちょっと急ぎすぎだよ! みんな置いてきぼりにしちゃ、意味が無いじゃないか」

 

「っと、すまねぇ」

 

 聞き覚えの無い非難の声に、覆面無しの変態が片手で謝って見せたのは、この直後。

 

(兄さんと言うことは、兄弟かな)

 

 そんなことを思いつつ、声のほうに視線をやれば、そこにいたのは、弓と矢筒を背負い革の腰巻きを付けた一人の少年だった。

 




変態をいたぶる作業が終了したと思いきや、現れたのは、変態の弟さん?

割とまともな格好なのには理由があるのか、それとも。

次回、第二百四十一話「そう言えばドラクエって味方側の武器としては弓あまり出てこないイメージだよね?」

 仲間になったキラーマシンのボウガンとか、別のナンバリングの武器であるビックボウガンとかぐらいでさ。






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第二百四十一話「そう言えばドラクエって味方側の武器としては弓あまり出てこないイメージだよね?」

「おいらはトーカって言います」

 

 ワンテンポ遅れてばくだんいわに驚いた弟さんは他の仲間を待つ間にそう名乗る。

 

(まさか兄より先に弟さんの方の名前を聞くことになるとはなぁ)

 

 よくよく考えると、その兄であるパンツ一丁男には自分も名乗っていないのだから仕方ないと言えば仕方ないのか。

 

「そうか、俺は――」

 

 名乗られたからには、名乗り帰すのが礼儀。

 

「おーい、トーカぁ」

 

「あ、みんな。こっちこっち」

 

「ほう、来たか。これであいつらを引きわ」

 

 簡単な自己紹介をする間に、弟さん以外の仲間もやって来たらしく、振り返った俺は斜面を登ってくるいくつもの人影を認め、硬直した。

 

「あれ、どうかしましたか?」

 

 弟さん改めトーカ君が聞いてくるが、どうかしたかも何も。

 

「何故全員パンツだけなんだ?」

 

 いや、聞くまでもないことだ。きっと、俺が縛った連中の仲間と間違えない様に自発的に覆面マントを脱いでから来てくれたのだろうと言うことは。

 

(けどさ、覆面マントって格好も結構酷いと思ってたけど、覆面マントを差し引いた格好も充分酷いな)

 

 厳密に言えば青い素肌の人間なんて居る訳無いだろうから、身体の線が見えるぴっちりとした全身タイツみたいなものを着込んでいてパンツ一丁は語弊があるのかもしれない。だが、このタイツ、下が透ける程薄いのだ。

 

(危ない水着を見た時はあれ以上危険な服は無いって思ってたけど)

 

 あったじゃねーか、もっと危険な代物が。

 

「ジーンがエリミネーターやデスストーカーじゃなかったことに感謝せねばな」

 

 一歩間違ったら、この裸とほぼ違わない全身タイツだけのシャルロットやおろちとエンカウントしていた可能性があるかと思うと、危険は身近過ぎるところに潜んでいたのだとつくづく実感させられる。

 

「ジーン?」

 

「あ、いやすまん。こっちの話だ。それより、人員が揃ったならあいつ等のことは任せて構わんな?」

 

 怪訝な顔をしたトーカ君に謝罪してから俺は話題を転じて確認をとり。

 

「あ、はい。そっちは大丈夫です。ニーサンに話を聞いて、他のみんなにも来て貰ってますし」

 

「となると、残りは大元の集落か」

 

 これがまた厄介でもあると思いつつ、吐かせた情報からあたりを付けた敵対集落の方角を見る。

 

「女子供も居ると言うのが厄介だな。あの連中の様に外道な真似をするつもりなどさらさらないが」

 

 だったら、どうするつもりだと問われると答えられない。

 

(一番無難なのは、トーカ君の集落に丸投げなんだろうけど)

 

 俺が連れて歩く訳にも行かず、身柄を預けられる様な場所は近くにない。とは言え、自分達を爆殺しようとした連中の身内だ、生かされたとしてどういう扱いを受けるかはあまり想像したくない。

 

(トーカ君の集落は割とマシな部類に入るとは思うけど、十中八九もめ事の種を抱えて貰う形になるわけだし)

 

 考えれば考える程自分が無責任な気がしてきて、何とも言えない気持ちになる。

 

「旅の途中の男一人、しかもやるべきことが他にあるとなれば、抱えられるモノなんて限られてることは今更だがな」

 

 余計なお世話だったとは思いたくない、あのまま立ち去ればトーカ君の兄や彼自身、集落がどうなっていたか解らないのだから。

 

(むしろ、この手のことを全て背負い込もうとすること自体が傲慢なのか。だいたい――)

 

 俺がすべきことはまず、シャルロットを補助してバラモスを倒すことなのだ。大魔王ゾーマまで倒さないことには、魔物の凶暴化は解けず、完全な平和にはほど遠いだろうが、それでもバラモスというこの世界を侵攻している旗印が無くなるだけでも随分違う。

 

(バラモスに呪いをかけられた人だっていた訳だしな)

 

 強いからと言って何でも出来る気になりすぎていたのだろうか。

 

(関わったのは、俺。そう言う意味で悪いのは俺だが、まだ取り返しは効く)

 

 いや、始まってすら居ないか。

 

(あの老婆を交えて、もめ事が起こった場合の事前対応策を考えておいて、暫くはトーカ君達に任せる。俺自身は役目を終えたら様子を見に来ればいいよね)

 

「ええと、あの……準備が終わりました」

 

「ん、そうか」

 

 自己完結に至るまでにそれなりの時間がかかっていたらしい。俺はトーカ君の声に顔を上げると周囲を見回してちょうど連行されて行こうとしている変態達とややパン一集団へと目を留め。

 

「では、あの人達を連れ」

 

 トーカ君が出発を伝えようとした時だった。さっきまで俺が向いていた方から、凄まじい轟音がしたのは。

 

「な」

 

「あ」

 

 覆面の有無など関係なかった。全員が一斉に音の方を見て知る。

 

「あれは」

 

「あの爆発は」

 

 そう、音の正体は爆発で、ただし俺が幾度となくぶっ放した爆発呪文のもたらしたモノとはまるで違っていた。

 

「ばくだんいわだ。ばくだんいわが爆発した時、あんな風に」

 

「「ばくだんいわ?」」

 

 幾人かの視線が俺の足下に集まったのは無理からぬこと。だが、逆にその場所に先程のばくだんいわがじっとしていたからこそ、爆発の原因は別の個体で。

 

「待てよ、それどころじゃねぇ! あそこは俺達の集落の」

 

 集まった視線が再び爆発の方へと向いたのは、覆面をした変態の一人が叫んだからだった。

 

「おい、う、嘘だろ……?」

 

「なんで、なんでだよ?」

 

 何人かの変態達が狼狽し取り乱すが、勝手な言い分だろう。

 

「さっきから見ていたが、こいつは人の言葉を理解するぐらいの知能があった。その上で、仲間が掠われて行くのを見たら、どう動くかと言うことだな」

 

 気づけば、俺は口を開いていた。

 

「何だそりゃ、だったら掠われるのを止めれば良いだろ!」

 

「どうやってだ? こいつ等の攻撃手段は知る限り自爆しかない。自爆をしようものなら、それは助けようとした仲間まで巻き込むことになる」

 

 では、掠われた側が自爆すれば良かったかというと、それも出来なかった。掠われたばくだんいわは二体いたのだから。俺がイオナズンで吹き飛ばしてしまった者と懐いてきた者で二体。

 

「その後、二体は別々にされたが、こいつはただ凹みに置かれただけで何もされなかった。だから自爆しようとは思わなかった訳だ」

 

 もう一体がどうなったのかを知ることもおそらくは出来なかった。メガンテの呪文ではなくイオナズンの呪文で消し飛んだ為、仲間が自爆したとする材料にならなかったのだ。ただし、ある程度近くにいて違いを理解出来た足下の個体の方だけは。離れた場所で仲間の掠われる光景と何処かで爆発が起きたことだけを知っていた別のばくだんいわは、仲間を掠った連中への復讐を考えた。

 

「普段は様子を見てるだけで何もしない。便利な武器扱い出来ると思っての浅知恵が裏目に出た、そう言うことだ」

 

 結果、ばくだんいわに逆襲され、どうなったかは言うまでもない。

 

「そんな」

 

「うおおおっ、ちくしょうっ、ちくしょおおおっ」

 

 へたり込む者、不自由な身で地面に当たろうとする者、様々だったが、因果応報でもある。

 

「とは言え、放っておく訳にもいかんか。悪いが一緒に来てくれるか? 俺がお前達の仇ではないと言う説明を頼みたい」

 

「へ?」

 

 変態の一人が声を上げるが、声をかけたのは当然変態ではなく足下のばくだんいわにだ。マホカンタで自爆は防げると思うが、自爆をさせてしまうと言うことはこいつの仲間を殺してしまうと同異義語だし、集落に生き残りが居た場合、巻き込んでしまう。

 

「もう少し話をしたかったところだが、ここまでだな」

 

「えっ」

 

 トーカ君には何故弓を背負っているのかとか変態衣装じゃないのかとか聞いてみたいことが色々あったが是非もない。殺気立ったばくだんいわの居るかも知れない場所には同行させられなかったのだから。

 

「ではな、生きていたらもう一度そちらの集落には寄ろう」

 

 俺は敵と味方の変態達に別れを告げると、爆発の起きた方角向けて歩き出すのだった。ばくだんいわ一体をお供として。

 




集落の後始末かと思いきや、起こった爆発。

それはばくだんいわによる反撃ののろしであった。

危険を承知で主人公は爆発のあった場所へ向かう。

そして、そこで見たモノとは。

次回、第二百四十二話「さびしいむらだな」

ロマサガやってないとわからないよね、このネタ。(うろ覚え)


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第二百四十二話「さびしいむらだな」

 

「ある程度想像はしていたが、これは……」

 

 こんな山地に居を構えるからだろうか。魔物避けと見られる木製の塀で覆われた集落は、入り口と見られる場所にクレーターを残していた。余波は塀も巻き込んだらしく、木の破片が散乱し、横たわったまま動かない人影がクレーターの外縁に幾つか。

 

「まずはあそこで自爆したと言うことだな」

 

 まだ距離があり、大まかに様子を捉えられるのが精一杯なので倒れた者達の生死は不明だが、自己犠牲呪文による自爆へ巻き込まれたなら、楽観視はしない方が良いだろう。だいたい、爆発音は俺が懐いてきたばくだんいわと出会った場所から出発した後にも聞こえたのだから。

 

「一体目の自爆で、入り口を突破し、爆発音はその後に二度」

 

 集落の中で自爆した可能性は否めない。

 

「同時にまだ集落の中に居座っている可能性もあるな……その時は説得を頼む」

 

 足下でこちらを見上げていたばくだんいわに頼むと、俺は再び集落へ向けて歩き出す。

 

(さて、念のためにマホカンタだけはかけておくとして、どうしようかなぁ)

 

 先にばくだんいわが残っている可能性を挙げたが、同時に逃げ遅れたあの変態の家族や仲間が何処かに隠れているかもしれない。魔物の襲撃にあった場所などでは良くある展開だ、ゲームに限るが。

 

(うーん、レミラーマの呪文にお宝だけでなく隠れてる人とかまで反応すればいいのに)

 

 唱えればアイテムのある場所が一瞬光るレミラーマの呪文で生存者を捜すのは、おそらく無理だろう。それぐらいなら、宝箱に魔物が潜んでいないかを確認するインパスの呪文の方が成功の見込みはある。

 

「……しかし、静かだな」

 

 入り口の惨状を見れば、人がいなくても当然だとは思った。襲撃されたのだ。

 

「だが、だからこそか」

 

 ここで声を上げれば良く響く。

 

「おぉぉい、誰か居ないかぁぁぁぁっ」

 

 復讐に狂ったばくだんいわが残っている可能性がある状況下で、普通に考えれば自殺行為だが、俺には反射呪文があり頼りになる説得役も居る。

 

「ふ、あの入り口を通らず惨状を目にしなければ、まるで人だけ消えた様に見えたかもしれんがな」

 

 ごろごろと何かの転がってくる音を知覚し、足下へ頼むという意味合いの視線を送って、音から遠ざかる様に一歩下がった。

 

(途中でばったり会うよりは、呼びだして話を付けた方が危険は少ないもんなぁ)

 

 いくら素早く動けると言っても、先方に不意打ちされたらどうしようもない。現在進行形で集落を襲っていた場合、呼び声を集落側の救援と勘違いしその場で自爆されるかも知れないと、現場到着までは呼びかけを自重していたが、これだけ集落が静かなら問題ないと踏んだのだ。

 

(既に全滅してるか、何処かに隠れてるか、何とかこの集落から逃げ出しているか……とりあえず、一番最初のは止めて欲しいところだけど)

 

 生き残りをどうするかという問題は発生しないが、後味が悪すぎる。

 

(ともあれ、まずはあいつを何とかしないと)

 

 俺の視線の先には、こちらに気づいて転がるのを止めたばくだんいわ。

 

(側に仲間がいれば、巻き込むのを恐れていきなり自爆はしない。一つめの目論見は当たってくれたみたいだけど、問題はこれからだよな)

 

 思い返すとばくだんいわがメガンテの呪文以外を口にしたのは、見たことがない。

 

(説得してくれとは言ったけど、どんな説得をするんだろう)

 

 少なくとも人語は理解するし、身体を前に傾け得るか左右に傾けるかで「はい」「いいえ」の意思表示までは可能なのだ。説得を頼んだ時、頷く様に前へ傾ぐ姿は見ているので、今更説得出来ないと言うことは無いと思うのだが。

 

(不謹慎だとは思う、けどなぁ)

 

 お供のばくだんいわに全て任たのだからと、全て任せ邪魔をしない様に背中を向いていたら、きっと眠れなくなると思うのだ。どうやって説得したかが気になって。

 

(邪魔する訳じゃないし、いいよね)

 

 誰に向けてなのか解らない確認を声に出さずにし。

 

(さて、一体どんな説得を――)

 

 固唾を呑む俺の視界で、対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(成る程、最初は見つめ合うのか、そこから一体どんな説得に――)

 

 対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(これは、切り出すタイミングを見計らってるとか?)

 

 対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(……えーと)

 

 対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(もしや、瞳で語ってるのかなぁ?)

 

 対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(いかん、わからない。これは既に説得始まってると見ていいの?)

 

 対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。俺は困惑していた。

 

(ぁぁぁぁぁっ、わからない。わからないっ)

 

 きっと人類にはまだ早すぎるのだろう。思いっきり頭を振りたくなるのを堪えつつじっと見守る俺の視界で、対峙したばくだんいわ達は、ただ見つめ合っていた。

 

(……いかん、落ち着こう。ここで俺が取り乱してもどうにもならないし)

 

 そう言えば、お腹も空いた。

 

(説得中にお腹が鳴ったら迷惑だよな)

 

 一応、竜の女王の城まで行くつもりだったので、すごろく場を後にする時に保存食は用意してきていたのだ。

 

(まぁ、干し肉と硬いパンだけど)

 

 旅をしてすごろく場に辿り着く客向けにゲームには無かった雑貨屋があり、勇者サイモンの前でマシュ・ガイアーる前に色々買っておいたのだッ。

 

(ゲームでは端折られた部分までちゃんと補完されてるってのは凄いよなぁ)

 

 惜しむべきは、そのちゃんと補完されてる部分が律儀すぎると言うことか。携帯食料が、美味しくないのだ。日持ちさせる為に水分を抜き、塩気の強い干し肉も、カチカチで普通に噛んだら歯の方がダメージを受けそうなパンも硬く、水気でふやかしたり煮込んでスープにでもしないと食すことが俺には無理だった。

 

 




意外なところで主人公の弱点が露呈?

次回、第二百四十三話「お腹空いてる深夜に見る夜食テロの破壊力は異常だと思うんだ」

気分転換からーの、夜食タイムに繋がりかねないのです。



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第二百四十三話「お腹空いてる深夜に見る夜食テロの破壊力は異常だと思うんだ」

(水辺なら魚を捕って焼けば良いんだけど、陸じゃあなぁ)

 

 野鳥とか仕留めて焼き鳥にすれば良いとか思うかも知れないが、身体の持ち主はともかく俺はサバイバル初心者なのだ。解体とかまだハードルが高すぎる。キングヒドラの解体だって、ジパングの人に丸投げしたのだ。

 

(その辺り踏まえて、ルイーダの酒場というか職業訓練所に一日体験入学するのは必要だったかも)

 

 シャルロットとサイモン、魔物であるおばちゃんとキラーアーマー及びスノードラゴンを除く面々は全員が職業訓練所の卒業生であり、あのバニーさんだって解体や保存食の調理が出来たのだ。

 

(しかも、バニーさん戦闘であまり役に立てないからって、その手の作業は買ってでていたもんなぁ)

 

 遊び人らしさがゼロな気もするが、当初はありがたかった。ただし、その弊害が今出ているという訳である。

 

(いっそのことヒャド系の呪文を使ってクーラーボックス+αみたいなモノを作ってみるか)

 

 呪文があるのに呪文を使った冷蔵庫もどきが普及していない以上、おそらく冷蔵庫を作るには何らかの問題があるか、その発想に至る人物が居ないかのどちらかだろうが、保温性及び保冷性の高い容器なら作れるんじゃないかと思うのだ。

 

(そこにヒャド系呪文の氷をぶち込めば簡易冷蔵庫だよな)

 

 氷室ぐらいなら文化レベル的にあっても良さそうなものだ、だったら誰かが思いついても不思議はない気もするのだけれど。

 

(って、変な方向に脱線しかけてる。ええと、保存食は鞄の中だったよなぁ)

 

 直接火にかけても大丈夫な鉄製のマグも持っているし、水を入れた容器もある。

 

(調味料は無いけど、干し肉の塩気があるし)

 

 あとは、カップを温めるのに使う燃料か。火種はメラの呪文がある訳だし。

 

(呪文って旅をする上でも便利だよな。あるとないとで旅のしやすさが随分変わってくる様な)

 

 呪文のありがたみを実感しつつ、周囲を見回せばちょうど良い具合に細かく砕かれた木片と、倒れ伏したまま、動かない人の形をした何か。

 

(って、思い切り物食べる場所じゃNEEEEEEE)

 

 空腹と、ばくだんいわ同士の睨めっこで忘れていたが、よくよく考えれば、ここは襲撃された集落だったのだ。

 

(どう考えても、ご飯が美味しい場所じゃないよなぁ。美味しそうな匂いは漂ってくるけど)

 

 きっとご飯時だったのだろう。別の家からは焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 

「ん、焦げ臭い?」

 

 理由に気づいた時、俺は駆け出していた。

 

「すまん、説得は続けてくれ」

 

 ばくだんいわにそう言い残して。

 

「くっ、昼時なら何処も火を使ってる筈」

 

 何で気づかなかったのか。俺は、開けっ放しの窓に片手をかけると、もう一方の手を、竈から火が移り始めている台所へ向け、呪文を唱えた。

 

「ヒャダルコッ!」

 

 流石に水を探しに行ってかけてる様な時間はない。竈の周辺が氷に包み込まれたことで見える限りで火は沈下され。

 

「ここはこれでいい。次だ」

 

 俺は美味しそうな匂いが漂ってきた別の家屋に向かう。

 

「予め言っておくが、つまみ食いや盗み食いのつもりはないからな?」

 

 このままでは火災に繋がりかねないからなのだ。誰に向けての言い訳だったのかは、解らないが、ついそんなことを口走りつつ、俺は二軒目のお宅を突撃お昼ご飯する。

 

「今日のメニューは何だ? じゃ、なかった台所はどこだ? こっちか」

 

 今度はちゃんと開け放たれた戸口から飛び込み、首を巡らせると、匂いに気づいて奥に進む。

 

「ここか」

 

 とりあえず、解錠呪文の出番はなかった。家主は慌てて逃げ出したらしく、入る部屋入る部屋物盗りにでも遭ったかのような荒れ具合だったが、敢えて不必要なモノは見ず、台所に到達した俺が見つけたのは、火にかけられたスープの鍋だった。

 

「成る程、温め直したモノだったらしいな」

 

 こちらは先程の様な呪文消火も必要なく、唾を飲み込みつつ自分を抑え、ごく普通に竈の火を消した。

 

(うぐっ、何という、精神的拷問。おのれあの変態達め)

 

 ここでの盗み食いは人としてやってはいけないことだと解るが、お腹が空いてる人の前に無防備な料理を置いて行くというのは極悪すぎると思う。

 

「待てよ、よくよく考えればここで保存食を使ってスープを作れば良かったのでは……」

 

 などとも思ったけれど、目的は火事の予防。

 

「やむを得まい。一食ぐらいなら耐えられるはずだ」

 

 理性を総動員して、俺は来た道を引き返す。その際視界の端に入ってきたのは、変態の着ていたのと同じものと思われる全身タイツだった。

 

「しかし、あの変態共性別問わずあの格好なのか」

 

 一緒に散らかっていた物を見ると、流石に女性はあのパンツのかわりに水着というかレオタードもどきや胸当てを着る様ではある。

 

「うむ。理解に苦しむな……というか、女性用だよな?」

 

 一歩間違えば女物のレオタードを着込んだデスストーカーが相手だったりするのだろうか。

 

(止めよう)

 

 おぞましいモノを想像しかけ、一瞬このまま返りたくなったが、自分から言い出したことだ。ここで投げ出す訳にも行かない。

 

「ともあれ、この様子だと住民は一部に犠牲を出して何処かに落ち延びようとした、と見て良いか」

 

 となると、説得を終えた後、逃げた集落の住人を捜すかでまた迷う。

 

(この場所と違って外は魔物が跋扈する危険地帯の筈)

 

 外のばくだんいわから逃れたとしても凶悪な人食い熊の魔物が出没する場所でもあるのだ。トーカ君曰く、調教して戦力にしてる集落もあるとのことだが。

 

(けど、この集落に熊が居た様子はないし)

 

 野生の方の熊と出くわす可能性もある。

 

「魔物除けで塀に囲まれている立地の構造上、逃げたとしてもバラバラに逃げたとは考えにくい」

 

 台所の窓から外覗いて気づいたのだが、やはりというか集落の出口はもう一つあり、ご丁寧にも逃げる時に落としていったらしい荷物が散らばっていた。

 

「追跡は難しくなさそうだが」

 

 同時にあからさますぎてばくだんいわでも気づきそうな気がする。

 

(あれが囮という可能性だってあるよなぁ)

 

 考えはまだ纏まらず、だが時間との戦いになっているのは確かで。空腹と焦燥を抱えながら俺はばくだんいわの元に戻ったのだった。

 




うう、書いてたらお腹が空いてきた。

おのれ、変態集落の住人め。

次回、第二百四十四話「熊って食材になったよね?」

ああ、おなかすいた。


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第二百四十四話「熊って食材になったよね?」

 

「よくわからんが、説得は終わった様だな」

 

 対峙していたはずのばくだんいわと揃って出迎えてくれれば、嫌が応にも解る。

 

「これで、問題は一つ片づいた訳か」

 

 質問が確認になってしまったが、些細なことだと思う。肯定する様に身体を前に傾けてくれたばくだんいわ達を前に俺はポツリと呟くと、話し相手と目の高さが近くなる様しゃがみ込む。

 

「俺はこれからこの集落を逃げ出した連中を追う。お前達にとってここの集落の連中は仲間を殺した相手かも知れないが、この集落の人間は他の集落の人間もお前達を使って殺そうとしていた敵だ。だからこそ、残りの連中に関しては人間に任せて貰えないか?」

 

 助けると主張すれば反発を招くだろうが、復讐の権利はこちらにもあるので身柄を預からせて貰うと言えば反発も少ないと思ったのだ。

 

(やっぱり甘いのかなぁ、俺は)

 

 無言で見つめ合い、相談している様にも見えるばくだんいわを見たまま小さく息を漏らす。

 

「すまんな」

 

 ばくだんいわ達が結論を出すのにそれ程時間はかからなかったのだと思う。暫くすると視線をこちらに戻して前に傾いたのだから。

 

(相変わらずどういうやりとりが行われてるのは謎だけど)

 

 気にしている時間もない。

 

「ところで逃げていった住人を追いかけていったばくだんいわはいるのか?」

 

 という俺の問いに答えたのは、こちらで遭遇したばくだんいわの方だった。相変わらず無言だったが、前に向かって傾ぎ、これを材料に方針を定める。

 

「なら、ついてきてくれ。俺だけではこの集落の連中と誤解されかねん。それで、お前の他にこの集落に残っている者はいるか?」

 

 後半の質問は、引き返してきた住人とすれ違った場合を想定してのもの。

 

「そうか」

 

 こちらには横に転がることでばくだんいわは否定の答えを返してきて、少しだけほっとする。俺達が出発した後、隠れていた住人と残留したばくだんいわが鉢合わせて更に犠牲が出ると言うことだけはない訳だ。

 

(それに、この集落にも後でトーカ君達が来るかも知れないし)

 

 その時、事情を知らないばくだんいわが残ってました、では拙い。

 

「それだけ解れば充分だ。急ぐぞ」

 

 懸念事項が幾つか減ったところで、俺は先程窓から見た景色と住居の位置関係から出口におおよその目星を付けて駆け出した。

 

(くっ、こっちは拙いな)

 

 しかし、山地だけあってか集落内にも段差が多いのがめんどくさい所か。後続のばくだんいわ達のことを考えると、階段やある程度以上に急な登り斜面は避けざるを得ず。

 

(と言うか、だからばくだんいわから逃げ延びられたのか……)

 

 何かの転がった後があちこち迂回を余儀なくされているのを見て、被害の少なさに納得する。

 

(とは言え、ばくだんいわに襲撃されるなんて予想もしていなかったんだろうけど)

 

 逆に言えば、そのお陰で不意をつかれた状況から最小限の犠牲で逃れ得たのかもしれない。

 

「考えるのは後だな。レミラーマ」

 

 こういう時、アイテムのある場所が光る呪文は便利だと思う。

 

「あっちか」

 

 集落を出て前方が草だらけ道になっても、唱えるだけで落とし物が光ってどっちに行けば良いかを知らせてくれるのだから。

 

(囮だとしても、モノを落としていった誰かは居るはず。最悪そっちに事情を話して、本命がどっちに行ったかを聞けばいいもんな)

 

 逃げた人々は、下手をすればばくだんいわ以外にも野生の魔物に襲われかねない状況なのだ。おそらく非戦闘員も連れての逃避行となる。

 

(アテもなく逃げるよりは投降を選んでくれれば、犠牲は減らせる)

 

 もしとぼけようとしたなら、ちょうど良い具合にばくだんいわが同行してくれているのだ。脅すという手だってある。

 

「さてと、レミラーマ。……こっちか」

 

 どう情報を引き出すかを考えつつ、呪文を唱え、光った場所を辿るを幾度か繰り返した後のことだった。

 

「ゴアアアッ」

 

 血塗れの熊が茂みから飛び出してきたのは。

 

「っ、居ると思っていたがやはりか」

 

 血の臭い、気配、音。これだけ材料があって気づかない程俺は無能ではなかった。呟きながら横に飛び退きすぐ隣を通過して行く熊とすれ違う。

 

「ガ……アッ」

 

「ふむ」

 

 どさりと背後でした音に振り返れば、広がり始めた血溜まりの上でもがく瀕死の熊が居るだけだった。

 

「確か熊は食材になるはずだな」

 

 割とスプラッターな光景にもかかわらず、呟いてしまうのはやはりお腹が空いているからだろうか。

 

「やめ……とけ、ちゃん……と、処理しねぇ……と食えた、モン……じゃねえぞ」

 

「ほう」

 

 ちなみに、茂みの方から漏れてきた途切れ途切れの声に動じなかったのは、熊の時と理由は変わらない。

 

「助言、感謝する。と、のんびり話せる様子でもなさそうだな」

 

 熊の血が己の血であろうと返り血であろうと、原因は俺が礼を述べた声の主だろう。視界に映るのは、血で汚れた茂みに半ば埋まる様にしてへたり込んだ覆面マントの変態。全身タイツは破れ、皮膚どころかその中までを曝す傷はどう見ても至急手当を必要とするレベルだった。

 




レミラーマ、活躍する。

追跡の末、手負いのデスストーカーを発見した主人公。

果たして逃げた集落の住人の行方は?


次回、第二百四十五話「これはひどい」

酷いのは怪我か、それともビジュアル的変態度か。


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第二百四十五話「これはひどい」

 

「……へへへ、あん、た……よ、そ者だろ……う? 一つ、頼みが……あるんだが」

 

 途切れ途切れに声をかけてくる変態を見て、俺は迷った。手当をすべきか否かを。ここまで秘匿してきた呪文を使うべきか、なんて問題ではない。怪我のせいか、気づいていない様だが、俺の後ろにはばくだんいわ達が居るのだ。

 

(回復したところで、こっちが裏切ったと短絡的にメガンテされるとは思いづらいけど)

 

 ある程度動ける様になったこの男の方が、ばくだんいわを見て襲いかかって行く可能性が否めない。

 

(かといって放っておけば、この手負いの変態なオッサンはたぶん命を落とすもんなぁ)

 

 割とややこしい状況である。

 

「頼みか、聞くだけ聞いてやろう。叶えてやるかは内容次第だ」

 

 人間出来ることと出来ないことがあるからな、と続けながら、俺は鞄に手を突っ込む。念のために、保存食と一緒に薬草を買っておいたのだ。

 

(よくよく考えると即効性の薬草って言うのもツッコミどころ満点だよなぁ)

 

 きっと内応する魔力とかで回復呪文を再現してしまうのじゃないかとか、そんな感じで自身を納得させ、問題のモノを取り出す。

 

「それはそれとして、途切れ途切れでは聞きにくい。これを使っておけ。願いが介錯してくれとでも言うことなら不要の品かもしれんがな」

 

「っ、これ……は、ありが」

 

「良いからさっさと使え。これでは聞きたいことも聞けん」

 

 背後のばくだんいわ達に誤解を与えぬ様、命令の形をとって薬草を変態に押しつけると、ただ無言で注視する。

 

(薬草一個の回復量どころかゲームじゃ残りHP1でも動けたし)

 

 警戒するに越したことはない。相手は他の集落を女子供諸共爆破しようと企んだ変態外道の仲間でもあるのだから。

 

「ふぅ……出血はだいぶ、収まったな。すまねぇ、本当に恩にき」

 

「礼はいい。こっちは想定外の陸路で急いでいる。話す気がないなら俺は行くぞ?」

 

 と言うか、さっさと切り出してくれないと、後ろがいつまで俺に合わせてくれるかが、わからない。

 

「そうだった、すま――あ、頼み事だったな。実はこの近くの集落に住んでたんだが、そこが魔物に襲われて、今女子供や爺さん達と逃げ出したとこだったんだ」

 

「ほぅ。それで、その女子供とやらは?」

 

 熊と戦っていたっぽいところを見れば、察せはしたが、当人から聞いた方がおそらくは早いし、場合によってはおまけ情報が付く可能性もある。そんなことを思って、尋ねてみた結果は、正解だった。

 

「あ、あぁ。途中で別れた。魔物が追ってくるかもしれねぇってんで、囮になったんだが熊に襲われてあの態だ」

 

「成る程。つまり、女子供を追いかけて守ってやってくれとか、そんなところか」

 

「そうだ」

 

 へたり込んだまま変態はこちらの言葉に首肯を返し、尚も続ける。

 

「魔物の目を引きつける為に落としてきた品の中に子供の靴下があったはずだ。その場所から靴下のつま先側に獣道がある。たまたま男手の無い時に襲われてな。爺さん達と残った少ない男で女達を守りつつ、あいつらは獣道の方を行った筈だ」

 

「ふむ、仲間内しか解らん目印と言うことか」

 

 良くそんなことまで考えたとも少し感心したが、この連中はもともと山賊家業。本来なら、犯罪者として討伐軍に襲われた時の備えだったかもしれない。

 

(ともあれ、聞きたいことは聞けたな)

 

 あとは、この変態をどうするかだけだ。

 

(ここで放置すると、血の臭いで寄ってきた魔物の餌。同行を許すのはばくだんいわ達が居るからまず無理で、集落に戻る様に言った場合も追いかけるのを諦めて戻ってきたばくだんいわと鉢合わ――ん?)

 

 そこまで、考えて、ふと引っかかった。追っ手のばくだんいわが居てもおかしくなかったはずなのに、この変態を見つけるというか熊に襲われるまで、一度もばくだんいわに遭遇して居ないのだ。

 

「しかし、妙だな。ここに来るまで襲いかかってきたのはあの熊一頭だったと思うのだが。囮と言っていたが本当に囮になっていたのか?」

 

「なっ」

 

 疑問を口に出してみると変態は、目を向いて絶句する。

 

「いや、ありえねぇ。獣道で二手に別れたとしても、こっちだけ追ってこねぇなんてことあの岩っころ共に」

 

 我に返った変態が頭を振りつつ、続けようとしたタイミングというのは、狙い澄ましたかの様だった。

 

「っ、この音は」

 

「あきらかにばくだんいわの転がる音だな。しかも複数」

 

 ずっと後ろから聞こえていたのと同じ音だ。間違え用はないが、よくよく考えてみればこの辺りはばくだんいわの生息域でもある。

 

「だいたいどっちに向かっているかに見当を付けて先回りでもしていたのだろうな」

 

 そこで、この変態が熊に襲われ、目算が狂った。で、狂った分を修正しようと、予想到達地点から逆に道を辿ってきたとか、そんなところだろう。

 

(いやぁ、一安心かと思ったら更に絶望的展開とか。何処のホラー映画かと)

 

 まぁ、こちらには同行者のばくだんいわーズが居るので、またお見合い説得して貰えば多分大丈夫だと思うのだが。

 

「さらばだ、お前のことは忘れよう」

 

 とか言って、この変態については生け贄もとい置き去りにするのも、割と面白そうな気がしてしまう。

 

「ふ、まぁ聞くことは聞けたからな。それで、お前達はどうする? 仲間の命、もしくは自分の命をかけてでも、復讐を望むか?」

 

 放っておけば魔物に駆られて終わりそうなただの一人に自分の命を使うというのは割に合わないような気もするが、俺は振り返って、ばくだんいわ達に問うてみた。

 

「な、ばくだんいわだと?! 何で」

 

「俺はな、お前達がばくだんいわで消し飛ばそうとした集落にわらじを脱いで――まぁ、一時居候の様なことをしていた男だ」

 

 厳密には魔法おばばの庵で茶をご馳走になっただけだが、正直に告げるよりも理解しやすいよう誇張と嘘を加えて変態に言う。

 

「そして、お前達の計画は露見し。仲間を殺戮の道具にされたこいつらと今は同じ目的で同行しているという訳だ。もっとも、集落の襲撃は仲間の爆発らしき音を聞いたこいつらの独断だったのだがな」

 

「ちょっと待て、それじゃ」

 

「くくく、薬草一つで追っ手に仲間の場所を教えてくれる様な男で助かった。さて」

 

「てめぇっ!」

 

 いかにも悪党めいた笑みを作り、俺が地面を蹴ったのは、手負いの変態が起きあがるより早く。

 

「遅い」

 

「がっ」

 

 もともと、負傷によって動きも鈍っていた相手だ。変態に相応しい変態的な縛り方で動きを封じるのは難しくなかった。

 

「ふぅ、また醜いオブジェを作ってしまったか。お前達、片方はここに残ってあっちの連中への説得と説明を頼む。そこの変態については、お前達で裁いてもいっこうに構わん。だが、仲間の命を散らすまでもないと思うなら、そのまま見張っておいてくれると助かる。その場合、爆破されかけた側の集落の連中に処分は任せる形に――」

 

 皆まで言わずとも良いと言うことか、説明中に片方のばくだんいわは前に傾ぎ、了解の意を俺に伝え。

 

「すまんな、ではここは任せたぞ」

 

「ち、ちくしょーっ!」

 

 変態の絶叫を背に、俺と片方のばくだんいわは元来た道を引き返し始めるのだった。

 




ばくだんいわの群れの中に放置してお好きにどうぞの刑。(変態的捕縛つき)

こうして、とりあえず処分をばくだんいわに丸投げした主人公は、残る女子供と護衛達を追跡する。

あるぇ、どっちが悪役だっけ?

次回、第二百四十六話「強くて追跡者」

前は、逃げていたはずだったのに。


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第二百四十六話「強くて追跡者」

 

「これは……感心すべきか自分の愚かさを猛省すべきか悩むな」

 

 変態の話を聞いて引き返す俺が見つけたのは、脇道へ逸れて何かが転がっていった跡だった。

 

「問題の靴下よりも手前にあると言うことは、ここから道を逸れて先回りしたのか、あのばくだんいわ達は」

 

 レミラーマで光るあの変態の落とし物を辿る事に重きを置きすぎたとはいえ、これほどわかりやすい痕跡を見逃していたとは我ながら何をやっていたんだとも思う。

 

「靴下の所も……いや、今はとにかく引き返すことが先決か」

 

 後ろからついてきている筈のばくだんいわが終始無言なので、端から見ると今の俺はきっと独り言を続ける危ない人だ。

 

(まあ、自分が人からどう見えるかを気にしていられる状況ではないんだけど)

 

 先回りしたばくだんいわの数はそれなりに居た様だったが、あちらにも数が居たからこそ獣道の方へ入っていった個体が居てもおかしくはない。

 

(いくら集落の脱出時にある程度時間を稼いだと言っても、女子供が居れば足は鈍る筈)

 

 ならば、時間が経てば立つ程ばくだんいわに追いつかれるリスクは高まる。

 

「子供用の靴下、あれか……くっ」

 

 ようやく目印に至ったというのに顔をしかめたのは、靴下のつま先が指す方に生えた下生えが何かに押し潰されて一方に倒れていたからだ。つまり、獣道の更に奥側へと。

 

(まぁ、そうなるだろうな)

 

 あのわざとらしい道しるべで完全に騙せる相手と思っていたら、俺だって焦らない。

 

「狭いから並んで転がったのか……それとも」

 

 こちらに割かれた追っ手は少なかったのか。ちょうどばくだんいわ一個分の幅で草が押し潰されて出来た道は、茂みの小枝をへし折り、随分見通しの良い道をつくってくれている。

 

「途中で追いついたら、説得と説明は頼むぞ?」

 

 走りながら後ろのばくだんいわに声をかけ。ただ、伸された草の上を走る。

 

(しかし、けっこう距離があるな……ん?)

 

 更に暫く走って何かの気配を感じ。

 

「そこか……っ」

 

 思わず足を止めた俺が見つけたのは、川の前でたむろするばくだんいわの群れだった。

 

「成る程、追いかけたがここで足止めをくらった訳か」

 

 橋か何かがかけられていたのだろう草の一部が川の向こうと手前で一部消失しており、付近の草が倒されていたのだ。

 

(俺なら飛べるけどばくだんいわが渡るのは、無理か)

 

 地面の凹みからすると、かけられていたのはおそらく丸太か、それを半分に割ったような形状の橋だと思う。

 

(成程なぁ)

 

 周囲に木も生えているので、デスストーカーであれば、木を切り倒して橋をかけるのは容易だが、ばくだんいわには手も足もない。追いかけてきた味方だけが渡れる様にと考えて橋になっていた丸太を外して流したといった所か。

 

「とりあえず、あいつらの説得と説明を頼む」

 

 だが、追っ手に俺が加わっているとなれば話は別だった。

 

「せいっ」

 

 同行のばくだんいわにお仲間については丸投げし、手頃な太さの木に近寄るとただまじゅうのつめで薙ぐだけ。

 

「ついでだ」

 

 更に下から上へと斬り上げれば、三枚刃が付いている都合上、切られた木は四つに分かれた。

 

「後は枝を落とせば橋には充分だろう」

 

 倒れ込んだ橋の材料が大きな音を立てるが、既に同行者が説得に向かっている筈なので、足止めを喰らって群れていたばくだんいわ達のことは気にしない。

 

(ま、刺激しない方が良いだろうし、めんどくさいからここで良いかな)

 

 最寄りの川辺まで伐採した木を引き摺ってゆくと、一度引き起こしてから反対側へとかかる様に倒す。

 

「ふ、こんなものか」

 

 間に合わせの橋つくり終えた俺はそのまま橋を渡って向こう側へと辿り着くと、ちょうど見つめ合い中のばくだんいわ達と反対側に回り込む。

 

(さっきは自重したけど、とりあえず言うことだけは伝えておかないと)

 

 声なきお話しにどれ程時間がかかるか解らない以上、このまま待つのも拙いと思ったのだ。

 

「説得と説明の最中にすまん。俺は逃げてる連中を追う。向こうの方に簡単な橋をかけておいたから、話が終わったらそれを渡って来てくれ」

 

 足止めされてここで留まっていたなら、説得要員に同行して貰う必要ももはやない。

 

(と言うか、どうしても気を遣うからなぁ、歩幅とか)

 

 転がるのを歩幅と言うのもおかしい気はするが、それはそれ。

 

「くくく、待っていろよ。相手は女子供連れ、すぐにでも追いついてやる」

 

 踵を返し、口の端をつり上げた俺は、再び走り出し。

 

「ゴアアアッ」

 

「また貴様か、邪魔だっ」

 

「ガアッ」

 

 茂みから出てきた熊をすれ違い態に斬り捨てた。

 




逃避行を続ける集落の住人達へぇ、遂にあの男が追いついたっ。

力なき者も多い中、彼らの運命やいかにぃぃぃぃっ!

次回、第二百四十七話「ひゃっひゃっひゃっひゃっ、さぁとうとう追いついたぜぇぇぇっ!」


?「あ、あれは……ネタバレを次回予告の勢いで誤魔化して行く型っ」


あと、今回短くてごめんなさい。


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第二百四十七話「ひゃっひゃっひゃっひゃっ、さぁとうとう追いついたぜぇぇぇっ!」

 

「あれか」

 

 まじゅうのつめで余計なモノを斬り捨てること三回。ようやく複数の人影を見つけた俺は、ちらりと後ろを振り返る。

 

(ばくだんいわ達は……まだ、かぁ)

 

 こちらと違って途中で魔物と遭遇したとかそう言うことは無いと思うが、移動手段が転がるしかない上に、俺も戦闘でロスした時間を埋める為に全力疾走とかしているので、無理もない。

 

(と言うか、まさかあれほど魔物と遭遇するとはなぁ)

 

 前をゆく集落の住人達には、気配を殺せぬ者も居て、同時に負傷者もいるのだろう。足元を見れば、転々と血の跡が続いている。

 

(こっらが気配を断ち忍び歩きで追いかけていても、あっちの気配とかこの血があれば魔物も寄って来て当然だよな)

 

 結果、おびき寄せられた魔物が住人達を追跡しようとするところへ俺が鉢合わせする状況になっていたのだ。

 

(まぁ、わざわざ迂回するより倒していった方が早いからこうなったんだけど)

 

 斬り捨てた熊の死体に他の魔物が寄ってくる可能性はあるが、後続のばくだんいわとその魔物が遭遇したとしても。戦闘になるとは考えにくい。

 

(手を出したら自分が痛い目を見ると言うか高い確率で死ぬことになる、動く危険物だからなぁ)

 

 岩なので倒して得る物も遭遇側の魔物には殆どない。余程馬鹿でなければ、スルーしようとする筈だ。

 

(うん、後ろは問題なし、と)

 

 ならば、気にすべきは、標的を逃さず確保することのみ。

 

(さて……「さっきの変態に頼まれて来た」と助っ人の態で接触するか、それとも奇襲してラリホーの呪文で眠らせるか)

 

 合わせ技でもいいが、とにかく逃がさないと言うことが重要だ。

 

(バラバラの方向に逃げられたら、全員を捕まえるのは難しいし)

 

 いっそのこと暫くは本当に応援に来たふりをして、寝込みを襲うか。

 

(もしくは、時間稼ぎしている間にばくだんいわ達に包囲してもらうかだけど)

 

 もう一度振り返っても、ばくだんいわはまだ姿が姿が見えない。

 

(ラリホー自体、効くか解らないって不確定要素があるけど、やむを得ないかぁ)

 

 じっと様子を見ていても仕方がない。

 

「おい、そこのお前達」

 

「っ、な、なんだ人か……」

 

「なんだとはご大層だな」

 

 声をかけつつ、歩き出した俺はこちらにようやく気づいた最後尾の覆面マントへ、同じ格好の男に頼まれてここへ来たと語ると、鞄を漁って見つけた薬草を差し出した。

 

「怪我人が居るのだろう? 血の跡が点々と続いていたぞ。あれでは魔物に付いてきてくれと言っているようなものだ」

 

「何? そうか、あの爺か。歩き方がおかしいと思ったらやっぱやられてたのか。すまねぇ、感謝する」

 

 頭を下げて変態が薬草を受け取ったのは、同じ格好の男に頼まれてと言う話のお陰だと思う。

 

「気にするな。それより、手当てしに行かなくていいのか? どのみち『頼まれもした』からな、少しぐらいなら『見張っていても』構わんぞ?」

 

 こういう時言葉って難しいなと思う。聞いたつもりはないが変態には頼まれたし、連中が逃げない様に見張っている必要は有るのだから、嘘は言っていないのだ。

 

「お、おぅすまねぇ。すぐ戻って来るからよ」

 

 本当に申し訳なさそうにもう一度頭を下げた変態が背を向けた瞬間、俺はほくそ笑んだ。

 

(まずは第一段階クリア)

 

 少し離れた位置からこっちを見ている少年が居たものの、変態がちょうど壁になってこちらは見えず。

 

「と、言う訳だ。宜しく頼むな」

 

「あ、うん」

 

 トーカ君に似た装備の少年にも変態に言ったのとほぼ変わらぬ内容の説明をしてから会釈し。挨拶に応じてくれたので、せっかくなので疑問に思っていたことを投げかけてみる。

 

「ところで少し気になっていたんだが、この辺りの成人男性は覆面で顔を隠す風習でもあるのか? お前は違う様だが」

 

「……やっぱり気になるよね?」

 

 少年の口が開くまでには少し間があり。

 

「聞いては拙いことだったか?」

 

「ううん、あれは……荒事用。魔物と戦ったりとかする大人がつけるモノなんだ。俺はまだ未熟だし、戦士じゃなくて狩人だから」

 

 失言だったかと言う態度をして見せた俺に少年は頭を振ってから話し出す。

 

(あぁ、要するに山賊仕事用兼戦闘用なわけか)

 

 後ろ暗いことをして素顔を曝す訳にはいかないからの格好だと言われれば、頷ける。同時に山賊行為をすると言うことは戦闘が発生することもあり、現状も魔物と遭遇することを考えてああいう格好なのだろう。

 

「そうか。だが、戦いになればその弓をとって矢をつがえるのだろう?」

 

 ただし、若い狩人が何故ここに居るかを考えれば、理由は一つしかない。

 

「もちろん。ここを抜けられたら母さんや姉さん達が居るもの」

 

「まぁ、弱い女子供を中心にと言うのは、基本中の基本ではあるな……だが、甘いぞっ!」

 

 俺は足下に転がる石をさりげなく拾うと、全力で空を飛ぶ『それ』に投げつけた。

 

「ベギ、ぎゃあああっ」

 

 石が直撃し、箒を手放して落ちてくるのは、薬草茶を振る舞ってくれた老婆と同じ系統の魔物。

 

「なっ」

 

「弓を持っている奴が、上空の魔物への警戒を怠ってどうする」

 

 実は石を投げるのを僅かに躊躇した俺の言えることではないかもしれないが、一応叱責はしておく。

 

「ご、ごめん」

 

「謝ってる暇があったら、構えろ」

 

 ただ、のんびり反省会を開いてやる時間もなかった。

 

「おのれ、よくも仲間を」

 

「じゃが、それまでじゃ。皆、高度を上げるのじゃ」

 

 同じ魔物が何体か、空に現れたのだから。

 

「厄介なことになったものだ。あれでは石も届くかどうか」

 

 とりあえず、俺が居るのに襲いかかってきた時点であの老婆と同じ種族だから手加減しようと言うつもりは半ば捨てた。

 

「ど、どうしよう」

 

「任せておけ。俺に良い考えがある」

 

 石が届かないなら、矢も似た様なモノということか、こちらを伺う少年に向かって俺は余裕の表情を崩さず、言ってのけたのだった。

 




逃げた住人を捕まえて一件落着かと思いきや、訪れた超展開。

空から魔法おばばが降ってくるって、誰得なんでしょうか。


次回、第二百四十八話「俺なりの作戦」

そろそろこの捕り物終わらせたい。



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第二百四十八話「俺なりの作戦」

「さてと、始めるとしようか」

 

 まほうおばば達が飛ぶ高度をあげたのには、こちらにとって好都合な点が一つあった。

 

「まずは」

 

 俺は全力で、先程撃墜した魔物が落ちた場所まで駆け出し。

 

(っ、やっぱり死んでるか)

 

 明らかに身体のあちこちがありえない方に曲がっている骸を拾い上げ、そのまま少年の元まで駆け戻る。

 

「え、え?」

 

 少年からすれば、俺の行動は理解不能だろう。

 

「な、何じゃあやつ?」

 

「逃げたかと思えば、何かを抱えて……」

 

 上空のまほうおばば達からすれば、更に何をしようとしてるか解らなかっただろう。

 

(だからこそ、この作戦は成立する)

 

 拾い上げた骸を片手でぶら下げ、少年の前に立った俺は声色を変え、言う。

 

「バシルーラ」

 

 いや、呪文を唱えたと言う方が正しいか。

 

「ひょえええええっ」

 

 それだけで、空を飛んでいた魔物の数が一つ減り。

 

「ひぇ?」

 

「は?」

 

 残るまほうおばば達は箒の上で硬直する。

 

「ふ、勘違いしていた様だな。こちらにもまほうおばばが居る。故に射程距離に差は存在しない」

 

 普通、盗賊は呪文が使えない。だったら、呪文が使えてもおかしくない状況を作り出してやれば良いのではないかという考えに基づいたのが、この「腹話術死作戦」だ。

 

(死者の冒涜以外のなにものでもないような気もするけど、一応、相手は魔物だし、放っておくと外道の身内とはいえ女子供にまで被害が出るからなぁ)

 

 手段を選ぶ余裕はない。だが、手段を選ばないという前提であれば、有効だろうとも思う。

 

「ば、馬鹿な。お主、何故裏切」

 

「バシルーラ」

 

「ひゃあああっ」

 

 そして、高度という距離があるからこそ、まほうおばば達はぶら下げた同胞が死んでいると気づかない。だいたい、同胞を除けば視界の中に居るのは、狩人の少年と盗賊の男だけなのだ。この状況で自分達が使う呪文が相手側から唱えられたなら、仲間の裏切りと考えた方が余程自然だろう。

 

(まぁ、それもこれもあのまほうおばばのお陰なんだけど)

 

 人間に敵対的な態度の同胞に気をつけるようにと、自分達の使う呪文について教えてくれた老婆には感謝しつつ。

 

「バシルーラ」

 

「おのれぇ、覚えておれよぉぉぉ」

 

 最後の一体まで上空の敵は空の彼方へと吹き飛ばし。

 

「すまんな、助かった。では楽にしてやろう、はぁっ」

 

 死体に向けて語りかけながら、俺はトドメを刺すふりをする。表向きは、瀕死のまほうおばばを回収し、脅して呪文を使わせていた形だろうか。

 

(襲ってくる同族は倒しても構わないって言っていたもんな)

 

 このやり口はあの老婆に若干申し訳ない気もするが、これ以外で他のまほうおばば達を殺さず追い払う方法は思いつかなかった。

 

(裏切ったと誤解したからこそ、空中で呆然として隙だらけになってくれた訳だし)

 

 普通に応戦すれば、空からの攻撃呪文で少年が巻き込まれていたのは、想像に難くない。これを避けるには、先制して範囲攻撃呪文で殲滅するしか方法はなく、まほうおばば達を確実に殺す上、背後の少年に俺が呪文を扱えることが露呈してしまう。

 

「とりあえず、これでこっちは何とかなったな」

 

「あ、えっと……ありがとうございました?」

 

 死体を地面に転がして振り返ると、少年は引きつった顔で後ずさりつつ礼を言い。

 

「いや、俺は大したことはしていない。礼には及ばん」

 

 頭を振った俺は「それに」と続けた。

 

「ここからが、本番だ」

 

「え」

 

 腕を通していたロープの束から端を探り出して引くと伸ばしたロープを両手に持ってすれ違う。

 

「あぐっ」

 

「まずは、一人目」

 

 何となく何処かの女僧侶が喜びそうな格好で縛られた少年が倒れ、呻く声を背に呟いた俺は、ようやくやってきた待ち人ならぬ待ち岩に声をかける。

 

「そこのお前はこいつの見張りを頼む。残りは左右に展開して前方の集団が逃げられない様に包囲してくれ」

 

「な、何をす……ひっ」

 

 自由にならない身体で抗議しようとした少年は自分の近くまで転がってきたそれに気づくと、悲鳴を漏らし。

 

「まぁ、そう言うことだ」

 

 俺は、肩をすくめて笑う。さぁ、捕縛劇の始まりだ。

 

「もう、良かろう」

 

 左右に分かれて転がって行くばくだんいわの行列の残りが殆ど見えなくなった所で、まほうおばばの帽子を拾うと、それに少年矢筒から引き抜いた矢を突き刺し、こちらも踵を返す。

 

「魔物の襲撃に遭い、全てを退けたものの……と言ったところだな」

 

 証拠の品も確保した。持ち場を離れたのは、報告の為と守るべき対象が「いなくなった」とすれば、説明は付く。守れなかったことを責められる可能性はあるが。それはそれで問題ない。

 

(冷静さを欠いてくれた方が、策には填めやすいし、不意もつきやすい)

 

 心配事は、全員縛ってロープが足りるかと、女性にもこの縛り方をしちゃうんじゃないかなぁと言う不安だけだった。

 

 




ふぅ、我ながら酷い作戦だったぜ。

と言う訳で、まほうおばばの襲撃を退け、ばくだんいわと合流した主人公はいよいよ標的の捕縛に取りかかる。

次回、第二百四十九話「だから君は卑怯者だって言うのさ」



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第二百四十九話「だから君は卑怯者だって言うのさ」

「なんぐぇ」

 

 最後尾がまほうおばば達に襲われたことを知らされた変態は驚きの表情を浮かべたままロープをかけられ、変態的なポーズで縛られて、カエルが潰れた様な声を漏らす。

 

「くくく、他愛もない」

 

 逃がさないようにとあれこれ悩んでいたのが、馬鹿馬鹿しくなるようだった。

 

(まぁ、一度に縛れるのが最大二人という縛りがある以上、この後もこう上手くいくとは限らないんだけど)

 

 逃げられる恐れがある相手を優先して縛って行くなら状況次第では三人以上でも対処は出来る。

 

「ん゛」

 

「と、さるぐつわだけはしておかんと叫ばれて気づかれる可能性もある訳だが」

 

 最初に縛った少年はばくだんいわと言う監視がいるから良いとして、ここからは声も出させず無力化、捕縛して行くことが要求される。

 

「しかし、しまったな」

 

 こんなことなら、あの集落で変態装備を一式借りてくるべきだった。顔の隠せるあの覆面マントなら標的の油断が誘えたかも知れないと思うと、本当に失敗であったと思う。

 

(まぁ、変態はさておき、女子供ならラリホーの呪文も効くかもしれないし、ものはやりようか)

 

 モタモタしていてバシルーラで空の彼方へ吹っ飛ばした老婆達が戻ってきては面倒なことになる。

 

(聖水使えばまほうおばばの件はクリア出来るんだけど、その場合ばくだんいわまで近寄れなくなるからなぁ)

 

 取り逃した時のフォローが効かないのは、流石に拙い。

 

「ふぅ」

 

 とりあえず、縛った変態は放置して先に進む。

 

(そもそもあの集落の男手は半分以上が既に捕縛済みな訳だし)

 

 一人は狩人の少年とは言え、囮を含めて三人を追加で無力化したのだ。

 

(なら、そろそ……読み通りか)

 

 護衛を無力化して進めば、先にいるのは、護衛対象。つまり、戦闘力に乏しい女子供と言うことになる。

 

「これなら、試す価値はあるな。ラリホー、ラリホー」

 

「え、あ……」

 

「ちょっと、どうし……ぁ」

 

 歩みを止めて子供が崩れ落ち、心配して声をかけようとした女性がふらりと揺れて倒れ込む。

 

「な、これは呪文か?」

 

 唯一効果のなかった様子の変態装備の男が周囲を見回し、呟いたが答えてやる義理もない。

 

「ぬわっ、しま」

 

(と言うか、叫ばれたら困るからね。しかし、デスストーカーってラリホーは効かないのか)

 

 眠った女子供に気をとられたところを背後に回り込んで縛り上げつつ、厄介だなと思う。

 

(変態装備していない面々には効いてるところを見るに、あの覆面マント、耐性付き装備なのかもなぁ)

 

 顔を隠す為だけじゃなかったと感心するべきか少し迷うと同時に、マシュガイアー変装用に少しだけ欲しくなる。

 

(この連中を引き渡した時にトーカ君かその兄にでも頼んでみればいいかな)

 

 後になって報酬を要求するというのもせこい気はするが、流石に覆面マントは直接着用者の顔が触れるモノなのだ。いくらラリホーの呪文に耐性があろうと、中古しかも山賊のオッサンの使用してたモノなどご遠慮願いたい。

 

(しかし、この分だとひょっとしてあのエビルマージのローブとかにも特殊効果はあったかもしれないのか)

 

 デスストーカーと違って中身が人間でないことを加味すると、自前の可能性もあるとは思うけれど。

 

(まぁ、どちらにせよ後だな、後)

 

 とにかく今は、ラリホーの呪文が解けないうちに眠っている女性や子供を縛ってしまうべきだ。

 

(うん、解っていたつもりだけど、やってることは先入観無しで見られたら悪事だよなぁ)

 

 せめてこちらは変態的な縛り方をしない様にしようと試みる。

 

(っ……なんだろう、このやりにくさは)

 

 手慣れたやり方と勝手が違うからなのか、女性を縛るという状況に俺自身が抵抗を覚えているのか。

 

(おろちだったら、割と気兼ねなく縛れるんだけど)

 

 あれは、本性が多頭の爬虫類だし。

 

(いや、気兼ねなくと言うか、やられたことを思い出すと嬉々としてと言うか)

 

 いや、嬉々として縛ったらこっちが変態か。

 

(そうそう、こう、ぎゅっと食い込むよう……に?)

 

 しかし、回想なのに何故か感触がやけにリアリティに富んでいる様な気がして、俺は手を止める。

 

「ん゛っ、ん゛ん……」

 

 目を開くと、そこには変態的に縛られて悶える中年女性の姿が居て。

 

(さて、あと縛っていないのは)

 

 とりあえず、俺は見なかったことにすると周囲を見回した。

 

(一、二、三、四、五、六、七、八……十二人か)

 

 割と多い様にも見えるが、ルーラで行ける村の人口に比べれば微々たるものだ。

 

(しかし、油断はできないな、危うく目をやられるところだった)

 

 おのれ、おろちめ。

 

(ともあれ、山で遭遇した変態の人数を加味すると、まだこの先にも居るだろうな)

 

 非戦闘員を縛る作業など憂鬱でしかないが、だからこそさっさと終えてしまいたい。

 

(全員を確保するまでの辛抱だ)

 

 捕縛し終えれば後は狼煙を上げてトーカ君達を呼び、引き渡しが終わるまで捕虜を護り切れれば俺の役目は終わる。

 

(行こう、後方の異変を悟られる可能性もあるし)

 

 俺の罪を置き去りにして、俺は歩き出す。

 

(何て格好付けたら有耶無耶に出来るよね、きっと?)

 

 そう、全ては、現実逃避だった。

 

 




けどね、一番卑怯なのは視覚テロを挟み込んだ作者だと思うんだよね、僕は。

などという自己ツッコミをしてみる今日この頃。

言えない、言えやしないよ。本当はサービスシーンにしようかと思ったけど芸がない気がして変化球気味のデッドボールで勝負に出たなんて。

次回、第二百五十話「ただいま、シャルロット。いい子にしてたか?」

そろそろ山賊集落編を終わらせたい願望をサブタイトルへ




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第二百五十話「ただいま、シャルロット。いい子にしてたか?」

(ふぅ、そりゃばくだんいわに追われてれば冷静じゃいられないよな)

 

 結論だけ先に言うなら、そこからは半ば作業だったと思う。後続が縛られて脱落したことに気づかない逃亡者達へと再びラリホーの呪文を唱え、一緒にいた女性や子供がバタバタと倒れて行くのに狼狽した変態の隙をつき、捕縛するだけの繰り返しだ。

 

「ん゛んぅ」

 

「ん゛ー」

 

(こんなことこかな、さて)

 

 叫ばれてまだ接触していない者達に気づかれては困るので、当然の様に口へ布を噛ませると、無言のまま左右の茂みを見て、手の甲をそちらに向け指で招く。

 

「ん゛?!」

 

「ん゛んっ」

 

 口を塞がれた虜囚が何を言ってるかは不明だが、左右の茂みから現れたのがばくだんいわである時点で、おおよその想像は付く。

 

(これで、残りは先頭だけか)

 

 魔物と遭遇する可能性が一番高く、一番戦力を必要とする場所だけにおそらくラリホーの呪文だけで制圧出来るとは、思わない。

 

 

 

「……と、俺もスレッジも思っていた訳なんだがな?」

 

「違ったんですか?」

 

「まぁ、な」

 

 話に食いついてきたシャルロットへ、俺は肩をすくめて見せた。すごろく場に戻ってきたのは、つい今し方のこと。ゲームと違って、何日かかけてすごろくに挑戦する客の為の宿屋がすごろくのマスとは別に存在し、シャルロット達を探してそちらへ足を運んだ俺は、ただいまを言うなり話をせがまれたのだ。ただ、俺一人では話の整合性に困る部分があったので、土産話上ではたまたま同じ目的で竜の女王の城を目指していたスレッジと再会し、呪文関連は全部スレッジがやってくれたことにしたのだけれど。

 

「包囲してくれていたばくだんいわ達が俺の姿を見るなり一斉に現れてな」

 

 後ろから現れた見知らぬ男の登場に気をとられた変態達がばくだんいわに包囲されていることに気づいた時には、もはや逃げ場は俺の立っている場所しかなかった。

 

「そこで、俺に警告でもしたなら情状酌量の余地はあったんだが」

 

 追いつめられた変態は、怒声とともに突っ込んできた。

 

「『邪魔だ、どけ』とな」

 

 ロープを使わない変態達の無力化は、ばくだんいわと出会った場所でもやったことだ。そう難しいことでもない。

 

「他の連中より痛い思いはしただろうが、自業自得だな。そもそも奴らが、ばくだんいわを使って他の集落を滅ぼそうなどと考えなければ、集落が襲われることもなかった」

 

 後はのした変態達を縛り上げ、トーカ君達へ向けて狼煙を上げ、集落の住民の引き渡しを終えたところで俺はシャルロット達の所に戻るべく、陸路でこのすごろく場へと引き返し。

 

「スレッジはルーラで何処かに去っていった。まぁ、俺達が竜の女王の城を目指すなら、自分が行くまでもないと思ったのだろうな。集落に入ったり魔物や集落の民との接触も俺一人に任せていたし、目撃者を出してバラモスに居場所を特定されることを嫌ったのだと思うが」

 

 流石に一人二役は出来ないし、こちらが向かった時にスレッジが竜の女王を訪れていないと辻褄が合わなくなるので、シャルロットが集落の人間と出会った時のことも視野に入れて、そうでっち上げておく。

 

(腹話術死作戦も、まほうおばばが俺に呪文を使わさせられていたと言うことにすれば、矛盾はないはずだし)

 

 しかし、あの腹話術死作戦は本当に便利だったと思う。

 

(いっそのこと、人形を用意して、意志を持った人形の魔物とかでっち上げつつ携帯してみるのも手かも知れないなぁ)

 

 小脇に常に人形を抱えた、盗賊男。どういう種の人形であるかによっては、俺まで変態さんの仲間入りをしそうではあるが、一行の価値はあると思う。

 

(いや、人形にする必要もないか。しゃべる魔剣とか、意志を持つ魔剣なんてファンタジーにはよくあるもんなぁ)

 

 鎧ならシャルロットが連れているし。

 

(問題があるとすれば、商人に鑑定されると嘘がばれること。一般に流通しているモノででっち上げるのは厳しいことくらいかな)

 

 一から武器を作るとなると、武器作りの知識や経験、もしくは口が堅くシャルロット達と接触しない鍛冶職人のどちらかが必要になってくる。

 

(うーむ、ジパングで刀鍛冶に預けた素材で何か作ってもらって、使っている内に自我が芽生えたという展開に……もできないな)

 

 その場合、商人であれば、絶対興味を持ちそうだ。調べられたら一発でアウトである。

 

「お師匠様?」

 

「ん? すまん、考え事を少しな。そう言えば、お前達の方はどうだった、収穫はあったのか?」

 

 余程長いこと考え込んでいたらしい、怪訝そうなシャルロットの声で我に返った俺は、軽く謝罪すると、誤魔化す様に話題を転じた。

 

「あ、そうそう。お師匠様、実はこんな本を見つけて――」

 

「本、だと?」

 

 勿論、口実だけではなく興味もあってのことであり、期待と不安がない交ぜであったのだが、その単語に顔を引きつらせてしまったのは、女戦士とかおろちとかの性格を変えてしまったアレを真っ先に思い浮かべてしまったからだと思う。

 

「え? そう、本。悟りの書って言うんだけど」

 

「……そうか。あの賢者に転職する為に必要と言われる書物か」

 

 自身の勘違いを少し恥じ、安堵したのは間違いない。同時に喜ばしいことでもあると思う。遊び人以外が賢者になれるというのは、大きい。

 

「でね、アランさんがダーマ神殿へ行ける様になったら、賢者になりたいって言っているんだけど」

 

「妥当だな。今の時点で転職すると、普通であれば僧侶でまだ会得出来るはずの呪文が会得出来なくなるが、賢者ならその恐れもない」

 

 バニーさんも賢者になれば、シャルロットと賢者二人で前衛も後衛もこなしていけるだろう。

 

「となると、竜の女王の城の後はダーマだな」

 

 ついでに世界樹に寄ったり、オルテガのお供をする予定だったホビットに会ったり、オルテガが滞在した過去のある町へ立ち寄るのも手ではあるが、ともあれ、方針が定まったのは良いことだと思う。

 

「なら、今日は俺もここに泊まらせて貰おう。出発は明日だ」

 

 サイモンとおばちゃんをどうすべきか少し迷ったが、サイモンは蘇生した人の世話で手が離せないであろうし、おばちゃんはもう少しそっとしておいた方が良い様な気もする。この日の晩、俺は引き続きシャルロット達と情報交換を行った後、たっぷりと睡眠をとったのだった。

 

 

 

 





次回、第二百五十一話「竜の女王の城へ」

ひねり無しですみませぬ。


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第二百五十一話「竜の女王の城へ」

 

「竜の女王の城までは直線距離で行くなら山地と森を突っ切る形になる。土産話でしたようにこの辺りには山賊の集落やまほうおばばの庵も点在している、前者はともかく後者は空を飛ぶドラゴンに跨って空を行軍していても戦闘は避けられまい」

 

 翌朝、俺は荷物をくくりつけた水色の細長いドラゴン達の前で、最終確認がてらお復習いを行っていた。

 

「他にも仲間を癒す猛禽などが空を飛ぶ魔物としては確認されているが、山賊が弓を使って射てくる可能性も捨てきれん」

 

 この辺りはゲームと乖離するが、トーカ君のような狩人が存在することを鑑みると警戒するに越したことは無いと思う。

 

「その時頼れるのは、攻撃呪文の使えるお前達だけだ。俺やミリー、そっちの鎧はほぼ荷物にしかならん」

 

「そんなことありませんわ、目が多いだけ敵は見つけやすく、奇襲もされにくくなりますもの」

 

「ふ、そう言って貰えると助かる」

 

 勇者サイモンとおばちゃんの脱落に言及せずフォローしてくれる魔法使いのお姉さんの成長と気遣いを嬉しく感じつつ、ゆっくりと歩み寄る先はドラゴンの胴。

 

「お師匠様……危なくなったら遠慮しないで下さいね?」

 

「あ、あぁ」

 

 俺の前、ドラゴンの頭に乗るシャルロットは気遣ってくれるが、そのシャルロットの背中にせくしーぎゃるっていた時のことなどを思い出してしまうのは、こちらに問題があるのだろうか。

 

(まぁ、シャルロットは優しいし、変な意味で言った訳じゃないよね)

 

 こういう時こそ平常心が大事だと思う。

 

「姫、お側に居られぬこと断腸の思いですが」

 

「うん、ありがとう。ボクは大丈夫だから」

 

 同じドラゴンに乗れなかった赤い甲冑の魔物がシャルロットととの別れを惜しむ姿を眺めながら、出来うる限り意識しない様にしていた。

 

「そ、その、ご主人様……宜しくお願いします」

 

「ああ」

 

 後ろにはバニーさんという俺の理性を試すかの様なドラゴン座席表というか騎乗位置関係を。

 

「しかし、何も出来んと言うのは歯がゆいな。ブーメラン系統は戻ってくる時の問題があるから厳しいとしても、指弾に使う石ころでも拾っておくべきだったか」

 

 すごろく場でシャルロットは上がりの景品を手に入れただけでなく、万屋できちんとほのおのブーメランを俺の分を含めて購入して来てはくれたのだが、この武器、ドラゴンの背で使うと高価な使い捨て武器になってしまいかねない欠点があったのだ。

 

(そりゃ、投げればキャッチする必要があるしなぁ)

 

 陸や船の上ならキャッチしやすい場所まで移動してとることも出来るだろうが、空を飛ぶドラゴンの上で飛んでくるモノをキャッチしようとか、自殺行為である。

 

(やはり、腹話術死作戦用の人形なり武器なりを早急に用意する必要があるな)

 

 対策をしない限り人前で攻撃呪文の使えない俺は、よくて肉壁兼ナビゲーターと言ったところなのだ。

 

「さてと、では行くとしようか」

 

「「はい」」

 

「「フシュオオオオオッ」」

 

 複数の返事と二頭分の竜の咆吼が重なって、俺達を乗せたスノードラゴン達はゆっくりと浮かび上がる。

 

(昨日は予期せぬ所で時間をとられてしまったし、もう想定外の展開がないといいけど)

 

 トーカ君達の集落を中継点として使えそうなのが唯一の収穫だろうか。ばくだんいわによる集落爆破未遂事件は、犯人とその家族の身柄を集落ごと確保することで解決している。まだ、捕まえた者達の処遇という問題が残っていると思うので、お邪魔するべきか少し躊躇うところだが、あの老婆の庵に五人と二頭と一着で押しかけるのは非常識すぎる。

 

(かといって、せっかく知り合いの出来た場所があるのに野宿するのもなぁ)

 

 地図を見て再確認したのだが、すごろく場から目的地まではアリアハンとレーベくらいの距離がある。騎乗者三名に各種装備を積んだスノードラゴンの飛行速度では、強行軍をしても目的地直前の高山帯にさしかかる時には日が沈んでしまうだろう。

 

(明かりに乏しい中、高山を越えるのは流石に危険だし、仕方ないよね)

 

 ドラゴンだから鳥目ではないと思うが、万が一岩肌に激突して墜落しかけた場合、とれるのはルーラの呪文を使った緊急避難兼振り出しに戻る、だけなのだ。

 

(間近にまで達しておいて、バハラタからやり直しは流石に痛すぎる)

 

 だから、集落に宿泊することになったとしても、やむを得ず。

 

(いや、不安要素はあるんだけどね)

 

 まず山賊用の変態衣装の存在。あれがせくしーぎゃるっていた過去のあるシャルロットのトラウマを剔らないかという心配。

 

(そして、あの一件で距離の縮まったばくだんいわ達が高い確率で居ると思われること)

 

 ばくだんいわが日常的に存在する集落でお泊まりとか、ぐっすり眠れるのかという疑問がある。俺は懐かれているので、大丈夫だと思うけれど。

 

(最後に、山賊行為がシャルロットの正義感に接触しないかという点かな)

 

 一応、トーカ君の所は義賊に近い形だし、木こりとかちゃんと副業もやってるので、俺が捕り物やって捕まえた連中程外道な行いはしていない様だが、不安要素であることは間違いなく。

 

(シャルロットには一応説明しておいたけど、なぁ)

 

 こんな辺境で魔物がうろうろしてる場所を生きていると言う点を加味する様に、とも言ってある。

 

(大魔王の影響がなくなって魔物が大人しくなれば、暮らしやすくなるのは間違いないし)

 

 魔物に脅かされることがなくなれば、林業とプラスαだけで食べていける様になると思うのだ。だから、大切なのはまず世界を平和にすること。山賊行為に頼らずとも暮らしていける基盤を作ってやることだろう。

 

(後ろ暗いことをしなくなれば、交易網に組み込んで利益が出る様にすることだって可能じゃないかな)

 

 もっとも、今の俺達には他者を気にかけていられる余裕などなく、まだやることは山積み。

 

(まぁ、全部こっちで背負い込むこともないか。時期を見て「利益が地域に落ちる様に交易網に組み込んで」って要請だけしておいて、あの魔法使い三人や文官とかそう言う人に丸投げする手もあるよね)

 

 こう、ついつい余計なことを考えてしまうのは、きっと背中へ服越しに伝わる感触を出来るだけ、意識したくないからだろう。

 

(いや、よくよく考えると防寒着とかにまで気が回らなかった俺の自業自得なのかもしれないけどさ)

 

 上空は寒い。まして、ここから更に東に行くと雪の積もった場所が見えるような地域なのだ、ここは。

 

「す、すみません、ご主人様」

 

「いや、気にするな」

 

 俺の意識が向いたことを察したのか謝ってくるバニーさんは、やみのころもで俺と二人羽織している様な姿で密着中である。流石に遊び人の格好では寒すぎたのだ。

 

(気にしない、と言うか、気にしちゃ駄目だ)

 

 前に居るシャルロットの背中からは不機嫌さがヒシヒシと感じられ。微妙に直視しづらい。そんなこんなで、現実逃避に考え事に没頭するしかない空の旅。

 

「ライデインっ」

 

「ギャアアアッ」

 

 こちらを襲撃し、シャルロットの八つ当たりを受けて炭化しながら墜ちて行く魔物の断末魔はこれで何度目だろうか。

 

(集落、まだ遠いかな)

 

 今、俺はもの凄く大地が恋しかった。

 

 




主人公を襲う、シャルロットとバニーさんの板挟み。

現実逃避しつつ彼が望む大地に待ち受けるモノとは。

次回、第二百五十二話「集落に泊まろう」

いやー、暖かくなったと思ったんですけどね、目が覚めたら雪が積もっていた不思議。


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第二百五十二話「集落に泊まろう」

 

「おう、久しぶり……ってモンじゃねぇな。どうした、忘れモンでもあったか?」

 

「いや、そう言うことではない。実はな――」

 

 俺は先触れとして一足早く集落を訪れ、トーカ君の兄である変態装備のデスストーカーと再会、再来訪の理由を説明していた。

 

(スノードラゴンの棲息する地域じゃないもんなぁ、この辺り。東に行くとスカイドラゴンは出没するらしいけど)

 

 いきなり見慣れぬ魔物で乗り付けては騒ぎになるからなと高度を下げて貰って、一人水色ドラゴンから飛び降りたのがつい先程。シャルロット達はドラゴンの背で、こちらの合図を待って上空に待機していると思う。

 

「魔物使いの知り合いと合流出来たのは、幸いだった。空を飛ぶ魔物に跨れば難所が難所でなくなるのでな」

 

「はぁ、あんた凄ぇとは思ってたが、知り合いまですげぇんだな……話はわかった。水色の細長いドラゴンが近づいてきても攻撃しない様に集落の皆にゃ俺から言っとくぜ」

 

「手間をかける。ではな、こちらも仲間に連絡してくる」

 

 とりあえず、呆れ半分に納得してくれたトーカ君の兄に軽く頭を下げると、踵を返し。

 

(さてと、流石に集落の中で狼煙を上げるのは拙いからなぁ)

 

 一応、義賊風味とはいえトーカくん達も山賊を兼業している身、拠点を特定されかねない様な真似は避けるべきだと集落を出た俺が向かうのは、ドラゴンから飛び降りた場所。勿論、狼煙を諦め歩いて戻ろうとしたのではない。

 

(シャルロット達も狼煙を目印にこちらへやって来るだろうし、集落から距離をとらなきゃいけないなら)

 

 待機してる場所に近い場所で狼煙を上げた方が、合流までの時間が短くて済む。

 

(……と、思っていたんだけどなぁ)

 

 いや、間違いではない。間違いではないのだが、集落を出た辺りからゴロゴロと何かの転がる音が後ろを付いてきていたのだ。

 

「……やっぱり、お前か」

 

 振り返れば、肯定する様に前へ傾いだばくだんいわ。

 

(そう言えば、このばくだんいわが居たんだった)

 

 一日ぶりの再会だが、後を付いてくる辺り慕ってくれているのは間違いないと思う。

 

(けどなぁ、流石に空の旅には連れて行けないしなぁ)

 

 手も足もないのでは、ドラゴンに掴まることも出来ず、ほぼ球体なので縛り付けるのは難しい。

 

(サッカーボールとかスイカぶら下げるネットみたいなのを編むにはロープの残りが足りないし)

 

 そも、俺達の旅は危険が伴う。攻撃手段が自爆呪文のみのばくだんいわを連れて行く理由なんて、何処をひっくり返しても出てこなかった。

 

(せめて人間なら……って、いけない。下手なことを考えてもし、顔に出でもしたら)

 

 相手は睨めっこで説得を行う種族だ、こっちの心理を見透かされる可能性がある。

 

(だいたいおろちだって人の姿になれ訳だし、この世界には変化の杖だってある)

 

 魔物は人間になれない、何て決めつけてポロッと零してしまった日には、どうなることか。目を閉じれば、駆け寄ってくる見知らぬ少女のイメージ。

 

「僕、ばくだんいわです。人間になれたんです、だから、これからはずっと一緒に――」

 

 抱きついてくるのが、少女なのは俺の願望なのだろうか。いや、確かに男に抱きつかれて喜ぶ趣味はない。男に抱きつかれたところを見て喜びそうな僧侶の少女には心当たりがあるけれども。

 

(って、これ以上女性同行者を増やすなーっ!)

 

 自分の想像力に渾身のツッコミを入れる。

 

(まったく、我ながら何を考えて……あ)

 

 そして、ため息をつきつつ我に返った直後だった。ばくだんいわと目があったのは。

 

「……すまん、醜態を見せた。忘れてくれ」

 

 とりあえず、一連の心の声をばくだんいわが理解していないことを今、切に願う。

 

(忘れよう、こんな生まれたての黒歴史)

 

 そうだ、くべてしまえばいい。狼煙を上げる為のたき火に。

 

「これから狼煙で仲間を呼ぶ。人数が多いからな、少し下がっていてくれ」 

 

 ドラゴン二頭は降りられそうな空き地を選び足を止めはしたが、ばくだんいわが降りてくるドラゴンの下敷きになったら笑えない。俺が促すと、ばくだんいわは素直に後ろへ転がり。

 

「助かる。さて」

 

 目で感謝の意を送ってから、俺は狼煙をあげた。

 

「お師匠様ぁ~」

 

 普通のたき火とは異なる色の煙が立ち上ってから、シャルロットの声がするまでにそれ程時間はかからなかったと思う。

 

「来たか、ここだ」

 

「っ、お師匠様ぁ」

 

「な、ぷっ……ぐっ」

 

 手を振り、出迎えた俺の上へとシャルロットが降ってきたのは、やっぱり二人羽織っていたせなのか。

 

(女の子一人ぐらい、受け止められると思っていたんだけどなぁ)

 

 きっと不幸な事故だったのだと思う。視界を柔らかな何かで遮られ、バランスを崩した直後、後頭部に受けた衝撃で、俺の意識は飛んだ。

 

(で、起きたらベッドに寝かされてたって言うのが定番なんだろうけど)

 

 意識を失ったのは、ホンの一瞬であったらしい。

 

「お師匠様っ? え、あ……」

 

 上からはシャルロットが悲鳴っぽく呼ぶ声がするし、視界は相変わらず何かで塞がれたまま。

 

「ん゛んぁ」

 

 無事だと言おうとしても口元も塞がれているのでろくに返事も返せない有様だった。

 

(けど、シャルロットが怪我をしなかったと思えばまぁ、いいか)

 

 俺の身体がクッションになったはずなので、深刻な事態にはなっていないと思う。もっとも、よっぽど酷い怪我でなければ僧侶のオッサンの回復呪文で何とかなるだろうとも。

 

「っ、嫌ぁぁぁぁぁぁっ」

 

(え?)

 

 だから、シャルロットが悲鳴をあげるまで、気づかなかった。このままだと息が出来ないとは思っていたが、一つの疑問に。そう、シャルロットはだいちのよろいを着込んでいた。スノードラゴンに跨るのに邪魔なので股間を守るパーツの前後だけを外した形で。

 

(じゃあ、この柔らかい感しょ)

 

 その後、俺は今度こそ意識を失ったのだと思う。

 

「う……」

 

「ご主人様? 気が、気が付かれました?」

 

 何があったかは、解らない。気が付いた時にはベッドの上だった。

 

 




こんな泊まり方、あってたまるか。

誰がどうやって主人公を気絶させたのか。

1.窒息 2.雷撃 3.殴る蹴るの暴行 4.その他

さて、どれでしょう。

次回、番外編18「集落の夜(勇者視点)」

きっと看病パート他の予定


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番外編18「集落の夜・前編(勇者視点)」

「鎧を着たまま飛び降りて抱き付くなんて……。下手したらあなたのお師匠様は全体重のかかった鎧の胸甲で顔面を打っていたかも知れませんのよ?」

 

「あぅ」

 

 サラの指摘には返す言葉もなかった。悪かったのはボクだ。その後のことだって、あんなことをするつもりじゃなかったって言ったところで言い訳にもならない。

 

「ごめんなさい」

 

「あ、あの……それぐらいで」

 

「解ってますわよ、エロウサギ。シャルならもう同じ失敗は二度としないと思いますもの。それに」

 

 頭を下げたままのボクをミリーが庇ってくれて、何だかんだ言ってもサラだって優しい。だけど、だけど。

 

(こんなに心配して、気を遣ってくれてるのに)

 

 ボクの頭の大部分を占めていたのは、あの時の、光景だったのだ。

 

(あああぁぁぁあああぁぁああぁぁぁっ)

 

 叫んで、走り出して、そのまま何処かに消えてしまいたかった。

 

(お師匠様に、お師匠様にボク……)

 

 謝りたい、恥ずかしい、申し訳ない、忘れたい、あやまりたい、はずかしい、アヤマリタイ、ハズカシイ。

 

「ボク、ボク……うぅ」

 

 ガーターベルトの一件といい、どうしてこうなるんだろう。ううん、悪いのはボクなんだけど。

 

「……重症ですわね。所でエロウサギ、あっちはどうでしたの?」

 

「あ、そ、その……ごめんなさい。まだ」

 

(っ、そっか)

 

 聞こえてきたサラ達のやりとり。片方はぼかし片方は主語がないのに、自分のこと以外を気にする余裕なんてないはずなのに、解ってしまった。

 

「お師匠様……」

 

 まだ、目を覚まして居ないんだ。あのマシュ・ガイアーさんに似た格好の人が来て、この場所へ連れてきて貰って、だいぶ経つのに。

 

「っ、失言でしたわ。私としたことが……。エロウサギ」

 

「え」

 

「あの覆面の方々に挨拶して来ますわよ? アランさ……アランだけにお任せしてる訳にはいきませんわ」

 

 あいさつ、挨拶かぁ。そう言えば、ボクもまだちゃんと挨拶していなかったと思う。何でも、お師匠様が戻ってこないから様子を見に来たって話だけど、お師匠様をベッドに寝かせられたのも、あの人が来てくれたからだし。

 

「……挨拶ならボクも」

 

「シャルはここに。このお家の間取りですと、一部屋に五人以上は息が詰まりますもの」

 

「けど」

 

「大丈夫ですわ」

 

 駄目だ、また気を遣わせちゃった。

 

「その、お、同じお家の中ですし……何かあったらすぐ伝えに戻ってきますから」

 

「では、ここはお任せしますわね?」

 

「え、あ……うん」

 

 結局押し切られて、二人は部屋から出て行き、残されたのは、ボクだけ。

 

「……お師匠様」

 

 どうすれば、いいですか。どうしたら、許して貰えますか。

 

「お師しょ」

 

「ひぇっひぇっひぇっひぇ、何やらお悩みのようじゃな」

 

「……え?」

 

 誰も居ない部屋で、ただ呟いていたつもりだった。だと言うのに、何処かから声がして。

 

「魔も」

 

 箒に乗ったおばあさんの姿を窓に見つけて、咄嗟に武器を構えたボクへそのおばあさんは言った。

 

「これこれ、身構えんでいい。話は聞いて居らぬかの? わしはこの集落の者と親しくしておる者でな」

 

「親しく? ……あ」

 

 すぐには解らなかったけど、お師匠様が昨晩してくれたお話を思い出すと、確かに思い当たる人がいたのだ。

 

「どうやら話は聞いていたようじゃのぅ。ひぇっひぇっひぇっ、それでわしは医者代わりもしておってな、怪我人が出たというので来て見た訳じゃ」

 

「あ、ごめんなさい! お師匠様の為に来てくれた人にボク――」

 

「ひぇっひぇっひぇ、構いはせぬ。この辺りでは人間を見れば襲いかかって行く方が多数派じゃ、その対応とてまるっきり間違った対応ではないわい」

 

 おばあさんは軽く頭を振ると、続けて言う。

 

「それに、お主の仲間に僧がおるじゃろう? わしに出来るのはベホイミの呪文で怪我を治すことと、薬草を煎じた薬を渡すことだけじゃからのぅ。お前のお師匠様の床に伏している理由が怪我なら、わしが来ようと来まいと同じ事だった筈じゃ」

 

「そ、そんなこと」

 

「よいよい、言わずとも解っておる。まぁ、せっかく来たのじゃからと、薬だけは窓の所に置かせてもらったがのぅ。この集落にはわしの命の恩人の息子や孫が居る。あの時のお客人にはわしも間接的に恩がある、これくらい恩返しにもならぬ」

 

 否定するボクにひぇっひぇっひぇっひぇっと少し楽しそうに笑ったおばあさんは、また首を横に振った。

 

「そこで、何か出来ぬかと少々不作法ながら窓から中を覗き込ませて貰ったところ、何やら深刻そうなお主を見つけたという訳じゃ。この集落に住む者の顔は全て記憶して居る。となれば、見ぬ顔のお主は隣の部屋で寝ておったお客人の連れということになろう」

 

 そして、隣の部屋の方を向いてお師匠様と口にしていれば、その関係を察すのも簡単じゃったとおばあさんは明かす。

 

「悩み事があるなら、このおばばに相談してみぬか? 少なくともお主の何倍も生きて居る、助言が出来るやもしれぬぞ?」

 

「っ」

 

 心の何処かで、渡りに船だと思うボクがいた。同時に、あれを人に話すなんてと躊躇う自分もいた。

 

「うぅ……」

 

 どうしようと迷うとそれさえ見透かしていたかの様に。

 

「ひぇっひぇっひぇっひぇっ、若い内は悩むものじゃて。答えをせかしはせぬ。わしはこのまま窓の外におるでな。決心が付いたら声をかけておくれ」

 

 窓の外から投げられた声へ、ボクはすぐに返事を返すことさえ出来なかった。

 




まさかのまほうおばば再登場。

しかし、看病パートにまで至れず、ぐぎぎ。

次回、番外編18「集落の夜・後編(勇者視点)」


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番外編18「集落の夜・後編(勇者視点)」

 

「あの」

 

 いつまでもおばあさんを待たせておく訳にもいかない。悩みに悩んだ後、ボクは意を決して窓の外へ声をかけた。

 

「決まったかの?」

 

「……はい。少し迷いましたけど」

 

 このまま一人で居ても何も出来ない気がしたのだ。

 

「じゃったら、話すとよい」

 

「……どこから話して、何処まで話すかも悩んだんですけど」

 

 ボクの態度か向けた視線か、返事を先読みして促してくるおばあさんへ、そう前置きしてボクは語り始める。恐ろしく察しの良いこのおばあさんにはぼかして伝えても無駄かもしれないけれど、だからといってあの思い出したくない部分を正直に話すことは絶対に無理だった。

 

「成る程、抱きつこうとして……まぁ、それはある意味負荷抗力じゃろうて」

 

「えっ」

 

 驚くボクの前で、遠い目をしたおばあさんは語る。わしも昔、同じ事をやらかしたのじゃよ、と。

 

「ホレ、このようにわしも箒に乗っておるじゃろ? 箒から飛び降りて抱きつこうとしたら目測を誤ってのぅ」

 

「……おばあさん」

 

「じゃから、お主の抱えとるモンは、昔このおばばが抱えたモノと同じじゃ」

 

 この時、おばあさんがもし窓の外にいなかったら抱きついていたと思う。こんな所で、思いを分かち合える魔物(ひと)に出合えるなんて、思いもしなかった。

 

「おばあさんっ」

 

「おお、泣くでない、泣くでない」

 

「泣いてなんか……ぅ」

 

 反射的に否定はしたけれど、視界は滲んでいて、窓の留め具が上手く弄れない。窓を開けるまでにやたら時間がかかった。

 

「落ち着いたようじゃな?」

 

「……ごめんなさい」

 

 ボクがおばあさんに謝ったのは、おばあさんを迎え入れて暫くした後のこと。

 

「おばあさんの服……」

 

「よいよい、もう夜じゃし、帰ったら着替えるつもりでおったからのぅ」

 

 声を上げてしまったら、お師匠様やサラ達にも丸聞こえになる。声だけは殺して、それでも溢れ出てくる涙は止められなくて、結果がおばあさんの濡れた服だというのに、ひぇっひぇっひぇっと笑って許してくれる。

 

「しかし、声をかけて正解じゃたわ。お主の抱えたモノならば、このおばばにも助言は出来る。何せ、昔の自分そのものじゃ」

 

「えっ、じゃあボクもいつか箒に?」

 

 年をとったら、というのはちょっと失礼な気がしたから自重した。

 

「……そこはボケんでよい」

 

 ボケたつもりはないんだけど。

 

「むぅ、天然かのぅ。まあよい……早い話が、お主は自分のお師匠様にどんな顔で会えばいいか解らん、心配なのに直接会いに行って看病する踏ん切りが付かぬと言うことなのじゃろう?」

 

「っ」

 

 また見透かされた、と思って硬直してから、それはないと思い直す。このおばあさんは、昔の自分そのものと言っていた。なら、全ては、おばあさん自身が既に経験していたことなのだろう。

 

「そうじゃな、じゃったら、これを使うと良い。この『きえさりそう』を」

 

「きえさりそう?」

 

 その名には覚えがあった。お師匠様がバラモスの城に乗り込む為に苦労して手に入れたと話して下さった気がする。

 

「ほぅ、その様子じゃと効果は知っておるようじゃな」

 

「はい。使うと透明になれる……んですよね?」

 

 そのお陰で、少しだけ救われたから忘れるはずがない。人前で、しかも男の人の前で服を脱ごうとしただなんて、忘れてしまいたい記憶ではあったけれど。

 

「うむ。顔を合わせづらいなら、最初から顔を見せなければ良いのじゃよ。ただし、この草の効き目はあまり長くない。こういう言い方はいかんのじゃろうが、都合の良いことにお主のお師匠様はまだ目を覚まして居らんじゃろ?」

 

 ならば、お師匠様が目覚めそうになった時に、そのきえさりそうを使えばよいとおばあさんは言う。

 

「消えている間に心の準備をするも良し、この部屋まで逃げてくるも良し」

 

「おばあさん、ありがとうございます」

 

「ひぇっひぇっひぇっ、あの時きえさりそうがあったなら、そう思って以来、常備していたのがこんな所で役に立つとはのぅ」

 

 頭を下げるボクへおばあさんは微笑むと、すぐにきえさりそうの使い方を教えてくれた、ただ。

 

「……あれ? おまじないみたいなのは要らないんですか?」

 

 お師匠様は、使う時何か言っていたと思ったのだけれど。

 

「へぇ、おまじないとな?」

 

「はい。……レオムル、だったかな?」

 

「よくわからぬが、そう言うモノは要らぬ。何かの聞き違いではないのかえ?」

 

「うーん」

 

 おばあさんも解らないようで、かといってこれを使う目的を考えるとお師匠様にも聞き辛い。

 

「とにかく、きえさりそうについての説明はそれぐらいじゃ。だいたい、のんびりしておるとお主のお師匠様が起きてしまうじゃろ」

 

「あ」

 

「行くが良い。ただしこのおばばが窓の外に出た後、窓を施錠した後でのぅ」

 

「ありがとうございます」

 

 言われて気づいたボクの前でひぇっひぇっひぇっと笑ったおばあさんに、もう一度お礼を言って送り出してから言われたとおり窓を閉めて鍵をかけ。

 

「行ってきます、おばあさん」

 

 窓の外を遠ざかって行く人影に告げてから、ボクは隣の部屋に向かった。

 

(……お師匠様、まだ)

 

 そっと戸を開けて忍び込んだ隣の部屋は静かだった。お師匠様は目を閉じたまま、ベッドに横になっていて、脇のテーブルには薬草や水差しが置かれている。

 

(ごめんなさい)

 

 声には出せない。出せなかった。ただ、それでもできることはあったから。

 

「ホイミ」

 

 出来るだけ小さな声で、お師匠様が目を覚まされるんじゃないかってビクビクしながら呪文を唱え、恐る恐る手を握る。

 

(ごめんなさい、お師匠様)

 

 少しだけ、気が楽になったような気がした。けれど、このままずっとそこに居るのがいけないと言うことも解っていた。

 

「すみません、ご主人様……」

 

(えっ)

 

 解っていたはずなのに。気づくと、外からミリーの声とドアをノックする音がして、ボクは固まった。

 

(ああっ、ボクの馬鹿)

 

 お師匠様のことが心配なのはボクだけじゃないはずなのに、失念しているなんて迂闊としか言いようがなかった。

 

(きえさりそう、使わないと)

 

 よくわからないけど、ドラゴンの上のこともあってかこんな状況じゃミリーとは顔を合わせづらくて、きえさりそうを使い、ボクは入れ違いに部屋を出ようとお師匠様の手を離す。

 

(確か、まずこうして――)

 

 両手が自由になったボクは焦りを抑えつけながら教わった通りきえさりそうを粉にして自分へ振りかける。

 

(良かった、間に合った。後はミリーがドアを開けるのに合わせて)

 

 外へ出るだけ。

 

「そ、その……失礼します」

 

 待っていた瞬間は、すぐに来た。

 

「う……」

 

(っ)

 

 しかし、背後であがった呻き声にボクの足は思わず固まり。

 

「ご主人様? 気が、気が付かれました?」

 

(わわっ)

 

 透明のボク越しにお師匠様を見たミリーが駆け寄ろうとするのをかろうじて避けられたのは、日頃の訓練の成果だと思う。

 

「良かった。……ほ、他の方に伝えてきます」

 

(あ……あーっ)

 

 ただ、一言二言話したらしいミリーがくるりと踵を返して出て行ってしまうのに反応出来なかったのは、失敗だった。ボクの目の前で、ドアは無情にも閉まり。

 

(どうしよう、ここでドアを開けて出ていったら、起き開けのお師匠様だって絶対気が付)

 

 頭を抱えたくなりつつ、ちらりとお師匠様の方を見やった直後、ボクは凍り付いた。

 

「ええと、下着は……確か、鞄の中に」

 

 この状況で下着に言及するのだから何をしようとしているかはボクでもわかった。お師匠様は着替えようとなされていたのだ。

 




構想段階では、もっといかがわしい薬とかあげようとするシーンあったんですけどね。

まほうおばばと言えば、きえさりそうでしょう?

問題は、シャルロット側にラッキースケベ(?)が発生した点。

次回、第二百五十三話「シャル得」

次回は着替えシーンから始まる(予定だ)よー?

ホワイトデーにちなんで下着の色は白です。(キリッ)

ただし、読者サービスにはならない気がする。



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第二百五十三話「シャル得」

「ええと、下着は……確か、鞄の中に」

 

 バニーさんがみんなに知らせてくる的なことを言って去って行くのを見届けた俺は、身を起こして周囲を見回すと自分の鞄を見つけて、ベッドから降り鞄の口を開けた。

 

(みんなが来る前に着替えてしまわないと)

 

 早着替えならそれなりに自信はある。

 

「白か。とりあえずこれと、これと……」

 

 下着の上下に、やみのころもの下に着る服の上下。

 

(旅をしてると毎日着替えるとか出来ないんだよなぁ。洗濯出来る場所も限られるし)

 

 干すことまで考えると日中半日滞在する様な場所でないと、洗濯は厳しい。

 

(夜中だから洗濯も諦めるしかないけど、せっかく人の居るところに泊まってるんだ。せめて着替えくらいはしないと)

 

 みんなが来るのに寝たためにあちこちにシワや折り目の付いた服で会うのもどうかというのもある。

 

(地図を見る限り、明日の早朝にここを立った場合、早ければ明日の内に竜の女王の城につく)

 

 相手は女王だ、流石に数日着たままの服で会うわけにもいかない。とりあえず、着替えを確保した俺は、服を脱ぎ始め。

 

「ん?」

 

 違和感を感じて、手を止める。

 

「……気のせいかな?」

 

 視線を感じたような気がしたのだが、周囲を見回しても誰も居らず。

 

「はぁ」

 

 思わずため息をつく。最近、足音を殺して潜入だの追跡だのをしたりしたせいか、神経質になりすぎているのだろう。

 

「急がないと」

 

 そもそも、のんびりしては居られないのだ。意を決すと、俺は下着も一気に脱ぎ去り。

 

「ん? 今、何か……あ」

 

 何か聞こえた様な気がして周囲を見回し、致命的なことに気づいて固まった。

 

(よくよく考えたらこの部屋のドア、鍵かけてないよな)

 

 気づけて良かった、とつくづく思う。

 

「と言うか、鍵もかけずに着替えをするとか……」

 

 やっぱり起きあけでまともに頭が働いていなかったのだろう。

 

「危ないところだった」

 

 一歩間違えば、シャルロットやバニーさん達へ全裸でグッドイブニングするところだったのだ。

 

(いくら他人の身体だからって、ねぇ)

 

 いや、他人だからこそ人に裸を見せるのは拙かろう。もちろん、自分の身体だったらOKかと言われればそれもないけれど。

 

(ごく普通に捕まるよな)

 

 ちかんは、いけないとおもう。

 

「さて、さっさと着替えてしまうとするか」

 

 ドアまで行って鍵をかけるのに、数秒とはいえ時間をロスしてしまった。

 

(ついでに、ボロが出ない様そろそろ口調もお師匠様モードに完全移行しておかないと)

 

 だいたい、起きたばかりとは言えぼんやりしすぎていたのだ。

 

「俺もまだまだだな。着替えの前に鍵をかけ忘れたかと思えば……」

 

 顔を真っ赤にしたまま顔を逸らして立っているシャルロットの幻まで見えるのだから。

 

「いくら寝ぼけたとしても、限度があるだろうに……弟子の幻を見るなど」

 

 だいたい、さっき見回した時はシャルロットの姿なんて何処にもなかったのだ。

 

(実は欲求不満だったりするんだろうか)

 

 だとしても、シャルロットに裸を見せたいなんて願望はない。無いと思いたい。

 

「人間の想像力は時として真実を見誤る。枯れた草を幽霊と見間違う、などな」

 

 きっと、シャルロットに見えるこれも娘さんの服を着せたマネキンか何かなのだ。

 

「ふ、まぁ……そんな風に現実逃避をしている場合でもないか」

 

 まずは着替え終えるべきだろう。流石に下を出しっぱなしは、相手が幻でも色々拙い。俺は下着をはき、アンダーシャツに袖を通すとズボンをはき、上も着る。後は、誰かが脱がせてくれていた手袋へ手を入れれば、着替えは終了である。

 

「こんなところか。シャルロット、すまんがそこのマントをとって貰えるか?」

 

 背を向いたまま、幻の居た方に声を投げたのはちょっとした冗談だ。幻が、返事をするはずがない。

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 そう、上擦った声を返してくる筈など――。

 

(え゛)

 

 硬直してしまった身体を無理矢理動かして振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたまま俯きながらマントを差し出す弟子の姿が。

 

(あるぇ?)

 

 一体何がどうして、こうなった。最近の幻には返事をしたり着替えをお手伝いしてくれるサポートシステムが完備なのだろうか。

 

(だとしたら すごいよね。 おみせ に かい に ゆかなくちゃ)

 

 脳内でふざけてみたけれど、現実は変わらない。

 

「……シャルロット」

 

「ぁぅ」

 

 名を呼んでみると、肩がビクッと震え。当人ならこうなるであろうなと言う反応に、ようやく俺は認めざるを得なくなった。目の前のシャルロットが、本物なのだと。

 

(うああああっ)

 

 同時に頭を抱えたくもなった。後にどう続けるべきか迷ったのもあるが、バニーさんは他の人に俺が起きたことを伝えに出ていったのだ。その他の人にはシャルロットも含まれる訳であり、当然探すだろう。

 

(そして、探しても居ないと騒ぎになった後、大脱出ものの手品よろしく俺の居た部屋から現れる訳ですね、顔の赤いままで)

 

 何かあったと勘ぐるには充分すぎる状況証拠。俺の社会的信用が窮地に立たされる可能性大である。

 

(いや、落ち着け、落ち着くんだ、俺。まだこれは最悪じゃない)

 

 部屋に鍵をかけたことで、最悪のケース「全裸の俺とシャルロットがお見合いしてるところに皆さん登場」は避けられた。そう考えれば、まだマシな状況なのだ。

 

(って、それで安心出来るかーっ!)

 

「うぅ」

 

 目の前でプルプル震えてる可愛い生き物が、明らかに俺の言葉を待っていて、俺は続けて何を言うかでひたすら迷っていた。

 

(どうしよう、ここはふざけて「次からは一回500Gな」か)

 

 いかん、良い子のシャルロットのことだ、冗談と受け取らずかつ負い目を感じて本当にお金を持ってくる可能性がある。

 

(じゃあ、「これでイシスの件はチャラだ」とか)

 

 って、心の傷を剔ってどうする。

 

(なら、「どうだ、俺は美しいだろう?」はないわな)

 

 これじゃただの変態だ。

 

(ここはこう、師匠のイメージを崩さず何かスマートに一件落着させる一言を)

 

 自分で自分に無茶降りしているのはわかるが、この難局を乗り切らないとバニーさん達が来てしまう。

 

「お、お師匠様……その」

 

「すまんな、着替えを手伝わせて」

 

 迷いに迷ったあげく、口に出したのは感謝の言葉。

 

(あ)

 

 言ってしまってから、皮肉にもとれることに気づいた俺は、とっさにシャルロットの頭に手を置き、撫で。

 

「す、すみません、ご主人さ――」

 

 バニーさんの声がドアの向こうでしたのは、直後のことだった。

 

 




着替え、見られちゃった。

次回、第二百五十四話「出立」



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第二百五十四話「出立」

「すまんな、迷惑をかけた」

 

 鍵を外しドアを開け、バニーさんを迎え入れながら感謝と謝意を籠めて軽く頭を下げる。

 

(さて)

 

 直前まで鍵がかかっていた部屋の中にシャルロットと二人きり。しかも俺が先程見た時とは違う。ある意味絶体絶命の状況にも見えるのだが、俺は冷静だった。勿論、理由が会ってのことだが。

 

(推理小説に感謝だな)

 

 何巻のどの話だったかはあやふやだが、昔読んだ推理モノの密室殺人トリックが応用出来ることに気づいたのが幸いだった。バニーさんの帰還でパニックに陥りかけたシャルロットは今、バニーさんから死角になる場所へ隠れて貰っている。

 

(これで、とりあえず首の皮一枚繋がった筈)

 

 シャルロットの方は後でなにがしらかのケアが必要になってくると思うものの、それにはまずバニーさんへの対応を完璧にこなさねばならない。

 

(みんなに伝えると言って退室したけど、シャルロットはここだもんなぁ)

 

 バニーさんは戻ってきたと言うよりもシャルロットが見つからないことを伝えに来た可能性がある。

 

「い、いえ。その……良かったです、気が付かれて」

 

「そう言って貰えるとありがたい。ところで、俺が起きたことは皆に伝えたのか?」

 

 だから、俺の謝罪に応じるバニーさんへわざわざ自分から話題を振ったのは、確認の為だ。

 

「すみません。その、探したのですけれど、シャルさんだけ……見つからなくて」

 

「成る程、それで入れ違いになっていないかと確認に来た訳か」

 

「す、すみません」

 

 すぐ謝るところと引っ込み思案でおどおどしてるところは変わらない、と言う点を含みバニーさんの答えは想定通り。

 

「気にすることはない。なら、他の皆の所へ顔を出しがてら探すのを手伝おう。この部屋に書き置きを残しておけば、入れ違いもあるまい」

 

 あとは、書き置きするから先に行ってくれとバニーさんをやり過ごし、少し後で部屋を出る様シャルロットへ言い含め、自分も部屋の外へ出ればいい。

 

(適当にある程度探したところで「行き違いになったかもしれん」とか言い出して引き返し、シャルロットと合流すれば、後は朝までに出発の準備を住ませるだけだ)

 

 不本意な形だが、睡眠は充分とった。気を失っていたのを睡眠と言って良いモノならば。

 

「さて、俺は書き置きを残してから後を追おう」

 

「すみません、その、ご主人様」

 

「あぁ。書き置き一枚だ、そんなに時間はかかるまい。ではな」

 

 着替えの時に中を漁って口が開き放しの鞄を一瞥した俺はバニーさんを送り出し。

 

「シャルロット」

 

 足音が遠ざかるのを待ってから、呼びかける。

 

「聞いての通りだ。俺は一足早くここを出る。お前は少し時間をおいてから俺を追いかけてきてくれ」

 

 目覚めた時ベッドだったので推測だが、ここがトーカ君達の集落にある民家なら、部屋数はそう多くないと思うのだ。長の家とかであれば話は別だろうが、それでもヒミコの屋敷程立派とは思えない。

 

(今度は本当に行き違う、なんてことはないはず)

 

「お、お師匠様……ボク」

 

「……シャルロット」

 

 伝えることは伝え、想定外の可能性について考えつつ立ち去ろうとした俺は、背中へ投げられたシャルロットの声に立ち止まると、振り返らずに続ける。

 

「すまん、刹那の間では流石に動揺するお前を止める方法を他に思いつかなくてな」

 

 ただ、やはりちょっと拙かったとも思う。抱きしめたのは。腕力の差で暴れられても抑えつけられるし、胸に押しつけることで口もふさげ、耳も近いから小声でこちらの意思も伝えやすい。パニックに陥りかけた状態の相手を何とかするには、一件理にかなっている様で、思い切り誤解されかねない行動だったのだ。

 

(俺もテンパっていたとは言え、なぁ)

 

 後のフォローを考えると頭は痛いが、あんまりモタモタしているとバニーさんが戻ってきてしまうだろう。

 

「続きはまた後で、な」

 

 話の続き、シャルロットに納得したり許して貰うにはどうすればいいかまで考えている余裕はなくて、その場しのぎの言葉を残すと、ドアを開け、そそくさと退散する。

 

(さてと、バニーさん達にはこのまま顔を見せれば問題ないとして)

 

 やはり、問題はシャルロットへの言い訳というか、アフターケアだろう。

 

(誤解されない為には、早めに弁解しておいた方が良いんだろうけど、それこそ今はバニーさんを追わないと不自然だし)

 

 釈明の機会は、早くてもバニーさん達と合流後、シャルロットを「発見」した以降にしかやって来ない。その辺りを含んで「また後で」と言ったつもりではある。

 

(うん、あるんだけど……問題は、もう夜なんだよなぁ)

 

 部屋の窓からは星空が見えたので間違いはない。

 

(明日出立することを鑑みると、シャルロットに夜更かしはさせられないし)

 

 長話は、どう考えてもNGである。

 

(と言うか、次の日の朝シャルロットが寝不足になっていたりしたら)

 

 常識的に考えて、俺を気絶させた件を気に病んで眠れなかったとみんなは見るだろう。

 

(いや、それならまだ良い方か)

 

 もし、俺の居る部屋にシャルロットが入って行くところまで誰かに見られていたら。

 

(絶対変な誤解されるよね、得に僧侶のオッサン)

 

 お忍びでポルトガへバカンスに行った一件はまだ覚えている。

 

「いや、出立の準備をシャルロットにも手伝って貰っていたら徹夜させてしまってな」

 

 とか、俺が言い訳したところで信用して貰えるかどうか。

 

「出立……そうか、出立か」

 

 出立の準備を理由にした先延ばしと言うのを思いつき。

 

「いや、いかん。どう考えてもその手の方法は状況悪化を招いたあげくツケが回ってくる」

 

 頭を振って、ロクでもない案を投げ捨てる。

 

(焦るな、まだバニーさんに追いついてもいないんだ。時間はある、今の内に全て丸く収まる良案を――)

 

 望みは捨てず、歩きつつも考え。

 

「……お、お師匠様。ボクです、その」

 

(おかしい……ついさっきまでバニーさんを追いかけていたような……)

 

 気が付くと、俺は部屋でシャルロットの声とドアをノックする音を聞いていた。

 




窮地を脱したように見えて、どう見ても状況悪化したようにしか見えない罠。

自分から底なし沼にはまりに言っているようにしか見えない、主人公は一体どうするつもりなのか。

次回、第二百五十五話「ねぇ、シャルロットおばあさん。その後おばあさんはどうしたの?」

いや、ウラシマ現象置きすぎ。


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第二百五十五話「ねぇ、シャルロットおばあさん。その後おばあさんはどうしたの?」

「ねぇ、シャルロットおばあさん。その後おばあさんはどうしたの?」

 安楽椅子に腰掛ける老婆に問うのは、まだ幼い女の子だった。

「うーん、この先を話すのは、お前にはちょっと早すぎるねぇ」

 白髪になってもツンツン頭の老婆は、困った様に笑うとちらりと横目で壁を見る。そこには、一組の夫婦の絵が飾られていた。

「ただね、お前達の顔を見るとあの時のボクの判断だって間違っていなかったんだなぁって思えるのさ」

 大魔王ゾーマを倒す場に立ち会えなかったのは、勇者として失格だったかも知れないけどねぇと老婆は苦笑し、今度は窓の外を見た。

「もう、あの集落にも、アリアハンにも戻ることは出来ないけれど、ボクは幸せだよ……お師匠様、ううん、あなた」




(って、何、この打ち切り展開?!)

 

 無意識の願望とかそう言うモノではないと、願いたかった。

 

「どうしたんです、お師匠様?」

 

「……いや、何でもない。今後のことを考えていただけだ」

 

 その結果、ツッコミどころが多すぎてどうしようもない光景が見えた気もするが、きっと気のせいだろう。

 

「しかし、昨日は本当にすまなかった。無理をさせてしまったな」

 

「え、あ、ううん。そんなことないです」

 

 俺とシャルロットが言葉を交わすのは、ドラゴンの上。昨晩、シャルロットが部屋を尋ねてきた後、言葉を尽くして説明したのだ、主にポルトガの一件を持ち出して。

 

(時間がかかった上、出立の準備を手伝うってシャルロットが言い出して)

 

 途中で寝てしまったシャルロットを前にして、俺は頭を抱えた。集落に泊まる際、借りた部屋は男女別だったのだ。俺は気絶してた部屋をそのまま割り当てられたので一人部屋だったが、シャルロットにあてがわれた部屋には、バニーさんと魔法使いのお姉さんが居る。

 

(まぁ、夜も遅い時間帯に女性の寝てる部屋にお邪魔なんて出来るはずもないもんなぁ)

 

 イシスでクシナタさん達の所に行った時とは違うのだ。結果、シャルロットは俺の寝ていたベッドで眠らせ、一人朝までに出立の準備を済ませた訳だが。

 

(たにん から みる と どう かんがえて も あさがえり です。 ありがとう ございました)

 

 途中まで手伝っていて若干睡眠不足気味だった、シャルロットが寝ぼけて女性陣に変なことを漏らしていませんようにと密かに祈った。

 

「それより、先に寝ちゃってすみません。ボク……上手くやれてましたか?」

 

「まあ、ああいうモノは慣れればな」

 

 習慣というのは恐ろしいものだと思う。いつもやってることだからか、うつらうつらしつつもシャルロットが纏めた荷物はほぼ完璧だった。

 

(と、行っても俺だって荷造りとかの経験はこの身体になるまであまりなかったんだけど)

 

 憑依する前に身体の持ち主がし終えていた旅の準備を再現しようとしたら、身体が覚えているかの様に動いたのだ。あれがなければ、きっと俺はレーベにたどり着けたかさえ怪しかったと思う。

 

「緩くもないし、食い込んでもいなかっただろう?」

 

 魔物との戦闘や、状況によっては逃亡。長距離の移動などを考えると荷物によっては縛って固定しておく必要もあって、それは面倒でも疎かに出来ないのだ、もっとも。

 

「あ、あの……ご主人様。すみません、何のお話を……」

 

「ん、ああ。昨晩、夜まで寝させて貰ったからな、出立の準備を朝までしていたんだが、訪ねてきたシャルロットに手伝ってもらってしまってな」

 

 話に付いてこられないバニーさんを一人置いてけぼりにしてしまったのは、失敗だったとも思う。

 

「あ、そ、そうでしたか……」

 

「ん? ひょっとして、変な誤解でもされていたか?」

 

 僧侶のオッサンは男部屋で赤い甲冑と一緒だったので、バニーさんとは別の部屋だったのだが。

 

「い、いえ。すみません」

 

「そうか、それならいい」

 

 昨日は誤解どころかシャルロットに色々見られちゃったりしてるのだが、あれは出来れば忘れようと思う。

 

(けど、一人だと思って変なことしなくて良かったよなぁ)

 

 本当に危ないところだった。メタ発言とか、クシナタ隊のこととか、今後の原作展開とかに言及してたら、フォローが出来たかどうか。

 

(だいたい、俺の記憶通りなら、きえさりそう、販売してる店のある町とか幾つかあった訳だし)

 

 シャルロットはイシスの防衛戦で手に入れたらしいが、あの戦いに参戦していない面々とて、町で購入は出来るのだ。

 

(今回は、何とかなったけど、一歩間違えば……)

 

 取り返しの付かない事態になっていた可能性もある。

 

「気を引き締めていかねばな」

 

 呟きは、見られちゃった一件に限ってのはなしではない。今、俺達が目指しているのは、竜の女王の城。竜の女王はゲームで大魔王ゾーマの力を弱める重要なアイテム、ひかりのたまを授けてくれる人物であるが、当竜も神の使いとかそんな設定だった気がする。

 

(神の使いなら、俺の正体に気づかれたとしてもおかしくないし)

 

 逆にそう言う重要人物だからこそ聞いてみたいことも多々あるのだが、この女王は勇者へひかりのたまを授けた後病の身を押して卵を産み、命を落とすのだ。

 

(蘇生呪文での延命はおそらく不可能だよなぁ)

 

 蘇生後のレベルアップで助けられるのは、衰弱した者のみ。そも、病であることは知っているが、女王の病がどんな名かも知らない。

 

(女王が卵を産む前に治療法を見つけられれば)

 

 原作とと比べて遙かに早いタイミングでの訪問になるのだ、可能性は0ではないと思う。

 

(行き当たりばったりだが、試して損はないかな)

 

「あ、お師匠様。お城が見えてきましたよ」

 

 シャルロットの背中を見つつ考えていれば、そのシャルロット自身が声を上げ。

 

「そうか、思ったより早かったな」

 

 結局、考えが纏まらぬ内にドラゴンは下降し始めていた。

 

 




まさかの前書きで打ち切りパロディ。

肝心の部分をすっ飛ばし、何とか竜の女王の城へとたどり着いた勇者一行。

主人公は果たして竜の女王を救えるのか。

次回、第二百五十六話「竜の女王」

短くてすみません。


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第二百五十六話「竜の女王」

「馬……ですな」

 

「馬、ですわね」

 

 魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンが思わず凝視したのも無理もないことだと思う。本来門兵が立っているはずの場所へ佇んでいたのは、どこからどう見ても馬だったのだ。まだ足を踏み入れたばかりだというのに、竜の女王の城は、仲間の度肝を抜くに充分だったらしい。

 

(あぁ、そう言えばゲームでもそうだったなぁ)

 

 そして、原作に忠実であれば人語も話す筈。

 

「お師匠様……これって」

 

「竜の女王の城だからな、そう言うこともあるのだろう。人の常識で推し量るなと言うことだ」

 

 これで驚いている様では、馬が人の言葉を話し出したら、どうなることやら。俺はシャルロットに肩をすくめてみせると、徐に片方の馬に近寄り、問うた。

 

「すまん、一つ訪ねるがここが竜の女王の城で間違いないか?」

 

 と。

 

「ご、ご主人様?」

 

「お師匠様?」

 

 バニーさんはシャルロットと一緒に驚いた顔でこちらを見るが、是非もない。

 

「ええ、ここは天界に一番近い竜の女王様のお城です」

 

 などと馬が律儀に答えてくれるとは、普通思わないだろう。馬に話しかけたら正気を疑われるのが関の山だ。普段から愛情を持って接してる牧場の人とか騎士のような例外を除けば。

 

「「え」」

 

「まぁ、こういうことだな」

 

 我が耳を疑う勇者一向に苦笑すると、俺は馬に向き直る。

 

「竜の女王に謁見したいのだが、可能だろうか?」

 

「……暫くお待ち下さい」

 

 訪ねてみると、暫く沈黙した後、馬は城の奥へ蹄をならして駆けていった。

 

(あぁ、ああいう伝令的な役目も担ってるから馬なのかぁ)

 

 考えてみると至極理にかなっていると思う。

 

「確かこの世界の何処かにしゃべる馬が居ると聞いたことがあってな。騎手も居ないのに馬だけならばもしやと思ったが、案の定だった」

 

 何処かの城か町か村だったと思うのだが、覚えているのは馬の名前だけ。ただ、それでも、馬が喋れることを知っていた言い訳にはなったと思う。

 

「へぇ、そんな話があるんですね。知りませんでした」

 

「もっとも、問題の馬とあの門馬は別人……いや、別馬だろうがな」

 

 シャルロットが向けてくる尊敬の眼差しに後ろめたさを覚えつつ応じ視線を逸らすと、馬の去った方を見たまま俺は腕を組んだ。

 

「ともあれ、謁見出来るかどうかは先方の返事次第だろうが」

 

 ここで謁見出来るかどうかも気になるところではある。ドラゴンに乗ってくることで色々順番をすっ飛ばして辿り着いてしまった身だ。

 

(「ラーミアを復活させていないので、勇者と認めません。光の玉もあげません」なんて言われないとは思うけど)

 

 想定外の展開になっても動じない心構えはしておくべきだろう。

 

(そして、もう一つ確認しておかないといけないこともあるわけだけど)

 

 そちらを確認するには、シャルロット達と居ると不都合がある。

 

(ごく普通に考えると、竜の女王と話が出来たとしても、それはシャルロット率いる勇者一行という形になる可能性が濃厚なんだよなぁ)

 

 何か口実を作って一人だけで女王と話が出来ればいいのだが、即興で思いつくのは、難しく。

 

(うーん……「この城にはエルフが居ると聞いた。初エルフだ、じっくり鑑賞してはぁはぁしたいので一人にしてくれると助かる」とかはまずないとして――)

 

 聞き忘れたことがあるとかそんな感じで謁見の後に一人引き返すのが一番自然で無理はなさそうに思えるのだが。

 

(謁見中に卵を産んで息を引き取ってしまうかもしれないんだよなぁ)

 

 ここは強引に「謁見を申し出たのは俺だからとりあえず俺だけで話してくる」とか言ってしまうべきか。

 

(ただ、女王は病気な訳だし、二度の謁見は渋られる可能性もあるような)

 

 伝令になった門馬が帰ってくるまでがリミットだというのに、考えは纏まらず。

 

「お待たせしました、お会いになるそうです」

 

 非情にも答えを携えた馬は、戻ってきた。

 

「そうか、ありがたい」

 

 表向きはそう答えるしかない。

 

(うむむ、いっそのことシャルロット達の前でも大丈夫な話の持っていきかたを考えてみるべきか……)

 

 方針の転換さえ視野に入れ、歩き出そうとして足を止める。

 

「ところで、謁見の間はどこだ?」

 

「……ご、ご主人様」

 

 一見すると大ボケだが、初めて訪れる城をまるで何度か来たことがあるかの様に歩くよりはマシだ。

 

(はぁ、考え事をしてるとは言え、危うく原作知識に足をすくわれるところだった)

 

 いや、そもそも考え事をしながら歩くということ事態が危険なのかもしれない。ぼーっとしていて、エルフの姉さんが着替えしている部屋に間違って入ってしまうことだってあるのではないだろうか。

 

(ここ最近の出来事を鑑みるに「ありえない、大丈夫だ」とは言いきれないし)

 

 これ以上、変なピンチになってたまるものか。

 

「女王様がいらっしゃるのは――」

 

「ふむ」

 

 馬からの説明を聞きつつ、俺は心に誓ったのだった。

 




許可を得て、主人公はいよいよ女王と会う。

次回、第二百五十七話「提案」

ああ、女王登場させられなかった、ぐぎぎ。


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第二百五十七話「提案」

「女王様はご病気、お話は手短にお願い致します」

 

 馬の言い添えた言葉で、全く驚かなかったと言えば嘘になる。ただ、やはり、という思いもあった。

 

(原作だと訪れた時点で命と引き替えにせねば卵を産めないほど弱ってたわけだからなぁ)

 

 この段階で病にかかっていたとしても不思議はない。

 

「そうか、ならば大人数で押しかけるのも無粋だな。シャルロット、こっちへ。他の皆はここで待って居て貰えるか?」

 

 出来れば病気を口実に一人でお話しして来るという流れに持ち込もうかとも考えたのだが、俺との会話で息を引き取られ、シャルロットがひかりのたまを授けられない展開も避けたい。

 

(結果的に中途半端になっちゃったけど、シャルロット一人なら誤魔化しようはあるし)

 

 可能であれば竜の女王も助けたいが、流石にひかりのたま無しで大魔王ゾーマを倒すのは難しい。優先すべきは、ひかりのたまの入手なのだ。

 

「まぁ、ご病気とあらばやむを得ませんな」

 

「そうですわね」

 

「……は、はい」

 

 すんなり承諾した僧侶のオッサン他二名にすまんなと頭を下げると、俺は歩き出す。

 

「行くぞ、シャルロット」

 

「あ、はい、お師匠様」

 

 呼びかけに返る答えを背にしてドアを開け、小部屋に足を踏み入れるとそのまま通過して部屋の奥から通路へと。

 

「ここを右か」

 

 通路の先にあった部屋には殆ど踏み込まず、右手にあった通路へと進んで、やがて見えてくる十字路を右に曲がる。

 

(ってのが、ゲームでの女王の部屋への行き方だった訳だけど)

 

 やはりというか何というか、ここも部屋が増えていた。左右対称の構造はほぼ変わらないし、増えたのは主に部屋だけであり、おまけに馬から目的地への行き方も聞いている。間違える筈もなかった。ただ、ゲームにはなかったドアに出くわし。

 

「はーい、ちょっと待って下さい。もう少しだけ」

 

 念のためノックした結果、中から帰ってきたのは、鈴を転がす様な女性の声。

 

「ごめんなさい、さっきまで着替えていて……」

 

(ふぅ、危ないところだった)

 

 ドアを開けてくれたエルフのお姉さんの弁解に胸中で額の汗を拭う。冗談半分で着替えをしている部屋に踏み込んでしまうかもなんて考えた結果がこれである。

 

「いや。ところで、女王の部屋は」

 

「あぁ、女王様のお部屋でしたらこの部屋を抜けた先、十字になっているところ間で進んで、そこを右です」

 

「そうか、助かる」

 

 どうやらその先はほぼ記憶通りらしく、ドアを開けて顔を出したエルフのお姉さんはメイド服を身に纏っていた。

 

(うーん、女王の侍女の控え室ってとこかな)

 

 だとすれば、あまりおかしくない位置ではあるが、部屋を通らないとたどり着けないのはいかがなモノか。

 

「お師匠様?」

 

「ん? いや、小部屋を通らないと先に進めない構造について少しどういう意図の設計なのだろうと、な」

 

「ああ、良かった。ボク、てっきりああいう服に興味があるのかなぁって」

 

「待てシャルロット、どうしてそうなった?」

 

 確かにエルフのお姉さんは見たけど、それは俺にとっての初めて出会ったエルフ、初エルフであったからだ。メイド好きと見られるのは心外この上ない。

 

(とは言え「初めてのエルフだから、ついジロジロ見ちゃったの、きゃっ」とか本当のことを言ってもお師匠様の株は大暴落だよなぁ)

 

 と言うか、そもそもこれから竜の女王と謁見なのだ。

 

「とにかく、その話は後だ。病の身で謁見を許してくれた女王を待たせる訳にもゆかん」

 

 あちらに落ち度があるとは言え、エルフのお姉さんの着替えでいくらか時間をロスしている。

 

「あ、そうでしたね」

 

「あぁ、行くぞ。では、失礼する」

 

 シャルロットを促すと、エルフの侍女さんに向けて軽く頭を下げ、部屋を通して貰い。

 

「失礼する、謁見を願い出た者だが」

 

「お入りなさい」

 

 通路から、声を投げると奥から聞こえてきたのは、女性を思わせる声。

 

「ようこそいらっしゃいました、私の城に。私は竜の女王、神の使いです」

 

 促されて足を踏み入れた先で声の方を見れば、蹲った竜が頭を上げてじっとこちらを見ていた。

 

「あ、アリアハンの勇者で、シャルロットと申しまつ」

 

「俺は、このシャルロットの師をしてるただの盗賊だ。此度は俺達の為に時間を割いてくれたこと、感謝している」

 

 名乗りつつ頭を下げ、更に謁見してくれることへの礼を述べる。

 

(さてと、問題はここからだよな)

 

 ひかりのたまのことについて切り出すか、それとも。

 

「勇者、ですか。……もし、そなたらに魔王と戦う勇気があるなら『ひかりのたま』を授けましょう」

 

 俺の迷いに気づいた可能性も否めないが、おそらくはシャルロットが勇者を名乗ったからだと思う。口を開いた竜の女王はシャルロットを見て俺より先に口を開き。

 

「ひかりのたま……だと?」

 

「え、知ってるんですか、お師匠様?」

 

 敢えて驚いて見せながらもシャルロットの声には「ああ」と頷いて応じる。

 

(この流れは拙い)

 

 もし、原作通りであれば、竜の女王はシャルロットにひかりのたまを託し、力尽きてしまう。

 

「それよりも、だ。……女王、あなたの病を治す方法はないのか? もしあるというのであれば――」

 

 だからこそ、俺は賭に出た。

 




流れに拙いものを感じた、主人公。

シャルロットの問を脇に置いての賭けとは?

次回、第二百五十八話「賭けの行方」



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第二百五十八話「賭けの行方」

「協力させて貰いたい」

 

 対策を立てた訳でもなければ女王がどんな反応を返してくるかもわからない、行き当たりばったりな協力の提案。まさに賭けだった。

 

(だいたい、確実に治せる方法がある訳でもないし)

 

 神の使いの命さえ奪ってしまう程の病なのだ。

 

(病を治す道具なんてモノは存在しなかったはずだからなぁ)

 

 遙か未来でシャルロットの子孫が、宿のベッドで寝たきりになってしまう展開はあったが、あれは呪いだったと思う。

 

(そもそも同じ道具で何とかなるなら、この城で嘆いてるボビットやエルフのお姉さんが取りに行っているよね)

 

 世界樹の葉、死者さえ蘇らせる不思議な葉は、今居る竜の女王の城から南東に広がる大森林で手に入れることが出来る。

 

(竜の女王だって、それ程離れていない世界樹のことなら知ってておかしくない訳だし)

 

 ならば、存在するもののエルフのお姉さんとかではとうていどうにもならないか、存在しないかの二つに一つ。

 

(うっかり世界樹の葉のこと忘れてましたとか言うオチだったら、これから取りに行くのもありなんだけどなぁ)

 

 世の中、そこまで甘くないだろう。

 

「そう言えば、ここから南東に行った場所に死者すら生き返らせる力を持つ樹があると聞いたが、その樹の葉ではどうだ?」

 

「残念ですが……」

 

「そうか」

 

 確認の為話を向けてみたものの女王は頭を振り、俺は落胆と共に嘆息する。

 

(やっぱり駄目だったかぁ。これが行ければシャルロットに「次は世界樹へ行く」って他の皆への伝言と出発の準備を頼めたんだけど)

 

 女王と二人だけで会話する為の、シャルロットに席を外して貰う方法も一つ消えたのだ。

 

「ならば、他に何かないか?」

 

 ほこらの牢獄で検証した蘇生法も、病人には効果があるか微妙な上、あれは蘇生後のレベルアップを必要とする。

 

(神の使いって言うぐらいだし、灰色生き物を用意しても無理だろうな)

 

 第一、蘇生の成功例があるとは言え、人間限定だ。神の使いという上位の存在に効果があるかと言うと別の問題になる。

 

(まぁ、何より息を引き取った女王の亡骸を運び出そうとしたら止められる、か)

 

 穴があったと言うよりも何処に穴のない場所があると問いただされないのが不思議なくらいに穴だらけの対処法であるし、何よりシャルロットの居るこの場で口にするのも憚られた。

 

(それに、女王が自分から何も提示しないってことは)

 

「その通りです」

 

「な」

 

 一瞬、口に出してしまっていたのかと疑い、顔を上げた瞬間、女王と目が合う。

 

「私は竜の女王、神の使いです」

 

「……成る程、考えていることまでお見通しという訳か」

 

 いきなりひかりのたまの件を切り出してきたのも、俺の心を読んだからだとすれば、説明が付くのだ。

 

(……しくじったなぁ)

 

 賭けがどうのと言う以前の大失敗だった。こちらの考えてることが筒抜けなら、隠していることまで竜の女王は知ってしまった可能性がある。

 

「勇者、勇者シャルロットと言いましたね?」

 

「あ、はい」

 

「私に少し、そなたの師を貸して下さい」

 

「えっ」

 

 そして、可能性は目の前で行われたシャルロットと竜の女王のやりとりによって、確信に変わった。

 

「心配することはありません、少しお話しがあるだけです」

 

(こっちの望む展開になるようし向けてきた……ってことは、向こうも本当に話があると見ていいのかな)

 

 ある意味で渡りに船ではあった。シャルロット抜きで話したいことはいろいろあったのだから。

 

「ご指名の様だな。シャルロット、一足先に皆の所に戻っていろ」

 

「お師匠様?」

 

「何、ただの話だ。そも、病人と長話をするわけにもいかん。話が終わればすぐそちらに行く」

 

 こちらを窺うシャルロットに肩をすくめて見せると、俺は女王に向き直り。

 

「解りました」

 

「では、これを持って行きなさい」

 

 女王が、こちらに返事をしたシャルロットへひかりのたまを渡すのを見届ける。

 

(これで、当初の目的は果たした)

 

 話があると言っている以上、たまを渡してすぐ息絶えると言うことはないだろう。

 

「ありがとうございます。ええと、おししょうさま。……ボクはこれで」

 

「ああ。ひかりのたまについては戻ったら説明しよう」

 

 その時詳しく説明したとしても、竜の女王から聞いたことに出来る。

 

「さて、すまんな。色々手間をかけた」

 

「いえ」

 

 シャルロットが退出したのを見計らって女王へもう一度頭を下げた俺は、始めに聞く。

 

「時に、……心が読めるのだな?」

 

 聞いたと言うよりも確認に近いかも知れないが。

 

「ええ、お察しの通りです。私にはあまり時間が残されていません。そして、このままこの世界が大魔王ゾーマの手に落ちることを望んでもいません」

 

「ならば、是非もない」

 

 勝手に心を覗かれるのは不愉快であるし、なおかつ俺は隠していることをごっそり知られてしまった可能性があるものの、女王は女王で必死だったのだろう。自分に未来がなくともこれから産むであろう我が子には未来があるのだから。

 

 責められるはずがない、責められるはずがなかった。

 




竜の女王は読心能力の持ち主であった。

色々ばれてしまったであろう主人公と竜の女王はいったい何を話すというのか。

次回、第二百五十九話「話をしよう」

あれは、何話目のことだったか……まあいい。


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第二百五十九話「話をしよう」

「それでも、そなたには詫びておきましょう。無断で心を読んだこと、申し訳ありません」

 

「謝るなら、シャルロットにも詫びて貰いたいところだが」

 

 それはかえって藪蛇でもあった。おそらくシャルロットはまだ自分の心を読まれたことさえ気づいていないと思うから。

 

「故に、謝罪は受け取っておく」

 

 口に出した部分だけなら、文章として繋がっていないが、心が読めるなら別に構わないだろう。

 

「それで、お話しとやらだが」

 

「はい。まず私の病についてです。あなたが勇者シャルロットの前で口に出来た方法での延命及び蘇生で私の死を回避することは叶いません。ほこらの牢獄で検証した方法も『勇者シャルロット一行の一員と見なす』の部分でおそらくは躓くでしょう」

 

 切り出した俺について女王が語り出したのは、推測ではあるものの、俺が考えていたことへの答えであり、その瞳には幾つかの感情が交ざって揺れていた。

 

「ならば、シナリオの変更は叶わない、か」

 

 女王が健在であれば、展開も大きく変わる。女王の産んだ卵は後にアレフガルドで竜王という名の魔王として君臨し、ロトの勇者の子孫、つまりはシャルロットの子孫と壮絶な戦いを繰り広げるというのが、本来の流れだ。

 

(そも、この女王はひかりのたまを託してくれた訳だし)

 

 その女王が命を賭して産んだ子が邪悪に染まり、次代の勇者に討たれるなどと言う悲劇は無理にねじ曲げてでも回避したくて、俺は賭に出たのだ。

 

(サイモンは救えた、クシナタさん達も然り。なら、今回も――)

 

 上手くいく、何らかの方法があると思っていた。

 

「……そなたの気持ちは嬉しく思います。他を思いやる気持ちとはそれ自体が尊いもの」

 

「だが、救えなければ自己満足に過ぎん」

 

 ここで、我が子と生きられなくて良いのかと喚けるほど、俺は無神経なつもりはない。

 

(ただ、心の中でちらっと思っただけでもおそらくは拾われちゃうから大差はないと思うけどさ)

 

 出来れば救いたかった。

 

「ありがとうございます」

 

 まだ何処かに見落としはないのか、女王と一緒に考えれば想像もしていなかったような解決策が見つかるのではとも考えしてしまうのだが、女王は感謝の言葉と共に頭を振るのだ。

 

「なら、せめて子供の方はどうにかならないのか?」

 

 こんな条件の切り替え方も不本意だが、女王の死が不可避であったとしてもまだ生まれてさえいない女王の子供についてなら話は違ってくる。

 

「……この子についてであれば、運命を変える方法はあります。そなたはかってジパングを荒らし回った竜の魔物を屈服させましたね?」

 

「おろちのことか……まさか」

 

 この流れであれが出てくることは意外だったが、竜という単語が混じっていたことで、あまり考えたくない予想が立ち、俺の顔は思わず引きつった。

 

「ええ、そのまさかです」

 

 そして、頷いたと言うことは俺の想像が正解だったことを意味する。

 

「あれを母親代わりにするだと?!」

 

 気が付けば、叫んでいた。いや、確かに母親の不在が原作の竜王へ至る経緯だというなら、ちゃんとした母親代わりがいれば原作ブレイクも夢ではないとは思う、ただ。

 

「……悪いことは言わん、考え直せ」

 

 せくしーぎゃるな義母である時点で嫌な予感しかしない。

 

「と言うか竜の寿命は知らんから勝手なことを言うが、最悪母親代わりが嫁になりかねんぞ、あの蛇では」

 

 種族がかなりかけ離れている人間の俺にすらあれだったのだ。魔物と神の使いという違いはあっても、同じ竜であるなら年の差なんて無視しておろちが襲いかかっても不思議はない。

 

「……そなたの言いたいことは解ります。ただ、その想像は何と言いますか」

 

「あ、すまん」

 

 無神経なつもりはないと言っておきながら、ちらりと脳裏によぎった光景は、何というか大失敗だった。

 

「もっとも、心配は杞憂です。そのやまたのおろちにも夫、つまりこの子の父親代わりになってくれる存在が居れば全ては丸く収まるのですから」

 

「そうか、言われてみればそうだな」

 

 全く、何で思いつかなかったのだろう。そもそも、おろちは種族の違いさえ乗り越えてくる様な肉食系なのだ。適当な男をあてがってやれば問題解決である。確か、ジパングにはその為に連れて行った様な気もするさつじんきさんがいたではないか。

 

「……ところで、何故俺の顔を見る」

 

 いや、会話してるのだから互いの顔を見ていても不思議はないのだが、こう、何というか視線に意味を感じましてね。

 

「そなたの事情も知っては居ます。ですが、そのジーンと言う男と比べてしまうと……」

 

 いや、よくよく考えるとやむを得ぬ事情があったとは言え殺人者を竜の女王の父親代わりというのは酷かったかもしれない。

 

(それを言うならおろちも酷いと思うけど、というか)

 

 ひょっとして その しせん は あれ ですか。

 

(まさか おれ に おろち と けっこん しろ と?)

 

 いや、そんなことを言うはずがない。相手は、神の使いなのだ。

 

「……お願いします」

 

 ええと、そのお願いしますはまさか肯定ですか。

 

「ま、待て。と言うか、そもそもこの話、肝心のおろちには伝わって居ないのだろう? まず、おろちの気持ちを確かめる必要がある」

 

 それに、ジーンが駄目でも俺じゃなきゃNGと言う訳でもないと思う。

 

(確かシャルロットはおろちとそれなりに親しげだったよなぁ)

 

 竜の女王が病であることは知っているのだから、残して逝く我が子のことが気がかりで育ての父母を求めたと言う形なら、シャルロットに相談することだって出来るだろう。

 

(とにかく、何としてでもおろちにあてがう男を見つけないと)

 

 他人の身体で人外の嫁を貰うなんて超展開になりかねない。相手は神の使いで、子供の未来がかかっている母親だ。

 

「病の身とはいえ、今日明日の命という訳ではないな? なら、少し待て。ジパングに行って――」

 

 おろちに今回の件を伝えた後、全力でおろちに相応しい男を捜し出す。

 

「では、俺はこれで失礼させて貰おう。吉報を持って戻ってくるつもりだ」

 

 と言うか、持って行きたい。自分が人身御供にならない為にも。

 

(男、男……レタイト辺りじゃ、強さに難があるか。うーん)

 

 城の通路を来た時とは逆に辿りながら、俺はおろちの婿候補をひたすら吟味していた。

 

 




竜の女王からまさかの提案。

このままではおろちのお婿さん確定か?

あ、以前考えてたおろちの子供が主人公のお話は、現主人公がおろちのお婿さんになってしまった場合起こりうる未来のお話でした。

若干以前公開した設定と齟齬がありますが、追加で考えた部分とか有りますので、ご理解ください。

次回、第二百六十話「助けてシャルロット、おろちのお婿さんにされそうなの!」

突然、おろちと結婚することになるかも知れないとお師匠様から告げられた勇者シャルロット。

やっぱり、一波乱あるよね?


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第二百六十話「助けてシャルロット、おろちのお婿さんにされそうなの!」

 

「――と、持ちかけられてな……シャルロット?」

 

 どう切り出すべきか散々迷った結果、話して拙い部分を端折り素直に説明してみたのだが、失敗だったか。

 

「お師匠様が、結婚……」

 

(そりゃ、父親代わりと見ていた師匠に結婚話が持ち上がった何て言われればなぁ)

 放心してしまったとしても無理はないと思う。いや、ちゃんと持ちかけられただけで保留してきたとも説明はしたのだ。

 

「ご、ご主人様が……」

 

「……インパクトが強すぎたようだな」

 

 ちゃんと話を聞けば俺にその気がないところまで解ると思っていたのだけれど、何故かバニーさんまで放心している始末である。

 

「そう言う問題ではないと思いますわよ?」

 

「となると、話が唐突すぎると言うことか」

 

 まぁ、話を竜の女王に振られた段階で俺自身も理解に時間を要する程のとんでもない提案だったのだ。むしろ、割と冷静にツッコんで来ている魔法使いのお姉さんの方が落ち着き過ぎというとらえ方だって出来る。

 

「確かに急な話だとも思う。だが、竜の女王に残された時間は少なく、母であれば共に生きられぬ我が子のことを憂うのもある意味で当然だろう。無論、俺としては人外の嫁をめとる気などさらさらない訳だが」

 

 そう、この身体が借り物でなかったとしても、相手は比喩ではなくモンスターである。ついでに言うなら性格もせくしーぎゃるなのだ。

 

「「そ、それは本当ですか」」

 

「っ、あ、あぁ……さっきもそう言っただろうに」

 

「「良かった」」

 

 二度目の意思表示で我に返って急に食いついてきたシャルロットとバニーさんへ仰け反りつつ応じれば、二人は揃って胸をなで下ろすリアクションを見せる。

 

(だいたい、シャルロットを守るって約束してる訳だし)

 

 ここでパーティーを抜けるというのはまず、あり得ない。

 

「そもそも、俺がこうして説明したのは、真逆の理由だぞ?」

 

 どうすればおろちの夫に収まらずに済むか。結局の所、良い夫候補を思いつかなかったからこそ、相談する為に打ち明けたのだ。

 

「あ、だったら」

 

「ん、どうした、シャルロット?」

 

「たしか、おろちちゃん好きな竜が居るって話を前にしていたんです」

 

「な」

 

 だからこそ、徐に口を開いたシャルロットのもたらした情報は、吉報だった。

 

「はぁ……、知らずに悩んでいたのが少々馬鹿らしくなったが、それなら話は早いな」

 

 元バラモス親衛隊の水色東洋ドラゴンのいずれかだろうか。

 

「ならば、さっさとジパングへ赴き、おろちに女王からの申し出を伝えてしまおう。何なら、結婚を後押ししてもいい」

 

 神の使いからの要請という大義名分もあることだし、おろちも夫を得てしまえば以前の様に自分から身体を投げ出してくる様なことだってしなくなるはず、良いことずくめである。

 

「そうと決まれば話は早い。シャルロットルーラを頼」

 

 時間を無駄にする必要もない、俺は即座にシャルロットへ移動呪文の使用を頼もうとし。

 

「待って下さい、お師匠様」

 

 当人から制止された。

 

「何だ?」

 

「その、おろちちゃんの好きな竜は――」

 

 俺からすれば、もう問題は解決したも同然だと思っていたのだが、続くシャルロットの補足説明で早合点だったらしいことを知る。

 

「一目惚れで、片思い。しかも相手の名前さえ知らない、か」

 

 あっさり解決するかと思えば、とんでもない。

 

(ジパングにいる元親衛隊のスノードラゴンって説はこれで消えたな。となると、シャルロットと一緒にバラモス城へ跳んできた時に見かけた相手ってことかな)

 

 あの溶岩が煮え立つ洞窟はおろちの支配地域の上、竜の魔物は出なかったはず。消去法でゆくなら、やはりバラモス城にいる親衛隊ではないスノードラゴンと言うことになる。

 

(イシスでは格闘場の檻の中だったはずだから、おばちゃんと一緒に左遷されたアレフガルド出身の魔物が居たとしても、遭遇する機会はない筈だし。俺が見せた首だけキングヒドラはもう装備品や素材に加工されちゃってるから、どっちもあり得ない、となるとやはり……)

 

 自分より格下の水色東洋ドラゴンと言うところがちょっと引っかかるが、弱くても竜族の美的感覚手見るともの凄い美形だったとか、スタイルがストライクゾーンど真ん中だったとか、人間では理解出来ない理由で惚れた可能性だってある。

 

「すみません、お師匠様」

 

「いや、早合点した俺が悪い。ともあれ、そう言うことなら尚のことおろちに直接会って話を聞かねばなるまい」

 

 現状では情報が少なすぎるが、当人もとい当竜から話を聞けば、解ることもあるだろう。

 

(ついでに元親衛隊の面々からも聞き取りをすれば、おろちの惚れた相手という竜だって特定出来る可能性もある訳だし)

 

 おろちの夫にされない為にも、おろちの片思いを恋愛へ成就させなくてはならない。

 

「シャルロット、ルーラを」

 

「はい」

 

 再び俺が頼めば、シャルロットは頷き。

 

「お師匠様……」

 

「どうした?」

 

「ううん、何でもありません」

 

 何かを言いかけ、問うてみれば頭を振った。

 

「そうか」

 

 シャルロットも年頃の少女だ。まして、つい最近仲間の二人が結ばれている。

 

(そこに来て今回の一件だ、思うところがあっても不思議はないよな)

 

 もっとも、勇者であるからには大魔王を討つまで恋愛など許されない。アリアハンの国王がその点を憂慮して俺に女戦士を押しつけようとしたことさえあったぐらいだ。

 

(辛いのかもな、シャルロット)

 

 そう言う意味でも支えになってやるのが、おそらくは俺の役目。

 

(なら、尚のことこの一件もさっさと片付けないとな)

 

 原作知識という名の反則によってこの後シャルロットに待ち受ける運命を知っている、だからこそ少しでも――。

 

「ルーラっ」

 

 やがてシャルロットの呪文が完成し、俺達の身体は浮き上がった。

 

 




シャルロットの話でおろちに思い竜の居ることを知った主人公は、勇者一行と共にジパングへ飛ぶ。

そして、そこに待ち受けているのは、頭を抱えたくなるような真実であった。

次回、第二百六十話「勘違いの代償」

人の話は、詳しく、そして最後まで聞かなくてはならない。

そうすれば、気づけたこともあったはずなのだ。


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第二百六十話「勘違いの代償」

「久しぶり……と言う程でもないか」

 

 元親衛隊のスノードラゴンに同行して貰う為訪れてから数日、一週間も経っていないジパングは、ほぼあの時のままだった。

 

(けど、ここも最初に訪れた時と比べると結構変わったよなぁ)

 

 田んぼの中央には案山子代わりに石像が立ち、入り口の左右にも門番のごとく動く石像が立っているのだ。いや、おろちに元バラモス親衛隊の魔物を預けたのは俺なのだが。

 

(魔物との共生、そして、交易網が確立されたことで店や宿屋も出来てるし)

 

 面影が迷子になる程ではないが、魔改造してしまった感はある。

 

「おぉ、あなたはスーザン殿ではないか」

 

「あぁ、女王に用事があってな」

 

 そして、それなりに足を運んだ為か、名乗った偽名を覚えられていたりもする訳で、苦笑しつつ出会ったジパング人にこれから屋敷に向かうつもりだと告げると会釈してすれ違う。

 

(さてと、おろちとも色々あったけど、それも好きな竜とやらを見つけるまでだ)

 

 俺からすればおろちに悩まされず済むようになり、竜の女王からすれば我が子を育ててくれる義理の両親が出来ることで憂いがなくなる。となれば、こちらとしては応援するだけだ。

 

(相手が父親に適さない輩だったら話は別だけど)

 

 その辺りを判断する為にも、まずはおろちに話を聞いて手がかりを得る必要がある。

 

(……肝心のおろちが女性恐怖症になってなければなぁ)

 

 少し迷ったのだが、仲の良かったシャルロット相手でも怯える可能性を考慮し、念のため他の皆は宿屋に置いてきた。よって、屋敷に向かうのは俺一人。

 

(まぁ、おろちが失言や問題発言やらかす可能性だってある訳だし、一人の方がかえって都合は良い筈)

 

 なのに、こう、胸騒ぎというか嫌な予感がするのは何故なのか。

 

「……ふむ、ひょっとして苦手意識的なモノがそうさせるのやもな」

 

 これまでおろちにはさんざんせくしーぎゃられてきた。そのせいで、無意識のうちに警戒というか身構えてしまっているのだろう。

 

(けど、今日はそれを終わらせに来たんだ。だから――)

 

 躊躇うべきじゃない。

 

「女王に会いに来たのだが」

 

「ヒミコさまに? 暫し待て」

 

 屋敷に辿り着いた俺は用件を伝えると、指示に従いつつ言づてに屋敷の奥へ消えて行くジパング人の背を眺め。

 

「ヒミコ様はお会いになるそうだ。通られよ」

 

「そうか、邪魔をする」

 

 戻ってきたジパング人の脇を抜けて屋敷に足を踏み入れる。

 

(とりあえずは、竜の女王からの提案を伝えるのが先だよなぁ)

 

 思い竜について訪ねるところから始めるのは不自然すぎる。

 

(「俺がおろちに好意を寄せていて、恋敵の存在を知り情報収集に来た」とでも勘違いされた日には自制出来るかどうか)

 

 相手はせくしーぎゃるだ。否定の言葉さえ照れ隠しとか歪めて受け取る可能性がある。

 

(言葉選びは慎重にしないと)

 

 長い謁見になりそうだなと密か思いつつ、やがて訪れるおろちとの対面。

 

「先日は世話になったな。スノードラゴン達のお陰で目的は半ば達した」

 

「何、あの者達を軍門に下したはおまえ様ではないかえ。それより、わらわに話があると聞いたが、話してみりゃ」

 

「……そうだな。これは、口外無用で頼む。まず――」

 

 屋敷に入りヒミコの部屋へと至るまでに組み立てたとおり、俺は訪れた竜の女王の城で女王が我が子の育ての親になってくれないかと打診した件について説明し。

 

「そして、シャルロットからおまえには意中の相手が居ると聞いた。もしお前がこの話を受けるつもりならば、その意中の相手とやらのことを放置する訳にもいかん」

 

「そ、それは……あの方を探すのを手伝ってくれると、手伝ってくれると受け取って良いのじゃな?」

 

「っ、あ、あぁ。……もっとも、探す為にも、情報が居る。そこで、だ。そのあの方とやらとどういう経緯で会ったのかを聞きたいのだが」

 

 もの凄い勢いで食いついてきたおろちに頷きを返し、詳しい事情を聞くことにした。

 

「は?」

 

 ただ、流石に想定外である、これは。

 

「じゃから、あの方は洞窟でわらわの配下を狩っていたのじゃ。人間と共に」

 

 話を聞く限り、おろちが一目惚れした相手というのは、俺以外の何者でもないような感じがそこはかとなくする様であり。

 

(ドラゴラム、あのドラゴラムでのレベリングかぁぁぁっ)

 

 俺は頭を抱えた。何ですか、このオチ。協力するって言った矢先にこれとか。

 

(自分を探すのに協力する自分って)

 

 バラモス城在住のスノードラゴンさんじゃなかったですか、何でよりによって俺。

 

(落ち着け、考えるんだ、俺。おろちが見たのは、ドラゴラムした誰か。つまり、ドラゴラムの呪文が使える男なら誰でも良い可能性だってある)

 

 ドラゴラムで変身する竜の外見に個人差があったら詰むが、そも俺は他人がドラゴラムの呪文で変身した姿を見たことがない。

 

(確認するだけなら魔法使いのお姉さんにドラゴラムを覚えて貰うのが早いけど、雄と雌の性差で外見が違うと検証にならないんだよなぁ)

 

 かと言って、ドラゴラムの使える男性を用意するには、登録所で素養のある人を捜してきて貰ってレベリングしなければならない。

 

(しかも、育成場所としておろちに筒抜けなジパングの洞窟は使えない……というか、シャルロットが一緒の時点でレベリングなんてほぼ無理っ)

 

 割と八方ふさがりな状況である。

 

(一応「おろちの恋した相手はスレッジさんでした」っていう話の持っていき方もあるにはあるんだけど)

 

 この場合、老爺ではすぐに寿命が来てしまう為、父親役は務まらないからと言う理由で他の竜にしたらとおろちを説得する形になると思うが、問題は果たしてそれをおろちが受け入れるかどうかだ。

 

(むしろ中途半端に真実を教えてしまったせいで事態が悪化する未来しか見えない)

 

 勘違いの代償は重かった。

 

「……話はわかった。その竜は人間と一緒にいたんだったな? 知り合いに当たってみよう」

 

 この時の俺には、そう声を絞り出してヒミコの部屋を後にするのが精一杯で、足取りも重かった。

 




手の込んだ自滅をしかけていたことにようやく気づいた主人公。

だが、時既にお寿司?

次回、第二百六十一話「俺、途方に暮れます」

打開策は、見つかるのか。それとも観念してしまうのか。

諦めたら、そこでスピンオフだよ。(おろちの子供のお話に続く的な意味で)


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第二百六十一話「俺、途方に暮れます」

「はぁ……」

 

 実際の距離以上に遠く感じる宿屋までの道で、思わずため息が漏れた。

 

(間違いなく聞いてくるよなぁ「おろちは何て言ってたか」って)

 

 相手がスレッジでしたと明かし、老人では父親代わりも厳しいことまで説明すると、じゃあ俺がおろちの婿になるのかと問われることになるだろう。

 

(「俺もそれはゴメンだから、スレッジの偽物をでっち上げる為に協力して欲しい」って話に持って行くことは出来ると思う。出来るとは思うんだけど)

 

 今は原作になかったバラモスのイシス侵攻により、のんびり構えていられなくなった状況下にある。

 

(そして、おろち協力のレベル上げは出来ない)

 

 シャルロットがおろちの協力を得て行った灰色生き物ことメタルスライムとの模擬戦は、俺の常識を木っ端微塵にする程画期的かつ効率的な修行方法であったのだが、それを封印された状況下で、スレッジの替え玉を作り出すというのは、相当手間がかかる。

 

(まず、相応に若い魔法使いの呪文を会得出来る人材を確保しないといけない訳だけど)

 

 男の魔法使いは殆どが老人である。これは、老化による身体能力の低下が他の職業よりも妨げにならなかったことが起因する。

 

(遠巻きに呪文唱えてれば良いなら、そりゃ戦士や武闘家、商人なんかが駄目な者にも務まりそうだから、か)

 

 結果、老齢にもかかわらず、戦いたいとか働きたいと思う老人が流れ込むことで「男魔法使いは爺さん」という認識が広まってしまったらしい。

 

(そして、魔法使いは老人がなる者と認識されたせいで若い志望者は殆ど現れない、と)

 

 一応、少年魔法使いというのも存在はするらしいのだ、ただし数は極めて少ない。登録所で探して貰って、まず見つかるかという点で壁にぶち当たる。

 

(かと言って、遊び人を鍛えて転職させた上賢者にして育てるのは更に何倍もの手間と労力がかかる訳で)

 

 こうなってくると、それこそ元親衛隊のエビルマージの中からこれはと言う男を選んでダーマ神殿へ連れて行き、魔法使いに転職させることさえ考えてしまう。

 

(けど、魔物の転職が可能かがまだ不確定なんだよなぁ)

 

 僅かに可能性は残されている、だが当たってみて不可能だとした時、残されるのは時間をロスしたという事実と絶望だけだ。

 

(やっぱり、ここはシャルロット達にある程度話して協力を仰ぐべきか)

 

 思考は結局一回りし、スレッジの偽物作成を依頼するところへ戻ってきたが、勇者であるシャルロットが他者を騙すことに賛同してくれるものやら。

 

(あぁ、展開が衝撃的すぎて思考がどんどんネガティブになってる気がする)

 

 ここまで数多のピンチを乗り越えてきた身、どうにかなると思いたい。思いたいのに、考えつく案には何処かに落とし穴がある気がしてしまうのだ。

 

(いや、ウジウジしてるのが一番拙いんだろうけどさ)

 

 こうしている間にも、竜の女王が生きられる時間は短くなっている。タイムリミットは近づいているのだから。

 

(どうしよう)

 

 決断して進めば、後戻りは出来ない。発言は撤回出来ない。シャルロット達に協力を求めるなら、最低でも代役をでっち上げる理由までは話してしまう必要がある。

 

(シャルロットと行動を共にしている現状、単独でドラゴラムの使える若い男を用意するのは無理だもんな)

 

 夜中、寝ている勇者一行から抜け出してこっそり、では出来ることもたかが知れている。

 

(一人で考えるには限界があるのはわかっていたんだけど)

 

 ここで、クシナタさん達が居てくれたならなどと零すのは、身勝手が過ぎるだろう。別行動してくれる様に指示したのは、他ならぬ俺なのだ。

 

(そもそも、クシナタさん達に協力を頼めたとしても現状でレベル上げに使えそうな場所はバラモス城くらい。俺抜きでは危険すぎて頼むことさえ憚られるし)

 

 前回の襲撃でバラモスも城の警備を強化していると思う。そんなところへ俺の失敗の尻ぬぐいに行ってくれなどとどうして言えるか。

 

「俺が動くしかないなら、結局の所シャルロットの協力もしくは承認が不可欠。……最初から決まっていたのやもしれんな」

 

 悩みに悩んで出た結論がこれとは情けないにも程があるが、解決策も思い浮かばない。

 

「さて、と」

 

 やがて辿り着いた宿屋の入り口。

 

「あ、お師匠様お帰りなさい。どうでした?」

 

「っ」

 

 鉢合わせたシャルロットの顔に、話を切り出す難易度を上げられたが、黙っている訳にもゆかず。

 

「皆を集めて貰えるか? 相談がある」

 

 気力を振り絞った俺は、なんとかそう口にしたのだった。

 




と言う訳で、男魔法使いが老人グラフィックなのの説明回。

一応少数ながらこの世界には、ダイの大冒険のポップよろしい少年魔法使いも存在はするという設定。

ただし、希少レベルの少数派なので、魔王討伐に赴く勇者一行に加わる命知らずは居らず、ゲームでは仲間に出来ない仕様。

結局自力の解決は無理と判断、協力を仰ぐことにした主人公。

次回、第二百六十二話「だったら、相談してみるしかないじゃないか」

ここまで手詰まりだと、相談も仕方ないと言いたい。


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第二百六十二話「だったら、相談してみるしかないじゃないか」

 

「……という訳でな。おろちが惚れたという竜は十中八九ドラゴラムで竜に変じたスレッジだと思われる」

 

「そう言えば、そんな修行をしましたわね。あの洞窟で」

 

 説明をしてみればレベリングされた一人である魔法使いのお姉さんの呑み込みは早かった。

 

「あ、あの時の……」

 

「本当に凄まじい呪文でしたな、あのドラゴラムという呪文は」

 

 そして同じ場所にはバニーさんや僧侶のオッサンも居たのだ。

 

「魔法使いと未来の賢者二人ならどのみちいずれは全員が使える様になる呪文だろうがな」

 

 と言うか、転職後で考えると俺を除いた勇者一行は本当に呪文重視のパーティーになるなぁと思う。

 

「ふむ、言われてみれば……」

 

「って、話がずれてますわよ?」

 

「そうだったな、すまん。ともあれ、おろちの思いを寄せる相手がスレッジだとすると、少々具合が悪い。竜の女王が望むのは自分の産む子供の親代わり。竜がどれ程生きるかは知らんが、老人のスレッジに父親代わりはとても務まるまい」

 

 魔法使いのお姉さんに指摘されて謝りつつ、話の軌道修正をした俺は、そのまま一番の問題を提示する。

 

「第一、バラモスに居場所を突き止められぬ様にする為、スレッジは自分の居場所をこちらにさえ知らせんからな。この件で話を聞こうにも連絡の付けようがない」

 

 もっとも、連絡が付いたとしてもスレッジの正体である俺はNOと言う答えしか持ち合わせていないのだけれど。

 

「それからもう一つ、おろちに話を聞いて解ったことなのだが、おろちは自分が惚れた相手がスレッジの変身した姿であると気づいていないようなのだ」

 

「まぁ、人が竜に変わる呪文など使える魔法使いなどかの御仁を知るまでは見たこともありませんでしたからな」

 

「だろうな。そこで、俺は気になっていることがある。ドラゴラムの呪文で変身した竜の容姿は変身前の人間の容姿や性別に影響されるのかと言うことなのだが……」

 

 頷く僧侶のオッサンに同意しつつ、俺は話を一気に核心へと持って行く。

 

「つまりだ、こういうことは竜の心を弄ぶ非道な行いかもしれん、だが、ドラゴラムで誰もが同じ容姿の竜になるなら、スレッジの替え玉を仕立て上げられるのではないかとも思うのだ。スレッジでは竜の女王の望みを叶えられず、俺もおろちの婿になる訳にはいかない。そうなってくると、状況の打開策として、な」

 

「お、お師匠様。けど、それっておろちちゃんを騙すってことですよね?」

 

「ああ。真っ当な方法でない上に、ドラゴラムで変身した姿が皆同じという検証もしていないこちらに都合の良い勝手な前提を元にしてのものだ。前提が間違っていれば、その時点で瓦解してしまう穴だらけの策でもある」

 

 打ち明けたら、シャルロットが質問してくることは、当然予想出来ていた。

 

「おろちちゃんを騙すなんて――」

 

 シャルロットが親しかったあのおろちを謀ることに難色を示すことも。

 

「解っている。お前が反対しても仕方ないとは思う。だが、真実を打ち明けておろちが女王の申し出より自分の思いをとったら、生まれてくる竜の女王の子は誰が面倒を見る?」

 

「そ、それは」

 

「こうなることも解っていたから、打ち明けるべきか迷った。だが、俺に思いついたのは先程の身代わりでっち上げがせいぜいだ。情けないことではあるが、全てが丸く収まる方法を思いつけなかった」

 

 だから、こうして打ち明け相談することにしたのだ。

 

「だいたい、スレッジがおろちの想いを受け止めるかどうかも現状ではわからんのだ。あの年齢で、竜の女王がおろちとその伴侶に自分の子供の親代わりになることを望んでいると知れば、後者を理由に首を横に振ることも充分考えられうる。更に言うなら、スレッジに自分の想いを容れて貰えなかった理由が女王の子の親代わりが務まらないことだとおろちが知ろうものなら、女王の申し出の方をおろちが蹴ることだって充分あり得るだろう」

 

「う……」

 

 正直に言えば、こんな理論武装でシャルロットをやりこめたくなどない。

 

「一理ありますな」

 

「アランさん!」

 

「勇者様、思い人の偽物をでっち上げてあてがうなどと言った行為がろくでもなく、発案者の人格さえ疑いたくなるものですが、事実を知った勇者様の言うおろちちゃんの行動予想については間違っているとは言い切れません」

 

 僧侶のオッサンは辛辣ではあるものの、こちらの立場の立場もまた理解はしてくれていた。

 

「シャルロット、卑怯な逃げ口上など口にしたくはないが……今回の件、時間がない上に、俺一人ではこの態だ。スレッジに出会ったら答えを聞くことにしておきつつも、NOと言われた場合に備えて替え玉を用意しておく。妥協したとしても、これ以上の案を俺には思いつけなかった。たった一つを除いてな」

 

「たった一つ?」

 

 正直、これは言うべきか迷った。だが、口にしてしまい、シャルロットが聞きとめた時点で、もはやとぼけることも不可能だった。

 

「モシャスという変身呪文がある。こっちも相手を欺く最低な案の上に、前言を撤回することにもなるものだが……『スレッジにモシャスで俺に変身して貰い、スレッジと俺が同一人物だったと言うことにした上で、俺がおろちの夫になる』というものだ」

 

「え」

 

「ご主人……様?」

 

 別人と言うことにしているところを逆用した発想であり、同時に自分が望まぬ結果を自ら口にした訳でもある。無論、これは実行に移す為の案ではない、俺がおろちの婿になることに反対するであろうシャルロット達反論を封じる為の外道な見せ札だ。

 

「そもそも女王は俺を父親にと最初に打診してきた。父親として不足はないと言うことだろう。知らなかった事とは言え、おろちの恋愛成就に協力しようと言ったのも俺だ。話を持ってきたのも、俺。一連の騒動の責任を負う必要は少なからずある」

 

「お師匠……さま、けど、けどっ!」

 

 シャルロットには悪いことをしていると思う。だいたい、そんな顔なんてさせたくなかった。

 

「スレッジに実質的な夫になって貰い、父親役の方だけ俺が引き受けるという手もあるが、いずれにしても替え玉を用立てる案以外はスレッジと接触出来んことにはどうしようもない」

 

「つまり、今口にしたのは最後の手段と?」

 

「あぁ、そう取って貰って構わん。俺に思いつくアイデアはだいたい出し尽くした。ロクでもない案さえ、出すだけ出してみせる程にな。だから――」

 

 僧侶のオッサンの問いかけを首肯すると、言葉を続ける。

 

「知恵を貸して欲しい」

 

 そうして、頭を下げたのだった。

 




案はある、だが殆どはおろちの気持ちを踏みにじる案。

シャルロットの反発は避けられず、シャルロットを押さえつけるほか現状打破する方法を見つけられなかった主人公は、仲間達へ頭を下げた。

次回、第二百六十三話「無論自分でも考えるつもりではいますよと誰に向けてか言ってみる」

いやぁ、どう見ても詰んでるって? はっはっはっはっは、どうなるんだろうねぇ、ここから。


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第二百六十三話「無論自分でも考えるつもりではいますよと誰に向けてか言ってみる」

「ふむ、なかなか厳しいですな。スレッジさんと連絡が付けば、おろちと対面したスレッジさんに説得して頂くと言う方法も考えられますが、連絡手段がないとなると」

 

「成る程、スレッジが思い人だと明かした上で、スレッジに説得を任せる、か」

 

 僧侶のオッサンが口にした案は俺が想定した状況をカバーするものだった。

 

(父親代わりになれないことを理由に断れば、おろちが親代わりを断る可能性はあるけれど別の理由でごめんなさいした上の説得なら、確かにスレッジや俺がおろちの婿になる結末は避けられるよな)

 

 ただし、説得を担うスレッジとしてうまくおろちを説き伏せることが出来ればと言う条件は付いてくるが。

 

(まぁ、失敗したら一気に夫にされそうだから諸刃の剣でもありそうだけど)

 

 下手に偽物をでっち上げるよりは誠実である。ただ、人の意見を聞いて気づかされることがあると言うことは、俺もまだまだだったのだなと思う。

 

「ところでお師匠様、ふと気になったんですけど……そもそもスレッジさんって独身なんですか?」

 

「ん?」

 

「えっと、もし奥さんとか居るなら――」

 

「奥さん?」

 

 おずおずと手を挙げて質問してきたシャルロットが提示した問題など、思いつきもしなかったのだから。

 

(そうか、スレッジに好きな人がいるとか配偶者が居るからと言う理由で断らせて、その後でこっちが用意しておいた父親候補を出して打診すれば良いんだ)

 

 それこそ奥さんか好きな人を用意する手間はかかるが、今のおろちは女性恐怖症。以前なら二号でも妾でも良いとか言い出しかねなかったが、他の女性の存在があれば、おろちもせくしーぎゃってこないと思う。

 

「やはり俺もまだまだだな。こんな初歩的なことに気づいていなかったとは。これは是が非でも何処かでスレッジと接触して話をする必要があるか」

 

 分裂なんて器用なことも出来ないので、その時は一人で赴いて一人で聞いてきたことにすると思うけれど、スレッジと話をして来るという大儀名分があれば単独行動が可能だ。

 

(この機会を利用してクシナタ隊のお姉さん達に接触出来れば、打てる手も多くなる)

 

 もの凄い年の差カップルになるが、スレッジのお相手をクシナタ隊のお姉さんの誰かにしておけば、おろち避けとしては最大級の効果が見込めるだろう。

 

「冷静になって考えてみると、俺には対話と情報、これらが足りなすぎたな」

 

 ドラゴラムで変身していた可能性まで示唆した上で、人間であればどんな男が好みのタイプかとおろちに話を振ることで好みの男性像をリサーチし、要望に出来るだけ近い相手を用意するという方法だってあったかも知れない。

 

(もっとも、用意するお相手の方にもおろちの正体を知った上で一緒になってくれる相手じゃないといけないんだよなぁ)

 

 これは割とハードルが高そうに見えるが、偽ヒミコの時のおろちは文句の付けようのない美女なのだ。

 

(人の姿で連れ回して、魔物でも構わないと思う程好意を寄せる男が現れれば……)

 

 所謂逆アプローチ。おろちが惚れるのではなく、おろちに惚れた男性を魔法使いにした上で修行させドラゴラムを覚えさせて告白させる。

 

(ドラゴラムの容姿に個人差がないなら、両思いに発展してハッピーエンドじゃないか)

 

 割と都合の良いところだけ見ている気もするが、試してみる価値はあると思う。

 

(まずは何処の町に……ん、待てよ。おろちは確かシャルロットと一緒にバラモス城からイシスに飛んだ筈)

 

 なら、あの国には偽ヒミコ姿のおろちを目にした者も居ることだろう、全裸の。

 

(おろちを見てどう思ったのかって感想を集めれば、指針ぐらいにはなるかな)

 

 いい女だったとか結婚したい何て反応が多数返ってきたなら、この思いつきだって成功の可能性はある。

 

(それに、そろそろエリザともいったん合流しておきたいし)

 

 テドン方面に向かった別働隊と合流する意味でもイシスはちょうど良い。

 

「とりあえず、俺はもう一度おろちと話をしてこよう」

 

「……え、ご主人様?」

 

「そも、おろちとのことだけにかかずらう訳にはいくまい。バラモスを倒す為の準備と並行作業で行わねば、時間の方が足りん。ならば、情報を集めて動ける様になっておくべきだろう」

 

 最後の鍵の入手にダーマへの到達、オーブ集めとラーミアの復活、カンダタから金の冠を取り返し、ノアニールの呪いを解く。為すべき事は結構残っているのだ。

 

「アラン達にはバハラタへ向かって貰いたい。あの町であればダーマに到達した者が通りかかる可能性がある。もし、ダーマへ連れて行って貰えれば、二名が賢者へ転職出来るからな。バラモスとの決戦を考慮するとなるべく早く賢者になり、経験を積んでおく必要がある」

 

 賢者になったバニーさんと僧侶のオッサンのレベル上げは、おろちに協力して貰い灰色生き物との模擬戦を行うことにすれば、おろちの目をそちらへ向けることも出来る。

 

「シャルロットは俺がおろちとの会話が終わったら一緒にイシスへ飛んで貰う。一応元親衛隊のドラゴンを連れてな」

 

 エリザとの合流も狙いの一つだが、場合によってはランシールに向かって単独での攻略が要求される洞窟、地球のへそを制覇しオーブを手に入れることまで視野に入れての行動になると思う。

 

「竜の女王の依頼を忘れる訳ではないが、あくまで勇者の役目は魔王討伐だからな」

 

 おろちと会話して情報収集し、イシスでも調査はする。後回しにしたとか、棚上げしたという訳でもない。

 

「駄目なら徒歩でダーマを探すとしても四日あればバハラタに戻れるだろう。こちらは成果が出なければ四日目にはバハラタへ行く。俺達が帰ってこなければ、ジパングに戻りおろちの協力の下修行を積んでおいてくれ」

 

「それは、割と長い期間の別行動ですな」

 

「やることが多いのだ、是非もあるまい」

 

 僧侶のオッサンに肩をすくめてみせると、俺はそのまま歩き出す。

 

「ではな」

 

「お師匠様」

 

「おろちの男の好みを聞いてくるだけだ、たいして時間はかからん」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 こうしてシャルロットの声を背に部屋を出た俺は、先程戻ってきた道を引き返すのだった。

 

 

 




主人公、あがきつつ同時にバラモス撃破に向け動き出す。

次回、第二百六十四話「あの、おろちさんってどういう男性が好みなんでしょうかね?」



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第二百六十四話「あの、おろちさんってどういう男性が好みなんでしょうかね?」

「さてと」

 

 悩むだけの時間は終わりを告げた。そもそも情報が全然足りない状況で考えても仕方ないことだったのだ。

 

「戻ってきたと言うことは、何か進展があったのかえ?」

 

「その前に、お前に聞いておきたいことがある」

 

 ヒミコの屋敷に戻ってきて再度お付きの人に再来訪を告げると、すぐさまおろちの居る部屋に通され、期待に瞳を輝かせるおろちと対面した俺は、そう前置きしてから切り出した。

 

「お前は伴侶が人間だったとしても問題ないか?」

 

 この時点でNOの答えが返ってくれば、俺がおろちの夫になる展開は避けられる。そんな淡い期待をしたことは否定しない。

 

「ちょっと待つのじゃ、それとあの方にどういう関係が」

 

「質問に答えろ。答えたら説明する」

 

「ぬぅ、本当じゃな? 本当に話してくれるのじゃな? 質問の答えは『はい』じゃ」

 

 念を押してからおろちが口にした答えは俺の期待を木っ端微塵に打ち砕いたが、やはりと思うところもあった。命の危機だったとはいえ、以前俺へ身体を投げ出してくる様な真似をこのおろちはしたのだ。人間が駄目だったら、せくしーぎゃるでかつあちらからすれば命の危機とはいえ、ああはしなかっただろう。

 

「成る程な、ならば問題はないか。実は、お前の言うあのお方だが、人間が呪文で変じた竜の可能性が出てきた」

 

「な、あのお方が人間?」

 

「まだ可能性の段階だ。だが、故に確認を取っておきたかった訳だ。手を尽くして見つけてきて『人間は嫌』などと言われた日には骨折り損だからな」

 

 驚くおろちに訂正を加えつつもっともらしい理由を挙げ。

 

「そして次に人間と仮定した場合で聞いておきたいのだが、相手が人間だという前提での好みはあるか? 呪文で変身しているなら、素の顔でないと言うことだろう?」

 

 連れてきたら本来の顔が好みではないというか生理的に受け付けないと言う状況になっては探し当てても意味はないと理論武装し、俺は羊皮紙とペンを取り出したまま、おろちの答えを待った。

 

「むぅぅ、そうよのう。気を回して貰って悪いのじゃが、好みというのは特にないの。わらわからすると人間はどれも大差なく見える。強いて言うなら、わらわは強き雄を求む。その点であのお方は申し分無しじゃった」

 

「ふむ」

 

 受け入れられないタイプの男が存在しないという意味ではおろちの答えは喜ぶべきなのだろうが、逆に好みのタイプも存在しないという意味でもある。

 

(……おろちの好みに容姿の方で合わせるという方法はまず使えないか)

 

 強さに関してはそれこそレベル上げである程度どうにかなるものの、育てるには時間がかかる。

 

(まぁ、男なら誰でも良いと考えればあてがう男性を見つけやすくなった訳でもあるけど)

 

 そもそも一緒になる相手が魔物であっても問題ないという前提条件が必須なのだから、おろち側の条件がこれぐらいゆるゆるで助かったのかもしれない。

 

(となると、やっぱりイシスでの聞き込みは重要だな)

 

 おろちの方の条件がほぼないと言っても過言でない以上、もしかしたらイシスで逸材が見つかる可能性もある。

 

「なら問題はないな。竜に変ずる呪文は会得に相応の実力を必要とすると聞いている。もしドラゴラムの呪文を使う者を見かけたらそれとなくお前のことを伝えておこう。先方がお前に興味を持ったなら、訪ねてくるか俺が連れてくることもあるやもしれんが」

 

「うむ、任せておいてたもれ。協力してくれるおまえ様に恥をかかせる様なことはせぬ」

 

「わかった。その言葉、信じよう」

 

 まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。

 

「そうだ、一枚、お前の姿絵を描いたものを貰えるか?」

 

「絵かえ? 何故その様なものを」

 

「はぁ」

 

 綻びそうになる顔をポーカーフェイスで抑えて要求すれば、おろちは訝しげな顔をし、察しの悪さに今度は演技無しで嘆息する。

 

「少しは考えろ。お前の言うあのお方はお前自身に気づいた訳ではないのだろう? お前に好意を寄せる相手が居ると説明するにも口だけより絵があった方がどんな相手か説明しやすいだろうに」

 

「おぉ」

 

 竜の魔物であって人の容姿に頓着しないからこそ気づかなかったのだとは思うが、人に化けた時のおろちの容姿こそが今回の場合、最大の武器になる。

 

(権力の方は女王の子供を育てることになると放棄せざるをえないからなぁ)

 

 となれば、一度姿を見せているイシスはさておき、他の場所も回ることになるなら姿絵は欠かせない。

 

「あい解った。おまえ様は今宿屋に逗留して居るのじゃったの? そちらに送り届けさせよう」

 

「頼むぞ。ではさらばだ、今度来る時は何らかの成果を持って来て見せよう」

 

 おろちに背を向け、俺はそのまま歩き出す。

 

(よっしゃぁぁぁっ、これで第一段階はクリアだ)

 

 ここに来る前と比べれば、格段に状況は良くなっていると思う。

 

(これで、シャルロット達にも良い途中報告が出来るなぁ)

 

 まだおろちの夫候補が見つかった訳ではないので、油断は禁物だろうけれど。

 

(とりあえず、宿屋に戻ったらシャルロット達と打ち合わせしつつおろちの姿絵が来るのを待って、絵が到着したらイシスに移動かな)

 

 ただし、絵の到着が遅ければ一泊して出発は次の日の朝延ばす予定だ。

 

(聞き込みするのに現地の人が寝てる時間に向こうへ着いてもどうしようもないし)

 

 何にしても絵が届かないことには、シャルロットと合流しないことには動きようもない。

 

「しかし、イシスか」

 

 つい先日激戦のあった地を思い出しつつ、一人ポツリと呟いた。

 

 

 




おろちの容姿はどうでも良い発言を受け、勢いづく主人公。

果たしてイシスで求める人材には出会えるのか。

次回、第二百六十五話「候補者を捜して」


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第二百六十五話「誤算と灰色」

「お師匠様……」

 

「言うな、シャルロット」

 

 宿に戻るの追いかける様にして届いた物体を背に、窓の外を眺めていた俺は頭を振る。

 

「『絵だけでは不安に思い、立像も送っておく』というのはまあいい」

 

 焼き物の像は、衝撃に弱そうだが、この世界の重要アイテムには鏡や壺と言った壊れ物もあるので、壊さず運ぶ方法は確立されていると思うので、それは良しとしよう。

 

「だが、流石にあれは予想外だった」

 

 振り返れば、部屋のテーブルの上に鎮座しているのは、ヒミコ風の埴輪。

 

(いや、よくよく考えてみれば「出発した後絵を確認したら浮世絵もどきだった」なんてオチになって頭を抱える可能性があった訳で、そう言う意味合いでは出発前に気づけて良かったけど)

 

 おろちの化けているヒミコのモデルになった方は弥生時代の人だ、ならば像が土偶とか埴輪だったとしてもおかしくはない。

 

(おかしくはないけどさぁ、せめて日本人形のレベルにならなかったんですかと小一時間問い詰めてみたい)

 

 もっとも、屋敷にお邪魔するにはもう遅い時刻なので、諦めざるを得なかったが。

 

「しかし、こうなってくると絵の方も不安だな」

 

「ふむ、もっともですな。しかし、こういう時こそあの娘が居れば良かったのですが、ままならんものです」

 

「あの娘?」

 

 俺が聞き返すと、僧侶のオッサンがあげたのは、いつぞや挨拶代わりにと「司祭様×アランさんのお話」を差し出してきた腐った僧侶少女の名だった。

 

「挿絵も自前で描いておりましたから、絵の腕前だけは確かなのですよ」

 

 補足する僧侶のオッサンの顔は賢者にでもなれそうな程悟りを開いたかのような表情で、ちょうどあの腐った少女僧侶の趣向を知った直後に見た顔と重なった。

 

(そうか、あの時僧侶のオッサンがあんな顔をしたというのは、将来賢者になると言うことを……って、んなわけあるか!)

 

 そんなどうしようもないことで運命が決まっていた何て思いたくない。

 

「まあ、無い物ねだりをしても仕方あるまい。俺の使っていた盾に女性の顔があるから、後で刀鍛冶のところにでも行ってあの盾を見せ、女性の顔部分をおろちの顔で再現したレプリカを作って貰える様、頼んでおこう」

 

 みかがみの盾の中央が実写的な女性の顔を模した物になっていて、本当に助かった。

 

「もっとも、一日二日で出来るとも思えん。イシスでの候補者捜しはあの埴輪と絵を使うか、もしくはあれらを無かったものとして行うしかなかろうな」

 

 上手くいったと思ったら出だしで躓いてしまった感があるが、イシスは実際おろちが立ち寄った場所なのだ。

 

(大丈夫だよな、イラストなんてなくても)

 

 と言うか絵を見る前に埴輪を見てしまったので、絵を見るのが怖い状況でもあるのだ。

 

「まあ、絵のことはもう良いとして、イシスでの活動だが……流石に聞き込みへ魔物を連れて行くのは拙かろう。いちいち格闘場に預けると手間もかかるしな」

 

 ここ数日完全に空気になっていった赤い動く鎧はこのジパングに残して行くようシャルロットへ言い。

 

「お師匠様、それじゃこの子も?」

 

「ピキー?」

 

「……そう言えばいたな、お前も」

 

 と言うか何処に居たとツッコミたくなったのは、シャルロットの荷物袋から顔を出す灰色生き物。

 

(確か、サイモンと合流する時にシャルロットの道具袋に入っていて……)

 

 最後に見かけたのは、アークマージのおばちゃんに会う直前だった気がする。

 

「とりあえず、メタルスライム一匹ぐらいなら荷物に入れて大人しくしている分には問題あるまい。暫く姿を見なかった気もするが、袋の中で大人しくしていたのだろう?」

 

「え、えーと……」

 

「シャルロット?」

 

 なぜ、かくにんしたら め を そらすんですか、しゃるろっと。

 

「……そ、そう言えば、あの時ご主人様は」

 

「ちょうど居ませんでしたわね」

 

「あの時?」

 

 顔を見合わせたバニーさんと魔法使いのお姉さんへ視線をやってオウム返しに問うと、俺が居ない間にこの灰色生き物少々やらかしたらしい。

 

「まぁ、半分は勇者様のミスなのですがな。荷物にメタリンが入っているのを忘れたまますごろくの盤上にあがってしまって」

 

「すごろくの最中に目を覚ましたメタルスライムが外に出てしまってちょっとした騒ぎになりましたの。一応、わざとでないので、その一回の挑戦は無効という形ですごろく場の方とは話が付いたのですけれど」

 

「シャルロット?」

 

「はは、あははははは……」

 

 俺が視線を戻すと、ドジッ子勇者様は灰色生き物入りの袋を持ったまま、ちょっと引きつり気味に笑っていた。

 

「とりあえずそのメタルスライムは留守番だな」

 

「ピキー、ルスバン?」

 

 灰色生き物は微妙に解っていない風味だったが、成り行き次第で単独挑戦が絶対条件のダンジョンを攻略する可能性もある以上、連れて行くのは問題だった。

 

(地球のへそ攻略する時に荷物に紛れて付いて来られでもしたら洒落にならないもんなぁ)

 

 そも、シャルロットだけならともかくおまけまで居ると、エリザと合流した時内緒話がし辛くなる。

 

「シャー、ルスバン、白イノ被ッタカラ?」

 

「えっ?」

 

「ピキー、白イノ被ッテ、マスノ上、オッ駆ッ」

 

「ちょっ、メタリン、駄目っ」

 

 慌ててシャルロットが灰色生き物の口を塞ごうとしたが、何かもう色々遅すぎた。どうやら灰色生き物は、また人様の下着を被って駆け回ったらしい、しかもすごろく場の盤上を。

 

「それで挑戦一回無効で話が付いた訳か」

 

 魔物とはいえ、本来一人で挑むはずのところに仲間を連れ込むとかとんでもないイカサマ行為である。多分故意ではなかったことと、灰色生き物にやらかされたシャルロットを哀れんで恩情をかけた故の決着だったのだろう。

 

「うぅ、誤魔化せると思ったのに……」

 

 がっくりと崩れ落ちるシャルロットに、あれでは無理があるとツッコミを入れるのは流石に空気を読んで自重した。

 

「しかし、そんな目に遭っておいて何故そのメタルスライムを連れて行こうと思ったんだ?」

 

「それはですわね――」

 

 俺にとってその点がまず疑問だったが、すぐに魔法使いのお姉さんが説明してくれた。

 

「成る程、呪文を相殺する合体技か」

 

 切り札を確保しておきたいというなら、シャルロットが連れて行きたいと思っても仕方はない。

 

「それに、メタリンがいれば、おろちちゃんのお婿さん候補が見つかった時、すぐに模擬戦できますし」

 

「……そこまで考えていたと?」

 

 どうやら、今回は俺の考えが浅かったらしい。

 

「解った、ならばもう何も言うまい」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「ああ、前言は撤回する」

 

 こうしてシャルロットのおまけに灰色生き物を連れて行くことを承諾した俺は、この晩ジパングの宿に泊まり。

 

「じゃあ、ミリーにアランさん、サラも気をつけてね?」

 

「そちらこそ、と言いたいところですけれど盗賊さんが居る時点で窮地になんて陥りようがありませんわね」

 

「うん。じゃあね、サラ」

 

 翌日の朝、魔法使いのお姉さんと言葉を交わしたシャルロットは笑顔で頷くと挨拶を終えてこちらへ歩み寄り。

 

「それじゃ、お師匠様」

 

「ああ」

 

「ルーラ」

 

 シャルロットの完成させた呪文によって俺達の身体は空高く飛び上がったのだった。

 




ぎゃああっ、伏線回収は出来たけどイシスにたどり着けなかったーっ。

次回、第二百六十六話「候補者を捜して」

最初土偶と迷いましたが、埴輪にしておきました。



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第二百六十六話「候補者を捜して」

「流石にまだあの戦いの爪痕があちこちに残っているな」

 

 始まった降下の中、視界に飛び込んできたイシスの城下町へ目をやりつつポツリと呟く。

 

 先日の攻防戦で撃ち落とされた水色ドラゴンが突っ込んで半壊した民家などは魔物の死体こそ片付けられているものの、崩壊した壁の部分は急場しのぎに板が打ちつけてあるだけだったりして、元通りと言いづらい場所が探すまでもなく目に飛び込んでくる。

 

「そうですね、あの時はボクも戦いだけで精一杯でしたし」

 

「まぁ、俺達にはやることが山積みだ。それに、町のことは町の人間に任せた方が良かろう。下手に手を貸しすぎてもかえってイシスの民の自主性を奪いかね――」

 

 心を痛めた様子のシャルロットをフォローしつつ俺が着地しようとした瞬間だった。

 

「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい。うちはこのイシス最大の危機に駆けつけて下さったあの勇者シャルロット様が逗留されていた宿だよ。英雄の宿泊したお部屋、一見の価値有りだよ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

 俺とシャルロットの視線は多分同じ所に向いたと思う。宿屋の前で呼び込みをしている宿の従業員らしき人物へ。

 

「うおっ」

 

「っきゃあ」

 

 だから、思わず気をとられて着地に失敗したとしてもそれは無理のないことだった。

 

「痛た……お師匠様、すみません。大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。何とかな」

 

 結果として、シャルロットに押し倒されたかの様な格好で下敷きになった俺はかけられた声に応じ、シャルロットが起きあがるのを待った。ちなみに、シャルロットは鎧を着ているので、役得的なモノは何もないことは敢えて言及しておこうと思う。

 

(しっかし、商魂逞しいというか、なんというか……)

 

 勇者の逗留を謳い文句にするというのは、別に独創的でも何でもないが、行動力ありすぎだろと言うのが俺の感想でもあった。

 

「それはそれとして、あの宿屋の側を通るのは避けた方が良さそうだな」

 

「え? けど、お師匠様……ああいうのちょっと恥ずかしくて」

 

「気持ちはわかる。だがな、相手は商売人だ」

 

 抗議しに行くのも一つの手ではあるが、何だかんだで人の良いシャルロットのことだ。丸め込まれて結局宣伝に利用される未来が簡単に予想出来てしまった。

 

「相応に口の立つ商人とかならともかく、お前では厳しいだろう。向こうも生活がかかっているだろうしな。しかし、こうなってくるとその装備というのは微妙だったか」

 

 今のシャルロットが身につけている鎧は恩賞授与式などでシャルロットが身につけていただいちのよろい。攻防戦では格闘場の地下に避難していたイシスの人々にとって一番見る機会の多かった出で立ちである。

 

(おろちの目撃者を捜すなら一番良いのはおろちと一緒にシャルロットがここに来た時の格好だけど)

 

 あの、水着ベースの破廉恥衣装を着ろなどとシャルロットに命じられる程、冷酷非情ではない。というか、そんな装備では俺自身へ目のやり場に困るという大問題が発生してしまう。

 

「でも、おろちちゃんのことに興味を持った人が接触してくるならボクがボクだってわかりやすい格好の方が――」

 

「ああ。それは事実だが、だからといって聞き込みに支障をきたす様では、問題だろう」

 

 健気にこれで良いというシャルロットへ俺は頭を振って見せ、荷物から畳んだ布を取り出す。

 

「これを羽織っておけ。この城下町でお前は申し分なしに英雄だからな。いざというときは身を隠せるモノがあった方が良かろう」

 

 本来は自分用に用意していたフード付きマントなのだが、宿の従業員の呼び込みを見ていると、予期せぬアクシデントに引っかかる可能性は否定出来ない。

 

「お師匠様」

 

 だから、感極まった様子でこちらを見るシャルロットに無言でマントを押しつけた。無駄に好感度を上げてしまった気がするが、一応厄介ごと除けの方がメインなのだ。

 

「……おい、あれって勇者様じゃないか?」

 

「えっ、あ、確かに」 

 

 噂をすれば影と言うべきか、それともとうとう見つかってしまったと言うべきか。

 

「ほんと、勇者様だわ」

 

「そういや俺、この町を救って頂いたのにお礼直接言ってねぇんだよなぁ、怪我して寝てたし」

 

 一人二人が気づくと、勇者が居るという情報はざわめきと共に周囲へ波及してゆく。

 

「シャルロット、すぐ、走れるか?」

 

「え、あっ、はい」

 

 この手の展開は漫画やアニメで何度か見たことがある、つまり。

 

「「勇者様ぁぁぁっ」」

 

「ちっ、やはりか」

 

「あ」

 

 殺到するファンやら何やらにもみくちゃにされる展開である。俺は舌打ちするなりシャルロットの手を掴むと、地面を蹴って走り出した。

 

「おろちのことを聞くなら良い機会かもしれんが」

 

 あのままではまともに会話になるとは思いがたい。

 

「で、でつね」

 

「無理に、答えなくて、良い。舌を、噛む、ぞ」

 

 しかし、客寄せのダシに使われてる時点で予想の甘さに気づくべきだったのだろう、シャルロットの人気は俺にとって予測の域を遙かにオーバーしていた。

 

(ひょっとしたら俺もアッサラームには二度と足を運べないかも知れないなぁ)

 

 スレッジならともかく、勇者の師匠の姿ではここで大したことをしていない俺だが、アッサラームではぱふぱふの呪いというふざけた呪いを解いて一応町を救っているのだ。

 

(まぁ、モシャスと変装を併用すれば俺自身は問題ない訳だけど)

 

 だが、シャルロットはそうもゆくまい。

 

(うーん、サマンオサに行って変化の杖を借りてくるべきか)

 

 サマンオサでは家宝扱いだった気もする他者に変身する杖だが、こういう時に使えば騒動を避けられるのは間違いない。

 

(何処かのすごろく場でマスを調べれば拾えた気もするけど、マイラかジパングに追加されるすごろく場のどっちかだったもんな)

 

 現状、記憶にあるすごろく場は訪れることが出来ない。となれば、消去法でサマンオサに行って借りてくるしかなく。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

「ん?」

 

 考え事をしつつ、町の人から逃げている時だった。割と大きな建物の戸口で、手招きする使用人らしき人に声をかけられたのは。

 

「ど、どうしまつ、お師匠様?」

 

「このまま逃げ続けているよりはマシだろう。いざとなれば強行突破だって出来る」

 

 少し不安げにこちらを見るシャルロットへそう返すと、俺は手招きしていた使用人へ駆け寄るのだった。

 




主人公達を呼び寄せた使用人とは?

次回、第二百六十七話「まずは話を聞いてみよう」



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第二百六十七話「まずは話を聞いてみよう」

「さ、この中に」

 

「すまん」

 

 促され、軽く頭を下げるとそのまま開けられたドアから建物の中へと足を踏み入れる。

 

「台所、か」

 

 逃げながら辿り着いた場所にあった戸口だっただけあって、俺達が入ってきたのは裏口だったらしい。目に入ってきたのは大きな竈と幾つかの調理台、そして調理器具の数々。

 

「お師匠様、これって」

 

「あぁ、建物の大きさから予想はしていたが……随分高価な食器が並んでいるようだな」

 

 金持ちかそれなりに身分のある者の屋敷とでも言ったところか。

 

(とりあえず、こんな大きな屋敷へ無遠慮に乗り込んでこられる人はなかなか居ないと思うけど)

 

 追っ手はもう気にしなくても済むにしてもそうなってくると俺達を匿う形にやったこの屋敷の主人の意図が気になってくる。

 

(さっきの使用人の独断とは思えないし)

 

 いくらこの国の英雄と言えど、流石に主へ黙って他人を屋敷に上げるのは問題だ。となれば、主が命じたとしか思えず。

 

(考えられるのは、大まかに分けると「純粋な好意で助けてくれたケース」と「匿った恩を笠に着て何か要求してくるケース」の二つだよな)

 

 前者なら良い、だが後者だと要求によっては面倒なことにだってなる。

 

(ま、その時は強行突破しちゃえば良いだけだけど)

 

 警戒は解かずに向こうの出方を待つ。

 

「すみません、お待たせしました。勇者シャルロット様、実は私どもの主が、あなた様にお話ししたいことがあると」

 

「お話、ですか?」

 

「ええ」

 

 少しして裏口の方から戻ってきた使用人は一礼するなり口を開き、オウム返しに問うたシャルロットへ頷きを返した。

 

(まあ、そうなるよなぁ)

 

 この流れからすれば予想出来たことではある。

 

「ええと、そのお話……お師匠様と一緒でもいいですか?」

 

「もちろんでございます。こちらはお話しを聞いて頂く側。それに」

 

「それに、何だ?」

 

 ちらりとこちらを窺いつつ質問するシャルロットへ首肯を返し使用人が最後まで言い終えるよりも早く、俺は口を挟んだ。同伴OKと言われているならわざわざ聞く必要もなかったかも知れない、にもかかわらず。

 

「あぁ、そこからは僕がお話ししますよ」

 

「えっ」

 

 声を上げて振り返ったのは、俺ではなくシャルロットだった。

 

「成る程、そちらがこの館の」

 

 盗賊という職業柄かこの身体のスペックが高いからか、口を挟んだ時には足音に気づいていたのだ。

 

「はい。先日はこのイシスを救って頂きありがとうございました。僕はマリク。このイシスで王族の末席に名を連ねる身の者です」

 

「「王族?!」」

 

 ただし、その名乗りは少々想定外であったが。

 

「ただし城ではなくこの城下町に身を置いていることから察して頂けると思いますが、本当に末席です。先日の防衛戦にも魔法使いとして参戦を許されるぐらいにね」

 

「魔法……使い?」

 

「はい。護身用に最初は剣を習ったんですが、そちらには殆ど才能がないそうで、何かないかと一通り試してみたところ、攻撃用の呪文にはそれなりに適正があったようなんです。とは言っても、僕に扱えるのはギラが精一杯ですが」

 

 凝視した自称王族の少年は情けなさそうな表情を作るが、見たところシャルロットより年少に見える。

 

「失礼だが年は?」

 

「今年の春に十四になりました」

 

「えっ、ボクより二つ下でギラまで?!」

 

 ぶしつけな質問へ少年が返す答えへシャルロットが衝撃を受けているが、是非もない。シャルロットは旅だった十六歳の時点では攻撃呪文の初歩中の初歩であるメラの呪文さえ使えなかったのだから。

 

(まぁ、魔法使いの方が呪文の習得は早い訳なんだけど)

 

 年齢からするとそれなりに才能はあるのかも知れない。王族という恵まれた身分で英才教育を受けられたから、なんて理由が考えられるとしても。

 

(しっかし、こう、何というかおろちの夫になる魔法使いを捜してるタイミングでこうピンポイントに将来有望そうな魔法使いと会うとか)

 

 これで実はおろちに一目惚れしましたとか言い出したら、ありがたいけれどご都合主義過ぎるだろと思わずツッコミを入れてしまいかねない。

 

(いや、こっちとしてはそっちの方が都合は良いんだけどね)

 

 世の中、期待させておいて落とすという極悪トラップもそう少なくはない。

 

「そうか。すまんな、呪文の使い手が不足しがちだったとは聞いたが、成人に至らぬ王族の参戦を許す程だったとは……」

 

「僕が無理を言ったんですよ。僕達王族や貴族は支える民あってのものですから、『普段支えて貰っている以上、非常時には民を害す者達を切り払う刃とならないといけない』と」

 

「ふむ」

 

 粗末な武器とはした金を渡して大魔王を倒してこいとか無茶ぶりするどこぞの王様に聞かせてやりたいと思ってしまうのは、俺の心が狭いのだろうか。

 

「『驚いたな』などと言ってしまえば侮辱にあたるな」

 

 だが、驚いたのは事実だった。

 

(綺麗な王族というか、テンプレ的王族主人公というか)

 

 魔法使いの素養面でも人間的にも優れた人に見えた。殆どの呪文が使えるレベルカンストした盗賊の身体になっておきながら、大魔王討伐から逃げだそうとした俺とは雲泥の差である。

 

(ああ、穴があったら入って埋まりたい)

 

 どこをどうしたら、こんなに差が付くのか。ポーカーフェイスを表向き保っているつもりだが、心の憶測はシャルロットと大差ない。俺もまた、人としての器の差に思い切り凹んでいた。

 

「ですが、僕は大した戦力になりませんでした。この国と町が救われたのは、あなたのお陰です、勇者シャルロット」

 

「そ、そんなことないです。ボク、あなたの歳だったら戦うどころか格闘場に避難させられてただろうし」

 

 だから、声には出せずに言う。お願いだからシャルロットをいじめないでくれと。自分より明らかに心根が上の相手に持ち上げられるとか、居たたまれなくて逃げ出したくなる、それはきっと俺だけじゃなくてシャルロットも同じだと思うのだ、反応を見る限り。

 

「感謝なら式典で女王からされている。それより、シャルロットに話があるそうだったが?」

 

 ならば、シャルロットを救うのに俺が出来ることは、ただ単刀直入に切り出し話題を変えることぐらいで、冷たい対応になったのはご容赦願いたい。俺も居たたまれなくていっぱいいっぱいだったのだから。

 

「ああ、そうでしたね。すみません、脱線してしまって」

 

「いや、話を逸らしたのは俺だからな、謝罪の必要はない。それより」

 

 言外に本題に入ることを俺は促し。

 

「はい、お話の内容でしたね。実はお会いしたい方が居るんです」

 

 マリクは一つ頷くと語り始めた。

 

 

 




二人の前に現れた王族の少年、マリク。

思わず主人公を疑心暗鬼にさせるほど都合の良い彼はいったいどんな顔芸を見せ……もとい、いったいどんな話を切り出すというのか。

いかん、イシスっぽくて魔法使いっぽさそうな名前としてつけたのに顔芸のイメージがっ。

次回、第二百六十八話「えっ、本当に一目惚れですか?」

サブタイトルでネタバレしてるって?

きっときのせいですよ?
 


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第二百六十八話「えっ、本当に一目惚れですか?」

「その方と出会ったのは、僕が見張りをしてくれている人達に差し入れとして使用人達と軽食を持っていった時のことでした」

 

 バラモスの居るであろうネクロゴンドの方角から何かが凄い速度で飛翔してくるのが見え、周囲は騒然となったという。

 

(あぁ、シャルロット達がイシスへキメラの翼で飛んでいった時のことかな)

 

 俺が話を聞いて推測する最中も、何人かの戦士が地面へ降りてくる者達のところへ走っていったのですとマリク少年は話を続け。

 

「ええと、それってひょっとして」

 

「はい、飛翔してきたのは、あなたとそのお仲間でした」

 

 声を発したシャルロットに頷いて見せた少年は、頬を染め、恥じらってか視線を微かに逸らして言う。

 

「一目惚れだったと思います」

 

「え」

 

「な」

 

 告白に俺が声を漏らしたのは、ほぼ同時に固まったシャルロットとはきっと別の種の驚きからだったと思う。

 

(話がうまく行きすぎてるよね? いや、待て。まだ確定じゃない。ここで一目惚れの対象がおろち以外って言うオチになることだって充分にあり得る訳だし)

 

 混乱もした。だが、人は自分に都合の良いモノを望んでしまう生き物だ。胸中で慌てるなと自分に言い聞かせつつも望んでいた展開が訪れることを期待している自分は確かに存在していて、だから気づかなかった。

 

「シャルロットさん」

 

 いや、気づいていたのを敢えて無視していたのかも知れない。マリクの視線は個々にいない誰かに向けたモノではなく、明らかにシャルロットを向いていたのだから。

 

「お願いがあります」

 

「ひゃう」

 

「ぼ――」

 

 いきなり手を握られて声を上げるシャルロットへ熱の籠もった視線を向けて、少年は叫んだ。

 

「僕のお尻をそのはがねのむちで思い切りぶっ叩いて下さいっ!」

 

「「え」」

 

 その時、俺とシャルロットの思考は確かに停止した。

 

「その、定間隔で棘のあるフォルム、四方へ棘の付いた一際大きな先端の棘、それで叩かれたらどれ程痛いんだろうと、寝ても覚めてもずっと考えていました」

 

「……ひょっとして、一目惚れというのは」

 

「ええ、その鞭にです」

 

 これは、どこからツッコめばいいのか。

 

(性癖か、性癖からなのか?)

 

 もの凄くまともなことを行っていたのに、一皮剥くとただの変態とか斜め上過ぎだろう。

 

「一応言っておくけど、これ市販品だよ?」

 

「ええっ、そうなのですか? 後で使いを出して取り寄せないと」

 

 シャルロットの言葉に驚きつつも本当に嬉しそうな姿に、俺は思う。王族がこれで大丈夫か、イシス、と。

 

「お師匠様ぁ」

 

「すまん、シャルロット。流石に俺もここからどうすればいいかはわからん」

 

 助けて貰った手前、要求は受け入れないといけない様な気もするのだが、だからといってシャルロットへ変態行為を強要出来るはずもない。

 

「ただ、一つ知っていることがあるとすれば――」

 

「お師匠様?」

 

 俺は徐にシャルロットへ近寄るとその腰に手を伸ばす。

 

「え、あ、駄目です、お師匠様。ひ、人の前で」

 

「シャルロット、何も言うな」

 

 顔を赤くしわたわたする弟子へ軽く頭を振って見せてから、伸ばした手でシャルロットが腰にぶら下げた鞭の輪をとる。

 

 そう、俺にも出来ることがあるということだ、シャルロットのかわりをし、精神的な苦痛を引き受けるという。

 

「あっ、え?」

 

「……叩いて欲しい、と言うだけなら俺でも問題は無かろう?」

 

「はいっ」

 

 何故か驚きの声を上げるシャルロットをスルーしてマリクに問えば、嬉しそうな笑顔で返事をし。

 

「ただ、シャルロットの言うとおりだ。人前でするのもどうかと思うが……それとも人前でシて欲しいのか?」

 

 続けた質問について、俺としては部屋を移動する口実のつもりだった。

 

「はいっ」

 

 だが、マリクの変態レベルは俺の想像を遙かに超越していたらしい。もの凄く良い笑顔で答えると、その場に四つん這いになったのだ。

 

(ちょっ)

 

 思わず顔が引きつりそうになるが、これも身から出た錆。

 

(というか、俺は一体なにをやろうとしてるんだろう)

 

 シャルロットから鞭を取り上げたのには理由がある。この少年王族の変態的おねだり自体が、王族に狼藉をはたらいたと言いがかりを付けて俺達に何らかの要求を呑ませる罠の可能性を考慮したからなのだが、人前は拙すぎる。

 

(二人だけなら怪我をしてもラリホーで眠らせてホイミで癒すとかこっそり証拠隠滅を図ることだって出来るけど)

 

 人の目があっては誤魔化しづらい。

 

(とは言え、一度OKしといて反故にもできないしなぁ)

 

 ここは覚悟を決めるしかないのだろう。

 

「すまんな、シャルロット。俺は師としてこんなことしかしてやれん。かわりに王族の尻を鞭でしばくと言うことしか」

 

「うぐおっ」

 

 振るってやると、はがねのむちは程良い風切り音をたててマリクの尻に炸裂し。

 

「どおおお、ぐああああっ」

 

 もの凄い顔芸を見せながらマリクは絨毯の上を転がったのだった。

 

(なんだ、あの表情)

 

 まさにBETU☆GEIFUU。

 

「いいねぇ、この痛み。快感が走るぜ」

 

「口調まで変わっているだと?!」

 

 どういうことなのか、まるで訳がわからない。

 

「うへへへへへっ、ははははは、じゃあこいつを見てみな」

 

 呆然としているとマリクは急に笑い出し、一枚のカードを引いて俺に見せてきた。

 

「な」

 

 そこには、こう書かれていたのだ。

 

「エイプリルフール、突発企画」

 

 と。

 




 ご都合展開だとか、その裏をかいて別の女性に一目惚れだと思いましたか?

 前回のサブタイトルから含めて全部、これがやりたかっただけの仕込みです。

 そう、今日はエイプリルフール。

 このお話はエイプリルフール企画という名の悪ふざけだったのです。(他作品パロの顔芸含む)

 本当の第二百六十八話は、次回ですので誤解為されませぬ様に。

 尚、このお話は機を見てきっと消すと思います。流石に同じ話数が並んでると紛らわしいので。ご理解ください。

 そんな訳で、次回、第二百六十八話「えっ、本当に一目惚れですか?」

 今度こそ本当の第二百六十八話です。
 


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第二百六十八話「えっ、本当に一目惚れですか?」

 

「その方と出会ったのは、僕が見張りをしてくれている人達に差し入れとして使用人達と軽食を持っていった時のことでした」

 

 バラモスの居るであろうネクロゴンドの方角から何かが凄い速度で飛翔してくるのが見え、周囲は騒然となったという。

 

(あぁ、シャルロット達がイシスへキメラの翼で飛んでいった時のことかな)

 

 俺が話を聞いて推測する最中も、何人かの戦士が地面へ降りてくる者達のところへ走っていったのですとマリク少年は話を続け。

 

「ええと、それってひょっとして」

 

「はい、飛翔してきたのは、あなたとそのお仲間でした」

 

 声を発したシャルロットに頷いて見せた少年は、頬を染め、恥じらってか視線を微かに逸らして言う。

 

「一目惚れだったと思います」

 

「え」

 

「な」

 

 告白に俺が声を漏らしたのは、ほぼ同時に固まったシャルロットとはきっと別の種の驚きからだったと思う。

 

(話がうまく行きすぎてるよね? いや、待て。まだ確定じゃない。ここで一目惚れの対象がおろち以外って言うオチになることだって充分にあり得る訳だし)

 

 混乱もした。だが、人は自分に都合の良いモノを望んでしまう生き物だ。胸中で慌てるなと自分に言い聞かせつつも望んでいた展開が訪れることを期待している自分は確かに存在していて、だから気づかなかった。

 

「……シャルロットさん」

 

 いや、気づいていたのを敢えて無視していたのかも知れない。マリクがシャルロットに呼びかけるまでには、僅かな間があったことを。

 

「あなたと共に……服を纏わず現れた、方の方ですけれど」

 

 ああ、それは言い出しにくくもなるわ、と思うべきか。それとも、期待させておいて実はエリザかシャルロットの方なんじゃないのかよと理不尽な怒りと共にツッコむべきだったか。

 

「そ、それって……」

 

「おそらく、シャルロットさんが想像された方で間違いはないと思います」

 

 結局どちらも出来ずただ成り行きを見守って居るだけだった俺の前で、マリク少年はシャルロットへ首肯を返した。

 

(いや、確かに素っ裸だったのは、おろちだけだったけど)

 

 本当に良いのだろうか、こんなこちらの望む展開がそのままやって来ても。

 

(いや、楽観視は拙い。きっと何処かに穴があるはずだ、何か大きな問題が)

 

 たから俺は状況の落とし穴を探し始めたが、少し遅かったらしい。

 

「けど、それって遠巻きに見ていただけで、詳しいことは知らないってことでもありますよね?」

 

 先に口を開いたシャルロットは何かに気づいている様子で、マリクへ問いかけていた。

 

「そ、それは確かに。僕はあの方の名前さえ知りません」

 

 そして、マリク少年の返答で俺はようやく悟る。

 

(そっか、この少年はまだおろちが魔物とは知らない筈)

 

 遠巻きに見て一目惚れしただけなら、おろちのことを人間の痴女だと認識していたって不思議はない。

 

(成る程、トントン拍子に事を運ばせておいて――)

 

 おろちが魔物と知った瞬間掌を返すことだって考えられるのだ。

 

(と言うか、むしろ魔物とのお付き合いって時点で拒絶反応を起こす方が多数派だよな)

 

 この身体が借り物というのも俺がおろちの夫に収まるのを良しとしない理由でもあるが、いくら人間に化けている時が美女でも、正体はずんぐりとした身体へ複数の首を持つ竜なのだ。

 

(「朝目が覚めたら多頭のドラゴンが絡み付いてました」とかインパクト抜群の目覚めだよなぁ)

 

 ひょっとして、俺はおろちが魔物と言うことは軽く考えすぎていたのではないだろうか。

 

(どうしよう、ここでおろちが魔物と知って拒絶されたら計画が頓挫する)

 

 だが、ごめんなさいされても仕方ないよなぁ、と顔には出さず悩んでいた時だった。

 

「ですが、解ることもあるつもりです。あの方、魔物ですよね?」

 

 マリクの方から、指摘してきたのは。

 

「えっ、魔も」

 

「隠す必要はありません。シャルロットさんには魔物使いの心得もあるというのは聞いていましたし、僕が心惹かれたのは、あの方の人としての外見ではなく、本質の方なのですから」

 

 とぼけようとしたのか、発言の真意を聞こうとしたのか。口を開き何か言おうとしたシャルロットを制す様に手を突き出し、頭を振ったマリク少年は続けて語る。

 

「こんなことを話すのもどうかと最初は思ったのですが、実は僕、人を恋愛対象として見られなくて……」

 

 何でも王位継承権争いやら何やらで人の醜いところばかり見てしまったこの少年、かなりの人間不信に陥っていた時期があったのだとか。

 

「そんなある日、モンスター格闘場の前で出会ったんです」

 

 それは、試合に出される為に搬入されていた魔物であったらしい。

 

「魔物使いの方が、良い方だったのでしょうね。大人しくとぐろを巻いていたその竜は凄く綺麗な目をしていて」

 

 以来、爬虫類や竜の魔物に心を引かれる様になったのだとマリク少年は語った。

 

「もちろん、だからってイシスに攻め寄せてくる魔物とは戦わないといけませんでしたけど」

 

 どことなく悲しそうな目をしたところで、俺は思い出す。そう言えば侵攻してきた魔物の中に水色の細長い東洋風ドラゴンが含まれていたことを。

 

「ですから、人に姿を変えていても雰囲気とかでなんとなく」

 

「いや、もういい。流石にそこまで説明されては疑えん」

 

 ただ、あまりにうまく行きすぎると思っていたところを更に押して来るというのは、想定外だった。

 

(爬虫類とドラゴン系の魔物しか愛せない魔法使いとか……うん、何それ)

 

 確かにイシスというとピラミッドがあるからか、蛇とか似合いそうなイメージはあるが、だからといってピンポイント過ぎはしませんか。

 

「とりあえず、あいつが魔物でも問題ない、むしろ歓迎と言うところまでは解った。ならば、こちらとしても渡りに船と言うところでもあるのだが」

 

「え、それはどういう」

 

「シャルロット」

 

 先程の状況を真逆にしたかのように質問をしようとするマリク少年を手で制しつつ、俺はこの超展開へ暫し呆けていた弟子へと視線をやり。

 

「お師匠様」

 

「ああ」

 

 夫候補を放置したまま頷き合った。

 




エイプリルフール?

ああ、あのお話さえこれの伏線でした。

と言う訳で、逆の方向に突っ走りつつも変態王族なのはある意味変わらなかったという真実。

やったね、これでおろちの婿は確保だ。

次回、第二百六十九話「説明と質問」

たぶん、事情説明的に主人公側のターン。

くどいですが、エイプリルフールの方は近々削除しますので、ご注意を。


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第二百六十九話「説明と質問」

 

「推察通りあいつは魔物なのだが、今その魔物当竜に協力をしているところでな」

 

 元々こちらが話を持ち込み、片思いの相手を探そうと申し出た経緯を考えると、やはりこの言い回しで良いと思う。

 

「協力……ですか?」

 

「あぁ、詳しく説明する前に、どうしてそうなったかの経緯を先に説明した方が良かろう。そも、ことの起こりは――」

 

 流石に神の使いである竜の女王の子を育てる為といきなり言うと話が大きくなりすぎるので、不治の病で床についた別の竜が我が子の母親代わりになってくれないかと打診してきたのだと俺はマリク少年へ説明し。

 

「ちょっと待って下さい、母親代わりってことは」

 

「そうだ、出来れば父親も居てくれた方が良いと言うことになってな」

 

 食いついてきたマリクへ頷きを返すと、今その父親代わりを探していたのだと明かす。

 

「解りました、僕がその父親お」

 

「そう急くな。この話にはまだ続きがある」

 

 その直後、脊髄反射レベルで飛びついてくるマリク少年を制すことになったが、一目惚れした相手が配偶者を求めているとなれば、この反応とて無理もない。

 

「ただ、その魔物……やまたのおろちには意中の相手が居るのだとシャルロットに聞いてな」

 

「え」

 

 だからこそ、好きな相手が別の誰かを慕っているという事実は、マリク少年を打ちのめすのに充分すぎた。

 

「そん……な」

 

「やはり、そうなるか。話は最後まで聞け。俺達はその『おろちが惚れた相手』を探して居る訳だが、おろちは自分の心惹かれた相手のことを知らん」

 

 崩れ落ちるところまではある意味で、想定通り。問題は、ここからだ。

 

「おろちが惚れた相手は魔法使いが会得すると言われる高等な変身呪文で竜に変じた人間だったのだ。故にもし同じ呪文をお前が扱える様になったなら、おろちの片思いの相手に成り代わることとて難しくはない」

 

 流石にショックが大きかったのかこちらの説明にも反応を見せないマリク少年へ、俺は説明する。

 

「惚れられた方もおろちの話では見られていたことに気づいてさえ居なかったらしい。ならば、俺が口裏を合わせればおろちと添い遂げることとて不可能ではあるまい」

 

 と言うか、惚れられている当人の正体としてはむしろ全力で応援したいぐらいである。

 

(ただ、意思確認はしておかないとなぁ)

 

 この話に乗ってくるか、それとも。

 

「……ありがとうございます、気を遣って頂いて。ですが、お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 ショックから立ち直ったマリクの答えは、NOであった。

 

「そうか」

 

 別段、驚きはしない。爬虫類趣味はさておき、人として真っ直ぐな性質に見えたから、おろちを欺く様な提案に乗ってこなかったとしても当然に思えたのだ。

 

「なら、合格だな。試す様なことを言って悪かったが、実はおろちが惚れた相手についてはおおよその見当が付いている」

 

「え」

 

「だが、だからといってお前に諦めろとは言わん。それなら最初からこんな話はしないからな。問題は、その心当たりがおろちの思いを受け止めるかどうかが未知数であるところにある」

 

 未知数どころか、俺は確実にNOを突きつけるつもりの当人なのだが、流石にそんなことは明かせない。

 

「割と酷い話ではあるが、お前に努めて欲しいのは、予備だ。おろちの思い人がおろちにNOを告げた場合の、な」

 

 最初からスレッジは断るのでお前の勝ちだなどと出来レースであることを知らされてもこの少年は喜ばないであろうし、下手に話しておろちにスレッジがごめんなさいすることを最初から知っていたと悟られても拙い。

 

(そうなってくると、この人には酷い言い様だけど、やっぱり予備だったと言っておくしかなかったもんなぁ)

 

 良心の呵責を覚えようとも、真実は秘めておく必要があった。

 

「……ありがとうございます。僕に、希望を残してくれて」

 

 だから、感謝はしないで欲しかった。本当にいたたまれないんですよ。

 

「その分なら、諦める気はなさそうだな。なら言っておくがおろちが夫に求める条件は強いことだそうだ」

 

「強い……こと」

 

「ああ。少なくとも竜に変じる呪文である『ドラゴラム』の習得は不可欠。幸いにも魔法使いとしての才はあるようだからな」

 

 ポツリと呟くマリク少年へ俺は囁いた。

 

「強くなりたいなら、協力してもいい」

 

 と。

 

「お願いしますっ」

 

 そして、返ってきたのは、即答。

 

「いい返事だ。ただし、俺達にはバラモス討伐の任もある。全面協力とは行かないぞ?」

 

「構いません」

 

 口元をほころばせ、もう一度別の問いを発しても返ってきたのは即答だった。

 

「そうか、ならばもはやこれ以上とやかく言うのは無粋だな。シャルロット」

 

「え、あ、はい」

 

 ここで話を振られるのは、想定外だったのか、ビクッと肩をはねさせた弟子へ、俺は言う。

 

「モンスター格闘場のオーナーへ伝言を頼む。トレーニング用スペースを貸し切らせて欲しいと。それから、所属の魔物使いが従えている魔物にメタルスライムかはぐれメタルがいたら、トレーニングに借りたい、とも」

 

「それって」

 

「ああ、何もダンジョンまで赴いて修行をやる必要はない。相手さえ用意出来ればな。出発の用意もしておけ、シャルロット。はぐれメタルが模擬戦相手に確保出来ないなら、お前と俺で捕獲しに行く必要がある」

 

 せっかく見えてきたおろちの婿脱出ルートをここで閉ざすつもりはない。

 

(ちょっと気合い入れて強くしちゃっても良いよね?)

 

 何故だろう、テンションがあがってきた気がする。 

 




主人公 は スーパーハイテンション に なった!

流石に保身がかかると超本気になるんですね、主人公。

次回、第二百七十話「剣闘士M」



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第二百七十話「剣闘士M」

「善は急げだ」

 

 というのとは少し違った気もするが、時間をあまり無駄に出来ないのは事実でもあった。

 

(急げば……まだ、間に合うはず)

 

 それは、一刻も早くおろちの婿になる可能性を消し去りたいとかじゃなくて、竜の女王が逝く前に我が子の親代わりとなる二人と対面させたかったから。

 

「シャルロット、しあわせのくつはどこにある? やはりアリアハンか?」

 

「ええと、一個はそうですね。アリアハンに残留した人達で使い回してると思いまつ」

 

 素の格好で外に出ると大変なことになると学習した俺とシャルロットは日差しが強い時用に被るという使用人用のフードと外套を借り、着替える時間さえ有効活用しようと羽織りつつ言葉を交わしていた。

 

「待て、一つは?」

 

「あ、はい。サハリさんはサラ達とスレッジさんに修行を付けて貰ってアリアハンでの修行は必要なくなったからって、返して貰って……サラの手を経由して今はボクの持ってる袋に」

 

「でかした」

 

 そう言えば元祖せくしーぎゃると一緒に連れ回したメンバーに居た様な気もしたなぁなどと思い出しつつも、口から出たのは、賞賛の言葉。

 

「あの靴を履かせれば、些少効率も上がるだろう。我が子の未来を託す相手、竜の女王とて見知っておきたいだろうからな。何としても短期間でドラゴラムまで会得させる」

 

「お師匠様……」

 

 言葉にも決意にも嘘はない。

 

「このまま俺は道具屋に寄ってバラモス城へ乗り込む支度をしておく。先程話した伝言等は頼んだぞ」

 

「はい。では、言ってきます」

 

 まだ確認した訳ではないが、イシスの格闘場に発泡型潰れ灰色生き物をてなづけた魔物使いが何人も居るとは考えにくい。

 

(となると、やっぱり俺とシャルロットで出向いて確保してくるしかないよな)

 

 別方向へ歩き出したシャルロットを視界の端に入れつつ、俺は考える。発泡型潰れ灰色生き物を確保してくる間、マリク少年には格闘場でシャルロットの荷物袋に入っていた灰色生き物と模擬戦をして居て貰おうという訳だ。

 

「イシスに残して行くあの少年は問題ないとして」

 

 やはり、そうなってくると問題はバラモス城へ行く俺とシャルロットか。

 

(スレッジになる訳にはいかないけど、それ以前にドラゴラムは殲滅しかできないもんな)

 

 仲間にするには殺さずに倒す必要が出てくる。

 

(毒針の二刀流……は流石に急所に命中したらやばいし)

 

 かと言って、地道に倒すのは効率が悪い。

 

(元親衛隊と接触、同行して貰いその手引きでと言うのがベストなんだろうけれど)

 

 親衛隊の内、人の姿をしていない者は殆どがジパングへ移住してるし、エビルマージ達はカナメさん達と一緒にダーマへ行った筈だ。

 

(どう考えても、探しに行ったら時間をロスするよな)

 

 ジパングの方に関しては、こちらが戻ってきたことを聞けば、おろちが飛び出して来かねないという意味でめんどくさいことにもなりそうだ。

 

(うーん、一応無事ダーマを見つけて転職してるとしたら、合流出来れば転職したメンバーのレベル上げになって一石二鳥ではあるか)

 

 そう言う意味で、レタイト達との合流には一考の余地がある。

 

(バハラタ経由でバラモス城に行くとしたら、ルーラの回数で一回分。場合によってはバニーさん達との合流も叶うか)

 

 ただし、所要時間が延びるのは、マリク少年と灰色生き物との触れ合いの時間が延びるのと同意義だった。

 

(あの灰色生き物をシャルロット無しで放置するのは、非常に不安なんだよな。その期間が延びるというのは、うん)

 

 とてつもなく不安だ。

 

(けど、いっそのこと灰色生き物もこちらに同行させて、マリク少年の模擬戦の相手は、格闘場に所属する魔物使いの皆さんに手配をお願いするというのもなぁ)

 

 マリクは王族である、下手に怪我をさせたら大問題になるとお断りされるかもしれない。

 

(まぁ、それについては一応の対策を考えてはいるんだけど)

 

 悩みつつもシャルロットと別方区に歩いていた俺は、とある店の前で立ち止まるとカウンターへと歩み寄った。

 

「店主、この店には覆面は置いていないか?」

 

 わざわざ訪ねたのは、他でもない。

 

(モンスター格闘場って、確か人間も出場してた気がするんだよね)

 

 そう、ジーンのように人でありつつモンスターへ分類される存在が出場を許されていた気がするからだ。

 

(あの少年は魔法使いだけど、ああ言うのに参加する人の呼称って普通剣闘士になるよな)

 

 王族が拙いなら、ただの覆面剣闘士Mってことにすれば良いじゃない。

 

(まぁ、簡単な理屈だよね)

 

 ツッコミは認めない。

 

(魔物としては「まほうつかい」ってことにしておけば、危険な魔物をぶつけられることもないだろうし)

 

 ぶっちゃけ、マリク少年にバラモス城まで五足労願うのが一番早い気もするだが、王族が数日行方知れずになるのは流石に拙い。

 

(けど、格闘場なら自宅から通えるもんな)

 

 そもそもが、これはあの灰色生き物でマリク少年の相手が務まらなかった場合に備えた対策だ。

 

(となると、鍵はあの灰色生き物が何処までシャルロットにちゃんと調教されてるか、だなぁ)

 

 下着をかぶって走り回っていたことを思い出すと猛烈に不安だが、そこは飼い主のシャルロットを信じるしかあるまい。信じるしか。

 

「ところで店主、この辺りでかしこさのたねと言うのを見たことはないか?」

 

「かしこさのたね、でございますか?」

 

「ああ、普通の店では売り物に出していない貴重品だとは思うが、少々値が張っても手に入れたくてな」

 

 だが、対策をしておいても損にはなるまい。

 

「そうですな、うちでは扱っておりませんが、先日の品不足で貴重な品を手放したと言う方があちらに住んでおられた筈です。その方なら、何かご存じやも」

 

「すまんな」

 

 俺は店の品を幾つか余分に購入することで、有用な情報を手に入れ、僅かな寄り道を決意する。

 

(貴重な品、か。まぁ過度に期待しない方が良いとは思うけれど)

 

 それでも何処かで期待する自分が居たのは紛れもない事実だった。

 




マリク、まさかの格闘場デビューか?

