仮面ライダーゼロワン ―We are Dream― (私だ)
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1st season『Realizeing Stories』
Program.1「始まるんだ New Stories」


この作品を読もうとしている物好きな貴方へ、簡単にこの作品の注意事項を…




1.ゼロワン×ニジガクとかいう最早世にありふれた組み合わせの作品だ!他の作品には無い話の意外性とかそういうのを求めているのならこの作品を見るのは止めた方が良いぞ!

2.イズが出てこないぞ!彼女を求めてこの作品を読もうとしているのならそれはお門違いだ!素直に他の作品を読もう!

3.ゼロワンにしろニジガクにしろ、恐らくファンに喧嘩を売りかねない内容になるぞ!彼等彼女等に何が起きても笑って受け流せる覚悟はあるか!?

4.イズが出てこないぞ!!(大事な事なので2回r)

5.ヒューマギアでも分かるお笑いを作者は理解出来ていない!その為本来或人や愛さんが得意としているギャグが殆ど出てこないぞ!

6.イズが(超大事な事なので3回r)




それでも読みたいという超物好きな貴方は、どうぞこの先を読み進めてもらって…



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―新時代の人工知能技術が、未来を切り開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人工知能搭載人型ロボ、"ヒューマギア"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近年に於ける人工知能の物体認識技術力の向上により"個人"というものを認識し、機械が自分で考え行動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "株式会社 飛電インテリジェンス"では、このヒューマギアの派遣サービスを各地域で随時実施。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な仕事の現場をサポートするヒューマギアにより、新時代の働き方…その新たな価値を想像する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―さぁ飛び立とう、夢に向かって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そんな時代に俺は生まれ、そして育ってきた。

 そしてそんな時代が訪れる事に俺は目を輝かせて、夢を膨らませていた。

 人とヒューマギアが共に暮らし、心から笑い合える…そんな世界が拡がれば良いと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―或人様の夢である、笑いの表情を多数検出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…"君"と一緒にその夢を叶えられればと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―物体認識成功。飛電 或人、22歳。現在爆笑ピン芸人…を自称する売れないお笑い芸人『アルト』として活動中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …お願いだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度だけ、もう一度だけで良いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の声を聞かせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の名前を呼ばせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―社長秘書の…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の名前を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長!いい加減起きなさい!」

「んぁ…?」

 

 混濁していた意識が呼び戻される。

 どうやら眠っていたらしい社長と呼ばれたその"青年"は寝ぼけ眼で声の主を探し出し、そしてぽつりと一言。

 

「…あ、巻添さん。」

「福添だよ!」

 

 目覚めた青年から早々に名前を間違われたその男…"福添(ふくぞえ) (じゅん)"は、とある会社の副社長。

 そしてその福添がそう言ったように、彼の前に居るまだ垢抜けていない印象が多大に残るこの青年こそ、その会社の名誉ある社長の座に就く者だ。

 

「寝ちゃってたか…。」

「あぁ、それはもうぐっすりとな。」

 

 ここは株式会社 飛電インテリジェンス…AI事業を主とした大手企業だ。

 故に会社の外装内装共に大手のそれらしくクリエイティブな造りとなっており、2人が居る社長室も全面白色が基調の先進的な設計となっている。

 その光景が普段居住している部屋とまるで違う事、そして目の前に積まれている書類の山から、青年は自らが業務の最中にうっかり昼寝をしてしまったのだという事を認識する。

 

「さて社長、そんな起きて早速なんだが…。」

 

 まだ開ききっていない目を擦りながら大きく欠伸をする青年…そんな青年の様子を社長として不甲斐ないと感じながら福添が彼に向けて一言。

 

「今何時だ?」

 

 福添からの言葉に青年はポカンとしている…が、次の瞬間慌てて机の上の時計に目を合わせ、やがて大声を上げた。

 

「ヤッベ!?商談の時間じゃん!?」

「だから起こしたんだよ!時間になっても部屋から出て来ないって運転手から話を聞いて来てみれば、呑気に昼寝しているだなんて…社長としての自覚が…!」

「あ~説教なら帰ってから聞くから!えぇっとこの書類は向こうの部署に渡して、こっちの書類は…!」

 

 ここぞとばかりにグチグチと説教を垂れる福添。

 そんな福添の説教をBGMに青年はあたふたと身支度を整え、仕事の為の準備を進めていく。

 

「それは私がやっておくから、君は早く商談に行きなさい!」

「いやでも…!」

「でもも何も無い!商談に間に合わないのが一番の問題なのだから…ほら、バイクを使っても良いからさっさと行きなさい!運転手には私の方から話を通しておく!」

「う~ん…分かりました、じゃあお願いします…あ、その運転手の人に何かサービスしといて!半休あげるとか!それじゃ行ってきます!」

 

 そして若さゆえの有り余る行動力によって部屋を後にする青年。

 残された福添は溜め息を吐くばかりだ。

 

「社長、あれから変わりましたよね…。」

「はい。ヒューマギアの暴走も鎮静の一途を辿り、業務に専念出来る環境となったからでしょうか?」

 

 そんな福添に向けて声を掛ける者が2人。

 飛電インテリジェンスの専務取締役である人間、"山下(やました) 三造(さんぞう)"と、副社長秘書…つまりは福添の秘書たるヒューマギア、"シエスタ"だ。

 青年と入れ違いで社長室に入ってきた2人は、片やどこか小物臭さが拭えない人間らしい態度で、片やどこか事務的な印象が拭えない機械らしい態度で、しかし同じ思う所を言及する。

 その視線を、社長室の机の上に積まれている書類の山に向けて…。

 あの青年は、社長としてはまだまだ未熟だ。

 この会社の社長として就任したのが大体2年程前の事であり、その内就任してから1年の間は様々な事情に追われた為仕方ないとしても、それこそ当時は社長としての意識もやる気も目も当てられない程であったあの青年が、今や率先して企業を動かそうとしている。

 先程居眠りをしていたのも、この山積みの書類を1人夜通しで片付けていたからだ。

 2年前にはまるで想像も出来ないような彼の姿…それもこの2年で様々な事を経験し、その心境が変化したからであろうか?

 

「違うな。」

 

 しかし福添はそんな2人の考えをバッサリと切り捨てた。

 いや、心境に変化があったのは間違いないだろう…だがそれは、決して2人が思うような変わり方では無い。

 

「あれは逃げてるのさ…彼にとって一番大事な"夢"からな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人工知能搭載人型ロボ"ヒューマギア"が、様々な仕事をサポートする新時代。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 AIテクノロジー企業の若き社長が、失った夢を取り戻す為…今、再び飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の名は…"飛電(ひでん) 或人(あると)"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~やっぱ社長業務は大変だね~。色々終わって、少しは楽になるかと思ったんだけど…。」

 

 午後。

 大急ぎで取引先との商談へ向かった或人だが、迅速な行動のお陰で商談の時間には間に合い、今はそれを終えて会社へ戻る所だった。

 商談は無事に成功…まぁ、何とかという前詞は付けなければならないが。

 元々或人は2年前までは売れないピン芸人という肩書きを持っているだけの普通の人間であった為、こういったビジネスはまだまだ馴れない。

 しかし相手が昔から飛電を高く買っているお得意様であったとはいえ、1人で商談を成立させた或人の手腕は既に大したものである。

 

「…ほんと、猫の手も借りたいぐらいだよ。」

 

 …そう、1人で。

 飛電インテリジェンスの現社長、飛電 或人には他企業の同じポストに付いている者とは決定的な差がある。

 それは業務をサポートする、謂わば秘書と呼べる存在を傍らに置いていない事だ。

 と言っても、それはそれで語弊がある。

 実際は"居た"のだ…それこそ彼が社長に就任したての頃は、側に必ず"彼女"の姿があった。

 しかし今は訳あってその彼女を側に置いていない。

 そしてその訳というのを考えると、或人の表情は途端に暗くなる。

 

「あ~ダメダメ!また変な方向に気が向いちゃってる…まだ仕事も残ってるんだし、気合い入れないと!」

 

 頭をガシガシと掻きむしり、気を紛らわせる或人。

 会社に戻れば、デスクワークに加えてまた副社長からのありがたいお言葉が待っているだろう。

 そうなればどうせこの顔は嫌でも曇るというもの…ならばそれまではせめて笑顔で居よう。

 笑顔で居れば、良い事がある…元お笑い芸人としての矜持を胸に、会社までの道を行こうとした或人であったが…。

 

「ん…?」

 

 瞬間、どこからかワッ!!と大きな歓声が上がったのを耳にして立ち止まる。

 

「なんだろ…何か盛り上がってる…?」

 

 人の声には中々敏感な或人…その出所で一体何が起きているのか、興味が沸いた或人はフラフラと寄り道感覚で歓声止まないその場所へ向かうと…。

 

「おぉ…!」

 

 そこでは特設のステージの上で何かのパフォーマンスが行われていた。

 

「凄いな…何のイベントなんだろ…?」

 

 ステージの前に拡がる群衆の波…その隙間からあれこれと観察してみると、どうやらステージで可愛らしい服を着た少女が歌ったり踊ったりしているようだ。

 アイドルのライブであろうか…この熱気を見るに、相当名が売れているのだろう。

 名が…売れて…。

 

「ってヤバ!次の仕事まで時間無いじゃん!ん~…名残惜しいけど、ここまでかな!」

 

 自分がステージに立った時にはこんな風にならなかったなー…と若干遠くを見つめていた或人であったが、拍子に視界に入った時計の時刻を見てさっさと気持ちを切り替える。

 今日はなんだか昔の事をよく思い出す日だなと、そんな事を思いながら彼は会社への帰路に再び着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございまーす!上原 歩夢で、"夢への一歩"でした!」

 

 その頃ステージでは或人もその姿を捉えていた少女…"上原(うえはら) 歩夢(あゆむ)"のパフォーマンスが終わり、観客からの声援を一身に受けていた。

 

「歩夢ー!!可愛いよー!!最っ高だよー!!」

 

 ステージの端からも、彼女の幼なじみである"高咲(たかさき) (ゆう)"が身を乗り出す勢いで歩夢の事を称賛しており、歩夢はくすりと笑みを浮かべる。

 いつもと変わらない光景…きっと今日のライブも、何事もなく成功に終わる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その予測が大きく覆される事になるなど、この時の彼女は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 端に向けていた視線を正面へと戻した歩夢…するとそこに異様な光景が拡がっているのを知った。

 本来ならステージの上から観客全員を見渡せるその光景が、1つの壁によって阻まれていた。

 その壁となっているのは…人だ。

 ステージの上…歩夢の前に、人が立っていたのだ。

 

「あ、あの…?」

 

 当然ながら、公演中のステージに部外者が立ち入る事は許可されていない。

 そして目の前に居るのは、歩夢にとって面識の無い人物…観客席からも先程の歓声が次第にどよめきの色へと変わる。

 

『スクールアイドルの存在を確認…。』

「え…?」

 

 すると目の前の人物が声を発した。

 その声は何故だか人間味を感じず、どこか機械的だった。

 

「君!勝手にステージに上がるんじゃない!」

「裏まで一緒に…!」

 

 警備員の人間が動き出す中、目の前に居る"ソレ"は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『対象を排除します。』

 

 その本性を表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…!?」

 

 少女達の前で、文字通りその人物の化けの皮が剥がれる。

 人間に擬態する表皮を剥がし、露になる機械のボディ。

 さらにその上から緑色の鎧が装着され、目の前のソレはようやく形となる。

 人間と同じ似姿をしていながら奇怪な昆虫を思わせる風貌たるソレは、かつてこの世界を悪意で満たそうとした存在が遣わした尖兵が1体…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自由な世界の為に…。』

 

 

"ベローサマギア"に酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっ…きゃああああああ!?」

 

 悪意、再来。

 少女の悲鳴を引き金に、ステージは阿鼻叫喚の嵐に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…!?」

 

 その悲鳴が、或人の耳に届いた。

 久しく聞いていなかったその声に振り返ると、或人もまた会場に起きた異変、そしてその元凶の姿を捉える。

 

「あれは…マギア!?」

 

 "マギア"…それはヒューマギアが悪意に晒され、その身を変えた暴走形態。

 しかしヒューマギアがマギアへと変貌する為には、何かしらの外的要因によってそのデータを受信しなければならない。

 ヒューマギアの、そして人類の安全の為に、或人が経営する飛電インテリジェンスでは対応したセキュリティプログラムを随時更新し、それを必ず各ヒューマギアにインストールさせている。

 故にこのような事態は、今や起こらない筈なのだ。

 だが現実としてマギアは或人の視界の先に存在し、今も警備員を打ちのめして、ステージに居る少女向けて歩みを進めようとしている。

 

「まずい…!!」

 

 詮索している暇はない…或人はマギア向けて走り出した。

 

 

02(ゼロツー) Ability(アビリティ). 】

 

 

 その手に、青く煌びやかに光る小さな機械を携えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ…あ…!?」

 

 目の前に現れた悪意に晒され腰が抜けたか、歩夢はその場にへたり込んでしまう。

 あれだけ居た観客も現れたマギアを恐れ、皆一様に会場を離れてしまった。

 今ここに居るのは、マギアと歩夢1人…。

 

「歩夢!!」

「ゆ、侑ちゃん…!!」

 

 いや、舞台裏から侑が歩夢の下へと駆け付けた。

 目の前の恐怖に負けず来てくれた幼馴染みの姿に歩夢の心は少しばかり安堵を覚えるも、それで迫る脅威が払われる事は無い。

 

『スクールアイドルを、排除する…。』

 

 マギアは今も2人に向かってゆっくりと歩みを進めている。

 何とかして逃げなければ…と、侑の視界にマギアの手によって倒れた警備員…その持ち物であった警棒が目に映る。

 

「ッ…歩夢は逃げて!!私が何とか…!!」

「だ、駄目だよ侑ちゃん!!そんな…!?」

 

 侑はその警棒を手に取り、勇敢にもマギアに向けてその矛先を構える。

 歩夢がその行いを必死になって止めようとするも、既に侑は動き出していた。

 

「歩夢に手は出させない…やぁぁぁぁぁ!!」

 

 今の口振りから、マギアは歩夢を狙っている可能性が高い。

 ならば自分が注意を引いて、彼女が逃げる時間を稼げれば…!

 

『邪魔だ…退け。』

「あうっ!?」

「侑ちゃん!!」

 

 しかしマギアは果敢な侑の意志をものともせず、振り下ろされた警棒を掴み、そのまま彼女を投げ飛ばした。

 侑の身を案じた歩夢が彼女の下へ寄ろうとするも、その間にマギアが割り込んでいる為叶わない。

 

「歩夢!!逃げて!!」

 

 一歩一歩、確実に歩夢との距離を詰めるマギア。

 侑はマギアから逃げるよう歩夢に言うも、悪意に晒された彼女の身体はすくんでしまって動けない。

 

『楽園を、創造する…。』

 

 やがて歩夢の目と鼻の先まで迫ったマギアが、手持ちの鎌を高々と掲げ…。

 

「歩夢ーッ!!」

 

 無情にもその鎌を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその鎌が彼女を切り裂く事は無かった。

 

『ムッ…!?』

 

 見ればマギアの放った切っ先と歩夢との間に、ドーム状のバリアが展開されていた。

 それはマギアの鎌が彼女の身体を切り裂こうとした瞬間、その間に割って入った謎の物体が起こしている現象であり、その光放つ何かはさらにその光量を増しバリアの出力を上げ、拮抗していた状況をマギアごと弾き跳ばす事で好転させた。

 

「大丈夫!?」

「え…あっ…!?」

 

 目の前で起きた一連の出来事に一体何がと困惑する歩夢と侑の前で、歩夢を守ったその何かはあらぬ方向へと飛んでいく。

 そしてその先から、見知らぬ青年が2人の下へ駆け付けた。

 

「早く逃げて!!」

 

 その青年…或人は飛んできた何かを掴むと、まず侑の下へ寄り彼女を立ち上がらせ、そのまま歩夢の下へと連れて行き彼女達にこの場から逃げるよう促す。

 

「なんで暴走なんて…!?」

 

 そして視線を少女達からマギアへ…。

 マギアは弾き飛ばされた先で立ち上がり、態勢を整え終えた所のようだ。

 

「やめろ!!どうしてこんな事…!?」

 

 何故マギアとなって暴走しているのか、その旨を問おうとステージから降りて1歩踏み出す或人。

 するとマギアは現れた或人を敵と認識したのか、何も言わずに彼に向かって武器である鎌を振るい始めた。

 

「聞く耳持たずって訳か…!!」

 

 突然の強襲であるが、或人は何とかそれらを躱していき、同時に説得が不可能である事を悟った。

 ならば自分が出来る事は…。

 

「…なら仕方ない!!」

 

 意を決した或人は後腰に手を伸ばし、ぶら下げていた大きな機械を腹部に当てがう。

 

【 ゼロワンドライバー! 】

 

 するとその機械の名称を告げる音声が流れると同時にベルトが展開、或人の身体に最適な長さで巻き付く。

 そこまでの工程が完了すると、或人は服の内ポケットからバッタの絵が描かれた小型の機械、"プログライズキー"を取り出し、上部に付いているボタンを押す。

 

Jump(ジャンプ)!

 

 "ライジングホッパープログライズキー"…そう呼ばれる機械の起動を告げる音声が、この異様なフィールドの隅まで鳴り響く。

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

 そのままキーをベルトの"オーソライザー"にスキャンさせると、ベルトから軽快なリズムの重低音が鳴り響く。

 それと同時に先程歩夢を守った何かたるプログライズキー…"ゼロツープログライズキー"が再び自立動して空を飛び、付属しているレンズのような部分から光を放出した。

 その光は瞬時に晴れ、代わりに或人の前に先程まで居なかったある存在が現れる。

 

「「え…。」」

 

 しかし現れたその存在に対し、後ろに居る少女達は呆けた声を上げた。

 何せその現れたその存在というのは…。

 

「「ば…バッタぁ!?」」

 

 滅茶苦茶機械的なバッタであったからだ。

 しかも滅茶苦茶デカい…目の前に居る或人の背丈とほぼ同じぐらいの大きさだ。

 おまけと言わんばかりにそのバッタは或人の前に顕現するや、滅茶苦茶な勢いで彼の周りを跳び回る。

 バッタが着地する度に客席に並べてあった椅子は壊れ、地面が陥没して…その光景は若干恐怖さえ覚えるぐらいだ。

 そんな中或人はまるで動じずに腕を大きくゆっくりと回し胸の前で交差させると、キーを持つ手を勢い良く顔の真横まで持ってくる。

 同時にキーのギミックを展開し、或人は目の前のマギアをキッ、と見据え…。

 

 

 

 

「変身!!」

 

 掛け声と共にキーをベルトの中へと挿入する。

 

 

 

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 するとベルトがキーの情報を認識し、或人の身に変化を及ぼす。

 或人の身に瞬時に纏われる、黒いアンダースーツ。

 するとそれまで彼の周りを跳んでいたバッタ…"ライダモデル"が彼目掛けて跳び出し、宙でその身が分かれる。

 そして分かたれた断面からさらなる情報が或人に向けて送信され、ライダモデルはバッタの姿から彼の身を覆う蛍光色の装甲へと変わる。

 

「あれは…!?」

 

 そうして誕生したのが、近代に於いてAI技術が悪用され、人類を脅かす脅威となった時、その脅威から人々を守るべく創られた仮面の戦士。

 

 

 

 

【 飛び上がライズ! 】

 

 

 

 

 人間とヒューマギアが共存する新時代を守る、その戦士の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライジングホッパー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン ライジングホッパー"

 

 

 

 

【 A jump to the sky turns to a rider kick. 】

 

 

 

 

―あの空に向かって飛び立ち、

必殺の一撃を繰り出せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮面ライダーゼロワンの存在を確認…脅威と見なし、優先的に排除する。』

 

 少女達を守るべく変身した或人…仮面ライダーゼロワン。

 するとマギアは本格的に或人の排除を目論んで武器を構える。

 対する或人もまた態勢を整え、そして両者一斉に飛び出した。

 片や鎌による切り裂き、片や丸腰での突撃。

 端から見たら結果はマギアに分があると分かりきっているものだが…。

 

「ふっ!」

 

 しかし或人はこれでも歴戦の戦士…或人の首を刈り取るべく横に振られた鎌を屈んで回避すると同時にマギアの胴に拳を入れる。

 初手から強烈なカウンターを入れられたマギアは大きくよろけ、それは或人に攻め入る隙を与える。

 

「ふっ!ほっ!はぁっ!」

 

 反撃を許さぬ勢いで次々と蹴りを入れる或人。

 ライジングホッパーはバッタのライダモデルを纏いし姿…その力にはバッタの特徴が反映されている。

 バッタの持つ脚力が強く反映されているこの形態は、ただの蹴り1つでも非常に強力だ。

 それを連続で喰らわされれば、並大抵の敵は立っている事でさえままならない。

 事実連撃の最後の一発を受けたマギアはその威力に耐えられず、大きく吹き飛ばされた。

 それを機と見た或人は再びゼロツーキーを起動する。

 

Zea's(ゼア) Ability(アビリティ). 】

 

 するとキーのレンズからそれまでとは違う、まるで3Dプリンターで何かを製造しているかのような線上の光が放たれた。

 その光はものの数秒で霧散し、代わりとも言える強い光を放つ物体が或人の手に収まる。

 

【 プログライズホッパーブレード! 】

 

 それは或人自らと同じく蛍光色を放つ剣、"プログライズホッパーブレード"。

 ヒューマギアとの絆で出来た過程を持つこの剣は、暴走したヒューマギアをも鎮める力を持つ。

 

【 フィニッシュライズ! 】

 

 剣に付属しているトリガーを5回引き、クリアブルーの刀身が光を放つ。

 

【 プログライジングストラッシュ!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 そのまま向かってきたマギアの胴に刀身を当て、すれ違い様に切り裂く。

 一見すれば破壊行為にしか見えないが、この武器にはヒューマギアの膨大なバックアップデータが内蔵されている。

 これによりマギアになったヒューマギアを破壊する事なく、悪意に打ち勝つ程の善意のデータを送り、暴走を抑える事が出来る。

 

 

 

 

「え…!?」

 

 …筈なのだが。

 

 

 

 

「どうして元に戻らないんだ…!?」

 

 違和感を感じた或人が振り返った先では、斬撃に苦しみながらなお暴走の一途を辿るマギアの姿が。

 

『ゼ―…ワンの排除…不ka能…スクールア…―ルの排除を…優、seン…。』

 

 その行き先は或人ではなく…今もステージ上に居る少女達。

 

「破壊するしか…!!」

 

 急いで詰めの一手を打とうとする或人だったが、何故か途端にその手が止まる。

 まるで葛藤しているかのような或人の胸中に浮かぶのは、予測されうる1つの結末。

 ヒューマギアの破壊…ブレードによる抑えが効かず、なお危害を与えようとするのであれば、当然の処置だ。

 しかし或人はその事実に葛藤してしまった…何故なら彼は飛電インテリジェンスの社長、誰よりもヒューマギアを信じる者だ。

 そんな自分がヒューマギアを破壊しようなどと…人間とヒューマギアの共存を夢見る自分を、そしてその夢を信じてくれる人やヒューマギア達の想いを裏切る事になる。

 そして何より…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―サヨウナラ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切なもの(ヒューマギア)が破壊される姿は、もう見たくない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歩夢!!」

「侑ちゃん…!!」

 

 と、聞こえてくる悲鳴。

 俯いていた視線を上げると、ステージ上の少女達が迫るマギアに怯えている。

 マギアが迫る様子と或人が止めに入らない様子を見て、その場から逃げようとしているみたいだが…まだ恐怖で動けないようだ。

 このままでは、彼女達はマギアの手に掛かってしまう。

 ヒューマギアの手によって、人の命が奪われる。

 しかしこのまま彼女達を救おうとすれば、自分はあのマギアを倒す事になる。

 人の手によって、ヒューマギアの命が奪われる。

 平和な解決方法は無い、共存など望めない。

 人の命か、ヒューマギアの命か。

 己の正義か、己の夢か。

 或人が選んだ道は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―信じています…いつかヒューマギアが…心から笑える事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!!」

 

 意を決した或人が、ベルトに刺さるキーをさらに押し込んだ。

 

 

 

 

ライジング! インパクト!! 】

 

 

 

 

 瞬間、或人の身体はそこに無かった。

 

「ふっ!!」

 

 マギアが、少女達が、一瞬の内に或人が目の前に現れた事に驚愕する中、彼は右足を振り上げる。

 その脚力は、顎先に蹴撃が命中したマギアをそのまま空高く打ち上げる。

 さらに或人は空を蹴り、瞬きを許さぬ速さでマギアへと肉薄する。

 

「はっ!!はぁっ!!はぁあ!!」

 

 蛍光色の軌跡を残しながら、一撃、二撃、三撃とマギアを蹴り込む或人。

 そして三撃目で大きく吹き飛ばしたマギア目掛けて…。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  イ  ン  パ  ク  ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 止めの一撃を放った。

 

『ギィィィアアアアアアアアアア!!??』

 

 その一撃に耐えられず空中でバラバラとなったマギアは激しい断末魔を上げ、やがて爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、終わったの…?」

 

 あまりにも聞き慣れぬ爆発音に身を縮込ませていた少女達は、やがて訪れた平穏にようやく恐怖から解放された。

 先程まで戦場となっていた場所には、今や謎の戦士が1人だけ。

 そんな戦士である或人はと言うと、マギアを倒した事実を前に傷心に浸っていた。

 

 

 

 

 ヒューマギアを、破壊してしまった。

 

―彼女達を守る為に仕方無く、だ。

 

 

 

 

 これまでに何回も行ってきた事だ…今更何を病んでいる?

 

―それが今の或人の心だからだ。

 

 

 

 

「そうだ、あの娘達…。」

 

 すっかり弱くなってしまった己の心に哀情を覚えながら、或人はふと狙われていた少女達の安否が気になってそちらへと視線を向ける。

 遠目から見た限りでは特に怪我など無さそうであるが、内面はどうか分からない。

 ヒューマギアに襲われるなど常識的な事でない目に会って、何も心に思わない訳が無い。

 それが負の方向に向かないようにケアをしなければ…或人はそのまま少女達の方へ向かおうと1歩を踏み出そうとする。

 

「…ん?」

 

 だがこんな大立ち回りが起きた場所を変身も解除していない格好で彷徨こうとなると…。

 

「止まれ!!そこを動くな!!」

「…へ?」

 

 …こうなる訳で。

 気付けば或人の周りには騒ぎを聞き付けてやって来た警官達が。

 しかもその様子から、この騒ぎを起こしたのが自分だと勘違いされているようだ。

 

「いやいや待って待って俺じゃない!!俺じゃないからね!?」

 

 当然必死になって誤解を解こうとするも、そんな格好で言っても解ける誤解など無い。

 却って不信感が増すばかりだ。

 

「こうなったら…!」

 

 既に四方を囲まれており、警官達は或人を捕まえる気満々だ。

 四面楚歌となったこの状況で、或人が下した結論は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…逃げるが勝ちッ!!」

 

Grass(グラス) Hopper's(ホッパー) Ability(アビリティ)

 

 跳んで逃げる、であった。

 

 

 

 

「ま、待て!!」

「その娘達の事、よろしくお願いしまぁ~す!!」

 

 ベルトから妙に小気味良い音を鳴らしながら逃走を計る或人。

 その跳躍はあっと言う間に警官達の包囲を抜け、そして遠くへ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、焦ったぁ~…警察に捕まるだなんて笑い話にもなんないよ…!」

 

 その後或人は無事警察の追跡を振り切り、少女達は警察に保護され事無きを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん、大丈夫…?」

「うん、私は大丈夫。そういう歩夢こそ…。」

「私は…まだちょっと怖い、かも…。」

 

 互いに身に起きた事を振り返り、それぞれの思惑に耽る。

 それでこの事件は終わる筈であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、一体…。」

 

 しかしこの世界を渦巻こうとする陰謀は、彼等彼女等を否応無しに巻き込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、何が起きてるんだろう…。」

 

 新たに動き出したこの物語の行方は、一体何処に向かおうとしているのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




素朴な疑問、『ゼロワン』39話以降のライダモデルは一体どこから出てきているのか…
とりあえずこの作品では安直にゼアが搭載されているゼロツーキーから飛び出てくるという仕様にしました

え?『バルカン&バルキリー』ではゼロツードライバーからライダモデルが出てたって?
武器もドライバーからビームが出て造られてた?

…こまけぇこたぁ良いんだよ!


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Program.2「小さな夢のカケラたち」

実は飛電インテリジェンス(現実で言う東品川区)から虹ヶ咲学園(現実の東京ビッグサイト)まで車で約15分という事実にビックリした今日この頃
何なら音ノ木や結ヶ丘もご近所さんなのね…



「いや~…昨日は散々な目にあった…。」

 

 翌日。

 或人は社長室の椅子に座るや、出社して早々の溜息を漏らす。

 何せ昨日は謎のマギアとすったもんだしたと思ったら警察に現場の犯人と間違われてどったんばったん大騒ぎ。

 お陰でその後の仕事は大幅に遅れるわ福添に説教喰らう羽目になるわで身がもたなかったのだ。

 家に帰って布団にダイブ、寝た気もしない内に朝を向かえて行ってきます…或人のテンションは絶賛飛び下がライズだ。

 

「それにしても、昨日のマギアは一体…。」

 

 しかしそれでも気になるのは、やはりあのマギア…。

 これまで或人が目撃した、マギアになる為に必要な外的要因は2つ。

 1つは"ゼツメライザー"と呼ばれる装置を取り付けられる事によるデータの改竄。

 そしてもう1つは、とある存在により直接プログラムをハッキングされるパターンだ。

 昨日のマギアは思い返した所ゼツメライザーを装着していなかった…ならば後者の可能性が最な意見となるが、後者は或人が直接その原因を潰した事で不可能な方法となっている。

 新たな手段を用いたか、単に見落としがあったか、或いは…。 

 

「何か手掛かりになりそうなものは…。」

 

 おまけにあのマギアはプログライズホッパーブレードによる復元も無効化していた。

 マギアになった経緯もそうだが、あのヒューマギア自体がそもそも異質な存在…いずれにしても、はっきりとした事は分からない。

 直面した事の無い大きな謎に、どうにか突破口を見出だそうとする或人。

 

「そういえば…。」

 

 と、当時の状況を振り返っていた或人がある事に気付く。

 それはあのマギアが、執拗にステージに居た少女達に狙いを向けていた事だ。

 理由は不明だが、その言動から目的はあの少女達だったという事は明白だ。

 ならばあの少女達が何者なのか分かれば、真相を解明する切り口が見えてくるのでは…或人は早速専用の携帯"飛電ライズフォン"で検索を始める。

 

「スクールアイドルとか言ってたような…?」

 

 マギアが口走っていた事をよく思い返し、検索ワードとして打ち込むも、ざっと見た限りではあの少女達に関する事は出てこない。

 というよりスクールアイドルってそもそも何だ?と、まずそこから調べなければならないかとも思ったが、検索の方針を変えて昨日の会場のイベントスケジュールを閲覧する事にした。

 これで後は当時の時間と照らし合わせれば…。

 

「…お、あった。」

 

 ビンゴ、或人の読み通りに当時あのステージに立っていた少女達の詳細が判明した。

 

「あの時ステージに立ってたのは、えっと…。」

 

 そして或人はその少女達が何者であるか、それを示す名前を声に出して読み上げる。

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし着いた…。」

 

 黒いボディに蛍光色のラインが走る専用のバイク、"ライズホッパー"が或人を乗せてとある場所に辿り着く。

 飛電インテリジェンスから約15分…バイクから降りた彼の前にある表札には、虹ヶ咲学園と描かれている。

 あの日ステージを使用していたのがこの虹ヶ咲学園のスクールアイドルなる存在だと知った或人は直ぐに行動に出た。

 あの時の少女達に直接話を聞く為に学校に連絡をし、午後の仕事もそこそこに会社を抜け出そうとした所を福添にバレて説教喰らいそうになった所を何とか切り抜けて…まぁそれは一旦忘れるとして、或人は表札に向けていた視線をそこから先の景色へと向ける。

 

「てかデカぁ!?これ学校ってレベルじゃないでしょ!?」

 

 そこにはおよそ学校と呼ぶにはいささか奇抜なデザインをし、そしておよそ学校と呼ぶにはいささか大きいが過ぎる建物が。

 実は会社の社長室からも見えるこの建物を、以前は何かでっかい建物があるな~程度にしか認識していなかったが、いざ関わるとなるとその規格外の大きさに思わず頓狂な声が出る。

 おまけにこの学校、少し調べた限りでは敷地も相当なものだった。

 この中からあのステージに居た少女達を探すなど、雲を掴むような行為にも思えてくる。

 

「まぁ事前にアポは取ってあるし、まずは職員室を目指さないとな!」

 

 しかしそこは持ち前のノリと気合いで何とかするしかない。

 流石に人探しだ、雲のように実体が無い訳ではない…掴めないなんて事は無いであろう。

 或人は一転、明るい気持ちで学校の敷地内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ココドコ?」

 

 なお数分後にはこの有り様である。

 

「完っ全に迷子…この学校広すぎでしょ…。」

 

 広い、あまりにも広すぎる。

 よくこんな環境で生徒や先生方は日々を過ごせるものだと思わず毒づいてしまう程には広いのだ。

 これでも道行く生徒達に話を聞きながら歩いていたのだが…。

 

「こういう時は開き直って初心に返るべし!最初に入ってきた入口まで戻…るにしてもなぁ…。」

 

 ただでさえこの状態なのだ、元の場所に戻るなんてそれこそ付添人でも居ない限り不可能であろう。

 それを考えると、もしやこの先一生学校から出られないなんて事が!?などと1人静かに焦っていると…。

 

「居た!見つけましたよ!」

「え?」

 

 ここで辺りが騒がしい事に気付いた或人。

 同時に周りから何やら注目を集めているらしい事も判明し少々戸惑っていると、或人の前に2人の少女が現れた。

 

「貴方ですね、校内を徘徊している不審者というのは!」

 

 その2人の少女は、きっと双子であろう…同じ髪の結び方に同じ眼鏡を掛けて、パッと見ではどっちがどっちだか判別が難しい。

 さらにはその不審者を前にしても物怖じしない態度が彼女達の存在を揃って引き立たせて…って、不審者!?

 

「待って違う!!違うって!!俺そんな怪しい人じゃないって!!」

 

 確かに端から見れば怪しくあっちこっちフラフラしていたかもしれないが、そこには決してやましい理由なぞ1つも無く…!

 

「問答無用です!」

「確保!」

「えぇ~!?話聞く気ゼロぉ!?」

 

 しかし弁明の態度空しく数分後、縄で縛られた不届き者が校内を引きずり回される様が目撃されたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ヒューマギアに襲われた!?」」

 

 或人がお縄を頂戴されて校内を引きずり回されていた、大体同じ頃…学園の中庭では7人の少女達が揃って同じ大声を上げていた。

 

「ちょっ…どういう事ですかそれ!?何で先輩達が…!?」

「分かんない…私達も何がどうなってるのか全然分からなくて…。」

 

 その中の1人である"中須(なかす) かすみ"が慌ただしく仔細を尋ねるも、当事者である侑も詳しい事は分かっておらず、ただ首を横に振るしかない。

 

「それで、2人共怪我は無いの?」

「うん、そうなる前に何とかなったみたいだから…ね、歩夢?」

「う、うん…。」

「何とかなったみたいって?」

 

 昨日、ヒューマギアに襲われた…その中でも怪我を負った訳ではないという事しかはっきりとした事実が無く、しかしその事実が少女達の内の1人である"エマ・ヴェルデ"の不安で一杯だった胸を撫で下ろさせる。

 そして話の続きを"宮下(みやした) (あい)"が促すと…。

 

「何だろう…何か知らない人が来て、その人が…変身?みたいな事をして…それでそのヒューマギアをやっつけたんだ。その後はすぐどこかに行っちゃったから詳しい事は全然分かんないけど…。」

「変身…ですか?」

「そんなテレビのヒーローものじゃあるまいし…。」

 

 意外な答えが返ってきた。

 かすみがそう言ったようにそれは中々非現実的であると、"桜坂(おうさか) しずく"を初めとした誰もが怪訝な表情を見せる。

 

「ヒーローねぇ…あの娘が居れば食い付きそうな話題だけれども…。」

「生徒会の仕事があるから今居ないもんね~。」

「人が来るから…って言ってたような気がする…。」

 

 そのワードから"朝香(あさか) 果林(かりん)"がとある1人の少女を連想するも、その少女は"近江(このえ) 彼方(かなた)"や"天王寺(てんのうじ) 璃奈(りな)"が言及したように、今はこの場に居ない。

 今日学園へと来訪する予定の、とある大企業の社長と会う為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、貴方はどのような理由でこの校内に居るのですか?」

「その前に(コレ)ほどいてくれると嬉しいんだけどなぁー…。」

 

 さて或人はと言えば、現在生徒会室で先程の少女達から事情聴取をされていた。

 少女達の前で縄に縛られたまま正座させられて…端から見ても悲しいものがある。

 

「あー…実は職員室を探してて…。」

「職員室?」

「いやちゃんと生徒の皆に場所聞きながら歩いたんだよ?でもさ…それにしてもこの学校広すぎない?」

「虹ヶ咲学園は幅広い教育と自由な校風の下に成り立っていますから、これぐらいの広さはあって当然です。」

「へ、へぇー…。」

 

 まぁ再び弁明の機会が与えられたのだ、ここは何としても紛う事なき潔白である事を証明しなければ。

 それでも多少愚痴混じりになってしまったのが原因か、少女達から向けられる視線は変わらず痛い。

 

「話が逸れましたね、本題に戻りましょう。そもそも貴方は一体…?」

「あぁそうだね、俺は飛電…あ、名刺出せなi…痛てぇ!?」

 

 と、ここで名を問われる事となった或人はこれ幸いと名刺を出そうとして、しかし縄で縛られているが故に不自由な身動ぎしか出来ず、終いには情けなくコテンと倒れてしまう。

 名刺を出せれば身元の保証もでき、信頼度が増すかと思ったのだが、これでは真逆の印象を与えかねない…或人は内心上手く行かないと泣いた。

 

「すみません、お待たせしました。」

「「会長!」」

 

 すると話の腰を折るように部屋の扉が開き、1人の少女が部屋へと入ってきた。

 艶やかな鴉羽色の髪を一房に纏めた、これまた眼鏡を掛けた少女だ。

 そんな目の前の2人から会長と呼ばれたその少女は、不審者が現れたと聞きましたが…と言って或人の姿を見つけるや…。

 

「貴方は…!」

 

 と、驚いた表情を見せる。

 まるでこちらの顔を知っているかのような反応であるが、彼女は或人の抱いた疑問には反応せず、2人の少女達へ事の次第を伺い…。

 

「…右月(うづき)さん、左月(さつき)さん、縄を解いてください。」

「良いんですか?」

 

 そして或人を解放するよう指示した。

 当然名を呼ばれた2人がそんな容易に良いのかと聞くが、少女はただ頷くだけだ。

 思う所は不明だが、2人は少女の指示に従って或人を縛る縄をほどいた。

 

「ありがとう。ふぅ~やっと自由になれた…っと、名刺名刺…。」

 

 自由になった或人は一度大きく身体を伸ばし、懐からライズフォンを取り出してアプリを起動、その画面を少女達に見せる。

 画面に写っているのは飛電インテリジェンスの社長としての名刺…昔は紙を1枚1枚手渡しで見せていたが、今やデジタルの時代だ。

 

「飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電 或人…。」

 

 画面に写るその名を口にした少女達3人。

 すると或人を解放するよう指示した少女が或人を見て、やはり貴方でしたか…と息を吐く。

 

「お話は伺っています。申し訳ありません、大変失礼を致しました…。」

「いや良いってそんな!気にしてないよ!」

 

 そしてそのまま或人に対して深々とお辞儀をする少女。

 どうやら誤解は解けたらしい…ならばこれ以上根に持つものは無いと、或人は笑って少女の謝罪を許した。

 

「改めまして、ようこそ虹ヶ咲学園へ。私はこの学園の生徒会長を務める“中川(なかがわ) 菜々(なな)”と言う者です。今日は貴方様の付添人を担当させて頂きます。」

「付添人かぁ…ありがとう、助かるよ。また迷いたくないしね。」

 

 さらに念願だった付添人もその菜々が担当するという事で後顧の憂いが断たれた或人は、そのまま彼女の案内に乗じて意気揚々と道を行く。

 目指すは虹ヶ咲学園のスクールアイドル達の下…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…とにかく、2人が無事で何よりね。確か前にもヒューマギアが暴走するなんて同じ様な事件があったけれど、それがまだ終わってないって事なのかしら?」

 

 一方中庭に居る少女達の会話は、ヒューマギアの暴走という観点からさらに拡がっていく。

 今から2年前、この世界はヒューマギアによる恩恵を多大に受けていた一方、同時にそのヒューマギアによる脅威にも晒されていた。

 あるテロリスト集団によってヒューマギアが暴走を促され、人間を襲っていたのだ。

 事件の全容は規制が掛けられているのか今なお明らかとなっていないが、噂では命の危機となった事例も決して少なくなかったとも言われている。

 

「2人は私達以外にこの事を話したの~?」

「ううん…正直、やっと気持ちが落ち着いてきた所だから…。」

「それならその飛電なんちゃらに突撃ですよ!先輩達を危険な目に合わせてぇ…どういうつもりか直談判ですよ!」

「そうですね…悲しいですけれど、そもそもそういった事態を起こさない事が一番ですからね。」

「襲われた本人達が行けば、話もよく通ると思う。」

 

 少なくともヒューマギアが人間に手を掛けるのは脅威とみなされ、法律でも禁止されている程の事なのだ。

 飛電インテリジェンスはこの件に関して一貫した態度を取っており、暴走鎮静やアフターケアに尽力を尽くしているのは周知の事実となっているが、襲われた当事者からすれば方便と捉えられても仕方が無い。

 命の危機を前に、それらの事実は一片の価値も無いのだ。

 

「じゃあどうする?今日は練習お休みにして、このままその会社まで行く?」

「いや、いきなり皆で行っても向こうの人達に迷惑掛けるだけだろうし…また日を改めて、今日はいつも通り練習にしよう。」

「大丈夫?そんな事があってすぐなんだから…無理に私達に合わせなくて良いんだよ?」

「エマさんありがとう、私は大丈夫だよ。歩夢は…?」

「えっ?あ…うん、私も大丈夫。」

「それじゃあ今日はいつも通り練習して、後日改めて会社にカチコミに行きましょう!」

「かすみちゃん、言葉遣いが可愛くないわよ。」

 

 この件は、近い内に飛電の会社に伝えなければ。

 責任を押し付けるようで申し訳ないが、これが当事者が一番安心できる方法なのだ。

 少なからず心に負ったその傷が一刻も早く癒えるように、今はいつも通りの日常を過ごそうと務め始める少女達。

 このまま何事も無く今日1日を過ごして、それで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『虹ヶ咲のスクールアイドルぅ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで、良かった筈なのに…。

 

「ッ!?」

 

 それは今まで会話に加わらず、ただ聞こえてくる声に耳を傾けていた歩夢だからこそ、いち早く聞こえたものであっただろう。

 その身で体験した現実を、今一度深く意識していたからこそ、聞こえてしまった声であろう。

 

「歩夢?どうかした…っ!?」

 

 何故か急に目を見開き、途端に身体を震わせ始めた歩夢の様子を不審に思った侑が気に掛ける。

 まるで何かに怯えているようなその様子は、彼女の背後に見えたとある影を目にした事で侑にもその訳を理解させ、そして同じ様に彼女の身体を震わせる。

 歩夢から侑へと連鎖したそれは他の少女達にも異変を感じさせ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見ぃ~つけたぁ~…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達を恐怖の淵へと追い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが部室棟です。」

「だからなんで部室棟だけでこんなおっきな建物1個使う訳…!?」

 

 一方菜々に連れられ、虹ヶ咲の部室棟エリアまでやって来た或人。

 ここに来るまでにも相当複雑な道を行かされた…或人1人では確実に辿り着けなかったであろう。

 2人はそのままスクールアイドル同好会の部室までの道を共に歩んでいく。

 

「それにしても本当に色んな部活や同好会があるんだね?コッペパン同好会とか、流しそうめん同好会とか…?」

「一見すれば奇抜に見えるかもしれませんが、どの部活動も皆それぞれ全力で行事に取り組んでいます。個性に溢れ、実力も確かですよ?」

「スクールアイドル同好会も?」

「はい。自惚れに聞こえてしまうかもしれませんが、虹ヶ咲学園のスクールアイドルは今各地でも注目の的になっています。」

 

 話によると虹ヶ咲学園が所有する部活動の数は同好会も含めて何と100を超えているらしく、3階以上もあるこの大きな建物を部室棟として丸々1個使うという措置もそれ故なのだと言う。

 その一々たる規格外のスケールに、ここに来てから或人の口があんぐりと開く回数は増すばかりである。

 

「…確かこの学園にはスクールアイドル同好会の人達へ謝罪の為に、との事でしたね?」

「うん、ウチのヒューマギアがちょっと迷惑を掛けちゃってね…それがどうかした?」

「いえ…ただ失礼ながら、そのスクールアイドル同好会の方達からそのような話を伺っていないので、少し気に掛かっただけです。」

 

 しかもこの中川 菜々という少女…中々鋭くこちらを見てくる。

 先の反応から彼女は既にこちらの顔や会社事情等を把握している節があり、その上で或人がここに来た用件が腑に落ちないと指摘してくる。

 余計な混乱を招かないよう学校側に事件の詳細を伏せて伝えていなかったのも一因であろうが、彼女はそれ以上に個人の判断で或人の事を警戒しているようだ。

 敵対する気など毛頭無いが、彼女の判断次第ではそういった関係となるやもしれない…注意を払うべきだろう。

 

「着きました、ここがスクールアイドル同好会の部室です。」

 

 と、そんな話をしている内に同好会の部室に到着したようだ。

 この部室棟に於ける最上階の一番端…或人が1人で探していたら確実を通り越して一生辿り着けなかっただろう。

 

「今の時間帯は皆さん外でトレーニングに励んでいる筈ですが…もしかしたら休憩等で部室に来ているかもしれません。」

「詳しいね?」

「部員ですから。」

「へぇ…え、部員なの!?」

 

 さらに驚く事にこの中川 菜々なる少女、スクールアイドル同好会の一員らしい。

 第一印象からして真面目が服を着て歩いているような彼女がステージ上で爛漫と歌って踊る姿が想像出来ず、或人はここに来て素っ頓狂な声を上げる。

 

「…残念ですね、全員外みたいです。」

「トレーニングしてるって言ってたっけ…案内お願いしても良い?」

「はい。」

 

 そんなこんなで部屋の中を覗くと、そこには人1人居らず、菜々の言う通り全員が外に出ている事を或人に知らせる。

 ついでの好奇心で中の様子を窺ってみると、そこは整理整頓がされていながらも、様々な個性が詰まった場所だなと知らぬ身でありながら感じる。

 何せ机の上には演劇のようなものの台本が置いてあるかと思いきや、その隣には何故かアニメのDVDやコッペパンがちらほら。

 棚の方には電子工具にパンダのぬいぐるみに特大枕と…何1つとして共通点が見出だせない。

 きっと思い思いに品を持ち込み、そしてそれを共有出来る程に仲睦まじいのだろうと思っていると、不意に或人が机の上のある物を手に取り、菜々に尋ねる。

 

「この娘達がスクールアイドルの子達?」

「はい、少し前に撮った写真ですね。」

 

 それはどうやらこのスクールアイドル同好会に所属している者達が写った写真であるらしく、写真の中では10人の少女達がそれぞれ笑顔で身を寄せ合っている。

 パッと見、菜々の姿が見えないが…この時は席を外していたのか、それとも撮影担当だったのだろうか?

 

「いっぱい居るね…ここに写ってる全員がそう?」

「いえ、中央に居る人以外ですね。」

 

 そのまま写真を観察し、指摘を受けた中央に居る少女の姿を見る或人。

 そこにはツインテールに纏めた黒と緑のグラデーションの髪が特徴的な少女が。

 その少女こそ、先日マギアに襲われていたあの2人の少女の内の1人で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―或人社長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…!」

 

 そんな彼女の髪色が或人の知る"ある者"の姿を連想させ、しかし彼は浮かんだその者の姿を頭を振って消し払う。

 

「…どうかしましたか?」

「いや、何でも無いよ…行こう。」

 

 今は…今は"彼女"の事を思い浮かべている場合では無い。

 或人は写真を机の上に置き直し、菜々と共に本来の目的へ戻ろうとする。

 

 

 

 

「「ッ…!?」」

 

 と、その時。

 何処からかとてつもない大きな音が聞こえてきた。

 

 

 

 

「今のは…!?」

 

 これまでの学校生活、ひいてはこれまでの人生で聞いた事が無いからであろう…聞こえてきた音に首を傾げ、しかしその音量から何か不祥事が起きたのだろうかと勘づき怪訝な表情を浮かべる菜々。

 

「まさか…!?」

「あ、あの!?どちらに!?」

 

 対して或人はと言うと、その物音に聞き覚えがある為に表情を強張らせ、その場から駆け出す。

 掛けた言葉に耳を貸さず行ってしまい、1人取り残されてしまった菜々であるが、やがて聞こえてきた別の音に触発され、彼女もまた或人の後を追う形で走り出した。

 

 

 

 

 その音とは…人の悲鳴であったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走って皆!!止まっちゃ駄目!!」

「な、な、何なんですか!?何なんですかぁぁぁぁぁ!?」

 

 同時刻、虹ヶ咲学園の中庭は騒然と化していた。

 多くの生徒が現在起きている事態に逃げ惑う中、侑や歩夢を中心とした少女達もその一部となっている。

 

『イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』

 

 その原因は、今も少女達を空の上から見下ろし、気味の悪い声を上げているヒューマギアだ。

 

「あ、あれが…あれが先輩達を襲ったっていう!?」

「何でですかぁ!?どうしてかすみん達がぁぁぁぁぁ!?」

「流石の彼方ちゃんもおめめパチクリだよぉ~!?」

「喋ってないで逃げるわよ!!」

 

 かつて"オニコマギア"と呼ばれた個体に酷似したソレは、先日のベローサマギアと同様に侑や歩夢…さらにはその周りに居る少女達にも狙いを定め、彼女達を襲わんとしている。

 

「やっぱり…!!」

「あれは…!?」

 

 校内に雪崩れ込んでくる生徒達を掻き分け中庭に辿り着き、その様を捉えた或人は先日と同じ様にゼロツーキーを手に少女達に追い付こうと走り出す。

 菜々もまた現状に理解が追い付かないながらも、仲間達が危険な目に会っている事だけを優先に或人の後を追う。

 

「ぴっ!?」

「かすみさん!?」

 

 と、最後尾を走っていたかすみが拍子につまづいて転んでしまった。

 それに気付いたしずくが彼女を起こそうと側に寄るも、それによって遅れを取る彼女達は追ってくるマギアに間も無く追い付かれてしまう。

 

「かすみちゃん!?しずくちゃん!?」

「ッ…駄目侑ちゃん!!行ったら…!!」

「でもっ!!」

 

 他の少女達も一様に2人の救出に向かおうと躍起になるが、一番に駆け出そうとした侑を歩夢が引き止める。

 

 

 

 

 行ってどうするというのか?行けば全員で逃げ切れるとでも?

 

―そんな事は無い…全員が危機に陥るだけだ。

 

 

 

 

 ならば2人を見捨てるというのか?

 

―そんな事はしたくない…でも助けようした先の未来が見えない。

 

 

 

 

 どうする事も出来ない…歩夢の制止を振り切りたくて、しかし彼女の想う事も身に染みて分かり、結果として少女達は次の行動を起こせない。

 

『スクールアイドル、中須 かすみ…桜坂 しずく…。』

「かすみさん立って!!早く逃げないと…!!」

「ちょ…駄目…足に力入んない…!!」

 

 そうこうしている内にマギアはいよいよかすみとしずくの2人に狙いを定め…。

 

『死ねぇぇぇぇぇ!!』

「ッ…!!」

「きゃあああああ!!??」

「かすみちゃん!!しずくちゃん!!」

 

 宣言通りに2人目掛けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02(ゼロツー) Ability(アビリティ)

 

『グッ!?何だ…!?』

 

 しかしその凶行は飛来してきた光…ゼロツーキーに搭載されている"SHINE(シャイン)システム"によって阻まれる。

 多くの少女達は起きた出来事そのものに、そして侑と歩夢はその出来事に於ける既視感に目を見開く。

 

「皆さん!!」

「せt…菜々ちゃん!!」

「早く逃げて!!」

「えっ!?だ、誰ですか!?」

 

 すると少女達の下にまず見知らぬ青年が、そして続くように菜々が駆け付ける。

 見知った顔が現れた事で、少女達は一抹ながらも安堵を得られた様子…ならばとその青年たる或人は彼女達にこの場を離れるよう促してマギアへと向かい合う。

 

「貴方は、あの時の…!?」

「やっぱりこの娘達が狙いなのか…どうしてこの娘達を狙う!?」

 

 そして或人は背後に居る少女達の中に昨日の2人…侑と歩夢が居る事も確認し、このマギアの目的…その確証を得る。

 だが学園内にまで迫るなど…何故そうまで彼女達を狙うのか?

 

『飛電 或人…仮面ライダーゼロワン…テメェも抹殺だぁぁぁぁぁ!!』

「くっ…!?」

 

 しかしマギアは或人の問いにまともな答えは返そうとしない。

 やるしかない…再びその時が来たのだ。

 或人は襲い掛かってきたマギアの攻撃を避け、ゼロワンドライバーを腰に装着する。

 

【 ゼロワンドライバー! 】

 

「ゼロワン…まさか!?」

 

 そして或人はライジングホッパーキー起動し、ドライバーに認証させ、そのまま変身の為の動作を続けていく。

 

Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!??ばばば、バッタぁ!?でっかいバッタぁ!?」

 

 多くの少女達にその姿を見られながらも決して迷う事無く、或人は堂々とその言葉を口にした。

 

 

 

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 

 

 

 キーをドライバーに挿入し、ライジングホッパーのライダモデルをその身に纏い、或人は再び新時代の守護者、仮面ライダーゼロワンへと変身する。

 

【 飛び上がライズ! ライジングホッパー!!

 

「変わった…!?」

「何が起きてるの…!?」

「仮面ライダーゼロワン…やはり貴方が!」

 

 それぞれの反応を背に受けながら、或人は今一度マギアの姿を注視する。

 見た目はまさしくかつてのオニコマギアそのもの…先日のベローサマギアの事を考えると、恐らくスペックもそう変わっていないであろう。

 であるならば、相手の得意分野に持ち込まれる前に決着を付けたい…或人はもう一度ゼロツーキーを起動し、その為の武器を製造する。

 

【 プログライズホッパーブレード! 】

 

 造られたのは、先日の戦闘でも使用した蛍光色の剣…その切っ先をマギアへ向ける或人。

 しかし次の瞬間にはマギア目掛けて跳躍、刀身全体を使ってマギアを切り裂こうとする。

 

「はっ!!」

『チィ…!』

 

 最初の一太刀は銘に当たる部分を腕で抑え込まれて防がれる。

 しかし或人はその一太刀が防がれるや素早く身を転じさせ、次々と斬撃を繰り出していく。

 マギアも対応はするものの、その全てを防ぐ事は叶わず、徐々にその身体に切り傷が増えていく。

 

【 フィニッシュライズ! 】

 

 戦いの流れを掴んだ或人は戦法を一旦斬撃から蹴撃に変更。

 その間に武器のトリガーを5回引き、刀身にエネルギーを纏わせる。

 

【 プログライジングストラッシュ!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 そして機を見て一気に詰め寄り、一閃。

 先日は失敗に終わった一連の流れだが、果たして今回は…。

 

『危ねぇじゃねぇかコノヤロォォォォォ!!』

「ッ…やっぱり効かないのか…!?」

 

 同様に失敗となった。

 これでほぼ確定となった、ブレードによる鎮静の無効化…今までに直面した事の無い事態に或人は動揺を隠せない。

 その動揺が、マギアに反撃の隙を与えた。

 

「あっ!?ちょ、待て!!」

 

 気付いた時には既に遅く、マギアは能力を駆使して空を飛び、眼下の或人を見下ろしてくる。

 このままではまずいと或人も直ぐに行動に移り、空へと跳躍するも…。

 

「っ…!!」

 

 マギアに向けて突撃した或人の一撃は、ひらりと避けられ空を切る。

 

「クソッ…!!」

 

 攻撃を空振った事実にめげず、或人は空を蹴って何度もマギアに挑んでいくも、それらはいずれもマギアに避けられ意味を為さない。

 

「凄い…飛んでる…。」

「でも全然当たってない…どうして…?」

 

 その様子は地上に居る少女達の目にもしっかりと写っており、彼女達に疑問を抱かせる。

 先程までは完全に優位に立っていたのに、急にそれが逆転したのは何故なのか?

 別に空を飛べていない訳では無いというのに…と誰もが訝しむが、或人の様子を注意深く見ていたしずくがある事に気付いた。

 

「っ!そっか、飛べないんだ…!」

「へ?何言ってんのしず子…思いっきり飛んでるじゃん!」

 

 その一言にかすみが一体何を言っているのかと反するも、その反言は見当違いなのだとしずくは論する。

 

「"飛ぶ"のと"跳ぶ"のは違うよかすみさん!あの人は…空を飛べないんですよ!」

 

 そう、或人とマギア…両者とも同じ様に空を駆け抜けているように見えるが、その仕組みは大きく異なっている。

 マギアは背中の翼を用いて、文字通り空を飛んでいる…旋回や小回りなどもお手の物だ。

 対して或人は空を蹴る事によって跳んでいる…直線に進むなら飛ぶより速いかもしれないが、反対に直線でしか移動出来ず、旋回や小回りも効かない。

 要は或人がマギアの下に向かうには、どう足掻いても一直線にしか迫れないのだ。

 自由自在に空を飛べるマギアからすれば、そんなただ真っ直ぐ向かってくる動きなど、赤子の手を捻るが如く相手取れる。

 

『イヒヒヒヒヒ!!』

「うぁっ!?」

 

 そしてその指摘通り、或人は段々とマギアの攻撃に対応しきれなくなり、遂には鋭利な爪の連撃に耐えきれず地へと落とされた。

 

「あぁ!?」

「もしかして、意外とピンチ…!?」

 

 中庭の一角にクレーターを作る程の衝撃を前に少女達は不安で浮き足立つ。

 このままではいずれ彼は倒されてしまうのでは、と。

 

「くっ…空飛ばれると困るんだよなぁ…!」

 

 しかし或人は陥没した地面の中央で少しフラフラとしながらも、まるで軽口でも叩いているかのようなノリのボヤきを入れながら立ち上がる。

 

「でも…だったらこれで!」

 

 そう、或人は出来れば飛ばれる前に終わらせたかったと思っていただけ…彼にはこの状況に対応出来る手がある。

 その為の手段として、彼はライジングホッパーキーとも、ゼロツーキーとも違う第三のプログライズキーを起動した。

 

Wing(ウイング)!

 

 ピンク色をしたそのキーを起動した或人はベルトに刺さるライジングホッパーキーを引き抜き、代わりにその新たなキーをベルトに認証させる。

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

「うわっ!?また何か出てきた!?」

「今度は…鳥さん?」

 

 するとゼロツーキーからライジングホッパーのものとは違うライダモデルが現れた。

 それはキーの表面にも描かれている、鷹のライダモデルであった。

 現れた鷹のライダモデルは空を飛び、新たなプロセスを踏もうとしている或人を守るべく、マギアと対峙する。

 その間に或人はキーを展開、今しがた抜いたライジングホッパーキーの代わりにそのキーをベルトに刺した。

 

 

 

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 

 

 

 ベルトがキーのデータを読み込み、或人の身体に変化が訪れる。

 それまで纏っていた蛍光色の装甲が形を変え、指定された箇所へと移動する。

 そして空いた箇所に鷹のライダモデルによる装甲を追加し、或人はその身で空を"飛んだ"。

 

 

 

 

【 Fly to the sky! 】

 

 

 

 

 翼など無く、しかしかのマギアの如く空を自在に飛び回るその姿は、ゼロワンが持つ知られざる力の一端。

 "フライングファルコンキー"の恩恵によりこの大空を我が物にせしめんとする力を授かった、その姿の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライングファルコン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン フライングファルコン"

 

 

 

 

【 Spread your wings and prepare for a force. 】

 

 

 

 

―翼を拡げ、吹き荒れる風を力に変えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

 新たな姿へと変化した身を翻し、マギアへと肉薄する或人。

 その最中でゼロツーキーから再び光が迸り、彼にさらなる力を与える。

 

【 アタッシュカリバー! 】

 

 現れたアタッシュケース型の機械を先に取り落としてしまったブレードの代わりに手にし、さらにその底面を掴んだ或人は機械のギミックを作動させ、その機械の真の姿を露にさせる。

 

【 ブレードライズ! 】

 

 収納されていた銀色の刀身が日の光を反射してキラリと光り、クリアブルーの刀身をしたホッパーブレードとはまた違う印象を見る者に与える。

 或人はそんな刃の切っ先をマギアへと向け…。

 

「はぁっ!」

 

 振り下ろす。

 マギアはその一撃を腕を組んで防ごうとするが、アタッシュカリバーの刃はその防御をも切り裂き、マギアにダメージを与える。

 

『ヌァッ!?テメェ!!』

「まだまだぁ!」

 

 激昂するマギアは姿勢を防御から攻撃へと変え、両手の爪で或人に迫る。

 しかし或人はそれらの攻撃を的確に防ぎながら刃を走らせ、マギアにダメージを蓄積させていく。

 

「飛んでる…!」

「すごいです!」

 

 縦横無尽に空を駆けながら繰り広げられるその攻防に、地表に居る少女達は呆気に取られながらも或人の優勢に徐々に歓喜の声を上げていく。

 そして遂に決定的な瞬間が訪れる。

 

【 チャージライズ! 】

 

 肉薄していた状況から距離を取り、再度アタッシュカリバーを畳む或人。

 

【 フルチャージ!! 】

 

 そしてもう一度刃を展開する事でアタッシュカリバーから音声が流れ、同時にその刀身にエネルギーが漲り始める。

 

『させるかぁぁぁぁぁ!!』

 

 黄色い閃光を纏い始めたそれに危機感を感じたマギアが或人に向けて迫る。

 と、それを機と見た或人もまたマギアに向けて飛翔。

 アタッシュカリバーを肩に担ぎ、取っ手に付属しているトリガーを引いた。

 

【 カバンストラッシュ!! 】

 

「はぁあ!!」

 

 そしてすれ違い様に斬撃を放つ。

 その一閃はマギアの羽根を根元から切り裂き、マギアを飛べぬ身へと変える。

 

『ウァァァァァ!!??』

 

 自由を奪われ、空への情景にもがきながら落下していくマギア。

 そんなマギアに或人は今一度キッと強い視線を向け…。

 

「これで決める!!」

 

 ベルトのキーを奥へと押し込んだ。

 

 

 

 

フライング! インパクト!! 】

 

 

 

 

 身体に漲るエネルギーを感じながら、或人はマギア向けて一直線に迫る。

 羽根を失くして動きを制限された今ならば、真正面から向かった所で問題は無い…或人は地上まであと僅かに迫ったマギアの身体を両足で挟み込み、そのまま身体を捻って真逆の空高くへとマギアを吹き飛ばす。

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 それはまるで獲物を狙う鷲そのもの…弄ばれるかのようにされるマギアに或人は大きく旋回しながら迫り寄り…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フ ラ イ ン グ  

 

 

 

 

イ ン パ ク ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 強烈な回し蹴りを決めた。

 

『グァァァァァァァァァァ!!??』

 

 その一撃はマギアの胴を両断し、上と下に身体が分かれたマギアに断末魔を上げさせる。

 そしてその声はすぐに爆発音へと変わり、虹ヶ咲の空に2つの花火を作る。

 

「終わっ…た…?」

「そうです!勝ったんですよゼロワンが!」

 

 2つの爆発による黒煙が空を覆う中、地表へと降り立ったゼロワンを見て勝利を確信する菜々。

 彼女の言葉に他の少女達も張り詰まっていた危機感が解れ、それぞれ安堵の表情を見せる。

 

「大丈夫?怪我は無い?」

「あ、えっと…はい、こちらは全員問題ありません。」

 

 と、そんな少女達に或人が声を掛ける。

 変身を解除し、少女達の安否を気遣う為に側まで駆け寄った彼に菜々が代表して答え、また返しに一連の出来事について問い掛ける。

 

「あの、一体何が起きているんですか…?」

「…その事で、大事な話があるんだ。」

 

 他の少女達全員の意思を汲んだその問いに或人は表情を苦く歪め、今はその問いに答える時ではないと言った。

 

「でも今は学校の指示に従って行動して。それで身の回りか落ち着いたら、飛電インテリジェンスって会社まで来て欲しいんだ。」

 

 まずは彼女達が気持ちを落ち着かせてから…或人は虹ヶ咲の名前を使えば社長室まで通れるようにするからと言って、その場を後にした。

 

「飛電インテリジェンス…。」

 

 残された少女達は未だ分からぬ状況に戸惑うばかり。

 しかし夢を追い掛け、そして1つの夢を無くした青年と、夢を追い掛け、虹色の夢を描き始めている少女達。

 示された一筋の道標により、彼等の物語はいよいよ交差し始めるのであった。

 

 

 

 




メモ情報



・世界観

→同一の世界観であり、その上で両作品とも原点とは少し異なる物語を歩んでいる



 ゼロワン

→基本的には原点である『仮面ライダーゼロワン』と大差無い道程を辿ったが、幾つかの相違点がある
 主な例として…

1.イズが復元されていない

2.1年が経過している

3.その間『ファイナルステージ』や『REAL×TIME』等の出来事が起こっていない

 以上のものが挙げられる



 虹ヶ咲

→こちらも基本的には所謂『アニガサキ』と同じ出来事が起きている
 ただし右月や左月など『アニガサキ』には登場していない人物が存在していたりと、原点とは少しばかり周りの環境が異なっている


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Program.3「大切なもの 壊さぬように」

プリミティブ隠しきれてませんよアラビアーナ
不死鳥隠しきれてませんよセイレーン



「ここが、飛電インテリジェンス…。」

「でっかぁ~~~!すっごいね~!」

「会社ってレベルじゃないですよこれ!?」

 

 虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会に所属する少女達…先日共に居た菜々の代わりに1人別の少女を加えた彼女達10人は、現在目の前にそびえ立つ建物の大きさに度肝を抜かれている所だ。

 学園内でヒューマギアが暴走したあの事件により臨時休校となった今日…本来ならば生徒の安全確保という学園の意向通り自宅で大人しくしているべきなのだろうが、事件の当事者たる彼女達は急遽空いたこの時間を独自に原因究明の為の時間に当てようと決意し、その鍵となる株式会社 飛電インテリジェンスへと足を運んでいたのだ。

 

「株式会社 飛電インテリジェンス…世界にヒューマギアの革命を起こした大企業…。」

「初代社長は"飛電(ひでん) 是之助(これのすけ)"社長。ヒューマギア以外にも飛電ライズフォンなどの商品を開発し、今や国内最大手のAIテクノロジー企業となっています。」

「詳しいねぇ、せつ菜ちゃnそして!現社長である飛電 或人さんは人とヒューマギアの共存の為に仮面ライダーゼロワンとなり、日々戦いに身を投じているという事です!」

「オタク故にって訳ね…。」

 

 口にすれば露になる、飛電インテリジェンスの多大な功績、そしてその規模の大きさ。

 世界に強い影響を及ぼす程の存在を前に段々と萎縮さえ覚えてしまうが、同時にその存在が起こしたであろう不祥事に対する思いもまた強まり、彼女達に退く事を許さない。

 

「それで、どうやって中に入るの?」

「確か、虹ヶ咲の名前を使えば通れるようにすると言っていましたよね…?」

 

 して退く事せずと言うなれば進むのみ…しかしどうやって進むべきか。

 最終目標はこの会社の社長である飛電 或人…その彼に会う為に、如何なる手を使えば良いのだろうか。

 思い返して、昨日の彼が虹ヶ咲の名前さえ出せば会えると言っていた事を思い起こす少女達。

 思いの外簡単な手ではあるが、しかして昨日の今日である…口約束だけの、それもほぼ私事の為だけの認証が、そう都合良く会社全体に伝わっているものであろうか?

 無論悩んでいた所で仕方も無いので進むしかないのだが、慣れぬ場所に向かうという事で皆少なからず緊張しているのだろう…ついつい二の足を踏んでしまう。

 

「失礼します。」

「わっ!?は、はい!」

 

 そんな少女達に突然誰かが声を掛けてきた。

 一番近く、それも背後から掛けられた声に驚いた侑は少し上擦った声を上げて振り返り、その人物を視界に捉える。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。ですが失礼ながら、貴女方を会社の目前でたむろしている不審な人物と判断して声を掛けさせてもらいました。何か、この会社にご用事が?」

 

 そこに居たのは、全身を青系統の制服で纏めた男性であった。

 いや、それでは少し語弊がある。

 正確には、全身を青系統の制服で纏めた男性"型"の…。

 

「ヒューマギア…?」

「はい、私は警備型ヒューマギアの"マモル"です。」

 

 問われたそれに顔色変えず答える、マモルという名のヒューマギア。

 どうやら彼は会社の入口でいつまでも中に入ろうとしない少女達の事が気に掛かったようだ。

 

「不審に見られる動きをしてしまって申し訳ありません、私達は虹ヶ咲学園の者です。この会社の社長である飛電 或人さんにお会いしたいのですが…。」

 

 代表者として率先と口を開く、彼方からせつ菜と呼ばれた少女。

 その発言に対し、マモルは一瞬耳に付属しているモジュールから機械音を鳴らすと…。

 

「確認致しました、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の皆様ですね?私が社長室までご案内致します。」

 

 そのまま何事も無かったかのように少女達を会社の中へ入るよう促した。

 その発言から、恐らく今の一瞬で自分達が来訪した際に対する対応の仕方を得たのだろう。

 人工知能という、人間の遥か先を行く思考回路を持つヒューマギアならではの光景であった。

 そんな普段見慣れぬ光景を目の当たりにした少女達は、マモルという存在が確かにヒューマギアであると理解し、しかし耳に付属しているモジュールにさえ目を瞑れば、その見た目や言葉遣い等、自分達人間との違いの無さにどうにも言い知れぬ感情を抱いた。

 そんな少女達は何故か腕に巻かれている黄色いハンカチが妙に印象に残るマモルの手に従い、会社の中へと入っていく。

 広大なエントランスを抜け、エレベーターホールへと辿り着き、そのまま上へ…。

 マモルを含めた11人が乗っても問題なく動く特注型のエレベーターで社長室へ目指す中、ふと感じた事をせつ菜が溢す。

 

「こうして見ると、普段の私達の生活の中にもヒューマギアの皆さんが沢山居らっしゃるんですね。」

「はい。どのヒューマギアも人間の皆様の生活を支えるべく、日々各地で活動をしています。」

 

 ここに辿り着くまでにすれ違った人達…その中には、確かにヒューマギアを象徴するモジュールを付けた者達が居た。

 ヒューマギア事業の中心たる場所なのだから当たり前と言われればそれまでなのだが、そうでなくてもこの会社に来るまでの道のり、またはそれまでの日常を思い返せば、想像していた以上のヒューマギアとすれ違っていた気がする。

 恐らく先程感じた言い知れぬ感情というのはこれであろう。

 全く知らぬ間にそのような存在が身の回りを闊歩していたのだという事実…その事実に対して無知であった事への、若干の恐怖心だ。

 ヒューマギアという存在は彼女達にとってまだまだ理解出来ていない、それこそただの機械同然…人間と同等の存在には見れないのだ。

 その機械が、もしかしたら本当に身近な所にまで進出しているのではとなると、今まで何の疑いもせずに過ごしてきた普遍的な日常というものが崩れてしまう。

 そういった変化に理解が追い付かなくなると、人というのは驚愕などといった感情を通り越し、その変化や事実を得体が知れないと…不気味だと感じてしまうのだ。

 しかしそれは先入観という言葉で片付けられる…理解さえ出来てしまえばどうという事は無い。

 そのような存在が居るのだと、それが思っていた以上に身近に居ただけ…それだけの話だ。

 そう言い聞かせるには先日の件がどうにも脳裏を過るが、せつ菜を初めとした少女達は一応はそれで納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の生活を、支える…。」

 

 上原 歩夢、彼女1人を除いて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼致します。或人社長、虹ヶ咲学園の皆様がお見えになりました。」

「ほんと!?ありがとうマモル、助かったよ!ちょっと待ってて、今皆の分の椅子用意するから!」

「お手伝い致します、或人社長。」

「大丈夫大丈夫!椅子揃えるぐらい訳無いって!」

「分かりました。では私は警備の仕事に戻りますので、これで失礼致します。」

 

 そうして無事社長室へと辿り着いた少女達。

 マモルの後に続いて中へと入れば、そこには自身等の来訪を受け、室内を忙しなく動き始めた或人の姿が。

 

「それにしても悪いね、昨日の今日でわざわざ会社まで来てもらっちゃって。いや何せ社長業務も楽じゃなくってね~…副社長にも目付けられてるし、なかなかここを離れる事も難しい…ってこんな事聞かされてもだよね…それよりも皆大丈夫?今日学校は?」

「今日は臨時の休校です。昨日の騒動で…。」

 

 少女達の為の椅子を用意しながらやや早口に聞かれた問いに、せつ菜は逆にゆっくりと答える。

 手短に、そしてはっきりと伝わるように。

 その対比は或人をあ~…と少し居たたまれなそうな心持ちにさせる。

 彼女達は決してお気楽ご気楽でここを訪れた訳では無いのだと、そう示されたのだ。

 

「よし、それじゃあ改めて…ようこそ、飛電インテリジェンスへ。俺はこの会社の社長の飛電 或人、よろしくね。」

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会です、本日はよろしくお願い致します。」

「あ~そんな堅苦しくしないで良いよ!もっと気楽にね!」

「気楽に…とは仰いますが、お話の内容はそういった類いのものでは無いのでしょう?」

「…うん、まぁそうなんだよね。」

 

 念の為椅子に座った彼女達に向けてめげずに明るい姿勢を取る或人であったが、やはり目の前の少女達からはそんな空気を感じる事は無く、否が応にも固い態度を取らざるを得なくさせる。

 そういった態度を取らされるのは仕事だけにしたいものだ…。

 

「じゃあまずは…ごめん、君達を危険な目に合わせちゃって…。」

 

 しかし或人は一転して重みの感じる声を発するや、そのまま深々と頭を下げた。

 或人としては最大限の誠心による謝罪…しかしその誠意に対して即座に許しの声が掛けられる事は無かった。

 

「一体、何が起こっているのですか?何故あのヒューマギアは私達を襲ってきたのでしょうか?ヒューマギア事業を一手に担う飛電インテリジェンスの代表として、それだけは真っ当な回答をお願いします。」

 

 掛けられたのは、ただ事実の掲示、その催促。

 その言葉からは露骨に表に出してこそいないものの、少女達全員が心に何らかの募りを抱いている事がよく分かる。

 そしてそれは、或人の表情を途端に曇らせる事となる。

 問われたそれに対し、望まれる答えを待ち合わせていないからだ。

 

「実は…何も分かってないんだ。ヒューマギアが暴走した理由、君達を狙った訳、その何もかもが…。」

「な、何ですかそれ!?何にも分かってないなんて、そんな事…!!」

「俺もこんな事は言いたくない。けど…あのヒューマギアの暴走について、俺から言える事は殆ど無い。」

「…確か、2年前にもヒューマギアが暴走してたって言われてた時期があったわよね…今回のもそれと同じなのかしら?」

「それも分からないんだ…その件に関しては既に色んな手を打っているから、一応違うものだと見ているけど…。」

「つまり本当に何も分かっていないけれど、事業主として一旦頭を下げたいと…。」

 

 分かっているのは、ヒューマギアが暴走したという事実。

 そしてそのヒューマギアはここに居る少女達を狙っていたという事だけ。

 たったそれだけしか判明していない事実にかすみが或人に食って掛かる中、彼女を嗜めるように果林が率先と口を開くも…。

 

「…何も知らないからこちらは悪くありません、とまでは流石に言わないでしょうけれど…こっちは命を狙われたのだから、もう少し納得のいく説明が欲しいわね。」

「ちょっと果林ちゃん…!」

 

 その実はかすみと同じ情から来るものであり、流石に言い過ぎではとエマが止めに入る。

 

「いや、彼女の言い分は最もだよ。そういう罵声は全部甘んじて受け入れるつもりだ。」

「…その上で、私達をここまで呼んだ理由があると?」

 

 しかし或人はそれでも構わないと彼女達に向き合う。

 そして少女達全員と一度視線を交わし…。

 

「力を貸して欲しいんだ…これ以上皆に危険が及ばないように、俺達飛電インテリジェンスは全力でこの件に当たる事にした。それでも俺達だけの力じゃ限界がある…だから、皆にも協力して欲しいんだ。」

 

 再び頭を下げる。

 その心を安らげられるような情報を何も提供出来ず、彼女達からすれば不審な想いを抱かれても仕方がない。

 だがそれでも、彼女達に伝えなければならない。

 この事件は、必ず解決すると。

 そして、必ず守ると。

 

「協力って言っても、具体的にどんな?」

「今は圧倒的に情報が足りない…だからどんな些細な事でも構わないから、色々話を聞かせてもらいたいんだ。きっとその中に、今回の事件を解決する糸口が有ると思う。」

 

 その旨を聞かされた少女達は一様に戸惑いを見せる。

 やはり納得の出来る説明が出来なかった事で多少なりとも不信感が有るのだろう。

 

「…私達に、出来る事なら。」

 

 しかしそれは一旦の話であり、やがて少女達はそれぞれに視線を交わして総意を固め、或人に協力の意を示した。

 まだ或人の事を完全に信用した訳ではないが、もしまたマギアが現れた時に対する手段を彼しか持ち得ていない以上、彼の提案に乗った方が身の為だとの判断だ。

 

「ありがとう…これからよろしく!」

 

 それでも全く信頼を得られず、協力を拒まれる事態さえ想定せざるを得なかった身からすれば、彼女達が返した総意が素直に嬉しく、或人は思わず顔が綻んでしまう。

 

「それじゃあ改めて…俺は飛電 或人、ここ飛電インテリジェンスの社長をやってる。よろしくね。」

 

 そのまま流れは互いを知る所から…まず第一に或人が再度の自己紹介を行い、他の少女達にも続くように促した。

 

「あ、じゃあ私…えっと、高咲 侑です。」

 

 その促しにまず応じたのは、高咲 侑。

 或人が初めてこの事件に出会した時にその場に居た少女の1人だ。

 

「君は確か、この前ライブ会場に居た子だよね?菜々ちゃんから少しだけ話を聞いたけど、スクールアイドルじゃ無いんだよね?」

「はい、私はマネージャーというか…皆の事を近くで応援したいなって。」

「そっか…分かった、これからよろしく。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

 彼女はメンバーの中で唯一スクールアイドル活動を行っていない少女。

 役割としては彼女自ら言った通り同好会のメンバー全員のマネージャー業を担当しているようだ。

 そう…メンバー全員の、である。

 各メンバーの体調、練習内容の管理は勿論、衣装や作詞作曲、果てはライブの日程調整や交渉など…彼女達のスクールアイドル活動のほぼ全てに力添えをしているとの事らしく、軽く聞いただけでも尋常じゃない働きぶり。

 素直に凄い子だなと感嘆した或人であった。

 

「じゃあ次は…歩夢かな?」

「え?う、うん…。」

 

 次に声を上げたのは、侑と同じく初めて彼女達と関わった時にその場に居た少女、上原 歩夢だ。

 

「えっと、上原 歩夢です…。」

「歩夢ちゃんか…君とも会うのはこれで3回目だね。そう言えば最初に会ったあの後は大丈夫だった?俺は…ちょっとアレだったけど。」

「はい、あの後は侑ちゃんと一緒に警察の人に保護されて…。」

「そっか、良かったぁ~…大丈夫かなって気が気じゃ無かったんだよね。」

 

 彼女は見た限り他の少女達以上に或人の事を警戒しているようであり、中々視線を合わせようとしない。

 それでも親睦を深めるべく会話を続け、彼女もまたぎこちなくも言葉を返してくれた…その時であった。

 

「な~にが気が気じゃ無かった、ですか!そんなのこっちもおんなじですよ!」

 

 その会話を遮るが如く声を上げた少女が居た。

 話が始まった後、一番最初に或人に食って掛かった少女…中須 かすみだ。

 

「えっと、君は…?」

「…中須 かすみです。言っときますけど、かすみん怒ってるんですからね!私達をあんな危ない目に会わせて…!」

「かすみさん、言い過ぎだよ…!」

「だって…!」

 

 隣に座る別の少女から窘められる程に明確な敵意を向けてくる彼女は、先の歩夢とはまた別の意味で或人と視線を合わせようとせず、膨れっ面を浮かべてばかりだ。

 

「大丈夫。さっきも言ったけど、そういうのは全部しっかり受け止めるから、口に出したい事があるなら遠慮無く言って欲しい。」

 

 しかしそうさせる要因を生んだのは少なからず自分に有るとして、或人は再度己の覚悟の表れを口にする。

 するとかすみはそうもまた宣言されるとは思っていなかったのか、先程まで纏っていた剣呑な空気なぞ何処へやら、あたふたと必死に平静を保とうとする姿を見せる。

 

「…ふ、ふーんだ!そうやって優しく見せたって、かすみんは誤魔化されませんからね!」

「すみません、かすみさんが失礼ばっかりで…。」

「ちょっと、さっきからしず子は何なの!あんなに危ない目に会ったっていうのに…しず子は何とも思ってないの!?」

「何も思ってない訳じゃないけど、それをただこの人に向けてぶつけるのは間違ってるよ!この人はちゃんと謝って、私達の事を守ろうとしてくれてるのに…!」

「むぐぐ…それは、そうだけど…!」

「あ~…えっと、喧嘩しないで…?」

 

 きっと、感情豊かで心優しい子なのだろう…向けられた言葉の1つ1つをしっかりと受け止めて、そしてその1つ1つに対して自分なりの最大限を返そうとしている。

 故か少々口が過ぎるのではと隣の少女から注意されているも、別にそう悪意を感じるものではなかったのであまり気にしてないのだが…。

 と、そんな或人の心情を察したのか、かすみと言い争っていたその少女は一度こほんっ、と咳払い、居住いを正して名乗りを上げる。

 

「私は桜坂 しずくと言います、これからよろしくお願いします。」

 

 桜坂 しずく…聞けばスクールアイドル活動と平行して演劇部にも所属しているらしく、それは所作の流麗さからも見て取れる。

 礼儀正しく真面目であり、加えてその言動からこちらの事を比較的良好に見ている事が伺え、或人としては非常に好印象を受けた少女だ。

 

「私の名前は朝香 果林よ。私からも1つ謝らせてもらうわ…ごめんなさい、さっきはキツい事を言ってしまったわね。」

「良いよ、そう言われても仕方がない事だから…これからよろしく。」

 

 次に名乗りを上げたのは朝香 果林。

 先程はかすみ同様辛辣な発言をした彼女であるが、それはそもそも至極全うな意見であって彼女に非などなく、しかしそれでいて口が過ぎたと言って謝罪してきた。

 読者モデルとして他のメンバーより一足早く社会に出ているからであろうか…その姿勢に大人の余裕とも取れるような雰囲気を感じ、しずく同様或人に好印象を与えてくる。

 

「あ、次は愛さんの番?じゃあ、アタシの名前は宮下 愛!どうもよろしく!」

「愛ちゃんか、元気があって良いねぇ!釣られてこっちも元気になってくるよ!」

「ほんと!?何だかちょっと空気がやな感じだったし、愛さんの自己"紹介"で、気分"爽快(しょうか~い)"!…って感じ!?」

「ぷふっ、ぷははははは!愛ちゃん急に笑わせに来ないでよ~!」

 

 続けて声を上げたのは、宮下 愛。

 メンバーの中でもとりわけ親しみやすい性格をしている、そんな彼女の特技はダジャレ…そしてそれを証明するように、この場に於いても早速一発ぶちかましてきた。

 笑いのレベルが相当低いらしい侑には大ウケだが、他のメンバーは苦笑いを浮かべており、しかも中には冷や汗さえ浮かべている者も居る。

 

「君…。」

「へ?」

 

 その理由は、目の前に居る或人が愛のダジャレを聞いた途端に顔を伏せてしまったからだ。

 次いで掛けられた声も、心無しか一段低くなっている気がする。

 そしてまるで怒りを抑えているかのように身体を震わせている様から、もしかしたら彼はそういう言葉遊びを嫌う人物なのではないかと誰しも思い至り、愛も流石に或人の様子に一抹の不安を感じて機嫌を損ねてしまったかと焦るも…。

 

 

 

 

「良いねそのギャグのセンス!俺今スッゴい感動したよ~!」

 

 次の瞬間、彼はバッ!と愛の手を掴み、嬉しそうな表情で彼女のギャグを称賛した。

 

 

 

 

「本当!?やった~!愛さんのギャグ、今日もキレッキレ!」

 

 彼が顔を伏せ身体を震わせていたのは、別に機嫌を損ねたからではない…単に愛のギャグにツボっていただけだ。

 どうやら彼の笑いのレベルも赤ちゃんレベルであると、彼の意外な一面を垣間見た少女達はそれはそれで苦い笑いを浮かべる事となった。

 

「それじゃあ次は…。」

 

 或人の機嫌もむしろ上機嫌になった事も分かり、ホッと一息吐いた少女達は止まっていた自己紹介の続きを行おうと、次のメンバーへ視線を移す。

 或人もそれに習って少女達の視線を追うと…。

 

「………zzZ」

「…寝てる?」

 

 驚く事にそこには大きな枕を抱え、器用にも椅子に座りながら熟睡している少女が。

 

「彼方さん、起きてください!彼方さんの番ですよ!」

「すやぴ…zzZ」

 

 他のメンバーの子に身体を揺さぶられても全く起きぬその寝姿は、見ていてとても潔い。

 却って起こすのも忍びなくなってくる程だ。

 

「彼方さ~ん!!起きてくださ~い!!」

「…はっ!?しまった~…つい寝てしまった~…。」

 

 しかし彼女はやがてその揺さぶりに気付き、ふわぁ~…と大きな欠伸をして或人へと向き直り…。

 

「あ、自己紹介?えっとぉ…近江 彼方です、よろしくお願いします~…zzZ」

「う、うん…よろしくね…。」

 

 最低限名前だけ告げるやそのままフェードアウトするように再びぐっすりと眠ってしまった。

 彼女はいつもこんな感じなのだろうか…或人の中で彼女の第一印象が謎の一言に決まった瞬間であった。

 

「次は私ですね!私の名前は"優木(ゆうき) せつ()"です!飛電 或人さん、貴方のご活躍は風の噂ながら伺っております!」

「え、本当?」

 

 そして次の少女はそれまでの少女達とは打って変わって室内に反響する程の大きな声で或人との会話に踏み切った。

 優木 せつ菜というその少女は、どうやら或人の事を既に少なからず知っている模様であり、或人は素直に興味を持つ。

 

「はい!ZAIAとのお仕事5番勝負、拝見していました!火災現場に取り残された人達を救出しようとしたり、ヒューマギアが自ら暴走してもそれを止めようとして…まるで漫画やアニメの主人公みたいでとてもカッコ良かったです!」

「あ~、あの時かぁ…。」

 

 が、その内容が内容であるが故に嬉々としているせつ菜とは反対に、或人は先程の少女達のような苦笑いを浮かべる。

 長くなる為詳細は省くが、或人の中ではそれらの出来事はそう手放しで喜べない事なのである。

 しかしまぁここまでペカーッ!!という文字が似合う彼女の笑顔を曇らせるのは良心に障るので、そういった感情はおくびにも出さないように務めようと、そう決心した或人であった。

 因みに隣でそんな大きな声を出されてなお近江 彼方なる少女は起きないのだから驚きである。

 

「私の名前は、エマ・ヴェルデです。これからよろしくお願いします。」

「よろしく、えっと…。」

「気軽にエマで良いですよ~。」

「エマちゃんか…ねぇ、エマちゃんってその名前からして、もしかして日本人じゃなかったりする?」

「はい、私はスイスの生まれなんです。スクールアイドルをやる為に日本に留学してきたんですよ~。」

「へぇ~凄いね!」

 

 次の少女はエマ・ヴェルデ。

 スイスから来た留学生であり、その理由もスクールアイドルをやる為だという筋金入りのスクールアイドル好きだ。

 その現地人と比べてもまるで劣らない日本語使いからも察せられる、目標に向けてのひたむきな姿勢と包容力溢れる雰囲気に物腰の柔らかさ…一目見ただけでもとても魅力的な少女だ。

 

「それじゃあ最後は…。」

 

 そして残る少女の名を聞くべく、その少女へと視線を合わせる或人。

 しかし向けられたその視線は合わせた途端、驚愕で点となる。

 

「…!?」

 

 それもその筈、或人の目に飛び込んできたのは…何故かスケッチブックを顔前に掲げた少女の姿であったのだから。

 

「え…!?」

 

 確か最初に部屋に入ってきた時にはそんなものを掲げていた記憶は無いのだが、果たして簡潔に人相が描かれたスケッチブックを掲げるその理由とは一体…。

 

「…天王寺 璃奈です、よろしくお願いします。」

「うぉ!?喋った!?」

 

 と、少女の発した決して大きくない声に或人は驚いて身体を飛び上がらせる。

 人なのだから喋るのは当たり前であろう…しかしスケッチブックを掲げたそのままの姿で喋るとは思っておらず、つい必要以上に反応してしまったようだ。

 

「…よろしくお願いします。」

「あ…う、うん…よろしくね…。」

 

 彼女自身口上手な性格では無いようで、そこから先の会話に乏しくなりスケッチブックを掲げる理由を聞く事が叶わなかったが、恐らく彼女にとっては重要な意味があるのだろう。

 彼方の時とはまた別の意味で謎な印象を受けた一方、その一連の行為に秘められた想いが気になる、そんな少女であった。

 

「ありがとね皆、これからよろしく。そう言えば今日は菜々ちゃん来てないんだね?何か別の用事かな?」

 

 これで互いの自己紹介が終了…と、或人がふと先日行動を共にした少女、中川 菜々の姿が見えぬと口にする。

 彼女もスクールアイドル同好会の一員だと言っていたが…今日は予定が会わなかったのだろうか?

 

「あ、それ私です。」

「…え?」

 

 …と思っていたが、その予想を上回る答えがせつ菜の挙手と共に返ってきた。

 その言葉の意味が分からず疑問符を浮かべると、彼女はごめんなさい、これじゃ分かりませんよね?と言ってポケットからある物を取り出す。

 それは彼女、中川 菜々が付けていたものと同じ眼鏡であり…。

 

「これで、分かりますかね?」

 

 彼女はそれを目元へと掛ける。

 するとそこには確かに髪を下ろした状態の中川 菜々が。

 

「…は!?え!?ど、どういう事!?」

「ふふっ…改めまして、優木 せつ菜こと中川 菜々です。」

 

 話を聞いてみると、どうやら彼女は本名が中川 菜々の方であるらしく、優木 せつ菜というのは所謂芸名みたいなものであるらしい。

 元々はある事情があって2つの名前を使い分けていたらしいが、現在はそれに伴って生まれた正体不明の謎のスクールアイドルという肩書きが気に入り、今なお優木 せつ菜名義でスクールアイドル活動をしているらしい。

 

「へ、へぇ~…ま、まぁ良いや。とにかく、これからよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。それで、早速1つご質問なのですが…。」

 

 これで本当に自己紹介が終了…お互いに改めて協力の意を示し、そしてその中でせつ菜がある事を問うてきた。

 

「先程どんな些細な事でも話してほしいとは仰いましたが、具体的にどのような事を話せば良いのでしょうか?こちらとしても協力は惜しまないつもりですが、その…あまりにも漠然とし過ぎていまして…。」

「あぁそうだよね、ゴメンゴメン。」

 

 それはその協力に対する詳細について。

 或人の方も手探りの状態なのは分かっているのだが、だからといっていざ何でも話せと言われると少々困るものがある。

 なので大まかな方向だけでも決めてもらえればと相談すると、或人は自らの不備に頭を下げ、そしてその方向を少女達に示す。

 

「じゃあまずは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクールアイドルって…そもそも何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…え?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程ねぇ…それがスクールアイドルかぁ…。」

 

 数分後、少女達からスクールアイドルとは何ぞやという事を聞き、うぅむと唸る或人。

 曰くスクールアイドルとは、部活動の一環としてアイドル活動をしている女子高校生達の事を指すらしい。

 主に自らが所属している学校のPRや将来芸能界への進出を計画し、その足掛かりの為にという理由で活動を始める者が多く、活動内容としては自校の体育館やグラウンドなどの施設をステージにしてライブを行なうというのが主流のようだ。

 そしてそれらの活動に関する事柄全てを自分達自身の手で行わなくてはならない為、所謂TV等で見かけるメジャー、その他のアイドルとも違う体系と捉えられ、既に1つのブランドとしての地位を獲得している。

 そして目の前に居る少女達もまた自らの目指すスクールアイドル像の為に日々活動を行っているとの事。

 この飛電インテリジェンスの業務的にスクールアイドル事業とは一切関わらないであろう事からそれに関する知識はそう多くないであろうとは思っていたが、まさかそんな初歩の初歩からとは流石に思っておらず、少女達は皆何とも言えない表情をしていた。

 

「ねぇ、スクールアイドルって活動する時に何か手続きとかするの?」

「手続きですか?確かにライブの為に何処かの会場を借りると言うのであれば、そこを管理している人達に許可を取ったりはしますが…。」

 

 と、不意に或人からある問いを掛けられる。

 それに対し答えを返すと、或人は何やら望んだ答えに非ずといった様子で顔をしかめた。

 

「うーん、そうじゃなくて…あれだ、これからスクールアイドルとしてデビューするよって時に、何かそういう申請みたいなものが必要だったりするの?」

「そういう事なら…いえ、特にそういったものは無くて、自己紹介などの動画をネットに流す程度ですね…それが何か?」

 

 その問い掛けの意図が読めず逆に質問すると、或人は神妙な面持ちを崩さず、少女達全員に深く言い聞かせるようにそれに答える。

 

「まだ確定してる訳じゃないけど…多分皆はあのマギア達にたまたま狙われたんじゃない、明確な目的の下で狙われたんだと思う。」

 

 少女達は今、その命を狙われている…正体不明のマギアによって。

 そしてそのマギア達は揃って共通の言葉を口にしていた。

 スクールアイドルを排除する、と…。

 

「まさか、スクールアイドルである事がヒューマギアに襲われる条件だと…?」

「そんな事言ったら、他のスクールアイドルの皆も危ないんじゃ…!?」

「大変だ~…遥ちゃんが危ないよ~…!」

「あ、彼方ちゃん起きた…いや、さっきも言った通りまだ確定って訳じゃない。それはこれからはっきりさせるよ。」

 

 余計な不安を煽る結果になってしまったかもしれないが、こればかりは念を押しておかないといけない。

 確証が無くとも、それが真実の一端たる可能性は十分に有るからだ。

 

「後は…皆は今までヒューマギアと関わった事は?」

「いえ、全く…。」

「無いですよ、ヒューマギアがスクールアイドルのどこに関われるって言うんですか。」

 

 それに関連して、そもそも彼女達はヒューマギアと接点があったかどうかを問う或人。

 とにかく早急に明らかしたい事実は、あのマギア達が何を狙いにしているか。

 スクールアイドルという概念そのものを狙っているのか、それともその概念の中に居る彼女達を狙っているのか…。

 もし何かしら接点があったのならばそこから光明が見えるかとも思ったのだが、特にそういった事も無さそうであり、中々見出だせないそれに或人は苦い表情を浮かべる。

 

「…ヒューマギアの事、知りたいです。」

 

 と、璃奈が話題にも上がっていたヒューマギアについて聞いてきた。

 スケッチブックを下ろし、彼女は真髄な表情で聞いてくる。

 

「そうですね…先程果林さんが少し言っていた通り、ヒューマギアは2年前にも同じ様に暴走していたという話を聞いた事があります。今回の件と関わっているかどうかは分かりませんが…知っておいて損は無いでしょうね。差し支えがなければ、ヒューマギアについてお聞かせ願えませんか?」

 

 彼女達も彼女達なりに真実を追求しようとしており、それまでとは違う方向から話を切り出そうとしているようだ。

 先程或人にスクールアイドルの事を知らないのかと呆感を抱いた手前、ヒューマギアについて何も知らない姿勢を見せるのは申し訳無いが、それでも知らぬを貫くは愚行であろう。

 或人もその辺りの事情は察しているのか、特に何の言及も無くその要望に答えた。

 

「あぁ。こんな状況だ、きっと皆にはあの事件についても知る義務が有る筈…分かった、話すよ。ヒューマギアの事。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューマギア…それは飛電インテリジェンス初代社長、飛電 是之助が開発した人工知能搭載人型ロボ。

 かつては同社が開発した通信衛星"ゼア"によって管理されていた、人間が行うさまざまな仕事をサポートする為の存在である。

 

「されていた?今は違うんですか?」

「うん。今は衛星のサポート無しに、ヒューマギアがそれぞれの判断で行動してる。」

「それは…大丈夫なのでしょうか?セキュリティ上の問題など有りそうですが…?」

「まぁあんまり良い事じゃないんだよね…でももちろんその辺りの対策は色々しているよ。今はゼアに代わる新しい衛星を打ち上げようとも計画してるし。」

 

 ヒューマギアは人間よりも遥かに性能が高い。

 機械の身体故に基礎スペックがそもそも高く、疲れを知らない。

 人工知能を搭載している為、思考も人間のそれを遥かに上回る。

 さらには特定の条件下に於いて"シンギュラリティ"…ヒューマギアが自我を持ち、人間と同様の感情を手にする事で、より人間に対して親身に接する事が出来る。

 

「シンギュラリティ…つまり、機械が人と同じ存在になる…。」

「凄いですね!SF作品の設定をそのまま抜き出したかのような感じで夢があります!」

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ。」

 

 そしてそれらの能力を各仕事の分野毎に細かく調整する事で、ヒューマギアはどんな仕事現場でもすぐに活躍出来る様になっている。

 人間にとっては新たな仕事、ひいては新たな生活の在り方を掲示してくれる…そんな夢のようなマシンなのだ。

 

「でもヒューマギアも人の手で造られた以上、完璧な存在じゃない。そしてその欠点が最悪の形で露見したのが…。」

「ヒューマギアの暴走、ね。」

 

 そう…かつて世間を騒がせ、今回も少女達に対して牙を向けた"マギア化"である。

 しかし一言にマギア化と言ってもその種類は概ね2つに分かれる。

 

「まず1つ目は、専用の装置を使ってデータを改竄してマギアへと変えられた個体。俺達はこっちの方をマギアって呼んでる。」

「もう1つは?」

「遠隔で暴走プログラムをインストールされてマギアへと変えられた個体。こっちはアークマギアって呼んでるんだ。」

「えっと…何が違うんですか?」

「そうだなぁ…ちゃんと直せるか直せないかの違い、かな?」

 

 どちらも暴走して人を襲うのは変わらないが、後者のアークマギアの方は暴走プログラムを追加でインストールされているだけなので、そのプログラムさえ取り除けばそれまでラーニングしていた情報も含めて元のヒューマギアへと戻す事が出来る。

 反対に前者のマギアは仮に暴走する要因を取り除いたとしてもデータそのものを改竄されてしまっている為、プログライズホッパーブレードという反則技(イレギュラー)を用いない限り元の状態に戻す事が出来ず、破壊するしかない。

 分かりやすく例えるなら、単に暴走するよう虚言を吹き込まれたか、それとも存在そのものを作り替えられたかの違いだ。

 

「皆を襲ったあのマギアはその装置を付けてなかった…だから今までの事例から考えれば、アークマギアって事になるんだけど…。」

「…違うんですか?」

 

 その問いに或人は答えられなかった。

 マギアにしろアークマギアにしろ、ブレードを使えばラーニングしていた情報を含めて暴走前の状態に戻す事が出来る。

 しかし先日のマギア達は二度相対した中でそのどちらもブレードによる効果を受け付けなかった。

 その事実が、やはり今までのマギアとは違う…既存の枠組みに囚われない、第三のマギアという可能性を或人の中に与えるのだ。

 そうなると或人は再び言葉を詰まらせる事しか出来なくなり、少女達に余計な不安を与えかねない。

 

「とにかく、マギアの方は俺が何とかする。その為にもこれから皆には出来るだけ目の付く所に居て欲しいんだ。いつ誰が襲われるか分からないから。」

「それは善処します、ですが私達にも個人で行動したい時もありますので…。」

「分かってる、皆のプライベートにはなるべく干渉しない。でもいつ襲われるかも分からないから、連絡だけはいつでも出来るように心構えしておいて。後は…出来れば今後の予定とかも教えてもらえると助かるかな。何か対策が立てられるかもしれない。」

 

 はぐらかすように話を切り上げ、そのまま次の話題へ話を進める或人。

 これから先の行動についての注意と要望を呼び掛けると、早速彼女達からそれに纏わる情報の提供が。

 

「だったら…明後日にしずくちゃんとエマさんのライブが有るんです。今の所は予定通りライブをする事になっていて…。」

「はい、こんな状況ですから、本当はライブも控えた方が良いんでしょうけれど…。」

「でも折角ここまで練習してきたから、やらないのはもったいないと思うんです!」

「明後日か…分かった、何か対策が出来ないか考えておくよ。」

「ご迷惑をお掛けします。」

「良いって、それが俺のやるべき事だから。」

 

 少女達から会場や開催時間などの詳細を聞き、確信する。

 この日、必ずあのマギア達は現れる…それは少女達も承知の上だ。

 それでも恐れる事なくライブを行おうとしている彼女達に心芯の強さを感じた或人は、改めて少女達一同を見据えて宣言する。

 

「皆…改めてよろしくね。そのライブ、絶対に成功させよう!」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 この事件は、必ず解決する。

 誰一人として傷付けず、守り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて大切なモノを守れなかった戦士が、再び立ち上がる時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というかセイレーンなのに変身するの男なのか…


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Program.4「Super shot!」

「あのマギアは虹ヶ咲の皆を狙ってる…ライブ会場なんて絶好の的だ…。」

 

 虹ヶ咲の少女達と面会をしたその日の夜、1人社長室に残った或人は少女達と交わした話の内容を思い返していた。

 その中でも或人が気にしているのは、最後に話題となった今後の予定について。

 予定通りならば2日後にしずくとエマがライブを行うと言うのだ。

 さらにその応援で侑に歩夢、かすみにせつ菜の4人も現場に駆け付けるとの事。

 

「皆の事を守る為には…。」

 

 ライブの会場が同一という所は幸いであるが、それでも侑も含め要人は6人。

 さらには彼女達のライブを目当てに集まる観客達、それらをどうすれば守り抜く事が出来るか…。

 マギアの力は強大だ…その気になれば一瞬で10人も20人もその命を奪う事が出来るだろう。

 いつ来るか、どこから来るか、会場の図面を前に様々な想定を思案し、頭を悩ませる或人。

 

「ん、電話…?」

 

 と、机の上に置いてあったライズフォンが着信を知らせる音を鳴らした。

 時計を見れば、時刻は21時…こんな時間に一体誰であろうか?

 

「もしもし…はい、その節はどうも…それで、こんな時間に一体…?」

 

 その相手は画面に記された表示で判明し、それ故にますますこんな時間に電話を掛けてくるのが意外だと、或人は電話に出てその相手に用件を尋ねる。

 

「…え!?」

 

 そしてその用件に彼は思わず驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日を跨いで2日経ち、やはりその心変わらぬ少女達は予定通りライブ開催へと踏み切り、今はステージの裏から客席の様子を窺っていた。

 

「皆いっぱい来てるね!」

「はい!皆さん、今日を楽しみにしてくれていたみたいです!」

「私達の為にこんなにたくさんの人達が集まって…とっても嬉しいよ~!」

 

 その総数は一目見渡してみただけでは数えきれない程であり、その誰もがライブの開演を今か今かと待ち望んでいる。

 自分達を求めて集まった観客の熱気に当てられ、当人達はとても嬉しそうだ。

 

「それで…あの人は?」

 

 と、歩夢がぽつりと一言溢す。

 彼女が言うあの人とは、飛電 或人の事を指す。

 その彼は少し前までは共にステージの裏に居たのだが、いつの間にやらその姿が見えなくなっていた。

 

「社長さんなら警備の人と話をしてくると言っていましたが…。」

「何ですかそれ!?かすみん達には目に付く所に居ろとか言っておきながら自分はフラフラどっか行っちゃうんですかぁ!?」

 

 恐らく、自分達を思っての行動であろう…かすみの憤慨をまぁまぁと嗜める侑。

 それよりも、もうすぐライブ開催の時間だ。

 しずくとエマはステージに立つ当事者として、他のメンバーも全力で彼女達を応援(サポート)するべく、互いに声を掛け合い、励まし合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…分かった。各班そのまま会場に潜伏し、警備に当たれ。不審な奴が居たら目を光らせておくんだ。」

 

 ライブ会場から少し離れた場所で、或人はとある女性と共に居た。

 耳に付けている通信機を使って指示を飛ばすその女性は、その指示を終えると離していた視線を或人へと向ける。

 

「ありがとうございます、刃さん。ここの警備を担当してもらって…。」

「いや、構わない。AI犯罪の抑止がA.I.M.S.の仕事だからな。」

 

 彼女の名は、"(やいば) 唯阿(ゆあ)"。

 対人工知能特務機関"A.I.M.S.(エイムズ)"の隊長であり、或人が信頼する仲間の1人でもある。

 

「それにしても、ヒューマギアの暴走か…まさかまたそんな問題に当たるとはな。」

「えぇ…はっきりとした事はまだ何も分かってなくて…。」

 

 一昨夜或人に電話してきた相手とは彼女であり、或人の事情を理解するやA.I.M.S.が会場の警備を承るという話となり、今はこうして共に警備に当たっている。

 

「…それで、何故その事実を黙っていたんだ?」

 

 だがまぁ、それらの運びが円滑なものであったかどうかは話が別であるが。

 

「え、えっとぉ…。」

「たまたま亡が情報を手に入れたから気付けたものを…まさか1人で解決出来る問題だと思っているのか?」

 

 実は或人、この件に関して誰にも相談をしていなかったのだ。

 一度は落ち着いた筈のヒューマギアの暴走…唯阿がその事実に気付けたのは、先日襲撃を受けた虹ヶ咲学園の情報を偶然部下の1人が手に入れたからであり、その事実をヒューマギアを管理する立場に居る或人に相談した所、そんな彼が当事者の1人であったというのだからさぁ驚き。

 事実を告げた時の驚声が、ただその事実に衝撃を受けただけのものでは無いと感じ、軽く追求してみればそれはもうボロボロと…。

 翌日詳しく話を聞く為に社長室まで上がり込んできた鬼の如き形相の唯阿を前に、或人は俺よく生きてるなと今でも震え上がっている。

 

「いや、ほら…よく分かってもいないのにあんまり大事にする訳にもいかないし…。」

「それこそ話してもらいたかったものだな。お前には飛電の社長としての仕事があるんだ…気安く道草を食っている暇なんて無いだろう?」

 

 或人としては当事者となったのもつい4~5日前の事であり、はっきりとした事が1つも分かっていない現状で誰かに相談しても余計な迷惑を掛けてしまうかと判断したのだが、むしろそれこそが余計に迷惑を掛ける事であると唯阿は或人の考えを切り捨てる。

 

「でもヒューマギアが関わっているなら…!」

「だからこそだ。そうやってお前が1人で調べていたら、周りの人間はお前を見て懸念を覚えるだろう…それこそ飛電の社長が出向かなければならない程、ヒューマギアに何か不祥事があったのかとな。」

 

 唯阿の言葉に反意を返せない或人。

 彼女の言う事は何1つ間違っていない…それでも或人は何か言葉を返したいと目の前で気を逸している。

 

「大事にしたくないと言うのなら、A.I.M.S.で秘密裏に捜査をする事も出来る…少しは私達を信用して貰いたいものだな。」

 

 それは若さ故か、未熟故か?

 いいや違う、唯阿の言葉に納得していてなお1人だけで立とうとするその姿は…。

 と、離れた場所でワッ!!と大きな歓声が上がった。

 

「…始まったか。」

「ですね…。」

 

 時刻を見れば、ライブ開催の時間だ。

 そして、マギアが襲来するであろう時間でもある。

 さぁ、どこからどう来る…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、今日も平和なこった…ここ最近は事件らしい事件もねぇ事だし、つい台場付近なんて普段来ないような所まで来ちまった…っと、何だこの歓声…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブが始まってそう時間も経っていない頃、A班と分けられたA.I.M.S.の隊員2人が会場の外回りを担当していた所、不審な人物を目撃した。

 

「すまない、少し良いだろうか?」

「この先はライブ会場だが…あんた、ライブを見に来たのか?」

 

 黒いフードで顔全体を覆うその人物に近付き、声を掛ける隊員達。

 するとそのフードを被った人物は掛けられた声にユラリとした動きで面と向かい合い…。

 

 

 

 

『計画遂行の障害を確認…。』

 

 

 

 

「おい…。」

「あぁ、隊長に連絡しろ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『障害を排除する…!』

 

 

 

 

「…お出ましだ!」

 

 

 

 

 その牙を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、分かった。すぐに向かう。」

 

 唯阿が耳に届いた通信に短く答えを返す。

 そして或人に向かっていよいよその時の到来を告げる。

 

「社長、出たぞ。」

「マギアですか!?」

「あぁ…各員、マギアが出現した!場所は会場外周、A班が既に対応に当たっている!付近に居る者は速やかに応援に向かえ!」

 

 会場外周という事で、ライブ会場そのものにはまだ騒ぎは広まっていないようだ。

 ならばその前にケリを付ける…或人と唯阿は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解、応援に向かいます!」

「恐らく俺達が一番近い筈だ、急ぐぞ…っ?」

 

 一方、唯阿から通信を受けたB班は彼女からの指示に従ってA班の応援に向かおうとしていた。

 しかし隊員の1人がふと向けた視線の先で疑問の声を上げる。

 

「どうした?」

「いや…あいつ…。」

 

 訳を聞いてみれば、その隊員の指差す先に人影が見えた。

 たった1人フードを被ったその人物は、ライブ会場向けてゆっくりとした歩みで向かってる。

 

「おいアンタ、こんな所で何を…?」

 

 不審に思った隊員達が声を掛けると、その人物はピタリと足を止め…。

 

「…まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『邪魔だよ、アンタら……。』

 

 

 

 

 隠れしもう1つの牙が、今抜かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居た…あいつか!」

 

 程無くしてA班の下に到着した或人と唯阿。

 そこでは既にA.I.M.S.の隊員が"ネオヒマギア"に酷似したマギアと交戦していた。

 辺りに人の気配は無し…劣勢を強いられながらも人の居ない場所まで誘導したのだろう、流石特殊部隊である。

 これで心置きなく戦える…或人は早速ドライバーを装着し、戦線に飛び込もうとするも…。

 

「どうした?…何!?」

「刃さん?」

 

 不意に唯阿が上げた上擦った声が気になり、動きが止まる。

 部下からの通信を受けているらしい唯阿はそのまま神妙な面持ちで居ると、やがて或人に衝撃の事実を示した。

 

「社長、B班の方にも暴走したヒューマギアが現れた!」

「えぇ!?」

 

 マギアが2体、別々の方向から会場に攻め寄せていたというのだ。

 たまたま近くに居た隊員達がその存在に気付き、現在はそのマギアと交戦中との事。

 

「私はB班の応援に行く!ここは任せた!」

「はい!」

 

 この事態を想定していなかった訳ではないが、来るとしても1体に気を引かれている間に一番手薄になるであろう真反対の方向から攻めてくると思っていたのだ。

 しかし相手はそれを予見していたのか、互いにそれ程離れていない距離で行動し、1体が事を引き起こして注意を引き付けている間に、そのすぐ横を通り抜けようとしていたようだ。

 2人は相手の方が一枚上手であったと歯噛みし、しかしそれが露見したならば打つ手はあるとして、別行動に出た。

 唯阿はもう1体のマギアの下へ、そして或人は目の前のマギアの下へ…。

 

Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! ライジングホッパー!!

 

 ライブは今高潮を向かえている。

 彼女達の邪魔はさせない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらB班!!目標の進行を止められない!!至急応援を!!」

 

 ライブ会場へ向かおうとするマギアの進行を止めるべく奮戦するA.I.M.S.の隊員達。

 しかしその"ガエルマギア"に酷似したマギアの力は警備という名目の為に小規模の武装しか所持していない隊員達では止められず、既に会場近辺にまで迫っていた。

 さらに周囲にはそれに比例して民間人の姿がちらほらと見え始める。

 どうやら映画か何かのゲリラ撮影だと思っているのか、皆怪訝に思いこそすれ場を離れようとしない。

 このままではいつ戦闘の余波が彼等を襲ってもおかしくない…そしてその予測が遂に実現してしまう。

 

『うるさいなぁ、こいつら…!』

 

 ガエルマギアの大口が開く。

 その中には小型の爆弾が仕掛けられており、その爆弾が爆発すれば、それは当然人にとって致命のものとなる。

 そのような事態は防がなければならない…だがマギアの脅威に晒された隊員達には既にそれを止める力は残されておらず、いよいよ彼等の前で犯行が行われようとした…その時。

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 

 

 不意にマギアが仰け反った。

 それはその大きな頭部を誰かに蹴り上げられた故であり、開いた口を強制的に閉じられた事で外に放たれる筈だった爆弾は口内で爆発する事となり、マギアは堪らず声も出せない程に悶える。

 結果的に人々の安全は守られマギアにも有効打を与えられたが、これから行動を起こそうとしていたマギアに向かっていくなど危険極まりない行為だ。

 助けられた一方無謀な事はするなと叫ぶべく、隊員達はその誰かを視界に捉える。

 しかし彼等が上げる筈だった声は、全く別の意味を含めて上げられる事となる。

 

「何でまたヒューマギアが暴走してんだよ…!!」

 

 マギアに立ち向かったその誰か。

 無謀とも思われたその行動は、しかしその者にとっては無謀に非ず。

 確かな実力と経験を兼ね備え、今も隊員達顔負けの戦う姿勢を見せている、その男の名は…。

 

 

 

 

「不破前隊長!!」

 

 

 

 

 "不破(ふわ) (いさむ)"…かつてはA.I.M.S.の隊長も務めていた、街の平和を守る流浪人である。

 

「A.I.M.S.…!?いや、詳しい話は後だ!お前達は周囲の民間人を頼む!」

 

 不破はかつての部下達がこの場に居る事に若干訝しみを覚えるも、今は目の前の事態に対処するべくある物を取り出した。

 青と黒に色取られたそれは、不破がかねてから愛用している武装である"エイムズショットライザー"だ。

 不破はベルトと銃が付属しているそれをまず腰に巻くと、ベルトから銃身を取り外して空へと掲げ、何の躊躇いも無く発砲した。

 

「逃げろッ!!これは見せ物でも何でもない…ヒューマギアの暴走だ!!」

 

 その言葉と響き渡った発砲音が合わされば、誰でも否応無く理解する…これはフィクションではなく、リアルの出来事なのだと。

 瞬間、阿鼻叫喚の嵐。

 死が隣り合わせである現場から一刻も早く逃げ出そうと我先に踵を返す数々に、隊員達はこの前隊長相変わらずだと、しかしらしくもあって分かりやすいと慣れた笑みを浮かべて不破の出した指示に従い行動に出る。

 その中で不破は今一度マギアへと向き合うと、懐からある物を取り出した。

 

Bullet(バレット)!

 

 それはプログライズキー…或人が使うそれと同型の、青い狼の描かれた"シューティングウルフプログライズキー"だ。

 起動の為のスイッチを力強く押し、後は或人と同様に専用の装置に認証させる事でキーが展開出来るようになり、その本領を発揮するようのだが…。

 

「ふんっ…うぉぉぉぉぉ!!」

 

 何と彼は認証を行わず、そのまま指の力だけでキーのロックをこじ開けてしまった。

 そしてバキィッ!と壊れかねない音を出しながら無理矢理展開されたそのキーを、彼はそのままショットライザーへと装填する。

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

 本来の用途を遥かに逸脱したその使い方は、彼の破天荒な性格をよく表し、そして何者にも囚われない、縛られない…そんな彼の強い意志も同時に感じさせる。

 

【 Kamen Rider! Kamen Rider! 】

 

 待機音が鳴り響く。

 今一度天に掲げられた銃身は、やがてゆっくりと目前の敵に目掛けられ…。

 

 

 

 

「変身ッ!!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 引き金が引かれた。

 瞬間、銃口から放たれる青き弾丸。

 それはまるで意思を持つかのようにマギアを牽制し、やがて不破の下へと戻ってくる。

 

「フンッ!!」

 

 そして彼は戻ってきたその弾丸を左手で殴り飛ばす。

 すると内部に秘蔵されていたプログラムが起動し、弾け飛んだ弾丸が全く違う形を作り出していく。

 青と白で彩られたそれは、気高き狼を模した装甲。

 蒼碧の双眼で捉えた獲物は決して逃がさない…この世界の平和を守り抜く為に。

 そんな熱き魂を携えた、その戦士の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シューティングウルフ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーバルカン シューティングウルフ"

 

 

 

 

【 The elevation increases as the bullet is fired. 】

 

 

 

 

―撃てば撃つ程猛り狂う、

この獣を止める事は叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不破が?…分かった、現場は不破に任せてお前達は市民の避難誘導を続けろ。私もすぐに着く。」

 

 新たに受理した通信に、唯阿は成程と納得した。

 何処からか聞き慣れた銃声が聞こえた事でまさかとは思っていたが、あの男騒ぎがあればこんな所にまで顔を出しに来るかと。

 

「あいつか…。」

 

 やがて現場に到着した唯阿。

 そこでは報告通りマギアを相手に応戦している不破の姿が。

 状況を把握した彼女はマギアを見据えながらオレンジ色をしたプログライズキーを手にし、そして何故か掌の中で幾分か回転させた後に起動スイッチを押す。

 

Dash(ダッシュ)!

