戦闘力5のおっさんに転生したので生き延びようと思う (暇です)
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始まり

気づいたら勘違いものになっていた、後悔はしていない。


 ドラゴンボール。

 

 その作品を貴方は知っているだろうか。

 

 言わずとも知れた国民的作品であり、その知名度はとてつもないものだ。

 もはや、知らない人の方が珍しいくらいだろう。少なくとも、名前くらいは聞いたことがあると思う。

 

 当たり前だが、ドラゴンボールには多数の熱狂的なファンが存在している。

 そんな俺も、まあ熱狂的とまでは行かないがそれなりのファンだと思う。漫画は全巻読んだことはあるし、劇場版とかもそれなりに見に行った。

 

 だからというわけではないが、何度かドラゴンボールの世界に転生したいと思ったことはあったよ。うん、確かにあった。

 

 でも、流石にこれは無くないか?

 

「よりによって戦闘力5かよ……」

 

 呆れたように、うんざりした声で目の前の現実を嘆く。

 

 目の前の鏡に写っていたのは、あの有名なモブキャラであるおっさんだった。

 

$ $ $ $ $

 

 戦闘力5のおっさんとは何なのか、まずそれから説明しよう。

 

 ドラゴンボールには、サイヤ人編というものがある。その時に登場するモブキャラにおっさんがいる。

 

 サイヤ人編とは、悟空の真の種族であるサイヤ人が地球に侵略してきて悟空と戦うという話だ。まあ、かなりざっくりとした説明だが、そこまで気にする必要はない。

 

 で、おっさんはサイヤ人の一人、ラディッツが地球に来た時に登場して秒で殺されるキャラである。

 

 ……そう、殺されるのだ。撃った銃弾をいとも容易く指で止められ、弾き返されて殺される。

 噛ませ犬以下のキャラだ。なのに何故か妙に人気がある。

 

 そんなキャラに俺は転生してしまったのだ。

 

 最初は、何となくの違和感だとか、身に覚えのない記憶が浮かび上がってくるなど、ぼんやりとしたものだった。

 

 けれど、よりその頻度が高く、より深くなっていき、ある時点で気がついたのだ。

 

 ここ、ドラゴンボールの世界じゃね? と。

 

 ついでに転生したのは戦闘力5のおっさんだった。

 

 まあ、おっさんは最終的にドラゴンボールのおかげで何やかんで生き返れるから、そこまで悲観することではない。

 下手なモブキャラよりはマシかもしれない。

 

 問題は、バタフライエフェクトについてだ。

 

 バタフライエフェクトとは、何気ない一つの行動の違いが、ゆくゆくは大きな未来の変化を引き起こしていくという理論である。

 

 もはや戦闘力5のおっさんは戦闘力5のおっさんではないわけだ。つまり、この世界にとってのイレギュラー。

 この世界は僅かながら既に正史から外れていると言っていいだろう。

 

 俺がする事なんて本当に小さなこととはいえ、それが原因で未来が変わらないとは言い切れなかった。

 

 後、何故かおっさんの顔面偏差値が若干上がっている。若いのもあるが、それなりにイケメンになっている気がするんだが……

 何か関係があるのだろうか。

 

 ともかく、念には念を入れた方がいい。

 

 その場合、俺には出来る行動が二つある。

 

 一つは、とにかく普通に過ごしといて万が一のバタフライエフェクトを無くす。

 その場合は、ラディッツにも正史と同じように殺されなければいけないだろう。怖いっちゃ怖いが、下手に先に逃げといて何かある方がヤバいし賢明なはずだ。怖いけど。やっぱ逃げようかな……

 

 二つ目は、出来る限りの対策を講じ、手を尽くす、だ。

 

 ……問題は、俺如きが手を尽くして何かできるのか、という点だろう。

 いくら小細工をした所で少なくともラディッツレベルの敵相手には無駄でしかない。ならば単純に強くなろうとしたらどうか。それも無理だろう、地球人という時点でかなり厳しいのに、才能も期待できないと来れば無理ゲーである。

 

 少なくとも最低限は体を鍛えて、人間基準では強くなろうとは思う。ぶっちゃけ少し物語が進んだだけで何の役にも立たなくなるが。

 

 ……やっぱり戦闘面でどうにかするのは無理だな。仮に俺がある程度の力を身につけたとしても下手に戦闘するとバタフライエフェクトが起きるリスクがある。

 すぐにインフレの波について行けなくなってバッドエンドになる未来しか見えないし。

 