次回、第二百七十一話「交渉と確認」

全ては、メタリン次第。

やっぱ、不安しか感じない。

そして、買い物の途中で主人公が耳にした「貴重な品」とは?



がーたーべると、ってオチじゃないと信じたい。


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第二百七十一話「交渉と確認」

「向こうの店で以前貴重な品を持っていたと話を聞いて来たのだが」

 

 貴重な品と言うだけで何であるかはまったく不明。無駄足に終わる可能性だってあるというのに足を運んでしまったのは、やはりあの灰色生き物に不安を覚えてしまったからか、好奇心からか。

 

「ほう、あれを求めて来なさったか。わしも本当は手放したくなかったのですがのぅ、様々な品を手放して食料や日用品に変えねば暮らしていけぬ有様。そう言った意味で勇者様には本当に頭が上がりませぬ」

 

「……そうか、苦労があったのだな」

 

「ええ、それはもう。ですが、わしよりも娘夫婦の方が深刻でしたじゃ」

 

 勇者様のくだりでこっちの正体に気づかれたかと内心焦ったが、どうやらそう言う訳ではないらしい。

 

「何でも家にドラゴンが落っこちたそうで、直すより新しく建てた方が早いし安いという有様でしてな」

 

「それではまた何かを手放すことに?」

 

「いえいえ、ドラゴンの亡骸からとれた素材のいくらかを貰えることになりましてな。建て替えの費用は工面出来ました。ただ、家を建てるまで暮らす場所がないと娘共々こちらに戻ってきましてな。まぁ、可愛い孫と一緒に暮らせると考えれば、悪くないと言えますのぅ。そうそう、先日も『爺ちゃんに』と娘と一緒に作った――」

 

 ただ、安易に相づちを打ってしまったのは、失敗だったとも思う。

 

(ぬかった、いつの間にか話が孫自慢にシフトし始めてるっ)

 

 このままでは、関係ない話を延々と聞かされるハメになる。

 

(とは言え、話を遮って機嫌を悪くされたら、聞き出すモノも聞き出せなくなるし)

 

 盗賊というと商人と並んでこういった会話や交渉ごとは得意そうなイメージがあるのだが、いくらガワが盗賊でも中身は一般人である俺なのだ。まぁ、ポーカーフェイスとか出来たりするので部分的には盗賊としての能力も残っていると言うことなのだろうけれど。

 

(だからって流されて長話に付き合ってシャルロットを待たせる様なことにでもなったら沽券にかかわるよなぁ)

 

 やはり、ここは話を遮るしかなさそうだ。

 

「ところで、手放したという貴重な品とは?」

 

 一番気になっていた点の質問と言う形で切り出したのは、返ってきた答えがコレジャナイと言いたくなる様なモノだったら、そのまま寄り道を切り上げられるからであり、これ以上相手にイニシアチブを握らせない為でもあった。

 

「ぬ? おぉ、そうでしたな……これは失礼。手放したのは、何冊かの貴重な書物と星の彫り込まれたちいさなメダル、それに食べると身体能力を強化してくれると言われる種です」

 

「っ、それらは今どこに?」

 

 だから、返ってきた老人の答えは思わず身を乗り出して食いつくのには充分すぎた。

 

「わっ、わしが手放したのは魔物が押し寄せてくる数日前。今、あちらに行かれても残っているかどうか」

 

「それでも構わん。教えてくれ」

 

 例えこっちの迫力に気圧されつつ老人の補足した言葉が、良くない追加情報であったとしても、恒久的に身体能力を上げてくれる品が手にはいるなら足を運ぶ価値はある。

 

(魔物から盗もうにも、欲しい時に限って落とさないからなぁ)

 

 悟りの書目当てではなく、種目的でダーマの側にある塔に赴き、口笛を吹きまくって魔物をひたすら倒しまくったことだけは良く覚えている。

 

(あの時はかしこさのたねだけ全然でなくて、途中で投げ出したっけ)

 

 いまではもう懐かしい思い出だが、それに浸っている訳にもいかない。

 

「世話になったな。これは生活の足しにでもしてくれ」

 

「おぉ、ありがとうございます」

 

 情報料として財布から取り出した金貨を老人の前に置くと、俺はそのまま老人宅を後にする。

 

(しっかし、まさか売った先が振り出しとか……)

 

 襲撃によって商人が身を隠してしまった為、あの老人は本やメダル、種をお金に換える為、まずはお金を持っていそうな貴族の元を訪ねたらしい。

 

「そして何件か断られ、最終的に老人を哀れに思ったあの少年が口をきくことでその父親が引き取った、と言う訳か」

 

 寄り道のつもりが帰り道になると言うのは流石に想定外である。

 

(とりあえず、格闘場の方へ行ってシャルロットと合流してからだな、帰るのは)

 

 キメラのつばさに、保存食とマリク用の変装衣装、着替えとロープや薬草、聖水の補充。買い物に関しては老人のことを教えてくれた店でだいたい買いそろえ、こちらのすべきことは終わっている。

 

(こっちと違ってあっちは前代未聞の申し出になる訳だから、交渉が難航してても不思議はないけど)

 

 出来ればすんなり話が付いていて欲しいとも思う。

 

(こればっかりは予想が付かないんだよなぁ)

 

 こちらの要求が要求なだけに、お断りされても頷けるところがある。ただ、話を持ち込んだのは救国の英雄であるシャルロット。格闘場側としても断りづらい相手であった。

 

(どっちの展開になっていたとしても驚かないな、うん)

 

 もっとも、お断りされそうであったならこちらも口添えする必要が出てくるかも知れないけれども。

 

「格闘場は確かこっちの方だったな」

 

 立ち止まり自分の居る場所を脳内の地図で照らし合わせると、俺はシャルロットと合流すべく再び歩き出した。

 

 




貴重な品は複数有った。

本と種、そしてメダル。

本の部分で嫌な予感がするのは気のせいか。

次回、第二百七十二話「そうすんなり納得して貰えるとは思ってませんよ、でもね」

ああ、やっぱりサブタイトルにネタバレ臭。


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第二百七十二話「そうすんなり納得して貰えるとは思ってませんよ、でもね」

「ここまで来てしまったか」

 

 途中でシャルロットと出会うかと思ったが、そんなこともなく気づけば格闘場の前。

 

(やはり難航してるってことだよなぁ)

 

 どちらかが食い下がっているのか、それとも。

 

(とにかく、行ってみるしかないか)

 

 待っているよりもシャルロットへ加勢すべきだろう、ここは。無人の入り口をくぐり、階段を下りた先。

 

「いらっしゃいま」

 

「すまんな、今日は客じゃない。ここのオーナーは来客中だろう? その連れでな、通して貰えると助かる」

 

 フードと外套のまま素性を明かさずオーナーに会えるとは思わないし、こちらがお願いをするのにシャルロットが自分の身元を隠したままとも思えない。

 

(なら、こっちも顔を見せれば――)

 

 バラモスの軍勢を撃退した後の式典でも表彰されたし、おろちにOHANASIする為にこの格闘場には足を運んでおり、オーナーや従業員にもある程度面識はあった、だから。

 

「あ、あなたは……どうぞ、こちらです」

 

 顔パスでも不思議はない。

 

(とりえず、これでシャルロットのところまではいける訳だけど)

 

 問題はこの後だ。シャルロットのお願いにOKを出していないオーナーを何とか説き伏せなければ、マリクを鍛える場所が確保出来ない。

 

(説得は必須、ただどう話を持って行くかについてを決めるには情報が足りないんだよなぁ)

 

 口を挟むなら、話し合いの場にお邪魔して状況を把握してからになるだろう。

 

「そうすんなり納得して貰えるとは思ってませんよ、でもね」

 

「そこを何とか――」

 

 噂をすれば何とやらとは、少し違うか。

 

「今のは」

 

「はい、オーナーの部屋はあちらになります」

 

 聞き覚えのある声に視線で問えば、案内してくれた従業員は頷き、声の漏れてきた扉を示す。

 

「どうやら取り込み中の様だな。もっとも、その取り込んでいる内容について用があり来た訳だが」

 

 ここで聞き耳を立てるのも状況把握には良いかもしれないが、そんなまどろっこしい真似をせずとももっと良い方法がある。

 

「どうだ、話はついたかシャルロット?」

 

 徐にドアへ近寄ってから、二度程ノックして扉の奥へ問いかける。

 

「お、お師匠様」

 

「鍵は開いているな?」

 

 空いていなくても解錠呪文をこっそり唱えるなんて手もあるが、敢えて確認してからノブに手をかけ、回して押す。

 

「あなたは――」

 

「すまんな、取り込んでいる様だが、敢えてお邪魔させて貰おう」

 

 いかにも真打ち登場と言った不敵さを演出しつつの乱入。交渉には時としてハッタリも重要だと思う。

 

(とりあえず、これでオーナー側のプレッシャーになってくれれば、些少なりともシャルロットへの援護になるはず)

 

 そして、オーナーが気圧されて居る間に二人のやりとりを聞いて状況を把握し、ここぞというタイミングで口を挟む。

 

(まぁ、情報がなきゃこっちは下手に動けないし無難なところだろう)

 

 情報を収集して、切る札を決めればいい。

 

「お師匠様、すみません」

 

「気にするな。邪魔するとは言ったが、言葉のあやだ。交渉を続けると良い」

 

 恐縮するシャルロットに頭を振ってみせると、俺は手振りを交えて話を続ける様促し、壁際に移動する。

 

(さてと、まずは言って良いことと悪いことだけでも早めに把握しないとな)

 

 シャルロットが伏せてる情報があるとすれば、それを俺が暴露しては拙い。

 

(格闘場を使わせて貰う人物の身分、そして名前。「剣闘士M」で話を進めてるなら、王族の意思ですで説き伏せるのは不可能な訳だし)

 

 部屋の外で聞いた会話からすると、オーナーはシャルロットへ諦めて貰おうとしているようだったが、あれはトレーニング用スペースの使用者を王族だと明かしたからか、その逆なのかでも話の持っていき方は変わってくる。

 

「こほん、ええと、それでは話を続けましょうか」

 

「はい」

 

 咳払いしたオーナーと首肯を返して真剣な顔を作ったシャルロットの双方を見つめつつ、俺は始まる話へ耳を傾けた。

 

「……お話を聞くに、その方はまだ子供でしょう? いくら当方としましても」

 

「ふむ」

 

 話を聞き、とりあえず理解したことは、オーナー側がマリクの年齢に難色を示したということだった。

 

「ですけど、先日の防衛戦にだって同じ年齢の人が参戦していましたし」

 

「確かにそうですが、国家存亡の危機と同列にして頂いても」

 

 だが、おそらくマリクの年齢については口実でしかなかったのだと思う。

 

「格闘場では『ベビーサタン』だって戦ってるじゃないか。赤ん坊は良くて子供は駄目なのか?」

 

 などと発言したら、きっと空気が読めてない人扱いされること請け合いだろうが。

 

(年齢か、シャルロットと比べると二歳違いだし、こういうファンタジーな世界って年齢の敷居だいたい低くなってる筈なんだけどなぁ)

 

 酷い時は年齢一ケタで魔物と殺し合いをしているモノもあった気がする。

 

「オーナー。 一つ質問だが、年齢が問題なら保護者というかコーチ役の人員を一人付ければ問題ないのではないか?」

 

「お師匠様?」

 

 流石にこのタイミングでの介入はまだ早い気もしたし、シャルロットも驚いて振り返ったが、平行線を辿ってしまうよりはマシだろう。

 

「シャルロット、このイシスを守る為戦ったなら、一緒に戦って面識のある戦士や兵士はいないのか? そう言った人物に監督を頼めば、良かろう?」

 

 我ながら即興の案では悪くないと思う。出来ればクシナタ隊のお姉さんをつかまえてコーチをお願いしたいところだが、大まかな現在地しか掴めない面々が殆どで、確実につかまる保証もない。

 

(そもそもルーラで往復するとどうしても時間がかかるからなぁ)

 

 移動に日数をロスするのも痛い。このイシスで合流出来る可能性も0ではないだろうが、マリクを見つけたときのようなミラクルというのは滅多に起こらないものなのだから、アテにしては足下をすくわれる。

 

「知り合い、ですか。うーん、兵士長さんは忙しいと思うし、そうなってくる……と」

 

「ん?」

 

 ただ、俺にとって予想外だったのは腕を組んで考え始めたシャルロットが唐突に固まったこと。

 

「どうした、シャルロット?」

 

 この時、俺は忘れていたのだ。

 

「うぅ……」

 

 顔を赤くしてシャルロットが何やら葛藤し始めた理由を。

 




まぁ、こういうタイミングでやらかさないと主人公じゃないわな。

次回、第二百七十三話「やっちゃったぜ」

主人公、奴はどこまで迂闊なのだ。


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第二百七十三話「やっちゃったぜ」

先日、予約投稿をミスったお詫び。(プチ)

・アッサラームにて?

商 人「おお、私の友達、お待ちしておりました。売っている物を見ますか?」

シャル「ええと、このフロントジッパー競泳水着って何ですか?」

商 人「おお、お目が高い。流行の品ですからお買いになりますよね?」

主人公「はあああっ、でやぁぁぁっ!」

商 人「へげぶっ」

シャル「お師匠……さま?」

主人公「はぁはぁはぁ……危ないところだったなシャルロット」

 しゅじんこう は せくはら しょうにん を たおした。




 え、何故本編でやらないかって? 世界観的にジッパーなんて無いと思ったからですよ。


(あるぇ、待てよ……)

 

 問う前に思い出すべきだったのかも知れない。イシス防衛戦で自分と会ったシャルロットがその後何をしたかを。思い浮かんだのはシャルロットの声。

 

「水着なんて無い、ありのままのボ」

 

 その先は、言わせなかった。と言うか呪文で透明化させたので、水着を脱ぎだしたシャルロットの裸は見られては居ないと思う。

 

(うわぁ)

 

 ただ、よくよく考えてみれば、あの光景を遠巻きに見ていた可能性がある人達になる訳で、これはこっちの配慮が足らなかったと言わざるを得ない。つまり、シャルロットの症状は、ありのままの姿を晒そうとした黒歴史を思い出したことによるトラウマの再燃なのだ。

 

「すまん、シャルロット」

 

 どう考えても俺のせいだ。俺だって、小学校の時の自由帳を音読されたら叫びながら何も考えず全力で走りたくなる。

 

(加勢に来て主戦力を戦闘不能に追い込んでどーすんですか、俺)

 

 かくなる上は、シャルロットに替わって話を纏め汚名返上するしかない。

 

(ついでにシャルロットのアフターケアも、だな)

 

 もっとも、今優先すべきは、トレーニング用スペース借り受けの件だ。

 

「先程の話だが、保護者というかコーチが付いた場合ならどうなる? それで問題がないならコーチする者をこちらで一名用意しようと思っているが」

 

「そうですな、もし施設を使われる方が怪我をされたりした場合の責任についてそのコーチの方が全責任を負って下さるというのでしたら、年齢の件については特に言うことはありません。後は施設が損壊した場合の保証等について、納得の行く条件を提示してさえ頂ければ」

 

「わかった。破損が生じた場合は全額こちらで弁償しよう。これは保証金だとでも思ってくれればいい」

 

 オーナーの態度が変わったところで、先方の条件を承諾しつつ俺は財布から一掴みの金貨だけ取ってポケットに詰め込むと、財布をそのままオーナの方へと押しやった。

 

(とにかくこの場はさっさと収めて、シャルロットを連れて行こう)

 

 マリクをおろちの婿へ仕立てることへやっきになりすぎていたというと言い訳になってしまうだろう。状況把握とオーナーをいかにして説き伏せるかに気をとられすぎて落とし穴の蓋を踏み抜いたのだから。

 

「では、俺達はこれで失礼する。先方にも結果を伝えたりとせねばならんこともあるのでな。いくぞ、シャルロット」

 

「あ、えっ? お話は?」

 

「もう終わった。後は……戻ってから話そう」

 

 敢えて何処へかをぼかしたのは、結局マリクのことについて明かしていたかまで探れなかった為。

 

「それはそれとして……シャルロット、あのメタルスライムは?」

 

「ああ、あのメタルスライムでしたら当方のモンスター舎で預かっておりますよ。いや、あの魔物を手名付けることの出来る魔物使いはあまりおりませんでな。うちの飼育員も良い勉強をさせて頂いております」

 

 ただ、一つ残った疑問もシャルロットではなくオーナーの言葉で氷解した。

 

(それでシャルロットの荷物袋は静かだったのかぁ)

 

 すごろく場の一件を聞いた限り、ここでも何かやらかすんじゃと少し不安だったのだが、魔物のことを心配している場合じゃなかった。

 

(ここを出たら、シャルロットに詫びないとな)

 

 あの灰色生き物はこのまま預かっていて貰った方が良いだろう。二人きりの方が、話もしやすい。

 

(あとは、今日の宿も決めておいた方が良いかもなぁ)

 

 マリクのところで世話になるのも選択肢の一つとしては有りだし、泊まらずバラモス城に向かうのも一つの手だったが、シャルロットの精神状態を考えると、後者はとくにあり得ない。

 

「そうか。では、俺達はこれで。施設の方は宜しく頼む」

 

 灰色生き物のことで退出しそびれた俺は、改めてオーナーへ会釈してシャルロットの手を取り歩き出す。

 

(よし。ここなら、誰もいないな)

 

 徐に足を止めたのは、格闘場を出て町を歩き、壊れた民家の前にさしかかったタイミングでだった。前に見た家と違って修復さえ行われていないのは、きっと攻防戦の前に家主が何処かに逃げて空き家になってしまっているからとかそんな理由だと思う。

 

(だから、逆にちょうど良い)

 

 たぶん無断でお邪魔しても咎める人もいないだろう。

 

「……お師匠様?」

 

「シャルロット、こっちに」

 

 立ち止まってからシャルロットが訝しむまでにかかった時間も、弟子の手を引き壊れた民家の物陰へ引き込ませるのに充分な理由だった。

 

「えっ、あ」

 

「すまん」

 

 急いて手を引いたために蹌踉めいたシャルロットの身体を受け止め短い謝罪の言葉を口にすると、一瞬迷ってから、その身体を引きはがす様にして起こし、更にもう一度、すまんと言った。

 

「お、お師匠様?」

 

「シャルロット、俺は――」

 

 何故か顔を赤くし、慌てふためくシャルロットへ気付きはした。だが、勢いがなくては謝れない様な気がして、その揺れる瞳を見つめたまま、俺は謝罪の言葉を紡ごうとし。

 

「俺はお前に――」

 

 最後まで言い終えるよりも早く、きゅきゅるると言う可愛らしい音が割り込んだ。

 

「あ、ええと……」

 

「すまん、先に飯にした方が良い様だな。この格好では食い辛そうだし、中で食事をとれる宿屋を探すか」

 

 俺の腹の音でない以上、消去法で音の主は他に考えられない。シャルロットが俯いてしまった上でもじもじしてるなら、尚のこと。

 

「はぁい」

 

 もの凄く情けなさそうな声色に、フォローするにしてももう少しやり方があったのでは、と思った時には俺は既に宿を探す発言をしてしまった後であり。

 

「すまんな、シャルロット」

 

「いいえ、ボクがもっとしっかりしてたら良かっただけですから」

 

 もう一度詫びたところで見せるシャルロットの気丈さに、俺は己のふがいなさを恥じ入るばかりだった。

 

 




やっちゃったと思ったのにやらなかった。

壁ドンさせるべきか迷ったけど、自重しておきました。

さて、主人公はちゃんと(謝罪を)やっちゃえるのか。

次回、第二百七十四話「宿を取る時、シャルロットが二人部屋一つと言い出した件について」

あっ。(察し)

おかしいな。しゃざい する の に おんなじ へや へ とまる ひつよう ある の ですか?


あと、ちょうどお腹減ってきたところだったので、シャルロットのお腹の音があのタイミングで鳴ったのは作者が空腹だったせいでつ。


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第二百七十四話「宿を取る時、シャルロットが二人部屋一つと言い出した件について(前編)」

・ご注意
 今回、次回のお話は冒頭の回想シーンという形で語られます。

 初っぱなに結果が来ておりますので、ご注意下さい。


「はぁ」

 

 どうしてこうなったと言う呟きを声には出さず漏らして、見つめる先は二人部屋の天井。

 

「えへへ、お師匠様ぁ」

 

 右腕を挟み込むのは嬉しそうな寝言を口にしたシャルロット最強の凶器。

 

(いや、まあ……これもある意味俺の自業自得な訳だけど)

 

 ダブルベッドに寝ころんだ片腕は完全にロックされていて、動かしようもなく。

 

(シャルロットと寝るのはこれが初めてじゃないけど、こう、何というか)

 

 あの時とは、僧侶のオッサンが勘違いした時はこんな状況にはならなかった筈なのに。

 

(とりあえず、原因究明から始めよう)

 

 俺は右腕の感触を意識せぬ様にする為にも記憶の過去へと意識を遡らせた。

 

 

 

 

「あそこにしましょう、お師匠様」

 

 あれは元民家での謝罪に失敗し、宿を探し始めていた時のこと。

 

「そうだな。しかし、この格好で宿屋に行くのは訝しまれないか? 使用人なら主の屋敷に泊まり込みが基本だろう」

 

「それなら大丈夫ですよ、お師匠様」

 

 一軒の宿屋を見つけ、そうシャルロットが俺の腕を引いた直後、疑問を口にした俺にシャルロットは自信ありげに胸を張った。これまで落ち込んでいた様子が行方不明だが、どういう心境の変化があったのかは解らない。

 

(とりあえず……外套の下に鎧を着ていてくれた助かった)

 

 もし、鎧がなかったらかつて水色生き物だと思ったモノがこれでもかと自己主張してきたと思うから。

 

「まず、食事だけすればいいんです」

 

「そうか、食事だけなら確かに不自然さはないな」

 

 主人のお使いのついでと言うことにしてしまえば、とりあえず空腹を満たすことは出来る。

 

「宿を取るのはその後にする訳だな?」

 

「はい、マリ……あの方がお部屋を用意して下さってるかも知れませんし、その逆にお屋敷ではメイドさん達が居て出来ない話があるかも知れませんから」

 

 まずはマリクに話を通そうということだろう。

 

「そこまで考えているなら、俺に異論はない」

 

 確か、感心してこの時全てをシャルロットへ任せてしまったのが、きっと一つめの失敗だったと思う。

 

(しかし、このやる気は何だろう?)

 

 元気を出してくれたのは、ありがたいのだが、シャルロットが何をどうしてそうなったのかがよくわからない。

 

(けどなぁ、何だかここで当人にどうしたと聞くのも……)

 

 やる気に水を差しそうだし、同時に墓穴を掘り抜いてしまう気がして躊躇われたのだ。たぶん、これが二つめの失敗。

 

「ええと、ボクはこれと、これ」

 

「承知致しました。……そちらのお客様は?」

 

「ん? そうだな……では、俺はこれを貰おう」

 

 シャルロットの豹変を訝しく思いつつもそちらに気をとられ、宿の食堂で料理を聞かれたことで我に返った俺は、たまたま目に付いたメニューを注文し。

 

(うーん)

 

 やはり腑に落ちなくて、ただ考えていたと思う。

 

「お待たせしました」

 

「うむ」

 

 料理が来ても生返事をして、視界に入ってきた料理を食べてはシャルロットを盗み見て、考え。

 

「あ、このお肉美味しい」

 

「ふむ」

 

 割と平常モードに近い様に見える反応へ、唸る。

 

(こちらを気負わせない為の空元気、に見えないこともないけど、何だか違う様な)

 

 もし、空元気であるなら俺は更に反省するべきなのだろうが、責任逃れをする気はないものの、空元気とはどうも違う様に思えて、困惑する。

 

(と言うか、タイミング見つけてきちんと謝りもしないとなぁ)

 

 シャルロットの提案通りに動くなら、食事が終われば一度マリクのところへ戻ることになる。老人が金銭と引き替えに譲ったという貴重な品についてもその時話を聞くことは出来るだろう。

 

(そして、報告と今後についての話し合いを終えた後、部屋を取りに宿へ引き返すか、コーチ役になりそうな人間を望みは薄いけど現地調達出来ないか探してみる感じかな)

 

 謝るなら早い方が良いが、このイシスでは有名人であることを鑑みるに、人の目があるところでの謝罪は拙い。

 

(やっぱり、マリクのところに戻ってからが良いか。屋敷に部屋を借りられればその部屋で、宿を取るなら客室でにしておけば誰かに見られることもないし)

 

 先程謝罪に失敗した場所の様に人の目から死角になる場所だって、こちらの都合に合わせて存在してくれる筈もない。

 

(損傷した家屋は町の外側に集中してるもんな)

 

 マリクの屋敷は王族だけ会って城下町の中心部、魔物による被害が尤も少なく、空き家も微少なのだ。

 

「ごちそうさま。おじさん、美味しかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

(あ)

 

 食べ終わったシャルロットと店主の会話を聞きつつ、匙でナスと挽肉のトマトソース煮込みを口元に運んでいだ俺は、この時ようやく気づいた、のんびり食べ過ぎていたことに。

 

(だああっ、反省しなきゃいけない側からっ)

 

 パンを千切って煮込みを嚥下した後の口に放り込み、もう一度煮込みを匙ですくって、パンと交互に片付ける。

 

(これで、メインは終わりか)

 

 上の空で頼んだのがコース料理だったせいで、まだデザートとお茶が残っているが、この身体は素早さが売りの盗賊なのだ。多分、不可能はないと思う。何でこんな所で一人早食いやらなきゃいけないんだ、と思いもしてはいたけれど。

 

「すまん、待たせたな」

 

 身体の素早さに感謝しつつ、デザートのケーキっぽいモノを紅茶で流し込んだ俺は、軽く頭を下げつつシャルロットがお会計をしていたところへ合流する。うん、お会計中になってしまったのは、誤差の範囲だと思いたい。

 

「ゆっくり食べてても良かったんですよ?」

 

 シャルロットはそう言ってくれたが、のんびりしすぎたのは俺のポカだ。

 

「いや、ご主人様は首を長くして帰りを待っておられるだろうからな」

 

 マリクのことをご主人様呼びしながらも、シャルロットに奢らせる訳にはいかないのでポケットから出した金貨で食事代を精算し、店主のありがとうございましたを背中に受けて宿を後にする。

 

「――それで、報告がてら聞いてみようと思うのだが」

 

「そんな品があったんですね」

 

「ああ、モノが何かまではしっかり解らなかったんだがな」

 

 その後、屋敷までの道すがらマリクの屋敷に貴重な品があるという話をし、たどり着いた屋敷でもマリクにも老人が持ってきた品のことを聞いてみた。

 

「ああ、それなら宝物庫にあります。持ってこさせましょう。誰か」

 

「すまんな、修行について煮詰めた後でも良かったんだが」

 

 多分、報告のおまけとして話してしまったからだと思う。今後についての話し合いが始まるよりも早く、マリクは使用人を呼んでくれ。

 

「お待たせしました。『あたまがさえるほん』『ゆうき100ばい』『すばやさのたね』『ちいさなメダル』になります」

 

 嫌な予感が大外れだったのは、良いが、種も期待したのとは別の種類だった。

 

(と言うか、これはどういうチョイスでこうなったんだろうか)

 

 不満はない、特に本は譲って貰えればおろちの様に厄介な性格になってしまった者の性格を矯正させられるのだから、不満があろう筈もない。

 

「ふむ、これは凄いな」

 

 そも、一人の市民が所持していたと考えればこの品数は驚愕に値するのではないだろうか。性格を変える本だけでも複数あるのだ。

 

「本が、一、二、三」

 

 性格を変える本の凶悪さは女戦士とおろちに思い知らされているので、本を見ない様に視線を逸らしつつ冊数を数え。

 

「ん?」

 

 二冊で終わらなかったことを訝しんで手元を見ると、そこにはやたら挑発的な露出度の女性が手招きしている姿の絵表紙があった。

 

「うおっ」

 

 あんしん させて おいて です とらっぷ ですか。

 

「お師匠様?」

 

「見るな、シャルロット。読むとせくしーぎゃるになるあの忌まわしい本だ!」

 

 視界を塞ぐ為に声を上げたシャルロットの前に立ちはだかり、俺自身も絨毯の上に落ちた本から目を逸らす。

 

「どういうことだ? 目録より冊数が多い上に、あんなモノを?」

 

「も、申し訳ありません。他の二冊で隠してあった様で」

 

 本当に一時はどうなることかと、この時は思った。だが、この日のピンチはこれが最後ではなかったのだ。

 




シャルロットなら主人公の横で寝てるよ?

これが言ってみたかった。(キリッ)

次回、第二百七十五話「宿を取る時、シャルロットが二人部屋一つと言い出した件について(後編)」

いったいどうして回想前の様なことになってしまったのか、主犯はやっぱりあの本か?

ちなみに、宿の料理の描写はエジプト料理を参考にしております。

ポルトガの時もポルトガル料理を調べたりしたんですよね。

そして自分自身による夜食テロに遭うという。ぐぎぎ。


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第二百七十五話「宿を取る時、シャルロットが二人部屋一つと言い出した件について(後編)」

「本は本で一括りに、か。ただな――」

 

 あれが他の本と一緒になっていたことに関しては、不自然さなどない。木の葉を隠すなら森の中なのだから。

 

「申し訳ありません」

 

 忌まわしい本の効果とそれによって人生の狂ってしまった女戦士の話を色々ぼかしつつ一例にして説明したところ、使用人を庇う形でマリクが頭を下げてきた。

 

「いや、実害がなかったのだから謝罪には及ばん。そもそもあんな書物があることは知らされていなかったのだろう?」

 

「「はい」」

 

 マリク少年と使用人の双方が首を縦に振ったところから鑑みるに、犯人はマリクの父親辺りなのではないかと思う。

 

「なら問題はない。扱いには注意した方が良いとは思うがな」

 

 と言うか、あの危険物はこの場からさっさと下げてて欲しいと言うのが本音だったりする。まかり間違って俺やシャルロットが被害にあった日には目も当てられない。

 

「そうですね。では、その品は宝物庫の奥に戻して注意書きを添えておいて下さい」

 

「承知しました」

 

 故にマリクと使用人のやりとりの結果、エッチなほんだけが運び出されて行く様子へ密かに胸をなで下ろすと、俺は再び口を開いた。

 

「話を戻そう。修行自体は格闘場側から許可を得ているから後はコーチとなる人材さえ確保出来れば、明日からでも始められる。修行効率の高い相手については魔物使いとしての心得があるシャルロットと俺で確保してくることになるので、暫くはメタルスライム相手の模擬戦となるだろうが」

 

 とりあえず、保護者的な立ち位置のコーチが必要になったという点を除けば想定通りだが、逆に言うとその一点だけが見切り発車の形になってしまって決まっていないのも現状だった。

 

「こちらは心当たりはいるものの、現在の所在を掴めていないという問題がある。このイシスに立ち寄っている可能性もあるものの、な」

 

「では、そちらについては僕に任せて下さい。容姿と名前を教えて頂ければ、人をやって探させましょう。見つからなかった場合でも、イシスの戦いで知り合った人達に心当たりがありますし」

 

 こちらとしては頭を悩ませている点だったのだが、ただマリク少年には大した難事でもなかったらしい。

 

「そうか。こちらから言い出したことなのに色々すまんな」

 

 素直に頭を下げ、エリザの名と容姿を伝えてしまえば問題はほぼ片づいた。

 

(後は、シャルロットに謝るだけ、かぁ)

 

 コーチは適当な人がいないと務まらないが、謝るだけならシャルロットと俺がいれば出来る。コーチ探しと比べれば恐ろしく簡単である筈だ。

 

(とはいうものの、一度失敗してると、こう、気まずいというか)

 

 それが謝らなくて良い理由になるとは思っていない。

 

(そうだよな、ちゃんと謝らないと)

 

 少し葛藤はあったが、俺が悪かったのは解りきったことだ。だから、この後、今日の宿がマリクの屋敷になろうとも町の宿屋になろうとも、この日の内に謝るつもりだったのだ。

 

「はい。二人部屋を一つ、お願い出来ますか?」

 

 なの に なに が どうして こんな こと に なった のですか。

 

(あるぇ)

 

 謝らないとと思いつつ、話し合いを終えたのは覚えている。修行について親が反対する可能性が残っている為、屋敷に泊めるのは拙いかもしれないという話になって、ならあの宿屋に戻りましょうとシャルロットが言ってきたことも記憶にはある。

 

「シャルロット?」

 

 だが、何故二人部屋が一つなんですか、シャルロットさん。

 

(ひょっとして、あの壊れた民家での謝罪を何か内密な話でもあると誤解したとか?)

 

 もしそうだとしたら、気を遣ってくれたことに感謝すべきなのだろうけれど。

 

(宿屋の店主の前で誤解を解くとか、至難すぎるよね?)

 

 と言うか、ここで揉めたら更にドツボにはまりそうな気がする。流石に使用人の格好も元の姿も拙いとマリクの屋敷を出た時点で二人とも軽く変装はしているのだが、あくまでも軽くなのだ。

 

(もみ合いになって変装がばれ、勇者がその師匠と宿屋で揉めてたとか噂にでもなった日には)

 

 イシスに二度と足を踏み入れられなくなること請け合いだろう。

 

(大丈夫だ、だいたい二人部屋だって言ってもベッドは別だろうし、考えようによっては謝罪するのにちょうど良いじゃないか)

 

 そんな風に安易に考えてしまった自分を殴りたくなったのは、部屋に通された後。

 

「わぁ」

 

「え」

 

 思わず素の声が漏れたのに、感嘆の声を上げたシャルロットは気づかなかったらしい。窓というかベランダ際に置かれていたのは、どう見てもダブルベッドで、枕は二つ。二階の部屋であるからか、眺めの方も素晴らしく、オレンジ色に染まる砂漠がシャルロットの第一声を無理もないものにしていた。

 

「良い部屋ですね、お師匠様」

 

「あ、あぁ」

 

 頷きつつも問いただしてみたいことはあった。

 

(それ は けしき が と いう いみ で いって るんですよね、しゃるろっとさん?)

 

 勿論とても口に出せず、胸中で投げかけることになったが、是非もない。と言うか、聞いてみた時点で下手すると俺が社会的に終了する。

 

(とは言え、今更部屋を変えようとは言えないし)

 

 もう、諦めるしかないのだろう。

 

(そうだな、割り切って――)

 

 俺は決断した、謝ってしまおうと。

 

(二人だけだし、結局ずるずる先延ばしにしちゃったし)

 

 謝るなら、もう、ここしかないだろう。

 

「シャルロット」

 

「お師匠様?」

 

「そこに座ってくれ」

 

「え、え? あ、はい」

 

 相手を立たせたまま謝るのも違う気がして、振り返ったシャルロットへ真剣な顔をしたままベッドへ座る様促すと、何故か狼狽えつつも素直に座ってくれて、場は調った。

 

「シャルロット」

 

「ひゃい」

 

 今こそ、謝罪の時。気合いを入れすぎたのか、ベッドの上でシャルロットが飛び跳ねるが、構わない。

 

「あ、おし」

 

「すまなかった」

 

 ただ、何というか発言タイミングはもっと考えるべきだったとも後になって思う。

 

「え?」

 

 自分の言葉に被る形となったシャルロットは思い切りきょとんとしていて、何故謝罪したかについて説明するのも一苦労だったのだから。トラウマ再発を避けつつ説明するという意味で。

 

「本当にすまなかった」

 

「え、ええと。いいですから、もう気にしていませんから……はぅ」

 

 謝罪は受け取ってくれた。そこまではいい、だが何故かシャルロットはもの凄く気落ちした様子であり。

 

「そうは言ってもな。何か俺に出来ることはないか?」

 

 せめてもの償いにと、申し出たのもある意味で失敗だったと思う。

 

「出来ること? それって」

 

「何かあるなら言ってくれ。まあ、俺にも出来ることと出来ないことがあるが……」

 

「えっ、あ……」

 

 俺の申し出に、何か閃いたものがあったのかシャルロットは声を上げ。

 

「どうしよ……お師匠様は……言って……ってるし……」

 

 こちらに背を向けて何か呟き出す。

 

「何だ?」

 

 俺にとっては、失敗を挽回出来る機会でもあった、だから深く考えず、聞き返した結果。

 

「……お師匠様……ボクと、その、ボ、ボクと寝て下さいっ」

 

「そんなことで良かったのか?」

 

 何だかんだ言ってやっぱりまだ父親が恋しいのだろう。顔を赤くしつつ、シャルロットが口にした希望を俺は受け入れ。

 

 

 

「はぁ」

 

 俺はどうしてこうなったと言う呟きを声には出さず漏らして部屋の天井を見つめていた。

 

「えへへ、お師匠様ぁ」

 

 右腕を挟み込むのは嬉しそうな寝言を口にしたシャルロット最強の凶器。

 

(いや、まあ……これもある意味俺の自業自得な訳だけど)

 

 以前ポルトガで添い寝した時は先にシャルロットが寝てしまったパターンであり、今回はあの時の比でなかった。主に破壊力が。

 

(ああ、明日はバラモス城へ出発しないと行けないって言うのに)

 

 だから、こうして眠れぬ夜を過ごしてしまったことは、無理もなかったことなのだ、本当に。

 




まぁ、添い寝に決まってますよね?

もっとえっちな展開を最後の部分で書こうかなと一時思いもしたのですが、6:00になってしまいそうだったので、断念。

時間だから仕方有りませんよね?

と言う訳で、回想シーンは終了。

次回、第二百七十六話「レベル上げとか大魔王討伐以外の理由でバラモス城に行くって普通だよね?」に続きます。




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第二百七十六話「レベル上げとか大魔王討伐以外の理由でバラモス城に行くって普通だよね?」

「お師匠様ぁ、どうしたんでつか?」

 

「いや、少し今日のことを考えすぎてな」

 

 目の下にくまのある顔についてのものと思われるシャルロットの問いへ嘘をついてしまったが、仕方のないことだったと思う。

 

(くっ、自分にラリホーの呪文かけるという手段へもっと早く気づいていたら)

 

 どうも俺達の泊まった部屋は新婚さんとかカップル向けの部屋だったらしく、隣も同じ仕様だったらしい。しかも、この世界の文明レベルからして壁に防音効果が働いているかはお察しである。

 

(シャルロットだけでも充分凶悪だったっていうのに、お隣さん自重しろと言うか)

 

 新婚さんなのかカップルなのかは知らない、だが愛を確かめすぎ(比喩表現)だと思う。

 

(シャルロットががっちり片腕ホールドしてて壁ドンしにいくことだって出来なかったし)

 

 と言うか、もし仮に腕へ抱きつかれてなくても壁殴りの音でシャルロットが起きかねない。

 

(シャルロットみたいにさっさと寝ていられたら、いや止そう)

 

 あの状況で普通に寝るという前提にまず無理があったのだ。

 

(昨晩のことは俺の胸の中だけにしまっておく、それが一番平和なんだ)

 

 ほじくり返しても何の益もないことなのだから。

 

(ただ、もし宿の主人が「昨日はお楽しみでしたね」って言ってきたら、この右拳にバイキルトをかけて殴りかからないでいられるだろうか)

 

 おたのしみどころかなまごろしでしたよ、こんちくしょう。

 

(って、いけないいけない。いつものお師匠様を演じないとシャルロットが訝しむ)

 

 この後マリクの屋敷に寄ってからバラモスの城へ乗り込むことになるのだ。城の主は相当残念大魔王だったが、だからといって油断して良い理由にはならない。

 

(こっちは二人しか居ないわけだしな、ぎくしゃくして連係がうまく行かなかったりすれば、しなくて良い怪我をするかもしれない)

 

 この場合、怪我を負うのは俺ではなくシャルロットだ。お袋さんにシャルロットを託された以上、そんなミスはおかせない。

 

「まぁ、それでもお前の足は引っ張るつもりはない。体調管理に失敗しておいて言えたことではないかもしれんがな」

 

 苦笑しつつシャルロットの頭へポンと手を置いたのは、上目遣いに心配そうな目を向けてくる弟子に罪悪感を感じたからであり。

 

「ともあれ、着替えたらマリクのところへ向かうぞ」

 

「あ、はい」

 

 まだ鎧を着ていないシャルロットを見ると腕に押し当てられていたものの感触を思い出してしまいそうだからでもあった。

 

(王族ならコーチの方はコネで何とかなりそうな気もするし、やはり考えておくべきは発泡型潰れ灰色生き物の狩り方、だよなぁ)

 

 ゲームでは毒針という急所をつけば一撃で倒せるありがたい武器があったのだが、シャルロットが手懐けることを鑑みると、即死させてしまっては拙い。

 

(オーバーキルになるドラゴラムは論外、そもそも同行者はスレッジじゃなくお師匠様ってことになる訳だし)

 

 そうなってくると、手数を生かして削って倒すという一番効率の悪い狩り方しか残っていない訳なのだ。

 

(普通にやったら、まず逃げられるな)

 

 そもそも、標的だけでもこれだけ問題があるが、バラモス城は一度曲者の侵入を許し、主がボコボコにされている。

 

(だから、おそらく何らかの侵入者対策がされてる城の方も警戒しないといけないんだよなぁ)

 

 もっとも、今回は魔物使いの心得があるシャルロットが居る。

 

(手懐けた魔物から情報を聞き出せば……ただ、前回親衛隊に寝返られたバラモスがその返ノータッチと考えるのは楽観的すぎるかな、やっぱり)

 

 一応、裏切り対策が為されていたとしても、エビルマージのローブを剥いでかぶり、味方のふりをして聞き出すとか他の手段も考えてはいる。

 

(出たとこ勝負になっちゃうのは気になるけど、事前調査してる余裕もないし、やむを得ないか。今回が強行偵察も兼ねてるってことにして――)

 

 そんな風に着替えをしているはずのシャルロットを外に残し、腕組みして考えていた時だった。

 

「え」

 

 窓の外に見えた朝の空を飛ぶ、箒へ跨った人影が、白い旗を手に水色の東洋ドラゴンと一緒に飛んでいるのが見えたのは。

 

「エリザ、戻ってきたのか」

 

 白旗はバラモス軍と間違われない様にする為のモノなのだろう。

 

「……あっちはイシスの城がある方角、だな」

 

 俺達もすごろく場経由で竜の女王の城へ行ったりしていたのだ。何らかの成果を経て合流する為の情報を得に国主を訪ねたとしても不思議はない。

 

「マリクの方は後にするしかないな」

 

 ポツリと呟き、窓に背を向けた俺はドアをノックする。

 

「シャルロット、着替えは終わったか? 少々予定を変更したいのだが」

 

 水色東洋ドラゴン達は話せないが、飛行能力があるのは、大きい。敵に紛れて城を偵察出来るかも知れないし、飛行能力自体が障害物や罠を飛び越えるのに使えるかも知れないのだから。

 

(そもそも今回の目的は修行用の魔物の確保。バラモス自体には何の用も無いからなぁ)

 

 必要なのは、戦力ではないのだ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「うん。忘れ物はないよね?」

 

 多分睡眠不足の理由の原因の一つが仲睦まじげに言葉を交わすシーンに出くわし、少しだけモヤモヤとしたものを感じたが、それはそれ。

 

「ごめんなさい、お師匠様。お待たせしまし……お師匠様?」

 

「いや、何でもない。それよりな、つい今し方スレッジの知り合いが空を飛んでいるのを見かけた。城の方に向かったから、合流して協力して貰おうと思うのだが」

 

 今はシャルロットに事情を説明し、予定変更に承諾を得るべきなのだから。

 

「スレッジさんのお知り合いで空を飛んで……あ、ひょっとして箒に跨ってましたか?」

 

「あぁ」

 

 何頭かスノードラゴンを連れていたとも補足しつつ、振り返ると、複数の点という形ではあったが、空を行く者の姿が見え。

 

「シャルロット、あれが見えるか?」

 

 窓の前から退くと城の方へ降り始めたそれを示してやる。

 

「あ」

 

「見えたようだな。俺が見た時は、バラモス麾下の魔物と勘違いされぬ様速度を落とし白い旗を掲げてた」

 

 とは言え、魔物と一緒だ。即座に用件を果たせるとは思えない。

 

「今なら、追いついて合流出来るだろう。少し走ることになるかも知れんが」

 

「大丈夫です」 

 

「そうか」

 

 最後まで言い終えるよりも早く噛まずに頷いたシャルロットへこちらも頷き返すと、そのまま俺は弟子の脇を抜けて部屋に入るなり自分のもの以外の荷物を拾い上げた。

 

「なら急ぐぞ。流石にこのまま城には行けん、着替えてから追いかけるからお前は先に行け」

 

「わ、わかりました」

 

「ああ、チェックアウトは俺がするから宿の主人へその言づても頼む」

 

 素早さの差がある以上、先行させてもすぐ追いつけるだろう。シャルロットに荷物を押しつけると、もう一つお願いをしてドアを閉めたのだった。

 




とりあえず、時間切れにならなかったらどうなっていたかを少し補足してみました。

次回、第二百七十七話「再会そして出立へ」

エリザ再登場か?

ただ、……出発が一話延びちゃったのです。





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第二百七十七話「再会」

 

「さてと、こんなものか」

 

 早着替えを覚えて良かったと思えてしまうのは、幸か不幸か。ともあれ、いくらこちらの方が素早いと言ってもゆっくりしていられる様な時間はない。着替え終わるなり荷物を纏め、ポケットに突っ込んでいた金貨を取り出すと宿泊費分だけもう一方の手に残してポケットへと戻した。

 

(これで支払いは問題なし、と)

 

 とは言え、格闘場の補償費として財布ごとオーナへ差し出してしまったので、今所持している全財産は片手でつかみ取れるだけの金貨のみ。

 

(バラモス城から戻ったら財布を買わないとなぁ)

 

 中身については襲いかかってくる魔物から頂いたり、攻撃ついでに失敬したお宝を売ればいい。

 

(レタイト達みたいに全ての魔物が仲間になるとも思えないし、今すぐ大金が必要になる訳でもない訳で)

 

 交易網の作成へ対する報酬だってあるのだ。少なくともお金に困っている訳ではない。

 

(むしろ今欲しいのは、時間かな)

 

 エリザがイシスに戻ってきている。もし、成果が出ているとするなら、クシナタ隊に分散して貰ったことも無駄ではないと言うことだろうが「ゲームでバラモスを倒すまでにやっておくべきこと」の完遂にはまだ至っていないのだ。

 

(俺達が担当する予定だった地球のへそも未攻略だもんなぁ)

 

 不死鳥ラーミアを蘇らせるだったか孵化させるだったかするオーブの一つが地球のへそに安置されていることを鑑みると他のオーブを手分けして見つけてくれていたとしてもオーブが一つ足りないと言うことになる。

 

(あれ? そう言えばバラモス城のすぐ近くにもオーブのあるほこらがあったっけ)

 

 テドン方面に向かった筈のエリザが回収してきてくれている可能性もあるが、期待するのは流石に虫が良すぎるとも思う。

 

(敵の本拠地のすぐ側じゃ厳しいわな)

 

 そもそも、これからバラモス城へ向かうのだからもののついでに取りに行くことだって可能なのだ。

 

「まぁ、情報不足のまま考えても仕方ないか」

 

 まずすべきはエリザとの合流。

 

「店主、宿代はここに置くぞ?」

 

「ありがとうございます。あ、宜しかったらこちらをお持ちください。お連れの方もですが、朝食がまだでしょう?」

 

「そうか、すまんな」

 

 下階に降り、カウンターに金貨を置くと他の客の朝食を用意していたらしい主人が持っていたパンを差し出してくれたので、俺はパンを受け取って礼を言い。

 

「では、世話になった」

 

「行ってらっしゃいませ、またのお越しをお待ちしております」

 

 宿の主人の声を背に宿を後にする。

 

「急ぐか、焼きたての内にシャルロットにも渡してやらないとな」

 

 片腕にパンの包みを抱え、向かう先はイシス城。

 

「ふむ」

 

 この時、パンを口にくわえて「遅刻遅刻ぅ」とか言いつつ走るという様式美を一瞬思い浮かべたとしても誰が俺を責められるというのか。

 

(まぁ、俺がやってもただの視覚テロだけどな……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 急ぐと言ってる割には余裕のありすぎる想像力に一瞬乗っかってしまったことを即座に後悔しつつ、俺は城下町を走り出した。

 

「くっ」

 

 もっとも、全力疾走はそう長く続かなかった。

 

「ちょっと通しておくれよ」

 

「はぁ、遅かったかぁ」

 

「本当に居たのか、勇者様のお仲間って」

 

 俺の行く手を遮ったのは、家の外に出た一般人っぽいオッサンやおばさん。

 

(成る程)

 

 その内何人かが何かを探す様に空を見上げたり周囲を見回していた人々のお目当ては空を飛んでいたエリザだったらしい。

 

(そりゃ、見物しようともするか)

 

 勇者が泊まったという謳い文句で宣伝する宿屋があったのだ、勇者クシナタの仲間であるエリザが空を飛んでいれば、ミーハーな一般市民が一目見に外に出てきててもおかしくはない。まして、敵意がないことを示す為にエリザはゆっくり飛んでいたのだから、まだ居るんじゃないかと思い今更出てくる人がいたとしてもおかしくはない。

 

(まぁ、あのおばさんは俺と同じでそう言う人に通せんぼされたみたいだけど)

 

 こうなってしまっては、やむを得ない。

 

「すまんが、屋根を借りるぞ」

 

「え」

 

 片手でもこの身体のスペックなら屋根に登るのは難しくなく、教会の水色生物もどきみたいなとんがった部分を除けば、周辺の民家の屋根は一部がドーム状に盛り上がっていても、だいたいは平面だ。屋根へあがってしまえば、屋根づたいに移動するのは簡単だった。

 

「はっ、やっ、とっ」

 

 屋根を走って助走を付け、次の屋根を足場に今度は横へ。

 

(この分ならすぐに追いつくぞ、シャルロットぉ!)

 

 おそらくシャルロットはこのエリザ見たさの人間渋滞に巻き込まれていると思う。だからこそ近いうちの合流を確信したテンションが少しおかしい方向に逸れたが、まぁ想定の範囲内だ。

 

「あれか」

 

 当初の予想では、合流は城下町を出た後になると思っていたが、あの野次馬の数からすると無理もないことなのかも知れない。

 

「シャルロット」

 

「え? お師……匠さま?」

 

「ふ」

 

 呼びかけに周囲を見回し、それでも姿を捉えられないらしいシャルロットを眺め、口の端をつり上げた俺はすぐ横目掛けて飛び降りる。

 

「ひゃうっ」

 

 流石に空から人が降ってくれば驚いて当然だろう。

 

「ようやく追いついたな。宿の主人の好意でパンを貰ってきた。食べるか?」

 

 仰け反るシャルロットの横に降り立った俺はパンの包みを差し出して、問うた。

 

「どちらか一人が辿り着けば問題ないからな。スレッジの知り合いの元には俺が行こう。朝はまだ何も食べていないだろう?」

 

 合流してしまった以上、ここからは俺の方が早い。荷物がなければ尚のことだ。

 

「お前はパンを食べてから追いかけてくると良い。若い内に食事を抜くと成長を妨げるらしいからな」

 

「あ、でもお師匠様は」

 

「気にするな」

 

 俺の身体も成人していない可能性はあるが、少なくともシャルロットよりは年上だ。

 

「が、気になるというなら是非もない。一つ貰って行くぞ?」

 

 何か言いたげなシャルロットを制して、袋からパンを一つ取って一口かじると、そのまま歩き出す。

 

「お、お師匠様。お師匠さ」

 

「ではな、城で会おう」

 

 まだ何か言いかけていたが、流石にあまりのんびりしていてはエリザが出発してしまうかもしれない。

 

(しっかし、冗談だったのに本当にパンをくわえて走ることになるとは)

 

 もう、曲がり角で先輩とぶつかっても驚かない。先輩なんて居た記憶はないが。

 

(けどさ。「遅刻遅刻ぅ」は流石に言わなくて良いよね?)

 

 口には出さず、ポツリと零した言葉はきっと、現実逃避だと思う。

 

「うおっ」

 

「何だありゃ?」

 

 知らなかったんだ。パンをくわえて全力疾走すると、こんなに人に注目されるなんて。

 

(っ、もう少しだ、もう少しで城下町を抜けるっ)

 

 流れるように後方へ飛んで行く景色の中、城下町を出た俺はそのまま白目掛け走りながら、変装を脱ぎ捨てる。勇者の師匠の格好なら城の入り口もおそらく顔パスであろうから。

 

「んぐ、ふぅ……はぁはぁ、すまんが、先程箒に跨ってここに来た来客はまだ城に居るか?」

 

「え、あ、はい。エリザ殿なら、謁見を終えられて今は客室に」

 

「そうか、助かった」

 

 パンを嚥下し、勢いで門兵から居場所を聞いた俺は感謝の言葉を残し、そのまま城内へと歩き出す。

 

(客室と言うことは、ここまで急ぐ必要もなかったかもな)

 

 客室とは、おそらくクシナタさん達の滞在したあの部屋であろう。テドンからこのイシスまで旅をしてきたならかなり疲弊していてもおかしくない。一晩泊まって英気を養い、出発すると知っていたらこんな無茶をする気も無かったのだが、今更である。

 

「っ、ここは……」

 

 部屋の前まで来た瞬間、一人強制痴女大会のことを思いだし、少しだけ足が竦んだのは俺が弱いからじゃないと思いたい。

 

(大丈夫、大丈夫だ。クシナタさん達が居る訳じゃない、居る訳じゃないんだから)

 

 声に出さず自分に言い聞かせつつ、部屋の扉をノックし、問いかける。

 

「……失礼する。エリザ、居るか?」

 

「えっ? あ、はいっ。ただいまっ」

 

 中で一瞬驚きの声が上がり、パタパタと走る音を立てて近づいてきた気配は、次の瞬間、内からドアを開けた。

 

「や、やっぱり……」

 

「久しぶりだな」

 

 空を飛ぶところは見ていたし、門兵の言もある。解りきっていたことではあるが、中から顔を見せたのは、あの時別れたエリザその人だった。

 

 




 ここでクシナタさんが出てきて主人公が失神するオチも考えたのですが、クシナタさんは現在シャンパーニの塔へ向かっているところなので、没にしました。

 と言うか、一人パン食い競争書いてたら、出発どころかエリザとの会話に至るところまで書けないとか、ぐぎぎ。

次回、第二百七十八話「そして出立へ」




おまけ
・その頃のシャルロット

シャル「成長……お師匠様、やっぱりもっと大きい方がいいのかな?」

 イシスの城下町には、昨晩添い寝だった理由を斜め上に捉えている勇者が一人、のこされたのでした。




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第二百七十八話「そして出立へ」

 

「ど」

 

「『どうしてここに』と言うところだろうが、それは今から説明しよう」

 

 エリザの言葉を制して俺は語り始めるが、やったことというと、勇者サイモン達と合流してすごろく場へ行き、そこから竜の女王の城まで行って光の玉を貰ってきただけである。

 

「と、実質的に手に入れた重要な品は『ひかりのたま』一つだけだな」

 

 何処かの集落の件については蛇足だし、すごろく場攻略はシャルロット達がやってくれたのだからその部分については、端折った。

 

「……それで、お前がバラモス城からイシスまで一緒に飛んだあのおろちと一緒に竜の女王の子を育てる親代わりになってくれないかと打診されてな。もちろん、俺はおろちの夫になるつもりはないのでどうしようかと頭を悩ませたところ、シャルロットからおろちに思い人が居ると聞いてな」

 

 ただ、イシスに居る理由についてはおろちの婿育成プロジェクトを説明しないとどうしようもないので、一緒に説明しておく。

 

「と言う訳で、候補は見つかったがまだ竜になる呪文を使えないのだ。流石にこれではおろちに引き合わせることも叶わん。そこで――」

 

 だから修行をする為の模擬戦相手をバラモス城へ確保しに行くこと、その為には一緒にいたスノードラゴンの協力を得たいことなども説明する。

 

(はぁ、こういう時「かくかくしかじか」で済んだら楽なんだけどなぁ)

 

 説明というのは、いざやってみようと思うと色々難しい。

 

「そ、それであたしを」

 

「ああ。はぐれメタルを数匹確保出来れば、マリクの修行についてはマリクの探してくれるコーチと魔物達任せで暫くは何とかなるだろう。その間に俺達は南東に進んでランシールの村に向かい、ランシールの神殿を経由して地球のへそへ挑む」

 

 移動だけならスノードラゴンを連れて行けば可能なのだが、魔物に乗って飛べる高さを行けば、空を飛ぶ魔物と出くわして戦闘になるのは避けられない。

 

「お前とスノードラゴン達だけなら魔物も敵と認識しづらいだろうが……」

 

 それもエリザがバラモスの軍勢から離反してまだ日が経っていないからでもある。

 

「敵に回ったことはいずれ知れ渡る。今の内に、言い方は悪いが別の移動手段も用意しておく必要がある訳だ」

 

 だからこそ、オーブは揃えておきたい。

 

「俺の記憶が確かなら、パープルオーブはおろちが所持し、地球のへそにはブルーオーブが眠っていたはず」

 

 そう言えばおろちからオーブ回収し忘れている気もするが、気のせいでないとしてもマリクを引き合わせる時に受け取ってくればいいので問題ない。

 

(町作りで手に入る方は商人派遣してるし、交易網側でも探してるからどっちかに引っかかる筈)

 

 残り二つの内一つはこれからバラモス城へ向かう途中で寄り道すれば回収出来る。

 

(後の一個はどこだったかなぁ……まぁ、ついでに取りに行ける場所じゃなければ後で思い出せばいいか)

 

 シャルロットが到着するまでの時間を思い出すのに使っても良いのだが、城に寄った以上は他にしておくことがある。

 

「さてと、とりあえず連絡は付けられたからな。俺は女王に謁見を申し込んでくる」

 

 交易網の作成で報酬を貰っている以上、国主と会ったら当然報告はせねばならない。

 

「あ、い、行ってらっしゃい」

 

「ああ。もし勇者シャルロットが入れ違いで来たら、謁見を申し込みに行ったと伝えてくれ」

 

 俺はエリザに伝言を頼むとあの忌まわしい部屋を後にし、謁見の間へ向かって歩き始めた。

 

(普通ならこんな短期間で報告する程成果は上がらないんだけどなぁ)

 

 この世界には移動呪文やキメラの翼という反則技がある。

 

(アリアハンの王様もちゃかりしているというか、何というか)

 

 俺がジパングの洞窟で育成した三人はお仕事ついでに商人を荷物ごと運んだりしてそれなりに収益を上げているそうで、得た利益を使ってルーラの呪文が使える魔法使いをスカウトまでしていたのだ。そして、集めた人材を他の国にレンタルして、借りた国も商人と商品を運んで利益を得る。

 

(結果として、俺も軍資金を貰える訳だけど……どう考えても一番得をしてるのはあの王様で)

 

 人材を育てたのもあちこちの国に繋ぎを作ったのも、俺。何だか割に合わない気がしてしまうのは、きっと気のせいだと思いたい。

 

(くっ、あの時あの女戦士さえ出てこなかったらっ)

 

 やはり、警戒すべきはせくしーぎゃると言うことなのだろう。

 

(で、そんなことを考えつつ謁見の間に向かう最中ふと思う訳ですよ。「そう言えばここの国主は女性だったな」って)

 

 流石にここでせくしーぎゃるっているということも無いと思うが、マリクの屋敷のトラップを考えると警戒しておくに越したことはない。

 

「……と、思っていたんだがな。やはり、考え過ぎだったか」

 

「あ、お師匠様ぁ」

 

 無事、謁見にこぎ着けて報告を終えた俺が虚脱感と共に女王との得件を終えた直後だった。

 

「ん? シャルロット、どう」

 

 声に弾かれた様に我へ返り、空を見上げる竜の彫像に支えられた緑の宝珠を抱え、手を振る姿を見つけて俺が絶句したのは。

 

(ああ、なにか わすれてる と おもったら えりざ に しゅび を きいて なかったね)

 

 うろ覚えの原作知識で目的地であったテドンにもオーブがあることは伝えておいたので、その知識を活かしてくれたのだろう。よく見ればシャルロットの後ろにはエリザの姿もある。

 

「お師匠様、これエリザさんが見つけたそうですよ」

 

「そ、そうか」

 

 言わなくても解ります、とは流石に言えない。

 

「あと」

 

「え」

 

 そう言ってシャルロットが後ろを振り返った時には、思わず素の声が出てしまったが。

 

「お仕事ご苦労様であります」

 

 シャルロットの抱えたモノと色違い、赤いオーブを抱えて敬礼するのは、俺がジパングの洞窟で育成した魔法使い三人組の一人、軍人口調の女魔法使いのお姉さんだった。

 

「そ、それは……?」

 

「お探しになっていた品であります。いやぁ、間一髪でありました。この品を売りに来た商人の船が帰路で海賊の襲撃を受けたそうで、接触があと少し遅かったら、海賊に持ち去られていたところでありますよ」

 

 想定外にも程があるというか、狙っていたのと別のが来ちゃったと言うべきか。

 

(ああそう言えば赤は女海賊のアジトで手に入れるんだっけ)

 

 呆然としている俺に向かって、魔法使いのお姉さんは言う。

 

「陛下から伝言でありますが、『このオーブの購入費用は報酬から天引きさせて貰う』とのこと」

 

「そ、そうか」

 

「はっ、では自分も女王陛下に報告せねばなりませんので、これで。では、シャルロット殿、これを」

 

「えっと、ありがとうございます?」

 

 返事をしつつも俺がまだ固まっていたからか、軍人口調の女魔法使いは敬礼するなりシャルロットにレッドオーブを渡して去っていった。

 

「お師匠様、これで二つですね」

 

「そ、そうだな」

 

 謎の脱力感に見舞われつつこの後イシスの城を出た俺は、入り口で熱さにバテかけていたスノードラゴン達と合流すると、シャルロットのルーラの呪文によってバラモス城へと飛ぶこととなる。

 

(と言うか、なんだこれ。マリクの件と言いうまく行きすぎだよね? 悪いことが無いといいんだけど)

 

 ただ、一気にオーブを二つ手に入れた幸運の反動が来るのではと顔には出さず微妙にびくついたままで。

 

 




 わざわざテドン方面に行って貰ったので、回収していないはずがないという言い訳をしてみる。

 次回、第百七十九話「ネクロゴンドの洞窟曰く『解せぬ』」

「一番そう言いたいのは、ラーミアじゃね?」というツッコミはなしでお願いします。




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第二百七十九話「ネクロゴンドの洞窟曰く『解せぬ』」

「そろそろ城が見えてくるころだ。スレッジの襲来で一度不覚をとっていることを鑑みると、いきなり魔物達がお出迎えと言うことになるかもしれん」

 

 気をつけろ、と警告しつつ自身もバラモスの城へと視線をやる。

 

(普通なら警戒する筈だもんなぁ)

 

 もし熱烈歓迎された場合の対応策も一応考えてはあるのだ。一つめは俺自身の瞬発力と作敵能力を活かして、お出迎えが濃厚だったなら即座に退却すると言うモノ。

 

(いくら素早くても普通なら「しかし回り込まれてしまった」は発生する訳だけど、こちらが先に発見した先制攻撃可能時は確実に逃げられた訳だし)

 

 もちろん、ゲームと現実を一緒にする気はないが、早い内に敵の動向を知覚出来れば、とれる選択肢も増える。

 

(で、二つめは「ここは俺に任せて先に行け」をやるパターンだけど)

 

 ぶっちゃけ、シャルロットが居ると呪文で殲滅が出来ないから一足先に離脱して貰うと言う話である。

 

「負けるとは思わんが、侵入者対策をしてあるなら迎撃してくる魔物とやり合うのは賢いとはい言えん。ついでに言うなら他に寄るところもある訳だしな。城に到着したら一旦撤退するぞ」

 

 と、二人と数頭には予め伝えておいた。

 

「……は?」

 

 だからこそ、気になるのは迎撃に出てくる敵の編成。スノードラゴン一匹さえ見逃すまいと敵影を探していた俺を待っていたのは、いきなりの想定外。

 

「お、お師匠様……魔物が」

 

「あ、ああ……解っている。昔、兵法書で見た覚えがある」

 

 シャルロットの示す先、バラモス城の城門前には一体の魔物も存在しなかったのだ。そして、こちらが近づいてきていることも解っている筈だというのに、城から魔物が出てくる様子もない。

 

「空城の計、か」

 

 敢えて兵を置かず、無防備に見せかけ疑心暗鬼を起こさせ撤退させるパターンとそのまま敵の侵入をわざと許し、内に閉じこめて罠や伏兵で殲滅する二つのパターンがあった様に記憶している。読むべきものは戦記ものの小説か。

 

「バラモスが前者をやるとは思えん、おそらく後者だろうな」

 

 イシスの侵攻軍でエピちゃんのお姉さんの様にこちらへ降るのを良しとしなかった魔物も数日あればあの城へ戻っているだろう。

 

「侵攻軍を攻撃呪文で消し飛ばした戦力があると知って、まともに迎撃すれば布陣した魔物達が呪文で吹っ飛ばされると踏んだわけだ。城の内部に引き込んでしまえば、軍勢ごと消し飛ばす様な攻撃呪文でも壁などが邪魔になって効果範囲が限定される」

 

「へぇ……色々考えてあるんですね」

 

「そのようだ。立案者が誰かは知らんが、厄介な相手だな」

 

 ウィンディと言う知将に離反された時点で、バラモス軍は半分終わったと思っていたが、まだ智者が残っていたらしい。

 

(レタイト達にもっと色々聞いておくべきだったなぁ、これは)

 

 もっとも、空城の計は防衛の為の策。ハッタリで負い返す方ならともかく、もう一方なら最初からこっちが相手にしないと言うパターンは想定外の筈だ。

 

「と言う訳で、このまま転進する」

 

「わ、わかりました」

 

「シャルロット、着地したらお前はすぐにスノードラゴンへ跨れ。いきなり追っ手はかからんとは思うが、騎乗して飛び立つ瞬間は大きな隙になる。エリザは飛び立つまで俺とシャルロットのフォローを頼むな」

 

 着地前だというのにもう箒をまたいでいるエリザへ援護を依頼しつつ、俺は袖に仕込んだ鎖分銅の感触を確かめる。

 

(まぁ万が一ということだってあるもんなぁ)

 

 空城も罠で地面に穴が掘られうごくせきぞうが伏兵として埋まっている、くらいの対策がされていたって驚きはしない。エリザで何とかならない状況に陥ったならば、打破出来るのは、おそらく俺だけだろう。

 

(出発前に感じていた「うまく行きすぎ」のツケってことも考えられるし)

 

 マホカンタは、よっぽどうまくやらないと光る壁が出来上がる瞬間を見られて言い訳出来なくなるので、密かに自分へかける補助呪文は攻撃力倍化のバイキルトのみ。

 

「っ、お師匠様」

 

「ああ」

 

 地面と足の裏の距離がゼロになり、最寄りのスノードラゴンへ飛びついたシャルロットがドラゴンの首をまたいだ上体でかける声に俺は応じ、弟子へ倣う。

 

「頼む」

 

「お願い」

 

「「フシュアアアッ」」

 

 とりあえず、地面から動く石像は出てこなかった。俺達の声に一鳴きして見せた水色東洋ドラゴン達は妨害を受けることなく浮上を始め。

 

(さて、どう出る……バラモス軍)

 

 油断せずじっと見据える俺の視界へ、無防備だった城から幾つかの影が浮かんでくる。

 

「お師匠様っ」

 

「解っている、想定外の方だったか。数が揃っていないし高度にもばらつきがある……が、数だけならこちらより多いな」

 

 多分誘引して各個撃破も可能だが、きっと今回はそれをやらない方が良い。

 

「距離はある、このまま振り切るぞ」

 

 二頭には俺達と言う荷物があるものの、城を防衛する戦力である以上、敵も深追いは出来ないだろう。

 

(先方は想定外だらけと言うところかな)

 

 やって来るなりそのまま逃げていった侵入者を取り逃がすこととなった防衛隊にとっても、これから向かう先にあるほこらへ行かせまいとほこらへ続く道であるネクロゴンドの洞窟へ配備された魔物達とっても。

 

「出来れば、用事を終えてもう一度やってくることまで想定外であってくれればこっちとしてはやりやすいんだがな」

 

 高山地帯へさしかかり始めたドラゴンの上で見つめる先、陽光に照り返す水面の先に見える森の中に立ち寄るべき場所はある。

 

「お師匠様、魔物が」

 

「ああ。だがそう易々と行かせてはくれんわけか」

 

 シャルロットの声に頷きを返すと俺はドラゴンの角につかまる手を変え身構える。

 

「すまんな、シャルロット。上空では大した援護は出来んぞ」

 

「大丈夫でつ、ライデイン!」

 

 直後、迸る雷光は敵意を見せつつこちらへ飛んできた水色東洋ドラゴンへと炸裂したのだった。

 

 




主人公達を待ちかまえていたのは、まさかの奇策、ただし不発。

次回、第二百八十話「おおぞらにたたかう……とでも思っていたのか?」

始まるか、空中戦っ。



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第二百八十話「おおぞらにたたかう……とでも思っていたのか?」

 

「ベギラマっ」

 

「ギシュアアアッ」

 

 雷光に打たれた魔物はエリザの放つ呪文に灼かれ、断末魔を上げて眼下に広がる水面へと墜ち始め。

 

「フシャアアッ」

 

「でやあっ」

 

 騎乗中のスノードラゴンが攻撃をしかけるのに合わせて、俺もチェーンクロスを振るい、ヒャダルコの呪文を唱えようとしていた雲もどきを纏めて薙ぎ払った。

 

「……す、すごい」

 

 感嘆の声を上げたのはエリザだろうか。

 

「お師匠様……」

 

「いや、すまん。大した援護など出来ないかと思っていたのは本当だぞ?」

 

 言ってることとやってることが違いますよね的な目をしたシャルロットから視線を逸らし、自己弁護をしてみる。

 

(空中じゃキャッチが至難という意味合いでブーメランだって使えないし、まぁ使い捨てにして良いなら話は別だけど)

 

 ともあれ、一番魔物を倒した形になってしまったのは、本当にたまたま雲もどきが固まって群れていたからなのだ。

 

「しかし、流石バラモス軍の本拠地周辺だけあるな。棲息している魔物もそれなりに強い」

 

 鎖分銅の一振りで一掃した人間の台詞じゃありませんと言うツッコミは受け付けない。雲もどきはさておき、スノードラゴンの方は優秀な個体なら親衛隊に組み込まれる程に強い魔物なのだ。

 

「何より、空中戦では戦利品が殆ど獲られんのが痛いな」

 

 倒した魔物達がゴールドやアイテムを持っていても、霧散してしまった雲もどきの死体は例外として、今頃死体ごと水底だろう。

 

「あぁ、そうでつね。この高さじゃ、落ちた時点で命もないでしょうし」

 

「やはり手懐ける方も無理か」

 

 魔物が仲間になりたいと思った時点で蘇生呪文も効くか微妙だし、是非もない。

 

(とは言えなぁ)

 

 今俺を乗せてくれている竜の同族だと思うと殺すのも微妙に後ろめたいものがあるのだ。

 

(ただの甘えだけど、さ)

 

 だいたい、今までも散々魔物を屠ってきているのだから今更でもある。

 

「同族だし、こいつらに説得して貰えたら戦いも避けられるかもしれんと思ったが、流石にそんな甘くもなかろうしな」

 

 どちらにしても、空中戦は実入りがないし、出来れば避けるべきだろう。

 

「あの岸までたどり着いたら下ろしてくれ。そこからは徒歩の方が良い。木々に隠れて魔物からも見つかりにくくなる」

 

「……そうですね。お願い」

 

「フシャアアッ」

 

 俺とシャルロットのリクエストへ応じるように一鳴きした水色東洋ドラゴンは徐々に高度を下げ始め。

 

(これだけ低くなれば良いかな……って、あれは)

 

 下を見ていた俺は、あるものを見つけドラゴンの上から飛び降りた。

 

「っと」

 

「え? お師匠様?」

 

 竜の上からこちらの姿が消えたからだろう、シャルロットが声を上げたが、声をかける前に為すべき事がある。

 

「でぇいっ」

 

「ゴアッ」

 

「ガッ」

 

 着地するなり俺が横に薙いだ鎖分銅は、地面から顔を見せていた氷の顔と腕を纏めて粉砕した。

 

「まぁ、飛んでいれば地上からは丸見えというわけだな。シャルロット、ここだ」

 

 氷塊の魔物達が完全に動きを止めたのを確認してから、俺がようやく上空の弟子に声をかける。

 

「お師匠様、その魔物は?」

 

「降りてくるところを見つけて寄ってきたようだな……しかし、雪原ならともかく雪の欠片すらない場所にこいつを配置するとはバラモスも何を考えているやら」

 

 飛び降りても大丈夫な高さであるかを見ていた俺が目にしたのは、陽光に輝いた何かだったのだが、その正体はチェーンクロスで砕かれ、バラバラの氷になって地面に転がっている。

 

「とりあえず、こちらが気づいたことへ気づかずに居た様だったから強襲させて貰ったが」

 

「確かに、草の緑の中だと目立ちますね」

 

「ああ。もっとも、こいつは地面に潜行出来るようだからな。だからといって油断してると足下から襲われかねん」

 

 流石にここで敵を甘く見て失敗する気は俺にもない。

 

「よって、お前達はここで置いて行く……シャルロット、薬草はあるか?」

 

「はい、袋に常備してますけど」

 

「そうか。ならこいつらの傷をそれで癒してくれるか?」

 

 ここまで運んでくれた水色東洋ドラゴン達に向き直り告げると、質問へ答えたシャルロットに回復を頼む。

 

「良いですけど、本当に置いて行くんですか?」

 

「ああ。空を飛べるのに下手に地面に居ては不覚をとりかねんし、何よりこれから向かう先には人がいる。魔物が来れば警戒もされるだろう。それにスノードラゴンが群れているだけなら、この辺りの魔物も不審には思うまい」

 

 この水色東洋ドラゴンは元々この辺りにも棲息しているようなのだから。

 

「フシュオオオッ」

 

「すまんな。念のためにキメラの翼を預けておく、危なくなったらこれをジパングの方へ放り投げろ」

 

 出来れば後で合流してバラモス城への再来訪にも付き合って欲しいとは思っているが、無理をさせる気はない。

 

「フシュウゥ」

 

「さてと、では行くとしよ」

 

 そして、ドラゴンの手にキメラの翼を握らせ、出発を促そうとした時だった。

 

「お師匠様、どうしました?」

 

「いや、俺もまだまだだと思ってな」

 

 完全に動かなくなったと思っていた氷塊の一つが、急に動き始めたのだ。

 

「まさか、しとめ損なっ」

 

「ええと、お師匠様、そうじゃないですよ。あれは――」

 

 身構える俺へシャルロットが最後まで言い終えるよりも早い。

 

「は?」

 

 むくりと起きあがった氷塊は、仲間になりたそうにこちらを見つめ、俺はあっけにとられたのだった。

 

 




 やったね、ようがんまじんも仲間になれば配合してゴールデンゴーレムだ。(錯乱)

 と言う訳で、愉快な仲間が増えるかも知れない主人公一行。

次回、第二百八十一話「なんと! ここまでたどり着こうとはっ?!」


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第二百八十一話「なんと! ここまでたどり着こうとはっ?!」

「なるほどな」

 

 表情を取り繕い、落ち着いた様を装うが、まだ少し混乱していた。

 

(どういう こと ですか これは?)

 

 魔物使いの心得があるシャルロットに倒された魔物が起きあがるなら、理解は出来る。だが、じっとこちらを見つめる氷塊の魔物を倒したのは、俺の筈だった。

 

(シャルロットと一緒にいたからか、それとも……)

 

 謎が残ってしまっているが、流石にこのままぼーっとしている訳にも行かないというのは解る。

 

「俺達と来るか?」

 

「ゴォ」

 

 とりあえず、咆吼のようなモノはあげられても喋れない種族らしく、俺の提案へ返ってきたのは、首肯と短い音。

 

「凄いです、お師匠様……魔物使いの心得を学んだ訳じゃないのに」

 

「いや、その点については何で付いてきてくれるつもりになったか、俺にも解らないのだが」

 

 流してしまうのも一つの手ではあるが、魔物使いの心得をきっちり学んだ人物がすぐ側にいるなら、ここは正直に打ち明けておくべきと判断した俺は「知らぬは一生の恥」と敢えて白状する。

 

「あれ? そうなんですか?」

 

「ああ。なるほどとは言ったが、凄いと言われるまでお前が何かしてくれたと思っていたからな」

 

 そもそも俺が魔物を仲間にしたことなどないのだから。

 

(レタイト含む元親衛隊? あ、あれは会話成立した相手を無理矢理詐術にかけたようなものだから)

 

 シャルロットの様な正規の魔物使い的な能力は皆無の筈だ。

 

「じゃあ、直接この子に聞いてみますね?」

 

「え」

 

 だからこそ理由が知りたいとは思ったが、シャルロットの申し出に思わず素の声が漏れてしまったのは、仕方がないことだと思う。

 

「ええと、どうしてあの人について行こうと思ったか、ボクに教えて貰える?」

 

「ゴォッ? ゴッ、ゴオオッ」

 

「え? あーそっか」

 

「シャル……ロット?」

 

 だからといって、明らかに人語を話せない魔物と会話出来るとか、勇者って俺の想像を遙かに絶するびっくり人間なのだろうか。

 

「ゴォッ、ゴゴッ、ゴァォッ」

 

「うん、それはわかるかも」

 

「ゴオオッ?」

 

「えっ? あ、違うよ。けど、いつかそうなれたら良いとは思ってるんだけど」

 

 そして、何だか話が弾んでいたりする時、俺はどうすればいいのか。

 

「エリザ、あれに割ってはいるのはおそらく無粋だな?」

 

「えっ、あ、そ、そうですね……あの会話に殿方が入るのはちょっとオススメできないかもしれません」

 

「は?」

 

 ちょっと待って下さいな、エリザさん。

 

「お前も何を言ってるのか解るのか?」

 

「あ、はい。あたし、この間まであっち側でしたから……その、簡単な意思疎通ぐらいは出来ないと、困るだろうっておばあさん達に……」

 

 あぁ、そう言えば元バラモス軍でしたね、エリザさんってば。

 

「……結局、話がわからないのは俺だけか」

 

 自分だけ話を理解出来ないと無性に気になるのですが、うん。

 

「す、すみません……内容が内容だけに、勝手に話しちゃうのも拙いと思いますし」

 

「いや、気にするな」

 

 恐縮するエリザにそう応じはしたものの、余計に気になってしまったのは言うまでもない。

 

(と言うか、殿方がってことは……あのひょうがまじん、女?)

 

 OK、落ち着こう。魔法生物に性別があったっておかしくはない。もみ上げ髭なオッサンの彫像という見た目の魔物であるうごくせきぞうが性別メスだったら、全力で抗議するけれど。

 

(うん、大丈夫。俺は冷静だ)

 

 たまたま仲間になりたそうにしていた魔物の性別が異性だったくらいでうろたえていては、この先生きのこれない。脳内でおばけキノコとマタンゴの、キノコの魔物達による学園ドラマが始まるぐらいで乗り越えられるはずだ。

 

(そうそう「先生っ、駄目です教師と生徒でこんな……あ」「わかっている、解っているよ。おばけキノ子さん、だが君の傘はこんなに」って、学園ドラマじゃねーじゃねーかっ!)

 

 うぐぐ、何故だ。俺の想像力、自重しろ。

 

「くっ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ。すまんな、努めて気にせぬ様に他のことを考えようとしたのだが……」

 

 その結果が、放課後キノコの恋愛事情とか、混乱呪文をかけた相手を探さないといけないレベルの取り乱しようである。もっとも、何だかんだで時間は潰れてくれもしたのだけれど。

 

「あ、お師匠様、お待たせしました。理由聞いてきましたよ?」

 

「そ、そうか。それで、あいつは何と?」

 

 がーるずとーくの終わったシャルロットへ声をかけられた俺は我に返ると、平静を装おうと努力しつつ尋ね返し。

 

「ええと、お師匠様があの子達……スノードラゴンの子達を大切にしてるのを見て、この人に付いていきたいって思ったそうですよ」

 

「ああ、そういうことか」

 

 聞いてみれば何のことはない。原因は俺の行動だったのだ。

 

(それで「何故あんなに話が進んだんだ」って聞きたくもあるけど、聞いたら後悔しそうだよな、何となく)

 

 エリザも殿方が入るのは拙いと言っていたぐらいだ、一時の好奇心で墓穴を掘ることにだってなりかねない。

 

(だいたい、今すべきは話の詮索じゃなくて、ほこらに行ってオーブを貰ってくることな訳で)

 

 大切なことを思い出した俺は、氷塊の魔物と目を合わせ、言った。

 

「お前の気持ちはわかった。だが、俺達はこの後近くに住む人間へ会いに行く。そこに魔物のお前を同席させるのは拙いのでな、あのスノードラゴン達とここで帰りを待っていて貰えるか?」

 

 と。

 

「ゴッ」

 

「シャルロット、回復呪文を」

 

 会話していたから大丈夫だと思ったが、やはり人の言葉は理解出来るのだろう。頷きを返したひょうがまじんがスノードラゴン達の方へ動き始めたのを見て、俺はシャルロットへ頼む。

 

「わかりました、ベホイミっ」

 

(こういう時歯がゆいよなぁ、自分で付けた傷だけど、ここで回復呪文使う訳にもいかないし)

 

 ベホイミならエリザも使えるだろうが、直接攻撃も出来るシャルロットと比べると、呪文以外に身を守る術のないエリザの精神力を消費させる訳にも行かない。

 

「想定外のハプニングだったが、これで何とかなったな。とりあえず、この先は気配を殺して行くぞ」

 

 嘆息しつつ仲間を振り返る俺がこの後行くことになるバラモス城へ少し不安を覚えてしまったことをどうか責めないで欲しい。

 

「そうですね、仲間が増えるのは良いですけど、増えたら引き返さなきゃいけないですし」

 

「あ、ああ」

 

 戦えば増えることを前提で同意するシャルロットの言葉に、思わず顔が引きつったことも。

 

「では、行ってくる」

 

「ゴオオッ」

 

「フシュアアアッ」

 

 仲間の魔物に見送られ、再出発した俺達はその後、魔物と出会うことなく森を抜け、ほこらまでたどり着く。

 

「ぬ……なんと! ここまでたどり着こうとはっ?!」

 

「あ、えーっと、お師匠様?」

 

「まぁ、言いたいことは解る。お前が」

 

 思い切りズルをしたのに、やって来た俺達を見てゲームの時同様のリアクションをしてくれた大臣風のオッサンへ後ろめたさを感じつつ、視線をくれたシャルロットへ首肯してみせると、そのまま用件を切り出そうとし。

 

「そなたらならきっと魔王を滅ぼしてくれるであろう! さあ! このシルバーオーブを受け取るがよい!」

 

 我に返るなり、銀色の竜像という台座ごと宝珠を差し出してきたオッサンの声にかき消されたのだった。

 




マージマタンゴ「いけませんな、マタンゴ先生」

マタンゴ先生「教頭先生?!」

マージマ教頭「なんと言うことをしてくれたのです。これは戒告処分や休職では済まされませんよ? フルパワーによるお仕置きを覚悟するのですね……」

 ゴゴゴゴゴ……

マタンゴ先生「な、何て戦闘力だ……」

マージマ教頭「ちなみに、私のモンスターレベルは14です」



「放課後キノコの恋愛事情・この先生キノコれない」は主人公の脳内で好評連載中!

 次回、第二百八十二話「人員が増えたので」

 城まで移動はルーラ、たぶん。


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第二百八十二話「人員が増えたので」

 

「さて、とりあえずまた一個オーブが集まった訳だが……」

 

 三つのオーブはシャルロットの持つ袋にしまわれ、残るオーブのうち一つはおろちが持っているので四つは確保出来たと見て良いだろう。

 

「とりあえず、地球のへそへ挑む為にも、用事を済ませてしまわないとな」

 

 呟きつつ見据える先は、水辺の向こうへ聳え連なる高山。水色東洋ドラゴン達に乗って越えてきた場所だ。

 

「シルバーオーブ、ありがたく頂いて行く」

 

「うむ」

 

 向き直り俺が一礼すれば、オッサンは鷹揚に頷き。

 

「行くぞ、シャルロット」

 

「あ、はい」

 

 踵を返しつつ呼びかけると、そのまま外へ。

 

(色々聞いてみたいことはあったんだけど、あれはどう見ても人の話を聞かないパターンのオッサンだからなぁ)

 

 そもそも、会話が成立しても有用な情報を持っている保証はないのだ。

 

(それに、同族の生息域だからってあいつらを放置して長話する訳にはいかないし)

 

 物事には優先順位というモノもある。

 

「さっさとはぐれメタルを確保して、竜の女王の願いを叶えてやらないとな」

 

「お師匠様……」

 

 今、一番猶予がないのは病に冒された竜の女王だろう。

 

「急ぐぞ」

 

 気配を殺したまま、俺達は森に突入し。

 

「……ん? ちっ、迂回するぞ」

 

 魔物の気配を感じ、後ろへ伝えてから来た道を横に逸れる。

 

(蹴散らすのは簡単だけど、これ以上仲間が増えるのはなぁ)

 

 多分、ルーラ定員にはまだ余裕があるが、帰りは発泡型潰れ灰色生き物も連れて行くことになるのだ。

 

(一応、キメラの翼をスノードラゴンに使わせて一緒にジパングへ送ることは出来るけどさ)

 

 言葉を話せないスノードラゴンでは事情説明が出来ないため、ジパング側でトラブルになる可能性がある。そう言う意味では、緊急時、あの氷塊の魔物が水色東洋ドラゴン達とジパングへ退避すると拙いのだが、あの時点では「ひょうがまじん が なかま に なりたそう に こちらをみている」なんてことになるとは思っていなかったのだから、仕方ない。

 

(と言うか、イシスに戻ったらどうしよう)

 

 あの氷塊の魔物のことを考えて、思い至ったのだが、片腕と頭だけ露出させた氷塊の魔物は、どう考えても連れ歩けるタイプの魔物ではない。しかも、スノードラゴンの様に足代わりに使うという利点も無いのだ。

 

(「ついてきたい」って話だったし、いきなり留守番とか言われたら不満に思うよなぁ……)

 

 かといって、あんな明らかに人外の魔物を町中に連れ込んだらパニックは必至である、ジパングを除いて。

 

「お師匠様?」

 

「ん? ……シャルロットか」

 

「どうしまちた、難しい顔をして」

 

 いつの間にか、考え込んでしまっていたのだろう、気づくとシャルロットが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「いや、少し悩み事がな。あのひょうがまじんなのだが――」

 

 何でもないと流すのも簡単だったが、ことが魔物との付き合い方となると、魔物使いの心得があるシャルロットに一日の長がある。

 

「ここは素直に打ち明けて、意見を聞こう」

 

 と思ったところまでは良かったのだが、一つ忘れていたことがあったのだ。

 

「っ、シャルロット、下がれ」

 

「え?」

 

「別の魔物だ。このまま直進するとそいつの鼻先に飛び出すハメになる」

 

 魔物は割と空気を読まないと言うことを。

 

「……ちっ、右手にも魔物か。全てを迂回すると相当の時間ロスになるな。やむを得ん。エリザ、シャルロット」

 

「え、あ、はい」

 

「はい」

 

「遅れるなよ? 強行突破する」

 

 全部倒す訳でなくただ突破するだけなら問題ない、そう思ったのだ。

 

「行くぞ」

 

 俺は鎖分銅の感触を確かめ、進路を塞ぐ敵だけ倒すべく、前方に感じた気配へ強襲をかけた。

 

「……そこまでは間違っていなかったと思うんだがな」

 

「クエ?」

 

 いや、クエじゃねぇよ猛禽類。

 

「お師匠様すみません……つい」

 

「いや、お前を責めた訳じゃない」

 

 空を飛べる手前、追跡してきそうだったので倒し損ねた緋色の猛禽を倒す様シャルロットへ指示したのだが、その猛禽がこともあろうに起きあがってきたのだ。しかも、それまで一緒にいた仲間と袂を分かつ宣言とでも言うかの如く俺達に向かって回復呪文をかけ。

 

「まぁ、癒し手が増えたと思っておくか」

 

「クエッ」

 

 確か、ごくらくちょうとか言う種族名だったそれを見つめ、俺は投げ槍に独言するとシャルロットへ向き直った。

 

「シャルロット、ルーラを頼む」

 

「はい……みんな、呪文の範囲に集まって、いい? ルーラっ!」

 

 俺の要請に応じ完成したシャルロットの呪文は、俺達を即座に空へ浮かび上がらせ。

 

(っ、流石に速いな)

 

 ドラゴンに跨っての行軍とは比べものにならない早さで、水面をまたぎ、高山を越え、バラモスの居城へと運んで行く。

 

「気をつけろ、もう降下に入るぞ」

 

 距離が短ければ、着くのも速い。シャルロット達に忠告しながら俺はチェーンクロスの鎖を解いて徐々に大きくなる城を見据えた。

 

(まぁ、さっき逃げられたことを鑑みれば、そうなるよな)

 

 今度は逃がさないとでも言うかの様に、城門からはもみ上げ髭の石像が駆け出し、城の中からは、俺達が騎乗していたのと同じ東洋風ドラゴンが飛んでくる。

 

「お師匠様、魔物が」

 

「今度の歓迎は少々派手だな……だが」

 

 いくら数で押してこようとも、スノードラゴンと動く石像だけなら、問題ない。

 

(どうかお願いですから全部起きあがってこっちを見てきたりしませんように)

 

 無いとは思うが、あれ全てが仲間になりたいと言い出したとしたら、面倒を見きる自信はない。

 

「何にしても、向かってくるなら退ける。これは決定事こ……お」

 

 内心の動揺を見せない様にかっこよく決めようとした俺の言葉は、動く石像の足下を滑る様に駆けるそれを見つけたことで、不自然に途切れた。

 

 

 




ついに奴が現れた、その名は――。

次回、第二百八十三話「発泡型潰れ灰色生き物」


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第二百八十三話「発泡型潰れ灰色生き物」

 

「お師匠……さま?」

 

 だが、シャルロットが声をかけてくれたから、茫然自失の態だったのは、ホンの刹那の間。

 

「シャルロット……左手の動く石像の群れの足下、滑る様に走っている灰色のモノが見えるか?」

 

「えっ、灰色の? それって」

 

「ああ、はぐれメタルだ。おそらくあの石像共の出撃に予期せず紛れ込んで流されてしまったのだろうな」

 

 俺の声で慌てて言及した場所へ目をやるシャルロットへ推測を口にした俺は、まじゅうのつめを右手から外して腰にぶら下げると、自由になった手を差し出す。

 

「ほのおのブーメランを」

 

「あ、はい」

 

 地面の上なら使うのを自重する理由はない。まして本気を見せつけるかの様な数の敵が視界の前面を埋め始めたとあっては、尚のこと。

 

「さて、シャルロット。あのはぐれメタル、後ろのスノードラゴン達と協力すれば手懐けられるか?」

 

「お師匠様、流石にそれは厳し」

 

「俺が残りの魔物を全て引き受けるとしたら、の話だ」

 

 質問の途中で早合点した様だったので、敢えて言葉を被せてちらりとシャルロットを見やる。

 

「あれを、全部?」

 

 呆然としていた、無理はないが、俺は不可能だとは思っていない。

 

「作戦は、こうだ。俺は突撃しながら敵を駆逐し、城門を抑える。そこで、うごくせきぞうの増援をとめつつ、城門から出ようとする魔物と上を通り抜けようとする魔物を迎撃する」

 

 城門前で激しい戦闘をしていれば、臆病な性格の発泡型潰れ灰色生き物が近寄ってくるとは思えない。あとは俺の討ち漏らしによる攻撃に逃げ込む場所を失った標的をシャルロット達で潰れ生き物の様に倒すのだ。

 

「あの早さでは補足するのも骨だろうが、お前達には数の利がある。俺が痛手を与えた敵を倒し、手懐けられれば補足に回す人員も増えるだろう」

 

 ブーメランは広範囲の敵を纏めて攻撃出来る優秀な武器だが、当たるごとに威力が減退する。いくら俺の攻撃でも一度目では仕留め損なう魔物も少なからず出るのは否めない。

 

(本当なら、仲間を増やすのは避けたいところだけど)

 

 発泡型潰れ灰色生き物ことはぐれメタルのお持ち帰りが最優先だ。

 

(倒しても起きあがるのなんてごく一部だろうしなぁ)

 

 油断が禁物なのは解ってるが、氷塊の魔物だって起きあがってきたのは一体だけ。石像も東洋風ドラゴンも既にジパングという新天地である程度馴染み始めた魔物だ。新種ではないのだから、少しぐらい数が増えても問題ないと思う。

 

「本気……なんですか?」

 

「シャルロット、せっかくの好機なのだ。それに、俺としては新しく加わった仲間が減るのを見たいとは思わん。それに、乱戦になった場合後ろにいるスノードラゴン達と前の同族を見分ける自信が俺にはない」

 

 視線を弟子から前方に戻して続けるが、単独で動こうとしているのにはもう一つ理由もある。

 

(シャルロットが側にいると、こっそり補助呪文かけるのが難しくなるからなぁ)

 

 守備力をスカラの呪文で最大まで引き上げれば、うごくせきぞうに関してはまぐれ当たり以外は怖くない。

 

(ドラゴンの方のブレスは厄介だけど、そっちは優先して叩けば良いし)

 

 そもそも、全部を倒そうとする必要も皆無だ。

 

(成功条件は、シャルロットが標的を仲間にすること。そこまで耐え切れれば、後はルーラで逃げればいい)

 

 こんなこともあろうかと、ルーラのいい訳用にキメラの翼は用意してある。

 

「お師匠様……」

 

「フシュルルゥ」

 

「ゴォ……」

 

「良いかお前達、作戦は『いのちだいじに』だ。危なくなったらシャルロットかそこの猛禽に癒して貰え。シャルロット、最悪の場合、お前に渡してあるあれの使用も許可する」

 

 複数の視線を感じながら告げ、答えも反応も待つことなく、俺は歩き出した。

 

「お師匠様っ」

 

「すまんがシャルロット、お前と話をしている余裕はもう無い。どうやら、向こうも待ちかねていたらしいのでな」

 

 魔物達にしても、俺が単独で向かって来るのは想定外だったのだろう。一瞬動きがとまっていたものの、立ち直りはかなり早く、シャルロットの声が背にかかった時点で魔物の軍勢は再び動き始めた。

 

(さてと、じゃあ……始めるとしますかね)

 

 身体を前に傾け、飛び出す姿勢を作ると、まず右手に持っていたブーメランを空へと投擲する。

 

「行くぞっ」

 

 命の惜しい者は退けと一喝することも考えたが、いの一番にはぐれメタルが城に引っ込みそうだったから自重した。

 

「「ギャアアッ」」

 

「「フシュオアアアッ」」

 

 断末魔を上げ、ブーメランの軌道上に居た水色東洋ドラゴン達の両断された骸が空から降り注ぎ。

 

「ゴアッ?」

 

 一緒にびちゃびちゃと振りまかれたドラゴンの血に足を取られたもみ上げ髭の石像が、傾いで転倒する。

 

(大丈夫だ、俺だって無策で突っ込んだりはしない)

 

 死した魔物の骸は消滅しない。ならば、それさえ、使いようによっては相手の行動を阻害させる即席の罠として作用する。

 

「お次はこいつだ、でやあああっ」

 

 ぬかるみが出現し、足下がおぼつかなくなった石像達目掛け、脛あたりを狙った横一線に鎖分銅を俺は振るった。

 

「「ゴォォッ」」

 

「「オォォォォッ」」

 

 足を破壊され、あるいは衝撃で踏ん張りの効かなくなった石像達が、泥濘に倒れ込み、起きあがろうと軋ませる身体は、一時的な敵からのバリケードへ早変わりする。

 

「悪いな、そのでかい図体、利用させて貰った」

 

 ドラゴン以外の攻撃は直接攻撃。近寄らせなければ痛恨の一撃だって受けようがない。

 

「破壊されたく無ければじっとしていろ。お前達とて無能な上司のせいで犬死にするのは、本意でなかろう?」

 

 魔法生物っぽい連中にこの手の説得が効くかにはやや疑問が残るが、新しく加わった氷塊の魔物の一件もある。

 

(さてと、次だ)

 

 とりあえず、何体かはしとめたが足止めだけではシャルロットの方に残りが向かって行きかねない。

 

(シャルロット、うまくやってると良いが)

 

 そも、一応眼前の敵は足を封じたが、左右や上空から魔物が迂回してくる可能性だって残されているのだ。視線をやって

確認する程の余裕はいくら反則的なスペックを誇るこの身体にもなかった。

 

(せめて攻撃呪文が使えたら、なんてのは言っても仕方ないしなぁ)

 

 俺に出来るのは、ただひたすら敵戦力を削ることだけだった。

 




主人公無双? いいえ、ドラクエだからきっとヒーローズです。

と言う冗談はさておき、単騎でおっ始めてしまった主人公。

そのまま千人斬りでも目指すつもりか。

次回、番外編19「ボクのすべきこと前編(勇者視点)」

ちょっと本気出しちゃった主人公の裏側で、シャルロットは――。


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番外編19「ボクのすべきこと前編(勇者視点)」

「あ」

 

 ボクが間違っていたことは、すぐに判明した。お師匠様が投げつけたほのおのブーメランがどういう物なのかは、自分の分もすごろく場のお店で購入したから知っている。かなり強力な武器ではある、ただボクが投げてもああはならないことも。

 

「……お師匠様」

 

 よくよく考えてみれば、お師匠様が本気で戦っているところを見たことは殆どなかった気がする。

 

(ごめんなさい、お師匠様)

 

 ボク達の為に自分を犠牲にするんじゃってホンの少しでも考えた自分を恥じた。お師匠様は、勝算があって一人で敵陣へ突っ込んで行かれたのだ。一度に何匹ものスノードラゴンを屠り、その血さえ利用して動く石像達の足を止めたのを見れば、解る。

 

(ボクもまだまだだなぁ)

 

 同時に、もしボクがお師匠様の加勢に向かったとしてもかえって邪魔にしかならないことまで解ってしまった。

 

「あ、あの、シャルロットさん?」

 

「あ、うん。ゴメン。あれだけの魔物を引き受けて下さったんだから、ボク達もお師匠様の期待に応えないと駄目だよね」

 

 エリザさんの声で我に返ると、頷いて振り返る。

 

「お願い。みんな、ボクに力を貸して――」

 

「しゃ、シャルロットさん?!」

 

 期待には応えたい、けど一人じゃたぶん目的は果たせない。だから、ボクが始めにしたことは頭を下げること。

 

(ごくらくちょうのくーちゃんはともかく、ひょうがまじんのひょうかさんもスノードラゴンのみんなもボクを慕って着いてきてくれた魔物じゃないし)

 

 ひょうかさんの方は、おしゃべりである程度親しくなったつもりはあるけど、ひょうかさんの主人はお師匠様だ。

 

(勘違いしちゃいけないよね)

 

 ボクはあくまで主人の意向を受けたあの子達に協力して貰ってるだけ。

 

「一歩間違えば命を落としかねない危険と隣り合わせの状況だから、ちゃんとしておかないといけないと思ったんだ。今回だけで良いから、ボクの指示に従ってくれる?」

 

「ゴオオ」

 

「っ」

 

 答えを待つ必要さえなかった。じっとこちらをみていたひょうがまじんのひょうかさんはすぐさま首を横に振る。

 

「ゴオオッ。ゴッ、ゴォ? ゴッ、ゴオオッ」

 

「あ」

 

 ただ、落胆するのも浅慮だった。今回きりとは水くさい、私達もう友達なのですよ。そう言ってくれたひょうかさんは続けていったのだ。

 

「さ、何でも言って」

 

 と。

 

「フシュアアアッ」

 

「シュオオオッ」

 

「えっ、あ、ええと……ボク、まだそう言うのじゃ」

 

 少し遅れたスノードラゴンのみんなの方は、少しリアクションに困ったけれど。

 

(「あの方のつがいなら、我らの主人も同じ」って……)

 

 お師匠様は魔物の言ってることが解らないみたいだけど、みんながこういう見解なら期待しても良いのかな。

 

(そう言えば、ひょうかさんも最初にお話しした時、聞いてきたよね)

 

 お師匠様にお似合いの人だって見て貰えてるなら照れるけれど、嬉しい。

 

(けど、今は――)

 

 考え事をしてる時じゃない。

 

「ありがとう、みんな」

 

 協力してくれた子達の為にも、はぐれメタルを仲間にするんだ。

 

「それじゃ、飛べるみんなはスノードラゴンに注意しながら空からはぐれメタルを追跡して。ボクとひょうかさんも手負いになってる魔物の数を減らしながら追いかけるから」

 

 もし、仲間になってくれる魔物がいればこちらに加わって貰い、最終的にはエリザさん達とボク達とで挟み打ちにする。

 

「大丈夫、お師匠様がヒントをくれたから」

 

 ボクにも作戦が出来た。

 

「行こう。お師匠様が、抑えてくれてるうちに」

 

「わ、わかりました。そちらもお気を付けて」

 

「クエーッ」

 

 ボクが視線を戻せば、エリザさんの返事の後にくーちゃんが鳴き。

 

「フシュアアアッ」

 

「シュオオオオッ」

 

 スノードラゴンのみんなも挨拶する様に吼えてから離れて行く。

 

「ひょうかさん、もし動く石像がやって来たら足下を息で凍らせて」

 

「ゴオッ」

 

 お師匠様は敵の血でぬかるみを作っていたけれど、流石にあれは真似出来ない。ただ、こちらには仲間が居る。

 

(ひょうかさんに氷のブレスは効かないし)

 

 相性を考えて立ち回れば、道は開ける。ボクは倒れた仲間を迂回する形でお師匠様へと寄って行く魔物達を視界に収めながら走り始めた。

 

「ほら、どうした? 人間一人捕まえられんのか?」

 

(やっぱり)

 

 そして、魔物を挑発するお師匠様と、横たわる魔物達の位置を見て、理解する。

 

(お師匠様、魔物をこっちから遠ざける様に動いてる)

 

 結果として、瀕死や大きな負傷、損傷を受けて動けない魔物と血のぬかるみだけがボクの目の前に取り残されていた。

 

「フシュォアアッ」

 

「フシュウゥ」

 

「グゥ」

 

 威嚇するもの、ボクの姿を見て絶望するもの、もはや虚ろな目に殆ど何も映していないもの、どれもがもう戦う力の残されていない魔物であることは明らかで、きっとこれもお師匠様の狙い通りなのだろう。

 

「イオラっ」

 

 手を突き出し、呪文を唱える。

 

「グギャアアッ」

 

「ゴアアアッ」

 

 生じた爆発が、起きあがりお師匠様の方へ向かおうとしていた「負傷度の軽い」魔物達を吹き飛ばす。

 

「……そのままでいいの?」

 

 命を盾に言うことを聞かせるというのは、卑怯だと思う。けど、このまま放置してもその子達は命を落とすだけだったから、ボクは言う。

 

「選ばせてあげる。そのまま、息絶えるか、ボクと行くかを」

 

 冷酷に二択を強いながら、答えを待つ。らしくないのは解っているつもりだったけれど、従うつもりのない子達まで助ける余裕がないのも確かだったのだ。

 




あんな感じで、仲間モンスターの何割かは既にシャルロットを主人公のつがいと認識してたりまします。

個体によってはクシナタ隊もひっくるめてハーレムのボスだと認識しているものも。

基本的にそう言う思考をしてるのは、人語を話せないドラゴンとかが中心ですけどね。

次回、番外編19「ボクのすべきこと後編(勇者視点)」


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番外編19「ボクのすべきこと後編(勇者視点)」

 

「ひょうかさん、この薬草をあっちの子に。そっちの子も手伝って」

 

 倒れ伏した動く石像へベホイミの呪文をかけたボクは振り返ることなくひょうかさんとボクに従うと答えたスノードラゴンへ指示を飛ばす。

 

「フシュアアアッ」

 

「ゴオオッ」

 

 足下には袋から引きだしてばらまいた薬草が散らばっていて、ひょうかさん達がそれを拾い、同じようにボクに従うと言ってくれたスノードラゴン達の手当へ奔走する。

 

(手が、足りない)

 

 魔物達の反応は割れた。当然と言えば当然だ。逆の立場だったらボクだって従っていたかどうか。それでも何匹かのスノードラゴンが従ってくれたから、こうして傷を癒すことが出来る。

 

「ええと、次はあっちの子に……わっ」

 

 そして、尚指示を出そうとした時だった。マントを引っ張られて蹌踉めいたのは。

 

「あ、危ないなぁ。な」

 

 ただでさえ忙しい時なのだ、少しイラッとしながら振り向いて「何」と言おうとしたボクは、マントを引いた相手を見て絶句した。

 

「フ……シュ」

 

 身体を両断され、明らかにもう手の施しようのないスノードラゴンが、緩慢な動きで倒れ伏す一回り小さなスノードラゴンの方を視線で示し、縋る様な目をこちらに向けてきたのだ。そのスノードラゴンの絞り出した様な鳴き声を人の言葉に訳したなら「あの子を」となる。

 

「うん、解った。助けるから」

 

「シュ……ア」

 

 頷いてベホイミの詠唱を始めようとすると、マントを掴んでいたドラゴンの腕がずり落ちた。

 

(これが、戦い……なんだよね)

 

 完成したベホイミの呪文を、幼さの残るそのスノードラゴンへかけるとぎゅっとこぶしを握りしめる。

 

(もし、あの呪文が使えたら)

 

 お師匠様から聞いたことがあった。勇者にしか扱えない、あのけんじゃのいしの効果さえ凌ぐ回復呪文があると。

 

(ベホイミじゃ一度に一人しか救えない……)

 

 それでも救える命があったことは事実だ。

 

「フシャアアッ」

 

「フシュオオオッ」

 

「ゴオオッ」

 

 ドラゴン達は上空からかっさらう様に石像は跪いてそっと潰さぬ様に薬草を拾い、同胞を癒す為動いている。

 

(我が儘かも、偽善かも知れないけど)

 

 いずれ手が届くなら、今、その呪文を使いたいと思った。出来ないならせめて、ここで使ったらバラモスに対策を取られるかも知れないとしてもけんじゃのいしを使うべきではないか、とも。

 

「何をしている、お前達?」

 

 だが、躊躇してしまったのがボクの失敗だった。

 

「え?」

 

 聞き覚えのない声に顔を上げ、空に浮かんでいたのは、スカイドラゴンに跨った黄緑のローブを纏う魔物。

 

「敵に敗れたあげく、情けを受け軍門に降るとはそれでも栄えあるバラモス軍の一員か、やれっ!」

 

 驚きに目を見張るボクには一切構わず、声を発した魔物は周囲の同じローブを着た魔物へ指示を出し。

 

「「メラミ」」

 

 複数の火の玉が、薬草を持って仲間達の手当をしていた魔物達へ降る。

 

「シャギャアアッッ」

 

「ゴッ! ゴアアアッ」

 

 突然、元々仲間だったはずの魔物から攻撃され、動ける程度にはなっていたスノードラゴンがまず燃えながら地面へ墜ち。スノードラゴン達の盾になろうとした動く石像が、数十個近い火の玉を受けて砕け散る。

 

「ふははははは、裏切り者に、臆病者に死をっ!」

 

 どうして、と動機を問うまでもなく、仲間殺しを指示した魔物は哄笑し、叫ぶ。

 

「我らはバラモス軍督戦隊っ、灼かれたくなければ誇りあるバラモス軍の兵として戦えっ」

 

「督戦……」

 

 きっとこれが、スレッジさんについてバラモスの元から去った魔物()達の前例から考えたバラモスの裏切り者対策と言うことなんだろう、だけど。

 

「酷すぎる……」

 

 今すぐにでも、止めたい。止めなきゃいけない。けど、あの魔物に効果のある攻撃呪文は範囲呪文じゃない。炎のブーメランを投げてもボクの力じゃ仕留めきれない。

 

「酷い? これが戦いというものだ。ああ、そうだ人間共。お前達には感謝するぞ。あの出来損ないな女が裏切ったからこそ私はバラモス様の軍師と慣れたのだからな。しかも、新たな策のヒントまでくれるとはな」

 

「ヒント? それって」

 

「キメラの翼、というモノがあるだろう。あの死神に撃ち落とされず城の外に出る発想を得られたのは、貴様等がこの城へキメラの翼で飛んでくるのを見せてくれ……くれ、え? あがっ」

 

 得意げに勝ち誇っていた魔物の頭部がずり落ちたのは、その直後。

 

「ぎゃあっ」

 

「ぐげっ」

 

「がふ」

 

 断末魔を上げて黄緑ローブの魔物達はスノードラゴンの上から転げ落ちて行き。

 

「な、貴様は? い、いつのま゛っ」

 

 仲間達へ訪れた突然の死に呆然としていた生き残りの魔物が振り返ったところで両断され、地面に落ちた者達の後を追う。

 

「お師匠様……」

 

 二度目だったから、何とか目で捉えられた。魔物を両断したオレンジのシルエットは、炎のブーメラン以外の何者でもなく。

 

「グシュア……」

 

「ゴォ……ア」

 

「あ」

 

 一瞬呆けたボクは周囲からの呻き声で我に返る。

 

(助けなきゃ、けど、ベホイミじゃ癒しきれないし、そもそも一回一回呪文を唱えていたんじゃ間に合わない)

 

 お師匠様から許可は貰っている、ボクは慌てて道具袋を広げると、その中に手を突っ込もうとし。

 

(えっ)

 

 その言葉が、呪文が脳裏に浮かび上がるのを感じた。

 

(何で、こんな時に。この戦いで成長したから? どうし……ううん)

 

 訳はわからなかった。だけど、躊躇うつもりもなかった。

 

「お師匠様……、神様……ボクに力を」

 

 突っ込もうとしていた手ともう一方の手を組んで、祈りながら唱える。初めて使う最高位の回復呪文を。

 

「ベホマズン」

 

 祈りとともにごっそりと精神力が抜けて行くのが解った、けど、これで助かるなら。

 

「シュ? フシュアアアアッ」

 

「ゴォォォッ」

 

 目を閉じたまま聞いたのは、魔物達の咆吼。驚きが歓喜に変わって行くのが、目を閉じていても感じ取れ。

 

「っ、うひゃうっ」

 

 いきなり冷たく湿ったモノで頬を擦られたボクはたまらず悲鳴をあげた。

 

「え、なっ」

 

「フシュアアッ」

 

 慌てて目を開けると、そこにいたのは、先程マントを引っ張ったスノードラゴンに頼まれベホイミをかけたスノードラゴン。

 

「あ、キミは無事だったん……だ?」

 

 たぶんこの子が顔を舐めたのだろう。それは良い。

 

(ええっと、これ、何?)

 

 問題は、顔を舐めてきたスノードラゴンの後ろ。両手の指じゃ足りない数の魔物が僕に向かって一斉に頭を垂れていたのだから、驚くなと言う方が無理だと思う。

 

「ゴッ、ゴアアアッ」

 

「フシャアアアッ」

 

「えっ、せ、聖女? それって……ひょっとしてボクのことだったりは、しないよね?」

 

 何だか、キラーアーマーをザオラルの呪文で生き返らせた時と目の前の魔物達の態度が凄く重なって見えたから。恐る恐る聞いてみたのだけれど。

 

「「ゴオオ」」

 

「「フシャーア」」

 

 結果から言うと、予想は的中した、嫌な方に。揃って首を横に振らなくても良いと思うんだけど、これってボクが悪かったのかな。

 

「え、ええと……せ、聖女はともかく、ボクに従ってくれるってことで良いんだよね?」

 

「「ゴ」」

 

「シャア」

 

 今度は揃って全員が首を縦に振る。

 

(え、ええと……うーん、考えようによっては協力してくれる子が増えた訳だし)

 

 そもそも、ボクがお師匠様に頼まれたのは、はぐれメタルの確保だったはず。

 

「それじゃ、はぐれメタルを捕まえるのに協力してくれるかな? あ、殺さない様にね?」

 

「「ゴオオオオオッ」」

 

「「フシャアアアッ」」

 

「ひうっ」

 

 みんなの応じる声に気合いが入りすぎててちょっと竦んじゃったけど、これだけ手伝ってくれる人がいればきっと上手く行くはず。

 

「じゃあ、行こっ」

 

 成功を確信し、こうしてエリザさんと合流すべく歩き出したボク達を待ち受けていたのは、何というか。

 

「あ、あの……このドラゴンさん達も悪気があってやった訳じゃないんです」

 

 エリザさんに弁護されつつも落ち込んで小さくなるスノードラゴン達と、氷付けになって完全に息絶えたはぐれメタルの死体だった。

 




 シャルロットが聖女として崇めたてられたようです。

 ついでに空城立案の智者、あっさり退場。エピちゃんのお姉さんが居なくなってようやくこの世の春が来たと思ったらこれだよ。


 ちなみに、このお話中のエリザさんたち。

1.はぐれメタル追跡

2.けん制及び方向修正ににスノードラゴンが氷のブレスしたり、自分の体を壁にしたりして進路妨害

3.はぐれメタルがブレスorプレス(進路を塞ごうと地面に寝そべる)の効果内へ飛び込んできて自滅

4.みんなのレベルが上がった。(シャルロットもレベルアップしてベホマズン修得)

5.シャルロットと合流

 だいたいこんな感じになってました。

 次回、第二百八十四話「で、俺はどこから突っ込めばいいんだ?」

 勢い余って殺られちゃったはぐれメタル。どうする、主人公?


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第二百八十四話「で、俺はどこから突っ込めばいいんだ?」

 

 突如前方の城から魔物が空高く舞い上がった時、俺は虚を突かれた。慌てて追いかけ、黄緑色のローブを纏ったそいつらがシャルロットへ襲いかかる前に何とか倒すことには成功したのだが、あれには本当にヒヤヒヤさせられた。

 

(と言うか、キメラの翼でこっちの頭上を飛び越えるとかいったい何処の誰が思いついたのやら)

 

 バラモスが想像以上に残念だったせいで敵を侮りすぎたのかも知れない。それについては、俺のミスだ。猛反省せねばならないとも思う、ただ。

 

「これは……一体、何がどうなった?」

 

 黄緑ローブの一団を倒したところで敵の攻勢が弱まり、それどころか大半の魔物が潰走し始めたので、ようやく他所へ目をやる余裕が出来た。ここまでは良い、そして無事シャルロット達と合流出来たのも重畳だろう。

 

「え、ええっと……」

 

 正直、説明して欲しかった。明らかに息絶えた発泡型潰れ灰色生き物数匹の骸と、叱られた子犬の様に小さくなっている数頭の水色東洋ドラゴン、目を泳がせるシャルロットとその後ろに控える魔物の集団。

 

「あ、あの、あの子達を許してあげて下さい」

 

 罪状さえ明らかになってないのに、弁護を始めてしまったエリザさん。

 

「あなたは誰と戦って居るんですか、法廷的な意味で」

 

 とか一瞬ツッコミたくなったが、自重してもう一度問う。

 

「何があった、シャルロット? はぐれメタルの件もだが、お前が後ろに従えている魔も」

 

「シュアゥゥゥ……」

 

「ゴオ、オ……」

 

 問いかけながら、後ろの魔物達をちらりと見たら、怯えられた。

 

「あ、みんな大丈夫だから。お師匠様は仲間にはやさ……優しい人だから」

 

(や、さっきまで散々同胞屠っていたから仕方ないと言えば仕方ないってのは解ってるんだけどさ)

 

 なんで一瞬言葉に詰まるんですか、シャルロットさん。

 

(あるぇ? ひょっとして……最初に助けた時に胸を触ったこととか色々気づいたとか?)

 

 いや、だがあれはルイーダさんとかが密告でもしない限りシャルロットは知りようがないはず。

 

(待て、ここで決めつけるのは危険だ)

 

 何か付け加えようとして撤回した可能性もある。

 

(……って、そんなことを考えている場合かっ)

 

 優先すべきは、状況確認だ。

 

「エリザ、説明して貰えるか? シャルロットは魔物を宥めるのに手一杯のようだからな」

 

 これで俺が魔物の言いたいことを理解出来たらとなりにいる氷塊の魔物へ聞くのだが、是非もない。

 

「あ、はい。その、この子達も悪気があった訳じゃ無いんです。その――」

 

 前置きで再び水色東洋ドラゴンを庇いつつエリザは説明を始め。

 

「なるほどな」

 

 とりあえず、追いかけつつの牽制でうっかりやっちゃったというか、速度が付きすぎてた発泡型潰れ灰色生き物が手の込んだ自殺に走ったところまでは理解した。

 

「「フシュオ」」

 

「いや、事故は誰にでも起きうる。それを咎めるつもりはない」

 

 いくら言葉がわからなくても、状況と態度を見れば鳴き声が許しか断罪のどちらかを請うものだということぐらいの見当はつく。

 

「それに、まだ手はあるからな。シャルロット、この骸の氷をベギラマで溶かせるか?」

 

「で、お……様は……て、あ、まだそう言う……ゃないん……えっ? あ、はい。けど、どうするんです?」

 

 魔物とお話し中に呼んでしまうことになったが、そこは勘弁して貰うしかない。

 

「先程倒したエビルマージが、この世界樹の葉を持っていた。すりつぶして与えるとザオリクの呪文と同じ効果があると聞く。あとは……わかるな?」

 

「そっか、後ろの子達にこのはぐれメタルの名前を知ってる子がいないか聞いてみて、名前を呼びかけつつその葉を使って貰うんですね」

 

「正解だ。倒したエビルマージは複数居たからな。俺は引き返して死体を漁ってくる。葉が複数手に入れば蘇生の可能性もあがる」

 

 ゲームでは魔物が魔物にザオリクを使っても蘇生が叶った。同じ条件が働いているなら、シャルロットの後ろにいた魔物が使うことで、俺達の仲間ではない発泡型潰れ灰色生き物が生き返る可能性はある。

 

「まぁ、絶対という訳ではないけどな」

 

 そう言いつつ、肩をすくめて踵を返そうとした俺は。

 

「フシャアアッ」

 

「ぐおっ?!」

 

 背中にいきなり感じた衝撃を感じ、次の瞬間には視界一杯に地面が迫っていた。

 

「っ、何のつも」

 

「シュフシュオオオッ」

 

 跳ね起きて身構えた俺は詰問しようとして言葉を失う。俺を転ばせたと思わしき水色東洋ドラゴンは必死な様子で俺の足にすがりついてきたのだ。

 

「「あ……」」

 

「……そう言うことか」

 

 その鳴き声の意味を察したらしく、女性二名が声を上げるが、シャルロット達の表情と、自分が何をしに行こうとしていたかで、だいたいのことは察した。この場にいた魔物と言うことであれば、俺は同胞の仇だというのに、ドラゴンの瞳にあったのは敵意や憎悪以外の何かだったのだから。

 

「生き返らせて欲しい者がいる、と言うことだな?」

 

「はい、お師匠様。この子の親がさっきの戦いで命を落としていて……」

 

「ふむ。……一応聞いておくが、シャルロット、お前の精神力は?」

 

 たぶん蘇生呪文のザオラルを行使出来る程残っていないのだとは思うが、敢えて聞く。

 

「すみません、緊急脱出用にルーラが一度唱えられるかどうかでつ」

 

「いや、すまんな、意地の悪いことを聞いた。そうなってくると、救える者の数は最大でも世界樹の葉の数か」

 

 俺自身がザオリクを使えば別だが、シャルロット達の前で使う訳にもいかず、そもそもシャルロットかエリザの通訳を解さないと助ける相手の名を知る術がない。

 

(はぐれメタルなら当てずっぽうで呼んでみるという手もあるんだけどなぁ)

 

 それとも、追加で葉を見つけたら蘇生を試してみると言う名目で先に名前を聞き出し、葉を探しに行くふりをしてこっそり蘇生呪文を使うか。

 

「……というわけだ、こちらにも事情はある。あまり期待するなよ?」 

 

「フシュオオオッ」

 

 こちらの言葉がわかっているのか、解っていないのか。嬉しそうに鳴いたと言うことは人の言葉は理解している方だと思う、ただ。

 

「ちょっ、だ、駄目」

 

 水色東洋ドラゴンの鳴き声を聞いた直後、シャルロットが血相を変え。

 

「ところで、エリザ。さっきの鳴き声だが……」

 

 嫌な予感がした俺は水色の身体に抱きつかれたというか巻き付かれたまま、通訳を求めた。

 

「あ、えっと……」

 

「何故そこで言葉に詰まる?」

 

 嫌な予感が更に増し行く中。

 

「フシャオ?」

 

「え、駄目な理由? そ、それは、ええっと……」

 

 俺はシャルロットとドラゴンのやりとりを聞きつつ密かに祈る。また変な墓穴を掘っては居ません様に、と。

 




迎撃の魔物を退け、状況を大まかに把握した主人公。

はぐれメタルを蘇生させる為、あちこちへ骸の転がる戦場へと戻る。

次回、第二百八十五話「たたかいのあとに」



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第二百八十五話「たたかいのあとに(閲覧注意)」

 

「とにかく、離れて貰えるか? これでは世界樹の葉を探しにいけん」

 

 巻き付いてきていた水色東洋ドラゴンにはそう言って、離れて貰った。

 

「さてと……」

 

 グロい死体を漁らなければいけないというのは、精神的にきついものがあるがこれも自分がまいた種。

 

(こんな時カナメさんが居てくれたら……って、よく考えると俺はカナメさん達に毎回そんなことをさせていたのか)

 

 今頃になって自分の至らなさに気づくものの、詫びるべき人はここにいなくて、目の前にあるのは血と土で出来た泥濘に横たわる幾つもの骸。

 

「確かあの辺りだったな……あれか」

 

 黄緑色のローブが草と同化して見つけにくいかとも思ったが、何のこともない。毒々しい血の色が血に汚れていないローブの色を際だたせていた。

 

「……っ、これはまた」

 

 歩み寄れば、モザイクがかかってもおかしくないような光景であることが解ってきたものの、この場にいる盗賊は俺一人だ。

 

(とりあえず、この連中の中に女性が居なかったのは救いかな)

 

 シャルロットが危ないと思って咄嗟にブーメランを投げたから、あの時は性別がどうこうなどと考えている余裕はなかった。

 

(明らかにバラモス派の魔物だろうから、レタイト達の友人とかは混じっていないと思うけど)

 

 親衛隊の誰かに着いてきて貰っていれば、味方に引き込んで死者をもっと減らせただろうか。

 

(いけないいけない、「~たら~れば」は禁物だよな)

 

 そも、知り合いが居たなら蘇生呪文のザオリクで生き返らせると言う最終手段もあるのだから。

 

(レタイト達の友人なら、勇者一行ってギリギリこじつけられるレベルの筈)

 

 一定以上の遺体が残っており、相手の名前が解っていて、勇者一行に所属していることの三条件をクリアしていればいいのだ。

 

(聞くだけなら割と万能そうにもとれるなぁ。……ただ)

 

 ほこらの牢獄で救えなかった人、おばちゃんの旦那さんと言う前例もある。それに、はぐれメタルを確保しに来た理由の大元である竜の女王は蘇生不可能なことも解っている。

 

(そりゃ、全てを救おうなんて烏滸がましかったり傲慢だったりするんだろうけど)

 

 些少インチキをしてでも救いたいと思ってしまう俺が居た。

 

「ん? とりあえず一つめか。……しかし、こいつらは何故、これを持ってるのやら」

 

 やはり倒された仲間を生き返らせるのに使うのか。

 

「の、割には逆に仲間を殺していたな」

 

 今懐を漁ってる黄緑ローブの魔物達が名乗ったのは、督戦隊だったか。

 

「まぁ、死兵と言うか退路を断たれた兵を作ると言うところまでは確かに効果的だったかもしれん」

 

 俺に対してだったら、無駄な被害を増やすだけに終わっただろうが、この黄緑ローブ達の狙いはおそらくシャルロットだった。

 

(シャルロットがギガデインまで使えれば、結果も変わっていただろうが……いや)

 

 倒れた魔物達の中、どれが味方でどれが敵か解らない状況下で範囲攻撃呪文を撃とうとしたら、シャルロットの性格なら、躊躇うか。

 

「まさか、そこまで考えていたとでも……」

 

 こちらを一度は出し抜いてくれた相手だ、知恵が回るのは間違いない。

 

「なら、甘く見る訳にはいかんな」

 

 野戦でこれだけの策を練ってきたのだ、城の中はどうなっていることやら。

 

「まぁ、敗走して城に逃げ込んだ連中が侵入者撃退用の罠に引っかかって全滅とかしていたら『やっぱりただの馬鹿だった』でいいかもしれんが」

 

 流石にそこまでベタなオチが待っているとは思えない。

 

「……ふむ、これで二枚目か」

 

 考え事をしていても、身体はきちんと動いてくれているらしい。

 

「もう少し手に入るかと思ったが」

 

 ゲームで言うところの落として行く確率はかなり低いのだろう。調べ終えた印の付いた死体はもう半数を超えていた。

 

(これはこっそり蘇生呪文コースかなぁ、うん)

 

 もしくは、シャルロットに精神力を回復して貰ってザオラルを唱えて貰うか。

 

(世界樹から一度に摘めるのは一枚だけだったし)

 

 お一人様一個限りの特売へ家族でばらけて人数分確保する様にシャルロットの手懐けた魔物の団体さんに一体一枚のノルマで収穫して貰うと言う手もあるが、収穫して戻ってきた日には、この辺りの死体も鳥や獣に荒らされたり、虫が集ったりして更に酷い状況になって対面しかねない。

 

(やはり、一応ザオリクをまず試してみるか)

 

 葉が沢山手に入ったらその場で試してもみたいからと理由をでっち上げて、あの巻き付いてきたドラゴンの親については名前を聞いてある。

 

「駄目なら駄目で、その時だな」

 

 悩んでいたところで時間の浪費でしかないことは解っていたのだ。

 

「シャルロットの話では、身体を両断されたスノードラゴンだった筈……と、なると」

 

 黄緑ローブの死体から離れ、シャルロットが手当を行っていたらしい場所まで移動して、俺は周囲を見回した。

 

「なんと、やくそうを見つけた! ……って、違う」

 

 余程大変な状況だったからか、それとも手当に向かおうとしてあの督戦隊に攻撃された魔物の手から落ちたのか、あちこちに転がるのは、焦げたり血に汚れた薬草達と倒れ伏すいくつもの骸、そして石像の残骸。

 

「石像はさておき、これも割と骨だな」

 

 ほのおのブーメランは地面と平行に飛ぶ。つまりは、俺のブーメランで即死もしくは致命傷を負った水色東洋ドラゴン達はだいたいが上半身と下半身という形で両断されて事切れていたのだ。

 

「総当たり、はきついモノがあるな。となると、ヒントはシャルロットに縋ったと言う点か」

 

 薬草の分布から最初にシャルロットの居た場所を特定し、付近のスノードラゴンに絞れば、効率も上がるはず。

 

「と言う訳で、レミラーマッ」

 

 俺が呪文を唱えた瞬間、周囲のあちこちが光った。

 




と言う訳で、死体漁りのお話でした。

次回、第二百八十六話「はぐれメタル」

子スノードラゴンの親も蘇生させられるといいなぁ。


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第二百八十六話「はぐれメタル」

 

「ふむ、おそらくはこの骸で間違いなかろう」

 

 薬草の位置からだいたいの見当を付け、立ち止まった足下に横たわるのは水色をしたドラゴンの骸が一つ。

 

(さてと、あとはシャルロットが何をしているか、だなぁ)

 

 こちらを注視されていたのでは、世界樹の葉ではなくザオリクの呪文を使ったことがバレる可能性もある。

 

(あ、居た……って、やっぱこっち見てるか)

 

 魔物の骸以外遮蔽物のない場所なのだ、見晴らしはもの凄く良い。

 

「ん? あれは丸か?」

 

 よく見れば、こちらに視線をやるシャルロットは、両手で大きな「○」を作っている様に見えた。

 

(そっか、この死体で正解と……)

 

 教えてくれるのはありがたいが、この状況はありがたくない。

 

(うーむ)

 

 諦めて世界樹の葉の方を使うか、それとも開き直って呪文を使ってしまうか。

 

「いや、もう一つあるな……よし」

 

 俺は水色東洋ドラゴンの骸に目印を付け、踵を返した。何もせず帰ってくる俺に丸を作ったままのシャルロットが驚いている様に見えるが、まぁ当然だろう。

 

(何もせず戻ってくるんだもんな)

 

 だが、これにも理由はある。

 

(シャルロットの視線が邪魔なら、こっちに注意する余裕をなくしてやればいい……何でこんなことにもっと早く気づかなかったのやら)

 

 要するに、世界樹の葉をシャルロットに一枚渡し、こっちが蘇生を試みている間、発泡型灰色生き物の蘇生を試していて貰おうと言う訳だ。

 

(そもそもそっちがメインな訳だし)

 

 俺が蘇生を試すまでの時間を無駄にする必要はない。

 

「どうされたんです、あの子の親は」

 

「ああ、そのことで少し、な。とりあえず手に入れられた世界樹の葉は二枚だけだった。想定より手に入らなかったが、この内一枚を先にお前へ渡しておこうと思ったのが一つだ。ほら」

 

 声の届く距離まで来て、質問してきたシャルロットへ説明しつつ、戦利品を見せ、うち一方を差し出す。

 

「これが、せかいじゅの……は」

 

「俺がこいつを使う間を無為に過ごすことはない。そっちでも蘇生を試みておいてくれ……あ、残ったはぐれメタルの死体も埋葬したりしないようにな。アンの元に運べば蘇生出来るやもしれん」

 

 暫く前に別れたっきりで、ほこらの牢獄での一件から立ち直っているかも定かでないが、スレッジは魔法使い。俺が他人に成り済ましてザオリクを使うにはまた偽りの姿を考える必要があるし、その間不在になると言う問題を解決しないかぎり実行にも移せないのだから、是非もない。

 

「そっか、あの人も居たんでしたね……」

 

「あ、ああ。別れる時、一人にして欲しいと言って居たからな……頼りに行くのも少々気が引けるが、教会の神父に頼る訳にもいかんしな」

 

 流石に怒られるとか言うレベル以前に拒絶されるんじゃないかな、と思う。

 

「一応お前の精神力が回復するのを待つという選択肢もあるが」

 

「流石に時間がかかりすぎますよね。それにザオラルは失敗もしますし」

 

「ああ」

 

 そもそも発泡型潰れ生き物側は敵モンスターの蘇生というケースだ。こじつけ理由が弱いからシャルロットに従った魔物が世界樹の葉を使う場合でなければ、成功率はさらに低くなると思う。

 

「わかりまちた。それじゃ、ボクもやって貰ってみます」

 

「頼むぞ。ただ、相手ははぐれメタル……生き返った直後、事情説明さえ出来ないまま逃がさんようにな?」

 

 とりあえず、上手いこと希望に近い展開へ持って行けたことに安堵しつつも、俺は一つ気がかりを覚えて釘を刺す。

 

「あ、はい。それじゃ、みんなに壁になってもらった中で試してみようと思いまつ」

 

「そうか、それなら安心だな……ん? シャルロット、それは?」

 

 シャルロットの答えに安堵しつつ今度こそ踵を返そうとした俺は、シャルロットが見慣れぬ板を袋から取り出しているのを見つけ、思わず問うた。

 

「え? あ、これですか? 携帯用の折りたたみ棺桶の部品です。組み立てて、残ったはぐれメタルの死体を入れようかなぁって」

 

「か、棺桶……か」

 

 ゲームで死亡したキャラクターが棺桶のグラフィックに変わるのだが、まさかこんな形で反映されているとは想定外である。

 

「はい。自分が入る可能性もあると思うと複雑なモノがあるんですけどね」

 

「そ、そうだな」

 

 困った様に笑うシャルロットへ応じる自分の顔が引きつってないと良いのだけれど。

 

「すまん、つまらないことを聞いた」

 

「いえ、お師匠様もあの子の親のこと宜しくお願いしますね?」

 

「ああ……出来る限りのことはしてみるつもりだ」

 

 一応子ドラゴンが仲間になっている分、発泡型潰れ生き物と違って俺の呪文でも対処は可能なはず。

 

(うまく行けば、世界樹の葉を一枚ストックだって出来るし)

 

 悪くはない。

 

「ではな、シャルロット。そっちも上手くやれよ」

 

 軽く手を挙げて弟子に背を向け、歩き出した俺は、そのまま歩き出した。釘も刺したし、シャルロットなら大丈夫だろう。

 

「うみゃあああっ」

 

「な」

 

 思った矢先に悲鳴があがるなどと、誰が予想するだろうか。

 

(くっ、甘かった。何処かで様子を見ていた魔物が居て俺が離れたのを好機と見たのか)

 

 悲鳴が上がった直後、即座に振り向いては見たのだが、悲鳴の主は魔物で作られた壁で見えず。

 

「嫌っ、あ」

 

(シャルロットが悲鳴をあげてるのになんでじっとして……いや、隙間なく積み上がってるせいで、下手に動けないのか)

 

 想定外の状況に焦る気持ちを心の冷静な部分で御しつつ、俺は魔物の壁をにらみつけたまま駆け出した。

 

「無事で居ろよシャルロット」

 

 この身体のスペックなら、大した時間はかからない。問題は中のシャルロットが無事かどうかだ。

 

「駄目っ、奥まで入ってこないでぇっ」

 

「え、奥? 入る? あ」

 

 前のモノと比べて何処か艶っぽい悲鳴に一瞬気をとられた俺は、足下に転がっていた石の小指に思いっきり足を取られ。

 

「がべっ」

 

 本日二度目の転倒をしたのだった。

 




途中で書き直し。おそくなりまして、すみません。


次回、第二百八十七話「発泡型潰れ生き物」


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第二百八十七話「発泡型潰れ生き物」

 

「い、生き返ったはぐれメタルがシャルロットさんの鎧の中に」

 

「あ、あぁ……声からしてそんなことだろうとは思った」

 

 気が付けば自分を殺した魔物達に囲まれて逃げ場がない、そんな状況に置かれた発泡型潰れ灰色生き物がパニックに陥りながらも何処かに隠れようとした結果が、エリザの語る状況なのだろう。

 

(けどさ、メタル系モンスターって、かならず せくはら しなきゃ いけない ルール とか が そんざい するんですか?)

 

 下着を被って走り回った灰色生き物も酷かったが、タチの悪さで言うならこっちが上だ。

 

「しかし、この状況……俺が手を出すわけにもいかん」

 

 鎧の中に入ったなら、方法は限られてくる。

 

「追い出すか、引きずり出すか、誘き出すか――もしくは鎧自体を脱がせるかぐらいしか思いつかんが、どれも……な」

 

 男の俺が手助けしたら社会的に死ぬのは間違いない。

 

「すまんが、シャルロットの救助を頼めるか?」

 

「え?」

 

 俺がシャルロットなら、異性にそんな姿は見せたくないし、声を聞かれていた事を知っただけでものたうち回りたくなると思う、と言うか何というか。

 

「ふぇ? あ、ちょ、ちょっと、そ、そこは」

 

(うん、今すぐ全力で逃げ出したい)

 

 これはフラグだ。時々ポカをやらかす俺でも解る。師匠がこの場に居たことを後でシャルロットが知って、凹むか荒れるか、ともかく一波乱訪れるのだろう。

 

「お前がシャルロットだったとしたら、俺にああいう状況にあったことは知られたくあるまい? 異性が出て行くと拙い以前に、俺がここにいたことをシャルロットへ悟らせることも拙いのだ。俺は気づかなかったことにして親スノードラゴンの蘇生を試みに戻る」

 

 しゃるろっと の うわずった こえ に うしろがみ を ひかれる こと なんて ない。

 

「んぁ、やっ、やぁっ」

 

 思わず耳で声を拾ってしまう何てことはなかった。

 

「……頼んだぞ」

 

「あ、ちょ、ちょっと」

 

 エリザは何か言いたげだったが、こちらにも譲れぬモノがある。

 

(まぁ、あの発泡型潰れ灰色生き物に関しては、マリクの相手が終わったらジパングでスノードラゴンハーレムでも楽しんで貰うけど)

 

 シャルロットにあんな事をしたのだ、報いは当然受けさせる。その前にボロ雑巾の様になるまでこき使ってやるつもりだが。

 

(はぐれメタルとの模擬戦が出来れば、勇者一行やクシナタ隊も大幅に強化出来るもんなぁ)

 

 効率を考えるなら、しとめたはぐれメタルは全て蘇生を試して数を揃える必要があるが、仲間になった魔物を率いて世界樹へ出かけ、一人一枚葉を摘ませれば、多分おつりが来る。

 

「一つだけ不本意な点を挙げるとしたら、城への侵入計画がおじゃんになったことだな」

 

 対策を完全に立てられた訳でなく、行き当たりばったりの感は否めないが、それでも身構えては居たのだ。

 

(肩すかしを食らったというか、何というか)

 

 今回は、いろんな意味で想定外の方向へ転がりすぎた。

 

(クシナタさん達と再会したら何と言われることやら……その前におろちか)

 

 あんなに多くの魔物をゾロゾロ連れ歩ける訳がない。何処かに預けるしかないだろうが、イシスの格闘場へ預けるのはいささか拙い。

 

(イシスを襲ったのと同種の魔物を大量に預けに行くとか、嫌がらせ以外の何だって話だし)

 

 同族が多く、国主も魔物のジパングと比べれば、ジパングの方に軍配が上がる。

 

(このネクロゴンドも山地が多い土地だからなぁ)

 

 水色東洋ドラゴンにしても、昼間はとことん暑くなる砂漠とこの地に地形の似たジパングのどちらで暮らしたいかを選ばせれば、後者を選ぶと思うのだ。

 

(まぁ、発泡型潰れ灰色生き物には選択権なんて与えないけどな)

 

 別に羨ましいからとか妬ましいからとか、そんな理由ではない。あいつにはマリクの模擬戦相手をやって貰わなければ困るのだ。

 

(その為にわざわざバラモス城まで来たんだからな)

 

 俺に倒された城の魔物は、ある意味酷いとばっちりだったかも知れないが、向かってきたのはあちらなので、その辺りは諦めて貰おうと思う。

 

(と言うか……今回の「督戦」とやらで下手すればバラモスの人望は相当悲惨なことになってるんじゃないだろうか)

 

 味方殺しを許可し、送り出した督戦隊は全滅。迎撃の軍勢にも被害を出し、一部が敵に寝返ってまでいる。

 

(城内の魔物に向けてこちらの魔物に説得させたら、裏切りが続出するんじゃないか、これって)

 

 寝返り工作するならば、バラモス側が失態をやらかした今は明らかに好機に思える。

 

(ただなぁ……ここでバラモスの部下がごっそり減ると、今度こそこれまで以上に想定外な行動をし出すかもしれないし)

 

 例えば、城の防衛を諦めざるを得ないと判断、叱責覚悟でバラモスがアレフガルドへ逃げ帰るなんて展開にでもなったとしたら。

 

(アリアハンの国王は追い払ったからそれで良し、とするのか。「追跡して引導を渡してこい」とシャルロットへ追撃を命じるのか)

 

 原作を知る俺からすれば前者は論外だが、アリアハン国王を含め、この世界の人々は知らない。バラモスがゾーマという名の大魔王のしもべに過ぎないことを。

 

(前者で安心してたら数ヶ月後、アレフガルドに棲息する今までと段違いの強さの魔物を率いて本気になったゾーマ軍の侵略が始まる……と。まぁ、そんなことになる前に忠告が行くと思うけれど)

 

 シャルロットへ夢で語りかけたルビスの使いが、シャルロットに。

 

(シャルロットへ接触した理由だって、ルビスを解放して欲しいからとかだろうし。そうなってくると、バラモスを追い払ったぐらいで満足されちゃ拙い……って、ちょっと先走り過ぎだな。まだバラモスが逃げ帰るって決まった訳でもないのに)

 

 現実逃避というか、後方の声を出来るだけ意識しない様にしようとした結果、ちょっと思考が暴走したらしい。

 

「いかんな、これから一仕事あるというのに」

 

 蘇生後のハプニングはさておき、シャルロットには先を越されているのだ。

 

「雑念まみれでは、成功するものとて成功せん。今は蘇生に全力を注がねば」

 

 目印を残したから、骸を間違える可能性はない。

 

「さて、始めるとするか」

 

 足を止めた俺は、片膝をつき、祈り始めた。

 




ふぅ、やっぱり健全な闇谷では、これが精一杯ですね。

次回、第二百八十八話「えいしょう、いのり、ねんじろ」

え、ゲームが違う?


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第二百八十八話「えいしょう、いのり、ねんじろ」

「……ザオリク」

 

 詠唱を終え、呪文を唱える。

 

(名前は解っている。子供の方との繋がりでこじつけも出来ているはず)

 

 例によって肉体が構成されて行くシーンはグロいので、目を瞑ったまま、だが意識を取り戻したところで向こうの発泡型灰色生き物のように混乱して予期せぬ行動をすることも想定し、身構えつつ耳を澄ませた。

 

「これは……失敗か」

 

 何の物音すらしない様子に目を開いてみれば、案の定。死体は依然死体のまま。

 

「集中力を欠いたから……と言うことはないな」

 

 こじつけがうまく行かなかったのか、それとも。

 

(……もう一度蘇生呪文をかけてみるか)

 

 ゲームで言うところの「しかし なに も おこらなかった」になりそうな気がしたものの、一度失敗しただけで諦める訳にも行かない。

 

「ザオリク」

 

 もう一度呪文を唱えてみた、何も起こらない。

 

「むぅ」

 

 最初のザオリクと状況は同じままで唱えたのだ、効果が無くても驚きはしないが、蘇生呪文を唱えただけではどうにもならないことが証明されてしまった訳でもある。

 

「衰弱している訳ではないから意味があるとは思えんが、魔物を呼び出して戦闘中に蘇生呪文をかけてみるべきか」

 

 もしくは世界樹の葉を試してみるべきか。

 

(けど、葉を使うなら俺じゃなくてシャルロットが助けた魔物に使って貰った方が成功する可能性は高いよなぁ)

 

 だいたい、葉を使うなら魔物が立ち会っても口止めの必要もない。

 

「このタイミングで引き返すのは微妙に気がひけるが……やむを得まい」

 

 子ドラゴンを連れて行こうと思っていたが、シャルロットの鎧の中にはぐれメタルが逃げ込んだ一件で動揺し忘れていた、と言うことにすればエリザには納得して貰えるだろう。

 

(とにかく、あの子ドラゴンを連れてこないと)

 

 発泡型潰れ生き物が生き返ったことで、あの子ドラゴンの親も大丈夫だとどこか楽観的に捉えていたが、その結果が蘇生失敗である。

 

「今度は万全を期す……が、その前に」

 

 俺は鞄を開けると、布を取り出して、水色東洋ドラゴンの骸にかけた。

 

(魔物なら、要らない気遣いかも知れないけど)

 

 子ドラゴンにとっては親だ。

 

「世界樹の葉を使うなら顔が見えていればいい」

 

 致命傷を与えた人間が今更何をと言われるかもしれないが、仇である俺に抱きついてまできた子ドラゴンのことを思うと、どうしてもそうしたくなった。

 

(後ろめたさからって言われても否定は出来ないよな)

 

 だが、今は考える時でも、弁解する時でも、詫びる時でもない。動く時だ。

 

「うまく行くならそれで良し……だが」

 

 うまく行かなかったら、どうするか。

 

(一応、「あまり期待するなよ」とは言ってはあるけど……)

 

 世界樹の葉を探しに行こうとした時の反応を思い出すと、蘇生が失敗した時のことは考えたくない。

 

(ただ、なぁ……)

 

 世界はこちらの都合に合わせて回ってはくれない。

 

「いかん、また思考がネガティブな方へ……」

 

 呪文に依る蘇生が失敗したことは俺自身が思っている以上に自分にとってショックだったのか。

 

(いや、まぁ……自分で取りうるべき手段が殆どなくて、子供の水色ドラゴンが頼りともなれば仕方ないのかも……)

 

 そう言えば、あのドラゴンは人間換算だと何歳くらいなのだろう。

 

(ああ、駄目だ。聞いてみて一ケタとか十代前半だったら)

 

 まず、ロリコン疑惑が発生する。

 

(って、発生するかぁぁぁぁぁっ!)

 

 これをナイスと言うべきか、不謹慎と窘めるべきか。

 

(時々、わかんなくなることあるよね。「何をどうしてそうなった、自分の想像力」って)

 

 だが、冷静に考えてみると、はっとさせられることもある。

 

(うん。何の脈絡もなく年齢なんか聞き出したら、変な誤解されるわなぁ)

 

 そう考えてしまえば、墓穴掘りを一回回避出来たともとれる。

 

「だいたい、年齢を聞くにしても何を言いたいのか理解出来ない時点で、その仮定は成立せんだろうに」

 

 と、同時に理論の穴も見えてきたけれど、まぁ、まともに討論する様な内容でもない。

 

(悲観しすぎてもあれだけど、連想の果てに思考が迷子になってもね)

 

 尚、思考が迷子については常習犯という指摘は、受け付けない。

 

(だいたい、もう自分の想像力と遊んでる時間は終わりみたいだし)

 

 きっと、気になっていたのだろう。

 

「フシュオオオッ」

 

「そうか、まぁ当然だな」

 

 シャルロットの元に戻るつもりで歩き始めていた俺は、途中で件の子ドラゴンと鉢合わせのだ。

 

「あ、すみません。ちょっと目を離したらその子行っちゃって」

 

 箒に乗って追いかけてきたエリザとも。

 

「いや、気にするな。それよりも、お前がここに居ると言うことは、シャルロットの方はもう良いのか?」

 

 さうんどおんりーだったものの、漏れてくるシャルロットの悲鳴とかを聞いた俺としては、この短時間で救助を頼んだエリザがフリーになっていることに驚きを隠せないのだが。

 

「あ、はい。メタルスライムに効果的だったからって食べ物で釣ったら、あっさり大人しくなりまして」

 

「なるほど、食べ物か」

 

 言われてはたと膝を打つとは俺もまだまだなのかもしれない。

 

「では……後はこちらだけ、と言う訳だな」

 

 子ドラゴンと合流も出来た。後は戻って子ドラゴンへ世界樹の葉を渡し、成り行きを見守るだけなのだが。

 

「はい……どうかされました?」

 

「いや、何でもない」

 

 ただ、俺は今だ心の何処かで不安を消せずにいたのだった。

 

 




 主人公、自分とコントする。 

 次回、第二百八十九話「奇跡を願いて」



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第二百八十九話「奇跡を願いて」

 

「これが世界樹の葉だ。すりつぶして与えることで死者を復活させると聞くが……」

 

 実際に使ったことのない俺はちらりとエリザを見る。

 

「あ、はい。それで間違ってません」

 

「だ、そうだ。蘇生とは魂をこちらに呼び戻すものでもある。そう言う意味で呼びかけつつ与えるのは、子供のお前が適任だろう。受け取るといい」

 

 エリザの言葉を受ける形で続けると、子ドラゴンへ葉を差し出した。

 

「フシュオァ……シュ、ア」

 

 緊張しているのだろう。少し躊躇いがちに近寄ってきた水色のやや小さなドラゴンは控えめに口を開けると、葉の端をくわえ、持って行く。

 

(前足は使わないのか)

 

 きっと指の本数的に、掴むよりは口にくわえた方が良いという判断だと思う。

 

(そも、あの前足じゃすりつぶすのも難しい、か。だから、口に入れて歯で磨り潰すと)

 

 全ては親を生き返らせる為。

 

「上手く、行くと良いが……」

 

「そ、そうですね」

 

「ああ」

 

 健気さには成功を祈りたくなるものの、どうしても蘇生呪文の失敗が引っかかる。相づちを打つエリザと共に俺はじっと成り行きを見守る。

 

(ゲームでも戦闘中仲間にアイテムを使うモンスターは居た気がするんだよなぁ)

 

 仲間とこじつけて成功した蘇生呪文のケースもある。だからより仲間という意味で無理のない子ドラゴンへ葉を託したのだ。

 

「ホハホォ……ホハ」

 

(ここで下手に手を貸しちゃったら、渡した意味が……ね)

 

 親へ磨り潰した葉を与えようとするものの、上手く行かず、口に葉を磨り潰したモノを入れつつまごつく子ドラゴンにまどろっこしさというか歯がゆさを感じても、ただ、耐えるのみ。

 

「あ、あとちょっと……ああ、惜しい」

 

 一緒に見守るエリザの口から漏れる声が色々代弁してくれて、こちらが口にすることは何もない。

 

(問題は、世界樹の葉を使ってからなんだけど)

 

 ザオリクの時の様に効果がないか、それとも。

 

「あ」

 

 見守り続ける中、エリザが声を上げたのは、子ドラゴンがようやく世界樹の葉を使うのに成功したからだった。

 

(口移し……いや、まぁ、だいたいそんなモノじゃないかと思っていましたよ、うん)

 

 ひょっとしたら発泡型潰れ灰色生き物がシャルロットの鎧の中に逃げ込む何て真似をしでかしたのは、意識が戻った直後に見たのが、自分を押し潰したスノードラゴンの顔のどアップだったからなのでは無かろうか。

 

(だとすれば少しぐらいは同情出来るかなぁ)

 

 もちろん、許さないが。

 

(ま、今はそんなことを考えてる場合じゃない)

 

 重要なのは、成功か失敗か。

 

「フシュアッ」

 

(生き返るなら、上半身だけのままの筈がない。肉体の再生が先に起こるはず)

 

 自然と俺の視線は、呼びかける子ドラゴンではなく立ち去る前にかけた布へと向き。

 

「っ」

 

 布を押し上げて盛り上がり始める様へ目を見張る。

 

「あ、あれは」

 

「肉体の再生が始まったらしいな」

 

 奇跡は起こったらしい。

 

「フシュアアアッ」

 

(何というか、悪い方に取りすぎていたのかもな)

 

 俺の呼びかけつつ与えると言う指示を守る子ドラゴンをチラ見した俺は密かに胸をなで下ろす。

 

「……これで、後はシャルロットと合流すればいいな」

 

 もはや城に乗り込む必要もほぼ無い。討伐に来た時に備えて偵察をしておくといった理由ぐらいだが、まだオーブを集めきっていない上、マリクの修行も中途半端、やり残していることが幾つかある。本格的に攻め込むにはまだ後のことになるだろう。

 

(下手に偵察してそれを気取られ、警備態勢に手を加えられたりするぐらいなら、偵察は攻め込む直前でいい)

 

 バラモスをあまり追いつめすぎても良くない。

 

「仲間になった魔物を癒して精神力が尽きたから」

 

 と言う理由で撤退したと見せかける。

 

(シャルロットの精神力が底を尽きそうなのは事実だし)

 

 不自然さはないと思う。

 

(もっとも、バラモスは裏切った魔物まで戦力にくわえて攻め込んでくると考えるかな)

 

 そうなると、バラモスとの決戦はちょっとめんどくさいことになる。

 

(ゲームでは少人数で乗り込んだから、時々出てくる敵と戦いつつ奥に進む展開になったんだと思う訳だけど)

 

 端から数で攻めてくると考えていたなら、数を集めてぶつけてくるのが普通だ。

 

(つまり、軍団対軍団。合戦になる)

 それはおそらく、今日の戦いを拡大したようなモノ。

 

(しかも敵の一部を取り込んだとは言え、取り込めたのは、迎撃に出てきた魔物の二割が良いところだし)

 

 シャルロットが督戦隊に倒された魔物を蘇生呪文で生き返らせれば、もっと増えるとは思うが、やはり圧倒的に数の面では不利だ。

 

(ってことは、本番ではルーラであの城まで行くのは無理だな)

 

 ゲームの時同様、少人数で潜入するパターンを取らないと、一人あたま数十、いや数百の魔物を相手にしないといけなくなるかもしれない。ならば、城の前に直接飛んで行く様な目立つ到着は無理だ。

 

(結局、魔物が棲息出来ない高度を飛べる不死鳥ラーミアに乗って行くか、飛べる魔物に乗ってこっそり高山を越えるかの二択かなぁ)

 

 おそらく攻め込む時にはオーブも集まっているだろうし、不死鳥は蘇っていると思う。

 

(まぁ、どちらの手段をとるかは今決めなくても――)

 

 そんな風に今後の予定に思いを馳せていた俺は、気づかなかった。

 

「フシュアアアッ」

 

「ん?」

 

 一際大きく子ドラゴンが鳴くまで、その事態に。

 

「どうした?」

 

「そ、それが……親のドラゴンが意識を取り戻さないみたいなんです。肉体は元に戻っているのに」

 

「何……?」

 

 蘇生については全く効果がない場合と、普通に生き返る場合の二パターンしかないと思っていた。だからこそ、この結果は本当に想定外だった。

 




まさかの展開。

次回、第二百九十話「奇跡と呼ぶには、皮肉すぎ……」

 悲しげな子竜の呼び声は戦場跡に響く。



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第二百九十話「奇跡と呼ぶには、皮肉すぎ……」

 

「フシュオオオッ」

 

 子ドラゴンは呼びかけ続けているが、横たわる親ドラゴンが意識を取り戻す様子はない。

 

「微弱ながらも呼吸はしてるのだがな」

 

 流石にもはや見守るだけという訳にもいかず、側へ寄って色々調べついでにこっそり眠った者を起こすザメハの呪文まで使ってみたが、まるで効果はなかった。

 

「……睡眠や気絶、昏睡ではないと言うことか」

 

「それって、どう言うことですか?」

 

 つい、口から漏れてしまった呟きを拾われたのは、迂闊だったと思う。

 

「ああ、これはまだ推測なのだが……」

 

 だが、ここからとぼけてもおそらくどうしようもない。

 

「世界樹の葉は肉体を再生させた。だが、それだけだったと言うことだ。先日、蘇生呪文について夫を生き返らせたいと言う女性と色々調べてな。彼女は蘇生呪文の使い手だった。だからこそ、蘇生の仕組みについても知る機会を得たのだが」

 

 蘇生呪文であるザオリクの場合、魂を呼び戻してから肉体を再生する。

 

「『忠実なる神のしもべ誰々の彷徨えるみたまを今ここによび戻したまえ』これは教会の神父が蘇生させる時に口にするものだが、『みたまを呼び戻したまえ』であり、『肉体を再構成したまえ』ではない。つまり、魂の帰還に重きを置いている訳だ」

 

 だが、世界樹の葉は磨り潰し、与えることで死者を蘇生する。

 

「こちらは肉体の再構成が先に行われるのだと思う」

 

 肉体が蘇ったことで、魂が戻ってくるのを待つ形になる訳だが、この時魂の方に思い残しが無かったりするとどうなるのか。

 

「まさか」

 

 子ドラゴンに聞かれると宜しくない話の為、自然と俺の声は潜められた。

 

「ああ、肉体は再生されるものの、魂のない肉の器が目を覚ます筈もない」

 

 蘇った肉体も能動的に食事を取ったりすることがない為、衰弱したりして再び緩慢に死を迎えることとなるだろう。

 

「シャルロットに経緯は聞いている。我が子が助けて貰えることに安堵してしまったのだろうな」

 

 親ドラゴンの頼みを聞いたシャルロットが悪いなどと言う気はないし、間違っていたという気もない。むしろ逆だ。

 

「つい先程まで自分達の命を狙った相手の頼みを聞いてやれるんだからな。大した奴だ」

 

 魔物達が聖女と呼んだのも頷ける。

 

「だが、だからこそことの顛末を知れば、あいつは自分を責めかねん。故にこの話はシャルロットにも他言無用だ」

 

「それはあたしにも解ります、解りました。け、けど、じゃあ、どう説明をすれば……」

 

 エリザの言うことはもっともだ、こんな状況の親ドラゴンを運んで行けば、シャルロットは理由を聞いてくる。いや、同じ状況であればシャルロットでなくても聞いてくるだろう。

 

(その時、シャルロットが責任を感じそうな部分を省くなり他のモノに置き換えて矛盾なく説明する方法ねぇ)

 

 当然、納得出来るだけの説得力も必要となる訳だが、流石にそう、ポンポン思いつく筈もない。

 

(モシャスで俺が親ドラゴンになる……のは没。俺が不在になるし、一時しのぎでしかない上、モシャスを使うところを子ドラゴンに見られる。おまけにモシャスの効果が終了した後のことまで考えてないし、そう言う意味では二人羽織……じゃなくて、腹話術、か。その腹話術よろしく親ドラゴンを操るって言うのも無理だな)

 

 まぁ、他人の身体に憑依してる俺が他者の身体を操るなどというのは冗談にしても笑えない。

 

(第一、人の身体に乗り移って動かしてるとこ……ろ?)

 

 胸中で最後まで言い終える前のことだった、ふと一つ思いついたのは。

 

「エリザ」

 

「は、はい」

 

「一つ、思いついたことがある。俺はそれを試してみたい。だが、俺一人ではどうしようもなくてな。お前……が欲しい」

 

「えっ」

 

 俺は魔物の言いたいことが理解できない、となるとどうしても通訳が必要になる。だが、理由を話せないシャルロットへ通訳は頼めない。

 

(と言うか、助力が欲しいって言っただけなのに、その驚き様はなんなんですか?)

 

 やはり、気づいたのだろうか。この思いつきを試す間、シャルロットはどうするのかという疑問に。

 

「シャルロットのことなら心配ない。はぐれメタルと一緒にイシスへ飛んで貰えばいい」

 

 シャルロット自身が犠牲を払ってようやく手に入れた走る経験値だ、一刻も早くマリクのところへ届け修行の効率をアップさせたい。

 

(ついでに、灰色生き物がやらかしていないかも心配だしな)

 

 早めに飼い主と合流させておきたくもあったのだ。

 

「今回の一件、知る者は少ない方が良いからな」

 

 協力者には事情説明が必須だろうが、とりあえず子ドラゴンも説得しないといけない訳で、まずここでエリザが居ないとどうしようもない。

 

「まず、あそこの子ドラゴンと話がしたい、通訳を頼めるか?」

 

 話が纏まれば、今回仲間にした魔物のいくらかをジパングまで送って行くという名目で一旦離脱し、行動に移る訳だ。

 

(しなくて良い回り道かも知れないけどなぁ)

 

 まぁ、シャルロットの信者となった魔物達も数やら容姿やら身体の大きさなんかの問題で、このまま一緒というわけにはいかない。何処かでジパング預かりにする必要は最初からあった。

 

(ただ、こっちの活動をおろちに気取られるのだけは避けないと)

 

 婿育成計画まで芋づる式に露見したりすると、何の為にバラモス城まで来たのか解らなくなる。

 

「エリザ?」

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

「いや、何故そこで驚く? まぁ、それはいい。あまり時間をかけるとシャルロットがこちらを見に来るかも知れん。さっさと話を付けるぞ」

 

 問題は説得する為に思いつきの内何処までを開示するかだが、それもまだ決めては居ない。

 

(口の堅さ次第なんだけど、判断材料が少なすぎるのがなぁ)

 

 結局のところ見極めにもエリザの通訳が必要不可欠であることに自分の使えなさを再認識して凹みつつ、嘆息しながら俺は待つのだった、エリザの反応を。

 




くっ、危うくナルトスしてしまうところだった。危ない危ない。

次回、第二百九十一話「い、言っておくけど、エリザと逃避行とかそんなんじゃないんだからねっ」







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第二百九十一話「い、言っておくけど、エリザと逃避行とかそんなんじゃないんだからねっ」

「ここはバラモスの軍勢が再び襲撃をかけてきてもおかしくない。まず、安全な場所に移そうと俺は考えたのだが――」

 

 承諾を得るなり、俺はすぐさま子ドラゴンの説得へ移った。

 

(とりあえず、これで納得してくれると良いんだけれど)

 

 エリザへ言った時間がかかりすぎるとシャルロットが様子を見に来るかも知れないというのは、ただの口実ではないのだ。

 

(とは言え、初っぱなから洗いざらいぶちまけると言うか、思いつきの内容を丸ごと説明する訳にもいかないからなぁ)

 

 親ドラゴンの蘇生に失敗した理由をシャルロットに知られるのも拙いが、それを俺がこっそりリカバーしようとしたことがバレるのも宜しくない。

 

「フシュア?」

 

「エリザ」

 

 だから、心情的には急いで話を付けてしまいたいのだが、子ドラゴンが何らかの意思を伝えようとするたび、こうしてエリザの名を呼んで通訳をお願いする必要があり。

 

(うあああっ、まどろっこしいっ)

 

 通訳が居るだけ恵まれているのだとは、解っている。癇癪を起こしている場合でないと言うことも。

 

「『聖女様はどうするの?』だそうです」

 

「ああ、シャルロットか。俺達は人間の街にも用があってな、そちらへ行って貰おうと思っている」

 

 ただし、そちらにお前達がついて行くと騒ぎになるのだと俺は補足説明をし。

 

「そこで、魔物と人が暮らす別の国へお前は俺達と行って貰うことになる」

 

 地面に横たわらせておくよりも魔物が暮らしているところへ運んだ方が親ドラゴンにも良かろうと畳みかけた。

 

「フシュオゥ」

 

「『わかった』と」

 

 流石にこちらの言うことは正しいと理解したのだろう。

 

「そうか」

 

 今回の返答については、エリザには悪いが訳して貰うまでもなかった。子ドラゴンは首を縦に振っても居たのだから。

 

「ならば行動は早い方が良い。エリザ、シャルロットへの伝言を頼めるか。それから、戻ってくる時あちらにいるはぐれメタル以外の魔物達を連れてきて欲しい」

 

「あ……はいっ」

 

 話がついてしまえば、もうシャルロットが来るのではないかと気を揉む必要もほぼなかった。

 

(伝言を頼んで送り出してしまえば、エリザが途中でシャルロットと鉢合わせたとしても「イシスに飛ぶ様に」って俺の指示を伝えられたら、引き返して発泡型潰れ灰色生き物と一緒にルーラでイシスへ飛ぶだろうし)

 

 後は戻ってきたエリザ及び今回のバラモス城訪問未遂で仲間になった魔物の皆さんと合流して、こちらもジパングへ飛べばいいのだ。

 

(シャルロットへの指示だけなら俺が直接出向いた方が良い気もするけど、それだとジパングへ連れて行く魔物達との意思疎通が一方通行だもんな)

 

 魔物の言いたいことが理解出来ないことがこんなにも不便になるとは思っても居なかった。

 

(これは、機会を見つけて教えて貰うべきかもなぁ)

 

 元バラモス親衛隊の面々や氷塊の魔物など、魔物がシャルロットではなく俺の仲間になるケースが発生している以上、魔物会話の習得は避けて通れぬ道と思った方が良いのだろう。

 

(けど、何故だろうな……魔物の言いたいことが理解できるようになったら、気苦労がかえって増すんじゃないかって気がするのは)

 

「では、行ってきますね」

 

「ああ、頼む」

 

 気のせいであってくれることを祈りつつ俺は伝言を託したエリザを送り出し。

 

「フシュアォ」

 

「ん? ……あ」

 

 服の端を引かれ、振り返て子ドラゴンと目が合い、気づく。エリザが居なくなった為、こちらが会話の一方通行状態になってしまったことに。

 

「すまん、何が言いたいのか解らん」

 

「フシュゥゥ……」

 

 知ったかぶりは危険だと正直に話して謝ったら落胆させてしまったが、どうしようもなかったのだと自己弁護したい。

 

(うん。ジパングについて、時間に余裕があれば教えて貰おう)

 

 その後、ジェスチャーや身振り手振りまで駆使して貰って、ようやく子ドラゴンの言いたかったことを半分くらいまで理解できた俺は、エリザが戻ってくるのを待ちつつ、心に決め。

 

「すみませんっ、遅くなりました」

 

「クエー」

 

「その様子だとシャルロットには用件を伝えられた様だな」

 

 猛禽類と共に戻ってきたエリザの後方をこちらに向かってくる一団や棺桶と一緒に空へ浮かび上がって行く人影を見て、状況を察す。

 

「では、こちらも行くとするか。あまりもたついていては追っ手がかかるやもしれん」

 

 迎撃の魔物を撤退に追い込んだ主戦力が健在の今、再び魔物を嗾けてくるとは考えにくいが、シャルロットが離脱したのは城からも見えている筈だ。

 

(こっちも何処かに撤退すると見たなら「出来うる限り戦力を削っておこう」とか「ここで逃がしたら沽券に関わる」何て理由で襲いかかってくることは充分に考えられるし)

 

 エリザの後からやって来る魔物の身内が追撃してくる魔物の中に居ようものなら、また面倒なことになる。

 

「キメラの翼を使う。俺の近くに集まれ」

 

「「ゴオッ」」

 

「「フシャアアッ」」

 

 バラモス城の前でルーラを使う気にはなれない。鞄から取り出したキメラの翼をよく見える様掲げつつ呼びかければ、すぐさま魔物達も応え。

 

「さてと」

 

 片膝をつきもう一方の手で、横たわった親ドラゴンの首元に腕を回すとそのまま頭を抱えて持ち上げる。

 

「フシュア」

 

「念の為、だ。悪く思うな」

 

 ちょっと荷物の様な扱いになってしまうが、魂が不在の肉体がルーラで移動する仲間として通用するか気がかりだったからこその行動だと子ドラゴンには説明し。

 

「ジパングへ」

 

 俺がキメラの翼を空高く放り投げれば、抱えた親ドラゴンごと俺の身体は浮き上がる。

 

「……何とか無事に脱出出来たな」

 

 迎撃で出た被害に尻込みしたのか、去る者に構っていられる余裕がないのか、ジパング方面へ飛んで行く俺達へバラモス城からの反応は何もなく。

 

「ところで……その、思いつきって何をするんですか? 向こうに着いたら、あたしは何を?」

 

「ふむ、そうだな……」

 

 安全が確保され質問する余裕が出来たらしいエリザへ、一つ唸って見せてから答える。

 

「ちょっと足し算をな。お前にはやはり通訳と魔物達の意思を察す方法の伝授を願いたい」

 

「足し算、ですか?」

 

「ああ、足し算だ。この展開は俺も気に食わんからな。せいぜい悪あがきをさせて貰う」

 

 成功する保証はない。だが、失敗すると決まった訳でもない。

 

(問題はおろちに気取られずに、行動に移せるかだけど)

 

 そちらは大丈夫だと言う確信がある。

 

(秘策は我にあり、ってね)

 

 東へ東へと運ばれて行く眼下を景色が後ろへ飛んで行くが、前方にジパングの姿はまだなかった。

 

 




うーむ、何というか、これだけヒントを出したら、何するつもりか解っちゃうかなぁ。

次回、第二百九十二話「算数」

主人公のパーフェクト算数教室はきっと始まりません。



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第二百九十二話「算数」

 

「いいか、ジパングに着いたらお前達はその場で待て。いくら人と魔物が共存していると言っても、いきなりこの数で押しかけては混乱を招きかねん。元バラモス親衛隊の者とこのエリザで国主である女王の元へ赴き、受け入れる態勢を整えて貰うので、連絡が来るまで待機していて貰う」

 

 ルーラでの飛翔中、新参の魔物達へ俺はそう説明する。

 

(流石にこの数の魔物が全く人の目に触れないとは思えないからなぁ)

 

 隠すのが無理なら、逆にこちらから報告しようと言う訳だ。もちろん、馬鹿正直に真実を報告して貰うつもりはない。

 

「新しくジパングへやって来た魔物達は、バラモスのやり方について行けず城を出た者達で、たまたま旅の途中だったエリザや元親衛隊と出会い、そのツテを頼ってジパングへやって来た」

 

 と言う設定の元、おろちの注意を引いて貰う役目も担う。

 

「エリザは報告後『既にジパングに暮らす魔物達にも話を通しておかなければならない』という名目で、元親衛隊の魔物と接触し、俺からの伝言を伝えてくれ」

 

 そして、エリザから話が伝わった元親衛隊の面々が俺の元を尋ねてきたところで、ようやく親ドラゴンへ思いつきを試すことが出来る訳だ。

 

(他の魔物に人の目がいってる内に、親ドラゴンの身体と一緒に抜け出さなきゃいけない訳だけど、まぁこの身体は盗賊だからなぁ)

 

 逃げるのとか抜け出すのは得意中の得意だと思う。

 

(問題は子ドラゴンの説得かぁ)

 

 他の面々は住む場所を案内されるのでそれについていって欲しい、と言うつもりではあるが、親と一緒にいるとごねる可能性が残っている。

 

(一緒にいると主張する様なら、ある程度話すしかないかもな)

 

 ただ、話すと言うことは親ドラゴンの魂が既にないと言う残酷な真実を突きつけてしまうことでもあった。

 

(話してしまって良いのかとも思うけど、いつまでも誤魔化しが効くとも思えないし)

 

 先延ばしにするにも限界は存在する。

 

「先延ばし……か」

 

 ポツリと漏らした時、ようやくジパングの列島が見え始め、俺は忠告する。

 

「そろそろ高度が下がり始める、着地に備えるようにな、得に石像」

 

 着地へ失敗して倒れ込んで来ようものなら犠牲者が出かねない。

 

「「ゴオッ」」

 

「解っているならいい。さてと、あの連中はよしとして、次はお前の親の件だが」

 

「フシュオゥ……」

 

「エリザ、通訳を」

 

「あ、はいっ。『うん……』返事ですね」

 

 着地後に揉めては面倒なことになるし、エリザが抜けてしまう為、会話にもことをかく。故にここで話を付けてしまうより他になく。

 

「お前の親にの身柄ついては俺が一旦預かる。お前にも暮らす場所は必要だろう。他の者達が呼ばれたら、お前もそちらへ着いていって欲しいのだが」

 

「フシュア? フシュウウッ?」

 

「えっと……『私だけ? その後は?』」

 

 こんな時に思うことではないのかも知れないが、エリザもシャルロットも凄いと思う。

 

(と言うか、全く解らない。あの鳴き声、前の時との違いとかもだけど……うーむ、本当に会得出来るんだろうか)

 

 別の件で不安を感じてしまったが、対面的な意味合いで今更撤回する訳にもいかないし、そもそもそんなことを考えてる場合でもない。

 

「暫くはあのジパングで暮らして貰う。親と会わせられるかは……敢えて正直に言うなら、何とも言えん」

 

「フシャ」

 

「不満に思うところまでは解る。だがな、この通り、未だ意識が戻らん。こちらとしては手を尽くしてみるつもりで居るが、うまく行く保証もないのに、こちらとしても確約は出来ん」

 

 子ドラゴンには酷かも知れないが、下手に気休めを言うことは出来なかった。

 

「……フシュウ、シュオオッ」

 

 短い沈黙の後、子ドラゴンは鳴き。

 

「えっ」

 

「ん? どうした?」

 

 何故か硬直したエリザの姿へ俺は反射的に尋ね。

 

「い、いえ……通訳お望みですよね?」

 

「あ、ああ」

 

「『……わかった。未来の旦那様を信じる』です」

 

「……は?」

 

 確認に首肯を返した後でぶん投げられた爆弾発言を理解するのに数秒を要した。

 

「ちょっと待て、何だその旦那様とやらは?」

 

 ようやくおろちの婿フラグが折れてほっと一安心していたところで、落とし穴へ突き落とされたような感覚。

 

(シャルロットが騒いで居たのは、ひょっとしてこの件だったとか? 「お師匠様の奥さんが魔物なんて嫌」みたいに)

 

 と言うか、ロリコン疑惑の回避思いっきり失敗してんじゃねぇか、どちくしょう。

 

(これはあれですか、流れ的に「お父さん(orお母さん)を生き返らせてくれたら結婚してあげるから」なんて言っていたとかそう言うことですか?)

 

 何と言う、知らぬが仏。

 

(不謹慎なのは承知で言うと、ギリギリだったのか)

 

 あの世界樹の葉で親ドラゴンが生き返っていたら、うん。

 

「……とりあえず、受け取るのは気持ちだけと言うことにさせておいてくれ」

 

 いっそのことヒャッキ辺りを紹介してみようかななんて割と酷いことをこっそり考えたのは、「龍」ってかかれた道着を着ていたからだと思う。

 

(いや、確かあの人はシャルロットに片思いしてたような気がするし、紹介したところでカップル誕生とはならないと思うけど)

 

 結果、ヒャッキにお断りされたロリドラゴンがこっちに求愛してくるオチあたりまで想像してしまった俺は毒されてしまったのだろうか。

 

(そもそも、おろちと違って人の姿をとれない訳だし)

 

 爬虫類相手が奥さんで喜ぶのは、イシスの某王族少年だけだと思う。

 

(つまり、「おろち×マリク×ロリドラゴン」で、「マリクのドラゴンハーレム」が完成する、と)

 

 あれ、足し算するつもりだったのに、気が付いたら脳内でかけ算が為されていた。

 

(あ、うん。自分でもよっぽど衝撃的だったんだろうなぁ、うん)

 

 おろちから逃れ得たと思ったところに潜んでいた『伏兵』からの奇襲は。

 

「どわっ」

 

 だから、気をとられてルーラの着地に失敗しかけたのは、なかったことにしておいて頂きたかった。

 




気づいてしまった主人公。

そして、相変わらずの振り回されパート書いてたら、結局足し算出来なかったと言う。

次回、第二百九十三話「かけ算してる場合じゃないからっ」

今度こそ足し算だっ!


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第二百九十三話「かけ算してる場合じゃないからっ」

「来たようだな」

 

 地面に降り立った後、報告に向かうエリザ達をまず見送り、戻ってきたエリザと入れ替わる形で去って行く魔物達を物陰から見送ってから暫し。伝言は伝えたというエリザから聞いた俺はジパングの外でただ待っていたが、待ちぼうけの時間も終わったらしい。

 

(とりあえず、注文通りかな)

 

 気配に振り返れば、こちらへやって来る魔物が数体。ジパングには元々棲息していないことから、消去法で元バラモス親衛隊の魔物だとわかる。

 

(しっかし、まさかこんな日が来るとはなぁ)

 

 世の中、何がどう転ぶか解らないとつくづく思う。

 

「ええと、それでこれからどうするんですか? あたし、伝言は伝えましたけど……」

 

「ふっ。足りないモノがあるなら、足せばいい。それだけのことだ」

 

 尋ねてくるエリザに口の端をつり上げて告げると、俺は視線を横たわる水色東洋ドラゴンへ向けた。

 

(ここにあるのは、身体だけ。これでは肉体もやがて衰弱して死んでしまう)

 

 この衰弱がとくに厄介だ。

 

(ロディさんだっけ? 成功例があるにはあるけど、あの人はちゃんと魂が帰ってきていたもんな)

 

 おそらく、このスノードラゴンの肉体がこのまま死した場合、もう蘇生は不可能だろう。

 

「足す、ですか?」

 

「ああ。このスノードラゴンには魂が足りない。そこで、ふと思いついた。魂がないなら代わりのモノを入れてやれば良いのではないかとな。ただし」

 

 頷きを返し、付け加えたのは、一つの懸念を否定する為。

 

「死体を魔物に変える仮面かぶりの外道共と一緒にしてくれるなよ? 死霊術ではない、と言い切るのは厳しいかもしれんが、あれよりはよっぽど健全だ」

 

 エリザには両親を動く腐乱死体に殺された過去がある。だからこそ、この思いつきを悪い方に捉えられてしまう可能性があった。

 

「さて……」

 

 断言してから、エリザへの視線を切って俺はその魔物を出迎える。

 

「フォオオオッ」

 

「呼びだしてすまんな。一つ頼みたいことがある。お前達の種族にしかおそらくは出来ん頼み事だ」

 

 頭を下げるなり、即座に本題へ入ったのは、何だかんだで親ドラゴンの身体が、再生からそれなりの時間を経ているから。

 

「お前達の誰かが、このスノードラゴンの身体に入って、魂の代わりをして欲しい」

 

 俺と向き合う形で佇む魔物は、確かホロゴーストと言った気がする。蝙蝠に似た形状の羽根を持つ、俺が記憶する中では唯一ゴーストのついた種族名を持つ魔物。

 

(ゴーストなら憑依出来るんじゃないか、なんて安直な考えだけどさ)

 

 上手く行けば、衰弱を止められる。

 

「そして、肉体へホロゴーストが憑依している間に魂を呼び戻す方法について模索する訳だ。つまりは、この足し算も一時しのぎである訳だが、全く希望がないと言うよりは良かろう」

 

 もちろん、仮定を土台にした思いつきなので、ここでホロゴースト達から無理だと言われたらそこで終わってしまうものではある、ただ。

 

「フオオッ」

 

 返ってきたのは頷き。

 

「あ……ええと、『おそらく可能』だそうです」

 

「そうか。では」

 

「フッ」

 

 ワンテンポ遅れた通訳に続く形で、俺が視線を親ドラゴンの身体にやれば、進み出たホロゴーストの身体が崩れて形を失いながら開きっぱなしのアギトへと入り込み。

 

「……フシュォ」

 

「ほう」

 

 むくりと起きあがった親ドラゴンの姿を見て思わず声を漏らした。

 

「上手くいったようだな。ただ、無茶な身体の使い方はしてくれるなよ」

 

「フシュオォ」

 

 ともあれ、これで第一段階はクリア、と言ったところか。

 

「エリザ」

 

「あ、ご、ごめんなさいっ。『承知した』そうです」

 

 魂の抜けた水色東洋ドラゴンの身体へ別の魔物が憑依するという珍事に目を奪われていたエリザも、こちらの声で我に返り。

 

「ふむ、ならばそのドラゴンの身体は任せる。暫くは身体の動かし方になれる必要もあるし経過を観察する必要もある都合、俺と同行して貰うことになると思うが、よろしくな」

 

 上手くはいったものの、後で何らかの問題が出てくる可能性があるし、このジパングに残すと子ドラゴンとこのホロゴーストIN親ドラゴンが鉢合わせする可能性だってある。

 

(肉体保護の為だって説明すればわかってくれるかも知れないけど、実の親の身体を他者が動かしてるのを見ていい気はしないだろうからなぁ)

 

 他人の身体を使っている俺が言っても噴飯ものかもしれないが。

 

(しかし、ホロゴーストが魂のない肉体へ憑依することが出来ると言うんだったら、モシャスでホロゴーストになって憑依方法を会得出来れば、この身体から抜け出すことも可能に……いや、それは理論が飛躍しすぎかな)

 

 俺の憑依とホロゴーストのそれは全く別物の可能性があるし、身体から抜け出してその後どうするんだという問題がある。

 

(抜け出したら元の世界に戻れる、なんて保証もないもんなぁ)

 

 幽霊と間違えられてニフラムの呪文で光の中へ消し去られる除霊エンドとかは勘弁して欲しい。

 

「さて、これでひとまずジパングですべきことはし終えた訳だ。後はイシスに飛んでシャルロットと合流するか、先にバハラタへ立ち寄ってアラン達が居ないか探してみるかだが」

 

 ダーマ神殿を探すだけであれば、僧侶のオッサン達は任務完了してこっちと合流する為バハラタへ戻っていてもおかしくない。

 

(だから寄り道も悪くは無いんだけど、こっちの指示で一人だけイシスに行かせたシャルロットを待たせるのもなぁ)

 

 シャルロットのお袋さんにシャルロットは自分が守ると言ってしまってるのもある。

 

「ここは素直にイシスへ飛んでおくか」

 

 そして、よくよく考えてみるとシャルロットの側には個人的に許せない発泡型潰れ灰色生き物もいるのだ、バニーさん達との合流を後回しにしてしまったのは、仕方のないことだと思う。

 

「すまんな、お前達にも手間を取らせた、またここで会おう」

 

「「フオォォォ」」

 

「あ、『気にする必要はない、では』だそうです。はい、また会いましょう」

 

 一体では無理な場合を考慮して複数呼んでいたホロゴースト達に詫びついでに別れを告げ、俺達はそのままジパングを発つ。

 

(待ってろよ、発泡型潰れ灰色生き物)

 

 もうあんな事をしないよう、きっちりしつけておかねばと声には出さず呟いて。

 

 




と言う訳で、足し算の正体は、ゴースト系モンスターを使った魂の一時補填でした。

主人公はダイの大冒険を読破していたのだと思われます、うむ。

次回、第二百九十四話「はぐれメタルのしつけかた」

主人公の私憤がはぐれメタルをお仕置きする?


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第二百九十四話「はぐれメタルのしつけかた」

「しかし、こうして空を飛んでいると世界というのが広いモノだと、改めて実感させられるな」

 

 眼下を流れて行く景色に感嘆の声が漏れるのを抑えつつ、俺は視線を前に向けた。

 

(流石にイシスはまだ見えて来ないかぁ)

 

 何だかんだでシャルロットを二日近く一人にしてしまった。もちろん、状況を鑑みれば、他に打開策は無かったと思うのだが、あの発泡型セクハラ潰れ灰色生き物と一緒という一点が不安を覚えさせるのだ。

 

(「無事だと良いけど」って言おうモノならフラグになりかねないし、今の俺に出来るのは一刻も早くイシスにたどり着いてシャルロットと合流することだけだよな)

 

 格闘場か、マリクの屋敷か、宿屋か。着いた時間帯によって居場所も違うだろう。

 

(エリザと別行動すれば同時に二箇所を当たれる。シャルロットの性格なら一番ありそうなのは、格闘場かな)

 

 発泡型潰れ灰色生き物はマリクの修行相手として用意した魔物だが、修行用に借りたスペースはそれなりの広さがあった。

 

(何もせず待つぐらいなら自主的にトレーニングとかしていても不思議はないもんな)

 

 シャルロットはまだまだ強くなれる。しかも倒すべき大魔王が健在となれば、強くなろうと励む理由は充分だ。

 

(もっとも、今のシャルロットならちゃんとメンバーを揃えさえすればバラモスには勝てると思うけどね)

 

 先日覚えた範囲回復呪文の中でも最上位の呪文であるベホマズンは精神力を大きく消耗する為乱発出来ないものの、状況を一瞬で覆してしまうような力があるし、呪文以外の面での成長も著しい。

 

(成長、かぁ)

 

 本当にシャルロットは強くなったと思う。出会った頃は水色生き物の群れに倒されかけていた女の子が、気づけばイシスをバラモスの手から守り抜き、魔物使いから心得を伝授され様々な魔物からは慕われ、もうバラモス打倒にも手が届きそうなのだ。

 

(本当にすごいよな。俺なんてこの身体のスペックがあってようやくやっていけるというか、身体能力と呪文、強力な装備に結構頼りがちだって言うのに)

 

 だからこそ、勇者なのかも知れないけれど。

 

「ふむ、見えたな」

 

 いつの間にか眼下は砂漠が取って代わり、視界にオアシスらしきモノが見えてくるなり、高度が下がり始める。

 

「エリザ、俺は下に降りたら格闘場へ向かおうと思う。お前は、城下町の人間に場所を聞いてマリクの屋敷に向かってくれ。シャルロットが宿に部屋を取っている可能性はあるが、前と同じ宿とは限らん。マリクのところを尋ねて、シャルロットが留守であれば、滞在先も聞いておいてくれると助かる」

 

「あ、はいっ。マリク様というと、王族の方でしたよね?」

 

「ああ。もっともお前だってイシスを守った英雄の一人だし、門前払いをくらうことはないだろうからな」

 

 多分どちらかは行方を捕まえるか合流出来ると思う。

 

「では、頼むぞ」

 

 早めに話を切り上げ、着地の姿勢を作る。

 

(前回の轍は踏まないっ)

 

 イシスの地面は石畳だった気がするが、そこは砂漠の国。街路の上には風の運んできた砂がある。

 

(転んで砂まみれはご遠慮願いたいな)

 

 まかり間違ってそんな姿で再会しようものなら、師匠の威厳が死ぬ。

 

「ふっ」

 

 まぁ、危なげなど皆無でごく普通に着地しましたけれど。

 

「おいっ!」

 

 むしろ、問題は別の場所にあり。呼びかけられて振り向くと、そこにいたのは、一人の兵士。

 

「そこのおま……あ、あなた方は」

 

「魔物連れですまん。魔物使いの仲間が居てな、このスノードラゴンは旅の足なのだ」

 

 水色東洋ドラゴンを見とがめた兵士に、俺は頭を下げ説明してみる。

 

「この町がこいつの同族に襲われたことは知っている。そう言う意味でも一旦モンスター格闘場へ預けに行こうと思うのだが」

 

「そうでしたか。そうですね、そうして頂けるとこちらとしても助かります」

 

 俺かエリザが何者か知っていたらしく、丁重な対応に切り替えた兵士へもう一度頭を下げると、そのまま歩き出す。

 

(しかし、ここに来るなら親ドラゴンの姿を隠す布でも用意しておくべきだったか)

 

 イシスで先日を襲撃したモノと同種の魔物を連れ行くのは拙いとシャルロットと別行動しておきながら失念していてこの態だ。

 

(これ以上のポカは避けないと)

 

 避けた上で、シャルロットと合流し、あのセクハラ発泡型潰れ灰色生き物にも人の弟子に破廉恥な行いをした愚かしさを骨の髄まで知って貰わねばなるまい、明らかに骨なさそうだけど。

 

「さて、どうするかな」

 

 道具屋へ寄って、OSIOKI用の小道具を買ってから行くのもいい。

 

(聖水で一撃はこのゲームじゃ無かったはず)

 

 まぁ、いずれにしても躾はちゃんとしないといけないと思うのだ。

 

(ほら、こっち の いうこと を すなお に きいてくれる ように なれば、しゅぎょうこうりつ も あがりますし)

 

 だから、私怨なんて一切無い。

 

「すまん、ちょっといいか?」

 

「はい、いらっしゃい。道具屋へようこそ」

 

 道具屋の前で立ち止まってしまったのも、この後色々買い込んでしまったのも、きっと後で色々と使えそうだから、と言うことにしておいて貰いたい。

 

「ロープにロウソク、鍋に針ね……はいよ、お客さん」

 

「ああ、確かに。ゴールドはここに置くぞ?」

 

「毎度ありっ」

 

 品物を確認し、代金を支払い買い物を終えた俺は、その足で格闘場へ向かう。

 

(ふふふ、楽しみだなぁ)

 

 男子三日会わざれば刮目して見よと言う。シャルロットは女の子だけど。

 

(え? オシオキ ガ タノシミダ ト デモ オモイ マシタカ?)

 

 そんなこと あるわけ ないじゃない ですか、やだー。

 

 




いかん、寝オチしかけて謎テンションのまま書いたら主人公ががが。

次回、第二百九十五話「再会」



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第二百九十五話「再会」

「いらっしゃいま」

 

「ああ、今日も客としてきた訳ではない。こいつを預けに来たのと……シャルロットは来ているか?」

 

 町を進み、目的地にたどり着いた俺は、階段を下りると出迎えた従業員へ顔をさらして問うた。

 

「あ……これは失礼しました。はい、シャーリ……シャルロット様でしたら、モンスター舎の方かと。そちらのスノードラゴンを預けられるというなら、そちらの意味でも舎の方へ行かれると宜しいでしょう。魔物達の世話係にはこちらからも話を通して行きますので」

 

「そうか、すまんな」

 

 格闘場へ足を運ぶ理由として説明してしまっている以上、ホロゴーストIN親ドラゴンはここで預かってくれるよう話をしておかなければ、嘘をついたことになってしまう。

 

(ただでさえ、このイシスを襲った魔物と同じ種だからなぁ)

 

 国民の感情を考えても、やはり一旦預ける以外の選択肢はない。

 

「では行くぞ」

 

「フシュアァッ」

 

「ふむ、さて……確かこちらだったな」

 

 足し算されたドラゴンが着いてくるよう呼びかけ、呼応して鳴くのを確認してから歩き出し、時折立ち止まってはおろちとここで会った時の記憶を頼りに、関係者以外立ち入り禁止の区画を進んで行く。

 

「魔物の檻はこの先だが……ん?」

 

 檻も複数ある、どの檻へ向かうべきかと首を捻ろうとした瞬間、俺は立ち止まる。

 

「フシュア?」

 

 言いたいことは不明でも、状況から親ドラゴンINホロゴーストがこちらの行動を訝しんだぐらいのことなら推測出来る。

 

「……今、声がしたな?」

 

 だからこそ、確認した。あちらはこっちの言葉を解するのだ。

 

「……うぶ?」

 

「っ」

 

 ただ、答えを待つよりも早くもっとはっきりと声が聞こえ。

 

「今のは……シャルロット」

 

 止まっていた俺の足は再び動き出す。ただし、以前より早く。

 

「シャルロット!」

 

 また、何処かに行ってしまう訳でもないのに、気づけばその名を呼んでいて。

 

「え、あ、お師匠……様?」

 

「っ、そっちか」

 

 呼びかけに返る反応へ向かって走り出せば、急に前方のドアが開き。

 

「お師匠様ぁっ」

 

「シャル……ロット」

 

 飛び出してきたシャルロットの姿に、俺は足を止める。二、三日離れていただけでは、大げさかも知れないが、シャルロットからすれば発泡型潰れ灰色生き物をカウントしなければ立った一人で急に別行動するハメになっていたのだ。

 

(再会へのリアクションとしてはおかしいところなんて無いよね)

 

 俺の声を聞くなり飛び出してきたことも含め。

 

「お師匠様、マリクさんの修行にはぐ……ええと、お師匠様、それは?」

 

 ただ、報告をしようとしたシャルロットが視線を動かし、問うた後だった。

 

「あっ」

 

 俺がミスを悟ったのは。

 

(しまったぁぁぁぁっ)

 

 買い物を済ませて格闘場に向かったところまでは良い。格闘場でシャルロットと再会出来たことにも問題はない、ただ、発泡型潰れ灰色生き物に人生もといモンスター生教訓をくれてやるべく購入した品を隠さず持っていたことは大失敗だった。

 

(手段に気をとられて原因を失念するとか)

 

 俺はシャルロットが鎧へはぐれメタルに侵入されてとんでもないことになったことを知らなかった、見なかったと言うことにしている。これは勿論シャルロットの精神衛生面を鑑みてのことだが、そうなるとあの発泡型潰れ灰色生き物をOSIOKIする理由が消失するのだ。

 

(当然、「じゃあ、その道具は何の為のものでつかお師匠様?」ってことになるよね、うん)

 

 ここで正直に話してしまえば、発泡型潰れ灰色生き物の鎧内不法侵入を見なかったことにした意味が消失するどころか、更なる精神ダメージを与えてしまう可能性がある。

 

(だからって、ここでまごつくわけにはいかないし)

 

 挙動不審になったり、回答までに時間をかけては何か隠してますと言っているようなものだ。

 

(考えろ、自体を収拾出来る言い訳を……修行に使う、は「実際にやって見せて下さい」って言われるのが関の山だから駄目だとして――)

 

 シャルロットも成長してきている。下手な言い訳では、矛盾点を見つけられたり論破されたりでこちらが更に墓穴を掘りかねない。

 

(嘘で人を騙すには、真実を混ぜ込むのが良かったはず、となると誰かをOSIOKIする為というのが無難か)

 

 しかし、そうそう都合良くOSIOKIしても不自然でない存在が居るだろうか、ジパングに居て候補に挙げられないおろちを除いて。

 

(と言うか、不自然でないとか以前に魔物は殆どジパングに預けてきてしまってるし、殆ど三人パーティーと言っても過言でない状況なのに、OSIOKI相手なんて……)

 

 居る訳がない。

 

「ピキー?」

 

「……ん? あ」

 

 そう、例えば下着を被って駆け回った前科のある灰色生き物、メタルスライムのメタリンを除けば。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「あ、あぁ。この品の――」

 

 このままメタリンを犠牲にしてしまおうと決めて、シャルロットの問いへ応じようとした俺は、、灰色生き物を見たまま言葉を続けようとし。

 

(って、ちょっと待て。確かに、いい訳にはなるけれど、これもシャルロットの黒歴史ほじくり出すことになるんじゃ?)

 

 ギリギリのところで、落とし穴の存在に気づく。

 

「この品の、何です?」

 

「あ、あぁ、それはだな……」

 

 だが、致命的失敗を避けたとは言え、ピンチは終わらない。

 

(っ、これもみんなあの発泡型潰れ灰色生き物のせいだ! おのれ……発泡型潰れ灰色生き物ぉ)

 

 だから、胸中で俺が走る経験値を呪ったって仕方のないことだったのだ。

 




はふぅ、旅行の疲れがががが……。

とりあえず、シャルロットと合流は果たせた主人公。

だが、OSIOKIグッズをシャルロットに見つけられてしまい、窮地に陥ってしまう。

次回、第二百九十六話「毎度おなじみ窮地のお時間」

このピンチ、どう切り抜ける、主人公!


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第二百九十六話「毎度おなじみ窮地のお時間」

「……これも修行に使えないかと思ってな」

 

 窮地の中良いアイデアも浮かばず、口にすることが出来たのは、苦しい言い訳のみ。

 

「修行に?」

 

「ん? あ、あぁ。まぁ、な」

 

「……そっか、そんな簡単なことにも気づかないなんて」

 

「シャルロット?」

 

 だから俺としてはそんな言い訳に感心されるというのは予想の範疇を越えていた。

 

「マリクさん……はぐりんが修行相手になってからもの凄い勢いで動きが良くなっていたんです。けど、その上達ぶりにも次第に陰りが見え始めて……」

 

「そうか」

 

 走る経験値と言っても過言はない発泡型潰れ灰色生き物を相手にすれば爆発的な勢いでの成長は頷けるし、その後の展開も納得出来るものではある。

 

(ある程度まで行くとレベルって急にあがらなくなるものだったからなぁ)

 

 思い出すのはゲームでのレベル上げ。次のレベルアップまでに必要な経験値がぐっと増えたことによる成長の停滞だが、今まさにマリクはその状態にあるのだろう。

 

「ただ、ボクが気づくべきでした。上達しづらくなったなら、何らかの工夫をしてマリクさんが強くなる手助けをすれば良かったのに」

 

「……シャルロット、気にすることはない。俺とて具体的な案を出しておらず、問題を解決に導いた訳でもない」

 

 と言うか、ただの言い逃れで尊敬されると、こちらとしては非常に後ろめたい。

 

「お師匠様……」

 

「それよりも、だ」

 

 ただ、一連の流れで助かったのも事実。

 

「為すべき事へ思い至ったなら、今からでも遅くはあるまい」

 

「あ」

 

 せっかく出来はじめた窮地を脱出出来そうな流れを無駄にする気はない。勘違いしたなら、今回は便乗させて貰おう。

 

「一緒に考えればいい。これで、どのように修行を補助することが出来るかを。……むろん、俺も手伝おう」

 

 協力を申し出ながら、笑顔を見せて駄目を押す。

 

「は、はいっ」

 

「ふっ、その意気だ」

 

 力強く頷いたシャルロットの様子に口の端を綻ばせると、俺は道具屋で買った荷物を持ったまま歩き出す。

 

(流石にこんな場所で延々立ち話するのもなぁ)

 

 俺とシャルロットが居たのは、ドアから少し離れた場所にある通路のど真ん中。延々立ち話をするような場所でも、考え事に適した場所でもない。

 

「とりあえず、マリクのところへ行くぞ? 今は誰も通らん様だが、この辺りで立っていては邪魔になるやもしれん」

 

「はい、お師匠様」

 

「フシュアァッ」

 

 ちょっとだけ存在を忘れていた足し算されたドラゴンの返事まで貰った俺はそのままシャルロットが開けたドアをくぐり。

 

「シャルロットさん、先程のこ」

 

「……随分腕を上げたそうだな。とりあえず、これを使うと良い」

 

 シャルロットを追いかけてきたと思われるマリクの姿を見つけて、薬草を差し出す。模擬戦をしていたらしく、酷くボロボロだったのだ。

 

(まぁ、魔物と戦ってる訳だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、王族をあそこまで酷い有様にしちゃって大丈夫なんだろうか)

 

 面倒なことにならなければ良いと思いつつも俺はマリクが薬草を受け取るのを待つ。

 

「あ、あなたは」

 

 だが、差し出した薬草を受け取られることはなかった。

 

(あるぇ?)

 

 それどころか、マリクの視線はよく観察すると俺に向いて居らず。

 

(まさか)

 

「フシュア?」

 

 嫌な予感に恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは首を傾げたスノードラゴン。

 

(しまったぁぁぁぁぁっ)

 

 爬虫類大好き王族にドラゴンを見せてしまって何もないと思える程楽観的ではない。

 

(いや、おろちに惚れてるマリクがこいつに妙なことをするとは欠片も思わないけどさ)

 

 竜が好きであるからこそ、足りない魂を他の魔物で埋めてることまでは悟られないとしても、何かおかしいと言った疑惑を持たれることは充分考えられる。

 

(ああ、何で先にあのドラゴンを舎に預けて来なかったんだろ)

 

 シャルロットが気づいた様子の無いことに慢心していたのだろうか。

 

(って、落ち着け。決めつけるのは早い……)

 

 まだマリクがスノードラゴンの不自然さに言及した訳では無いのだ。

 

「そうか、お前は初対面だったな。ならば、後で紹介しよう。だが、お前の修行相手はスノードラゴンに潰されそうになったことがあってな。はぐれメタルと鉢合わせしてしまうのは宜しくない」

 

 ならば、引き上げさせる理由を作り、早々に席を外す。

 

「そう言う訳だ、シャルロット。俺はこいつを預けてくる。さっきの荷物は置いて行くから、修行方法の改良について考えておいてくれ」

 

「あ、はい」

 

 少々強引の話の持って行き方だったが、席を外す理由にしても不自然ではないと思う。

 

「一緒に考えると言ったばかりですまんが」

 

「いえ。お師匠様が仰るように、はぐりんが怯えちゃったら模擬戦になりませんし、ボク、考えてみまつ」

 

「そうか」

 

 シャルロットの理解が得られたなら、長居は無用だ。

 

「ではな、すぐ戻る。行くぞ」

 

「フシャアッ」

 

 こうして俺はマリクの前から何とか逃げ出した。

 

(……とは言え、何処まで気づかれたのか……気にはなるけど、聞いてみたら藪蛇になる気もするんだよなぁ)

 

 いっそのこと、マリクが下手なことを言い出す前にシャルロットを言いくるめてイシスを立つのも一つの手か。

 

(ま、どっちにしても一度はさっきの場所に戻らないと)

 

 成長しにくくなったとシャルロットは言っていたが、それは逆にある程度の実力はついたという意味でもある。

 

(流石にまだドラゴラムは使えないと思うけど)

 

 確認せねばなるまい、何処まで強くなったのかは。

 

「済まんが、こいつの世話を頼むぞ?」

 

「はい、お任せ下さいませ」

 

 やがて、空の檻の前で世話係を見つけた俺は、足し算ドラゴンを預け。

 

「さて……」

 

 元来た道を引き返し始めた。

 




よりにもよって足し算ドラゴンをマリクと合わせてしまった主人公。

マリクへ足し算されたスノードラゴンの秘密を悟られずに済むのか。

次回、第二百九十七話「逃亡者の帰還」


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第二百九十七話「逃亡者の帰還」

「あ、お師匠様お帰りなさい」

 

 ドアノブを回せば音がする。だからこそだろう、離席の段を詫びるより早く言葉をかけられたのは。

 

「……ああ。待たせたか?」

 

「いいえ、そんなこと……そうそう、お師匠様が居ない間に道具の使い方を考えてみたんですけど」

 

「ほぅ……」

 

 頷きつつ応じた俺は、シャルロットの声でこの場にいるもう一人へと視線をやり。

 

「ん?」

 

 何の変化もないマリクの姿に思わず声を上げていた。

 

「シャルロット、マリクに変わりはないようだが?」

 

「えっ? あ、あぁ……違いますよお師匠様。マリクさんに何かした訳じゃなくて、あれです」

 

 振り返って尋ねてみるとシャルロットはハタハタ手を振って、部屋の奥を指さし。

 

「あれ? ……成る程、こう来たか」

 

 マリクの向こうにあったのは、天井からロープで吊された鍋や桶。

 

「はい、これを使ってコーチ役の人やボクが時々妨害することで修行に変化をくわえられるんじゃないかって」

 

「この高さだと振り子のように揺らしても当たるのはマリクにだけ、と言う訳か」

 

 妨害を入れることで模擬戦の難易度を増す、なかなか考えられていると思う。

 

(問題は、くわえられた変化に対してこの世界が効果有りと見なすかだよなぁ)

 

 ゲームであれば、戦闘中に味方から殴られたとしても取得経験値は増えなかった。呪文の使えないピラミッドの地下で戦うと言うハンデの元でも戦闘で得た経験値に変化はなかった。

 

(経験値の増減があったのは、戦闘に参加するメンバーの人数だけ……まぁ、いちいち状況に合わせて経験値が増減する仕組みを作る余裕が無かっただけという可能性もあるから、無意味とは断言出来ないけど)

 

 効果があるかと問われたとしても俺は首を横に振って解らないと答えると思う。

 

(こればっかりはなぁ、試してみるしか……いや、逆に考えるべきかな、解らないなら確認してみる良い機会だと)

 

 試してみて、もし効果があるならば、このシャルロット発案の修行法の恩恵は計り知れない。

 

「面白い、試してみる価値はあるな。よく思いついたものだ」

 

「えへへ。ありがとうございまつ」

 

 賞賛の言葉へいつものようにシャルロットは噛むが、敢えて気づかないふりをする。

 

「もし模擬戦訓練の効果が上昇するようなら、転職したアラン達が修行する時にも流用できるわけだからな」

 

 バラモスに時間は与えたくないが、僧侶のオッサンやバニーさんが転職するとなれば、新しい職業に馴染み他の面々と肩を並べ遜色なく戦えるようになるまで訓練する時間は確実に必要だった。

 

「戦線復帰までの時間が短縮されるのは大きい」

 

 もっとも、これは捕らぬ狸の皮算用であり、全ては結果を見てからの話になる訳だけれど。

 

「ともあれ、準備まで終えたならすぐにでも試してみるべきだろうな。さて、それはそれとして……腕を上げたと聞くが」

 

「ええ。幾つも使える呪文が増えて、最後に覚えたのは、メダパニという敵を混乱させる呪文ですね。全ては、お二人とそこのはぐりん、そしてメタリンのお陰です」

 

「ほぅ」

 

 つまり、ゲームで言えばレベル27前後と言うことか。

 

(はぐれメタル狩りに使えるから覚えちゃったんだよな、習得レベル)

 

 混乱したモンスターによる同士討ちのダメージは発泡型潰れ灰色生き物の驚異的な防御力を無視する為、運が良ければ一撃で倒してくれたのだ。

 

(出現したはぐれメタルの数が少ない時は本当にお世話になったっけ)

 

 懐かしさに浸ったのは、ホンの僅かな時間だったと思う。

 

「では、修行の効果はそれなりにあったと言うことだな」

 

「そうですね。……ですが、まだドラゴラムは遠そうです」

 

「焦ることはない」

 

 表情へ陰りを見せたマリクへ俺は首を横に振って見せた。

 

「時間を無駄にしても構わんと言う気はないが、焦るとかえって上手くいかんこともある。それがダメージの与えにくいはぐれメタルとの模擬戦ともなれば、尚のこと。まして、そこに桶やら鍋での妨害が加わるかもしれんのだからな」

 

 時間は惜しいが、焦ったあげく訓練のしすぎで体調を崩しただとか、大怪我をした何てことになっては目も当てられない。

 

「模擬とはいえ戦いだ、怪我をする可能性もある。肉体や精神も疲弊する。無理はせんようにな」

 

 おろちの婿になってやる訳にはいかない以上、竜の女王の願いを叶えられるのは、このマリクだけなのだ。

 

「出来れば修行を見ていてやりたいところだが、それも出来ん。俺にもシャルロットにもまだやるべきことを残している」

 

 僧侶のオッサン達との合流に、地球のへその攻略。

 

(合流したオッサンとバニーさんはここに連れてきて一緒に修行して貰うと言う手もあるけど)

 

 それには修行相手となる発泡型潰れ灰色生き物の数が心許ない。

 

(死体はシャルロットが棺桶に詰めてたはずだし、世界樹へ葉っぱ狩りツアーに行けばはぐれメタルの数は何とかなるかな)

 

 葉を確保するのに人手と若干の手間は要るが、マリクの成長ぶりを見る限り、僧侶のオッサン達を短期間でレベルアップさせられると思えばかけた手間でおつりが来る。

 

「修行相手は確保した。修行方法の改良はこれから試してみる。シャルロットの創意工夫が実を結べば、もはや俺達が滞在せずともおろちが求める強者の域に達すことは出来よう。俺達は明日にでもこのイシスを発つ」

 

 ホロゴースト入りスノードラゴンとの対面で見せた反応が少し気にかかるが、シャルロットの前で問うわけにはいかない。

 

「シャルロット」

 

「は、はいっ」

 

「マリクに言ったとおり、明日にはここを発つ。出発の準備を頼めるか?」

 

 マリクの方はこちらで見ておくと続け、俺はまず口実を作った。シャルロットへ席を外させる為の。

 

(探りを入れるなら、その後だな)

 

 シャルロット発案の工夫を試す流れを崩し、藪を突いて蛇を出すような真似をする必要は何処にもない。

 

「わかりました。ええと、そう言えばエリザさんは?」

 

「ああ、エリザならマリクの屋敷だろう。お前が何処に居るか解らなかったからな、二手に分かれて当たっていたと言う訳だ」

 

 疑問に答えつつ、ひょっとしたらこちらへ向かっているところかもなと推測を述べ。

 

「じゃあ、準備ついでにお屋敷の方にも行ってみますね」

 

「頼むぞ」

 

 退出するシャルロットの背に俺は声を投げたのだった。

 




次回、第二百九十八話「工夫の結果」


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第二百九十八話「工夫の結果」

 

「さてと……」

 

 もしマリクが何かとんでもないことを言ったとしても、これでシャルロットに聞かれてしまうことはない。

 

「シャルロットの発案、試してみることにするか……ところで」

 

「はい?」

 

 だからこそ、ここで聞いておくべきだと思ったのだ。

 

「先程、スノードラゴンと対面した時、何を言いかけた?」

 

「あ、あぁ。あのことですか」

 

「ああ、あの時ははぐれメタルとスノードラゴンが対面せぬようにすることが最優先だったからな」

 

 出来るだけ自然に、ちょっと気になった程度の態を装い、マリクに問う。

 

(腹芸って言うんだっけ、こういうの得意じゃ無いんだけど)

 

 マリクが何処まで気づいているか次第では、墓穴になりかねない発言だけにじとっと嫌な汗を背中にかきつつも、顔は平静さを崩さず。

 

「いえ、ああいう竜も居るんだな、と」

 

「ああいう竜?」

 

 もたらされた答えが微妙に要領を得ず、オウム返しに聞けば、マリクは言った。

 

「何て言ったらいいのか……心と体の性別が違う人がごく希に居るんですよ」

 

「えっ」

 

 この時、うっかり素が出てしまったとしても仕方ないんじゃないかと思う。

 

(せい……べつ?)

 

 この口ぶりからすると、マリクは水色東洋ドラゴンの身体へ魂代わりにホロゴーストへ入って貰ったと気づいた訳ではないのだろう。

 

(と いう か、これって おれ が ホロゴースト と おや ドラゴン の せいべつ を かくにんせず に ひょうい おねがい しちゃった せい ですか?)

 

 つまり、マリクから見ると俺が連れていたドラゴンはニューハーフとかそっち系のドラゴンに見えていたということか。

 

(うわぁ)

 

 子ドラゴンと対面させなくて、本当に良かったと思う。マリクに話を聞く前に子ドラゴンと会わせてたらどうなっていたことか。

 

(って、あれ? じゃあ、一度言葉を交わしたシャルロットはどうして……あ)

 

 親ドラゴンの変わりッぷりに気が付かなかったのかと思ったが、疑問はすぐに氷解した。

 

(そっか、シャルロットとはバラモス城で別れてるから……)

 

 連れてきたスノードラゴンを別の竜だと思っているのだろう。

 

(まぁ、中身が完全に変わっちゃった訳だもんなぁ、別竜と見てくれたなら、結果オーライか)

 

 後で件のスノードラゴンと口裏合わせをしておく必要はあるとは思うけれど。

 

(ただ……元に戻るまでジパングには返せなくなったな、あのドラゴン)

 

 親があんな状態だと知ったら子ドラゴンがグレかねない。

 

(とは言うものの、単体でかつあのドラゴンと同性のホロゴーストをシャルロットの協力無しで仲間にするのは難易度高すぎだよなぁ)

 

 親衛隊のホロゴーストはセットだったから上手く取り込めたが、そもそもホロゴーストは俺が知りうる限り、人語を話さない。

 

(まず通訳が居る上、複数を対象にする即死呪文を使ってくるとか)

 

 エリザについてきて貰うとしても即死呪文対策が居る。そこまでしてもまだ俺に魔物使いの心得がないという問題が残っているのだ。

 

(これだけ手間をかけるならジパングから条件に見合ったホロゴーストを呼ぶ方が早い訳だけど)

 

 ルーラなりキメラの翼で呼び出せる場所の心当たりは、バラモス城しかない。

 

(バラモス を たおして しろ を せいあつ でも しないかぎり、また おでむかえ が あるわけ ですね、わかります)

 

 ここまでやっても、出来るのは、せいぜい肉体と魂の性別を合わせることぐらいだ。

 

(バラモスを倒さなきゃ行けない理由がまた一つ、かぁ)

 

 後者を選ぶなら避けて通るのは難しいし、何よりバラモスの動きを警戒している現状でおろちの婿育成以外の案件に関わっていられるような余裕がない。

 

(前途多難だけど、まずは出来ることから……かな)

 

 とりあえずは、シャルロットの考えた工夫に効果があるかを確認しようと思う。

 

(問題は、ゲームと違って効果があったとしても、目に見えて大きなモノでないと実感しづらいことだけど)

 

 こればっかりはどうしようもない。

 

「すまんな、つまらんことを聞いた。では、始めるぞ?」

 

 俺はマリクに頭を下げると天井からぶら下がっている鍋を掴んで手元に引き寄せる。マリクが模擬戦を始め暫くしたところで鍋から手を放すことで、マリクの上半身目掛けてこれが向かって行く訳だ。

 

(まぁ、魔法使いの修行と言うよりも剣士とか武闘家の修業っぽい気はするけど、そもそも呪文の効かないはぐれメタルとの模擬戦って時点で呪文の出番は殆どない訳だし)

 

 これが実戦なら、急所を刺せば一撃で仕留められるどくばりを持たせての白兵戦か、メダパニの呪文で混乱させた他の魔物からの不意打ちを食らわせるなど魔法使いとしての戦い方もあるのだが、相手ははぐれメタル単体。

 

「行きますよ!」

 

「ピキィィィッ」

 

 模擬戦なので殺傷不可となると、マリクに出来るのはただ物理攻撃を繰り出すことのみ。俺の視界の中で、マリクの声へ発泡型潰れ灰色生き物が応じた。

 

「たあっ」

 

「ピッ」

 

 横に薙ぐ腕から銀色が横へ一閃し、はぐれメタルは床を滑るようにしてマリクのナイフをかわした。

 

「……ほう、聖なるナイフあたりか」

 

「はいっ、まどうしのつえは折ってしまいそうですし、この軽いナイフの方が――」

 

「対応しやすいと言うことか」

 

 おそらくそれはマリクが何度も模擬戦を繰り返して見つけた答えなのだろう。

 

「……ふむ、しかしその動き」

 

「解りますか? 刃物の扱い方に関してはシャルロットさんにご教授願いました」

 

「成る程」

 

 そう言えば聖なるナイフは勇者でも扱える武器だったはずだ。

 

(何というか、話を聞く限り俺よりシャルロットの方が余程師匠っぽいことしてるような気が……)

 

 ここはその師匠として俺も何か伝授しておくべきなのかも知れない。

 

「ならば、俺からも後で一つ詰まらん技を見せてやろう」

 

「えっ」

 

 聖なるナイフなら盗賊の俺でも扱える。マリクが強くなっておろちが惚れてくれれば万々歳だ。

「もっとも、その前にはぐれメタルを倒して見せろ。何らかの報酬があった方がお前もやりやすかろう」

 

「は、はいっ」

 

 俺の言葉が発奮させたのかは解らない。ただ、この後、マリクは俺が予想していたよりも早く発泡型潰れ灰色生物をKOすることに成功したのだった。

 

「しかし、何というか……」

 

「いえ、効果はありましたよ? 効果はあると思うのですが」

 

 ただ、シャルロットの工夫に関しては、目に見える程効果はないものの一応効果有りという地味にコメントへ困る結果が出たことを付け加えておく。

 

 うん、戻ってきたシャルロットへ何て言おう。

 




ホロゴーストにも性別はあるんだよな。

次回、第二百九十九話「最近、気合い伝授が大成功しなくて」

それはお前のモンパレの近況だろと言うツッコミ待ちだったりするのかも知れません。


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第二百九十九話「最近、気合い伝授が大成功しなくて」

「ふっ、まあいい。結果がどうあれ、一度口にしたことを反故にする気はない」

 

 シャルロットへの言い訳も考えておいた方が良いかもしれないが、それはそれ。生じた微妙な空気を放置しておけなくて、俺は表情を変え、マリクに問う。

 

「ところで、そのナイフは予備もあるか?」

 

 と。

 

「予備ですか? ちょっと待って下さい。確かこっちに……あ、これです」

 

 わざわざあるかと問うては見たが、ナイフなら刃こぼれする可能性を考慮して予備も用意されているのではないかとあたりは付けていた。

 

「出来れば二本貸して欲しいのだが」

 

「わかりました。はい、どうぞ」

 

「すまんな」

 

 軽く頭を下げてマリクからナイフを受け取り。

 

「ふむ……こんなものか。さて」

 

 左右それぞれに一本ずつ持つと、感覚を確かめ再び片手に二本の聖なるナイフを集め、空いた手でポケットを漁る。

 

「マリク、これを俺へ向かって投げろ」

 

「わっ」

 

 感触から金貨だろうとあたりを付けたそれをマリクの方へ山なりに放り、空いた手へナイフを戻せばこちらの準備は終わったも同然。

 

「これは……金貨」

 

「ここの備品を『斬る』訳にはいかんのでな」

 

 キャッチしたモノへ目をやって呟くマリクへ俺はそう応じた。

 

(大きさ的に若干の不安はあるけど、この身体のスペックだったら斬れる筈)

 

 たまたま視界に入ったロウソクを見て、火をつけたロウソクを斬るでも良かったかなぁと少し後悔したのは秘密だ。

 

「いいんですか?」

 

「まぁ、商人に見られたら怒られるだろうな」

 

 シャルロットとか真面目な人でも怒るかも知れないか。

 

「だが、これぐらいやらねば見せ物にもなるまい?」

 

 ここでインパクトのある光景を見せつけられれば、ニューハーフもどきなスノードラゴンの印象が薄れる。

 

(親ドラゴンの一件は前より輪をかけてシャルロットの耳に入れる訳にはいかなくなったからなぁ)

 

 耳に入る可能性を完全になくせないにしても、出来る限り話題に上る可能性は下げておきたい。

 

「では、行きますよ?」

 

「ああ。来い」

 

 マリクの確認へ頷きを返し、身構える。

 

(確か、このナイフは純銀で作られていた筈。柔らかい金とは言え、普通なら硬貨を斬れるかは微妙なところだと思うけど、この身体のスペックがあれば切断は可能)

 

 俺は、信じていた。これまで自分を助けてくれた今の身体を。

 

「えいっ」

 

「ふっ」

 

 放物線を描いた瞬間、口元をつり上げ、床を蹴る。

 

(念には念を、一撃目は――)

 

 はじき飛ばさないよう、二本のナイフが交差するようにコインを挟み込む。ちょうどハサミをイメージして貰うと解り易いと思う。

 

「あ」

 

「これで二分の一」

 

 とりあえず、金貨をはじき飛ばし気まずい思いをすることだけはこれで無くなった。

 

「次」

 

 だからこそここからは、冒険する。両断されて二つになったコインを視界に収め上半分を右手のナイフですくい上げながら。

 

「四分割だっ」

 

 同時に叩き付けるような左手の一撃で落下する下半分の金貨を両断した。

 

「す、すごい……」

 

「魔物の中にはこちらが一度の動作をする内に二度斬りかかったりしてくる者が存在する。これはその手の魔物の動きの模倣を元にしたものだ。武器を持つ手が片手でも二度、両手でそれぞれ武器を持った場合は見ての通りだな」

 

 つまるところ、やって見せたのは、クシナタさん達にも披露した、ゲームで言うところの一ターン二回行動である。

 

「ただ、これはまだシャルロットには教えていない。会得出来るだけの強さを得てからと考えているからだが、故に今日のことはシャルロットには他言無用で頼む」

 

「え、あ……はい」

 

「すまんな、そう言う意味ではお前に見せるのも早かったやもしれんが……お前も魔法使いならそのうちモシャスという呪文を覚えるだろう。他者の姿や能力を写し取るあの呪文が使えれば、この技の会得は呪文を使えぬ者と比べ、遙かに容易になる」

 

 冗談抜きで、マリクならマスターしてしまうのではないかと思う。

 

(発泡型潰れ灰色生き物との模擬戦は続けられる訳だし)

 

 将来的にはこの世界屈指の魔法使いへと成長を遂げそうな気もする。

 

(まぁ、おろちの婿に収まることを考えるといくら強くなっても勇者一行の戦力アップには繋がらない訳だけどね)

 

 それでも魔法使いのお姉さんやクシナタ隊にいる魔法使いさん達をどう強くすべきかの指標にはなってくれるんじゃないだろうか。

 

「お前は、この数日で一人前と言われるレベルを越えた。だが、まだそれだけだ。驕るなよ」

 

 さっきの俺を見ていたら自惚れることなど無いと思うが、一応釘は刺しておく。

 

「も、勿論です」

 

「その意気だ。驕らず努力を続けるなら、お前をおろちと引き合わせる日もそう遠くはあるまい」

 

 一日も早くその日が来て欲しいと俺は密かに願う。

 

(大丈夫、きっと間に合う。だから……)

 

 待っていて欲しい、竜の女王よ。

 

「俺はこれから世界を飛び回ることとなる。だが、何カ所かこれから立ち寄るであろう場所がある。情報収集の為に残してきた仲間もいる。今からそのうちの幾つかを話す。もし、お前がおろちの婿として相応しい男になったと確信出来たなら、いずれかに連絡をくれ。迎えに――」

 

 そして、最後にかっこよく決めようとしたところで、扉が開き。

 

「えっ、あ、す、すみません、あたし」

 

 何だか凄く狼狽えたエリザが登場したのだった。

 




主人公、師匠の威厳を見せるの巻。

と、言う訳でマリクってやがてあのモシャスが扱えるようになるかも知れないんですよね。

つまり、大化けする可能性が……あるのかな?

そして、マリクに向かって「迎えに行く」とか言ってるタイミングで登場しちゃうエリザ。

これは、また誤解されるオチなのか?