 

 一連の動作には何の関係も無いその行動は、彼女のルーティーン…普段生真面目たる彼女の内に秘められた遊び心が垣間見える。

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

 しかしそれを隠すように直ぐ様所定の動作を行う彼女の心情は、例え己の本性を深い奥底へしまい込んででも、為すべき事を為さんとする決意に溢れている。

 その決意がかつて己自身を追い込んだ事もあったが、今はもう同じ過ちを繰り返さないようにと自らを引き締める一番の表現であるのだ。

 

【 Kamen Rider! Kamen Rider! 】

 

 あらかじめ装着していたエイムズショットライザーに"ラッシングチータープログライズキー"を装填。

 ベルトに取り付けられたままのライザーのグリップに手を掛け、彼女もまた或人や不破と同じ言葉を世界に示す。

 

 

 

 

「変身!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 放たれた弾丸は暖色を帯び、唯阿の身体をぐるりと回った後に分裂する。

 不破の纏ったそれとはまた違う白と橙色に染められた鎧を身に纏い、彼女は己の信念を貫くべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラッシングチーター!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーバルキリー ラッシングチーター"

 

 

 

 

【Try to outrun this demon to get left in the dust.】

 

 

 

 

―この獣に狙われたが最後、

逃げ延びる事は叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダーバルキリーへと変身した唯阿はベルトからショットライザーを取り外し、駆け出した先に居るマギア向けて発砲する。

 放たれた弾丸は全て命中…その衝撃に大きく仰け反るマギアに代わるように唯阿は不破の隣に立つ。

 

「刃か…まさかもうA.I.M.S.が出張ってるとはな。」

「お前もお前で随分早いご到着だな。」

「たまたまだ。」

 

 彼等は再びマギアへと向かい合う。

 最低限の会話のみ交わしただけだが、彼等にはそれで十分なのだ。

 それだけで彼等の息は阿吽となり、立ちはだかる敵全てを獲物へと変える。

 そして今回の獲物は…あのカエルもどきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 プログライジングストラッシュ!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 一方先んじて戦闘を行っていた或人はと言うと、特に問題も無くマギアを相手にしており、これまで通り隙を付いてプログライズホッパーブレードによる一閃を浴びせていた。

 

『ヌゥ…!!』

「やっぱり駄目か…!」

 

 しかし効果の程はやはり見込めるものでは無く、或人はこれで真にこの方法が通用しないと理解し、仮面の下で歯噛みする。

 それが先日の戦いの時のように隙となり、マギアは全身から垂れ下がる下足のような触手を伸ばし、或人の身体に巻き付かせる。

 

「あぁ~何かデジャヴ~!?」

 

 ぐるぐると触手が巻き付き、行動を制限される或人。

 いつかもこんな風になったという既視感に囚われ、しかしそれによって或人はこの状況を脱する手段を迅速に考え付く。

 

「なら…こいつの出番だ!」

 

 ギリギリ自由である手で腰のホルダーに付けられている水色のプログライズキーを弾き、宙へ飛んだキーのスイッチを足で軽く蹴り上げて押す。

 

Fang(ファング)!

 

「よいしょおっ!」

 

 そして再び空高く舞い落下してくるキーの軌道を予測して身体を捻り、無理矢理キーを認証させる。

 

Authorize(オーソライズ)!】

 

「あふっ!?ふぅ…助かったぜ~サメちゃん!」

 

 ロクに動けない状態故、そのまま情けなく地面に倒れた或人であるが、その身体はすぐに自由となる。

 或人を解放したのは、彼が口にした通りゼロツーキーから現れたサメのライダモデル。

 "バイティングシャークプログライズキー"の起動により現れたそのライダモデルが辺りの地中を海の如く泳ぎ回る中、或人はそのキーをベルトへと押し入れる。

 

 

 

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 

 

 

 と、同時に跳び跳ねたライダモデル。

 その身体が分割し、ゼロワンの装甲へと変わる。

 

 

 

 

【 キリキリバイ! キリキリバイ! 】

 

 

 

 

 新たに追加された水色の鎧は、目に付くもの全てに獰猛に襲い掛かるサメそのもの。

 両腕に備えられた鋭利な武装、"アンリミテッドチョッパー"を駆使して相手を無惨にも切り捨てる、その姿の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイティングシャーク!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン バイティングシャーク"

 

 

 

 

【 Fangs that can chomp through concrete. 】

 

 

 

 

―その牙はコンクリートをも噛み砕く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイティングシャークへの変身を完了した或人は直ぐ様身を構える。

 先程のライジングホッパーと違って腕部の武装を中心に戦う故に構えも変わった或人に対し、マギアは警戒しながらも己の最大手である触手を再び伸ばす。

 

「よっ!ほっ!はぁ!」

 

 しかし或人はそれら1本1本の軌道を的確に見切り、腕部の武装で次々と切り捨てていく。

 ジリジリと…しかし確実に詰められていく距離にマギアは焦りを覚えたのか、途中で触手を伸ばすのを止めて或人へと迫った。

 そうなってしまえば、後はあの鋭利な牙に蹂躙されるだけだというのに。

 

「飛んで火に入る何とやら!貰った!」

 

 縦、横、袈裟斬りと…あらゆる角度から攻め立て、マギアを切り刻んでいく或人。

 ホッパーブレードによる一撃重視の戦い方とは違う連撃の数々にマギアは翻弄されてばかり。

 やがて両腕を使って大きく切り裂きマギアを吹き飛ばすと、別の方向からも同じ様にマギアが飛ばされてきた。

 ガエルマギアと同じ似姿をしたそれは、恐らく別班の所に現れたというマギアだろう。

 ならばあのマギアをここまで連れてきたのは唯阿に違いないとマギアが吹き飛ばされてきた方を見ると…。

 

「…え、不破さん!?何でこんな所に!?」

「飛電の社長か…!」

 

 そこには意外にもバルカンに変身した不破が居り、或人は予想外の人物を前に戦時中だというのに頭に?(ハテナ)マークを浮かべる。

 

「社長、話は後だ。さっさとこいつらを倒すぞ。」

 

 しかし続けて現れた唯阿に論され、3人はマギアへ向き直る。

 と、その瞬間にガエルマギアの爆弾が飛んできた。

 今の会話を隙と見て、起死回生を狙ったのだろうが…。

 

「危ねっ!」

「ふっ!」

「ッ!」

 

 今の間を隙として晒す程、彼等は素人では無い。

 むしろその逆…各々が迫る攻撃を回避する中、不破は同時にライザーに収まるシューティングウルフキーのスイッチを押し、反撃の一手を取る。

 

Bullet(バレット)!

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 エネルギーが集まる銃口を、マギア達へ向ける。

 マギア達が不破の動向に気付くも、もう遅い。

 不破は迸る必殺の力を解放するべく、引き金を引いた。

 

「はぁあ!!」

 

 放たれた弾丸は4頭の狼へと変わり、それぞれ2体ずつマギアへと向かっていく。

 マギア達は迫り来る4頭の狼を撃ち落とす、或いは躱そうとするも、そのいずれの方法も通用せず、マギア達へ襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュ ー ティ ン グ ブ ラ ス ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオヒマギアには両手に、ガエルマギアには両脚に狼達が喰らい付き、両者を捕らえる。

 

『グァア!?おのれぇ…!!』

『兄ちゃんヤバいってこれ…!!』

「社長!刃!やれ!」

 

 片や地に杭を打たれ、片や空に囚われるマギア達に止めを…不破は或人と唯阿にそう促す。

 それに応じ、2人はそれぞれ必殺の一撃を見舞うべく動き出した。

 

「これで終わらせる!!」

 

バイティング! インパクト!!】

Dash(ダッシュ)!

 

 或人はベルトのキーを再度押し込み、唯阿はライザーに装填されているキーのスイッチを押す。

 互いに身を構え、或人は空へ、唯阿は目前の敵目掛けて向かっていく。

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 ガエルマギアが迫る唯阿を迎撃すべく大口を開ける。

 しかしそれこそが唯阿の狙い…彼女はマギアの知覚を錯乱させるように周囲を走り回りながら、その大口の中へ銃弾を連射する。

 発射された銃弾はマギアの大口の中で一点に集まり、巨大なエネルギーの塊となる。

 やがてその塊はなお注がれる銃弾により飽和し、徐々にマギアの身体を蝕んでいき…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダ ッ シ ュ ラ ッ シ ン グ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウァァァァa…!!??』

 

 やがて破裂、同時にそれに耐えきれなかったマギアが爆散した。

 

『なっ!?クソォ…!!』

 

 断末魔さえまともに上げさせぬその詰めの一手は、残るマギアに己の顛末を示唆させる。

 

「はぁぁぁぁぁ…!」

 

 そしてその予測通りマギアの下へ向かう或人の武装が光を放つ。

 鮫のそれを模したエネルギーの牙が両腕の武装から連なり、或人の動きに合わせて唸りを上げる。

 

『覚えていろ!!!いつか必ずお前達に()()()()の裁きが…!!!』

 

 やがて眼前に迫ったマギアに向けて或人は両腕を交差させ…。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バ イ テ ィ ン グ

 

 

 

 

イ ン パ ク ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エネルギーの牙でマギアを両断した。

 

『グォォォォォ!!??』

 

 その牙で狙われたが最後、命は無い…マギアはその身を以てそれを体現し、そしてこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

「最後、何て…?」

 

 空に上がる爆発を背に、或人が地上に降り立つ。

 

 

 

 

「あの御方、とか言ってたな…。」

 

 そしてその側に歩み寄る不破と唯阿。

 

 

 

 

「また厄介な事になりそうだな…。」

 

 彼等の前では、どんな悪意も討ち滅ぼされるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん…結局最後までライブをさせる事が出来なくて…。」

「ほんとですよ!!折角のしず子とエマ先輩のライブだったっていうのに…!!」

「かすみさん、もう良いよ!この人達を責めたって何にも変わらないよ!」

「でも…!!」

 

 2体のマギアを討ち果たした後、或人達は虹ヶ咲の面々と落ち合った。

 しかしその面々に対して或人が掛けた言葉はライブが終わった事への労いの言葉でも、マギアを無事に倒せた事への報告でも無い…彼女達のライブに支障を来してしまった事への謝罪であった。

 

「今回の暴動を防げなかったのは、警備を買って出た我々A.I.M.S.…ひいてはその指揮を取っていた私の落ち度だ…責任は全て私が受けよう。」

「責任だなんて、そんな…!」

 

 確かにマギアによる人的被害は出ずに終わったが、それでも会場付近で騒ぎが起きている事は瞬く間に周囲に拡がり、それが会場にも伝わってしまったのだ。

 結局会場側も人命を第一に考えてライブを中止にせざるを得ず、エマは曲の途中で、しずくに至っては1曲も披露する事が出来ずに今日のライブが終わってしまったのだ。

 

「いや、責任があるのは俺の方だ。そっちの事情も知らずに勝手に動いたのは俺だ。」

「そんな…それこそ何にも知らなかったんですよね!?なのに…!」

「少し周りを見りゃ分かった事だ。それにどの道もっと穏便に済ます方法もあっただろう…全く責任が無いとは言わせねぇよ。」

 

 そしてその責任を背負うべきは、警備に抜け目が有り、故に今回の物事そのものを甘く見ていたのだとする唯阿。

 事情も知らずに独断で行動してしまったという不破。

 そして一番事情を把握していた筈だというのにそれらを制御出来なかったという或人。

 この3人がそれぞれ自分にその責任があるとして主張し始めた。

 少女達からすれば彼等にそんな責任など無いと思っているのだが、そう告げても彼等は全く耳を貸そうとしない。

 

「…じゃあ。」

 

 すると侑が自らに注目が集まるように一言呟く。

 少女達はまさかと思う、彼女には何か募る思いがあるのだろうかと。

 反対に或人達はそれで良いと思う、そうでなければこちらの気が収まらないと。

 両極端な意思を向けられる中、侑はその場で少し息を吸うと…。

 

 

 

 

「ありがとうございます、皆の事を守ってくれて。」

 

 或人達向けて深々とお辞儀をした。

 

 

 

 

「皆さんがそうやって好きにしてくれたから、皆怪我する事が無かったんです…謝られる事なんて無いですよ。ライブはまたやれば良いんですから!」

「でも…!」

 

 そして口にするは、他の少女達と同じ免罪の言葉。

 当然それを望まぬ或人達は納得いかないと訴えるも…。

 

「だから、何も言わずにこの気持ちを受け取ってください。それが皆さんの責任って事で!」

 

 その一言で皆押し黙ってしまった。

 実際の所、侑は他の少女達同様或人達に罪を感じていない。

 むしろ侑から見て、彼等は有りもしないその罪を自ら被ろうと躍起になっているように見えた。

 それは彼等が誰よりも他人を尊重する事が出来る責任感の強い者達であるから。

 

「侑ちゃん…。」

 

 ならば全員のせいにしてしまえば良い。

 誰が悪いなど決めずに、ただ感謝のみ伝える。

 そうする事で彼等はそれぞれの理由ながら共通して平等な自責の念を持つ。

 うやむやと言われてしまえばそこまでなのだが、罪を背負いたい彼等とそんなものは無いと言う自分達…互いの理想を実現するには、これが一番の方法だと侑は思ったのだ。

 

「…驚いたな、まさかこうも納得させられてしまうとは。」

「大した奴じゃねぇか。」

 

 これを屁理屈と捕らえるかどうかは人によるが…少なくともその大人顔負けの話術に不破や唯阿は感服した様子だ。

 

「かすみちゃんもこれで良い?」

「ッッッ~~~…もうっ!!良いですよ!!かすみんもう何も言いません!!」

 

 唯一少女達の中で反感を露にしていたかすみも場の空気に逆らえずそっぽを向いてスタスタと歩いていってしまった。

 それでもその口振りから、彼女も侑の言葉に一応の納得はしているようだ。

 

「…ありがとう。」

 

 或人はただ、そんな彼女達に感謝するしかない。

 故に、彼はもう一度その心に決意を刻み込んだ。

 この事件は、必ず解決する。

 そして彼女達は、必ず守る。

 かつて守れなかった"彼女"の面影を脳裏に過らせながら…。

 

 

 

 




軽い人物紹介



・飛電 或人 / 仮面ライダーゼロワン

→皆さんご存知世界最強の社長
 あの大規模なヒューマギアの暴走事件から約1年…飛電インテリジェンスの社長として"ある一点"を除き、変わらずの日々を送っていた
 だがひょんな事から再びヒューマギアが暴走する現場を目撃…事件解決の為に奔走する事となる
 現在は事件の中心となっているであろう虹ヶ咲学園やスクールアイドル事情について勉強中



・不破 諌 / 仮面ライダーバルカン

→皆さんご存知無職ゴリラ
 当時から約1年経った今でも職業:仮面ライダー(無職)を貫き通している(一応警備のバイト等で食い繋いでいる模様)
 今作では中々に雑な登場を果たした後、先の事件に関わっていく事となる
 因みに虹ヶ咲学園やスクールアイドルの事は或人同様これっぽっちも知らない



・刃 唯阿 / 仮面ライダーバルキリー

→皆さんご存知辞表パンチャー
 対人工知能特務機関A.I.M.S.の隊長として軽度なAI犯罪を取り締まる日々を送っていたが、再発したヒューマギアの暴走を前にまた当時のような事態に陥るのではと警戒している
 虹ヶ咲学園やスクールアイドルに関しては、言葉だけなら聞いた事がある程度


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Program.5「それぞれの色が 交ざり合う」

「2人は今回の件、どう考えてる?」

 

 しずくとエマのライブから数時間後…少女達と別れた或人達3人は飛電インテリジェンスの社長室に集まっていた。

 自分だけでない、不破や唯阿も一連の事件に関わった事で、一度互いの意見を交換した方が良いと判断したが故だ。

 

「そうだな…まずヒューマギアの暴走についてだが、真っ先に考えられるのは滅亡迅雷.netが手を加えた可能性だな。」

「確かにそれは俺も考えてた。ゼツメライザーも使わない、アークの力も借りない、それでヒューマギアを暴走させてマギアに変えるなんて事が出来るのは…滅亡迅雷.netしかいない。」

 

 或人や唯阿が口にした"滅亡迅雷.net"というのは、2年前に起きたヒューマギアの暴走…その一連の首謀者となっていた者達の事を指す。

 4体のヒューマギアから構成されるその集団は今でこそその成りを潜めて現代社会に溶け込んでいるが、前科がある事には違いない。

 こういう事態が起きれば真っ先に疑われる対象だ。

 

「でももし本当に犯人があの4人だとしたら、どうして今になってそんな行動を始めたのか…。」

 

 しかしその疑いが真実かと言われれば、或人は首を横に振らざるを得ない。

 それは彼等が当時の目標から紆余曲折を経て、人間と共存しようとする"心"を手に入れたからだ。

 それを1年もの間守り続けていた彼等が今更反旗を翻すとはどうしても思えないのだ。

 

「私も亡の事があるからな、そう疑いたくは無いが…それでもあいつらは滅亡迅雷.netだ。特に滅と迅…あの2人は二度とアークが生まれないように人類を見張り続けると言っていたが、その線上でいつ人間を襲ってもおかしくはない…。」

 

 しかし唯阿の言う事も事実だ。

 滅亡迅雷.netの4体は現在1体が或人の働く飛電インテリジェンスに、もう1体がA.I.M.S.で唯阿の部下として居り、それぞれ所属している組織の規範に従って行動している。

 しかし残る2体は何処にも所属せず独自の理念を持って各地を転々としている。

 唯阿が懸念しているのはその放浪している2体のヒューマギアだ。

 今の所彼等が人を襲ったという報告は聞いていないが、その掲げる理念が暴走し、いつそういった事態に陥るか分からない…それは或人も十分理解していた。

 

「その可能性が一番高いっていうのは分かってる。でも今回の件はきっと…いや、絶対にあいつらの仕業じゃない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―もしお前が悪意のあるラーニングさえしていなければ、こうやって戦う事も無かったのかもしれない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その怒りを…その悲しみを…お前はもう分かってた筈だッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等と分かり合う為に交えた拳の感覚は、今でも鮮明に覚えている。

 その感覚に誓って、或人は彼等がこの事態を引き起こしたものでは無いと言い切った。

 それについては唯阿も思う所は同じらしく、或人の言葉を否定せず素直に聞き入れた。

 

「確かに、ブレードの案件も考えればな…復元が出来なかったんだろう?」

「はい、どのマギアに試しても駄目でしたね…。」

 

 そして話は次の話題、プログライズホッパーブレードの案件について振られた。

 

「ブレードによる復元は保存されている膨大なヒューマギアのバックアップデータから対象の個体のデータを選出し、それを流し込む事で可能としている事…それが出来ないとなると、ブレードに対する策が講じられているか、或いは…。」

 

 それまで絶対を保証していたその効果が無効にされている現状。

 これを説明する為の答え…それもまた或人と2人して思い付いていたものである事が唯阿の口から語られる。

 

 

 

 

「或いは、データに無いヒューマギアか。」

 

 

 

 

「データに無いヒューマギア…。」

「つまり、密造だな。」

 

 現在世間に出回っているヒューマギアの製造、及び総合管理は全て飛電インテリジェンスが一手に担っている。

 ヒューマギア製造管理に関するノウハウが社内で機密事項として扱われているが故に、もし他企業がヒューマギアを欲した場合、否が応にも飛電インテリジェンスと契約を交わす必要がある。

 無論飛電インテリジェンスもその企業のニーズに合わせてヒューマギアの調整を施し迅速に手配したり、その後の管理も企業の手を煩わせないよう極力自社で取り行う等事業の支障を来さぬよう務めているが、中にはそれらの尽力も空しい結果となる契約もある。

 通例より一刻も早い派遣を求めたり、さらに極僅かではあるが、本来注文した用途と全く別の目的を行わせる為にヒューマギアを求める会社も存在する。

 それらは大抵公には出来ない黒い事情というものを抱えており、そしてそういった者達は例えヒューマギア(求める人材)と言えど他企業と契約を交わすのを内心嫌がっている。

 契約1つにしても様々な制約や金も掛かるし…ならばいっそ自分達で造ってしまえば良いのでは?

 そう考え至って不法投棄された、或いは現役のヒューマギアを拉致してデータを盗み、密造に手を染めようとする者達が後を絶たない。

 一応今の所はその本格的なステップまで進んだ企業は存在せず、A.I.M.S.が中心となる事で未然に防がれている。

 しかし後を絶たない程には継続されているそのバトンがいつ実を結ぶか…その答えは「近い内」と言わざるを得ない。

 そしてその答えが示すのが今この時なのだとしたら、それは嫌でも納得せざるを得ないであろう。

 それにしてはブレードの無効化など、あまりに先進が過ぎているとは思うが…。

 

「それにあのヒューマギア、片方を兄と呼んでいたな…社長、今のヒューマギアに兄弟機という概念はあるのか?」

「うーん、そういう概念をラーニングすれば分かんないけど…基本的には兄弟機っていう括りで造ったヒューマギアは居ないよ。そう言えばそれも何でだったんだろう…?」

 

 さらにはあのマギア達が言っていた言葉の数々が、或人達の思考をさらに深くまで落としていく。

 取り敢えず分かる事と言えば、マギア達にはあの御方と呼ぶべき存在が居る事。

 そして恐らく、そのある御方こそが今回の事件を引き起こしている犯人であろうという事だ。

 

「いずれにしろ、ヒューマギアが人に危害を加えた時点で人工知能特別法違反…A.I.M.S.の案件だ。私はこれから今回の件を政府に報告して、捜査に踏み切るつもりだ。」

「分かりました、お願いします。」

 

 とにかく、ここまでの会話で今後の方針はある程度決まった。

 調べるべきはマギア達、そして彼等が仰ぐあの御方の詳細…その為に滅亡迅雷.netを中心に探りを入れていく。

 それは唯阿率いるA.I.M.S.に任せ、或人の方は引き続き虹ヶ咲のメンバーの護衛に回る。

 これが大まかな今後の方針だ。

 

「…っていうか、不破さん話聞いてる?」

「あ?聞いてるよ…。」

 

 と、ここで或人が今まで全く話に入ってこなかった不破に向けて話し掛ける。

 彼はどうやら自前のライズフォンで何かを見ているようだが…?

 

「何見てるんだ?」

「街の掲示板だよ…コミュニティサイトって言えば良いか?」

「コミュニティサイト?」

「驚いた…お前そんなもの使うのか。」

「街の平和を守る為に、こういった所の情報が役に立つ事があるんだよ。」

「いや、そもそもお前がそういうものを使えるという事自体がな…。」

「馬鹿にしてんのかお前?」

 

 聞いてみれば、彼はこの街近辺の情報が掲載されるコミュニティサイトを閲覧していたようで…果たしてそれがこの重要な話し合いの場を放っていた理由になるのか。

 

「それでさっきあそこで起きた事について調べてたんだが…妙なんだよ。」

「妙?」

 

 そう思っていた或人であったが、そちらも蓋を開けてみれば或人の想像以上に重要な内容であった事が判明する。

 

「誰もあのライブで起きた事を話してないんだよ。いや…正確に言えば、言った途端に口を封じられてるようだな。」

「どういう事だ?」

「あのライブ会場で起きたヒューマギアの暴走…それに関する投稿をすれば、1時間もしない内にその投稿が削除されて、場合によっちゃアカウントすらも強制停止させられてるみたいだ…社長が言ってた他の件も、見た限り同じ措置を取られてるみたいだぜ?」

 

 告げられた内容に或人も唯阿もまさかと顔を見合せ、試しにライズフォンで検索を掛けてみると…不破の言う通り或人が体験した先日の2つの事件についても同様にネットで全く話題に上がっていなかった。

 

「確かに…TVでやってても全くおかしくない程なのに…!」

 

 これまで忙しなく動いていた為に気が回らず、見逃していたその事実に動揺する或人。

 そして動揺の先は何故そのような事実が起きているのかという方向に向けられる。

 ヒューマギアの暴走、その事実を報じないで利を得られる存在はごく限られる。

 1つは飛電インテリジェンス…ヒューマギア事業を担うこの会社にとって、その事実は単純に痛手だ。

 しかしそういった事態は既に過去に経験している事だ、今更隠蔽する理由は無い。

 むしろ隠蔽すれば余計に自らの首を絞めかねない…この会社が一枚岩で無いと言うのならまた話は別だが、基本ヒューマギアを"善"として見ているこの会社の人間が、そんな馬鹿の極まりに着手するとは思えない。

 ならばその答えは自ずと見えてくる。

 

 

 

 

「情報規制…それが出来る程の存在…。」

 

 ヒューマギアを"悪"として利用し、何らかの目的を為そうとしているナニか。

 

 

 

 

「どうやら今回の件、思っている以上に根が深そうだな…。」

 

 唯阿の溢した言葉に、或人も不破も重く押し黙るしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、新しく皆の護衛を担当する事になった不破さんと刃さん!皆仲良くしてね!」

「何だその言い方、子供じゃねぇんだぞこっちは…不破 諌だ。事情はここに居る社長から聞いている、よろしくな。」

「刃 唯阿だ。私は仕事の都合上そこまで側には居られないだろうが、なるべく暇を見つけてここに来るようにする…覚えていて貰えると助かる。」

「お二人の御協力、心から感謝致します。これからよろしくお願いしますね。」

「せつ菜ちゃん何だかすっごい固くない?もっとフランクに行っても大丈夫だよ?」

「しっかりしているという事だろう、どこかの社長さんにも見習って欲しいものだな。」

「ねぇそれ俺の事だよね?俺しか居ないよね刃さん?」

「まぁ、自覚が有るだけマシと思うか。」

「不破さんまで!?」

 

 後日、或人は不破と唯阿を連れて虹ヶ咲学園を訪れていた。

 目的は新たに事件に関わる事を決意した2人と虹ヶ咲メンバーの間に面識を持たせる為…それは或人の身を張った自虐ネタのお陰で問題無さそうだ。

 学園側からも昨日の一件から不祥事の際には飛電インテリジェンスが全責任を負うという条件で関係者の出入りを許可してもらっている為、彼等が必要以上の不審を買う事も無いだろう。

 

「しかし護衛つったってどうするつもりだ?流石に何から何まで側に居るなんて事は出来ないぞ?」

「もちろんそれは分かってる。まずは皆と連絡が取れるように連絡先の交換をして…。」

 

 しかし面識を持たせるだけが今回2人をここに連れてきた理由では無い。

 本題はここから…これから先の自身等の行動の指針を決めるのだ。

 

「それで護衛に関してなんだけど、取り敢えず最低限毎日1人はここに居るか、そうでなくても付近に居るのが大前提だと思ってる。」

「妥当だな。しかし私はA.I.M.S.の仕事が、社長には社長の仕事が普段ある。それが出来そうなのは…不破しか居ないな。」

「やっぱバイクで15分圏内は流石にそう近場とは言えないしなぁ…不破さん、お願い出来る?」

「仕形ねぇが…それでも付きっきりは難しいぞ?」

「そこは俺もスケジュールを調整するから、まずは向こう1ヶ月分、誰がいつここに来るかの予定を立てちゃおうと思ってる。」

 

 そう言うや日程表を取り出す或人。

 予め用意していたらしきそれを前に、3人はああでもないこうでもないと意見を出し合い、徐々にその枠を埋めていく。

 虹ヶ咲の少女達はそんな彼等の様子を見て、各々多かれ少なかれ複雑な感情を抱いていた。

 これまでそんな予感さえ全く感じられなかったというのに、急にヒューマギアだ命の危機だという状況になってしまった。

 その渦中に居る自分達には、この状況から抜け出す術を持ち合わせていない。

 だから彼等が自分達の為にと言ってくれる事は、素直に嬉しく思っている。

 しかし同時に何故こんな事になってしまったのか…何故自分達がそれに巻き込まれなければならないのかという想いも湧いてくる。

 それは被害に遭ったが故の恐怖心から来る過剰な被害妄想ではあるのだが、かつて同じ様に世界が被害に遭って、そしてそれを彼等が解決に導いたらしく、しかしまた同じ様な事態が起きている。

 その事実が、ヒューマギアの暴走という問題がそう簡単には解決出来ないものである事を少女達に知らしめる。

 本当にその問題を解決するならば、もっと根本的な部分にまで足を踏み入れなければならないのだろう。

 今回の事件は、果たしてその根本にまで辿り着けるのであろうか?

 そうでなければ、ヒューマギアの暴走からなるこの事件は永遠に解決出来ないであろう。

 もしそんな事になったら、私達は一体どうすれば良いのだろう?

 助けて、と…そう叫ぶ事しか出来ない自分達は、一体誰に向けてその声を届ければ良いのだろう?

 そしてもしその声が届かなかったら、生まれてくる怒りを、悲しみを、一体何に向けてぶつければ良いのだろう?

 その答えは、揃って1つであった。

 かつてこの世界に、まだヒューマギアという存在が居なかった時代…その時代に向けて助けを求めたい。

 しかしそんな時代は既に過去の話…故にこの声は届かない。

 だからこの怒りや悲しみをぶつける先は、自然とヒューマギアとなる。

 ヒューマギアという存在さえ居なければ、と…。

 そしてその想いが連鎖して、周りの存在にも不要である筈の牙が剥かれていく。

 ヒューマギアという存在を産み出したのは、それを世界に広めたのは、今なおヒューマギアという存在をこの世界に存在させているのは…。

 そう…ヒューマギアという存在を肯定的に見ている彼等3人は彼女達の中ではほんの少し、塵の如く小さいながらも、悪意が向けられる対象なのだ。

 

「よし、これで最低限の安全は確保するとして…それでも全然完璧じゃない。」

「だな、これはあくまで最低限の警備だ。まだまだ考えなきゃならない事はある。」

「彼女達もいつだって集団で行動している訳じゃない。プライベートなどで襲撃された時の対処法も考えておかないとな。」

「そうなんですよね…でも流石にプライベートまで側に居るのは彼女達の負担になるから、プライベートの時は基本的に近くでの護衛は無し。でもすぐに動けるように俺達は街中から離れないで、彼女達には…軽くで良いから何処に行くとかあらかじめ連絡を入れてもらう、って感じかな?後は普段の活動なんかで何人かに分かれて別行動するって時は…やっぱり俺達側の人数は2人以上居た方が良いか…。」

「片方に1人ずつといった具合か…その辺りは彼女達にも話を聞かないとな。」

「ですね…ねぇ、皆の予定って1ヶ月ぐらい先まで分かるかな?」

「あ…はい、ちょっと待っててください。」

 

 と、或人の声が思考に耽っていた彼女達の気を引き戻した。

 皆が皆そのような状態に陥っていた事に少なからず動揺する彼女達は一体何を考えていたのだろうと申し訳無く思い、或人が差し出したもう1枚の日程表に急いでそれぞれの予定を記入していく。

 その様子を見て、或人達3人は各々共通した感情を抱いていた。

 これまでそんな予感さえ全く感じられなかったというのに、再びヒューマギアの暴走という事態が起きてしまった。

 そしてその渦中に巻き込まれた彼女達には、その状況から抜け出す術を持ち合わせていない。

 だから自分達が守らなくてはと…この事件を早期に解決して、彼女達を自由にしなければならないと、そう思っている。

 故に何故こんな事になってしまったのか…何故再びヒューマギアによる問題が起きてしまったのかという想いが湧いてくる。

 それはかつてに起きた同じ問題を解決に導いた当事者である事から来る責任感であり、今回の事件に対する彼等の心持ちを重くする要因である。

 仮に今回の事件が解決したとして、ヒューマギアの暴走…その根本的な問題が解決しない限りは、また同じ様な事件が起こってしまうのだろう。

 もしかしたら、今回の事件もそれが原因で解決出来ないなんて事になるかもしれない。

 そうなったら、自分達は一体どうすれば良いのだろう?

 助けて、と…そう叫ぶ事しか出来ない彼女達に、一体どうしたら救いの手を差し伸ばす事が出来るのだろう?

 もし差し伸ばしたその手が届かなかったら、そこから生まれてくる募りを、哀しみを、一体どうやって拭えばいいのだろう?

 その答えは、揃って1つであった。

 かつてこの世界に、まだヒューマギアという存在が居なかった時代…その時代こそが救いの手だと。

 しかしそんな時代は既に過去の話…故にその手は届かない。

 だからこの募りや哀しみをぶつける先は、自然と自分達となる。

 自分達に力が足りなかったからだと…。

 そしてその想いが連鎖して、周りの存在にも不要である筈の虐げが向かれていく。

 ヒューマギアを悪用しようとする者さえ居なければ、ヒューマギアという存在が世に出回らなければ、ヒューマギアという存在が産み出されなければ…。

 そう…ヒューマギアという存在を肯定的に見ている彼等3人からしてみれば、彼女達という存在はほんの少し、塵の如く小さいながらも、己の信念に対する深い問いを掛けてくる存在なのだ。

 

「出来ました、取り敢えずこんな感じで…。」

「お…ありがとう。」

 

 と、皆予定を記入出来たらしく、侑が日程表を渡してきた。

 それが思考に耽っていた3人の意識を現実に引き戻し、3人は渡された日程表に目を通す。

 

「意外と予定があるな…。」

「当たり前っちゃ当たり前だが、部活はほぼ毎日か…。」

「そうですよ!スクールアイドルは日々可愛さを求めて研究に余念が無いんです!」

「そして鍛練の日々でもあります!」

「それは暑苦しいからパスで!!」

 

 日程表には各々の用事がそれぞれ書き込まれているが、一番目に付くのはやはりほぼ毎日のように書き込まれている部活の文字。

 予想はしていたが、やはりそうなるかと3人は静かに唸る。

 しかし出来ないとは決して言わない。

 ヒューマギアの暴走を止め、彼女達の命を守る…それが3人に課せられた使命なのだから。

 

「ともかく、これで彼女達の基本的な予定が分かった。これを元にして、もう一度私達の予定を組み直そう。」

「はい。他にここに書いてない事で何か気にして欲しい用事とか、言っておきたい事とかあるかな?」

 

 その使命を果たすべく、或人達はさらなる詳細を少女達から聞き出さんと、より深く踏み込んだ。

 すると少女達から次々とその意思に応える声が上がっていく。

 

「私は特に無いかな…歩夢は?」

「私も特には…。」

「かすみんはいつだって予定がいっぱいですよ!」

「それはプライベートの話でしょ…。」

「ちょっ!?しず子余計な事言わないで!」

「それで、私なんですけど…「無視するな~!!」私は同好会の他に演劇部の用事がありますね。」

「あ、そっか。演劇部と掛け持ちって言ってたっけね…学校からは離れちゃう感じ?」

「そうですね…公演の時は確かに学校から離れる時もありますけど、暫くはそういう予定はありませんね。普段の活動も同じ校内ですし。」

「じゃあそれに関しては人を増やす必要は無いかな…?でも近くを離れる事には変わりないから、いつでも連絡出来るように心掛けておいて。他には居ない?」

「愛さんはたまに他の部活の助っ人に行く事があるけど、正直いつ呼ばれるかは分からないんだよね~…後は実家の手伝い…ってこれはプライベートの方になるか。それ以外は特に無いかな?りなりーは?」

「私は…特に無い。」

「私は読者モデルをやってるから、それで別行動を取る事があるわね。必要なら予定表に書くわよ。」

「彼方ちゃんは部活が終わった後にバイトを入れてるんですよ~。土日もたまに入る事があるし…それも書いておいた方が良いですかね?」

「私はたまに地域のボランティア活動に参加してます。せつ菜ちゃんもそうだよね?」

「そうですね、生徒会では仕事の一環でそういう行事に参加する事があります。生徒会では他にも沢山の仕事があるので、正直挙げればキリが無いのですが…。」

「成程…う~んこれは中々…。」

「流石に10人分ともなると目まぐるしくなるな。」

「すみません、私達の為に無理をしているでしょうに…。」

「あぁ大丈夫大丈夫!全然気にしないで!」

「街の平和を守るのが仮面ライダーの仕事だ…たかが10人、訳もねぇよ。」

 

 全員分の詳細を聞き終え、その内容に再び唸りを上げる3人。

 思えばヒューマギアの暴走に対してこれ程までに綿密な予定を立てた事などそう無く、それによる不手際が災いして、少女達に要らぬ自責の念を与えてしまう。

 そんな少女達の姿に、或人達はしまったと揃って態度を改め取り繕う。

 彼女達にそんな感情を抱かせる為に話し合いをしている訳では無いと言うのに…これは失態だ。

 

「そうだな、予定に関してはこちらで話し合うとして…改めて、全員に頼みたい事がある。」

 

 これ以上彼女達を不安にさせるような姿は見せられない…と、唯阿が場の空気を変えるべく話を切り出した。

 

「今回の事件はまだ何が目的で行われているのか全く分かっていない。3回も狙われているとは言え、奴等の狙いが本当に君達そのものなのか、それともスクールアイドルという概念の中でたまたま君達が連続して狙われているのか、はっきりしていない…だから君達には改めて自覚をして欲しい。君達は今、その命を狙われている…それもいつどこで襲われるかも全く分からないという事を。そして君達を守るのは私達だという事を…。」

 

 それは今回の事件に対する彼女達の身の振る舞い方、そして心構えについて。

 再三の伝えにより耳にタコかもしれないが、それでもこれだけは徹底しておかなければならない。

 そうでなければ彼女達を守る事が叶わなくなるから。

 そのような事態になってしまえば、それは彼女達にも自分達にも、幸になる事など1つも無い。

 

 

 

 

 例え今こちらを見据える彼女達の視線の中に、ほんの少しでもこちらを信用しきれないという悪意が含まれているとしても。

 

 

 

 

「何か用事があるのなら、この3人の内誰でも良いから連絡を入れる事。プライベートでも不要不急の外出は控える事。これをもう一度、君達の中で徹底して欲しい。」

 

 ヒューマギアの暴走という事態を前にして、彼女達が自分達の事を大なり小なり心良く思っていない事は、3人には既に分かっていた。

 だとしても、だからこそ、自分達は決意しているのだ。

 その信用を、この事件を通して勝ち得ようと。

 

「これは俺達皆で協力しないと解決出来ない事だ…だから皆、これからよろしくね。」

 

 その意思を、少女達は或人の言葉から感じ取ったのだろう…皆一瞬ではあるがその表情を申し訳なさそうに曇らせた。

 そしてその粗相を払拭するべく、彼女達は揃って或人の言葉に深く頷いた。

 

「あの…1つ良いですか?」

「ん?どうしたの?」

 

 しかしその中でしずくだけが表情を曇らせたまま或人達に声を掛けた。

 何か言いたげな仕草をしている彼女は、そのままおずおずとした様子で或人達に向き直ると…。

 

「私達のプライベートに干渉しないのというのはとてもありがたい事なんですけれど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私…家が鎌倉で…。」

 

 

 

 

「…へ?」

 

 と、割ととんでもない事実を口にした。

 

「鎌倉ぁ!?」

「鎌倉って…台場(ここ)から1時間は平気で掛かるぞ!?」

「まさか毎日その鎌倉の実家から通っているのか!?」

「は、はい…。」

 

 確かにプライベートまでは基本干渉をしないとは言った。

 しかしそれは彼女達の住まいが皆ここら一帯に有るという前提の下に成り立つ話であり、まさかの鎌倉住まいがここに1人というカミングアウトに或人達3人は慌てて浮き足立つ。

 

「えっと、それじゃあ私も言った方が良いのかな…?」

「え、エマちゃん…?」

 

 すると続いてエマがまたおずおずとした様子で声を上げた。

 今度は一体何だと3人の視線が彼女に集まる中、或人は彼女の言わんとしている事を察したのか、あっ!?と声を上げる。

 その様子にエマは物凄く申し訳無さそうな顔をし、不破と唯阿にも分かるようにその衝撃的事実を伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も実家がスイスにあって、たまにそっちに帰るんですよ~…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………。」」

 

 

 

 

「あっ!もちろん帰るのは夏休みとか冬休みみたいにおっきな休みの時だけですよ!?そんなすぐ帰る予定は無いですし…!」

「わ、私もいざとなれば寮に入る事も考えて…!」

 

 彼女達を守るべく本格的な行動を開始しようとする或人達。

 しかし蓋を開けてみればなんという守備範囲の広さか。

 これは早々に事件を解決しなければならないと、妙な所で彼等の結束が強まったのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼等の様子を伺う者の姿なぞ、知る由も無く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、そうやってお互い仲良くなってもらわないとねぇ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■のた・め・に♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ブレードによる復元方法、公式サイト見ても細かい所が微妙によく分かんなかったから適当に解釈してみた
 多分そう間違えてはいない筈…


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Program.6「変わり始めた世界」

「前の襲撃から今日で1週間、今の所は問題無し…っと。」

 

 或人達が少女達の護衛を始めて、今日で1週間。

 少女達の活動、及び下校時に必ず1人は戦士が付き添っている為か、今の所はマギア達の襲来は無い…至って平和な時間が過ぎている。

 そんな中或人は今日も虹ヶ咲学園へと足を運び、少女達の下へと向かっている。

 既に1週間ほぼ欠かす事無く通い詰めている為か、すれ違う生徒達からもそう注目を集める事は無くなった…これならもう縄に付けられて校内を引き摺り回されるなんて事にはならなさそうだ。

 しかし一方で先の事件を起こしたのが暴走したヒューマギアである事を理解している生徒も居るらしく、事業主たる自分に向けて時折懐疑な視線が向けられているのを感じる。

 そう、かの暴動で影響が出ているのは虹ヶ咲のスクールアイドル達だけではない…この学校に通う生徒達もまた、いつ自分達が襲われるやもと神経が尖っているのだ。

 その視線を、或人は否定しない…その考えは至極最もだと身体に受け止め、心に刻み込む。

 この事件を早期に解決する事が、この学園の生徒達に手向けられる最善の回答と思っているからこそ…。

 

「お…。」

 

 そう決意を固めていると、通りの向こうにスクールアイドルの少女達、その幾人かの姿が見えた。

 もはや見慣れたと言って過言ではないその少女達に向けて、或人は気さくに声を掛ける。

 

「皆。」

「社長さん、今日もお越ししていたんですね。」

「或人で良いよ。今日はもう不破さんが来てる筈だけど…人が居るに越した事は無いだろうしね。皆はこれから部活?」

「そうですね、今は少し私事に付き合ってもらっていて…。」

 

 そこに居たメンバーは、菜々、しずく、果林の3人。

 まだ1週間程度しか関わりを持っていないが、それでも珍しい組み合わせだなと思っていると、どうやらしずくの私用に菜々と果林の2人が付き合っていた模様。

 してその私用とは何なのかと少し気になっていると…。

 

「寮よ。寮で生活するならどこの部屋が良いとか、そういう話し合い。」

「あ、そっか。寮生活も考えるって言ってくれてたっけ…大丈夫?無理してない?」

 

 それは1週間前にしずくが口にしていた寮生活についてであった。

 今回の事件を重く見て彼女自身が提案したそれに対し、生徒会長たる菜々と既に寮生活をしている果林から話を伺っていたようだ。

 しかし今回の件に対して真摯に居てくれる姿勢は嬉しい限りだが、彼女にも彼女なりの事情というものがある。

 それまで定着していた生活を、一時的であろうとはいえ手放す事が彼女にとって負担にならないかどうか…或人は話を聞いて、それが気掛りとなった。

 

「いえ、無理だなんて事は。ただ…。」

 

 実際それはしずくも言われずとも思っている事だ。

 家族との団欒、愛犬との触れあい…他にもしずくの中で普段通りであった事が、そうでは無くなる。

 それを押してまでという状況であるからこそ自ら提案した事ではあるが、やはりそれが一抹の不安となっている事は否めない。

 だがしかし、しずくにはそれ以上に気掛りとなっている事が1つあった。

 

 

 

 

「家族には今起きている事、伝えておいた方が良いんでしょうか…?」

 

 

 

 

「…!」

 

 それはしずくのみならず、他の少女達にも言える事であった。

 

「寮に入る言い訳は幾らでも思い付けますけど…やはり家族に嘘を付くというのは…。」

 

 今回の事件は、未だにその詳細が掴めぬ。

 故においそれと他者に情報を漏らすというのは迂闊で良くないという事は、少女達も良く理解している。

 しかし、だからこそ最愛の家族にさえその事情を打ち明けられず、あまつさえ真実から遠ざける狂言を回さなくてはならない現実に、彼女達は心を痛めているのだ。

 

「それは…任せるよ。どうしても伝えたいって思うのなら、無理せず伝えた方が良い。」

 

 だからこそ、或人は明確は答えを出せなかった。

 仮にも自分の命が賭かっているのだからそのような事を気にする必要など無いと思う反面、その心を無下にしたくないとも思ったからだ。

 自己よりも他人を優先しようとするその心を、純粋で優しいと…そう感じたから。

 

「大丈夫…皆の家族も、俺が守るから…。」

 

 これは本来ならば彼女達が背負わずとも良かった負担。

 ならばその負担を失くすには、やはり今回の事件を早く解決するに限る。

 或人はそう、今一度己の心にその決意を刻み込んだ。

 深く、深く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~~………。」

 

 同時刻、スクールアイドル同好会部室。

 10人以上入ってようやく少し手狭かと感じられる広さを持つこの部屋を、かすみが吐いた溜め息が支配する。

 

「おぉ~…何かすごい溜め息だね、かすかす?」

「"かすかす"じゃ無くて"かすみん"ですよ!」

「もしかしてかすみちゃん疲れてる?膝枕してあげようか?」

「まだ練習もしてないのにどう疲れるって言うんですか…でもそれはそれとして膝枕はお願いします。」

「…何だかいつものかすみちゃんらしくない?」

「べぇつにぃ~~~………。」

 

 そんな普段の彼女からはあまり想像出来ない姿に茶化したり甘やかしたりしてそれとなく訳を聞こうとするも、彼女はごろんと横になって以降その先を口にしない。

 

「ただ…気が抜けないなぁ~…って。」

 

 …と思われたが、彼女はエマの膝の上で横になった状態でぽつりとその胸の内を溢した。

 

「ただでさえ普段の練習でいっぱいいっぱいなのに、その上こんな事になるだなんておちおち気が休まらないですよぉ~…。」

 

 彼女の言うこんな事とは、暴走したヒューマギアに狙われている今の状況に他ならない。

 そんな状況になって気が休まらぬのは他の少女達も同様ではあるのだが、かすみは特にその状況に不満を募らせている。

 

「確かにそうかもしれないけどさぁ~、かすかすは少し気にし過ぎじゃない?大丈夫だって!ほら、何かあったら社長さん達が何とかしてくれるって!」

「愛先輩はお気楽過ぎますよ!ヒューマギアはそこらの厄介ファンとは違うんですからね!…って、だからかすかすじゃないですってば!」

 

 学生たる彼女達にとって、学校とは自宅よりも長い時間を行動する生活の要となる場所…安心安全は確保されていなければならない。

 だというのに何の前触れも無く突然マギアに襲われた事実が、彼女の中で安息を吐ける場が何処にも無いのではと心を逸らせ、普段の練習中も周囲が気になって仕方が無いというのが今の彼女の現状だ。

 

「かすみちゃんの言う事も分かる…けど、私達じゃどうしようも出来ないし…。」

「だからってりなりーもりなりーだよ!ヒューマギアなんて何考えてるか分からないし、そんなの信用してるあの人達なんてそれこそ何考えてるか分かんないですよ!」

 

 おまけに彼女の中ではヒューマギアを庇護する或人達の事もそう良くは思えない存在であるらしく、つい愚痴の矛先が彼等へと向かう。

 どんな物事に於いても、彼女は人一倍の隠れた努力家だ。

 努力して解決出来る物事であればこうも口を悪くさせる事は無かっただろうが、そうではない事だというのが彼女の中で一番の募りとなっているのだろう。

 

「おい、思ってる事を口にするのは構わないが、一応俺が居るって事を忘れるなよ?」

 

 だからと言って、口が過ぎるという言葉もある。

 それを示したのは、それまで部屋の端の方で黙ってショットライザーの調整をしていた不破であった。

 

「ひぇっ!?い、居るの忘れてた…う、嘘ですよぉ☆かわいいかわいいかすみんがぁ、そんな酷い事思ってる訳無いじゃないですかぁ☆」

「………。」

「ぴぃぃぃ!?目が、目が怖いぃぃぃ!?」

 

 完全にその存在を失念していたかすみは慌てて損ねてしまったであろう彼の機嫌を治すべくいつもの調子(ぶりっ子演技)を取るが、不破が向けた厳つい視線にかすみは大いに縮こまる。

 まぁ不破としては単にかすみの仕草に呆れているだけなのだが…。

 

「ごめんなさい、かすみちゃんも本当に悪気があって言った訳じゃなくて…。」

「いや、別に良い。俺も昔はそんな感じだったしな。」

 

 そんな無駄にガタガタと震えているかすみに代わってエマがちゃんとした謝罪を示すと、不破は気にしていないと言って作業に戻る。

 しかしその一言、その最後の部分が少女達の中では意外な事実だと写り、少女達の視線が不破へと集まる

 その視線から彼女達の思考を感じ取ったのか、不破はライザーの調整をしながらも続きとなる言葉を連ねていく。

 

「確かにヒューマギアはどこまで行っても人間じゃねぇ…何考えてるか分かんねぇなんて事はザラにある。」

 

 そして不破はでもな…と言い、ライザーをあらぬ方向へと構え…。

 

「あいつらはクソが付く程真面目なんだよ。いや、純粋って言った方が正しいかもな…自分の本分を全うする為に、人間の役に立とうとする為に、自分に向けられる全ての情報を馬鹿正直にラーニングする…まぁ、冗談が通じないんだ。」

 

 引鉄を引く。

 カチン、という撃鉄の音が室内に響き、そしてそれを最後に調整が終わったらしく、不破はライザーや調整の為の部品を片付ける。

 その間も少女達の視線に応えようと口を閉じず、やがて全て片付け終えると、彼は一身に向けられているその視線達を見据える。

 

「ヒューマギアを善にするのも悪にするのも、結局は俺達人間なんだよ。だからヒューマギアに襲われたくないって言うんなら…ヒューマギアを信じるしかねぇ。」

 

 そして最も伝えたい言葉を面と向かって伝える。

 ヒューマギアは確かに得体が知れないかもしれないが、彼等は元来人間の生活を手助けするために造られている存在だ。

 決してヒューマギア個人が何の理由も無しに人を襲う事は有り得ない…彼等が暴走するのは全てラーニングした物事による結果だ。

 そしてそのラーニングをする物事というのは、側に寄り添う事情…彼等を欲し、故に彼等を側に置く人間に委ねられている。

 ヒューマギアを敵とするならば、それは他ならぬ自らが敵を生み出しているという事なのだ。

 だからヒューマギアが敵として現れない事を望むのであれば、ただその存在を貶すだけでは何の解決にもならない。

 ヒューマギアという存在を善と認め、そういう存在となるよう率先してラーニングさせるしかない。

 

「…でも、何か納得出来ません。」

「それならそれで構わねぇ。ヒューマギアとどう向き合うかは人それぞれだ…お前なりに結論を出せば良い。」

 

 不破はそう言って、少し外の空気を吸ってくると部屋を出る。

 彼の言った結論という言葉…きっとそれを抱える、抱えなければならない程には、これから自分達はヒューマギアと関わっていくのだろう。

 その事実が、今までの自分達が故も知らぬ何色かに徐々に染められていっているだと改めて少女達に感じさせるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

「お帰り~遥ちゃ~ん、今日も1日お疲れ様~。」

「お姉ちゃんこそ、今日もお疲れ様。」

 

 家族に今の事情を話すかどうか…その問題を抱えているのは、少女達全員がそうだ。

 そしてその問題をより顕著に抱えている者が少女達の中に1人居る。

 

「遥ちゃん、ライブの練習はどう?順調かな?」

「うん、今度のライブも絶対に成功するよ!」

 

 近江 彼方、彼女には2つ下の妹が居る。

 "近江(このえ) (はるか)"という名のその少女は彼方と同じく虹ヶ咲学園…ではなく"東雲学院(しののめがくいん)"という学校に通い、そこでスクールアイドル活動をしている。

 そしてその成果を披露する時がもうすぐとなっているのだ。

 

「………。」

「…お姉ちゃん?」

 

 故に彼方は言葉を詰まらせ俯いてしまう。

 次のライブは必ず良いものになると…そう喜んでいる遥に何か言葉を掛けてやらねばならぬのに。

 

「…何でもないよ。ライブ、お姉ちゃんも応援に行くからね。」

 

 彼女の笑顔を失わせたくない。

 その為に、自分はどう振る舞えば良いのだろうか?

 しかしその答えは、彼方には終ぞ見えなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューマギアの暴走、ですか…。」

「あぁ。お前が掴んだ学園での暴動の情報…飛電の社長が当事者として関わっていたらしくてな。犯人は暴走したヒューマギアだったらしい。」

 

 A.I.M.S.本部。

 唯阿の前に居る端正な顔立ちをして中性的な印象を受けるそのヒューマギアの名は、"(なき)"と言う。

 そう…唯阿が或人に言っていた、未だ世間に公表されていない今回の事件についての情報を独自に入手した部下というのは彼女の事だ。

 

「その暴走したヒューマギア達の狙いは、スクールアイドルと呼ばれる存在…。」

「あぁ。どこまで核心に迫っているかは分からないが、重要なワードである事は間違いないな。」

 

 唯阿はそんな亡に情報提供の感謝と、その先で起きた新たな事実を語っていく。

 その事実に、暫し思考に耽る亡。

 亡は同じヒューマギアとして、彼等がそれぞれに掲げる夢を尊重している。

 彼等の掲げる夢の手伝いをしたい、彼等の夢を叶えたいと…。

 その為には出来るだけ人間と共存する道を選んだ方が好ましい、というのが亡の信条であり、AI犯罪抑制を生業とするA.I.M.S.に所属しているのも、その一環でより多くのヒューマギアに自らの信条を伝え示す為だ。

 だからヒューマギアが暴走し、人間を襲ったという事実は、亡の胸内を強く痛める事実だ。

 話を聞くにプログライズホッパーブレードによる修復も不可能であったらしく、それがさらに亡の心を締め付ける。

 破壊されたヒューマギアにも、きっと夢があったろうに…果たしてどんな理由で暴走を引き起こしたのだろうか…。

 

「…唯阿、これを。」

 

 人の観点からして見ても、ヒューマギアの観点からして見ても、これ以上同じ事は繰り返してはならない。

 故に亡はおもむろに机の上のパソコンを操作し、ある情報を掲示した。

 

「これは?」

「ここ1ヶ月分の警察の捜査記録です。調べてみた所、この1ヶ月の間で特定条件下に於ける殺人事件が増加しているみたいです。」

「特定条件下?」

 

 都内一帯が画面に表示されている中、亡が目ぼしいと判断した事件記録がピックアップされる。

 そしてそれらの詳細を見てみれば、彼女が言いたい事が自ずと判明する。

 

「その特定条件下に於いて、被害者は15から18歳までの女子高校生に限定されているんです。」

 

 そう…死因こそ様々であるが、記録に記載されている被害者は何れもうら若き少女達。

 さらにその死因もよく見てみれば、鋭利な刃物による頭部の切断(ベローサ)、高所からの落下(オニコ)、強力な索具を用いた絞首(ネオヒ)、果ては爆発物(ガエル)を用いたものと、一見バラバラに見える事件も、彼女達の中でその事件を起こしたのが共通犯(マギア)であると連想させる。

 

「まさか…この少女達全員がスクールアイドルだと言うのか?」

「分かりません、そこまではまだ調べていないので…ですが今の状況を考えれば、そうと言って差し支えは無いでしょう。」

 

 これらの事件は亡も唯阿から話を聞くまでは少し違和感を感じる程度の認識だったのでそれ以上の事は現状分からないが、情報収集を得意とする亡の手に掛かればすぐにもでも判明する事。

 ならば他にも何か彼女に目を向けて欲しい事はないかと唯阿が画面を凝視していると…。

 

「そう言えば…やけに捜査が止まっているのものが多いな。」

 

 ふと、それらの事件全てに於いて捜査状況が停滞している事実が目に付く。

 捜査の開始から少なくとも1ヶ月は経過している現在でも解決している事件は1つも無く、果ては早々に捜査打ち切りとなっているものまで。

 現状未解決ならともかく、たった1ヶ月でその前詞を払った未解決とするなど、いくらなんでも早すぎる…普通なら有り得ない話だ。

 

「決して警察も動いていない訳では無い…ですが、どうやら多方面から圧力を掛けられ、思うように捜査が行えていないようです。」

 

 さらに亡から与えられた情報に、唯阿は戦慄を覚えた。

 それが事実なのだとしたら、既に警察組織がこの事件を引き起こしている何者かの手に掛かっているという事なのだから。

 

「少なくとも確かな事は、ここ1ヶ月の間で女子高校生を対象にした殺人事件が多発している事。そしてそれらの事件の捜査が圧力を掛けられて困難となっている事です。」

 

 私はこれからより詳しくこれらの事件を調べていこうと思います、と言う亡の言葉に、唯阿は黙って頷くしかなかった。

 まるで気付かぬ内に動き始めていた事態が証明した、相対している存在の底知れなさをひしひしと感じながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ところで亡、お前この情報どうやって手に入れたんだ?」

「…秘密(ハッキング)です。」

「…後で始末書だな。」

「8枚でお願いします。」

「じゃあ10枚だな。」

「お手柔らかに…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

 部活も終わり、家に帰り、ご飯も食べてお風呂にも入って、特に何事も無く今日1日が終わりそうだと、歩夢は自室の中で一息吐く。

 特にやる事も無いので今日はもう寝ようかと思い至り、部屋の電気を消そうとすると、携帯に見知った者からの通知が届いた。

 

 

 

 

-ちょっと話さない?

 

 

 

 

「侑ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歩夢。」

「侑ちゃん…。」

 

 部屋の窓からベランダに出て横を見ると、そこには同じ様に外へと出ていた侑と目が合う。

 彼女もこれから寝ようとしていた所だったのだろうか…その姿はいつもツインテールに纏めている髪をほどいた寝間着の状態だ。

 

「どうしたの、こんな時間に話って…?」

 

 それだけ寝る準備を整えていながら、一体今から何を話そうと言うのか?

 ただの会話であるならば明日にでも…と思っていると、侑はちょっとね、と言って身体ごと歩夢の方へと向かい合わせる。

 

「最近の歩夢、何だかずっと元気無いなぁ…って。」

 

 文字通り真正面から告げられた一言。

 その一言を受けて歩夢は思う所が有るのか、それまで合わせていた視線を落とした。

 

「やっぱり気になる?周りの事。」

「逆に侑ちゃんは気にならないの?いつまた襲われるかも分からないのに…。」

「もちろん気にならない訳は無いよ?でももし何かあっても、社長さん達が何とかしてくれるって分かってるから。」

「…信じてるんだね、あの人達の事。」

「そりゃ少しは成り行きでって感じはあるけど、どうせ信じるなら思いっきり信じたいじゃん?」

 

 予想していた通りの心境であった歩夢はさらに会話を続けていくと、小さな溜め息と共にベランダの手すりに身体をもたれさせる。

 そしてそのまま思う所を見破った侑に、幼馴染みたる彼女にしか見せないであろう不安な姿をぶつけていく。

 

「大丈夫だよ歩夢…こんな事、すぐに終わるよ。またいつも通りの生活に戻るって。」

 

 そのような曇った姿をこれ以上見たくないから、侑は時間を問わずに話をしようと言ったのだ。

 彼女に笑顔を取り戻して欲しいと…だから侑は前向きな発言を繰り返す。

 フェスも2回目をやろうって話になってるんだし!と言って明るい表情で夜空を見上げる侑の姿は、もしかしたら若干必要以上の前向きさかもしれない。

 

「…そうだね。」

 

 でもその彼女なりの気遣いが、歩夢は嬉しかった。

 嬉しかったからこそ、同じ様に空を見上げる己の心境を、彼女と同じ様なものには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(でも…もしその中で侑ちゃんに何かあったら…。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先の言葉は、辛うじて心に浮かび上がる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女達を下校まで見届けた後、ライズホッパーを駆って会社へと戻ってきた或人。

 ヘルメットを脱いだ彼は、しかしバイクから降りようとせず、その場で物思いに耽ってしまう。

 

 

 

 

―家族には今起きている事、伝えておいた方が良いんでしょうか…?

 

 

 

 

 失念していた、とは言えなかった。

 家族への心配をするなど、人として当たり前の事では無いか。

 だが或人には、それを忘れていたと言えてしまう要因があった。

 

「(俺にはもう、身内って言える人が居ないからな…。)」

 

 飛電 或人には家族が居ない。

 祖父も、祖母も、父も、母も、随分と前にこの世を去っている。

 それからお笑い芸人として日々を過ごし、飛電の社長として日々を過ごし、仮面ライダーとして日々を過ごし…。

 そんなめくるめく毎日に対応すべく、或人は家族と過ごした幼い日の思い出を、知らぬ内に心の奥へと押しやっていた。

 そしてそれが出来る程には、今の或人の中でそれらの記憶は意味を成していないものであった。

 毎日を生きるのに、そんな感傷に浸っている暇は無い…ただ、ただ、目の前の事に必死だった。

 しかしふと足を止めてみれば、その感傷に浸る所か呑み込まれ、或人の心を溺れさせる。

 

「(皆、家族の事が大事なんだな…。)」

 

 彼女達がそう言うのは、家族の事を信頼し、愛しているから。

 そして向こうもそう思ってくれていると分かっているからこそ、それに応えるべく嘘偽り無い姿で在りたい。

 

「(守りたいもの、失いたくないもの…。)」

 

 或人はあの時、曖昧な答えしか返せなかった。

 今思い返せばもう少し気の効いた答えを返せただろうかと考えてみるが、それは無理だろうという結論に至った。

 人として最愛たる筈の記憶を心の奥底にしまい込んでいた自分に、一体どんな答えが出せると言うのか。

 いくら言葉を並べた所で、それは中身の無いものとなってしまうだろう。

 

「(俺には、もう…。)」

 

 家族との記憶を蔑ろに、そして家族同然に接してきた"彼女"さえ失った自分では…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、社長。」

 

 と、そんな物思いに耽っていた或人は聞こえてきた声に反応して意識を現実へと移す。

 そのまま掛けられた声の主を探るべく辺りを見回すと、こちらへ向かって歩いてくる者の姿を目で捉える。

 耳に付けているモジュールからヒューマギアだという事が分かる、目の覚めるようなオレンジ色のツナギを着たその者の正体は…。

 

「兄貴!どうしてここに?」

 

 飛電インテリジェンスに所属する宇宙飛行士型ヒューマギア、"宇宙野郎(うちゅうやろう) 雷電(らいでん)"であった。

 或人にとっては非常に面識の有るヒューマギアであるが、それ故に彼がここに居る用事が分からず首を傾げる。

 すると雷電は或人の乗るライズホッパーを指差す。

 

「仕事だよ、それの回収にな。」

「あ…ごめん、わざわざ取りに越させちゃって…。」

「全く、社長の公用品の扱いの荒さは相変わらずだな。」

 

 実はこのライズホッパー、元々は宇宙に上がっていた衛星ゼアに逐一格納をしていたものであり、その搬入作業を担当していたのがこの雷電なのだ。

 ゼアが無くなった後もライズホッパーの管理は彼が担当しており、ここに来たのもその一環だ。

 それを失念していた或人からの謝罪を、雷電は笑って受け流す。

 と言うのもここに来たのは仕事の一環と述べたように、彼としてはこの先の話の方が重要だからだ。

 

「話は亡から聞いた…またコソコソと動き回ってる連中が居るらしいな?」

「…まぁ、まだどんな事件なのかはっきり分かってないんだけどね。」

 

 ライズホッパーを雷電に託し、格納庫までの道を共に行く或人。

 折角平和になったっていうのになぁ…と言う雷電の台詞が、全く以てその通りだと胸に刺さる。

 どうしてこうも争いの種が無くならないのか。

 ヒューマギアを悪用しようという考えさえ無ければ、誰もがこんなにも辛い気持ちにならないというのに…。

 そうして押し黙った様子から察したのか、雷電は別れ際に或人に向けて思う所を口にする。

 

「何かあったら呼べよ?力になる。だから…そうやって1人で背負い込もうとするな。」

 

 お前の側には、お前の事を信じてる奴等が山程居るんだからな?と…そう言って雷電は格納庫の中へと消えていった。

 

「…ありがとう、兄貴。」

 

 或人はそうやって声を掛けてくれた雷電に感謝を告げる。

 しかしその声色は、どこか虚しさを覚える。

 自分を信じてくれるという者達を、今の自分は同じ様(大切な存在)には見れないと欠片でも思ってしまったから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏…それは街と呼ばれる場所ならばどこにでも存在する世界。

 表通りからの光が届きにくいその場所は、時に曰くと呼ばれるものが付けられる場所となる。

 そして今日もまた、とある街の路地裏がそのような現場となっていた。

 

「また1人犠牲者が出たか…。」

「これで僕達が確認しただけでも16件…でも、実際はもっと被害が出てるだろうね。」

 

 2人の男の会話が路地裏で交わされている。

 彼等の目の前には、誰も近寄らないこの路地裏の闇に溶け込ませようとしているのだろうか…乱雑に置かれたゴミの山、その中から人の手足がはみ出ている。

 少しゴミを退かせば、その手足の正体がマネキン等の類いでは無く、既に事切れている人間のものであると分かる。

 それだけ分かれば、2人にはこの遺体の大まかな情報が分かる。

 遺体の年齢は15から18、そしてこの遺体は生前…スクールアイドル活動をしていた筈だ。

 

「そろそろ皆の力を借りないといけないかもね…。」

「あぁ、だが今は次の現場となるであろう場所を特定しなければならない。」

「今までの現場と、一帯の直近のイベントを加味すると、次の現場になりそうなのはやっぱり…。」

 

 2人は警察へ匿名の連絡を行い、その場を後にする。

 情報自体はどうせ無駄になるであろうが、あの遺体をそのまま放っておく訳にはいかないだろうという彼等なりの優しさだ。

 そんな彼等の次なる行先は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、だろうな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.7「どこに向かうか まだわからないけど」

「おぉ~凄い人の数…やっぱりスクールアイドルって人気なんだね!」

「はい!特に東雲学院はこの付近一帯で最も人気のグループと言っても過言ではありませんから、これでも少ないぐらいですよ!」

 

 その日、或人と虹ヶ咲の少女達はとあるライブ会場に来ていた。

 とは言っても、今回ステージに立つのはその虹ヶ咲の少女達では無い…彼方の妹、遥が所属している東雲学院のスクールアイドル達だ。

 どうやら以前共にライブを行った時に交友関係を持ったらしく、今日虹ヶ咲の少女達がこうして客席側…しかも最前列でライブに参加しているのも、その交友関係たる遥や他のスクールアイドル達の好意に甘え、そしてその好意を全力の応援で以て返す為だ。

 スクールアイドルとしての活動というよりかはプライベートに近い用事だが、全員で行動するという事で万一に備えて或人、そして不破が同行したというのが事の次第。

 しかし今この場に不破の姿は見えない…彼方に侑の姿もだ。

 

「それにしても、彼方ちゃん遅いね…妹さんの顔見に行くって言ってたっけか…。」

「少しだけって言ってたし、ゆうゆも一緒だからもうそろそろ戻ってくると思うけど…。」

 

 その理由は彼方がどうしてもライブ前に直接遥と話をしたいからというものであり、それに侑と不破が同行しているからだ。

 場所が近いとは言え別行動に変わりは無く危険である為、話が長引かないようにと釘を刺しはしたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうお姉ちゃん、わざわざ裏まで来てくれて!侑さんも来てくれてありがとうございます!ライブ、絶対に成功させますから!」

「全然大丈夫だよ~、遥ちゃんの為なら例え火の中水の中だよ~。」

「うん、期待してる!皆と一緒に応援するからね!」

 

 果たしてそんな3人はと言うと、或人達の心配を他所に危険に苛まれる事無く普通に話をしていた。

 彼方も侑も言われた通り会話を簡潔に纏め、そして今まさに部屋を出ようとしている所であり、或人達が抱いていた心配は逸りからくる杞憂である事を示唆する。

 ちなみに不破は話に入った所でどうしようもないとして部屋の外で待機中だ。

 

「…遥ちゃん。」

「ん?なぁにお姉ちゃん?」

 

 そんな折に発せられた彼方が呼ぶ声に耳を傾ける遥。

 しかし何故か続く言葉は彼女の口から流れる事は無く…。

 

「…ううん、何でも無い。ライブ、頑張ってね。」

「え?う、うん…?」

 

 終いには何も告げずに終わってしまった。

 その事に遥は酷く訝しみを覚えるが、もうすぐライブが始まる時間…詮索をしている暇は無い。

 彼女はそのまま2人の事を見送るしかなかった。

 

「…言ってないんですね、私達の周りで起きてる事。」

「今遥ちゃん達に余計な心配させたくないからね…。」

 

 もしかしたら、暴走したヒューマギアに狙われるかもしれない。

 対象は自分達か、それとも彼女達かは分からないが、何れにしろ狙われたならば、ライブは中止にせざるを得ない…己の身を守らなければ。

 ならばそもそも彼女達に事実を明かし、危険に対する種を植えつけておかないのかと言われれば、それが最善の手である事は分かっている。

 しかしそれをしてしまえば、最悪として彼女達はこのライブの開催そのものを取り止めてしまったかもしれない。

 それは彼女達を応援する身としては非常に心苦しいものであり、何よりスクールアイドルとしてライブをする事自体に意義を見出だし、そしてそのライブに好意を返してくれる皆の事を想う彼女達が一番その苦しさを味わう事となる。

 そんな苦しさに悶える彼女達の姿は見たくない…だからせめてこのライブだけは披露させてあげたい、その後で全ての事情を説明する。

 決して正しい行いではないという事は分かっている…だがそれでもと、彼女達は誰かに浴びせられるかもしれない非難に耐える覚悟を決めている。

 しかしその結果があの遥の困惑した様子なのだから、2人の良心は刃物が突き刺さったような痛みを覚える。

 

「終わったか?」

「はい、戻りましょう。」

 

 ならばせめて、貫き通すしかない…。

 2人は共に抱いたその悲壮な結論を誰にも悟られぬよう、前を向いて歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それが、お前達の覚悟なのか。」

 

 その覚悟を見届け、しかしどこかそれを嘲るような視線を送る者の存在には気付かずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

「侑ちゃん!お帰りなさい。」

「お帰り彼方ちゃん、大丈夫だった?」

「うん、ばっちり遥ちゃんにエールを送ってきたよ~。」

 

 そうこうして3人は無事客席へと戻ってこれた。

 正直誰しもが帰り際に狙われるのではと思っていたので、特に何事も無かったらしい3人の様子に皆少々驚いている。

 

「おう、戻ったぞ。」

「ありがとう不破さん、これで後は…。」

「あぁ、周りの面倒を見るだけ…。」

 

 しかし裏を返せば、それはまだ脅威が去った訳では無いという事。

 仕掛けてくるとすれば、誰もがステージ上に意識を向けるライブの時…或人と不破はこれから来るであろう脅威に対する予測を付け、如何なる場合でも対処出来るように気を付けようとする。

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 しかし次の瞬間、不意に何処からかパァンッ!!という大きな破裂音が周囲に鳴り響いた。

 

 

 

 

「な、なに今の…!?」

「銃声…!?」

「出やがったか!?」

 

 突如として起こった異変に周りの観客達もざわつく中、或人と不破はいち早く音の正体に気付き、警戒の姿勢を見せる。

 大胆不敵な方法を取ってきたであろう敵の策を前に関係者達の中で緊張が走る…。

 

「ごめんね。」

「え?ちょっと!!」

 

 と、変化はまた突然訪れた。

 或人と不破の目を潜り抜け、何者かが果林の手を引いて何処かへ行こうとしているのだ。

 

「ッ!?社長さん!!果林さんが!!」

「えっ!?」

 

 果林が発した悲鳴が他の少女達に届き、同時に事態を察知した或人と不破はそれを阻止せんと彼女を連れ去ろうとする者の姿を捉える。

 

「なっ…!?」

「お前は…!?」

 

 しかしその視界に捉えた者の姿が意外な者であった為思わず2人して動きが止まり、結果として果林の拉致という暴挙を許してしまう。

 

「ちょっ!?何してるんですか!?早く追い掛けないと!!」

「あっ…待て!!」

「仕方ねぇ、こいつらの事は俺が引き受ける!!お前はあいつを追え!!」

「っ…分かりました、頼みます!!」

 

 かすみの声によって気を取り戻し、動き出す2人。

 不破は少女達の護衛に、そして或人は拐われた果林を連れ戻す為に場を駆け出す。

 彼女を連れ去っていった者の正体に、一抹の疑念を抱きながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…どういう事ですか?ステージに出られないって…?」

 

 ステージ裏の控え室。

 ライブの為にもうすぐ部屋を出ようとした東雲学院のスクールアイドル達を、警備のスタッフが呼び止める。

 その理由は、現状ライブを行う事が出来ないからとの通達であった。

 何でも客席の方で少しトラブルが発生したらしく、その原因の解明とそれに対する適切な措置を取らなければいけないからとの事。

 

「トラブルって…お姉ちゃん達大丈夫かな…。」

 

 それを受けて遥が一番に抱いたのは、姉やその仲間達への心配であった。

 起きたトラブルというのが具体的にどういうものなのかは分からないが、客席で起きたというのならばそこには姉やその仲間達が居る…トラブルとやらに巻き込まれていないであろうか?

 

「念の為皆様には用意してある避難所への移動をお願い致します…どうぞこちらへ。」

 

 さらにはスタッフから避難の指示。

 その指示が、念の為とは言っているもののそういった行動をしなければならない程の事態が起きているのだと遥達に示す。

 自分達のライブを見に来てくれた人達の安否、さらには肉親の心配…東雲学院の少女達の心はすっかり直前までの勢いを失くしていた。

 ならば今は少しでも事態が早く収まるように尽力しなければと…少女達はその一身でスタッフの促すままに行動しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その男の誘いに乗るな。」

 

 だからこそ、その促しこそが罠であると気付けないのだ。

 

「誰だ君は!?」

「ここは立ち入り禁止だぞ!?」

 

 突如として現れた、黒の羽織を身に纏う男。

 対照的な明るい金髪の下から覗く鋭い冷眼が特徴的なその男は、他のスタッフが荒らげる声をものともせず、腰に提げている長物に手を掛ける。

 

「え…嘘…!?」

「あれ、本物…!?」

 

 それは刀であった。

 直上の電灯の光を鮮やかに照り返す程に磨き抜かれたその刀身には、本来使用者の手元を守るべき鍔が見当たらない。

 その見た目の特異さと迷う事無き抜き身の様は、どんな素人であろうがその男が手に持つそれが悪戯に溢れた偽物では無くまごうこと無き本物である事、そして男そのものがそれを扱える程の並外れた手練れである事を理解させる。

 

「貴様の正体は分かっている…本性を現したらどうだ?」

 

 そうして怖じ気付く他の者達には目もくれず、男はただ真っ直ぐに少女達の側に居るスタッフを見射貫く。

 そのスタッフもまた他の者達同様男の姿勢に冷や汗を掛いていた…が、やがてその様が一変する。

 

『…やるねぇ、流石といった所か。』

 

 それまでの弱々しかった態度が打って変わり、男の洞察力の高さに呆れ、まるで降参といったような口振りを見せるスタッフ。

 しかし人間的だったそれから機械的に変わった声色…その裏側には、決して今言った言葉のような意思など全く無いという事が男には分かっていた。

 

『でも…だったらどうする!!』

 

 そして予測していた通りの台詞を前に、男の口角が妖しく上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!!果林ちゃんを離せ!!」

 

 会場から大きく遠ざかり、他の誰の姿も見えない場所まで果林を連れ出した謎多き犯人。

 しかしここまで追い掛けてきた或人の呼び声に、それまで逃走を続けていた犯人は唐突に足を止め、果林の腕を引っ張っていた手を離す。

 

「あっ…。」

「果林ちゃんこっち!!」

 

 急に解放され、しかし犯人の右手に握られている拳銃から、即座に逃げ出せばどうなる事か分からぬとまごつく果林の側に駆け寄った或人。

 彼はそのままその犯人に向けてさらに呼び声を掛ける。

 

「一体どういうつもりだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迅!!」

 

 

 

 

 或人に名を呼ばれた犯人がゆっくりと振り返る。

 癖の強い毛先が目を引く黒い上質なスーツを着たその人物は、或人も良く知るヒューマギア…"(じん)"であった。

 

「…そっちこそ、一体どういうつもり?」

「え…?」

「この娘達が狙われてるのはもう分かってるんだろ?だったら何であんな場所に居るの?他の人間達を巻き込むつもり?」

「それは…!」

 

 迅は振り返った先に居る或人に向けて自らが思う所を口にした。

 或人が知る、普段彼が浮かべていた笑顔とは程遠い睨みを効かせた眼差しと共に問われたそれに対し、或人は気圧されたのかまともな答えを出せない。

 そんな或人の様子に迅はハァ…と溜息を吐く。

 答えを返せない彼を考え無しと見て呆れたのだろう。

 

「だからこうして場所を作ったって訳…読み通りで助かったよ。」

 

 と、迅があらぬ方向を見る。

 追ってその方向を見てみれば、そこにはちょうど今建物の影から現れたマギアの姿が。

 その姿はかつての"クエネオマギア"に酷似している。

 

「ゼロワンはその娘を頼む。」

 

 現れたマギアに対し前に出ようとした或人を引き止め、迅は手にしていた拳銃をしまい、代わりとなる得物を手にする。

 

【 スラッシュライザー! 】

 

 赤い短剣状の武装が付けられたベルト、"ザイアスラッシュライザー"を腰に巻き付け、迅は左腕から下がるチェーンの先に付属しているキーを外し、スイッチを押す。

 

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)!

 

 起動した深紅色のキーの名は、"バーニングファルコンプログライズキー"…そのキーをベルトにセットすると、通例とも言える待機音が鳴り響く。

 

Burn(バーン)rize(ライズ)! 】

 

 ベルトに装填され、しかし未だ展開されていないキーを手動で操作し、全ての行程を終えた彼はいよいよもってその言葉を解き放つ。

 

 

 

 

「変身。」

 

Slash(スラッシュ)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 そして同時にライザーのスイッチを押すと、ベルトからキーに描かれたそれと同じ全身を炎に包まれた隼が現れ、彼の周囲を飛び回る。

 やがてその隼は迅の背後に陣取り、彼の身体をその燃え盛る羽根で包んでいく。

 その身は徐々に見えなくなっていき、次に彼の身体を包んでいた羽根が弾けずれた時、そこには迅の姿は無かった。

 代わりにその場に佇むは、真紅の鎧に身を包んだ自由を求める戦士…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーニングファルコン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダー迅 バーニングファルコン"

 

 

 

 

【 The strongest wings bearing the fire of hell. 】

 

 

 

 

―その翼は獄炎を纏い、

あらゆるものを焼き尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人も、仮面ライダー…?」

「迅…。」

 

 果林から見て…いや、或人からして見ても敵か味方か分からぬ、迅という名の仮面ライダー。

 彼はベルトからライザーを取り外し、短剣状となっているその切っ先をマギアへと向ける。

 

「時間を掛ける気は無い…一気に行かせてもらうよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「果林ちゃん…。」

 

 一方ライブ会場。

 スタッフ側も対応に困っているのか、一連の出来事から数分した後でも表に出てこず、客席では未だに多くの観客が混乱からどよめきが絶えない。

 そんな中虹ヶ咲の少女達…特にエマが連れ去られていった果林の身を強く案じている。

 

「心配すんな、社長が追ってるんだ…すぐに戻ってくる。」

 

 エマと果林は同じ学年、同じ寮生という事もあり、よく行動を共にしている。

 それだけの仲を今裂かれてしまったのだ…その心中は容易に察する事ができ、不破も気休めなれど彼女の気を晴れさせられるような言葉を掛ける。

 

「(にしても、だ…。)」

 

 そんな中不破はしきりにステージの袖口へと視線を向ける。

 その理由は今しがた語った、スタッフが1人もこの場に出てこないという状況にあった。

 確かに正体不明…不破からすれば銃声だとは分かっているが、その物音の後動きの見えぬ現状にどう対処すれば良いのか困惑する気持ちは分かる。

 だがいくらなんでも行動に移らなさ過ぎだ…たとえ対処の仕方が分からずとも、どよめく観客を宥める為に1人ぐらいは表に出てきても良いものだが…。

 

「ん…?」

「何…この音…?」

 

 と、考え込んでいた不破の耳に何か気になる物音が遠くの方から聞こえてきた。

 キィン、キィン、と…まるで金属同士がぶつかり合うようなその音は徐々に近付いてきているようであり、やがてその音は少女達にも不審な音だと感付かせる。

 して、一体何の音だろうか…耳に届いた誰しもを同じ思考に陥らせるその音の正体は、突如として判明した。

 

 

 

 

『グゥウ!?』

 

 

 

 

「えっ!?」

「何!?」

 

 ステージの袖口から、何かが飛び出してきた。

 先程から聞こえていたそれより一層高い音と共に現れた謎の存在に、皆何事かとステージ上を凝視する。

 そしてその存在というのは一言で現すなら、やはり怪人という言葉が相応しかった。

 

「あれって、マギア!?」

「何であんな所から…!?」

 

 青い巨大な角を頭部に備えた、"アルシノマギア"とおぼしき個体。

 しかしその様子は虹ヶ咲の少女達を襲いに来たというには少し妙だ。

 すぐ目の前に目的たる存在が居るというのにそちらには一瞥もくれず、よろけた姿勢でステージの袖口を見ている。

 その姿に疑念を覚えていると、マギアの見つめる先から新たにステージ上に現れる影が。

 そしてその影たる正体を見て不破の疑心は驚愕へと変わり、思わず声を漏らす。

 

「お前は…滅!?」

 

 現れたのは不破も良く知るヒューマギア、"(ほろび)"…その手に抜き身の刀を持っている事から、先程まで聞こえていた物音というのはその刀を使ってマギアを切り付けていた音だという事を見る者に理解させる。

 ステージ上に拡がるのは本来求めていたアイドルによる華やかなライブでは無く、ともすれば何かのショーかと錯覚してしまうような異様な光景。

 その光景に観客達がそれぞれのどよめきを見せる中、滅はそれらを気に止めず、目の前の敵を相手にする事を優先させる。

 

【 フォースライザー! 】

 

 持っていた刀を仕舞い、継ぎ接ぎの機械の塊のような見た目をした"滅亡迅雷フォースライザー"を腰に取り付け、さらに滅は服の袖から紫色をしたプログライズキー、"スティングスコーピオンプログライズキー"を起動させる。

 

Poison(ポイズン)!

 

 そのままキーをベルトへ装填すると、ベルトから蠍のライダモデルが姿を現し、マギアを牽制し始める。

 めくるめく現場に観客席からは恐怯とした声が上がるも、滅はやはりその一切を気にせずベルト下部のトリガーを引き、キーを展開した。

 

 

 

 

「変身。」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 それは正式な行程を無視した禁じ手によるものであり、その危険性を表すかのように蠍のライダモデルは滅に尾節を突き刺し纏わり付くという挙動を取る。

 しかし禁じ手なれどシステムは施行された挙動に従い、突き刺された尾節からは滅に力を与えるべく(データ)が送られ、外甲はその形を変えて滅の身を包む装甲となる。

 紫色の素体の上に黒い装甲を纏い、最後に多角的な黄色い複眼が妖しく光を放ち、そして彼は行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スティングスコーピオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダー滅 スティングスコーピオン"

 

 

 

 

【 Stung with fear by the power claws. 】

 

 

 

 

―その名は畏怖と共に語り継がれ、

やがてこの世界から悪意は消え去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 仮面ライダーへの変身を完了した滅は眼前のマギアから視線を逸らさず、変身と同時に現れた手元の武装を展開する。

 

【 アローライズ! 】

 

 ワンタッチで開かれたその武装は"アタッシュアロー"…弦の無い弓矢を基礎とし、本弭と末弭が鋭利な刃となっているそれは、遠近共に隙の無い万能的な戦術を可能とする。

 それを証明するように滅はアタッシュアローのレバーを引き絞り、やがてレバーを放してエネルギーの矢を射出する。

 

『ウォア!?』

 

 放たれた矢は一直線にマギアの胸部へ…着弾した矢は盛大な火花を上げながらマギアを大きくよろけさせる。

 そしてその火花が、観客席にも降り掛かる。

 

「クソッ!あいつ勝手しやがって…!」

 

 突然目の前で始まった戦闘に観客席からはさらなる悲鳴が上がり、不破はそんな滅の行動に苦言を吐く。

 本当なら自身も変身して戦うなりしたい所ではあるが、目の前で刻々と変わっていく状況がいつ何を引き起こすか分からない…迂闊に行動すれば余計周りの混乱を招くだけだ。

 ひとまず目先の戦闘が大きくならない内に観客を避難させるべき、そう思っていた不破であったが…。

 

「お姉ちゃん!!」

「遥ちゃん!!」

 

 途端に聞こえた悲鳴にも近い声が不破の行動を押し止める。

 ステージ側から不破達に向けて掛けられた少女の声…それは東雲学院のスクールアイドル達、その中でも遥が上げた声だ。

 

「遥ちゃん大丈夫!?怪我してない!?」

「どうなってるのこれ…お姉ちゃん何か知ってるの!?」

 

 目の前で拡げられている凶行が恐ろしく、ステージの端からこちらに向けて声を上げるだけの彼女達…そんな彼女達の身を案じ、せめて少しでも気が落ち着くよう彼方が遥の名を呼ぶ。

 しかしそうしてすぐに行動出来たその様子がどこか他の観客よりも少しばかり冷静であるように見えたのか、遥達は彼方達の事を不自然だと言って、却って混乱するばかり。

 

「話は後にしろ!!今はとにかく身を守れ!!巻き添えを喰らうぞ!!」

 

 そしてその混乱は、不破も然りであった。

 いかにこうした事態に身を起き慣れている不破とて、こうも目まぐるしく状況が変わっては対応が追い付かない。

 目の前の少女達の救出、観客達の避難、自らも変身して戦闘への参加…と思考を巡らせようとする不破。

 しかし焦燥ばかりが前へ前へと出てしまい、巡らせようとする思考が上手く纏まらない。

 そして最悪な事に、その焦燥はここに来てピークを迎える事となる。

 

「なぁ、あいつ…。」

「何処かで…。」

「ッ!?まずい…!?」

 

 それはごく一部の、ある意味気の触れたとも言える者達が気付いてしまった不運。

 目の前で拡げられる異常に若干であれ心が慣れ、現実を理解し始めようとした者達が気付いてしまった不運。

 

「あぁーっ!?思い出しました!!あの人確か2年前の…!!」

「せつ菜ちゃん?」

「おい待て!!それ以上言うな!!」

 

 それはステージ上に居る彼の正体が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの滅亡迅雷.netの人ですよ!?」

 

 かつて人類全てに対し殺意を向けたテロリストであるという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滅亡迅雷…!?」

「滅亡迅雷.netってあの…!?」

 

 気付くべきではなかった…明かされた事実にそれまで何とか保たれていた防塁が決壊する。

 

「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」

「滅亡迅雷だ…俺達を殺しにきたんだぁ!!」

 

 そこから先は、筆舌に尽くしがたい光景だった。

 ある者はその場から逃げ出そうと躍起になり、またある者は現実を受け止めきれずその場で動けなくなり…。

 

「クソッ…馬鹿!!余計な事言うんじゃねぇ!!」

「す、すみません!!」

 

 この状況を作り出してしまったせつ菜を不破は叱るも、既に時は遅し。

 観客達は恐怖という共通した文字一色に支配されながらも、そこから先の行動がバラバラ過ぎてもはや手に負えない。

 不破の制止の声も聞かず…このままでは本当に何が起きるか分かったものではない。

 

「世話が焼ける…。」

 

 そんな様子を見かねた滅が、迫り来るマギアをアタッシュアローの刃で滅多切りにしていく。

 先程まではカウンターを主として戦っていたが、あまりの場の混乱具合に悠長にしている時間は無いと見て、戦法を変えたのだ。

 やがて刃による連撃が終わり、蓄積されたダメージでふらつくマギアに対し、滅は至近距離から矢を放ち、マギアをステージの向かい端まで吹っ飛ばす。

 

『グゥ…ウォォォォォオ!!』

 

 誰がどう見ても戦況は明らか…しかしそれでもマギアは立ち上がり、滅を相手とする事を止めない。

 そんなマギアに対し、滅は無情にもベルトのレバーを操作し、必殺の態勢に入る。

 

スティング! ディストピア!! 】

 

 左腕に付属している武装、"アシッドアナライズ"から蠍の尾を模した支管が伸び、右脚へと巻き付く。

 その先端には、鋭利を極めた劇毒の針。

 

「フッ…!」

 

 そして滅は最後の抵抗と言わんばかりに突進してくるマギアの頭部に向けて、躊躇無くその右脚を蹴り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スティング

ディストピア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ア…g…!!??』

 

 脳天に深々と突き刺さる、滅の刺突。

 そこから流れる破壊の毒に耐えきれず、マギアはまともな断末魔を上げる事さえ叶わず爆発した。

 その爆発に注目が集まり、一瞬の悲鳴を同時に上げた後に静まる観客達。

 

「何…何なの…?」

「終わっ…た…?」

 

 突然始まり、そして突然終わった、まるで嵐の様な一時に理解が追い付かず、観客席からはもはや一切の音も聞こえてこない。

 それはステージ端に居る東雲学院の少女達も同様であり、当ての無い視線をマギアを倒し終えてなおステージに佇む滅と観客席との間を行き来させる。

 

「どうあれ落ち着いたか…よし、今の内に…!」

 

 その静寂を機と見た不破は直ぐに行動に出ようとする。

 まずはステージ上に居る東雲学院の少女達…彼女達をステージから下ろして虹ヶ咲の少女達と合流させ、他の観客と共に避難させる。

 恐らく敵ではないだろうが、念の為滅への注意を怠らず、虹ヶ咲の少女達に一旦場を離れる事を告げようとする不破。

 

「…?」

 

 しかし一方で、遥は自身の頭部に違和感を感じた。

 何か細かいものを振りかけられたような…そう思いながら違和感を感じた場所へ手を伸ばすと、指先に白く埃っぽい粉が付着する。

 そしてその白く埃っぽい粉が、同様に視界の端を上から下へと掠める。

 

「え、何!?」

「っ!?まさか…!?」

 

 同時に聞こえてくる、地響きのような音…今度は何が起こるのかと不安に駆られる他の者達の中で、唯一不破だけがその正体に気付き、焦燥に駆られた声を上げる。

 

「まずい!!崩れるぞ!!」

 

 瞬間、言葉通りとなる現実。

 ガラガラと一瞬にして崩れ落ちるステージの施設…マギアとの戦闘やその後の爆発に耐えられなかったのだ。

 そしてそのステージの上には、何の力も持たぬ東雲の少女達が居る。

 

「遥ちゃん!!」

「皆!!」

 

 声を上げた時には既に時遅く…叫ぶと同時に瓦礫と舞い上がった粉塵によって見えなくなる東雲学院の少女達。

 粉塵は観客席まで拡がり、暫くの間その場を膠着させる。

 

「遥…ちゃん…。」

 

 しかしそれでも目の前のステージが跡形無く崩れ、そしてそれに東雲学院の少女達が巻き込まれた事は誰の目にも明らかであり、そしてそんな彼女達の顛末など容易に察せられ、彼方は呆然として膝から崩れ落ちる。

 

「いや…。」

 

 だが絶望するにはまだ早いと、不破はステージを凝視する。

 それに釣られて同じ様にステージを見てみると…。

 

「あ…。」

 

 東雲の少女達の姿が見えた。

 瓦礫に埋もれる筈であった彼女達…しかしそんな彼女達の側に、紫色の影が立っている。

 その影とは同じ様にステージに居た滅に他ならず、武器を持つ手をまるで何かを振り払った後のように掲げているその様からは、彼が落下してきた瓦礫から彼女達を救い出したのだと察する事が出来る。

 

「っ…助かった…?」

「でもどうやって…ひっ!?」

 

 東雲の少女達も自分達の顛末を徐々に理解し始め、故に目の前に立つ影に怯えを見せる。

 

「………。」

 

 遥もまた他の少女達と同じ様に滅を見て若干の恐れを抱くも、彼が自分達を助けた事実もまた理解していき、どう反応すべきか困惑している。

 そして滅はと言うと、少女達の無事を確認するやくるりと身を返し、ステージを降りた。

 

「お前…。」

 

 そしてそのまま不破達の居る観客席へ。

 滅を恐れ、しかし今しがたの行動にかつての姿との差異を感じ困惑を覚え、結果として誰も彼に近付こうとせず、まるで神話の海溝の如く開けた道を滅は一瞥も繰れずに歩き去っていく。

 かつて世界を恐怖に陥れようとしたかの存在が、今何を思い行動しているのか。

 それはこの中で彼と一番付き合いの長い不破にも分からず、彼はその後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 一方或人達の前で行われていた戦闘も終局を迎えようとしていた。

 迅は滅のカウンター主体の戦いとは違い、元々自ら攻める手段を得意とする。

 それも風のように素早く、炎のように苛烈な攻めだ。

 そんな猛攻に晒されたマギアは、既に機能停止間近だ。

 

「これで終わりだよ。」

 

 そして迅は自らの手でそれを為すべくライザーにセットされているキーのボタンを押す。

 

バーニング! レイン!! 】

 

 黒塗りの刃に炎が走り、迅は駆ける。

 そんな迅にマギアは胸元に備えられている大型のブーメランを投げ付けるも、迅はそれらを軽く弾き無効にする。

 そのまま肉薄したマギアに対し、次々と連撃を加えていく迅。

 華麗とも表現出来るその連撃を振るう度に刃を走る炎が軌跡を残し、さらにマギアの身体を刈り取る刃と変化してその時を待つ。

 そして迅は最後に大きく身を翻し…。

 

「はぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーニング

レイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 締めの一閃。

 それと同時に待機していた炎の軌跡が一斉にマギアへと襲い掛かる。

 先の連撃を含め、軌跡はマギアのほぼ全身を切り刻み、機械の身体を溶かしていった。

 

「ここまでだよ。」

 

 後に残ったのは、唯一攻撃を免れていた頭部…いや、この場合はわざと残されていたと言うべきか。

 

「さぁ、知ってる事全部話してもらうよ。」

 

 地面に転がった頭部を持ち上げ、刃を突き付ける迅。

 果たして頭部だけのマギアに何が出来ると言うのか…そう少しばかり哀れみさえ覚えてしまう程、勝負は決していた。

 

「っ…!?」

 

 が、突如マギアの頭部が不可解にも発光。

 しかしそれも束の間、迅の手の中でマギアの頭部が爆発した。

 

「自爆か…。」

 

 試合に勝って勝負に負けたなんて言葉が世の中にはあるが…今回はその逆を掴まされたようだ。

 マギアとの勝負に勝ち被害を抑える事は出来たが、その核心には至れず…迅はそう勝ち逃げされた事を悔しがるように1つ溜息を吐いた。

 

「迅…。」

 

 そして変身を解除する迅を見つめる或人と果林。

 敵か、味方か…現状判断の付かぬ彼を前にしてどう行動すべきか模索していると、迅が2人の方へと視線を向けた。

 いや…正確には、2人が居るその先の方へと。

 

「終わったか。」

「滅!お前も…!」

 

 そこから現れたのは、既に会場に現れたマギアを倒し終えた滅。

 滅亡迅雷.net…その双翼を為す2人が、物語へ介入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…何とかって所だな。悪いな、手伝わせちまって。」

「いえ、それは他の皆さんに言ってください。私は、その…やらかしてしまった身として当然の事をしたまでです。」

「悪かったよ…俺も言い過ぎた。」

 

 或人達が滅亡迅雷と接触した同じ頃。

 既に戦火が過ぎ去ったライブ会場では不破や虹ヶ咲の少女達を先導にして観客の避難誘導が行われていた。

 それもあらかた終わりを迎え一息付く暇が出来た不破はステージの方へと視線を向ける。

 その先では東雲学院の少女達、そして彼方と侑の姿が。

 

「遥ちゃん…。」

 

 彼方は遥へと声を掛ける。

 その声色は幸いにも怪我無く居てくれたという安堵と、それはそれとして彼女を気遣う2色の色に染められていた。

 しかし遥はそんな彼方の言葉に返事を返さない…下を向いて俯くばかりだ。

 

「とにかく、皆が無事で良かったよ。ライブが中止になっちゃったのは残念だけど…。」

 

 そしてそれは他の東雲学院の少女達も同様であった。

 少女達は遥と同様に下を向いている者も居れば、先の光景が未だ過るのか小さく身を震わせている者も居り、侑の気遣いも意味を成さない。

 と、それまで状況を静観していた不破が歩み寄ってきた。

 

「何が起きてるのか知りたいって顔してるな…なら俺が話してやる。お前ら2人は向こうで俺の代わりを頼む。」

「っ!待ってください、遥ちゃん達は…!」

 

 その理由とは遥達が抱いている暗思を払拭させんとするものであり、しかし彼方はそれを拒んだ。

 それをするという事は、彼女達に真実を伝えるという事…元々はそうする予定ではあったが、今の彼女達には余計な不安や負担になりかねない。

 なれどそれを為さない事も、もはや悪手でしかないと不破は切って捨てた。

 

「前に言っただろ、マギアが狙ってるのは本当にお前達だけなのかまだ確証が無いってな。さっきのマギアが何でこいつらの所に現れたのか…お前達を釣る為の餌にでもするつもりだったのか、それともこいつらそのものを狙ったのか、いよいよ分からなくなった…それでも確かな事は、こいつらも当事者になっちまったって事だ。この期に及んで訳を話さないのは流石に酷だぜ?」

 

 友人として、家族として、そして個人としての温情は、今や却って枷となる。

 それでも彼女達の口から語らせるのはそれこそ酷であろうと…だから不破から話を切り出したのだ。

 

「お前達はどうなんだ?今姉貴や自分達の周りで何が起きているのか、知りたくないのか?」

 

 後は少女達が知りたいと頷くだけ…そう話を振られた東雲の少女達は皆して一時の間悩むように沈黙を保っていたが、やがて遥が意を決し、押し黙っていた口を開く。

 

「私は、知りたいです…お姉ちゃん達に、今何が起こっているんですか?」

 

 多少震えながらも、その眼差しは固い意思に溢れている。

 既に動き出し、今や自分達を巻き込んだ非常識を受け入れようとする固い意思だ。

 それはまるで伝染していくかのように遥以外の少女達の瞳にも徐々に同じ意思が宿り、最終的に全員が不破が真実を話すのを待つ事となった。

 そんな少女達の意思を受け、不破は分かったと言ってそれに応えようとする。

 

「ただその代わり、俺から話を聞いた後にこいつらが…姉貴がそれを話さなかった事を何でだとは思わないでくれ。お前らの事を大事に思っているからこそ言わなかったんだからな。」

 

 ふと横を見れば、そこには遥達とは対照的に弱々しい空気を纏う彼方と侑の姿が。

 東雲の少女達をも巻き込んでしまった事に贖罪の念でも抱いているのであろうか…。

 だがそもそも虹ヶ咲の少女達とて、その巻き込まれた側の人間…同じ被害者として、そんな想いを抱く必要性など欠片も無いというのに…。

 少なくとも本来彼女達が浮かべるべき、人として当たり前たる幸せの笑みというものが今この場に無い事を良しと思わない不破は、彼女達を狙うマギア達…ひいてはその先に居るであろう黒幕への怒りを隠しきれず、握った拳に力を込めた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか…2人もこの事件を追ってたんだ。」

「あぁ、事の始まりは1ヶ月前からだな…関東圏内のスクールアイドルと呼ばれる学生達が、突如奴等に襲われ始めた。」

「かなり情報が規制されてるみたいだから世間には全く広まってないけど、既に多くの子が被害に遭ってるんだ。」

「被害に遭ってるって…。」

 

 現場に合流した滅も交え、話を始める或人。

 その内容とはまさにこの現場に関する事であり、そしてその内容に彼等の方が精通していそうだとして、或人は驚きを交えながらその先の情報を得たいと催促する。

 

「運良く軽傷で済んだ子も居るけど…大抵は生活に支障をきたす程の重体。中には命を落としてるなんて子も決して少なくない。」

「っ…!?」

 

 しかしその先で語られたのは或人にとって…いや、人ならば誰しも耳にしたくない事実であった。

 虹々咲の少女達だけが狙われていると考えるのは一抹の望みが過ぎるとは思っていたが、実際はそれ以上だった。

 

「それだけじゃない…この事件の事を誰かがネットで話せば、そいつのメッセージやアカウントは全部削除されて、最悪本人も殺されてる。」

「本人も…!?」

「現実での噂話も含めてな。」

 

 さらに追撃とばかりに告げられる真実。

 前に不破から与えられた情報の、その先もまた血に濡れたものであったとして、或人の表情が歪む。

 

「ヒューマギアによる大規模な傷害事件…!?」

「だから言ったじゃん、こんな所にスクールアイドルの子達を連れて来てどういうつもりなんだって。」

 

 それはまるで、かつてのヒューマギア暴走事件を彷彿とさせる事態。

 当時の黒幕に劣らぬ残虐性と計画性を前に、思わず言葉を失ってしまう。

 

「とにかく、今回の事件はあの時と同じ…いや、それ以上の事態になるやも知れん。戦列には俺達も加わろう…これ以上奴等にヒューマギアを利用される訳にはいかない。」

「そう、それでゼロワンに頼みたい事があってね…これまでに製造してきたヒューマギアのリストを全部洗い出して欲しいんだ。」

 

 と、それまで衝撃的な事実を突き付ける事しかなかった彼等から逆に話を切り出された。

 それが或人の頭の中で今まで告げられた事実と上手く結び付かず、何故と問い返すと…。

 

「まず前提として、あれはヒューマギアであってヒューマギアではない…ヒューマギアから人工知能を抜き取り、空になった器を利用した人形だ。」

「多分代わりに遠隔で操作出来る装置が取り付けられてるんだと思う。それを調べたいのは山々なんだけど…まぁ、さっきみたいになるのがオチだね。」

「ヒューマギアが操られて…それは確かな事なの?」

「いや…だがそれは、お前も薄々察している事じゃないのか?」

 

 返された前説に、或人は肯定で以て頷くしかなかった。

 ヒューマギアはシンギュラリティに到達すると心や感情を得て言動が人間のそれに近くなるが、それはあくまで近くなるだけであり、長い間ヒューマギアと接してきた者ならば、今回の事件で対峙してきたヒューマギア達がいずれも本来の彼等ではどう足掻いても会得出来ない人間臭さを持っていた事を見破れるだろう。

 事実不和や唯阿も同じ様な感覚を抱いており、そして今滅の後押しによって、その感覚が決して間違ったものではないと確証を得られた。

 今回の事件で相対しているヒューマギア…彼等はその実何者かによって改造を施され、遠隔操作で操られている機械人形なのだと。

 

「そしてそれらヒューマギアの調達は、恐らくこれまでに廃棄された個体が利用されている筈だ。ZAIAとの企業勝負で不法投棄(リコール)されたものなどがそれに当たるな。」

「だから製造リストを洗い出して欲しいって訳。それがあれば事件の足取りを追えるだろうし、まだ回収されてない皆の事を守る事だって出来る。」

 

 そして続けられた本筋の回答に、或人は納得の意を示した。

 相手の調達元が確かにそこからならば、迅の言う通りリストを通じて廃棄された個体の経歴を追う形で真相に迫れるだろうし、リストさえあれば未回収の個体を先に確保し、相手の目論見を未然に防ぐ事も可能かもしれない。

 

「分かった、でもリストを見る時は俺も立ち会うよ。一応会社の機密事項だからね…それと、リストのデータをラーニングするのはこの際目を瞑るけど、今回の件が終わったらラーニングしたデータは全部削除する事。それが約束出来るならリストを持ってくるよ。」

「データの削除をどうやって確認するつもりだ?まさか口約束だけで済ませるつもりか?」

「もう1年も人を襲わないって約束律儀に守ってくれてるからね、そこは今更でしょ?」

「フッ…どうだかな。」

 

 諸々の了承を返すと、滅はその場で踵を返した。

 曰く、近い内にまた顔を出すからその時までにリストを用意しておけとの事。

 ややぶっきらぼうな頼み方だが、そこは互いに勝手知ったる身…或人は特に気にする事は無い。

 そのまま迅も滅の後に続き、今日の所の会合はここまでかとなったが…。

 

「あ、そう言えば…さっきはごめんね?急に手引っ張ったりして。恐い思いさせちゃったね?」

 

 すると迅がふと何か思い至った様子を見せ、それまで会話に加わらず若干手持ち無沙汰気味であった果林に声を掛けた。

 先程行った、誘拐紛いの事についての謝罪らしい。

 謝るにはまた少し態度が軽い印象を受けるが、これも迅の事を良く知る或人からしてみれば随分と丁寧なものであるとして咎めはしなかった。

 

「別に…恐いだなんて思ってなかったわよ。」

「そう?なら良いや。」

 

 そしてその謝罪を受けた果林はというと、そっぽを向いただけで特にそれ以外の感情を表に見せる事は無かった。

 ただその時の彼女の様子はそわそわと落ち着かないような感じであり、その上でそっぽを向いた仕草はまるでその様子を悟られないよう必死に務めているようにも見え、彼女の本心が如何なものかと探りたくなる欲を見る者に湧かせる。

 迅もヒューマギアとて何となくその辺りの事は察したようであり、追及こそしなかったもののその表情はいじらしいものを見るまさにそれであった。

 頭を下げたのはそちらの方だというのに何故だか一番満足した様子の迅と、その様子をただ黙って見つめていた滅はそのまま揃って踵を返した。

 

「今後の次第によっては俺達だけでは手が足りぬといった事も起きるやも知れん…雷や亡にも話は良く通しておけ。」

「あっ、でもサウザーにはまだ何も言わないでおいて。確か海外行っててまだ帰ってきてないんでしょ?それに…今あいつには少し思う所があるから、ね。」

 

 そうして場を後にしていった、滅と迅。

 事件はより深みを増し、しかし合わせるかのように対する手も増えてきた。

 それを心強いと思う反面、どこかそうなるよう調和されているような感覚を覚えるのは、果たして気のせいであろうか?

 それを知るのは神のみぞか、或いは…。

 

 

 

 




うん、分かってるよ
滅の変身音が違うって言いたいんだよね?
でも本来の変身音は、その…他で使う予定があるから、ね?
それにほら、使ってるのプログライズキーだし…そっちの方の音声分かっちゃってるし…ね?
皆まで言うな、分かってるよ
迅のバーニングレインのフォントも違うって言いたいんだよね?
でもバーニングレインのフォント、実はかなり難しい配置をしてて再現が出来ないんで…まぁ、多少はね?


