それぞれの未来へ (響恭也)
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スペシャルウィークの実家へ行くことになった話

先日書いた短編の加筆版です。
2話以降は書き下ろしていきます。


「トレーナーさん! 私と、北海道旅行しませんか!?」

 トレーナー室を訪ねてきたスぺが唐突にそんなことを言いだした。何のことはない、帰省についてきてほしい、それだけのことらしい。

 

「あはは……突然すみません。けどずっと思ってたんです。お母ちゃんにトレーナーさんのことを紹介したいって」

「あ、ああ。大事な娘さんをお預かりしている以上、電話でご挨拶はしてあるぞ?」

「え、ええ。それは知ってます。私が電話でいろいろ話しているうちに、お母ちゃんもお会いしてみたいって。実は電車賃ももらってるんです」

 

 URAファイナルズを優勝したスぺには相応の賞金が入っている。それこそサラリーマンが一生かけて稼ぐような額だ。

 そしてトレーナーたる俺にもその一部が還元されている。だから北海道への旅行と言っても懐に響くような話ではない。

 まあお金の話ではなく、礼儀としての話だろう。

 

「ああ、いいぞ。俺の愛バのたっての頼みだ。それに普段頼みごとをしてこないスぺが言ってきたんだ。かなえるのはもうトレーナーとしての義務だろ」

「わああああ! ありがとうございます!」

 スぺはレースに勝ったときのような満面の笑みを見せる。俺が何としてもレースに勝たせたいと思った、俺の大好きなひまわりのような笑顔だ。

 

「え、えと……、恥ずかしいです。そんな……」

「うぇ!?」

「大好きとか……うれしいですけど」

「あ、ああ。すまん。思ったことを口に出す癖は直さんとなあ……」

「い、いえ、いいんです。私もトレーナーさんのこと、大好きですよ」

「あ、ああ。ありがとうな。スぺ」

 この時俺は勘違いをしてしまったことを悔やむことになる。「大好き」と言う言葉のニュアンスの違いに。

 

 それから数日後。有給の申請は滞りなく通り、俺はスぺと二人で電車に揺られていた。

 

「お母ちゃんに会ってもらいたかったんです。私が日本一になれたのは、トレーナーさんのおかげだって」

「いや、スぺが頑張ったからだぞ?」

「それでもです! 私が頑張るのは当たり前のことです! トレーナーさんが私を導いてくれなかったら……」

「まあ、そうかもな。俺たち二人の成果ってことだ」

「そうなんです! ええ、食べ過ぎようとする私を止めてくださって本当に……ありがとう? ございました??」

 なんだかハイライトの消えた目つきで呟くスぺ。

「お、おう。ありがとう?」

 

 などと会話しているうちにとある駅に止まり、意気揚々と電車を降りるスぺ。

 

「あれ? あれれれれれ!?」

「お前、まさか……?」

「うぇ!? トレーナーさん、ここどこなんでしょう?」

「おいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 そこで唐突にスぺの電話が鳴りだした。セイウンスカイと表示されている。

「やっほー、そろそろ絶賛迷子中ですかあ?」

「ふええええええええええええ!?」

 スピーカーモードにしている背後からは、セイウンスカイののんびりとした声が聞こえてくる。背後からはキングヘイローのあきれたような声と、笑みを含んだエルコンドルパサーのセリフも聞こえてきた。

「今最短ルートを調べているから、落ち着いて行動してね、スぺちゃん」

 グラスワンダーの一言にグるんぐるんとスぺのパニックを表現していたような尻尾の動きが止まる。

 結局、彼女たちのサポートもあって、搭乗時刻ギリギリではあったが空港にたどり着けた。

 

