テイオーの名を冠した少女 (夜桜の猫の方)
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テイオー

話的には0話とかプロローグとかそんなお話


ほっ、と吐いた息が白くなるほど肌寒い年末の今日

会社や学校が年末休止になり普段ならお家でゆっくりしている、そんな時期なのに

 

『『『『オオオオオオオオオォォォ』』』

 

ここ『中山競馬場』には数え切れない人が集まっている

 

『さあ、3コーナーから4コーナーへ向かいます』

 

人、人、人

振り返って見渡しても上階のテラスにすら人が見える程の超満員

彼女が、そして彼らが声を張り上げて中山のレース場に熱狂の坩堝を作り上げているのはーーーー

 

『師走の空気を切り裂いて最後の力比べが始まります!!』

 

ドンッと地を鳴らす震音にはっと顔を上げる

視界の先には肌を刺すほど凍える空気を切り裂き、『17万人』の大歓声すら掻き消す程の音を響かせて駆けている存在がいる

 

一歩駆けるだけで砂塵が空高く舞い

 

一つ踏みしめる程に大地が悲鳴を上げるかのように声を上げる

 

『第4コーナーを回ったッ!!第4コーナーを回って直線!大混戦です!!』

 

そして、人間には到達不可能な速さで駆けているのは

ーーー人間だった

いや、正確には違う

頭部から大きな耳が生え、腰の後ろから大きな尻尾がゆらゆらと揺れている。愛くるしいその存在は全員が人間の少女の姿をしており全員が見た目麗しい美少女達だ

そんな、彼女たちが

 

『オグリキャップ先頭に立つかッ!!オグリ先頭に立つか、200メートルを切った!!』

 

歯を食いしばり、その目に溢れんばかりの闘志を灯して

ひたすらに、ただ一人のための勝利へ駆けていく

 

負けないっ

 

負けたくない・・・

 

勝ちたいッッ!!

 

空気が揺らぐ程の想いが伝わってくる。ただ一度の、たった一回の勝利へ全身全霊を賭ける彼女達の勇姿が目に焼き付いていく

そして、白銀の髪をなびかせて先頭を駆ける彼女から目が離せない。

誰よりも強く

誰よりも勇ましく駆ける彼女から

 

『オグリキャップ先頭!オグリキャップ先頭!オグリキャップ先頭!そしてライアン来たッ!ライアン来たッ!』

 

「行け・・・行けっ!」

歓声に掻き消えるほどの小さな声しか出せない自分が嫌になる

でも、ここの誰よりも彼女が勝つことを願って声を振り絞る

これまでもそうだったように、もう一度奇跡を起こすと信じて

「行って、行けえええぇぇぇ!!オグリさああああん!!」

 

その声が届いたのかはたして、彼女が一瞬微笑んだかと思うと

何かを呟いて

 

「ーーーーあああああああああッッ」

 

大気を震わせる咆哮とともに彼女が加速した

地面と胴体がぼぼ並行の超前傾姿勢。地面に体を擦りかねない低姿勢のまま空気の壁すら突き破る槍のように駆けている。今までの比でないくらいの加速で後方を引き剥がしていって

そして、そしてッ!ーーーー

 

「オグリ一着ッ!オグリ一着ッ!オグリ一着ッ!ファンの大歓声に答えました!スーパーウマ娘、オグリキャップゥッッ!!」

 

誰よりも早く駆け抜けた彼女がグッと右腕を突き上げる。それと同時に割れんばかりの歓声が響き渡り耳がキーンとなるが気にも止めずに興奮のままに彼女を見つめる

「凄い。彼女がオグリキャップ・・・」

と、頭にポンっと手を置かれる感触があり思わず振り返る

けど、その顔はカメラのピントがずれたかのようにしか見えない

あれ?と思うと同時に歓声も、風景も何もかも白く、遠くなっていく

 

「あな・・・・なウ・・に・・・よ。・・・・テイオー」

 

ああ、そうだった

私は

 

目を開いたら、そこに青々としたターフも、溢れんばかりの人もいない。自分の部屋の天井がそこにあった

夢?とふわふわした頭で横に目を向けると4:30と映し出された時計が目に入り早く起きちゃったか〜ともう一度仰向けになる

 

「オグリキャップ・・・か」

 

今も頭の中に響く大歓声と彼女の勇姿。あの時の興奮が蘇ったのかドキドキとなる心臓に寝れそうにないやと諦めて

 

「少し、走ってこようかな」

 