次回、第三百話「バハラタの町で」



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第三百話「バハラタの町へ」

「ん? シャルロットと一緒じゃないのか? 出発の準備を頼んでつい先程ここを出ていったんだが」

 

 この状況下で顔を出したタイミングに触れたり弁解すれば返って藪蛇になる。俺はさも何も無かったかのようにエリザへ問い、続けて補足説明をする。

 

「それじゃあ、きっと入れ違いですね」

 

「そうか。……とは言え、探しに出かけてまたすれ違っては笑えん。この場で留守番を頼む」

 

 マリクは性別のズレに違和感を覚えただけだったようだが、預けた親ドラゴンをこのままマリクがトレーニングしているこの格闘場に預けておく訳にはいかない。

 

(足代わりという意味でも空を飛べるドラゴンは有用だからなぁ)

 

 世話係に話を通しておく必要があるだろう。

 

「預けるのは明日の朝までになった」

 

 と。

 

「おそらくはシャルロットのルーラかキメラの翼での出立にはなるが、空の旅が可能ならその後の行動範囲が広くなるからな。なに、この格闘場から出る訳でもない、すぐ戻る」

 

 そう続け、平静さを装いつつ退室することで、俺は先程の一件を有耶無耶にする。

 

(完璧だ。時間が経てば俺もクールダウン出来る。後でさっきのことを聞かれたって、落ち着いて答えられるはず)

 

 不自然でない程度に早足で部屋を出て、自画自賛しつつ向かう先は先程ドラゴンを預けた檻。

 

「度々済まん。実は明日の朝、ここを出発することになってな。預けるのは朝までと言うことにしたいのだが」

 

「明日の朝、ですか。承知致しました」

 

 マリクやシャルロットに告げた出立の予定は舌禍から逃げ出す口実と言うだけではない。

 

(下手したらバニーさん達もこっちとの合流を待ってるだろうし、ダーマは一度訪れておかないといけないと思ってたからなぁ)

 

 俺自身は転職する気などないものの、ルーラで行ける場所の候補が増やすことには意味がある。

 

(転職する為に足を運んでいる人は結構居るだろうからなぁ、交易網に組み込むことが出来ればたぶん利益は出るだろうし)

 

 先にダーマへ向かったカナメさん達の中の転職希望者が新たな人生を歩めたかも気になるところ。

 

(そもそも、魔物も転職出来るのかは原作じゃ確かめようがなかった問題だし)

 

 怒られそうな気もするが、ダーマに行ったら確認しておきたいことがある。

 

(まず、レタイト達人型の魔物が転職可能であった場合前提だけど――)

 

 知りたいのは「人型以外の魔物も転職出来るのか」という疑問の答え。

 

(それと、転職の自由度かなぁ)

 

 ゲームでは特定の職業しか選べなかった転職だが、当然ながらこの世界にはゲームで選べた選択肢以外の職業に就いている人達が存在する。

 

(八百屋とか宿屋は商人、兵士は戦士みたいに何かへ割り当てることもある程度は出来るけれど)

 

 世の中には甲冑に身を包んで回復呪文のベホイミを使う人攫いなども存在するのだ。

 

(戦闘能力を鑑みると僧侶から転職したとは思えない。そも、僧侶が前職なら一部の呪文しか使えないのもおかしいし)

 

 何処かの集落にはトーカ君と言う弓使いというか狩人も居たはずだ。

 

(魔王討伐に同行出来る程戦闘に向いていないからと言う理由で候補から勝手に除外されていたりしたまだ知らぬ職業が存在する可能性だって――)

 

 あると思う。

 

(たとえば、魔物を仲間に出来る魔物使い……とか)

 

 既に魔物使いと会ったことがある俺としては、職業としての魔物使いが存在することは疑っていない。

 

(案外「こんなのまであるの?!」とか叫んじゃいそうなのもあったりして……ピチピチギャル、はないか。うん、あったら困るな)

 

 一瞬、色っぽいお姉さんになったばくだんいわやらひょうがまじんやらのイメージが脳裏を過ぎったが、流石に種族を変えてしまうような転職は無いと思いたい。

 

(だいたい、まっさき に あげる こうほ が なんで ぴちぴちぎゃる なんですか?)

 

 無意識のうちにお姉さんに囲まれたいとでも思ってしまったのだろうか。

 

(まぁ、それはないな)

 

 ただでさえ、せくしーぎゃるの件などで散々振り回されたりしたのだ。

 

(百歩譲ってこの身体が自分の身体だったらともかく、借り物じゃなぁ)

 

 責任がとれない以上、ただの苦行にしかならない。

 

(って、いけないいけない……また思考が脱線してる)

 

 まだやることは残っているというのに。

 

「今戻った。シャルロットは戻ってきているか?」

 

 考え事をしている内にマリク達の居た部屋の前まで戻ってきていた俺はドアをノックするなり、中へ問いかけ。

 

「あ、お帰りなさいお師匠様。次はさっちゃん達との合流でしたよね?」

 

「ああ。しかし、戻っていたか」

 

「はい。行き先も町なら買い込んでおく品もあまり無いですし。あ、ただ朝ご飯の手配だけはしておきました」

 

「そうか。食事のことは失念していたな。よく気づいた」

 

「はい」

 

 出迎えてくれたシャルロットは、俺が褒めれば嬉しそうにえへへと笑う。

 

(やっぱり良い子だよな、シャルロット)

 

 何というか、至れり尽くせりだ。後はシャルロットの手配してくれた宿に今日は泊まり、明朝出発するだけなのだから。

 

「さて、では俺達はこれで失礼す……ん?」

 

 ただ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、少しな……」

 

 その場を後にしようとしたところで、何かを失念してる気がした俺は首を捻るも引っかかったのが何なのか思い出せず。

 

「お帰りなさいませ」

 

「あ」

 

 俺が致命的なミスに気づいたのは、宿の主人の顔を見た後のこと。

 

(ちょ、まさか)

 

 見覚えのある顔とカウンターに思わず固まる俺の前で、シャルロットは言ってのけた。

 

「この前と同じお部屋でしたよね?」

 

 と。

 

(何故だろう、よりによってこんなオチとか)

 

 次の日の朝、寝不足だったのは言うまでもない。隣の部屋は別のカップルか新婚夫婦だったようですが、お楽しみだったようですよ、ちくしょうめ。

 

「ふあ、っ」

 

「これが朝食になります」

 

「あ、ありがとうござまつ」

 

 あくびを噛み殺し、前を見ればお弁当を受け取っているシャルロットが居て。うん、噛んでいたことは敢えて触れまい。

 

「お、おはようございます……」

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

 目を擦りつつ階段を下りてきたエリザに挨拶すると、これで揃ったなと小さく呟く。

 

「では、行くとするか、バハラタへ」

 

「はいっ」

 

 俺が声をかければ、シャルロットは嬉しそうな笑顔で答えた

 

 




ちなみに、エリザさんにはシャルロットが別に個室をとっていた模様。

次回、第三百一話「バハラタでの再会」


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第三百一話「バハラタでの再会」

「ルーラっ」

 

 シャルロットの呪文によってそれへと舞い上がったのは、三人の人間と一匹のスノードラゴンだった。むろん、これに俺も含まれる。

 

(けど、飛びながらの朝食とか新しいよなぁ)

 

 いかに空を飛翔する呪文と言えど、移動時間はかかる訳で、目的地に到達した後では朝食の時間を逃してしまう。

 

「はむっ」

 

「ふむ、考えてはあるようだな。さて」

 

 パンに具材を挟んだ、朝ご飯へかぶりつくシャルロットの姿を横目で見てこれに倣う。

 

「んぅ」

 

 美味い。口の中に広がるものに感嘆の声を漏らすと同時に少しだけデジャヴを感じた。

 

(そう言えば、前の時もパンをくわえて走ることになったっけ)

 

 疾走が飛翔にランクアップしてはいるが、俺としてもまさかモノを食べながら空を飛ぶなんてシュールな経験をすることになるとは、つい先日まで予想さえしていなかった。

 

(けど、時間が経過すればお腹は減るからなぁ)

 

 先日までとしたのは、移動中に何度かお腹の減ることがあったからだ。ちなみに同行しているスノードラゴンは飼育係の人の好意で出発前に食事は済ませている。

 

「お師匠様、前の時もでしたけれど、このパン美味しいですね」

 

「ああ、確かにな。この雄大な景色を見ながらと言うのも一役買っているのかも知れないが」

 

 シャルロットに答えつつ眼下に広がる一大パノラマを眺め、俺は荷物から水袋を取り出して蓋を開けた。

 

「ふぅ」

 

 喉を潤し、封をした水袋の中身は当然水だ。保存の都合上、水と酒の二択となれば、酔っぱらっての失言を恐れる俺にとって水以外の選択肢が無かった。

 

(バハラタに着いたら、情報収集ついでに何処かの店にでも寄るか)

 

 旅する身としてはジュースなど望むべくもないが、町や村に滞在している時は話が異なる。逆に言えば、滞在中以外は粗食に耐えないといけない訳でもあり。

 

(地球のへそまで行くのに最寄りなのはバハラタかアリアハンのどっちだろ。どっちだったとしてもかなり長い船旅になるよな)

 

 脳内の世界地図にげんなりした時だった。

 

「あ、お師匠様。ボクにもお水下さい」

 

 シャルロットが声をかけてきたのは。

 

「ん? お前の水袋はどうした?」

 

「えっ? ええと、お水組み忘れちゃって……」

 

 問い返すと挙動不審になったが、小さなミスが気まずかったのだろう。

 

(ま、それは良いとして……問題はこっちか)

 

 視線を落とした先は、先程直に口を付けていた水袋。

 

(まぁ、流石にこのまま渡すのは拙いよね)

 

 俺は少し待てとシャルロットに言い、荷物から取り出した布で水袋の口を拭い。

 

「あーっ!」

 

「っ」

 

 直後に隣であがった悲鳴に思わず竦む。

 

「……どうした、いきなり?」

 

「あ、えっ、その……」

 

「……そうか」

 

 反射的にそのまま問い返してしまったが、答えに困るシャルロットを見て、俺はその理由に思い至った。

 

(師匠に気を遣わせちゃったって、後で気づいたのか)

 

 シャルロットの立場からすれば気まずいだろう。

 

「すまんな、俺が考えなしだった」

 

 潔癖性だから飲んだ後は必ず拭くとか言っておけば、弟子に要らぬ気遣いなどさせなかったというのに。

 

「い、いえ……そんな」

 

 そうシャルロットは頭を振ってくれたが、これは要反省だろう。

 

「あ、あの……お二人とも、そろそろ目的地が見えてきたみたいですよ?」

 

「ん? あ、あぁ、そうか」

 

 多分、エリザが声をかけてくれなければ、居たたまれない時間がもう少し続いていたかもしれない。

 

(今度から水袋は二つ用意しておこう)

 

 もう、二度と同じ過ちはすまい。

 

「さて、そろそろ着地の準備をし……あれは」

 

 心に決め、やはり思うところあったらしいシャルロットへ呼びかけようとした俺は、町を歩く一人の青年へ目を留めた。

 

「どうしました?」

 

「いや、今は着地が先だ」

 

 訝しむエリザに頭を振ってみせると、足元を見る。

 

(今のは賢者、間違いなく賢者だった……それに)

 

 着地に備えつつ脳裏に浮かべた先程の青年は、僧侶のオッサンが身につけていた品と同じものを幾つか装備していた。

 

(あれが僧侶の……オッサン?)

 

 一体どんな邪法を使った、と絶叫したくなるのを抑えたくなる程の変わりッぷりだったが、髪の色は黒。元々のオッサンの色だった。

 

(いや、落ち着け。多分男僧侶のトレードマークっぽかった髭を剃ったから遠目には若返って見えただけなんだ)

 

 自分に言い聞かせつつも、まずすべきは着地。

 

(シャルロットの前でずっこけるとか、あり得ない)

 

 さっき小さな失敗をしでかしたばかりなのだ。シャルロットも先程の一件を気にしている可能性だってある。

 

(今だっ!)

 

 求めたのは、ごく普通に、さっきの微妙な空気なんて全く影響していませんよと全力で主張する程、完璧な着地。俺の足は、確実に地面を踏みしめ。

 

「あっ」

 

「え」

 

 小さな声に気づいた時には、もう遅かった。小さな声を上げた瞬間、何かが倒れ込んできて。

 

「にゃあああっ」

 

「シャ」

 

 相手が鎧を着込んでいなかったら、役得だったなどとは微塵も思っていない。

 

(と言うか、これは想定が……いっ)

 

 時間の流れがやけに遅く感じた。倒れ込んでくるシャルロット、とっさに反応し、支えようと動く身体。

 

「ご主人様ぁぁぁぁっ」

 

 シャルロットでほぼ一杯になった視覚の外から聞こえてくる、聞き覚えのある声。

 

(そうか、バニーさん……ってことは、さっきのはやっぱり)

 

 元僧侶のオッサンだったのかと心の中の冷静な部分が受け止めた直後。

 

「ぁぁぁっ」

 

 迫ってきたシャルロットの顔が、唇が。

 

「んぷっ」

 

 事件を起こした。

 

 




シャルロット間接キスに失敗。

って、あれ? これはひょっとし……て?

僧侶のオッサン、イケメン化&若返り……か?

次回、第三百二話「転職したら呼称もやっぱり変えるべきなんでしょうかね? うん」

シャルロットの起こした事件とは、待て次回ッ!


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第三百二話「転職したら呼称もやっぱり変えるべきなんでしょうかね? うん」

「ざて……」

 

 自分でも驚く程冷静な声が出た。

 

(我ながら、語彙に乏しいな)

 

 自らの身に降りかかった現象を表す言葉を、俺は知らなかった。一歩間違えば顔面と顔面がぶつかって流血、何てことにさえなりかねないアクシデントだったが、シャルロットを支えるのがかろうじて間に合い、接触の衝撃は最小限で留まったのだ。

 

(うん、鼻血だらだらの再会にならなかったのは、良い。良いんだけど……)

 

 やはり、俺の辞書には今の現象を端的に現す単語がない。

 

(鼻を口に含まれる、もしくは鼻をしゃぶられることを意味する言葉ってあったっけ)

 

 そう、かろうじて接吻は免れたのだ。同時に接触直前に何か言おうとしたのか、悲鳴の続きをあげようとしたのか、開きかけたシャルロットの口に、俺の鼻が飛び込む形になって、今がある。先程の呟きが、冷静でありながら鼻づまりのような声になったのも、そのせいである。

 

「ジャルロッド」

 

 固まるのも仕方ないとは言え、流石にそろそろ正気に戻って頂きたい。

 

「ん゛」

 

 支える身体の肩が俺の声に少し遅れてびくんと跳ね。

 

「ぷはっ」

 

(よかったぁ……って、やばっ)

 

 身じろぎに続いて鼻が解放されたことへ安堵しつつも、すぐさま我に返って支えていた腕に力をかけてシャルロットの身体を押し剥がす。

 

「ご主人……様?」

 

 バニーさんのものらしきかすれた声が聞こえたのは、シャルロットの向こう。

 

(うわぁ)

 

 エリザは良い、角度的に唇が鼻に行ったのは見えてるだろうし、事故だって解ってるから。

 

(うん、だけどバニーさんからはシャルロットの背中しか見えてないんだよね)

 

 誤解を生むのに充分で、しかも同時に誤解を解こうとシャルロットの脇から顔を出すのも躊躇われる状況だった。

 

(唾液まみれの鼻を見せたら、それはそれでシャルロットの黒歴史の目撃者が増えるし)

 

 誰か教えてくれ、この状況どうやって誤魔化して収拾を付ければいい。

 

(ギャグですか? 一発ギャグで笑いを取って有耶無耶にすれば良いんですか?)

 

 いや、この状況下でふざけたら混乱してるのと勘違いされて拳か武器が飛んでくるだろう。それはスレッジの時に学習済みだ。

 

(もういっそのことバニーさんかシャルロットに愛の告白を……してどうする! だああっ、本当にどうしろと)

 

 こういう窮地こそ良い考えが浮かばない。バニーさんの気配は動かず止まったまま。

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 シャルロットも色々衝撃だったのか、放心しつつ喘ぎながら後ずさっている。

 

「なんだ、どうした?」

 

 そして、バニーさんの声を聞きつけでもしたのか、こちらにやって来る様子の野次馬らしきオッサンA。

 

(うわーい。どんどん じょうきょう が わるくなってる じゃないですか、やだー)

 

 ちくしょう、おれ が なに を したって いうんだ。

 

(ええと、何、この状況。俺ってひょっとして「弟子に無理矢理鼻をしゃぶらせた罪」とかで捕まって牢屋にぶち込まれるの?)

 

 心に傷を負いつつも立ち上がった勇者は大魔王を倒し、勇者の師匠という立場を笠に着て勇者に不埒な真似を働いた俺は獄中で不名誉と共に生涯を終えるんですね、わかります。

 

(えーと、キメラの翼は何処にしまったかな?)

 

 逃げたい。もの凄く逃げたい。

 

(けど、ここで俺だけ逃げたら、シャルロットがなぁ)

 

 鼻を口に含んでしまったせいで自分の師匠が逃げ出した何てことになれば、事実が伝わっても笑いものだし。何とか誤魔化したとしても師匠に逃げられたというだけで不名誉だろう。そも、ここまでにアクシデントで受けた精神的ダメージは加味されてない。

 

(一緒に何処かへルーラして、話し合う……のも駄目だ。これはこれで変な誤解を招く。これ、ひょっとして……)

 

 どう考えても詰んでるんじゃないかと、俺が現状は詰んでるんじゃないかと思い始めた時。

 

「どうしましたの、エロウサギ? 急に走り出して……」

 

「っ」

 

 現れた魔法使いのお姉さんは、まさに救いの女神だったと思う。

 

(仕方ない、かぁ)

 

 全てを包み隠すのはおそらく無理だ、だから少しだけ真実を暴露して状況を打破することを決めた。

 

「実は、ルーラの着地にちょっと失敗してな。ご覧の有様だ」

 

 片手で鼻を押さえれば、そこを打ったように見える筈。そのまま肩をすくめて見せれば、シャルロットの放心も頭をぶつけたとか、都合の良いように解釈してくれると言う寸法だ。

 

「あ……それで、さっき」

 

 バニーさんの声が再び聞こえてきたと言うことは、とりあえず最大のピンチは切り抜けたと見て良いだろう。

 

(後はシャルロットの心のケアと)

 

 僧侶のオッサン同様、転職して頭上にうさ耳のないバニーさんを胸中でどう呼ぶか。

 

(魔法使いのお姉さんも呼び方相変わらずだったし、このままバニーさんでも良いような気はするんだけど)

 

 もし、賢者になる為クシナタ隊の誰かが遊び人になっていたり、新しく女遊び人が勇者一向に加わったりした時にややこしくなる。

 

(何より……問題はバニーさんじゃない、僧侶のオッサンだ)

 

 降下する時に見たあの姿を間近で見た時、俺はオッサンを賢者のオッサンと呼べるだろうか。

 

「あ、あの……ご主人様」

 

「……転職したのだな」

 

「……はい」

 

 躊躇いがちに声をかけてきた元バニーさんは、俺の言葉に頷き、微笑んだ。

 

(そっか。「元」を付ければ良かったんだ)

 

 胸中でのモヤモヤ、ささやかな悩みは無意識に作り出した新しい呼称によって解消され。

 

「ところでご主人様……その、後ろのスノードラゴンは」

 

「あ」

 

 変わりに、別の問題があったことを元バニーさんの指摘で気づかされたのだった。そう、この町には魔物を預かっていてくれる場所が無いのだ。

 

 




……いつからハプニングキスだと思っていた?

まぁ、ハプニングには変わりないですけどね?

次回、第三百三話「でっかい風船ってことにはならないですよね?」

うん、無理ですよね。わかります。


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第三百三話「でっかい風船ってことにはならないですよね?」

 

「むぅ」

 

 おそらく町の外で待っていて貰っても、この辺りの魔物ならあのドラゴンの相手にはならないと思う。

 

(そのかわり、たびびと とか が こわがって まち へ はいって こられない なんて おち に なるわけですね。わかります)

 

 誰がどう見ても大迷惑である。

 

(これが不死鳥ラーミアだったら、害はないと言えば納得して貰えるかも知れないんだけどなぁ)

 

 明らかにモンスターではそうもいかない。

 

(となると、誰かがドラゴンへついているか、バハラタの滞在を諦めてダーマに向かうかの二択かな)

 

 前者なら俺がドラゴンの番しつつ別行動することで一足先にダーマへ向かったカナメさん達が接触しやすい状況を作り出すことも出来るのだが。

 

(問題は……シャルロットだよね)

 

 ちらりと視線をやった先、今はまだ放心から立ち直っていない弟子への精神的なケアという問題が残っている。

 

(シャルロットも連れて行くとなると、カナメさん達との接触は諦めざるを得ないし、せっかく誤解が解けたというのにまたシャルロットだけ連れ出す何て流れになったらどんな誤解を招くことやら)

 

 先程勘違いしかけた元バニーさんだけでなく、この町には元僧侶のオッサンも居るのだポルトガでのお忍びバケーションの二の舞になるのはゴメンだった。

 

(いや、まぁそれ以前に、シャルロットが我に返った後の行動が予想出来なくてそれが一番の脅威なんだけど)

 

 口に鼻を突っ込まれたとか、事故であってもショックだと思う。ましてシャルロットは女の子なのだ。

 

(良い子だし、水袋の時との合わせて自責の念に駆られることもあるかもしれない)

 

 泣かれる、謝られる、取り乱される、どれで来られてもアウトだ。何とか取り繕ったと思うが、全てパァになる。

 

(ああ、やっぱり「弟子に無理矢理鼻をしゃぶらせた罪」で捕まって牢獄に――)

 

 いや、そんな罪状がないのは解っている。

 

(けど、シャルロットが何かする前に手を打たないとやっぱり拙い)

 

 だが、ならば俺はどうすればいいのだろう。

 

(うーん)

 

 表には出さず唸ってみるが、良案はなかなか出てこない。

 

(耳元で囁いてみる、とかかなぁ「この件については後で」とか、そんな感じで)

 

 先程の不幸な事故は人前で話せるようなモノではないし、誰かに聞かれればロクでもない展開になるであろうことは俺にも想像出来る。

 

(ちゅうとはんぱ に きかれて ゆきだるましき に ごかい が ふくらむんですね)

 

 そして最終的には魔法使いのお姉さんに縛られた上でお説教コースと言うところまではイメージ出来た。

 

(とは言え、人前で滅多なことは言えないし)

 

 先延ばしもやむなしだろう。こういう時、素早く動ける身体は、非常にありがたい。

 

「シャルロット……」

 

「あ、お師匠さ……」

 

「皆の前だ。後で俺のところに来い」

 

 俺の声で我に返ったらしいシャルロットの耳元でそれだけ囁くと、元バニーさんやシャルロットへ背を向けた。

 

(もう袖で良いや)

 

 とりあえず、鼻を拭わないとまともに話が出来ないし、鼻を打ったと勘違いされ「手当てしますから鼻を見せて下さい」と言われても困る。

 

(ふぅ、これで良し)

 

 拭った袖については、服ごと洗濯すれば良いだけの話。

 

(残された問題は、ドラゴンをどうするかだよな)

 

 ジパングにもイシスにも帰す訳にはいかず、宿屋に連れ込んだらお断りされることは請け合いだ。ただ、悩んでいたことは、見透かされていたのかも知れない。

 

「あ、あの……あたしで良かったら、このドラゴンの面倒見ますけど」

 

「な」

 

 かけられた声に振り返ると、エリザの姿があった。

 

「イシスまでの行軍でも野宿は当たり前でしたし、魔物と一緒でも大丈夫ですから」

 

「い、いや、気持ちはありがたいが……」

 

「シャルロットさんのこと、考えてあげて下さい」

 

「っ」

 

 女性に一人だけ野宿させることなんて出来ないと続けようとした言葉は、エリザが耳元で続けた言葉に押し込められ。

 

「それに、この時間ならまだ宿を取る必要もありませんよね? あたしはこのまま一足先にダーマを目指そうと思います。スミレさん達がダーマの方に居る可能性だってあると思いますし、先触れは居た方が良いと思うんです」

 

「すまん」

 

 情けないことに、重ねられた申し出を俺は断ることが出来なかった。

 

「気にしないで下さい。そもそも、あたし皆さんと違ってあのおばあさん達に教えて貰っただけで正式な職業に就いてる訳じゃありませんし……ダーマ神殿のお話しを聞いて、いつか機会があったら転職したいって思っていたんです。だけど、シャルロットさん達はあたしが何をしていたかは知らないはずですから、こっそり転職出来るのは都合が良いんです」

 

「……すまん」

 

 最もらしくエリザの語る先行の理由に矛盾はなくとも、このタイミングで言い出したことが俺の為であることは明らかで、頭を下げるのを堪えつつもう一度詫びる。

 

「……一つだけ、この町から見て北東にある洞窟とその周辺にだけは気をつけてくれ。以前、強力な魔物が出没していた。ミリー達が戻ってこられていると言うことは、もう大丈夫だとは思うが」

 

 そんな忠告をしたのは、エリザが俺を納得させる為ではあると思うが珍しく雄弁だったから。何故か、胸騒ぎがしたのだ。

 

「わかりました、忠告ありがとうございます」

 

「ああ、もし蝙蝠の翼を持ったシルエットのような魔物と遭遇したならすぐ逃げろ。奴らはそう言う姿をとっていた」

 

 心配のしすぎかも知れないとは思った。けど、万が一のことだってある。

 

「では、あたしはこれで」

 

「気をつけてな」

 

 別れの言葉を交わし、エリザを見送り。

 

「ご主人様、あの方は?」

 

「ああ、寄るところがあるそうでな。一足先に出発することにしたらしい」

 

 一応ダーマで再合流する見込みであることも補足すると、俺はそれよりもと言い話題を変える。

 

「転職は出来たようだが、ダーマのことについて教えて貰えるか?」

 

 エリザの心遣いを無駄には出来ない。談笑しつつ、俺は密かに誓った、シャルロットのアフターケアは完璧にこなしてみせると。

 




あからさまなフラグを立てて離脱したエリザ。

主人公はそんなエリザの為にも全力でシャルロットのケアに臨むことを決める。

次回、第三百四話「まさか、胸騒ぎの正体は――」

何というか、この時点で嫌な予感しかしない。


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第三百四話「まさか、胸騒ぎの正体は――」

「おや、こちらにいらしたのですな」

 

「ん? あ」

 

 だから、まだその場に顔を出していなかった約一名のことに声をかけられてから気づいたのだって仕方ないと思う。

 

「ふむ……初めまして」

 

「いや、あなたに真顔でボケられるとツッコんでいいのか迷うのですが」

 

 素の俺だったら顔を引きつらせつつ言いそうな指摘を涼しい顔で口にしたのは、たぶんアランとか言う元僧侶のオッサンだったと思う。

 

「迷うも何もまるで別人だろうが」

 

 そう吐き捨ててもどこからも文句は来ないと思う。

 

(……いくら僧侶の時の髭を剃ったからって、これはないわ)

 

 僧侶の時を四十歳前後の顔だとするなら、今の顔は二十代後半、そろそろ三十歳に手がかかるかな、レベルにしか見えないというのは絶対詐欺だと思う。

 

「そうは言いますが、僧侶だった頃は色々気苦労もあったのです。それが顔に出ていたのでしょう」

 

「苦労?」

 

「主に同性と恋愛する内容の話を書かれたり、とかですな」

 

「あー」

 

 ただ、腐った僧侶少女の犠牲になった結果があのオッサン顔だったと言われると、思わず頷いてしまうモノもあり。

 

(って、何だか納得しちゃったけど……原因があれば転職するとまるで別人レベルまで色々変わってしまうとか)

 

 思い返すと、クシナタ隊のスミレさんなんかも職業訓練所で遊び人になったらまるで別人になっていた気がする。

 

(じゃあ、転職希望してたメンバーとの再会は心の準備をしておいた方がいいのかなぁ……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと俺は振り返る。

 

「えっ、あ、あの何でしょう、ご主人様?」

 

「いや、アランは随分様変わりしたと思うが……」

 

 元バニーさんの変わらなさは元オッサンと対照的だった。髪の色と髪型はそのまま、どことなくおどおどしたところも変わらず。

 

(けど、流石に思うまんまを言うのはなぁ)

 

 そこまで無神経なつもりはない。

 

「賢者は攻守において様々な呪文を覚えるまさに呪文のエキスパートだ。その力でこれからもシャルロットを支えてやってくれるか?」

 

 だが、下手に褒める舌禍になりそうで、結局口から出たのはシャルロットの師匠としての発言のみ。かつて借金を肩代わりしたことから俺を慕ってくれるのは良いのだが、恩を返そうとするあまり時々暴走するのだ。

 

(だったら、どういう風に恩返しをすればいいかをこうして頼み事という形で指定するのが一番だよね)

 

 間違いはないはず、無いと思う。

 

(そもそも、今日はシャルロットを慰めるなり叱咤するなりしてさっきのことを引き摺らないようにしないといけない訳で)

 

 シャルロットのことで手一杯だからと言うのは卑怯な逃げ口だと理解している。

 

「は、はい。も、もちろんです」

 

「そうか。……なら、解らないことがあれば、聞きに来い。今日は合流したばかりで余裕はないが、明日以降であれば時間を作ろう」

 

 だから、明日以降ならと条件付けし、敢えてこちらから誘った。後ろめたさから来るモノでもあったが、元々呪文を扱う職業でなかった元バニーさんからすれば、賢者という今の職業は初めてだらけでもある。

 

(魔法使いのお姉さんと元僧侶のオッサンだった賢者の青年がいれば今更俺のアドバイスなんて不要かも知れないけど)

 

 元オッサンにとっても魔法使いの呪文は未知の領域だ。魔法使いのお姉さんの指示を仰ぎつつ二人でいちゃつく流れになってしまう可能性もある。

 

(そうすると元バニーさんがあぶれるもんなぁ)

 

 シャルロットさえ元に戻ってくれれば、魔法使いと僧侶の呪文がいくらか使えるシャルロットが教師役をする、と言ったことだって出来る。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふっ、礼には及ばん。そもそも俺は賢者でも僧侶でも魔法使いでもないからな。せいぜいスレッジという魔法使いの知り合いが居て、呪文を使うところを見ていただけの男だ。自分から言い出しておいて何だが、あまり参考にはならんかもしれんぞ?」

 

 感謝の言葉を口にするバニーさんへ肩をすくめて見せ。

 

「……お時間、宜しいですかスー様」

 

「っ」

 

 バハラタの町中、すれ違った女性が耳元で囁いた言葉に俺の足が一瞬止まる。

 

「ご主人様?」

 

「ああ、すまん。私用を一つ忘れていた。宿は北西にある瓶が目印のところだったな? 皆は先に行っていてくれ」

 

 深く突っ込まれたら交易網関係の用事だと答えるつもりで、こちらをじっと見る元バニーさんを促すと、そのまま脇道へ逸れた。

 

(しっかし、接触してくるかなとは思ってたけど、こう大胆な手法で来るとは思っていなかったなぁ)

 

 さりげなく近寄り、耳元で一言。多分接触してきたのは、盗賊のお姉さんだと思う。ただ、盗賊ではあったとしてもカナメさんではない。

 

(となると、転職して盗賊になった誰かかな)

 

 囁かれた時、振り返って顔を見ていれば誰か解ったかも知れないが、こっそり接触してきてくれたのを台無しにする真似など出来るはずもない。

 

(うん……まぁ、出会った時のお楽しみで良いか)

 

 シャルロット達と別れたのだからそのうち先方から接触してきてくれるだろう。

 

「スー様ぁ」

 

「っ」

 

 むにゅんという柔らかな膨らみが背中に押し当てられたのは、待ちの姿勢を作ろうと立ち止まった時だった。

 

「お久しぶりぴょん。元気にしてたぴょんか?」

 

 語彙が、ぴょん。明らかにツッコミ待ちだというのに、俺はこの時凍り付いたかのように固まって動けなかった。

 

「カナメは寂しくて、寂しくてたまらなかったぴょん」

 

 声の時点で解っては居た。だが、信じられなかった。名乗られまでしたのに、脳が理解を拒絶した。

 

(こんなの おれ の しってる かなめさん じゃない)

 

 一人称が違うとか、そんな生やさしいレベルでない。原型止めていないレベルである。

 

「お姉様、伝令の役目は果たしました。ですから……ご褒美を下さい」

 

 とか何とか言いつつ服を脱ぎ始めようとしてるダークエルフっぽい姿の盗賊さんは出来ればスルーしたいのですが。

 

(ひょっとして こっち は えぴちゃん ですか?)

 

 魔物も転職出来たんだと驚くべきか、とりあえず服を脱ぐのを止めさせるべきか。ちらりと見えてしまったがーたべるとをとりあえず剥ぎ取って没収すべきか。

 

「あ、スー様気づいたぴょん? 今、ダーマでは『がーたーべると』が大ブレイク中ぴょん。何でも交易が活発になったのと、イシスがバラモス軍に攻められたことで、イシスに居た『がーたーべると』を扱っていた商人さんがアッサラーム経由で船を使ってバハラタまで逃げてきたかららしいぴょん」

 

「え゛、交易?」

 

 ひょっとして その ぶーむ とやら の げいいん、はんぶん は おれ の せい ですか。

 

「詳しく調べたところ、アリアハンのメダルコレクターに『ガーターベルト』を提供していたのも同じ人っぽい。スー様、お久しぶり」

 

「……諸悪の根源はそんなところに居たのか」

 

 物陰から出てきた賢者姿のスミレさんに対して、驚きも何もなく声を絞り出すことしか出来なかったのは、もう脳が色々とマヒしていたからだと思う。

 

(まさか、エリザと別れる時に感じた胸騒ぎって……あやしいかげとかじゃなくて……)

 

 カナメさん達の様に変わってしまう危険とかがーたーべるとの脅威を俺に訴えていたのだろうか。

 

(遅いよ、遅すぎるよ)

 

 シャルロット達を残して今から追いかけようにも、迂回するよう忠告したせいで補足が困難になっている。

 

(エリザ……)

 

 だから、俺に出来たのは無事でいてくれるよう願うことだけだった。

 




うん、どうしてこうなった。

元イシス在住の商人:正確にはポルトガ南の灯台辺りを拠点にしていた商人、と言う設定です。灯台の旅の扉からアリアハンへ渡ってメダルおじさんへガーターベルトを卸して居ました。幽霊船のガーターベルトも、船が健在だった頃灯台に立ち寄ったおり、購入したモノという設定。

次回、第三百五話「むしろケアして欲しいのは俺の方かも知れない」

主人公は、大丈夫じゃないです。


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第三百五話「むしろケアして欲しいのは俺の方かも知れない」

 

「成る程、話はだいたい分かった」

 

 とりあえず接触した三人の内、唯一まともに話が出来たスミレさんから得た情報を中心に話を纏めると、がーたーべるとの大ブレイクとやらはまず限定的なものらしい。

 

(遊び人としてやって行く為の精神修行用、ねぇ)

 

 着用させるにも理由が要る為、売り手である商人はまず遊び人になったばかりの人間をターゲットにしたのだとか。

 

「遊び人たるもの、羞恥心や恐怖に負けて遊ぶことやふざけることを躊躇ってはならない」

 

 とか言う理由である種の極限状態を体験させる精神修行にがーたーべるとは導入されたとスミレさんは言う。

 

「転職の後、新しい職業に慣れる為の修行コースがダーマの神殿にはあって、急ぎの人なんかはやらないものだけど」

 

「カナメはそれを受けた訳か」

 

「そう」

 

 たぶんゲームのキャラなんかは急ぎの人のと言うことになるのだとすれば、おかしいところはない。

 

(レベル1で神殿追い出されたら、周辺の魔物になぶり殺しにされても不思議じゃないしなぁ)

 

 ルーラの呪文やキメラの翼などの移動手段があるか守ってくれる仲間が居れば話は別だが、一人で修行に来ていた場合、魔物の跋扈する山野を突破する実力は必要不可欠だ。

 

「結果として、遊び人の修行場はせくしーぎゃるで溢れた」

 

「悪夢のような光景だな」

 

 何というかスミレさんの説明だけでダーマへ向かう気がゴリゴリ削られて行くのは、気のせいだろうか。

 

「エピちゃんは、『お姉様とお揃い』とか言う理由で自分から身につけた。盗賊は関係ない」

 

「あぁ、それはまぁ、納得だな。しかし、ならガーターベルトが広まってるのは遊び人だけと思って良いのか?」

 

 だとすれば、些少なりとも救いはある。

 

(と言うか、元バニーさんは大丈夫だったわけだし)

 

 ダーマがせくしーぎゃるの巣窟になった訳でないなら、遊び人を避けて行けば良いだけだ。

 

「スー様、それなんだけど……残念なお知らせが一つ。せくしーぎゃるは呪文使いとして大成するって噂が、ダーマで広まってる」

 

「え゛」

 

「たぶんスー様のお知り合いが大丈夫だったのは、せくしーぎゃるがどんなものなのか事前に知ってたから」

 

 固まる俺の前で、スミレさんは補足情報と言う形で絶望を振りまいてくださりましたよ、うん。

 

「そう言う意味では、クシナタ隊でせくしーぎゃるになってしまったのも、修行として半強制的にガーターベルトを付けさせられた遊び人の子と、お揃いという理由で自分から装備したお馬鹿さんが二名くらい?」

 

「二名?」

 

「そう。エピちゃんとお揃いって、お姉さんの方も身につけてた」

 

「うわぁ」

 

 元バラモス軍最大の知将が今はせくしーぎゃるですか、そうですか。

 

「そもそも初期から居たクシナタ隊の人達は、身につけると性格が変わる装飾品の厄介さについては学習済み。きんのネックレスで隊長にOSIOKIされた子達のことを忘れてる隊員はきっといないし」

 

「あぁ、そんなこともあったな」

 

 カナメさんも修行という理由で強要されなければ、おそらく身につけることはなかったのだろうと思われる。

 

「あたしちゃんから話せるのはこれぐらい。スー様なら大丈夫だと思うけれど、今のダーマは夜のアッサラームより下手をすると危険だから、気をつけて。それじゃ」

 

 最後に忠告を残してスミレさんは去り。

 

「……はぁ」

 

 縛られたとあるせくしーぎゃる共々見えなくなったところで、俺は嘆息した。

 

「もういっそのこと女装でもしてしまうか」

 

 アッサラーム越えってどういうことだよ。何でそんなことになってるんだよ、ダーマ神殿。

 

(まさかとは思うけど、名前の変更とかしてくれた命名神に仕えてるおばあさんまでせくしーぎゃるになってないよね?)

 

 話を聞いた限り、あり得ないと言い切れないレベルで風紀が乱れてるような気がするのだが。

 

「エリザ、無事でいてくれ……」

 

 どうしてこう状況は絶望へ一直線なのですか。天を仰いで呟いた俺は、その足でシャルロット達と合流すべく宿屋に向かった。

 

「そして、その日の夜。俺は、シャルロットを待ち一人用の客室でベッドに腰掛けていた。最初は男女別で二部屋という部屋割りだったのだが、『元僧侶のオッサン達は二人部屋が良いだろう』と気を利かせたふりをして俺は一人部屋を獲得したのだ」

 

 沈黙に耐えきれず、セルフナレーションで状況を説明してみるが、まだシャルロットは尋ねてこない。

 

(よくよく考えたらシャルロットの方も元バニーさんと二人部屋に変更ってことになってる訳だし、その関係とかかな?)

 

 だとしたら、俺のミスだ。

 

「とは言え、『部屋に来い』って呼びつけておいてこっちから訪ねて行く訳にも行かないし」

 

 すれ違うなんて最悪のパターンだってある。

 

「……はぁ」

 

 これで今日何度目のため息だろうか。

 

(と言うか、来たなら来たで、シャルロットとどんな話をするかって問題があるんだよな)

 

 元バニーさん達と再会した事件現場での囁きはただの先送りに過ぎない。

 

(シャルロットが、何を言って来るかを想定して対策を立てないと)

 

 後で来い発言で先送り出来たと言うことは、泣いて取り乱すケースはおそらく無いと見て良いと思う。

 

(となると、謝ってくるパターンか、これから叱責されると思いつつやって来るパターンのどちらか、かぁ)

 

 前者なら許せば問題解決。

 

(問題は後者のパターンになるな)

 

 こちらとしては叱るつもりなんてサラサラ無いが、シャルロットが負い目を感じているなら、お咎めなしはかえって逆効果になる。

 

(適当にOSIOKIというか、罰を科して話を終わらせるぐらいしか思いつかないけど、罰という名目で修行させたり、買い物とか雑用を追加で頼むような形なら――)

 

 きっと丸く収まると思う。

 

「よし、それで行こう」

 

 ちょうどそう方針が定まった直後だった。

 

「……お師匠さま、良いですか?」

 

 ドアが外からノックされたのは。

 






次回、第三百六話「所謂ひとつの『夜会話』」


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第三百六話「所謂ひとつの『夜会話』」

「入れ、鍵はかけてない」

 

 呼びかけに応えはするが敢えて出迎えには行かない。変に気遣っては水袋の時のようなことになるかも知れないし、ドアからこちらに来るまでの短い間とは言えシャルロットの様子を観察出来る時間が産まれるからだ。

 

(一応シャルロットの接し方を色々考えては見たけど、全部こっちの『想定』つまり想像だからなぁ)

 

 ドアが開いたら俺の想像を超えた事態が待っていたという可能性だってあり得る。

 

「失礼します」

 

「あ……あ?」

 

 ただ、開いたドアの向こうにスケスケのネグリジェっぽいものを着たシャルロットが枕を抱えて立っていたというのは流石に想定外だった。

 

(えーと)

 

 何がどうなれば、こういう展開にたどり着くのか。

 

(がーたーべると……はないな。没収した気がするし、シャルロットが自分から付けるとは思えない)

 

 では、誰かに何かを吹き込まれたのか。

 

(おろちか? おろちの仕業か?)

 

 元バニーさんや魔法使いのお姉さん、元僧侶のオッサンが犯人とは思えない。となると、一番怪しいのはおろちが過去に何か吹き込んでいた可能性だ。

 

(そう言えば自分から身体を差し出してきたよなぁ、あの駄蛇)

 

 最大に効果のある謝罪方法なのじゃとかシャルロットに吹き込んでいたのだとしたら、この展開にも説明はつく。

 

(って、推理してる場合じゃない)

 

 ここまで誰にも出会っていないなら良いが、他の宿泊客と遭遇する可能性もある廊下にあんな格好のシャルロットを立たせておける筈がない。

 

「お師匠様?」

 

「何でもない、とにかく入れ」

 

「あ、はい」

 

 訝しむシャルロットに頭を振って促せば、部屋に足を踏み入れドアを閉めたネグリジェ姿のシャルロットと二人きり。

 

(あるぇ? なんだか、このせかい に きて じゅっぽん の ゆび に はいる ピンチ だったり しませんか、これ?)

 

 意識すると思わず顔が引きつりそうになる。

 

(いや、落ち着け、俺。まだ、セーフだ。話の持って行きようでは何とかなるレベルだ)

 

 そうだ、俺はただシャルロットを部屋に招き入れただけ。いろんな意味でセーフなのだ。

 

「さて……」

 

 出来るだけ冷静な表情と声を作って言葉を探す。

 

(単刀直入に聞くべきか、湾曲表現を使うべきか)

 

 このまま向き合って居ても仕方がない。

 

「とりあえず、座ると良い」

 

 ただ、シャルロットを立ちっぱなしにさせておくのは気が咎め、ベッドから立ち上がった俺は横に移動してシャルロットの座るスペースを作る。

 

「木の椅子では冷たかろう」

 

 最初は椅子でも引こうかと思ったのだが、内が透けるネグリジェとその下に下着のみのシャルロットを座らせるのは、いろんな意味で拙い。

 

(冷たいってのもあるけど木製の椅子の何処かがもし毛羽立ってでも居たら、引っかけてあのピラピラが破れかねないし)

 

 破れたネグリジェを着て俺の部屋から出てくるシャルロットを誰かに見られでもしたら、俺が社会的に終了してしまう。

 

「あ……あ、ありがとうございまつ」

 

「あ、あぁ」

 

 顔を真っ赤にしつつシャルロットがちょこんと隣に座ったこの状況を目撃されても洒落で済まされないぐらい拙いと思うが、ようは美味く話を纏めて女性用の二人部屋にお戻り頂ければ、問題は解決するはずなのだ。

 

(うん、隣はかえって拙いかとも思ったけど、多分まだマシな選択肢だった筈)

 

 ネグリジェが破れる展開と比べれば、これぐらいどうと言うことはない。

 

(ん? この香りは……あ、しまった)

 

 ただ、隣から漂ってくる良い匂いに、まだ風呂へ入っていなかったという失敗に気づかされたぐらいだ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、風呂に……な」

 

「えっ」

 

「あ」

 

 ただ、考え事をしていたとは言っても、迂闊だった。迂闊すぎた。

 

(ちょっ、何てタイミングでどーいうこと言ってんだ、俺ぇぇぇぇっ?!)

 

 よく考えてみれば、風呂に入ってからシャルロットを待っていたというのも何か色々拙かった様な気がする。そう言う意味で、風呂に入らなかったのはかえって正解だったのだ。

 

(せいかい だった のに、うかつ な はつげん の せい で だいなし と いうか だいぴんち ですよ?)

 

 どうすればいい、どうすれば直前の失言は誤魔化せる。

 

(「風呂にな、フロッガーが出たぁ……なんちゃって」……駄目だ、即席で思いついたギャグはあり得ない)

 

 だが、救いなのは、口から漏れたのが「風呂に」という単語のみであることだ。

 

(うーん、何か風呂にちなんだエピソードとかを思い出せれば、うんちくで誤魔化せるかも)

 

 俺は考えた。だが、こういう時に限って出てこない。

 

「お師匠様?」

 

 そして、突き刺さる隣にいるシャルロットの視線。

 

「その、何だ……」

 

 まず間違いなく、俺は追い込まれていた。

 

「以前、忘れ物をしたことがあってな」

 

 そう口をついて出たのは、奇跡だったと思う。何故なら、苦し紛れの発言ではあったが、実際忘れ物をしたことがあったのだから。

 

「えっ」

 

「ん?」

 

 けど なぜ そこ で おどろくんですか しゃるろっと さん。

 

「まあいい、本題に入ろう」

 

 深く追求するのが怖くなった俺はとりあえず忘れ物の話をその辺へ適当に投げ捨てると、再び真剣な顔を作ったのだった。

 

 





次回、第三百七話「続・夜会話」


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第三百七話「続・夜会話」

「ここバハラタに着いた時のことだが」

 

「っ」

 

 言及に至れば当然のように横へ座ったシャルロットの肩が跳ねる。

 

(まぁ、気にしてなかったら直後にあんなリアクションはしてなかっただろうし)

 

 問題はここからだ。

 

「シャルロット……俺は過失を咎めようとは思わん。一生に一度も失敗をせぬ者など世界の何処にも居るまい」

 

「お師匠、さま?」

 

 シャルロットの出方を最初は待つつもりだったが、様子を窺うつもりが結果としてピンチを招いた。

 

(だったら、こっちから動いて話を無難なところへ持って行く)

 

 思えば、今まで振り回された事例の幾つかは、俺が受け身の姿勢で状況を対処しようとしたことにあった気がする。おそらく俺に足りなかったのは、過去を顧みて教訓にすることだったのだ。

 

「俺とていくつもの失敗を経験した。大切なのは、それを次に活かせるかだ」

 

 思いっきり無駄にしてきた自分に見えないブーメランがバカスカ命中してる気もするが、ここは堪えどころである。

 

「け、けどお師匠様。ボク――」

 

「お咎め無しでは気が済まんか?」

 

 反論が出るのも想定の範囲内。

 

「ならば、罰は与えよう。失敗を悔いるその気持ちがあれば同じ失敗は二度とおかさんだろう」

 

「えっ」

 

「そう身構える必要はない。罰と言っ」

 

 罰と言っても修行のようなものだ、と俺は続けるつもりだった。

 

「あ、ちょっと、まだ、あ、んぅっ」

 

 そう、壁の向こうから女性の上擦った声とかが聞こえてこなければ。

 

(ちょっ、町も宿も違うのにまたこの展開かぁぁぁぁぁぁっ!)

 

 いや、状況としてはまだイシスの方がマシだった面もある。あの時シャルロットは既に寝ていて、隣の声を聞いたのは、俺だけだったのだから。

 

(えーと、どうする? 流石にここでお隣の声をシャルロットが聞いていなかったという展開はまずあり得ないよなぁ)

 

 俺の発言に思いっきり被る形だったのだ。直前まで耳を傾けていた筈、なら。

 

「お、お師匠様、今の……」

 

 うん。やっぱり きいて きますか しゃるろっとさん。

 

(なんですか、この ぴんち)

 

 俺が悪いのか、自分の都合で一人部屋へ泊まることを画策した俺が悪いのか。

 

「う、あ、お、おそらく昔のミリーの様に何かやらかした者が、仕置きされているのだろう」

 

 聞かれはしたが、この状況下で推測をまんまシャルロットへ話すことなど俺に出来ようはずもない。

 

(元バニーさんには悪いけど、OSIOKIと言うことにすれば、一時的に誤魔化すぐらいは――)

 

 賭ではある。賭ではあった。だが、お隣がお楽しみ始めた状況下でシャルロットとごく普通の会話が出来るかと問われたら俺は確実にNOと答えるだろう。

 

(と言うか、こんな状況でまともな話が出来るかぁぁぁぁぁっ!)

 

 これはあれか、巷で流行の壁ドンとやらをしてお隣に自重を要求すべきだろうか。

 

(いや、俺の力で壁を叩いて声さえ漏れるような薄い壁が無事で済むとも思えない)

 

 焦りと憤りと苛立ちが乗った拳による強力なノックで壁が壊れ、隣とこんにちわしてしまった日には、詰む。

 

(こんな所で社会的に死ぬ訳にはいかない)

 

 隣から抜けてくる声に追い込まれているとは言え、まだ絶望するにはほど遠い状況なのだ。

 

(「流石にこれでは話しも出来んな。続きは明日にしよう」とシャルロットへ告げて、日を改めれば何の問題も……あ)

 

 何の問題もないとしかけてふと思い出したのは、今日元バニーさんへかけた言葉。

 

「……なら、解らないことがあれば、聞きに来い。今日は合流したばかりで余裕はないが、明日以降であれば時間を作ろう」

 

 ああ。その たいろ、おもいっきり じぶん で ふさいで ましたね。

 

(あぁぁぁああぁぁぁああぁっ、拙い、明日に延ばしたら高い確率で元バニーさんとブッキングするっ)

 

 どう言うつもりか結局解らないが、シャルロットが今の格好で俺と居るところに元バニーさんが訪ねてきたらアウトだ。逆に元バニーさんと居るところにシャルロットが来ても、二人が俺のところに来る途中で鉢合わせても拙い気がする。

 

(や、だからってお隣からの声がするこの部屋で話なんて続けられるかっ!)

 

 シャルロットにお帰り願ったとしても、その後この部屋で寝なければいけない、だが寝る寝ない以前の問題である。

 

(とは言え、だったらどうしよう? シャルロットを帰してそれについて行き、女性用の部屋で話す訳にもいかないし)

 

 元バニーさんにこんな格好のシャルロットと一緒にいるところを見られたら拙いというのに自分から行くなど論外中の論外だ。

 

(二人で耳栓でもして筆談する……のもないな。いっそのこと人目を避けて何処かに連れ出して……)

 

 見つかったら終わりという危険性はあるが、耳の毒にしかなりそうもないこの部屋に留まるよりは遙かにマシか。

 

「お師匠様?」

 

「ん、あぁ……流石にこの状況では落ち着いて話もできまい? 静かな場所に移動出来たらと思うのだが、お前の格好ではな」

 

「えっ? あ……」

 

 シャルロットを凹ませたりするのは本意ではないが、この状況で黙り続けるのも不自然だし、このまま留まるのもいろんな意味で宜しくない。だったら、理由を打ち明けた上でシャルロットにも協力して貰った方が良いと判断したのだ。

 

「すみません、お師匠様」

 

「気にするな。お前に謝らせたくて言った訳ではない」

 

 言いつつ俺は上着を脱ぐとそれをシャルロットへかける。

 

「あ」

 

「こうして、俺のモノを羽織らせる理由を先に告げただけだ」

 

 追いつめられたからだろうか、簡単すぎて失念していた解決法へ俺が気づいたのは。そう、スケスケネグリジェが危険なら上から何か着せれば良かったのだ。

 

「お師匠様、お師匠様ぁっ」

 

 ただ、それで うれしそうなかお を した しゃるろっと が とびついてくる ところ まで は そうていしていなかった。

 

「うおっ」

 

「わ」

 

 バランスを崩した俺はシャルロットごとベッドの上に倒れ込み、そこへ隣から聞こえてくる声。

 

「ふふふ、抜け駆けしてスー様とお会いしてくるとか有罪過ぎます。私達はカナメ一筋だと思っていたから目をつぶっていたというのに」

 

「ご、誤解です。私はお姉様に頼ま、あ、ひぃっ、止め――」

 

 その一つがエピちゃんのものであったことにこの時ようやく気づいた俺は口から迸りそうになるツッコミをかろうじて押さえ込んだ。

 

 




お楽しみかと思ったら知り合いのつるし上げ会場とブッキングしていたというサプライズ。

次回、第三百八話「お、お、おおおししょうさま、い、一緒にその……お、お、お風呂入りませんか」

今話で言わせるつもりだった台詞を次話のサブタイトルへ。

シャルロット、遂に勇気を振り絞ったか?


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第三百八話「お、お、おおおししょうさま、い、一緒にその……お、お、お風呂入りませんか」

「シャルロット……」

 

 目のやり場に困るような姿の女の子を身体の上にのせた状態で、冷静な声が出せたのは、多分ツッコミどころしかないお隣さんのお陰かも知れない。

 

(とりあえず、この件はクシナタさんにでも報告しておこう)

 

 ただし、そもそも隣で私刑など始めなければこんな状況にはならなかった訳だし、もっとすんなり話だって纏まっていたはずなのだ。

 

(まぁ、私怨と思われても仕方ないかなぁ)

 

 心が狭いと言われようが、構わない。だが、隣に声が漏れるような状況下でそんなことをやらかしたのに何もしないということこそあり得ない。

 

(反対側の部屋にだって聞こえてる訳だしなぁ……あ)

 

 そこまで考えてからこの宿の構造を思い起こし、俺は一つの事実に気づく。

 

(反対側って確か――)

 

 元オッサンと魔法使いのお姉さんの部屋なのだ。L字型の通路に幾つも部屋がくっついている構造で、二人の部屋は角部屋。入り口は俺の部屋の出口から見てL字の角を曲がった向こう側にあるので、シャルロットがこの部屋に来たことは目撃されていないとは思うが、おそらくお隣の声は丸聞こえの筈だ。

 

(うん、オッサンごめん)

 

 隣があれではいちゃつくどころではないだろう。知り合いが迷惑をかけていると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

「あ、あの……お師匠……さま」

 

「あ」

 

 ただ、謝るとか謝らないとか言っていられる状況ではなかった。

 

(うん、シャルロットに声をかけられるまでちょっとだけとは言え状況を忘れてたけどさ)

 

 シャルロットは俺の上に居るのだ。しかも、俺の上着を羽織っているとは言えスケスケネグリジェのまま。勿論羽織っているだけだから身体の前側には殆ど変化がない。

 

(ちょっ、ちょ)

 

 意識してしまったのは失敗だった。胸のやや下あたりに押しつけられた柔らかな膨らみの感触が上着を脱いだことで布一枚分低下した守備力を貫通し、自己主張を始めたのだ。しかも割と近いところには頬を染め瞳を潤ませたシャルロットの顔がある。

 

「す、すまんっ。シャルロット、立てるか?」

 

 この状況で俺が身体を動かすとかえって状況が悪化する。かろうじてそれぐらいの判断は働き、慌てて謝罪しつつ、問う。

 

「は、はい……す、すみません」

 

「い、いや……俺も迂闊だった。あんなにあっさり態勢を崩されたのでは、まだまだ未熟だな」

 

 身を起こしつつ謝るシャルロットへ頭を振りつつ、わざと色気とは無縁な答えを返したのは、きっと意識してしまうのを恐れたから。

 

(と言うか、なんで今日はこうピンチばかりに見舞われるんですかね)

 

 一歩間違えば弟子に手を出した師匠として社会的に死ぬようなトラップが二段構え三段構えで設置されているというのは、この世界の悪意が俺へ向けられているのではないかと疑わざるを得ない。

 

(いや、まぁ……シャルロットが離れてくれたから、今回は間一髪でセーフだったと思うけど)

 

 後起きあがって貰うのが数秒遅れていたら、どうなっていたことか。

 

「まぁ、何にしても話を続けられる様な状況では無くなってしまったな」

 

「ふふふ、まだ序の口ですよ?」

 

「あ、あぁ、いやぁっ、お姉様ぁぁぁぁっ」

 

 お隣がカップルや新婚夫婦でないと判明したとは言え、声は相変わらず聞こえてくるし、OSIOKIなら問題ないかというと、お聞きの通りである。

 

(うん、さっさとこの部屋は出よう)

 

 どちらにしろ、青少年の情操教育に悪そうなのは多分かわらないのだ。

 

「そう言う訳だ、部屋を出るぞ。何なら一度戻って着替えてくるか?」

 

 宣言しつつベッドから立ち上がると俺は一つの提案し、シャルロットに背を向けて答えを待つ。いくら上着を着せたとは言え、あのネグリジェでは身体を冷やしてしまう恐れもある。

 

(それに、俺の上着着せたまま女性部屋に戻らせたら、元バニーさんがどう思うか……)

 

 妙な誤解を生ませないには、シャルロットをいったん部屋に戻らせ直前で上着を返して貰わなければならなかった。

 

(まぁ、寒そうだからとばったり出会った俺が貸したとかいい訳は出来るけどなぁ)

 

 では何故そんな寒そうな格好で外に出てきたという疑問が生じてしまう。

 

(って、あるぇ? ひょっとして、シャルロットがこの格好で部屋の外に出た時点で詰んでた?)

 

 よくよく考えると元バニーさんとは同室、この格好で外に出るところも目撃されている可能性はある。

 

「シャルロット、ひょっとしてそのすが」

 

 その姿を元バニーさんに見られたりしたかと、振り向いて尋ねかけた俺に。

 

「そ、そうですね。ちょっと戻ってきます。……そっ、そ、そ、そ、その後ですけど」

 

 シャルロットは頷くと何故かどもりまくり。

 

「その後?」

 

「お、お、おおおししょうさま、い、一緒にその……お、お、お風呂入りませんか?」

 

 とんでもない爆弾を投げ返してきたのだった。

 

 




・お隣の部屋で起こっていたこと

 クシナタ隊員A「メラ」

 クシナタ隊員B「ふふふ、まだ序の口ですよ?」

 エ ピ ちゃん「あ、あぁ、いやぁっ、お姉様ぁぁぁぁっ」

 クシナタ隊員A「ええと、ところで今燃やしたこの串なんだったんです?」

 クシナタ隊員B「あー、カナメが食べた焼き魚を刺してた串らしいですよ?」

 クシナタ隊員A「うわぁ」

 クシナタ隊員C「何だかカナメがいろんな意味で気の毒になってきたんですけど……」


↑だいたいこんな感じでした。

次回、第三百九話「意味不明、そして理解不能(閲覧注意)」



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第三百九話「意味不明、そして理解不能」

「ふむ」

 

 何をどうしてどうやったらそんな申し出をすることになるのか。本来なら我が耳を疑うところなのだろが、驚きすぎて感覚がマヒしてしまったのか、口をついて出たのは、短い声が一つだけだった。

 

(と言うか、そもそもシャルロットは何故そんなことを言い出したのだろう?)

 

 あの涼しげな格好では、汗をかいてしまって気持ち悪いからという答えはまず無い。

 

「あ、あのお師匠……様?」

 

「ん? あぁ、すまん」

 

 呼ばれて、答えをしないままだったことに気付き、謝罪する。

 

(とは言え、どう答えていいモノか)

 

 普段なら、脳内で小さな自分がダース単位で狂乱しつつ駆け回っていてもおかしくない事態だというのに、何故こんなに冷静に考えられるのかはわからない、ただ。

 

(保留にする訳にも行かないよな、答えは)

 

 もっとも、ここでイエスと言ってしまっては、社会的な死刑執行書にサインをするのと同意義だ。だが、シャルロットにそこまで言わせてきっぱり断ることもまた不可能だった。

 

「しかし、シャルロットはもう今日は風呂に入ったのではないか?」

 

 故に、俺が口にしたのは一つの問い。

 

(これで「あ、そうでしたね。てへぺろ」とか言って提案を引っ込めてくれると良いんだけど)

 

 自分で言っておいて何だが望み薄な気もする。

 

「あぅ……そ、それはそうですけど、ボク……やっぱり、何らかの形でお詫びがしたくて……」

 

 ほら、やっぱり おれて くれません でしたよ。

 

「……お詫び?」

 

「そ、その……お師匠様のお背中、流させて頂けたらって」

 

「っ」

 

 そこまで説明されて、ようやく突拍子もない申し出の理由が見えてきた。

 

(……風呂の失言、誤魔化せてなかった訳か)

 

 事故とは言え、シャルロットとはさっき密着してしまっている。失言の方で気づいたのか、密着した時の匂いで気づかれたのか。

 

(俺がまだ風呂に入っていないようだったから、背中を流すことで着地の時の一件のお詫びにしようとした、と)

 

 ひょっとしたら、シャルロットも俺の部屋に来た図点であの一件をどう埋め合わせるべきかと模索しているところだったのかもしれない。

 

(うーん)

 

 おそらく、ここでOKと言えば、シャルロットの負い目も消えて問題は一つ解決するとは思う。

 

(いや、解決しても別の問題が残るよね)

 

 嫁入り前の娘さんが男と風呂に入ったという事実が。

 

(これはあれか、「へんげのつえ」を使ったと言い張って女性にモシャスで変身するとか? ……って、結局中身は男だから何の解決にもなってないか)

 

 むしろことが露見したら、俺が輪をかけて変態扱いされて社会的に終了する。

 

(YESもNOもアウトとか、これ詰んでますよね)

 

 だが、シャルロットはおそらく答えを待っている。

 

(どうする、どうすればいい?)

 

 ひたすら自問自答をするが、状況を打開するアイデアは浮かんでこず。

 

「シャルロット――」

 

 俺が口にしたのは、そう。

 

「風呂場の前で落ち合おう」

 

 結局のところ、YESの返事だった。

 

「お、お師匠様?」

 

「お前は弟子であって小間使いではない。身の回りの世話をさせるのは気が引ける。故に今回限りだ」

 

 もっとも、お詫びですることが二度あったりしてしまっては困るのだが。

 

「は、はいっ。ありがとうございまつ!」

 

 とりあえず、そこで何故お礼を言うのですかと聞いてみるのは駄目なんでしょうね、シャルロットさん。

 

(結局のところ、こうなるのか……)

 

 密かに嘆息しつつ、表向きは軽く苦笑しながら俺は部屋の片隅に置かれた自分の荷物のところへ歩み寄る。

 

「とりあえず、お前は部屋に戻れ。ここで準備出来る俺と違って戻ってから準備せねばならんだろう?」

 

 相変わらずの格好が目に毒だからと言うのもあるが、隣のOSIOKIが継続中と言うこともあって、俺はシャルロットへ退出を促し。

 

「そ、そうですね。お師匠様、また後で」

 

 何故か顔を赤くしつつも嬉しそうな笑顔でシャルロットは部屋を出て行った。

 

「さてと……こうなっては仕方ない」

 

 一人残された俺は、ポツリと呟くと荷物から幾つかの品を取り出し、広げ、独言する。

 

「けど、まだ終わらない。終わらせてなるものか」

 

 刃物を手に取り、布へ突き立て引き裂き、針と糸に持ち替えれば、切り取った布を縫う。

 

(部屋まで戻って準備して風呂場まで行くのにかかる時間と、ここから風呂場までの距離を鑑みると、使える時間は数分かな)

 

 悪あがきが間に合うかは、この身体のスペックにかけるしかない。

 

「間に合え、間に合え、……間に合えっ」

 

 想定される事態の全てに対処できるとは思えない。だが、最悪の事態だけは避けねばならない。

 

「とりあえず、これでよしっ。……いくぞ」

 

 孤独な戦いに勝利は存在しなかった。あったのは出来上がった品をお風呂セットに突っ込んで、部屋を飛び出す必要だけだった。

 

 




すみませぬ、閲覧注意分は次回に流れます。

時間が、時間が。

次回、第三百十話「入浴(閲覧注意)」


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第三百十話「入浴(閲覧注意)」

「何とか間に合ったか……しかし」

 

 不格好だなと胸中で呟き、小走りしつつ苦笑する。

 

(やるだけのことは、やったよな)

 

 用意した品は三つ。

 

(出番が来ないのが一番なんだけど)

 

 用意しておきながら確実に使うという確信が持てなかった理由は、ただ一つ。

 

(どんな感じなんだろうな、この世界の入浴って)

 

 そう、俺がこの世界流の入浴を一部除いて知らないことにあったのだ。

 

(海外の温泉みたいに水着着用とかだったら、焦っていた俺が半分馬鹿みたいなんだけど)

 

 突貫で用意したモノの内一つは、水着着用だった場合を想定して布を裁断し即行で作った水着代わりの品である。その名を「ふんどし」と人は言う。

 

(いや、だってトランクスタイプの水着なんて作ってる時間無かったし、フンドシなら眺めの長方形な布を布紐と一緒にするだけで短時間でも作れたからさ、その、ね?)

 

 一体誰に弁解しているのか解らないが、気が付けば居たのは、声に出さず言い訳している自分。

 

(……精神的に疲れたのかな。ピンチの連続だったし)

 

 しかも この ぴんち、 まだ おわってない と きて ますよ こんちくしょう。

 

(不本意な二択を強要されたんだから……せめてこれで終わりでありますように)

 

 祈りつつ、進む先はL字の先端だ。風呂場はそこにあり、男女共用と説明されたと思う。

 

(本来なら誰かが使用中は、入り口で風呂が空くのを待つんだろうけど)

 

 視線の先に立つ人物が風呂の前に立っている理由はまず間違いなく別の理由であることを俺は知っていた。

 

「あ、お師匠様。こっち、こっち」

 

「すまん、待たせたようだな」

 

 こちらに気づいて手を振るシャルロットに詫び。

 

「いえ、ボクもさっき来たばかりです」

 

「そうか、ならいいが。ともあれ、他に入りに来る者もいるかもしれん、ここでモタモタしていては迷惑になろう」

 

「あっ、そうですね」

 

 平静さを装い、そのままさっさと入ってしまおうと俺はシャルロットを促した。

 

(もっとも、ここからが最初の関門なんだけどね)

 

 面と向かって、シャルロットに風呂は水着で入るのか、裸で入るのかと問う訳にはいかない。

 

(それをやっちゃったらただのセクハラだもんなぁ)

 

 では、どうすれば良いか。答えは簡単だ。

 

「さて、と……では先に入らせて貰うぞ」

 

「は、はい」

 

 断りを入れ、返事を確認してから脱衣所に入り服を脱ぐ。

 

(うーん、来た時から特に鈍ったりとかはしていないと思うけど)

 

 そして無意味にポーズを決めつつ、筋肉の付き具合を確かめた。

 

(所謂サービスシーンである……って、こんなサービスあってたまるかぁぁぁぁっ!)

 

 自分でやって自分でツッコミ入れる辺り、やっぱり疲れてるんだろう。

 

(冗談はさておき、ここから、だな)

 

 水着代わりとして用意してきたフンドシをまず着用する。

 

(うん、急造にしては問題なさそうだ。よし)

 

 フンドシの紐を締めつつ感触を確かめ。

 

「シャルロット、もう良いぞ」

 

 俺はシャルロットを呼んだ。こうしてフンドシをしたままの姿をシャルロットに見せ、風呂場での水着着用がNGならばシャルロットが指摘してくれるという寸法である。

 

(まぁ、NGだったとしてもシャルロットには背中を流すだけだから水着を着てて貰うつもりだけどな)

 

 水着を持ってきていない場合も考えて、布を切り裂きバスタオル代わりを作って持ってきても居る。

 

(黒歴史とはいえ、水着で外を出歩いたりしてたんだから、それに比べれば全然セーフだよね?)

 

 このバスタオルもどきを作るのに思い至ったのは、旅番組で女性芸能人がバスタオルを巻いて入浴していたのを思い出したからだ。

 

(あっちは異性一人どころか、お茶の間とかに入浴シーン流しちゃってる訳だし)

 

 同じ状態で目撃するのが俺一人となれば、問題になろう筈もない。しかも、俺は目隠し用の布まで用意してきて居るのだ。

 

(この布陣で問題が起こるなんてありえない)

 

 後は俺の理性が心の平静さを保ってくれれば、シャルロットに背中を流して貰って終わりである。

 

(大丈夫だ、何の心配もない)

 

 この時、俺は敢えて楽観的に構えた。不安に思えば、かえって良くない事態を招いてしまうのではないかと言う気がしたから。

 

「……うさま? お師匠様?」

 

「あ、すまん。もう来ていたのか」

 

「……はい。ええと、その、ボクも服を脱いだりしますから……お、お風呂の方に行っていて貰えますか?」

 

「あ、あぁ……ただ、札を使用中にしておくようにな?」

 

 ただ、自分に言い聞かせすぎて入ってきたシャルロットに気づかないという失敗をやらかしてしまったものの、水着については何も言われず。目の前で平然と服を脱ぎ出したりしないことに少し安心しながら、最後に釘を刺すと脱衣場を出る。

 

(ふぅ、あれで他の客が入ってくるってハプニングもまず起こらないだろうし)

 

 俺がすべきは、シャルロットが入ってくるまでに身体を洗っておくことだ。

 

(背中は残す、背中は良いけど「他の場所も」なんて言われる可能性は0じゃないからなぁ)

 

 フンドシ着用に何も言わなかったところを見るに、一番洗うと言われて困る場所は大丈夫だと思うが、とりあえず前だけは自分で済ませてしまうべきだろう。

 

(対面パターンは拙い)

 

 水着がOKである以上、目隠しを使うのは厳しいが、先程押しつけられたモノが目の前にある状況で平然としていられるかと問われると、疑問が残った。

 

「とにかく、急ごう」

 

 もし、洗ってる途中でシャルロットが来ちゃってぽろり、何て最悪展開になったら目も当てられない。

 

(そもそも、身体を洗わなきゃ湯につかれないからなぁ)

 

 こうして俺は、シャルロットがやって来るまでただ黙々と身体を洗い続けた。

 




うん、自分で書いておいて何ですが、誰得だったんだろう、これ。

し、視覚テロも閲覧注意ですよね? うん。

次回、第三百十一話「きっと己との戦い」


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第三百十一話「きっと己との戦い」

 

「えっと……お、お師匠様、いいですか?」

 

「あ、ああ」

 

 なんとか間に合った、と言ったところか。シャルロットの声に俺が応じた時、身体の前半分はほぼ洗い終わっていた。

 

(後は背中を流すだけ……大丈夫だ)

 

 自分に言い聞かせつつも、油断はしない。

 

「床は濡れている。転ばないように気をつけろよ」

 

 着地の失敗のお詫びという形で背中を流そうとするシャルロットに言うと取り方によっては嫌味になるが、フンドシ一丁である今の俺は一人部屋に居た時より守備力が低い。

 

(シャルロットが転んだりでもしようモノならまず間違いなくロクでもない事態になるよね)

 

 そう言う願望があるからではなく、これまでのピンチを鑑みると事故か事件になるとしか思えなかった。だから釘を刺さざるを得なかったのだ。

 

(とはいえ……)

 

 ただし、釘を刺しても油断はしない。

 

「あ、ありがとうございます。けど、ボクは大丈夫で――」

 

 シャルロットの返事を聞きながら風呂用の椅子から腰を浮かせ、密かにいつでも動ける態勢を作る。

 

(ベタな漫画なんかだと、大丈夫と言いつつコケたりするのはお約束)

 

 創作と現実を一緒にするなどナンセンスだが、今日のことを振り返ると想像する最悪が現実になる気がどうしてもしてしまうのだ。

 

「きゃあっ」

 

 直後に足を滑らせたシャルロットが悲鳴をあげて倒れ込んでくるイメージ。

 

「シャルロット!」

 

 倒れ込んでくる弟子を助けようと俺が立ち上がろうとするイメージ。

 

(で、うっかりとんでもないところを触ってしまうか、巻き込まれてこっちも転び、折り重なって床に倒れ込む、と)

 

 どこの漫画だよとツッコミが入るかも知れないが、風呂場で転んだだけなら、経験したことがある。

 

(かなり痛かったからなぁ)

 

 俺としては別の意味でも警戒せざるを得ない訳だが。

 

「ど、どうしました、お師匠様?」

 

「あ……いや、何でもない」

 

 そう言うハプニングは身構えるとかえって起きないモノでもある。シャルロットに呼びかけられて我に返った俺は内心で杞憂に終わってしまったことを安堵しつつ、視線を逸らした。

 

(良かったぁ……まともだ)

 

 裸でも肌色面積の限界に挑戦する為にのみ存在が許されたようなギリギリの水着姿でもない、ごく普通の水着。

 

(これなら……耐えられる)

 

 俺の社会的な立場だけでなくシャルロットの中のお師匠様像を壊さない為にも、醜態はさらせない。動揺するのも避けたい。そう思っている俺にとって、シャルロットが無難な姿で来てくれたことはどれだけありがたいか。

 

(っと、いけないいけない……隙は安心した時にこそ生じるよな)

 

 ただ、油断は禁物でもある。

 

(一見無難な流れに見えて、あの駄蛇にロクでもないことを吹き込まれてるかもしれない)

 

 あの魔物が厄介なのは、人の姿になれることでも元バラモスの部下であることでもなく、せくしーぎゃるであることだと俺は思う。

 

(性格がああなってしまってるだけでもやばいってのに)

 

 相手は魔物、人間の倫理観や恥じらい良識、常識、その他諸々を理解しているかと言う面で非情に怪しい。

 

(本来の姿では服も着ない、人とはかけ離れた生活前提の常識を土台にした話を吹き込まれでもしていたら……)

 

 ゲームでの話になるが、女勇者は母親に勇敢な男の子として育てられていたような気がする。

 

(あの通りなら、普通の女の子が知ってるようなことも知らない可能性があるよなぁ)

 

 そこに現れた、人外の痴女。灰色生き物が仲間になるまでは二人きりだった訳だ。

 

(同性だからと相談を持ちかけて、変なことを吹き込ま……ん?)

 

 そこまで考え、俺はデジャヴを感じた。

 

(そうか、イシスだ。シャルロットと合流した後、シャルロット本人に尋ねたような……)

 

 忘れていたのは、ピンチの連続でそれどころではなかったからだろうか。

 

(って、あれ? イシスで俺……聞いたっけ?)

 

 あのおろちに何を吹き込まれたかが気になり、シャルロットに質問をぶつけはした、ただそれがいつの間にか性格を変える本をあの駄蛇が燃やしやがりましたという話になり。

 

(うあぁぁああぁぁぁっ、肝心なこと聞いた覚えがないぃぃぃぃっ)

 

 おろちが俺の努力を台無しにしてくれたことにぶち切れて本来の目的を見失い、シャルロットとの話はそこで切り上げてしまった気がする。

 

(大丈夫か、今回は背中だけだし大丈夫だよな?)

 

 声には出さず、問いを発してみるが、当然のごとく、答えてくれる者はいない。さっきまで大丈夫だと思っていた、思いこもうとしていたのに、不安のと言う名の蛇が鎌首をもたげてきた。

 

(だいたい、いくらあのおろちだって、そうそう変なことを言うことなんて――)

 

 そして、脳裏に浮かぶのは、人の姿をとったおろちと会話するシャルロット。

 

「殿方の身体の洗い方かえ? わらわ達の腕はそう長くない。故にこうして身体や首を擦りつけたりしての……」

 

 やめろ、俺の想像力。と言うか駄蛇もモンスター時の話を人の姿でするんじゃNEEEEEEE。

 

「こ、こうですか?」

 

「ほっほっほ、なかなか上手いではないか。他にも舌を」

 

 だから、止めろって俺の想像力ぅぅぅぅっ。

 

(無いから、あり得ないから。身体を擦りつけたりのくだりで、シャルロットなら人間用じゃないって気づくよ)

 

 まったく、我ながら何を考えているやら。

 

(まぁ、それはそれとして……今度ジパングに行くことがあったら、おろちとはちょっとOHANASIが必要かもなぁ)

 

 将来マリクの嫁になり、竜の女王の息子の義母になる相手だ。蘇生呪文が必要になるようなことをするつもりはない、ないけれど。

 

(と言うか、よくよく考えてみたら他所様のお子さん預かることになるんだよな……更生させるのは必須かな)

 

 その辺りは夫になるのだからマリク主導で調きょ、指導してくれないかなとも思う。

 

(爬虫類好きな所意外はごく真っ当な人物だしきっとうまくやってくれ……あ)

 

 くれる、と胸中で言い切りたかったが、思い出したのはマリクの方がおろちに惚れているという事実。

 

(で、なぜか この たいみんぐ で だーま に がーたーべると が ひろまった のは こうえきもう の せいでも あること を おもいだした おれ が いるのです)

 

 とりあえず、金のネックレスだけはジパングへの輸出を禁止して貰おう。

 

「お、お師匠様、どうですか?」

 

「あ、ああ……悪くないと思うぞ?」

 

 いつの間にか背中を洗ってくれていたシャルロットへ応じつつ俺は密かに決めたのだった。

 




ちょっと卑猥な表現になりそうだったので、色々脚色して主人公の妄想ということにしてみました。

しかし、主人公は誰と戦っているのやら。

次回、第三百十二話「で、このまま一件落着だと思っていたのか?」


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第三百十二話「で、このまま一件落着だと思っていたのか?」

「さてと、お前への罰だが……」

 

 用意した品のお陰か、危惧したようなハプニングもないともなれば、残っているのは部屋でお隣の声によって中断された一件のみ。

 

「っ」

 

「そう構えることはない。お前に科す罰は、ただ一つ。アランやミリー達の修行へ付き合うことだ」

 

 息を呑むシャルロットへ振り返らず、俺は告げた。

 

「えっ、そんなことでいいんですか?」

 

「ダーマの後で向かう地球のへそは一人でしか挑むことを許されぬ迷宮だ。ならば、探索に秀でた盗賊である俺が一人で行くのが一番手っ取り早い。そもそも全員で行った場合、挑戦者以外は待たされることになるのだ。ならば、最初から単独で行き俺が攻略している間にお前が二人をバラモスとの決戦に耐えうるレベルまで鍛え上げた方が時間の節約になるだろう?」

 

 修行ならシャルロットに危険が迫ることもない、従って俺が単独で動いても問題がなく。

 

「それに、俺は『アランやミリー達』と言った。サラに運搬役を頼み、アリアハンに在留してる者達も呼び寄せて全員纏めて修行させておいた方が良かろう。このままではお前達と残留組に実力の差が開きすぎて、残留組の存在が無意味になりかねん」

 

「あっ」

 

 ちなみに、その残留組に元祖せくしーぎゃるとか腐った僧侶少女が居るからシャルロットへ押しつけてしまえなんて意図は全くない。

 

(何にしても、これで一件落着かな)

 

 一応、これから魔窟と化したダーマ神殿に向かわなければいけないと言う問題が残ってはいるが、それについてはもう明日以降に考えればいいだろう。ぶっちゃけ、ピンチの連続で疲れたのだ。

 

(風呂から上がったらさっさと寝たい)

 

 せめて夢の中でくらいは、安らぎが欲しかった。

 

「えっと……お師匠様、お湯かけますね?」

 

「ああ」

 

 いや、この状況を安らいで居ないと言ったら罰が当たるか。

 

(けど、このまま長湯してのぼせる訳にもいかないし)

 

 他にも利用客がやって来るかも知れない。

 

(そうか、他の客が来るかもしれないんだ。……あっ)

 

 図らずも、クシナタ隊の何人かが同じ宿に泊まっていることを知ってしまった俺は、やって来るのが知り合いである可能性にも思い至り。

 

「ところで、シャルロット」

 

「何です、お師匠様?」

 

「あがった時、ミリーやアラン達と鉢合わせになることはないな?」

 

「えっ」

 

 クシナタ隊以外の名を出してみると、想像もしていなかったのか、シャルロットはものの見事に凍り付いた。

 

(誘ってきたのはシャルロットの方だし、ひょっとしたら入っていないのは自分だけかな、とか思ったんだけどこの反応を見る限りだとなぁ)

 

 入り口で今晩はするかもしれないということだ。

 

(あるぇ? と言うか、よくよく考えると既に入り口に来ていて、風呂の中の会話を聞かれてる可能性もあるんじゃ)

 

 どうやら俺は思った以上の社会的危険地帯へ知らずに踏み込んでいたらしい。

 

「お、お師匠さ、さま」

 

「どうした、シャルロット?」

 

 思い切りどもりまくってる辺り、シャルロットも想定外の事態に混乱しているのだろう。突拍子もない発言が飛んでくるのもある程度覚悟しつつ俺は応じ。

 

「せ、責任とりまつからっ!」

 

 予想を遙かにぶっ飛んだ一言に、理解した。シャルロットが重度の混乱状態へあることに。

 

(と言うか、のぼせたのかもな)

 

 顔も赤いし、思い返せばシャルロットは今日二度目の入浴だ。

 

(となると、さっさとあがるべきか)

 

 ここでシャルロットがのぼせて倒れるようなことになれば、最悪出発を遅らせざるを得ないし、そもそものぼせたシャルロットを運び込む必要が出てくる。

 

(ん? ……ひょっとして、運び込むでは済まないんじゃ)

 

 濡れた水着姿のシャルロットをそのまま運び出せば床も運び込んだ先も全部水浸しである。防ぐには、水着を脱がせて身体を拭くという作業を挟む必要がある。

 

(うわぁ)

 

 バレても良いなら女性陣を呼んで代わりにやって貰うことになる訳だが、その場合でもシャルロットと風呂に入ったことが露見する。

 

(一人で全てこなして隠蔽は論外だしなぁ)

 

 自分の着替えを異性である俺がしたことにシャルロットが気づいた日にはどうなることか。そも、師匠という以前に人として駄目だと思う。

 

「とりあえず、その気持ちは嬉しいが、落ち着け。一応解決策はある」

 

「えっ」

 

「大きな声を出すな。……俺の服には密かにきえさりそうが縫いつけてあってな。俺一人なら姿を消して抜け出すことが可能だ」

 

 勿論、そんなビックリギミックなんて無い訳だが、俺は自分やパーティーを透明にするレムオルの呪文が使える。

 

「時間差で風呂から上がれば、おそらく入り口で鉢合わせになるケースとなっても問題ない」

 

 さっきまでのやりとりを聞かれていた場合は、腹話術だったとか苦しい言い訳をするしかないが、最悪の事態になるよりはマシである。

 

「わ、わかりまちた。ごめんなさい、お師匠様……ボクがよく考えず背中流すなんて言い出したせいで」

 

「気にするな。それより、お前は先にあがって居るといい、顔も赤いしな。この状況でのぼせるようなことがあったら、ことだ」

 

 詫びるシャルロットへ頭を降った俺は退出を促し。

 

「えっ、こ、これはその……」

 

「シャルロット」

 

「は、はい。お、お先に失礼します」

 

 少し挙動不審になっていたシャルロットも二度目の呼びかけでこちらへ背を向け。

 

「はぁ……」

 

 シャルロットがあがったのを見届け、嘆息する。本当に危ないところだったと思いながら。

 

 




あれ? 結局何も無かったぞ?

次回、第三百十三話「何か忘れていませんか?」


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第三百十三話「何か忘れていませんか?」

 

「さてと、あとはシャルロットが着替え終えて脱衣所から出た後俺もあがればだいたいの問題は解決だな」

 

 シャルロットの着替えと鉢合わせしてしまっては、ここまでピンチを切り抜けてきた意味がない。

 

(出来れば声をかけて確認したいところだけど、外に誰か居たら別々にあがるって偽装工作をする意味の半分が消滅しちゃうからなぁ)

 

 ちなみにもう半分は、男女で一緒に着替えが出来るかという想像しやすく、常識的な問題のためだ。

 

(女性の着替えかぁ……下着付けるのって結構大変だったし、それなりに時間がかかると考えて……って、考察したら何だか虚しくなってきた)

 

 何故つけ方が解るのかと言えば、イシスでのとある一夜のせいだ。

 

(女性に変身させられて……うん、思い出すのは止めよう)

 

 そう、あんなことは無かったのだ。下着だけで呪文を唱えたり、普段使わない武器を振り回したりなんて俺はしていない。

 

(だから、思い出すなぁぁぁ俺ぇっ!)

 

 何というか忘れたいこと程やたら記憶に残ってしまう気がする。うっかり着たまま戻ってきてしまってシャルロットが持っていった下着のこととか。

 

(うわぁ、連鎖的に思い出さなくても良いことまで思い出しちゃった)

 

 と言うか、あの下着は今どうなっているのか。本来の持ち主は結局誰だったのか。

 

(駄目だ、余計なことは考えちゃ駄目だ)

 

 別、もっと別のことを考えて気を紛らわせなくては。

 

(何か、こう明るくなれるような嬉しいことを……嬉しいこと、嬉しいこと)

 

 声には出さず呪文の様に繰り返しながら俺は自分の記憶を掘り返す。

 

(ああ、そう言えば、イシスの牢に押し込められた時に、クシナタ隊のお姉さんのが、あたって……って、あれは嬉しいことじゃなくてただの生殺しーっ)

 

 いや、全く嬉しくなかったかと言うと嘘になるかも知れない。天国のようなぢごくだったのだから。

 

(そもそも なんで あれ が まず さいしょ に おもいうかび ますかね?)

 

 水着のシャルロットと急接近したり、事故とはいえスケスケネグリジェで押し倒されたりしたから変な意識でもしてしまっているのだろうか。

 

(冷静にならなきゃ、正気に戻るんだ、俺。あれはお姉さん達じゃなくて水色生き物やオレンジ生き物、そう言うことにしておくんだ) 

 

 そう、シャルロットと最初に出会った時、水色生き物とシャルロットの何かを間違えたように。

 

(って、間違えたようにじゃなぁぁぁぁい!)

 

 結局一周して戻ってきてるではないか。

 

(落ち着け、落ち着かないと……まず、深呼吸して息を整えよう)

 

 そして、次に鏡の前に。

 

(最後はシャルロットにモシャスしてから鏡で胸の辺りを見れば、そこにあるのは水色生き物の……って、ちょっと待て)

 

 なぜ もしゃす する。

 

(だいたい ふんどし ひとつ の いま しゃるろっと に もしゃす したら えらいこと に なりますよね?)

 

 誰だ誰が俺にメダパニをかけたのだ。

 

(冗談抜きで、落ち着こう)

 

 血迷ってモシャスした後でシャルロットが忘れ物をして戻ってきたりしたらどうする。

 

(と言うか、それ以前の問題だよなぁ)

 

 なんだかんだ言って、結局俺はシャルロットの裸が見たかったのだろうか。

 

(いや、ピンチの連続で気が張り詰めすぎた反動だと思うけど……重症だなぁ)

 

 現実逃避にボケるだけならいい。だが、シャルロットにモシャスはアウト過ぎる、などと考えていた時だった。

 

「あの……お師匠さま、すみません」

 

「しゃ、シャルロット?」

 

 ご本人が脱衣所から再登場してきたのは。

 

「ちょっと、忘れ物しちゃって……」

 

 それは、セルフツッコミが予言となった瞬間でもあった。

 

「そ、そうか」

 

 血迷わなかったことに内心でどれだけ良かったと思っただろうか、もっとも。

 

「あ、そうだ。お師匠様……良かったらボク達の部屋で寝ませんか? お隣……あんなでしたし」

 

 直後にシャルロットが投げてきた爆弾は流石に想定外だった。

 

「そう言えば、隣が騒がしかったな。すっかり忘れていたが。では、邪魔するとしようか」

 

 などと答えられるはずがない。

 

(うわーっ、忘れてた……隣はクシナタ隊のOSIOKI部屋かぁ)

 

 色々あって頭から抜け落ちていたが、あれでは部屋に戻ってもゆっくり寝られる筈がない。

 

「だが、お前の部屋は二人部屋だろう? そもそも女性用の部屋で俺が寝るのにも問題だ」

 

「そ、それはそうかもしれませんけれど……ちゃんと休めないのは問題ですし、ミリーにもお師匠様の部屋のお隣のことを説明すれば」

 

「そ、そうは言ってもな……」

 

 おそらくシャルロットは善意だけで申し出てくれているのだと思う。ただ、女の子と一緒に寝るという状況下で安眠出来るような神経の太さを俺が持ち合わせていないのだ。

 

「大丈夫です。最近はミリーも変なことしませんし、ボクがミリーと同じベッドで寝れば、ベッドは一つ空きますから」

 

「ちょっと待て、そんなことはさせられん。なら、俺は床で……あ」

 

 更に気を遣おうとしたシャルロットの言で反射的に口走ってしまったのが、失敗だった。

 

「……どうして、こうなった」

 

 入浴後、結局女性陣の部屋に泊まることとなってしまった訳だが、それでも床に寝るつもりだった。

 

「んぅ、ご主人様……」

 

 だが、左を見れば元バニーさん。

 

「ふふ……お師匠様ぁ」

 

 右を見るとシャルロット。二つのベッドをくっつけて出来たキングサイズのベッドの中央に俺は居た。床で寝ると再度主張したところ、シャルロットと元バニーさんの双方に反対され、最終的にこうなってしまったのだ。

 

(というか そうだつせん とか よそうがい ですよ?)

 

 俺に少しでも恩を返そうとする元バニーさんと、自分が言い出したのだからと責任感から自分が割を食おうとするシャルロットの間で意見が対立し、端から見ると床を取り合うような状況になり。

 

(けど、流石に二人を床には寝せられなかったもんなぁ)

 

 もう一度俺が床で寝ると言い出せば、だったら一緒に寝ましょうと言う「よりやばい展開」になり、気づいたら二名賛成の多数決によってベッドを二つくっつけて三人で寝ると言う案が通ってしまった訳だ。

 

(……寝られない)

 

 腕を柔らかな何かで挟み込みながら寝るのは今のトレンドなんですかとツッコミを入れる訳にも行かず、完全に抱き枕にされてしまった両腕から感じる感触と戦いつつ、俺は天井ではなく、何処か遠くを見た。

 

(もういっそラリホーの呪文を使おうかな)

 

 それとも昼夜を逆転させる呪文、ラナルータか。

 

(どっちにしても、とりあえず……このことが魔法使いのお姉さんにバレませんように)

 

 ポルトガでの休暇の時のような展開はご免被りたい。左右からがっちり拘束されつつ、声に出さず俺は呟くのだった。

 




ちなみに同晩、主人公が同じ宿屋に泊まってることを偶然知ったクシナタ隊のメンバーが一名「スー様と連絡を取る」と言う名目で夜遅く主人公の部屋に侵入し、抜け駆けを察知した他のメンバーに取り押さえられるという事件がありました。

まぁ、主人公は部屋にいなかったので抜け駆けに成功してても、待っていたのは空のベッドだったのですけどね。

次回、第三百十四話「ダーマへの旅立ち」


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第三百十四話「ダーマへの旅立ち」

「……ふぅ」

 

 長い夜にもいつか終わりは訪れる。俺からするとその夜明けは天国に最も近いぢごくからの解放でもあった。

 

(いや、二人が目を覚ませばだけどさ)

 

 大人げないのは解っているつもりだが、ここはザメハの呪文で寝てる二人を起こすことまで視野に入れないといけないかな、とも思う。

 

(魔法使いのお姉さんが起こしに来たらアウトだよなぁ、この状況)

 

 両腕にしがみつかれていなければ、外に人の気配を感じた時点でベッドから抜け出し、ドアの影なりベッドの下に隠れてやり過ごすという手もあるのだが、これでは誰かが起こしに来ても隠れようがない。

 

(ついでに言うなら、トイレにも行けない状況な訳で)

 

 まだ緊急事態というレベルではないが、左右のお嬢さん達がいつ目を覚ましてくださるかによっては、起こしてでもトイレに行くことになることもあり得る。

 

(元バニーさん達が居るからダーマまではルーラの呪文かキメラの翼であっという間だろうなぁ……それはいいとして、問題はやっぱり「せくしーぎゃる」か)

 

 現実逃避にこれから向かう先のことを考えながら天井を見上げるが、ぶっちゃけ、この状況下で考え事に集中するのは、無理があった。

 

(やっぱり、起こすしかないかな)

 

 二人が起きる前に魔法使いのお姉さんが来てしまった場合であれば、モシャスやレムオルで誤魔化すという方法もあるのだが、あくまでそれらは人の目を欺く一時しのぎの案に過ぎず。

 

(近くに灰色生き物が居れば話は別だったんだけどなぁ)

 

 メタルスライムには腕がない。モシャスで変身することが叶えば、無い腕を拘束することなど出来ないからあっさり抜けられると思うのだが、モデルになる灰色生き物が側に居なくてはどうしようもない。

 

(こういう事態に備えて荷物に灰色生き物の死体を入れておく……訳にもいかないし)

 

 メタルボディではあるものの、一応生き物なのだから、放置すればきっと死体は腐るだろう。短期間ならともかく、常に携帯する品としては相応しくないどころか、そんなモノを持ち歩いたりしたらもはや周囲への嫌がらせである。

 

(……結局、起こす以外の選択肢は残されていないってことになるんだよね)

 

 そして、呪文で起こすなら双方が寝ているタイミングしかないのだ、呪文を使うところを目撃されるのは避けたい俺としては。

 

(ごめんね、二人とも)

 

 ぐっすり眠ってるお嬢様方には妬まし、もとい申し訳ないが、心の中で謝罪しつつ呪文を唱え、同時に願う。

 

「ザメハ」

 

 ちょうど完成した呪文でバハラタでのピンチが終わりますようにと。 

 

「ん、んぅ……あ、おはようございます。お師匠様」

 

「あぁ。おはよう、シャルロット」

 

「お、おはようございます、ご主人様」

 

「おはよう、ミリー。さて、起き開けで悪いが、サラに見とがめられたらことだ、俺はそろそろ自分の部屋に戻るぞ?」

 

 目が覚めた二人へ挨拶するなり、理由つきで宣言した俺はこのあと女性陣の部屋を後にした。もっとも、そのまま一直線に部屋へ戻る気はなかったけれど。

 

(女性部屋の辺りに居たら不自然だもんなぁ)

 

 気持ち的には一直線に部屋に戻って短い時間でも寝たいところだが、魔法使いのお姉さんと出会ったらいい訳が出来ない。

 

「ふぁあ……」

 

 あくびしつつ、トイレへ向かい。

 

「おはようございますわ。あら、寝不足ですの?」

 

 声をかけられたのは、ちょうどトイレの前。

 

「ん? あぁ、隣が喧しくてな」

 

 平静に応対出来たのは、きっと廊下で出くわす可能性を考慮していたからだと思う。

 

「あぁ、あちらにも聞こえてましたのね」

 

「そちらもか」

 

「ええ、と言うかああいうのは場所をわきまえてやって欲しいものですわ」

 

「まったくだな」

 

 互いに苦笑をかわしあい、その後俺は愚痴をこぼすお姉さんへ同意する。

 

(うん、この人もバニーさんに色々やってた様な気がするけど)

 

 今更あれを掘り返すのも無粋だろう。ただ、あの時犠牲になったお隣さんも居たかもしれず。

 

(この件もクシナタさんには伝えておかないとなぁ)

 

 同時に新たな犠牲者が出てしまう予感がして、声には出さず呟く。昨晩の一件がクシナタさんの耳に入れば、お隣さん達はほぼ間違いなくOSIOKIされるだろう。

 

(流石にそのOSIOKI部屋の隣が俺の泊まる部屋なんて展開はない……といいなぁ)

 

 お隣がクシナタ隊と言う悪意ある偶然に遭遇した後だから、疑いの気持ちを俺は捨てきれなかった、ただ。

 

(って、いけないいけない。この手の呟きはかえってフラグになりかねないよな)

 

 危ういところだったと思う。

 

(この手のフラグはこっちに都合の悪い時だけきっちり仕事するし)

 

 遠い目をしつつ、ふと思う。

 

(そう言えば、クシナタさん達は今頃どうしてるかな?)

 

 アッサラームから北上し、ロマリアを経由して、確かカザーブやノアニール方面へ向かって貰ったと記憶にはある。

 

(すごろく場から西に進路を変えてたら、カザーブで合流してたかな)

 

 それとも、ルーラの移動時間を鑑みると既にカザーブは抜けていたか。

 

「さて、出発の準備をせんとな……な」

 

 考えつつ廊下を自分の部屋の前まで戻ってきた俺は、独り言を呟くと鍵を差し込もうとして、固まった。

 

(鍵が開いてる? 何で)

 

 風呂に出かける時、しっかり施錠した筈だったのだ。

 

「っ」

 

 呆然としていたのは、ほんの一瞬。すぐさま我に返るとドアを開いて中へ飛び込む、そして――。

 

「スー様、おはようぴょん?」

 

「はい?」

 

 泥棒に入られたかと思いすぐさま荷物を確認しようとした俺を出迎えたのは、遊び人になったカナメさんだった。

 

「スー様もうすぐ出発ぴょん? カナメ達も準備を始めてるから、こうしてメッセンジャーに来たぴょん」

 

「そ、そうですか……」

 

 恐ろしい程の脱力感を味わった俺は、カナメさんから伝言を受け取ると、すぐさま荷造りを始めた。

 

「ふぅ、こんな所か」

 

「スー様、お疲れさまぴょん」

 

 その語尾と変わりようで更に疲れるとコメントしたらカナメさんは元に戻ってくれるんだろうか。

 

(宿屋にとまったのに、どうしてこんなに疲れてるんだろ)

 

 何というか、バハラタでのこの一夜はやたら濃い夜だったと思う。

 

「皆様、行きますわよ? ルーラッ」

 

 カナメさんとも別れ、やがて宿の入り口で再集合を果たした俺達は、魔法使いのお姉さんの呪文で空高く浮かび上がり、バハラタの町を後にした。

 




次回、第三百十五話「ダーマの神殿」


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第三百十五話「ダーマの神殿(閲覧注意)」

「やはり、ルーラの呪文ならさして時間はかからんな」

 

 そもそも、原作で言えばバハラタから見てダーマは次の目的地、所謂次の町だ。徒歩とは移動速度が段違いの呪文による移動を使えば一瞬とは言わないまでも所要時間はかなり短縮される。

 

(と言うか、もう既に神殿見えてるもんなぁ)

 

 どんどんと近づき大きくなる神殿。

 

(このメンバーでは俺とシャルロットだけかぁ、初めてなのは)

 

 ちらりと横を見やれば、バハラタでの失敗を繰り返すまいと既に着地を意識し始めているシャルロットが居て、俺は声に出さず、ポツリと呟いた。

 

(下手に声をかけて着地失敗でもしようものなら、昨晩のぢごくがもう一晩なんてことになりかねないし)

 

 眼下に迫りつつある神殿は情報通りならせくしーぎゃるの園と化している筈。

 

(こんな所で自分からピンチの種をまいてる場合じゃないんだ)

 

 転職予定のメンバーは既に賢者になっている、本来なら幾つか話を聞くだけで次の目的地へ向かえば良かった。と言うか向かいたいが、流石にダーマをせくしーぎゃるで満たそうとするような輩を放置して行くなどと言うことが出来よう筈もなかった。

 

(資金力のない駆け出しの魔法使いや僧侶には手が出ないモノかも知れない、けど――)

 

 ダーマで流行したなら、職業訓練所があるアリアハンも第二のダーマとなりかねない。

 

(交易網を広げてしまったのが完全に間違いだったとは言わない)

 

 ただ、大魔王バラモスを倒してアリアハンへ凱旋した際、シャルロットを出迎えてくれるお袋さんがガーターベルトを付けていたりでもした日には。

 

「お帰りなさいシャルロット。母さんはムラムラして――」

 

 うん、何だろうこの悪夢。

 

(そもそも、「バラモスを倒した=勇者一行は英雄ご一行様」だもんなぁ)

 

 いくら中身が残念な俺だったとしても肩書きとガワで騙される人が少数ながら居る可能性はある。

 

(まぁ、俺より元僧侶のオッサンの方が大変そうな気もするけどね)

 

 転職で見た目が若返り、しかも賢者となればせくしーぎゃるったお姉さん方がよってくることは火を見るよりも明らかだ。

 

(そして、魔法使いのお姉さんと修羅場が展開される、と)

 

 何て酷い凱旋であろうか。

 

(やはり、駄目だな。ここで、このダーマで決着を付けないと)

 

 これ以上、がーたーべるとを蔓延させてはならない。

 

(世界平和と俺の心の安寧の為にも)

 

 静かな決意と共に俺は着地の姿勢を作る。気づけば、高度は徐々に下がり始めていたから。

 

「ふっ、……さて、と」

 

 危なげなく着地を済ませると、顔を上げ。

 

「あ、皆さ――」

 

「これでキメラの翼で立ち寄れるようになったし、次の目的地へ行くか」

 

 入り口でこちらを待っていたらしい魔法使いのお姉さんの横にあったモノを見た瞬間、おれは気づくとダーマに背を向けていた。

 

「お師匠様?」

 

「ご主人様?」

 

 左右で驚きの声が上がるが、許して欲しい。

 

(だって、がーたーべると を つけた すのーどらごん が でてきたじてん で にげる いったく しか ない じゃない ですかー、やだー)

 

 はっはっは、おれ の かんじた いやな よかん は えりざ では なく、おとなり の どらごん に かんする もの だったんだね。

 

(ないわー、これはないわー)

 

 女性専用の筈の忌まわしきアレが装着出来てるのは、肉体と魂の片方の性別が女であると判定されたからではあると思う。

 

(試す気はないけど、モシャスすれば俺でも装備出来るだろうからなぁ)

 

 理論上は間違っていないと思う、思うけれども。

 

「シャルロット、正直に言う……流石にあれは俺の脳が受け付けん」

 

「あ、いえ、き、気持ちはわかりまつけど」

 

 何という恐るべき存在だろうか。俺を引き留めようとしたシャルロットに同意させてしまっている。

 

(と言うか、あれの存在を肯定出来る者って居るのかな? マリク? いや、いくらマ

リクでも、あれは流石に……うん、止めよう)

 

 脳内でドラゴンズ好きの王族少年とアレを遭遇させてみようとしたが、俺の頭がそこから先の想像を拒絶した。

 

(せくしーぎゃる化した人外と言うだけならおろちが居るけど、魂と肉体の性別が違うと言う要素を一つ足しただけで、これほどまで恐ろしいモノになるなんて……)

 

 想定外も良いところである。

 

(と言うか、どうしよう……親のこんな姿見せたらあの子ドラゴンに殺される)

 

 主にいたたまれなさとか罪悪感で。

 

「……ところで、どうしてその様なことになったのですかな?」

 

「「あっ」」

 

 ただ、俺が頭を抱えたくなっている間も元僧侶のオッサンは冷静だった。口を開いたとたん、ごくごく当たり前の疑問に自分を含む面々は揃って声を漏らした。

 

「そうか……そんな基本的なことにも気づかなかったとはな」

 

 あの視的終末生物を見て、余程動揺していたらしい。

 

「お師匠様?」

 

「その疑問ももっともだが、とりあえず、あれを脱がせよう」

 

 冷静さの戻ってきた俺も、一つ意見をあげる。

 

「あっ」

 

「そ、そうですね」

 

「フシュオオオオッ」

 

 何人かの支持を得られた中、ソレが鳴くが、魔物の言いたいことを理解出来るのは、シャルロットとエリザのみ。

 

(うん、このまま魔物の言いたいことは解らなくていいかもしれないなぁ)

 

 心から思っていたから、俺は二人に通訳を頼む気はなかった。

 

「それと、脱がせながらで良いから先程アランの質問したことの経緯について説明して貰えるか?」

 

「あっ、そ、そうですね……あ、あたしの主観が混じった話になりますけど、それでも宜しければ――」

 

 代わりに口にした要請に頷いたエリザは、何故か顔を赤くしつつ、ガーターベルトドラゴンの後ろ足に手を伸ばしつつ語り始めるのだった。

 

 




うごご……どうしてこうなった。

次回、第三百十六話「おお! 私の友達! お待ちしておりました!」

諸悪の根源(ゾーマにあらず)登場、か?


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第三百十六話「おお! 私の友達! お待ちしておりました!」

 

「ふむ」

 

 ことの起こりは、ダーマに到着してすぐに訪れたらしい。

 

「よぉ、そこの嬢ちゃん」

 

 声をかけてきたのは、転職を司る神殿に居るのが相応しいとも思えない柄の悪い男。

 

「えっ」

 

 突然の出来事にエリザは面を食らい。

 

「ちょっとむしゃくしゃしてたとこなんだ、楽しいことしようや?」

 

 都合良く解釈したのか、男はいやらしい笑みを浮かべて近寄ってきたのだとか。

 

「……何というか、その手の輩は言うことに台本でもあるのか? おきまりの文句という気がするが」

 

 そも、スノードラゴンを侍らせた女の子に声をかけるとは、余程頭が残念なのか。

 

「あ、そうじゃないんです。いきなり魔物を連れて行くと問題になると思ったから、外で待ってて貰ってあたしだけで先に断りを入れに行った時のことだったんです」

 

「成る程」

 

「スノードラゴンのこともありましたから、『用事があります』って断ろうとしたのにしつこくて……それに」

 

 困っていたところ、今度は別の男が現れたという。

 

「どうも最初の人の仲間みたいでした。なんでも『ダーマの神殿にセクシーなお姉さんが沢山居ると言う噂を聞きつけてやって来た』と言う話でしたけど」

 

「……だいたい解った。『ガーターベルトでせくしーぎゃるになった女性に声をかけたが袖にされ、ダーマへやって来る女性に狙いを変更した』ということだろう?」

 

「あ、はい」

 

「伝聞だけでも頭のお粗末さがよくわかる連中だな」

 

 せくしーぎゃるった人達はがーたーべるとの犠牲者であり、通常ダーマの神殿は転職の為に訪れる場所なのだ。出会いの場ではない。

 

(まぁ、だからってそんな連中にルイーダさんの酒場へ来られても迷惑だろうけれど)

 

 そもそも、女の子を振り向かせるとか恋愛的な意味で好意を持って貰うというのは、難しいものだ。

 

(うぐっ、古傷が)

 

 仲の良かった女友達のことを自分に気があると勘違いし、玉砕したのはもう随分昔のことだけど、思い出すと未だに枕へ顔を埋めたくなる。

 

(特定の記憶を消す呪文ってないのかな?)

 

 確か、勇者の専用呪文に心へ深く刻みつけた言葉を忘れるというものがあった気もするが、きっと俺の欲している効果とは別物だろう。

 

「少し考えれば解ることだろうに……まぁ、異性にモテない者の気持ちと言うところまでなら、理解出来るが」

 

「「えっ」」

 

「ちょっと待て、何故そこで揃って驚く?」

 

 変なことを口にしたつもりはないというのに、解せぬ。

 

「まあいい。すまん、脱線させたな。しかし、その連中があのがーたーべるとにどう関わってくる?」

 

「あ、えっと……そ、その人達に絡まれた時、一人の男の人が止めに入って来たんです」

 

 それは「なに、そのてんぷれ」と呆れるべきところなのだろうか。

 

「お師匠様、どうしました?」

 

「いや、『物語』によくある展開だと思ってな」

 

「……まぁ、言われてみればそうですな」

 

 呆れ成分がポーカーフェイスから漏れていたらしく、尋ねてきたシャルロットへ俺が答えれば、元僧侶のオッサンが同意する。とりあえず、ありきたりと感じたのは俺だけでなかったらしい。

 

「それで、助けに来てくれたと思わしき男の人が『大丈夫かい? せっかく転職に来たのに嫌な思いをしちゃったね? そうだ、君にぴったりなモノがあるんだ』と言ってアレを」

 

「っ」

 

「……ご主人様?」

 

 この時、俺は喉元まで出かかったツッコミを押しとどめるのに必死だった。

 

(ベタすぎんだろ、何処の悪徳商法?!)

 

 忌まわしき品の登場まで聞いて確信した、最初のごろつき連中、おそらく割って入ってきた男とグルだろう。

 

(まぁ、修行とかいろんな理由で神殿に居る女の人達には売り込んだから、新規開拓を狙ったとかそんなところだろうけれどさぁ)

 

 まぁ、ある意味でありがたいというべきか。

 

(罪状があるなら処断してもOKだよね?)

 

 人を騙したり脅して商品を売りつけ、金銭を巻き上げているなら、交易網作成の責任者的な意味合いで制裁を下したって、きっと問題ないはず。

 

「何にしても、ごろつきとつるんで品物を売りつけ、金品をとるような輩は放置しておけん。今後、このダーマに来る者達の――」

 

 ダーマに来る者達の為にも、悪の芽は摘まねばならないと俺は続けようとし。

 

「フシュアアアッ」

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってください。まだお金は払って無いんです」

 

「なん……だと?」

 

 慌てて割り込んできたエリザの声に固まった。

 

「『数日付けてみて、気に入ったなら購入してくれればいい』ってお話しだったんです。その途中で騒ぎに気づいたこのドラゴンが」

 

「割って入ってきて、今に至る……ってこと?」

 

「はい」

 

 それはつまり、エリザを庇おうとしたのだろうか。

 

「フシュオオオオッ」

 

「そっか、『どういう魂胆があるか不明なのぉ、よってエリザに通訳して貰い自分が付けたのよぉん』だそうです」

 

 うん、通訳ありがとうシャルロット。だけど、せくしーぎゃる成分っぽい語尾まで訳してくれなくて良かったんだ。

 

「フシャアアァ」

 

「えーっと、『誰かが受け取らなければ引き下がらなかった可能性もあるしぃ、破損した場合は買い取りとのことだからぁん、自分が付けねば何らかの方法で買い取らざるをえない状況に追い込んでいた可能性あるのぉん』だそうです」

 

 あぁ、ちゃん と かんがえて うごいた けっか が これ なんですね。

 

(おれ かんげき です……って、感激出来るかぁぁぁぁっ!)

 

 ガーターベルトドラゴンになってまでエリザを守ってくれたのは良いけれど、頭痛の種が増えちゃっているじゃないですか。

 

「ふぅ、とれました」

 

「フシュオ」

 

 とりあえず、エリザが外してくれたことで頭痛の時間は終了したのだが。

 

「……ともあれ、外せたならちょうど良い。変装してソレを返品しがてら敵情視察してくるとしよう。今はグレーだが、悪事に手を染めている可能性が高そうだからな」

 

 個人的にはがーたーべるとを扱ってるという一点だけで一味丸ごと殲滅してもいい気がするものの、それではこちらが牢屋にぶち込まれてしまう。

 

「エリザは返品に付き合って貰う必要があるが、流石に大人数だと目立つ。他の皆は宿の手配やアイテムの補充を頼めるか?」

 

 聞き込みとかをお願いしようかとも思ったが、エリザの話では新たにダーマへやって来た女性が絡まれている。

 

(そんな状況でシャルロットが聞き込みに出れば、まず絡まれるだろうし)

 

 これは、サマンオサへ行ってへんげのつえを借りて来るべきだったか。少し悩んだがタイムロスは痛く。

 

「では、頼む。行くぞ、エリザ」

 

「は、はい」

 

 先に敵情視察すべきと断じた俺は、一度だけシャルロット達の方を振り返ると、エリザだけを連れ歩き出し。物陰でモシャスの呪文を使って変装する。

 

「……それで、返品先は近いのかしら?」

 

 カモになれるように変身したのは、たまたま見かけた女性。疑問を口にしたのは、本殿を離れ、階段を上り、店でひしめくエリアに入った後のこと。

 

「ええと……確かこの辺りの……あ、あれです」

 

 キョロキョロと周囲を見回したエリザが指さした先にいたのは。

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました!」

 

 いかにもアッサラームな感じの商人であった。

 




主人公と周りの認識にあったズレがちょっとだけ発覚。

ちなみに、エリザの話で助けに入った(?)のはイケメンだったらしいです。

まぁ、典型的なアレですね。

次回、第三百十七話「売っている物を見ますか?」


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第三百十七話「売っている物を見ますか?」

ゲシュタルト崩壊注意


「売っている物を見ますか?」

 

「いえ、お友達が貸して頂いた品の返品に来たのだけど」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

 いきなり売り物の一覧表らしきものを見せてこようとした商人へ首を横に振って応じた俺ことモシャスで変身中の私だったが、その食い下がりっぷりと話の通じなさは、店を開いてる場所を間違えてるんじゃないのかと思わせる程だった。

 

(と言うか、これってもう一度否定したら「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」とか言って会話打ち切られたりしないよね?)

 

 気に入ったら購入すればいいと言っておきながら、こちらの言葉をスルーすることで返品させないつもりなら、あり得るが、そこまでセコいとは出来れば思いたくない。

 

(ただなぁ、そこにあのしゃべり方……というかアッサラーム商法が絡んでくるとなぁ)

 

 ガーターベルトは店で売ると九百七十五G、買い取りの価格が店売りの四分の三だから、価格は千三百Gになるのだが、アッサラームの商人は最初店頭販売価格の十六倍という値段でふっかけてくるのだ。つまり、二万八百G。

 

(バニーさんの背負ってた借金よりは少額とは言え……)

 

 普通の人から見れば充分大金だ。

 

(ま、そんな価格で買わせたりしてればバハラタでカナメさんだったあの人に会った時に教えて貰えたはずだから、その線は薄いと思うけど)

 

 何にせよ、手の中のがーたーべるとは精神衛生的にもさっさと返品してしまいたい、だから。

 

「返品に来たのだけど?」

 

 ここからは戦いだった。

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 再度の意思表示へ返ってきたのは、思いたくなかった会話の打ち切り。

 

(っ)

 

 思わず前で組んだ手を握りしめるが、ここで引くつもりはない。

 

「だから、返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「……返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

 例え、相手の反応がまるでコンピュータプログラムか何かのような繰り返しだったとしても。

 

(むしろそっちがその気なら……)

 

 目には目を、埴輪覇王煉獄灼葬斬だ。

 

「あ、あの……」

 

 エリザが何か言いたげにこちらを見るが、もはや戦いは始まっている。後には行けなかった。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 繰り返され、繰り返す言葉。先方は引かず、こちらも引かない、長い戦いになると思われた。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「すまんが道具屋はどこかのぅ?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

 通りすがりのお爺さんに道を尋ねられても応じることはなかった。

 

「あ、道具屋さんでしたら――」

 

 代わりに案内して行ったエリザには感謝したい。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

 そして私達は言葉を繰り返し続けた、長い戦いだった。

 

「なんだなんだ?」

 

「どうも例の品の返品らしいですよ?」

 

「あー、また押しつけられた嬢ちゃんが出たのか」

 

 気が付けば、ギャラリーまで出来ていた。

 

(俺、何でこんなことしてんだろう)

 

 少しだけ悲しくなった。だが、ここで折れる訳にはいかなかった。

 

「返品に来たのだけど?」

 

「……おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「……まあそう言わずに見ていってくださいよ」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「…………おや? お気に召しませんでした? 残念です。またきっと来て下さいね」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「ぐっ……おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「ぬっ……ま、まあそう言わずに見ていってくださいよっ!」

 

「返品に来たのだけど?」

 

「くっ、ぐぎぎ、いい加減にしろ!」

 

 とうとう吼えた敗者を前にして私は笑み、言う。

 

「返品に来たんだけど?」

 

 と。そう、長き戦いに勝利したのだ。

 

「……とりあえず、品物は返せたわね」

 

 野次馬が集まっていたのが、ある意味ではこちらに味方した。人の目がある場所で非常手段に訴えれば自分達が悪者になるぐらいのことは理解出来たのだろう。商人は、こちらの突っ返したアレをあっさりと受け取り。

 

「じゃあ私も失礼するわね」

 

「えっ」

 

 モシャスの残り効果時間の都合で、驚くエリザを残し一物陰に避難する。流石に人前で変身が解けるのは拙かったのだ。

 

(とは言え、返品しただけじゃダーマの現状は変えられない)

 

 ダーマを救うには、元凶をどうにかすることがほぼ不可欠なのだ。

 

(そう言う意味では暴力とかに訴えて来てくれた方が手っ取り早かったんだけどなぁ)

 

 正当防衛なら大義名分はついたのだ。

 

(ま、向こうもこっちの都合に合わせて動いてくれる義理なんてないか)

 

 モシャスの効果がきれたのはちょうど良いタイミングだったかもしれない。

 

(さてと、誰か良さそうな……お、あのオッサンで良いかな)

 

 物陰から周囲を見回し、俺が目を止めたのは商人との勝負を見終わり散って行く野次馬の一人、覆面をした筋肉質の中年男性だった。

 

「モシャス」

 

 呪文が完成すると、一瞬周囲が煙に包まれ、視線の位置が高くなる。

 

「さて、と……これで第一段階は終了と」

 

 ポツリと呟き、続いて荷物から布を取り出し、俺は手早く細工して覆面を作成した。

 

「ここにいたと言うことは、あの商人と顔を合わせてる可能性があるからな」

 

 変身した上での変装。手が込みすぎてる気もするが、相手はあの忌まわしい品を広げた元凶だ。

 

(敵情視察に行って商品が変態的商品ばっかりだったらと思うと流石に素顔で行くのは拙い)

 

 これも仕方ないことだと真顔で自分を納得させた俺は、覆面を被ったまま物陰を出たのだった。

 




ちくわ大明神と途中で入れたくて仕方なかった。

だが、こらえた。

次回、第三百十八話「第二ラウンド」


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第三百十八話「第二ラウンド」

「しかし……覆面だからだろうかッ」

 

 こう、油断するとマシュ・ガイアーしてしまいそうになるのは。

 

(説明しようッ、あんまりご無沙汰な感は無いのだが、このいかにもマッチョな姿と覆面と言うシチュエーションが俺の中に眠る何かを呼び起こそうとしてしまうのだッ!)

 

 静まれ、静まるんだ俺のマシュ・ガイアー。

 

(って、遊んでる場合じゃないか。さて、と)

 

 モシャスには効果時間という縛りがある。頭を振って気持ちを切り替えると、俺は返品されたガーターベルトを仕舞い終えた商人に近づき、声をかけた。

 

「よう、さっきは凄い騒ぎだったな、オッサン?」

 

 と。

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました! 売っている物を見ますか?」

 

 あれだけの戦いの後だというのにすぐさま反応を見せたのは、流石商人と言うべきか、ただ。

 

(ここでまた同じ台詞を繰り返してみたらどんな反応をするだろうな)

 

 相手が諸悪の根源だと理解していると、どうしてもそんな発想が浮かんできてしまう。

 

(けど、駄目だ。今回は敵情視察なんだから――)

 

 ここは素直に売り物を見せて貰うべきだろう。

 

「おう。さっきは面白いモン見せ」

 

 そこまで言いかけて、固まる。

 

(あるぇ? さっきの戦い、よく考えると人を集めてしまったって意味でこのオッサンを宣伝してしまったってことになるんじゃ?)

 

 迂闊だった。どうやら俺は気づかぬ間に眼前の商人を利して、いや利用されていたらしい。

 

(ぬうッ、戦いに負けて勝負に勝ったと言うことかッ!)

 

 流石は諸悪の根源、このマシュ・ガイアーを手玉に取るとはッ。

 

(や、だからマシュ・ガイアーじゃねぇぇぇっ!)

 

 落ち着け、落ち着くんだ俺。動揺を見せるな。

 

「大丈夫ですか友達? 売っている物を見ますか?」

 

「……あ、あぁ。まぁ、そうじゃなきゃ話しかけねぇだろうよ?」

 

 気遣われたことを含めて謎の敗北感を感じつつも、頷く。

 

(大丈夫だ、もう落ち着いた。早々取り乱すようなことは)

 

 ないと思った。

 

「なになに……?」

 

「ひのきのぼう、こんぼう、とげのむち……」

 

 だが、フラグだったっぽい。こっちが文字を読めないと思ったのか、それとも先程の失敗を省みてなのか、商人は商品リストを読み上げ始めたのだ。

 

「ちょっ」

 

「ステテコパンツ、あぶないみずぎ、きんのネックレス、ガーターベルト、えっちなほん、さとりのしょ、以上です」

 

 以上です、じゃねぇ。

 

(なんで ほとんど いかがわしい しな しか おいて ないん ですか)

 

 もはや最初の方にあった武器さえロクでもない使用目的に思えてくる程だった。

 

(というか さいご に しれっと とんでもない もの まで うって ません でしたか?)

 

 他のラインナップのせいで全く別の意味合いでの悟りの方の様な気がしてならないけれど。

 

「おっと、私口が滑りました。最後二つ、全ての品物を買ってくれた友達にだけ売る特別な品でした」

 

「な」

 

 付け加えられた言葉を聞いた瞬間、俺は戦慄した。

 

(このオッサン、まさかわざと――)

 

 ダーマに来た者はたいてい転職目的の筈だ、そんな者達に選ばれた物しかなれない筈の賢者へなれるアイテムを提示したらどうなるか。

 

(いや、あぶないみずぎをラインナップに入れてる時点で全て購入出来る人間なんて大富豪ぐらいだろうけれど)

 

 商品の値段に疎い者なら、武器の方から順番に買って、あぶないみずぎに到達した時点で跳ね上がる値段に愕然とすると言うことも考えられる。

 

(さとりのしょが見せ札なら)

 

 この商人、とんでもない狸かもしれない。エリザにがーたーべるとを押しつけようとした流れでは残念さを醸し出していたが、全てがこの商品一覧を見せる為の単なる導入だとすれば。

 

(これは作戦を一から練り直さないと)

 

 バラモスなど比ではない、遙かにこちらの方が厄介な敵だ。

 

(いや、だからこそこのダーマにせくしーぎゃるが溢れるような結果になったのか)

 

 俺は、何処かで今回の敵を侮っていたのかも知れない。

 

「おや? お気に召しませんでした?」

 

「あ? そ、そうじゃねぇ。モノを買うのにちょっと金が足りねぇってだけだ」

 

 商人の言葉で我に返った演技をすると、出直してくる旨を商人に告げ。

 

「残念です。またきっと来て下さいね」

 

「おう」

 

 見送りの言葉へ応じて見せつつも、胸の中は敗北感で一杯だった。

 

(くっ、まさかあれほど手強い相手だったなんて)

 

 計算違いも良いところだ。

 

(最初に絡んできたごろつきを捕まえて締め上げれば芋づる式にあの商人の悪事まで暴けるかと思ったけど)

 

 最後の辺りで窺い知れた狡猾さの方が本性だとすれば、トカゲの尻尾よろしくごろつきを切り捨てて逃げる可能性もある。

 

(どう考えても一人で何とか出来る相手じゃないなぁ)

 

 協力者が要る。立ち回るには出来れば知恵の回る人間も必要だと思う。

 

(とりあえず、頭が回りそうで協力してくれそうなのは、勇者一行だと元僧侶のオッサンと魔法使いのお姉さんかな)

 

 クシナタ隊にも心当たりは何人かいるものの、大半はこのダーマに居ない。

 

(あ、バハラタにならスミレさんはまだ居るかも)

 

 頭の良さという意味合いで一番頼れそうだったのは、エピちゃんのお姉さんだが、バハラタでのエピちゃんを見る限り頼りになるとは思えない。

 

(いや、一応頼んでおくのも手かな。「良い案が浮かんだら、スミレさん経由で知らせて」とかそういう感じで直接合わずアイデアだけ貰うなら)

 

 相手が強敵だと解った以上、打てる手は全て打っておくべきだろう。

 

「すまん、待たせたな」

 

「あ、いえ」

 

「その、待たせた上でこんなことを言うのもどうかと思うのだが……」

 

 モシャスが解け、ようやくエリザと合流した俺は謝罪をするなり、クシナタ隊への言づてを頼んだ。知恵を貸して欲しい、と。

 

 




底が浅そうに見えたのは、擬態だった。

思わぬ敗北を喫した主人公は、対策を立てるべく宿へと戻る。

次回、第三百十九話「ダーマの宿にて」



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第三百十九話「ダーマの宿にて」

「お帰りなさい、ご主人様」

 

「お帰りなさい、お師匠様。あれ、エリザさんは?」

 

 伝言を頼んだエリザと別れ、ゲームでの記憶を頼りに宿屋にたどり着いた俺を出迎えたのは、元バニーさんとシャルロットだった。

 

「ああ、ただいま。エリザには知り合いへの伝言を頼んでな……さて、どこから話すべきか」

 

 相談相手としてリストアップした二名が席を外している状況とはいえ、最低でも、商人の手口と売っている品、予想される行動については話しておくべきだろう。

 

(初ダーマのシャルロットはごろつきに絡まれたりする可能性もある訳だし)

 

 商人が店で販売していた商品のラインナップについては特に二人が欲しいと思うモノはないと思うが、商売の仕方まで含めて説明することには、あの商人がいかに油断ならない相手かを伝え警戒を促すと言う意味がある。

 

「……という訳だ。品揃えなどは人をやって聞いてこさせたものだがな」

 

 当時モシャスしていた為、二人には通りすがりの人に小金を握らせて聞いて来て貰ったということにはしているが、嘘をついたのはその一点のみだ。

 

「うーん」

 

「どうした、シャルロット?」

 

 だと言うのに、一つ唸るなり何やら考え始めたシャルロットへ声をかけてしまったのは、嘘をついた後ろめたさのせいかもしれない。

 

「えっ、ええと……男の人ってやっぱり、そう言うのに興味あるのかなって……」

 

「……まぁ、人によりけりだな。需要が無いモノを売っていても商売にはなるまい」

 

 もっとも、返事からすると藪蛇だったが。少し間を必要としたものの、無難な意見を口に出来たのは、自分を褒めたいところだけれど。

 

(とにかく、このまま話題を元に戻そう)

 

 身長差から来る上目遣いでシャルロットが「お師匠様はどうなんですか」とか踏み込んで来ることもあり得る。

 

(そもそも、明かしたのも二人が被害に遭わないようにする為だし)

 

 自分からピンチに陥って自滅する為では断じてない。

 

(もういっそのこと、これからどうすべきかと言うところまで話を進めて、二人からも知恵を借りるべきかなぁ)

 

 下手にピンチに陥るよりは良いかと方針変更まで視野に入れた時だった。

 

「……あぶない、みずぎ」

 

 ポツリと元バニーさんが呟いたのは。

 

「どう」

 

「ご主人様、そ、その商人さんは腕に、右腕に何かに噛まれた傷痕はありませんでしたか?」

 

「うおっ」

 

 どうしたのかと問う間もなく詰め寄られ、思わず仰け反る。

 

(ちょ、ち、近いですバニーさん。近いですって)

 

 シャルロットのターンが終わったら今度はこっちですかとかとぼける余裕もない。

 

「い、いや……人に行かせた形だしな、わか……らん。ジロジロ、見ては……不審がら、れるだろう、し」

 

「ミリー!」

 

 後退りする俺を救ったのは師としては情けないが、シャルロットのあげた声だった。

 

「え? あ……す、すみません、すみません……私」

 

「い、いや。すまんな、敵情視察に行ったなら、俺ももっと色々見てくるべきだった」

 

 我に返ってペコペコ頭を下げる元バニーさんへ俺も謝罪しつつ、自己反省する。

 

(けど、まさか元バニーさんにお師匠様モードでタジタジにさせられることになるとはなぁ)

 

 それだけ、真剣だったと言うことだろうけれど。

 

「けどミリー、なんでそんな質問をしたの?」

 

 同時に生じた疑問をシャルロットが代弁する形になったのは、同じ事が気になったからだと思う。

 

「そ、それは……少し、お話しする……お時間を頂いてもいいですか?」

 

「ああ」

 

「うん」

 

「解りました。こ、これは、私がまだ遊び人になる前の話になります……」

 

 視線を彷徨わせつつ発した確認に俺達が首を縦に振ると元バニーさんは語り始めた。

 

「私の父が行商をやっていたことは、ご存じですよね? 父には商売の関係で知り合った友人が居たんです」

 

 元バニーさん曰く、親父さんとその友人が出会ったのはレーベの村だったという。

 

「意気投合した父がアリアハン出身と聞いて、おじさまは……その人は、アリアハンへ届ける商品の配達を父に頼み、そこから交流は始まりました」

 

 何でもイシス出身というその商人は、どうやってか大灯台からアリアハンに至る旅の扉を使用することが出来たらしい。

 

「届ける品のことは『ミリーちゃんにはまだ早い』と言っておじさまは教えてくれませんでしたけど……商売が上手く行きお金の貯まった父とおじさまは共同で防具を開発する事業へ手を出しました」

 

「防具を開発?」

 

「……はい。『アリアハン周辺の魔物は弱い、だが海域に出る魔物は比べものにならない程手強い。もし、海の魔物と遭遇しても生き延びることの出来る様な品が開発出来たなら、アリアハンの為にもなる』と」

 

 思わずあげてしまった声に元バニーさんは頷き、言う。

 

「それで、防具の機能を備えた水着を作ろうとしたのです」

 

 と。

 

「……最初は失敗の連続だったそうです。し、下着程の面積しかない布地に鎧並みの効果を持たせようとしたので」

 

 だが、失敗作を放置するのも勿体ないと、元バニーさんの言うおじさまは失敗作を再利用出来ないかと色々試行錯誤したらしい。

 

「その結果、おじさまは一着の水着を作り上げました」

 

「……皆まで言うな。そこまで聞けば解る。それがあぶない水着だったのだな?」

 

 よくよく考えるとあぶない水着はこっちの世界では販売されていなかった気もする。なら、何処で仕入れたのかという疑問が生じる訳だが、元バニーさんの話が本当であれば、販売されていないはずの品が存在することにも説明はつく。

 

「……はい。おじさまが……そ、その『大きくなったらミリーちゃんに着て貰おうか』と冗談を口にして父と大喧嘩になったので、私が知りうる限りで作られたのは一着だけでしたけれど」

 

「ふむ」

 

 ひょっとしたらそれがアッサラームで座長さんから貰ったあぶない水着だったのかもしれない。

 

「成る程、一度作れたなら商品として量産出来ても不思議はない訳か」

 

「はい。父とおじさまが最終的に目指したのは、並の鎧を寄せ付けない性能を持ち着ていれば徐々に傷が癒える力を持つ水着、だったそうですが……父が魔物に襲われ命を落とし、開発の為に作った借金だけが残りました」

 

「な」

 

 ちょっと待て、俺の立て替えた借金の話がここで出てくるのはまだいい。

 

「神秘の……ビキニ?」

 

 そう言えばメダルのオッサンが集めた褒美でくれる品の一つに着ていると徐々にHPが回復する上ゲームで二番目に高い守備力を誇る水着の防具があった気がする。

 

(何故アリアハン在住のオッサンがあんなモノ持ってるのかと思ったら)

 

 がーたーべるとの仕入れ先と繋がっていたとか予想外も良いところだ。

 

(おまけ に すいそく もと ばにーさん の おやじさん が はこんでいた しな って あれ だよね?)

 

 この流れからするとほぼ間違いなくがーたーべるとです、ありがとうございました。

 

(何、この展開? これであの商人の腕に噛み傷とか残ってたら、諸悪の根源って元バニーさんの親父さんのお友達と同一人物確定?)

 

 ひょっとして、友人が非業の死を遂げたことで身を持ち崩して悪の道に走った系だったりするのだろうか。

 

(元バニーさんの親父さんが借金を負ったなら、当然あっちも借金を抱えたのだろうし……うぐぐ)

 

 また一つ作戦を練り直す必要が生じて、俺は頭を抱えた。どうしてこうなった。

 




 いやー、辻褄合わせと伏線回収、ようやくできました。

 バニーさんの借金の伏線はあと二~三話先でも良かったんですけどね、そこまで引っ張ると先読みされる気がして。

次回、第三百二十話「「おじさま? おじさまなのでしょう?」「待て、その展開はまだ早い!」」

 実は元々いい人だったのか、悪徳商人。果たしてその真相は――?


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第三百二十話「「おじさま? おじさまなのでしょう?」「待て、その展開はまだ早い!」」

 

「とりあえず、明日になったらもう一度商人の元に行ってみるとしよう」

 

 元バニーさんから話を聞いた以上、腕に噛み傷があるかどうかは確認しておく必要がある。

 

「すみません、そのお手数かけて……」

 

「気にすることはない。むしろ、思いもよらない形で問題解決の糸口が見つかったのかもしれないのだからな」

 

 先程は頭を抱えたが、考え方を変えれば元バニーさんの話を聞いたのは正解だったかも知れないのだ。

 

(元バニーさんを蚊帳の外にしてあのオッサンの悪事を曝いて衛兵とかに突き出した時とか、その後で元バニーさんの知り合いだったと判明したりすることを考えればなぁ)

 

 それこそ後味の悪いことになったと思う。

 

(言ってみてから気づくってこともあると言うか、うん)

 

 話を聞いた直後は作戦を練り直す必要が生じたというネガティブ面でしか捉えられなかったが、後味の悪い顛末を避けることが出来たと考えればプラスだし、思っても居なかった方法でこのダーマに広がるせくしーぎゃるの問題が解決する可能性があるとすれば。

 

(それに、水着防具開発の一件にしてもね……)

 

 あぶない水着は封印するか処分すべきだろうが、ちらりと出てきた最終目標っぽい推定「神秘のビキニ」は無視出来るようなものでない。

 

(水着と言うことで着用者を選ぶけど、呪文とかブレスへの耐性がないところへ目を瞑れば、性能の方は文句の付け所がない防具だし)

 

 完成しているのかどうかは気になるところである。

 

(まぁ、完成してても抵抗なく着られるのはおろちかあの女戦士くらいだろうけど)

 

 もちろん、おろちの方は魔物ではなく偽ヒミコの姿の時限定だ。がーたーべるとドラゴンの亜種を誕生させてしまうつもりはない。

 

(だいたい、そんな強力な防具をおろちに渡す理由もないし)

 

 強いて言うならマリクとくっつけた時に結婚祝いと称して送りつけるぐらいだが、それならあぶない水着の方で充分だと思う。

 

(って、それもやばいか……竜の女王の子供の情操教育という面で考えたら最悪だ)

 

 最終的に何処かのお姫様にあぶない水着の着用を強要し、拒否されたことに腹を立てて誘拐、洞窟に監禁なんて行動に出られるような性格に育ったらシャルロットの子孫が困る。

 

(そう言う意味合いではおろちの性格をまともな方向に持って行く系統の装飾品の方がまだいいのか。うーん、出来れば魔物の姿でも問題なく装備出来る品が良いよなぁ)

 

 あれでもないこれでもないと考えていた時だった。

 

「お師匠様?」

 

 シャルロットの声がしたのは。

 

(って、何を考えてるんだ、俺……思考が変な方に脱線しすぎた)

 

 おのれ、おろちめ。

 

「あ、ああ。すまんな、シャルロット。エリザに頼んだ伝言の件で少々考え事をしていた」

 

「あぁ、さっき仰ってた……」

 

「そうだ。この件に関しての伝言だったのだが、先程の話も伝えておく必要があるのではないかとな……あ」

 

 流石にこの状況下で全く関係ないことを考えていたとも言いづらい、口にしたのは実際考えていたのとは別のことだが、言ってから気づく、全くその通りであることに。

 

(うわぁい……前提条件が違ってきたらエリザさん無駄足じゃないか)

 

 もし、エピちゃんのお姉さんが悪徳商人をとっちめる良いアイデアを思いつき、スミレさんかエリザ経由で教えてくれたとしても、元バニーさんのお知り合いに使うのは問題のある方法だった何てことだってあり得る。

 

(……うん、やらかした)

 

 そして、今から追加情報を持って出発とすると、どうなるだろうか。

 

「お師匠様?」

 

「……しくじったな、今からエリザを追いかけるとなると、明日の朝にここへ戻ってくるのは厳しいかもしれん」

 

「でしたら、ボク達で商人の人の方は確認しておきますから、お師匠様はその間にエリザさんを追いかけられては?」

 

「……気遣いはありがたいが、現状あんなモノを女性に押しつける奴が存在する場所にお前や他の者を残してはいけん」

 

 一応元僧侶のオッサンが居る訳だし、オッサン一人では無理と言ってるようで失礼だとは思うが、他に言葉が思いつかなかったのだ。

 

(「知り合いかも知れない商人の存在を知った元バニーさんが暴走する可能性を加味すると、そっちも見張ってる必要があるから」などと当人の前で言う訳にもいかないしなぁ)

 

 先程の食いつきっぷりを鑑みるに、元バニーさんが独断専行しても不思議ではない。

 

(この場合、最悪のケースは元バニーさんが一人でこっそりあの商人のオッサンへ会いに行き、商人が「おじさま」ではなかった場合かな)

 

 ごろつきも商人の部下であるとすれば、あの商人は実力的な意味でもある程度の戦力を有していると思う。転職してから日も経たず、実力面で不安の残るバニーさんが一人で乗り込んで、もし人違いでしたなんてことになれば、ロクでもない展開になるのは間違いない。

 

(やはり、確認が最優先かな)

 

 エピちゃんのお姉さんとエリザには後で何か埋め合わせをしよう。

 

(俺のポカなのは間違いないし)

 

 どうすれば許してくれるかは解らない、解らないけれど。

 

(今は、ちょっと……)

 

 眠らせて欲しかった。よくよく考えると昨晩もロクに寝ていないのだ。

 

「シャルロット、少しいいか?」

 

「えっ? あ、はい……あ」

 

 俺は名を呼びつつ手招きすると、寄ってきたシャルロットの腕を掴み、その身体を引き寄せる。

 

「いいか、シャルロット。先程のミリーの様子からすると、朝を待たず独断で動く可能性がある。とは言え、俺が女部屋を見張る訳にはいかん。すまんが、今日はミリーを見張る意味でも同じベッドで――」

 

 再認識したことで怒濤のように襲ってきた眠気に耐えながら、耳元で囁いた。

 




わぁ、主人公ってば、大胆ね。

次回、第三百二十一話「あの時は眠くて、頭がまともに働いていなかったんです」



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第三百二十一話「あの時は眠くて、頭がまともに働いていなかったんです」

 

「……もう、朝か」

 

 口から漏れた呟きとは裏腹に久しぶりによく寝たと言う気がしつつ、俺はベッドから身を起こした。

(えーと、あの後どうしたんだっけ? 確か、シャルロットに元バニーさんが独断専行というか先走らないように言ってから……やたら眠くてそのまま部屋に行って寝たんだったかな?)

 

 シャルロットが見ていたなら、元バニーさんが夜中に宿を抜け出す何てことは不可能だと思う。何かあったなら騒ぎになってもいるだろうし。

 

(その場合、誰かが起こしに来てるよな。ぐっすり寝て朝に自分で起きれたと言うことは、問題は無かったってことで……)

 

 とは言え、確認は必要か。

 

「だいたい、頼み事を聞いて貰ったのだから礼を言いに行くべきだろうしなぁ……あ」

 

 呟いてからベッドを抜けようとした俺は、この時ようやく気づいた、着替えもせずベッドに潜り込んでいたことに。

 

(……まぁ、バハラタでは殆ど寝てなかったもんな。身体のスペックが高くても不眠不休でいつまでも動ける筈もないし)

 

 声には出さず自己弁護をしつつも、すぐさま着替えたのは言うまでもない。

 

(出来れば風呂にも入っておきたいところだけど、この時間じゃ……ね)

 

 おそらく、井戸の側で行水するとかがせいぜいだと思う。

 

(とりあえず、顔だけ洗ってから会いに行くか)

 

 いつもの俺だと、行水中に女性陣の誰かと鉢合わせるなんてオチになりかねない。自分で自分に妥協した結果、俺は水場に向かい。

 

「お、お客様……もう大丈夫なのですか?」

 

「ん? あ、あぁ」

 

 鉢合わせした宿屋の従業員の態度へ困惑しつつも頷きを返した。

 

(しかし、何か反応おかしいような)

 

 昨日は寝不足だったし、着替えず寝てしまう有様ではあったが、宿の従業員に心配されてしまうようなことをやらかしただろうか。

 

(と言うか、宿の従業員でこの反応とか)

 

 ならば、一緒にいたシャルロット達であればどうなるというのか。

 

(うん、なんだろ……いやな よかん しか しない ですよ)

 

 とは言え、今更ベッドに戻る訳にもいかない。

 

(今すぐ会わなくても、朝食か宿を出る時には顔をつきあわせることになるしなぁ)

 

 むしろ、いきなり全員と顔を合わせることになるよりマシだと思うべきだろう。

 

(魔法使いのお姉さんなら、やらかした内容によってはお説教コースだろうけれど、シャルロットと元バニーさんなら割と穏便に昨晩何をやらかしたか聞けるかも知れないし)

 

 こちらとしては何かした記憶など全くないのだが、あの時はひたすら眠くて、シャルロットに元バニーさんを見ている様にと言った後、部屋に戻る旨を告げてからは少々意識が飛びかけていた気もする。

 

(何かしたとするとみんなの所から早退してベッドに潜り込むまでの間……かな)

 

 ならば、たまたまあの従業員にだけ目撃されていて、ああいう反応をされたと言うことも考えられる、考えられるが、あくまであり得るだけだ。

 

(自分に都合の良いケースを事実と思うのは危険すぎるもんな)

 

 従業員にまであんな反応をされて、シャルロット達に変化がないと考える程お花畑な頭をしていないつもりでもある。

 

(けど……うん、何らかのことをしでかしてると思うと、足が重い)

 

 とりあえず、服は着たままだったので、何の脈絡もなく脱衣したとか、そう言う類のモノではないと思う。

 

(ありそうなのは、ベッドに行くまでに途中で寝てしまったとか、寝かけたとかかな……ん? この声は)

 

 自分がやりそうな行動を考えつつ歩いていた俺は、壁越しに聞こえてくる声にふと足を止めた。

 

「……なんて」

 

「そ、それを言うなら……」

 

 漏れていたのは、これから訪ねようと思っていた二人の声である。

 

(起きてはいるみたいだな。けど)

 

 何の話をしているのかまで把握するには、立ち止まっただけでは厳しい。壁に貼りつき、耳を当てるぐらいはする必要があるだろう。勿論、そんな姿を他人に目撃されれば、どうなるかなど言うまでもない。

 

(うーん、そもそも盗み聞きという時点でパーティーメンバーとしてどうよ、と言う問題だしなぁ)

 

 ただ、話題が俺のことであれば、二人に尋ねることなく自分が何をやらかしたのか知ることができるかも知れないというのは魅力的だった。

 

(いや、こんな所でシャルロット達の信頼を損ねるような真似はすべきじゃない)

 

 短い葛藤の結果、俺は頭を振ると再び歩き出し。

 

「ミリー、お師匠様の病名って解る?」

 

「え゛」

 

 図らずも確信らしき一言を聞いてしまったのは、今まさに二人に呼びかけ、ドアをノックしようとした時のこと。

 

(病……気? あ)

 

 一瞬、何のことだろうと思ったが、昨日の自分を思い返すと得心は行く。

 

(そっか。眠そうだったのを何らかの病気で身体の具合が悪かったって誤解したのか)

 

 その誤解が従業員に伝わったなら、先程の反応にも納得はゆく。

 

(まぁ、こっちも何で眠かったかなんて説明出来なかったからなぁ、誤解されてもある意味で仕方ないかも知れないけど)

 

 シャルロット達もそそっかしいというか、何というか。

 

(まぁ、誤解な訳だし、ただ眠かっただけと説明――あ゛)

 

 そこまで考え、俺は気づく。寝不足であるなら、寝不足だった理由も説明しないと行けなくなることに。

 

(無理だ、シャルロットと元バニーさんのあれの感触があれとか)

 

 正直に白状したら、社会的に俺が死ぬ。

 

(くっ、もういっそのこと病気ってことにしておこうか? いや、下手に仮病を使って病気でないことがバレたら……)

 

 結局嘘をついていた理由を訊かれ、やっぱり詰む。

 

(どうしよう、何処かのエルフの呪いで眠らされそうになった……も駄目だな。ノアニールは遠すぎるし、あっちにはクシナタさんが向かってるから、あのイベントに便乗して有耶無耶にするのは多分無理だ)

 

 眠たそうと言う部分には説得力を持たせられるかもしれないが、そもそも呪いをかけた側と話す機会があれば嘘がばれてしまう危険性もある。

 

(考えろ、考えなきゃ)

 

 このままでは病人と言うことにされてしまう。状況的に中に踏み込む訳にも行かず、俺はドアの前で良案を模索するのだった。

 




最近の主人公が寝られない展開はノアニール行きへの布石だったのです。

まぁ、クシナタ隊が何とか出来なかった場合のお話なのですが。

次回、第三百二十二話「不治の病に冒された強キャラって割とテンプレですよね?」

素手でMS倒すどこかの師匠さんとか、師匠ポジションに多い気も。



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第三百二十二話「不治の病に冒された強キャラって割とテンプレですよね?」

「はぁ」

 

 こういう時に限って良いアイデアは出てこなかった。

 

(しかも、かわりに思い浮かんだのが「病人にされていた方が良い理由」とか)

 

 体調が悪いと言うことにすれば、以前風邪で寝ていたシャルロットのようにパーティーから離脱する大義名分が出来るのだ。

 

(単独行動するにはうってつけ、ってのも確かではあるんだけどなぁ)

 

 ただしあくまで、仮病がばれなければの話である。

 

(だいたい、今更単独行動が出来るようになってもパーティーを抜けないと行けないことなんて……)

 

 皆無とは言わないが、複数のパーティーに別れたクシナタ隊が各地で働いてくれてるお陰で、勇者一行としてやらなければ行けないこともかなり減っていた。

 

(せいぜいが、おろちにスレッジの姿で会ってごめんなさいするぐらいだもんなぁ)

 

 わざわざ病人になってまで行動の自由を得るうまみが少なすぎる。

 

(一応、「病人のお師匠様」に途中退場して貰って以後はスレッジとしてシャルロット達について行くって選択肢もあるけど……)

 

 シャルロットのお袋さんとの約束を破ることになる上、変装なので風呂や着替えを見られては行けないという制約がついてくる。

 

(やっぱ、誤解は解かないと駄目だな)

 

 ある意味、解りきったことだったかもしれない。

 

(で、結局昨晩の醜態の理由が必要になってくる訳か)

 

 完全に振り出しに戻ってきてしまった訳だ。

 

「はぁ」

 

 気づけば二度目のため息が出ていた。

 

(こう、何というか同じ様な感じのため息なせいでデジャヴを感じてしまうかも)

 

 もっとも、女性の部屋の前で嘆息する経験なんて一回でも充分すぎると思う。

 

(って、そんなこと考えてる場合じゃないし)

 

 今考えなくてはならないのは、寝不足の理由だ。ただ。

 

「え」

 

「あ」

 

「え」

 

 かんがえている さいちゅう に どあ が あいて ごたいめん というの は そうていがい でしたよ。

 

「ご、ご主人様?」

 

「お師匠……さま?」

 

 抱えているモノからすると元バニーさんとシャルロットは顔を洗いに行く所だったのだろう。

 

(そっか、シャルロット……昨日言ったことを守って――)

 

 洗顔とはいえ部屋を出るには違いない。同行することでそれとなく見張るつもりで居た訳だ。

 

(って、のんびり観察してる場合かぁぁぁ) 

 

 どうしよう。

 

(まさか、こんなタイミングで鉢合わせることになるなんて)

 

 当然ながら、いい訳などまだ思いついていない。

 

(落ち着け、落ち着いて常識的に考えるんだ、俺)

 

 まずは、朝、人にあったらどうするか。

 

「おはよう」

 

 子供でも解る問題である、従って朝の挨拶は半ばテンパッてる俺でもごく自然に口をついて出た。

 

「あ、お、おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「洗顔に行くところか……ならば出直そう」

 

「え? あ、はい」

 

 挨拶を返されたことで些少冷静さを取り戻せたこともあると思う。だが、二人の抱えたモノを見てからの一言は我がことながら奇跡だった。

 

(危なかったぁぁぁっ)

 

 一時しのぎとは言え、良く誤魔化しの言葉が出てきたものだ。シャルロット達に背を向け歩き出しつつ、俺は密かに胸をなで下ろす。

 

(とは言え、本当に一時しのぎに過ぎないからなぁ)

 

 出直すと言ってしまった以上、二人が戻ってくる時間を加味して再訪問はしないといけないだろう。

 

(体調の悪そうなふりとかそう言うの何も無しで対応しちゃったから、もう仮病については諦めるしかないとして……)

 

 寝不足の理由をでっち上げる必要がある。

 

(まあ ぜんぜん おもい うかばなかったんですけどね)

 

 セルフファインプレーで時間は引き延ばせたものの、二人を納得させられる理由が思いつかなければ、アウトであるところは変わらない。

 

(けど、こんなに考えてるのだから、それこそ天啓みたいなのが降りてきても良いと思うん……ん? 天啓?)

 

 声に出さない独り言で漏らした単語を胸の中で反芻すると、俺は顔を上げた。

 

「そうだ、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」

 

 天啓だ。二人が寝ていたあの晩に何かが語りかけてきたとか、そう言うことにすれば良いのだ。

 

(「脳に直接語りかけてくるようだった」とかそう言うことにしておけば、二人が聞いてないことも説明がつくし)

 

 そもそも、心に直接語りかけてくるような存在を俺は既に知っている。

 

(うん、おろちだ。おろちにしよう)

 

 思い人の捜索はどうなったのだと催促の念を飛ばしてきたとしてしまえばいい。

 

(あのおろちなら、仕方ないよね)

 

 本当にやりうるという意味でも、濡れ衣着せることになるけどまあ良いかという意味でも。

 

(今まで散々被害を被ったんだ、何割かこれで埋め合わせさせて貰おっと)

 

 シャルロット達が確認することもあるかも知れないので、口裏を合わせるよう行っておく必要はあると思うけれど、問題があるとしたらそれぐらいだ。

 

(マリクがおろちの婿に相応しい強さを身につけたら、作戦決行かな)

 

 シャルロット達にマリクを迎えに行って貰い、俺は先にジパングへ飛んで口裏を合わせた後、スレッジとして対面しておろちを振る。

 

(ドラゴラムの見分けがつかないなら、わざわざ振る必要はないかも知れないけれど)

 

 まずは病人疑惑の払拭だ。

 

(商人の腕に噛み傷の痕があるかを確認する為にも、こんな所で時間を浪費しては居られないし)

 

 この時、俺はおろちのせいにすることで何とかなると思っていた。解決出来ると思ったのだ。

 




おろち「解せぬ」

次回、第三百二十三話「ひとのせいにするなんてさいていだとおもう」


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第三百二十三話「ひとのせいにするなんてさいていだとおもう」

 

「え、あの晩にそんなことが?」

 

 バハラタで寝ている時、声なき声に語りかけられたのだと打ち明けると、師の言うことだからかシャルロットは疑いさえせず、驚いた。

 

「ああ、とは言えぐっすり寝ていたお前達を起こす訳にもゆくまい? そもそも、二人とも寝ていたと言うことは声が聞こえていたのは俺だけだったからな」

 

 一人で対応したのでと言う寝不足理由のでっち上げは、上手くいったと思う。

 

「……そ、そうですか」

 

「けど、お師匠様……そう言うことなら起こしてくれても良かったんですよ?」

 

 理由については二人共すんなり納得してくれた、一人で抱えていたことを遠巻きに非難はされたけれど。

 

(うん、良心の呵責というか後ろめたさでいたたまれないけど、まぁ自業自得だよな)

 

 ともあれ、ここまではほぼ予定通りだ。

 

「そもそも、俺が居なければおろちを竜の女王の子供の母親にするなどという話は出てこなかっただろうからな。自分でまいた種とも言える。だいたい、お前達まで寝不足になっては旅に支障をきたすだろう?」

 

 俺一人が一日寝られなかったぐらいなら、身体能力で何とかなるが、寝不足で集中力が落ちたまま他者のフォローを完全にこなせるかと問われたら、疑問が残る。

 

「それに、昨晩はきちんと寝られたからな。そのせいで色々心配をかけてしまったことは済まないと思う」

 

 流石に「嘘ついてますごめんなさい」とは言えない俺としては、謝るならこういう形しか思いつかず。

 

「い、いえ。ボク達こそ勘違いしていたみたいで」

 

「は、はい。す、すみませんご主人様」

 

「気にするな」

 

 謝り返されて、良心にチクチク刺されながらもポーカーフェイスを作って応じたことで、勇者のお師匠様は病人だった疑惑は収束した。

 

(あとは、おろちと口裏を合わせればこの件はおしまい……なんだけど)

 

 私事が一つ片づいただけでもある。

 

(がーたーべるとを、せくしーぎゃるをこの世界に蔓延させようとしているあの商人を止めない限り、俺はこのダーマから旅立てない)

 

 せくしーぎゃると接したことがあるからこそ、あれがどれ程危険な品なのかを俺は知っている。

 

「ともあれ、昨晩の俺のことについてはこれでもう良かろう。後はこの場にいないサラとアランにも伝」

 

「あ、そのことなんですが、お師匠様」

 

「ん?」

 

 だから、伝えて終わりにしようと言おうとした俺にとって、シャルロットが、割り込んできたのは、想定外だった。

 

「アランさんとサラには、イシスに行って貰いませんか?」

 

 続けた提案の内容も。

 

「……イシスに?」

 

「はい。おろちちゃんが気にしているってお話しでしたし、だったら、マリクさんが充分強くなった時、すぐ解ると良いと思ったんです」

 

 少し間が空いてしまったものの、平静さを装いつつ問うた俺にシャルロットは答える。

 

「それに、アランさんも修行は必要でしょうし」

 

「……なるほど」

 

 と いうか、ひょっとして、これ は おれ が おろち のせい に した から ですか。

 

(元僧侶のオッサンと魔法使いのお姉さんが抜ける、と言うことは……)

 

 残されるのは、俺、シャルロット、元バニーさん。何故か、嫌な予感がした。

 

「ミリーは商人さんがその『おじさま』だったら話とかもしたいよね?」

 

「あ、は、はい」

 

「一応このダーマの側にもメタルスライムの出没する塔があるらしいから、修行はそっちですることになっちゃうかも知れないけど」

 

 ああ、そういえば そんな とう も ありましたね。

 

(えーと、何て名前だったかなぁ……アープの塔だっけ?)

 

 こういう時、手元に攻略本があったらなとつくづく思う。

 

(って、そんなことを考えてる場合じゃない!)

 

 元バニーさんとシャルロットの間で進んでる話を整理すると、つまり今この場に居る三人で暫く行動しましょうということなのだ。

 

「お師匠様、三人なら部屋は一つで良いですよね?」

 

 ほら、やっぱりこうなった。

 

「いや、三人とは言え、男女が同じ部屋は拙かろう?」

 

 そう、抵抗してみるが、俺はバハラタで二人と一緒に寝ている。「何を今更」と言われてしまえば、反論のしようがない。

 

「大丈夫です、もしまた寝られないようなら、ボクがラリホーの呪文をかけるかジパングまでルーラで飛んでおろちちゃんに直接話をしに行きますから」

 

 というか、 かんぜん に たいろ たたれた き が しますよ。

 

(まさか、おろちのせいにしようとしたせいとか?)

 

 これは、報いだというのか。終わったと思ったところに眠れぬ夜のアンコールとか、想定外も良いところだ。

 

(いや、早まるな。元バニーさんがダーマから動けないのは、あの商人が知り合いかもしれない、からなんだ)

 

 あの諸悪の根源さえ何とかしてしまえば、サンドイッチの夜は回避出来る。

 

(タイムリミットは……今日の夜)

 

 一日でがーたーべると蔓延事件に終止符を打てとは難易度が高すぎる気もするが、理性だけを共とする死闘から逃れるには他に方法もない。

 

(出来るのか、とかじゃないよね……もう、これは)

 

 解決しないと「バハラタの夜・りたーん」である。

 

(あの商人が……元バニーさんの知り合いであることを祈ろう)

 

 知り合いじゃなかったら、もう自分でも何をしてしまうか解らなくて、俺は密かに祈った。それ程に追い込まれてしまっていたのだ。

 




まぁ、だいたいお察しの通りでしたとさ。

次回、第三百二十四話「デッドライン」

スピード解決か、サンドイッチか、主人公の運命は?



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第三百二十四話「デッドライン」

「シャルロットはミリーと一緒に宿の部屋で待機していろ。まず隠密行動を得意とする俺が商人の腕に噛み傷が残っているかを確認してくる」

 

 シャルロットが同行すれば、ごろつきに絡まれる可能性があるし、もし商人が元バニーさんの「おじさま」なら、元バニーさんの姿を見てこちらを警戒する可能性もある。

 

(加えて二人が一緒だと呪文が使えないって言うのもあるんだけどね)

 

 確認作業なら姿を消す呪文を使用出来るんぶん一人の方が簡単で安全なのだ。

 

「ご主人様……あ、あの」

 

「心配するな、簡単な偵察だ大して時間はかからん」 

 

 と言うか、リミットを決められてしまった以上、時間を無駄に出来ない。

 

「では、後を頼むぞ」

 

「は、はい」

 

「あ、はい」

 

 距離と時間の問題で腕の確認中にエリザが戻ってくるとも思えず、お留守番中にアクシデントが発生することは考えずとも良さそうだったが、一応二人に声をかけ、俺は宿屋を後にする。

 

(さてと、ここからだ)

 

 商人が元バニーさんの親父さんの友人かそうでないかでこちらのとるべき行動も変わってくる。

 

(元バニーさんの「おじさま」でなかった場合、元バニーさんがダーマに残る理由はなくなるわけだから、遅れてイシスへ行って貰……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと思う。

 

(元僧侶のオッサンと魔法使いのお姉さんってイシスに行ったことなかったよな……)

 

 シャルロットは防衛戦やら何やらでイシスへ赴いたことはあるが、元バニーさんも僧侶のオッサン達カップルもイシスに行った経験は皆無だったように思える。つまり、ルーラで飛ぶことは不可能なのだ。

 

(宿は三人部屋でとシャルロットは言っていたし、シャルロット自身が送って行くというのも)

 

 おそらくはあり得ない。

 

(後は戻ってきたエリザに送ってもらうパターンぐらいだけど、エリザが戻ってくるのはもう少し先の……あれ? そもそも、シャルロットは――)

 

 今日、元僧侶のオッサン達にイシスへ旅立って貰うと言明しただろうか。

 

(うん、ひとこと も いって ないね)

 

 つまり、こっちが勝手に勘違いして居ただけというオチである。

 

(踏み越えたらアウトの線を誤解から勝手に引いていたとか)

 

 エリザにイシスへ送ってもらうつもりで居たとすれば、タイムリミットは一日近く伸びる。

 

(や、それでも今日を入れて後二日。のんびり構えていられるような日数ではない訳だけど)

 

 脱力感を覚えるのは仕方ないと思う。

 

(まぁ、それはそれとして……)

 

 今は、あの商人の腕へ元バニーさんの言った傷がないか確認して戻るべきだろう。すぐ戻るとシャルロット達には言ってしまったことだし。

 

「確か店はこの辺りだった筈」

 

 朝早すぎて店が開いていない可能性もあるが、目的は腕に噛み傷があるかを確認することなのだから、開店準備中であろうが、問題はない。忍び込んで、腕を見てから立ち去れば良いだけの話である。

 

「ん? あれは……ああ、そうだ。あそこだ」

 

 周囲を見回して見つけた一つの看板が昨日の記憶と一致すると、目的の店を見つけるのは簡単だった。

 

「よし……レムオル」

 

 俺はまだ中に誰も居ない店の中へ忍び歩きで足を踏み入れると、呪文を使って透明になる。

 

(OK、これで見つかる心配はない)

 

 とは言え、店が開いていなければ忍び込むとなる。呪文の効果時間を鑑みても求められるのは、迅速な行動。

 

(……あー、やっぱりまだ準備中か)

 

 件の商人の店の前まで来て、ぶら下がる札と誰も居ないカウンターに少々落胆しつつも、そのまま店の裏手へ回る。

 

(ゲームだと「どうやってそこに入ったんだよ、お前」ってツッコミたくなるような店舗も良くあるけど) 

 

 こっちの世界に来てから壁とカウンターに囲まれて人が一人立っているのがやっとの出入り口のないお店というのにお目にかかったことは一度もない。商品を置くスペースも必要だし、人が生きて行くには居住スペースというか生活空間も要る。

 

(ゲームでカウンターの向こうにベッドがある店もあった気はするけど、店の中から一歩も出ず一生を終えるなんてありえないし)

 

 そも、表から見た時、カウンターの向こうにベッドは見えなかった。

 

(表から見た店の面積の割に建物は大きいところを見ると、店の裏手に居住空間がくっついてるタイプなんだろうな……お)

 

 胸中で推測しつつ壁面を眺め視線を動かした俺は、建物の端につたドアへと目を留めた。

 

「ここが入り口のようだな」

 

 ドアの位置からするに、おそらく勝手口だろう。

 

「アバカム……よし」

 

 念のため解錠呪文をかけてからドアノブを回し、音が立たないようゆっくりとドアを開け、中へと足を踏み入れる。

 

(しっかし、こうして無断で人の家に上がり込むって、何だか泥棒にでもなったような気分だよな)

 

 盗賊だろお前というツッコミはなしでお願いしたい。

 

(さてと、あの商人のオッサンはまだ寝室かな?)

 

 オッサンの寝起きシーンなんて勘弁して貰いたい、と思った時のことだった。

 

(ん、これは水音?)

 

 時間帯を考えると、おかしいところはない。今朝シャルロット達と鉢合わせしたのも、二人が洗顔に行こうとしてからだったのだから。

 

(チャンス! 顔を洗ってるなら、濡れるから最低でも袖まくりはするはず)

 

 腕に傷があるかを確認するには、都合が良い。俺は出来る限り物音を立てぬように水音の方に急行し。

 

(なっ)

 

 想定外の展開に硬直する。俺が見たのは、籠に脱ぎ捨てられた服の数々だったのだから。

 

(朝っぱらから入浴?!)

 

 なんて贅沢な、と怒るつもりはない。と言うか、それよりも何よりも問題なのは、誰かが入浴してることなのだ。幸か不幸か衝立がありこちらからは向こうに誰が要るのか回り込まねば確認できないわけだが。

 

(高い確率で、あの商人のオッサンだよな)

 

 オッサンの入浴シーン、とか目にしたら視覚的なダメージで重傷を負いかねない。

 

(何というデッドライン)

 

 衝立の横に俺は、見た。存在しないはずのその、線を。

 




そこへ足を踏み入れるべからず、踏み入れれば、災禍が汝を襲うであろう。

オッサンと見せかけて残り湯で入浴するお手伝いさんの美少女によるサービスシーンの可能性だって0ではない。

災禍が女性の入浴シーンを覗いたことによって発生する社会的な信用の失墜であるならば。

先にあるは、天国がぢこくか。

次回、第三百二十五話「いやん、主人公さんのえっちぃ(閲覧注意)」

あなた酷い人、入浴シーンを見たいと言いますか。でもあなた友達。


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第三百二十五話「いやん、主人公さんのえっちぃ(閲覧注意)」

(けど)

 越えねば確認出来ないことも解っていた。

(そもそも、よくよく考えてみればオッサンの裸とか、旅行に出かけたりすれば温泉とかに入る時に高い確率で出くわす訳だし)

 見るべきは右腕だ。そこに噛み傷があるかどうかを確認し終えれば、良いだけの話である。

(とは言え、罰ゲームに近いものはあるしなぁ……さっさと終わらせちゃおう)

 籠に脱ぎ捨てられていた衣服は男物、男装した女性なんてオチでもない限り、衝立の向こうにいるのが女の子だった、なんてことはない。

(大丈夫、女の子が男装してるなら相応の理由が要るけど、男装して店の裏の居住空間に居る理由がまずないし)

 強いて言うなら、商人のオッサンが男装した女の子好きだったとか、ごろつきに絡まれたりしないように変装したとか、正体を隠す為異性装してこの店に潜り込んでいる、ぐらいだ。

(ほら、全然あり得ない……って、そんな訳あるかぁぁぁぁっ!)

 なんで ふみこもう と した ところ で、いかにもな りゆう に おもい あたるん ですか おれ。

(ちょっと待て、ここに来て社会的信用失墜トラップ?)

 つい先程まで簡単に終わると思っていたのに、オッサンの全裸に対して心の鎧を着込むことで心の準備が出来たというのに。

(流石は諸悪の根源、一筋縄ではいかないと言うことか)

 だが、俺には透明化呪文の効果がある。

(そうだ、声とかさえ漏らさなければ、気づかれない筈)

 むしろ、グズグズしていては呪文の効果がきれてしまう。

(南無三っ)

 俺は覚悟を決めて、間に見えぬ線を踏み越え、たどり着いた。衝立の向こう、そこは。


「ヒャッハー! 朝風呂だぜぇぇ!」

 世紀末だった。

 危ない水着を着たモヒカンが湯船に浸かっていたのだ。

「まったく旦那も気前がいい。俺達を交代で風呂に入れてく」

「イオナズンッ!」

 うん、とりあえず じゅもん ぶちかましても しかたないよね。

「ふぅ」

 この日、ダーマから一軒の店がイオナズンの爆発に消し飛んだ。



 先日お休みしたお詫びに没パート。
 ちなみに、このモヒカンさんはエリザに絡んだごろつきの一人でした。

 尚、モヒカンになったのは概ね銀魂°の影響です、たぶん。



(けど)

 

 越えねば確認出来ないことも解っていた。

 

(そもそも、よくよく考えてみればオッサンの裸とか、旅行に出かけたりすれば温泉とかに入る時に高い確率で出くわす訳だし)

 

 見るべきは右腕だ。そこに噛み傷があるかどうかを確認し終えれば、良いだけの話である。

 

(とは言え、罰ゲームに近いものはあるしなぁ……さっさと終わらせちゃおう)

 

 籠に脱ぎ捨てられていた衣服は男物、男装した女性なんてオチでもない限り、衝立の向こうにいるのが女の子だった、なんてことはない。

 

(大丈夫、女の子が男装してるなら相応の理由が要るけど、男装して店の裏の居住空間に居る理由がまずないし)

 

 強いて言うなら、商人のオッサンが男装した女の子好きだったとか、ごろつきに絡まれたりしないように変装したとか、正体を隠す為異性装してこの店に潜り込んでいる、ぐらいだ。

 

(ほら、全然あり得ない……って、そんな訳あるかぁぁぁぁっ!)

 

 なんで ふみこもう と した ところ で、いかにもな りゆう に おもい あたるん ですか おれ。

 

(ちょっと待て、ここに来て社会的信用失墜トラップ?)

 

 つい先程まで簡単に終わると思っていたのに、オッサンの全裸に対して心の鎧を着込むことで心の準備が出来たというのに。

 

(流石は諸悪の根源、一筋縄ではいかないと言うことか)

 

 だが、俺には透明化呪文の効果がある。

 

(そうだ、声とかさえ漏らさなければ、気づかれない筈)

 

 むしろ、グズグズしていては呪文の効果がきれてしまう。

 

(南無三っ)

 

 俺は覚悟を決めて、間に見えぬ線を踏み越え、たどり着いた。衝立の向こうへ。

 

(っ)

 

 最初に目へ飛び込んできたのは、自ら抱くようにして下半分を隠す褐色をした胸の膨らみ。大きさとしては掌ですっぽり包み込めるぐらい。

 

(えーと)

 

 一言で言うならば「割とぽっちゃり体系でした」とでも言ったところか。

 

(とりあえず、ビンゴ……というか昨日見た商人のオッサンその人だった訳だけど)

 

 肝心の右腕はお湯の中に沈んでいた。

 

(えーと、何これ? ひょっとして右腕を出すか湯舟から上がるまでウオッチングしなきゃ行けないの? このオッサンを?)

 

 かくご を きめて とびこんだ さき に まって いたのは くぎょう でした。

 

(いや、右腕確認しないと何の為にここまで来たのか解らない、解らないんだけどさぁ)

 

 この場で右腕が見えるまで張り込んでいた方が早く確認出来ると理解していても、俺は衝立の向こうに戻って湯上がりのオッサンを待ちたい気持ちで一杯だった。

 

(仕方、ないよね……うん)

 

 ただ、急がねばならなくなったのは俺自身のポカが原因だったから、自分自身に言い聞かせて留まり。

 

「……ふぅ」

 

 早く右腕を出せと心の中で呟いた回数が五十回に達しようとした時だった。

 

「ごめんよ、ミリーちゃん」

 

 腕の確認を待たずして、商人のオッサンが元バニーさんのおじさまであることがほぼ確定したのは。

 

(ごめん? ……これって、ひょっとして自分が悪いことをしてるというのは自覚してるケースだったり?)

 

 きっかけとなったオッサンの呟きに耳をそばだてた俺は、次の言葉を待つ。

 

(っと、拙い)

 

 だが、残念なことに追加の情報を得るよりも先に訪れたのは、透明化呪文の効果時間切れ。正確にはその前触れだったが、相手に声が届く位置で呪文をかけ直す訳にもいかない。

 

(衝立の向こうまで戻るか。で、問題はその後だよなぁ……すぐ戻ると言った手前、長居するのはどうかとも思うけれど)

 

 さっきの呟きは誰も居ないと思っての独り言だったのだろうが、あのこのオッサンが何を考えているのかが解ればこっちとしてはやりやすくなる。

 

(とは言え見つかる可能性も高くなるし、もう一回だな。あと一回レムオルの呪文をかけて呪文の効果がきれそうになったら、戻ろう)

 

 方針を定めつつ、忍び足で衝立の前、脱衣籠の隣まで戻った俺は小声で呪文を唱える。

 

「レムオル」

 

 求めるは、元バニーさんへあのオッサンが謝罪の言葉を口にした真意。

 

(さてと、何処まで近づくべきかな)

 

 小声でも聞き取れるように気づかれる危険性を承知で至近距離まで寄るか、それともすぐ離脱出来るように衝立の側で聞き耳を立てるか。

 

(うーむ、こんなことなら変装してくるんだった)

 

 覆面をしていつもと違う服を着ていれば、対して悩むこともなく前者を選べたと思う。

 

(まぁ、今更遅いはな……いや、応用は出来るかも)

 

 ただ、失敗は成功の母でもあったらしい。

 

(返品したがーたーべるとはこの建物の中にある筈。状況次第では「変装し、泥棒のふりをして盗み出し……処分する」って解決策も十分あり、か)

 

 商人のオッサンががーたーべるとの拡散を止めるつもりがなければ一時しのぎにしか過ぎないが、手元に在庫がなくなれば、広めることも出来なくなるだろう。

 

(位置的にバハラタも近いからなぁ)

 

 俺達が来るまではカンダタ一味という犯罪者集団が居たのだ、突然泥棒が現れたとしても大しておかしくはないと思う。

 

(壊滅したカンダタ一味の末端が逃げ延びてダーマで悪さを始めたとかだったら、説明も出来……ん? そう言えば、あのごろつき達――)

 

 考え方を変えて初めて気づくことというのは意外に多い。

 

(いや、何で気づかなかったのかとも思うけど、カンダタ一味の生き残りと言うことにするなら、あのごろつき達にカンダタ一味出身の奴が居ないか先に確認しないと)

 

 語りをしようとして、敵方にご本人が居たらアウトだ。

 

(もしくは、盗人のふりを諦めるか)

 

 後者の方が簡単ではある。

 

(けど、何というか泥棒のふりは思いついただけだもんな)

 

 そもそも、今はまだ情報収集中、元バニーさんの『おじさま』が何を言うかを聞き終えてから判断を下しても遅くはない。自己解決に至った俺は、衝立の影から顔を出し、再びおじさまの独り言が再開されるのを待つのだった。

 

 

 




「主人公がオッサンの入浴シーンを覗くとか知ったら、あの腐僧侶少女……黙ってませんね」

と言うか今回のお話で得しそうなのあの女僧侶さんだけですね、うむ。

次回、第三百二十六話「主人公、やはり変態か」

「オッサンの入浴を覗き続ける」とだけ書き出すとどう受け取られるかはねぇ、うん


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第三百二十六話「主人公、やはり変態か(閲覧注意)」

「私は……」

 

 商人のオッサンが再び口を開いたのは、透明でいられる残り時間を気にして焦れ始めた頃のこと。

 

(良かった……)

 

 口の動きに注視していた為、もし呪文による透明化を無視出来る第三者がこの光景を見ていたとしたら、俺はオッサンの入浴を覗き続けていたように見えたかも知れない。ともあれ、努力は報われたのだ。

 

「旦那ぁ、旦那ぁぁっ」

 

 おや、報われるのだと思っていた。後ろから野太い声が近づいて来るまでは。

 

(っ、エリザの話にあったごろつきだろうな)

 

 使用人なら旦那様と呼ぶだろうし、エリザを助けたふりをして忌まわしき品を押しつけたと言う男とも思えず。

 

「何ですか、騒々しい」

 

 後方の声が聞こえたのか、オッサンも声を発す。このままだと挟み打ちされる形になるし、透明になっているからこそこちらに気づかず後方の声の主がぶつかってくる危険性もある。

 

(……ついてないなぁ。もう少しで何か聞けたかも知れないのに)

 

 今から全速力で宿に戻っても所要時間は簡単な偵察にかけるような時間ではなくなっていると思う。

 

(シャルロット達にもなんていい訳をしよう)

 

 オッサンの入浴シーンを見ていて遅くなったと馬鹿正直に言える筈もない。

 

(いや、言い方を工夫して嘘も交えれば良いかもしれないんだけどさ)

 

 俺が耳にしたのは、入浴中の独り言なのだ。もし、あのオッサンが改心したりしてシャルロット達と言葉を交わすようなことになった時、「ちゃんと傍聴してましたよ」とさっきの独り言の話をシャルロット達にしていた場合、嘘がバレる危険性もある。

 

(かと言って、鍵開けに手間取ったとか、侵入に手こずらされたことにすると、師匠の威厳とか対面に傷が付くし)

 

 いっそのこと、ごろつきをやりすごして二人の話を盗み聞きするか。

 

(偵察が長引いちゃったのは今更だもんな)

 

 遅くなった上、成果が「元バニーさんのおじさまであることがわかった」だけよりも、少しでも有益な情報を手に入れて埋め合わせしてから帰った方が体裁は保てる。

 

(まぁ、これでこの連中が話す内容がこっちの知りたいこととはまるで関係ない話だったということだってあり得るんだけどね)

 

 だから、残るとしても賭だ。

 

(どちらにしても、やるべきことが一つ)

 

 俺は衝立から音を立てないように遠ざかると呪文を唱える。

 

「レムオル」

 

 逃げるなら後ろから来る声の主に見つからない為に、盗み聞きを続けるなら、オッサンと声の主の双方から見つからない為に、呪文のかけ直しは必須だった。

 

(さてと、とりあえずはこれで良い。後は立ち去るか留まるか、かぁ)

 

 入浴中の主の元まで出向いてくるぐらいだ、あちらにとっての緊急事態だったとしてもおかしくはない。

 

(と言うか、この流れで他の展開の方があり得ないよな)

 

 だから、ごろつきが「旦那ぁ、寂しかったぁ」とか言ってオッサンに抱きつく光景なんて俺は見ていない。

 

「ははは、相変わらず寂しがり屋だね、お前は。……だけど、そこがお前の良いところでもあるんだが」

 

「もぉ、旦那ったらぁ。ぷんぷん」

 

 なのに、なぜ げんちょう が きこえるん だろう。

 

(誰だ、誰が俺にメダパニをかけたんですか?)

 

 思わず自問するも答えはなく。

 

「さてと、こんな所で良いでしょう」

 

 変わりに耳にしたのは、トーンが変わったオッサンの声。

 

「おう、やっと終わりか。ああ、気持ち悪ぃ」

 

「まぁ、そう言わないで下さいよ。きついのはこっちも同じなのですから……昨日の女性、偽物だったのでしょう?」

 

「あ、ああ。旦那とやりあった姉ちゃんの方は、もう一人と何の面識もねぇって話だ。おまけに、もう一人の姉ちゃんはここから消えてやがる。ネズミに注意した方が良いって旦那の言うことは尤もだと思うけどよぉ」

 

 とんでもない爆弾発言だった。

 

(なっ)

 

 交わされるやりとりに、さっきとは別の理由から、俺は平静さを失いかけた。

 

(偽物と気づかれた? こんなに早く)

 

 よくよく考えると、頑なに返品を要求した相手だ、このオッサンが調べようとするのも不思議はない。ただ、一日であっさりバレるというのは想定外すぎた、だが。

 

「仕方ありませんよ。昨日返品を要求してきた筈の女性は、返品交渉をした覚えがないと言うのでしょう? となると、あの女性がとぼけているのか、誰かが姿を変えていたかということになります。前者ならともかく、後者だった場合、お前に化けて私の前に現れることも考えられますからね」

 

「姿を変える? 本当にそんなことが出来んのか?」

 

「ええ、魔法使いの高位呪文に一つ。そして、サマンオサには使用者の姿を変える変化の杖なるものがあるとも聞きます」

 

 驚くのは、早すぎた。

 

(ちょっ)

 

 なんで もしゃす の こと まで しってんですか この おっさん。

 

(ん? そう言えばこのオッサン、大灯台の鉄格子を開けてアリアハンに来たって言ってたよな)

 

 元バニーさんの話を思い出した俺の脳裏に一つの呪文が思い浮かんだ。

 

(まさか、アバカムを――)

 

 使うことが出来るとすれば、アリアハンに来られたことにも説明がつく。

 

(けど、それって高レベルの魔法使いか魔法使いの経験があるってことになるんだけど)

 

 化けていたことを見抜かれたどころ話ではない。気づけば手の中が嫌な汗で湿っていた。

 




むしろ変態は商人のオッサンだったと見せかけて、そこからおじさまが高レベル魔法使いだった可能性が浮上。

次回、第三百二十七話「衝撃の真実」


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第三百二十七話「衝撃の真実」

「しっかし、旦那は物知りだな」

 

「大したことはありませんよ」

 

 ごろつきからすればオッサンが博識なのは心強いのだろう。幾分浮かれた調子の声に平静さを崩さず、商人のオッサンは応じ。

 

「それよりも、相手が姿を変える呪文の使い手だとしたら油断は出来ませんよ? 味方だと思った相手が実は潜入者が化けたものかもしれなくなるのですから」

 

「そっ、そうか……わかったぜ、旦那。あいつらにゃ注意するよう言っておく」

 

 話題を変えるなりした注意喚起にごろつきは神妙な顔をすると頷いた。

 

(まずいなぁ)

 

 返品交渉時はアッサラームな商人のイメージが全力で前に出ていたからか気づかなかったが、ごろつきと話す商人はかなり切れ者のように見えた。

 

(バラモスみたいな相手ならつけいる隙はあるんだけど)

 

 やり辛さはエピちゃんのお姉さんと対峙した時に匹敵する気がする。

 

(ごろつきの方はまだ与しやすいかと思ったけど釘を刺されちゃってるし)

 

 とりあえず、モシャスで変身しての接触は通用しないと思って良いだろう。

 

(けど、残って正解だったなぁ。もしもう帰っていたら、あのオッサンのこともっと甘く見ていたはず)

 

 その場合、痛い目を見させられた可能性もある。

 

(これは、エリザが戻ってくるのを待つことも考える必要があるかもなぁ)

 

 今は残念なことになっていたような気もするが、知恵の回る者が相手ならこちらも智者を頼るというのは間違っていないと思う。

 

(まぁ、智者と言うより痴者になっていそうな気がヒシヒシするけど)

 

 エピちゃんのお姉さんがガーターベルトでお揃いを狙ってせくしーぎゃるっていることは覚えている。

 

(けど、好意の向く先は俺ではなくエピちゃんだろうし)

 

 せくしーぎゃるが問題なら、忌まわしいあの品を脱がせればいいだけだ。

 

(ま、それはそれとして……いつまでも長居する訳にはいかないよなぁ)

 

 呪文の効果にも残り時間がある。

 

(結局、ごろつき達の中にカンダタ一味出身の者が居ないかとか、知りたかったことはまだ残ってるけど……)

 

 あまり遅くなるとシャルロット達も心配するだろう。後ろ髪を引かれつつも俺はごろつきの横を通り抜け、外へと向かう。

 

(収穫はゼロじゃないし、解錠呪文を知ってるなら、透明化呪文を知ってる可能性だってあるもんな)

 

 下手に欲を出して見つかってしまっては元も子もないと自分に言い聞かせ、俺は宿への道を引き返し始めた。

 

(けど、本当に何ていい訳をしよう? 「返品の時には見られなかった素の様子を見て、情報収集の必要性を認識したから」とかかなぁ?)

 

 何にしても、あのアッサラーム商人もどきが侮れない相手であることを伝えるのは、ほぼ確定だ。

 

(贅沢を言うなら本当に呪文が使えるかも確認しておきたかったけど、知り合いだって言うなら元バニーさんも何か知ってるかも知れないし)

 

 戻ってから元バニーさんに質問するという手が、まだ残されている。

 

(うん、その前に遅くなったことを詫びる必要がある訳だけどね)

 

 やがて見え始めた宿屋を前に幾つかの謝罪パターンを頭に浮かべ。

 

「今戻った。すまんな、遅くなって」

 

 結局俺がチョイスしたのは、お師匠様モードでの本当に悪いと思っているのか微妙な謝罪。内心はどうあれ、これまでの接し方を考えると、急にへこへこするのは、いつもの俺らしくないというのが理由だ。

 

「お帰りなさい、お師匠様」

 

「お、お帰りなさいご主人様。あ、あの……どうでした?」

 

「おそらく、当人だろう。お前のことも口にしていたように思う」

 

 素直に白状したところで、元バニーさんに言及した部分の内、俺が聞けたのは一言二言。下手に突っ込んで尋ねられても答えようがないからこそ、俺は敢えて自分から話した。

 

「そ、そうでしたか。……おじさま」

 

「そこで、少々無神経なのは承知で幾つか聞きたいことがあるのだが」

 

 感傷に浸ってるところデリカシーがないとは自分でも思うが、敵の情報は出来るだけ詳しく手に入れておきたい。

 

「……聞きたいこと、ですか?」

 

「ああ。お前の『おじさま』はアリアハンへ旅の扉を使ってやって来たと聞くが、俺の記憶が確かなら旅の扉は鉄格子で閉鎖されていた筈だ」

 

 ならば、どうやって来たのか。解錠呪文を使ったのか。あのオッサンは呪文が使えるのか。まず気になるのは、その一点だ。

 

「魔法使いの高度な呪文が使えるとなると、作戦を練り直す必要も出てくるからな。知っているなら教えて貰いたい」

 

 言い終えた俺は、ただじっと元バニーさんの顔を見たまま答えを待ち。

 

「……そ、その、おじさまは――」

 

 こちらの視線から目を逸らしつつ元バニーさんが語り始めたのは、俺にとって予想外の話だった。

 

「おじさまは、呪文を使えなかったと思います。た、ただ、おじさまのお父さまが呪文の使い手で、呪文の知識は豊富でしたし、おじさまは呪文の効果を持つ道具や武器防具の扱いには長けて居ましたから」

 

「成る程、父親の呪文で旅の扉を利用した、と言うことか」

 

 ゲームではアリアハン側の出口は無人なのに訪れるたび鉄格子が閉まっているというミステリーが存在したが、あくまでゲームの話。一度開けて貰って、開けっ放しになっていたところを出入りしていたのかも知れない。

 

(あれ? けど、俺がポルトガに向かった時は鉄格子が閉まっていたような……)

 

 かえって謎が生じてしまった気もするが、今気にすべきはそこじゃない。

 

「それで、『おじさま』の父親は?」

 

「おじさまがアリアハンへ来るようになってから数ヶ月後、病気で亡くなったそうです」

 

「そうか」

 

 呪文を使ってくる可能性がなくなったことは、安堵すべきか。

 

(まぁ、一度来てしまえばキメラの翼があるもんなぁ)

 

 声には出さず、独り言ちると、俺はすまんなと元バニーさんへ詫びた。

 

「呪文を使ってくることがないとわかっただけでも助かった」

 

 後は、あの見た目に反した切れ者をどう相手にするか、か。元バニーさんに説得して貰うという手もあるだろうが、早々うまく行くとも思えない。

 

(そも、あれだけ早く昨日返品で張り合った相手がモシャスした別人って予想出来るところまで調べられたなら元バニーさんがダーマにいることもあのオッサン、もう知ってるんじゃ)

 

 むしろ、浮かんできたのは一つの懸念だった。

 




じゅもん は つかえなさそう、だけど めんどくさい あいて。

しゅじんこう は どう たいしょ するのか。

まだ わからない。

次回、第三百二十八話「残念才女・痴態あり」

まぁ、そろそろウィン何とかさん出したいってことだ。


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第三百二十八話「残念才女・痴態あり」

「……と言う訳で、相手もこちらの動きを把握しているのではないかと俺は見たのだが」

 

 まだ懸念のレベルでも相手があの商人なら用心するに越したことはない。俺は思い至るなり、すぐさま二人に話した。

 

(呪文は使えないにしても、エリザに絡んできたごろつき達の件からも多数の部下が居るのは間違いなさそうだからなぁ)

 

 一番最悪のケースは、この宿屋にもあの商人の息がかかっていて、会話も何もかも筒抜けというパターンだけど、流石にそれはないと思いたい。

 

(いくらがーたーべるとが売れてて、知恵が回るとは言っても、やりすぎれば目を付けられるのが普通だし)

 

 少なくとも、人攫い騒動の時は噂も聞いていないのだから、そんな短期間で影響力を伸ばしているとは思えない。

 

(売る方は人海戦術と知恵で何とかしたとしても、本来このダーマで昔から商売していた人達に影響力を持つ所まで行くには時間が足りなすぎるよね)

 

 ごろつきを使って暴力に訴える「ちからずく」をやったとしても厳しいと思う。

 

(だいたい修行者が集まる転職の神殿で、狼藉をはたらこうとしたらそれはもう自殺行為だと思うけど)

 

 普通に鎮圧されて終わりだ。

 

「ともあれ、この段階で知れたのは幸いだ。これ以上の影響力を得る前に、あの商人を止めるぞ」

 

「はいっ」

 

「は、はい」

 

 元バニーさんの知り合いだというのであれば尚のこと、これ以上悪事に手を染めさせる訳にはいかない。

 

(って、本音はさておき……「これ以上『せくしーぎゃる』を蔓延させてなるものか」)

 

 あの性格の恐ろしさは、シャルロットも俺もいろんな意味で身に染みている。

 

「ただ……まぁ、返事を返して貰っておいてなんなのだがな。知恵が回る者を相手取る手前、こちらも色々考えて動く必要がある。動き出すのは、エリザが戻って来てからに――」

 

 しようと、続けようとした時だった。

 

「はぁ……はぁ、丁度、良い……タイミングだった……はぁ、ようですね?」

 

 顔の下半分を隠す覆面をしつつ、何とも形容しがたい格好をした褐色肌のお姉さんが俺達の居る部屋のドアを開けたのは。

 

「話はエリザさんから伺っています」

 

「いや、『伺っています』じゃなくて、むしろ『話は詰め所で聞こうか』とかそんな感じなのだが」

 

 と言うか、どうやって扉を開けた。

 

(普通、宿の入り口で止められるよなぁ)

 

 顔の下半分を隠してるだけでも十分警戒に値するのに、首から下は殆ど裸なのだ。胸だけは普通に隠れているが、それも普通に下着を着けているだけに見えるし。

 

(まぁ、どうしてこうなってるかは想像つくけど)

 

 申し訳程度の布きれに混じって褐色の肌を隠すがーたーべると、そしてぴょこんと飛び出る先の尖った耳。

 

「入り口までは……はぁエリザさんと一緒、でしたから」

 

 イシスで対峙した時は、剛胆さを併せ持つ智将と言う言葉で表現するのが相応しそうな人物に見えたのに。

 

(せくしーぎゃるっただけで……これとか)

 

 落差がハンパなさ過ぎるぞ、元バラモス軍最高の智将。

 

「少し待って貰えますか。すぅぅぅぅぅぅっ」

 

 はぁはぁと覆面の下で息を荒げたお姉さ、女は覆面に手を押し当てると何故か思い切り息を吸う。

 

「一体何を」

 

「お、お師匠様」

 

「ん?」

 

「え、ええと……あれって、多分ですけど……」

 

 俺からすると意味不明の行動だったのだが、シャルロットは何か気づいたらしい。声をかけられ振り返った俺へ躊躇いがちに言った。

 

「パンツだと思います」

 

 と。

 

(あー、そっか、ふくめん じゃなくて ぱんつ かぁ)

 

 うん、間違うことなきド変態じゃねぇか。

 

「はぁ、はぁ……すみません、ちょっとエピニアの香りを」

 

「シャルロット……流石にこれは衛兵を呼ぶべきだと思うのだが」

 

 知恵を借りようと伝言を頼んだのは、俺である。だが、流石にここまで色々振り切れてるのは、想定外だった。

 

(知恵を借りる前から嫌な予感しかしないという以前に、側にいるだけで社会的信用が急激に損なわれて行くとか)

 

 好意のベクトルはエピちゃんに向いてるから大丈夫だと判断した過去の自分を殴りたい。殴って蹴りたい。

 

「ご、ご主人様……そ、その、流石にそれは」

 

「わかっている、冗談だ。ただな、流石にあんな姿を晒すのは気の毒というか、何というかだな……」

 

 言外に言いすぎではと主張する元バニーさんに応じつつも、エピちゃんのお姉さんは正視に耐えなくて。

 

「すまんがシャルロット、頼めるか? 俺が脱がすのは問題がある」

 

 元バニーさんは転職したてで、身体能力に難があると見た俺はシャルロットへ頭を下げた。

 

「それから、ミリーと二人でアフターケアも頼む」

 

 元に戻った時受ける精神的ダメージを鑑みて依頼するが、こういう時男というのは本当に無力だと思う。

 

「俺はエリザと話してくる」

 

 ここを頼んだと言い残して部屋を後にしたのは、別に逃げた訳ではない。

 

(とりあえず、エピちゃんのお姉さんが来たのは、解った)

 

 だが、確認出来たのは一人だけだ。

 

(向こうから接触してくるかも知れないし、そう言う意味では一人の方が都合がいいんだよなぁ)

 

 ただ、できれば せくしーぎゃる の かた から の せっしょく は ごえんりょ ねがいたい けれど。

 

「あ、スー様。お一人ぴょん?」

 

 次の瞬間、その声を知覚した俺は声に出さずに希望したことが原因かと疑った。まるで狙ったかのようなタイミングであったから。

 

 唐突な再会にもかかわらず、割と冷静な声を出すことに成功した俺は問うた。

 

「エリザは向こうか、と」

 

 いくらカナメさんでもせくしーぎゃると二人きりは何処か不安なものがあったのだ。

 

 




どうして こんな に なるまで ほうって おいたんだ。


本編で
まともな出番は
初なのに

無慈悲なるかな
下着覆面


……とりあえず、57577に纏めつつ、次回、第三百二十九話「事情を説明してみる」。




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第三百二十九話「事情を説明してみる」

 

「スー様が協力を求めてきたって話だったから、バハラタに残ってるのは連絡要員だけぴょん」

 

 カナメさん曰く、シャルロット達にはエリザのお仲間という立ち位置で接すつもりで居るのだとか。

 

「あの元エビルマージ、エリザにスー様が預けた話を聞いて、影ながらの支援と知恵を貸すだけでは危険だって言ったぴょん」

 

「元エビルマージと言うと……」

 

 カナメさんの語尾はもうこの際百歩譲ってスルーする。そして、俺が託した伝言と情報を元に判断を下したと者が居る、というところもまぁいい、ただ。

 

(いま その たんご を きく と さっき であった ばかり の へんたいさん みたい な き が して ならない のですが?)

 

 あれを見てしまった今、他の元エビルマージでありますようにと願ってしまった俺は、酷いだろうか。

 

「あの子の姉ぴょん」

 

「そうか。……そんな気はした」

 

 情け容赦なく確定してくれたカナメさんへ応じつつ。

 

「しかし、何がどうしてああなった?」

 

 気づけば問うていた。流石にその疑問を口にせずすませるのは、幾ら何でも無理だったのだ。

 

「そうぴょんね……それを話すには、指導官には悪いけど、一時的に元の口調で話させて貰うわ」

 

「え?」

 

 ついで に いきなり もと に もどった かなめさん への おどろき を かくす のも むりでした ごめんなさい。

 

「……元の口調?」

 

「ええ、精神修行と遊び人としてのキャラ作り……だから、やろうと思えばいつでも素の自分には戻れるのよ。まぁ、この『ガーターベルト』に若干引っ張られるところはあるけれど、意志を強く持ってれば大丈夫だし」

 

「待て、他の者は、他の女性陣はそんな生やさしいモノじゃなかったぞ?」

 

 いし を つよくもてば なんとかなる とか いわれたら、しゃるろっと や まほうつかい の おねえさん の たちば が ない のですが。

 

「……それは、『個人差がある』としか言いようがないわ。暗示とか催眠術にかかりやすい人とそうでない人が居るようなモノかしらね。純粋だったり単純な人程この『がーたーべると』には引っ張られるみたいだから」

 

「ああ、シャルロットとまほ……サラは純粋の方で引っかかった、と」

 

 ガーターベルトではないけど、女戦士とおろちは単純枠だろうか。

 

「いや、だとしてもウィンディ……エピニアの姉はどうなる?」

 

 今はああでも元々は智将と言う言葉がしっくり来る与しにくそうな相手だった筈だ。

 

(純粋とはほど遠い、どっちかと言うとカナメさんに近いタイプだと思うのだけど) 

 

 俺の印象通りの相手なら、カナメさんの説明とは齟齬が生じる。

 

「あぁ、あの元エビルマージは例外よ。いえ、例外なのは、当人じゃなくて『がーたーべると』の方かしらね」

 

「それは、どういう……」

 

「何度か突っかかってきたから、ちょっと取引をしたの。あの子――エピニアが丁度あたしの『がーたべると』を物欲しげに見てたから、『あなたのと交換してあげましょうか』と言って、あの子のつけてた『がーたーべると』を手に入れて、『これが欲しかったら、あたしに従いなさい』って取引を」

 

 ああ、つまりエピちゃんのお姉さんが、ああなったのは、えぴちゃんの使用済みがーたーべるとという付与効果が付いたせいで色々ブーストがかかっちゃってるのか。

 

「事情はわかった。だが、あれは流石にやばいだろ」

 

 と言うか、シャルロット大丈夫だろうか。エピちゃんのガーターベルトだとすると、あの限界突破変態才女って全力で抵抗しそうな気がするのだけど。

 

「スー様の言いたいことは解るし、あたしも後で失敗したって気が付いたわ。ただ、取引をしたのがそもそもバハラタでスー様と別れた後なのよ。あたしが見ていない間に隊の皆につるし上げられたらしくて、酷く落ち込んでたから……」

 

「慰める意味も含めて、がーたーべるとを交換し、それで取引をして、ああなった……と?」

 

 ああ、つるしあげ と いえば、ばはらた の やどや で さわいで ましたね、そういえば。

 

「ご明察。ちなみに、さっき口にした危険って判断を下した時は、まだ自前のがーたーべるとだったから、今程酷くはなかったわ」

 

「それは安心して良いと言うことなのだろうが……こう、何というか」

 

 じゃあ、今はアウトなのだろうか。

 

「それについては……まず心の準備をしておくことをオススメするわ」

 

「こ、心の準備?」

 

 せつめい の まえ に こころ の じゅんび が いるって どういう こと ですか。

 

「酷いことになってるけど……頭の方は前と同等、いえ、それ以上に冴えてるらしいのよ、当人曰く」

 

「は?」

 

 なにがどうして、そうなった。

 

「これを付けると呪文使いとして大成する、という謳い文句も強ち嘘ではないってことね。脱いで貰おうと思って説得した隊の面々、あたしを含む数名が論破されたわ」

 

「はい?」

 

 いや、もともとバラモス軍最高の智将であった訳だし、説得しに来たカナメさん達を返り討ちにしたとしてもおかしくはないような。

 

(いや、ちょっと待て……そんな相手に挑んで、シャルロット本当に大丈夫か?)

 

 嫌な予感がしてきた。流石に逆にやりこめられて部屋に戻ったらせくしーぎゃるが三人になっていた、なんてことはないと信じたいが。

 

「これは、さっさと話をすませて戻った方が良さそうだな」

 

 ぶっちゃけ、ここで引き返したとしても力ずく以外でどうにか出来る気がしない。

 

(おそらくあの変態さんにもっとも効果的なのは、エピちゃんだ)

 

 連絡要員以外が来ているというなら、最終兵器はエリザと一緒に居る。故に、俺がまずすべきと思ったのは、エピちゃんとの合流だった。

 

 




すごいや、かなめさん。

あの がーたーべると に うちかつ なんて。

次回、第三百三十話「変態には変態を」


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第三百三十話「変態には変態を」

 

「はぁ、はぁ……お帰りなさい、お師匠様」

 

 ドアを開けたとたん、出会ったのは絶望だった。

 

「はぁ……そ、そのご主人様……似合い、ますか?」

 

 何か言葉を発するよりも早く、二人目が問いかけ。

 

「二人とも、はぁ……なかなかの素養を……すぅぅぅ、んっ、お持ちでしたよ」

 

 原因がパンツを吸引しつつのたまう。

 

(冗談じゃない、さっき部屋を出たばっかりだって言うのに)

 

 あの短期間で全員せくしーぎゃるってるとかおかしすぎるだろ。もっとも――。

 

(ここまではただの想像なんだけどね?)

 

 嫌な予感がしたせいか、最悪の状況というモノを脳がシミュレーションしてしまったのだ。

 

(最近想像しうるレベルをぶっちぎった状況とか変態に遭遇してるからなぁ)

 

 これを慣れと言ったら色々と大切なものを失ってしまう気がするが、そもそもそんな状況下におかれてる時点でもう、何かが手遅れなのかもしれない。

 

「スー様?」

 

「何でもない、急ごう」

 

 とりあえず、嫌な予感から想像してしまった悪夢は、非現実で終わらせたい。早足で進み、階段を下り、向かう先は宿の入り口。

 

「あれか。み」

 

 幾つかの人影を見つけ、そのまま駆け寄ろうとしながらも、途中でかける声と足が思わず止まる。何故ならそこにいたのは、フード付きのマントで全身を隠した怪しい集団だったのだから。

 

「……あれ、でいいのだな?」

 

「そうよ。流石にあの元エビルマージをあんな格好で外を歩かせる訳にはいかないから、色々考えた結果、『全員が上から羽織る』ことにしたのよ。あれなら『みんなが着るから』と言う理由で何とかなるでしょ?」

 

「成る程、あの格好でよく宿の主人が通したと思ったが」

 

「そう言うこと。入った時は、まだあの格好だったのよ」

 

 これをファインプレイと褒めるべきなのか、良くもあんな変態を持ち込みやがってと怒るべきなのか、俺は決めかねた。

 

(いや、知恵を貸してくれと頼んだのは俺だし、前者が正しいんだろうけど)

 

 即通報レベルの変態を持ち込まれては複雑な心境にならざるを得なかったのだ。

 

「それに、隠しておきたいのは一人じゃなかったし」

 

「え?」

 

 ただ、続くカナメさんの一言は形容しがたいモヤモヤに苛まれていた俺の耳にも聞き捨てならないものだった、ただ。

 

「お姉様ぁぁぁぁぁっ!」

 

 おそらくは、時間さえあれば自分でもその答えに到達していたとは思われる。

 

(あ、そっか)

 

 姉がああなら、血を分けたもう一人はどうなっているか。至極単純なことである。

 

「はぁ、はぁ……んんっ、お姉様ぁ、ご褒美をっ、ご褒美をぉぉぉっ!」

 

「こ、こら、大人しくしなさい!」

 

「んあっ」

 

 今にもこっちに駆け寄ってきそうだった変態二号は隣のお姉さんが何かを引っ張った瞬間につんのめる。

 

「放してっ、はぁ……はぁ、お姉様ぁぁぁぁっ!」

 

「……カナメが戻って来るって時点でもっと強く縛っておくべきでしたね」

 

「そんなことより、猿ぐつわの方が先だと思う、あたしちゃん」

 

 これはツッコミ待ちなのだろうかと思いつつ、床の上で身を捩る二号と押さえ込むお姉さん達を目撃した俺は、無言のまま視線をカナメさんへと戻した。

 

「ご覧の通りぴょん」

 

 なるほどよくわかりました、である、ただ。

 

「とりあえず、あのマントが二人の対策と言うところまでは理解した。ただ、自分で最終手段としておいてアレだが、あのエピニアを御せるかと聞かれたら自信がないぞ?」

 

 想像力がなかった、見通しが甘かったと非難されるのは甘んじるしかないと思うが、カナメさんならともかく、俺にどうこうできるようなシロモノには見えない。

 

(何というか、カナメさんのいうことなら喜んで聞くと思うけど、俺ってバラモスの城でも怖がられてるだけだったしなぁ)

 

 怖がるなら脅迫という手がありそうにも思えるが、エピちゃんのお姉さんを御すのが目的である以上エピちゃんにポーズだけでも危害を加えるように見える真似をするのは悪手だ。その後も考えてみたが良案は浮かばず。

 

「スー様、それなら大丈夫」

 

「っ、何時の間に」

 

 声に周囲を見回すと、すぐ横にいたのは、さっき捕り物に加わっていたスミレさん。

 

「まあ、それはいいか。何か良い案でも」

 

「一応あるよ? スー様なら気づくかと思っていたけど……とりあえず、お耳を拝借?」

 

「……わかった、聞こう」

 

 気づくかと思っていたと言うところへ微妙に引っかかりを覚えつつも、耳を寄せると、スミレさんは言った。

 

「スー様がカナメにモシャスで変身して、ご褒美をあげるだけ」

 

「えっ」

 

 確かに、効果的ではある。効果的ではあるだろう。

 

(いや、確かに思いついた可能性はゼロじゃないけど)

 

 かなり たかい かくりつ で ていそう の きき に なりません かね、それ。

 

(と言うか、モシャスするならエピちゃんに変身してお姉さんを説き伏せるでも良いような)

 

 わざわざ間接的にする理由も無いだろう。

 

「ちなみに、怪しまれないようにするには同じ格好をする必要があるので、スー様も晴れてせくしーぎゃるでびゅー?」

 

「待て」

 

 いっこう の よち あり と おもわせて おいて さいご に なげてくる ばくだん が ちょっと きょうあく すぎませんかね、すみれさん。

 

「せくしーぎゃるを何とかするには自分も体験してみる。そうすることで見えてくるモノがあるとあたしちゃんは思ったりする」

 

「一理はあるが、止めてくれ」

 

 シャルロットでさえ、再起不能になりかけたのだ。男の俺が体験したらどうなることか。

 

「はぁ」

 

 ただ、せくしーぎゃるの部分は論外としてもモシャスでお願いに関しては効果を否定出来ず、俺は頭を抱えた。

 




賢者スミレによってもたらされた、新たな可能性。

次回、第三百三十一話「俺、せくしーぎゃるになりません。」

いや、ならないからね?

冗談じゃなくて、本当に。


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第三百三十一話「俺、せくしーぎゃるになりません。」

「とりあえず、モシャスするかの判断は後回しにしてシャルロット達の所へ戻ろう」

 

 臆病者と呼びたければ呼べばいい。結局の所、俺は判断を先送りにすることにしたのだ。

 

(一応、モシャスしてお願いだけしておいて元に戻って知らないふりをするって選択肢もあるにはあるけど)

 

 相手が変態なのに切れ者では見抜かれる可能性がある。

 

(って、あれ? だったら、モシャスで変身して騙すなんてペテンまがいの手段なんか最初から通じないんじゃ?)

 

 更に考えてふと思い至った疑問は、別に俺がモシャスで変身するのが嫌だからたどり着いたとかではないと思う。

 

「少しいいか? 考えてみたんだが――」

 

 ならば、そんな穴のある案を何故スミレさんが俺に語ったのか。気になった俺は、シャルロットの元に戻りながら同行するスミレさんへ問い。

 

「スー様、世の中には妥協というものが存在する。お金がないからイミテーションの宝石の付いたアクセサリーで我慢するとか、そう言う類の」

 

 割と即座に聞いたことを後悔した。

 

「待ってくれ、イミテーションというのは、妥協というのは……」

 

 あれ ですか。

 

(「まーいっか。偽物だけどこの際我慢して色々すっぞ」って こと ですか?)

 

 ポーカーフェイスしていたはずなのに言わんとすることをスミレさんは察したらしい。

 

「んー、まぁ、男の人が官能なんちゃらとかを見つつ想像することで色々と発散するのの親戚(はとこ)?」

 

「いや、俺はそれにどうコメントを返せばいいんだ」

 

 いや、そもそもコメントをどうのこうの以前の問題かも知れない。

 

(とりあえず、モシャスで誘惑は没だな)

 

 せくしーぎゃるったことを後になって後悔する以前の話だった。決行した暁にはイシスでのOSIOKIなんて比べものにならないダメージを負いかねない案を選択出来るような被虐趣味は持ち合わせていないし、エピちゃんのお姉さんの変態ッぷりやら、カナメさんにまっしぐらしかけていたエピちゃんを見る限り、交渉しようとして襲われる可能性すらありうる。

 

「となると、カナメに頼るしか無いような気もするんだが……」

 

 ある意味スミレさんの言うとおりであった。自分が相手の立場に置かれると見えてくるモノがあるというのは。仮定でもあの変態一号二号に身体を狙われるという状況を想定してみたことで、カナメさんの見えなかった苦労と恐怖が解った今だからこそ、頼みにくいのだ。

 

(「変態に襲われるかも知れないけれど俺の為に交渉に行ってくれ」なんてなぁ)

 

 頼める程厚顔無恥ではないつもりだ、ただ。

 

「……そこで悩むスー様だからこそみんなついてくるってあたしちゃんも思うけど」

 

 こころ を よむ のは やめてください、すみれさん。と いう か、あなた は えすぱー ですか。

 

「賢者です」

 

「そこで親指立てんな」

 

 思わず素でツッコんでしまったのは、仕方ないよね。

 

「ちょっとしたお茶目なので、寛容な心での対応を期待してみる」

 

「……はぁ」

 

 遊び人だった頃の名残、と言うことなのだろうが俺で遊ぶのは止めて頂きたいと切に思う。

 

「『善処します』とは答えつつ、『スー様、妥協というのもようはやりようだよ』とお詫び代わりにあたしちゃんは助言してみたり」

 

「だから思考を……ん、やりよう?」

 

「そう。当人が接触すると危険なら、対象をモノにグレードダウンさせて交渉するという手法。つまり、相手に妥協させるってことだけど」

 

「……なるほど」

 

 スミレさんの言いたいことが何となく解った気がする。

 

「つまり、着ていた服などの物品を使って交渉しろと言うことか」

 

 思い出せば、カナメさんが変態一号ことエピちゃんのお姉さんを御したのもエピちゃんのがーたーべるとと引き替えにだった気がする。

 

「……待てよ、と言うことはウィンディが顔の下半分を隠していたアレは」

 

「パンツぴょん? あれはあの子が『受け取って下さいお姉様』って自」

 

「っ、だぁぁ、待て! それ以上言わんでいいっ!」

 

 と言うか、何時の間に側に居たんですか、カナメさん。

 

「ちょっと前からぴょん。スー様、珍しく隙だらけだったから、ちょっと気になったぴょん」

 

 あー、まぁ、スミレさんのペースにのせられたり、深く考えたくないようなことを少しでも考えたりしてしまったからだとは思うけれど。

 

「俺も修行が足りんな」

 

 周囲が味方だけとは言え、油断しすぎだ。

 

「あたしちゃんとしては、そんなスー様だから好きだったりするけど」

 

「いや、もう『そう言うの』はいいからな?」

 

 まったく、スミレさんは俺で遊びすぎだと思う。

 

(と いう か、こんな おれ が すき って どういう こと ですか?)

 

 本気で言っているなら、弄るのが大好きなドSと宣言してるのにも等しい気がする訳だが。

 

(ひょっとして、クシナタ隊から見た俺の認識って「おもしろいおもちゃ」だったりするとか?)

 

 振り返ると、割とからかわれることは多かったと思う。

 

(うーむ、玩具かぁ)

 

 それでも、仲間の女性が向ける好意を「自分に気がある」と勘違いする気持ちの悪い奴よりはマシだろうか。

 

「精進あるのみ、だな」

 

 マシだからってこのまま玩具で甘んじてはいけない、いつの日にか。

 

「世界一のせくしーぎゃるに」

 

「俺はな……いやいやいや、ならない、ならないからな?」

 

 こう、あらた に けつい する ところ で わりこませてくる とか、いくら なんでも ひどい と おもう。しかも、ぶち込んできたのがよりによって、せくしーぎゃる、とか。

 

(うったえたら ほぼ まちがい なく かてる れべる ですよ?)

 

 つーか、見たいんですかスミレさん、俺のせくしーぎゃるを。

 

「スー様、世の中には『怖いモノ見たさ』と言う言葉がある」

 

「流石にそろそろ俺も怒って良いのではないかと思い始めてるのだが」

 

 やっぱり修行が足りないのか、それとも足りないのはカルシウムか。

 

「スー様、取り込み中失礼だけど、ついたぴょん?」

 

「え」

 

 ふいに投げられたカナメさんの声に視線を前に戻すと、そこにあったのは一枚のドア。

 

「っ」

 

 何の変哲もないドアだった、さっきまで存在にも気づかないドアだった、だと言うのに。

 

(この向こうに三人が……)

 

 つい先程、悪夢を脳内シミュレートしてしまった俺にとって謎の迫力を持って立ち塞がっていたのである。

 




寝起きのテンションって怖いですね、とりあえず、せくしーぎゃるにはさせずに済みましたが。

次回、第三百三十二話「ウィンディさん、マジ智将」

さー、元バラモス軍最高の智将が作者の思惑なんて無視してあんなこんなしちゃうよ?






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第三百三十二話「ウィンディさん、マジ智将」

 割とどうでもいい話ですが、ウィンディの名前は、ガン○ムWのウィング○ンダムゼロが由来だったりします。

 先にエピちゃんの名前が決まって、姉の名前どうしようってなった時に、エピがつく何かでライバルとか兄弟とかいそうなモノ無かったかな、と考えた結果、ガン○ムエピオンを思い出し、それに引っ張られる形で今の名前に決まったという経緯があったり。




「どうしたぴょん?」

 

 カナメさんからすれば、訝しんでも当然だろう。

 

「い、いや……何でもない」

 

 俺にとっては開けるのが怖いドアでもカナメさん達にとっては何処にでもあるただのドアなのだから。

 

(そもそも、ここで立ち止まっていたって何の意味もないんだよな)

 

 エリザに伝言を頼んだのだって知恵と力を借りてこのダーマに蔓延するがーたーべるとと諸悪の根源を何とかする為だったはず。

 

(今為すべきは、エピちゃんのお姉さんの知恵を借りて、事態を収束させること)

 

 黒幕らしき人物が元バニーさんの知り合いであった為に、若干意味合いは変わってきているがこのまま捨て置くことが出来ないという一点は変わらない。

 

(ここで足踏みなんてしてられないんだ。時間をかければ、バラモスがまた何かを企むことだってあり得るし)

 

 病の身である竜の女王のこともある。

 

「スー様?」

 

「あぁ、すまん」

 

 何より二人に任せて部屋を後にしたのは、俺なのだ。なら、ドアの向こうにどんな光景が待っていようとも、開けるのは俺の役目だ。

 

「……シャルロット、入るぞ?」

 

 流石に着替え中だったりすると拙いことになるので、ドアを軽くノックしてから中に声をかけ。

 

「えっ、あ、ちょ、ちょっと待って下さい! ど、どうしようミリー、お師匠様戻ってきちゃった」

 

「え」

 

 応じた声に俺は固まった。

 

(えーと、とりあえず応じられる程度には無事だったと安心すべきなのかな、これ?)

 

 何だかテンパっていたというか、明らかに取り込み中の様子だったようにも思われる。

 

「……待て、と言われた訳だが」

 

 ゆうき を だして どあ を あけよう と したら これですかい。

 

(説得というか変態を終了させる前に帰って来ちゃったとか、そう言うことかな)

 

 冷静になって考えてみれば、十分あり得る事態である。

 

(結局の所、俺は有りもしない絶望を想像して一人で勝手に怖がってただけだったってことか)

 

 何という独り相撲。

 

「どうしようミリー、こんなのお師匠様にとても見せられないよ」

 

「そ、そうですけど、ご、ご主人様をあまりお待たせする訳には」

 

 なんだか どあ の むこう から ふおんな やりとり が きこえてくる ような き まで してきて しまった。

 

(我ながら度し難いなぁ)

 

 ポカをやらかしたことをわざわざドアの向こうで事件が起こっているかのような幻聴まで聞かせて正当化させようと言うのだから。

 

「え、ええと……そうだ! このシーツで」

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

 しかし、妙にリアルな幻聴だとも思う。

 

(何とか取り繕おうとする流れに持って行こうと努力してるところとかなぁ)

 

 芸が細かいというか、何というか。

 

「シャルロット、もう良いか?」

 

「んっ、ここをこう……あ、す、すみませんお師匠様もう少しだけ」

 

「……そうか、では終わったらそちらからドアを開けてくれ」

 

 幻聴はドアを開けない、そう言う意味で我ながらナイスな考えだと思いつつ、壁にもたれてシャルロットが顔を出すのを待ち。

 

「お、お待たせしましたお師匠様」

 

「ど、どうぞ、こちらに」

 

「あ、あぁ。すまんなお前達に色々任せて置きなが」

 

 ようやくドアを開けたシャルロット達に促され、部屋に入った俺は入り口で固まった。

 

「えっ、あ、み、ミリー! ウィンディさんの服、出しっぱなしに」

 

 たぶん、俺の視線を追って気づいたのであろうシャルロットが声を上げて。

 

「す、すみません、すみません、今、片付けて――」

 

「ねー、スー様。あのこんもり積まれてたのって、あたしちゃんの記憶が確かならあの人が着てたモノだと思う」

 

 元バニーさんがそれに駆け寄る中、スミレさんは耳元で囁く。

 

「……それにどうコメントしろと?」

 

 ひと ひとりぶん こんもり もりあがってる べっど の なかみ が どうなって いるか かんがえない ように している おれ に なに を いえ と いう のですか。

 

「特に何も。 ただ、積まれてたモノの中にがーたーべるととぱんつが一枚足りなかった気がする」

 

「……それは、あの一瞬でよく見たと褒めるべき所か?」

 

「それ程でも」

 

 なに このこ。ひにく が つうじない。

 

(さすが賢者……って、何か違うよなぁ)

 

 ともあれ、そんな風に遊ばれていた時だった。

 

「……はぁ、はぁ、どうやら役者は揃ったようですね」

 

「っ」

 

 ベッドが、と言うかシーツの中の多分変態一号がしゃべったのは。

 

「追加の事情は、んっ、お二人から聞きました。はぁ、皆さんがどういう、状況にあるのかも」

 

「……そうか。それで、口を開いたと言うことは、何か伝えたいことがあると見ていいのだな?」

 

 相づちを打つべきかツッコミを入れるべきか迷ったが、俺はとりあえず前者を選び、問い。

 

「は、い……エピニアの香りのお陰でしょうね。情報を整理し、こうしてガーターベルトとエピニアのパンツだけ残したままベッドに縛り付けられ考えた結果……はぁはぁ、そちらの方の『おじさま』が考えていらしてることは、すぅぅぅぅっ、はぁ、おおよそ読み切りました」

 

「な」

 

 変態さ全開で告げられた言葉に絶句した。

 

「読み……切った?」

 

 知恵を借りようとは思っていた、だが、いきなり「相手が何を考えてるか読み切りました」は流石に想定外である。

 

「エピニア、はぁ……『流石お姉様』って言ってくれてもいいのですよ?」

 

 まぁ、とある一点に関しては、驚きもしなかったけれど。

 




ウィンディさん、見抜く。

ひぃぃぃっ、フラグと伏線がぁ、今後の展開がぁぁぁ!

まさか、あんな変態さんに作中でネタバレの宣告をされるなんて。

次回、第三百三十三話「深謀遠慮」

尚、エピちゃんのお姉さんがパンツを吸引して頭が冴え渡るのは、某有名探偵が麻薬を常用してたのと同じ理屈です、たぶん。



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第三百三十三話「深謀遠慮」

 

「……そうか」

 

 知恵を借りるはずが、一足飛びどころか六つも七つも過程をすっ飛ばしてしまった感はある。だが、腑に落ちなさとかエピちゃんのお姉さんの変態っぷりを無視しても「おじさまの考えていること」は是非とも知っておきたい情報である、だから。

 

「流石お姉様」

 

 俺は恥を捨てた。

 

「え、ええと……お師匠様、ウィンディさんがその言葉を言って欲しいのって、エピニアさんじゃ」

 

「解っている。だが、俺はエピニアではないものの、あの商人が何を考えているかについては是非とも聞いておきたいからな」

 

 貴重な情報が得られるなら、変態を姉と呼ぶことぐらいどうと言うことはない。と言うか、お姉さんの要求にエピちゃんが応じる気がしなかったので、敢えてボケることで誤魔化したのだが。

 

「……話して貰えるか?」

 

「気持ちは嬉しいのですが、はぁ……私にはエピニアが」

 

 誤魔化しきれなかった、と言うべきかどういう気持ちだよとツッコんでおくべきか。

 

「ご、ご主人様……」

 

「それ以上言ってくれるな」

 

 何というか、慰められるとかえってダメージになることってあるよね、うん。

 

「つまり、エピニアの賞賛が欲しいと言うことだな?」

 

 もういっそのことエピちゃんの名札をつくって付けてから同じ事を言ってやろうかとも思ったけれど、実行しても無益だって言うのは解っている。

 

(結局、モシャスするかエピちゃんに賞賛して貰うかの二択か)

 

 人前でモシャスする訳にはいかないので一旦離席するのは必須だが、変態一号が縛られて何も出来ない今であれば、前言撤回してモシャスでエピちゃんに変身するのもありだとは思う。

 

(あのマントで首から下を隠してれば、がーたーべるとは付けなくてもいい訳だし)

 

 問題なのは一時とはいえ、不自然に俺が居なくなることぐらいだ。

 

(そう言う意味ではエピちゃんを説得した方が不自然さは無いんだけど、動かすとなると確実に代償が要るよなぁ)

 

 カナメさんか、カナメさんに変身した俺のどちらかが変態二号の要求を呑まないといけなくなると言うことでもあり。

 

(ん、ちょっと待てよ?)

 

 要求と言えば、カナメさんはエピちゃんのパンツによってエピちゃんのお姉さんを従えたのではなかったか。

 

「カナメ?」

 

「解ったぴょん」

 

 俺が視線を向けると、カナメさんはうさ耳を揺らして頷き。

 

「話して貰えるぴょん?」

 

「はい、んっ、承知居ました」

 

 カナメさんの命にあっさり従う変態一号を見て、ちょっとだけ泣きたくなった。

 

(おれ の どりょく って、いったい)

 

 何も考えず、最初からカナメさんにお願いしておけば良かったじゃん。

 

「はぁはぁ……いきなり、本題に入りますが……」

 

 脱力感と空しさに打ちひしがれる中、変態一号は語り出す。

 

「はぁ、そちらの方の『おじさま』の目的は、おそらく……あなた方と戦って負けることです」

 

「え? それはどういう――」

 

「まず、最初に誤解を解いておいた方が良いと思いますが、すぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁ……皆さんが対峙している相手は『がーたーべるとの普及を目指す商人とその一味』ではありません」

 

「なっ」

 

 俺の疑問を代弁してくれたシャルロットの問いを遮る形で、エピちゃんのお姉さんが明かした事実は、それだけで衝撃的だった。

 

「が、がーたーべるとを普及させていたんじゃなかったんですか?」

 

「はぁはぁ……あれにも意味はありますが、皆様が敵対しているのは……ふぅ、『イシスを救った二勇者とその仲間達』を敵と狙う者達の集合体……反勇者連合とでも言いましょうか」

 

「ちょ、ちょっと待て、反勇者連合だと?」

 

 いまわしい しな を ひろめるだけ の うさんくさい やから だと おもってたら とんでもない こと に なってきたんですが。

 

「はい……はぁ、一つ一つあげて行きますと『アジトを潰されたカンダタ一味の残党』『勇者一行の活躍を快く思わない貴族』『イシスで住民に襲撃され何らかの被害を被った商人』『勇者の師がアリアハン国王に請われ作成した交易網によって廃業に追い込まれるなどの損害を受けた商人』と言ったところです」

 

「うぐっ」

 

 幾つかは身に覚えがある。

 

「貴族が資金提供等でバックアップをし、二つのグループの商人が提供された資金を運用して増やし力を溜め、一味の残党と金で雇った者を使って復讐する……と言う筋書きでしょうね」

 

「どうして? どうして、イシスの商人さんが……」

 

「被害を受けた商人からすれば、イシスの国民は仇と言うことか? その仇を結果的に救うことになった二人の勇者とその一行もまた仇、と?」

 

「はい」

 

 半ば呆然とするシャルロットを横目に俺が問うと、エピちゃんのお姉さんんは縛られたまま首肯し。

 

「何らかの形で恨みのある相手、すうぅぅぅぅぅぅぅ、はぁ、はぁ……放っておけばバラバラに過激な手段に出る者も居たかも知れませんが、一人の男が纏めることで、暴走を防いだ」

 

「そこまで説明されると、俺にもうすうす相手の意図が解ってきたんだが」

 

 あの商人のオッサンがそんな連合の頭をやっているとしたらその目的は、元バニーさんが被害に遭うのを防ぐ為。

 

「こちらに被害を出させないように上手くコントロールした上で、機を見計らい」

 

「こちらが勝てるタイミングで、纏まってぶつかって、諸共滅び……友人の娘に危害を加えかねない者達を一掃する、か」

 

「……おじ、さま」

 

 元バニーさんに誤っていた理由も、推測がつく。不器用というか、何というか。

 

「はぁ、ご明察、です」

 

「……しかし、話を聞いただけでよくそこにたどり着いたな」

 

「自分の身に変えても守りたい相手が居ると言うところまでは……すぅぅぅぅ、同じですから」

 

 そこ で ぱんつ を きゅういん しなければ、わり と かっこう が ついた と おもう。

 

「エピニアががーたーべるとを身につけると聞いた時……はぁ、製造元のことを色々調べていたのもありますけどね。がーたーべるとを広めようとしてるのも、イシス出身の商人がいかがわしいモノを広めることでイシスの評判を下げようと言う意図があったようですよ……そちらの方のおじさまも、留守番を任せた家族がイシスで襲撃されているようでしたので」

 

「えっ」

 

「あちらの方が仰ったことも間違いではありません、ですが理由は……はぁ、そんな組織に身を置いた理由は一つだけではなかったと言うことです」

 

 呆然としていた元バニーさんが顔を上げるも、エピちゃんのお姉さんは淡々と続け。

 

「やれやれ」

 

 俺は嘆息した。自己犠牲の精神は結構だが、これが成功したとして残された元バニーさんはどう思うことやら。

 

「シャルロット、ミリー。情報は得た。作戦を立てるぞ?」

 

 情報は得た、ならばここからはそれを活かすターンだった。

 




 はっはっは、徐々に明らかになって行く展開の方が盛り上がると思ったのに、『おじさま』の目論見を全部暴露してくれたウィンディさん。

 ともあれ、実はイシスの商人襲撃が伏線でそこからも繋がって居た訳です。

 作者曰く、「汚いゼロレクイエム」と密かに名付けていた『おじさま』の計画の行方は?