「ごめんなさいいいいいい」

 ぺしょんと耳をたれさせてしょげるスぺの頭をポンポンと撫でてやる。

「間に合ったからオッケーだ。さあ、行こうか」

「はい! みんなにはお土産をたくさん買って行かないとですね!」

「ああ、そうだな」

「それにお母ちゃんに報告しないと。たくさんのお友達もできたよって」

「うんうん」

「みんなと競い合えたから、私強くなれたよって」

 けなげなことを言うスぺが可愛くて、頭を撫でつつ耳にも指先を滑らせる。

「ひゃんっ!」

「あ、すまん。くすぐったかったか?」

「も、もう。ウマ娘の耳は敏感なんですよ?」

「うん、ごめんな。今後気を付ける」

「そうですね。次からは気を付けてくださいね? あと私以外にしちゃだめですよ?」

 フンスと鼻息荒く告げるスぺの顔は、ちょっと赤くなっていた。

 

「ええええええ……」

「どうした?」

「機内食って楽しみにしてたんですけど、ないって」

「あれは国際線とかの長時間かけて移動するやつだけだなあ」

「…‥トレーナーさん。海外遠征とかどうですかね?」

「おい、まさかとは思うが」

「エルちゃんに聞いてたんですよ。飛行機の機内食がすっごく美味しかったって」

「あ、ああ」

 食い意地が張っているとは思っていたが、まさかそれだけで海外遠征を言い出すとは……。

「あ、でもこんなふうに二人で旅行も良いですね。新婚旅行とか憧れます」

「ああ、そうだな」

 いずれスぺにも良い相手が現れて結婚することになるんだろう。……だが生半可な相手は俺が許さん! ああ、これが娘を嫁に出す父親の気持ちなんだろうか?

 などと悶々としていると、スぺはこてんと俺の肩を枕にすやすやと寝息を立てていた。

「うにゅう……お魚の方でおかわりお願いします!」

 夢の中で機内食をおかわりするスぺに「かわいいやつめ」とつぶやいた。耳がピコンと動いてスぺの顔がにっこりと笑みを形作る。

 ひじ掛けに置いていた腕にスぺが抱き着いてきて、ふにょんとした感触に俺は別の意味で悶々とする羽目になるのだった。

 

「はあああああ……ふるさとの匂いですねえ」

 スぺの実家の最寄り駅に降り立った。

 深呼吸するスぺに倣って俺も大きく息を吸い込む。大自然の香りがした……様な気がした。どちらかと言えば隣にぴったりくっついているスぺの方から何やらいい匂いがして、再び悶々とする。

 

「あ、お母ちゃんだ! お迎えに来てくれたの!」

 普段は軽トラらしいが、二人乗りなので近所の人に別の車を借りてきたのか? ってかあれマイクロバスだよな。

 わらわらと人が降りてきて、そのまま横断幕を広げた。そこには……。

「お帰りなさい! 日本総大将スペシャルウィーク!」

「婚約おめでとう、スぺちゃん!」

 

「わああああああ! 皆さん、ありがとうございます!」

「は、え、ちょ!?」

 1枚目は良い。地元のヒーローが帰ってきたということで。だが2枚目、ありゃなんだ!?

「スぺ……婚約って?」

「え? だって実家に挨拶ってそういうことですよね?」

「い、いや、大体においては違わんけども……」

「うん、セイちゃんから教わったんです。トレーナーさんのことが大好きなら捕まえちゃえって」

 にこにことそう告げてくるスぺ。だが目だけはレース前のようなぎらついた輝きを輝きを放っている。

 

「……はめられた」

「実家に挨拶と家族に紹介って言われて、即答してくれたってことはトレーナーさんもそうってことですよね? それに大好きって言ってくれたし」

「言った、言ったけどな? それは……」

「へえ、そこんとこ詳しくお聞かせ願えますかね?」

 ガシッと肩を組んできた女性。どことなく面差しがスぺに似ている。

「あ、お母ちゃん! ただいま!」

「うん、お帰りスぺ。この方がトレーナーさん?」

「うん! あのね……」

 近所の方が運転してくれることとなり、俺たちは最後列の席に座った。口々にかけられる祝福の言葉は、スぺがレースで大成したことと、二言目には結婚おめでとうの言葉で、スぺははにかみながらその祝福の言葉を受け入れる。