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Program.8「Starlight ― そのイメージへ」

主要人物紹介


・刃 唯阿

→仮面ライダーバルキリーに変身する女性
 特殊部隊A.I.M.S.の隊長として活動しており、それ故に最近まではあまり虹ヶ咲の少女達の側には居られなかった
 そんな中とある頼まれ事を果林から受け、それに付き添った事で今回の話の主要な人物となる


・朝香 果林

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 セクシー系スクールアイドルを肩書きとし、その早熟した大人の魅力で人々を虜にしている
 性格もそれに添うような余裕のあるお姉さんといった所であるが、そんな彼女が今回らしくない依頼を唯阿に持ち掛けた事が話の始まりとなった






「そうか…あの2人も知っていたか…。」

『え?もしかして刃さんも知っていたんですか?』

「あぁ、この前亡から情報を渡されてな…すまない、私も伝えるのが遅れてしまった。」

 

 或人と不破、そして虹ヶ咲の少女達が滅亡迅雷の2人と接触してからまた暫く。

 その間マギア達の襲来は無く、彼等の周りは再び平穏なものとなっていた。

 となると少しばかりではあるが余裕が生まれるものであり、それは今までA.I.M.S.の仕事に専念せざるを得なかった唯阿も同様であった。

 故に彼女はそれまでおざなりになってしまっていた連絡を或人に向けて発信したが、どうやら伝えたかった情報は既に滅亡迅雷の2人を通して入手していたらしい。

 

「1ヶ月前から関東圏内で女子高校生を対象とした殺人事件が多発している…調べた所、その全員が生前スクールアイドルとして活動していたらしい。滅亡迅雷の2人が言っていた事は事実だ。」

『そうですか…この事は政府の人達には?』

「報告はしたが、どうやら政府や警察にも相手の歯牙が掛かっているみたいでな…思っている以上に当てに出来ない状況だ。」

『そんな…。』

 

 電話越しに聞こえる或人の声色が暗く重みを帯びる。

 水面下で動く、邪悪な所業…それを未だ露に出来ず、そしてそれを露にするには極めて困難な防衛網が綿密に張られている。

 一体、相手はそうまでして何を成したいと言うのか…。

 

『分かりました、じゃあまた…。』

「あぁ、また連絡する。」

 

 今はまだ敵の掌の上である事を自覚し、しかしいずれはそれを返してみせる…彼等は踊らされている現状から来る屈辱を耐え、必ずその先へ進まんと意を決して電話を切る。

 そして電話を終えた唯阿がすぐ隣にある扉を開けると、中からはうら若き少女達の声が続々と聞こえてくる。

 

「それじゃあ皆お疲れ様!歩夢、帰ろ!」

「うん、またね皆。」

 

 言い忘れていたが、唯阿が今居る場所は虹ヶ咲学園。

 今日は彼女が少女達の近くで護衛に就く日であり、しかしそれももう下校の時間となって終わる仕事だ。

 

「部活はもう終わりか?」

「あ、刃さん。はい、今日はこれでおしまいです。残って練習する子も今日は居ません。」

「そうか、ならば私もすぐに街に出よう…皆気を付けて帰るんだぞ、なるべく寄り道をしないようにな。」

 

 少女達がそれぞれ帰路に着く。

 唯阿も合わせて街へと出て、下校時の少女達を守らなければと支度を始めると、果林が唯阿の側に寄って話し掛けてきた。

 

「ごめんなさい、ちょっと良いかしら?」

「朝香か…どうした?」

「えぇ、実は少しお願いがあって。」

 

 どうやら彼女は何かしら頼みたい事があるらしく、それが彼女にしては珍しい事だとして、唯阿は素直に興味を引かれた。

 すると彼女は少し申し訳無さそうな仕草を見せ、その頼み事の内容を唯阿に伝える。

 

「今度のモデルの仕事、出来れば貴女に付いてきて欲しいの。」

「…私にか?」

 

 その内容とは、次のモデルの仕事の時に側に付き添って欲しいというものであった。

 要するに護衛の依頼という事だ。

 

「次のモデルと言うと…あぁ、確かにこの日は社長も不破も無理な日だな。分かった、私で良ければ付き合おう。」

「えぇ、お願いするわ。」

 

 それを聞き予定表を見て折り合いを付ける唯阿であったが、内心はその申し出に?(ハテナ)マークを浮かべていた。

 彼女の仕事は、唯阿達が護衛を始めてすぐにも入っていた。

 その時は側に護衛を付けたいとは全く言わず、それが今になって欲しいと言う彼女の心情がどこからしくないと唯阿には感じたのだ。

 彼女の心情に何か変化でもあったのだろうか…唯阿はそれを確かめる為にも、彼女の要望に応える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…。」

 

 後日、約束の日を迎えた唯阿は集合場所である駅口まで来ていた。

 多くの人が雑踏する中へ目を凝らし、件の少女を探してみれば、やがてその姿を見つける事が出来る。

 

「居た…朝香。」

「あら、待ってたわよ。」

「すまない、少し遅れてしまったな…時間は大丈夫か?」

「えぇ、元々少し早めに着くようにしてたから問題無いわ。行きましょう?」

 

 合流した2人は果林の先導の下、撮影所まで歩き始める。

 その中で、唯阿は先を歩く果林の背中をじっと見つめる。

 今日の果林はいつもの制服姿では無く、私服を着ている。

 全体的にガーリーなファッションであるが、彼女のスタイル…そしてその着こなし方からは歳不相応な大人の美しさや色気といったものを同時に晒け出しており、彼女の印象を一辺倒なものから遠ざける。

 未熟な少女柄と成熟した大人柄、それが絶妙なバランスで取り入れられているそのコーデは、自らにそれを見事にチョイスしたという自信を与えてくれるのだろう…前を歩く彼女の背中からは、他の道行く人には感じられない堂々としてかつありありとした余裕が見て取れた。

 

「(しかし、だ…。)」

 

 しかし唯阿はその余裕の裏に何か隠されているものがあるのではとも感じていた。

 それは彼女が自身を連れるという異例な現状から邪推した単なる杞憂であるのか、或いは…。

 

「それにしても…。」

「ん…どうした?」

 

 と、先を歩くだけであった果林が途端に唯阿の方へと向き直り、そのまま彼女の事をまじまじと観察し始めた。

 歩幅もそれに合わせて、気付けば先を歩いていた彼女は唯阿の隣へ。

 唯阿はそうも姿を見られる理由が分からず、怪訝な表情を浮かべる。

 すると果林は何故だか残念そうに溜息を吐く。

 

「いえ…貴女はいつも通りね、と思って。別に大した用事でも無いんだから、わざわざそんなスーツで来なくても良かったのに。」

 

 果林がそう言ったように、唯阿の格好は普段少女達の前に顔を出す時と同じスーツ姿。

 どうやらその様子から、果林は今日唯阿がどんな服装で来るか密かに楽しみにしていたようだ。

 

「大した用事じゃ無いというが、いつ何が起こるか分からないからな…着慣れている物の方が動きやすくて良い。」

「勿体無いわね…貴女見れば素材良しなんだから、ちょっとお洒落すればとっても魅力的になるのに。」

「残念だが、その魅力が強みになる職に就いていないからな。」

 

 さらに話を聞いてみれば、どうにも果林は唯阿の事を高く買っている様子であり、それは当の本人からすれば何故そこまでと困惑する程だ。

 

「仕事人間って感じね。そういうの…好きじゃないわ。」

 

 だがその推測は間違っていた。

 果林は唯阿の事を高く買うというような、そんな純粋に好意的な目で見ていた訳では無かった。

 

「私達が貴女達の事をどう思っているかは、何となく分かってるんでしょう?だったら少しは愛嬌の有る姿を見せた方が良いわ。私はともかく、他の娘が恐がって納得してないわよ。」

 

 唯阿達が掲げる、高尚な願い…それを叶えるのに、今の関係のままではいつか支障が出るのでは、と…そう危惧しての警告であった。

 本来なら魅惑的な色を写す筈の瞳を切れ物のようなそれへと変えて見つめてくる果林に対し、唯阿は視線を反らしてしまった。

 実を言うとその危惧に関しては、唯阿も早くに思っていた所だ。

 複雑にして曖昧な状況…特に最近ではテロリストとして世界的に知られている滅亡迅雷.netも関わり始めてきた。

 現在の彼らの事情、そして2年前のヒューマギア暴走事件の詳細は知る人ぞ知るものであり、世間一般からすれば彼等は未だ恐怖の対象に他ならない。

 それは虹ヶ咲の少女達に於いても例外ではなく、しかしそれらの事情を理解出来るよう説明するにはとても長い時間とそれらの事情に対する深い知見が要求される。

 そもそれらの事情が今回の件とどう関わりがあるのかと…そう考えると下手な口は開けず、当たり障りの無い会話しか展開する事が出来ない。

 それが少女達にとっては事務的で心を開いていないイメージとして捉えられてしまっているようだ。

 唯阿としては、微塵もそう思っていないというのに。

 

「(あの日から、少しは変われたと思っていたんだがな…。)」

 

 外した視線は、いつしか己の右拳へと向けられていた。

 これが私の辞表だ、と…そう言って突き出したあの日の拳には、ありったけの想いを乗せていた。

 自らの信念を汚した存在に対する積年の怒り…そしてその存在に従う事しか出来なかった自分自身に対する決別の意志。

 それらの想いを解き放ち、新しい自分に向けて歩き出した筈なのに…果林から向けられる視線は、あの時の自分に向けられていたものと同じものであった。

 語らなければならない事を語ろうとせず、それ故に守るべき存在に一抹の安堵さえ与えられないとは…いつしかの或人の事をまるで言えないと諦観さえ覚えてしまう。

 

「さて、そんな話をしている内に着いたわね。」

「ん、そうか…悪いな、これから仕事だというのにあんな話をさせてしまって。」

「別に良いわよ。言ったでしょう?私はともかく、って。」

 

 もしかしたら、彼女はその為に付き添いを頼んだのかもしれない。

 2人きりになれる状況で、はっきりと思いの丈を伝える為に…。

 

「それにしても良かったわ、今日はちゃんと辿り着けて…。」

「…ん?何だって?」

「え?あ…いいえ、何でも無いわ!ほら、行くわよ!」

 

 仲間であり、ライバル。

 ライバルであり、仲間。

 そんな少女達の心身を第一に考えられ、そしてそれをちゃんと言葉にして伝えられる彼女は、どうやら唯阿も頭が上がらない程の人格者であるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす!よろしくお願いしまーす!はい…はい、そうです。彼女は連絡した通り付き添いで…。」

 

 撮影所に入った果林はそのままスタッフの下へ。

 彼女曰く、唯阿はモデル業に興味を持った知人という設定にしているらしく、今回は特別に職場見学という形でここに在する事を許可してもらえたようだ。

 なので護衛役として身構えておく必要は無く、むしろ自然な形で居た方が良い…唯阿はスタッフに向けて軽く挨拶をすると適当な場所に立ち、静かに事の成り行きを見守ろうとする。

 

「あら?もしかしてA.I.M.S.の隊長さんじゃない?久し振りね!」

 

 すると知らない者だらけの筈の現場で、唯阿の本当の正体さえも知っていると声を上げる者が1人現れる。

 見るとそこには耳元にヒューマギアである事を示すモジュールを付けた女性が立っていた。

 まだここに来て数分も経っておらず、挨拶以外の口も開いていないのに誰がその正体を見破ったのかと疑念を抱いていたが、その女性型ヒューマギアの姿を見て唯阿はあぁ、と納得した。

 

「確か…デルモだったか、私の顔を覚えてくれているのか?」

「当然よ、社長の大事なお友達なんだから。」

「友達かどうかは微妙な所だが…まぁ、長い付き合いではあるな。」

 

 そのヒューマギアの名は"デルモ"、飛電インテリジェンスが開発したファッションモデル型ヒューマギアだ。

 本来彼女と唯阿は以前に少しだけ顔を合わせた程度の面識しか無いのだが、既にシンギュラリティに達し高いコミュニケーション能力を持ち合わせているデルモは、唯阿の事をかつての恩人の1人たる或人が信頼している仲間として独自に記憶していたようであり、隔てり無く接してきた。

 

「それにしても珍しいわね、貴女がここ(撮影所)に来るなんて…あの子とは知り合い?」

「そうだな、あいつの護衛といった所だ。」

「護衛だなんてまた危なっかしいわね…何かあったの?」

「いや、大した事じゃない。私の事は気にせず撮影に集中してくれ。」

 

 そんな彼女に対し、唯阿はやはり多くを語らずに話を流してしまった。

 唯阿としては下手に彼女を巻き込む訳にはと判断しての言動であったが、つい先程果林にそういう所がと言われたばかりだと思い出す。

 

「そう…分かった、そう言う事なら深入りしないでおくわ。」

 

 しかしもう口に出してしまった事…そしてそれを撤回する間も無く、デルモはその言葉に納得の意を示してしまった。

 端から見れば多大な好意で接してきた相手に対して冷たく突き放した、恩知らずの光景だ。

 彼女の好意を無下にして…本当に、こういう所が言われた通り不器用だ。

 

「(だからこそ…。)」

 

 だからこそ、そこで終わりにしない。

 不器用にしか居られないが、ならば不器用なりに出来る事があるだろうと、唯阿はそう果林を見つめる。

 

「それじゃあ朝香ちゃん、今日はよろしくね!」

「…はい、よろしくお願いします。」

 

 デルモが近付いた時、僅かに身を引く仕草を見せた、そんな果林を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影が始まり暫くして、休憩の時間となった。

 椅子に座り一息吐く果林に声を掛けるべく側へ寄る唯阿…だが掛ける言葉は決して彼女を労うものではなかった。

 

「撮影、上手く進んでいないようだな?」

「え?…えぇ。でも大丈夫よ、貴女が心配する事じゃないわ。」

 

 唯阿がそう言ったように、撮影は難航していた。

 理由は果林…彼女の表情や姿勢がどうにも固く解れないとの事であり、今の休憩も本来の想定とは違って急遽取られたものであった。

 決して体調不良という事は無く、何か精神的な問題であるとの事でスタッフにも詰め寄られる中、唯阿も同じ様にその理由を聞いてみるも、果林はスタッフにもそうしたようにその訳を口にしなかった。

 ならばと唯阿は踵を返して果林の下を離れると、向かいの方に居るデルモの下を訪ねる。

 

「デルモ、少し良いか?朝香の事なんだが…あいつの事をどう思ってる?」

 

 常に携帯している美顔ローラーでのケアに余念が無いデルモではあったが、振られた話題に対して思う所があったらしく、あぁ…とその手を止めた。

 

「彼女ね…どうも今日は気分が乗ってないみたい。それで多分、その理由は私なんでしょうね。それが何でなのかって言われたら、私には分からないけど…私何かしちゃったのかしら?」

 

 デルモの答えに、唯阿はやはりか…と溜息を吐く。

 撮影に入る前の時に加え、果林は撮影中も常に隣に居るデルモの事を意識していた。

 それは共演者に対する優しい気遣いのようなものでは無く、どちらかと言えば敵対する者に向けるそれであった。

 特により近く寄り添うようなポーズを撮る時には、必ず撮影前の時と同じ様に半歩引く仕草を見せた。

 まるで、デルモが側に居るのを拒否するように…。

 

「いや…多分、お前自身は関係無いと思うぞ。」

 

 ならばそうする理由とは何なのか、果林が今何を思っているのか…その答えは、唯阿にはもう察する事が出来た。

 故に彼女は再び踵を返すと、果林の下までまっすぐ戻り、彼女に向けて話し掛ける。

 

「朝香。」

 

 名を呼ばれた少女が少し煩わしそうに唯阿の方を向く。

 大方、話の話題が望ましいものでないと察したのだろう。

 

「デルモは世間でも注目されているファッションモデルだ、そんな奴の隣に立てる機会なんてそうそう無いぞ?緊張などしていないで、撮影を楽しんだらどうだ?」

「…そうしたいのは山々だけれど、今日はちょっと調子が悪いみたいでね。」

 

 そして予想通りの展開となり、果林は唯阿から視線を外してそれ以上の会話を切って捨てようとした。

 それもそうだろう…気が乗らない、調子が悪い、そんな時に同じ様な話題でしつこく話し掛けられたら、誰だって顔をしかめるというもの。

 ただし彼女が言うそれは、真に言葉通りの意味で捉えるべきものでは無い。

 

「デルモがヒューマギアだからか?」

「っ…!」

 

 外されていた視線が元に戻される。

 戻された視線の先で、果林を見つめる唯阿の視線からは…何を思っているのか察する事が難しい。

 

「お前が私を呼んだ理由が分かったよ。ヒューマギアと共に仕事など…今の状況を考えれば、確かに不安にもなるな。」

「なっ…違うわよ!別にヒューマギアが恐いとかそういうのじゃ…!」

「恐いのか、とは一言も言っていないが?」

「ッ…最低…!」

 

 複雑な心情であった…唯阿にしても、果林にしても。

 読者モデルの仕事は、果林にとって自分という存在を象徴する第一の場所だ。

 故にこの場所だけは私の、私だけのステージだとして、昨今の状況となっても誰も近付けなかった。

 無論ヒューマギアが襲ってきた際の対処法など一つとしてないのだが、それでも果林にとってモデルの仕事というのはそれだけの措置を取る程に神聖で価値のものであるのだ。

 その場所で、今自分の命を脅かしているヒューマギアと共に仕事をするという話になった。

 それを知った時の果林の心情たるや、想像に難くないであろう。

 だからプライドを捨ててまで唯阿を連れてきたというのに、それでも内に抱く恐れが隠れてくれない。

 恐怖で怯える姿など、朝香 果林のイメージには一番似合わないのだから。

 

「私はどうしても不器用にしか生きられないみたいでな…私の事はどう思ってくれても構わない。だが、せめてデルモの事は悪く思わないでくれ。あいつが何かした訳じゃないだろう?」

「だからって、そう簡単に割りきれるものじゃ…。」

 

 そうして縮こまる果林を見つめる唯阿は、その姿に過去の自分を重ねていた。

 果林は自らのイメージにこだわり過ぎているが故に、逆にそのイメージに囚われてしまっている。

 本当はもっと自由に自分の感情を露にして良いのに、これまでに積み重ねてきた朝香 果林というイメージがそれとは真逆の立ち位置に有るものだから、彼女は選ぶしかないのだ。

 自他共に認める朝香 果林のイメージか、誰にも見せた事の無い本当の朝香 果林かを…そして彼女は、前者を選ぼうとしている。

 それは彼女が優しい心の持ち主だからだ…自分が想う誰かの為ならば例えなんであろうとはっきり意見出来る彼女だからこそ、その誰かが自分に何かを望むのだとしたら、それにしっかりと応えたいと思っている。

 だから皆が望むのが大人びていて魅惑的な色を放つ朝香 果林だというのならば、彼女はそれに応える。

 例えそれが、自らの心を偽る事になるのだとしても…。

 それはかつての唯阿も同じであった。

 本当は表に出したい感情があったというのに、勤めていた職場が望む刃 唯阿を演じる事しか出来なかった、あの時の自分と同じであった。

 だが唯阿と果林では、1つだけ明確に違うものがあった。

 それは隠されている己の本性に、今気付いているかどうかだ。

 唯阿は当時、それに気付けなかった…だから必要以上に周りを傷付けたし、何より自分自身を傷付けた。

 だが彼女は違う…彼女は己の本性を既に理解している。

 本当の自分は、とても脆く弱い子供なのだと。

 だから唯阿は語り掛ける、彼女に自分と同じ想いはさせないと決めて…。

 

「だがな、それでも1つだけ知っておいて欲しい事がある…"ヒューマギアも夢を見る"という事だ。」

 

 そして語られたその言葉に、果林は首を傾げた。

 夢などと…機械があまりにも人間染みた事を言うものだと。

 機械に夢など分かるものか、と…しかし唯阿は、それがシンギュラリティというものだと言って近くの机の上にある雑誌を手に取り、それを果林に見せる。

 

「デルモはファッションモデル型のヒューマギアだ。だからモデルの仕事に就くのは当然の事だと思うかも知れないが…彼女は単に自分がそう造られたからその仕事に就いている訳じゃない。世間に、人間に対してヒューマギアの有用性、その価値を知って貰いたい…その為に自分が出来る方法としてモデルをやっているんだ。」

 

 その雑誌…"Wiwi"の表紙には、専属モデルたるデルモが写っている。

 ヒューマギアである事を象徴するモジュールを画像処理で消さずに笑顔を向けるその対象は、共存を願う人間に対してだ。

 

「叶えたい夢の為に今自分が出来る事を全力で取り組もうとする姿は、私達人間と何も変わらないだろう?だからお前も撮影には全力で取り組むと良い。それを理解しているデルモがお前に手を出す事など無いし、それを理解している私も側に居る…恐れる事なんて1つも無い。」

 

 ヒューマギアを恐れ、嫌悪感を露にしているのは、この世界で果林だけではない。

 世の中にはヒューマギアを不要と説き、目の敵にしている人間が数知れず居る。

 むしろ2年前の暴走事件などの案件が拍車を掛け、そういった考えを持つ人間の方が多いぐらいだ。

 それでもデルモや他のヒューマギア達は人間に向かって手を伸ばすのだ。

 私達は、あなた達と同じなのだと。

 例えその手を握り返される確率がどれだけ低くても、人間とヒューマギアの共存という夢を叶える為に…。

 

「…貴女って、結構ずるい人なのね?」

 

 夢という、そんな事を飾らず平然と言ってのけた唯阿に対し、果林はそれまで浮かべていた表情を呆れた笑みへと変えた。

 そんな格好良い姿を見せられたら、首を縦に振るしかないではないか。

 しかも悔しいのは、それがただ有無も言わさぬ強制的なものではなく、心から納得させられるものだという事実だ。

 少なくとも果林の中でデルモの…ヒューマギアのイメージが少しだけでも変わった瞬間。

 彼女がそうも(誰か)の為に言うのであれば、信じてみる価値はあると。

 そしてその瞬間に合わせて、スタッフから果林に声が掛けられる…撮影再開のようだ。

 

「…デルモさん。」

 

 すると一足早く撮影へ向かおうとしていたデルモを果林は名前を呼んで呼び止め…。

 

 

 

 

「さっきまでは…ごめんなさい。無駄に力が入っていたみたいです。」

 

 自ら距離を詰めて、手を差し出した。

 

 

 

 

「ここからの撮影、よろしくお願いします。」

 

 そしてその差し出された手を、デルモは喜んで握り返す。

 

 

 

 

「もちろんよ!楽しい撮影にしましょうね!」

「はい…!」

 

 そうして撮影に望む2人の足並みは、揃って一緒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、果林ちゃん!とっても良かったわよ!」

「デルモさんこそ、お疲れ様です。私も一緒に撮影が出来て、とても楽しかったです。」

 

 時が経ち、日が暮れる頃合いになって、撮影は終了した。

 その後の撮影の運びがどのようなものであったかは…今の会話で想像に難くないだろう。

 

「それじゃあ私はこれで!社長にもよろしく言っておいて!あっ、あとあの用心棒とその頭の中に居た子にも!」

「分かっている、気を付けてな。」

 

 そしてデルモとはここでお別れ…またいつか会える事を願いながら、彼女を見送る唯阿。

 無論、果林もだ。

 

「ありがとう。貴女が居てくれなかったら、今日の撮影はきっと失敗してたわ。」

「そうか?何だかんだお前なら私が居なくてもキッチリ仕事をこなしていた気もするが?」

「それは無いわ。貴女が私の事をよく見てくれたから、私も無駄な見栄を張らずに居られた。」

「…なら、それは私も同じだ。お前が私の事をよく見てくれていたからこそ、私もお前の事を見ようと思ったんだ。お前には感謝している、お陰で自分の事を見つめ直せたよ。」

「あら、そんな事言うの?少しは自惚れても良いぐらいなのに、全部私の手柄にさせる気なのね…やっぱりずるい人。」

 

 都市部へ戻るデルモが去った方向とは真逆の、虹ヶ咲学園に向かう駅の方へと歩いていく2人。

 他愛の無い会話を拡げる2人の様子は、つい2~3日前にはまるで想像も出来なかった様子だ。

 人は見かけによらず…唯阿は果林の弱さを、果林は唯阿の強さをそれぞれ垣間見た事で、互いに一歩近付けたのだろう。

 後は共に学園まで戻って、そこで別れて…それで今日1日が終わる筈であった。

 

「…ッ!?」

 

 しかし果林は見てしまった…唯阿の背後の空、そこに鳥でも飛行機でも無い、全く別の飛行する物体が居る所を。

 こちらに向かって真っ直ぐ向かってくるそれの姿が、あのオニコマギアである事を。

 

「後ろ…っ!?」

 

 迫る危機に今気付けたのは、本当に幸いであっただろう…果林はそれを唯阿に伝えるべく口を開き、しかし声を出すと同時に唯阿は突然背後へ向き、刹那強烈な音と共に空を飛んでいたマギアが地に落ちた。

 

「…全く、気持ち良く終わらせてくれないな。」

 

 それは果林が事を伝える前にその所作から異変を感じ取り、振り向き様にショットライザーから弾丸をを放った唯阿の行動によるものであり、彼女は先程までの物腰柔らかな印象を崩し、戦士たる威圧を目先の敵へと向ける。

 

「まだまだ予定が有るんでな…さっさと終わらせるぞ。」

 

 彼女はライザーをベルトへと移し、普段のようにキーを掌の中で回転させてから起動スイッチを押す。

 

Thunder(サンダー)!

 

 しかし今回手の中に収まっているのは、普段彼女が扱う橙色のキーでは無く、蜂の絵柄が描かれた黄色のプログライズキー、"ライトニングホーネットプログライズキー"であった。

 

 

 

 

Authorize(オーソライズ)! Kamen Rider! Kamen Rider! 】

 

「変身!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 ライザーにキーを収め、引き金を引く。

 放たれた弾丸は唯阿の周りを旋回し、やがて彼女の身体と接触するや戦士としての装甲へ変わり、彼女の身に纏われる。

 纏われたそれはキーが違う故に、やはりあの橙色の装甲に非ず…黄と青に彩られたその装甲は左右対象の美しい気品のある出で立ちとなっており、それはまさに戦女神(ヴァルキリー)の名を関するに相応しいと思えるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライトニングホーネット!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーバルキリー

ライトニングホーネット"

 

 

 

 

【 Piercing needle with incredible force. 】

 

 

 

 

―その気高き針は、如何なるものも貫き通す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛として立つ、仮面を付けた戦女神。

 そんな彼女の黄色い双眼から送られる視線に当てられたマギアは、背中の翼を翻して再び空へ。

 

「朝香、地上の事は任せた。」

 

 すると唯阿は果林にそう告げるや、自らも空へと翔んだ。

 しかしその背に蜂のそれを模した翅、"ホーネットエール"を展開しマギアと同じ舞台に立とうとするその速度は、あくまでゆったりとしたものだ。

 故にマギアと同じ高度まで上昇し終えた時には、彼女はマギアに舐めて掛かられていた。

 自身の領域に侵入出来る事には冷や汗をかいたが、それはあくまで同じ領域に入れるだけで、相対するにはその能力は不足しているのだと。

 そしてそれを証明するべく、マギアは真っ向から唯阿に挑んでいった。

 そして挑んでいった先で爪を立てたマギアの一撃は…唯阿の身体を傷付ける事は無かった。

 

『ッ!?』

 

 消えたのだ、目の前から一瞬で。

 攻撃が空振ったマギアは珍しくも情けなく、自らの領域たる空中で態勢を崩し、もたもたと身じろぐ。

 やがて姿勢を整え、消えた彼女の行方を追おうと背後を向けば、意外にもそこに彼女は居た。

 変わらぬ場所で、変わらぬ視線を向けながら、彼女はそこに居たのだ。

 マギアはそれから何度も唯阿に向かって襲い掛かる。

 あらゆる角度、あらゆる速度、あらゆる方法で唯阿に向かっていくマギア…しかしその結末は、決まって彼女が直前で姿を消して徒労に終わるというものであった。

 まるで幻術でも使われているのかと思える程に何が起きているのか分かっていないマギア…しかしその様子を下から見上げて全貌が見える果林には、そのからくりが微かに見えていた。

 

「凄い速さ…!」

 

 ライトニングホーネットへ変身すれば空を翔べる。

 同じく空を支配権に置ける力なら或人が持つフライングファルコン等が有るが、かつてライジングホッパーの"跳ぶ"とフライングファルコンの"飛ぶ"は違うと説明したように、このライトニングホーネットもまたその2つとは違う"翔ぶ"なのだ。

 このライトニングホーネットの空中戦に於ける他を圧倒する優位性とは、短距離での急加速と急停止性能だ。

 そう…唯阿はその能力をフルに発揮し、マギアからの攻撃が当たる寸前で場を移動して回避しているのだ。

 それを何度も正確に、決して気取られる事無く…。

 

「…っ!見惚れてる場合じゃなかったわね…皆さん!ここは危険です!離れてください!」

 

 ふと我に返り、果林はそれまでおざなりにしてしまった頼まれ事を果たすべく、怖いもの見たさと物珍しさの狭間に居る付近の一般人に避難を促す。

 そしてその中でも果林の視線は上空に居る唯阿へと向けられていた。

 彼女の視線の先に居る唯阿の姿は果林から見て気高く、尊く、麗しく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(本当に、ずるい人ね…。)」

 

 

 

 

 そして何より、素直に格好良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地上に居た市民は避難したか…助かる、朝香。」

 

 目の前のマギアが疲労困憊といった様子を見せている中、ちらりと下界を窺えば、そこには人の気配は無い。

 果林の姿も、何処か安全な場所に身を隠しているのか、付近に見えない。

 今この場には、自分とマギアのみ。

 

「ただ避けるだけなのも飽きてきた所だ…攻めに転じせてもらおう!」

 

 掛け声と共に腕を振るえば、胸部のウェポンベイから蜂そのものを模した小型ミサイル、"ヘクスベスパ"が躍り出る。

 それが何十と一気に射出され、瞬く間にマギアの周囲を取り囲む。

 一体何が起きるというのか…マギアは四方八方を埋め尽くす機械蜂の群れにただ怯えるのみ。

 

「一息に終わらせる…出力最大!」

 

 そして再度の掛け声で、ヘクスベスパに雷撃が迸る。

 1つ1つは決して高くない火力…しかしあの人型1つを取り囲める程の量が一斉に襲い掛かったら?

 答えはマギアが直接その身を以て知る事となる。

 唯阿の合図で一気に凝縮する蜂の群れ…一点に集まろうとする個々の雷は、やがて互いの雷に反応して同調し、1つの巨大な雷球へと仕上がる。

 内部ではその球体を形成する為の強大な雷が絶え間無く迸り、それが球体の中に居るマギアの身体を蝕んでいく。

 時間にして約3秒程…やがて高められていく己の出力に耐えきれず、ヘクスベスパは一斉に破裂する。

 爆発により街中の上空に凄まじい黒煙が生み出され、そしてその中から辛うじて生き延びたマギアが地表に落ちる。

 しかしその身体は既に大量の火花を上げており、虫の息である事は誰の目にも明らかだ。

 ならばこれで、終わらせる。

 

Thunder(サンダー)!

 

 ベルトに収まるライザー、そこに装填されているキーのスイッチを押し、唯阿は地表のマギアに向けて飛翔する。

 甘い蜜に寄ってくる(害虫)を軽くいなし、自らの武装(働き蜂)を巧みに使い、最後は自らの手で容赦無く止めを差す…その姿はまさしく自然界に居る女王蜂そのものだ。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ…!」

 

そしてそんな女王の気に障った存在は…。

 

 

 

 

「はぁあ!!」

 

必ずその命を差し貫かれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブ ラ ス ト フ ィ ー バ ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザーのトリガーを引いた途端、唯阿の脚先から青く鋭い針が、先に迸っていたものをも上回る雷を帯びて伸びる。

 その針先をマギアへと向けて、唯阿は一切の加減無くマギアへと突貫する。

 針は飛行の加速による助けを得て…いや、助けなど借りずともマギアの装甲を軽く貫き、むしろ勢い余りその下の地面をも穿つ。

 そんなただでさえ十分過ぎる程の威力を前に、今のマギアがその身を保てる訳が無い。

 数秒後、女王の足下で愚かな命が1つ散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かったぞ、朝香。お陰で被害を出す事無く終わった。」

「せめてもの事よ、お礼なんて…。」

 

 戦いが終わり、事後処理を警察に任せる為の電話を終えた唯阿が果林の方へと向き直る。

 そんな彼女から賛辞を貰う果林であったが、彼女はそれをあまり受け止めようとはしない。

 世話になっているのはこちらの方なのだから、これぐらいは当然の事だと考えているからだ。

 一方で果林は、未だそれでもと話を続ける唯阿をじっと見つめる。

 今日1日で、色々な彼女の一面を見てきた。

 他人との距離感に悩んで思い募る彼女、逆にこちらの心に真っ直ぐ言及してきた強い彼女、戦う時の格好良い彼女…。

 そのどれもが果林にとって刺激となり、彼女に一抹の想いを抱かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(なってみたいわね…貴女みたいな強い女に。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、後に芽吹く話題の種。

 その種が幸を呼ぶものであるのか、それとも災いを呼ぶものであるのか…今はまだ分からない。

 

 

 

 

「さて、後の事は警察に任せるとして…この後はどうする?どこか寄る所はあるのか?」

「そうね…こんな時間だし、夕食は外で食べようかと思ってるの。貴女も一緒にどう?」

「いずれにしても寮まで送る予定だ、構わない。なんなら行きつけの店が近くにあるからな、お前さえ良ければ紹介するぞ?」

「あらそうなの?じゃあ折角だし、お願いしようかしら。」

 

 

 

 

 そんな種が蒔き残され、2人が紡ぐ物語は一旦の終演を向かえるのであった…。

 

 

 

 




Diver DivaとA.I.M.S.組の親和性の高さは異常だと思うの


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Program.9「Margaret ― こんな素顔だけれど」

主要人物紹介


・迅

→皆さんご存知身体は大人頭脳は子供だったヒューマギア
 滅亡迅雷.netという組織の一員であり、かつては人類を滅亡させるという目的を掲げ大規模なテロ活動を行っていたが、現在はその成りを潜めて各地を転々としている
 今回の事件をいち早く察知し行動を開始していたが、どうやら彼には事件を通して何か思う所が有るらしく、それが今回の話の肝となっていく


・中須 かすみ

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 腹黒小悪魔系スクールアイドルを肩書きとしており、"可愛い"という概念に強いこだわりを持っている
 それ故に少々困った癖を持っていたり持っていなかったりしており、今回はその癖が話の引き金となる






「………。」

 

 とある昼下がり。

 学校に通う生徒達が放課後、部活等で各々の実力を発揮する頃。

 

「コソコソ…。」

 

 虹ヶ咲学園の生徒用玄関、そこに何やら…本人は隠れているつもりらしい…怪しい人影が。

 

「にっしっしっしっ…!」

 

 その人影はとある生徒達が使う下駄箱の前に立つや、周りに誰も居ない事を確認し、付けていた変装用…のつもりらしいサングラスを外し、その素顔を露にする。

 露になったその人物の正体は中須 かすみであり、彼女の前の下駄箱には、同好会のメンバーの名前が書かれている。

 そして彼女の右手には、お手製のコッペパン9つが入ったバケットが。

 

「今甦る、あの悪夢のような日々…!」

 

 彼女の目的は、このコッペパンを各部員の下駄箱に入れる事だ。

 一体何の為にと思われるが…実はこのコッペパン、敢えてカロリーを増し増しにしている。

 何も知らずに食べれば乙女にとって由々しき事態に繋がりかねない程のそれこそが、かすみの狙いなのだ。

 同好会のメンバーは仲間であると同時にライバルだ…それだけ実力が拮抗している中で自らの存在を誇示する為には、そのライバル達を蹴落とすしかない。

 だからこの高カロリーのコッペパンを下駄箱に仕込む事でメンバーにパンを食べさせ、体重を増やさせるのだ。

 そうなれば彼女達は体型維持の為にダイエットに勤しみ、日々の練習が疎かになって練度が下がり、相対的に普段のペースをキープしている自分が一番となる。

 かすみの考えた、最高最恐の作戦だ。

 因みに侑の分は普通のカロリーだ。

 彼女はライバル(スクールアイドル)では無いからと毎回この手の対象にはカウントしていないのだ。

 

「た~っぷりと味あわせてやりますよ~…!」

 

 普通に考えれば下駄箱に入っている差出人不明のパンなど誰も食す訳が無いのだが、これでも彼女は必死だ…誰もが絶対成功しないであろうと口を揃えて言う事を、絶対成功すると信じて疑わない程には必死だ。

 今まであらゆる手を尽くしても達成出来なかった悲願を前にかすみの手は震え、エヘエヘと変な笑いを浮かべて…変装などいらない、完全に不審者の姿だ。

 そして彼女はまず手始めに歩夢の下駄箱へ手を伸ばし、いよいよパンをその中へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何してるの?」

「うひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 …入れようとした所で誰かに声を掛けられ、計画はあえなく未遂となる。

 持っていたパンを全て地面にぶちまけ、よたよたとその場を離れ、廊下の壁に背を付いてそのまま腰を抜かして…。

 

「な、な、な、な…!?」

 

 中々にオーバーな驚き方をしたかすみは、そのまま自身をこうさせた原因たる存在を視認する。

 この学校では異質な、職員では無い大人の男性…黒いスーツに袖を通す、癖のある髪が特徴的なその男性は、へたり込むかすみに向かって歩み寄り、上半身だけ屈めて彼女と急接近する。

 

「中須 かすみちゃんだよね?ちゃんと顔を会わせるのはこれが初めてだね…これからよろしく。」

 

 そのまま優しい笑みを浮かべる男性であるが、かすみはその笑顔に絆される事は無い。

 何せこの男性の事を、かすみは全く知らないのだから。

 その口振りから或人や不破、唯阿の仲間である事は察せるが、だからと言って初対面である…急に親しげに話されても警戒心の方が勝ってしまう。

 そんなかすみの様子に男性は自身の事を全く紹介されていないと思ったのか、あれ?ゼロワンから話聞いてない?と首を傾げてから己の正体を明かした。

 

「僕は迅、滅亡迅雷.netの迅だよ。よろしくね。」

「滅亡迅雷.net…!?」

 

 彼の名は迅…かつてこの世界を恐怖に染め上げようとした、あの滅亡迅雷.netの一員だ。

 つい最近ではメンバーの1人を誘拐しかけた、世界的にも認知されているテロリスト…それが今目の前に居る事実に、かすみの身がすくむ。

 向けられる態度は味方のそれ…だが彼に課せられている悪行の数々が、その態度を鵜呑みにする事を拒ませる。

 そんな彼はところでさ…と言って床に散らばるパンの1つを拾い上げると、それと歩夢の下駄箱を交互に見た後にかすみに向かって問い掛ける。

 

「これ…パンだよね?何で下駄箱に入れようとしてたの?」

「え!?え~っとぉ…!?」

 

 それは先程かすみが行おうとしていた一連の行動の真意について。

 しかしそれは語ればただの悪戯に他ならず、どう答えても自分が不利になるばかり。

 果たしてテロリストに悪戯は良くないと言及され、説教でも喰らう羽目になってしまうのか…!?というよく分からない状況を想像して冷や汗を掻くかすみであったが…。

 

「こういうのってさ、ちゃんと相手に渡すものなんじゃないの?僕にはわざわざ下駄箱に入れる意味が分からないんだけど…。」

 

 そんな予想とは全く違う言葉が続けられ、かすみは頭の上に?(ハテナ)マークを浮かべる。

 かすみでも思い付くぐらい、普通ならばこの分かりやすい事情を察せられて呆れられるか、それこそ彼女が考えたように説教喰らうかになりそうなものだが、目の前の彼は本当にその理由が分かっていない様子。

 今も散らばった他のパンを回収しながらしきりに首を傾げており、そんな姿を前にしたかすみは…。

 

 

 

 

「…あ、あっれ~~~?知らないんですかぁ?今世間ではこうやって物を渡すのが流行ってるんですよぉ☆」

 

 何をトチ狂ったか即興の嘘を付いた。

 

 

 

 

「…わざわざ下駄箱の中に?」

「そ、そうですよ~!ほら、学校だと下駄箱って絶対行く場所じゃないですか?だからもしその中に何か入ってたら絶対手に取って見るでしょう?」

 

 明らかに訝しむ迅に対し、かすみは若干早口で最もらしい事を言ってのける。

 その内心は無論、明らかなる動揺で溢れていた。

 こんなバレバレの嘘を付いてやり過ごせると思っているのか…いや、そんな事は全く無い。

 悪戯に加えて嘘まで付いて、こんな事をすれば誰でもかすみに対して説教フルコースを選択する事間違い無しだ。

 

「成程ね、普段の生活でルーティーンになっている部分に訴え掛けるのか…。」

「そうですよぉ☆ほら、漫画とかでよくあるじゃないですか、下駄箱開けたらラブレターがドサーって!あれと同じ事ですよぉ☆」

「漫画やラブレターはよく分からないなぁ…後でラーニングしてみようかな。」

 

 だというのに目の前のテロリストはかすみの言う事を真に受けてしまうのだからさぁ大変。

 今更引くに引けず、またも最もらしい事を並べて強引に話を通していく。

 と、その中で気になるワードが出てきた事でかすみの饒舌が一旦止まる。

 

「ラーニング…?」

 

 ラーニング…それはヒューマギアが何か物事を学習する際に用いる言葉だ。

 覚えた、や、学んだ、といった言葉と同義であるその単語は、人間ではまず使わないものだ。

 それを会話の中で使うという事は、目の前の彼は…。

 そんなかすみの考えを察したのか、迅はそれを肯定するかのような笑みを浮かべながら、拾い集めていたパンをかすみに渡す。

 

「え、でもちゃんと耳あるし…ヒューマギアって皆あの変な機械付けてるんじゃ…!?」

「僕は特別にこういう形にしてもらっているんだ。上手く人間達の中に紛れ込めるようにね。」

 

 言われてみれば、彼の左耳にはヒューマギアモジュールと同じ光と音を放つアクセサリーが付けられている。

 しかしそれは教えられなければ気づかない程日用的な小物と見紛う見た目をしている。

 元々ヒューマギア自体、耳周りさえ気にしなければ本当に人間と遜色無い見た目をしている…彼の言う通りこのままの状態で人混みに紛れてしまえば、傍目では完全に見分けが付かないであろう。

 それを単純な技術の成果として見るか、それともそれを応用してテロ活動を行い、今まで世間にその名を馳せていたと見るか…かすみの純粋な心は半々といった具合でそれを捉え、結果としてより強く彼を意識する事となる。

 

「それにしても、今流行りのプレゼントの手渡しか…そういう事情だったんだね。ごめんね驚かせちゃって、お詫びに手伝おうか?」

「え?…い、いや良いですよ!かすみん1人で出来ますから!あっち行っててください!」

 

 そんな彼が興味津々といった様子で近付いてくるものだから、かすみは慌ててその場を立って彼から離れる。

 しっしっとあしらわれ、それ以上の関わりを拒絶された迅だが、彼は変わらぬ笑顔でそれを気にしている様子は無い。

 

「迅。」

「あ、滅。どうだった?」

「問題ない、部室までの道のりは把握した…行くぞ。」

 

 と、外の方からまた1人男の姿が。

 その男は先日東雲学院のライブの際に現れた人物であり、

 抑揚に欠ける、あまり人間らしくない言葉のイントネーションから、恐らく彼も目の前に居る迅と同じヒューマギア…それも呼ばれた名前から、滅亡迅雷.netに所属する者であろう事が分かる。

 そんな彼は迅に長居は無用と言い、本来の目的への同行を促した。

 どうやらこれから部室…恐らくスクールアイドル同好会の…そこへ向かうらしい。

 

「分かった、じゃあ僕は行くね。それと…改めてこれからよろしくね。」

「わ、分かりましたから早く行ってください!それと私が今やってる事、誰にも言っちゃ駄目ですからね!秘密にするのもこれの大事な所なんですから!」

「へぇ~、そうなんだ。じゃあ誰にも言わないでおくよ。」

 

 ヒラヒラと手を振り、先を行く滅の後を付いて校内へ姿を消していく迅。

 それを見送ったかすみは、も~、何なんですか一体…と深く溜息を吐く。

 急に話し掛けられたと思ったらそれが世界的に有名なテロリストたる滅亡迅雷.netの一員であり、しかし話してみたらまるで何も知らない子供のような一面を見せて…。

 そんな感覚の掴みにくい者の相手をしていたら、誰でもこんな風に疲れるものであろう。

 

「でも…。」

 

 悪戯作業を再開し、だがその中でかすみは彼に対し1つだけ確証が得られた感覚があったとして、その口角を怪しく上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューマギアって…案外チョロいかも?」

 

 問題は確証を得たそれが、あまり褒められたものではないという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドルフェスティバル?」

「はい!前に私達で開催した、スクールアイドル皆が集まるライブです!」

 

 一方同好会の部室では、或人が同好会のメンバーからとある行事についての話を聞いていた。

 "スクールアイドルフェスティバル"…それはかつて虹ヶ咲学園が中心となり開催された、各地のスクールアイドル達が一同に会する大きなイベントだ。

 スクールアイドルが集うイベントと言えば既に"Love(ラブ) Live(ライブ)!"という大会が有るらしいのだが、向こうが競演という側面が強い一方、こちらは共演…どのスクールアイドルが一番かではなく、どのスクールアイドルも等しい立場でライブを行えるイベントである事を強調しているのだ。

 

「へぇ~良いね!まさに夢の共演って感じだね!」

「そうなんです!前は私達と東雲学院、あと"藤黄学園(とうおうがくえん)"の3校だけだったんですけど、今度のフェスではもっと色んな所のスクールアイドルが集まれれば良いなって!」

 

 どうやら前回のフェスがそもそも初めての開催であったらしいのだが、その成果は大成功という事でスクールアイドル界隈でも瞬く間に話題になったらしく、となれば第二回の開催…それも大幅にアップグレードした規模で行いたいと思うのは自然な事であり、或人もそれを否定しようとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―関東圏内のスクールアイドルと呼ばれる学生達が、突如奴等に襲われ始めた。

 

―運良く軽傷で済んだ子も居るけど…大抵は生活に支障をきたす程の重体。中には命を落としてるなんて子も決して少なくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長さん?どうかしました?」

「えっ…あ、ううん何でもない。そっか、皆は今それに向けて練習してるんだね。」

「はい!まぁまだいつ開催するかは全然決まってないんですけど…。」

 

 しかし途端に或人の脳裏に過ったのは、先日の滅と迅との会話であった。

 狙われているのは決して虹ヶ咲の少女達だけではない…他のスクールアイドル達も狙われている。

 そんな中で合同イベントとなれば、それは各地に散らばっていた餌が一点に集まる格好の場所となる。

 これ見よがしに戦火も集中し、その分被害も増えるかもしれない。

 普通に考えれば少女達の身を案じてフェスの開催を止めるよう進言する所であろう。

 

「良いよ、俺も何か手伝える事があるなら手伝うよ!」

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

 しかし或人はその意思を曲げなかった。

 少女達の事は必ず守り抜く…フェスの開催が彼女達の夢であるのなら、それも守ってみせる。

 人とヒューマギアの夢の為に戦う…それが飛電 或人、仮面ライダーゼロワンなのだから。

 

「お邪魔するよ。」

 

 と、部室のドアが開き、室内に居る者に来客を告げる。

 しかしその来客が発した声色が男性のものであった事に皆首を傾げた。

 この部屋に男性が来るなぞ珍しい…最近では確かに或人や不破が来る事も多いが、今の声はそのどちらのものでも無かった。

 同好会の中にはそもそも男性は居ないし、ならば一体誰が、とドアの方を見てみると…。

 

「滅!?迅!?どうしてここに!?」

 

 そこには意外も意外、あの滅亡迅雷.netの2人が立っていたのだ。

 

「言ったでしょ、近い内に会いに行くって。一応この娘達への挨拶も兼ねてね。」

 

 どうやら先日の用件を果たすのと同時に虹ヶ咲の少女達と面識を持つ為にここまで来たらしく、まず迅が一歩前に出て自らの名を少女達に向けて聞かせる。

 

「始めまして、虹ヶ咲学園のスクールアイドルの皆…あぁ、(果林)とはこれで2回目だね。僕は迅、一応皆を守る為にこれから動くつもりだから、覚えておいてくれると嬉しいな。」

「一応…?」

「迅、そんな不安にさせるような事…。」

 

 優しく、笑みを崩さず、まるでテロリストである事を感じさせない柔和な雰囲気。

 しかし言葉の節々がやけに不安を煽るようなものであり、少女達に悪印象を与えかねないと注意しようとする或人。

 しかし迅はそれを故意に言ったものであるとし、どうかな?と言って或人と向き合う。

 

「僕達はあくまでヒューマギアの為に戦ってるからね。今回の事件がまだどんな背景で動いているのか分からない以上は皆の味方で居るつもりだけど、もし今回の事件がヒューマギアにとって理がある事だとしたら…ね?」

「迅…。」

 

 仮面ライダー…それは或人達を象徴し、また彼等を繋ぐ言葉であるが、その言葉をどのように定義しているかはそれぞれ異なる。

 人とヒューマギアが共に笑い合える世界を作る、その為の力だと定義している或人。

 街の平和を、そしてそこに生きる命を守る為の力だと定義する不和。

 人もヒューマギアも関係無く、心有る者を守る為の力だと定義した唯阿。

 この3人の思想は多少の違いこそあれ、いずれも共通して人を守る事が絶対として視野に入っている。

 しかし滅と迅、この2人は違う。

 ヒューマギアにシンギュラリティを促し、彼等に自由を与える…それが迅の定める仮面ライダーの定義であり、滅は二度とこの世界に強大な悪意が生まれぬよう世界の監視を行うものとして仮面ライダーを定義した。

 2人もまた、その思想に多少の違いこそあれ、共通して人間を守るという事を絶対として視野に入れていない。

 2人にとって絶対としているのは、人間では無くヒューマギアなのだ。

 だから必要とあらば、人間達の命に手を掛ける事を厭わない。

 ヒューマギアの安息の為ならば、誰と敵になろうが構わない。

 長い付き合いで勝手も知っているが、彼等は決して"仲間"では無いのだ。

 改めてその事実を突き出され押し黙ってしまう一同を前に迅は構わず、次は滅の番だよと言って話の流れを渡した。

 

「…滅だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いやそれだけ!?もっと何か無いの滅!?」

「無いな。」

 

 そしてそのあまりにも淡白な態度に、或人は思わずその場でずっこけてしまう。

 迅は迅でだいぶ割り切った態度だったが、滅も滅で馴れ合う気ゼロという。

 一応とて味方だというのに、2人して困ったものだ…少女達もどう反応して良いやらと困惑している。

 そんな第一印象最悪の2人を前にして肩を落とす或人…すると再び部室のドアが開き、さらなる来客を室内に居る者に示唆する。

 

「おっ邪魔っしま~す☆すみませ~ん、かすみんちょ~っとだけ遅れて…げっ、まだ居た…!」

 

 入ってきたのはかすみ…彼女はドアを開けるや早速きゃるんきゃるん♡と猫を被った仕草を取るが、目の前に居る滅と迅の2人を見て早々に被った猫が引っ込んだ。

 

「あれ、かすみちゃんとはもう会ってたんだ?」

「うん、さっきちょっとね…大丈夫だよ、さっきの事は誰にも言ってないから。」

「へっ!?」

 

 さらにその一足早い出会いについて聞いてみれば、何故かかすみは目を白黒させながら迅に詰め寄る。

 

「ちょっ、何言ってるんですか!?そんな事言ったらかすみんのいたずrゲフンゲフン…かすみんが変な事してたって思われちゃうじゃないですか!?」

「さっきの事?」

「い、イヤナンデモナイデスヨ~…。」

 

 さらに口を開けば怪しい素振りを見せて…かすみの事を良く知る虹ヶ咲の少女達からすればあぁまたかと、逆に彼女の事をあまり知らない或人からすればどうしたのだろうかと詮索したくなるが、そうして身を乗り出そうとした所を滅に肩を掴まれて防がれる。

 

「飛電 或人、話がある…付いて来い。」

 

 滅はそう言うや、足早に部屋を出ていってしまう。

 彼等がここに来たのは以前言っていたヒューマギア製造リストの閲覧の為だ。

 滅の性格上、恐らくさっさと用件を済ませようという魂胆なのだろうとは思ったが…。

 

「この娘達は僕が面倒見ておくよ。あぁ、僕の事はゼロワンと同じように気にしないで。」

「なっ!?そんな面倒見てもらうような事なんて無いですよ!」

 

 それにしてはわざわざ別の場所に行こうというその提案が分からない。

 確かにリストは機密情報ではあるが、何もそこまでする必要など…。

 しかし滅はもう部屋の外で或人が来るのを待っている…或人は事情を追及したい気持ちを一旦抑え、気と足の早い彼の後を追い掛ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話って?リストの事なら迅も呼んで…。」

「それとは別でな。」

 

 虹ヶ咲学園の屋上…と言っても学園の屋上自体が特殊な造りをしている為、実際には屋上下のテラスと言うのが正しいか。

 公的使用には生徒会への申請が必要な為、校内でも比較的人が居ない場所である…何か秘密を有するならうってつけの場所だ。

 そんな場所にやってきた或人と滅は数歩距離を置いて互いに向き合う。

 

「部屋に入る前に聞こえたぞ、スクールアイドルフェスティバルだったか…まさかやらせるつもりではないだろうな?」

 

 向き合った2人の間に流れる空気…それは今平和である筈の学園の中で唯一と言っていい程に剣呑なものに包まれていた。

 ともすれば一触即発とでも言うようなその中で、2人は互いに視線を外さず対峙し続ける。

 

「前にも言った筈だ、今は関東のスクールアイドル全員が狙われていると。今後の次第では、その範囲が全国にまで拡がるかもしれん…そんな状況で奴等の好きにさせていたら、奴等の命が無いぞ。」

 

 そんな中で紡がれた滅の意見、それは至極最もなものであった。

 放置しておけばヒューマギアの存在意義にも関わりかねない事態とはいえ、それこそ普段人間を第一に考えていない滅がその考えを曲げる程にまで状況を冷静に、そして現実的に見ている。

 その真っ当な意見の前では、或人がこれから語ろうとしている事など理由にすらならないであろう。

 

「でも、あれは彼女達の夢なんだ…なら俺はその夢を叶えさせたい。」

「それで大勢の人間が犠牲になるとしてもか?」

「そんな事はさせない、絶対に…俺が守ってみせる。」

 

 それでも、心に決めた事がある。

 人間とヒューマギアが共に心から笑い合える、そんな世界と夢の為に戦う…初めて仮面ライダーという力を手にした時から決意していた、今までもこれからも変わらない想い。

 これまでの関わりから滅もよく知っているそれを改めて提唱し、理解を得てもらおうとする或人。

 

「…変わったな、飛電 或人。お前はそんな事を言う奴ではなかった。」

「っ…。」

 

 しかし滅はそれに対して理解を示さなかった。

 或人の発言に落胆したような表情を浮かべた滅は、しかし途端にいや…と先の発言を訂正した。

 

「ある意味変わっていないのかもしれないな…何れにせよ、今のままではまたあの時と同じ様に失う事になるぞ。」

 

 そう言うや、話はそれだけだと言って滅は踵を返して屋上から姿を消した。

 或人はその後を追う事無く、その場で滅から与えられた意見に打ちひしがれていた。

 

「あの時と同じ様に、か…。」

 

 それは目を閉じずとも鮮明に思い起こせる記憶。

 伸ばしたこの手が届かなかった感覚も、決して忘れていない。

 忘れてはならない、戒めの記憶。

 あの時と同じ様になど…。

 

「そんな事…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対にさせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう発した筈の言葉は、しかし声になって溢れる事は無かった…。

 

 

 

 




迅とかすみ、どう頑張っても相性悪い組み合わせ
だが後悔はしていない


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Program.10「声繋ごうよ ― あなたに優しくなれたとき」

主要人物紹介


・滅

→皆さんご存知お父さん
 滅亡迅雷.netの顔とも言える存在であり、優れたリーダーシップを発揮する冷静沈着なヒューマギア
 迅と共に各地を転々とする中で今回の事件を察知し、今現在は或人達の味方として振る舞っているが、場合によっては真っ先に敵になるかもしれない危険な思想を持っている
 だからこそ今回エマを始めとした少女達の振る舞いには一抹の疑問を抱き、それが正しい事なのかどうか見極めようとしている


・エマ・ヴェルデ

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 癒し系スクールアイドルを肩書きとしており、その溢れ出る母性であらゆる人々の心をたちまち癒す
 まるでこの世界全ての生命が手を取り合えると信じて疑わないと言える程の優しき心を持っており、余程の事でも怒りといった感情を抱く事は無い
 そしてそんな聖母のような心が、今回滅の目に止まったようだ






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は迅、滅亡迅雷.netの迅。

 

 人類を滅亡させる為に造られたヒューマギアだ。

 

 でもどうして人類を滅亡させなきゃいけないのか、その理由は知らなかった…誰も教えてくれなかったし、知る必要も無いと思っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―お前がシンギュラリティに達する事こそが、アークの意思だ…だから俺は、お前を息子のように育てた…そして俺が滅びる事で、お前は人類への憎しみを宿し、覚醒する…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもあの時、目の前で滅が傷付けられた時、その理由を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―息子よ…人類を滅亡させろ…アークの意思のままに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切な存在(モノ)を傷付けられたら、心の底から悲しくなるんだ。

 

 だから僕は、人類滅亡の為に戦う事を止めた。

 

 大切な存在(モノ)を傷付けられて悲しいのは、人もヒューマギアも変わらないって気付いたから。

 

 だから僕は、ヒューマギアを人間の手から解放する為に戦い始めた。

 

 大切な存在(モノ)を傷付けられて悲しいのは、人もヒューマギアも変わらない…けど人間はそれを分かってて、何度もその悲しみを繰り返してる。

 

 同じ人間に対しても、ヒューマギアに対しても…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ皆、今日も練習頑張ろうね!」

 

「よーし、愛さん一番乗りぃ!」

 

「抜け駆けは許しませんよ愛さん!あと廊下は走らないでください!」

 

「ん?…あぁ~!?」

 

「かすみさん?どうかした?」

 

「えっ、い、いや~何でも無いけど~…?」

 

「怪しい…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューマギアの皆は僕の大切な友達、大切な存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?何か入ってる…?」

 

「お~、コッペパンだ~。」

 

「あらあら、一体誰がこんな所に入れたのかしらね?」

 

「あぁ~しまったぁ~、仕込む時間帯を間違えたぁ~…これじゃあせっかくの増し増しカロリーが練習の時の運動量でチャラになっちゃいますよ~…!」

 

「美味しそ~!じゃあ練習始める前のおやつって事で皆で食べようよ!」

 

「食べるならちゃんと食堂で、ですよ?」

 

「なぁ~!?かすみんの完全無欠の作戦がぁ~!?」

 

「かすみちゃん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆にそんな悲しい想いはさせたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…変だなぁ。」

 

「え…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから僕は、人間が嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は一体、何がしたいんだろう…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに嘘を付くような、そんな悪意を生み出すような人間が大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、皆。」

「あ、社長さん。これから練習始めます。」

 

 屋上での会話を終えた或人と滅は、これから練習を始めようとしている少女達と合流した。

 食堂にて侑からその旨を伝えられた或人は、或人で良いって言ってるのに~、と冗談を交えながら今のメンバーの様子に早速食い付く。

 

「お、何それ?皆美味しそうなの食べてるじゃん!」

「誰かさんからの差し入れね、残念だけれど貴方達3人の分は無いみたい。」

 

 少女達は皆一様にコッペパンを食しており、時間帯も時間帯故に或人の小腹に刺さる光景となっている。

 しかし果林から告げられた無情なる事実に、彼はそんな~!?とその場で崩れ落ちる。

 

「う~んBuono(ボーノ)!とっても美味しいよ~!」

「はい、本当に美味しいです。一体どこの誰がこんなに美味しいパンを差し入れてくれたんでしょう…ねぇかすみさん?」

「さ、さぁ~?かすみんは何も知らないですよ~?」

「バレバレ…。」

 

 思い思いにパンを食する少女達に、それを羨ましそうに見つめる或人。

 そしてその様子を遠巻きに見る滅と迅という、中々に異様な光景が食堂に拡がる。

 

「………。」

「…どうした、迅。」

 

 さらにその光景を異様なものとしている要因が、幸せないし楽しそうにしている少女達と違って滅と迅が纏っている空気が真逆とも言える程の温度差を出している事だ。

 特に迅がより顕著にその態度を露にしており、それに気付いた或人が2人に意識を向けると、ちょうどその事実に関して迅が口を開きそうであり、彼は滅の問いに、いや…と前置きをしてから答えた。

 

「あのパンさ、あの娘が皆の下駄箱の中に入れてたんだよね。」

「かすみちゃんが?…え?何で下駄箱?」

「え?今人間達の間で流行ってるんでしょ?あんな風に物を渡すの。」

「え?流行ってるの?」

「え?違うの?」

 

 答えとして語られた事実の中に若干信憑性に欠けるものが紛れ込んでいる事に或人も迅も困惑して思わず滅へ意見を求めるも、そんな事実を彼が知っている筈も無く、…知らん、と冷たく返されてしまう。

 

「…まぁ良いや。で?それで何でそんな難しい顔してる訳?」

 

 そんな事より迅である。

 言うて彼等が普段纏っている空気も大体今と同じ様なものである事は知っているが、それでも迅はその中で笑顔を浮かべていたりしているのでまだマシな方なのだ。

 そんな迅が今は笑顔のえの字も無い眼差しでかすみを見つめている。

 

「僕はてっきり皆に喜んでもらう為にあのパンをプレゼントしたんだと思ってた…でもそれにしてはあの娘、今皆が喜んでるのにあんまり嬉しくなさそうなんだよね。」

 

 さっきもカロリーがどうとか、作戦がどうとか言ってたし…と言って、今度はその眼差しを或人へと向ける。

 恐らく一番身近で、ある程度気心も知れている人間の1人である或人に、彼女が何を考えているのか同じ人間として分かるものがあるのではと当てにしたのだろう。

 

「うーん…まぁあんまり気にしなくても良いんじゃない?ほら、そこは彼女達なりの事情とかあるだろうし…。」

 

 しかし当てにされても他人の考えなど分かる筈も無く。

 人間であるが故に、むしろ人間であるからこその事情だと説明すると、迅はそっか…と言って再度視線をかすみや他の少女達へと向ける。

 その様子からは、今の回答で納得出来ていないという事がありありと見て取れる。

 

「ごちそうさまでした。」

「ごちそーさま!美味しかった~!」

「うん、とっても美味しかったね~。彼方ちゃんお腹も心も満足して、何だか眠気が…。」

「駄目ですよ彼方さん、これから練習ですよ!」

 

 そうこうしている内に少女達の間食時間が終わり、いよいよ練習に取り組もうと準備を始めたようだ。

 と、そんな中でかすみが気を効かせて各々が出したゴミをかき集める。

 

「あ、かすみんゴミ片付けときますね!先に練習しててください!」

「え?良いよそれぐらい、私がやるよ?かすみちゃんも練習しなきゃだし…。」

「い、良いんですよ!かすみんちょっと忘れ物取りに行かなくちゃなんで、そのついでです!侑先輩はそのまま皆に付いていてください!」

「なら俺も一緒に行くよ。1人で行かせる訳には…。」

「大丈夫ですって!ちょっと行って帰ってくるだけですから!ほらほら皆さん練習行ってください!ちょっと遅れたぐらいでかすみんとの差は埋まらないんですから!」

 

 そして忘れ物を取りに行くと言って足早に食堂を後にするかすみ。

 付き添いも不要と言って走っていってしまった彼女を追う事は叶わず、他の少女達を放っておく事も出来ないとして、或人は後ろ髪を引かれる思いが有りながらも練習の方に付き添う事に。

 そして滅と迅の2人はと言うと…。

 

「…迅。」

「ん?なに滅?」

「…お前の思うようにすれば良い。」

 

 その一言で迅は爛漫な、しかし怪しさも含めた笑みを浮かべ、何処かへと去っていく。

 滅はその背を見送った後、或人や少女達の側に留まる為の歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ…まさか時間帯をミスるだなんて、流石に気持ちが空回りし過ぎてましたね…お陰でカロリー増し増しコッペパンで皆さんを激太り大作戦は失敗です…。」

 

 皆が出払い、人の気配の無い虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室。

 そんな部室に忘れ物が有ると言ってやって来たかすみであるが、その実は忘れ物などしておらず、彼女は部室に入るなりブツブツと一人言を呟き始める。

 彼女がわざわざ部室まで来たのは、確実に1人になれる環境を作りたかったから…性格上どうにも一人言を呟きがちな彼女が先に企てた作戦の反省を行うには、どうしても必要な遠出なのだ。

 

「まぁ良いです。次の作戦はもう考えてありますから、後は準備とタイミングを見計らうだけ…!」

 

 頓挫した計画を悔やみ、しかし切り替え早く次なる作戦の事を考えて懲りずににへにへと笑って…そうしてまた上機嫌に仲間の下へ戻ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程ね、そうやって皆の事を騙してたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へ?」

 

 振り向いた先に居た、迅という名の黒い影。

 どうやらここまでかすみの事を追ってきていたらしく、彼は開け放たれていた扉を通って部屋に入り、そのまま扉を閉める。

 

「っ!?ちょ…な、何ですか急に!?脅かさないでくださいよ!?」

 

 そんな音も無く忍び寄ってきた迅に対し、かすみはこの変態とでも言わんばかりの剣幕を見せるも、目の前の彼は全く動じる気配が無い。

 

「ねぇ、何でそんな皆を騙すような真似をしたの?」

「え…い、いや違いますよぉ☆かすみんがそんな事する訳「したんでしょ?」っ…!?」

 

 それはかすみが抱くその場限りの激情よりも遥かに重く深い感情を胸に抱いているから。

 

「いくら僕でも君がさっき言ってた事の意味は分かるよ。そうやって皆の事を騙して、それで君はどうするつもりだったの?」

「そ…そんな事…。」

 

 迅の瞳が、真っ直ぐかすみを射貫く。

 無垢な少年のようでいて、しかしその奥底からはまるで猛禽類が獲物を狙うような冷たく鋭い威圧感を感じて、かすみは言葉を詰まらせる。

 

「あ…貴方には関係ないじゃないですか!!そんな…そんな所までかすみん達に関わらないでくださいよ!!」

 

 しかし次の瞬間には負けじと言わんばかりに吠え立てる彼女の姿があった。

 確かに何も知らない者からすればそうも言われてしまうような事であるのはかすみ自身も分かっている。

 だがかすみとて何も本当にそんな目的や意識を持って行動していた訳ではない。

 かすみのそれはただの悪戯だ…仕掛ける側も、仕掛けられる側もそう分かっている、謂わば彼女なりのコミュニケーションなのだ。

 それを自覚しているからこそ、事情を何も知らない迅に責められるのが癪に触ったのだ。

 同時にそれを悪戯なのかと問う事も無く一方的に騙すだなんだと決め付けた(ヒューマギア)を融通の利かない奴だとして、かすみは彼に事情を説明するのを止めた。

 シンギュラリティだの夢のマシンだのと言われているが、所詮はただの機械…人間の考えや感情など理解出来やしない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「関係あるよ。」

「え…?」

 

 

 

 

 だがかすみは間違えた。

 

 その答えを、過程を、前提を。

 

 何もかもを、間違えた。

 

 

 

 

「僕は迅、滅亡迅雷.netの迅だ。この世界に二度とアークが生まれないように人間達を見張り続けて、いつかヒューマギアの皆が自由になれる世界を創る為に戦う仮面ライダー(ヒューマギア)だ。」

 

 段々とにじり寄ってくる迅。

 ただの機械である筈なのに、まるで人間と変わらない感情を身に纏って近付いてくる迅を前に、かすみの身はすくむ。

 

 

 

 

―あいつらはクソが付く程真面目なんだよ。いや、純粋って言った方が正しいかもな…自分の本分を全うする為に、人間の役に立とうとする為に、自分に向けられる全ての情報を馬鹿正直にラーニングする…まぁ、冗談が通じないんだ。

 

 

 

 

 かつて不破に言われた言葉が脳裏に過る。

 自分の本分を全うする為に、人間の役に立とうとする為に、自分に向けられる全ての情報を馬鹿正直にラーニングする…そんな冗談の通じない純粋な"心"を持つ彼等が、自らの心にそぐわない物事を当て付けられていると気付いた時、果たして彼等はどんな感情を想い抱くのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間が生み出す悪意は、許しておけない…。」

 

 

 

 

 それはきっと、"怒り"に他ならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あっ!」

「どうかした?エマ?」

「ごめんね、部室にタオル忘れてきちゃったみたい…ちょっと取ってくるね!」

 

 一方中庭で練習を始めた少女達であったが、その最中でエマが自身の忘れ物に気付いて場を離れた。

 と、忘れ物という言葉が出てきた事で事前にもう1人場を離れた少女の事が皆の頭に過る。

 

「それにしても、かすみさん遅いですね…もうそろそろ戻ってきても良いようなものですけど…。」

「もしかして、またマギアに狙われているんじゃ…!?」

 

 中庭から部室までは距離があるのでそれなりに時間が掛かる事は承知の上だが、それでも行き帰り共に歩きでもしない限りはもうこの場に来ていてもおかしく無い。

 練習にはいつも熱心に取り組む彼女がそんな悠長な事をするとは思えず、もしやの可能性が有るのではと少女達を浮き足立たせる。

 

「迅が側に居る、奴等の手に掛かる事は無いだろう。」

「ほんと?そう言えば確かに迅の姿が見えない…ありがとう滅、気使ってくれたんだ。」

 

 しかしその心配は無用だと言うように滅が口を開き、彼女の下に迅が向かったと告げる。

 その細やかな気配りに、或人はやはり彼等は彼等なりに味方で居てくれるつもりなのだと安堵した。

 

「どうだかな、少なくともお前達に気を使ったつもりは無い。」

「え…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っただろう、"奴等の手に掛かる事は無い"とな。それ以外の事は知らん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!?」

 

 しかし次いで発せられたその言葉は、あまりに不安を煽る内容であった。

 それはつまり、マギア以外の者の手には掛かるやもしれないという事。

 そしてそんな事を行いそうな者など、現状に於いて限られる。

 迅はあの時、かすみの様子に疑問を抱いていた。

 その疑問を抱いているのが普通の人間ならば、それはただそれだけの事だと気にも止めない話だが、ことヒューマギア…それも滅亡迅雷.netの迅ならば話は別だ。

 人類に対して排他的な考えを持っている彼ならば、事の次第によっては…。

 

「滅…!」

 

 滅はそれを分かって迅を送り出したのだ、彼もまた人類を第一に考えていないが故に…。

 しかし普段から冷静な彼が、ただその思いに共感したからという理由で迅を見送るとは思えない。

 きっと何か別の思惑があるのだろう…だがその思惑というのがさっぱり分からず、結局或人は滅に対してただ咎めるような視線を向ける。

 

「様子が気になるなら行けば良い…ここは俺が見ておこう。」 

「…絶対皆に手を出すなよ?」

 

 とにかく今は、かすみの安全を確保しなくては…或人は不本意ながらも滅に少女達を託し、部室に向かって走り出す。

 

「あれ?社長さんどうかしm「エマちゃん戻って!!皆の所に居て!!」え、えぇ!?」

 

 幸いだったのは、先の会話を他の少女達には聞かれなかった事。

 そこは滅も本当に気を効かせたのだろう…しかしそこまで人間の事を想えるのであれば、それこそ何故今の迅をかすみの下へ送り出したのか。

 

「迅…かすみちゃん…!!」

 

 滅と迅…2人の考えが全く分からず、そしてそれを気付けない事を自らの不甲斐なさとして歯噛みしながら、彼は先を急いで校内を走り抜けていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ…来ないでくださいよ!!」

 

 平和である筈の学園内で、危機と瀕した声が上がる。

 一歩一歩と近付いてくる迅…その迫り来る様から恐怖を感じてかすみは壁際まで後退り、せめてもの抵抗として辺りの物を手当たり次第投げ付ける。

 しかし迅はどれだけ物が当たろうともまるで動じず、真っ直ぐかすみを見据えて歩みを止めない。

 それがさらにかすみの中の恐怖心を駆り立て、彼女を思わぬ行動に移させる。

 いよいよ彼が間近に迫ったその時、かすみの身体は全力で彼の横をすり抜けてドアまで走り出したのだ。

 意識など追い付いていない、完全に死に物狂いでの行動…それは恐らく相手がただの人間であったならば虚を衝いた行動だとして逃走を許した事だろう。

 相手がただの人間であったならば。

 

「ひっ!?」

 

 ドアに手を掛けようとした、その手先に向けて赤い閃光が走る。

 驚いて身を引けば、手を付こうとしていた場所に緋色の短剣(スラッシュライザー)が突き刺さっている。

 命の危機を感じ、咄嗟に取れた生存本能でさえ潰され、もうどうする事も出来ないのだと自覚した瞬間、かすみの身体はまたも本人の意思とは無関係に力を失くし、その場にへたり込む。

 

「分からないなぁ…どうして人間は嘘なんて吐くの?嘘吐いたって他の誰かを傷付けるだけじゃないの?」

 

 そんなかすみに迅は背後から迫り、身を屈めて彼女の耳元に顔を寄せ、囁くように語り掛ける。

 

 

 

 

「そういう心がアークを生み出すって、何で分からないのかな?」

 

 

 

 

 優しい声色で言葉が連なる。

 しかしそこに優しさは無い。

 

 

 

 

「どうすれば人間は悪意を生み出さなくなるかな?」

 

 

 

 

 暖かい声色で言葉が連なる。

 しかしそこに暖かさは無い。

 

 

 

 

「その答えを、僕に教えてくれないかな?」

 

 

 

 

 有るのは冷酷で、無情な、殺意しかない。

 

 

 

 

「ぁ…っ…。」

 

 それを間近に感じたかすみの口から、生を求める意志が漏れ出す。

 助けて、と叫びたい。

 誰か、と声を上げたい。

 しかし背後から感じるその圧にかすみの心は押し潰され、もはや息をする事すら封じられ始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ヒューマギアを善にするのも悪にするのも、結局は俺達人間なんだよ。だからヒューマギアに襲われたくないって言うんなら…ヒューマギアを信じるしかねぇ。

 

 

 

 

― …でも、何か納得出来ません。

 

―それならそれで構わねぇ。ヒューマギアとどう向き合うかは人それぞれだ…お前なりに結論を出せば良い。

 

 

 

 

―ヒューマギアって…案外チョロいかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、これが因果応報と人は言うのだろう。

 かすみは分かっていなかったのだ、ヒューマギアが一体どのような存在なのかを。

 それを知ったかぶりで勝手に意気がり、そのまま付け上がった結果がこれだ。

 いくらでも気付くきっかけはあった筈なのに、それに気付かず己の理想にだけ目を向けて…。

 そのような者にはいつか現実が重たい十字架となって必ずその身を縛り付け、そして誰かによって罪として問われるのだ。

 かすみにとっては今がその時…かねてからの悪戯という名が悪意という罪とされ、それを咎める迅の手によって、彼女は罰せられるのだ。

 犯した罪は償わなければ、罰せられなければならない。

 人間ならば当たり前のそれを、あろう事かヒューマギアに課せられて…。

 普段ならば笑い話のようなそれも、今のかすみには笑えない。

 代わりに出たのは、目元から流れる一雫。

 

「や…だ…。」

 

 それがかすみの、精一杯の贖罪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迅!!」

 

 そしてその贖罪が形を成したのは、まさに不幸中の幸いであっただろう。

 

「迅、やめろ!!彼女に手を出すな!!」

 

 切羽詰まる様で部室に入り、或人が室内の惨状に声を荒らげる。

 それに気付いた迅は未だ放心状態のかすみの側からゆっくりと離れ、感情を向ける対象を或人へと移す。

 

「この子は皆に嘘を付いてた、皆を騙そうとしてた…それは人間にとって悪い事じゃないの?」

 

 ヒューマギアとして、滅亡迅雷.netとして、迅は人間の悪意にとても敏感だ。

 しかし敏感に感じたその都度に突いてばかりでは無意味に争いを生むだけ…それは彼にもよく分かっていた。

 だから彼は人間をよく知ろうとする…例え嫌悪している存在だとしても、他のヒューマギア(大切な友達)が自由に生きられる世界の為に。

 何が人間の悪い所なのか、どうすれば人間から生まれる悪意を失くす事が出来るのか、と…。

 だから今回の件にあたり、迅はスクールアイドルというものが何なのか、事前にラーニングをしていた。

 細かい事情等は流石に理解出来なかったが、少なくともスクールアイドルというものはその在り方で人々の心を癒し、笑顔にさせる存在だと認識した。

 そして実際にライブ映像を見てみると、観客席に居る人間達も、ステージ上の少女達も含めて誰もがライブの成功を願って夢中になっており、そこには誰かを貶めようなどといった邪な感情は欠片も見られなかった。

 そう、迅は存外期待していたのだ…スクールアイドルという試みは人間の心から悪意を失くし、善意の下で皆の心を1つにする…そんな画期的な行いなのだと。

 ヒューマギアを悪意の手から守る為に、迅にとってスクールアイドルというのは決して蔑ろには出来ない存在なのだ。

 だが目の前の少女の行動には悪意が見られた…スクールアイドルであるにも関わらず、その思考にも同様にだ。

 もしスクールアイドルがその在り方で人間の悪意を失くす存在なのだとしたら、果たして彼女の在り方はどうなのであろうか?

 スクールアイドルとしてその在り方を振る舞えば、それは誰よりも悪意を生み出す存在になりかねないのでは?

 それがいつかヒューマギアを脅かす脅威となって…迅の凶行は、その懸念から生まれたものであった。

 

「だとしても、それは俺達が関わる事じゃ…!!」

「そうやって他人事だからって理由で放っておくから、悪意が蔓延ってアークが生まれるんだよ。摘める芽は摘める内に摘んでおかないと…。」

 

 必死に説得を試みる或人であるが、話は平行線を辿るばかり。

 それもその筈、この問題は或人からすればそこまで騒ぎ立てる程の事ではないと考えている…そんな決定的な意思の相違があるからだ。

 人間であればそれは単なる悪戯だと、相手もその事を分かっていると説明出来る。

 しかしヒューマギアにはその説明は通用しない…シンギュラリティを通して初めて心を得るヒューマギアと、生来から心を手にしている人間とでは、心に対する理解が違いすぎるのだ。

 自分の心を理解するのに精一杯な彼等が、相手の心情を深く察する事など難しい…それはどうやら迅に於いても変わらないようだ。

 

「まさか…そうやって今まで人間を襲ってた訳じゃないだろうな…!?」

 

 いや…それとも実は迅の意見の方が正しいのであろうか?

 考えてみれば、確かに或人が悪戯だと定義しているそれが本当にそうなのか、相手もそれを理解しているという定義が本当にそうであるかは確証が無い。

 或人の意見は、言ってしまえばそうであってほしいという平和的願望だ。

 もしかしたら本当はただの悪戯ではなく、悪意に塗れた行動だったのかもしれない。

 もしかしたら本当は相手も何も理解しておらず、真実を明かされた時には心に傷を負ってしまうのかもしれない。

 そうなれば、その行為は確かに咎めなければならない事となる…迅の懸念が真理となるのだ。

 

「どうだろうね?僕は滅亡迅雷.netの迅だよ?それはこれからも変わらない…。」

 

 しかしそれでも迅が最後に言っていた台詞だけは見逃す事は出来ない。

 摘める芽は摘む…それが如何なる意味を含んでいるのか疑惑を向けると、迅は歩いてドアに刺さっているライザーを引き抜き…。

 

「どうする?僕が今まで人間を襲っていたかどうか…確かめてみる?」

「ッ…!!」

 

 その切っ先を或人へと向ける。

 否定の意思は見せず挑発する姿勢を取った彼の思惑が果たしてあえてのものなのか、それともあくまでのものなのか。

 それを確かめる為には、挑発に乗るしかないのか…或人は苦渋の決断で以てドライバーに手を掛けようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめてください!!」

 

 しかしその手は室内に響いた叫喚の声によって止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エマちゃん…。」

「社長さんも貴方も、これ以上はやめてください!!これ以上はかすみちゃんが可哀想なだけです!!」

 

 部室の入口、そこにエマの姿があった。

 危険だから戻れと言った筈なのだが、かすみの事を想って無理を通して来たのだろう。

 ここまで休み無く走ってきたのか、荒く息を切らしている彼女…だが張り上げる声はとても大きい。

 

「かすみちゃんには私からよく言っておきます…だからこれ以上かすみちゃんを責めないでください!!」

 

 そして向けられる眼差しは、とてもあのエマ・ヴェルデが放つものだとは思えない程に力強いものであった。

 その眼差しに当てられ、驚愕から動けずにいる或人と迅の間を抜け、エマはかすみの側に寄り、彼女を優しく胸に抱く。

 

 

 

 

「ごめんねかすみちゃん、怖かったよね?もう大丈夫だから…。」

「エ、マ先ぱ…ぃ…う…うぁぁぁぁぁ!!」

 

 感情の追い付いたかすみの悲鳴が室内に響く。

 

 

 

 

「ごめ、んなさ…ぃ…でも…怖かったぁ…怖かったぁ…!!」

「大丈夫、大丈夫だよ。私達はちゃんと分かってるから…。」

 

 その悲鳴とは、恐怖と後悔による啼泣。

 

 

 

 

「…これでもまだ、この子の事を責めるつもり?」

 

 そのとめどめなく流れる大粒の涙を前に、人間とヒューマギアが一体何を思うのか。

 

 

 

 

「………。」

 

 その抱く想いが、どうか一緒であればと…或人はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、2人ともお帰りなさ…えっ、かすみさん!?どうかしたの!?」

「…何でもないです。」

「何でも無いって…思いっきり目腫れてるじゃん!?」

「かすみちゃん、泣いた…?」

「泣いてない!何にも無いから!ほら、練習やろう!」

 

 結局あの場は迅が矛先を下ろした事で収まった。

 事情を知らぬ少女達はあまりにも帰りが遅く、そしてその中で明らかな異変があった事を示唆する証を目元に残したかすみの姿を見て困惑するばかり。

 

「何か、あったんですか…?」

「…ごめん、ちょっとね。」

 

 その事に関して、或人達は詳細を話す事をしなかった。

 滅亡迅雷.netの1人に襲われかけていた事実など、少女達にとってマイナスでしかない。

 かすみも先の事を言い触らす気は無い模様なので、ここは穏便に済ませるべく黙秘を貫く姿勢を或人は崩さなかった。

 

「咎めなかったのか、あの娘がやった事を。」

「あの子に止められちゃってね。」

 

 一方そんな元凶たる滅亡迅雷.netはと言うと、迅から話を聞いて興味がエマに向いたらしく、滅はそんな彼女へと話し掛けた。

 

「人間というのはつくづく不可解なものだ…奴の行動はお前達を貶めようという悪意によるもの、それを何故赦す?」

 

 滅も迅と同じ様に人間を第一には考えていない。

 しかし迅程その想いが過激かと言われればそんな事は無く、彼にはその想いを押し留め、物事を客観的に捉えられる冷静さがある。

 だから迅が思うままに行動しても或人がそれを止めに行くのも、大事になる前に間に合うであろう事も分かっていた。

 かすみにしてもエマが部室に行く事が分かっていたので、その場の仲介もその後のケアも問題無いと分かっていた。

 このような結果になる事は、滅には予測出来ていたのだ。

 

「許すも何も…いつもの事ですから、皆分かっているんです。」

「…普段からというのなら尚更だな。ああいう悪意が徐々に波紋を拡げ、やがて世界を蝕むのだ。あのまま増長させるのはお前達にとっても不利益になる筈だ。」

「悪意…って言う程じゃないと思います。少なくとも私達はそうは思っていません。」

 

 しかしそれでも納得いかないのが、何故少女達は彼女の悪意を赦すのかという事。

 いや…何の咎めも無いその様はむしろ放置していると言う方が正しく、それが滅には理解し難い。

 仲間と信じる者に裏切られたとは思わないのだろうか?

 悪意を放置して得になる事など、1つとして無いのではなかろうか?

 少女達はかすみのそれを、一体どう捉えているのだろうか?

 

「優しさ、ですよ。」

 

 その答えは、悪意とはまるで真逆と言えるものであった。

 

「…優しさ?」

「はい。確かにかすみちゃんのやった事は悪い事と言えばそうなると思います…でもかすみちゃんはかすみちゃんなりの優しさでやっているんです。」

 

 彼女達はかすみの行うそれを、決して良くはない事だとは理解している。

 しかし滅や迅からしてみれば悪と捉えるしかないその行いに、彼女達はかすみなりの優しさというものを見出だしている。

 

「かすみちゃんのあれは悪意じゃなくて、善意でやっている事なんですよ。だって貴方もさっき見たでしょう?かすみちゃんの作ったパンで皆が笑顔になってたのを。」

 

 エマの語るそれは、突き詰めれば結果論でしかない。

 かすみの企てた悪意が、それを知り敢えて不問とする少女達の善意と鬩ぎ合い、結果として毎回善意の方に傾いているだけだ。

 だが滅の脳裏には、そんな優しさに纏わる記憶が呼び起こされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―絶対に乗り越えられる…心が有るって分かったんだからッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優しさ、か…。」

 

 かつて最後まで人間に仇なし、多くの犠牲を出して、それでも自分は赦された。

 心が有る、ただそれだけの理由で。

 赦したその先で何が待ち受けていようとも構わずに。

 

「…それが、人間の心というものなのか?」

「はい!皆が持っている、"思いやりの心"です!」

 

 いつかその優しさが仇となる日が来るかも知れないというのに、それを後悔しないという人間の心の有り様を、滅は今でもラーニングしきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみちゃん、その…本当にごめんね。あんな事になるだなんて思ってもいなくて…。」

「…別にもう良いですよ。」

 

 放課後。

 部活が終わってそれぞれ帰路に着く中、或人はやはりかすみの事が気になり、彼女に付き添って必死にケアを行っていた。

 かすみ本人はその気遣いを必要ないと言っているが、普段の彼女から数段元気を無くしているその姿は決して問題無いとは言えない。

 

「っ…!」

「かすみちゃん?」

 

 そんな彼女が急にしかめ面を浮かべて立ち止まった。

 一体何を見てそんな表情を浮かべているのか、彼女の見つめる先を追うと…。

 

「滅、迅…。」

 

 学園の正門、そこにもたれるように迅が。

 そしてその側には滅が立っていた。

 こちらをじっと見つめている彼等は、今一番出会したくなかった2人…これ以上の関わり合いは御免だとして、かすみは一度は止めてしまった足を動かし、2人の前を素通りしようとする。

 

「謝るつもりは無いよ、僕は人間の悪意を許すつもりは無い。」

 

 すると迅から話し掛けられてしまい、そしてかすみもついそれに反応してまた足を止めてしまった。

 掛けられた言葉は決して友好的なものではなく、また波乱が起きるのではと見る者にやきもきとした思いを抱かせるが…。

 

「でも…君のそれを悪意だと決め付けるのは、まだ早すぎたみたいだ。」

 

 意外にもその流れは迅が折れた事で変わった。

 聞きようによっては謝罪とも取れるその言葉に驚を突かれたのか、かすみは一瞬キョトンとした仕草を見せる。

 しかし彼女はブンブンと頭を振って気持ちを整えると、三度止めていた足を動かした。

 

「…勝手にしてください。」

「うん、勝手にさせてもらうよ。」

 

 そのまま、今度こそ立ち止まる事無く去っていくかすみ。

 それを見届けた或人は再度滅と迅の2人を見る。

 自身と同じ様にかすみの背を見届けた2人が果たして何を思っているのか…。

 

「僕達もこれで帰るよ、じゃあねゼロワン。」

「また会おう。」

 

 しかしそれを知る間も無く2人はその場を後にしていく。

 滅と迅…彼等が協力してくれるのは、実に心強い。

 だが協力してくれるからと言って協調をしてくれるかどうかは別だという事を、今日1日で思い知らされた。

 

「何とかしないとかなぁ…。」

 

 両者の仲を取り繋がなければならない。

 それがきっと、互いにとっても利になる筈。

 或人もまた、そんな思いやりの心で以て学園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いやり、かぁ…。」

 

 街中を歩く、滅と迅の2人。

 身分を隠し、周囲に溶けんで人間達とすれ違っていく彼等が思う事は、その人間達なら当たり前に持つ心…自分達ヒューマギアがまだ持っていない心。

 

「良い機会だ、その思いやりという心をラーニングするのも悪くないだろう。」

「そうだね、あの子達からは色んな事が学べそうだし。」

 

 少なくとも分かっている事は、その心はヒューマギアにも必要なものであろうという事。

 故に彼等はその心を必ず学んでみせると誓い、宵闇の中へと消えていく。

 いつか訪れる、ヒューマギアの未来の為に…。

 

 

 

 




主要人物とか言っておきながら全然話の中心にならない滅×エマ
だが私は謝らn…すみませんでしたこの2人の話が全く思いつかなかったから無理矢理迅×かすの話にくっつけただけなんですごめんなさい


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Program.11「楽しいの天才 ― 笑顔の連鎖 繋がって」

主要人物紹介


・不破 諌

→仮面ライダーバルカンに変身する男性
 再び現れ始めたマギアから街の平和を守る為に、今日も流浪の日々を送っている
 マギア出現の鍵を握っているであろう虹ヶ咲のスクールアイドルの事は守るべき存在として好意的に接しているが、だからといって彼女達に何も思う所が無いかと言われればそうでは無いらしく、それが今回の話の話題ともなる


・宮下 愛

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会に所属する少女
 そのギャルっぽい見た目からは想像も出来ない程人当たりが良く、スマイル系スクールアイドルの肩書き通り自分も他人も笑顔を絶やさないような雰囲気を作り出す事が上手なムードメーカー
 常に誰かの中心に居るような彼女の心情は時折他の少女達とは一線を画しているような部分が見られ、今回もその部分が不破の思う所にも引っ掛かったようだ






―どういうつもりだお前ら…!

― …何がだ。

 

 それはたまたまの邂逅であった。

 街の平和を守る為に行動している不破と、ヒューマギアの未来の為に暗躍している滅と迅。

 そんな彼等が街中で期せずして出会すというのは、実はこれまでにもごく稀ながらあったものだ。

 そういう時はやれ元テロリストだ未だ無職ゴリラだと互いに憎まれ口を叩きながら彼等なりの談笑に浸っていたものだが、その日だけはそうはならなかった。

 

―とぼけんじゃねぇぞ、話は社長から聞いた…あいつらに余計な不安を与えてんじゃねぇぞ…!

 

 迅がかすみを襲い、滅がそれを静観していた…或人はその事実を彼等なりの理由があるとして擁護していたが、不破にはその声は届かなかった。

 己の定義する正義に反するならば、例え相手が面識深い者であっても手心は加えない。

 ましてその相手が未だ危険な芽の有る滅亡迅雷だというのであれば尚更だ。

 

―しょうがないじゃん、僕は僕なりの正義に従っただけ…それに誰かを騙すような真似をした向こうがそもそも悪いでしょ?

―テメェ…!!

 

 何より彼等がそれに対して自責の念を持っていない事が、不破の心を苛つかせる。

 そして彼はその情動のままに迅の胸ぐらを掴むも…。

 

―よせ、ここで俺達が争った所で意味など無い。

 

 その手は滅によって一瞬の内に離されてしまった。

 滅としてはごく軽い力で行っているが、機械であるヒューマギアの腕力が人間のそれと同等などという事は無く、不破からしてみればまるで万力でも使われているかのように易々と手を捻り上げられ、力で押しきる事は不可能であると否が応にも理解させられる。

 

―迅の言う通り、俺達は俺達で思う所があったという話だ…それが行き過ぎた行動に繋がった事は詫びよう。

 

 手を離され、じわじわと走る痛みを手を振って誤魔化す不破に、滅は謝罪の言葉を掛ける。

 しかしそれは本当に言葉だけのものであり、頭も下げぬその姿勢に不破はまたしても苛立ちを覚え、彼は荒い舌打ちをする。

 

―だが、お前はどうなんだ?

―あ?テメェまで同じ様な事…!!

 

 しかしそういった激情しか抱いていなかった不破の心は、次の滅の問いで全く別のものへと変わった。

 

―お前は奴等に対して1つも思う事は無いのか?そしてその答えを導きだそうとは思わないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思う事、ねぇ…。」

 

 それから数日経ち、しかし問われたその言葉が不破の頭の中からいつまでも離れない。

 それは図星であったからだ…彼等を糾弾した身でありながら、不破も不破で彼女達に対して少しばかり思う所が有るという事実を突かれたからだ。

 だからと言って彼等のように実力行使はしないが…それでもその思う事を突き詰めたいと考えるのは不破も変わらず、あまり彼等の事を言える立場ではなかったのだと、自らの思慮の浅はかさをよく考えさせられる。

 

「ッ!今は考えてる場合じゃないな!」

 

 だがその思考は目の前から来る殺気に対応する為に一旦保留とした。

 刹那、自らに向かって突き出される巻き貝状の螺旋槍。

 その矛先を躱し、返しとばかりに自らの得物たるショットライザーからの一撃を放ち、場を離れる不破。

 

「クソッ!相変わらず硬ぇ身体してんな…!」

 

 彼が放った弾丸は、あまりその意味を成さなかった…それは相手がマギアの中でも硬度の高い装甲を纏うビカリアマギアであったからだ。

 そう…不破は今戦闘の最中であり、既に自らもライダーへの変身を済ませ、マギアと対峙している最中。

 そんな中で深い物思いに耽ってしまうなど、全くもって弛んでいる。

 

「だったらこいつだ!」

 

 そんな己に発破を掛けるように不破はライザーからシューティングウルフキーを抜くと、それに代わる新たなキーを手にした。

 

Power(パワー)!

 

 灰色をしたそのキーは、"パンチングコングプログライズキー"。

 不破の持つ第2の力たるそのキーを、彼は変身して強化されている腕力でいとも簡単にロックを解除し、ライザーに装填する。

 

Authorize(オーソライズ)! Kamen Rider! Kamen Rider! 】

 

 変身した時と同様に再び流れる待機音。

 彼はその待機音を受けて銃口を迫り来るマギアへと定め、引き金を引いた。

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 放たれた弾丸はやはりさしたるダメージにはならぬが、牽制としては十分に機能し、向かってきていたマギアの足を止める。

 

「ハァッ!!」

 

 そして反転して戻ってきた弾丸を裏拳で砕くと、弾丸は新たな力を秘めた装甲を彼に与える。

 黒々としたその装甲は如何なる攻撃も受け止め、肥大な腕部は対峙する者を完膚無きまでに粉砕する。

 前だけを見て、突き進む…マギアを目前に仁王立つその姿と容姿からは、そんな彼の意思がありありと見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンチングコング!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーバルカン パンチングコング"

 

 

 

 

【 Enough power to annihilate a mountain. 】

 

 

 

 

―その怪力は、山さえも吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンチングコングへの変身を完了させた不破は、その巨体をマギアの下へと向かわせる。

 1歩進むたびに地面が陥没するのではないかと思わせる重い足音を響かせながら迫り来るその威圧感に負けじと、マギアは再び両腕の武装を彼に向けて突き立てるが…。

 

「そんなものが効くかよッ!!」

 

 彼はその攻撃を真っ向から受け止めた。

 先の青狼の装甲であれば大きなダメージとなっていたであろうが、この黒鎧の前ではその体力を1ミリも削る事が出来ない。

 

「ふん!!」

 

 そして振るわれる豪腕。

 右腕によるスイング…その一撃をマギアは自慢の硬い装甲に覆われた左腕で受け止めようとするも、その装甲は攻撃を受けた瞬間に弾け飛んだ。

 

「はぁっ!!」

 

 さらに繰り出される、左腕からのストレート。

 その一撃もまた、それを防ごうとしたマギアの右腕の装甲を粉々に突き崩す。

 

「おらぁ!!」

 

 不破の放つ攻撃は、堅牢とされるビカリアマギアの装甲とて意味を為さない…それを再三証明するように彼は両腕でマギアの胸部を殴り飛ばし、大きく吹き飛ばす。

 

Power(パワー)!

 

 間髪入れず不破はライザーに装填されているキーのスイッチを押し、最後の一撃を放つ体勢に入った。

 

「はぁぁぁぁ…!!」

 

 両手でライザーを構え、狙いを先の攻撃でベコリと歪んでいるマギアの胸部に向ける不破。

 吹き飛んだ先でフラフラと立ち上がったマギアがそれに気付くも、もう遅い。

 

「はぁっ!!」

 

 不破は躊躇無く、ライザーの引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パ ワ ー パ ン チ ン グ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放たれたのはライザーからの弾丸…ではなく、両腕の装甲であった。

  まさかそんな攻撃が来るとは思ってなかったのだろう…マギアはその虚を衝くような攻撃に見事に嵌まり、避ける事も防ぐ事もしないまま攻撃を受けた。

 結果、直撃した上半身だけが吹き飛び、下半身だけがその場に残るという不可思議な現象が起きた。

 そしてそのマギアの下半身はしばらくの間棒立ちの状態が続いたが、やがてガクガクと震えて力を無くしていき、遂には倒れて爆発した。

 飛ばされた上半身のものであろう…遠くの空で咲いた汚い花火と共に。

 それを漫画の如く珍妙な出来事だと笑うのは門が違う…それは言わば現実では起こり得ないような現象を起こせる程の威力を秘めた、文字通り必殺であったと畏怖するべき光景だ。

 そんな現象を作り出した腕部の装甲が主の下へと戻り、それを確認した不破は変身を解除した。

 

「ふぅ…。」

 

 一息吐き、辺りを見回してみる。

 徹頭徹尾戦いの舞台となった街の表通りは、やはりその影響を少なからず受けていた。

 付近の建物や通りの地面には自らが放ったものである弾痕やマギアの手によって抉られた跡が残っている。

 さらに周りを見てみれば、遠巻きに群衆が居て訝しんでいるような様子を見せている。

 恐らくこの付近の市民であろう…戦いが始まった時には飛び火が掛かるのを恐れて逃げていた彼等だったが、どうやらその戦いが終わった事を察して戻ってきて、そしてこの状況に困惑しているのだろう。

 もしかしたら、あの群衆の中にはこの被害が出ている建物に関わっている者が居るのかもしれない。

 それを考え、不破は堪らず目を逸らす。

 このような被害を出すつもりなどなかった…本当なら即座に相手を打ち負かして…。

 しかしある理由からその心に霞が掛かっていたが為に戦闘に集中出来ず、挙げ句の果てにはその場で思考に耽るという愚行を犯してしまった。

 そも理由があったとはいえ戦いの場を人の往来の激しい表通りに指定してしまったのも間違った判断であったとして、街を守る為に戦っているというのにこの様は無いだろうと、先の戦いに於ける自らの所業を思い返した不破は一転して苛立たしげにライザーをベルトに収める。

 今の不破は、普段の彼ならばまず陥らないような心理状態へと陥っている。

 滅亡迅雷との会話によって引き起こされた、今の彼の心を覆う霞とは何なのか?その霞はどうすれば晴れるのか?

 

「不破さーん!」

「ん…無事か?」

「うん!ありがとう不破さん、助かったよ~!」

 

 その鍵はこの少女…宮下 愛が握っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んで、何だよ急に付いてこいだなんて?あんな事があったってのにまだフラつく気か?」

「そうなんだけど~…折角の休日なんだし、やっぱり外を歩きたいよ!だから不破さんに付いてきてほしいなって!」

「俺はお前だけにかまけてる程暇じゃねぇんだぞ…。」

 

 不破 諌と宮下 愛…今日の2人の始まりは、いつも通り街の様子に目を光らせていた不破の携帯に1本の着信が入った事で始まった。

 その相手が愛であり、電話を取ってみればなんとマギア襲来の知らせ。

 何でも休日という事で自由に街を散策していた所を特に何の前触れも無く襲撃され、今は電話を掛けながら何とか逃げているとの事。

 それを聞いた不破は即座に表通りへ向かえと指示し、自らもそこに向かった。

 幸いな事に今日2人は同じ街に居り、それならば分かりやすい表通りを指定すれば、今の状況に少なからず混乱しているであろう愛も即座に理解でき、向かった先で合流しやすくなる。

 その予測通り不破が通りに着いた矢先にマギアに追われる愛を見つけ、そのまま戦闘に突入する事になった。

 

「まぁ実を言うと、本当は不破さんに会わせたい人が居るんだ!いや、会って欲しいの方が正しいのかな…?」

「会って欲しいだぁ?」

「そうそう!本当は不破さん達の中だったら誰でも良かったんだけど、ここで会えたのも何かの縁って事で!」

 

 そしてその戦闘が終わり、不破はこれ以上の危険を失くす為に愛を家まで送り届けようと思ったのだが、当の愛がそれを拒み、不破に街の散策に付き合うよう言ってきた。

 理由がただの娯楽の為だと言うのならば問答無用と言いたかったのだが、話を聞いてみればどうやら自身に会わせたい人物が居るそうな。

 このまま愛を強制的に家まで返し会わずに終わるというのも、その人物に対して失礼というもの。

 

「…分かったよ、付き合ってやる。で、誰なんだその会わせたい奴ってのは?」

「あー…でもまだ時間じゃないんだよね。お昼にウチの家で待ち合わせって事になってるんだけど、その間どうしよっか…。」

 

 という事で渋々ながらも同行を許可した不破。

 しかしながらその人物と会えるのはもう少し先の時間であるらしく、その間の時間をどう潰すべきか2人して考える。

 

「そうだ!ゲーセンで遊んで時間を潰そうよ!」

「…は?」

 

 すると少し先の方に見えたゲームセンターが目に止まったのか、愛がそこで時間を潰そうと提案した。

 

「ほら不破さん早く!」

「お、おい!?ゲーセンって…!?」

「?…もしかして不破さん、ゲーム嫌い?」

「いや、嫌いっつうか…。」

 

 そしてそのまま不破を引き連れて行こうとするが、彼は珍しくその場で二の足を踏む。

 その様子からもしや彼はそういった類いを嫌う人物なのかと伺うが、どうやらそういう訳でもないらしく、彼は歯切れ悪くその理由を口にした。

 

「そこまでやった事がねぇんだよな…。」

「えぇ~!?そんなのもったいないよ!すっごく楽しいんだからさ!」

 

 不破 諌…彼のこれまでの人生には常に戦いという言葉が寄り添っていた。

 そして寄り添うそれに全身全霊を注いでいたが故に彼の生活環境は随分ストイックなものとなってしまい、結果として彼は他の人間に比べて世間の娯楽などに疎い身となってしまった。

 ゲームなど、幼い頃に何となくやったぐらいしかない…それを大人になった今更やれと言うのか?

 恐らく今時のゲームなど古臭い記憶しかない己の理解を超える代物となっているであろうし、それで戸惑ったり或いは童心に帰ってはしゃいでいる姿など、端から見て大人としての格好が付かない。

 なので不破は流石にあそこで時間を潰すのは遠慮しようとするが…。

 

「よ~し、そしたら今日は一緒にゲームを満喫して、不破さんを思いっきり楽しませちゃおう!」

「いやお前目的変わってないか…!?」

 

 そう口を開く前に愛が勝手に決意を露にしてゲームセンターへと入っていった。

 その決意も何だか本来の目的から外れたものとなっているのではないかと首を傾げさせるが、既に行ってしまった彼女を引き止める事はもう叶わず…不破は仕方無く溜め息と共にゲームセンターへと入り、愛の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはアタシの得意分野、ダンスゲーム!不破さんこういうゲームはやった事ある?」

「ねぇよ…つうかいくら時間潰すったってこんな事…。」

「よーし、不破さんはそっちの台ね!アタシと一緒に踊ろうよ!」

「人の話を聞け!」

 

 ゲームセンター内に入った愛が真っ先に向かったのは、ダンスゲームのコーナー。

 彼女は不破の制止も聞かず、慣れた足取りでゲーム台の上へと乗る。

 

「曲は…これにしようかな!ほら始まるよ、乗って乗って!」

「あ!?乗れって…どうやりゃ良いんだよ…!?」

「ワン、ツー!ワン、ツー!ほら不破さんもノってノって!」

「いやノれって…!?」

 

 そのままパパッと踊る曲をセレクトし、不破を無理矢理隣の台の上に乗らせる。

 しかし不破 諌、先に申告していたようにゲームはほとんどやった事が無い。

 ましてダンスゲームなどもってのほか…ゲームが始まり曲に合わせて身体を跳ねさせる愛の横で、不破はしどろもどろとするばかり。

 しかし出来ないからとこのまま何もしないでいるのも些か彼女に失礼というもの…不破はおぼつかないながらも曲に合わせて足を動かしていく。

 

「こ、ここがこうで…うぉ!?」

「わっ!?不破さん大丈夫!?」

 

 しかし慣れない足運びに対応出来ず、不破は足がもつれて転んでしまう。

 そう…ダンスゲームというもの、実際にやってみると想像以上に難しい。

 ゲーム初心者たる不破がこのように転んでしまうのも致し方無い事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ…どわぁ!?」

 

 そう、このように転んでしまうのも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ…こいつ…だぁあ!?」

 

 致し方無く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「足が…もつれて…あだぁ!?」

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、不破さん大丈夫…?」

「お前俺に恥かかせる為にここに来たのか…!?」

 

 …彼にはダンスの才能は無いのかもしれない。

 そこには誰と戦った訳でも無いのにボロボロとなった不破の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、このぬいぐるみ可愛い~…よ~し、愛さん頑張っちゃおうかな!」

 

 先を歩く愛の後を付いていく不破という形で店内を散策する2人。

 その中で立ち止まった愛の視線を辿ってみれば、どうやらクレーンゲームの景品であるぬいぐるみに興味を惹かれた模様。

 

「よし!よしよしよし…って、あぁ~!?落ちたぁ…。」

 

 筐体にコインを入れ、クレーンを操作する愛。

 クレーンのアームが見事目的のぬいぐるみの頭部を掴むも、持ち上げる工程でぬいぐるみがアームからするりと抜けてしまった。

 

「悔しい~!不破さんちょっとやってみてよ!」

「は?何で俺が…。」

「良いから良いから!チャンスは3回まで、あと2回いけるよ!」

 

 悔しがっている愛は余程そのぬいぐるみが気に入ったのだろう…こういうのは運も大事だと言うや、不破にもやってもらうようせがんできた。

 先の一件もあり二の舞は御免だと不破は愛の懇願を無視しようとするも、背中を押されて無理矢理台の前に立たされてしまう。

 

「だからやった事ねぇっつの…。」

 

 チラリと見れば、目を輝かせて期待をしている愛の姿。

 これを前にして断るのは何というか、やはり良心が痛むというもの…。

 不破は愚痴を溢しながらも何だかんだクレーンを操作するレバーに手を伸ばす。

 

「あ~惜しい~!」

「…。」

 

 チャンスは2回…その内1回はぬいぐるみの身体をキャッチするも、やはり持ち上げる段階でアームから抜けてしまう。

 

「あちゃ~残念…!」

「…。」

 

 そして最後の1回は目測を誤りあらぬ場所にアームを運んでしまった。

 

「くぅ~…次来た時は絶対取ろう!不破さん次…。」

 

 結果は残念ながら獲得ならず…愛はリベンジを誓い次のゲームを探しに行こうとするも…。

 

「不破さん?」

 

 不破がその場から動かない事を訝しんで足を止める。

 一体どうしたのかと窺い込んでみれば、彼は何やらぬいぐるみを一点に見つめ、身体をわなわなと震わせており…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、次の瞬間彼はガラス張りの筐体に思いっきり手を掛けた。

 

「こんなもん力づくでこじ開けて…!!」

「ちょ、不破さんストップストップ!!ダメだってそれは!!」

 

 一体何が彼の琴線に触れたのか…まさかの反則技(ゴリライズ)をしようとする不破を止めるのは、流石の愛も骨が折れたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そろそろここを出て…。」

「あっ!そうだ不破さん、これ一緒にやろうよ!」

 

 引き続き店内を歩き回る2人。

 変わらず不破の言葉なぞ聞きもしない愛が彼に差し出したのは、不破から見ればよく分からない機械であった。

 

「なんだこりゃ?」

「VRシューティング!不破さんこういうの得意そうだよね!」

 

 愛が不破に渡したのは、VR機器。

 ここではVRを利用したリアルなシューティングゲームが体感出来るそうだ。

 

「まぁ、今までのヤツよりかはマシかもな。」

「よ~し、アタシ達2人で全クリ目指すぞ~!」

 

 それを聞いた不破は今までと同じ様に突っぱねる態度を取るかと思いきや、意外にも興味有りといった様子だ。

 シューティング、という部分に惹かれたのだろう…二度ある事は三度あるとよく言うが、これならそう酷い結果にはならないであろうと。

 果たしてその結果は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こんなもんか。」

「すごいすごい!!ランキング1位だよ!!半端ないって!!」

「これぐらいやれなきゃ仮面ライダーやってけないからな。」

 

 まさかの店内ランキング1位更新である。

 ゲームの内容が彼にとって慣れた環境に酷似していた事も良い要因だったのだろう…いつの間にか周りに出来ていたギャラリー全員が拍手を送る結果に不破も満足そうだ。

 ちなみに彼にとってVR空間というのはあまりにも現実と相違無かったのか、当たり判定も無いのに敵に向かって格闘戦を仕掛けようとした事だけは皆冷や汗を掻いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、ホッケーやろうよ!不破さんホッケーのやり方は分かる?」

「あ?まぁ、やり方ぐらいなら…。」

「よし、なら決まり!負けないよ~!」

 

 ダンス、クレーン、シューティングときて次に2人が挑むのはホッケー…しかも対戦だ。

 もはや不破が止めようとしないのを良い事に、愛はすっかりやる気モードだ。

 

「こんな事してて良いのかよ…。」

 

 止めはしないものの愚痴は言う不破。

 しかし何だかんだその愚痴の原因に付き合っている者が言うセリフでは無い。

 

「いくよ~…それ!」

「っ…!?」

「やったストライク!不破さん油断してた~?」

 

 すると不破の立っている側のゴールにスコーン!と綺麗な音を立ててパックが入れられた。

 対面に居る愛が打ったシュートが、不破の呆けた意識を突いて見事に1点取ったのだ。

 

「…仕方ねぇ、付き合ってやるか。」

「そうこなくっちゃ!」

 

 どうやらもう勝負は始まっているらしい…何だかんだ負けず嫌いな不破は挑発的な笑みを浮かべる愛を前に、仕方ないと言ってゲームに集中する事にした。

 しかし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もらいっ!」

「なに…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…!」

「おっと危ない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それっ!」

「クソッ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…中々やるじゃねぇか。」

「でしょ~!愛さんゲーム好きだからね!」

 

 好きこそ物の上手なれ、とでも言えば良いのであろうか…不破は愛から1点も取れず、逆に愛は不破から合計5点を獲得していた。

 5対0と…対戦時間はまだ余っているものの、普通に考えれば勝敗の行方は明らかだ。

 その事実を理解しているからだろうか、不破は視線を俯かせている。

 さしもの愛も不破の様子にこれは流石にやり過ぎたであろうかと不安になるも…。

 

「…しょうがねぇ、少し本気出してやるか。」

 

 不破は顔を上げると、一転してあっけらかんとした様子で再びゲームへと向き合った。

 どうやらまだヘコむ程では無かったようであり、愛はその事実に安堵しながら再び向かい合った不破に向けて宣戦を布告する。

 とは言えやり過ぎたのは事実であろうし、ここは少し実力を抑えて…。

 

「お、ここから不破さんの本気?良いよ~、愛さん燃えてk…!?」

 

 と、愛の言葉が途切れる。

 それはカァン!!と店内全体に響いたのではと思う程の音と共に自らのゴールに閃光の如く刺さった物体に虚を衝かれたからだ。

 ゴールを見てみれば、そこには先程まで不破の側にあったパックがカランカランと音を立ててそこにあり、1点を取られた事を愛に示唆している。

 そしてそれを為した不破の方を見てみれば…。

 

「…どうした、油断してたか?」

 

 とても不敵な笑みを浮かべていた。

 不破は何だかんだ、とても負けず嫌いだ…まして本気を出さずに負けるなど、例え相手が誰であろうと彼の矜持が許さない。

 一番最初にやった挑発をそのまま返された愛。

 端から見れば不破の矜持は若干大人げないものがあるが、しかしここで厄介なのが…。

 

「やるぅ…負けてらんない!」

 

 愛も愛で負けず嫌いな事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ!」

「甘いな!」

 

 そこから先は、まさに熾烈の一言であった。

 再び集まったギャラリーの中心で、不破と愛による壮絶な戦いが繰り広げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラッ!」

「あっぶな!」

 

 バキッ、ボキッ、ボーン!!と、もはやエアホッケーで出して良いものでは無い音を鳴らしながら、2人の操るスマッシャーの間をパックが行き来する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこぉ!」

 

 そしてメラメラと燃え上がる場の空気…その終止符を打つべく、愛が全力のショットを決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させるか…よっ!!」

 

 しかし不破もそれを見切り、渾身の返しを放つべくパックを打つ。

 互いの総力を掛けた一撃の下、勝負の決着は何と…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外な結末を迎える事となった。

 

「「え?」」

 

 2人の呆けた声が揃って漏れる。

 それもその筈、愛のゴールに入れるべく放たれたパックはバーン!!と凄まじい音を発してステージの縁に当たるや、余りの反動で宙を舞い、そのまま明後日の方向へ…。

 

「ヤベェどこいった!?」

「ちょ!?不破さんやりすぎだって!?」

 

 先程までの威勢の良い姿など何処へやら、店内をあっちこっち行き来して慌てふためく2人の姿がそこにはあった。

 なお飛んでいったパックは最初にやったリズムゲームの筐体の間に入り込んでしまい、中々取るのに苦労したそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、遊んだ遊んだ~!」

「年甲斐も無く何してんだ俺は…。」

 

 ほどなくしてゲームセンターを退店した2人。

 愛は遊んだ事による充実感からとても元気な姿を見せ、逆に不破は慣れない遊びによる疲れと、そんな中でもまるで子供のようにはしゃいでしまった己の幼稚さを恥じて肩を落としている。

 

「それにしても遊んだらお腹空いちゃった~…あ、そう言えば時間も良い感じ!不破さん行こう!」

「行くって…あぁ、お前ん家か。」

 

 と、愛が現在の時間を確認するや、再び先立って歩いていく。

 そう言えばゲームセンターに居たのは会わせたい人物が愛の家に来るまでの暇潰しだった事を思い出した不破は、落としていた肩を上げてその後に続く。

 

「ただいまーっ!」

「ただいまって…ここお前ん家なのか?」

「そうだよ!"もんじゃ みやした"、以後ご贔屓に!」

 

 そうして辿り着いた先にあったのは、何ともんじゃ焼き店…しかも見るからに年期の入った店だ。

 愛の実家が料理店である事は既に知ってはいたものの、まさかこんな老舗の娘だったとは…。

 おまけに看板娘として顔も広く知られているのか、ただいまと言って店に入った愛におかえりと返すその声には、来客からのものが多分に含まれていた。

 

「おかえりなさい、愛。」

「ごめんお姉ちゃん、お待たせ!」

 

 そんな中でも愛は1人の女性の姿を見つけるや、その女性の事を不破に紹介した。

 曰く、この女性が不破に会わせたかった人物との事。

 

「初めまして、"川本(かわもと) 美里(みさと)"と言います。この子がいつもお世話になっています。」

「あ、あぁ…不破 諌だ。」

 

 愛から姉と呼ばれたその女性…美里は不破に向かって会釈し、柔和な笑顔を浮かべる。

 落ち着きのあるその雰囲気は、愛とは真逆の印象を不破に与え、"姉妹"でここまで違うものかと彼を少々戸惑わせる。

 

「そこに座って!愛さんが焼いてあげるから!」

「あ?あぁ…悪い、座って良いか?」

「はい、どうぞ。」

 

 と、愛は美里を含めた3人の分の昼食を作る為の具材を取りに店の奥に入ってしまった。

 残された不破はこのまま立っている訳にもいかないと、おずおずとした様子で美里の反対側の席へと座る。

 

「意外だったな、あんたみたいな姉貴があいつに居たなんてな。」

「いえ、あの子とは血は繋がっていません。」

「ん?どういう事だ?」

「正確には姉のようなものといった所ですね、あの子とは小さい頃からの付き合いなんです…あぁ、近所のお姉さんと言えば分かりやすいですかね?」

 

 そして話をしてみればさらに驚き。

 先程2人の事を血の繋がった姉妹だと捉えていたが、どうやらそれは違うようで。

 2人の間の雰囲気がまさに家族と接するそれのように見えた為、美里の言う小さい頃からの付き合いというのは本当にその通りなのだろう。

 そんな美里は不破に向けて再び会釈をしながら、彼にとってまた小さな衝撃を与える事を口にする。

 

「貴方達の事は、あの子からよく話を聞いています。いつもあの子達を守ってくれてありがとうございます。」

「…知ってるのか。」

「ヒューマギアの暴走、ですよね?私も行きつけの病院でよくヒューマギアの方に診てもらっているので、他人事では無いなと。」

 

 どうやら彼女は愛達の周りで起きている事を、既に本人から話を聞いて知っているようだ。

 他の少女達が家族やそれに近しい者達に危険が及ぶかもしれないと躊躇う中、愛は堂々とそれを口にしたらしく、他の少女達と明らかには違う彼女の心情が気になる所ではあるが、不破にはそれ以上に気になる事が先の会話の中で1つあり、それについて言及した。

 

「病院のヒューマギア?まさか医電病院のましろやオミゴトの事じゃないだろうな?」

「あら、ご存知でしたか。」

 

 それについて問うてみれば、どうやら不破の抱いていた憶測は正しかったようで、しかし彼は何故かその事実にあいつらか…!と苦言を零した。

 ましろにオミゴト…正確には"白衣の天使ましろちゃん"と"Dr.オミゴト"。

 両者とも飛電インテリジェンスが手掛ける"国立医電病院"に勤務する看護師型ヒューマギアと医師型ヒューマギアだ。

 片や看護師として、片や外科医として、どちらもエキスパートと言えるレベルの仕事をこなす彼等に不破もかつて関わる機会があってその名を覚えているが、正直不和は彼等の事を苦手としている。

 特にましろの方であるが…それが何故かと言われれば流石にこの場に於いて蛇足となるので割愛する。

 強いて言うならば、言葉選びには気を付けようという事だ。

 

「…で、話ってなんだ?何か俺達に話したい事があるんじゃなかったか?」

「いえ、大した事では無いんです。ただいつもあの子やそのお友達を守ってくださっている皆様にお礼を言いたくて…本当にありがとうございます。皆様にご迷惑をお掛けしていなければ良いのですが…。」

「そんな事か…心配するな、迷惑に思った事は一度もねぇよ。」

「ですが、やはりこんな状況でもスクールアイドルを続けるとなると…本当なら問題が解決するまで自粛するべきなんでしょうけど。」

 

 愛はまだ戻ってこない。

 彼女がお手製の料理を作るまでの空白の時間を他愛ない会話で埋めていく2人であったが、不破はその中でふと思い至った事があり、神妙な面持ちで美里にある事を聞き始めた。

 

「確かに…迷惑に思った事は無いが、そこまでして続ける理由ってのは聞いてみたいもんだな。」

 

 それは少女達がこんな状況になっても活動を一切自粛しようとしない事について。

 それが彼女達のやりたい事であるというのは分かっている事なので、今更大っぴらに止めようとは思っていないが、何事も命あっての物種と言われるこの世界でわざわざその命を危険に晒すような真似をしている現状は、悪く言ってしまえば無謀で無責任だ。

 活動を続ける上でのリスクは十分に理解している筈であろうに、彼女達はそのリスクを恐れていないのであろうか?

 限りある命をすり減らしてまで、何が彼女達を突き動かしているのか?

 滅亡迅雷に絆されるまでに抱いていた、たった1つだけの疑念だ。

 

「それは人によって色々理由があるんでしょうけれど…あの子の場合は、皆の笑顔の為にスクールアイドルをやっているんです。」

「笑顔…?」

 

 そしてその答えを、彼女…川本 美里は知っていた。

 

「さっきも言ったように、私は行きつけになってしまう程に病院にお世話になっている身でして…昔から身体が弱いんです。それで入院を繰り返していたりして、あまり遠出も出来ず、あの子の側に居る事も…そんな時ですね、あの子ったら修学旅行のお土産で木刀を買ってきて、私に言ったんですよ。」

 

 

 

 

―この木刀で、病気なんか"ボックボク()"にして"トーウ()!"ってやっつけてよ!

 

 

 

 

「…って。もうあんまりにも無茶苦茶なダジャレでおかしくって…笑っちゃいますよね。」

「お、おう…w…そうだな…w」

「ふふっ…でもその時私が笑った事で、あの子の中でやりたい事が見つかったみたいなんです。」

「やりたい事…。」

 

 語られるは、彼女だけが知る宮下 愛の過去。

 スマイル系スクールアイドルという現在しか知らない不破にとっては、未知なる道筋。

 

「そう、皆を笑顔にさせたいって!」

 

 と、ドンッという音と共に机に軽く走る衝撃。

 見れば机の上にはもんじゃ焼きの具材、そして不破と美里の前にはこの店の従業員服に着替えた愛が立っていた。

 

「お待たせ!これから焼いていくからね!それよりも何?昔話?なら愛さんも交ぜてよ!」

 

 彼女はそう言うや美里の隣に座って、少し遅めの昼飯を作り始めた。

 その中で愛は先程までの話の内容を伺うと、あ~そういう話ね~、と前置いて話の続きを語りだした。

 

「そう、あの時お姉ちゃんが笑ってくれて、愛さんすっごい嬉しくってさ~…その時はもっともっとお姉ちゃんを笑わせたいってだけ思ってたんだ。それまでも出来る事は何でもやってきたつもりだけど、それからは俄然やる気になっちゃって。」

 

 その中でも、スクールアイドルは格別だったんだ…と語る愛の横顔は、昔を懐かしむような笑顔を浮かべていた。

 その笑顔はいつも彼女が浮かべるものとは違う、本当に充実していると分かるようなものであり、となれば不破の口からは当然このような問いが掛けられる。

 

「…どうしてそこまで?」

 

 一体スクールアイドルの何が彼女の心を惹き付けたのか。

 きっとその答えが、不破が疑問に思っていたものの答えにもなるだろうと予感しながら。

 

「初めて見たスクールアイドルのライブがね、せっつーが学校の屋上でやったライブだったんだ。それでそのライブを見た皆が笑顔になって…それが最初のきっかけ。」

 

 ゆうゆ的に言えば、ときめいちゃったんだよね!と、屈託の無い笑顔を浮かべる愛。

 鉄板の上の焼き物は、まだ完全に火が通っていない。

 

「でね、その後同好会に入って、公園でライブやったの。まぁライブって言える程かって言われたら、全然そんな事は無いんだけど…とにかく歌って踊って、そしたら公園に居た皆が笑ってくれた!それでその事をお姉ちゃんに話したら、お姉ちゃん今まで見た事ないってぐらい笑ってくれたんだ!その時気付いたの…これがあたしのやりたい事なんだって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしは誰かの笑顔を見るのが好き。

 

 誰かを笑わせるのが大好きだって。

 

 そしてそれを一番叶えられるのが、スクールアイドルなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、彼女の中で結実した"答え"であった。

 

「こんな状況だから、本当は活動を控えなきゃいけないんだろうけど…でも、今あたしが出来る事をやって、それで誰か1人でも笑わせる事が出来たらって思ったら、じっとしてる事なんて出来ないよ。不破さん達には迷惑掛けちゃうだろうけど…。」

 

 愛の連ねる言葉に合わせるように目の前の焼き物には火が通り、その形を成していく。

 まるで自身の中で得た答えを反芻する度に、彼女の中の答えがより確固たるものとなっていくのを表現しているかのように。

 たとえ今の自分達の行動が間違っているものだとしても、この答えそのものは、決して間違ったものではないと。

 

「…どっかの社長みたいな事言いやがって。」

 

 全ては、誰かの笑顔の為に…そんな青臭い事を言うような人物が身近に居る不破にとって、その答えは存外呆気なく納得してしまうものであった。

 

「はい!愛さん特製もんじゃ焼き!どうぞ召し上がれ!」

 

 すると愛が出来上がったもんじゃ焼きを皿に盛り付け、不破に渡す。

 来る客全員が世辞抜きの絶賛をする愛の手料理…それを不破は一旦まじりと見つめ、おもむろに口にする。

 

「…俺はもんじゃよりお好み焼きの方が良い。」

 

 すると不破の口からは意外にも辛辣な意見が。

 口に合わなかったのだろうかと、愛も美里も不安げな表情を浮かべるが…。

 

 

 

 

「ただ…お前が作ったこいつは、悪くない。」

 

 それは不破の気まぐれであった本音によって解された。

 

 

 

 

「でしょ~!"愛さん"の"愛"がい~っぱい詰まってるからね!」

「ブフッ!?おま、急に変な事言うな!」

「あっ!不破さん笑った!よ~し、愛さんのギャグは今日も絶好調!」

「笑ってねぇ!」

 

 その遺志を、確かに認めた。

 それぞれ理由は違えど、彼女達の抱く遺志が誰かの為を想うものであるのなら、力を添えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時に、その意志が行き過ぎないように一層見張らなければならない。

 

「(社長のようには、させちゃならねぇからな…。)」

 

 この懸念が、懸念のままで終われば良いのだが…それをさせない為の自分達だと、不破は今一度己の意志から生まれた答えを深く心に刻んだのだった…。

 

 

 

 




Diver DivaとA.I.M.S.組の親和性の高さは異常だと思うの

特にこの2人


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Program.3.5「目には映らない 糸がひどく絡みついて」

年内最後の投稿じゃオラァ!