 次回、第三百三十四話「こちらのやり方」


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第三百三十四話「こちらのやり方」

 

「まず相手は複数の集団からなるようだが、全てを俺達が相手にする必要はない」

 

 カンダタ一味の残党はこちらの手で片付ける必要があるだろうが、商人連中については物理的に排除出来る類の相手には思えないし資金提供しているという貴族への対処も俺達では難しいと思う。

 

「そもそも、相手が実戦に投入出来るのは、カンダタ一味の残党と金で雇った相手になる訳だからな」

 

 これらの実行部隊を叩いても金で代わりの戦力を雇われるだけかも知れないが、少なくとも雇って編成するまでの時間は稼げるし、モシャスによる入れ替わりを警戒しているなら、金で戦力を揃えるのにも通常より手間がかかるはずだ。

 

「あの、けどお師匠様……それだと時間稼ぎにしかならないような」

 

「確かにな。だが、貴族についてはお前の活躍で得たコネなどで各国の王へ繋ぎを撮れば何とか出来る可能性もある。サマンオサの王とイシスの女王なら、まず協力してくれると見て良いだろう、公式にお前を勇者と認めているアリアハン国王もな」

 

 宮廷内闘争なんて思い切り畑違いで管轄外だ。他の国にしても交易網作成で利益を得ているはずだし、頼めば貴族の動きを封じてくれる可能性はある。

 

「実働部隊が倒され、貴族からの資金提供が止まれば、残った連中は打つ手が無くなる」

 

 そこで倒したカンダタ一味の残党が、反勇者連合の悪事を白状してくれれば、それを理由に残った商人達は役人へ突き出すことが出来る。

 

「それで、この件は終了だ」

 

「随分自信ありげぴょんね? そんなに上手く行くぴょん?」

 

「おそらくはな。先程の話通り、ミリーの『おじさま』がこちらの敵を集結させ諸共に滅ぶつもりなら、勝負を決める為の弱点というか急所は必ず用意してあるはずだ」

 エピちゃんのお姉さんにはバレバレだったとは言え、俺はそこまで読めなかったし、対峙した時やりづらい相手だと思ったぐらい頭の切れるオッサンだったのだ、細工の一つや二つは仕込んでいると思う。

 

「問題が一点あるとすれば、どのタイミングであの商人を救い出すか、ぐらいだな」

 

「ご主人様……」

 

「どうした? あんな裏があると聞いて見殺しにする筈がないだろう」

 

 後味の悪いのはゴメンだし、俺としては他にも助けないといけない理由が幾つかある。

 

(イシスの商人やイシスへ来た商人が襲われたのも、バラモスの軍勢がイシスへ侵攻しようとしたのも、元はと言えば、俺が原作に色々手を出したからだもんなぁ)

 ついでに言うなら、あのオッサンが作りだそうとしていた神秘のビキニのこともある、ただ。

 

「ご主人様、ご主人様ぁっ!」

 

「うおっ」

 

 ちょっと、迂闊ではあったかもしれない。よくよく考えると、あの商人のオッサンへの気遣いは元バニーさんへの気遣いともとれたのだから。身体能力的には、元バニーさんが抱きついてきた所で、どうということはない。少し驚いたといった程度で済むのだが、それは衝撃のみの話。

 

「あ、ありがとうございますっ……ありが――」

 

「お、落ち着、あ」

 

 無自覚に押しつけてくる柔らか質量兵器に動揺した隙をつかれてしまった、とも言えると思う。バランスを崩したと気づいた時にはもう遅く。

 

(ちょ)

 

 倒れ込む先は、一つのベッド。丁度変態一号が縛られている方である。

 

「あ」

 

「くっ」

 

 咄嗟に元バニーさんを抱き込んだのは、下敷きにしない為。無理矢理床に倒れることも出来たかも知れないが、俺は躊躇った、そして。

 

「きゃああっ」

 

「ぐふっ」

 

 一つの悲鳴に息絶えた人が最期に言い残す台詞のようななにかが続いた。

 

「お師匠様! ミリー!」

 

「スー様!」

 

 きづかってくれる のは ありがたい けど、だれか ひとりぐらい えぴちゃん の おねえさん も きづかって あげようよ。

 

(位置的にお腹当あたりに倒れ込んだもんなぁ)

 

 身体は後ろ向きだったので絶対とは言えないが、さっきの「ぐふっ」は俺の頭が腹部に落ちて空気がし出されてのものだったのではないだろうか。

 

(って、冷静に考察してる場合じゃない。とりあえず、エピちゃんの姉さんの上から降りないと)

 

 元バニーさんも抱えて倒れたので、結構な威力になっていたはずだ。下手すると骨だって折れているかも知れない。

 

「すまん、二人とも大丈夫か? シャルロット、すまんがこ」

 

「あんっ」

 

「え」

 

 身じろぎしつつ何とか起きあがろうともがくと腕をベッドの縁にかけようとした瞬間、左肩が柔らかなものにめり込み、俺は固まる。

 

(しまった、頭がお腹の上って、つまり……)

 

 肩が当たったのが何かは言うまでもない。

 

「はぁはぁ……っ、そ、そこ……は」

 

 お腹を圧迫しているからか、何処か弱々しい声が左から聞こえ。

 

(だから、解ってますって……ん? あ)

 

 声には出さず、応じてから気づく。

 

「よくかんがえる と このへんたいさん がーたーべると と ふくめんがわり の ぱんつ いがい なに も つけていないんじゃ ありません でしたっけ」

 

 と。

 

「あ、す、すみませんご主人様、今退きま」

 

「な」

 

 腕の中から上擦った声が上がり現実に引き戻されるが、今身体の上で動かれたら、状況が悪化する気しかしない。

 

「ちょっと待、シャルロット、頼む! ラリホーを」

 

 思わず弟子に助けを求める形になったけれど、仕方ないと思う。俺の身体は遊び人の経験があり、バニーさんも元遊び人、眠りを誘う呪文に巻き込まれても効かない可能性はあったが、他に方法が思いつかなかったのだ。

 

「は、はいっ! ラリホーっ!」

 

 願わくは、シャルロットの呪文が効いてくれますように。祈りつつ、俺は目を閉じた。

 




 かっこよく さくせんかいぎ を はじめたはず なのに き が ついたら らっきーすけべっていた けん に ついて。

 げせぬ。

 次回、第三百三十五話「夢なら良いのに」


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第三百三十五話「夢なら良いのに」

 

「しっかしなぁ」

 

 我ながら凄いというか、変な夢を見たものだと思う。

 

「ゲームの世界に憑依トリップとか、二次創作小説でもあるまいに」

 

 と言うかせくしーぎゃるが変態過ぎるし勇者パーティーの女性比率は高すぎるわ、おまけにクシナタ隊なんて女性だけの原作にない集団まで出来ちゃってる始末。

 

「まったく、なんて夢を見たんだか」

 

 引きつった笑いしか出てこなかった。

 

「まぁ、居眠りして見た夢じゃないだけマシかな」

 

 寝言で夢の中で口走ったようなことを言っていた上、誰かに聞かれたりしていたらきっと俺の人生は終わっていたと思う。

 

「ただ、な」

 

 記憶にあるのは、やたらリアルな感触。

 

(シャルロットや元バニーさんには夢でもいいからもう一度会ってみたい、何て思うからかな)

 

 まるで誰か一人を抱きしめているかのような感触と重みが腕の中にあるような気がするのは。

 

(おかしいなぁ、夢だった筈なのに)

 

 お師匠様と俺を呼ぶ声が聞こえる気もする。これではまるで、現実を夢だったことにして逃避しているようではないか。

 

(解せぬ)

 

 そもそも、ラリホーをかけられたのにしっかり周囲の様子が把握出来ているというのもおかしい。

 

(これじゃまるでラリホーが効かなかったことを含めて色々誤魔化そうとしてるみたいじゃないか)

 

 そんなこと、ありえないというのに。

 

(……って、言い切れたらなぁ)

 

 解っている、解っていた。

 

「お師匠様」

 

「……シャルロットか。すまんが、俺が下敷きにしたこの元エビルマージにベホイミを頼む」

 

 二人分の重みが直撃したからな、と言い添えると俺は目を開けた。

 

(まぁ、夢だったことに出来るならこんな苦労はしてない、か)

 

 だが、忘れよう。左肩の感触は。

 

「それと、そこの二人、ミリーを頼む」

 

 自力で無理なら他人を頼る。そんな当たり前のことを今になって思い出せたのは、吹っ切れたからだろうか。

 

「すみません、ご主人様。私……」

 

「謝罪なら俺よりも下敷きになった者に言ってくれ、あと動かんようにな。眠って静かにはなったようだが、怪我をしてる可能性は残っている」

 

 とりあえず、元バニーさんにもラリホーは効かなかったようだが、変態一号には効果があったらしい。

 

「このまま目を覚まさなければ、こいつのがーたーべるとについては何とかなるだろう。怪我の功名というのも問題がありそうではあるが」

 

 俺が席を外せば残りは全員女性陣、着替えさせても何の問題も無いと思う。

 

(出来れば、エピちゃんの方も何とかしたいところだけど)

 

 お姉さんの方をどうにかしようとシャルロット達に任せた結果が、俺の頭の下にある状態だ。

 

(不意打ちでラリホーとかかけて剥ぐ方がよっぽど確実かもなぁ)

 

 元エビルマージと言うことで、呪文への耐性とかがあるのではとも思っていたのだが、ラリホーの呪文が効いたという実例が存在する以上、試してみてもいいんじゃないだろうか。

 

(まぁ、どっちにしてもこの状況を何とかしてからだけど)

 

 少なくとも、元バニーさんがスミレさん達に起こされるまで出来るのは考えることと、左肩に当たる感触を意識しないようにすることぐらいだ。

 

(後は、祈ることぐらいかな。「頭の下の変態さんが上から退くまで目を覚ましませんように」って)

 

 相手がせくしーぎゃるで変態な上に事故なのでセーフと主張したいところだが、それで問題がないなら最初からシャルロットに助けを求めたりなどしない。

 

「スー様、お待たせ」

 

「もう良いぴょんよ?」

 

「そうか、すまんな」

 

 だから、いつ起きるか解らないという意味では中々にスリリングな時間だった。

 

「さて、と」

 

 身体の上の重みが無くなったなら、身体をベッドの外側へスライドさせればこと足りる。

 

「っ、なんとかなったか。シャルロット」

 

「はい、お師匠様っ。ベホイミ!」

 

 身体がずり落ち、お尻を床にぶつける形になったが、許容範囲だ。

 

「やれやれ、俺もまだまだだな」

 

 とは言え、尻もちをついている所を含めて、弟子の前で醜態をさらしたのは紛れもない事実。

 

「寝ているなら着替えさせるという意味でも好都合だろう。俺は席を外す」

 

 エピちゃんのお姉さんが縛り付けられたベッドに近寄らなければ、もうこんなアクシデントに見舞われることはないと思うものの、格好に問題がありすぎる。

 

(いくら、今の状況の方が頭が冴えるって言われてもなぁ)

 

 俺としてはチェンジと言わざるを得ない。

 

(まぁ、事故とはいえ怪我させちゃったかも知れないし、お詫びを兼ねてまともな防具でも買って贈ろうかな。アクセサリーとセットで)

 

 上手く行けば、変態一号を封印出来るとも思う。

 

(って、ひょっとしてこの方法でカナメさんに何か贈れば「お揃いにしたい」ってあの二人も同じものを着ようとするんじゃ)

 

 変態でせくしーぎゃるが二人分一気に解決するなら、試してみる価値はある。

 

(となると、モノは遊び人と盗賊の双方が装備出来る防具、かぁ)

 

 複数入手する必要があることを鑑みると、非売品は現実的でない。

 

(全員女性な訳だし、女性専用装備なら職業関係ないモノが多かった気もするな、えーと……あれ? 女性専用装備って水着以外にあったっけ?)

 

 そもそも、水着は非売品ではなかったか。

 

(ひょっとして、これは元バニーさんの『おじさま』の協力が不可欠だったり?)

 

 まさか、こんな所でまであの商人に生きていて貰わないといけない理由が出てくるなど、俺は予想だにしていなかった。

 

 




夢オチにしたかったけど、無理があった模様。

次回、第三百三十六話「マジカルスカート? そんなのありましたっけ?」


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第三百三十六話「マジカルスカート? そんなのありましたっけ?」

「いや、別にあの商人に頼らなくともジパングの刀鍛冶を当たるという手があるか」

 

 部屋を出て廊下で呼ばれるのを待ちながら、俺はポツリと呟いた。

 

(そんなことよりあの商人をどうやって救出するかとかの方がよっぽど重要かも知れないけど、あっちはみんなの知恵だって借りられるからなぁ)

 

 もっとも、せくしーぎゃるられると困るからと理由付けした上でならせくしーぎゃる封じの贈り物については、シャルロットや元バニーさんの意見を聞くと言うことも出来はする。

 

(と言うか、女性の服を選ぶなら同性の意見があった方が無難かな)

 

 餅は餅屋という。一応、女の子になったことはあるのだが、呪文で肉体だけ変身したところで、感性に理解が及ぶかと疑問が残るし、イシスのあの夜のことを思い出してダメージになりかねない。

 

(まぁ、相手に内緒で服を買うには便利な呪文なんだけどね、モシャス)

 

 指輪のサイズに足の大きさ、スリーサイズに至るまで当人の気づかない間に知ることが出来ると言う意味では、酷い呪文でもあるとも思う。

 

(クシナタさん達はあの時、その辺どうだったんだろ? 考えていたのかな……)

 

 こちらも精神的ダメージを受けた強制一人痴女大会だが、あれで俺が知ってしまったこともたくさんあるのだ。

 

(実質的に自分が同じポーズしてるのを見られたようなものだし、もし俺がお姉さん達の立場だったら、あんなの……って、ぎゃぁぁぁぁっ、思い出しちゃったぁぁぁぁぁっ)

 

 きになった のは わかる が、なぜ おもいだしたし、おれ。

 

(わすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれようわすれよう)

 

 記憶の奥に封印していたのに、本当に何故発掘した。

 

(いや、気づかなくて後でそのことにクシナタ隊のお姉さん達が思い至った場合のことが気になったからだけどさ)

 

 自分のツッコミに自分で弁解しつつ俺は考える。

 

(責任はとれないって説明してはあるけどなぁ)

 

 責任とってねと言われるのに十分だと思う。

 

(カナメさんのあそこにあるホクロのこととか、スミレさんの……いや、止そう。ここ最近のスミレさんの察しの良さを鑑みると迂闊なことは出来ない)

 

 と いうか、かいそうする と その かっこう を したとき の じぶん を おもいだして おれ にも せいしんてき な だめーじ に なる。

 

「……と いうか、なぜ こんな ほうこう に それた」

 

 自分からとうに塞がった古傷をこじ開けて剔るような真似をする必要はあったのか。

 

(これなら、まだ商人のオッサン救出について考えていた方がマシだったかも)

 

 何だかんだで少しは時間つぶしになったと思うが、代償が枕に顔を埋めてじたばたしたくなるこの気持ちだとすると、割に合わない。

 

「お師匠様、お待たせしました」

 

「ん? あ、あぁ、解った」

 

 ドアが開いて顔を出したシャルロットにろくでもない時間の終了を知って、少しだけ安堵しつつ応じると、俺は部屋に戻り。

 

「「ん゛んんんんんーっ」」

 

「あ」

 

 顔を枕に埋めてじたばたしてる元変態さん達を見つけ、少しだけ親近感を覚えた。

 

(と言うか、まぁ……そうなるよな)

 

 せくしーぎゃるった者なら大抵の者は通る道である。基本の性格そのものを変えられてしまったどこかの女戦士と、ジパングの駄蛇は例外だった気もするけど。

 

「まぁ、さっきの今だからな」

 

 着替えと立ち直れるまでの精神ケアの両方をやってたら、俺が精神的自傷行為に走っていた時間だけではとうてい足りまい。

 

「とりあえず、あの子の方は後で慰めておくぴょん」

 

「……そうしてくれ」

 

 カナメさんには大変なことを頼んでしまうが、とりあえずエピちゃんの方に立ち直って貰わなくては、お姉さんを立ち上がらせる要員が足りない。

 

(や、まぁ、おれ が もしゃす するって て も あるんだけどね)

 

 もっとも、シャルロット達の目と耳があるこの場では俺がモシャスの呪文を使えることを知ってるスミレさん達が気づいたとしても言及してこないだろうし、MP以外の精神的な何かまでゴリゴリ削られる気がするので、言われたところでやるつもりもない。

 

「ふむ……とりあえず、作戦会議はもう暫しお預けか」

 

 周囲を見回せば、エピちゃん達二人に着させるつもりで出したのであろう衣服のうち不採用だったらしきものがベッドの回りに散らばり。

 

(ん、スカート?)

 

 俺はその中の一つに目を留めた。何かが引っかかった気がしたのだ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「ん、いや……そこのスカートが少し気になってな」

 

 だからシャルロットに問われ、普通に答えてしまい。

 

「え」

 

「あ」

 

 失敗に気づいた時には遅すぎた。

 

「スー様……」

 

 注がれるのは、スミレさんの生ぬるい眼差し。

 

(うん、解ってる)

 

 また、やらかしたのだ。

 

(けど、まだ今なら)

 

 まだ取り繕える可能性はある。万人を納得させる「スカートが気になった理由」さえあげられれば良いのだ。

 

「この、スカートですか?」

 

「あ、ああ」

 

 ただ、シャルロットは俺の言でスカートへ興味を覚えてしまったらしい。

 

(これって言葉選びを間違えたら、状況更に悪化するよなぁ)

 

 握った手の中が嫌な汗で湿った。

 

 




マジカルスカートのことを中途半端に思い出しかけた結果がこれだよ!

次回、第三百三十七話「あーあ」

ドーモ、やっちゃいましたね、主人公=サン。


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第三百三十七話「あーあ」

 

(うーん、どうしよう?)

 

 胸中で自分に問いかけつつ、上手い言い訳を探す。

 

(正直に「せくしーぎゃる封じに出来そうな防具を探していた」って言うのもありと言えばありなんだけど)

 

 肝心のエピちゃん達がまともな格好に着替えさせられている現状では、今更感がぬぐえない。

 

(下手に嘘ついたりでっち上げるよりは無難とは言えなぁ)

 

 これで良いのかと、問う自分が居るのだ。

 

(さっき格好悪いところ見せてしまってるし、こっから「流石お師匠様」と見直されるような答え方を……って、更にハードルあげてどうする)

 

 だいたい、シャルロットに見直して貰えるような着眼点からくるスカートの気になり方という時点で色々おかしい気がする。

 

(そんなもの存在する訳ないよね?)

 

 年頃の女の子の視点を理解出来るかと聞かれたら、NOと答える俺でもそれぐらいは解る。

 

(そもそも女の子の考え方とか理解出来るなら、今頃モテモテだったろうさ)

 

 ついでに墓穴を掘ったり地雷を踏み抜いたりもしないに違いない。

 

(まぁ、人の心が読めるとかそう言うレベルにまで至ると精神病んじゃったり人間不信になっちゃったりするって漫画とかで見た気はするけど)

 

 だからこそ、そこまでは求めないが、異性の心の機微とかにもう少し敏感にと言うか、空気の読めない人ではなくなりたいなと密かに思う。

 

(レベルが上がったら上昇した「かしこさ」の効果としてどうにかならないかな……って、そもそも俺、レベルはカンストだっけ)

 

 これはあれか、現在地がダーマだから転職しなさいと言うことなのか。

 

(……ないない。って、そんなこと考えてる場合じゃない!)

 

 というか、 なぜ しこう が だっせん したし。

 

(時間がない時に限って、ろくでもない方に思考が逸れるよな)

 

 そして、このままでは拙いと焦りだした、俺は聞いた。

 

「……ひょっとして、お師匠様、こういうスカート履いている女の子が好みだったりするんでつか?」

 

 じっと見つめていたスカートから顔を上げたシャルロットが投げかけてきた問いを。

 

(噛んだ……じゃなくて! シャルロット に かんちがい されつつある じゃないですか やだー!)

 

 失敗した、無言の時間が長すぎた。

 

「あ、いや、そうじゃなくてな」

 

 一応否定はしておくが、「じゃあどうして気になったんでつ」と質問された場合の答えをまだ用意出来ていない。

 

(スカートだ、スカート関連で何か、何かないか。豆知識とか、こうそう言うのでも何か……あ)

 

 必死に脳内検索を続ける俺は、気が付けば思い至ったそれをそのまま口にしていた。

 

「男がスカートを履くと言う人が何処かに居るらしくてな」

 

 現実のヨーロッパの何処かだった気がする。民族衣装だったかもしれない、ただ。

 

「じゃあ、スー様履いてみる?」

 

「え?」

 

 俺は忘れていた、この部屋にはスミレさんという悪魔が居たことを。

 

「ちょっと待て、どうしてそうなる?」

 

「賢者としてはさっきの言葉が気になったり。男性にスカートが似合うのか、後学の為に知っておく必要があるとあたしちゃんは判断してみた」

 

「……後学の為と言うが、本当のところは面白がってるだけだろう?」

 

 語尾に「キリッ」とかついていてもおかしくなさそうなスミレさんへ俺がジト目を向けてしまったのだって仕方ないと思う。

 

「だいたい、俺がスカート姿になって誰が喜ぶ?」

 

 とりあえず、アリアハンに残ってる腐った僧侶少女以外でお答え頂きたい。

 

「あたしちゃんが……と言いたいところだけれど、これにも理由はあるのです。ベッドで突っ伏してる二名もスー様がスカートを履いてくれたら『こんな辱めを受けても生きてる人が居るんだ』って立ち直るんじゃないかという深謀遠慮」

 

「とりあえず、深謀遠慮の意味を外に出て百人に聞いてこい」

 

 脊髄反射レベルでツッコんでしまったが、俺は悪くないと思う。

 

「確かにあの二人に立ち直って貰う必要はあると思うが、あくまでそれはお前の推測だろう。だいたい師匠の俺がスカートを履きだそうものなら、シャルロットがどう思うか」

 

「えっ、ボク?」

 

 ただでさえ、恥をさらした後なのだ。これ以上のイメージダウンは勘弁願いたい。

 

「すまんな、シャルロット……さて、そう言う訳だ」

 

 非常時とは言え、ダシに使ってしまったシャルロットに詫びると、俺はスミレさんに再び向き直る。

 

(ちょっと強引だったかな)

 

 とは言え、スカートは嫌だった。

 

(女物の服は嫌だ。おんなもの の ふく は いやだ。 おんなもの は いやだ。 おんなもの は いやだ。 おんなもの の したぎ も いやだ。 おんなもの の したぎ も いやだ。おんなもののしたぎもいやだ。おんなもののしたぎもいやだ。おんなもののしたぎもいやだおんなもののしたぎもいやだおんなもののしたぎもいやだおんなもののしたぎだイエァァァァァァァッ……あ?)

 

 拙い拙い、謎すぎる狂気の沼に沈みかけるところだった。

 

「ご、ご主人様?」

 

「何でもない、少し、考え事をな」

 

 心配そうにこっちを見つめる元バニーさんに頭を振って答えると、もうあのことは考えないことにした。女言葉の台詞とかしなを作ってのポーズだとか、イシスの夜とか、あんな事をこれ以上思い出していては、エピちゃん達の隣で寝込みかねない。

 

(って、考えないことにしたって決めた側からっ! ……駄目だ、もっと他のことを考えよう)

 

 何か、実りのあること、健全かつ生産的なことを。

 




嫌なことほど忘れたりするのに時間がかかるものだと思う。

ゲームとかアニメで急にやってきた鬱展開とかを忘れるのとか。

次回、第三百三十八話「うごご、健全とはいったい」


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第三百三十八話「うごご、健全とはいったい」

「ふむ」

 

 ここまではきっと考え方や、発想の元が色々駄だったのだと思う。

 

(発想が飛躍しにくいモノか、何らか別の事柄に派生しても問題ないような事柄を考えるなら、あんな自滅はしないんじゃないだろうか)

 

 例えば、横道に逸れるのが憚られるような重要な事案とか。

 

(となると、一番シンプルかつぶれそうにないのは――「俺がこれからどうすべきか」かな)

 

 流石にシリアスモードで今後について真面目に考えていれば、俺の想像力だって嫌がらせのようなことはしないはずだ。

 

(話を整理してみよう、まず俺は……)

 

 気が付いたらゲームでのパーティーメンバーの一人だった盗賊の身体に憑依する形で、ゲームの世界の中にいた。

 

(細部に差があるのは、ゲームと現実との兼ね合いの結果だと思うけど、この世界にも魔王が居て、平和が脅かされているのは間違いが無く)

 

 どうしたら元の世界に戻れるのか以前に、放置すれば魔王に世界が滅ぼされてしまう可能性もある状況下。

 

(頼みの綱の勇者がスライムに負けそうになってるところに遭遇、放っておけなくて助けたらお師匠様になって欲しいと請われ)

 

 引き受けてパーティーメンバーとして旅をし、なんやかんやあって今に至るという訳だ。

 

(まぁ、世界が滅ぶというか大魔王の支配下に置かれちゃったら半ば詰んだようなものだし、俺が小細工したせいで、バラモスが原作にない動きをして被害が出たのも事実、か)

 

 追い込まれたバラモスがイシスに侵攻したのは予想外だった。

 

(自身でまいた種なら、自らの手で清算すべきだよな)

 

 バラモスの件もだが、その余波でイシスの住民に襲撃され、今このダーマで敵対している商人達についても。

 

(後者で俺に出来るのは、悪事を曝いて商人達がしょっ引かれる時に情状酌量をして貰えるようにぐらいだけど)

 

 前者は違う。

 

(シャルロットと最初に会った時は、逃げだそうとしたのにな)

 

 もし、逃げ出したままならどうなっていただろうか。

 

(ま、いいや。考えても意味がないし)

 

 再確認は終了した。

 

(バラモスは倒す……俺の手になるかは、状況次第だけど)

 

 流石にシャルロットを置いてきぼりにしてという訳にもいかない、そうなってくると呪文の使えない縛りプレイにはなると思うが、勇者に魔法使いそして賢者が二人居れば問題はない。

 

(原作より一人多い戦力で挑む訳だしなぁ……あ)

 

 そこまで考えて、ふと思い出す。

 

(バラモス城の偵察もしないと拙いか、予想外の展開で流れちゃったし)

 

 ダーマでの騒動が片づいた後の話になると思うが、色々ありすぎてすっかり忘れていた。

 

(紙にチャートでも書いておいた方がいいかもな)

 

 何処のゲーム攻略メモだとツッコまれそうな気もするが、俺にはシャルロットと違って重要なことを心に刻みつけ完全記憶する能力はない。

 

(うん、思い立ったが吉日か。後日に延ばして忘れたら意味ないし)

 

 結局、どれだけ一人で考え込んでいたかは不明だが、再び元バニーさんが声をかけてくる様なことも無かったので、大した時間は経っていないと思う。

 

「シャルロット、ミリー、俺は買い物に出かけてくる」

 

「えっ、い、今からですか?」

 

「ああ。ここでじっと待っていても仕方ないし、男ならごろつきが絡んでくることもないだろうからな」

 

 返品に行った女性がモシャスで化けた相手ではないかとは言っていたが、その場合疑惑の目が向くのも普通なら魔法使い。盗賊がマークされる可能性は低いだろう。

 

「もし、欲しいモノがあれば言ってくれ。もっとも、男が買い物して違和感がないモノに限らせて貰うが」

 

 ただ、別の意味合いで追い込まれそうな気がしたので、釘を刺し。

 

「じゃあ、スー様、男性用スカートを一つ」

 

「却下だ。言うとは思ったが」

 

「えー」

 

「シャルロット、何もないか?」

 

 スミレさんのリクエストを突っぱね、不満げな声をさらりと流しつつ俺はシャルロットへ尋ね。

 

「え、ええと……それじゃ、ロープを買ってきて貰えますか」

 

「ロープ? あ」

 

 意外な注文だなと首を傾げてから、すぐさま理由に思い至った。

 

(そっか、エピちゃんのお姉さん縛って……)

 

 縛っただけなら解けば再利用出来そうな気もするが、おそらくは気持ち的な問題なのだろう。

 

「解った。まぁ日用品や旅に使う品ならおそらく何処かの店においてあるな」

 

 ゲームでは教会と宿屋しか無かったとは言え、人が暮らすなら必要となる品を販売する店ぐらいはないと不自然な訳で。

 

(まぁ、それどころか「がーたーべると屋」まで揃ってるんだけどね、今は)

 

「さてと、紙と筆記用具、ロープにそれから……ふむ、こういう時シャルロットのアレがあると便利なんだがな」

 

 無い物ねだりと解りつつ愚痴をこぼし、足を運ぶ先はがーたーべると屋やより幾分手前。

 

「まぁ、距離的には丁度良いか」

 

 目当ての店の前で立ち止まった俺の視界の端には、元バニーさんのおじさまの店もきっちりと入っていた。

 




サブタイの時点では不穏な予感しかしなかったのに、割とまともな展開になった件

次回、第三百三十九話「たぶん敵情視察を兼ねてると思う」



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第三百三十九話「たぶん敵情視察を兼ねてると思う」

「いらっしゃいませ」

 

「ここの店にあるロープはこれが全てか?」

 

 立ち止まって、冷やかしをする気はないし、他所の店の観察をし続ければまず確実に怪しまれる。だから俺は店内にあったロープを一通り眺めてから声をかけてきた店主に尋ねた。

 

「ええ、そうですね」

 

「そうか、こうしてみると色々ある物だな」

 

 店主に応じつつ視線を向ける先には、材質も色も太さも違うモノがロープだけでも複数。内一つは部屋に転がっていたモノと材質太さ共に同じモノのような気もする。

 

「これは?」

 

「ああ、そちらのロープは転職を希望される方が新しい職業の訓練の為に買って行かれるものです。安価でしてね、訓練用なら丁度良いと言うことでしょう。主に買って行かれるのは、盗賊か遊び人志望の方ですが、お客様のようなベテランにはお勧め出来ません」

 

「成る程」

 

 言われて値札らしきものを見ると、確かに隣のロープとは価格が随分違う。

 

(そう言えば幾人か転職組も居たし、ひょっとしてあのロープの出所、エピちゃんのお姉さんが持ってたものだったのかもな)

 

 盗賊に転職して日が浅いあの変態の持ち物だったというなら、辻褄は合う。

 

(何のつもりで持ってたかは、精神衛生上考えないでおいた方がよさそうだけど)

 

 邪推して、普通に訓練用だったら目も当てられない。

 

「ただ、使うのは俺ではなくてな」

 

「おや、それは失礼しました。通りで、見てる品とお客さんがちぐはぐな訳だ」

 

「気にするな。前と同じ品で良いかとも思ったが、これもそれ程高価(たか)い訳でもないしな。両方貰おう。長さは――」

 

 頭を下げる店主を制して、二つのロープを示し、必要な長さまで指定すれば、シャルロットに頼まれたお使いは果たしたも同然。

 

「金はここに置くぞ?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 こちらの指定した長さにカットする店主に声をかけてから、代金をカウンターに置き、作業が終わるのを待ちつつ、俺は再び口を開いた。

 

「ところで主人、他にも買う物があって何軒か回るつもりなんだが、オススメの店はあるか?」

 

「おすすめ、でございますか?」

 

「ああ」

 

 嘘は言っていない。

 

(エピちゃんのお姉さんは商人達と言っていたもんな。その割に、あの店に居たのはあのオッサンだけ)

 

 この付近の店の中に、シャルロット達へ敵意を持った商人の店があったとしても不思議はない。

 

(露骨に探ると警戒されるだろうけど、こういう形だったら怪しまれることもないと思うし)

 

 世間話の形でも情報収集は出来る。

 

(向こうが勧めてきたお店のことなら、些少聞き返しても不自然じゃないもんな)

 

 外れの場合は、時間の無駄にしかならないが、怪しまれるよりはマシである。

 

「感謝する、参考になった」

 

「それはそれは。では、お気を付けて」

 

 それから暫し後、買い物を終え三軒ほどオススメの店を教えて貰った俺は、店主に見送られ一軒目の店を後にした。

 

(ふぅ、商人だけあって口が上手いと言うべきかな)

 

 自分が紹介したことを紹介先の店で告げるようにと半ば約束させられたが、代わりに一応の収穫らしきものもあった。

 

(二軒は昔からの知り合いって言ってから除外出来るとして)

 

 勧められた残りの一軒は、つい最近開店したと言う。

 

(隠す気がなかったのか……罠って可能性は否定出来ないけど、多分違うな)

 

 何でもその店の店主は、自らイシス出身であることを明かしているらしい。イシスに居られなくなった理由つきで。

 

(元バニーさんの「おじさま」よりダイレクトなイシスへの攻撃だ)

 

 ただし、攻撃の対象がイシスに絞られているから、舵取りをしているはずの商人のオッサンも止めなかったんじゃないだろうか。イシスの民衆はあの商人のオッサンにとっても仇だ。

 

(イシスで被害を受けた商人達のガス抜きも狙いだったりするのかもなぁ)

 

 何もかもをいけませんと止めては、不満が溜まる。

 

(やっぱ、一筋縄でいきそうにないな、俺だけだと)

 

 情けないことだが、これは是が非でもエピちゃんのお姉さんに復帰して貰う必要がありそうだった。

 

(とりあえず、戻るのは買い物を済ませてから、か)

 

 オススメしてくれた店の内、怪しくない一軒が書物や紙、筆記具などを専門に扱っていると言うことなので、そちらに寄るのはほぼ確定だが、オススメを聞いたからには、三軒全てへ足を運ばないと不自然になる。

 

(うん。何というか、情報収集する機会が増えると考えれば「三軒全てに足が運べる」と思うべきだよね)

 

 そう、情報源と見なければいけないのに。

 

(どうしよう、考えないようにしてたけど、残りの一軒寄らずに帰りたい……)

 

 さっき立ち寄った店の主人が言っていたのだ、幼なじみの女性が経営してる店があると。

 

(おのれ、元バニーさんの「おじさま」めっ!)

 

 その女店主さんの年齢は、四十七歳。がーたーべるとを装着した後天性せくしーぎゃる、とのことである。

 

(罰ゲームだよね、どう考えても罰ゲームだよね?)

 

 勿論、そんな凶悪極まりない店を紹介するとか言う嫌がらせを先程の店の主人がやらかしたのにも訳はあった。

 

「美形に弱く、イケメン相手には大幅な値引きも当たり前……か」

 

 俺の顔を見て、イケメンと見てくれたのは、良いが、この肉体は借り物。自前の顔でない。

 

(や、じまえ の かお でも その ねんれい の ごふじん に しゅうは とか むけられても びみょう ですよ?)

 

 商品の大幅値引きが見込めたとしても、だ。

 

(その上で勧めてくると言うことは、何か他にも理由があるんだろうか?)

 

 見える地雷以外の何物でもないような気がする。

 

(社交辞令でも「感謝する」なんて言うんじゃなかった)

 

 オススメを聞いたからには、三軒全てへ足を運ばないと不自然になる。重要なことなので、二度目だが、つまりあの店主がそんなお店をオススメして下さったお陰で、俺は逃げられない。

 

(推薦したからには後で、確認に行くよなぁ。「お客さんに紹介しておいたけど来た?」とか)

 

 こっちの容貌は覚えているだろうから、モシャスったりマシュガイアったりするという手は使えない。

 

(つーか、売る相手ぐらい選べよあのオッサンがぁぁぁぁぁっ!)

 

 胸中でかなり大荒れしつつも、オススメ店舗を聞いたのは、俺。自分を抑えつつ次の店に向かう足は重かった。

 




主人公、無茶しやがって。

次回、第三百四十話「予測可能、回避不能、だが俺は今こそ逃亡したい」


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第三百四十話「予測可能、回避不能、だが俺は今こそ逃亡したい」

「最小だ、必要最小限で行こう」

 

 とりあえず、顔を出しておけば義理は果たせる。

 

(ざっと店内を見回して、「欲しいモノがないようだ、俺はこれで失礼する」って帰ればいい)

 

 俺は盗賊だ、素早い身のこなしには自信もある。

 

(お金にも困って居ないし、だいたいこれから向かう店はハズレの方、長居する理由なんて、無い筈)

 

 おそらく無関係だからこそ色仕掛けで出来るだけ多くの情報を集めると言う手もあるかもしれないが、せくしーぎゃるにそんなことを試みた日にはどうなることか。

 

(うん、俺には無理だ)

 

 おろちのように魔物だったら、物理的に何とかするという手段もあっただろうが、相手は一般人。

 

(四十代後半のせくしーぎゃるを一般人のカテゴリに入れていいならだけど)

 

 容姿については触れられていなかった気もするが、出来れば想像はしたくない。

 

「邪魔をする。そこの店の紹介で来たんだが」

 

 少しだけ留守であることを期待しながら、入り口のドアの前に立ち声をかけ。

 

「あ、いらっしゃいませ。どうぞ中にお入り下さい」

 

「え?」

 

 内から聞こえた幼さが残る声に、面を食らう。とても四十代後半の声ではなかった。

 

(いや、決めつけるのは早計かも。アニメの声優さんとかってベテランならそういう年代の方もいらっしゃる訳だし)

 

 扉を開けた先にいるのが、せくしーぎゃるよんじゅうななさいでしたなんて展開も十分あり得る訳だ。

 

(もっとも、声をかけてしまった以上、回れ右もできない、か)

 

 前の店の主人に顔は知られてしまっている。

 

(むしろ、これがチャンスの可能性だってある。年齢的に子供や孫がいても不思議はないんだ)

 

 たまたま店番していたお孫さんとかだった場合、ちゃんと足を運んだけど女主人が留守だったと言い訳出来る。

 

(確かに、さっきまではどうやって逃げ出そうかって考えてた。だけど、希望があるなら)

 

 かけてみるのも悪くない。

 

「どうやら営業中で良さそうだな、なら」

 

 意を決した俺は、ドアを開け、店に足を踏み入れた。ちなみに、女店主の店は布や糸を扱っている店と聞いていた。

 

「さてと、この店にあ」

 

 周囲を見回しつつ、赤い布をと続けようとした所で、言葉を失う。

 

「あ?」

 

 カウンターの向こうで首を傾げていたのは、お腹の大きな女性。太っているという訳ではない、おそらく妊婦さんだと思う。

 

「……娘さんか?」

 

「え? あ、はい。母は少々出かけておりまして、御用がありましたら――」

 

「いや、いい。買い物は出来るのだろう?」

 

 こちらの問いかけに頷いた妊婦さんは申し訳なさそうな顔をしたが、こちらとしてはむしろ歓迎である。

 

(今の内に買い物を済ませてしまうしかない)

 

 頼まれていたのは、くたびれた服やマントを補修する為の布地と糸、量としてもそれ程多くはない。

 

「補修用に布と糸が欲しくてな。これと向こうの、それを貰いたい。糸束の方は一束、布はこれぐらいあれば事足りる」

 

「解りました。少々お待ち下さい」

 

 しかし、案じるより産むが易しと言うか、悪夢のような状況が待っているかと思えばとんだ取り越し苦労だった。

 

(ま、安くはならないだろうけど、どうでも良いよな)

 

 一番重要なのは、このまま買い物を終えて店を後にすることだ。

 

(後は支払いを済ませて商品を受け取るだけだしなぁ)

 

 ここで再びオススメの店を聞くのも選択肢の一つではあるが、紹介された先がまたせくしーぎゃると言う可能性もある。

 

(紹介されたお店で買い物はしたんだ、わざわざ危険を自分から招く必要なんてない)

 

 聞き込みなら、もう一軒の店でだってできるのだから、ここは店主が帰ってこない内に買い物を済ませて走り去ればいい。

 

「お待たせしました。合計で38ゴールドになります」

 

「うむ」

 

 布の服の価格からするとぼったくりとも思える価格だが、武道着や稽古着、ステテコパンツやはでな服もまた布製の防具だ。補修するモノの価格を考えると妥当なところだと思う。俺は頷くとカウンターに金貨を置き。

 

「ただいま。おや、お客さんかい?」

 

 ドアの開く音へ伴い、肩越しに後ろから妊婦さんへかけられた声に固まった。

 

「あ、お帰りなさいお母さん。はい、雑貨屋のワンさんの紹介で……今、布と糸束をお買いあげ頂いたところです」

 

 や、そのとおり だけど なんで いま かえって きますかね。

 

(なに、この たいみんぐ の わるさ)

 

 あと少しだったのに、受け取って帰るだけだったのに。

 

(しかも、後ろのドアから帰ってくるとか)

 

 完全に回り込まれてしまった形である。

 

(居るのか、後ろに居るのか……せくしーぎゃるよんじゅうななさい)

 

 帰るには回れ右する必要があるというのに、この時の俺の身体は後ろを向くことに酷く抵抗を覚えていた。

 

 




助かったと思わせてからの、エンカウント。

次回、第三百四十一話「あの、ぼくはもうしつれいするので」


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第三百四十一話「あの、ぼくはもうしつれいするので」

せくしーぎゃる47さい「お客さんよ! あたしのお店へよくぞ来た! あたしこそはこの店のせくしー女主人! 見たところいい男だから色々とサービスつくしてやろう! お客さんよ! だからうちの常連となれい! いでよ、わが家族たちこのお客さんをもてなしその喜びで常連とせよ!!」

主人公「おことわりします」

 って言うか、台詞完全にゾーマのパロディじゃねぇか。



「おや、それは申し訳ないことをしたね。このまま帰したんじゃ、ワンさんにも悪いし、どうしたものかねぇ?」

 

 固まっている内に、後ろから再び声がして俺は声に出さず失敗を悟る。

 

(しまった、機先を制された)

 

 ここは、背後のせくしーぎゃるよんじゅうななさいに何か言われる前にこっちから言うべきだったのだ。

 

「あの、ぼくはもうしつれいするので」

 

 とか。

 

「そうですねぇ」

 

 相づちを打ち首を傾げた娘さんとで完全に挟まれたまま、俺はまだ振り向けない。

 

(落ち着け、落ち着くんだ俺。声は普通のおばさんだし、前にいる娘さんが平然としてるんだから、せくしーぎゃるとは言えそうぶっ飛んだ格好はしていない筈だ)

 

 身内がせくしーぎゃるった時に色々酷いことにはなっていたが、あれが一般人にも適用されているとは限らないではないか。

 

(とりあえず、振り向いて挨拶しよう。このままお尻向けてるのは失礼だし、挨拶からそのまま立ち去る挨拶に繋げてしまえば良いんだから)

 

 それに、このまま黙っていては主導権を完全に握られてしまう。

 

「すまん、挨拶もまだだったな。邪魔してい」

 

 俺は意を決して、振り返り。

 

「おや、いい男じゃないかい」

 

 その生き物を見た瞬間、石化した。壁か何かかと思う程白塗りされた顔に、隈取りのようなどぎついメイクをされた顔が、はでな服を着込んだぽっちゃりと言うよりぼっちゃりと言った感じの身体に乗っていたのだ。しかも頭にはうさ耳バンド。

 

「あぁ、驚いたかい? 実は二人目の孫ももう産まれそうだからね、一念発起して転職して今はご覧の通り遊び人をしてるんだよ。何でも遊び人として一人前になれば賢者になれるって話じゃないのさ……あ、語尾忘れてたぴょん」

 

 だれ も そんなこと きいてません と いうか おまえ も その ごび かい。

 

「よし、こうしようかねぴょん! もう買い物は済んじまったって言うなら、おまけって言うことであたしが色々さーびすしてあげようじゃないかぴょん?」

 

「おことわりします」

 

 完全に素の反応だったが、何を言われたかを理解するよりも早く口から言葉が出ていたと思う。

 

「もう、お母さん。いくら遊び人特有のジョークだからって、そんなことを言われたらお客さんが困るじゃないですか」

 

「いや、困ると言うか、逃げるのレベルだと思うんだが……」

 

 動じず笑顔で手をヒラヒラさせる娘さんに思わずツッコミを入れてしまったけど、仕方ないですよね。

 

(そもそも、何故こんな店を勧めたし、あの雑貨屋)

 

 嫌がらせか、ロープしか買わなかったのを実は根に持っていたりしたのか。

 

(ん? 待てよ……そうだ、雑貨屋だ)

 

 これがあの店主のオススメならそっくりそのまま返してやればいい。

 

「とにかく、そのサービスとやらは、あの雑貨屋にでもしてやってくれ。ここを勧めてきたと言うことは、そのサービスを素敵なものだと認識していたからだろうからな」

 

 たしかこのクリーチャーとあの雑貨屋は幼なじみであった筈、なら、年齢的にはご褒美なのかもしれないし、俺としてもさーびすという名の致死攻撃を回避出来るというもの。

 

(そもそも、まだ回らないといけない店が残ってるんだ)

 

 俺はこんな所で終わる訳にはいかない。

 

「おや、照れなくてもいいのにねぇ、ぴょん」

 

「お母さん……」

 

「とにかく、他にも回る所があるからな。俺はこれで失礼する」

 

 クリーチャーの戯言をスルーしつつ、歩き出した俺はそのまま横を通り抜け。

 

「ここから右手に三軒先のお店に行ってみなぴょん」

 

「っ」

 

 囁くようにすれ違い態かけられた声に、一瞬、足を止める。

 

「あたしの名前を出せば、悪いようにはしないさぴょん」

 

「……礼を言っておいた方がいいのか?」

 

「さぁねぇぴょん」

 

 振り返らず問えば、返ってきたのは肯定でも否定でもない言葉。

 

(と言うか、俺ってこのクリーチャーに何も言っていないんだけど)

 

 俺の疑問は見抜かれたのかもしれない。

 

「あんた、スー様だろぴょん? カナメさんには転職した時世話になってねぇぴょん」

 

「……そう言うことか」

 

「気をつけなぴょん。お客さんのことはまだあいつらには知られてないみたいだけどね、ぴょん」

 

 得心のいった俺に忠告をしたその生き物は次の瞬間、俺の背をポンと叩いた。

 

「カナメさんを泣かすんじゃないよ、ぴょん?」

 

「……ちょっと待て」

 

 たしかに いちど にげだそう と して おしおき されました が なんだか にゅあんす が おかしい き が しますよ。

 

「もう、あたしが後十年若かったらねぇぴょん。いや、ないかね。……カナメさんを幸せにしておやりぴょん」

 

「……何故そうなる」

 

 と いうか かなめさん、この いきもの に なに を ふきこんだんですか。

 

「あ、そうそう。カナメさんは何も言ってないぴょん? 話してくれたのは、何て言ったかねぇ、あのお調子者の娘……」

 

「そこの所は、詳しく」

 

 とりあえず、OSIOKIが必要なお姉さんがクシナタ隊には残っていたらしい。

 

(アッサラームとイシスで懲りたモノだと思っていたのに)

 

 二度あることはと言うし、お尻ペンペンされたあのお姉さんだったりするのだろうか。

 

 




ちなみにこのクリーチャー、カナメさんと同期です。

次回、第三百四十二話「三軒先の店」


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第三百四十二話「三軒先の店」

 

「うーむ」

 

 とりあえず、言って拙い部分はわきまえていたと言うべきか。情報提供者であるクリーチャーが聞いたのは、恋の話だったという。

 

(何処かの盗賊が「この俺を射止められるモノなら射止めてみるが良い」と言ったことがきっかけで始まった盗賊Sの心争奪戦、ねぇ)

 

 まだ あきらめて なかったんですか、おれ を ひっかけるの。

 

(クシナタ隊を幾つかに分けて俺がシャルロットに付いていった時点で諦めたモノだと思ってたのになぁ)

 

 もっとも、世界各地に散らばったクシナタ隊を集めて、「あの時のはナシね」などというのは現実的じゃない。

 

(だいたい、あの商人のオッサンにもあまり時間はかけて居られないし)

 

 買い物ついでに情報を集め、持ち帰った情報と復活したエピニアのお姉さんの知謀プラスαで打開策を考え、実行、一件落着させて地球のへそに旅立つって流れなのに、簡単な情報収集で済ませるはずがどうしてこう予想しない方向に転がるのか。

 

「とにかく、今は回るところを全て回ってしまおう」

 

 気力的な問題で、反勇者連合の一員と思われる商人の店は後回しだ。距離的にも、あの生物が行ってみるようにと勧めた店の方が近い。

 

「邪魔をする。三軒隣の店の女店主から勧められて来たのだが」

 

「あいや、リさんからの紹介アルか? と言うことは……」

 

 さして時間もかからず、店先にたどり着き、声をかければ、ひょっこり顔を出した商人らしき青年は何やら考え込み。

 

「おっと、失礼したネ。入るヨロシ」

 

 すぐに我に返るとそのまま俺を手招きする。

 

「すまんな、では」

 

「はいヨ、いらっしゃいませヨ……さ」

 

 頷き足を踏み入れれば、俺を通した青年は店のドアに鍵をかけ、くるりと振り返った。

 

「それで、ワタシの店のことはどこまで聞いてるアル?」

 

「何処までも何も、あの女店主が『名を出せば悪いようにはしない』と言っていただけだが」

 

「エ?」

 

 素直に答えた後、沈黙は数秒続いたと思われる。

 

「お客さん、騙されるとか思わなかったアルか?」

 

「いや。ある程度なら単独で切り抜ける自信はあるし、転職した知り合いの修行仲間だったようなのでな」

 

 むしろ、馬脚を現して襲いかかってきたりしてくれた方が手っ取り早かったのだ。

 

(残念ながら敵じゃなかったっぽいけど、あのクリーチャー)

 

 この青年にしても騙す気なら、わざわざそんなことは聞いてこないだろう。

 

「……ああ、腕っ節には自信があるアルな。それなら、アイツらに絡まれても……と言うことは、あっち、アルか」

 

「ふむ」

 

 何やら一人で納得しているようだったが、こっちからすると全く話がわからない。

 

「出来れば説明して貰えるか?」

 

「あ、失礼したネ。今、このダーマでは新しくやって来た商人の一団が徐々に幅をきかせ始めてるヨ。奴らは用心棒に柄の悪そうな男達を雇っていたから最初は警戒してたアルが、その連中含めて金払いは良かったアルからな。転職を契機に店を畳もうとした人や、跡継ぎが居なくて店じまいをしようとしたお爺さんから店を買い取って商売を始めたけど、ワタシら最初はあんまり気にしてなかったヨ。ただ」

 

 それは暫くしてからのこと。ダーマにやって来る連中へ用心棒だったごろつきが絡む様になったのヨと青年は言う。

 

「そんなことされてお客さん逃げたら、ワタシ達困るネ」

 

「それは解る。と言うか、絡まれ助けられた所で商品を押しつけられたという話なら聞いている。気に入らなければ返しても良いというふれこみでな」

 

「あー、だったら話は早いヨ。けど、一応お客さんにもコレをあげるネ」

 

「これは?」

 

 差し出された羊皮紙を受け取りつつ俺が問うと青年は言う、要注意店リストだと。

 

「そこに書いてあるお店、アイツらの用心棒が常駐してるから、揉めると大変ネ」

 

「ほう」

 

 動揺せぬように出来るだけ平然とした態度で応じてみるが、何というか。

 

(ひょっとして、おれ が じょうほう しゅうしゅう する いみ はんぶん いじょう なくなったんじゃ ありませんか、これ?)

 

 よくよく考えると古参の商人からすれば、新入りが騒ぎを起こして客を追い払ってしまうようなマネをすれば反発するとは思っていたが、あのオッサンの切れ者っぷりからしてその辺りも懐柔するなり何なりして完全に押さえ込んでいると思った矢先にこれだ。

 

(いや、自滅する為にわざと隙を残しておいた……とか?)

 

 ともあれ、貰った羊皮紙はありがたい贈り物だと思う、だが。

 

「そして、ここからが本題ヨ」

 

「ん?」

 

 自分の思考に沈んだのは失敗だったかもしれない。気づくと青年が商品棚に手をかけており。

 

「ワタシの店、並んでる商品はカモフラージュ。お客さんついてるネ。リさんからの紹介なら、本当の商品お売りするヨ」

 

「な」

 

 俺の目の前で、棚が動いた。

 






次回、第三百四十三話「店の秘密」



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第三百四十三話「店の秘密」

 

「これがワタシの扱ってる本当の商品ヨ」

 

 横に退いて胸を張る青年がさっきまで居た場所へせり出してきたのは、展示ケースの様なもの。

 

「本?」

 

 その中に数冊並べてあったのは、そうとしか形容出来ないもの。

 

「そう、本ネ。ただし、この本、ただの本違うヨ。全部ワタシが書いたネ」

 

「……作家だったと言う訳か?」

 

 おれが、そう問い返すと、青年は惜しいネと首を横に振る。

 

「ワタシ作るの、複製品ヨ。だいたいの人、贋作とか偽物言うネ」

 

「贋作?」

 

 言われてからケースの中をよく見てみると、置いてあった本には見覚えがあった。

 

「これは悟りの書?」

 

 賢者に転職したい者にとっては喉から手が出る程欲しいであろうアイテムだったのだ。

 

「しかし、贋作と言うことは」

 

「お察しの通りヨ。ワタシの複製品で転職出来る確率はだいたい30~50%、本物には到底及ばないヨ」

 

「は? いや、確率にはなったとしても転職出来るのか?」

 

 俺が二度驚いたのだって仕方ないと思う。

 

「それぐらい出来ない様じゃ、商売としてやっていけないネ。そもそも、全く効果のナイ偽物と効果があるかも知れない偽物じゃ、お客さんの食いつきも違って来るヨ」

 

「いや、それはそうだが……」

 

 とりあえず、話を聞いて驚き、説明に一応納得もした。ただ、同時に疑問も覚えた。

 

(あのクリーチャー、何でこの青年を俺に紹介したのやら)

 

 時々本物同様の効果がある偽物を作り出すことが出来るのは凄いと思うが、紹介した理由の方が思い至らない。

 

(俺が話したのは、布と糸が必要だってことと)

 

 拡大解釈しても、旅をしていることぐらい。クシナタ隊の誰かが漏らしたのも、カナメさんを含むクシナタ隊の一部が俺と恋仲になりたいと思っているとか、そう言うことぐらいだと思う、あのクリーチャーの誤解を加味しても。

 

(ただなぁ、そうすると「あいつらには知られていない」ってのが引っかかるんだよな)

 

 反勇者連合と敵対してるとか知らなければ、ああ言う口ぶりにはならないんじゃないだろうか。

 

(うーむ)

 

 一応、この青年に直接聞くという手はあるが、あのクリーチャーもこの青年も新入りの商人達が好き勝手やってるから敵対しているように思える。

 

(一応、こっちの目的の一つに『おじさま』の救出が含まれてることを鑑みると、ここで質問するのは、得策じゃないかもしれないんだよなぁ)

 

 好き勝手やらせてるのも、最終的に自滅する為の仕込みだとすれば、やらせてるのはあの商人のオッサンで、目的はどうあれその行動の結果、迷惑を被ってるのがこの青年やあのクリーチャーなのだ。

 

(反勇者連合を倒す、なら協力してくれそうだけど)

 

 元バニーさんのおじさまを救出するとなると逆に敵に回る可能性もある。

 

「はぁ……お客さん、盗賊やってる割には真面目ネ」

 

 俺が考え込むのを海賊版反対的な意味合いで好ましくないとでも思っていると誤解したのか、そう告げた青年は嘆息すると展示ケースを押し込んで元の棚へと戻し。

 

「けど、紹介された手前ワタシにも意地はあるヨ。実はワタシもう一つ商売してるアル。ただし、商品はココヨ」

 

 告げつつ叩いたのは、自分の頭。

 

「頭?」

 

「さっきのリスト、どうやって作ったと思うアル? ワタシ副業で情報屋やってるからアルヨ」

 

「ほう」

 

 ぶっちゃけ、さっきの贋作でも割と凄いと思っていただけに、まさか他にも引き出しがあるとは思っていなかったは俺は、思わず声を漏らしていた。情報という品なら、その重要さに気づかない者以外には需要があることだろう。ひょっとして、あのクリーチャーがここを勧めた理由はこちらの方だったのか。

 

「ふふふ、こっちはお気に召したようアルな。もし知りたいことあるなら聞くヨロシ。リさんの紹介だから、情報一つタダでいいヨ。もっとも、二つめ以降はお代頂くし、それとは別に表向きの商品を買って行ってくれるとワタシ嬉しいアルが」

 

「なるほどな。まぁ、俺としては得られる情報次第だな」

 

 この青年が商売をしていることを鑑みるなら、求める情報もそれに関係したモノの方が、詳しいことを知られると思う。

 

(反勇者連合の方を突っ込んで聞くのは、商人のオッサンを救出したいなら聞かない方が良いだろうし……となると、やはりあれかな)

 

 商人が関連していそうで、手元になくて欲しい品。

 

「イエローオーブと呼ばれる宝珠を知っているか? 竜を模した像の台座にのった姿をしていると思うのだが。その現在の所有者を出来れば知りたい」

 

 赤と緑、そしてシルバーは既に手元にあり、紫はおろちが所有。消去法で残りは青と黄色のみなのだ。

 

(地球のへそで片方は入手出来るはずだし、ここで持ち主が解れば)

 

 譲って貰うことで全てが揃う。

 

(まぁ、そこまでうまく行く保証はないし、上手く言ったら出来すぎな気もするけれど)

 

 他に尋ねるべきモノも思いつかない。だから、それで良かったのだと思う。

 

 

「イエローオーブ……ちょっと待つアル。何処かで聞いたような」

 

 青年の言葉が、それを証明した。

 





次回、第三百四十四話「心当たり」


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第三百四十四話「心当たり」

「ああ、思い出したアル。あー、ただ、情報出すには条件あるヨ」

 

 ポンと手を打ったところで青年がすぐに話してくれるかと思ったが、現実はそう甘くないと言うことか。

 

「条件?」

 

「簡単な質問に答えてくれたらいいヨ」

 

 聞き返した俺へそう答えた青年が投げかけてきた質問は一つ。

 

「あなた、イエローオーブを手に入れたいと思ってるアルか?」

 

 と言うものだった。

 

「そうだが、何故それを聞く?」

 

「ワタシの持ってる情報、思い出さなきゃいけないレベルだったアル。つまり昔のことヨ。時間経てば持ち主変わる、これ普通のことネ」

 

「成る程、今も知っている者が持っているとは限らないと言うことか」

 

 情報屋として、不確かな情報を渡すのに抵抗があると言うのであれば、納得は行く。

 

「そういうことヨ。もし、古い情報で良いなら言うネ」

 

「構わん。手探りよりはマシだろうからな」

 

 イエローオーブは交易網という網を張って補足しようとしたオーブだったが、結果として手に入れたのはレッドオーブ。このまま、派遣した商人達が原作通りに接触してくれるのを待つだけよりも情報を得てこちらも動いた方が獲得までの時間を短縮させることが出来る可能性はある。

 

(まぁ、その前に元バニーさんのおじさまと愉快な仲間達をどうにかしないといけない訳だけど)

 

 すぐに動ける訳では無い上に、得られるのが過去の情報というのはネックだが、手がかりゼロと違ってそれなら動きようがある。

 

(カナメさん達、元々ダーマ探しと転職用に振り分けたグループだったからなぁ)

 

 俺はシャルロット達と行動しないといけないだろうが、一班空くならイエローオーブ確保はカナメさん達に任せればいい。

 

(うまく行くかは、この青年の情報次第なんだけどね)

 

 得た情報は持ち替えれば宿でカナメさん達に渡せるし、指示も出来る。

 

「では、話すヨ。ワタシがその人と会ったのは一年程前のこと、新たな販路を開拓してた商人で、そのオーブは商売していたらたまたま手に入れたモノだと言ってたネ」

 

「ほう」

 

「何で知っているかとかの説明は省かせて貰うヨ。ワタシにも守秘義務ってモノがあるアル」

 

「ああ、まぁ情報屋ならそう言うこともあるだろうな」

 

 むしろ、守秘義務という言葉を持ち出してきたことで、この青年の客だったのではないかと言う気もしたが、おそらく言わぬが花なのだと思う。

 

(むしろ、直接言えないから匂わせる形にしたのかもしれないし)

 

 原作では、イエローオーブはスーの東海岸へ町作りをしようとした老人の手伝いに勇者一行から派遣された商人が高い金を出して買い取ると言う流れだったと思う。つまり、原作通りなら、オーブの持ち主は金額次第では手放す相手でもあったのだ。

 

(高値で買い取ってくれそうなお金持ちは居ないかと話を持ちかけたなら、この青年と接点があっても納得はいくし)

 

 このダーマは世界で唯一転職が許された神殿、世界中から人が集まってくる。

 

(集まってきた人から情報を拾うなら、情報屋の拠点としてもうってつけだもんな)

 

 情報の信頼性もそれなりにあるとは思われる。

 

「その人の名はマルコ。ワタシの記憶する消息は、ポルトガに向かったのが最後ヨ」

 

「……なるほど」

 

 原作で商人と老人が作った町からも割と近く、説得力はある。

 

(問題は情報が一年前のものだってとこぐらいかぁ)

 

 一年あれば、人手に渡っていても不思議はない。何人かの手を経由した先、とはあまり考えたくないけれど。

 

(気になるのは、ポルトガなら俺の作った貿易網に引っかかっててもおかしくないのに、それが無いことだよな)

 

 一年の間に別の場所に移動した可能性は否めないが。

 

(あの辺りで、交易網に引っかかって無くて、あの大陸に関わりのある場所……あ)

 

 ふと思い浮かんだのは、一つの国の名。

 

「エジンベア……か」

 

「エジンベア?」

 

「いや、何でもない。こちらのことだ……ともあれ、助かった。そうだな、ついでにこれを貰っていこう」

 

 独り言が聞こえたらしく問うてきた青年へ手を振ってみせると謝礼代わりにと近くの棚にあった商品を手に取りカウンターへ金貨を置く。

 

「あ、毎度ありヨ」

 

「では、俺はこれでな。あの女店主にはよろしく伝えておいてくれ」

 

 出来れば二度と遭遇はしたくないが、助かったのは事実だ。そう告げて青年の店を後にし。

 

「さてと、後は紹介された店が二軒か」

 

 もう、このまま宿に帰りたい気もするのだが、買うべきモノは揃っておらず、紹介された店を全部回っていない以上、買い物続行はやむを得ない。

 

「……どっちからゆくかな」

 

 片方は明らかに敵だと解っている店。青年の渡してくれたリストにもきっちり記載されているので、黒なのはほぼ間違いないと見て良いと思う。

 

(気の抜けないところを最後に残すよりはマシか)

 

 そもそも、今俺の手元には、丸められた要注意店リストがあった。

 

(流石にないと思うけど、後回しにしたあげく、これをしまい忘れて見られるなんてポカをやらかしたらことだしなぁ)

 

 疲れるとミスは増加する。ボロを出さない意味でも先に行くべきだろう。

 

「……ふぅ、これでよし」

 

 俺は羊皮紙を鞄の奥に突っ込むと歩き出した、一番警戒すべき店へと向けて。

 





次回、第三百四十五話「おつかいは続く」


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第三百四十五話「おつかいは続く」

「邪魔をする。そこにある雑貨屋の店主の紹」

 

 ほぼ敵対勢力確定の店とは言え事を荒立てる気などサラサラ無い。隙は見せず、俺としてはごく普通の客として振る舞うつもりだった。

 

「げへへへっ、言いがかりも大概にしろよぉ?」

 

「言いがかりなんかじゃありませんっ!」

 

 けどさ、店に入った瞬間、先客が用心棒らしきごろつきと揉めてるというのはどうかと思う。

 

(事を荒立てるつもりがないなら、「取り込み中のようだな。出直すとしよう」って感じで回れ右すれば良いだけだろうけれど)

 

 それはあり得ない。俺自身が欲している筆記用具や紙を扱ってるのが紹介されたもう一軒の方であることを差し引いたとしても。義を見てせざるは勇なきなり、と言う訳ではないがこのままさよならというのは後味がよろしくない。

 

(ただ、前情報ゼロでもあるんだよなぁ)

 

 用心棒がごろつきで、この店の主人が敵対的だという前提のせいで、店側が悪く見えるが食ってかかってる前の客がクレーマーと言う可能性だってゼロじゃない。

 

(まぁ、傍観するという選択肢はあり得ないんだけどさ)

 

 情報収集してからと悠長なことを言っていては、ごろつきに先客が殴られるなんて展開になることもあり得る。

 

「邪魔をする、取り込み中のようだがどういうことだ?」

 

 故に、俺は敢えて首を突っ込んだ。ここでもしごろつきが激昂して「外野はすっこんで居ろ」とでも叫ぶようなら、こちらとしてはあちらが帰る理由を作ってくれたようなモノ。

 

(紹介してくれた店主には「用心棒らしい奴に恫喝された。何て店を紹介してくれたんだ」と文句の一つでも言えばいいし)

 

 紹介された店に足を運んだことで義理は果たしたことになる。もっとも、この店の主がそんな用心棒による自店舗への営業妨害に気づかす見過ごさなければ、そんな状況にはならないだろうが。

 

「これは失礼しました、お恥ずかしいところを」

 

 声を発したのは、ごろつきではなくカウンターの向こうにいた眼鏡の男性だった。おそらくは店主だろう。

 

「実は、そちらのお客様が当店の商品ではない品を持ち込まれまして」

 

「ここの商品ではない?」

 

「はい。ガーターベルトと言う装飾品なのですが」

 

「ふむ」

 

 説明され、周囲を見回すと、店内にあるのは、壺、壺、壺。別に壺を売る店ではない。この店で扱っているのは、油だ。食用以外にも武器の手入れ用のモノ、照明用の燃料などがあり、俺がここを紹介された理由はお使いで頼まれた品に油があったからでもある。

 

「アクセサリーと油では『あ』しか共通点がない、か」

 

 と、言語によっては通用しないボケをかましてみるが、先客が食い下がっていた理由もだいたい察しがついた。

 

「確かにここでは扱っていない商品かも知れませんが、同じ商会のお店じゃないですか! それに、これを渡した人は商会の系列店なら何処でも返品出来るって」

 

「ほう」

 

 前半はだいたい予想通りというところか。

 

(あの商人のオッサンへの返品、相当きつかったからなぁ)

 

 直接扱ってる店は無理だと判断し関係のある他の店へ当たろうとしたのだろう。

 

「他の店でも返品出来ると言う話だったなら不当な要求ではないな」

 

 事を荒立てる気はない、ただ店主に味方する理由も義理もない。あくまで中立の立場から、両者の言い分を聞いていた俺は眼鏡の店主へ視線をやる。

 

「あちらはああ言っているが?」

 

 問いつつ、もめ事になっていると言うことは渡した男が独断で勝手なことを口走ったのではないかと俺は考える。

 

(渡す時に出任せを言っておいて、後でとぼけるってのも悪役が割と良くやるパターンだけど、がーたーべるとを渡したとき代金を受け取った訳じゃないからなぁ)

 

 ここで店側がそんな男は知りませんと言おうモノなら、「じゃあ、このがーたーべると返品しなくても代金支払わなくて良いんですね、ひゃっほい」と言質を取られてしまうことにだってなりかねない。

 

(どう返す?)

 

 とぼけるか、認めるか、否定するか。

 

(よくよく考えると警戒していたのは元バニーさんのおじさまだけだった訳だけど、その陰に隠れた強敵が居たって不思議はないんだよな)

 

 おじさまに良いように操られてる時点でお察し、といいたいところだが敢えてのっているキレ者が居る可能性だってある。

 

(過小評価して足下をすくわれるのは拙い)

 

 そう言う意味でも、指標としてここは眼鏡の商人がどう答えるか聞いておくべきだろう。

 

(うまく行けばあの先客もがーたーべるとなんて忌まわしい品が返品出来るし)

 

 あのままごろつきと揉め続ければ今頃手を出されていてもおかしくなかったと思う。

 

(うまく行かなかったら、その時はその時かな)

 

 エピちゃんのお姉さんでない俺に出来ることなど、せいぜいこの程度。あとは、うまく行くように祈りつつ反応を待つことぐらいだった。

 

 




久々に次回は番外編の予定。


次回、番外編20「手紙(クシナタ隊隊員視点)」


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番外編20「手紙(クシナタ隊隊員視点)」

「そうですか、スー様はダーマにいらっしゃるのですね」

 

 机に向かい、ポツリと独り言をもらした私はもう一度羊皮紙に視線を落とす。

 

「はぁ」

 

 何から書くべきかで、まず迷う。書き出しの一行、所謂季節の挨拶の所まではすらすらと書けたがそこでペンは止まってしまったのだ。

 

「しかし、このようなモノで字を書くことになるなんて」

 

 自分の世界がまだジパングとその周辺だけだった時のことを思い出し、あの頃の私は

想像すらしてませんでしたと呟きつつじっとそれを見る。

 

「人生、何があるか解らないものです」

 

 字の書き方もペンの持ち方も習ったのは、職業訓練所。短期間で色々詰め込まれ、自分を含めた何人かの仲間が音をあげかけた。

 

(それでも――)

 

 自分達が命を落とした時に比べればどうと言うことはない、スー様のお力になれるならと叱咤激励し合って、隊長を除き、皆が職に就いた。

 

「だから、迷ったのですけれどね」

 

 苦笑が漏れ出てしまうが、全ては自分で選んだ道。

 

「……とりあえず、経緯報告から書き出しましょうか」

 

 主観が混じってしまうとは思うが、これまでにあったことを順に綴って行くだけなら、先程のようにペンが止まることもないと思う。

 

「スー様とお別れし、目指していたロマリアへたどり着いた私達は到着するなり一旦解散しました。一人がルーラで連絡要員の居るところまで戻り、連絡要員を連れてくることでキメラの翼、もしくはルーラで移動出来る人員を増やす必要があったからです。ちなみに、魔法使いだった私がこの役目に選ばれ、居なかった二日間のことは伝聞になるのですが、モンスター格闘場にはまってしまって隊長から大目玉を食らった子がいたそうです……あ」

 

 書いてしまってから、こんな告げ口じみたことを書いて良かったものかと言う疑問が生じて、一枚目は没にした。

 

「けれど、他に大したことはなかったと聞いているのですよね」

 

 武器屋に並ぶ品は品質でイシスやバハラタの物に劣り、周辺の魔物も脆弱。

 

「スー様のお話ではアリアハン大陸を抜けた場合、最初に足を運ぶ国と言うことでしたし、ある意味これも仕方ないのかも知れませんけれど」

 

 それに、力を持たない人々にとって魔物が弱いのに越したことはない。

 

「と、続きを書かないといけませんね」

 

 羊皮紙もそうだが、時間はも有限だ。私はペンを取ろうと手を伸ばし。

 

「うーん、……仕方ありませんね。ロマリア王に謁見して金の王冠を奪回してくるように頼まれ」

 

「女王陛下、よろしいでしょうか?」

 

 少し考えてから羊皮紙の上へとペンを移動させた姿勢で固まった。

 

(っ、なんてタイミングで)

 

 恨めしく思う気持ちはあるが、これもまぁ仕方ない。

 

「……少し待ちなさい」

 

 まだ慣れない命令口調で答えつつ、私は書きかけの手紙を机の中に隠すと、扉へ向き直る。

 

「入りなさい」

 

「はっ、失礼します」

 

 許可を出せば、入ってきたのはこの国の騎士。近衛騎士団の副団長と紹介された覚えのある顔だった。

 

「何用ですか? 本日の執務はもう終わりの筈」

 

 女王として即位する為に職業訓練所の比ではない地獄は見たし、まだ勉強の時間やマナー講座その他諸々の時間は定期的にあるが、どれもがこんな時間ではなかった筈。

 

「実は、例の元貴族についてご報告が」

 

「……成る程、遂に動き出しましたか」

 

 潜めた声で口にした言葉で得心の言った私が頷けば、副団長は言葉を続ける。

 

「はい、こちらで調べたところダーマ神殿を拠点とする組織の元に逃げ込もうとしているようで」

 

「ダーマへはどのように?」

 

「アッサラームまでは陸路、そこからは交易船に乗って海路でバハラタへ向かうかと。違法に蓄財した資産を処分しており、財布には余裕がある様子。陛下の即位で、もう不正は出来ぬと踏んだのでしょうな。同様の理由で大小二十名以上の貴族がこのロマリアから逃げ出す様子です。もっとも、半数以上は東の橋で身柄を押さえることが出来ると思われますが」

 

「そうですか」

 

 手紙に書くことが増えたのは確定だが、喜べることではない。

 

「ダーマには昔の仲間が居ます、警告しておくべきなのでしょうね。供を頼めますか? それから影武者の手配を」

 

「は? 陛下自ら向かわれるので?」

 

「ルーラの呪文で他国に飛べる魔法使いが居るなら別ですが」

 

 尋ねてきた副団長は私がそう言えば沈黙した。

 

「それに、ルーラの呪文なら先回りは可能です。クシナタ隊長のことも皆のことも良く思っていなかったようですし、ダーマへ至る前にあの者は止めなくては」

 

 手紙ではなくて口頭で伝えることになってしまうかも知れないが、非常事態だ。

 

(ひょっとしたら、これがスー様とお会い出来る最後の機会になるかもしれません、ですが)

 

 クシナタ隊に所属する魔法使いの一人としてよりも一国の女王としての方が、恩人に尽くすことが出来る。

 

(クシナタ隊長、みんな、それでも私は――)

 

 後悔はしていない、自分で選んだ選択だから。

 

「蓄財があるなら護衛を雇っている可能性があります近衛から数名同行を」

 

「御意」

 

 一礼して去って行く副団長を部屋から追い出すと、私は着ている王族用の豪華なだけのローブを脱ぎ始めた。

 




南バレンヌへ進出だ!(シャキーン)

密かに一名脱落していたクシナタ隊。

と言う訳で密かにロマリアの女王出陣す。

尚、クシナタ隊長を含む残りの面々は、経過時間から考えて、ノアニール辺りには到達していると思われます。

次回、第三百四十六話「眼鏡の商人」



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第三百四十六話「眼鏡の商人」

「まぁ、連絡の行き違いがあったと言うことでしょうね」

 

 俺という第三者の目があるからか、割とあっさり眼鏡の商人は返品を受け入れることを決めた。

 

「ただ、このガーターベルトを渡したと言う方とはあとできっちりお話ししないといけませんが」

 

 などと続け多時には眼鏡の奥の目が笑っていなかったところを見るに、迂闊なことを言った配布役の方には何らかの制裁が科せられるのだろう。

 

(そっちは向こうの自業自得だけど)

 

 これでめでたしめでたしかと言うと、そうでもない。あのまま前の客が何事もなく帰れるならいいが、帰り道を用心棒の方が追いかけてきて因縁を付けるとかそのまま襲いかかってくると言うのは、割とよく見るパターンだ。

 

(第三者の目があるからこそ、無茶をしなかっただけだとしたら)

 

 それこそ、あの先客が店を出てから想像通りの行動に出る可能性もある。

 

(用心棒が店を出ようとするようなら、その時足止めを試みるか、もしくは)

 

 ただし、ことを荒立てるつもりはない。

 

(まぁ、いずれにしても店側の対応次第だな)

 

 こちらとしてすべきは、さっさと買い物を終わらせて帰ること。

 

(早く買い物を終わらせればこっそり先客の後を尾行(つけ)ることだって出来るかもしれないし)

 

 どちらにせよ、店内で揉める気はない。尾行の結果、ごろつきが襲ってるところに出くわせば、「悪事の証拠」を手に入れる為、介入する可能性はあるが。

 

(うまく現行犯で捕縛出来たとしたところで、トカゲの尻尾切りされる気しかしないんだよなぁ。そうそうこっちの都合良く事が運ぶとも思わないし)

 

 反勇者連合をしょっ引く為の理由が一つ手に入るからと言うよりも、先客が襲われると寝覚めが悪いからが介入の理由になると思う。

 

「では、お引き取り頂けますね?」

 

「はい。その、ありがとうございました」

 

 商人と先客のやりとり横目で見つつ、色々考えていた俺は和解の成立を見届けると、一度だけ用心棒の方を盗み見てから壺の群れへと目をやった。

 

「確か、この油だったな」

 

 一応頼まれた物は買って行く必要があるし、赤の他人のもめ事に首を突っ込みすぎるのも不自然だと思ったのだ。

 

(それに、予め買う物を決めておけば時間短縮になるし)

 

 って、俺は誰に説明をして居るんだろうか。

 

(うーむ、疲れてるのかな、色々と)

 

 二店舗前でクリーチャーと出くわしているので、無理はないと思う。

 

「……話は済んだようだな。この油を貰おう」

 

 向き直るなり眼鏡の商人へ話しかけたのは、一応用心棒に何か指示を出していないかと見る意味もあったが、とりあえず杞憂だったらしい。意味ありげな仕草などと言うモノは特になく。

(いや、俺がその手のモノを見過ぎてるだけか)

 警戒したこちらを嘲笑うかの如く、何もないまま買い物は進んだ。

 

「では、失礼する」

 

「ありがとうございました」

 

 気づけば、精算をすませて店の外。

 

(……うん、ま、いっか。前の店でリストは貰えた訳だし)

 

 とりあえず、例の先客はかろうじて後ろ姿が見えるので、念のためストーキングはするつもりだが。

 

(次の店とあまり離れないといいんだけど)

 

 この時、俺はまだ気づいていなかった。あの品を押しつけられるのが、まだダーマにやって来たばかりの人間に限られていることを鑑みれば、先客が何処に帰るかなど解っていたはずなのに。

 

「あ」

 

 気が付いたのは、視界内に宿屋の看板がかろうじて入ってから。

 

(うわーい、戻ってきちゃった)

 

 結局来た道を引き返すハメになったのは言うまでもない。

 

(しゅうげき? そんなもの まったく かけら も そぶり も ありません でしたよ、ええ)

 

 だーま は きょう も へいわ です。

 

「……引き返そう」

 

 そう言えば、次の目的地である地球のへそでは壁に並んだ仮面が引き返せと囁くダンジョンであった気がする。

 

(何てことを思い出すぐらいに、空しさを噛み締めつつ、俺は歩いてきた道を引き返した)

 

 胸中で謎のナレーションをしつつ目指す先は、紹介された店の内最後の一軒。

 

「今度は忘れ物しないようにしないとな」

 

 買い忘れでまた引き返すなんてオチは望んじゃいない。

 

(ただなぁ、今日あったことからするとまた予想もしていなかったアクシデントとかに巻き込まれそうで)

 

 ありがちなのは、迷子に出くわすとか、荷物を持った老人に話しかけられるとかだろうか。

 

(次点が、せくしーぎゃるの襲来かな。多いらしいし、このダーマには今)

 

 ええ、おれ が そうぐうした のは へんたい にひき と くりーちゃー が いったい だけ ですけどね。

 

(内二匹は、広い定義で見れば身内……よし、がーたーべるとは燃やし尽くそう。集めて火にくべよう)

 

 そんな決意を覚えてしまったって、仕方ないよね。

 

「ふっ、いや……最初からそうすれば良かったのやもしれんな」

 

 脱いだ後のシャルロット達を見れば、解る。あれは存在してはいけないものだと。

 

(くくくくくく……はははははは)

 

 何だか悪人っぽく声には出さず笑ってしまうが、これだって仕方ないと思う。

 

「あら、そこのお兄さんいい男ね。あたしと楽しいことしない?」

 

 とか、いきなり声をかけられたりしたのだから。

 

(いや、次点ってあげた直後ですよ?)

 

「あー、ずるい! 抜け駆けなんて卑怯よ!」

 

「何々? あーっ、いい男じゃないっ」

 

 俺が一体何をした、と心の中で問う間にも後方の声は増えていた。

 




せまりくるせくしーぎゃるのきょうふ。

次回、第三百四十七話「ただいま」

え、無事に帰れるの、この状況で?


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第三百四十七話(仮)「ただいま」

 

「ねぇ、誰から声かけるぅ?」

 

 振り返るのに酷く抵抗を覚えることへひどくデジャヴを感じてしまうのは、気のせいだったと思いたい。

 

(うん。なんていうかさ、これで振り返った先にいたのがクリーチャーだろうと綺麗なお姉さんだろうと俺がとれる選択肢なんて一つだと思うんだ)

 

 買い物は残っているし、これ以上時間を取られるわけにはいかない。

 

(なら、逃げの一手だ!)

 

 幸い、身のこなしとか素早さには自信がある。

 

「あっ」

 

 無言のまま歩く速度を上げると、後方で声が上がるが、知ったことではない。

 

(大丈夫、なんだか微妙に揉めてるみたいだったし、こっちの初動については来られない筈)

 

 逃げる、逃げるのだ俺。

 

「あーっ、行っちゃうじゃないっ!」

 

「追いかけるわよ!」

 

「っ」

 

 後方の推定せくしーぎゃるへ振り向き、「なぜ そこ で おいかける」とツッコミたい衝動に駆られはしたが、辛うじて堪えた。

 

(駄目だ反応するのが一番拙い。脈ありだと思わせたら負けだ)

 

 女慣れしていない俺ではせくしーぎゃるの集団に捕捉されたらひとたまりもないだろう。シャルロットやおろちへの対応もかなり危うかった気がするし。

 

(最悪、ルーラ……じゃなかった、キメラの翼の使用も選択に入れよう)

 

 視界外に逃れられれば、レムオルの呪文で透明化という手もあるが、追いかける宣言してるせくしーぎゃるのむれはおそらくまだ俺を視界内に捉えているだろう。

 

(というか、追っかけてさえ来なければもう視界から消える程度の距離は歩いてるのに)

 

 このまま、あの雑貨屋におススメされた店にはいけない。店に入るということはその店舗構造によっては袋小路に自分から飛び込むようなものだ。

 

(それは、明らかに悪手)

 

 狩人からすれば、出口を張っているだけでやがて獲物が出てくる訳で、そんな選択をした愚かな獲物は狩られるだけだ。

 

(撒かなきゃ、何とかして撒かなきゃ)

 

 お店に行けない。

 

(しかし、本当にどうしてこうなった)

 

 何故お使いに出ただけでせくしーぎゃるに追われなければならない。

 

(甘く見てた? せくしーぎゃるがダーマに広まりつつあるって情報を俺が甘く見すぎてたから?)

 

 それともガワは借り物でそこそこ整った顔をしてることを忘れてたからか。

 

(……わかってる。今更後悔したり自問自答しても仕方ないってことは)

 

 後者についてはこの追跡者を振り切れたら、同じ目に二度と遭わないように予防策を考えるのには役立ちそうだが。

 

(って、このタイミングで「この~たら」はやう゛ぁい)

 

 かんがえて から きづき ましたけど、これって いわゆる ふらぐ ですよね。

 

「あ、いい男」

 

 認めよう、今回は。絶妙のタイミングで前から声が聞こえた理由は俺のせい、自業自得だと。

 

「ちょっ」

 

 挟まれた。せくしーぎゃるにはさまれた。

 

(ぜったい ぜつめい じゃないですか やだー)

 

 ちなみに、参考までに現在の周辺地理を説明すると、店がびっちり並んで隙間や脇道のない一本道、前後にせくしーぎゃる。

 

(どうしよう)

 

 これが転がってくる岩なら左右にある店のどれかにお邪魔してやり過ごせばいいが、相手は人間だ。入り口で張って出てくるのを待ち構えるかもしれないし、店の中まで入ってくる可能性だってある。

 

(とりあえず、前方のせくしーぎゃるがクリーチャーでないのと一人なのは幸い……なのかな)

 

 もっとも、チラ見でがーたーべるとが確認できるような格好の痴女と遭遇して、幸いとはこれいかにと自分に問いたくなる気もすこしはするけど。

 

(最悪、前方なら強行突破もいけるか)

 

 サッカーでボールをもったフォワードが敵ディフェンダーを抜き去るようなイメージだ。サッカーにはあまり詳しくはないが、サッカーの漫画ぐらいなら読んだことはある。

 

(それに、水色生き物なら結構蹴ってるしなぁ)

 

 関係ないとツッコまないで欲しい。後半は現実逃避なんだ。

 

(だいたい、あの人を抜き去れば、あの人自体が後ろのせくしーぎゃるを遮る壁になって――最終的に追跡するせくしーぎゃるのむれが+1人されるんですね……って、状況悪化するじゃねぇかぁぁぁぁっ!)

 

 駄目だ、一人ノリツッコミしてしまうほど俺は追いつめられているらしい。

 

(どうする、どうすればいい?)

 

 古典的だがゴールド金貨でも撒いてみるか。

 

(うーん、金に目がくらんでくれればいいけど、拾って「落としたわよぉ」と声をかける口実に使われるような気もするからなぁ)

 

 かと言って、逃げられるような場所はない。

 

(右も左も店ばかりだし……ん?)

 

 活路を求めてそれを見つけられたのは、本当にたまたまだった。

 

(古着屋……か、そうか。ここなら!)

 

 中で買った服に着替え、変装し何食わぬ顔でやり過ごせる。

 

(いくらせくしーぎゃるだってスレッジみたいな爺さんなら狩猟の対象外だろうし)

 

 万全を期すなら、女装すべきかもしれないが、うん。

 

(じょそう は もう かんべんして ください)

 

 図らずも自分で自分の心の傷を抉ってしまうことになったが、立ち止まっているような時間はなかった。

 

「あらぁ? いないじゃない母さん」

 

「おかしいわね。確かにここへ入ったんだけど」

 

 結果から先に言えば、俺は賭けに勝った。あと、後方のせくしーぎゃるは親娘だったという要らない追加情報も得た。ちなみに、ふつうのお姉さんとクリーチャーが二対一の割合であったことも要らない情報だったと思う。

 

「……ただいま」

 

「あ、おかえりなさい、お師匠様」

 

 その後、最後の買い物も済ませ、出迎えてくれたシャルロットの顔に癒されたのは、無理もないことだったと思う。

 

(……疲れた、疲れたよ)

 

 このままベッドに倒れこんで寝てしまいたいところだが、俺にはまだすべきことがあり。

 

「買い物は済ませてきたが、二人の様子は」

 

 質問と報告、内の前者を済ますべく、シャルロットへと問いかけた。

 




森崎君は吹っ飛ぶもの。

とりあえず、PC入院により元原稿がないため、今回からサブタイトルに(仮)をつけての復帰となりました。

今後の展開をざっと書いたメモとか、ゲームのセリフを書き出したものとか、全部なくなってしまいましたが、おおよその展開は覚えてるので話の進行に支障はないと思いたいです。

次回、第三百四十八話(仮)「ほうこくをすませるまでがおつかいです?」




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第三百四十八話(仮)「ほうこくをすませるまでがおつかいです?」

 

「え、ええと……」

 

 シャルロットが見せたのは、答えづらそうな態度と所在なさげにさまよう視線。

 

「そうか」

 

 だいたいののことはそれで察せた。

 

(割と長い時間買い物したり逃げたりしてたと思ってたんだけどなぁ)

 

 気のせいだったか、それともその長い時間でもせくしーぎゃるった自分にダメージを受けた二人を復活させるには短すぎたのか。

 

「お姉さんの方だけは何とか」

 

「な」

 

 勝手に自己解決しかけていた俺が自分の思い違いに気づかされたのは、その時だった。

 

「将たるもの精神的なタフネスがなければやっていけないんですよ」

 

「あ」

 

 話題の主がふらっと現れたのは、シャルロットの言に俺が驚いた直後。

 

(あぁ、そういえばイシス侵攻軍の総大将だったっけ。けど、それならその総大将を一時的とはいえ戦闘不能にしたせくしーぎゃるの後遺症って相当なモノがあるんじゃ)

 

 こうなってくると、いまだ復帰してないもう一人、エピちゃんんも方もほんのちょっぴりとは言え心配になってくる。

 

(とはいえここでエピちゃんの話を振るとなぁ)

 

 目の前の元イシス侵攻軍の総大将はあの変態モードとはいかなくても、残念才女ぐらいにはなってしまう気がする。

 

(仕方ない、後で様子を見に行こう)

 

 ノックとかすれば、着替え中にばったりみたいな悪意しかない展開も待っていないだろうし、キーマンであるエピちゃんのお姉さんが復活した以上、仕入れてきた情報を渡してどうすればいいかを聞くべきだろう。ただ、パンツをかぶれと言われたら拒否するが。

 

「……ちょうどいいところに来た。実は買い物に出かけて今帰って来たところでな。いろいろ情報も手に入り、お前達にも意見を聞きたいと思っていたところだ」

 

 言いつつ俺が取り出すのは、当然、あの情報屋に渡されたリストだ。

 

「お師匠様、それは?」

 

「ああ、このダーマ内でミリーの『おじさま』に協力してる店のリストだ。あのがーたーべるとの押し付けを快く思っていない古参の商人が結構いてな、その一人に貰った」

 

 覗き込んでくるシャルロットへ応じつつ、ただし、渡す相手は別の者。

 

「全部覚えたとは言い難いが、買い物で紙と筆記具を買って来てある。後で返してくれればいい」

 

 知恵を借りる以上、そう言って最初に渡すのはエピちゃんのお姉さん以外にありえなかった。

 

「では遠慮なく……ふーむ、裏付けの取れていないものを信用するのは危険と言いたいところですが、ダーマの情報屋なら問題はなさそうですね」

 

「知ってるのか?」

 

 リストを受け取るなりいきなり爆弾を投げてくるウィンディに驚愕をできる限り隠しつつ問えば、返ってきたのはバハラタでも名を知る者はいると言う答え。

 

「実は探していたんですよ。戦いにおいて一番重要なのは情報ですから。イシスでの戦いにしても、もう少し真面目に情報収集をしてくれれば……おっと、失礼」

 

「いや、まぁ、気持ちはわかる。もっとも、あの時はこっちが情報を隠ぺいしていたからな」

 

 クシナタ隊なんて存在は寝耳に水だったことだろう。

 

「正直に言いますと、あなたのこ」

 

「おっと、そこまでだ」

 

 言いたいことは推測がつくが、ここにはシャルロットがいる。

 

「ああ、これは失礼」

 

「え?」

 

 意味の分からないシャルロットだけが唐突な流れにぽかーんとしているが、それは仕方ない。というか。

 

(今の、俺の本当のスペックをシャルロットにばらそうとしたんじゃ?)

 

 普段はエピニア一直線で残念だが、こんなところで俺のようなポカをするとも思えない。

 

(俺がいろいろ秘匿するのを迂遠とみたのかな)

 

 相手はある意味でチートを疑いたくなる智謀の持ち主であり、軍師とかそういうキャラって合理的な考えをするものだと思っている。

 

(確かに、人目を気にせず、呪文を使えるようになれば、遥かにやりやすくはなるけどなぁ)

 

 ただ、今すべてを打ち明けるわけにはいかないのだ。エピちゃんのお姉さんにもプランはあると思うが、こちらにはこちらで予定がある。

 

「それで話を戻すが、このリストと外で見聞きしたことを基に策を練」

 

「ああ、それならもうできました」

 

「「早っ」」

 

 とりあえず話題を変えようと思ったら、まさかの答え、シャルロットと反応がかぶったのは仕方ない。

 

「その見聞きしたことを伺って修正を加える余地はあると思いますけどね、それは他の方が集まってからの方がいいでしょう」

 

「あ、そ、そうだな」

 

 頼りになるというか、なんというか。

 

(バラモス……)

 

 ここまで ゆうしゅうな ぶか を なんで あんな あつかい してたし。

 

(いや、侵攻軍の総大将に据えはしてたし、一応認めてはいたのかな?)

 

 エピちゃんのお姉さんの采配かバラモスの采配か、侵攻軍はイシスの戦力のみなら十分蹂躙できるだけの戦力は揃っていた。

 

(救援がシャルロットかサイモンだけだったなら、ディガスかもう一人で抑え込めるし、バニーさんはあの時点でまだ遊び人、上空からの大部隊に対処できるのは魔法使いのお姉さんの呪文と僧侶のオッサンのバギ系呪文とニフラムくらいかも)

 

 改めて考えると、クシナタ隊が居なければあれはどうなったかわからない戦いであった気がする。

 

(それと、俺の呪文攻撃が想定外の要素か)

 

 ふつうに考えるなら、イシスに辻イオナズンで爆破してくる敵戦力が伏せられてると考える方がオカシイ。

 

(って、あれ? だったら秘匿の意味だってあると思うんだけど)

 

 考えていると余計に疑問が生じるが、流石にシャルロットがいる前で堂々と聞くわけにはいかない。

 

「わかった。では、シャルロット、すまんが皆を呼んできてもらえるか?」

 

「あ、はい」

 

 だからこそ、俺はシャルロットに連絡を頼み。

 

「……さて、さっきの件だが」

 

 シャルロットが去ったのを見てからどういうつもりだと俺はエピちゃんのお姉さんに問いかけた。

 




ウィンディ、本気出し始める。

そんなことよりおうどん食べたい。

あ、今日はうどんの日らしいですよ?

次回、第三百四十九話(仮)「真意」


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第三百四十九話(仮)「真意」

「やれやれ、これでようやく二人きりで話せますね」

 

 それが問いに対するエピちゃんのお姉さんの第一声だった。

 

(え゛?)

 

 質問の答えになっていないとかそういうわけではない。言外に語る部分まで汲み取ればの話だが。

 

(と言うか、その言い回し)

 

 せくしーぎゃる が しゅうりょう したのに なぜ そんな こたえ が かえって くるんですか。

 

(そも、エピちゃん一筋じゃなかったんかいぃぃ!)

 

 おかしい、どこで選択を誤った。

 

(あれですか、変態シーンを見た唯一の異性だから責任とれとかそういうことですか?)

 

 ピンチを切り抜けて帰ってきた、ようやく帰ってこれたのにと思った俺は。

 

「勇者さんに隠しておく必要があることを語るには、席を外してもらわないといけませんし、それを私側から切り出すのは不自然ですからね」

 

 このウィンディの言葉で、自分がとんでもない勘違い野郎になっていたことを知った。

 

「あ、ああ。そう言うことか」

 

 つまり、エピちゃんのお姉さんは勇者に伏せて策の一部を俺に伝えたくてこんな回りくどいことをしたのだろう。

 

(そう言えば武将を個々に呼び出して指示を与えた軍師を何かの話で見た気がするな)

 

 同僚がどんな指示をされたのかさえ知らせないのは先走ったり勝手な判断で行動されないようにという面と間者に情報を持っていかれた場合の保険という両面があったのだと思うけれど。

 

(いったいどんな指示を……って、いけない、いけない)

 

 ウィンディの智将っぷりをある程度聞いているからか、不謹慎ながらどこかワクワクしている自分がいて、心の中でかぶりを振るとそんな自分に苦笑する。

 

(まぁ、無理もないか。名軍師な人物の策を身近で見られるとか――)

 

 こんな機会でもなければありえない。

 

「あなたには女装及び化粧をしてわが主、カナメさまと一緒にごろつきを引っかけていただきます」

 

「え゛」

 

 ありえない。

 

「ちょっと待、それはどういう」

 

「あなたが問題の商人の知人であるあの賢者……ミリーさんに『おじさま』は呪文が使えるかと訪ねたのでしたね?」

 

「あ、ああ」

 

「道具ではなく呪文が使えるという発想に至った時点でその『おじさま』にはかなりの呪文知識があると推定させていただきました。例えば、変身呪文のモシャスなど」

 

「っ」

 

 問いかけを遮る形の質問に頷いてしまった俺は、一見飛躍しすぎにも思える推測に息をのむ。まるでこっちの心を読まれてるかのようにほぼ真実を捉えられていたのだから。

 

「そんな知識があれば、相手は完全な変身によるいわば成り済ましに注意が集中するはず。ですから、些少無理のあるような変装の方が引っかかりやすい。もし、変装がある程度ばれても、モシャスでの変身を見抜かれたのと違い、まだ言い訳ができます。『ただの趣味だ』とか」

 

「発覚まで見越してるのか」

 

「まぁ、その辺りは想定しておきませんと。もっとも、ここまでしていただくというのにお任せするのは用意した策のうち一つの疑似餌に過ぎませんが」

 

「うち一つ?」 

 

 同時に複数の策を仕掛けると言うのか。

 

「ええ。相手も頭が回るようなので、目くらましの策は用意しておいた方がいいのです」

 

「なるほど」

 

「数の上で勝る相手に多数の策を仕掛けるのは、策一つ一つに割ける人員を考えても一見下策に見えるでしょうが、敢えてそこで裏をかきます。なにも一人に預ける策が一つでないといけないというルールもありませんので」

 

 凄いと称賛すべきか、驚くべきか。

 

「本当に智将だったんだな」

 

 とは間違っても言えない。それは、暗にエピちゃんのお姉さんの黒歴史を引っ張り出すようなモノだから。

 

(せっかく復活したのに、また使い物にならなくなったらなぁ)

 

 いくら俺でもそんな凡ミスはおかせない。

 

「それで、俺にできることはそれだけなのか? 女装なんてモノより他に優先してしないといけないようなことはないのか?」

 

 もういっそのこと何ができるかをこのウィンディにはぶちまけてしまうべきだろうか。

 

「……そこまで女装は嫌ですか?」

 

「もちろん」

 

 なぜ罰ゲームが策に盛り込まれてるんですかと抗議するレベルである、ただ。

 

「……仕方ありませんね。では、代わりのエサが必要ですから、伝令をお願いしてクシナタ隊の方にお越し願うとしま」

 

「その役目、私にお任せください」

 

「なっ」

 

 説明のさなか、乱入してきた人物に声を出されるまで気づかなかったのは、女装というキーワードに相当動揺していたからだと思う。

 

「へ、陛下!」

 

「そ、そのようなことを軽々しく」

 

「はい?」

 

 そして、引き連れていた男女の声でさらに驚く。

 

(へいか?)

 

 乱入者は旅装の黒い瞳で黒髪の女性。ぶっちゃけクシナタ隊にいた記憶があるし、見覚えもあるのだが。

 

(陛下って、まさか)

 

 あのお姉さんが同行していたのは、クシナタさん達のグループ。俺が知りうる限り一番ありうるのは、ロマリアの王。

 

「まさか、ロマリアの」

 

「はい、先日に即位を済ませてます、スー様」

 

「いや、ちょっと待て」

 

 じょおうさま が いっかい の とうぞく に あたま を さげるの は いろいろ まずい と おもうのですが、これ。

 

(というか、王位受け取ったのがクシナタ隊の一人とか)

 

 俺の予想と想定はいろいろ甘かったらしい。視線が遠くなる中、俺に頭を下げたのは想定外だったのか、お供の人達も固まっていた。

 

 

 




ちなみにこのダーマのお話、ウィンディさんの出番があまりにもなかったので用意したものでもあったりします。


次回、第三百五十話(仮)「乱入者+α」

女王様合流。

うむ、こう書くと別の意味にもとれそうだ。


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第三百五十話(仮)「乱入者+α」

 

「……と言う訳です」

 

 何がと言う訳だとか言うツッコミはなしに願いたい。

 

「そうか、それで逃げ出したという貴族達は?」

「アッサラームにルーラで先回りし、国境を抜けた者の殆どを押えました。ただ、捕らえた貴族の頼る先がダーマにあるスー様や勇者様、隊長に敵意を持つ組織と聞いておりましたので、念のためとご報告にこのダーマまで足を運んだ次第です」

 

 義理堅いというか、何と言うか。

 

「なるほどな。だが、それなら使者の一人に手紙でも託してくれればよかったのだぞ?」

 

 王様になったばかりでは多忙を極めていたに違いない。そんな時に国を開けさせてしまったのは、心苦しく。

 

「それは我々も申したのですが、ルーラの呪文で異国に飛べる宮廷魔法使いが居らず」

 

「ああ、そう言う理由か……」

 

 ただ、伝令や使者を出すより自分で飛んだ方が早かったという事態に気付かされれば、何も言えなかった。

 

「すまんな」

 

 否、口から出るのは謝罪か感謝の言葉だけだった。

 

「いえ。私も国王となったからには、こうした遠出もきっとこれが最後になると思います。ですから、きちんとご挨拶しておきたくて」

 

 まぁ、一国の長となれば確かにそうそう国をあけてはいられないだろう。

 

「そうか、遅きに逸した感があるが、これだけは言っておく……即位おめでとうございます、女王陛下」

 

「え」

 

 生き返らせることができたという時点で新しいロマリアの王、女王はかつての仲間で、事情説明の中で今まで通り接してくれればよいとは言われたものの、こういう時はキチっとするものだと思う。

 

(親しき仲にも何とやらってね。まぁ、お師匠様モードだとやりづらいんだけど)

 

 いくらなんでも即位を祝うのに敬語なしというのは微妙に違う気がしたのだ。それと同時に、一つの区切りをつけたわけでもあるのだけれど。

 

「俺やクシナタ達のことを考えてくれるのは嬉しいが、国王となった以上、最優先で考えるべきは国と臣民だ。もちろん、そんなこと言われるまでもないと思うが」

 

 支援してくれるのはありがたいと思うし、できれば心意気にも応じたいと思う。

 

(けどね)

 

 俺たちへの支援の比率が高くなれば、私利私欲とベクトルが違うだけで逃げ出したという貴族たちと同じところに行ってしまうかのうせいが、ホンの僅かながらに存在する。

 

(このお姉さんなら、そんな風に道を誤ることなんてないと思うけど)

 

 何より。

 

「もっと、自分のことを考えてもいいと思う。お前やクシナタ達にはさんざん苦労をさせている、俺がしたことを帳消しにしてむしろこちらが今では借り分が多いと思っている程にな」

 

「スー様?」

 

「あなたと、ロマリアの未来に栄光あらんことを。幸せにおなり下さい、女王陛下」

 

 いくらなんでも女王に囮なんてやらせられない。そもそも、自らの人生を代償に女王となってまで俺達を支援してくれる相手にそんな役目を頼めるほど俺は腐ってはいない。

 

「ウィンディ。前言を撤回するのは気に入らんが、先の策、俺自らやらせて貰おう」

 

 女装は嫌だ。嫌だが、女王となったクシナタ隊のお姉さんの覚悟を前に、女装は嫌だから誰か変わってくださいと言う方がよほど恥ずかしい、もっとも。

 

「スー様、話は聞かせてもらった。と言うか、女装すると聞いて」

 

「スミレ?!」

 

「ちょっ」

 

「んーと、お久しぶり? で、女王陛下に置かれましてはご機嫌麗しく?」

 

 俺とロマリアの新女王様の前にスミレさんが現れた時、驚きつつもちょっとだけ後悔した。

 

(あれぇ? おれ、はやまった?)

 

 完璧な礼儀作法でお姉さんこと女王に礼をして見せたところは流石賢者と言ったところだが、視線の半分以上はこっちに注がれていた気がする。

 

(なぜ だろう。 あたらしい おもちゃ を まえ に した こども と いうか、うん、ほら)

 

 嫌な予感しかしない。

 

「大丈夫、スー様。その内楽しくなるから」

 

「ならない、と言うかなってたまるか」

 

 いつも通りの表情で手招きするスミレさんへ脊髄反射レベルでツッコみ。

 

「あ、あの、スー様? 今からでも私が変わった方が」

 

「お待ちください、陛下! そのようなことを陛下にさせる訳には! ここは私が」

 

 女王が申し出れば、お供の人が前に出てくる始末。

 

(なに、この かおす)

 

 八割がた乱入してきたスミレさんのせいの様な気もするが。

 

(ある意味俺のエゴで再びこの世界に引き戻しちゃった人達だからなぁ)

 

 責任もとれない立場である以上、生きる目的を見つけてクシナタ隊から巣立って行くのは喜ばしいと思いこそすれ、悪く思う筈がない。

 

(新たな門出をカッコよく祝福して幸せになってくれればいいなと思ったのに)

 

 色々と台無しになってしまった気がする。

 

「とりあえず、スミレは自重しろ。……話を整理しよう」

 

 何とか気力を振り絞り、俺は状況を整理しようとした。

 

「囮に関しては、もともと俺が頼まれたものだった。……だから、こちらで引き受ける」

 

「……スー様」

 

 わずかに生じた間は気にしないでもらえると助かる。

 

「代わりと言っては何だが、これから引っかける連中がロマリアの貴族とかかわりがあるなら、陛下にはその点から連中の処分を頼みたい」

 

「え?」

 

「実はこちらにもいろいろ事情があってな」

 

 そこからは俺による状況説明のターンだった。

 




私にいい考えがある。

キュピーン! パリィ!

どっちも違うといいなぁ、うん。

次回、第三百五十一話(仮)「主人公、ひらめく」


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第三百五十一話(仮)「主人公、ひらめく」

「……と、まぁ情状酌量の余地を含む相手や、こちらの為に敵対するものを丸ごと道連れに自らも倒されようとする者が居る訳だ。俺としては特に後者は救っておきたい」

 

 説明で外せなかったのは、当然元バニーさんのおじさまについてだ。

 

「勇者一行のお一人の」

 

「ああ、父の友人とも聞いている。同時に強力な防具を開発しようとしていたようだからな。心理的な理由以外でもどうやって救うかを考えていたところだ」

 

 このタイミングでロマリアの女王になった元クシナタ隊のお姉さんが訪ねて来てくれたのは、まさに渡りに船だった。

 

(問題があるとすれば、今俺が思いついたものなわけで、エピちゃんのお姉さんに話してもいない独断だってことだけど)

 

 穴は特にないはずだし、今のところウィンディが口をはさむ様子はない。

 

「問題ないよな?」

 

「そうですね」

 

 一応確認をとると、エピちゃんのお姉さんから返ってきたのは首肯。

 

「と、言うことだ。そも、イシスの城下町が襲われたのもバラモスが軍勢を派遣したことに起因する。罪人に手心を加えるのは間違っても褒められた行為ではないが、まげて頼む」

 

 これが通れば、後はあのオッサンが操ってる連中をウィンディの策で倒すだけ、ダーマを悪夢から開放するのに一歩近づく。俺は何の躊躇もなく頭を下げ。

 

「す、スー様」

 

「もっと自分のことを考えてもいいと思うと言って舌の根も乾かぬうちにする願い事だ。しかも相手が女王陛下ともなれば、これでもまだ手ぬるいとは思う、だが――」

 

「はい、そこまで」

 

「な」

 

 尚も言葉を続けようとしたところで、割って入ってきたのはスミレさんだった。

 

「女王陛下とお付きの方の手前、ってこともあってなんだろうけどやりすぎはよくないよ? あたしちゃん達クシナタ隊のメンバーがスー様のお願い断るはずがないし」

 

「えっ、あ、そ、そうです」

 

 助け舟を出された形のお姉さん、ことロマリアの女王は頷き。

 

「と、女王陛下も仰ってるご様子」

 

「……スミレは相変わらず、なんですね。職業訓練所で遊び人になった時の、あの時のまま」

 

 テンパっっていた女王はお道化るスミレさんに視線をやると微笑する。

 

「クシナタ隊に入るときに決めたからって言ってみる。所謂あたしちゃんなりの覚悟?」

 

 どういう覚悟だとツッコんではきっといけないのだろう。

 

「ふふふ、スミレらしいです」

 

「お褒めに預かり、恐悦至極」

 

 見る限り、そこは二人だけの世界であったから。

 

「女王様、大変そうだけど体に気を付けて。怪我とかなら、幼馴染価格で回復呪文させていただきます、キリっ」

 

「お金、とるんですか?」

 

「じょうだん に きまって ます」

 

 相変わらずぶれないというか、何と言うか。ただ、ここまではきっちりと不敬罪にならないように考慮していたように見えたのに、そこからは年齢の近い娘さん同士のふざけあいに見えて。

 

「へ、陛下」

 

「ごめんなさい。もう少しだけ、あと少しだけ……この子のスミレの幼馴染であるただの娘でいさせて」

 

 思わずお付きの人が上げた声に女王が頭を下げるのを見て、俺はスミレさん達へ背を向ける。

 

(さて)

 

 明らかに俺はお邪魔だった、だから。

 

「こっちはこっちで話をするか」

 

「そうですね」

 

 切り出す俺へエピちゃんのお姉さんが相槌を打つ。

 

「助けたい面々への措置はあなたの言うように、あの女王陛下にお任せする形でいいでしょう」

 

「ならば、俺は言われたとおりに策の一部として動くだけ、だな」

 

 どうやって元バニーさんの「おじさま」を助け出すかという問題はこれでほぼ片付いた。女装と言う一点がアレだが、ウィンディの策がうまくいくかについては疑っていない。

 

(それに、今なら約一名は取り込み中だし)

 

 女装がどうのと言った話を詰めてもスミレさんは首を突っ込んで来ないだろう。

 

(ただ、なぁ)

 

 一緒に行動する予定のカナメさんがこの場に居ないのが痛い。万全を期すなら、細部を詰めるのにカナメさんの存在は不可欠だ。

 

(かと言って、シャルロットが呼んでくるのを待った場合、シャルロットの前で女装する話になる上、その頃にはスミレさん達の話も終わっているという……)

 

 待った場合の弊害は多すぎた。

 

(うーむ、とりあえず、仮にだけでも決めておくかな)

 

 そして後でカナメさんにも話し、用意した案に問題があれば没にすればいい。

 

「ならば、この時間を利用して細部を詰めたものを(仮)としてでも用意しておこうと思うのだが」

 

「まぁ、そうですね。他の人が来たらできない話ですし」

 

「ああ」

 

 と言うか、シャルロット達の前で女装して同性を引っかける話なんてできてたまるかといいたい。

 

「確か、ごろつきをひっかけるんだったな?」

 

「はい、まぁ。女装を頼むのは、『ダーマでは見慣れない女性=ダーマに来たての女性』ということでごろつきにカモだと認識してもらう為でもあるのですが」

 

「となると、俺達が引っかけることになるのは――」

 

「はい、がーたーべるとを押し付ける男性を介入させるために女性へ絡む役割のごろつき達です」

 

 エピちゃんのお姉さんが確認へ頷いた時点でだいたいわかっていた。

 

「狙いは、とは聞かない方がよさそうだな」

 

 ただ、詳細を聞いてこっちが勝手な判断をして策が瓦解するのも拙いと敢えて踏み込んでは問わず、代わりに別の質問を投げる。

 

「それで、俺はごろつき達をどうすればいい? 捕らえればいいのか、それともどこかへ誘導するか?」

 

 実は介入してくる手はずになっているがーたーべると押し付け要員が本命の可能性も考えられるし、引っかけたごろつきをそのまま何か別の策に組み込むことだって十分考えられた。

 

(女装と言うところに目をつむれば、案外まともな策の一部ともとれる訳で……)

 

 実際、まともな策なのだろう。

 

「他の方々の成果次第と言う面もありますが……まず、作戦行動中に黄色い服を着たお仲間の姿を見かけた時は、捕縛を」

 

「承知した」

 

「そして、服が青の時は今から言う場所へと誘導してください。あなたにことを起こしてもらうのがこのダーマの入り口付近。そして――」

 

 エピちゃんのお姉さんからの指示を時に承諾し、時には疑問を口にしつつ聞き。

 

「スー様、お待たせぴょん」

 

「お師匠様、呼んできまちたっ」

 

 シャルロット達の声がしたのは。

 

 




主人公「国家権力と繋がれれば、裏から手をまわして恩赦とか捕まえた奴らの罰の軽減も思うが儘だ、ヒャッハーっ」

注釈:意訳です。

次回、第三百五十二話(仮)「説明され、個別に呼ばれて指示をされるだけのお話」

なんだか思いきりそのまんまなサブタイですね、うん。


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第三百五十二話(仮)「説明され、個別に呼ばれて指示をされるだけのお話」

「そうか、すまんな」

 

 振り返った俺は、まずシャルロットをねぎらい。

 

「いえ、これぐらい当ぜ……お師匠様、そちらの方は?」

 

「ん? あぁ、そうか、紹介しよう。ロマリアの女王陛下とお付きの方々だ」

 

 照れたシャルロットに問われて退室中にやってきた面々を紹介する。

 

「こんにちは、イシスでお見かけして以来ですね」

 

「えっ?」

 

 初めましてじゃない女王の挨拶にシャルロットは面を食らったようだったが、無理もないとは思う。

 

(魔法使いと女王じゃ印象が随分変わってくるだろうからなぁ)

 

 ついでに言うなら、確かにイシスの防衛戦やその後の方賞授与の時に見かけたりはしてるかもしれないが、現女王は当時もう一人の勇者のお仲間の一人と言うポジションだったわけだ。

 

「勇者クシナタの仲間の一人だった、と言えば分りますか?」

 

「あ。じゃあ、エリザさんのお仲間で」

 

「ええ。イシスを出てからは別行動でしたけれど。それで、今日こちらにお邪魔したのは――」

 

 経緯を説明しだす女王を見る限り、俺の出番はなさそうだ。

 

(と言うか、策の説明とかだってエピちゃんのお姉さんが居るからなぁ)

 

 後は壁際に立って話を聞いてるだけで済む気もする。

 

「ん?」

 

 そんな時だった、わき腹に何かが触れたのは。

 

「ねースー様、暇してる?」

 

「……そこは、自分が暇だと言うべきじゃないのか?」

 

 感触の正体がこちらをつついていたスミレさんの指だったことに驚きはない。

 

(まったく)

 

 ついでに言うなら自分とは別の道を歩むことを決めた幼馴染とのやり取りの後であることを踏まえれば、そのおふざけが額面通りのモノでないことも解かっていた。ただ、下手に気遣うとスミレさんのことだこちらの意図など簡単に察されてしまうだろう。

 

「スー様」

 

「ん?」

 

「ありがとう、と言ってみる」

 

 まったく、これだからスミレさんは厄介だと思う。

 

(心を見透かすのが賢者だって言うなら、元バニーさんや元僧侶のオッサンにも同じことが出来るはずだけど、そんな様子はなかったし)

 

 賢者はすべからく心が読めますとかだったら、こっちがたまらない。

 

(カナメさんにしても遊び人になったってことは賢者を目指してるんだろうし)

 

 ダーマ到着組以外のクシナタ隊のお姉さんたちの中にだって、転職できたら賢者を目指したいって人はきっと居るだろう。

 

(そもそも、賢者が人の心を読めるなら、賢者を経て僧侶と魔法使いの呪文を全部覚えたこの体だって人の心が読める筈だし)

 

 うん、もう考えるのはやめよう。

 

「……と言う訳なんだが、俺たちへの指示は何かあるか?」

 

 問いかけたのは、当然ながらエピちゃんのお姉さんへだ。

 

「そうですね、二人一緒となると……ああ、スミレさんはロープの扱いが得意でしたね」

 

「んー、それ程でも」

 

「……まぁ、ある意味間違ってはいない、か」

 

 この時、ウィンディの言葉を否定しなかったのは確かだが、だからと言って俺は悪くないと思う。

 

「では、ごろつきを捕獲後の拘束と尋問をお願いしましょうか」

 

「任されました」

 

 こう、けっかてき に ごろつきたち が へんたいてきな しばられかた を すること が なかば かくていした と しても。

 

「おそらく女性に絡んでがーたーべるとを押し付ける面々は、一組二組では足りないでしょう。そういった意味では、割ときつい役目になると思いますが、よろしくお願いします」

 

「ああ、やれるだけのことはやろう……となると、ロープはもっと買い込んでおいた方が良いか?」

 

 答えつつも疑問に思ったことを問えば、エピちゃんのお姉さんはそれには及ばないと首を横に振る。

 

「相手は商人です。物流、つまりロープを大量に買い込んだ人物が居るという情報が相手を警戒させることにつながる可能性があります。ロープが足りないなら相手の服の端を引き裂くなどして対応して貰うことになるかと」

 

「なるほど、相手が商人だからこそ、か」

 

 まぁ、捕縛対象が女性なら服を引き裂いて即席の拘束紐を作るというのには抵抗を覚えるが、ごろつき相手であれば、問題ない。

 

「ともあれ、この件はこれぐらいにしましょう。向こうのお話も終わりそうですし」

 

「そうか……ほぅ」

 

 言われてシャルロット達の方を見れば、女王がシャルロットの手を取っているところだった。

 

「ロマリアにお越しの際はお立ち寄りください」

 

「ありがとうございまつ」

 

 噛んでるところは聞かなかったことにするとして、女王の方がダーマにやってきた理由は説明しているようだし、あとはエピちゃんのお姉さんが俺たちにしたような個別の指示を受け取れば第一段階は終了だろう。

 

(女王が国を長く空けたままは拙いし)

 

 俺が言い出したことによるデメリットだが、協力者の滞在可能な残り時間を鑑みると、作戦の決行もおそらく近い。

 

「お師匠様、これならいけますね」

 

「ああ、そうだな」

 

 女王の話を聞いて、元バニーさんのおじさまを助けられるメドが立ったからか、どことなくテンションの高いシャルロットに相づちを打ち。

 

「さて、俺はこれで失礼しよう。よくよく考えれば頼まれた品をこのままにはしておけんしな」

 

 買い物の荷物がそのままなことを口実に宿の自室へ引っ込むことにした。

 

 




次回、第三百五十三話(仮)「始動準備」


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第三百五十三話(仮)「始動準備」

主人公「そうか、今日は七夕か」

シャル「お師匠様、どうしたんですか……急に窓の外を見たりなんかして?」

主人公「いや、織姫はどこかな……とな」

シャル「織姫?」




そんな完全番外編の季節モノをかこうとしたこともありました。



「女装……かぁ」

 

 部屋に引っ込んで最初に口にした言葉がそれになってしまったのは仕方がないことだと思う。

 

(うん、後悔はしてない……と言いたいところだけど)

 

 後悔なんてしてはいけないというのが正しいか。

 

(前言を撤回した上に自分で言いだしたことだからなぁ)

 

 まぁ、だからと言ってノリノリにもなれない。

 

「何を着ようかしら、うふっ」

 

 とか鏡の前でしなを作っていたら一大事件である。

 

「けど、今の俺にできることと言うと、いかにしてエピちゃんのお姉さんの指示を遂行するかぐらいだからなぁ」

 

 ウィンディは策の全貌を俺にも話さなかった。時々ポカをやらかす俺としては、機密保持と言われれば何も言えない訳だが、それ故にやれることは限られてしまっている。

 

「ごろつきを捕獲した場合についてはスミレさんが居ないとどうしようもないし」

 

 とりあえず、鞄を漁ってすぐ使わないものを取り出しつつ、ポツリと呟く。

 

「うーん、着替えはこのスペースに押し込むとして」

 

 他に必要なモノは何か。

 

「あぁ、一応ロープは入れてゆくか」

 

 スミレさんなら嬉々として荷物に入れていそうな気はするけれど、多くて困るモノでもない。

 

「けど、この鞄を持ったまま動くなら、どこかに隠せる服装の方が良いかな」

 

 隠し場所としてまず思いつくのはスカートの中だ。

 

(……動きやすい服装、動きにくい服装、色々体験させられたしなぁ。うぐぐ)

 

 女性の服に詳しくなってしまった原因に思い至った時、心の傷が開いてしまったが、今更である。

 

「解かってた。こうなることは解かってたんだから」

 

 耐えるしかない。

 

「むしろ、ここはこの機会を利用してトラウマを乗り越えてしまうべきか。……そう言えば、モシャスの効果についても検証がいくつか残ってたような」

 

 死体でも実物がそばにあれば魔物には変身できた。おかげで短い距離なら海を渡ったり空を飛べて重宝したが、まだためしていないこともある。

 

「参考になる相手を見ない状態でのモシャス……出来ればこの呪文の価値が高まるんだけど」

 

 クシナタ隊でモシャスを覚えたお姉さんの誰かに協力してもらえればと言う前提になるが、スレッジと俺が同じ時間に違う場所へ居ることもできるし、同様の方法でマシュ・ガイアと俺が別人と言う偽装もできる。

 

「シャルロットに変身した俺がシャルロットと別の場所で行動することで大魔王とその軍勢をかく乱するとかだって――」

 

 おそらく可能だろう。

 

(と言うことは、勇者で無い俺でもデイン系呪文を放てるチャンスがくるかもしれないんだ)

 

 いや、まぁクシナタさんにモシャスすれば良いだけかもしれないのだけれど、別行動中の現状では難しい。

 

(そこでこの検証の出番と言う訳なのです)

 

 べ、別にこっそりシャルロットに変身して変なことをしようって訳じゃないんだからねっ。

 

「ま、まぁ……とにかく考えるより検証だ」

 

 謎のツンデレ風弁解をごまかすように頭を振った俺は、鏡の前に移動する。

 

「実物をじっくり見ることが出来ない魔物とは違う」

 

 一緒に旅をしたシャルロット達のことなら、瞼の裏にはっきりとイメージできる筈。

 

「後はそれを呪文で写し取れれば……」

 

「で、勇者様に変身するぴょん?」

 

「いや、どちらかと言うと、元バニーさんに……うん?」

 

「はぁい、スー様」

 

「え゛」

 

 不意に聞こえてきた声に返事をしてから目を開けると、鏡に映ったカナメさんがヒラヒラ手を振っていて、俺は石化する。

 

「頼まれていたものの受け取りと、明日のことの相談に来たぴょん」

 

「……ドアにカギ、かかってませんでしたっけ?」

 

「勇者様にこれを借りたぴょん」

 

 そう言ってカナメさんが俺に見せたのは、とうぞくのかぎ。

 

「魔法の鍵があるからもう使わないって話を聞いて、だったら貸してほしいと言ったら快く貸してくれたぴょん」

 

 ああ そういえば ぴらみっど こうりゃく したんでしたね。

 

「……俺のプライバシーは?」

 

「ノックなら何度かしたぴょん?」

 

「えっ」

 

「ついでに入っても良いって確認も。そしたら、『あぁ』って声が中から」

 

「……俺は許可を出したつもりは全くなかったんだが」

 

 ひょっとして、考えるのに夢中で生返事でもしてしまったんだろうか。

 

「えーと、どの辺りから」

 

「『けど、この鞄を持ったまま動くなら』の辺りからずっと居たぴょん」

 

 うわーい、こころ の きず が ひらいて もだえてた ところ とか ばっちり みられてる じゃないですか こんちきしょーめ。

 

「……冗談はこれくらいにして、スー様のその検証、してみる価値はあると思うわ」

 

「えーと」

 

「大丈夫、口外はしないから」

 

 これは、スミレさんじゃなかったことを幸運に思うべき何だろうか。

 

「とにかく、本題に移りましょ。何かに使えるかもしれないから検証を先にして、その後で打ち合わせをする流れでいいかしら?」

 

「そ、そう……だな」

 

 俺はこの後、カナメさんに外に出てくださいとお願いし、再び鏡の前に立った。

 

 念のため、服もゆったり目のモノにしてある。後は目を閉じ呪文を唱えるだけだ。

 

「モシャス」

 

 変身したい相手の姿を脳裏に浮かべ、呪文を唱えた俺は、ゆっくりと目を開く。

 

「な」

 

 そして、想定外の事態に固まった。

 

 




ドラクエⅣの二次創作だったか何だったか、勇者が鏡の前でシンシアにモシャスするのがあったような。

次回、第三百五十四話(仮)「失敗しちゃった」


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第三百五十四話(仮)「失敗しちゃった」

「なに、これ」

 

 口から漏れ出た声は明らかに俺の声ではなかった。どう聞いても女性の、そう、元バニーさんのそれだった。

 

(いや、まぁ体が借り物だから最初から俺の声って訳じゃなかったんだけどね、ある意味)

 

 そういう問題ではない。

 

「なに、このむねおばけ」

 

 いや、元バニーさんは最初に会った時も背中に押し付けてきたし、先日ベッドの上でシャルロットと元バニーさんにサンドイッチされた時など意識する機会がいくらかあったのは間違いない、ないが。

 

(あれですか、イメージだけで変身したから、こうなったと?)

 

 どう考えても本物の元バニーさんより大きな胸をじっと見て愕然とする。俺は、今まで元バニーさんをどんな目で見ていたんだと。

 

「と言うか、格好も賢者じゃなくて遊び人のままなんだけど」

 

 これに関してはまぁ、無理もないと思う。転職したのはつい先日だし、接してきた時間を考えれば遊び人だったころの方が長いのだから。

 

「……とりあえず、実物を見ずのモシャスはもうやめよう」

 

 元バニーさんがこうなるようでは、他の人物に変身したとしてもコレジャナイ的な偽物になってしまうのは明らかだった。

 

(けど……うん、何と言うかいくらなんでもコレはあんまりだよなぁ)

 

 この後元バニーさんにどんな顔をして会えばいいというのか。

 

(全力で土下座したいところだけど理由を言う訳にもいかないし)

 

 後ろめたさとどうしてこうなったという気持ちで頭を抱えたくもなったが、あまりの事態に気を取られ俺は失念していた。

 

「スー様、どうなったぴょん?」

 

「あ」

 

 ドアの向こうから声をかけられるまで、検証することを知っている他者がいた事を。

 

(ちょ、しまったぁぁぁぁっ)

 

 思わず心の中で叫んだのは、ドアの外に事情を知っている人物が居ることを一瞬忘れたからだけではない。それが、カナメさんでもあったから。

 

「むねおばけって何ぴょん?」

 

 さすが もと とうぞく、みみ の よさ は てんしょく しても そのまんま ですか。

 

(じゃなくて……俺、終わった――)

 

 思いきり聞かれてるじゃないですか、独り言。

 

(どうしよう。ここは仮想の友人「むねお氏」でもでっち上げて誤魔化すか……いや、カナメさんにそんな小細工が通用するはずない)

 

 だいたい、百歩譲って前半は良いとしても後半の「ばけ」をどうする話だってことになる。

 

(……もうここはあきらめて素直に打ち明けよう)

 

 流石に元バニーさんへのこの仕打ちを自分の胸だけに収めておけるほど俺の面の皮は厚くない。

 

(それに、カナメさんにはとうぞくのかぎがあるもんなぁ)

 

 ドアノブを手で押さえてでもいない限り、鍵を開けて入っても来られる訳で。

 

「……と言う訳だ。穴があったら入りたいところだが」

 

「あっても、その胸じゃつっかえるぴょんね」

 

 結局、打ち明けた俺は床の上に正座してカナメさんと向かい合っていた。

 

「ただ、話を聞いて思ったのだけれど、それはイメージだけで変身したのよね?」

 

「あ、あぁ」

 

「たぶんそこに問題があったのだと思うわ。情報の少なさをイメージで補おうとする分、相手の特徴が極端な形で反映されたんじゃないかしら?」

 

「極端な形? それはどういう」

 

「そうね。まず、聞いた限りだけど、そのモシャスって呪文は――」

 

 いつの間にか盗賊の頃の口調に戻ったカナメさんは人差し指を立てて説明を始めた。

 

「姿と能力を写し取るわけでしょ? 中身はスー様のままだから性格のような内面は反映されない、もしくは中身に引っ張られてしまう。つまり、イメージで変身する場合外見的な特徴のみが過剰に反映されてしまうということよ」

 

「……なるほど」

 

 言われてみると、元バニーさんの特徴で一番に挙げられるのは、引っ込み思案なところだ。

 

(挙動とか、不安そうな表情とかで反映される可能性もあったけれど、変身後の姿に俺が驚いたり取り乱したから、見る影もなくなったってことかぁ)

 

 だとすれば、この姿もバニーさんのことを胸しか見ていなかったとか、俺がスケベだとか大きな胸が好きだとかそういう理由でないということなのだろう。

 

「ただ、それでもスー様がその娘のこと胸が大きい娘と見ていた事実は揺らがないぴょん」

 

「うぐっ」

 

 遊び人としての口調に戻し、冗談めかしたのはカナメさんのやさしさだと思うが、それでも言葉は俺の心を深くえぐった。

 

(まぁ、悪いのは俺だけどさ……けど)

 

 イメージで変身できるなら、なれるかと少しだけ期待していたのだ。

 

(……少しだけ残念だったな。この検証で望む結果が出れば、借り物の姿で無く本来の姿をみんなに見せられたかもしれないのに)

 

 ちなみに、元バニーさんに変身しようとし理由は、俺が囮になることにより不意打ちで元バニーさんがおじさまと会話できるタイミングを作ろうと思ったからだが、さすがにこの残念変身では無理がある。

 

(スレッジの格好で面と向かい合ってモシャスすると、スレッジとして登場してる間、俺が不在になっちゃうからなぁ)

 

 結果的にこちらの目論見は微塵に打ち砕かれた形だが、むしろこれは変な小細工をするなということなのか。

 

(まぁ、エピちゃんのお姉さんにだって事情は話してあるわけだし)

 

 ちゃんと考えてくれていると思う。

 

「まぁ、スー様の趣好についてはそれぐらいにして、指示された件についての話し合いを始めるぴょん?」

 

「いや、ちょっと待て趣好って……いや、さすがに今回は反論する権利もないか。わかった、始めよう」

 

 むしろ真面目な話をした方が、忘れられる。俺はカナメさんに頷くと買ってきた紙と筆記具を取りに棚の方へと歩き出した。

 

 

 




そろそろダーマのお話も終わらせたい。

次回、第三百五十五話(仮)「打ち合わせの結果」



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第三百五十五話「打ち合わせの結果」

「すまん、待たせた」

 

 数歩の距離を移動してモノを取ってくるだけではあったが、俺は敢えて頭を下げた。

 

(モシャスの検証で時間を使わせちゃったからなぁ)

 

 結果として、俺は未だに失敗バニーさんの格好のままである。

 

「さて、俺達の担当はダーマの入り口となる訳だが……」

 

 決めておくべきことは色々ある。

 

「最初から女装して現場に赴くか、それとも何処かで隠れて着替えるか。俺としては後者を押すつもりだ。既にダーマ入りしてる者はチェックされている懸念があるからな」

 

 現場で着替えとなれば荷物が増えるが、これは仕方ない。

 

「そう言う意味ではモシャスしてから宿を出て向かうということも考えたが、出入りした人の数と性別に違いがあると警戒されてしまう可能性もある」

 

 おそらく、そう言った面からして一番良いのは、一度ダーマの外に出て屋外で変装すると言うものだろう。

 

「盗賊の俺ならば、気配を殺すことも出来るし、聖水を振りまけば力量差の関係で魔物は襲って来んだろうからな」

 

 問題があるとすれば、姿を隠して着替えられる場所があるか不明という点ぐらいだ。

 

「ある意味一番重要な点だが」

 

 同性ならともかく、カナメさんが一緒にいるのがちょっと拙い。

 

「スー様、何ならその時後ろを向いておくぴょん?」

 

「いや、気持ちはありがたいが」

 

 それでも気まずいというか、何というか。

 

「葛藤しているところ申し訳ないけど、どっちにしても最後の仕上げにお化粧しないといけないから、一人だけ入り口で待っているという選択肢はないわよ? それに、見張られている可能性を加味するなら、変装しないといけないのは、あたしもだし」

 

「そ、それはそうだが」

 

「大丈夫、この宿に来た時に使ってたフード付きマントを羽織れば前しか見えないし」

 

 何だろう、気遣いがちょっと痛い。

 

「ともかく、着替えまでの流れはそう言う形にしましょ」

 

「いや、だが」

 

「それとも、モシャスであたしになってから着替えるぴょん?」

 

「……それは、勘弁してくれ」

 

 結果的に、押し切られたという形になるのだろうか。そんな感じで半分以上カナメさんのペースで打ち合わせは進み。

 

「……とうじつ が やってきた、と いうわけ ですよ」

 

 別段誰かに聞かせる為の物でもない呟きは、現実逃避以外の何物でもない。

 

「それじゃ、スー様はよろしくぴょん?」

 

「あ、ああ」

 

「あたしちゃんは昨日話したとおりの場所にいるから」

 

「あぁ」

 

 とりあえず、一つ救いがあったとすれば、連絡の為にスミレさんが尋ねてきた時には、俺の失敗モシャスがきれていたことか。

 

(うん、傷口を広げずに済んで、本当に良かった)

 

 あの時、胸の大きいバニーさんのままだったらほぼ確実にクシナタ隊全体に昨日の失敗が拡散していたと思うし、暫くはからかわれることになっていたと思う。

 

(いや、当日宿の前で考えるようなことじゃないのは解ってるけどさ)

 

 今一番に考えなければいけないのは、作戦を成功させて、終わらせることだ。

 

(全てを、このツッコミだらけだったダーマのせくしーぎゃる蔓延事件を、今日、ここで)

 

 そして、元バニーさんのおじさまを助け出す。

 

「では、よろしくお願いします。策の初動はおそらくあなた方でしょうから」

 

「あぁ」

 

 すれ違う際、エピちゃんのお姉さんが囁いた言葉に振り返ることなく俺は応じ。

 

「行こうか」

 

 俺はカナメさんに声をかけた。

 

(シャルロット、ば、元バニーさん、行ってくるよ)

 

 声には出さず出立を告げる相手は見送りには来ていない。と言うか、二人には俺が何をするかいつ出立するかも伝えていないのだ。まぁ、情報が外に漏れるのを防ぐという理由を差し引いても女装してごろつきを引っかける役目なんて話せる筈もないのだけれど。

 

「おはようございます、お客様、お発ちで?」

 

「ああ、宿代は前払いしてあったな?」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 宿のカウンターでチェックアウトを済ませ、宿の主人の声を背に、歩き出す。

 

(さてと)

 

 着替えと化粧道具一式は鞄の中、どちらもクシナタ隊のお姉さんからの借り物というのに複雑なところはあるけれど。

 

(口紅だけは、買ってそっちを返そう)

 

 間接キス、という所は考えないことにした。

 

「スー様、あたしちゃん別にアッサラーム産にこだわりとかないから」

 

「いや、こだわりと言うかだな……」

 

 だから なんで ぴんぽいんと に こころ を よんでくるんですか すみれさん。

 

(タイミング的に他の人に借りるのは難しかったからって失敗だったかなぁ)

 

 少しだけ後悔しつつ、宿を出る。

 

(もっとも、からかうだけだからこそスミレさんに借りたのだけど)

 

 もし、あのタイミングでなく、他に選択肢があったら、どうだろうか。

 

(カナメさんは一緒に行く訳だけど、論外だよな。エピちゃんが狙ってくるだろうし)

 

 同じ理由でエピちゃんも無理だ。その姉はつい前日までパンツ覆面にしてたので、そんな人の口紅というのは別の意味で抵抗がある。女王陛下の口紅は下手すると外交問題だ。

 

(うん、やっぱり他に選択肢は無かったな)

 

 歩きながら少し考えて、結論に至った直後。

 

「スー様」

 

「ああ」

 

 俺はカナメさんの声に小さく頷いた。

 






次回、第三百五十六話「ごろつきはやはり」


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第三百五十六話「ごろつきはやはり」

尾行(つけ)られてるな)

 

 念のため声には出さず、唇の動きだけで続けると素知らぬふりで外へと向かう。

 

(目立ったつもりはないし、事を荒立てもしなかったはずだけど)

 

 心当たりがあるとしたら、がーたーべるとの返品で揉めてた時に口を挟んだことぐらいだ。

 

(うーん、認識が甘かったかなぁ)

 

 密かに自己反省しつつも、俺は尾行をどう撒くか考え始めた時だった。

 

「あーあ、やっぱりいい男は大抵売約済みね」

 

「なぁんだ、彼女いたんだぁ」

 

 尾行者達の声が聞こえてきたのは。

 

「スー様?」

 

「いや、何というか……これは想定外だった」

 

 まだ おれ を ねらってたん ですか、きのう の せくしーぎゃる の おねえさん と くりーちゃーさん。

 

(なんて執念)

 

 おそらくは、俺の容姿で聞き込みして宿を探し当て、張り込んでいたのだろう。

 

「だが、助かった。すまんな、カナメ」

 

「ふふ、どういたしましてぴょん」

 

 彼女と勘違いされてしまったカナメさんには申し訳ないが、一緒だったからこそ先方が諦めてくれたようなものだ。

 

(別々に出発してたら昨日の繰り返しだったろうしなぁ)

 

 本当にカナメさんが居てくれて助かった。

 

(ただ、俺もまだまだだなぁ、アレと『おじさま』の手の者を勘違いするとか。がーたーべるとの代金代わりに見張りとして働かされているなんて可能性も0ではないと思うけど)

 

 カナメさんと一緒にいるのを見て諦めた時点でそのセンは薄いとも思う。

 

(それによくよく考えれば、今回の件が解決してもあの人達はカナメさんと俺がこうして並んで歩いてるのを見かけなかったらナンパしてきたかもしれなかった訳だし)

 

 意図せぬ所で一つピンチを未然に防げたことはラッキーだった。

 

「ともあれ、これで邪魔者は居なくなったな」

 

 あとは外に出て着替えてごろつきを引っかけるだけ。

 

(確か、黄色い服を着た誰かを見かけた時は捕縛、青い服の時は指定の場所に誘導だったっけ)

 

 服で間接的な指示役を担うのは、拘束と尋問担当のスミレさんではないかと予想しているが、先入観にとらわれるのも良くない。

 

(ここまで来たら、指示通りに動くだけだよな)

 

 本殿の前、何故こんな所に立っているのか未だに謎な豪奢な服を着たオッサンを視界に入れつつ俺はダーマを出ると、片手を鞄に突っ込む。手探りで探し、掴んで引き抜くのは聖水の瓶。

 

「ダーマから死角になるところまで行くぞ」

 

 聖水を撒くのもだが、着替えるのはそれからだ。

 

(魔物除けの効果がない方がモンスターに気を配らないといけなくなる分、尾行はし辛くなるし)

 

 今のところ誰かがついてきてる気配はないが、想定外の尾行者が出た後である以上、念には念を入れておくべきだろう。

 

(と言うか、木とか茂って視界を遮って貰えるところじゃないとなぁ)

 

 背を向けて貰ったとしても着替えづらい。

 

(うん、今更ってカナメさんには言われるかもしれないけどさ)

 

 イシスでの着せ替え人形の時とは違うんです。違うと思いたい。

 

「ピオリム」

 

 嫌な時間は一秒でも早く済ませたくて、俺は呪文を唱える。

 

(大丈夫、服の着方は覚えている)

 

 涙は、流さない。

 

「すまんが、暫く背を向けていてくれ」

 

「わかったわ」

 

 カナメさんがこちらの言葉に応じた所で鞄を開けて、服を取り出す。体格差を考えて服はゆったり目のものを貸して貰った。

 

(ここを開いてこう身体を通して、ボタンを留めて――)

 

 速やかに、それでいて枝に服を引っかけることなく。

 

「待たせた」

 

 今、早着替えの大会があれば、好成績を残せるかも知れない。そんな謎の確信を抱きつつカナメさんに声をかける。

 

「早かったの……ね」

 

 振り返ったカナメさんの「の」と「ね」の間に生じた間、それが全てだと思う。

 

「まぁ、元が元だからな、慰めも気休めも要らん」

 

「スー様」

 

「そもそも、回りにいる女性が美人揃いだからな」

 

 上がりすぎたハードルの前では、俺の女装姿なんてクリーチャー同然だろう。

 

「……大丈夫ぴょん。スー様は、まだお化粧という変身を残してるぴょん」

 

 なんてカナメさんはフォローしてくれたが、下手すればごろつきだって顔を見ただけで逃げ出すんじゃないかとか、思っていた。

 

「はい、完成よ」

 

「すまんな」

 

「これなら、ごろつきもナンパしてくるかも知れないわよ?」

 

「それは後免被りたいな……いや、引っかけるという意味合いではその方が都合が良いのか」

 

 くすっと笑うカナメさんに苦笑を返し考え込みつつも、俺はまだ半信半疑であり。

 

「おい、見ろよ!」

 

「うおっ、すげぇ美人」

 

「は?」

 

 だからこそ、ダーマに舞い戻るなり現れたごろつきたちの言葉に、耳を疑った。

 

(落ち着け、落ち着くんだ俺、きっと、隠れてるカナメさんが見つかったとか……は、ないな。きっと、俺の後ろにもの凄い美人が居るとかなんだ、人の気配はないけど)

 

 鏡は見せて貰った、割れる程ではなかった、だが正直これを美人というなら俺はごろつき達の感性を疑う。

 

(そんなことより、次の指示は)

 

 敢えてごろつきの俺以外への賛美は聞かなかったことにしつつ首を巡らせると、視界に入ってきたのは青い服。

 

(そうか、誘き出せばい……い?)

 

 視界に入ってきたのは、旅人の服を着たシャルロットの姿だった。

 




主人公、女装して指示遂行中、シャルロットにあう。

次回、第三百五十七話「なにこれ」


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第三百五十七話「なにこれ」

「くそっ、よりによってこんな時に俺好みの美人と出くわすとはな」

 

 ごろつきが何か言っているような気はしたが、頭には入ってこなかった。

 

(というか、なぜ しゃるろっと が ここ に)

 

 いや、理解は出来ると言うか、エピちゃんのお姉さんの指示で動いてはいるのだろうが、よりによってなんて人選をと叫びたくはあった。

 

(どうする?)

 

 こんな姿を見られる訳にはいかない。

 

(今ならまだ)

 

 シャルロットはこちらに気づいている様子はなく、逃げるという意味ではおそらくはこれが最後の機会だった。

 

(って、逃げる? そうだ、よくよく考えれば誘き出せばいい訳だし)

 

 逃げればごろつきの方が勝手に追いかけてきてくれるだろう。

 

(よしっ)

 

 迷いはなかった。女性に絡むことが前提だけあって数人のごろつきは半包囲状に展開していたものの、俺の逃走を阻むには包囲陣としてお粗末すぎる。

 

「「な」」

 

(さてと、こっちか)

 

 間を抜けた瞬間、ごろつき達の口から驚きの声が上がり、囲みを抜けた俺は敢えて足を一度止め、周囲を見回す。

 

「逃げ……追うぞ! あんなべっぴん逃がしてたまるかぁっ!」

 

「おいお前、目的が――」

 

 逃げ道を探す演技の間にごろつき達も我へ返ったらしく、後ろから聞こえる声でだいたいの距離を把握しつつ、向かう先は指定された場所。

 

(待ってるのは、罠と呪文だったな)

 

 不測の事態が起きた時は、そのまま捕縛に移行出来るようにと言う配慮でもあった。それとは別に誘き出した後、ごろつき達を撒いて逃げる為の退路の存在と場所も聞かされている。

 

(けど、よりによってあそこでシャルロットとか)

 

 聞いてませんよ、エピちゃんのお姉さん。

 

(と言うか、この流れだと元バニーさんもどこかで遭遇する可能性があるってことだよな。ラリホーの呪文ぐらいなら覚えていそうだし)

 

 もう、モシャスの呪文使っちゃ駄目だろうか。

 

(かぎりなく たにん の ふり が したい)

 

 多少走ったぐらいでお化粧とか落ちないと思うけど。

 

(あたし、こんな姿見られたくなぁいぃ……って、何オカマっぽいしゃべり方になってるんだ!)

 

 格好に引っ張られたのか、女性っぽくしなとか作っていたせいか。

 

「待てぇぇぇ!」

 

「逃げられると思うなよっ」

 

「結婚してくれぇぇぇっ!」

 

 しかし、おって の こえ の なか に なんだか りかい に くるしむもの が まじってる のは きのせい だろうか。

 

(落ち着こう。こういう時こそ冷静さが必要なんだ)

 

 今の自分で平静を保てないなら、そう、あの時みたいにすればいい。

 

(自己暗示をかける意味でも出来れば覆面があれば良かったけど、そこは仕方ない)

 

 お化粧はある意味仮面みたいなものよねぇ、だから、あたしは。

 

(そう、説明するわぁっ! あたしの名はジョソ・ウハイヤーっ! 世を忍ぶ仮の姿なのよぉっ! ……って、駄目だこれ)

 

 うん、ましゅ・がいあー みたい に ふっきれれば いろいろ と なんとかなる と おもったんだ。

 

(明らかに無理があるわぁ。「女装は嫌」って本音が透けて浮き出てるし)

 

 マシュ・ガイアーと比べて完成度も低い。

 

(それに、そんなこと考えてる暇ももう無くなったみたいだしなぁ)

 

 現実逃避したくはあったが、俺の中の責任感とか諸々はちゃんと仕事をしていたのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ようやく、追いついた」

 

「まったく、手こずらせてくれるぜ」

 

 目標地点にさしかかり、疲れた態を装って走る速度を緩め振り向けば、そこにあったのは俺を追ってきたごろつき達の姿。

 

(とりあえず、ここまではクリア、か)

 

 誘き出しに成功した以上、俺が次にすべきことは、ただ待つことだった。

 

(捕まえるだけなら最初に捕まえておけばいい訳だし、わざわざここまで引っ張ってこさせたんだからなぁ)

 

 誘引した目的があるはずであり、与えられた指示でも用意された退路から逃げるのは不測の事態が起こった場合か何かが起こった場合とされていた。

 

「へっへっへ、どうした? 怖くて言葉もでねぇか?」

 

「さて、どうしてやろうか」

 

 ただ、ニヤニヤ笑いながらごろつき達が近寄ってくるというのは、不測の事態とほど遠く、退路を使うことになるのはエピちゃんのお姉さんが言うところの「何か」が起こった後になると思われた。

 

「あ、お前らちょっと待っててくれ、花束買ってくる」

 

 ごろつきの一人が血迷ったことを言い出さなければ。

 

「「は?」」

 

 残りのごろつき達があっけにとられていたが、わからないでもない。

 

(そう言えば、逃げてる最中、幻聴が聞こえてたっけ、「結婚してくれ」とか)

 

 ほんき だったんかい、あれ。

 

「おい、どうするよ?」

 

「どうするよって言われてもなぁ」

 

 ぶっちゃけ、俺も指示を仰ぎたい所だったが、聞くべき相手が居らず、そも、声など出せば女装がバレかねない。

 

「ラリホー」

 

 何処かで誰かが呪文を唱えたのは、まさにそんな時だった。

 

「何? うっ」

 

「ちぃっ、呪文か、まさかこれが旦那の言ってた」

 

「そんな、罠だと? 俺の純情を弄びやがっ」

 

 一人が呪文に眠らされたのか崩れ落ち、他のごろつきが騒ぎ出した直後。

 

「があっ」

 

 上から降ってきた木箱が、眠っていなかったごろつきの一人を直撃する。

 

「な、何だこりゃ」

 

「うおっ、危ねぇっ」

 

 おそらくは、これが「何か」なのだろう。

 

(つまり、後は逃げるだけ、と)

 

 ごろつきは上から降るゴミやら壺、木箱の対応で手一杯で、こちらに構っている余裕はない。

 

「どうした? うおっ、何だこりゃ?」

 

 近くの店から騒ぎを聞きつけて用心棒らしきごろつきが飛び出してきたが、落下物はそのごろつきにも降り注ぎ。

 

(既定路線に戻った、とみていいのかなぁ。それじゃ)

 

 混乱する現場を横目に俺は細い路地へ向けて走り出した。

 




しん ひろいん たんじょう?

次回、第三百五十八話「くりかえし」


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第三百五十八話「くりかえし」

「……とりあえず、これで三回目か」

 

 がーたーべるとを押しつける為の前準備として絡んでくるごろつき達はエピちゃんのお姉さんが一組二組ではないと予想していたがまさにその通りだったと言える。

 

(しかし、しじやく を しゃるろっと に するの は やめてほしい のですよ)

 

 最初に退路から逃げ出してから俺は更に二組のごろつき達を誘き出し、退路を抜けたところで足を止めると遠くを見る。

 

(見かけた時の反応からバレていないとは思うけど)

 

 髪型も二度目からは出来るだけ顔が隠れるように弄ったりしてはいるものの、見かけるたびにバレないかと内心ヒヤヒヤしてるのだ。

 

(かと言って言いつけを破ってモシャスの呪文使う訳にもなぁ)

 

 効果時間の存在するあの変身呪文では、誘き出す途中で効果がきれてしまう可能性もある。そも、こっちで勝手なことをしてしまってはウィンディの計画が狂ってしまうだろう。

 

(……化粧とか髪型で誤魔化せてることを祈るしかないかな、うん)

 

 エピちゃんのお姉さんからは、このごろつきを引っかける活動を中止の指示があるまで繰り返して下さいと俺達は言われている。

 

(……ここまでは青が二回に黄色が一回)

 

 黄色はその場で捕縛という指示だが、拘束と尋問役のスミレさんがイキイキしすぎて何とも言えない気持ちになったのは二回目のこと。

 

(はやく赤服来ないかな……あ)

 

 作戦完了、もしくは中止の指示であるその服の色を待ちわびながら周囲を見回した俺の目に飛び込んできたのは、今まで引っかけたのとは別のごろつき集団だった。

 

「次は、あれか……え?」

 

 流石に求婚してくるような目のおかしい男は最初の一人だけだったが、あの後二人程にナンパされた俺としては、地味に心が折れ始めているのだが、青服のシャルロットを通り過ぎさせる辺りウィンディは容赦ない。

 

「……はぁ」

 

 出来れば今度は目の腐ったごろつきが居ないといいなと思いながら、ダーマの入り口方向へと回り込む。

 

(あの連中が注意を向けてるのは入り口オンリーだもんなぁ)

 

 絡む為の標的を見つける為なのだろうが、逆に言うとそれ故に他の方向からの警戒は疎かになっている。

 

(……問答無用で、捕縛したい)

 

 今なら不意をつくのも簡単だろう、だがそれでは指示に違反する。

 

「スー様、元気出すぴょん」

 

「あ、あぁ」

 

 そうして挫けそうになった時に励ましたり、化粧直ししてくれるカナメさんだけが唯一の癒しだ。

 

(すみれさん? むしろ とどめ を さし に きますよ、あのひと は)

 

 捕縛指示でやった来た時に顔を合わせ「あたしちゃんより美人」と絶賛してたのは、絶対にからかっていたのだと俺は確信している。

 

(いっそのこと「だったらあたしとお付き合いする?」とでも反撃してやれば良かったかなぁ?)

 

 いや、駄目だ。スミレさんなら平然とOK出して想定外の展開にあたふたする俺を見てお楽しみかねない。

 

(なら、いっそのこと……この作戦が終わったらエピちゃんのお姉さんに男装を強要するか)

 

 やると請け負ったのは俺だが、最初に女装と言い出したのはウィンディなのだ。このモヤモヤした気分をぶつけられても決して八つ当たりでないと今は言いたい。

 

(うん、何だか一瞬日本語が怪しくなった気もするけど、まぁいいや)

 

 今すべきは、指示に従うこと。ダーマの悪夢を終わらせ、元バニーさんの笑顔を取り戻す為にも。

 

(オッサン助ける為に、だとモチベーション上がらないからなぁ)

 

 大義名分に使った元バニーさんにはモシャス検証に続き申し訳ないと思うが、許して欲しい。

 

「さて……俺は俺でやれることをするか」

 

 それが、女装でごろつきを騙して誘き出すだけの何とも言い難いお仕事だとしても。

 

(ここをあっちに進めば、奴らの鼻先に出る筈……)

 

 とりあえずは連中の視界に入るところを横切って、寄ってこなければこちらから出向く。

 

(今回はおかしな趣味のごろつきが混じっていませんように)

 

 二度あることは三度あると言うので祈りつつごろつきの視界に入るよう足を運べば、あちらもこっちに気づいたらしい。

 

「おい、あれ」

 

「おおっ、久々の獲物だぜぇ」

 

 一人が指させば喜色を隠さず隣のごろつきが声を上げる。

 

「ようやく運が向いてきたなぁ、おい」

 

「ゴドバスんとこに最近はかっさらわれてばっかだったからなぁ」

 

 漏れてくる声を聞く限り、他に獲物を持って行かれてうだつの上がらない残念ごろつきと行ったところのようだが、まぁ、やることは変わらない。

 

(さてと)

 

 服の色が青だった以上、やるべきことは再び誘き出しだ。

 

「ちっ、気づかれたか。追うぞ!」

 

「おう」

 

 今ごろつきに気が付いたという態で慌てて踵を返し、小走りに来た道を引き返そうとすれば後方になったごろつき達の方から声がして気配が俺を追い始める。

 

(うん、ナンパしてこないだけマシかな)

 

 もっとも、女だと思われて追いかけられるというシチュエーションだけで俺の心の中の何かがすり減って行くのだが、これはどうすればいいのだろうか。

 

(あと、何回やればいいんだろ)

 

 そんな自問自答をした回数は数えるのもめんどくさくなる程。

 

「あ゛ぁぁーっ、ぎゃぁぁぁぁっ」

 

「んー、あたしちゃんが聞きたいのは悲鳴じゃなくて質問の答えだったり」

 

 スミレさんに捕まってあれこれされながら話を聞かれるごろつきの悲鳴は、なかなか耳の奥から消えてくれない。

 

(まぁ、元カンダタ一味なら同情の余地はないかぁ)

 

 やむなく一味に加わっていた者はジーンの様に解放している。よって、こちらに流れてきたのは、悪人のみの筈だ。

 

(と言うか、そう言えばカンダタはどうなったんだろ?)

 

 クシナタ隊のお姉さんの一人がロマリアの女王になっていると言うことは、金の冠を盗んだ頭のカンダタを含む一味と交戦し奪還したんだと思うけれど。

 

(順番逆でも問題無いのってFC版だっけ? まぁ、人攫いしてた方のアジトにはカンダタの姿は無かったわけなんだけど)

 

 これから落ち延びてくるのか、それともアレフガルドに流れ着くのか。

 

(この件が終わったら、念の為エピちゃん達に確認して貰おうかな)

 

 一時怪しい影になっていたアークマージや多頭のドラゴンまで倒した場所だ、調査の為にゾーマの手の者が派遣されてる可能性はある。そんな場所に人間を行かせるのは危険すぎるが、魔物となれば話は別だろう。

 

(全く、あの悪党め)

 

 要らない手間をかけさせてくれる。

 

(まぁ、それもこれもダーマの件が片づい……ん?)

 

 脱線した思考を軌道修正しつつ我に返った俺が視界の中に見つけたのは、赤い服のシャルロット。

 

(そっか、終わったのかぁ)

 

 女装するという前提があったからか、長い作戦だったと思う。

 

「帰ろうか、カナメさん」

 

 脱力感からか素の口調で俺は物陰に声をかけ、宿に向かって歩き出す。その先には新たな指示かもしくは今回の苦行の成果が待っているはずだった。

 

 




そうだ、モヤモヤするからおろちに八つ当たりしに行こう。

何てことにならない程度には主人公も成長してると思いたい。

ちなみに、ごろつきが名を出したゴドバスさんはスミレさんの尋問で今頃放送事故もかくやと言う顔をしていると思われます、合掌。


次回、第三百五十九話「一件落着を欲して」


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第三百五十九話「一件落着を欲して」

「ふぅ」

 

 やっと戻ってきたという気がしてしまうのは、やはり長時間の女装を強いられたからだろうか。

 

「化粧は残ってないな?」

 

「大丈夫、綺麗に落としたぴょん」

 

「そうか。すまんな」

 

 カナメさんのお墨付きを貰うと礼を言いつつ宿屋の入り口をくぐる。

 

(とりあえず、まずはスミレさんと会わないとなぁ)

 

 借りた品をこのまま所持していてシャルロットや元バニーさんに知られたら目も当てられない。

 

(発覚って悪意を感じるタイミングでやって来るからなぁ、何故か)

 

 禍根になるぐらいなら最優先で返品して憂いをなくす。勿論口紅だけは後で買って返すつもりだけれど、直接唇で触れてしまっているので是非もない。

 

(さてと、スミレさんの部屋は……って)

 

 部屋が解らないならカナメさんに聞く方法もあった。とにかく女装の証拠隠滅が最優先だと考える俺は、一つ忘れていた。

 

「お帰りなさい、お姉様ぁ」

 

 カナメさんと一緒に帰ったならまず間違いなく待ちかまえていたエピちゃんと遭遇することと。

 

「お帰りなさい、お師匠様ぁ」

 

 シャルロットが師の帰還をお出迎えする良い子であることを。

 

(うわぁい、よてい へんこう かくてい)

 

 それは、迂闊に鞄を開けられなくなった瞬間でもある。

 

「ただいま、シャルロット」

 

 ともあれ、出迎えられては挨拶を返さない訳にもいかない。

 

「ところでシャルロット、ミリーと『おじさま』はどうなったか知ってるか?」

 

「えっ? あ、ちょっと聞いてきまつ」

 

 気を取り直し、そのまま情報収集することにした俺へ言われて気づいた様子のシャルロットは慌てて宿屋の奥に引っ込み。

 

「……知らないなら知らないで良かったんだが。いや、まぁ、その方が良いのか」

 

 残された俺は、呟く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、お姉様ぁっ」

 

「ああ、結局いつものパターンぴょんね」

 

 別に一方的に懐いて行くエピちゃんと懐かれるカナメさんを見て現実逃避したくなったからではない。

 

「エピニア、待ちなさい。お姉様ならここにもいるのですが?」

 

「……やっぱりか」

 

 この流れでエピちゃんのお姉さんが介入してくるのは簡単に予想出来たことであったから。

 

(まぁ、俺達の行動の結果を聞くには筋書き書いた人が出てきてくれたって意味ではある意味好都合なんだけどさ)

 

 エピちゃんが居るのが拙い、カナメさんと一緒に居るのは尚悪い。

 

(脱線、するよなぁ? いや、脱線は違うか)

 

 脱線というか、本題を切り出してもスルーされそうな気さえする。

 

(かと言ってここでカナメさんやエピちゃんにお引き取り頂くと、絶対そっちについていくだろうし)

 

 とは言え黙って事態が落ち着くのを待っていればいいかと言うと、それも微妙だった。

 

「丁度良いところに来た、ウィンディ。お前の策とやらは結局どうなった?」

 

 故に、俺は無視されるのを半ば覚悟しつつ、エピちゃんのお姉さんに問い。

 

「ん? ああ、それならあれを見て頂ければ」

 

「あれ? ……な」

 

 普通に答えられて半ば面を食らいつつ、ウィンディが示した先を俺は視線で追い、驚きの声を上げた。

 

「この度はご迷惑をおかけしました」

 

 ほっぺたに手形を付けて頭を下げてくる元バニーさんのおじさまこと先日がーたーべるとの返品で対決した商人のオッサンが居たのだから。

 

「いや、その台詞は俺よりミリーにこそ言うべきだろう。それより……」

 

「端的に言うと、掠いました」

 

 視線をもどし、目で説明を求めれば、ウィンディの言は簡潔だった。

 

「は?」

 

 ただ、即座に理解出来るかは別の話だったけれど。もっとも、その辺りまでエピちゃんのお姉さんは読んでいたのだろう。

 

「あなた方がごろつきを引っかき回してくれたから向こうの警備に隙が出来ましてね。

女王陛下とお付きの方に逃亡貴族と関係のある商人達の元を訪れて貰ったんです、あちらの方が自滅用に用意していた罪状と証拠つきでね。ちなみに、証拠と罪状は尋問されたごろつき達が快く提供してくれましたよ」

 

 ウィンディ曰く、それで何人かをしょっ引けば後は簡単だったらしい。

 

「元々自分を含めて一網打尽にされるおつもりだったようですから、半分はそれに乗っけて貰うだけで良かったんです」

 

「……そうか」

 

「もっとも、あなた達の攪乱がなければ、商人達をしょっ引くのに手こずってここまで短時間では終わらなかったでしょうが。用心棒の居る、先方の息がかかった店の近くで騒ぎを起こしたからこそ、そちらの商人さんもこちらが敵対勢力壊滅に動くと見て自滅のお手伝いを始めて下さったのですよ」

 

 ただし、最後の最後で欺かせて頂きましたが、と続けたエピちゃんのお姉さんは、徐に二歩横へ動く。

 

「そう言う訳ですので、どうぞ先にお進み下さい」

 

「先に?」

 

「私は既にお礼を言われてますので。今頃、勇者様も感謝の言葉を受け取っている頃でしょう」

 

 そうか、そう言うことか。

 

「俺は俺の目的があってしたこと、ましてやったことがアレではな……」

 

 まして、モシャス検証の一件もある、どんな顔で元バニーさんに会えばいいのやら。

 

「スー様、ここはあたしに任せて先に行くぴょん」

 

 かなめさん、それ は なん の ふらぐ ですか。

 

(だいたい、任せても何もエピちゃんが襲いかかるのはカナメさんだけだと思うんだけど)

 きっと、ツッコんでは負けなのだろう。

 

「確かに、全員揃わないと話も纏められんな」

 

 ため息一つと引き替えに色々受け入れることにした俺は、かなり遅れてシャルロットを追う形となったのだった。

 

 




もうこれでダーマ編が終わっても良い。

だから、ありったけを。

とか、勢いで書きそうになりましたが、うん。

ともあれ、主人公が動いているのと同時に他の面々も動いていた結果、めでたしめでたしとなった模様です。

次回、番外編21「おじさまと私の(元バニーさん視点)」

この番外編できっとダーマ編は終了。

ちなみに出番のないエリザとサラ&アランはイシスに向かって、今はマリクと一緒に修行中だと思われます。


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番外編21「おじさまと私の<前編>(元バニーさん視点)」

「……良かった」

 

 おじさまが出ていった扉を見つめて、私は呟きました。

 

(ご主人様、シャル、ウィンディさん……)

 

 おじさまが助かったのは、皆さんのおかげだと思います。

 

「私、運が良かったんですね……」

 

 まわりに居る人は私には勿体ないようないい人ばかり。

 

(気づかなかっただけ、だったんですね)

 

 父が亡くなって借金を返す為に足を運んだ職業訓練所で適正があるのは遊び人だけと言われた、あの日。冒険に誘われることなくルイーダさんのお店で料理を運んだり、テーブルを拭いたりお皿を洗うだけの日々。

 

(良いことなんて何もないと、私なんかに出来ることなんて何もないと思っていたのは――)

 

 間違いだった。優しい人、親切な人に会って、鏡を見ればそこにいるのは、賢者になった私。

 

(ま、まだちょっと信じられませんけど……)

 

 選ばれた者だけがなることの出来る賢者。酒場で働いていた時、お話しだけはお客様から聞いていました。望んでも実際に賢者に至れるのはホンの一握り、とも。

 

「そして、一定以上の経験を積んだ遊び人は僧侶と魔法使い両方の呪文を会得出来る『賢者』への転職がかなうとも聞いた」

 

 だから、昔シャルが紙に書いたご主人様の言葉は、私にとっても衝撃でした。ご、ご主人様やシャルを疑うつもりはありませんでした、ただ。

 

(信じられなかったのは、私自身)

 

 縋ったご主人様が自分を連れ出してくれたことは嬉しくて、借金を肩代わりしようとして下さったことは申し訳なくて、自分に出来ることなら何をしても恩返しするつもりでした、ただお役に立てているかはいつも疑問で。

 

(シャルと一緒にご主人様の下で修行したあの時)

 

 お尻を触ってしまったのは、後日呪いのせいと解りましたけれど、まさか悪癖が役に立つとは思っていませんでした。

 

(あの修行もきっと私の為、ですよね)

 

 シャルの為でもあったのだとは思います、それでもこんな私をシャルのパートナーにして下さったのは、ご主人様なりに気を遣って下さったのだと。

 

(気づけばシャルとも仲良くなれて……サラ、さんはまだちょっと怖いですけど……あんなことをしてしまったんですから、仕方ありませんよね)

 

 ご主人様のお陰で友達も、旅の仲間も出来ました。そして、悩みの種だった無意識に他の方のお尻を触ってしまう悪癖、いえ呪いもご主人様のお知り合いという魔法使いのスレッジさまに祓って頂き。

 

(行方知れずだったおじさままで助けて頂くなんて……)

 

 おじさまは働いていたと言うのに。

 

(けれど、おじさまもおじさまです! わたしはおじさまが何処かで平穏に暮らしていてくれればそれで良かったのに)

 

 父をなくして数日後、家に父がお金を借りていた方々や来た時、私は初めておじさまも多額の借金を負ったことを知りました。ただ、その時の私にはおじさまの借金どころか父の残した借金を払うアテもなく。

 

(おじさま……)

 

 再開は、ウィンディさんに言われた通りお店の裏側に回り、シャルから借りた魔法の鍵で裏口のドアを開けた先でした。

 

「ミリーちゃん?」

 

「おじさま……どうしてこんなことを?」

 

 想定外の侵入者に呆然とするおじさまへ私は聞いたのです、スミレさんと仰るエリザさんのお友達から借りた服装のまま。

 

「……私は、ミリーちゃんを助けられなかった。手段も問わずがむしゃらにお金を貯めてね、自分の借金を完済した後、更にお金を貯めてミリーちゃんを迎えに行ったんだよ。あの借金は私と一緒に防具の開発になんて手を出さなければ負わずに済んでいた借金だからね」

 

「そ、そんな……」

 

「うん、解ってるよ。ミリーちゃんがそれを当然だなんて言わないことは、それにね……家を手放しただろう? 私がお金を貯めてアリアハンへたどり着いた時には、あの家には全く知らない人がいてね。それからミリーちゃんがどこに行ったのかを私は探した、ただね、ようやく探し当てた時には――」

 

 私はもうご主人様やシャルと旅に出ていた、と。私が先を言えば、おじさまは頷きました。

 

「結局、私はミリーちゃんに何もしてあげられなかった。せめて借金をと思えば全額払い終わっているとあの時の借り主には聞かされ、手元に残ったのは、お金だけ。それも真っ当に稼いだとは言い難いお金だ」

 

「まさか……」

 

「そう、多分ミリーちゃんの予想通りだよ。いや、最初は違うかな……何か出来ることはないかと情報を集めたところ、ミリーちゃんが勇者様とバラモスを倒す旅をしていると聞いた。だから、強力な武器防具があれば旅の助けになると思ってね」

 

 再開した時のことを考え、おじさまはあちこちを飛び回っていたそうです。

 

「ただ、そんなある日のこと……私は旅先でバラモス軍がイシスに侵攻するという話を聞いてね、急いで実家に戻ったんだ」

 

「あ」

 

 商人さん達が同じイシスの人達に襲われたという話は、私も聞いていました。だから、おじさまの沈痛な面持ちが何を意味するのかも解ってしまって。

 

「国からもスズメの涙だけど補償金は出た、けど失ったものは帰ってこない。同じ被害に遭った仲間はイシスの人々を恨み、国を恨み、やがてその怨嗟がミリーちゃんと一緒に居る勇者様やもう一人の勇者様にも向いた。拙いと思ったよ、同時にようやく手元にあったお金と役に立てなかった私の使い道が出来たとも思ったんだけどね。だか」

 

「っ」

 

 気が付くと、私はおじさまの頬を思い切り叩いて居ました。

 





次回、番外編21「おじさまと私の<後編>(元バニーさん視点)」


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番外編21「おじさまと私の<後編>(元バニーさん視点)」

「……はぁ」

 

 あの時のことを思い出すと、つい掌を見てしまいますが、後悔はしていません。

 

(勝手に決めつけて、勝手に動いて……)

 

 私からすれば、借金を返して元気でやっていると言うだけで十分だったのです。

 

(ご主人様やシャルへの危険が減るからって、おじさまが犠牲になって素直に喜べるはずが無いのに……)

 

 何故、解って下さらなかったのでしょうか。

 

「おじさま、許して貰えてるでしょうか……」

 

 その後、連れ出したおじさまには戻ってきた皆さんに感謝と謝罪をするようにと言って部屋の外に出し、一人残された部屋の中で私は天井を見上げます。

 

(ご、ご主人様達もそろそろ戻ってくる頃ですよね)

 

 気にはなるものの、今更様子を見に行くことも出来なくて、ドアがノックされたのは、丁度悶々としていた時のことでした。

 

「おじさま? まだ私は――」

 

「ミリー、ちょっといい?」

 

「え? しゃ、シャル?」

 

 怒って居るんですからね、と続けるより早かったのは、きっと幸運だったのだと思います。

 

「すみません、すみません、その……おじさまが戻ってきたのだとばかり」

 

 ドアの向こうから聞こえたのは、間違いなくシャルの声で慌てて駆け寄った私はドアを開けるなりシャルに謝罪します。

 

「ふふ、それだけミリーもあのおじさんを心配してたんだよね? ボクなら全然気にしてないから」

 

(私ったらなんてミスを……)

 

 シャルは笑って許してくれましたが、とんでもない失敗でした、ただ。

 

「それで、そのおじさま何だけど……『戻ってきたかと思った』ってことは行き違いかな?」

 

「えっ」

 

「あ、お師匠様も戻ってきてて、ミリーのおじさまがどうなったかって気にし」

 

「ご主人様が? 私、行ってきます」

 

 前言撤回とはこういう時に使うのでしょうか。

 

「ちょっ、ミリー?」

 

 シャルは驚いてるようでしたが、そう言うことなら話は別です。

 

(おじさま、ご主人様に変なこと言ってないと良いのですけど……)

 

 おじさまからすると、ご主人様は自分が払おうと思っていた私の借金を肩代わりした人。

 

(おじさまを信用していない訳じゃありません。ですけど、おじさまは……)

 

 時々暴走するのです。父が生きていた頃は、父が抑え役になったり叱っていましたが、今はそんな人も居ないはずで。

 

(どうしよう、よく考えればご主人様と顔を合わせることになるなんて解っていたのに)

 

 部屋を飛び出し、廊下を進む足は自然と速くなりました。

 

(お、おじさまがご主人様に変なことを言いそうになったら、止めて……それからご主人様とシャルにもおじさまを助けて頂いたことのお礼をもう一……度?)

 

 ただ、ご主人様の所に行く途中で、更にもう一つ失敗をしてることに私は気づいたのです。シャルにまだお礼を言っていないことに。

 

「ミリー、待っ」

 

「す、すみません、ごめんなさい。シャルにもおじさまを助けるのに協力して貰ってるのに、、私……お礼も言い忘れて」

 

 とんでもない失敗をしたと思った矢先に、この失敗。穴があったら入りたいです。

 

「えっ、あ、い、いいよ」

 

 そんな私にシャルは頭を振って。

 

「ミリーは友達だし、ミリーのおじさんを助けるって決めたのはお師匠様で、ボクはただ従っただけだから……だからさ、ミリーがお師匠様のことを聞いたとたん飛び出していった理由はわかってるつもり。行こうよミリー、お師匠様の所に」

 

「……シャル」

 

 この人と友達で本当に良かったと私は思いました。

 

「ありがとう、ありがとうございます」

 

 だから、今度こそお礼を言うと差し伸べられた手を取り。

 

「ボクが先行するね、お師匠様は多分まだあそこにいると思うから」

 

「そ、そうですね……よろしくお願いします」

 

 進むシャルに手を引かれる形で、私達は向かいました、ご主人様の所へ。

 

「シャルロット」

 

「えっ、お師匠様?」

 

 いえ、向かおうとしたと言うべきかもしれません、途中でご主人様と鉢合わせることになったのですから。

 

「さっきの話だがな、全員で集まって話をした方が良いと言うことになった。それでお前とミリーを呼びに来たのだが」

 

「あ、じゃあ丁度良いですね。ミリーも連れてきましたし」

 

「だな。お前達が来ればおそらく全員が揃うだろう」

 

「っ」

 

 お礼を言いに行こうとした所へご主人様が呼びに来て下さるなんて思ってもいませんでしたが、このままでは機会を逸してしまいそうで。

 

「ご主人様」

 

 気づけば私はご主人様を呼び止めていました。

 

「ん?」

 

「ご主人様、その……ありがとうございました、おじさまのこと」

 

 もう、失敗をするつもりはありません。

 

「あ、あぁ……気にするな」

 

「ご主人……様?」

 

 ただ、ご主人様のお返事がどことなく端布悪そうな様子だったことが少し気になりました。

 

(私、何か粗相をしたでしょうか?)

 

 そんなことないと一笑に付すことが出来れば良かったのですけれど、今日の私は失敗続き。

 

(け、けど直接ご主人様に「何か粗相をしたでしょうか」と伺うなんて)

 

 とても出来そうにありません。

 

(……後で、ご主人様しか居ない時なら出来るでしょうか)

 

 人目のない状況で、勇気を振り絞れば、きっと。

 

(行かないときっと後悔しますよね……ですから)

 

 お話が終わったら、ご主人様のお部屋へ伺うことを密かに心へ決めたのでした。

 




おじさまがゲシュタルト崩壊しそう。

元バニーさん主人公の部屋への突撃を決意。

いやぁ、主人公の心の内を知らないからこそですよねぇ、この行動。

さてさて、どうなることやら。

次回、第三百六十話「忘れ物の回収、そして出来たら改修」



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第三百六十話「忘れ物の回収、そして出来たら改修」

「どうしてこうなった」

 

 そう、出来るものなら声に出していただろう。

 

(とりあえず、シャルロットを追いかけてきたら、元バニーさんと一緒に向こうからやって来てくれた……元バニーさんの顔はちょっと直視出来なかったけど、私情を除けばむしろそこまでは丁度良かった……筈だよな)

 

 問題は、二人を連れてカナメさん達の元へ戻った後のこと。

 

(や、フラグっぽいもの立ててた風味だったし、心配は……してましたよ?)

 

 ただ、エピちゃん達のせくしーぎゃる時間は終了してるし、あの場には今回の作戦で助け出した商人のオッサンが残っていた筈だ。

 

(いくらエピちゃんとは言え、第三者がいれば自重するだろうし)

 

 それでも血迷ってカナメさんに何かしようものなら、スミレさんとか女王陛下が現役と元のクシナタ隊メンバーとして止めに入るとも思う。

 

(だからさ、大まかな経緯を明かされた後、捉えたごろつきや商人の処分を決めて解散とか、そんな流れって普通は考えるよね?)

 

それが、どうしたら。

 

「大切な相手の為に全てを投げ出せるところに感銘を受けましてね。私もエピニアに何かあれば、同じ様なことをしたかも知れませんし」

 

 どうしたら。

 

「どうか、私と結婚し――」

 

 どうしたらエピちゃんのお姉さんが元バニーさんのおじさまにプロポーズするとか言う超展開にたどり着くんだ。

 

(おかしい、ですよ?)

 

 ウィンディも結構残念だったり変態だったりしたものの、頭の切れる才女であり、ローブを脱いだ今の容姿はそこそこ美人で通る筈だというのに、何故、プロポーズの相手が商人のオッサンなんですか。

 

(おれ なんて ぜんぜん もてないんですよ? からかわれる のは しょっちゅう ですけど)

 

 勿論、本気で告白なり求愛をされても責任をとれない今の俺では困るだけなのだけれども。

 

(世の中、間違ってる。……と言うか、エピちゃんのことはどうする気なんだろう、ウィンディさん)

 

 徹頭徹尾エピちゃん第一主義だと思っていたからこそそう言う意味でも意外だったのだけれど。

 

(まさか、この求婚自体がエピちゃんの気を惹く為の策略だったりするとか? いや、けどそんな手にエピちゃんが引っかかるとも思えないしなぁ)

 

 むしろ、過剰に構う姉が卒業してくれることを喜び、祝福するのではないだろうか。

 

(わからない。……とは言え、直接それを面と面と向かって直接聞ける程空気読めない男のつもりもないし)

 

 何より、元バニーさんのおじさまの、つまり告白相手の返事がまだだ。

 

(……って、返事というか……そもそもあのオッサン幾つなんだろう?)

 

 エピちゃんのお姉さんが付き合って下さいという告白でなく、結婚して下さいとプロポーズしたところからして、独身なのだろうとは思うけれど。

 

(まぁ、その辺詮索するのはやりすぎだし)

 

 プライバシーの侵害かもしれない。そも、当人に尋ねられるような空気ではない上、他に唯一知っていそうな相手である元バニーさんにはまだ話しかけづらい。

 

(折り合い付けなきゃいけないのは解ってるけど、思い出しちゃうんだよなぁ)

 

 自分のやらかした失敗モシャスという失礼を。

 

(とりあえず、元バニーさんからおじさまを助けた件の協力についてはお礼を言われたし、あのオッサンは元バニーさんからすれば家族同然っぽいみたいだから――)

 

 俺に構ってる暇なんてないと思った。ない、筈だった。

 

「あ、あのご主人様……いいですか?」

 

 だが、事実は反した、と言うか話が終わった後、帰った俺を待ち受けていたのはドアをノックする音と続く、少し緊張を帯びた声。悪戯で誰かが声真似してるのでなければ、それは元バニーさんのものに違いなく。

 

「どうしてこうなった」

 

 ドアの向こうには聞こえない大きさの声で俺は呟いた。

 

「ああ」

 

 継いでそう答えてしまったのは、仕方ないと思いたい。流石にここで帰れとは言えないし、元バニーさんへは負い目があった。

 

「す、すみません……突然」

 

「いや……それより良いのか? あの商人とは久しぶりの再会なのだろう?」

 

 だから、迎え入れるなりの第一声は、建前でもあったが本音でもあり。

 

「すみません、気を遣って頂いて。そ、その……おじさまにはウィンディさんが居ますから」

 

「そ、そうか」

 

 淡い期待は、元バニーさんの口から出たエピちゃんのお姉さんに粉砕された。

 

(確かに、言われてみればその通りだよなぁ)

 

 ウィンディが求婚した時点でこの展開は予測しておくべきだったのかも知れない。

 

「し、しかし……まさか、あの求婚をうけるとはな」

 

 エピちゃんのお姉さんのプロポーズをあのオッサンが承諾した時点で。

 

「そうなってくるとウィンディは『おばさま』と言うことになるのか?」

 

 ことさら冗談めかして元バニーさんへ問うたのは、この場にいないあの女エビルマージへの意趣返しでもある。

 

「そ、それは流石に」

 

「冗談だ」

 

 残り半分は、後ろめたさを誤魔化す為。

 

(尋ねてきたってことは、何か用事があるってことなんだろうし)

 

 元バニーさんが尋ねてくるまでは何か忘れていることが会ったような気がして、それを思い出そうとひたすら考えていたのだが、訪問者を放置して一人考え事、と言う訳にもいくまい。

 

(途中までは出てきてるんだけど。何だったかなぁ……確か直さないといけないもの、だったような)

 

 例え脳内で歯がゆいことになっていたとしても。

 

「時に、訪問の理由を訊いても良いか?」

 

 だからこそ、俺は意を決し、切り出した。

 

 




ぎゃあああっ、ダーマ出れなかったぁぁぁぁぁぁっ。

次回、第三百六十一話「すれ違いは発覚するのか」



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第三百六十一話「すれ違いは発覚するのか」

「っ」

 

 俺の言葉に元バニーさんは息を呑んだように見えた。

 

(単刀直入だったのが意外って訳ではないと思うけど)

 

 息を呑むと言うことは、話しにくいことだったのだろうか。

 

(……もう少し優しく聞くべきだったかな)

 

 今更ながらに少し後悔するが、お師匠様モードというかこの身体での通常モードが人に優しくないのは今に始まったことではない。

 

(優しく聞いたなら優しく聞いたで逆に心配されそうな気がするのは――)

 

 できれば きのせい だと おもいたい。

 

(しかし、聞いた直後に後悔するとか俺も……こうかい? そうだ、船だ。オリビア岬で改修すれば使えそうな船を見つけたんだっけ)

 

 何でよりによってこのタイミングで思い出すんだと自分で自分にツッコミを入れたくなったが、思いだしたモノの方は軽視出来るシロモノではない。

 

(船、かぁ)

 

 モシャスで魔物に変身すれば川や海を横断することは出来るが効果時間の都合上、長距離の移動は不可能。元親衛隊のスノードラゴンを足に使う場合でも魔物とは言え生物なので行軍には休息を挟む必要がある。

 

(ランシールと言うか地球のへそのある陸地までは休めるところのない大海原を進む必要があるからな)

 

 モシャスやスノードラゴンでどうにか出来ない以上、次の目的地までは船が必須という訳だ。

 

(となると、サイモンの使ってた船を使うか、あの廃船を直して使うかの二択なんだけど)

 

 サイモンはほこらの牢獄で蘇生させた人を運ぶ為ルーラで何処かに飛び去りそれっきりだったと思う。

 

(シャルロットの話を聞く限り、不可能を可能にした蘇生で生き返らせたあの……ロディさんとかはかなりの間ベッドから起きあがることも出来なかったようだし)

 

 となれば、今も生き返らせた人に付きっきりという可能性があった。

 

(サイモンの許可無しではあっちの船を使うのは難しい……よな)

 

 せめて居場所がわかれば、許可を貰いに行けるのだけれど。

 

(ん? だったらあの情報屋にサイモンの場所を聞きに行けばいいかも)

 

 知らないアルと言われてしまう可能性もあるが、聞きに行くのにダーマから出て別の町に行く必要がある訳でもない。

 

(それに、迷惑な新参者が一掃されたことも伝えておいた方が良いだろうし)

 

 出向く予定があるなら、もののついでだ、ただ。

 

「あ、あの……ご主人様?」

 

「ん? あ」

 

 声をかけられてようやく我に返る程心ここにあらずだったのは、明らかに失敗だった。

 

(やらかしたあぁぁぁっ)

 

 何か用があって尋ねてきたと言うのに。

 

「……すまん!」

 

「ご、ご主人様?!」

 

 失敗モシャスのこともある。土下座が相応な気もするが元バニーさんへ失敗モシャスのことなど話せるはずもない。故に、相手の話を聞き逃したことに対しての謝罪で不自然がない程度に抑えた謝罪にはなってしまったが、俺は頭を下げた。

 

「……聞いていなかった。わざわざ足を運んでくれたというのに、すまん」

 

 考え事をしていたから、と言うのも弁解しているような気がして理由は述べず、ただひたすらに詫びた。

 

「あ、あの頭を上げて下さい。その、す、すぐにお答え出来なかった私も悪いのですから」

 

「いや、明らかに非は俺にある」

 

 謝罪合戦へ突入してしまいそうな雰囲気は感じていたものの頭を上げなかったのは、我ながら卑怯だと思う。

 

(許して欲しかったんだろうけれど、浅ましいというか何というか)

 

 己が罪を隠したまま許して貰おうとは、なんと都合の良い。もっとも。

 

「何か、俺に出来ることはあるか? 埋め合わせをさせてくれ」

 

「え」

 

 罪悪感からそう申し出てしまったのは失敗だったと、言った直後に気づく。

 

(よくよく考えたら、話を聞いていなかっただけの埋め合わせとしては――)

 

 必死すぎる。何か隠し事していますよさあ疑って下さいと言わんがばかりである。

 

(とは言え、言い切っちゃった以上、取り消せない)

 

 俺に出来るのは、ただ元バニーさんの反応を待つことだけ。

 

「あ、あの……で、でしたら、許して頂けますか?」

 

「許す?」

 

 ただ、申し出に対する要求は想像を超えていた。許しを請うたのにあちらも許しを求めてきたのだ。

 

(と言うか、何かされたっけ?)

 

 胸を押し当てられたことはあるが、あれは責任がとれないというこちらの事情がなければ、ご褒美の類であるし。

 

「は、はい……その」

 

 こちらとしては心当たりがないのに、元バニーさんはもじもじして煮え切らない。

 

(まぁ、態度からすると言いづらいことなのだろうけれど)

 

 俺の失敗モシャスに匹敵する当人にはとても言えないことがあるとは思えず。

 

「……ならこうしよう、お互いに許すと言うことでどうだ?」

 

 記憶にある限り、元バニーさんがフォロー不能な大ポカをやらかしたことはない。

 

「……良いんですか?」

 

「ああ。俺もミスは数えるのが嫌になる程してきたからな」

 

 人目が無ければ今からでもベッドにダイブして枕に顔を埋めたくなる程に、とは続けず俺は肩をすくめるに止める言った。

 

「それに人に言えないことというのは誰にでもある。言えないなら無理に聞こうとは思わんさ」

 

 まぁ、いま きかれて こまる のは どちらか と いえば まちがいなく おれ ですけどね。

 

「ご主人様……あ、ありがとうございます」

 

「礼には及ばん。今の俺はお前に許しを請う身でもあるからな。……ただ、何かフォローが必要になるようなことなら取り返しがつかなくなる前に言ってくれ」

 

 この時の安易な妥協案が元で詰みました、なんてことは無いと思うが、一応念を押しておく。

 

「は、はい」

 

「では、この件はこれで終わりだ。今日は色々あっただろう、ゆっくり休むようにな」

 

 こうして何とか元バニーさんの来訪を乗り切った俺は、訪問者を送り出すとその後宿を抜け出すこととなる。

 

(思い立ったが何とやら、ってね)

 

 目指すは例の情報屋。まず、サイモンの所在を知ろうと思ったのだ。

 

 




船が手に入れば、いよいよランシール、そして地球のへそへ挑戦だ。

次回、第三百六十二話「再来訪」


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第三百六十二話「再来訪」

 先日買ったシレン5+プレイ中、「シャルロットが睡眠中に不思議のダンジョンへ迷い込む夢を見る」スピンアウト作品とか面白いんじゃないかと出来心が湧いた今日この頃。


「さてと、確かこの辺りだったはず」

 

 記憶を頼りに俺は昨日訪れた先日訪れた店を探していた。

 

(昨日の今日だし、あっさり見つかると思ったんだけどなぁ)

 

 周囲を見回し、未だ発見に至らぬ理由は単純明白、一つの要素を失念していたのだ。

 

(これは、あれか。昼と夜で印象が随分変わったりするって言う……)

 

 以前通ったはずの場所が、まるで見知らぬ通り。おそらく夜しか営業していない店やその逆に昼しか開いていない店があったりする関係ではないかとも思う。

 

(今更気づいても、遅きに逸したけど)

 

 来た方向は覚えているので、この年で迷子という恥ずかしい展開だけは今のところ避けられそうだが、店の場所をもう少ししっかり覚えておくんだったという後悔からは逃れ得ない。

 

(幸いだったのは、店の名前は覚えていることかな)

 

 確か、水鏡堂と言う店名だった。

 

(おそらく複製品と言うか偽物を扱ってるからこそなんだろうなぁ、あの名前は)

 

 モノを映す水鏡と、そっくりな偽物を作って売る店。皮肉なのか冗談なのかは解らない。

 

(水鏡に見たいモノを映し出す占い師が出てくるファンタジー小説とかあったけど、そう言う発想から情報屋って暗喩も含んでるのかな)

 

 店主の青年に確認しないことには、ただの推測だけれど。

 

(ともあれ、最悪店名を出して通行人なり目についたお店の人に店の場所を聞くだけで良いし)

 

 カナメさんのお陰で彼女持ちと誤解されているから、あのせくしーぎゃるの群れと遭遇したとしても追いかけ回されることはないだろう。

 

「勿論、自力で見つけた方が良いに決まっては居るがな」

 

 ポツリと呟いて、周囲を見回す。

 

(とはいうものの、本当に昼の顔と夜の顔が全然違うや)

 

 修行でダーマに滞在している人だけでなく、この辺りで商売してる人も客として見込んでいるのであろうアルコールの類を出す飲食店や、入り口に遊び人のお姉さんが立って呼び子をしてる明らかに大人用のお店があることに転職を司るダーマ神殿にこんな施設があって良いのかとちょっとだけ頭を抱えたくなったが、見なかったことにしておく。

 

(この手のお店はどんなところにもあると何処かの本で読んだ気もするしなぁ)

 

 ただ、思わず遠い目をしてしまうのは、許して欲しい。

 

(とりあえず、あの辺りには近寄らないでおこう)

 

 情報屋と言う裏の顔を考えると、いかがわしいお店の近く程怪しいのだが、アッサラームで聞き込みをしたことがあるとは言え、俺にあの手のお店への免疫が突いたとは思えない。

 

(そもそも元バニーさんのおじさまがせくしーぎゃるを広めてくれやがりましたからなぁ)

 

 呼び子のバニーさん(あそびにん)がせくしーぎゃるに汚染されていた場合、敗北を喫して店に引きずり込まれる可能性だってゼロじゃない。

 

「君子危うきに近寄らず、だな」

 

 真顔で俺は自分の言葉に頷いた。わざわざリスクを犯す必要もあるまい。

 

(探しても見つからず、人に聞いた結果その店だったらあのお店の隣だよといかがわしいお店を指さされでもしない限りはね……って、あるぇ? これ、フラグって奴じゃ――)

 

 胸中で呟いてから気づいたそれは出来れば気のせいであって欲しいと思う。そんな願いが、通じたのか。

 

「ん? アイヤー、誰かと思えばアナタ昨日の……」

 

「あ、あぁ……奇遇、だな?」

 

 離れようとしたいかがわしい店から出てきたのは、探していた店の主である青年だった。

 

(大丈夫、踏み込む理由が無くなったんだから、セーフ、セーフ)

 

 胸の中のモヤモヤを宥めつつ、俺は思わず引きつりかけた表情を直すと、用件を切り出す。

 

「丁度良かった。実はお前の店に行こうと思っていた所でな」

 

「ワタシの店アルか?」

 

「ああ」

 

 聞き返してきた青年へ首肯を返し、だったらこっちヨと言う情報屋の店主に先導され、たどり着いた先は、先程立ち止まって周囲を見回していた場所の真横。

 

「留守にしてたから明かりも消して閉店の看板出してたアル、本来なら今日はもう店じまいネ。ただし、お客さんワタシらの恩人だから特別ヨ」

 

 おそらく恩人というのは元バニーさんのおじさまが立ち上げた例の組織を潰したことを指すのだろう。

 

「そうか、すまんな」

 

 思うところはあったが、敢えてポーカーフェイスのまま俺は青年の好意を受け取り、店へ入るなり欲しているのは、一つの情報だと明かした。

 

「勇者サイモンの所在が知りたい。話があってな、急いでいるので出来れば手紙ではなく直接出向いて話がしたいと思っている」

 

「ふーむ、勇者サイモンアルか。サマンオサ解放後、バラモスの軍勢に侵攻されつつあったイシスを救援する為旅立った、と言うところまでは知ってるアルか?」

 

「ああ。と言うか、その後一度直接あってるからな」

 

「それは失礼したネ。そう言えば、結局救援は間に合わなかったとも聞いていたヨ。むぅ……となると、お客さんが欲しがってるのは多分アレアルな」

 

 こちらに頭を下げてから考え込みつつ唸った青年は、まだ裏がとれていないと前置きしつつも、こう言った。

 

「勇者サイモンは今ポルトガに滞在中ヨ」

 

「ポルトガに?」

 

「キメラの翼でダーマまで荷物を運んできた商人の一人が見たという話しネ。何でも病人の面倒を見てるらしいネ。勇者が病人の看病をする理由が不明なこともあって眉唾ものの情報ヨ」

 

 確かにこの青年からすれば、謎だろう。だが、病人の看病をする理由を知っている俺からすれば、ほぼ確定と言ってもいい有力情報だった。

 

「こんな情報しかなくて申し訳ないアル」

 

「いや、得難い情報だった、感謝する」

 

 恐縮する青年店主に頭を振ると、俺は情報料を支払って店を後にした。

 

 




サイモンの居場所を知った主人公。

ダーマを立つ一行は、果たしてサイモンと再会出来るのか。

次回、第三百六十三話「ダーマ出立」

出立、それはいくつかの別れも意味していた。


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第三百六十三話「ダーマの出立へ」

「勇者サイモンがポルトガに居るらしいと聞いてな。次の目的地にたどり着くには船が要る。そこでサイモンがミリー達と乗っていたあの船を借り受けてこようと思うのだが」

 

 次の日の朝、俺は方針を明かしたが、説明は簡単だったように思われる。

 

(何せサイモンと一緒だった元バニーさんが居るからなぁ)

 

 残りのメンバーのうち魔法使いのお姉さんと賢者になったアランの元オッサンからなるカップルは、主に転職で一からやり直すことになったアランのハンデを埋めるべくイシスに飛んだ。今頃はおろちの婿候補のマリクと一緒に発泡型潰れ灰色生き物との模擬戦という修行に打ち込んでいる頃だろう。

 

(気にはなるんだけどね)

 

 イシスに立ち寄ると、日程が一日ずれてしまうのだ。

 

「ミリーも賢者としての修行は必要だろう。それに、オーブの眠る地球のへそはたった一人で挑まねばならん場所と聞く。ならば、わざわざ大人数で押しかけていっても時間を無駄にするだけだからな」

 

 ぶっちゃけ俺一人でも充分だが、回復呪文の使えないことになっている俺が単騎で潜入するのは、シャルロットが異を唱えそうな気もする。

 

(だからってシャルロットを送り出した場合、帰ってきた時は仲間になった魔物とパーティーが構成されてる、なんてオチがありそうな気もするんだけど)

 

 これ以上魔物のおともだちが増えるとジパングがパンクしてしまわないかとちょっとだけ不安になる。

 

「大丈夫、ミリー。ボクもだいぶ強くなったし、お師匠様が一緒だから、海の魔物に遅れは取らないし」

 

「……シャル」

 

「まぁ、そう言うことだ。地球のへそに関しては俺が忍び足で魔物との戦闘を避けつつこっそりオーブだけ回収してきてもいいしな」

 

 ランシールまでの航路で魔物と遭遇する可能性をすっかり忘れていた俺の顔は、シャルロットの言葉にひきつりかけるも、何とか取り繕い、便乗する形で自分が潜ってきても良いのよとアピールしてみる、ただ。

 

「あ、それには及びませんよお師匠様。強くはなりましたけど、お師匠様のお手を煩わせるばかりじゃ申し訳ありませんし……良いところを見せれば……」

 

「ん?」

 

「あ、何でもないでつ」

 

 後半ボソボソとしゃべっていて聞き取れなかったが、シャルロットも自分が挑戦する気でいるらしい。

 

(うーん、確かあそこミミックか人食い箱が宝箱に混じってた気がするんだよなぁ)

 

 そう言う意味でも宝箱の中身を判別する呪文の使い手である俺が行った方が良いように思えるのだけど。

 

「まぁ、どちらが潜るかは船を借りてから決めても遅くあるまい」

 

 場合によっては、クシナタ隊のお姉さんに一人、こっそり着いてきて貰って俺の影武者を任せ、俺自身はレムオルの呪文で透明になってシャルロットを尾行するという方法もある。もちろん、反則だけれど。

 

「……話を戻そう。目的地が決まった以上、もはやこのダーマに留まる理由はない。俺とシャルロットはこのままポルトガに向かうつもりだ。今回世話になったエリザの仲間ともここで別れることになるだろう。ミリー、お前の『おじさま』ともな」

 

「っ」

 

 元バニーさんは俺の指摘に、息を呑むも、こればっかりは仕方ない。

 

「秘密裏に掠うことが出来たとは言え、今回の騒動に関わっていたことを知る者は居るはずだ、となればこのままダーマに置いておく訳にはいかん」

 

 かといって故郷のイシスへ送還するのは敵対行為を働いていた経緯を鑑みれば論外だし、当人も承伏しかねるだろう。

 

「ロマリアも選択肢からは消える。女王陛下はエリザの元仲間だが、他の商人達やごろつき達を罪人として委ねてるからな」

 

 同じ場所に送っては問題になる。

 

「残ったのは、コネなりツテがあるアリアハン、サマンオサ、ジパングだが、魔物のウィンディと一緒になると決めた時点で、最初から選択肢は一つしかなかったとも言えるな」

 

 魔物と人が共存している国と言えば、ジパングを置いて他にない。そもそもジーンという前例があるので、犯罪者を匿うという意味でもうってつけだ。

 

「バラモスに余計な時間を与えたくはない、と言う意味では時間を無駄にすることは許されん。だがな、ミリー。もし、ジパングに寄り道するとしても俺は止めん」

 

「……ご主人様」

 

「家族、というのはいいモノだ。血が繋がっていなくても、な」

 

 思えば俺もこの世界に来てしまってから家族に会っていない。

 

(ホームシックにかかるにはまだ早い気もするけれど)

 

 中身の俺はさておき、この身体の方にも家族は居るんだろうか。

 

(……元の世界に帰るとか元の身体に戻るどころじゃ無いんだけどね)

 

 バラモスもゾーマもこの世界では、まだ健在なのだ。

 

「ただ、寄り道するならしっかり言っておいてくれ。あんなモノをばらまくのはこれっきりにするように、とな」

 

 しんみりしてしまいそうだったので、冗談めかして切実なお願いを元バニーさんに俺はして、ではなと踵を返す。ウィンディ達にも挨拶をしておく必要があるのだ。

 

(表向きは、だけどね)

 

 実際には、今後の指示を出す為に一人向かう先はカナメさんの部屋。

 

(ウィンディの所は商人のオッサンが居る可能性があるからなぁ。元バニーさんと鉢合わせしたら拙いし)

 

 自分から玩具になりに行く気はないので、スミレさんの部屋も除外。女王陛下はお付きの人がいて内密の話がしにくいことを鑑みると、他の選択肢は最初から無かった気もしてしまう。

 

「……と言う訳でな。クシナタ隊のメンバーを一人借りて行こうと思う。シャルロットには面識のない者で」

 

 出立前に旅装として、フード付きのマントを二つ用意し、シャルロットを送り出すタイミングで入れ替わると言うのが俺の立てたプランだ。

 

「わかったぴょん。スー様の体格に合わせると、靴を底上げしても任せられそうなのは一人しかいないから、その子を呼びだして話を伝えておくぴょん」

 

「無理を言ってすまんな」

 

 何とも言えない表情で応じたカナメさんへ、俺は頭を下げた。

 

 




ぐぎぎ、出発に至れなかった。

次回、第三百六十四話「出発と到着」


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第三百六十四話「出発と到着」

「出発は早くて二日後、おそらくバハラタまでルーラで船を運び、そこから船旅になるだろう」

 

 一応レーベの西にある海岸から出発するルートも考えては見たのだが、地図で見る限り最短距離に違いはほぼ無く、ポルトガからの距離を考えただけでもバハラタの方が明らかに近い。

 

(それに、クシナタ隊のお姉さん達とレーベに立ち寄った記憶がないんだよね)

 

 アリアハンへ連れて行った覚えなら有るのだが、レーベにした場合、アリアハンまでルーラで移動し、そこからレーベまで徒歩と言う余計な手間のかかる可能性が大いにある。

 

(ダーマとの距離を考えても、レーベはないな、うん)

 

 アリアハンへ寄ることになるなら、メダル収集家のオッサンに挨拶をしてこられるという利点もあるのだが、今回は縁がなかったと言うことだろう。

 

「要請ばかりで申し訳ないが、出来るなら航海の為の物資準備も頼みたい。ダーマでロスした分、何処かで取り返さないと拙いからな」

 

「足を引っ張ろうとする輩を一度に処分出来たと思えば、無駄とは言い難いけれどスー様達によるバラモスの討伐には直接関係してこない一件だったものね」

 

 穴埋めしたいと言うところは理解出来るわ、とカナメさんは言い。

 

「幸いにもあの商人達から没収した資金の一部をあの子が――女王陛下が今回の捕り物に協力した謝礼と言う形で回してくれたから、物資の代金はそれを当てさせてもらうけれどいい?」

 

「ああ。もし余った時は、そちらで使ってくれ。お前達にも世話になりっぱなしだからな。この身体が空けば何らかの形で礼をしたいところだが……バラモスに時間を与えぬ為に出来る限り急いでいる今は残念だが」

 

 ひっくり返しても出てこない。

 

「ふふ、それは解ってるぴょん。ただ、必要経費以上のお金は要らないぴょん」

 

「しかし」

 

「オーブを集めたら、ラーミアを復活させてバラモスと決戦なのでしょ? スー様が居て負けるなんて欠片も考えては居ないけれど、先立つものが必要になる機会はまだ何度か残ってる訳だから」

 

「……カナメ」

 

 一度食い下がっては見たが、カナメさんの静かな目は譲る気はないと言っているようで、俺は続く言葉を探そうとし途中で諦めた。

 

(そして、結局借り分ばかりが増えて行く、か)

 

 カナメさんの言うことは間違っていない。バラモスはこの世界の人々にとって脅威であり、実際幾つかの国には爪痕も残している。

 

(勇者一行、か)

 

 サイモンは幽閉され、シャルロットの親父さん(オルテガ)が火口に消えた原作の世界では、プレイヤーの分身である主人公、勇者とその仲間達は最後の希望だったと思う。

 

(こっちでは俺が小細工したせいか、シャルロットは勇者の一人という形だけど)

 

 大魔王バラモスの魔の手から世界を救ってくれる希望として人々が認識していたっておかしくはない。

 

(ゾーマのことを知ってるのはアークマージのおばちゃん……アンさんを始めとした魔物達と俺が直接明かしたクシナタ隊のみんなだけだもんなぁ)

 

 バラモスが倒れた後、ゾーマの存在を当人から知らされたらシャルロットはどうするだろうか。

 

(すぐさまアレフガルドに乗り込もうとするか、それとも……って、先のことを考えるのも良いけど)

 

 とりあえず、地球のへそのオーブはこの後入手しに行くとして、未入手のオーブはまだ一つ残っている。

 

(イエローオーブかぁ)

 

 情報屋の青年は最後に所有者の足取りで最後に確認出来たのがポルトガだと言っていた。

 

(そして、次の目的地もポルトガ)

 

 交易網に引っかかってこなかったからもうポルトガにはないとは思うが、行方を追う手がかりはあるかも知れない。

 

(エジンベアはあくまで交易網に引っかからなかったと言う理由で導き出した俺の推測なんだけど)

 

 一応、カナメさんには早くて二日後と言った。

 

(ポルトガで有力な手がかりが手に入ったなら)

 

 距離次第では先にイエローオーブを追うことも考えておくべきだと思う。

 

(なら、連絡要員も居るな。ルーラの使える魔法使いのお姉さんに俺達とは別にポルトガまで飛んで貰って……)

 

 首尾良く船を借りられ、かつイエローオーブの所在が近場だと解れば、ルーラでカナメさん達への報告に飛んで貰えばいい。

 

(行き先がエジンベアなら、船に密航して貰ってエジンベアへルーラで飛べる人員を増やすのも悪くないよね)

 

 幸いにも今はまだカナメさんとの会話の最中。

 

「それで、ポルトガに向かう訳なのだが、実は……」

 

 俺はイエローオーブの行方が解った場合、寄り道する可能性があることと連絡要員が居ることを告げて、予定に幾つか修正を加えてからカナメさんと別れた。

 

(さてと、後はシャルロットにポルトガへ連れて行って貰うだけ、か)

 

 サイモンを探したり話をするのにくわえて、イエローオーブの手がかりを探すにも時間はかかる。だから連絡要員のお姉さんが俺達と同時にダーマを立つ必要はない。

 

「お師匠様、準備はいいでつか?」

 

「ああ、待たせたな」

 

 カナメさんと話し込んだ関係で少し遅れてシャルロットと合流した俺は確認へ頷きを返し。

 

「ではいきますっ、ルーラっ」

 

 完成したシャルロットの呪文で天高く飛び上がる。

 

(ポルトガ、かぁ。そう言えば、以前休暇を楽しんだことがあったっけ)

 

 以前お忍びでバカンスをしたのが随分昔のことのように感じる。もっとも、流石にまだ見えては来ないが。

 

(……しかし、本当に縁のある国だよな)

 

 実際にポルトガが見え始めたのは、色々思い出した後のこと。

 

「シャルロット、着地の準備を」

 

「はいっ」

 

 やがて高度が下がり始め、徐々に大きくなる城と城下町の前へと俺達は降り立つことになるのだった。

 

 




こうして無事ポルトガにたどり着いた主人公とシャルロット。

何度も足を運んだこの国でいったい何が待っているというのか。

次回、第三百六十五話「人捜しと手がかり探し」


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第三百六十五話「人捜しと手がかり探し」

「さてと、ようやく到着か」

 

 流石に着地の失敗などもう起こりえない。危なげなく降り立つなり、周囲を見回せば、この国は最初に訪れた時と殆ど変わっていなかった。

 

(いや、むしろ最初に訪れた時から日数を数えればこっちが普通なのか)

 

 ジパングという短期間で魔改造してしまった国があるが、むしろあっちの方が異常なのだろう。

 

(うん、元凶が何言ってるって感じだけど)

 

 ジパングもあんな国にするつもりはなかったのだ。

 

(シャルロットがてなづけたり俺が引っこ抜いた魔物達を預かってくれる場所があるという意味で、今は非常に有りがたい場所ではあるとしてもさ……ジパングの人には、結果的に魔物との共生を強制しちゃったようなものだし)

 

 そも、原作では勇者一行はアレフガルドに渡って帰れなくなってしまう為、勇者達が元居た故郷のその後は俺も知らない。

 

(バラモス倒した後、どうなるかは頭の痛いところだよなぁ)

 

 竜の女王のお願いを聞いた場合、おろちは女王の子供の親代わりとしてアレフガルドに赴く訳で、そうなってくるとジパングを治める者と魔物達を統率する者がほぼ同時に消えてしまうのだ。

 

(ジパングに行くだろうエピちゃんのお姉さんかレタイト辺りに頼むという手もあるけど、おろちとウィンディだと……)

 

 魔物としての強さや格という面でのグレードダウンは否めない。一応、元親衛隊の副隊長でイシス侵攻軍の総大将と言う経歴があるものの、後者に至ってはやむを得ぬ選択だった可能性もあるのだから。

 

(ダーマで転職したことだし、ジパングでひたすら灰色生き物と模擬戦して貰えれば実力差の方は埋まるかも知れないんだけど、こう、ビジュアル面が、なぁ。ローブを脱いだことで一見良くなったようにも見えるけど、見るのは俺でも人間でもなく魔物達な訳で……)

 

 ダークエルフっぽい格好と言うだけなら、だからどうしたと言われてしまうだろう。特に同じエビルマージからすれば服を脱いだだけである。

 

(ここはあれかな、専用装備で補……やめよう。こんな提案したら、元バニーさんのおじさまがハッスルして壮絶に際どい感じの「悪の女幹部」風防具を開発し出すに決まってる)

 

 がーたーべるとをダーマにばらまいてくれやがった危険人物だ、元バニーさんには悪いが、俺の認識では未だに要注意人物のリストから抜けていない。

 

(って、よくよく考えたらあの国、エピちゃんのお姉さんだけでなくおろちもいるんだっけ)

 

 うわぁい、じぱんぐ しゅうりょう の おしらせ だね。

 

(しまったぁぁぁぁっ)

 

 へた したら、じぱんぐ が にど と あし を ふみいれ られない まきょう と かす じゃない ですか。おれ の うっかりさん、てへっ。

 

(「てへっ」じゃNEEEEEEEE! ああ、元バニーさん、どうか無事で)

 

 今思い返すと、一人だけせくしーぎゃるの犠牲になってなかった気がするが、今はこの為の前振りだったように思えて、俺は祈らずには居られなかった。

 

「お師匠様、どうされたんです?」

 

「ん? あぁ、すまん。ジパングに旅立っただろうミリーとウィンディ達のことを少し、な」

 

 シャルロットの言葉で我に返りはしたものの、一度気になると隠すのは難しそうで、俺は正直に白状して二人で飛んできた方を振り返り。

 

「あ、言われてみると変わった組み合わせの夫婦ですもんね。けど、ちょっと羨ましいなぁ。ボクもいつか」

 

「っ、すまん。無神経なことを言った」

 

 人差し指をくわえた弟子の姿を見て失言に気づいた俺は密かに歯噛みする。

 

(うあああ、俺の馬鹿。シャルロットは大魔王を倒さなきゃ恋愛も許されない身の上だってのに)

 

 もう、こんなに失言が多いならいっそのこと無口系キャラに転向すべきなのかもしれない。

 

「え? あ、大丈夫ですよお師匠様。それに……達も……きり……」

 

「いや、さっきの言には配慮が足りなかった」

 

 何かごにょごにょ続とけるシャルロットに頭を下げると、東から南に顔の向きを変える。

 

「一刻も早く倒そう、バラモスを」

 

 出来ればゾーマと言いたいぐらいだが、それは言ってはいけない。シャルロットは、まだ知らないから。

 

(その為にも今は、やることをやらないとな)

 

 サイモンに関しては当人が勇者という有名人だ、探し当てるのは、もう一方と比べて遙かに容易だ。

 

「そう言う訳でシャルロット、お前はサイモンを探してくれ。人に聞くにしても同じ勇者からの方が居場所も聞きやすかろうしな。俺はイエローオーブの行方について探ってみる。もし進展があれば宿を取って宿屋で待機していてくれ」

 

 俺はシャルロットに指示を出し。

 

「はい、わかりまちたっ」

 

「よし、いい返事だ。……あ、部屋は一人部屋を二つ、な?」

 

 返ってきた返事に満足しつつも、以前の失敗を思い出して釘を刺す。

 

「えっ」

 

「いや、何故そこでどうしてという顔をする?」

 

 ねん の ため に くぎ を さそう と したら あんのじょう とか。

 

「とにかく宿のことは頼むぞ」

 

 振り返り、もう一度だけ頼んでから俺は歩き出す。

 

(交易網にも引っかからなかったって時点で有力情報を拾うのは骨が折れそうだけど、泣き言は言ってられないもんな。まずはその手の品を扱う店を探してみるか)

 

 持ち込まれているとは思えないが、あたりも付けず手当たり次第に聞いて回るよりはマシな筈。

 

「ちょっといいか? 美術品や骨董品を扱っている店を知らないか?」

 

「骨董屋、ねぇ……それなら、あっちに」

 

「助かる」

 

 たまたま出会った通行人から一軒の店を示されると、俺は礼を言って再び歩き出した。

 




してーあどべんちゃーの筈が何故か元バニーさんとかに不穏なフラグが立った件について。

次回、第三百六十六話「そう簡単に見つかれば」


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第三百六十六話「そう簡単に見つかれば」

 

「悪いねぇ、竜像の台座にはまった宝珠ってのは、ウチに持ち込まれたこともなければ聞いたこともないよ」

 

 そして、足を踏み入れた店で尋ねた結果は、ご覧の通りである。

 

(まぁ……なぁ)

 

 一軒目からアタリなどと都合の良いことを考えてはいない、だからやっぱりなと言うのが正直な感想だった。

 

「そうか。そう言った品が持ち込まれそうな同業者や好事家に心当たりはあるか?」

 

「うーん、知ってるかも知れないけれどこの国は交易が盛んだからねぇ、同じ商売をしてる仲間は多いし……そうだ。お客さん、お城には行ってみたかい?」

 

「そちらはこの後向かうつもりだ。東にある城下町の入り口から来たからな」

 

「あぁ、そっちから来たんじゃ仕方ないね」

 

 相手は地元の商人。城に向かうには、城下町を抜ける必要があるとまで説明する必要もない。

 

「そう言うことだ。行くにしても最後だな」

 

 近い場所から順に回った方が効率的だし、何処を回って何処がまだ聞き込みをしていないかという意味でもわかりやすい。

 

「そうなると私に紹介出来るのは幾つかのお店と……やっぱりお城関係になるけれどここの国王陛下は他国と交易網を作ろうという人達に協力してい」

 

「悪いが、交易網の方は良い。あちらには知り合いが居てな。何かあれば知らせてくれることになっている」

 

 知り合いが居るどころか、交易網を広げた張本人である訳だが、それはそれ。

 

(正直に話す必要はないし、話してもめんどくさいことになるだけだろうしなぁ)

 

 ともあれ、ここで目の前の骨董屋に聞いておくべきは、幾つかのお店と称した同業者の方だろう。

 

(俺の作った交易網が絡んでくるようなら、とっくに何らかの情報は入ってきてると思うし)

 

 もちろん、時間差で情報が入ってきている可能性もあるので、この国の窓口にも足を運ぶつもりではいるが、それも城下町の店を当たった後だ。

 

「じゃあ、私が紹介出来るのはこの通りにある一軒と通り一つ、向こうの二軒、それにここから随分離れた場所にある一軒だけだね」

 

「そうか、出来たら地図を書いて貰えるか?」

 

 骨董屋の言葉に俺が差し出すのは、ダーマで買っておいた羊皮紙と筆記具。つくづく補充しておいて良かったと思う。

 

「あぁいいよ……この通りの店がこれで、こっちの線が一つ隣の通りだ」

 

「すまんな。世話になった」

 

「いえいえ、毎度あり。捜し物が見つかると良いですね」

 

 返した貰った筆記具をしまうと、礼を述べた店主に見送られ、店の外に出た直後。

 

「おう、あんた知ってるかい?」

 

「……何をだ?」

 

 主語も無しにいきなり聞かれ、ツッコミを返しつつ声の方を振り向く。

 

「おっと、こいつは失敬。何でもこの辺には馬の嘶きが聞こえてくる家があるらしいぜ」

 

 ぺしんと頭を叩いてお辞儀をした男は、更に問うた。

 

「旦那は気にならねぇか?」

 

 おそらく、何を言いたいかは解る。だが、俺は敢えて問い返した。

 

「何がだ?」

 

 と。

 

「だからさ、何で家の中から馬の嘶きがするかってよ?」

 

 先に結果だけ言うなら、俺の予想は正しく。

 

(屋内から、馬……馬かぁ、ひょっとすると)

 

 原作の記憶の中に、条件に合いそうなものが有ったことを思い出した。

 

(バラモスの呪いで馬にされた人が何処かに居るんだっけ)

 

 この男が気になっているのが、もしそれならこの男は放置出来ない。呪われて馬にされた人からすれば、好奇の目に曝されるなどたまったものではないだろう。

 

「ならんな。俺は馬が門番をする城を訪れたことがある。あれに比べれば馬が家に居たところで驚くようなものではなかろう」

 

 故に否定した上、比べものにならない情報を投下する。

 

「は? 馬が城の門番? んな城有る訳ねーだろ!」

 

「つまり、俺が嘘をついていると?」

 

 男の反応はある意味仕方ない、だが真実を話して嘘つき呼ばわりされるのは不本意極まりない。

 

「や、そうじゃねぇ! その、何だ……」

 

 睨み付けると、男はあたふたし始め、それを見て俺はふんと鼻を鳴らした。

 

「疑うようなら連れて行ってやろう。ただし、俺は探しモノの最中でな。他にもやらねばならないことはあるが、まず、そのものが見つからない場合でも品物も行方に関した手がかりぐらいは見つけておく必要がある。嘘つき呼ばわりされては捨て置けんのでな。馬の鳴き声がどうのと好奇心を発揮出来る程度には暇なのだろう? ならば、俺の探しモノに付き合って貰おうか」

 

「ひ、ひぃぃ」

 

 少々強引な気もするが、男に別の仕事を押しつけてしまえば呪われた人が好奇の視線に晒されることもなく、こっちとしてはオーブの行方を捜す人手も増える。

 

(それに、首尾良くオーブの情報が手に入って竜の女王の城に連れて行けって言われたら、次の用事を口実に出来るからなぁ。「じゃあその前にバラモス倒しに行くから同行しろ」って言っても着いてくるつもりがあるなら、俺の威圧ぐらいじゃああも怯えないだろうし)

 

 ちょっと悪どい気もするけれど、そこは勘弁して貰おう。

 

(オーブに関しちゃそう簡単に手がかりにたどり着ければ苦労しなかった訳だしなぁ)

 

 今のところ収穫ゼロのまま空を仰いだ俺は、肩をすくめるとこっちを怯えた目で見ている男へと視線を戻すのだった。

 

 




しゅじんこう は げぼくA を てにいれた。

次回、第三百六十七話「聞き込みは続く」



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第三百六十七話「聞き込みは続く」

「丁度そこの店で捜し物を扱いそうな店を教えて貰ったところでな。全部一人で回るのは骨が折れると思っていたところだ」

 

 だからこそ、男に出合えたのは丁度良かったとも言える。

 

(あちらからすれば、とんだ災難かもしれないけど)

 

 そこは、呪いにかかって苦しんでいる相手を好奇心から探し出そうとした無神経さへの罰、と言うことにしたい。

 

「この地図からすると、一軒だけ離れた店がある。お前にはここへ言って竜の台座にはまった黄色い宝珠を見かけたり持ち込まれたりしたことはなかったか、そう言う宝珠の話を何処かで聞かなかったか、聞いたとしたらどんな話かを聞き込み、報告して貰おう。俺はこの通りにある店を訪れた後、一つ隣の通りを順に訪ねるつもりだ」

 

 担当する店が多い分、聞き込み終了はおそらく俺の方が後になると思うが是非もない。わりと強引に手伝わせることにした上で紹介された四軒の半分をノルマとして課すのには流石に抵抗があったのだ。

 

「聞き込みが終わったならこ三軒を近い店から順に訪ねていけばいい。いずれかの店か、店に至る道で鉢合わせるだろう。報告は再会した時に聞く」

 

「あ、えっと……」

 

「不満か?」

 

 一方的に指示を出した上、まごつく男を睨み付けたのは、捜し物の最中声をかけられ、イラッとしたこともあるが、理由はもう一つ。

 

「と、とんでもねぇ。わ、解った。その黄色い宝珠(イエローオーブ)ってのの行方か現物が見つかりゃ、いいんだな?」

 

「ああ。有力な情報が手に入れば礼はしよう。城への同行とは別に、な」

 

 こちらの視線に屈した男へ頷き、最初の条件とは別のニンジンをぶら下げてやる。

 

(勝手に動き回られて呪われた人、と言うか馬にされた人が見つかっちゃったら強引にこっちの捜し物に巻き込んだ理由が半分くらいなくなるもんなぁ)

 

 確かバラモスを倒せば解ける類の呪いだった気もするが、それはうろ覚えながらも原作知識のある俺だからこそ解ること。呪われている当馬からすれば、いつ解けるともしれぬものなのだ。

 

(ただでさえ呪いに苦しんでる相手の心にずけずけとい土足で踏み込むような真似はさせられない……)

 

 踏み込む側に悪意など全くないにしても。

 

「ほら、ひとまずこれをやろう」

 

「うおっ、え、な、これは……金?」

 

「聞き込みをするにも先立つモノが必要だろう? 有力な情報が手に入れば余った分は懐に入れても文句は言わん」

 

 ダメ押しとばかりに小袋に入れた金貨を放った俺は、受け取るなり、中身を見て驚く男へ言う。

 

「へ、へへっ。そっか。黄色い宝珠(イエローオーブ)だったな? 待ってなとびっきりの情報を見つけてくるぜ!」

 

 現金と言うか、何というか。

 

(まぁ、やる気になってくれたなら良いか……さて)

 

 口元を綻ばせ踵を返すと走り出した男の背中を苦笑しつつ見送ると、俺もまた歩き出す。

 

「まわる店はこちらの方が多いからな。些少は急ぐか」

 

 一軒目の距離ならば、男に指示して聞き込みに行かせた店よりも遙かに近い。

 

(と言うか、看板だけならもう見えてるし)

 

 迷う可能性はゼロに等しい。

 

(問題は聞き込みの礼ぐらいだけど)

 

 話を聞くにしても、店の品を一個買うのと何も買わないのとでは店主の反応が変わってくる。

 

(出来ればかさばらないモノで手頃な値段のモノがあると良――)

 

 良いなぁとこえには出さず続けようとした瞬間。

 

「……ヒーン」

 

「っ」

 

 俺の足は、止まった。

 

(よりによってこのタイミングでそっちかぁぁぁぁぁ!)

 

 聞こえてきたのは明らかに馬の嘶きだった。

 

(誤魔化したとは言え、一応忠告しておくべき……か)

 

 戻ってきて俺を捜すあの男がこれを聞いてしまったら誤魔化した意味がない。

 

「寄り道になるが、是非もないな」

 

 一つ嘆息すると、通りを二軒目以降の店がある東ではなく西側へ一つ外れ。

 

(確か、こっちだったような……)

 

 先程の立ち位置と声が聞こえてきた方角の記憶を頼りに、進んだ先。

 

「ヒヒーン!」

 

「……あそこか」

 

 よりはっきり聞こえた嘶きに目的地を特定すると、俺は招かれざるお宅訪問を敢行すべく民家の入り口目掛け歩み寄り。

 

「あ」

 

 ドアに鍵穴を見つけて立ちつくした。

 

(そっか、そりゃそうだよね)

 

 呪われたなら、その姿を晒すことを嫌って施錠し、引きこもる。別段おかしな所は何もない。

 

(ゲームだったらとうぞくのかぎかまほうのかぎで解錠して上がり込む流れなんだろうけれど)

 

 鍵がかかってるなら、わざわざ忠告に来る意味はなかったかも知れない。

 

「……一応、紙に忠告文を書いてドアの隙間から入れておく、か」

 

 ついでにバラモスに呪われて打倒バラモスを誓い、城に乗り込んで手傷を負わせた猛者が居ることも記しておこう。むろん、言わずと知れた怪傑エロジジイのことであるが。

 

(これに少しは希望を見いだしてくれると良いけど)

 

 最初は勇者の名を出そうかとも思ったが、あのバラモスのことだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃ、この大魔王バラモスさまに逆らったりするからバラモス」

 

 とか呪われた者の姿を覗き見て悦に浸っている可能性もある。なら、シャルロットの名を出して警戒させるのは良くない。

 

(それに、エロジジイはバラモスに唯一手傷を負わせた男と言うところまでは事実だしなぁ)

 

 バラモスの中のネームバリューとしては、あちらの方が上だと思う、警戒度も。

 

(覗き見してる悪趣味野郎なら牽制になるし)

 

 そうでなくても、手傷を負わせた猛者が健在だという情報は良いニュースになると思う。

 

(けど、結局の所根本的な解決とは行かない訳で)

 

 隙間から羊皮紙を押し込んだドアを一度だけ振り返ると俺は再び歩き出した。

 

(……行こう。オーブを見つけてバラモス城へ乗り込む為にも)

 

 当初の予定にあった一軒目の骨董屋に向かって。

 





「私はサブリナ。こうして出番を待っています。でも待てど暮らせど……」

 登場フラグが立ちかけたのに、出てきたのはカルロスの鳴き声のみという罠。


次回、第三百六十八話「思わぬ出会い」


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第三百六十八話「思わぬ出会い」

「邪魔をする」

 

「いらっしゃいませ」

 

 時間を些少ロスしつつも一軒目の店に辿り着き、入り口をくぐれば出迎えたのは店の主の声。

 

「今、竜の像を台座にした黄色い宝珠を探しているのだが、この店には置いていないか? 扱ったことがあるとか、そうでなくても話を聞いたことがあるとかその品について知っていることが有れば教えて欲しいのだが?」

 

「うーん、黄色い宝珠ですか……すみません。聞いたこともありませんね」

 

 無駄にした時間を少しでも取り戻そうと、即座に用件を告げると骨董屋は唸り、次いで首を横に振った。

 

(まぁ、想定内の反応か。ここで有力情報が出るようならとっくに俺の耳に入ってる筈だし……ん?)