 俺はスぺの母にがっしりとホールドされ、反対側からはスぺが語る二人の思い出とやらを聞かされる。

 

「それでね、お母ちゃん。URAファイナルの決勝のときね、緊張で震えが止まらなくなった私をトレーナーさんがぎゅっとしてくれて……」

「うん、よかったねえ」

「レースで勝った後に二人でお祝いしようって、温泉旅行行ったの。朝まで二人でお話したあの素敵な時間は、絶対に忘れられないよ!」

 この一言に、バスの乗客全ての目線が俺にぶっ刺さった。いや、やましいことはしてませんよ? ほんとうですよ?

 だが彼らの目線はこう語っていた。「うまぴょいしたんですね?」

 

 針のむしろのような時間が過ぎて、スぺの実家に着く。ガラガラッと音を立てて引き戸が開かれると、そこにはにんまりと笑みを浮かべたセイウンスカイ、今にも高笑いを始めそうなキングヘイロー、大和なでしこグラスワンダー、そしてマンボを肩に乗せたエルコンドルパサーがいた。

 

 

「あ、トレーナーさん。この度はご結婚おめでとうございます!」

 セイウンスカイが確信犯の笑みを浮かべて口を開く。

 その背後ではエルコンドルパサーがやれやれと肩をすくめていた。

「お前、どの口でそんなことを言いやがる……」

「えー、だって、ねえ。スぺちゃんですよ? あの純朴で人を疑うことを知らない田舎娘」

「まあ、そうだな。合ってるけど表現!」

「うひひひ。まあそれは置いといて、そんな子がURAファイナルズ初代チャンピオン。もちろん賞金はがっぽがっぽです。……世の悪い男は放っておきませんよね?」

「……そういうことか」

「それだけじゃありませんよ? 私たちが何回スぺちゃんに恋の悩みと称したのろけを聞かされてきたか……メジロマックイーンが逃げ出す甘さですよ!」

「ええ……えええええ……どんだけ」

「それだけあの子を好きにさせた責任取ってあげてくださいね? ああ、あと逃げたら私たちも協力して地の果てまででも追い詰めますんで、よろしくねー」

 最後御一言に、にっこりと笑みを浮かべたグラスワンダーがうなずいた。

 

 会話を聞いていたスぺが俺の腕にしがみついてきた。

「えっと……これからも、ずっと私と歩いて行って……くれますか?」

 いまさらだろう。ここまで外堀埋めといてなにを、とも思ったが不安げな眼差しで耳と尻尾がせわしなく動き回るスぺ。

 ああ、もういいや。俺はすべてのタガを解き放った。

「スぺ。いや、スペシャルウィーク」

「は、ひゃいっ!」

「俺は君が好きだ。愛してる」

「……はい」

 バッグの中から箱を引っ張り出した。スぺが学園を卒業したらの予定だったが、ま、いいだろ。

「これを受け取ってくれ。ずっと一緒に歩いて行こう」

 パカッと箱を開いて指輪を差し出す、

「はい、嬉しいです。ふえええええええん」

 胸に飛び込んできたスぺを抱きとめる。周囲から拍手が聞こえてきた。

 ご近所の皆さんが俺たちに熱い視線を注いでいる。

 

「あらららー、お熱いことで」

 セイウンスカイが混ぜっ返すと、スぺが俺の胸にぐりぐりとおでこを押し付けてくる。我に返って恥ずかしくなったようだ。

 