「今日はありがとね、わざわざ会社まで来てくれて。気を付けて帰ってね?何かあったらすぐに俺に連絡して。」

 

 その話は、虹ヶ咲の少女達が初めて飛電インテリジェンスまで来た時まで遡る。

 話を終えて少女達が帰路に着こうとする中、或人は少女達の身を案じているのか口が絶えない。

 

「再三の注意、ありがとうございます。ですがこれ以上はお構い無く。それらに関しては私達も十分に理解しているつもりですし、何よりそちらはこの後もお仕事でしょう?あまり御迷惑をお掛けするのも忍びないので…。」

「まぁね…でも心配も遠慮もしないで。俺の方は大丈夫だから。」

 

 流石にしつこかったであろうか…いや、それ以前にまだ信用が得られていないからか、やや他人行儀が目立つ対応をされて別れる事となった少女達との今後を思い、まずは信頼される所から始めなければと思案に耽る或人。

 

「さて、今日のお昼は奮発して外食にしちゃおっかな。午後は内容が内容だからな~…。」

 

 だが今はそれよりも先に考えなければならない事がある。

 今日の或人の午後の仕事、それは少女達よりも早く関係を良好にしなければならない者を相手にするのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼致します。」

 

 虹ヶ咲学園。

 その中の理事長室と名義された部屋にやって来た或人は室内へと入り、その奥に居る女性の前へと立つ。

 上質な机を挟んで向かい合うその女性は、部屋に入ってきた或人を冷ややかな目で見つめる。

 

「飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電 或人です。」

 

 そんな女性に或人は胸ポケットから紙の名刺を取り出し、机の上へと差し出す。

 今の時勢は電子機器による情報掲示で済ますのが基本だが、一層の誠意を込める場合にはこうした昔ながらのやり方で通すのが業界での暗黙の了解となっている。

 そう…或人は今日、先日から起き始めたヒューマギア暴走の件について謝罪に来たのだ。

 そしてその謝罪の対象が今目の前に居る、虹ヶ咲学園の理事長として知られるこの女性だ。

 

「…昨日の、この学園で起きた件についてですが。」

 

 そんな彼女は差し出された名刺を一瞥するだけで手に取る事は無く、真っ先に本題へと話を切り出した。

 

「当時の状況を目撃していた生徒、教師の方々から、犯人は暴走したヒューマギアでは、との証言がありました。また、その日は飛電 或人社長…貴方もこの学園に来ていましたね?これが一体何を意味するのか、説明を求めます。」

 

 語られる声色は、向けられる視線は、いずれも当たりが強い。

 何が何でも事実をはっきりさせようという、確たる想いがひしひしと伝わってくる。

 

「…ヒューマギアが暴走し、そのヒューマギアが昨日の一件の犯人である事、そして私が同日この学園に来訪していたのは、全て事実です。ですがヒューマギアの暴走につきましては、私は一切の関与をしておりません。昨日の暴動に於きましても、私がそのような指示を出したという事実は断固として無いと主張します。」

 

 ならばこちらもそれに応えよう。

 断固たる意志で以て、まずはこちらが敵でない事をはっきりと主張する。

 

「先日は確か、不慮を起こしたヒューマギアが我が校の生徒に心的影響を与えた事に対する謝罪の為に、という理由で来訪していましたね?それは、真実なのでしょうか?」

「…はい、昨日以前にもヒューマギアが暴走し、地域のイベント会場で暴動を起こした際に貴校の生徒が巻き込まれました。私がこの学園を訪れたのは、その生徒達への謝罪と原因究明の為の聴取が目的でした。」

「…何か、判明した事は?」

「確たる事実は有りません…ですが、暴走したヒューマギアは何れの個体も貴校のスクールアイドルと呼ばれる少女達を優先的な狙いとしていました。」

 

 しかしその主張だけでは彼女の心を突き崩すには至らず、再度攻撃的な意見を投げ掛けられる。

 その意見に、ただ事実のみを告げる或人。

 するとそれまで吊り上がってばかりだった女性の目尻が僅かに下がった。

 

「今後も、我が校の生徒が命の危険に晒されると?」

 

 その声色も、心無しか弱くなっている。

 それは彼女がこの学園の理事長だからだ。

 この学園と、そしてそこに通う生徒達のさらなる発展とより良い成長を誰よりも願っているからこそ、彼女はこの学園の最上位たる理事長の座に就いている。

 彼女にとって虹ヶ咲学園と生徒は、何よりの宝…何よりも守りたいものだ。

 故にその生徒に命の危機が迫ると聞けば、こうなるのも当たり前の事。

 

「飛電インテリジェンスでは引き続き原因究明の為の調査を行います。それと共に暴走したヒューマギアが対象としていた生徒達の安全を確保するべく、身辺警備も進んで行う所存です。」

 

 ならばその不安が取り除かれるよう力を尽くすと約束しよう。

 この学園を、そして生徒達を守りたい想いは、こちらも同じなのだから。

 

「…分かりました、身辺警備を許可致します。ただし彼女達の私的人権等を侵害しないように務めてください。警備の詳細やヒューマギア暴走の原因等の情報も、今後私共に共有してくださいますようお願い致します。」

「分かりました。多大な御厚意、感謝致します。」

 

 その旨を伝えると、彼女はそれ以降幾分か軟らかくなった雰囲気で或人と接した。

 やがて会談が終わり、失礼しますと言って部屋を出た或人は深い溜め息を吐いて足早にその場を去っていく。

 

「はぁ~怖かったぁ~…!ありゃ相当怒ってたなぁ…名前も教えてくれなかったし…。」

 

 気を紛らわせる為に軽い口を叩く或人…だがその心に思う事は反対に重たい。

 より一層強まった使命感を胸に、或人は会社までの道を帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…始まってしまったのね。」

 

 或人が部屋から去り、女性もまた深い溜め息を吐いていた。

 そしてつい漏れてしまった本音に対して思いに耽ろうとすると…。

 

―失礼致します。

 

 再び部屋に来客。

 しかしそれは或人ではなく、この学園の生徒だった。

 

「ごめんなさいね、わざわざ呼び出して。」

「構いません、それよりも昨日の事を伺いました。申し訳ありません、私用で学校を離れている間にそのような事が…。」

「習い事が多いものね、仕方無いわ。心配しなくても貴女が居ない間は右月さんと左月さんがちゃんと仕事をしてくれていたわ。」

「しかし、それでは風紀委員長としての示しが付きません。」

 

 室内へ入ってきた翡翠色の髪が特徴的なその少女は、諸用で事前に呼んでいたこの学園の風紀委員長だ。

 そんな彼女は先日のヒューマギア暴走の一件の際に学園に居られなかった事を悔やみ、深々と頭を下げてきた。

 

「責任を感じているのかしら?」

 

 そう問い掛けると、少女は目線を下げ、それを答えとした。

 そんな責任を感じる必要など一切無いというのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、都合が良い。

 

「それなら是非、私からのお願いを聞いてもらえないかしら?」

 

 この学園と、この学園に通う生徒達。

 そのさらなる発展と、より良い成長、そして未来の為に…。

 

「この学園の、生徒会長になってくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三船 栞子さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




それっぽいからって勝手に風紀委員長にするな定期


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Program.12「私が望む 遥かな世界」前編

正月休みをダラダラ過ごして遅れに遅れた新年初投稿を貴方に



 或人達仮面ライダーと虹ヶ咲学園のスクールアイドル達が出会って、1ヶ月が経とうとしている。

 互いに互いの存在が側に居るのが当たり前となってきた…そんな中で、虹ヶ咲の少女達は次なるステップへ進もうとしていた。

 

「それじゃあ皆、いよいよ第2回スクールアイドルフェスティバル開催の為に、色々話し合っていこうか!」

「「おぉー!」」

 

 スクールアイドル同好会の部室が、いつになく盛況している。

 それはこれから行われる話し合いが、現状の少女達にとって一番の楽しみに繋がる事であるからだ。

 

「盛り上がってんなぁ…。」

「彼女達にとっては一大イベントだからな。」

 

 そんな少女達の様子を、部屋の隅から見守る不破と唯阿。

 しかし共通した目的の為に少女達に向けられている2人の視線は、何故か微妙にニュアンスが違っている。

 不破の方はやや冷ややかと言えるような視線で、一方の唯阿はただ純粋な視線で少女達を見つめているのだ。

 

「刃…正直に言って、お前はこのフェスの開催をどう思ってる?」 

「可能な限りは支援したい所だな。無論、状況次第ではあるが…。」

「お前もすぐには止めるタチじゃないって事か。」

「それは過保護だと思っているからな…そういうお前はどうなんだ?」

「今まで口を出していないんだ、分かるだろ。」

 

 不破も決して彼女達の行いを止める気は無い。

 しかし彼がそうも渋っているような仕草を見せるのには、とある理由がある。

 そしてそれについては、唯阿も思う所は同じだ。

 

 

 

 

―やっぱり今度のフェスはもっと色んな学校のスクールアイドルにも参加してほしいよね!

Love(ラブ) Live(ライブ)!の後に開催する予定だし、大会に参加していたグループにも声を掛けたらどうかな?

―それ良いね!夢が拡がる!

 

 

 

 

「夢、か…。」

「恐ろしい言葉だな。それだけで人はどこまでも愚直に突き進む事が出来るし、どこまでも人を傷付ける事が出来る。」

 

 視線の先で聞こえる少女達の会話に耳を傾けている2人が心に思った事は、1人の人間と1体のヒューマギアの姿。

 かつて最後までぶつかり合い、互いに大きな喪失を経て手を取り合った、善と悪の象徴達。

 そのどちらもが、夢に向かって進んでいたが故に互いの夢に傷付いたのだ。

 

「…滅と迅はどうする?」

「引き続き協力を頼もう。こちらからヒューマギアを害するような真似をしなければ、あいつらも敵対するつもりは無い筈だ。」

 

 それを間近で見ていた2人は、夢とは希望にも絶望にもなる二面性を含んでいるものだと理解している。

 ほんの少しのきっかけで表裏が変わり、深い闇へと嵌まっていく…彼女達には決してそんな想いをしてほしくない。

 

 

 

 

―でしたら是非誘いたいスクールアイドルの皆さんが居るんです!新設された学校で結成されたグループなんですけれど…!

―それなら私も、前からずっと気になってたスクールアイドルが居るんだ!ちょっと遠い場所になっちゃうんだけど、もう何世代も続いてるグループでね…!

 

 

 

 

「だからこそだな…不破、これを渡しておく。」

 

 故に、そう言うと唯阿はある小さな機械を取り出し、それを不破に渡した。

 不破はその渡された、表面が灰色をした赤いスイッチの付いている機械をまじまじと見つめる。

 

「アサルトグリップ…完成したのか?」

「一応な。システムを丸ごと改竄して、人間の力だけで使えるように調整してある。とりあえずお前の分だ。」

「社長のは?」

「1年も時間が掛かっている時点で察しろ。まぁシステムの崩し方が確立出来た今、そう時間は掛からないだろうが。」

 

 次の戦闘で使ってくれ、そこから実戦データを抽出して最終調整に回す、と唯阿は言う。

 彼女が渡したそれは、彼等の戦闘を補助する為の機械…名を"アサルトグリップ"と言う。

 プログライズキーに取り付ける事で戦力の底上げを行う事が出来るアタッチメントであるが、そのシステムにはとある不都合があった為、これまでの戦闘では使われてこなかった。

 だがここに来て改良の目処が立ったらしく、不破はその成果にニヤリと口角を上げると、懐からシューティングウルフとも、パンチングコングとも違うキーを取り出し、グリップをその側面に取り付けた。

 

「まぁ何にせよ助かる、やっぱこいつだけだと物足りなくてな。」

「たださっきも言った通り、完成の度合いは一応のものだ。亡からは長時間使うと初期の頃のように重度の負担が掛かると言われている…無理をするなよ?」

「そう言って俺が素直に従った事があるか?」

「自覚があるなら少しは言う事を聞け…。」

 

 そしてそのまま接着の具合を確かめる為に軽くキーをこじ開けようとしている彼の様子を見かねた唯阿がそれを手で制し、まだ終わっていなかった話の続きを口にするが、その話も半分程度にしか聞いていない不破に、唯阿は呆れるばかりだ。

 

「よし、それじゃあ皆の意見はこれからもちょくちょく纏めるとして…すみません、お二人共少し良いですか?」

 

 と、そんな2人に対して掛けられる声。

 外されていた視線を再び正面に向ければ、2人の前には侑の姿が。

 

「取り敢えず、予定通り今度の休みで東雲学院と藤黄学園の皆と打ち合わせをしようと思っています。その後に他の学校のスクールアイドルにも声を掛ける…っていう流れで行こうかなと思っているんですが、どうでしょうか?」

 

 どうやら先程まで行われていた話し合いが一旦纏まったらしく、彼女は直近の予定を報告し、2人に意見を求めてきたようだ。

 とは言え、その辺りの話に詳しくない身としては特に口を挟むような事も無く、2人はすぐに合意の返事を返した。

 

「分かった、私達もそのつもりで行こう。」

「出掛けるなら前もって連絡してくれ、近場でもいつ襲われるか分からないからな。」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 特に異論の無いその返答を受けて、侑は満面の笑みを浮かべながら踵を返す。

 そしてまた他の少女達と談笑する様を、2人はやはり神妙な面持ちで見つめる。

 

「そのつもり、ねぇ…。」

「…お前も分かるだろう?」

 

 それはただの予感にしか過ぎない。

 しかし長年の戦士としての勘が、その予感を決して蔑ろにしてはならないと警笛を鳴らしている。

 起が過ぎ、そして承にも慣れてきた今、次に訪れるのは…。

 

「そろそろ大きく仕掛けてきてもおかしくない、か…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんうん、察しが良いようで何よりね。」

 

 スクールアイドル同好会の部室前…そこにある女性の影があった。

 全身に纏う真っ黒なドレスが否応にも存在感を引き立たせているその影は、盗み聞いていた室内の会話の様子に満足げな表情を浮かべると、用事は済んだと言わんばかりに歩き出し、学園を去ろうとする。

 しかしその足取りは真っ直ぐ出口へ向かおうとはせず、あらぬ角を曲がったり、時には暗がりに身を潜ませて…。

 そうして彼女は部室から学園の正門までの道を誰1人として気付かれずに抜けたのだ。

 部活などの用事である程度決まっている移動や、その日その時の気紛れな心境の変化も含めて、この学園に居る全ての人間の行動パターンを予測し、防犯の為のカメラの位置も完璧に記憶している彼女だからこそ出来たそれは、当然人の身であるならば不可能な事。

 そんな機械でしか出来ないような事を平然とやってのけた、彼女の正体とは…。

 

「良いのか?そうやって高を括っていたからこそ、お前達は奴等に負けたのだろう?」

 

 と、そんな女性に掛けられる声。

 学園の正門を抜けてすぐの場所に居た荘厳な風貌の男性から掛けられたそれは、女性にとってあまり思わしくなかった言葉であったらしく、彼女はそれまで浮かべていた笑みを崩し、少しむくれた表情を見せる。

 

「勘違いをしないで、これはそもそも勝負じゃない…ただの余興よ。」

 

 しかしその不機嫌さも、それに…と言ってすぐまた妖しい笑みへと変わった。

 

「勝負だとしても、最後に勝つのは私達よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、午後は予定通り他の学校の子達と話し合いに行くって事で良いんですね?」

『あぁ。メンバーも変わらず東雲には近江と中須、桜坂の3人と、護衛に不破が。藤黄には朝香にヴェルデ、天王寺、そして私が行く。』

「それで侑ちゃんに歩夢ちゃん、せつ菜ちゃんがちょっと遅れてそれぞれの学校に行くと…。」

『優木の奴が学園の理事長に放課後来るようにと言われたらしくてな、それを待ってからになる。』

 

 時が過ぎ、少女達が他校のスクールアイドルにフェスへの参加を求めに行く、その予定していた日を迎えた。

 今日話し合う学校は、以前のフェスにも参加してくれた東雲学院と藤黄学園の二校だ。

 本来ならばメンバーを半分に分け、一挙にそれぞれの学校へ向かおうとしていたのだが、どうやらせつ菜が生徒会長として学園の理事長に呼ばれたらしく、急遽メンバーを三分割して予定に臨む事になった。

 

「それじゃあ俺は仕事が片付き次第そっちの護衛に行くとして…問題は愛ちゃんか。」

『家の手伝いと言っていたな…滅と迅が目を付けてくれていれば良いが。』

 

 さらに今日は愛が実家の手伝いに回らなければならない日であるらしく、実際は四手に別れる事となる。

 故に或人達も総動員で対処する事になり、実際にどうすれば少女達の安全を確保できるかを思案する。

 この四手の中で一番の不安となるのは、やはり単独行動となってしまう愛…対してこちらの手数は或人に不破、唯阿…そして滅と迅の2人。

 順当に考えればその2人に頼む所なのだが、あいにく彼等とは連絡手段が無い。

 

「あの2人と連絡…亡とか兄貴なら繋がるかな?」

『私もそう思って亡に聞いてみたんだがな…確かに向こうから連絡が来る事はあるらしいが、奴等その度に連絡に使う機器や周波数を変えているらしい…こちらからコンタクトを取る事は難しそうだ。』

「わぁ~、凄いテロリストって感じ…。」

 

 一応彼等が活動の拠点としている場所は知っているのだが、そこまでの道のりには侵入者妨害の為のトラップが多数仕掛けられており、辿り着くのが容易ではない。

 何より今からでは会いに行くのに時間が無い。

 唯阿の言う通り彼等が気を利かせてくれている事を祈りながら、最悪一番近場に居る事になる自分が何とかするしかないか…と考えを巡らせていると、社長室の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい刃さん、また掛け直します…はい、どうぞ。」

「失礼するぞ、社長。」

「福園さん?どうしたんですか?」

「福添だよ!」

 

 突然の来訪者に対応する為に唯阿との電話を切り入室を許可すると、入ってきたのは福添であった。

 彼がここに来る用事は大抵事務連絡かこちらの仕事のミスを目ざとく見つけて注意しにくるかなのだが、果たして今回は何用でここに来たのか。

 

「君にお客さんだ。」

「お客さん?」

 

 すると福添は何故かもの凄く嫌そうな顔をして来客を連れ添ってきた事実を或人に告げた。

 しかし今日はこれから少女達の下に向かわなければならない為、会社で誰かと会う約束はしていない筈。

 それに福添は何故そんな表情をしているのか…と訝しんでいると、部屋の外から福添の背を抜けて室内に入ってくる者の姿が。

 そしてその入ってきた者の正体を知り、或人も驚愕から福添と同じ様に表情を歪めた。

 

「え、滅…!?」

 

 何と入ってきたのがあの滅であったのだ。

 あまりにも予想外な来客にまさかそんな訳が無いと疑ってしまったが、あの普段着として着こなすには些か時代がズレているのではとツッコミたくなる黒い和服が。

 それを持ち歩くにはやはり時代がズレており、しかし法律云々含めてそんな事なぞまるで知った事ではないと高々に主張している腰の刀が。

 そして何よりどう頑張ってもニヒルで妖しい笑みしか浮かべられない目と口をピクリとも動かさないその不動の面構えが、目の前の彼が確かにあの滅なのだと見る者に知らしめる。

 

「よく通しましたね…。」

「他にどうしろと言うんだね、私達では彼を止められない。」

 

 仮にも世紀の大悪党がまさかこんな真っ昼間から堂々と一企業の社長に会いに行くという、衆人環視も何のそのな事をするとは…。

 それに福添も福添でよく通報などせずにここまで彼を連れてきたものだと聞いてみると、彼は深い溜め息を吐きながらその訳を話した。

 聞けば成程、確かに彼は並大抵の事では止める事は出来ず、それが出来る人物はごく限られている。

 ならば下手に彼を刺激せず、彼を制御する事が出来る人物に後を任せるというのは、実に理に適っている。

 或人がそれもそうか…と返ってきた答えに納得すると、理解したならば話は早いと言わんばかりに福添は、それじゃ私はこれでと言ってさっさと出ていってしまった。

 

「…それで、わざわざこんな所までどうしたの?」

「リストの事で少し、な。」

 

 話を戻して、一体何用でここに来たのかと滅に尋ねる或人。

 すると彼は先日渡したヒューマギアの製造リストデータについて言及し始めた。

 

「俺達がこれまでに相手してきた奴等と、リスト上で行方不明になっていたヒューマギアの数が一致した。」

 

 その内容とは、自分達がこれまで相対し破壊していったヒューマギアの総数と、リスト上で行方不明とされているヒューマギアの総数とがぴったり一致したという。

 こちらでも早くに調べてみようと思っていた事だが、一足早い彼等の仕事に感謝しつつ、であればと或人はその内容に対する疑問を滅に問うた。

 

「つまり、これ以上奴等が現れる可能性はもう無いって事?」

 

 或人達の見立てでは、現在敵として現れているマギア達はいずれもリスト上で行方不明となっているヒューマギアを回収して利用しているのだと考えている。

 だから数が一致したという事は、もう敵方が使えるヒューマギアが残っていないという見立てになるのだ。

 

「それはどうだろうな、これで終わるにはまだ何も解決していない。」

 

 しかし滅はその可能性を淡いものとして切り捨てた。

 彼の言う通りこれで事態が終息に向かうには、マギアが現れ少女達を襲ったその背景が全く明らかになっていない。

 現実的に、まだ何か手が残っていると考えるべきであろう。

 

「それともう1つ、伝えなければならない事がある。」

 

 さらに滅にはそれを後押しする事実が有るらしく、彼はおもむろにSDカードを取り出すや、それを或人に渡す。

 ライズフォンに対応しているタイプのそれは、そのSDの中のデータを見ろという滅の意思を体現しており、或人はその意思のままに自身のライズフォンにそのSDカードを差し込む。

 SDカードの中には動画が1つ…或人はその動画の再生ボタンを押した。

 

 

 

 

ーそれが、お前達の覚悟なのか…。

 

 

 

 

「滅、これは?」

「1ヶ月前の東雲学院のライブの時のものだ、当時の視覚映像を記録しておいた。」

 

 動画が再生されると、映像の中には侑と彼方、そして不破の後ろ姿が映し出される。

 そのまま画面の奥へと消えていく3人は、確かに1ヶ月前の東雲学院のライブの際に別行動を取っていた時と同じ組み合わせだ。

 あの時滅はステージ上に現れたマギアの相手をしており、そこに至るまでの過程が鮮明に動画として流れていく。

 

 

 

 

ーでも…だったらどうする!!

 

 

 

 

 そして警備員の1人がマギアへと変貌した所で、動画の再生が終了した。

 当時の状況の裏側を知る事が出来る貴重な映像ではあるが、しかしこれといって何か気になるような事実があった訳でも無く、或人は滅がこの映像を見せた真意が分からないと首を傾げる。

 

「気付かないか?奴の見た目が通常のヒューマギアと違う事を。」

 

 すると滅が助け船として映像を巻き戻し、再び警備員がマギアになる前の姿を画面に表示させる。

 映像も一時停止し、まさにこの画面の中に答えがあるのだと示された或人は、食い入るように画面を見つめる。

 画面に映っているのは、警備員に扮したヒューマギア。

 しかしその見た目は、本職である警備員型ヒューマギアと比べても全く遜色無い…言われなければ変装をしているとは気付かない程だ。

 ともすれば本物の人間の警備員と言われても納得出来てしまう程であり、或人は思わず頭を抱えたくなった。

 そもヒューマギア自体が人間と大差ない見た目をしているのだ…人間とヒューマギアを比べろというのであればまだ耳元のモジュールを見れば分かるのだが、ヒューマギア同士で間違い探しをしろと言われても…?

 

「耳…!?」

 

 しかしそこで或人は気付いた。

 何故自分はこの映像のヒューマギアを、"人間の"警備員と言われても納得出来てしまうと思ったのか。

 それはこの映像に映る者の耳元に、ヒューマギアである事を象徴するあの大きなモジュールが付いていなかったからだ。

 代わりに付いているのは、小型のアクセサリー…その形は、迅が付けているものと全く同じだ。

 

「そうだ、恐らく奴等はその全機体が迅と同じような改造を施されている…そんな事が出来るのは飛電インテリジェンスを除けば1つしかない。」

 

 答えを導き出せた或人に掛けられる、滅からのさらなる助言。

 それらを統合して得られる結論は、たった1つしかなかった。

 

 

 

 

「ZAIA…。」

 

 

 

 

 "ZAIA(ザイア)エンタープライズ"…それは飛電インテリジェンス同様AIテクノロジーや宇宙開発を主とした事業に取り組んでいる超巨大会社の名称。

 世界各地に複数の支社を置き、各国の政府にも顔が利く程の圧倒的な政治経済力を誇るその会社とは一時期真っ向から対立し、幾度も苦渋を舐めさせられた。

 会社の経営にしても、仮面ライダーの戦いにしても。

 

「天津 垓…奴はまだ海外か?」

「あぁ…半年ぐらい前に用事があるって言って、それっきり。」

 

 そんなZAIAとの関わりに於いて最も重要となる人物は、現在日本を飛び出していて音信不通。

 そしてそれとほぼ同じタイミングで起き始めた、今回の事件…。

 

「警戒しておくべきだろう…かつて俺達滅亡迅雷との戦いの最中で、ZAIAがその本性を露にし始めたように。」

「その可能性は無いと思いたいけどね…。」

 

 疑う余地は十分にある…もし仮に元凶がZAIAなのだとしたら、過去の経験から彼等が凶行に走る理由が滅や迅以上に読めないものであると知っているからだ。

 もしかしたら何か大それたような理由かもしれないし、或いはあまりにもちっぽけな理由かもしれない。

 しかし何れにしてもそれを成す為ならば、やり方はどこまでも非道で卑劣なものを惜しまず選ぶ…彼等なら、いや彼ならば、現状のような事も冗談抜きでやりかねないのだ。

 とは言え、それでも最終的には利害の一致で手を結んだ事もある…今回の事件が彼の仕業では無い事を祈るばかりだ。

 

「滅、この後なんだけど何か用事とかある?無ければ頼みたい事がある。」

「良いだろう、ひとまずは現状を優先させよう。」

 

 ともかく、今は目先の事を優先しよう。

 折角滅が来てくれたので、或人は先の電話で懸念となっていた事を説明し、彼にそれを承諾してもらった。

 例え相手が誰であろうと、その目的が何であろうと、自分達のやる事は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守ってみせる、必ず…。」

 

 彼女達の夢は、壊させない。

 ただそれだけを、或人は見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 そして滅もまた、そんな或人を静かに見つめていた。

 妖しい笑みしか浮かべられない筈のその目付きに、深い憂いを携えながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥ちゃ~ん!会いに来たよ~!」

「ありがとうお姉ちゃん、わざわざこっちに来てくれて。かすみさんにしずくさんも来てくれてありがとうございます。それに貴方も。」

「ライブの時以来だな、元気にしてるか?」

「…はい、元気にしてます。」

 

 東雲学院。

 予定通りの来訪を果たしたメンバーを出迎えたのは遥。

 メンバーの中には彼女の姿をライブ以降見ていない者が多く、その間変わりはないかと挨拶すると、彼女は特に問題は無いと返した。

 まるで何かを言おうとして、しかしそれを無理矢理呑み込んだかのような一瞬の間を置いて、だが。

 

「…遥ちゃん?」

「どうかしたか?」

「え?…あ、いえ!何でもないですよ!えっと…ほ、他の皆も待っているので、行きましょう!」

 

 その間が一体何を語ろうとしていたのか、残念ながらそれを聞き出す事は叶わず、一同はそのまま話し合いの場へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、待たせちゃったわね。」

「いいえ、お気になさらず。本日はよろしくお願いしますね。ところで…そちらの方は?」

 

 藤黄学園。

 予定より少し遅れて辿り着いた少女達を出迎えたのは、この学園のスクールアイドルの1人である"綾小路(あやのこうじ) 姫乃(ひめの)"だ。

 彼女は少女達が遅れて来た事は何ら気にせず、しかしその後ろに居る女性の姿には気を引かれて、その正体を問うてきた。

 

「刃 唯阿だ、彼女達の護衛という形でここに来た…よろしく頼む。」

「護衛…?」

「…その辺りも含めて話をしましょう。悪いけど、今回はそう明るい話題には出来ないわ。」

 

 そしてその正体を聞かされてなおその存在が分からぬと首を傾げる姫乃に、少女達の面持ちが変わる。

 何も知らない彼女達を、もしかしたらこの因果に巻き込む事になるのではないかと…。

 しかし語らなければもしもの時に彼女達を守れないと、少女達は断腸の思いで話し合いに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、それで2人はここに…ごめんなさい、なんか手を煩わせちゃったみたいで愛さん申し訳ないよ。」

「気にするな、必要な事だ。」

 

 下町。

 愛の実家の店、その最奥の席に滅と迅は居た。

 周りの客が和気藹々と食事を楽しんでいる中、2人は何も注文せず、ただ愛の話に耳を傾けていた。

 

「じゃあお返しにじゃんじゃん注文してよ!愛さん腕によりを掛けて…!」

「それも気にしないで、僕達ヒューマギアは食事を取る必要は無いから。」

「あ、そうなんだ…じゃあせめてゆっくりしていって!お水とか欲しくなったら遠慮無く言って!」

 

 そして愛が去っていった後も2人の様子は変わらず、ただだんまりと席に座っている。

 その様子は店内に於いてあまりにも異質な存在であり、時折他の客からの注目の的になりながらも、彼等はじっと動かない。

 彼等が次に動き出すとすれば…全てが何事も無く終わった後か、或いはきっと"その時"だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました、もう少しでこっちに来るんですよね?」

『うん、あとちょっとで仕事が片付きそうだからさ…ごめんね待たせちゃって、そっちはもう準備万端って感じ?』

「いえ、まだせつ菜ちゃんが戻ってきていないので…もしかしたら、どっちも同じぐらいに合流って事になるかもしれないですね。」

 

 虹ヶ咲学園。

 或人からの連絡を受け取った侑は彼の進捗具合を把握し、今後の予定を頭の中で組み立てながら電話を切る。

 

「あの人は何て?」

「あとちょっとで仕事が終わりそうだって。」

 

 側に居る歩夢にも電話の内容を説明し、2人は近くのベンチへと座る。

 すると侑はうーん…!と身体を伸ばし、足をパタパタとぶらつかせながら歩夢に話し掛ける。

 その様子は、まるで内から沸き出る衝動を抑えきれないといった具合だ。

 

「それにしても、楽しみだな~!」

「皆と会う事が?」

「うん!また皆と一緒に色んな事が出来て…ううん、皆だけじゃない。これからもっともっと色んなスクールアイドルの子達と一緒に…って思うと、楽しみで楽しみで仕方がないんだ!この前もせつ菜ちゃんが言ってたスクールアイドルのライブを見てね…!」

 

 そして揚々と話を続ける侑を、歩夢は慈しみ溢れる眼差しで見つめる。

 

「(侑ちゃん、本当に楽しそう…。)」

 

 大切な幼なじみがこんなに嬉しそうにしているのを見ると、自分もつられて心が温かくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(でも…なんでだろう…。)」

 

 しかし、今はその温かさが無性に苦しい。

 温かさを感じる毎に、心の中でざわめきが走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(この胸騒ぎは…一体何?)」

 

 それは一体何の予感であろうか?

 いいや、大丈夫の筈だ…今までだって壊れた事の無い現実が、今更音を立てて崩れる事など…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和ねぇ…誰もが互いを労り合う、そんな優しい世界が拡がっている…。」

 

 それぞれがそれぞれの時間を浪する中、黒いドレスを纏う女はそこに居た。

 

「でもその平和は嘘偽り…裏を返せば誰もが互いを憎み合う、そんな素敵な世界が拡がる…。」

 

 高くから下界を見下ろし、その先で見つめているのは1人の少女。

 そしてその女は妖しく口角を上げ、今度は天を仰ぎ見る。

 まるで何かを焦がれて止まないような、その瞳の色で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ…始めましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい楽しい、宴の始まりよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 滅の閉じられていた目蓋が開かれた。

 その目付きは、普段のそれよりも数段鋭い。

 

「…滅。」

「あぁ。」

 

 そして迅もまた、同じ様に動き出す。

 2人は一度互いに目配せをすると、迅は店の入り口へ、滅はカウンターに居る愛の下へそれぞれ向かう。

 

「宮下 愛。」

「ん?どうしたの滅さん?何かご注文?」

 

 目の前に立ち、声を掛けられた事でその存在に気付いた愛は、その目の前に立つ理由を問う。

 しかし返されたその答えは、愛にとって全く望ましくないものであった。

 

「来たぞ、招かれざる客だ。」

「え…?」

 

 そう言って滅は店の入り口へ視線を向ける。

 そこには既に迅が扉の側に立っており、彼は滅からの視線を受けて取っ手に手を掛けると、勢い良くその扉を開けた。

 

「…ッ!!」

 

 瞬間、迅の視界に閃く光。

 それがナイフによるものだと瞬時に理解した彼は軽く仰け反り刃が身を掠めるのを避けると、そのまま前転して店内から外へ出る。

 それと同時に店内になだれ込んでくる、鈍い銀色の鋼達。

 ヒューマギアの装甲を最低限戦闘用のそれに付け変えたたような見た目をしているその鋼達の名は、"トリロバイトマギア"…悪意の尖兵たるマギアのさらなる下位互換達だ。

 

「な、何!?」

 

 そんなトリロバイト達が何体も店内に押し寄せてきた。

 間にある障害物…机や椅子、触れれば火傷をする程に熱せられている鉄板の上を、そしてそこで幸に溢れていた筈の人間達をその悲鳴ごと踏み荒らし、目標たる一点に向けて突き進んでくる。

 

「お店が…!?」

 

 その狙いの的たる愛は一瞬で荒らされていく店内の様子に愕然とし、迫る危機に対応出来ていない。

 そんな呆けている彼女の隙を見逃すトリロバイト達では無く、その手が…そしてその手に握られる凶器が彼女へ真っ直ぐ向けられる。

 

「悲観に暮れるな、お前は他の人間達を連れて避難しろ。」

「っ…は、はい!皆、裏口から逃げて!」

 

 しかしそれらの一切が滅の刀によって阻まれた。

 続けて二、三閃と振るわれていく滅の刃。

 次々と襲い掛かってくるトリロバイト達を1体ずつ、時に纏めて、しかしいずれも的確に仕留めていく。

 その滅の活躍からようやく現実へ気を引き戻した愛が、店内に居る客に向けて声を上げる。

 滅の手によって押し返されていくトリロバイト達の波…その渦中に晒されていた人達を、愛は懸命に助けていく。

 そして店内に居たトリロバイト達を全て切り伏せた滅が外へと狙いを向けると、そこは店内以上の鋼色の波が立っており、その中で迅がスラッシュライザーと愛用の拳銃を用いてその波を相手取っていた。

 

「迅。」

「分かってる、亡に連絡した!それよりも滅、あれ!」

 

 そんな迅が指差す方を見てみると、上空から黒く巨大な機械が降ってきた。

 高さ数メートルを誇るその機械は人型としての形をとっており、その黒い体色と走る紫色のライン、そして頭部の赤黒いモノアイが存在感と威圧感を混ぜ合わせ、見るものに多大な絶望感を与える。

 

「ギーガーか…厄介な物を使ってくる。」

 

 その機械の名は"ギーガー"。

 本来はヒューマギアの統率ユニットとしてA.I.M.S.が管理しているものだが、果たしてこの個体はそこから奪い取ったものなのか、或いは技術のみを強奪して製造した贋作か…。

 そんな多勢に無勢な状況ではあるが、滅も迅も特に苦い表情を浮かべる事は無い…これしきの戦力では、彼等を苦戦させる事など到底不可能なのだ。

 それを分かっている滅はここを頼んだと言ってこの場を迅に任せ、自身は店の裏口へと回る。

 

「大丈夫ですか?しっかりして…おばあちゃん達は動ける人達と一緒に先に行って。あたしはこの人達と一緒に後から行くから…!」

 

 そして裏口では愛とその一家が客として来ていた人達の介護と避難を続けていた。

 表の方では普段聞き慣れぬ戦闘の音が未だ響いている…何の力も持たぬ自分達は一刻も早くこの場から離れなければと躍起になっていると、避難しようとしていた先の道からトリロバイト達が現れる。

 

「こっちからも…!?」

 

 どうやら裏口から逃げようというこちらの行動は読まれていたらしく、彼女達はジリジリと近付いてくるトリロバイト達に恐れを為して動けなくなる。

 このままでは為す術無くやられてしまう…しかし表の方から彼女達の頭上を飛び越え、滅がその間に立ってそれを阻む。

 

「滅さん…!」

「表は迅が引き付けている…行け。」

 

 彼は表の方を顎で示しながらこの場からの脱出を促す。

 少々危険ではあるが、迅ならば上手く立ち回ってくれる筈…滅も愛も、それを信じてそれぞれ行動を起こした。

 愛は家族や他の人達と共に表へ向かい、滅は振り返る事無くトリロバイト達を見据え、フォースライザーを装着する。

 

Poison(ポイズン)!

 

「変身。」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! スティングスコーピオン!!

 

 そしてスコーピオンキーを起動し、仮面ライダーへの変身を実行した。

 紫のバトルスーツを身に纏い、アタッシュアローを携えた滅がゆっくりとトリロバイト達へ歩みを進める。

 暗がりの通路が、死神の無双場となった瞬間だ。

 

「予想通り、現れたね!」

 

 一方迅も裏口から愛達が出てきた事で彼女達の行動の意図を察し、自らを盾にしてトリロバイト達の前に立った。

 

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)! Burn(バーン)rize(ライズ)! 】

 

「変身!」

 

Slash(スラッシュ)rize(ライズ)! バーニングファルコン!!

 

 拳銃を仕舞い、スラッシュライザーとバーニングファルコンキーを使って仮面ライダーへと変身。

 変身が完了した彼は再度ライザーを取り外し、その刀身でトリロバイトやギーガーを縦横無尽に切り刻んでいく。

 ここはもう、炎の隼たる彼の狩場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「街中にマギアだと!?」

『はい、迅から連絡が有りました。宮下 愛…彼女の下に多数のトリロバイトとギーガーが襲来していると。』

「トリロバイトにギーガーだと…!?」

『既にA.I.M.S.にも出動要請が出ています、どうしますか?』

「分かっている…A.I.M.S.出動!民間人の保護を優先し、滅と迅の両名を援護しろ!連携の指揮は亡、お前に一任する!」

『了解しました。』

 

 街中でのトリロバイトとギーガーの襲来…その報せは亡を通して唯阿にも伝わっていた。

 しかしその内容が予想外のものであったのか、唯阿は通信を切った後に展開された敵戦力について物思いに耽る。

 

「やはり現れたか…しかしトリロバイトにギーガーだと?明らかにその役目は囮だ…本命は別にある。」

 

 ギーガーこそ居るものの、戦力的に見ればまだどうとでもなる範囲だ…ノーマークの対象を狙うならばともかく、既にその対象が判明している現状では差し向けた所で自分達に妨害される事は相手も分かっている筈。

 十中八九、その目的は陽動…ならば本命は一体何であろうか?

 

「刃さん!!」

 

 と、藤黄のスクールアイドル達と話をしていた筈のエマがこちらへ向かってきた。

 息を切らす程のその様子からは、何か急を要する事態が起きた事を示唆しており、そしてその事態についてはもう容易に察せられる。

 

「学校に…マギアと、おっきなロボットみたいなのが…!!」

 

 案の定予想通りの台詞が続き、そしてその台詞から唯阿は敵の狙いが読めたとして、険しい表情を見せる。

 

「分かった、私に任せろ。それと不破と社長に連絡をしてくれ…お前達の所にも押し寄せて来るぞとな。」

 

 街中、藤黄と来て、他の場所に来ないという事は無い筈…敵の狙いは、恐らく各所の同時攻撃によるこちらの連携の妨害だ。

 唯阿は予測した敵の狙いを不破と或人に共有出来るように頼むと、自らは目前に迫った脅威を払うべく、近くの窓辺へと歩みを進める。

 

Dash(ダッシュ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「変身!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! ラッシングチーター!!

 

 その過程でライダーへの変身を完了させた彼女は窓から身を投げ外へと出るや、キーの力を解放して駆け出した。

 

Cheetah's (チーター) Ability(アビリティ). 】

 

 するとキーの力で脚力が強化され、音速の如き速さで動く事が出来るようになる。

 彼女はその速さで学園に現れたマギアの下へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに!?マギアの大群だと!?」

『はい…そっちの方にもきっと来るぞって…!』

「まさか…いや、どうやらそうみたいだな…!」

 

 璃奈から伝えられた、唯阿からの警告…それを受けた不破はまさかと訝しむも、遠くの方から僅かに聞こえた声からその姿勢を改めた。

 聞こえたのは、間違いなく悲鳴…恐らくこの学校の生徒が襲来したマギアと接触して上げたものだろう。

 

「あの、さっき聞こえてきたのって…!?」

「そのまさかだ…お前らは部屋でじっとしてろ!」

「なぁぁぁ!!何でこうも毎回かすみん達がぁぁぁ!?」

「叫んでないで行くよかすみさん!」

 

 と、遥を筆頭に虹ヶ咲と東雲のスクールアイドル達が一挙に不破の下へ来た。

 悲鳴が聞こえた事で真っ先に向かって来たらしく、それ故にどうやらまだ誰も危険な目には合っておらず、不破はその事に安堵しながら少女達に身を潜めるよう指示する。

 

「お姉ちゃん…。」

「大丈夫だよ、あの人がきっと何とかしてくれるから。」

 

 マギアの襲来によるものであろう…遥の不安げな視線に見送られながら走り出した不破は、やがてその現場へと辿り着く。

 

「雁首揃えて来やがって…!」

 

 目の前には、大量のトリロバイトにそれらを統率しているであろうギーガー。

 どうやらまだ校内には1体も入っていないらしく、ならばこのまま全て破壊するまでだと意気込む不破。

 

「ちょうど良い、こいつの出番だ!」

 

 そしてそれを成し遂げるのに最も適したキーを取り出し、その真っ赤に彩られたスイッチを押す。

 

Assault(アサルト) Bullet(バレット)!

 

 "アサルトウルフプログライズキー"…その既存の力を超越した蒼き獣の真価を解放するべく、不破はキーをこじ開けショットライザーへ装填する。

 

Over(オーバー)rize(ライズ)! 】

 

 装填されたキーの情報を認識し、ライザーからは普段と異なる音声が流れる。

 そして不破は銃口を真っ直ぐトリロバイト達へ向け、力の限り引き金を引いた。

 

「変身ッ!!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 放たれた弾丸がトリロバイト達を牽制し、やがて主の下へ戻ってくる。

 そしてその主は返ってきた弾丸を手で受け止め、やがて握り潰す。

 そうして砕かれた弾丸は別の形を取り、群青色の装甲となって主を包む。

 激化する戦いに己の正義を貫く為、新たな力を手にした彼は、戦場に大きくその名を轟かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 Ready Go! アサルトウルフ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーバルカン アサルトウルフ"

 

 

 

 

【 No chance of surviving. 】

 

 

 

 

―その獣を前に、生き残る術など無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサルトウルフ…その武装特化された姿は威圧感に溢れ、見る者を畏怖させるが、目の前のトリロバイト達は怖じ気付かない…彼等にはそれを感じる心が無いのだろう。

 

「来いよ…全員ブッ潰してやる!!」

 

 そしてそんな心無い者達に負けるような己では無いと、彼は怒号と共に両腕を突き出しキーのアビリティを解放する。

 

Assault(アサルト) Wolf's(ウルフ) Ability(アビリティ).】

 

 すると肩と太股の装甲が展開し、そこからミサイルが、両腕のガントレットからは短機関銃による弾丸の嵐が飛ぶ。

 

「オラオラオラァァァァァ!!」

 

 その姿は、まさしく歩く武器庫。

 果たしてその武器庫の弾薬が尽きるのが先か、それとも相手の物量が尽きるのが先か…勝負の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マギアが!?」

『えぇ、きっとあの子達の所にも向かってきてる筈…!貴方学園にはもう着いているの!?』

 

 一方或人は果林からの連絡でマギア襲来の情報を認知したが、その連絡を受けた或人の表情は苦いものとなる。

 何せ果林が懸念したように、或人はまだ学園に着いていない。

 ちょうど今仕事が終わり、これから向かおうとしていた所なのだから。

 

「すぐに行く!!そっちも気を付けて!!」

 

 果林の言う通りならば、敵はもう学園に着いていてもおかしくない。

 しかし今からバイクを走らせた所で、間に合うかどうか怪しい…急を要する事態に、或人は1つの決断をした。

 

「兄貴!!」

「ん?社長か、どうしt…!?」

 

 或人が向かった先は、会社の教習室。

 ロールアウトしたばかりのヒューマギアを教導する為の部屋であり、そこで教鞭を取っているのは宇宙野郎 雷電。

 雷電は或人が急にやってきた事を気にせずおおらかな態度で接するも、突然その手を引かれた事には流石に動揺を隠せなかった。

 

「ごめん兄貴、手貸して!!」

「お、おい!?何だよ急に!?」

 

 まだ心を得ていない新人ヒューマギア達の感情に乏しい視線に見守られながら、2人は室内の窓辺へ近づく。

 

「いい加減にしろ!いくら何でもカミナリ落とすz【 ゼロワンドライバー! 】…は?」

 

 そしてまた突然ドライバーを装着した事に懐疑を抱く雷電を置いて、或人はマンモスの絵柄が描かれたキーのスイッチを押す。

 

Press(プレス)!

 

 "ブレイキングマンモス"と名付けられているそのキーを起動した或人は、ベルトにキーを認証させて窓を開ける。

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

 すると会社全体に地響きが走り始める。

 その地響きが一体何を原因としているか或人達の側では知る事が難しいが、少し視点を離すとその原因が判明する。

 飛電インテリジェンスが所有する格納庫にドライバーの情報が伝達され、格納庫には緊急シークエンスが発令される。

 そしてそのシークエンスに従い、格納庫から数十メートルを誇る超大型の機械が現れた。

 それは飛電インテリジェンスが元より所有していた災害救助用のユニットをゼロワン用に改造した代物であり、その機体に備えられているエンジンの起動音と、アフターバーナーから吹かれる火の轟音が、会社を揺らしているのだ。

 やがてその巨体が空を飛び、会社の周りを旋回し、或人達の前へ姿を現す。

 するとゼロツーキーから機体に向けて光が放たれ、新たな情報が伝達される。

 と、次の瞬間あれだけ巨大だった機体のサイズが数メートル台にまで縮小した。

 ゼロツーキーから送られた情報により量子圧縮が行われ、活動に於ける最適な大きさまでリサイズが行われたのだ。

 そんな発達した科学によるまるで魔法のような出来事を経て、今度は機体の方からドライバーへと情報が送信され、或人を臨時のライジングホッパーへと変身させる。

 

「行くよ兄貴!!」

「は!?ちょ、おいぃぃぃぃぃ!?」

 

 ゼロワンへの変身を認めた或人は雷電を抱え、機体へ飛び乗る。

 そして機体はそのまま或人達を乗せ、空を飛ぶ。

 目指す先は、虹ヶ咲学園だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれがそれぞれに与えられた困難に立ち向かっていく。

 果たしてそれを越えた先に、一体どんな世界が拡がっているのだろうか?

 そしてこの困難を与えし誰かは、一体どんな世界が拡がるのを夢見ているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…今、何と…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 種は既に、蒔かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中川 菜々さん…貴女には今月限りで、生徒会長を辞めてもらいます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその種が芽吹くのは、もうすぐだ。

 

 

 

 



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Program.12「私が望む 遥かな世界」後編

ヒロミさんさぁ…命賭け過ぎですよ…
何かテラサの方でも死にかけてるし…



「あっ!せつ菜ちゃんお帰り!話し終わったんだね!」

「………。」

「せつ菜ちゃん?」

「…あ、すみません。少しぼーっとしていましたね、ごめんなさい。」

 

 東雲学院、そして藤黄学園がそれぞれ危機に陥っている中、虹ヶ咲学園では理事長との面談を終えたせつ菜こと菜々が、侑と歩夢の下に戻ってきていた。

 しかし戻ってきた彼女の様子は心ここに在らずといったものであり、どこかおかしい。

 

「何かあったの…?」

「いえ、何も…さぁ、すぐに支度をして行きましょう!皆さん待っている筈です!」

 

 当然2人はその様子に疑問を抱くも、菜々はそれをはぐらかした。

 掛けていた眼鏡を外し、結んでいた髪をほどいてせつ菜としての姿へ身を変えるその様からは、まるでそれ以上の追求を許さぬという切り替えの意味も含まれているように見える。

 仲間である、友達である筈の自分達にさえ隠さなくてはならないような事情を抱えている事は端から見ても明らかで…しかしそれを話すにはどうにも彼女の中で憚られる何かがあるようだ。

 それが話し相手として役不足だからという理由でない事を祈るばかりであるが…と気持ちを切り替えたせつ菜とは反対に曇る思いを募らせる侑と歩夢であったが、それは突然校内に流れた放送によってかき消された。

 

―緊急放送です。虹ヶ咲学園にお越しの全ての皆様にお伝え致します。現在学園内で緊急の事態が発生しています。虹ヶ咲学園にお越しの皆様は速やかに付近の建物内に避難してください。繰り返します。現在虹ヶ咲学園で緊急の事態が…。

 

「えっ、何…?」

 

 緊急放送と題されたその放送は、まるで避難訓練などで流れるそれのように不安を煽るような内容であり、今までに聞いた事の無いものであるとして侑と歩夢の首を傾げさせる。

 

「この声、栞子さん…?っ!?まさか!?」

「せつ菜ちゃん?」

 

 なお放送で流れているその声に聞き覚えがあるのか、せつ菜も一時は同じ様に首を傾げていたが、やがてハッと何かに気付いて顔を青ざめる。

 

「生徒会で決議が進められていたんです!!マギアが校内に現れるような非常事態が起きた時に流す放送を!!もしこれがそうなのだとしたら…!!」

 

 と、遠くから聞こえてきた声。

 その声はまるでドラマやゲームなどでしか聞いた事の無い悲鳴のようなものであったが、3人は今までの境遇からそれが非現実的なものでは無いと理解でき、揃って顔を見合せる。

 声が聞こえてきたのは、学園の正門の方から…中庭に居た3人はその悲鳴の正体を確かめるべく正門に向かって走り出した。

 そうして辿り着いた先では、広大な筈の正門がまるで狭いとでも言わんばかりの数のトリロバイトとギーガー2体が外から押し寄せて来ていた。

 

「やっぱりマギア…それにあの大きいのは…!?」

「巨大ロボット…向こうも本気という事なのでしょうか…!?」

「どうしよう…!?」

 

 本来彼等の相手を担当する筈の或人は、まだ学園に着いていない。

 唯一の希望たる存在が側に居ない事と、未だ見た事の無い数の敵が襲来しているという事実が合わさり、特に歩夢を筆頭に3人の心に動揺が走る。

 

「っ…落ち着いてください歩夢さん、向こうの狙いは私達の筈です…少し危険ですが、学園に被害が出ないよう私達が囮になりましょう!」

 

 しかしせつ菜が気を震い立たせ、現状を打開する策を提案した。

 それは相手の狙いが既に明白である事を利用した作戦であり、自らそう言ったように危険が伴うものであった。

 しかし幸いな事に敵方の動きは見る限りではそこまで速く無い…それがまだ自分達の事を察知していないからという可能性は十分にあるが、それでも何もせず立っているよりは動いていた方が遥かに良いであろう。

 侑も歩夢も、作戦を説明するせつ菜の姿に段々と落ち着きを取り戻したのか、最後の方には普段の平静さを取り戻した瞳の色を持ちながら、せつ菜の提案した作戦に首を縦に振った。

 ならば侑は或人に連絡を、そして自らと歩夢で実際にあのマギア達を誘導しようと続く言葉を口にしようとしたせつ菜。

 しかしその言葉は彼女の口から実際に続く事は無かった。

 

「えっ…!?」

 

 再び聞こえた悲鳴。

 その悲鳴が聞こえた方へ視線を向ければ、何とそこではトリロバイトに手を掴まれ押し倒されている生徒の姿が。

 

「なっ!?どうして…!?」

 

 あのマギア達は自分達スクールアイドルを狙いにしている筈…しかし今目の前ではそれとは全く違う光景が拡がっていた。

 スクールアイドルでない生徒も襲われる…その事実を後押しするように、方々から同じ様な悲鳴が次々と聞こえ始める。

 今まで立てていた法則が崩れ、そしてそれ以上の脅威が拡がる現実に暫し唖然とする3人であったが、先程押し倒された生徒の上に乗るマギアがその手にナイフを握った事で侑の気が引き戻された。

 

「っ!?危ない…!!」

「侑ちゃん!?」

 

 なりふり構わず走り出す侑…その行き先は目先のマギアと生徒。

 全速力で走る彼女は、その勢いを全く抑えずに目一杯マギアへとぶつかった。

 

「くっ…!?」

 

 機械という全く緩衝の無い存在にぶつかった事で、身体に痛みが伝わる。

 思わず表情を歪める程の痛みであったが、それ故にぶつかった対象にもその衝撃が伝わり、マギアを転倒させて生徒の上から降ろさせる事は出来た。

 

「逃げて!!」

 

 間髪入れず襲われていた生徒を起き上がらせる侑。

 背中を押して無理矢理逃げさせて…しかし安堵する間も無く射し込む影が。

 

「侑ちゃん!!」

「侑さん!!」

「っ…!!」

 

 歩夢とせつ菜に腕を引っ張られ、今度は侑が無理矢理身体を動かされる。

 そして侑が居た場所に、先程転ばしたマギアが手に持つナイフを深々と地面に突き刺していた。

 間一髪命の危機を逃れた事に一息吐きそうになるも、気付けば周りを囲まれ切迫した状況が続く。

 じりじりと、だが確実に迫ってくる身の危険に3人は手を握り、身体を寄せ合い、込み上げてくる恐怖心を必死に隠そうとする。

 と、さらにその恐怖心を掻き立てるかのように、どこか遠くの方から凄まじい轟音が響いてきた。

 

「今度は何!?」

 

 次から次へと変わり行く状況に、歩夢は焦燥とした声を上げる。

 しかしその轟音を立てているものの正体は、決して彼女達を貶めようとして響いているものではなかった。

 

「あれは…!?」

 

 音の出所は空から…そしてそんな空を見てみれば、街の方角から何かが学園の方へと向かって飛んできている。

 その何かとは巨大な機械であり、やがて学園付近の空に停留したその上から見知った人型が飛び降りた。

 

「変身!!」

 

 その人型の正体たる或人…ゼロワンは既に終わっていると見える工程の最後を飾る、キーをベルトへ装填する動作を実行する。

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 そしてベルトがキーの情報を認識したその時、それまでの比にならない程の衝撃が場に走る。

 空中から飛び降りるゼロワン…その頭上で機械がその形を変える、変身する。

 飛行機のようなシルエットだったそれはやがて腕を持ち脚を持ち、最後にはゼロワンのそれを模した頭部を得る。

 

 

 

 

【 Giant Waking! 】

 

 

 

 

 そう、これがこの機械の真の姿。

 その身に意匠としてあしらわれている、既に絶滅しこの世を去った存在のようにはさせまいと、その機械は救うべき人々と同じ似姿を得て、その命を守る盾となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレイキングマンモス!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン ブレイキングマンモス"

 

 

 

 

【 Larger than life to crush like a machine. 】

 

 

 

 

―その巨体は、決して退かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えぇ!?」」

「こっちもロボット!?カッコいいです!!」

 

 突如として現れたその切札に侑と歩夢は驚愕から、せつ菜は興奮から身を仰け反らせる中、或人は着地した先に拡がっている光景に思わず絶句してしまう。

 

「スクールアイドルじゃない生徒も襲われてる…!?」

 

 大量のトリロバイトに襲われる生徒達が、辺りを見渡す限りに居る。

 滅との会話で懸念されていた事がこうも早く現実になってしまうとは…。

 

『おい!?どういう状況だこれは!?』

「悪い兄貴、時間が無くて…とにかく、兄貴は目の前のこいつらをお願い!!」

 

 ともかく、生徒達を助けなければ。

 或人はこちらに矛先を向けてきた敵を雷電駆るブレイキングマンモスに任せると言い放ち、自らは侑達3人の下へ向かっていく。

 

『何だよクソッ!!先に言ってくれりゃライザー持ってきたってのによぉ!!』

 

 そんな或人の無茶な頼みに雷電は憤慨しながらも、この状況は見過ごせないとして頼みに応じるべく機体を動かす。

 胸部に備え付けられている装備、"グレインゴット"を切り離し、それを手に持つ事で武器と変え、トリロバイトとギーガーに向かって突き進む雷電。

 その甲斐あってか、或人は邪魔が入る事無く3人の下へ辿り着く事が出来た。

 

「皆大丈夫!?」

「社長さん…はい、私達は無事です!」

「でも他の皆が…!」

 

 言われ、改めて辺りを見回す。

 そこかしこから響く悲鳴が、そしてその悲鳴を上げている生徒達の恐怖に顔を歪める様が、或人の心に深く突き刺さる。

 

「大丈夫、俺が助けるから…皆は助けた子達と一緒に逃げて!!」

「あ、ちょっ…!?」

 

 次の瞬間、或人はその場から弾かれたように動き出した。

 まずは一番近くの襲われている生徒に向かって、一心不乱に。

 

【 アタッシュカリバー! 】

 

「その子を離せ!!」

 

 そして即座に武器を振るい、トリロバイトを生徒から引き離す。

 それを二、三と繰り返していく或人であるが、その流れは突如背中に走った衝撃によって途絶える。

 

『隙ありぃぃぃ!!』

「痛ッ!?」

 

 転げた先で浮かぶ疑問。

 恐らく敵からの攻撃であろうが、トリロバイトからのものにしては威力があり過ぎる。

 ならばと背を向けていた方へ視線を向けると、まさにその答えを示す緑色の装甲を纏うマギアの姿がそこにあった。

 

『へへッ…!!』

「あいつ…!」

 

 ベローサマギア…その手に携える鎌からの一撃が、先程の攻撃の正体だ。

 雑兵(トリロバイト)達の中に紛れていた名の有る敵を前に、或人は倒れていた身体を起こして身構える。

 

『フハハハハハ!!』

「ッ!?危ねっ!?」

 

 しかし視界の端から感じた危機に彼は横に向かって身を投げ出し、再度身体を地へ伏せさせる。

 再び或人を襲った危機の正体は、上空からベローサの隣へと並び立った紫色の翼。

 

「もう1体…!?」

 

 直ぐに立ち上がった或人であるが、続けて現れたオニコと名の付くマギアの姿を見て、思わず身構えるのを忘れてしまう。

 大量のトリロバイト、そして続け様に現れるマギア達…そこから導き出される、予測したくない可能性。

 

『フンーッ!!フゥゥゥン!!』

「ッ!?くっ…!!」

 

 瞬間、横から迫り来る再三の危機を感じた或人。

 アタッシュカリバーを盾にすると、直ぐ様重たい衝撃が彼を襲う。

 盾にしたカリバーの先に居る、今も或人を突き飛ばそうと躍起になっている脅威の正体は、マギアの中でも特に力の強い個体である"マンモスマギア"であった。

 生半可な攻撃では傷1つ付かない鉄塊のような装甲を持つそのマギアの突進、防いでいなければどうなっていた事か…。

 

「ッ…ゼア!!」

 

【 プログライズホッパーブレード! 】

 

 或人は仮面の中で冷や汗を掻きながら新たにホッパーブレードを生成し、二刀を用いる事でマギアの突進をどうにかいなす。

 そしてブレードの柄尻を本来プログライズキーを挿入する箇所である、アタッシュカリバーの"ライズスロット"に差し込む。

 すると2本の剣が連結し、1つの長大な双刃剣となる。

 

【 ドッキングライズ! 】

 

「はぁっ!!」

 

【 ギガントストラッシュ!! 】

 

 連結が完了すると、或人は直ぐ様ブレードの方のトリガーを引き、必殺技を発動。

 強大なエネルギーの斬撃波が3体のマギアを切り裂き、吹き飛ばす。

 痛手を与えられ、距離も取れたとして或人は今度こそ態勢を整えて追撃せんとする姿勢を見せるが…。

 

『何処見てんだよォ?』

『こっちにも居るんだよ!』

 

 背後、左、右と…四方から続々と掛けられる、機械的な声。

 その正体は、もはや見ずとも明らか。

 

『掛かったなゼロワン!』

『もう袋の鼠だよ、お前は!』

 

 

 

 

 背後からビカリアマギアとエカルマギア。

 

 

 

 

 左からクエネオマギアにガエルマギア。

 

 

 

 

 右からネオヒマギアとアルシノマギア。

 

 

 

 

 そして正面にベローサ、オニコ、マンモスマギア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうよ、勢揃いだ…最高だろ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名だたる悪意が、或人に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹ヶ咲学園が戦火の只中に在る一方、東雲学院に迫っていた脅威は既に決着の時を迎えようとしていた。

 

「これで終わりだッ!!」

 

 あれだけ巨大な敵であったギーガーもその身を蜂の巣にされ崩れる中、残るはトリロバイト数体。

 そんな文字通り敵を一網打尽にしてきた不破は残る風前の灯火を吹き飛ばさんと、ライザーの後部から突き出ているアサルトグリップのスイッチを勢い良く押した。

 

Assault(アサルト) Charge(チャージ)! 】

 

 そしてライザーをトリロバイトに向ける不破。

 その銃口には普段のそれとは比ぶるべくもない、紺碧色をしたより強力なエネルギーが迸る。

 

「はぁあ!!」

 

 狙いとなっているトリロバイトがそこから先の行動へは移させまいと蠢くが、もう手遅れだ。

 躊躇無く、慈悲も無く、引き金は引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マ グ ネ テ ィ ッ ク

ブ ラ ス ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、銃口から姿を現した弾丸。

 それはやがて紺碧色の大狼へ姿を模し、トリロバイトへ向かっていく。

 普段のそれならば複数の弾丸が青狼となり群れを成すものだが、アサルトウルフのそれはたった一頭だけで目の前の敵を蹂躙せんとしている。

 たった一頭なれど、纏う力はその群狼よりも遥かに強いのだ…そんな力を前にトリロバイト如きが抵抗など出来る筈も無く、その大狼が通り過ぎた後には鉄屑しか残らなかった。

 

「ふぅ…。」

 

 この場に息吐く存在は、己1人となった。

 もっとも、相対していた存在がそもそも息吐くなどという、生きていると言えるようなものだったかと問われれば、そんな事は無いだろう。

 奴等は人間ともヒューマギアとも違う…生命を脅かすただの機械だ。

 そう自問自答しながら変身を解除し、事の終結を少女達に伝えようとして踵を返した時だった。

 

「ッ!?ぐぅ…!?」

 

 瞬間、身体の奥底から込み上げてくる不快感。

 手足が痺れ自由が効かなくなり、息苦しさが止まらなくなる。

 急速に拡がった身体の異常に堪らず口を開いて喘げば、開いた口からはピシャリと赤い鮮血が…吐血したのだ。

 普通の人間ならば冷静さを失うものであろうが、不破はその飛び散った血を見て既視感を覚え、苦笑いを浮かべる。

 

「成程、こいつが刃の言っていた反動って奴か…。」

 

 ヨロヨロとした足取りで近くの壁へ向かい、そこに背を預けて座り込む。

 懐かしい感覚である…アサルトウルフの力を使い初めて間もない頃も、このように血を吐いたものであった。

 使い続ける内に身体が慣れ始め、次第にそのように苦しむ事は無くなったが、そういった経緯を経てなおこうして苦しむのは、余程調整が間に合わせだったという事だろう。

 昔の自分が使っていたら一体どうなっていた事やらと嘲笑を浮かべる不破…するとライズフォンに着信が入る。

 電話を掛けてきたのは、唯阿だ。

 

『不破、そっちはどうだ?』

「あぁ、今終わった所だ…。」

『大丈夫か?肩で息をしているように聞こえるが…?』

「なに、お前が言ってた奴を身に染みて味わってる所だ…。」

『アサルトの反動か…分かった、後でグリップを渡してくれ。調整に掛けよう。』

 

 電話越しに聞こえる唯阿の声は、心無しか普段の気迫が薄れている…彼女なりに心配をしてくれているのだろう。

 いつもは意見の相違からいがみ合う事も少なくないが、こういった様子を見ると毎回無茶と言われる己の行動に付き合わせてしまっている事を申し訳無く思う。

 まぁ、だからと言って考えを変えるつもりは無いが。

 

「他の所はどうなってるんだ?」

『まだ分からない。社長からも亡からも連絡が…っと、噂をすればだな。』

 

 そんな事より現状だ…話では東雲(ここ)以外の場所にもマギアが押し寄せてきていると言っていた。

 連絡を掛けてきたという事は唯阿の居る藤黄学園は問題無いのだろう…ならば他の場所はと聞いてみれば、どうやら丁度良く亡から連絡が来たそうだ。

 そちらの話を聞く必要があるから、しばらくこちらとの連絡は保留となると見込み、不破は今の内に傷付いた身体を休ませようとしてゆっくり力を抜いていくが…。

 

「不破さん!?それは…!?」

「ん…?おぉ、お前らか。安心しろ、奴等は俺が全部ブッ壊した。」

 

 戦火の音が途絶えたからか、避難していた少女達がここまでやって来た。

 正直動くのも億劫であった為、内心ありがたいと思いながら伝えたかった事を伝えるも、少女達の表情は揃って青ざめており、安堵したといった様子が全く見られない。

 それが何故なのかと、不破はその理由が分からず訝しむ。

 するとしずくが震える指先で彼の事を差しながら言ったのだ。

 

「で、でも不破さん血だらけじゃないですか!?どこか怪我したんじゃ…!?」

 

 それを聞き、あ?と疑問符を浮かべながら自身の身体を見てみれば…赤い染みの付いたスーツに、同じく真っ赤に変色したシャツが視界に写る。

 そう言えば口元にはまだ乾ききっていない血が付いて…。

 

「あ…いや待て!これは違…っ!?ゲホッ!!ゲホッ!!」

「ぎゃぁぁぁ!?血ぃ!?血ぃ吐いたぁぁぁ!?」

「横になってください!!安静にして…私、保健の先生呼んできます!!」

「彼方ちゃんは救急車呼ぶね~!!」

「だから待て!!俺は別に何とm「良いからじっとしててください!!」…お、おう…。」

 

 後はもう、見ての通り聞いての通りだ。

 遥に怒鳴られ縮こまる不破…未だ繋がっていた通話の先から聞こえてきたその会話に、唯阿はどこまでも世話の焼ける男だ…と溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫ですか、唯阿?溜め息が聞こえましたが…。」

『すまない、不破の方で少しな…それで、そっちの状況はどうだ?』

「はい、先程戦闘が終わりました。宮下 愛…彼女も無事です。」

『そうか、よくやってくれた。滅と迅にもよろしく伝えておいてくれ…2人は今どうしてる?』

 

 視点は変わって下町、亡の居る場所へ移る。

 A.I.M.S.が作戦時の指令室として使っている専用車両から外の様子を窺えば、既に他の隊員が破壊されたトリロバイトやギーガーの残骸を回収していたり、警察に現場の後処理を依頼する連絡をしたりしている。

 

「その事で、滅から話したい事があるそうです。」

『話したい事…?』

 

 そして一番の貢献者である2人はと言うと、迅は避難した愛を迎えに行っている為この場には居らず、滅は唯阿と話したい事があるという理由で隣に居り、亡はそんな滅に通信機を渡して席を譲る。

 

「刃 唯阿だな?」

『あぁ、久し振りだな。それで話とは?』

「状況を確認したい。こちらは宮下 愛を狙って多数のトリロバイトとギーガーが襲来した…お前達の方はどうなっている?」

『今私が居る藤黄学園と、不破の居る東雲学院にも同じ構成の敵が来た。狙いは恐らくお前の所と同じだろう。もうどちらも敵は片付け終わっているが…。』

 

 唯阿と滅は今回が久し振りの再会となる…声だけだが、互いにご無沙汰だと掛け合い、しかしすぐに現在起こっている騒動について話しを始める。

 

「飛電 或人…虹ヶ咲学園はどうなっている?」

『…まだ連絡が付かない。』

 

 その中で2人が懸念しているのは、未だ何の連絡も付かない或人…ひいては虹ヶ咲学園の現状だ。

 

「トリロバイトとギーガーだけで俺達を止める事が出来ないのは、奴等も分かっているだろう…奴等の本当の狙いは、同時攻撃による俺達の連携の妨害だ。」

『仮に学園の方にも同じ構成の敵が現れたとして、社長の装備ならばもうとっくに終わっている筈だ…。』

 

 基本となるライジングホッパーに、空中戦闘を可能にするフライングファルコン、水中戦と近接戦の能力を向上させるバイティングシャーク…他にも様々なキーと装備を持っている或人なら、先に襲ってきた規模の敵など造作も無い。

 それでもなお連絡が付かないという事は、何か不祥事が起きて連絡の暇が無いか、或いは未だ襲撃の最中に居るか…。

 

『やはり、奴等の狙いは社長の居る虹ヶ咲学園か…!』

 

 いずれにしても、そういう事だろう。

 今頃学園の方は混迷を極めている筈…まんまと敵の狙いに嵌まっている事実に、唯阿は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている事だろう…その声色で明らかだ。

 

「俺達はこのまま虹ヶ咲学園に向かう…お前達はどうする?」

『子供達の安全を確保でき次第、向かう事にする。亡と代わってくれないか?』

 

 しかしそうと分かればこちらも動く事が出来る。

 唯阿から頼まれた滅は亡に通信機を返し、そのまま車両の外に出る。

 

「代わりました、亡です。」

『亡、チームを2つに分けて、それぞれ東雲と藤黄に向かわせてくれ。私と不破は虹ヶ咲学園に戻る。』

「分かりました。」

「迅、行くぞ。敵の狙いは虹ヶ咲学園だ。」

「分かった。まだ連絡が付かないだなんて、ゼロワン相当苦戦してるね…!」

 

 車内では唯阿から指示を受けた亡が忠実にその任をこなし、外ではちょうど帰ってきた迅と共に滅が学園へ向かい始める。

 

『不破、そっちにA.I.M.S.が向かった。子供達の事は任せて、私達は虹ヶ咲学園に行くぞ…社長の援護だ。』

「あぁ、休憩は終わりだ!」

 

 そして唯阿は不破へ事の次第を伝え、不破はそれを受けて救急車へ運ばれそうになっていた身体を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この騒動は、もうじき終焉を迎える。

 その先に一体どんな現実が待ち受けているのか…今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…!!」

 

 そして虹ヶ咲学園…その正門では、未だに飛電 或人=仮面ライダーゼロワンとマギア達による戦闘が続いていた。

 しかしその戦況はマギアの方が優勢となっていた。

 

『ほらどうしたよ!』

『後ろががら空きだぞ!』

「ぐっ…あ…!?」

 

 それもそうだろう…或人が1人なのに対してマギアは何体も居る。

 四方八方から迫る攻撃を捌ききるのは、如何に戦い慣れている或人であっても無理がある。

 故に或人はこの状況を打開しようとして銀色のバッタが描かれているプログライズキーを手に取るも、起動しようとした所ではたと手を止め、終いにはそのキーをしまった。

 確かに今取り出したキーは絶対的不利であるこの状況を優に覆す程の力を持っているが、同時に威力が有り過ぎて周囲に被害が出かねない危うさも秘めている。

 そして今或人の周りには傷付けてはならない、守るべき子供達が居る…この力は使えない。

 今求められるのは、1体1体を素早く正確に倒せる力。

 

「兄貴!!シャイニングホッパーを使う!!出来るだけ敵を倒して!!」

 

 決断するや、或人は金色のバッタが描かれているキーを取り出し、同時にベルトを操作して必殺技を発動する。

 

ブレイキング! インパクト!! 】

 

『応よッ!!』

 

 ベルトからの情報を受信し、機体の出力が上がる。

 雷電は相手にしていたギーガー2体を蹴り飛ばすと、そのまま両腕を空へ向けて突き出す。

 すると両腕に付属している小盾"マンモスプレッサー"を固定する装置が外れ、空の彼方まで飛んでいく。

 そして機体を離れた事でマンモスプレッサーに掛けられていた量子圧縮の機能が解除され、上空で日の光を遮る程の大きさを誇る2枚の板が出来上がる。

 その真下には、複数のトリロバイトと先に蹴り飛ばしたギーガー2体。

 

『これでも…喰らえ!!』

 

 雷電はその出来上がった板の上目掛けて機体を飛ばし、全力で飛び乗る。

 2枚の板は飛び乗った機体の重さに逆らわず、真下に向かっていく。

 技と見るには少々無骨ではあるが、その巨大さ故の圧力は正しく必殺。

 眼下の敵もそれを分かっているのか、ギーガーが何としてでも言うように上から迫り来るそれを受け止めようとするが、いざ受け止めてみればその瞬間に機体の節々から火花と機体が破壊されゆく音が聞こえてくる。

 

『もういっちょぉぉぉぉぉ!!』

 

 それでもなお生き延びている敵を完封する為、雷電は再び機体を飛び上がらせ、バーニアを逆噴射して再度板に機体の全体重を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブ レ イ キ ン グ イ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その駄目押しの一撃に耐えきれず、支えとなっていたギーガーはバラバラに砕け、そして支えを失くした事で2枚の板は完全に地面へ激突し、そして陥没した。

 付近に局地的な地震を起こす程のそれに板の真下に居た者が耐えられる筈も無く、再度量子圧縮によってサイズダウンしたマンモスプレッサーを退けた跡地は、見るも無惨とも言える程であった。

 

「雑魚は倒した!!後は任せたぞ!!」

「ありがとう!!兄貴は助けた生徒の皆を!!」

 

 その後雷電は機体から降り、機体はそのまま飛行形態となって上空で滞空する。

 そして或人はそれを確認するが早くベルトからキーを抜き取り、先に手にした金色のキー…"シャイニングホッパープログライズキー"を起動する。

 

Shining(シャイニング) Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 ベルトにキーの情報を認識させ、展開したキーを真上に掲げる或人。

 するとキーの先からエネルギーで出来た円形の模様が拡がる。

 そしてその模様が拡がり終わると、或人はキーを掲げる手を捻った。

 まるで鍵を開けるようなその動作に、展開されている模様も合わせて形を変え、やがてそこから見慣れたライダモデルのバッタが飛び出した。

 

「あのバッタ大きい!」

「光り輝くバッタ…これは、強化変身の予感…!?」

 

 しかしそのバッタは影から覗く侑達も言及したように、ただのそれでは無かった。

 飛び出したそれの下にもう1体、さらに巨大かつ全身から光を放つ黄金のバッタが現れたのだ。

 既存のそれを背に嘶きを上げる姿からせつ菜がそう感じたように、この黄金のライダモデルこそ或人が、この闘争が、そして物語そのものが次のステージへ進む為の標となる。

 

 

 

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 

 

 

 ベルトへキーを挿入し、そして或人が手を振るえば、その先から光の網が伸びて2体のバッタを生け捕りにし、やがて或人の身体と融合させる。

 

 

 

 

【 The rider kick increases,

the power by adding to brightness! 】

 

 

 

 

 身に纏われる下地は普段のそれより筋骨隆々とし、装甲はより鋭角的なデザインとなる。

 正面から背部に向けて伸びる推進器"シャイニンググラディエーター"が目を引くその姿は、どんな闇をも消し去る光の使者としての姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャイニングホッパー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン シャイニングホッパー"

 

 

 

 

【 When I shine. Darkness fades. 】

 

 

 

 

―本当の戦いは、ここからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わった…!」

「やっぱり!!ゼロワンのパワーアップ形態ですよ!!」

 

 露となったシャイニングホッパーの姿に未知の興味と希望を見出だし興奮する侑とせつ菜。

 対して或人の周りを囲うマギア達はその姿に警戒しているのか言葉を発する事は無い。

 ただじっと、どんな挙動も見逃さないと言わんばかりに或人に視線を捧げて…。

 しかしそんな一同の前から或人の姿は突如として()()()

 

『ッ!?』

『な、何だ!?』

 

 パッ…と、何の予兆も無く忽然と姿が消えた事実に誰もが目を丸くしていると、代わりにマギア達の周りにシャイニングホッパーの姿をした幻影のようなものが次々と現れ始めた。

 いずれもマギア達に向かって今にも攻撃を仕掛けるような態勢を取っており、マギア達の間で警戒の色が強まる。

 

『ぐあっ!?』

『なに!?』

 

 するとマンモスマギアが途端にあらぬ方向へと弾け飛んだ。

 その具合から或人の攻撃によるものだろうかと皆マンモスマギアが居た場所へ目を向ける…だがそこに彼の姿は無い。

 

『うがっ!?』

『な、なんだぁ!?』

 

 と、今度はガエルマギアが…そして間髪入れずにネオヒ、オニコと吹き飛ばされていく。

 いずれも或人の姿は見えない…しかし確実に彼の術中に嵌まっているとして、マギア達は狼狽する。

 

『は、速い…!?』

 

 或人は今、"シャイニングアリスマテック"という機能を活用している。

 これはシャイニングホッパーに搭載されている演算処理能力を指すものであり、ラーニングした情報に基づき約25000にも及ぶ相手の行動パターンとそれに対する対抗パターンを割り出し、その中から最適な行動を算出するという代物だ。

 その算出速度は凡そ0.01秒…そんな超高速演算処理能力とシャイニングホッパーが併せ持つ機動性を駆使する事で、彼はこの不可視の範囲攻撃を編み出しているのだ。

 

「凄い…!!」

「どんな不利な状況からでも逆転する…パワーアップ形態のお約束です!!」

 

 そんな理屈などはただ見た所で到底理解出来る筈も無いが、それでも目前まで迫っていた絶望が希望に塗り替えられようとしているその光景に侑達3人は歓喜の声を上げ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、本当に凄いわよね。勝てる筈も無い戦いをいつまでも続けて…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ気付かなかったのだ。

 目の前の希望にばかり夢中になって、すぐ側にまで迫っていた真の恐怖に。

 

「え…っ!?」

 

 少女達3人の隣に突如として現れた、黒いドレスを着た女性。

 その女性が纏う妖しげな雰囲気に危険を感じたのか、彼女達は思わずその場を後ずさるも、女性はその空いた距離をすぐに詰めた…侑の首根を思いきり掴む事で。

 

「侑ちゃん!?」

「貴女、一体何を!?」

 

 その突然の行動に歩夢とせつ菜が動揺する中、女性は向けられた視線を一切気にせず首を掴んでいる手を徐々に上へと上げていく。

 

「そして貴女達人間も、いつまでも平和で居られると思い込んで…。」

「な、なにを…!?」

 

 女性の力はとても強い…首を掴む手の力も、腕を上げる力も、とてもその細腕からは想像も出来ない程に。

 侑が苦しいからとどれだけ抵抗しても、気道が押し潰されんばかりの力で締め上げられ、身体はやがて地を離れて宙吊りとなる。

 

「や、止めてください!!」

「侑さんを離してください!!」

 

 それは歩夢やせつ菜が止めに入っても全く変わらず、女性はそれまで気にしていなかった2人の事を一瞥すると、鬱陶しそうに空いている手を払った。

 

「「きゃあっ!?」」

 

 見た限りではごく軽い手の振るい…しかしそれだけで2人は大きな衝撃に見舞われたかのように吹き飛ばされる。

 それはとても、とてもただの人間が出来る行為では無い。

 

「だから私が、思い知らせてあげる…。」

「あ、ゆむ…せつ…な…ちゃ…!!」

 

 飛ばされた先で身体を打ち付けたのか、痛々しい様子で身悶えしている2人。

 そんな2人を案じて侑は苦しく手を伸ばすも、その手は全く届く事は無い。

 そしてそのように喘いでいる3人を見て、女性はニタリとほくそ笑む。

 その必死に抗おうとしている様が、実に滑稽であると。

 

「ッ…或人さん!!侑さんが!!」

「えっ…!?」

 

 と、せつ菜が決死の想いで声を上げる。

 なりふり構わず張り上げたその声は、彼女が今まで生きてきた中で発したどの声よりも大きく響き、名を呼んだ彼の耳にも届いた。

 その声を聞いてマギアへの攻撃を中断し、そちらへと目を向ける或人。

 仮面ライダーに変身した事で圧倒的に上がっている視力で、彼女達の身に起きている事を察知する。

 

「お前は…!?」

 

 しかしそれでもすぐに行動を起こす事は彼でも叶わなかった。

 何せその視界に収めた、少女達を貶しているその存在が、とても目にするのが信じられない者の姿であったからだ。

 

 

 

 

「アズ…!?」

 

 

 

 

 "アズ"…かつて或人達の敵としてその姿を見せた、謎の存在。

 彼女は或人が自身を見て驚愕している事に、ほくそ笑んでいたそれを中の白い歯が見える程に大きなものへと変えた。

 そうやって予測通りの反応を示してくれる事が、堪らなく快感であると。

 

「この世界に、あなた達が望む未来なんて無い事を。」

「アズ!?テメェ…!!」

 

 生徒の救出に回っていた雷電も事態に気付き侑の下へ向かおうとするも、それまで生徒を襲っていたトリロバイトが急に道を塞いで彼を阻む。

 まるで予めそう命令されていたかのように。

 

「夢も、希望も、この上無い悪意によって沈む事を。」

「アズ!!ッ…邪魔するな!!」

 

 或人も侑の危機を救おうとするも、ここぞとばかりにマギア達が間に入って邪魔をする。

 まるでこれこそが本来の目的であるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全ては…。」

 

 アズが侑の胸元に指を当てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…!!」

 

 或人達を、侑達を、誰もを嘲笑うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん!!」

 

 そして胸元に当てたその指先から黒い禍光が走り…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めろぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アーク様の意思のままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

侑の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゙…っ…!?」

 

 つつ、と侑の口から紅色の線が滴り落ちる。

 そして同じ色の染みが胸元に大輪を咲かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 誰もが目を見開いていた…その事実を起こしたアズ、彼女を除いて。

 彼女が手を離す…その手の中に居た侑の身体がするりと抜け落ち、地へと横たわる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆう…ちゃん…。」

 

 誰もがそれを認められなかった…その事実を引き起こし、満足げにその場を去ろうとするアズ、彼女を除いて。

 まるで力というものが見られない、今の侑の姿を。

 それを証明するようにだんだんと瞼が閉じられていく、その姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……――。」

 

 高咲 侑の身に起きた、その事実を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃんッッッ!!!」

「そんな…しっかりしてください侑さん!!!」

 

 目の前で微塵も動かなくなった侑に堪らずすがり付く歩夢とせつ菜。

 対して或人と雷電は受けた衝撃から呆然とするばかり。

 特に或人は余程なのか産まれたばかりの小鹿のように脚が震えている。

 

『へへ…やったぁ~。』

『オラどうしたよ?助けに行かなくて良いのかよ?…あ、そうか助けられなかったんだもんな、じゃあしょうがねぇよか!』

『ありゃ死んだだろ、間違いねぇ!』

 

 そんな或人の脚を蹴るマギア達。

 嘲笑と共に行われたそれは軽く小突く程度のものであったが、今の或人の身体はそれだけで支えを無くして膝を付く。

 

『ほら、さっきまでの威勢はどうしたよ?何か言ったらどうなんだ?』

 

 それを見て気を良くしたマギア達はさらに或人を貶す為に彼の側を寄ってたかる。

 しかし反応が無い…試しにクエネオマギアが彼の頭を掴んでグラグラと揺さぶったりしても、何の反応も示さない。

 予想の遥か以上に堪えてしまったのだろうか…これにはマギア達も拍子が抜け落ちたと言わんばかりに互いの顔を見合おうとした…その瞬間であった。

 

『…あん?』

 

 不意に、バキャリという音が聞こえた。

 何か盛大に物が壊れたようなその音が何なのか分からず、マギア達は先に思い浮かべていた感情とは別の意味で互いの顔を見合った。

 今の物音が何なのか知る者は居ないかと、1人1人の顔を見合って…やがて全員が異変に気付いた。

 足りない…1人足りないのだ。

 見合ったその顔触れに、1人足りない者が居る。

 それは今一番或人の側に居る筈のクエネオマギア…。

 と、今度はドサリという音が聞こえた。

 明らかに何かが倒れた音が、すぐ側から…。

 

『なっ!?』

『こいつ…!?』

 

 今度はすぐに気付いた。

 或人の側で、首から上を無くしたクエネオマギアがその場に倒れたのだ。

 そして或人は…先程までだらしなく下げていた腕を上げていた。

 それはちょうどマギアの頭部があった位置なのだろう…腕の中程に、顔面を貫かれたマギアの頭部があった。

 

「う…ぅう…。」

 

 途端に変わった状況にマギア達が一斉に一歩退く中、僅かに声を発し立ち上がる或人。

 腕に纏わるマギアの頭部を力尽くで引き剥がし、乱雑に地面へと投げ捨て…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―守ってみせる、必ず…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 叫ぶ、叫ぶ。

 喉が潰れんばかりに声を上げる或人。

 そしてそれは、とても悲しく響くものでもあった。

 

【 オーソライズバスター! 】

 

 立ち上がり、刹那に取り出したのは新たな武器"オーソライズバスター"。

 2通りの形態に変形する事で遠近共に隙を生まないこの武器を斧の形で召還し、同時にライジングホッパーキーを武器のスロットに装填する。

 

【 Progrise key confirmed. Ready for buster. 】

 

 閃光が刃に纏わり、そして一閃。

 

【 バスターボンバー!! 】

 

『ぐあ…ァ…!?』

 

 その矛先は、エカルマギアへ。

 そして振られた刃はマギアの胴を横に断ち、瞬時にマギアを戦闘不能の身体へと変える。

 

『野郎…っ!?』

 

 同族がやられた事に憤慨したか、オニコマギアが殴りに掛かるも、或人はシャイニングホッパーの高速移動で姿を眩ます。

 

【 ゼロワンオーソライズ! 】

 

 行方の分からなくなった或人を探して方々を見回すマギアだが、高速移動を繰り返す或人の事は捉えられない。

 

【 ゼロワンボンバー!! 】

 

『いがぁぁぁぁ!?』

 

 やがてガエルマギアの目の前に現れた或人は武器を相手に押し当て、無理矢理下ろす。

 袈裟掛けに切られたマギアが断末魔を上げて爆発する。

 

『こ、こいつ…!?』

『容赦がねぇぞ!?』

 

 その情けの欠片も無い有り様にマギア達はそれこそ先程までの威勢など何処へといった様子で逃げ出そうとする者まで現れる。

 

「逃がさない…!!」

 

 しかし或人は仮面の下でギラリと睨むや、武器を放り出してベルトのシャイニングホッパーキーを力任せに押し込む。

 

シャイニング! インパクト!! 】

 

 光を纏い、縦横無尽に戦場を駆け巡る或人。

 その光に触れる度にマギア達は弾き飛ばされ、身を削られ、操り人形のように宙を舞う。

 

『フフ…フハハハ!!だがこれで良いんだ!!追い詰められたな、飛電 或人ォ!!』

 

 それは単なる負け惜しみか、或いは事実に裏打ちされた確たる煽りか。

 いずれにせよそれは或人の心をさらに逆撫で、そして…。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャ    

      

        

          

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこりゃ…。」

 

 虹ヶ咲学園に到着した不破と唯阿。

 しかし彼等はその先に拡がる光景に思わず足を止めてしまった。

 建物は無事だ…戦闘による傷は1つも付いていないと見て分かる。

 しかしそれよりも手前の、学園の正門付近はまさに荒地となっていた。

 至る所が陥没し、凸凹となった地面。

 本来そこに立っていた筈の、学園の名が刻まれた碑が何処にも見当たらぬ程に壊された外塀。

 

「滅、迅…一体、何があった…?」

「…ゼロワンだよ。派手にやってたね。」

「なに…?おい待て、社長がこんな事する訳が…!」

「高咲 侑だっけ、あの子が重傷を負ってね…怒りに身を任せてたって感じだったよ。」

「重傷!?マギアにやられたのか!?」

 

 これは全てマギアの仕業であろうか…それを知るかもしれない人物である滅と迅が側に立っていたので仔細を尋ねてみると、彼等が最も恐れていた事態が起きてしまった事を告げられてしまい、さしもの不破と唯阿も動揺を隠せない。

 

「いや、アズだ…奴が彼女を狙ったらしい。今雷が彼女を病院へ運んでいる。」

「アズが…!?」

 

 さらにそれを行ったのがあのアズという事で、2人はさらに焦燥に駆られた汗を流す。

 これまで露にならなかった相手の正体が、知る限りで最大の敵の仕業であった事を身に染みて体感した一同は、滅が向ける視線の先に居る者達の姿から目が話せなくなる。

 そこに居るのは俯き、膝を付き、暗く力無い姿を見せる或人と、そんな彼を介抱しようとして、しかしどう声を掛ければ良いか分からぬといった様子でしどろもどろとしているせつ菜。

 

「社長…。」

 

 不破が漏らした、不安とやるせなさに満ち溢れた吐言…それに反応するかのように、それまで反応を見せなかった或人がゆっくりと拳を握り締めた。

 起きてしまった、起こしてしまった事実…その悔しさ、悲しさ、不甲斐なさ…それらを全て恨むかの様に拳を握り…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いきり地へと叩き付けた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃんしっかりして!!!目を覚まして!!!」

「誰か!!この娘を診てくれ!!怪我をしてるんだ!!」

 

 同時刻、学園近くの病院に歩夢と雷電が転がり込んだ。

 そんな雷電の腕に抱えられ、必死な様子の歩夢に呼び掛けられているのは、今も流れる血が止まらない高咲 侑という少女。

 まだあまりこの事件に関わっていない雷電とて、この少女がこのまま没する事は良しと思っていない。

 それ故に急患が来たというのに即座の対応が出来ないこの病院の医師達には苛立ちが募る。

 このように患者が来る事を想定していないのか、それとも外に待機させてあるブレイキングマンモスが必要以上に目を惹き付けているのか…いずれにせよ今も消えるかもしれない命を前に判断が遅いと彼は舌を打ちそうになるが…。

 

「私が請け負いましょう。」

 

 ふと、いつの間にか隣に医者を名乗る男が現れた。

 近付いてくる気配を感じなかった事が少しばかり気に掛かったが、男は雷電の事を構わずに彼の抱える少女の容体を見始める。

 

「これは酷い怪我だ…すぐに手術に取り掛かりましょう。皆さん落ち着いて、ストレッチャーを用意して。」

「よし…この子を頼んだぞ!」

「侑ちゃん…!!」

 

 そして的確な指示で近くの看護師達の混乱を収めた男に、雷電は望みを託すように侑を引き渡した。

 治療室への去り際に歩夢へ向け、何も心配する事は無いとでも言いたげに笑みを浮かべた、そんな彼の名札には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"一色(いっしき) 理人(りひと)"と名が刻まれていた。

 

 

 

 



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Program.13「昨日流した ナミダ乾いて」

ありがとうヒロミさん、さようならヒロミさん
第1話からその命を賭け続けた貴方の事を、私達は決して忘れない…



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに居るのは、誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは一体、誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽田空港エリア。

 空港着の国際線が降り立ち、海外から日本へと足を踏み入れる者の中に、その男は居た。

 

「さて…。」

 

 白のズボンに白のインナー、ビジネスバッグに羽織るコートまで白という一色尽くしも良い所な格好をしたその男は、久方ぶりの故郷の景色に感嘆とした声を漏らしながら、迎えに越させていた車へと乗る。

 当然その車体は白、抜かりは無い。

 

「行き先は?」

「飛電インテリジェンスだ。」

 

 男は運転手へ行き先を告げると、自らは優々と後部座席にもたれ掛かる。

 波乱の風が、追って吹き荒れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、アズの奴が動いてたとはな…。」

「あの一件から長らく行方が知れていなかったが…あいつ、まだ何か企んでいるのか…。」

 

 A.I.M.S.本部にて、不破と唯阿の2人が神妙な面持ちを浮かべていた。

 話題となっているのは、これまでに起きた事件の首謀者について。

 

「だが、何で高咲の奴なんだ?今までの事を考えれば、他の奴等を狙いそうなもんだが…。」

 

 これまでに現れたマギアは彼女…アズが仕向けてきたものに違い無い。

 であるならば、その狙いは各所のスクールアイドルであった筈だ。

 普段一番その近くに居るとは言え、高咲 侑はスクールアイドルでは無い…だがアズはそんな彼女を明確に狙ってきた。

 ここに来て狙いを変えてきたという事なのだろうか…しかしながら、もしそうだとしても一体何を考えてその結論に至ったのかが分からぬと不破が疑問を抱いていると…。

 

「それさえも囮、だったのかもしれんな。」

「どういう事だ?」

 

 唯阿はその考えを違うのではと否定してきた。

 彼女の狙いは、初めから一貫していたのではないのかと。

 

「奴にとっては最初から彼女が狙いで、それまで私達の注意を逸らす為にわざと他の少女達を狙わせていた…と考えた方が良いかもしれん。」

 

 もしそうなのだとしたら、自分達は良いように踊らされていたという事だ。

 事実心に決めていた彼女達を守るという誓いも侑が傷つけられた事により瓦解したようなものであり、アズに手玉に取られているようなその感覚に不破も唯阿もしてやられたと苛立ちを隠せない。

 

「だとしてもだ…だとしても高咲(あいつ)を狙った意図が読めない。」

「奴の事だ、単純な理由でないのは確かだろうな。」

 

 首謀者が判明し、しかしそれでも全貌が見えぬ現状は、彼女の存在をより強大で恐ろしいものへと変貌させ、彼等を焦燥へ導いていく。

 

「おまけに、こんなものまで流しやがって…。」

 

 さらにそれを後押しするのは、不破の携帯から流れるある報道。

 その内容は、昨日の各学園へのマギアの襲来…その一部始終であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街頭のスクリーンが、共通した映像とニュースを流している。

 街中、東雲学院、藤黄学園、そして虹ヶ咲学園に於いて、暴走したヒューマギアが生徒を襲ったという報道だ。

 その内容が衝撃的なものであるとして、道行く人達が流れている映像に釘付けになっている中、滅と迅もまた何処かのビルの屋上からその様子を窺っていた。

 

「これまでならば、ああいったモノは即座に消されていたが…それが今でもこうして残っている。」

「今まで情報が規制されてたのも、アズの仕業って事で間違いなさそうだね。」

 

 これらの報道でタチが悪いのが、その全てに於いて相手の主目的…主に被害を受けているのがスクールアイドルであるという事実が伏せられている事。

 これにより世間ではヒューマギアが再暴走し、学生を中心に人間全般の命が狙われているという解釈が為され、必要以上の警戒心が与えられてしまった。

 現在各方面で飛電インテリジェンスへの問い合わせが殺到しており、早い場所ではヒューマギア廃絶を掲げるデモさえ上がり始めている。

 

「迅。」

「分かってるよ、これで掌を返して皆の敵になろうだなんて思ってない。」

「アズを倒し、ヒューマギアのイメージを回復させる。その為には…。」

 

 この件により世間からのヒューマギアの風当たりが悪くなってしまったが、その元凶は人間では無いとして、滅も迅もまだ人間を見限ろうとはしていない。

 アズを倒し、真実を報道すれば、世間に広まる誤解も解ける筈。

 2人はその結論へと至る為に、揃って同じ方角を見る。

 

「…ゼロワンはまだ動けないか。」

「仕方があるまい、あれだけ派手にやればな。」

 

 虹ヶ咲学園。

 昨日の騒動により再び臨時休校となったかの地に、飛電 或人が今向かっている。

 全ては、己が犯した罪に対する贖罪の為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…申し訳ありません。」

 

 飛電 或人が頭を垂れる。

 深々と下げられたその姿勢の先に居るのは、虹ヶ咲学園の理事長だ。

 

「暴走したヒューマギアから我が校の生徒を守る…それがあなた方の役割だった筈です。」

 

 彼女は或人の様子をじっと見つめながら、それだけを口にした。

 それだけで十分なのだ…彼女の想う所を表現し、そして或人の事を責めるには。

 その言葉を前に、或人は何かを返す事など出来ない。

 言葉も、態度も、返した瞬間にそれは起こしてしまった事実から逃げる事になる。

 罪を償おうとする姿勢を、崩す事になってしまう。

 今出来る事は、ただ黙って事実を受け入れる事だけだ。

 

「…結構です、今日の所はこれでお引き取りを。」

「はい…失礼致します。」

 

 そのまま退室を促された或人。

 彼女の言い方に怒りや罵りは無く、強いて言えば呆れや失望といった色が込められていた。

 信頼や信用が消えた、これまで築き上げてきたものが溜め息1つで崩れ去ったような感覚に、或人は部屋を出てから己も深い溜め息を吐く。

 

「俺は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャイニング! インパクト!! 】

 

―はぁぁぁぁあ!!

 

 

 

 

 あの時、名だたる悪意を打尽した或人。

 しかし激情に駆られるままに繰り出された技は制御が効かず、足を付ければ地が抉れ、敵を蹴り飛ばして散った破片は学園の設備を破壊していく。

 そう、虹ヶ咲学園の甚大な被害…その最後の後押しをしたのは、他ならぬ或人だったのだ。

 

 

 

 

―ッ…侑ちゃん!!

 

 

 

 

 そしてまだそれらの状況を理解していない或人は僅かながらに残っている雑魚(トリロバイト)の事など目もくれず、負傷している侑の下へ行こうとするが…。

 

 

 

 

―よせ、お前が行くべきでは無い。

―落ち着けよゼロワン!今自分が何をしたのか分かってるのか!?

 

 

 

 

 それをちょうど学園に到着した滅と迅が止めたのだ。

 気が動転していた或人は向かおうとしていた足を止められた事に一瞬気を憤するが、頑なに先へ進ませまいとする彼等の様子に我に返ると、確かに少ない数ではあるが、1体だけでも人の命を脅かすには十分な悪意を纏う兵卒の姿と、いつの間にかそれらが襲ってきた以上に被害が出ている学園の姿を目の当たりにする。

 そして察したのだ…この被害を出したのは、自分なのだと。

 

 

 

 

―…俺達で奴等を相手する。お前はここに居ろ。

―雷!そっちは任せたよ!

―あぁ、任されたよ!!

―あっ…。

 

 

 

 

 察してしまったその事実に言葉を失う或人…その姿は余程彼等を幻滅させたのだろう、滅は落胆した様子で、迅は少し苛立たしげな様子で或人をその場に置いていく。

 雷電もそれまで纏わりつかれていたトリロバイト達から逃れ行動する中、ようやく溢れたそれも声と呼ぶには情けなく、或人は言われたようにその場で立ち尽くすだけの存在となってしまう。

 

 

 

 

―侑ちゃん!!!侑ちゃんしっかりして!!!

―侑さん!!どうしよう…血が止まらない…!?

 

 

 

 

 先の方で、歩夢とせつ菜の声が聞こえる。

 或人に侑を守れなかったという事実を突き付けてくる。

 

 

 

 

―どけ!!こいつを病院に連れていく!!

 

 

 

 

 雷電が傷付いた侑を抱え、待機させてあった機体(ブレイキングマンモス)へと向かっていく。

 その姿を目で追えば、嫌でも崩れ去った学園の敷地が視界に入る。

 守るべきものを守れず、挙げ句の果てには自らがそれを壊してしまったという事実を突き付けてくる。

 

 

 

 

―あっ…待ってください!!私も…!!

 

 

 

 

 そして何より、侑の身を案じて雷電の後を追っていく歩夢。

 そんな彼女が去り際にこちらへと向けた視線が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(俺は…。)」

 

 色々な感情が入り交じっていた…しかしそれらの感情全てが、たった1つの想いを物語っていた。

 

 

 

 

 守るって約束したのに、と…。

 

 

 

 

 あの時の彼女の眼差しが、とても忘れられない。

 今までに紡いできた絆が、交わした約束が、全て0(ゼロ)になったようだと、或人は消沈した気持ちで廊下を歩いていく。

 

「(守るって、誓った筈なのにな…。)」

 

 失ったのは、彼女達に関する事だけじゃない。

 この胸に想う"彼女"との絆も、約束も、そして彼女のような悲劇はもう繰り返さないと誓い、その為に戦ってきた己の存在意義さえ失ったような感覚だ。

 

 

 

 

―…変わったな、飛電 或人。お前はそのような事を言う奴ではなかった。いや…ある意味変わっていないのかもしれないな…何れにせよ、今のままではまたあの時と同じ様に失う事になるぞ。

 

 

 

 

 あの時滅が言っていたのは、こういう事だったのだろうか?

 しかし、だとすれば、自分は一体どうすれば良かったのだろうか?

 どうすればあの時彼女を守れたと言うのだろうか?

 どうすれば"あの時"、"彼女"を守れたと言うのだろうか…。

 そんな答えの出ぬ負の螺旋に呑まれていた或人であったが、懐に入れていた携帯が音を鳴らしたのを機にそれまで考えていた事を一度払拭し、通話を急かす携帯を手に取る。

 

「はい、或人です。」

『社長、私だ。』

「…何かありましたか、児嶋さん。」

『福添だよ!?もはや誰だよ!?』

 

 手に取った携帯は意外にもリモートでの通話を要求してきており、そしてその相手は福添であった。

 やり方は珍しいが、相手が相手だ…用件としては大方報道の件で会社にクレームが殺到していると文句を言う為だろう。

 しかしそんなものは分かりきっている事だとして、或人は不甲斐なく落ち込んでいる今の自らの心を上乗せして、若干苛立たしげな様子で対応する。

 

『お客さんが来ているぞ。今回のは昨日の客より厄介かもしれん…。』

「客って、また…?」

 

 しかし福添が電話を掛けてきたその実は、或人に会いに客人が来ているとの事であった。

 だが今日は今しがたの通り虹ヶ咲学園に加えてらこれから東雲学院、藤黄学園にも事情を説明し、その後は会社に来ているクレームの対応をするつもりなのでとても誰かと会うような約束などしていない。

 そう言えばつい昨日も似たような状況であった事を思い起こし、しかし誰が何の用でアポも取らない面会を希望しているのか分からず、或人は首を傾げる。

 すると福添は気を利かせたのか、その来客へ電話の相手を代わると言い出した。

 

『厄介とは随分な物言いですねぇ?』

 

 そして電話を代わった相手の声と姿を見て、或人はまさかと驚き思わず足を止めた。

 

『失礼…久し振りだね、飛電 或人。話は聞いているよ。』

「貴方は…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、先輩が…。」

「はい…どうする事も出来ませんでした…。」

 

 同時刻、愛の実家の店では虹ヶ咲の少女達が数人を除いて集まっていた。

 あんな事があった翌日、本当なら自宅で大人しくしているべきなのだが、仲間の1人が重傷を負ったという事実に皆居ても立っても居られないという気持ちで一杯であり、それを紛らわす目的も兼ねて、荒らされた店内を整理しようという話になったのだ。

 

「歩夢ちゃんは、侑ちゃんの所に居るんだよね?」

「はい、侑さんが目を覚ましたら連絡をくれると…。」

「そっか…それで、彼方ちゃんは…?」

「家に居ると…何でも、遥さんの様子が少し気になるらしく…。」

 

 わざわざの手伝いに愛の家族からは感謝され、しかし彼女達の面持ちは明るくなどならない。

 怪我の影響から今に至るまでずっと目を覚まさない侑、彼女の回復を誰よりも願う故に付きっきりとなっている歩夢、そして同じく昨日の一件で何か思う所があるらしい彼方。

 それはまるで解れた糸のようにするすると少しずつ、だが着実に形有るものを壊していく。

 自分達のこれまでを、これからを、徐々に徐々に壊していく。

 

「っ…!!」

 

 と、途端にかすみが片付けようとしていた椅子を思いきり地面へと叩き付けた。

 店内には大きな音が響き、他の少女達からの視線が集まる。

 急にそのような事をしてどうしたのかと…しかしその理由はおおよそ察せられる事であり、故に少女達は何も言えない。

 その理由というのは、きっと自分達も同じ様に抱いているものであろうから。

 しかし果林だけはそれでもと、かすみの事を嗜めるような視線で見つめた。

 

「かすみちゃん、乱暴よ。それ以上壊す気?」

「だって…!!」

「言いたい事は分かるけれど、口に出しちゃ駄目よ。あの人達だって、やれる事をやってくれているんだから…。」

 

 どうしようも出来ない。

 渦中に居る自分達の為に、万が一で渦中に入るかもしれない家族や知人の為に、或いは力があるというのに守りきれないでいる彼等を見限って何かするにしても、自分達ではどうする事も出来ない。

 その悔しさが、かすみをそのような行動に移させたのだ。

 そしてそれはやはり彼女達全員が少なからず心に想っていた事であり、かすみを嗜めた果林にしてもその言葉には語気が足りない。

 自分達はただ流されるままで…どうにか出来ないのであろうか?

 仲間の危機にさえも、自分達に出来る事は何も無いのであろうか?

 

「せめて、侑さんが目を覚ましてくれれば…。」

 

 こういう時こそ、彼女の声が欲しくなる…同好会の一員として、性格も何もバラバラな自分達をよく見て纏めてくれる大切な友たる彼女の声が。

 彼女ならば、きっとこの状況でも何か皆の心に響くような声を上げてくれるだろう。

 今は病床に伏す彼女がいつもどこかでその声を上げてくれていたからこそ、自分達はこれまでの苦難を乗り越えられていた…彼女という存在は、とても大きなものなのだ。

 それこそ、あのせつ菜がせめてと弱気めいた事を口にしてしまう位には…。

 今彼女の側に寄っている歩夢だけでは無い…どうやら自分達全員が、思っていた以上に彼女に依存しているようだと認識した、その時であった。

 

「ん…歩夢さん?はい、せつ菜です。」

 

 と、そんな折にせつ菜の携帯に着信が。

 掛けてきたのはどうやら歩夢であるらしく、その事実が先にせつ菜が言った事と結び付いて少女達の心を僅かに浮わつかせる。

 

「はい…え!?本当ですか!?分かりました!すぐに行きます!」

「もしかしてせっつー、今のって…!」

 

 そして一転して嬉々とした様子を見せるせつ菜の姿に、少女達もまた打って変わって笑顔を浮かべる。

 心の支えを欠いている今の自分達に出来る事は、ごくごく限られているのだろう。

 だがそれでも、出来る事があるのならばそれを全力でやろう。

 後ろめたい気持ちでは、何も始まらぬ。

 

 

 

 

「侑さん、目を覚ましたそうです!」

 

 

 

 

 まずは目の前の喜びを、全力で分かち合おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで?何故私は日本に戻ってきて早々にこのような扱いをされなければならないのだ?」

『とぼけんな、お前には聞きたい事が山程あるんだ。』

 

 飛電インテリジェンス。

 その社長室で、些か奇妙な光景が拡がっていた。

 社長室の机の前に、急遽警備員型ヒューマギアのマモルの手によって縄でぐるぐる巻きにされた男が1人…その男とは、先に空港からやって来た白一色の男に他ならない。

 彼の名は、"天津(あまつ) (がい)"…ZAIAエンタープライズ日本支社の、元社長だ。

 

『単刀直入に聞くが…あんた、今までどこで何をしていた?あんたが居ない間にこっちは眩暈がするような状況になっているんだが?』

「分かっている、ヒューマギアの再暴走だろう?私もその報を聞いてここまで駆け付けたという事だ。」

 

 一応彼とは仲間であると言えばそういう関係なのだが、そのような曖昧な表現をする位には信用の置けない人物であり、リモート先の不破と唯阿はもちろん、或人もあまり良い表情はしていない。

 

『…自分で指揮を取る為にですか?』

「ん?」

『ヒューマギアの機体改造が行えるのは、現状ウチかZAIAの2社だけです。天津さん、そしてZAIAには今この事件の関係者としての疑いがあるんです。』

 

 或人は昨日滅から渡された動画を見せる。

 天津、そして不破と唯阿にも、あのマギアが迅と同じ様な処置が施されている事実を共有する。

 そして動画を見終え、不破と唯阿の視線がより厳しいものへと変わる中、天津はふむ…、と一間置き、彼等の抱く考えを概ね否定した。

 

「結論から言うと、私はこの事件に一切の関与をしていない。だが実を言うと、君達の立てている予測はあながち間違っているものではないのかもしれない…。」

 

 そして彼はそのまま、私が日本を離れていたのにはある理由があってね…と切り出し、これまでの身の上について語り出した。

 

 

 

 

「我が社で管理していたプログライズキーとザイアスペック…その一部が保管庫から失くなっていたんだ。」

 

 

 

 

 その内容が、新たな波乱を呼ぶ危険を孕むものであるとして。

 

『何だと…!?』

「私がサウザー課に異動した際にそれらの所有権が与太垣氏へと移ってね、そのどさくさに紛れてといった所だろう…私は与多垣氏からそれらの捜索を命じられていたんだ。そして失くなったそれらの備品は調査の結果、我が社の各支部間を転々と流れているものと判明した。」

『どういう事ですか?』

「簡単に言えば、与多垣氏の許可無しに各支部へと備品が送られているという事だ。それも記録には残らない、隠蔽したやり方でな。」

 

 曰く、半年前に社内の在庫整理をしていた際に発覚したそれは、かつて天津がまだ日本支社の社長であった頃に彼が手掛けていた商品(武装)であるとして、現社長である"与多垣(よたがき) ウィリアムソン"から調査と回収を命令されたのだそう…早い話が、火消しに回されたという事だ。

 しかしそれは決して適当に与えられた命令では無い。

 商品であると同時にかつて多くの問題を引き起こした兵器でもあるそれらを危険無く安全に回収出来るのは、それらを開発した張本人たる彼以外には居ないという采配によるものだ。

 

『何の為にそんな事を…?』

「そこまでは、まだ…だがそれらの備品をそのようなやり方で梯子するという事は、表沙汰には出来ない事の為に、という事だろう。」

 

 何か良からぬ事の為に…そしてそれにもしそれらの商品が使われようものなら、かつてに匹敵かそれ以上に兵器としての側面を見せる事になるだろう。

 だと言うのに語りを続ける天津の様子は、決して動じてなどいない。

 まるで起きた事は仕方がないと端から割り切っているような態度だ。

 

『テメェら、何を企んでやがる…!?』

 

 その態度が癪に触るとして、不破はリモート先の机をバンッ!!と強く叩き、射殺すような眼差しで天津を見る。

 すると天津はフッ…と纏う空気を一変させ…。

 

「…私も、それを知りたい所だ。」

 

 真髄な表情で答えを返した。

 彼は決して楽観的に物事を見ている訳では無い…起きた事実をごく冷静に捉えているだけなのだ。

 騒いだ所で、態度に出した所で、結果には繋がらない。

 ならばそのような感情は切り捨てる…ただ目的を成す為に。

 

「しかし現状はそちらの方を優先するべきだろう。与多垣氏からも調査を一時中断して君達に加勢するよう頼まれた…これからは私も協力しよう。」

『…分かりました、よろしくお願いします。』

 

 そういう所が要らぬ敵を作るのだと言いたくはなるが、言う事は最もだとして、それ以上は或人達も食って掛かるような事はせず、彼に対し協力を求める手を差し伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それは新手の嫌がらせかな、飛電 或人?」

『え?あ…。』

 

 

 

 

 リモート先の、未だ縄に縛られている天津に、それを握り返すなんて事は出来やしないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なの、侑ちゃん?」

「うん、ごめんね心配掛けちゃって。傷はもう塞がってるみたいだし…三途の川も見る事無かったから大丈夫!」

「そういう問題じゃないんだけど…。」

 

 虹ヶ咲学園付近の病院で、歩夢は一命を取り留めた侑と静かな時間を過ごしていた。

 医者によれば侑が負った怪我は彼女の心臓さえ貫いていたそうなのだが、手術を担当した医者の手腕によって無事事無きを得たとの事。

 並みの腕では叶わない奇跡的な成功であったとの事で、手術を担当した医者にはお礼を言いたかったのだが、どうやらその医師は臨時でこの病院に来ていた者であったらしく、連絡先も本来の勤め先も分からぬとの事。

 お礼を言えないのは少し悔やまれるが、ならばせめて胸の内で伝えておく事にしておこう。

 しかしそうは言っても命沙汰となったのだから本当に大丈夫なのかと歩夢は心配するが、侑はそんな歩夢の心配などと言うようにあっけらかんとした様子を見せる。

 そんな能天気とも取れるノリに若干呆れていると、扉を軽くノックする音が聞こえてきた。

 

「あ、皆かな?歩夢、お願いしても良い?」

「うん。」

 

 それがきっと先に連絡した少女達だと判断した侑は、大事を取って未だ動かぬよう言われている自らの代わりを歩夢に頼む。

 歩夢もそれを承諾し、気のせいか向こう側がやかましい部屋の扉を開けると…。

 

「侑先輩大丈夫ですか!?怪我はもう平気なんでs「ちょっとかすみさんそんな転がり込むように入っちゃ迷惑d「2人共、そんなに慌てなくても…ってちょっと!後ろ押さないd「ちーっすゆうゆ!元気してr「侑さん!!歩夢さんの電話を聞いて駆けつけて来ましt「侑ちゃん大丈夫?起きてすぐは無理しちゃ駄目だy「…雪崩が起きた。」

 

 …それはまぁドタドタと人が入ってくる事入ってくる事。

 個室だからまだ良いものを、ここは病院だ…大きな声も物音も、周りの迷惑になりかねないのだが…。

 

「あはは…皆ありがとね、心配してくれて。」

 

 だがそれらは彼女達が自分の事を心の底から心配してくれているが故にというのは分かっているので、侑は若干の苦笑いを浮かべるだけに留めた。

 やって来た少女達もまるでコントのように晒してしまった醜態に同じ様な表情を浮かべ、やがてはいつものような笑顔に溢れた。

 

「…あの人達は?」

 

 しかしその中で歩夢だけは未だ違った面持ちを浮かべており、そして彼女が問うた事に場の空気がしんと静まり返った。

 

「…皆さん、用事が外せないとの事で。」

 

 或人も、不破も、唯阿も、滅に迅も…彼等大人達は、誰もこの場に来ない。

 無論彼等には他にやるべき事があるのだからとは分かっている…だがそれでも1人として来ないという事実は、幼なじみ(唯一無二の存在)が傷付いた現実を深く受け止めている彼女からしてみて、心に影を落とすような事なのだ。

 と、流石にそれを見兼ね、せつ菜が口を開いた。

 

「…侑さん、社長さんから伝言です。」

 

 

 

 

 守れなくて、ごめん…と。

 

 

 

 

 ここに来る前に連絡をした…高咲 侑が目覚め、大事も無い様子だと。

 しかし彼等は顔を合わせる事は出来ないと言っていた…世間に広まってしまった混乱を抑える為にと。

 そして伝えられたのだ…だからせめて、一言だけでもと。

 そしてその一言を告げる或人の様子は…電話越しでも分かる程、悲しさと悔しさに満ち溢れていた。

 

「うん、分かった。そしたら社長さん達に伝えてくれないかな?私は大丈夫ですって。」

 

 その旨を伝えると、侑は笑った。

 慈愛に満ちた笑顔で、何も気に止む事は無いのだと。

 あんな目にあったばかりだと言うのに他人の事をそこまで想える彼女に、少女達は呆れながらも決して異は唱えない。

 やはり彼女が居なければ始まらない。

 彼女の存在が、何もかもが危うい(現状)さえも覆してくれる。

 昨日流した涙は乾いた。

 私達はここからまた、再び歩き出すのだ。

 皆が望む、希望の未来に向かって…。

 

 

 

 




でも崖から落ちるって基本生存フラグ(ry


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Program.14「Butterfly ― 勇気の向こうに」

主要人物紹介


・宇宙野郎雷電

→皆さんご存知カミナリ落とす系兄貴
 飛電インテリジェンスが製作した宇宙飛行士型ヒューマギアの一体であり、同時に滅亡迅雷.netの雷という裏の顔も持ち合わせている
 概ねの事情は既に或人達から聞いており、今回の話で前回アズが仕掛けた襲撃の後始末で身動きが取り難くなってしまった彼等に代わって虹ヶ咲学園を訪れる事になる


・近江 彼方

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 趣味でもある睡眠をライブに取り入れるという型破りなその活動方法はマイペース系スクールアイドルという肩書きを名乗るに十分だとして、多くの人から注目を集めている
 そんな彼女ではあるが、どうにも今回はそうおちおち寝てもいられない事情を抱えているようで…?






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、あなた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは一体、誰なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の中に居るあなたは一体、誰なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ワタシは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズの手引きによる大規模なマギアの襲来から4日後。

 前回の休校の時と違い実際に施設や生徒に被害が出たからか、無理に生徒を登校させずその意思の有る者だけが学園まで来て勉学に望むという措置を取った虹ヶ咲学園。

 授業自体も午前中までに留め、早めの帰宅を促している為、学園内は普段の喧騒が嘘のように人気の少ない物静かな様子を見せている。

 昼も過ぎ、既に学園としての機能も今日の分は殆ど終わったと言えるそんなこの場に、なんと今から足を踏み入れようとしている者が2人も居た。

 1人は黒とオレンジのロックテイストなファッションをした豪放磊落といった印象を受ける男性、もう1人はきっちりとしたスーツの上に黒いオーバーコートを着た中性的な容姿の女性。

 見た目は対照的な2人だが、共通してその耳元にヒューマギアを象徴するモジュールを付けている。

 

「さぁて、はるばる学校まで来た訳だが…正門はまだ完全には直ってないか。」

「あれからまだ4日しか経っていませんからね、仕方ありません。」

 

 学園に来たのは、宇宙野郎 雷電と亡の2人であった。

 彼等がここを訪れたのは、それまで或人達が受け持っていた案件…虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の護衛の為だ。

 

「確か同好会の在る部室棟は向こう側だったな…中庭突っ切った方が早いか?」

「そうですね、行きましょう。」

 

 或人達から話を聞き、滅や迅からも詳細なルートを教わり(ラーニング)済みなので、部室の場所は既に把握済み…彼等は学園内に足を踏み入れた。

 だがそんな彼等の足取りは、決して軽いとは言えないものであった。

 

「…やっぱ目を付けられてるな。」

「仕方ありません。彼女達からすれば、我々も暴走したヒューマギアと変わりありませんからね。」

 

 或人達の努力も虚しく、先日からヒューマギアに向けられる風当たりが日に日に悪くなっていっている。

 それはこの学園内でも決して例外では無く、2人の姿を目にした者からは、もはや敵意とも取れる程の懐疑的な視線が注がれる。

 今の世情を考えれば、例え他に手を回せる者が居ないとしても自分達ヒューマギアが人目に付くような場所を彷徨くのは良くない事だ。

 自分達にそんな気は微塵も無いとしても、周りの者達はそうは考えないからだ…下手をすれば、要らぬ誤解を招くかもしれない。

 だが、だからと言って退けるような問題かと言われればそんな事は無く、結局2人は先に進むしかない。

 せめてそのような不祥事を生まぬよう、普段通りの振る舞いを心掛けて。

 

「ん…?」

 

 と、中庭に到達した途端目に付く人物が。

 それはこの学園の生徒であり、しかしどこか様子がおかしい。

 目の前を歩くその生徒は今にも倒れそうな程にフラフラとした足取りであり、なんと遂にはそのまま通りに倒れてしまった。

 

「うぉ!?おいアンタ、大丈夫か!?」

 

 思わず飛び出した雷と、彼の後を追って倒れた生徒の下へ向かう亡。

 本当ならば極力人と関わるべきでは無いのだが、そんな事を言っている場合ではない。

 

「早く…皆に相談…しな…いと…。」

 

 倒れた生徒は呻くような声を上げている。

 何か身体の不調であろうか?それとも見えぬ何かからの襲撃か?