 戦闘力5のおっさんとしての生を全うするべきだろう。あくまでバタフライエフェクトなんて物は俺の妄想で、普通に正史通りに話が進んでくれるのが一番好ましい。大人しくしとこう。

 

 そう考えた俺は、日々を普通に過ごした。一般的な農夫としてただただ普通に過ごしていた。

 

 少し筋トレも始めて体は軽く鍛えておくことにした。役に立つかは微妙だが、念のためだ。

 ラディッツとの解遨に向けて演技の練習も欠かさずにやった。

 

 そんなある日、自分がある能力を持っていたことに気がついた。

 

 きっかけは、こんなモブキャラに転生させたからには何かしら自分にチート能力の一つでもあるのではないかと思ったからだ。

 

 まあ、どうせ無いだろと始める前から半ば諦めていた。しかし、結果は予想外のものだった。

 

 色々と試してみた結果……たしかに、それなりの能力ではあるように思える。

 

 その能力とは『何かそれっぽいオーラを出す能力』だ。

 

 ん……どういうことかって? ほら、あるじゃん。向かい合って力んで「はあああああ!!」とか言うとオーラ、というか気を身に纏うやつ。

 で、「な、なんて気の量だ」までが1セットのやつ。

 

 あれと同じことが出来るんだよ。しかも強弱がかなりの幅で調整できる。

 試しに軽くそこら辺にいた兎の前で使ってみたらいとも簡単に気絶した。

 これは強いんじゃないか? 

 

 はい、強くないです。所詮オーラはオーラ。流石にオーラだけで敵を気絶させるなんて芸当が通じるのは一般人までだ。

 相手が何にせよ怯ませることぐらいは出来るだろうが、

 

「な、何だこの気の量は……? そ、そんなはずはない!」

 

 とか言われて気功弾の一発でも放たれれば余波でも死ねる。

 

 というか、逆に相手のオーラで俺が気絶するわ。

 

 まあ、そういうことでこの能力も大して役に立たなそうだ。下手に能力を使って変な人に目をつけられるのも嫌だし、この能力は封印することにしよう。

 

 それから月日は素早く、矢のように過ぎて、順調に毎日を送っていた。そして、これから先も。

 

 ……そう、思っていた。

 

 風が育てていた作物を揺らし、ざわざわと音を立てる。自然の子守唄かのような、落ち着く音だ。なのに、今日はそれが雑音に聞こえる。

 

 空は快晴なのに、どこか暗い。暑くも寒くも無く、快適な温度のはずなのに、どこかジメッとしていて気持ち悪い。

 

 恐らく、これは気のせいなのだろう。この現実が、感じるもの全てを不快にさせているだけで。

 

 視線を少し下げて、現実を直視した。

 

 目の前にちょこんと立っている、俺の3分の1も無い少年は曇りない瞳で俺のことを見つめている。その瞳からは、純粋さと、単純な好奇心と、驚きが感じられた。

 

「お前すっげえなぁ。亀仙人のじっちゃんよりも強えんじゃねえか?」

 

 一方俺は、頭を押さえて薄汚れた瞳で虚空を見つめていた。その瞳からは、呆れと、諦めと、絶望がこもっているに違いない。

 

 

 何でここに原作主人公がいるんだよ。

 

 



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おいおい、死んだわ俺

「うめぇなぁ! この野菜!」

 

「はは……なら良かったよ」

 

 目の前で一人の少年の口とは思えないほどの量の野菜が詰め込まれていき、みるみる野菜が無くなっていく。

 俺が作った野菜を美味しいって言ってくれるのは嬉しいんだがなぁ……

 それに、ファンだった作品の主人公に会えるなんてファン冥利に尽きる。こういう形でなければ。

 

 ああ……どうしようかこの状況。流石に予想外だ。

 

 何で孫悟空がこんな所にいるんだよ。ガッツリ主人公じゃねえか。

 

 いや、原因は分かってる。今の悟空はピラフ一味を倒して、天下武道会を終え、ドラゴンボール探しの真っ最中なのだろう。

 

 そして偶然ここに来た。もしかしたら正史ではそもそも来なかったのかもしれないし、来たとしても出会わずにスルーしたのだろう。

 

 何にせよ、思いっきり正史から外れている。いや、まだ原作で描写されていないだけで会っている可能性も……!