 

 驚くには値しない。ただ、話を聞いた以上適当に小物でも買っていこうと商品を撫でた俺の視線はとある一点で、止まる。

 

「店主、これは?」

 

「ああ、それですか、お目が高い。それは先日入ったばかりの品でしてね」

 

「と言うことは、売り物でいいんだな?」

 

 拾いあげて店主に示し、確認した品は以前別の場所でも見たことのある、星の意匠が施されたメダル。

 

「はい」

 

「では、全部貰おうか」

 

 まさかこんな所で小さなメダルを見かけるとは思わなかったが、売り物であるというなら遠慮する必要はない。

 

(こいつのコレクターしてるオッサンにはシャルロットが随分世話になったんだよね)

 

 誘き出す餌にするも良し。元バニーさんのおじさまの名前を挙げてから「まずは一人目、次はお前だ」と記した怪文書と一緒にアリアハンの井戸の中に放り込むのも良し。

 

(すっかり忘れてたからなぁ、何処かでお礼しないと)

 

 イシスでシャルロットが味わった精神的な苦痛を考慮すると、考え得る限り最高のお礼をするべきなのは明らかだ。

 

「いや、良い買い物だった。邪魔をしたな」

 

 ゴールドを支払い、笑顔で数枚のメダルを受け取った俺は、店を出ると通りを一つ横にずれる。

 

「ふむ、情報収集だけのつもりだったが、扱う品を鑑みれば掘り出し物と出会う展開も考えておくべきだったかもな」

 

 そもそも原作には登場しなかったお店だ。そう言う意味で、良くも悪くも原作知識は通用しない。

 

(もちろん、骨董屋である以上置いてある品は、美術品や道具の類に限られる訳だけど、ひょっとしたら性格を変える装飾品の類だってあるかも知れないし)

 

 まともな性格に変える品なら持っていて損はないと思う。

 

(あの女戦士にしてもおろちにしても性格を変える本が落ちてたとか落ちてきたとかそんな話だったし)

 

 備えあらば憂い無しとも言う。

 

(もっとも、掘り出し物探しに気をとられて初心を忘れたら目も当てられないから程々にしないといけないだろうけれど)

 

 目的はあくまでイエローオーブそのものかオーブの行方に関する情報を得ることなのだ。

 

「さてと、二軒目は確か……」

 

 俺は首を巡らせて二軒目の店を探し。

 

「おう、居た居た。おーい」

 

「っ」

 

 聞き覚えのある声を投げかけられて足を止めた。

 

(寄り道した上、羊皮紙に忠告文書いたりしてたからなぁ)

 

 自分が想像したよりも時間をかけてしまっていたのだろう、ただ。

 

(にしても、何故ああもテンションが高いんだろ?)

 

 手を振りつつこっちに駆けてくる男の様子が不思議というか腑に落ちず。

 

(まさか……いや、まさかね)

 

 いや、正確にはちょっとだけ心当たりはあったのだ。もの凄く都合が良すぎて、即座に脳内で否定できるものが。

 

「手がかり、見つけたぜ」

 

「な」

 

 だから、否定した筈のそれが男の口から出た時、俺は絶句した。

 

「いやー、苦労したぜ全く。黄色い宝珠(イエローオーブ)ってのだけどよ、もうこの国にゃないらしいぜ? 売りに来たマルコって商人がふっかけたらしくてよ、いや、あの店に売りに来た訳じゃねぇんだけど――」

 

 そして、黙り込んでいるこっちを尻目にしゃべった男の話によると、売りに来たものの希望する値段で引き取って貰えず、諦めてポルトガを後にしたと言う。

 

「それで、向かった先は?」

 

「あー、すまねぇ、店で聞けたのはそこまでだ。行き先についちゃ、『港の船乗りとかの方が詳しいでしょうな』だとよ」

 

「……まあ、仕方ないか」

 

 ダーマの情報屋の話では、この国に来たのは一年前の筈。しかも自分が取引相手でなかったなら、それだけの情報でも持っていてくれたことが奇跡だ。

 

(交易網の方には情報も上がってきてない訳だし)

 

 とりあえず、船乗りの方が詳しいと言うことは、船で何処かへ向かったのだと思う。

 

(しかし、これでは掘り出し物探しは諦めざるをえないよね)

 

 ついでに、この男を竜の女王の城へ連れて行くと言う約束もある。

 

「ならば、俺は港に向かうが、お前はどうする? 俺の目的はイエローオーブだからな、手がかりがあるなら追わねばならんが」

 

「ああ、あの話ならもういいぜ? こうして金をもう貰っちまってるからな」

 

「そうか。ではな」

 

 ゴールドの袋を見せて笑う男に、手間がかからなくて済んだと思いつつ俺は背を向け、歩き出す。

 

「おう、あんたがオーブを無事見つけられることを祈ってるぜ」

 

「ああ」

 

 背にかかる声に軽く手を挙げて応じ、向かう先は、この国の港。

 

「……さて」

 

 潮の匂いを感じながら遠くに見えるは、帆船の帆。上を飛び交うのはカモメか何かの海鳥だろうか。

 

(思ったより距離があるなぁ)

 

 未だにゲームだった時のイメージを何処かで引き摺っていたのだろう。だが、この世界が妙なところでリアルだったりするのは今に始まったことではない。

 

「あ、またお会いしたでありますな」

 

「ん?」

 

 港までそれなりにかかりそうだなぁと思いつつ歩く俺はかけられた声に振り返り。

 

「ひょっとして、イエローオーブをお探しでありますか?」

 

「お前は――」

 

 訪ねてきたのは、以前レッドオーブを届けてくれた軍人口調の女魔法使いのお姉さんだった

 

 




祝・再登場。

次回、第三百六十九話「残りの二人に出番の多さで妬まれてないと良いけど」

と言うか、残りの二人どんなキャラだったか覚えていない人の方が多そうな気がする。


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第三百六十九話「残りの二人に出番の多さで妬まれてないと良いけど」

 

「ああ。それから、先日は助かった」

 

 思い返せばこのお姉さんがレッドオーブを届けてくれたお陰でオーブ探しの手間が一つ分省けたとも言える。

 

(と言うか、このお姉さんと会うと残りの二人のことも思い出すけど)

 

 このお姉さんはスレッジとして俺が育てた3人いる交易網作成の担当者の一人、つまりアリアハンの王に仕える人で、他にも老人と語尾に「っ」が付くお姉さんとの3人組だった気がする。

 

「いえいえ、これもお役目であります。バラモス討伐に必要な品とも聞いておりますし」

 

「まぁ、間違ってはいないな」

 

 モシャスだの、バラモス城に行ったことがあるか飛行出来る魔物を仲間にするだのと言った反則技を使わなければ、バラモスの居城へ赴くのに不死鳥ラーミアの協力は必須なのだから。

 

「それはそれとして、お前と同期の二人は何をしてる? 最近顔を見ないが」

 

「ああ、それでしたら、イシスとサマンオサにそれぞれ赴任中であります」

 

「ほう」

 

 好奇心からの問いに返ってきた答えへ声を上げてみるが、このお姉さん達の仕事を鑑みれば何もおかしくはない。

 

(むしろ俺が勇者の師匠兼同行者として交易網の方にかかりっきりになれないからなぁ)

 

 今更ながらにこのお姉さん達にしわ寄せが行っていないか気になり始め。

 

「しかし、それは大変そうだな……人手は足りているのか?」

 

「あ、それでありますが……実は人手不足になり始めておりまして、まことに恐縮ながらもしスレッジ殿にお時間がありましたら自分達の後輩を鍛えて頂きたいと申しているとお伝え頂けると……」

 

 聞いてしまったことが失敗だと気づいたのは、お姉さんが本当に申し訳なさそうな顔で拝んできた後のことだった。

 

「あ、あぁ。会うことがあればな」

 

 そう応じたモノの、ぶっちゃけそんな余裕など有るはずもない。

 

(そもそも、もうあの育成ツアーもやる訳にはいかないし)

 

 レベリングの為に狩った魔物達はやまたのおろちの部下で、そのおろちが改心してこちらに従っている現状でレベル上げの為に虐殺やらかしたら俺が外道である。

 

(って、そんなことしなくてもおろちに話を持っていって灰色生き物との模擬戦を頼めばいいのか……?)

 

 かってシャルロットも経験したというあの修行法ならば、灰色生き物が狩られすぎて絶滅するという危険もないし、俺が同行する必要もない。

 

(なんだ、割と良いことずくめじゃないか。やまたのおろちが健在だとか色々やう゛ぁいことがアリアハンの国王に筒抜けになるだけで)

 

 そう、たった一つ致命的な問題があるぐらいだ。

 

(うん、没だな。没)

 

 ジパングが魔物王国になってることも対外的にはヒミコが神通力で屈服させた魔物だとかそう言うことになってるはずであり、ヒミコの正体がおろちであることはジパングの国民さえ知らないというのに、外国人にばらせる訳がない。

 

(……となると残ったのはイシスの発泡型潰れ灰色生きも……あれ? 死んだ発泡型潰れ灰色生き物を生き返らせる為の世界樹の葉って回収したっけ?)

 

 そして だいかあん を もさくした けっか が ぽか の はっかく ですか。

 

(何で忘れてたし、あの逃げる経験値の数がそのまま修行効率に直結するのに)

 

 ひょっとしたらアランの元オッサン、今頃マリクと交代制で修行してるのではないだろうか。

 

(ここで気づいて良かった。悪いけれど伝言頼んで、クシナタ隊か元親衛隊の誰かに世界樹まで行って貰うか……)

 

 もしくは、時間のロスを覚悟して俺とシャルロットが行くか。

 

(とりあえず、これについてはシャルロットに相談してから決めるしかなさそうだなぁ)

 

 発泡型潰れ生き物が足りなくてマリクの修行に支障が出た場合、竜の女王にマリクをおろちの婿として紹介出来なくなる可能性が出てくる。

 

(それに、アランのレベル上げにも影響することを考えると、後回しにして良い問題じゃない)

 

 もちろん最優先はオーブの確保、世界樹の葉の確保は次点と言ったところだと思うけれど。

 

「あの、どうかしたでありますか?」

 

「ん? あぁ、実はスレッジの修行より効果のある修行法があるのだが、必要なものがあってな。かといって俺はオーブ探索で手一杯、どうしようかと思っていたところだ」

 

 問われて我に返った俺が、正直に話したのは、なんのことはない。このお姉さんが交易網作成の担当者の一人だからだ。

 

「必要なもの、でありますか?」

 

「ああ、世界樹の葉と言ってな、死者を生き返らせる力があると言われる品だ。この世界の何処かにある世界樹から一人につき一枚だけつみ取ることが出来るとも言われている。稀少な品故に市場に出回ることはないと思うのだがな」

 

 だが、数カ国に跨って交易の網を広げていれば、ひょっとしたら手にはいるのでは、とも思ったのだ。

 

「むろん、それだけでは運頼みになる。確実に必要枚数を集めるなら世界樹に赴いて摘んでくる必要があるだろう」

 

「……ひょっとして、世界樹の場所をご存じでありますか?」

 

「ああ、おおよそだがな」

 

 確か、四つの岩山の中間点がどうのこうのと何処かの猫が言っていた気がする。

 

「それはそれとして、だ。さっきイエローオーブを探しているかと聞いてきたな」

 

「あ、そうでありました。実はつい最近掴んだ情報なのでありますが――」

 

 お姉さんは言ったのだ、何でもカンダタという男に盗まれたのだ、と。

 




バハラタで直接カンダタと対決しなかったバタフライ効果の模様。

次回、番外編22「ノアニールの西の(クシナタ隊隊員視点)」


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番外編22「ノアニールの西の(クシナタ隊隊員視点)」

・主人公以外の動き1

<クシナタ隊、商人お姉さん他>
アリアハン経由でポルトガへ→船でスーのある大陸の東海岸へ

<スミレさん&カナメさん及び元親衛隊アークマージ組+元バニーさん>
バハラタからダーマの探索へ→ダーマの一件収拾後、ジパングへ行く者とバハラタでランシールに向かう勇者一行の支援にまわる面々に別れる。
元バニーさんも一端はジパング組に同行(その後修行の為イシスへ移動予定)

<クシナタさん他>
アッサラームからロマリア方面へ→ノアニールへ(今ここ)

<エリザ+サラ&アラン>
はぐれメタルとの模擬戦修行の為、イシスへ。現在マリクと交替で修行していると思われる


先日の遅刻のお詫びと言うことで、現在はこんな感じになっております。
好評なら2があるかもしれません。



 

「隊長、本当にこっちで良いんでしょうか?」

 

 右を向いても木、左を向いても木、ひたすら木が茂る森の中、私は前を進む隊長に問いました。

 

「気持ちはわかりまする。されど、先程開けた場所に出た時の太陽の位置からすれば問題はありませぬ」

 

「あ、あの時空を見上げていたのはそう言うことだったんですね。……はぁ」

 

 隊長の言葉に当時、空からの敵を警戒してるだけだと思っていたことが少し恥ずかしいです。

 

(魔物の襲撃への警戒だけでなくちゃんと他のことも考えていらしたのに、私ったら……)

 

 後ろからついて行くだけという楽な立場だというのに、不安を訴えてしまった。

 

「気持ちはわかるわ。けど、エルフの隠れ里があの村の西にあることはスー様も言ってらしたもの」

 

「……と言うことは、エルフの女王様に謁見したら、次は洞窟の探索ですね」

 

「まず、間違いなくそうなりましょう」

 

 仲間の声にスー様が教えて下さった事件解決の流れを口にした私を肯定したのは、クシナタ隊長。

 

「駆け落ちしたエルフの娘と村の若者……」

 

 駆け落ちと言うところまではロマンチックな話だと思って聞いていた話も、結末を聞かされた時は何とも言えない気持ちになったものです。

 

「隊長、問題のお二人を……救うことは出来ないんでしょうか?」

 

 思わず訪ねてしまった理由は、叶わぬ恋路の先に命を絶った二人への同情だけではありませんでした。

 

「私達もこうして生きているのですから、スー様のお力でしたら――」

 

 そう、それはきっと後ろめたさ。スー様が蘇らせて下さらなければ、私も仲間達もあの溶岩煮え立つ洞窟に骸として転がっていたはずなのですから。

 

「おそらくですが、それは叶いませぬ」

 

 ただ、私の言葉に返ってきたのは、隊長の否定。

 

「やっぱり、駄目……ですか?」

 

 理由は解っています。

 

「蘇生呪文は、現世に戻りたいという……蘇りたいという思いがあって初めて成功しまする」

 

 生きながらえても、連れ戻されて愛しい相手と引き離される思い命を絶ったお二人が、こちらの呼びかけに応じるとは思えないと言うことなのでしょう。

 

「皆様の時とは、そこが違いまする」

 

「……たしかに、何人生け贄に捧げられても、おろちと魔物の被害は出るばかり……自分が最後なら、最後で終わるなら諦めていたかも知れないけれど」

 

「……凄いですね、私はただ死にたくないと。助けて欲しいとしか」

 

 あの魔物に命を奪われたのは同じでも、思っていたことは違う。私はまた少し情けなくなって視線を逸らし。

 

「ふふ、それならまだ殊勝な方よ? あの子……名前は伏せるけど、『いい男と夫婦が一緒の布団でするようなことをしたかったのに、何でこんな所で』とかだいたいそんなことを考えてた子もいたみたいだから」

 

「な」

 

 笑いを漏らして応じた仲間の暴露話に、私は耳を疑いました。

 

「そ、それ……本当ですか?」

 

「ええ。それじゃ、ヒントをあげましょうか。アッサラームでスー様に性格が変わる装飾品をかけた子が居たわよね?」

 

「あ、あー」

 

 確かにそんな仲間が居たと聞いた気がします。

 

「たしか、隊長にその……お、お尻ペン……」

 

「そうそう。後で知ったんだけど、あの子、性格がせくしーぎゃるだったらしいのよね」

 

「せ、せくしーぎゃると言いますと」

 

「そう、良識とか恥じらいとか何処かに置き忘れて来ちゃったみたいな、あれね」

 

 それは、なんとも難儀なといいますか。

 

「ああ言う子こそ、一緒になる相手を見つけて落ち着けば良いと思うのだけれど。今のところそう言う相手が出来たのって、アイナぐらいでしょう? ライアス様と言ったかしら、あの戦士様」

 

「あぁ、そう言えばアイナさんはお元気なのでしょうか?」

 

「んー、まぁ幾つかの班に分かれてバラバラになってしまうと……そう言うところ解らないわよねぇ。けど、やっぱり気になるでしょう? こう、別の意味でお元気、かとかも?」

 

「ちょ、ちょっと止めて下さい」

 

 お元気かどうかとは言いましたけれど、同じ境遇の仲間です。確かに、二人の仲が上手く言っているかは気になります、気になりますけど。

 

「た、隊長が――」

 

「お・ふ・た・か・た?」

 

 笑顔の中に言いしれぬ迫力を持った隊長がこちらを振り返った時、私は心の中で叫びました。

 

「だから無難な方向でおはなしをおわれせようと思っていたのに」

 

 と。

 

「ひっ、た、隊長?!」

 

「魔物の襲撃が考えられると言うのに私語とは余裕でありまするな?」

 

「すみません、これには――」

 

 仲間は、慌てて弁解しておりましたが、時既に遅し。

 

(そう言えばこの方、ロマリアでもモンスター格闘場に入り浸って隊長に大目玉食らっていらしたような)

 

 ひょっとしたら、話をする相手が拙かったのかもしれません。

 

「なら、ここから暫く前を担当して頂きまする」

 

「た、隊長?! そんな、魔法使いと僧侶が前衛なんて聞いたことが、あ、わ、わかりました。わかりましたから、お尻ペンペンだけはっ」

 

「……はぁ、バギマっ」

 

 隊長に睨まれて悲鳴をあげる話し相手に嘆息した私は声に出さず唱えていた呪文を完成させ。

 

「「ギャァァァァッ」」

 

「……空を飛ぶ相手って、こういうのが厄介ですよね」

 

 降り注ぐカラスの様な魔物の残骸を手で払い落としつつ同意を求めたのでした。

 

「そ、そうでありまするな」

 

「そ、そうね」

 

「……それにしても、何度目の襲撃でしょう」

 

 そろそろエルフの隠れ里と言うところに着いて欲しい、と思って前を見るもやはり先に見えるのは木々ばかりでした。

 




と、言う訳でクシナタ隊長と愉快な仲間達は順調に攻略中の模様です。

次回、第三百七十話「泥棒と俺」


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第三百七十話「泥棒と俺」

「カンダタ、だと?」

 

 実際会ったことはないが、原作では勇者一行と二度戦うことになる悪党であり、バハラタの近くで人攫いをしていた連中の頭目でもある人物である。

 

(バハラタの方のアジトに潜入したのは、カンダタ不在の時だったもんなぁ。対決が一回減った分、こんな所でしわ寄せが……)

 

 現実に対決回数が関係するとは思わない、ただ誰かに負けて懲らしめられた回数と考えるなら話は変わってくる。

 

(勇者一向に子分共々負けて命乞いをしたことで、求心力を失い、原作みたいに最終的には独りぼっちでアレフガルドに流れ着いたのだとしたら――)

 

 何処かでもう一度倒し、部下にカンダタを見限らせないと、また何処かで悪事を働く可能性がある。

 

(バハラタ側のアジトとダーマの一件で部下はもう殆ど居ないとは思うけど、直接戦って負けたのはクシナタさん達にだけだろうし)

 

 もっと派手に人前で負けさせて名を地に落とさねば、ごろつきやら犯罪者やらを部下にして一味を再び立ち上げることだって考えられると思うのだ。

 

(イエローオーブを盗むことに成功してる訳だし)

 

 強奪なのか窃盗なのかはこれから話を聞かないと解らないが、盗人として確かな実力を持っていると言う評判が立つのはよろしくない。

 

「カンダタの親分に着いていけばお宝を盗みまくって面白おかしく暮らしていける」

 

 などと勘違いした犯罪者やごろつきなどが我を争って子分にしてくれと集まれば、あの洞窟への潜入も意味を半分程失ってしまう。

 

(頭目を逃して遊ばせておいたのは、失敗だったな)

 

 クシナタさん達にはカンダタのことも話してあったのだが、あくまで話したのは原作の流れ。

 

(下手に処断して、その後の流れが変わらないようにと考えたなら、俺でも逃がしただろうし)

 

 どうせ原作同様、命乞いをしてしつこく食い下がりもしたのだろう。

 

(現実になるとあれがどんだけめんどくさいかは、ダーマで元バニーさんのおじさまに実証済みだからなぁ)

 

 ともあれ、オーブを持っていったこともある。カンダタは何としても探しだし、きついお灸を据える必要があると思う。

 

「……そうか、ならばそのカンダタという男を追わねばならんな。待っているがいい、俺の手を煩わせること、後悔させてやろう」

 

 例え、シャンパーニの塔でクシナタさんにトラウマ級のOSIOKIをされていたとしても、懲りずに再び罪を犯したというなら、相応の罰をくれてやるべきだ。

 

(あ、けど……何処かの女戦士みたいにOSIOKIして欲しくて犯罪行為に手を染めてる変態になってたら――)

 

 ふいに、なぜそんなことへ思い至ってしまったかは、わからない。

 

(って言うか、何思いついてるんだよ、俺!)

 

 この手の発想は、何処かの腐った僧侶少女の専売特許だろうに。

 

(そもそもその流れなら、クシナタさんに惚れたカンダタかストーカーになる展開の方がまだあり得……あれ?)

 

 おかしい。ただ、嫌な想像を打ち消す為だけに提示した可能性だというのに、何故だか急に不安を覚えたのだ。

 

(いや、クシナタさんは一度カンダタに勝ってる訳だし)

 

 普通に再戦したなら後れを取ることなんてない、とは思う。

 

(そう、普通に再戦したなら……)

 

 ただ、俺の想像力はあっさりと普通以外の状況を想像した、例えば。

 

「もう一度OSIOKIしてくれぇぇぇっ!」

 

 イメージしたのは、そう叫んで飛び出し、町中でクシナタさんの行く手を塞ぐカンダタの図。

 

(……くっ、何て恐ろしいテロをっ)

 

 もう一度と言っているところが最大のポイントである。悪党が一人変態に堕ちようとどうでも良いが、ただの一言でかってクシナタさんがカンダタにOSIOKIしたことを周囲の人々に知らしめてしまうのだから。

 

(……と言う冗談はさておき、悪党は手段を選ばないものだからな)

 

 緊急時を想定してキメラの翼くらいは常備してると思うけれど、逃げるだけでは対処不能なえげつない手などいくらでもある。

 

(心配性と言われてしまうかもしれないけれど)

 

 イエローオーブはこちらが探してる品の一つだ。寄り道の理由には充分すぎる。

 

「それで、カンダタは今どこに?」

 

「実はそれなのでありますが……ロマリア」

 

 シャルロットと合流したら話をしないといけないなとも思いつつ、聞いた俺にお姉さんが挙げたのは、クシナタさん達が居るであろう場所ではなく、かつて通過した国。

 

「なっ」

 

「正確には、ロマリア周辺に潜伏していると思われるであります。どうやってか、昔の部下が捉えられたのを知ったらしく」

 

「……そうか」

 

 狙いはダーマの騒動で貴族や商人と一緒に捕まって方の裁きを受ける予定の、元部下か。

 

「しくじったな」

 

 以前ロマリアの側まで足を運んだことはあったが、あくまで近くまで行っただけ。ルーラの呪文で移動することは不可能なのだ。

 

(魔法の鍵はシャルロットが持ってるだろうし、関所を抜けるのは可能だけど)

 

 近くまで言ったからこそ解ることなのだが、ロマリアまでは結構距離がある。

 

(また馬を借りる必要がありそうだな。それにしても……もう会うこともないのではないかと思っていたロマリアの女王陛下にこんなに早く再会するかも知れなくなるとは)

 

 何とも言えない気持ちで俺は行き先を変更したのだった。

 

 




 流石に主人公がどこかのツインテール幼女になってしまうお話の怪人みたいなカンダタは拙いと思いましたので、まともな思考の元、動かしてみました。

 ただし、クシナタさんにOSIOKIされなかった、とは言ってません。

 されたとも今は言いませんが。

次回、第三百七十一話「予定って割とコロコロ変わるモノ」


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第三百七十一話「予定って割とコロコロ変わるモノ」

「勇者シャルロット様ですか? シャルロット様なら謁見を終えられて、宿に戻られたようですが」

 

 港からポルトガの城へと目的地を変えた俺を待っていたのが門兵のそんな言葉だったのも、寄り道したことを踏まえれば仕方ないことだったと思う。

 

「そうか、手間を取らせた」

 

 一応そうしてシャルロットの所在は訪ねたが、だからといって宿屋へ即座に引き返す訳にはいかない。

 

「さて、報告はしておかんとな」

 

 せくしーぎゃるだのがーたーべるとだの色々あったが、転職を望む人々が世界中から集まってくるダーマ神殿へと到達したことは交易網作成の窓口で一言伝えておく必要があるだろう。

 

(イエローオーブのことについての聞き込みは殆ど不要になっちゃったけど、交易網の作成も王様から依頼されてるれっきとしたお仕事だしなぁ)

 

 大魔王バラモスに脅かされ生活が厳しくなる国民を得た利益で救うのが目的だったことを鑑みると、バラモス打倒を優先させても何の問題もない気はするが、これはあくまで俺が一度結果的にバラモスを殴って、実力の程を確かめているから。

 

(今のシャルロットパーティーでも俺が補助すればバラモスの撃破自体はそれなりに余裕なんだけど、アリアハンの国王にバラモスの実力を把握する術なんてない訳で……)

 

 ひょっとしたらシャルロットがバラモスを倒すのは、早くて数年。場合によっては親父さんのように不覚を取ることも計算に入れての交易網作成依頼だったのかもしれない。

 

(うん、普通に考えれば灰色生き物みたいなボーナス生物で急速成長、とかを予測しろって言う方が無茶だよね)

 

 予想出来るのは俺のような異世界から来た人間でかつものごとをゲーム基準で考えちゃうことをやらかす輩だけだろう。

 

(そこ、ゲーム脳って言わない)

 

 何となく悲しくなってツッコミを入れてしまったが、俺は誰と戦っているのやら。

 

「どうかしたでありますか?」

 

「いや、何でもない。窓口は向こうだったな?」

 

 訪ねてきたあります口調のお姉さんに確認を取ると、ゲームの時は存在しなかったカウンターへと向かう。

 

「交易網作成の総合責任者……と、名乗る必要もない、か」

 

「はい。窓口業務の私共が、あなた様のお顔を知らなくては問題ですから。ようこそ、ポルトガへ。本日のご用件は何でしょうか?」

 

「先日、転職を司るダーマの神殿へ到達したのでな、まずはその報告にな。それと、先方で取り扱っている品を幾つか購入しておいた。まぁ、必要があって購入した品ばかりで、交易品としての値打ちがあるかは微妙だがな。商品の質が解れば参考ぐらいにはなるだろう」

 

 言いつつ鞄から筆記具と紙を取り出し、カウンターに置く。

 

(うん、よくよく考えるとあの時ちゃんと交易品っぽいものとかも購入してくるべきだったよなぁ)

 

 流れで、自分用に買った品をサンプルとして提出してみたが、こうして冷静になって省みると肩書きの割にはきちんと貢献出来ているかが微妙な気がしてしまう。

 

「成る程、中々良い質の紙ですね」

 

「量が少なくてすまんな」

 

 元々他人に渡す為に買ってきた物でないこともあるが、エピちゃんのお姉さんの指示を書き取ったり、今後の方針を紙に書きつつ考えたりと、派手に使い過ぎたのかもしれない。

 

「ともあれ、他の支部とも連絡を取って協議してみましょう。本日はご苦労様でした」

 

「いや、大した情報でなくてすまん。では、失礼する」

 

 その後、幾つかのやりとりをした上で、窓口を後にし。

 

「さてと。それで、カンダタだが――」

 

 同行するお姉さんにカンダタのことで他に情報がないか確認しつつ宿へ向かう。

 

「おそらく、バハラタ東の……正確には北東でありますが、あちらのアジトが壊滅してることを知らなかったのかと」

 

「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな。でなければ、わざわざ盗みをはたらいたロマリア方面に逃げる理由がない」

 

 地図を見れば解るのだが、クシナタさん達がカンダタを懲らしめたと思われる塔から見ると、アジトの側にあるバハラタの街はかなり南東に位置する。

 

(ロマリアから逃げ出した貴族と途中まで同じルートで行くつもりだった、ってことだろうなぁ)

 

 ただ、目的地までの距離を考えると、どうしても何処かの街なり村なりで補給をする必要も出てくるのだ。

 

「ロマリアは若干寄り道になるものの、補給無しでアッサラームまでは無謀でありますからな」

 

「ああ。それもあるが……俺としてはもう一つ気になる点がある。ダーマで逃げ出した貴族とカンダタ一味の残党がつるんでいたこと。そして、ロマリアの国からすれば王の頭へ頂く重要な品である王冠があっさりと盗まれたこと。これは仮定だが、ロマリアの貴族にはカンダタの協力者が居たと考えるとどうだ?」

 

「成る程、ロマリアに向かったのは、協力者を頼る為でありますか」

 

「ああ、だがな……」

 

 お姉さんははたと膝を打つが、まだこれは俺の想像でしかない。

 

「故に何処かで元部下が捕まった話を聞いて、救出の為ロマリアに向かったと言う可能性も捨てられん。そして、この両者にある大きな違いは、俺の想像通りならカンダタはダーマでの大捕物やバハラタ北東のアジトが壊滅している事を知らず、部下が捕まったことを知っての行動なら……アジトが壊滅していることも知っている可能性がある」

 

 もし、アジトが潰れていることを知ったなら、最悪、カンダタが行き先を変えることも考えられるのだ。

 

「それは……」

 

「アジトの壊滅を知っていたなら、ロマリアが奴を捕まえる最後のチャンスになるかもしれん」

 

 めんどくさいことになったと思う。しかも、だからといって今から応援を呼ぶとなるとルーラの呪文を使ったところで二日分時間をロスすることになる。

 

「自分はどうすべきでありますか? 応援を呼ぶ為の伝令に?」

 

「いや、お前は世界樹の葉の件をこれから名をあげる者達に伝えてくれ」

 

 ロマリアに辿り着きさえすれば、女王陛下の協力は得られる。それに、想定される敵戦力は多くてもカンダタとクシナタさん達に蹴散らされた子分+α程度だろう。

 

「伝言承ったであります。では、自分はこれで」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 ルーラの呪文で飛び立つ為、城下町の入り口へ向かうお姉さんへ別れを告げると、俺は再び歩き出す。

 

「ふぅ……宿に着いたら、話すことが増えてしまったな」

 

 一つ、嘆息を漏らして。

 

 




ダーマ編の伏線があんなところにも?

次回、第三百七十二話「あれ、ひょっとして宿に泊まってる時間ないんじゃね?」

シャルロット的にはセーフなのかな、二人部屋じゃないし。




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第三百七十二話「あれ、ひょっとして宿に泊まってる時間ないんじゃね?」

「あ、お師匠様お帰りなさい」

 

 宿に着いた俺を出迎えたのは、シャルロットと、もう一人。むろん、宿の主人ではない。

 

「久しい……と言う程時は経っておらんな。邪魔をしている」

 

「……勇者、サイモン」

 

 会いに行ったのだから、居てもおかしくはない。いや、蘇生したばかりの人を静養させる為やむなくルーラで俺達の元を去ったと言う事情を思えば、むしろここに現れない方がおかしいか。詳しい話は部屋でと宿のロビーを経由してシャルロットが借りた部屋に向かい。

 

「運んでいった者達にはついていなくていいのか?」

 

 切り出したのは、部屋に入った後のこと。流石に俺でも人に聞かれて拙いようなことを宿の廊下で尋ねないくらいの分別はある。

 

「ポルトガ王の協力を得た。今は王に借りた人員が寄り添ってくれている筈だ。全ての事情は話せなかったが、私も勇者。それで納得して頂けたらしい」

 

「成る程」

 

 勇者の名声が有ればこその力業と言ったところか。

 

「ただ、彼らを王に預けてこの国を経つことも出来なかった。容態が安定したのはつい昨日のこと」

 

「それまでは王様に派遣して貰った人達と交代でほぼ着きっきりの看病だったそうですよ」

 

「……では、疲れてるところか。急に押しかけてすまんな」

 

 サイモンの言葉とシャルロットの補足に事情を理解した俺は、頭を下げる。看病の大変さならシャルロットが風邪をひいた時にほんのひとかけら程度だが体験しているのだ。

 

(蘇生したばっかりで衰弱した人の世話何て、あれの比じゃないだろうし)

 

 僅かながらも、カンダタ捕縛へ協力して貰えるのではと期待してしまった俺は虫が良すぎたらしい。

 

「ならば、このポルトガでゆっくり看病の疲れを癒していてくれ。こちらは追っているイエローオーブの手がかりを掴んだ。バハラタの南、ランシールという村の側にあるちきゅうのへそと言う洞窟にもオーブが眠っていると言う情報を掴んでいるのでな。オーブが揃うのは時間の問題だ」

 

 オーブさえ揃えてしまえば、ラーミアを復活させ、バラモス城に乗り込むだけである。

 

「そちらの手柄を奪ってしまうことになるかもしれんが」

 

「いや、世界が平和になるなら構わぬ」

 

 本来ならオルテガと協力してサイモンが果たすはずだった大魔王バラモスの討伐。横取りする形になることを詫びようとすれば、サイモンは首を横に振り。

 

「シャルロット」

 

 と側にいるもう一人の勇者の名を呼んだ。

 

「は、はい」

 

「私とお父上、二人の悲願……託して良いか?」

 

「っ」

 

 肩へ手を置き、見つめ合う一時は、妨げてはいけない時のような気がして、俺は一歩後ろに下がり。

 

「さてと」

 

 俺はそのまま宿のロビーへ向けて歩き出した。

 

(なら、俺に出来ることは宿の主人への連絡ぐらいだからなぁ)

 

 宿屋も商売でひとを泊めている。なら、急用でここを出立しなくてはいけなくなるかも知れないことは、伝えておくべきなのだ。

 

(け、けっして しりあす な くうき に のまれた とか そんなんじゃ ないんだから ねっ!)

 

 どちらかと言えば、勇者にしかわからないものと言うのがあると思ってのこと。勿論、雷撃の呪文とかそう言う意味合いではない。

 

(サイモンからすれば助けたのは同じ牢獄に囚われていた、言わば仲間な訳だし)

 

 面倒を見て貰っている人々はサイモンが連れ込んだ他国の民、放り出してこちらについて来るという選択肢をサイモンが選べる筈もない。

 

(助けた人達がサマンオサへ移送出来る程容態が良くなっているなら話は別だけど)

 

 それを、サイモンの身体が空くのを待つことはバラモスに時間を与えることと同意義だ。

 

(結局の所、苦渋の決断をさせたことがいたたまれなくて逃げ出してきただけ、か)

 

 強くなったような気もしたが、俺はやはり逃亡者らしい。

 

(ゾーマのことを話せたら、もうワンチャンス残ってるよって教えられるけど、論外だからなぁ)

 

 知られざる真実によってフォローも出来ず、黙って見ても居られず。

 

(はぁ)

 

 出来るのは胸中で嘆息することぐらい。

 

「急用でここを立つかもしれなくてな。これは迷惑料だ。もし出て行くことになっても宿代は返さなくていい」

 

「わかりました。しかし、お客さんも大変ですね」

 

「まぁな」

 

 宿の主人への連絡をすませれば、返る言葉に肩をすくめて応じ。

 

(……戻るか)

 

 用件を済ませれば、他に選択肢はない。

 

(……ん?)

 

 ただ、引き返し、部屋の入口まで来ると、勇者同士の話し合いは終わっていたらしい。

 

(っと)

 

 ドアの向こうから足音か近づいてくるのに気づいて足を止めれば、次の瞬間開いたドアから姿を見せたのは、勇者サイモンだった。

 

「戻るのか」

 

「あの娘であれば、任せられる」

 

 問いかけに声ではなく首を縦に振ることで答えてみせたもう一人の勇者はポツリと呟き俺とすれ違う。

 

「安心するがいい、バラモスの討伐には俺もついて行く。師匠同伴で魔王討伐というのもどうかとは思うがな……」

 

「それは、バラモスもとんだ災難よ」

 

 自分の代わりにボストロールと立ち回りをやらかしたマシュ・ガイアーの正体を知るからこそ俺の実力もその勇者は理解していた。だからこそだろう、冗談でも魔王に同情などしてみせたのは。

 

「ふっ」

 

 小さく笑いを漏らすと、一応ドアをノックする。サイモンが出てきた時に部屋の外に立っていたことはシャルロットから見えていたかも知れないが、念のためだ。

 

(オーブとカンダタのことを説明したら、次はロマリアか)

 

 シャルロットがサイモンから船を借り受けてくれていたなら、海路を行くという選択肢もあるが、どっちにしてもあまりのんびりはしていられない。

 

「はーい」

 

 ノックに応じ部屋の中から聞こえる声にもう一度肩をすくめると、俺はドアノブに手をかけた。

 

 




次回、第三百七十三話「ロマリアへ」

主人公達、初ロマリアですよ? 初ロマリア!

バラモス城より後とか、三百七十話越えて要約とか、順番とかおかしすぎませんかね?(白目)



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第三百七十三話「ロマリアへ」

「お話しはわかりまちた、お師匠様。そう言うことでしたら、すぐにでもロマリアに向かいましょう」

 

 事情を説明するとシャルロットは即座にそう言ってくれた。

 

「ダーマの時にロマリアの女王様にはお世話になりましたから、今度はこちらの番ですよね?」

 

 言われてみればそういう風にとることも出来るし、カンダタを捕まえられればイエローオーブも手に入ってこちら利もメリットがある。

 

「そうだな。なら、馬を借りて一刻も早く」

 

「あ、お師匠様」

 

 関所経由でロマリアへ向かおうかと続けようとしたところで遮られた理由は、サイモンとすれ違った時考えていたことが頭に残っていれば驚くこともない。

 

「そうか、海路を行く、か」

 

「はい、船は貸して頂きましたし」

 

 陸路でロマリアを目指した場合、関所を抜けなければ河川か高山に遮られることになるが、関所を抜けるルートでもアルファベットのUの字をひっくり返した逆U字を描くようなルートになる。

 

「海路なら最短距離とも言えるほぼ直線距離で目的地まで向かえる、そう言った意味では確かに海路の方が早いが」

 

 懸念事項も幾つかある。

 

「船となれば、風向きや天候にも左右されるぞ?」

 

 オリビアの岬では爆発を起こすイオ系の呪文の爆風で廃船を加速させたが、あれはシャルロットの目がないからこそ出来たこと。

 

「サイモンがポルトガ王から借りている船は帆船だろう?」

 

 蒸気機関などないこの世界では船の動力も奴隷による人力か、帆を張って風を受ける風力しか存在しなかったように思う。

 

(借りられた船にオールで漕ぐ船室ってついてたっけ?)

 

 原作の幽霊船には人夫用の部屋もあった気がするけど、借りた船の内部を探索する機会はなかった気がする。

 

(まぁ、あっても覚えていたか微妙だけれどね)

 

 俺の原作知識はそもそも完璧でなくうろ覚えの所も多いのだ。ともあれ、そうなると船足は風次第と言うことになる。

 

「威張れたことではないが、船旅の経験はあまりなくてな。今の時期、どちらに向かって風が吹くのか、どれぐらいの強さなのかということを全く知らん」

 

 おそらく、港まで行って船乗りに聞けば話は別だと思うが、そこで今の時期は逆風ですよと言われたらどうするのか。

 

「風ですか。んー、ボクの呪文で少しぐらいなら何とか出来ますよ?」

 

「呪文で?」

 

「はい、イオラの呪文で生じる爆風を上手く調整して帆に当てれば……お師匠様?」

 

 聞き返した俺にシャルロットが提示した答えはまさに驚きだった。

 

(弟子は師に似るって言うけど)

 

 イオ系呪文を推進力に使う方法などシャルロットには教えていない。攻撃呪文が使えることすら伏せているのだから、当然だ。

 

(だと言うのに、同じ発想に至るとは)

 

 ただ、俺が呪文で動かしたのは、元々修理が必要な廃船、今回は又借りしているポルトガ王の所有船である。

 

「それは最後の手段にしておけ」

 

 加減を間違えて船を損壊させたら洒落にならない。

 

(まぁ、魔物の居る外洋に出る船だから些少の損傷は覚悟しているかも知れないけれど)

 

 流石に原作における幽霊船での戦闘時よろしく甲板で一番強い攻撃呪文をぶちかましたりしても何ともないと言うことはあり得ないだろう。

 

(と言うか、こっちの幽霊船はどんな感じだったのやら)

 

 少し気になったものの、体験者は先程入れ違いに部屋を出て行った後。

 

「……ふむ、最終手段を使うかどうかを別にしても、とりあえず港に向かう必要はあるな」

 

 話は聞かねばならないし、陸路の方が早いという自体は余計にかかる距離を鑑みれば、無風以上に状況が拙くなければ起こりえない。

 

「シャルロット、出られるか」

 

「はい、お師匠様」

 

 問えば、元気の良い声と共に、シャルロットは脇に転がっていた背負い袋を拾い上げる。ちなみに俺は合流の為この宿屋へ来ただけなので、出立の準備は必要なく。

 

「しかし、うっかりしていたな。サイモンが帰る前にその辺りのことも聞いておくべきだった」

 

「あ」

 

 言われて気づいたのか、目と口をまん丸にするシャルロットの前で苦笑するとドアノブへ手をかけた。

 

「さて、行くぞ。宿の主人には予定を変更して急に立つかも知れないことは伝えてある。入り口を通る時に挨拶をするぐらいで良いはずだ」

 

 後ろのシャルロットへ、告げてから部屋を出れば、宿の入り口で出会った主人の反応は俺の言葉通り。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 と言う声を背に、向かう先はサイモンから又借りで借り受けた船。

 

「港に着いたら、案内は頼むぞ、シャルロット。生憎、俺はサイモンが借りていた船がどのような船かを知らん」

 

 一応、港で船乗りに聞くという手もあるが、ここはシャルロットを頼るべきだろう。そもそもシャルロットがサイモンに会いに行った理由が船を借りる為なのだから、船の目印くらいは聞いていると思うし。

 

(国王所有の船だった気がするし、ポルトガ国の紋章とかが帆に描かれてたりするのかな)

 

 まだ見ぬ船にちょっぴり期待してしまうのは、原作で勇者達が乗っていた船だからか。

 

(俺も存外ミーハーだったみたいだ)

 

 顔には出さず苦笑しながら歩くこと暫し。

 

「あっ、お師匠様、あれです。あの船です」

 

「ほう」

 

 シャルロットが示した船に俺は感嘆の声を漏らした。

 




次回、第三百七十四話「で、海路を選択したら幽霊船とばったりとかないよね?」



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第三百七十四話「で、海路を選択したら幽霊船とばったりとかないよね?」

「中々、大きい船だな」

 

 ひょっとしたらオリビアの岬で動かした廃船の一.五倍はあるのではないだろうか。

 

(……うーん、オリビアの岬で見つけたあの廃船、回収して直してもこの船の代わりは無謀だったかな)

 

 ゲームでは容量の都合とかによるグラフィックの使い回しとかで船は一律同じサイズだったかも知れないが、現実となれば単一規格で統一なんてされているはずがない。

 

(同じ造船場で浸かられた船とかなら別だけど、統一規格なんてなさそうだもんなぁ)

 

 周囲を見回してみれば、埠頭に停泊している船の大きさはまちまちで、流石に国王所有の船より大きなモノは見あたらなかったが、迫る勢いの大きさをした船は何隻か停泊していた。

 

(流石に元々交易を行っていた国だけあるな)

 

 時間に余裕があるなら、見物するだけでも色々発見があったかも知れない。

 

(ま、言っても仕方ないことだけど)

 

 それに今の俺にはやるべきことがあるのだから。

 

「勇者シャルロット様ですね」

 

「あ、はい」

 

 船の側で番をしていたらしい兵士とシャルロットのやりとりを横目で見た俺はこれから登るであろう甲板へと視線をやり。

 

「どうぞ、船へ。お話はサイモン様より伺っております」

 

 直後だった、兵士がシャルロットと俺を促したのは。

 

「すまんな。だが、乗る前に一つ聞きたいことがあってな」

 

 もし、この船で行くより陸路の方が目的地に早く着くようならば、従う訳にはいかない。

 

「聞きたいこと、と仰いますと?」

 

「あの、急ぎの用があってロマリアに行きたいんですけど、準備が出来るなり出港するとしてどれぐらいかかりますか?」

 

「風向きやら天候の都合で船自体を出せぬと言うこともあろう? 最悪陸路を行くことも考えているのだが」

 

「ああ、そう言うことでしたか」

 

 訪ねる兵士に二人がかりで事情説明を行えば、返ってきたのは、船の方が早いとの答え。

 

「嵐と遭遇する可能性もゼロとは言いませんが、この季節であればまずないかと。馬を使ったとしても陸路は距離がありますので、出航までの準備を加味しても船の方が早く着くと思われます」

 

「そうか、助かった。……シャルロット」

 

「はい、お師匠様」

 

 微笑んで言外に何とかなったようだなと言ってみれば、伝わったらしくシャルロットも笑顔で頷き。

 

「船室は一つで良いって伝えてきますね」

 

「待て」

 

 流石に背を向けようとするシャルロットにツッコんだ。

 

「え?」

 

「これだけ広い船だ、船室も複数有るだろう。何故わざわざ一つにする?」

 

 この国で別れた時に釘を刺した意趣返しだろうか。

 

「だって、航海中に魔物が出るかも知れませんし、戦える人員は同じ部屋にいた方がいざというときに対応しやすいかなぁって」

 

「……すまん、言われてみれば確かにそうか」

 

 原作では魔物と遭遇しても対応は勇者一行のみで行っていた。となると、乗組員は戦える程強くないか、勇者達とは別の魔物と戦っていたのかも知れない。

 

(何にせよ下手に勘ぐった俺が悪いな、今回は)

 

 即座に詫びた俺は自己反省しつつ、今度こそ去って行くシャルロットを見送ると船縁に向かって歩き出す。

 

「さてと。出発前にすることはせんとな」

 

 ロマリアまでの航海が終わったとしても、次はランシールまでの航海でお世話になるのだ。

 

(色々やっちゃったから船のお世話になるのは、あとラーミアを目覚めさせる為にグリーンランド……じゃなくて何だっけ? あの凍土に覆われた島に行く時ぐらいだけど、お世話になるって時点で挨拶は必須だよね)

 

 最初へ船長に挨拶と言いたいところだが、船長が今どこにいるか解らない。

 

(船長室に出向いて空だってことも有る訳で)

 

 それなら挨拶ついでに近くの船員さんに聞いてしまおうと言う訳である。船縁に近づいたのも、そこに人影を見たからに他ならない。

 

「済まないが、ちょっと良いだろうか?」

 

「あん?」

 

「今日から世話になる客の一人なんだが、まず挨拶にと思ってな。船長が何処にいるか教えて貰えるか?」

 

「おう、何だ兄ちゃん客なのか。そいつぁ、案内してやりてぇところだが、俺は荷の積み込みがあってな」

 

 尋ねた船員からの答えがつれないモノであったのはある意味仕方なかったとは思う。

 

「そうか、手間をとらせた。これは酒代の足しにでもしてくれ」

 

 当人への挨拶も仕事の邪魔と見た俺は数枚の金貨を取り出すと、男の掌にのせ、挨拶の代わりにして背を向けた。

 

「って、おい。悪ぃな、兄ちゃん。おぅ、そうだ。船長に挨拶するって言うなら副船長にも挨拶するんだろ? その時に変わった骨について聞いてみると良いぜ」

 

「変わった骨?」

 

 ただ、投げられた声に立ち去ることが出来ず、もう一度振り返ることとなったが。

 

「おう。実は前に幽霊船と出くわしてな。仲間が度胸試しに勇者様の後をつけて拾ってきたモンなんだけどよ。紐で吊すと奇妙な動きをするらしいんだ」

 

「……成る程、それは船乗りの骨だな。幽霊船に囚われた魂の宿った骨は吊すと、己が乗る船の在処を指し示す、と聞いたことがある。元々嵐に沈んだと言われる船だ。財宝を求めて幽霊船を探す冒険者から聞いた話だったような気もするが」

 

 船員の説明に俺はとりあえずそれっぽい説明をしてみるものの、うん。

 

(なに ひろって きてるんだ その せんいん)

 

 借りることが出来れば、とりあえず幽霊船とランデヴーなんて展開は避けられそうだから、無駄ではない様な気もするけれど。

 

(幽霊船自体にはもう用はないんだよね、ただ)

 

 いつまでも海原を彷徨わせるのも微妙に気の毒な気はする。

 

(とは言え、成仏のさせ方とかは解らないし)

 

 いっそのこと船ごと引っ張ってきて船体を解体、残ってる遺体に日の光を浴びさせた上で聖水をかけてから埋葬してみるか。

 

(うーん、何か違う気がする)

 

 一応、蘇生呪文を試してみるという方法もあるには有るのだけれど。

 

(記憶が確かなら、あの船に乗っていた幽霊の半数以上は犯罪で奴隷に堕とされた人っぽいからなぁ)

 

 蘇生させて良いモノかという問題もある。

 

(って、いけない。また脱線を)

 

 とりあえずは船長へ挨拶へ行くべし。出航準備の始まる船の中、俺は再び歩き出した。

 

 




グリンラッドの老人「解せぬ」

次回、第三百七十五話「私が船長です」




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第三百七十五話「私が船長です」

「ああ、船長でしたら船長室にはいませんぜ? 出航も近づいて来やしたし、甲板だと思いまさぁ」

 

 きっと、悪気はないと思う。船室の方へと降りていった俺が声をかけた三人目の答えは、まさかのすれ違いを知らせるもので、結果階段を再び上り直すことになったのは、言うまでもない。

 

(救いがあるとしたら、副船長に会えたことかな)

 

 船乗りの骨のことを伝えると感謝もされたが、あれはもう二度と幽霊船と遭遇せずに済むというものなのか、それとも真逆でいつでも幽霊船へ向かえるという意味合いだったのか。

 

(たぶん前者だと思うけど)

 

 幽霊船の財宝はおそらく勇者サイモンと当時行動を共にしていたシャルロットの仲間達が回収している。誰かが補充でもしない限りもうあの船に存在するのは死霊と彷徨うモンスターぐらいの筈だ。

 

(原作でうろうろしてた財宝目的の戦士だって、得られるモノがもう無いと解ればあそこに留まる理由は皆無な訳だし)

 

 ともあれ、使用方法まで説明したのだから、ロマリアへ向かう途中で幽霊船と鉢合わせることはないと思う。

 

(積み込み作業も順調……と言うか、目的地が比較的近場のロマリアだからなぁ)

 

 食料などの必需品も大した量はいらない。これが、乗船してあまり経っていないのに出港が近づいている理由の一つでもある。

 

「さて、ようやく甲板か」

 

 四角く切り取られた青空に向かって階段を上った俺は、降り注ぐ陽光との再会に顔をしかめつつ片手を目の前にかざし。

 

「おう、兄ちゃん船長には会えたかい?」

 

 先程金貨を渡したからか、陽光に気をとられた俺へ声をかけてきたのは、先程船縁で会話した船員だった。

 

「いや、入れ違いだったらしい。副船長とは話が出来たんだがな」

 

「そうかい。まぁ、この船階段は船首側だけじゃねぇしな、多分船長はあっちの階段から……おっ」

 

「どうした?」

 

 問いかけつつも、視線を一点に留めた船員の様子に視線を追った時点で答えなど不要だったかも知れない。

 

「舵輪の前に立ってる白髪の爺さんが見えるか」

 

「ああ。だが、だいたい分かった」

 

 ゲームだったかアニメだったかは解らない、ただ、何かで船長の頭に必ずと言っていい程鎮座していたソレ、二角帽と言ったような気もする帽子が、全力で語っていたのだ。

 

「私が船長です」

 

 と。

 

「おう、良くわからねぇが分かったならいいぜ。ま、見ての通り、うちの船長は一見するとただの爺さんに見えるかも知れねぇが、実はルーラって呪文が使える魔法使いでな」

 

「ほう」

 

 考えて見れば、この船は王の所有物。遭難への備えはそれなりにしてあると思っていたが、船長が魔法使いというのは想定外だった。

 

「お、その反応はルーラがどんな呪文か知ってる口だな。なら、話が早ぇ」

 

「まぁ、これでも色々旅をしてきているし、その呪文の恩恵に与ったことも数知れないからな。あの呪文が使えるとなれば、遭難したとしても呪文による帰還が見込める」

 

「それにな、魔物に襲われて沈没しかけたとしても、呪文がありゃ逃げられるだろ? つくづくこの船の船員で良かったと思うぜ」

 

 船員はどことなく誇らしげでもあったが、これも当然だろう。

 

(うーん、原作で全滅してお城に戻されちゃった時、船が着いてくるのもひょっとしたら船長が勇者一行を追いかけてルーラの呪文を使ってたからだったっとか? まぁ、それはさておき)

 

 原作の真実はどうあれ、目的の人物が見つかったのだから挨拶してくるべきだろう。

 

「失礼、この船の船長で良いか?」

 

「ええ、私が船長です。何か御用ですかな?」

 

 船員に別れを告げ、歩み寄った俺の確認を首肯して見せた老人は、逞しい体つきの者が多い船員と比べるとほっそりしていて、同時に温厚そうだった。

 

「わざわざご挨拶に来て下さるとは……申し訳ありません。本来ならこちらから整列してご挨拶に伺うべき所を」

 

 用件を伝えると恐縮する辺りも腰が低いというか何というか。

 

「いや、明らかにこちらが世話になる訳だからな、挨拶はこちらから出向いて当然だろう?」

 

「何を仰います。勇者サイモン様よりお話は伺っております。あの魔王バラモスを倒す為旅をしていらっしゃるのでしょう? この海も魔物が増えて、我々船乗りも苦労しております。私もこの船を任されて居らねば旅にお供させて頂きたいぐらいでしてな。我らの為、尽くして下さるサイモン様、シャルロット様、クシナタ様、そして命を賭してバラモスに挑もうとなされた故オルテガ様には頭が下がる思いなのです」

 

「……そうか」

 

 少なくともいい人であることと、勇者達に感謝の念を抱いていることは疑いようもなさそうだった。

 

「しかも、サイモン様に続き、シャルロット様にまでこの船に乗って頂けるとは。先程シャルロット様にはお会い致しましたが、船室のことであればお任せ下さい。宿の特上スイートルームに劣らぬ一室をご用意させて頂きます」

 

「いや、ちょっと待」

 

「はっはっは、ご遠慮なさいますな。突貫で壁は防音仕様に改造しておきますからな。どうぞご存分に」

 

 いや、ごぞんぶん に って なに を しろ と いう のですか。

 

(これは、あれだよね)

 

 とりあえず、シャルロットを探し出してOHANASIする必要はあると思う。

 

(あと、この船長の誤解は解かないと)

 

 何処か遠くなる視線の先、空は目が痛くなる程青かった。

 




シャルロット「えっと、仲間と今後の予定について話し合うこともあるかも知れないんです。それが、漏れてバラモスの耳に入るといけないので、念のため壁を防音加工することって出来ますか?」

船長「いいですとも」

 そんなやりとりがあったかは不明。

次回、第三百七十六話「ロマリア到着」


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第三百七十六話「ロマリア到着」

「作戦会議、と言ってもな」

 

 気を取り直してシャルロットを探し始めた俺が、ポツリと呟いたのは、見つけた当人の口から防音に部屋を加工してくれと船長に依頼した理由を聞かされ後のこと。

 

(現時点で決めておくことなんてないからなぁ)

 

 一応、カンダタを捕まえる為になら打ち合わせは居ると思うが、現状では参加者と情報が足りない。

 

(ゲームとこっちじゃ建造物の構造にも結構差異があるし)

 

 一度も行ったことのないお城を原作の知識のみで侵入者への対策を練るとか無謀も良いところだ。

 

(女王になった元クシナタ隊のお姉さんとか向こうの人達も居ないんじゃ決められることにも限りがあるし)

 

 ロマリアに着いてから打ち合わせするなら、船の防音設備は全く無意味になる。

 

(ついでに言うなら、防音にしたら外で何か異変があっても気づくの遅れるよな)

 

 内密の話をするにしても部屋の外で見張りをしている人員が一人は居ないと航海中に問題の部屋を使うのは拙いと思う。

 

「と、言う訳で俺は別の部屋を使う。聖水を使っているから今回は魔物と遭遇することは無いと思うが、快適に慣れてしまうと問題だからな」

 

 シャルロットへはそう理論武装して説き伏せ、船室を出て向かう先は船の甲板。

 

(陸の側だし、まだ波は穏やかみたいだから良いけど……陸地から離れたとたん本格的に揺れるかも知れないし)

 

 船旅はこれが初めてではない。バハラタからアッサラームまでは交易船に乗せて貰って辿り着いたし、オリビアの岬では廃船を動かしたことだってある。

 

(とは言うものの、過信は禁物なんだよね。シャルロットの前で師匠の俺が酔ってリバースとか、そんなのあり得ないし)

 

 念には念を入れる。甲板で景色を見ていた方が酔う恐れは少ないと思うのだ。

 

「っ、甲板か」

 

 差し込む日の光に手をかざし遮る動作へデジャヴを感じつつ階段を上がれば、視界に広がるのは青い空と海。

 

「……こういうのも悪くはないな」

 

 カモメか海猫か、鳥の鳴き声が後方からは聞こえ。

 

「フシュオオオ」

 

 少し離れた場所で、急に水しぶきが上がると、海面に顔を出した大きなイカが方向転換して離れて行く。

 

「……聖水の効果は覿面、か」

 

 呪文でこんがり焼くにも、備え付けの大砲で砲弾をお見舞いするにも去って行くイカは遠すぎ、出来たのは見送ることのみ。もっとも、シャルロットが一緒に乗り込んでいる船で攻撃呪文なんて使えるはずもないが。

 

(……しかし、こんな距離でも魔物って出没するんだなぁ……ん? あ)

 

 港を出てからそんなに経っていない状況で魔物を目撃したことで密かに驚きを感じた俺は、魔物の向こうに見える景色に引っかかりを覚え、唐突に思い出す

 

(最初にポルトガルに行こうとした時も、こっちが口笛で呼んだとは言え、あっさり魔物と遭遇した気もするし、そんなに不思議でもないのか)

 

 あの大きなイカにしても倒して命の木の実を手に入れたような気がする。

 

(……あの時は酷い目に遭ったよなぁ)

 

 魔法使いのお姉さんが誤解をしたのだったか。僧侶だったアランの元オッサンにロクでもない誤解もされた覚えもある。

 

「……ん? そう考えてみると二人っきりの船旅っていろんな意味で拙いんじゃないか?」

 

 有らぬ誤解を生むという意味では。

 

(防音仕様だとか船長の言いようとか、あれを魔法使いのお姉さんが耳にしたら、また誤解されるんじゃ?)

 

 考えてみると船旅はこれが最後ではないのだ。勿論ランシールまでの船旅もシャルロットと俺だけだろうが、オーブを全部揃えてラーミアを復活させる為卵の安置されたほこらへ向かう際は、元バニーさんと魔法使いのお姉さん、アランの元オッサンも加わった五人でと言うことになるはずだ。

 

(はぁ、今気づいて良かったぁ)

 

 本当に良かったと思う。イシスで修行してるであろう三人を回収し、船であの何とかランドにあるほこらへと出発する直前でなくて。

 

「予め可能性に気づいてれば、勘違いは防げるからな」

 

 船長とシャルロットには申し訳ないが、合流するまで防音部屋に一度も足を踏み入れなければ、疑われることもあるまい。

 

(ま、勘違い対策は後回しだけどね)

 

 今すべきは、ロマリアに着いてからどう動くかを決めておくこと。

 

「まず……カンダタを警戒させるのは拙い、な。シャルロットには変装して貰う必要が有るだろう。イシスで式典に出たことを鑑みれば俺もだが」

 

 ただ、変装してしまうと、ネームバリューでロマリアの女王へ謁見することが難しくなってしまう。

 

(うーん、やっぱりここはシャルロットには変装したまま宿に残って貰って俺が単独で城に潜入するか)

 

 あの国にはカンダタが王冠を盗まれたと言う失態ある。

 

(警備は当然厳しくなっているよなぁ)

 

 敢えて捕まった上で、女王の前に引き出されて接触するなんて手もあるが、流石にそれは格好悪いし、人目についてしまう。

 

(……となると、あれか。可憐なメイドさんに変装して潜入かぁ)

 

 下着のつけ方まで覚えているし、モシャスの呪文だってある。

 

(うふ、これで完璧ぃ……って、ちょっと待てぇぇぇぇっ!)

 

 何だ今の発想は。そもそも、脳内に浮かんだメイド服が竜の女王の城で見たモノだったのも解せぬ。

 

(いかん、ダーマで開いた心の傷は浅くなかったのかも)

 

 潜入なら兵士に変身で良いというのに、何故あんな発想になったやら。

 

(……きっと疲れてるんだな。ロマリアについた時間帯によっては、宿で仮眠を取ろう)

 

 出来たら到着後、忍び込むまでに仮眠の時間があったらなと思う俺を乗せたまま、船は進み。

 

「あれか」

 

 やがて見えてきた半島に確認出来たのは、幾つもの建造物。

 

「お師匠様ぁ、そろそろ着くって本当ですか?」

 

「ああ、見てみろ」

 

 甲板に出でてきたシャルロットへ頷くと、俺は大きくなりつつある街と城を指さした。

 




「っ、甲板か」

 差し込む日の光に手をかざし遮る動作へデジャヴを感じつつ階段を上がれば、視界に広がるのは青い空と海――。


主人公「あおーい空、ひろーい海……こんなにいい気分にひたっている私をじゃまするのは……だれだー!!」

シャル「お師匠様?」


主人公「……いや、何でもない」

 ちょっとだけ、パロディ刷るところだった、危ない危ない。

次回、第三百七十七話「ロマリア潜入」




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第三百七十七話「ロマリア潜入」

「ではお気を付けて。ご武運をお祈りしておりますぞ」

 

「はい、船長さんもありがとうございまちたっ」

 

 船室で着替え、上陸用の小舟に乗り換える俺達を船縁から見送る船長へシャルロットが手を振って応じる。何だか噛んだような気がしたのは、きっと小舟が揺れたからだ、うん。

 

(そう言えば原作でも海岸のすぐ隣がお城じゃなかったっけ)

 

 船とは反対側に向き直ると、海岸の先に灌木か草か茂る植物に覆われた地面が続いていた。アリアハンから誘いの洞窟を通った先の出口もおそらくは茂みの中に埋もれているのだろう。

 

(で、船から見た街と城はその先にある草原の中かぁ)

 

 聖水の効果は残っているので魔物との遭遇はないと思うし、借りに遭遇しても、武器はそのままなので撃退することも殲滅することも容易い。

 

「とりあえず、注意する点があるとすればロマリア側の出口、か」

 

「出口? 出口がどうかしたんですか、お師匠様?」

 

「ああ、少々気になってな」

 

 ポツリと呟けば、耳ざとく拾ったのか尋ねてくるシャルロットへ俺は説明する。

 

「カンダタは金の冠を盗み出した罪人であり、王冠は奪還されたが、当人が捕縛された訳ではない、つまり未だお尋ね者な訳だが、そんな状態でいきなりロマリアの城下町に入れると思うか?」

 

 カンダタからすれば、自分を追ってきて打ち負かした相手も居たのだ。冠に対する執着の一端は思い知ったことだろう。

 

「冠は幸いにもロマリアに戻った。だが、一度盗まれるという失態をおかして警備態勢をそのままにしておくとは考えにくい。追っ手をかけてまで奪還した冠を再び奪われない為にも、後ろ暗い者が侵入し辛くなるようにしている筈だ。カンダタが捕らえられている訳ではないのだからな」

 

 カンダタがただの馬鹿でなければ、これぐらいは予想すると思う。

 

「故に、俺なら適当な場所に潜伏して侵入する前に様子を探る。で、だ……このロマリアに一番近く身を隠せそうな場所となると」

 

「アリアハンからこのロマリアに続く洞窟の出口が一番有力ということでつね?」

 

「ああ。勿論、これは仮説の一つだ。厄介なことに俺はカンダタとやらの素顔を知らん。覆面と一つになったマントにパンツ一丁もしくは肌の上に薄いタイツの様なものを着込んでいた、という情報は得たが……」

 

 覆面にしろ変態装備一式にしろ着替えてしまえばどうにでもなる。俺はシャルロットに頷きを返すと、変装して城下町へ既に潜入している可能性を挙げる。

 

「後者、既に変装して潜入してるなら問題ない。だが」

 

「洞窟からロマリアを伺っているなら、船で現れたボク達がロマリアへ入って行くのを見られるかもしれないですね」

 

「そう言うことだ。変装してから上陸としたのもそこに理由がある。それと、ここからは念の為お忍びの名前で呼び合うぞ。俺のことはオシバナさんもしくはオシバナと呼べ」

 

 シャルロットへ肯定を返し要求した呼び名は、うっかりシャルロットがお師匠様と呼びかけてもフォロー可能であると言う点を考慮して考えたものだ。

 

「はい、わかりました。お師……ばな様」

 

「ふっ、そろそろ上陸だ。シャル、揺れに気をつけろ」

 

 一応小舟の回収に漕ぎ手の水夫が一人付いているので浅瀬に乗り上げるといったミスはないだろうが、呼び名になれることを兼ねて忠告し。

 

「旦那、着きやしたぜ?」

 

「ああ、お前にも世話になったな。船長によろしく頼む」

 

「へい、旦那方もお達者で」

 

 小舟を下りて漕ぎ手に別れを告げれば、いよいよここからがロマリア半島の旅だ。

 

「さて……行くか、シャル」

 

「はい、おしばな様」

 

 歩き出す靴音が二つ。聖水の効果で魔物の気配は周囲にない。

 

(しっかし、「おしばな」かぁ)

 

 ただ、今更ながらにもっと良い名前はなかったのかなと少しだけ思う。

 

(「お」と「し」の二文字が付く単語とか名前、何て限定すると意外と思いつかないモノだってのは分かってるけどさ)

 

 ちなみに、第一候補は全力で下ネタ一直線だったので没にした。

 

(一生その名前にされちゃうからなぁ、この世界じゃ)

 

 下品な名前を名乗ろうとすると命名神の怒りに触れる。それは、原作だった頃にあった話だ。

 

「ふぅ」

 

「どうしたんですか、おしばな様?」

 

「いや、ちょっと考え事をな……ん?」

 

 突っ込まれたら答えに困る手の愚にも付かないものだったので、俺は苦笑しつつ肩をすくめると、茂みの一点に目を留めた。

 

「デジャヴ……と言うのもあれだが」

 

 あったのは、倒れ伏した人影。着ているものは黒い覆面着きのローブ。

 

「モンスター、ですよね?」

 

「あ、ああ」

 

 ナジミの塔で見かけたのが随分昔に思えるその魔物を見てどうしようと顔を見合わせた時だった。

 

「おーい! おーい、そこの人ぉ」

 

「っ、今度は何――」

 

 後方から誰かの呼ぶ声がして、声の方を振り向いた俺は。

 

「は?」

 

 次の瞬間、目を疑った。

 

「何か食べ物を恵んでくれねぇか? 実は荷物を預けた旅の仲間とはぐれちまって。なぁ、良いだろ? な! な!」

 

 見たことのない男ではある。ただ、旅人用の服を内側から破裂させようとするかの如き筋肉が、ただ者ではないと俺に全力で訴えかけていたのだ。

 

(と いうか、 たかい かくりつ で こいつ が かんだた の ような き が するのですが)

 

 一応、偶然と言うこともある。この世界のあらくれものは原作では筋骨隆々の大男として描かれていたから。

 

「どうする? シャル?」

 

 何だか「いいえ」と答えたら延々とループで食い物を強請られそうなお願いの答えを俺はシャルロットに委ね。

 

「んー、まぁ困った時はお互い様って言いますし」

 

「あ、あぁそうだな」

 

 人の良いシャルロットの選択に苦笑する。

 

「ありがてぇ! あんたらいい奴だな。そうだ、世話になった礼をしねぇと! こう見えても腕っ節には自信があるんだぜ、仲間と合流もしてぇし、見たとこ目的地はあそこだろ? 用心棒をさせてくれよ」

 

「どうします? おしばな様?」

 

「ふむ」

 

 逆に判断を委ねられる形になった俺はとりあえず唸った。

 

(カンダタも何らかの形でロマリアに潜入はするとは思ってたけど、これって俺達に潜入しようとしてるような)

 

 おそらくはこちらを隠れ蓑に堂々とロマリアに入るつもりだろう。

 

(考え様によっては、今こそカンダタを捕らえるチャンスなんじゃないかな、これ)

 

 ただ、あからさまに怪しくはあるが、人違いで普通の旅人でしたと言うオチもコンマ何%位は存在すると思う。

 

「そうだな、まずその前に自己紹介が先ではないか? 俺はお前の名前を知らんしな。それから――」

 

 一旦言葉を句切って、視線を倒れ伏した黒ローブにやる。

 

「あれの確認が先だ。死んだフリをした魔物だったら拙い」

 

 もう一つ、嫌な想像も思い浮かんだが敢えて口には出さず、俺は倒れた人影へと歩み寄った。

 




・途中でうっかりやりかけたネタ

 歩き出す靴音が二つ。聖水こ効果で魔物の気配は周囲にない。

(なんだろう、こういう状況になると無性にあれがしたくなる)

 遮る者がないからか、敵が出ないからか。全力で駆け出し、地を蹴って飛ぶのだ。

「俺達の旅はまだ始まったばかりだ!」

 主人公の勘違いが世界を救うと信じて! ご愛読ありがとうございました。

 冗談はさておき。

次回、第三百七十八話「カンダタ疑惑とまほうつかい」




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第三百七十八話「カンダタ疑惑とまほうつかい」

「さてと」

 

 優先して確認すべきはまず生きているかどうか、続いて性別だと思う。

 

(おばちゃんの時みたいなことは無いといいなぁ、うん)

 

 もうシャルロットとて人工呼吸でパニックに陥るようなことはないと思うが、もし救える状況で倒れているまほうつかいが女性だった場合スルー出来るかと問われると答はNOだ。

 

(我ながら甘いとは思うけどさ)

 

 おばちゃんと違い倒れているのは、推定まほうつかい。使えるのは攻撃呪文の初歩の初歩的なのみな上、二回使うと精神力が枯渇するという残念仕様である。ぶっちゃけ、仲間にして欲しそうにこちらを見られても、戦力的には全力で要らない子にしかならないし、ナジミと塔であった事を思い出すと仲間に加わったとしても非常に接しづらい。

 

(それでも、多分助けようとするんだろうなぁ)

 

 助けた後どうするかを考えると頭痛しかしなかったとしても。

 

(だいたい、俺が助けなきゃおそらくシャルロットが助けるだろうし)

 

 見よう見まねで人工呼吸などされた日には、きっと俺が平静でいられない。

 

(……問題は、男だった場合だけど)

 

 おそらく、一番問題になる自体がそれだ。とりあえず、体つきがある程度確認出来るところまでは近寄ったのだが、黒いローブの人物は仰向けではなくうつぶせに倒れているのだ。

 

(ここまで近寄って分からない、かぁ)

 

 ローブに包まれた身体はおばちゃんの様に自己主張の強いプロポーションで無ければ、判別が難しい。

 

(自分で助けるのは地獄、シャルロットに助けさせる……なんて出来る訳がないし)

 

 地獄の二択問題を想像してしまうと、それだけで顔がひきつる。

 

(ええい、悩んでても仕方ない。それならいっそのこと、女の子であることを願って――)

 

 不意打ちでメラの呪文を唱えられたぐらいなら、大したことにはならない。俺は意を決すと倒れている黒ローブの横にしゃがみ込み手をかけて身体をひっくり返した。

 

「うっ」

 

 その時漏れた声は男のモノ。

 

「ふむ。おそらくは、気絶していただけか」

 

 声が漏れるということは人工呼吸の必要が無くなったという非常に喜ばしい事なのだが、問題が一つ。

 

(何故、気絶してたんだろう?)

 

 通りすがりの旅人を襲って返り討ちにされたとしたなら、死体として転がっているのが普通だ。

 

「危ねぇ!」

 

 一瞬考え事で気が逸れた直後だった。警告の声と後方から駆け寄る気配を察知したのは。

 

「っ」

 

 我に返って、目の前のまほうつかいを見るが、まだ意識を取り戻した様子はなく。

 

「うおおおっ」

 

「ちっ」

 

 感じた違和感に、気が付けば身体は動いていた。倒れ伏したままの黒ローブの男を引き寄せると言う形で。

 

「な」

 

「お師――」

 

 警告を発した押しかけ用心棒があげる驚きの声と、うっかりお師匠様と呼びかけたシャルロットの声を耳に俺自身も身体を横手に投げ出せば、見えた。用心棒になると言い出した男がまほうつかいの頭があった辺りの地面に棒きれを思い切り叩き付けている姿が。

 

「な、何してんだ? 何で魔物を庇ったりしてんだよ?」

 

「……前半までならこちらの台詞だ。何故、気絶したままの魔物にトドメを刺そうとした?」

 

 半ば抱き起こすような姿勢を取ったままの俺へ男は塔が、俺も逆に問いかける。

 

(ピチピチの旅人の服、気絶しただけのまほうつかい……か)

 

 仮定であれば一つ出来ていたし、それが正しいかもおそらくはじきに判明すると思った。

 

「そ、そりゃ、だまし討ちにするつもりだったかもしれねぇだろ?」

 

「……確かにその可能性はあったな」

 

「おう、だろ?」

 

 だからこそ、俺は旅人の服ピチピチ男の話に敢えて乗ったフリをし。

 

「……いいなぁ」

 

 ポツリと漏れたシャルロットの理解不能な呟きは敢えて聞かなかったことにしつつ、立ち上がると、ピチピチ男へ武器を向けた。

 

「お前にだまし討ちされると言う可能性が、な」

 

「なっ」

 

「簡単な話だ。まず、旅人を襲い気絶させて服を奪う。そして、気絶させた旅人には予め倒していた魔物の服を着せて地面に寝かせる」

 

 次に通りかかった者へ先程のように声をかけ、同行を求める。

 

「この時、交渉が成立すれば良し。しなければ、隙を見て襲う」

 

 もっとも襲いかかろうとしても隙が無い場合だってあるだろう。

 

「魔物の服を着せて放置したこの男は、そんな時、他へ意識を逸らさせる為のもの」

 

「ちょ、ちょっと待てよ。そいつの服を俺が奪ったんだとしたら生かしておけば服を奪ったことをバラされるじゃねぇか! 何でそん」

 

「そこまで計算済みだからだろう? お前の言う通り、生かしておけば拙いことになるからこそ怪しまれても疑いは晴れると。実際、意識を取り戻そうとしたりした時は、今のように魔物がだまし討ちしようとしたからと言う理由で始末すれば死人に口なし、だ」

 

 とりあえず、この推測が当たっているかどうかは、気絶中の黒ローブが意識を取り戻せば分かることだ。

 

「そもそも、旅をするのにそんなサイズの合わないピチピチになった服を着る筈がなかろう。魔物に遭うこともあれば、木の枝に引っかけることとてあるというのに」

 

 そんなたび に みずぎ を きてゆく おんな の こ が いる のは どうして ですか と いう しつもん は うけつけない。

 

「ぐっ」

 

「納得出来る反論が有るなら、聞かせて貰おう」

 

 呻くピチピチ男の前で武器を構えたまま俺は言いはなった。

 




シャルロット「(お師匠様に抱かれてるなんて)……いいなぁ」

まほうつかい(?)「……(へんじ が ない、きぜつちゅう の ようだ)」

主人公「犯人はお前だ!(キリッ)」

 だいたいこんな感じ。

次回、第三百七十九話「で、結局こいつはカンダタなんですかい?」


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第三百七十九話「で、結局こいつはカンダタなんですかい?」

「ええい、こうなればもうままよ! うおらぁっ!」

 

 反論は物理だった。と言うよりも言い逃れ出来ぬと見て強硬手段に訴えたのだろう、だが。

 

(まさに語るに落ちるだな)

 

 俺としては、話が早くて返って都合が良かった。

 

(かけ声に紛れてスカラの呪文を自分にかけても、まだ一撃見舞える)

 

 このピチピチ男が原作のカンダタと同程度の強さを持っていたとしてもスカラの呪文で守備力を高めた身体に傷を作れるとは思わない。例え、変装の為着込んでいるのがただの服だったとしても。

 

「でやぁっ」

 

「な」

 

 呪文の詠唱を誤魔化す為の叫び声と共に一閃させた手刀は振り下ろされる斧の柄を斬り飛ばす。

 

(えっ)

 

 弾き飛ばそうとしたら切断してしまい、ピチピチ男だけでなく俺自身も実は驚いたのだが、それはそれ。

 

「ふっ、どうする? そこそこ物騒なモノを隠し持ってた様だが、棒っきれ同然になったそれで続けるか?」

 

 内心の動揺を誤魔化しつつピチピチ男を煽ると再び武器を装備したままの利き腕を向け。

 

「それなら、今度はこちらも武器を使わせて貰うが」

 

 最後通牒を突きつけた。

 

「うぐっ」

 

「どうした? こんな所で時間を無駄にする訳にはいかんのでな。言いたいことがあるなら、さっさと言え」

 

 棒きれになった手元の斧と俺が腕にはめたまじゅうつめを交互に見て呻く男へ冷たい視線を向けつつ、先程手刀を放った手で鞄を漁る。

 

(この状況なら、シャルロットが用意してくれるかも知れないけれど、まほうつかいの格好させられた人の手当を優先するかも知れないし)

 

 探しているのは、ピチピチ男が投降したり俺の手で倒された場合、捕縛する為のロープだ。

 

(とりあえず、身体の自由を奪ってしまえば、こいつがカンダタか確認する方法には心当たりがあるし)

 

 投降しようと破れかぶれになって向かってこようといっこうに構わない。

 

(俺が留意すべきは勢い余って殺さないようにすることだけ)

 

 この男がカンダタであった場合、荷物の中からイエローオーブが出てくれば良いが、何処かに隠していたり他人に売り払っていた場合、入手には口を割らせる必要がある。

 

(うっかり殺っちゃって、その後荷物を改めて何も出てこなかったってのだけは避けないとね)

 

 蘇生呪文は勇者一行ににしか適用されないのだから。

 

(おばちゃんのザオリクだったら死亡直後なら効果があるかも知れないけれど、ほこらの牢獄で別れて、それっきりだもんなぁ)

 

 少し一人にしておいてくれるかしらという言葉に従った結果、別れたのだが、別れた時の状況が状況だけに迎えに行くタイミングが難しいのだ。

 

(元々あのおばちゃんが同行した理由は、子供が勇者一行の戦いで命を落とすのを避ける為だし、シャルロットがアレフガルドに向かう前に拾わないといけないとは思うんだけど)

 

 出来うる限り長く時間を取るなら、バラモス撃破後、アレフガルドに突入前の寄り道して合流と言うことになるか。

 

(これについては後でシャルロットとも話し合っておこう、オーブが集まったりラーミアが復活してハイテンションになり「うっかりおばちゃんのこと忘れてた」とか、俺だけだったらやりかねないからなぁ。節目節目で忘れたあげく、バラモス撃破で一仕事終わった間にもう一度忘れるとか、充分あり得るし)

 

 これまでにやらかしてきたことを思い出すと冷や汗が出るが、だからこそ、これ以上ミスは重ねられない。カンダタを捕らえ、後顧の憂いを立ちつつイエローオーブを手に入れようと動いている今も同様に。

 

(イエローオーブとあのお姉さんの未来がかかってるんだ、手段を選ぶつもりもない)

 

 相変わらずピチピチ男は突っ立ったままだったが、逃げる機会を窺っているのか、それとも考え事をして俺が一言も声を発さなかったからか。後者だとするなら、ただ問うてやればいい。

 

「どうした? 言いたいことがないというなら、それでいい」

 

 と。ぶっちゃけ、目の前のピチピチ男は以前一人で殴ったバラモスに比べればただの雑魚なのだから。

 

「こちらはこちらのやりたいようにやら」

 

 ただ、俺は油断することなく更に言葉を続け。

 

「っ、まいった! あんたにゃかなわねぇや……」

 

 斧の残骸を投げ出し、両膝を地面についたピチピチ男が負けを認めたのは最後まで言葉を言い終える前だった。

 

「ふ、命拾いしたな。まあいい……負けたというなら、ここからは俺に従って貰おうか」

 

 このまま先まで続けさせると、原作通りなら命乞いを始めるので、敢えて俺は要求を突きつけ、更に命令する。

 

「まずは……服を脱いで、尻を出せ」

 

 酷い要求であることは分かっていた、だが必要なことだったのだ。

 

 




主人公「カラミティエンド(キリッ)」

ステータスによるごり押しで威力の上がってるただの手刀なんですけどね。


次回、第三百八十話「イェ○ーオーブ」


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第三百八十話「イェ○ーオーブ(閲覧注意)」

「サイズの合わない服をいつまでも着ていては服が伸びる、最悪破れる可能性とてある」

 

 まして、あのピチピチ旅人の服はまほうつかいの格好にされてしまった他人から奪ったモノである。

 

「脱がせるのは、当然の事だ」

 

 とりあえずピチピチ男とシャルロットの二人が変な誤解をしないうちに、俺はまくし立て正当性を主張した。

 

(ふぅ、とりあえずはこれで良し、と)

 

 服を脱いで返せという意味だとピチピチ男とて理解出来たと思う。

 

(一番最悪のケースは二人が誤解した上、ピチピチ男が裸で居ることだしなぁ)

 

 まだスカラの呪文の効果が残っているので、ピチピチ男が逆上して殴りかかってきたとしても大したダメージは受けないが、増した防御力が効果を発揮するのは、あくまで物理攻撃に対してのみ。視覚的なダメージを軽減する効果など無いのだ。

 

(まぁ、その辺が分かっていても、この推定カンダタの尻は見ないといけない訳だけど)

 

 もしこの男がカンダタで、クシナタさんに懲らしめられたなら、残っていると思うから、お尻ペンペンの痕が。

 

「ほ、ほら。服は脱いだぜ?」

 

「そうか。シャル、服をそっちの男の横に持っていってやってくれ」

 

「……あ、は、はい」

 

「個人的には洗ってから返してやりたいところだが……」

 

 我に返ったシャルロットが脱ぎたての旅人の服を拾い上げるのを俺は複雑な気持ちで眺めると、嘆息する。

 

「諦めるしかなかろうな」

 

 この状況では無い物ねだりということは分かっていた。

 

(なら、シャルロットが服を持って行っている間に、OSIOKIの痕があるかだけは確認しておかないと)

 

 確認シーンを見られては別の誤解を招きかねない。

 

(……うん、確認しないといけないよね。ただ、なぁ)

 

 一つ問題があるとすれば、正直に理由を告げず万人を納得させられるような尻を見る理由が思い浮かばなかったこと。

 

(いや、万人が納得する理由とか存在した方が嫌な気もするけど)

 

 見せろと言った以上、厳しくても何らかの理由を挙げる必要はあり。

 

「さて、次だ。ここに薬草がある。先程から見ていたが、妙に尻を庇うような動きをしていた気がしたのでな」

 

 表に出せず悩んだ結果、口から出たのは苦し紛れのカマかけだった。

 

(うん、分かってる。これでカマかけを外したら気まずいことぐらい)

 

 当たっていたとしても、待ってるのは元ピチピチ男の尻の手当だ。どっちにしても地獄かも知れないが、思いつかなかったのだから仕方ない、そして。

 

「うぐっ、やっぱあんたにゃあかなわねぇな」

 

 当たっても嬉しくないカマかけへピチピチ男は見事に引っかかった。

 

(これも、身から出た錆か)

 

 素直に下着をずり下げる元ピチピチ男の前で薬草を磨り潰すと、ピチピチ男が持っていた棒っきれの先端に塗る。手で直接塗らないつもりなのは、ささやかな抵抗だ。

 

(せめてこれぐらいはしてもいいよね?)

 

 自問しても答えなどない、だからそのまま患部へ塗るべきなのだろう。一言断りを入れてから薬草を塗布し、それで終了、簡単な作業だ。

 

「……塗」

 

 そう、簡単な作業の筈だったが、確認の言葉は途中で途切れた。

 

(うわぁ)

 

 視界に入ったのは、声にして外に出さなかった自分を褒めたくなるような光景。

 

(クシナタさん……いや、気持ちは分かるけどさ)

 

 直接触れたくないという部分はクシナタさんも同じだったらしい。赤紫色の痣はもみじ、つまり掌の形ではなく、棒状のモノだったのだから。

 

(見たところ剣の腹って訳でもないな、これ。まぁ、くさなぎのけんを使うのは流石に嫌だったって事だと思うけれど)

 

 ちなみに、隊のお姉さん達のOSIOKIではちゃんと手で叩いていたような音だったので、相手によって使い分けていたのだと思う。

 

(え? おれ の とき? のーこめんと と させて いただきますよ)

 

 と言うか、俺は一体誰に向かって言っているんだろうか。

 

(……わかってる、こんな筆舌尽くしがたい時間、現実逃避しなきゃやってられないって事ぐらいは)

 

 こうして、俺の心に何とも言えない影を落とし、確認作業と治療は終わりを向かえる。

 

「うぐぐ、薬草が染みるぜ」

 

 下着をはき直す元ピチピチ男が呻いていたが、どうでも良かった。

 

(とりあえず、あの様子ならこの男がカンダタってことで良いとは思うけど)

 

 ならば、聞いて置かなければならない事がある。

 

「……治療は済んだ。次は質問に答えて貰おう。お前が盗んだオーブはどうした? どこにある?」

 

 服を下着まで脱がせたというのに、カンダタが盗んだとされるイエローオーブは見つからなかった。こいつの元の服が無いことを鑑みると元の服と同じ場所に隠してある可能性もあるのだが、推測だけで探すよりは口を割らせた方が早い。

 

(身柄は確保してある訳だし、治療したとは言え弱点も見つけたし)

 

 偶然にも叩くのに丁度良さそうな棒きれも転がっているのだ。

 

「な、何の」

 

「とぼけるなら、そこの棒きれで薬草を塗った部分を思い切りぶっ叩く」

 

 成り行きで治療してしまったが、そもそもコイツに対する心証は良くない。主にバハラタで人攫いを部下にさせていた関連で。

 

「わ、分かった、正直に言う。オーブは、売っちまった。あ、あんたの言ってんのは、あのイェア゛ーオーブのことだろう?」

 

「いぇあ゛ーおーぶ?」

 

「お、おうよ。台座を押すと『イェア゛ー』って鳴」

 

「でやぁっ」

 

 明らかに嘘をついていると分かったので、俺はフルスウィングの一撃をカンダタの尻に叩き込んだ。

 

 




投稿ミスって途中で投下してました。

すみませぬ。

次回、第三百八十一話「後始末」


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第三百八十一話「後始末」

「まったく、つくならもっとマシな嘘をつけ」

 

 原作にそんな残念アイテムは存在しない。実在して噂の方がねじ曲がっている可能性もゼロでは無かったかも知れないが、敢えてそっちの可能性は無視して悶絶する元ピチピチ男に質問したところ、あっさりオーブの在処を吐いた。

 

「……いざないの洞窟、か」

 

 旅人から奪った服と所持金以外の荷物、自身が着ていた覆面マント、そして盗品。それらをカンダタは洞窟に隠したらしい。ロマリアに潜入した時、所持品検査をされても困らないようにと言う理由なのだろう。

 

「シャル、これからどうするかだが、選択肢は幾つかある。一つはここで二手に分かれ、一方がそこの嘘つきをロマリアの兵士に引き渡し、もう一方が盗まれたオーブを探しに行くと言うモノ。二つめは別れずまずオーブを探しに行き、その後こいつを兵士に引き渡すと言うモノ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっき嘘をついたのは悪かった。けど、もう悪いことは

しねぇ! たのむ! これっきり心を入れ替えるから許してくれよ! な? な?」

 

 引き渡すと言われたからだろうか、起きあがった元ピチピチ男は許して欲しそうにこちらを見始めるが、俺は知っているのだ。原作では二度見逃したこいつと三度目に再会する場所が牢屋であることを。

 

「おしばな様……どうします?」

 

「まぁ、一応カンダタ(こいつ)を解放するという選択肢もある。ただ、な……」

 

 シャルロットの問いかけに俺は肩をすくめて見せた。そもそも、この男の目的は囚われた部下の解放。ここで釈放すると、もう一度部下の救出を試みてもおかしくない。

 

「解放するとしても暫くは監視を付けるべきだろう。嘘をついた舌の根も乾かぬうちにこれだからな。信用して貰えると思えたなら俺はこいつの頭の出来を疑うぞ?」

 

「わ、わかってるって! 逆らわねぇ、あんたにゃ絶対逆らわねぇから」

 

 釘を刺す為にも俺はお前など信用出来ないと言うポーズを取れば、元ピチピチ男は尻を庇いながら割と必死に訴えてくる。さっきの一撃が余程堪えたのかもしれない。

 

(とは言っても、割とすぐ復活してるんだけどね)

 

 ギャグキャラ補正が存在するのか、それとも原作同様タフなのか。

 

「……まあいい。あれも折れてしまったことだしな。その時はちゃんとした武器を使わせて貰う」

 

 呟いて視線を落とした先、フルスウィングの一撃に耐えきれず折れ飛んだ棒が大きく威力を削いだのも原因なのは明らかだったから、俺はそう宣言すると腕を組んだ。

 

「さて、壊しても問題ない武器は何があったか……」

 

「ひ、ひぃっ」

 

 盛らした独り言は当然ながらはったりだ。だが、カンダタらしき男の怯えっぷりをみるとやってみたかいはあったらしい。

 

(とりあえず、これだけ脅しておけば当面は大丈夫だよな)

 

 萎縮しすぎて役立たずになられてもそれはそれで困る。この男にはアレフガルドに行って貰わないと原作から外れてしまうのだから。

 

(今の原作乖離っぷりを思い返すと今更感あるけど、そもそもこのピチピチ男をこっちの世界に残しておいてまた悪事を働かれたら困るし)

 

 アレフガルドでも何かやらかして牢屋に入れられた気はするが、こちらの世界には捕縛されているとは言え、部下や支援者が残っている。

 

(全員処刑されてるならともかく、今は防げてるけど、捕まってる支援者や部下を解放されたら何やらかすかわかんないもんなぁ)

 

 世界単位で分断してしまえば、悪事も働きにくくなるだろう。アレフガルドでも牢屋に入っていたと言うことは、結局何かやったのだろうけれど。

 

(うーん、そうすると、部下と同じロマリアの牢屋に押し込むのは危険か)

 

 わざと捕まって部下と一緒に逃げ出す計画だった、とは思えないが油断をしていいと言う理由にもならない。

 

「そうだな、まずはオーブを回収しよう。この男の処遇については、オーブを回収した後で決める。それこそ『イェア゛ー』と鳴くまがい物を掴まされてはかなわんからな。共に行動していれば、言い逃れもできまい」

 

 もし、下手な誤魔化しをしようとした時は、さっきのはったりが現実になるだけなのだから。

 

「さて、これでこの男については良いとして……あとはそっちの旅人だな。シャル、まだ目を覚まさないか?」

 

 だからこそ問題はあともう一つ。

 

「はい、ホイミの呪文はかけてみたのでつけど」

 

「そうか」

 

 シャルロットの言葉に出来るだけ落胆の色を出さないように短く応じると、俺はシャルロットとその向こうに見えるロマリアの城下町を交互に見てから言った。

 

「やむを得んな」

 

 と。

 

「このままその旅人を放置は出来ん、かといってこの犯罪者を連れてロマリアには行けん。となれば、ここは二手に分かれるしかあるまい。お前はその旅人を背負うか、棺桶に放り込んでロマリアへ向かってくれ」

 

「え?」

 

「その旅人の搬送はどう考えても、いざというときルーラの呪文で逃げられ、回復呪文も使えるお前が適任だからな。そして、隠した品を探すとなると、レミラーマの呪文が使える俺が適任だろう?」

 

 分担はこれが一番理にかなっているし、心情的にも元ピチピチ男とシャルロットを一緒にしたくはない。たとえその選択が、半裸の男と二人きりになることでもあったとしても。

 

「……わかりました」

 

「頼むぞ」

 

 旅人とこちらを交互に見て短い沈黙を挟んだ後、承諾したシャルロットへと俺は頷きを返した。

 

 

 




主人公は選んだ、半裸の男と二人きりになる道を。

次回、第三百八十二話「続・後始末」

言い方次第で、実際の内容とはかけ離れた誤解を生ませる方法ってあるんだなぁ。


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第三百八十二話「続・後始末(閲覧注意)」

「さてと、こちらも行くとするか」

 

 旅人をおんぶしたシャルロットを見送ると、呟いてロマリアに背を向ける。

 

(元ピチピチ男と二人、かぁ)

 

 別におんぶされた旅人のことなんてちょっとだけしか羨ましくない。

 

「わ、わかってるって。歩くから、そんなに睨まないでく、ぐうっ」

 

 だから視線に憤りを乗せたりなどしていないのに、元ピチピチ男はビクついて歩き出そうとし、尻を押さえて膝をついた。

 

(はぁ)

 

 ギャグキャラ並の早さで復活を見せたと思って居たが、尻のダメージは想像以上に大きかったのか、それとも。

 

「何を遊んでいる? 生まれたての子鹿の真似か?」

 

「ち、違、がっ、ぐうぅ」

 

 プルプル震えつつ、立ち上がろうとしては失敗し、四つ足になった男を冷めた目で見つつ、俺は考える。

 

(間違ってはいなかったよね)

 

 あの一撃は必要だった。一度痛い目を見せなければこの男はすっとぼけたままだった筈だ。

 

(「イェア゛ー」なんて鳴き声をあげるオーブ、あるはずがないし。その辺り、じゃあ実物を出せって言われた場合、どうするのか、ちょっと気になりはするけれど)

 

 そこで二度目の言い逃れが始まって、結局イラッとした俺が全力で尻に一撃入れて現状みたいなことになっていた気がする。

 

(まぁ、先にオーブを隠した場所まで歩かせようとしても正直に案内したかどうかが疑問だからなぁ)

 

 素直になったのも一撃を見舞ったからだと思うのだ。だから、フルスウィングしたこと自体は間違っていない。

 

(満足に歩けない様に見えるこの状況だって、考えようによっては逃げ出されるおそれがないとも言えるし)

 

 それに、歩けないと言うのはこの元ピチピチ男だけだ。

 

(いや、だからってシャルロットがやったみたいにおんぶする気はないけどね)

 

 むろん、だっこする気もない。

 

(こんな きんにくしつ の おとこ を だっこ とか なん の ばつげーむ ですか?)

 

 喜ぶ人間が居るとしたら、これから向かう洞窟の向こう、アリアハン大陸で腐った愛を筆に乗せる僧侶の少女ぐらいだろう。

 

(ああ、腐少女が歓声を上げつつ色々なポーズを要求する幻覚が見える)

 

 アリアハンに居るまま、遠く離れたロマリア半島に居るこの俺に精神的ダメージを与えるとか、ラスボスはゾーマじゃなくてあいつなのではないだろうか。

 

「……はぁ、仕方あるまい」

 

「な、おい、待、待ってくれよ! 何だよ、そのロープ! ぐ、あ、歩く、今立ち上がるから――」

 

 このまま男の回復を待っていても、お姫様だっこを要求されるとか嫌なイメージが漏れ出る一方。少々葛藤はあったが、時間を無駄にも出来ない。

 

「や、やめあア゛ーッ!」

 

「……結局の所、こうなるのか」

 

 直接身体が触れるような形で持ち上げたくなかった俺が選んだのは、ロープで縛り上げ、ロープ部分を持って持ち上げると言った方法だった。

 

(何でだろう、ジパングでジーンを縛った時と縛り方は同じなのに……)

 

 尻にロープが当たるからなのか、獣の様な咆吼を発したかと思えばビクンビクンと痙攣したり、芋虫か何かのように身体をねじったりとビジュアル面では変態的に凶悪極まりない仕上がりになっていると言えた。身体が覚え込んでいた、遊び人由来のものと思われる縛り方にも原因の一端ぐらいはある気がするけれど。

 

(結局あの僧侶少女が喜びそうなモノが出来上がっちゃう、とかなぁ)

 

 とりあえず、出来るだけ尻を刺激しない持ち方をするしかないとは思う。

 

(これを運ぶ理由って隠し場所を案内させる為だし)

 

 ナビゲーションが機能しないなら、手で持って俺がぶら下げているのは、縛られた変態と言う名の武器でしかない。

 

「仕方ない、もう一度薬草を使うか」

 

「おお、ありがてぇ! って、ちょっと待、ロープを解い、上からは、あ、ロープが食い込ぎゃぁぁぁぁぁっ」

 

 汚い悲鳴が辺りに響いた。

 

「まったく、世話をかけさせてくれる」

 

「うぐ、が、ぐ」

 

 魔物が出没する場所で悲鳴をあげるなど、襲ってくれと言うようなモノだ。聖水の効果が残っているからこそ、何も出てくることは無かったのだけれど。

 

「とりあえず、回復はしただろう? さっさとオーブの場所へ案内しろ」

 

「があ、あ? わ、分かった。案内するからもう薬草はやめてぐで」

 

 何故か元ピチピチ男が急に素直になってくれたのは収穫だったが。

 

「こ、このままぞっちに真っ直ぐだ。近くなったら教え゛る」

 

「こっち、だな」

 

 変態をぶら下げた俺のオーブ回収はすんなり進み始めた。だからだろうか、素直になった今なら聞けると思ったこともある。

 

「ところで、何故オーブを売らずに隠した?」

 

「う、売らなかった理由? そ、ぞれはっ……」

 

 俺が問えば、縛られた変態は時々身を捩りつつ、答えた。何でもアッサラームにはひいきにしている商人が居て、他の店よりも高く買い取ってくれる為、高く売れそうな盗品はいつもそこで売り払って居たらしい。

 

「成る程な」

 

 金の冠を売り払わずシャンパーニの塔にたむろって居たのも、冠を盗まれたロマリアから追っ手が出てアッサラームに抜けづらくなっていたからほとぼりを冷まそうとしていた、とすれば説明が付く。

 

(原作では冠が返ってきてロマリアが警戒を解いたからこそバハラタに帰還出来た、とすればそれはそれで皮肉だけど)

 

 同情はしない。

 

「さてと、この近くだったな? レミラーマ!」

 

 魔法の玉でアリアハンとを隔てた壁は破壊されていないこともあり、今の誘いの洞窟は途中で行き止まり通行人がやって来ることもない。

 

(隠し場所としては妥当なところだったんだろうなぁ)

 

 ただ、あたりを付けた上で呪文を唱えれば、簡単な偽装はあってなきがごとし。

 

「これがイエローオーブ、か」

 

 縛られた変態男を床に転がし、俺は竜の台座部分へ手を伸ばした。

 

 




しゅじんこう は かんだた を しばった!

かんだた は にくたい と こころ に おおきな だめーじ を おった!

どうする? こまんど?

次回、第三百八十三話「これであと、一つ……だったよね?」



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第三百八十三話「これであと、一つ……だったよね?(閲覧注意)」

「ふむ」

 手に取った瞬間、それは起こった。

「イェ゛ロォォォ」

 彫像の口からほとばしるどうしようもないぐらいに汚らしい鳴き声。

「なっ、だから言――」

 微妙に得意げなカンダタの顔に、俺は苛ついて。

「でやあああっ!」

「べがぎっ」

 気がつくとオーブの台座を掴んだまま、フルスウィングしていた。


<↑休載のお詫びの小ネタ?>

*ご注意
今回のお話には、変態の悶えるシーンが引き続き登場します。
ご注意下さい。


「ふむ」

 

 手に取った瞬間、「イェ゛ロォォォ」とか叫んだらどうしようかとちょっとだけ思ったのは否定しない。

 

(……とりあえず、ピチピチ男もこれで完全にカンダタ確定だなぁ)

 

 一緒に隠されていた覆面マントが動かしようのない証拠であり、同時にどうしようと思わせる品でもあった。

 

(ある意味でカンダタのトレードマークというか、犯行用衣装な訳だし)

 

 金の冠を盗まれた国の側で犯人の服を持ち歩いていることが発覚すれば、面倒なことになるのは請け合いだ。

 

(カンダタに着せて引き渡しちゃえば、その心配もないけど……)

 

 元部下と同じ所に収監する流れになるのは危険だと、その選択肢は消したばかり。

 

(原作と乖離させないなら、アレフガルドに行って貰うべきだよね)

 

 問題は、どういう経緯でアレフガルドに渡ったかの描写が原作に無いことだろう。

 

(確実なのは、ギアガの大穴から放り込むのかな)

 

 問題は、高所からの落下になることだ。

 

(ゲームでは大丈夫だったけど、普通パラシュートとか無いと死ぬよなぁ……ん? いや、その心配はなかったりする?)

 

 どうしようかと考え込み、ふと思い出したのは、原作のシャンパーニの塔でこの元ピチピチ男がしていた行動。

 

(確か、勇者から逃げる為に下の階に飛び降りたりとかしてたもんな)

 

 ただ、塔でこの男を懲らしめたのはクシナタさん達なので、この世界で実際にどうだったかを確認した訳ではないのだけれど。

 

(……まぁ、当人に尋ねたら「何でそんなことを聞くんだ?」って事になるし)

 

 ひとまずこの事は置いておいた方が良いだろう。

 

「オーブは手に入れた。となれば、あいつと合流せねばな」

 

 ロマリアの城下町に近寄りすぎて縛られた変態(カンダタ)が人目につくと厄介なことになるが、俺にはタカのめと言う遠方を偵察する呪文があるのだ。

 

(シャルロットもこっちに合流しようとするだろうから、必然的にこっち……いざないの洞窟にやって来る筈)

 

 互いに相手が向かった方へと移動すれば中間点ぐらいで再会出来るだろう。だから、考えることがあるとすれば。

 

「お、おい! オーブはちゃんとあっただろ? な、だからさ、このロープを解いてくれよ? な?」

 

 転がったまま話しかけてくる変態の希望を通してやるかどうかぐらいだ。

 

「解くのは構わんが、歩けるのか?」

 

 シャルロットに変態をぶら下げて再会する光景を想像すると、縛めを解くのはやぶさかでもない。問題は、行きの様に生まれたての鹿なり牛なりの真似をするのではないかと言うことだ。

 

「うっ」

 

「お前のせいで余計な手間をかけさせられたが、本来なら急ぎの旅の途中なのだ。縛る前のような有様ではたまらん」

 

 オーブも残りあと一つ。おろちの所のパープルもまだ回収していなかったような気もするが、取りに行くだけだから良いとして、ようやくラーミアの復活が叶いそうな所までこぎ着けたのだ。結局歩くのは無理なのか、呻く元ピチピチ男を前に、俺が不機嫌さを隠せなかったとして誰が非難出来よう。

 

(そもそも縛られた変態男って時点で視覚的にダメージだし)

 

 袋詰めにでもすべきだったろうか、首から上だけ出して。

 

「反論出来んなら、このまま運ばせて貰う……いや、喚くようなら袋を被せるか」

 

「わ、分かった」

 

 想像してみると今よりマシな気がして口の端にのぼらせてみると、袋詰めは嫌だったのか、カンダタはあっさり運搬されることを認め。

 

「ならば、さっさと行くぞ? 聖水の効果にも限りはある」

 

「ぐぎゃあっ」

 

 ロープの端を掴むと、悲鳴をあげた変態を持ち上げ、歩き出す。シャルロットと違い呪文で魔物除けの効果を代用出来ない俺にとって、魔物と遭遇する確率の高いダンジョンは出来ればさっさと立ち去りたい場所なのだ。

 

(回復呪文で傷を癒せばこんな変態荷物を扱う必要はないんだけどなぁ)

 

 身を捩る荷物は出来るだけ見ないようにしつつ、早足で出口へ向かう。薬草を使ったっきりなのは、呪文を使うところを見られたくないというのもあるが、下手に傷を回復させると今度は逃げ出す恐れがあることも理由の一つに挙げられる。

 

(少なくともこのロマリアを離れるまでは――)

 

 荷物の方が都合は良い。

 

「ぎっ、い、いでぇぇっ」

 

「……五月蠅いし、醜くいのが難点、か」

 

 割と酷いことを言ってる自覚はあるが、聞いて楽しいモノでないのは紛れもない事実だ。

 

「静かにしろ、聖水の効果がきれたら魔物が寄ってくるだろうが」

 

「う、うぎっ、だ、だってよ」

 

「ええい、クネクネするな、気色悪い……ぐっ」

 

 変態荷物のやかましさと、反論しようとしたことにイライラし、睨み付けたのは失敗だった。モロに見てしまったのだから。

 

「……はぁ、洞窟をそろそろ抜けることだけが救い、か」

 

 この分なら聖水の効果がきれる前にシャルロットと合流することさえ可能かもしれない。

 

(……シャルロット)

 

 片側の視界が罰ゲームだからか、少し前に別れたばかりの少女が、やけに恋しくて、胸中で名を呼ぶ。

 

「お、おぐ、ぎゃ、も、もっどゆっぐり歩いでぐれぇぇぇっ」

 

 近くに聞こえる汚い悲鳴は、本当に耳障りだった。

 




残るオーブは、おろちの所のを除けば、ブルーのみ。

ラーミアの復活も近い、か?

次回、第三百八十四話「で、結局この変態どうするよ?」




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第三百八十四話「で、結局この変態どうするよ?」

「おしばな様ぁ」

 

 待ち望んだ少女の姿が見えるまでに何度悲鳴を聞いただろうか。ぶら下げた変態はいつの間にかぐったりしていたが、息はあるので大丈夫だと思う。

 

「そちらは、なんとかなった様だな?」

 

「はい、物盗りに襲われて気絶していた所に通りかかったと話して、あの人は預かって貰いました。少しですけどお金も渡してありまつ」

 

 若干噛んだところはいつも通りだが、不幸にもあの変態へ襲われ、旅人の服をピチピチされた男は無事保護して貰えたらしい。

 

「そうか、こっちもオーブは手に入れた」

 

 これでもうロマリアに立ち寄る理由はない。カンダタが部下の救出を試みようとしたことは報告しておくべきかとも思ったが、ロマリアに潜入しようとしたカンダタ当人が現状で使い物にならないのだから、報告自体は後日、手紙の形で充分だろう。

 

(そもそも当人の前で色々話すのは拙いからなぁ、気絶したふりをして聞き耳立てている可能性だってゼロじゃないし)

 

 オーブに関しては直接所在を尋ねてしまっているので今更だが、それ以上の情報をくれてやる理由は皆無だ。

 

「よって、ここからは予定通りに行こう。流石に徒歩だと面倒だからな。シャル、頼めるか?」

 

「あ、はい。……ルーラっ」

 

 承諾するなりシャルロットが詠唱し始めた呪文が完成すると、俺達の身体は空へと飛び上がり。

 

「あ」

 

「どうしました、おし……ばな様?」

 

「いや、アレの着地について失念していてな」

 

 シャルロットに問われると、手にしたロープの先に居る変態を示した。

 

「万が一逃げると拙いと思って縛ったままだったからな」

 

 一応着地の瞬間に引っ張り上げ、衝撃を緩和することは出来ると思う。

 

(うん。思うけど、まず間違いなくロープが食い込むよなぁ)

 

 バハラタに到着早々、町の前で上がる汚い悲鳴。目立つこと請け合いだ。

 

「ええと、それじゃ空にいる内に薬草を使っておきましょう。傷がある程度癒えていれば、衝撃で命を落とすことはないと思いまつし」

 

 そんな俺の危惧を何処まで理解したのか、シャルロットは袋を漁り始め。

 

「これぐらいあればいいかな、じゃあボクは」

 

「待て」

 

 幾つかの薬草を手にロープを手繰ろうとしたところで制止する。

 

「手当は俺がしよう。年頃の娘にそんな事をさせる訳にはいかんからな」

 

 別にシャルロットから手当てされるのが、羨ましいと思ったからではない。カンダタに悲鳴をあげさせるのが楽しくなってきたとか、そう言う腐った趣向に目覚めたからでもない。シャルロットのお袋さんと約束したのだ、シャルロットは守ると。

 

(まぁ、まさかこういう守られ方をしてるとはあのお袋さんも思ってないだろうけれど)

 

 ぶっちゃけ、俺だってこんな事をする日が来るとか、想像さえしていなかった。だが、俺がやらねば、シャルロットがしてしまうだろう。

 

「とりあえず、薬草をこっちにくれ」

 

 片手でロープを手繰ると、もう一方の手をシャルロットに向けて差し出し。

 

(はぁ……一度ならず二度までも……何でこんな事しなきゃいけないのやら)

 

 顔には出さず密かに嘆息する。

 

「シャル、あと要らない棒状のモノはないか?」

 

「棒状の? ちょっと探してみまつ」

 

 直接塗るのは抵抗を覚え、振り返れば、シャルロットが再び袋をまさぐり出す。

 

(しっかし、回復呪文が使えれば、こんな手間は不要なんだけどなぁ)

 

 今俺達が空を飛べているのは、シャルロットの唱えたルーラの呪文のおかげ。一つの呪文を制御しているシャルロットには追加で呪文の行使など出来ず、俺はシャルロット達の目があることも一つの理由で回復呪文が使えない。

 

(……割り切るしかないか)

 

 その後、自分が何をしたかは思い出したくない。ただ、シャルロットのお陰で手袋を廃棄処分するハメには陥らず、バハラタの町につき。

 

「んぎぇぇぇぇっ」

 

 縛られたままで着地もままならない変態が吼えたことだけは事実だった。

 

「なんだ、今のは?」

 

「おい、どうした、怪我人か?」

 

 汚い悲鳴を聞きつけたのだろう、町の入り口に立つ俺達の元に集まってくるのは町の人々。

 

「……おし、ばな様の言うとおりになっちゃいましたね」

 

「是非もあるまい、ただ、な」

 

 何とも言えない表情のシャルロットに肩をすくめた俺は、集まりだした野次馬の一点を示す。

 

「あ」

 

「……何の騒ぎかと思えば、あなた達だったとはね」

 

 バハラタで準備をしていてくれることを知っていた俺だからこそ、シャルロットより一足早く気づけたのだ。

 

「まぁ、色々あってな。少し、話は出来るか? 幾つか相談したいことがある」

 

 例えば、縛った変態の処遇とか、このあとの予定とか。

 

「相談? もちろんいいぴょんよ?」

 

 忘れていたのか、最初の一言だったからか、遊び人仕様に戻ったカナメさんは申し出を快諾してくれ。

 

「お久しぶり……は、違いまつね。ええと、また会いましたね?」

 

「そうぴょんね。こんにちはでも良いかもしれないぴょん」

 

 我に返ったシャルロットと挨拶を交わす姿。

 

「とりあえず、再会の挨拶はそこまでだ。この視覚的暴力な荷物で野次馬の目を潰すのは本意でないしな」

 

 ただ、このまま街の入り口で話し込む訳にも行かない。縛られたカンダタを持ち上げて示すと、俺は二人に言うなり歩き出した。

 

 




そして、いよいよ航海に出るのか、主人公。

あれ、カンダタは?

次回、第三百八十五話「原作より立ち寄る回数遙かに多いよね、バハラタ」


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第三百八十五話「原作より立ち寄る回数遙かに多いよね、バハラタ」

「とりあえず、宿に行くぞ? 荷物の分まで宿泊代を取られるのは癪だが仕方あるまい」

 

 立ち話では人に聞かれる恐れもあるし、筋肉質の男にいかがわしい縛り方を施し、吊して歩くとどうしても悪目立ちする。

 

(カナメさんと再会するのは、織り込み済みだったし)

 

 地球のへそへ行く為、このバハラタを立つ前にどこかで打ち合わせする必要はあった。

 

(こっちとしてもカンダタのことは話しておかないといけないだろうからなぁ。それに……)

 

 奇しくもこのバハラタは原作でカンダタが勇者に二度目の敗北を喫し、見逃されたあのアジトに近い。

 

(クシナタ隊の誰かに見張りだけはお願いする形でリリースすれば、原作通りアレフガルドに渡ってくれるかも知れないし)

 

 確か、あちらの世界にはジパングから来た鍛冶屋の夫婦が居た覚えがある。

 

(このバハラタとの位置関係からすると、カンダタが向こうに渡ったというか落ちたのって、その鍛冶屋夫婦がアレフガルドに渡ったのと同じ場所を通った可能性が高いと思うんだけど)

 

 ただ一つだけ気になる点もある。ジパングが原作とかけ離れた国になっていることだ。

 

(おまけに意に染まず仲間をやらされていたジーンみたいなさつじんきも住んでるからな、あそこ)

 

 リリースした変態(カンダタ)がジーンと鉢合わせると面倒なことになる。

 

(悪事をはたらく心配だけは不要なんだけどね)

 

 元バラモス親衛隊とやまたのおろちが居る国で何かやらかすなど、自殺行為だ。

 

(うーむ、監視を付けて逃がすか、それとも暫く、カナメさん達に見ていて貰うか、悩ましいなぁ)

 

 ランシール、つまり地球のへそに向かう航海に同乗させる訳にもいかない以上、選択肢は二つ。

 

(一人で悩んでもどうしようもない、か。カナメさんと相談して決めた方が良いのはわかりきったことだけど)

 

 原作知識が絡んでくる内容なだけに、シャルロットの前では話し辛い。

 

(カンダタを別室に置き、シャルロットに見ておいて貰ってその間に話せば――)

 

 良いとは思う。シャルロットに見張りをしていて貰えるよう話を持って行く必要が出ては来るが。

 

「さてと、そろそろ宿屋か」

 

 とりあえず、半ば現実逃避を兼ねていた考え事もそろそろ終了すべきらしい。

 

(そりゃ、縄で縛られた変態ぶら下げてたらどんな視線が向けられるか何て、想像するまでもない事だけどさ)

 

 町の入り口に放置する訳にもいかなかったんだから仕方ないじゃないかと、出来るモノなら主張したい。

 

「こんにちは、旅人の宿屋へようこそ」

 

「部屋を二つ借りたい。犯罪者の護送中でな」

 

 妙な誤解をされると困るので、宿の入り口をくぐるなり、俺は宿の主人の口上に割り込む形で主張すると、荷物を示した。

 

「……成る程、変質者ですか。ご苦労様です」

 

「そう言ってくれるか、ありがたい。どうも露出狂のケがあるようでな、自分の姿を隠そうとすると嫌がるのでこのままぶら下げてきたが、まるでこちらまで変質者扱いだ」

 

 ついでに、ここぞとばかりに愚痴っておく。

 

(これで町の人が何か言ってきたとしても、大丈夫っと)

 

 第一段階はクリアとでも言ったところか。

 

「それでこいつだが……他国でも余罪があってな、ここの町の牢にぶち込んでおしまいという訳にもゆかず、今に至る訳だ。借りる部屋の一つは出来ればしっかり施錠出来る部屋がありがたいな。むろん、俺達の一人が見張りにつくから逃がしたりこの宿に迷惑がかかるような真似はせん。……最初の見張りは頼めるか?」

 

「え、あ、はい。わかりまちた」

 

「すまんな」

 

 そして、宿の主人への説明から繋ぐ形で、シャルロットの承諾を取り付け、第二段階もクリアする。

 

「では、お部屋にご案内しましょう」

 

「ああ、頼む」

 

 カウンターを回り込んで出てきた主人へ頷きを返すと、俺は変態(カンダタ)を持ったまま後に続いた。

 

(端から見ると酷い光景かもな、これ)

 

 宿の主人のあとを縛った変態をぶら下げた俺が真顔で歩いているのだ。宿泊客とすれ違おうモノなら、硬直されるか、二度見されるか。

 

「……で、ああ言う再会になった訳だ」

 

 その後、カナメさんに事情説明をする段でポーカーフェイスを一時投げ捨ててげんなりした顔をさらしたのも仕方ないことだったと思う。

 

「それは本当に大変だったわね」

 

「ああ、全くだ」

 

「けど、良かったわ。あの子の治めるロマリアがまた大変な事にならなくて……」

 

「……そうだな」

 

 労いの言葉への首肯を半ば勢いに任せて行った俺は、一呼吸置いてからもう一度、別の言葉に同意した。

 

「俺としては、クシナタ隊の皆に幸せになって貰いたいと思っている。そう言う意味でも今回の件はすて置けなかったからな。原作に近い形に修正したかった、とかイエローオーブを回収したかったと言う理由もあるにはあるが」

 

 イエローオーブは無事入手し、変態がロマリアへ潜入するのも防いだ。

 

「あとは、あの男の処遇だけな訳だが……俺としてはクシナタ隊に見張りを頼みたい。先程説明したとおり、監視を付けて解放するか、暫く捕まえたまま様子を見るかで悩んではいるが、どちらにしても人手が居る。あいつが何か企んでも阻止出来る程度に実力があり、信頼できて口の堅い人材が、な」

 

 そして、ロマリアの女王やクシナタさん達に今回の事を伝える連絡役も必要になる。

 

「ダーマに引き続き手を借りっぱなしで申し訳ないとは思っ」

 

「はぁ、もうそこまでで良いぴょん」

 

「だが」

 

「放置したらあの子の国に何かしかねないとなれば、こちらの問題でもあるぴょん」

 

 頭を下げようとする俺を止めたカナメさんは、頭を振ると悪戯っぽく笑って見せた。

 

「勇者一行の活動を影ながらサポートするのが、クシナタ隊のお役目ぴょんよ? だったら、これもお役目の内ぴょん」

 

 と。

 




ぎゃぁぁぁ、出航できなかったぁぁぁぁっ。

すみませぬ。

次回、第三百八十六話「お話はおわりましたか、お師匠様?」



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第三百八十六話「お話はおわりましたか、お師匠様?」

「そうか……世話をかける」

 

 何だかんだで結局カンダタをカナメさん達に押しつけてしまった、と言うのは正しくないだろう。

 

(だよな。途中からはクシナタ隊に頼ること前提だった訳だし……)

 

 借り分ばかり増えているというのに、どこかアテにしている自分が嫌になる。

 

「任されたぴょん。さて、それじゃあ見張りを交代してくるぴょんね?」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、口元を綻ばせ大仰な礼をし戯けて見せたたカナメさんは首を傾げると、こちらの答えも待たずドアへと歩き出し。

 

「あ」

 

「良かったら一緒に行くぴょん?」

 

 かける言葉を探しながらも見つからず、短い音だけを発した俺へ振り返り、問う。

 

「……そうだな。シャルロットなら大丈夫だとは思うが、カンダタをどうするかについては話しておく必要もある」

 

 ランシールまでの航海には連れて行けないし、ロマリアに収監するのは元部下と一緒にすることになってよろしくない。だから、他国への護送をカナメさんに任せたと説明すれば、シャルロットも納得してくれると思う。

 

(バラモスに時間を与えては拙いことは承知してるはず)

 

 ここから最速でバラモス撃破を狙うとしたら、カナメさん達の協力はどうしても必要になる。

 

(俺達が地球のへそに挑んでいる間にジパングへ飛んでパープルオーブを回収し、ランシールに戻って合流。全部のオーブが揃うなりランシールから船で西進し、ラーミアの卵が安置されてる島で、ラーミアを復活させ、ラーミアの背に乗ってバラモス城へ……と言うのが一番短いルートな訳だけど)

 

 イシスの三人が完全に置いてけぼりだし、マリクを含め面々の修行効率アップの話もほぼ無視した形だ。

 

(一応軍人口調のお姉さんにポルトガで世界樹の葉を確保出来たらイシスに送ってくれとは言ってあるけれど望み薄だし、そもそも元バニーさん達と合流せずにバラモス城に乗り込むのが論外だよな)

 

 合流だけ何とかするならラーミアを復活させてからイシスに寄り道して拾ってこれば良いだけだが、疑問は残る。合流した三人の内転職を経た賢者二名が戦力になるレベルまで強くなっているのかという疑問が。

 

(強くならないといけない人員が三人も居るのに、相手になる発泡型潰れ灰色生き物の数が足りないってのは拙い)

 

 世界樹の葉についても何らかの手は打つべきだろう。

 

(で、一番手っ取り早いのはクシナタ隊のお姉さん達と元親衛隊に協力を仰ぐパターンと)

 

 わかっては居た。そもそも少し考えればすぐに思い至ることでもある。

 

(……結局、それか)

 

 効率的ならば、個人のメンツや心情、それに感傷で消してしまって良い選択肢でないことを含めて、理解は出来ていた。だいたい、世界樹の葉は一人につき一枚しか摘めない。複数枚集めるには、他者に頼ることが不可欠なのだ。

 

「カナメ……さん」

 

 頼むなら、シャルロットと変態が居る部屋へ着く前にすべき。気づけば俺は、足を止めて名を呼んでいた。

 

「どうしたぴょん?」

 

 すぐ後を追う形で歩いていたから、カナメさんはすぐに振り返り。

 

「ああ、さっき頼み事をしたばかりでこん」

 

 申し訳なさを感じつつも、切り出そうとした時だった。

 

「あ、お師匠様。お話はおわりましたか?」

 

「な」

 

 現れたのは、部屋で変態(カンダタ)の見張りをしている筈のシャルロット。

 

「シャルロット、見張りはどうした?」

 

 いくら縛ってあるとは言え、一人にして良い相手ではないが、何よりシャルロットが役目を放棄したことが信じられず半ば呆然としつつ問えば、シャルロットの口から出たのは、代わって貰いましたと言う答え。

 

「代わる?」

 

「あ、はい。さっき、エリザさん達が尋ねてきて」

 

「エリザが?」

 

 正直に言って、俺は更に混乱した。

 

(確か、イシスに行ってた筈、何でこのタイミングで……)

 

 わからないことだらけだった。

 

「はい、それでお師匠様達は別のお部屋でしたから、部屋がわかってるボクがあの人の見張りを代わって貰って、お師匠様達を呼びに来たんです」

 

「呼びに来た、と言うことは何か話があるぴょんね?」

 

「……まぁ、何にしても呼ばれたなら行ってみるしかないか」

 

 それでもいくらか冷静さの戻ってきた俺は、自分にも言い聞かせるように呟くと、向かうはずだった部屋へ向け、再び歩き始めた。

 

(悪い知らせじゃないと良いけど)

 

 わざわざ会いに来るぐらいだ、どうでも良い用件でないことだけは確かだろう。

 

「……ん?」

 

 ただ、歩く中、ふと疑問が浮かび。

 

「どうしたぴょん?」

 

「いや、一つ気になってな……シャルロット、先程お前はエリザ達、と言ったな?」

 

 カナメさんに頭を振ると、俺は先頭を行くシャルロットに尋ねた。

 

 

 




次回、第三百八十七話「予期せぬ知らせ」



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第三百八十七話「予期せぬ知らせ」

「はい、サラが一緒に来ているんです」

 

「なっ」

 

 確認に返ってきた言葉の想定外さに絶句してしまったのは仕方ないと思う。

 

(魔法使いのお姉さんはイシスで元僧侶のオッサンと一緒に居たはず)

 

 発泡型潰れ灰色生き物の数からすれば、修行が終わったと言うことは考えにくい。

 

(とは言え、バラモスがまたイシスに進行しようとした、とかだったらシャルロットもこんな明かし方はしないよなぁ)

 

 腑に落ちなくてポーカーフェイスが崩れたのか、無意識に首でも傾げてしまったのか。

 

「ええと、サラは転職してないから直接修行に関係ないですし、はぐれメタルの数が少ないと修行の効率があまり良くないですから、その状況を打開したいと言うことらしいですよ?」

 

「成る程な」

 

 こちらを見て始めたシャルロットの説明で、ようやく得心がいった。

 

「確かに効率を考えるなら、修行と直接関係ない者が動くのは理にかなっているな。しかし、何故ここに?」

 

「あ、それは世界樹の葉を取りに行くのに、あの竜の女王様のお城に行く時通った集落の人達にも協力して貰ったら、葉も沢山集められるかも知れないって思ったそうです」

 

「……そうか、あの集落にはルーラで飛べなかったな」

 

 オリビアの岬を魔物に跨って空を飛び、ようやく辿り着いた気もする。

 

(これは魔法使いのお姉さんを見くびっていたな)

 

 エリザが一緒なのは、箒に二人乗りさせて貰って岬を越えるつもりか、それとも。

 

「話は概ね理解したが、よく世界樹の葉の在処がわかったな」

 

「お師匠様のおかげだそうですよ? ほら、ポルトガで託されたんですよね、伝言?」

 

「あ、あれか」

 

 そう言えば、軍人口調な魔法使いのお姉さんに世界樹の葉の件で幾人かに伝言を頼んだんだった。

 

「しかし、伝言を頼んだ日付を考えるとよく、ここまで来たな」

 

 逆算すると、魔法使いのお姉さん達が伝言を受け取ったのは、俺達がピチピチ男になっていたカンダタを捕らえていた頃の筈だ。

 

「……それなんでつけど、サラ、打開策を求めてボク達がサイモンさんに会いに行った日、ポルトガに来てたらしくて」

 

「は?」

 

 なんですか、それ。

 

「ボク達には会わなかったものの、あの魔法使いの人には会ったみたいで、そこで伝言を」

 

「……港が整備され、各地と交易しているポルトガなら求めるモノがあっても不思議はないと踏んだ訳か」

 

 気づかずニアミスしていたとは想定外も良いところである。

 

(そして、イシスに渡ることなくこちらに来た、と)

 

 来ただけならまたニアミスしてしまっても不思議はないが、今度はすれ違わなかった。

 

「怪我の功名と言うべきか。俺達がここに居ると知ったのは、あの騒ぎのせいだろう?」

 

「あ……たぶん」

 

 ロープで縛った変態をぶら下げて歩いた事がこんな形で味方するとは。

 

(結果的に助けられた、と言うことでもあるのかな)

 

 カナメさん達に頼らざるを得ないところを。

 

「まぁ、何にしても話はせねばなるまい。向こうも望んでいると言うなら尚のこと」

 

 伝言という形になった世界樹の情報は補完しておきたいし、今後のこちらの予定も話しておきたい。

 

「世界樹の葉を回収後は、イシスに戻ってアランと合流するのなら、アランへの伝言も託せるからな」

 

「そうでつね。竜の女王様のこともありますし」

 

「ああ、修行にもあまり時間はかけられん……さて、と」

 

 相づちを打つシャルロットに頷きを返すと、足を止めた。目的の部屋に着いたのだ。

 

「シャルロット、世界樹の葉についてはこのままサラに任せようと思う。俺達には残りのオーブを入手するという役目も残っているからな」

 

「この部屋に居るって犯罪者はあたし達が牢まで護送するぴょん」

 

 俺の言葉をカナメさんが継ぎ。

 

「すまんな」

 

 もう一度頭を下げたのは、結局カンダタのことに関してはカナメさん達を頼らざるを得なかったからだと思う。

 

「気にしないでいいぴょん。それよりも」

 

「ああ」

 

 促されて、ドアをノックし、カナメさんとのやりとりはそこで終わった。

 

「どうぞ。シャル、早かったみたいですわね。今、ドアを開けますわ」

 

 ドアの向こうから聞こえてきた声のシャルロットに向けた部分が勇者様でないのは、ある程度事情を知らされていたのだろう。

 

「……お久しぶり、と言う程ではありませんわね」

 

「見張りの交代に来たぴょん。積もる話は向こうの部屋でするといいぴょん」

 

「あら、それはありがとうございますわ」

 

 ドアを開けてこちらに挨拶すると、最後尾のカナメさんがかけた声へ礼の言葉を述べ魔法使いのお姉さんは、ちらりと後方を振り返る。

 

「あなた方の捕まえた男は、あの調子ですわね」

 

「まぁ、大人しいなら良いことだ。もっとも、縄が弛んでいるのを隠す為にことさら大人しくしている可能性は捨てきれんが」

 

 カナメさんが後れを取ると疑う気はないが、逃げようと抵抗して部屋を傷つけられでもしたら事だ。

 

「無いとは言い切れないぴょんね。調べてみるぴょん」

 

「ああ。俺達が見ている前でいきなりロープを解いて飛びかかってくるような真似はしないと思うが」

 

 用心に越したことはない、ただ。

 

「ところでさっちゃん、その人のお尻についてる靴の痕は」

 

「えっ」

 

 しゃるろっと、みんな するー してるんだから そこ には ふれないで あげてください と そう おもった。

 

 




大人しい×

ヒールで何度もグリグリされて悶絶し、その結果グッタリ○


「主人公以外の動き1」で記載した<エリザ+サラ&アラン>の部分、「思われる」と最後断言していなかったのは、今回の伏線だったりします。

次回、第三百八十八話「出航」



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第三百八十八話「出航」

「まぁ、酷い話だったな」

 

 ことの起こりはシャルロットが仏心を出したことに始まったらしい。

 

(尻に、ホイミを……ねぇ)

 

 直接触るのが嫌だったのか、薬草を使うには縄が邪魔になるからかはかけた当人しか知らない。ともあれ、縛られた変態(カンダタ)からすれば、この回復呪文は地獄に仏だった。

 

(いや、まぁそこまでは良かったんだけどね)

 

 問題は、尻が床に触れないようカンダタが俯せに横たわっていたことだ。シャルロットはホイミをかけた後、尋ねてきた魔法使いのお姉さん達に伝言を頼まれ見張りを二人と交代して部屋を出た。

 

(俯せになっていた上、痛みに気をとられてシャルロットの退室に気づかなかったとか)

 

 その結果、近寄ってきた魔法使いのお姉さんをシャルロットと勘違いしたあの変態は尻を突き出して叫んだのだ。

 

「もう一度しでぐれーっ」

 

 と。

 

(回復呪文をかけて欲しかったんだろうけど、蹴って、転がして、ひたすら踏んだ魔法使いのお姉さんは責められないよなぁ)

 

 すれちがい が うんだ ふこう な じこ だった のだ。 

 

「まぁ、何だかんだ有りつつも、無事出航にこぎ着けたのは重畳だったが」

 

 回想から立ち戻った俺は船縁で遠ざかって行く陸地を眺め、呟く。

 

「世界樹の事も話した、葉がどれぐらい集まるかは、あの集落でどれだけ協力を得られるか次第だが」

 

 こうして船上の人となったからには、お姉さん達の成功の祈るのみだ。

 

「大丈夫ですよ、サラ達ならきっと。だから、ボク達も――」

 

「ああ。そうだったな……」

 

 背中へ投げられた声に振り返ると、そこにいたシャルロットへ頷きを返し。

 

「アランとミリー、二人を強くする為あの二人が尽力しているんだ。俺達も早くブルーオーブを入手し、オーブを揃えなくてはな」

 

 バハラタのある陸地へ背を向け、俺は進行方向へと目をやる。

 

「あの二人が上手くやれば、オーブが集まる頃には、賢者二人もお前と肩を並べて戦える程度には強くなっているだろう」

 

 となれば、バラモスとの決戦を躊躇する理由はない、ただ。

 

「まぁ、マリクの成長状況次第では寄り道することも考えねばならんが」

 

 おろちの婿が完成した場合と言うケースを除いて。

 

「もっとも、今考えても仕方ないことではあるか」

 

 一人の修行の出来に気をとられ立ち止まる訳にはいかなかった。俺達は俺達でやることもあるのだから。

 

「そうでつね。……ところでお師匠様、地球のへそですけれど、どんなところなんですか?」

 

「ふむ、そうだな。最深部には仮面の様なモノが定間隔で飾られた通路があり、通りかかったモノへ引き返せと呼びかけるらしい。そう言った効果のかかった魔法の仮面なのか。壁の向こうに人間が居て声をかけてるのかは知らんがな。あと、内部に設置されている宝箱には魔物の扮したものが混じって居るとも聞く」

 

 ミミックだったか人食い箱だったかまでは覚えがないが、シャルロットが引っかかる確率を下げる為、敢えて不完全な知識ながら、内部の宝箱状況について触れ。

 

「く、詳しいですね」

 

「洞窟があると探検してみたいと思う冒険家は少なくないらしくてな。おそらく財宝狙いの者も含まれては居るのだろうが……だいたいそんな感じではあるらしい。インパスの呪文で中身を確認出来れば少しは安全に探索出来るとは思うものの……無い物ねだりだな」

 

 ミリーか元僧侶のオッサンが強くなっていれば、別の選択肢もあったかも知れないけれど。

 

「とは言え、安置されていると言うからにはオーブが眠るのは宝箱の中だろう。入り口周辺の箱に入っているとは思いがたい」

 

 うろ覚えなのもあるが、あまり詳しすぎると訝しまれる気もして、シャルロットに出来る助言はこの辺りが精一杯だった。

 

(当初の予定通り隠れてついて行くのも一つの手だしなぁ)

 

 ただ、密かについていった場合、戦いに介入出来るのは緊急時のみと言う制約がかかってしまう。

 

(一応、通りすがりの探索者に変装して戦いに加勢するって方法もあるんだけど、直接出るのは正体がばれるリスクが高くなるし)

 

 隠れてフォローするのも意外と難しい。

 

(魔物にモシャスの呪文で変身して加勢する……のもないな)

 

 制限時間がある上、能力は見本になった相手へ引っ張られるので、大きく弱体化する。

 

「お師匠様、どうされました?」

 

「ん? すまんな、少し考え事をしていた。現地に着けば考える時間はいくらでもあるというのにな」

 

 シャルロットへ声をかけられて我に返った俺は苦笑すると、肩をすくめた。

 

(潜入中に影武者してくれるクシナタ隊のお姉さんとも話をしておきたいと思ったけど、これじゃ暫くは無理だなぁ)

 

 一人になれそうなのは着替えと用を足す時ぐらいだが、何故だろうそう言ったタイミングを接触に利用しようとすると、まるで狙い澄ましたが如くハプニングに見舞われそうな気がするのは。

 

(気のせい、だと思いたい)

 

 だが、一笑に付すには明確すぎる不安要素が有ったのだ。船室が、一つであることとか。

 

 




踏んだ方と踏まれた方、どっちにとってより災難だったのやら。

次回、第三百八十九話「ランシール」


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第三百八十九話「ランシール」

遊び人男「らん・しー・るー! ぼくちゃんはね、嬉しくなるとついやっちゃうんDA。みんなも一緒に――」

主人公「バシルーラッ!」

遊び人男「ああぁぁろぉぉぉぉっ?!」


 うん、何となく思い浮かんだんだ、すまない。



(しかし、まるっきり接触しないわけにもいかないよなぁ)

 

 おそらくは、考え方を変えるべきなのだろう。

 

(一人になれるタイミングは大きく分けて二つある。一つはシャルロットが一人になりたい場合、そして俺が一人になりたい場合だけど)

 

 ハプニングを避けるなら、予めシャルロットと話し、着替えるなら何処でどうするかなどと言うことを取り決めておけばいい。

 

(朝、どっちがが寝ぼけて異性がいるのに着替え出すなんてことが無ければ――)

 

 それで事故の確率は減るだろう。

 

(あとはトイレかぁ)

 

 この世界に来てから知ったのだが、帆船の先端は乗り心地が最悪で、トイレはたいていこの場所に設置されている。

 

(うん、元の世界程の快適性が確保されてないのは、仕方ない訳で……って、そうじゃなくて!)

 

 どちらかが用を足してる時にうっかりという事故なら、声かけで回避出来ると思う、せっぱ詰まってから駆け込んでくる場合以外。

 

(世界の悪意が働くというなら、働きようのない状況を作り出せば良いんだ)

 

 着替えの場所を決め、着替える旨を相手から伝えられれば、そこに近寄らないようにする。

 

(で、ついてきてくれたお姉さんとの接触はこの手の確実に一人になれる時間に固執はしない方向でいこう)

 

 例えば夜、寝付けないという理由で寝室を出て接触を試みたり、船員を手伝うと言う口実で単独行動し、この時に接触を試みたり。

 

(とりあえずは、相変わらずの様子のシャルロットと話すところから、かな)

 

 船内での指針を決めなくては動きようがない。地図で見る限り、バハラタからランシールまでの距離はポルトガからロマリア間の四倍以上なのだから、一度か二度は確実に船上で夜を過ごすことになると思う。

 

「さてと、シャルロット。今回は前より長い船旅になるだろう。そこで、色々と決まり事を作っておこうと思うのだが」

 

「えっ」

 

「着替えをする場所と時間、とかな」

 

 考え得る中で明らかにハプニングに繋がる可能性が高そうなものを俺は真っ先に挙げ。

 

「ええと……ボク、お師匠様になら見られても」

 

「待て」

 

 想定外の返答に、ツッコんだ。

 

「何故そうなる?」

 

 一体、何をどう解釈したらそんな答えが飛び出すのだ。

 

(がーたーべるとを付けてる様子はなさそうだし)

 

 一言で言うなら「解せぬ」の一言に尽きる。

 

(まさか、さっきの着替え云々を遠回しに「俺は弟子の着替えが見たいんだぜ、げへげへ」とか脳内変換したとか?)

 

 一瞬、酷い仮説を組み立ててから、ねーよとばかりに放り投げる。

 

「……ボク、思ったんです。魔物が跋扈し、いつ襲いかかってくるかもわからない世界を旅するのに、着替えぐらいで恥ずかしがってるのは問題なんじゃないかって。魔物は着替え中でも待ってくれませんし」

 

「あー、いや、否定はせんが……嫁入り前の娘がそう言う割り切りの仕方は、どうかと思うぞ?」

 

 何やら力説し始めたシャルロットへ、視線を泳がせつつ応じてみるが、わかっていた。

 

「こんな反論じゃ、止められない」

 

 と。

 

「ありがとうございます、お師匠様。けど、大丈夫です。一緒にいるのは、お師匠様だけですし」

 

「いや、大したことはしていないと言うか、別の意味で大変なことをしようとしているというか、な?」

 

 確かに、魔王討伐という過酷な任務を帯びた旅では、色々と諦めなければいけないことも多いとは思う。だが、何故今更なのだ。

 

(ゾーマの事を知ってればバラモス撃破までで半分って思うかも知れないけれど、シャルロットはゾーマの存在知らないよね? もうすぐバラモス倒してめでたしめでたしだと思ってる筈だよね?)

 

 このタイミングで、女の子として大切なモノを投げ捨てちゃうと言うのは、いかがなものなのか。

 

(俺が世界の声だったら「それ を すてるなんて とんでもない!」って言ってるところだよ?)

 

 どうした、どうしたんだ、シャルロット。

 

「っ、そうか! メダパニか!」

 

 何処かの魔物が対象を混乱させる呪文を唱えたに違いない。何せ俺達が立っているのは、甲板だ。魔物と遭遇してもおかしくはない。

 

(って、あれ? 今は聖水の効果で魔物は近寄ってこないんじゃ?)

 

 ただ、俺の閃きを状況は全否定していて。

 

(あるぇ? ってことは、これってごく普通にシャルロットが割り切っただけ?)

 

 立ちつくしつつ、心の中で顔を思い切りひきつらせ。

 

(来てくれ、早く来てくれ、ランシールっ!)

 

 声には出さず、全力で叫んだ。シャルロットの割り切りがやばい、数日間このシャルロットと一緒とか色々な意味でやばい。

 

「お師匠様? え、ええと……それに、お師匠様のだけ見て、ボクのは駄目とか不公平ですから」

 

「は? 不公平だと? まさか、それは……」

 

 あー、そういえば いちど しゃるろっと には きがえ を みられたこと が ありましたね。 

 

(って、良いって言った気がするのに、まだあれ気にしてたの?!)

 

 驚愕の中、俺は助けを求め思わず視線を彷徨わせた。

 

「おうっ!」

 

 親指を立てて、「が・んば・れ・よ」とでも顔で語る船員と目があった。

 

(殴りてぇ……じゃなくて!)

 

 頭を振ることで、暗黒へと向かいかけた思考を引き戻した俺は再び視線を巡らせ。

 

「あ」

 

 樽の中から少しだけ蓋を開けてこちらを見ている、お姉さんと目があったのだった。

 




主人公「ランシール、早く来てくれぇ! 間に合わなくなっても知らんぞーっ!」

出航から一日目、早くも大ピンチの主人公。

あっさりランシールにつけると思ったのになぁ。

次回、第三百九十話「あらぁ?」

「つい、やっちゃうんだ」だと誤解されそうな気がしたので。

 らん・しー・るー☆


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第三百九十話「あらぁ?」

「なぜ かんぱん に?」

 

 口に出してツッコミ出来るとしたら、きっと俺はそう言っていたと思う。

 

(影武者やる為にこっそり乗り込んだってのは、聞いてたし、そう言う意味ではおかしいところはないけどさ)

 

 何故、下にある人目につきにくい船倉の樽じゃなくて、一歩間違えばすぐに船員に見つかってしまうような甲板に置かれた樽に隠れてるんですか。

 

(……船員に見つかったらどうするかとかまで考えておくべきだったのかなぁ)

 

 想定外の事態の連続に航海しながら後悔するという機会を得たが、ダジャレの様な状況に至ったから何だと言うのだろう。

 

(戯ける? 戯ければ良いのかな? 「航海で後悔しちゃったZE」とか)

 

 現実逃避以外の何ものでもないのはわかっている。

 

(と、とにかく樽のお姉さんのことは一旦置いておいて、まず最初にすべきはシャルロットの説得だ)

 

 女の子の着替えを見た何て事になったら、社会的に抹殺されてしまう。

 

「シャルロット、あの一件に関しては出立の準備の手伝いやら何やらをその後で手伝って貰っただろう」

 

 俺は記憶を必死に掘り起こし、思い出した着替えを覗いたお詫びが要らない理由を武器に主張した。

 

「そ、それはそうでつけど」

 

 シャルロットは異論ありげだったが、事実は事実。それなりの効果はあったらしい。

 

(何としてでも納得して貰わないと、俺の社会的地位どころか、有らぬ噂が広がっちゃったら、いろんな方面で詰む)

 

 シャルロットには手を出すなそれくらいならこいつに手を出せとせくしーぎゃるな女戦士を押しつけてきたアリアハンの国王、一度は誤解から俺がシャルロットに手を出したと疑ったシャルロットを除く勇者一行。

 

(ポルトガのお忍び休暇は誤解だったし、その誤解も解けたけど)

 

 ここで流されてしまって、自分の前でシャルロットが着替えをするようになったら、どうなるか。

 

(まず、アリアハンの国王は今度こそ女戦士を押しつけてくるよなぁ)

 

 あれは、こちらを試す為だったと思うが、魔王を倒しても居ないのに勇者が師匠を名乗る男と同じ部屋の中で服を脱いでいたとか悪意のある伝わり方でもした日には、プラスαで勇者一行としての動向資格まで剥奪されてもおかしくないと思う。

 

(しかも、それだけじゃ済まない)

 

 国王に伝わるなら、シャルロットのおふくろさんにも伝わるだろう。

 

(かんぜん に あと には ひけない じゃないですか やだー)

 

 最初から退く気など無かった、無かったが今振り返るといろんな意味で明確なデッドラインが見えそうな気がする。

 

(何かないか、もう一押し出来そうな、何かは)

 

 だから、必死に記憶を引っかき回し、探した。シャルロットの決意を揺らがせることができそうなモノを。

 

(ん? ひょっとしてあれなら――)

 

 そして、引っかかったのは、割と最近の記憶。

 

(大丈夫、これまでのシャルロットの反応を見る限り――)

 

 これならいけると断じた俺は、再び、口を開く。

 

「シャルロット……俺を信用してくれると言うのなら、それはありがたく思う。だが、敢えてやめておいた方が良い」

 

「お師匠様?」

 

「あまり世界のこういう一面を教えたくはないのだがな。世界には人の秘密を曝き、面白おかしくねじ曲げて伝える輩が居るのだ」

 

 こちらの言葉に疑問の眼差しを向けてくるシャルロットへと俺が挙げたのは、現実の方のゴシップ誌とかそう言う類のものであり、ポルトガで呪われたカップルのことを興味本位で探していた男の親戚のようなものだった。

 

「お前がバラモスを倒せば、世界の人々はお前に興味を持つだろう。世界を救った英雄とはどんな人物なのか、とな」

 

 そして、この疑問に応えることはおそらく大きな利益を生む。

 

「この時、真っ当に答える者が全てではない。そもそも、まともに答えれば人に伝わる英雄像とは判で押したように同じモノになってしまい、その他大勢に埋没してしまう」

 

 この時、真っ当な者なら、人目を引くには他の者が持たないシャルロットの情報を持ってくるしかない。

 

「だが、中には嘘をでっち上げて人目を引こうとする者も現れる。そんな輩が嘘のつもりで俺とお前が人に言えないようないかがわしいことをしているなどと吹聴した時、同じ部屋で着替えをするようになっていたら、そうなると思う?」

 

「え? あ」

 

「……わかっただろう? 『同じ部屋で着替えてるだけ』と答えるのも抵抗がある、かと言って言葉に詰まれば、でっち上げの嘘を『本当です』と言ってしまったように、語るに落ちたように外からは見える」

 

 と言うか、馬鹿正直に答えたらそれこそ食いついてくるのではないだろうか。

 

(とりあえず、これでシャルロットの方は何とかなるかな)

 

 この世界にマスコミが存在するかはわからない。だが、様々な事柄を旋律に乗せて歌い上げる詩人は確実に存在している。あと、腐った妄想を物語に書き起こす僧侶も。

 

「魔物に不覚を取らない為と言われれば俺は納得するし、お前を信じる。だが、世の中には自分の信じたい者を信じる者も居るのだ」

 

 だからこそ、迂闊なことはすべきでないと、俺は訴えた。

 

 




何とか窮地は抜けられそうに見える主人公、果たしてこのまま上手く行くのか。

次回、第三百九十一話「逢い引きじゃありませんよ?」


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第三百九十一話「逢い引きじゃありませんよ?」

「俺としても、大願を果たしたお前が民衆に翻弄されるのは本意でない」

 

 口にする言葉に嘘はなく、視線はシャルロットの目に留めたまま。話の流れを風評被害に持っていった時点で説得はなる、とは思っていたが、油断してツメを謝るつもりもない。

 

(何故このタイミングで言い出したのかって点が気になりはするけれど、今最優先すべきは――)

 

 ここで完全に説得して、同じ事を再び言い出さないようにすることだ。

 

「お師匠様……」

 

「シャルロット……」

 

 だから、俺はシャルロットと見つめ合ったまま、徐に片手を横に伸ばし、頭にバンダナを巻いたオッサンの頭を鷲掴みにした。

 

「うぎっ」

 

「言ってる側から、これだ。見せ物でないと言うのにこの始末」

 

 さっき親指を立てていた船員が呼んだのか、いつの間にかポツポツと存在していた見物人にも釘は刺さねばなるまい。

 

「……と、このように野次馬というのは人が一定数以上居る場所なら至る所に現れる。この会話とてどんな脚色をされることやら」

 

 少々わざとらしく言ってから船員の方を向き、頭を掴んでいた手に少しだけ力を入れる。

 

「づ、あだ、あだだだだっ」

 

「先程の俺達の会話は口外無用だ、いいな?」

 

「あ、あ゛あっ」

 

「良し」

 

 顔を歪めるオッサンに忠告し、半分悲鳴の返事を聞いてから俺は手を放し、シャルロットの方へと向き直った。

 

「とりあえず、これで今回はあらぬ噂が流れることはないだろう。勇者の評判はお前を送り出したアリアハンの国王や国の評価にも影響する。窮屈に思うかもしれんが、出来たら心の何処かに留め置いてくれ」

 

「は、はい」

 

 偉そうな物言いであることは百も承知だった。

 

(と言うか、どの面下げて言ってるのやら)

 

 マシュ・ガイアーやスレッジとしてやらかした分を差し引いても、俺は過去に色々とやらかしているのだ。

 

(一応、良いこともしてたはずだけど、あれでチャラに出来るかどうか――)

 

 わからない、が今更ながらに再認識する。シャルロットの師匠として恥ずかしくない振る舞いをしなくてはいけないことを。

 

(……この後影武者役のお姉さんとこっそり会うのって、他人に見られたりでもしようものなら丁度真逆の「後ろ暗いことをしているところ」と認識されそうなものだけれどね、うん)

 

 そこは出来れば目を瞑って貰うしかない。影武者が用意出来なくては、こっそり地球のへそへ挑むシャルロットの後をつけ、万が一の時には助け出すということも出来なくなるのだから。

 

(今すべきは、この場を立ち去ること)

 

 樽に隠れたクシナタ隊のお姉さんがシャルロットに見つかっては、拙い。

 

「さて、俺は念のため船長にも話を付けてくる。シャルロット、お前はどうする?」

 

 故に、話しかけたのは注意を引く為であり、自分の予定を明かして問うたのも何気ない問いを装い、シャルロットの次の行動を知る為だった。

 

「ええと、一緒に行ってもいいですか? 当事者の一人ですし」

 

「むろん、構わん」

 

 構わないというか、まさにシャルロットの申し出は渡りに船。

 

「では、行くか」

 

「はいっ」

 

 俺は、シャルロットへ手を差し出し、シャルロットはその腕を取り。こうして俺達は、甲板を後にした。

 

(あのお姉さん、見つからずに夜まで隠れてくれてると良いけど)

 

 妙なタイミングで発見してしまったものの、悪いことばかりではない。会いに行く時、どこに行けば良いかの目星がついたのだから。

 

(「眠れないから夜風に当たってくる」とでも言って、甲板で落ち合えばいいよね)

 

 シャルロットがついてくると言い出す可能性もあるが、ついてきたとしても途中で帰らせればいい。

 

「聖水の効果が切れて魔物と遭遇した時、どちらも寝ていては拙い。戻って寝ておいてくれ」

 

 とか理由を添えれば、納得させられるだろう。

 

(それに、寝る時間をずらせば、部屋が一つでも一緒に寝ることにはならない。きっちり睡眠もとれるはず)

 

 まさか、部屋が一つであるが故に生じた最大の問題を解決する方法が言い訳を考えていて思いつくとは、想像だにしていなかった。

 

(うーん。ま、ある意味結果オーライ、かなぁ)

 

 胸中で唸りつつ、シャルロットと並び歩く俺はこの後船長と会い、船員達の口止めを依頼することとなる。

 

「想定外の事態はあったが、何とかなったな」

 

「すみません、お師匠様……ボク」

 

「気にするな」

 

 そして、この日の夜。ベッドに腰を下ろし呟いた俺は、後ろから聞こえた謝罪の言葉に振り返ると、毛布から顔を半分だけ出したシャルロットの頭へポンと手を置いた。

 

「失敗なら俺も何度かやらかしたことはある。失敗をすることで人は成長するものとも誰かが言っていたしな」

 

 まなんでいる はず なのに まいかい まいかい やらかしてる のは きっと きのせいだと おもいたい。

 

「お師匠様……ありがとうございます」

 

「ふ、大したことは言っていない。さて、俺は少し夜風に当たってくる。聖水の効果とて永遠ではないからな。ついでに振りまいてこよう。シャルロット、聖水を一瓶貰うぞ?」

 

 抜け出す口実を口にしつつ、ベッドから立ち上がり、向かう先は重量と容量を無視した何でも入る大きな袋。

 

(そう言えば、こいつは殆どゲームそのままだよな)

 

 鎧を九十九着ずつ入れても重みで動けなくなることが無く、袋の外見も人一人で背負える大きさのままというのは、どういう理屈なのやら。

 

(……これについては深く考えた方が負け、か)

 

 袋の使い方に関してはシャルロットに倣ったので、いまさらまごつきはしない。問題なく聖水の瓶を一本、袋から取り出すと部屋のドアへ向かって歩き出した足を途中で止める。

 

「では、行ってくる」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

 振り向き、短くやりとりを交わして、俺は再び歩き出す。

 

(何だか、拍子抜けだなぁ)

 

 もっと食い下がってくるかと思ったのに、そんな事はなく。

 

「さて」

 

 こちらの言い分を信じて見送ったシャルロットへ感じた若干の後ろめたさを誤魔化すように口を開いた俺は、甲板を目指す。樽に隠れたお姉さんと会う為に――。

 

 

 




シリアス回をやろうとして失敗したっぽい?

次回、第三百九十二話「あなたは樽と聞くと何を思い浮かべるかしら?」

某錬金術師のお嬢さん? それとも肩から二匹の竜を生やした双剣士?



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第三百九十二話「あなたは樽と聞くと何を思い浮かべるかしら?」

「確かこの辺りに――」

 

 甲板までやって来ると、シャルロット会話していた辺りで周囲を見回す。

 

(「見つかりそうになってやむを得ず移動した」なんて可能性もあるけれど……)

 

 こちらも向こうの姿をここで確認しているのだ。だからこそ、俺はまずここに来た訳だし、俺があのお姉さんだったら今日、見つかった場所で接触を待つと思う。

 

(いや、船は天候次第で大きく揺れるし、甲板の樽ってそう言う意味じゃ割と危険そうに見えるし、最初に隠れ場所としてこの辺りの樽を選ばなかったかな?)

 

 天候が荒れて樽が転がり、うっかり中から出てきてしまったら目も当てられないし、転がらないよう樽が固定されていたとしても、快適とはほど遠い居心地であることは想像に難くない。

 

「まぁ、その辺は会ってから聞いてみても良いか。……なら」

 

 俺は独り言を漏らしつつ決断すると、視界の端に止まった樽へと歩み寄り。

 

「スー様ぁ」

 

 並んだ樽の中から上がる弱々しい声を聞いた。

 

「ど、どうした?」

 

 居るかも知れないとは思っていたから、声自体に驚きはしない。動揺してしまったのは声があまりにも弱々しかったからだが、俺の問いかけに樽のお姉さんは言う。

 

「助けて下さい、お尻と足がはまっちゃったんです」

 

 と。

 

「……まさかとは思うが」

 

「はい、あの時には既に」

 

 SOSから続いた告白に緊急事態であることを悟った脳裏に生じたい嫌な想像は、最後まで言い終えるより早く当人に肯定された。

 

(じゃあ、ひょっとして甲板の樽の中に居たのは、隠れたら抜け出せなくなったせいだったりするとか?)

 

 これを謎が解けたと言って良いモノやら。

 

「スー様、お願い……しま……お手洗」

 

「っ、わかった」

 

 ただ、自体は俺が想像していたより、せっぱ詰まっていた。声が途切れる程弱っていても、聞き取れた分と状況でどれだけ自体がやばいかはわかる。

 

「やむを得ん」

 

 念のために腰へぶら下げてきていたまじゅうのつめを利き手に填めると、樽の表面を引っ掻くようにしてたがを切断し、指を突っ込んで力任せに樽を向く。

 

「あ、ありがとう……ござ」

 

「礼は後でいい、レムオルッ!」

 

 もう、二度と誰かをエピらせる訳にはいかない。守れずに終わる結末なんて、もう沢山だった。透明化の呪文を唱えた時には強引にお姉さんの手を捕まえ、引き寄せていて、確認も取らず抱き上げる。

 

「すー、さ……ま? あ」

 

「何も言うな。いや、我慢が出来なくなった時だけ言ってくれ。急ぐぞ?」

 

 腕の中のお姉さんに声をかけてからは、全速力だった。二人目のエピちゃんなど出したくもないから。

 

「う、んうぅ、く」

 

 喘ぐお姉さんの声は聞かなかったことにする。走れば揺れる、当然の理に気づくのが遅れた俺の落ち度ではあるが、ゆっくり歩いて間に合うとも思えなかったから。

 

「ふぃぃ、はぁ、飲み過ぎちまっ……おべばっ」

 

 千鳥足でおそらく同じ目的地に向かおうとしていた船員を無言で突き飛ばし、尚も急ぐ。

 

(間に合え、間に合えぇっ!)

 

 エピちゃんの時とは違って、トイレを貸すのを躊躇するケチくさい魔王はいない。俺にボコボコにされマントを盗まれた自称大魔王はいない。だが、あの魔王がこの世界を侵略などしなければお姉さんは命を落とすことだってなく、行きたい時にトイレに行ける生活を送れていたはずなのだ。

 

(くそっ、バラモスめ!)

 

 だから、俺の憤りは正当なモノだった。決して八つ当たりなんかではない。声に出さず呪詛を吐きながら、ただ急ぎ。

 

「……ふぅ、間に合ったか。降ろすぞ?」

 

 トイレの扉を前にして胸をなで下ろすと、すぐさまお姉さんへ問う。一刻を争う自体ではあるが、互いに透明になっている今、下手をすると変なところを触りかねない。

 

(……あるぇ? と言うか、抱き上げた時とかも、条件は同じだったような)

 

 そして、自分が過失でやらかしたかもしれないことに降ろす段階になってからようやく気づく、俺。慌てていたとは言え、これはないだろうと思った時だった。

 

「す、スー様、その」

 

 降ろしたお姉さんが声をかけてきたのは。

 

「しゃ、謝罪なら後でする。今はトイレを」

 

 思わず肩が跳ね、即座に土下座したい衝動に駆られたが、ここで引き留めては急いだ意味が無くなる。

 

「あ、はい」

 

 俺に促されたお姉さんはそれだけ言うと、ぱさっと何かを脱ぎ捨て、トイレへ入っていった。

 

「……え?」

 

 なんだかんだでお姉さんもテンパっていたのだとは思う。ただ、こちらも反応は一瞬遅れ。

 

(えーと)

 

 呪文の効果で透明のままなので脱ぎ捨てられたのが何なのかはわからないが、状況から推測は出来ちゃう訳で、俺は思わず天井を仰いだ。

 

(あはは、このあと やらなきゃ いけないこと が たくさん あるなぁ)

 

 謝罪とか、謝罪とか、壊した樽の証拠隠滅とか、打ち合わせとか。もっとも、いずれも影武者役のお姉さんが出てきてからしか出来ないことばかりで、俺に出来たのは見張りをしつつ待つことのみ。さっき突き飛ばした船員のオッサンがやって来ることは充分考えられたから。

 

(うーん、問題は来た時どうやってお引き取り願うかだけど)

 

 トイレ前で考えてはみるものの、追い返すなり待って貰う理由は思いつかず俺にとって、幸いだったのは、考える時間が別の理由から終わりを向かえたことかもしれない。

 

「お、お待たせしました……スー様、その」

 

「すみませんでしたぁぁぁっ!」

 




しゅじんこう、またやらかす。

次回、第三百九十三話「船で、『はく』って言ったら船酔いでリバースを普通は連想するよね?」


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第三百九十三話「船で、『はく』って言ったら船酔いでリバースを普通は連想するよね?」

「あ、頭を上げて下さい」

 

 そう言われたとしても、素直に頭を上げられるはずがない。やらかしてしまったのだ。

 

「だが、俺はあんなことを」

 

 いくら透明になって何処を触っているか解らなかったとは言え、やったことは、痴漢ですと突き出されていてもおかしくない所業だ。

 

「き、気にしていないと言ったら嘘になりますが、スー様は助けて下さいましたし……ま、間に合ったのもスー様のお陰です。ですから頭を上げて下さい」

 

「し、しかし」

 

 何と寛容なと驚きつつも、従うのを躊躇う俺にお姉さんは言う。

 

「誰か人が来たら大変ですし」

 

「っ」

 

 反論の仕様がなかった。

 

「ここは人が来るかも知れませんし、話は別の場所でしましょう」

 

「あ、あぁ。わかった。では、甲板に戻るとしよう」

 

 あそこには壊したままの樽の残骸が残っている。お姉さんを抱き上げる前に海に捨ててしまえば証拠隠滅も図れたのだが、最悪の事態を回避することで頭がいっぱいで、そんな余裕も無かったのだ。

 

(壊した樽のこともあるけど、何よりなぁ……)

 

 だがお姉さんをエピらせずに済み、俺も些少の余裕が出来てきたらしい。

 

「俺は先にここを出る。誰か近くまで来てるかも知れないからな」

 

 警戒をするなら盗賊の俺の方が適任であり、他にも一つ先に外に出る理由があった。

 

「スー様、ありがとうございます」

 

「……何のことだ?」

 

 一応とぼけてはおいたが、バレバレだったのかも知れない。お姉さんはトイレに入る時、急いでいたからか、何かを脱ぎ捨てていったのだ。

 

(あの時は、透明だったから問題無かったけれど)

 

 脱いだ物は、はかなくてはいけない。

 

(とは言え、透明の状態で「はけ」って言われても出来るかどうか……)

 

 頼りになるのは、触覚のみ。目測が出来ないとなると、足を通すのにも苦戦すると思う。

 

(表裏を反対にはく、とかね)

 

 もっとも、これを防ぐ方法はある。呪文の効果がきれてから「それ」をはけばいいのだ。故に俺は一足先にトイレの前から離脱することを試みたのだ。

 

(とりあえず、気遣いの成功失敗は置いておこう)

 

 俺が真っ先にすべきはこの場を立ち去ることだ。

 

(全ては、お姉さんが脱いだモノをはける為にっ)

 

 胸中で言葉にすると台無しになって気もするが、さすがに台無しにならない動機を模索している余裕はない。

 

「一枚はくだけなら一分もかからないだろう」

 

 と言う勝手な断定の元、先行した俺は周囲を警戒しつつお姉さんを待ち続け。

 

「お、お待たせしました」

 

 断定はそれ程かからぬうちにやって来たお姉さんによって肯定され。

 

「いや、この程度なら待った内には入らん、想定内だ。それとこちらは異常なしだな。では、行くぞ?」

 

「はい」

 

 合流した俺達は甲板へと急いだ。

 

「あの、スー様……さっきの方は……」

 

「居眠りだろう。この時刻なら無理もない」

 

 途中、酔っぱらいの船員が床に転がって寝ていた気もするが、敢えてスルーした。

 

「そんなことより、樽の始末だ。あれを発見されると拙いことになる」

 

 聖水を使っているとは言え、ここは魔物も出没する洋上だ、見張りの船員が巡回していてもおかしくないし、船員が警戒すべきは遭遇する魔物だけではない。

 

「進行方向を確認したり嵐などの天候変化を警戒している船員なら、甲板に目を向けることはあまり無いとは思うがな」

 

 絶対に発見されないという保証は皆無だ。

 

(どうか、間に合いますように)

 

 体格が大きめな割にお姉さんの職業は魔法使いなので、いざとなればルーラで逃亡を図るという裏技が使えはするも、それは影武者役の喪失を意味する。

 

(たしか、ここをこっちで――)

 

 甲板に上がり、記憶を頼りに出会った場所へ。

 

「あ、あれ」

 

「……間に合ったか」

 

 俺の願いが通じたか、お姉さんが指さす先に、残骸は見え、周囲には人影もなかった。

 

「とりあえず、流石にこれはどうにもならん。また、隠れ場所を探して貰わねばならんが……」

 

「それなら、大丈夫です。当初の予定では船倉に運び込まれる樽に身を潜める予定でしたから」

 

 しゃがみ込み、修復不可能な樽の残骸を拾い上げて振り返ると、お姉さんは苦笑する。

 

「予定、と言うと……」

 

「はい、何かの手違いがあったのか、甲板に残されてしまって、あとはスー様もご存じの通りです」

 

「成る程、何故こんな所に居るかと思えば、そう言うことか」

 

 お姉さんがミスをしたと言う訳では無かったのだ。たまたま間違って甲板に残され、船の揺れでバランスでも崩したか、お尻などがはまって抜けなくなる。

 

「どちらかというと不幸な事故の類だな。ただ、それも無事助かったと言うなら……」

 

 若干お姉さんに同情しつつ、樽の残骸を処分し始めた俺は、首を巡らせて周囲を伺い。

 

「とりあえず、移動するぞ?」

 

 残った残骸を纏めて抱えると確認を取った。こちらに歩いてくる人影が見えた気がしたのだ。

 

「続きは船倉でと言ったところか。次の隠れ場所も確保せねばなるまい、レムオルっ」

 

 発動した呪文で再び透明になると、敢えて人影の見えた方へと進む。

 

(よし、透明になりさえすれば相手とすれ違っても……あ)

 

 言ってしまってちょっとしてからお姉さんにかけた言葉が別の意味にもとれそうな事に気づくが時既に遅し。訂正するには人影に近寄りすぎてしまっていたのだから。

 

 




ズボンとかを「はく」の方でした。

次回、第三百九十四話「つづき(いみしん)」


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第三百九十四話「つづき(いみしん)」

「しかし、危ないところだったな」

 

 すれ違った船員がある程度離れるのを確認してから、俺はポツリと呟いた。

 

(壊した樽の片付けがあと少し遅れてたら、あの船員に見つかっていたのは間違いない……ってのもあるけれど)

 

 先程の船員の接近に気づいて呪文を唱えるのが遅れていたら、お姉さんが見つかってしまった可能性もあった。

 

(いや、過去形にするのはまだ早いか)

 

 船員は一人でなく、あの船員だってこちらに戻ってくるかも知れないのだ。

 

「とりあえず、人の居る場所は出来るだけ避け、船倉に向かおう」

 

「はい」

 

 これ以上不測の事態に見舞われるのが真っ平な俺の言葉にお姉さんは頷き、二人で向かう先は、下へ降りる階段。

 

「ふくせんっ、ふくせんっ、ふっくせんちょーっ! 私が、私が、『私が副船長です』イーエイッ!」

 

「……スー様、あれは」

 

「気にするな。俺は気にしないことにする」

 

 舵輪の方から聞こえてくる「ふくせんちょうのうた」にお姉さんが困惑したような声色で説明を求めてきたが、聞かれても困る。

 

(挨拶に行って船乗りの骨の事を話した時はあんなキャラだとは思わなかったんだけどなぁ)

 

 一人で寂しくなると、自分を鼓舞する為に自作の歌を歌い出すと教えてくれたのは、トイレに行く時ぶつかったあの船員だったか。

 

「実は三番まであるなんてどうでもいい話など、俺は知らない」

 

「スー……様?」

 

 さっき聞こえてきたのが二番だったとかわかってしまったら、色々アウトだと思う。

 

「忘れてくれ、戯れ言だ」

 

 副船長の意外な一面を船員が暴露してるところにご本人が登場してフルで歌われたなんて展開、ライトノベルとかだったら省かれて本文にだって残らないに違いないのだ。

 

(と言うか、なんであの時居合わせちゃったんだろう)

 

 シャルロットが側に居なかったことが、唯一の救いか。

 

(シャルロットの感性、時々変わってるもんなぁ)

 

 格好いいとか言い出して、自分の歌を作り始めたら、どう止めれば良いのやら。

 

「……甲板は見張りの必要もあるからだろうが、船内(こっち)は船員もほぼいないな」

 

 頭に過ぎる不吉な仮定を振り払う様に現実に戻ってきた俺は階段を下りきった先で周囲を見回してから、小声でお姉さんに良いぞと呼びかける。

 

「ここまで来れば、後はこの階段を回り込んで、もう一度階段をくぐるだけだ」

 

 短い距離だし、物音に耳を澄ませて周囲の気配を探った限りでは、船倉に誰か居る様子もなく、誰かと遭遇するとも思えない。

 

「ありがとうございました、スー様」

 

「いや、気にすることはない。元々影武者をして欲しいからと隠れてついてくるように頼んだのは俺の方だからな」

 

 少し気の早いお姉さんに、頭を振って見せたが、たぶん見えてはいないだろう。

 

「さて、呪文の効果がきれる前に、降りるぞ」

 

 今度こそ、見つかりそうもないお姉さんの隠れ場所を確保する。

 

(ただ、今度はつっかえない様な場所にしないとなぁ)

 

 俺の影武者という要求を満たすだけあって、同行しているお姉さんは俺と同じぐらいの体格で、女性にしては大柄だった。

 

(現場を見ないとどうしようもないとは思うけど、とりあえず樽だけはNGだとして……うーむ)

 

 反時計回りに階段を回り込み、船倉に至る階段へ向かいつつ、胸中で唸る。

 

(嵐とか来るとこの下船倉もシェイクされるよな。隠蔽性だけじゃなくて安全性もある程度確保出来ないと拙いか)

 

 隠れている必要があるのはランシールに到着するまでだが、嵐と全く遭遇せずに目的地にたどり着ける保証はない。それに嵐に遭遇しなくても海が荒れたり波が高くなることだってあるかも知れないのだから。

 

(下にいると下敷きになる可能性がある……だったら)

 

 考えた末に、俺が思いついた案が一つ。

 

「問題は、やれるかどうかか……ん?」

 

 下り階段を視界に入れつつ視線を下に落とし、自分の鞄を見ようとするも、そこに鞄はなく。

 

「スー様?」

 

「何でもない。呪文の効果が残っているのを失念していただけだ」

 

 鞄も透明の状態で、口を開けて中を漁るのは止めた方が良いだろう。だから、始めるのは、呪文の効果がきれた後だ。

 

(ロープは充分残っていたよな、確か)

 

 ロープワークの方もおそらくは問題ない。

 

(捨て忘れて樽の残骸、いくらか持って来ちゃったのも、まぁ、怪我の功名というか、何と言うか……)

 

 呪文で一緒に透明化したこともあってつい、捨てる事無く持ってきた金属と木片。ロープにくわえてこれだけのモノがあれば、おそらく可能。

 

「ふふふ……」

 

 思わず笑みを漏らしつつ、階段を下り、その先に待つのはお姉さんを隠すべき船倉。

 

「……む、呪文の効果もきれたか」

 

 近くの木箱に置いた自分の手が目に映り、呟いた俺は鞄からロープを取り出すと天井を仰ぐ。

 

「……大丈夫そうだな」

 

 荷物をつり上げる為なのか、そこには良い具合にフックがあり、ロープがかけられるようになっている。まさにお誂え向きだ。

 

「スー様?」

 

 どうしてなのか、ロープを手にワクワクしてしまうのは。声をかけてきたお姉さんに俺はロープを手にしたまま振り返ると、問いかけた。

 

「ところで、ハンモックを知っているか」

 

 と。

 

 




ハンモックって、未経験だと幻想が広がりませんか?

次回、第三百九十五話「スー様がロープであんな事をしてしまう話」


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第三百九十五話「スー様がロープであんな事をしてしまう話」

「ハンモック、ですか?」

 

 首を傾げるお姉さんの態度は、明らかにあのロマン寝具を知らない様子に見えた。

 

(まぁ、ジパング出身なら無理もないか)

 

 と言うか、俺自身、ロマン寝具と呼称しつつもそれが何処で発祥したモノなのか知らない訳なのだけれど、それはそれ。

 

「知らぬなら説明し……いや、見せた方が早いな」

 

 幸い材料になりそうなモノは揃っていたし、長く戻らなければシャルロットが訝しむかも知れない。

 

(夜風に当たって聖水撒いてくるだけにしては、時間かかってるもんなぁ)

 

 説明と作業を同時進行で行えるなら、その方が良い。

 

「……こうしてロープを編むことで網状にし、両側を吊すことで人が寝られる寝具が出来る訳だ」

 

「これは……」

 

「このぶら下げる寝具を船倉の天井近くで使うなら、荷物が崩れてきて下敷きになることもない。天井に叩き付けられる危険性だけは残るが、天井に張り付けるような形で固定してしまえばそれも防げる」

 

 樽に使っていた鋲が再利用出来そうなのが幸いだった。

 

「天井は意外と見ない場所だからな。場合によっては、板を使って天井に偽装することも考えたが、樽に使った木片では量が足りん」

 

 かといって、木箱をばらしたりして材料を集める訳にもいかない。

 

「色々不便な思いをさせてすまんが……」

 

「わかっております。スー様が出来るだけ快適な空間を作ろうとして下さったこともわかっていますから」

 

「……そう言ってくれるか」

 

 クシナタ隊のお姉さんは本当に良い人が多くて、参る。

 

「なら、このハンモックをすぐにでも設置してしまおう」

 

「はい」

 

「あそこの木箱を積めば足場が作れそうだ」

 

 周囲を見回して比較的大きな箱の固まりに目を留めた俺は近寄って最寄りの一個に手をかける。

 

「っ、そこそこ重いか」

 

「だ、大丈夫ですか、スー様?」

 

「ああ。持てない重さでもない」

 

 恐るべきはこの身体のスペックなんだろうけれど。

 

「さて、少し離れて見ていてくれ。俺は持てるが、この重量、魔法使いの手には余る」

 

「え? あ」

 

 手伝うと言われて、無理に持とうとすれば、きっと腰などを痛めるし、最悪下敷きになってしまう可能性だってあった。

 

「ふむ、ここは二段になったままなのを利用して、ここに一箱継ぎ足し、上を半分ずつずらして階段状にして……」

 

 あまり動かすと、ズレで違和感を覚えられるかも知れない。

 

「これぐらいの段差で登れるか?」

 

「はい、それぐらいなら」

 

 俺の言葉に従って少し離れた場所で見ているお姉さんと確認をとりつつ、ハンモックの設置と設置したハンモックへ至る為の足場を作る。ちなみに完成後は木箱を戻し、ロープで上まで上り下りして貰うつもりでいる。

 

(上に登りっぱなしじゃ、トイレとか食事はどうするんだって話になるからなぁ)

 

 実を言うとその問題に気づいたのは、先程お姉さんをトイレまで運んでいったからでもあるのだけれど。

 

「こんな所だろう。強度も申し分ない」

 

 念のため引っ張ってみたが、ハンモックのかかっているフックは元々重い荷物をつり下げたりする時に使うモノだ。

 

(お姉さんの体重だって、直接聞くのはアレだから推測だけど、俺と大して変わらないだろうし)

 

 ハンモックの横にぶら下げた上り下り用のロープは俺がぶら下がっても何ともなく。

 

「念の為、箱の上に柔らかい積み荷を載せておこう」

 

 下から見て死角になるような配置なら、問題も無いと思う。

 

「すみません、お手を煩わせてしまって」

 

「いや、詫びるのは俺の方だからな。気にするな」

 

 頭を振りつつ木箱を直せば、俺のすべき事は、ほぼ終わり。

 

「さて、あとは向こうに着いてからの打ち合わせだな。俺は先程使った透明化の呪文を入れ替わりに使おうと思う。大まかな流れは、こうだ。『まず、地球のへそに挑むシャルロットを、先頭にし並び替える』」

 

 この後、徐々にシャルロットとの間を開けて行き、曲がり角など視界から外れるタイミングで、密かにパーティーを離脱。

 

「レムオルの呪文を併用して透明になり、お前と交代する」

 

 ただし、受け答えだけは透明になったままの俺が行う。

 

「あとは、現地に着いた時、透明になった俺がシャルロットについて行くだけだ」

 

 地球のへその中で何事もなければ、また同じ方法で交代し、何食わぬ顔をしていればいい。

 

「問題は中で何かあった場合だが、その時はおそらく変装してシャルロットの助けに入ることになるだろう」

 

 お師匠様のまま現れては、留守番してたのが誰だと言うことになってしまうから。

 

「変装というと、スレッジ様に?」

 

「いや、おろちの婿の件を鑑みるとスレッジは拙い」

 

 変な方向に話が転がってフォロー出来なくなったら、目も当てられない。

 

「マシュ・ガイアーもサイモンとの口裏合わせナシで使うのは若干の危険が伴う」

 

 となると、新キャラを作るのも一つの手ではあるが、ぶれないキャラ作りというのは意外と大変なのだ。

 

「そこで、俺は考えた。丁度良い人物が目の前に居る、とな」

 

「え?」

 

 そう、このお姉さんだったと言うことにすれば、ランシールの中でばったり出くわしても問題ないだろう。

 

「あ、あの時の人だ」

 

 と、シャルロットは思い、助けてくれたことを感謝してそれでおしまいである。

 

「唯一の問題点は、女装しなきゃいけないというとこだな」

 

 ただ、そう付け加えた時、俺の視線はここではないどこか遠くを見ていた。

 

 




倉庫とかで木箱を移動とか、某パズルを思い出して知恵熱が出ないか?


次回、第三百九十六話「その後何もなく目的地に着きましたって感じにしたいっぽい」


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第三百九十六話「その後何もなく目的地に着きましたって感じにしたいっぽい」

 

「とりあえず方針は定まったし、俺は戻る」

 

 お姉さんと入れ替わる方法は伝え、地球のへそでシャルロットを助ける為割って入った場合どうするかも決めた以上、ここに留まる必要はない。

 

(と言うか、想定外のタイムロスを鑑みるとさっさと戻らないとやばい)

 

 その前にうっかり忘れていた口実の方も果たさないと拙い。

 

(うん、緊急時だったとは言え、戻ってきて樽の残骸を片付けたあと、ここに降りてくるまでに船縁で撒く機会はあったはずなのに)

 

 相変わらず迂闊だなぁと思う。

 

「ではな」

 

「はい、スー様ありがとうございます」

 

 お姉さんに別れを告げ、背中を見送られつつ階段を上り。目指すのは、甲板。

 

(聖水も撒かないといけないけど、船員に目撃されてアリバイ作っておかないとなぁ)

 

 甲板に行くと言ったはずなのに、俺が甲板に居るところを見た船員がゼロと言うのはいささか具合が悪い。

 

(「トイレに行っていた」って理由でずっと甲板に居なかった理由は誤魔化せると思うし。甲板にも居たって証言があれば問題はないよね)

 

 お姉さんが籠もっていた時間は誰も来なかったのだから、あの時間に用を足していたと言うことにすれば辻褄も合う。

 

「ついでに副船長にも話しかけておくか。居る場所がほぼ固定で会うのは楽だし」

 

 まだ歌っていた場合、あの作詞作曲副船長な歌を聴かされるハメになるとしても、証人は多い方がいい。

 

「船の秩序を守りぃーたいっ! 想いが私をふっくせんちょーっ!」

 

「ちょ」

 

 もはや日本語としておかしい、いや日本語ではないか。ともかく、ツッコミどころ満点の歌詞が聞こえた時点で思わず声を上げてしまったのは、まだまだ修行が足りないのかも知れないけれど。

 

「……とりあえず、所定の位置に居るようだな」

 

 居る場所がわかるのは、歓迎すべき事だろう。

 

「が、まずは甲板の船員に見られるのが先だ」

 

 聖水も撒いてしまわないといけない。俺は敢えて歌声に背を向け甲板の縁を進みつつ、聖水の瓶の蓋を開ける。

 

「それっ」

 

 振りまいた聖水の飛沫が海に落ち、あるいは船縁や甲板を濡らすのを見届けて反対側に移動し、残りを撒く。

 

「ふぅ」

 

 しかし、片手で持てる大きさの瓶で大きな船の周囲に効果があるのは微妙に腑に落ちないが、きっと気にしたら負けなのだろう。

 

「さてと、船員は……お誂え向きだな」

 

 首を巡らせると一人の船員が視界に入り、俺は空き瓶を鞄にしまうとその船員に向かって歩き出す。

 

「あ」

 

 そして、近づけば当然相手も気づく。

 

「ひぃぃっ、すみません。何も見てませんんっ」

 

 声を漏らした船員は俺の姿を瞳に映したまま顔を強ばらせると、頭を抱えてしゃがみ込み。

 

「は? ……あ」

 

 一瞬、面を食らってから、記憶を手繰って、気づく。

 

(この船員、シャルロットと会話してる時に頭を掴んだ人だ)

 

 なぜ、何人も居る船員の中でたまたま見かけたのが、この男なのか。

 

「た、助けて、助けて下さい」

 

 ペコペコ頭を下げる姿に、助けて欲しくなったのは、俺の方である。

 

(うわーい、かんぜん に おびえてる じゃない ですか、やだー)

 

 思わず遠い目をしたとしても、誰が俺を責められよう。

 

「落ち着け、何かするつもりはない」

 

 と言うか、するつもりがどうのこうのではなく、こちらとしては会ったことを触れ回って欲しいぐらいだというのに。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ。魔物除けの聖水を撒きに来てばったり出くわしただけで、何故何かせねばならん? もし、仮にお前が今ここで俺と会ったことを誰かに言ったとしても、俺の不利益にはなるまい?」

 

「じゃ、じゃあ、ガシッと顔を掴んでギリギリ握ったりとかは?」

 

「して欲しいのか?」

 

 たぶん、そんな答え方になったのは、船員の怯えっぷりにイラッとしたからだと思う。余計怯えさせるだけだと考えればすぐにわかりそうなものなのに。

 

「ひ、と、とんでもありません。で、では俺はこれで」

 

「あ」

 

 船員は脱兎の如く逃げだし、俺だけが残され。

 

「……と言う訳で、酷く怯えられていてな、あれには参った」

 

 シャルロットの元に戻った俺はさっそくそのことを話題に出した。

 

「そんなことがあったんですか」

 

「ああ。あとは副船長が歌を歌っていた。何でも自分を鼓舞する為にやってることらしいが――」

 

 とりあえず、これでシャルロットには俺が甲板で聖水を撒いてきたと思って貰えると思う。

 

(あとは、お姉さんが到着まで無事に過ごしてくれれば、だいたいの問題はクリアだ)

 

 女装に関しては躊躇う気持ちが残っているものの、それは残しておかなければダメなものだし。

 

「まぁ、何にしてもこれで暫くは聖水が魔物を遠ざけてくれるだろう」

 

 使用した俺のスペックを考えれば、海の魔物が船に寄ってこられるとは思えない。

 

「そうでつね。ええと、どうします? それでも見張りは必要かも知れませんけど」

 

 相づちを打ったシャルロットの問いに俺は予定通り交代で寝ようと答え。

 

「俺ならまだ大丈夫だ。もう少し寝ておけ」

 

 別にシャルロットの寝顔が見たかったとか、そんなつもりはない。ただ、もう一回りしてくると告げて、部屋をあとにしたのだった。

 




無地アリバイ工作を終え、主人公はシャルロットの元へと一度戻り、再び甲板へ?

次回、第三百九十七話「今度こそ到着デース」


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第三百九十七話「今度こそ到着デース」

「しかしな……いや、何も無いに越した事はないのだが」

 

 何処かの戦国武将よろしく「万難辛苦ばっちこーい」とか主張するようなつもりは毛頭無いし、むしろ何かあることの方が異常だと言うことだって理解していたと思う。

 

(けどさ、あれだけ色々あればまた何かあるんじゃないかって身構えるのは普通だよね?)

 

 だいたい、この船の船員だってまともな人もいるが、幽霊船に乗り込んで骨を拾ってくる人とか一人になると歌い出しちゃう副船長とか変な人も居るのだ、思わずツッコミ入れてしまいそうな人が。

 

「……ここまで静かで何もないと眠くなってくるな」

 

 甲板に出て暫く歩いた俺はいかんいかんと頭を振ると、時間を潰せるモノはないかと周囲を見回し。

 

「あ」

 

 たまたま目に留まったのは、元の世界の都市部ではまずお目にかかれない、満天の星空。

 

(うわぁ)

 

 こちらに来てからは珍しいモノではない、だが何故か目を奪われた。

 

(のんびり星を眺める機会だって作ろうと思えばあったはずなのになぁ)

 

 早くオーブを集めなければ、バラモスを倒さなければと言う焦りに、いつしか心のゆとりを失っていたんだろうか。

 

(にしても綺麗だ。一人でぼーっと見てるのが勿体ないぐらい)

 

「誰かと一緒にこの星空を見られたなら、きっと――」

 

 一人で見るより良い思い出になると思う、ただ。

 

(目を閉じて、シャルロットと一緒に星を眺めてる所とか想像するのは、こう、キモいよな?)

 

 そもそも、交代に見張りをする為、睡眠を取っているシャルロットをこっちのエゴで起こすと言うところからしてどうかしている。

 

(一緒に星空を見てくれる候補なら、船倉に隠れているクシナタ隊のお姉さんだっているのに)

 

 副船長とか船員は流石にNOサンキューだが。

 

(と言うか、船員のオッサンと、とか。ギャグにしかならないよね? あの腐った僧侶少女辺りなら歓喜しそうだけど)

 

 歓喜で終わらず、話を書き始めるかも知れない。

 

(副船長の場合なら、横で俺へのラヴソングを歌い出すとか。……うっ、何だか気持ち悪くなってきた)

 

 勿論、勝手に想像内で愛の歌を歌わされた副船長も俺の想像の被害者だけれど。

 

(どうして、こんな ろくでもない はっそう に いたった)

 

 心の中で棒読みの声を発してみるが解っていた、シャルロットと夜空を見上げる想像から出来る限り離れようとした結果が、アレだったことは。

 

「物事に動じるようなことはあまりなくなった、と思っていたが……気のせいか」

 

 思い起こすと、最近も振り回されっぱなしの気がする。シャルロットの行動にしても、影武者を務めてくれるお姉さんが樽に填った一件にしても。

 

「……船縁を一周してから、戻ろう」

 

 頭を冷やす必要を感じて、俺は再び歩き出し。結局、この日は何もなく終わった。

 

「……で、アニメとかなら『次の日の朝の事であった』とかナレーションが入ったりして事件が起こるんだろうけれど」

 

 ポツリと呟いたのは、三日目の夕方。

 

(肩すかしにも程があると言うか、いや、平和は良いことなんだけどさ)

 

 交代に寝ていたからこそ、以前宿屋であったような生殺しも発生せず、睡眠時間は充分とれた。食事だけは海の上と言うこともあり、陸で食べていたときほどの贅沢は見込めないものの、旅に持って行く携帯食料よりは遙かに豪華なメニューに恵まれ。

 

「お師匠様、何か仰いました?」

 

「いや、何でもない」

 

 地図によればそろそろ陸地が見えてきても良いはずだという船員の話を聞いた俺は、シャルロットを起こし、甲板上の人となっていた。

 

「ん……あ、あれじゃないですか、お師匠様。何か見えましたよ?」

 

「ほう、確かに何か見えるな」

 

 まだ寝たりないのか、目を擦りつつも、一点に目を留めたシャルロットがこちらを向き、寸前までシャルロットが見ていた方を見れば、陸地らしきモノが見え。

 

「シャルロット、少し身体を支えていて貰って良いか? タカのめを使ってみる」

 

「あ、はい」

 

「では、頼むな」

 

 シャルロットが承諾する所まで見届けてから、心の目を大空へ解き放つ。

 

「どう、ですか……」

 

「船員の言ったとおりだ。陸地と、それに陸地に何か見える」

 

 ゲームの知識としては知っていたが、ゲーム通りでないことはこれまでいくつもの町や国で目にしてきた。だからこそ、これが初めて見るこの世界のランシールと言うことになると思う。

 

「じゃ、じゃあ」

 

「ああ。もうすぐ上陸と言うことになるだろうな」

 

 俺の背中にはシャルロットの柔らかい何かが既に上陸しているのだが、元バニーさんといい、シャルロットといい。

 

(この世界の女の子 は ちょっと むぼうび すぎるんじゃないか と しんぱい に なりました、まる)

 

 おもわず とちゅうから ぼうよみ に なったって しかたない と おもう。

 

(こっちから言うのも恥ずかしいというか、かえって恥をかかせそうだしなぁ)

 

 心の目がさっさと帰ってくれば、もう良いとシャルロットに言えるのに、もう少しかかるのが憎々しかった。

 




(副船長の場合なら、横で俺へのラヴソングを歌い出すとか。……うっ、何だか気持ち悪くなってきた)
 勿論、勝手に想像内で愛の歌を歌わされた副船長も俺の想像の被害者だけれど。
(どうして、こんな ろくでもない はっそう に いたった)
 心の中で棒読みの声を発してみるが解っていた。
(俺は副船長のことがす――)


 ええと、ごめんなさい。あの僧侶少女なら、どう続けるかなぁ、とちょっとだけ魔が差して……。

次回、第三百九十八話「上陸とランシールなのです」

尚、最近のタイトルは闇谷が提督業を始めたこととは関係ないと思いたいです。




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第三百九十八話「上陸とランシールなのです」

「すまんな、手間をかけさせた。やはり、あれが目的地のようだ」

 

 じりじりと心の目の帰還を待たされた代わりに得た情報は、そこが間違いなくランシールだと教えてくれていた。

 

「そうですか」

 

「ああ、見覚えのない大きな神殿が見えた。方角を間違えてアリアハンに行ってしまったなら、あんなモノは見えなかっただろう」

 

 地理と規模で考えて、見間違うならレーベの村だが、あの村には遠方の上空から見えるような神殿などない。

 

(更に奥に見えた砂漠も高山に囲まれてたようだったし……)

 

 原作では最寄りの町や洞窟を探すものであったからか、距離の関係か、奥にあるはずの洞窟までは確認出来なかったが、現地に着けば嫌でも解る事でもある。

 

(だから、とりあえずの問題は、これ、かな?)

 

 そろそろ離れてくれるかなと待ってみたが、相変わらず背中はシャルロットの凶器が占拠したまま、身体もがっちりホールドされていて、動くに動けない現状ぐらいだった。

 

「……ところでシャルロット、もう良いぞ?」

 

「あ、はい」

 

「すまんな。ふむ……」

 

 胸のことは触れず、遠回しに離れるよう言った俺は、返事と共に解放され、身体の感覚を確かめるように軽く肩を回し。

 

「ところで、シャルロット、もう少しここに居るか?」

 

 振り返り、問う。

 

(船倉のお姉さんにも到着伝えてこないと拙いし)

 

 このままここでのんびり目的地への到着を待つ訳にもいかなかったのだ。

 

「えっと、陸が見えるってお話しだけでしたから荷物を取りに部屋には戻りますけど」

 

「そうか。なら丁度良い。俺の荷物も持ってきておいてくれ。少々気が早い気もするが、俺は船長達に挨拶してくる」

 

 返ってきた答えはどうも俺にとって都合が良すぎたが、シャルロットと別れて単独行動出来るチャンスを捨てられるはずもない。

 

「ついでだ、この航海最後の聖水も撒いてくるとしよう」

 

 シャルロットに荷物を取りに行かせておいて、自分だけ楽をするなど言語道断だ。

 

(そもそも、荷物取ってきて貰うのも一人で船倉のお姉さんの所へ行くための口実な訳だし)

 

 船長達への挨拶だってちゃんとしてくるつもりだが、挨拶回りだけでは楽をしすぎだろう、こちらが。

 

「ではな、挨拶を終えたらここに戻る」

 

「あ、行ってらっしゃいお師匠様」

 

「ああ」

 

 若干強引だった気もする行動宣言を受け入れ、送り出してくれるシャルロットへ密かに感謝しつつ、俺は指の力で片手に持っていた瓶の蓋を開ける。

 

「さてと」

 

 聖水を撒く準備は出来た。

 

(あとは挨拶しつつ、さりげなく船倉に向かうだけだな)

 

 船内の船員へ先に挨拶するためだと言えば、見られても説明はつく。

 

(船倉の一つ上の階まではだけどね)

 

 ただし、俺が全力で隠密行動を取れば透明になった上、足音と気配がほぼ消失する。

 

(とりあえず、効果時間を考えるともう呪文を唱えても問題はなさそうかな)

 

 忍び歩きと透明化呪文を併用と言う全力で当たるのは良いのだが、いかんせんレムオルの呪文の効果を途中で消す方法を俺は知らない。知っているのは、効果時間だけという都合上、効果の切れるタイミングから逆算して使わざるを得ず。

 

(あ、ここにも居るのか。こりゃ、挨拶は帰りだなぁ)

 

 船倉へ降りるまでの過程で船員に出会うたび、胸中で嘆息する。透明のまま挨拶する訳にもいかなかったから。

 

(ただ、ちょっとうっかりしてたかもな)

 

 お姉さんに到着が近いことを告げ、船倉を出て階段を上りきるところまでを効果時間に入れると、お姉さんと接触する時は、当然透明のままと言うことになる。

 

(声をかけて、悲鳴をあげられないといいけど……そうだ、物陰から声をかけてる態を装えば問題ないか。念には念を入れてると言うことで)

 

 階段を下りつつ考えていた俺が閃いたのは、幸いだった。

 

(お姉さんが大声を上げて、密航が完全成功直前で失敗するとか笑えないし)

 

 接触は慎重にする必要がある。そして、出来れば簡潔に。

 

「起きているか? 船員が先程もうすぐ大陸が見えると呼びに来た。実際、大陸の影も甲板で確認している。上陸の準備をしておいてくれ」

 

 階段を下りきり、箱の影から天井を仰いで呼びかけるなり、用件を伝えきる。

 

「あ、もうついたんですか。解りました」

 

「では、よろしく頼むな」

 

 天井から降ってきた声に少しだけ安堵しつつ、俺はお姉さんの声に応じると、透明化呪文の効果が切れないうちに引き返し、階段を登り。

 

「ここに居たか、上の船員にもうすぐ着くと聞いてな」

 

「へ、わざわざ挨拶に? そいつは恐縮でさぁ」

 

 先程見かけた船員に挨拶しつつ、来た道を戻る。

 

(さてと、この調子で最後に船長か)

 

 おそらく船長は舵輪の前、いつもの定位置だろう。

 

(行くぞ、船長! うおおおおおっ! ……って、何しに行く気だ、俺?)

 

 歩いている内に何だかよくわからないテンションになってしまって自己ツッコミを入れたけど、その後船長と挨拶を交わすことも出来て。

 

「すまん、待たせたか?」

 

「あ、お師匠様」

 

 俺がシャルロットと別れた場所に行くと、丁度上陸用の小舟が降ろされているのをシャルロットが見つめているところだった。

 

「旦那、もうちょっと待って下せぇ。船が降ろせたら、ロープ下げますんで」

 

「ああ」

 

 船員に答えつつ眺めるボートはやがて海面に触れ。やがてロープを伝った俺達はその小舟で辿り着くこととなる、初めて訪れるランシールの地へ。

 

 




主人公「ドーモ。センイン=サン。乗客です」

船 員「ドーモ。乗客=サン。センインです」

船 長「私が船長です」

 きっと、こんなアイサツでなかったのは、確か。


次回、第三百九十九話「神殿へ行こう」


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第三百九十九話「神殿へ行こう」

「何だか、凄く久しぶりの陸地って気がしちゃいますね、お師匠様?」

 

「あぁ」

 

 タンッと軽い足取りでボートから地面へ着地し、くるっとこちらを振り返るシャルロットへ短く応じ、後に続いた。

 

(ま、盗賊の身の軽さからすれば流石にここで失敗はないよね)

 

 世界の悪意が俺を転ばせてシャルロットを押し倒させるんじゃないかという警戒は頭の隅にあったけれど、杞憂で終わったらしい。

 

「お見事でさぁ。じゃ、あっしも……よっと」

 

 そして、続く形で跳躍による上陸を果たしたのは、小舟に乗っていた船員の一人。

 

「村があるとなりゃ、物資の補給が出来やす。補給できるときに補給しとかねぇと、海は何があるかわかりやせんから」

 

 と言う主張も間違ってはいない。

 

「けど、おじさんも初めてなんですよね、この土地は?」

 

「へい。ですが、そこに人が住んで居るとなりゃ、食い物と水はあるって事でさぁ。飢饉とかでこっちに売る物が無いってんなら諦めるしかありやせんが」

 

 主張に疑問を覚えたらしいシャルロットが小舟に揺られつつ問えば、船員はそう答え、ランシールの村まで同行すると言い出したのだ。

 

(一応、物資を補給して積み込むと言うところまでは予想してたからなぁ)

 

 この大陸に着くまでは良い、そこから影武者役のお姉さんをどうやって上陸させるか。俺は幾つか方法を考えていたが、一番無難なのが、この積み込みを利用する方法だった。

 

「確か、一度村まで着いてきて、あちらで必要な人足の数を計算してから戻るんだったな?」

 

「へい、旦那方はこの地の洞窟を探索なさるんでしょう? それなら、二往復するぐらいの時間は優にありやすし」

 

「空振りになる可能性があるのに大人数で押しかけるのは良くない、と言うことか?」

 

 俺もゲームの時の知識はあるが、実際には見知らぬ土地だ。

 

「まぁ、知らない人間が大勢でやって来れば、村人も警戒する、か」

 

 先触れのみを同行させるのもそこまで考えれば理にかなっている、と思う。

 

(あの小舟の定員って問題もあるかも知れないけれど、小舟でピストン輸送すれば人数揃える事は可能な訳だし)

 

 やろうと思えば人数は揃えられるはずなのだ。

 

(シャルロットだって、ランシールに着くなりそのまま地球のへそに挑むことはないだろうし)

 

 焦ることはない。

 

(ダンジョンに挑むなら、準備は万全に。俺がシャルロットだったら、宿に泊まってコンディションを整えてから挑戦する)

 

 バラモスに出来るだけ時間を与えないようにと直接地球のへそに向かう可能性もゼロではないものの、その場合は俺が諫めれば済む話だ。

 

「俺に反対する理由はない。それに、こんな場所で立ち話をしていても時間を浪費するだけで何の易もなかろう」

 

 さっさと出発しようと言外にのべ、歩き出そうとした時だった、「それ」が視界に入ったのは。

 

「な」

 

「お師匠様?」

 

 訝しげにこちらを見るシャルロットは、まだ気づいていない。

 

(迂闊だった、ここもあいつらの――)

 

 蝙蝠のような翼を持つシルエットは、以前人攫いのアジトで遭遇したのと同じ、ゲームではこちらの実力に見合う正体の魔物が化けている可能性があると言う俺にとって一番遭いたくない魔物だった。

 

「シャルロット、先に行け。魔物だ」

 

「えっ」

 

「この距離ならと聖水を撒かなかった俺のミスだ。魔物は俺が片付ける」

 

 距離が遠いせいで正体を推測することも能わない以上、俺に出来るのは、囮になることと、脅威の排除ぐらい。

 

「それ すべて ひとり で やってるんじゃね?」

 

 とはツッコまないで欲しい。影の正体が、アレフガルドとかゾーマの城を闊歩してるモンスターだったら、シャルロットが不覚を取ってもおかしくない。

 

「見つけた魔物は、あやしいかげ。その魔物は、こちら実力に合わせた魔物が化けていることもあると聞く」

 

「っ」

 

 知らぬが仏とばかりに敢えて教えないで行かせる事も考えたのだが他のあやしいかげにばったり出くわすことを考えると、伏せるのは危険すぎた。

 

「俺の実力に合わせて居る可能性もあるという訳だ。シャルロット、お前は俺に勝てるか?」

 

 残酷なことを言っているとは思う。だが、時間が無かった。

 

「先に行け、シャルロット。何、こちらの実力に合わせているとしてもそれ即ち互角と言うことだ。そう簡単に負けはせん」

 

「で、ですけど……」

 

 むしろ、シャルロットが側にいては攻撃呪文も回復呪文も補助呪文さえ使用不可能という縛りプレイを要求させることになる。

 

「神殿の前で会おう、シャルロット。ただ、俺の強さに見合った魔物が他に居ないとも限らない。ランシールの村に着くまでは油断するなよ?」

 

 正直に言うならそっちも心配なのだが、何らかの方法で強さを感知して見合った敵がやって来るというなら、俺が同行する方がシャルロットは遙かに危険な方へ身を置くことになる。

 

「お前は船に戻って触れ回れ。このことを知らぬままだと大変なことになるやもしれん」

 

「っ、へい」

 

「頼むぞ」

 

 同行するつもりだった船員にはそう指示をして、返事を確認するなりまじゅうのつめを利き腕に装着し、足音を殺し、歩き出す。

 

「行け、二人とも」

 

 声には出せない。ただ、俺は顎をしゃくることで意思を伝えると、二人のことは意識から外し、標的までの距離を詰め始めた。

 




想定外の事態から、フラグを全力で立てた主人公。

このまま、どこかの勇者の家庭教師みたいになってしまうのか?

次回、第四百話「師、勇者のために」

果たして、遭遇したあやしいかげの正体とは?!


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第四百話「師、勇者のために」

「先手は貰った」

 

 そう、声は出さない。ただ、荷物から取り出した物体を左手に持ち、大きく振りかぶって投げただけ。

 

「うげっ」

 

「ばっ」

 

「びゃっ」

 

 短い悲鳴を残して、両断されたシルエットが周囲に何かをばら撒く。

 

「……おどる宝石、か」

 

 糸を切られてバラバラになった真珠か何か、石を下にして草の上に落ちた指輪、そして斬り裂かれた袋は俺の投げたオレンジ色のブーメランが帯びた炎が移ったのか、切断面から燃え始めている。

 

「臨時収入、と喜びたいところだが……かき集めている暇はないな」

 

 先手を打って一掃できたが、倒した魔物は、状態異常呪文など厄介な呪文をかけてくる厄介な魔物だったとも記憶している。

 

「とりあえず、目につくものを幾つか拾っていこう」

 

 指輪などの装飾品なら、影武者役になってくれるお姉さんへのお礼になるかも知れないし。

 

(ジパングに結婚指輪の報酬があるかは怪しいけど、マリクがおろちと良い感じになったりした時、手元に指輪があればくっつくのを後押し出来るかも知れないしな)

 

 それもすべてがうまくいっての話だけれど。

 

「しかし、ここからどうするか、も微妙だな」

 

 船に戻ってお姉さんと合流してからランシールに向かえば、当初の予定通りの行動が出来るが先行したシャルロットを一人でランシールに向かわせることになるし。

 

(逆にシャルロットを追いかけた場合、俺の実力に見合った魔物が潜んでいるかも知れない場所をあのお姉さん一人で突破する必要が出てくる訳で……)

 

 どちらを選んでも、問題がある。

 

(うーん、となると方法は一つしかないか。……両方採るって方法しか)

 

 シャルロットを追いかけ、追いつき、ランシールに到着するのを見届けてから船まで引き返しお姉さんと合流後、二人でランシールへ向かう。手間も時間もかかる方法ではあるが、二つの案のメリットを両方得ることが出来るというのは大きいし、他に方法も思いつかない。

 

(原作通りなら、俺が聖水を撒けば大抵の魔物は追い払える)

 

 このまま遭う魔物遭う魔物全てを殲滅することだって、出来はすると思うけれど、相手の正体がわからないというのは厄介だった。

 

(あのおばちゃんの子供が左遷されてこんな所に配属とかされてて、うっかり殺っちゃった日にはおばちゃんがこっちに付いた理由がなぁ)

 

 足下に転がってる宝石達については、そんなことを考える暇もなく、つい殲滅してしまったが、このおどる宝石達だったあやしいかげの正体がアークマージだったら、割と酷いことになっていただろう。

 

(俺はおばちゃんの子供の顔とかを知らないし、倒しちゃってからの首改めとか)

 

 どんな顔で頼めば良いのやら。そもそも、おばちゃんの子供か解らないとなれば、確認して貰うため死体を保存しておく必要もある。

 

(かと言って、倒さず様子を見るとか自殺行為だもんな)

 

 即死呪文など俺でも身に曝されると危険な呪文を使う魔物は存在する。それだけならマホカンタの呪文で防げるけど、問題は呪文以外の特殊な攻撃だ。

 

(やはり、あやしいかげとの戦闘は極力避けて行くしかないか)

 

 忍び歩きが出来る俺からすれば、不可能ではない。

 

(けど、その前に敵をこの辺りへ誘引しないとな)

 

 周囲を見回し、シャルロットが視界内に居ないことを確認してから、呪文を唱え始める。

 

「イオナズンっ!」

 

 一度シャルロットを送って行ってから引き返し、もう一度ランシールまで行くとなると、時間は相当かかる。

 

(強敵相手に苦戦してたって事にすれば、時間がかかったのも納得して貰えるよね)

 

 呪文で地面にクレーターが出来ていれば尚のこと。

 

「さて、魔物が爆発音に気づいて集まってくる前に、離脱せねばな」

 

 呟きつつ、歩き出した俺は鞄を漁り、フード付きのローブを取り出す。

 

(シャルロットがあの音に引き返してくる可能性も僅かながらにあるからなぁ)

 

 シャルロットは真面目で優しく、師匠思いでもある。自分の役目は重々承知してると思うが、割り切れるかどうかはまた別の話だ。

 

(それに、急いで追いかけすぎた俺がばったり出会っちゃう可能性だってある)

 

 一目で俺と解らなくするには、最悪でも顔を隠さなくてはならない。

 

「そして、正体を隠せば、呪文の行使についても何の問題もない」

 

 まだ一往復残っているのだ、時間短縮には魔物を間引いておくべきだろう。

 

「だいたい、いくら苦戦したとしても戦闘の跡が一箇所じゃ不自然すぎる。ここらの魔物には悪いが、俺と出会ったことを不運と思って貰おう、マヒャドっ!」

 

 ヒラヒラとこちらに向かって飛んでくる巨大な顔を持つ不気味な蝶群れは、一つの呪文で全てが骸と化し。

 

「っと、いかん。俺が倒した相手は物理攻撃で屠られた死体にせねばなっ」

 

 足を速めつつブーメランを投げる。

 

「オ゛ァ」

 

「ガ」

 

「ギャアアアッ」

 

 草むらから身を起こした人影の間を駆け抜けたオレンジの風は、動く腐乱死体を幾つも両断し、俺の手元に戻った。

 

「……臭いが仇になったな」

 

 目に付く魔物の数が多いのは、先程の呪文が効いているのだろう。

 

「待っていろ、シャルロット」

 

 魔物を倒しつつ、俺は走り始めた。

 

 




おばちゃんの子供とバッタリという展開も可能性0じゃありませんでしたからね。

おどる宝石で良かったと言うべきか。

次回、番外編23「こうかい(シャルロット視点)」

 ぎゃぁぁぁ、夏が終わるぅぅぅぅっ!


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番外編23「こうかい(シャルロット視点)」

 

「え?」

 

 走っている最中だった、後ろの方から、何か聞こえたのは。

 

「今の……」

 

 音の聞こえたのは、お師匠様と別れた辺り、気になるのは当然で、同時にもの凄く嫌な予感もした。だから、振り返るのにはかなりの勇気を要した。

 

「なに……あれ?」

 

 振り返ったボクは愕然とする。たなびき登る煙は、たぶん先程の爆発の起こった場所。

 

(ボクのイオラでもあんな風には……あ)

 

 無意識に自分が使える爆発を起こす呪文と比べてしまって、思い至った。更に上位の呪文が使われたのではないかと。

 

「お師匠……さま」

 

 そんな呪文に巻き込まれたらどうなるか。即死はしないまでも、大怪我をするかもしれない。しかも、呪文を放ってくる敵が単体でなかったら。

 

「……お師匠様」

 

 お師匠様は、その危険性まで見越して、ボクを先に行かせたのだろうか。

 

(確かに、ボクはお師匠様程早くは動けない、魔物に先手を取られたら……けど)

 

 ボクには傷を癒す呪文がある。畳みかけられる前に回復呪文で立て直せば、戦況だって覆せるかも知れないのに。

 

(それに、お師匠様は回復呪文が使え……ない?)

 

 何故共に戦わせてくれなかったのか、と言う不満が一瞬で吹き飛んだ。そんなことはどうでも良い。

 

「お師匠様……傷を癒す手段もないのに、どうして一人で残って――」

 

 思わず口から呟きが漏れたが、理由は解る。ボクの為だ。

 

「っ」

 

 産まれたのは、後悔と迷い。お師匠様の言葉に逆らってでも今すぐにでも引き返すべきか、言いつけ通りランシールの村へ向かうか。

 

(お師匠様なら、大丈夫。勝算も無いのに一人残ったりはしないはず。ボクのお師匠様なんだ。けど……)

 

 足は、縫いつけられたように止まってしまった。

 

「駄目だ、こんな所で立ち止まってちゃ」

 

 進でも戻るでもない、時間の浪費。一番してはいけないことだというのに、ボクはなかなかその場所を動けず。

 

「しまった!」

 

 足を止めたこと、後ろに気をとられすぎたこと、どちらも失敗だったのだろう。急にガチャガチャと音がしたかと思えば、草の中からいくつもの鎧が立ち上がりボクの行く手を遮る。

 

「さまようよろい……ううん」

 

 不意をつかれたとは言ってもこの魔物だけならそう慌てることもない。問題は、微かに匂いが変わった風の方。

 

「他にも魔物が……居る、それにこの匂い」

 

 ほのかに甘いそれは、こんな時だというのに眠気を誘う。

 

(違う、眠らせるための息だ!)

 

 もう一人のお師匠様、魔物使いとしてのお師匠様から魔物のみが使う特殊な攻撃については色々教わっていたから解る。

 

(いくら格下だからって、魔物に囲まれた状況で眠ったら……)

 

 弱い魔物だからと慢心するつもりはない。だいたい、小船を着けた辺りには高等な呪文を使う魔物が居るのだ。寝ている内にそんな魔物がこちらにまでやって来たら、どうなるか。

 

「駄目だ、寝られな」

 

 奥歯を噛み締め、口元を押さえて風上を探そうとした時だった。

 

「「ギャアア」」

 

 生じた爆発が、鎧達と、他にも側に居たらしい魔物の断末魔を飲み込んだ。

 

「い、今のは……イオラの呪文?」

 

 僕も使える呪文だから、間違いはない。

 

(この状況……あの匂いに耐えてなければ、ボクも同じ呪文を使ったと思うけど)

 

 一体誰が、と首を巡らせると少し離れた場所に有ったのは、人影が一つ。

 

「お師匠様……じゃ、ないですよね」

 

 思わず口に出してしまった言葉を自分ですぐに否定する。

 

(お師匠様が攻撃呪文を使う筈なんて無いのに)

 

 少し考えれば解ることだった、ただ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。ありがとうございます……ええと、その」

 

 ただ、おそらくボクを助けてくれた人の事はよくわからなかった。

 

(たる? たるだよね、あれ?)

 

 お師匠様に似たフード付きのマントを羽織ったその女の人は、たぶん魔法使いなんだと思うけれど、下半身が樽だった。比喩表現じゃなくて、船に積んであったものにそっくりな、本物の樽だ。

 

「それは何よりです。では、私はこれで」

 

「えっ、あ」

 

 ただ、その人はボクの返事を聞くと、用は済んだとばかりにくるりと背を向け、ピョコピョコ跳ね始めた。

 

(あぁ、ああやって移動するんだ……じゃなくて!)

 

 進む先はお師匠様と別れた方角。先程大きな爆発を起こした魔物が居る方角だ。距離のせいか、顔もはっきりと確認は出来なかったものの、周辺の魔物全てを巻き込んださっきのイオラと言い、かなり腕の立つ魔法使いであることは解る。

 

(けど、助けてくれたのに忠告も何もしないなんて――)

 

 最悪、お師匠様と魔物の戦いへいきなり巻き込まれることだって考えられる。

 

「あ、あの待って下さい! そっちには」

 

「強い魔物が出る、ですか?」

 

 呼び止めようとしたボクの声に跳ねるのを止めたその人は、振り返らずに言った。

 

「それなら大丈夫、知っていますから」

 

「えっ」

 

「先程の爆発は、おそらくイオナズンの呪文。私も魔法使いですから危険であることぐらいは理解しています」

 

「だったら、何故?」

 

 ボクが投げたその質問に樽の女の人は答えなかった。

 

「あなたはそのままランシールの村に向かって下さい、シャルロットさん」

 

 何故か明かしてもいないボクの名前を口にした上で、続けて言う。

 

「私は、スレッジの弟子。あなたのお師匠様への伝言を届けに来たのです。危なくなったら伝言は断念してルーラで離脱する許可も得ていますので、安心して下さい」

 

「す、スレッジさんのお弟子さん?」

 

 驚きはした、声もあげてしまったが、納得も出来た。サラ達もスレッジさんのお陰で強くなったと聞いてるし、スレッジさんにお弟子さんが居て、しかもその人がかなりの腕の魔法使いだったとしても不思議はない。

 

(自信有りそうだし、ひょっとしてボクより強いのかも)

 

 下半身が樽なのはよくわからないけれど。

 

「あ、ええと……」

 

「大丈夫、あなたのお師匠様がこんな所で倒れるはずはありません。お会いすることが有れば、あなたが心配していたことも伝えておきますから」

 

 そう言われてしまっては、ボクはもう頭を下げ、お願いしますと言うしかなかった。

 

 

 




「誰だ、あの樽娘は?」

「ご存じないのですか? あの娘こそお尻が樽にはまったことで、クシナタ隊のその他大勢という没個性的な立ち位置から、一躍ネタキャラに躍り出た影武者やくのお姉さんです!」

「いや、名前で言えよ?!」

 では、榛名もといタルナとかそんな名前で……というのは冗談ですが、いやー爆殺されちゃいましたね「この先生きのこれない」じゃなかったマタンゴだったんですが、姿も描写の出ないままにというのは酷かったかなぁ?

次回、第四百一話「下半身樽ってどう見てもモンスターだよね?」


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第四百一話「下半身樽ってどう見てもモンスターだよね?」

「……ふぅ」

 

 ちらっと後方を盗み見た俺は、こちらに背を向け歩き出したシャルロットを確認すると、ピョコピョコ跳ねるのを止めて、嘆息した。

 

(しかし、まさかもう一度この禁術を使う事になるなんてなぁ)

 

 元バニーさんの一件があって二度と使うまいと決めた、対象を見ずイメージのみで行う変身呪文(モシャス)は、案の定、失敗した。

 

(かはんしん が たる って、どこ の モンスター ですか?)

 

 船に戻ってからお姉さんと一緒にランシールへ戻ってきても、スレッジの弟子で伝言を頼まれていたと言うことにすれば問題ないと思いついたのは、失敗変身呪文をかけてから、フード付きマントを羽織直し、シャルロットの前に姿を見せたあとのこと。

 

(あのアドリブ自体は、自分でも良くやったと思うんだけどさ)

 

 お姉さんを連れて行ったら、シャルロットは思うだろう。

 

「今度は樽をはいていないんだ」

 

 と。

 

(結局あのお姉さんに土下座しないと行けない案件が出来ちゃった、てへぺろ)

 

 最後でおちゃらけたのは、現実逃避なので、許して欲しい。

 

(ランシールにお姉さんを連れてきたら、お姉さんの帰りはルーラで良いし)

 

 故郷のジパングにフードとマントで変装したまま戻って貰って、元バラモス親衛隊の誰かとかを解しておろちからパープルオーブを受け取ってルーラで戻って来て貰えば、オーブが必要となる極寒の島から俺がルーラで行ける限りでは最寄りの地にオーブが全て揃うことになる。

 

(ジパングへ行って戻ってで、二日。ランシールからの船旅が長くて二日といったところかな。その間、船にはランシール沖で停泊していて貰わないと困るけれど、海にまではあやしいかげも出ないし)

 

 伝言ならお姉さんを迎えに行った時についでにして来られる。

 

(ついでに、このランシールで補充するつもりだった品のご用聞きもしておかないとな)

 

 こちらには、シャルロットのふくろと言う輸送と収納の面では明らかにチートな一品がある。水だろうが食料だろうが、ちゃんと梱包されてればおそらく大丈夫だ。

 

(ポルトガみたいに港で直接積み込む場合は、荷運びしてる人とかの仕事を奪っちゃうからNGだろうけど、今回は非常事態な訳だし)

 

 楽をしてしまうことになるが、是非もないと思う。

 

「さて、となると……残る問題は、モシャスが解けるまで待つか、少しでも前に進むか、だな」

 

 呟き視線を落とせば、目に入るのは、それなりに大きな胸と、上半身をくわえ込んだかのような形の樽になった下半身。

 

「……うーむ」

 

 ちなみに、モデルのお姉さんは魔法使いのため、足音を消すことなんて当然ながら不可能で、感覚なんかも素の状態と比べて、鈍い。尾行すれば丸わかりなので、シャルロットを追いかけて影ながら護衛するという選択肢は、諦めざるを得なくなった。

 

(と言うか、下半身樽でぴょんぴょん跳ねてる時点で、忍び足も備考もあったものじゃないけどね)

 

 隠密行動は不可能、戦闘力は船にいるお姉さんと同レベル。弱体化しているので、遭遇するあやしいかげの正体もそれにあわせたものになるとは思うが、先程のシャルロットのように不意をついて眠らせようとする魔物なんかと遭遇し、奇襲を成功させられたら、最悪詰む。

 

(防御力まで魔法使い相当になってる筈だからなぁ、原作の呪文の効果通りなら)

 

 流石にここまで縛りプレイされた状況で突っ走れる程、慢心はしていないし、無謀でもない。

 

「ここは石橋を叩いて渡るべきだな」

 

 走るのは、変身が解けてからでいい。万が一、旅人やこれから戻る先の船に居る乗組員に目撃されて、変な都市伝説でも産まれた日には、お姉さんへの土下座が一度では足りなくなる。

 

「だいたい、効果時間なんてたかが知れている。そんなことよりも、すべき事はあるしな」

 

 周囲の警戒を疎かにして、時間切れを前に魔物に襲われでもしたら笑えない。

 

「ふぅ、今のところは異常なしか」

 

 俺は辺りを見回すと、動く者が無いのを確かめてから、安堵の息をついた。

 

(シャルロットも少し気になるけど、あやしいかげの出現する場所はもう抜けてるようだし、一度した失敗を二度するとは考えにくい……信じよう、シャルロットを)

 

 そもそも、弟子というのはいつか師匠の元から巣立って行くものなのだ。

 

(あまり過保護にすると、独り立ちを阻害する……かな)

 

 イシスの攻防戦では俺抜きで戦えていたようだし、免許皆伝を言い渡す日はそう遠くないのかも知れないけれど。

 

「……感覚からすると、そろそろの筈だが」

 

 どれだけ草原で下半身樽のまま、立ちつくしていだろうか。

 

「お」

 

 直前の呟きを待っていたかの様に、呪文の効果は切れ。

 

「戻ったか。これなら」

 

 俺はすぐさま心の目をタカに変えて空へと解き放つ。

 

(あやしいかげを倒してから結構走ったからなぁ)

 

 俺が想定したランシールの有る方角と実際の位置にズレがかもしれない。

 

(「ここは任せて先に行け」とか格好を付けておいて迷子とか洒落にならないからなぁ)

 

 だから、決してシャルロットのことがちょっと心配で様子を見ようとしたとか、そう言うことではないのだ。

 

 




影武者のお姉さんだと思った? ざんねん、主人公ちゃんでした!

なんだかんだ言っても、やっぱり過保護っぽい、主人公。

そして、シャルロットは結局無事目的地につけたのか?