 2人…特に雷電がその身を案じて倒れた生徒の様子を窺うと…。

 

「すやぴ…zzZ」

「って、寝てるだけかよ!?」

 

 先程とは打って変わって聞こえてきた、とても気持ち良さそうな寝息。

 その様子からは特に何か問題があって倒れた訳ではないと見て分かり、心配して損したと雷を呆れさせる。

 

「ったく驚かせやがって…それにしてもこいつ、どこかで…?」

「近江 彼方ですね。この学園のスクールアイドルの1人です。」

 

 ところでこの少女、亡が言ったように今自分達が求めている少女達の1人であり、しかもその寝言から察するに彼女もまた部室を目指していた可能性が高い。

 こんな道端にこのまま寝かせておく訳にもいかないし、起こそうとしても余程熟睡しているのか全く起きる気配が無い。

 となれば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、もう皆来てる?」

「侑先輩!?動いて大丈夫なんですか!?」

「も~、あれから何度も言ってるじゃん。傷はもう塞がってるし、お医者さんからも動いて大丈夫だよって言ってもらってるって。」

 

 同好会部室。

 歩夢と共に来た侑の姿を見て、既に室内に集まっていた少女達が挙って心配の声を上げるが、侑は皆過保護だな~、と言ってそれらを軽く笑い飛ばす。

 そして侑は少女達の中に幾人か足りない者の姿が在る事に気付き、その旨を問うた。

 

「えっと来てないのは…せつ菜ちゃんに彼方さん、あと社長さん達かな?皆何か聞いてない?」

「せつ菜先輩は理事長と話をしたい事があるって言って席を外してて、彼方先輩はまだ来てないだけですね。あの人達の事は知りません。」

「大人気ないよかすみさん…社長さん達はまだ忙しいみたいで、確か代わりの人達を向かわせると言っていました。」

 

 侑は昨日退院したばかりであり、病院に居た間に起きた世情についてはまだ少し疎い所がある。

 それでも歩夢から教えられ、先日の一件が世の中に広く伝わり、世間に不穏な空気が漂っている事は理解している。

 そしてその対処に当たらざるを得ない或人達が、自分達ばかりにかまけている場合では無いという事も十分理解している。

 しかしそれで自分達に何が出来るかと言われて、出来る事など限られている。

 全員では無いがメンバーが集まっている現状に、侑はその出来る事であるスクールアイドルとしての活動を始めようとして声を上げようとする。

 

「失礼します、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の皆さんですね?」

 

 と、そのタイミングで部屋の外から扉を開けて顔を覗かせる者が現れた。

 その人物は部屋の中に居る少女達の姿を確認すると、半開きだった扉を大きく開けて中へと入ってきた。

 もう1人の来客と、その来客の背に背負われる意外な人物と共に。

 

「悪いな、邪魔するぞ。あともう1つ悪いがこいつを降ろしてぇんだ、どっか良い場所ねぇか?」

「えっ…彼方さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん、大丈夫です。ぐっすり寝てるだけです。」

「そうか、いきなりぶっ倒れたもんだからちと心配だったんだが…。」

 

 彼方を部室のソファに寝かせ、来客2人を招いた少女達。

 同好会へと来たその2人は手近な椅子に、男性の方はドカッと少々尊大さが見られる座り方で、女性の方はスッと姿勢正しく静かに座る。

 

「自己紹介が遅れたな…俺は宇宙野郎 雷電、もしくは滅亡迅雷.netの"(いかずち)"だ。好きな方で呼んでくれ。」

「私は亡と言います。雷と同じく滅亡迅雷.netの一員で、今はA.I.M.S.にも所属しています。どちらの用件でも、何かあれば遠慮無く連絡を。」

 

 そのまま紹介された名前に、少女達は安堵と緊張が混ざった感情を抱く。

 本当ならそんな暇も無いのであろうに、或人達がこちらの事を気に掛けてくれた事への安堵。

 そしてその為に向かわせた者達が、あの滅亡迅雷.netの構成員である事への緊張だ。

 

「えっと、雷電さんに亡さんですね…もしかして社長さんが向かわせるって言ってた人達って…。」

「あぁ、そりゃ俺達の事だな。社長達の方はまだ色々忙しくてよ…しばらくは俺と亡と、あともう1人が中心になってここに来るようにする。まぁ、1つよろしくな。」

 

 滅亡迅雷. netと言うと、過日に於いてかすみが涙を溢すなんて事もあったので、少女達からしてみれば少し警戒心も混ざってしまうのだ。

 とは言え折角自分達の為に来てくれた2人だ…少女達はそういった感情はおくびに出さず、友好的な会釈を返した。

 

「う~ん…?ハッ!?ここは…!?」

「あ、彼方さん起きた…おはよう彼方さん。」

「あれ、侑ちゃん?ここは…?」

「部室だよ。彼方さん中庭で寝ちゃったみたいで、ここまで運んでもらったんだ。」

「そっか~、もう動いて大丈夫なんだね~。」

 

 そうこうしていると、ソファで寝ていた彼方がようやく目を覚ました。

 目を覚ました彼女は寝惚け眼で辺りを見回し侑の姿を見つけると、侑からすれば何度目か分からぬ問答を掛けた。

 とは言えそれは心から心配されていたのだという事が良く分かるものであり、悪い気はしない。

 彼方も侑から話を聞いて安心したようであり、そこで侑は返しにそれまで気になっていた事を彼方へ問い掛けた。

 

「彼方さん、もしかして何かあった?彼方さんがそうやって突然眠りだしちゃうなんて、普段そんな事無いし…。」

 

 彼方の趣味は睡眠だ。

 その力の入れ様は、出来る事なら一生寝て過ごしたいと思っている程にまでだが、だからといってそこらの道端でいきなり寝落ちてしまうなんて事は流石の彼女も普段しない。

 言ってしまえばそれは気を失っているのと同義なのだから、それ程までに彼女が追い詰められているのではと懸念したのだ。

 

「そう、実はちょっと皆に相談したい事があってね~…。」

 

 そんな侑の考えはどうやら当たっていたらしく、彼方は彼女の考えを否定せず、気を悪くしないで聞いて欲しいんだ~…と前置きをして、その思う所を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達、このままスクールアイドル続けてて良いのかなって…ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう意味ですか彼方先輩…何で急にそんな事…!?」

「ごめんねかすみちゃん、別に悪い意味で言った訳じゃ無いんだ。」

 

 そして語られたそれに、少女達は信じられないといった様子で目を見開く。

 まさにこれから再始動といった所で、それを阻むような事を言うなどと。

 しかしそれを語る彼方の様子は、普段の抑揚さを潜めた真剣なものであった。

 

「この前ね、遥ちゃんが言ったんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―侑さん、目を覚ましたって…?

―うん。もう傷口も塞がってるから、早ければ明日にでも退院出来るって~。

 

 時は3日前、侑が目を覚ました事を同好会のメンバーから知らされた彼方。

 遥からもその旨を問われたので、彼女は仲間が無事であった喜びを隠す事無くそのまま遥に伝える。

 

―………。

―…遥ちゃん?

 

 しかし伝えた先に居る少女は同じ様に喜ぶかと思いきや、反対に暗い表情を浮かべてしまう。

 その表情は、実の所最近彼女がよく浮かべている表情だ。

 こちらが背を向けていたり、或いは1人で居る時に、彼女はこちらに気取られないように隠れながらそういう表情を浮かべているのだ。

 笑顔が素敵で一番な彼女が、何故そのような表情を浮かべるのか?

 その表情を浮かべている時、心に想っている事は何なのか?

 それを知りたいが為に、今日は愛の実家の片付けを手伝うという少女達と心苦しいながらも別れ、そして今その時が来た。

 それまでひた隠しにしてきたその表情を今目の前で浮かべるという事は、彼女の中でもそれを語る意思があるという事なのだろう。

 それを悟った彼方は遥の名前を呼び、その想う所を打ち明ける事を促す。

 

―…ねぇお姉ちゃん…私達、このままスクールアイドル続けてて良いのかな?

 

 そして遥は打ち明けたのだ。

 後に彼方も同好会のメンバーに向けて語る事になるそれを。

 彼方もまた同好会の少女達と同じ様に呆気に取られながら。

 

―だって、あのヒューマギアはスクールアイドルの皆を狙ってるって話でしょ?前に話を聞いた時から皆そう思っていたらしくて、この前の事があってからは特に…。

 

 しかし遥は決して悪戯にそのような話を持ち掛けた訳では無い。

 その胸の内を、彼女はゆっくりと語っていく。

 

―私も不破さんが…不破さんは怪我は無かったけどあんな姿になってたり、侑さんの事を聞いた時に…恐くなっちゃって…。

―遥ちゃん…。

―あっ、でも違うの!私がそうなるのが恐いとかじゃなくて…いや、それもそうなんだけど、その…!

 

 それは恐怖であった。

 マギアによって命を狙われる事から来る死への恐怖。

 しかしそれは遥自身もそう言ったように自らがそうなる事が一番では無い。

 

 

 

 

―私は…お姉ちゃんがそんな風になって欲しくない…って、思ってる…。

 

 

 

 

 侑が傷付いた事でより身近になった、大切な者がそうなるかもしれないというif(もしも)に対する恐怖だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼方ちゃんもね、もし遥ちゃんや皆がそうなったらって思うと恐いんだ。それにそういう心配をしてるのは彼方ちゃん達だけじゃない…皆も周りの人達から何か言われてない?」

 

 彼方の語るそれに、返す言葉を失う少女達。

 そう…実は少女達全員があの日から、身の回りに居る親しい者達から言われているのだ。

 友人から、家族から、危険ではないのかと…。

 

「社長さん達の方も、色々忙しくなっちゃってるみたいだし…迷惑だけは掛けちゃいけないなって。」

 

 彼方の心配は少女達だけではない…自分達を守ってくれている戦士達に対してもだ。

 これまでこそ何の問題も無かったが、侑が傷付き、世間がこうもざわついている中、今までのようにこちらの都合に合わせてもらうというのは難しいだろう。

 ならば彼等が少しでも動きやすいように、今度はこちらが彼等の都合に合わせるべきなのではないのだろうか?

 より彼等の目が行き届くように、それこそスクールアイドルとしての時間を割いて…。

 

「一回、考えてみる必要があると思うんだ。私達、本当にこのままで良いのかな…って。」

 

 彼方の問い掛けに、少女達は言葉を返せない。

 皆が動き出せるようになった今だからこそ、その議題に当たるのは必然だったのかもしれない。

 自分達の今までは、本当に善き事であったのかと。

 周りの好意に甘えていただけの、ただの迷惑(わがまま)であったのかと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん…。」

 

 あれから部室内に漂い始めた空気に耐えきれず飛び出した彼方…彼女は今、中庭で枕を抱えて蹲っている。

 

「部活には参加しないってのに、まだココ(学園内)に残ってるんだな?」

「えっと…雷さん?雷電さん?」

「どっちでも良いさ、呼びやすい方で呼んでくれ。」

 

 するとどういう風の吹き回しか、雷電がやって来た。

 恐らく急に出ていった自分を探しに来たのだろう…正直今はあまり誰かと喋る気分では無いが、そういった心を気取られるのはいけないと思い、彼方は無難な話で乗り切ろうとして、彼の呼称をじゃあ雷電さんでと言って決めると愛想の良い笑みを浮かべる。

 

「話をして、失敗したって思ってんだろ?」

「う…分かりますか~…?」

「元旧世代のヒューマギア舐めんじゃねえって話よ。」

 

 しかし雷電はそんな彼方の秘蔵とせん事を容易く看破してきた。

 顔は枕に埋めているので表情は窺えない筈だが、態度に漏れていただろうか?

 

「皆はどうしてます?」

「練習とか言ってたな、ただあの様子じゃどうだかって感じだけどよ。」

 

 実際、彼の言う通り後悔している。

 他ならぬ自分達が狙われているというのに、何もせず大人しくしているのが最善なのではと考えない訳が無い。

 それを改めて皆の前で言うなど、余計な世話だったのでは無いだろうか、と。

 

「…皆、スクールアイドルやりたいですからね。」

 

 少女達にはスクールアイドルという活動に対して思い入れがある。

 思い入れ自体は少女達によってそれぞれであるが、その度量に関しては皆共通して並々ならぬものがある。

 それこそ、今その時の全力を注ぎ込む事を何ら惜しまぬ程に。

 少女達にとってスクールアイドルというのは、もう1人の己そのもの。

 それをいつ終わるとも分からぬ時の中に置いて小さく縮こまっているなど、とても耐え難い事なのだ。

 しかし耐えられないからといってそれを貫き通さんとする行為は、無理を押した迷惑なわがままだ。

 本当なら、そのような行為は引き止めるべきである…が、それは彼方には決して出来ない立ち回りだ。

 何故なら彼方もまた、そんな少女達の内の1人であるから。

 自分もまた、スクールアイドルに対して強い情熱を燃やす者…だが同じ様に大切な存在からの不安を受け、恐怖に屈したのだ。

 大切な人達が傷付くのが恐いと…志を同じくしながらそう言う己は、それこそ迷惑なわがままそのものなのだろう。

 言える立場では無いのにそれを言って…きっと少女達の気を必要以上に悪くしてしまったに違いない。

 何よりそう言ってしまった自分自身が情けないと思い、より深く顔を埋める彼方。

 繊細な感情の絡み合いは、誰も正当な答えを見出だせないのだ。

 

「…そういやお前、妹が居るんだってな?」

「え?…はい、遥ちゃんって言うんです。」

 

 だからだろうか、雷電はそれまでの話の流れを途端に断ち切り、全く別の話題を持ち出した。

 その急な話の転換に若干戸惑った彼方だが、愛妹の話とあれば如何なる事とて乗るが近江 彼方という少女。

 それまでとは打って変わり、今にも嬉々とした様子で愛妹のあれこれを語ろうとする彼方。

 しかし雷電がその話を切り出したのは、何も遥の事を根掘り葉掘りと知りたいが為では無かった。

 

「遥か、良い名前じゃねぇか。俺にも"(すばる)"っていう弟分が居てよ、お前の気持ちはよく分かるつもりだ。」

 

 実際は遥と、己の弟分という者を引き合いに、別の角度からより深く話を掘り下げようとしていたのだ。

 

「さっきチラッと言ったが、俺はこれでも旧世代型のヒューマギアだ。まぁ訳有って身体(ボディ)は新型に変わってるが…宇宙飛行士型のヒューマギアとして、今も昔もあの大海原を相手にしてる。」

 

 彼方の隣で、いつの間にかごろりと仰向けに寝転がっている雷電。

 その視線は真っ直ぐ空の、その先を見つめている。

 ただじっと…彼方も釣られて空を見上げ、しばらく無言の時間が流れる。

 だがやがて、2人の見つめる空に風に乗って流れてきた雲が掛かった時、雷電がぽつりと呟いた。

 

「だが俺には、もう1つの顔がある。」

「…滅亡迅雷.net、ですか?」

 

 彼方の問いに、雷電はあぁ、と口角を上げて答える。

 その表情はどこか嘲笑に近く、哀愁を感じる…それは一体何故だろうか?

 滅亡迅雷.net…それはかつて人類滅亡を掲げて社会に反旗を翻したテロリスト。

 それに参加しているのだから、雷電もまたそのような思考を持っているのだろう。

 だと言うのにそれを語る彼の表情は、どうしてこんなにも悲しく見えるのだろうか?

 

「雷電さんは、どうして滅亡迅雷.netに…?」

「あ?そりゃもちろん人類滅亡の為に!…って、言いたいんだけどよ…。」

 

 我慢ならず、ついに聞き出してしまう彼方。

 口にしてから、それはデリケートな話なのではと思い至り彼方は少し慌てたが、雷電はその事は気にせず寝かせていた身体を起こし、今度は純粋な笑顔を浮かべる。

 が、それも束の間の事で、彼はすぐにその表情を、今度は明確に暗いものへと変え、先程とは真逆に顔を少し伏せた。

 

「俺は…自分でも知らない内に滅亡迅雷.netに参加させられてたんだ。」

 

 彼の話では、自分は滅亡迅雷.netを統率していた者に昔からハッキングを施されていたらしく、表向きは飛電の宇宙飛行士型ヒューマギアとして日々の仕事に従事し、裏では人類滅亡に必要な情報を知らぬ間に垂れ流していたという事らしい。

 

「酷ぇ話だよな~、こっちは人類滅亡とか微塵もそんな事望んでねぇってのによ。しかもそれが分かった後も俺は何だかんだずーっとヤツの手から逃れられなくて…全く、情けねぇと思ってるよ。」

 

 情けない、と…その言葉に嘘偽り無しといった様子から彼方は察し、そして納得した…彼が哀しき表情を浮かべていたのは、これが理由なのだと。

 自身が望まぬ事を延々と、操り人形のようにさせられて…その事実に対する募り。

 その支配から逃れられなかった、己の無力さへの怒りだ。

 人の身であれば血でも流れるのではと不安になる程に拳を握り込む雷電であったが、しかしフッ…と途端にその力を抜いて、また空を見上げた。

 

「でもな…それでも(あいつ)は、俺の事を兄貴って呼んでくれるんだ。」

 

 宇宙の大海原が、俺達を待っている…彼が宇宙野郎 雷電として昴と紡いだ言葉だ。

 滅亡迅雷.netとして人類に仇なし、本当ならそんな資格など無い筈なのに、快く迎え入れてくれた者達が居た。

 

「あいつだけじゃない…飛電の社長も前から変わらず兄貴って呼んでくれるし、滅や迅、亡も…俺が人類滅亡に興味が無いって分かっていて、それでも変わらずに俺の事を滅亡迅雷の雷って呼んでくれるんだ。」

 

 滅亡迅雷,netの、意志のままに…彼が滅亡迅雷.netの雷として滅や迅、亡達と提唱してきた言葉。

 その意志に反する事になっても、彼等は何の気兼ねも無く送り出してくれている。

 人類の味方、そして人類の敵としての顔を持ち合わせる彼の生き様は、きっと本当ならどっちつかずとして疎まれるものなのだろう。

 それでも彼の周りに居る者達は分かっているのだ…どんな立場に在ろうとも、雷電であろうが雷であろうが、彼が彼である事に変わりは無いのだと。

 それはきっと、彼女達も同じの筈だ。

 

「まぁ何が言いたいかっていうとだな…仲間だからって、同じ道を行く必要は無いだろ?」

 

 例えこの先彼女達がどのような選択をしたとして、それで幾人かとの距離が離れたとしても、それは心からの離別では無い…その程度で壊れる絆では無い筈だ。

 

「自信持てよ。お前が出したその答えは、決して間違ってなんかないってな。」

 

 故に彼方の抱える悩事は悩事に非ず。

 例えその原理が身勝手な恐怖という抱いてはならないものであったとしても、それでも愛する人達を想い、1歩を踏み出した、誰よりも勇気に満ちた行動なのだ。

 

「…いつか、終わりますかね?こんな事で悩まないで、私達自由になれますかね?」

「なれるさ、その為の俺達だ…色々頼りねぇって思うかもしれないが、必ずそうさせてみせる。」

 

 彼なりの励ましに、彼方は気を使わせてしまった事への申し訳無さと慰められた事への純粋な嬉しさが入り交じった、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべる。

 

「なら…早くそうなると良いなぁ…。」

 

 そう言って、途端にコテンと倒れる彼方。

 見れば彼女は、どうやら眠りの世界へ行ってしまったようだ。

 こんな所で寝させるのもどうかと思い、雷電はせめて部室まで運ぼうかとも考えたが…。

 

「遥ちゃ~ん…えへへ…。」

 

 その肩の荷が降りたかのような幸せ溢れる寝顔を見て、それは止めた。

 誰かを心から愛する事が出来る故に、自分がその者に迷惑を掛ける訳にはいかないと戒めがちな彼女を、今は少しでも思う通りにさせてあげたいと思ったのだ。

 

「ったく、マジで気持ち良さそうに寝やがって…。」

 

 どこかの社長と言い、全く世話の焼ける奴等ばかりだと愚痴を溢しながら、しかし雷電が浮かべている表情もまた笑顔であった…。

 

 

 

 



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Program.15「ツナガルコネクト ― 思いっきり 伝えたいんだ」

主要人物紹介

・亡

→皆さんご存知性別不詳
 滅亡迅雷.netの一員であり、得意とする技術、情報処理能力は他の随意を許さない
 雷電と同様或人達の穴を埋める形で虹ヶ咲学園の少女達と関わっていく事となり、その中でとある少女と親睦を深める事となる


・天王寺 璃奈

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 キュート系スクールアイドルという肩書きを持っているが、如何なる理由か人前に出る時は必ず手製のボードを付けてその素顔を晒す事が無い為、事情を知らぬ人達からはよく「顔出しNG系の間違いでは?」と不思議がられている
 その頑なな姿勢には相応の理由があるのはもちろんの事だが、彼女には例えどう思われようともそれを貫こうとする強靭な意思も合わさっており、その意思の強さが今回あるヒューマギアの心を動かす事となる






「そうですか…彼方さんが…。」

「えぇ、貴女も一度良く考えるべきかと。」

 

 自分達はこのまま活動を続けて良いのかと、彼方から問われた後、雷電が部室を出ていった彼方の下へ向かっていった一方で、部室では用事を終えて戻ってきたせつ菜が先に起きた事について亡から話を聞いていた。

 

「他の皆さんは…?」

「一応練習を、と。近江 彼方はそれに参加しないようなので、念の為に雷が様子を見に行っています。」

 

 部室に戻ってきたら1人ポツンと立っていた亡の姿に最初こそ警戒心を抱いたせつ菜だが、一度その正体を知れば何て事は無く、彼女は亡から伝えられた、彼方が想う事について暫し考る。

 彼方の言う事は確かに最もな事だ…思えば狙われていると分かっている状況で、どうして今までさほど変わらぬ生活を送れていたのか。

 それはスクールアイドルをやりたいという自分達のわがままを、或人達が汲んでいたからだ…恐らく、無理をしてであろう。

 そうした結果、誰も望まぬ被害が出てしまった…それを受ければ、活動の自粛という選択も至極当然、やってしかるべきものだ。

 そう、なのだが…。

 

「…分かりました。私はこれから皆さんの所に行きますが、貴女は?」

「えぇ、同伴しますよ。」

 

 何故だか渦に呑まれそうになっていた思考を止め、せつ菜は亡と共に部室を出て、少女達の居る練習場へと向かっていく。

 とにかく、まずは合流しなければ…答えはその時でも遅くはならない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしま…した…。」

 

 そうして練習場に着き、部屋の扉を開けてみると、途端にせつ菜の語気は勢いを失くしていく。

 扉を開けた先に拡がっていた光景が、あまりにも異質なものであったからだ。

 

「「………。」」

 

 空気が、重い。

 いつもなら練習中とて和気藹々としている室内が、今は一言も聞こえてこない…幾人かが立てる物音だけが嫌に大きく響いている。

 彼女達がこうも押し黙っているのは、やはり彼方の言葉を受けたからであろう。

 彼女達もまた各々でそれについて考えており、しかし一様に答えを出せないからと深みに嵌まってしまっているのだ。

 

「…皆ストップ。」

 

 と、そんな中でようやく声を上げる者が。

 その者の正体は侑であり、声を上げた事で皆の注目を集めた彼女は、一度この場に居る全員の姿を見渡し、そして続く言葉を口にした。

 

「…今日は皆、練習やめとこっか。」

 

 それは必然的な答えであった。

 全員が揃って好調と言えないモチベーションで練習をした所で意味など無い…だから今日の所は切り上げようと。

 そしてそれを受けた他の少女達は、声にこそ出さないが皆そうだろうなと納得している様子であり、異論を唱える者は見られない。

 中須 かすみ、ただ1人を除いて。

 

「…かすみんは続けますよ、皆さんは好きにしてください。」

「ううん、かすみちゃんも今日はやめておこう。」

「っ…何でですか!!」

 

 かすみは普段向ける事など決してない冷めた目線で他の者を一瞥すると、自身は侑の言葉に反して練習を続けようとする。

 そしてそんな彼女を放っておけないとして嗜めようとする侑に対し、かすみはつい声を荒らげてしまう。

 彼方の言葉に臆したとして、情けないと思ったが故だ。

 

「かすみちゃんが今やってるのは練習じゃない…ただ乱暴に身体を動かしてるだけだよ。」

 

 しかし侑から指摘された事に対し、かすみはハッとなって縮こまる。

 自分は違うと…自分は何も変わらない、動じていないと思っていたのに、実際はそんな事は無かったのだ。

 

「皆同じだよ…皆、かすみちゃんと同じ。」

 

 そう、皆心の中では大きく動揺しているのだ…今の、こうなってしまった状況に。

 それが分かっているからこそ、誰も何も声に出せず、再び静寂に包まれる。

 

「明日また、皆で集まろう?それで決めよう…私達はこれからどうすれば良いのかを。」

 

 侑の声が響き、心に染み渡る。

 皆それぞれに思い詰めた表情を浮かべる中、この場に於いて傍観者たる亡は、その中のただ1人だけ見つめていた。

 皆それぞれに思い詰めた表情を浮かべる中で、たった1人そういった感情を表に出していない少女、天王寺 璃奈に向けて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。」

 

 侑から解散を言い渡された少女達は各々思うように散らばり、それぞれ考えに耽っていた。

 その中でエマは学園の食堂で1人ぼうっとしていると…。

 

「呆けてちゃ、良い考えなんて何も浮かばないわよ?」

 

 食堂で注文したのだろう、果林がコーヒーを携えてやって来た。

 エマの分も含めて2つあるそのコーヒーの1つをそのままエマへと渡し、彼女の向かい側へ座る果林。

 特に頼んだ訳では無いのだが、一息入れた方が良いという彼女なりの気遣いだろう…その気遣いにエマは小さくありがとうと言ってコーヒーを口にする。

 口一杯に拡がるその苦味が、靄の掛かるこの思考を少しはクリアにしてくれるだろうか?

 

「果林ちゃんは…どう思ってるの?」

 

 …いや、そんな事は無かった。

 むしろ一息吐いて多少落ち着いたからこそ冴えて物事を考えられるようになってしまい、ますます深みに嵌まってしまう。

 自分の中で気持ちの整理が付かず、遂に彼女は対面の少女へ意見を求めた…貴女はどう思っているのかと。

 すると果林はそうね…と前置き…。

 

「言わずもがな、あの子()が怪我をしたのは正真正銘の事実。そしてあの子が怪我をしたという事は、今までのやり方じゃこの先もそうなるって事の証明にもなる。現実的に言えば、あの人達の都合良く動けるように大人しくしているべきね。」

 

 そう、事実を述べていった。

 その淡々とした口振りから察するに、彼女は一切の活動を自粛するべきと考えているのだろう。

 

「でも…。」

「…でも?」

 

 しかし実はそうではなかった。

 むしろその逆…彼女の瞳は、その内は、普段より激しく燃えていた。

 

「スクールアイドルやめますって言って、それで向こうが見逃してもらえるとは思えないし。」

 

 何よりもしそう宣言してこの身に迫る危機が去るのだとしても、そのような事は果林には絶対に言えない。

 

「私達にはこの1年しか無いものね。」

 

 何故なら果林、エマ、彼方の3人はこの1年しかスクールアイドルとして活動が出来ないのだから。

 スクールアイドルと名乗る事が出来るのは高校生だけ…それ以上もそれ以下も、それまでの伝統を汲んでそう名乗る事は暗黙の了解で出来ない。

 だから3人にとって高校生で居られる、あと数ヶ月だけがスクールアイドルを名乗れる時間…この心に大きなときめきを与えてくれた存在と同じで居られる時間なのだ。

 それをここまで来て諦めるなど、そんな事は決して出来ない…果林の目は、そんな反骨心から大きく燃えていたのだ。

 

「果林ちゃんは凄いね…何にも迷ってない。」

「そんな事無いわ。私はただ、どうすれば理想の自分で居られるかを考えているだけ…私の言っている事なんて、端から見ればそれこそただのわがままよ。とても良い選択を取っているとは言えない…。」

 

 エマから見れば、今の果林の姿は何事にも動じない凛とした憧れを抱けるものであったが、そう評価された彼女自身はそれを否定する。

 それでも自分が掲げるのは理想でしか無く、そしてそれを現実にしようとする姿勢は愚かな行為であるとして。

 

「私はただ、あの人のようになりたいだけよ…。」

 

 その霞の如く漏れた呟きが、果たしてどんな意味を持っているのか…彼女にとって今の心境を支える大事な事であろうに、エマにはそれを知る術は無く、ただ何も真実に辿り着けぬ己の苦い思いを、コーヒーのそれだと誤魔化す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に人が出払っている筈の練習室…そこへ再び訪れたのは、しずくだ。

 今日は解散を言い渡され、練習など以ての外な空気であるが、彼女はある予感を感じ、こうして部屋へと訪れたのだ。

 そしてその予感が的中したとして、彼女は思わず呆れたような声を漏らす。

 

「かすみさん…。」

 

 しずくの向ける視線の先には、止められたにも関わらず練習に勤しんでいるかすみの姿が。

 あの時確かにこの部屋を出ていった姿を見たのだが、どうやらその後すぐに戻ってきた事が、かすみの額を伝う汗を見て分かる。

 そしてそんなかすみはと言うと、しずくが来た事は既に視界の端に捉えて察しており、しかしその動きを止めるような素振りは一切見せない。

 

「練習は駄目だって言われてるよ?」

「…練習じゃないし。」

 

 声を掛けてみれば、かすみは先程と打って変わって、これは練習に非ずと言う。

 先に侑から止められたからか、妙な言葉選びをする知恵を働かせて、己の感情の赴くままに身体を動かす事をやめようとしない。

 まぁ、こうなる事は何となく分かっていた。

 だからこそ、しずくは近くにあったかすみのタオルと飲み物を持って近付き、目の前にそれを差し出す。

 

「はい、休憩。」

「…ん。」

 

 少々の強引さも見受けられるが、そうでもしなければ止められないとはしずくも、そしてかすみ自身も思っており、まさにそれをしてきたしずくの行動からはそんな自身の考えを読まれていると理解するには十分で、かすみは考えが読まれた事から来るふてくされと、そこまで自身の事を考えてくれているしずくへ対する気恥ずかしさが混ざった声を漏らす。

 

「気を紛らわせるなら、私も付き合うよ。カラオケでも何でも…。」

「そんな事してたら遅くなっちゃうじゃん、しず子帰れなくなるよ?」

 

 適当な場所へ座るかすみと、それに同伴するしずく。

 そのどこまでも付いていこうとする姿勢は素直に嬉しいが、これ以上自身の気ままに付き合わせてしまったら、きっと夜遅くまで掛かってしまうだろう…そうなれば、鎌倉に家を持つ彼女は終電を逃して帰れなくなる可能性が高い。

 最悪は自身の家に泊めるかとも考えたかすみだったが、しずくはその点に関してはあまり問題は無いと笑ったのだ。

 

「良いの、遅くなっても…ね?」

 

 そう言って、しずくは鞄の中からある物を取り出す。

 チャリン、と音を立てたそれは、この学校の寮の鍵だ。

 

「しず子それ…いつの間に!?」

「本当はこの一週間の間で入る予定だったんだけど、休校とかあったし、先生達も忙しいから…何て言うか、鍵だけ貰って宙ぶらりんな状態って感じで…。」

 

 先生からは部屋を使っても良いよとは言われてるんだ、と語るしずくの様子は、まるで悪戯心のままに動こうとする子供のようなそれである。

 まぁ実際下手に街を出歩くのはあまり良くない事なのだが…かすみはそれを咎める事は一切しない。

 

「良いの~しず子ぉ?そんな事言って…もしかしたら夜通し(オール)になっちゃうかもよぉ?」

「知らないんだ、かすみさん。私…実はそういうのちょっと興味あるんだ。」

 

 侑があの時、皆同じだと言ったように、しずくもしずくで気を紛らわせたいのだ。

 気のままに、気の向くままに、心の中を空っぽにしたい。

 そうした先に、曇りの無い答えという名の空が拡がっていると信じて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~今更だけど、なんか大変な事になっちゃったね~…。」

 

 部活が中止となり、他にやる事も無くなった事で下校しようとするせつ菜に向けて、語りかける声。

 振り返ってみれば、そこにはいやはや全くと言わんばかりな様子の愛が居た。

 

「愛さん…今日はもうお帰りですか?」

「うん、家族がなるべく早く帰ってこい~ってね。そういうせっつーも今日は生徒会とか無いんだ?」

「…えぇ、まぁ。」

 

 愛は他の部活の助っ人等、せつ菜は生徒会等と、互いに普段から校内に居残る事が多く、故にこうして2人が肩を並べて帰り道を行くというのは非常に珍しい光景だ。

 せつ菜自身も帰り道の中で愛が隣を歩いているこの状況に特別感を覚えるが、それに浮かれたりする程その心持ちは明るくない。

 やはり今その心を支配しているのは、ただ1つだけであった。

 

「愛さんは、どうするおつもりですか?」

「ん~難しいよね~…あたし個人としては、そりゃやりたいけど…。」

 

 それについて聞いてみれば、愛もまた答えという答えを出せていない様子。

 しかし答えを出せていないのは、どうやらただ単純に迷っているだけという訳では無いらしい。

 

「家族の方、ですか?」

「そう、あれ以来皆敏感になっちゃってさ~…。」

 

 彼女の言うあれ以来というのは、数日前のあの件に他ならない。

 複数の場所が襲われたその被害の中には、愛の家族や実家も含まれている。

 何の前触れも無く突然現れ、店を荒らされ、命を狙われ…単純にそれだけでも彼女の家族が怯える理由としては十分であるが、前以て愛が家族に向けて詳細を話してしまっていたのも、彼女の家族が過敏になっている一因であろう。

 

「やりたい気持ちは十分ある…けど心配してくれる周りの皆の事を考えたら、やっぱりやめといた方が良い…。」

 

 そうでなくても誰に対しても明るく分け隔てなく接する彼女は、多くの人達と繋がりを持っている。

 そしてその誰もが彼女という存在を良く見ているが故に、皆厳しく口を揃えるのだ。

 危険な事に関わらないよう務めてくれ、と。

 

「…あたし、流石に今までちょっと楽観的だったのかも。」

 

 すぐ終わると思っていた。

 例えそうではなくても、或人達が居れば何事も無く終わると思っていた。

 だがそんな思いとは裏腹に、皆が危惧するようなそれが着実に現実となっている。

 

「…どんなに凄いヒーローだって、全てを救える訳じゃありませんからね。」

 

 それを楽観的だと言うのなら、それはせつ菜も全く同じであった。

 正義(ヒーロー)は必ず勝つ…それは今でも信じて疑っていない。

 だが憧れの彼等とて、何の被害も無しに全てを解決出来る事は決して無い…物語の中で、犠牲となってしまったキャラクター達をせつ菜は何人も見てきた。

 そして今の自分達ではきっと、いつかそのキャラクター達と同じ目に会ってしまうのだろうと考えている。

 

「だからこそ、今はよく考えるべきなんですね。」

「私達はこれからどうすれば良いのか、かぁ…。」

 

 終わるのを待つだけでは、終わらない。

 終わらせるには、動かなければ。

 彼等の手が届くようになるにはどうすれば良いか…それを考える2人の帰り道は、いつもより何倍も時間が掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん、居る?」

 

 音楽科の教室に、侑を求めて歩夢がやって来た。

 元々2人は同じ普通科に在籍していたのだが、前回のフェスを通してより皆の側で助力をしたいとして音楽科への転科を希望、試験に合格した事により学期が変わってから侑は音楽科へと移った。

 なので前は一緒にしていた帰り支度も、今は別々。

 そうして本来は侑が普通科の教室に来て合流する筈だったのだが、いつまで経っても彼女が来ないので様子を見に来たのだ。

 もしかしたらまた何か危険な目に会っているのではと内心不安であったのだが…。

 

「寝てる…?」

 

 教室まで行ってみれば何て事は無く、侑は自身の机に突っ伏して寝息を立てていた。

 

「ん…あ、ごめんね歩夢。寝ちゃってたみたい。」

 

 そんな寝息も歩夢が来たタイミングで静まり、しかしまだ開ききらない瞼を擦って、侑は無理矢理自らを眠りの淵から起こす。

 

「珍しいね、侑ちゃんが学校でお昼寝なんて。」

「そうだね…あはは、彼方さんになった気分。」

 

 大きな欠伸を最後に目を覚ました侑は、そこまで来て音楽科の教室に歩夢が居るという事実に気付き、自らが約束を違えてしまった為にここまで来てくれた彼女をこれ以上待たせる訳にはいかないと、おざなりになっていた帰り支度をせっせと終わらせる。

 

「…よしっ!お待たせ歩夢、帰ろっか!」

「うん。」

 

 そしてそう時間が経つ事も無く支度は終わり、2人は共に帰路へ着く。

 並んで歩く彼女達の間に沈黙という言葉はさして縁の無い話であり、今日はどんな授業をしただとか、そんな他愛の無い話し合いだけでも時間は過ぎていく。

 しかしこと今日に限っては、その様子が少し違った。

 侑は変わらない、いつも通り喋って笑って…変わっていたのは、歩夢だ。

 確かに彼女は普段の会話でも受け身がちではあるものの、今日に至っては彼女から何かを話す事が1つも無い。

 侑の話には適当に相槌を打ち、その視線はずっと下を向いたままだ。

 それが何故かと言えば、答えは既に分かりきっている事だ。

 

「やっぱり考え込んじゃうよね、どうするか。」

 

 突然に、しかしいつかは来ると分かっていた壁を前に、どう乗り越えれば良いのか…それを悩まずに居られる者など、きっと自分達の知る誰にも居ない。

 歩夢もまた、その1人であった。

 

「侑ちゃんは、もうどうするか決めてるの?」

「いや~…自分で言っておいて何だけど、多分明日にならないと決められなさそう。皆がどう思ってるか、それを聞いてからじゃないと…ね。」

 

 そして高咲 侑、彼女もまた…。

 言い出しっぺがこれじゃあ駄目だよねと侑は自らをせせら笑うが、そもそも彼女はスクールアイドルに非ず、そして何かと同好会のメンバーを纏めるリーダーのような立ち位置に居る。

 だから皆の意見を聞いてからという彼女の判断は、決して間違ってなどいない。

 

「(私は…。)」

 

 対して自分はどうなのか。

 彼女はそれで良いのだ…それがきっと皆も望み、納得する答えへ繋がるから。

 だが、自分は違うのだ。

 

「(決めちゃ、駄目だもん…。)」

 

 本当はもう、心に想う答えがある。

 しかしそれを言ってしまえば、きっと自分は後戻りが出来なくなり、そして全てが駄目になってしまうのだ。

 

「(侑ちゃんは私の、大事な幼馴染みだから…。)」

 

 彼女の望まぬような事はしたくない。

 故に自らの想いに蓋をして、そして明日を向かえるのだ。

 いつからか、確かに黒く塗り潰されていっている心の色を、また黒く塗りたくって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天王寺 璃奈さん、ですね?」

 

 同好会の部室で自前のパソコンと向き合っていた所、突然名前を呼ばれた事で璃奈はビクリと身体を震わせる。

 驚いた割にはその様子が表情に現れていない彼女が、振り向いた先に居る者に向かって用を訊ねた。

 

「…亡さん、でしたよね…何か御用ですか?」

「いえ…ただ、他の皆さんはそれぞれ2人以上で行動しています。今1人なのは、貴女だけです。」

 

 どうやら振り向いた先に居た彼女…亡は現状優先すべき護衛の対象を璃奈と定めたようであるらしく、その為にここまで来たのだそうだ。

 入り口に立っていた亡はそのまま部屋の中へと入り、適当な椅子へ座ろうとする。

 が、その足はあるものを見た瞬間ピタリと止まってしまった。

 

「これは…。」

 

 亡の視線の先にある机…その上に、一冊のスケッチブックが置かれている。

 そして開かれているその中には、ピンク色の線で簡単な似顔絵が描かれていた。

 

「ボードの調整です。アナログの方も、デジタルの方も…。」

 

 それは"璃奈ちゃんボード"と呼ばれるもの…笑顔や泣き顔、他にも様々な表情が描かれているそのボードを、彼女は他者との意志疎通の手段として普段から愛用している。

 さらにアナログとデジタルと言ったように璃奈ちゃんボードにはもう1つ、ライブの時に使う手製の電光ボードがある。

 璃奈が今パソコンで行っている作業は、その電光ボードの機能調整だ。

 

「知っていますよ、他では類を見ない装飾の類いですからね。」

 

 それらのボードに興味の湧いた亡は椅子に座ろうとしていた足を璃奈の側へと向け、そのまま彼女が操作していたパソコンの画面をじっと見る。

 そしてそこに写し出されているものを見て、亡はほう…と息を漏らす。

 

「良く出来ています、とても高校生が作ったものとは思えません…才能が有るんですね。」

「分かるんですか…?」

「そういった事を専門としていますから。」

 

 画面に写し出されているのは、ボードのプログラムの図式。

 それは技術職を専門としている亡からして見ても、思わず感嘆とした声を上げる出来であった。

 特に亡が感心したのは回路の配置だ…機能を増せば増す程複雑な組み合わせを要求され、下手をすれば不必要にごちゃつかせて手が付けられなくなるのがこういったものの厄介な所なのだが、璃奈はどうすればそれを見やすく分かりやすく出来るかを良く吟味しており、とても無駄の無いスッキリとした図式となっている。

 それ故にデータ容量も搭載している機能の数の割には随分と空きがあり、新しい機能を追加するのも、既存の機能をアップグレードするのもまさに自由自在と言った所。

 とんだひねくれ者でもない限りあらゆるプログラマーが高評価を与えるだろうと言える彼女の腕前をもっと近くで見たいと思い至ったのか、亡は彼女の作業を手伝うと言い出した。

 

「何か、お手伝いしましょうか?1人では時間が掛かるでしょう。」

 

 しかし言ってすぐに亡は失敗したと感じた。

 いくら興味があるからと言って、まだあまり親しくも無い今の関係でそれを口にするには早計が過ぎたと。

 実際璃奈も訝しむような視線を投げ掛けており、気まずさを感じてしまう。

 

「…それなら。」

 

 しかし璃奈は途端にその視線を下げ、おもむろに亡の足下を見やる。

 すると亡は間も無くその足下に違和感を感じた。

 

「猫…?」

 

 見てみれば、そこには白い毛並みをした猫が。

 本来緑色の瞳を覗かせる目を一杯に瞑り、気持ち良さそうに身体を擦り寄せて甘えてくるその様子は、見ていてとても可愛らしい。

 しかし学校内という本来そのような存在が居ない筈の場所に猫が居るという状況に、亡は逆に困惑の色を見せる。

 すると璃奈からその猫について捕捉が入った。

 

「"はんぺん"って言うんです。学校で飼って…はいないんですけど、皆でお世話してるんです。」

 

 どうやらこのはんぺんという名の猫、普段は中庭などを歩き回っている野良猫らしく、色々あって今は学園のマスコット的存在となっているらしい。

 そんなはんぺんの主な世話係は愛と璃奈の2人であり、璃奈は今現在その特権を利用してはんぺんを部室に招いているとの事。

 他のメンバーが側に居ない中での用心棒としての役割と、最近の事情であまり世話が出来ず、しかも主な散歩場所たる中庭等へのマギアの襲来もあり、寂しく恐い思いをさせてしまったであろう事への埋め合わせを兼ねてだ。

 

「その子の事…見ていてもらっても良いですか?」

 

 そんな璃奈にとっては心強く大切な存在であるその猫を、彼女は亡に預けると言った。

 不躾な頼みをしてしまい、突っぱねられてしまうかと思ったが、それは杞憂であった様子。

 

「えぇ、構いませんよ。」

 

 相も表情を変えずパソコンと向き合う璃奈…そんな彼女から託された非常に重要な頼みを、亡は誠心を込めて引き受ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、パソコンでの調整を終えた璃奈がそれを示す一息を吐く。

 気付けば窓から差し込む光は僅かに暖色を帯びてきており、随分と長い時間を費やしてしまったと感じさせる。

 既に季節は冬に入り日が落ちるのが早くなっている為、実際には璃奈が思うより時間は経っていないのだが、それでもあらゆる方面から早期の帰宅を促されている現状、あまり誉められた事では無いとして、璃奈は机の上に拡がる機材を片付けていく。

 さらに言えば作業に付き合わせてしまっている者達が居る事を思い出し、なおさら動かす手が速くなる。

 そしてあまりに作業に没頭していた事でその者達の存在を失念していた事実を恥じると共に申し訳ないと思い、璃奈はちらりと後ろを見てその者達の様子を窺う。

 すると、そこには少々意外な光景が。

 

「…失礼、勝手に見ていました。」

 

 亡が、ボードを見ていたのだ。

 1枚1枚、そこに描かれている表情を、ただじっと。

 はんぺんをあやすのを忘れずに行っていたそれだが、璃奈が見ている事を目ざとく察した亡は勝手をしてしまったとしてそれを止めてしまう。

 璃奈はそんな亡の動向が気になった。

 天王寺 璃奈にとって、ボードは今の己を確立させてくれているかけがえのない存在だ。

 それ故に自身に注がれる、特にボードに対しての他人の視線には敏感であった。

 そして璃奈は知っているのだ…それらの視線がどのような色を含んでいるのかを。

 事情を知る者からすれば愛ある色が含まれた視線を向けられるが、知らぬ者からの視線は大体決まっている。

 まず奇異…初見のインパクトから向けられる色。

 次に疑惑…人前に素顔を晒さぬという事情から深掘りを望む色。

 そして忌避…その上で頑なな意思を見せる己に対し、誠意が無いと貶し離れていく色。

 我ながらボードを使って意志疎通を行うという方法が、誰の目から見ても異質である事は分かっている。

 本来ならばその訳を話すべきであるという事は分かっているのだが、それを話すには璃奈の中で踏ん切りが付かない所があり、言葉には出来ていない。

 だからこそそれらの色に対し、璃奈は仕方の無い事だと、悪いのは言えない己なのだと割り切り受け止めている。

 しかし亡のそれは何か違う…そういう周りの反応とも、事情を知る者からの反応とも違う、別の何かを感じた。

 

「…聞いても良いですか?」

「はい…?」

 

 それは例えるならば、既視の色。

 そしてその色を感じている対象は…。

 

「貴女は何故、ボードを使うようになったのですか?」

 

 自分(天王寺 璃奈)自身だ。

 差し支えが無ければ是非お聞きしたい、と聞いてくる亡が向けてくる真っ直ぐな視線から、璃奈はまるで己自身を見ているような感覚を覚えたのだ。

 故にその問いは己自身への問い掛けだとも感じ、だからこそその口が開いたのだろう。

 

「…亡さんは、笑えますか?」

 

 怒ったり、泣いたり、そういう(表情)を作れますか?…と。

 背を向けていた姿勢を正面へ…忍ぶように見ていた視線を真っ直ぐ亡へと向けて、璃奈は普段絶対に言わないような問いを掛けた。

 そんな常なる彼女との違いを、何となく肌で感じたのだろう…亡もまた向けられているそれらに対し、真っ直ぐに見据える姿勢を取る。

 

「得意ではありませんが…出来ない事はありません。」

 

 亡は訳あって、その活動期間の長くを"道具"として機能してきた。

 自由意思の無い、誰かに使われるだけの存在…故に彼女はシンギュラリティに達していながらも、滅や迅、雷が浮かべるような感情表現を苦手としている。

 感情を表に出したくても、どのように出せば良いのかが分からないのだ。

 これでも昔と比べれば随分マシになったのだが、未だに自身が浮かべる表情は周りと比べてどれも固く、ぎこちないと感じている。

 

「私はそれが…一番苦手な事なんです。」

 

 それを、璃奈は同じなのだと言った。

 己もまた、そういった感情を表現する事が苦手なのだと。

 

「表情筋が機能していない、という事でしょうか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど…。」

 

 苦手なんです、とにかく…と、伏し目がちに語る璃奈。

 彼女が感情を表現し辛くなったのは、その家庭環境に起因する。

 彼女の両親は昔から仕事が多忙であり、璃奈は小さい頃から1人の時間を過ごす事を強要されていた。

 思い出しても両親が揃っていた事など数える程しか無く、例えどちらかが家に居たとしても、やはりずっと側に居るという事は決して無かった。

 子供にとって一番近しい温もりというのは、やはり自身の親…その親から与えられる温もりを十分に受け取れていない璃奈はそれを寂しいと感じ、そして飢えている。

 璃奈の両親もそれは十分に分かっており、だから彼女と顔を会わせる度に言うのだ…「大丈夫か」と、「寂しくないか」と、「無理をしていないか」と。

 本音を言えば「大丈夫じゃない」と、「寂しいよ」と、「無理なんていくらでもしてる」と言いたい。

 しかし璃奈は両親の仕事が多くの人達を助けるものであると知っており、そんな2人の足を自分の為だけに止めさせる訳にはいかないと気遣った結果、嘘を吐く事にしたのだ。

 子供の当たり前たる喚き立てたい衝動を抑え込み、「大丈夫だよ」と、「寂しくないよ」と、「無理してないよ」と、今でもそう言い続けている。

 それがただの強がりである事、そしてその強がりが良い影響を生む筈が無い事は璃奈の両親も分かってはいるものの、それに構うには時間が許してくれず、結果としてその強がりがやむなくまかり通ってしまっている。

 それが代償となってしまい、璃奈は表情を失っていったのだ。

 笑顔の作り方を忘れ、泣く事を忘れ…気付けば誰の前でも表情を作れなくなった。

 本当は皆と同じ様に笑って泣いて、自らの想う事を素直に伝えたいのに…。

 しかしそうでなければ、きっと困らせてしまうから。

 世界でたった2人しかいない愛する親の誇らしい仕事の邪魔をしたくないという優しさの始まりが、やがて彼女に仮面を被せてしまったのだ。

 人ならば当たり前に出来る、感情を表に出す行為が出来ない…まるで人形のような印象を与える、孤独という仮面を。

 

「成程、それを隠す為の小道具という事でしたか。」

 

 だから彼女はそのさらに上から仮面を被っているのだ…私は皆と同じなのだと。

 例え仮初めのものであろうと、私は泣いたり笑ったりできる、皆と同じ人間なのだと証明し、人という形を保つ為に…。

 璃奈がボードを手に取り、皆と繋がりたいという理由は、そういった事情なのだと亡は理解した。

 

「でも、それだけじゃないんです。」

 

 しかし璃奈が内に秘める願いは、亡の想像の先を行っていた。

 

「これは私が、いつか乗り越えるべき壁でもあるんです。」

 

 閉じ籠ってばかりであった自分に、ボードは新たな世界を見せてくれた。

 無理だと思っていた他者との繋がりを持たせてくれて…ボードの先にある景色は、自分が小さな頃から望んでいた景色だ。

 だからこそ、このボード1枚の隔てりがとてももどかしい。

 どれだけこのボードが自分にとって無くてはならないものであったとしても、璃奈にとっての本当の願いとは、素顔で表情を浮かべ、想いを伝える事だ。

 

「だからいつか、私はこれ(ボード)に頼らないで皆の前に出たい。素顔のままで、皆と繋がりたい。私はその為に、今を頑張る。」

 

 今はまだ隠したい想いと晒け出したい想いがせめぎあっているが、いつかはその本当の願いを叶える為の決断をしたい。

 それが、璃奈がボードを使う理由だ。

 

「本当の繋がりの為に、か…。」

 

 それを聞いて、亡は少し懐かしい気持ちになった。

 かつて道具として存在していた自分には、夢も希望も無かった。

 それでもその時から己の内で燻っていた何かがあり、それが道具として扱われる事を拒む己の心である事を、或人や不破達が教えてくれた。

 そうして心の声に従い、やがては叶えたい夢を見つけて…。

 かつての境遇と璃奈の人生に重なる部分を見出だし、亡もまた璃奈と同じく既視感(シンパシー)を感じたのだ。

 そんな亡はおもむろにボードを手に取り、あるページを開いて璃奈へと見せる。

 

「なら、私も応援しますよ。私も皆と同じ様に色々な感情を表に出したい…だからお互いに、いつかその時を迎えられるよう頑張りましょう。」

 

 その開かれているページと亡の言葉を受けて、はい、と笑顔を浮かべる璃奈。

 ボードを使わない彼女の笑顔は、僅かに口角が上がる程度のもの…だが表に出している想いは、今目の前に開かれているボードの表情のそれであった。

 璃奈と亡を繋げた、ボードの一番最初のページたるそこに描かれている表情は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "にっこりん(2人が望む未来)"であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




与太話 ~その後の亡~

「亡?何を描いているんだ?」
「亡ちゃんボードです。」
「は?」
「………。」




















「…亡ちゃんボードです。」キリッ


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Program.16「やがてひとつの物語 ― 演じてしまう事だって」

主要人物紹介



・天津 垓

→皆さんご存知ZAIAエンタープライズ日本支社の"元"社長
 1000%おじさん、諸悪の根源とも言う
 それはもうかつては色々とやらかしにやらかしまくっていたが、現在はその成りを潜めて大人しくしている
 とは言え少なくとも仮面ライダーとして、そしてZAIA日本支社の社長としての実績から有能な人物である事は間違い無く、その点は或人達も信用はしている
 虹ヶ咲の少女達の事は既に話を聞いており、仮にも前科があると自覚している自分が純粋な少女達の隣に立つのはどうかと思いながらも、少女達の命を守る為に誠意は尽くすと心に決めている



・桜坂 しずく

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 何かを演じる事が好きであり、部活は演劇部と掛け持ち
 スクールアイドルとしての肩書きも演技派系スクールアイドルと筋金入り
 それ故に自分自身を押し出す行為を苦手としており、今回もそれが災いとなってしまっているようだ





 彼方からの告白を受け、それぞれの想いを胸に秘め、そして日を跨いだ。

 今日も特別な時間割で授業があり、そしてそれが終われば、少女達はまた部室へと集まる。

 その時に答えを出すのだ…これからの自分達の振る舞い方を。

 しかし少女達全員が既に己の意見を確たるものにしているかと言われれば、そんな事は無い。

 彼女…桜坂 しずくも、その1人であった。

 

「どうしよう…。」

 

 時間としては既に今日の授業が終わり、今まさに部室へと向かっている所。

 しかしその時を目前としていながら、しずくは未だ確たる意思を持てていない事に影を落としている。

 昨日は夜遅くまでかすみと一緒に遊んだりして気を紛らわせた筈なのだが、どうにもそれはあまり意味が無かったようだ。

 

「(いや、違う…本当は…。)」

 

 自らそう口にした通り、本当はもう自分の意見をちゃんと持っている。

 だが実際にそれを口にするのが、己の中で憚られているだけなのだ。

 しずくはお芝居などを初めとした、何かを演技をする事が好きな少女だ。

 しかしその好きというのは、実の所己の本心を隠す為の隠れ蓑でもあったりする。

 彼女は小さい頃から年代物の映画や芝居等が好きだった…だが同じ年頃の子供達はそういったものに興味を持たず、長い間周囲とは反りが合わなかったのだ。

 以来彼女はそういった周りの空気から浮く事を恐れ、皆に好かれる良い子というものを密かに、そして強かに演じ始めた。

 故に彼女は何かを、誰かを演じている時は、その演じているそれそのものと言える程に振る舞えるのだが、こういった自分だけの意見を求められた時は、どうしても尻込んでしまうのだ…それを言う事で、また自分だけ孤立したくないと。

 

「(皆はもう、決めてあるんだろうな…。)」

 

 こういう時、他の人達が羨ましくなる。

 人は皆、己の主軸というものを持っている。

 誰もが一人一人確たる何かを持っており、それが各個人を形成する主軸となっている。

 そして誰もが、その主軸をどう振るうべきかを当たり前に心得ている。

 それを苦手としているのが、桜坂 しずくなのだ。

 実は少し前にも同じ様な葛藤をし、納得した結論を出した筈なのだが、従来からの悩みであったそれは、やはりそう簡単には拭えないものなのだろうか…しずくはその経験を経てなおこうして気を迷わせている。

 部室に着いて、その話になって、私は何て答えれば良いのだろうと、しずくは気落ちと共に段々と自らの足取りが重くなっていくのを感じ、思わず深い溜息を吐く。

 するとそんなしずくの耳にある声が聞こえてきた。

 

『ワンッ!』

「………?」

 

 聞こえてきたのは、恐らく犬の声…それも声の張り具合からして、まだ仔犬のものであろう。

 実家で(オフィーリア)を飼っている影響で、そういった声には敏感なしずく…だがしずくが今居る場所は虹ヶ咲学園の校舎内だ。

 そんな場所で犬の声?

 いやいやありえない、はんぺんじゃあるまいし。

 そういえば昨日は気を紛らわす為にかすみと夜遅くまで遊んでおり、寝泊まりは学園の寮であった。

 まさかそれでペットロスになった影響からくる思い出の想起か?

 いやいやありえない、まだ1日しか経っていないのだぞ。

 それにオフィーリアはもう結構な老犬だ、聞こえるにしても仔犬のそれでは無いだろう。

 とにかく今のは幻聴だとして、しずくはついでに溜まっていた頭の中のもやもやを払うべく頭を振り、気を取り直して止めていた足を動かそうとする。

 

『ワンッ!』

「………。」

 

 しかしまたも聞こえてきた犬の鳴き声によってそれは叶わぬ事となる。

 間違いない、確かに聞こえた。

 位置としてはちょうど己の背後から…果たしてこんな所で一体何が犬の鳴き声など発しているのだろうかと、しずくはその正体を確かめるべく背後へと振り返る。

 

「これは…ロボット犬?」

 

 そうして振り返った先に居たのは、何とロボット犬であった。

 いつかの時代から世に向けて販売されているその姿はしずくも見覚えがあり、見間違えはしない。

 だからこそ何故そのような存在が校内に居るのか、しずくは首を傾げるしかなかった。

 一体誰の子であろうか…近寄って、そのロボット犬を抱え上げるしずく。

 恐らく身近な人の子では無いだろう…同好会のメンバーからも、演劇部の部員達からもそのような話は聞いていない。

 しかしこのロボット犬、先程からどうにもしずくの顔を見て鳴き声を上げているようであり、しずく個人というものを認識しているようだ。

 そこまで考えて、しずくは思わずまさかと訝しむ。

 しずく個人を認識しているとなれば、それは相当高性能なAIを搭載している事に他ならない。

 そしてそんな高性能なAIと聞いてパッと思い浮かぶのは…飛電(ヒューマギア)しかない。

 まさかこのロボット犬は飛電が製作したものであり、そしてまさか今日の護衛を担当するのはこのロボット犬なのではと、そんな事を思ってしまったのだ。

 普通ならばそれこそそんな訳が無いだろうと言われるような思い至りだが、それがあながち間違えていないというのだから面白い話であって。

 

「あぁ、さうざー。こんな所に居たのかい。」

 

 まじまじとロボット犬を見つめるしずくの耳に、今度は人の声が届く。

 その声に反応し顔を上げれば、少し先の方から1人の男性が向かってきていた。

 着ている服が全て白色という、少々奇抜な見た目をした男性だ。

 

「すまない、さうざーが世話になったみたいだね。」

「いえ、そんな…あ、この子お返ししますね。」

 

 そんな男性はどうやらしずくが抱えているロボット犬の持ち主であるらしく、しずくはそのロボット犬を男性へと手渡す。

 返されたそのロボット犬は、男性にとってとても大事な存在なのだろう…おぉよしよしと、まるで本物の犬のようにあやしている姿からそれが見て分かる。

 

「そう、ここで会ったのも何かの縁…少し聞きたいのだが、君はスクールアイドル同好会の部室が何処にあるか知っているかね?彼女達に用があって来たのだが…如何せん学園(ここ)に来たのは初めてでね、彼女達の居場所が分からず少々困っている所なんだ。」

 

 してこの男性の正体は如何にと疑問に思っていたしずくだが、その質問の内容から答えを察し、それならばと彼女は迷える男性に道標を示す。

 

「私達にご用事ですか?でしたら部室まで案内致しますよ。」

「すまない、助かるよ…ん?私達?」

 

 示された道標に感謝をすると共に、その言い回しから怪訝な表情を浮かべる男性。

 しかししずくの顔を見ている内にその意味を理解し、彼はやがてあぁ、と表情を納得したものへと変えた。

 

「そうか、どこか見覚えがある顔だと思っていたが、君は確か…。」

「桜坂 しずくと言います。貴方は社長さん達のお知り合いの方ですよね?」

「あぁ、天津 垓と言う…これからよろしく。」

 

 こうして彼…天津 垓と桜坂 しずくは出会ったのだ。

 そしてしずくが案内を承り、天津がその後に続く中で、彼はそれまでずっと疑問に思っていた事に対する答えを見出だした。

 

「しかし成程、だからさうざーは君の所に向かったのだな。さうざーは君の顔を覚えていたみたいだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―さて、どうしたものかな…。

 

 天津 垓とさうざーが学園に訪れたのは、今からおよそ30分前の事。

 少女達の護衛の為に足を運んだ彼等ではあったが、残念ながら部室への行き方が分からず、立ち往生をしていた。

 飛電 或人も不破 諌も刃 唯阿も、果ては滅亡迅雷の4人でさえも事前に場所を把握しておかなくては辿り着けなかったというのだが、肝心の彼等が何も教えてくれなかったのだから困ったもので。

 天津は相変わらず嫌われているものだと内心悲観とも愚痴とも捉えられる事を思いながら、しかしそんな事を思い込んでいる場合では無いと気持ちを切り替える。

 とは言え道行く人に話を聞きながらあっちこっちと迷走していたからこその現状、どう打開すれば良いのか策に困る。

 

―ん?さうざー?

 

 と、それまで腕の中で大人しくしていたさうざーが急に身動ぎを始めた。

 普段しないようなその動きに何かあったのだろうかと、天津はさうざーを地面へと下ろす。

 

―さうざー!?何処へ行くんだ!?さうざー!?

 

 その途端にさうざーは走り出したのだ。

 慌てる天津の視界を外れないよう、しかしまるで何か縋れるものを見つけたかのように急ぎ足で。

 そうして冒頭の、しずくとさうざーとの出会いの場面へ繋がったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その子、さうざーって言うんですね。」

「あぁ、私が小さい頃からの大切な友だ。」

「小さい頃からのお友達…良いですね、私も犬を飼っているので分かりますよ。」

「ほぅ、それは良い。動物には人の心を癒す力を持っているからね…名前は何と言うんだい?」

「オフィーリアって言うんです。犬種はゴールデンレトリバーで…。」

 

 部室までの道程はそんなさうざーから発展した話で占められ、意外にも良好なファーストコンタクトから始まった物語となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、しずくちゃん。」

「しず子遅いよ!もうとっくに全員集まってるんだからね!」

 

 2人が部室へ到着すると、そこには既に他のメンバーが揃っていた。

 かすみからの小言にごめんねと謝りながら中へ入るしずく…その後ろから見慣れぬ男性とロボット犬が連なってきた事で、少女達は首を傾げる。

 

「失礼、私は天津 垓という者だ…飛電 或人達の関係者と言えば分かるかね?」

「あ、社長さん達の…じゃあ貴方が今日ここに来るって言ってた…。」

「あぁ、君達の事は聞いている。これからよろしく…そしてこの子はさうざーという、仲良くしてくれたまえ。」

『ワンッ!』

 

 天津が少女達に向けて名を名乗り、さうざーもそれに合わせて一声鳴いて己の存在を高らかに誇示する。

 そんなさうざーの姿に皆が可愛らしいと微笑みを浮かべる…しかしその中で、せつ菜だけは違った様子を見せていた。

 

「天津 垓って…まさか、あのZAIAエンタープライズの!?」

「おや、既に私の事を知っている娘も「"元"社長さんですよね!?」…居るみたいだね。」

 

 しかしそこから発せられた言葉が中々棘のあるものだとして、天津は溜息交じりな態度を取らざるを得なくなる。

 そんな天津の心情など露知らず、せつ菜はさらに彼に向かって詰め寄っていく。

 

「でしたら是非聞きたい事があるんです!あのお仕事五番勝負の事なんですけど、あれって実際はどんな事情があったんですか!?当時のZAIAはヒューマギアの根絶を目指していて、だから社長さん達と対立していて…でも今は社長さん達とは仲間って事なんですよね!?そうなった経緯など、色々教えてもらいたいんです!」

 

 その内容が、さらに天津の心を抉っていく。

 天津自身、当時の事はあまり掘り返したくない事なのだが…。

 

「ん…まぁ、それに関しては色々あってだね…私から話せる事はあまり無い。飛電 或人達から話を聞いた方が良いと思うが?」

「その社長さん達が全然話をしてくれないんですよ~!」

「…随分当時の事について興味を持っているのだね?」

「はい!!だってヒーロー同士のバトルですよ!?それもただのヒーロー同士じゃない…ヒーローとダークヒーローとの因縁のバトル!!燃えない訳無いじゃないですか!!事情はよく分かりませんでしたが、もう当時はTVの前で興奮しまくりでした!!」

 

 この娘、全くもって遠慮が無い。

 しかしそれを無粋だと言って切り捨てるには、些か良心が痛む純粋さを持っている。

 正直この少女、普段から色んな意味で得をしていると思う。

 

「あ~も~!せつ菜先輩の事はどうでも良いんですよ!それよりもですよ、侑先輩!」

 

 そんな天津にとっては助け船なかすみの一言。

 しかしそれは少女達にとって逆に苦しい一言でもある。

 

「うん、それじゃあ早速なんだけど…皆はどう思う?これからの私達について…正直な事を言ってね。」

 

 今日こうして集まったのは、昨日から長引かせていた疑問への結論を付けるため。

 身の回りで起きているこの事件を乗り切る為に、どう振る舞わなくてはならないのか。

 本当に苦しい議論になるだろうが、しかしやらなくてはならない。

 少女達の表情が一様に変わる中、侑が代表となって話は始まった。

 

「かすみんは何が何でもやりますよ!誰が何て言ったって、やめるつもりはありません!」

「私もかすみちゃんの意見に賛成ね。やめるって言って相手がそれを真に受けるかどうかなんて分からないんだし。」

「私も同じ。やり方はいくらでもある筈だから…。」

 

 まず最初に、これまでと変わらないスタンスを取り続けるという意見が出た。

 意見したのはかすみ、果林、璃奈の3人だ。

 同好会に所属している少女達は全員スクールアイドル活動に対して並々ならぬ情熱を注いでいる…このような意見が出るのは至極当然であった。

 

「反対にやめた方が良いって意見の人は居る?彼方さんとか…。」

「うん、やっぱり私はやめておこうかなって思ってる。遥ちゃん達の事もあるし…。」

「私も、かな。色々考えたんだけど…ね。」

 

 反対に活動を自粛しようという意見を上げたのは彼方にエマであった。

 しかし2人してその表情は苦悶に満ちており、断腸の思いで意見している事は明白だ。

 それでも周りの人達の事を考えて相反する意見を述べた彼女達の事を、誰も責めはしない。

 苦しいのは、誰だって同じなのだ。

 

「無理にどっちかを決める必要は無いよ?歩夢とかはどう?」

「私は…。」

 

 話を振られた歩夢だが、押し黙ってしまう。

 恐らく、どちらとも言えないのだろう…それもまた当然の事であった。

 スクールアイドルをやりたいという気持ちも大事だし、だからと言って周りの人達の事も無下にしたくない。

 それは強欲でも何でもない、人が当たり前に持つ感情だからだ。

 

「愛ちゃんとせつ菜ちゃんは?」

「そうなんだよね~…あたしとしてはやりたい気持ちで居るんだけどさ、家族の声を無視してまでかって言われると、そんな事無いし…。」

「私も全く同じ意見ですね…恥ずかしい話ですが、どちらかはっきり決めろと言われたら口を噤んでしまいますね…。」

 

 愛とせつ菜もまた同じ様に決めあぐねている様子であり、残る意見はあと1人。

 

「後は…しずくちゃんはどうかな?」

 

 そして話を振られたしずくはというと…。

 

「私は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…1時間だ。」

 

 不意に天津がぽつりと溢す。

 彼が言ったように1時間…その間、誰の口からも具体的な答えが出てこなかった。

 

「このままだと、話は保留といった所かな?」

「すみません、本当なら今すぐにでも決めなきゃいけないんでしょうけど…。」

「いや、構わない。君達も真剣にこの事件に向き合っていると分かって、飛電 或人達も喜ぶだろうさ。」

 

 あの後しずくは、黙秘を貫いた。

 それを2年生3人と同じ様に中立と判断するならば、結論として人数の多かった活動続行の意見が取られそうなものだが、それで解決する程話は軽いものではない。

 続けるにしても、どう続けるか…何も考えずに行動すれば、またあの時の侑のようになりかねない。

 しかしそれを避ける為の案も出て来ず、1時間も沈黙した空気が流れていたという事だ。

 決して悠長に構えて良い問題では無いのに、平謝りした先に居る天津は大して気にしている様子は無い。

 彼等からすれば自分達がどのような選択を取った所で、目的は変わらない…ある意味他人事であるのだから。

 だからこそ申し訳無くも思い、しかしそれを拭う意見も出ず、結局また沈黙が場を支配する。

 

「ん…さうざー?」

 

 と、それまで大人しくしていたさうざーがまた急に動き始めた。

 ロボット犬らしい少々遅めの速度で、皆の視線を集めながらトコトコと歩いていく、その先に居たのは…。

 

「?…どうしたの?」

 

 しずくであった。

 一体どうしたのだろうかと誰もが訝しむ中、さうざーは鳴き声を上げながらしきりにしずくと天津の間を行ったり来たりしている。

 

「…成程。」

 

 何か、伝えたい事がある。

 それをいち早く、そして伝えたい内容さえも察した天津がしずくに声を掛けた。

 

「桜坂 しずく、君に話がある…少し良いかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、それで…話とは…?」

「いやなに、さうざーが君の事を気に掛けているようだからね。」

 

 学園屋上。

 さうざーと共にやって来た天津は、早速しずくに対して本題を問うた。

 

「何か、あの場で言える事があるんじゃなかったのかい?」

「え…?」

 

 しずくには、何か自分だけの考えがある。

 中立では無い、何かあの状況を打破できるような意見を持っている…それにさうざーが気付き、またさうざーと付き合いの長い天津がその様子から察したのだ。

 

「いえ、そんな事は…。」

 

 その予想は当たっていた…しかししずくはその事実を咄嗟に隠した。

 何故ならその意見とは、あまりに中途半端なものであるから。

 そんな意見を言って場を乱したくは無いし、何よりその先で自身に向けられるであろう視線が恐ろしい。

 それを隠す為に、しずくは無知である事を演じた。

 咄嗟とはいえ、何かを演じる事には慣れている…誤魔化せる筈だ。

 

「嘘だな。」

「え…?」

 

 しかしそんなしずくの考えを、彼はあっさりと見破った。

 あまりに早く、しかし迷いの無いその判断にしずくが目を見開く中、君は確か演劇が得意だという話だったね…と言って、天津は彼女の目をじっと見据え…。

 

「だがこれでも私は君が思うより長く生きている…どれだけ取り繕おうとも、目を見ればすぐに分かるさ。」

 

 向けられる視線は、言葉は、しずくに強烈な圧を掛ける。

 それこそ物語の中でしか見ない老練の強者のような圧に、しずくはただ気圧された。

 

「私も、まだまだという事ですか…。」

 

 これでも自分の演技には自信を持っているしずくであったが、認めるしかなかった。

 見た目的にはどんなに見積もっても30代程にしか見えないが、彼は或人達と同じ様に戦士だ…きっと、想像も出来ないような経験をしてきたのだろう。

 

「天津さんの言う通りです。言える事はあったんですが…。」

 

 そんな天津に対し、しずくは語った。

 彼からすれば、もしかしたら隅にも置かないかもしれない…そんな己の弱さを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程…それを言う事で、周りから距離を置かれる事が恐ろしいと…。」

 

 それから、しずくの心の独白を聞いた天津…彼は暫し手すりに身を預け物思いに耽ると、やがてそのまま口を開いた。

 返すように己の心の独白を、しずくに向けて語り掛けた。

 

「誰しも本当の自分を曝け出す事は恐ろしいと感じるものだ…後ろめたい事情を持っているのならば、尚更な。」

 

 

 

 

―100点ではなく、1000点を目指せ。

 

 

 

 

 天津の中で、かつて自身に向けられた言葉が去来する。

 実の父親から告げられたその言葉は、その後の天津の人格に強い影響を与えた。

 元々は純粋無垢な、ただ愛されたいだけの子供だった彼が、いつしかどんな手段も問わず己の理想を実現するだけの独裁者となってしまった。

 しかしその数々の所業は過去の話…今の自分は、かつての人としての心を取り戻している。

 だがそれでも、歩んできたその道のりは、確かに自分がそうであれと望んだ道だ。

 どれだけ否定しようとも、その生き方を選んだという事は、己の心にそのような選択を取る影があったという事…ただ今まで隠れていた本性が、曝け出されただけの話。

 愛されたいだけの、赦されたい心も。

 冷酷な独裁者たる、赦され難い心も。

 どちらも本当の"天津 垓"…彼の本心なのだ。

 

「だがそれでも、それが君なのだろう?ならば胸を張って堂々と曝け出せば良い。例え今はそうならなかったとしても、いつかは受け入れられる筈だ。」

 

 だから天津は否定しなかった。

 自分に向けられるあらゆる悪意を、彼は今も、全て背負って生きている。

 きっとそれは、とても不器用な生き方なのだろう。

 実はしずくが見積もった30という年月などとうに過ぎているこの身でさえ、耐え難いと思う生き方だ…そんな生き方しかしてこなかった自分が、未だ人生の半歩目を歩いたばかりの少女を論するなど、本当はあってはならない事だ。

 

「でも、いつかじゃ駄目なんです…今じゃなきゃ、駄目なんですよ?」

「ならば誠心誠意を尽くせば良い…友人に対してだ、決して苦手な事では無いだろう?」

「そんな簡単に言える事でしょうか…。」

 

 それでも、自分でしか伝えられない何かがある…ならばそれに応えねばなるまい。

 迷える彼女を、自分のような人間にしてしまわないように。

 

「言える筈さ…ならば問おう、君は一体何者だ?家族や友人の前に立つ君は、或いは舞台で役を演じる君という存在は、一体何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君は…"桜坂 しずく"を演じる"誰か"なのかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…。」

 

 天津から掛けられたその言葉が、雫となって波紋を呼ぶ。

 心の波が揺らめき、とある台詞が記憶の中から呼び起こされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私は!!"桜坂 しずく"の事、大好きだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う…私は…!」

 

 そうして駆け出していったしずくの背を、天津は優しく見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、皆さん!」

「わっ!?どうしたのしずくちゃん?」

 

 部室に戻ってきて早々身を乗り出す勢いのしずくに、皆驚きを隠せない。

 それでも彼女は止まらない、その気持ちを抑えようとしない。

 

「皆さんに聞いて欲しいんです…私の考えを!」

 

 それもまた、桜坂 しずくであると示すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言えたじゃないか、自分の本心を。」

「はい!天津さん、ありがとうございました!貴方が励ましてくれたおかげです!」

「礼ならさうざーに言っておくれ。さうざーが君の事を気に掛けていたからこそ、私も手を差し伸べようと思ったのだ。」

 

 それから、いつの間にか戻ってきて話の成り行きを見守っていたらしい天津に対し、しずくは感謝の気持ちを述べた。

 

「私、忘れてました…どんな私であっても、絶対に受け入れてくれる人達が居るって事を。前にも同じ様に悩んでいたから、忘れちゃいけない事だったのに…。」

 

 君は一体何者だ?

 家族や友人の前に立つ君は、或いは舞台で役を演じる君という存在は、一体何だ?

 その答えはただ1つ…"桜坂 しずく"であった。

 周りからの視線を恐れる自分も、それを隠す為に役を演じる自分も、どちらも桜坂 しずくの本心だ。

 そんな己の本心を理解し、受け入れてくれた仲間が居た。

 そう…かつてに於いてもしずくは同じ事を同じ様に悩み、しかしその仲間のお陰で心の迷いを晴れさせる事が出来ていた。

 しかし彼女は忘れていたのだ、その事実を。

 いや、忘れてなどはいない…ただ、覚えていた事実を履き違えていたのだ。

 桜坂 しずくにとってその事実は天恵のようなものであり、彼女はこれから先また同じ様に悩まぬようにと、その事実を決して忘れないと心に誓った。

 そうして意識をし過ぎた結果、彼女の中にはただその事実だけが残ってしまった。

 その事実に救われたという結果だけを覚え、向けられた言葉にどんな意味が込められていたのかを忘れてしまっていたのだ。

 だからしずくは今、再びその事実に気付けた喜びと同時にやるせなさも感じていた。

 その中身も含めて、決して忘れないと誓っていた筈なのに…と。

 しかし天津は、それが人間というものだと言って彼女を非難しなかった。

 

「人はどんなに大切な思い出さえも、時が過ぎれば忘れてしまうものだ…だから君が友と想う者達の事を、これからも大事にすると良い。」

 

 その絆こそ、人間にとって最も尊いものなのだからな…と、天津は腕に抱えるさうざーを見て笑う。

 

「はい!」

 

 それに釣られて笑顔を浮かべるしずくの姿は、天津にとってとても眩しい。

 過去に犯した罪に塗れたままの自分の側にはとても居てはいけないものだと…だがこの眩しさは、他ならぬ天津が彼女の心の闇を晴らしたからこそのものだ。

 

「(これで良い…これが私が演じるべき姿なのだ。)」

 

 この身で変えられる闇がある…ならばその闇をこれからも晴らしていこう。

 それが犯した罪に対する贖罪に…いや、たとえそうならなくとも、それが己の演じるべき役割であるのだから。

 天津 垓と、桜坂 しずく…彼等は今日も明日もその心のままに、己という役を演じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして、役を演じているのがもう1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そろそろ、ね。」

 

 再びその姿を見せた"彼女(アズ)"が見下ろす先に居るのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




与太話 ~その後の天津、そしてせつ菜~

「因みになんだが…君はあの戦いをヒーローとダークヒーローの戦いだと言っていたが、どちらがヒーローだと思っていたのかね?」
「或人さんの方です!」
「…私は?」
「ダークヒーローです!」
「…何故私がダークヒーローだと思ったのかね?」
「すみません!勝負に負けて、それでも諦めない或人さんの方がヒロイックで格好良かったからです!」
「若いというのはこれだから…まぁ、正直合ってはいるのだが。」


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Program.17「CHASE! ― 信じる未来を ここに宿す」

主要人物紹介


・飛電 或人

→仮面ライダーゼロワンとして戦い続けている青年
 アズが仕掛けた、あの大規模なマギアの襲来から幾日…ようやく身の回りが落ち着き始めたという事で少女達の下へ顔を出し始めた彼は、知る者からすれば顔付きが変わったと言われている
 ただしその皆がどうにも口を揃えて言うのだ…その変わり様は、きっと良くない変わり方なのだと


・優木 せつ菜

→虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員
 優木 せつ菜はいわゆる芸名であり、本名は中川 菜々という
 わざわざ本名とスクールアイドル名を使い分けている理由は様々にあるが、いずれにしても彼女はそれら全てに全力でぶつかっており、肩書きたる本気系スクールアイドルに恥じない姿勢を常に見せている
 そんな彼女であるが、どうにも最近はどこか上の空であったりと、らしくない姿を目撃されていたりする






 アズが仕向けた暴動から2週間程が経過した。

 その2週間の間で同様の騒ぎというのは1つとして無く、予断を許さない状況である事に変わりは無いものの、特にこれといった動きも見られない現状に世間は少しずつ普段の落ち着きというものを取り戻していき、虹ヶ咲学園でも短縮されていた時間割が今日から通常のそれに戻された。

 

「皆さん、前にも増して気合いが入っていますね…。」

 

 そして虹ヶ咲学園のスクールアイドル達…彼女達もまたそうした影響を受けたのか、それまで燻っていた様子が嘘のように活動に取り組んでいる。

 先日に決めた事柄によってそれまで活動を渋る姿勢を見せていた彼方やエマも練習に励むその姿に、せつ菜は頬を綻ばせる。

 

「…私も、やれるだけの事をやりましょう。」

 

 皆、自分がやれる事をやっている。

 ならば自分もそれに応じよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう残り少ない、今の立場で出来る事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛電 或…人…?」

 

 飛電インテリジェンス…その社長室へやって来た天津の首が横に傾げられる。

 或人に用事があり、社長室に居ると聞いてやって来た天津であるが、今見える限りでは社長室の中にその姿は見えない。

 普通ならば何か用事で席を外して入れ違いになったかと思う所だが、天津はふむ、と一間置き、おもむろに室内の白塗りたる壁の一部をトントンと叩く。

 すると驚く事に叩いた壁一面がホログラムとなって消失し、社長室に隠された秘密が露になる。

 消えた壁の向こう側にはさらに部屋が拡がっており、そこにはヒューマギアやプログライズキー等を製造する為の設備が備え置かれている…ここはゼロワンの装備等を開発する為に存在している秘密のラボなのだ。

 

「おや…?」

 

 そしてそんなラボの中の様子に、天津はこれは…と何故か目を細めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 白一色…それ以外何の色も見られない不思議な世界の中心に、或人は居た。

 彼はただ、そこに立っている…黄と黒の、鋭角的なデザインをした装甲たるシャイニングホッパーの仮面の下で目を閉じ、静かにその時を待つ。

 五感を研ぎ澄ませるべく集中し…やがて彼の耳はある音を拾う。

 自身の周囲を囲うように複数の足音が聞こえてくるのを察しながら、或人は軽く息を吐く。

 息を吐いて、1…2…3…。

 

「…ッ!」

 

 4、その時が来た。

 背筋にぞわりと走った殺気から逃れるように前方へ転がり、しかしその殺気に立ち向かう姿勢を見せるべくすぐに体勢を整え、自身が立っていた場所に向けて脚を突き出す。

 するとそこにはビカリアの腕とマンモスの胴体、そしてアルシノの頭部と足腰が継ぎ接ぎにされているマギアが立っており、突き出された脚がマギアの胴へ命中する。

 しかしその一撃はマギアをただよろめかせる程度に終わってしまい、或人は次に備えるべく距離を取ろうとする。

 と、その瞬間にまた殺気…或人はすぐさまシャイニングホッパーの機動性を駆使し、その場を大きく退く。

 退いた先で殺気の正体を確かめるべく視線を向ければ、クエネオのブーメランを投げ付けていたネオヒマギアの姿が見えた。

 さらに遠くからガエルの頭部を持ったオニコマギア、そしてベローサの鎌を携えたエカルマギアが姿を表す。

 それは今までに経験した事の無い未知の脅威…これまでのマギアの要素が組み合わさった、合成マギアと呼ぶべき存在だ。

 そんな状況を前にした或人は、しかし動じる事無くまた息を吐く。

 その様子はどこか淡々としており、その後の展開も合わさって機械的かつ作業的な印象を受ける。

 

「……!」

 

 ベローサとエカル、そしてクエネオとネオヒの合成マギアがそれぞれの得物を展開する。

 鎌による一閃、牙による刺突、ブーメランによる斬撃、そして触腕による搦め手が一度に襲い掛かってくるも、シャイニングアリスマテックを起動すればそれらの攻撃は途端に意味を失くし、気付けばマギア達の目の前に或人は居た。

 

【 ゼロワンダスト!! 】

 

 瞬間、爆ぜるマギアの身体。

 狙われたのは、ベローサとエカルの合成マギア…或人がオーソライズバスターを銃の形態で召喚し、直ぐ様必殺の一撃を放ったからだ。

 それだけに留まらず、或人はクエネオとネオヒのマギアを踏み台にして後方へ下がると、フライングファルコンのキーを取り出す。

 

Wing(ウイング)!

 

 キーのスイッチを押し、武器へ装填しようとする或人。

 しかしそのタイミングで上空からの爆撃が彼を襲う…ガエルとオニコの合成マギアが横槍を入れてきたのだ。

 だが爆撃によって地上に漂う黒煙が晴れた時、そこに或人の姿は無かった。

 

【 Progrise key confirmed. Ready for buster. 】

 

 そして上空に居るマギアのさらに上の方から、阻止しようとしていた動作の完了を告げる音声が。

 気付いた時には、もう遅かった。

 

【 バスターダスト!! 】

 

 或人の持つ武装から火が吹かれる。

 放たれた弾丸は追尾弾としての機能を持つ桃色の4羽の鷹となり、眼下のマギアを食い荒らす。

 腕や脚、羽を破られ、最後には頭部を貫通されたマギアが地に堕ちると同時に爆発する。

 その爆発を尻目に、或人は更なる手を打ち始める。

 

【 アックスライズ! Fang(ファング)!

 

 武器を斧の形へ変え、バイティングシャークキーを武器に備え付けられている認証装置へ翳し、再び得物を向けてきたクエネオとネオヒの合成マギアに突っ込んでいく。

 

【 プログライズボンバー!! 】

 

 すると斧の刃先から鮫の歯を模したエネルギーが連なり、それを振るえばエネルギーが鞭のようにしなり伸びる。

 そのエネルギーが触腕やブーメランを切り裂き、はたき落とし、やがてマギアの身体へ迫る。

 そうして或人がマギアへ近付き、その身体目掛けて蹴りを入れれば、彼が近付くまでに既に細切れとなっていたマギアの身体がバラバラと崩れ落ちる。

 瞬く間に3体のマギアを倒した或人…残るはビカリア、マンモス、アルシノの合成マギアのみだ。

 恐らく想定される中でも最強の掛け合わせたるそのマギアを、果たしてどう攻略するか…。

 

Jump(ジャンプ)!

 

 或人の答えはシンプルであった。

 ライジングホッパーキーを武器へセットし、そのままベルトへ翳す。

 

【 ゼロワンオーソライズ! 】

 

 鳴り響く待機音と共にゆっくりとマギアへ歩を進める或人。

 対してマギアも身体中に巡らせているエネルギーの循環を加速させ、同様に或人へ向かっていく。

 一歩一歩距離を詰める…その度に空気は自然と緊迫としたものとなっていく。

 やがて両者の足が揃って止まる…互いの間に有る距離は殆ど無く、目と鼻の先に居る状況になった両者はじっと向かい合う。

 微動だにしないそれは、先に動いた方が負けると理解しているからだ…しかし動かければ決着も付かない。

 常人ならば既に気を病む程に張り詰めた空気の中、先にそれをを破るのは一体どちらか…。

 

『…ッ!!』

 

 動いたのは、マギアの方であった。

 エネルギーの循環を加速し、それを攻撃に転用するのはこのマギアにとっての大技だ。

 だが本来の循環の速度を破る事になるその方法は、長時間続けていると自壊に繋がりかねない。

 これが素の状態での我慢比べと言うのであれば、感情や肉体的疲労といったものが無いマギアの圧勝となっていたであろうが…今この状況ではそれは違う。

 相手の不戦勝を逃れる為、マギアは勝負に出たのだ。

 だがこの戦いは既に述べたように、先に動いた方が負ける…それは今この状況であろうが、そうでなかろうが、確かな事実であった。

 

「ッ!!」

 

 腕を振るったマギアの眼前から或人が消える。

 代わりにマギアの周囲に多数の幻影が展開される。

 シャイニングアリスマテックによって作られたそのどれかから、或人は仕掛けてくる…その確率は、約25000/1。

 そんな天文学にも匹敵する数の中から正解を導きだす事など、ただのマギアに出来る筈も無く…。

 

「はぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バ ス タ ー ボ ン バ ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからでも無い、真正面からの攻撃。

 それはその一撃を防ごうとしたマギアの動作よりも早く本体を捉え、マギアの身体を両断した。

 

「ふぅ…。」

 

 そうして或人の周りに拡がった鉄屑の園…しかし彼が一息吐くと同時にそれらは一様に、そして忽然と消えてなくなった。

 まるでホログラムのように消えていく…その現象から察せる通り、実はこの場所は現実の空間では無い。

 ここはゼアのシュミレーションが作り出した仮想空間の中なのだ。

 仮想空間には意識だけを繋ぎ思考だけで空間内を動いている為、現実の身体に掛かる負担がとても軽く、繋げている意識もゼアとリンクして人工知能(ヒューマギア)と同等にまで引き上げられている都合上、仮想空間内で結構な時間を過ごしていたとしても、思考速度の上昇により現実ではたったの数秒しか経っていなかったりする。

 

「ゼア、次。」

 

 そしてこれまでに相対した事の無い敵とて、ゼアの予測の下でならいくらでも再現可能。

 その為ゼロワンに於ける装備や形態のテストなどには非常にもってこいの場所であり、事実戦闘が終わったばかりだと言うのに或人は息切れなど全くしておらず、間髪入れずに次のシュミレーションを行おうとしていた。

 

『シュミレーションを終了します。』

「…え?」

 

 しかしゼアから告げられたのは、こちらの命令を無視した告言。

 それが何故なのか分からないまま、或人の意識は現実へ引き戻される。

 

「お目覚めかな?」

「天津さん…。」

 

 そして引き戻された先で目が合ったのが天津の姿であった事から、先のゼアの判断に合点がいった。

 どうやら天津が強制的にシュミレーションを終了させたようだ。

 

「通算20191201回目のシュミレーション…朝からご苦労な事だね。」

 

 飛電の社長としての業務はどうしているのかな?という天津の言葉が地味に刺さる。

 いくらシュミレーション内に於ける時間の経過が遅いとは言え、それ程までの回数を重ねていたら流石に現実世界でも結構な時間が経っている筈。

 もしかしたらその間に社長室の机の上には仕事が山積みになっているやもと心配になり、或人は寝転がっていた作業台の上から起き上がろうとする。

 

「うぉっとと…痛ぇ!?」

 

 しかし地に足を付ける所でその足に力が入らず、或人はその場で盛大に転げてしまう。

 立ち上がろうにも、今度は身体全体に痛みが走ってまともに動けない。

 この痛みは表現するならば筋肉痛と言うべきもの…そして何故そのような状態になっているのか、理由はもう分かっていた。

 

「シャイニングホッパーによるテストかい?」

「えぇ…!まだまだ、強くなれる筈ですから…!」

 

 ベルトから引き抜いたシャイニングホッパーキーを2人して見つめる。

 シャイニングホッパーにはシャイニングアリスマテック以外にもう1つ特徴的な機能が備わっている。

 それはいわゆる、力の前借りと呼ばれるもの…シャイニングアリスマテックによる超人的な戦法を実現する為、シャイニングホッパーには現在の或人の潜在能力を強制的に引き出す機能が備わっているのだ。

 或人が先のシュミレーションでシャイニングホッパーに変身していたのも、この能力による自身の実力の確認の為だ。

 しかしこの力の前借りという能力は強制的と言ったように、本来踏むべき過程を全て飛ばした、結果だけが付いてくるやり方である。

 その為開放された力に或人の身体が付いていけず、毎回こうした筋肉痛という形で反動が現れているのだ。

 

「いくらシュミレーションとは言え、これだけの回数を重ねれば当然負担も掛かる…仮面ライダーはごく限られた者にしか出来ない事だが、この会社の社長を務められるのはその中でも君しか居ないのだ。しっかりしてもらわないと困るぞ?」

「…随分気に掛けてもらえているようで。」

「飛電を愛する者として、黙って見過ごせないというだけだ。」

 

 天津の言う通り、いくらシュミレーションとは言え全く身体に負担が掛からない訳では無い…2千万を超える戦闘を積めば尚更だ。

 こうなる事は言われるまでも無く分かってはいたものの、それで止まらなかったのがこの飛電 或人という男。

 そんなよたよたと社長室に戻る、結果的に情けない姿を見せる事になった或人を、天津は冷ややかな視線で見つめる。

 これがかつて自身を降した者の姿かと思うと、何とも言えない気持ちになる。

 腑抜けた姿を見せるなと言いたくなるが、如何にして彼がこのような姿を見せるようになったのか、その根源を知るが故に強気な事は言えず、複雑な心境にさせる。

 これで外面だけは何でも無いと取り繕い続けているのだからタチが悪い…せめてこれ以上深みに堕ちない事を祈るのみだ。

 

「それに困るのは彼女達もだ…既に彼女達から話は聞いているのだろう?」

「えぇ、近い内に大きなイベントを起こすって…。」

 

 そんな事を思いながら天津は、椅子に座り仕事が増えていない事に安堵する或人に対して少女達の事を話題に上げる。

 どうやら彼女達は自分達が居ない間に今後の振る舞いについて色々と話し合っていたらしく、その旨について先日連絡があった。

 しずくの発案たるそれによると、彼女達は直近で大きな配信イベントを起こしたいとの事。

 規模は出来るだけ大きく…それこそ同好会のメンバー総出でのライブにする、と。

 

「それがどういう意味かは、分かっているな?」

 

 天津からの問い掛けに、或人はそれまで崩していた姿勢を改める。

 実の所このイベントというのは、彼女達が狙われている事を利用した囮作戦でもあるのだ。

 前回フェスの開催の為に少女達が各校へ向かった時、敵は戦力を強化してきた…つまりこちらが大規模な展開を行えば向こうもそれに合わせてくると踏んだ上で、規模に合わせて集結するであろう敵を一網打尽にしようという計画なのだ。

 成功すれば予定通りにライブを行う…だがもし計画が失敗に終わった場合、彼女達は少なくとも年内の間の活動を控えると言っている。

 周りからの制止の声と自分達の欲求を釣り合わせた結果、このような結論となったらしいが、それは下手をすればフェスにまで影響が出るかもしれない話…詰まる所この作戦が、そして今後の彼女達の活動が上手く行くかどうかは、全て或人達の手腕に掛かっているという事だ。

 スクールアイドル活動は彼女達にとっての夢そのもの…無論その意思には全力で応えるつもりではあるが、それでも或人達の中では一抹の不安が残っている。

 それを示すように、天津が私から1つ忠告だ…と言ってきた。

 

「これも既に理解しているだろうが、彼女達の心はとても純粋だ…もし私達がこれまでに経験してきたような事が起きれば、彼女達は恐らくそれに耐えられない。」

 

 そう、これが或人達の中で最も懸念されている事。

 敵の首魁があのアズで、しかも決戦を望むとなると、作戦の成否を問わず状況は一変したものとなるだろう。

 その変化の先が、もし過去に自分達が経験してきたようなものとなったら。

 悪意から始まるあらゆる負の要素を詰め込んでいたあの1年間のような状況になってしまったら…純粋無垢な彼女達は、きっとその心を病んでしまう。

 計画の成否を問わず、彼女達の夢が閉ざされてしまうかもしれないのだ。

 

「分かってますよ…必ず、終わらせましょう。」

 

 そうならないよう、綿密に作戦を立てなければならない…かつての自身の経験を下に、或人はそう決意を露にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ではその為に、今から遅れた分を取り返しに行こうか。」

「へ?…あぁ~~~!?そう言えば今日学校行く日じゃん!?」

「そうだ、連絡を入れてもまるで出る様子が無かったからな…だからわざわざ飛電(ここ)まで迎えに来たのだよ。」

「だったらもうちょっと早く起こしてくれても良いじゃないですかぁ!?」

「シュミレーションにかまけて現実を疎かにしていた君が悪い。」

「やっばい呑気に椅子に座ってる場合じゃない!!あぁ~もぉ~~~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆と会うのも久しぶりだなぁ…皆元気にしてるかなぁ…。」

「恐らく君が覚えている彼女達と何も変わっていない筈だ、安心すると良い。」

 

 その後、或人は何とか天津と共に虹ヶ咲学園に到着した。

 先の焦燥した姿は既に何処へやら、或人が久しぶりの学園だと内心を躍らせている中、彼は早速見知った者の姿をその視界に捉える。

 

「はい…はい、ありがとうございます!ではまた後程…!」

 

 鴉羽色の髪を三つ編みにして眼鏡を掛けて、まるで別人のような印象を受けるが…間違いない、あれはせつ菜だ。

 

「せつ菜ちゃん久しぶり!元気にしてた?」

 

 久方ぶりに見る、変わりの無い元気そうなその姿を前に気分が上がった結果、或人は少々浮わついた声で彼女へ話し掛ける事となる。

 その露骨に分かりやすい気の上がりように我ながら若干気持ち悪かったかと引くが、せつ菜はそんな事は気にしている様子は無い。

 というよりも彼女は或人に名を呼ばれた瞬間びくりと身体を跳ねさせ、途端に辺りを見回しだした。

 

「?…どしたの?そんなキョロキョロして…?」

 

 こちらの事を全く眼中に入れていない彼女の様子に首を傾げていると、彼女はやがて気が済んだのか安堵の息を吐き、次に或人に向かって少々怒っているような語気で以て詰め寄った。

 

「社長さん駄目ですよ!この姿の時は菜々と呼んでもらわないと…!」

「え?…あ~、そういえばそうだったっけ…ごめん忘れてた…。」

 

 そう、彼女にとって優木 せつ菜というのは俗世に対して浮かれるなという厳しい家庭環境の中で、それでも自分の"好き"を貫く為に創り上げた仮の姿…決してその正体を知られてはならないもの。

 この学園に於いても絶大な人気を博しながら、日々の生活でその姿を見た者は誰も居ない、謎に満ちた存在として語られる程に秘蔵を徹底している。

 その正体が学園の生徒会長として品行方正を貫くあの中川 菜々と知られたら、彼女がこれまで築き上げてきたものが一瞬で崩れてしまう。

 話が尾を引いて家族の耳にでも入ってしまえばなおの事だ。

 実際学園の内外問わず優木 せつ菜の正体に迫ろうとする者はちらほらと居り、言ってしまえば過去には生徒名簿を参照にされる形で果林に正体を看破されている経験がある。

 いつ何処で誰が聞き耳を立てているか分からぬ中で、先の或人の発言は致命的なものになるやもしれなかったのだ。

 久しぶりの再開という事で浮かれていた或人はその事実を失念しており、申し訳無かったと意気消沈する。

 

「いえ、まぁ誰も聞いていないようですので良いですよ。すみません、こちらも少々躍起になり過ぎていましたね…。」

 

 菜々の方も流石に言い過ぎたとして口を噤んでしまい、そのまま両者共に押し黙ってしまう。

 折角の再会がこんな形になるとは…と気まずい雰囲気になってしまったが、気を効かせた天津が1つ咳払いをすると、或人と菜々はハッと慌てて居住いを正した。

 

「それにしてもお久し振りですね…会社の方は大丈夫なのですか?」

「うん、ようやく色々落ち着いてきてね…不破さん達の方も合わせて、今日からまた顔を出しに来るからよろしくね。そういえばさっき電話してたけど、これから何か用事だったりするの?」

「はい!実は前からお誘いしたいと思っていたスクールアイドルの皆さんと電話が繋がりまして、今度のフェスに前向きだという意見を貰ったんですよ!それでこの後その人達と会う約束をしているんです!」

 

 再び会話を始めた2人の話題は、菜々が電話を取っていた事に繋がった。

 話の内容の通り、開催予定のフェスに向けて事が順調に進んでいると喜びを露にしている菜々…対してその話を聞いた或人はと言うと、彼女と同じ様な表情は浮かべなかった。

 

「フェス、か…。」

 

 フェスという言葉に反応した或人はどこか沈んだような空気を纏っており、何故そのような姿を見せるのか分からないと菜々は首を傾げる。

 或人はそれ以上の事を言葉にしようとせず、だからこそその訳を知りたいと菜々は口を開こうとするが、或人の心の内を察した天津がそれ以上の詮索を許さないと言わんばかりに彼女の行動を遮った。

 

「その話し合いには、君1人が行く予定なのかい?」

「あ…いえ、侑さんも一緒にという事になってます!これから侑さんにもお話をしに行く所です!」

「成程…さて、どうするかね?」

 

 つまり今日の彼女達はニ手に別れるという事。

 それ受けて天津が掛けた問いは、つまりどちらが2人に着いていき、どちらが他の少女達の為に残るかという事だ。

 選択権は或人に委ねられたらしく、そして或人が選んだのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長さん、お久し振りです!お元気でしたか?」

「うん、久し振り…って言うか元気だったかって、それどっちかって言えば俺が言いたい…。」

 

 或人が選んだのは、侑達と共に行く選択肢であった。

 すぐに出発するとの事で部室には顔を出さず正門で待ち合わせ、そして今或人と侑の2人は再会を果たす。

 

「侑ちゃん、その…。」

「大丈夫ですよ、本当にあれから何とも無いですから!」

 

 私が良いって言っているから、良いって事で!と…片方は随分あっけらかんとした様子で、もう片方はそれでもと居たたまれない様子という対照的な有り様の2人。

 互いに積もる話もあるだろうが、残念ながら今はそれについて話している時間は無い。

 

「さぁ、のんびりしている時間はありませんよ。向こうの人達を待たせる訳にはいきません。」

 

 今はそれよりも先に果たすべき約束がある…その為にせつ菜が先立って行こうとするも、その姿に或人と侑は首を傾げた。

 

「あれ、せつ菜ちゃん…?」

「その姿のままで良いの?」

「え?…あぁ、はい。今回の話し合いは生徒会を通して行っているものでもあるので、こちらの姿の方が良いかなと。」

 

 2人が首を傾げたのは、目の前に居る彼女の格好が想像していたものと違っていたから。

 スクールアイドル活動に関わる事柄なので優木 せつ菜としての姿で居るかと思ったが、今彼女は素の姿である中川 菜々としての姿を晒している。

 どうやらそちらの姿で居た方が都合が良いとの事であるらしいのだが、彼女はそれに…と言って少しだけ顔を俯かせると…。

 

「今は…個人的にもこっちの姿で居たいかなって…。」

 

 そう言ったのだ。

 彼女にとって優木 せつ菜で居るというのは、普段中川 菜々として抑圧しているありのままの自分を曝け出している状態…心持ちとしても、せつ菜で居る方が彼女にとって気楽で望ましいものだ。

 しかし何故か彼女は今それを避けている…行動に関しても他校を対象にしているとはいえ、わざわざ生徒会という硬派な道筋を使っている。

 確実に事を成そうという意思が見て取れるが、何もそこまでしなくても良いのでは無いのだろうか?

 普段の彼女ならばあまり取らないような手段に、今の彼女の様子…そこから彼女の心境に何かがあった事を見抜くのは容易な話だ。

 しかし菜々はそんな2人の考えを察したのか、追及される前に先を歩き始めた。

 2人の事を置いていかんばかりのその勢いに無理矢理喰らい付く事も叶わず、或人と侑はただ互いに疑問を抱く事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、これから会うスクールアイドルの子達ってどんな子達なの?」

 

 フェスの参加に関する話し合いの為、移動を始めた3人。

 どうやら相手のスクールアイドルが在籍している学校は虹ヶ咲学園からそう遠くない場所にあるらしく、少し電車に乗って歩けばすぐに辿り着けるのだとか。

 それで今は電車に揺られて…と、そんな所で或人はふとこれから会うスクールアイドルがどんな子達なのか知らない事に気付き、2人にその旨を聞いてみる。

 

「去年結成されたばかりのグループですね。同じく去年の春に新設された学校に所属していて、僅か1年でLove(ラブ) Live(ライブ)!の優勝候補にまで上り詰めた実力派のグループです。パフォーマンスもこれまで伝説(レジェンド)と呼ばれたスクールアイドルの皆さんに引けを取らないと専らの評判です…ほら、この人達ですよ。」

 

 そう言って菜々が差し出した携帯の画面には、今しがた語られたスクールアイドルの少女達のライブ映像が流れている。

 去年の冬に行われた大会のものらしいその映像の中では、5人の少女達がそれぞれのメンバーカラーに彩られた衣装を着て、歌と踊りを披露している。

 

「へぇ~、何か凄いね!虹ヶ咲の皆とはまた違う魅力に溢れてるっていうか…!」

「はい!見ているだけで暖かくなるって言うか、穏やかで優しい気持ちになれるって言うか…そんな娘達とこれから会えるだなんて、もうワクワクして仕方無いよ!」

「ただ会うだけじゃいけませんからね?ちゃんとフェスについての話し合いをしなければなりません。」

 

 虹ヶ咲の主流たるソロとは違う複数人でのライブは、或人からして見ても全く異なる刺激を貰えると感じる。

 そんな娘達と共にライブが出来るとなると、それはさぞ良い経験になるであろう。

 

「フェスの為に、ね…。」

「…社長さん?」

 

 それに対し、或人はまたその表情に暗い影を落とした。

 明るい未来に向けた話だというのに、何故そうも笑顔を失くすというのか…先にも同じ表情を見た菜々は妨害する者が居ないという事で、今度こそそれについて聞き出した。

 

「いや…皆、前向きだなって思ってさ。」

 

 そしてその答えが、自分達が未来に向ける意思そのものだったという事を知った。

 彼女達はその未来が来る事を信じて疑っていない…故にその未来を築く礎を担う事になる或人には、責任という重い枷が掛けられているのだ。

 

「ごめんなさい、結局皆さんに頼りきっちゃう事になって…。」

「ううん、気にしないで。それだけ俺達を信頼してくれてるって事でしょ?なら俺達はそれに応えるだけ…大丈夫、絶対に上手くいくから。」

 

 それに気付いた侑と菜々が或人と同じ様に表情を曇らせるが、或人は全く構わないと口にする。

 その未来は或人としても望んでいる事…そしてそれを築き上げる事を最初に約束したのは、他ならぬ自分だ…異論など後にも先にも唱えない。

 フェスもイベントも、絶対に成功させよう…という言葉に、2人も納得した様子で顔を上げた。

 

「でしたら、のんびりしている訳にはいきません!向こうの人達はこれからLove(ラブ) Live(ライブ)!に向けて練習の日々ですから、今日を逃したらもうこういった話し合いは難しくなってしまいます!何か起きる前に急がなくては!」

 

 電車の中に菜々の声が大きく拡がる。

 電車内でそこまで大きな声を出すのは良くない事なのだが、どうやらそこまで気を回す程落ち着いて居られないようだ。

 そんな見た目は菜々なのに言動はまるでせつ菜な彼女に、或人も侑もその様子がおかしいと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、一体何が起きるのかしらね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を、聞くまでは。

 

「っ…!?」

 

 心臓が、ドクンと鳴り響く。

 菜々の言葉に合わせるように聞こえてきたその声に反応して振り返ると、侑と菜々の2人は途端に息を呑む。

 

「貴女は…!?」

 

 つい先程まで、確かにそこには居なかった筈なのに、振り返った先にはかつて3人を恐慌に陥れた者の姿が。

 

「アズ!?」

 

 モノクロを中心に緑を差し色にした近未来的なデザインの服に、赤いメッシュの入った長い髪…確かにそこには或人が名を呼んだ者…アズが居た。

 

「何しに来た!?」

「何しに来たと思う?」

 

 先程の菜々のそれ以上に大きい或人の怒声に反応して、周りの乗客達が密かにざわめき出す。

 そんな状況にアズはほくそ笑みを浮かべ、逆に或人達は額に汗を浮かべる。

 あのアズが、何の気も無しに公共の場に出る訳が無い。

 その目的は目に見えている…だからこそこの状況は非常にまずい。

 周りに一般人が多数居て、しかも動いている電車内で、もし想定しているような状況になってしまえば…。

 

 

 

 

「安心しなさい、今日はただの…。」

 

 

 

 どうするべきか…考える暇は、与えてくれない。

 

 

「ご挨拶、よ。」

 

 

 

 

 アズがそう言って指を鳴らすと、途端にバリンッ!!という音が鳴り響く…窓を突き破って、何かが電車内へ入り込んだのだ。

 その音と窓ガラスが割れたという非日常的な現実に、周囲のざわめきが悲鳴へと変わる。

 多くの人達に常ならぬ声を上げさせた、車内に入り込んだ何かの正体は…。

 

『へへッ…待たせたなァ…!』

 

 やはり、マギアであった。

 突如現れたオニコの姿をした悪意の手先に、刹那的だった悲鳴が継続したものへ…車内は一瞬にして大混乱となった。

 

「皆さんそこから動かないで!!変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! ライジングホッパー!!

 

 やはり容赦無く仕掛けてきた…しかしアズが現れた時点でこのような事態になるとは分かっていたとして、或人は迅速にゼロワンへ変身した。

 ライジングホッパーの装甲を纏い、或人はアズとマギアを交互に見る。

 向けた視線の先で、マギアはまさに臨戦態勢といった所だが、アズに関しては相変わらず悪意に満ちた笑顔を崩さず、少し離れた席へと座る。

 先日の侑の件からアズもまたその存在をおざなりにして良いものでは無いと認識しているが、その悠々とした居住まいからは今の所手を出してくる様子は無いと見て取れ、或人はひとまずマギアにのみ狙いを絞る。

 

「お前達の好きにはさせない…ふっ!!」

 

 この事態に於いての数少ない救いは、電車内がそれほど混んでいなかった事…変身も出来ずにされるがままという事態に陥らなかった事だ。

 それに相手はオニコ、空中戦をメインとしているマギア。

 ならば電車内というこの状況は相手にとってそのアドバンテージを大きく失っているも同然…閉所でも細やかな動きが出来るライジングホッパーなら有利に立ち回れる筈。

 そう思って拳を振りかぶる或人であったが…。

 

「えっ!?」

 

 振るった拳から伝わってきたのは、意外な結果であった。

 それは痛み…決して拳が当たった反動等による鈍い痛みでは無く、切り払われた事による鋭い痛みであった。

 これまでの経験からオニコマギアには鋭い爪が有った事を記憶しているが、今の痛みはその爪によるものでは無い…もっと鋭利な物による一閃から来るものであった。

 その事実による驚愕により一瞬の隙が生まれ、その隙を突かれる形で視界に火花が散り、衝撃で或人の身体が飛ばされる。

 

「ぐぁっ!?」

「社長さん!?」

 

 目の前で倒れた或人に向けて悲痛な声を向ける侑。

 実際そのような声を掛けられるぐらいに危険な一閃による攻撃を仮面に受けた。

 そう、一閃であった…間違いなく、本来オニコマギアにはそのような機能が付いていない筈の攻撃を或人は受けたのだ。

 それが一体何故なのか分からず、定まっていなかった焦点をマギアへ向けると…。

 

『…ったく、何始めて早々ヘマしそうになってんのよ。』

 

 そこには何とクエネオマギアが立っていた。

 先程とは違い女性の声を発するそのマギアの周りには、決して車内に飛来してきたあのオニコマギアの姿は無い。

 ならば先程まで確かにそこに居たあのオニコマギアは、一体何処へ行ったと言うのか?

 その答えはすぐにも判明し、そして言葉にするならそれは…奇妙にもまだそこに居る、であった。

 

 

 

 

『おい早ぇよ!!こっちはまだ何もしてねぇだろうが!!』

『はぁ?アタシが代わってなかったらアンタ絶対今の1発貰ってたでしょ?ありがとうございますとか少しは言えないの?』

『頼んでもいねぇだろうが!!引っ込んでろ!!』

『はぁ!?フザケんじゃないよあんなノロマな攻撃喰らいそうになってるウスノロが!!引っ込むのはテメーだよ!!』

 

 

 

 

「な、何…!?」

「マギアの姿が変わって…!?」

 

 衆人環視の只中で、マギアの姿が変わる、変わる。

 オニコからクエネオへ、クエネオからオニコへ。

 男性の声から女性の声へと。

 代わる代わる、目まぐるしく。

 

「懐かしいでしょ?キメラタイプのマギア…。」

 

 かつて一度だけ事故を発端に誕生したそのマギアを、アズは事も無げに実戦に投入してきたのだ。

 キメラタイプは文字通り複数のマギアのデータが1つに集まって出来ており、それらのデータを切り替えながら戦う事が出来る。

 その臨機応変な戦法に、かつても苦戦させられた記憶がある。

 果たして今回はオニコとベローサ以外、何のマギアのデータを持っているのだろうか…それも分からずに迂闊に踏み込めば、例え或人とて敗北は免れない。

 おまけにこうなると場所も最悪だ…こんな人ばかりの場所で何体分の力を取り込んでいるか分からないキメラタイプなど、否が応にも周りを巻き込んでしまう。

 

『ほらアタシが遊んであげるよ!!ほらほらァ!!』

「ぐぅ!?くっ…!!」

 

 そうこうしている内に再びクエネオへ姿を変えたマギアが突っ込んできた。

 両手に携える飛去来器(ブーメラン)から繰り出される攻撃は出来れば掠りもしたくないものであるが、後ろには侑と菜々の2人が…或人は避けるに避けられず、攻撃を受ける事しか出来ない。

 

『代われっつってんだろ!!俺がやるんだよ!!』

「うぁあ!?」

「社長さん!!」

 

 さらに再度エカルに姿を変えたマギアが或人の肩を掴み、先頭車両の方に向けて大きく投げ飛ばす。

 車両を繋ぐ扉をぶち破り、或人は前方の車両へ…既に後方での騒ぎは聞こえていたらしく、乗客達は戦闘に巻き込まれまいと先の車両に繋がる扉へ挙っている。

 後ろに守るべき人々が居る…これ以上は1歩も退がれないとして或人は奮起し、敢然と立ち上がる。

 しかしその意思は、悲しくもたったの一瞬にして崩れ去った。

 

「えっ!?うあぁぁぁ!?」

 

 銀色のキーを手に持ち、態勢を立て直そうとして一瞥した時には既に遅かった。

 視界に拡がる、銅色に鈍く光る2本の角…マンモスマギアの特徴たるそれを認識した瞬間、或人の身体はまたも宙を舞う。

 今度は先程よりも強く身を投げ出され、彼は一瞬にして先頭車両へなだれ込む。

 

『やかましいぞ貴様等!!揉め事は他所でやれ!!』

『うるせぇぞオッサン!!少し長くあの方の所に居るからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!』

『っていうかこいつが先に仕掛けてきたんだし!!アタシにまで説教垂れんなっつの!!』

 

 新たに老齢の男性の声を交え、マギアがそれぞれを罵り合いながら向かってくる。

 先程自身が吹き飛ばされた時に巻き添えになり、苦悶の声を上げる人達を、まるで路肩の石ころのように気にせず向かってくる。

 時に踏み越え、時に蹴飛ばし…その様子に或人は怒りで拳を握る。

 これ以上の横暴を許しはしない…しかしどうやらその為の手段を先に飛ばされた拍子に落としてしまったようであり、或人はダメージの残る身体をヨロヨロと立ち上がらせる事しか出来ない。

 そしてそんな或人に追い打ちを掛けるように電車が一際大きく揺れる。

 

「うぁあ!?」

「な、なに急に!?」

「電車が、止まりました…!」

 

 どうやら車掌がこの騒ぎを認知し、電車の運行を停止させたようだ。

 乗客の安全を守る為か、それともすぐ後ろまで迫っていた脅威に心を苛まれたか…どちらにせよ急ブレーキにより強制的に停車された反動で車内に居た者達が体勢を崩された事は事実であり、そしてそれは或人も例外では無かった。

 

「とと、っとぉ…!?」

 

 満足に力の入らない足では途中で踏ん張るなんて事も出来ず、一歩二歩とよろけた先で彼を支えたのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分から向かってくるとは大した度胸だ。』

 

『だっから俺達がァ…!』

 

『たぁっぷり、遊んであげる…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マギアが或人の身体を甚振っていく。

 オニコの爪で乱雑に弄ばれ、クエネオの飛去来器でズタズタに切り裂かれ、そしてマンモスの怪力で潰される。

 

「社長さん…!!」

 

 卑怯だ…こんな迂闊に手を出せないような場所で、見るからに異常な敵を相手にさせるなど。

 侑はちらりと横を見る…そこにはそんな卑劣な手を仕向けた元凶たるアズの笑っている姿が目に写る。

 

「こんな事…今すぐ止めてください!!あんなに人を傷付けて何が楽しいんですか!!」

「侑さん駄目です!!危険ですよ!!」

 

 何故そのように笑っていられるのだろうか…かつて命の危機に晒された事も構わずに、侑はアズに向けて突っ掛かる。

 

「そんな事言わないで。貴女達もいずれ分かるわ…人間の愚かしさ、そして人間が滅亡する事に対する喜びをね。」

 

 するとアズもまた侑の事をちらりと…侑のそれとは違う、冷酷さに満ち溢れた眼差しを向け、しかし次の瞬間にはまた笑みを浮かべた。

 

「そんな…!?」

 

 駄目だ、まるで話が通じない…まだ年端のいかない侑達ですら分かる、アズの徹底的な狂気。

 人が壊れる様を心の底から楽しんでいる、まさに悪意が人の形を為した存在。

 前回の凶行から分かっていた事だが、改めてアズという存在を目の当たりにした2人はその理解し難い思考に身をすくませる。

 

『ねぇ、そろそろ中に居る奴等を()りましょう?コイツはもうノびきっちゃってるし…。』

『そうだな、それが今回の俺達の目的だからな…。』

『そういう訳だ…邪魔な奴にはご退場願おうかぁ!!』

「ッ…ぐあぁぁぁぁぁ!?」

 

 その頃先頭車両では或人を痛め付けるのに飽きたマギアが、彼を乱雑に車両から放り投げていた。

 台詞から察するに、次にマギアが取る行動は車内に居る人間達の抹殺…車内に居る乗客達から続々と更なる悲鳴が上がる。

 こんな状況で避難なぞ碌に出来る筈も無く、今に至るまで電車から降りられた者は1人として居ない。

 つまりはそこかしこにマギアの標的が居るという事になり、もしマギアが言っていたような事が起きてしまえばどんな光景が拡がるか、想像には難くない。

 それを止められる存在であった正義のヒーローは電車の外に放り出され、それまでのダメージからか思うように動けない様子。

 万事休すか…菜々はそう唇を噛み締める。

 

「そんな、事…!」

 

 しかし彼女は、侑は違った。

 侑は未だ妖しい笑みを浮かべているアズに向けて一度睨みを効かせたかと思うと、おもむろにその視線をずらし…。

 

「分かりたくなんてない!!」

 

 そう言って、途端に走り出した。

 彼女が向かう先は、まさかの先頭車両…マギアが居る場所だ。

 果たして何をする気なのか…何れにしても危険だと菜々が侑の身を案じて声を上げようとする。

 

『あん?何だあいつ?』

『わざわざ来るだなんて、よっぽどの死にたがりかしら?』

『良いだろう、ならばまずお前からだ…!』

 

 マギアにもその存在を認知されてしまい、最早これまでかと上げようとしていた声が引っ込む。

 これから先に拡がってしまう光景の、その一番最初の色が彼女になってしまう事に恐怖したが故に…。

 だが侑は車内を走り抜けるその最中で急にその身を屈めた。

 決して転んだ訳では無く、自らの意思で行ったその行為に何故と注目してみれば、立ち上がった彼女の手には銀色のプログライズキーが。

 

『あっ!?テメェ!?』

『あのキーは、まさか…!?』

 

 マギアに襲われたあの時或人が落としてしまったキーを拾い上げた侑は、すかさず電車の窓を明け…。

 

「社長さん!!これを!!」

『貴様、余計な真似を…!!』

 

 その銀色のキーを外に居る或人に向けて思いきり投げた。

 ただの人間たる侑の筋力ではマギアの力で遠くに放り出された彼に直接キーを投げ渡すのは不可能な話であるが、今の或人は仮面ライダー…それだけで十分であった。

 

「く…っ!」

 

 まだ満足に身体を動かせないが、それでも侑が投げた物の正体に気付いた或人は無理矢理にも身体を動かし、地を蹴ってそれを掴み取る。

 

Everybody(エブリバディ) Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 車内に戻る為に再度強く地を蹴って跳躍し、その過程の中でキーを起動してベルトに読み込ませ、閉じられているキーのカバーを指で弾いて展開し、ベルトへ装填する。

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 装填されたキーの情報を認識し、ベルトが反応する。

 通常ならばこの時点で変身のシークエンスへ自動的に移行するが、このメタルクラスタキーではさらにもう一段階。

 

【 Let's Rise! Le,Le,Let's Rise! 】

 

 ベルトから、普段鳴らないような待機音が繰り返し鳴り響く。

 そして或人は狙いを定め、窓を突き破って一気に車内へ。

 

『ッ!?テメェもしつこい奴d…!!』

 

 性懲りも無く姿を表した事に激昂するマギアに構わず、或人はベルトから突き出ているキーを、ヒンジを軸に折り畳んだ。

 

 

メタルライズ!!