 

 そんな宝くじばりに低い可能性に賭けてもなお、正史から外れていることには変わらない。

 

 俺の能力を見られてしまったのだから。

 

 タイミングがいくら何でも悪すぎたんだ。

 

 森の中で熊に襲われた時、咄嗟に能力を使い、追い返す。その瞬間を偶然近くにいた悟空に見られてしまっていた。

 そこまでの力は出していないが、咄嗟だったせいで少し出力を間違えた。将来の悟空ならまだしも、今の悟空ならばよほど俺のことは強者に見えただろう。

 

 なんか、色々と考えた時間が無駄になった気がする。体の力が抜けて、何も考えられない。

 ため息を一つ。以前とは異なる世界の異なる空気に、吐息が溶け込んで滲んでいく。

 そんな俺の様子とは裏腹にニコニコと笑っている悟空を見て、さらにため息を一つ。

 

 悟空が、一旦食べる手を止めて俺に聞いてきた。

 

「なあ、何でそんなに強いんだ? 教えてくれよ」

 

「いや、強くなんてないんだけど……」

 

 これはまずい。このままだと強キャラだと勘違いされてしまう。昔の強キャラは何やかんやでずっと関わることになる。ヤジロベーとか亀仙人がいい例だ。

 

 そうで無くてもマッハでバタフライエフェクトがヤバいのに。

 

 ……ここで、勘違いを解いておいた方が賢明か? 実際にめちゃくちゃ手加減して戦ってもらえれば、俺の弱さも分かるだろう。

 悟空みたいな感覚派には言葉で説明するよりもその方が効果的なはずだ。

 

 やるべきだな、リスクよりもリターンの方が遥かに大きい。そうと決まれば善は急げだ、さっさとやろう。

 

「悟空、ちょっと外に出てくれ」

 

「おう、もう食べ終わるぞ」

 

「え?」

 

 見ると、保管していた野菜とかが全て無くなっていた。好きに食べていいとは言ったが、どんだけ腹に底がないんだ……

 と思ったが、よく考えたら原作では50人前とか普通に食べてたわ。そりゃ無くなるわな。

 

 

 

 とにかく、悟空を外に連れ出すことが出来た。後はめちゃくちゃ、めちゃくちゃ手加減して戦う。いや、もう戦うというよりめちゃくちゃ軽いパンチを一発もらおう。

 それでも尚、俺にとってはかなり威力があるはずだ。もうこの時点で悟空は人外級の実力を身につけている。俺では逆立ちしても勝てない。

 

 なんて理不尽な世界なんだ。この悟空なんてまだ可愛いものというのがさらにヤバい。星を破壊できないだけまだマシだろう。

 Mr.サタンとかは雑魚キャラ扱いされているが、それでも人間では最強なのだ。え? クリリン? ヤムチャ? 天津飯? ヤジロベー? あんなの人間じゃねえよ。

 

 ふー……と一息ついて、心臓の鼓動を落ち着かせる。そして、悟空に告げる。

 

「悟空、これから俺と」

 

 ドオオオオオン!!

 

 瞬間、あたりが砂煙で包まれ、同時に轟音が鳴り響いて反響した。

 

「な、何だ!?」

 

 覚悟を決めた瞬間に起きた、思わぬハプニングに驚いて叫び声をあげてしまう。

 慌てて音の元凶へ首を向ける。

 

 砂煙が徐々に晴れ、遠くに何かが見えてきた。

 

 それは、棒。俺の背丈よりも長く、太い棒。平たく言えば柱だ。それが、地面に突き刺さっていたのだ。

 

 寒気が全身を駆け巡ってヤバいと危機を伝達している。それよりも遅く、脳が現実を認識し、状況を判断した。

 

 柱の近くに、一人の男がいる。

 冷や汗が一つ、頬を垂れてピチョンと落ちた。妙に、雫が落ちる音が大きく耳に響く。

 

 こんな状況、察さない方が無理だ。答えは決まってる。

 

「誰だ、お前は?」

 

 分かりきった問いだ。何の意味もないのだが、現実を信じたくなかった。

 

 これから起こるであろう未来に思いを馳せている中、相手はゆっくりと名乗りを告げた。

 

「世界一の殺し屋、桃白白だじょー」

 

 ……こんな語尾だったっけ?

 

 兎にも角にも、避けられない無理ゲーが幕を開けた。




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正史に戻そう

一応原作知らない人向けに解説を入れていますが分かる人は飛ばして大丈夫です。


「な、何だオメェ……」

 

 悟空がポカンと口を開けて驚いている。

 

 まあ、語尾が「だじょー」の奴が柱に乗って突っ込んで来たんだから仕方ない。

 

 というか……この状況どうすりゃいいんだ?