次回、第四百二話「そして、俺は――」


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第四百二話「そして、俺は――」

 

「とりあえず、シャルロットの方は大丈夫そうだな。よし!」

 

 後顧の憂いはなさそうと見た俺は、船へ向かって走り始めた。心の目が村へ向かう人影を確認したのは、目的地と俺の間に存在したからであって、他意はない。

 

(引き返した船員が危険については触れ回ってくれてるだろうから、あのお姉さんも無謀なことはしないと思うし)

 

 万が一戻る船員と行き違いになっていたとしても、船に向かえば何処かで会えるだろう。

 

(時間もロスしちゃってるし、急ごう)

 

 足音は消し、戦闘は最小限に。

 

(さっきのイオナズンが効いてるんだろうな)

 

 敵のおびき寄せに特大の呪文をぶちかました場所を避けるように若干回り込むようなルートをとっていることもあってか、流れるように飛んで行く景色の中、魔物との遭遇はゼロのまま、船までの距離がどんどんと詰められて行く。

 

(いささか、うまく行きすぎて怖いけど)

 

 そう言う時こそ落とし穴が待ちかまえてると見るべきだ。警戒は密に、ただし速度は緩めず。

 

「よし、船が見えてき……ん?」

 

 船が見えたと思った直後だった、船を着けていた辺りに違和感を感じたのは。

 

(……もっと寄ってみるかな)

 

 船が見えたとは言え、実際にはまだ距離がある。流石に目視で違和感の正体を突き止めるのは無理があった。

 

「あ」

 

 思わず声を上げてしまったのは、目で何故違和感を覚えたのか理解が出来る距離まで達した時。

 

(あれは、人? まさか、あの船員じゃ――)

 

 倒れ込んだ人影を確認した時点で、足を更に速めた。

 

(大丈夫、船員の名前なら挨拶した時に教えて貰ってる。もし予想する中で最悪の事態だったとしても、蘇生呪文は試みられる、だから)

 

 急げと倒れた人影へ向けて駆ける俺は自分をせかし。

 

「え」

 

 更に人影がはっきり見えだしたところで、思わず顔をひきつらせた。倒れていた人影の下半身が樽だったのだ。ただ、もの凄く見覚えのあるフォルムに気をとられたのが、失敗だった。

 

「だっ、と、ちょ」

 

 足下の出っ張りにつま先を引っかけ、バランスが崩れればもの凄い早さで視界が地面に近づき。

 

「だあっ!」

 

 危ないところだった。

 

「はぁ、この身体がハイスペックじゃなかったら無様に転けてたな……それにしても」

 

 さすがに、これ は はんそく だと おもう。

 

「あ、す、スー様……み、見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 

 意識があったのか俺がドタバタしたせいで目が覚めたのか、影武者役のお姉さんが顔を上げて謝罪出来る程度には大丈夫であったことは重畳だったけれども。

 

「いや、それより何があった?」

 

 見苦しいところなら、直前にこちらも見せている。よって、一番聞きたかったのは下半身樽で海辺に倒れているに至った経緯であり、頭を振って俺は即座に問うた。

 

「は、はい。上陸すると話を聞いて、ハルナは陸に渡る手段を探しました。泳いで渡っては勇者様やスー様と合流した時、勇者様に訝しまれてしまいますから」

 

「成る程、つまりその樽は……」

 

「はい、誰にも見つかることなく小舟を動かすのは、無理でしたから、樽を無断でお借りして船代わりにするしか」

 

「ああ」

 

 そして、このお姉さんは何とか陸地までたどり着いたと言うことなのだろう。

 

「ただ、疲労で力尽きてしまい、今に至る、と」

 

 これはひょっとして俺が伝言を託した船員とも行き違いになっているかも知れない。

 

(それより何より)

 

 確認しておかないと行けないことがある。

 

「あー、何だ、ひょっとしてひょっとするとだが……その樽」

 

「あ、あぅ」

 

 言葉を濁しつつ危惧を言葉にすると、お姉さんは顔を赤らめ。

 

「も、申し訳ありません……その、引っこ抜いて下さい」

 

 お尻が使えたことを言外に自白したのだった。

 

(えーと、二度目だし、失敗モシャスの件は謝らなくても良いかなぁ、これ)

 

 ぶっちゃけ、本物も同じ形態になってるとは、シャルロットを助けに入ったあと、正体を誤魔化すのにモシャスした時は欠片も想像していなかった。

 

(失敗かと思ったけど、ある意味成功してた訳だよね、これ)

 

 このお姉さんも樽に入ったのは海を渡るための苦肉の決断だったと思うけれど。

 

「スー様?」

 

「あ、あぁ、すまん。しかし、抜くのか? 前のように斬った方が早いし痛くないと思うのだが?」

 

 名を呼ばれて慌てて返事をしつつも、前回と違う解決方法を依頼された俺は問い。

 

「そうですね。ただ、ハルナはもう一つ樽を駄目にしてしまいました。これ以上あの船の方々のご迷惑にはなりたくありません。この樽は蓋が無くなって物入れになっていた物ですが、洗って返せばまだ使えると思いますし」

 

「……成る程な」

 

 食品を入れる樽には衛生的な問題で使えないだろうが、確かに道具を入れておくだけなら問題ないだろう。

 

(うん、若いお姉さんが入っていた樽って事に逆に付加価値見いだしそうな人間だって居るかも知れないとか思ったりも、ちょっとだけしたけどさ)

 

 そういう変態的な発想は心の奥底に沈めておこう。俺は常識人なのだから。

 

「ともかく、この辺りとて油断は出来ん。魔物が来ない内にさっさと抜いてしまおう、スカラ」

 

 お姉さんが少しでも痛くないように、まず呪文を唱えた。

 




まさかの樽お姉さんで天丼。

ドラクエⅤでもかなりの距離を樽で漂流したりしてましたし、樽は偉大なのです。

次回、第四百三話「ぬいてみた」

前話とタイトルで繋がってる風味なのです。


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第四百三話「ぬいてみた」

 

「入ったモノなら抜けるのは道理だが……」

 

 引き抜くモノがお姉さんであるとなると問題が発生する。そう、何処を持って引っ張るかだ。

 

(手より胴とか填ってる場所にある程度近い部分の方が力は伝わりやすいと思うんだけど、女の人の腰とかに手をかけるというのは、うん)

 

 やはり抵抗がある。

 

(や、シャルロットとか他の娘と色々しておきながら今更とかツッコまれるかもしれないけど、あれは殆ど事故だし)

 

 心の中で弁解してしまったのは、己が罪悪感を抱いたからだろうか。

 

(うーむ)

 

 下手に時間をかける訳にはいかないが、そうすると効率を求めることになってしまうのだが。

 

(かけてもいい、まともにやったらロクでもないことになる)

 

 これまでに遭ったアクシデントの数々で俺は学習したのだ。いや、学習してしまったが、正しいか。

 

(そう言う意味では、ロープでくくりつけて引っ張るってのも一つの手だけれど)

 

 下手にロープを使ったりしたら、お姉さんの肌にロープの痕をつけてしまう可能性がある。

 

(女の人にそれは致命的だよなぁ)

 

 となると、一番無難なのはお姉さんではなく樽を引っ張るというパターンになるのだけれど、これにも問題はあった。

 

(樽からお姉さんを抜くなら、お姉さんを何処かに固定するか、お姉さんに何処かへ捕まって貰っておかないと、意味がない訳で)

 

 俺とお姉さんの腕力の差を鑑みるとしがみつこうとするお姉さんが俺に力負けして樽ごと引き摺られるオチしか見えてこない。

 

(かと言ってロープで固定するとなると、やっぱり痕が付く可能性が大きいし)

 

 下手に小細工するよりは、何も考えずお姉さんの胴に腕を回して引き抜いてしまった方が早い気がしてしまう。

 

「スー様?」

 

「ん? ああ、すまん。いくら引き抜くためとは言え、若い女性の身体に触れるのはどうかと思ってな」

 

 訝しまれ、我に返った俺は、結局正直に白状してしまった。

 

「あ」

 

 言われて状況に思い至ったお姉さんが顔を赤くするが、俺だってそうそう有効な解決策を思いつく訳じゃ無いのだから仕方ない。

 

「すまん。こんな時に何を考えて居るんだと言われても仕方ないかもしれんが、知っての通り俺はお前達に責任をとってやれんからな」

 

 身体が借り物であることも、俺がこの世界の住人でないこともクシナタ隊のお姉さん達には話してある。

 

(そう言う意味では、今更なんだけどね)

 

 何かあってからでは、遅い。

 

「スー様、すみません。お気を使わせてしまって」

 

「気にすることはない。ただ、魔物がやって来るかも知れない場所で長々と無防備な態を曝す訳にもいかん。だからこそ、尚のことどうしようかとな」

 

 正直、手詰まりだった。

 

(モシャスしたらどうかとも考えたけど)

 

 女の子になれば問題ないかというとそう言う問題でない上、魔法使いに変身すると何より腕力が目に見えて弱くなる。

 

「むぅ……」

 

「あ、あの……スー様、非常時ですし、填ってしまったのはハルナのせいなのですから」

 

 悩む俺を見かけたのか、覚悟を決めてしまったのかは解らない。

 

「そうか、すまん」

 

 ただ、解決策のない俺にお姉さんの申し出を断る事など不可能だった。

 

「あ、その……よろしくおねがいしますね?」

 

「あぁ」

 

 ここで動じてはお姉さんまで恥ずかしくなる、俺はポーカーフェイスを着くって頷くと、お姉さんの腰に腕を回し、お腹の辺りに抱きつくような姿勢をとる。

 

「っ」

 

 頭に柔らかい何かが乗っかった。

 

(駄目だ、気をとられちゃいけない)

 

 むしろ後ろから手を回した時の方が、このあと力を入れると拙いことになりかねないのだ。

 

(落ち着け、次だ、次。両足を樽の縁にかけて……)

 

 足と腹筋を使って、抱き込んだお姉さんの身体を抜くだけ。

 

「痛かったら言ってくれ」

 

「は、はい」

 

 緊張しているのか、返ってきた声は何処か上擦っていたし、抱いた身体は強ばって硬い。

 

「いくぞっ」

 

 不意打ちにならないように、声をかけ。

 

「ぐっ」

 

 力を込めつつもゆっくりと曲げた身体を伸ばすことで、お姉さんの身体を樽の外に引き出す。

 

(よし、上手くいってる)

 

 気のせいか、若干抵抗が弱い気もするが、レベルカンストと言うスペックの身体からするとこんなモノなのだろう。

 

「はぁ、いいか、このまま抜くぞ?」

 

「は、はい……あ」

 

 肯定の返事を聞いた瞬間、俺は一気に身体を伸ばした。

 

(よし)

 

 足の先には樽の感覚が残り、腕の中にはお姉さんの身体。

 

「ちょ、ちょっとスー」

 

「ん?」

 

 確信に変わりかけた間違いなく成功した、と言う気持ちは不自然に途切れたお姉さんの声で疑問に変わり。

 

「あ゛」

 

 視線を移動させ視界に入ってきたそれが何かを理解した時、俺は凍り付いた。一言で言うなら、お尻だ。しかも下着すら着けていない。

 

(そりゃ、ていこう も すくないわけ だよね)

 

 樽を引き抜く時に、はいていたモノが樽の口に引っかかったらしい。

 

(うああああああっ、やらかしたぁぁぁぁぁぁぁっ!)

 

 想像する中で最悪から数えた方が早いような大失敗である。

 

「あ、う、あ……きゃぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

「す、すまん」

 

 こうして俺は再び世界の悪意と遭遇したのだった。

 

 




闇谷容疑者は「『すっぽん』って音立てて抜けそうだと思ったからこうなった、他意はない」などと意味不明の供述をしており――。

ハルナさん、ごめんなさい。これ は そう、しゅじんこう の せい なんだ。

次回、第四百四話「おねえさんといっしょ」



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第四百四話「おねえさんといっしょ」

 

「あ、あの……スー様、もう良いですから。あれは、無かった、無かったことにしましょう」

 

 俺の土下座タイムが終了したのは、そうお姉さんが申し出てくれたからだった。

 

(はぁ、何故気づかなかったんだろう)

 

 謝ると言うことは謝ることに至った原因を思い起こさせてしまうと言うことを。

 

(当人が忘れようとしても、こっちが謝ってたら思い出させちゃうもんなぁ)

 

 先方が望まないなら土下座もただの自己満足でしかない。

 

(埋め合わせは、別の形でしよう。例えばさっき拾った宝石とか。モノで埋め合わせって言うのも人の心をお金で買うみたいであんまり良い印象はないけれど……)

 

 シャルロットの無事もお姉さんの無事も解ったことだし、寄り道してもう一度あのあやしいかげを倒した場所に戻って宝石を拾って来るというのも一つの手だろうか。

 

(どっちにしても、事が起こってすぐにプレゼントというのは拙いな。関連づけちゃいそうだし)

 

 お詫びがお詫びであることを気づかれないように、ある程度時間が経ってからさりげなく、もしくは理由を付けて渡すのがベストだと思う。

 

(うーん、すぐに思いつくのは「パープルオーブを取りに行って貰ったお礼」とかかな)

 

 ルーラ二回のお礼として宝飾品は過剰かも知れないが、何も無しに渡すよりも大義名分が立つ。

 

(そうと決まれば、まずは行動だな。魔物が出没する危険地帯であることは変わらない訳だし)

 

 俺は周囲を見回し、魔物の姿が無いことを確認すると、歩き出そうとし。

 

「あの、スー様一つお願いをしても良いですか?」

 

「ん?」

 

 お姉さんことハルナさんの声に足を止められた。

 

「なんだ?」

 

「代わりにと言う訳ではないのですけれど……スミレさんには、樽のこと黙っていてください」

 

 理由を訊けば、尤もな要求である。ハルナさんが名を挙げた人物がどういう賢者か知っていたなら。

 

「了解した」

 

 俺はすぐさま承諾する。当事者二名が口を噤んでいればひとまずは大丈夫だろう。

 

(俺は酒も飲まないし、酔っぱらって自分から暴露すると言うことも無いはず)

 

 寝ぼけて口にするパターンについては、これまでのように出来る限り個室で一人寝る形をとるように心がけていれば、たぶん問題ない。

 

 

「俺も進んでからかわれる趣味は持ち合わせてないからな。と言うか、あいつの性格は時々悩みの種なんだが」

 

「た、隊長が別行動ですからね。それでもカナメさんとか手綱が取れる人は隊に何人か居ると思うのですけれど」

 

「まぁ、な……分散して複数の事柄に当たらせることにこんな問題があったとは」

 

 思っても居なかった。

 

「とは言え、作戦に支障をきたすようなことまではせんだろう」

 

 一応賢者なわけだし、それぐらいはちゃんと考えると思いたい。

 

「さて、スミレの話はこのくらいにしておいて、やることを済ませてしまおう。シャルロットにはお前のことを俺への伝言を預かってきたスレッジの弟子だと先程話してある。これから船の面々にシャルロットと俺がこれからどう動くかを伝えに行くが、同行していても同じ説明をすれば不審に思われることはあるまい」

 

 オーブを使ってラーミアを復活させるには、船が必須だ。

 

「卵の安置されたほこらがある島までの足がなくては話にならんし、想定外のアクシデントに船員をランシールへ向かわせる訳にもいかなくなった船側も追加の情報が無くては動きがとれん」

 

「……では、船を呼ぶのですか?」

 

「ああ。小舟を呼ぶ方法については上陸前に聞いている。ただ……」

 ハルナさんの言葉へ首を縦に振ってみせつつ、俺は荷物からそれを取り出す。

「片づけが、先のようだが、なっ!」

 

 一度も襲われずに終わるとは、思っていなかった。だからこそ、ほのおのブーメランはすぐに取り出せる場所にあり。

 

「ビギィ」

 

「ビッ」

 

「ギャアッ」

 

 俺の投げたブーメランは大きく円を描いて飛びながら、翼のあるシルエットを両断し、同じ色をした生き物の死体を量産する。

 

「スライムベス、だったか。まぁ、弱くて助かったと思うべきだろうな」

 

 ここでいつぞやの辺り判定詐欺な多頭ドラゴンやらおばちゃんの同僚やらが出てこられるよりは、マシである。

 

(とりあえず、「スライムベス たち を たおした」とでも言ったところかな)

 

 仮面を被った青い肌の腰蓑男が一緒に両断されて倒れているが、それは見なかった事にする。

 

「あ、あのスー様、あちらの魔物は?」

 

 いや、みなかった こと に したかった の ですけどね、はるなさん。

 

「……こんな格好をしているところを見ると、魔族の変質者だろう。それはそれとして――」

 

 わりと面倒な能力を持っていた気もするが、もはや死体。とりあえず、変態と言うことにすると、俺は船へと合図を送ったのだった。

 

「旦那ぁ、ご無事でなによりで……ひっ、な、この死体は旦那が?」

 

「ああ、狼煙はわかりやすいがそれは魔物にとっても同じ事だったらしくてな」

 

 小舟がやって来たのは、合図で寄ってきた魔物を二グループ程全滅させた後のこと。

 

「このままだとまた魔物が集まって来かねん。船まで案内して貰えるか? 俺とこの娘を」

 

「むす……こちらはどちら様で?」

 

「俺の知り合いの弟子だ、伝言を持ってきてくれたのだが、この後一緒にシャルロットにも会いに行くつもりでな」

 

 ここに一人残すような真似が出来ないと言えば、船員はあっさり納得し。

 

「じゃあ、出しやすぜ、旦那方」

 

 俺とハルナさんを乗せた小舟は、船に向けて動き始めた。

 

 




マクロベータ「解せぬ」

次回、第四百五話「かくかくしかじかで説明が済んだら楽なのに」


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第四百五話「かくかくしかじかで説明が済んだら楽なのに」

「……と、まぁそう言った事情があった訳だが」

 

 小舟に乗り込んだ俺は、操船の邪魔にならない範囲内で、まず向かえに来てくれた船員にことの経緯を説明した。勿論伏せるところは伏せ、ハルナさんについてはスレッジの弟子という設定を崩さぬまま都合良く捏造もしている。

 

「成る程、そんな強敵を相手によく御無事で」

 

「まぁ、盗賊は逃げ隠れに特化した職業だからな。相手がいかに強かろうと遭遇しなければ良いだけの話だ。遭遇は想定外であったし、今回は正体も雑魚だったことに救われた部分もあるが」

 

 最初のあやしいかげの正体がおどるほうせきだったのは、今思い返しても運が良かったと思う他無い。

 

(やけつく息を吐いてくる魔物とか、慢心出来ないような魔物は結構居るし、先に発見出来たのだって結局は運が良かっただけ)

 

 結果オーライではあっても、反省すべき点は多い。

 

「ともあれ、ハルナの話からするとシャルロットがランシールに辿り着いたのは、ほぼ間違い無かろう」

 

 故に俺もハルナさんと一緒にシャルロットを追う形で、ランシールに向かう旨を告げ。

 

「シャルロットと合流して地球のへそを攻略後、また世話になると思うのだが、こちらの船に戻ってくる際必要な物資を買い込んで持ってこようと思ってな……船に上がったら必要な物資について船長と話をする必要がある」

 

「そ、それはありがてぇ。ですが、大丈夫なんですかい? 結構な量になると思いやすぜ?」

 

「ふ、案ずるな。輸送手段の腹案は一つではないし、駄目であれば、時間はロスするが、ルーラで何処かの港に戻るという手もある」

 

 実行するつもりはないが、ルーラを使った転進と補給は船員や船長を納得させる理由としては申し分ない。

 

(船の船長がルーラ使えるんだもんな)

 

 利点については熟知しているだろうし、似たようなことをやったことがあると言われても驚きはしない。

 

「た、確かに。あの呪文なら港まではひとっ飛び。凶悪な魔物がうようよしてる草原を抜けて物を運ぶよりゃ……へい、お見それしやした」

 

「もっとも、こちらの策が全て立ちゆかなくなった場合の最終手段だがな」

 

 とりあえず、船員の反応を見る限り、船長にも同じ流れで話を持って行けば、反対されず話を進められるだろう。

 

(魔物については、小舟を扱うこの人にもきちんと話をしとかなかったら、拙かったからなぁ)

 

 別に、船長へ説明する練習に使っただけではない。

 

「さて、今の話をお前から船長に伝えて貰ってもいい訳だが、ランシールで補充する筈だった品についてはまだ聞いていないのだろう?」

 

「へい、一旦あっしが向こうに到着して無事行き来が出来ることを確認してからって話でしたし」

 

「なら、船長に直接話すのは必須だな。場合によっては備蓄担当の船員も交えて話をする必要もあるかもしれん」

 

 場合によっては備蓄量の確認とかに付き合わされたりして時間を食いそうな気すらして、こういう時だろうなと思う。

 

(現実に面倒なシーンをスキップする機能が付いたらなぁ、とか思ってしまうのって)

 

 所謂ゲーム脳だが、めんどくさい事って言うのは、どこまで言ってもめんどくさいと感じてしまう俺が居る。

 

「船のことは全て船長やお前達に任せて、ただ冒険と任務を果たせばいいと言うのも違うだろうからな」

 

 言っていることは思ってることと違って割とまともだったりするのだけれど。

 

「旦那ぁ……あ、そろそろ船に着きやす。おーい、戻ったぞ! ロープをおろせ」

 

「へーい」

 

「よし。さ、旦那、どうぞ」

 

 声を張り上げれば、応じた声を追う形でロープが降ってきて、掴んだそれを船員は俺へと差し出した。

 

「あ、あぁ」

 

 順番からすれば、これは正しい。ハルナさんが先ではスカートの中が見えてしまうのだから。

 

(さっき みた という つっこみ は いらない ですよ?)

 

 うん、俺は誰に対して心の中で話しているのやら。

 

「では、一足先に登らせて貰うな?」

 

「あ、はい」

 

 一言お姉さんに声をかけてからロープを登り。

 

「私が船長です」

 

 登った先に、そいつは、居た。

 

「いや、出迎えての第一声がそれなのは色々とどうかと思うのだが……」

 

「……わかっては居るのですが、こっちの帽子だと船長らしくないというか、こうして主張でもしないと船付きの魔法使いと間違えられることがけっこうありましてな」

 

「あー」

 

 この場合、俺は労えばいいのか、それとも二角帽はどうしたんだよとツッコミを入れるべきなのか。

 

「あ、帽子でしたら波を被ってしまいましてな、今陰干しの真っ最中なのです」

 

「……スー様」

 

「言うな。さて、戻ってきた理由についてまずは話したいのだが――」

 

 ハルナさんの物言いたげな目とぶつかった俺は頭を振ると気力を振り絞り、話を始める。

 

(いや、本当にかくかくしかじかで説明が済んだら楽なのになぁ)

 

 説明の前から、ひたすらに疲れた俺だった。

 




ひぃっ、話だけで一話終わっちゃった。

次回、第四百六話「フィールドのBGM、結構好きです」


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第四百六話「フィールドのBGM、結構好きです」

「まぁ、こちらとしても地球のへそを攻略した後、引き続き俺達を運んで欲しいという事情がある。協力を惜しむ気はないし、航海を続けるに物資の補充は不可欠だろう?」

 

 とりあえず、話せたのは、あやしいかげのこと、ハルナさんに必要な品をとってきて貰う貰うことも鑑みて最短でも二日はランシールに滞在すること、船に戻ってくる時本来の予定であれば船員が買い込んで来るはずだった物資を俺とシャルロットで運んできても構わないことの三つ。

 

(あ、あの全面真っ白な島にここでの用事が終わったら運んで欲しいってのも入れると四つかぁ)

 

 ともあれ、伝えるべきことの殆どは伝えられたと思う。

 

「無論、安全を考えればバハラタなり他の港町なりへルーラで飛んでそこで物資補充した方が良いのは、承知している。船長がそちらを押すなら、考えもしよう。だが、目的地から遠ざかると言うことは、あのバラモスに時間を与えてしまうことと同意義だ」

 

 戦闘力は俺一人に遊ばれた、割と残念な大魔王ではあるものの、イシス侵攻の様な原作にない行動に出られるかも知れないと思うと、やはり、時間は与えたくない。

 

「先のイシス規模の侵攻を行ったところで、こちらが戦力を揃えれば撃退とて難しくはないが、被害ゼロで完勝出来るかと問われれば、俺としては難しいと言わざるをえん」

 

 あちらが宣戦布告なり何なりして知らせてくれれて充分な迎撃態勢をとれたなら話は別だが、いくらあのバラモスでもイシス侵攻の失敗から学習はしているだろう。

 

「恐怖を煽り降伏を促すために宣戦布告してから侵攻したら、派遣した軍が半分壊滅し残りは降伏したでバラモス。もしまた宣戦布告して軍勢を派遣したなら同じ結果が待ってるバラモスな。よし、今回は宣戦布告無しでドッキリ電撃作戦バラモス」

 

 とか、まぁ口調は適当だが、おおよそそんな感じに。

 

(地図を見る限り、直線距離でイシスの次に近いのはアッサラームだけど)

 

 襲われるのがルーラで飛べる既に訪れたことのある場所ならまだいい。

 

(エジンベアとか、未来訪の国を狙われた場合、最悪後手に回る)

 

 距離や手前に他の国があるなどといった条件を考えると、エジンベアへ侵攻の確率は相当低いのだが、相手がどう出るか未知数である異常、最悪のケースは想定に入れておくべきだ。

 

「この船は速い、速いと思うが進めるのは海に限られる。行く手を陸地に遮られた場合、上陸して進むことは出来ようが、イシスに攻め寄せた魔物達は空を飛ぶモノが多かった」

 

「……陸を進めぬ船では空飛ぶ魔物と競った場合、地形次第で引き離される……道理ですな」

 

「そう言う意味合いでも俺達はオーブを集め、不死鳥ラーミアの力が借りたい」

 

 シャルロットの手で改心した魔物や、イシスでこちらに降った空飛ぶ魔物も居るには居るが、遠目では敵味方の判別が難しいのだ。

 

「乱戦になった時、敵味方の区別が付きづらくては同士討ちとてあり得る」

 

 これについては、俺がスノードラゴンに跨り単騎で出撃すれば話は別になるが、一人で殲滅するには呪文が使えないと厳しい。

 

(手段を完全に選べなくでもならない限り、これはないな、うん)

 

 そも、俺が一人で行動するのをシャルロットが黙って見て居るとも思えない。

 

(例外があるとすれば、俺が軍勢を押さえ、その間にシャルロット達がバラモス城に突入してバラモスを討つってケースだけど)

 

 シャルロットのお袋さんとの約束を反故にするような策を敢行したら、どうなるか。

 

(やっぱり、ここはどうあっても転進なしで、次の目的地まで運んで貰わないと)

 

 一時思考が脱線しかけたものの、やはりというか何というか、結局そこへと落ち着く。

 

「俺から言えることは、それだけだ。船長、どうする?」

 

 問いの形を一応作っていたが、この時船長が転進をしたいと申し出ていたら俺はどうしただろうか。

 

「解りました。必要な品については、大まかなモノならリストアップも済んでおります。現地にたどり着かなくては何が補充出来るかも解りませんが、補充の必要がありそうな品を事前にリストアップしておくのとそれは話が別ですからな」

 

「すまん」

 

 言いつつ船長の見せた苦笑に、説得されたのではなく、こちらへ譲ってくれたのだと理解した俺は、気づけば頭を下げていた。

 

「ほっほっほ、何やら焦っておいでの様子ですが、あなたと勇者様のお役目を考えれば無理からぬこと。されど、焦りは思わぬ失敗を招きます。要らぬお節介かもしれませんがな」

 

「そんなことはない。急いていたのは事実だ」

 

 竜の女王に残された時間、バラモスの原作にない行動に受けた衝撃、そしてバラモス討伐とは関係ないところで消費した時間の埋め合わせ。

 

(バタフライエフェクトが俺の行動のせいだったとしても、焦って事態が好転する訳じゃないんだ。こんな時こそ冷静にならないと)

 

 バラモスに時間は与えたくないが、今のところ何か企みだしたと言う情報は入ってきていない。

 

(そう言えば、エピちゃんのお姉さんの後釜っぽいエビルマージも倒してるもんな)

 

 あれははぐれメタルを確保しにバラモス城へ行った時の事だったか。俺の倒したエビルマージの一人がそんなことを言っていたとシャルロットから聞いた気がする。

 

「世話になったな、船長」

 

 楽観が過ぎるのも考えものだが、知恵者を欠いたことでバラモスの動きが止まっている可能性に気づけたのは、大きい。

 

(こっちに都合の良い仮説を盲信する気はないけど、もし事実なら動きのない理由にも頷けるし……これは、確かめてみるべきかもな)

 

 船長から必要な物資のリストを渡され、小舟を経由して再び海岸へと戻った俺は、バラモス軍の内情を探る方法を考えつつ足音を消して歩き出した。

 




いかん、爺さんと主人公の会話だけで終わってしまった。

次回、第四百七話「一番無難なのは、あれだよね、あれ」


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第四百七話「一番無難なのは、あれだよね、あれ」

 

「確か、この辺りだったはずだが……」

 

 ランシールに向かっていた足を止め、周囲を見回すと、少し先に有ったのは一つのクレーターだった。

 

「ふむ、やはりここで間違いはない、か。レミラーマ」

 

「あ」

 

 こういう時、呪文は非常に便利だと思う。

 

「す、スー様、あちらです」

 

「そうか。少し認識とズレがあったようだな。助かった」

 

 ハルナさんにお礼を言い、示された方向に進むと、草むらに散らばっていたのは、宝石や宝飾品。シャルロットを先に行かせて倒したおどるほうせきのなれの果てだ。

 

「あまり遅くなってはシャルロットが気に病むかもしれん、三百を数える間に回収出来るだけでいい、全てを拾い集める必要はないからな」

 

 大丈夫だとは思うものの、ハルナさんにはそう釘を刺し。周囲への警戒は怠らないまま、落ちている指輪や首飾りのパーツだった真珠などを俺も拾って行く。

 

(原作で大量に手に入るゴールドがこのジュエリー由来だとするなら、全部で数千ゴールドにはなる筈)

 

 お金に困っている訳ではないが、手の届く距離に居る上で価値を考えてしまうと無視して進むには抵抗がありすぎた。

 

(資金的な余裕はあるんだけど、何だか勿体ないというか……あって困るようなモノでもないし)

 

 胸中で言い訳しつつの回収作業になったのは、罪悪感からだと思う。

 

(シャルロット、心配してるよなぁ)

 

 最低限の宝飾品は既に拾っているので、ランシールに直行しても問題はない。

 

(そう言う意味では寄り道をしないことも考えたんだけど……)

 

 ここに寄る理由が宝石拾いだけであったなら、おそらく寄り道も断念していたと思う。

 

「……マホカンタ。さて」

 

 効果のなくなった呪文を小声でかけ直し、周囲を見回し、俺は考える。

 

(相手の正体が解らない以上、口笛を使って呼び出すのは危険だし、こちらに気づかれたら意味ないもんなぁ)

 

 バラモス側の現状を知る方法を考えていた俺が思いついた方法の中、この地で行えそうなものはただ一つ。人攫いのアジトで出会ったアークマージのような魔王に仕える魔物から盗み聞きするか捕らえて聞き出すというモノぐらいだった。

 

(あれだけ高威力の呪文のあとなら、様子を見に来ても不思議はない)

 

 以前俺が切り捨てたアークマージは、自分と戦うに足る強者の存在を知覚していた。ならば、この地に居る高等な魔物が正体のあやしいかげも俺という強者が近くにいることは気づいている筈なのだ。

 

「そこへ、高位呪文がぶちかまされたとすれば、俺なら確認に行く」

 

 流石に危険が伴う為、ハルナさんにはアレフガルドの魔物や大魔王ゾーマの部下がイオナズンで出来たクレーターを見に来るかも知れないことは、そんな感じで説明してある。

 

(宝石拾いの時間を数分にしたのだって、のんびりするのはシャルロットに悪いと思っただけでなく、夢中になりすぎて魔物の接近に気づかない事態を避けたいとも思ったからだしなぁ)

 

 物事に熱中しすぎると人は他への注意力が散漫になる。一応、俺も宝石は拾っていたが、今は殆どふりだけで意識は周囲に向けている。

 

「あ」

 

「ど、どうしました、スー様?」

 

「いや、何でもない」

 

 その けっか、まえかがみ に なってる せい で こぼれおちそうな ハルナさん の なにか と そのあいだ に ある たにま が みえてしまった のは じこ だと おもう。

 

(落ち着け、俺。魔物がいつ現れてもおかしくない状況で、他のことに気をとられている余裕はない)

 

 今は冷静に周囲の警戒をつづけるべきなのだ、ただ。

 

「……異常なし。爆発から暫し時間も経っているからな、やむを得んか」

 

 警戒も虚しく、魔物が現れる様子はなかった。まぁ、そうホイホイ人型で言葉を話せる魔物がやって来るなら、苦労はしない。

 

(海岸で寄ってきたのは仲間を呼びそうな変態だったからなぁ)

 

 あれはノーカウントでお願いしたい。

 

「この程度で良かろう」

 

 俺はハルナさんに「宝石を拾うだけの簡単なお仕事」を終了する様に言うと、自分も立ち上がる。

 

「情報の収穫はゼロ、か。まぁ、宝石が集まっただけでも良しとしておくべきだろうな」

 

 数こそ少ないもののお礼やお詫び用の品はこちらも確保出来た。

 

(些少のアクシデントはあったけど……うん、谷間事件のことは胸の奥にしまっておこう)

 

 ご本人が気づいていないなら、わざわざ口に出す必要もない。知らぬが何とやらだ。

 

(それに、情報源を得られなかったのは残念だけど、仮に遭遇したとして、それが女の魔物だったら――)

 

 捕獲出来たとしてもロープでぐるぐる巻き。呪文やブレスを使ってくる魔物なら猿ぐつわも要るだろう。

 

(どう かんがえて も エピちゃん にごう です)

 

 猿ぐつわがあっては意思疎通もままならない。運ぶ途中、やけに暴れるなと思ったら、次の瞬間には悲劇が。

 

(OK、やみのころもを洗濯しないといけないような事態になるよりはマシか)

 

 だいたい、情報源として生かしたまま捕らえるというなら、暴れないように束縛するのは男だった場合でも変わらない。

 

(まぁ、男ならカンダタ運びが出来るけど、あれはあれで視覚の暴力だし)

 

 モノは考えようだな、と思った直後だった。

 

「本当で……、嘘は言っ……んから」

 

「あー、……た、解……。確かに、あの反応は……だった。あの死人使い……連絡も途絶え……まだ……」

 

 風に乗って声が聞こえてきたのは。

 

 




次回、第四百八話「なにかきた」


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第四百八話「なにかきた」

 

「ハルナ、魔物が来る。草の影に」

 

 咄嗟に俺は指示を出し、自分も身を伏せた。

 

(少なくとも二体か)

 

 考え方を変え、むしろ空振りで良かったと思ったすぐあとの登場には悪意を感じる。

 

(ま、文句言って状況が良くなる訳でもないし、今考えるべきはどうするかなんだけど)

 

 いっそのこと気づかれないうちに逃げ出してしまうのも一つの手だが、今は大丈夫でもいざ逃げ出そうとした時に気づかれる恐れもあるし、相手は魔物だ。

 

(ここでやり過ごしても数日後、ここを通りかかった時に襲いかかってきたとしてもおかしくはないんだよなぁ)

 

 倒すか、捕縛するか。

 

(こちらの安全を最優先に……ひとまずは様子見かな)

 

 先程聞こえた死人使いと言うのが海岸でオレンジ生き物と一緒に倒した青い肌をした変態のことだとすれば、連絡がどうのこうのと言うのが気になる。

 

(あやしいかげとしてこんな場所に居る理由は、あの洞窟のあやしいかげやおばちゃんと殆ど変わらないとは思うけど、よくよく考えてみるとゾーマの情報収集要員とかだったなら、どの辺りまでこの世界の情報を把握してるかとかも気になるし)

 

 想像したくはないが、ゾーマが俺にびびってギアガの大穴を閉ざし引きこもられたら、助けが来なくなってアレフガルドが終了してしまう。

 

(人攫いのアジトではアークマージの一人が裏切ったことにして、ピラミッドの怪しい影はミイラが自分達も襲うようになって逃げ出してるけど、ここはノータッチだからなぁ)

 

 精鋭が挑んで返り討ちに遭うような猛者が居たという情報が渡ってしまっては、洞窟の外で大立ち回りをやらかしたり証拠隠滅した意味がない。

 

(結局ここでも何らかの手を打つというのが、正解か)

 

 ゾーマには油断しておいて貰わないと、困る。

 

(さて……何が来る)

 

 とりあえず、小細工をすることに決めた俺だが、相手にするなら厄介な特殊能力を持たない魔物の方が好ましい。

 

「これは」

 

「ね、嘘じゃなかったでしょ?」

 

 息を潜め、声が聞こえていた方角を見つめたまま、待ちかまえると、聞こえてきたのは、地響きと会話と何かの羽ばたく音。

 

(うわぁい)

 

 外見は蝙蝠羽根の生えたシルエットでも、嫌な予感しかしない。

 

(地響きってことは相当重い魔物っってことじゃないですか、やだー)

 

 この身体のスペックを鑑みると引き摺るとか一瞬持ち上げるぐらいは可能だと思うが、抱えて運べるかと聞かれたら、首を横に振ると思う。

 

(キングヒドラの時はルーラで運べたけど、戻ってくることを考えたら、ここでルーラはなぁ)

 

 一応、モシャスしてモデルになった死体を担ぐという手もあるが、時間をロスする上に目立つと言う欠点がある。

 

(地響きがする程の重さをした魔物の身体が小さいとは思えないし、そんなのが二体重なってたら、ねぇ)

 

 せめてハルナさんがモシャスかレムオルの呪文を使えれば、二人がかりで何とか出来るのだけれど、無い物ねだりだ。

 

(だいたい飛んでる方だって無視していい訳じゃない)

 

 重量のありそうな方が処理に困る魔物だとすれば、飛ぶ方は視点の位置で厄介な魔物と言える。いくら伏せても上空から見られれば俺かハルナさん、あるいは両方が見つかる可能性もあるのだから。

 

(先手必勝かな。重量のある方は、タフだろうから)

 

 全力で攻撃を見舞い、屠る。

 

(やりとりを聞く限り、重量級の方が格上っぽいし)

 

 倒した上で翼の片方を斬り飛ばして地面に落とし、武器を突きつける。

 

(そこまでやって降伏しなかったら、その時はその時かな)

 

 ほのおのブーメランを取り出し、しかけるタイミングを見計らいつつ、密かに唱える呪文は、今日何度目かを忘れた反射呪文(マホカンタ)

 

(空を飛び、かつ人語を話しそうな魔物が使ってきた呪文で致命的っぽいのは、ザラキとマホトーン、あってラリホーくらいだったよな)

 

 うろ覚えだから見落としている可能性はあるものの、厄介な特殊能力持ちならば嫌な敵として覚えていた筈だ。

 

(やけつく息を吐く魔物もディガスのお仲間しか覚えはない)

 

 そも、反射呪文は保険なのだ。

 

「うぬぬ」

 

 クレーターを見つめ唸る魔物に俺は息を潜めて忍び寄り。

 

「あ」

 

「っ」

 

 上から声が上がった、瞬間、最後の距離を詰め、まじゅうのつめを填めたままの腕を突き込んでいた。

 

「ぐふっ」

 

 微かな弾力という抵抗を感じはしたものの、爪はシルエットの背中に深々と食い込み、俺は右腕を捻り、掌を上にしてから、すくい上げるように、切り上げた。

 

「ぎゃばっ」

 

 悲鳴と共に血を噴き出しながら倒れ込むシルエットは紫色の肌をした巨躯へと変わり俯せに倒れて行く。

 

「な、え? あ?」

 

 格上の仲間のあっけない最後に驚き戸惑う声が上空から聞こえるが、驚きに付き合ってやるつもりは、ない。

 

「墜ちろっ」

 

 空いた左手で投げたオレンジのブーメランは、炎を吹きながら上空のシルエットに肉迫し。

 

「ぎゃああっ」

 

 蝙蝠羽根の片方を断った。

 




本日の犠牲者:トロルキング

次回、第四百九話「かげの正体」


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第四百九話「かげの正体」

 

「正体を現せ」

 

 落下するかげの元に駆け寄り、血が付いたままのまじゅうのつめを突きつけ、最初にした要求がそれだった。

 

「あぐっ、うぐ」

 

「……ふむ」

 

 落下のダメージがこちらの想像より大きかったのか、それともこちらが想像した魔物より弱いモンスターであったのか、俺の言葉に答えるどころではなさそうなのは、少々想定外である。

 

(始末するつもりなら、ここで回復呪文を使っても良いんだけど、鞄に薬草残ってたかなぁ)

 

 そもそも薬草が効くような魔物なのかという問題もある。

 

「す、スー様」

 

「……見ての通りだ。少しやりすぎたのかもしれん」

 

 翼のある悪魔、サタンパピーやバルログ辺りなら、会話さえ出来ない状況に至るとは考えにくい。

 

(あとは飛べる魔物で、人語を解するモンスターって何が居たっけ……あ)

 

 少し考えてから、思い至る。正体を探るのに丁度いいモノがあったと。

 

「ハルナ、こいつの片翼がこの辺りに落ちていると思う。探してくる間、こいつの見張りを頼めるか? 抵抗したり逃亡しようとするようなら殺して構わん」

 

「……い、いいんですか?」

 

「やむをえん、最初はお前に翼を拾って来て貰おうかとも考えたが、そんな奴がうろついている場所だからな」

 

 肩をすくめてブーメランを持った方の手で示した先には、先程倒した大物の死体が転がっている。

 

「確かあいつはアレフガルドに出没する魔物。このあやしいかげから目が離せない状況ではああいう危険な魔物と出くわした時、助けに入るのが遅れるかもしれん」

 

 貴重な情報源だろうが、お姉さんの命には替えられない。

 

「こいつが重傷のふりをしている可能性もゼロではない。見張りだけでも充分危険だが頼まれてくれるか?」

 

「スー様……そ、その」

 

 俺の申し出に、ハルナさんはまごつきつつ、そっと指をさした。

 

「あ、足下……それがお探しのものではないでしょうか?」

 

「え? あ、本当だ」

 

 言われて下を見れば、確かに蝙蝠っぽい翼が足の下敷きになっており。

 

「……ふ、灯台もと暗しだな」

 

 いたたまれなさと恥ずかしさを誤魔化すために、俺はとりあえず格好を付けた。

 

(と いうか、べた すぎません か、この てんかい)

 

 足下は草地、直接地面で無かったことで草を踏んでいると思いこんでいた訳だが、いくら本体に気をとられていたからって、足下ぐらいちゃんと見ろよと数十秒前の俺に言いたい。

 

(そう言えば足下不注意ってこれが最初じゃないんだよなぁ。バラモス殴りに言った時もバリア床踏んづけた気がするし)

 

 青い皮膜を持つ褐色の翼を拾い上げつつ、過去の失敗を思い出し遠い目をしてみる。

 

「スー様?」

 

「あ、あぁ、すまん。この翼、見覚えはあると思うんだが……色合いならライオンヘッドに近い気もするが、あれは人語を話した記憶がないし、記憶の中にある実物とも一致せん」

 

 我に返った俺は記憶を掘り返しつつ、応じてみるが、どうにも思い出せず、うーむと唸り。

 

「で、では出会ったことのない魔物では?」

 

「出会ったことのない、か……そんなモノがいただろうか」

 

 ハルナさんの提案に首を傾げた。

 

(原作はクリアしてるし、ほぼ全ての魔物に会ってる筈なんだよなぁ)

 

 さっさと正体を明かして欲しいところだが、苦しむだけの姿を見る限り、その余裕はなさそうだ。

 

「やむを得ん、手当をしよう。先に縛ってしまえば問題なかろう」

 

 ついでに目隠しと耳栓をしてしまえば、回復呪文を使ったとしても誰が使ったかはわかるまい。

 

「さてと、抵抗しないように縛……ん? そうか!」

 

 ただ、いざ行動に移ろうとして閃いたのは、本当に皮肉だったと思う。

 

(変わってるのは見た目だけなんだ、触って調べればいいじゃないか)

 

 先程倒した紫肌の巨人(トロルキング)も人間大のシルエットにもかかわらず地響きを立て、カンダタ一味のアジトの外、森の中で倒した多頭ドラゴンが正体だったあやしいかげはシルエットより外の何もない場所を斬っても手応えがあった。

 

(俺の想像通りなら、触感までは誤魔化されていない筈)

 

 問題があるとすれば、この魔物が女の子だったケースだが、先程会話は聞いている。

 

(余程ハスキーボイスでなければ男だよな)

 

 人間と声帯が違う何てオチもありそうだが、そこは考えないでおこう。

 

(大丈夫だ、確率からしてもこれまでの圧倒的な女性率を考えたら次は男の筈)

 

 保険としてハルナさんに触って貰ったうことも少し考えはしたが、正体不明のこのあやしいかげが男だったらセクハラになってしまう。

 

「よし」

 

 覚悟を決めよう。だいたい、確認するために触るとは言っても異性だったらアウトな場所へ触らなければ良いのだ。

 

(まずは顎、髭があれば男確定だし)

 

 世界が俺の想定を裏切ったとしても、顎ならまだ取り返しが付く。

 

(あとはのど仏の有無かな)

 

 とりあえずの指針を立てた俺は、鞄からロープを取り出すと、悶える怪しいかげへと手を伸ばす。捕縛という目的も忘れてはいない。

 

「すまんが周囲の警戒を頼む」

 

 念のためハルナさんに依頼すると、俺は始めた、かげの正体を確認する作業を。

 

 




次回、第四百十話「おからだにさわりますよ」


なるとす、じゃないですよ?



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第四百十話「おからだにさわりますよ」

「ふむ」

 

 いざ触ろうとなると、一点問題が出てきた。

 

(当たり判定詐欺って言うか、このシルエットの見た目、アテにならないことも多いんだよなぁ)

 

 例えば水色生き物ことスライムが正体だった場合のあやしいかげもシルエットの見た目では実物にない腕や翼がある。

 

(本来の大きさ形状に関係なく別の姿の幻を貼り付けて見た目だけ変えてると考えるなら、へんげのつえと仕組みは同じような気もするけれど)

 

 色々と謎は多い。

 

(まぁ、そう言う考えただけでは解らないところは、後に回すとして、今は確認作業が先だ。まずは頭と足、かな)

 

 身長がシルエット通りのサイズかどうかが解れば、頭の位置も推測しやすくなる。

 

(原作だと頭身低く描かれてる魔物も居たけど、こっちは不自然な点は修正されてるみたいだし)

 

 例えば、シャルロットに忠誠を誓った真紅の鎧(キラーアーマー)もずんぐりとした体型ではなく、ごく一般の人間が着用する鎧と同じサイズになっている。原作ではグラフィックの使い回しだった、カンダタの手下達が中身入りなのだから、当然と言えば当然かも知れない。

 

(では、とりあえず足から――)

 

 少し迷ってそちらを選んだ理由は、幾つかあるが足の形と尻尾の有無で完全な人型かそうでないかの区別ぐらいは出来るため。

 

「ぎゃああっ」

 

「しまった」

 

 ただし、この選択は失敗だった。足の骨でも折って居たのか、触った瞬間、凄まじい悲鳴が迸ったのだ。

 

「んぐ」

 

「ふぅ」

 

 慌てて俺はもう一方の手で人型なら口があると思わしき位置にロープの束を持った手を押しつけた。

 

(最初に猿ぐつわをしておくべきだったなぁ)

 

 後悔はいつも失敗の後にやってくる。

(さっきの悲鳴、聞かれたかも知れない。急ごう。で、足下は……あ、靴を履いてるのか、これは)

 

 そして、最初に得た情報によって記憶の中で裸足だった悪魔達の可能性がほぼ消えた。

 

(うん、裸足どころか全裸だった気もするけどね、あれ)

 

 鎧の魔物ようにリアルさが追求され、補正されてるとしたなら、ビジュアルにも変化はあるのだろうか。

 

(って、脱線してる場合じゃない! えーと、尻尾は無し、か)

 

 尻に直接触っている訳では無いので、短い尻尾が生えている可能性は否定出来ないものの、靴を履いて翼のある魔物で尻尾持ちとなると、アッサラームやイシスで暗躍していたベビーサタンとその上位種ぐらいしか記憶になく。

 

(どっちも長い尻尾を持っているしなぁ。だいたい、塞いだ口の位置からすると大きさは人間大と見て良さそうだし)

 

 口をロープ束で抑えたまま指を伸ばして顎に触ると、触れた場所に髭もなかった。

 

(ついでに言うならざらざらもしてないし、どっちかって言うと人の肌に近いような……あ)

 

 そこまで確かめて、俺はようやく一種の魔物を思い出した。

 

吸血鬼(バンパイア)か」

 

 原作でしか出くわしてないその魔物は、燕尾服を着て蝙蝠の翼を生やした人間という形状をしていた。爪や牙は長く伸びていたかもしれないけれど、触った感触は記憶の中にある魔物のものと一致する。

 

(何で忘れてたんだろ、M字開脚とか変な髪型とかツッコミどころ豊富な見た目してたのに)

 

 俺としたことが迂闊だった。

 

「なら、手の方を触れば服の袖があるな。しかし、バンパイアだとすればこのひ弱さも納得が行く」

 

 吸血鬼と聞くと割と手強い魔物というイメージがあるのだが、この世界ではどちらかと言えば弱い方だったと思う。

 

(まぁ、弱いに越したことは無いんだけどね。ハルナさんが見張りでも大丈夫ってことだし)

 

 ついでに言うなら、原作で出てきた吸血鬼は皆男だった。

 

(最下種の魔物が「こうもりおとこ」だったからかも知れないけれど)

 

 これでセクハラを恐れず触ることが出来る。

 

「さて、目隠しと耳栓、猿ぐつわだけはしてしまうか」

 

 このまま口をふさいでいるのも手が塞がったままになるし、触るたびに悲鳴をあげられるのも面倒だ。

 

(おとこ に さわる って ことばだけ だと ありあはん の あたり に おおよろこび しそうな そうりょ が いる き が しますけどね)

 

 浮かんできた腐った僧侶少女のイメージを、頭を振って払い、俺は鞄から取り出した布の端を口でくわえた。

 

「まずは、猿ぐつわだ」

 

 片手が塞がっていてやりづらいが、そこは自分を信じるしかない。元遊び人でもある、この身体のスペックを。

 

「んっ」

 

 主に使うのは手の方、口にくわえた布の端を噛んで固定したまま、布を一周させ。

 

(あるぇ? よく考えたらこの格好、あやしいかげにキスをしようとしてる様にも見えるような)

 

 傍目から見たら酷いビジュアルだと気づいたのは、布の端と端が出会いそうになった後。

 

「ん゛んーっ」

 

「ん゛」

 

 シルエットになっても解る怯えた目と視線があった時、俺は固まった。

 

(うわーい、あの そうりょ だいかんき じゃないですか、やだーっ)

 

 と言うか、今猿ぐつわをかませようとしているあやしいかげにも誤解されてる気がする。

 

「んんぅ」

 

 違う、違うんだ、俺はそう言うのじゃない。

 

(あやしいかげ が ほほ を そめなかったの が せめてもの すくい……って、救いになるかーっ!)

 

 心の中で叫びつつも、手を止められない俺はモクモクと作業をこなすのだった。

 

(どうしてこんな展開に……うわーんっ)

 

 心で泣いて。

 




何でこんな展開になってるんですかねぇ。

主人公×吸血鬼?

うん、ないわー。

次回、第四百十一話「M字の処し方」


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第四百十一話「Mの処し方」

「ふぅ、とりあえずこれでいい」

 

 暴れて抵抗されるかとも思ったが、推定吸血鬼のあやしいかげは抵抗らしい抵抗を見せずに作業は終了した。

 

「ベホイミ」

 

 目隠しをし耳栓をねじ込んだ今なら、回復呪文を使用しても問題はない。

 

(会話が出来なきゃ聞き込みも無理だからなぁ。動かしたり触れるたびに悲鳴をあげられるのも困るし)

 

 まぁ、何にしても回復呪文をかけたことでその問題も解決した、とは思う。

 

「あとは、そっちのデカブツの後処理か」

 

 縛ったあやしいかげについては、ハルナさんに任せてしまってもいい。女性で魔法使いとは言っても、俺の影武者が出来る程度には体格が良いのだ。

 

「……やはり運ぶには手間がかかりそうだ」

 

 死体をゾンビに出来る技術があれば、横たわった死体に歩いて貰えば済む話だけれど、生憎俺は腰蓑の変態ではない。

 

(そう、変態じゃ……あれ? あの変態の死体を見本にモシャスすれば俺でも死体を操れたりするのかな?)

 

 ロクでもないというか外道過ぎる気もするが、効果的ではある。

 

(ついでにこのデカブツが仲間だった魔物とかに襲いかかったりすれば、魔物側はまた裏切り者が出たと思うだろうし)

 

 かく乱だけならモシャスで紫の巨人に化け、あやしいかげを見かけなかったランシールの近くに赴いて暴れるだけで良いが、死体を使えば俺自身は推定吸血鬼の姿になることで離反した二人を演出することが出来る。

 

(単独だと一緒にいた吸血鬼はどうなったって話になるもんなぁ)

 

 一応、裏切りに気づいたので始末したとかそれっぽい理由はつけられるものの、揃っていた方が信憑性は増すと思う。

 

「……と言った感じで魔王を欺いてみようと思うのだが。魔物にも大魔王に従うものとそうでない者が居ると以前魔物自身から聞いたことがあるからな。離反者が出ても不自然はないと思うが」

 

「スー様、ですが、その……うまく行くのでしょうか?」

 

「不確定要素も多いが、あまり時間をかけてはいられないからな。駄目なら駄目で最初に考えていた手段で死体を片付けるだけだ」

 

 腹案を明かし、返ってきたハルナさんからの指摘にそう答えると、俺は来た道を引き返し始めた。

 

(あの紫トロルと変態に繋がりがあるなら、ついでに変態の死体もちゃんと処置ておくべきだよな)

 

 死体の始末に奔走すると言う状況のせいで、殺人事件の犯人にでもなった気分だが、それもこれも元を正せば、この地域にあやしいかげが出ることをド忘れしていた俺のポカである。

 

(思えば以前、蘇生呪文についておばちゃんと話していたことがこんな形で関わってくるとは)

 

 おばちゃんは言っていた、当人の魂ではなく他者の魂を死体へいれようとすると魂と肉体が反発してしまい、くさったしたいのような魔物となってしまう、と。

 

(足し算の時は、俺が魂代わりをしてくれってホロゴーストに頼んだから、魂側が反発を抑えて成立した)

 

 だから、別の魂を流用することでゾンビ化させることぐらいなら何とかなる筈だ。

 

(この知識だけだと弱いけれど、モシャスであの変態の死霊使いとしての力を使えるなら)

 

 多分、動く死体にするところまでは上手く行く。

 

(問題は、制御だよな)

 

 暴走して何にでも襲いかかるトロルゾンビが出来ました、では笑えない。

 

(一応、それでも大魔王を欺くのには使えそうだけどね)

 

 あの変態が更に強力な手駒を欲して、紫トロルを謀殺、ゾンビにしようとしたがトロルゾンビが暴走、敵味方の区別無く襲い始めた。当地に出現した脅威は狂ったトロルゾンビであったのだ、と言う筋書きだ。

 

(ただ、暴走なんかしたモノを倒さず放置した日には、ランシールが襲われる可能性もあるし、物資を船に持って行く帰り道で俺達と鉢合わせなんて事だってあるかもしれないんだよなぁ)

 

 あやしいかげが出ることは船長達に伝えてあるから上陸した船員が犠牲になるとは思わないが、旅人が犠牲になる可能性はある。

 

(うん、やはりフリだけで失敗しておこう)

 

 これはいくら証拠隠滅のためとは言え、流石に踏み込んではいけない領域だろう。

 

(と いうか、こんな こうさつ を してる じてん で しっぱいする き が ひしひし するし)

 

 盗賊に備わった危機感知能力なのか、今までの失敗から学んだのかは解らないけれど。

 

「確か、この辺りで倒した筈だが……あれかって、ちょ」

 

 たぶん死霊術に手を出さないと寸前で方針を変えたのは、正解だったのだと思う。海岸に戻り変態を倒したと思わしき場所まで辿り着いた俺の口が、堪えきれず素の声を出してしまった理由からすると。

 

「す、スー様」

 

「あ、ああ。くさったしたい、だな」

 

 本来使役しているはずだった死体に集られる腰蓑を付けた何か。主が死んで支配が解けた反動なのかどうかはわからない。

 

(片付ける手間は省けたけど)

 

 臭いも目の前の光景も歓迎したい物とは全く正反対にあるものだった。

 

 




MはマクロベータのM

次回、第四百十二話「死霊術」


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第四百十二話「死霊術」

「なにがどうしてああなったかは知らんが、ここでたむろされても邪魔になる。片付けるぞ?」

 

 変態の死体があるここは、小舟で上陸した場所なのだ。当然、用事を終えた俺達が帰路に通りかかる場所でもある。

 

(やるなら呪文で良いか。武器とか使うと臭い付きそうだし)

 

 シャルロットは同行していないし、あやしいかげの目隠しも耳栓も解除はしていない。

 

(ただ、また大きいのぶちかますと魔物が様子見に来るかも知れないからなぁ。確かくさったしたいには全ての攻撃呪文が効いた筈――なら)

 

 少し考えてから俺の選んだ呪文は、二つ。

 

「バギマ、ヒャダインッ」

 

「う゛ぉばっ」

 

「うお゛」

 

「お゛べっ」

 

 風に刻まれ、氷の棘の集合体が射出する棘に貫かれ、腐乱死体はバタバタと倒れて行く。広範囲呪文を混ぜたからか、腰蓑を付けた死体も巻き込んでいるが、群れのまっただ中にあったのだから、そちらはどうしようもない。

 

「す、すごい」

 

「殲滅完了、だな。さて……本来ならこういうのもどうかと思うのだが」

 

 周囲を見回し、腰蓑を付けた変態の持ち物と思わしき杖を拾い上げた俺は、ボロボロになった死体へと近づく。

 

「す、スー様?」

 

「魔物の中には蘇生呪文を使える者が居る。こいつと見た目が似た魔物にもな」

 

 海が近くて幸いだったと思う。杖に変態の死体を引っかけて持ち上げ。

 

「せぇいっ」

 

 全力で投げる。放物線を描いた青い肌の死体はやがて海面で水柱をあげ。

 

「ふぅ、これで死体が利用されることはあるまい。さて、戻るか」

 

 俺はかいても居ない額の汗を拭うと、そのまま踵を返す。

 

(とりあえず、あそこはあれでいい)

 

 腰蓑を付けた魔物の杖も手に入った。これを使って傷を付けた紫トロルの身体の一部か遺品でも残しておけば、謀反した魔物と戦ったという偽装にはなると思う。

 

(死体に出来る限り杖で傷を付けた上であの紫トロルにモシャスして運搬かな)

 

 体格に違いがありすぎる以上、寄り道せずどうにかするとなると他に方法はない。

 

(ランシールの村まで行けば消え去りそうが売られてるんだけどなぁ)

 

 寄り道どころか目的地まで行ってしまうような選択肢は最初から論外である。

 

(どちらにしても死体の始末の方はこれであとあのデカブツのみになる訳だけれど、縛ったあやしいかげへの聞き取りも残っているんだよね)

 

 仕留める所までは呪文を使うところも見せていない以上、シャルロットと会わせても問題はない。ただ、捕縛済みとはいえ人間に敵対的な魔物を村に持ち込むのは問題だろう。

 

(吸血鬼に関しては、村に行く途中で尋問して――)

 

 縛ったりした時、妙に怯えられたので、俺が脅せば情報は素直に吐いてくれそうな気はする。

 

「問題はその後、だな」

 

 生かしておくと要らない誤解が広まる可能性があるのだ。

 

(あの目、絶対誤解してるよなぁ、何処かの僧侶少女が大歓喜する方向に)

 

 腐った死体を操るのが死霊術なら、腐った少女を喜ばせるのは何というのだろう。

 

(じゃなくて! 今は死体の始末が先だ)

 

 別に、めんどくさいことや煩わしいことを先延ばしにしようと言う訳じゃない。

 

(死体運びだって充分めんどくさいからな)

 

 そもそも見ていて楽しいモノでもない。

 

「……さてと、戻ってきたな」

 

 だから、装備も出来ない杖で死体をひたすらぶっ叩いて憂さ晴らしするぐらい、許して欲しいと思う。

 

「バイキルト」

 

 もとより上手く扱えない武器なのだから、補助呪文をかけるのは、仕方ない。

 

「そして、壊れてしまったとしても、仕方ない」

 

「す、スー様?」

 

「いや、前に鉄の斧を無理矢理使おうとして壊したことがあってな」

 

 杖とはいえ、持ち主の変態はそれなりに高位の魔物だったはず、一撃や二撃で折れ飛ぶようなことはない、そう思っていた。

 

「でやあぁぁぁぁっ! あ」

 

 予想は、ベキッと言う音を伴って折れた。

 

「っ、なら折れた先でっ! ちょっ」

 

 短くなったら、折れにくくなると思ったのに、世界は無情だった。

 

「……ホイミで直らない、よな」

 

「さ、流石にそれは……」

 

「解っている、言っただけだ!」

 

 こうして俺は半ば自棄になりつつ杖と死体を壊し尽くした。

 

「うおおおおっ、杖などなくともっ!」

 

 くさったしたいの攻撃の偽装だと言いつつ最後は自分の爪にスカラをかけて引っ掻いていたりもしたけれど、割れた爪に回復呪文を使ったぐらいで無事偽装作業は終了し。

 

「さて、次はこの死体の運搬だが、お前と一緒に居るところを他の魔物に見られると流石に言い訳出来んな」

 

「あ、あの……それでしたら、服の中に隠れてはどうでしょう?」

 

「えっ」

 

 とんでもない申し出に俺が耳を疑っている間にハルナさんは言う、あれだけ大きな体ならば服と身体の間に一人二人隠れても遠目なら解らないと思います、と。

 

「い、いや、確かに大きさを鑑みればそうなるだろうが」

 

「スー様の足を引っ張ることになっては、申し訳ありませんし……どうぞお気になさらず」

 

「だ、だがな?」

 

 時間のロスを減らそうと申し出てくれたのが解るだけに強く拒絶することも出来ず、時間も無駄に出来なかった俺は、結局折れることとなるのだった。

 

 




死体バッシング、これが新しい死霊術?

ただのダイナミック不謹慎だと思う。

次回、第四百十三話「話を聞こうか」


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第四百十三話「話を聞こうか」

「はぁ」

 

 ため息が出てしまうのは、仕方ないと思いたい。

 

(首飾りって言うか、アメリカンクラッカーだよなぁ、これ)

 

 首の後ろを回したロープの片側は縛られた怪しいかげがくくりつけられ、もう一方にハルナさんがぶら下がることでバランスを取っているのだが、歩く拍子に時々服の中で揺れるのだ。

 

「大丈夫か? 辛いようなら言え」

 

 あやしいかげとそれこそ比喩に使ったアメリカンクラッカーの玉のようにぶつかる可能性があると荷物をクッション代わりにするよう勧めておいたものの不安は残る。

 

(流石に自重に匹敵した重量物まで担いでの行軍となると……)

 

 服の中だけには気遣っていられない。

 

「だ、だいじょうぶです」

 

「なら、いい。今のところ魔物には見つかっていないし、このままいけると良いな」

 

 胸の辺りから聞こえた返答に下を見ないで応じると、軽く首を巡らせて前に進む。

 

(一時はどうなることかと思ったけれど、トロルって皮膚がかなり厚いからなぁ)

 

 しかもそれなりに脂肪まで備えているとあっては、お姉さんの身体の柔らかさを感じ取る方が難しい。

 

(それがラッキーかアンラッキーかは人と状況に依るんだろうけれど)

 

 雑念が入らないのなら、幸運だったと言うことにしておこう。

 

「さっさとシャルロットと合流しないとな」

 

「は、はい。そうで」

 

「無理に話すな、舌を噛むかもしれんぞ?」

 

 首からロープでつり下げる式だからこそ俺が動けば反動でよく揺れる。

 

(うん、下手すると酔いそうだ)

 

 俺だったらこんな提案はしない。だからこそ、時間短縮のため、苦行を買って出てくれたハルナさんには頭が下がる思いなのだが。

 

「……ふぅ、何とか辿り着いたな」

 

 それから海岸に着くまでどれ程かかっただろうか。足は短いが身体は大きい。だから、一番苦労させられたのは、足音だった。重量級の巨体が同じモノを担げば、背負った死体が生前に歩いていた負担の倍近い力が足にかかる。

 

(地響きさせてたら、ここに居るぞって全力で自己主張してるようなものだし)

 

 それでも魔物に遭遇しなかったのは、多分地響きを味方の足音と認識しているからなのだろう。

 

(人間は地響きさせながら歩かないもんなぁ)

 

 もっとも、ハルナさんに無理をさせる気はないので、このまま魔物除けに紫トロルの格好でランシールへ向かうなんてつもりはサラサラないけれど。

 

「遺留品はボロボロの棍棒と毛皮の服の切れ端に血痕ぐらいでいいか」

 

 加害者をあの腰蓑の変態と腐った死体という想定で偽装したのだ。

 

「もし実際に戦わせて勝ったとしたら、ちまちま削っての勝利だった筈だしな」

 

 だから、残るとしたら傷だらけの死体が丸々と言うことになるが、それでは拙い。

 

「で、では死体は?」

 

「海に捨てる」

 

 三流ミステリーじみてきたが、やってることがほぼ似たようなモノなのだから仕方ない。

 

「ハルナ、陸の方を向いて見張りをしていて貰えるか?」

 

「え?」

 

 毛皮の服に手をかけつつ俺はお姉さんに頼み事をしてみたが、ぼかし過ぎたか、お姉さんに理解した様子は見つけられず。

 

「コイツ、多分雄だ」

 

「あ、は、はいっ」

 

 仕方なく、補足説明すれば、ようやく俺が言わんとすることを察したらしい。顔を赤くしながら背を向け。

 

「さて、と」

 

 後に残されたのは、嫌な作業だけだった。

 

「……まぁ、尋問も楽しい作業では無いけどな」

 

「スー様?」

 

 ハルナさんぁら怪訝そうに見られた頃には、偽装工作も終わり。

 

「さて」

 

 あやしいかげに歩み寄ってまず手を伸ばした先は、耳。

 

「耳栓を取った以上、聞こえているな? お前に聞きたいことがある」

 

 猿ぐつわは噛ませたままだが、首を固定はしていない。

 

「まず、首を振って答えろ。正直に話すようなら、良し。そうでない時は――」

 

「ん゛ーっ」

 

 正直、抵抗はあるのだが、安易に「命は助けてやっても良い」と言えない以上、別の方法で口を割らせる必要がある。

 

(例えばそれで、嫌な誤解を自分から助長するハメになってもね)

 

 不本意だが、情報は欲しい。

 

「お前達が仕えているのは、大魔王ゾーマだな?」

 

「ん」

 

 始めの問いには肯定が返った。まぁ、以前に斬ったアークマージから盗み聞いた話やおばちゃんから聞いた話からすると、質問と言うより確認に近かったのだけれど。

 

(本来アレフガルドにいるはずの紫トロルとか腰蓑変態の存在もあるし)

 

 俺が色々やらかした為、バラモスがゾーマに泣き付いて兵力を借りたというなら話は別だが、こちらの問いに答えたことで、そのセンは消えた。

 

(やっぱり、こっちの世界は左遷された者の行き着く先なのか)

 

 ただし、これまでに出会ったかげの正体をリストアップすると、左遷された魔物で済ませてしまって良いか悩む。

 

(一部、本当に洒落にならない奴ら居たもんなぁ)

 

 アークマージも今回の紫トロルも、辺り判定詐欺な多頭ドラゴンも俺だからこそ何とかなったが、俺抜きのシャルロット一行だったら、どうなっていたことか。

 

「……次だ。以前、別の派遣先で今回のように本来ならアレフガルドを闊歩してるのが相応しい格の魔物が行方不明になっているという話を聞いたことはあるか?」

 

 続いて聞いたのは、別のあやしいかげが配置されている地域のこと。

 

(情報の共有が為されているかどうかで、こっちの出方も変えないといけないし)

 

 情報が入ってきているなら入ってきているで、入ってきていないなら入ってきていないでメリット、デメリットがある。情報が共有されているなら、この場で得られる情報が増えるし、共有化されていないなら、この吸血鬼を始末すれば、一連の騒動も有耶無耶に出来るかも知れない。

 

 




次回、第四百十四話「到着」


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第四百十四話「到着」

 

「ほう」

 

 あやしいかげは首を横に振った。

 

「では、こちらの世界に左遷されたアークマージの一人がゾーマを裏切り仲間を殺めたことも知らんか。まぁそんな情報が知れ渡れば赴任を承諾する者が居なくなるだろうからな、当然と言えば当然か」

 

 わざとらしくない程度の音量で独り言を口にすると、俺は更に言葉を続ける。

 

「まぁ、お前が小物だから知らされていないだけという可能性も残ってはいるのだがな」

 

 実際、吸血鬼はアレフガルドには出没しない魔物だ。あやしいかげに聞かせる形になった推測は俺が実際考えたことで、嘘はない。

 

(おばちゃんだって知っていたのは、バハラタの近くに洞窟があることだけだったし)

 

 情報が漏れることを嫌って、与える情報を制限していた可能性はある。

 

(うーん、アリアハンの国王も原作で最初に勇者を呼んだ時「世界の人々はいまだ魔王バラモスの名前さえ知らぬ」って言ってた気がするし、こちら側をバラモスに任せ、自分の情報は秘匿するつもりだったと考えると、納得は行く)

 

 そも、大魔王ゾーマは絶望大好き君だったような気もするし、完全に存在を秘匿しておいて、万が一バラモスが倒されても、自分が出てきてぬか喜びからの絶望コンボを味あわせようとしたなら、何処にもおかしいところはない。

 

(実際に原作のアリアハン王は完全に凹んでやる気を失ってたしなぁ)

 

 おばちゃんのカミングアウトなんかはきっとゾーマにとっても想定外だったのだろう。

 

(カンダタのアジトで俺に聞かれた上斬られた方は、せめてもの情けでカウントしないとして)

 

 ともあれ、情報の共有が為されていないなら、これ幸い。このあやしいかげにこちらにとって都合の良い情報を吹き込み持ち帰らせれば、人攫いのアジトでの偽装の仕上げが行えるかもしれない。

 

(ふぅ、フードとマントつけてて良かったぁ)

 

 お姉さんに影武者をして貰うための格好がこんな所で役に立つのは想定外だが、生かして帰すなら顔が割れていないのは重要だ。

 

(聞くだけ聞いて、吹き込むだけ吹き込んで解放する時には気をつけないとな)

 

 ひょっとしたらハルナさんと俺の名前を耳にしているかも知れないというのもネックだ。

 

(まぁ、俺はスー様呼びされてたし、スーザンも偽名だからなぁ)

 

 この身体の持ち主の名は、ヘイル。シャルロット達にはこの名前で名乗っているため、スーさんとかスー様と呼ぶのは、クシナタ隊のみんなとジパングの人達ぐらいだ。

 

(ジパングに立ち寄るのを最低限にして、ハルナさんには以後偽名を使って貰えば、対策にはなる)

 

 偽名の期間は大魔王ゾーマが倒されるまでと言うことになるか。

 

(今のペースだと一年もかからないと思うし)

 

 申し訳ないが、ハルナさんには辛抱して貰おうと思う。

 

「しかし、こうも情報原として役に立たないのは想定外だったな。おい、何か最近変わったことは無かったか? 指示や通達は?」

 

 落胆の演技をしつつ、猿ぐつわを解くと身の危険を感じたのだろう。

 

「そ、そう言えば……アークマージが一人派遣されて来るかも知れないって噂がありました」

 

 あやしいかげは、言った。

 

「アークマージ?」

 

「は、はいっ。何でも母親がこっちにで行方不明になったとかで、どの地域でもいいから派遣してくれと上に掛け合ったらしくて」

 

 問い返せば、出てきたのはもの凄く何処かで聞いたような話。

 

「……らしくて、と言うことは違うのか?」

 

「さ、さぁ……あなた様の言うところの下っ端の私が聞いたのは、こちらに派遣されるかもって話がいつの間にか聞こえなくなったってだけでして」

 

 ここで、この推定吸血鬼を責めるのはお門違いだろう、ただ。

 

(これ、かんぜん に おばちゃん さがし に いかない と いけなく なりました よね?)

 

 おばちゃんの居ない時に遭遇したら拙いことになる。

 

(このあやしいかげの話通りなら、この近辺に出るあやしいかげは殺ってしまっても大丈夫って事なんだろうけれど)

 

 ともあれ、貴重な情報を貰った手前、ここで「用済みだ」とはし辛い。

 

「約束だったな。俺達は我らが主のために動かねばならん。この辺りに放置しておけばそのうちお仲間が通りかかるだろう」

 

「えっ?」

 

「いいか、俺達が去ってから助けを呼ぶまでに二百数えろ。その前に仲間を呼べば呼んだ仲間ごとお前を殺す」

 

 言わば放置プレイという形のリリースだが、こうでもしないと素顔を見られてしまうのだから仕方ない。

 

「行くぞ」

 

 おそらく俺とあやしいかげとの会話を邪魔しないようにと黙っていたハルナさんへ声をかけると俺は忍び足で歩き出す。

 

(あの吸血鬼が助けを呼べば、この辺りの魔物の注意はあちらに向く)

 

 せいぜい利用させて貰うとしよう。散々手間をかけさせてくれたのだから。

 

「……見えた、あれだな」

 

 放置してきた囮のお陰か、単に忍び歩きで気取られなかっただけか、ようやく見え始めたランシールの村に、現金なもので俺の足は徐々に歩くペースをあげ。

 

「お師匠様ぁーっ!」

 

「……まったく、あいつは」

 

 いつかのように村の入り口へ立って手を振る弟子の姿に口元は自然と綻ぶのだった。

 

 




次回、第四百十五話「さいかい」


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第四百十五話「さいかい」

 

「すまん、待たせたな」

 

 謝りつつシャルロットに歩み寄ると、その手を取り掌へ拾ってきた指輪を置く。

 

「え? お、お師匠様、これは?」

 

「戦利品兼待たせた詫びだ。おどるほうせきという魔物と出くわしてな」

 

 変に誤解されてもあれなので、すぐに説明した。

 

(まさか、俺に女性へ指輪を渡す日が来るなんてなぁ)

 

 お詫びの品とは言え、人生何があるかわからないものだ。

 

(とりあえず、渡す相手がシャルロットで良かった)

 

 スミレさん辺りだと絶対にからかわれていたと思う。

 

(いや、側にスミレさんがいれば同じ事か)

 

 この世界に結婚指輪とかの概念があるかどうかがまず不明だが、女性に宝飾品を贈るというだけでもからかわれる対象にはなるだろう。

 

(まぁ、今回は理由まできっちり説明した訳だし)

 

 誤解はないと思いたい。

 

「え? す、すみませんお師匠様……ボク、お師匠様とはそういう風には、ちょっと……」

 

 とか、勘違いされた上に申し訳なさそうに指輪を突き返されたら、泣ける。

 

(うん、普段から責任とれないとか言ってる癖に何想像してるんだってツッコミいれられるかもしれないけどさ)

 

 それなりに仲良くしてる女性から、拒絶されるのはダメージがでかいと思うんだ。

 

(だいたい、シャルロットが懐いてるのも師匠とか父親代わりとしてだからなぁ)

 

 勘違いは禁物だ。

 

(って、待てよ? 父親代わりなら誕生日にはプレゼントとか用意しておくべきだよな)

 

 何だか割と大冒険してる割には日数がそれ程経過していないものの、油断はできない。

 

(原作では、勇者が国王に呼ばれた日が誕生日だったはず)

 

 ルイーダの酒場に訪れたのはその後だろうから、俺がこっちに意識だけで来ちゃった初日がシャルロットの誕生日と言うことになる。

 

(あれから一年後、かぁ)

 

 この進行速度だと、普通にゾーマを倒してアレフガルドで生活し始めてから数ヶ月後、何てオチになっていそうな気がするが。

 

(その時、俺はどうしてるかな……)

 

 元の世界に戻っているか、ギアガの大穴が塞がっちゃってシャルロット同様アレフガルド在住か。

 

(こういう時、どう転んでも良くしておくのがいいよな)

 

 元バニーさんか、アランの元オッサン辺りに託しておけば、どちらのケースでも対応は可能だろう。

 

(一緒にいるようなら、返して貰って渡せば良いだけだし)

 

 そんなことより、何を渡すかの方が問題だ。

 

(女の子と勇者という両方の観点から見て、良いと思うのは光のドレスだけど、あれはジパングにすごろく場が出来ないと入手不可能だしなぁ)

 

 銀の髪飾りは能力的にもアレフガルドの魔物とやり合うには厳しいモノがあるし、何より安い。

 

(とは言え、がーたーべるとや水着系は論外だし)

 

 俺だって誕生日プレゼントがステテコパンツだったりした日には困惑する。

 

(何も女性専用の装備に拘る必要はないってことなのかもな)

 

 そもそも、次の誕生日がいつかと考えたなら、まだ慌てるような時期じゃない。

 

「お師匠様?」

 

「ん? あ、すまん。少々考え事をな」

 

 長々考え込んでいたからだろう、訝しんだシャルロットの声で我に返った俺はもう一度謝罪し。

 

「あ、それって……そちらのスレッジさんのお弟子さんからの伝言がどうとかって事だったりするんですか?」

 

「あー、そ、そうだな。それもあるが……」

 

 誕生日に何を渡すか考えていたなどと当人に言えるはずもなく、とりあえず相づちを打ってから言葉を探し。

 

(そうだ、おばちゃんと合流しないといけないことは言っておかないとな)

 

 推定吸血鬼から聞いた話のことを思い出し、再び口を開く。

 

「実はな、これはここに来る途中魔物から盗み聞きした話なのだが、アンの子供が母親を捜しているらしい」

 

「えっ?」

 

「最初に出会った時、倒れていただろう? あの後俺達と一緒に来たからな」

 

 子供の方は生死すら知らず、おばちゃんの行方を捜して居るであろうこともあわせおばちゃんと合流する必要性があることを俺は告げた。

 

「魔物から盗み聞きしたと言ったが、今アンの子は大魔王に仕えているらしい。アンが居ない状況で出会えば戦いになるやもしれん」

 

 敢えてゾーマの名は出さなかったが、嘘は言っていない。おばちゃんと合流する理由と、おばちゃんの子供と敵として出会う可能性があることをシャルロットが知るだけで今はいい。

 

「もっとも、ここまで来てアンを探しに引き返す訳にもいくまい。オーブを集め、とある島の台座に捧げれば不死鳥が蘇る」

 

「不死鳥……ですか?」

 

「ああ、人を背に乗せてかなりの早さで飛ぶことも出来るらしい。ここまで言えば、解るな?」

 

 オウム返しに聞いてきたシャルロットへ頷きで応じてから逆に尋ね。

 

「はい。ボクがちゅきゅうのへそに向かってオーブを回収してくれば良いんですよね?

 あ、けどそれで全部でしたっけ?」

 

「パープルオーブはこのスレッジの弟子がおろちから譲り受けてきてくれるそうだ」

 

 指折り数えたシャルロットへ、俺はハルナさんを示した。

 

「は、はい」

 

「すまんが、パープルオーブのことはよろしく頼む、それとスレッジへの伝言の返事もな」

 

「解りました。では、これで」

 

 シャルロットと再会する前に打ち合わせした通りのやりとりを交わしハルナさんが立ち去り。

 

「さてと、では行くか」

 

「はい、お師匠様」

 

 俺達もまた歩き出したのだった。

 

 




次回、第四百十六話「ランシールの村」


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第四百十六話「ランシールの村」

「ところでシャルロット、今日の宿はもう取っているか?」

 

 村の中を見て回りつつ、不意に問いかけた理由は幾つかあったが、一つは視界の中に宿の看板を見つけたからだ。

 

(まぁ、観光客や旅人へ解りやすい立地でないとお客さんが入ってこないもんなぁ)

 

 村の中央を東から西へ一直線に伸びた道はやがて南へと直角に曲がる言わばメインストリートで、視界に入ってきた看板の宿屋もこの通りに面して店を構えていた。

 

「あ、はい。スレッジさんのお弟子さんとも会いまちたし、お話しをするかも知れないと思って二部屋取っておきました」

 

「そうか。では片方を使わせて貰おう。地球のへそに挑むなら、それこそしっかり休養を取って疲れを取っておく必要があるからな」

 

 部屋一つでないことにほっとしつつも、予防線を張った俺はそのまままずは宿屋に向かおうと主張する。

 

「別に疲れたとかそう言う訳ではない。村を歩き回るにしても荷物が少ない方が身軽で良いからと言うだけの話だ」

 

 シャルロットの持つ反則的な(チート)袋にぶち込んでしまうと言う手もあるにはあるが、私物の中にはシャルロットには見せられないようなモノも混じっているため、この手は使えない。

 

(あ、もちろん えっちな もの とか じゃ ない ですよ?)

 

 俺が最初に思い浮かべたのは。

 

「いつぞや没収した『がーたーべると』って、あのあとどこにやったっけ?」

 

 などと一瞬声に出さず首を傾げたのは秘密だ。

 

「わかりました。では、宿屋に行きましょう」

 

「あ、ああ」

 

 俺の申し出を承諾したシャルロットに何故か腕を引っ張られ、向かった先は先程から視界に看板の入っていた宿屋。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、何でもない」

 

 宿屋の棚を見て、声を上げた俺に振り返るシャルロットへ首を振って見せると、俺は密かにとある呪文を使う。

 

(これを呪文って言って良いモノかは微妙なんだけどね……って、うわぁ)

 

 とうぞくのはな、原作ではフロア内にあるアイテムや宝箱、ゴールドの数を知ることのできる能力だったのだが、これが現実となるとどうなるか。

 

「あと163個たからのにおいがする」

 

 こんな感じの反応が返ってきたら、俺はどうすればいいのだろうか。

 

(きっとこれ、盗れるだけ盗ったらこうなるってことなんだろうなぁ)

 

 宿の金庫に小分けにされて入れられてるお金、台所の食材、おなべのふたもへたすれば防具としてカウントされてる可能性がある。

 

(リアル化して部屋数が増えてるのも拍車をかけてる、かな)

 

 どのみち、犯罪をやらかした場合獲得出来るアイテム個数なので、全く意味のない数字だ。

 

(というか、かんぜん に しに すきる って やつ ですよね、これ)

 

 いや、俺が棚の上にあった薬草を見て、ゲーム同様家捜ししたとしたらなんて考えてしまったせいかもしれないけれど。

 

(アッサラームで小さなメダルを見つけた時も月明かりか何かに反射したメダルを見つけただけだもんなぁ)

 

 こちらの認識しだいで効果が変わってしまうと言うのは想定外だった。

 

(まぁ、よくよく考えると調べてアイテムが手にはいるところ全てに反応するなら、お店でレミラーマ唱えたら商品棚が全部光るよね、あと金庫も)

 

 何を持ってアイテム認識してるか、と言うこともあるだろう。

 

(鉱石をアイテムと見れば、鉱山の中でとうぞくのはなを使った日にはどうなることか)

 

 一瞬でも人様のモノを原作でタンスや壺に入ってるアイテムと認識したのが失敗だった。

 

(もう反応する品の定義を設定してから使わないと駄目だな、こりゃ)

 

 持ち主の存在しない品か落とし物程度に。

 

「さてと、荷物はここで預かって貰えるのか?」

 

 お前が言うなとツッコまれそうだが、部屋に残して行くと防犯の面から見てよろしくない。

 

「はい、こちらでお預かりします」

 

「では、これを頼む」

 

 俺は尋ねた宿屋の主人から肯定の返事を貰うと、鞄を開け、取り出した布の上に幾つか中身を載せると風呂敷包みして店主の前に置いた。

 

「確かに」

 

「数日の滞在だ、大丈夫だとは思うが虫害には気をつけてくれ」

 

 村をぶらつくのに不要な品の中には保存食も含まれている。駄目になっても買い直せば良いだけだが、一応釘を刺すと、もう一度鞄の中を確認してから口を締める。

 

「すまん、待たせたなシャルロット」

 

「あ、はい。じゃあ、行きましょうか、お師匠様」

 

「うおっ」

 

 振り返って声をかけると応じたシャルロットに手を掴まれ、宿の外へ。

 

(なんだか、今日はやたら強引だなぁ。やっぱり、外での無茶で心配をさせちゃったのか)

 

 だとすれば、原因はあやしいかげが出ることを忘れていた俺にある。

 

(なら、埋め合わせはしないとな)

 

 明日、単身でちきゅうのへそへ潜ると言うのに、精神面が全然大丈夫じゃなかったりしたら拙い。

 

「シャルロット」

 

「えっ、あ」

 

 単純な力比べなら、俺に軍配が上がる。呼びかけと同時に手首を掴んで引っ張れば、シャルロットは俺の腕の中だった。

 

 

 




それは、ゲーム脳による失敗か?

リアルっぽくなっていると言うことは、解釈次第で弊害も起こりうると言う。

そんな中、主人公はシャルロットへ万全の体勢でちきゅうのへそに挑んで貰う為、動き出す。

次回、第四百十七話「それはでーとなのですか?」

さて、どうでしょうかねぇ。


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第四百十七話「それはでーとなのですか?」

「情報収集がてらではあるが、今日はこの村でのんびり過ごそう。疲れを残したままでは明日の探索もおぼつくまい?」

 

 妙な誤解をさせてもあれなので、まずは趣旨を説明した。

 

(一応大きな神殿はあるものの、ポルトガとは違って、「村」なんだよなぁ)

 

 逆に言えばこの村の売りはその神殿になるのだろうが、英気を養うために目的地の入り口でもある神殿に赴いて観光が楽しめるかというと少々自信が無く。

 

(かと言って、神殿を除いたら普通の村だしなぁ)

 

 ポルトガの時は屋台もあったし、ショッピングが出来る店も豊富だったが、通りすがりの娘さんに聞いたところこの村にあるのは、土産物屋を兼業している道具屋と武器防具の店を除けば、雑貨屋や八百屋など観光客向けではない店ばかり。

 

「……とりあえず、道具屋には寄らないとな」

 

 尋ねた相手が道具屋の娘さんだったのは、運が良いのか悪いのか。

 

「消え去りそうを買っていってくださいな」

 

 と、言われてしまうとモノを聞いた手前、買わずに済ませる訳にも行かない。

 

(まぁ、きえさりそう自体は便利だし、原作と違って使いどころもありそうだから良いんだけどね)

 

 ただ、使い方によっては犯罪にも使えてしまう品をホイホイ売っていて良いのかとツッコミたくはなったけれど。

 

(こっちの素性を把握して、悪用はしないと踏んだからこそ売っている……とか?)

 

 もしくは犯罪者が買いに来ることも視野に入れて商売をしているのか。

 

(後者だったらやだなぁ)

 

 いっそのこと道具屋に聞いてみるべきかとも思いはしたが、シャルロットが隣にいる今、堂々と尋ねるのは無理がある。

 

(忘れていてくれても良いと思うけど、きっとまだ覚えてるよな、着替えを見たこと)

 

 あれはどちらにとっての黒歴史なのか。ともあれ、きえさりそうにこだわり過ぎると、忘れてしまえば良かったことが再燃しかねない。

 

(うん、気にはなるけど止めておこう。誰も問題にしていないと言うことは問題がないということなんだろうし)

 

 それよりも今は、シャルロットへ安らぎとか癒しを提供することに専念せねば。

 

「緑に囲まれて、のどかなところだな……」

 

 周囲を見回すと、建物以外に木々が目立つ。おそらくは森の中にある村だからだろう。

 

「そうですね。えっと……お師匠様」

 

「どうし……っ」

 

 相づちに続く形で声をかけられて視線を横にやると、どこか真剣な目をしたシャルロットと目が合い。

 

「お師匠様、ボク……バラモスに勝ちたいです、けど」

 

「けど?」

 

「疑問なんです、この辺りの魔物に叶わないのにバラモスへ挑んで良いのか、って」

 

 続きを促した俺は、懸念を聞いて己の失敗を知った。

 

(うわーい、やらかしたぁぁぁ)

 

 俺の実力に見合った魔物が出没するからと説明してシャルロットを先にこのランシールの村へ行かせた訳だが、ゾーマのことを知らないシャルロットからすれば、バラモスは俺と互角の魔物を多数配下においてこの周辺へ配置して居るともとれる。

 

(先に行かせるためとは言え、脅かしすぎたか)

 

 とは言え、見合った魔物が居ないので、最強レベルが出てきましたけれど相手になりませんでしたと言う真実を言う訳にもいかない。

 

(そも、師匠が一人でバラモスを嬲れる強さだなんて知ったら、シャルロット立場ないよなぁ)

 

 下手をすれば、もっと速くバラモスを単独撃破出来たのに弟子である自分のために足並みを揃えていてくれた、とか誤解される可能性だってある。

 

(どっちかって言うと都合に付き合わせて振り回してるのは俺の方だって言うのに)

 

 ともあれ、やらかした以上、ここは自分自身で何とかするより他にない。

 

「シャルロット……案ずることはない。お前が自分の実力に不安を感じているのは、解った。だが、イシスに行けば……はぐれメタルが居るだろう?」

 

「あ」

 

「アンを探さねばならない事態になったことは、説明したとおりだ。だが、アンを探すだけなら俺一人でも出来る。オーブを捧げ、不死鳥の協力を得た後なら、アンを探す途中でイシスに寄ることも出来よう?」

 

 要するに、実力が不安ならレベル上げすればいいじゃない、と言うごく単純な話である。

 

(原作と違って、模擬戦だから発泡型潰れ灰色生き物逃げないしなぁ)

 

 後はイシスでシャルロットを降ろした後、ラーミアにのってほこらの牢獄に向かい、おばちゃんを回収してから元バニーさんや魔法使いのお姉さん達ごと勇者一行を回収すればいい。

 

(この時マリクが育ってるなら、ドラゴラムして貰って替え玉に出来るかを確認して)

 

 問題なければジパングへ送り届けて貰えばいいのだ。

 

(俺はおばちゃんの捜索に行ってるだろうし、お願いするなら魔法使いのお姉さんかな)

 

 若干今後の予定に変更が入るものの、これで問題は無いと思う。

 

「更に言わせて貰えば、今は俺とお前だけだが、お前には仲間が居る。一人で勝つつもりで居るならばともかく、強くなったミリーやアラン達も居るのだぞ?」

 

「そ、そうか、そうですよね。すみません、お師匠様」

 

「何、気にするな。自分の能力に疑問を抱くことがあるのは、お前だけではない」

とりあえず上手く言いくるめられたと安堵しつつも表向きは鷹揚に応じ、俺は言う。

 

「さて、この辺りは見て回ったし、次は道具屋に行ってみるか」

 

 と。

 




全然デートっぽくならない件について。

次回、第四百十八話「神殿へ」


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第四百十八話「神殿へ」

「成る程、そういうことだったんだな」

 

 結果から言うと、きえさりそうを何故売っているかという謎は解けた。と言うか、娘さんが売り込んできたぐらいなのだ、店の方に赴けばどうなるかなど少し考えれば解る事だったかも知れない。

 

「はい、周囲の色に融け込む効果を弱め、かわりに長く続くよう調整することで傷消し剤の材料になるのですよ」

 

 つまり、道具屋で売られていたのは単なる傷消しの材料としてだったらしい。

 

(家具なんかの傷を消すからきえさりそう、ね)

 

 俺のよく知る透明化効果は、どうやら存在はするものの、それこそ犯罪に使われかねない為に職業訓練所など一部の施設でしか教えられないのだとか。

 

(魔物とかこの人みたいな道具屋、そして一部の人は例外と)

 

 更に言うと、透明化呪文であるレムオルの代用の様な使い方をせず単に傷消しの材料として使う場合、小指の爪を八分の一ほどにした大きさに切られた根の欠片があれば良いとも道具屋の主人は教えてくれた。

 

(自分の身体を透明にする使い方で必要になる程の量を買い求める客が居たら、透明化用に買い求める客、と言う訳かぁ)

 

 穴だらけに見えるようで、悪用は出来ないよう手は打ってあると言うことだろう。

 

(まぁ、原作で買い求めたのは勇者一行だったからなぁ)

 

 一般人から見れば大量購入であってもネームバリューで悪用はしないと判断し、普通に売っていたのだと思う。

 

「しかし、傷消しの方の効果を知らないとは……きえさりそうの傷消し剤の認知度もまだまだですね」

 

「すまん、俺の故郷(アリアハン)の道具屋では扱っていない品だけにな」

 

 透明化の方しか効果を知らなかったと弁明し、道具屋の主人へ詫びて見せたのは、一度きえさりそうの効果と偽ったことがあるからだ。そう、シャルロットの脱衣を有耶無耶にする為、とっさにレムオルの呪文を使ってしまった時に。

 

(あの時のことを突っ込まれたら、やばいもんな……はぁ、娘さんが色々教えてくれた手前、ここには寄らざるを得なかった訳だけど)

 

 まさかこういう展開になるとは思っていなかった。

 

「詫びという訳ではないが、きえさりそうを幾つか貰おう。それから、支払いだがこの宝石で良いか?」

 

「え、宝石?」

 

「ああ、倒した魔物が落としていったモノだが……これだ」

 

 このまま長居しては拙いと俺は鞄から取り出した宝石を頷きつつ店のカウンターへと乗せる。

 

「これは、なんと……戦利品と言われましたが、見たところ傷らしい傷もありませんね」

 

「あ、ああ。正直に言うとそれは無事だった分だ。他にも幾つかあったのだが、武器の一撃が当たってしまってバラバラになったものもある。この首飾りとかな」

 

 商売人の顔になった道具屋に話題が逸れたことを確信し、密かに胸をなで下ろしつつ首肯すると、猛威と度鞄を漁って、首飾りだった真珠の一玉を脇に置く。

 

「おや? バラバラとおっしゃいましたが」

 

「それは首飾りのパーツだ。穴が空いているだろう?」

 

「あ、ああ。そう言うことでしたか」

 

 こちらとしてはさっさと話を切り上げて店を出たいのだが、あちらも商売なのだろう。

 

「ともあれ、そう言う訳だ。支払いはこれで――」

 

 ただ、その後もつれ込んでしまった値段交渉という戦いは、その単語で想像されるモノとはほぼ真逆のモノだった。さっさと退散したくて釣りは要らないと幾つかの宝石を置いて去ろうとした俺に、店主は言う。

 

「そんなには貰えないです、これところとこれで32ゴールドのおつりでどうでしょうか?」

 

「いや、なら残りは説明料としてくれればいい」

 

「ですが」

 

 生真面目なのか、妥当な料金しか受け取ろうとしない店主に食い下がられ、交渉は尚も続き。

 

「……素直に金貨で払っておくべきだったな」

 

「え、ええと……お疲れさまです」

 

 精神的疲労が隠せない態度にシャルロットが労いの言葉しかかけてこなかったのは、怪我の功名か。

 

(いや、シャルロットを癒やす筈が労われててどうするんだって話だけどね)

 

 観光をしようにも買い物は荷物が出来るからと考え、後回しにしたせいで、もうまわるところは残っていない。この村の売りであり、結局明日行く神殿以外には。

 

「さて、どうするシャルロット? そろそろ宿に戻るか?」

 

 残念村巡りの挽回を宿で出来るかどうかと聞かれると自信はないが、神殿へ足を運んでわざわざ傷を広げる必要もないと思った俺は振り返り、尋ねる。

 

「えっと……だ、だったら神殿に行ってみても良いですか?」

 

 だが、シャルロットから返ってきたのは、想定外の答えだった。

 

「挑戦は明日だぞ?」

 

「はい、解ってまつ。けど、見つけられず迷っていた人も居ましたし、神殿はこの村の人の自慢みたいでしたから、一度……観光として見ておきたかったんです」

 

「そうか」

 

 挑む当人がここまで言うのであれば、俺としても反対する理由がない。

 

「た、ただ……今……る時は……」

 

 こちらを見ず何かブツブツ呟いている辺り、シャルロットにも思うところがあるのだろう。

 

「確かに自慢するだけのことはあるのだろうな」

 

 そう言えば道具屋に来る途中では、神殿を見に来たという若い夫婦ともすれ違っている。

 

「観光客というと……バハラタにも居たか?」

 

 魔物が跋扈し、外は危険だというのに豪気だというか何というか。

 

「まぁ、新婚旅行を気軽に楽しめる世界にする為には……大魔王を倒さねばな」

 

「え? ……は、はいっ」

 

 俺の独り言に何故か驚いたシャルロットは次の瞬間、何故か力強く頷き。

 

「そ、その為にもまずはオーブですね? お師匠様、ボク、必ずオーブを手に入れてきます!」

 

「あ、ああ」

 

 何故か気合いの入りまくったシャルロットへ腑に落ちないものを感じつつ、俺は歩き出したシャルロットの後を追ったのだった。

 




主人公、完全にやらかす。

次回、第四百十九話「そして、次の日」


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第四百十九話「そして、次の日」

「わぁ、凄いですよお師匠様っ」

 

 オレンジ色の景色の中、はしゃぐシャルロットが指さす先にあるのは、夕日に染められた神殿の姿だった。

 

「ほぅ」

 

 村の規模に比べて大き過ぎるからか、所々に苔などが生えてはいるものの、その巨大さには圧倒されるモノがある。

 

(付着した苔もこの神殿がこの地にあり続けた証だとすれば、これはこれで味わい深いというか、オレンジに染まった外観と相まって寂寥感というか……)

 

 心に訴えてくるその景色は、俺に絵心があれば筆を取らせたかもしれない。

 

(けど、とりあえず詩人にはなれそうにないな。ボキャブラリが乏しいし)

 

 切り取られた陸地の向こうには、まるで堀の様にオレンジに染まった水面が広がり、真っ直ぐ伸びた廊が水によって前後に分断された神殿を繋いでいた。

 

「あの、向こう側のさきにあるんですね……ちきゅうのへそって」

 

「そうだな。尤も神殿を抜けた先にはその手前に小さな森があるがな。森を抜けた先に砂漠があり、ちきゅうのへそは砂漠の中にある筈だ」

 

 こういう時、タカのめは便利だと思う。本当は景色を別角度から見る為こっそり使ったのだが、本来の用途を考えるとむしろ補足説明の材料になった方が正しい使い方だろう。

 

「……お詳しいですね。ひょっとして、お師匠様は地球のへそに行ったことがあるんですか?」

 

「いや、単にタカのめを試してみただけだ」

 

 ただし、補足したが故に勘違いされるのは本意でない。質問されれば即座に否定して見せ。

 

「あ、そっか」

 

「まぁ、それとは別に情報収集はしたがな。例えば、ちきゅうのへそには宝箱に扮した魔物が潜んでいる、とかな」

 

 ひとくいばこだったかミミックだったかまでは覚えがないが、原作では一番の脅威だったと記憶するそれを伝聞の形でシャルロットに吹き込みつつ、俺は肩をすくめた。

 

「しかし、いかんな」

 

「え?」

 

「今日は観光のみのつもりが、結局探索についての話だ」

 

 シャルロットのコンディションを整えると言う話はどこに行ったのやら。

(何だか急にやる気になってたし、話を振ってきたのはシャルロットな訳だけどさ)

 タカのめで見て得た情報を付け加えるかとか、もう少し考えてから話しても良かった気がする。

 

「探索関連についての話はここまでにしよう」

 

 ここまでも何も、他に有益そうな情報のストックもないのだが、それはそれ。

 

(問題は「じゃあ、ここから何を話すか」ってことだよね)

 

 いけない、と思って話題を打ち切ったものの、プランはない。

 

「シャルロット……」

 

「はい、お師匠様」

 

 とりあえず、名を呼んで返事を貰うも、次の一言が思いつかず。

 

「もう少ししたら戻るか。村の中とは言え、日が没すれば暗くなろう」

 

 彷徨わせた視線が足下の影に至ってようやく口に出来た言葉はこの状況下での一言としてあまり良いものとは思えず。

 

「あ、そうですね。それじゃ――」

 

 思えないからこそ、気になった。

 

(なんで おれ の うで に だきついて くるんですかね、しゃるろっとさん?)

 

 やはり、父親が恋しい年頃なのか、それとも。

 

「お師匠様、ありがとうございます」

 

「……ん? 何かしたか?」

 

 おまけに感謝までされてしまえば全く持って理解不能だった。普通なら、ありがとうございますと行って然るべきは俺なのだ。腕を挟んで貰ったのだから。

 

(あ、うん。「ありがとうございます」は冗談だけどね)

 

 腑に落ちないのは確かだった。やがて夕日が高山の向こうに沈み始め、宿に向かう道でも、一泊し、向かえた次の朝でも。

 

「おはようございます、お師匠様」

 

「あぁ、おはよう」

 

 そして、俺にとっても油断の許されない朝はやって来る。

 

(いよいよだなぁ。首尾良くお姉さんと入れ替わって、シャルロットについていかないと)

 

 今のシャルロットの実力であれば、隠れて尾行する理由は保険の為でしかないとは言え、万が一と言うこともある。

 

「俺が前にいては挑戦者と間違えられてしまうからな。今日はお前の後ろをついて行こう」

 

「わかりまちた。ただ、宿のチェックアウトがありますから、入り口で待っていてください」

 

「ああ」

 

 相変わらず噛むシャルロットに頷きで応じ、向かう先は宿の入り口。

 

(さてと、ハルナさんは……居た)

 

 さりげなく周囲に視線を巡らせつつ進むと、道具屋の影に俺と同じ色のフード付きマントを身につけた人影が目に留まり、無言でそちらへ頷いてからシャルロットの方に向き直る。

 

(あれなら入れ替わっても気づかない筈。道具屋できえさりそうを買ってるから、事が露見しても誤魔化せるし)

 

 モシャスという変身呪文もある。

 

「お待たせしました、お師匠様。丸一日以上潜ってるとは思いませんけれど、明日以降の部屋もお師匠様のお部屋はボクのと別に予約しておいたので、あまり遅くなるようでしたら、宿に戻っててくださいね? それから、これ、お弁当です」

 

「すまんな」

 

 半日では終わらないと見てか、宿に用意して貰ったらしい昼食用のお弁当を受け取ると俺は礼を言い、それを鞄へしまい込む。

 

「さて、行くか」

 

「はい」

 

 こうして俺達は宿を後にすると、神殿へと向かったのだった。

 

 

 




ああ、やっとちきゅうのへその探索に移れる。

次回、第四百二十話「攻略開始」


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第四百二十話「攻略開始」

「レムオル」

 

 入れ替わりに関しては割と簡単だったと思う。

 

(シャルロットはやる気満々で前見てるしなぁ)

 

 神殿は村に多い茂る木々に半ば隠された形になっている。ハルナさんが身を隠す場所にも困らなかったのだ。

 

(あとは俺が透明のまま話しかけて居れば、第一段階は成功、と)

 

 会話をしている俺も姿こそ消しているものの、実際同行している訳だから、シャルロットが振り返らない限り気づかれるとは考えにくい。

 

(問題は、この先の神殿にいる人、か)

 

 挑戦者を待ち受けている訳だからとうぜんシャルロットもハルナさんも視界に入る形になる。

 

(神殿の人が「後ろの女性はついて来られぬがいいか?」とか原作にはなかったことを口にされるとアウトだからな)

 

 フードとマントで極力性別は解らないようにしてあるし、申し訳ないがハルナさんにはサラシを巻いて胸のボリュームを若干調整もして貰っている。

 

「回復は戦闘中のような緊急を要しない時は出来るだけ薬草を使え。お前の袋なら薬草は相当数持ち込めるからな。そして、単独行動である以上、警戒すべきは行動を阻害するような特殊能力を持つ魔物となる」

 

 例えば甘い息を吐いて眠らせてくる魔物などだな、とアドバイスをしつつ、進むと昨日見た神殿は徐々に大きくなり始め。

 

(さて、始めるか)

 

 俺は一旦、シャルロットを追い越す、実はちょっとしたうっかりがあったのだ。

 

「アバカムっ」

 

 それは、一言で言うなら、鍵の問題。

 

(うん、何で忘れてた、俺)

 

 エジンベアに至っていないと言うことは、どんな扉も開けてしまう鍵を手に入れるための前段階を踏んでいないと言うことでもある。

 

(とうぜん、しゃるろっと ひとり では あけられない とびら が あるかもしれない わけ ですよね、わかります)

 

 イシスで修行中の賢者二名のどちらかか魔法使いのお姉さんが今し方俺の使った呪文を覚えていてくれればいいが、もしまだ覚えていなかった場合、寄り道が追加で複数必要になる。

 

(ともあれ、一旦先行して扉を先に開けて行く方針に変更だな)

 

 扉が見えてからダッシュで向かえば、シャルロットから目を離す時間は僅かで済む。

 

(シャルロット一人になるまでは扉を開けに行ってる間に話しかけられると拙いって問題があるけど)

 

 あれほどのやる気を見せているのだ、左右にある脇道に逸れるとは思えない。

 

「よく来たシャルロットよ! ここは勇気を試される神殿じゃ。例え一人でも戦う勇気がお前にはあるか?」

 

「はいっ」

 

 そして、実際杞憂でもあった。真っ直ぐ進んだシャルロットは神殿の主らしき人物の元へ直行し、問いへ即座に頷いて見せたのだから。

 

「では私についてまいれ!」

 

「お師匠様……はい、行ってきますっ!」

 

 シャルロットの答えを聞くなり踵を返した神官に一度だけ振り返ったシャルロットは、ハルナさんが頷くのを見て笑顔で言ってから続き、さらに少し離れて透明の俺が追いかける。

 

(この先の構造もしっかり覚えてれば良かったんだけど、こればっかりは仕方ないよなぁ)

 

 ここから先はサバイバルでもあった。透明化の呪文は燃費が悪くすぐ効果が切れるくせに必要になる精神力はそこそこ多い。

 

(シャルロットが遭遇する魔物からこっそり呪文で精神力を失敬、物陰で切れた呪文をかけ直す。基本方針はそんなところか)

 

 もっとも、シャルロットの視界外であれば透明化呪文を常時利用する必要はない。必要なのは鍵を開けるためシャルロットを追い越し、解錠呪文を使う時、急に引き返してくるような事態が起きて鉢合わせになりそうな時ぐらいだ。

 

「では行け、シャルロットよ!」

 

 何だかやたら偉そうだよなこの人と思いつつも、足音を消して俺は横を通り抜け、シャルロットを追いつつ透明化呪文をかけ直す。

 

(ふーむ、しかし姿を消してるとは言え、通り抜けられるとはなぁ)

 

 これが出来てしまうのなら、きえさりそうも道具屋で売っていることだし、フルメンバーでちきゅうのへそ探索も可能だと思うが、ツッコむのはきっと野暮なのだろう。

 

(と言うか、ここでアイテム増殖出来る裏技が原作にあったような……いや、ゲームだからこそ出来たようなアイテム増殖術はこっちのリアルさを考えれば無理か)

 

 俺の装備を増幅すれば勇者一行やクシナタ隊を大幅強化出来るとは思うけれど。

 

(出来たとしても、シャルロット達に説明の付けようがないし)

 

 今考えるべき事でもない。

 

「マホトラ」

 

「フシュウウウオッ?」

 

 ただ、俺からすると潜んでいる位置が丸見えだった巨大芋虫から精神力を吸い取り、半身をもたげて周囲を見回す精神力提供者を放置したまま、先に進む。

 

(……っと、あれか)

 

 その後サーチ&マホトラ&放置を繰り返しつつシャルロットを追いかけた俺が目にしたのは、ぽっかりと口を開けた洞窟の中へと消えて行くシャルロットの姿だった。

 

「確か、何処かに扉があった気はするな、急ごう。レムオル」

 

 シャルロットがこちらに気づいた様子が無いのは良いことだが、あまり距離があるのも問題なのだ。

 





次回、第四百二十一話「あるいみあさしん」


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第四百二十一話「あるいみあさしん」

「あれ?」

 

 立ちつくすシャルロットの横を俺が透明のまま通り抜けたのは、等間隔に柱が立つ通路でのこと。

 

(危ないところだったな、いきなり扉があるなんて)

 

 さいごのかぎが無い事へ気づくのがもう少し遅れていたらどうなっていたやら。

 

(ともあれ、最初の関門はクリアだ)

 

 透明化呪文の効果が切れる前に柱の影へ身を潜めると視線をシャルロットへと戻す。

 

「うーん、他にも挑戦してる人がいるのかな? だったら、急がないと」

 

 ただ、既に開いていた扉の謎を先人がいるという解釈でシャルロットは自己解決したらしい。

 

(え? ちょ、シャルロットさん?)

 

 もちろん、この流れは、想定外だ。だが、少し考えてみれば解る事だった気もする。

 

(そりゃ、勝手に扉が開いてたら、罠と警戒するか先に誰かが言っているかの二択だよなぁ)

 

 慌てて追いかける俺が思い出したのは、シャルロットにしたアドバイスの幾つか。

 

(情報源は、冒険者からって言ったものあったっけ? あれは別のだったかな)

 

 どちらにしても内部のことを語ってしまえば、そこまで行った誰かがいたと言うことでもある。シャルロットが先に行った人がいると誤解する土壌は俺が用意したようなものだ。

 

(いや、一度に一人しか挑戦出来ないようにしてて、扉は前に人が挑戦した後に閉め忘れたものだとか説明するって手もあるけど)

 

 シャルロットが神殿の人に確認をとれば嘘がばれてしまう。

 

(ここは予定を変更して謎の人物として姿を現してみるべきかな……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと閃く。

 

(よくよく考えてみれば、ここは洞窟で魔物が出没するんだよな。だったら魔物のせいにしてしまえばいいじゃない)

 

 この世界では魔物も生きている。扉の裏で侵入者を待ち伏せするため、扉の開閉の音で侵入者の到来を感知するなどの理由で扉を閉めることもあれば、逆にモンスターが自分の都合で扉を開けることもあるだろう。

 

 反省すべき点は、まだ多い、多いが。

 

(って、一人反省会してる時間はないな、追わないと)

 

 開かれた扉の向こうにシャルロットが消えようとしているのに気付き、柱の影を飛び出す。

 

(この先どうなっていたっけ? 仮面の通路があったのと、箱に化けた魔物がいることは覚えてるんだけど)

 

 こういう時、原作知識の中途半端さを煩わしく思う。

 

(いや、手元に原作があるとかネットに接続出来るとかでも無い限り、端から端まで原作の出来事を覚えてたりなんて普通は出来ないけどさ)

 

 人並み外れた記憶力があるなら話は別だろうけれど。

 

(と、言う訳で今回は声に出さず、ジャンピング・ボレーシュゥゥゥゥゥ!)

 

 だから、たまたま目についた水色へ咄嗟に足が出てしまったのも、仕方がないことだと思う。

 

(うーむ、浮いてる上に触手つきだと微妙にこれじゃない感があるなぁ)

 

 一撃必殺、相手が気づかぬうちに触手付き水色生き物をしとめた俺は蹴りが命中した瞬間にくすねた「ちからのたね」を弄びつつ、再び駆け出す。

 

(襲われて見失ったら元も子もなかったわけだし、さっきのは緊急避難だよね)

 

 決して八つ当たりではない。客観的に見ると、ホイミスライム自体に脅威はなさそうに見えるかも知れないが、あの魔物は仲間の傷を癒すという厄介な呪文が使えるのだから、倒すという判断は間違っていなかったと思う。

 

「えっ? ボクと一緒に来たいの?」

 

 むしろ、倒して失敗と言うモノがあるとすれば、シャルロットの前で羽音を鳴らしている蠍とも蜂ともつかないものではないだろうか。

 

(うん、シャルロット限定だけどね?)

 

 こう、ああ、いつもの奴かとでも言えば良いのか。どうやら、倒れた魔物が起きあがって仲間になりたそうに見て来た、と言うことなのだろう。

 

(あれは、ハンターフライだっけ?)

 

 バハラタ周辺で何度か戦ったことのある魔物だが、はっきり言って弱い。

 

(どっちかって言うと数で押してくる魔物のイメージだしなぁ)

 

 同行させたとしても、この先生きのれるかどうか。

 

(この先、生きのこれる……この先生、きのこれる)

 

 何故だろう、この文が出てくるとどうしてもキノコ系の魔物を想像してしまうのは。

 

(駄目だ駄目だ。気にすると謎のキノコ劇場が始まってしまう)

 

 ここで想像による脱線はあり得ない。

 

「うーん、一人で挑めって言われてるからなぁ……」

 

 じっと観察する先でシャルロットは俺の気にした点とは別の問題で悩んでいるようで、虫の魔物はボバリングしつつシャルロットの答えを待っている。

 

(どうする、シャルロット?)

 

 ついて来させる場合、若干ではあるがこちらが何処かの暗殺者よろしく姿や気配を消してついて行く難易度は増す。

 

(ただ、受け入れないパターンだと、あの魔物がどうするかがなぁ)

 

 立ち去るとは思うが、こっちに向かって去ってこられたら、鉢合わせである。

 

(この洞窟、他にどんな魔物が出没したっけ)

 

 目の前で続くまだ結論のでないやりとりが最初の一回にしか過ぎないことに気づいた俺は、若干遠い目をしつつ天井を仰いだ。

 




果たして、シャルロットはどちらを選ぶのか。

次回、第四百二十二話「るーるとせんたく」

柱の部分、ひょっとしたら立像かも知れません。




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第四百二十二話「るーるとせんたく」

「そうだ、この洞窟の入り口で待っていて貰えるかな? ここのモンスターなら仲間だったキミを攻撃してきたりはしないと思うし」

 

 気が付けば、シャルロットは決断を下していた。

 

(入り口待機かぁ、まぁ妥当かな)

 

 一人で挑戦するというルールには接触しないし、慕ってくる相手を突っぱねる訳でもないシャルロットらしい選択だと思う。

 

(とりあえずレムオルもう一回追加確定、と)

 

 指示に従い、こっちに向かってくる形なシャルロットの新しいお友達から視線を外さず、呪文を唱えて脇に退く。

 

「ヴヴヴヴヴヴ」

 

 羽音は、そのまま俺の横を通り過ぎていった。どうやら気づかれずに済んだらしい。

 

(さて、改めてシャルロットを追……え?)

 

 開け放たれたままの扉から奥に進もうとした所で右手から近づいてくる足音に気付き、慌てて引っ込むと物陰に隠れる。

 

「あれ? おかしいなぁ……」

 

 こっそり様子を伺うと、やって来たのは不思議そうに周囲を見回すシャルロットだった。

 

(あるぇ? シャロットはさっき左に曲がったような……ってことは無限ループか)

 

 何とも不思議な光景だと思う。左側の通路に消えた筈の人間が次の瞬間には反対側から現れるのだから。

 

(これは片手を壁に付いたまま進むって有名な迷路の抜け方をさせないための仕掛けってことかな)

 

 明らかに人の手が加わった内装だし、制作者が存在すると言うことなのだろうけれど、考えたモノだと思う。

 

(あーうん、感心してる場合じゃないんだけどね)

 

 もちろん、シャルロットもこのまま延々と無限に続く通路を進み続ける様なアホの子では無いと思うが、油断しているとループしてきたシャルロットと鉢合わせる可能性があるのだ。

 

(もういっそのこと先行して宝箱に扮してる魔物だけでも片付けておくべきかな、これって)

 

 攻撃力の高いひとくいばこ、即死呪文を使ってくるミミック、宝箱に扮してるのはこのどちらかだと思うが、前者はともかく後者の即死呪文への対処法はシャルロットにない。反射呪文のある俺にはただの雑魚だが。

 

(とは言え、肝心の魔物が化けてる箱の位置覚えてないしなぁ……ん?)

 

 うんうん唸っていると、死角になった場所で獣の唸り声っぽいものやらシャルロットのかけ声が聞こえ。

 

(っ、戦闘か)

 

 我に返った俺は透明状態が続いているのを確認してから通路に顔を出す。

 

「たああっ」

 

「ギャウッ」

 

 丁度その直後だった。アリクイに似たでかい生き物がシャルロットの投げたオレンジ色のブーメランに当たって悲鳴をあげ倒れたのは。

 

(あー、まぁあの装備とレベルならこうなるわな)

 

 よく見れば周囲には他にも何体かの魔物が倒れており、アリクイもどきが最後の一体であったらしい。

 

「え? キミも一緒に行きたいの?」

 

 うん、すぐ に おきあがって なかま に なりたそう に しゃるろっと を みはじめました けどね。

 

(蜂って蟻に近そうだし、喧嘩しないかなぁ、さっきの虫と)

 

 どうでも良い心配をしている内に、シャルロットはさっきのハンターフライと同じ事を言ったのか、アリクイもどきは嬉しそうにこっちに向かってくる。

 

(「こっちくんな」とか言えたらいいのに)

 

 しかし、シャルロット。ちきゅう の へそ で なんにん おともだち を つくるつもり なんですか。

 

「何かおかしいと思ってたけど、ここ繋がってたんだ。教えて貰えて良かった」

 

 とりあえず、さっきのアリクイもどきに無限ループであることは教えて貰った様子のシャルロットは奥へと進み。

 

「さてと」

 

「「お゛ぉぉぉ」」

 

「……こいつなら呪文でも良いか。魔物に倒された探索者の死体に見えるだろうし」

 

 シャルロットと魔物の戦闘を聞きつけたのか、現れた腐乱死体の集団に向け、片手を突き出す。

 

「ベギラゴン」

 

「「ごお゛ぉぉあぁぁ」」

 

「しかし……この臭いはなんとかならないものか」

 

 悪臭の原因を呪文で一掃した俺は、鼻ごと口元をもう一方の手で覆ったままその場を離れた。

 

(シャルロット、何処まで行ったかな? あんなのには出くわしていないといいのだけれど……と)

 

 口には出さず呟きつつ、辿り着いた先は、並ぶ柱が袋小路を造り出した部屋。

 

(いち、にぃ、さん、よん、ご……よりによってここで分岐が多数、か)

 

 部屋の側面に二つずつ正面に一つ通路の入り口があり、シャルロットの姿は既に部屋にはない。通路のいずれかに向かったのだろう。

 

(けど、行き止まりなら戻ってくるシャルロットとも鉢合わせする可能性があるんだよな。これ全部正解ルートとは思いがたいし)

 

 普通に考えれば、一つか二つ残して行き止まりだと思う。そして、これだけ分岐があれば、幾つかの先には宝箱があるってパターンじゃないだろうか。

 

「……足跡と気配で探るしかないか。行き先が魔物の箱だったら急いで追いつかないと」

 蘇生呪文を使わせてくれるなよと小声で漏らしつつ、俺はシャルロットの痕跡を探し、辿り始めた。

 




次回、第四百二十三話「ですとらっぷ、なんとか」


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第四百二十三話「ですとらっぷ、なんとか」

「うーん、いくら何でもこんなに入り口から近い場所にオーブはないよね」

 

 足跡を辿ってようやくその背中を見つけたシャルロットは、丁度宝箱の前で腕を組んで唸っているところだった。

 

(とりあえず、セーフか。しかし、あの位置じゃ近寄ってこっそり宝箱に識別呪文(インパス)を使うのも無理だよなぁ)

 

 宝箱の中身を確かめる呪文は箱自体を発光させる。いくら透明になっていようとも、箱の発光は隠せない以上、シャルロットからすればいきなり箱が光り出したという怪奇現象と遭遇することになってしまう。

 

(どのみち危なくなったら加勢しちゃうだろうけど……あれの中身がアイテムだったら、ただの自爆だし)

 

 介入すべきか、控えるべきかが悩ましい。

 

(うーむ、ここは俺の素早さに賭けるしかないか)

 

 最終的に俺が選んだのは、いつでも攻撃出来る姿勢を作りつつ様子を見るという中間案。

 

(ここまでついて来ておいて言うことじゃないかもしれない。でも、シャルロットを信じよう)

 

 元々一人で受ける試練なのだから、まだ俺が出るべきタイミングでもない。

 

「お師匠様も魔物が化けた宝箱があるかも知れないって仰ってたし……よーし」

 

 そのお師匠様が後ろで見守っていることにも気づかない様子のシャルロットは、宝箱に背を向けず十数歩下がると、無限ループで投げていたほのおのブーメランを手に大きく振りかぶる。

 

(え? ちょ、しゃるろっとさん?)

 

 中身を魔物だと確認したのか、目は宝箱を捕らえ。

 

「やあっ」

 

 投じられたオレンジのそれが迫った瞬間、宝箱は横に飛んだ。

 

「魔物! お師匠様の仰ったとおりだ」

 

 明らかにブーメランを避けられたのにシャルロットは口元を綻ばせ。笑みの理由は、戻ってくるブーメランによって明らかとなった。

 

「アガッ」

 

 使用者の手元に戻る軌道を遮る形で先程飛び退いた箱の魔物がいたのだ。

 

(シャルロット、まさか最初からこちらを当てるつもりで――)

 

 ブーメランが飛んだルートを思い起こすと、もし宝箱が魔物でなければ、ほのおのブーメランは箱をかすめつつも直撃はせずシャルロットの手元に戻ったと思う。

 

(わざと攻撃する姿勢を見せて魔物を引っかけたのか)

 

 シャルロットらしくない作戦だが、俺もシャルロットが宝箱を魔物だと確信していると誤解した、当の箱の方も同様に騙されたのだろう。

 

(なんという、いんぱす)

 

 箱が魔物だった場合、そのまま戦闘に突入してしまうと言うデメリットはあるが、一撃を先に入れられると考えれば無策で箱を調べるよりはいい。

 

(原作じゃ出来ない力業だけどさ、うん)

 

 ともあれ、俺の出る幕はなさそうだった。

 

「ザ」

 

「ギガデイン」

 

 ブーメランをキャッチした瞬間、シャルロットの呪文詠唱が終わったのだ。

 

「ギャアア」

 

 光が部屋を満たし、箱の絶叫を雷の爆ぜる音が途中でかき消す。

 

(……あの箱の魔物、ミミックが最後に唱えようとしていた呪文)

 

 キーワードの最初一音からすると、即死呪文。際どいタイミング出はあったのかも知れない。

 

「ふぅ、危なかったぁ」

 

 だが、シャルロットは勝利した。

 

「けど、宝箱の魔物への対処法もだいたい分かったし、次からこれで行けばいいよね?」

 

 その ひとりごと を こうてい すれば いいのか、つっこめば よかった のか おれ には わからない。

 

(ただ、ひとつ……言うべき事があるとすればな、シャルロット)

 

 起きあがった箱の魔物が仲間にして欲しそうに見ているぞ、だろうか。

 

「さぁ、次はどっちにいこう?」

 

 倒されても箱の魔物は箱の部分が残るからか、背を向けたシャルロットは気づかず小部屋を後にしてしまい。

 

(えーと)

 

 一箱残され、寂しげにシャルロットの消えた通路を見るミミックを見て、いたたまれない気持ちになった俺は、気づけば荷物からロープを取り出していた。

 

(流石にこのまま放置は可哀想な気もするけど、俺の存在を気取られるのも問題だからなぁ)

 

 ミミックの目は箱の中にある。急襲して箱を閉じ、ロープで縛れば、形状上、何も出来ない筈だ。

 

(蓋が開かなければ呪文も唱えられないし、噛み付くことも不可能)

 

 体当たりぐらいは出来るかも知れないが、縛った箱を密着する形でくくりつければそれもままならないと思う。

 

(何者かに襲われ、掠われたところを助けてくれたのがシャルロットって事になれば、さっきの展開もごく自然な形で仕切り直し出来るだろうし)

 

 あっさりシャルロットに破れた目の前の箱だが、即死呪文が使える上、普通の人間が一度動く間に二回行動が可能と、味方としてみればそこそこ使える能力を持っている。

 

(まぁ、即死呪文は効かない敵も結構いるんだけどね)

 

 ただしこの魔物は精神力を奪うマホトラの呪文も使うことが出来る。故に、即死呪文を使いまくっていざというとき精神力が足りないという事態にはなりづらい。

 

(そもそも使いまくれる程最大MPなかった気も……ま、いいか)

 

 それはそれ。一見すると宝箱というこの魔物の形状は、町中などでも連れ歩きやすい。

 

(仲間の魔物が増えすぎるのはあれだと思うけど、こいつは確保しておかないと)

 

 俺は決断するなり、シャルロットとの戦闘で消耗している箱を急襲し、縛り上げたのだった。

 




主人公の危惧、ギリギリ杞憂だった模様。

次回、「それってはんそくじゃありませんか?」


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第四百二十四話「それってはんそくじゃありませんか?」

「さてと、これでよし」

 

 などと呟く訳にもいかなかった。箱の魔物を捕縛し、背負った以上、呟けば聞かれてしまうのだから。

 

(こいつを捕まえた相手は謎のままって事にしておかないと行けない以上、情報は与えられないもんなぁ)

 

 改めてシャルロットからこのミミックを紹介された時、声に聞き覚えがあるとか気づかれたらアウトだ。シャルロットは魔物の言葉を理解する。結果、俺がこうして尾行しているのがばれてしまう可能性もある。

 

(と言うことは、ここから呪文は使用不可か)

 

 忍び歩きの様な呪文名を口にしなくてよいモノは問題ないだろうが、この縛りプレイは若干痛い。

 

(ミミックも縛られてることだし、ある意味どっちも縛りプレイ……って、笑えない)

 

 むしろ、全力で滑ったと思う。

 

(一応、道具屋で買ったきえさりそうもあるし、箱を降ろして少し離れた位置で呪文を使うって手だってある。厳密に言うなら縛りプレイって言うのにも若干語弊があるかな)

 

 ミミックの方は誰がどう見ても縛りプレイだけど、きっとどうでも良い。

 

(そう言えばこの箱にも性別があるん……いや、考えちゃ駄目だ)

 

 一歩間違えば擬人化したミミック少女が顔を赤らめながら責任とってくださいとか言い出す想像シーンとかに突入しかねない。

 

(つまりは、なんだかんだで現実逃避したいんだろうなぁ)

 

 箱を背負った後、再び後を追いかけた俺は、ようやくシャルロットの背中を捕らえた。捕らえたのだが。

 

「あ、そうなんだ。あっちの階段は行き止まり……うん、ありがとう。じゃあ、入り口で待っててね」

 

「ピキー」

 

 当のシャルロットは、仲間になりたそうな目で見つめていた魔物から先の構造を聞き終えたところだった。

 

(なに、その反則)

 

 ここに出没する魔物なら、ダンジョンの構造に詳しいのは間違いない。そして、シャルロットは魔物の言葉がわかる。確かにダンジョンの構造を尋ねれば、迷うことなく先に進めるとは思う、思うけれど、なんだろうか、この腑に落ちない感じは。

 

「ええと、あっちの階段は外れだから、残りは二つかぁ……片方も上り階段だから、あっちかなぁ」

 

 唸りつつシャルロットが歩く先は、このフロア唯一の下り階段。

 

「待っててください、お師匠様。オーブ、何としてでもボクが手に入れて見せまつっ! だから、だから……バラモスを倒したら……」

 

 ぐっと拳を握るシャルロットの姿を階段の影に隠れて見つめ、思う。

 

「俺、どうしたら良いのだろう」

 

 と。噛んでる辺りはいつものシャルロットだが、気負いすぎてるというか、手段さえ問わない感じになってきてるというか。

 

(ひょっとして、おれ の せい ですか?)

 

 そう言えば、シャルロットがおかしくなったのは、シャルロットのコンディションを万全にしようと村の観光に連れ出して神殿に行ってからだったような気がする。

 

(様子を詳しく確認しようにも……だああっ、このフロア階段以外の遮蔽物無いし)

 

 透明になってスルーする手段がきえさりそうオンリーの状態で冒険は出来ない。

 

(目的達成後、リレミトで脱出される可能性があるからなぁ)

 

 引き返してくるところで箱と再会させようかと最初は考えていたが、一気に入り口に戻られては再会させる機会が消滅してしまう。入り口にはシャルロットが中でてなづけた魔物が待機しているのだから。

 

(先に脱出して入り口に箱を置こうにも、黙って箱を設置させてはくれないだろうし)

 

 再会を演出するには、シャルロットの足下に小石か何かを投げて気をひき、やって来たところへ縛った箱を置いて逃げるという方法ぐらいしか思いつかない。

 

(箱の外に「人間に尻尾を振る裏切り者」とか書いておけば、犯人はシャルロットの仲間になろうとしたことを快く思っていなかった魔物とかってことで解決するだろうし)

 

 これで思いついたのが、この遮蔽物のないフロアに来てからでなければ、すぐにでも決行できたのだけれど。

 

(下に降りるのを待つしかないか)

 

 このフロアで実行するのは不可能に近かった。

 

(勝負は次の階、かな)

 

 誰と戦っているんだとは、お願いだから聞かないで欲しい。

 

(……とりあえず、シャルロットは降りたな。よし、今の内に)

 

 人影が階段を下りて行くのを見届けた俺は箱を背負ったまま、走り出す。

 

(「俺達の探索は、これからだ!」)

 

 うん、何だかやっておかないと行けない気がしたんだ、すまない。

 

(「冗談はさておき、ここって何階層だったかな」)

 

 ちきゅうのへそと言うと、記憶に残っているのは引き返せと繰り返す通路の仮面だが、今のところ仮面のかかっている通路には遭遇していない。

 

(仮面の変態なら上陸した時に見たんだけど明らかに別の仮面だし)

 

 もし通路に並ぶ仮面に変態が混じっていたら、ツッコミを兼ねて一撃ぶちかます自信はある。

 

(……って、現実逃避してる場合じゃない。シャルロットを追いかけないと)

 

 気づけば、階段の前まで来ていた俺は、シャルロットが引き返してこないことを確認するなり、慌てて階段を下り始めるのだった。

 




暴走するシャルロットと困惑の主人公。

すれ違いに気づけるのか、それとも。

次回、第四百二十五話「あの仮面、壊しちゃ駄目なのかな?」


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第四百二十五話「あの仮面、壊しちゃ駄目なのかな?」

「右と左かぁ……どっちだろ?」

 

 慌てて階段を下りていた筈が、数段残して急制動をかけるハメに陥ったのは、割と近い場所からシャルロットの声が聞こえたからだった。

 

(あ、危なかったぁ)

 

 呟きの内容からするに、おそらく分かれ道があるのだろう。

 

(たぶん、分岐でどっちに進むか悩んで立ち止まっているんだろうけど、俺もどっちが正解ルートか覚えてないからなぁ)

 

 間違った方を選びシャルロットが引き返してくる可能性があることを織り込んだ上で尾行せねばならない。

 

(外れルートの方がミミックとの再会をさせやすいけど、正解がどっちかを覚えていない以上、どっちにも対応出来る心構えでいかないと)

 

 ここまで気づかれずに来ているというのに、最後の最後で尾行がばれたら恥ずかしすぎる。

 

(いや、恥ずかしいだけじゃないか)

 

 扉を開けたのは俺ではと疑われるだろうし、扉以外はシャルロットが独力で攻略しているというのに不正をしたとシャルロットは思ってしまうだろう。

 

(うん、まぁ、ばれたら他にも色々拙いよな。だからこそ、ここからは本気で行かないと。いざとなればきえさりそうを使うって手段もあるし)

 

 ここまで来たらあと少しだ。

 

「さっきは左に行って延々と同じ道を進まされたから、今度は右かな」

 

 前方のシャルロットの方もようやく決心が付いたようで、聞こえてきた声に続く足音が右手の方へと遠ざかり始める。

 

「オーブを持って帰ってきたら、お師匠様褒めてくださるかなぁ? ふふ」

 

 階段を下り追跡を始める俺に前方からそんな呟きが聞こえてきたのはその直後。

 

(しゃるろっとさん、ひょっとして きづいて いらっしゃいますか?)

 

 そんなことは無いと思う。まだばれていないと思うのに、戻ってきたら褒めてやらないと行けない流れにされてしまった気がする。

 

(しゃるろっと、おそるべし)

 

 まぁ、いつまでもそんなふざけた空気で居ていい筈もないのだけれど。

 

(この先がおそらくは例の「引き返せ」コースだからなぁ)

 

 この辺りで登場しなかったら、もう他に出番がない気がするのだから。

 

(しかし、原作じゃ台詞って文字だったしどういう声色かとかちょっと興味はあるんだよな)

 

 と、余裕を保っていられたのは、この時までだった。

 

「ひきかえせ」

 

 前方で通りかかったシャルロットに向かって仮面がしゃべり。

 

(おお、原作通り……って、あれ? と言うことは尾行してる俺にもあの仮面って反応するんじゃ?)

 

 俺はこのムード作り程度でしかないギミックが最悪のトラップであることを悟る。

 

(しまったぁぁ! これって、俺が通っても「引き返せ」って言われちゃうじゃん!)

 

 原作では勇者一人で挑んだ記憶があり、レムオルなんて使えなかったので、透明で切り抜けられるかも定かではない。

 

(どうする、口元を一つ一つ塞ぎながら後を追う? けど、塞ぐ前にしゃべられたりするかも知れないし、塞いでもくぐもった声とか漏れるかも知れないからなぁ)

 

 厄介すぎる罠に、つい。

 

「あの仮面、壊しちゃ駄目なのかな?」

 

 とか俺が思ったとしても仕方はないと思う。

 

(いや、早まっちゃ駄目だ。この仮面、一人で挑んでいるかを確認するための監視装置という側面を持っているのかも知れないし)

 

 下手に反応させてはオーブを持って帰ってきたシャルロットが神殿で止められて失格を言い渡される何てことも考えられる。

 

(仕方ない、もうこのタイミングでやるしか無いよな)

 

 俺は決断すると、背負っていた箱を降ろし、表面に「人間に尻尾を振る裏切り者」とだけ書いてからシャルロットの足下めがけ、石を投げる。

 

「え?」

 

 そして、石に気づいたシャルロットが振り向いた頃にはきえさりそうを使った俺の姿は自分でも知覚出来なくなっていた。

 

「あれ? 宝箱? さっきはこんな物無かったのに……」

 

 だが、ミミックの方には気づいてくれたらしい。

 

(ふぅ、とりあえずこれでこっちは片づいたな)

 

 シャルロットがオーブを手に入れるところまで見届けようかとも思ったが、仮面がある以上、ここから先へ進むのは厳しい。

 

(出来れば反対側をチェックして来たいところだけど、挑戦者以外が通ったって証言が出たら拙いからなぁ)

 

 後ろ髪を引かれる思いはあったが、シャルロットが戻る前に神殿へも戻らなければならない。

 

「ここから先は……シャルロットを信じて待つしかないか……」

 

 きえさりそうの効果が切れる前に出口に戻って、シャルロットの新たなお友達をやり過ごし、神殿へ戻るためにも。

 

(とりあえず、ミミックとの再会は上手くいったみたいだしなぁ)

 

 嬉しそうに道を戻って行く箱の魔物を見送った俺は呪文を唱え始める。

 

「ひきかえ」

 

「待っていてくださいね、お師匠様! 邪魔だっ、ギガディン!」

 

 仮面の言葉を完全に無視して、攻撃呪文で敵を蹴散らすいつもと別人のようなシャルロットの声とか、魔物の断末魔なんて聞かなかった。俺は聞いていない。

 

(戻ってきたら、一度きっちり話し合った方が良いのかも知れないな、うん)

 

 何処か遠い目をしつつ、完成させた呪文は俺の身体をこの洞窟深部から外へと運び出すのだった。

 

 




うごご、縛りプレイとはなんだったのか。

次回、第四百二十六話「ゆーしゃのきかん」

いかん、タイトルがネタバレしとる?!


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第四百二十六話「ゆーしゃのきかん(閲覧注意)」

「さてと……」

 

 リレミトの呪文で脱出し、残っていたきえさりそうの効果によって入り口にたむろしていたモンスター達をやり過ごせば、選べる選択肢は二つだった。

 

(ここで少し待ってシャルロットの無事を確認するか、さっさと戻ってハルナさんと交代するかかぁ)

 

 神殿に今戻れば、交代に要する時間をここで待つよりも多くとれる。

 

(神官っぽい人が居る前での交代は割とめんどくさそうだけど……)

 

 これについては、腹案があった。少々下品な策ではあるものの。

 

(待ってる仲間も生きた人間な訳だからな)

 

 生理現象をもよおした、つまりトイレに行きたいと言って戻るぐらいならば許されると思うのだ、奥に進む訳ではないし。

 

(そして、トイレと見せかけて視界から消えた間に交代して戻ってくればいい)

 

 ただし、この交代用のアイデアもシャルロットを待っていると使えなくなる。時間的に席を外している間にシャルロットが戻ってくる可能性があるからだ。

 

「お師匠様、ただいま戻りました! あれ、お師匠様?」

 

「お前の仲間なら、今用を足しに行っておる」

 

 何てやりとりが交わされたら、色々な意味で台無しである。

 

(うん、やっぱりこのまま引き返すのが正解だな。格好つかないし、戻ってきた時トイレに行っていたはあり得ない)

 

 もし逆の立場だったらと考えると気まずいし、生理現象の我慢を強いるのもどうかと思う。

 

(って、あるぇ? 影武者のハルナさんも声が出せないから、今トイレに行けないんじゃ……)

 

 そして、どうかと思った直後にこのうかつさである。樽に填っていた時にも大変な思いをさせたというのに。

 

「急がないと」

 

 長く待つ状況を想定して、朝、トイレに行っていてくれたと信じたいが、希望的観測だけでのんびり刷る訳にも行かない。

 

(急げ、急げ、急げっ!)

 

 己がミスを埋め合わせるためにも俺は全力で神殿まで砂漠を疾走し。

 

「フシュアアアッ」

 

「ギャアッ」

 

 都合接触そうだった魔物達を蹴散らしながら短い森を抜け、やがて神殿の入り口に到達する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……レムオル」

 

 かなり全力で走ったせいか、呼吸は乱れ。それでも呪文だけは唱えてハルナさんの元に向かう。

 

「待たせた。これからトイレに行きたいと申し出て、人目につかないところで交代しようと思うが、いいか?」

 

 神官に聞こえぬよう、ハルナさんの後ろに回り込む形で囁くと、一瞬肩を跳ねさせたハルナさんは微かに頷き。

 

「……済まないが、用を足してきても良いだろうか?」

 

 シャルロットも脱出する時は呪文を使うだろう。となれば、待たずに来たが時間的な猶予はあまり無いと見ていい。

 

(こっちは最低でも透明呪文の効果が切れるまではトイレに行ってることにしないといけないからなぁ)

 

 同時に呪文の効果が切れる前に神殿の主の前から移動しないと拙い。単刀直入に言ったのだって当然だった。

 

「よく申し出たシャルロットの師よ! ここは勇気を試される神殿じゃ。例え一人でもトイレに行く勇気がお前にはあるか?」

 

「は?」

 

 だが、帰ってきた答えには耳を疑った。

「いや、様式美という奴でな。その……何だ、ここのところめっきり挑戦者が減っていてな。神殿を見物しに来る者は居るが新婚旅行の若夫婦に『一人』でなどと言う訳にもいくまい? 飢えていたのだ、この言い回しをする相手に」

 

「……とりあえず無視してトイレに行かせて貰っていいか?」

 

 厳かな感じをさせつつ、存外お茶目だったと思うべきか。もうやだこの神殿とでも言うべきか。

 

「では行け、シャルロットの師よ! ちなみにトイレは左手の突き当たりだ」

 

 ばっと右腕を突き出し、のたまった神殿の主へ、爆発呪文の一つも叩き込んでもどこからも文句はでなかったと思う。

 

「ちなみにわしは夜のトイレに行く勇気なら、ない!」

 

 さらに余計なことまで付け加えるぐらいなのだ。

 

(シャルロット、とりあえず俺の理性が残っている内に戻ってきてくれ……)

 

 戻ってくるまで延々とアレの話し相手をしなければ行けない可能性に気づいた俺は、密かに願う。

 

(しかし、ハルナさんはよく我慢出来たよなぁ。あ、話してないから話しかけられもしなかったのか)

 

 業務以外で口を開いたら残念というよい見本であったのかもしれない。

 

(シャルロットが戻ってきたら、その辺り、忠告しておこうかな)

 

 あの神官がシャルロットに変なことを吹き込んでいる所は見たことがないが、警戒していても損はあるまい。

 

「……すまんな、ハルナ。あの男があんなにふざけた男とは思わなかった」

 

 とりあえず、トイレについたところで俺はハルナさんに謝罪すると、続いてちきゅうのへそであったことを伝える。

 

「魔物を仲間に、ですか」

 

「ああ。こちらは、だいたいそんな感じだった。ひょっとしたら、シャルロットが連れ歩けない魔物をジパングへ連れて行って欲しいと言い出すかもしれんのでな。ジパングへの出発はもう少し後に出来るか?」

 

 入り口でスルーした魔物達を見て感じた危惧も鑑み、そう要請しておく。

 

(ミミックはともかく、あのでかい昆虫は流石になぁ)

 気のせいでなければモシャスで変身したこともあった気がするが、村の中を連れ歩くのには無理がある。

 

「さて、俺は戻る。あまり長居してシャルロットが戻ってきていたら急いで戻ってきた意味もない」

 

「は、はい。では、宿屋でお待ちしていますね」

 

 こうして俺達はトイレで別れ。

 

「……よくぞ無事で戻った」

 

 出迎えた神官を全力でスルーしつつ、ハルナさんの居た場所に立ち止まり、待つ。

 

「あー、なんだ、ほら、もうすぐシャルロットも戻って来よう? その、練習も兼ねてな? もしもし、もしもーし?」

 

 それから、どれだけ待ったことだろう、残念神官をスルーし。

 

「お師匠さまぁぁぁっ!」

 

「シャルロット……」

 

「おし、しょう、さまぁぁぁぁっ!」

 

「ぶっ」

 

 やがて現れた、弟子の姿に口元を綻ばせると、勢いよく走ってきたそのシャルロットによって押し倒されたのだった。

 

 




お食事中の方、すみません。

次回、第四百二十七話「言われてみれば」


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第四百二十七話「言われてみれば」

「お師匠様、オーブとってきました」

 

 褒めて褒めてと顔が言外に語っているが、それはいい。

 

(扉以外で俺がついて行く必要なかったぐらいだしなぁ)

 

 心配していたと言えば聞こえは良いが、要するにシャルロットを過小評価していた訳で、この点は反省が必要だと思う。

 

(付いていったなんて言えないから謝罪も出来ない、その分は褒めることぐらいでしか埋め合わせ出来ないし)

 

 問題があるとすれば、あの残念な神官が見ている前で俺が押し倒される形になっていると言うことだ。

 

(ちゃんと鎧を装備してるのが残ね……いや、救いか)

 

 これが水着とかだったらどうなっていたことか。

 

「良くやった、シャルロット」

 

 何にしても一言褒めないと上から退いて貰えないかと判断して、手を伸ばしシャルロットの頭を撫で。

 

「えへへ、お師匠様ぁ」

 

「ちょ」

 

 顔を寄せてこられて思い知らされた、選択の過ちを。

 

「これこれ、仲間内で騒がぬように」

 

「あ」

 

 だから、足下から声が聞こえた時だけは残念神官グッジョブと思ったのだ。

 

「続きは宿屋でするがいい」

 

 残念神官は残念神官でしかないというのに。

 

「や、宿屋? あぅぅ」

 

「ちょっと待て、続きとは何だ? と言うか、シャルロットお前も顔を染めるな」

 

 あの しんかん ごかい を まねく ようなこと を いいはなち やがった。

 

「ともかく……よくぞ無事で戻った」

 

 無事で戻った、じゃねーよ。無視すんな。

 

(さっき の しかえし ですか?)

 

 存外ありうる気がする。

 

「お前が勇敢だったか、それはお前が一番よく知っているだろう。意外と大胆なのは

たった今、理解したが」

 

「え、あ、違っ、ボク……」

 

「シャルロット……すまないが、退いて貰えるか?」

 

 忍耐にも限度というものがある。顔を赤くして上で混乱するシャルロットに頼むとひゃいと悲鳴のような声を上げて勇者は横に移動し。

 

「さあ、行くがよい! 宿屋に」

 

「やかましい」

 

 死なない程度には抑えたが、拳は止められなかった。

 

「おぼぇい」

 

 謎の悲鳴をあげて神官は吹っ飛び、ばたりと床に倒れ伏す。

 

「ふぅ」

 

 作法は存じている。

 

(ここで「やったか」とか言っちゃいけないんだよね)

 

 世界の悪意がロクでもない展開を運んでくることは学習済みだ。フラグなど立てるつもりは毛頭無い。

 

「え、えーと……」

 

「また一つ、悪が滅びたな」

 

 おそらく挑戦者が少なくて暇をしていたと言うことなのだろうが、純真な女の子をからかうとか悪質すぎた。

 

「と、冗談はさておき……話を聞こう。オーブを入手したことは先程聞いた。飛び込んでくる程元気があるところからすると怪我も大丈夫そうだが……宝箱の魔物には遭遇しなかったのか?」

 

 俺は完全に伸びた残念神官から床にちょこんと女の子座りしたシャルロットに向き直ると、そう問いかける。

 

(途中までは尾行したから知ってるけど、ここで聞かないのは不自然だからなぁ)

 

 アークマージなおばちゃんとの会話でしたミスを繰り返す気はない。

 

「あ、そうだった。……んー、丁度良いかな。あの、お師匠様、実は――」

 

 はたと膝を打ったシャルロットが、伸びた残念神官を一瞥してから語り始めた内容は、概ね俺の知っているとおりの出来事。

 

「そうか、魔物を仲間に」

 

「はい。ただ、一人で挑んだと見なされなくなるんじゃないかと思って、神殿には連れ込めなかったんです」

 

「言われてみれば」

 

 それで、魔物を連れずにここに戻ってきたのか。

 

「村に連れてくるのも、問題かなとも思ったんですけど……」

 

「いや、そこは何とかなるだろう。この神殿は村の外れだからな。魔物達は村に向かわず東か西から森を外に抜けさせてしまえば良かろう」

 

 もっとも、神官の目を欺ければ、だけれど。

 

(丁度良い具合に神官は気絶してるんだよね)

 

 シャルロットがのびた残念神官をさっきちらっと見たのは、今なら行けそうかなとか思ったのだろう。

 

「観光客に目撃される恐れもありそうだが、そこは道具屋で買ったきえさりそうで何とかなるしな。この村にはまだスレッジの弟子が居る。オーブを取ってきて貰うついでに人前を連れて歩けぬ魔物はジパングまで送ってもらえばよかろう?」

 

「あ、そっか。さすがお師匠様」

 

「あ、あぁ。大したことはない」

 

 シャルロットが手放しで賞賛してくれると、シャルロットの新しいお友達がどうやって神殿を通行するかを失念していた俺としてはちょっと後ろめたいものがある。

 

(残念神官を気絶させたのはたまたまだし、きえさりそう云々もこの場で思いついたことだしなぁ)

 

 そもそも。

 

「凄いのは、一人でこの試練をやり遂げたお前だろう。本当に良くやったな、シャルロット」

 

「お師匠さま……」

 

 頭にポンと手を置き微笑んで見せてから、シャルロットが戻ってきた方向に向き直ると俺は言った。

 

「さて、お前の新しい仲間との顔合わせもある。この残念神官が気絶している今の内だ。引き合わせて貰えるか」

 

 と。

 




ランシール神殿の人の扱いが酷い?

……ごめんなさい。進行すんなりいかせるには、ああするしか。

次回、第四百二十八話「いってらっしゃい」


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番外編24「ボクとおししょうさま(シャルロット視点)」

・お知らせ
 突発的な思いつきにより、今回は番外編。
 第四百二十八話は次回となります。すみませぬ。


「ええと、きえさりそうはどこだったかなぁ?」

 

 きえさりそうのことなんて付いてきたいと言い出した魔物のみんなをどうしようかと悩んでいて、すっかり忘れていた。

 

(お師匠様って本当に凄いなぁ)

 

 ボクが悩んでいた事にもあっさり解決しちゃうし、それでいて得意そうにすることもなく、それどころかボクを褒めてくれる。

 

「あ、あった……ねぇ、ミック。お師匠様のことどう思う?」

 

 袋からようやく見つけ取り出したきえさりそうを片手に、ボクはちきゅうのへそからついてきたミミックに尋ねた。

 

「お師匠様に見合うような女の子に……なれるかな?」

 

 戻ってきたばかりのちきゅうのへそへ挑む前日、丁度この神殿を望む場所で、ボクは呟いたんだ。

 

「た、ただ……今度来る時は……」

 

 道具屋に来る途中ですれ違った、新婚旅行中の二人を思い出したから、かもしれない。

 

「お、お師匠様と……新婚旅行で来たいな、なんて」

 

 冗談めかして、それでも勇者なのに勇気が出なくて、ボソボソと漏らした筈だった声は、お師匠様に聞こえていた。

 

「まぁ、新婚旅行を気軽に楽しめる世界にする為には……大魔王を倒さねばな」

 

 一瞬、ぽかんとしてしまったけれど、その通りだったし、何より驚きだったのはお師匠様がそんな返し方をして下さるとは思わなかったから。

 

(あれって、ボクへ答えてくれたんだよね)

 

 言われた直後は舞い上がっていた。

 

「とにかく、どんなことをしてでもオーブを持って帰る」

 

 と、持てる力の全てを使ってちきゅうのへその最奥に辿り着き、戻ってきてお師匠様にも褒めて貰えたけれど、やっぱりまだお師匠様の横に並ぶには足りないと思う。

 

(ミックに聞いたのだって、これから一緒に旅をするから何てただの名目で……たぶん聞きたかったのは、別のこと)

 

 続けた質問が、きっと全てだ。

 

(半分逃げたような形の告白に、プロポーズにさえ応じてくれたお師匠様との差を感じちゃって……)

 

 気休めでも誰かに大丈夫と言って貰いたかったんだ。

 

「カパッ、ガチガチ、ガチ、ガッ」

 

「あはは、そう。ごめんね。……それから、ありがとう」

 

 ただ、ちょっと質問する相手を間違えていたみたいで、ミックは言った。

 

「宝箱の魔物である自分に盗賊のことを聞かれてもコメントしづらい。盗賊からすれば自分達は嫌われ者だから」

 

 と。確かに、宝箱の中身を調べられる魔法使いと違って、探索技術には優れているのに盗賊にはミミックを見破る手段がない。盗賊からすれば厄介な存在なのだろう。ただし、こうも言った。

 

「自分を単独で倒したお前は、充分賞賛に値する強者だ。そんなお前を相応しくないと言える者が居るとは自分には思えない」

 

 よくよく考えると、お師匠様と顔を合わせたばかりのミックにそれ以上のことが言えるはずもない。

 

「うん、ボクが間違ってた」

 

 まだこの旅、バラモス討伐の旅だって終わりじゃない。

 

(スレッジさんのお弟子さんにオーブを取ってきて貰って――)

 

 お師匠様が仰るには、集めたオーブで不死鳥ラーミアを蘇らせるらしい。

 

(おろちちゃんのお婿さんのこともあるんだよね)

 

 おろちちゃんにはお世話になっているから幸せになって欲しいと思う。

 

(イシス、かぁ。……ミリーにサラ、みんな元気にしてるかな)

 

 はぐれメタルとの模擬戦で修行している二人がどれだけ強くなっているかも、ちょっと気になる。

 

「ボクだって試練を乗り越えた訳だし、成長してる……よね?」

 

 自分の手に目を落として握ったり開いたりしてみてもあまり実感が湧かないのは、おろちちゃんに協力して貰った時の修行後と無意識に比べてしまうからだろうか。

 

(あの子だけ残して貰うべきかな? けど、メタリンみたいにボクのパンツ被って走り回ったら困るし)

 

 ちきゅうのへそで出会ったメタルスライムと仲良くなれたのは、おろちちゃんの所での修行で沢山のメタルスライムと濃いお付き合いをしたからかもしれない。

 

(悩むなぁ。下着を被ったメタルスライム追いかけ回してる所なんてお師匠様に見られたら……)

 

 けど、イシスで再会した時、ミリーがすごい呪文の使い手になってることも考えられる。

 

「あ」

 

 追い越されないためにも、何て考えかけたところで、口から声が漏れた。

 

(どうしよう……)

 

 失念していた、何でこんな事に今更気づいたんだろうって程に重要なことを。

 

(ミリーもお師匠様の事が好きなのに――)

 

 昨日の告白は、抜け駆けであり裏切りだったんじゃないだろうか。

 

(あんなのフェアじゃなかった、今からでもお師匠様にっ)

 

 そこまで考えてから、心の中で別の自分が問う。

 

「他人の思いを許可無く打ち明けていいの? 打ち明けないなら、何をどう説明するつもり?」

 

 別の自分は尚も言う、黙っていればいいと。

 

「……シャルロット?」

 

 有効な反論を思いつかないまま立ちつくすボクの背にかかったのは、お師匠様の声だった。

 

 




一般論を言ったつもりで、シャルロットにとんでもない誤解をさせていた主人公。

気づけ主人公、間に合わなくなっても知らんぞーっ!

次回、第四百二十八話「いってらっしゃい」



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第四百二十八話「いってらっしゃい」

「すまん、考え事の邪魔をしたか?」

 

 何だか呆けたように突っ立っていたので、声をかけていいものか若干迷ったのだが、残念神官とていつまでも気絶しているとは思えない。

 

(いらない追いかけっこで時間使っちゃったしなぁ……と言うか、灰色生き物はみんなああなのか)

 

 両手でがっちり押さえた灰色生き物に目を落として少し前のことを思い出す、シャルロットの新たなお友達と引き合わされたすぐ後のことを。

 

「ピキーっ」

 

「あ、ちょっ、だ、駄目っ」

 

 自分の紹介される番が退屈で待ちきれなかったのか、遊んで欲しかったのか、その灰色生き物はシャルロットの足の間をくぐり抜け、周囲をぐるぐる回ったりと好き勝手をやらかし始めたのだ。

 

「いかんっ」

 

 そのまま勝手に村の方に行かれると拙い。俺は灰色生き物に飛びつき。

 

「ピィ」

 

「大人しく、しろっ! ……ふぅ、紹介を遮って済まなかった、続けてくれ」

 

 灰色生き物を押さえ込んだまま、残りの自己紹介を聞きくことになったが、是非もない。

 

(けど、やっぱり魔物の言葉って何を言ってるのかさっぱりなんだよな)

 

 シャルロットが荷物からきえさりそうを探すとミミックと一緒に席を外した後、前にモシャスで変身したことのある虫の魔物が近寄ってきて妙な踊りを踊り始めたが、理解出来ず、よろしくなとだけ返して終わらせてしまったことも少しモヤモヤしている。

 

(ミツバチがダンスでコミュニケーションをとるって聞いたことがあるし、その類だったんだろうけれど)

 

 ちょっと悪いことをした気がするのだ。

 

(モシャスで変身したら、何が言いたいか理解出来るかな? って、シャルロットにモシャスが使えることを明かせない時点で無理な話か……ん?)

 

 自己解決しかけたところで、ふと思い至ったのは、おそらく一番シンプルな解決策。

 

(そうだ、シャルロットに通訳を頼めば良いんだ)

 

 何故こんな単純なことへ真っ先に思い至らなかったのか。

 

(あー、たぶんきえさりそうを探す邪魔をしちゃいけないとか思って無意識のうちに除外してたんだろうな)

 

 きっとそうに違いない、俺はそこまでうっかりさんではないのだから。

 

「――で、声をかけようとしたら何やらシャルロットがぼーっとしていて、声をかけるべきか迷いつつも神官が起きるよりも早く魔物達も通過させないと行けないしと言う事情もあって声をかけた訳だな、うん」

 

 第三者に説明するなら、きっとそんな感じだろう。いや、説明する相手なんて居ないが。

 

(この場にハルナさんでも居たなら話は別だけど)

 

 ともあれ、モンスターを連れたままでは船へ積み込む物資の買い付けなんかにも支障をきたす。

 

「シャルロット、きえさりそうは見つかったか?」

 

「……あ、はい」

 

 だが、幸いにも返事をしたシャルロットの手にはきえさりそうが握られており。

 

「では、魔物達に使ってやってくれ。俺はスレッジの弟子にこのことを伝えてこよう」

 

 ついているべきか迷った俺だったが、ちゃんと返事をしたし、魔物達を通したらジパングまで送り届ける人、つまりハルナさんを呼んでくるため結局一時離れなくてはならないこともあった。

 

「お前達も自己紹介をして貰ったばかりだが、人間側にも事情がある。時間が許せば、会いに行くこともあるだろう。それから、これを頼む」

 

 すまんなと謝罪の言葉を添え、魔物達にも挨拶すると、押さえていた灰色生き物を袋に入れて口を縛って渡し、そのまま神殿を後にする。

 

(急ごう。不測の事態になっては拙い)

 

 最悪のケースはシャルロットがこの後予想外の行動を取った上、残念神官が起き魔物を見てしまって騒動になると言ったところか。

 

(むしろ魔物達も居るからこそ大丈夫と思いたいな)

 

 シャルロットなら魔物の言葉がわかる。相談相手ぐらいにはなってくれるだろう。

 

(トラブルの元になりそうな灰色生き物は袋に入れておいたし、大丈夫だ)

 

 自分に言い聞かせつつ神殿を飛び出すと、その足で真っ先に宿屋へ向かう。

 

「す、スー様」

 

「ああ、そこに居たか」

 

 状況は伝えてあったし、俺が戻ってきたことでシャルロットが戻ってくるのにもそれ程時間はかからないと踏んだのか、ハルナさんがいたのは、宿の部屋ではなくロビーの入り口よりだった。

 

「その、スー様がいらしたと言うことは?」

 

「そうだ。ジパングまでシャルロットの新しい友達を送って行って貰いたい」

 

 もちろん帰りにはおろちのもつオーブを譲り受けて来るようにと言い添えることも忘れない。

 

「チェックアウトが済んでいるなら、このままシャルロットの元まで行こうと思うが」

 

「大丈夫です」

 

「そうか。……まだ戻ってくる訳だが、色々世話になったな」

 

「い、いえ」

 

 やりとりを買わし、では行こうと促して暫く後。

 

「連れて行って欲しいのは、そこのミミックを除く魔物全てだ」

 

 俺はシャルロットのお友達とハルナさんを引き合わせ、言った。

 

「……すまんな」

 

 魔物に聞こえぬよう小声で続けたのは、女性なら苦手でも不思議のない種の魔物が居るからの一言に尽きた。

 

「いえ。行ってきます」

 

 だがハルナさんは頭を振ると、微笑むなり呪文を唱え始め。

 

「ルーラ」

 

 完成した呪文でハルナさんは空へと飛び立っていった、魔物と共に。

 

 




次回、第四百二十九話「俺達のなすべきこと」




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第四百二十九話「俺達のなすべきこと」

「シャルロット……」

 

 ハルナさんを見送った俺は視線を戻すと、何処か心ここに在らずの態の勇者に声をかける。

 

「あ、お師匠様」

 

「大丈夫か? 先程もぼーっとしていたようだが……」

 

 顔を上げたシャルロットの様子は気になったが、だからといってハルナさんを呼びに行ったことは後悔していない。

 

(相談になら、こうやって乗れる訳だし)

 

 ハルナさんが戻ってくるまでは二人っきりだ。

 

(何か悩んでるとしてもその理由を聞く機会は いくらでも――あ、ミミックも居るの忘れてた)

 

 足下に置かれた宝箱の存在に気づかないとか、盗賊としては不覚すぎである。

 

(けど、本当に口を閉じたら宝箱そっくりだよなぁ、ミミック)

 

 足下に目をやってマジマジ見るが、パッと見では普通の宝箱と見分けがつかない。

 

(これなら町中でも充分連れ歩けるな。連れ歩くという表現が正しいか微妙だけれど)

 

 宝箱は普通跳ねたり動いたりせず、よって移動は俺かシャルロットが荷物として持つか背負う形になる。

 

(原作でも鎧が入ってる箱とかあったけど、案の定というか……)

 

 ミミックのサイズは、鎧が一個はいる程に大きい。

 

(これだけ大きいと背負子か何かで背中に負ぶって運ぶのがベストだよなぁ)

 

 手が塞がってしまうのは拙いし、ロープでくくりつけるのは、ちきゅうのへそので縛られていたことをミミックが思い出しそうで使えない。

 

「……道具屋までは普通に手で持って行って、そこで運搬用の器具を買うか」

 

 そもそも船に積み込む物資を買い込まなければ行けないのだから、道具屋には一度寄る必要があるのだ。

 

(ミミック自身は主人と一緒にいたいだろうけれど、弟子とは言え女の子に大きな荷物を持たせて自分が手ぶらはちょっとな。シャルロットも悩み事か考え事があるっぽいし)

 

 ぼーっとしていて誰かにぶつかるなりミミックを落とすなりしてしまって運んでいた箱の正体が村の中でばれれば周囲は大パニックだ。

 

「とりあえず、こいつは俺が持とう」

 

 俺はシャルロットの反応を待たずにそう宣言するとミミックを拾い上げ。

 

「えっ、あ。お、お師匠様すみません、ボクの仲間なのに」

 

 我に返った様子で恐縮するシャルロットに気にするなと言いつつ、歩き出す。

 

「お前の仲間なら俺の仲間でもある、そうだろう?」

 

 この強引な論理展開が出来たからこそ、何人もの人を助けられた。

 

(そうだよな、クシナタ隊のみんなや勇者サイモンを生き返らせることが出来たのも――)

 

 シャルロットのお陰だった。シャルロットが勇者であり、言い方は悪いが、自分の都合でシャルロットとの関係を利用したからこそ生き返らせることが出来た。

 

(助けるためとは言え、強引に縁を利用したのなら、せめてこういう時ぐらいはね)

 

 同じ理由で、シャルロットを助ける。それでもせいぜい代わりに荷物を持つ程度のことしかしていないのだけれど。

 

「シャルロット……どうしたのか、考え事があるのか悩み事があるのかは知らん。無理に聞くつもりもない。だがな、困ったなら頼れよ。常に師に頼りっぱなしの弟子は問題だが、お前は違う」

 

 ちきゅうのへその攻略でも、俺は扉を一つ開けただけ。ほぼ独力で単独でオーブを確保し、戻ってきた。

 

「おし……しょう、さま」

 

「頼りがいがあるかについては微妙なところだがな」

 

 冗談を零して肩をすくめてみるが何というか、ちょっとだけ困った。

 

(大きな荷物があると、死角が)

 

 後ろだからシャルロットとぶつかることは考えなくて良いが、現在地は村と神殿を隔てた森の中、時々木の枝がミミックに当たるのだ。

 

(かといって、ここで降ろしてミミックに自分で進んで貰う訳にもいかないし。ギリギ

リ村人に目撃されるかも知れないって所なのが嫌らしいよな)

 

 ピシピシ当たる枝に耐えきれず、ミミックが本性を現したところを目撃されるとアウト。

 

(仕方ない、最短距離を突っ切らず遠回りするか)

 

 原作と違ってちょっと無理をすれば木と木の間を抜けることも出来たのだが、少々横着が過ぎたということだろう。

 

「シャルロット、少し道を変」

 

「お師匠様ぁっ」

 

 背中に衝撃を感じたのは、その直後だった。

 

「っ、と」

 

 よく衝撃に耐えて箱を手放さなかったと、自分を褒めたい。

 

「ボク……ボクっ」

 

「どうした、シャルロット?」

 

 やはりシャルロットは何やら悩んでいたらしい。俺としては背中に押し当てられた柔らかい何かの感触が悩ましいが、それはそれ。

 

(シャルロットが抱きついてくるのは、今に始まったことじゃ無いんだよなぁ)

 

 もう少し慎みを持つか、異性に対して警戒感を持って欲しいと思う、思うが。

 

(父親代わりと見られてるとすれば、無防備なのは仕様かな)

 

 若干遠い目をしつつ、俺は抱きついてきた理由、と言うか上の空であった理由を聞いた。

 

「まぁ、勇者だし、バラモスに勝てるかとか悩んでた気もするから、そっち関連かな」

 

 とか割と軽く考えながら。

 




残念、主人公は不正解です。

次回、第四百三十話「どうしてこうなった」


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第四百三十話「どうしてこうなった」

「……話はだいたい解った」

 

 俺はとんでもない勘違いをしていたらしい。

 

(とは言え……これ、俺はどうすりゃいいんですか?)

 

 ぶっちゃけ、こんなケースは想定していなかった。もちろん、村と神殿の間でシャルロットの話を聞くことになったと言うのも予定外だが、それはこの際どうでもいい。

 

「ミリーのプライバシーに関わることで詳細は明かせないと言うのも理解はするが……とりあえず、話してくれた所までで俺に言えることは、だ」

 

 そこで一旦止めてから、俺はシャルロットと名を呼び、言う。

 

「お前はどうしたい? ここにミリーは居ない。敢えて秘密にしておくと言う事だって出来る訳だ。無論、お前の中にしこりとして残るだろうし、後で露見すれば友情を壊しかねないと言う意味合いからすれば悪手だが――」

 

 今揉めずに済むという利点はある。もうすぐバラモスに挑む大事なこのタイミングでパーティー間にくさびを打ち込むような事になるのはよろしくない。

 

(けど、一体何したんだろうなぁ、シャルロット……元バニーさんに無断で先走ったとか、裏切りがどうのこうのって)

 

 まだこの世界に来る前のこと、家族の人数分買ってあったケーキを勝手に選んで先に食べて後で喧嘩になったことがあったが、あれと同じようなモノだろうか。

 

(あのころは俺もまだ子供だった……って、ケーキの話はどうでも良い)

 

 今は、シャルロットの相談に乗ることが最優先だ。

 

「ともあれ、仲の良かったお前達がぎくしゃくするのを見ているのは忍びない。俺に出来ることがあるなら協力するぞ? 無論、出来る範囲で、だが」

 

 気持ち的には即座に全面協力したいところだが、ここで安請け合いするのは危険だと第六感が告げたのだ。

 

「お師匠様……ありがとうございまつ」

 

「礼はいい。弟子の面倒を見るのが師匠だろうし、俺も一応はパーティメンバーだからな」

 

「お師匠様……」

 

 そんな事よりも、俺に何か出来ることがあるかだ。

 

(この場合だと……元バニーさんのご機嫌取りとかそう言う事になるのかな。うーむ)

 

 そうだ。いつもは元バニーさんが俺をご主人様と呼んでいるのだから、俺が元バニーさんをお嬢様と呼んでみてはどうだろうか。

 

(うん、ないな。……自分で考えておいてアレだけど)

 

 確か遊び人と盗賊だけの着られるスーツがこの世界には存在したと思う。

 

(アレンジすれば執事なら――)

 

 やれるかもしれないが、確かあの防具は非売品だった気がする。

 

(そもそも、そう言う色仕掛けめいたことはイケメンがやってこそのモノだからなぁ)

 

 借り物のこの顔は割と整っているとは思うけれど、中身が俺では話にならない。

 

「あ、あの、お師匠様……ボク、ミリーに謝ってみます。許して貰えるかは解りませんけど、やっぱりボクが悪かった訳ですから」

 

「……そうか」

 

 俺の言葉がシャルロットの中の何かを変えたと言うより自分で答えを見つけたような気がするが、おそらくはこれでよいのだろう。

 

「答えが見つかったなら、俺から言うべきことはもうない。ただ一つを除いてはな……」

 

「えっ」

 

「当初の予定通り、道具屋に向かうぞ。こいつをいつまでも手でもって行く訳にはいかん。背負子のようなモノを買うという目的もあるが、船用の物資を買い込んで届けに行かんとな」

 

 シャルロットの相談で脱線してしまったが、ハルナさんが戻ってくるまでにこちらも船に物資を届けておかなくてはならないのだ。

 

(オーブが揃ったら出航な訳だし)

 

 猶予はルーラの往復でかかる二日。別れたのがつい先程だから時間的な余裕はあるが、外にはあのあやしいかげが出没する危険地帯がある。

 

(シャルロットは付いて来たがるかも知れないけれど、袋だけ借りて単独で動いた方が魔物に見つかる可能性は低いし、いざというとき呪文が使える利点があるからなぁ)

 

 船からのお使いは一人で果たしに行きたいが、問題は、どうやってシャルロットを言いくるめるかだ。

 

(このランシールに来る時は先に行かせて心配させた上、時間をかけちゃってるのが痛いな)

 

 理由はあったし、おどるほうせきからの戦利品という遅くなった理由はシャルロットに渡してある。

 

(ん、待てよ……そうだ。ハルナさんが来たように誰かが俺達を探しに来るかも知れないから留守番が必要だとでも言えば良いか。スレッジの弟子と言うことになってるハルナさんにはお使い頼んじゃった訳だし)

 

 場合によってはスレッジの格好をして戻り、シャルロットに会いハルナさんの居場所を尋ねるという小細工をしてもいい。

 

(スレッジ自身の証言もあれば信憑性は増すし、あとはシャルロットにお前の師匠を捜してくるとでも言って村を出て変装を解き、何食わぬ顔で「ただいま。さっきスレッジに会ったぞ」とでも言えばいいし)

 

 スレッジに扮装せずとも、戻ってきた時、スレッジと会ったと言うだけのパターンでもハルナさんの偽りの身元を補強することは出来ると思う。会いに来たスレッジがハルナさんを探していたと言うことにすれば。

 




主人公「盗賊で、執事だからな」


次回、第四百三十一話「買い出し」



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第四百三十一話「買い出し」

「確か、道具屋はこっちだった筈だな」

 

 大まかな見当は付けていた。だが、木と木の間を突っ切るのを断念したところでシャルロットが後ろから抱きついて相談して来るというハプニングは、俺の認識を狂わせたのだ。

 

(まぁ、ぶっちゃけどっちに進んでいたかが若干解らなくなったって事だけど)

 

 村と神殿の間の森で迷子になってタカの目を使うのは恥ずかしすぎる。

 

(えーと、こっちに向かって進んでいて、背中にむにゅんとして、振り向いた後話を聞いて……)

 

 自分の行動を思い返すことで、どちらから来たかを思い出す。

 

(しっかし、どっちを向いても木、木、木、だな)

 

 原作だと沢山茂った木々の有る場所の中にいる感じだろうか。

 

(最初は、最短距離を取ろうとしていたんだから、来た道の延長線上を真っ直ぐ突っ切れば村の方に出るはず)

 

 建物の裏手に出てしまって行き止まり、なんてオチも充分考えられるけれど。

 

(まぁ、突っ切るのを止めた判断は正しかったってことだよな。また少し枝が当たるけど、引き返して木々の中を出る、か)

 

 下手に木々の中を突っ切って迷子になるよりはマシだ。

 

「迂回しよう」

 

「お師匠様?」

 

 宣言するなり俺は来た道を引き返す。足下の下生えを踏みしめた後を辿ればいいだけであるし、何より先頭をシャルロットに任せる訳にはいかない。

 

(女の子だもんな。小枝が顔を傷つける可能性もあるし)

 

 横着したのは俺なのだ。枝をかき分けて進むのは当然のことだと思う。

 

(しかし、やっぱり鬱陶しいよなぁ、小枝)

 

 枯れたまま伸びている枝を指で挟み折り、放り投げながら胸中で嘆息するも嘆いたところで枝は減らない。

 

「ふぅ、ようやく戻ってこられ」

 

「そこの御仁、少しよろしいか」

 

 そして、ようやく戻ってこられたと思えば見知らぬ戦士風味のオッサンに声をかけられる始末だ。

 

「何だ?」

 

 問う声が若干不機嫌なモノになったのは、仕方ないと思う。

 

「私は最後の鍵を探して旅をしている。しかし、鍵を手に入れるには壺が必要だという。何故壺が必要なのか、そもそもどのような壺があればいいのか、断片的な情報のみで困っていたのだ。見たところこの村の者ではないとお見受けした。最後の鍵と壺についてもし知っていることがあれば教えて頂きたいのだが」

 

「最後の……鍵?」

 

「おぉ、何かご存じか?」

 

 思わずオウム返しにポツリと漏らしたらオッサンに食いつかれたが、このオッサンには覚えがあったのだ。原作の方でだが。

 

(あー、最後の鍵の入手方法のヒント用の)

 

 勇者にヒントを与えるのが存在意義であり、こんなアクティブに最後の鍵を探しては居なかった気もするが、町や村がリアリティのある人口や広さになってるのと同じ事なのだろう。

 

「まぁ、知らんわけではないが……俺達の旅にも必要になるかもしれん品でな。話せるかどうかはそちらの事情を詳しく知らねばなんとも言えん。開けたい鍵があるだけなら、解錠呪文を使える知り合いを紹介しても良いしな」

 

 今回のちきゅうのへそ探索は俺が先行して鍵を開けることでことなきを得たが、今後目的地に最後の鍵でしか開かない扉に遭遇する可能性を考えるなら、鍵は入手しておく必要がある。

 

(先に鍵を探しに行っ入手出来ていれば、透明になって先行し扉を開けてくるなんて真似だってせずに済んだからなぁ)

 

 この先何があるか解らない。そも、いつの間にかオーブ集めを優先して忘れていたが、少し前までは遣るべきことのリストに最後の鍵の入手はあったと思う。

 

「元バニーさんや魔法使いのお姉さん、元僧侶のオッサンがそのうち解錠呪文を覚えるからいいや」

 

 と鍵をスルーした結果、また今日の様なことがあったら、どうするというのか。

 

「成る程、そちらの言い分至極もっとも。では――」

 

「もっとも、その前に。俺達は買い物に行くところでな。話は歩きながらかもしくは買い物が終わってから聞くと言うことにしたいのだが」

 

 早速話出そうとしたオッサンを制してそう言うと、俺はシャルロットへ振り返り「行くぞ」と声をかけた。

 

「あ、はいっ」

 

「っ、これは失礼した。デートの最中であられたか」

 

 ただ、俺とシャルロットのやりとりを見て誤解したオッサンの言葉は俺にとってもシャルロットにとっても想定外だった。

 

「「えっ」」

 

「邪魔をして申し訳ない、許されよ」

 

 声をハモらせた俺達の前で頭を下げたオッサンは、逗留先の名を告げ、しからばごめんと立ち去り。

 

(そして、びみょうな くうき の なか。 おれ と しゃるろっと が のこされた の だった)

 

 どうしてくれるんだ、おっさん。この じょうきょう を。

 

(あー、シャルロットなんか顔真っ赤にして俯いちゃってるじゃない)

 

 セクハラで訴えても良かったのかも知れない、あのオッサン。

 

「シャルロット……大丈夫か?」

 

「えっ、あ、はい。大丈夫でつ」

 

 当人は何でもないと返してきたが、生じた間が何でもあったことを物語る。

 

(シャルロットがあの様子じゃ、買い出しは俺が引っ張って行くしかないな)

 

 うっかり一ケタ多く食料とかを購入してしまったら困る。

 

「邪魔をする。このリストにあるモノを購入したいのだが」

 

 気負いもあって舵廊下、道具屋に着いた俺は気づけば店主へそう言っていた、船長から渡された羊皮紙を片手に。

 




どこかの王様の「デートかよ」と言う台詞を思い出した闇谷が居る、早朝。

次回、第四百三十二話「もっと腕にシルバーを巻くとかさ」


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第四百三十二話「もっと腕にシルバーを巻くとかさ」

「これで……全てですね」

 

 道具屋の主人が苦労して並べてくれた品の塔を見て、思う。

 

「シャルロットの持ってるふくろ、やっぱり反則だわ」

 

 と。

 

「手間をかけたな。これが代金だ。シャルロット、袋を借りるぞ?」

 

 道具屋の主人が持ってくるのも一苦労だった品だが、それら全てが袋一つに入ってしまって重量と質量無視だというのだから驚きだ。

 

(と言うか、これを使って名産品を大量に買い込んでさ、売りさばいたらあっという間に巨額の富も稼げるよね)

 

 勇者ならルーラという呪文による移動手段もある。経済を破壊する可能性が大いにあると言う点を除けば、一定の元では必要と思われるものの、チマチマ魔物を倒して装備の資金を集めるよりよほど効率よく資金を集められると思うのだが。

 

(こんな事に思い至る俺がおかしいのかな)

 

 と言うか、交易網作成の方だって、シャルロットに袋の片隅を借りて、各地名産品のサンプルとかを持っていったりしていれば、もっと貢献出来ていたのではないだろうか。

 

(しかし、本当によく入るわ、これ)

 

 考え事をしつつも手は止めず、品物の塔と袋の間を手が行き交う度に塔はどんどん低くなって行く。

 

(水と食料、薬に衣類……)

 

 袋に詰め込む荷物の内幾つかはこれからの船旅で俺達も消費する品だ、雑な扱いをする訳にも行かないし、品質はちゃんとチェックする必要がある。

 

「しかし、よくこれだけの乾パンや塩漬け肉があったな」

 

「神殿へ観光に訪れる方もいらっしゃいますし、そう言った方は船で来られますからね」

 

「成る程」

 

 この店にとって、訪れた船への補充品は売れ筋商品なのだろう。

 

(新婚カップルも居たし、俺達が上陸した場所とは別の海岸にも船が来ている所なのかも)

 

 そして、買い込んだ品は大半が日持ちする品。ひょっとしたら、今袋に詰め込んでいる品は新婚カップルが乗ってきた船に売るため用意したモノだった可能性もある。

 

「しかし、そうなってくるとこの近辺に出る魔物は悩みの種か」

 

「ええと、何と言いますか……それ程簡単でも無いのですよ」

 

 だが、意外にも道具屋の主人は少し困った顔で頭を振った。

 

「当然ながら、腕に覚えのない方は護衛を雇っていらっしゃるのですが、その護衛の方も薬や道具をお買いあげ頂くことがありますし。この村には武具を扱う店もありますので」

 

「ああ、そういう……人間、逞しいものだな」

 

 魔物の存在も、商売に転用しているのだから。

 

(よくよく考えてみると、この辺りで洒落にならないレベルの魔物と遭遇する可能性があるのって、俺ぐらいな訳だし)

 

 俺にとってはアレフガルドに居る凶悪な魔物が正体かもしれないあやしいかげも、ごく普通の旅人にとっては実力が伯仲した正体がわからない魔物でしかない。

 

「よし、購入した分は袋に収まったな。シャルロット、そろそろ行くぞ?」

 

 道具屋の主人と会話しつつも続けていた作業を終えると、振り向いてこの場に居るもう一人に声をかけた。

 

「え? あ、は、はいっ! ふつつか者ですがよろしくおねがいしまつ」

 

「……しゃるろっと?」

 

 だれだ、しゃるろっと に めだぱに かけた のは。

 

(やけに静かだと思ったら、また何か考え事をしてたってことですか)

 

 そこを不意打ちされたので、あんな発言が飛び出してしまったのだろうか。

 

(森で出会ったオッサンのデート発言が原因……ってことはないな)

 

 デートでふつつか者という言葉が出てくるのはおかしい。

 

(むしろ、こっちの会話をハンパに聞いていてあの新婚カップルから、自分が結婚する姿を想像してたとかそっちの方がしっくり来るし)

 

 挙式直前のシャルロット。花嫁の控え室に父親代わりとして控えていた俺。そこに花婿がやってきて、もうすぐ式なので会場に向かうと俺が言ったところで、シャルロットが花婿に一言。

 

(この流れならさっきの発言も不自然じゃないな)

 

 しかし、シャルロットの夫、か。

 

(元僧侶のオッサンは魔法使いのお姉さんとくっついたし、サイモンは息子が居る上に年齢として合わない。うーん、商人のおっさんも年離れすぎてるしなぁ)

 

 消去法をすると、アリアハンに居た武闘家のヒャッキと言うことになるのだが。

 

(そう言えば、シャルロットのこと好きなんだっけ)

 

 複雑ではある、複雑ではあるがシャルロットが幸せならそれで良いと思う。

 

(……って、何考えてるんだ俺)

 

 あぶないあぶない、俺まで想像に引っ張られるところだった。

 

(だいたい、俺じゃなぁ)

 

 一瞬想像の花婿に素の自分を重ねてしまったのは、おそらく気の迷いだろう。

 

(今の買い出しだって、デートって訳じゃないし)

 

 とりあえず、俺がすべきはこれ以上シャルロットが変なことを口走らないうちにこの店を出ることだ。

 

「では店主、邪魔をしたな」

 

「あ、待って下さい」

 

 シャルロットの腕を掴み、やや強引に店を出ようとした俺を道具屋の主人は呼び止め。

 

「色々、お買いあげ頂いたお礼です。よろしければそちらの未来の奥様とひとつずつ、どうぞ」

 

 とんでもない勘違いをしつつ手にしたモノを差し出してきたのだった。

 

 




女連れで女の子の方の態度があれですからね。道具屋が誤解しても仕方ない。

次回、第四百三十三話「どうしてこんなになるまでほうっておいたんだ」


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第四百三十三話「どうしてこんなになるまでほうっておいたんだ」

「誤解が、一人歩きしている」

 

 そう思った。

 

「勘違いが勝手に育っていた」

 

 ことに今更ながら気づいて後悔した。

 

「あ、あー。その、だな」

 

 訂正すべきか、それとも貰うモノだけ貰ってさっさと退散すべきか。

 

(このパターンを俺は知っている)

 

 違うと言っても照れてるだけだとか曲解されてまともに受け取って貰えないパターンだ。

 

(むしろこういう時は――)

 

 適当なことを言って有耶無耶にしつつお茶を濁し立ち去るべきだ。

 

「すまんが、それを受け取ることは出来ん。この買い出し自体、任務の一環なのでな。受け取ったのが、モノ一つでも背任を疑われかねん」

 

「え?」

 

「ではな、店主。世話をかけた。行くぞ、シャルロット」

 

 観光客だと思ったらいきなり任務がどうのと言い出す。ツッコミどころしかない気もするが、とりあえず、未来の奥様がどうのといった方向の勘違いは防げたと思う。

 

(実際、魔王討伐って任務の途中だもんなぁ、シャルロットは)

 

 俺も交易網作成という仕事を何処かの王様に押しつけられた身の上ではあるし。

 

「とりあえず、これで道具屋ですべき事は終わったな」

 

 後は、最後の鍵を探してるオッサンとの話したり、船に今購入した物資を届ければここですべき事はもう無いと思う。

 

(まぁ、まずはあのオッサンだな)

 

 デートがどうのと言い出したある意味で諸悪の根源であり、同時に放置出来ない相手。

 

(勝手に動かれてオッサンに先を越されてから悔やんでも遅いし)

 

 事情次第では同行させるのも悪くないと思う。

 

(旅をしてまで探すくらいだ、相応の理由は有っても不思議じゃない)

 

 もちろんよからぬ動機だったら、先程微妙な空気を作ってくれたお礼をするだけだ、犯罪を企んだ制裁的なモノにちょっぴり上乗せする形で。

 

(悪はくじかないとね。別に八つ当たりしたいからって訳では……ナイデスヨ?)

 

 例えば、どんな扉でも開けられる鍵などと言うその鍵があのカンダタとか言う変態犯罪者集団の頭目の手に渡ればどうなるか。

 

(鍵という鍵をほぼ無効化出来る訳だからなぁ、泥棒し放題だよね)

 

 原作の方では俺も世界各地の宝物庫を荒らした覚えがある。

 

(うん。ああいう品は持つ主を選ぶな)

 

 流石にこっちで同じ事をする気はないが、俺に持つ資格はなさそうだ。

 

(解錠呪文習得してると言う意味では、今更だけど)

 

 ともあれ、オッサンへの対応は当人から直接話を聞かないと始まらない。

 

(ついでにまともじゃない状態のシャルロットを連れて外を歩くのもなぁ)

 

 何故この世界には眠りから目覚めさせる呪文はあるのに混乱を直す呪文はないのか。

 

(叩いて直す? シャルロット相手にそんなこと出来る訳ないし)

 

 いや、もっとせっぱ詰まったら、可能性はあるか。せくしーぎゃるのとき以上に見るに堪えない様子なら。

 

(って、何考えてるんだ、俺)

 

 一瞬思い出してしまった、せくしーぎゃるのシャルロットを頭を振って脳内から追い出し、シャルロットの腕を掴んだままの状態で宿に向かう。

 

「あ、あのお師匠様……ボク、まだ」

 

「ん?」

 

 ――つもりだったのに足を止めたのは、すぐ後ろからシャルロットの声がしたから。

 

(良かった、正気に戻ったのかぁ)

 

 道具屋では明らかに混乱状態だったが、自分から何か主張しようとしていると言うことはもう大丈夫なのだろう。

 

「ひょっとしてまだ欲しい物があったか? すまんな、勝手に店を出てしまって」

 

 個人的にもうあの道具屋には顔を出しづらいが、さっさと立ち去ろうとしたのは俺の都合である。

 

「そ、その、欲しい……もの、はあるんですけど……えっと」

 

「どうした?」

 

 もじもじするシャルロットを見て、俺は考える。こうもまごつくところを見ると、そうとう値が張るものなのではないかと。

 

(けど、あの店にそんな高価なものはあったかなぁ)

 

 どこかのすごろく盤上のよろず屋ならともかく、原作でも一番高かったのはきえさりそうで、あとは聖水とキメラの翼くらいしか置いていなかったように思う。

 

(実際、保存食とかこっちの世界ではないと問題になりそうな品は追加されていたけどそれぐらいだったような……あれ?)

 

 もしや、シャルロットが欲しがっているのは商品ではないのか。

 

(さっき道具屋の主人が渡そうとした銀の……いや、それならもっと早くに言い出しているか)

 

 ならば何だというのか。

 

(あ、そうか)

 

 俺はまた勘違いをしていたのではないか。新婚カップルだとかデートという言葉に誘導され、誰かのお嫁さんになる未来をシャルロットは想像しているのだと勝手に思いこんでしまった。

 

「そうか。俺にまともな父親が務まるといいのだが」

 

 そう、母子家庭に育ったシャルロットが欲しい物と言えば、父親しかないじゃないか。

 

(迂闊だったな。新婚カップルではなく、その先にある親としての男の方、お父さんを意識していることにここまで気づかなかったとは)

 

 幸い、バラモスを倒すのは、原作より早くなりそうだ。オルテガもアレフガルドで記憶喪失中とはいえ健在だろう。

 

(大丈夫だ、充分間に合う)

 

 今は間に合わせにもなるか微妙な俺が父親代わりをするしかないとしても、原作の悲劇は起こさせない。

 

(さてと、それはそれとして)

 

 ここは試しにお父さんと呼んでみさせるべきだろうか。

 

(って、駄目だこれ)

 

 流石にそれは急ぎすぎだし、一歩間違うと新たなプレイである。とりあえず俺は思いついたばかりの案を脳内のゴミ箱に放り込んだ。

 

 

 




すれ違い、悪化する。

次回、第四百三十四話「ここがあのオッサンの宿ね」


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第四百三十四話「ここがあのオッサンの宿ね」

「……ようやく戻ってきたな」

 

 足を止め呟く俺の目に映るのは、昨晩泊まった宿であり、最後の鍵を探しているというオッサンが滞在先として告げた場所でもあった。

 

(つまるところ、同じ宿に泊まっていたってことだよな)

 

 灯台もと暗しとでも言ったところか。

 

(まぁ、事情を聞きに行くのも良いけど、まずはシャルロットを置いてこないと)

 

 オッサンの部屋への訪問に同行させてあのオッサンがまたロクでも無いことを言い出したらめんどくさくなる。

 

「シャルロット、今日は疲れただろう。先に部屋で休むといい」

 

「えっ、ええと、お師匠様は?」

 

「ああ、俺は最後の鍵の件で少々話をしてくる。その後については、話の流れ次第だな」

 

 話がすぐに終わりそうならシャルロットをこの宿に置いて、船まで購入した物資を届けに行ってもいい。

 

(ただ、今後の予定を変更しないと行けないような話が飛び出したなら話は別だけど)

 

 割とスムーズには行ったがちきゅうのへそ攻略にもそれなりに時間はかかっている。原作では真夜中の森でも何の問題もなく進めていたが、明かり無しで夜の行軍というのは割と大変なのだ。

 

(明かり持ってたら、魔物に「ここにいるよ」って主張しているようなモンだからなぁ。おまけにあの辺りで一番厄介な敵、見た目は影だしさ)

 

 夜中に見分けるとか殆ど無理だ。月明かりとかで明るい夜なら些少マシだろうが日が沈んでしまったなら、配達の出発は翌朝に伸ばしたい。

 

(物資の配達はしなくても、最悪ハルナさんが帰ってきた後にシャルロットと船まで戻って、その時袋の中から取り出してもいいし)

 

 焦る必要はないのだ。むしろ、懸念すべきは最後の鍵の入手を何処に組み込むかだと思う。

 

(まず、かわきのつぼが必要だから、壺のあるエジンベアに行く必要がある。ここまではいい)

 

 ハルナさんが戻ってくればオーブは揃い、ラーミアの卵が安置されたほこらの方がエジンベアより近い。ここまでを踏まえると、ラーミアを復活させてからその背に乗ってエジンベアに向かうと言うルートが正解だと思う。

 

(問題は、ラーミアが何人まで背中に乗せられるのかと最後の鍵のあるほこらの沈んだ場所を俺が覚えていないことなんだよね、うん)

 

 原作では勇者一行最大四人までしか乗らなかった訳だが、俺を含んだ場合、勇者一行は五人パーティーになる。

 

(定員四人とかだったら絶対もめるよな)

 

 もし、これから尋ねるオッサンが鍵探しについてくる流れになった場合、オッサンの乗る場所も必要になってくる、船で待っていてでも貰わない限りは。

 

(まぁ、ほこらは沈んでる訳だから最終的に船旅になるわけだけどさ)

 

 ほこらが沈んだ浅瀬の場所を覚えていないのが痛い。

 

(ラーミアに乗って探すか、それとも――)

 

 船でマストに登って俺がタカの目を使うか。

 

(船長や船乗りに聞いてみるってのも手だけど……不確定要素が多いな)

 

 戻ってきたハルナさんに伝令をして貰って情報を集めるべきか。

 

(合流場所をイシスに指定しておけば元バニーさん達の合流ついでにも出来るし)

 

 エジンベアに壺があるところまでは解っているのだ。ラーミアで先にエジンベアに向かえばハルナさんが情報収集に使える時間を一日か二日増やすことも出来る。

 

(いや、ここまで考えておいてあの船の船長が浅瀬の場所を知ってるとか言うオチが待っていたとしても俺は驚かないけどね)

 

 探して旅をしていると言っていたあのオッサンが知っている可能性もあるけれど、疑おうと思えば誰でも疑える。

 

(考えていても埒があかないな)

 

 もし仮にオッサンが知っているなら問題が幾つか片づく。

 

「遅くてもお前が寝る前には戻る。ではな、シャルロット」

 

 話を聞くだけなら夕飯の前にでも良かった気はするが、話が早く終わる可能性もある。俺はシャルロットに一声かけるとカウンターであのオッサンの部屋が何処かを宿の主人に聞き、言われた部屋を目指す。

 

(月例が満月に近ければ、ふくろの中身を運んで行って浅瀬についての心当たりがないか聞いてから戻ってくるってのもアリって言えばアリだしなぁ)

 

 一番遅くなるのは、このついでに船まで足を運んだケースだ。

 

「それもまずは、これからの話次第か」

 

 呟き、足を止めた俺は目の前のドアをノックする。

 

「居るか、最後の鍵の件について話をしに来たのだが」

 

「おお、来られたか。鍵は開いている、入られよ」

 

 用件を告げると帰ってきたのは、あのオッサンの声。

 

「失礼する」

 

「よくぞ参られた。どうぞ、こちらへ」

 

 ドアノブを回して部屋にはいると、オッサンは俺を椅子に座るよう促し。

 

「……森での話は覚えているな?」

 

「うむ。まず、私が鍵を求める理由であったな?」

 

 俺が口を開けば、頷き、確認してくる。同行させるべきか、情報を渡すべきかを判断するためにも必要不可欠

 

な、オッサンの動機。

 

「妻をな、故郷に眠らせてやりたいのだ」

 

「妻?」

 

 語り始めたオッサンの話は、冒頭の時点で俺の想像を超えて重かった。

 




すれ違いに気づかず、主人公は今後を模索する。

次回、第四百三十五話「オッサンが仲間に……なるんですか?」

ネタバレを避けたらこういうサブタイになりました。


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第四百三十五話「オッサンが仲間に……なるんですか?」

 

「魔王バラモスが現れ、世界は変わった」

 

 オッサン曰く、魔物の凶暴化などの要因で奥さんは故郷での暮らしを諦めざるを得なくなったらしい。

 

「盗人に荒らされたり魔物の巣窟にならぬよう妻の故郷は入り口を頑丈な鍵で封鎖され、以来良くも悪くも手つかずのままなのだ」

 

「なるほど。それが理由で鍵を探していると言うことは――」

 

「ああ。本来の鍵は持ち主が魔物に襲われて行方が解らなくなり、それっきりだ。そちらも探したのだが一向に見つからぬ」

 

「そこで最後の鍵の話を何処かで聞きつけ、探し始めたという訳か」

 

 わざわざオリジナルの鍵の捜索を止めて、探すべきモノを断片的な情報を手に入れただけの最後の鍵にしたというのは、よっぽど見つかる見込みのない紛失の仕方だったと言うことなのかもしれない。

 

(うーむ、そう言う理由であれば問題ないかな)

 

 必要なのは扉を一つ開けるだけのこと。

 

(けど、それだったら奥さんの故郷とやらまで案内して貰って解錠呪文一つでも片づくんだよなぁ)

 

 魔法使いになって自分が呪文を使うという発想に至ってないか魔法使いとしての適正があのオッサンになかったとかそれはそれで別の事情があったと言うことだ。

 

「ふむ、一度鍵を開けるだけで良いというなら……腕のいい魔法使いを頼ってみてはどうだ? 魔法使いの中でも高位の者は扉の鍵を開ける呪文を使うことが出来ると聞く」

 

 流石に俺がスレッジになってついて行くのは無理だし、戻ってきたハルナさんもすぐに身体は空かないが、急ぐ理由が無いなら、ハルナさんを紹介するのも手だ。

 

「そのうち解錠呪文を覚えるであろう才能有る魔法使いです」

 

 とか、そんな感じで。

 

(嘘は言っていない訳だし、「バラモス撃破後とかこっちの都合がついたらで良いなら」ってしておけば無理な約束じゃないはず)

 

 奥さんの故郷というのは原作に出てきた覚えもないし若干気にはなるが、登場しないと言うことは立ち寄らずともバラモス討伐の任務に差し障らないという事でもある。

 

(鍵の回収で寄る場所かいくつか増えたのにこれ以上時間をかけるのもなぁ)

 

 最後の鍵を探すだけでなくおばちゃんと合流する必要もある訳だし。

 

「助言感謝致す。だが、生憎それ程腕の良い魔法使いに心当たりがなくてな」

 

「そうか。だが、こちらには心当たりがある」

 

「な、なんと」

 

 驚くオッサンを見て俺は補足する。

 

「ああ。まぁそのうち半数以上はあといくらか修行を積めば会得出来るであろうと言う但し書きが付くのだがな」

 

「そう言えば、森で言っておられたな」

 

 ひょっとしたらもう会得しているクシナタ隊のお姉さんが居るかも知れないが、確認の術はない。

 

「急を要す理由がないなら森で話したようにそちらを紹介することも出来るが、どうする?」

 

 旅は道連れと言うがこのオッサンを同行させた場合、発生するであろうメリットとデメリットを比べると、デメリットの方が大きい。

 

(部屋割りが男部屋と女部屋になって、眠れないような展開がなくなるのはメリットだけど、このオッサン森でも要らないことを言ったからなぁ)

 

 勘違い発言をするかも知れないこと、それにシャルロットに秘密にしていることはこのオッサンにも秘密にしなくてはならない。

 

(僧侶と魔法使いの呪文を使えることとか、隠さなきゃ行けない相手が増えるのは明らかにデメリットだよな)

 

 隠す人数が増えることでも隠し通す難易度は上がるが、ばれそうになった時シャルロットのように言いくるめられるかという問題もある。

 

(シャルロットは、俺と出会うまでレーベにすら行ったことのない世間知らずなところもある女の子だったわけだけど、このオッサンは鍵を探して旅をしてここに来てる訳だからなぁ)

 

 例えば、イシスで咄嗟に使った透明化呪文をきえさりそうの効果と誤魔化した事があったが、あれはシャルロットがきえさりそうと言うモノをまだ見たこともなかったから誤魔化せたのだ。

 

(経験豊富な旅の戦士を俺の口先で騙したり誤魔化したり出来るかって言うと……やっぱり厳しいだろうし)

 

 もし、魔法使いを紹介することでオッサンが納得するなら、代わりに最後の鍵に関する知りうる情報を全て話して貰い、ここで別れるのが妥当だろう。

 

「幾つかの断片的な情報を元に探すよりはそちらの方が近道か。承知した、ではお言葉に甘え魔法の使い手を紹介して頂きたい」

 

「解った。ただ、条件がある。最後の鍵について知りうることが有れば教えて欲しい。最後の鍵は安置されている場所が水没し今は浅瀬となっているらしくてな。それが何処なのか解れば、後は取りに行くだけなのだが」

 

「ぬぅ、そんなところまで突き止めておいでだったか……しかし、浅瀬と言っても世界は広い。浅瀬と言うだけであれば幾つも心当たりがあるが」

 

 頷く俺にオッサンは首を捻り。

 

(あぁ、確かにけっこうあちこちにあったような……あ、そう言えば回りに陸は無かったような気もするな)

 

 原作の浅瀬を思い出したからだろうか、連鎖的に思い出した光景を俺は補足として付け加え。

 

「む、陸地のない場所に有る浅瀬……そう言えばアリアハンの南当たりを船で通りかかった時、船員に聞いた気もする。『近くに浅瀬があるから神経を尖らせている』と」

 

「本当か?」

 

 うまく行きすぎのような気もするが、確かめてみる価値はある。俺はオッサンに礼を言うと、クシナタ隊宛の手紙をしたため始めた。

 




主人公じゃありませんが、浅瀬の場所忘れてて、慌てて探しました。

次回、第四百三十六話「部屋に戻って」


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第四百三十六話「部屋に戻って」

「ただいま、シャルロット。調子はどうだ?」

 

 オッサンに手紙を渡し、部屋を後にするとその足でシャルロットの部屋に向かい、ノックをしてからドア越しに声をかける。

 

(何だかんだ言っても、後回しにしてあのオッサンとお話しに行っちゃったようなものだからなぁ)

 

 収穫はあった、オッサンの意思と事情確認もしておく必要はあった。だが、様子のおかしいシャルロットを置いて行ったのは、少し薄情だったかも知れない。

 

「……ひょっとして、もう寝てるのか」

 

 少し待っても返事が返ってこない部屋に、ポツリと呟く。

 

(早めに休むようにって言ったもんなぁ)

 

 寝ていたとしても不思議はない。

 

「無理に起こすこともない、な」

 

 朝になれば顔を合わせることになる訳だし、部屋の前に立ちつくしていても不審者と間違われるだけだ。それに夕食をまだとっていない。

 

(何事もなければ、明日ハルナさんと合流も出来るはず)

 

 オーブが揃えばすぐにでもこの地を立つ事になるだろう。

 

(二日か三日は船の上で寝泊まりってことになる訳で……なら、今日はしっかり寝ておかないと)

 

 ラーミアの卵があるほこらで一泊させて貰えるとしても次に揺れない床の上に寝られるのは数日後。

 

(旅をしている以上、快適な寝床に毎回ありつける訳ないし)

 

 むしろ宿屋で寝られるのは、良い方なのだ。

 

(となり が うるさかったり、しゃるろっと と おなじ べっと とか ねむる に ねむれない じょうきょう に なったこと も あったけどね)

 

 貴重な睡眠時間を削ってくれた世界の悪意には殺意に近いものを覚えるが、仕方ないと思う。

 

「いかんな」

 

 ネガティブな方に思考を傾けては駄目だ。

 

「ひとまず夕食だ」

 

 食堂に行って宿の従業員を捕まえて聞けば、シャルロットが夕食を食べに来たかぐらいは解るはず。

 

(来てないようなら、何か適当なモノを部屋まで持っていこう)

 

 追加料金を取られるかも知れないが、構わない。

 

(シャルロットが食べてる所を眺めるのも悪くないし……って、何考えてるんだ、俺)

 

 ともかく、魔王討伐の旅なら身体は資本。シャルロットのお袋さんから娘を預かってる師匠の立場としても、夕食抜きは看過出来ない。

 

「あ、ご夕食ですね。少々お待ちく」

 

「すまん、ちょっと尋ねるが、今日の夕食に髪を逆立てた少女……俺の連れは来ているか?」

 

 食堂に入るなり、俺の姿を見つけた従業員の言葉を遮る形で問いを投げ、帰ってきたのは、いらしてませんと言う答え。

 

(本当に寝ちゃったのかな。うーむ)

 

 寝てるとしてもお腹が空いて目が覚めることもある。

 

(寝ているなら持っていったモノをドアの前に置いておくというのが定番だと思うけど……)

 

 この世界の治安を考慮に入れると外に置きっ放しは危険な気もするのだ。

 

(どうする、シャルロットの部屋にこっそり忍び込んでみるべきか……いや、いつものパターンだと忍び込んだが最後、最悪のタイミングでシャルロットが目を覚ますよなぁ)

 

 やはり、潜入は下策か。

 

(そもそもシャルロットが起きるだけならまだいい。最悪のパターンは俺が部屋を間違えた上で忍び込んで部屋の客に気づかれるパターンだ)

 

 そんなことある訳無いと笑い飛ばしたい所だが、日頃のポカを思い出すとそうもいかない。

 

「お客様、あちらのお席に」

 

「ん、あぁすまない」

 

 まして、考え事に耽るあまり言外に突っ立っているなよと言われてしまうようでは。

 

「度々で済まんが、何か部屋に持ち帰って食べられるモノを用意して貰えるか? 連れが夕食も取らず疲れて寝てしまったようでな」

 

「……かしこまりました。お渡しは食事の後でよろしいですね?」

 

「ああ」

 

 ただし、シャルロットの夕食代わりだけは忘れずに注文し。

 

「あ」

 

 注文し終えてから、ふと思う。

 

(俺が持って行かず、従業員に持っていって貰えばよかったんじゃ……)

 

 発想は悪くないと思う、ただ考えついたタイミングが遅すぎた。従業員さんはこの時厨房の奥に引っ込んでしまった後だった。

 

「……もう今更、だな」

 

 どうしようもなくなった俺は一人淡々と食事を済ませ。

 

「お待たせしました、こちらをどうぞ」

 

「すまんな」

 

 用意して貰った軽食らしきモノ入りの籠を受け取ると、来た道を引き返しシャルロットの寝て居るであろう部屋に戻る。

 

「……さて、ここからどうすべきか、だな」

 

 寝ているなら再びノックするのは悪い気がするし、忍び込むとロクでもない展開になりそうな気がヒシヒシする。

 

「うーむ」

 

 腕を組んで暫く唸った俺が導き出した結論は、至極単純。

 

「戻ろう、自分の部屋に」

 

 どちらもせずに立ち去ることだった。

 

(よく考えてみると、勝手にシャルロットは寝てしまったと判断したけど、この部屋にシャルロットが居るって保証はないんだよな。ノックしてみたものの、留守だから反応がなかったってケースも考えられるし)

 

 シャルロットがお風呂やお手洗いで席を外して無人になった部屋に声をかけて居たの

だったりすると、壮大な黒歴史だ。

 

「あ、お、お、お、お師匠様?!」

 

「っ」

 

 だれか おしえてくれ。そうして じぶん の へや の まえ で しゃるろっと と ばったり あった おれ は まず なんと いえば いいかを。

 

 




ランシールってことはやっぱり牛のステーキとかですかねぇ、ディナーって。

次回、第四百三十七話「わかりやすい おち」


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第四百三十七話「わかりやすい おち」

「……なるほど。ノックしても返事がなかったのでな。寝ていると思ってこちらに戻ってきたのだが」

 

 何のことはない。俺がノックしたのはただの空室でだから返事がなかったのだ。

 

(るす の かのうせい に もうすこし はやく きづくべきでした よね、おれ)

 

 つまり、壮大な黒歴史成立である。

 

「ええと、ここで待っていればお師匠様が来られると思って……」

 

「そうか」

 

 おそらくオッサンが同行するか否かなどが気になったのだと思う。鉢合わせの驚きの為に若干挙動不審だった先程と違って、鉢合わせの気まずさからか弁解に若干の歯切れの悪さはあるものの、そこにいたのは言うモノシャルロットだったから。

 

(うん、だから「なぜ まくら を かかえてる のか」とか ぶすいな つっこみ は なし で いいよね?)

 

 いくら おとうさん がわり だからって いきなり それ は そうてい してませんよ、おとうさん は。

 

(まぁ、ある意味今更って言えば今更なんだけど)

 

 シャルロットと同じベッドで寝たことなら有る。元バニーさんとも一緒だった気がする。

 

「ともあれ、部屋の前で立っていても仕方あるまい。ひとまず話は中でしよう」

 

 もちろん、だからといってそのままベッドでお休みコースへ突入させる気はない。

 

(俺にはこの食堂で用意して貰った軽食がある)

 

 これをシャルロットに食べさせつつ話をし、シャルロットのお腹が一杯になったところですかさず言うのだ。

 

「腹はふくれたか? なら、もう休むといい。部屋まで送ろう」

 

 お腹が一杯になれば眠くなるというのは食物の消化にエネルギーを使うため他での消耗を抑えようとする身体の正常な働きだ。

 

(しかも、シャルロットはちきゅうのへそ攻略で疲労もたまっているはず)

 

 完璧な作戦だった。

 

「……んんぅ、お師匠様ぁ」

 

「……えーと」

 

 食べてる途中でシャルロットが寝てしまうと言う状況に遭遇するまでは、完璧だと思っていた。

 

「ふっ、シャルロットの疲労が俺の想像以上だったか……俺もまだまだだな」

 

 格好を付けてみるがまぁ、失敗以外のなにものでもない。

 

(一応、オッサンとの話し合いのことは伝えられた訳だけど)

 

 寝ぼけて聞き流してしまった部分があるかもしれない。

 

(朝になったらもう一度説明、かなぁ?)

 

 冷静になって考えてみれば、シャルロットが寝てしまったこと自体は、あまり問題ではない。俺がシャルロットの部屋に行って寝れば、部屋を取り替えたという形になるだけだからだ。

 

(歯を磨かずに寝てしまったことがちょっと気になるけど、寝てるシャルロットの口に歯ブラシ突っ込む訳にもいかない訳で)

 

 それをやったら犯罪である。俺の元いた世界と比べて砂糖も使われていないし、一晩ぐらいなら虫歯とかの問題は大丈夫だと思いたい。

 

「とは言えベッドが汚れるし、これだけは手放して貰わないと」

 

 目を落としたのはシャルロットの手に握られた食べかけのサンドイッチもどきだ。

 

(……シャルロット、の食べかけかぁ)

 

 食べかけに謎の後ろめたさを感じてしまうのは何故だろうか。

 

(って、何を考えてるんだ俺)

 

 後ろめたさなど発生するはずがない。ちょっと歯形の付いただけの具材挟みパンなのだから。

 

(これをそのまま食べて間接キスとか試みるなら変態さんだけど、そんなつもりはサラサラ無いしっ)

 

 激しく頭を振ると、気を取り直した俺は手袋を外すとサンドイッチもどきに手を伸ばし。

 

「お師匠様、ありがとうございまふ……ん、あーん……あぐっ」

 

 サンドイッチの代わりに掴まれた手を囓られた。

 

(うぎゃぁぁぁぁぁぁっ)

 

 悲鳴はかろうじて噛み殺した。心の中では絶叫したけど。

 

(あ゛ああっ、食べ物触るからって手袋外すんじゃなかった)

 

 もごもごと咀嚼しようとしたシャルロットの口から指を引き抜くと、見事な歯形が付いて、血が滴り出す。

 

「っ、ホイミ」

 

 まさかシャルロットに囓られて回復呪文を使うハメになるとは思わなかった。

 

「あー、シーツに数滴垂れちゃってる。痛がる前に呪文使っておくべきだったなぁ」

 

 傷が治ってもシーツについてしまった血はどうしようもない。

 

(少しでも変なことを考えたから罰が当たったのかな)

 

 負傷と引き替えに回収したサンドイッチもどきを籠に戻すと、俺は眠ったままのシャルロットに毛布を掛け、自分の部屋を後にする。

 

(シーツについては明日の朝にでも従業員に言おう)

 

 部屋に残ることも考えたが、ベッドはシャルロットが使っている一つだけ。

 

(一緒に寝るなんて論外だし、床に寝るぐらいなら空いてるベッドが有る訳だしそっちで寝させて貰ったって何の問題も無いよね)

 

 世界の悪意を疑う様なロクでもない出来事だって別々の部屋に寝ていれば起こしようもない。

 

「さてと……確かここだったな。シャルロットの部屋は」

 

 部屋の鍵は寝ているシャルロットが眠る前に机に置いたモノを失敬してきた。

 

(解錠呪文もあるけど、あれは開けたら開けっ放しだからなぁ)

 

 施錠呪文とかあると便利なのだが、この世界には存在しないのだろうか。

 

「まぁ、それはそれとして……やはり迂闊だな、俺は」

 

 鍵を開け、中に踏み込んだ部屋の中、ベッドに枕がないのを見ると自嘲気味に呟く。

 

「はぁ、今更戻る訳にも……ん?」

 

 嘆息し、一度だけ後方を振り返ると俺は動きを止めた。誰も居ないはずの部屋に、物音がしたのだ。

 

「何者だ?! ……あ」

 

 まさか泥棒の類かと周囲を見回すと暗がりの中からこちらを見つめる瞳と目があい。

 

「カパッ」

 

「……何だ、お前か」

 

 蓋を動かすミミックの姿に脱力した。

 

(そう言えばこいつが居たんだった)

 

 忘れていた俺も俺だろうが、本当に心臓に悪い。

 

「シャルロットか? あいつなら俺の部屋で寝ている」

 

 主のことをおそらくは心配しているのであろう箱の魔物に心配ないと説明したのだった。

 

 




これで主人公の手を間違って囓ったのは二人目か。

次回、第四百三十八話「あさちゅん」


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第四百三十八話「あさちゅん」

「そして、夜が明けた……か」

 

 原作のゲームだったらそんなテロップでも入っただろうか。

 

「っ……はぁ、よく寝た」

 

 こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだと思う。

 

(けど、こっちにもスズメって居るんだなぁ)

 

 ひょっとしたら似て異なる小鳥の可能性もあるが、鳴き声で目を覚ました俺は窓の向こうに随分明るくなった外の景色を見つけ、ベッドの上から降りる。

 

「クッションに感謝、か」

 

 視界に入ったソファに視線を止めると、折りたたんで枕代わりにしていたクッションを掴んでソファの上に戻し。

 

「あ」

 

 姿見に映った自分の姿に声を上げる。

 

(そう言えば、逃げるように自分の部屋出てきたからなぁ。服、シワになってる)

 

 当然パジャマの様なものがあってもあちらの、つまりシャルロットの寝ている部屋だ。当然着替えも鞄と一緒にあちらの部屋だ。

 

(これは取りに行くしかないな、うん。と、その前に……)

 

 挨拶しておくべき相手が、部屋には居た。

 

「おはよう」

 

「カパッ」

 

 相も変わらず魔物の言葉はわからないが、期せずして一夜を同じ部屋で過ごした間柄だ、挨拶ぐらいしてしかるべきだと思う。

 

(うん、今の表現、思いっきり誤解を招きそうな気がするけど)

 

 声に出してないのでセーフだとしたい。

 

「さて、そろそろお前の主人を起こしてくるな?」

 

 持っていった枕もチェックアウト前にこちらの部屋に戻しておかないと行けないし、着替えの回収は必須だ。

 

(ヨレヨレの服着て歩いてる所、従業員に見つかったら格好付かないし)

 

 部屋に戻ってみて、シャルロットが起きてるようならこちらの部屋に戻って貰ってあちらで着替えよう。そう決めつつ、箱の魔物の横を通り抜けた俺は部屋の外に出て、ドアに鍵をかける。

 

(寝てるようなら、目を覚ます前に着替えてしまえばいいか)

 

 着替えの早さには自信があった。

 

(慎重を期すなら、着替えだけ持って外に出るパターンが有効に思えるが、その手は食わない。「ヨレヨレの衣服を身に纏い、着替えを抱えて出てくる男。男が出て行ってから暫く経つと、同じ部屋から現れたのは別の部屋に泊まっていたはずの少女だった」なんて所を従業員に見られて誤解されるくらいの展開は容易に想像出来るし)

 

 これで寝ぼけて部屋から顔を出したシャルロットの着衣が乱れていたりしたら、第三者からどう見えるか。

 

「ふっ、その手はくわん」

 

 俺には眠った仲間を起こすザメハの呪文という最終兵器もあるのだから。口の端を綻ばせつつ俺は廊下を歩き。

 

(着替えが終わったら、射程ギリギリからザメハの呪文でシャルロットを起こす)

 

 この時、レムオルで透明になっておくか、忍び歩きで素早く部屋の外に出て、白々しく外からドアをノックする)

 

 後者の場合、シャルロットは中からノックに応じるはず。前者なら、姿の見えない俺を捜して部屋の外に出るだろう。

 

(シャルロットが部屋を出て行ったら、入れ違いにこっちに戻ってきた態を装ってこの部屋に居ればいい)

 

 立ち止まり、瞳に移すのは、自分の部屋のドア。

 

(さて、作戦開始だ)

 

 鍵は持っている。中ではシャルロットが寝ているはずだが、そもそもここは俺の部屋。しかもシャルロットは俺が部屋を出るところを見ていないのだから、中に居ても咎められるような理由はない。

 

(とにかく、着替えなきゃ。自分が寝てしまってせいで、俺が着替えず寝ざるを得なかったとかシャルロットなら気に病むかも知れないし)

 

 あまりモタモタしていてはシャルロットが起き出してしまう。

 

(ノックは要らない)

 

 こちらは盗賊、相手に気取られずの潜入は十八番だ。

 

(まぁ、この身体の持ち主の特技なんだけどね)

 

 こういう状況下では、至極ありがたい。出来るだけ音を立てずに扉を開け、身体を中に滑り込ませると、目指すのは、荷物を置いたクローゼット。

 

(よーし、シャルロットは眠って居るみたい……だ?)

 

 横目でベッドの方をちらりと見た俺は、完全に固まった。

 

(サンドイッチの籠に、服?)

 

 畳んで入れてあるのは、真面目なシャルロットらしいと言うか。

 

(なにこれ?)

 

 ベッドの端、足側に無造作に置かれた布きれが何かを俺は理解したくない。

 

(は? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?! なにこれ? なんでシャルロットが寝る時全裸主義に目覚めてるの?!)

 

 そうていがい とか そんな なまやさしい れべる じゃない ですよ。

 

(ど、どうしよう……えーと、えーと)

 

 何だ、どうすればいい。

 

(いい、落ち着こう。俺はここに何をしに来た?)

 

 着替えだ、着替えを取りに来たはずだ。

 

(な、なら、話は簡単だ。可及的速やかに着替えを済ませ、出来るだけ見つからないようにしてこの死地から抜け出せばいい)

 

 この状況、部屋から出ることを最優先するべき様に見えるが、それは下策だ。服を抱えて部屋を飛び出した男の図が他人に目撃されたら、俺が社会的に終わる。

 

(大丈夫、ラリホーの呪文だって使えるし、むしろ迷って時間を浪費する方が今は拙い)

 

 自分に言い聞かせ、小声でピオリムの呪文を唱え始めながら、まず上の服に手をかける。

 

「ピオリム」

 

 黒のインナーの内側に頭を引っ込めたところで呪文は完成し、音へ気をつけてインナーを脱ぎ置くと今度はズボンへ取りかかる。

 

(慌てるな、落ち着け、慎重に――)

 

 俺の窮地は、まだ、終わらない。

 




何で脱いでるんだ、シャルロット?!

次回、番外編25「あさちゅん(シャルロット視点/閲覧注意)」



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番外編25「あさちゅん(シャルロット視点/閲覧注意)」

 

「えっ」

 

 ボクは正直に言って混乱していた。

 

(どうして、ボク……ここってお師匠様の部屋、だよね?)

 

 小鳥の声で目が覚めて、気が付いたらベッドの中。

 

(確か、お師匠様のお話を聞きながらご飯を食べていて……)

 

 眠くなったボクがうつらうつらしてパンを落としそうになった所をお師匠様がキャッチしてくれたのは覚えている。

 

「どうした、眠いのか?」

 

「お師匠様ぁ、その……」

 

 ボクが言葉に詰まると、お師匠様は口元を綻ばせて僕に言う。

 

「ふ、まぁいい。落とさないように俺が食べさせてやろう」

 

「え」

 

 眠いから、寝ぼけて聞き違えたんじゃないかとも思った。だけど、さっきまで食べていたパンの匂いがすぐ近くから漂ってきて。

 

「ほら、あーん」

 

「お師匠様、ありがとうございます……。あーん」

 

 何処か恥ずかしかったけれど、お師匠様がここまでして下さっているのだ。ボクは差し出されたパンにかじりつき、首を傾げた。

 

(ん? このパン腸詰めなんて挟んであったっけ?)

 

 やっぱり寝ぼけていたのか、その後の記憶は暫く曖昧で、それを見かねたのだろう。ボクにお師匠様が言う。眠気覚ましにお風呂へ入ってきたらどうだ、と。

 

「ふぁい、行ってきますね……お師匠様」

 

 確かにお風呂に入ったら目が覚めるかも知れない。ボクはベッドを抜けると脱衣場で着ていた服を脱衣籠に畳んで入れ。

 

「下着は洗うから、別にして……っと」

 

 浴室に辿り着き困惑した。

 

「あれ? お風呂は?」

 

 有るはずのバスタブがそこにはなく。

 

「うっ、さ、寒い……」

 

 服を脱いだからか、急に押し寄せてきた肌寒さに脱いだ下着を身につけようとし。

 

「えっ」

 

 あり得ない状況に思わず声を漏らした。

 

「脱衣籠が、ない」

 

 さっきまであったと思わしき場所にはボクの服が無く。

 

(しかも、何で脱衣場にベッドが……)

 

 夢でも見てるのかと思った。

 

「っ、へくちっ」

 

 けど、ベッドの毛布はとても温かそうで、一つくしゃみを漏らしたボクは寒さに負けて裸のままベッドに潜り込んだのだ。

 

(……今考えてみると、寝ぼけていたんだろうなぁ、ボク)

 

 お風呂にバスタブがないとか、脱衣所にベッドがあるとか、おかしすぎる。

 

(そもそも、ボクがそんな奇行をしてたならお師匠様が止めて下さっても……あ)

 

 毛布の中でそこまで考えて、ふと思い至る。止めて下さったとしたら、寝ぼけて服を脱ぐところとか全部見られていたのではないかと。

 

「おっ、お師匠様は?!」

 

 残っていた眠気があっさり吹き飛んで、ボクは首を巡らせた。

 

(ええと……この場合、側にお師匠様が居ないのって幸運だったって思うべきかな)

 

 もし、これでベッドの脇に気遣わしげな目をしたお師匠様が居らっしゃるものなら、ボクはどうしただろう。

 

「あは、あはは……とりあえず下着だけでも着けよっ。お師匠様が着た時、こんな格好見せられないし……あっ」

 

 とりあえず身を起こすと下着は意外な場所にあった。

 

「ボクの下着。やっぱり寝ぼけてここで脱いだん――」

 

 ベッドの端、足の向こうで発見した下着を取ろうとして身を起こしたボクは、下着以外のとあるモノを見つけ、固まった。

 

「血?」

 

 シーツに出来た赤黒い染み。

 

「……何処か怪我してる訳でもないし、あれにもまだ早いよね? と言うことは……」

 

 ボクが知りうる限り、こういう事が起きてる理由は一つ。前にポルトガでお師匠様が濡れ衣を着せられた事があって調べたのだ。また似たようなことが有った時に、お師匠様の潔白を証明出来る様に。

 

「あっ、えっ、けど……何も覚えてないし、ボクそう言うのはまだ……」

 

 魔王バラモスが健在なのに、もし、もし、そんなことがあったら。

 

「もう一度、寝よ。まだ寝ぼけてるみたいだ」

 

 きっと、森であったおじさんの言葉とかお師匠様の返事とかで舞い上がりすぎていたんだと思う。次に目を覚ました時には、きっと何事も無い朝で、お師匠様と朝の挨拶をして、このランシールを出発する準備を始める筈。

 

(――だと思っていたのに)

 

 次に目を覚ましたボクが見たのは、上半身裸のお師匠様がこちらに背を向けてズボンをはいている光景だった。

 

(なに、これ?)

 

 状況がもう一度寝る前よりとんでもないことになっているというのに、ボクは声一つあげられず。

 

「ん?」

 

 お師匠様の声に、かろうじて目だけつぶる。

 

「気の……か」

 

 微かに聞こえた声が多分「気のせいか」と言っているように思えて少しだけ安堵しつつも、ボクは混乱のまっただ中にあり。

 

(これも、ゆめ?)

 

 目を瞑ったままの僕にとって周囲のことを知れるのは、音だけ。目を開ければ、すぐ気づかれてしまう気がして、ただ着替えで生じる衣擦れの音を聞きながら寝たふりを続けるしかなかった。

 




実はシャルロットが寝ぼけて脱いでいたというオチ。

あるぇ、これって主人公やばくない?

次回、第四百三十九話「なぜだろう、シャルロットが起きている気がするんだがきっと気のせいだよね?」



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第四百三十九話「なぜだろう、シャルロットが起きている気がするんだがきっと気のせいだよね?」

「ん?」

 

 ズボンを履いている時だった。背中に視線を感じたような気がしたのは。

 

「気のせいか?」

 

 手は止めず着替えを続けながらも、俺は考える。

 

(気のせいなら、いい。だが、もし気のせいじゃなかったら?)

 

 確認は必要だろう。

 

(けど、いま の じょうきょう って、め を さまされたら、いちばん まずい じょうきょう なんですが)

 

 これでもしシャルロットが起きていたら、世界は間違いなく俺を社会的に殺す気でいる。

 

(と言うか、そもそもどうやって確かめる? 声をかけてみるか?)

 

 自分から起こしに行ってどうするとも思うが、万が一シャルロットが起きていて、俺がこのままこそこそ逃げ出したら、俺は後ろ暗いですよと全力で主張しているようなものだ。

 

(どうする? ここは、独り言のふりをして昨日の事を口にすべきかな)

 

 起きているなら、それでこの状況が俺の意図したモノでは無いことを解って貰えるかもしれないと思う。

 

(ラリホーの呪文をかけてみるよりもよっぽど安全だろうし)

 

 そもそもこの状況が極めて詰みに近いのだから、今一番してはいけないのは、逃げることだろう。

 

「シャルロット」

 

 意を決して、名を呼んでみる。

 

(微かに反応したようにも見えたけど……)

 

 寝ていたとしても自分の名を呼ばれて反応する事はあり得る。

 

(学園モノとかで居眠り中に名前を呼ばれて返事したりするようなのはベタすぎると言うか誇張だとしてもなぁ)

 

 ともあれ一度呼びかけてしまった以上、ここで止める訳にはいかない。

 

「……まだ寝ているか。あんな事が有れば無理もない」

 

 思わせぶりに言うのは、起きていれば耳をそばだてようとすると思ったから。

 

「何せちきゅうのへそを一人で探索して戻ってきたのだからな。しかし……」

 

 ここからが勝負だ。

 

「この状況、寝ぼけて服を脱いだのだろうが、ここで俺が慌てて部屋を出ればよからぬ誤解を招きかねん。とは言え目が覚めた時俺がここにいてはシャルロットも気まずかろうな」

 

 形として俺に気を遣わせてしまったとシャルロットに思わせることになってしまうかも知れないのが、不本意ではある。

 

(けど、誤解させない事を重視するとこう言うしかないし)

 

 部屋を出てから戻ってくるまでシャルロットが何をしていたか知らない俺としては、他に説明のしようもない。

 

「さて、着替えも終わったことだし俺はシャルロットの部屋に戻るか」

 

 これで、何とかなってくれと願いつつ「説明」を終えた俺は自分用の客室を後にする。

 

(大丈夫だよな? 矛盾はない筈だし、そもそも実際あったとおりのことを言っただけな訳だし)

 

 唯一の嘘はちきゅうのへそへ潜ったシャルロットをこっそり尾行していたことを明かさなかったことぐらいだ。

 

(けど、やっぱり気のせいだったのかな?)