なんて、呟いて起き上がる。

未だに寝ぼけ頭でスタンドミラーまで歩み自分の状態を確認する

鹿毛なんて例えられる腰まで伸びる茶色の髪に青空みたいと褒められた空色の瞳。背の低い体は世間で見れば中学生くらいの体躯。髪色に一本の白線がメッシュみたいに入っており、ウマ娘は美女美少女しかいないと言われる通りの美少女顔だけど

 

「寝癖が・・・ひどい」

 

外に跳ねまくった髪に寝不足に若干隈ができ始めているような目で台無しである。はあ~とため息を吐きながらパジャマから走るためのジャージに着替えてシャワーは帰ってからでいいかななんて思いながら靴に手を伸ばして

手が止まる

本当に、唐突に、ピタリと止まった手に自分でも訳がわからないまま手をブンブンと振ってもう一度伸ばす。

今度は止まらずに『トウカイテイオー』と名前の書かれた走行用のシューズを掴めた手に変なのと声をもらして部屋を出る

 

 

「ほ、ほ、ほっ」

朝も早く、まだ誰もいないターフの上を一人で駆ける。かなり抑えて走っているが、走っている時に感じる風は好きだなーなんて考えながらコーナーを曲がり始める。

重心か傾かないように、なんて考えながら走っていると

先程の夢の光景が頭に浮かび上がってきた

あの、彼女の勇姿が

 

「はあぁぁーーーーーーふぅぅぅ」

大きく息を吸って、長く吐く

コーナが近付くに連れて呼吸を無意識に整え始める。それに伴い散歩程度だった歩幅をだんだん大きく、より早く動かしていく

地面に、多少脚が捕らわれるが問題ないと断定して速度を上げていく。

 

(第2コーナを抜けての直線は抑えたまま・・・)

 

走るに連れて周りの景色が高速で後ろに流れていく

でも全く気にならない。気にしない

気にしていてはーーー負けるからッ!

瞬き一つのあとの視界にそれまでいなかったはずの少女達が映り込む。彼女達は私と同じウマ娘だ。私と同じようにターフを走り、そして誰よりも早くゴールへと駆けこまんとする好敵手だ

一歩駆けるごとに集中を研ぎ澄ましていく。毎秒事に変わる情報を、彼女達の動き、呼吸、意識の集中先をコンマ一秒たりとも見逃さないように

 

(第3コーナーを抜けて体力は・・・後少し)

 

だから、待つ。今にも爆発しそうな程震える脚を溜める

勝つためにはーーーー

 

外から見れば、本当に抑えているのかと疑う程の速度で駆けている彼女に驚愕しざるを得ない。それでもまるで本当に前に誰かが駆けているほどの気迫が彼女が『逃げ』ている訳でないことを証明している。

そしてカーブを曲がり、最後の直線に入った瞬間

「ふッ!」

ダンッと雷が落ちたかと錯覚するほどの踏み込みの後に

その場から姿が消える程の加速を持って直線を駆け、いや飛んでいく。地面とほぼ並行なまでの超前傾姿勢。グッと体を落とし地面に倒れかねないほどの低姿勢

それは、夢で見たオグリキャップと似たような走り方で

 

(まだ行ける。もっと早く出来る)

 

私の体はこの程度でないと証明する為により強く大地を蹴飛ばしていく。蹴り飛ばした土が高く舞い、地面が足を滑らせようとするより疾く、舞った土が落ちるより速く脚を動かしてコンマ一秒でも早く

 

(行ける。行けるッ!もっと速くッッ!)

 

夢で見た憧れの彼女のようにッ

前を駆けるウマ娘を抜かして先頭に

誰よりも早くゴールするために

 

(あと200。まだ脚は残ってる。これならーーー

 

勝てる!そう確信したから

パカラ、なんて気の抜ける音が聞こえたとき頭が真っ白になった

私の走る音じゃない。私の走るシューズはそんな音をしない

なら、一体?

なんて振り返ってソレが目に入った

私の2倍はあろうかという四足の体躯に、獲物を狩る捕食者のような爛々とした眼光。尋常じゃない程の威圧感を持った影のように黒く染まったソレは残酷なほど明確に私を見ていた

「ひッ・・・」

さっきまでの興奮が嘘だったかのように消え失せ、氷を直接体内に入れられたかのように冷えていく

私はソレに、どうしようもないほど恐怖を感じていた

恐怖でスピードが落ちた私に、ソレは、ダンッと地を蹴ってこちらに猛進してきてっ!!