 

 明らかに正史からずれている。

 

 本来はカリン塔という、遥か上空まで続き、頂上には仙人が住んでいる塔の近くで桃白白と出会うはずだ。

 

 けれど、今回は何故か俺と一緒にいる。

 

 これはまずい。中々に最悪なパターンだ。

 

 何故なら、この戦闘は負けイベなのだから。

 

 桃白白はレッドリボン軍という悪の組織にやとわれた殺し屋である。悟空を殺して、悟空が持っているドラゴンボールを奪えという指令を受けてやってきている。

 ちなみに、それなりに強いキャラをベロで倒したり、今のように柱を投げてその上に乗っかって飛んでくるとかいう荒業すらも出来るやばいキャラだ。

 

 ここで悟空は桃白白に負け、間一髪で命を取り留める。そして、カリン塔に登って修行をしさらに高みへとたどり着く。そして、一つドラゴンボールを奪い損ねていたため、もう一度やってきた桃白白にリベンジし直すという流れなのだ。

 

 さらに面倒くさいのが悟空は桃白白と戦う前にボラとその息子ウパに出会う。悟空がウパのことを助けて、そのお礼にボラが持っていたドラゴンボールを渡すという話になっている。

 

 悟空はドラゴンボールで願いを叶えるためではなく、祖父の形見である4つ星のドラゴンボールを手に入れるため探していた。ボラが持っていたのが4つ星だったため、そこで旅は終了するはずが桃白白が襲撃してきたわけだ。

 

 桃白白の襲撃時にボラも居合わせ、息子を守ってくれたお礼にと立ち向かうがあっさりと殺されてしまう。悟空はボラを生き帰らすためにも桃白白を倒しドラゴンボールを集めようとする。

 

 ならこの状況はどうか? 完全にぶっ壊れている。

 

「なあ、悟空。お前4つ星のドラゴンボール持ってるか?」

 

「おめえ、ドラゴンボールのこと知ってんのか?」

 

「ああ。で、どうなんだ?」

 

「持ってるぞ。じいちゃんの形見なんだ」

 

 ということは、正史より桃白白が来るのが遅れているのか。おそらく今の悟空はドラゴンボール探しの旅から帰っている途中とかだったのだろう。

 よかった、まだマシなほうだな。マシってだけで何も良くはないけどな。絶望的な状況なことに変わりはない。

 

 まず、この状況で悟空がやられると俺も殺される。というか、そもそも悟空が死なないという保証もない。正史ではたまたま懐に入れていたドラゴンボールに守られ、生き延びたといいうだけだ。この正史からずれている状況で、その通りに事が運ぶかはわからない。悟空が死んだらどう考えてもバッドエンドまっしぐらである。それだけは避けなくてはいけない。

 

 一応、全力で能力を使えば桃白白を引かせることはできるかもしれない。かといって、そんなことをすれば正史からのずれがさらに大きくなる。

 

 カリン塔にわざわざ上る理由もなくなるし、悟空の強化イベントがなくなってしまう。そうすれば桃白白がリベンジにしに来た場合、やられてしまう。

 

 とはいってもほかの選択肢なんて俺に存在しないわけで。

 

 カリン塔に関しては俺が誘導すれば何とかなるか? ちゃんと理由を説明すれば、悟空のことだから説得はたやすいだろう。

 けれど、その場合悟空はドラゴンボールを集める理由がなくなるためその後のイベントが消えてしまう。それもまずい。

 更にそれも説得……出来るか?

 

 ……いや、やるしかないか。色々と不安はあるが、ここで悟空が死んだりすることは何としても避けたい。

 

 そう、覚悟を決めた瞬間。桃白白の姿が搔き消えた。

 

 それと同時に、悟空が木の幹へと飛んでいきたたきつけられる。

 

「悟空!?」

 

 見ると、さっきまで悟空がいた場所に桃白白が立っていた。おそらく、超スピードで悟空の背後に移動したのだろう。

 

「ぐっ、強え……」

 

 悟空はよろよろと立ち上がるが、それなりにダメージは負っているようだ。クソ、やっぱりこの状態の悟空じゃ桃白白に歯が立たないのか。

 

 

「おめえ……よくもやってくれたな!」

 

 悟空が手を引き、手のひらを上下に向かい合わせる。すると、手のひらの間に光り輝く球が形成されていく。

 

 要はかめはめ波だ。いきなりかめはめ波を打とうとしてるのか、だいぶ頭にきているみたいだな。

 

「かーめーはーめー、波ーーーーー!!」

 