「あー、そうだ。セイウンスカイにお礼をしないとなあ」

「えー、あたしは友達のために一肌脱いだだけなんでー……」

「いやいや、なかなかできることじゃないぞ。だからな、遠慮はいらんよ」

 俺の笑みに何かを感じ取ったのか、セイウンスカイがジリっと後ずさる。

「あー、じゃあそれはスぺちゃんへのご祝儀ってことで?」

「なに、そういったのは後でいいさ。俺からお前さんに贈るのは「名前」だ」

「ほえ?」

「これからお前さんのことを「ウンス」と呼ぶことにしよう。俺の大事な愛バの親友だからなあ。フルネームは水臭いだろ?」

「いやああああああああああああああ!! そんな可愛くない呼び方はいやあああああああああああ!!」

「ウンスさん、うるさいですわよ」

「ウンス! いいですねー! これからはそう呼んであげますネ!」

 キングヘイローとエルコンドルパサーが追撃をかける。グラスワンダーは彼女には珍しく苦笑をうかべていた。

 なおスぺはオーバーヒートして目を回していた。

 

 その夜は集まった近所の人やウンスたちと宴会だった。

「うちの愛バは世界一だ!」

 スぺを膝の上にのせてぎゅっと抱きしめながら上機嫌に言い放つトレーナーがいたとかなんとか。

 当の愛バは顔を真っ赤にさせて撃沈し、あまりのウザさにご近所総出で酔いつぶしにかかったとかで……次の日目覚めると目の前にはスぺの寝顔があって悲鳴を上げた。

 

「あ、トレーナーさん、おはようございます。あーでもトレーナーさん呼びは他人行儀ですかね? なんて呼んだらいいのかなあ? あなた?」

 半ば寝ぼけているスぺに改めて轟沈させられたトレーナーがいたそうである。めでたしめでたし。




次はだれを書こうか思案中(;'∀')
だってみんな可愛いんだもの。


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ずっと一番で

愛すべきブロンズコレクター、ネイチャさんの長寿を祈って


 トウィンクルシリーズを駆け抜けたナイスネイチャ。彼女の戦績には燦然たる勲章があった。

 URAファイナルズ、初代チャンピオン、そして……。

 

 1年ぶりにレースに復帰したトウカイテイオー。そしてその年度、最も力を付けたウマ娘と言われるビワハヤヒデ。年末の府中はその年の締めくくりであるグランプリレースの熱気に沸き立っていた。

 有マ記念、三年連続出場はネイチャの根強い人気を示していた。

 

 

「あああああああああああああああ!!」

 ゴール版を駆け抜ける、我が愛バたるナイスネイチャも最後の一息まで振り絞っていることがわかる顔だった。

 掲示板を見てやや複雑な表情を浮かべたのはその着順か。

 

 復活のトウカイテイオー。366日ぶりのレースで勝利する。ましてその年の顔であるウマ娘たちを破っての優勝。何もかもがドラマチックで、ネイチャがよく言っている「キラキラの主人公たち」にふさわしい輝きを放っていた。

 

 トウカイテイオーのもとを共にレースを駆け抜けたライバルたちが囲んで祝福する。

 ゴール直後の悔しげな表情は鳴りを潜め、若干苦笑気味ながら勝者を称えるその笑顔は、主人公に負けないくらいきらきらしているように見えた。

 

「ふいー、今日はお疲れ様っしたー」

「ああ、よく頑張ったな」

 レースの後の恒例行事になっている言葉を交わすと、俺はネイチャの頭を撫でまわす。

 ボリュームのあるツインテールは寒風にさらされつつもいつもながらのモフモフ感だった。

 

 いつもならにへらと笑みを浮かべてこちらを見るが、今日に関してはうつむいたままこちらを見ない。

 

「ねえ、テイオーさあ、きらっきらだったよね」

「……ああ、そうだな。正直驚いた」

「アタシ、全力で走ったんだよ。それでもさ、今年も届かなくってさ」

 有マ記念、3年連続出走の戦績は……3年連続の三着。

 出場すること自体が名誉になるレースで3年連続の入着。立派なものだ。

 

「グランプリに出るってことは、それだけでもすごいことなんだぞ?」

「うん、わかってる。けどね。やっぱ、勝ちたかった。応援してくれるみんなに一番を届けたかったんだ……」

 