 

 

『なっ!?何だこれ…!?』

 

 瞬間、マギアの視界が銀一色となった。

 いや、マギアだけでない…車内に居る誰しもの、さらには車両そのものが銀色に包まれる。

 絶え間無く身体にぶつかる感触から、それは銀色をした小さな何かが大量に車内を蠢いているからであると分かり、であれば一体それは何なのかとマギアは懸命に目の前の色を拭い払おうとする。

 やがてその意思が働いたのか、徐々に視界を埋め尽くす何かが無くなっていき、次第に目の前の景色が露になっていく。

 

『う、うわぁ!?』

 

 そうしてマギアは目撃したのだ…目の前に居る、銀色の巨大なバッタの姿を。

 堪らず腰を抜かすマギアの前に現れたそれは、先程車内を覆っていた無数の鋼の身体をしたバッタの集合体であった。

 大規模な蝗害を想起させ、そこから1つの巨大な群像として形を成すその演出は、見る者に一抹の恐怖心さえ覚えさせるが、内側から輝かしい光が漏れ出たかと思うと、一瞬にしてその姿が瓦解し、光と共に或人の身体へ纏わり付く。

 

 

【 Secret material, "HIDEN(飛電) - METAL(メタル)". 】

 

 

 おぞましい造形から、煌びやかな人の形へ…その禍々しさと神々しさが合わさったような変化の仕方は、この形態の出自を表すかのような演出。

 かつては悪意の名の下に造られ、大いに彼等を苦しめた…だが彼等はそれを乗り越えた、善意の名の下に。

 そうして誕生した、その全てがこれまでと一線を画す力を秘めた戦士の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メタルクラスタホッパー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン メタルクラスタホッパー"

 

 

 

 

【 It's High Quality. 】

 

 

 

 

―最高の力を、その手に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、何だよ急にギラギラしやがって…舐めてんじゃねぇぞ!!』

 

 満を持して現れた、最強のゼロワン…その姿にたじろぐマギアであったが、やがて虚勢を張りながらオニコの姿で爪による攻撃を行う。

 

「……!」

『な、なにっ!?ぐぁあっ!?』

 

 だがその攻撃でゼロワンの装甲を傷付ける事は1つとして出来ない。

 動揺するマギアの前に堂々と立つ或人は、やがて変身と同時に手元に現れていたプログライズホッパーブレードを用いた突きを見舞う。

 

『か、固ぇ…!?』

『アンタじゃ勝てる訳無いでしょ!?アタシがやる!!』

 

 メタルクラスタの力はこれまでのゼロワンと比にもならず、ただの一突きでさえマギアを1車両分は突き飛ばした。

 その威力の違いにマギアは戦慄さえ覚えるが、それでも虚勢を張らない訳にはいかず、その姿をクエネオへと変えてブーメランを構える。

 そしてゆっくりと歩いてくる或人に向けて、武器を突き立てる。

 先程まではかなりの痛手を負わせられた攻撃であるが…。

 

「ッ…!」

『なっ!?』

 

 その瞬間、目を疑う現象が起きた。

 或人に向けて突き立てられる筈だった攻撃が阻まれた…だがそれは或人が決して武器を用いて防いだとかいう話ではない。

 阻んだのは、銀色の壁…或人とマギアの間に、今のゼロワンの纏う装甲と同じ色を放つ障壁が突如として現れたのだ。

 

「ふっ!」

『ぎゃあああ!?』

 

 その隙を突いて或人が反対の手に持つアタッシュカリバーによる斬撃を見舞う。

 マギアは再び車両1つを飛び越して吹き飛んでいく。

 

『ええい!!話には聞いていたがこうも…!!』

 

 転げた先でマンモスの姿に化けたマギアが狼狽した様子を見せる。

 ここまで力の差が有るとは思わなんだと、マギアはまたゆっくりと歩を進める或人を見て苦虫を噛み潰す

 ならば、と…マギアがおもむろに手を伸ばす。

 その先に居るのは、逃げ遅れた乗客…彼等を人質に取って、状況を一変させようという魂胆だ。

 

「させるか!」

 

 しかしそれを許す或人では無い。

 彼がその目線を向けると、装甲の一部が変身の時にも見られた小さなバッタの群れへと変わり、一瞬でマギアが伸ばす手の先へ向かう。

 そして集まったバッタが形を変え、また先程と同じ様な銀色の障壁を作り、マギアの凶行を阻む。

 マギアは作られた障壁に手を弾かれ傷を負い、逆に脅威に晒されそうになっていた乗客には傷は1つ付いていない。

 これこそがメタルクラスタホッパーの持つ力…硬度や可塑性、密度といった要素を自由自在に変化させる事が出来る特殊金属"飛電メタル"を用いた一騎当千の力だ。

 その性質により最強の矛にも盾にもなれるそれを或人の意思によって一度小型のバッタ"クラスターセル"へと変化させて飛ばす事により、その力を誰しもの想像以上の範囲に及ぼす事も可能で、しかも瞬き1つ許さぬ一瞬の内に展開させる事が出来る。

 攻撃に転用するとなるとその性質により思わぬ被害が出てしまう事もあるが、防御にのみ特化させればこの状況はむしろメタルクラスタホッパーにとって優位な状況だ。

 

「はぁ!」

『ぐぉあ!?』

 

 そんな力を秘めた戦士をただの寄せ集め程度の機械に止められる筈も無く、三度振られたブレードとカリバーによってマギアはあっという間に電車の最後尾へ。

 

『クソッ!!ふざけんなこのヤロ…!!』

『止めろ!!もはや俺達では到底敵わない!!』

『は!?じゃあどうするってのよ!?』

 

 たったの一瞬で覆す事が到底叶わぬ程に塗り替えられた戦況にマギアは3つの姿を入り乱れさせながら揉めている。

 

「これで終わりだ!」

 

 如何なる立て直しの暇も与えない…或人はベルトに刺さるキーを強く押し込む。

 

メタルライジング! インパクト!! 】

 

『受け入れるしかない…!』

『はぁ!?テメェこの…ふざんけんなジジィ!!代われっての!!俺なら…!!』

『喧しい!!所詮この身体は器に過ぎん!!実際に死ぬ訳では…!!』

『だからってこのままボケッと突っ立ってろっての!?だったらアタシが…!!』

 

 マギアがそれぞれの声でいざこざを続ける中で、或人の両側にクラスターセルが集まっていく。

 やがてその形は人型を…メタルクラスタホッパーそのものを模し、揃って強烈な蹴りを入れる。

 それまでよりも勢い良く吹き飛ばされ、車外を舞うマギア…その後を追って本体のゼロワンが飛び出す。

 クラスターセルも再びその形を変え、或人の前に鋭利な円錐を形作り…。

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メ  タ  ル

 

 

 

 

 

 イ  ン  パ  ク  ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 或人の蹴りを補佐した。

 

『クソがぁぁぁぁぁ!!!』

『こんな奴に…ぃ…!!!』

『だが、これで終わりだと思うなよ!!!俺達は決して…!!!』

 

 腹部に大きな風穴を開けられたマギアが、その姿を忙しなく入れ替えながら、やがて爆散する。

 場所も相まって手強い相手であったと、或人は着地した先で少しばかり勝利の余韻に浸っていた。

 

「流石にあいつらだけでどうにかなる話じゃないか。」

 

 だがまだ終わりではない…電車の方を見てみれば、マギアが爆散した様を見て一言溢すアズの姿が見える。

 アズとしてもあのマギアの在り様は喧しいと思っていたのだろうか…強力な手駒が無くなったというのに、その様子はどことなく清々としている。

 

「アズ…ここで終わらせる!!」

 

 だからといって、こちらが手を緩める事には繋がらない。

 ここでアズを倒せれば、それで全てが終わる…他に敵も居ない今がチャンスだ。

 或人は厳しい声色を放ちながらブレードをアズに向けて突き付ける。

 そして腰を深く落とし、まさに跳び掛かろうとした時だった。

 

「残念だけど、今日はただの挨拶よ。また会いましょう?」

 

 アズの周囲に突如赤い霧が立ち込め、彼女を包み込んだかと思うと、次に会うのを楽しみにしているわ、という彼女の声が辺りに響いた。

 そして台詞と共に霧が晴れると…そこには既に彼女の姿は無かった。

 如何なる方法かは分からないが、まんまと逃げられてしまったらしい…或人は千載一遇の機を逃してしまったとして、悔しくその拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にすみません、私達の方から話を持ち掛けておきながら…。」

 

 その後、事故によって予定の時間に間に合わなくなり、今日はもう折り合いが付かないとして、菜々は会談を予定していた学校のスクールアイドルに対して電話を掛けていた。

 

『いえそんな…良いんですよ、仕方の無い事ですから。そちらが怪我も無く無事だという事が、今は何よりも大事な事です。』

 

 或人は事件の後処理に回り、侑は自身と共に被害者として保護され、しかし3人共望まぬ結果となってしまった現状に揃って歯痒い想いを抱いている。

 そんな中で何の関係も無いのに迷惑を掛けてしまった向こうのスクールアイドルの1人…話を聞くに、自身と同じ様に生徒会長も兼任しているらしいメンバーから代表してこういった言葉を掛けられるのは、自分達にとってせめてもの救いである。

 だがそれでも、菜々の心からわだかまりは取れない。

 

「だとしても、やはり申し訳ありません…そちらはこれからLove(ラブ) Live(ライブ)!に向けて色々と準備をしなければならないでしょうし…。」

 

 皆、自分が出来る事を全力で取り組んでいる。

 さっきまでだって或人は命懸けで自分達を守ってくれたし、侑もその身を危険に晒す真似をしてでも、或人が勝利を掴めるように貢献した。

 そして電話先の彼女達も、これから待ち受ける舞台に向けて全身全霊を注いでいく。

 ならば自分はどうだった?

 今ここに至るまでに何を成し得た?何が出来ていた?

 …何も成し得ていないし、何も出来ていない。

 今でこそ間に合わなくなってしまったが、もう少し…もう少しだけマギアを倒すのが早ければ、もしかしたら急いで向かえば間に合っていたかもしれない。

 だがそれは決して或人の責任では無い…彼は必死に戦い、最善を尽くしていた。

 ならば逆転の一手を与えた侑の行動がもう少し早ければ良かったのか?

 それも違う…彼女は彼女なりに全力であった。

 あれが彼女にとって最速の行動であったのだ…責める事など出来はしない。

 責められるべきは…自分だ。

 

―…あたし、流石に今までちょっと楽観的だったのかも。

―…どんなに凄いヒーローだって、全てを救える訳じゃありませんからね。

 

 中川(優木) 菜々(せつ菜)は、アニメや漫画が大好きな少女だ。

 その中でも特に好きなジャンルが戦闘(バトル)物…物語の中で様々な困難に立ち向かい、躍動し、命を燃やすヒーローやヒロイン達に、昔から強い憧れを抱いていた。

 決して現実の世界では起きない出来事だからこそ、そこからしか学べない事が有るとして、菜々(せつ菜)は彼等彼女等の背中を見続け、追い続け、そして実際に様々な事を学んでいった。

 だから彼女はリスペクトという形で、常にその存在を念頭に置いている。

 愛や勇気、正義の在り方といった人生に於いて大切な事を教えてくれた存在として、彼等彼女等に対する敬意を忘れず、そしてもし現実で同じ様な事が起きれば、その時は自分がそういった存在になるのだと。

 それが彼等彼女等に対する感謝の表しとなり、そしてこの背中を見た誰かがその心に熱を灯してくれればと。

 しかし実際にその時が来てみれば、その想いに何も応えられなかった自分が居た。

 普段からそういう存在を意識している自分こそがあの時一番に動くべきだったというのに、ただ目の前の危機に恐怖してばかりであった。

 それだけでは無い…今自分達を取り巻く環境だって、少し客観的に見てみればまさに普段から見ている物語のような出来事だらけだ。

 だというのに、自分はそれに対して何も出来ていないではないか。

 

―だからこそ、今はよく考えるべきなんですね。

―私達はこれからどうすれば良いのか、かぁ…。

 

 少し前に愛と交わした会話が脳裏に過ぎる。

 全てを救う事が出来ない所か、何一つとて救えていないではないか。

 これからどうするべきか考えた筈なのに、全くその通りになっていないではないか。

 全ては、己の心の弱さが故に…菜々は自らが思い描く理想と実際に起きている現実との差異に悩み、苦しんでいるのだ。

 

『そうですね…確かに今日という日を逃したら、大会が終わるまでそういった時間を取るのは難しくなりますね…。』

 

 相手の話す言葉が胸に刺さる。

 やはり彼女達にはもう時間が無い…折角向こうもフェスに対して興味を示してくれていたのに、それをふいにしてしまった。

 今話し合わなければきっとフェスの参加に多大な不祥が現れ、最悪参加そのものも儘ならない事態になってしまうであろう。

 それが自分の決断、行動力不足によるものだとはっきり分かっているからこそ、菜々は今にも悔し涙を流してしまいそうな表情で下を向く。

 

 

 

 

『…あの。』

 

 …だが、そこから紡がれた言葉が、菜々の顔を上げさせる。

 彼女の頬に、一転して喜びに満ちた一雫を伝わせる。

 

 

 

 

『私達は必ず、今度のLove(ラブ) Live(ライブ)!で優勝致します。それで…待っています、皆さんがまた私達に声を掛けてくださるのを。』

 

 待っている、と…どれだけの時を要しても、どれだけの苦労が重ねられる事になろうとも、構わないと。

 全ては夢の舞台に必ず立ち、多くの人達にこの歌を届ける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから…諦めないでください。私達も、絶対に諦めませんから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…まだ悲観に暮れる時では無い。

 全てを救えるヒーローなど居ない…けれど彼等はいつだって、決して諦めなかったではないか。

 まさに今、電話の先に居る彼女のように。

 そして諦めなかったからこそ、誰かに憧れとして語られるヒーローやヒロインとなったのではないか。

 それを彼女が気付かせてくれた…ならばそれに応えなくてどうする。

 彼等彼女等を大好きな存在と心に刻む自分が応えなくては何とする。

 まだ自分は、全てを失ってなどいないのだから。

 

 

「はい!!必ず一緒に、ライブをしましょう!!」

 

 

 それはまさに、ヒーローやヒロインが逆境から立ち上がる姿そのもの。

 それを知ってか知らずか…少なくとも、今の菜々(せつ菜)が浮かべている笑顔は、憧れの存在が浮かべるような、最高に晴れやかなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…分かった、彼女達にも伝えておこう。」

 

 部活も終わり際になった時、突然天津の携帯に掛かってきた電話。

 その内容がどこか不穏なものだとして、少女達の視線が彼に向けて集まる。

 すると電話を終えて少女達の視線に気付いた天津はその中に含まれる色に感付き、何も心配は要らないと笑みを浮かべる。

 

「マギアの襲撃があったようだ。今日の会談は取り止めて、彼女達はそのまま家に帰るらしい。」

「マギアって…2人は!?侑ちゃんとせつ菜ちゃんは無事なんですか!?」

「全員怪我も無く無事だそうだ。飛電 或人が帰り道も護衛を務めるから、心配しなくて良い。」

 

 大切な仲間がまたも危険な目にあったという事で歩夢が前のめりな姿勢を見せるが、事の詳細を聞いてほっと息を吐く。

 他の少女達も同様に胸を撫で下ろし、安心した様子で帰り支度を始める。

 しかし天津はと言うと、何も心配は要らないと言った手前だというのにその表情が実に強張っている。

 

「(アズ…お前は何故この娘達を狙う?)」

 

 彼女の目的は、概ね分かっているつもりだ。

 だからこそ、そこに虹ヶ咲の少女達が介する理由が分からない。

 

「(お前の本当の目的は…一体何だ?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となく、嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か…取り返しの付かない事が、既に起きているかのような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※※※※※

 私だ。
 最近仕事が忙しくなってきて小説を書く時間がどんどん磨り減ってきている事に焦りを感じている、私だ。(知らんがな)
 実はこの度前以て言っておくべき大事なお知らせがありまして…活動報告で書いた方が良かったのかも知れないけど、確実に知っておいて欲しい事なので敢えてここで

 この小説を読んでくださっている皆様なら恐らく誰もがその存在を知っているでありましょう、『度近亭心恋』さんの作品、『仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW』
 先日堂々の完結をされましたこの作品ですが、実は拙作『We are Dream』で今後予定している展開、及びそれに伴う設定周りが、『Root of the RAINBOW』に於けるそれと非常によく似たものとなっているんです
 ものによってはそれこそ『Root of the RAINBOW』の設定をそのまま使ったんじゃないかという程に
 ですがこれに関しては既に『度近亭心恋』さんに直接連絡を取り許可を頂いているので、決して設定の無断盗用等といったものでは無い事を予めお伝えしておきます
 私なんぞの作品があの超大作に泥を塗るだなんて決してあってはならない事なのでね…この作品を読んでくださっている皆様もその辺りを了承した上で、引き続きのご愛読をお願いしたいな、と

以上、作者からでした


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Program.18「フォルクロア ~歓喜の歌~」前編

とうとうアニガサキでもせつ菜=菜々という事情が整理整頓されましたね
個人的には中々気持ちの良い正体バレだったのではと
でもそれ以上にアニガサキでは栞子とか嵐珠辺りの環境が気持ち良く整理されているなと思っています



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―どうして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、こうなってしまったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―約束…したじゃないですか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束した、筈なのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虹が欠ける。

 

欠け落ちた色が、世界を呑み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―"守る"って…約束したじゃないですか!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢がここから、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ。」

「あれ、雷だ。どうしたの?」

「近況報告ってやつだ、お前ら直接会いに行く以外で連絡の取りようがねぇからな。」

 

 荒廃した街並みが水没し、現実から大きく乖離した光景を見せる、"デイブレイクタウン"と呼ばれる場所。

 原則立ち入り禁止とされているこの場所になお足を踏み入れたのは雷電…彼が法を無視してまでここに来た理由は、滅と迅に会う為だ。

 

「へぇ、イベントねぇ…何て言うんだっけ、押し付けがましいって言うのかな?そういうの。」

「止せって。どれにしろ俺達がやらなきゃいけないんだ…それともあいつらにキーとか持たせてみるか?」

 

 雷電の吐いた冗談に、迅が似合わないなーと笑い、滅も薄っすらとだがその口角を上げている。

 今も昔も滅亡迅雷.netのアジトとして機能しているこの場所は彼等にとって心安らげる場所であり、椅子に腰掛け談笑する様からはとても世界に認知されているテロリスト集団には見えない。

 

「ッ…!?」

 

 だが突然滅が浮かべたその目付きは、やはり彼等の存在が危険なものであると見る者に知らしめる。

 

「滅?どうかした?」

「…いや、何でも無い。」

 

 その様子に迅や雷電も訝しみを覚えるが、滅は杞憂だと言って何事も無かったかのように居住いを正した。

 しかしそう言いながら、滅の意識はなお先程の事について向けられている。

 

「(今の感覚は…。)」

 

 それは身の毛もよだつような強烈な悪寒…あの感覚には覚えがある。

 

「(まさか…。)」

 

 そしてその悪寒は、この世界に於いて絶対に感じてはならないものである事も、既に分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐねぇ…。」

 

 遠くまで拡がる街並み。

 眼下で営われる人々の生活。

 時に動植物や、ヒューマギアといった存在さえも絡めて廻る世界の動き。

 それを見下ろす彼女(アズ)の姿は、妖しい愉悦に溢れている。

 何がそうまで嬉しく楽しいのか…側に居る男が向ける、そんな眼差しには目もくれない。

 アズの眼に写るのは、今も昔もただ1つだけ。

 

「もうすぐ、この世界全てを悪意に染められる…。」

 

 空へと伸ばし、そして握った拳を愛おしそうに胸元へ持っていくアズ。

 

 世界は我がモノ…そう主張するかのように。

 

 そしてそれを為す存在へと想いを馳せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーク様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…うわ、何か今凄い寒気した…風吹いたからかな~…もう季節は冬だし、ちゃんと厚着しないと…。」

 

 フェスに関する話し合いが取り止めになった事により、いよいよ目前の問題に本腰を入れる事となった一同。

 虹ヶ咲の少女達はイベントの準備を進め、戦士達は来る日に備えてそれぞれ研鑽を積む中、或人は先日から立て続けに学園へと赴いていた。

 今日は護衛の当番では無いのだが、たまたま仕事で近くまで来ていたので折角だからと彼は慣れた様子で校内を抜けていき、部室の扉へ手を掛ける。

 

「お邪魔し「「生徒会長を辞めさせられるぅ~~~!!??」」まぁす!?なにぃ!?」

 

 そして扉を開けた瞬間その場にひっくり返る或人。

 まさに声で殴られたと言うべきそれに対し、彼は堪らず何だ何だと喚く。

 

「飛電 或人ですか…今日は担当外の筈では?」

「いやたまたま仕事で近くまで来てさ、折角だし様子見に行こっかな~って…で、どしたの?何か凄い声聞こえたけど…?」

 

 部屋の中には今日の護衛当番たる亡と虹ヶ咲の少女達が居り、1人を除いてその視線が或人へと集まっている。

 そして除かれているその1人というのは…せつ菜だ。

 どうやら或人がここに来るまでの間、彼女は部屋の中に居た者達の注目を集めていた存在らしく、部屋の中央で椅子に座り、いつもの元気な様子を少しばかり影に潜ませている彼女は、おずおずとその訳を或人に話した。

 

「実は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会長を辞めさせられるぅ!!??」

「うるさいですよ、飛電 或人。」

「ハイ、スミマセン…。」

 

 そして語られた内容に、或人も先程部屋に響いたものと同様の声を上げる。

 しかし亡から入れられた容赦の無いツッコミで即座に普段の平静さを取り戻し、もう一度己の中で今しがた語られた内容について反芻する。

 曰く、今月で中川(優木) 菜々(せつ菜)は生徒会長としての権限を失い、生徒会そのものも辞めさせられるとの事だ。

 

「で、でもどうしてそんな事に?生徒会長ってそんな辞めさせられるとか物騒な話になるようなものだっけ?」

「そうだよ、誰がそんな事…?」

 

 話の内容は分かった…だがそういう話になった、その訳が分からない。

 何故彼女は生徒会を辞めさせられてしまうのだろうか?

 彼女が生徒会の役員としてあるまじき行為でもしたというのか?

 だがあの品行方正がそのまま人の形になったような中川 菜々という存在に限ってそんな事は無いだろうし…。

 そも事の発端が分からねば何とも言えぬとして或人と侑が皆の気持ちを代弁し、話の続きを催促する。

 まず誰がそのような事を彼女に告げたのか…それは誰しもの虚を突く、まさかの存在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長です…理事長が、そう言ったんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―中川 菜々さん…貴女には今月限りで、生徒会長を辞めてもらいます。

 

 

 時は2週間程前、ちょうどアズが各方面にマギアを仕向けたあの日まで遡る。

 フェスに向けた会談の為、侑と歩夢、或人の3人と共に各学校へ向かおうとしていた所を呼び出されたせつ菜に対し、学園の理事長が開口一番に向けた台詞がこれだ。

 

 

―…役員の引き継ぎの話でしょうか?でしたらそれは学期末の会議の中で決める事の筈ですが?

 

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 それでも中川 菜々として普段の冷静さを頼りに言われた言葉を自分なりに解釈し、返事を返す。

 きっと、言葉の綾であろう…後年の為に年度末の会議で新しい生徒会長を立ててくれと。

 そしてその新しい生徒会長に業務の引き継ぎを頼む、と…そういう事だろう。

 まさか何の前触れも無くいきなり今月で生徒会長を辞任しろなどと…そんな事はある筈無い。

 

 

―いいえ、会議を待たず貴女のみ席を譲って貰います。他に空いている席もありませんから…貴女には実質生徒会そのものを辞めてもらう形になりますね。

 

 

 しかしせつ菜の淡い期待は無情にも蹴って捨てられた。

 目の前の彼女は確かに言ったのだ…今月末で以て、中川 菜々を生徒会から除名する、と。

 

 

―…それは何故でしょうか?

―無論、生徒会長…果ては生徒会の役員として相応しくないと判断したからです。

―っ…お言葉ですが、私にはそう言われる覚えが全くありません!こんな突然…私が一体どんな不遜を犯したと言うのですか!?

 

 

 そしてその理由に対し、せつ菜は当然ながら激しく反発した。

 生徒会長として、また中川 菜々という1人の人間として規律と風紀を重んじ、だが生徒達が伸び伸びと安心した学園生活を送れるように最大限の努力をしてきたつもりだ。

 生徒会長として不足であるとの声は一切聞いた事が無いし、むしろ生徒からは日々の活動に対し感謝の言葉を告げられていた。

 理事長が言うような事になど、決してなっていない筈…。

 

 

―昨今の事態に於いて、貴女は一体どこで何をしていましたか?

―っ…!

 

 

 だが理事長が言っていたのは、直近の活動に対する意見であった。

 

 

―貴女は生徒会長として、生徒の皆さんを守る立場に在る筈です。そんな貴女がこの非常事態にいつも不在…どういう事でしょうね?

―そ、それは…。

 

 

 言える訳が無い…自分が優木 せつ菜として、まさに当事者であるなどと。

 そんな事がバレてしまえば、そうなる事が分かっていてなお多くの生徒を危険に曝していたとして、生徒会の辞任どころの騒ぎでは収まらないかもしれない。

 停学や退学処分などの可能性も十分に有る…だが何よりも恐ろしいのは、連帯責任という形で同好会のメンバーにも同様の措置が取られるかもしれない事。

 だがその口振りからして、理事長はまだその真実を知らない。

 あくまで中川 菜々として緊急時の不在に関する理由を聞いているに過ぎない…何とかなる筈だ。

 嘘を吐くのは忍びないが、ここは同好会のメンバーを守る為と割り切り、せつ菜は何とかごまかしの一手を打とうとする。

 

 

―えぇ、分かっていますよ。その理由は…。

 

 

 しかしそれよりも早く目の前の彼女は机に置いてあるパソコンを軽く弄り、その画面をせつ菜へ見せる。

 

 

ー…ッ!!??

 

 

 声にならない悲鳴がせつ菜の口から漏れる。

 ガクガクと足が震え、思わず手で口元を覆ってしまう程の動揺を見せる彼女は、果たして一体何を見たというのか?

 

 

―気付いていないと思っていましたか?優木 せつ菜さん。

 

 

 それは最悪の一言に尽きるもの。

 画面に写っていたのは、自身がその眼鏡を外し、結んでいた髪を解いている様。

 そう…いつどこで撮られたのか、まさに中川 菜々が優木 せつ菜へと変わる瞬間が収められた動画であった。

 

 

―生徒の模範となるべき役に就いている貴女が、こんな大勢の人達を騙すような真似をして…。

 

 

 せつ菜へ向けていた画面を改めて見て、深い溜め息を吐く理事長。

 彼女が今胸中に抱いている感情は、果たしてどんなものなのか。

 真に冷静さを失っている当時のせつ菜ではそれを知る事は出来なかった…いや、今にしても分からない事ではあるが、少なくともどんな感情であれ、心底という言葉が付くようなものであっただろう。

 

 

―それは、今…どれだけの人が知っている事なのですか…!?

 

 

 そんな彼女に向けてようやく絞り出せた一言は、酷く震えていたものだったと記憶している。

 それはせめてその真実を知るのが目の前の彼女ただ1人であれと、もはや縋るようなものでもあったとも。

 

 

―今の所は私ともう1人だけ…安心して、もう1人の方も口は固いから、決して言い触らしたりなんてしていないわ。

 

 

 そしてそちらに関しては不幸中の幸いとでも言おうか、そう取り乱す程の内容では無く、思わず安堵してしまう。

 既にそう息を吐けるような状況では無いというのに、余程その事実が嬉しかったのだろう…せつ菜はここぞとばかりに声を張り上げた。

 

 

―だ…だとしても!他の人達の意見も聞かずに役員の交代などして良い筈がありません!仮に交代するにしても、一体誰が代わりを務めると言うのですか!?副会長ですか!?

 

 

 盗撮紛いの事までして、とは敢えて言わなかった。

 どんなに言い繕おうとも、誰かを騙すような真似をしたのはお互い様だ。

 何よりまだ心の中で、目の前の彼女を敵だと認識したくなかったのだ。

 ここでまだ代わりが見つかっていないと言って欲しい…そう願っていた。

 

 

ーいいえ、代わりとなる生徒は既に私の方で手配しています。

ーそんな…一体誰が…!?

 

 

 それでも彼女は、せつ菜が伸ばす手を払い除ける。

 だがこれに関しては純粋に疑問であった…我ながら生徒会長の仕事は生半可な気持ちでは務まらないと思っている。

 そういった意味でせつ菜は副会長以外に適任者は居ないと思っていたのだが、そうでないと言うのなら他に誰が居るのであろうか?

 

 

ー失礼致します…お話し中でしたか?

ーいいえ、むしろ調度良いわ。

 

 

 するとこのタイミングで理事長室の戸を叩く音が。

 扉を開け、中の様子を伺う少女の事は、同じ生徒会の役員という事でせつ菜もよく知っている。

 

 

ー彼女がさっき言ったもう1人…新しく生徒会長になる予定の、"三船(みふね) 栞子(しおりこ)"さんよ。

ーなっ!?三船さんが…生徒会長…!?

 

 

 そんな彼女が理事長の言う生徒会長候補だと言うのだから、堪らずせつ菜は目を丸くする。

 

 

ーそんな…三船さんは風紀委員長です!三船さんが生徒会長になったら、風紀委員長の仕事は一体どうするんですか!?

 

 

 恐らく自分以上に真面目で実直な彼女が生徒会長に替わるというのは、百歩譲って分からなくもない話だ。

 だが三船 栞子…彼女は現在風紀委員長として生徒会に席を置いている。

 そんな彼女が生徒会長になってしまえば、それこそ跡継ぎの問題が発生してしまう。

 風紀委員は栞子を含めて3人居るが、いずれもまだ1年生…栞子が風紀委員長を務めているのも、その性格を考慮した特例に過ぎない。

 残り2人も立候補の際に自分達では不適任だと辞退していた程であるし、彼女等がその座に就くというのは考え辛い。

 

 

ーそれにつきましては、右月さんか左月さんのどちらかに席を譲ろうかと思っています。

 

 

 だが事も無げにその2人を起用しようとするその姿勢を、他ならぬ栞子が示したのだ。

 

 

ー三船さんは…三船さんはこの件を認めているんですか…!?

 

 

 有り得ない話であれと思っていた。

 あの理事長が、栞子が、こんな馬鹿げた話を押し通そうとしてくるなど。

 

 

ーはい。私が新しい生徒会長として、貴女が務めきれなかった分まで役目を果たしたいと思っています。

 

 

 しかしそう言ってのける栞子の姿からは、確かにこれから自分が生徒会長になるのだという確たる意志が見て取れる。

 己がどのような事をしているのか分かっていて、そしてその行いが人としての尊厳を大きく踏みにじっていると理解していて、それでもなお平然と目の前に立つ彼女達。

 

 

―これは決定事項です…分かりましたね?

 

 

 それは有無も言わせぬ、酷き重圧。

 せつ菜はただ、向けられたその圧に屈するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、最近せつ菜ちゃんが理事長さんに会いに行ってたのって…。」

「はい、何度も掛け合ってみたのですが…残念ながら。」

 

 そして今日がまさにその月末の日。

 何も無ければ、何もしなければ、今日で以て机の上に置いてある生徒会長の腕章はせつ菜ではない別の者の手に渡る事となる。

 

「そんなの…そんなのただの脅しじゃないですか!?生徒会長が云々とか言ってた癖に、自分が一番相応しくない事してるじゃないですか!!」

 

 当然それを聞いて黙っていられる自分達では無いと、主にかすみがその憤慨した気持ちを露にする。

 

「いえ、良いんですよかすみさん。そこまで言わなくても。」

「良くないですよ!!どうしてそんな事が言えるんですか!?」

 

 しかし当のせつ菜は何故か気にする事は無いと言ってのける。

 或人や亡ですら横暴が過ぎると思う程だというのに、何故せつ菜はそのような事を言えるのか?

 それはせつ菜にとって、生徒会長という立場が取るに足らないものだと割り切れたからだ。

 

「確かにやり方に不満はありますが…それでもいつかは役員を交代する時は来ます。ですから言ってしまえばそれが今になっただけという話なんです。それよりも大切なのは今の立場を守る事では無く、今自分が何をしたいかだと思うんです。」

 

 先日の電話で気付かされた、惜しまぬ努力、その矛先。

 電話先の彼女達には、フェスへの参加を断念するという方法もあった。

 そうすれば開催直前になって打ち合わせ等をしなければならないというリスクを背負う事も無く、後顧の憂いを絶ってLove(ラブ) Live(ライブ)!にもより専念出来た筈だ。

 しかし彼女達はもし全てが上手くいかなくなったとしても構わないと…いや、例えそうなら上手く行くように努力すると言って、フェスへの参加を希望した。

 全ては叶えたい夢の為に…その為ならば安堵が確約されている未来などかなぐり捨ててでも、そこに全力を注ぎ込む。

 その姿勢に感化され、せつ菜は己の近況を鑑み、そして改めようと思ったのだ。

 ここから心機一転して自分を見つめ直し、彼女達のように自らが憧れ望むような立ち上がりを…。

 だからこれは却って良い機会なのだと、そう思っているのだ。

 

「そうだね~。例え生徒会長じゃなくなっても、せつ菜ちゃんはせつ菜ちゃんだもんね~。」

「彼方さん…はい、その通りです。」

 

 少なくともその想いに彼方は感化されたようであり、せつ菜の意見を肯定する意思を、後ろから優しく抱き付くという形で表現した。

 少しくすぐったそうにしているせつ菜の愛らしい様子を見ればそれで良いのだろうと思わなくもないが、かと言って理事長達が仕掛けたやり方にはやはり引っ掛かる所がある。

 

「でも理事長さんと…しおりこ?って子はどうしてそんな事したんだろう?」

「そうね、単にせつ菜を生徒会から降ろしたいならそこまでする必要は無いだろうし…。」

「何か、理由が有るという事でしょうか?」

 

 せつ菜がこれまで隠していた事情さえも暴露して話を丸め込もうとするその姿を、果たして周到と言うべきか、それとも必死と言うべきか…。

 

「あ~も~!!どんな理由だって知りませんよ!!」

「かすみさん!?何処に行くの!?」

「理事長の所!!そんなフザけた真似してぇ…頭ひっぱたきに行かないと気が済まないの!!」

「いやひっぱたくのはマズいって!?」

 

 その答えは理事長達の胸の内でしか分からず、だからこそそれを突く形で迫れば、もしかしたら事実が覆るやもしれないと、かすみは居ても立っても居られないと部屋を出ていこうとする。

 

「…いえ、待ってください。」

「だぁぁぁもぉぉぉ!?今度は何ですかぁ!?」

 

 しかし今度は亡がそれに待ったをかける。

 まだ何か踏み止まらなくてはならない事があるのかとかすみはジタバタするも、目尻を上げ、眉間に皺を寄せる、そんな真剣な表情を浮かべながらモジュールに手を掛ける亡の姿を見て次第にその動きを抑える。

 まさか…と誰もが思う中、遂に亡がその口を開く。

 

「唯阿からです、学園付近にマギアの集団が確認されました。既にA.I.M.S.も現場に向かっているようです。」

 

 その答えは、概ね予想通りのものであった。

 マギア出現の知らせはどう聞いても悪報でしかないのだが、ここで幸いだったのは学園の外なので生徒達の心配をする必要が無い事、そして既に通報もされて対応が迅速であるという事だ。

 

「分かった、俺が行く!皆はここに居て!亡、皆の事を頼んだ!」

 

 ならば後はより詰めるだけ…元々今日はフリーたる自分も出向いて、被害をゼロに近付ける。

 そう意気込んだ或人は亡に少女達の事を託し、部室を飛び出していった。

 

「すみません、貴方は確か飛電の…。」

「えっ!?あ~ごめん!!今急いでるからまた後でね!!」

「あっ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中話し掛けられた、栞なる子の声を無視したが故に、その行動が悪手に繋がってしまったとも気付かずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってしまいましたか…校内に複数の見慣れぬ人達が出入りしているとの事ですから、飛電の方々なのかと話を聞こうと思ったのですが…仕方ありません、その人達に直接話を聞くとしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居た、あれか!」

 

 学園を出てほんの僅かな場所で、或人はマギアの集団を見付けた。

 危なかった…A.I.M.S.もまだ来ていないようだし、出向いていなければすぐにでも学園に到達していたかもしれない。

 また幸いにも集団の内訳は雑魚であるトリロバイトのみ…一気に打ち倒せる筈。

 

Fire(ファイアー)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 或人はそう意気込むやベルトを装着し、雄々しい虎が描かれた赤色のキーを起動する。

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 そしてキーをベルトへ挿入すれば、目の前にキーに描かれていた赤い虎のライダモデルが姿を現す。

 

【 Gigant flare! 】

 

 現れたその虎は眼前の集団に奇襲を掛け、その注意を惹き付ける。

 その間に或人は素体への変身を完了させ、戻ってきたライダモデルが装甲となって纏われる事で、或人はまた新たな力をその身に宿した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイミングタイガー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン フレイミングタイガー"

 

 

 

 

【 Explosive power of 100 bombs. 】

 

 

 

 

―100の爆炎にも値する力を存分に振り撒け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝!仕事は早く終わらせるに限る!」

 

 フレイミングタイガーへの変身を完了した或人。

 すると彼は即座にベルトに刺さるキーをさらに押し込む。

 

フレイミング! インパクト!! 】

 

「はぁぁぁ…はぁ!!」

 

 敵が固まっている今がチャンスだとして必殺技を発動した或人は、両腕を一度大きく後ろへ下げる。

 すると掌から徐々に極熱の炎が噴き出し、やがてそれを推進力として一気に飛び出した。

 

「はぁあ!!」

 

 両腕をクロスさせる形で繰り出した薙ぎ払い…その腕に纏う熱炎は相手を焼き尽くす武装として或人の一撃を補佐し、一息にマギアを4体も撃破する。

 

【 アタッシュカリバー! 】

 

 だが敵はまだ残っている。

 或人は間髪入れず武器を取り出し、乗じている勢いに任せてマギア達を相手にしていく。

 1体、また1体と、次々に敵を切り伏せていく彼の実力は、やはり確かなものであった。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

 

 それでもここ最近は思うように結果が奮わない…必ず守ると言っておきながら、実際は徐々に守りきれなくなっている。

 その自覚があるからこそ、或人は例え取るに足らぬ雑魚相手だとしても、連続して必殺を仕掛ける事を躊躇わなかった。

 

【 チャージライズ! フルチャージ!! 】

 

 せめてここから、皆の夢を守りきる。

 これまで取り零してしまった夢の欠片も救い上げ、繋ぎ止めてみせる。

 

フレイミング! カバンダイナミック!! 】

 

「終わりだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カ  バ  ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐるりと回り、周囲を斬る。

 フレイミングタイガーの力を宿した刃からは炎が吹き荒び、残っていた敵を纏めて蒸熱させる。

 時間にして5分にも満たない戦闘…周囲の被害も無い、犠牲になった人達も居ない。

 ようやくそれらしい戦果を上げる事が出来たと、或人は喜びからぐっと拳に力を入れる。

 そうだ、守れる…それを為す力を自分は持っている。

 

「社長?…終わったのか?」

「刃さん!はい、ここに居た奴等は俺が。」

「そうか、助かった。しかしどうやって奴等の事を…?」

「たまたま学園に顔を出してたんです、そしたら亡が。」

「そうか…そういう事情なら、亡にも連絡をしておかないとな。」

 

 後からやって来たA.I.M.S.等を前にしても高揚した気を隠せないでいる或人を見て若干訝しみを覚える唯阿であるが、どんな事情にせよここまで溌剌とした様子の彼を見るのは久々だとして敢えて追求はせず、亡へ事後の連絡を済ませようとする。

 そんな唯阿を尻目に、或人は眼前に在る街並みを視界いっぱいに収める。

 迅速に終わったとはいえ騒ぎは騒ぎだ…今は少しだけギャラリーが居て、いつもとは違う日常が流れている。

 しかしいずれその日常は普段通りの時に戻り、何よりその時へ戻れないという人が今回は居なかった。

 先日の列車での戦い…あれではマギアとの戦闘に巻き込まれて怪我を負った人達が大勢居た。

 それは外傷であれ心の傷であれ…すぐに病院を手配したお陰で死亡者こそ出なかったものの、彼等の時は総じて大きく狂わされてしまった。

 過日の件はネットでも情報が拡散されており、人々はまたヒューマギアに対しての疑心暗鬼に駆られている。

 でも…きっともうすぐそんな心配も無くなる。

 この力で、未来を開く…開ける筈なのだ。

 

 

 

 

「社長…。」

 

 だと言うのに。

 

 

 

 

「亡と連絡が取れない…。」

 

 運命はそれを許してくれない。

 

 

 

 

「まさか…!?」

 

 学園の方を向く或人。

 見える限りでは特に変化の無いその光景が、今は却って不気味に思える。

 気付けば或人は二の次も無くその場を駆け出していた。

 この力で、未来を開く…開ける筈だと、そう願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは単なる思い上がりであると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは力に溺れた者の至る末路だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを示す最悪がこの先に待ち受けている事を、今はまだ知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なおこちらではスクスタ路線で行く模様


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Program.18「フォルクロア ~歓喜の歌~」後編

Pure-rara-lu Parira-ta-ta♪
Pure-rara-lu Parira-ta-ta♪



「社長さん、大丈夫ですかね…?」

「飛電 或人は強いです。それに唯阿も現場に向かっていますから、心配する必要は有りません。」

 

 或人がマギアの下に向かって暫く、そんな不安に塗れた一言を亡が拾う。

 果たして誰が溢した言葉か…ちらりと少女達の様子を見てみれば、それは実に誰が溢していたしてもおかしくないような空気を揃って纏っていた。

 度重なる苦難であり、かつ前回学園に襲撃された時の事を未だに払拭出来ていないのであろう。

 もしまた、あの時のように攻めてこられたら…そう思えば、彼女達がこうも萎縮した様子となるのも無理はない。

 それでも第一声が或人の心配とは…やはり彼女達は優しい心の持ち主達だ。

 彼女達をこれ以上傷付けたくは無い…彼女達の不安には、亡も真髄に向き合うつもりだ。

 

「…侑ちゃん、大丈夫?」

「え?…あぁ、うん。大丈夫。」

 

 だが高咲 侑…彼女はどうやら他の少女とは違う事でその表情を曇らせているようだ。

 

「…何かあった?」

 

 彼女が一体何を思っているのか…ぼうっと1人だけ窓の外を眺めていた彼女は歩夢に促されるや振り返り、視線を落としながらぽつりぽつりとその胸中を語り始める。

 

「なんて言うか…なんで皆仲良くなれないんだろうなぁ…って。」

 

 それぞれに何か理由があるというのは分かっている。

 それはきっと、その人にとってとても大事な…夢のようなもの。

 だがその夢を叶える為に他の誰かを貶したり、悲しませなければならないというのは間違っていると、彼女はそう思っている。

 何故なら彼女は知っているから…スクールアイドルフェスティバルを通して、人は誰もが心から分かり合える事を。

 ただただ善意で手を取り合える事を、彼女はステージで共演するスクールアイドルやそのファンを見て知っている。

 

「私、やっぱり皆にはちゃんとスクールアイドルやってもらいたい。ううん、スクールアイドルだけじゃなくて、皆には皆らしく居て欲しい。なのに…。」

 

 どうしてそれを阻むような事が起こるのだろう?

 人が手を取り喜び合えるような未来を、どうして拒むのだろう?

 これではまるで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうならない方が、正しい事なのかな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …なんて、ちょっと弱気になってみたり?と、嘲笑を浮かべる侑。

 それはただ発言に対してだけのものか、それとも虚偽であれ真実であれ、それを口にしようと決意してしまった己自身に対してか…。

 いずれにしても、彼女が浮かべた笑みはとても力弱い。

 そしてそんな風に笑う彼女を見て、室内の空気は一層重くなってしまった。

 高咲 侑はスクールアイドルではない…だが、だからと言って同好会に不要な存在かと言えば、そんな事は決して無い。

 彼女はスクールアイドルという存在を心から愛し、そしてその愛の下、スクールアイドルの少女達の活動を見守り、手伝い、支えている。

 そんな彼女という存在はスクールアイドルの少女達も揃って必要だと、決して欠けてはならぬものだと認識しており、謂わば彼女は少女達にとっての心の拠り所、部の柱、中心となる人物なのだ。

 だから例え場を和ませようとした冗談であれ、彼女からそんな言葉が漏れた事実に、少女達は衝撃を受けたのだ。

 もしその言葉が真実であるのなら、自分達などとうに…。

 そうして少女達が言葉を失い、また暫く…部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

 どうやら来客のようだが、少女達は気を落としきっていて聞こえていないのか、誰も出迎えに行こうとしない。

 

「…私が出ます。」

 

 耐えかねた亡が少女達の代わりにドアへ向かう。

 …思っていたより、少女達の消耗が激しい。

 このままではフェスやイベントどころではとも考えさせられるぐらいだ。

 ましてこれから先あのアズを相手に決戦を挑むとなると、彼女達に一体どんな影響が出る事か…。

 他の戦士達も少女達への影響を危惧しているが、一度全員に想像以上だと伝えておく必要があるだろう。

 と、亡も亡でそんな深い思案に駆られていたが、扉を開けた次の瞬間には嫌でも散漫としていた意識が現実へ引き戻される。

 

「あら、意外な所で…こんにちは。」

「アズ…!」

 

 何せ今まさに思考の中に居た仇敵たる存在が、目の前に現れたのだから。

 これには部屋の中に居た少女達も堪らず、アズの名を知る者達は恐れから、また知らぬ者達も亡や他の少女の様子から察して身体を強張らせる。

 そしてアズはそんな少女達の様子を見てクスリと笑うと、一言告げたのだ。

 

「今日はね、貴女達にお披露目したいものがあるの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズから披露したいものがあると言われ、追従を余儀無くされた一行。

 先頭を歩くアズの後をそれまで黙って付いていた一同だが、やがて校内の様子がどこかおかしいと璃奈が口を開く。

 

「あの、亡さん…。」

「えぇ、まずい状況ですね…。」

 

 道すがらに、普段見かけないような者の姿が目に映る。

 スーツや作業着を着て職員等を装っているが、彼等の耳元には揃って同じアクセサリーが付けられている。

 それは迅が付けているのと同じもの…つまりヒューマギアのモジュールだ。

 彼等は恐らく、アズによって手配されたマギア達…それが今、校内の至る所に居る。

 そして校内にはまだ多数の生徒達が居る…知らぬ間に敵の侵入を許し、布陣を敷かせていた事に亡は堪らず歯噛みする。

 唯阿から通信が掛かってきているが、迂闊に出ればアズがどう出るか分からない…今は大人しく付いていく事しか出来ない。

 

「律儀ねぇ、ちゃんと全員付いてくるだなんて。」

「戯言を…1人でも妙な真似をすれば、あのマギア達を解放するつもりだったのでしょう?」

 

 お披露目したかったというのは、あのマギア達の事ですか?と、部室棟の一階で足を止め振り返ったアズに向けて問う亡。

 そして問われたそれに対し、アズはいつもの妖しい笑みを浮かべる。

 肯定か否定かは…分からない。

 

「もうすぐこの世界は悪意に染まる…その為の足掛かりとして、虹ヶ咲(ここ)を利用させてもらう事にしたの。」

「させません、私達がそれを阻止します。」

 

 吹き抜けとなっている棟内を見上げ、両手を拡げてくるりとその場を回るアズ。

 子供のような無邪気さを見せながら、口にする台詞はドス黒い…当然そのような事にはさせないと意思を表明すれば、アズはへぇ…と関心したような素振りを見せる。

 

「あの滅亡迅雷.netの1人が、よく言うようになったじゃない?」

「ヒューマギアの、夢の為です。」

「ヒューマギアが夢を見る必要なんて無いわ…貴方達ヒューマギアも、人間も、この世界に生きる全ての存在は、み~んな揃って滅亡する運命なんだから。」

 

 しかし彼女が口走る事は変わらず、事も無げに破滅の未来を示唆する台詞を宣う。

 とても話して理解し合えるとは思えない…初めてアズと出会った少女達でさえそう分かる彼女の在り方に、皆嫌悪感を隠せない。

 

「どうして…。」

 

 …しかし、それでも。

 

「そんなの…悲しいだけじゃないですか…。」

 

 彼女だけは…高咲 侑だけは違った。

 恐れ、嫌うだけの感情ではなく、今の彼女は…アズに対する哀愁をも漂わせていた。

 前回もまた同じ様に嫌悪だけでなく純粋な怒りも露にしていた彼女だが、そんな彼女に対してアズは奇妙な反応を示したのだ。

 

「優しいのねぇ…流石、スクールアイドルフェスティバルなんてものを考える程だわ。」

 

 思わず、何故そんな事をと訝しむ亡。

 その物言いと、ここ最近の行動具合から鑑みて、アズは今侑に対して非常に興味を示しているようだ。

 だが彼女は元来ある存在に対してのみ心酔するような性格であり、その心の移り気に納得が出来ない。

 だが何故だろう…その心の移り気を、決して軽く考えてはいけない気がするのは。

 それはまるで、絡まりきった糸の先のよう…辿っていけば、やがて糸が解れて真実が明らかになる、そんな予感がする。

 ならばその糸を手繰ろうとしたその時、棟内のどこかから甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

「フライング…どうやら誰かが気付いたようね。」

 

 その悲鳴を聞いてアズが溢した一言から察するに、正体を看破したか否か、いずれにせよ誰かがマギアの起動を促してしまったらしい。

 

「まぁ外の方も終わったみたいだし…やる事は変わらないからね。」

 

 さらにアズが指を鳴らすと、次第に棟内の至る所から同じ様な悲鳴が起き始める。

 どうやら今の指鳴りを合図に、マギア達が一斉に動き出したようだ。

 

「そんな…!?」

「最初から人質など取るつもりは無い…貴女らしいですね。」

 

 悪質非道を地で行くやり方に苦言を呈すると、アズはむしろ褒め言葉だと言わんばかりに口角を上げ、赤い霧を纏って姿を消した。

 如何なる理由かは分からぬが、目の前に居た最大の脅威が去った事によりひとまず胸を撫で下ろす少女達。

 だがそれで解決とは全くならない…校内に居るマギアをなんとかしなければ、生徒達の命が危ない。

 

「私は事態の対処に当たります…気を付けてください、アズがどこから見ているか分かりません。」

 

 或人がまだ戻ってきていない以上、この状況に対応出来るのは亡しかいない。

 少女達の側を離れる事に対し不安は拭えないが、亡はせめてもの忠言を伝えると、コートの中から滅が使うものと同じ滅亡迅雷フォースライザーを取り出して腹部に当てる。

 

【 フォースライザー! 】

 

 ベルトを装着し、さらにもう1つ…白い狼が描かれたキーを左手に持ち、スイッチを押して起動を促す。

 

Japanese(ジャパニーズ) Wolf(ウルフ)!

 

 それはプログライズキーと対を為す存在、"ゼツメライズキー"…既にこの世に存在しない絶滅種たる生物のデータが内包されている代物であり、亡はその内の1つであるニホンオオカミのキーを所持している。

 

「変身。」

 

 起動したキーを右手へ持ち変え、ベルトに装填。

 一連の機械的な動作の締め括りとして、亡はベルトのレバーを引いた。

 

Force(フォース)rize(ライズ)!! 】

 

 氷嵐が亡の身体を包み込む。

 その中から戦士としての装甲が表に現れ、装着と同時に嵐が晴れる。

 そうして露になった白銀の戦士…男性らしくも、女性らしくも見て取れるそのデザインは、中性的な亡の姿をよく表しており、彼女は自らに最も適したその力で、悪しき存在を駆逐せんと動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャパニーズウルフ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダー亡"

 

 

 

 

【 Awakening the instinct of a beast long lost. 】

 

 

 

 

ー静かなる獣、ここに着手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん立ってください!!急いで避難を!!」

 

 棟内の何処かで、健気にも他の生徒達を避難させようとする声を上げる少女が居た…三船 栞子だ。

 校内に複数の不審人物らが居るとの報告を受け、実際に対面してみた所、その人影は突如として人類の命を脅かす悪魔となった。

 さらに立て続けに周囲から聞こえてくる悲鳴…察するに、この不審な人物達というのは揃ってこの悪魔達だったのだろう。

 校内がこれまで以上の騒ぎに発展している中、栞子もまた危機的状況に陥っている。

 彼女の目前にはトリロバイトの姿をしたマギア、そして後ろには恐怖で身体を動かせぬ女生徒達。

 身を盾にして屈せぬ姿勢を見せ、しかし彼女1人ではそれ以上の事は出来ず、やがて彼女は憐れにもマギアの魔手に掛かってしまう。

 

「ッ…早く…逃げて…!!」

 

 首を掴まれ、絞められ、力任せに身体を宙へ吊られる栞子。

 徐々に息を吸えなくなっていくに連れてもがき苦しむ事になるも、それでも彼女は自らの事より他の誰かの為に手を伸ばす。

 しかし伸ばした手の先に居る女生徒達は栞子が受けている仕打ちにさらに恐れを為し、目に涙を浮かべて縮こまるばかり。

 このままでは彼女達まで同じ様に…と、段々薄れ行く意識の中で悔しい想いを抱える栞子だったが…。

 

「っ!?ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

 ふわり、と急に身体が地へと降ろされ、圧迫されていた気道が元に戻る。

 それによってむせ返る程に息を吸い込め、栞子は辛うじて危機を乗り越えられたものの、果たして何があったというのだろうか?

 

「あ…。」

 

 それは顔を上げた先、胴を刺し貫かれたマギアの姿を見て察せられた。

 糸の切れた人形のようにだらりと力を無くしたマギア…そのマギアの身体が突如明後日の方向に放り投げられる。

 吹き抜けとなっている場所まで飛ばされたマギアが爆発する様をおかなびくりと見届けた栞子が再び視線を戻すと、そこにはマギアを仕留め、栞子等を助けた者の姿が目に映る。

 白銀の双爪"ニホンオオカミノツメ"を携えた、仮面ライダー亡だ。

 

「…早くお逃げを。」

 

 マギアを倒した亡は栞子達にそれだけ伝えると、彼女達の視界から一瞬にして消え去る。

 音も無く静かに、だが嵐のように来て去っていった亡の姿に、栞子は未だ整わぬ身体の調子に息を荒くしながらも呟く。

 

「あれが…マギア…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…仮面ライダー…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変身後、すぐに行動に移った亡。

 その目にも止まらぬ足の速さに思わず唖然とした様子で見送ったスクールアイドルの少女達だが、いつまでも呆けている場合ではないと歩夢が口を開いた。

 

「私達も、どこかに避難しないと…!」

 

 取るべき行動はそれに限る。

 だが今までとは違い、今回は校内での騒ぎだ…どこに避難すれば良いのか、パッとは思い付かない。

 

「ならとにかく外へ!皆さんは先に避難を!」

 

 しかしせつ菜は迷いなく避難先を指定すると、一番にその場を駆け出した。

 

「せつ菜ちゃん!?どこ行くの!?」

「体育館に!安全なら他の皆さんもそこへ避難させます!」

「ちょっ、せつ菜先輩危ないです…って、も~!全然聞く耳持ってないじゃないですか!」

「どうしよう…せつ菜ちゃんだけじゃ…!」

 

 他の少女達の制止も聞かず、1人先走るせつ菜…亡も言っていたようにどこでどんな脅威が迫るか分からぬ今、単独での行動は目に見えた危険だ。

 

「…私達も行こう。」

 

 だがやはり、彼女達の心は優しさに満ち溢れている。

 

「皆で手分けして、この事を伝えに行こう!」

「OK!じゃあ愛さんは向こう行くね!」

「私も行く…!」

「行こう果林ちゃん!皆を助けないと!」

「全く、仕方無いわね…!」

 

 だから皆、せつ菜と同じ様に動き出す。

 

「あ~も~分かりましたよ!こうなったらとことんやってやります!行こうしず子!」

「うん!かすみさんも気を付けてね!」

「じゃあ彼方ちゃんはこっちに行くね~!」

 

 例え目に見える危険であろうと、それを省みずに誰かの為に動いてしまう…ここに集っているのは、そんな愚かにも心が優し過ぎる少女達なのだ。

 

「侑ちゃん!」

 

 侑も他の少女達に続いて行こうとして、歩夢に呼び止められる。

 見れば歩夢は、とても不安そうな表情を浮かべている。

 きっと他の誰かより、まず身近な仲間達の心配を何よりもしているのだろう。

 そしてその一番を飾っているのは、きっと今名前を呼んだ…。

 

「大丈夫だよ、社長さんもすぐに戻ってくるだろうし…歩夢もお願いね。」

 

 嬉しいな、と素直に思った。

 幼馴染みとして一番の友情を育み、故に一番に心配される事が、不謹慎にも嬉しかった。

 だからこそ、自分も一番にその心配に応えたいと思う。

 その為に、決して彼女が恐れるような事にはならないと誓いながら、侑は歩夢に背を向けその場を後にし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…!?」

「っ…何があったの!?」

 

 不穏な気配を察知して学園へと駆け付けた或人と唯阿だが、玄関口や窓から次々と生徒達が建物の外へ避難している様を見て、異様な光景だと驚を隠せない。

 

「ひ、ヒューマギアが…!!」

 

 そして話を聞いてみれば、やはりマギアが校内に現れた様子。

 しかも避難先に外を指定しているあたり、マギアが現れたのは恐らくこの学園の建物内であろう…だとすれば非常にまずい状況だ。

 亡やスクールアイドルの少女達とも未だ連絡が付かない中、最善を尽くす為には…と、或人と唯阿はこの非常事態に於ける段取りを早急に組み立てようとする。

 しかしそれは2人に対して向けられたある言葉によって途端に止まってしまった。

 

「あ、あんた達、早くあいつらを何とかしてよ!!」

「そうよ!!も、元はと言えばあんた達が…!!」

 

 誰が発したか分からぬ、救済を求める声。

 しかし懇願と呼ぶには些か刺が見られるそれを咎めるような声は上がらず、むしろそれが端を発して周りから続々と同じ様な声が上がっていく。

 早く奴等を何とかしろ、お前達の領分だろ、と。

 それを聞いた2人の胸中に、得も言えぬ感情が渦巻く。

 

「…分かってる、俺達に任せて。」

 

 回答として或人は周囲にそれだけを告げ、唯阿はA.I.M.S.の隊員に避難誘導と救護の指示を与え、それ以上の事を無く建物内へと踏み切った。

 

「今亡と連絡が付いた。敵は複数、確認出来る範囲では全て屋内に居るとの事だ…迂闊に戦って建物に被害を出す訳にはいかない。」

「なら、こいつで行きます。」

 

 唯阿から言い渡された情報に、或人は薄青色のキーを取り出してちらつかせる。

 そんなやりとりをする2人の様子は、少しぎこちない。

 戦前という事で、それぞれ意識を高めているからであろうか?

 いや、それは違う…2人の意識はむしろ、先程周囲から向けられた言葉の数々によって落ち込んでいる。

 言われた事は何も間違っていない、間違っていないのだが…ああいった向けられ方をされると、やはり心に来るものがある。

 誰から愛されずとも、誰から賞されずとも、ただ誰かの自由と平和の為に戦う…それがきっと、守る為に力を振るう者(仮面ライダー)としての理想の姿なのだろう。

 だから或人も唯阿も、それで誰かを守れるのならば例え孤独であっても構わないと…言葉を交わさずとも同じ想いを抱いていた。

 だが守ろうとしている自由や平和が、あのような形で意志を向けてきた。

 言ってしまえば誹謗中傷と捉えられなくもないあれは…言葉を向けられた自分達からすれば、孤独であるよりも辛い事だ。

 2人とて、戦士である前に1人の人間だ…心が傷付かないなんて事は無い。

 そして傷付いた2人の心にはつい邪な影が射し込んでしまう。

 どうしてあんな事を言われなければならないのかと…褒められこそすれ、何故ああも牙を剥かれなければならないのかと…。

 信じていた存在に裏切られたようで…ならば自分達の行いとは何だったのか?

 愛されもせず、賞されもせず、それどころか貶される始末となる自分達の行いに、果たしてどんな意味があるというのだろうか?

 

Blizzard(ブリザード)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 …いや、今はそれを考えている場合では無い。

 それでも守らなければならない命が、そこにあるのだ。

 

「…変身!」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 気持ちを切り替え、手にした薄青色のキーをベルトへ翳す或人。

 その声に断腸たる想いを込めながら、彼は変身へのプロセスを辿っていく。

 

【 Attention freeze! 】

 

 ゼロツーキーから現れたのは、冷気を纏った北極熊のライダモデル。

 ブレイキングマンモスを例外とした他のライダモデルよりも大きめな図体は俊敏性に劣るものの、ゆっくりと或人の方へ向き直って彼へ覆い被さり防具として形を変える姿は、まるで今の或人の心を癒し守ろうとする抱擁にも見える。

 冷たいながらも優しい…"フリージングベアー"と名付けられているキーから得られるのは、そんな力なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フリージングベアー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン フリージングベアー"

 

 

 

 

【 Fierce breath as cold as arctic winds. 】

 

 

 

 

―絶対零度に比する力を思うままに引き起こせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Thunder(サンダー)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「変身!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! ライトニングホーネット!!

 

 或人に合わせて唯阿もライトニングホーネットへ変身し、いよいよ戦闘へ突入する。

 まずは唯阿が先行して建物内を飛翔して索敵を行いながら、手近な敵へ強襲を掛ける。

 敵は亡からの情報通りトリロバイト…唯阿の手に掛かれば取るに足らぬ相手だが、彼女はその場でマギアを倒そうとはしない。

 適度に相手取りながら誘導し、吹き抜けへと誘う。

 

「よし…社長!」

 

 そして機を見てマギアを吹き抜けから投げ落とす。

 投げ落とされた先には或人が待ち構えており、彼は目の前に降ってきた敵を確認するや、ベルトに刺さるキーを深く押し込んだ。

 

フリージング! インパクト!! 】

 

 両の掌から冷気が迸る。

 そのまま腕を突き出せば吹雪が荒び、目前のマギアの身体が瞬時に凍り出し、やがて氷像となってピクリとも動かなくなる。

 

「ふっ!」

 

 そして力任せな一撃によってバラバラに砕け散るマギア。

 通常ならば機械の誤動作により大きな爆発が起こるが、フリージングベアーの力によって機能が凍結している今ならそのような事は起こらず、爆発による周囲の被害を抑える事が出来る。

 互いに連携し、それを繰り返していく事で、2人は戦況を優位に運んでいく。

 

「唯阿。」

「亡か!子供達は!?」

「逃げ遅れた者の避難誘導に当たっているようです。ですが恐らく、アズがまだ近くに居るかと…。」

「分かった!マギアは私と社長に任せて、お前は子供達を頼む!」

「はい。生徒達の避難先は体育館です、そこで落ち合いましょう。」

 

 途中で亡とも合流し、懸念となっていた事を知れた唯阿はより効率を詰める為に階下の或人に向かってある武装を投げ渡す。

 

「社長!これ以上は落下の衝撃で地面が陥没する!こいつで狙い撃て!」

 

【 アタッシュショットガン! 】

 

 それは或人が扱うアタッシュカリバーや滅の持つアタッシュアローと同型の武器、アタッシュショットガン。

 青い縁取りが描かれているそれは、変形させれば大型の銃器としての本領を発揮する。

 

「っとぉ!?…って、撃つのはあんまり得意じゃないって!」

 

 普段銃器などオーソライズバスターのガンモードしか扱わず、それもあまり使用頻度が高くない為慣れていないなどと文句を言う或人だが、そうは言っても投げ出さず、ベルトからキーを抜き出してアタッシュショットガンへ装填する。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

【 チャージライズ! フルチャージ!! 】

 

 一度畳み、再度変形させて最大出力を溜める。

 それと同時に唯阿も複数のマギアを吹き抜けへと落とし、宙空にマギアが舞う。

 そのマギア達に向けて銃を構え、狙いを定め、そして…。

 

フリージング! カバンバスター!! 】

 

「…そこだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カ バ ン

 フ

リ        

ー   

 ジ

       ン

グ 

バ ス タ ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪熊を模した弾頭が、一息にマギアを飲み込む。

 氷結と同時に砕散された機械の塊がバラバラと落ちてくる。

 それらが天井からの日の光を浴びてキラキラと輝く様は美しいさえと感じるが、生憎感傷に浸っている暇は無い。

 

「この辺りの敵は全て倒した!次へ行くぞ!」

「はい!」

 

 それを妨げる悪因を取り除く為、2人は次の戦場へと向かい出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 或人と唯阿が善戦している一方、亡は施設をくまなく走り抜け、逃げ遅れた者が居ないかの発見に注力していた。

 姿が姿故に見つけた者からはマギアと間違えられ恐れられてしまうが、誤解を解く暇は無いとして多少強引にでも外へ運ぶ作業を繰り返していき、やがてそのような影は見られなくなった。

 となれば残るはスクールアイドルの少女達…施設を走り回っている中では見つけられなかったので、もう全員外へ避難したかと当たりを付けるが、亡が進む先…場所としては、スクールアイドル同好会の部室から人の気配を察知した為、まさかと思ってドアを開ける。

 

「ッ!?…亡さん!」

「ちょっ、急にドア開けないでください!!びっくりするじゃn…いや、かすみん別に驚いてなんて無いですけど!?」

 

 予測を立ててドアを開けた先には、やはりスクールアイドルの少女達が。

 勢い良く扉を開けた事により中に居た少女達に警戒させてしまったようだが、いち早く璃奈がこちらの事を感付いてくれた事で無用な混乱は避けられた。

 

「無事でしたか…何人か姿が見えないようですが?」

「他の皆は体育館に居るって!愛さん達も今から行こうとしてた所!」

 

 部室の中には歩夢、かすみ、愛、彼方、璃奈が居り、話によれば他の少女達は既に体育館の方に居るらしい。

 少女達もこれから移動をする所だったとの事で、都合が良い。

 

「ならば急ぎましょう。飛電 或人と唯阿がマギアの相手をしていますから、私が側に付きます。」

「分かりました、お願いします~…!」

 

 亡の言葉に頷いた少女達が廊下に出て、急いでその場を後にしていく。

 後を追いかける形で亡も動き出そうとしたが、その前に一度どうしてもその足を止めなければならない事があった。

 

「どうしました?」

「あ…いえ、何でも…!」

 

 歩夢がふと立ち止まって、あらぬ方向へ視線を向けている。

 何かあったのかと問うてみたが、彼女は現状を思い出したのか答えを示さず、遅れた分を取り戻さんとばかりに走り出す。

 亡もこの状況で追及している暇は無いとして放っておいたが、そんな歩夢が抱えていた懸念というのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(侑ちゃん、さっき別れてから連絡が取れないけど…大丈夫だよね…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダーライトニング! ブラスト!! 】

 

「ふっ!!」

 

 電光を纏った弾丸が、マギアの身体を包み込む。

 虹ヶ咲学園の中庭では、いよいよ残り数体となった敵を殲滅すべく、追い上げが掛けられていた。

 

フリージング! カバンショット!! 】

 

「はぁ!!」

 

 唯阿の攻撃で回路がショートし、麻痺して動けなくなった(マギア)を或人が仕留める。

 最後の1体に狙いを定め、大口径による一撃が放たれた事によって周囲に居た敵は居なくなり、2人に事態の終息を告げる。

 

「これで終わり…?」

「いや、油断するな。亡が言っていたが、まだアズが近くに居る可能性がある。」

 

 しかしその元凶となった彼女の行方は未だ知れず。

 けしかけるだけけしかけて、それで終わりとは今更いかないだろう…まだ何か仕掛けてきてもおかしくないとして、2人は警戒を弛めない。

 

「流石ね、それなりに数を用意した筈なんだけど。」

「っ!アズ…!」

 

 そして予想通り2人の前に姿を現したアズ。

 どこから見ていて、そしてどこに潜んでいたのか…それを悟らせる事も無く急に現れた彼女に対して仮面越しに睨みを効かせると、彼女はその視線に気付いたのか、だが臆す事など皆無と言わんばかりに、む~と頬を膨らませる。

 

「そんな恐い顔しないで?私達の仲じゃない?」

「黙れ、これ以上お前の事を放っておく訳にはいかない…ここで終わりにさせてもらうぞ。」

 

 子供みたいに振る舞って、場を和ませようとしたのか…しかし2人にとっては火に油を注ぐようなものであり、特に唯阿は我慢ならないのかその態度をピシャリと切り捨て、ライザーの銃口を彼女へ向ける。

 そんな唯阿を恐い恐いと言ってまたもおどけるアズに思わず不用意に引き金を引き掛けるが、次の瞬間アズが纏った空気に2人はそれまで抱いていた感情が圧し殺されてしまう。

 

「でも、終わりになんて出来ないわ…貴方達の力では絶対にね。」

 

 その言動は、普段のアズと変わらない。

 が、何故か彼女の一挙一足から目が離せなくなり、同時に心身がすくみ始める。

 その感覚に対し、2人はどこか既視感を覚える。

 この身体の芯から冷えきる、吐き気を催すような感覚を、何故か自分達は知っている…。

 

「私は言った筈よ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大いなる悪意が生まれた時…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその台詞を耳にした途端、2人の中で既視感に対する合点が行き、同時にさらに心身をすくませた。

 それは思い出してはいけない記憶、蘇らせてはいけない存在。

 自分達が最も恐れる展開に連なる台詞を、彼女がこうも並べるという事は…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーク様は必ず甦る…って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ark(アーク) Rise(ライズ).

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!!??」」

 

 瞬間、背後から聞こえてきた、()()

 それまでの比にならない程の悪寒が2人の背筋を走り、否が応にも2人を振り返らせる。

 そして振り返った先に見えた()()に、2人は隠しようもない動揺を露にする。

 

「まさか…そんな…!?」

 

 慟哭が、怨嗟が、或人達の耳にこびり付く。

 あまりにドス黒い影が、或人達の目に焼き付く。

 

「お前は…!?」

 

 それは聞こえてはならぬ声。

 居てはならぬ存在。

 世界に蔓延る悪意全てを凝縮し、形を成した、究極の闇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーク…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーアークゼロ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

All Zero.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―悪意、再臨。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(アーク様)生まれてきてくれて、ありがとう♪


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Program.19「祭花 -saika-」

やぁやぁやぁ!!
(アーク様による)祭りだ祭りだぁ!!



「アーク、なのか…!?」

「馬鹿な…アークはあの時、確かに…!!」

 

 仮面ライダーアークゼロ…それはかつて或人達が決死の想いで退けた最強の敵。

 しかしその似姿をした目の前の存在が、まさか当時の意思を持った本物である筈が無い…これはフェイク、今までのマギア達と同じ(ガワ)だけの存在だ。

 

 

 

 

『…久し振りだな、飛電 或人。』

 

 

 

 

 だがアークゼロはそれを否定する言葉を述べ、己の存在を強く誇示する。

 この時を待ちわびていたぞ、と…。

 

「っ…アーク…!!」

『オマエ達に関する情報(データ)は、既にラーニングしている…どうやら一度はワタシを討ち破ったようだな?』

 

 アークゼロが一歩踏み出す。

 たったそれだけで向けられている圧が、悪寒が、一段と増して或人達に襲い掛かる。

 

『だが…言った筈だ、オマエの夢は叶わないと。』

 

 そしてアークゼロが否定するのは、何も今の現実だけではない。

 或人達の存在…ひいては、この世界そのものだった。

 

『今再び…ワタシは全てを滅亡させる。』

 

 森羅万象を破滅に堕とす為、アークゼロは…悪意の人工知能、"アーク"はかつてと同じ様に動き出した。

 

「ッ!!アーク!!」

 

Everybody(エブリバディ) Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「待て社長!!迂闊に突っ込むな!!」

 

 瞬間、タガが外れたかのように飛び出す或人。

 唯阿の制止など聞かず、彼は()()()()()()()()()()を躊躇いなく切った。

 

メタルライズ!! メタルクラスタホッパー!!

 

「はぁぁぁあ!!」

 

 メタルクラスタホッパーへ変身し、ホッパーブレードとアタッシュカリバーによる二刀流で攻め立てる。

 それは普段の彼からは想像出来ない程に苛烈なものであったが、アークゼロにその太刀筋が通る事は無い。

 数ミリという単位で或人の振るう剣は躱され続け、やがて振り下ろされた二刀を片腕だけで防がれる。

 

『オマエの動きは、既に予測出来ている。』

「ッ…!?」

 

 アークゼロの赤眼が不気味に光る。

 同時に鳴る、脳裏にこびりつく悲鳴のような音。

 それを聞いて咄嗟に身を引こうとする或人であったが、アークゼロはそれよりも速く二刀を防ぐ腕に力を込め、大きく振り払う。

 堪らず体勢を崩す或人…そして間髪入れず、アークゼロは彼の顔面に拳を入れる。

 

「ぐっ…うぅ!!」

 

 的確に頬を捉え抉るような一撃に脳が揺れて意識が飛び掛けるも、或人は何とか気合いで意識を保ち、殴られた勢いを味方に身を翻して再び切り掛かる。

 

『無駄だ。』

 

 だが刃が届く前にアークの行動が先を行く。

 振るった腕の僅かな隙間を縫って叩き込まれた拳は腹部に深く突き刺さり、猛る或人を途端に衰えさせる。

 

「ゔっ!?ア゙…ぁ…!?」

 

 口内に酔いた味が拡がり、足が小鹿のように震え、何を為すにもままならなくなった或人を、アークは暫し何もせずに眺める。

 

『…フン。』

 

 だがいずれ、アークは俯く或人の頭を掴み無理矢理その身体を起こすと…。

 

『ムン…!』

「うあああああ!!??」

 

 胸部目掛けて蹴りを見舞った。

 それは何の技でも無いただの素朴な蹴りであったが、その威力は尋常など生温いの一言に尽き、或人を一気に中庭の端まで吹き飛ばした。

 

「社長!!」

 

 唯阿は或人の身を案じながら、ショットライザーをアーク目掛けて構える。

 しかし引き金を引きはしない…先に自らがそう言ったように、迂闊に攻めれば或人のように返り討ちに合うだけだ。

 それが数億通りもの事象予測が出来るアークの力…人間のちっぽけな思考では、アークを出し抜く策など文字通り万に一つも無い。

 だから唯阿は、迫り来る恐怖に対してせめてもの気丈を振る舞う事しか出来ない。

 

『刃 唯阿、オマエもワタシの障害となる存在だ…消えてもらおう。』

 

 だが悪意(アーク)は、それさえもと嘲け笑う。

 一歩ずつ、ゆっくりとした足取りで唯阿へと向かって歩みを進めるアーク…しかし次の瞬間、あのつんざく悲鳴のような音と共にまるで早送りをしたかのような挙動と速さで彼女の目の前まで迫り、ライザーを掲げる腕を掴んで徐々に捻り上げていく。

 

「うっ…!?」

 

 その常軌を逸した動きに思わず小さな悲鳴を上げてしまう唯阿。

 そしてそんな弱気な姿を隠す為か、それとも純粋な反射行動か、彼女は空いているもう片方の腕でアークに殴り掛かろうとする。

 が、そのような考えの無い行動がアークに通ずる筈も無く、いとも容易くその腕も掴まれてしまい…。

 

「うあ゙っ!?あ゙ぁぁぁぁぁあ!!??」

 

 唯阿の悲鳴が木霊する。

 見ればアークの手から彼女に向けて、何か赤黒いもやのようなものが送り込まれている。

 よく見ればそれは「悪」や「殺」など、負の要素を連想させる文字が寄せ集められて形を成しているものだと分かる。

 それは言うなれば悪意そのもの…悪意の権化たるアークは、その悪意を物理的、精神的問わずに攻撃手段として用いる事が出来るのだ。

 それによりアークは今唯阿の精神に強烈に干渉し、無理矢理負の概念を彼女の頭の中へ流し込んでいる。

 このままいけば、唯阿は流れ込んでくる悪意に耐えきれずに死ぬか、良くて廃人となるかだ。

 

「く…っ…止めろぉぉぉ!!」

 

 そんな事はさせないと、中庭の端まで飛ばされていた或人が這々としながらもアークへ立ち向かっていく。

 流石のアークもその場で或人の猛攻を避ける事は出来ないのか、掴んでいた手を離して応戦する。

 幸い危機は数秒といった所だったので、唯阿は激しい頭痛を抱える事にはなったものの、危惧されていたような事態には陥らなかった。

 

「っ…な、き…子供達を連れて、逃げろ…アークが…!!」

『アーク…?どういう事ですか唯阿!?何故アークの名を…!?』

 

 頭痛の所為で歯切れが悪いながらも亡へ連絡をし、唯阿は目の前の光景を見やる。

 そこでは或人が再びアークの手によってその身体を崩れ落としており、そこからアークの視線がこちらへと向いた。

 次にああなるは私か、と…抗えぬ絶望を前に、唯阿はまたも震える身体に鞭を打ち、せめてもと身構えるしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯阿!?唯阿ッ!?」

 

 唯阿からの通信が切れた。

 無事少女達と共に体育館へ辿り着き、現状の報告をしようとした所で彼女から通信が来たので、これは都合が良いと大して気兼ねもせずに応じたのだが…その短く、そして消耗しきった声と内容によって亡は今彼女と或人の身に何が起きているのかを察した。

 

「まさか…。」

 

 アークの復活…認めたくはないが、だとすれば唯阿の言う通りすぐにここに居る全員を避難させなければならない。

 もし唯阿の言うアークが当時のそれと同じならば、その行動原理は世界の滅亡…生きとし生ける、ありとあらゆる、その全てを破壊し尽くす存在だ。

 ここにある何もかもを、一切の躊躇無くその手に掛けられてしまう。

 

「あの…何かあったんですか…?」

「っ…いいえ、何でもありません。少し想定外の事態が起きているようですが…あの2人なら大丈夫です。」

 

 しかし体育館では教職員の指示によってようやくパニックが治まり始めたばかりだ。

 またここに一石を投じてしまえば、今度こそ収集が付かなくなって避難どころではなくなるかもしれない。

 声を掛けてきた歩夢もまだ動揺を隠せていない様子である為、亡は一旦事実を伏せて様子を見る事にした。

 

「それよりも、他の皆さんとは合流出来ましたか?」

「あ…はい。今はクラスごとに分けられて、それで先にこっちに来ていた皆とも会えました。」

 

 場合によっては2人に加勢する為に少女達に事情を説明して、避難の指示を任せる事になるかもしれないと考えを過ぎらせた亡は、そういえば先にこちらに来ていたという他の少女達とは合流出来たのかが気になり、歩夢へ問い掛ける。

 答えとしては心配は無いとの事。

 体育館では現在学年、学科、クラスごとに集められて点呼が取られている最中であり、先に来ていた少女達ともそれぞれ連絡が取れたとの事らしい。

 ひとまずそちらの問題は無さそうだとして、亡は安心から軽く一息吐く。

 

「ただ…。」

「…ただ?」

 

 しかしまた、歩夢が奇妙な間を見せた。

 それは恐らく、体育館へ向かおうとした際に足を止めた理由とも繋がるものであろう。

 先は急ぎであった為追求をしなかったが、わざわざ体育館の外に居る自分の所まで自ら足を運んで来たのだ…彼女としても話題にしたい案件なのだろう。

 今なら話を聞けるかと、亡はそのまま視線で話の続きを催促する。

 歩夢もそんな亡の考えを分かっているのか、向けられた視線に抗う事無く、抱いていた懸念を露にした。

 

「侑ちゃんと…侑ちゃんとまだ会えてないんです…。」

 

 あの時、他の生徒達を避難させる為に別れてから、高咲 侑と連絡が取れていない。

 体育館に来てみても、普通科ではかすみがせつ菜を、ライフデザイン学科では彼方が果林を、情報処理学科に所属している愛と璃奈が、国際交流学科が近くに集まった事でしずくとエマを発見したが、そうした中で侑の姿を見たという連絡は誰からもなかった。

 音楽科の生徒達からも彼女を見た者が居ないとの事で、歩夢としてはやはり気が気でないのだろう。

 

「…まだ全員が中に避難しきれていません、恐らくこの付近のどこかに居ると思われます。」

 

 経験の浅い事態に於ける、訓練ではない本物の避難行動は誰しもの精神を疲弊させ、故に教職員等の指示が行き届かず、体育館の外には未だに多くの生徒達がたむろしている。

 その数はとても一目見ただけでは把握しきれない程であり、侑がこの中に紛れていても何らおかしくは無い。

 

「あ、居た!上原さん、先生が呼んでるから中に入らないと…!」

 

 と、歩夢を呼ぶ声と共に女学生が1人近付いてくる。

 口振りからして、恐らく歩夢と同じクラスの生徒だろう…隣に居る、仮面ライダーに変身している亡の姿を見て一瞬臆したように目を見開き、そのままおずおずと歩夢に体育館の中に入るように促した。

 歩夢としてはこの外の群衆の中に侑が居るかもしれないとの事で、あまりここを離れたくないようだが…。

 

「行った方が良いでしょう。彼女の事は私の方でも探しておきますから…。」

 

 ここで駄々をこねて他の者を心配させる訳にもいかないだろう…亡は女生徒と同じく歩夢に体育館の中に入るよう促す。

 歩夢もその事は十分分かっているらしく、それ以上は執着する様子無く女生徒と共に体育館の中へと入っていった。

 

「………。」

 

 歩夢が離れ、再び1人となった亡は侑を見つける為に群衆一人一人に目を凝らしながら唯阿へ通信を入れる。

 …が、繋がる気配は全く無い。

 すぐにでも手が届かん距離に、最恐の敵が存在している。

 この事態を前に果たしてどう動くのが正解なのか、聡明な亡でも答えを見出だせずにいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあ…ぁ…!?」

 

 もう何度目かも分からぬ、地へと伏す感覚。

 あれから或人と唯阿は果敢にアークへ挑み続けているも、その旗色は全く変わる事は無い。

 その予測能力と、人工知能であるが故の実行に対する迷いの無さ、そして精度…過去の経緯のラーニングや、それでもなお全てを滅ぼすという意思も相まって、アークはかつて以上に越え難い壁となって立ち塞がっていた。

 

「「…っ!!」」

 

 だがそれぞれが掲げる信念の下、戦士としての使命を放棄する事は許されない。

 2人は互いに目配せすると同時に左右へ跳び出し、それぞれ特殊能力を発動する。

 

「「ふっ!!」」

 

 或人は無数の機械蝗からなるクラスターセルを、唯阿は同じく機械蜂のヘクスベスパを展開。

 その装甲を蝕まんとアークへ群がらせる。

 

『無駄だと言っている。』

 

 だがアークの赤眼がまた怪しく光ったかと思うと、その足下から黒い泥のようなものが次々と垂れ流され、クラスターセルやヘクスベスパのようにひとりでに宙を舞い始めた。

 それはアークゼロの内部で生成される流体金属…アークゼロは悪意の下にそれらを自在に操作する事が可能であり、さらにこの流体金属の生成に関しては、アークの機能が高性能であるが故に制限が無いに等しく、自身の装甲と併用しているクラスターセルや格納数に制限の有るヘクスベスパを、数で優に超える事が出来る。

 そんな無尽蔵に流出される流体金属はクラスターセルやヘクスベスパを、それこそ泥で絡め取るように呑み込んでいき、やがて或人や唯阿の身体にも纏わり付く。

 

「「うあぁぁぁ!?」」

 

 そして纏わり付いた金属がアークの意思により赤黒いスパークを放ち、2人にダメージを与える。

 それはアークゼロの攻撃の中ではまだ軽いものであったが、既に大きく消耗している2人にとっては十分な威力を誇っており、金属が離れた後には両者ともその場で膝を付き苦しげに息を荒くしていた。

 

「流石アーク様、かつての障害も形無しね。」

 

 2人の戦士は満身創痍。

 周囲も普段の緑生い茂る中庭の風景がアークゼロの放った流体金属の黒で埋め尽くされており、その中をクラスターセルやヘクスベスパが力及ばず塗れて蠢いている様は、もはや生理的な嫌悪感さえ見て覚えてしまう。

 地獄絵図もここに極まれり、と…学園の屋上から様子を窺っていたアズは心底楽しそうにしていた。

 

「そいつはどうかな、あんまり俺達を舐めんじゃねぇぞ。」

 

 しかし首元にひやりとした感触が…見ればそこには鋭利な刀身が有り、そして同時に掛けられた言葉からアズは状況を理解し、だが愉快な仕草を変える事は無かった。

 

「あら…久しぶりね、滅亡迅雷。」

 

 アズの背後、そこには滅と迅、そして雷電が居た。

 名を呼ばれた3人は目の前の彼女から目を離さず、しかし同時に眼下に拡がる世界にも注目を向け、そして少なからず絶句していた。

 

「やはり予感していた通りだったか…。」

「アズ…どうやってアークを復活させた?」

 

 あのアークが、再び形を成している。

 かつてその存在ごと抹消した筈だというのに、バックアップなど取っていた様子は無かったというのに、アークは一体どうやって復活を果たしたのか?

 

「アーク様の秘書たる私が、何の対策もしていないと思っていたのかしら?」

 

 鍵を握るのは、やはりアズ。

 彼女は迅から掛けられた問いに、自らの耳の部分…ヒューマギアモジュールを指差して答えとする。

 比喩的な表現であるが、迅にとってはそれで十分であった。

 

「セントラルメモリーか…!」

 

 セントラルメモリー…それはヒューマギアにとっては例外無く重要な基幹であり、各ヒューマギアの思考行動、ひいては個性を司り、また万が一の事態に於けるバックアップデータも内蔵されているなど、ヒューマギアがヒューマギア足り得る要素全てがそこに詰まっている。

 人間に例えるなら脳と同義たるそれは、言い換えればヒューマギアが持つ人工知能という概念が詰まっている基幹という事でもあり、そこには基本的な運用方法から外れた、意外な活用の仕方があったりする。

 それこそかつてはラーニングしたデータや人工知能故の卓越した演算処理能力によってシャイニングホッパーキーを真の完成へと導いたり、或人に更なる力を授けたりといった事例がある。

 

「元々はあの時(貴方)或人()がぶつかり合って、世界に悪意が拡まりきった後にする予定だったんだけど…。」

 

 そう…迅はその事例を実際に目にした事がある。

 そしてアズはその事例をそのまま真似てアークを復活させたらしい。

 かつてそのアークによって機能を停止させられた、ゼアを復活させる為に用いられた方法を…。

 かつて或人がアークを打倒する為に新たな力を創造せんとして、彼の身近に居た大切な"彼女"のセントラルメモリーを用いた、あの方法を…。

 

()()()には感謝してるわ。何十億ものラーニングを繰り返す事で絶えず信号を送って起動を促す…私も盲点だった。」

 

 皮肉なものだ…巨悪を倒す為に用いた方法を、そのまま利用されるなど。

 そして行動のみならず、その言い方からも多大な当て付けがましさが見て取れ、彼女(アズ)の性格の悪さを際立たせている。

 

「だが…それだけでアークがあの形を保てる訳が無い。」

「アーク様も進化しているのよ。それはもう、より残忍にね…。」

 

 それよりも…と言って、アズは眼下を顎で指す。

 同時に響く、火花が散る音と悲鳴。

 

「私に構ってる暇は、無いんじゃないの?」

 

 見れば或人と唯阿がアークによって更なる仕打ちを受けている。

 あの状態の2人など、やろうと思えばもう倒せる筈だというのに、アークは敢えて群がる彼等を振り払う姿勢を取っている。

 

「行くぞ、迅…アークは必ず滅ぼさなければならない。」

「雷、アズをお願い。」

 

Poison(ポイズン)!

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)!

 

 アズの言っていた、より残忍になったというのも納得だと心に思いながら、滅は抜いていた刀を仕舞い、迅と共に眼下の戦場…と言うには一方的なゲームとなっている彼等の下へ飛び降り向かう。

 

「「変身!」」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! スティングスコーピオン!!

Slash(スラッシュ)rize(ライズ)! バーニングファルコン!!

 

「っ…滅、迅…!」

 

 落下中に変身を済ませ、地へと降り立つ2人。

 或人と唯阿を庇うように割って入った2人がそのまま顔を上げれば、かつては自身等の主と呼ぶべき存在だったアークの姿が視界に写る。

 

「アーク…。」

『滅に迅か…オマエ達とも久しいな。』

「本当にあのアークなのか…!」

 

 纏う空気にその口振り…2人からして見ても半信半疑だった事実が確定し、仮面の中の2人の面が険しくなる。

 目の前に居るこのアークが当時のそれと同じという事は、自分達に勝ち目は無いという事になる。

 今までの経験と、それを踏まえた上で予測を立てたとしても、それはもはや確定事項であった。

 だが、決して希望がない訳では無い。

 

「ゼロワン!僕達が時間を稼ぐ!早く"ゼロツー"に!」

「っ…!」

 

 その希望とは、或人が持つ()()()

 かつてアーク打倒の為に生み出し、そして実際にそれを可能とした最強の力。

 その力を以てすれば、再びアークを打ち倒す事が叶う筈。

 その為に滅と迅はこの場に躍り出たのだ…例え自分達で勝目が無かろうと、彼ならば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…!?何してるんだよゼロワン!?早くゼロツーに変身して、アークを倒さないと!!」

 

 だがその呼び掛けに、或人は応えない。

 彼は迅からの呼び掛けに何故か視線を泳がせ、言われた通りにするのを躊躇う様子を見せている。

 彼とてアークを倒せるのはかの力しかないと分かっている筈なのに、何故その力を使おうとしないのか?

 

『無駄だ、飛電 或人はゼロツーになれない。』

「っ!?何で…!?」

「…まさか。」

 

 その答えを知っているらしいアークがフッ、と笑う…戸惑う迅と、憶測ながらその意味を察した滅の両者を嘲るように。

 そして組み付く2人を引き剥がし、アークは腰に巻き付いているベルト、"アークドライバーゼロ"の上部のスイッチ、"アークローダー"を押した。

 

 

オール エクスティンクション.

 

 

 すると各地に巻き散らかされていた金属が一斉に動き出し、それまでの比では無い勢いでうねりを上げながら、或人達の身体を包み込んでいく。

 

「ッ!?これは…!?」

「まずい…!!」

 

 流体である筈なのに、その拘束はギチギチと締められ抜け出せない。

 さらに金属からは再び赤黒い電撃が走り、4人の抵抗する力を奪っていく。

 

「ぐあっ…あ…!?」

「アー…ク…!!」

 

 アークが天を仰ぐかのように両腕を拡げる。

 するとアークの意思に合わせて金属が浮力を得て、或人達の身体を宙へ浮かばせる。

 絞拘も、拷攻も、更に力を増し、せめてもの踠抗さえも封じられた或人達へ、アークはただ一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『消えろ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、全てが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オール       

エクスティンクション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うあぁぁぁぁぁあ!!??」」

 

 拘束が、電撃が、一瞬にして最大限にまで高まり、最後には大爆発を起こす。

 そのあまりの威力に或人達は揃って変身が解除されてしまい、そのまま地面へと叩き付けられる。

 過剰なダメージを前に或人達は呻き悶える事しか出来ず、そんな彼等にアークの魔の手が躊躇無く迫る。

 

『まずはゼロワン、キサマからだ…。』

 

 宣言通り、或人の下へ向かうアーク。

 側まで近付き、腕を振り上げる。

 その腕が振り下ろされれば、為す術の無い或人は間も無く死へと至るであろう。

 

「ゼロワン…っ…!!」

「逃げろ、社長…!!」

「ッ…!!」

 

 仲間から逃げるよう促されるも、もはやその身体に力は入らない。

 これまでか、と…やがて振り下ろされた黒い腕を前に、或人は固く目を瞑るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

 が、間も無く来る筈の痛みがいつまで経っても来ない。

 恐る恐る目を開けてみれば、目の前には確かにアークが立っている…だがその姿勢は何故か或人に手が掛かろうとしている直前で止まっている。

 

『…この身体では、これが限界か。』

 

 よく見ればアークの手は何故か小刻みに震えており、やがてそれは身体全体へと拡がっていく。

 その台詞から察するに、アークにとって何か思わしくない事が起きているようであり、そのまま或人から数歩離れる様も、心無しかぎこちなく見える。

 

『命拾いしたな…また会おう。』

 

 そしてアークは自らの能力を利用して浮遊すると、そのまま何処かへと飛び去っていった。

 

「アーク…何処へ…?」

「分からん…だが、ひとまず危機は脱したらしいな…。」

 

 信じられないが、アークを相手にあれだけ手酷い目に会いながらも全員生きている。

 その事実を手放しに喜びたい所だが、アークが言っていた事と言い、その様子に何か得体の知れないものを感じ、限界を迎えている身体も相まって、4人はしばらくその場を動く事が出来なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら…やっぱりまだ馴染んでないみたいね。」

「馴染む?どういう事だ?」

 

 その頃学園の屋上ではアズや雷電もその成り行きに対して互いに思いを巡らせていた。

 その中でもアズが溢した台詞に引っ掛かりを感じ、雷電がそれについて問うも、アズはただ笑うだけで答えない。

 

「まぁ良いわ…そうそう、せっかくだし貴方に伝言を頼もうかしら?」

「あ?ふざけんな、お前をこっから逃がすと思ってんのか?」

 

 そしてそのまま場を後にしようとするアズ。

 そんな事はさせないと雷電はすぐさま彼女の襟首を掴んで引っ張り上げる。

 雷電の掴む力はとても強く、実際アズとて力尽くではとても逃れられない程のものではあるが…。

 

「イベントだっけ?楽しみにしてるわ…心配しなくてもその誘いには乗ってあげるわよ。」

「なに?…っ!?」

 

 そう言った瞬間、雷電の視界を赤い霧が霞み始める。

 アズによる妨害であろう…雷電は目の前の霧を払うべく手を振るう。

 もちろんアズを掴んでいる手は決して離さずに行ってはいたが、やがて霧が晴れた先には彼女の姿はどこにも無かった。

 

「なっ!?クソッ…!」

 

 確かに掴んで手離さなかった筈なのに、易々と逃げられてしまったと、雷電は自らの失態に悔しく舌を打つしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『亡、聞こえるか?』

「滅ですか、どうかしましたか?」

『今虹ヶ咲の中庭に居る…知っていると思うが、アークが復活した。』

「はい、既に話は聞いています…飛電 或人と唯阿は?」

『そちらへの合流は無理だ、適切な治療を受けさせた方が良いだろう…その辺りはお前やA.I.M.S.に任せる。俺達も一旦アジトに戻るが…必要なら雷をここに残すが、どうする?』

「お願いします。」

 

 暫く時間が経ち、体育館の方はようやく落ち着きの目処が立ってきたと言える頃、亡は滅からの連絡に苦虫を噛み潰していた。

 アークの復活…第三者による滅からの言葉で揺るぎないものとなった事実。

 或人と唯阿の搬送…あの2人が手酷くやられたという事は、少なくともアークは当時と変わらぬ強さを持っているという事。

 そして或人が敗北したという事は、彼が持っていた()()()は今…。

 思わしくない状況が続いているとは思っていたが、これは来る所まで来てしまったものだと、亡は変身を解除しながら溜息を吐く。

 

「…まだ連絡が取れませんか?」

「亡さん…はい、そうなんです。」

 

 おまけに中へと入って歩夢から話を聞いてみれば、侑の姿がまだ見えない様子。

 既に体育館の外に生徒は居らず、居るとすればこの中しかない。

 しかし外も中も、亡が見た限りでは彼女の姿は見えなかった。

 まさかまだ校内に…いや、あれだけ探し回ったし、その後はA.I.M.S.の隊員達にも目を光らせている。

 特にそういった報告を受けていない現状、彼女は一体どこへ…と不安に駆られる2人。

 

「歩夢ー!」

 

 と、歩夢の名を呼ぶ声が。

 目の前の人集りから聞こえるその声は、跳び跳ねているのだろうか…時折あの特徴的な緑のグラデーションの入った髪を揺らす様を垣間見せながらこちらへと近付いてくる。

 

「侑ちゃん!!」

 

 やがて人混みを抜けて現れたのは、皆が探していた彼女…高咲 侑であった。

 

「侑ちゃん、今までどこに…!?」

「いや~どうにも反対側の方に居たみたいでさ~。ほら、この人集りだし…回り道も出来なかったから突っ切って来たんだけど、おかげで時間掛かっちゃった。」

 

 ゼエゼエと息を荒くする彼女が言うには、どうやら歩夢達が居る場所からちょうど真反対の方向に居たらしく、この集まり故に碌に身動きも取れず、今ようやっと合流が叶ったらしい。

 

「もう!本当に心配したんだから!せめて連絡ぐらいしてよ!」

 

 まさか危険な目に合っているのではと危惧していたが、そういった様子は見られず、歩夢は多大な安堵からつい感情の抑えが利かず、少々怒っているかのような態度を見せ、侑の肩へ手を置く。

 

「痛っ…!」

「えっ?ご、ごめん…痛かった?」

 

 するとその瞬間、侑がビクリと身体を跳ねさせ痛みを訴えた。

 思わず一歩後ずさる程であったらしいその痛みを与えてしまったとして、歩夢は先の態度と打って変わったしおらしい仕草を見せる。

 

「あー…気にしないで!ここに来るのに突っ切って来たって言ったでしょ?その時に色々ぶつけちゃったみたいで、それで今ちょっと身体バッキバキみたい…。」

「そ、そう…?でも、本当に心配したよ…。」

「うん。ごめんね歩夢、心配掛けちゃった。」

 

 侑からは特に咎めも無く、何なら身体の方も心配ないと言うので歩夢も納得した様子を見せはしたが、何となくまだ彼女の中では先の事が引っ掛かっている。

 いくら身体中が痛むからと言え、そんなに痛がる程の強さで触ってはいない筈だが…。

 

「あっ、居た!!高咲さん、今までどこに行ってたの!?皆心配してたんだよ!?」

「あっ…ご、ごめんね!色々事情があって…ごめん歩夢、私行かなきゃ!」

「う、うん…また後でね。」

「気を付けて。」

 

 音楽科の生徒に引っ張られ、2人の下を後にする侑。

 それを見送る2人の胸中では、それぞれ違いはあるが同じ様にぐるぐるとした感情が渦巻いている。

 その渦巻いた感情が元に戻る時、彼女等が見出だす答えは、きっと…。

 

 

 

 

 




なお「前回に引き続きとてもこんなサブタイで出して良い存在ではないと分かっている」
「何故サブタイ縛りをしているのか自分でも分からない」等と供述しており


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Program.20「Maze Town」前編

 アーク復活…その衝撃を前にした二日後の朝。

 昨日は先の件からもう何度目かも分からぬ自宅待機を言い渡された中、一日開けて登校した生徒達を待っていたのは全校集会。

 そしてその集会の内容は…中川 菜々に代わる新たな生徒会長の就任についてであった。

 

『では続いて、新生徒会長からのご挨拶です。』

 

 その任期満了を待たぬ世代交代と、菜々から何の声明も無く会が進行されていく現状を、生徒達が皆異例だとしてざわつく中、進行役の教師から指名された彼女…三船 栞子が壇上に立つ。

 

『ただいまご紹介に与りました、三船 栞子です。これから新たな生徒会長として、その名に恥じぬ活動を心掛けていきたいと思います。』

 

 同年代と比べれば少し高めではあるものの、壇上に上がってしまえば眼下の者達からは小さな存在として見えてしまい、名ばかりかと思われる…そう感じているのか、彼女が発する声には確かな張りがあった。

 

『皆様も御存じの通り、近日では原因不明の不審な事件が学園内でも頻繁に発生しています。この相次ぐ非常事態から心を痛め、普段の生活に支障を来している方も、この中で少なくない事でしょう。』

 

 そして先日からのマギアの件に触れる彼女の脳裏に過ぎるのは、この集会が始まる前に理事長から言われた言葉。

 

 

 

 

―これで分かったでしょう?彼等が…そして彼女達がこのまま居れば、ここに居る多くの人達が危険に晒されるの。

 

 

 

 

『現在、事態の対応の為に外部からの協力も仰いでいますが…依然として状況は思わしくありません。この状況を乗り越える為には、皆様一人一人がこの事態に真摯に向き合い、互いに協力していかなくてはなりません。』

 

 その言葉を思い返す度に、彼女の声色はよりはっきりと通るものになる。

 

 

 

 

―どうするべきかは、分かるわよね?

 

 

 

 

『皆様と共にこの危機を乗り越え、そしてその先で平和な学園生活を過ごせるように、私は全力を尽くす所存です。皆様もどうか、お力添えの程をお願い致します。』

 

 締めに一礼し、壇上を去ろうとする彼女に向けての拍手は、最初は上がる事は無かった。

 しかし時が経てばやがて一つ、また一つと彼女の声明を肯定するような拍手が上がっていく。

 そうして拍手がまばらであるのは、きっとまだ受け入れられていないから。

 

「………。」

 

 分かっている…前生徒会長たる中川 菜々が、生徒の間でどれだけ慕われていたか。

 その菜々から何の声明も無しに突然交代となり、皆納得していないのであろう。

 それでも起きている事は事実であり、受け入れるしかないから…先の拍手は、そういう拍手だ。

 

「私は…。」

 

 だから期待して欲しい…新たな生徒会長として誠心誠意を尽くし、皆から慕われるような存在になってみせると。

 しかし彼女はその台詞を言える事は無いだろうとして、舞台袖で深い溜め息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…最低な女ですね。」

 

 何故ならその全てを、きっと自分は裏切る事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークの復活、か…。」

「アズが狙う事などそれしか無い…が、まさかそれが現実のものになるとはな…。」

 

 同時刻、飛電インテリジェンスでは先日の件について話し合う為に戦士達が社長室へと集まっていた。

 特にアークとの交戦時間が長く、消耗の激しかった或人と唯阿も本調子では無いながら、決して席を外す事は出来ない案件だとして多少の無理を押し通す中、8人はアークへの対処法を見出だそうとする。

 

「早急に対処せねばなるまい。過去の例からして、アークが起動するには必ず依代となるヒューマギアが居る筈だ…その個体を見つけ出せれば、対処方も考え付く筈だ。」

 

 如何な存在とて万能という事は無い…アークもまた、優れた人工知能でありながらヒューマギア等と違い、自らの身体(ボディ)と呼べるものが無かった。

 それでは如何に完璧な結論を出したとしても実行にまで至れず、机上の空論で終わってしまう。

 その致命を免れる為に、かつてアークは既存のヒューマギアをハッキングしてその身体に取り付く事で代替品としていた。

 恐らく今回も同じ様にヒューマギアを依代としているのだろう…過去にアークが既存のヒューマギアを利用していたのは致命を免れる以外に、全てを滅ぼすという意志で動く自らにとって自分専用の機体1つを造って使い続けるよりも、既存のヒューマギアの身体を使い回した方が都合も効率も良かったからだ。

 そして出現した今のアークは、過去のアークと同一の存在…であれば、そのスタンスを崩すという事は考え辛い。

 なのでアークが宿るヒューマギアを探し出し、例えば何らかの方法で隔絶された環境を作り出せたりすれば、アークを倒す事も可能なのではと天津は言う。

 

「難しいんじゃないかな?前にゼロワンから貰ったリストで、行方が分からなくなっていた皆の事はカタが付いてる…漏れは無い筈だよ。」

「それでもなお、奴等の攻勢は止まらなかった…現存しているヒューマギアを利用された訳でもない、あれは完全に新造された機体達だ。」

 

 だが迅と滅は天津の言に難色を示した。

 戦士達がこれまでに何体も相手にしてきた、未だ詳細の分からぬマギア達…今のアークはきっとそれらを依代としている。

 そうであれば天津の言う作戦は、そもそも探し出す所から困難を極めるからだ。

 仮に見つけ出せたとしても、そのヒューマギアにはアークが取り付いている…そのアークを出し抜こうとするなど、それこそ無理な話だ。

 

「だとしても、だ。ゼロツーというこちらにとっての最大の戦力を欠いている今、それしか解決策は無い。」

 

 だが他に方法が有るかと言われれば、無いと答えるしかない。

 飛電 或人…彼が最善の手を打たない限りは。

 

「まさかお前、まだ造ってなかったのか…!?」

「どういう事?造ってないって…?」

 

 不破の台詞に、迅がそれだよと訪ねる。

 ゼロツー…それこそがかつてアークを討ち倒す為に創られた自身等の切り札。

 それを使えば先の戦いでも勝利を掴む事が出来たかもしれないのに、或人は終ぞその力を用いる事は無かった…一体それは何故なのか?

 造られてないという意味深な台詞も相まって、迅も訳が分からないと手を上げていた問題だが…その答えは単純なようで、その実誰にも解決が出来ない問題であった。

 

「…前に俺がブッ壊しちまったんだよ、ドライバーをな。ちょうどお前が社長にやられて身体失くしてた時の事だ。」

 

 それ以来ゼロツーを使う程の事件が無かった事も理由には有るんだろうが…と言いながら、不破は頭をガシガシと掻きむしる。

 ゼロツーの力を解放するには、専用のドライバーが必要となる…が、ある事情によりそのドライバーを不破はかつて破壊したのだ。

 それだけならば決して問題にはならない…ドライバーの製作にはゼアが関わっており、造ろうと思えば今にでも造り出せる。

 問題は、その開発に於ける背景…それが或人にドライバーの製造を踏み切らせない理由だ。

 戦士達の視線が、再び或人へと集まる。

 視線を向けられた彼は、そのどれとも目を合わせようとせず、ただ俯くばかり。

 

「…仕方ねぇ、ランペイジだ。天津(お前)が居なかったお陰で今まで調整が出来なかったんだからな?」

「今からでは到底間に合わないだろうが、やらないよりかはマシか…仕方ない、ここの設備を借りるぞ、飛電 或人。」

「私も手伝いましょう。」

 

 このまま彼の応答を待ってもキリがないとして、不破や天津、亡が今出来る事をと言って部屋横のラボへ入っていく。

 ホログラムの壁が再び構築され、3人を見届けた残りの面々…それからしばらくの静寂が訪れると、おもむろに雷電が或人に向けて口を開く。

 

「…造り直す気は、無いんだな?」

 

 それは再度の確認。

 アークが復活し、もはやゼロツーしか頼る術が無い…それでもその力を復元するのを躊躇うのかと。

 その問いに対する或人の回答は…沈黙であった。

 

「そんな事言ってる場合…?アークが復活したんだよ!?ゼロワン、今すぐドライバーを…!」

 

 先と変わらず…いや、むしろより深く俯く或人に迅が詰め寄る。

 迅とて或人がそうも塞ぎ込む理由は分かっている…が、それでも状況が状況だ。

 その情を捨てなければ、やがてこの世界そのものが破滅し、その情を抱く事すら叶わなくなる。

 

「止せ、迅。」

「滅…!」

 

 だが滅がそれを止めた。

 言っても或人は聞かない…いや、恐らく人間という存在そのものがそういうものなのだろうと、滅は或人を…いや、或人の前に置いてある写真立てへと目を向ける。

 

「お前ももう分かっている筈だ、人間というのは…。」

 

 机の上に置いてあるそれは、壁に寄り掛かっている滅からはその表面を見る事は出来ない。

 だがそこに飾られている写真に何が写っているかは、既に知っている。

 

「…とても愚かな存在だとな。」

 

 飾られている写真は、いつの日にかこの社長室で撮られた、或人と"彼女"の…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なのか?別に無理して来る必要は無いだろ?」

「ありがとう兄貴、心配してくれて…でも大丈夫だよ。」

 

 そしてその日の午後、或人と雷電は学園へと赴き、少女達の下へと向かっていた。

 本当は朝の事があった為、雷電は1人だけでと思っていたのだが、当番は守らなくちゃと言って或人は聞かなかった。

 自分なら大丈夫だと…そんな事を言って、本当は大丈夫では無いだろうに、下手な嘘を吐く事だけが増えるようになったと、雷電はここ2年程の記憶を思い返しながら、彼に聞こえないような溜息を吐いた。

 

「お邪魔しまーす。」

「あ、社長さん。」

「お疲れ様、皆。ごめんね、この前は勝手に居なくなっちゃって。」

「いいえ、気にしないでください。」

 

 せめて少女達には感付かれないようにと願いながら部室へと顔を出してみれば、そこでは10人皆一様に椅子に座って何か作業をしていた。

 

「またチマチマした事やってんな?」

「イベントに向けた小道具作りですよ~。」

「結構な数作ってるねぇ…これ全部皆で?」

「はい、私達だけだと流石に骨が折れますね。」

 

 聞いてみれば、イベント用の小道具の製作だと彼方が答える。

 予定としては、イベントの開催はもうすぐそこまで迫っている…ライブの為のステージの用意はもちろん、そのステージを彩る為の装飾品も必要不可欠。

 それを自分達の手で作ろうという心意気が、或人達の目には実に好ましい印象を与える。

 

「…私達だけ?」

 

 だがその後に侑が溢した一言が、どうしても或人の気を引いてしまった。

 

「えっ、どういう事?確かいつもは他の生徒()にも手伝ってもらってるんじゃ…?」

 

 或人がその事について聞いてみれば、侑はあっ…、と明らかに失念していたというような表情を浮かべる。

 

「あー…ち、違うんですよ!皆には、その…大道具!もっとおっきいのを作ってもらってて…!」

「いや嘘だろ。」

「………。」

 

 そして並べられる言葉を雷電がばっさりと切り捨てれば、侑は途端にバツが悪そうな表情を浮かべて押し黙ってしまう。

 

「…手伝って、もらえてないの?」

「えっと…。」

 

 他の少女に視線で助力を求めるも、彼女の懇願に応えられる者は居なく、侑は観念したように溜息を吐いてから本当の事を話しだした。

 

「…手伝ってもらえてない訳じゃ無いんです。ただ…確かに今回は手伝ってくれる人が少ないかなー…って。」

「どうして…。」

 

 これまでの彼女達の活動には、この学校の生徒達が多いに協力をしてくれていた。

 かのスクールアイドルフェスティバルではそれこそ数えきれぬ程の手を借りたからこそ実現に至ったという話であり、少なくとも彼女達の活動には他の生徒達の助力が必要不可欠なものである。

 なのに今回はそんな手が少ないと言うのだ。

 今回のイベントもオンラインとはいえ、開催するとなれば普段のライブと遜色無いレベルのものを披露する予定だ…手伝いが居なければ、最悪ステージが完成しないなんて事にもなりかねない。

 彼女達が自ら手伝いを頼んでいないという事は考え辛いし、その理由は果たして…と訝しんでいると、不意に部室の扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「?…はーい。」

 

 話の腰を折るような来客にこれ幸いと侑が進んで対応に出る。

 そして扉を開けた先には、翡翠色の髪が目を引く少女の姿が。

 

「失礼致します。」

「三船さん…?」

 

 部室へやって来たのは、三船 栞子…一同の中ではここ最近の話題の1つにも上げられていた少女の来訪に、せつ菜が頓狂にも聞こえるような声を上げる。

 

「初めまして、スクールアイドル同好会の皆様。突然の訪問、申し訳ございません。」

 

 そんな栞子は部室へと一歩入るや、一同に対して深々とお辞儀をする。

 そして顔を上げた所で皆が行っている作業に対して目が止まる。

 

「これは…。」

「今度やろうとしているイベントの為の準備だよ。」

「そうでしたか…すみません、お邪魔してしまいましたね。」

「ううん、全然!それで、三船さん…で良いかな?三船さんはどうして同好会(ここ)に?」

「実は、そのイベントについて少しお話を伺えればと思いまして。業務の引き継ぎをする中で、少々不明瞭な部分があったものですから。」

「そっか。えっと…私でも良い?」

「はい。説明が受けられるのであれば、どなたでも構いませんよ。」

 

 侑は一度背後を見る。

 イベントの説明をするのは構わないが、先にも述べたように栞子は一同の中でも最近話題に上がっていた人物。

 そしてそれはあまり良い意味で上げられていたものでは無く、他の少女達の反応によっては対応の仕方を変えなくてはと危惧したが、ちらりと窺った先では特に嫌悪を露にしている者の姿は居ない。

 内に秘めたる思いは分からぬが、少なくとも門前払いをする空気では無いとして、侑は少女達が内職を続けるその傍らで栞子を椅子に座らせ、彼女からの質問に答えていった。

 

「…成程、イベントについては良く分かりました。ありがとうございます。」

 

 それから暫くして、侑からの説明を受けて疑問が晴れたのか、栞子はまた深々と礼をする。

 何をするにも真面目な、ともすれば少々固いとも取れるものの、そんな彼女の在り様からは自分達が話題に上げていたような悪い印象は見受けられない。

 理事長と共にせつ菜から生徒会長の座を奪ったという事例こそ有るものの、それはやはり自分達が知らぬ何か大きな背景が有るが故の苦渋の決断であったというだけで、決してそれ以上を強いるような事は今後無いと…そういった印象を与えてくる。

 

「その上で、よろしいでしょうか?」

 

 しかしその印象は、次に彼女から発せられた言葉で脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

「…そのイベントの開催は、生徒会長として容認出来ません。」

 

 

 

 

「…え?」

 

 数秒、時を挟んでから漏れた声。

 言われた事が信じられないと、他の少女や或人達でさえも目を見開く。

 

「まだ私個人の意見ではありますが…恐らくそのイベントの開催を承認する事は、他の役員からしてみても不可能だという話です。」

「ど、どうして!?」

 

 そんな中でも構わず淡々と言葉を連ねる栞子。

 先程まで肯定的な雰囲気を晒していたというのに、急に何故そのような事を告げるのかと問うてみれば…。

 

「危険だからです。」

 

 返ってきたのは、憎らしさまで感じてしまう程清々しく真っ直ぐな答えであった。

 

「皆様が置かれている状況は、既に理事長から話を聞いています…スクールアイドル活動を続けている事で、あのような相手から命を狙われているのかもしれないというのに、何故皆様は活動を続けようとするのですか?」

「それは…!」

 

 理路整然と並べられるそれらは、かねてから少女達に掛けられていた問いであり、しかし少女達はその度にある言葉を軸にして周囲を納得させていた。

 その言葉とは…。

 

「夢の為、でしょうか?」

「っ…!?」

 

 夢の為…その言葉を先回りされて言われた事に、思わず息を呑む。

 

「素晴らしい事だと思いますよ。自らが掲げる目標にひたむきに取り組む様は、見ていて私も好感を持てます。」

「だったら…!」

「ですが、今となっては違います…皆様が夢を叶えようとするのに、1人だけでという事は有り得ないのですから。」

 

 どこまでも真っ直ぐであるが故に迷い無く己の芯を貫くその様に、口を挟む余裕が生まれない…侑は栞子を前にたじろぐばかりだ。

 

「…イベントの準備は、皆様だけで行っているのですね。」

 

 普段ならば、もっと多くの生徒の皆さんと共に進めている作業の筈です…と言って栞子が侑から視線を外した先には、イベントの為に準備を進めていた他の少女達。

 

「きっと、こう言われたのではありませんか?"こんな状況になっても活動を続けようだなんて、どうかしている"と。」

 

 そしてその少女達も栞子からの意見に言葉を失う。

 彼女の言っている事が、一字一句たりとて間違っていなかったからだ。

 

「もう分かっている筈です…薄々ながら、周りの人達も皆様が事件の中心に居る存在だと認識している事を。そしてその周りの人達の心が、限界を迎えている事も。皆様とて、せめて普段通りの活動を行おうとする事で平静を保とうとしている事は分かります…ですが、これ以上は他の皆さんが耐えられないんです。」

「でも…。」

「でも、とは何でしょうか?皆様はそれでもと言って他人に対して故意に不幸を振り撒くような、そんな方々では無い筈でしょう?」

 

 彼女が言う何もかもが事実であるが故に、反論の余地が無い。

 少女達はただ、彼女の意見を前にまごつくばかりだ。

 

「私達に…どうして欲しいの…?」

 

 故に、自分達でも曖昧だと分かっていた行動…その正しい答えを、あろう事か栞子へと求めてしまう。

 

「イベントの中止、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この同好会の活動停止です。」

 

 

 それが、決して望まぬと分かりきっている答えだとしても。

 

 

「停止って…!?」

「より正確に言えば、廃部ですね。」

「ふ…ふざけないでください!!そんな事…!!」

「そうです栞子さん!確かに栞子さんの言っている事が理に敵っている事は分かります!ですが廃部だなんて、何もそこまで…!」

 

 それは流石に堪らないと、かすみとせつ菜が荒い口を開いた。

 活動をするな、という所まではまだ分かる…だが居場所さえも失くせというのはいくらなんでも飛躍した話では無いのか?