 

 最悪、起きあがったシャルロットが問いを投げかけて、詰問してくるかも知れないと考えていた。だが、シャルロットは特に反応を見せず、俺は今廊下をシャルロットの部屋に向かって歩いている。

 

「って、今更悩んでももう遅い、か」

 

 口にすべき事は口にした。後は、あれをシャルロットがどう受け取るかだろう。

 

「……とか言っておいてやっぱりシャルロットが起きていたってのが気のせいだったら、俺のやった事ってただ黒歴史を一個増やしただけなんだけどさ」

 

 それはそれでありそうだから困る。

 

「ともあれ、俺に出来ることは……部屋でシャルロットを待つことぐらいだな」

 

 戻ると言った手前、朝食を取りに行って行き違いになるという昨晩の二の舞は避けたい。

 

「……大丈夫。問題は全部クリアしてるはず」

 

 ただ、何かを見落としている気がして、自分を納得させるように俺は呟き。

 

「ただいま。シャルロットはまだ寝ているようだったぞ」

 

 ドアを開けると、蓋を開けてこちらを見てくるミミックに主人の状況を伝え、椅子に腰掛ける。

 

「これでお前と同郷の魔物達を運んでいったあのスレッジの弟子が戻ってくれば今度は船旅だ」

 

「カパッ、パカ」

 

 相変わらず何を言っているかは解らないが、他に話し相手も居ない。

 

「しかし、ミミックか……外見がここまで酷似していれば騙される者が居るのも不思議はないな」

 

 箱の部分を見てから別の洞窟で見かけた本物の宝箱を思い出し、今更ながらに思う。シャルロットの決断は、ブーメランを投じる事によってカマをかけたのは正解であった、と。

 

(識別呪文を使えば一発だけど、これを……しかも薄暗い洞窟で見分けろって言われたらシャルロットのやったような引っかけでもないと不可能だわ)

 

 俺単独であればマホカンタの呪文を自分にかけてから宝箱を調べ、ミミックだったら駆除するという方法も採れるが、シャルロットと同行中に呪文を使う訳にはいかない。

 

(目の前のコイツは味方だから良いけれど、対処法も今の内に考えておかないと)

 

 即死呪文、しかも効果が単体ではなく範囲となると非常に厄介だ。

 

「お師匠様、あの……」

 

「ん?」

 

 どれ程考え事をしていただろうか。俺はノックの音と声で我に返り。

 

「ああ、シャルロットか。鍵は開いて居るぞ?」

 

 部屋の中から外へと答えた。

 

 




次回、第四百四十話「ごくろうさまです、ハルナさん」



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第四百四十話「ごくろうさまです、ハルナさん」

「すみません、お師匠様。……ボク」

 

 ドアを開けるなり、頭を下げてきたシャルロットに俺は何のことだと答える。

 

「何もなかった、それで良かろう」

 

 自分が眠った後何があったのかと尋ねず、頭を下げてきたと言うことはあの時起きていて、誤解は解けたと言うことなのだろう。なら、俺が言うべき事は何もない。

 

「わかりました」

 

 ただ、黙ってシャルロットの返事を聞き、密かに胸をなで下ろす。

 

(良かった、誤解が解けて)

 

 あの時判断を誤り、シャルロットが寝てると見なして動いていたらどうなっていたことか。

 

(本当に良かった。けど、そうなると何か見落としたと思ったのも気のせいだったって事かな)

 

 少々神経を尖らせすぎていたのかも知れない。

 

「さて、お前が戻ってきたなら俺も部屋に戻ろう。スレッジの弟子がいつこちらに戻ってくるかは解らんが、出発の準備は済ませておいた方が良いだろうからな」

 

 予期せず部屋を出る羽目になってしまった俺としては、早く戻って荷物を纏めたりしたくもある。

 

「あ、そっか。今日でしたね」

 

「ああ」

 

 俺に謝罪しないとと言う気持ちで一杯だったのか、ハルナさんが戻ってくる日であることを俺が口にしてから思い出した様子のシャルロットに肯定してみせるとテーブルにこの部屋の鍵を置き、踵を返してドアノブへ手をかける。

 

「朝食に行く時は迎えに来る。ではな」

 

 窮地を切り抜けた安心感からか、不意に感じた空腹感に朝食がまだだった事に気づくと、そう言い残して部屋を出た。

 

「あ」

 

 ただ、俺は気づくべきだったのかも知れない。

 

「お師匠様ぁぁ」

 

 足を止めて背中へ声をかけられる前に。

 

「これ、お師匠様のお部屋の鍵……」

 

「すまん」

 

 お師匠様モードで格好付けたのが全て台無しである。

 

(や、忘れた俺が悪いんだけど)

 

 向こうの部屋にいたシャルロットがやって来たなら、部屋が留守になる事は解りきっている。鍵をかけて持ってきていて当然だというのに。

(あそこまでピンチだったのに何とか切り抜けたと思ったら、オチがこかぁぁぁぁっ)

 

 途中で気づいて引き返したとかならまだ救いがあったのに。

 

「あ、お師匠様……それから?」

 

「ん?」

 

「よ、汚れてたシーツ宿の人に洗って貰うようにお願いしておきましたから……」

 

 あー そう いえば、しーつ が あったね。

 

(って、え? ええっ?! ……ちょっと まって ください、しゃるろっとさん。あれ、じゅうぎょういんさん に みられた って こと ですか?)

 

 見落としていた何かは、割と致命的だった。

 

「だ、大丈夫でつお師匠様! ボク、責任とりますから」

 

 いや、せきにん とります から って なんですか しゃるろっとさん。

 

(と言うか、顔赤くしつつぎゅっと拳を握らないでぇっ)

 

 責任を持って誤解を解きますからって言う事なんだろうけれど、状況が状況だけに既成事実の責任とりますって言ってるようにしか聞こえないんだけど。

 

「お、落ち着けシャルロット。師匠として、お前だけに責任を押しつけるというのは、その、な」

 

 だいたい、誤解を解くというなら、片方だけが否定しても効果は薄い。

 

(最悪、外聞を気にした俺が「何かあった」のに「なにもありませんでした」と無理矢理シャルロットに言わせたように勘ぐられ兼ねないし)

 

 とにかく、この状況は拙い。一刻も早く、シャルロットが洗濯を頼んだ従業員に会い、誤解を解かねば。

 

(え? ごかい して いない かのうせい ですか? ねぇよ! この じょうきょう じゃ、まずな)

 

 それどころかこの世界がドラクエであることを鑑みれば「昨日はお楽しみでしたね」とか言われかねない。

 

(もういっそのことシャルロットと話を通して夫婦のふりでもするか。勇者とその師匠でない全く別の新婚夫婦って事にしておけば誤解が有ろうとも他人のフリだって……あ、無理か)

 

 今更他人のフリをするには宿帳を消却した上、従業員と主人、ついでにチェックインした時側に居た客の記憶をどうにかしないと無理だ。

 

「とにかく、話して解って貰うしかあるまい」

 

 誤解であることは何としても伝えなくてはならない。勇者でもあるが、シャルロットは嫁入り前の少女なのだ。

 

「すみません、お師匠様。ボクの為に……」

 

「いや、俺も迂闊だった」

 

 血の染みの一件を忘れるとか、考えられない大失態である。

 

「シャルロット、シーツの洗濯を頼んだ従業員は何処にいる?」

 

「え、あの宿の人なら……多分洗い場だと思います。染みは時間が経てば立つ程とれなくなるモノだと思いますし」

 

「そうか」

 

 ここでのことではないが、服に血が付いて落ちず、暫く残った事例なら覚えがある。

 

(運動会で転んだ時だったなぁ、あれは確か)

 

 白い体操服だったから赤は目立った。

 

「行くぞ、シャルロット」

 

 回想から戻ってきた俺はシャルロットに呼びかけるとすぐさま洗い場に向かい、出会ったしまったのだ、強敵に。

 

「いやぁ、若いっていいわねぇ。え? ああ、これのことだね」

 

「あ、あぁ。実」

 

「あぁ、いいよ、いいよ」

 

 こちらの言葉を遮って、洗い桶にシーツを浸したおばさんはハタハタ手を振り、続けた。

 

「訳ありだろう? そもそも泊まったお客さんの事をペラペラ話す様な者の居る宿なんてねぇ、誰も泊まりたがらないだろ。で、この人には優しくして貰えたのかい?」

 

 完全に誤解している上、セクハラ全開である。

 

「そ、そのボク……眠くて、あまり覚えてなく……あ、お、お師匠様ならきっと優し」

 

「ちょっ、シャルロット?! いや、そうじゃないだろ!」

 

 しかも質問を向ける相手が純粋なシャルロットというところが凶悪すぎた。顔を真っ赤にし、混乱したシャルロットはオバハンの誤解を解くどころか、逆にとんでもないことを口走り。

 

「だから、誤解だと言っている。この血は――」

 

 それから洗濯係のオバハンの誤解を解く為、俺は必死に弁解を続けた。

 

「あ、あの……スー様?」

 

「ん? あ」

 

 帰ってきたハルナさんがやって来たことにも、声をかけられるまで気づかぬ程に。

 

 

 




平穏無事に誤解が解けて終わりと……思っていたのか?(デデーン)

次回、第四百四十一話「出でよ神ろ……あ、間違えた」

オーブ、ようやく揃ったようです。



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第四百四十一話「出でよ神ろ……あ、間違えた」

「すまなかったな、使いに行かせておいてこんな態で」

 

 お使いを頼んだのはこちらなのだ。即座に頭を下げた。

 

(いや、べつ に あの おばはん の おあいて から これさいわい と にげてきた とか そういうわけじゃ ない ですよ?)

 

 ここでの謝罪は礼儀の問題だ。

 

(うん、だから「あらあら修羅場かねぇ」とかのたまう外野なんてきっと居ない)

 

 居ないと言ったら居ないのだ。

 

「い、いえ……こちらこそ取り込み中に」

 

「ああ、気にすることはない。少々面倒な誤解をされてしまって解くのに手こずってはいるが、それところは話が別だ。これでようやくオーブも揃うしな」

 

 最後の鍵の在処についても有力な情報は得られた。

 

(まだイシスのマリクがドラゴラムは覚えたか、ほこらの牢獄で別れたアークマージのおばちゃんが何処にいるのかとかバラモス討伐以外では気になることは有るけど……)

 

 純粋にバラモス討伐のみを考えるなら、後はここまでに考えたように動くだけ、一本道だ。

 

(アリアハンの王様に頼まれた交易網の作成は、バラモスの活動による影響で民が困窮しない為の事業だったわけだから、バラモスを倒せば俺もお役後免の筈)

 

 つまり、脱宮仕えの道筋が、自由の扉が見えてきたのだ。

 

「こんな所で立ち止まっている訳にはいかん」

 

「スー様?」

 

「あ、いや、すまんな。俺達は誤解が解け次第、船で次の目的地に向かう。その後は、ラーミアの定員にも依るが、ここで得た情報を元に最後の鍵を探しに行くつもりだ。何でも、鍵は海没して浅瀬になっている場所にあるらしいが、それらしい浅瀬をアリアハンの南で見たという話がある」

 

 浅瀬の位置を鑑みるなら、鍵を手に入れればルーラでアリアハンに飛び、ラーミアに乗ってバラモスの城に向かう流れになるだろう。

 

「途中でイシスの仲間を拾う事になるとは思うがな。この時、状況によってはジパングへ寄り道するかもしれん」

 

 元バニーさん達も修行しているとは思うが、イシスには別の意味でおろちへの生け贄、じゃなかったおろちに婿としてあてがう予定のマリクも修行している。

 

(ドラゴラムでの変身に差異があるかはきちんと確認しないとなぁ)

 

 おろちが惚れた相手とマリクが別人なのは、大きなネックだ。

 

(竜の女王の余命も後どれだけ残されてるか気になるし)

 

 確認するだけならおそらくルーラの呪文による移動が一番手っ取り早いものの、ここで寄り道すれば行って帰ってでラーミアの復活が二日遅れてしまう。

 

「度々使いっ走りにしてしまって悪いが、連絡を頼む」

 

「は、はい」

 

「こちらの行動予定は今話した通りだ。よって、次に会うことが出来るとすればイシスになる。エジンベアに立ち寄ったことはないとスレッジは以前言っていた気もするしな」

 

 ハルナさんには本当に度々申し訳ないが、伝令をして貰う他無かった。

 

(やるべき事を優先すると、次に伝言を頼めるのは――)

 

 今伝えたばかりのイシスだ、どんなに早くても。

 

(俺がシャルロットに同行していれば、魔物との戦いで後れを取る可能性はおそらく、ない)

 

 むしろ動いて欲しい場所があるとすれば、ノータッチになってしまっているノアニール方面だろう。

 

(クシナタさん達が向かっていると思うからわざわざ追加で言う必要はないし、混乱してる上あの洗濯係の相手をしてるとは言え、すぐ後ろにシャルロットもいるからなぁ)

 

 今の俺に出来るのは、知り合いの弟子に頼んでもおかしくないレベルの伝言のみ。

 

「スレッジにも次に何か伝えたいことがあるようなら、イシスで待つかイシスに人をやるよう伝えてくれ」

 

 あくまで知人への伝言という形で最後をそう締めくくると、では頼むぞとハルナさんに声をかけ、俺は戻る。

 

「あぅ。で、ですからボクとお師匠様は……」

 

「大丈夫大丈夫、解ってるよ。いいねぇ、若いって」

 

 とりあえず、シーツを洗濯しつつの片手間であしらわれているシャルロットを救うために。

 

「待たせたな、シャルロット」

 

「お、お師匠様……」

 

 手強い相手であるのは承知しているが、茶番は終わらせてしまうべきだろう。シャルロットに無言で頷きを返した俺は、続けて言った。

 

「シャルロット、ホイミを」

 

「えっ」

 

 そもそも、誰も怪我していないのに血の染みが付いていると言う状況が、こんなめんどくさい事態を引き起こしたのだ。

 

(ハルナさんとシャルロットのお陰だな)

 

 誤解を付くのを止め、ハルナさんと話したからこそ気持ちを切り替え、打開策が浮かんだのだ。

 

「俺が怪我をして出来た染みだが、こいつは回復呪文が使えるからな。怪我だけ綺麗に治ってこういう事になった訳だ」

 

「え、怪我?」

 

「ああ、このシャルロットがうつらうつらし始めたのでな、武器の手入れをしようとして少々失敗した。その後寝ぼけていたこいつに回復呪文で手当を頼んだのだが、眠そうにしていたからな、覚えていなかったのだろう」

 

 おそらく、短期間で考えたにしては自画自賛だが完璧な言い訳だと思う。

 

(これでシャルロットが回復呪文の使い手だと解れば、一件落着だ)

 

 回復呪文を使った覚えのないシャルロットは訝しむかも知れないが、その辺りは袋から薬草を失敬して使ったとでも言えばいい。

 

「ふむ、見たところ手が荒れているようだな。シャルロット」

 

「あ、はいっ。ホイミ!」

 

 ちなみに荒れた手を治させたのには、こちらに好意を抱いて貰おうという計算もある。

 

(ふ、完璧だ)

 

 そして俺はこの騒動の収束を確信した。

 




とりあえず、オーブは揃った模様。

ラーミアの復活はまだ少し先のようですが。

次回、第四百四十二話「再び船で」


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第四百四十二話「再び船で」

「何とかなったな……シャルロット」

 

 確信したはずだったのに、洗濯係のオバハンは想像以上の難敵だった。荒れた手を治したことに礼は言ったものの、俺の言ったことは信じていないようだったのだ。

 

(もしかしなくても、原因は俺とシャルロットだよなぁ)

 

 後半、俺は平静さを取り戻したが、シャルロットは最後までテンパったままだったし、怪しまれたのは態度だ。

 

(俺がシャルロットと別の部屋で寝たことを証明出来たのが大きかったな、うん)

 

 シャルロットのベッドで寝たことを思い出し、部屋のシーツを交換する従業員を捜してシャルロットのベッドも使われていたという証言を引き出すことを思いつかなかったら、どうなっていたことか。

 

(シャルロットと髪の色が違って本当に良かった)

 

 二つの部屋の枕にシャルロットの髪の毛しか付着して居なかったのが決め手だった。

 

「これで、ようやく出発出来……シャルロット?」

 

「えっ? あ、お、お師匠様、何か?」

 

「いや……ようやく出発出来るなと言ったんだが」

 

 ただ、まだ動揺しているのか、シャルロットは時々心ここに在らずで。

 

(これは、俺がしっかりしないとな)

 

 密かに思う。この村からランシールまでは厄介な魔物が出没する地域があるのだから。

 

(シャルロットと手を繋いで行くぐらいが丁度良いか、いざとなったら庇えるし)

 

 それこそ要らぬ誤解を生みそうな気もするが、シャルロットがぼーっとしていて俺からはぐれるなんて事態を招くよりはよっぽどマシだ。

 

「さて、荷物を纏めてしまおう。忘れ物はないよう……あ」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、何でもない」

 

 忘れ物と口にして、戦士のオッサンとハルナさんを引き合わせておけば良かったなと今更思ったが、後の祭りである。

 

(誤解解くのに奔走したから、ハルナさんはもう居ないだろうし)

 

 かといってルーラの呪文で追いかける訳にも行かない。

 

「それはそれとして、船までの道のりではこちらの強さに見合った能力の魔物が化けている可能性のあるモンスターが出没する。戦闘は出来るだけ避けて行くぞ?」

 

「はいっ」

 

「いい返事だ」

 

 ようやくいつものシャルロットらしさを見せてくれた弟子に口元を綻ばせると、ポンと頭に手を置く。

 

(うん、何て言うか……これだよ、これ)

 

 純粋に師匠と弟子としてのやりとりだが、変な誤解に翻弄されていたせいか、謎の感動すら覚える。

 

(とりあえず荷物を取りに部屋に戻って、ロビーで合流してチェックアウト……観光地ではあるみたいだけど、お土産は買う必要もないな。と言うか、買っても次の目的地極寒の島だし)

 

 合流もそれなりに先。日持ちしない食料品は買っても凍るか痛みそうだ。

 

(武器防具は当人が居ないとサイズ調整とかもあるからなぁ……って、どこから出てきた、この観光気分)

 

 一人ノリツッコミやれる分マシか。

 

「では荷物を取りにいったん戻るぞ? 合流は宿のロビーだ」

 

 シャルロットにそう言うなり俺は踵を返すと、そのまま結局ベッドを使わずじまいだった部屋に戻った。

 

「よし、荷物の大半はシャルロットの袋の中だし、こんなところだろうな」

 

 いつもの鞄。外していた武器も腰にぶら下げた。

 

「あとは、ロビーに行ってシャルロットを待つだけだ」

 

 荷物が少ないのもあるし、師匠の威厳というのもある。シャルロットが先に来ていて待っているという状況は避けたい。

 

「あ」

 

「ん? お」

 

 ただ、俺の予想よりシャルロットの準備が終わるのは早かったらしい。ミミックについては所持品ゼロなのだから言うに及ばず。

 

「お師匠様、準備は?」

 

「終わっている。予定が少々ずれたな」

 

 廊下で鉢合わせしたのは、同じ場所に向かっているのだから無理もない。俺達はそのまま宿をチェックアウトすると、ランシールの村の入り口に向かい。

 

「……問題はここから先だ。魔物が出る。油断はするなよ?」

 

「はいっ! ……え?」

 

 元気よく答えたシャルロットがきょとんとしたのは、おそらく俺が左手を差し出したからだろう。

 

「少し急ぐのでな……背負っていっても構わんが、生憎背中は塞がっていてな」

 

 まだ事態の呑み込めていないシャルロットにそう言う理由だから手を繋ぐんですよと言外に説明し。

 

「カパカパッ」

 

「あ、うん。ご、ごめんね? お、おししょうさま……その、よろしくお願いしまつ」

 

 俺の背負ったミミックが何か言ったらしく、我に返ったシャルロットは顔を赤くしつつ俺の手を握った。

 

「あ、ああ」

 

 ただね、しゃるろっとさん。そう、せきめん される と こっち も てれるんですが。

 

「では、行くぞ」

 

 照れ隠しにそっぽを向いた俺は、周囲を警戒しつつ、忍び歩きで足を前に踏み出した。

 

(今のところ魔物の影はなし、か)

 

 まだ村を出たばかり。油断はせず、それで居て出来るだけ早く。直線に近いルートで俺達は進み。

 

「……と、まぁそんな感じで目的を果たすことには成功した。ここに来るまでに遭遇した魔物は群れが一つだけだったな」

 

「それは重畳ですな」

 

 無事船に辿り着いた俺がベッドのシーツ事件のことだけ伏せた形で船長に経緯を説明したのは、出発した日の昼頃。

 

「では、出航と致しましょう。お二人は船室へ?」

 

「いや、色々あった場所だからな、陸地が見えなくなるまでは船縁に残るつもりだ、少なくとも俺は」

 

 船長の問いに肩をすくめて答えると、有言実行すべく歩き出す。

 

「あ、お師匠様ボクもご一緒しまつ」

 

「そうか」

 

 ついてきたシャルロットと一緒に船縁に向かいつつ、ふと思う。

 

(お腹減ってきたなぁ)

 

 時間帯を考えれば無理もない。

 

「ふむ、シャルロット――」

 

 そろそろ昼食にしないかと提案しようとした瞬間のことだった。きゅううと可愛らしくお腹の鳴る音がしたのは。

 

「おっと、これは失礼を」

 

 船長、あんたの腹の虫かい。胸中でつっこみを禁じ得なかった。

 

 




書いてる途中でお腹が鳴ったのは闇谷だけどな。

次回、第四百四十三話「船旅って言うけど向かう先は極寒なんですよね。はー、テンション下がるわぁ」


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第四百四十三話「船旅って言うけど向かう先は極寒なんですよね。はー、テンション下がるわぁ」

「これで数日は洋上生活だな」

 

 暫く陸地に沿う形で進んでいた船が進路を変え、陸地が遠ざかって行く。

 

「……そうですね」

 

 ポツリと応じたシャルロットは俺の腕を抱きつつ、肩に頬で触れる。

 

(なに、これ?)

 

 ちょっと くっつきすぎ じゃない ですかね しゃるろっとさん。

 

(そう言うことは将来の旦那様とすべきで、いくら父親代わり兼師匠だからってちょっと問だ……あ)

 

 若干パニックになりかけて、ふと思い至る。

 

(そっか、これから向かう先って――)

 

 雪、もしくは凍土に覆われた極寒の地。つまり、どんどん寒い方へと向かっているのだ。

 

(そっか。よくよく考えてみたら、シャルロットとはオルテガの兜があった町とか、ノアニールとか、雪が見られそうな程寒いところは殆ど行ってないんだ)

 

 実は寒がりだったとしたなら、シャルロットの行動も不思議はない。

 

「まったく……」

 

 苦笑すると俺は羽織っていたやみのころもを自由になっている方の手だけで脱ぎ、シャルロットに被せてから抱き寄せる。

 

「お、お師しょ」

 

「寒いなら早く言え、大切な身体だろうに」

 

 前のように風邪をひいて寝込まれる訳にはいかない。それに、船の上という陸と比べれば狭い居住空間に大勢の人間が生活している今、シャルロットをきっかけに風邪が流行したらラーミアの復活どころか、真っ白な陸地を見ることが叶うかすら怪しくなるのだ。

 

「これから、どんどん寒くなる。ここで風邪をひいてしまったらそれはお前だけの問題でもなくなると言うことはわかるな?」

 

「あ……そ、それって」

 

「ああ。間に合わせに俺の着ていたこれをかけたが、せめて上に何か着なければ身体にさわろう。一旦船室に行くぞ?」

 

 説明すれば、どうやらシャルロットも理解したらしい。解ったならそれで良いという意味も含めて頷きを返すと、俺はシャルロットに問いかけ。

 

「そ、そうですね。すみませんお師匠様。ボクだけの問題じゃないのに……」

 

「謝罪には及ばん、言い出しにくかった理由も解るからな」

 

 項垂れる弟子の頭にポンと手を置くと、ミミックは船員にシャルロットのお友達だと紹介した上で甲板に置いてきた。

 

(とりあえずこれで、風邪はひかずにすむよね。ちょっと師匠っぽいところも見せられたし、ランシールの挽回、出来てるといいなぁ)

 

 胸中の呟きが希望に留まってしまう理由は、シャルロットの顔が近いから。

 

(とりあえず、まだ鎧着ててくれて良かったと思うべきか、鎧だから寒いんじゃとツッコむべきか。けど、鎧脱がれた上で密着してきたらご褒美地獄だし)

 

 せめて自分の身体だったら、と一瞬思ってから頭を振る。

 

(駄目だ駄目だ。ただでさえランシールで誤解されかけたのに何を考えてるんだよ)

 

 しかもこの船には何人もの船員が居るし、シャルロットに至ってはすぐ隣にいるのだ。

 

(まだポーカーフェイスは維持出来てると思うけど、変な顔してるところとか見られでもしたら……)

 

 誤解の種になることだって充分に考えられた。

 

(平常心、平常心だ。心を波紋一つ無い水面の如く)

 

 腕が感じるシャルロットの手の感触を忘れよう。ほっぺたに時々当たるツンツンした髪の感触も同様に。

 

(静かな水面、静かな水面……水)

 

 イメージするのは澄み切った水。しわぶき一つ無く、静まりかえった水面。

 

(出来る、やれば出来るじゃないか、俺)

 

 脳裏に広がるイメージに自賛しつつ、尚も「水、水」と念じ。

 

(水、水……水着、危ない水――)

 

 想像の水面に圧倒的な肌色と僅かな赤が混ざった。

 

「お、お師匠様……似合いますか?」

 

 頬を染めたシャルロットが素足を水に浸しながら、際どい水着に包んだ自分の身体を抱いていて。

 

(ちょっ、シャルロッ……は)

 

 思わず声を上げかけて気づく、それが想像の産物だった。

 

(だぁぁぁ、どれだけ欲求不満なんだよ!)

 

 我が事ながら、これだけシャルロットと密着してるのだから気持ちはわかる。

 

(解るって、ぎゃぁぁぁ忘れてた感触がぁぁぁ)

 

 叶うものならシャルロットの側から離れて全力疾走し、海に飛び込んで頭を冷やしたいぐらいだったが、そうもいかない。

 

「お師匠様? どうしました?」

 

「いや、何でもない。ただ、少し考え事をな」

 

 同様の何割かが漏れていたのか向けられた問いに答えると、そうですかと漏らし、こてんと俺に持たれてくる弟子の様子に何とか誤魔化せたと密かに胸をなで下ろす。

 

(はぁ、人によっては贅沢な悩みって言うんだろうけれど)

 

 なまごろしって ほんとう に きつい と おもうんだ。

 

「お師匠様ぁ」

 

 そして、次の日。

 

「今日はもっと冷えるそうですよ。ですから、毛布貰ってきました」

 

 だが、俺は失念していたらしい。目的地に近づく程に寒くなること、そしてシャルロットへ言外に許可を出してしまったことに。

 

「もっと密着してもいいのよ」

 

 と。

 

「きょ、今日も……一緒に寝て良いですよね?」

 

 輝かんばかりの笑顔で毛布を持ってきた時もそうだが、上目遣いでの質問なんて卑怯すぎる。ましてや、風邪ひくと拙いからとこっちから行動を起こした手前、NOとも言えず。

 

(目的地、早く、ついてくれ……)

 

 目の下に隈を作り毛布にくるまれながら俺は祈り続けた。

 




・本話終了後に付け加えようか迷った没文
 そして祈り始めてから数日後、船員の声を俺は聞く。
「陸地が見えたぞ」
 奇しくも口元を押さえてシャルロットがトイレに駆け込んだ日の朝だった。

 寒さに弱っていて船酔いしちゃったという展開ですが、ゲロインにはしたくないので没に。

次回、第四百四十四話「ままとぱぱ」

縁起の悪そうなゾロ目きたー。



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第四百四十四話「ままとぱぱ」

「あれが、そうか……」

 

 目の下に隈を作りながら、毛皮と毛布にくるまりつつ、見ているのは、真っ白な陸地。

 

(しかし、本当に肌を刺すようだなぁ)

 

 外気が低すぎて寒いではなく痛いと言ったレベルだが、眠気を振り払ってくれるのであれば、むしろ丁度良かった。

 

「真っ白ですね、お師匠様」

 

「ああ」

 

 出来れば腕にダイレクトに伝わる感触の方も誤魔化されてくれればいいのにと思いつつ、俺は頷く。

 

「目的地はあの陸地の中央、窪んでいる場所の側だと聞いた。……シャルロット」

 

「あ、タカのめですね? わかりました」

 

 皆まで言わずとも伝わると言うところまでは喜ばしいことなのだと思う。

 

(だけどさ、その けっか は うで に かんじていた ぷれっしゃー が せなか に いどうするだけ なんですよね)

 

 鎧着なくて良いのかとシャルロットには問いかけたいところだが、上陸にはまだ間がある。

 

「お師匠様のタカのめが終わったら着替えてきます」

 

 と言われてしまえば、そうかと返すしかない。

 

「では頼むぞ」

 

「はい」

 

 短いやりとりを挟んでから俺は心の目を鳥に変えて空へと飛ばす。

 

(っ、しっかし本当に真っ白な所だ……あっ)

 

 遮蔽物も殆どない、一面の銀世界を眼下に飛べば、目的地の発見は想像以上に容易だった。

 

「見えたぞ、シャルロット。やはりあの窪んだ部分だ。少し南下したところにそれらしき建造物が見えた」

 

「じゃあ」

 

「ああ、もうすぐだ」

 

 これでラーミアさえ蘇れば、魔物との遭遇を気にすることなく空の旅が出来る。

 

(しかし、ラーミアって卵の状態だったよな……刷り込みとかあったりするんだろうか)

 

 もし、ラーミアが最初に目についた者を親だと思ってしまったら。

 

「ぱぱとままか」

 

 また面倒なことになる気がする。

 

「えっ」

 

「いや、何でもない」

 

 シャルロットに言えるはずもなかった、ラーミアが俺達を親だと誤解するかも知れないなんて懸念は。

 

(そもそも俺が勝手に可能性について想像しただけだって言うのに)

 

 万が一と言うことがあったとしても、俺が気をつけていれば良いだけの話だ。

 

「それよりシャルロット、そろそろ鎧を着て来い。出来るだけ最寄りの海岸に船を着けるとしても、目的地のほこらに着く前に魔物と出くわすことも考えられる」

 

「あ、そうですね。じゃあ、ボク、着替えてきます」

 

「ああ、そうしてくれ。ただし、防寒具は忘れぬようにな」

 

 こう細かく口出しをすると、父親代わりどころかおかんかお前はと突っ込まれそうな気もするが、この一点は譲れない。

 

(防寒着を忘れて一つの防寒具の中へ二人一緒になんて展開はなぁ)

 

 先日やみのころもでやって自分からピンチを招いたばかりだ。

 

「さてと、俺も準備はしておかねばな」

 

 これで弟子に申しつけておきながら自分の準備が万全でなかったら師匠失格である。

 

(武器、よし。防具、よし。防寒具も良い。オーブはシャルロットの袋の中だから、携帯食料ぐらいか。野営道具や寝袋みたいにかさばるモノはシャルロットの袋に入れて運んだ方が効率が良いし)

 

 俺が運ぶべきは、背負子に乗せたミミックぐらいだと思う。

 

「む、しまった。ミミックにも防寒具が必要か聞くべきだったな」

 

 ただ、箱の同行者の事を思い出してからポカに気づいた俺は船室の方を振り返る。

 

「気にはなるが……シャルロットが戻ってきてからでいいな」

 

 この状況で聞きに行こうモノならまず間違いなくシャルロットの着替えを目撃してしまう。この世界の悪意はそう言うモノだ。

 

(これ以上は、やらかさない)

 

 組んだ腕の中に隠すようにした拳をぎゅっと握りしめ、向き直った先は海の上に浮かぶ銀世界。

 

(ダンジョンに潜る訳でも強大な敵と斬ったはったを繰り広げる訳でもない。ただ、台座にオーブを置いて不死鳥を蘇らせ、その背に乗せて貰うだけだ)

 

 上陸後は最短距離を進むし、俺とシャルロットの実力であれば失敗する方が難しい。

 

「お師匠様ぁ、お待たせしました」

 

 シャルロットが戻ってきたのは、そうして俺が腕を組んだまま陸地を見つめて居た時のこと。

 

「来たか。シャルロット、すまんが通訳を頼めるか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 シャルロットに頼んだ通訳で寒さはともかく風はこたえるかも知れないとミミックは防寒具を希望し。

 

「これでいいな。……船長、世話になった」

 

「ありがとうございました」

 

 ミミックの毛皮撒きを背にくくりつけた俺はシャルロットと共に船長へ別れを告げた。次にこの船で旅立つのはアリアハン、船とも船長達ともしばしの別れになる。

 

「いえいえ、どうぞお気を付けて」

 

「さてと、小舟に乗り移ってくだせぇ。陸地までお送りしやす」

 

 すまんなと軽く頭を下げて小舟に乗り込めば、船からつり下げられた小舟は海面に降ろされる。

 

「さ、いきやすぜ」

 

「ああ」

 

 動き出す小舟。上陸まであと僅か。

 




シャルロット「ままはこれからお友達と会ってきますから、大人しくしていてね」

サ    ラ「勇者様?! い、何時の間に――」

 とか、そんな誤解が発生する可能性がある訳ですね。


次回、第四百四十五話「ステレオ音声」


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第四百四十五話「ステレオ音声」

 

「それじゃ、旦那お気を付けて」

 

 そう俺の背中に声をかけた船員と別れたのは、先程のこと。

 

「ゆくか……シャルロット」

 

 氷と雪に覆われた大地の上で、振り返ると片手を差し出す。

 

「お師匠……さま?」

 

「今は良いが、地面の雪を巻き上げて視界が悪くなることも考えられる。袋を持っているお前さえほこらにたどり着ければ目的は果たせるが、はぐれるのはよろしくなかろう? 俺は周囲の様子を空からの視点で確認出来、はぐれても無事であればほこらの位置を確認するのは難しくないが、お前はタカのめも使えんしな」

 

 一応緊急脱出用にキメラの翼もあるが、脱出すればランシールの船旅からやり直しだ。はぐれて迷ったシャルロットがルーラで脱出するようなことは避けたいし。

 

(こういう極寒の地って、遭難して凍えてしまった同行者を直接人肌で温めるってのがよくあるベタな展開だしなぁ)

 

 ルイーダの酒場で仲間が集まらずともぽっちで旅に出ようとするくらい、いやそもそも魔王討伐なんて過酷な任務を受け投げ出さずにいる程シャルロットは責任の強い子だ。

 

(はぐれたけどルーラでの脱出をせず、一人でほこらを探し続け寒さで倒れるとか、あってもおかしくない)

 

 最悪の事態を未然に回避するためなら、手を繋ぐぐらいどうと言うことはなかった。

 

(親子だって手はつなぐもんな、父親代わりならセーフの筈)

 

 ただし、一緒にお風呂に入ってもなんて理論の飛躍は止めて頂きたい。

 

(というか、そもそも この ねんれいなら いっしょ に おふろ に なんて はいらない はず ですよ?)

 

 まあ おれ は はいった き も するがな。

 

(うん、あれは背中を流して貰っただけだし……せーふ だと おもいたい)

 

 自分の行状を思い返して、シャルロットのお袋さんに殺されないといいなぁと思った銀世界の中。

 

「お師匠様?」

 

「あ、あぁ。すまん……っ」

 

 立ちつくす俺を訝しんだシャルロットに詫びを入れると、鞄に手を突っ込んだ。

 

「はぁっ!」

 

 そのまま引き抜くなり投じたくの字の武器はオレンジの軌跡を描いて氷の固まりに命中、両断する。

 

「ゴアッ」

 

 一つ、氷塊の魔物の断末魔を残して。

 

「っ、魔物! す、凄いですね、お師匠様。ボク、気づいてませんでした」

 

「ふ。造作もない。まぁ、以前仲間にした種だけに迷ったのだがな。ここはあいつらにとって都合の良い土地だ、手心を加えて窮地に陥ったのでは笑い話にもならん」

 

 尊敬の眼差しを向けるシャルロットには、言えなかった。自己保身を考えていて、我に返った瞬間氷塊の魔物がそこにいることに気づいたなんて言えるはずもなかった。

 

(むしろ、攻撃の届く距離まで接近されていたことに気づかなかったって方が大失態な訳だし)

 

 とりあえず、誤魔化すように格好を付けてみたがシャルロットに言ったあいつらに都合の良い土地という部分に嘘はない。

 

「何せ、何処を見ても雪と氷だからな。こうして見渡す一面の銀世界の中にも何体かあれと同じ魔物の気配がある」

 

「えっ、本当ですか?」

 

「ああ。ただ、こっちに気づいていない者が殆どだ。ただし、この地の魔物はあれだけではないらしいがな」

 

 シャルロットに頷いて見せつつ俺の指さす先には、東洋風水色ドラゴン。つまり、シャルロットがバラモス城の前でてなづけたりしちゃったドラゴンのお仲間が優雅に空を泳いでいた。

 

「スノードラゴン……」

 

「足下のひょうがまじんばかりに気をとられていると、上空からあれに強襲されるわけだ。しかもこの大地、見通しが良いのは良いが、こちらが身を隠す方法も……」

 

 肩をすくめた俺は鞄に手を突っ込むと、一枚の白布を取り出して広げる。

 

「こういったものを被って伏せるぐらいしかない」

 

「お師匠様、それは?」

 

「船にあったベッドのシーツだ。白かったからな、使えると思って予備を貰ってきた」

 

 布面積はこちらの方が小さいものの、イシスの砂漠でやったの応用である。

 

「こんな土地だ。旅人がやって来ることも希なのか、あのドラゴン達が陸地にあまり関心を抱いていない様だが、油断は出来ん。シャルロット、お前はこの布の中で俺の後ろをついてこい。その髪色は流石にこの地では目立つ」

 

「あ」

 

「手を繋ぐのは無理だろうが、一枚の布で繋がっていればはぐれることもなかろうしな。何なら俺のマントの端を持っていてもいい」

 

 第三者視点からすると頭のない白い獅子舞のような滑稽な格好での行軍になるが、戦闘を避けることを求める是非もない。

 

「では行くぞ」

 

 こうして小細工もし、気合いを入れたからだろうか、それとも距離がそれ程無かったからか。

 

「……シャルロット、止まるぞ、気をつけろ」

 

 後ろに忠告してから数歩進んで足を止めた俺が辿り着いたのは、そびえ立つ塔のような建造物。

 

(いったい誰が立てたか何て考えちゃ駄目なんだろうなぁ。上層部が張り出しててバランス悪そう、とかそう言う部分にツッコむのも)

 

 正面の入り口から長い階段が上部に向かって伸びているのが見える。

 

「あそこが入り口のようだな。シャルロット、もういいぞ」

 

「ぷはっ。ついたんですか、お師匠さ……あ」

 

「見えるか? 俺達の目的地はおそらくあの建造物の最上階だ」

 

 最上階、と断定してしまったのは天井があっては復活したラーミアが飛び立つ邪魔になるため。

(天井に頭をぶつけるラーミアとかシュールだけど見たいとは思わないもんな)

 

 くだらないことを考えつつも行くぞと言いつつ、俺は歩き出し建物の入り口をくぐる。

 

(えーと、確か中には卵を守るエルフがいるんだっけ、ステレオ音声っぽい二人組が)

 

 こんな不毛の土地でどうやって暮らしてるのかとか疑問が浮かんでくるのは、俺が町の大きさなどのように矛盾点がないよう改変されていることを知っているからか。

 

「あ、お師匠様、誰か居ますよ?」

 

 考えつつ階段を上りきった俺はシャルロットの声へ我に返り、そして、聞いた。

 

「私達は「私達は」卵を守っています。「卵を守っています」」

 

 ステレオ音声だった。どう聞いてもかなりステレオ音声だった。

 

 




手を繋いで傍目から見るとラブラブになるかと思ったら獅子舞だった。

次回、第四百四十六話「お前に世界の半分、『大空』をやろう。私の部下になる気は、あ、ちょ、なにをするきさまらーっ」


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第四百四十六話「お前に世界の半分、『大空』をやろう。私の部下になる気は、あ、ちょ、なにをするきさまらーっ」

「あの、ここでオーブを捧げると不死鳥ラーミアが蘇ると聞いて来たのでつけど……」

 

 謎の感動に浸っている間にシャルロットが問えば、卵の守人二人は、やはり揃ったように頷く。

 

「ええ。六つのオーブを金の冠の台座に捧げた時……「伝説の不死鳥ラーミアは甦りましょう」」

 

 原作に勇者の話すシーンは殆どなかったように思うが、もし現場に居合わせていたなら、やはりこうしたやりとりになっていたのだろか。

 

(と、感慨に浸ってる場合じゃない、目的を果たさないと)

 

 俺が我に返るまでにそれ程時間はかからなかったと思う。

 

「シャルロット。半分、頼めるか?」

 

「半ぶ……あ、はいっ。ええと、お師匠様、どうぞ」

 

 一瞬怪訝な顔をしたものの、俺が台座の一つに目をやったせいか、すぐにこちらの意図をくみ取ってシャルロットがオーブを差し出してくる。

 

「すまんな。卵の前にある後ろの台座は最後にするとして、お前は左回りでオーブを捧げてくれるか? 俺は右からまわる」

 

「わかりました」

 

「頼むぞ」

 

 こういう作業が発生した時、ランシールであった戦士のオッサンを連れてこなくて良かったとつくづく思う。

 

(あのオッサンのことだから――)

 

 余計なことを言うに違いなかった。

 

「初めての共同作業ですね」

 

 とか。

 

(そして、シャルロットが動揺するパターンだよな。まったく、だいたいシャルロットと一緒に何かするのはこれが初めてじゃ……ん?)

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

(あれ? 今の「共同作業」発言、そもそも女性の声だったし、想像にしてはやけにリア……ル?)

 

 台座に向かって歩き始めた足を止めて振り返ると、興味深そうにこちらを見てくる守人と目があった。

 

「私達は「私達は」娯楽に飢えています「娯楽に飢えています」」

 

「やかましい!」

 

 まともな守人だと思っていたのに、ランシールの神殿の主もそうだったけどふざけすぎだろう。

 

(あー、シャルロットも固まっちゃってるし)

 

 ひょっとしたらこういう系統の話に免疫がないのかも知れない。

 

「そんなに娯楽が欲しいなら――」

 

 180度ターンしてつかつかとシャルロットの方に歩み寄った俺は、固まったままのシャルロットが持っていた袋を失敬し、口を開けて中を探る。

 

(変な性格になる本、変な性格になる本)

 

 心の中で唱えつつガサゴソと袋を漁ったのは、俺の中にも鬱屈した者がたまっていたのだろう。

 

(ん? これは本のようだな……)

 

 ようやく見つけた本取り出すと、自分が性格を変えられてしまわぬよう、背表紙でタイトルだけを確認する。

 

「『師弟と不思議な夜』……聞いたことのないタイト」

 

 師弟と言うところに若干嫌な予感はした、だが更に続けられた補足分で俺は凍り付いた。

 

「俺×性転換したシャルロットの子供はみちゃいけないお話」

 

 背表紙の短い補足から推測するとそんな感じだろうか。ちなみに、作者名はあの腐れ僧侶少女になっている。

 

(なんだこれ。あぶのーまる なんて れべる じゃないですよ)

 

 つーか、何時の間にこんな物袋に忍ばせやがった、あのアマ。シャルロットの前だと言うことも忘れて、衝動的にメラ系の呪文を唱えかけるところでしたよ。

 

(と言うかね、ちらりと見たらしおり挟んであるんですけど……誰だよ、読んでたの)

 

 シャルロット、だとは思いたくない。と言うか、何故今までこんなモノが入ってるのに気づかなかった。

 

(やっぱりあれかな、容量重量ほぼ無限のチートアイテムだからか。俺が変な要求をしたから応えちゃったとかそう言うこと?)

 

 まぁ、何にしてもこんな危険物を期待で目を輝かせたエルフ二人に渡す訳にはいかない。

 

「……台座の炎で焼却処分だな」

 

 イシスに残りメンバーを迎えに言った後、家族会議ならぬパーティー会議をして良いレベルのゆゆしき問題だが、こんな本を保持しておくことなど耐えられない。

 

(何かの手違いでシャルロットが目にするようなことがあったら、拙いどころじゃないしな)

 

 精神的汚物は消毒、じゃなかった消却してしまうに限る。

 

(ついでにあの僧侶少女も今度アリアハンに戻ったらしばこう。大丈夫だ、俺にはモシャスもレムオルもある)

 

 少しぐらいOSIOKIをしたって許されると思うのだ、流石にこれは。

 

「娯楽が欲しいなら「娯楽が欲しいなら」何ですか?「何ですか?」」

 

「っ」

 

 間が空いてしまったのは、ろくでもない本のせいだが流石にこれを渡す訳にもいかない。

 

「……これでもすればいい」

 

 少し考えて羊皮紙を取り出した俺は、守人のエルフ二人の前で「井」の字を書くと、マス目に交互に印を書き込んでいって縦横斜めいずれか一列揃えた方が勝ちというゲームを実演して教える。

 

(意趣返し出来なかったのは癪だけど、考え方によってはこれで余計なことを言われずにすむようになる訳だし)

 

 自分を納得させつつオーブを捧げる作業に戻ると、オーブの捧げられた台座に火が点るのを待ち、腐った本を台座の炎に投げ込む。

 

「ふぅ、邪なる書は滅した」

 

 だが、これで終わりではない。書き手を悔い改めさせねば、また悪しき書は作り出されるだろう。

 

「……浅瀬がアリアハンの近くで良かった」

 

 諸悪の根源と決着を付ける機会はそれ程遠くないと言うことなのだから。

 

(強襲して、確保し、OSIOKIはクシナタさんに任せるというのもありかな)

 

 別れた辺りから日数で逆算すると、イシスにつく頃には、住人が眠ったままなノアニールと住人を眠らせたエルフの女王の一件も片づいていると思うし、イシスで伝言を頼めばアリアハンでの合流も十分可能だろう。

 

「さて、手持ちのオーブは全て捧げ終えた」

 

 後は、復活までに時間を要して遅滞の生じたシャルロット側の作業が終わるのを待つのみ。

 

「いよいよ、だな」

 

 呟くと俺は早速ゲームに興じだしている守人達の元へと歩き始めた。

 




主人公「ニア 呪文を駆使してもOSIOKIしてみせる」

僧少女「な、何をするですかぁ、きさまらー」

うん、不正はなかった。

ちなみに本が紛れ込んだ経緯は、秘密。

どこかの軍人口調の魔法使いなお姉さんが、オーブを持ってきた時、主人公の元へたどり着くまでに「あ、こんなモノも預かってるでありますよ」と手渡したとか、そんなことはないのです。

次回、第四百四十七話「大空はお前のもの。よみがえれ」


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第四百四十七話「大空はお前のもの。よみがえれ」

「私達「私達」この日をどんなに「この日をどんなに」待ち望んだことでしょう」

 

 羊皮紙を床に投げ出したまま、卵の守人達は言う。

 

(うん、「直前まで遊んどったんかぁい」とかツッコミんでも良いよね、これ)

 

 さぁ祈りましょうとかステレオで言ってらっしゃるが、投げ出された羊皮紙にはいくつもの「井」と「○×」が書き込まれていた。その間、俺とシャルロットは二人でオーブを捧げる作業をやらされたのだ。

 

(「先程は随分お楽しみでしたね」って、これは違う……と、そんな余裕もないか)

 

 守人達の向こうで大きな卵が激しく揺れ始めていたのだから。

 

「時は来たれり「今こそ目覚める時」大空はお前のもの「舞い上がれ空高く!」」

 

 守人エルフ達の呼びかけを合図とするかのように、卵へヒビが入り。

 

「っ」

 

 卵が跳ねると上部が吹っ飛んで欠片が散らばる。

 

(これ、掃除大変なんじゃ)

 

 思わず散らばった欠片に目を取られた瞬間、下の方だけしか視界に入らなかった卵がもう一度跳ね、中央辺りまでヒビが広がる。

 

「産まれる」

 

 わかっては居た、ラーミアが産まれてくることは解りきっていた。だが、間近で見るのと画面越しの原作とでは迫力が全然違う。何と言っても、人を数人纏めて乗せられるサイズの鳥なのだ。

 

(どうし……いや、迷ってちゃ駄目だ)

 

 第一印象は大切だろうし、ここでまごついてシャルロットをまま認定するようなことがあっては、目も当てられない。

 

(行こう)

 

 首を卵の中から突き出し周囲を見回している鳥の元へと歩き出す。

 

(ええと、原作だとこの後どうだったかな)

 

 うろ覚えの記憶を掘り起こそうとしながら、ただ。

 

「フォォォゥ」

 

 残った殻から跳躍し出てきたラーミアは一鳴きすると翼から煌めきを散らせ、その場で幾度か羽ばたいた。

 

(これは……杞憂だったかも)

 

 近寄ろうとした俺には目もくれず、不死鳥の身体は空へと浮かび上がり、更に上昇して行く。

 

「これが……あれが伝説の不死鳥」

 

 上空を見上げる俺の頭上を何度か旋回したラーミアはもう一度あの鳴き声を上げるとほこらの外へと飛び立ち。

 

「伝説の伝説の不死鳥ラーミアは甦りました「ラーミアは神のしもべ」心正しき者だけが「その背に乗ることを許されるのです」」

 

 空を見上げたままの俺は声に振り返り。

 

「それは良いが、何故そこでドヤ顔をする」

 

 とりあえず、ツッコんだ。

 

(こんなにフリーダムだったっけ、この二人)

 

 俺の気のせいなのか、容量の都合で原作では特定の台詞しかしゃべらせて貰えず実は元々こんなキャラだったのかは知らないが、解せぬと言うか何というか。

 

「……まあいい。これでようやく次の目的地に向かえる」

 

 背中のミミックを入れても二人と一個。定員が四人だったとしても問題はない。

 

「外に出るぞ、シャルロット。ラーミアが戻って来ないようだが、神のしもべと言うぐらいだ、俺達を放置して何処かに飛び去るとも思えん」

「あ、はい」

 

 原作知識のある俺はほこらの外で待っていることを知っているが、馬鹿正直にシャルロットに理由を言うことも出来ない。

 

「おそらくはすぐ外にいるだろう。遠くに飛び去ったなら飛び去る姿が見えた筈だしな」

 

「そう言えば、南の空には見えませんでしたね」

 

「ああ。だいたい何処かに行く事情があるなら、あのエルフ達が何か説明ぐらいはしただろう」

 

 あれだけフリーダムにやらかせるのだ、じゃなくてずっと卵を守ってきたなら、俺達の知らないようなことだって知っているだろうし、せっかく復活させたラーミアがそのまま飛び去ったら、こっちが説明を求めてくることぐらいは予想すると思う。

 

「だが、実際にはその背に乗ることを許されると言っただけ……となれば、な」

 

 バラモスと戦う時共闘してくれるとも言わなければ、俺達に新たな力をくれるとも言わなかった。つまり、言外にラーミアは俺達を背中に乗せてくれると言ったようなものだ。

 

「それがいつの日にかと今でなければ、飛び去るところをさっき目撃していなければおかしい」

 

 なら、すぐ外にいるはずと俺はシャルロットに説明し。

 

「あ」

 

「フォウ」

 

 実際、その通りだった。ほこらから出てきた俺達の姿を見つけたラーミアは短く鳴いて、身体の向きを変える。

 

「シャルロット、交渉はお前に任せる」

 

「は、はい。解りまちた」

 

 緊張からか噛んだ弟子に最初の接触を任せた理由は二つ。シャルロットがシャルロットだと言うこともあるが、俺が背中に魔物を背負っているのも理由の一つだった。

 

(心正しき者ってわざわざ念を押してるからなぁ。心が正しければ魔物でも大丈夫かも知れないけれど)

 

 この身体も問題ない。だが、今更になってふと思ったのだ、俺はその心正しき者に含まれるのかと。

 

(考えすぎかも知れないけれど、色々やらかしてるしなぁ)

 

 ラッキー何とかではない。シャルロットを含めた仲間達へ隠し事をし、時に嘘をついていることだ。

 

(世界平和の為にやむない部分は、仕方ないとしても……)

 

 他の嘘は許されるのか。

 

(最悪、俺が乗鳥拒否されても、問題はない。ルーラかキメラの翼でイシスまでは行けるし、船には乗れる。バラモス城だってもうルーラで飛べるから……)

 

 どちらかと言うと乗鳥拒否された後のシャルロットの反応の方が怖い。

 

(その時、俺は……)

 

 遠目にシャルロットと不死鳥の交渉を見つめる時間が、やたらと長く感じた。

 




遂に、ラーミアが目覚める。

……だが。

次回、第四百四十八話「そんな顔はするな、シャルロット」


ああ、やっぱり乗鳥拒否ですか。

 ちなみに原作にある「さあラーミアがあなた方を待っています」「外に出てごらんなさい」の台詞は主人公のツッコミで潰されました。


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第四百四十八話「そんな顔はするな、シャルロット」

 

「……お師匠様ぁ」

 

 交渉が終わったのだろう、ただ振り向いて俺を呼んだシャルロットの顔は忘れられそうになかった。

 

「っ」

 

 どうしたと誰何する言葉さえ出てこない。反面、ああやっぱりと心の中の何処かで思いつつも、ちらりとこちらを見つめる不死鳥を見た。

 

(乗せることは出来ない、そう言ったんだろうな)

 

 出なければ、シャルロットがあんな顔をするはずがない。申し訳なさそうな、何かを押し殺そうとして失敗しかけたような、半泣きの表情を。

 

(その通りです)

 

 だが、流石に想定外だった、心に直接声が聞こえるという展開は。

 

「な」

 

 思わず驚きの声が出たが、それは俺の認識が甘かったのだろう。

 

(そう言えば、竜の女王も心を読んできたし、「神のしもべ」なら、それぐらいのことが出来てもおかしくはないのか)

 

 そも、人を背中に乗せて飛ぶなら、意思の疎通が出来ねば拙いことになる、例えば――。

 

「気流の乱れたところに突っ込みますからしっかり捕まっていて下さいね」

 

 何て警告を、あの鳴き声で現されても理解出来るのは、シャルロットぐらいだろう。

 

(だいたい、原作通りなら勇者は魔物の言葉を理解する機会だってやって来なかった訳だし)

 

 ラーミアがテレパシー的な連絡手段を持っていても不思議はない。

 

(それはさておき……心の声に返事をしたと言うことはこの思考も筒抜けと言うことだな)

 

(ええ。そして、私は言いました。「えっちなことを考えているので私の背には乗せません」と)

 

(まてい)

 

 そうぜつ に とんでもないこと いいやがりましたよ、このとり。

 

(なにそれ、おかしいだろ? むっつりスケベとかセクシーギャルだって乗せられるはずなのに、何故それでアウト?!)

 

 つーか、そりゃシャルロットもあんな顔するわ。自分のお師匠様がえっちな事を考えていたから乗鳥拒否とか。

 

(誤解しているようですから、追加で言いますが。私が言ったのはあなたではなくシャルロットのことですよ?)

 

 きっとこの時、俺は耳を疑った。直接心に語りかけられてるのに。

 

「は?」

 

 なに を いってるんですか、このとり。

 

(しゃるろっと が えっちなこと なんて かんがえるはず が ないじゃないですか、やだー)

 

 そんな要因記憶をひっくり返してみても思い当たるものはない。

 

(ついさっき焼却処分した邪悪な書物にしおりが挟んであったこととか、最近シャルロットの様子がちょっとおかしかった事なんて全力で関係ないし、関係ない筈だし!)

 

 あの邪悪な書物が原因で、シャルロットがせくしーぎゃるを越えた真の痴女(セクシーギャル)に目覚めかけてるとかだったら、俺は全力で阻止した上、あの腐った僧侶少女に何をするか自分でも、「もぉ、あったしぃ全然訳わっかんなぁい」でごじゃりまするぞ。

 

(……冷静に、落ち着いて下さい。シャルロットにはそう言いましたが、それはただの建前なのです)

 

(……え?)

 

 建前、建前ってなんだったっけ。

 

(まだ混乱してるようですね。申し訳ありませんが、心を読んだことで私はあなたの事情を知ってしまいました、その上で考えたのですが、あなたは複数の事を同時にやるつもりでいるでしょう?)

 

(あ、あぁ)

 

(でしたら、シャルロットとあなたで手分けして物事に当たった方が、効率はよい筈ですね?)

 

 そこまで説明されれば、ラーミアの言わんとしていることは解る、だが。

 

(俺はシャルロットのお袋さんに約束をしている。シャルロットを守る、と)

 

 アークマージのおばちゃんを探すこと、最後の鍵の確保、イシスにいるマリクがおろちに相応しい男になれたかの確認。

 

(アランの元オッサンはスレッジのドラゴラムを前に一度見ている気がするから、合流した時点でマリクが竜に変身出来るようになっていれば、最後に一つは達成出来ると思うけど、残りの二つはなぁ)

 

 最後の鍵の確保で最初の目的地になるエジンベアとおばちゃんと別れたほこらの牢獄ではそれなりに距離がある。

 

(二手に分かれた方が良いのは解る。何処にいるか不明なおばちゃんを捜す側がお前に乗って探した方が良いと言うことも)

 

 おばちゃんと俺なら、シャルロットの前では出来ない話が出来る。俺がシャルロットのお袋さんと交わした約束を破れば時間を短縮させることが出来るのは間違いない。

 

(それでも、無理だ。効率化と時間短縮の為の心遣いには感謝しよう。だが、俺は――)

 

 あの約束を破ることなど出来ようはずがない、なぜなら。

 

(ふふ、シャルロットは幸せ者ですね。わかりました、あなたがそう言うつもりならシャルロットには私から話しておきましょう)

 

(そうか、すまんな。わざわざ気を遣って貰った上に)

 

(いえ、いらぬお世話だったようですから)

 

 ラーミアは俺の謝罪にそう応じ、テレパシーっぽいものを切り。

 

「えっ、そ、それは本当ですか?!」

 

 おそらく、会話相手を切り替えたのだろう急に声を上げたシャルロットの顔が喜色に輝いた。

 

(ふぅ、良かったぁ。これで何とかなるよね)

 

 一時はどうなることかと思った。

 

「お師匠様ぁ、聞いてください。『ボクがお師匠様に乗るなら、直接乗った訳ではないので乗せても良い』ってラーミアが――」

 

 前言撤回。どういう きどうしゅうせい してんだ、あの とり。

 




バラバラになると思った? 逆にひっついちゃったよ!

ちなみにラーミアがこんな性格なのはだいたい守人エルフふたりのせい。

卵の時に一緒にいたので影響を受けてしまったっぽい。

次回、第四百四十九話「シャルロットの出発、俺の出発」



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第四百四十九話「シャルロットの出発、俺の出発(閲覧注意)」

「さて、行くか……シャルロット」

 

 ポツリと呟く俺の顔がいつものポーカーフェイスを保てているかには疑問が残る。

 

「はいっ、お師匠様っ」

 

 とりあえず、鎧を着込んでいてくれて良かったと思うべきか。背負子を外した背中にしがみついた形のシャルロットを念のためロープで自分にくくりつけたのが今の俺の格好であり。

 

(ちょっ)

 

 油断するとシャルロットの吐息がうなじとか耳にかかる仕様だ。

 

(何、このプレイ)

 

 とりあえず、まち や しろ に つくとき は すこし てまえ で おりて、ろーぷ を ほどいてから まち に いこう と おもいます。

 

「とりあえず、このことは他言無用だぞ? 漏れれば勇者に憧れる子供の夢を木っ端微塵に破壊しかねん」

 

 伝説の不死鳥に乗った時、女勇者は縛られていましたとか正しいけど表現のおかしい伝わり方をしたら、社会的に俺が死ぬ。

 

(そう言う意味ではもうちょっと何か言い方あったんじゃないかなぁ、とか思うんだけど)

 

 恨みがましい目で見ても、俺に見えるのはラーミアの後頭部のみ。ちなみに背負子から外したミミックは手足もないので直接ラーミアにロープで縛り付けて固定している。

 

(え? らーみあ と みみっく も しばられてるって? やめてください、ひと を なんでも しばるまん みたい に いうのは)

 

 心の中とはいえ、誰に向けてのモノか解らない抗議をしてしまう辺り、俺は疲れているのかも知れない。

 

「あ、あのお師匠様っ」

 

「ん?」

 

「で、ですけどボクはお師匠様と一緒にいられて嬉しいです。それに、とっても暖かいし……」

 

 俺に呼びかけ、そうフォローしてくれるシャルロットは本当に優しい娘だと思う。

 

「そうか。ありがとう」

 

「えっ」

 

「いや、何でもない」

 

 感謝の言葉が不意に口をついて出たが、何か違う気がして頭を振る。もう少し語彙が豊富なら何か良いようもあったかも知れないが、今更だ。

 

(何より、今は――)

 

 不死鳥の背に乗り始めて空を飛ぶ時、余計なことを考えている暇はない。もし、すべき事があるとすれば、それは。

 

「さて、シャルロット。言うべきか迷ったが、敢えて言っておくことがある」

 

 真剣な顔を作ると、そこまで言ってからシャルロットの返事を待った。

 

「言っておく、ことですか?」

 

「ああ」

 

 これだけは言っておかねばならなかった。悲劇を繰り返さぬ為に。

 

「これから海を渡る。暫く降りられぬ上にこうして互いの身体をしばった不自由な状態だ」

 

 出来ればこれだけで理解してくれるとありがたかったが、数秒間をおいても反応はなく。やむを得ず俺は言った。

 

「トイレは大丈夫だな?」

 

 と。

 

(縛った上に鎧着用じゃ、解いて脱ぐ手間がいるからなぁ)

 

 不死鳥の上でそこまで出来たとしても、ラーミアはシャルロットへ背中に乗る許可を出していない。

 

(いや、出してても狭い不死鳥の上でって完全にアウトだし)

 

 今ならまだ間に合う。だが、離陸してしまえば、次の陸地は進行方向を変えない場合、テドンの南と相当距離がある。

 

(ラーミアがどれくらいの速度で飛べるかは解らないけれど、ランシールからここまで数日かかっているし)

 

 原作では全く問題にならなかった生理現象もこちらでは話が違ってくる。ラーミアにしても何日もぶっ続けで延々と世界を周回し続ける飛行など出来ないだろうし、背中に乗っている勇者一行だって耐えられるはずがない。

 

(それでしたら大丈夫です。全力で飛ばせば、あなたの言う最初の陸地まで半日もかからないでしょうから)

 

 もっとも、悩んだことを察したか、答えは当鳥からすぐにもたらされたのだが。

 

「そうか、なら安し」

 

「ご、ごめんなさいお師匠様……その、ロープを外して貰って良いですか?」

 

 そして、肩すかしを食らわせるかの如く、消え入りそうな声でシャルロットが申し出た。

 

「あ、あぁ。少し待て」

 

 俺の俺達の出発はもう少し先になるらしい。

 

「あ、ありがとうございまつ。すぐ戻ってきますね」

 

「目と鼻の先だが、魔物には気をつけるようにな」

 

 ロープを解くなりパタパタと駆けて行くシャルロットが向かう先にあるのは、ラーミアの卵があったあのほこら。まぁ、エルフ二人が暮らしていたのだ。トイレぐらい有るだろうし、無かったとしても身を隠すモノが何もない白銀の世界で用を足すよりはマシだろう。

 

「……ふぅ」

 

 いざ出発となってもたつく、家族で旅行なんかに出かける時に良くある現象だ。

 

「さて、と……シャルロットが帰ってくるま……あ」

 

 帰ってくるまでのんびりしようかと思った俺の視界にたまたま縛り付けたままのミミックが入って、ふと思い至る。

 

「ミミックって、トイレどうしてるんだ?」

 

 こちらから聞こうにも魔物の言葉はわからない。通訳出来るシャルロットはお花を摘みに言ったところだ。

 

「……シャルロットが戻ってきてから、通訳を頼むしかないか」

 

 結局俺達の出発はこんなグデグデのまま。ミミックの方は問題ないと知ったのもシャルロットが戻ってきてからだった。

 

 




お食事中の方、失礼しました。

次回、第四百五十話「伝説の不死鳥、そして空」


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第四百五十話「伝説の不死鳥、そして空」

 

「よし」

 

 しっかりとミミックを縛り付けているロープを握り前を見る。念のためシャルロットと俺をくくりつけているロープの先をラーミアに巻かれたこのロープに結んで命綱にもしてある。

 

(何かに乗って空を飛ぶのは初めてじゃないけど、海を騎乗して渡るのは初めてなんだよなぁ)

 

 以前乗せてくれた水色東洋ドラゴンには悪いが、あの飛翔速度ではまず長距離の渡海は無理だった。船よりは速かったかも知れないがそれでも海を渡るのに一日以上かかる。

 

(結局、シャルロットがほこらに戻ったのと同じ理由で断念せざるを得なかった訳だけど)

 

 逆に言うなら、伝説の不死鳥はスノードラゴンで一日以上かかる距離を半日で飛んでしまうと言うことでもあるのだ。

 

(なら、かなりの速度になるはず)

 

 例えば、飛行機の外にへばりついて空を飛ぶようなモノだろうか。

 

(やり過ぎと言われそうなぐらいの準備をして丁度良いよね。特に落下防止措置と呼吸の問題だけはちゃんとしておかないといけないし)

 

 ついでにシャルロットにも緊急時にどうすべきかを伝えておいた。

 

「俺が言ったこと、覚えているな?」

 

「はい。『宙づりになり、かえって危険な状態になった時は、ルーラの詠唱をしつつロープを切って脱出しろ』ですね?」

 

「あぁ、あの距離を半日となると、こうして口元を保護しないと呼吸もままならない速さになる筈だ。当然、振り落とされる可能性も出てくる。キメラの翼とお前のルーラが有れば最悪の事態は防げるはずだが、あくまでそれも緊急時の手順を決めてしっかり頭に入れてあればの話だからな」

 

 原作ではそんなこと無かったからと油断して足下を掬われる訳にはいかない。

 

「まぁ、覚えているなら良い。そろそろ出発だ、心の準備をしておけ」

 

 身体にかかるGと風圧は相当なモノになる筈、そう思い返してみるとシャルロットが俺の後ろにいるのは正解だったかも知れない。

 

(戦士のいない勇者一行じゃ俺が居なかった場合、普通に考えるとシャルロットが一番前だもんなぁ)

 

 もちろん俺もラーミアに乗って飛ぶのは初めてだが、初めてで一番前はきついと思う、それが女の子なら尚更だ。

 

(ひょっとして、この展開、その辺りまでラーミアが計算に入れてた……とか)

 

 だとしたら、あのテレパシーもどきは言わば内緒話なのだから先に言ってくれれば、良かったのに。

 

(準備は出来たようですね、では行きますよ?)

 

 そんな俺を我に返らせたのは、ラーミア当鳥からの連絡。

 

「ああ」

 

「はい」

 

 俺達が返事を返し、くくりつけられたミミックは蓋が開かないからか無言でただ身体を揺すり。

 

「フォォォゥ」

 

 一鳴きしたラーミアが空へと舞い上がる。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

「お師匠様、ほこらの一番上」

 

 すぐ後ろで聞こえた声に訝しんで声を上げると、シャルロットがほこらの方を指さし。

 

「ほぅ」

 

 既にかなり小さくなってしまっているものの、そこには確かにエルフが二人こちらを見ているのに気づいて、俺は苦笑する。

 

(あの二人、まだやってたんかい)

 

 手に持っていたのは、まず間違いなく、渡した羊皮紙だ。

 

「ありがとう、ございましたぁぁ」

 

 すぐ後ろではシャルロットが二人に手を振り、俺は身体を竦める。

 

「シャルロット、叫ぶ時は俺の耳に耳栓をしてからにしてくれ」

 

 危うく手を放して耳を塞ぐところだった。

 

「……すみ……ん」

 

 何を言ってるか良く聞こえないが、多分謝っているのだとは思う。

 

(鼓膜へのダメージなら、ホイミで直るかな)

 

 思いつきはしたものの、シャルロットの前で呪文を使う訳にも行かず。少し悩んでから、シャルロットへ頼むことにする。

 

「シャルロット、ホイミを頼めるか。ものは試しだ」

 

 承諾したかどうかは解らない。ただ、即座に耳が温かくなったので、おそらくは聞き届けて貰えたのだろう。

 

「……匠……うですか? 聞こえますか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 聴覚ダメージもダメージの一つと言うことか。

 

(じゃあ視覚的なダメージはどうなんだろう? 眩しい光で目が眩むとかはマヌーサと同じような状態異常に分類されると思ったけど)

 

 もっともこの原作には眩しい光が状態異常攻撃として存在したかについては微妙なのだけれど。

 

(うーん、うろ覚えだからなぁ)

 

 頭の何処かでそんな考察をしつつも、手はしっかりロープを握る。想像通り、ラーミアの上は風もGもきつかった。この高スペックな身体でなければ考え事をする余裕など生まれなかっただろうし、シャルロットも先頭だったらほこらの守人達に気づいて手を振る余裕など無かったんじゃないだろうか。

 

「しかし、防寒着で厚着したのは正解だったな」

 

 ただでさえ痛い外気が上昇した上に高速で飛んでいるため、まるで氷系のブレスでも吹きかけられているかのようなのだ。ダメージと感じる程ではないが。

 

「そうですね。あと、お師匠様が一緒なのもあると思いまつけど」

 

「ああ、それもあるか」

 

 首元に吐息が当たる状況は続いているが、それが暖かくもあるのは事実だし、密着していれば外気の影響を受けづらくなるため、暖かい。

 

(鎧付けてるから胸も気にならないし)

 

 ただ、鎧を含む重量がロープを掴む俺の腕に負荷をかける事にはなっているものの、こんな格好で飛ぶのはおそらく今回だけだ。シャルロットと俺が別行動をとれるようににでっち上げられた乗鳥拒否が原因なのだから。

 

(うん、だよね。今回だけだよね?)

 

 一瞬、でしたら寒い場所の上空を飛ぶ時は次からもこうしましょうとか提案するシャルロットの顔が浮かんでしまったのは、きっと俺の気の迷いが生み出した嫌な想像に違いない。

 

「お師匠様……でしたら、寒いところの上空を飛ぶ時、またこうしてくっついて乗りますか?」

 

 って、いってるそばから なに いってるんですか しゃるろっとさん。

 

「却下だ」

 

 少し沈黙してから告げた俺は、続いて説明する。

 

「今回は二人だが、この後他の者とも合流する。そうなってくると、問題が発生するからな」

 

 魔法使いのお姉さんは良い、元僧侶のオッサンといちゃつくだけだから。だが、元バニーさんをどうするのかという問題が生じてしまう。

 

「俺をご主人様と呼ぶくらいだ、表向きは嫌がらんとは思うが無理強いは出来んし、嫌で無かったとしても、自分を含めて三人分の体重と装備の重さを支えきれるかと言われると疑問が残る」

 

 ついでに賢者の装備というと鎧と言うよりはローブのイメージだ。

 

(うん、しゃるろっと より むね が おおきい のに よろいなし の おんなのこ と みっちゃくとか)

 

 気が散らずにすむ自信がない。イシスでクシナタ隊のお姉さん達と牢屋にぶち込まれた時とは違うのだ。

 

(あの時は耐えるだけだったけど、こっちはラーミアから落ちないようにずっとロープを掴んでなきゃいけないし)

 

 風と寒さとGさえ除けば素晴らしい景色だというのに、何故こんな事を考えてるのだろうか、俺は。府と我に返ってもの悲しさを覚えてしまった俺を乗せたまま、ラーミアは空を飛ぶ、テドンに向かって。

 

 




空の旅って大変ですねぇ。

次回、第四百五十一話「そう言えば、テドンに立ち寄ったことは無かったよね、俺」


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第四百五十一話「そう言えば、テドンに立ち寄ったことは無かったよね、俺」

「テドン、か」

 近づいてくる陸地を見つめ、ポツリと呟く。

「……お師匠様、テドンって村の名前ですよね?」

「あぁ、バラモスに反抗して滅ぼされた村の、な」

 

 俺の独り言を聞いていたらしいシャルロットに肯定がてら補足すると、俺は続けて言った。

 

「ただ、村の住民は自分達が死んだことに気づかず、夜になると動き出し日々の営みを続けているとも聞く」

 

 機会が有れば、蘇生呪文で助けられないか試みてみたいと思っていたが、シャルロットが同行している以上、今回蘇生を試みるのは無理だろう。

 

(一応シャルロットもザオラルの方なら蘇生呪文、使えるんだけど……あのこじつけにも近いでっち上げが出来るかには疑問があるし)

 

 何より、一番の問題は時刻だ。

 

「まぁ、昼間は廃村だからな。買い物も出来んし、宿屋も夜にならなければ使えん。休憩ぐらいは出来るだろうがな」

 

 壊れたり朽ちた家屋も多いと予測出来るものの、夜中は宿屋が営業出来ているのだ、ちょっと休息を取るぐらいの施設は残っていると思う。

 

(毒の沼やら人の死体やらが散見されるような場所って考えると長居はしたくないけど)

 

 元住人の方々には申し訳ないが、いくら夜中に起きあがっていようとも、処置のしていない遺体なら臭いとかがとんでもないことになってると思うのだ。

 

(いや、そんな場所にエリザを送り出しちゃったのは、俺なんだけどさ)

 

 今思い返すと、自分の配慮の足りなさを思い知らされる。

 

(エリザ……か、考えてみるとゾーマがいなかったとしても、バラモスを倒してそれで終わりにはならなかっただろうなぁ)

 

 このテドンの件にしても蘇生可能か検証し、可能なら蘇生させる必要があるし。不可能だったとしてもこの村をこのままにしておくのは忍びない。

 

(元々村とか人の集まるところが出来るのって、水場が近くにあるとか人が住むのに都合が良い理由が何かあるからってケースが多いもんな)

 

 平和になったなら、テドンの廃村も再興してまた村になるかもしれない。

 

「とにかく、そう言う訳だ。流石に延々ロープを掴みしがみついてるのも疲れるしな」

 

 まだ見ぬ廃村の今後についての思案を大まかな予想で打ち切るとシャルロットに向けテドンで一旦降りる旨を伝える。

 

(一応シャルロットじゃないけど、俺もそろそろトイレ行きたいし)

 

 エピちゃんのお仲間になるのは避けたい。

 

(トイレに行くふりをして蘇生呪文を試すってのも考えたけど)

 

 生き返った人間をどうするのかと言う問題に思い至って没にした。

 

(やるべき事は、心の準備とラーミアにくくりつけたロープ、シャルロットと俺の命綱のチェックに……)

 

 後日蘇生を試しに来るならその下準備くらいか。

 

(まぁ、楽しい休憩にならないのは確定だよな)

 

 訪れるのは、生存者ゼロの滅ぼされた村なのだから。しかも、他の村や町の例からすると、殺されたテドンの村人は原作より多いだろう。

 

(そろそろ降下しますよ)

 

(あ、あぁ)

 

 下がるテンションの中、ラーミアの声が割り込んできて、俺は声に出さず返事を返すと手の中にあるロープの感触を確かめた。

 

「シャルロット」

 

「はい、大丈夫でつ」

 

 おそらく忠告は俺だけに向けたものでは無かったと思うが、敢えて声をかければ、返事と共に俺へしがみついてくるシャルロットの力が強くなる。

 

(あ、うん。そうなるよね)

 

 吐息が、近くなった気がした。心臓の音とかは防寒具と鎧があるから解らないけれど。どっちにしても俺の発言が招いた結果ではある。

 

(降りたら、ついでに防寒具も一枚脱ごう)

 

 一面の銀世界だったあの陸地からどんどん遠ざかっていれば、当然暖かくなって行く。上空である分些少はそれでも寒かったが、地表に近づけばどうなるか。

 

(暑ぅ)

 

 女の子に抱きつかれておいて何事かと言われるかもしれないが、あついものはあつい。そして気圧の関係で耳がツーンとする。

 

(これは、下に降りたら耳抜きがいるかもな)

 

 ルーラの呪文では何ともなかった事を鑑みると、ラーミアの下降速度が目的地直前のルーラに勝っているのか、移動呪文には使用者を保護する効果まであったのか。

 

「っ、これは……」

 

 急に下降の速度が落ちたのは、そんなことを考えたからか。

 

(あー、こっちの思考ラーミアには筒抜けだもんな)

 

 きっとシャルロットも風圧で耳をやられていたのだろう。背中からラーミアに向けてかけられる声を知覚し、俺達は降りて行く。

 

「ん?」

 

 当然廃村も大きくなって行くのだが、それはいい。問題は、村の中に人影を見かけたことだ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

 流石に舌を噛むと思ったのか、シャルロットが尋ねてきたのは、ラーミアの着地が終わった後のこと。

 

「いや、村の中に人影を見かけてな。村人が動き出すのは夜の筈なのだが」

 

「えっ」

 

「たまたま立ち寄った旅人の可能性もある。だが、やはり気になってな」

 

 原作では魔物が中に入り込むことは無かったが、もう村は滅んでいるのだ。

 

(元々魔物除けとかを施してたとしても、機能していない可能性はあるし)

 

 ここは油断せず行くべきだろう。

 

「俺が先行して様子を見てくる。忍び歩きは得意だからな。お前はここでラーミアのロープを解いて痛んでいないかチェックをして貰えるか?」

 

 ロープを解けばミミックも戦力になる。俺は自分とシャルロットをくくりつけているロープを解きつつ、言うと、シャルロットの答えを待った。

 

 




テドンに居ないはずの昼間に動く人影、その正体とは?

次回、第四百五十二話「人影の正体は」

ちなみに、エリザではありません。


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第四百五十二話「人影の正体は」

 

「お師匠様、ええと、お気を付けて……」

 

「ああ」

 

 シャルロットの声と視線に若干苦笑気味の笑みで応じた俺は歩き出す。

 

「ふぅ……」

 

 ついて行っては駄目ですかと問われていれば迷ったかも知れない。だが、まだ空の旅は続く。ロープをチェックすることの重要さはシャルロットも理解していたのだろう。

 

(まぁ、こっちとしても原作にない展開だからなぁ、想定外の展開にシャルロットを守りつつ対処出来るかって問題もあるし)

 

 たまたま立ち寄った旅人なら良いが、昼は無人なのを良いことに山賊の類が根城にしていたとしたらそのまま素通り出来るだろうか。

 

(シャルロットの性格を考えるとまずないな。ついでに山賊って言うと「金と女は置いてけ、ヒャッハー」ってイメージがあるしなぁ)

 

 山賊だったら、女連れである俺達をスルーするとは思えない。

 

(まぁ、その場合戦いは避けられないけど……決めつけて動くのも拙いよね)

 

 山賊っぽい格好だったけど、倒して死体を調べてみたら近くに町とか無いせいでくたびれただけのたたの旅人でしたなんて結果が待っていたら笑えない。

 

(様子見は必須。なるだけ相手に気取られないように近づかないと。見つかった場合の事も考えると補助呪文もかけておくべきかな)

 

 守備力アップのスカラ、姿を消すレムオル、最後に呪文反射のマホカンタ。これだけ備えておけば、相手をマヒさせる焼け付く息を吐く魔物が影の正体でも無い限り対処出来る。

 

(例外は、マヒ毒や即死毒を塗った武器で襲われた場合だけど、アサシンダガーは非売品だし)

 

 警戒すべきは毒針を所持している場合だが、先手を取られるつもりは毛頭無い。俺はいかにも前方に何かが居るので回り込もうとしてますよと言った態で物陰に身を隠し。

 

「ふ、何が居ようともこちらが気取られねば無意味だ、レムオル」

 

 まず姿を透明にし、継いでスカラの呪文を唱える。

 

「仕上げた、マホカンタっ」

 

 これで準備は調った。物陰に潜んでいるので呪文を使ったところは、シャルロットからも見えていないだろう。

 

(唱えてから「消え去りそう使えば堂々と姿を消せたんじゃね?」って思ったけどね)

 

 まぁ、そこはご愛敬だ。

 

(とにかく、今は情報を集めないと)

 

 目撃した人影は一つ、一人分だけだったが他に何人居てもおかしくない。

 

(と、考えた先から、これか)

 

 周囲を見回すと、崩れかけた民家の壁にもたれかかるように座り込む人影があり。

 

「うっ」

 

 よく見たのは失敗だった。座り込んでいたのは、確かに人であった。ただし、元がつく。

 

(だよな、ごく当然のこと忘れてた)

 

 ここは夜になると死者が動き出し生前の営みを送る、滅んだ村。ならば、昼間はどうなっているか。

 

(原作だと棺桶とかベッドに死者は横たわっていたけど)

 

 そもそも、原作でも棺桶やベッドに横たわっていた死体の数に夜間見られる村人の数は足りていなかった。単純な計算で何処かにうち捨てられたり野ざらしにされた死体が存在しないと数が合わない。

 

(相当な数の遺体がこの廃村の中にあるってことか……)

 

 ほこらの牢獄でいくつもの屍を見たものの、あの時とは違う。どこに亡骸が転がっているか解らないと言う状況は精神的にきついモノがある。

 

(気が付いたら死体踏んでたとか、ごく普通にありそうだし)

 

 足下の感触が変わったと下を向き、自分が死体を踏んだ為だと気づいた時、俺は悲鳴をあげるのをこらえられるだろうか。

 

(何というか、俺、無神経すぎたな。こんな所で休憩しようとか)

 

 いろいろな意味で甘く見ていた。村が滅ぼされるというのがどういう事なのかも。

 

(死体が残ったままだと流石に死者達も自分達が死んでるって疑いを持つだろうから、夜に動き出す死体は多分ああやって放置されてるモノを含まれるだろうし……これ、蘇生を試みるなら全員を半日でやらなきゃ行けないのか)

 

 思わず顔をひきつらせつつも、周囲を見回すと、それだけで三人分の骸が確認出来た。

 

「っ」

 

 そして内一つに向けて近寄ってくる人影が、一つ。

 

「ちょっ」

 

 全容が確認出来るところまで来て、俺は思わず声を漏らした。

 

「……ザオリク。あらあら、やっぱり駄目ねぇ」

 

 しゃがみ込んで蘇生呪文をかける紫ローブの女性には壮絶に見覚えがあったから。

 

(なに やってるんですか、おばちゃん)

 

 ほこら の ろうごく で わかれた あーくまーじ の おばちゃん が なぜか てどん で そせいじゅもん を ためしていた。

 

(うん、いや、動機は何となくわかるけどさ)

 

 おばちゃんことアンはかって失った夫の蘇生を願っていた女アークマージ。俺の普通じゃない蘇生呪文に興味を抱き、詳しい話をしたところ俺の呪文で夫を蘇らせることが出来ないと判明し、ショックを受けていた筈なのだが。

 

(それでも俺の蘇生方法と同じ事が出来るようになれば糸口でも掴めるんじゃないかと思い直した、だいたいそんなところだろうなぁ)

 

 もしくは夜になると死者の動き出すこの村のことを何処かで聞き、興味を抱いたか。

 

(どうやってここまで来たかは問い詰めたいところだけど、元々大魔王側に与してたおばちゃんだし「空を飛べる魔物の知り合いに乗せて貰ったのよ」とか普通に言いそうだもんなぁ)

 

 しかし、探していた相手が向こうから現れてくれたのはラッキーだった。

 

(おばちゃんの子供がこっちの世界に来てるって聞いてからアークマージに遭遇したことは無かったけど)

 

 目的地の一つはイシスだ。おばちゃんの子供からすれば、おばちゃんが消息を絶った場所から一番近くにある人間の国となる。

 

(おばちゃんを探して潜入してるとすれば、一緒にイシスに辿り着けば向こうから接触してくるかも知れないし)

 

 おばちゃんの失踪をイシスの人間がミイラを操ってやらせたことに違いない、許すまじとか思って敵対していた場合もおばちゃんが一緒なら説得で戦闘を回避出来るかもしれない。

 

(まぁ、その前におばちゃんに確認しないと行けない訳だけど)

 

 子供がこっちの世界に来ていることを知っているかどうかを。

 

(ともあれ、レムオルの効果が切れるまではとりあえずこのまま様子を見るかな)

 

 別にローブの上からでも解るおばちゃんのプロポーションを堪能したいとかそう言う訳じゃない。姿を消したまま話しかけるのは、礼儀に反すると思った、ただそれだけのことだった。

 

 




と言う訳で、人影の正体は未亡人アークマージのおばちゃんでした。

当たった人は居たかな?

次回、第四百五十三話「とりあえずイシスへ」

おばちゃんの子供は果たしてイシスにいるのか? マリクはドラゴンになれるようになったのか?


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第四百五十三話「とりあえずイシスへ」

「ようやく効果が切れたか」

 

 現れた自分の手に透明化呪文の効果が切れた事を確認した俺は、意を決すとおばちゃんへと歩み寄った。

 

「アン」

 

「あら? まぁまぁ、こんな所で会うなんて……ひょっとして村の人達の蘇生に?」

 

 覆面越しに一瞬驚きを浮かべたおばちゃんがすぐさま蘇生に思い至ったのは、まぁ無理もない。

 

(既に滅んでいる上、もうここにはオーブないもんなぁ)

 

 魔王討伐だけを考えるならもう立ち寄る必要もない場所なのだから、消去法で村人の救済に来たと考えるのは何もおかしくない。

 

「いや、シャルロットならともかく、俺は『蘇生呪文を使えない』からな。目的地まで向かう途中にこの廃村があったからたまたま立ち寄っただけだ。まさか、ここで再会出来るとは思っていなかったが」

 

 そも、蘇生検証に使えそうな死体があるからと言う理由でおばちゃんがテドンに来ているなど、俺は予想もしていなかった。

 

(別れた時のことを思い出すと、まだほこらの牢獄の方に居ると思ったぐらいだし)

 

 もっとも直接ここに来た理由を聞けるような面の厚さも持ち合わせていないからこそ先の発言になった訳だけれど。

 

「そうねぇ、おばちゃんもここでお会い出来るなんて思わなかったわ。それよりおばちゃんに御用事があるのでしょう?」

 

「ほぅ、察しが良いな」

 

 おそらくは再会出来るとは思わなかったと言う言い回しから察したのだろうが、相変わらず侮れない人だと思う。

 

「実はランシールで『あやしいかげ』に遭遇してな。捕獲して尋問したところ、気になることを口にしたことがあってお前を捜していた。何でも、『アークマージが一人派遣されて来るかも知れない』らしくてな。しかもそいつは『母親がこっちにで行方不明になったとかで、どの地域でもいいから派遣してくれと上に掛け合って』のことらしい」

 

「っ」

 

 流石におばちゃんもこの話には息を呑んだ。そしてこちらの言わんとすることも理解したのだろう。

 

「あの子ったら……親思いのいい子だったけれど、そう言うところあの人に似たのかしらねぇ」

 

 覆面の内で瞑目したおばちゃんは一つため息をつくと、お話は解りましたと答えた。

 

「あの子とあなたたちを戦わせるわけにはいかないものね。おばちゃん、またご一緒させて頂くわ」

 

 原作だったら「アン が なかま に くわわった」とかテロップが流れそうな展開だが、それはさておき。

 

「そうしてくれると俺も助かるが、問題はラーミアだな」

 

「ラーミア?」

 

「ああ、伝説の不死鳥で心正しき者しか背に乗せてく……あ゛」

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 

(これって らーみあ が また きょひしたら むちむち の みぼうじん くくりつけて そら の たび ですか?)

 

 油断していた、元バニーさんはイシスだし、シャルロットは鎧を付けているから大丈夫だと。

 

「あら、何か問題でも?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 訝しんだおばちゃんにとりあえず首を横に振って見せたが、問題というかかなりの大問題である。

 

(どうするよ、身体の線が出てるってことはあのローブそんなに厚手のモノじゃないだろうし)

 

 だいたい、俺が三人分の体重を支えられるかという問題もあった。

 

(おばちゃんをくくりつけた場合、起こりうる最悪の事態は……おばちゃんの子供にくくりつけてるところを見られて誤解されるパターンかな?)

 

 自分の母親をロープで身体にくくりつける変態男、抵抗しない母親はきっと弱みを握られているんだろうとか誤解した上で、母親を取り戻すと宣言。

 

(母親の身柄がこっちに有れば普通に襲いかかってくるなんてことは無いと思うけれど)

 

 イシスの城下町に現れ、大衆の前で「あの男が母親をロープで縛り付けてとても口に出来ないようなことを」とか吹聴されたら、社会的に俺が殺される。

 

(一応、アッサラームを呪いから解放した人間って認知されてるから、おばちゃんの子供の言うことを信じないパターンも考えられるものの、その場合子供の方が悪者になって群衆からフルボッコにされそうだしなぁ)

 

 群衆VSおばちゃんの子供と言う図式になっておばちゃんの子供が反撃に攻撃呪文でもぶっ放そうものなら、大惨事になりかねない。

 

(うーむ、最悪ラーミアを説得しておばちゃんを特例にして貰えるよう掛け合って見るか)

 

 もしくはラーミアに併飛して貰う形をとり、ルーラでイシスに向かうか。

 

「……そこの所は、実際に話してみるしかないか」

 

 少し悩んだものの、直接話をしてみないことには意味がないと気づいた俺は、おばちゃんを連れてシャルロットの元に戻り。

 

「お帰りなさい、お師」

 

 出迎えようとして何故か固まったシャルロットに首を傾げつつも、ここからはおばちゃんが同行する旨を伝えた。

 

「そう言う訳で、このアークマージもお前の背に乗せて貰いたい訳だが……」

 

 シャルロットにばらせない事情は心の声として説明しつつラーミアに尋ねれば、かえってきたのは仕方ありませんねと言うテレパシーもどき。

 

(あれを見る限り、シャルロットにも許可を出した方が良さそうですが)

 

(えっ、あれ? え゛っ)

 

 言われて振り返ると何故かシャルロットが鎧を脱ぎだしていて、俺は固まった。

 

「……二人ともしっかりと掴まっていろ。いや、シャルロット掴まるのは俺じゃなくて、な?」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 その後、飛び立つ直前におばちゃんの生温かい視線を受けつつも羽ばたき、浮き上がったラーミアは俺を乗せてイシスへと飛び立つのだった。

 




シャル「お師匠様にあんな格好で……っ、ボクだって」

主人公「え゛っ、なにこれぇ?」

次回、第四百五十四話「再会、出来たらいいなぁ」


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第四百五十四話「再会、出来たらいいなぁ」

「そろそろイシスが見えても良い頃だな」

 

 ラーミアに巻いたロープにしがみつきつつ、呟く。

 

(けど本当に良かった、盗賊で)

 

 タカのめが使えるからと言う理由で二度目の飛行も一番前に乗ると言う俺の主張は受け入れられ、俺の視界に入るのは広がる大地と空、そしてラーミアの後頭部だけである。

 

(おばちゃんか視界に入るといろんな意味で危険だからなぁ)

 

 後ろに目がついていなければ、あの紫ローブさんじゃ隠し切れていないむちむちっぷりもとりあえず関係はない。

 

(何故かシャルロットまで鎧脱いじゃってるけど)

 

 あのむちむちっぷりはシャルロットのコンプレックスを刺激したということなのか。

 

(子持ちの人妻と未成年の女の子じゃ、差は仕方ないと思うけど。シャルロットだって大人になって、子供を産んだら……って、何を考えてるんだ、俺)

 

 一瞬、年齢をプラス十ほどしたおばちゃんレベルにむちむちなシャルロットを想像してしまい、慌てて頭を振る。

 

(ったく、本当に何を考えてるんだよ、俺。こんな想像が人に知られたら「年上好き疑惑」とか「むちむち好き疑惑」とか持たれたり拍車をかけられちゃうってのに)

 

 いや、それだけで済むだろうか。下手をすれば「子供を産んだら」の部分を曲解されて「シャルロットと子供作りたいZE」とか俺が望んでいるなんて方向へ持って行かれることだって考えられる。

 

(はぁ、声に出してないのがせめてもの救いだなぁ。心の中での呟きなら誰にも悟られる事なんてない訳だ……あ゛っ)

 

 救いだと思っていたのは、ホンの数秒。

 

(……今のは聞かなかったことにしておきましょう)

 

 俺が気づいた直後、絶妙のタイミングで心を読める不死鳥は自分に乗っかった俺へとテレパシーもどきで律儀に答えてきたのだ。

 

(うあああっ、しまったぁぁぁぁぁっ) 

 

 作ってしまった、不死鳥にもの凄い弱みを握られてしまった。

 

(どうするんだよ、安心しすぎてたろ、俺)

 

 心の声が筒抜けの相手に駆け引きは不可能。ひたすら低姿勢で黙っていてくれとお願いするしか道はない。

 

(いや、そもそもラーミアは神のしもべ。神の使いなら人の個人情報とかプライバシーを他人に流して喜ぶなんてゲスな真似をしない筈、俺はネガティブに考えすぎだ)

 

 はっきり言って、混乱しているのだと思う。そんな結論がようやく出てくるぐらいなのだから。

 

(落ち着け、冷静になれ、俺。だいたい今は「おばちゃんがローブの上からでもむちむち過ぎる」とかそんなことよりこの後どうするかを考える時間の筈だし)

 

 シャルロットが背中から離れたお陰で、何かを考える余裕が出てきたというのに無駄遣いしてどうする気だ。

 

(ええと、まずイシスから少し離れた場所に降りて、おばちゃんの服装を何とかしないと……って、結局おばちゃんじゃねぇか!)

 

 あのむちむちっぷりが周囲の男性にとって目の毒になると言う理由もあるが、イシスは以前バラモスの軍勢の侵攻にあった経緯がある。その時の総大将はエピちゃんのお姉さんでエビルマージだった。

 

(ローブや覆面と肌の色以外、殆ど同じだもんなぁ、おばちゃんの出で立ちってエピちゃん達と)

 

 原作では色違いのモンスターだったから当然と言えば当然なのだが、そんな格好で城下町に向かえばイシスの民衆がどう捉えるかは想像に難くない。

 

(着替えは必須か。最悪、覆面を取って上から何か羽織るだけでも随分違うと思うけど)

 

 そも、腐臭漂うテドンの村や、風の強いラーミアの上では覆面を付けたままも仕方ないが、町中であんな覆面を付けていたら不審者だと思う。

 

(うん、何故かごろつきとかあらくれものって町中でも覆面つけてるけどさ、それでも流石にあの覆面はなぁ)

 

 駄目だと思いたい。

 

(と言うか、そんなことより問題はおばちゃんに何を着せるかだ)

 

 同性だし、シャルロットに予備の服を借りるという手もあるが、下手をするとそれがシャルロットへのダメージになりかねない。

 

(普通の服の類はアウトだな、うん。胸とお尻がきついなんて状況になるのは確実だろうし)

 

 となると鎧の上からでも着られそうなマント系を羽織るぐらいか。

 

(あと、元のローブの方も着方にアレンジをくわえて、ついでにベルトみたいなモノをつければ、それなりに差異が出来るかな)

 

 プラスして鞄か背負い袋みたいなものを付け帽子を被らせれば、旅の魔法使いで何とかなりそうな気がする。

 

「良し、降りたらその方向でコーディネートして見るか」

 

 幸い衣服修繕用のソーイングセットっぽいものをダーマで購入している。ローブの裾揚げだって可能なはずだ。

 

「……と思っていたのだがな」

 

「あらあらまぁまぁ、これが私?」

 

 イシス手前の砂漠に降りて貰って、聖水で魔物除けしつつ作業を終えると、俺の前に立っていたのは、男性に目の毒レベルが更にあがったアンの姿だった。

 

「お師匠様」

 

「あぁ、すまん」

 

 まず、ベルトがやばい。ベルトをした為に腰のくびれが強調され、そのせいで大きな胸とお尻が目立つ形になってしまった。背負い袋の紐をたすき掛けにしたのも大きな胸を強調してしまっている。

 

(しかも裾上げしたから生足まで見えちゃってるし)

 

 これ、このコーディネートだけでもおばちゃんのお子さんから遭遇するなり攻撃呪文喰らっても仕方ないんじゃないだろうか。

 

「ごめんなさいねぇ、人間の町に入るからってこんな気を遣って頂いて。おばちゃんこんなお洒落をするの久しぶりで……どう、似合う?」

 

 そして きょうしゅくしつつも、おばちゃん じしん は よろこんでいる と いうじたい が この かっこう は やめてくれ と いう もうしで を ひどく しづらくなっているという。

 

(くるっ と いっかいてん とか そうとう き に いったみたいですね、やったー)

 

 そして、まわった拍子に胸が揺れる揺れる。ちなみに身体の線がくっきり出ていたことから半分予想はついていたが、おばちゃん上の下着は着けない派だそうです。

 

(どうしよう、本当にどうしよう)

 

 せめてもの救いはあのいまわしきがーたーべるとを装着していないことか。

 

(これ に ぷらす がーたーべると とか そうぞう も したくねぇ ですよ)

 

 ラーミアに乗ればイシスまでひとっ飛び、元バニーさん達とあっさり再会出来ると思っていたのに、町に入る準備で手間取るとは、世の中甘くないらしい。

 

「これを拾ってこられたのが、唯一の慰めか」

 

 杖代わりにしていた一振りの剣に目を落とすと俺は嘆息したのだった。

 

 




なんということでしょう、あのローブだけでもむちむちだったおばちゃんが、身体の線を強調されることで大変身、男性が目のやり場に困るような姿へとアップグレードしたのです。

主人公、いいぞもっとやれ。

次回、第四百五十五話「剣は拾った、砂漠で」

ふぅ、ようやく吹雪の剣回収出来ました。



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第四百五十五話「剣は拾った、砂漠で」

「お師匠様って、ああ言う服装が……その、お好きなんですか?」

 

 なんてシャルロットが質問してきたのも、まぁ仕方ないとは思う。

 

「いや、単にエビルマージを彷彿とさせる姿から遠ざけようとした結果だ、他意はない。その結果別の意味で人目をひきそうな格好になってしまったのは完全な俺のミスだがな」

 

 ここで大好物ですとでも言おうモノなら、シャルロットが鎧の着用を止めて似た格好を始めかねないと判断した俺は事実の一面のみを語った。

 

(なお、「だいこうぶつです」と いうの は、おれ が たかいきょうみ を しめしたら どうなるか と いうの を きょくたん に してみた いちれい で あって、じっさい に だいこうぶつ なのか とは べつ の はなし なので ごかいしないで もらいたい)

 

 続いて心の中で弁解を付け加えたのは側に心の読めるラーミアが居るからだが。

 

(まぁ、それはそれとして)

 

 表側でもこの話題を続けるのはよろしくない。

 

「それよりシャルロット、これを使ってみろ」

 

 話題を変えるべく、この砂漠で拾った剣を差し出し。

 

「えっ、これは……」

 

「吹雪の剣だ。イシスで戦ったディガスが持っていたからお前も覚えがあるだろう? あの侵攻軍にはもう一人吹雪の剣を持った者が居たらしくてな。まぁ、そいつはイシスに至る前に攻撃呪文で何者かに倒されたらしいんだが……それがこの辺りだったらしい」

 

 手癖が悪いとは言ってくれるなよと戯けて見せつつ、剣を差し出し。

 

「お師匠様、ありがとうございまつ。ボク、この剣大切にしますね!」

 

「あ、ああ」

 

 シャルロットの喜びっぷりに釈然としないものを感じつつも俺は頷いた。

 

(いや、モノとしてはアレフガルドに足を運ばないと入手困難なものだから、喜ぶのは不思議じゃないんだけどなぁ)

 

 敵からの奪った品と考えると、微妙に申し訳なくなってくる。

 

(そのうち何らかの形で補填しないと)

 

 装備はアレフガルドにでも行かなければ今より強力な品はほぼ無い、おどる宝石の一部だった宝飾品は魔物から奪ったモノだったからと言う埋め合わせには使えない。

 

(となると、普通にお店で買った宝飾品かな)

 

 誤解されると拙いし、前のと被るので指輪は止めよう。

 

(ピアスも無いな。人の耳に穴は開けさせたくないし、耳に飾るモノならイヤリングだっていいんだから)

 

 どちらにしても、次の目的地はイシスの城下町。バラモス軍の侵攻もまだ記憶に新しいが、その後宿屋などが営業を再開していたことも俺は覚えている。

 

(宝飾品の店だってあるよな)

 

 むしろ問題なのは、俺のセンスの方だと思うが、この点も元バニーさん辺りに頼れば問題ない。

 

(魔法使いのお姉さんだとアランの、元オッサンを誤解させちゃうかも知れないけど、元バニーさんはフリーだもんな)

 

 シャルロットに悪いことをしたからお詫びにプレゼントする品を選ぶのに協力して欲しいとかお願いすれば大丈夫だろう。

 

(ついでにジパングの話も聞きたいし……うん、ジパング?)

 

 そういえば、もとばにーさん には じぱんぐけいゆ で いしす へ いってもらった き が する。

 

(へ、変なことになってないよね? おろちに影響されて元バニーさんが謎の進化とか遂げてないよね?)

 

 何だか急にイシスに足を運ぶのが怖くなってきたが、ここで足を止める訳にはいかなかった。

 

(と言うか、足を踏み入れようとするのに自分からハードルあげてどうするんだよ!)

 

 おばちゃんのビジュアル改造にしても、今更思い出した元バニーさんのジパング経由にしても。

 

「さて、そろそろイシスに向かうぞ、二人とも」

 

 自己ツッコミまでしてしまったが、元バニーさんの経緯に抱いた危惧はとりあえず忘れよう。おばちゃんにはマントで身体をなるべく隠して貰えば、些少のフォローにはなるだろう。

 

「あ、はい」

 

「お洒落して町に……おばちゃん、若い頃を思い出すわ」

 

 返事をした二人を先導する形で、俺は歩く。ちなみにラーミアは降りた場所で待って貰うことにした。

 

(魔物の襲来と勘違いされるとは思わないけど、心が読める相手とつきっきりとかきついしなぁ)

 

 何より、イシスで思わぬ事態が待っていて取り乱そうモノなら、外見上取り繕っていても醜態が筒抜け状態と言うのは俺が耐えられなかった。

 

(これ以上弱みを握られてたまるか)

 

 あの不死鳥が吹聴するとは思えないが、それでも心に秘めたことを知られるのは居心地が悪すぎる。

 

(感情、趣向、性癖、何もかもが筒抜けだと思うとなぁ)

 

 自由に行きたい場所へ行けるようになるとしても支払う代償として適切だろうか。

 

「……とりあえず、ラーミアが心を読めることは事前に言っておく必要がありそうだな」

 

「そ、そうでつね」

 

 自分が体験しているからこそ、これを他者に味あわせるのは気が引ける。シャルロットが即座に同意したのは、きっと知られたくないことを知られてしまったのだと思う。

 

(想像はつくけど、ここは不干渉すべきだよな)

 

 誰にだって知られたくないこと、触れられたくないことはある。

 

(バラモス城ならルーラでも飛べる訳だし、自らの古傷を剔るような代償を差し出さなくても、ねぇ)

 

 実を言うとラーミアに頼る理由は時間短縮以外に殆どないのだ。三人の誰かがが拒否したら、ラーミア無しでバラモス城に乗り込んだっていっこうに構わない。

 

「まぁ、どうするかはアラン達と合流してから決めるとしよう。まずは……三人がこの町の何処に居るか、だな」

 

 城下町の入り口で足を止めた俺は振り返って言った。

 

「俺はマリクの屋敷へ行く。シャルロットは格闘場の方を頼む」

 

 と。

 




そう言えば、元バニーさんってジパング帰りになるんでしたよね、うん。


ミリー「ドーモ。ご主人=サマ。ミリーです」

主人公「アイェェェ、ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

……とか、そんなことはないのでご安心下さい?


次回、第四百五十六話「もう、こんなに立派になって」

サブタイトル的に、次でマリク出せたらいいなぁ。


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第四百五十六話「もう、こんなに立派になって」

 

「さてと、時間が時間だからな」

 

 今だ訓練を続けているのであれば、マリクの屋敷は外れの可能性も高い。

 

(こっちは外れだと思うけど……)

 

 それでもシャルロットをモンスター格闘場に割り振って俺がマリクの屋敷へ向かっているのは、格闘場の方にマリクが居た場合、元バニーさんや他のみんなと一緒に居るであろうからだ。

 

(一緒にいるようじゃ男と男の話というか内緒話がし辛いし)

 

 マリクの屋敷が空振りでも、全く屋敷に帰っていないと言うことはないだろう。使用人から最近の様子が聞ければ、どこまで成長したかの判断材料ぐらいにはなると思う。

 

「それに、話を付けておかなければいけない人物も居る」

 

「まぁ、どなた?」

 

「マリクの両親だ。どうも自分の子供をイシスの王にという野心を抱いているらしくてな。いくら当人が嫁――いや、婿になりたいと思っても、反対されると面ど」

 

 そこまで説明しかけて、ふと気づく。

 

(あれ、俺って誰に説明して……)

 

 疑問を解決させるべく、振り返ると。

 

「あら?」

 

 おとこ の しせん を くぎづけ に する むちむちな みぼうじん が そこには くび を かしげていたのです。

 

(うわぁい)

 

 まんと で かくして もらってる のに でるところ が でて、ひっこむところ が ひっこんでる せいか、こうか は いまひとつ の ようでしたよ、ちくしょーめ。

 

(そう言えば、おばちゃんには指示出してなかったっけ)

 

 人型とは言え、おばちゃんも魔物。単独で町を歩くのを避け、こちらについてくる判断をしたとしても何の不思議もない。

 

(と言うか、そこまで考えると「邪魔になるから一人でぶらぶらしてて下さい」なんて言えないし)

 

 俺が側に居るというのに、男性限定とはいえ視線はおばちゃんの方に多く集まっているのだ。

 

「俺、一応この国では有名人の筈なんですけどねぇ」

 

 とか僻むつもりはない。だが、これだけ男達の視線を集めてるおばちゃんを一人で放り出したらどうなるか何て、想像力に乏しい俺にだって解る。

 

(ナンパされるよなぁ、場合によっては絡まれる)

 

 もちろん、一般人に絡まれて力ずくでどうこうされるようなか弱さをおばちゃんは持っていないものの、その手の不埒者へおばちゃんがどう出るかが解らない。

 

(騒ぎになるのは避けようとしてくれるとは思うけど、テンプレというかこういうパターンで絡んでくる奴って自分と相手の力量をまるで理解していないパターンが殆どだからなぁ)

 

 まぁ、実力差を把握する洞察力があったらアークマージに絡んで行くという自殺行為なんてする訳がないのだけれど。

 

(かと言って、このまま一緒についてきて貰った場合も……)

 

 どうなるかは解っている。解っているというか。

 

「おい、あれって……」

 

「ああ、アッサラームを呪いから救ったって人だろ? しっかし、すげぇ美人連れてるな」

 

「年上趣味だったのか。それにしてもあっちの女、いい尻してんな」

 

 げんざいしんこうけい で ふうひょうひがい に あってます が、なにか。

 

(うあああっ、またシャルロット達に変な誤解されるぅぅぅぅっ)

 

 ちくしょう、俺が何をしたって言うんだ。

 

(今すぐ服屋を探して、体型の出ないようなゆったりした服を買ってきたいとこだけど、それはそれで誤解を生む気しかしないし)

 

 きっと自分の女に服を買ってやってるとか、そんな見方をされて誤解が加速するだけだろう。

 

(どうする、いっそおばちゃんには旦那さんが居たことを会話の端に出して、そう言う関係じゃ無いんですよアピールでもしてみるべきか、いや)

 

 駄目だ。そんなことをしたところで、今度は人妻に手を出す男のレッテルを貼られるだけだ。

 

「おい、貴様っ」

 

「ん?」

 

 そうして悩んでいる時だった。俺が声をかけられたのは。

 

「貴様ぁぁぁっ、よくも――」

 

 町中だからと言う油断があったのかも知れない。

 

「良くもママンにあんな格好をっ」

 

 声の主は全力で俺に駆け寄ってきて、まず感じたのは自分の身体に何かがぶつかってきた衝撃。ポタポタと血が砂まみれの道に花を咲かせ。

 

(ママンって……いや、それよりも)

 

 出会い頭に呪文ぶっ放されてもおかしくない、なんて思ったけれどこんな事になるとは思わなかった。

 

(フラグ回収お疲れさま、とか言うんだろうか)

 

 目を落としたやみのころもにも血の染みが出来てしまっている。

 

「キャァァァァッ」

 

 ギャラリーの女性が悲鳴をあげる。

 

(……まったく)

 

 ため息でもつきたい気分だ。どうしてこうなるのか、と。

 

「何処の誰かは知らん、だが良くもママンにあんな破廉恥な格好をさせてくれたな」

 

 至近距離でそう口にした人物の顔は、よく似ていた。

 

「トロ……ワ?」

 

 おばちゃんの口から漏れたそれはおそらく、この人物の名なのだろう。

 

「良くやった! 危うく、禁断の扉を開きかかけたが、本当に良くやった」

 

 おれ の かた を ぱしぱしたたきつつ、やみのころも や じめん を はなぢ で よごしてくれやがった、まざこんやろう の。

 

「トロワ……もう、こんなに立派になって」

 

「え゛、立ぱ、っとぉ」

 

「ママァァァァン」

 

 思わず素にかえって声を上げる中、鼻血まみれのマザコン野郎は俺を放り出すとおばちゃん目掛けていきなりダイブしたのだった。

 

 




おばちゃんの子供、まさかの登場。

まともな人物だと思ってました?

グラフィック的にはウィンディの色違いですよ?

次回、第四百五十七話「立派ってそんな意味でしたっけ?」



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第四百五十七話「立派ってそんな意味でしたっけ?(閲覧注意)」

「時と場所というものをよく考えろ」

 

 近くにあった宿屋に引っ張り込んで俺がおばちゃんの子供を叱ったのは、仕方ないと思う。

 

(鼻血ダラダラ流した奴が女性にダイブとかかましてたら、普通は兵士とか呼ばれたって不思議じゃないし)

 

 ママンと連呼していたお陰で見知らぬ相手に飛びかかる変態ではないと周囲にいたギャラリーは理解してくれたようだが、かわりに常軌を逸したマザコンっぷりにドン引きしていた。

 

(どうか、俺まで変態のお仲間扱いされていませんように……)

 

 あのまま衆目に曝すとこちらまで社会的地位を脅かされそうな気もしたし、事情説明の必要もあったから、予定にない宿の部屋取ると言う緊急措置をする羽目になりつつも俺は密かに祈った。

 

(と言うか、シャルロットにも連絡を入れておかないと。目撃者の証言だけ伝わったら変な誤解をされかねないし)

 

 その辺りは宿の従業員にチップを渡して格闘場まで伝言をお願いすればいいだろうか。

 

(そして、こっちもこれ以上変態行為をやらかさないようにきちんと言い聞かせておかないと)

 

 叱ったつもりなのに、腕を組み尊大な姿勢を崩さないおばちゃんの息子を横目で見た俺は小さく嘆息する。

 

(うん、変態にまともに言葉が通じるかは自信がない)

 

 とは言え、おばちゃんが大魔王に仕えていたと言うことは、目の前の変態もやはりゾーマの配下と言うことになる。

 

(ここで上手く説得しておかないと俺達についてまで助けようとしたおばちゃんの苦労が水の泡だし)

 

 もの凄く不本意だが、このトロワというおばちゃんの子供はここでこちら側に引き込んでおく必要がある。

 

(ローブの色からすると、マザコン的ではあるけれどアークマージなのは確かみたいだし)

 

 こちらの世界に配属されたという事は、ここで引き込まなければ、バラモス城で敵として現れることだって考えられるのだから。

 

(となると、やっぱりおばちゃんの命を助けたことをまず説明して、嫌らしい方法だけどそこに恩に着せる形で裏切って貰うのがいいかな)

 

 周囲がドン引きする程のマザコンなのだ。俺には上手く行くという確信があった。

 

「しかしだな、ママンがあんな魅力的な格好をしていて自制が効くはずがなかろう?」

 

 あいかわらず の たいど で あいかわらず の へんたい まざこん はつげん を している くらい なのだから。

 

「効かせなくてどうする? あのままだったら兵士を呼ばれていてもおかしくなかったぞ」

 

「ふん、たかだか人間の兵士如きどうとでもなる」

 

 自制を促してみるが、そこは強力な魔物と言うことか。

 

「っ、それでお前の母親が困るとしてもか?」

 

 兵士が来ると言われても動じない事に話の持って行き方を間違えたことに遅まきながら気づいた俺は、切り口を変える。

 

「何故俺がお前の母親と一緒に居たと思う? そして、何故お前の母親があんな格好をしていたのか。お前は知らんだろう?」

 

「っ」

 

「説明してやろう。対して長い話にはならん」

 

 まだゾーマに仕えているであろうおばちゃんの子供にいきなり全てを話す訳にはいかない。俺が話し出したのは、砂漠で埋まっているところを見つけ、掘り出して蘇生させたこと。そして、おばちゃんが人間でないことを知りつつ一緒に旅をしているという二点のみ。

 

(これだけでも、あの母親への異常なマザコンッぷりなら充分態度が変わる筈)

 

 何せ、命の恩人なのだ。

 

「つまりママンの命の恩人と言うことか……ふん、気に入った。後で私をファ○クしていいぞ」

 

 だが、トロワの反応は俺の想定を完全に越えていた。

 

「いや、ちょっと待てお前何を言っ」

 

「皆まで言うな。本来なら地面に額を擦りつけて感謝したいぐらいだが、立場上そんなみっともない真似は出来ん。問題になるからな、それに……」

 

 いや、さっきの発言でも充分問題と言うかゾーマ軍の問題行動の定義はどうなってんだと俺は叫びたくなった。否、叫んでいれば良かったのだろう。

 

「孫が出来ればママンは喜ぶに違いない、親孝行だ。そして私が犠牲になればお前もいくら魅力的とはいえ、ママンに手を出すことはないだろう。つまり、WIN-WINの関係だ、わかるか?」

 

「わかってたまるかぁぁ!」

 

「おごぼっ」

 

 ドヤ顔で言い放つおばちゃんの子供に、気づけば俺は素でツッコんでいた。

 

「だいたいどの辺りがWIN-WINなんだ、誰と誰がWINだ? 説明してみろ! 助けた相手の子供に恩を着せて手を出したって悪評が広まって社会的に俺は死んでマイナスだろうが!」

 

 マザコンをこじらせて狂気に片足突っ込んでるようだが、こっちまで巻き込むのは止めて欲しい。

 

(ったく、一瞬思考がとまりかけたじゃないか。しかも孫とか)

 

 ウィンディ、エピちゃんのお姉さんこそバラモス軍一の変態だとか思っていた俺が甘かった。

 

「ぐふっ、良い拳だ。なるほどそう言うプレイが好みなのか」

 

 口元を拭いつつ立ち上がった狂気のマザコンが口の端をつり上げ笑む。

 

(こんな、更に限界突破した隠し球がいたなんて)

 

 おばちゃんの教育方針はどうなってんだ、本当に。

 

「そもそも男同士で子供が出来るか!」

 

「……何を言っている? 私は女だぞ?」

 

「は?」

 

 とんでもない発言の連続がおわったかと思った矢先の爆弾発言に、俺の思考はもう一度止まった。

 

「え?」

 

「おおっ、そう言えば忘れていた。少し待っていろ」

 

 孫と言い出してもその可能性に思い至らずすんなり流してしまったのは、母親に対して鼻血をダラダラ流していたこともあるが、あのおばちゃんに対して、トロワの胸が平坦というか絶壁だった事に起因する。だから、男だと思ってマザコン野郎と称したのだが。

 

「ここをこうして、よしっ」

 

 腕を袖の中に引っ込め、何やらごそごそやり始めて数十秒後の事だった、ローブの胸部分が爆発したのは。

 

「な」

 

 いや、爆発ではない、一瞬で急激に膨張したのだ。

 

「驚いたか? 世界の何処かには容量と重量を無視して何でも入るという袋があると聞いてな。軍事転用が効きそうだからと再現を試みたことがあったのだ。まぁ、出来たのは入れたモノの体積を縮小させるだけの袋だったのだがな。ママン譲りのこの胸は嫌いじゃない……と言うかむしろ大好きだが、どうしても人目をひいてしまうからな。失敗作を応用して作った乳袋を付けていた訳だ。ちなみに尻袋も付けて居るぞ?」

 

 なんですか、それ。

 

(あのチートな袋を再現しようとして、体積圧縮袋を作った?)

 

 へんたい だけど てんさい じゃないですか、やだー。

 

(エピちゃんのお姉さんと良い、こいつと言い、ゾーマ軍の俊才はド変態か)

 

 天才と何とかは紙一重という訳なんだろうか。

 

「……つまり、お前は、女で」

 

「うむ」

 

「女で、ありながら、自分の、母親の、姿を見て、鼻血を吹いた、と?」

 

「その通ってちょっと待て何故頭を掴む? な、なんだこの力は? ば、馬鹿な、人間にこんな力があ、あぎっ、や、止め」

 

 しかた が ない こと なのよね、へんたい に あいあんくろー で おしおき を するのって。

 

「しかし、解せん。なぜ、こんな変態を見てアンは立派と言ったのだ?」

 

「そ、それはだな」

 

 立派の対極にあるようにしか思えず首を捻っていると、答えは当の変態からもたらされた。

 

「ママンがアレフガルドからこちらに赴任した時、この袋はまだ未完成だったのだよ。私のアイテム作りの腕をママンは褒めていてくれたからな。この乳袋だって、そもそもは胸が重くて肩が凝るとママンが仰っていたから応用とは言ったが、構想自体は軍事転用を思いついた時点で存在したのだ」

 

「アン……こんな変態、俺にどうしろと」

 

 ドヤ顔をするトロワに頭を抱えたくなった俺は、この部屋には居ない親御さんの名を呼んだ。

 




ちなみに、アンが同室に居ないのは、トロワを男だと思っていた主人公が男女で二部屋かりて居たからです。

次回、番外編26「何でだろうみんなと再会出来るのに、胸騒ぎがするなんて(シャルロット視点/閲覧注意)」

まだ主人公はトロワとお話を残してマスので、カメラを切り替えて、次は番外編。

勇者一行の再会シーンの予定です。


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番外編26「何でだろうみんなと再会出来るのに、胸騒ぎがするなんて(シャルロット視点/閲覧注意)」

 

「ぬわーっ」

 

 悲鳴を聞いたのは、モンスター格闘場に入ったボクがみんなが居るって言うトレーニング用の部屋に向かう途中だった。

 

「今の、アランさんの」

 

 部屋の外まで聞こえてくるなんて、よほど激しい訓練をしているんだろう。

 

(はぐれメタル一匹であんな悲鳴になるとは思えないし、蘇生、うまくいったって事かな)

 

 だとすれば、もうかなり腕を上げているんじゃないかとも思う。

 

「大丈夫かな……みんな凄く強くなっててボクだけ置いてきぼりなんてことは……」

 

 みんなが厳しい修行に励んでいる間、ボクがしたことと言うと、単身地球のへそに潜ってオーブを取ってきたぐらいだ。修行の代わりになりそうなことに絞った場合だけど。

 

「ううん、そんなこと考えちゃ駄目だ。ようやくみんなと再会出来るって言うんだから」

 

 再会は嬉しいものの筈、個人的な感情でそれを台無しにしちゃうのは、悲鳴をあげてまで修行に打ち込んでいるアランさん達に申し訳がない。

 

「ええと、確かあの部」

 

「アーッ」

 

 キョロキョロ見回しつつ進むボクの耳にも聞こえたのは、アランさんとは別の人の悲鳴だったけれど、声のした方向は同じ。

 

「……うん、あの部屋みたいだ」

 

 ボクは密かに心の準備をすると、軽くノックをしてからドアノブに手をかけ。

 

「アランさん、ただいま。ここでみんなが修ぎょ」

 

「いけません、いけませんぞ、そんなところに」

 

「ううっ、ちょ、ちょっと待、アーッ」

 

 どあ を あけた さき の しょうげきてき な こうけい に ぼく の しこう は かんぜん に とまった。

 

「ゆ、勇者様? 今は男性の時間ですわよ?!」

 

「あ、さっちゃん」

 

「さっちゃん、じゃありませんわ! ……と言うか、その様子、あれを見てしまいましたのね」

 

 さけんだ さっちゃん は かお に て を あてると ためいき を ついて ぼく を へや の そと に ひっぱりだした。

 

「成る程、原因はこれですわね。まったく、女性立ち入り禁止の札が落ちてたなら何も知らない勇者様がそのまま入っていったのも仕方ありませんわ。説明の方が後になるとは思いませんでしたけれど……あのエロウサギのおじさまが、実物は見たことがない防具の再現を試みてちょっとした防具を作ったのが始まりですの」

 

「ぼう、ぐ?」

 

「はい。オリジナルはやいばの鎧という攻撃してきた相手に鎧から生えた刃で反撃する鎧だそうですわ。作られたのはこれをグレードダウンさせて、誰でも着られる棘の生えた服ですわね。棘の威力も中途半端で最初は使い道がないかと思われた防具でしたけれど、はぐれメタルとの模擬戦になら使えるのではないかという話になり、棘の効果を生かすには相手から向かってきて貰わないと行けないと、服にはぐれメタルの好む匂いをつけ、更に効率の良さだけを追い求めた結果が、勇者様の見た通称『はぐれメタル風呂』ですの。飛び込めばはぐれメタルにもみくちゃにされますけれど恐ろしい勢いで強くはなれますわ」

 

 へえ、つよく なれるんだ。

 

「けど、ボク……あれはちょっとやれそうにないかも」

 

 前にはぐれメタルが鎧に潜り込んできた事があったけれど、無数のはぐれメタルにもみくちゃにされたこと何て無い。

 

「それがよろしいですわよ。挑めば強さと引き替えに大切なモノを失いますもの」

 

「え、さっちゃん、まさか?」

 

 もの凄く遠くを見たサラに思わず声を上げてしまったけれど、遠くを見ていると言うことは、そう言うことなんだと思う。

 

「けれど、男の方って……バカですわよね。『強くならないと大切な人を守れませんからな』そんな格好いいことを言って、毎日あれを」

 

「え、ええと」

 

 どう反応していいのか解らなくて、ボクは言葉を探し、視線を彷徨わせた。

 

(うん、さっきの色々と凄くて、完全にボクの知らない世界だったけれど)

 

 もし、お師匠様がボクの為にはぐれメタルの風呂へ飛び込もうとしたら、ボクは止められるだろうか。

 

「……って、そうじゃなくて! ええと、さっちゃん、それでアランさん達はどれぐらい強くなったの?」

 

 危ない方向に思考がいきかけた事にかろうじて気付き、我に返ったボクは単刀直入に問う。

 

「それなんですけれど……賢者は強くなりにくいと聞いていましたのに、あっさり追い抜かれましたわ。とりあえず、以前ジパングで見た竜化の呪文とどんな扉でも開けられる解錠呪文などは全員が会得してますわね」

 

「えっ」

 

「慢心は敵ですけれど、これだけ強くなればバラモスにも遅れは取らないと思えるだけの強さには至ったと思いますわ。なのに、私以外の三人は未だアレを続けてますけれど」

 

「凄い……って、三人?」

 

「はい、三人ですわね。エロウサギは、自分が持ち込んだ修行法と言うところに負い目があるのかも知れませんけれど」

 

「っ」

 

 ここに来るまでに妙な胸騒ぎがしていた。だけど、ボクは馬鹿だ。一番会って話をしなきゃいけないミリーがそんな辛い所業をしていた事も知らないで、ボクは、ボクはっ。

 

「ゴメン、さっちゃん。ミリーは、ミリーは何処?」

 

「今なら休憩用の部屋で休んでいる頃だと思いますわ……って、勇者様?」

 

 謝らなきゃ、謝らなきゃ。

 

(胸騒ぎの原因、これだったんだ)

 

 もし、何も知らずにミリーに会ってお師匠様とボクのことを、ランシールであったあのことを話していたらどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。

 

(自分が持ち込んだからって言うのも有るんだろうけれど、ボクには解る)

 

 ミリーが辛い修行をしてまで強くなろうとする理由が。ボクは人がしてるのを見ただけで無理と思ってしまったあれを、苦行を続ける理由が。

 

(全部、お師匠様のためだ。お師匠様の)

 

 ボクに同じ事が出来るだろうか。心の中で問いかけながら、ボクは廊下を駆けていた。

 




まさか、はぐれメタル風呂登場。

犠牲者を男性陣にしたのは、勇者が女の子だったからです。

もし主人公がこっちに来ていたら、はぐれメタル風呂は女湯でした。

次回、第四百五十八話「マリクの屋敷にむかいたい」



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第四百五十八話「マリクの屋敷にむかいたい」

「とにかく、俺にその気はない」

 

 意思表示というものは大切だと思う。と言うか、ここで拒否しなかったら目の前にいるおばちゃんの娘は嬉々として俺を押し倒そうとするんじゃないだろうか。

 

「本当に良いのか? まぁ、ママンには劣るが、安産型だし胸もこの通り大きいぞ? 小さい方が好みなら、乳袋を付け直しても良い」

 

「……で、全てはアンに孫の顔を見せて喜ばれたいが為、か」

 

「無論だ! そうだな、身体に魅力を感じないというなら権力はどうだ? 今の私はバラモス軍総参謀長にして軍師の座を預かっている。人間の男を一匹飼うぐら……いや夫を持つぐらい許される立場にある。だからもうその頭を掴んで握りつぶそうとするのはやめ、ぎゃぁぁぁ」

 

「……はぁ」

 

 何だかもの凄い爆弾発言をされたのに、ぶっ飛んだ言動と変態性のせいで驚かずさらりと流してしまえた自分に少し嘆息する。

 

(つまり、エピちゃんのお姉さんと割とあっさり死んだあのエビルマージの後釜、かぁ)

 

 バラモス軍の軍師は変態とか残念が必須条件として盛り込まれてるのだろうか。

 

(ここで出会っていなかったら、本当にバラモス城で立ち塞がっていたんだろうな)

 

 そう考えると、ここで出会えたのは。

 

(幸いだっ……いや、そうでもないか)

 

 けっかてき に ずつう の たね を いっこ ひろったようなもの でも あるのだから。

 

(スタイルも良いし、とんでもない効果のアイテムを作る頭脳もある)

 

 わざわざイシスまで来ていたのも母親を捜してのことだとすれば、行動力だって評価出来る。

 

(それら全てを限界突破したマザコンが台無しにしてるというか、本当に残念な美女だよな、うん)

 

 むしろ、それに救われた感もあるのだけれど。

 

(孫がどうのこうのではなく純粋な好意で迫られていたら、八つ当たりのはけ――ここまで邪険に出来たかどうか、怪しいよなぁ)

 

 それはさておき、割と重要な情報さえあっさり零してくれたこの残念アークマージには最優先で聞いておかないと行けないことがある。

 

「ところで、お前の兄弟はどうしている? まだアレフガルドか?」

 

 そう、おばちゃんには息子もいるのだ。このマザコン変態娘をバラモス軍から引っこ抜いても、もう一人がバラモス軍に加わっていれば、城へ乗り込んだ俺達の前に立ち塞がることが考えられる。

 

「そうか、しまった。貴様ホモか! なら私が迫ってもそんな態、ま、待て、解った、私が悪かった。だからもう、それはやめ、あ゛ーっ」

 

「……人が真剣に考えているというのに、まったく」

 

 言うに事欠いて、ホモとか。

 

(堪忍袋の緒が切れても仕方ないよね)

 

 ほんとう に どうしてくれようか この まざこん。

 

(普通ならアンの所に引き摺っていって、保護者責任を問うところだけれど……ん?)

 

 おばちゃんの名を胸中であげてふと思いついたことがある。

 

(エピちゃんのお姉さんとジャンル違いとはいえ同系統だし、おばちゃんのパンツとかあげれば絶対の忠誠を誓うんじゃ)

 

 うん、狂った発想だとは思う。

 

(だいたいどうやっておばちゃんのパンツを貰うかって問題もあるし)

 

 だが、これがうまく行けば、とりあえずこの変態娘を制御することも可能だろう。

 

(誰かに知られたら俺終了だけどね)

 

 いや、知られなくてもそんな酷いミッション出来ればこなしたくはない。

 

「……とは言え、こんな変態を野放しにするのもな」

 

「ん? どうした? やっぱりやる気に……ほほう、ロープに目隠し猿ぐつわとわ、お前、中々にマニアックだな。だが、良いだろう。ふふふ、これでママンに喜んでもんぐ、ん、んんーっ」

 

「……はぁ」

 

 その手のプレイだと思ったのか、抵抗されずローブを脱がせ、猿ぐつわを出来たのは楽で良かった。

 

(良かったついでにこのまま梱包して遺棄したいとこだけど)

 

 そうも言っていられない。俺は更にトロワへ目隠しをし、手足を縛った上で栓を耳にねじ込む。

 

「ん゛? んんぅ?」

 

 耳栓までは想定外だったのか、足下で変態娘がもがくも、縛られた状態では何も出来ず。

 

「手を汚す、か。それが最短ルートなのはわかっている。だからこそ、ここまでしたんだ」

 

 じっと自分の手を見た俺は呪文を唱えた。

 

「モシャス」

 

 俺がおばちゃんのパンツを求めるのが問題なら、一番求めてもおかしくない人物に変身すればいい。

 

(ついでに何がどうして「これ」が「こうなったか」も聞き出したいところだけど)

 

 おばちゃんの勘の良さ、察しの良さは侮れない。だから欲張りすぎてはいけない。

 

(狙うはおばちゃんのパンツのみ)

 

 同性だし、予備の下着がないから貸して欲しいとかそう言う流れで話を持っていけば、すんなり借りられるだろう。

 

(それで、後は手に入れたパンツでこのマザコン娘と交渉すればいい)

 

 変態でマザコンで残念だが、御せればそれなりの戦力ではあるし、ホモ扱いされてちょっと頭に来たために中断してしまったが、おばちゃんの息子の情報だって欲しい。

 

(だから、仕方ないんだ)

 

 ちょっと変態のまねごとをしてパンツを貰ってくるのは。

 

(だから、ちょっとだけ……)

 

 マザコンに、変態になってみよう。俺は脱がせたローブを身につけると、声を出してみる。

 

「んー、あー、あー、あー、す、凄いよママン、今日も最高だよ! ……くっ、ちょっとやってみただけなのに精神的なダメージがっ」

 

 だが、ここで挫ける訳にはいかない。

 

「時間もないもんな。こんな事になるとは思わなかったからシャルロットに伝言頼んじゃったし」

 

 無事パンツを入手出来たとしても、交渉が終わる前にシャルロットがこの部屋に到着してもアウトだ。

 

(この変態、何を口走るか解らないし)

 

 口止めするにはやはり、忠誠を誓わせるしかない。

 

「早くマリクの屋敷に向かいたかったんだけどな」

 

 変態を縛ったところでもう賽は投げられたのだ。

 

「虚しいけど、これ必要なのよね」

 

 悲壮な覚悟でドアを開けると俺はおばちゃんの部屋に向かったのだった。

 

 




悲壮な決意でマザコンに扮した主人公。

果たしておばちゃんのパンツをゲットすることは出来るのか。

安心しろ主人公、シャルロットには内緒にしておくつもりだからと作者は言う。

ただし、つもりだけどね?

次回、第四百五十九話「主人公が変態するお話」

「主人公が変態してパンツを貰ってくる話」にしようかなと思いましたが、ネタバレしちゃうので自重しました。



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第四百五十九話「主人公が変態するお話(変態描写注意)」

 

「あ、色々あって忘れてたけど戻ったらやみのころもについた血も洗い落とさないとなぁ」

 

 ポツリと呟いたのは何の理由でかと言えば、もちろん現実逃避のためだった。

 

「……さて」

 

 とりあえず、おばちゃんの居る部屋の前まで来たのはいい。

 

(そんなことより、一番の問題はあのマザコンが変態であったと言うことなんだよ)

 

 俺の装備に鼻血をつけた後、放り出しておばちゃんにダイブしたトロワが何をしたかを俺はきっちり見ている。胸の谷間に顔を突っ込んで荒ぶると「ママンの香りだ」とか言いつつ深呼吸していた。

 

(まごう事なき変態……あれは久しぶりの再会的な補正があってのことだと思うから、あそこまでしないで良いとは思うけどさ)

 

 ぶっちゃけ、全く同じ事をやれと言われて出来るかというとちょっと自信がない。

 

(おばちゃん鋭いからなぁ、照れとか躊躇いが入ればまず違和感を抱く)

 

 そもそも親子なのだ。

 

(久しぶりの再会、俺という異物がついてきたからこそ産まれた変化のレベルで違和感を抑えなければいけないとか、相当難易度高いし)

 

 やはり、長居は無用。

 

(後は俺のことを少し話題に出して、逆に不自然さを演出することで誤魔化す、ぐらいかな?)

 

 様子がおかしいとしても会ったばかりの母親の恩人がどういう人物なのか解らなくて戸惑っていると言う態にすれば、違和感があってもおかしくないと感じると思う。

 

(まぁ、あの変態マザコンっぷりからすれば、母親に近づいてくる男を警戒するのは当然だろうし、俺の事を話題に出すのは不自然じゃない)

 

 むしろまだ名前さえ知らないおばちゃんの息子とかに言及された方がよっぽど危険だ。

(うん、相当危険な綱渡りだよなぁ)

 

 けれど、トロワを縛ってしまった以上、後戻りは出来ない。

 

(正直に「おたくの娘さん暴走しないように制御したいからパンツ下さい」って打ち明けた方がマシな気がしてくるけど、それやっちゃうと俺がおばちゃんのパンツを強請ったって事実が残っちゃうし)

 

 世界が悪意に満ちていれば、パンツ下さいのくだりでシャルロットが到着し、ドアを開けるだろう。

 

(謀をする場合、常に最悪を考えて動かないと)

 

 このままマザコン成り済ましパンツ獲得作戦を敢行する場合の最悪は、言うまでもなく正体がばれた上偽装までしておばちゃんのパンツを手に入れようとしたことが知れ渡ることだが、これについては考えがある。

 

「おばちゃんのパンツを手に入れようとしたのは、勇者の師匠にモシャスした怪傑エロジジイだった、エロジジイ……と言う、ね」

 

 動機はちゃんとエロジジイと認識して貰うためエロジジイ、とかにしておけば良いだろう。

 

(トロワを変態的な縛り方で拘束した理由にもなるし)

 

 まぁ、実際は元遊び人の身体が出来る一番手慣れた縛り方だったからなのだけれど。

 

(本物の俺はスレッジに騙されて席を外していたことにすればいい)

 

 けど、すれっじ って ほんとう に べんり だと おもう。おも に こういう とき。

 

(よし、大丈夫。失敗してもみんなスレッジのせいだから)

 

 そも、モシャスにも効果時間がある。躊躇っていられるような余裕はない。

 

「ママン、いい?」

 

「あら、トロワ? ちょっと待っていてね、今鍵を開けるわ」

 

 ノックをしてからかけた声にドアの向こうから声がすると足音が近づき。

 

「あちらでのお話は済んだの?」

 

「っ」

 

 ドアを少し開けて、小首を傾げたおばちゃんの格好に絶句する。

 

(ちょ)

 

 一言で言うならバスタオル一枚だったのだ。

 

(あ、そっか。服はマザコンの鼻血で――)

 

 直後に失敗へ気づいたが、遅すぎた。胸の谷間に顔を突っ込んで荒ぶれば、ローブがどうなるかなど考えるまでもない。俺もやみのころもを洗おうと考えていたぐらいなのだから。

 

(って、納得してる場合じゃない! ドアを開けたらバスタオル一枚の母親が居たとして、常軌を逸した変態マザコン娘ならどう動く?)

 

 飛びついて押し倒すか、その場で鼻血を出しつつひっくり返るか。

 

(考えろ、考え……ん?)

 

 ノーリアクションでは怪しまれるとひたすら頭を回転させつつ視線を部屋の中に入れると、ベッドの上に並べられた布が数枚。

 

(あれは)

 

 うち一枚に目が留まったのは、仕方ない。紛れもなくそれはパンツだったのだから。

 

「あら、トロワどうしたの?」

 

「あ」

 

 おばちゃんは問うてくるが、我に返った時、目はこちらを見ていた。おそらくベッドの方に視線を向けてしまった事は気づかれたと思って良いだろう。なら、挙動不審の理由をベッドの上の布きれに被せるしかない。

 

「い、いや、その……ま、ママン、パンツ……パンツを」

 

「あらあら、まぁまぁ。そう言う事ね」

 

「え」

 

 貸して欲しいとか何か続ける前に、納得されたのは想定外であるものの、呆然とする俺を置き去りにおばちゃんはベッドの方に戻り。

 

「はい」

 

「あ、ありが……とう」

 

 差し出された目的の品を受け取りつつ、かろうじて礼の言葉を口から出す。

 

(なに、これ? うまく いきすぎ でしょ?)

 

 げせぬ。どうにも げせなかった。

 

(……とは言えうまくいったのは事実だし、だったらボロが出る前に退散した方が良いよな)

 

 ここまで来て失敗はありえない、そのまま去ろうとした俺は。

 

「けど、大丈夫だったの? 初めてでしょ、ちゃんと出来たの?」

 

「へっ?」

 

 おばちゃんの思わぬ言葉に固まった。

 

「だって、女性二人に男性一人なのにおかしな部屋割りでしょ? ひょっとしたらあなたのこと勘違いしてるんじゃないかと思って、さっき確認しに言ったのよ。そうしたら、中から激しい物音とあなたの『そう言うプレイが好みなのか』って声がしたものだから……そこで戻ってきたの」

 

 ちょ、おばちゃん なに ごかいしてるんですか。

 

(なに、それ。 なに その おち)

 

 あの時思わず名を呼んで頭を抱えたせいだろうか。

 

(呼んだから来ちゃった……とか? いや、名前を口にしたのはおばちゃんが帰った後のことだし……って、そんなことを考えてる場合じゃない!)

 

 これは、否定しないと拙い。誤解を解かないと拙い。

 

「ま、ママン。これはそう言う理由で欲しかった訳じゃなくてね? ええと、その」

 

「はいはい、恥ずかしがらなくてもいいのよ?」

 

 だめだ、べんかい しよう と してるのに てれかくし てきなもの と うけとられている。

 

(どうしよう? 一つだけ打開策はある。あるにはあるけど……)

 

 それは、パンツを変態的な理由で欲しがったと証明すると言うもの。つまり、このパンツを頭に被るとか匂いを嗅いで見せるというものだ。

 

(いや、幾ら何でも人としてやっちゃ色々拙いだろ、だけど)

 

 究極の選択を俺は突きつけられていた。

 




勘違い要素さんに仕事された結果、詰むか変態行為するかの二択を突きつけられた主人公。

このままパンツを被ってしまうのか?

次回、第四百六十話「選び取る未来」

まともなサブタイトルに見えてこのお話の後だとまともに見えない罠。


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第四百六十話「選び取る未来」

 

「ママン。ママンはこれからもあの人間についていくのだろう?」

 

「えっ」

 

 結果から先に言えば、俺はどちらも選ばなかった。

 

「話は、あの人間から少し聞いた。これを欲しいって言い出したのも、それがあったからなんだよ、ママン」

 

 あの変態マザコンはバラモス軍の軍師を任されていると言っていた。

 

(母親への変態的マザコンっぷりからすると、離反を持ちかければあっさり応じそうだけど話はそこまでしてないしなぁ)

 

 バラモス軍に戻るかこのまま一緒にいるか決めかねていて、どちらにしても心の支えに母親の身につけていたものが欲しいとか言わせれば上手く纏まるんじゃないか。

 

(まさか、土壇場でこんな話の持って行き方を思いつくなんてな)

 

 自画自賛だが、我ながら良いアイデアだと思った。後はオリジナルの居る部屋の方に戻り、悩んだが結論を出したと言う態を装いつつ、実際はパンツを提示し忠誠を誓わせた本物へこのシナリオに沿った動きをして貰えればいい。

 

(シリアスな流れだし、「こう動けばおばちゃんが好印象を持ってくれる」とか言っておけば乗ってくる気もする)

 

 まさに起死回生の一手だ。

 

「ようやく会えた、だけど今の私には私の立場もあるから……ママンのものが欲しかったんだ」

 

「……トロワ」

 

「ありがとう、ママン。じゃあ、あの人間にも話をしないと行けないから、いくね?」

 

 パンツを欲しがっててに入れたという残念行為を俺は全力で昇華しつつ、部屋を出る。

 

(やった……うまくいった。こんなにうまく行くなんて)

 だが油断は出来ない。パンツを握りしめ感慨に浸っているところでモシャスの効果が切れ、そこにシャルロットがやってくるなんて落とし穴が用意されていてもおかしくはないのだから。

 

「人の足音は……ないな。周囲に人影も無し」

 

 トロワへの変身で知覚力まであのマザコンのレベルに落ちてはいるが、それでも首を巡らせ周囲を伺うことは出来る。

 

「急ごう」

 

 アークマージのローブはトロワから剥いできたもの。廊下でモシャスが切れれば、何故かアークマージのローブを着た俺という姿になってしまう。

 

(そこでシャルロットと鉢合わせれば面倒なことになるしな)

 

 まぁ、部屋にたどり着けたとしても、あの変態の拘束を解き、交渉するという仕事が残っているから一安心というわけには行かないのだけれど。

 

(……ふぅ、部屋に戻るところまでは、クリア。次は交渉、か)

 

 ドアの前で立ち止まると、無言のまま拳を握りしめる。

 

(大丈夫、頭が良いとしても相手はマザコンだ)

 

 苦労して手に入れたパンツだってある。気負いすぎることはない。

 

「おばちゃんのパンツを手に入れてきてやった。これをやるから忠誠を誓え」

 

 と言えば良いだけのこと。

 

(……それだけの事なんだけど、うん、何というか……)

 

 ドアを開けて目に飛び込んできたのは、下着一枚で縛られて転がっている女が一人。

 

(縛られてるのがマザコンの変態じゃなきゃアウトだよな、これ)

 

 例の体積圧縮乳袋とやらは上の下着を兼ねていたらしく、外してしまえば何も付けておらず、縛り方のせいで強調された丸出しの胸とかは明らかにモザイク対象だと思う。

 

(さっさと着せてしまおう)

 

 変態と解っていても、これはやばい。と言うか拙い。このタイミングでシャルロットがやって来ようものなら、俺は完全に終わる。

 

「ん゛んぅ? んんんっ!」

 

 目隠しをし耳栓もさせてはいるが、手が触れれば戻ってきたことは解ったのだろう。ロープを解こうとした指の先が触れると、トロワは猿ぐつわをしたまま何かを主張し出し。

 

「解った解った。今、解いてやる……あ」

 

 苦笑しつつロープを解き、気づいた。

 

(うわぁ)

 

 肌にロープの痕が付いていたのだ。

 

(へんたいてきな しばりかた した こんせき が くっきり)

 

 おそらくローブの上からだったらここまで酷いことにはなっていなかったと思う。

 

(け、けど大丈夫だ。ローブを着せれば隠れるし)

 

 回復呪文で痕跡も消せる。だから、慌てるような問題はない。

 

(これが原因で新しい扉でも開かない限り大丈……ぶ?)

 

 うん、だいじょうぶ だと しんじたい。

 

「ぷはっ、はぁ、はぁ、縛って……放置とは、中々……ハードなプレイ、だな」

 

 大丈夫と心の中で呪文の様に繰り返しつつ猿ぐつわを外し、直後に聞いた変態の第一声でもう一度ぐるぐる巻きにしたくなったが、何とか自制し、俺は話を切り出した。

 

「先程夫がどうとか言っていたが……それについて話がある」

 

「話?」

 

「ああ。夫になるつもりはない。お前はこの後、バラモスの元に戻るつもりでそう言ったのだろう? 故に、俺は要求する。軍から離反し、俺に忠誠を誓え」

 

 いずれにしても、ここでこの変態な天才をバラモスの元に返す訳にはいかない。

 

「何を言い出すかと思えば」

 

 だが、俺の要求を聞いたトロワは鼻を鳴らし。

 

「……見損なったぞ、人間。確かに貴様はママンの恩」

 

「お前のためにアンから下着を貰ってきたのだが、そ」

 

「マイ・ロード、何なりとご命令を」

 

 続けた言葉を遮って下着を見せたとたん、最後まで言わせるよりも早く足下に跪いた。

 

(いや、こうなることは解ってたけどさ)

 

 思わず素に戻って「早っ」とか叫ぶところだった。

 

「まぁいい。とりあえず、下着を譲り受けた経緯についても教えておこう。それを踏まえてどう動けばアンの心証を良くするであろうかと言う個人的な見解もな」

 

「わ、私のためにそこまで……」

 

 いや、かんげき するのは とめん が くちもと を て で おおう ふり を して わたした ばかり の ぱんつ の におい を かぐな。

 

「このトロワ、マイ・ロードの側にいつも侍り、絶対の忠誠を持ってそのお気持ちに応えることをここに誓わせて頂きます」

 

「あ、ああ……え?」

 

 そして、態度を豹変させた変態の宣言に頷いてから、気づく。

 

(そば に いつも はべり?)

 

 最善と思った判断がとんでもない墓穴を掘ってしまったことに。

 

「無論、マイロードがお望みでしたら、いつでも縛って放置して頂いて構いません」

 

 と いうか、しばって ほうち するの が しゅみ とか ごかい まで されてるんですが。

 

(いちなん さって また いちなん と いう れべる じゃないですよ?)

 

 例えば元バニーさん。俺をご主人様と呼ぶことからこの変態が同じ立ち位置にあると誤解して張り合い兼ねない。

 

(シャルロットは再会したら絶対説明を求めてくるよなぁ)

 

 エピちゃんのお姉さんのこともおばちゃんのことも知っているから、変態なのでウィンディと同じ対処法をしてみたら懐かれてしまったとか説明すれば最終的に納得してくれると思うけれど、そこに辿り着くまでに色々ありそうだ。

 

(けど、最大の問題は魔法使いのお姉さんだろうなぁ、うん)

 

 きっとお説教されるに違いない。

 

(くしなたさん? ああ、また おしおき かも しれませんね、ちくしょうめ)

 

 それもこれも俺が選択した結果だった。

 




ようやく変態を御したと思ったら、忠誠度を上げすぎて色々な方面でやばくなった件。

次回、第四百六十一話「ごめんください、マリク君はご在宅ですか?」




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第四百六十一話「ごめんください、マリク君はご在宅ですか?」

「ところでお前には兄弟が居ると聞いたが、そいつもこちらに来ているのか?」

 

 色々と頭の痛くなる問題は生じたが、何もかも投げ出してベッドでゴロゴロする訳にもいかない。

 

(それに絶望するにはまだ早い。おばちゃんの息子については殆どしらない訳だし)

 

 おばちゃんはぶっ飛んだ変態性を持っていないのだ。息子の方はまともな可能性だってある。

 

(肉親ならトロワの扱いも心得ているだろうし、事情を話せば協力してくれる可能性だってあるかもしれないよね)

 

 これで息子の方も変態だったら絶望しかないが、だとしても変態マザコン娘のいつも侍り発言だけで絶望するのは早すぎると言うことになる。

 

(出来ればまともな方が良いけれど、どのみちおばちゃんの息子の事は聞いておかないといけないことだったんだ)

 

 トロワが離反しても息子が後釜に居座っては結局おばちゃんの子供とバラモス城でやり合うことになってしまうかも知れないし。

 

「いえ、まだアレフガルドかと。しかし、何故?」

 

「お前が離反したことを聞いて、身内の裏切りの責任を取るという形で刺客として差し向けられるやもしれんからな。こちらに来ているようならお前にはいったんバラモスの元に戻りアンの子全員で一斉に出奔した方が都合も良かろう」

 

「成る程」

 

「家族同士で戦うようなことは出来れば避けたいとも思ったが、ふむ」

 

 ここでトロワの離反が知られたとして、息子のほうまでこちらに出てくるには、些少の猶予があると見て良いと思う。

 

(息子の方までこっちに出てこないように離反したことを隠して、一度バラモスの元に戻って貰う……のは、無理か)

 

 大好きな母親がこちらにいれば首を縦に振るとも思えない。

 

(いったんお引き取り願えたらOSIOKIも回避出来るかと思ったんだけどなぁ)

 

 ひとまず諦めるしかないだろう。

 

「とりあえず、予定していた目的地に足を運ぶか」

 

 シャルロットがやって来ないのが些少気にかかるが、格闘場の方で仲間と合流してこれまでの経緯を報告し合っているなら、不思議はない。

 

「荷物は、幸か不幸か出したのはロープと布と耳栓くらいだからな」

 

 これ以上予定を遅らせる訳にもいかず、大した手間でもないと片付け始めた直後だった。

 

「移動……ですか、でしたらマイ・ロードにお願いが!」

 

 トロワが真面目な顔を作って申し出て来たのは。

 

「お願い?」

 

「はい。ママンのあの服装をマイ・ロードのコーディネートとお見受けして、是非私にママンとのペアルックをっ」

 

 オウム返しに尋ね、返ってきたのは。ある意味でもっともマザコンらしいお願いであり。

 

「も、もちろんローブの下は縛って頂いて構いません」

 

「待てい」

 

 誤解が解けていなかったことを思い出すには充分すぎるもの。

 

「後者は俺の趣味ではないから却下するとして、前者をやるには小物が足りん。装飾品などは別行動の弟子に持たせているからな。合流するにも先に本来立ち寄るはずだった場」

 

「マイ・ロード、どうぞ私の背に。そう言うことであれば全速力で向かわせて頂きます。そもそも宿に立ち寄らせ時間をロスする原因を作ったのは私、埋め合わせをさせてください!」

 

 ペアルックが掛かっているからか、俺の言葉さえ遮った変態は後ろを向いてしゃがみ込む。

 

「どうぞ、遠慮はいりません」

 

 いや、えんりょ は いらない と いいます けど ぼんきゅっぼん の おんな の ひと に しがみついて まち を ゆく とか どんな ばつげーむ ですか。

 

(うん、人によってはご褒美かも知れないけどさ)

 

 見た目は悪くなくても実体は変態でマザコンである。

 

「どうぞ、じゃなくてな……まず言っておくが、足の速さなら俺の方が早いぞ?」

 

「えっ」

 

「背中に俺を乗せれば更に遅くなるだろう?」

 

「あっ」

 

 チートな袋を作ってしまうぐらいだからどっちかというと天才だと思ったのだが、ひょっとしてアホの子なのか。

 

(うん、あほのこ でも あるんだ。そうだと おもいたい)

 

 小さな声で作戦は失敗かとか呟いていたような気がするが聞かなかったことにしておこう。

 

「……とにかく、出発するぞ? アンの方には俺から伝えておくから今の内に胸の袋を付け直しておけ」

 

 おばちゃんだけでも人目をひくのに、トロワまで胸が自重しなくなったらどんな視線が集まるか、察しの悪い俺でも解る。

 

「いや……わかると思っていたと言うべきか」

 

 トロワを部屋へ残し、おばちゃんに出発を伝えることもシャルロットがやってきた時のことを考え、伝言を残しておくこともすんなりいった。

 

「結局、こうなる……か」

 

 先頭を歩き、振り返るのは、俺。

 

「はぁはぁ、ママン。ああ、ママン」

 

 最後尾でおばちゃんのお尻に視線を注いで、足下の砂を血で汚すのがトロワ。

 

(こんな事なら、縛って括って荷物として背負うんだった)

 

 後悔も同行者にくわえながら、人通りの少ない路地を優先的に選んで町を目的地に向かい。

 

「これはこれは、ようこそお越し下さいました」

 

「……すまんが、こいつを何処かに寝かせて貰えるか?」

 

 辿り着いた先で俺の顔を覚えていたらしい使用人と出会うと、本来マリクはいるかと問うべき所で、ぐったりした背中の変態を示して俺は尋ねたのだった。

 




トロワ、鼻血の出し過ぎで瀕死になる。

次回、第四百六十二話「王族」


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第四百六十二話「王族」

「申し訳ありません、マリク様はおそらく例の場所に居られるかと」

 

 とりあえず、トロワを寝かせて貰って仕切り直しと言う形で使用人に尋ねたところ、返ってきた答えは概ね予測していた通りのものだった。

 

「そうか、ならば合流は……そちらと言うことになるか」

 

 敢えて格闘場とお互いに具体的な場所の名をあげないのは、今居るのがマリクの屋敷であるからに他ならない。

 

(と言うか、この使用人さんが伏せてるって事は、マリクが修行している場所はまだバレていないってことだよな)

 

 修行に使えそうな広い空間かつ人目につかない場所と考えればあっさり辿り着いても良さそうな気がするけれど、盲点なのだろう。

 

(人どころか捕らえられたりてなづけられた魔物用のトレーニングスペースだもんな。そんなところで王族が修行してるなんて『王族』だからこそ思わない、か)

 

 そう、俺達が修行場所を伏せている理由はマリクの両親とその息がかかった使用人に情報が漏れないようにするためである。

 

(確か、マリクをイシスの王にしたがってるって話だからなぁ)

 

 異国の女性と一緒になるため修行しているなどと知れば、マリクの両親は即座に妨害にでると見てまず間違いない。

 

(まして、女性どころか相手は魔物だし)

 

 一応、現状では異国の女王でもあるのだが、野心を抱いているマリクの両親に明かせば、妙な方向に色気を出すかもしれない。

 

(言いくるめるのは楽になるんだけど、その場合まず間違いなくジパングの王座を手にするようにマリクへ言ってくるよな)

 

 一番最悪のケースはジパングを掌握した上でその国力を使ってイシスを制服しようと企むケースだろうか。

 

(一応マリクは王族だし、おろちとの間に子供が出来れば――)

 

 両王家の血を引く孫こそ二国を支配する王に相応しいとマリクの両親が言い出しても驚かない。

 

(王の座を狙うというか、権力欲に取り付かれる人ってテンプレートがあるのかって疑うぐらい似通った行動を取るイメージがあるもんなぁ)

 

 おろちとマリクがその手の寝言に従うとは思えないが、最後に訪れたジパングの光景を思い出すと、マリクの両親が大それた野望を抱いてもおかしくないように思う。

 

(魔物と人の共存した国ってだけなら、異なる種族が争わず暮らしている桃源郷的なイメージでもいいんだけど、住んでる魔物の一部って元バラモス親衛隊の皆さんだし)

 

 少数精鋭になるが、突出した戦闘力を有していると思う。

 

(こっちの世界で一番魔物の強い場所に配属されていた面々、しかも親衛隊だったってことはその中でもエリートだったわけで)

 

 変態だが、バラモスの下で幾つもの謀略を成功させた軍師であるエピちゃんのお姉さん、部下達に慕われている元親衛隊長のレタイト、一軍を預けても問題ない将が二人居る。

 

(強力な軍事力を持った国家と勘違いするには充分だね、うん)

 

 人は元来自分の信じたいものを信じる生き物だ。

 

(軽挙妄動されるぐらいなら何も告げずマリクをかっ掠って国外逃亡ってのも選択肢の一つだけど)

 

 息子を王にして権力を握るという野望を突然断たれたマリクの両親が自暴自棄になって反乱でも起こしたら笑えない。

 

(何処かで話を付けておく必要はあるよな、やっぱり)

 

 先にマリクと合流して、両親を説得する方法を一緒に模索するべきかとも考えた。

 

(いや、今更か)

 

 そもそもここに来た理由の一つが、マリクの両親をどうにかすることだったのだから。

 

「この部屋ザマスね?」

 

「あ、奥さ」

 

 ノックさえなく、ドアノブが動き、扉が開け放たれる。

 

「たくザマスか、うちのマリクちゃんを誑かした好色盗賊とやらは?」

 

「え゛っ」

 

 いや、ながれてき に からまれる ところ まで は そうていない でしたよ。

 

(けど、こうしょく って……)

 

 酷い誤解だったが、同行していたおばちゃんの格好を鑑みるとここで否定しても説得力は限りなくゼロに近く。

 

「いきなりご挨拶だな……」

 

 出てしまった素を誤魔化すべくポーカーフェイスを復活させると、推定マリクの母親に向き直る。

 

「ご挨拶もなにも、たくのおかげでマリクちゃんはあたくし達に行く先も告げずに屋敷を抜け出すようになったザマス。マリクちゃんはいずれイシスの王となる身、勉学に武術、身につけることはたくさんあってただでさえ時間が足りないぐらいザマスのに」

 

「ほう……」

 

 ここは酷いテンプレと出くわしたと言うべきだろうか。

 

(……語尾がザマスって)

 

 ベタ過ぎて狙ってやってるのかと疑いたくなるレベルザマスって、語尾は一時置いておくとして。

 

「その発言、取りようによっては反逆罪ととられかねんと思うが?」

 

 現女王の隣に夫は居なかったと思うが、年齢を理由に引退するような歳でも無かったように思う。

 

「全力で失言ですよね?」

 

 と言ってみた訳だが、この指摘に態度を変えるとは到底思えず。

 

「ふんっ、あの小娘にそんな度胸がある筈ないザマス」

 

 鼻を慣らしての反応に知れたのは、女王がマリク母の態度に何の対処もしていないという事実。

 

(女王が寛容なのか、それとも)

 

 このザマスさんがあまりにアレ過ぎて処置無しと放り出し、好きにさせてるのか。

 

「ともあれ、ノコノコあたくしの前に姿を現したのは丁度いいザマス。マリクちゃんの居場所、教えて貰うザマスよ! あーた達」

 

「「はっ」」

 

 半ば呆れて見ていた俺の前で、号令をかければ、ザマスの後ろから現れた屈強な男達が俺を取り囲む。

 

(あるぇ、ひょっとして武力行使?)

 

 一応勇者の師匠って事になっているのを知らないのだろうか。

 

「……どう言うつもりだ?」

 

 内心の困惑を隠しつつ、俺は問うた。

 

 




主人公、男達に囲まれ困惑する。

はたして しゅじんこう は この ぴんち を きりぬけられるのだろうか。(ぼうよみ)

次回、第四百六十三話「何だこれは? どうすればいいのだ?」


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第四百六十三話「何だこれは? どうすればいいのだ?」

「わからないザマスか?」

 

 問い返してくるマリク母に、解らないから聞いているんだろうというツッコミが喉元まで出かかったって仕方ないと思う。

 

(おばちゃんが側にいないのは良かったのか悪かったのか。人数は揃えてきているみたいだけど……)

 

 力ずくでどうにか出来ると考えているようなら、むしろ好都合だ。

 

(蹴散らした上で、縛り上げて女王へ突き出せばいい)

 

 マリクには悪い気もするが、先方が手を出してきたなら大義名分が立つし、おろちとマリクを一緒にするための障害も片づく。

 

(ただ、幾ら何でもそこまでバカだとは思えないんだよなぁ)

 

 弟子のシャルロットはイシス防衛戦でかなりの活躍をしていた。

 

(その師匠がたかだか数名の男で何とかなると考えているなんて、あり得ない)

 

 普通に考えれば、だが。

 

「抵抗したければするといいザマスよ。その時はあーたのお友達が大変なことになるかもしれないザマスが」

 

「……そう言うことか」

 

 驚きはしない、取り囲んだ男達の人数とザマスさんの自信からすれば。

 

「ようやく解ったようザマスね」

 

「ああ、ろくでもない状況と言うことはな」

 

 勝ち誇るマリクの母親に俺は肩をすくめ。

 

「なら、大人しくマリクちゃんが何処に通っているのかを教えるザマス」

 

「だが断る」

 

 要求をはね除けた。

 

「な」

 

「だいたい、そんなことを言っている場合か。お前の言う俺のお友達とやらは凶悪な爆発呪文の使い手で、娘の方は変態な上に常識が通じん。力ずくで身柄を押さえようものならこの屋敷を吹き飛ばしかねんのだぞ?」

 

 ザマスさんは要求が通らなかった事に驚いているようだが、正直その驚愕に付き合ってる余裕など無い。寝かせて貰ってる変態マザコン娘の方に残念王族オバハンの手の者が向かったというのは俺の今の状況よりよっぽど問題だった。付き合いが短くてどう動くか予想出来ないのだから。

 

(頼むから屋敷をイオナズンで消し飛ばすとか止めてくれよ?)

 

 トロワには念のためおばちゃんに付き添いを頼んでいるから、最悪の事態は防いでくれると思うけど。

 

(娘より与しやすしと見て、このザマスさんの手下がおばちゃんに手を出そうとでもした日には……)

 

 ぶち切れたアークマージが暴れ回りかねない。

 

「そ、そんな脅しには乗らないザマスよ」

 

「そう思いたければ思うがいい。俺はただ押し通るだけだ。流石にこのまま攻撃呪文をぶっ放されると死人がでかねんのでな」

 

 この屋敷には何人もの使用人が居る。人質なんて卑怯な手を使おうとしたマリクの母は自業自得だが無関係の使用人まで巻き添えにする気もなく。

 

「くっ」

 

「ど、どういたしましょう?」

 

 怯むザマスさんへ男の一人がお伺いを立てた直後だった。

 

「マイ・ロードぉぉぉっ」

 

「べばっ」

 

 バンッと勢いよく開けた扉にマリクの母親が吹っ飛ばされたのは。

 

「トロワ……」

 

 本来なら、ここで無事だったか、とか言うべきなのだろう。

 

(うん、言うべきなんだろうけどさ)

 

 ポタポタと、床に血が落ちた。

 

「マイロード、やはりおんぶは最高ですよ。ママンのおっぱいが背中に当たって……うっ」

 

「まぁまぁ、トロワ大丈夫?」

 

 勢いよく吹き出た鼻血に変態の背中にいたおばちゃんが心配しているが、ある意味で大丈夫じゃないと言うか、これを無事であると言って良いかと聞かれると頷いていいモノか迷う。

 

「……まぁ、何だ。若干言葉に困るが、人質は居なくなったな」

 

 ついでに指揮を執る筈のマリクの母親は床か扉で頭を打ったらしく気絶しており。

 

(これって、一応トロワを褒めておくべきかなぁ?)

 

 俺の頭を悩ませたが、いつまでもただ突っ立っている訳にもいかない。

 

「まだ、やるつもりか?」

 

 状況に理解が追いつかず、棒立ちになっていた男達に問いかけつつ俺は身構え、最終通告する。

 

(いくら人間じゃないとは言え、出血過多で寝かされていた後なのにあの出血だもんな)

 

 変態マザコン娘の方はこのまま放置すると拙い。

 

(出血と言えば、床の血って俺達で掃除すべきとか?)

 

 汚したのはトロワだが、体調的に床掃除が出来るとは思えないし、おばちゃんが掃除する姿を見て追加の鼻血を出されても困る。

 

「アン、そこに転がってる女の確保を頼む」

 

 指示を出したのは、トロワからおばちゃんを引っぺがす為であり、やられたことをそのままお返しする為でもある。

 

「奥様? させ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

「ぐげっ」

 

 こちらの意図に気づき、おばちゃんへ襲いかかろうとした男の背へ部屋にあった壺を投げつけ、直撃した男が倒れたことで生じた穴を利用してそのまま包囲を抜ける。

 

「あ」

 

「しまった」

 

「完全に形成は逆転だな」

 

 唯一の優位だった包囲も解けてしまい、主は囚われ、助け出すにはまず俺を何とかするしかない。

 

「さて、これ以上時間をかける訳にもいかん。大人げないが、少々本気を出させて貰うぞ」

 

「くっ、怯むな、かかれぇっ!」

 

 この状況下、追いつめられれば暴発するのは想定内。

 

「がばっ」

 

「ぶべっ」

 

 そして、一人目が壺一つでダウンしたことから予想は出来ていたが、全員を片付けるのにも大して時間はかからなかった。

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

「とりあえず、後は縛るだけだな。余計な時間をかけてしまったが……」

 

 説得した場合、どれだけ時間がかかるかを思えば、まだマシか。

 

「この女の処遇も決めねばならん」

 

 個人的には国に着き出して処分して貰うつもりだったが、これでも一応マリクの親には違いない。

 

(なら、次は格闘場だな)

 

 床に転がったままのザマスさんから扉に視線を戻すと俺は鞄からロープを取り出した。

 

 

 




今日は○ッキーの日だったと思ったので、シャルロットが主人公にポッ○ーゲームをねだる小話を書こうかとちらっと思いましたが、自重しました。

そしてやっぱり縛る主人公。

次回、第四百六十四話「判断を委ねる」

ようやくシャルロットの出番が再び……かな?


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第四百六十四話「判断を委ねる」

「選択は間違えていない……筈だ」

 

 なのに、思わず考えてしまう。これで良かったのか、と。

 

(もう、今更なんだけどな)

 

 取り出したロープでマリクの母親と部下の男達を縛り上げ、おばちゃんに見張りを頼むとマリクの屋敷を後にした俺はモンスター格闘場に向かっていた。

 

「ううん、ママン……ママンと一緒にいられるなら……」

 

 寝言を漏らす変態を背負いながら。

 

「……はぁ」

 

 思わず零れるため息は、おばちゃんと充分張り合える膨らみを背中に押しつけて寝ているマザコン娘へのモノか、それとも自分から火種を背負ってシャルロット達へ会いに行くことにした自分に向けたものか。

 

(解ってる、必須だったんだ。このままおばちゃんの側に置いておいたら、それこそ出血多量で蘇生呪文の出番が訪れかねないから、おばちゃんとコイツを引き離すことは)

 

 そして、トロワは言っていた。常に俺の側に侍り忠誠を捧げると。

 

(動機はアレだけど、マリクの母親が現れた時、貧血の身を押して駆けつけてくれたのは事実なんだよなぁ)

 

 変態な上にマザコンで、アホの子疑惑も持ち上がってはいるが、相応に忠誠を尽くそうとしていてくれるなら、置いていって誓いを違わせる訳にはいかない。

 

(ザマスさんを捕縛出来たのだってコイツのお陰だし)

 

 側に侍るのを許可したとかデレたとか、そんなんじゃない。

 

(そもそも、コイツにとってご褒美なのは俺の側に居ることじゃなくておばちゃんの側に居ることだし)

 

 おばちゃんから引き離す形になっているのだから、トロワから見れば褒美と言うより罰だろう。

 

(まぁ、俺は別を与えるつもりなんてないんだけど)

 

 俺がしておきたいのは、確認だ。常に側に侍るというなら、おばちゃんと離れざるを得ないような状況に陥った場合、どうするのかと聞きたいのだ。

 

(耐えきれないから前言撤回、と言うならそれで良い。むしろそうしてくれた方が助かるぐらいだから)

 

 問題は、むしろ逆を選んだ場合。誓いを守ろうとした場合となる。

 

(常に側にってのが曲者だ)

 

 見た目だけなら、おばちゃんに迫るスタイルの女性におはようからおやすみまで密着されればどうなるかぐらい俺にだって想像はつく。

 

(寝室一緒は当たり前。トイレや風呂にまでついてくるってのがテンプレだっけ)

 

 こっちが拒否したとしても社会的立場がやう゛ぁいことになるのはほぼ確定だろう。

 

(そして、ちちおや を とられた と おもった しゃるろっと が はりあったり するんですね、わかります)

 

 最後に全てをひっくるめた件でまほうつかいのお姉さんに説教されると言うところまでは、予想も出来た。

 

「まぁ……コイツが母親より俺を取る訳がないか」

 

 ある意味で安心の変態マザコンっぷりは散々見せて貰ってるのだ。

 

(あるかもしれない可能性よりも優先すべきは目の前の問題だろうし)

 

 一応、トロワのことをシャルロット達にどう説明するかというのも問題と言えば問題だが、最優先すべきは、マリクがおろちの婿に相応しい男になったかの確認だと思う。

 

(ザマスさんが武力行使なんて手段に出ようとしたのも、息子を思い通り動かす障害に俺がなったからだもんなぁ)

 

 現時点でOKサインが出せる男に成長していたなら、おろちの元まで連れて行けばいい。

 

(おろちがマリクとくっつくかは解らないけれど……)

 

 結果は出る。そこでおろちがマリクを受け入れれば、もうこそこそ隠れて修行をする必要はなくなるし、配偶者の親としてジパングで権力を振るおうにもおろちがそれを許すとは思えない。

 

(原作でおろちが倒された後には新しい女王が国を治め始めてたことを考えると、後継者に国を譲って逃避行という手段だってとれる筈)

 

 その場合、アレフガルドに渡って竜の女王の子供を育てるのだろうか。

 

「ふ……こんなところで考えたところで答えは出ない、か」

 

 ザマスさんの処遇にしてもマリクに問う必要がある。

 

(判断を委ねた結果どうするのかは気になるけれど、あのマリクなら俺と違ってやらかしたりはしないだろうし)

 

 つい先程会ったばかりの赤の他人より肉親であるマリクの方があのザマスさんには詳しいとも思う。

 

(それに……ね)

 

 マリクに会わなければと言うのとは直接関係ないが、出来れば背中の荷物を早く降ろしたいのだ。

 

「んん……ママンっ、ママン」

 

 夢の中で俺をおばちゃんと勘違いでもしているのか。

 

(せなか の へんたいさん が むね を おれ の せなか に こすりつける という きこう を はじめているのですよ)

 

 ちなみに、背負う前にあの乳袋は外してある。あの袋、外側からの衝撃にはあまり強くないらしく、摩擦で破れる可能性もあるからと言うのが理由だけれど。

 

(たしか に すごい まさつ だなぁ)

 

 視線が自然に遠くなる。

 

(もう やだ この へんたい)

 

 これはあれだろうか、性格の変わる本とか読ませたらまともになるだろうか。

 

(毒をもって毒を制す、このレベルの変態ならあのがーたーべるとでも付けた方がまともになるんじゃ……)

 

 などと思ったのは、一瞬だった。

 

「はぁ、はぁ……マイ・ロード。今から……ママンの前で……孫を」

 

 脳内で現状に輪をかけてやばい奴が誕生し、息を乱しつつ服を脱ぎ始めたのだ。

 

(ごめんなさい、嘘です。嘘だから止めて下さい俺の想像力)

 

 駄目だ、あまえんぼうだと現状維持。せくしーぎゃるだと駄目な方向に突き抜ける。

 

(そう言う意味で、コイツをこっちに連れてきたのは正解かな。まかり間違って宝物庫のえっちな本とか読んでしまったらどうなっていたことか)

 

 最悪の事態を防げたというのに全然嬉しくないまま、俺はやがて格闘場の前に辿り着き。

 

「えっ、お、お師匠様?!」

 

 呆然と立ちつくすシャルロットとばったり出くわしたのだった。

 




次回、第四百六十五話「誰にとっての想定外」


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第四百六十五話「誰にとっての想定外」

「ちょっと待っていて下さい、みんなを呼んできますから」

 

 暫く固まっていたシャルロットは、我に返るなりそう言って格闘場へ戻っていった。

 

「……説明、しそびれたな」

 

 変な誤解を招かぬ為にもさっさと背中の変態の事は話して起きたかったのだが、こうなってしまっては是非もない。

 

(それにしても、相当動揺してたみたいだなぁ、シャルロット)

 

 トロワの身体が人目を引かないようマントの下に入れて隠してはいたものの人一人をその程度で隠すなど不可能。こんもり盛り上がっていたと思うのに、スルーされたのだ。

 

「何にしても……とりあえず、コイツは降ろしておくか」

 

 再会したと思った瞬間に背中の上で変態行為を再開されてはたまらない。

 

(降ろしてる最中を見られて誤解されるって言うのも定番のパターンだけどね)

 

 こういう時、盗賊で良かったとつくづく思う。

 

(まぁ営業中の格闘場だし、シャルロット達以外にも人が出てくる可能性はあるんだけど)

 

 どちらにしても誰か近づいているかそうでないかぐらいはわかる。

 

「今の内、だな」

 

 まず周囲を確認してから一番上にかけていたゆったり目のマントをはがして敷き、そこにトロワを横たえる。この時、寝ぼけたトロワに腕を取られないよう注意しましょう。

 

(って、何で料理番組の説明みたいなことになってんの?)

 

 動揺していたのは俺も同じだったと言うことか。

 

(とにかく、降ろして寝かせなきゃ)

 

 マントを既に外して敷いてしまった今、背中の変態は丸見えだ。

 

(いくら動揺してるシャルロットだって気づくし、戻ってくるシャルロットは他のみんなも連れてくる)

 

 シャルロット達が来た時、寝かせる途中で角度的に覆い被さっているように見えたら、それだけで充分めんどくさいことになる。

 

「ふぅ、これでひとまずは大丈夫か」

 

「ん……ママン」

 

「……と言うか、そろそろ起きても良さそうな気がするが」

 

 寝言を漏らす変態マザコン娘を横目で見つつ、格闘場の入り口にも気を配る。

 

(まだ気は抜けない。あっちが……シャルロット達が来たのを見計らったかのように目を覚ます可能性だってあるんだから)

 

 本来なら、シャルロットに会う前に口裏合わせをしておきたいところだったが、相手は色々斜め上に突き抜けたマザコンである。

 

(仮にここで目を覚ましたとしても、話し合いどころじゃないよな、うん)

 

 まず、おばちゃんの居場所を聞いてくる。

 

(プラスしてこうなった経緯、かな)

 

 忠誠を誓うと言っては居たが、実の母親のパンツを貰って忠誠を誓うレベルなのだ。おばちゃんを最優先してもおかしいところはない。

 

(あと問題なのは……俺達を勇者一行だって気づいてなかったことかな)

 

 バラモス軍から離反したので、シャルロットが勇者と知る分には問題ない。

 

(拙いのは、前の肩書きを名乗っちゃう場合かな)

 

 過去にバラモスの元を去ってこちらについたレタイト達の事があるから、元と訂正すれば一瞬即発の空気になったりはしないと思うものの、不安要素しかないのが、シャルロット達を待つ時間の中、ストレスに変わって苛む。

 

(っ、耐えなきゃ。おばちゃんの子供は最低でもまだ一人はいるんだ)

 

 出来れば息子の方はまともな人であって欲しい。

 

「お師匠様ぁ~」

 

「ご主人様ぁ~」

 

「っと、いかん。考え事に意識を傾けすぎたか」

 

 元バニーさんに至っては随分久しぶりの再会のような気がするものの、おそらく気のせいだろう。

 

(色々あったからなぁ、何だか精神的に疲れることが多かった気もするし)

 

 癒やされたい、と声には出さず思う。

 

「ご、ご主人様、聞いてくだっ、あ」

 

「あ」

 

 思いつつ抱きつかれて、足を取られた。

 

「くっ」

 

 そのまま倒れれば、変態の上。どんなオチが待っているかは想像がつく。

 

「危ないところだった、な」

 

 持ちこたえられたのは、身体のスペックのお陰か。

 

「す、すみません」

 

「しかし、強くなった」

 

 足を取られたとは言え、転倒防止に身体のスペックを頼ることになったのは、元バニーさんが成長したからでもある。

 

(敢えて言っておくけど、成長っていっても胸の事じゃないですよ?)

 

 心の中で弁解してしまう理由は解らない。

 

「あふ……ママン?」

 

 いや、そんなことを考えてる場合じゃないと言うべきか。

 

(ちょっ、割と取り込み中なこのタイミングで)

 

 足下で何かがむくりと起きあがる気配がしたかと思えば、それは徐にしがみついたのだ。

 

「ママんぶっ」

 

「ひっ」

 

 元バニーさんの下半身へ、顔を丁度お尻に埋める形で。

 

「くっ」

 

 流石にこれは想定、だが放置出来るはずもない。

 

「すまん……何をしている!」

 

「んべっ」

 

 短く詫びてから、俺は元バニーさんを振り解き、しゃがみ込みながら回り込んで変態に弱めのチョップを叩き込んだのだった。

 

「復活早々これとは……」

 

 失血で寝ていた相手だからと若干手加減はしたが、いきなりなにをやらかしてくれやがるのか。

 

(まぁ、勇者一行じゃ元バニーさんが一番大きいけどさぁ)

 

 何がとは言わないが、そも大きいからといって色々と駄目だろうとも思う。

 

「……とりあえず、説明をして頂けますわね?」

 

 いや、まず駄目なのは一部始終を魔法使いのお姉さんに見られてしまった俺か。

 

(俺達のお説教は、これからだっ!)

 

 再会の初っぱなから最悪であった。

 




ある意味既定路線の様にやらかしたトロワ。

割と最悪の初顔合わせとなった変態マザコンと勇者一行。

主人公を待つお説教とは?

次回、第四百六十六話「修行の成果」





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第四百六十六話「修行の成果」

「で、このエロ……エロムラサキは何者ですの?」

 

 いきなり本題に入ってきたというのは、それだけお冠と言うことだろう。

 

「アンの娘だ」

 

「アン……って言うと、お師匠様」

 

「ああ、ローブも同じモノだし、マリク以外は面識があるだろう?」

 

 確かおばちゃんと始めに出会ったのは、イシス防衛戦のあとサイモンやシャルロット以外の勇者一行と再会すべくこのイシスを立って北西に進んでいた時のこと。

 

(砂に埋まってたおばちゃんを助けたのが最初だったわけだけど、助けたおばちゃんが加わってそれ程経たない内に元バニーさんや魔法使いのお姉さん達とは合流出来た筈)

 

 魔法使いのお姉さんがせくしーぎゃるっていたと言うインパクト抜群の再会だったので、覚えているとは思うが、流石に口に出すのは憚られた。

 

「そう言えば顔もよく似てますね。あと……えっと、スタイルも」

 

「まぁ、な。今まで母親を捜していたらしくてな。離ればなれになっていた反動なのかどうかまでは知らんが、身内のパンツを覆面にした変態のお仲間というのが一番解りやすい説明だろう」

 

 解りやすいというか、対象が違うだけで変態度合いはせくしーぎゃるったエピちゃんのお姉さんと良い勝負だと思う。

 

「それで、母親が好きすぎて興奮して倒れてな。このまま母親と一緒にしておくとまた倒れかねんこともあるし、お前達と顔合わせしておくべきかと思って連れてきたのだが……注意不足だった、すまん」

 

 寝起きで間違えたと言うことだろうが、俺の背中で変態行為をしていた時点で気づくべきだったのだ、犠牲になる可能性があるのは、おばちゃんだけではないと。

 

「とりあえず、納得したかどうかはさておき、謝罪は受け取りましたわ。つまり、寝起きは昔のエロウサギに匹敵する危険人物と言うことですわね」

 

「すっ、すみません」

 

 引き合いに出され、頭を下げてる元バニーさんには若干申し訳ないが、概ね間違っていない気がする。

 

「詳しい説明をすると長くなるからな。とりあえずイエスと答えておくとして、話を変えるぞ? シャルロットから聞いているかも知れないが、イシスに来た俺達は二手に分かれた。マリクが屋敷の方に居る可能性を考慮した訳だが……」

 

「僕が、ですか?」

 

「ああ。格闘場に皆いるなら良いが、念のためにな。で、屋敷に向かったまでは良かった……いや、まぁ母親をさがしていたコイツと出会ったり色々あったが、良かったとしておこう。屋敷について、マリクが戻っていないか聞いてるとマリクの母親がやって来てな」

 

 ザマスさん達の処遇は早めに決めておく必要がある。

 

「……そうですか、母が」

 

「どうするかに関してはお前の修行の完成度合いも関わってくるからな。おろちの所にもう行っても問題ないようなら良いが、隠れて修行を続ける必要があるなら……」

 

「……すみません、気を遣って頂いたようですね。安心してください、とまで言っていいかどうかは不明ですが、竜に変身する呪文でしたら身につけました」

 

「ほう」

 

 語末を濁した俺の発言に返ってきたマリクの台詞良い方の想定内。

 

(まぁ、発泡型潰れ灰色生き物とひたすら修行してればそうなるか)

 

 となると、元バニーさん達賢者二名にもほのかに期待してしまうが、賢者は全職業中一番レベルが上がりにくかった。

 

(過度の期待は禁物だな)

 

 それでもバラモス戦を想定して充分通用するレベルの戦力になっていて欲しいと思う。

 

「ならば、見せて貰おう」

 

 ドラゴラムで変身した竜の容姿に個人差があるのかはチェックしておかねばなるまい。

 

「他の者がどれだけ成長しているかも気になるが、修行用に借りた部屋なら周囲に迷惑はかからん。それに、成長度合いによってはそれこそ次の目的地を変えることも可能だろうしな」

 

 過度の期待は禁物と言ったばかりだが、解錠呪文を覚える所まで成長しているようであれば、鍵の入手を後回しにしてバラモスを倒しに行っても良いのだ。

 

「ですけど、良いんですか? 僕が言うのも何ですが、母は何をするか解りませんし」

 

「いや、お前の母ならこちらで見張りを付けている。心配には及ばん。むしろ、何をするか解らないならそれこそ急いで確認を終わらせるべきだろう」

 

 竜の女王の寿命という問題もある。マリクの恋が実ったなら、一直線に竜の女王の城へ向かい、報告したい。

 

「わかりました。どうぞ、こちらへ……と、言わなくても場所はご存じですね?」

 

「まぁ、借りたのが俺だからな」

 

 促すマリクに苦笑を返し、向かう先はもう決まっている。

 

「ふふふ、竜化の呪文の確認なら比較対象がいりますわよね?」

 

「そうなって来ますと、比較対象は多い方が良いかも知れませんな」

 

「と言うことですわ、エロウサギ。全員でドラゴラム、異論はありませんわね?」

 

「は、はい」

 

 えーと、なんだかもう決定事項みたいに魔法使いのお姉さんが言っているのだけれど、つまり、修行をした全員がドラゴラムを覚えたとかそう言うことだろうか。

 

(なにそれ、こわい)

 

 と言うか、どんな修行をしたらこの短期間でそこまでの高みに登れるのか。

 

(いくら発泡型潰れ灰色生き物とひたすら模擬戦出来るからって……)

 

 一体どんな修行をしたというのか。

 

「これが、修行用の設備ですわ」

 

「は?」

 

 部屋につき、示されたモノにまず目を疑った。はぐれメタル風呂だと聞いて、引きつった。

 

(えーと、と言うことは女性陣もこれやったんだよね?)

 

 頭を抱えるべきか、そこまでして強くなった元バニーさん達に頭を下げるべきか。

 

(おれ には とても できない)

 

 まぁ、やってもレベルカンストの俺では何の意味もないのだけれど。

 

「さて、お次は竜の姿ですわね。ドラゴラム」

 

「「ドラゴラム」」

 

「え」

 

 はぐれメタル風呂に目を奪われて一瞬反応が遅れた俺は、まるで合いことばのように唱えられた呪文の方を振り返り、見た。

 

「「グオオォォッ」」

 

 竜と化し吼える四人の姿を。

 




?「ドラゴラムは使うなよ」

?「了解、ドラゴラム」

ドラゴラムとトランザムってなんかちょっと響きが似てますよね?

次回、第四百六十七話「次の行き先」

ジパングへだとネタバレしちゃいますので、このサブタイもやむなしなのです。


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第四百六十七話「次の行き先」

 

「成る程な」

 

 壮観と言うべきだろうか。巨大な竜が視界の中に四体並びなかなかの迫力だと思うと同時に気づいたことがある。

 

「やはり、個人差はあるのか」

 

 いや、個人差というのもおかしいかも知れない。四体の竜の内、三体は似通った容姿で、一体だけ顕著に違う個体があったのだから。

 

「……まぁ、話は呪文の効果が切れた後の方が良さそうか。シャルロット」

 

「は、はい」

 

「ミリー達の変身した竜を見てどう思う?」

 

 名指しで質問したことには、自分の考えが他者からずれていないかという程度の、せいぜい答え合わせ程度の意味しかない。

 

「え、ええと……ミリー達だけ同じというか」

 

「マリクの竜だけ随分違ったな」

 

「ですね。と言うか、ボクはちょっと驚いたんですけど……ボクがドラゴンって言われて思い浮かべるものと一人だけ随分違っていましたから」

 

「やはり、そうか」

 

 こちらの言葉に応じたシャルロットの話に確信する。

 

「えっ、やはり、ですか?」

 

「ああ。魔法使いの使う変身呪文は他にも存在するんだが、この変身呪文にはイメージが関係するらしい」

 

 今回のケースでは己の抱いた竜のイメージを参考に四人は竜へと変じたのだと思う。

 

「それで、変身後の姿が似通っている三人は全員がアリアハンの出身。ドラゴンと言われて三人の変身した者がイメージに近いと言ったお前もアリアハンの出身だろう?」

 

 ここに一つの仮説が立つ。

 

「アリアハンには『竜と言えば、これ』と言える程のモデルになる何かが存在していて、三人だけが似通った形になったのは、同じモノを参考にしたからだ、と言う仮説がな」

 

 これなら、二種に容姿が別れた説明がつく。完璧な理論だと少しだけ俺は自画自賛し。

 

「ええと……お師匠様、その」

 

「ん? どうした、シャルロット」

 

「ミリー達の変身が似てるのって、アリアハンにモデルと言うか……スレッジさんの変身をお手本にしたからじゃ?」

 

 よりにもよってシャルロットの前で大恥をかいた。

 

(……言われてみればそうだよ。ジパングで引率したのに)

 

 何故、先人をお手本にした者とその他の違いと気づかなかった。

 

(って、失敗したと思うのも早計か)

 

 声は上げなかったし、俺にはポーカーフェイスがある。

 

「……よくその可能性に気づいたな?」

 

「えへへ。じゃあ、やっぱりお師匠様も」

 

「あくまで、仮説が立つと言っただけだからな」

 

 うそ です。してき される まで わすれてました、ごめんなさい。

 

(とは言えシャルロットのお師匠様像を壊す訳にも行かないし)

 

 後ろめたいが、今回だけは知ったかぶりを押し通そう。

 

「しかし、スレッジの変身した竜と三人の竜が似ているとすれば、マリクは全く別の竜と言うことになるな」

 

 おろちに気に入って貰えるかという意味合いで不安要素が増えてしまったが、だからといってアランの元オッサンを差し出す訳にもいかない。

 

「いや、イメージが影響するなら他の三人をお手本にドラゴラムで変身して貰うなら、あるいは――」

 

 問題はマリクがそれを良しとするかだが、説得しようにもドラゴラムの効果は持続中。まともな会話にならないだろう。

 

(思考力落ちるからなぁ、変身中)

 

 この辺りは体験した身だからよくわかる。

 

「お師匠様……」

 

「ん?」

 

「次の目的地でつけど」

 

「ああ。とりあえず、マリクがスレッジのモノに似た竜になれるかとは関係なくジパング、だろうな。まだあまり日は経っていないが、竜の女王の事も気にかかる」

 

 首尾良くカップルが誕生すれば、残る目的は二つ。

 

(最後の鍵はこの調子ならスルーしても何ら問題はない。となると、バラモスとの決戦か)

 

 時間をかけすぎれば、トロワの離反に気づいたバラモスが新たな人材を呼びかねない。

 

(おばちゃんの息子とか召喚されたらめんどくさいことになるし)

 

 呼ばれたなら探す手間は省けると言う一面があるかも知れないが、そもそもおばちゃんの息子が呼ばれると言う保証はない。

 

(ウィンディとトロワに並び立つ変態だったりした日には……ねぇ)

 

 間にあっさり倒されたエビルマージも居たような気がするが、あれだってあっさり倒すことは出来たモノの、ルーラを利用して想定外の場所から味方を出撃させるという斜め上な戦法を編み出した曲者だったはずだ。

 

(倒しちゃったからあれだけど、実は私生活では二人と同レベルの変態だったかもしれないし)

 

 バラモス軍は変態揃いだったから、それこそやっぱり出終わりそうな気がする。

 

(って、何の話だったっけ? ああ、そうかおばちゃんの息子の話、か)

 

 息子に関しては最初におばちゃんの立てたプラン通り、シャルロットにおばちゃんが同行して敵として出遭ったら説得のパターンで良いと思う。

 

(いや、その前にトロワから出来る限り情報を貰った方が良いかも。うーん、そうなってくるとこの話は後だな。この場で話すとシャルロット達に大魔王ゾーマの存在が知られてしまうし)

 

 順番から言っても、マリクの母親の処置決定の話が先だ。

 

「あとは、あちらか……」

 

 ちらりと見てみたが、四人のドラゴラムはまだ解けそうになかった。

 

 




え? マリクの竜の姿ですか?

ラーの○神竜とか?

うん、冗談です。

尚、この冗談を仕込む為に彼をマリクという何したかはご想像にお任せするのです。

次回、第四百六十八話「何度目だったかな、ここに来るのも」


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第四百六十八話「何度目だったかな、あそこへ向かうのも」

「母ですが、国に裁きを委ねようと思います」

 

 竜化が解け話を切り出せば、短い沈黙の後、マリクはそう答えた。

 

「それで良いのか?」

 

「いつか何かをしでかすんじゃないかとは思っていましたから……僕の言うことには前から耳を貸さない人でしたし」

 

 確認に見せた表情と口ぶりからすると、諫めたことはあったのだろう。

 

「今回のことは父でも庇いきれないでしょう。しかも、危害を加えようとした相手があなたですからね。むしろ、父も母のしでかしたことの責任を追及されるかもしれません」

 

「……一応聞いておくが、減刑の為に口添えする必要はあるか?」

 

 何処か悲しげな表情のマリクは俺に尋ねられると無言で首を横に振り。

 

「……そうか」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「いや、お前からすれば意中の相手に思いを伝え、添い遂げようとしているだけなのだろうが、俺の立場からすれば竜の女王からの頼まれごとを代わりに果たして貰うようなものだからな」

 

 申し訳ない気持ちもあるし、出来ることがあるならさせて貰いたいと思っただけなのだけれど。

 

「気にしないで下さい。そもそも、まだあの方が僕を、僕の思いを受け入れてくれる保証がある訳でもありませんし」

 

「いや、それについては俺に一つ考えがある」

 

 おろちは異性に求める条件を強さだと言っていた。

 

「つまり、戦って相応の強さがあることを証明出来れば――」

 

 おろちが振り向く可能性は、高い。

 

「……すみません、出発の時間はいつになりますか?」

 

 俺が説明を終えるとすぐにマリクは尋ね。

 

「そうだな、そこは他の皆とも相談せねばならん。断言は出来んが……無理はするなよ?」

 

 このタイミングで出発時間を聞くと言うことは、時間の許す限り強くなるつもりなのだろう。

 

(すごいなぁ ほんとう に)

 

 ただ、そのレベルを上げる、強くなる手段は発泡型潰れ灰色生き物にもみくちゃにされるという苦行なのだ。

 

(もし俺が好きな人のために必要だったとしたら、同じ事が出来るだろうか……って、何でシャルロットが)

 

 好きな人で真っ先に浮かんできた顔に胸中で頭を抱える。

 

「さて、ならば俺達は出発の準備をするか」

 

 口をついて出たのは別の言葉だったけれど。

 

「そうでつね。それじゃあ、ボクは部屋を取っていた宿を引き払いに行きます」

 

「そうか、頼む」

 

「はい、行ってきます」

 

 俺の声へ真っ先に反応したのは、シャルロットで、すぐさま踵を返して部屋を後にし。

 

「それと、マリクの屋敷に居るア」

 

「マイ・ロード!」

 

 アンの所に戻らねばなと続けようとした時だった、マザコン変態娘が声を上げたのは。

 

(ちょっ)

 

 言いたいことはわかる。自分が行きたいと言うことなのだろう。それは良いが、問題は呼び方だ。

 

「「まい、ろーどぉ?」」

 

 見事にハモった声の主達は揃って俺を見る。

 

(ああっ、やっぱりぃぃ)

 

 この展開は、パンツ一枚で忠誠を誓わせた罰だろうか。シャルロットが席を外していてくれたのが唯一の救いかもしれないが、他の面々の前で呼ばれてしまったのだ、シャルロットに伝わるのも時間の問題だろう。

 

(きやすめ にも ならない じゃない ですかー、やだー)

 

 いや、その前に。

 

「マイ・ロード、母の元に」

 

「っ、解ったから暫く黙っていろ」

 

 ああやっぱり空気を読まず主張してきたと思いつつ俺は命じる。

 

「はっ」

 

 それで、マザコン娘自体は納得したようだが、他の皆様が納得してくださる筈がない。

 

「……ご主人様、どういう……ことですか?」

 

「説明して頂けますわね?」

 

「それは、だな……」

 

 どうしてこうも毎回毎回ピンチはやって来るのか。

 

「サラ、さっきコイツのことを危険人物と評したな?」

 

「えっ、あ、確かに……言いました、けど」

 

「なら、何らかの方法で制御するしか有るまい? そう思った俺がコイツと交渉して忠誠を誓わせた、端的に言うとただそれだけのことだ」

 

 嘘は、言っていない。取引材料におばちゃんのパンツを使ったとはとても言えなかったが。

 

「結果としてそう呼ばれることにはなったが、忠誠を誓わせたのは俺だからな。主人として認めることに抗議する訳にもいかん」

 

 そも、呼称一つに目くじらを立てるなら、魔法使いのお姉さんが元バニーさんを呼ぶ時のエロウサギとか、元バニーさんが俺を呼ぶ時のご主人様呼びだって問題になる。

 

「まぁ、初めて見る者が聞き慣れない呼称で知り合いを呼んでいたなら気になるという所までは解るがな」

 

 いくらかは屁理屈だったけれど、われながら上手く話を纏められたと思う。

 

(後はおばちゃんの元に行くって名目でトロワとここを出て、アンと合流してから相談すればいい)

 

 こうしておばちゃんを餌に口を噤ませた俺は、王城への伝言を頼むと同時にモンスター格闘場を後にするとマリクの屋敷へ戻り。

 

「夫人とその部下については我々がお預かりします」

 

「すまん、手間をかけるな」

 

「いえ、聞けば救国の英雄であるシャルロット様の師であり、アッサラームを呪いから救ったあなたを脅迫しようとしたと言うではありませんか」

 

 頭を下げるのはこちらですと言う兵士にマリクの母を預けると、シャルロット達が待つ格闘場へと向かう。

 

(合流すればいよいよ、かぁ。何度目だったかな、あそこへ向かうのも)

 

 やはり中身は日本人と言うことか、ジパングのことを思い出すと米飯が恋しくなる。

 

(いや、個人的な欲求なんて後だな。まずは何としてもマリクにおろちのハートを射止めて貰わないと)

 

 いかに原作の知識が有ろうとも、この手のイレギュラーに関しては全くの無力だ。俺は通りを歩きつつ、うまく行くことを祈る事しかできなかった。

 

 




ぎゃぁぁぁぁ、ジパング到達出来なかったぁぁぁっ!

サブタイの無断変更含め申し訳ありませぬ。

次回、第四百六十九話「心は逸り、結果を知りたがる」

マリクの恋、実るか否か。


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第四百六十九話「心は逸り、結果を知りたがる」

「はぁ、はぁ、はぁ……お待たせしました」

 

 格闘場に戻って一番最後に顔を見せたのは荒い息をしたマリクだったのは、本当に時間ギリギリまで己を磨いていたのだろう。

 

(これだけやってるんだ、自ずと結果は着いてくると思うけれど)

 

 自分の事ではないのに気にかかるのは、ある意味で俺の身代わりをさせるようなモノだからか。

 

(いくら人の姿が美人でもなぁ……うん)

 

 思い出すのは、頭が複数有るからか、ずんぐりとして太い胴体のフォルム。

 

(駄目だ、人の身体だからどうのこうのと言う前提がなかったとしても無理だ)

 

 逆説的におろちに手を出してしまうようなケースがあるとしたら、おろちは人の姿限定の上、まともな判断力を奪われているケースぐらいだろう。

 

(って、何でおろちと夫婦になる事を検討してるんだろ、俺。縁起でもない)

 

 と言うか、やはりここはマリクに全力でおろちを射止めて貰おう。

 

「……揃ったな。荷物の準備は出来ているか?」

 

「「はい」」

 

「ええ」

 

 俺の確認に幾つかの声が重なり、否定の返事はゼロ。

 

「シャルロット、頼む」

 

「はい、いきまつ! ルーラッ」

 

 完成したシャルロットの呪文が俺達を即座に持ち上げ、空の旅へと誘う。

 

「さて、後は現地に着いてから、か」

 

 元バニーさんのおじさまや空気を読まない殺人鬼、元バラモス親衛隊の魔物達など、彼の地に、ジパングに着けば再会出来る者も多いが、やはり気になるのは、マリクの恋の行方で。

 

(心は逸り、結果を知りたがる。まだ現地にも着いていない今、どうしようもないというのに)

 

 今の俺に出来ることがあるとすれば、マリクが己の強さを証明しようとする時に小細工をすることぐらいだ。

 

(確か、魔法使いはミスリルヘルムが装備出来たはず。武器は炎のブーメランかな)

 

 出来うる限りの装備で守りを固めて、当人にもスカラの呪文で防御力を底上げさせれば、警戒すべきは炎のみ。

 

(更にシャルロットがけんじゃのいしを貸せば、多分一対一でも渡り合える筈)

 

 流石にそこまでやるのは、やり過ぎと言われるかも知れないが、無かったとしてもおろちに認めさせる程度の強さには至っていると思う。

 

「いかんな、おろちと交際を望むのはマリクだというのに」

 

 一人で考えていても仕方ない。

 

「そも、疲弊した状態で勝負を挑ませても結果は見えているしな」

 

 ジパングに一泊しつつ作戦会議をし、おろちにアタックするのは翌日にすべきだろう。

 

「ただ、な……」

 

 焦ったりすることに未熟さを感じつつも、思うのだ。

 

(なんで さゆう の うで に まざこん と もとばにーさん が くっついてるの?)

 

 思わず現実逃避に色々考えてしまうのはぜひもなく。

 

「着地の時、そんなにくっついていると着地に失敗しかねんぞ?」

 

「す、すみません、ご主人様。ですけど……その」

 

「マイ・ロード。あなたを主と仰ぐ者が二人居れば、こうなるのはもはや必然」

 

 いや、ひつぜん と いわれても、その、なんだ。

 

(ここは誰かに助けを求めたいところだけど)

 

 人選次第で状況が悪化することぐらい、鈍い俺でも解る。

 

(シャルロット――はこの争奪戦に加わってくる予感しかしない。アンはマザコン娘が暴走する燃料にしかならない。マリクは今大事な時だから負担をかけたくないし……)

 

 どこぞのカップルは空中でいちゃつきつつ眼下の景色を眺めているので、論外だ。

 

(我慢しなきゃ。他者から見れば俺だって柔らか体験絶賛堪能中に見えるもんな)

 

 結局二人を納得させる方法も、仲裁してくれる頼れる助っ人も見いだせなかった俺は両腕を拘束されたままジパングの地に降り立つこととなる。

 

(っ……いや、両腕だけじゃないか)

 

 かろうじて転倒せずに着地した時、俺の背中にはシャルロットがしがみついていたのだから。

 

「シャルロット……ずっとそうやってしがみついている気か?」

 

「だ、だって……」

 

「人の目に触れる勇者の姿がこれではいささか問題が有ろう? それと二人もだ。流石に歩きにくい」

 

 地面に降りたことでようやく引きはがす大義名分を得た俺は三人を諭し。

 

「う……」

 

「す、すみません」

 

 流石に問題だと思ったのか、二名が離れてくれたことに勢いづけられ、俺は提案する。

 

「だからと言う訳ではないが、ここからは自由行動としよう」

 

 もちろん、ただ、女性陣の密着から逃れたくてこんな事を言い出した訳ではない。他に理由はある。

 

「俺はマリクと国主の所へ向かうが、あいつは相変わらず女性恐怖症だろうからな。お前達三人が一緒では話が話にならん」

 

「ですが」

 

「いい、今回の件は例外とする」

 

 最後まで食い下がってきた常に側に侍る宣言をしていたマザコン変態娘さんには今回の件で誓いを破ったことにはならないようにするからと言い含め。

 

「では、行くとするか……マリク」

 

「はい。いよいよ……いよいよ逢えるんですね」

 

「ああ、尤も今日は用件を伝えるだけだがな」

 

 俺は、呼んだマリクだけを同行者にヒミコの屋敷へ向かって歩き出す。

 

「用件? なぜ用件と」

 

「強さを見せると言ったろう? ならば、最高のコンディションでなくてはなるまい? それに強さを見せるというのは俺が言い出したこと。先方に強さを見せる時間があるかも解らん」

 

「あ、言われてみれば」

 

「王族なら解ろう? 一国を担う大変さと多忙さを鑑みれば、向こうの都合がつかないことも考えられる」

 

 

 ただ、だからといって門前払いもない程度には扱って貰えると自惚れているわけだが。

 

「会いに行くとは言ったが、先程から言うように向こうの都合もある。あまり期待せぬようにな?」

 

「……はい」

 

 マリクのテンションが明らかに下がるが、嘘をつく訳にも行かない。

 

「ご苦労、国主に用が有ってきたのだが」

 

「……暫し待たれよ」

 

 やがて辿り着いた屋敷の入り口でヒミコと言うかおろちに合いたいと告げると、見張りの兵は引っ込み。

 

「待たせたな。通して良いとの仰せだ」

 

「手間を取らせた。マリク、行くぞ?」

 

 戻ってきた兵に応じると、声をかけて俺は歩き出す。おろちの元へと。

 

 




次回、第四百七十話「たいめん」

おそらく、この次のお話がスピンアウト作品「強くて異邦蛇」へ至るかどうかの分岐点となります。

そう言う訳で、ちょっとだけおろちと子供を作る可能性について臭わせてみました。


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第四百七十話「たいめん」

「ヒミコ様、先程お話ししたお目通りを願いたいという者が参りました」

 

「おお、待っておった。通してたも」

 

 部屋の中からの呼びかけにおろちの声は若干弾んでいた。

 

(まぁ、当然って言えば当然か)

 

 来訪はこれが初めてと言う訳でもないし、取り次いでくれたジパング人が俺のことを覚えていなくても、名前か容姿ぐらいはおろちに伝えていると思う。

 

(つまり、おろちからすれば意中の人を探してくれてる人物の再訪問だからなぁ)

 

 進展があったと期待したって無理はない。

 

「ヒミコ様はお会いになるそうだ。通られよ」

 

「そうか、邪魔をする」

 

 若干デジャヴを感じるやりとりを経て取り次ぎの人の横を抜けた俺はヒミコの部屋へと足を踏み入れ。

 

「何か、何かわかったのかえ?」

 

 挨拶も何もかもすっ飛ばしてぶつけられたのは、直球の本題だった。

 

「気持ちはわからんでもないが、良いのか?」

 

 苦笑しつつ俺は顎をしゃくってお付きの者を示し。

 

「っ、そうであった。下りおりゃ。わらわはこの者に内密の話があるのじゃ」

 

「はっ」

 

 そこでようやくまだ人がいたことに気づいたおろちの命で入り口に控えていたジパング人が去って行く。

 

「さて、では話をするか」

 

 ある意味でここからが勝負でもある。

 

「うむ、待ってお――」

 

 俺の言葉に頷き、身を乗り出そうとしたおろちが固まる。

 

「あ、ええと……こんにちは」

 

 視線を辿って振り向くと凝視されたまま、何とか挨拶するマリクの姿があり、そこで俺は悟った。

 

(あー、逸りすぎてマリクの存在に気づいてなかったのか。で、ようやく気づいた、と)

 

 と、なれば次におろちの口から出てくるのは、誰何の声かもしくは問いかけだろう。

 

「この少年が探し求めていたあのお方か」

 

 と言う勘違いを含んだ。

 

(後者の場合……ここで「そうです」と言ってしまいたい誘惑に勝てるかな)

 

 そんな嘘ついてもすぐにばれるし、そのパターンはマリク当人にも拒絶されていたと思う。悪手だと解っているのに。

 

「お、お前様。このおのこはもしや……」

 

 おろちのくちを着いて出たのは、後者の方だった。

 

「っ……いや。期待させてすまんが、別人だ」

 

 だから過、誘惑を振り切って声を絞り出すまで、短い間が空き。

 

「以前、『ドラゴラムの呪文を使う者を見かけたらそれとなくお前のことを伝えておく』と言っただろう? それに、『先方がお前に興味を持ったなら、訪ねてくるか俺が連れてくることもあるやもしれん』とも。コイツはそのクチだ」

 

「そ、そうかえ……」

 

 話し出すタイミングが遅れた分を取り戻すよう一気に補足するも、おろちの落胆は明らかだった。

 

「すみません……ぬか喜びさせてしまったようで」

 

 そんなおろちの様子を見かねたのか、マリクの詫びる声が俺の肩越しにおろちに向けられ。

 

「あ、あぁ……いや、そんなことはない。せっかく尋ねてきてくれたのにすまぬ。わらわは」

 

 頭を振ったおろちの言葉が途中で止まる。理由はだいたい解る、どう名乗るべきか迷ったのだろう。

 

「大丈夫だ。コイツも少々変わり者でな、お前の正体を直感で見抜いた上に……この先は当人の口から言った方が良かろう」

 

 だから、俺は助け船を出しつつ、マリクへ話を振った。おろちの思い人の話をまだしていない以上、おろちから色よい返事は返ってこないとわかっていたけれど。

 

(意思だけは、伝えておかないとね)

 

 相手はせくしーぎゃるったやまたのおろちだ。ムラムラして我慢しきれずマリクをお持ち帰りするミラクルだって起きるかも知れないのだから。

 

(うん、せくしーぎゃる に きたい する ひ が くる なんて おもわなかったよ、おれ)

 

 内心複雑になりつつ、会話がしやすいよう脇に退くが、俺に出来るのはここまでだ。

 

「ありがとうございます」

 

 マリクの第一声は、脇に退いた俺への礼。

 

「こんにちは、イシスの出身で、マリクと申します。あなたのことは勇者シャルロットとイシスに降り立った時に初めてお見かけして……その時、心を奪われました。もし、あなたさえよろしければ――」

 

 さらに自己紹介から、どういう経緯で相手を知ったかの説明に続く形で一気に告白へ。

 

「あ」

 

 差し出される手におろちの手がピクリと震え、口からは声が漏れ。

 

「っ」

 

 何かに気づいたように反応しかけた手をもう一方の手で押さえ、後ずさる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「お、おろちさん?」

 

「あ、あぶないところじゃった。つい、ムラムラ来て寝所に引きずり込むとこ――」

 

 この場合、いつものおろちで安心したと思うべきか。それとも惜しいと悔しがるべきだろうか。

 

「すまぬ、マリクとやら。わらわには心に決めた……はぁ、はぁ……方が居るのじゃ」

 

 申し訳なさそうな表情を作りつつもまだ荒い呼吸をするおろちは何かをこらえるように強く先程震えた手を握り込みつつこちらへ視線をやる。

 

(えーと)

 

 多分スレッジというか思い人のことを話せと言うのだろうが、言い方と視線のせいで俺が思い人みたいにもとれるので止めて下さい。

 

(や、間違ってはいないんだけどね)

 

 マリクでさえああなのだ、正体がばれた日には抵抗しないと捕食されかねない、性的な意味で。

 

(と言うか、もういっそのこと二人を丸ごと寝所に押し込んでしまおうか……って、流石にそれは拙い)

 

 心の中で悪魔がやっちゃえYOと囁くも何とか自制し、はね除ける。

 

「……さて、そのことだが、良い報告と悪い報告がある」

 

 結局、おろちに思い人という希望が残っていては、マリクの手を取ることは叶わないと言うことなのだろう。

 

(だったら、ここで恋に引導を渡すしか……ないよね)

 

 結局の所、知らずにとは言えまいた種なら、俺の手で収穫すべきだ。

 

「良い報告と悪い報告かえ?」

 

「ああ。まず、良い報告だが……お前の思い人とあの洞窟に居た他の者を連れてきた。女が怖いと聞いているから、ここまで連れてく」

 

「会う、呼んでたも」

 

「っ、話を遮るな。呼んでもいいが、あまり意味はないぞ?」

 

 案の定、話の途中で割り込んできたおろちに眉を顰めつつ、俺は言う。

 

「話をした結果、お前の思い人が誰だったかは判明したからな」

 

「な」

 

 驚き、立ちつくすおろちを見つめつつ、密かに拳を握り込んだ。

 

(言った……言ってしまった)

 

 口にしたからには、誰であったかを嘘でも告げねばならず、良い報告をしたのだから悪い報告もしなくてはならない。

 

「ただな、悪い報告もあると言ったろう?」

 

 おろちが俺の言葉を理解し、驚きが歓喜に完全に変わってしまうよりも早く、続けて口を開く。これを言ってしまえば、もう戻れないとしりつつも。

 

「思い人がお前の夫になる可能性は、ほぼ無いと見ていい」

 

 残酷すぎる言葉を俺は口にしたのだ。

 

 




主人公、遂に言ってしまう。

「マリクの告白と探し人の報告のどっちを先にしたか」「マリクとおろちをどれだけ会話させたか」「おろちをどれだけ落胆/絶望させたか」+αで分岐する模様。

次回、第四百七十一話「ひょっとして割と酷い奴ですか、俺って?」


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第四百七十一話「ひょっとして割と酷い奴ですか、俺って?」

「それは……どういう」

 

 絞り出されたおろちの声はかすれていた。

 

「幾つか理由はあるが順に説明しよう。まず、お前の言う『あの方』の名はスレッジ。老齢の魔法使いでな、まずこの年齢が問題になる。一緒になったとしても子は望めんであろうし、夫婦として過ごせる時間も何年有ることか」

 

 まともな考えの持ち主であれば、相手が同種族であったとしても受け入れるとは思えない。

 

「故に、あちらが断ってくると俺は見ている。仮に、俺がスレッジだったとしても首を横に振るだろう。男として、一人の女を娶るならその相手を幸せにしてやる責任があると俺は考える」

 

 許されるのは短い時間、子供も望めない。それでも一緒になりたいと思う人は居るかも知れない、だが。

 

「俺なら、他の相手を探せと言う。逃げかもしれんがな……」

 

 最後まで、一緒になる女の面倒も見れない時点で、ありえない。

 

(いくら思いを寄せられようとも、身体は借り物。意識だけの俺に誰かの思いに応える資格なんて最初からありはしないんだ)

 

 例えそれが人ではなくても。

 

「あくまで、これは俺の意見だ。そして、正直に白状するなら、俺としてはそこのマリクと一緒になってくれた方が都合が良い」

 

「ヘイルさん!」

 

「事実だ、声を荒げるな。それから、ここでその名は呼ぶな」

 

 ジパングでは偽名で通しているのに、名前を呼ばれたら偽名の意味が無いじゃないですか。

 

「すまんな、相手がスレッジだともっと早く気づいていたら、期待を持たせることもなかった。その償いという訳ではない。マリクと一緒になってくれたら良いというこっちの事情を隠したままでこのまま話を続けるのは気が引けた、ただそれだけだ」

 

 俺は黙ったままのおろちに頭を下げ。

 

「……のう」

 

「ん?」

 

「あの方は、スレッジ様は、本当にわらわと一緒になってはくれぬと……お前様は言うのかえ?」

 

「っ」

 

 声をかけられ、向けられたおろちの目は何かに縋るようで、一瞬、言葉に詰まった。

 

「俺だったら断る、そう言っただけだ」

 

 全てを知れば、完全な拒絶。されど、俺とスレッジが同一人物でなければ、完全に望みを絶った訳ではない答えを口にすると、更に続ける。

 

「だから、覚悟はしておけ。断られる覚悟をな」

 

 と。それが精一杯だった、情けないことに。

 

(しっかし、今までずーっとモテずにここまで来て、ようやく好きになってくれる異性が現れたと思ったら、これとか)

 

 世界は本当に悪意に満ちていると思う。

 

(もし、今、身体が自前だったら……俺はおろちの気持ちを受け入れたかな)

 

 つい、意味のない仮定をしてしまうのは、俺も平静でないからだろう。

 

「お前様は……優しいのじゃな」

 

「っ」

 

 ポツリと漏らしたおろちの言葉にあっさり動揺してしまう程。

 

「話を戻すぞ? 今日、ここに来たのは先程の報告と、確認、そして提案をするためだ。確認についてはおろち、『お前の意思の確認。そして、提案というのは――」

 

 マリクと戦い、力を認められるようなら交際を前向きに考えて欲しいというモノ。

 

「もし……万が一にもスレッジがお前と一緒になると言うなら、この件は忘れてくれていい」

 

 その万が一は無いだろうし、仮に俺とおろちが一緒になった場合、正体を明かせば寿命の問題は解決してしまうのだから。

 

(って、駄目だ駄目だ。こういう妙な前提はフラグになりかねない)

 

 父上はそう言うところで詰めが甘いから母上にしてやられたのじゃと聞き覚えのない女の子の声が聞こえた気がするが、きっと幻聴だろう。

 

(と言うか、止めてくれ俺の想像力。今の台詞、どう考えても俺とおろちの子供じゃなきゃ出てこねぇじゃねぇか)

 

 口調は母親譲りなんですねとか、妙に冷静な考察をしてる場合じゃない。

 

「とにかく、提案はしたぞ。返答は?」

 

 ここからが勝負だ。勝算もあるが、それにはまずこの提案をおろちが呑むことが大前提だった。

 

「……承知した。わらわもここのところの平和にいささか飽いていたところじゃ。お前様が押す程のおのこの力、気にならぬわけでもない」

 

「……そうか」

 

 返答に心の中で胸をなで下ろしつつ、表面上は平静を装って応じると、俺はマリクに向き直る。

 

「戻るぞ。準備をせねばな」

 

「えっ? いや、ですが、場所とか」

 

「おろちが本来の姿に戻れて、人目につかず抜け出せる場所という時点で俺は一箇所しか知らん」

 

 混乱するマリクに確認の必要がないと説明をする俺におろちが何も言わないということは、多分間違っていないのだろう。

 

「場所はジパングの洞窟。時間は明日決めればいいな」

 

 一応おろちはこの国の国主なのだ、手合わせする時間はおろちの都合に合わせる必要がある。

 

「飛び込みの仕事で予定が狂う可能性もあるからな。前日に決めるより当日の方が良かろう」

 

「気遣い痛み入るのじゃ」

 

「ふ、そもそもこちらが提案したことだからな、礼には及ばん。ではな」

 

 こうしておろちとの話を終えた俺達は、おろちの屋敷を後にする。

 

「さて、他の皆の所に戻るか」

 

「そうですね」

 

 明日への作戦会議もあるがまずは報告をすべきだろう。

 

「明日も……この調子で晴れるといいな」

 

 見上げると鳥居の向こうに青空が広がっていた。

 




と言う訳で、主人公の脳内台詞一つですが、スピンオフに出てきたおろちと主人公の娘、登場なのです。

いやー、シリアスはきっついですね。ギャグパートの方が書いてる分にはお気楽でいいなぁ。

次回、第四百七十二話「主人公、本気を出す」


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第四百七十二話「主人公、本気を出す」

「とりあえず、マリクの強さを見て貰うと言う約束は取り付けてきた」

 

 シャルロット達の元に戻れば、待っているのは当然の如く報告だ。

 

「それで、お師匠様……おろちちゃんにはスレッジさんのこと」

 

「話した。老齢故に思いに応える見込みが薄いことも、な」

 

 以前世話になっていたからか、特におろちとの話し合いのことを聞きたがるシャルロットへ俺はヒミコの部屋で話したことをあらかた語った。

 

「では明日、そちらのマリク様が戦いますのね」

 

「ああ」

 

 流石に人前では話せない内容だったので、宿の個室での話となったが、部屋にいたのはシャルロットのみではない。魔法使いのお姉さんに頷きを返すと、荷物から兜を取り出す。

 

「まず、これを貸しておく」

 

「え、あ、ありがとうございます……これは?」

 

「ミスリルヘルム。ミスリル製の兜で、俺が知る限りこれより強度のある頭防具は殆どない。にもかかわらず、軽くて魔法使いにも扱える品だ」

 

 ぶっちゃけ、この段階ではどんな事をしても入手不可能な品でもある。アレフガルドに赴けば普通に市販されてる防具でもあるのだけれど。

 

「そんな貴重な物を僕に?」

 

「明日の勝負、勝ってくれるぐらいでないと俺にも都合が悪いのでな。出来る限り防具は性能の高いものを揃えたいところだが、後はりりょくのつえに魔法の盾、みかわしのふく辺りが限界だろうな。女性専用の防具なら入手可能でもっと強いモノがあるのだが……」

 

 何せここにはチートな水着防具を作ろうと夢見てダーマをがーたーべるとまみれにしやがった変態商人こと元バニーさんのおじさまが居るのだ。

 

「……本気、ですのね」

 

「無論だ。と言うか、なりふり構わず強さを求めるならもっと強くなる方法が他にも手は有るがな」

 

「「えっ」」

 

 周囲から驚きの声が上がるも、存在するモノは存在するのだから仕方ない。ただ、全力でオススメ出来なくもあるのだけれど。

 

「ええと、その方法……教えて頂いても良いですか?」

 

「構わんが、本当になりふり構わん方法だからな。勧められんぞ?」

 

 マリクが興味を示すもこちらの立場は変えられない。話せばドン引きされること請け合いだから。

 

「……そこまで断りを入れられると気になりますな」

 

 だって いうのに なんで がいや まで きょうみ を もちますかね、あらん の もとおっさん。

 

「モシャスという変身呪文があることは知っているな? あの呪文は異性に変身すればその性別専用の防具も身につけられる……そう言うことだ。ついでに言うなら、強さも使える呪文も変身した相手のものになる。例えば、そこのミリーに変身した場合、賢者が扱える武器防具を扱えるようになるし、魔法使いの呪文だけでなく僧侶の呪文も扱えるようになる」

 

「良いことずくめじゃないですか、お師匠様」

 

 俺の説明に感心した様子でシャルロットは言うが、メリットだけなら俺がオススメ出来ないと言うだろうか。

 

「そう思うか? 自分そっくりになられた異性が着替えるんだぞ? しかも、女性専用の防具で強力なモノとなると、ミリーのおじさまが開発しようとしていた水着になる訳だが」

 

「「あ」」

 

 ハモった声の主達は、俺の説明でようやくこのアイデアのデメリットに気づいたらしい。

 

「水着ともなれば、着る時は裸になると言っていい。モデルになったモノは、写し取られた自分の裸体を見られることになる」

 

 そして、変身した側も何かの喪失感を覚えたり、心に傷を負ってしまうのだ。

 

(と言うか、クシナタ隊のお姉さん達、なんで大丈夫だったんだろう)

 

 今思い返すと、精神的にタフすぎると思う。

 

(と言うか純粋に楽しんでたお姉さん居なかったっけ? って、ああああ゛あ゛ああ゛あ)

 

 思い出したら、心の傷が開いた。

 

「ご、ご主人様? その、大丈夫ですか?」

 

「ん? あ、あぁ……何でもない」

 

 回想で精神に大ダメージを負うとか、危ないところだった。

 

「ともあれ、一つめのデメリットがそれだ。そして、デメリットはもう一つ」

 

「えっ、まだありますの?」

 

「ああ。そもそもモシャスは他人の強さを写し取る呪文。それで勝ったとしても、証明されるのは写し取った元の相手の強さだ。夫に求める条件が強さのみのおろちがモシャスの仕組みを知れば――」

 

「好意を抱くのは、術者ではなく強さを写し取られた者、と言うことですな?」

 

 アランの元オッサンに、俺は無言で頷く。

 

「本末転倒だ。一つめのデメリットを消すなら、強い同性に変身すればいい訳だが……」

 

 変身元の他人がモテても仕方ない。

 

(アランの元オッサンが持てたら魔法使いのお姉さんとの修羅場、俺に惚れられた場合は、そもそもマリクって言うおろちの婿候補を立てた意味がないし)

 

 ついでに言うなら俺にモシャスされた場合、魔法使いと僧侶の呪文が使える事がばれてしまうと言う致命的な問題まで有してるのだ。

 

「俺が薦められないと言った理由がわかっただろう?」

 

「……はい」

 

 流石に問題が有りすぎるとわかったのか、マリクは素直に頷き。

 

「モシャス……その呪文が会得出来れば、この身体をママンの身体にして、あんなことやこんなことも……」

 

 あと、マザコン変態娘はごく普通に平常運転だった。

 

 




ぎゃぁぁぁぁっ、おろちとの戦いまでいけなかったぁぁぁぁぁっ!

すみませぬ。

次回、第四百七十三話「男を見せる日」

次回こそ、次回こそはっ!