 ネイチャの目からはぽろぽろとこらえきれなかった激情が水滴の形で零れ落ちる。

「ごめんな……」

 半ば衝動的にネイチャを胸元に抱きしめた。

 教え子であるとか、年齢差とかそういうものが頭をよぎるけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、目の前の少女は壊れそうに儚く見えて。

 ここで捕まえておかないとどこかに消えてしまいそうだったから。

 

「えーっと、トレーナー……さん?」

「あ、ああ。すまない」

「ありがとうね。おかげで少し持ち直したよ」

「あ、ああ」

「ふふ、顔、真っ赤ですよ? まさかネイチャさんごときを抱きしめてお照れになっているのかなー? うりうりー」

「ごときとか言うなよ。俺の大事な愛バだよ」

 その一言でネイチャの顔が真っ赤に染まる。

「だだだだ大事って!? いやあのその、うえええええ!?」

 

 そこで唐突にドアが開く。そこにはネイチャ応援団団長である……商店街の肉屋のおっちゃんがいた。

 

「すまん!」

 顔を真っ赤にして開いたときと同じように唐突にドアが閉じる。

 

 その時、ネイチャはまだ俺の腕の中にすっぽりと治まっていることに気づくという体たらくだった。

 

 その日のライブで……ネイチャは3回転んだ。

 

 その後もネイチャのレースの日々は続く。無事これ名バのたとえ通り、怪我無く現役生活を駆け抜けた。

 戦績はきらびやかとは言い難い。それでも着実に実績を重ねた。

 44戦10勝。その大半のレースで入着を果たした。

 そして先日のアルゼンチン共和国杯を最後に引退した。引退記念セレモニーやら関係各所のあいさつ回りを済ませて、落ち着いたのは年の瀬も迫るころ合いだった。

 

「いやー、さすがに寄る年波には勝てないねー」

 若干疲れを見せた様子でネイチャがぼやく。

「婆さんか」

 思わずツッコミを入れるが、さらっと流された。

 

「けどさー。どうしてもピークを過ぎた感はあったのですよ」

「ああ、それは仕方ないよな。最初にトレーナーになってもう7年か……早いもんだねえ」

「ふふふー、ネイチャさんもハタチだー」

「ああ、おめでとうな」

「ありがとーですよ。そして引退したからお酒も解禁ッと」

 

 かつんと音を立ててチューハイの缶をぶつけ合う。そのままプルタブを開け、中身をきゅっと飲み干した。

 

 

「にしてもクリスマスにいい年した男女が二人でチューハイとか、ねえ」

 きゅっと飲み干した後でネイチャがけらけらと笑いながらいたずらっぽく笑う。

 なお、目の前にはネイチャが商店街で調達してきた料理が並ぶ。煮物はかのっ所の御手製で、実家がスナックで母から教わったという味付けは、おそろしく酒に合った。

 

「うっさいわ。誰かさんにかかりっきりだったからな。ほかに目を向けてる余裕なんかねえ」

「あははー、そうだよね。トレーナーさんのおかげで6年間も走れましたよ。幸せ極まりない競技人生でしたわ」

「ふふん。感謝の気持ちをもっとくれたまえ。はっはっは。あがめよ、称えよ」

「トレーナーさん、酔ってるねえ。初めて見たわ」

「当たり前だろ? 俺が前後不覚になってネイチャになんかあったらと思うとな」

「お、おう。トレーナーさんの愛が重いっすわー」

 

 愛、か。ネイチャは愛バだ。というか、実際問題……俺にはネイチャしか見えてなかったなあ。

 こいつのキレッキレの末脚に見とれた。

 勝てなくても、最後まで全力だった。

 ひたむきにトレーニングに打ち込む姿は神聖ですらあった。

 

「え、えーっと……トレーナーさん?」

「あ、ああすまん。ちょいとぼーっとしてた」

「い、いや、あのですね。全部口から駄々洩れです、よ?」

「はあっ!?」

「あ、あはははははー」

 照れたように笑うネイチャ。アルコールのほてりとも違う、どことなく潤んだ瞳。これまでもこういうきわどい時間はあった。けれど、競争バとしてのネイチャの未来を閉ざしてはいけないと懸命に我慢した。