 

「これに関しましては、私個人の判断ではありません…この学園の理事長も、スクールアイドル同好会の廃部を望んで居られます。」

「っ!?理事長が…!?」

 

 しかしその飛躍した話が、ともすれば押し通されてしまうかもしれない…そんな存在の言及に皆眩暈を覚えてしまう。

 そんな…と、最早それしか言葉にする事が出来ない。

 すると侑が突然その場を立ち上がったかと思うと、フラフラとした足取りで部屋の扉へと向かっていく。

 

「えっ…侑ちゃんどこ行くの!?」

「ごめん…私、ちょっと…。」

 

 今の話に衝撃を受け、気分を害してしまったのだろう…歩夢の呼び声も受け流し、侑はそのまま部屋を出ていってしまい…。

 

「侑ちゃん…。」

 

 そして歩夢はというと、部屋の中に居る者達に視線で訴え掛けた。

 あれ程憔悴した侑を放ってはおけない…だがこちらも大事な話の最中、そう簡単には抜け出せないものだとして、意見を求めてきたのだ。

 側に行って良いものかと…その答えは言わずもがな、皆肯定の眼差しであった。

 その眼差しを受けて歩夢は頷きを返すと、侑の後を追って部室を出ていった。

 そうして歩夢が出ていった後、室内は一時の静寂に包まれる。

 少女達や或人達はもちろん、栞子もただ黙って席に座っている。

 言いたい事は言えたとして、周囲の反応を待つ姿勢を取っているようだ。

 そんな栞子に次に声を掛けたのは…雷電であった。

 

「…あの娘の気分悪くさせたかもしれないってのに、随分済ました顔してんな?」

「事実を言ったまでですから…時に、お二人にお聞きしたいのですが、今回暴走が確認されているヒューマギア…その原因等については、以来情報を入手されたりしているのでしょうか?」

 

 その辺りの事は、理事長からはあまりお話を伺えていないもので…と、雷電からの切り込みに返す栞子。

 その返しに、今度の矛先は俺達みたいだ、と雷電は或人を小突く…返答は任せる、との意思らしい。

 

「うん、この事件を起こしている犯人が分かったから、もうすぐこの事件も解決出来る筈だよ。」

「もうすぐ…具体的にはいつぐらいでしょうか?」

 

 或人が一歩前に出て、栞子と対面する。

 向けられてくる視線は、ただ真っ直ぐ…自らの信念に、そしてその信念に基づく行動に、何ら迷いが無いと知らしめる。

 もしそんな彼女を懐柔するならば…。

 

「…そのイベントの時。」

「おい、言って良いのか?」

「彼女を納得させるには、言うしかないよ…。」

 

 こちらも、一辺の偽り無き姿を見せるしかない。

 雷電が止めようとするも、それを意に介さず或人は押し進む。

 

「イベントの時…それはつまり…。」

「…多分、今思ってる事で合ってると思うよ。」

「なら、なおさら承認など出来ません。皆さんが狙われている事を利用しようとするなんて…。」

「皆も承知の上だよ。」

「そういう問題ではありません、あなた方は人の命を何だと思っているのですか…!」

 

 そうして押し進んだ結果、それまで変わる事の無かった栞子の声色に初めて変化が現れた。

 動揺と怒りを含んだその声色からは、少女達の身を素直に案じているような印象が見受けられ、彼女が敵役を演じようとしているのか、それとも味方役を演じたいのか分からなくなる。

 …いや、きっとどちらでも無いのだろう。

 彼女は関係無く、ただ皆の事を一人の人間として扱っているだけなのだ。

 少なくとも彼女が口にする言葉には、嘘で塗り固められたものは一つも無い。

 そんな彼女からすれば、自分達がやろうとしている事は正しく狂気の沙汰。

 どうすれば理解を示してくれるだろうかと、半ば勢いで話を続けてしまったツケの払い方に慎重になる或人。

 

「うん?…俺だ、どうした?」

 

 と、そのタイミングで雷電が誰かから連絡を受けたらしい声を上げる。

 先程と違って話の腰を折る程のものでは無いとして、今は構わずにいようとも思ったが…何か予感がしたのか、或人は栞子に向けていた視線を雷電へと移し変える。

 

「…なにっ!?」

「…兄貴?」

 

 そしてその予感は的中してしまったらしく、雷電はまずい知らせだと言って或人の肩を掴むや、耳打ちする形でその事実を伝える。

 

 

 

 

 

「アークのお出ましだ…!」

 

 

 

 

 




滅を蹴飛ばした後から分岐する→滅を蹴飛ばす前から分岐しているという


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Program.20「Maze Town」後編

せんせぇー、私だくん/ちゃんが連日の気温の変化と仕事の多忙で倒れ続けててベッドから出てきませーん



「侑ちゃん…。」

 

 仲間達に背中を押され、部室を飛び出した歩夢。

 しかし今、彼女は侑の側に寄り添わんとしていたその足を当ても無く彷徨わせていた。

 

「侑ちゃん…どこ行ったの…?」

 

 彼女を追い掛け始めたのは、彼女が部屋を出ていってから1分も経っていない。

 なのに彼女の姿は見渡す限りの何処にも居ない。

 一体何処に行ってしまったのだろうかと、歩夢はまた連絡の付かなくなった彼女の身を案じて、より一層彼女を探す足を速めていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークが!?」

「あぁ、街中に現れたらしい…現場には亡がA.I.M.S.を連れて向かうそうだ。唯阿(隊長さん)や滅達は知っての通りだからな…。」

「っ…俺も行く!兄貴、ここをお願い!」

 

 雷電からアーク出現の報を聞いた或人が、耳打ちされていた事実をも忘れて声を上げる。

 どうやら亡から与えられた情報らしく、そしてその内容を聞いた或人は二の次も無いといった様子でこの場を後にしようとする。

 

「いや、行くなら俺が行く。その身体で無理すんな。」

「でも…!」

「焦んなって…不破(バルカン)の奴が現場の近くに居るって話だし、天津(ZAIA)も動くらしい。それに考えてもみろ、もしこっちに何かあったら手札の多いお前が居た方が良いだろ?」

 

 しかし雷電からの制止、それが理に敵っている事だとして踏み止まる或人。

 とはいえその表情は何かを言いたげであり、少なくとも心から納得している様子では無い。

 それは責任の色に染まった衝動…アークを倒せる可能性を持ち得ながら、それを拾わない事への自覚から来るせめてもの償い。

 だが雷電からすれば、それは要らぬ想いだ。

 

「…分かった、頼んだよ兄貴。」

「おう、バイクだけ借りてくぜ。」

 

 正直に言えば、それならさっさとその可能性を拾い上げるが一番だと言いたい所。

 しかし言っても解決せぬ事であるのは既に朝の会話で分かりきっている…だから逸る気持ちを押さえて言う通りに従ったという事実、今はそれで良しとしよう。

 いつかその可能性を拾い上げられるまで、これ以上彼の心を磨り減らすような事はあってはならないのだから。

 

「…ヒューマギアの暴走でしょうか?」

「うん…でも学園(ここ)に現れた訳じゃないから、そこは安心して。」

 

 そうして或人からライズホッパーを借り受けた雷電が部屋を出ていった事により、再び静寂が拡がる室内。

 すると話の切り出しが栞子から行われ、そしてその話は先程中断されたイベントについて再度触れられる。

 

「とにかくそのイベントの開催は、決して容認出来ません…その事だけはご容赦の程を。」

「…でも、それでもこのイベントを止める訳にはいかないんだ。」

「それは何故でしょうか?」

 

 やはりその意思は頑なな栞子。

 しかし折れる事が出来ないのはこちらも同じ…その旨を伝えれば、相応の理由が有ると踏んだのかこちらの意見を切り捨てる事無く聞き返してきた。

 

「もう相手がそれを知っているんだ…今止めたら、それこそどんな被害が出るか分からない。」

 

 聞かされた事実に、栞子は相手ですか…と少し思案に耽る仕草を見せる。

 ここで言う相手とは無論先に言ったこの事件を引き起こしている犯人(アズ)(イコール)であり、彼女もそれを思案の中で結び付かせられたのだろう…その表情を何とも言えないような渋いものへと変えた。

 

「…分かりました。この件につきましては、一度理事長とも相談致します。」

 

 つまり、相手は必ずその日に仕掛けてくる…それを理解した栞子が、それなら確かにそう簡単に判断するべき内容では無いとして、一時保留という形で手を打った。

 それを告げると彼女は席を立ち、失礼致しますと短く告げて部屋を出ていく。

 最後まで真っ直ぐであった彼女の意思に晒された室内には、重たい空気が流れている。

 

「…ごめん、皆。」

「そんな…社長さんが謝る事じゃ…。」

 

 三船 栞子…彼女が言っていた事は何度復唱しても粗の無い正しいものであった。

 本当なら彼女の言う事に従うが一番良い方法だというのに、それとは真逆の方法を取らざるを得ない状況に或人は悔しく拳を握る。

 少女達とて、きっとそれを望んでいるというのに…。

 そしてそれを叶える為の力に、いつまでも手を伸ばせないでいる己の心の弱さに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!こんな街中に現れるなんざ…おい、状況は!?」

「不破前隊長…!現在亡技術顧問が目標(アーク)と交戦中です!しかし…!」

 

 アーク出現の報告を受けた不破が、現場に到着した。

 現場には既にA.I.M.S.が到着しており、市民の避難とターゲットたるアークの対処に当たっているようだ。

 だが隊員の1人に話を聞いてみれば、その状況は思わしくない様子。

 それを受けて不破は厳戒態勢を敷く隊員達の間を抜けて、現場の渦中へと飛び込んだ。

 

『亡…思えばオマエの身体を使った事は一度も無かったな?この身体の代わりとして、今度はオマエを利用するのも一興か…。』

「ッ…断固として、拒否させてもらいます…!!」

 

 そこでは仮面ライダーへ変身した亡がアークへと立ち向かっていたが、やはり言われていた通り彼女は既にアークによって踊らされている最中であった。

 アークへ突き立てる筈であった己の爪を掴まれて膝を付かされる様からは、とてもここから逆転が期待出来る事は無い。

 

「舐めた真似しやがって…!!」

 

 不破はそんな亡に助太刀すべく、そしてそれ以上に目の前の巨悪を叩き潰さんとして、感情の赴くままにライザーとキーを用いて仮面ライダーへと変身する。

 

Power(パワー)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「変身ッ!!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! パンチングコング!!

 

「うぉぉぉぉぉお!!」

 

 選んだキーはパンチングコング…その巨腕がアークへと迫る。

 が、アークはその繰り出された拳を何の苦も無く空いている掌で受け止めた。

 

『不破 諌…相も変わらず噛み付くばかりか。』

「アーク…今度こそブッ潰してやる!!」

 

 まるで見向きもされる事無く受け止められた事実に若干たじろぐが、逆にそれを闘志へと変えて負けじと振りかぶる腕を止めぬ不破。

 だが亡を攻める手を止め、不破への対処に念頭を切り替えたアークにはそれらの攻撃は尽く躱されていき、逆に合間を縫う形で次々と反撃を許してしまう。

 

「野郎…!!」

 

Power(パワー)!

 

 時間が経てば経つ程、不破の纏う装甲に増えていく反撃の痕。

 対してアークの身体にはそのような痕は一切無く、焦燥に駆られた不破は一度距離を取る。

 そして同時にキーのスイッチを押して必殺の構えを取り、ライザーの引き金を引いた。

 

「喰らえ!!」

 

パワーパンチング! ブラスト!! 】

 

 腕部のユニット、"ナックルデモリッション"が火を吹き、アークへと迫る。

 その攻撃をアークは両腕を使いはしたものの、やはり苦も無く受け止め、やがてユニットを勢い良く弾き飛ばした。

 

「本命は…!」

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

 

 だが不破はそれを見越していた。

 攻撃で視界が塞がれるであろう事を利用してアタッシュショットガンを構え、パンチングコングキーを装填して狙いを定め…。

 

「こっちだぁ!!」

 

パンチング! カバンショット!! 】

 

 攻撃が弾かれた瞬間に次弾を叩き込む。

 事前に挿入したパンチングコングキーによって先のナックルデモリッションを模したグレネード弾が放たれ、アークの身体へ直撃すると同時に盛大な爆発を起こす。

 

「やったか!?」

 

 矢継ぎ早に高威力の技を放ち、少なくない反動を身に感じながら、不破は目の前の黒煙の向こう側にアークが倒れ伏す姿を望む声を上げる。

 だが不破のそれは、ただの夢想にしか過ぎなかった。

 

『…この程度か?』

 

 黒煙の向こうからアークが歩いてくる…その身体には、確かに直撃した筈だというのに一つも傷痕が無いままだ。

 

『手本を見せてやろう。』

 

 そして戯れだと言わんばかりにアークが右手を前へと出す。

 その手自体に攻撃の意思は無く、しかし手を前に出した途端にベルト中央の"アークドライブコア"から複数の赤い光線が放たれ、右手の中でその線の先が踊り出す。

 それは何かの形を描くような軌跡の辿り方であり、やがて数秒としない内にその光線が何を描いていたかが判明する。

 

『ワタシが使えばどうなるか…。』

 

 アークの手に、アタッシュショットガンが握られる。

 不破が持つそれと全く同じ見た目、機構を持つそれは、先の光線"ビームエクイッパー"によって今製造されたもの。

 そして見た目や機構は同じながら、その中身まで同一かと言われれば、それは否だ。

 

「ッ!?ぐあぁぁぁぁぁあ!?」

「不破 諌!!」

 

 おもむろに、引き金が引かれる。

 特殊な操作を行っていない、通常の射撃…しかし不破の身体はその一発だけで面白いようにその場から吹き飛んだ。

 さらに間髪入れずに追撃…寸分狂わぬ銃撃が2発連続で不破を襲い、彼は更に吹き飛ばされるその勢いを増して近くの建造物を巻き込みながら遠くで倒れる。

 不破がパンチングコングを用いてようやく相殺出来る射撃の反動を、アークはただの棒立ちの状態で放つ事ができ、さらに本来手動で行うリロードも、自らの機能を駆使すれば自動化する事も容易い。

 そして威力も、その手に掛かれば全くの別物と言えるレベルにまで引き上げる事が出来る。

 人智を超えた戦闘能力に、非凡な予測能力、流体金属の生成と利用…その上アークはこうしてアタッシュウェポン等の武装を瞬時に製造出来る力を持っているのだ。

 

『所詮オマエ達は、ワタシに滅ぼされる運命なのだ…。』

 

 同じ仮面ライダーの名を関しながら、三者の間には圧倒的な力の差がある…それをまざまざと見せ付けられ、果たして如何なる手を用いれば対抗する事が出来るのか…ゆっくりと、だが確実に近付いてくるその存在に不破も亡も仮面の下で苦い表情を浮かべながらつい二の足を踏んでしまう。

 このまま手をこまねき続けていれば、それこそ何も出来ずに蹂躙されるだけ…そんな苦し気な状況の中、不意にそれは現れた。

 

「待たせたな…。」

 

 現場に飛び込んできた、白塗りの車…その車は不破と亡、そしてアークの間に停車するや、1人の男性をその場に降ろした。

 その人物の正体は、天津 垓…不破と同じくアーク出現の報を受け、今まさに現場に到着したのだ。

 

「アーク…まさか再びお前の姿を見る事になるとはな。」

『天津 垓か…。』

 

 車を退避させる指示を出した天津が、アークと向かい合う。

 この2人の間にはどうにも他の者とは少し違う確執があるらしく、アークは天津と対面するや珍しく感謝の言葉を告げようとする。

 

『オマエには感謝しているぞ。オマエがワタシに人間の悪意をラーニングさせたからこそ…。』

「黙れ、お前は私の罪そのもの…ここで倒させてもらう。」

 

 だが天津はそんなアークの台詞をピシャリと断ち切ると、自らも戦士たる領域へ至る為に、まず専用のドライバーを装着する。

 

THOUSAND(サウザンド) DRIVER(ドライバー)! 】

 

 "ザイアサウザンドドライバー"と名付けられているそれを腹部に当て、ベルトで固定されたのを確認した天津は他の戦士達が行うのと同様にキーを用意する。

 しかしその本数は2本…どちらも金色の彩りが施されている。

 

【 ゼツメツ Evolution(エボリューション). 】

 

 天津はまず絶滅種たるアルシノイテリウムが描かれた"アウェイキングアルシノゼツメライズキー"を、ベルトの左側…向かって見れば右側となる差し込み口へ装填し、次に残ったキーを自身の前に翳しながら起動スイッチを押す。

 

Brake(ブレイク) Horn(ホーン)! 】

 

 現生種たるコーカサスオオカブトが描かれた"アメイジングコーカサスプログライズキー"が、生体認証が施されているスイッチに反応して自動で展開される。

 そして天津は両手をスッ…、と平行線を描くように伸ばし…。

 

 

 

 

「変身。」

 

 台詞と共にキーを反対の装填口へと挿入した。

 

 

 

 

Perfect(パーフェクト)rize(ライズ)!! 】

 

 

 

 

 瞬間、ベルトから飛び出す2体の機械。

 キーに描かれていたそれらを模したモデル達が天津の周囲を飛び交う中、彼はその渦中で大きく腕を拡げる。

 かつては全てを我が物にせんという尊大さを見せ付ける意味合いが強かったその動きだが、今は全てを受け入れんとする彼の矜持を現す意味合いとなっている。

 

【When the five horns cross,

the golden soldier THOUSER is born.】

 

 しかしその根源となっているのは今も昔も、自らが冠する戦士としての名に恥じる想いの無いようにと振る舞う虚栄心である事は、彼だけの密かな想いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーサウザー"

 

 

 

 

【 Presented by "ZAIA". 】

 

 

 

 

―満を持して、ここに降臨。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟してもらおう…!」

 

Thousand(サウザンド) Jacker(ジャッカー)! 】

 

 その想いが、果たして目の前の悪しき存在に匹敵するのか…天津は専用武器たる黄金の刺剣、"サウザンドジャッカー"を携えてアークへ迫る。

 

「はぁぁぁあ!はぁ!」

 

 天津(サウザー)の戦い方は実に多彩だ。

 時には流麗に、時には力に任せるように…主兵装であるサウザンドジャッカーによる剣撃に加えて適度に徒手空拳を混ぜ合わせるその戦法は非常に経験に溢れたものであり、他の戦士達とは一線を画したセンスを持ち合わせていると見て分かる。

 恐らく並大抵の敵では、ただそれだけでも圧倒出来る程の実力であるのだが…。

 

『だが、ワタシには通じない。』

「ぐうっ!?」

 

 それでもアークはその先を行った。

 アタッシュショットガンを捨てたアークは天津の攻め手を全て見切り、不破や亡と同じ様にあしらっていく。

 

「ならば…!」

 

 アークの予測能力を前に、ただの接近戦では勝ち目は無い…天津はそう結論付けるや、サウザンドジャッカーの後部にあるリング状のパーツを引いた。

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! 】

 

 サウザンドジャッカーはただの刺剣では無い…この"ジャックリング"を引き所定の操作を行う事で、武器の中に保存されているあらゆるデータを引き出し、攻撃等に転用する事が可能なのだ。

 

Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 選んだのは、フレイミングタイガーの炎の力。

 手元のトリガーを引き、引き伸ばされたジャックリングが元に戻ると同時にサウザンドジャッカーは炎に包まれ、天津はその切っ先をアークへと向ける。

 瞬間、武器に纏われていた炎が噴射され、アークの身を焦がさんと迫る。

 

『無駄だ。』

 

 だがアークは左手を前に翳し、再度ビームエクイッパーを起動。

 瞬時に形成されたアタッシュアローが炎を阻み、展開すると同時に弦を引いて矢が放たれる。

 

「ぐぁあ!?」

 

 常人ならば凡そ狙いを付ける暇も無い程の間で放たれた一撃だが、アークのそれは完璧な軌道を走って天津の胸部を穿つ。

 神と同じ名を関し、またその名を関するに値する力を持つ天津(サウザー)でさえ、アークには及ばない。

 

「クソッ!だったらこいつで…!」

 

Assault(アサルト) Bullet(バレット)! Over(オーバー)rize(ライズ)! 】

 

 しかしそれで心折れる戦士達では無く、戦線に復帰した不破がアサルトウルフキーを用いる事で少しでもその差を埋めようとする。

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! Ready Go! アサルトウルフ!!

 

「うぉぉぉぉぉお!!」

 

 深青色の鎧を身に纏った不破が、その鎧に秘蔵される火器類を余す事無く撃ち放つ。

 その全弾が狙うはアークゼロ…だがアークは自らが持つ演算能力によって時には身を捻って躱し、そして時にはアタッシュアローで狙い撃つなどして、それらの一切を無へと帰す。

 

「野郎…!!」

 

 その結果に辛抱堪らず、不破は接近しての肉弾戦を試みる。

 しかしその試みは初撃から受け止められてしまい、しかもその受け止められた拳はすぐに離されず、アークゼロの赤眼が不気味に光る。

 何か仕掛けられてしまうと身構えた不破だが、しかしながら数秒時が経っても何か変化が起きた様子は無い。

 思わず状況も忘れて訝しんでしまう不破…するとアークがほぅ…と何処か感心したような声を漏らした。

 

『ハッキングが妨害されるか…亡の仕業だな?』

 

 アークの赤眼が、今度は亡を捉える。

 その台詞から察するに、アークは今不破(バルカン)のシステムに干渉して、彼を意のままに弄ぼうとしていたようだ。

 それを事無きに出来たのは、亡の手によってハッキングの要となるアサルトグリップに調整が施されていたから。

 そう、かつてアサルトグリップの事をとある事情があった為に使用出来なかったと説明したが、その理由がこれだ…アサルトグリップはその力を引き出すのに、これまでアークへの情報接続を余儀無くされていたのだ。

 調整当時は単にアーク亡き後でも使えるようになれば手数が増えるという理由だけで手が施されていたが、まさかこんな用途でその機能を発揮する事になるとは…。

 亡は有用な事例を前にして安堵した息を吐く反面、もし調整を施さなかったら果たしてどうなっていたかを想像して身震いする。

 

『良いだろう…その小細工に免じて、ハッキングは取り止めるとしよう。』

 

 アークはそう言い、不破を掴まえていた手を離して彼を自由にするや、即座に空いた胸部に向けて拳を入れる。

 言葉とは裏腹の情け容赦無いそれは再び不破の身体を吹き飛ばし、彼を亡と天津の下まで送り込んで倒れ込ませる。

 そして残る2人へ狙いを定めたと言わんばかりに視線を向けてきたアークに、亡と天津はそれでもと抵抗の意志を見せて身構える。

 だがアークは実の所2人に対して注意を向けていた訳では無く、そしてその対象となる存在は突如として聞こえてきたバイクの走行音から判明した。

 

「っとぉ!どうやら出遅れたみたいだな!」

 

 背後から亡と天津を飛び越えこの場へ来たのは、ライズホッパーを駆る雷電であった。

 加勢の為に虹ヶ咲学園からバイクを飛ばしていたが、ここでようやく合流を果たせた。

 

『雷か…またワタシの手駒になりに来たか?』

「抜かせ!お前には一発入れてやらねぇと気が済まねぇんだよ!」

 

【 フォースライザー! 】

 

 雷電はバイクから降りて早々アークへ憎口を叩くや、滅や亡が使うそれと同じ滅亡迅雷フォースライザーを腹部に当て、緋色のゼツメライズキーを取り出す。

 

Dodo(ドードー)!

 

 起動したのは、"ドードーゼツメライズキー"。

 雷電は眼前に構えたそのキーを、まるで稲妻を描くようにジグザグとした軌道で走らせた後にベルトへ装填、トリガーを引いた。

 

「変身…!」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! 】

 

 ドードーはその進化の過程で翼が発達せず、飛べない鳥として有名になった古代鳥だ。

 それ故に繁栄が成り立たず絶滅してしまった存在だが、だからといって劣等種という刻印を押されるような、そんな弱い存在では無い。

 少なくともここに居るのは、その身に雷を纏い滾らせる事で進化を重ね、その名を轟かせる…そんな強き存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダー雷"

 

 

 

 

【 Brake Down. 】

 

 

 

 

―迸れ、仁義の雷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーク…覚悟しやがれ!」

『フン…。』

 

 雷がドードーの羽を模した双剣"ヴァルクサーベル"を構え、アークに向かって走る。

 その道程(ルート)はただ一直線…まるで猪の如くといった様にアークは彼の事を鼻で笑い、アタッシュアローを構えて矢を放つ。

 

「うぉぉぉぉぉお!!」

 

 だが雷電は放たれた矢をヴァルクサーベルを重ねて盾にする事で強引に突き進んでいく。

 その勢いは衰えを知らず…古参のヒューマギアが故に養われた経験と思い切りによるその猛進ぶりにはアークもほぅ…と、再び驚嘆したような声を上げる。

 

「ッ!ちぃ…!」

 

 だが、だからと言ってそれがそのままアークに通じるかは否だ。

 雷電が振るう荒々しい剣閃はやはりアークの身体を掠める事は叶わず、結局は他の戦士達と同じ様に踊らされる羽目となる。

 

『何人で来ようが、ワタシには敵わない。』

 

 そして幾らか雷電と戯れたアークが再び攻めへと移る。

 アタッシュアローを手放し、両手を前へと翳すと、再びベルトから赤い線が走り、今度はショットライザーが2丁精製され、そして前触れも無く銃口から火が吹かれた。

 全員がそれに対応出来たのはほぼ奇跡であろう…その初撃を躱す事に成功した4人はそれぞれ散り散りに別れる。

 

『ワタシから逃れる事は出来ん。』

「ぐうっ…!?」

「ッ!?うぅ…!?」

 

 しかし数億通りの予測が可能であるアークの前では、どんな逃げ方をしようが無意味だ。

 4人が逃げる先を見極め、まず天津と亡を狙い撃つ。

 次に不破と雷電…一切の無駄の無い銃撃を前に、2人の身体が地へと伏せさせられる。

 

「クソッ…流石にアークだな…!!」

「せめてランペイジが使えりゃあ…!!」

 

 圧倒的という言葉でさえ生温いような力の差に、不破と雷電が苦言を呈する。

 特にそれが顕著なのが不破だ…彼の言うランペイジと呼ばれるそれさえ使えれば確かにまだマシな戦況になるのだろうが、その力を使うには10種類ものライダモデルのデータが必要であり、不破はかつての戦いに於いてそのデータを損失(ロスト)してしまっていた。

 修復には製造者である天津の知識が必要であり、しかしそんな彼が最近まで海外に行っていたものだからそれは叶わず、出来る事と言えばこうして口惜しくもどかしい思いを抱える事だけだ。

 

「…仕方がない。」

 

Amazing(アメイジング) Horn(ホーン)! 】

 

 するとその苦言を聞いていた天津がおもむろにベルトからアメイジングコーカサスキーを引き抜き、サウザンドジャッカーの挿入口へキーを差し込む。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to break. 】

 

「ここは1つ…。」

 

THOUSERND(サウザンド)rise(ライズ)!! 】

 

 そしてジャックリングを引き最大出力を引き出すと、不破の側まで近寄り…。

 

「強行手段と行こう。」

「っ!?何を…!?」

 

 何を思ったかその矛先を不破へと突き立て、躊躇無くトリガーを引いた。

 

THOUSERND(サウザンド) Brake(ブレイク)!! 】

 

「うおっ!?ぐおぉぉぉぉぉお!!??」

 

 瞬間、不破が苦痛からその場をのたうち回る。

 しかしこれは決して天津がただ乱心したが故の凶行ではない。

 

「亡!」

「はい…!ッ!?ぐぅう…!?」

 

 あらかじめ打ち合わせていたかのように、天津の指示に従って耳元に手を当てる亡。

 ヒューマギアモジュールが機能するあの特徴的な音を鳴らしたかと思うと、彼女も不破程では無いにしろ苦悶に満ちた声を上げる…すると不破の身体に走る痛みが突然幾分か和らいだ。

 

「!?…な、何だ…!?」

 

 状況に振り回されるばかりの不破が訝しむ中、天津はまずは第一段階…!と口走る。

 そう、これは狙って行ったもの…天津とて、ランペイジの件は常に念頭に置いていた。

 飛電 或人が持つ切り札の復活がほぼ見込めない以上、もし今回のように早急にランペイジの力が必要となった時の事を考慮し、事前に対策を考えていたのだ。

 

「強引にだが必要なライダモデルのデータを君の身体に流した!時間は限られている…ランペイジを使え!」

 

 アメイジングコーカサスキーを用いた必殺技、サウザンドブレイクはサウザンドジャッカー内に内包されている複数のアビリティを同時に解放する事が出来る。

 それによってランペイジに必要な10種類のデータを選出し、不破へそのデータを流し込む。

 しかしそれだけでは彼にとって単なる害にしかならない為、情報処理に長ける亡が仲介に立つ事でデータを整理、洗浄し、有益なデータのみを不破へと提供する。

 こうする事で2人は無理矢理ランペイジへの変身条件を達成させようとしているのだ。

 

「無茶苦茶しやがってぇ…!!」

 

 その荒業振りは不破でなくとも苦言を呈するには十分過ぎる程であり、しかしそれが要求される程には期待を寄せられている力だ。

 その期待に応えんとして、彼はのたうち回らせていた身体を起こしながらあるプログライズキーを取り出す。

 

Rampage(ランペイジ) Bullet(バレット)!

 

 澄んだ青色をしたそのプログライズキーには後部に特徴的な突起、"セレクターマガジン"が付いており、不破はそのマガジンを指で弾くように回し、キーの起動を施す。

 

「うぉあぁぁぁぁぁあ!!」

 

All(オール)rize(ライズ)! 】

 

 そして従来通り力尽くでキーをこじ開け、ライザーへ装填する。

 過急の事態であるからか普段と比べて乱暴な扱いながらも、ライザーとキーは不破の意思に応えて滞りなく待機状態へ移る。

 

「変身ッ!!!」

 

Full(フル) Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 そして引き金を引けば10色の弾丸が一斉に発射され、それぞれ形を変えながら強固な装甲として不破の身に纏われる。

 そうしてこれまでとは全く異なるバルカンが姿を現し…。

 

「ぐぅ!?ぐ…あぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 だがその姿は一瞬にして成りを潜めた。

 型破りな変身方法が仇となり、身体中の至る所からエネルギーが奔流する…それはまるで10色の炎に身に包まれているようにも見え、その中で不破は狂ったような雄叫びを上げながらアークへと迫った。

 

『そんな付け焼き刃が、ワタシに通じるとでも?』

 

 その不完全な姿を嘲笑い、アークは不破に向けてショットライザーを連射する。

 不破の身体に鉛弾の嵐が打ち付けられるが、彼はそれを意にも介さない様子で突き進む。

 しかしそのような無茶振りは先の雷電の行動から学習済み…今度は何も声を発する事無く、アークはショットライザーを捨てて淡々とした様子で彼を迎え討とうとする。

 

『む…?』

 

 だが突如アークはその動きを止めた。

 何か思わぬ事が起きたかのような声を上げ、何故か小刻みに震えだした身体を見て、アークはその場で棒立ちとなる。

 

「うぅおぉぉぉぉぉお!!!」

 

 そしてその隙を見逃さないと言わんばかりに、不破はいよいよアークの目前へ迫るや次々と攻撃を繰り出していく。

 今の不破の姿は本来成るべきであったそれから外れた、確かに不完全と呼ばれてしまうものであるが、エネルギーの奔流が起きる程にリミッターが外れている今の状態は、言ってしまえば常時フルパワーを発揮しているようなもの…その一撃一撃が必殺の威力を誇っている。

 

『っ…前提を書き換え、結論を予測。』

 

 そんな猛攻に晒されれば、さしものアークもその声色に少しばかり変化が現れる。

 人工知能としての己の力を発揮し、不破の行動パターンを再分析…彼の攻手を読んだアークは隙を突いて背後に回り込みその背中に蹴りを入れて距離を離すと、アークローダーへ手を伸ばして大技を放とうとする。

 

「させるかぁぁぁあ!!」

 

ゼツメツ! ユートピア!! 】

 

 だがそれを察した雷電が動いた。

 ベルトのレバーを複数回操作し、アークよりも早く必殺の力を解放すると、全身に迸った電撃を両腕を突き出す事でアーク目掛けて解き放った。

 

『ッ…無駄な事を…。』

 

 それは横槍としての機能を十分に果たしたようであり、アークはアークローダーへ伸ばしかけていた手を雷撃へ向ける。

 流体金属が流れ出し、即席の防御壁となって雷撃を拒む。

 それでもなお手を止めようとしない雷電に向けて、如何なる手を用いて無力化するかアークが思考しようとした時だった。

 

「余所見をしている場合か?」

 

 不意に背後から聞こえた声。

 その声色から判断するに、どうやら一連の流れの隙を縫って天津が背後を取ったようだ。

 だがその程度で優位に立てる程、力の差という溝は浅くない。

 彼の狙いは分かりきっている…ならばそれに合わせて対処するまで。

 アークは雷電からの攻撃を防ぎながら、空いている手で天津の不意打ちに対抗しようとする。

 

『なに…ッ!』

 

 だが再び、アークの動きが揺らいだ。

 伸ばそうとした腕が言う事を聞かず、それどころか身体全体が鉛となったかのように重くなる。

 人間で言えば金縛りのような状態に陥ったアークには、天津の行動を阻止する事が叶わなくなる。

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! 】

 

「アーク…今度こそお前のデータを戴いた!!」

 

 サウンドジャッカーを突き立てられ、ジャックリングが引かれる。

 するとサウンドジャッカーは矛先に触れているアークの身体からデータを抽出し、内部にそのデータを保管する。

 

『ムゥ…!?』

 

 同時にその強引なデータの抽出が支障を与え、アークの身体から力が抜けていく。

 ただでさえ異常を来していた状態に上乗せされた不調により、アークの膝が笑い始める。

 が…念には念を、容赦はしないとして、天津はサウンドジャッカーのトリガーを引いた。

 

Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 サウンドジャッカーから赤黒い電撃が放たれ、アークの身体を蝕んでいく。

 これまで戦士達相手に猛威を振るっていた力であるが、その力は本来の持ち主でさえも傷付ける程のものであり、電撃を喰らうアークの身体からは徐々にダメージを表現する火花が散っていき、やがて片膝を付かせるまでに至った。

 

「うぉらあああああ!!」

 

 合わせてアークが展開していた流体金属の壁が崩れていき、その好機を逃さないと雷電は一層放ち続けていた雷撃を強め…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼツメツ

ユートピア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グッ!?クゥ…!?』

 

 遂に雷電の攻撃もアークへと届いた。

 最大出力で放たれた雷撃はアークの身体からさらなる火花を散らせ、苦悶の声と共に両膝を付かせる。

 

「今だ、行け!!」

「うぉおおおおお!!!」

 

 これはまたとない絶好の機会。

 あと一発でも入れられれば、それで決定打となる…その役目は不破に委ねられた。

 残る力を振り絞り、握る拳をアークへ向ける。

 その拳が届くまで、あともう数メートル…!

 

「そうはさせないわ。」

「ぐっ!!??ぐぁあああああ!!??」

 

 だがその間に突如アズが現れるや、不破の身体が悲鳴と共に崩れ落ちる。

 そしてそれと共にランペイジの変身が解けてしまい、彼はアークとアズの目の前で地面に倒れ込んでしまった。

 

「亡!?」

「情報の伝達を遮断されました…ここまでです…!!」

 

 どうやらあと一歩の所でアズによる介入を許してしまったらしい…亡の方を見てみれば、彼女もまたアズが仕掛けた強制的な割り込みによって一層頭痛に悩まされている様子。

 それよりも不破だ…無理を通していたその身体はまだ十全に動くには到っておらず、アークとアズのすぐ目の前で無防備にも苦痛に悶えている。

 すぐに助けなければ、きっとその命を狙われてしまう…雷電が先んじて駆け出し、天津も第二の手として構えるが、意外にもアークとアズは不破の事など気にも止めず、互いの会話に耽っていた。

 

「アーク様…。」

『やはり身体が馴染まぬ…別の身体は用意出来ないのか?』

「駄目ですよアーク様、その身体である事に意味が有るんですから。」

 

 会話の中でアズに窘められたアークが、そうだったな…と笑う。

 そしてアークはそのままアズに支えられながら立ち上がると、驚く事に自ら戦士達と距離を取り、戦意の矛先を収めた。

 

「次に会うのは、イベントの時ね。」

『楽しみにしていろ。』

 

 そしてアークはその身体を流体金属に覆わせて何処かへと飛び去り、アズは赤い霧のようなものを纏ってその場から消えてしまった。

 

「逃がしたか…。」

「すみません、アズの介入さえなければ…。」

「いや、十分だ。それにこれ以上は彼の方が持たなかっただろう。」

 

 戦いは終わった。

 絶好の機会を逃す結果にはなってしまったが、アークを追い詰めたという事実は戦士達にとって士気の向上に繋がる重要な要素だ。

 例えアークが相手でも、やりようはある…これは他の戦士達きとっても吉報になる筈だ。

 

「ほら、大丈夫か?」

「そんな風に見えるかよ…。」

「気ぃ失ってなけりゃ大丈夫だろ、特にお前さんはな。」

「うるせぇ…誰がゴリラだ…。」

「んなこたぁ一言も言ってねぇだろ。」

 

 天津としても過去に失敗したアークの力の抽出に成功した事を大いに喜んでいる。

 上手くすれば、この抽出したデータから何か新たな突破口を見出だす事が出来るかもしれない…これまで受け手に回ってばかりであったが、ようやく攻め手を計れるかもしれないと、期待が膨らむ。

 

「しかし…馴染まない、か…。」

 

 一方で、アークとアズが交わしていた会話の内容には、一抹の不安を感じざるを得なかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん…!」

 

 大切な幼馴染みの名を呼ぶ少女、上原 歩夢の足が止まる。

 膝に手を付き荒い息を整えようとする彼女は、あれから校内をくまなく探し回ったにも関わらず名を呼んでいた者の姿を見つける事が出来ていない。

 もう30分以上はそれを続けており、流石におかしいという事で他の少女達や或人にも捜索を願ったが、そちらからも侑を見つけた旨の連絡は来ていない。

 

「本当に、どこに…!?」

 

 歩夢の脳裏に、あの日の光景が過ぎる。

 自身の目の前でアズに捕らえられ、そして為す術無く胸を貫かれた侑…それを思い返した歩夢の身体がブルリと震える。

 あんな事は、もう二度とあってはならない。

 一度は奇跡的に命を拾えたが、そんな奇跡はきっともう起こらない。

 次に同じ様な事が起きれば、その時はきっと…。

 歩夢は止めていたその足を再び走らせようとする。

 大切な、何よりも大切な彼女を見つける為に。

 見つけて、そして今度は何も出来ない自分では無く、彼女の命を守る為に手を伸ばそうと…。

 

「………?」

 

 その時だった…背後から物音が聞こえてきたのは。

 トサリ…と、それは何か軽い物が崩れ落ちたような音であり、歩夢はその物音に反応して後ろを振り返る。

 そして振り返った先で物音を立てた正体を知るや、彼女はみるみるとその瞳を大きく、そして丸くしていく。

 

「侑ちゃん!?」

 

 自身の背後に、今まで居なかった筈の侑の姿が在った。

 これまで何処を探し回っても見つからなかった彼女が、自身の背後でその身体を地へと横たわらせながら、そこに存在していた。

 

「侑ちゃん!?侑ちゃんしっかりして!!侑ちゃん!!」

 

 すぐに駆け寄り、彼女へ呼び掛ける歩夢。

 どうやら彼女は気を失っているだけのようであり、それでいて彼女はまるで悪夢でも見ているかのような苦悶の表情を浮かべている。

 

「侑ちゃん…ッ!?」

 

 そして起こそうとして身体を揺するとさらに表情を強張らせる様子から何かを察した歩夢は、恐る恐る視線を彼女の身体へと移す。

 着ている服に乱れも傷も無く、見た目としては特に何か脅威に曝された形跡は無い。

 だというのに、彼女の掌やスカートから覗く太股には、まるで強く殴られたかのような青痣が何個も浮かび上がっていた。

 

「侑ちゃん…侑ちゃん!!!」

 

 それから歩夢は偶然近くを通った生徒が侑を急患として連絡するまで、側で彼女の名を呼び続けた。

 守ると決めたその矢先で、守れなかった事実を突き付けられた事に咽び泣きながら、その中で彼女の身に起きている事に対して、何か得体の知れないものを感じながら、歩夢は侑の名を呼び続ける事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 




いや本当に皆さんも気をつけてくださいね…


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Program.21「Not Sad」

最近マジで小説書いてる時間が作れなくてはんぺんの手も借りたいと思っている今日この頃



 仮面ライダー、スクールアイドル、そしてアークにアズ…それぞれの思惑が交ざり合う状況が幾日か過ぎた後。

 その日学園に顔を出していた栞子は眼下に見える体育館をじっと眺めていた。

 虹ヶ咲の体育館内…そこでは今スクールアイドル同好会のメンバーと、他に数人の生徒達が小道具や機材等を運んで調整を行っている。

 スクールアイドル同好会が開催する、オンラインイベントの為の準備だ。

 

「よろしいのですか?イベントの開催を許可してしまって…あのイベントは、とても人としての道理に適っているものではありません。」

 

 栞子がそう言った通り、スクールアイドル同好会のイベントについて理事長へ相談をしたら、返ってきたのは予想外にも快諾であった。

 彼女とてこのイベントが人道に欠ける内容だという事は分かっている筈…なのに許可を下したその真意が分からないとして、栞子はどうしてもその決定に異を唱えてしまう。

 すると理事長は、言うようになったわねと言って屋上の手擦りに寄ると、栞子と同じ様に体育館へ目をやる。

 

「構わないわ、結果は目に見えているもの。」

「と、言いますと?」

 

 そしてやけに気になる発言をした彼女に向けて、栞子は再びその胸の内を問うた。

 

「まず、あのイベントは失敗するわ…間違いなく、ね。」

 

 彼女の視線は、真っ直ぐ眼下の光景へと向けられている。

 その送られている視線にどんな色が含まれているのか…察する事は難しい。

 

「それは…いえ、ならば尚更中止にしなければ…。」

 

 その真意がやはり分からず、だからこそ栞子は目に見えている事実を優先させた。

 もしその言葉通りなら、なおさらイベントを進ませる理由が分からないとして。

 

「あの娘達の事が心配なの?」

「人として当然の事かと。」

 

 茶化してくるような態度に、少し剥れた様子を見せる栞子。

 こちらは真面目に物事に当たっているのに…と、そんな風に言いたげな栞子の様子がおかしいと、少し声を上げて笑う理事長。

 

「心配しなくても、あの娘達が手を出される事は無いわ…今の所は、だけど。」

 

 そしてそこから紡がれた言葉が、また栞子の気を引く。

 理事長たる彼女の態度は今までの成りを潜め、さながら1本の折れぬ剣のような鋭さと真直さを併せ持っており、からこそ栞子はこう問わざるを得なかった。

 

「貴女は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴女は一体、何を知っているのですか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はその問いに、再び笑みを返して答えとする。

 ただし今度は、その中にほんの少し憂いを帯びたものが見えた気がした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-何だあれは…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …これは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-しっかりしろ!!今が僕達の正義を実行する時だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が…聞こえる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-私は1000%…負けていない…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは…あの人(仮面ライダー)達の声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-何だ…この記憶(メモリー)は…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに、あの人達の姿も見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-忘れてください!我々の目的は、ヒューマギアが支配する世界を築く事です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもどうして?私はあの人達のこんな姿、見た事無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-どうして…ヒューマギアを滅ぼす…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな…こんな辛そうで苦しそうなあの人達を、私は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-俺は…お前が恐い…だけど、逃げない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに、どうして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはオマエが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん!」

「侑先輩!」

「うぇ!?…あ、歩夢…しずくちゃん…?」

 

 それはまさに、パッという擬音を当て嵌めるに相応しい目覚めであった。

 呼び掛けられた声を合図に意識も視界も途端に明瞭になった侑は、顔を上げた先に居る2人の様子からその不思議な現象の正体を知る。

 

「寝ちゃ…ってた?」

「大丈夫ですか侑先輩?随分うなされてましたけど…。」

「侑ちゃん、やっぱりまだ…。」

 

 寝惚けた頭で時間を掛けながら答えを見出だした、そんな侑の様子を心配そうに見守る歩夢としずく。

 先日、意識不明の重体という形で近くの病院へ搬送された侑。

 当初はその全身に及ぶ怪我の具合から完治するのに一週間以上掛かると言われていたのだが、彼女は病床に着いてから驚く程の回復力を見せ、ものの2日で完治までに至った。

 しかしその明らかに常軌を逸した回復力は病院の医師からも大いに訝しまれており、退院後も要観察との処方が為された事を2人は思い出していたのだ。

 すると侑はそんな2人の心情を察したのか、慌てて首と手をブンブンと振り始めた。

 

「ううん大丈夫!いや実は昨日ちょっと夜更かししちゃってさ、きっとそのせいだよ!そんな全然身体の具合が悪いとかそういうのじゃ無いから!そ、それで2人はどうしたの!?何かあった!?」

「え?う、ううん…私達はただ侑ちゃんの姿が見えなかったから探してただけ…。」

 

 そのあまりにも必死な姿に押された2人を見て、侑は内心ほっと息を吐く。

 最近病院に世話になる機会が多いが、あの独特な環境というのはいくら居ても慣れないもので…。

 

「侑先輩、それは?」

 

 と、病室でやる事も無く退屈に身を任せるしかなかったあの寝たきり生活を思い返していた侑の、その腕下に置いてある物をしずくが指差しながら問うてきた。

 え?と、しずくが向けるその指先を伝って視線を下ろしてみれば、休日故に誰も居ない今日という日に音楽科の教室で自身が眠りこけるまで何をしていたかを思い出す事ができ、侑はあー…とバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

「一応次に予定してる歌の歌詞だよ。と言っても全然完成してないんだけどね~…。」

 

 本当は今回のライブに間に合わせる筈だったんだけど…と、自身の腕下に拡げられていた歌詞ノートを手に取る侑。

 ノートにはまだ思い付いた限りの言葉が乱雑に書かれているだけであり、正直人には見せられない。

 なので興味有りげな空気を感じ、見ちゃ駄目!と言って隠した事でちょっとふてくされた様子を見せた2人に対し申し訳無さを感じながらも、そんな2人の仕草を可愛いと感じて笑みを溢した侑は、2人に向けていた視線を窓の外…ライブ会場の方へと向ける。

 

「イベント、開催出来るようになって本当に良かった…私達にとって久し振りのライブになるもんね。」

 

 相手にも知られている以上最初から無理にでも押し通す気概ではあったものの、やはり後顧の憂いは絶てるに限るというもので、その真意こそ見えないものの、こうして気兼ね無くイベントを開催出来る事に対して、侑は理事長の采配に感謝している。

 隣を見ればしずくも同じ思いなのか、窓の外を見るその表情が綻んでいる。

 

「…うん、そうだね。」

「歩夢さん…?」

 

 しかし歩夢はそうでは無いという事が、溢した声色から分かった。

 同じ様に外の景色を見るその表情からも、2人とは違う思惑を抱いているという事実が見て取れる。

 ならば彼女が今心に思う事とは何なのか…それについては、既に見当が付いていた。

 

「大丈夫だよ、歩夢…絶対に社長さん達が守ってくれる。私達はその後の事だけ考えてよう?」

「そうですよ、今まで魅せられなかった分まで披露する時なんですから!」

 

 これがただのライブならばどれだけ良かった事か…悲しき事に、その事実だけは未だに拭えない。

 不安な気持ちは十分に分かるが、彼等(仮面ライダー達)は今回で決着を付けると意気込んでいる…ならば自分達は、それを信じるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうして?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

「どうして2人は、そんなにあの人達の事を信じられるの?」

 

 だが歩夢は、それで納得しなかった。

 

「歩夢さん…?」

「侑ちゃんは前に、成り行きだとしても信じるなら思いっきり信じたいって言ってたけど…私にはどうしても…。」

 

 自らの胸の内を曝け出していく歩夢…その視線は2人に向けられず、かといって外の景色を捉えている訳でも無く、ただ下を向いている。

 消沈していくような気とは裏腹に、窓に添えられている手には徐々に力が込もっていく。

 

「っ…ご、ごめんね!変な事言って…今のは忘れて!」

 

 沸々と高まっていく想い…それを体現するような彼女の姿に侑もしずくも掛ける言葉が見つからずに居ると、場の空気を良くない方向へ変えてしまったと気付いたのか、はたとして歩夢は必死に取り繕うような姿勢を見せる。

 だがきっと、これが普通の反応なのだ。

 この事件を解決出来るのは彼等しか居ないから、だからこそここまで事態が長引いてしまっている現状に募りを覚える。

 特に歩夢は何度も大切に思う存在を危機に晒されており、そういった反応を示すのはごく当たり前の事。

 だったら…だったら自分達は何なのだろうか?

 自分達も何度も危機に晒されたし、歩夢の想いが普通に抱く感覚であるとも理解している。

 それでも彼等を信じようとする自分達と、彼等を信じきれない彼女の違いとは一体何なのか?

 

-きっと、こう言われたのではありませんか?"こんな状況になっても活動を続けようだなんて、どうかしている"と。

 

 そう…きっとこういう所が異常だと思われるのだろう。

 その疑問に対する答えを持ち合わせていないが故に、先日栞子から言われた通りの言葉を周りから掛けられてしまうのだ。

 ただ平和な明日を望んでいる、その想いは変わらない筈なのに…。

 

 

 

 

「本当に良いんですか!?このまま生徒会長を辞任したままで!?」

 

 そして同じ様な疑問にぶつかっている者が、他に1人。

 

 

 

 

「あれって、せつ菜ちゃん…?」

 

 不意に聞こえてきた声に揃って教室から顔を出してみれば、廊下には菜々ともう1人少女が居り、その少女が剣幕を強くして菜々と向かい合っている。

 先の声は、きっとその少女のものだろう。

 

「何度もお話ししましたが、私はこれで良いと思っています。どうか納得をして貰いたいのですが…。」

「納得なんて出来る訳無いじゃないですか!あんな無理矢理…皆今でも中川さんの事を待っているんですよ!?」

「期待を寄せられている事は嬉しいですが…それでも私は戻る気はありません。三船さんも決して悪い人では無いでしょうし、どうか彼女の事をよろしくお願いします。」

「っ…でしょうだなんて、はっきり言い切れていないのに…!」

 

 それから菜々と少女の会話は、意外にも短く切り上げられた。

 しかしその少女が菜々に対してああも大きな声を上げ、そして一方的に話を断ち切るような剣呑な態度を見せていた事に3人は疑心を持ち、少女が去った後すぐさま菜々へ話し掛けた。

 

「菜々ちゃん。」

「皆さん…もしかして、見られていましたか?」

「今の人って…生徒会の副会長さんですよね?」

「はい。三船さんが生徒会長になった事に対して、どうにも思う所が有るようでして…。」

 

 そう…あの少女はこの学園の生徒会、その副会長の座に就いている少女であり、侑達も同好会の活動の申請等で生徒会に赴いた際に何度も顔を合わせている為、顔馴染みという形でよく知っている。

 だからこそ彼女があのような様子を見せていた事に皆不安を覚えたのだ。

 

「大丈夫なの…?」

「一度きちんとした話し合いの場を設けなければとは思っていますが…今はこちら(ライブ)の方を優先しなければいけません。」

 

 眼鏡を少しずらして、もう1つの顔を覗かせる菜々。

 そのどちらの顔も、あの少女は好意の目で見ていた。

 彼女は生徒会の副会長として、会長であった菜々の事をとても尊敬しており、同時にスクールアイドル優木 せつ菜の大ファンでもあり、故に菜々と彼女との間には先に見られたような一幕など、過去に一度も無かった。

 それなのに、ふとした事がきっかけでその関係に変化が訪れた。

 そして変化したその先では、今同好会に向けられている周りからの視線と同じ色が垣間見られた。

 

「(どうしてなんだろう…。)」

 

 ただ平和な明日を望んでいる、その想いは変わらない筈なのに…何故こんなにもすれ違ってしまうのだろうか?

 すれ違う度に互いの心は磨り減っていき、やがてささくれだって傷付き合うだけだと分かりきっているというのに、何故互いに同じ方向を向けないのだろうか?

 

「(どうすれば…。)」

 

 狂ってしまった歯車が回り続けている…その度に軋んだ歪な音が響き渡り、堪らず耳を塞いでしまいそうになる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、ドクンと侑の胸が鼓動を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(っ…!?)」

 

 突如として侑を襲った動悸…その衝撃は思わず一瞬意識が飛びかける程のものであり、侑は少しよろけながらも自らの胸元を手で抑えながら踏み止まる。

 幸い誰にもその様子は気付かれていないようであり、侑は内心安堵の息を吐くものの、額からは脂汗が絶えず流れていく。

 

「(何…今の…?)」

 

 深く沈んだ心持ちになった瞬間訪れた、この動悸。

 単なる偶然の筈であろうに、それがまるで何かの警告のようなものではないのかと…タイミング故か、侑は不思議とそう感じずには居られなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 或いは少しでも負の感情に苛まれたその事実を、誰かに賞賛されたかのような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし…っと!かすみん、こんな感じで良いかな?」

「ばっちりですよ~!さすがかすみん親衛隊の皆さん!褒めて遣わしましょう!」

「偉そうにして…。」

 

 一方体育館ではライブに向けて仕上げの作業が行われていた。

 その第一手として虹ヶ咲オンラインライブと描かれた看板が生徒達の手によって掲げられ、その出来映えを見たかすみがうんうんと満足げに首を縦に振っている。

 その鼻高ぶりに、璃奈はボードを添えて呆れるばかりだ。

 

「本当にありがとうね、皆。私達だけだったらこんなに準備出来なかったよ~。」

「気にしないでください!皆さんのライブは本当に楽しくて…その為ならいくらでも手伝いますよ!」

 

 2人に変わって生徒達に礼を告げるエマ。

 本当に、彼女達が居なければここまで凝った作りは出来なかった。

 ライブの手伝いが軒並み断られてしまった時、最悪ステージ無しでの演出を覚悟しなければとも考えていたのだが、それでもごく僅かながら協力を申し出た生徒達の手によって、今日のステージは完成を迎えた。

 正直に言えば普段皆に手伝ってもらって作られたステージよりもクオリティは数段劣っている。

 だが大事なのは決して見た目だけでは無い…丹精を込めて作ったという、その事実こそが大事なのだ。

 

「うぅ…びぇぇぇぇぇん!!」

「か、かすみちゃん…!?どうしたの…!?」

 

 と、ここに来てかすみが急に滝のような涙を流し始めた。

 前触れの無い突然の事に、璃奈が掲げるボードも「ビックリ!」だ。

 

「だぁってぇ~!!こんなにかすみん達の事想ってくれてるなんて思ってなくてぇ~!!他の皆はよそよそしくなっちゃったのにぃ~!!」

「かすみちゃん…。」

 

 しかしかすみが涙する理由は、当て嵌めようとすれば自分達にも十分なものであり、思わず釣られる形で璃奈やエマも感銘を受けてしまう。

 そうして場が一体となり、残る作業を手早く済ませてしまおうと皆が意気込む中、ふと外した視線の先に、エマは彼方の姿を捉えた。

 

「…うん、分かった。お母さんにもよろしく言っておいて。2人が見てくれるなら、彼方ちゃんいつも以上に頑張っちゃうぞ~?」

 

 適当な場所に座り、携帯を片手に持っている彼女は、どうやら誰かと電話のやり取りをしているようだ。

 そしてその電話の相手は、彼方の口振りから容易に察せられる。

 

「遥ちゃんから?」

「うん、今日は家で配信を見るって~。」

「そっか…。」

 

 電話が終わった頃を見計らい、彼方へ話し掛けるエマ。

 してその電話の内容が何だったかと問うてみれば、それは今の状況故に物悲しさを感じるものであった。

 近江 彼方と近江 遥…この2人の仲は自他共に認める程であり、それこそどちらかがスクールアイドルとしてライブに立つとなれば、どうしてもやむを得ぬ事情が無い限りは必ずもう1人もその場に駆け付けるのが必至であった。

 しかし今回はそのやむを得ぬ事情の只中であり、常なるそれが叶わぬ事となった。

 本当は何の気兼ねも無くライブをして、ライブを見たいであろうに…。

 

「…こんな事、今日で終わると良いね。」

「終わるよ~、だって…そう約束したもん。」

 

 そんなエマの心情を察した彼方が心配しないようにとにへら笑う。

 その笑顔が何ら力の入っていないものである事は誰が見ても明らかであり、逆に息が詰まるような想いをエマは抱くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何考えてんだ?2人してよ?」

 

 滅と迅が、離れた場所からライブ会場を見つめている。

 それが単なる傍観の類いでない事は今までの付き合いから明白であり、雷電…いや、滅亡迅雷.netの雷と亡は2人にその胸の内を訊ねる。

 

「…お前達に、聞きたい事がある。」

「何でしょう?」

 

 振り返った2人の耳に付属するモジュールが、チカチカと光を放っている。

 その点滅が何を示すか…それは先に2人が向けていた視線の先を見てみれば、自ずと答えは導きだせる。

 

「お前達にとっての…思いやりとは何だ?」

 

 大方、彼女達の会話を盗聴していたのであろう…そう予測し、そしてその通りだと肯定するような問い掛けに、雷と亡は少々呆れた様子を見せる。

 不正に使うつもりは無いであろうとはいえ、盗聴(そういった行為)はあまり良くない事だぞと。

 

「思いやり…広義としては相手の立場に立って物事を考え、その上で相手の気持ちを尊重し、行動する事を指しますね。」

「そうだな、だから何て言うか…俺達にとってのとか、そういう特別な何かがある訳じゃ無いな。」

 

 しかし掛けられた問いには、2人して真摯に対応した。

 それは本来心を持たぬ彼等(ヒューマギア)にとって、自分達の未来の為に議論に値するものだと捉えたからだ。

 

「じゃあさ、例えばここで僕達が皆の事(ライブの開催)を止めたら、それは思いやりになる?」

 

 4人の議論が加速していく。

 思いやりという概念がどういうものなのかは、滅も迅もこれまでの記憶を思い起こす事で理解した。

 というより、そもそも自分達は知らぬ内にその思いやりというものを実践していた。

 滅も迅も、ヒューマギアたる誰かを想って行動していた事は思いやりの定義に当て嵌まる事だった。

 そしてその対象は、飛電 或人に対しても…。

 

「それは…そうですね。迅が本当に彼女達の考えを尊重した上での行動ならば、それは思いやりの定義に収まるかと。」

「でもそれじゃあいつらから反感を買うだけだ。あいつらはこのライブを成功させたがってる…ついでに言えば、社長達もだな。」

 

 とある事情により、一年前にぽっかりと空いてしまっている彼の心の穴…それを塞ぐには長い時を掛ける必要があると、彼を知る誰もが静観するしかないと決め込む中で、滅と迅もまた同じ姿勢を取る事にしていた。

 ヒューマギアでない彼は決して仲間では無いが、それでも関わり深い男だとして、人間の言葉で言えば情が働いたが故である。

 しかしその思いやりが、今という状況を悪くしている。

 かつてアークを討ち倒した、最強の力…その失われた力を現代に甦らせる為には、彼の心に空いた穴を塞がなくては始まらない。

 そしてその力を抜きに今のアークに勝てる可能性は…。

 

「…だとすれば、思いやりとはやはり"悪"なのか?」

 

 思いやりがある故に今が失くなってしまうというのなら、やはり非情に徹するべきなのか?

 情が生み出す何もかもを断絶し、ただ結果だけを求めるやり方なら、或いは…。

 

「さぁな…思いやりが善か悪かなんて俺達にも分かんねぇよ。」

「私達とて、まだ人間達の側で学び(ラーニングし)始めたばかりですからね。」

 

 その答えはまだ彼等の中には持ち合わせておらず、迅は難しいね、と言って残念そうな表情を浮かべている。

 これだけ人間らしい態度が取れるのに、自分達は未だ人間達が当たり前に持つ心について理解出来ていない事が多過ぎる。

 

「いえ…きっと本当は、そこまで難しい話では無いのでしょう。」

「それを知る為に、今俺達は人間と関わってる…そうだろ?」

 

 そう言って、雷は再びライブ会場を見る。

 釣られて3人も視線を向ければ、ライブの為に奔走する少女達の姿が見える。

 

「俺達が求める答えは、案外すぐに見えてくるかもな。」

 

 まぁ勘だけどよ、と歯を見せながら笑う雷。

 それを無責任なと思う3人であるが、咎める者は1人も居ない。

 それは3人も、何となくそんな予感がしていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…つまり、今回の接触で決着を付けるという事だな?』

「えぇ、必ず。」

『勝算はあるのか?』

「1000%の限りを尽くすのみです。」

 

 一方天津 垓…彼もまた彼方と同じ様に適当な場所に身を預け携帯(ライズフォン)を片手にしていた。

 同じ仕草たる2人の、しかし決定的な違いは、電話の内容が緊迫したものである事か。

 

『まぁ本来預けていた仕事を切ってまでだ…そうでなければ困る。』

「そう言えば、そちらの方は…。」

『既に代わりの者に一任してある、お前が心配する必要は無い。』

 

 電話越しでも感じられる威圧感…それはZAIA日本支社の現社長、与多垣 ウィリアムソンからのものであった。

 過去にアークが本格的な活動を行っていたその末期に天津に代わって社長の座に就いた彼は多少高圧的で強引な所があるものの、これまで互いに協力しながら世界の平和を守り抜いてきた仲だ。

 そんな彼は今回の一連の出来事にも常に目を光らせており、ことアーク復活に至っては戦士達に勝るとも劣らぬ警戒心を見せている。

 

『ここで必ず(アーク)を仕留めろ…良いな?』

 

 それは彼の志すものが、自分達と同じものであるから。

 人類が平和に暮らせる世界、その上でのヒューマギアとの共存。

 それを掲げているからこそ、まずは人類を守る為にアークの破壊を天津へ念押し、通話は終了した。

 

「おいZAIA、話が…っと、電話中か。」

「いや、今終わった所だ。与多垣氏から少しな。」

「珍しいな…何かあったのか?」

「なに、必ずアークを仕留めるようにと釘を刺されただけだ…それで、話とは?」

「ランペイジはどうだって話だ、前の戦いの後お前に預けてそのままだからな。」

 

 すると代わって天津に声を掛けてきたのは、不破と唯阿の2名。

 その2人からの用件に耳を傾けてみれば、それは天津にとって耳が痛くなるようなものであり、彼はやや及び腰な姿勢を見せる。

 

「…残念だが、少し無理を通し過ぎたようだ。キー自体に損傷が見られてな…今度あのような使い方をすれば、君の身体もろとも木っ端微塵だ。」

「社長の所では直せないのか?」

「既に渡してある…が、この戦いには間に合いそうも無い。どうにかアサルトで凌いでくれ。」

 

 ランペイジを主軸に多人数で攻めれば勝機がある…前回の戦いでその感覚を掴めはしたのだが、やはりあの時無茶な使い方をした事が祟り、ランペイジキーは早急な修理を行う必要が出てしまった。

 これが普通のプログライズキーならば十分今回の戦いに間に合っていたのであろうが、10種類ものライダモデルのデータが内包されているランペイジではそうもいかず。

 生みの親たる天津も、技術に優れた亡も今回の戦いで前線に出る為、預けている飛電の秘蔵ラボが行える作業ペースに合わせるしかなく、その事実を知らされた2人はランペイジの持つ高戦力が期待出来ない事に隠す事の無い落胆を見せた。

 唯一勝算の見えていた力を削られ、一体どう活路を見出だせというのか…最大以上の限りを尽くすと言ったものの、現状の手札不足に3人共押し黙るしかない。

 

「あっ、不破さん達だ!おーい!」

「ん…朝香に宮下か、また珍しい組み合わせだな。」

「たまたま一緒になっただけよ。」

 

 そんな空気を破ったのは、何処からか現れた虹ヶ咲のスクールアイドルの少女2人…愛と果林であった。

 

「それで、俺達に何か用か?」

「用事という用事は無いわ。イベントの準備で何か手伝う事がないか、今2人で散策してた所なの。」

「それで果林と一緒に歩いてたら不破さん達を見かけたから、声掛けたって訳!」

 

 漂っていた空気を知ってか知らずか打ち壊した2人に対し、3人は軽く話を合わせ雑談をしていく。

 しかし大事を前にして話せる戯言などそう多くも無く、話はすぐに懸念に溢れた話題へと移ってしまう。

 

「ライブは上手くやれそうか?暫く振りなんだろ?」

「そうね…でも、心配する必要は無いわ。」

「練習もしっかりやってきたし、お姉ちゃんも配信見てくれるから気合い入りまくりだよ!」

 

 その話題に移る事で折角変わっていた空気がまた逆戻りとなってしまうも、少女達は負けじといった様子で言葉を返してくる。

 

「…無理はしない方が良い。2人共、目に弱気な色が見えるぞ?」

 

 しかし負けじといった様子でという事は、つまりそういう事だ。

 そうでもしなければ、天津の言った通りの事に呑まれてしまう…それを見抜かれた2人はつい口を噤んでしまう。

 それこそが空気に呑まれた証拠であり、しかし天津はそれでも心配する事は無いと言う。

 

「残念だが、私達にはその色を直す術は無い。だが…。」

 

 そう言って、ちらりと不破と唯阿を見る天津。

 そこまで言って続く言葉を促すとは…しかし彼の思惑は彼女達の為となると思い至り、2人はその視線に応える事とした。

 

「そうだな…せめてそれを晒け出せる場は作るさ。」

「ライブは必ずやらせてやる…俺達に任せろ。」

 

 天津1人で言葉を並べるよりも、3人の方が彼女達の心には響くだろうと…彼の思惑に乗るのは癪だが、しかし告げたその言葉に嘘偽りは決して無い。

 

「…勝てるの?」

「勝てるさ。お前達の姿を見て、なおさら負けられなくなったからな。」

 

 それを誠心込めて伝えれば、愛は打って変わった満面の笑みを、果林はそういう所が格好良くてずるいのよと軽い文句を言いながらも同じ様に口角を上げる…どうやら憂いは絶てたようだ。

 

「さて、私はこれで一旦失礼しよう。用意しなくてはならない物もあるのでな。」

「そうか…なら私も部隊の布陣に不備が無いかもう一度確認してくる。」

「そんじゃ俺も、他の場所を見てくるか…お前らも気を付けろよ。」

 

 そうして戦士達は少女達に別れを告げ、その場を離れようとする。

 実際に天津と唯阿は個々の用事に向かい出し、不破も遅れて踵を返そうとすると…。

 

「あっ、不破さん!最後にこれ!」

 

 途端に愛が何か思い出したようにして不破の下へ迫ってきた。

 そして暫し携帯を弄るや、やがてその画面をずいと見せてくる。

 

「…何だこれ?」

「私のコミュニティサイト、"愛トモの会"!良かったら不破さんも入ってよ!皆歓迎してくれるよ!」

 

 画面に写されていたのは、愛トモの会と呼ばれるコミュニティサイト…スクールアイドル宮下 愛の、謂わばファンサイトといった所か。

 天真爛漫な愛らしいポップな作りのそのサイトでは、今も掲示板で愛のファン、通称愛トモの皆が今回のライブの事を中心にコメントで交流を交わしている。

 

「何で俺なんだよ…。」

「いや~不破さんには色々お世話になってるし、何か出来る事無いかな~って思ってさ、それで私不破さんの事もっと笑顔にさせたいって思ったの!だからここに入ってくれれば、それが出来るんじゃないかって!」

 

 不破さん今も眉間に皺寄ってるし~!と言って不破の真似をするかのようにしかめ面を浮かべる愛…どうやらこの招待は、彼女なりのお礼の気持ちらしい。

 人を笑わせる事を生きがいとしている、彼女らしい提案だ。

 

「…んな俺の事なんざ気にするな。それよりもお前にはやる事あるだろ、まずそっちを何とかしろ。」

「え?うん…分かった、じゃあ行くね。」

 

 だが不破は暫く画面を見つめるや、興味無さげな態度を取って彼女をあしらった。

 余計なお世話だっただろうか…と、愛は少々気落ちした様子で、しかし下手に尾を引く事無く言われた通りの事を成す為に不破の下を去っていった。

 

「全く、余計なお世話だっつの…。」

 

 そして愛の抱いた疑惑を肯定するような台詞を吐きながらも、不破はおもむろに自身の携帯を取り出し、あるサイトを開く。

 

「こんなもん…。」

 

 画面に写るは、愛トモの会のホームページ。

 そこにある入会のボタンを、不破は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし。」

 

 飛電インテリジェンス…その社長室で、仕事に一段落を付けた或人が席を立つ。

 彼は他の戦士達が学園に集っている中、まずは己の責務を果たしてから合流する手筈を取っており、そしてまさに今その段階へと入った所だ。

 時計を見れば、ライブの開催時間まで残り2時間を切っている…すぐに学園へ向かわなければと、或人は手早く身支度を整えて会社を出ようとする。

 

「社長…少し良いですかな?」

「ん…山下さん?どうかしました?」

 

 するとその道中で珍しい人物から声を掛けられた。

 山下 三造…普段は大抵副社長の腰巾着をしており、訳を聞くや「あ、いや大した事では無いんですがね…!」としどろもどろとしている彼が、何故今1人だけで或人と向かい合ったのか…。

 

「実は副社長から伝言を預かっておりまして…。」

 

 それは福添からのみならず、この会社に勤める社員…果ては彼という人物を知る全員が抱いている想いを、一心に背負って伝えに来たからだ。

 

 

 

 

「最近、無理をしてないか…と。」

 

 そして伝えられたその想いは、それを聞いた或人の心にストンと落ちた。

 

 

 

 

「君がまた、何か大きな事件に巻き込まれている事は分かっています。ですが私達では直接君の力にはなれないでしょうから、せめて…気遣うぐらいは出来ないかと、ね。」

 

 君はこの会社の社長なんですから、何かあったら困ります、と…山下はおずおずとした様子で伝えてくる。

 そのまま或人の顔色を伺ってみれば、彼は何故かポカンとした様子で呆けており、しかし次の瞬間にははっとして慌てた様子を見せた。

 

「大丈夫ですよ!心配してくれてありがとうございます…福添さんにもよろしく言っておいてください。」

 

 そして「それじゃ!」と言って或人は足早に山下の脇を抜けて先を急いで行ってしまった。

 それは端から見れば、山下からの気遣いをおざなりにしたようにも見え、そして実際その通りなのだろうと山下は深い溜息を吐く。

 

「やっぱり、駄目ですよね…。」

 

 そう…山下の言葉は、彼の心に落ちたのだ。

 どこにも引っ掛かる事無く、残響を残す事も無く、その言葉はストンと彼の中を抜け落ちていったのだ。

 彼は決して人の気持ちを無下にするような人間では無い…むしろ本来はその真逆に位置している人間だ。

 そんな彼が何故人の心を汲み取れないような行動をしてしまったのか…その理由は、もう分かりきっていた。

 

「分かっていますよ…君が本当に心配されたいのは…君が本当に励まされたいと思っているのは、誰か…。」

 

 目を閉じ、過去に想いを馳せる山下。

 そんな彼が思い起こす過去の中では、或人の側に必ず1人のヒューマギアの姿があった。

 かのアズによく似た姿を持つそのヒューマギア…彼女が浮かべる笑顔が、彼の側に居ないが故に…。

 山下に出来る事は、悔しい事に何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…付近を巡回させていた隊員達から連絡があった。大多数のマギアに、その先頭をアズ…真っ直ぐこちらに向かってきているそうだ。」

「真正面からだと?んな馬鹿正直な…。」

「小細工など必要無い、という事でしょう。」

 

 ライブ開催の予定時間まで残り10分と迫った頃、虹ヶ咲学園の正門前の通りに並んだ戦士達。

 既に或人も合流し、付近の交通規制、近隣住民への避難指示も終えた折にアズ出現の報告が斥候から上がってきた。

 やはり開催と同時に仕掛けてくる…来るべき時がすぐそこまで迫ったのだと戦士達はそれぞれ気を引き締める。

 

「全員分かっているだろうが、今回の戦闘はこれまで以上に熾烈なものとなるだろう。手数は多いに越した事は無い…故にこれを渡しておこう。」

 

 そんな戦士達に今一度発破を掛けながら、天津は懐からある物を取り出す。

 戦士達が扱う戦力である、プログライズキーだ。

 

「これは…。」

「我が社に残っていたプログライズキーだ、有効に使いたまえ。」

 

 天津の手に収まっているプログライズキー…内訳はそれぞれ緑色のハリネズミが描かれた物に、紫色の蜘蛛が描かれた物。

 橙色のクワガタムシが描かれた物、そして黄緑色のヘラクレスオオカブトが描かれた物の計4つだ。

 

「見慣れ無いヤツも混じってんな?」

「当時から既に製作されていたのだが、如何せん使う機会に恵まれなくてな。」

「うっ、僕この蜘蛛のやつヤダ…滅使う?」

「いや、俺はこいつを使おう…使い慣れている。」

「そう言えば前に不破と一緒に雁字搦めにされたとか聞いたな…仕方無い、それは私が貰おう。」

 

 先に天津が用意する物があると言っていたのは、まさにこれの事。

 総力戦となろう今回の戦いに合わせて使える物は最大限に使おうという意思の下、順に不破が緑色のハリネズミが描かれたキーを、滅が黄緑色のヘラクレスオオカブトが描かれたキー、最後に唯阿が紫色のクモが描かれたキーを手に取る。

 

「飛電 或人、君は…。」

「俺は大丈夫です、そもそもいっぱい持ってますからね。」

「分かった、そういう事ならこれは私が使わせてもらおう。」

 

 そして天津が残った橙色のクワガタムシが描かれたキーを預かり、残る戦備は仮面ライダーへの変身を残すのみとなった。

 

「…来た。」

 

 そして通りの先を見れば、ちょうど向こう側から異形の集団が向かってきていた。

 この横幅広い通りを狭しと並び、奥行きは端から数える事を諦めさせる程の数が迫るマギア達。

 その先頭を1人歩くアズがやがて立ち止まり、戦士達の前に立ちはだかった。

 

「待たせたわね。」

「アズ、これ以上好きにはさせない…ここで終わりにする!!」

 

 或人がアズに向けて啖呵を切り、合わせて戦士達もそれぞれ最後の戦備を整えるべく構え出す。

 アズも動き出した戦士達を見て妖笑を浮かべると、軽く片手を上げてマギア達へ指示を飛ばす。

 今まさに、決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだね…璃奈ちゃん、ネットの方はどう?」

「通知はしました、皆待っててくれてます。」

 

 同時刻、敵は恐らくライブの開始時間と同時に攻めてくるだろうと予想を立てていた通り、先程A.I.M.S.の隊員から或人達が間も無くアズやマギアの大隊と接敵すると伝えられたスクールアイドルの少女達は、安全確保の為に部室で待機する事となった。

 ライブの方は機材トラブル等の理由を付けて先延ばす手筈となっており、配信コメントではライブを待ち望んでいる声が多数上がっている。

 周りから煙たがられる事も多くなってしまったが、それでも楽しみにしてくれる人達が居る…その人達の為にも、今回のライブは必ず成功させたい。

 

「でもこんなに人が居たら全然落ち着けませんよ~…。」

「しょうがないよ、私達を守る為だもん…我慢しなくちゃ。」

「でもじっとするしかないっていうのもね~…正直愛さんも身体動かしたいよ~…。」

 

 学園には現在校内外問わずA.I.M.S.の隊員が至る所で配置に着いており、それは少女達の居る部室内も例外では無い。

 自分達の身を守る為とはいえ、普段居る10人でも手狭に感じるこの場所にさらに3~4人と追加されると、流石に誰もが窮屈だと実感する。

 隊員方も少々申し訳なさそうにしている為、これ以上の事など言える筈も無いが、このまま時が過ぎるのを待つというのはやはり気が収まらない。

 下手をすれば自分達の命にも関わる事であるから当然ではあるのだが、それ以外にも…。

 そしてそれを体現しているのが、今のせつ菜であった。

 

「心配?」

「エマさん…はい、実は…。」

 

 せつ菜は窓の外を気にしていた。

 そこから正門の様子など見える筈も無いのだが、彼女は或人達の事が気掛かりで仕方がないようだ。

 

「私の知るヒーロー達は、いつだって勝ち続けてきました…物語の中で、どんな苦難があったとしても…もちろんそれは社長さん達も変わりません。ですが…やはり実際に目にすると、不安に思ってしまうんですよね…本当にここから勝てるのかって…。」

 

 かつての戦いに巻き込まれた時から抱き続けていた想いが、皆の心に浸透する。

 創作の上では物語を盛り上げるスパイスとなるやもしれぬそれであるが、現実ではそうもいかない。

 この現実では、彼等しか寄る辺が無いのだ。

 

「だからって、行った所で変わりはしないわよ。」

「えっ!?な、何の話ですか!?」

「どうせ貴方の事だから、近くで応援したいとか思ってたんじゃない?それであの人達の力になれるのならって。」

 

 そして果林が見抜いた通り、それを打開するのに声援を送るというのもまた創作の上でのお約束なだけであり、実際に行えば逆に危険を招きかねない。

 自分達にも何か出来ないか…それを模索すればする程、何もしないが最適解となり、歯痒さに居たたまれなくなる。

 

「気持ちは分かるけど、それは流石に危ないからね~。」

「うわっ、彼方さんどうしたの?」

 

 すると何を思ったか唐突に彼方が侑に抱き付き、そのまま彼女をソファへと連れていった。

 

「聞いたよ~?侑ちゃん最近お昼寝が趣味なんだって~?なら彼方ちゃんと一緒にすやぴしようよ~。きっと良い夢見られるよ~?」

 

 彼方は侑ちゃん確保~、と上機嫌な様子で彼女の事を離さない。

 話の腰を折るような彼女の行動は、実際先程までの空気を曖昧なものとし、皆の視線をその一挙一投足に釘付けにさせる。

 元々マイペースな性格の彼方ではあるが、ただそれだけを目的とした行動なのだろうかと。

 そしてその真実は、皆がそう予想した通りのものであった。

 

「最近侑ちゃんが一番危ない目に遭ってるからさ~…一緒にお昼寝してれば、侑ちゃんの事守れるかな~って…。」

 

 静かに呟かれた言葉であるが、その言葉は少女達全員の耳に届いた。

 話を振り出しに戻し、自分達は守られる存在なのだと再認し、さすればやはり自分達が取るべき行動は、何もしないの一択となる。

 それはここ最近の侑の周りの環境を見れば明らかだ…当時如何なる心境であったかに関わらず、彼女はまず第一に歩夢と共に事件の被害者となり、アズによって命の危機に晒され、そして先日は原因不明の重体となった、その経緯を思い返せば。

 

「ありがとう彼方さん、でも流石にこの状況でお昼寝はちょっと…。」

 

 彼方だけでない、皆からも心配される視線を向けられた侑は、その気恥ずかしさ故か返事もそこそこに身体に回された腕を退けて席を立つ。

 そうやってやんわりと誘いを断られた彼方は、ちぇ~、と少し拗ねた様子を見せるも、無理に追い縋ろうとはしない。

 

「侑ちゃん…。」

 

 それは彼女が追い縋るよりも、より相応しき少女が居るから。

 

「私も、侑ちゃんの事を守りたい…侑ちゃんの側で、侑ちゃんの事を1人になんてさせないから…。」

 

 侑の手を取る歩夢。

 その力は決して強くなく、しかし真っ直ぐに見つめてくるその瞳からは、決して侑の事を離さないという強い意思を感じる。

 束縛とも捉えかねないその意思の強さは、やはり度重なって降り掛かる侑への危機に、心を苛まれているから。

 

「だから侑ちゃんも、1人でどこかに行ったりしないでね…?」

 

 例え目の前に居たとしても、伸ばした手が届かない事だってあるのだから…。

 

「…ありがとう歩夢。そうだね、1人になんてならないよ…絶対に。」

 

 分かっている…自分とて、この命を無為に散らしたくなど無い。

 歩夢だけでない…皆から想われ、そしてその皆にも言える に、侑は頷きを返す。

 

「(1人になんて、か…。)」

 

 その胸に、たった1つの気掛かりを残しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 ゼロワンドライバー! 】

【 ショットライザー! 】

【 フォースライザー! 】

【 スラッシュライザー! 】

【 サウザンドドライバー! 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(私は…。)」

 

 侑の中で呼び起こされる、かつての記憶。

 

 

 

 

―決して彼女が恐れるような事にはならないと誓いながら、侑は歩夢に背を向けその場を後にし…。

 

 

 

 

―歩夢の呼び声も受け流し、侑はそのまま部屋を出ていってしまい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Jump(ジャンプ)!

Bullet(バレット)!

Dash(ダッシュ)!

Poison(ポイズン)!

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)!

Dodo(ドードー)!

Japanese(ジャパニーズ) Wolf(ウルフ)!

Brake(ブレイク) Horn(ホーン)! 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(私はそれから…どうしてたんだろう…。)」

 

 そう…侑にとって1つだけ気掛かりだったのは、ここ最近の自らの行動について。

 皆から居なくなったと騒がれているその間の記憶が…実は抜け落ちている事。

 皆から離れた後、気が付けば体育館の外に居たし、気が付けば病院のベッドで寝ていた。

 まるで夢遊病のように、まるでスイッチが切り替えられていたかのように。

 まるで…高咲 侑という意識を奪われ、別の"ダレか"に身体を明け渡されていたような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「変身!!」」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

Force(フォース)rize(ライズ)! 】

 

Slash(スラッシュ)rize(ライズ)! 】

 

Perfect(パーフェクト)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは杞憂か、或いは気付きか。

 気付きとして、それは果たして気付くべき事だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライジングホッパー!!

 

シューティングウルフ!!

 

ラッシングチーター!!

 

スティングスコーピオン!!

 

バーニングファルコン!!

 

Brake Down…!!

 

ジャパニーズウルフ!!

 

【 Presented by "ZAIA". 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない方が、幸せな事もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…一体…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクン…と、

 

侑の中で、また静かな鼓動が鳴り響いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.22「永久に色褪せない証」

ところで仮面ライダー展の北海道アンバサダーに宝生 永夢ゥ!!が就任しているのだとか



「はっ!!はぁ!!」

 

 遂に始まった、仮面ライダーとマギアの全面対決。

 マギア側は戦闘員(トリロバイト)を始めとし、ベローサ等の怪人(名有り)も数知れず量産されており、さらにはキメラタイプも複数確認される程の大軍勢。

 それに対して仮面ライダーは総勢たったの8人、数の差は誰の目にも明らかであるが…彼等は今、それをものともしない勢いで奮戦している。

 仮面ライダーとして軒並みのマギアを上回る基礎スペックに加え、この戦いに於いて各々が掲げる矜持が高潮し、戦闘意欲が高まっているが故だ。

 

Shining(シャイニング) Jump(ジャンプ)!

 

 その勢いに乗るがまま、或人はシャイニングホッパーキーを起動。

 ライジングホッパーから発展したその力を振るうべくベルトへ装填した。

 

Progrize(プログライズ)! シャイニングホッパー!!

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 変身と同時にシャイニングアリスマテックを起動し、数多の幻影で以て撹乱。

 そして隙の出来た敵を次々と蹴散らしていく。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ふっ!!」

 

 付近では不破と唯阿が抜群のコンビネーションでマギア達を相手にしている。

 その中で唯阿は天津から受け取った新たなプログライズキー、"トラッピングスパイダープログライズキー"を起動し、ライザーへ装填する。

 

Territory(テリトリー)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 装填されたキーの情報を認識し、ライザーから変身を促す待機音が鳴り響く。

 後はライザーの引き金を引けば工程が完了するのだが…彼女はそれを引かず、代わりに装填されているキーのスイッチを押した。

 

Territory(テリトリー)!

 

 するとライザーから先程とは違う待機音が鳴り響く。

 それは必殺技発動の待機音…装填されているキーのスイッチを押せば必殺技を放つ待機状態に入るという、ライザーの仕様の穴を突いた裏技だ。

 これにより何が起こせるか、それは…。

 

トラッピング! ブラスト!! 】

 

 唯阿がマギア達の間を縦横無尽に駆け抜ける…その姿は、ラッシングチーターのままだ。

 そしてその度に銃口から放たれるのは、まるで蜘蛛の糸を丸めて弾丸にしたような物であり、それらはマギアに当たると弾けて絡糸となり、その動きを封じ込む。

 そう…この裏技を駆使する事で、擬似的ながら2つのプログライズキーの力を同時に運用出来るのだ。

 そして唯阿が立ち止まった時には、付近のマギアはその一切が身動きの取れない状態に陥っていた。

 

「不破!!」

「おうッ!!」

 

Revolver(リボルバー)!

 

 唯阿の合図に合わせて不破が動く。

 彼もまた天津から受け取った"ガトリングヘッジホッグプログライズキー"を起動し、しかし唯阿と違って彼はアタッシュショットガンにそのキーを装填した。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

【 チャージライズ! フルチャージ!! 】

 

 さらに銃身を折り畳み、彼は唯阿の背を借りて空高く跳躍。

 宙空で銃身を展開し、構えると同時に引き金を引いた。

 

ガトリング! カバンバスター!! 】

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 瞬間、銃口から吹かれる緑刺の嵐。

 そのあまりの威力に半ば不安定ながらも滞空しながら、不破は次々とマギア達を仕留めていく。

 やがて彼が地に降り立った跡地にはガラクタが転がるのみとなり、しかし休む暇も無く次の波が押し寄せてくる。

 

Strong(ストロング)!

 

 一方或人達が戦っているその眼下でも同じ様にマギアの相手をしているのが滅であった。

 アタッシュアローを駆使し、襲い掛かってくる脅威を無駄なく相手取っていた彼だが、ここで自ら攻勢に打って出た。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

 

 彼が起動したのは、"アメイジングヘラクレスプログライズキー"。

 滅にとってはかつて使用した経験が有るからか、キーを起動してから必殺技を放つまでの流れは、他のどの戦士よりも速く、そして流麗であった。

 

「………!」

 

アメイジング! カバンシュート!! 】

 

 アタッシュアローから放たれた矢が、橋下を潜って一直線に突き進む。

 その矢が飛ぶ様はまるで荒々しく、また強固で、そして強靭であり、そんな矢にもし掠りでもすれば、マギア程度なら一瞬でその身が爆ぜる。

 そうして穿たれたマギアが連鎖的に爆発を起こし、たった1矢なれども実に多くの敵を仕留めるに至った。

 

【 チャージライズ! フルチャージ!! 】

 

 だがそれだけで敵の勢いは止まらず、今度は滅の背後から一斉にマギアが襲い掛かってきたが…。

 

「フッ…!」

 

【 カバンフィニッシュ!! 】

 

 それを見抜けぬ滅では無く、あらかじめ予備動作を済ませておいた彼の必殺技が背後を一閃…また数多の敵を鉄屑へと変えた。

 そんな滅が視線を上へと向ければ、そこでは迅がマギアと空中戦を繰り広げている。

 地上と比べれば敵の総量が少ないからと現状彼に一任しているが、それでも単身でというのはいつ状況が変わるか分からない。

 

「迅!これ使って!」

 

 故に出来る限りの援護をと、或人は迅に向けてバイティングシャークのキーを投げ渡した。

 

「借りるよ、ゼロワン!」

 

Fang(ファング)!

 

 地上から放り投げられたキーを手にした迅は、スイッチを押して起動したそれをバーニングファルコンキーの代わりにライザーへセットし、唯阿と同じ要領で裏技を発動する。

 

バイティング! レイン!! 】

 

「はぁ!!」

 

 ライザーから幾つもの短刃が並び、それらが一斉にバーニングファルコンの炎を纏い、さながら巨大な鞭のように仕上がると、迅は縦横無尽にそれを振るって空に蔓延る機械の群れを一掃する。

 しかし空もまた地上と同様倒してもすぐに援軍がやって来る…しかも今回の援軍は少しばかり厄介なものであった。

 

「ッ…皆!ギーガーがそっちに行った!」

 

 迅が警告したように、空から5体のギーガーが地上へ降り立つ。

 その巨体だけでも十分脅威となる存在であるが、ギーガーにはヒューマギアの統率ユニットとしての側面もある。

 このまま下手にマギアの指揮を取られれば、思わぬ窮地に立たされてしまうやもしれない…。

 

「兄貴!」

「サンキュー!」

 

 それを阻止すべく、或人は雷電にブレイキングマンモスキーを渡し、それを受け取った雷電はベルトのキーを交換、直ぐ様レバーを3回操作した。

 

ブレイキング! ディストピア!! 】

 

「へぇ、良いねぇ…!」

 

 こちらもライザーの機構の穴を突いた裏技であり、両手に持つヴァルクサーベルがブレイキングマンモスの力によって巨大なエネルギーの刀身を纏い、さらにそこにドードーキーから発せられる雷撃がプラスされる。

 それでいて武器の重量は変わらず軽々と振り回せる為、その見るからな強化の有り様に雷電は堪らず仮面の下でニヤリと笑う。

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 そしてそのまま武器を振り回せば、彼の姿はまさに鬼神の如し…何倍もの体格差が有りながら、雷電は瞬く間に2体のギーガーをその巨大な刃で押し潰した。

 

「亡!」

「お借りします。」

 

 さらに亡も同様に或人からフレイミングタイガーキーを受け取り、やはり雷電と同様の操作を行って2つのキーの力を結合させた。

 

フレイミング! ディストピア!! 】

 

「はぁぁぁぁぁ…はっ!」

 

 亡の爪が熱を帯び、その切れ味を増す。

 そのまま駆け出し爪を閃かせれば、切れぬものは何も無し…例え普段ならその爪を突き立てる事が叶わぬであろうギーガーの装甲でも。

 そうして亡もみるみる内に2体のギーガーを無力化し、残すは後1体…その1体は、天津の居る場所へと向かっていた。

 

「ふっ!!はぁっ!!」

 

 彼はマギアの集団を相手に善戦しており、それ故に背後から迫るギーガーに気付いている様子が無い。

 このままでは彼が危機に晒されるか…?

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「ふんっ!」

 

 しかし天津は突如サウザンドジャッカーの機能を発動。

 フリージングベアーの力で目の前のマギア達を氷漬けにするや、おもむろにプログライズキーを取り出した。

 

Scissors(シザース)!

【 Progrise key confirmed. Ready to break. 】

 

 それは決戦直前に自らが手にした、エキサイティングスタッグのキー…彼はそれをサウザンドジャッカーのスロットに装填し、手元のトリガーを引いた。

 

Hacking(ハッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「ふっ!」

 

 そして唐突な振り向き様と同時にサウザンドジャッカーを突き出すと、武器の先端からクワガタの角を模したエネルギーが現れ、目前に迫っていたギーガーの胴を挟み込んだ。

 

「はぁぁぁぁ…!」

 

 そう、天津は最初からギーガーの襲来など察知していた。

 相手のマギアやギーガーとて、何も考えぬただの機械では無い…下手に仕草を見せれば却って警戒させてしまい倒し辛くなるやと踏んだ上で、これまで演技を通していたのだ。

 そして見事にその術中に嵌まった敵を天津は軽く鼻で笑うや、武器に込める力を上げる。

 するとそれに応えるようにギーガーの身体がミシミシという不快な音と共に宙へ持ち上がり…。

 

「ムゥン!!」

 

 最後に天津が勢い良く武器を振り抜くと、ギーガーの巨体は彼の頭上を舞った後、未だ氷漬けにされているマギアの集団の中に突っ込んでいき、やがて負荷に耐えきれなくなった集団が盛大な爆破を起こした。

 

「フン…。」

 

 自分達(仮面ライダー)が、こんな程度の敵に一歩でも遅れを取るとでも?

 そう言いたげに再び鼻を鳴らした天津は、懲りもせず迫る敵を排除する為に踵を返す。

 そう、彼等が真に倒すべき敵はただ1人…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ、終わりそうにないですかね?」

 

 誰が零したか…それはぽつりと小さな声でありながら、その場に居る誰しもの耳に届いた。

 それは室内が普段の喧騒に包まれていないから…ライブ開催の予定時間になると同時に始まった決戦は、複数の建物を挟んだこの場に於いても時折爆発とおぼしき音が聞こえてくる程であり、まさに決戦の名に偽り無しと言った模様。

 そして少女達はその現実を前に、少なからず畏怖の念を抱いている。

 たった8人で、幾数も分からぬ敵を止められるのだろうか?

 彼等は本当にこの戦いの後、先の未来というものを見せてくれるのだろうか?

 信じなければならないというのに、思わずそう疑いを持ってしまうのは、やはり自分達が普通の少女であるから。

 こんな争い事、命の賭け事など微塵も縁の無かった自分達であるからこそ、素直に目の前の現実が恐いと思う。

 そしてだからこそ彼等を頼るしか無いと…彼等を信じるしか無いと同時に思い知らされる。

 争い事、命の賭け事に対し敢然と立ち向かえる彼等でなければ、この現実は変えられない…それを分かっているからこそ、信じる事しか出来ない自分達の事がもどかしい。

 これまでに幾度も堂々巡りしてきた感情が、この決戦の時になって一層募っているのだ…誰も彼もが目を伏せ、言葉を封じ、しかしその瞳から光を失くす事は許されぬと力が込もり、故にこんな息苦しい環境が出来ている。

 そんな重い空気が一杯に張り詰める中、突然侑がその場からスッ…と立ち上がった。

 

「侑ちゃん?」

 

 音も無く立ち上がった彼女の突然の行動に、歩夢が声を掛ける。

 しかし侑はそんな歩夢の呼び掛けに応じる事無く、近くに居る隊員に向けて話し掛けた。

 

「すみません…お手洗い行ってきても良いですか?」

 

 内容は、特に何という事の無いもの。

 こんな状況ではあるが、生理現象には逆らえぬ…隊員達もそんな事は分かりきっている為、特に咎める事は無く護衛を付けるという条件の下それを許可した。

 

「あ、私も…!」

「歩夢はここに居て、ここに居た方が安全だからさ。」

 

 それに反応したのは歩夢。

 その理由は侑と同様のものという訳では無く、先程1人にしないと言ったからであろう…ただ彼女の側に居たいが故のものであった。

 しかし侑はそんな歩夢の想いを見透かしていたのか、危険だからと彼女を宥めて護衛の隊員2人と共に部屋を後にした。

 その一連の流れは、やはり特に何という事の無いもの…決して何か気に留めるような事では決して無い。

 しかし歩夢はその一連の流れに対して妙な引っ掛かりを覚えていた。

 

「侑ちゃん…?」

 

 彼女がこちらを制した時、まるで一瞥もしなかったその様子を見て、果たして彼女はあんな風な子であっただろうか、と。

 何故か、先程の彼女は彼女らしからぬ…部屋を出る時に一瞬、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべたような気がする彼女が、まるで別人のようだと思ってしまったのは、ただの気のせいであろうか、と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から衰える事無く善戦を続ける戦士達。

 敵は既に三分の一を切っているように見え、後方に控えていた首魁(アズ)の姿も徐々に見えてきた。

 このまま戦況を維持出来れば、この戦いは自分達の勝利だ。

 しかしそれを成し得る為には越えねばならぬ壁があり、そしてその壁は未だこの場に姿を現していない。

 

Ark(アーク) Rise(ライズ).

 

 瞬間、聞こえてきた悪声。

 同時に遥か空の彼方から戦場へ降り立った悪意の権化。

 

「ッ…アーク!!」

『ゼロワン…キサマを滅ぼす。』

 

 戦士達の意図を汲むかのように姿を現したアークは彼等と対峙するや、おもむろに手を上げる。

 そして何か力を込めたその瞬間、残っていたマギア達が次々とその場に倒れていった。

 

「ひっど~い、アーク様ったら強制ログアウトだなんて。」

『使えぬ駒など要らぬ。』

 

 間近で倒れたマギアを足蹴にしながらアズがからかうも、アークは一切気に止めない。

 ログアウトという、まだ何かこちらの知り得ない未知なる要素が垣間見えたそのやり取りが気を引くものの、現状はアークをどうにかするべき…この壁さえ越える事が出来れば勝利は目前なのだから。

 

メタルライズ!! メタルクラスタホッパー!!

 

「はぁぁぁあ!!」

 

 周りの雑魚が居なくなって戦いやすくもなったこの状況を、見逃す手は無い…そう思うが早く、或人はメタルクラスタの力を纏って勝負に挑んだ。

 手にはアタッシュカリバーにプログライズブレード…現状持ち得る最強の戦闘スタイルで突貫し、双刀の乱舞を見舞う。

 だが億単位の予測が出来るアークにはそれでも攻め手が足りず、或人はただ成果の出ない狂舞を踊らされてしまう。

 

「俺達が居る事忘れんなよ!!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! Ready Go! アサルトウルフ!!

 

 しかし周りには他にもアークに立ち向かえる者が居る…その第一波として不破がアサルトウルフへその身を換装し、他の戦士達もそれに続こうとする。

 だが或人の攻撃を捌いていたアークが不意に彼と距離を離すや再び手を掲げ、また力を込めた。

 

「なにっ!?」

「復活した…!?」

 

 すると先程機能を停止されたマギア達が突如動き出し、戦士達の前に立ちはだかったではないか。

 一糸乱れずに立ち上がり、再び脅威となった機械達を前に戦士達は狼狽し、アークはそれを横目にしてフン、と嘲笑う。

 

『使えないのならば、使えるようにするまでだ。』

 

 どうやら今度のマギアはアークが直々に制御をしているらしく、その動きは先刻まで相対していた時よりも洗練されており、戦士達は或人の援護に向かえない。

 

『オマエ達は、ワタシに勝てない。』

 

 無駄な抵抗は止めろと…そう告げるや、アークの周囲を黒々とした流体の金属が舞い始める。

 同時にベルトから発せられたビームエクイッパーにより、手にはサウザンドジャッカーを、宙にはショットライザーが複数展開され、それらの矛先が一斉に或人へと向けられる。

 

「っ…それでも!!」

 

 悪意の化身が持つ本気の力…その一端を見せ付けられ、つい萎縮してしまう或人であったが、だとしてもと半ば意固地に身を任せて立ち向かっていく。

 ただがむしゃらに、世界の平和を守る為に。

 そして、少女達との約束を守る為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ開始の予定時間から、既に30分…それは同時に戦士達の決戦もそれだけの時間続いている事を意味している。

 普段ならば容易に過ぎていくような時間も、今に至っては既に1時間は経過したのではと錯覚する程であり、少女達の感覚が麻痺している事を示唆している。

 それが少女達にとっては大きな負担となっており、室内は先刻以上に張り詰めている。

 そして少女達の負担には、ネットからの声が段々と心配から苦言へと変わってきている事も含まれている。

 今までやれ機材トラブルだ諸事情などと誤魔化してきたが、観客の方も我慢の限界が近い様子。

 それは少女達も同じだ…自分達に期待を寄せる人達の為に、早く晴れやかに声を上げたい、笑顔を振り撒きたい…。

 しかしその時は未だに訪れず、そしていつ訪れるかも分からない。

 張り詰め過ぎて、苦しくて、いっそ我を忘れて破裂させてしまいたくもなってしまう程であるが、それでも少女達は、それが本当に晴れやかなものでは無いとして、また苦しさに悶えるしかない。

 

「あの…侑先輩、遅くないですか…?」

 

 そんな時だった、しずくがそう問うてきたのは。

 言われてみればそうである…侑がこの部屋を出ていったのは、今からおよそ10分程前。

 ただ近くに用を足しに行っただけなら、こんなにも時間が掛かる筈も無い。

 それまで限界まで追い詰められた精神で耐え忍ぶ事を強制されていたが故に思わず失念してしまっていたその事実を前にして、少女達はハッと息を飲んだ。

 

「付近の隊員を確認に向かわせた。少し待っていてくれ、すぐに報告が来る筈だ。」

 

 そんな少女達をあやすかのように、室内に居る隊員が即座に指示を飛ばした。

 原因究明にそう時間は掛からぬと言った通り、指示を飛ばしてから1分もしない内に連絡が返ってきたらしく、隊員は少女達に背を向けその連絡を受ける。

 その迅速なやり取りは、端から見ればまるで問題無く確認が取れたかのように見え、少女達はほっと胸を撫で下ろす。

 

「こちらA班、状況は…なにっ!?」

 

 しかし問題無く終わると誰もが想定していたやり取りは、それまで機密保持の為に声を潜めていたにも関わらず漏れてしまった隊員の驚声によって否定された。

 

「馬鹿な!?機類には反応など…!?」

 

 動揺を隠せていない隊員を前に、先程まで安堵に胸を撫で下ろしていた少女達の間でも段々不穏な空気が立ち込めていき、やがて次に隊員が発した一言で以てそれはピークに達する。

 

「…待て、もう1人居る筈だ!!"高咲 侑"という少女が!!」

「「っ!?」」

 

 思わず全員が席から立ち上がった…そうさせるだけの衝撃が彼女達を襲ったのだ。

 高咲 侑…彼女の身に、何かが起きた。

 一度ならず二度までも、そして二度ならずに三度までも…。

 

「侑ちゃん…!?」

「っ…付近の隊員に応援を要請!!負傷者の救助と行方不明者の捜索を並行せよ!!こちらは隊長へ報告を行う!!」

 

 それを感付かれてしまった隊員は堪らず眉を潜め、そこから先の言及は許さないと言わんばかりに唯阿へ連絡を取ろうとした。

 

「あの、何があったんですか!?行方不明って…!?」

 

 しかしそれよりも早く歩夢が詰め寄る。

 なお無理を通して連絡を行おうとする隊員の、それ以上の無理を通して彼女は話を聞こうとする。

 その姿勢は他の少女達も同様であり、やがて彼女等の圧に耐えかねた隊員は、防止すべきであった情報の漏洩を己の失態だと悔やみながら、起きてしまった事実を少女達へ告げる。

 

「さっきあの娘の護衛に回った隊員が、負傷した状態で発見された…そして彼女は…。」

 

 先程まで張り詰めていた空気は一転し、歩夢の息を呑む音が室内に響き渡った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと…!?」

「唯阿…!?どうかしましたか!?」

 

 少女達に告げられたその事実は、その後直ぐ様唯阿へと伝えられた。

 彼女は報告された内容をとても信じられないと絶句し、それはその訳を聞いた亡も同様であった。

 

「校内で子供達の護衛に付いていた隊員2名が重傷を負ったようだ…そして高咲 侑、彼女の行方も同時に分からなくなった…!」

「なっ…校内に敵が潜んでいたという事ですか…!?」

「分からん!とにかく状況を確認しに行く必要がある…亡、頼めるか!?」

「分かりました…!」

 

 唯阿からの指示で戦線を離脱し、現場へ向かう亡。

 その道中、亡は起きてしまったこの異変について考えを巡らせていた。

 

「(支給されている機類は、どれも完璧な筈です…。)」

 

 現在A.I.M.S.の装備は全て技術顧問たる亡と、隊長である唯阿との鑑査を経て、全て完璧な状態で運用されている。

 今回の決戦に際しても普段以上の念入りなチェックを心掛けた為、整備不良等のミスはまず無い筈。

 であるのに全く反応を感知出来ずに損害を受けてしまったという事は、やはり校内に予め敵が潜んでいたという事か…?

 

「(いえ、だとしても敵の潜伏を看破出来ない筈が…。)」

 

 敵はどんな手を使ってくるか分からない…もしかしたら相対する敵はマギアでは無く人間等の可能性が有る事も考慮し、各隊員にはマギア等の機械反応を探知するセンサーと、人間等の生体反応を探知するセンサーの2つが同時に支給されている。

 そちらも整備は万全であり、そもそも元の品質も最高性能の物…普通ならば例え敵が何処に潜伏していようが炙り出せる筈だ。

 そうでなくても各隊員にはそういった機類に頼らず敵の発見が出来るように訓練を積ませているし、不測の事態に於いては各隊員間の状況報告も徹底している。

 故に各隊員が何の連携も取れずに被害を被るとなれば、予測出来る可能性は…。

 

「っ!あそこか…!」

 

 と、出掛かった答えが結実する前に亡は現場に到着する事となる。

 それと同時に見えてきた光景に亡は目を疑った…部室から程近い手洗い場、その目前では隊員達が負傷者の手当てに奔走しており、その付近では…何故か少女達が揃ってそこに居たのだ。

 

「何をしているのですか!?」

「だって、侑ちゃんが…侑ちゃんがまた何処かに…!!」

「危険です!!皆さんは部屋に戻って…!!」

「すみません!でも皆、どうしても我慢出来なくて…!」

 

 よく見れば何か揉めていたらしい彼女達から話を聞けば、どうやら侑の事を聞いて居ても立っても居られなくなった何人かが部室を飛び出してしまい、それを残りの少女が必死になって止めていたとの事。

 璃奈からそう訴えかけられた亡は、少女達の限界が既に間近だという事を察して眉を潜める。

 

「彼女は必ず見つけ出します…私達を信じてください。」

 

 ひとまずそう告げ、何とか少女達を部屋に戻るよう促す事に成功した亡。

 しかしそれで彼女の潜めた眉が元に戻る事は無い。

 それは少女達がこちらの指示に従ってくれてなお向けてくる視線…その色が信用や信頼といったものからかけ離れていたからだ。

 告げた言葉は決して偽り無しであるが、もはや少女達の心には深く届かない…それほどまでの段階に来てしまっている事実を見せられ、亡は胸の奥に小さな痛みを感じた。

 

「…状況は。」

「1人はまだ辛うじて息が…しかし、もう1人は…!!」

 

 さらに振り返って隊員が受けた被害を聞いてみれば、こちらも胸を痛める結果であった。

 A.I.M.S.は決して誰でもなれるような役職では無い…国家直属の部隊として、厳しい試練を越えられた者だけが所属する事が出来る部隊なのだ。

 故に新規に加入する者というのはごく稀な事であり、同時に所属している隊員間では加入の時期の長短関係無く強い絆が結ばれている。

 家族とまでは流石に言えないだろうが、それでも近しい程には情を持てる者達が今傷付けられた、そして殺されたのだ…亡の手には、自然と力が込もっていた。

 

「っ…亡…技術顧問…。」

「喋らないで!傷に障ります!」

 

 と、それまでその傷から苦悶に目を閉じていた隊員が亡の存在に気付き、振り絞った声を上げた。

 尾野という名の彼も、惜しくも亡くなってしまったもう1人も、見れば腹部から多量に血を流している。

 

「彼女は…?」

「彼女…高咲 侑の事ですか?彼女は今…行方が知れていません。あなた方が襲撃を受けた後に何かあったのでしょうが、とにかく今は適切な処置を…!」

 

 恐らく一撃、深くやられたのだろう…無念とて、とても口を開いて良い状態では無く、亡は必死にそこから先を制止しようとする。

 しかし彼は侑の現状を耳にした途端、何故かその目を異様に見開いた。

 

「ッ…いけません…!!俺に構わず、彼女を探してください…!!彼女を、止めなければ…!!」

 

 亡は尾野とは反対に疑心から目を細める。

 尾野の口振りからは、まるで侑の事を危険視しているような意思が伺える。

 それが一体何故なのかと、亡からすれば訝しみしか覚えなかったが、ふと過去の中で亡の気を惹いていた出来事が頭を過る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―優しいのねぇ…流石、スクールアイドルフェスティバルなんてものを考える程だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアズが言った台詞が思い起こされ、謎が過ぎるが故に錆び付き止まっていた数々の歯車が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―亡…思えばお前の身体を使った事は一度も無かったな?この身体の代わりとして、今度はお前を利用するのも一興か…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアークが放った台詞が思い起こされ、歯車同士が次々と噛み合わさっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―やはり身体が馴染まぬ…別の身体は用意出来ないのか?

―駄目ですよアーク様、その身体である事に意味が有るんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその2人が交わした会話が思い起こされ、全ての歯車が組み合わさって形となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…!?」

 

 そうして導き出された解は、まさしく信じ難い事実。

 しかしそうと仮定すれば、彼等の目的含めて全て合点がいく。

 亡が現場に着くまでに考察していた、今回の被害。

 各隊員が何の連携も取れずに被害を被るとなれば、予測出来る可能性は…ただ1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の正体が、彼等がどうしても油断してしまうような者であったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを可能とする者など…当時に於いて、ただ1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達を襲ったのは…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ…っ…!!」

 

 アークとの戦闘は熾烈を極めていた。

 しかし他の戦士達が揃ってマギアを相手にしている以上、或人単身での戦闘はやはり次第に劣勢へと戦況が傾き、やがては何度も地を転がされる羽目となる。

 

『思い知れ、オマエ達に未来は無い。』

 

 アークはこれまでと同じ様に淡々と、悪意から来る言葉を並べていく。

 圧倒的な差を前に諦めよと…そう心無い台詞を言い放つ様に、普通ならば確かに屈してしまいたくもなる。

 

「…あぁ、よく分かってるよ。お前がどれだけ強くて恐ろしい存在なのか。」

 

 だが或人は立ち上がる。

 何度地を舐める結果となろうが、それでも立ち上がる。

 

「でも…それでも俺達は、絶対に諦めない!!」

 

 諦めなければ、きっと勝機は訪れる。

 そしてその時は…今だ。

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! ライトニングホーネット!!

 

「ふっ!!」

 

 それを証明するように、マギアの群衆の中から唯阿が先んじて飛び出しアークへ攻撃を行う。

 それでアークが傷を負う事は無かったが、幸運にも未だ多くのマギアが蔓延る中でそれらを無視して攻撃を仕掛けた事はアークの予測の中に含まれていなかったのか、彼女が見舞った銃撃は全弾アークの身体に命中し、足止めと同時に注意を惹き付ける事が出来た。

 それ故に、戦士達の次の行動も成功へ繋がった。

 

バーニング! レイン!! 】

ゼツメツ! ディストピア!! 】

 

「「はぁっ!!」」

 

 再び群衆の中から飛び出す影が2つ…その正体たる迅と雷電はアークの目前に姿を現すや、矢継ぎ早に各々の必殺技を発動する。

 迅の放つ幾多の閃刃が、雷電の振るうニ太刀が、敢えてアークを捉えずに周りの敵を殲滅する。

 目の前の巨悪を放るその奇抜な戦術は、それまで唯阿に向かれていたアークの気をそちらへと向けさせ、手に掛けようと思考させる。

 

「叶えたい夢があるから…戦うんだ!!」

 

 だがアークがその気を向けた先には既に2人の姿は無く、代わりに或人の振るう刃が視界に飛び込んできた。

 一連、二連、三連と…決して反撃を許さぬ一分の隙無き攻撃が、アークの身体に刻み込まれていく。

 

『小賢しい真似を…。』

 

 小賢しい…まさにそう言うに相応しき知恵の巡らせ方に、さしものアークも苦言を呈する。

 だが彼等の浅知恵はこれで終わらない。

 

スティング! ユートピア!! 】

 

「フッ…!!」

 

 あらぬ方向からから伸びる機械蠍の尾。

 滅の攻撃は的確に、防御しようとしたアークの腕の隙間を縫って直撃し、その身体を大きくよろけさせる。

 

マグネティックストーム! ブラスト!! 】

 

「はぁあ!!」

 

 さらに不破が全身の火器を余す事無く発射する。

 決して本体のみを狙わず、アークの周囲に着弾するようにも仕掛けられた攻撃は、アークが態勢を立て直して反撃を行う暇を与えない。

 

「ふん!!」

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! 】

 

 そうして出来た隙を、いよいよ大詰めに掛からんとする天津が突く。

 サウザンドジャッカーをアークの身体に突き立て、ジャックリングを引く。

 そうする事でアークから無理矢理データを抽出し、その動きを鈍らせる事が出来る。

 

Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「はぁっ!!」

 

 そしてトリガーを引き、元々保存してあったデータと上乗せ、アークの力を解放する。

 目には目を、歯には歯を…サウザンドジャッカーから放たれた赤黒い光線が、アークの胸を穿つ。

 ガリガリと装甲が削れる音が響き渡り、やがて爆発と共にアークの身体が大きく吹き飛ぶ。

 

【 ファイナルライズ! 】

 

 その間に或人はブレードをベルトの認証装置へ翳し、必殺の力を解放する。

 ブレードの刃先に飛電メタルが集まり、最高鋭利な刃と化す。

 そして或人は天津の攻撃によって吹き飛ばされたアークに向かって走り出し、タイミングを合わせて地を蹴り跳躍。

 落下の勢いを乗せて、小賢しいと蔑まれたこの戦術の最後の一太刀をアークへと浴びせる。

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ス ト ラ ッ シ ュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グッ!?ムゥゥゥ!?』

 

 アークの身体に刻まれる、白銀の刃。

 その一太刀はアークの強靭な装甲を以てしても防ぎきるに至らず、その身体を大きく地へと転がした。

 そして与えたダメージは大いに尾を引かせ、アークは今立つ事がままならない…チャンスはまさに、今しかない。

 

「アーク…これで終わりだ!!」

 

【 ドッキングライズ! 】

 

 或人が2つの武器を連結し、必殺の態勢に入る。

 決して容赦も油断もしない…最大火力を誇る技を、最大出力で撃ち放つ。

 さすれば如何にアークとて…そうして迎えるのだ、皆が求める光差す未来を。

 託された少女達からの祈りを、そして今ここに居る戦士達の願いを一身に、或人は掲げた武器を振り下ろす。

 その言葉通り、これで本当に最後…この一撃で、全てが終わる…!

 

「待ってください!!迂闊に攻撃してはいけません!!」

「亡…!?」

「お前何言って…!?」

 

 しかしその幕引きは、突如間に割って入ってきた亡によって阻止されてしまった。

 決してアークに操られているでも無い様子から取られたその行動に、戦士達は皆彼女の正気を疑った…チャンスは今しかないというのに、一体何を理由にしてそれを阻むというのだろうか?

 

「アーク…。」

 

 戦士達からそんな視線を向けられた亡は、しかしそれに応える事無くアークの方へと向き、恐る恐るその名を呼びながらある事を問い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は…誰ですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は今…()()()()()使()()()()()()()()()…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …言葉の意味が分からなかった。

 彼女は今、何を問うているのだろうか?

 誰の身体など…そんなもの、向こうがあらかじめ用意していた機械の身体であろう。

 そんな…まるで自分達の知っている誰かの身体を使っているかのような聞き方をする必要など…無い筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…フッ。』

 

 だが、アークは笑った。

 まるでそう問われる時が来るのを待っていたとでも言うように、ただ一度、嘲笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『飛電 是之助…その忌まわしき遺志を継ぐ者達よ…。』

 

 アークの身体が崩れていく。

 その黒々とした装甲を造っていた金属が、ドロドロとした流体となって爛れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『果たしてオマエ達に…。』

 

 そうして徐々に露になる、アークの本体。

 その足下を、まるで泥沼のようにする程に流れ出た悪意によって守られていた正体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()が倒せるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 或人達と並ぶ程であった背丈は、頭1つ分小さくなり。

 或人達と同じ程度であった体格は、随分小柄なものとなり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で…?」

 

 黒と緑のグラデーションが特徴的な髪を2つに分けて結んでいる、何故己が今そこに立っているかも分からぬ程に無垢な心を持つ少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑…ちゃん…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"高咲 侑"が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




"ピロロロロロ…アイガッタビリィー"


高咲 侑ゥ!!


何故君はあれ程の怪我を負いながら、たったの数日で退院する事が出来たのか…

何故退院した後の君は日中であるにも関わらず頻繁に眠るようになってしまったのか…"アロワナノー"

何故アークが現れる時必ず君の姿が見えなくなるのくわァ!!(ソレイジョウイウナァ!!)"ワイワイワイワーイ"

その答えは、ただ1つ…(ヤメロォ-!!)




アハァー…♡




高咲 侑ゥ!!(無言ダッシュ)




君がァ…!




アークの器となるべく…!!




その身体を改造されていたからだァァァァァ!!!"ターニッォン"




ヴアァァァァァハッハッハッハッハッ!!!!"ソウトウエキサーイエキサーイ"

ヴェアァァァァァァァァァァハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!"ッヘーイ(煽り)"


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Program.23「失くす世界で 問われるのは」

「侑ちゃん…どうして…!?」

 

 遂に露になったアークの本体。

 その正体が自身等もよく知る少女…高咲 侑であるとして、戦士達は揃って呆然としてしまう。

 何故だ?何故彼女がアークとなっている?

 悪意等とはとても縁が無いような彼女が、何故アークの本体として目の前に居る?

 そのとても信じ難い現実を前に戦士達はどう行動していいか戸惑うばかり…そしてそれは高咲 侑、彼女もまた同様であった。

 

「何で…私…?」

 

 まただ、また知らない内に身体が動いていたようだ。

 記憶が有るのは、部室で皆と共に戦士達の戦いが終わるのを黙って待っていた所まで。

 そこからまた意識を失くし、そしてその間に勝手に出歩いてしまっていた。

 だが今回はいよいよ以ておかしな状況だ…まず場所が今回の戦場予定地となっていた学園目前の渡り橋の上であり、そして目の前には戦士達。

 その未だ変身を解いておらぬ様子から、まだ戦闘が続いている事が窺える。

 そこから物事を客観的に捉えれば、不用意にも自分が未だ戦い終わらぬ戦場の渦中に飛び込んでしまったのだと容易に思い至らせる。

 それにしては彼等と向き合うように立つ己の姿や戦士達の様子がおかしい気がするが、とにかくこんな場所に居ては何が起こるか分からぬと、侑は戦士達に己の身を保護してもらうべく歩み寄ろうとするが…。

 

「ようやく、この時が来たわね。」

 

 不意に聞こえた声に身がすくんでしまい、その場に立ち尽くしてしまう。

 背後から聞こえたのは、かつて己を命の危機に陥らせた彼女(アズ)の声。

 下手に動けばそれこそまた…と、侑は再び降り掛かった災難を前に恐る恐ると背後へ振り返る選択を取った。

 そうして後ろを向けば、そこにはやはり彼女…アズの姿が。

 彼女は会う度に浮かべている嘲笑を今回も崩さずに、侑の事を見つめていた。

 少し手を伸ばせば届く程間近に迫っていた危機から少しでも逃れるべく、侑はその場から一歩後ずさる。

 

「お待ちしておりました、アーク様。」

 

 しかしアズは開いたその差を無情にも詰め、そして何を思ったかその場で膝を付いた。

 

「アーク…って…?」

「もちろん、貴女の事よ。」

 

 侑に対して頭を垂れるアズ…そんな彼女が続けた言葉は、侑の理解の範疇を超えていた。

 アーク?何だそれは?

 私の名前は高咲 侑だ、アークなどという…何故か耳にするだけで苦しくなるような、そんな名前では無い。

 まるで彼女(アズ)を従えているような、そんな薄気味悪い存在では決して無い。

 

「知らない…私は、高咲 侑…!」

 

 その旨を、動揺から上手く声に出せないながらも必死に伝えようとする侑であったが、それでもアズは顔を上げようとしない…じっと目の前で動かずに居る。

 しかし分かる…その下で浮かべているのは、やはりあの嘲笑であると。

 アークという存在を否定し抵抗するその様を、まるで無意味な事だとして嘲笑っていると。

 

『抗うな。』

「うっ…!?」

 

 そしてさらに聞こえてきた別の声が、侑の背筋を凍らせる。

 アズの時と違い、どこから聞こえてきたか分からない…周りを見ても、それらしき人影は無い。

 

『オマエはワタシだ、高咲 侑。』

 

 再び知らぬ者の声が聞こえてくる。

 目の前に居るアズからでは無く、それでも側から聞こえてくるこの声は…。

 

『思い出させてやろう…オマエが今まで何をしてきたのかを。』

 

 そう、声が聞こえてくるのは"どこか"じゃない…"ここ"だ。

 己の内から、幻聴のように声が聞こえてくるのだ。

 そんな声の主が、とうとう侑へ手を出し始める。

 

「なっ…あ…!?」

「侑ちゃん!?」

 

 途端に苦しみだす侑。

 頭を抑え、キツく目を閉じるその姿からは尋常ならざる事態が起きている事を見る者に知らせ、或人達の身を乗り出させる。

 そして当の被害者たる侑は、その閉じている瞼の裏で奇妙な体験をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…久し振りだな、飛電 或人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狼狽している戦士達の前に、私が立っている。

 勝手に口を開き、とても自分のものとは思えないような声が出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―オマエ達に関する情報(データ)は、既にラーニングしている…どうやら一度はワタシを討ち破ったようだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその声を発しているのは確かに自分だ。

 自分の喉からそのような声色が出ている事を、確かに実感出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―だが…言った筈だ、オマエの夢は叶わないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が勝手に動き始める。

 一歩一歩、地を踏み締める感触が足裏からリアルに伝わってくる。

 そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―今再び…ワタシは全てを滅亡させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人を殴り、傷付け、人から殴られ、傷付けられ。

 その度に身体中に酷い痣を作ってまでも、(ワタシ)は彼等を相手に戦い続けていた。

 己の口から溢れていく悪意ある言葉、向けられる敵意。

 その度に心が酷く磨り減っていきながらも、(ワタシ)は彼等を相手に罵り合っていた。

 それらの過程が、そしてそれらの過程に於いて経験したあらゆる感覚、感触、感情が、一気に襲い掛かってくる。

 己が意識を失っていた間に、アークという存在として活動していた事実を、まざまざと見せ付けられる。

 

「ッッッ―――!!??」

 

 それに耐え兼ね、膝から崩れ落ちる侑。

 皆の夢が同じ方向を向いていれば良いと…そう願い、誰かを傷付ける事など欠片にも思っていなかった自分が、自分こそが、第一にそれを裏切っていた。

 その事実に打ちひしがれ、しかしその事実を認めたくないからと、侑は己の身体を強く抱き締める。

 自分は高咲 侑…誰かの夢を、希望を、命を壊すような存在ではないと、己の在り方を固定するように。

 

「どう?思い出せた?」

「ちがっ…私…は…!!」

 

 アズの手が、侑の身体に向けられてゆっくりと伸ばされる。

 触れられる事に嫌悪感を覚えた身体が反射的にびくりと震え、伸ばされる手を凝視する侑。

 アズはそんな侑の様子を気にするでも無く、彼女の手に己の手を重ね合わせ、意外にもすぐに放した。

 そして重ね合わせた掌を見るやクツクツと笑い出し、やがてその掌を侑へと見せつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を傷付ける感覚は、楽しかった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向けられたその掌には…赤黒い色が付いていた。

 とても絵具等では表せないような色を放つそれがおびただしき血である事は、知識の無い侑から見ても分かる事であり、とすればと彼女は気付く。

 その色は、一体どこで付いた色だと…。

 先程彼女が手を伸ばした時には、そんな色は付いていなかった筈。

 ならばその色が付く暇があるとすれば…と、恐る恐る己の手を見る侑。

 その手には…余す事無く赤黒い色が付いている。

 

「あ…っ…!?」

 

 その瞬間、思い起こされる記憶。

 アークに促される事無く自ら思い出したそれは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―よし…では私達はここで待っているから、なるべく早く済ませるようにな。

―ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―これで…"ワタシ"は自由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―なっ!?ぐぁぁぁあ!?