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第四百七十三話「男を見せる日・前編」

「ん……そうか、もう朝か」

 

 その後、モシャスはなしで出来うる限りのことをすると言う事にした俺達は、大事をとって早めに休み、目覚めると窓から朝日の光が差し込んでいた。

 

(しっかし、久しぶりの布団だったな)

 

 この世界ではベッドで寝るのが多数派である。ゴザやむしろ何かを敷いてその上に寝かせるパターンも何処かで見たような気がするが、記憶違いだったかも知れない。

 

(まぁ、床の上とか地面の上に直接寝てるケースもあるからなぁ)

 

 後者だと某村の熊殺しの墓に詣でていた男性なんかが良い例だろうか。

 

(って、だったらカザーブに行けば幽霊が目撃出来たんじゃ……いや、わざわざ見に行く必要もないかぁ)

 

 こうして振り返るとこの世界、見て回れる場所がけっこう残っていることに気づく。まぁ、バラモスが何をやらかすか不明な今、のんびり観光しているような余裕がないのは解っているけど。

 

(そもそも、「戦いが終わったら~」とか「平和になったら~」ってのが全力でフラグだもんな、ありがたくない方の)

 

 迂闊なことは言えないし、考えられない。

 

「だいたい一人気ままな旅なんてな……」

 

 今の俺には望むべくもない。

 

「ま、マイ・ロード」

 

 交易商人向けの宿にはベッドも完備されていた。そしてそこに横たわって俺を呼ぶのは、念のためロープで縛ったマザコンな変態さんである。

 

(うん、まぁ……なんて言うか、現実逃避でもあった訳だけどさ)

 

 常に側に侍るを実行しようと俺の部屋に入ってきたトロワに同室でもいいが、と代わりに出した条件が、寝ている間は拘束させて貰うと言うモノだった。

 

(当人はそう言うプレイと勘違いしてたってとこかな)

 

 俺としては孫を見せて母親を喜ばせたいというこのアークマージのぶっ飛んだマザコンっぷりを見ている。だからこそ野放しにはしておけなくて勘違いに便乗して拘束させて貰ったのだ。

 

(怪我の功名と言うか、不幸中の幸いというか)

 

 シャルロットも元バニーさんもこの部屋に泊まっていかなかった理由はある意味でトロワのお陰だろう。

 

「野放しにしたら何をするか解らないので、縛った上で隔離している。寝ぼけてお前達の部屋に忍び込むかもしれんからな」

 

 そう説明したら、二人ともすんなり信じてくれた。元バニーさんのお尻に顔を埋める変態行為をやらかしたのが大きかったのだと思う。

 

(しかし、まぁあんなことやらかせば気にはなるよな。しかも姿が見えなければ安全の為見に来たっておかしくないし)

 

 側に侍ると言っていたのだから、俺の所にいるだろうと判断するのも間違っていない。

 

「ま、マイ……」

 

「解った解った。今解いてやる」

 

 エピちゃん事件を色違いコンプする気はない。

 

「マイ・ロード、その……側に侍ると」

 

「ああ、トイレだろう? ノーカウントにしてやるから行ってこい」

 

 手を振るだけでもじもじする変態を部屋から追い払うと、俺はとりあえず解いたロープを拾い上げる。

 

「……このロープも買い換え時、か」

 

 縛られたままもがきでもしたか、何度か使ったために傷んだのか、ロープを構成する糸が切れている場所を見つけ、丸めたロープは鞄の元入れてあったのと違う場所にしまう。

 

「このままだとロープの消費が激しくなるな。アンと相談してみるか」

 

 今は女の子除けとして機能しているが、このままトロワを側に置いておくのは色々拙いような気がする。

 

「一番良いのはあいつも誰かとくっついてくれることなんだけどなぁ」

 

 美人でスタイルが良くても何もかもを台無しにして限界突破するレベルの変態だ。

 

(もし俺が元の身体だったとして……うーん、究極の決断だ)

 

 ないわーと蹴るには過去の俺がモテなさ過ぎた。

 

「と言うことは、低確率ではあるが、ひょっとしてひょっとすれば嫁の貰い手はあるのか」

 

 エピちゃんのお姉さんだってくっついた訳だし、変態でも可能性はある。

 

「そうだな、あいつの趣向からすると自分の母親にモシャスで変身出来る男ならあっちはバッチ来いなん……あ」

 

 そっか、もしゃす が つかえる こと が ばれたら もう あぷろーち かけられるんですね、わかります。

 

(あいつだけには絶対ばれないようにしないと……)

 

 もしくは、モシャスが使える誰かに即行で押しつけるか。

 

(アランの元オッサンには魔法使いのお姉さんが居るし……マリクはおろち一筋だろうし、うーむ)

 

 男性魔法使いはレアケースを除けばデフォルトで老人だ。マリクの様な都合の良い奇跡は二度もないだろう。

 

「お師匠様、良いですか?」

 

 ドアが外からノックされたのは、そう俺が生存方法を模索していた時のこと。

 

「ん、シャルロットか。いいぞ、鍵はかかっていない」

 

「あ、本当ですね。お師匠様、おはようございます。えっと、おろちちゃんからお使いの人が手紙を持ってきて」

 

 ドアを開け、入って来るなり挨拶したシャルロットはマリクとの手合わせの時刻が書かれていたと俺に告げた。

 

「政務が始まる前なら時間がとれる……と言うことか、成る程。俺の所に来たのは一番最後か?」

 

「いいえ、これからミリーやアランさん達にも知らせに行くつもりです」

 

「そうか。ならばアランの方は俺が受け持とう。アンの所にはトロワに行かせる。母親と引き離したままだと反動が何処で出るかわからんしな」

 

 変態レベルが跳ね上がっても拙い。と言うか、まだ上がるのかとも思うが、現状の変態さを見ていると油断は出来ない気がするのだ。

 

(杞憂であって欲しいけれど……うん。今はもうこのことは考えないでおこう)

 

 想像してしまうと正気を失いそうな気がして、頭を振った俺は、鞄だけ拾い上げると、用件を告げて去っていったシャルロットの後を追い部屋を出た。

 

「ほう、こんな朝早くからですか」

 

「ああ。出来ればサラの装備を幾つか借りたいが、良いか?」

 

「もちろん構いませんわよ。と言うか、私達は行かなくてもよろしいですの?」

 

「まあな。回復も補助も賢者が一人居れば事足りるし、ゾロゾロ出かけては何事かと回りに思われるだろう。ミリーと俺、あいつとそれなりに親しいという理由でシャルロットが居ればそれでいい。まぁ、あのマザコン娘は己に課した誓いを理由に付いてくるだろうが……」

 

 俺としてはおばちゃんと留守番でも全然構わない。

 

「苦労しておられますな」

 

「まぁな」

 

「お待たせしましたわ、どうぞこれを」

 

「すまん」

 

 アランの元オッサンの言葉に苦笑し、魔法使いのお姉さんから盾を受け取った俺は、トイレから戻ってくるところだったトロワと会い、伝言を頼むとそのまま宿の入り口に向かう。

 

「あ、へ……スーザンさん、シャルロットさん」

 

「どうだ、しっかり眠れたか?」

 

「はいっ」

 

 カウンターの前のロビーで俺のかける声にマリクは力強く頷き。

 

「いい返事だ。なら、大丈夫そうだな。装備を借りてきた、慣れる為にもここで身につけていけ」

 

 今やジパングはおろちの支配下。そこへ俺が聖水を振りまけば、道中で魔物に襲撃されることはまず無いと言って良いだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「ふ、では、残りの同行者が揃えば出発するとするか」

 

「「はい」」

 

 こうして、おろちにマリク、そして竜の女王の子。幾人もの運命が決まるかも知れない一日は始まったのだった。

 

 




ガッツリ書いたのに出発までだと?!

申し訳ありませぬ。

次回、第四百七十四話「男を見せる日・中編」

次回こそ戦いまでをっ


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第四百七十四話「男を見せる日・中編」

「しかし、こう新鮮だな」

 

 油断する気はサラサラ無い。だが、野外に居るというのに魔物の襲撃がまず無いと言う状況はこの地域を支配しているのがおろちだからこそのレアケースだ。

 

(と いうか、たまたま みかけた そら を とぶ まもの が あいさつしてから とびさって ゆく とか ふつう に かんがえたら ありえません よね?)

 

 多分元バラモス親衛隊かシャルロットが仲間にした魔物だと思う。この地域に水色東洋ドラゴンは棲息していなかった筈だから。

 

「ありがとー、そっちも気をつけてねーっ」

 

「あらあらあら」

 

「ママン……くっ」

 

 ブンブン手を振るシャルロットは何を言っていたのか解ったらしく、そんなシャルロットを微笑ましく眺めるおばちゃんを見て自分もやっておけば良かったと悔やむマザコンが一人。

 

「シャルロット、今の竜は何と?」

 

「えっ? あ、『先日の雨でここから北側の山の斜面が崩れているので、南回りでお進み下さい』って言ってました」

 

「成る程、空からなら地形を把握するのも簡単だな」

 

 おろちと手合わせすることもおそらく通達されてるのであろう。

 

「ああしてわざわざ協力してくれる者も居るぐらいだ、とりあえず行きに関しては問題なさそうだな」

 

 問題は洞窟に入り、おろちとマリクの戦いが始まってから。

 

(スカラは自前でかけられる筈。となれば元バニーさんにサポートを頼むなら、ブレスのダメージを軽減するフバーハと素早さを上昇させるピオリムくらいかぁ)

 

 もちろんこれをマリクの方で拒否することも考えられるが、少なくとも装備は借りることを承諾してるのだ。無様な戦いにはならないと思う。

 

「あれが、ジパングの洞窟ですか……」

 

「うん、懐かしいなぁ」

 

「ん? ……ほぅ」

 

 考え事をしている内に随分進んでいたらしい。我に返ってマリクとシャルロットの視線を目で追うと、そこには確かに洞窟が口を開けていた。

 

(まぁ、生け贄を運ぶ場所だった訳だし、距離としては妥当か……けど)

 

 あの洞窟には色々あった。おろちと戦ってクシナタさんを助けたり、ドラゴラムしてレベリングしたり。

 

(とりあえず、おろちの件に関しては今日、一つの決着がつくかも知れないんだよな)

 

 クシナタ隊の他のお姉さん達の事とかを考えると若干複雑なところもある、だが。

 

(ここで夫婦が誕生すれば、竜の女王も安心出来る筈なんだ、だから)

 

 俺は自分の装備も貸した。

 

「行きましょうか、皆さん」

 

「……ああ」

 

 ただ、言葉はこれ以上必要ないのだろう。

 

(あんな顔をされちゃ、ただ頷いてついて行くしかないよなぁ)

 

 マリクは解っているようだった、自分が何をすべきかを俺以上に。

 

「さてと」

 

 そして、俺も一つすべき事を理解していた。

 

「戦闘がないなら、こいつは脱いでいて問題ない、な」

 

 中が溶岩煮え立つ灼熱地獄であることは、幾度かの訪問で学習している。

 

「シャルロット、お前もマントは脱いでおけ」

 

「あ、そうですね」

 

 ひょっとしたらフバーハの呪文を使うことで洞窟内でも些少マシに過ごせるかも知れないが、流石にそんな理由で元バニーさんに呪文はねだれない。よって、一枚脱いだレベルに抑えて俺達は洞窟へと突入したのだが。

 

「お待たせしまし」

 

 洞窟を進み、人影を見つけて声をかけようとしたマリクの声が途絶えた。

 

「マリク……さん? お、おっ、おろちちゃん、その格好――」

 

 立ち止まったマリクの様子を訝しんで横から前を覗き込んだシャルロットが上擦った声を上げ。

 

「おろち……お前」

 

 釣られて前を見た俺は顔をひきつらせた。

 

「驚いたかえ? この洞窟で布は燃えやすいのでのぅ」

 

 忘れていた訳ではない。

 

(訳じゃない……けどさぁ)

 

 ひと の すがたなら せめて なにか きてこい と おもう おれ は まちがっている のでせうか。

 

「ほほほ、本来の姿で待っていようかとも思うたが、あの姿では人の言葉を喋れぬ」

 

「そ、それはそうかも知れないけど、せめて前を……あ、お師匠様、駄目っ、見ちゃ駄目ぇぇっ」

 

「っぐ」

 

 ある意味失態だった。とあるせくしーぎゃるに呆れていたとは言え、シャルロットから振り向き態に抱きつかれたのは。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「ご主人様?」

 

「だ、大丈夫だ」

 

 避けるつもりは無かったから問題はない、鎧の胸甲に鼻を打ってけっこう痛かったりはしたけれど、お陰で魔物の裸に見とれていた変態の烙印は押されずに済んだのだ。

 

「さて、マリクと言ったのぅ。わらわとて譲れぬものがある、そう簡単に屈しはせぬぞえ? おまえがこのわらわを欲すというなら、相応しい力を見せてみよ!」

 

「……ほう」

 

 相変わらずシャルロットに頭をがっちりホールドされていて視界は全くないが、いつもの残念さは何処に行ったと言いたくなる程の啖呵だった。これに、元の姿へ戻ったのか、本性の咆吼が続き。

 

「マリク、補助は?」

 

「……要りません、スカラっ」

 

 俺の問いかけに応えたマリクが呪文を唱える。

 

「こうして……自分で、出来ま『すから』」

 

「ふ、成る程な……しかし、おろちもおろちか」

 

「フシュルルル……」

 

 マリクが呪文を唱えたと言うのに、唸るくらいで身じろぎする音一つ無い。

 

(相手は一人、しかもまだ子供……となればなぁ)

 

 ゲーム的に言うならば、これはそう。

 

「やまたのおろち は ようす を みている」

 

 とでも言ったところだが、わざと時間を与えた様にも思える。

 

(慢心か、それとも他に理由でもあるのか)

 

 気にはなるが、視界を塞がれていてはどうしようもない。

 

「シャルロット……もう良かろう?」

 

「うぇ? あ、そっ、そうですね。すみません」

 

「いや、お前の気持ちも解らんでもない」

 

 おろちと仲の良いシャルロットとしてはその裸体を異性に見られることが憚られたのだろう。

 

「ガァァァッ」

 

「っと、くっ」

 

「まぁ、それはそれとして……だ。なかなかの身のこなしだな」

 

 何割かはみかわしのふくの効果だとしても、首の一つが噛み付いてきたのをマリクはひらりとかわし、追撃で迫ってきた別の首に盾をかざしたことでダメージを首がぶつかってきた衝撃のレベルまで落としている。

 

「マヒャドっ」

 

 更にそこから呪文での反撃。

 

「ギャウッ」

 

 鋭い氷の刃に斬り裂かれたおろちが悲鳴をあげるなか、俺は声に出さず隠して親指を立てた。

 

(マリク、グッジョブ)

 

 呪文のお陰か、少しだけ涼しくなったのだ。

 




よし、バトルにまでは持ち込めたぞ。


次回、第四百七十五話「男を見せる日・後編(閲覧注意)」

ええと、おろちとの戦いですから、●ロ描写とかあるかも知れませんので、保険です。

流血したり、食べられちゃったりするかとかネタバレになることは言えませんが。


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第四百七十五話「男を見せる日・後編(閲覧注意)」

「ガアッ」

 

 アギトを開いたおろちの首の一つがマリクを狙う。

 

「っ」

 

「いかん、右だ」

 

 すかさずマリクはまた盾で防ぐが、それはフェイクだった。

 

「え」

 

「フシャァァァッ」

 

 元々首は五つあるのだ。一つの首をおとりに使ったところで、攻撃に使える首は他に四つある。

 

「ぐっ」

 

 結果、牙のかすめたマリクの肌が避け、傷をおさえた指の間から血が滴る。

 

「お師匠様……」

 

「まぁ。おろちとてこの国をバラモスから任されていた魔物、事前にかけていた呪文によって一撃のダメージはかなり減退しているが、マリクは打たれ弱い魔法使いだからな」

 

 接近戦ではおろちに軍配が上がるのは仕方ないと俺は思う。

 

「いえ、そうじゃなくて……今のおろちちゃんの動きが見えるなんて……」

 

「ああ、そう言うことか。まぁ、首が多くて惑わされるかもしれんが、実際の動きはお前がかつて戦ったじごくのきし、ディガスと同じぐらいだぞ?」

 

「えっ、本当でつか?」

 

 ついでに言うなら、ずんぐりとした胴体が重量級であることもあってか本体の動きはかなり遅い。

 

「嘘を言っても仕方なかろう? 本体の鈍重さを首の数による多段攻撃で誤魔化しているからこそ今、マリクに一撃を与えられたが、あれは首の届く範囲にマリクが居たからでもある。もっとも、首の届かないアウトレンジで戦おうとすれば、炎か火炎を吐いてくるから距離を取るのも問題だがな」

 

 フバーハでブレス対策が為されているならそれでも良いのだが、いかんせんマリクは魔法使い。ブレス攻撃のダメージを軽減するフバーハの呪文は使えない。

 

「そっか、ええと……お師匠様だったら、おろちちゃんとはどう戦いますか?」

 

「そうだな。盗賊は使うことで呪文と同様の効果を持つアイテムを使う術に長けている。手元にアイテムが有るならそれを活用するだろうが、アイテムが何も無いとしたら敢えて首の届く範囲で戦い、身軽さを生かして襲ってきた首をカウンターで攻撃する。この時、狙う首は出来るだけ一つに絞る」

 

 ゲームでは部位破壊など無かったが、この世界ではおろちの首を切り落とすことが可能だった。

 

「おろちの近接戦での強みは首の多さにある。逆に言えばあの首を刎ねてしまえば、強みは半減する」

 

「そっか。……けど、お師匠様それって殺し合いの場合、ですよね?」

 

「無論だ。だから、首を落とす手前で聞く……『まだ続けるか』とな」

 

 一度は首を斬り飛ばされているおろちからすれば、首狙いと俺の問いは明確な意味を持ってくる。これ以上続けるならまた首を刎ねるという意味を。

 

(そもそも今回と同じケースなら、力試しみたいなモノだもんね。俺がおろちだったら、そこで降参して終わりだ)

 

 問題は俺が勝った場合、その後どうなるかという問題だけである。

 

「力を見せると言うなら、本気を出せば首を一つ潰せるといった力の提示だけで充分だろう? それこそこれは殺し合いではないのだからな。今の戦いにしてもどちらかが大怪我をする前に終わるだろう。もし、万が一終わらねば俺達で止めれば良いだけのことだからな」

 

「言われてみればそうですね。けど、終わらない場合って……」

 

「どちらかが手も足も出なくて、意地になって戦いを続けようとする場合、だな」

 

 ただ、おろちが一方的にやりこめられる展開があるとは最初から思っていなかった。マリクが賢者で、フバーハと回復呪文まで扱えた場合なら話は別だったろうが。

 

「まだまだっ、マヒャドっ!」

 

「ギャアッ」

 

 再びマリクが呪文で反撃し、おろちに手傷を負わせてはいるものの、マリクの傷は癒えぬまま。

 

「まぁ、見ての通り既にそんな一方的な展開はない」

 

 ダメージならおろちの方が多く受けているだろうが、持ち前のタフさを鑑みれば呪文数発分のダメージではまだ充分戦える。

 

「マリクの方も打たれ弱いとは言え、牙を受けたのはまだ一度か二度だ。薬草でも持っていればまだ充分フォロー出来る範囲だろう?」

 

「た、確かにそうですね」

 

「尤も、戦いが終わった後両者が何処までダメージを負うかは解らん。その時はお前達の出番だからな、ミリー、シャルロット」

 

「「はい」」

 

「ふ、いい返事だ」

 

 元気な声が二人分返ってきたことで俺は再び、おろちとマリクの戦いへと目を向ける。

 

(しっかし、マリクは本当に良くやるよなぁ。これが愛の力って奴なんだろうか)

 

 俺としてはありがたいのだが、同時に少々予想外だった。元バニーさんの補助呪文なしでここまで健闘するとは思っていなかったのだ。

 

(これは、ひょっとしたらひょっとするんじゃ?)

 

 おろちはドラゴラムした俺に惚れたと言っていたが、実際に戦った訳ではない。ドラゴラムを覚えたマリクなら魔物をブレスで蹂躙することは可能だ。

 

(相手の強さを感じるという意味なら第三者として見ているよりも――)

 

 直接戦った方が分かり易いはず。

 

(頼む、マリク……)

 

 奇跡を起こしてくれ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「フシュウウゥ」

 

 心で祈りつつ見つめる視界の中で、一人の少年魔法使いが荒い息をしつつ多頭の魔物と向き合う。滴る汗や血は洞窟の熱ですぐに乾き。

 

「グルォオオッ」

 

「はあっ」

 

 咆吼と共に伸びてきたおろちの首をマリクが盾でいなして受け流す。

 

「やった、かわした」

 

「いや、あれは――」

 

 小さくシャルロットが声を漏らすがそれを俺が否定し。

 

「マリク、逃げろ締め付けだ!」

 

「え? あ、しまっ」

 

 俺の声におろちが狙いとする所を悟ったようだが遅かった。

 

「フシュアアアアッ」

 

「ぎ、ぐううっ」

 

「くっ、やはりそうか」

 

 首に絡み付かれ、苦しげに顔を歪めるマリクを見て俺は歯噛みする。おろちは、学習したのだ。

 

「噛み付きを幾度かかわされたことで、噛み付きをフェイントに複数の首で巻き込んで締め付けることを考えつきやがった……」

 

「そんな」

 

 ここまで良い勝負が出来ていた分、残念でならないが力比べならばマリクがおろちに勝てる筈もない。

 

(だが、諦める訳には……何かないか、何か……ん?)

 

 焦る気持ちを抑え込みつつ、打開策を探した俺が、それを思いついたのは、おそらく偶然。

 

「マリク!」

 

 だが、試してみる価値はあった。

 

「ドラゴラムだ。竜化して振り解け!」

 

 ドラゴラム、巨大な竜に変身して戦う呪文だが、俺はこの呪文でスミレさんを頭に乗せたことがある。

 

(つまり幻術を纏う訳じゃなくて、実体を伴って変身する呪文。もし、締め付けてる相手が急に膨れ上がったら、どうなるか――)

 

試したことはない、思いつきである。

 

「ぐ、ドラ……ゴラム」

 

 それでも、マリクは俺の声に従い。

 

「フシュア?」

 

「ぐ、グゥゥ……ガ」

 

 突然の変化に理解が追いつかないおろちの首の間から見えたマリクの身体が変貌し始める。

 

「グ、フシュ……」

 

 何が起こるか理解し、押さえ込もうとするが、マリクの巨大化と竜化は止められない。

 

「フシュオオオッ?!」

 

「グオオォォン」

 

 最後には本当に巻き付いていた首を振り払い、マリクが咆吼をあげる。

 

「よしっ」

 

 思わず俺の口から声が漏れた。

 

(ふぅ、危ないところだった)

 

 だが、あれならまだ戦える。そう思った。

 

「フシュ、フシュアアアッ!」

 

「な」

 

「えっ」

 

 だが、次の瞬間、振り解かれたと思われたおろちがマリクへとぶちかましをかけ、押し倒す。

 

(しまった、おろちって一ターン二回行動だったじゃないか、俺の馬鹿……)

 

 一度振り解いただけで喜んでは駄目だったのだ。

 

「くっ」

 

「フシュウウ」

 

 拙いことになった。押し倒したのを良いことにおろちは首を竜マリクの身体に絡みつけ。

 

「え、あ……ちょ、だ、駄目、おろちちゃん! お師匠様が、お師匠様やボクが見てるのにっ」

 

「は?」

 

 隣から聞こえた大声に思わず振り向くと、そこにいたのは顔を真っ赤にしたシャルロット。

 

「しゃ、シャルロット? それはどういう……」

 

「フシュアアアッ、フシュオ、フシュウウッ」

 

「あう、あ、あ……」

 

 説明を求めたが、おろちの咆吼を聞く度に顔をどんどん赤くし、シャルロットは挙動不審になるばかり。

 

「ま、マイ・ロード」

 

 そこに声をかけてきたのは、ある意味で救いの主だった、マザコンで変態だけれど。

 

「ん? あ、そうか。お前も居たのだったな」

 

「っ、こ、言葉責めですか……」

 

「いや、戦いに見入っていて素で忘れていた。すまんな、それよりあれはどういう状況だ?」

 

 シャルロットの態度で、何となく予想は出来るのだが、念のため俺はトロワに尋ね。

 

「は、おろち殿は。マリク殿の竜の姿を見て、欲情されたようです。元々自分を慕って、脆弱な人間の身でありつつも単身挑んできたことに心が揺れ始めていたようで」

 

「そ、そうか」

 

 多分結果オーライなのだろうが、何ともコメントに困る。

 

「とりあえず、邪魔者は退散するとするか」

 

 シャルロットをあのままにしては置けないし、ここに居座るのは問題しかない。

 

(おめでとう、マリク。幸せにね)

 

 戦いの果てに産まれ、押し倒されて始まる一つの愛に祝福を送りつつ、シャルロットを回収した俺は、そのままジパングの洞窟を後にするのだった。

 




ビジュアル的には怪獣大決戦、だが実際にはエロシーン。

おろちからすると、人間は異種族ですが、ドラゴンは同族。

人間視点に直すと、犬がいきなり全裸の美少年になったようなモノなので、結果、ああなった訳です。

幾ら強ければ見てくれは関係ないと言っていても、異種族より同族の方がクラッと来ると言う訳で、うん。

ちなみに、スレッジがあの時の竜だと照明する為おろちの目の前でドラゴラムした場合、同じ展開が待っていました、たぶん。

次回、第四百七十六話「戦いの終わり、そして」

尚、おろちの台詞を訳すつもりはありません。

シャルロットの反応から、想像で補って頂けると助かります。




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第四百七十六話「戦いの終わり、そして」

「終わったな……」

 

 空を仰ぎ、目を閉じて嘆息する。

 

(たぶん、これで良かったんだ)

 

 おろちの恋は実らぬものだった訳だし、マリクが無理矢理おろちに迫った訳でもない。

 

「とりあえず、問題は片づいた。後はバラモスだけか」

 

 厳密には竜の女王の所へマリク達を連れて報告に行くといった事後処理も残ってはいるし、マザコンで変態なおばちゃんの娘をどうするかという別枠の問題も残っている。

 

(けど、ようやくここまで来れた……)

 

 俺というイレギュラーによってあちこちショートカットしたり脇道に逸れたりした勇者シャルロットの旅も、国王から依頼されたバラモスの打倒まであと僅かというところまで辿り着いたのだ。

 

「……ただし」

 

「うぅ……言えない。ボクには、あんな……」

 

 顔を赤くしたまま何やら悶々としているシャルロットを正気に戻さないと決戦も何もあったモノでは無いような気がするけれど。

 

(と いうか、なに を いってたんだ、あの だへび)

 

 シャルロットの様子を見る限り、知らない方が良さそうな気しかしない。

 

「しゃ、シャル……だ、大丈夫ですか?」

 

 気遣う様子の元バニーさんはなんともないようだが、そこは魔物の言葉がわかるのと解らないので明暗が分かれたか。

 

「……そう言う意味では、言葉がわかるのに割と平然としていたな、トロワは」

 

「マイ・ロード、当然です。私はママンにならあれより卑猥なことだって言えますから」

 

 なんと いうか、へいじょう うんてん でしたよ、この まざこん。

 

(驚かないって言うのは駄目な方向に俺が慣れてしまったからなんだろうけど、やっぱ卑猥なことを口走ってたのか、あの変態蛇)

 

 シャルロットの態度から何となくは察せた。だが、これはちょっとOHANASIが必要になるかも知れない。

 

(もちろん、一番大切なのはシャルロットのケアの方だけど。しっかしなぁ……)

 

 せくしーぎゃるったおろちにショックを受けたシャルロットをどうしたらいいかなど俺にはまったく見当がつかない。

 

(そも、この手のことを男の俺が何か出来るとも思えないし……任せるなら同性。こう、人生経験豊富な方が頼れるかなぁ?)

 

 そこまで条件を絞り込むと、人数は絞られてくる。

 

(今ジパングにいる女性でだと……ウィンディ、はないな。トロワも論外。おばちゃんは一見良さそうだけど、これの親だし)

 

 魔法使いのお姉さんや元バニーさんは、シャルロットとそれ程年齢が離れていると思えない。

 

(いっそのことアリアハンに戻ってシャルロットのお袋さんに頼……たら、俺が殺されるな)

 

 まさかの八方ふさがりというか、該当者なしである。

 

(結局、俺が何とかするしかないってことなのかなぁ)

 

 人を頼ろうとするのは虫が良すぎると言うことだろうか。

 

「シャルロット」

 

「ううん……けど、がーたーべるとをしてたら――」

 

 声をかけてみるが、心ここに在らず。独り言を呟くだけでこちらの言葉は聞こえておらず。

 

(そもそも、いま ものすごく ふきつ な たんご が とびだしましたよ?)

 

 あのろくでもない品の名がここで挙がる理由は一つしかない。

 

(がーたーべるとを付けたら、おろちみたいになってしまうんじゃないかという恐怖、なんだろうな)

 

 男の俺には完全に理解するのは難しいが、性格がむっつりすけべに矯正されてしまうネックレスだったら付けさせられそうになったことはある。

 

(ともあれ、こっちの声が届かない状態なら仕方ない、か)

 

 いつまでも洞窟の外に立ちっぱなしと言う訳にもいかないだろう。

 

「シャルロット、ミリー、ジパングに戻るぞ?」

 

 おろちならヒミコの部屋まで直通の旅の扉もどきも作れるのだ。マリクを残していっても何の問題もない。

 

「シャルロット?」

 

「ボク、ボク……」

 

「き、聞こえてないみたいですね」

 

 念のためにもう一度呼びかけてみても反応の無い様に、元バニーさんの言葉へそうだなと頷く。

 

「おろちの言動の刺激が強すぎたと言うことか。……やむを得ん。シャルロットは俺が運ぼう」

 

「えっ」

 

「いや、持ち上げるのに手をかければ流石に我に返るかと思ってな」

 

 それでも駄目だったら、生半可なことでは効果もないと思う。

 

「どちらにしろ、ここでこのまま待つよりもマシだ。女子供一人分の重さでどうにかなる程ひ弱なつもりはないしな」

 

 呼びかけに反応するようだったら、何とか言葉を探してフォローするつもりだったけれど、言葉が届かないなら時間をおいて仕切り直すしかない。

 

(とは言え、トロワとおばちゃんはアークマージ。鎧を着たシャルロットを背負って山野を歩くのは大変そうだし)

 

 元バニーさんに頼むべきかは迷ったのだが、バニーさんがシャルロット背負って歩いた場合、まず間違いなく行軍のペースが落ちる。

 

(一応鎧があるから直接触る訳じゃない。セクハラには当たらない筈だ)

 

 一応父親代わりでもある訳だから、そっちの面でも容赦して貰いたいと思う。

 

「……よし。いや、全く反応がないという意味では『よし』ではないか」

 

 シャルロットの鎧に手をかけて持ち上げると、ちらりと腕の上のシャルロットが相変わらずであることに苦笑し。

 

「ご、ご主人様?」

 

「どうした? この抱き方か? 呼びかけても反応がないのにしがみつけと言って聞くとも思えんからな」

 

 安定を考えた結果、俺が選んだのは言わばお姫様だっこ。

 

「解りました。ではマイ・ロード、私が背中にしがみついて背負って頂きます」

 

「何がどうして『解りました』と『では』でそう言う答えが出てくる?」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 多分まだ孫を母親に見せる作戦を諦めていないのだろう。胸を押しつけてくる作戦以外考えられなかった。

 

(それにおばちゃん、見てないで止めて下さいよ)

 

 お前の娘だろ何とかしろ、である。

 

(おかしいなぁ、モテるってもっと嬉しいモノだと想像してたのに)

 

 モヤモヤしつつ嘆息した俺はシャルロットを抱いたままジパングに向けて歩き出すのだった。

 

 




トロワ、自重せず。

次回、第四百七十七話「結果がどうあれ、報告はしておかないと行けないですよね、うん」

竜の女王、息子の養父母あれでいいのか?


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第四百七十七話「結果がどうあれ、報告はしておかないと行けないですよね、うん」

「……と、まぁだいたいそう言った経緯で、マリクは悲願を果たしたようだ」

 

 行きと同様、魔物の襲撃もなく無事戻ってきた俺は、居残り組だった魔法使いのお姉さん達カップルに事の経緯を報告していた。ちなみにシャルロットは戻ってくる途中で一度我に返ったのだが、何故かすぐに固まってしまったので宿屋にとった部屋に置いてきている。

 

「……何ともコメントに困る経緯ですけれど」

 

「まぁ、当人が幸せなら言うことはありませんな」

 

「だな」

 

 魔法使いのお姉さんは何とも微妙な表情をしていたが、仕方ない。俺も他人から説明されたらきっとコメントに困ると思う。

 

「それで、流石に結ばれた当日にどのこうのと言う程俺も野暮ではない。竜の女王への報告は明日以降にするとして……」

 

「問題は、勇者様ですか」

 

「ああ。魔物の言葉のわからぬ俺にはただの唸り声だったが相当アレな発言だったらしくてな。シャルロットには刺激が強すぎたらしい。フォローしようにもこちらの言葉さえ聞こえぬ有様だ」

 

 今は部屋に居る筈だが、落ち着くまではそっとしておいた方が良いだろう。

 

「一応、竜の女王への報告は子供の親代わりとなるマリクとおろち、それに経緯を説明出来る人間が一人居れば事足りる。一連の原因になってしまった責任もあることを鑑みて、俺が行くつもりで居るが」

 

「皆まで言わずとも解りますわ。その間に勇者様の心のケアを頼みたいと仰るのですわね?」

 

「すまんが、頼めるか?」

 

 俺が尋ねれば、魔法使いのお姉さんは首を縦に振った。

 

「勇者様は私達のリーダーですけれど、同時に仲間ですもの」

 

「まして、バラモスとの決戦も間近とあっては、立ち直って頂くより他ありませんからな」

 

「しゃ、シャルは友達ですから」

 

 まぁ、わざわざ尋ねたのは愚問だったかも知れない。

 

(だよな。勇者一行だもんな)

 

 厄介ごとを押しつけて逃げるみたいで少し申し訳ない気もしたけれど、俺はお姉さん達の厚意に甘えることにした。

 

「すまん」

 

「ただ……私達が出来るのは立ち直って頂くところまでですわよ?」

 

「それは、どういう……」

 

「ふふっ、何でもありませんわ」

 

 微妙に付け加えられた魔法使いのお姉さんの言葉は気になったが、俺の代わりにシャルロットのケアをしてくれる相手に深くツッコむことも出来ず、そうかとだけ応じる。

 

(だいたい、シャルロットを復活させる方法なんて心当たりひとつしかないもんなぁ)

 

 それはもう懐かしさすら感じる程の昔、俺が遊び人だった頃の元バニーさんにさせたもの、つまりお尻をさわるのだ、シャルロットの。

 

(うん、あれを俺がやるのは問題ありすぎる)

 

 問題があるどころか社会的に死ぬ。と言うか、おろちの発言でショックを受けてるシャルロットにやろうものなら、いろんな意味で大惨事しか起こりえない。

 

(こんなんじゃ、任せるより他にないよなぁ)

 

 だいたい他にもやっておかなければならないことだって有るのだ。

 

「さて、俺は出かけてくるな。報告は明日以降とは言ったが、おろち達の都合もあろう。都合の良い日程を知らせて貰えるよう伝言をしておかねばならん」

 

 伝言と言ったのは、まだマリクとおろちが愛を確かめ合っているかも知れないからだ。

 

「シャルロットのことは頼む。ではな」

 

「マイ・ロード、お供します」

 

「ふ、好きにしろ」

 

 すぐ戻ってくるつもりであることを鑑みると大げさな気もしたが、こうして俺は二人に報告した宿の一室を後にする。

 

(うん、「好きにしろ」って格好つけて言っちゃったけど、このマザコン娘もどうにかしないとなぁ)

 

 マリクの件が人事でなくなるような未来は避けたい。

 

(そもそもこの世界には性格を変える本がある訳だから、矯正してしまえば何とかなるかも)

 

 忠誠を誓わせたパンツの効果が消えるのとほぼ同じ意味だったとしても、試す価値はある。

 

(交易でこのジパングに来ている商人とかにそれとなく聞いてみるのもいいか。そう言う本を持っていないかって)

 

 もちろん、本なら何でもいいという訳ではないのだけれど。

 

(持ってると言われて譲ってくれと頼んで手に入れたのが、あの本(えっちなほん)だったりした日には……)

 

 おろち二号を作るオチなど、ご免被る。

 

(けど、一番の問題はどこまでもついてくる事だよな)

 

 側に居られたのでは性格矯正計画も練りようがない。

 

(いや、秘密にしたいならそれこそこの変態マザコン娘を縛って目隠しと耳栓しておけば良いだけなんだろうけど)

 

 十中八九そう言う趣味があるという誤解を呼ぶと思う。

 

(今のままじゃ、別の男をあてがうって方法もとれないし)

 

 俺の側に侍るという誓いが厄介すぎた。

 

「ふむ、面倒なものだな……だが」

 

 今すぐどうにもならないなら、それが現実逃避の親戚だったとしてもやることをやるしかない。

 

(さしあたっては、おろちへの伝言かぁ)

 

 鳥居をくぐり、目的地に向かった俺は、以前おろちへの取り次ぎを頼んだジパング人を見つけると、声をかけた。

 

「国主に伝えたき用件あって参上した。これから言うことを伝えて貰いたい」

 

 内容は至極簡潔。

 

「先日の件、執り行うべき日程が決まればご連絡頂きたい」

 

 おろちにならこれで充分伝わるはずだ。

 

「ご、ご主人様。女王様からのお返事が――」

 

 実際、おろちから返事が来たのは、その日の内、俺が宿に戻ってから暫し後のことだった。

 

 




・前話からのシャルロット
悶々する→我に返る→お師匠様にお姫様だっこされてると気づく→オーバーヒート→宿屋の部屋に運ばれ→その先の展開を想像して限界突破→主人公シャルロットが復活しないと諦めて部屋にシャルロットを放置、報告へ

だいたいそんな感じでした。


次回、第四百七十八話「やれるだけのことはやったとおもいたい」


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第四百七十八話「やれるだけのことはやったとおもいたい」

「竜の女王のことは予め話してはあったし、マリクとくっついた経緯を鑑みれば俺が竜の女王に会いに行こうと言い出すのは想像も出来るだろう。しかし……」

 

 自分で伝言をしに行っておいて何だが、こんなにあっさり返事が返ってくるとは思わなかった。

 

「ご主人様?」

 

「ああ、いや……その、な? 一国の主が数日国を開ける予定をこんなにも早く作れたことに驚いただけだ」

 

 女王が身体を空ける為にお付きの人や文官にあたる人達が泣いていないと良いが、諸悪の根源である俺には案じる権利さえないだろう。

 

「ともあれ、おろちが作ってくれた時間を無駄にする訳にもいかん。俺は明日にでもこのジパングを発つ。行きはキメラの翼を一枚貰うが、帰りはマリクのルーラが使えるだろうからな」

 

 一枚だけ貰って行くとシャルロットに伝えてくれるよう元バニーさんへ伝えてから部屋に戻ると、昨日のようにトロワを縛ってベッドに寝かせてから布団に入る。

 

(これで、ようやく一つ肩の荷が下ろせる……)

 

 残った荷物もさっさと片付けたいところだが、処分する方法がシンプルなのはバラモスだけだ。

 

(おばちゃんの息子は何処にいるかも不明だし)

 

 娘の方はどうするか、まだ模索中。

 

(厄介なのはどっちかって言うとトロワの方か)

 

 息子の方はおばちゃんが一緒にいることが前提だが、敵として遭遇した場合でも説得で矛を収めさせたりこちらに引き込めるかもしれないのだ。

 

(マリクみたいにピンポイントであのマザコンを好いてくれる相手が出てくれば良いんだけど、まぁ無理だろうなぁ。奇跡は滅多にないから奇跡って言うんだし)

 

 マリクと出会えただけでも僥倖だったのだ、これ以上を望めば罰が当たると思う。

 

(こう、モヤモヤするけど今は保留するしかないか)

 

 横にあるベッドをちらりと見上げると、俺は目を閉じ。

 

(……寝よう)

 

 考えるのを止め意識を闇に委ねた。

 

「んっ……」

 

 そして、次の日の朝だと思う。最初に感じたのは、圧迫感だった。

 

(なんだ、これ? 金縛り?)

 

 一瞬何処かで聞いた怪談を思い出し身じろぎしようとすると、想像に反して手足は自由に動き。

 

「ん゛、んんぅーうーっ」

 

「うわあっ」

 

 目を開けるとぼやけた視界一杯にあったのは、おそらく昨晩縛った変態娘の顔だった。

 

「っ、どうした? と言うか、何故こっちにお前が居る?」

 

 おそらくさっきから感じている圧迫感の正体はトロワが胸にくっつけてる二つの凶器によるものだったのだろう。

 

(と言うか縛るだけじゃ甘かったか、今度はベッドに固定もしな……あ)

 

 そこまで考えて、思い至る。

 

「もしかして、トイレか?」

 

「ん゛ん」

 

 頷くトロワの目は、よく見ると若干涙目だった。縛られた状態で俺の側まで来たのだから相当せっぱ詰まっていたのかも知れない。

 

「そうか……ならロープを解くからとりあえず上から退け」

 

「ん゛んっ」

 

「よし」

 

 即座にころんと上からマザコン娘が転がり退いたことで、俺は布団から抜け出すと、まず腕を拘束していたロープを解いた。

 

「せっぱ詰まってるなら、手伝え。俺は足のを解く」

 

 布団を汚して追加料金&社会的に俺死亡のルートなどご免被る。

 

「解けた! いけっ、トロワ!」

 

「ん゛っ、んーんーんっ!」

 

 まだ猿ぐつわをしたまま、変態娘は部屋を飛び出して行き。

 

「……さて、朝の支度を終えたらおろちの所だな」

 

 ロープを片付け、俺は着替え始めた。

 

「ご、ご主人様おは」

 

「あ」

 

 もっとも、その前に気づくべきだったのだろう。トロワが飛び出していった時に部屋の鍵を開けていったことに。

 

「す、すみません。すみません。あ、う……」

 

「とりあえず、後ろを向いて貰えるか?」

 

 心の中の冷静な部分がナレーションをする声を聞きつつ、俺はやった来た元バニーさんにそう言い、着替えを続け思う。

 

(事件のない朝が、欲しいな)

 

 背中には平謝りする元バニーさんの声。

 

「ちょっと、今の声は何で」

 

 そしてこのタイミングで駆けつけてくる魔法使いのお姉さん。

 

 

 

 

「……と言うことがあってだな」

 

「それは、大変でしたね」

 

 その後のゴタゴタも全て、心を読める竜の女王の前では隠しようがない。一応、朝っぱらから生じたそのコントの様な出来事以外はごくすんなり話は進んだのだ。

 

「今の内に政務を経験しておく必要がある」

 

 と、合流するなりおろちが後継者に政務を押しつけ時間を作ったことをマリクに腕を絡めたまま説明し。俺は原作でもおろちが倒されるなり二代目の女王が立った事を思い出しつつ、納得し、キメラの翼を使って竜の女王の城に飛び、今こうして女王との会談に至っている。ちなみにトロワには内密の話があるから今回もノーカンと席を外して貰っている。

 

「おろちとマリクはそこの小部屋にいる。この話は流石に聞かせられんからな」

 

 まぁ、聞かれて拙い話と言うより聞かれると恥ずかしい話の方が多かった気もするけれど。

 

「子を託す親と受け取る義親の会話を聞くつもりもない。話が終われば、俺はマリク達をここに呼び、そのままジパングへ戻つもりだ」

 

 心を読める相手と同席というのが気まずいのもあるが、竜の女王の子にトロワのマザコンが伝染るようなことがあったら不祥事では済まされない。

 

(出来ればあれをどうにかする方法とか相談出来たら良かったんだけど、病竜に負担かける訳にも行かないしなぁ)

 

 朝のカオスを説明してる段階で、何かをこらえるように竜の女王の声が震えていたのもきっと負担に入ると思うから。

 

「ではな。もう会うこともないかもしれんが」

 

「そうですね。我が子の為に骨を折って下さってありがとうございました。そして、今更ですが一つだけお詫びしておきます」

 

「ん?」

 

 次の瞬間、俺は何を言われたか理解出来なかった。

 

「そなたが提示してくれた案の中に一つだけ私の病を治せるものがあったのです」

 

 




 また間延びしちゃいそうだったので、おろちからのお返事~出発して事情説明に至るまでを回想にしてしまいました。

 これで、この件もあと一話ぐらいで終わるはず。(たぶん)

次回、第四百七十九話「さて、あちらの方も復活しててくれるといいんだけど」


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第四百七十九話「さて、あちらの方も復活しててくれるといいんだけど」

 

「ごめんなさいね。私にはそなたの考えていることが解りました。だからこそ、言えなかったのです」

 

 立ちつくす俺の前で、竜の女王は続ける。

 

「今になって明かした理由は、もうそなたに選択を強いることもなくなった為」

 

「一体、何を……」

 

「今から私の病を治そうとしても、もう間に合いません」

 

 残酷な告白は、静かな瞳でなされた。

 

「……ちょっと待て、じゃあ、あの時、最初に会った時に病を治そうと動いていれば間に合ったのか?」

 

「いいえ、それでも間に合うことがあったかも知れない程度のものです」

 

 ようやくいくらかの理解が追いついて問いを発すと竜の女王は首を横に振る。

 

「だからこそ、可能性にかけて色々なモノを天秤にかけるようなまねをそなたにさせたくありませんでした。病にかかったのは私、見ず知らずのそなたには何の責任もありません」

 

「だがっ」

 

「そなたには感謝しています。我が子の行く末を案じた私の我が儘を聞いてくれた。私の赤ちゃんを育ててくれる二人はもう来ているのでしょう? ですから、もう、いいのです」

 

「くっ」

 

 食い下がろうとする俺を見つめ返す瞳は何処までも穏やかで、反論を許さぬ力があった。

 

「そなたの記憶に有る通り、私はこの子を産んで逝くことになるでしょう。ですが、この子の行く末までがそなたの記憶通りになるとは思えません。あの竜の魔物と添い遂げようとする人の王族の子が、この子を育ててくれる。ですから、心残りはありません。そなたに嘘をついたことを詫び、何の責任もないと伝えることも出来たのです」

 

「待て、縁起でもな」

 

「大丈夫、まだ逝きはしません。養い親になってくれる二人にも話はありますから。呼んできて、下さいますね?」

 

 どうすれば、その願いを断ることが出来ただろう。

 

「……わかった」

 

 絞り出すように答え、踵を返した俺は、その足でおろち達の待つ小部屋へと向かった。

 

(くそっ、全部見通した上で……嘘ついてたのかよっ)

 

 竜の女王の言う通りだった。真実を知っていたなら、多分俺はその可能性にかけていたと思う。同時に何を代償にしようとしたかもあの口ぶりと自分の行動パターンから察せた。

 

(全てを救うのは傲慢だと解っていた。それでも……助けられる可能性が残ってたのに、取りこぼすなんて)

 

 強く握った掌に爪が食い込む。

 

(けど)

 

 この気持ちのまま、今の表情のままマリク達の居る部屋に顔を出す訳にはいかない。

 

(ポーカーフェイス、ポーカーフェイスだ)

 

 城を出て呪文で飛び立てば、人目を気にしなくても良い。

 

(女王の残された時間をこんな所で無駄遣い出来ない、今だけは――)

 

 感情を押し殺し、おろち達を呼ぶ。

 

「入るぞ?」

 

「あ、はい」

 

 ドアをノックしつつ問えば、中から聞こえたのは、マリクの声。

 

「待たせたな、竜の女王が呼んでいる」

 

「解りました。では、いきましょうか、おろちさん」

 

「そうじゃな」

 

 この短いやりとりで、俺のここでの役目は終わった。

 

「あ、ヘイルさん、ありがとうございました。こうして、一緒になれたのもあなたのお陰ですし」

 

「いや、俺は些少手伝っただけだ。修行をして力を付けたのはお前自身だろう? では、おろちと幸せにな」

 

 そのまま立ち去ろうとした背にかけられた声に、平静を装いつつ応じると、そのまま出口へと向かう。

 

(ありがとうございました、か)

 

 心境が心境だからなどと言ったところでそれはいい訳だろう。感謝の言葉へ振り向きもせず立ち去ってしまった。

 

「駄目だな、俺は」

 

 竜の女王がマリク達に卵を託して逝ったなら、直前の失礼ともとれる対応に説明はつく。

 

(つくとは思うけど、感情に振り回されてるのがバレる訳だし)

 

 いや、自分の未熟さが露呈する事なんてどうでもいい。

 

(頭の中はゴチャゴチャだ)

 

 だから上手く言葉にならないけど、最悪の気分だった。

 

(救えなかった自分が許せなくて、目の前の現実が認められなくて)

 

 ただの我が儘で、癇癪だったとしても。

 

「助けたかった……」

 

 何時の間に城を出たのか覚えはない。ポツリと漏らして見上げれば、青空が広がっていた。

 

「こうしてモヤモヤしないように、俺の責任じゃないって竜の女王は言ったんだろうけど……」

 

 生憎とその心遣いを活かせる程、俺は出来た人間じゃなかった。

 

「さて、あちらの方も復活しててくれるといいんだけど」

 

 なんて、ジパングの方を見て暢気に呟く心境にはなれない。

 

「ルーラ」

 

 ポツリと呪文を唱え、浮かび上がり。

 

「くそっ、ちくしょおおおおっ」

 

 高度が上がる中で俺は叫んでいた。

 




完全シリアス回。

短めで済みませぬ。

次回、第四百八十話「ジパングへの帰還」


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第四百八十話「ジパングへの帰還」

 

「ふぅ」

 

 叫んだことで些少なりとも気は晴れたのかも知れない。

 

「……もうすぐジパング、か」

 

 どこか日本列島を思わせる島が近づいてくるのを見つつ呟き、ちらりと後方を振り返る。

 

(「色々なモノを天秤に」かぁ。選択を迫られるのは、きっとあり得たかも知れない未来だけじゃないよな。その時は俺は……後悔無く道を選び取れるだろうか?)

 

 全て知っているからこそ竜の女王が口にした言葉を胸中で反芻しつつ前へ向き直ると自分自身へ問う。

 

「……心の準備だけはしておかないとな」

 

 口をついて出たのは明確な答えとはとても呼べないモノであり。

 

「あ」

 

 思わず声を漏らしたのはこの直後。

 

「……うん、流石に今回は動揺してたからな。きっと、仕方ないと思う。けど、流石にこれは」

 

 フォローのしようもないポカだろう。

 

「トロワ、竜の女王の城に忘れて来たぁぁぁぁぁ!」

 

 いくら変態マザコン娘が相手だったとしても流石にこれは人としてどうよと言われるべき所業である。

 

(しくじった……マリクが気を利かせてこっちに戻ってくる時に回収してくれてたらいいけど、流石に自分のミスを人に拭って貰うとか色々駄目だよね)

 

 やっぱり駄目だ、俺は駄目な奴だったんだ。

 

(戻ろう)

 

 ただ、以前アリアハンでにあったように入り口でシャルロットが帰りを待っている可能性もある。

 

(とんぼ返りでルーラするところを見られたら拙い。と言うか何でこんなタイミングまで気づかないの、俺? 今から変装とか時間的に無理じゃん)

 

 頭を抱えたくなる自体の中、俺の身体は目的地に近づいたことで徐々に下降していて、空中早着替えをするような時間的余裕は皆無。

 

(もしシャルロットがジパングの入り口にいるなら、恥を忍んでトロワを忘れてきた事を告げて、キメラの翼を貰うかぁ)

 

 秘匿している事実がバレるよりは恥をかいた方がマシである。

 

「くっ、シャルロットには早く復帰して欲しいと思っていたのに……」

 

 まさかこんな事態になるとは思わなかった。

 

(魔法使いのお姉さん達が良い仕事をしたとしても素直に喜べないとか)

 

 人間、感情的になるとロクな事がない。

 

「あ、お師匠様ぁぁぁ」

 

 そして、着地予想地点の側から降りてくる俺に気づいて手を振るシャルロットの笑顔は、きっと俺への罰なのだろう。

 

(こういうとき に かぎって きっちり しごとするんですね、おねえさんたち)

 

 持ってくれ、俺のポーカーフェイス。

 

「……ただいま、シャルロット」

 

 着地するなり、とりあえず弟子に対して言葉を返す。挨拶は基本だ。

 

「どうでした、その……お話は?」

 

「ああ、おそらく竜の女王は卵を産んでマリク達へ事後を託し、息を引き取るだろう」

 

 シャルロットが知りたがった事かは解らない。それでも俺は一つの事実を告げ。

 

「ただ、な……」

 

「え」

 

「俺も少々動揺したのだろうな。竜の女王との話だからと席を外させていたのを忘れて戻ってきてしまった」

 

 素直に失敗を白状した。

 

「……と言う訳でだ、竜の女王の城までトロワを向かえに行かねばならん、それで……」

 

 気まずさと、シャルロットのお師匠様像を傷つけてしまったのではと言う申し訳なさに苛まれつつも、俺は切り出そうとした。

 

「ルーラですね? でしたら、ボクが送ります」

 

「シャルロット? いや、俺のミスだからな? キメラの翼を往復分融通して貰えれば」

 

「いいえ。大丈夫です」

 

 予想外の申し出に俺は断ろうとするが、シャルロットは頭を振り。

 

「それにボクだけじゃなくてみんな揃って竜の女王様のお城まで行けば、そのままバラモスの城に乗り込めますよね?」

 

「な」

 

 続いて示した案に俺は言葉を失う。

 

「お師匠様がマリクさん達と竜の女王様のお城に向かった後、みんなと色々お話しして、決めたんです。お師匠様が戻ってくるまでに決戦の準備を整えておこうって……それで、これがボクの新しい装備です」

 

 たぶん、シャルロットがそう言ってマントの前を開くまで、俺は気づかなかった。出迎えてくれたシャルロットがまるでてるてる坊主の様にマントで首から下を隠していたことも、その理由も。

 

「しゃ、シャルロット……?」

 

「似合いますか? ミリーのおじさまがここの刀鍛冶の人と協力して完成させた防具なんでつけど」

 

 口元に手を当て、恥じらってみせるシャルロットの身を包むそれは、白い羽根の意匠のされたビキニ。

 

「神秘の……ビキニ?」

 

「はい、ええと、ボクとミリーとさっちゃんにアンさんの分までは完成してます。トロワさんはお師匠様と一緒でしたからサイズ合わせが出来なくてまだですけど」

 

 なんぞ それ。

 

(うん、原作じゃ一着しか入手出来なかったモノを量産ってのは百歩譲って良しとしよう)

 

 だけどさ、女性陣全員水着で決戦とか、こう、何て言うんだろう。

 

(俺がバラモスだったら、全力でぶち切れると思う)

 

 主に馬鹿にされていると判断して。

 

「あー、何だ、強力な防具……とは聞いているが、いいのか?」

 

 シャルロットはあぶない水着もどきとがーたーべるとの合わせ技で以前精神的に傷を負っているし、水着で戦うのは恥ずかしいんじゃないかと俺は問う。

 

「はい。世界の平和のためですから」

 

「そ、そうか」

 

 眩しい笑顔で頷いてしまうシャルロットを見た俺はそれ以上何も言えなかった。まして、目の毒だから考え直して下さい、などとは、とても。

 

(以後の戦闘は最前列、か)

 

 水着姿のシャルロット達が視界に入るのは色々拙い。

 

(と いうか、げんさく より きわどいですよ、この びきに)

 

 刀鍛冶にあぶない水着やら何やらを預けた影響だとしたら、こんな所で祟られる事になるとは思わなかった。

 

「と、ともあれ……そう言うことなら他の皆とも合流せねばな」

 

「はいっ」

 

 何とか気を取り直しつつ促すと、俺は返事をしたシャルロットと共に宿屋の方へと歩き始めた。

 

 




刀鍛冶に危険物が預けられれた伏線及びおじさまの最終目標伏線、回収。

サラ達にシャルロットを任せた結果が、これだよ。

ちなみに、決戦準備はサラとアランの提案で、お揃い水着になったのは元ばにーさんのせい。

「決戦の準備をしておいてはどうですかな?」→「あ、あのでしたらおじさまに良い装備がないか聞いてきますね?」

と、こんな感じ。

次回、第四百八十一話「わすれていたものをとりにゆく」

うん、トロワのことなんですけどね。


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第四百八十一話「わすれていたものをとりにゆく」

「こちらの勤めは果たしましたわよ」

 

 少し誇らしげに魔法使いのお姉さんは言う。

 

「ああ、そうだな。助かった」

 

 歩き始めてから宿屋に着くまではそれ程時間もかからず、お姉さんの言葉に俺は感謝の言葉を贈るだけ。

 

(「なんでこうなった」なんてツッコめない。ツッコめる筈がない)

 

 魔法使いのお姉さんもシャルロット同様、前をしめたマントで身体を隠していたが、そこに言及して痛い目を見るのは俺の方である。

 

(女性がほぼ全員ビキニで戦うことになった原因は魔法使いのお姉さんにはないのに、俺はポカで勇者一行に寄り道させる事になってしまった主犯だもんなぁ)

 

 反撃でトロワを忘れてきた事に言及されたら、返す言葉がない。

 

「わすれていたものをとりにゆく」

 

 とか、格好を付けても結局は恥ずかしい失敗をした自分の尻ぬぐいを自分でするだけのことなのだ。

 

「しかし、いよいよ魔王との決戦ですな」

 

 もっとも、ポカがもたらした失敗を気にしているのは、俺だけのようにも見受けられたが。アランの元オッサンは、真面目な顔を作ると、魔法使いのお姉さんの傍らで更に言葉を続ける。

 

「この国に魔王の元親衛隊の魔物が居たのはある意味で幸いでした。おかげで、魔王の城を守る魔物達の力量はだいたい把握出来ました」

 

「ほう」

 

「イシスでの修行で力を付けた我々なら、まず問題なく大魔王の元にはたどり着けるでしょう。ただし、これは城の警備態勢と構造が以前のままだった場合ですがな」

 

「まぁ、流石にそれはあるまい」

 

 トイレを借りられた上にボコボコにされたあのバラモスが何もしていないとは考えにくい。

 

(警備は強化してるだろうし、下手をすれば凶悪な罠だって仕掛けてる可能性がある。もっとも、その辺りは俺と言うか怪傑エロジジイの侵入経路をバラモスがどの程度把握しているかにもよると思うけど)

 

 フックつきロープで屋上の通路から壁を乗り越え地面に降りてショートカットしたなんてところは、魔物ならエピちゃんぐらいにしか見られていないのだ。

 

(ただ、フックの跡だとか、正解(ほんらいとおる)ルートなら遭遇しているはずの魔物がエロジジイに遭遇していない、なんて状況から反則やらかしてた事実に辿り着かれることもあり得る)

 

 エロジジイと戦った時は良いとこなしだった様な気もするバラモスだが、甘く見て失敗をやらかすよりはそれこそ後者でショートカットを見抜き、対応まで済ませてるぐらいに考えておいた方が良いだろう。

 

(まぁ、親衛隊がごっそり離反したし、ウィンディの後任が一人俺に討たれ、もう一人は竜の女王の城に置いてきぼりなのを考えると、今補佐役とか軍師ポジションにまともな人材が居るかはちょっと怪しいんだけどね)

 

 油断をする気はない。失敗はもうたくさんだ。

 

「あ、あの……ご、ご主人様……に、似合いますか?」

 

 うん、それに ね、もとばにーさん。まんと を ぬいで くるっと いっかいてん って さーびすしーん も いま は いいんだ。

 

「あ、ああ」

 

 とりあえず頷いておいたが、あぶないみずぎのきわどさを取り入れた神秘のビキニに元バニーさんのコンボは凶悪すぎた。

 

(大きいのは知ってたけど……そもそも、あのビキニ肩ひもがないんだよな)

 

 つまり、揺れても弾んでも本来支えになるモノが存在しないのだ。

 

(どうやって胸の部分にくっついて……はっ、それが神秘か! ……じゃなくってぇ!)

 

 とりあえず水着の構造の謎を考えるのは今は止めよう。

 

「ただな、これから呪文で空の旅をする。上空はここより冷えるからな。少なくとも戦闘になるまではマントぐらい羽織っておけ。何なら上に何か着込んでもいい」

 

 と いうか きこんで ください。そのまま では おもいっきり め の どくです。

 

「あ、そ、そうですね。すみません」

 

「いや、謝る事はない」

 

 むしろ、それぐらい気づけよと言われるべき人物は、他にいる。

 

「でしたらお師匠様、ルーラで飛んでる間、お側に居てもいいですか? くっついてると暖かいと思いますし」

 

 そうだよ、俺だよ。シャルロットがこう言い出すんじゃないかと、マントを着せる名目での発言を終えるまで気づかなかった この俺だよ。

 

「で、でしたら私も……ご迷惑でなければご主人様を温めさせて頂けますか?」

 

 そして、もとばにーさん が しょくはつ される ところまで は よそう が ついてましたよ、しっぱい を さとった あと に した よそう で ですけどね。

 

「……着地に失敗はするなよ?」

 

「「はい」」

 

 副音声で「着地失敗するかも知れないからくっつかなくても良いのよ」と言ってみたが、無駄だった。

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 生温かくおばちゃんに見守られる中、ポーカーフェイスの裏で引きつった笑いをするしかなかった俺は、このあと水着の女の子二人にくっつかれて空を飛ぶ事になるのだろう。

 

(て も だせず、せきにん も とれなかったら、これって ただの なまごろし だよね?)

 

 宿の一室、ちらりと見た窓の外の空は青い。絶好のルーラ日和だ。流石に元バニーさんだって宿のロビーでマントを脱いでまわるほど羞恥心を脱ぎ捨てては居ない。

 

(だから、今居るのは宿の一室なんだけど……なんでかな、こう、今すぐそこの窓を破って逃亡したくなるのは)

 

「……はぁ」

 

 出来るはずがない、いくらなんでも、そんなこと。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「ご主人様?」

 

「いや、何でもない。さて、俺は荷物を取りに自分の部屋に戻るな」

 

 だから訝しげに見られても首を横に振り、一言告げてからその場を後にし。

 

(これで女の子二人と密着空の旅が確定、かぁ)

 

 部屋にたどりつくなり荷物を回収すると、ドアノブに手をかけて嘆息する。

 

(いや、今回はまだマシだ。竜の女王の城からは更に一人増え……あ)

 

 自分を慰めようとし、更に酷い自体に思い当たって凹んだのはその直後だった。

 




ぎゃあああっ、出発まで書けなかったぁぁぁっ

あ、次回、第四百八十二話「さいかいはしれんのきょうか」

しゅじんこう って すごいなぁ、おんな の こ ふたり と みっちゃく しても ぽーかーふぇいす なんて。 ぼく には とても できない。




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第四百八十二話「さいかいはしれんのきょうか」

 

「忘れて来たのは、俺の落ち度だもんなぁ」

 

 現状で、強く出られなくなったのは痛すぎる。

 

(いちうおうおばちゃんに押しつけるって方法も思いつきはしたけど……うん)

 

 スタイル強調と裾揚げだけで鼻血を吹いた変態さんが、母親のきわどいビキニ姿なんかに接近しようものならどうなるだろうか。

 

(死ぬな、たぶん)

 

 そのもの凄い安らかで酷い顔を前に、賢者のどちらかが蘇生呪文をかけることになるところまでがワンセットだと思う。

 

「となると、おばちゃんに上から何か着て貰うのは必須、かつあのマザコン変態娘は俺の方で引き取るしかない訳で……」

 

 どう あがいても おんなのこ ひとり ついか かくてい じゃないですか、やだー。

 

(まぁ、その前に置いていった事へのお詫びだけど)

 

 これが難しい。

 

(母親に孫の顔を見せて喜んで欲しいって一心だけで迫ってくるような変態だからなぁ)

 

 下手に出たらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

(おばちゃんに何か譲って貰って機嫌を取るしかないかな……それはそれで、鼻からの流血騒ぎ程度にはなりそうだとしても)

 

 宿のロビー経由で外に向かうべく廊下を歩きながら考えるが、これはと思う程の良策は思いつかず。

 

「あ、お師匠様。こっちです!」

 

 ロビーに顔を出したところで外から宿の中を覗き込んでいたシャルロットから声がかかる。

 

「もう他の方の準備は終わってますわよ?」

 

「……すまん、待たせたようだな」

 

 考えながら歩いていたからか、魔法使いのお姉さんが言うように頭を下げて宿の外に出ると、そこにはマントに身体をくるんだ女性陣の姿があった。

 

「これは……」

 

「水着なら上から着込めばいいかと思いましたが、そうも行かんようです。あの羽根の部分が割と立体的らしくてマントのようなモノでないと相当ぶかぶかなモノでなければ胸が苦しくなってしまうそうで……」 

 

「ふむ、重厚な鎧を鼻で笑うような常識外れの防御力を持つと聞いていたが、なるほどな」

 

 ビキニという軽装を鑑みると上から鎧や服を付けることで更に防御力を向上させられないかと微かに思ったが、現実はそう甘くないらしい。

 

「逆にこのビキニの下に服を着込む事も考えたんですけど、そうすると今度は徐々に傷を癒す効果が発揮されないみたいなんです」

 

「直接肌の上に付けないと駄目、ということか」

 

 何というか、徹底していると思う。

 

「だけど、不思議な水着ねぇ。見せたらあの子も興味を持つかもしれないわ」

 

 やめてください、おばちゃん。へんたい に きわどいみずぎ を あたえたら、どんな かがくへんか を おこすか わからないじゃないですか。

 

(しっかし、水着に他の装備を追加することで肌色面積を減らそうと言う考えを尽く先回りして潰すとは)

 

 水着で女の子を戦わせることにかけた執念の様なモノを感じる。

 

(元バニーさんのおじさま由来なのか、世界の意思なのかは解らないけど)

 

 ただ、この分だとバラモスとの決戦はビキニでバトルになるのが確定したんじゃないだろうか。

 

「そ、それでは皆様、いいです……か?」

 

 声が聞こえたのは俺の後ろ。先程アランの元オッサンが口にした立体的な羽根が押しつけられる感触を背中に感じつつ、俺はああと短く答えた。

 

(どうしてこうなった)

 

 思わず空を仰いだって仕方ないと思う。向き合っていては視界が狭まるとすぐ前に居るシャルロットと向き合う形で抱き合う態勢だけは回避したが、左右ではなく前後で挟まる形は想定外だった。

 

(シャルロットに俺が後ろから抱きついて、その俺に元バニーさんが後ろから抱きつく……)

 

 左右の方がまだマシだった。

 

(耐えろ、耐えるんだ。三人になればバランスの関係上前後サンドイッチはもうない)

 

 だから、耐えろと自分に言い聞かせる俺の身体が、浮き上がったのは、そのすぐ後。

 

「きゃ」

 

「っ」

 

 浮かび上がり別の方向から力が加わったせいで、バランスが崩れたか、後ろから抱きすくめられる力が強まり。

 

(ちょっ)

 

 これでもかと押しつけられる凶悪な兵器に顔がひきつる。天国のような地獄は、そこに誕生した。

 

「っ、少し上にあがっただけだというのにこれほどとは……寒くありませんかな?」

 

「だ、大丈夫ですわ。ですけど……もっとぎゅっとしても構いませんわよ?」

 

 なんてバカップルをやらかしてる約二名の声が少し離れたところからするし、視界はシャルロットのツンツン頭に半ば塞がれている。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、シャルロットは兜とか被らなくていいのか、と……あ」

 

 口に出してから、ふと気づく。

 

(そう言えば、竜の女王の城の側じゃなかったっけ、シャルロットの親父さんが兜残していった村だか町って)

 

 地図で確認したいところだが、生憎両手はシャルロットを装備中である。

 

「お師匠様?」

 

「いや、寄り道すべきか迷った場所があってな。ただ少々そこがどの辺りにあったかが思い出せん」

 

「じゃあ、降りたら地図を広げてみましょうか」

 

「……そうだな」

 

 寄り道が増えるかは解らない。だが、意識を別の場所に向けたことで気が紛れたのは間違いなく僥倖だった。

 

(って、気が紛れたとか、忘れてたの思い出しちゃったじゃないか、俺のばかーっ)

 俺への試練は、その後も暫く続いた。

 

「あ、お師匠様。そろそろ到着ですよ?」

 

 下降し始めたのを感じたのであろうシャルロットが、声をかけてくるまで。

 

「そうか、ならここまでだな。二人とも、離れろ。着地に支障が出かねん」

 

「「……はい」」

 

 返事が揃って残念そうだったのは、俺という人型の懐炉と離れざるを得なくなったからか。

 

(ふぅ……これでようやく視界が開)

 

 シャルロットが動いたお陰で広がった視界には、迫りくるお城と、その入り口でこちらを見上げるアークマージが一体。

 

「マイ・ロードぉ……」

 

「すまん」

 

 こちらが着地するなり、涙目で駆け寄ってきたトロワにかける言葉をそれ以上見つけられず。

 

「うわぁぁぁぁぁん」

 

「すまん」

 

 置いてきぼり二日目は流石に辛かったのだと思う。泣きじゃくりつつもこれでもかと胸を押しつけてくる変態娘の前で、俺は若干途方に暮れるのだった。

 




そう言えば忘れ去られていたオルテガの兜。

作者のうろ覚えではそんなに離れていないと思われた兜の在処は、地図を見直すとそれなりに距離があった。

次回、第四百八十三話「迷いつつも」

寄り道か、出陣か。主人公が選ぶのは。


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第四百八十三話「迷いつつも」

「そろそろ泣き止め」

 

 なんて、とても言える状況ではない。忘れて一人で帰ってしまったのは、俺だ。

 

(うーむ)

 

 ただ、同時に違和感も若干有る。

 

(いい大人がと言うか……こいつ、バラモスから軍師に任命されてた筈だよね?)

 

 それ程の人材が人目も憚らず大泣きするだろうか。

 

(ここで難癖付けるのも最低だとは思うけど、演技だったとしてもおかしくないし)

 

 勿論、だからと言って泣き真似じゃないのかと口に出して疑うような事も出来ない。

 

(これは、もう他に手だてもないか)

 

 悩んだあげく、俺はトロワの耳元で囁く。

 

「この埋め合わせは後でする。だから――」

 

 なきやんで ください。あと、むね を おしつけるの やめてくれなさい。

 

「ほんと?」

 

「あ、ああ。詳しくは、応相談だがな」

 

 ここでおばちゃんの所持品をどうのとか、具体的な条件を口にするとおそらくこの変態娘が鼻血を出して裏取引がバレる。だから、若干玉虫色の申し出になったのは是非もなく。

 

「シャルロット、地図を出して貰えるか? 先程言っていた場所について確認したい」

 

「あ、はい。ちょっと待って下さいね? ええと……」

 

 こちらの言葉にトロワが反応したのをこれ幸いと俺はシャルロットに話を振って地図を出させる。

 

(ふぅ、これで後は兜のある場所がここからどれぐらいの距離にあるかだな)

 

 近ければ寄り道すればいい。

 

(原作知識がうろ覚えじゃなきゃ、もう判断も下せていたんだろうけど)

 

 無いモノねだりをしても無意味だ。

 

「お師匠様、どうぞ、地図です」

 

「と、すまんな。さて、確か……」

 

 微かな記憶通りなら、ジパングの北、銀世界の中にあったなと思い出しつつ場所を探せば、それはすぐに見つかった。

 

(ちょ、ジパングからの方が近いし、そもそも遠っ)

 

 寄り道を躊躇わせるには充分すぎる距離の前に俺は一瞬呆然とし。

 

「お師匠様、どうでした?」

 

「っ、いや……思っていたより距離があってな。ふむ」

 

 オルテガの兜は魅力的だが、バラモス自体は俺一人でも充分倒せる強さだった。

 

(アレフガルドに降りれば、ラダトームで他のみんなの装備も強化出来る筈だし、ここは先にバラモスを倒すべき、か)

 

 声に出さず、迷いつつも出した結論は予定変更なし。

 

(情けないとは解ってるけど、これ以上密着行軍が続いたら……俺がもたない)

 

 なまごろしタイムの延長に耐えられないなら、魔王を倒すのみである。

 

(まぁ、前の時もそうだったけど、バラモスに戦いを挑む理由が本当にしょーもないよなぁ)

 

 前回はトイレを借りるため、そして今回もまたとても口外出来ないような理由なのだ。

 

「シャルロット、予定通りだ。これからバラモスの城、ネクロゴンドに向かう。ところでトロワ、マリク達はまだこの城に滞在しているか?」

 

「は、ジパングに竜の女王が産み落とした卵を運ぶのに準備が必要だそうで」

 

「成る程、ルーラ着地に卵が耐えうるようにと言うことか……」

 

 やはり、マリクにトロワを連れてきて貰うのは虫が良すぎたらしい。

 

「ならば、出発の前に挨拶だけしてくるか」

 

「そうでつね。おろちちゃんの邪魔はしたくないですけど」

 

 シャルロットの賛成を得た俺は、竜の女王の城へと足を踏み入れようとし。

 

「あ、皆さん」

 

「マリク?」

 

 丁度外に出てきたマリクと鉢合わせとなった。

 

「どうした、おろちと一緒ではないのか?」

 

「さっきまではそうだったんですけど、ヘイルさんが飛んでくるのが見えて……お供の方が残ってましたし」

 

「そうか、まさかそちらから挨拶に来てくれるとはな。竜の女王は、やはり?」

 

「ええ、息を引き取りました」

 

 問いかけに返ってきたマリクの言葉に俺は目を閉じる。卵がどうのと言われた時点で解っていたことではある。

 

「えっと……おろちちゃんは?」

 

「妻は、念のため卵に寄り添っています。どうも、卵を見たらじっとしていられなかったみたいですね」

 

「ほう」

 

 原作では竜の女王が亡くなったあとポツンと佇んでいたから温める必要なんかは無いと思ったが、こちらにやって来ない理由はおろち側に会った訳か。

 

「お師匠様」

 

「ああ、行ってこい」

 

「はいっ」

 

 許可を出せば笑顔を見せてシャルロットは城の中に消え。

 

「マリク、俺達はバラモス討伐のため奴の居城に乗り込む。一人も欠けず凱旋するつもりではいるが、おろちと卵のことはよろしく頼むな?」

 

「はい」

 

 俺も言うべき事を言えばマリクは力強い頷きで応じた。

 

「あ、そうそう。それとこれは妻からなんですが……子供が生まれたら、あなたの子孫と結婚させたいそうです」

 

「ちょっと待て、気が早すぎるだろ?」

 

 だいたい なんで そんなはなし に なった。

 

(ふくすう くび の ある どらごん に おとうさん よばわりされる みらい は のーさんきゅー ですよ? って、子孫?)

 

 一瞬怪訝に思ったが、すぐに疑問は自分の中で氷解した。

 

「そうか、寿命が違うのか」

 

「はい、ハーフだったとしても僕達よりかなり長く生きることになるそうです」

 

「それなら尚のこと問題だろう? 俺の子孫が長命の種族の血でも引いていない限り、すぐに未亡人か寡夫に……あ」

 

 ひょっとしてあの変態マザコン娘、おろちと手を組んだんじゃ。

 

「トロワ?」

 

「い、いえマイロード。私は裏取引など何も」

 

「ほう」

 

 いきなり語るに落ちた残念アークマージを見た俺は、何をすれば良いだろうか。

 

「サラ、説教を頼む」

 

「えっ」

 

 こういう時、もつべきモノは叱ってくれる仲間だと思う。

 

「仕方ありませんわね。これも勇者様の為ですわ」

 

「ん? 何故そこでシャルロットが出てくる?」

 

「あ、いえ、何でもありません。それよりお説教でしたわね? マリク様、ちょっとお部屋を一つ借りますわよ?」

 

「ちょ、ちょっ、マイ・ロード?」

 

「サラには逆らうなよ」

 

 引き摺られて行く変態娘に釘を刺しつつ、俺は良い笑顔でトロワを見送ったのだった。

 




トロワ、無茶しやがって。

次回、第四百八十四話「そろそろ出発したいと思うんだ」

だけど、このままじゃいつまで経ってもバラモスの城にたどり着けない。そこで僕は作者の思惑をスルーしようと思うんだ。



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第四百八十四話「そろそろ出発したいと思うんだ」

 

「お師匠様ぁ」

 

 シャルロットが戻ってきたのは、引き摺られていった変態マザコン娘の帰還より早かった。

 

「思ったより早かったな」

 

「ええと、どうかしたんですか?」

 

「いや、トロワが少々背任行為を働いていたことが判明してな、サラに説教して貰うよう頼んだんだが」

 

「その、まだお戻りじゃないんです」

 

 補足してくれたのは、元バニーさん。

 

「まったく、俺の子孫の結婚相手と言うが、そもそもお前のように相手が魔物でも良いというのは明らかに少数派だろう」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 流石にポーカーフェイスでフォロー出来なかった呆れの成分が籠もった俺の視線にマリクは苦笑し。

 

「えっ、お師匠様の子孫って、ひょっとしてさっきおろちちゃんが言ってた」

 

「な、ちょっと待て……おろち、お前にも声をかけていたのか?」

 

 事実なら看過出来ない問題である。

 

(あの だへび、つよそうな あいて の しそんなら だれでもいいと?)

 

 どうやらおろちとは、もう一度OHANASIが必要らしい。

 

「お、お師匠様、違います。おろちちゃんとは仲良くさせてもらっているからで――」

 

 慌てたシャルロットが補足するまで俺は、誤解していた。

 

「っ、そうか。そう言うことか」

 

 強さを求め節操なく強者に持ちかけていたのではなく、親しい相手と家族になりたいという理由なら俺が憤る理由にならない。

 

(ただ、原作だとシャルロットの親父さん、あのおろちと戦って大怪我負わされてた気がするんだけど、その辺りはどうなんだろう)

 

 仲の良さげなところを時折見せられると、微妙に質問もし辛く。

 

「シャルロット、魔物やその血を引く混血と人間ではどうしても寿命が異なってくると思う。返事をする時はきちんと考えてからにするようにな?」

 

「あ、はい」

 

 俺の子孫ではなく、シャルロットの子孫と言うことなら、俺に発言権などほぼ皆無だ。

 

(原作で竜の女王の子供がアレフガルドに渡った理由は謎だったけど、原作通り卵がアレフガルドに渡ることになるとしたなら、おろちとマリクはシャルロットにとって貴重な「元の世界を知る仲間」ってことになるしなぁ)

 

 両者が更に仲良くなって先程出ていた不穏な約束が現実へ化けたとしてもおかしくはない。

 

(魔物と仲良くすることに抵抗もない魔物使いの母親、もしくは先祖がいる子供か)

 

 想像すると、おろちの娘なり息子なりが、求婚してきても種族の壁というモノをさほど気にせず受け入れてしまう気がする。

 

(小説とかだったら、伏線って言うのかな、これ)

 

 魔物使いになったのが、子孫とおろちの子供との結婚フラグだったとか。

 

(自分の子孫って訳じゃないのに、笑えない……はぁ)

 

 謎のモヤモヤを胸に溜めたまま、俺は心の中で嘆息すると城の入り口に目をやった。

 

「お師匠様? あ」

 

「お待たせしましたわ。これで、暫くは大丈夫ですわよ、きっと?」

 

 怪訝なシャルロットに答えるよりも早く、知覚した足音の主は、変態娘を引き摺りながら現れ。

 

「手間をかけさせた。……さて、これよりいよいよバラモスの城に向かう訳だが、覚悟は良いな?」

 

 魔法使いのお姉さんに軽く頭を下げると周囲を見回して、問う。

 

「「はい」」

 

 声は見事なまでに揃った。

 

「ならば、行くぞ。シャルロット、ルーラを頼む」

 

「わかりまちた、ルーラっ!」

 

 相変わらず噛みつつも、俺の要請に応えたシャルロットが呪文を唱え、俺達の身体が空に舞い上がる。

 

「長かったようで、短くもある。遂に、遂にここまで来た……か」

 

「「はい」」

 

 格好を付ける俺の両腕は声をハモらせたシャルロットと元バニーさんによってきっちりホールドされており。

 

(あ、しまった。到着後すぐに戦闘になるからって武器を装備しておけば、右腕の方は防げたのに)

 

 遅まきながらこの事態を防ぐ方法に気づき、後悔する俺を襲うのは羽根ビキニとマント越しの柔らかな感触。

 

(耐えなきゃ。これでも魔法使いのお姉さんがお説教してくれたお陰で、背中にマウントされるかもしれなかったマザコン娘が大人しくしてるんだから)

 

 ちょっと両腕が暖かかったり心地よいぐらいでこのシリアスな空気を壊す訳にはいかない。

 

「おそらく、降り立つなり入り口を守備している魔物との戦闘になる。このままでは武器も使えんし、範囲魔法の的にもなりかねん。降下が始まったら二人も離れて戦闘と着地の準備を整えておけ」

 

 バラモスは割とノリが良かった気もするが、着地失敗で折り重なった俺達を見て部下の魔物が空気を読んでくれる保証はない。

 

(むしろ、好機と見て嬉々として襲ってくるよな、普通)

 

 城の前での会話ついでにマリクからはミスリルヘルムを返して貰っているし、シャルロット達はチートな防御力の水着をほぼ全員が着用済み。

 

(これに着陸直前で賢者組にスクルトをかけて貰えば、着地に失敗してタコ殴りにされても持ちこたえられはする筈。怖いのは即死呪文と触れれば身体の痺れる「やけつくいき」か)

 

 前者はついでに反射呪文を事前がけしていて貰えれば防げるものの、あくまで保険だ。

 

「お師匠ぁ! あそこ、町が見えますよ」

 

「ん? あぁ、多分アッサラームだな」

 

 シャルロットの声に釣られて見た先にあった町の名を即座に答えられたのは、きっと兜を取りに行くか迷った時に世界地図を見たからだろう。

 

「距離を考えると、これでだいたい半分を超えたか」

 

 つまり、俺の生殺しタイムはまだ半分残ってる訳で。

 

「あ、あの……ご主人様」

 

「どうした、ミリー?」

 

「こ、この戦いが終わったら」

 

「そうだな、この戦いが終われば、アリアハンに凱旋だ」

 

 何故か良くない方のフラグを立てかけた元バニーさんの言葉には被せるように肯定の返事を返した俺の身体は、引き続き両腕を拘束された状態で跳び続ける。

 

(けど、何て言うか……こっちに来たばっかりの時は想像もしてなかったよな、バラモスとの決戦に付き合うことになるとか)

 

 その前にバラモスと一対一でやり合うことになったこともだけれど。

 

(って、感慨に浸るにはまだ早すぎるよね。現実逃避はしたいけどさ)

 

 水色東洋風ドラゴンに氷塊の魔物、バラモス城付近に棲息していた魔物を思い返すと、あの辺りはけっこう寒いということなのだろう。もしくは、決戦前の緊張からか。

 

(むね、おしつけすぎ ですよ。おふたりさん)

 

 心の平静を保つために、早く目的地に着いてくれと祈りつつ、空の旅を楽し苦しんだ俺がようやく解放の時を迎えたのは、暫く後のこと。

 

「シャルロット、ミリー」

 

「「……はい」」

 

 降下し始めた段階で声をかけたことで言わんとせんことを察した二人が離れ。

 

「ミリー、アラン、スクルトを頼む。俺は危険度の高い敵を優先してこのブーメランを投げつける」

 

 指示を出しつつ、俺は着地の体勢を整えた。

 

(いよいよか、どう出てくる?)

 

 油断無く着地地点周辺を見据え。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、敵の気配がなくて、な」

 

 ひょっとしたら、何かの策かも知れない。

 

「アラン、念のためスクルトの代わりにトラマナの呪文を頼む。魔物の気配がないのは罠が仕掛けられているからかもしれん」

 

「成る程、一理ありますな」

 

「ああ、しかし、気になるのは入り口の側にあるあの小さな建物だ」

 

「あ、あのご主人様……」

 

 前に来た時には無かったそれに目を留め、その中からの急襲も視野に入れつつ警戒する俺に、元バニーさんが声をかけ、言った。

 

「あ、あの建物、『仮設トイレ』って書いてあります」

 

「は、ぶっ」

 

 思わず絶句した俺は、ものの見事に着地に失敗した、おのれバラモスめ。

 

 

 




ぜんかい しゅうげき された けいけん を いかしてますねぇ、これ は。(しろめ)

次回、第四百八十五話「まちがってはいないのかもしれないけれどななめうえすぎませんか、これは」

これじゃあトイレを借りに殴り込めないじゃないですか、おのれバラモスめ!


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第四百八十五話「まちがってはいないのかもしれないけれどななめうえすぎませんか、これは」

「お師匠様っ」

 

「ご主人様、だ、大丈夫ですか?」

 

 駆け寄ってきた二人にああと短く答えつつ俺は身を起こす。

 

(仮設トイレって、やっぱりあれだよね? 前に捕縛したエピちゃんがトイレに行きたくなって……)

 

 一番近いトイレがバラモス専用だったため、使わせて欲しいと交渉した時、不満を口にした気がするのだ。

 

「そもそも、この城トイレ少なすぎじゃろ、エロジジイ」

 

 と。

 

(侵入者の要望に応えるとはバラモスめ……)

 

 何て親切なんだ。

 

(じゃなかった、大方「トイレを貸して欲しい」と言う名目で殴り込まれない為なんだろうけどさ)

 

 視線を建物の横にやると、そこには立て札が一つ。

 

「『敵は待ってくれない、トイレには予め行っておくこと』って、正しいと言えば正しいですけれど」

 

「『トイレ周辺は中立地帯とする、人間どもも安心して用を足して行くが良い』……何ですかな、これは」

 

「いや、俺に聞かれても困る。それに」

 

 立て札を読み上げて困惑した一組のカップルから向けられた視線へ、俺は正直に答えつつ首を巡らせる。何故なら、俺より説明に最適な人物がここには居るのだ。

 

「驚かれましたか、マイ・ロード?」

 

 そう、場にいる面々の中で一人だけ驚くどころか得意そうな変態が。

 

「以前、トイレを貸せとこの城に押し入りバラモス様に暴行を働いた老人がいたそうで、対策を講じよと言われはしたものの勇者一行の手にかかり何も手を付けずにこの世を去った前任者の代わりに私が建てさせたのがこの仮説トイ、あぐ、ま、マイ・ロード? 何故私の頭を鷲掴みに? つ、掴むなら胸の方が柔らかくて気持ちい、ぐぎっ、や、止め」

 

「お前か、お前のせいかぁぁぁぁ」

 

「ぎ、ぎゃああああっ」

 

 女性にあるまじき悲鳴をあげるマザコン変態娘に叫びつつ俺がアイアンクローをかましたとしても、絶対に仕方ないと思う。

 

「まぁまぁ、仮設にしてはしっかりした作りねぇ」

 

 もっとも、母親の方が悲鳴をあげる娘をスルーし、感心した態で、娘の仕事ぶりを検分している事にもツッコミたい所だったが。

 

「ええと、アンさん? 娘さんなんでしょ、いいの?」

 

 ただ、こちらは俺が尋ねるよりも早くシャルロットが同じ疑問を投げかけ。

 

「あらあらありがとう。けどね、娘が殿方とイチャイチャしてるところにしゃしゃり出る程おばちゃんは無粋じゃないのよ」

 

「「えっ」」

 

 帰ってきたのはとんでもない勘違いかつ爆弾発言だった。

 

「お、お師匠様?」

 

「ご主人様?!」

 

「ちょっ、ま、待て、どうしてそうなる?」

 

 シャルロットと元バニーさんが振り向くなり未知のモノを見る目でこっちを見てくるが、変態娘の頭を握ってるのは、OSIOKI以外のなにものでもない。

 

「ご、ご主人様……痛いのは苦手ですけど、ご主人様が」

 

「み、ミリー? ぼ、ボクだっ」

 

「だっ、誤解だ! 誤解! ほら」

 

「べっ」

 

 いかん、このままでは変態サディスト野郎の烙印を押されてしまう。 俺はOSIOKI中だった、トロワを解放し、地面に尻餅をつくマザコンアークマージの前で片膝をついた。

 

「そんなことより、聞きたいことがある。侵入者対策はお前が行ったと言ったな? 他にはどんな仕掛けが追加されている?」

 

 先程は思わずさらりと流してしまったが、城の改装を行ったのがトロワだとすれば最高の情報源である。

 

「うう、他……ですか? ライオンヘッドとスノードラゴン用にペット用のトイレも設置、そこで用を足すようにしつけたことで、掃除の手間が減りまし……マイ・ロード? 何故額をおさえておられるのです?」

 

「サラ、説教を追加で頼めるか? ついでに情報の聞き出しも頼む」

 

「えっ」

 

「……承りましたわ。幸いここは中立地帯ですものね。あまり話し合いに向いた場所とは思えませんけれど」

 

 俺の要請に応えてくれた魔法使いのお姉さんはトロワを女子トイレに連行してゆき。

 

「で、対策はトイレオンリー、と?」

 

「その様ですわ。ちゃんとした侵入者対策も一応は考えていたようですけれど、資材の準備をしてる間にアンさんを探すためこのエロムラサキがここを離れ、未帰還のまま今に至るようですわね。ちなみに、資材が揃って着工するのは、だいたい今から二ヶ月後らしいですから」

 

「トイレが増えているだけという訳か」

 

 バラモスに時間を与えないことを心がけたことが、城の改造を防いだと言えるかも知れない。

 

「ならば、さっさと攻略してしまうとしよう。改装前の構造はスレッジに聞かされてだいたい知っている。まぁ、最初からコイツの立場を鑑みていれば魔物に化けてついて行くという策も使えたかもしれんが」

 

 ここまで騒いでしまってはどうしようもない。

 

「先頭は俺が行く。敵の気配を察知するにもそれが一番だからな」

 

 後は、トロワをおばちゃんの前方に配置する事ぐらいだろう、変態一名を除いた女性陣が水着で戦うことを想定した場合の布陣は。

 

(とにかく、おばちゃんの水着姿はトロワに見せないようにしないと)

 

 勇者一行初の死者がどうしようもない理由で誕生しかねない。

 

「いくぞ、皆」

 

「「はい」」

 

 マントを脱ぎ捨ててる可能性もあるので振り向かずに言って歩き出せば、返事に複数の足音が続いた。

 

 




ばらもす だと おもったら とろわ だった。


次回、第四百八十六話「もう、迷わない」

そりゃ、一度攻略したお城ですもんね、トロワって関係者もいるし。


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第四百八十六話「もう、迷わない」

 

「左手に敵の気配がある、迂回して行くぞ」

 

 忍び歩きで先頭を進みつつ、呟くと言葉通り右手の壁際を進む。

 

(敵にエピちゃんみたいな女性が含まれてることを考えるとなぁ)

 

 甘いとは思うが、下手すれば攻略中に捕虜を抱えるという以前この城に来た時の二の舞になる可能性がある。

 

(トイレの増設で前と同じオチは無いと思うけれど)

 

 荷物は荷物。シャルロット達の前では全力戦闘が出来ないことも踏まえると、大きな荷物を負うのは流石に拙い。

 

(一応、無駄な戦闘をして消耗するのを避けるって名目もあるし、今はこのまま出来るだけ戦闘を避けて行くしかないか)

 

 幸いにも構造は把握しているのだ。

 

(この外壁と建物の間を抜ければ正面に池が見えたはず)

 

 池の中央にある人工的な小島の中央に地下に降りる階段があり、以前トイレを借りるためその階段を下りたことは覚えている。

 

(池に橋がかけられれば更にショートカット出来るんだけれど、まず間違いなく魔物に気取られるしなぁ)

 

 一応外壁の内側に何本も木が植えられているので、邪魔が全く入らなければ間に合わせの丸太橋くらいは作れるのだ。もちろん、机上の空論に過ぎないのだが。

 

「シャルロット、戦闘準備だ。迂回出来そうにない位置に魔物が陣取っている」

 

「えっ、あ、はい」

 

 シャルロットの返事を聞きつつじっと見つめる先に居るのは、前に来た時には無かった砂場で砂をかく蝙蝠のような翼が生えたライオンに似た魔物の姿。

 

「しかし、あれは……」

 

 何故だろうか、ペット用のトイレにも見えるソレに何処かの変態娘の言葉を思い起こしたのは。

 

「ああ、ちゃんとしつけたとおりトイレが出来てるようですね」

 

「……やっぱりか」

 

 砂場からペット用トイレを連想したのは間違っていなかったらしい。

 

「しかし、あの程度の数なら不意をつけば瞬殺も可能だな」

 

 後始末中の相手を襲撃すると言うところに、若干モヤモヤしたものは感じるが、気にしている場合でもない。

 

「よし」

 

 襲撃しようと足を一歩前に進めた時のことだった。

 

「マイ・ロード、お待ち下さい」

 

 トロワが後方から制止の声を上げたのは。

 

「見たところ、あそこにいるのはライオンヘッドだけの模様。私にお任せ下さい」

 

「……何とか出来るのか?」

 

「無論です。ママンに良いところを見せるチャンスですから」

 

「そうか」

 

 いっそ清々しいまでに下心をだだ漏れさせての言葉に、俺は横に退いて道を空けた。

 

(動機がアレだから信用出来るというのも微妙だけど)

 

 少なくともトロワの病的な母親好きは本物だ。

 

(さてと、一体どうやってあの魔物達を何とかするんだろう?)

 

 若干興味を覚えつつ、横を通り抜け魔物に向かって行くトロワの背中を見つめれば。

 

「お前達、飯の時間だぞ」

 

「「ガウ?」」

 

「さぁ、餌場に行った行った」

 

「「ガウッ!」」

 

 声をかけられ一斉に振り返ったライオンもどきの群れは餌場という単語を聞いた瞬間、すくっと身を起こしダッシュで何処かへ走り去る。

 

「そろそろ餌の時間でしたし、トイレをしつけたのは私ですからね」

 

「成る程、な」

 

 ドヤ顔をするマザコン娘の裏切りが発覚したのは、つい先程。だから、あの魔物達はトロワを敵ではなく世話をしてくれる者と認識して指示に従った、と言うことか。

 

「助かった、礼を言う」

 

「当然の事をしたまでで……マイ・ロード、どうかされましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

 何かもっとあっと驚くような奇策を使って追っ払うのかと思った俺が間違っていたのだろう。

 

「それより、先を急ぐぞ」

 

 トロワの話だと魔物達は餌を食べに行っただけ、食べ終われば戻ってくる可能性が高い。

 

「そこのペット用トイレの脇にある建物に入って屋上にあがる。どうやら建物の中に敵の気配はなさそうだが、慎重にな」

 

 前回来た時は、この屋上か屋上から隣の建物に伸びた連絡通路の壁を乗り越えてショートカットしたと思う。

 

(ここまでくれば、あと少しだ)

 

 立ち塞がる難関は、二つ。一つはバラモスとの戦闘。

 

「……上階にも魔物の気配はない、な。先行する」

 

 振り返らずに告げて階段を上ることで、辿り着いたのは、もう一つの関門。

 

「ここだ……」

 

 視線を動かせば、水色生き物に似た形状の屋根があり、以前かけたフックの跡も残っている。

 

(フックつきロープを引っかけて、外に降りる、そこまではいい)

 

 俺は盗賊、そう言う作業はお手の物だ。

 

(問題はアランの元オッサンとあのマザコン娘以外なんだよ)

 

 全員が水着、しかもやや際どく露出度が高いのだ。

 

(ロープを降りる時に肌が擦れて痕でも残ろうものなら……)

 

 水着で凱旋する勇者一行、その肌にくっきりと残るロープ痕。

 

(俺とアランの元オッサンの社会的地位が死ぬっ)

 

 と言うか、それ以前にハプニングが起きるのではと戦々恐々している俺が居て。

 

「ここからロープで降りますの?」

 

「ご安心を。先に降りて控えておりますからな。万が一の時には受け止めます」

 

 若干不安そうな魔法使いのお姉さんへアランの元オッサンがかけた言葉は、爆弾だった。

 

(え? あ、ちょ)

 

 一瞬遅れてその言葉がどういう効果をもたらすか理解した俺は、思わず振り返り。

 

「お、お師匠様……ぼ、ボクもちょっと不安だから下で受け止めてくれますか?」

 

 上目遣いに見つめてくる水着姿のシャルロットへ俺はNOと突っぱねることも、お前勇者だろ不安ってどういう事だよとツッコむことも出来なかった。

 

「あ、あのご主人様……」

 

「マイ・ロード、申し上げにくいのですが……」

 

 そして、びんじょうしてくる おんなのこ が ふたり。

 

(あー、うん、そんなこと だろう と おもいました よ?)

 

 後に言う第一回水着の女の子受け止め大会INバラモス城である。二回以降があるかは知らないし、考えたくもない。あとトロワは別に水着じゃないが、ママンを受け止めるのは私だとか言い出したから、主権限で止めておいた。

 

「鼻血に惹かれて魔物が集まってくるのはほぼ確実だからな。流石に容認できん」

 

「ひ、酷い……マイ・ロードの意地悪ぅ」

 

 ガチ泣きする変態にちょっとだけ心が痛んだが、これは譲れなかった。

 




順調に攻略する一同の前に現れた一つめの関門。

親方、空から水着の女の子が。

と、なってしまうのか?

次回、第四百八十七話「○○○キャッチ、プリ――」

某ドワーフさんが踊る動画、好きです。



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第四百八十七話「○○○キャッチ、プリ――」

「ま、マイ・ロード。よろしくお願いしますね?」

 

 頭上から振ってくるのは変態娘の声。

 

「あぁ」

 

 応じつつ見上げると、ロープにトロワがしがみつくところだった。

 

(こう、水着でなくても目の毒、だよな)

 

 揺れつつ迫ってくるのは、大きなお尻。あくまで受け止めるというのは、失敗した場合の保険なので、屋上からダイブした女の子が直接降ってくる訳ではない。

 

(と言うか、もう俺の補助なんて必要ないレベルで降りてこられてるんだけどなぁ)

 

 いつでも受け止められる姿勢をつくって眺めていると、俺の頭上、頭一個分ぐらい上の辺りでトロワの動きが止まる。

 

「マイ・ロード……」

 

 アークマージの身体能力なら普通に着地出来る高さだった。

 

(はぁ……)

 

 だが、母親のキャッチをやめさせておいて、ここで邪険に扱うのは流石に気が引ける。

 

「世話のかかる奴だ、ほら、いいぞ?」

 

「はい」

 

 下にまわって声をかけてやると決断は早かった。ロープを手放したトロワの身体は重力に引かれ落ちてくる、そう、殿方が触れては行けない場所に手が来るように空中で捻りながら。

 

「っ、おま」

 

「あんっ」

 

 思わず漏れた、声と悲鳴。俺は変態を甘く見ていたのかも知れない。

 

「お師匠様、何かありましたか?」

 

「い、いや何でもない」

 

 上にいるシャルロット達に気取られなかったのが、せめてもの慰めか。

 

「トロワ」

 

「な、何でしょう、マイ・ロード? ま、まさか責任を取ってくだ」

 

「後でサラの説教もう一回、だ」

 

「えっ」

 

 顔を染めて恥じらう態を装おうとも、これまでの行動を省みれば騙されてやるには無理があった。

 

「まったく『下にライオンヘッドがやって来ても自分ならあしらえる』と言うから一番最初に受け止めてやったというのに……」

 

 シャルロット達に目撃されたら騒ぎになる事を考えると寧ろ一番手で良かったとも思うが、敢えて口には出さずにただ呆れたように嘆息し。

 

「シャルロット、準備は出来たか?」

 

「はぁい」

 

 変態娘を脇に置くなり空を仰いでかける声に答えが返る。

 

「それじゃ、いきますね?」

 

「いいぞ、来い」

 

 ここからが本番、試練の本番だ。おばちゃんのキャッチは、何故かお師匠様の手を煩わせる訳には行けませんとシャルロットが買って出てくれたので、ノルマは二人。

 

(心を落ち着けろ、煩悩を消せ、心を一点の曇りもなく波紋もない静まりかえった水面の境地に近づけるんだ)

 

 原作のモノよりハイレグ気味で挑戦的な白い布地と多い肌色面積に惑わされてはいけない。

 

(揺れるなど卑怯、何処が卑怯なんだ?)

 

 胸中で自分に問い、自分で答え。平静を保ちつつ、万が一の時はキャッチ出来る態勢を取り成り行きを見守る。

 

「お、お師匠様」

 

 それは、ある意味でデジャヴだった。降りるのが止まる高さ、声のかかるタイミングまでが変態娘をトレースしたかのようで。

 

「大丈夫だ、受け止めてやる」

 

「は、はいっ」

 

 俺の言葉に返事をするなりロープを手放したシャルロットの身体を、万全の注意を払いつつ、受け止める。

 

「っ、……よし」

 

 流石にシャルロットは違った。素直に落ちてきてくれたお陰で、腕の中にすっぽり収まり、触れてはいけない場所に手があたるような事件もない。

 

(ただ、姿勢の都合上ちょっと近いけど……胸が)

 

 ともあれ、平静を保てるレベルである。

 

「痛くは無かったか?」

 

「は、はい。ありがとうございます、お師匠様」

 

「そうか。次はミリーだったな」

 

 念のためにかけた問いの答えでも問題がなかったことに安心しつつ、俺は先程までいた屋上を見上げ。

 

「ロープも問題なさそうだな。シャルロット、降ろすぞ?」

 

「あ、はい」

 

 視線を戻し確認を取ってから抱えていた弟子を降ろすと、再び目を屋上に向ける。

 

「す、すみません、ご主人様」

 

「気にするな。二人受け止めた以上三人も大して変わらんし、こんな所で怪我をする訳にもいくまい」

 

 一瞬、怪我をした仲間のためバラモスの所へ湿布薬を借りに乗り込むというシュールな絵面が浮かんだが、現実逃避したくなる様な状況が見せた幻覚だろう。

 

「さぁ、来い」

 

「は、はいっ。あ」

 

 なにごともなくきていたところに事件が発生するのは、そうしなければいけない決まりでもあったのか。

 

「きゃあああっ」

 

「くっ」

 

 ロープを掴もうとして手を滑らせた元バニーさんを見て、俺は即座に動いた。最初からほぼ真下にいたこともあるが、これもチートな身体能力のお陰でもあるのだろう。

 

「だあっ」

 

 壁を蹴って飛び上がり、落ちてくる元バニーさんの身体を抱き留めて、身体を捻り、着地。

 

「ふぅ」

 

 無駄に格好を付けたキャッチになってしまったが、無事成功に終わり、一安心と思った時だった。

 

「あ、ありがとうござ」

 

「ん?」

 

 礼の言葉が不自然に途切れ、訝しんで俺は手元を見た俺の思考は、停止する。

 

(なに、これ?)

 

 手袋を着けていたのは我ながら正しい選択だった、下手すれば爪で肌を傷つけていたかも知れないから。

 

「あ、あ、あの……ご主人様」

 

 元バニーさんの声が震えていた。それも当然かも知れない、入っていたのだ俺の指が、あそこに。

 

「す、すまんっ」

 

 慌てて引き抜いたが、事実は揺るがない。そう、元バニーさんの水着とお尻の間に指が入ってしまった事実は。

 

「えっ、い、いえ大丈夫、大丈夫ですから」

 

 寛大にも流してくれようとする元バニーさんだが、こうなる可能性があることもある程度予測出来たはずなのだ。

 

「しかし」

 

 だからこそ、じゃあ良いかと気軽に応じられない俺に、元バニーさんは言う。

 

「そ、それよりも今はバラモスを倒すことが先決の筈です」

 

 と、そしてトロワも言った。

 

「マイ・ロード、指を突っ込みたいのでしたら私に」

 

「そうか……すまんな」

 

 俺は元バニーさんに頭を下げ変態マザコン娘を無視し。

 

「時に、何やら賑やかですが、敵に気づかれませんかな?」

 

「っ、いかん。アラン、すぐに降りてこられるか?」

 

 上から聞こえてきたアランの声で今置かれている状況を思い出すと、周囲を見回してから問う。

 

「無論です。ですが、このままのロープで一人一人降りるのは若干時間がかかりすぎます。少々ギャンブルになりますが、スカラをかけて飛び降りましょう。それ程高くもありませんし、何、着地に失敗したら回復呪文をかければ良いだけです」

 

「大丈夫か?」

 

「おそらくはいけるでしょう。それにこうして私達が一緒になって飛び降りれば上に残ってるのはお一人、ロープで下りられます」

 

「なるほどな」

 

 一緒にのくだりで魔法使いのお姉さんが驚いているが、無理もない。

 

「ちょっ、本気ですの?」

 

「大丈夫です。あなたは何があっても無事に下に降ろして見せますからな」

 

「っ、解りましたわ」

 

 ただ、屋上でいちゃつき始めたのでお姉さんへの同情の気持ちはあっさり消えたけれど。そもそも俺には見ておかなければいけない相手がいた。

 

「まぁまぁ、そこそこの高さねぇ」

 

「ママン大丈夫? 何だったら、わた――」

 

 うん、このどさくさに紛れて欲望一杯のママンキャッチをやらかそうとしてる変態娘という生き物が。

 

「何をしている」

 

「ま、マイ・ロード?! こ、これは」

 

「そんなことより客だ、騒いだからか向こうの方からライオンもどきが数頭こっちにに向かってきている。あれはお前の担当だろう?」

 

 別に蹴散らしても問題はないのだが、トロワをおばちゃんから引きはがす名目には充分であり。

 

「シャルロット、アンが降りる補助を……シャルロット?」

 

 弟子が呆然と立ちつくしたままだったのに気が付いたのは、まさにこの時になってだった。

 

 




第一の関門、主人公無事に大失敗。

次回、第四百八十八話「先生助けて、シャルロットちゃんが――」

もう少しだ、ようやく池の前まで来た。



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第四百八十八話「先生助けて、シャルロットちゃんが――」

 

「仕方ない、俺が受け止めるしかないか」

 

 理由はよくわからないが、あれではとても受け止めることなど出来そうにない。

 

「あ、あのご主人様」

 

「ん?」

 

 やむを得ずロープの下に向かおうとした俺は、声をかけられて振り返った。

 

「あ、アンさんでしたら私が受け止めます。ですから、ご主人様は……シャルの側に居てあげて下さい」

 

「そ、そうか? わかった、すまんがそっちは頼むぞ」

 

 呪いが解けていない頃の元バニーさんなら問題だろうが、異性の俺が受け止めるより同性の方が間違いも起きないだろう。

 

(うん、間違いをやらかした俺が言えるような事じゃないけど……)

 

 あんな事をされたにもかかわらず、受け止める役までかわってくれたのだから、せめて俺は頼まれたことを果たそう。

 

(シャルロットの側に……か。確かに敵地にいることを鑑みれば、あんな状態のシャルロットを放置しておくのは拙いな)

 

 出来ることなら復活もさせるべきだと思う。

 

(となると、何故ああも衝撃を受けてしまっ……あ)

 

 解決の為、理由を考えようとすれば、すぐに思い至った。先程の惨事は、シャルロット目線からすれば、尊敬する師匠が目の前で仲間に痴漢行為を働いた、と言うことになる。

 

(そりゃ、放心もするわ……何でこんな簡単なことにすぐ気づかなかったんだ、俺)

 

 美化されていればされている程、あの光景は精神ダメージになったことだろう。

 

(意図した訳じゃないって一点だけが救いだけど、弁解すると余計にシャルロットのお師匠様像を傷つけてしまいかねないし)

 

 良案は、すぐに思いつけなかった。通りすがりの精神ケアの達人がいたなら、先生助けてと縋ってしまっていたかも知れない程に、打つ手を思いつけず。

 

(駄目だ、せめてシャルロットをこの場から動かした方が良いかもとも思うけれど、今の俺がシャルロットに触れるのは拙い)

 

 シャルロットにとって、俺の手はつい今し方良からぬ事をやらかした異性の手である。状況が悪化しても不思議はない。

 

(なら、人に頼る……と言っても、トロワは魔物をあしらいに行かせたし、これ以上元バニーさんに頼る訳にも……)

 

 消去法から行くと、もう今まさに元バニーさんの上からロープを伝って降りてきているおばちゃんしかいないことになる。

 

(うん、一見問題なさそうに見えて戻ってきたマザコン娘がへそを曲げるのが目に見えている)

 

 八方ふさがりである。

 

(なら、どうすればいい? どうしたらこの状況を打破出来る?)

 

 思いつかない。みんなにシャルロットを任せて単身乗り込み即行でバラモスを殺ってくるぐらいしか。

 

(いやいや、うん、拙いのは解ってる。シャルロット達がここに来た意味が消失するし、ゾーマにだって警戒されかねないし)

 

 総大将が倒されれば、魔物達も動揺し、残されたシャルロット達を襲うこともなくなるかも知れないが、これはない。

 

「お師匠様」

 

「ん、シャルロットか。すまん、今考え事……を?」

 

 それでも打開策を求め悩んでいた俺は、反射的に答えて向き直りかけ、硬直した。

 

(えっ)

 

 こちらがひたすら悩んでいる内に復活を遂げるなど想定外だが、流石勇者は違うと言うべきか。

 

(こうして、一つ一つ経験していって大人になって行くって事なのかな)

 

 うん、げんじつとうひ してる ばあい じゃない ってのは わかる。

 

「シャルロット、話はバラモスを討った後でいいか? 騒ぎに気づいて魔物がこちらに向かっている。この場に留まるのは拙い」

 

 本来話しかけてくれたシャルロットに、こんな事を言う資格などないことも理解はしていたが、魔物は基本的に空気を読んでくれない。無論全てがそうだと言い切るつもりもないが。

 

「わかりました。お話は世界を平和にしてからですね」

 

「っ、ああ」

 

 穏やかな表情ですんなりこちらの言い分を呑むシャルロットに漏れかけた驚きをポーカーフェイスで無理矢理押しとどめると、女性陣の受け止めなどで邪魔になるからとベルトに挟んでいたほのおのブーメランを引き抜き、歩き出す。

 

(気配がさっき魔物とは別方向から……と言うか、これはバラモスが居る筈の地下からだな)

 

 進行方向からで、地下へ至る階段のある島へかかった橋は今渡り始めた一本だけ。

 

(引き返すより、突破した方が早い。恨むなよ)

 

 全ては俺とこんなめんどくさい城の構造にしたバラモスのせい。トロワのように直接手を加えたりしたのが別の者だったらバラモスはえん罪に聞こえるかもしれないが、そもそもバラモス達がこちらの世界に侵攻などしてこなければこんなことも起きなかったのだ。

 

(盾は良いか)

 

 まかり間違って世界の悪意がやって来るであろう敵をエピちゃんよろしく女性のエビルマージにしたとしても命を奪わぬように鞄から取り出した鎖に左手の装備を変えつつ、俺は橋を渡りきり。

 

「トラマナを頼む」

 

 後ろも見ず、以前の反省を行かして声を発した。

 




シャルロット は かくごをきめた?

次回、第四百八十九話「ねぇ……主人公。前哨戦って虚しいものなの……」

誰かを傷つけ……何かを失い……いつかこの作者はその結末をしょーもないオチで終わらせてしまう……。

……あるぇ、ひょっとして主人公とくっつくのはシャルロット以外ですか?



・NG編(途中まで書きかけて止めて全力で他作品パロ持っていったのがこちら)

「お師匠様」
「ん、シャルロットか。すまん、今考え事……を?」
 それでも打開策を求め悩んでいた俺は、反射的に答えて向き直りかけ、硬直した。
(えっ)
 こちらがひたすら悩んでいる内に復活を遂げるなど想定外だが、流石勇者は違うと言うべきか。
(こうして、一つ一つ経験していって最終的には「ねぇ……お師匠様。大人になるって悲しいことなの……」とか言うのかな)
 とりあえず、教会は雷属性攻撃で破壊しておきたい。


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第四百八十九話「ねぇ……主人公。前哨戦って虚しいものなの……」

 

「来るぞ」

 

 踏み込むとダメージを受ける力場や毒沼から身を守る呪文が完成した直後に警告を発す。

 

「なっ」

 

「邪魔だっ、でやぁっ」

 

 階段から顔を半分覗かせる形で驚きの声を上げた六本腕の人骨剣士に右手のブーメランを投じ、頭蓋骨を両断され傾ぐじごくのきしを踏み台にする形で後ろにいた黄緑色の覆面ローブの魔物目掛けて飛ぶ。

 

「マヒャ」

 

「遅い」

 

「きゃああっ」

 

 着地より早く、呪文の発動よりも早く振るった左腕の鎖になぎ倒された黄緑ローブが悲鳴をあげつつ仰向けに倒れた。

 

「トロワ、縛っておけ。猿ぐつわも忘れるな」

 

 案の定というべきか。

 

(まったく、悪い方の予想はこういう時に限って当たるからなぁ)

 

 女性と判断した時点で手加減はしたので、生きてはいるだろう。ただ、構っていられる余裕はない。

 

「なんだ、今の悲鳴は?」

 

「上からだぞ、侵入者か?」

 

 下階から悲鳴を聞きつけた魔物の者らしき声がし、倒れた黄緑ローブの魔物を飛び越え奥に進んだ俺には見えていたのだから、今まさにこちらへと駆けてくる多腕の骸骨達が。

 

「ちいっ、だが――」

 

 階段を下りきった先に居たのが、貴様らの不幸だ。俺はしゃがみ込むと壁にぶつかって落ちたブーメランを拾い上げ、投擲する。

 

「ぎゃあっ」

 

「がっ」

 

 仕留めるつもりで投げたほのおのブーメランは一投でこちらに向かってきていたじごくのきしたちを倒す。

 

「す、すごい」

 

「……と言うか、私達の出る幕、完全に有りませんわね」

 

「まったくですな」

 

 後方の反応は真っ二つに分かれたようだが、それはそれ。気にしている暇はない。

 

「このまま捕虜はトロワに任せて、一気にバラモスの元まで直行する」

 

 変態娘は、元々バラモスの下で軍師をやっていたこっちに寝返ったとは言え、かつての主との戦いに引っ張り出すのは酷だろう。マザコン娘を捕虜担当にしたのにはそう言う思惑もあるが、もう一つ。

 

(あの変態マザコン娘だけ神秘のきわどいビキニを着てないもんなぁ)

 

 つまるところ、他の女性陣と比べて防御力が格段に劣るというのも理由だった。

 

「アンも無理はするなよ? ビキニは高性能と聞いているが、相手はバラモスだ。当たり所が悪ければ一撃で殺られかねん」

 

 いくら呪文と防具で守りを固め高い防御力を得ても事故が起こりうることを俺は知っている。主に原作に置ける灰色生き物達と戦闘で。

 

(あの防御力の固まりだって会心の一撃をくらえばダメージ素通しだもんなぁ、まして中途半端に防御力を上げただけじゃ……それにアークマージのHPって200も無かったはず)

 

 レタイトの最期を思い出すと、蘇生呪文で蘇らせることは可能だろうが、戦死者が出るような戦いは避けたい。

 

(えーと、バラモスの真っ当な攻略法は、確かマホトーンで呪文を封じてフバーハとスクルトでブレスと直接攻撃対策をしたら回復でHPを維持しつつぼこるだけ、だっけ?)

 

 対象を眠らせるラリホーの呪文を使う攻略法があったような気もするが不確定な情報を元に誰かの行動を浪費する訳にもいかない。

 

「な、なんだきさ」

 

「ちぃっ」

 

「かふっ」

 

 予期せぬ遭遇だったか、驚き立ちつくす黄緑ローブの魔物を見て舌打ちすると、俺は再び鎖を振るってなぎ倒す。

 

「まだ女がいたとはな……」

 

 声の高さで瞬時に手加減攻撃に変化させた自分を少しだけ褒めたい。エピちゃん達と比べるとローブの内から布地を押し上げる胸部装甲は薄目だが、横を通り抜け態にちらりと見ると胸の膨らみは確かにあった。

 

「トロワ、頼む」

 

 ポツリと漏らすと、返事も待たずただ奥へ。

 

(おのれ、バラモスめ。こっちが災難に見舞われているというのに、エピちゃん2号3号に囲まれてハーレム展開か)

 

 回りを女性ばかりで固めるとはとんでもない好色魔王である。

 

(え、おれ? こっち には あらん の もとおっさん が いるじゃないですか、やだなぁ)

 

 何処かからツッコまれたような気がしたので胸中であんなハーレム魔王とは違うことをきっちり明言しておく。

 

「しかし、あれが最後か」

 

 階段を降り立った先を満たす礫の浮き上がるエフェクトもどきを、以前バラモスは侵入者への備えと言っていた。部屋の隅々まで力を行き渡らせ範囲内に異物が侵入すれば解るようにするためのものだと。

 

(つまり、バラモスは俺達が迫ってきていることに気づいている筈)

 

 いくらこちらがダッシュで向かっていって居るとしても、何らかの判断を下すと思う。

 

(侵入者の迎撃に向かわせるつもりなら、気配を俺が察知しているはず)

 

 それが無いと言うことは、近くに部下が居ないか、部下をその場に止めて迎撃態勢を取ろうとしているかの二択だろう。

 

(お供随伴だと面倒だけど、以前一人の爺さんにボコボコにされた経緯を鑑みると、部下侍らせてても不思議じゃないかぁ)

 

 俺がバラモスだったなら、とりあえず傷を全快させる呪文を使える黄緑ローブの魔物、エピちゃんのお仲間を従え、それを全力で庇う。HP全快呪文が使え、精神力が無限というチートさえ倒されなければ、半永久的に終わりのないディフェンスが可能だからだ。

 

(流石に俺でもバラモスを一撃で仕留めるのは無理だし、そうなってくると本拠地であるバラモス側の増援が延々と駆けつけてきて……下手すると詰む)

 

 攻撃のダメージは防具と補助呪文で軽減できるが、俺でも対処しきれない量のじごくのきしに囲まれてやけつく息を吐かれた場合、マヒによる全滅というみんなのトラウマが具現化することだってあり得る。

 

「……と言う訳だ。ミリー、アラン、決戦前にピオリムを頼む。もしバラモスの側にウィンディやエピニアと同じ魔物が居たら庇われる前に先手を打って倒さねばならん」

 

 うん、せんせいこうげき で せんめつさせる って かいけつさく は あったんですけどね。

 

「ぴ、ピオリムですね……」

 

「ふむ、確かにそれをやられると脅威でしたな。わかりました」

 

 足を止めてスレッジからの情報とした上で、俺が危惧を説明し頼めば、アランの元オッサンは頷いて元バニーさんに続く形で呪文を唱え始め。

 

「ピオリム」

 

「ピオリム」

 

 双方の呪文が完成する。

 

「すまんな。ともあれ、直前のトラマナを除けばこれで準備は程調った。先程話したように後ろから増援の魔物が来ることも考えられる。後方からの急襲にも気をつけるようにな」

 

 最後にアークマージ二人に忠告すると、俺は再び歩き出す。バラモスとの決戦は、もう間近だった。

 

 




と言う訳で、今回は主人公むそーでした。

次回、第四百九十話「大それた奴」


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第四百九十話「大それた奴」

「やはり、か」

 

 標的を目視出来る距離まで来て、俺はポツリと呟く。原作とは違い、バラモスは単独ではなかったのだ。

 

「侵入者? それは分かって居る。それよりも、その侵入者は、変な爺では無かろうな? そうか、爺ではなく勇者なのじゃな」

 

 とか言う声も聞こえたが、そちらはスルーしてやるのがせめてもの慈悲だろう。

 

(まぁ、一人の老人にあれだけボコボコにされれば仕方ないかぁ)

 

 ポーカーフェイスは崩さず、後ろにだけ聞こえる程度の声で露払いは任せろとだけ言い、更に足を進める。

 

(さてと……相手がシャルロットなら、長台詞から戦闘への流れになると思うけど)

 

 無視して強襲するのは流石に問題か。

 

(ある意味諸悪の根源だけど、こちらの度量が疑われかねないし)

 

 こちらとしてはバラモスが従えている配下の魔物を先に片付けてしまいたいところだが、バラモスが口を開けば、おそらく話し終えるのを待ってからの戦闘になるだろう。

 

(だったら、あれしかないか)

 

 もちろん、俺もすんなりバラモスの思惑通りに事を運ばせてやる気はない。口には出さず、密かに方針を定め、後ろでトラマナの呪文が完成するなりもう一歩足を進めれば、左右に魔物を従えたそれは口を開く。

 

「ついにここまで来たか、シャルロットよ。この大魔王バラモスさまに逆らおうなどと、身の程をわきまえぬ者達じゃな」

 

 そして、まさに俺が狙っていたタイミングが訪れる。

 

「そうか、身の程をわきまえぬ俺達の相手は貴様が左右に引き連れている魔物共で充分、ということか。良かろう……シャルロット、手は出すなよ?」

 

「な、なんじゃお前は、何を言って」

 

 あっけにとられたバラモスを見て、密かに拳を握りつつも表向き嘲るような顔を作り、続ける。

 

「なんだ、今更とぼけるのか? 俺達を指して『身の程をわきまえぬ者達』と言うから、実際に身の程をわきまえていないかどうか証明して見せようと言っているだけだろう。それとも何か、その左右の魔物達が居ないとたかだか数人の相手も怖くて出来ない大魔王なのか、お前は?」

 

「うぐっ、ぬぬぬ、言わせておけば……者共、この愚か者を殺れ。大言壮語を後悔させてくれるわっ!」

 

 いきり立ったバラモスがこちらを指をさした瞬間、俺は心の中でほくそ笑む。

 

(かかった)

 

 これで邪魔な取り巻きを実力を証明するの名目で排除出来る。俺はまずブーメランを投げ。

 

「カカカッ、我らと一人で戦……あ?」

 

 歯をカチカチ鳴らして笑っていた六本腕の人骨の上半身がずり落ちる。

 

「ぞん、な」

 

「お、おれのぜぼ」

 

 足を踏み入れた者を傷つける力場へと両断された骨の騎士達の身体が降り。

 

「は?」

 

「た、たった一撃……で」

 

 バラモスを挟んで反対側にいた黄緑覆面&ローブの面々が見せる反応はほぼ驚き一色。

 

「くっ、マヒャ」

 

「させんっ」

 

 中にはすぐさま我に返って呪文を唱えようとする者も居たが、遅すぎた。俺はもう一度攻撃が出来るのだから。

 

「がっ」

 

「かふっ」

 

「ぐわっ」

 

「きゃああっ」

 

 一閃された鎖の一撃で残る取り巻きも吹っ飛び。

 

「これで、どうだ? まだ不足か?」

 

「な、これは……」

 

 実力差を見せた上で問えば、呆然としていたバラモスが緩慢な動きでこちらを向く。

 

「お強い方、素敵……」

 

 むくりと起きあがりつつ仲間になりたそうに熱っぽい瞳でこっちを見てくる黄緑ローブのお姉さんはとりあえず、

 

(まものつかい は しゃるろっと で あって おれ じゃない ですよ?)

 

 それに起きあがった黄緑ローブのお姉さんがトロワやエピちゃんのお姉さんみたいな魔物じゃないと言う保証もないのだ。

 

(へんたい に もてて も ふくざつ です)

 

 だから、聞こえない。

 

「あらあらまぁまぁ、トロワも苦労するわねぇ」

 

「ま、マイロード……私がおりますのに」

 

 なんてアークマージ母娘の戯言とか。

 

「お師匠……様?」

 

 その後に何が続くのか怖いシャルロットの声なんて。

 

(「お師匠様? 手を出すなとか言っておきながらその理由は、魔物の女の子を惚れさせてミリーにしたことよりエッチなことをするつもりだったんですね。お師匠様の(けだもの)、もう弟子を止めさせて貰います」とかだったら、俺立ち直れないだろうしなぁ)

 

 シャルロットはそんなことを言う子じゃ無いと思う。だから、俺のネガティブ思考が作り出したものだとは解る、解るが。

 

(怖い、バラモスを倒した後のOHANASIが怖い)

 

 そして、世界の悪意が憎い。俺は取り巻きを片付けつつ、格好良いところを見せて殺気のハプニングで生じた信頼ダウンの穴埋めをしようと目論んだだけだというのに。

 

(そして、やっぱり周囲に女の子を侍らせてたバラモスが憎い)

 

 詳しくないので骨はどっちか知らないが、悲鳴をあげた黄緑ローブズのうち、三人は女性のものと思わしき声だった。

 

(やっぱりハーレムってやがったんだ、この魔王。くっ、こんな事ならエロジジイってた時にもっと痛めつけておくんだった)

 

 いや、今からでも遅くないか。

 

(マントなんて生ぬるいことはもう言わない。異性の部下の前で全部ぶんどって全裸にしてやるっ)

 

 真っ当な怒りを胸に、密かな決意を固めると、強く床を蹴り、前に飛ぶ。

 

「な、くっ」

 

 慌ててバラモスが身構えるが、無視し、降り立ったのは、その脇。

 

「きゃあ」

 

「う、くっ、あ、な、何を」

 

 仲間になりたそうだった一人を除く女性二人の前で屈み込んで両脇に抱え込むと、二人目の質問は無視してお仲間志望の黄緑ローブに背を向け、言う。

 

「乗れ。戦いに女を巻き込んで死なせたとあっては夢見が悪い」

 

「は、はいっ、ありがとうございますっ」

 

 相変わらず甘いとは思うが、今の状況でバラモスとの戦闘に突入すれば、手負いの三人が生きていられるとは思えない。

 

(全力で墓穴掘ってるとは、思うんだけどなぁ)

 

 とりあえず、現実逃避をしている時間はない。

 

「おのれっ、わしをごべっ」

 

 激昂して飛びかかってきた魔王らしき生き物の腹へ蹴りを叩き込んで撃墜すると、そのまま力場の上を歩いてシャルロット達の元へ戻る。

 

「ふぅ。すまんな、シャルロット、皆。手間を取らせた」

 

 ことさら陽気に謝罪をして見せたのは色々誤魔化せたらいいなぁと思ってのことだったが、多分俺はやりすぎたのだろう。

 

「……手間というか、何というか。あれが、魔王バラモスと言う奴で良いのですな?」

 

「勇者様の師と言うことで強いのは知っていましたし、これまでも色々見てきましたけれど……ぶっちゃけ、私達居る必要ありますの?」

 

 若干虚ろな目で腹を押さえて立ち上がろうとする残念魔王を眺め、アランの元オッサンは俺に確認してくるし、魔法使いのお姉さんは目が据わっている。

 

(あー、まぁ、両手塞がってるのに蹴りで一撃、だもんなぁ。当たり所が良かったからダウンまで奪えたんだけど)

 

 人間で言うところの鳩尾に綺麗に決まったと言う所なんだと思う。魔王の身体の構造に詳しい訳でもないから、ただの推定だが。

 

(けど、色々有耶無耶に出来たなら、オッケーだよね?)

 

 少なくとも俺の背中にしがみついて目がハートになってる魔物のお姉さんのことは忘れて貰えただろう。

 

「どちらかと言えば、あれは奴のミスだ。人間如きと甘く見ていたのだろう。だからこそ蹴りが急所に命中してああなった。逆に言えばこれで油断も消えただろう。その点では皆に謝らないといかんだろうが。すまん、やりにくくしてしまったな」

 

 もうバラモスはこちらを格下とは思わないだろう。だが俺も女性の魔物達を避難させたことで、呪文以外を秘匿して戦う必要がない。

 

(シャルロットは、必ず守ってみせる)

 

 お袋さんとの約束もあった、だから俺は荷物を降ろすとトロワ達に託し、再び前に立つ。

 

「ぐ、おのれ、一撃のまぐれ当たりぐらいでいい気になりおって! この大魔王バラモスさまを足蹴にしたことをくやむがよい。あの裏切り者の様に再び生き返らぬようそなたのはらわたを喰らい尽くしてくれるわ!」

 

 怒りに顔を歪めて吼え、飛びかかってくるバラモスにああ、レタイトのことはちゃんと覚えてるんだと思いつつ身構え。

 

「ほう、出来」

 

「させないっ、お師匠様はボクの」

 

「ご、ご主人様にそんなことはさせませんっ!」

 

 俺の台詞は、被されて潰された。

 

 




エビルマージ(男)「解せぬ」

ちなみにネタバレですが、バラモスが女の子を侍らせていた理由はエロジジイが女性に甘かったことを報告されていたからです。

つまり、自分をボコボコにして去っていった唯一の侵入者への備えだったのですよ。

主人公は気づいてませんけどね。

次回、第四百九十一話「全裸は拙いだろうか、やっぱり」

バラモスのヌードって誰得なんでしょうねぇ?


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第四百九十一話「全裸は拙いだろうか、やっぱり」

 

「メラゾーマ!」

 

 呪文の完成は台詞の直後。待てと言う暇もない。迎撃に放たれた巨大な火球がバラモスに向かい撃ち出された。

 

(しまったなぁ……とは言えバラモスの呪文耐性を教えたら、どうして知ってるんだって話になるし)

 

 元バニーさんの唱えた呪文の結果がどうなるかを知っていた俺は、内心で嘆息する。

 

「効かぬわぁっ」

 

「それがどうしたっ!」

 

 接触して生じた爆発を突き破って突っ込んできたバラモスの前に立ち塞がり、叩き付けるように振り下ろそうとしてきた腕をかざしたブーメランで受け止める。

 

「ぬぬぬ」

 

「くっ」

 

「お師匠様っ」

 

 つばぜり合いの格好になり、背に庇ったシャルロットの声がかかるも、受け止めた衝撃は大したこともなく。

 

「心配は無用だ、ミリー達のスクルトがまだいきているからな。アラン、サラ、攻撃よりもまずは補助を頼む」

 

 水着姿が目に入らないよう振り返らず前を見たまま、リクエストを送ると機を見計らって腕にかけていた力を抜く。

 

「ぬおっ」

 

「今だ、シャルロット!」

 

「はいっ!」

 

 バランスを崩し、バラモスが前のめりになった瞬間、俺の声に応じたシャルロットが脇を抜けて飛び出す。

 

「バラモス、覚悟っ」

 

「ぎゃあっ」

 

 振り抜かれた斬撃は血の尾を引き、顔に斜めの傷が走った魔王が悲鳴をあげる。

 

「ふ、上出来だ」

 

 勇者が魔王に一撃を見舞った。やがてシャルロットの英雄譚が出来たなら確実に描写される瞬間だろう。

 

(あくまで俺はおまけ、ここからはシャルロット達の見せ場を作っていかないとな)

 

 魔王バラモスを倒したのは勇者の師匠だった、なんて語り継がれることになったらシャルロットに申し訳なさ過ぎる。

 

(なら、何も考えずバラモスに攻撃するのは悪手。とは言え、僧侶と魔法使いの呪文はみんなの前で使えない)

 

 だが、攻撃出来なければ何のためにここにいるのかが解らない。

 

(だったら、攻撃する理由を作ってしまえばいいってだけなんだけどね)

 

 俺には良い考えがあった。

 

「……シャルロット」

 

「はい」

 

「今から俺の奥義を見せてやる」

 

「え、奥義……でつか?」

 

「ああ、盗賊用の技故にお前が身につけられるかは解らんが、師として技の一つも見せてやらねば沽券にかかわるからな」

 

 弟子に技を見せる、これ以上ない理由だろう。

 

「お、奥義じゃと?」

 

 俺の発言に顔の傷を押さえたバラモスまでが戦くが、まぁ無理もない気がする。

 

(女の子三人装備して両手が塞がってる状態であしらったばっかだもんなぁ、さっき)

 

 ここでそろそろ本気出すなんて発言をされようものなら、俺がバラモスだったとしても無関心でいられるはずがない。

 

「何、一撃必殺という類のモノではない。弟子の見せ場を奪っては師匠の器量が疑われる」

 

 軽く肩をすくめ、前に一歩踏みだし。

 

「ゆくぞ!」

 

 前触れもなく床を強く蹴って前に飛ぶ。

 

「な、はや」

 

「貴様が遅い」

 

 肉迫し、マントの留め具を掴むとバラモスの身体を引き寄せ、腹に膝蹴りを見舞い。

 

「がっ」

 

「だけだっ」

 

 前屈みになるバラモスの前から、手にしたマントをはためかせながら飛びずさる。

 

「これが、我が奥義『戦奪衣(いくさだつい)』。身につけた装備を剥ぎ取り戦闘力を奪うと同時に一撃を見舞う。剣を奪えば攻撃手段が減り、盾や衣を奪えば身を守る物がなくなる。呪文の一時的な効果とは違い、効果は奪還されるまでほぼ永久」

 

「い、戦奪衣……」

 

 ルカニなんて目じゃないし、この世界には攻撃力を下げる呪文は存在しない。

 

「い、一度ならず二度までも……」

 

「まぁ、武装している敵に限られる技だがな……少なくとも魔王バラモスには有効と見える。ふっ」

 

 わなわな震えるバラモスを前に俺は口の端をつり上げると、続けた。

 

「俺は盗賊だからな、その身ぐるみ全て剥がさせて貰う」

 

 うん、まるっきり山賊とかが旅人に使う台詞だってツッコミは無しでお願いしたい。

 

「マイ・ロード、私の身ぐるみも剥いで下さい」

 

 そして変態娘は黙ろうか。

 

「うぐ、なんと恐ろしい技じゃ、この大魔王バラモスさまを全裸にして辱めようとは」

 

 あ、バラモスもその言い回し止めて下さい。それじゃ俺が変態みたいじゃないですか。

 

「お、お師匠様……」

 

 ほら、シャルロットが何か言いたげに声をかけてくるし。

 

「シャルロット? 敵の戯言は気にする必要はな」

 

「凄いです、お師匠様」

 

 慌てて弁解しようとした俺の背へ直後に投げられたのは、純粋な賞賛。

 

「は?」

 

「その奥義、やっぱり勇者のボクじゃ使えるようになりませんか?」

 

「む、ふむ……盗賊の戦闘中に敵の所持品を奪う技術が根底にあるからな、そこから始めんことにはなんとも言えんが……」

 

 魔物使いの時よろしく、心得を学ぶ形で基礎部分を会得出来れば可能性はあるかもしれない。

 

「ともあれ、その話は後だ。心得も無いのにぶっつけ本番でバラモスに試す訳にはいくまい」

 

「そうですね……じゃあ、この戦いが終わったらボクにさっきの奥義を使って貰えますか? 頑張って盗みますから」

 

「お前……に?」

 

 いいたいこと は わかる。がくしゅういよく が つよい のも かんしんするべき てん だろう。

 

(だからって水着の女の子から着ているものを奪うとか)

 

 もう ただ の へんたい じゃないですか、やだー。

 

「ご、ご主人様、その訓練……わ、私も参加させて貰って良いですか?」

 

「み、ミリー?」

 

 ちょっと待って、しかも何だか元バニーさんまで参加表明してきたんだけど。

 

「マイ・ロード、ならばわた」

 

「お前は却下だ。教えたらアンの服を剥ぎ取りかねん」

 

「そんな」

 

 とりあえず、変態は即答で却下しておくが、残りの二人のお願いは純粋な強くなろうとする意志だろうから、断りづらい。

 

(しまった、全裸にする技なんて編み出すんじゃなかった)

 

 全裸は拙かったのだ、やはり。俺の後悔は内輪話にぶち切れたバラモスが攻撃を再開するまで続いた。

 

 




変態奥義登場!

触発されてしまったシャルロットと元バニーさん。

自ら掘った墓穴は深い、どうする主人公。

次回、第四百九十二話「そして全裸へ……」

ああ、やっぱりバラモスはひん剥かれる運命なのか。


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第四百九十二話「そして全裸へ……」

「ちいっ」

 

 舌打ちしつつ、咄嗟に身体を縮こめた。凶悪な爆発を起こすイオナズンの呪文とどちらがマシであったか。

 

(咄嗟に散開って声は上げたけど)

 

 眼前にかざした手によって周囲の状況は解らない。

 

「く、シャルロット、無事か?」

 

「けほっ……はい。アランさんが呪文をかけてくれたお陰で、なんとか」

 

「ですけど、とんでもない炎ですわね。どさくさ紛れにフバーハの呪文をかけて頂いていなかったらと思うと、ゾッとしますわ」

 

 謎の奪衣体験コースに名乗りを上げなかったから、見る余裕があったのか。アランの元オッサンが唱えた呪文はバラモスの吐いた炎の威力を確かに減退させていた。

 

「なら、サラはマホカンタの呪文をかけておけ。魔王がただ火を噴くだけな筈があるまい。おそらく呪文攻撃もしてくるだろう」

 

 今更だが、範囲攻撃呪文は出来れば避けたい。

 

「……道理ですわね。承知しましたわ」

 

 俺の言葉に頷いた魔法使いのお姉さんが呪文を唱えだし。

 

「ベホマラーっ、ご主人様、シャル」

 

「あ、ありがとう」

 

「すまん」

 

 元バニーさんの範囲回復呪文が俺達の身体に出来た火傷を消してゆく。

 

「い、いえっ……少しでもお役に立てたなら」

 

「充分役に立っているぞ。良くやってくれた。……さて、今度はこちらの番だな」

 

「うぐっ」

 

 相変わらず水着の筈で戦闘中でもあるため、後ろを向かず褒め、再び足を前に踏み出せばバラモスの顔がひきつる。

 

「貴様がほざいたような変態的意図はないがっ」

 

 有言は実行させて貰う。

 

「がっ」

 

「ふっ」

 

 顔面にブーメランを直接叩き付け、怯んだところで衣服を掴み、テーブルクロスか何かの様に一瞬で引き抜く。

 

「シャルロット」

 

 すかさず俺が弟子の名を口にしつつ後方に飛べば。

 

「はいっ、たああああっ!」

 

「ぎゃああっ」

 

 一糸纏わぬバラモスの身体を、かわりに飛び出してきたシャルロットが袈裟懸けに斬って、やはり後ろに飛ぶ。

 

「うぐっ、おのれ、おのれぇっ」

 

 むろん、それだけでバラモスは倒れない。傷をおさえつつ憎悪に顔を歪めるが、全裸なだけに、微妙に滑稽だった。

 

「ぷっ」

 

 相当アレだったからだろう、誰かがこらえきれず吹きだし。

 

(けど、バラモスが完全な人型でなくて助かったなぁ。多分オスだろうし)

 

 俺は胸中で呟く。相手が完全な人間型の敵だったら女性陣が前を向いて戦えたかどうか。

 

(ともあれ、これで防御力はがくんと落ちたはず。呪文耐性をはっきり覚えていない上、俺はメインアタッカーになれないし)

 

 このままシャルロットの斬撃を中心にさっさとカタを付けるべきだろう。

 

(そして、いくさだつい の けん とか を しょうり の よろこび で うやむや に したい)

 

 今考えるべき事じゃないが、どうするかを考えると頭が痛いし、戦闘を長引かせてこれ以上墓穴を掘る訳にもいかなかった。

 

「バイキルト」

 

「アランさん?」

 

「勇者様はそのまま攻撃をお願い出来ますかな?」

 

 こちらの意図を察したのか、アランの元オッサンがシャルロットに攻撃力倍加の呪文をかけてニヤリと笑い。

 

「これなら、押し切れる」

 

 と、俺が確信した時だった。

 

「ぬううっ、貴様が、貴様さえおらねば、バシルーラっ」

 

「な」

 

 俺は失念していた。最悪のポカだと言ってもいい。この魔王に戦線を強制的に離脱させる呪文があることは解っていた筈なのに。

 

(しまっ)

 

 バラモスからすれば、厄介な相手を戦線から外すのは、当然の判断。だが、そんなことより。

 

(俺は一体何処に戻される? 元の世界? アリアハン?)

 

 受けたことのない呪文だからこそ、効果は解らない。だが、完成した呪文を回避する術など、いくらこの高スペックの身体にもなくて。

 

(俺は、終わるのか? こんな、こんな大事な局面で、こんなに中途半端な形で)

 

 時間の流れがやたら遅く感じた、まるでスローモーションの様に。

 

(くそ、ごめん……シャルロットのお袋さん。シャルロット、ミリー、みんな)

 

 約束を果たせないなんて最低だ。俺は心の中で謝罪の言葉を吐いた。

 

 





次回、強くて逃亡者最終話「またいつか、会えると信じて」

























というのは、嘘です。驚いた?

次回、第四百九十三話「ベタな展開であること始めに謝っておく」


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「またいつか、会えると信じて」

最終話「またいつか、会えると信じて」

「……シャルロット! え?」

 声を上げてから、気づく。発した声が自分のものでありながらも何処か違和感を覚えるものだったことに。

「これは、俺の声……って言うか、ここは……」

 見慣れた自分の部屋。そして手に目をやれば、あったのは手袋に包まれた何処かのカンスト盗賊のものではなく、慣れ親しんだ自分自身の手だった。

「戻って、きちゃったんだ」

 あんな重要な場面で。バラモスとの戦いの最中だったというのに。顔を上げて周囲を見回したところで、そこは紛れもなく自分お部屋であり、あの時の名残は床に落ちている紫のマントと黄緑の衣服ぐらいである。

「まぁ、バラモスの衣服を引っぺがしたってだけでも一応貢献はしたってことになるかなぁ」

 今もまだバラモスは全裸でシャルロット達と戦っているのだろうか。

「ってぇ、えええええっ?! なんで、何でバラモスの服がここにあるの?」

 いや、あの冒険が夢では無かったという証拠なのだろうけれど、ぶっちゃけその証拠がバラモスから剥ぎ取った服なんて展開は斜め上過ぎる。

「そもそも、処理に困りますよね、これ?」

 一見するとただの服だがあのバラモスが着ていた服だ。

(マントの方はレタイトが普通に前隠すのに使ってたけどさ、曲がりなりにも魔王の服。今まで殺めた相手の返り血とか吸ってるかも知れないし、変な呪いとかかかってたら……)

 かといって、じゃあ捨てちゃえとも言い難い。

「はぁ、ホントどうしよう……」

 触るのさえ若干躊躇われて、床の上にあるリアル「大魔王バラモスさま」セットと睨めっこをすること暫し。

「んっ」

「えっ」

 自分しか居ない筈の部屋で誰かが呻いて、俺は思わず声を上げる。

「ま、まさか」

 今度はこっちの世界に誰かがやって来てしまったんじゃ無いだろうかと、突飛な発想をしてしまったのは、俺が向こうにまだ未練を残していたからだろう。

「今の声……」

 恐る恐る振り返ると、後ろにあったベッドに横たわる影があった。

「ちょっ」

 思わず声を上げてしまったのだって仕方ないと思う、なぜならそこに居たのは――。


1.シャルロットだったからだ。
2.全裸のバラモスだったから。(サービッショット)
3.よりによってあの変態マザコン娘、トロワだった。
4.どこからどう見ても元アランのおっさんだった。
5.全裸のバラモスの開いたチャックから上半身をはみ出させた小学生ぐらいの女の子だった。
6.人妻とか色々拙いと思うが、水着のままのアンだった。
7.神秘のビキニがずり落ちかけた元バニーさんだったのだから。


いやー、1の選択肢で、こっちに来ちゃったシャルロットとの日常生活を送るって番外編も面白そうだったんですけどね、とりあえず、最終話詐欺で作者は満足したので、ここから本来の今回のお話、始まります。



……と言うのは冗談で。

 

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第四百九十三話「ベタな展開であること始めに謝っておく」

 

「マイ・ロー」

 

 聞こえたのはそこまでだった。

 

「トロ……ワ?」

 

 急に俺の前に飛んできて視界を塞いだ紫色が直後に何処かへ飛び去る。

 

「おのれ、あの裏切りものめっ」

 

 バラモスが忌々しげに吐き捨てていたが、そんなことはどうでもいい。俺を庇い、バシルーラの呪文で飛ばされたのは、あの母親至上主義型の女アークマージだった。

 

「何処に……」

 

 一体何処に戻されるというのか。バラモス軍の所属が完全に立ち消えた訳で無ければここに戻ってくると言うオチもあり得るが、立ちつくしていてもあの変態娘が降ってくることはなく。

 

「そん、な……」 

 

 後ろで、誰かが崩れ落ちる音がした。振り向かなくても、声で、おばちゃんだと解る。

 

「なんてこと……今、アレフガルドにもどされたら、あの子は」

 

「っ」

 

 続いて漏れ出てくる言葉に俺は悟った。裏切り者のアークマージが、元々自分の所属していた場所に戻される。それがどういう意味を持つのかを。

 

「俺の、せいだ……」

 

「お師匠様」

 

「見せ場を譲るなんて考えなければ……」

 

 こんな事にはならなかった。

 

「俺が」

 

 バシルーラの事を失念していなければ。悔やんでももうトロワは飛んで言ってしまった後。

 

「ああああっ」

 

「おべっ」

 

 立ちつくす俺は、その直後、上から降ってきた何かに押し潰された。

 

「ご主人様!」

 

「お師匠様っ!」

 

「だ、大丈夫だ……っ」

 

 自分にかけられる声へ反射的に応じて、我に返る。

 

(本当に駄目だ、戦闘中だってことも忘れて茫然自失するなんて……)

 

 どんな攻撃だったかも知覚できていなかったが、あの一撃が無ければ俺はもう少しあのままだったかも知れない。

 

(ごめん、トロワ)

 

 本来子供を産んで母親に喜んで貰うためという下心だだ漏れにさせていた変態娘が、命をとして愚かな主を守ってくれたのだ。トロワの犠牲で得た機会を無駄に浪費して良いはずがない。

 

(けど、俺も女々しいな。何だか、さっき頭上から聞こえた声がトロワの声に聞こえてしまったし)

 

 上にのしかかっている柔らかいものの感触を知っている気がする。

 

「ま、マイ・ロード? 今は戦闘中ですよ、あっ、そんな所に……んッ」

 

「良いから、上から退けトロワ」

 

 と言うか、解っていた。俺の社会的信用を損ないつつ、これでもかと柔らかな何かを擦るように押しつけてくる変態が他にいるとは思えない。

 

「トロワ、トロワ!」

 

 そして、俺の想像は我に返ったおばちゃんの駆け寄ってくる声で肯定され。

 

「ママン、申し訳ありま゛ぶっ」

 

「あ」

 

 びちゃびちゃと何かが降り注いでから気づく。おばちゃんが際どい水着姿だったことを。

 

(やみのころも、血の染み出来ないと良いなぁ)

 

 染みどころか鼻血で完全染色されてそうな気がするが、それを言うならきっとおばちゃんのビキニも赤色に染まってる気がする。

 

(けど、良かった……アイツが無事で)

 

 いや、出血多量で無事どころからこれから蘇生呪文が必要になる可能性もあるが、それはそれ。

 

(大きな借りが出来ちゃったな。もし、元の世界に戻ることが出来なかったら、その時は……って、戦闘中だった)

 

 いけない、いけない。まずはバラモスを何とかしないと。

 

「皆、奴にマホトーンを。これ以上呪文の行使を許す訳にはいかん。サラはトロワを頼む」

 

 全員で唱えれば、誰かの呪文ぐらいは成功するだろう。

 

「「はい」」

 

「わ、わかりました」

 

「……これ以上血を失うと拙そうですものね、若干腑に落ちませんけれど承知しましたわ」

 

 俺の要請にシャルロット達が応じ、やがて呪文は発動する。

 

「「マホトーン!」」

 

「ん?」

 

 シャルロット、元バニーさん、アランの元オッサン、だけではなかった。俺が避難させた筈の黄緑ローブの一人までもが同じ呪文を唱え。

 

「んんーっ!」

 

「やった、お師匠様」

 

「ああ」

 

 口をおさえ呻くバラモスの姿に快哉を叫んだシャルロットへ、俺は頷いた。

 

「これで厄介な呪文を使ってくることは、もうない」

 

 だが、もはや油断はしない。

 

「シャルロット、お前達のお陰だ。結局の所、俺一人ではあの呪文に飛ばされて負けていた」

 

「お師匠様」

 

「そこの変態が時間差で空から降ってきた時は、正直言って安堵した。あそこで死なれては俺のミスで殺したようなものだからな。だから……」

 

 この戦い、勝利したならば最大の功労者はお前達だと俺は言う。

 

「故に、もはや遠慮はすまい。持てる力の全てを駆使してこの魔王を打つ」

 

 後はもはや、攻撃有るのみ。左腕に持っていた鎖を腕に巻き付け、空いた手に右手で持っていたほのおのブーメランを握ると、右手にまじゅうのつめをはめる。

 

「誰か、バイキルトを頼む。先の呪文の礼だけはさせて貰わんとな」

 

 八つ当たりなら、もう八つ当たりでいい。だから、俺の全力を。

 

「シャルロット、よく見ておけ……名前はまだ付けていないが、これから放つのがおそらく俺の最終奥義だ」

 

「えっ」

 

 後方で上がる驚きの声を背に、歩き出し向かう先は、後ずさる魔王。

 

「試させて貰うぞ、バラモス」

 

 宣言と共に、力場に覆われた床を俺は蹴った。

 

 




主人公、まさかのトロワルート突入?

ちなみに前回の最終話詐欺は、前書きのしょーもないことをやりたかったからだったと作者は供述しており、余罪がないかを追及して行く方針とのことです。

次回、第四百九十四話「最終奥義」

サブタイ、「新流派、盗賊ヘイルが最終奥義」にしようかとちょっとだけ迷いました。


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第四百九十四話「最終奥義」

 

「ん゛」

 

 何か言おうとでもしたのか、封印呪文によって濁った音を一つ漏らしただけのバラモスに肉迫すると、まずオレンジのブーメランを叩き付けた。

 

「ん゛ぇっ」

 

 流石にこの距離では外さず、狙い通り首にそれがめり込んだのを見て、まじゅうのつめを手放す。

 

(本来攻撃の動作というモノは次の動作に繋げるための動きや回避行動までセットで一つの動きになっている)

 

 例えばブーメランなら、投げるのとキャッチで一動作、と言う風に。

 

(なら、投げるだけで行動を終わらせてしまえば、0.5動作と言うことなんだ)

 

 理論上、受け止める気がなければ、俺はブーメランを片手で四回投げられると言うことになる。

 

(そして、原作にははやぶさのけんと言う武器が存在した、刀身が軽くその為に本来一度の動作をするところで二回攻撃出来るという武器が)

 

 もし、その理屈が正しいなら、何も持たない無手の状態でも二回攻撃が出来ると言うことだ。

 

「故に、この奥義は――」

 

 最初の武器を投げから一度に超神速の八連撃を叩き込む。

 

「ん゛、ん゛ぇ、ん゛っ、ん゛ぉ、ん゛、ん゛」

 

 めり込んだブーメランを楔に打ち込まれるのは連続の殴打。そして、一箇所に攻撃を集中すれば、HPの概念なんて意味もない。

 

「散れっ」

 

 一撃前の拳に首の骨を砕いた感触を覚え、気合いとともにくりだした八撃目でバラモスの首が傾ぎ、胴から転がり落ちる。

 

「ば、バラモスが……こんなにあっ」

 

「お師匠様っ」

 

「ご主人様っ」

 

 呆然とした声は誰のものだっただろうか、途中だった声に警告を被せたのは、シャルロットと元バニーさん。

 

「ただでは死なん、と言うことか」

 

 声の意味はすぐ理解出来た。首のない魔王の身体が両腕を振り下ろそうとしていたのだから。

 

(この奥義、放つと完全に無防備になるからなぁ)

 

 攻撃以外の予備動作を削って手数を増やすのだ、当然と言えば当然の弱点を前に、俺は一撃を覚悟し。

 

「マヒャドっ」

 

「やああああっ」

 

 そうはならなかった。

 

「しゃる、ろっと?」

 

 ふぶきのつるぎを構え、俺の左手から飛来する氷の刃を追う形で突っ込んだシャルロットが助走の勢いを借りてバラモスの胸に獲物を突き立たせ、仰け反らせたのだ。

 

「これでっ」

 

「な」

 

 しかも、それだけで終わらない。回避も次の行動への備えも考えず、まるで剣の柄にぶら下がるかのように体重をかけ、傷口から下に向かって魔王の首無し死体を斬り裂く。

 

「た、たった一度、直前に見せただけで」

 

 数では俺のオリジナルに到底及ばない、だが、シャルロットは技の一端を確実に盗んでいた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……お師匠様、大丈夫ですか?」

 

「……ああ」

 

 息を荒くした際どい水着姿の女の子というビジュアルのことはとりあえず置いておこう。

 

「しかし、直前に見ただけであれだけの事が出来るとはな……シャルロット、お前は自慢の弟子だ」

 

「えっ」

 

 声を上げ振り返る魔王を倒した英雄へ、俺は無言で頷く。

 

(俺には勿体ないくらいだよな)

 

 おそらくだが、俺のトラウマことイシスでクシナタ隊のお姉さん達にさせられたアレを見せれば、四回攻撃までは可能だろう。それ以上は武器の性能に頼らないと駄目だと思うが。

 

(ともあれ、首を落としたのは俺だけどラストアタックはシャルロットだろうし、これでシャルロットもアリアハンの英雄、だなぁ)

 

 ゾーマが控えてるのを知ってるメンバーは俺を含めて三名。だが、一人はぶっ倒れていて、もう一人は少し離れた場所から倒れたわが子を心配げに眺めている。

 

(確か、原作通りならここで回復して貰えたはず)

 

 トロワもそれで一命は取り留められるだろう、そう思った矢先だった。

 

「ぐぅ……お、おのれ、シャルロット……」

 

「ひっ」

 

 足下からの声に元バニーさんが怯えた声を上げ。

 

「わ、わしは」

 

「このっ」

 

「あびっ」

 

 尚も何か告げようとしたバラモスの首をシャルロットが蹴り飛ばす。

 

「えっ」

 

 良いシュートだった、シュートではあるが、最後の台詞を言わせてやらんでよかったものか。

 

「ミリー、アランさん、サラ」

 

「承知しました、バギクロス!」

 

「マヒャド! ほら、エロウサギ、何をしてますの?」

 

「あ、え、えっと、ごめんなさい、マヒャド」

 

 若干呆然とする中シャルロットに声をかけられた三人分の呪文が力場の張られた床に転がった生首に襲いかかる。当然ながらこんなオーバーキル確定の攻撃に首だけが耐えきれるはずもなく。

 

「やった、バラモスをたおしましたわ!」

 

「いやはや、首だけでもしゃべるとは流石は大魔王ですな」

 

 純粋に喜ぶ魔法使いのお姉さんと、バラモスの生命力に戦慄しつつしみじみと生首だったものを見つめるアランの元オッサン。

 

(あ、うん。油断して失敗しかけた前例がここにいるし、徹底的にやるってのは間違いじゃないと思うけどさ、うん……まぁ、いいか)

 

 図らずもバラモスを倒したのが俺以外になったのは、どちらかと言えば歓迎すべき事だ。

 

「さて」

 

 戦いが終わったとなれば、俺がまずすべき事は、一つ。

 

(トロワに目隠ししてやらないとな)

 

 原作通り回復して貰えたとしても、おばちゃんのビキニ姿を見て再び血の海に沈むと言うことは充分あり得る。

 

(これからアリアハンに凱旋って流れだろうし、そこにあのローブでアリアハン行きはなぁ)

 

 ぶっ倒れてる暇など無い、寧ろ人間の町をうろうろしても大丈夫な格好をして貰わないと困る。

 

(側に侍るって言ってたけど、バラモス軍に所属してた格好じゃ兵士に槍を突きつけられても驚かないし)

 

 まぁ、着替えさせるとなるとそれはそれで悩ましいのだけど。

 

「マイ・ロード、着替えさせて下さい。まずは脱がせて……なんでしたらそのまま押し倒して頂いても構いませんよ?」

 

 ぐらいのことは言い出しそうだ。人目を惹きそうな大きい胸とお尻は当人が開発した袋で何とかなるにしても。

 

(うーむ)

 

 そうして事後処理に思いを馳せ、鞄から布を取り出してトロワの元に向かっている時だった、暖かい光が俺達を包んだのは。

 

(しまった)

 

 考え事は後にすべきだったのだ、だが、まだ間に合う。

 

「ん……はっ、ここは?」

 

「っ」

 

 目を開き、周囲を確認しようとする変態娘へ胸中で間に合えと叫びながら距離を詰めると、手に持った布でまず目をふさぐ。

 

「な」

 

「トロワ」

 

「あ、マイ・ロードでしたか。解りました、目隠しプレイという奴ですね?」

 

 呼びかければ視界が突如塞がれたと言うのにあっさり警戒を引っ込め、若干嬉しそうに納得する変態に俺の心は複雑だった。

 

(一応、変態で助かったという一面も有るにはあるんだよな)

 

 連れ回す事を考えると全自動社会的地位殺害機でしかないのだけれど。

 

「とりあえず、抵抗はするなよ?」

 

 何はともあれ、今は大量出血を避けるためにも目隠しをしてしまうべきだろう。

 

「はい、マイ・ロード。何でしたら自分で付けましょうか?」

 

 乗り気の反応に若干頭は痛いが、この程度を気にしていては何も出来はしない。

 

(戻ったらシャルロット達とのOHANASIが待ってるんだもんな)

 

 この城でやらかしたことの清算はどれ程高くつくのか。今の俺には想像もつかなかった。

 




バラモスが倒されたようだな。

あんなにあっさり倒されるとは

まさに我ら四天王の(略)

次回、第四百九十五話「エピローグ」

バラモス倒しましたし、一応ね?


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第四百九十五話「エピローグ(前編)」

「これは一体……」

 

 戸惑いを言語の形でポツリと漏らしたのは、アランの元オッサン。

 

(まぁ、無理もないか)

 

 いきなり視界が歪んだかと思えば別の場所に居たのだから。

 

(原作でも勇者に語りかける感じだったからなぁ、アリアハンへ戻してくれる前の声)

 

 シャルロット以外のほぼ全員が戸惑いを隠せぬ中、俺だけは動じることなくシャルロット達とこの身体の故郷を眺めていた。

 

(しかし、こっちの労を労うためだとは思うけどアリアハンまでのワープはありがた迷惑だよなぁ)

 

 魔法使いのお姉さん達が死体殴りに近いことをやったとは言え、バラモスの死体を再利用不可能なレベルまで損壊させることも別の場所に移すことも出来ずじまいなのだ。

 

(そもそも、アリアハンのすぐ外にいるけどさ、トロワ達の服装をこんな屋外でどうしろって言うんだよ)

 

 これが独力での凱旋だったら、ルーラで即座に戻ろうとする者を説得し、寄り道することも出来た。

 

(けど、大役を果たしてようやく故郷に戻れるところで「その前に別の場所に行くぞ」とかさ)

 

 むちゃくちゃ いいづらいんですが、おれ。

 

「はぁ……シャルロット、皆。これからジパングへ向かうぞ?」

 

 だが、どうしても寄り道をせざるを得ぬ理由があって、嘆息すると空気の読めない発言を敢えてする。

 

「「えっ」」

 

 上がった驚きの声はある意味当然だと思う。非難の色を帯びたモノが混じることさえ覚悟していた俺としては、驚きで済んでくれて良かったとも思ったぐらいだ。

 

「何でここまで来て、と思うのは解る。だがな、流石にトロワの格好は着替えさせねば拙いし、そこのエビルマージ三人に至っては、身の置き場がなかろう?」

 

「あっ」

 

「確かに」

 

 俺の指摘で幾人かの目が理解の色を帯びたことに安心しつつ、続ける。

 

「バラモス軍の残党が居るとすれば三人は裏切り者、あの城に返すことは出来んし、着いて来るにしてもバラモス軍の格好のままは拙すぎる。血塗れのトロワ共々何処かでアリアハンの城下を歩いても問題ない格好にせねばなるまい」

 

 着替えに関しては、全員で予備の服を持ち合えばここで何とかすることも出来るだろうが、それでは屋外で着替えをさせることになるし。

 

「何より、そこの三人にこれからどうするかを俺はまだ聞いてお」

 

「ついて行きます、お側に置いて下さい」

 

 聞いていないけどどうするのと問いの形に持って行こうとした俺の言葉が終わらぬうちに、叫んだ者が居た。

 

(うん、わかってた)

 

 しがみついてきたのは、あの時仲間になりたそうにこっちを見ていた女エビルマージ。

 

「他の二人はどうする? ジパングはバラモス軍から離反した魔物が平穏に暮らすことが出来る国だ、あの国ならお前達の居場所も用意出来るだろうが」

 

「ご厚意、感謝します。捕虜としてどのようにされても文句は言えぬ所に寛大な処置を」

 

「このご恩は忘れません」

 

「……そうか」

 

 言外にジパングで生きて行くと答えた二人へ密かに俺は胸をなで下ろし。

 

「「サンドラのこと、よろしくお願いします」」

 

「あ、あぁ」

 

 同僚を気遣う旨を見せる二人に俺は頷きを返す。と言うか、初めて聞く名前だが、話の流れからして、それが即答した女エビルマージの名前なのだろう。

 

「お師匠様?」

 

「ご、ご主人様?」

 

 何故かシャルロット達が衝撃を受けている様子だが、ここはこうでもしないと話が拗れるのだから是非もない、是非もないと思う。

 

「マイ・ロード……」

 

「あらあらまぁまぁ、トロワも大変ねぇ」

 

 だからさ、そういうのはやめてくれませんかね、おばちゃん。

 

「英雄色を好むですか、解りましたマイ・ロード」

 

 いや、解らなくて良いから、変態娘。

 

(そもそもコイツの解ったってどう解ったか聞くのが怖すぎるし)

 

 問うたが最後、お子様やシャルロット達には聞かせられないような変態発言が飛び出すのは目に見えている。

 

「ともあれ、最低でもそこの二人をジパングに送り届けねばならん。まぁ、それだけならジパングへ行ったことのある者が一人いれば良いだけだが――」

 

「でしたら、お任せ頂ける?」

 

「アン、か。……シャルロット」

 

 挙手したおばちゃんに目をやった俺は、弟子の名を呼ぶ。

 

「は、はい、お師匠様」

 

「袋を借りる。アンの為にキメラの翼を貰うぞ。それから、予備の服を使ってトロワ達の着替えを見繕って貰えるか?」

 

 ジパングに行く必要が消失すれば、残る問題は屋外での着替えのみ。

 

「それはどういう」

 

「こういう目的で用意した訳ではないがな」

 

 言いつつ俺は鞄から布を取り出すと、近くにあった木の枝に布の端を結びつけ、もう一方も別の木に結んで衝立を作る。

 

「あと二枚有る。これを使えば着替えスペースぐらいは作れよう? 流石に男が一緒にいては衝立があっても安心して着替えが出来ん。アラン、俺達は一足先にアリアハンに入るぞ?」

 

「成る程、承知しました」

 

「ま、マイ・ロード。ですが、そ」

 

「トロワ、着替える必要があると俺は見なした。故に今回は、例外だ」

 

 と いうか、これ いじょう しゃるろっとたち から の OHANASI の げんいん を つくられても こまるんですよ、とろわさん。

 

「まぁ、凱旋に魔物が加わるのも問題だろうからな。着替えが終わればルイーダの酒場で待っていてくれればいい。場所は城下町の人間に聞けば教えて貰えるだろう。ではな、シャルロット、ミリー」

 

「「あ、はい」」

 

 二人に別れを告げると、アランの元オッサンを伴って、俺は歩き出した。

 




やっぱり一話で終わらせられなかった、ごめんなさい。


と言う訳で、次回、第四百九十六話「エピローグ(後編)」


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第四百九十六話「エピローグ(後編)」

「さてと」

 

 アリアハンの入り口を通過する前に、まずやみのころもを脱ぐ。

 

(脱ぐだけで良かったとは言え、よくよく考えるとそのまま人前に出られないのは俺も同じだったんだよね)

 

 だから、女性陣を残して先行した理由はただの口実。

 

「アラン、お前はどうする? ここでシャルロット達を待つか?」

 

「ええ。一旦教会へ報告に出向くことも考えましたが、あちらはただの着替えですからな。勇者様方を待ってもそう時間はかからんでしょう」

 

「そうか」

 

 ある意味予想出来た答えの一つではある。

 

「ならば、ここでお別れだな」

 

「っ、それはどういう――」

 

「行かねばならん所がある。お前やシャルロット達は国王への報告が最優先だろうが」

 

 肩をすくめつつ、俺が示して見せたのは、シャルロットの実家。

 

「たった一人の娘を預かっていた男として、本来の保護者に無事帰還を果たしたことを告げに行くのは義務だろう。故に、バラモス撃破の報告は俺の合流を待たず、して貰って構わない」

 

「……成る程、でしたら勇者様にはそうお伝えしておきましょう」

 

「頼む」

 

 頭を下げる前に見たアランの元オッサンの顔は得心がいったというだけにしてはにやついていたが、敢えてスルーする。

 

(ここまで来ちゃえば、なぁ)

 

 覚悟を決めるしかない。メインストリートを外れ、シャルロットの実家の裏手に回り込めば、そこにはいつかくぐった戸口があり。

 

「邪魔をする」

 

「はい、どち」

 

 おそらくはどちら様と告げようとしたであろう、シャルロットのお袋さんの声が途切れた。

 

「ただいまを告げるのは俺の役目ではない、よって端的な事実だけを先に告げさせて貰う。シャルロット達が魔王バラモスを倒した。そのうちあそこにある町の入り口に姿を見せる事だろう」

 

「本当……ですか?」

 

「ああ。そして――」

 

 俺の役目もこれで終わる。

 

「えっ」

 

「覚えておられるか? 『凱旋の報告を貴女にシャルロットがするまで、お嬢さんは俺が命に替えても守ろう』と俺はあの時言った。そして、間もなくシャルロットはここにもやって来るだろう。約束は果たした」

 

 シャルロット達とはOHANASIやら奥義の伝授などまだ果たしていない約束もあるものの、敢えてここでは口にしない。

 

「弟子とはいつか師を越えて行くもの。その師は魔王を倒すまでついて行ってしまった訳だが……巣立ちの時は必ずやって来る。そして、俺にはまだやらねばならん事が残っている」

 

 それを果たせば、また相まみえることもあろう、とだけ告げ。言葉を失ったシャルロットのお袋さんの前で踵を返す。

 

(これでいい……なんて言い切れないけど)

 

 所謂一つのけじめはつけた。

 

「さよならだ、シャルロット、ミリー……皆。レムオル」

 

 タイミング的にすれ違う可能性が有ることを鑑みて、透明化の呪文を唱え。

 

「ごめんなさい、お待たせしました! って、あれ? お師匠様は?」

 

 案の定と言うべきか。入り口でアランの元オッサンと合流し、俺が居ないことを訝しむシャルロットを目にする。

 

(っ)

 

 未練がないと言えば、嘘になるだろう。アランの元オッサンと二人になった時、アランの元オッサンだけには打ち明けておくかも迷った。

 

(結局優柔不断も変わらないよな、決断を下した後でウジウジ悩むところも……)

 

 もう引き返せないし、引き返す時間的余裕もない。

 

「ええっ、お母さんの所に?!」

 

 大げさに驚くシャルロットに視線を向けたまま、透明の俺は横を通り過ぎる。

 

「あれ?」

 

「どうされましたの?」

 

「ええと……お師匠様がそこにいた様な気がしたんだけど……ううん、気のせいだったみたい」

 

 恐るべきは、勇者の勘か。

 

「しゃ、シャルもですか? 実は私も、ご主人様の匂いがしたような気がして……」

 

「エロウサギ、あなたウサギじゃなくて犬でしたの? それとも、もしかして盗賊さんの脱いだ服を夜な夜な」

 

「ち、違います」

 

 たわいもないやりとりだった。元バニーさんの嗅覚にもちょっと戦慄したけれど。

 

(仲が良いのは、良いことか)

 

 じゃれ合う二人の方は振り返らず、アリアハンの外に出た俺は、立ち止まり、空を仰ぐ。

 

「うまくいけよ……」

 

 そのまま心の目を鳥に変えて解き放ち、同時に呪文を唱え始める。

 

(俺の予想が、正しければ……あ)

 

 一つの黒点を心の目が見つけ、唱えていた呪文を一度放棄してもう一度呪文を唱え出す。

 

(予想は当たった)

 

 それが、幸か不幸かはわからない。

 

「スクルト、スクルト」

 

 だが、発見が早かったのは、幸いだろう。

 

「バイキルト、フバーハ」

 

 呪文を唱え、自分を強化しつつ俺は黒点だったものをじっと見据える。

 

「ピオリム、マホカンタ」

 

 徐々に大きくなり人型となるものの名を、俺は知っていた。そして、再び呪文を唱える。

 

「メラゾーマっ!」

 

 特大の火球を撃ち出すその呪文は相手の名を冠していた。

 

「があっ」

 

 火球の直撃で上がる悲鳴に、口の端がつり上がる。

 

「やはり実体か……そうだろうと思っていた。遠くから一方的に攻撃が出来るとしたら、それを使って勇者を襲えば一方的に勝てるというのに」

 

 原作では直接戦った。つまり、他者を殺めるような超射程の攻撃をゾーマは持っていなかった。にもかかわらず、原作ではバラモスを撃破し喜びに沸くアリアハンの城でファンファーレを響かせようとした兵士達を殺害した。

 

(直接当人が出張ってくるか、部下の魔物を差し向けるかどっちにしても兵士を殺害する何かがやって来ると読んだけど)

 

 わざわざ大魔王本人が足を運んだのは矜持か。

 

(イベントじゃ、きっちりゾーマって名乗ってたもんな。流石に部下に自分の名を語らせるはずもないか)

 

 だが、こちらからすれば、願ったり叶ったりだ。ここでこいつを討てれば、アリアハンの兵士を死なせずに済むし、シャルロット達がアレフガルドに永久居住させられることも防げるかもしれない。

 

「しかし、バラモスからさえ逃げだそうとしていた俺が……まさか、シャルロット達から逃げ出して、一人ゾーマに挑もうとするなんてなぁ」

 

 この世界に来たばかりの時は考えもしなかった。

 




主人公vs大魔王ゾーマのたたかい、はっじまっるよー?

サブタイ、「さようなら、シャルロット」にしようかとも思いましたが、ネタバレするので自重しました。

次回、第四百九十七話「逃亡者のたたかい」

ふぅ、ようやくシャルロットから逃亡出来ました。メインタイトルの逃亡者、ここまで引っ張ることになるとはなぁ。

あ、たぶんですがゾーマ戦は一話で終わるとは思えませんので、次が最終話と言うことはないです。

最終話詐欺はこの展開の為の前ふりでしたけどね?



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第四百九十七話「逃亡者のたたかい」

「大魔王ゾーマよ! 遠いところ俺に倒されによくぞ来た!」

 

 一旦脱いでいたやみのころもを纏いつつ口にした台詞は、こちらへやって来るラスボス様の台詞をもじったもの。

 

「『俺に倒されに』だと?」

 

「ふ、アリアハンは今貴様の部下を倒した祝宴の真っ最中だ。本来なら招かれざる客はお引き取り願おうとでも言うところなのだろうがな、俺は少々虫の居所が悪い」

 

 この段階でゾーマが現れ、アリアハンの兵士を殺すというイベントがなくただの宣戦布告であればここまで急いでシャルロットの元を離れる必要はなかったのだ。

 

(全てがうまくいったとして、どういい訳したものか)

 

 頭の痛い問題だが、そもそもこいつが世界を越えての侵略などおっ始めなければ、シャルロットが父親の居ない家庭で育つことも、年頃の少女でありながら過酷な冒険の旅をする必要も無かったはず。

 

(元バニーさんの親父さんが魔物に殺されたのも、クシナタ隊のお姉さん達が生け贄にされたのも)

 

 全ては目の前の魔王のせい。

 

「わははははは、わしを倒すか……面白い冗談を言う。我こそは全てを滅ぼすもの!」

 

「そんなことは知っている。そして、『滅びこそわが喜び』なのだろう?」

 

「な」

 

 驚くゾーマを前に俺は何ともつまらなそうな態で、言葉を続ける。

 

「お前の部下は愉快な奴だった。同時にアホでもあったが、ある洞窟で俺が居るのにも気づかず、色々しゃべっていたぞ? まぁ、せめてもの情けで内容は伏せるがな」

 

「部下?」

 

「解らんならそれでいい」

 

 半分以上嘘ではあるが、色々知っている理由を親切に説明してやる必要は皆無だ。首を傾げるゾーマに答えることなく、俺は鞄からそれを取り出す。

 

「だが、邪魔なそいつは消させて貰おう」

 

 ゾーマに単身立ち向かうのだ、流石に準備はしてきてある。おばちゃんを送るためのキメラの翼を貰うとシャルロットの持っていた袋を手にした時、こっそり拝借してきていたのだ、ゾーマを弱体化させる光の玉を。

 

「ほほう……わがバリアを外すすべを知っていたとはな。しかし、むだなこと」

 

「ふ、無駄かどうか試してやろう」

 

 普通に考えれば、単身でゾーマを倒すのはレベルがカンストしてようがきついと思うが、一動作分で二度動ける今の俺なら、前提条件が違う。

 

「でやあっ、はあっ」

 

 地を蹴るなり一気に距離を詰めると、最初に振るったのは、鎖を絡ませた左腕。

 

「奥義、戦奪衣っ」

 

 兜なのか帽子なのかよくわからない被り物の側面に生えた角に鎖を絡ませ、腕を引くことでまず頭防具を奪う。

 

「な」

 

「バラモスの死体を見てこなかったのか? 何故あいつが全裸だったと思う?」

 

 バリアを外すだけなど手ぬるい弱体化で終わらせる気はない。

 

「盗賊の恐ろしさ、そのみにとくと味あわせてくれる!」

 

「ぐっ」

 

 二撃目は、バイキルトで威力を倍加させたまじゅうのつめによる斬撃。すくい上げるように振るった一撃で散ったゾーマの血をバックジャンプでかわすと身構える。

 

「来い、大魔王」

 

「お、おのれ……おのれぇっ!」

 

「ちいっ、流石にバラモス程度には速いな」

 

 激昂して両腕を叩き付ける様に振るうゾーマの一撃が身体をかすめるが、この程度は許容範囲。そも、ひかりのたまで攻撃力まで弱体化している上、こっちは呪文で防御力を底上げしているからか、損傷は軽微だ。

 

(冷静な判断をされちゃ、拙い)

 

 ゾーマの使う呪文や特技の中で一番厄介なのは、全ての補助呪文効果をかき消す凍てつく波動。

 

(呪文は反射され、ブレスは軽減され、ここに来て攻撃まで当たらないとなれば)

 

 いくら頭に血が上ってようが、補助呪文の解除を狙ってくる。

 

(一発二発貰ったとしても、回復呪文を使えば良いだけのこと)

 

 補助呪文をけっこう使ったが、攻撃呪文を使わず物理攻撃中心で戦えば、精神力が枯渇することもないだろう。

 

「ならばっ」

 

 バックジャンプで距離が開いたせいか、ゾーマが吹雪を吐き出し。

 

「くっ」

 

 顔を腕で庇いつつ俺は顔をしかめる。

 

(寒っ、て言うか痛ッ。フバーハで軽減出来てるとは言え、直接攻撃の比じゃないし)

 

 攻撃の手数を減らして身を守ればある程度はどうにかなるが、それだけだ。

 

(そう言えばシャルロットの親父さんはこのブレス無効なんだっけ、羨ましいなぁ)

 

 ふいに今は割とどうでも良いことを思い出すと、身体を揺すって貼り付いた雪を落とす。

「流石は大魔王か、だがな。俺も弟子をもつ身、早々容易くは負けられんっ」

 

 右手はまじゅうのつめ、左腕はチェーンクロス。二つの武器を交互に振るえば攻撃の手数は実質、倍っ。

 

「ぎっ」

 

 叩き付けるように振るった鎖を支点に自分の身体をゾーマの懐まで運び。

 

「でやあっ」

 

「ぐお、うおっぶっ」

 

 爪で一撃をくわえた上で絡ませていた鎖を引いて顔面を地面へ叩き付け。

 

「はあっ」

 

「がっ」

 

 倒れ込んだゾーマの身体にまじゅうのつめを突き立てる。

 

(防御を捨てれば倍は攻撃出来るんだけど)

 

 八連撃でも流石にラスボスは倒せまい。

 

「ぐううっ」

 

「ふ、流石にこの程度では死なんか」

 

 起きあがってくることもわかりきっては居た。だからこそ俺に驚きはなく。

 

(原作だとこいつのHPってどれくらいだったっけ。あー、こういう時詳しいデータ覚えてたらなぁ)

 

 無い物ねだりであることを理解しつつ胸中で嘆きつつも、再び地面を蹴る。

 

「ならば倒れるまで切り刻むだけだ」

 

 俺にとって他の選択肢はないに等しかったのだから。

 

 




へいる は いくさだつい を はなった!

ゾーマ に232 の ダメージ! ゾーマ の しゅびりょく を 25 さげた!

へいる の こうげき!

へいる は ゾーマ に 306 の ダメージ!

ゲーム風にするなら戦いの一部はこんな感じです。

次回、第四百九十八話「たたかいのゆくえ」

ゾーマのHPからすると最短5ターンぐらいで決着が付くかな、アレがなければ。



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第四百九十八話「たたかいのゆくえ」

「させんっ、マヒャド!」

 

 接近する俺を迎撃する意図が合っての呪文攻撃だったのだろう。

 

「な」

 

 だが、次の瞬間、ゾーマの放った呪文は俺の前にあった光の壁に跳ね返り。

 

(ちっ)

 

 俺は舌打ちしつつ大魔王の懐に飛び込んだ。

 

「最終……奥義っ」

 

 他の補助ならともかく、反射呪文がかかっていると解れば、凍てつく波動で呪文効果を消してくるのは間違いない。

 

(どのみち防げない技で来るなら、防御と回避を捨てるっ!)

 

 一撃目は、右手の爪。

 

「があっ」

 

 二撃目は、左腕の鎖。

 

「ごっ、ぐっ」

 

 分銅を用いたアッパーカットで仰け反らせ、がら空きの胴に爪を突き立てて三撃目。

 

「おおおおっ」

 

 四撃目は突き立てた場所から爪で傷を下方向に斬り広げ。

 

「まだだっ」

 

 左手に拳を作り、金槌で釘を打つように刺さったままの爪を殴りつける。

 

「がっ」

 

 ゾーマが呻くが俺の連続攻撃はまだ終わりじゃない。

 

「あああっ」

 

 右腕を捻って傷を剔り、左手で力を加えて更に傷を広げる。

 

「ぐうっ、うぐっ」

 

「どうした、大魔王ッ」

 

 攻撃だけに集中した俺は完全に無防備な状態で叫んだ。

 

「おのれぇっ」

 

「っ」

 

 顔を歪めたゾーマが眼前に突き出した腕から凍てつく波動が迸り。

 

(やはりそう来るか)

 

 俺は声に出さず呪文を唱え始める。

 

「バイキルト!」

 

 唱えられる呪文は二つなら、選択肢はこれしかなかった。

 

(フバーハとマホカンタでブレスと呪文対策をすれば直接攻撃、スカラとフバーハならマヒャド、スカラとマホカンタなら凍える吹雪……どれを選んでも対応しきれないもので攻撃されるなら、敢えて攻撃を選ぶ)

 

 結果として反撃で喰らうダメージも大きくなるだろうが、俺には回復呪文もある。

 

(ゾーマがさっきのでどれだけのダメージを受けたのかは解らないけど……)

 

 こちらがゾーマであれば、あんなふざけたチート攻撃を喰らうのはゴメンだ、だから。

 

「やはり、あの一撃の重さ呪文で強化しておったか、だがわしに同じ手が通用すると――」

 

「遅い」

 

「があっ」

 

 再び凍てつく波動を放とうとするのは、予測出来ていた俺はバイキルトを無効化される前に突き刺したままの爪を引き抜きながら斬り上げ、飛び退き。

 

「おまけだ」

 

 左腕を振るって鎖分銅で追撃する。

 

「がふっ。ぬうぅ、小癪なぁっ」

 

 もっとも、それで倒れる程ゾーマは弱くもなかったのだが。

 

「また凍てつく波ど」

 

「喰らえいっ!」

 

「っ」

 

 息つく暇なく繰り出された大魔王の攻撃をかろうじてかわし。

 

「バイキルト」

 

 俺が唱えたのは、攻撃力強化呪文。

 

(残りHPが数値化して見られればなぁ)

 

 攻撃力を倍加させてから最終奥義の流れは、もうゾーマも許さないだろう。となると、威力が半減した状態でも倒せる状況でなければ、最終奥義を使うのは危険すぎる。

 

(こうして毎回バイキルトをかけていれば、あっちも凍てつく波動を使わざるを得ない状況には持ち込めるけど)

 

 マホカンタもフバーハも効果を消されてしまった今、呪文や吹雪の威力は素通しなのだ。

 

(防御力も戻っちゃってるし、チェーンクロス装備する代わりに盾も外してるから、直接攻撃のダメージも馬鹿にならない……やみのころものおかげでさっきの一撃はかわせたものの)

 

 痛いモノは痛い。

 

「ゆくぞ、最終――」

 

「な」

 

「投擲っ」

 

 驚きの声を上げたゾーマ目掛けて俺は腕の鎖を外して、投げつける。チート連続攻撃を警戒しているからこそのブラフであり。

 

「がっ」

 

「戦奪衣っ」

 

 顔にチェーンクロスをぶつけられて怯んだ隙を狙って肉迫するとゾーマの纏うマントを引っぺがして奪い取る。

 

「攻撃力を元に戻されるなら、相手の身を守るモノを剥げばいい。簡単なことだ」

 

 そもそもこの戦っている最中に防具を引っぺがす技は、防御力を下げる呪文を凍てつく波動で無効化してくる人型の敵用のモノなのだ。

 

(うん、ゾーマ戦で使わなくていつ使うのかって話だよね)

 

 バラモスにも使ったが、あれはシャルロットに奥義を見せるという理由があったからこそ、本命はいまここである。

 

「おのれ、ふざけた真似をっ」

 

「ふざけた真似かどうか見ていろっ!」

 

 激昂しつつゾーマの吐いてきた吹雪に剥いだばかりのマントを叩き付けつつ俺は叫び。

 

「な」

 

「流石は大魔王のマントだな」

 

 盾になったマントのお陰で幾分和らいだ痛さに口の端をつり上げる。

 

(そう言えばゾーマにヒャド系の呪文は効かなかった気がするもんなぁ。マントにも耐性ついていて不思議じゃないよね)

 

 羽織るにはでかすぎるし装備出来るかも不明だが、いきなり役に立ったのは間違いない。左手にマントというのは闘牛士でもなった気分だけれど。

 

「これで吹雪も問題ない……いや、吹雪だけではないやもな」

 

 そもそもヒャド系の呪文もゾーマに効かないなら、その系統限定で呪文耐性がマントに付与されている可能性も充分考えられる。

 

(逆に今ならゾーマにもヒャド系の呪文が効くとか? いやいや、興味本位で行動を浪費するのは拙い)

 

 遊べる自称大魔王のバラモスとは違うのだ。

 

「今度はこちらの番だ、バイキルト」

 

 何だか呪文が語尾みたいになってしまったが、それはそれ。呪文をかけ直すと爪の間合いにゾーマを捕らえた。

 




最終奥義の総合ダメージ、原作の計算式に当てはめると2000を越える不思議。

シャルロットも会得して、師弟で同時に放つ(バイキルト済み前提)と弱体化ゾーマならワンターンキル出来る計算に。

さ、流石最終奥義だぁ。(白目)

次回、第四百九十九話「けつまつ」


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第四百九十九話「けつまつ」

「でやあっ」

 

「ぐうっ、ぶっ」

 

 爪を左から右に振るった斬撃の勢いを利用して回転し、遠心力を乗せたマントの一撃を叩き込む。

 

(擬似的な耐性装備手に入れたのは良いけど、片手塞がっちゃったし、盾と違うからなぁ)

 

 いくら遠心力を乗せてマントを叩き付けたところで、ダメージはお察しである。

 

(ここは奪ったマントをしまってブーメランに持ち替えるべきか)

 

 いくら被ダメージが減ると言っても、こちらの与ダメージまで減ってしまっては長期戦が確定してしまう。

 

(この手のボスって精神力無限がお約束だからなぁ、長引けば、俺のMPが尽きる)

 

 こんな事ならひかりのたまと一緒にいのりのゆびわでも無断借用してくるべきだったかもしれないが、キメラの翼を貰うと言う名目で袋を手に出来たのはホンの僅かな時間、あれでいくつものアイテムを抜き出すのは流石にこの身体のスペックでも厳しかったと思う。

 

「ふ、人間一人にこの態とは……大魔王というのも割と大したことはないな」

 

 もっとも内面の後悔や焦りなど外に漏らす訳にはゆかず、覆い隠そうとした結果はゾーマへの挑発という形を作って口から漏れる。

 

「くっ、言わせておけば」

 

「言わせているのは誰だ? まあいい、大魔王の遊びに付き合うのももう飽きた」

 

 言いつつ俺は左手のマントを足下に捨て、鞄から炎のブーメランを取り出して左手に持つ。

 

(吹雪かマヒャドが来たら――)

 

 足でマントを引っかけ、盾にする。ブーメランならば中距離からでも攻撃は可能だ。

 

(隙あらば踏み込んで爪で一撃)

 

 結局の所、選んだのは攻撃重視の立ち位置。

 

(このまま最終奥義でゾーマの命を削りきれる所まで持って行くっ)

 

 たった一人ではあるが、いける筈だ。原作越えの複数回行動もちのカンスト賢者盗賊のスペックなら。

 

「いくぞ、バイキルト」

 

 最初は攻撃力倍加呪文。

 

「でぇいっ」

 

 続いてブーメランを投げつけ。

 

「ぬっ」

 

「はっ」

 

 オレンジのブーメランにゾーマが反応を示した所で地を蹴り、距離を詰める。

 

「喰らえ」

 

「があっ、ごっ」

 

 ブーメランを打ち払おうと腕を振り上げがら空きになったゾーマの胴を爪で薙ぎつつ脇をすり抜け。

 

「おっと」

 

 大魔王の顔に命中し、落ちてきた炎のブーメランを拾うとそのままゾーマのマントが落ちた場所へと駆ける。

 

「おのれっ、小賢しい真似を」

 

「っ」

 

 背にかかる凍てつく波動でバイキルトの効果が消え去るが、攻撃でないだけマシだろう。

 

「マヒャド」

 

「ちっ、間に合えよっ」

 

 後から氷の刃が空を斬り裂き飛来する音を聞きつつ、前傾姿勢を作ると、左腕を伸ばし。

 

「だあっ」

 

 飛び込み前転の要領で掴んだマントに包まりりつつ、地面を転がった。

 

「ぐ」

 

 無論、それで避けられる程ヒャド系最強呪文は生ぬるくはないが、マント越しにぶち当たった氷の刃は直接受ける一撃と比べればいくらかマシであり。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 全速力でマントまで駆け戻り、そこに氷の刃の一撃を貰った俺と、俺の攻撃を二発貰いながらも凍てつく波動と呪文を放った大魔王が荒い呼吸のまま互いを見つめる。

 

「たかが人間一人と思っていたが……よもや、これほどとはな。ヘイルよ、何故そこまでもがき、抗う?」

 

「ふ、その台詞そっくり返そう」

 

「なに?」

 

「滅びこそ喜びだというなら、自分の滅びも喜びだろう? ここで俺が貴様を滅ぼしてやるから抵抗などせずにさっさと倒されるがいい」

 

 もし他人に倒されるのが嫌だなどと我が儘を言って来るなら、こちらも他人に倒されたくないと返すつもりで俺はゾーマの反応を待った。

 

「ふふ、ははははは……わははははは。面白い。このわしにその様な事を言ったのは貴様が初めてだ」

 

 その言葉の一体何処がゾーマの笑いのツボに入ったのかは解らない。

 

「最初かどうかに興味はない。俺が求めているのは返答だ」

 

「まあ、よい。今日の所は引き分けと言うことで退くとしよう」

 

 おかしくてこらえきれないと言った態のゾーマを俺は追求したが、返ってきたのは、答えですらなく。

 

「引き分け?」

 

「たった一人、わしに挑んでくる人間をなりふり構わず相手にすると思うてか? わしはまだ本気を出して居らぬ」

 

「な」

 

 ゾーマの発言に驚きの声を俺が漏らしたのは、ゾーマには没になったが第二形態が用意されていたと言う話を聞いた事があったからに他ならない。

 

(だけど、本当にあるのか、第二形態?)

 

 半信半疑の状態だが、笑い飛ばす訳にも行かず。

 

「だが、このわしを相手にここまで抗って見せたは見事」

 

 言いつつ、ゾーマは己の服に腕を突っ込む。

 

(え? まさかそこから「敢闘賞にわしのブラジャーをプレゼントじゃ」とか言い出すんじゃ)

 

 一瞬アホな想像をしてしまったのは、全く行動が読めなかったからだと思いたい。

 

「よって、わしが本気であればどうなっていたかを教えてやろう」

 

「っ、それは……」

 

 俺の思考を無視してゾーマは腕を抜くと、そこにあったのは何処かで見覚えのある袋。と言うか、明らかにトロワが胸やら尻やらを誤魔化していた袋であり。

 

「ほう、知って居るか。ならば」

 

 興味深そうに俺の表情を見やり、手を袋に突っ込み取り出したのはいくつもの袋。

 

「入れ子構造?」

 

 思わず声を上げる俺の前で、ゾーマはそれらの袋をひっくり返す。

 

「っ」

 

 ボトボトと落ちてきたのは、肉片のこびりついた何かの骨。それは、地面に落ちるなり動きだし、一つの形に組み上がって行く。

 

(ちょっ)

 

 俺はそれが何だか知っていた。同時に引き分けだと言い出した理由も。

 

(バラモス……ゾンビ)

 

 虚ろだった頭蓋骨の眼に怪しげな光が灯ると、ガシャガシャと骨を鳴らし、ゾーマの前に進み出る。

 

「成る程な、本気であれば二対一だったと言う訳か」

 

 迂闊だった。ゾーマがこちらの世界にやって来た理由が宣戦布告とバラモスの死体の回収だったとしたなら、想定しておくべきだったのだ。

 

「貴様の相手は我が僕がしてくれよう。先程の貴様の顔、見物であったぞ。ではな、さらばだ」

 

「くっ」

 

 ゾーマを逃がすのは悔しいが、流石にバラモスゾンビとゾーマを相手に一人で戦うのは厳しい。俺は視界の端に去って行くゾーマを入れつつも、新たな敵を無視する訳には行かず。

 

「スカラ、スカラ」

 

 とりあえず、呪文を唱えた。俺の記憶が確かなら、新手の骨(バラモスゾンビ)は攻撃力特化型で通常攻撃しかしてこないのだ。

 

「守りさえ固めてしまえば――」

 

 あとは防御の隙をついた形で繰り出される痛恨の一撃を受けないように気をつけ、立ち回るだけ。そこからは完全な消化試合だった。

 

 




待っていたのは、バラモスゾンビとの戦い。

そしてゾーマはアレフガルドに去り――。

次回、最終話「新たな旅立ち」

第一部・完と言う意味でなのか、それともアレフガルド編は別のお話でやるのか、はたまた……。

ご愛読ありがとうございました、もう暫しお付き合い下さい。


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最終話「新たな旅立ち」

 

「これで終わりだ、イオナズンっ」

 

 崩れ落ちた骨が再利用されないよう、最後に爆発を起こす呪文で消し飛ばす。

 

「くそっ」

 

 戦いが終わり、一つの試みが終わった。シャルロット達のアレフガルド行きはもはや防げない。

 

「……レムオル」

 

 戦いの音か直前の爆発音を聞きつけてやって来る者に目撃されぬよう透明化の呪文で姿を消すと、俺はその場を後にした。

 

(……はぁ)

 

 一人で挑んだのが失敗だったとは思いたくない。ゾーマの動きが、バラモスゾンビを出すまでおおよそ予測通りに動いたのも俺が単独で動いたからこそだ。

 

(シャルロット達と共に挑もうとすれば、宴の主役がお城に来ないのだから宴自体が始まらない。そんな事態に至ればゾーマだって訝しむ)

 

 その後、原作という筋書きを外れたゾーマが何をするか。

 

(手ぶらで帰る? まずないな)

 

 何らかの被害は、きっと出ていた筈。

 

(とは言え、クシナタ隊は急すぎて連絡がつかなかっただろうし、酒場にいる勇者一行の二軍メンバーは弱すぎて逆に足手まとい。おばちゃんやあの変態娘も足手まとい枠だな)

 

 先程の状況下で本気の大魔王とやり合うなら、欲しいのは補助呪文や回復呪文を使ってくれる仲間だ、自分の身は自分で何とか出来るレベルの。

 

「……何が引き分けなものか」

 

 明らかに大魔王ゾーマとの戦いは、俺の負けだ。万全を期すなら、バラモスとの戦いに赴く前にクシナタ隊に連絡してアリアハンで待機して貰っておくべきだった。それなら、ゾーマが取り巻きをゾロゾロ連れていてもまともな勝負になったのだから。

 

「ともあれ……まずはこの『ひかりのたま』をシャルロットに返さないと」

 

 一度はがしたゾーマのバリアだが、おそらくは既に張り直しているだろう。

 

(不思議と原作のゾーマ戦で全滅した記憶はないからあれだけど、全滅して再戦するとき、バリアが解除されたままってのは考えづらいし)

 

 シャルロットのお袋さんに約束は果たしたとか言って出てきてしまった手前、シャルロットと顔は合わせづらいが、何も直接返す必要はない。シャルロットの部屋に忍び込み、袋に戻しておいても良いし、人を使って渡すという方法だってある。

 

(ゾーマの宴会介入は俺が阻止したから、そうすると今はまだお城かな……って、待てよ?)

 

 ゾーマの介入を防いだことで、あちらはめでたしめでたしと完全に完結してる可能性がある。

 

(ひょっとしてアレフガルド行きの話もなくなったとか? いや、それはないな。勇者の夢に出てきたルビスの僕っぽい妖精だか何かが封印された主人をそのままにしておくとは考えにくいし)

 

 夢に出てきてゾーマの存在について警告し、諸悪の根源が残っていることを知ったシャルロットが再び魔王討伐の旅に出るという展開は充分にありそうだ。

 

「……一番大きな問題は、その旅に俺がついて行けないこと、だな」

 

 ついていったとしても、途中で離脱することになるだろう。

 

「結局の所、何処かで別れなきゃいけなかったんだ……」

 

 シャルロットの母親に自分の役目は終わった的なことを伝えた今こそ、丁度良い。

 

(なのに……なんで)

 

 足取りも心も重いのか。こんなに辛く感じるのか。

 

(くそっ、解ってた事じゃないか。こうなることは)

 

 この世界に、この身体で生まれた訳ではない。元の世界に戻ることだって考えて、その場合シャルロット達との別れがやって来るのは必然だったのに。

 

(こちらの世界にいる神竜に挑んで願いを叶えて貰うなら、ゾーマとの戦いにはついて行けない)

 

 ゾーマを倒すと、こちらとアレフガルドを繋ぐ穴が塞がり、こちらの世界には戻れなくなる。それでは、神竜に挑むことは不可能だ。

 

(原作のようにラスボスを倒したら、最後にセーブした場所から再開出来るというなら話は別だけど……)

 

 保証もないのに危ない橋は渡れない。

 

「俺が、こっちに残らなければ……最悪、シャルロット達は何の救いもないまま終わっちゃうんだ」

 

 オルテガの蘇生も叶わず、異郷のアレフガルドから生まれ故郷に戻ることも叶わず、シャルロットのお袋さんや祖父にしたってシャルロットとオルテガを失ったも同然。

 

(叶えられる願いは最大で三つ。原作では選択式だったけれど、この世界なら自分の願いを直接言える)

 

 オルテガだけでなく元バニーさんの父親やアークマージのおばちゃんの旦那さんだって勇者一行の肉親で他者に殺されたものと一括りで蘇生を願えば生き返らせて貰えると思う。

 

(纏めてしまえばそれで一つの願いだもんな……けど)

 

 叶えられる願いはあと二つ。

 

(竜の女王……確かに俺は選択を強いられたと思う)

 

 一つだけ自分を救う手段があったと言われた時、どの手段が有効であったかはすぐに解った。一番現実性が高かったからだ、同時に天秤にかけるものが一番重いものでもあった。

 

「この場合、『ごめんなさい』と『ありがとう』のどっちを言えばいいんだろう」

 

 ポツリと零しつつ進む俺はアリアハンの入り口をくぐり。

 

「っ」

 

 あり得ない人の姿を視界に捕らえて、立ちつくす。

 

(シャル……ロット?)

 

 まだ宴は続いているはず。その主役が、こんな所にいて良いはずがないのに。

 

(くっ)

 

 誰を待っているか一目瞭然な、女勇者に俺はただ歯を食いしばり、すれ違い態に道具袋へひかりのたまと短い手紙を押し込んで脇を通り過ぎる。

 

(ごめんっ、シャルロット。けど)

 

 ただいまを言ってしまえば、もう一度お別れをしなきゃいけなくなる。

 

(俺、必ず神竜を倒すから。願いを叶えて貰って、ハッピーエンドにしてみせるから)

 

 今は、逃げ出すことを許して欲しい。

 

(ごめん、シャルロット……本当に……ごめん)

 

 メインストリートを映していた視界が、滲んで歪む。

 

(そろそろ、レムオルの効果が切れる……横道に逸れないと)

 

 出来るなら、そのままアリアハンの外に出てしまえればいい。未練を断ち切れるよう。

 

「っ」

 

 だが、勇者一行は何処までも俺に優しくなかった。

 

(元バニーさ……ミリーまで)

 

 アリアハンのもう一方の入り口でポツンと佇む女賢者の後ろ姿には見覚えがあった。

 

(ちくしょうっ)

 

 溢れ出てくる涙を隠すように顔を押さえ、俺は呪文を唱える。入り口が封鎖されているなら出口は上にしかない。

 

「ルー」

 

「マイ・ロードぉ!」

 

 涙声で完成させかけた呪文、最後の一音を発す直前に感じたのは、背中への衝撃。

 

「ラぁっ」

 

 出かかっていた言葉は止められず、柔らかな何かにしがみつかれたまま俺の身体は空に浮かび上がる。

 

「……トロワ」

 

 まもの って、ほんとう に くうき を よまない。新たな門出を台無しにされた怒りで涙が引っ込んだのは、幸か不幸か。

 

「はい、マイ・ロード。私はこぎっ、ちょ、マイロード空中でのプレイは斬新すぎあっ、い、痛い、や、やめ」

 

「時と場所を考えて発情しろぉぉっ!」

 

 心からの叫びは地上のみんなに聞こえていないと思いたい。

 




バラモスゾンビ「解……セヌ」

うむむ、プロット的な何かではアランの元オッサンに見つかってボロボロ泣きつつ一部ネタばらししてから離脱する予定だったんですが、トロワの登場で結末が歪んでしまいました。

おのれ、マザコン娘め。

ともあれ、これにて勇者シャルロットとそのお師匠様のお話はお終いとなります。

ふぅ、何とか主人公は逃亡出来ましたね、これでタイトル詐欺と言われる生活ともきっとおさらばです。

あ、ひょっとしたらこの後、「シャルロットがアレフガルドを冒険するお話」か「主人公が神竜に挑むお話」を書くかも知れませぬ。

流石にここで完全終了では「そりゃねーぜ」ってなると思いますので。

ともあれ、長々とお付き合い頂いた読者の皆様には感謝を。

ご愛読ありがとうございました~。




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EX「そらのうえで」

「……まったく、お前という奴は」

 

 新たな旅立ちが変態マザコン娘と一緒になったのには微妙な悪意を感じるが、流石にここで放り出す訳にもいかない。

 

「ところでマイ・ロード、他の方の姿がありませんがよろしいのですか?」

 

「よろしいも何も、説明する暇さえなかっただろうが、さっきは。……まあいい、目的地に――バハラタに着くまでは些少の余裕があるからな」

 

 今の内に説明しておくのもいいだろう。

 

「この旅の目的はゾーマ討伐とは別のもの、必然的にゾーマを倒しに行く勇者のシャルロット達とは別行動になる。そして、アンもあちらについて行くだろうからな、こっちについてきたからには別行動だ」

 

「え゛」

 

 俺の説明に早速固まる辺り、やはり先程は何も考えず抱きついたと言うことか。

 

「ままんと……はなればなれ? べつ、べつ? 」

 

 ブツブツ呟きつつ虚空を見つめる瞳は完全に焦点が合っていないが、あの異常なマザコンッぷりを見ればこの反応も無理はない。

 

「そもそもアンはお前や息子をシャルロットとゾーマの戦いで失わぬようにこちらについたのだからな。ゾーマ討伐で息子がシャルロットと戦うことを避けるつもりならあちらに同行するのは仕方あるまい?」

 

 俺としてはトロワがあっちに行ってくれてもいっこうに構わなかったのだが、側に侍るという誓いを守るためか、ただ子供が欲しくて何も考えていなかったのか、抱きついてきた結果が現状である。

 

「バハラタには少なくとも連絡要員ぐらいは残っているはず。そこでまず、クシナタ隊と合流して、隊を二手に分ける」

 

 もう変態マザコン娘には聞こえちゃ居ないだろうが、俺は説明を続けた。

 

「片方はシャルロットのゾーマ討伐に協力する為の隊。ゾーマが取り巻きを引き連れて本気で勝負してくるようならこちらも数で相手をせねばならん。2~3パーティで同時に戦えばそれでもおそらくは勝てると見た」

 

 複数グループを全て一つの集団と見なしてしまえば、補助呪文の要員を減らすことが出来る。スクルトやフバーハと言った補助に手を割く人間が四人中三人では厳しいが、八人中の三人ならば充分攻撃に回せる人員が出てくるし、十二人中九人が攻撃に回れるなら、左右に前座のメンバーを引き連れたゾーマとの戦いだって充分勝負になると思う。

 

「そして、ゾーマとの戦いで単身強敵に挑むというのが軽率だったことを俺も学んだ。失敗してようやく気づくとは我ながら度し難くはあるがな。故に、残りの隊のメンバーとお前で神竜に会いに行くためのパーティーを編成する」

 

 もっとも、そのままでは足手まといになる面々も居るであろうから、レベリングは必須だ。

 

「まぁ、修行の前にダーマに寄ることになると思うがな」

 

 ガチで神竜に挑むつもりなら相応の準備が必要になる。出来れば全員が補助呪文と回復呪文の使えるメンバーであることが好ましい。

 

(遊び人から賢者にした上でそのままか、もしくは盗賊が鉄板だよな)

 

 問題はこの鉄板に一番近いクシナタ隊のメンバーが俺の天敵であるという点だ。

 

(スミレさんは……うわぁ、迷う。シャルロットに同行して貰うと変なこと吹き込みそうだし、こっちに着て貰うとトロワと嫌な化学変化起こしそうだし)

 

 いきなり編成問題で壁にぶち当たった気がする。

 

(カナメさんはエピちゃんがもれなくついてくるだろうから、勿体ないけど控え……かなぁ。エピちゃんが最終決戦で生き残れる程に強くなれるなら話は別なんだけど)

 

 ちなみに、クシナタさんはゾーマとの対決側だ。勇者になっちゃってるのにゾーマと戦わないのはアレだし、ゾーマと取り巻きを一緒に相手にすることになるなら、敵全体を攻撃可能な範囲攻撃の上威力も凶悪な勇者専用魔法の使い手が多いのに越したことはない。

 

(ただし、サイモンは駄目だろうなあ。色々やること残ってるみたいだし)

 

 ついでに言うなら、レベルも足りないと思う。もし、同行して貰うなら、イシス名物はぐれメタル風呂フルコースは必須だ。

 

(うん、トロワにも必須のコースだろうけれど、トロワだし、良いよね?)

 

 流石に女性へあんな変態的修行法を強制するのは外道だが、元々変態だし、許されると思う。

 

「ふむ、あとは装備面か。シャルロットに同行するメンバーに装備を調達、時々こっちへ戻ってきて貰うよう依頼しておけばある程度は何とかなるな」

 

 防御力だけなら元バニーさんのおじさまが開発した「きわどい神秘のビキニ」があるが、あれを変態娘に装備させるのは危険すぎる。

 

(確か、マイラの村のすごろく場のよろずやでドラゴンローブってブレスに耐性のあるローブが買えたはず)

 

 資金面は交易網作成の報酬があるから問題はない。

 

(ああ、それならシャルロット達が出発した後、アリアハンに戻らないとな。借りを返し忘れたメダルマニアのオッサンがいたし)

 

 迷惑料としてすごろく遊び放題のアレを要求しても問題はあるまい。

 

(とりあえず、やるべき事はそんなところかな。強いて言うなら、あとは最後の鍵の回収ぐらい)

 

 もう解錠呪文のアバカムが使える人間が三人居るシャルロット一行には必要ないとは思うけれど、回収したら防具を持ってきてくれたシャルロット同行組のクシナタ隊に渡してもいい。

 

(……そう言えば、鍵が必要だって言ってたオッサン、クシナタ隊の魔法使いと会えたかなぁ? そっちも一応追跡しておくか)

 

 戦力揃えて神竜と対決するだけで良いかと思ったら、意外とやることは多いなぁと俺は呟くが。

 

「ままん……ふふ、うふふふふ……」

 

 目の死んだ同行者は、まだ戻ってくる気配がない。

 

「まぁ、コレは追々どうにかするとして……まずは着地か。あ、ひょっとしたら着地の衝撃で我に返るかな? いや、腰でも打って歩けなくなったらこの発情型変態娘を背負わにゃならんくなるし……うーむ」

 

 最初にしなければならないこと着地について考える事になるのは、悲しいと言うか情けないものの、着地失敗のめんどくささは骨身に染みている。

 

「どうか着地を失敗した上クシナタ隊の連絡要員に目撃されるなんてオチが待っていませんように」

 

 空の上で、俺は祈りを捧げる。

 

「あっ、これってフラグ何じゃ……」

 

 とか縁起でもないことを後になって気づいたが、もう遅すぎた。

 

「ままん、ままぁん」

 

「うわ、ちょ、抱きつくな! 俺はお前の母親じゃ、正気に戻、って、やば、もう着」

 

 せかい は なんで こんなに あくい に みちて いるんだろう。あと、うった こし が いたかった です。

 




ほぼ毎日更新がこれで終わりだとでも思っていたのか?

さて、どうなるでしょうね?

とりあえず、最終話のちょっとした補完のお話をお送りしました。

こうして主人公の苦難は続くのであった。

と、そんな感じで今回は締めくくってみるのです。


とーびーーこんてにゅー?



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EX2・番外編「空を見て(???視点)」

「……姉上」

 

 気づけば空を仰いで呟いている俺が居た。

 

「なんだ、カトル? また空を見ていたのか?」

 

「……ああ。母上が行方不明になり、姉上があちらに赴いてもう一週間がたつ。頼りがないのは元気な証拠というのは人間どもの諺か何かだったか」

 

 俺としては姉上と母上の無事を信じたい。

 

「だが、あちらを任されているのは、あのバラモスだ。部下を使い潰す無能であると噂に聞いたことがある。そんな奴の下に姉上がつくのは反た」

 

「そのくらいにしておけ。聞いているのが私だから良いが、他の者に聞かれたらお前の立場が危うくなるぞ?」

 

「っ、そうだな。済まなかった。しかし、姉上も母上があちらに行かれてから随分変わってしまわれた」

 

「……随分と言うレベルを超越してると思うが、そこは私も同感だ。知的美人として憧れていた同僚は私だけではなかったのだがなぁ」

 

 そう、何処か死に場所を探すような母上に気を遣い、弱い人間共しかいないあちら側への赴任を進めたのは俺達だが、姉上は無理をしていらしたのだろう。暫くは何ともなかった、だが、半年もたったある日。

 

「姉上?」

 

「か、カトル?! いや、これは、その、だな?」

 

 母上の部屋からした物音を聞きつけ、残していった下着を手に奇行へ走った姉上を見たあの日がターニングポイントだった。

 

「姉上は、両親を慕われていた。父が人間共との戦いで帰らぬ人となり受けた衝撃は姉上を俺の知らぬ所で蝕んでいたのだ」

 

 母上の為を思えばこそと比較的安全なあちらへ送ったことが、敬愛する両親のどちらも側にいないという状況を作りだし、結果として姉上を壊してしまった。

 

「ただ母上に認められるため、押し込めていた何もかもが決壊してしまった反動なのだろう。気づくことの出来なかった俺にも責任はある」

 

 母上行方不明の一報を聞き、姉上が完全に壊れてしまったあの日、この城ではあちこちから悲鳴が上がった。「お姉様が、トロワお姉様が」

 

 と泣き叫ぶ幼なじみの声。何もかも受け入れられず死んだ目をして立ちつくす友人。今まで完璧超人めいたところがあったからこそ、男女問わずあこがれの人であった姉上は、ただの一日で大多数の男女の心を殺した。

 

「マザコン最高、寧ろいい」

 

 とか親指を立てた奴はとりあえず蹴り倒して動かなくなるまで踏んでおいたが、そんなことをしても姉上が元に戻ることはなく。

 

「俺は止めた方が良かったのだろうか、姉上を?」

 

 自分への問いは、意図せず口から零れた。

 

「あちらの人間共は弱いと聞くが、それでも母上が行方不明になられるような事態が起きた。ならば、姉上の身に何も起きないとどうして言えようか」

 

 姉上は変わってしまわれたが、それでも実力や知恵が衰えた訳ではない。地上の人間に後れを取るとは思えなかったが、口に出してみると漠然とした不安を感じてしまう。

 

「姉君を案じるのも不安に駆られるのもわからんでもないがな、カトル」

 

 そんな不安が伝わったと言う訳ではないのだろう、隣にいた友人が口を開いたのは。

 

「私が知る限りでは君の姉君は私よりも優秀だ。伝聞から道具を再現してしまうような才能もある。だいたい地方に派遣された母君とは違い、バラモスさま付きの軍師待遇での赴任なのだろう? ならば、あちらに築かれた拠点が攻め込まれるような一大事でも起きねば、危惧するようなこ」

 

「そうではない、そうではないんだロゼ。俺が危惧するのは、姉上があちらの城を抜け出し母上を探しに出る可能性と、そうなった場合母上を行方不明に陥らせた原因が姉上に牙を剥くのではないかということだ」

 

「っ、それは」

 

「母上にあそこまで傾倒されている姉上が、あちらに行ってずっと城勤めを続けて何もしないとは考えにくい。だいたい、母上を捜す以外の理由で姉上があちらに行く理由がない」

 

 少しでも母上の近くにいたいという心理が働いたと言う可能性も皆無で無いように思えるが、それで気が済む姉上であれば、奇行に走るようなことは無かった筈だ。

 

「残念ながら今の俺にはあちらへの赴任を即座に認めて貰える程の才能も功績もない。だが、諦めるつもりもない。今は手が届かなくとも、いずれはバラモスさえ越えてみせる。無謀と笑うか?」

 

「……いや、君はこういう謂われ方を嫌うかも知れないが……君はあの姉君の弟だ。確証も無しにそんな大言壮語を吐くとは思わない」

 

「姉上の弟……か」

 

「気に触ったなら」

 

「いや、いい。今の俺は確かに姉上の弟でしかない。だが……」

 

 ロゼの言葉に苦笑した俺はちらりとローブから覗く自分のつま先を見た。反り返った黄金色の靴の先端に同じ色の球体がついたそれは人間達の言うところの道化師のものに似ている。

 

「一歩一歩、着実に歩んでいく。そして、必ず……」

 

 例え今はまだ及ばずとも、俺には姉上が作ってくれたこの靴がある。あの素早く硬い臆病者達の隠し持つ靴を再現したというこの靴が。

 

「そうか、なら私もうかうかしてられんな。もっとも、君に部下として仕えるというのも案外悪くは無いと思うが」

 

「冗談はよせ。お前を部下にしたら姉上や母上が何と言うと思っている?」

 

 茶目っ気を見せる友人に嘆息しつつ問うが、答えは分かり切っていた。ロゼとは家族ぐるみで付き合いの長い友人なのだから。

 

「『そのまま結婚したら』とか、その辺りだろう? 私は構わないぞ?」

 

「馬鹿を言うな。いや、母上なら言いかねない気もするが……そうじゃない」

 

 そう、問題はそこにない。

 

「ん? ああ、そうだな。まずは式場の予約だな」

 

「違う! ……ロゼ、解っていて言っているな?」

 

 たわいのないこの手のじゃれ合いもいつも通り。いや、友人は俺の気を紛らわせようと気を遣ってくれているのかも知れない。

 

(友人を心配させるなんて、俺もまだまだか)

 

 そもそも、弟の俺が姉上を信じなくてどうするというのだ。姉上なら大丈夫だ、姉上はきっと――。

 

 




本編で出ずじまいだったアンの息子さんは、こうしてアレフガルドで同僚さんと元気に過ごしてる模様。

そんな訳で、トロワの方も変態的なマザコンを発症するまではまともな人だったという裏設定もようやく公開出来ました。



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EX3・番外編「変態の夜(???視点)」

(しかし、本当に何があるか解らないものだな)

 

 縛られたまま、ベッドに転がりつつ私は胸中で呟く。アレフガルドにいた頃は、こんなことになるなんて思いもしなかった。

 

(いや、そもそも将来起こりうることを予め知りうる者の方が希なのだろうが)

 

 そう言えば、ゾーマ様には未来を予見する力があると言う噂が一時期あったが、あれは本当なのだろうか。

 

(だとすれば、私がこうしてマイ・ロードのお側に居ることも、既に見通していたと……)

 

 そこが解らない。こちらの世界に赴任する許可を出されたのは、かつての主だったゾーマ様だが、未来を予見出来るなら、私が離反する事さえ知っておられたはず。

 

(何もかもがまだあの方の掌の上と言うことか、それとも……)

 

 バハラタにつくなりマイ・ロードのお話しになったことには驚きの連続だった。

 

(まさか、人間の身でゾーマ様とやり合えるだなんて……)

 

 単身で宣戦布告に来られたゾーマ様と戦い、圧倒。私の作ったあの袋に忍ばせたバラモスの骸から作り出したゾンビを加えての二対一になったことで勝機は消え、ゾーマ様が引き分けと仰って引かれたことで決着はつかずに終わったとの事だが、私の胸中は複雑でもある。主を単身で戦わせてしまった後悔とそして安堵。

 

(もし、その場にいたなら私は迷った筈)

 

 ゾーマ様はかつての主であり、その力の強大さも知っているが、マイ・ロードについたとしたら、ゾーマ様の元にいる弟の身が危うくなる。

 

(とは言え、マイ・ロードを裏切ることもあり得ない)

 

 ママンの命の恩人であるし、私自身マイ・ロードには恩がある。

 

(ゾーマ様とマイ・ロードの一戦でその恩も一つ増えてしまった)

 

 マイ・ロードは足手まといだからと仰ったが、おそらく私が葛藤することを見越して敢えて一人で赴かれたのだろう。そんな気遣いをさせてしまったことが、僕としては口惜しく、同時に嬉しくもある。

 

(少々マニアックなプレイのお好きな方ではあるが)

 

 こうして毎夜毎夜縛られるのも、最近は悪くないように感じ始めた。

 

(最初は縛ってからあれやこれやされるのかと思ったものの、そうでもないのだからな)

 

 おそらく、私を試しておられるのだろう。縛られれば、当然こちらは無防備になる。無防備な自分を曝せるほどの信頼を見せ続けてマイ・ロードの信を得た時、ようやく次のステップに進めるのだ。

 

(マイ・ロードの信用と寵愛、そしてゆくゆくは)

 

 ああ、その日が待ち遠しい。

 

「ん゛んぅーう」

 

 主を呼ぼうにも猿ぐつわをかまされたままではくぐもった声が漏れるだけ。

 

(いや、聞こえたとしても「トイレか?」と言われるだけかもしれないが)

 

 少し聞きかじっただけだが、マイ・ロードが信を試されたのは私だけでは無かったらしく、私より以前に信を試され粗相をしてしまった者がいたらしい。そのせいか、せっぱ詰まった時は呼べばすぐに察して貰えるのだが。

 

(隠語にされた先達に感謝せねばな)

 

 心の中でありがとうエピちゃんと私は礼を言う。

 

(しかし、先達と言えばあの人間達……シャルロットとミリーと言ったか)

 

 マイ・ロードの側に侍りやりとりを拝見していればすぐ気づく、マイ・ロードが私より同族の女達を重く扱っていた。同族の上、古参。当然と言えば当然でもある。

 

(マイ・ロードとの間にも信頼関係が築かれていたようだし)

 

 だからこそ、バラモスを倒し約束を果たしたので別れたのだとマイ・ロードが仰った時、驚きを禁じ得なくもあったのだが。

 

(約束という繋がりだけで互いにああも想い合うとは、思えない)

 

 人間だから私とは違うと言うことなのかもしれないが、種族の違いで割り切るには不可解が過ぎた。

 

(あれど、私は僕。詮索すべきではなかろう)

 

 主の寵愛を選るには、側に同性が居ない方が都合が良いというのもあるが、立ち入ってはいけないようなものがあるとも思えるのだ。

 

(マイ・ロードがお怒りになると、痛いしな)

 

 アリアハンを飛び立った後、頭を握り潰さんがばかりに掴まれた記憶は、まだ新しい。

 

(だが、初めて私を叱って下さった方でもある……)

 

 思えば産まれて物心が付いた頃には両親から褒められたくてひたすら品性方向に振る舞っていたが、だからか誰かに怒られたり叱られたという記憶が私には殆ど無い。

 

(だから、新鮮だったな。まぁ、痛いモノは痛いのだが)

 

 我ながら歪んでいるとは思う。その新鮮さを味わいたくてわざとアホなふりをしたり、主をからかったりすると言うのは。

 

(何だかんだで人の良い方であられるからな、マイ・ロードは) 

 

 私がふざけて叱って頂けるのも、主人の性格のお陰である。ただ、あれほどのお力を持ちつつ、男性としての自己評価が驚く程低いところが若干気にかかるが。

 

(だからこそ、身体が目当てだというあけすけもない直球ならば効果的の様ではある。ものの……)

 

 あの主と別れた人間の娘達が気にかかる。

 

(マイ・ロードはあの二人のことをどう思っておいでなのだろう……いかんな、結局こうなるか)

 

 詮索は越権だと思いつつもやはり気にしてしまう自分が居て、縛られたまま苦笑しつつ私は寝返りをうった。

 




弟だったので今度は姉のターン。

変態と見せかけて叱られたい誘い受けな変態さんだったというお話。

さて、お気づきでない方もいらっしゃるかも知れませんが、新作始まりました。

いや、このお話の続編にもあたるんですけどね。

タイトルは「強くて挑戦者」、主人公が神竜に挑むお話(になる予定です)。





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ばんがいへん・すぺしゃる「(???視点)」

ご注意:このお話は続編の『強くて挑戦者』に掲載されるものと全く同じものになります。ご注意下さい。


「今日も良い天気にゃ」

 

 目覚めて窓の外を見れば、地平線からお日様が顔を出してたにゃ。雨の日は気持ちもどんよりしちゃうから、リシアとしてはお天気は大歓迎にゃ。

 

「今日は良いこと有るといいにゃあ」

 

 ご飯がちょっと豪華だったり、ルイーダさんがお酒を飲ませてくれたり。

 

「リシア、もう起きてる?」

 

「あ……はいにゃ! 起きてるにゃよー?」

 

 階下から聞こえたルイーダさんの声にリシアは返事をすると、急いで服を着替え始めたにゃ。

 

「おっしごと、おっしごと♪」

 

 ここ、アリアハンにとんでもない大ニュースが飛び込んできたのは、それなりに前のこと。この酒場に住み込みで働いていた同じ遊び人のミリーという先輩が、勇者様と共にバラモスを倒すため旅立ったそうにゃ。

 

(それだけでも驚きだったのに、そのミリー先輩が賢者になっちゃうなんて)

 

 続報が届いた時はみんなビックリしたにゃ。

 

「経験を積んだ遊び人は賢者になれる」

 

 それを知ったお客さん達は今まで使えないなんて馬鹿にしてたのが掌を返したようにリシア達遊び人に声をかけるようになって、職業訓練所に足を運ぶ人の中にも最初から遊び人になりたいという人が増えた。

 

(まぁ、それは一過性のものだったけどにゃ)

 

 遊び人を極めるのがどれ程苦難の道なのかは、リシア達遊び人が一番良くしってるにゃ。

 

(それでもみんなと冒険したくて誘われてついていった子の気持ちも……リシアはわかる)

 

 だから、誘われて冒険に出た子達が賢者になって戻ってきたらリシアも嬉しいにゃ。

 

(中には賢者目当てじゃない人も居たけどにゃ)

 

 女の子みたいに可愛い顔をした盗賊の男の子と、恥ずかしがり屋の遊び人の女の子。

 

「では、よろしくお願いしますね?」

 

「うん、よろしくね?」

 

 ルイーダさんに引き合わされて丁寧な口調の盗賊さんに恥ずかしげにはにかんで答えた遊び人さん。

 

(何とも初々しかったにゃぁ。元気でやってるといいけどにゃ)

 

 出会いと別れの酒場と言うだけあって、ルイーダさんのお店はいろんな出会いと別れに満ちあふれてるにゃ。

 

(リシアもいつか……あ、けどここのまかないけっこう美味しいからにゃあ)

 

 ミリー先輩が住み込みで働いていたのは借金があったからって聞いてるにゃ。一緒に働いてる友達は第二のミリー先輩になりたいかららしいにゃ。

 

(人それぞれ、皆違うにゃね)

 

 リシアは美味しいご飯のため。これで美味しいお酒まで飲めたら言うことはないにゃ。

 

(まぁ、前に飲み過ぎて失敗したのはリシアだから今お酒飲めないのは仕方ないのにゃ)

 

 過ぎたことは反省して次に活かす、殊勝な態度で居ればきっとルイーダさんもいつか許してくれるにゃ。

 

「にゃふん、その為にも……今日もお仕事頑張るにゃ!」

 

 気合いを入れて、まずするのは――。

 

「うへへ、駄目ですよぉ、ヒャッキ様ぁ。リシアが見てるのに、そんな……ああっ、んっ」

 

「この、寝ぼけて人に見せられない顔になってる人を起こすことにゃね」

 

 ぶっちゃけ、人を夢の中へ勝手に出演させないで欲しいにゃぁ。

 

「ほら、起きるにゃよ?」

 

「あ、ああっ、そんな激し、んあっ」

 

 けっこう激しく揺さぶってるのにねぼすけさんの顔はだらしなくなる一方。

 

「うにゅう、筋金入りだにゃぁ」

 

 幸せな夢を見るのがいけないとはいわにゃいけど、このままだとリシアまでルイーダさんに怒られちゃうにゃ。

 

「……仕方ないにゃあ」

 

 これだけはしたくなかったけど、怒られるのは嫌にゃ。

 

「んぶっ」

 

 人は口と鼻を塞げば呼吸が出来ない、当然の理なのにゃ。

 

「ん、んぐーっ、ん、ん゛っ」

 

 あとは起きたところで鼻を摘んだ手と口を塞いだ手をどけるだけ。

 

「ぷはっ」

 

「おはようにゃ。リシア、ルイーダさんに呼ばれたからそろそろ起きないと拙いにゃよ?」

 

 そして、言うことだけ言ったら退散が正解にゃ。

 

「リシアは先に行ってお仕事始めてるにゃ」

 

 お掃除にお使い、お料理の仕込みのお手伝い、朝だからってやらなきゃいけないことは多いのにゃ。部屋を出

 

て、階段を下り、あちら側からは解らない隠し扉を開けてくぐると、ルイーダさんはもうカウンターに立っていたのにゃ。

 

(リシアを越えた早起きさんにゃけど、夜は遅くまで起きてるみたいだし、いったいいつ寝てるのにゃ?)

 

 誰に聞いても解らないこの酒場の永遠の謎にゃね、それはさておき。

 

「ルイーダさん、おはようございますにゃ」

 

「おはよう。早速だけど、そこで酔いつぶれてるお客さんを運ぶの手伝って貰えるかしら?」

 

「はいにゃ」

 

 ルイーダさんに言われて、リシアはテーブルに突っ伏した武闘家さんの身体を起こしたにゃ。

 

「これでいいにゃ?」

 

「ええ、それから左側の肩を頼める? こっちは右から支えるから」

 

「わかりましたにゃ」

 

 ルイーダさんとの二人がかりになったのは、武闘家さんが男の人で大きかったからにゃけど。

 

「……泣いてるにゃ?」

 

「ええ、この人ヒャッキって言うんだけど、ちょっと色々あったのよ。酒場で飲んでる分にはお客さんだから、プライベートなことはあなたにも話せないけど」

 

「ふーにゅ」

 

 しかし、この人がヒャッキさんだとしたら同室のあの子、それこそ寝てる場合じゃなかったと思うんにゃけど。

 

「ええと、そうね……とりあえずはここでいいわ。それじゃ、戻りましょ」

 

「はいにゃ」

 

 ヒャッキさんを商談用の個室に置くと、リシアはルイーダさんの後に続くにゃ。

 

「そうそう、戻ったらテーブルの上を拭いて貰えるかしら?」

 

 そして、お願いされる新しいお仕事。

 

「わかりましたにゃ」

 

 全ては美味しいご飯のため、リシアの一日はまだ始まったばかりなのにゃ。

 

 




と言う訳で、この世界における主人公の身体の持ち主の恋人さん視点のお話でした。

元バニーさんの活躍で遊び人の地位が向上し、増えた遊び人や以前からの遊び人が、元バニーさんの抜けた穴を埋めてるんですよと言う裏話。

アリアハンの今としてシャルロットがどんな具合かとか、メダルおじさんってまだ井戸ごと主人公に爆破されていないのかとかも描写しようかと思いましたが、流石にそこまで書ききれなかったようです。





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