 お馴染みの掛け声とともに、悟空が手のひらを桃白白へとつき出す。

 

 悟空の手のひらから発射されたかめはめ波は地面を削りながら桃白白へと向かっていく。そのままかめはめ波は桃白白へ向かい、弾けた。

 

 おそらく、常人ならばチリ一つ残らない威力だ。しかし、今回の相手は並の相手ではない。

 

 桃白白を包んでいた煙幕が、少しずつ晴れていく。

 

 依然として、桃白白はそこにたたずんでいた。

 

 やはり服が破れて、少し体から煙が上っているだけで大した傷も負っていないようである。ある意味原作通りだな。正史でも悟空のかめはめ波は、桃白白に通用しなかったのだから。

 

「お前……よくも私の服を!」

 

 桃白白は自分の服を破られたことに怒り心頭といった様子だった。

 

 この後、悟空は桃白白が放ったどどん波にやられてしまう。恐らく、今回も同じような形になるだろう。こっからは、俺の出番か。

 

「おい、そこまでにしてもらおうか」

 

「……何だ、お前は。私の邪魔をするつもりか?」

 

 いきなりの俺の乱入に対して、桃白白が顔をしかめる。

 

 一歩間違えれば即死だろうな。仕方ない、俺も覚悟を決めるか。

 

「そうだ。こっからは、俺が相手だ」

 

 その発言と同時に、全力で能力を解放する。

 

 地響きが鳴き、大気が大きく振動した。まるで地震でも起きたかのように、地面が揺れる。表面だけとはいっても、なかなかの迫力だ。間違いなく、一般人ならこの時点で逃げ出しているだろう。

 

 桃白白の瞳に、僅かに怯えが混じった。

 

「ぐっ……!?」

 

 気を感じられないとしても、得体のしれない何かを感じ取ってはいるようだ。このまま押し切るしかない。

 

 なんで唯一の戦法が、ハッタリなんだよ。心の中で嘆いても、現実は無常だ。

 

「悪いが、お前じゃ俺には勝てない」

 

 一歩ずつ、桃白白に近づいていく。しっかりと、地面を踏みしめて。近づくにつれて、桃白白の顔が恐怖に染まっていく。

 

「く、来るな!」

 

 桃白白が苦し紛れにどどん波を放つ。苦し紛れにとは言ったが、俺にとっては当たろうものなら一瞬ではじけ飛ぶような威力を持った代物だ。え、ちょい待って? 死……

 

 しかし、どどん波は俺の頬をかすって通り過ぎていった。こっそり横目で見ると、木々を薙ぎ倒して進み、最終的に巨岩を粉砕しているいた。

 

 あっぶねえええええ! 

 焦って撃ったから、コントロールが狂ったのだろう。九死に一生を得た。あと数センチでもずれていたら俺の命はなかったに違いない。

 散々強キャラぶっといてやられるとかいう、色んな意味で最悪な状況になるところだった。

 

 けれど、これはチャンスだ。一気に畳みかけよう。

 

「どこに撃っているんだ?」

 

 表情を崩すことなく、ポーカーフェイスを保ってさらに近づいていく。視線は一直線に桃白白へと合わながら。

 桃白白も、俺が進むごとに一歩ずつ足を退いて、俺から距離を取ろうとしている。

 かなり追い込めているはずだ。

 

 頼むから退いてくれ。実際は冷や汗だらだらなんだよ。本当に頼むから。

 

「ぐっ! ここは退かせてもらう」

 

 そうつぶやいた後、桃白白は全速力で逃げ出した。

 

「あっ、待ておめえ!」

 

 悟空が慌てて追いかけようとしたが、すでにその時には桃白白の姿は地平線のかなたに消えていた。

 

 それが悔しかったようで、悟空は少し不満げな様子だ。

 

 これは……何とかなったのか? 少なくとも、この場の危機は去ったと言っていいだろう。

 

 そのことを認識した途端、どっと疲労が体に押し寄せてきた。能力を使うとそれなりに体力を食う。あの状態が長引いていたらどっちにしても詰んでいただろう。

 

 けれど、安堵している暇はない。ここから何とか話を正史に沿って進めていかなければならないのだ。

 

 まず、悟空をカリン塔に連れて行かなければ……。

 

 そこで、俺はある一つの事実に気がついた。

 

 ちょっと待て、カリン塔ってどこにあるんだ? 

 

 それに……

 

「おめえ、やっぱりつええんだな。どうやって修業したんだ?」

 

 これ……ヤバくね?