 けど、今は……? ネイチャはレースから引退した。ここにいるのは「元」担当トレーナーと、「元」担当ウマ娘だ。

 

「ああ、そうか。もう我慢しなくていいんだな」

「ふぇ!?」

 がバッとネイチャを抱きしめた。

 

「ネイチャ。レースを引退してさ。やりたいことってないのか?」

「そりゃあ、ありますよ?」

「よかったら聞かせてくれない?」

「これでも乙女なんで。大好きな人のお嫁さん……とか? で、もう覚悟決まってるんで、その先の一言、くださいな」

 うん、俺が掛かってどうする。そもそも、抱きしめてから言うセリフじゃないだろ。

 

「すまん。なんかもう積年のあれやこれやが、なあ」

「わかってますよーだ。トレーナーさんがあたしを大好きだってことは、ね」

「うん。ナイスネイチャ、初めて見たときから君が大好きだ。愛してる。結婚してくれ」

「うっわ、いきなりにも程があるでしょー。なにその三段飛ばし。テイオーステップよりすごくない?」

 抱きしめたネイチャの耳はせわしなくピコピコと動き、尻尾はばっさばっさと落ち着きなく動き回っている。

「ああ、そうだな。で、返事は?」

「……わかってるでしょ?」

「ネイチャの口から聞きたい」

「はううううううう! アタシはトレーナーさんのことが大好きです! 愛してます! アタシをお嫁さんにしてください! これでいいですかねえ!」

「ああ、ありがとう!」

 

 俺は立ち上がると、ネイチャも立たせた。クリスマスカラーの勝負服。二人だけのパーティだからと着ていた。

 ネイチャがここぞという覚悟を決めていた。そういうことなんだろう。

 

 俺は膝をつき、引き出しから小さな箱を取り出した。彼女の引退が決まってから購入した指輪。

 ネイチャの左手を取り、その薬指に指輪をはめていく。

 その瞳から、いつかの有マ記念の時と同じようにぽろぽろと涙をこぼす。

「もう、返品は効きませんからね?」

「一点ものだからな。一生大事にするよ」

 こんな時にも軽口を交わす。その表情は、URAファイナルズを勝った時と同じ、晴れやかな笑顔だった。

 

「これからもトレーナーさん……あなたの一番でいさせてね?」

 急に呼び方が変わったことに年甲斐もなく動揺する。

「……いかん、幸せ過ぎる」

「それはアタシのせりふでーす。うふふ」

「これがワイフネイチャか……最高かよ」

「エアグルーヴのやる気が下がったわけがよくわかるわー……」

 ネイチャはあきれながら、ぎゅっと抱き着いてくるのだった。




ワイフネイチャが描きたいだけのお話でした(´・ω・`)


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限界を超えて

タキオン可愛いよ可愛いよ


「やあ、トレーナー君」

 普段はモルモット呼ばわりのはずなので、若干の違和感があった。タキオンの顔は上気し、目が潤んでいる。

 

「……熱でもあるのか?」

 思わずタキオンの額に手を当てる。

「はわっ!?」

 タキオンに触れた手から振動が伝わり、触れている手から徐々に熱が伝わってきた。

 

「こりゃいかん」

 身体が震えて発熱している。風邪でも引いたか。

 おもむろにタキオンの膝裏に手を入れ、首の後ろを支えて抱き上げた。

「ちょっ!? うぇ!? トトトトトトレーナーくぅん!?」

「保健室へ行くぞ、また徹夜したんだろ?」

「してないよ!」

「そうか? でも体調が悪そうだからな。このまま保健室へ行くぞ」

「ちょっとまってくれ! 自分で歩けるから! おーろ-しーてー!」

「は? そんな顔を真っ赤にしておいて何言ってんの? どう見ても熱があるだろ?」

「ううううう」

 それっきりタキオンは黙り込んで顔を伏せた。

「……いうとこだぞ」

 何かつぶやいていたようだが、よく聞き取れないまま、俺は保健室のドアを開けた。

 