 

「はっ…はっ‥はっはっ!!」

 

レースに勝つとか負けたくないとか全部を塗り潰してただ逃げる

みっともなく手足を動かして少しでも逃げようと速度を上げる

けど

 

(全然離れない!それどころか段々迫ってきてる!)

 

パカラなんて軽い音がドッドッドッと地を割るが如く重い音に変わり私を踏み潰そうと少しずつ、だが確実に迫ってきている

真後ろにまで迫り、もうダメと悲鳴が口から飛び出る直前に

その音が唐突に消え背後の威圧感が嘘のようになくなった

 

「いなく、なったの?」

 

気付けば先程まで追い抜こうとしていた少女達もいなくなっており、朝の静かなターフだけがそこにあった

 

「あ〜〜っ。本当に、何なんですかあれは…」

 

今になってようやく思い出した。

どうしてシューズを取るときに手が止まったかを。

さっきまで私を追いかけていたあの黒い影。あれが現れるから。アレに心の底から恐怖を感じてしまうから

どんな時でも、それこそ模擬レースの時すら現れて私を潰そうと走ってくるから

 

いつしか私は、走るの事そのものに恐怖を覚えてしまったんだ。

 

走る気も失せて近くにあったベンチで暫くボーっとしていると

ザッザッと二人分の足音が聞こえて振り返る。

そこには、そこ、には

なんか虹色に光っているマネキン?がいた

「え‥え?」

え?なんで?いつの間に?

頭が疑問符で埋め尽くされていると、そのマネキンがぐりんと首を動かしこちらに歩いてきてって!!

 

「ピャアアアア!!」

 

逃げた。もう全力で逃げた。朝からワケワカンナイヨー!と叫びながら住んでいる寮まで走り、苦笑いしている寮長に若干の恥ずかしさを覚えつつ部屋まで転がり込む。

「流石に部屋まで追ってこないよね?」

なんて不審に思いつつ疲れた体を引きずってリビングに戻ると

一通の封筒が机の上に置かれていた。送り主は生徒会?

なにこれと思いつつ封を切ると

 

「模擬レース及び、メイクデビュー出走登録…あ、そっか。もうそんな時期なんだ。」

 

中に入っている紙を捲っていくと間に挟まっていた紙がぱさりと落ちる。あ、と思い拾おうとするがその紙を見て手が止まる。

そこには

 

 

     メイクデビュー参加登録受付書(生徒用)

 

   名     キセキノテイオー

 チーム

 トレーナー

 参加レース/日程

 

名前以外が書かれたその紙に息が止まる。生徒会の三人と寮長であるヒシアマゾンさん位しか知らないその名前が

 

「大丈夫、大丈夫……私は‥……」

 

その紙をようやく拾って、でも他の紙を見る気にもなれなくて机の上に放る。そのままフラフラとした足取りでベッドまで進み倒れるように横たわる

ああシャワー浴びてないやなんて考えながら、そんな気にもなれなくて瞼を閉じる

 

本当に、本当に私が小さい頃のお話

小さな私の手を引っ張る同じくらい小さな、でも凄く暖かくて強くて、大好きだった手

 

『ほら、置いてっちゃうよキセキ!』

 

自分と瓜二つの、でも私よりずっとずっと明るい笑顔で笑う彼女が大好きだった

ママにはナイショだよ!って言って連れて行ってくれたそこには

そこにはーーーー

 

「もう思い出せなくなっちゃったよ、お姉ちゃん」

 

頬に流れる涙に気付かない振りをして彼女は暖かな思い出に浸っている。今も、ずっと




『テイオー』が付いてるから嘘は言ってない

ちょっと紹介コーナー

 『キセキノテイオー』
このお話の主人公。訳あって『トウカイテイオー』としてトレセン学園に通っている。この事はルドルフ、ブライアン、エアグルーヴと寮長であるヒシアマゾンそしてURAも把握しており、URAは彼女が偽名を使ってレースに出走する事を黙認している

『ゲーミングマネキン』
一応、メインキャラ……だけど
うん、まあ、はい。担当は皆さんお察しのアノ子ともう一人のトレーナー。その二人+テイオーがメインになってくる予定

 『ゲーミングマネ‥トレーナーと一緒にいたもう一人』
二人は誤字ではない。ちゃんといた
発光トレーナーが強すぎてテイオーの視界に入らなかっただけ
おかしい、作者の最推しの子の筈なのに


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