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カリン塔にやってきた

「おー、すげえ。てっぺんが見えねえや」

 

 悟空があんぐりと口を開けて、呟く。目の前には天まで続き、尚も頂点が見えない程高いカリン塔がそびえ立っていた。

 

 やっと着いた……。本当に大変だった。

 

 悟空の説得自体はすぐに済んだ。悟空は何といっても純粋な性格なため、しっかりと、「このままだと桃白白がリベンジに来るが、今の悟空では勝てない。だから強くなるためにカリン塔に行く」と事情を説明すればついてきてくれた。

 

 最初は、俺に修行を付けてもらえばいいと言っていた。勘弁してください。まあ、幸いにそこまでごねることはなかった。

 

 けれども、そこからの道のりは困難を極めた。

 

 まず、肝心の悟空が案の定カリン塔の場所を覚えていなかったため、カリン塔を探すところから始まった。

 

 移動に関しては、筋斗雲(きんとんうん)に乗った……悟空につかまって飛んで移動した。

 

 もちろん俺は乗れなかった。

 

 まるでお前の心は汚いんだって言われているみたいで傷ついたわ。まあ、原作でも乗れる人は悟空ぐらいしかいなかったし良しとするか。

 

 

 で、一番面倒くさかったのはやはり悟空の体質だ。いわゆる主人公体質、というか主人公なので、あほみたいに面倒ごとに巻き込まれる。

 悟空は余裕な表情で次々と敵を倒していたが、俺にとっては脅威以外の何物でもないため、悟空の背に隠れて震えていた。

 

 けれど、周りの人に聞きまくったおかげもあって、何とかカリン塔にたどり着くことができた。

 

 それでも正史よりもカリン塔を上る時間が遅い。最悪の場合、先に桃白白が来てしまう恐れもある。

 

 正史ならもう既に桃白白が来ている頃だが、まだ来ていないのはおそらく俺のせいだろう。

 少なくとも、俺が近くにいる間は悟空に手を出してこない可能性が高いんじゃなかろうか。

 

 だが、桃白白も世界一の殺し屋を自称しているくらいだ。プライドはあるし、やられっぱなしではいられないだろう。そうだとしても、悟空の修行が終わるくらいまでは持つはずだ。

 

 よし、考えはまとまった。後は実行するだけだな。

 

「よし、じゃあ悟空。頑張れよ」

 

「おう! オラ絶対にあいつを倒せるぐらいに強くなってみせるぞ!」

 

「悟空さん、頑張って」

 

「健闘を祈る」

 

 カリン塔を代々守り続けてきた一族のボラと、その息子ウパからの声援を受けて、悟空はものすごいスピードで軽々と塔を登って行った。

 上り始めてからものの数秒で、俺の目には既に悟空が見えなくなっていた。

 

 いくらなんでも速すぎない……?

 

 このペースでもたどり着くまで丸一日かかるのだから、どれだけこの塔は高いのだろうか。

 

 それにしても、この世界線ではボラが生きているんだよなあ。そうなると、やっぱり桃白白を倒した後にドラゴンボールを集める理由がないんだよな。

 

 まあ、何かしら理由を付けて頼めばお人よしの悟空のことだから何とかなるんじゃないだろうか。

 

「まあ、とりあえず悟空が帰ってくるのを当分待つか」

 

「セオ。そんなに桃白白とやらは強いのか?」

 

 訝しむように、ボラが聞いてくる。どうやら桃白白がそんなに強いというのが信じられないみたいだ。

 

 ちなみに、セオという名前は本名だ。おそらく、「戦」闘力5の「お」っさんでセオなのでないだろうか。

 

 まあ、あなたを余裕で倒せるぐらいには強いんだけど、信じられないのも無理はないだろう。この世界は上には上がいすぎて頂点が全然見えないからな。

 

「ああ、強いよ。でも、悟空なら倒せると信じている」

 

「そうか。……そういえば、悟空とセオはどういう関係なんだ?」

 

「たまたま出会っただけだよ。そこまで深い関係じゃない。そして俺は一般人だ」

 

「けれど、その桃白白とやらは貴方が撃退したんだろう?」

 

「それはそうなんだけど、そうじゃなくて……」

 

 何か勘違いが広まってる気がする。大丈夫か、これ?