「ふーん。なるほどねえ。あ、トレーナーさん。呼ぶまで外に出ていてくれませんか? 聴診器使いますので」

「あ、はいっ。タキオンのこと、よろしくお願いします」

「わかってますよー。トレーナーさん」

 

 

***********************************************************************

 トレーナー君は私にちらっと目線をやると、一礼して保健室から出た。

「んー、健康そのものですね」

「ああ、そうだ。あのトレーナー君ときたら勝手に勘違いして暴走してねえ」

「んふふー。愛されてますねえ」

「ぴょっ!?」

「ふふ、わかってますよ。あれだけ献身的に支えられたらねえ。それに夢までかなえてもらったら好きになっちゃいますよね」

「……うう」

「ふふ、タキオンさんも乙女ですね。あー、かわいい!」

「からかわないでくれたまえ。だが、図星だ。私はどうしたらいいのかねえ……」

「えーそんなの決まってます。ガンガン行きましょう」

「ほう?」

「あのトレーナーさん、相当鈍いですからねえ。朴念仁の殻をぶち破るしかないですよ」

「ふうン。なるほどね」

「それで、ですね。こういうのはどうでしょう」

「ほえっ!? いやそれは……」

 それから保健の先生に相談に乗ってもらって、これからの方策を決めた。

 

***********************************************************************

「あ、トレーナーさん。タキオンさんちょっと疲れが出てるみたいですね」

「あー、あいつは前から無理ばっかして……。いやすみません。ありがとうございます」

「それで、ですね。チョーっと申し訳ありませんが、所用がありまして。少しの間タキオンさんに付き添ってあげてほしいのですが」

「承知しました!」

「ええ、ではよろしくお願いしますねー」

 

 ひらひらと手を振って先生は廊下を歩いて行った。

 

 扉をノックして声をかける「タキオン、入るぞ」

「ああ、どうぞ」

 返答を聞いて扉を開けると、ベッドの一つが人型に盛り上がっていた。いや、ウマ娘型と言うべきか?

 

「大丈夫かい?」

「んー、データをまとめるのに少し無理をしてしまったみたいだねえ」

「……まさかまた飲まず食わずか?」

「寝る間も惜しむなら食事の間も言わずもがなだろうねえ」

「……まったく」

 俺はバッグから30秒チャージのゼリーを取り出した。

「ほら、とりあえずこれでも食べとけ」

「ああ、いつも済まないねえ。それでなんだけどね、トレーナー君」

「ん?」

「ずっと書き物をしていたからか手がだるくて動かすのが億劫なんだよ。食べさせてくれないかね?」

 やれやれとぼやきつつ、プラのふたをひねって外す。

「ほら」

「あーん」

 タキオンが口を開ける。そこに容器の先端を近づけるとパクリとくわえた。

「んっ」

 漏れる声がちょっとなまめかしく聞こえた。

 

 タキオンは生徒タキオンは生徒タキオンは生徒……。動揺を見透かされない様になるべく平静を保とうとする。

 

「おや、トレーナー君も顔が赤いねえ。どれ」

 ぐっと首の後ろをつかまれると、こつんとおでこが当たった。

 至近距離に彼女の顔が見えた。ウマ娘と言う存在は誰もかれもがとんでもない美人だ。

 しかも何やらいい匂いまでしてくる。思わずドキドキしてしまったとしても誰が俺をとがめられるだろうか。

「ふうン。なにやら心拍数も落ち着かないねえ」

 いつの間にか手首をつかまれ、脈をはかられていた。タキオンの薬の治験でよくこういうことをされているが、今は状況が違う。

 至近距離にそのきれいな顔があり、何やらいい匂いがしていてさらに手首をつかまれている。

 そして事ここに至って思い出すことは、保健の先生は外出中で今この空間には俺たち二人っきりと言うことだった。

 

「トレーナー君。どうしたんだい? やたらと脈が速いんだがねえ」

「い、いや。そんなことはないぞ」

「ふうン。まさかとは思うがねえ。私との距離が近すぎてドキドキしているのかね?」

 いつもは茫洋としているその瞳が笑みの形にかたどられる。

「まさか、そんなことがあるはずがないじゃないか」

「ふふ、言葉がやたらと棒読みだよ?」

「ちょっ!?」

 タキオンから距離を取ろうとするが、がっしりと首をホールドされて動かせない。

 

「ふふ、ちょっとした実験だよ。感情がもたらす身体能力への影響についてだね。トレーナー君は私との距離が近いと動揺するようだ。顔が赤くなり、心拍数も向上。これはいかなる感情によるものかねえ?」

「……」

「ふふ、言葉にできない感情と言うことかね? では、その茫漠としたものに名前を付けてみてくれないかね?」

「……俺にそういうのを期待したらいけないと思わないか?」

「ふうン。まあ、それもそうだねえ。何しろ君は朴念仁と言う言葉に手足を生やした存在だからねえ」

 

 何か悪口を言われているような気がする。

「これはね、ちょっとした意趣返しだよ。つい先ほどの、ね」

「どういうことだ?」

「なに、わが身に当てはめて考えてほしいだけさ。こうして触れ合って、お互いの体温とか吐息とか、何なら匂いを感じる。そうして湧き上がっている気持ちのことだよ。ああ、ちなみにだね。さっきトレーナー君に抱き上げられた時。感じた気持ちは……」

 その先を彼女に言わせてはいけない気がする。その言葉を発すると、もう後戻りできないくらいに彼女との関係が変わってしまいそうだからだ。

 そして、そのことを恐れている自分がいる。それはなぜか? 自分の中に湧き上がる感情が彼女と同じならそれでいい。けれど、そこですれ違っていたらと思うと……。

 

「ふうン。どうやら気づいたようだねえ」

「なににだ?」

「なに、トレーナー君の感じたままにすればいいのさ」

「タキオン。俺は君の……」

「うん、トレーナーだねえ。でもそれだけかい?」

「それ以外に何が……」

「まったく素直じゃないねえ。私がここまで素直になることは稀だよ? んっ」

 唇に暖かいものが触れた。それとほぼ同時に首の後ろをホールドしていた手が離された。

 

「これで名家の出身でねえ、誰にでもこんなことをするわけじゃないってことは理解してもらいたいねえ」

「ああ、よくわかった。それで覚悟も決まった」

「おお! さすがわたしのモルモ……トレーナー君だよ。さあ、君の気持を私に告げたまえ!」

「ああ、アグネスタキオン。俺と結婚してください!」

「んがふっ!?」

「えええええ……」

 何やら突っ伏したタキオンにショックを受ける。

 こちらを振り向いたタキオンは……これまで以上に顔を真っ赤にしていた。

「普通は付き合ってください、位からのスタートじゃないかねえ!?」

「んー、そうだな。けどさ、それはいまさらじゃないか?」

「そうかもしれないけどねえ。それにだ。プロポーズとかはもっと雰囲気とかだねえ……」

「ああ! ごめん! タキオン!」

「まあいいさ。私が好きになった相手だ。そういうところもデータ通りと思えば……」

「うう、すまん」

「まあいいさ。じゃあ次の休みは一緒に出掛けようか」

「珍しいな。外出とか」

「そりゃあねえ。実家に話を通しておかないとまずいだろう?」

 

 うん、結局俺たちは似た者同士なんだろう。だからこそうまくやっていけると思えた。

 そして、いざというときのために俺を制圧するつもりで呼び寄せていたアグネスデジタルがカーテンの側で倒れ伏していた。




後日談のさらに後日談とかもいいかもしれない

次は会長でも書こうか(´・ω・`)


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