 

 でも、取り敢えず今は目の前の桃白白を何とかすることに集中しないとな。

 悟空が降りてくるまで大してやることはないけれど。

 

 そして、悟空がカリン塔に登ってから3日が経った。一度カリン様が塔の上から放り投げたドラゴンボールを取りに降りてくるという、原作通りのイベントも起きたため、順調に進んでいるはずだ。

 

 恐らく、そろそろ降りてくるのではないかと思う。

 

 というか、3日で手も足も出なかった敵を余裕持って倒せるようになるとかヤバすぎん? しかも、初めは塔を登るのに丸一日かかっていてたのを今や往復3時間とかで行けるようになっている。

 インフレがヤバい。

 

 そんなことを考えていると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。悟空の声だ。空を見上げると、以前より早いスピードで手足を器用に使いながら、降りてくる悟空が目に入った。

 

「セオ! 帰ってきたぞ!」

 

「よう、強くなれたか? 悟空」

 

「どうでしたか、悟空さん?」

 

「カリン様には会えたのか?」

 

「おう、バッチリだ!」

 

 悟空は塔から手を離して、ピョンと俺達のそばに飛び降りてくる。そして、元気よく俺達に話しかけてきた。

 

 あぁ〜^_ いつ見ても純粋すぎて心が浄化される。中身は最終的に星なんか小指で消し飛ばせるレベルの化け物になるけど。

 

 けど、これで悟空に桃白白がリベンジしてきて、それを悟空が倒せばある程度正史に戻せるはずだ。

 

 突然、茂みの方から、ガサガサという音が耳に入ってきた。視線をそちらの方に向けると、うっすらと人影が二つ。

 段々と、こちらに歩いて近づいてきた。とっくに悟空は勘づいていたようで、人影を鋭い瞳で射抜いている。

 

 恐らく桃白白だろうが、二人……? どういうことだ? 桃白白以外にも誰かいるのか?

 

 闇の中から二人の男が現れた。

 

 一人は予想通り桃白白。悟空のかめはめ波で焼き焦げた服は新調したようで、元の格好に戻っている。

 そして、もう一人は金髪の男。いかにも強そうで、服の上から見て取れるほど筋肉が発達していた。

 

 ……誰だよコイツ。ガバか? ふざけんなマジ。

 

 誰だよと言ったが、コイツの正体は分かっている。名前はブルー、いわゆるかませ犬キャラだ。そういう意味では戦闘力5のおっさんと通じるものがあるだろう。

 まあ、大きく違う所は桃白白にやられるまでそれなりに活躍した点だ。かませ犬と言っても、戦闘力5のおっさんとは訳が違う。

 

 だが、今はそんなこと問題じゃない。そんなことより遥かに重要な問題に、俺はぶち当たっていた。

 

 ぶっちゃけ、戦力面ではコイツは大したことはない。正史でも、あっさりと桃白白にベロで殺されている。

 ぶっちゃけ今の時点では雑魚だ。悟空と比べたら。俺と比べるとめちゃくちゃ強いけど。

 

 じゃあ、何故それが問題なのか。

 

 それは、コイツは死んでいるはずだからだ。

 

 かませ犬らしく、コイツは桃白白にベロで殺される。そして、そのまま舞台からフェードアウトするのだ。

 

 コイツが今生きているってことは、正史からズレている。しかも、コイツが殺されるのは俺が悟空と出会う前、要は原作に干渉する前の出来事だ。

 

 ……つまりこの世界は、俺が大人しくしていても正史からズレる可能性があるということになる。

 

 ちょっと何言ってるかよく分からない。



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あ、やべ

 ……もう、正史から見事にずれていることは仕方ない。過ぎたことだし何やったとしても変えられるような事ではないだろう。

 

 俺がすべきことは、何としてでもズレた歴史を正史に沿った形に修正することだ。

 もし、俺が悟空たちのことを放置して好き勝手やってたら、勝手に正史からズレていってフリーザ一味に地球人皆殺しとかもあり得るかもしれない。

 普通にありそうで怖いんだが。

 

 俺がそんな事を考えている間に、悟空がブルーへと飛びかかっていった。そのまま、体ごと飛び蹴りを一発……しかし、ブルーは両腕で蹴りを防いだ。

 悟空は桃白白の反撃を、宙返りして避け、一旦敵から距離を取る。

 

 ……え? ブルーが今の悟空の攻撃を防いだ? 

 

 おかしい。ブルーがカリン塔を登った後の悟空の攻撃を防ぐなんて、有り得るのか? ぶっちゃけ、桃白白にベロでやられたわけで、その桃白白よりも悟空は強いわけだ。

 その戦力差で飛び蹴りを防げるのか……?

 

 まさか、強化されてる?

 

「はは、私の力はレッドリボン軍のドーピング薬を飲むことによって何倍にも跳ね上がっているのよ!」

 

 ブルーが笑いながら、声高らかに叫ぶ。その目は血走っており、いかにも私無理してドーピングしてますよ感が出ていた。

 

 レッドリボン軍は、最終的に悟空一人に壊滅させられてしまっている。けれど、かなりの技術力を有してはいた。ならば、そういう類いの薬があってもおかしくな類。

 

 多分、何かしら代償がある系の薬なんだろう。けど、今の悟空に脅威な事は変わりない。一応手助けしないとな……。

 

 今度はブルーが悟空へと向かっていく。そして、悟空に向けて右腕を振るうその瞬間。

 

「はあ!」

 

 能力を発動した。

 

 全力でオーラを解放する。その威圧感によって、一瞬ブルーが怯んだところに悟空のこぶしが向かっていく。こぶしがブルーの胴体にめり込み、少しの間うめき声をあげた後、倒れ込んだ。

 

 悟空がこちらを一瞥する。何やら不満げな表情だ。

 

 悟空の性格的に不意打ちのような今の倒し方は、気持ちのいいものではないのだろう。けれど、悟空といえども強化されたブルーと桃白白を同時に相手するとどうなるかわからない。だから許してほしい。

 

 今の悟空とブルーの戦いを傍観していた桃白白がニヤリと口の端を釣り上げた。

 

「それなりにやるようだが……私にはかなわんぞ」

 

「へへん。今に見てろ、オラがぶっ飛ばしてやる」

 

 桃白白の自信満々な言葉に対し、悟空も不敵な笑みを浮かべながら言い返す。悟空のそれは桃白白と違い、強敵と戦えることに対してのワクワクを抑えきれずにこぼれ出たものだった。

 

 この頃からサイヤ人の片鱗を見せてるよな。やっぱり種族の差ってもんは埋めようがないな……。

 

 悟空が、足に力を込めて、思いっきり桃白白のほうへと飛んで行く。桃白白は悟空へ向けて手刀を走らせるが、悟空は体をのけぞらせることによって回避した。そのまま宙返りをして、桃白白の顎を蹴り上げる。

 

 一瞬、桃白白はひるんだがすぐさま体勢を立て直し、連続でパンチを放つ。悟空はわずかに上体を揺らすだけで、その拳をひょいひょいと軽々しくよけた。

 

 一瞬のスキを突き、悟空の蹴りが桃白白の脇腹へと突き刺さった。何十メートルも桃白白は弾き飛ばされ、芝生の上にうずくまる。

 すぐには立ち上がれないほどのダメージを負っているようだ。

 

 ……というか、なんで俺は目で追えているんだ? 今のも、わずかコンマ数秒の間に行なわれていた。ボラたちも目を白黒させていることから、何が起きたのか分かっていない様子だ。

 なのに、ボラたちよりも貧弱な俺が目で追えている。

 

 これも能力の一種なのかもしれない。ありがたく使わせてもらおう。

 

 それと、思ったよりも悟空が強いな。正史ではここまで一方的な戦いだったろうか? 分からないが、基本的に主人公が強いのに越したことはない。このまま何事もなく勝ち切ってほしいところだ。

 

「き、貴様……! この桃白白様に向かって……!」

 

 桃白白が二本の指を額の前に掲げると、バチバチとエネルギーが集まり始めた。禍々しい光が煌めいてる。

 おお、どどん波か。かめはめ波より数倍の威力を持っているという設定がある。それならなぜ悟空たちはどどん波を使わないのだろうか。

 

 まあ、そんな恐ろしい物すら悟空は防ぎきってしまうのだ。

 

「どどん波!」

 

 二本の指が垂直に向けられた。その指がさした先には……ウパがいた。

 

 待て。聞いてないぞそんなこと。正史だったら悟空に向けて撃ったけど、普通に耐えきられて終わるはずだろ。

 

 やばい。このままでは間違いなくウパが死んでしまう。悟空もこの状況では間に合わない。

 

 焦りが全身を支配する。うまく頭が回らない。けれど、俺がこのまま何もしなければ目の前で一つの命が消えてしまうということは理解できた。

 

 その事実を理解した瞬間、一切の躊躇なく俺はウパのことを突き飛ばしていた。

 

 勿論、俺がよける時間なんてあるはずもない。俺みたいな一般人にとっては凶悪極まりない一筋の光線は、無慈悲に体を貫いた。

 




でえじょうぶだ。ドラゴンボールで生き返れる


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