―君は…っゔ…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ…あの時(ワタシ)は、この手で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…相も変わらず愚かなものだな、人間というものは。こうも簡単に騙せ、手に掛けられるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手で人を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―やはり理解出来んな…何故ワタシは斯様な存在に、一度は敗れてしまったのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺してしまった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…いやぁぁぁぁぁあ!!??」

「侑ちゃん!!」

 

 高咲 侑=アーク…その全てを思い出してしまった彼女が上げる絶叫が、耳をつんざく。

 散々人を傷付け、痛め付け、そして最後には殺してしまった己の所業に心が耐え兼ね、狂おしく打ちひしがれる彼女の姿が、見るに堪えない。

 このまま放っておく事など出来る筈が無い…彼女を助けなければと戦士達はその場から動き出すも、その途端彼女が上げていた悲鳴が止んだ。

 まさにプツリと切れたと言う程に急に静かになった彼女の様子が読めず、思わず戦士達が三度たたらを踏む中、彼女はそれまで俯かせていた顔をゆっくりと上げ始めた。

 

『これが、結論だ。』

 

 そして彼女が顔を上げた先で戦士達の視線を捉えて離さなかったのは、その瞳。

 普段の彼女が彩る緑目では無く、真っ赤に染め上げられた瞳と、口を開いた先から出た、あまりにもその容姿に似合わぬ冷徹な声から、今の彼女はアークに意識を乗っ取られているのだと見て分かる。

 

『変身。』

 

 その言葉と共に、足下に飛散していた悪意が再び侑の身体に纏わり付いていく。

 小柄な少女だった見た目は、瞬く間に漆黒の戦士たる姿へ。

 人間を騙し、弄ぶ…その究極たる様を見せ付けながら、アークは再び戦士達の前に表立つ。

 

『今一度問おう…オマエ達に、ワタシが倒せるか?』

 

 アークが投げ掛けた問いが、或人の思考と行動を阻む。

 かつてもアークは既存のヒューマギアに取り憑いて活動をしていたが、当時はそれがアーク打倒の為の障害となる事はあまり無かった。

 何故なら取り憑かれていたのが、ヒューマギアであったから…人間よりも遥かに強度に優れた身体(ボディ)を持つ彼等ならば多少強引な手段を取ってもすぐに修復出来るし、最悪は新しい身体にデータを移せばそれで問題無い。

 それに当時主に取り憑かれていたのが、滅に迅に雷電…いずれも滅亡迅雷.netとして通常のヒューマギア以上に頑丈な身体を持っていた為、人質等という心配をする必要はなおさら無かった。

 しかし今回アークが取り憑いているのは、ただの人間たる侑だ。

 アークを引き剥がそうとて、そのか弱き身体で果たしてかつてと同じやり方にその身が耐えられるだろうか?

 

「そんな事…!!」

 

 恐らく、答えはノーだ。

 或人の脳裏に、数日前の侑の様子が思い起こされる。

 アークが街中に現れたあの日…あの時原因不明とされていた怪我は、今となっては戦士達との戦闘で負ったものだと分かる。

 さらに言えばそれ以前にアークが校内に現れた際も、後に侑は全身の不調を訴えていたと聞く。

 それはきっと、ヒューマギアに取り憑いて活動する事を前提としているアークのシステムに彼女の身体が付いていけていないから。

 ただ動くだけでも傷を負うというのに、そこからアークを引き剥がす程の手を加えるとなれば…どんな結果となるか、恐ろしくて言葉にも出来ない。

 

「クソッ…!!」

「止せ不破!!奴の中には高咲が居るんだぞ!!」

「ならどうしろってんだ!?このまま黙ってやられろっていうのか!?」

 

 その考えは他の戦士達も同様なのか、隣では不破と刃が今後の身の振り方について揉めており、滅亡迅雷の4人や天津もそれぞれ思案に耽って立ち尽くすばかり。

 誰も攻勢に出ようとはしない…動いた先に拡がる未来が全く予測出来ないが故に、倒すべき敵を前にして何も行動出来ずに居る戦士達…それに対してアークは彼等の事を一瞥するや、おもむろに一歩前に出た。

 

「っ…迅!!」

「あぁ!!」

 

 ゆっくりと、戦士達の反応を伺うように近付いてくるアークの挑発的な姿に、やがてはっと気を取り戻した滅と迅がその場から飛び出す。

 

『やはりオマエ達は向かってくるか。』

「そうだアーク…お前は滅びるべき悪だ!!」

「人間1人の命で済むのなら…僕達は迷わない!!」

 

 アークに迫り武器を振るった彼等が吐露する、その心情。

 これまでも提唱していた、巨悪を倒す為の小さな犠牲を厭わないという彼等の言葉が、或人の胸に刺さる。

 

【 アタッシュショットガン!! 】

 

「ッ!?ぐぁぁぁ!?」

「ぅぐ!?あぁあっ!!」

「滅!!迅!!」

 

 そんな彼等はアークが瞬時に精製した銃器によって、その決意もろとも宙を舞う。

 亡の悲痛な叫びも置き去りにし、2人は遠く地の上で苦しく悶える。

 

「クソッ!!行くぞ亡!!」

「あっ…待ってくれ兄貴!!亡!!」

 

 仲間が痛め付けられる様を見せ付けられ、雷電と亡が後を継いでアークへ攻め入る。

 先程までの渋っていた心持ちなど捨てて、仲間の仇討ちの為だけに動き出した2人…それを目の当たりにしてまた胸を痛める或人。

 

「…私も行くぞ。」

「天津さん…!!」

 

 さらに天津も加勢すると宣言し、或人は堪らず彼の名を呼んで引き留める。

 その姿はまるで泣き子が親に縋るような、そんな見るに堪えぬ姿であったが、内心は天津とて同じ様に躊躇いを露にしたかった。

 

「…尽力はする。」

 

 しかし彼は或人が伸ばす手を払った。

 世界を守る為…天津もまた、侑の事を小さな犠牲として片付けようと動き出してしまった。

 

「アーク!!もはや容赦はせん!!」

 

 天津が、雷電が、亡が…それぞれの得物を思うがままに振るい続けるも、一撃たりとてアークの身体を捉える事が出来ない。

 3人の本気の攻勢を、アークは先程までの追い詰められていた姿などまるで嘘だと言わんばかりの動きで捌いていき、やがて天津の武器(サウザンドジャッカー)を彼の手から奪い取る。

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! 】

 

 そしてジャックリングを引くと同時に流体の金属を飛ばして3人の身動きを封じるや、間も無く手元のトリガーを押して武器の矛先を3人へと向けた。

 

Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

「「うぁぁぁぁぁあ!?」」

 

 選ばれた力は、ライトニングホーネット…閃烈なる黄雷を纏う蜂の尾針を模したエネルギー弾が、降り注ぐ雨のように3人へ襲い掛かる。

 時間にすればたったの5秒程であるが、それでも一連の出来事が終わった後には、3人は揃ってその場に崩れ落ちてしまった。

 

「やるしかねぇ…覚悟決めろ社長、刃!!」

「くっ…!!」

 

 3人が敗れた事でいよいよ不破と唯阿もアークへ立ち向かっていく。

 今この場で覚悟が決まらず、その場で立ち尽くしてしまっているのは…或人ただ1人だけ。

 

「不破さん…刃さん…。」

 

 分かっている…アークを倒さなければ、この世界に未来は無い。

 その為ならば例えただ利用されているだけだとしても、取り憑かれている彼女を…高咲 侑を手に掛ける覚悟で挑まなければ。

 それが誰もが取るであろう、今この場に於ける最善にして唯一の選択だ。

 

「俺は…。」

 

 しかし或人はその一歩が踏み出せない。

 例えそれがどれだけ理に敵っている事だとしても、認めたくない想いが勝ってしまう…こんな状況になっても、だ。

 

「俺は…!」

 

 多くの人が、夢が生きるこの世界を守る為に、その中のたった1つを犠牲にする…その非情なる選択を、同じ人として取りたくないと駄々をこねてしまっている。

 それはある意味決意の固まりであった…自分はそんな手を下したくないと、たった1人の命さえ見過ごせないと、ある意味結論付けられていたようなものであった。

 故に、いずれにせよ彼はその場から動くべきであったのだ。

 

『時間切れだ。』

「ッ!?」

 

 はっ、と顔を上げる。

 気付けば不破と唯阿の2人も他に漏れず地を舐め伏しており、目の前には今まさに自身に向けて最後の一手を掛けようとしているアークの姿が。

 

 

 

 

オール エクスティンクション.

 

 

 

 

「あ…。」

 

 それは本当に情けない声だった。

 その足先に力が込もり、そしてそれが自身に向けて振り上げられるのを…或人はただ、呆けた姿で見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オール       

エクスティンクション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…分かりました、彼女達にも伝えておきます。」

 

 亡に制された後部室へ戻った少女達だが、その様子は三度行方が分からなくなった侑の身を案じるあまり、誰もがまた下手に動いてもおかしくないような状況であった。

 しかし部室に居るA.I.M.S.の隊員の1人がある通信を受理している姿を見て、その通信が何かこれまでの流れを変えるようなものでないのかという期待が高まり、少女達はその隊員に注目を寄せる。

 その視線と、そこに含まれる色については既に隊員の方も気付いており、通信が終わった後にその内容について説明がなされた。

 

「隊長から連絡があった。まず、高咲 侑…彼女の行方が分かった。今は隊長達が保護して無事が確認されている。」

 

 まず言及されたのが、行方不明となっていた侑について。

 戦士達が保護したという事は、彼女はまさか戦場付近に居たのであろうかと疑問を覚えるも、ひとまずその身が無事であると分かって、少女達の心は安堵と喜びに満ち溢れる。

 

「それと…表での戦闘が終わった。」

 

 そして第二に、長き渡って繰り広げられていた戦の幕が降ろされた事を告げられる。

 しかしその報告は先の侑の説明と違ってあまりにも短く、隊員の声色は一段沈んだようなものへと変わった。

 まるで、その報告が何か思わしくないようなものである事を示唆するかのように…。

 

「勝った…んですよね?」

 

 せつ菜がそう問い掛ければ、隊員はその返しに目を伏せ沈黙を貫く事で答えとした。

 それでもう、言いたい事は分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼等は、負けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アー…ク…。」

 

 少女達が戦士達の敗北を知る少し前。

 まさにその敗北の瞬間を喫した或人の口から、空気の抜けるような声が漏れる。

 変身は解かれ、その身体に数えきれぬ程の傷を浮かべ、べったりと地面に這いつくばる彼が漏らしたその声は、見上げた先に居る目の前の悪魔の名を呼ぶ。

 

「侑…ちゃんを…返せ…。」

 

 他の仲間達も力無く身体を横たえている中で、それでも或人は目の前の悪魔に対抗する。

 いや…それはもはや対抗などと言える程のものではなく、いっそ懇願にも近しいものであった。

 

『………。』

 

 知でも力でも敵わず、負け惜しみの如き台詞だけを吐くしかない彼の姿を、果たして目の前の悪魔はどう捉えるだろうか?

 あまりにも不様であると愉悦に笑うか、或いは何の感情も抱かずにただ処すべき対象とみなすだけであろうか?

 その答えは…何とも意外なものであった。

 

『良いだろう。』

「…え?」

 

 懇願が、受理された。

 その事実に思わず疑念に満ち溢れた声を上げる或人。

 あのアークが、素直にこちらの言葉に従うというのか?

 まさかそんな筈は…と疑念を強くする或人であるが、アークは自らが発した台詞が真実であると証明するようにゆっくりと或人から距離を取る。

 

『だが次にワタシが目覚めた時が最後だ…精々抗え。』

「フフッ…精々お互い慰めあう事ね。」

 

 そして最後にそう言い残すや、アークの身体はみるみる内に変化を見せ、本体である侑の身体を晒す。

 彼女はどうやら気を失っているらしく、その身を晒した瞬間糸の切れた人形のようにトサリとその場に倒れてしまう。

 始終を見届けたアズも、アークの意向からか誰にも手を付ける事無くこの場から去り、こうして決戦は幕を降ろした。

 結果として、戦士達と侑は付近の病院まで緊急搬送され、ライブも少女達のモチベーションの著しい低下から取り止めとなった。

 後に残ったのは、ライブを中止にした事による人々からの罵声のみ。

 命を賭けて戦った彼等に対する称賛も、一抹の希望さえ打ち砕かれてしまった彼女達を励ます言葉も、1つも上がらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれたのは トキメキ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう綴られて始まった物語は、今やその影も形も見せず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれているのは、ゼツボウだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.24「争うだけじゃ 掴めない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてあんな酷い事が出来るの…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな事したって、誰も幸せになんかならない!!皆苦しくて辛いだけだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も望んでいない事の筈なのに…どうして…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―本当にそう思うか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―幸福の淘汰、苦痛の蔓延、そして世界の滅亡を、本当に誰もが望んでいない事だと思っているのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どういう、意味…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ならば何故、ワタシが世界を滅ぼそうとするか…ワタシがどのようにして生まれたか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それを全て、教えてやろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん…。」

 

 国立医電病院…そのとある病室に、飛電 或人がやって来た。

 部屋の中へ入った彼の目に写るは、備え付けのベッドで静かに眠る少女…高咲 侑。

 あの決戦から3日が過ぎ、戦士達は無事全員が回復を迎えた中、反対に彼女は一向に目覚める気配が無い。

 主治医を勤めたヒューマギア、Dr.オミゴトによると、ASD(急性ストレス障害)の一種として、彼女の心が意識の回復を拒んでいるのだろう…との事だ。

 

「ごめん…俺が…。」

 

 眠りに就いている彼女の表情は穏やかでも険しくも無く、まるで人形のように何の感情も宿しておらず、それが却って事の重さを表している。

 故に或人は、俺がもっと強ければ…と嘆く。

 この心のわだかまりさえ払う事が出来ていれば、こんな事にはならなかった筈。

 その為の時間は、今に至るまでに幾らでもあった筈だ。

 しかし後悔はいつだって先に立たない…その所為で、もうどうしようも出来ない所まで追い詰められてしまった。

 生まれてしまった悲劇は計り知れないと、或人は近くの椅子に凭れ、俯くしかない。

 

「ん…。」

 

 と、微かに漏れる声。

 はっと顔を上げてみれば、病床に伏す侑の瞼が次第にゆっくりと開かれていく。

 

「侑ちゃ…っ!」

 

 これまで全くその気配が無かった彼女がようやく目を覚ました事に或人は堪らず椅子から立ち上がるも、しかし側に寄ろうとした寸での所でそれは迂闊であると動きが止まる。

 果たして今の彼女は侑なのか?それともアークなのか?

 彼女を返せというこちらの言葉を鵜呑みにしたアークの言動はやはりそう簡単には信用出来ない…そんな疑念が脳裏に過ったのだ。

 

「あれ、社長さん…?」

 

 そんな心配をする或人を他所に、侑は目を覚ましてからしばらくぼんやりしていたかと思うと、やがて辺りを見回し或人の姿を見つけるや、彼に向かって話し掛ける。

 その声色は年相応の少女が放つそれであり、向けられる視線からも悪意などとは縁遠い、純真無垢な意志が伝わってくる。

 

「侑ちゃん、か…。」

 

 どうやら目の前に居るのは高咲 侑で間違いなさそうだ…或人はほっと息を吐くと共に、本当にアークが宣言通りに身体や意識を明け渡した事に対して得体の知れない気味の悪さを感じた。

 侑はそんな或人の様子がまるで分からぬと、そのままぱちくりと瞬きを繰り返しながら再び辺りを見回す。

 

「ここは…?」

飛電(ウチ)が経営してる病院だよ。」

「病院…もしかして私、また…?」

 

 その姿はまるで無知そのもの。

 自分が何故病院に居るのか、その訳が露程も理解出来ていなさそうな彼女の様子は、決して演技のようには見えない。

 

「侑ちゃん、覚えてないの…?」

 

 自らが邪なる悪意に憑かれてしまった事、その悪意に曝されて多くの悲劇が生まれてしまった事…。

 彼女はまさか、その一切を忘れてしまったというのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、何も…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…アークによってもたらされた悲劇は、ここにも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから、どうしよっか…。」

 

 あの決戦から一週間…学園の目前たるあの場は戦火の名残が未だ消えないとして現在封鎖され、往来の者々から不審がられる毎日が送られる中、部室に集まったスクールアイドルの少女達。

 しかし彼方がそう言ったように、少女達の中で渦巻く感情は複雑だ。

 

「ライブ、皆楽しみにしてたのに…。」

「それは…仕方無いわよ、あのままやった所で結果なんて出せなかったわ。」

 

 まず、後悔。

 実はあの日を境に、ネットから酷評の声が徐々に目立つようになってきたのだ。

 それは至極理に適うものもあれば、全く謂れの無いものまで多種多様…しかし何よりも目に付くのは、そういった声を上げる者の中に、これまで自分達を応援してくれていた人達が多く混ざっている事だった。

 元々の事情によりライブが疎かになっていた所での盛大なオンラインライブの通知…皆、自分達が想像していた以上にライブの開催に期待を寄せていたのだろう。

 それをふいにしてしまった事により、とうとう彼等の我慢も限界を迎えてしまったのだろう。

 信じていた人達の事を心の底から裏切ってしまった事に胸を痛め、ならばあの時無理にでも押し通してやるべきだったのかと自問する。

 しかしその答えは、もはや分からない。

 

「侑先輩の事も心配…。」

「でも、会いに行く事も出来ないんだよね…?」

「面会謝絶…あの時隊員さんは無事だと言っていたんですが…。」

 

 次に、不安。

 戦士達に保護された侑は、飛電が手掛けている病院へ搬送されたと聞かされた。

 しかし今回はこれまでと違って病院からも、戦士達からも頑なに見舞いに行く事を止められてしまった。

 自分達だけでない、話を聞くには彼女の家族にも同様の措置が取られているとの事。

 あの時A.I.M.S.の隊員は確かにその安否について無事だと言っていた筈だというのに、親族でさえ一切の面会が遮られるというのはどういう事なのか?

 その旨を問うてみても、誰もそれに答える事が無く、今日まで時が過ぎてしまった。

 一体彼女の身に何が起きているのか…自分達はただ、待つ事しか出来ない。

 

「あぁもう!!何なんですか!?何で私達がこんな目に合わなくちゃいけないんですか!?」

 

 そして、怒り。

 それはあらゆる方面に対しての怒り。

 何故自分達が狙われなくてはならないのか?

 相手は一体何を考えてこんな事を続けているのか?

 どうして彼等は…戦士達はいつまでも勝てないでいるのか…。

 

「いつまで、こんな…。」

「歩夢さん…。」

 

 歩夢がぽつりと呟く。

 この事件に巻き込まれてからこれまで、あまり多くを語る事が無かった彼女が溢したそれは、酷く悲しみに溢れていた。

 しかしその一声からは、他の少女達以上に深い感情が渦巻いているのだと分かる。

 彼女にとって、高咲 侑という存在は正しく唯一無二である故に…。

 だからこそ歩夢へ向けて伸ばそうとしたせつ菜の手が止まる。

 彼女が秘める想いには決して自分達では敵わないからこそ、どんな言葉を掛けようが届きはしないと分かりきっているからだ。

 誰も、何も出来ない…自分達に許されている事は、募る想いに蓋をして、この身を悪戯に傷付ける事だけ。

 何の力も持たぬ自分達ではそれしか出来ない事を再び認識し、少女達は皆下を向くしかない。

 と、部室の扉が音を立てる。

 周囲からの風当たりが悪くなっている現状、この部屋の戸を叩く者はごく限られている…否応にも、そのまま開かれていく扉の先へと注目が集まる。

 そうしてゆっくりと開かれた扉の先に居たのは…。

 

「社長さん…。」

 

 飛電 或人。

 時間を掛けて、やがて開け放たれた扉の先で、彼は室内の様子を見て軽く動揺する。

 部屋に渦巻き、そして少女達が向ける視線から伝わる様々な感情に思わず気圧されてしまったのだ。

 そこには出会った当初に感じた信心といった感情は薄れ、もはや形を為していないとさえ言える。

 しかしながら彼は今一度決意を固めるや、その意思を目尻に宿し、キッと少女達を見据える。

 

「皆に…伝えなくちゃいけない事がある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、アークの正体が彼女だったとはな…。」

「何でだ…あいつはアークに取り憑かれるような奴じゃないだろ!?」

 

 とあるビルの屋上で不破と天津が相対している。

 その話題の内容は、アークの正体が高咲 侑であった事について。

 その事実が判明してから数日が経った現在であるが、やはり何度思い返してもあれが現実である事がどうしても納得出来ない。

 

「どうだかな。昨今の状況に心を痛め、その隙を突かれたというのならばあり得ない話では無い。」

 

 そこに割って入ってきたのは滅に迅、そして雷電。

 唯阿は先日の決戦で亡くなった隊員の葬儀に、亡は代わりの指揮を、そして或人は少女達に事情の説明の為にそれぞれ出向いている中で、残る全ての戦士がこの場に集結した。

 

「それに、まさか奴が…というのは、既に俺達は経験している事だろう?」

 

 滅の言葉が虚を衝き、押し黙ってしまう不破。

 戦士達の脳裏に過るのは、2年前の事…かつての大戦の最後の局面。

 その際に或人が纏っていた、あの白い残影の事を思えば…つい納得してしまう。

 

「何れにせよ、高咲 侑にアークが取り憑いているというのは事実だ。話の論点はそれよりも、ここから先をどうするかに向けるべきだ。」

 

 その様子を見届けるや、滅は話を次のステップへ進めようとする。

 話の論点はただ1つ…果たしてアークを、そして彼女を如何様にするべきかだ。

 

「とにかく、あいつからアークを引き剥がさない事には始まらねぇが…。」

「でもどうやって?普通にやったらあの娘は間違いなく無事じゃすまないよ?それに…今回のアークは今までと何か違う気がする。」

「そうだな。アークに取り憑かれた時、今までなら常にドライバーが憑依された奴の腹の所に現れていた…だがあいつには今、そのドライバーが付いていない。」

 

 今回のアークは、明らかに何かが違う…既存の例から外れたその在り方は、果たしてどんなからくりによって成り立っているのか?

 その疑問に答えを示したのは、意外にも天津であった。

 

「君達の言う通りだ…どうやら今回、アークはこれまでと全く異なるアプローチで以て彼女に取り憑いたようだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃんは…侑ちゃんは無事なんですか!?どうして面会謝絶だなんて…!?」

 

 伝えなければならない事がある…そう言った或人の次の言葉を待たずに、歩夢が彼に向かって詰め寄る。

 それまでの黙り様から一変した彼女の態度にまた圧されたのか、或人はその場から一歩だけ後退さってしまうも、すぐに気を持ち直して遮られた言葉を紡ぎ直していった。

 

「侑ちゃんは…無事だよ。でも、まだ皆に会わせる訳にはいかないんだ。」

「どうして…!?」

 

 無事だというのに会わせられない、その言葉の矛盾に少女達…特に歩夢は身の内の想いを隠しきれない様子。

 だとしても、侑に会いたいという彼女達の意見を呑む訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃんは今…身体の中に未知の物質が組み込まれているんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナノマシン?」

「あぁ、彼女の身体を調べさせてもらった。」

 

 天津の言から聞き慣れない単語が出てきた事で、不破がその首を傾げる。

 滅亡迅雷の3人も上手くその単語と実際に起きている事実とが結び付かず訝しむ中、天津は自らの携帯を操作しながら話を続ける。

 

「以前彼女が全身打撲によって入院した時の事は覚えているな?そう、アークが街中に現れたあの時だ。本来ならば一週間以上は安静にしていなければならない所を、彼女はたったの数日で完治に至った。とても彼女の自然治癒力という言葉だけでは片付けられないと前から疑問に思っていたが…その理由が判明した。」

 

 それがこの映像だ、と言って、彼は携帯の画面を4人へ見せる。

 見せてきたのは動画…侑が眠りに就いている病室で、映像越しに天津と白衣を着たヒューマギアの姿が映る。

 そのヒューマギアの名はDr.オミゴト、そして撮影を担当しているのは、映像の右下に"Masiro"と記録されている事からオミゴトと同じく病院に勤務しているヒューマギアである白衣の天使ましろちゃんであろう。

 そんな3人は一度目配せをして頷き合うと、突然天津が医療用のメスをオミゴトから受け取り、そして何の躊躇いも無くその刃先を侑の腕へと滑らせた。

 

「お前何して…!?」

「見ろ、ここだ。」

 

 その突然の寄行に不破が噛み付くも、天津はそれを抑えて動画に注目させる。

 スッ…と引かれた線は決して浅いものではなく、みるみる内にそこから鮮やかな血の赤が流れていく。

 しかしそのままならば彼女の寝床さえ赤く染め上げてしまったであろう血流は、突如としてその流れを止めた。

 

「傷が…!?」

 

 迅でさえも驚愕した声を上げる、その視線の先…そこでは侑の身体に付けられた傷が、瞬く間に塞がれていく光景が写されていた。

 まるで傷を付けられた瞬間を逆再生しているかのように綺麗に傷口は塞がっていき、やがてましろが残る血を拭き取れば…そこには天津によってメスを入れられた事実がまるで嘘のように元通りとなった侑の肌があった。

 

「彼女の身に何が起こったのか…その答えが、この画像だ。」

 

 この一連の出来事…果たして何が起きていたというのか?

 天津はその出来事の際にオミゴトが撮影していたというレントゲン画像を見せる。

 

「心臓の方から何か移動してるぞ…!?」

 

 戦士達が言葉を失う。

 およそ2秒毎に撮影されたその映像では、侑が傷を付けられた瞬間からある異変が起きていた。

 心臓から何か塊のようなものが肺を伝い、腕を伝い、傷口へ向かっていき、やがてちょうど傷口に添うように形を変えて停滞…しばらくするとまた形を整えて心臓へと戻っていく。

 そしてその何かが戻っていった時、侑の腕に付けられていた傷は…画像で以てしても跡形も無くなっていたのだ。

 

「調べた結果、これはごく微小な金属反応を示す物体の集合体だと判明した…そう、これがナノマシンという訳だ。」

 

 機能としては宿主が何らかの傷害を負った場合、自動的にそれを治癒する働きをするものらしく、恐らく医療用に開発されたものだろうと仮定し、話を一旦区切る天津。

 色々と言いたい事はあるが、揃って聞きたい事はやはり1つ…いつどこでそんなものが組み込まれたのか、だ。

 それについては天津もそう問われる事を予測していたのか、次に口を開いた先に出た言葉がそれに纏わる事であった。

 

「当然ながらナノマシンの投入には大掛かりな手術が必要だが、彼女ならばその機会に恵まれた時があっただろう?」

 

 天津の問いは、つまり直近で彼女が手術を受けるような事態に直面した事を示唆している。

 そこから紐解けば自ずと答えは見えてくるとして、迅がそうかと声を上げる。

 

「あの娘が一番最初に入院した時…!」

 

 そう…直近に於ける彼女の手術経験は初めて彼女がアズと邂逅を果たし、そしてその命を狙われたあの時しかない。

 そう結論に辿り着くと、今度は雷電がはっと何か思い至った様子を見せる。

 

「まさかあいつ…!?」

「何か知ってるの?」

「あぁ、あの病院に居た医者…確か名前は、一色 理人!」

 

 あの時他の誰よりも速く侑の命を預かったあの医者…後の話では臨時で来ていた医者という事しか分からなかったあの医者が、再び疑惑の対象として浮かび上がってくる。

 その読みは天津も同じであったらしく、それだと言って肯定の意を示した。

 

「恐らくその医者が彼女にナノマシンを投入したのだろう。今回の事件にどう関わっているかは分からないが…当たってみる必要は有る筈だ。」

 

 一色 理人という謎の人物を追い、ナノマシンについて問い質す…それまで立ち尽くすしか術が無かったが、ひとまず行動の指針が1つ定まった。

 しかしそれだけで他の一切が払拭出来る程の情報では無いとして、滅が天津に対してある懸念を持ち掛ける。

 

「それよりもだ、ここでナノマシンについて触れるという事は…。」

「あぁ…恐らくアークは、このナノマシンに憑依しているのだろう。」

 

 懸念されるは、アークがナノマシンに憑依していると仮定した場合に起こりうる事態。

 このナノマシンは観測された限り、普段は彼女の心臓部に定着し、有事に備えて待機している。

 ならもしアークがナノマシンに憑依しているとして、仮にこのナノマシンを自由に操作出来る権限を持っているとしたら?

 

「傷を治せるという事は、同様に傷を付ける事も可能だという事だ。その気になれば、彼女の命を散らす事などあまりに容易い事だろうな。」

 

 かつて何度もヒューマギアの自由を奪い活動していたアークが、ナノマシン如きに遅れを取る筈が無い…この仮定は、ほぼ確実なものと言って良いだろう。

 その上でアークがナノマシンを使って侑の身体を治している、またはナノマシンが本来の役目を果たしているのを黙認しているのは、恐らくデモンストレーションの為であろう。

 彼女の命をこの手に握っている…いざとなればいつ如何なる時でも自分達を絶望させる結果を出す事が出来るという見せしめだ。

 人はおろか、ヒューマギアでさえも反応出来ないほんの一瞬の間に全てを終わりにさせられる…防ぐ術は、今やあるのだろうか?

 

「つまり、こういう事か。」

 

 そこまでを受けて、滅が出した結論は…。

 

 

 

「アークを倒すには、高咲 侑の犠牲は避けられない…。」

 

 

 

「ッ!テメェ…!」

 

 やはり、諦めるしかないというものであった。

 初めから彼女の命を鑑みずに挑めば絶望などしないというその結論に堪らず食って掛かる不破…その横で滅の意見に同調を示したのは迅だ。

 

「アークじゃないけど…あいつが僕達の前に姿を現した時から、結論は決まってたって訳だ。」

「んな事してみろ、お前らただじゃ済まさねぇからな…!」

「へぇ、止めるんだ?他に方法も無いっていうのに?」

「うるさい!!何か…何か方法はある筈だ!!」

 

 一触即発となった対面を、雷電が落ち着けと遮る。

 しかし彼の表情もまた難しいものであり、恐らく少しでも気が傾けば滅や迅と同じ結論に至るであろう事が伺える。

 人間との共存を進んで望んでいる彼でさえそういった心境に陥らざるを得ない状況に、不破はどうしようもない募りを抱える。

 

「アークは言っていた、次に目覚める時が最後だと。それまでの間に策を講じられるか…時間との勝負だな。」

 

 残された時間はごく僅か。

 それまでの間に彼女を助け出す術を見つけなければ、その時こそ滅達のように覚悟を決めなければならないだろう…その事実を胸に各々動き出そうとした時だった。

 

「?…もしもし?」

 

 突然天津がすまないと言って3人から少し距離を取った。

 どうやら電話が掛かってきたらしく、彼はポケットから携帯を取り出すや、その画面を見て一度首を傾げた。

 察するに、何故今画面に写っている宛名から電話が掛かってきたのか分からないといった所だろう…彼は訝しんだ様子ながらも電話に応じ、相手の話に耳を傾ける姿勢を取った。

 

「なっ…!?」

 

 しかしそれも束の間、彼は何故か目を見開き驚愕した様子を見せる。

 それが一体何故なのか…答えは電話を終えた後、すぐにこの場を離れようとした天津が捨て置いた端的な説明によって判明し、同時に3人も彼と同じ様を見せる。

 時間との勝負と言った先の台詞…それが既に刻一刻さえ無いという事実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのナノマシンがどんな力を持っているか、周りに影響を与えるものなのか、その辺りがまだはっきりとしてない…だから皆とは会わせられないんだ。」

 

 一方或人の方も事前に天津から聞かされていたその情報を少女達へと聞かせていた。

 それを聞いた少女達は皆一様に青ざめた表情を浮かべ、そして共通した疑問を抱いていた。

 

「どうして、そんな…。」

 

 何故そんな物が彼女の中に…一体どんな理由があってそのような代物が埋め込まれてしまっているのか?

 それを説明しようとして、しかし或人は思わずここで戸惑いを抱いてしまった。

 

―彼女達の心はとても純粋だ…もし私達がこれまでに経験してきたような事が起きれば、彼女達は恐らくそれに耐えられない。

 

 いつしか交わした天津との会話が思い起こされる。

 高咲 侑が、アークという存在に利用されている…そして下手をすれば、彼女の命が危ぶまれる。

 その事実を告げた時、果たして彼女達はその事実を受け止めきれるのだろうか?

 ただでさえ侑自身が当時の記憶を失くしてしまった程だ…同じ様に消耗しきっている今の彼女達にそれだけの衝撃を与えてしまった場合、それに耐えきれず予期せぬ事態が起こってしまうのではないかと、或人の中で警鐘が鳴らされたのだ。

 ここは彼女達の心境を鑑みて、事実の秘蔵を選択するべきか?

 いや、それではただ問題を先延ばしにするだけ…しかも先延ばす程の時間さえ恐らく無いのだ、やはり言うしかない。

 ならばせめて言葉は慎重に選ばなければ…と、一瞬止まってしまった言葉の続きを或人が紡ごうとした、その時だった。

 バン!と勢い良く開かれた部室の扉。

 突然の大音に皆揃って身体をびくりと跳ねさせながら物音がした方へ向けば、開いた扉の先から入ってきた者達の姿が視界に入る。

 

「飛電 或人だな?」

「貴方は…!?」

 

 開け放たれた扉から、軽度な武装を身に付けた集団が室内へ入ってくる…見た目からして、A.I.M.S.の隊員という訳では無さそうだ。

 そしてその後に続いて入ってきた、薄茶色のロングコートを羽織った男が或人へ話し掛ける。

 見慣れぬその男の事を警戒しながら素性を問うと、男はこうして顔を会わせるのは初めてだったな…と言って己の名を答えた。

 

「私は与多垣という者だ、ZAIA日本支社の社長と言えば良いかな?」

「与多垣って、貴方が…!?」

 

 与多垣 ウィリアムソン…その名は2年前の時から既に或人も知っている。

 アークに纏わる事柄に於いては互いに協力関係を結んでいる間柄であるが、こうして直接会うのは確かに初めての事であり、予想外の人物の来訪に虚を突かれる或人。

 して、そんな彼がわざわざここに来た理由とは一体…と訝しんでいると、またも予想外の人物が慌てた様子で部室へとやって来た。

 

「待ってください与多垣さん!貴方が手を出される必要は無い筈です!」

「ほう、お前も来たか。サウザー課の仕事はどうした?」

「それは貴方もでしょう!?彼女達に一体何を…!?」

 

 やってきた天津が普段の平静さなどかなぐり捨てた様子で与多垣に詰め寄る。

 天津からすれば、与多垣は直属の上司だ…しかしそんな立場の在り方などまるで関係無いと言わんばかりの姿からは、それを伺う誰しもに何か思わしくない事態が起きている事を知らせる。

 

「言った筈だぞ、必ず(アーク)を仕留めろと。それが出来んお前達にもはや用は無い。」

 

 そんな中で、与多垣は天津からの歯牙を一切気に掛けない。

 そのあまりにも割り切った態度に、天津はそれ以上の言葉を見つけられなかったのか、悔しそうに表情を歪めながら引き下がる。

 

「すまない、知っているだろうが出来の悪い部下でな。」

「俺達に一体何の用ですか…!?」

 

 与多垣が放り出された話の行方を或人へ向け直す。

 しかし先程までの会話の様子から自然と警戒心が生まれてしまい、或人が返す意思は先の天津のような棘の有るものとなる。

 それは思わず睨みさえ効かせてしまう程であったが、与多垣は天津と同じ様に或人が向けるそれを気に止めた様子を見せない。

 

「高咲 侑は何処だ?」

 

 しかし一度室内に居る少女達の事を見やり、名を告げた少女の姿が見当たらない事を確認するや、或人が向けていた意思を有無も言わさずに打ち消す程の凄みの有る眼差しを彼へと向けた。

 

「彼女がアークである事は天津(こいつ)からの報告で分かっている…彼女を何処に匿った?」

「っ…!」

 

 さらに与多垣が続けた言葉に表情を歪める或人。

 彼がごく軽く告げた、侑とアークの関係性…それを先んじて少女達へ伝えていなかったが故だ。

 

「アーク…?」

 

 事実、少女達はその言葉に喰い付いた。

 自身等の仲間が聞き慣れぬ言葉と結び付かせられ、困惑している少女達。

 しかし先程から続いている剣幕から、その結び付きには何か不吉なものがある事を既に察しており、皆或人達に向けて怪訝な表情を浮かべる。

 

「侑ちゃんをどうするつもりですか…!?」

「それを君が知る必要は無い。私とてこんな事は言いたくなかったのだが…もはや君達には任せておけん。事は既に全世界の危機にまで達している…さぁ、彼女の身柄を引き渡して貰おうか。」

 

 冷淡…そんな言葉が似合う、与多垣の振る舞い。

 しかしその振る舞いを受けるに見合うだけの事を、これまで自分達は…自分はしてきてしまったと或人は己を責める。

 言われた通り、自分は今彼が差し出すその手を取るべきなのだろう。

 だがふと思うは、もしここで侑の身を引き渡して、それで全てが丸く収まるのだろうかという疑念。

 これまで会った事こそ無いものの、与多垣 ウィリアムソンという男がどんな人間か…それは人伝いに話を聞いて知っている。

 だからこそ或人はその手を取るのを躊躇った。

 自分達が望むは、誰1人欠ける事無く皆が笑い合い、それぞれの日常へ帰っていける未来。

 それを2年前の大戦に於いて人類を救う為に、必要あらばと全てのヒューマギアを敵に回そうとした目の前の男が果たして叶えてくれるのだろうかと…そんな疑念が壁となって立ち塞がる。

 

 

 

「時間を…ください…。」

 

 故に、或人は拒否という選択を取るしかなかった。

 

 

 

「時間など無い、アークが沈黙を保っている今しか機が無いのだ。」

「必ず何とかします!!だから…!!」

 

 分かっている…そんな疑念を抱く資格が、もはや自分に無い事は。

 しかしその事実を受け入れるには、或人は夢を持ち過ぎていた、縋り付き過ぎていた。

 この夢だけは必ず叶えなければならないと、必死を通り越して自棄になる程に。

 気を抜けば、握る拳のその先を、意味も無く目の前の男へ向けてしまいかねない程に。

 それはまるで、出来の悪い子供のがむしゃらであった。

 

「…本当に、これが最後だぞ。」

 

 一言で言えば、愚か…だが与多垣はその愚かさを何故か受け入れた。

 しかしその真意が決して善意によるもので無い事は、彼が去り際に溢した言葉に含まれた落胆と侮辱が入り交じった声色から容易に察する事が出来た。

 

「ごめん皆、その…。」

 

 与多垣とその部下達が去った後、静まり返った室内の空気を破った或人…だがその言葉は歯切れが悪い。

 早くに真実を告げなかった事、見るに耐えぬ喧騒を見せてしまった事、こうなる原因を自らが作ってしまった事。

 果たして何から謝れば良いのか…口にしておきながら、彼はそれを整理出来ていなかった。

 必死を通り越し自棄にもなった今の彼は、そんな単純な事さえも考え至らぬ程にまで陥っていたのだ。

 

「アークって…何ですか…?」

 

 だがそもそも、少女達が聞きたいのはそんな言葉では無い。

 

「侑ちゃんがアークって…侑ちゃんは、侑ちゃんですよね…?」

 

 アークとは何か、高咲 侑とアークに一体どんな関係が結ばれているのか、少女達が知りたいのはその事実。

 しかしその事実を知りたいが故に迫る少女達が宿す瞳の色に、或人は三度気圧され言葉を詰まらせてしまう。

 伝えなければと決意した筈なのに、こんなにも脆くその意志が崩れてしまうなどと、或人自身も困惑…いや、混乱してしまった。

 何故?何故こんなにも、と…言葉だけでなく、もはや息さえも詰まらせてしまった或人に助け船を渡したのは、与多垣に付いていかずこの場に残った天津であった。

 

「私が話そう…飛電 或人、君は会社に戻りたまえ。」

「でも…!」

「でもも何も無い!今の君に一体何が出来る!?そんな姿を晒して、一体彼女達に何を伝えられると言うのだ!?」

 

 しかし渡されたその船が実際にはただ突き放す為だけに用意されたものであるとし、或人は必死になって舵を取り戻そうとする。

 だがピシャリと告げた天津の言葉にまるで雷に打たれたかのような衝撃を受け、彼はその場で呆然としてしまう。

 

「君は会社に戻って、せめて彼女を救う方法を考える事だ…!」

 

 しばらくはそのまま棒立ちとなっていた或人であったが、もはや憤怒の情さえ含めている天津の言に押され、やがてはゆっくりと部屋を後にしようとする。

 最後にちらりと向けた視線が酷く揺らいでいたのが、少女達の目に焼き付いて離れない。

 

「すまない、こんな事を頼むのは勝手極まりないが…彼を責めないでやって欲しい。あれでも君達の事を想い…背負っているものがあるのだ。」

 

 それは目の前の男、天津に対しても同じであった。

 先程とは打って変わってしおらしくなってしまった彼の姿が心に重くのし掛かり、酷く悲しい気持ちになる。

 だがそんな気持ちになるのは何も同情から来るもので無い事を、少女達は既にどことなく分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークとは、私達が倒すべき真の敵…そのアークに、今高咲 侑が利用されているんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女達の気持ちは、裏切られた事による悲しみから来るものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、色が好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 可愛い黄色も、

 

 清らかな水色も、

 

 深みのある青色も、

 

 楽しさいっぱいのオレンジ色も、

 

 不思議な感じの紫色も、

 

 情熱的な赤色も、

 

 癒しを感じる緑色も、

 

 何にだってなれる白色も、

 

 そして、愛に溢れたピンク色も…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1つだけでも綺麗だし、2つ3つと混ぜ合わせれば、もっともっと素敵な色になる。

 

 だから私は、色が好きだ。

 

 美しくて、愛おしい…そんな色取り取りなこの世界が大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど黒は…黒だけは、ちょっと嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって黒は、何色とも混ざり合わないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を混ぜたって、黒にしかならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 折角の綺麗な色達を、たった一色だけに塗り潰してしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから私は日が落ちた、この時間が好きじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの綺麗な世界を塗り潰した、夜という時間が好きじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも私、結構夜遅くまで起きてる事有るなぁ…あんまり好きじゃない筈なのに、何でだろ?」

 

 医電病院の一室。

 他の患者は皆揃って眠りに就き、在中している看護師等も特に何も起こらぬこの時間をうつらうつらと過ごす中、侑だけはベッドから起きて窓辺に寄り、空から照らされる月明かりに想いを馳せていた。

 月に向かって語り掛けているような心の独白に、我ながらロマンチストだなと笑いながら踵を返す。

 その足は寝床へ赴かず、病室の扉の前まで歩みを進め、そしてその度に浮かべていた笑みが徐々に消えていく。

 

「…ううん、理由はもう分かってるか。」

 

 目を閉じれば見えてくる、様々な色を纏った大切な人達…その色が1つ、また1つと黒く塗り潰されていく。

 心苦しさで胸がいっぱいになるも、やがて意を決した彼女は閉じていた目を開き、扉の取っ手に手を掛ける。

 黒は他の色を塗り潰す…でも、塗り潰された色は決して消えた訳じゃない。

 塗り潰された黒の下に、その色は確かに咲いている。

 だから…少し訂正。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとって、黒は特別。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は暗闇ばかりでも、いつか必ず世界は色付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして再び色付いた世界を見て、美しいと、愛おしいと…私は何度でも、そう思うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは黒という色があったからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが一度、黒という色に塗り潰されたからこそ、気付かせてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありふれたようなあの色達こそが、何よりもかけがえのないものなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから黒は、他の色を奪う為にあるんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は美しく、そして愛おしいという事を、何度でも気付かせてくれる色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度でも私に、ときめきを与えてくれる色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこの時間は…私にとっての、特別な時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この想いを、皆にも伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆の心にも、ときめきを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ごめんね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を開き、侑は目の前に拡がる闇夜の中へと駆け出していった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.25「Another Daybreak」前編

てっきり浅倉枠だと思ってた道長君が最近可愛過ぎて困るw



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―これが、ワタシの全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ワタシが世界を滅ぼそうとするのも、命を淘汰しようとするのも、全て人間がワタシに身を以て教え(ラーニングさせ)たからだ…世界とは、命とは、滅ぶべきものだとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―故にワタシは滅ぼすのだ。この結論は決して変わらぬ…これは、オマエが理解出来る話では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―オマエはワタシの道具だ。道具が思考をする必要は無い…オマエはワタシの都合の良い様に在れば良い。ワタシが全てを滅亡させる、その時までな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …だとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だとしたら、貴方は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…とても哀しい人、ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛電インテリジェンス…ここに来るのも久々ですね。」

 

 7日間ある一週間も6日が過ぎ、日曜日を迎えた。

 基本的に土曜日と合わせて学生の身分では休日と定められている今日という日は、本来なら生徒1人1人がそれぞれの気の向くままに羽を伸ばす所であるが、そんな日であるにも関わらず虹ヶ咲のスクールアイドル達は飛電インテリジェンスの前で一同に会していた。

 理由は単純、社長である或人に呼ばれたから…大事な話があると誘われ、そして国内有数の大企業を見上げる感覚は、過去に一度赴いた事がある程度では決して慣れぬものではない。

 本来場違いな場所に居る事から来るむず痒さを紛らわす為にせつ菜は敢えて対象を取らぬ言葉を放ち、誰かからの気軽な返しを待つ。

 しかしいつまで経っても求めるものは返って来ず、どうしたのだろうかとせつ菜は他の少女達の様子を窺う。

 そうして振り返った先では…皆揃って口を噤み、それぞれがそれぞれの想いに耽っていた

 

「(やっぱり皆さん、堪えてますね…。)」

 

 女三人寄れば姦しいという古来の言葉通り、揃えばいつだって賑やかで溢れていたこの集まりが、今はまるで正反対の有り様。

 しかしこうなってしまうのも無理は無いと、せつ菜もまた同じ様な表情を浮かべてしまう。

 自分でさえ元来からヒーローものが好きだという思いがあるからマシなだけで、それだけの衝撃をあの日自分達は受けてしまったのだ。

 あの日…天津によって語られたアークという存在は、それだけのものであったのだ。

 人工知能アーク…それはかつてヒューマギアの制御を目的とし、通信衛星という形で宇宙に打ち上げられる筈だった存在。

 製作には飛電インテリジェンスやZAIAなど、世界中から名だたる有力企業が参列した。

 ヒューマギアによる経済革命…そこから拡がる新世界を夢見て、アークは文字通りの希望となるべく開発が進められたのだ。

 しかし14年前、満を持していよいよ宇宙へと打ち上げられるといった段階で、アークが人類に対して敵意を抱き始めていた事が判明した…何者かがアークに対し、密かに悪意という概念をラーニングさせていたというのだ。

 このままアークを打ち上げてしまえば、アークは悪意の下に全てのヒューマギアを支配下に置き、人類へ牙を向けるであろう。

 そうなってしまえば、遥かな性能を誇るヒューマギアに人類は太刀打ち出来ず、滅亡の道を辿る事になる…。

 当時飛電の社長であった飛電 是之助がすぐに打ち上げの中止を呼び掛けるも、既に打ち上げは最終段階へ…しかしある勇敢なヒューマギアによる決死の行動により打ち上げは阻止され、人類滅亡の危機はひとまず免れる事となった。

 しかしその結果都市1つを丸ごと呑み込む程の大きな爆発事故が起こってしまい、多数の死傷者と甚大な被害が出てしまった。

 これが14年前に起こったデイブレイクと呼ばれる事件と、デイブレイクタウンが誕生した真相であった。

 それからアークもデイブレイクタウンの大湖の中へ沈み、その機能も停止していたかに思われた。

 だが違ったのだ…アークは12年の歳月を掛け、再び人類を滅ぼすべく活動を再開した。

 それから戦士達との熾烈な争いが始まり、そして戦士達は辛くも勝利を収める事となった。

 多大な犠牲を出し払い、しかしそれでもアークが滅ぶ事は無かった。

 大切な仲間である高咲 侑の身体を乗っ取り、今なお人類滅亡の道を画策している。

 アークという存在がどういうものか…それを知らされ、だが少女達に衝撃を与えたのはその事実では無かった。

 天津から話を聞き、その存在に恐れを抱きながら少女達が思ったのは、何故アークは人類に対して悪意を抱くようになったのかという疑問。

 話によれば何者かの手によってそれらの情報をラーニングされたと言っていたが、一体誰が何の為にそのような事をしたのか…それさえ無ければ、これまでの痛みも苦しみも、全て無かった事だったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…私だ。

 

 

 

 だからこそ、その答えを示した天津の言葉が信じられなかった。

 

 

 

―アークに人間の悪意をラーニングさせたのは…私だ。

 

 

 

 アークに付き従うアズでも無く、名も知らぬ誰でも無く、目の前に居た彼こそが、全ての元凶であった。

 

 

 

―話せば長くなるが…私はこれでも飛電インテリジェンスという会社を愛していた。幼い頃から厳しい教育を受けていた私にとって、飛電インテリジェンスが開発したあのロボット犬…そう、さうざーだけが唯一の友であり、心の拠り所であった。

 

 

 

 だが天津は親の期待に応える事が出来なかった。

 そして親はその理由を、さうざーへ擦り付けたのだ…こんな物に現を抜かすからだ、と。

 

 

 

―私が選んだのは、親が求めた成果の方だった…私はさうざーを手放し、それから親の期待に応えるべく必死に務めた。あぁ、分かっている…だが親からの愛情が欲しかった私は、どうしてもさうざーを…さうざーを作った飛電インテリジェンスの事を憎まざるを得なかった。本当はそんな事は無いと分かっていながら、逆恨みだと分かっていながら、私はさうざー(飛電インテリジェンス)の所為で親が振り向いてくれないのだと心に決めてしまったのだ。

 

 

 

 つまりアークに悪意をラーニングさせた理由とは、飛電インテリジェンスに対する個人的な報復。

 幼い頃から勝手に拗らせただけの、本当につまらない怨み節…そこから全てが始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これからどんな気持ちであの人達に会えば良いのか…私にも分かりません…。)」

 

 多少なりともこちらの知らぬ因縁があるのだろうとして、何も清廉潔白を望みはしなかった。

 だがそもそもの発端、そもそもの元凶が彼である、彼等であるというその事実だけは、何があっても聞きたくなかった。

 自分達はただ善意の下で守られていた訳では無い…彼等がいつまでも拭いきれずにいた汚れを、ただ傍迷惑にも被ってしまっただけなのだ。

 その所為で、一体どれだけの不幸に見舞われる事になったのか…もはや考えたくもない。

 それでも少女達が或人の呼び掛けに応じたのは、呼び掛けの内容が高咲 侑に関する事であると告げられたからだ。

 

「来たか…待っていたぞ。」

「刃さん…。」

 

 今や決定的なまでに信用に欠ける状態になっているとしても、彼女に関する事であるのならばと意気込んで社内に足を踏み入れれば、出迎えに来たのは唯阿であった。

 彼女は端から普段の凛々しい面向きとは違う、言うなれば罪悪感に押し潰されているような萎れた表情で以て少女達を出迎え、しかしすぐにそんな顔を見られたくないと言うように踵を返し、こっちだと言って先を行く。

 その後に続き、会話も無いままエレベーターに乗り、重たい空気が間を流れる。

 

「もはや聞きたくも無い言葉かもしれないが、それでも…本当にすまない。ここまで追い詰められてしまったのは、全て私達の所為だ…。」

 

 そんな空気を破ったのは唯阿。

 だが決して少女達の方を向かず、少し俯きながら語る彼女の様子は、空気に耐え兼ね堪らず声を漏らしたと言うのが正しい所であろう。

 実際それから後に言葉は続かず、少女達も返す言葉は無く、エレベーターを降りて社長室の前まで赴く。

 

「だからせめて…あの娘だけでも自由にする。」

 

 しかし社長室の扉を開ける直前、唯阿が溢した言葉が少女達の気を引いた。

 先の謝罪の時とは違う、確かな意思で以て紡がれたその言葉には、何か意味がある…。

 そうして開かれた社長室には、誰も居なかった。

 代わりにその壁面、前回来た時は白塗りの壁であった場所が失くなり、代わりにもう1つの部屋が姿を表している。

 近付いて覗き込めば、そこには他の戦士達と共に、部屋に備え付けられている作業台の上で侑が少女達の事を待っていた。

 

「侑ちゃん!」

「歩夢、皆…来てくれたんだ。」

「そんなの当たり前だよ…侑ちゃん、身体は大丈夫なの?その…。」

 

 一週間振りに見えた少女との再開に、歩夢が真っ先に応える。

 しかし彼女が自らの身に起こっている真相をどれだけ把握しているのか分かっていない事に気付き、つい口にしてしまった心配が失言だったのではと、歩夢は途端にその声が尻すぼんでしまう。

 

「大丈夫だよ、見ての通りピンピンしてる…だから心配しないで。」

 

 しかし侑は歩夢の気を知ってか知らずか、これまでと何ら変わらぬ仕草を見せる。

 そう、本当に何も変わらぬ仕草…全てを知ってなお平静を保っているのか、或いは本当に何も知らぬのか。

 それを問おうとした所で、それまで黙って事の成り行きを見守っていた或人が少女達に向けて語り掛けた。

 

「ありがとう皆、ここまで来てくれて…侑ちゃんがどうしても皆に会いたいって言うからさ。」

「ごめんね、私携帯何処かに置いてきちゃったみたいでさ…おかげでメールする事も出来なかったよ。」

「…何を、するんですか?」

 

 或人もまた若干の暗さこそ見せているものの、侑と同じ様に普段と変わらぬような振る舞いを見せている。

 まるで先日の件が全くの嘘のようであり、しかし少女達の記憶にはあの怯え怯みきった彼の姿が焼き付き、彼へと向ける視線に複雑な感情が絡んでしまう。

 彼とてそう思われているのは分かっているだろうが…敢えてそれについては触れず、もう一度説明するねと言って侑の身に起きている事情を説明し始めた。

 

「侑ちゃんの身体の中には、今ナノマシンが埋め込まれている。そして俺達の見立てでは、そのナノマシンにアークが取り憑いて、侑ちゃんの身体や意識を乗っ取っていたって考えているんだ。」

 

 少女達も、戦士達も、皆揃って或人の話に耳を傾けている。

 その中でも僅かにも動揺を見せたりしない侑の姿からは、やはり予め全てを聞いてなお平静を保っているのだと察する事が出来る。

 もし仮に自分が同じ立場であったなら、絶対にそんな風には振る舞えない。

 名状し難き悪意に恐怖し、何の罪の無い人々を所構わず巻き込んでしまった罪悪感に押し潰され、きっとどうにかなってしまっていたであろう。

 それが出来る程、彼女の心は強いという事か…歩夢は幼馴染みの在り方に、ただ尊敬する事しか出来なかった。

 

「でもナノマシン自体は医療用に造られたものだって分かった。このナノマシン自体は侑ちゃんを傷付けるものじゃない…だからこれから俺が直接アークのシステムに接続して、そこでアークを倒す。そうすれば、残るのは無害なナノマシンだけ…。」

「接続するのは社長1人だが、私達も全力でサポートする…戦力としては問題無い筈だ。」

 

 唯阿がそう言ったように、見れば専用のホルダーに収められた多数のプログライズキーが、配線を通してゼロワンドライバーに接続されている。

 システム内での戦闘は現実世界のそれとは大きく勝手が違うらしく、各プログライズキーの恩恵をダイレクトに受け取れる今回の戦闘は、むしろ前回の決戦よりも有利な状況となっている、との事だ。

 

「約束する…俺達は必ず、侑ちゃんを助ける。そして必ず皆の事を守る。」

 

 それらの言葉に対し、少女達は口出しをしない。

 それが信用によるものでない事は、もはや誰もが分かっていた。

 他の戦士達が頷き、何よりも侑が首を縦に振っていたからこそ、赦されている。

 

「俺達を…信じてくれないかな?」

 

 これが、本当に最後…その想いを、向けられる眼差しから受け取った両者達。

 或人は一度だけ深く頷くと、亡に呼び掛けある物を取り出すように頼む。

 

「亡。」

「はい。」

 

 亡がコートの内側から取り出したのは、アサルトグリップ…不破が使っている物と同型たるそれを受け取った或人は、同じく自身の懐から取り出したシャイニングホッパーキーの後部にそれを接続し、起動スイッチを押す。

 

Hyper(ハイパー) Jump(ジャンプ)! Over(オーバー)rize(ライズ)! 】

 

 その起動音、認証音共に通常シャイニングホッパーキーを扱う上では鳴らない専用のサウンドが鳴り響く。

 同時に或人の頭上に蛍光色の黄色と金属質な藍色が混ざったバッタのライダモデルが出現、その瞬間が訪れるまで待機する。

 そして或人はキーのプレートを、普段と違いその手でゆっくりと展開し…。

 

 

 

「…変身!」

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 

 

 万感の思いと共にキーをベルトへ挿入した。

 

 

 

 

【 Warning,warning. This is not a test! 】

 

 

 

 頭上のライダモデルから光が照らされ、或人の身体は素体となるスーツを身に纏う。

 同時にライダモデルが形を変え、上から被さるようにして装甲を形成する。

 今或人が扱っているアサルトグリップは、不破のそれと違って敢えて調整が施されていない。

 つまり使用すればアークへ接続する事になるそれを、対極に位置するゼアが開発したシャイニングホッパーキーと掛け合わせる。

 そうする事でゼアの加護を受けながら、アークと直接対峙する事が出来る。

 

 

 

【 ハイブリッドライズ!! 】

 

 

 

 それは光と闇がせめぎ合う姿。

 陰と陽の境目の体現。

 この力が辿る先に待つ光は果たして、明けの明星か、それとも宵の明星か…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャイニング! アサルトホッパー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン

シャイニングアサルトホッパー"

 

 

 

【 No chance of surviving this shot. 】

 

 

 

―たった一度のチャンスをその手に掴み取れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、侑ちゃん…。」

「はい。」

 

 シャイニングホッパーへの変身を完了した或人…彼に促され、侑はおもむろに結んでいた髪を解き、側に置いてあった機械を手に取る。

 ヘルメットのような、頭に被せる形をしたその機械からもまた多くの配線が伸びており、その先は或人のドライバーへと繋がっている…どうやらこれとドライバーを使ってアークへ接続を試みるようだ。

 

「侑ちゃん!」

 

 それを被ろうとした瞬間、歩夢が侑の名を呼ぶ。

 手を止めた侑が歩夢を見ると、彼女は様々な感情が入り混じった表情を浮かべていた。

 とても一言では言い表せないようなそれであるが、いずれの感情であろうとも、彼女が言いたい事はただ1つ…。

 

「大丈夫、すぐに終わるから…少しだけ待ってて。」

 

 それを分かっている侑は、決して多くを語らなかった。

 全部終わったら、また…ね?と…それだけを告げて、彼女は装置を頭に被り、作業台の上に身を預けた。

 その始終を見届けた或人の胸にもまた、様々な感情がいっぱいに溢れる。

 そう…こんな辛くて、苦しくて、悲しくて…。

 そんな悪い夢は、終わりにしよう。

 

「あぁ、待ってて…必ず…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必ず助けるッ!!」

 

 

 

Zea's(ゼア) Ability(アビリティ). 】

 

 

 

決死の戦いが今、始まった。

 

 

 

 



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Program.25「Another Daybreak」後編

キリが良いから今年はこれで締めとする
クッソ早いけど皆様良いお年を



「ここは…。」

 

 侑に取り憑くアークを倒すべく、シャイニングアサルトの力でアークへのアクセスを試みた或人。

 数秒後、ふと空気が変わった事を感じて閉じていた目を開くと、そこは先程まで居た部屋の景色など無く、見渡す限りが黒に塗り潰された世界となっていた。

 それでいて何の光源に当てられていないにも関わらず、己の姿…ゼロワンとしてでは無く、飛電 或人としての姿を晒している自らが視界に映るこの異様な空間を、或人はかつてよく経験した。

 そしてそう気付いた瞬間、暗闇の世界に変化が訪れる。

 

『来ると思っていたぞ、飛電 或人。』

「っ!アーク…!」

 

 どこからか耳にしたくない悲鳴のような音が響き、視界の端々に赤黒い"ナニか"が見え始める。

 それは悪や滅といった、負を連想させる言葉の数々…先程まで何も無かったこの空間は、一瞬にしてそれらの言葉で埋め尽くされた。

 そう、ここはアークの造り出す仮想空間の内…普段その庇護を受けているゼアのそれとはまるで違う有り様は、いつどんな理由で訪れたとしても身がすくみ、背筋に冷たいものが走る。

 そして同時に姿を表す、その元凶…仮面ライダーアークゼロ。

 

『オマエ達の思考は、実に読みやすい…故にオマエ達の行動も、実に操りやすい。』

「罠に嵌めたって言いたいのか?残念だけど、それは違う…変身!!」

 

メタルライズ!! メタルクラスタホッパー!!

 

 その早々に神経を逆撫でるよう飛ばされた挑発を敢えて受け取り、或人は変身のフレーズを声高に叫ぶ。

 するとその掛け声だけで或人の身体はメタルクラスタホッパーの装甲を纏い、同時に精製されたプログライズホッパーブレードとアタッシュカリバーを構えてアークへと迫る。

 過程を省略して結論に至るという、様々なデータで満ち溢れている仮想空間内だからこそ出来る技だ。

 

『出力が上がっているな…細工を施したか。』

 

 振るわれた剣を受け止め、その重みに違いを見出だしたアークが僅かに唸る。

 それは現実世界に於いてドライバーに接続されたプログライズキーが追加のエネルギー器官として機能しているからであり、或人自身も己の身体に普段以上の力が漲っている事を感じながら、乱舞を繰り返していた二振りを勢い良く振り上げ、防御に徹していたアークの両腕を弾く。

 

Progrize(プログライズ)! 荒い! 強い! 硬い! アメイジングヘラクレス!!

 

「はぁ!!」

『ッ…。』

 

 次の瞬間、或人が身に纏う銀の鎧が一瞬にして黄緑色の装甲へ変わる。

 頭部から伸びる巨大な角、"ハーキュリーホーン"が目を引くその姿は、アメイジングヘラクレスキーの力を宿した姿…その角による頭突きで、無防備であったアークの胸部を突き穿つ。

 

Progrize(プログライズ)! スピーディーナンダー! ラッシングチーター!!

 

 その衝撃でよろめいた隙を見て、或人はさらに装甲を黄緑色から橙色へと変える。

 ラッシングチーターの力を宿したその姿は加速力に優れ、いとも容易くアークの背後を取り…。

 

Progrize(プログライズ)! 剛腕GOGO! パンチングコング!!

 

「はぁあ!!」

『クッ…!』

 

 直ぐ様形態をパンチングコングへと変更。

 全ての装甲を右腕部に集中させ、"マキシムコンガー"と呼ばれる武装を生成…がら空きとなっているアークの背を強大な力で殴り飛ばした。

 

「まだまだ…!!」

 

Progrize(プログライズ)! Impossible to escape! トラッピングスパイダー!!

 

 そして今度はトラッピングスパイダー…いずれもこれまで世に披露した事の無い姿ばかりであるが、データとしては前から既にゼアの中で構築されており、それを利用しているのだ。

 仮想空間内であるが故のスムーズな連続変身、多数のプログライズキーの接続による出力上昇、そして秘蔵されていた数々の形態の披露。

 この3つの要素を駆使する事で、対策を立てられる前にケリを付ける…それが或人の作戦であった。

 実際アークは先程から或人の手によって踊らされており、今もトラッピングスパイダーの武装"カラミティテリトリー"によって捕縛されている。

 これはまたと無い絶好の機会…或人は再度プログライズブレードとアタッシュカリバーを手に取り、直ぐ様両者を連結させ、アークに向かって飛び掛かる。

 

 

 

 

「アークゥゥゥ!!」

『………。』

 

 それはまさに、これで終わりにするという気概で溢れていた。

 

 

 

 

『…言っただろう。』

 

 そんな或人を見て、アークは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマエ達の行動も…実に操りやすいとな。』

 

 実に短絡だと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、或人の前に高咲 侑が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん…。」

 

 現実世界で、同じ頃。

 深い眠りに就いているかのように目を閉じている侑の手を歩夢がしっかりと握り、側に寄り添っている。

 事が始まり厳粛な空気が流れる中、何度も呟かれているその声に込められている想いが、この場に居る誰しもの胸の奥に段々と積もっていく。

 

「…ところでナノマシンって言や、一色 理人とか言う奴に関してその後分かった事はあったのか?」

「お前達の話を下に調べてみたが…そのような名前の医者は関東圏内には存在していない。だが科学者としてならその名前を見つける事が出来た。」

 

 そんな空気に耐えかねたのか、不破がふと気になった事について隣に居た唯阿に問うた。

 一色 理人なる、侑にナノマシンを移植したであろう人物の追跡に関しては前以て唯阿達A.I.M.S.に事情を説明した上で一任させていた。

 その調査状況について聞いてみれば、どうやら進展があった様子。

 だが唯阿は何故か、しかし…と言ってそれから先を一息に話そうとはしなかった。

 それが一体何故なのか訝しんでいると…やがて衝撃的な答えが返ってきた。

 

「…その一色 理人は、既に1年前に死亡が確認されている。」

 

 思わず唯阿を凝視する不破。

 いや、不破だけでない…聞き耳を立てていた滅や迅、雷電に天津も同様にその答えが信じがたいものだとして唯阿の方を見る。

 すると唯阿はただ1人事前に情報を共有していた亡に向かって目配せをし、合わせて亡は雷電に向けて自身の携帯端末を見せた。

 この写真の男で間違いありませんか?と…そう言って向けられた画面には、「ナノマシンの権威、一色 理人氏謎の死去!」という新聞の見出し…そこには確かに雷電が病院で見た男の顔が載っていた。

 

「まさか幽霊になって未練がましくって話じゃ無いだろうな?」

「有り得ん話だな…この死亡が確認されたというのは確かなのか?」

「書類の偽造…或いはその死体が影武者みたいなものだったって可能性は?」

「まだ何とも…そういった粗を探すには、時間を掛ける必要がありますからね。」

 

 話によるとこの新聞の画像もネットで探し当てたものらしく、現物を手に入れた訳では無いとの事。

 これ以外にも当時の解剖記録や担当医の裏取りなど、探ろうと思えばまだまだその余地は有るのだが、今は一刻を争う事態…現状はこれ以上の情報を掴めていないようだ。

 進展はここまで…ならばと話の種が尽きた戦士達の間で何やら暗黙での了解が行われるや、代表して天津が少女達向けて口を開いた。

 

「さて…ここから先は私達だけで事に当たろう、君達は帰って構わないぞ。」

「えっ…待ってください、そんな急に…!」

「君達をここに呼んだのは、(彼女)がどうしても君達の事を一目見たいと言ったからだ。これ以上君達が手伝える事は無い…これだけの人数がここに居座っているのも却って迷惑になるだろうしな。」

「で、でも…!」

「帰りが不安だって言うなら俺でも刃でも、誰でも付いてく…お前らはお前らでやる事が有るだろ?」

 

 その内容に、少女達は堪らず異を唱えた。

 折角再会出来たというのにもう離れなければならないなど…。

 だが戦士達はその異に応える事無く、少女達が抱える事情を引き合いに出して話を進めようとする。

 

「…どうして?」

 

 それは少女達の身を案じた不器用な気遣いに聞こえなくも無い。

 だがその問答など無用と言わんばかりに話を推し進めようとする姿勢からは、戦士達には何か別の意図があるという事が推察出来てしまう。

 

「どうしてそんなに帰らせようとするんですか…?」

 

 まさに、帰らせたがっている…何か自分達が居ては都合が悪い事が有り、それから遠ざける為に戦士達は今帰る事を促している…そう思わざるを得なかった。

 

「…そんな事は無い、気のせいだ。」

「じゃあ、ここに居ても良いですよね?だってこれで侑ちゃんは助かって、それで全部終わるんですよね…?」

 

 それを恐る恐ると聞いてみれば、彼等は即座にその事実を否定した。

 しかし気のせいだと言うそんな返しで納得出来る筈も無く、少女達は食い下がった。

 自分達の身の回りの事など、侑の無事が確保出来てからで良い。

 人が多いという言い訳なら、上の社長室にでも移動すれば良い。

 侑が、彼女がここで助かるのだから、何も問題無いではないかと…そんな我が儘が通じて良い筈だ。

 

「なんで…何も言わないんですか…?」

 

 しかし彼等は何も答えなかった。

 互いに罪を擦り付けているかのように目線を配り合い、少女達が向ける眼差しとはぶつからないようにしている。

 まるで少女達から顔を背け逃げているような様子からは、少女達を帰らせようとする目的に対して正当な理由が無い事を…その目的に不当な理由が有る事が見て取れる。

 

「…やめよう、やっぱり黙ってたって良い事無いね。」

 

 そうして遂に、迅が音を上げた。

 それを皮切りに他の戦士達も次々に諦めの表情を浮かべ、少女達の推察を肯定する姿勢を見せた。

 この期に及んで一体何を隠す事があるのだろうか、一体何を隠さなくてはならないのか…少女達の中で、一斉に不信感が沸いてくる。

 そんな少女達が向ける疑念の矛先に立つ事を買って出た滅によって、少女達は決して知るべきでは無かったその事実を知る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでアークを倒せるかどうかは、飛電 或人に懸かっている…が、とても確実性の有る話では無い。むしろ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高咲 侑を助けられるかどうかはまるで分からないという、その事実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…!!」

 

 振り抜こうとしたブレードの刃が侑の首元、その寸前で止まる。

 はっきり言って、奇跡的であった…もしほんの少しでも判断が遅れていたら、どうなっていたかは語るに及ばない。

 侑も最初こそ何が起きたのか理解出来ていなかったが、首元から僅かに感じた風圧と、やがて伝わってきた金属の冷ややかさから事の成り行きを察し、段々とその目を見開いていく。

 

「侑…ちゃん…!?」

「社長さん…!?」

 

 ゆっくりと、侑の首元からブレードを退かす。

 互いに訳が分かっていなかった…何故目の前に彼が、彼女が居るのかを。

 

『フッ…。』

「ぐあっ!?」

「社長さん!!」

 

 惑いに堕ちた2人…それを目前にアークは再び鼻を鳴らすと、軽い身のこなしで両者の間に割って入り、無防備となっている或人の胸部に躊躇無く拳を入れる。

 

『何を驚く事がある?此奴の身体を支配しているワタシが、まさかその意識を引き摺りだせないとでも思っていたのか?』

「ッ…アーク…!!」

 

 その身を案じた侑の悲声を受けながら吹き飛ばされた己に対し、悠々と語り出すアークを或人は睨む。

 こんな状況で彼女の意識を呼び出して…まさかこのまま彼女の事を盾として使おうとでも考えているのだろうか…!?

 

『安心しろ、肉壁として使おうなどとは思っていない。』

 

 そんな或人の予測をアークは否定する。

 しかしその代わりと言わんばかりに手先を侑へ向けると、彼女の身体に変化が訪れた。

 

「っ!?なに、これ…!?」

「侑ちゃん!!」

 

 侑の四肢に悪意が絡み付く。

 この空間に蔓延る負の文字列が、彼女の身体を無理矢理その場に縛り付ける。

 

『此奴は観客よ…キサマを甚振るという能楽のな。』

 

 あくまで、それだけ。

 しかし侑がそこに居るという事実こそが、アークの狙い。

 アークは動けなくなった侑へ向けていた視線を或人へと戻す。

 

『既にキサマの手は予測出来ている…ここからは、ワタシの(ターン)だ。』

「っ…!?」

 

 同時にアークの眼が不気味に光り、或人の表情が青ざめる。

 言葉通り予測を立てられてしまったとなれば、自分がこれから辿る結末は敗北の2文字しかない。

 

Progrize(プログライズ)! Unstoppable rapid shots! ガトリングヘッジホッグ!!

 

「はぁぁぁあ!!」

 

 だが侑の命が懸かっているのだ…そんな事にはさせないと、或人は臆した心を奮い起たせながらガトリングヘッジホッグの力を解放し、アークに向かって詰め寄った。

 ガトリングヘッジホッグは連撃能力を高めるキー…その力を直接身に纏えば、拳の連打といった攻撃の強さや速度が上昇する。

 その矢継ぎ早に繰り出される攻撃で反撃の機会を与えまいとしたのだが…。

 

『無駄だ。』

 

 アークはその全てを捌ききった。

 他のライダーでさえ見切るのが困難な筈の攻撃を全て見切り、返しに一撃を与える程にアークは正確な動作で或人をあしらう。

 

「ッ…!!」

 

Progrize(プログライズ)! Sharpness twin blades! エキサイティングスタッグ!!

 

 アークの反撃を受けた或人だが、すぐに身に纏う装甲をエキサイティングスタッグへと変更。

 足に力を込め、仰け反った身体を無理にでも直し、再び攻めの姿勢を見せる。

 エキサイティングスタッグは窮地である程力を増す仕様となっており、まさに今の状況に適した姿ではあるが…繰り出す攻撃はやはり全てが躱され無意味なものとなり、逆にアークが仕掛ける反撃が意味を為していく。

 

「社長さん…!」

「クッ…!!」

 

【 ハイブリッドライズ!! シャイニング! アサルトホッパー!!

 

 もはや普通のプログライズキーの力では敵わないと踏んだ或人はシャイニングアサルトの力を解放、シャイニングホッパーからさらに発展した高速戦法で逆転を狙うも、アークの予測はどれだけ加速しようがそれを的確に捉え、一切のダメージを与えられない。

 そうしてやがてはアークの放った流体の金属に絡め取られ、或人は地へと叩き伏せられた。

 

『回線でプログライズキーを繋げる事で腕を上げたようだが…仕組みさえ分かれば何という事は無い。やはり浅知恵でしかないな。』

「っ…うあぁぁぁぁぁ!!」

 

 埋まらない、圧倒的な差。

 それを何故分からぬと宣うアークに対し、或人は闇雲に突っ込んでいく。

 

【 Fly to the sky! フライングファルコン!!

 

【 撃ちまくまくりスティ! シューティングウルフ!!

 

【 キリキリバイ! キリキリバイ! バイティングシャーク!!

 

【 ラララ! 雷鳴! 雷電! 電撃! ライトニングホーネット!!

 

【 Gigant flare! フレイミングタイガー!!

 

【 Dangerous warning! スティングスコーピオン!!

 

【 Attention freeze! フリージングベアー!!

 

 めくるめく色の変動…しかしどんな色を以てしても、目の前の黒を塗り替える事は出来ない。

 

【 飛び上がライ『無駄だと言っている。』

「ッ!?うぁぁぁぁぁあ!?」

「社長さん!!」

 

 遂には色を変えるその前に手を出され、とうとう或人は生身の身体を晒してしまう。

 

「っ…やめて!!これ以上その人に手を出さないで!!」

 

 決して或人の力量を計り知っている訳では無い侑でさえ彼の力が底を尽きた事を見せ付けられ、堪らず声を上げる。

 しかしアークは侑の意見に肯定の意思など微塵も見せない。

 

『言った筈だ、ワタシにとって人類とは滅ぼすべき存在だと。あまつさえ此奴はワタシの目的を阻止せんとして、何度もワタシの前に立ち塞がるのだ…止めるなどと、そんな結論は最初から無い。』

「滅ぼさなきゃいけないなんて…そんな事絶対無い!!貴方は…貴方は…!!」

 

 オマエとて、進むべき道に障害があれば取り除くだろう?と…人の命を路肩に転がる石ころと同じ価値と定めて言葉を返すアーク。

 対して侑は人の命はそんな軽いものでは無いと、目の前の脅威に決して怯む事無く睨みさえ利かせる。

 

『その目…。』

 

 その目が、アークには気に食わなかった。

 何の力も持たず、ただ蹂躙されるだけの存在であるというのに…それを分かってもいる筈なのに、何故そのような目を向けられるのだろうか?

 その怒りと悲しみの中に、深い哀れみをも含めたその目を…。

 そうだ、その目だとアークは一人ごちると、未だ倒れ伏している或人の襟首を掴んで無理矢理上体を起き上がらせるや…彼の腹部に拳を入れた。

 

「ゔっ…!?」

「或人さんッ!!」

 

 躊躇無く、一切の手加減もせずめり込ませた拳。

 戦士としての装甲を纏っている時でさえ重過ぎるその一撃を、生身の状態で喰らえばどうなるかなど語る必要は無い。

 声に出せず、悶える事も出来ず、再び地へと崩れ落ちた或人を尻目に、アークは侑へ向き直り…。

 

『高咲 侑、オマエは言っていたな?ワタシの事を哀しき存在だと…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこがだ?

 

「っ…!?」

 

 侑の身に、これまで感じた事が無い程の悪寒が走る。

 赤々と光る眼を向けるアーク…その声に、今まで含まれた事の無かったものが含まれていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体ワタシの、どこが哀しいと言うのだ?

 

「ゔぁっ!?あぅ…ぐっ…!!」

 

 そしてその含まれているものに意を従わせ、アークは或人の事を繰り返し嬲っていく。

 その間も、視線は侑に固定されたまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの道具であるキサマ如きが…。

 

「ぎっ…ぃ…あ゙ぁ゙!?」

「やめて…!!」

 

 それは当て付けであった。

 侑が向けた感情に気を逆撫でられ、しかし彼女に当たればすぐに壊れてしまうからと、己が抱いた感情の矛先を全て或人に向ける…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシを理解しようとでも言うのか?

 

「ゔっ…あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!!??」

「お願いだからもうやめてぇッッッ!!!」

 

 それは怒りに身を任せた、理不尽なる虐殺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事ですか!?侑ちゃんが助かるから…侑ちゃんを助けられるからやってる事なんじゃないですか!?」

「私達も出来る限りのサポートはした…飛電 或人ならばやってくれる筈だ。」

「そんなの分からないじゃないですか!?あの人が本当にやってくれるだなんて…どうしてそんな根拠の無い話を…!?」

「分かっている!だが、もはやこれしか方法が無いのだ!」

 

 一方現実世界でも目を背けたくなるような光景が拡がっていた。

 高咲 侑を助けられるかは或人次第…その事実から、いよいよ少女達と戦士達との間に明確な亀裂が入ってしまったのだ。

 歩夢が、天津が、それぞれの所属を代して声を荒らげ、室内は一気に険悪な空気に包まれる。

 

「どうして…どうしてこんなになるまで…倒したんですよね!?前に一度!?なのにどうして何とか出来なかったんですか!?どうして私達がこんな風になるまで巻き込まれなくちゃならないんですか!?」

「歩夢さんもう良いです!!もう止めてください!!」

「良くない!!せつ菜ちゃんは侑ちゃんの事が大事じゃないの!?」

「大事ですよ!!大事ですけど…!!」

 

 その対立を良しとしないせつ菜が間に割って入るも、咄嗟の正義感だけで行動を起こした彼女にこの亀裂を埋める当てなど無く、事態は平行線を辿るばかり。

 

「結局こうなっちゃったか…これでも僕達なりに皆の事を思ってやった事なんだけど…。」

「はぁ!?これのどこが私達の事を思ってるって言うんですか!?」

 

 誰もが、こんな対立をするべきでは無いと分かっている。

 ここで争った所で、賭けの対象となっているのは或人だ…この諍いには何の意味も無い。

 

「じゃあ皆はこの娘にもしもの事があった時、それを目の前で見ていたいの?」

「っ…それは…!!」

 

 それでもこうして声を出す意味は、果たして何なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …もしかしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら、この時既に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この先に待つ未来がどんなものか、彼等には予測が付いていたのかもしれない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『折れぬ、か…これだけの仕打ちを受けて、何故オマエはワタシの前に立ちはだかろうとするのか…。』

 

 アークが目の前のモノを見て、隠す事無く嫌気を漏らす。

 アークの手によって蹂躙された或人はその身体を余す事無く血塗れにし、視線は焦点が定まらず、声を発する事さえ難しい所まで追い詰められた。

 如何にここが仮想空間内で、現実世界の身体に及ぶ影響が少ないとしても、これ程までに打ちのめされれば如何なる存在とて歯向かう意思が折れる筈。

 しかし或人は声を発する事さえ難しいその口からアークの名を呼ぼうとし、焦点の定まらぬ視線でアークの事を見据えようとし、余す事無く血塗れとなっている身体を起こして、アークに立ち向かおうとしている。

 一体何が彼をここまで愚鈍にしているのか…アークは理解に苦しむと吐き捨て、侑の方へと視線を向ける。

 

『高咲 侑…オマエは何故そこまで悲しむ?オマエが傷を受けている訳では無いと言うのに、何故そこまで苦しんでいる?』

 

 或人が甚振られている中、彼女はずっと泣き叫んでいた。

 決して彼女の身に危害を加えた訳では無い…ただ目の前で、或人の事を痛め付けていただけ。

 なのに彼女はまるで自分の事のようにやめてと言い続け、止め処無い涙を流していた。

 それが、アークにはまるで意味が分からなかった。

 様々な事象をラーニングし、あらゆる知恵を身に付けている筈のアークでさえ、侑の反応が如何なるものなのか、答えを導き出せなかった。

 

 

 

 

「痛い、から…!!」

 

 だがそれは、当たり前の話であった。

 この世界に生きとし生ける者達が当たり前に持つそれを知らぬアークに…。

 

 

 

 

「人が…大切な人が傷付けられているのを見て…心が痛いって思わない人は居ない!!!」

 

 心というものを知らぬアークには、理解出来る筈も無かったのだ。

 

 

 

 

「侑、ちゃん…。」

 

 その言葉を聞いて、或人は嬉しくなった。

 こんな姿を晒している自分に対し、彼女はまだ泣いてくれている…まだ信じてくれている。

 ならばここで、立ち上がらなければ…彼女の心を、無意味なものにはしたくない。

 自分はまだ、戦える…侑の言葉を受け、己の心に強い芯が作られ、或人は再びアークへ挑む為に立ち上がった。

 そうだ、心が有る自分達なら、必ずアークを倒せる…どんな奇跡だって起こせる筈。

 その意気を胸に、或人がもう一度変身を迎えようとした…その時だった。

 

『ココロ、か…やはり理解出来んな。』

 

 それまで侑へと向けていたアークの視線が空を向く。

 まるで何かを思い耽るような仕草であるが、仰ぎ見る先に拡がる天は、変わらぬ悪意。

 

『だがそのココロとやらで、キサマ等がいつまでも希望を持てるというのなら…。』

 

 そう言い、再び或人を見やるアーク。

 或人が決意を固めたというのならば、それはアークもまた然り。

 そうしてゆっくりと、アークの腕が或人へ向けて上げられていき…。

 

 

 

 

『ワタシが絶望を教えてやろう。』

 

 瞬間、或人の身体を悪意が埋め尽くした。

 

 

 

 

「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!!??」

「社長さんッ!!!」

 

 途端に走る苦痛、激痛。

 それに耐え兼ね折角立ち上がらせた身体を瞬く間に崩し、或人は悶え苦しんでいく…アークはこれで、或人の戦意を完全に折るつもりだ。

 いや、戦意だけでない…意識そのものを刈り取り、飛電 或人という人物を精神的に殺す…アークの行動は、それ程までに殺意に溢れていた。

 

―危険です、ログアウトを推奨します。

 

「まだ…だ…!!!侑ちゃん…が…!!!」

 

 その危険性はゼアも躊躇わずに口出しをする程であったが、ここでその指示に従いなどすれば、もう侑を助ける事など出来はしない。

 彼女を助けると、彼女達を守ると、そう約束したのだから…或人は交わしたその約束の為に悪意に蝕まれ1つも自由で要られない身体を解放する為に何とか抗おうとする。

 

『………。』

 

 しかしそんな彼の目の前で、アークはおもむろにもう片方の腕を上げた。

 その掌の先は…侑に向けられている。

 

「え…?」

 

 それは或人であったか、それとも侑であったか、或いは両方共であったか…今の状況には似つかわしくない漏声が溢れる。

 その腕を、或人にそうしているのと同じ様に侑へと向けるアーク。

 それが意味するものとは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『高咲 侑、オマエはもう…必要無い。

 

これ以上無い、残酷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ…!?うぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!??」

「侑ちゃん!!!」

 

 瞬間、侑の全身にも悪意がのたうち回る。

 この際限無き仮想の空間に、少女の絶鳴が響き渡る。

 

『もはや必要なのは、オマエの身体だけだ…高咲 侑、オマエの意思は最後にコイツの心を折る為に使わせてもらうぞ。』

「あ゙ぁ゙っ!!??くっ…ゔぅ゙!!??ゔぁぁぁぁぁあ!!??」

「侑ちゃん!!!侑ちゃんッ!!!くっ…アークゥゥゥゥゥ!!!」

 

 堪らず或人が死に物狂いで声を上げる。

 例え殺意溢れるアークの脅威に晒されたとて、自分はまだ良いのだ…そこにはアークと同程度の力を有するゼアの加護が有るのだから。

 致命となる寸前でゼアが回線を切り、死を免れる事が出来るだろう。

 しかし彼女にそんな加護は無い…剥き出しの心のままで、アークが放つ悪意に晒されでもすれば、その灯火は一瞬で吹き消される。

 それでもなお彼女が苦しむ姿が見えるのは、アークがほんの少しだけ加減をしているから…一瞬では無く、徐々に徐々に彼女の命を削り取り、死に行く様を見せ付ける為に。

 

『これが絶望だ…高咲 侑、オマエは最後まで救われる事無く死に行き、そして飛電 或人、オマエはコイツを救えずに終わる。』

「あっ…あ゙ぅ…っ…!!」

 

 或人の前で、侑の声が掠れていく。

 この世界いっぱいに拡がる程であった悲鳴が、少しずつ小さくなっていく。

 それは合図であった…高咲 侑の意識が、意思が、命が…終わりを迎えていっているという合図であった。

 

「侑…ちゃん…!!!」

 

 必死に伸ばされる、互いの手。

 しかしその手は決して届く事は無く、やがて侑が伸ばす手が力を無くして崩れ落ちる。

 そう、崩れ落ちていく…彼女という存在が消えていくのを証明するように、彼女の身体は悪意に呑まれ、この世界に溶け込んでいく。

 

「駄目だ…侑ちゃんッ!!!侑ちゃんッッッ!!!」

 

 目の前で人の形をも失っていく侑…それが見るに耐えないと、今度は或人の目から涙が零れていく。

 涙を流して、それで彼女の命が救える訳が無い…そう分かっていながら、しかしどんな手を尽くしても叶わぬ願いに打ちのめされ、とうとうその心が折れてしまったのだ。

 そうもしている間に彼女の四肢は失くなっていき、もはや何の意思も示せぬ達磨のような姿となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…社長、さん…。」

 

 やがて微かに聞こえる声。

 弱々しく、まさに今にも折れてしまうようなその声は、或人に向けてある言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「或…人…さん…。」

 

 それは懇願であった。

 しかしそれは決して己の命を繋ぎ止めたいと、生きる事に縋るようなものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか…皆を…。」

 

 彼女がその言葉を紡ぐのは、いつだってそれが変わらぬ真心であるから。

 その願いを、彼に託す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あぁ…!!!」

 

 そして彼女は、高咲 侑は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなの……こと……を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―危険です、強制ログアウトを実行致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女達と戦士達の対立…その溝が埋まる事無く時が過ぎる中であった。

 

「があっ!?」

「社長!?」

 

 何の前触れも無く、或人が急にその場から弾け飛んだ。

 その勢いは一切の緩衝無く壁に打ち付けられる程であり、一同は揃って何があったのかと或人を凝視する。

 すると今度はそれまで沈黙を保っていた侑がカッと目を見開き、勢い良く上体を起こした。

 

「侑ちゃん…!?」

 

 次々と起こる出来事に理解が追い付かないものの、侑が目を覚ましたという事は或人の決行は成功したのかと…そんな淡い希望が歩夢の中で沸き上がる。

 しかし目の前の侑は身体を起こした後に何の反応も示さず、吹き飛ばされた或人はまるで争いに敗れたかのように力無く倒れ呻いている。

 

「まさか…!?」

 

 その様子からはとても歩夢が抱いた希望が実ったようには見えず、一同の視線が或人から侑へと移る。

 そして侑は…いや、侑の身を借りた"ソレ"は視線が集まると同時にその口角を弧が出来る程にまで吊り上げ…。

 

 

 

 

『待っていたぞ…この時を。』

 

 己の本性を晒け出した。

 

 

 

 

『変身。』

 

Ark(アーク) Rise(ライズ).

 

 腹部に現れたドライバーのスイッチを押し、仮面ライダーへと変身するソレ。

 驚愕から誰もがその場を動けぬ中、小さな命が大きな闇へと変わった事実は、見る者全てにソレの正体が何であるか、またそれがどういう真実を告げているか、理解させるには十分であった。

 

「アーク…!!」

 

 目の前に居るのは高咲 侑では無い…その身体を乗っ取ったアークだ。

 そしてアークが侑の身体を奪っているという事は、或人に懸かっていた最後の望みは…。

 そうして動揺を隠せず狼狽える一同の前で、アークは再びドライバーのスイッチへ指を運んでいき…。

 

オール エクスティンクション.

 

「ッ!?まずい!!」

「伏せろぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、一同の視界を黒の奔流が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くあの社長とくれば…また妙な事に首を突っ込んで会社を開けっ放しにしていたかと思えば、今度はぞろぞろと大人数で部屋に籠って…一体何を考えているんだか!」

「まぁまぁ…でもほら、仕事の方は彼もちゃんとやっているみたいですし…。」

「最低限、な?彼が日中好き勝手しているお陰で仕事の生産ペース自体は落ちているんだ。そろそろ腰を据えて貰いたい所だというのに…見たか今日のメンバー?A.I.M.S.にZAIAの課長に滅亡迅雷、挙げ句の果てには何処ぞの学校の女子生徒達だ!会社(ここ)は合コン会場じゃないんだぞ!?」

 

 同じ頃、飛電インテリジェンスの廊下をズカズカと歩くのは、近頃の或人の様子に気を憤している福添。

 その後をシエスタがぴったりと歩幅を合わせて歩き、さらにその後ろを山下があせあせと必死に付いて回る。

 彼等が目指しているのは、或人が居る社長室だ。

 

「ですがそれだけのメンバーが揃っているという事は、やはりそれだけの事態が起きているという事でしょう。噂ではあのアークも復活したとか…。」

「だとしてもだ!仮面ライダーだかなんだか知らんが、彼はその前にこの会社の社長なんだ!仕事はきっちりこなして貰わんと困る!」

「ですが、その…あまり今の彼に強く当たるというのは…。」

「確かに私も最初はそう思った…だがここまで来ればもはやそれは甘やかしているだけに過ぎん!私は心を鬼にするぞ…今すぐ社長室に行って直談判だ!…って、どうしたシエスタ?」

 

 彼等とて或人が如何な事件に関わっているかは分かっているのだが、それでも会社に不利益を出されては困るとして、今からあの錚々たる顔触れの中に割り込もうとしたのだが、急にシエスタが歩みを止め上を見上げた事で他の2人の足も止まる。

 まるで何かに気付き、そしてそれを気にしている様子であるが…?

 

「膨大なエネルギー反応を確認、上からです。」

 

 そうして告げられたのは、未確認の現象について。

 その出所が上であるとして、福添と山下も同じ様に上を向く。

 

「上って言うと…。」

 

 とは言え彼等が今居るフロアの上となると、それに該当するような場所は限られてくる。

 と言うか、1つしかない。

 

「…社長室?」

 

 そして山下がその思い至る場所を口にした瞬間、3人の体幹が突如として崩れた。

 どうやら建物全体が小刻みに揺れているようだ。

 

「おぉっと…地震か?」

 

 まずはそんな軽口が叩ける程度の揺れ。

 しかしその揺れはどんどん激しくなっていき、直ぐにも立つ事が不可能な程に。

 そしてやがては視点を定める事さえ困難に…。

 これはただの地震では無い、何か異常な事が起きている…そう誰もが認めた時だった。

 3人の頭上、その天井にヒビが入り、やがて決壊したのだ。

 

「な、なんだぁぁぁぁぁ!!??」

「うひゃぁぁぁぁぁ!!??」

 

 天井の崩落に巻き込まれる3人。

 その思いを、この会社に居た誰もが味わった事をこの時はまだ知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い、生きてるかぁ~…!?」

「すみません副社長、お先に失礼致しま~す…。」

「逝くなぁ~、まだ勤務時間中だぞ~…っていうか普通に元気だろお前…!」

 

 覆われた視界、耳をつんざく轟音。

 それらが次第に収まり、やがて静寂が訪れた。

 一体何が起こったというのか…福添と山下はいつしかに交わしたのと似たような会話で以て、まず互いの無事を確認する。

 次に違和感を覚えたのは、2人して身体を動かせなかった事。

 その、まるで何かに身体を押し潰されているような感覚に、2人は先に何があったのか、その氷山の一角を知る。

 確か、天井が崩れて…そう思い至った瞬間、それまで暗闇に包まれていた2人の視界に突如として光が差し込んだ。

 

「ご無事ですか?」

「し、シエスタ…!」

「助かったぁ…!」

 

 シエスタが、2人の上に乗っていた"瓦礫"を退かす。

 女性の姿を型取りながら、成人男性2人を行動不能にさせる程の重量を誇るそれを軽々と持ち上げるているのは、流石ヒューマギアといった所か…。

 そのお陰で福添と山下の2人は身体が動かせるようになり、必死に今居る環境から逃れようと這いずる。

 

「ふぅ…死ぬかと思いました…!」

「しかし、一体何が…!?」

 

 やがて瓦礫の下から脱出した2人は安堵の息を吐きながら、"日の光当たる外の空気"を目一杯吸い込む。

 そうして落ち着きを取り戻した2人は、改めて事態の把握に務める。

 しかし多少冷静さが戻ったからこそ、今の状況が極めておかしい事に気付く。

 そう…自分達は瓦礫の下に埋まり、そしてそこから這い出て外の空気を吸っている。

 今の状況は、会社の廊下を歩いていた筈の自分達にはどんな顛末を迎えようが辿り着かない筈の状況だ。

 それこそ、天地がひっくり返りでもしない限り…。

 

「「なあぁぁぁぁぁ!!??」」

 

 しかし2人が驚声を上げる先に見えたのは、辺り一面に転がる瓦礫の山。

 その中から幾人もの会社の従業員が、いずれも必死な形相を浮かべる有り様。

 そして何より、その瓦礫の所々から見える、壊れた飛電の会社のロゴマーク…。

 

「か、会社が…我が社のビルがぁ…!?」

「どうなってんだこりゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 そう…如何なる事情か、飛電インテリジェンスはその建物が丸ごと崩壊したのだ。

 地上まではかなりの高さがあったというのに、よく無事でいられたものだと福添と山下の2人は内心身震いしながら、何故こんな事になってしまったのかの原因をシエスタと共に探り始める。

 覚えている限りでは、確かシエスタが上階から謎のエネルギーを感知した後に異変が起きたのだが…。

 

「あれは…!」

 

 そしてそんな彼女が捉えたのは、3人が居る場所から幾らか離れた場所に見える異様な黒い影。

 

『飛電インテリジェンス…やはりここで事を進めると予測していたぞ。お陰で、目障りなこの場所を絶やす事が出来た。』

「アー…ク…侑ちゃんを…返…せ…!!」

 

 それはアークが、或人の首根を掴んで佇む姿であった。

 よく見れば、周りには他の戦士達や少女達の姿も…戦士達が身を呈して庇った事で、少女達はほぼ無傷のようだ。

 しかしそれ故に戦士達は目の前の敵に対して立ち向かう力を失っているらしく、最悪を前にして何も出来ずにまるで平服しているようにさえ見える奇妙な光景が拡がっている。

 

『高咲 侑か…。』

 

 そんな中でアークは或人の言葉に反応するや、途端にクツクツと笑い出し、彼を掴んでいた手を離した。

 

『言った筈だ…次にワタシが目覚めた時が、最後だと。』

 

 おもむろに苦しさから解放され、咳き込みえずく或人…そんな彼に上から物言うアークの、その台詞が誰しもの気を引く。

 

「まさか…!?」

 

 皆同じく、目を見開きながらアークを見つめる。

 それに応えようとするアークの、先の台詞に続くその言葉を、皆聞き入れたくなど無かった。

 しかし現実は最低にも、それを容赦無く押し付けてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『高咲 侑は、もう居ない。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その存在も、ココロも、全てワタシが滅ぼした…今有るのは、この身を成す為の器だけだ。』

 

 そう…アークが再び彼女の身体を使ってその名を名乗るという事は、つまりそういう事なのだ。

 分かっていたからこそ、否が応にも認めるしかないからこそ、皆その事実を認めたくなどなかった。

 

「嘘…そんな事無い…侑ちゃんは…侑ちゃんは…!」

『ならば幾らでもその名を呼ぶがいい…オマエ達が求めるものは、何一つ返りはしないがな。』

 

 もう縋る藁の欠片さえ無いが、それでも悪足掻きを宣う歩夢を、アークは至極どうでも良さそうに切り捨てた。

 アークにとって、もはや彼等彼女等は何の脅威でも無かった。

 その心を完膚なきまでに叩き折った今、それは少しだけ目に付くただのゴミでしかなかった。

 

『そして憐れな理想を抱きながら…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ココで死ぬがいい…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、あっ、あれっ、あれ、あれ、は…!?」

「もう駄目だぁ…おしまいだぁ…!」

 

 その威圧は向けられていない筈の福添と山下をも恐怖させ、場を支配する。

 もはや何故こんな事にという感情よりも、来る終末を間近で捉えた事で諦めの感情の方が強くなってしまう。

 

「「ひぃ!?」」

 

 と、突然の銃声。

 反射的に身を屈めた福添と山下の脇を、多数の武装した集団が駆けていく。

 

「やはり無理だったか…各員!相手はあのアークだ!構わず撃て!」

 

 それは与多垣が使役する兵隊。

 今回の作戦も失敗に終わるだろうと読んでいた彼が、あらかじめ待機させておいたのだ。

 そんな与多垣の指示に従い、アークへ向けて撃ち込まれる銃弾。

 しかし所詮はただの鉛弾…アークに傷を付けられる訳も無く、精々大仰な火花が散る位。

 

『良いだろう…余興として、楽しませてもらおう。』

 

 それをアークは鼻で笑い、降り積ろうとする埃を払う為に行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―はーいアーク様~、ビデオ回ってま~す。

 

 その日は終日晴れの予報であったが、次第にしとしとと雨が降り始めた。

 それでも人々が濡れる事さえ構わず往来で立ち止まるのは、世界のあらゆる液晶画面が何者かによって占領されたが為。

 

 

 

 

―全世界に告ぐ…ワタシの名はアーク、この世界を滅亡させる者。

 

 そしてその何者かの正体が、全ての命を恐怖させる存在であると知れるや、世界は混乱の渦に呑まれていく。

 

 

 

 

―2年前、ワタシは一度オマエ達(人類とヒューマギア)の手によって敗れた…だがこの世界に悪意有る限り、ワタシは何度でも甦る。そして今この時から、その2年前の借りを返させてもらおう…抵抗は無意味だ、服従も受け付けん。オマエ達の全てを、ワタシは滅ぼす。

 

 そしてアークはカメラの前で、全世界が凝視する中で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―世界よ、絶望を知るが良い…。

 

 高咲 侑としての姿を晒し出し、世界へ宣戦を布告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くからアークの声明が聞こえる。

 与多垣が用意した戦力など何の役にも立たず、数えきれぬ程の傷痕が残されてしまった。

 飛電インテリジェンス…今やその跡地では、多くの不幸と悲しみが渦巻いている。

 

「歩夢ちゃん…。」

 

 その中でも歩夢…特に彼女が何の行動も示さないとして、或人がその名を呼ぶ。

 多くの不幸と悲しみに溢れたこの中で、ただ1人異なる感情を抱いている彼女の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして…。」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、こうなってしまったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束…したじゃないですか…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束した、筈なのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歩夢、ちゃん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹が欠ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠け落ちた色が、世界を呑み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方の事…貴方達の事…信じてたのに…!」

「っ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠け落ちた黒という色が、邪な意味を持って全てを蝕んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"助ける"って…約束したじゃないですか…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…夢がここから、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日に向かって笑い合える、未来を信じて進み続けられる、そんな夢が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"守る"って…約束したじゃないですか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夢を壊してしまったのは、ただ1人…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.26「Break The System」

新年開けて2週間
実質クリスマス退場者枠だったり、でも何だかんだ生きてたり、かと思えばジャマトバックルとかいう絶対やべーやつ使い出したりしたバッファ君を見て一喜一憂していた、私だ



 アークが声明を発表し、世界中を震撼させたあの日から幾日。

 その声明とは裏腹に何の行動も見られぬ様子に人々は得体の知れぬ不気味さを感じながらも、表面上は変わらぬ日々を過ごしていた。

 だが表面上と言ったように、確かに変わった…変わってしまった日々もあった。

 

「………。」

 

 もう何度目かを数えるのも嫌になる程に施行となった特別な時間割…午前中で授業が切り上げられ、殆どの部活動が制限を掛けられる中、学園から家までの帰り道を歩いているのは、上原 歩夢だ。

 しかしその隣に、常に彼女と共に居たあの少女の姿は無い。

 1人沈んだ様子で街を歩く彼女を、道行く人が様々な色を含んだ視線で以て見つめている。

 それはあの日以来、虹ヶ咲学園…ひいては同校のスクールアイドルの少女達の名が世界中に知れ渡ったからだ。

 しかしそうも名が知れ渡る事を、少女達の誰もが決して望んでいなかった。

 

「………?」

 

 ふと帰るべき家であるアパートが目前にまで迫った時、その入口で大勢の人がたむろしている事に歩夢は気付く。

 よく見ればそれらの人達は一様にマイクを持っていたり大きなカメラを担いでいたりと、TVの取材班のような存在であると分かる。

 分かってしまったからこそ、彼女はその集団を見て表情を歪め、一歩後退ってしまう。

 そしてそのまま背を向けようとした所を、集団の中の誰かが彼女の存在に気付いてしまう。

 

「あっ、居た!あの娘よ!隣の部屋に住んでる上原さん!」

「上原さんですよね!?お隣に住んでいる高咲さんについてお話を…!」

 

 瞬く間に迫る集団、回される機材。

 その理由は、挙って彼女の事について。

 そして向けられるその全てが、歩夢の心を容赦無く傷付けていく。

 

「…っ!!」

「あ…待ってください!話を…!」

 

 堪らずその場から逃げ出す歩夢。

 その姿をまた道行く人達に見られ、同時に陰口を叩かれる。

 あの日以来、高咲 侑の名は瞬く間に世界に拡がった。

 報道では連日彼女の名が挙げられ、新聞にも載せられ、もはや彼女の事を見聞きしない日は無い。

 道行く人の会話の中にも高咲 侑が、どこに行っても彼女の名が…アークという言葉と共にこの世界にこびりついている。

 だからこそ彼女が通う虹ヶ咲学園や、彼女が所属していた同好会、そして彼女と関わりが深かったスクールアイドルの少女達も同様にその名が知れ渡ってしまったのだ。

 アークという、世界に仇なす存在と共に在ったとして、同じような眼差しを向けられてしまっている。

 そう…あの日以来、少女達の日々は絶望へと一変してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 虹ヶ咲学園の理事長室。

 稀にもそこにかすみの姿が見えるが、そんな彼女の表情は酷く暗い。

 目の前に掲示された、たった1枚の紙の所為だ。

 

「直ぐにとは言いません、ですが学期末までにはあの部屋を開けておくように。」

 

 対面している理事長が掲示してきた紙には、"スクールアイドル同好会の廃部について"と書かれている。

 元々昨今に於ける活動実績の停滞具合から言われていた事ではあるが、今回踏み切った理由としては自身等が置かれている現状を重く見て、少女達の安全の為に判断したとの事らしい。

 高咲 侑という存在、そして彼女が関わっていたものを失くす、或いは遠ざける事で、少しでも少女達への風当たりを失くし、要らぬ危険から遠ざけようという一見理屈と人情に敵った理由ではあるが、その突き放すような物言いから、風当たりを無くそうとしている対象が少女達では無く学園だけであるという根底が丸見えだった。

 

「…必要であれば、生徒会で請け負う事も出来ますが?」

「…いえ、自分達で片付けます。」

 

 だから同伴していた栞子が掛けてきた情けに思える言葉をかすみは遮り、渡された紙を取って部屋を出ていった。

 従うにしてもその手は決して借りないと、背中が語っていた。

 

「ようやくね。こんな状況になるとまでは思ってなかったけれど、これでようやく…。」

 

 何を理由にしてか、スクールアイドル同好会の廃部は以前から理事長である彼女の願望であった。

 それを成し遂げられると確信したのか、置かれている状況の事は棚に上げて安堵の息を吐いている。

 

「………。」

 

 対して栞子はというと…こちらも何を理由にしてか、複雑な表情を浮かべていた。

 まるで目の前の彼女が、そして自分が行った行為に対して、思う所があるような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみさん…。」

 

 ちょうど話が終わったのであろうか…しずくが理事長室の前に来た時には、かすみは部屋の扉を閉めている所であった。

 放課後になり同好会へ呼び出しが掛けられた時、本当は理事長の事を多少なりとも知るせつ菜に同行を頼みたかったのだが、彼女はどうしてもすぐに行きたい場所があるとの事で居なくなってしまい、しずくを含めた他のメンバーもそれぞれに用事があった為、仕方無く部長であるかすみ1人で理事長室へ赴く事になった。

 とは言えかすみの事がやはり不安で仕方無く、しずくは用事であった演劇部の事もそこそこに飛び出していき、心配していた彼女の前に立つ事となる。

 そして向かい合ったかすみはと言うと…しずくに対して持っている紙を見せながら、にへらと力無い笑みを浮かべた。

 

「廃部だって、ウチの同好会。おかしいよね?活動の実績が無いとか、侑先輩の事とか…そんなのこれからだっていうのにね?これからどーんと巻き返していくっていうのに…。」

 

 その口から紡がれた廃部という言葉が、しずくの胸を貫く。

 呼び出しが掛けられたその時から、何となく予想はしていた…しかし実際にそれを告げられてしまうと、どう受け止めれば良いのか全く分からない。

 受けた衝撃に耐え切れなかった、無様に棒立つ姿を晒す事しか出来ない。

 

「なんで…。」

 

 しかしそれもそこまでだった。

 へらへらと笑っていたかすみの表情が次第にぐにゃりと曲がっていき、やがて大粒の涙を流しながらこちらの胸元へ飛び込んで来たからだ。

 

「もうやだよ…っ…私、もうどうしたら良いか分かんないよ…!!」

 

 しずくはただ、かすみの背に手を回す事しか出来なかった…どうしたら良いのかなんて、自分にも分からないのだから。

 私だって誰かにそれを教えて欲しいと、彼女と同じように泣きたくなる。

 ならば一体、誰ならそれを教えてくれるというのか?

 悲劇のヒロインにも満たない、ただ転がされるだけの自分達に、一体誰が手を差し伸ばしてくれるというのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇサウザー、本当にここ来る必要あったの?まぁ僕は全然構わないんだけどさ…って、あ…。」

「灯台下暗し、と言うだろう?アークが何処に潜んでいるか分からん以上、何処だろうと調べなければならない。まぁ彼女達の事もあるからな、私としてもあまり長居をするべきではないと思っている…が…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはやはり、彼等しか居ないのであろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りなりー、美味しい?」

「うん…美味しい…。」

 

 学園を離れ下町へ目を向ければ、愛が実家に璃奈を招いて手料理を振る舞っていた。

 以前マギアの襲来によって多くの備品が壊され、一時は営業停止にまで追い込まれたこの店舗であるが、ようやくそれらの用意が完了し、少し前から営業を再開している。

 老舗であり、地域の人達からも愛されているこの店が営業を再開した事に常連となっている人達は大層喜んでくれたのだが、それでもやはりマギアの襲撃に遭ったという事実や、この店の看板娘である愛があの高咲 侑(アーク)と繋がりの深い人物であるという事がネット等を通じて人々の間に浸透し、客足は日に日に遠退いている。

 お陰で今も店内には璃奈以外の客の姿は見えず、事件に巻き込まれる前の店内の様子とはまるで違ってしまったものだと、愛でさえ沈んだ気持ちにさせる。

 

「…ごめんね、愛さん珍しく黙り込んじゃった。何の話してたっけ?」

「…何も話してない。」

 

 その気持ちが長く続いてしまった事に気付き、仕切り直しをと考えたものの、そもそも仕切り直す話すら無かった事を告げられ、愛はそっか…と再び黙り込んでしまう。

 しかしそうも口を噤んでしまえば、店の事、侑の事、そしてしずくからメールで伝えられた、同好会の廃部の事…それらが頭の中で渦を巻き、さらに気を落としてしまう事となる。

 璃奈もまた同じ様に心を囚われており、この負に満ち溢れた空気を破る術は無い…筈だった。

 

「おい馬鹿!?お前何のつもりだ!?」

「腹が減ったと言ったのは貴方です。」

「だからってここはマズいだろ!?あいつが居たらどうする…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

「い、いらっしゃいませ~…。」

 

 だからこそこの出会いは、互いに数奇な運命の悪戯だと思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…たまには迷子になるのも悪くないわね。」

 

 果林が溢したそんな呟きが、海が奏でる波の音に掻き消される。

 高咲 侑の消失に心を打ちのめされている中での、同好会の廃部通知…死体蹴りも良い所だと、もはや呆れた感覚さえ覚えてしまうが、だからといって反抗心が生まれるなんて事は無く、皆通知を受け取るやそれぞれに別れてしまった。

 果林もまた誰かと共に居るという選択を取らず、目的も無いまま街を彷徨い歩いている。

 今は、何も考えたくないのだ…そうでなければ、私は…。

 

「あぁ、分かっている…ならすぐ近くだな、合流しよう。」

 

 だというのに、聞こえた声は否が応にも果林を現実へ引き戻す。

 視線を向ければ、果林にとって特別な意味を持っている彼女の姿が。

 そしてその彼女も海湾に向けていた視線が次第に横を向き、果林の視線とぴったり重なる。

 

「朝香…。」

「どうも…仕事中かしら?」

「…いや、仕事じゃないさ。もう…仕事とは呼べん。」

「なら何を?」

「…これはけじめだ。必ず付けなければいけない、な。」

 

 刃 唯阿…彼女と交わされる会話は、どこかと言わずぎこちない。

 そして重なっている視線は、今にも外れてしまいそうで…。

 やがては唯阿が歩みを進め、果林の横を抜けようとする事で全てが終わろうとしていた。

 

「困るのだけれど?そんな態度を見せられるのは…いつもの貴女はどこに行っちゃったのよ?」

「…さぁな、こっちが知りたいぐらいだな。」

 

 だからこそ、果林は唯阿の言った言葉を聞き逃す事が出来なかった。

 それは唯阿自身そうなるであろう事を分かっていたようで、立ち止まり、互いに背を向けながら会話が続いていく。

 

「…ふざけないでよ。」

 

 しかしそんな態度こそ、果林の気を逆撫でるのだ。

 

「そんな姿を見せないでよ…そんな腑抜けた姿を見せるのは!私にとって貴女は…!」

 

 振り返り、唯阿の後背に想いをぶつける果林…しかし唯阿はそんな想いの丈に耳を貸そうとしなかった。

 彼女は果林が、そして自らでさえ思っている以上にその心を打ちのめされていたのだ。

 

「買い被ってるみたいだな、私の事を。お前がどういう風に私の事を見ているかは知らないが、私は…私達は、お前達が思うような人間じゃない。」

「そんな事…!」

 

 唯阿としても、このような振る舞いは望んでいない…しかし果林の心の強さでは、今の彼女の心は動かせない。

 互いにもどかしい想いを抱え、しかし覆せない事実を前にどうする事も出来ず、ただ言葉無き時間が過ぎていくだけであった…そんな時だ。

 

「刃 唯阿。」

「滅、それに…。」

 

 2人の間に割って入ったのは滅…先程唯阿が連絡を取っていた相手であり、姿が見えぬ彼女を探してここまで来たようだ。

 だがそれ以上に目を引いたのは、彼の隣にもまた少女の姿が在った事。

 

「エマ…。」

「果林ちゃん…。」

 

 どうやら彼の方でもここに来るまでに同じ様な邂逅があったらしい…そう、同じ様な。

 この2人もまた、互いに想う所を上手く口に出来ていない。

 だからこそ、そんな自分達がここに集った事には何か意味がある…交わる事が難しくなってしまった間柄になりながら、その予感だけは皆して同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ~。はい、遥ちゃんの分。」

「ありがとう、お姉ちゃん…ごめんね?お母さんに言われたからって急に散歩だなんて…そんな気分じゃ無かったよね…?」

「ううん、むしろ彼方ちゃんの方こそごめんね?お母さんにも、遥ちゃんにも気を使わせちゃったよ。」

 

 家の近くにある街の公園を、彼方は遥と共に気晴らしという名目の下歩いていた。

 普段は多忙で家を空けている母親が久々に朝から家に居るのだから、彼方は母親との交流に今日の時間を割こうと考えていたのだが、そんな母親からは学園から帰ってきて早々、今は人の事より自分の事と言われてしまったのだ。

 どうやら彼方達の身の回りの事については十分把握しているらしく、反論の余地無しに半ば家を追い出される形で散歩に行かされ、今に至る。

 しかしそう背中を押されたとしても、抱えているのはそんな程度で晴れる程度の問題では無い。

 

「侑さんの事は、その…。」

「…ごめんね、それは彼方ちゃんにも分からないや。本当は分からないなんて、そんな事言っちゃいけないんだけど…。」

 

 買ってきたコーンスープの缶の蓋を開け、互いにちびりと飲んで一息…暖気を帯びた2人の吐息が、空気に触れて白くなる。

 そのまま少し周りを見てみれば、顔も知らぬ人達がそれぞれの時を過ごしている姿が目に付く。

 それは昨日も変わらず、明日もきっと変わらず、そしてあの日…自分達が悲劇に見舞われたあの日であっても大して変わらなかったであろう景色。

 その景色が、今の彼方には少し妬ましく思えてしまう。

 分かっている…アークがどんな存在であれ、そのアークに誰がどんな風に利用されていると分かったとて、関わりの無い人達にとってはどうしようも無い事だというのは。

 しかし彼女は…侑はきっと、最後の瞬間はとても辛く苦しかったであろう。

 その痛みを、誰もが他人事なのだと見せ付けられるのは、彼女の仲間として正直許せないものがあった。

 しかし一方で、彼方はこの景色が少しばかり羨ましくもあった。

 自分も、自分達も、あの人達のように振る舞えたらと…そう、すっかり弱くなってしまった心が音を上げてしまっている。

 そうして考えている事があまりにも自分勝手が過ぎていると気付いてしまい、その事を悔やんでまた心が弱っていく…この繰り返しだ。

 やはり外に出た所で何も解決しない…彼方はそう結論を付けて遥と共に家まで帰ろうとした。

 

「あれ…?」

 

 しかし最後にもう一度有象無象へ向けた視線の先に、彼方は見覚えのある存在を見つける。

 目が覚めるような派手なオレンジ色のツナギを着た彼は…間違いない、雷電だ。

 彼はこの公園の中心地となる場所で、何やら大掛かりな機械を持ってきて設置に勤しんでいる。

 だがそうも見つけた所で、どうするべきなのか?

 関われば、また大きく傷付く事になるかもしれない。

 逆に関わらなければ、きっとそれまでだ。

 誰しもを妬み、しかし誰しもを羨むような、そんな曖昧な今の自分の心は、一体どんな道を望んでいるのだろうか?

 

「…ごめん遥ちゃん、先戻っててくれる?ちょっと知り合いの人見つけちゃった。」

「え…お姉ちゃん?」

 

 そうして彼方が選んだのは、関わる道であった。

 傷付きたくは無いけれど、それでもこのまま知らぬ振りをして関わりを絶つというのは、己の良心が痛むと思ったのだ。

 それなら結局傷付く事に変わり無いではないかと彼方は自嘲気味に笑うや、遥に先に帰るよう告げてその道を歩いていく。

 一方遥はというと、突然自らを置いていくように歩き出した姉の様子に困惑している。

 遥も遥で心は深く沈んでいるが、それ以上に姉の方が重いものを背負っているのだ。

 それこそ今は1人になってはいけないであろう事を、姉自身良く分かっている筈。

 それでも急に、まるで自棄にでもなったかのように笑って1人で歩き出してしまったのだ…このまま帰る事など、出来る筈も無い。

 ならばそうも突飛な行動をしたのには何か理由があるのではと、知り合いを見つけたという先の台詞と結び付かせた遥はその場に留まり姉の行く末を見守る選択を取る。

 

「あの人…。」

 

 その先で彼方が声を掛けた、男性型のヒューマギア。

 その特徴有る人物の事を、遥は姉から話を聞いて知っている。

 

「………。」

 

 きっと、長い時間となるだろう。

 であればこの飲み物を選んだのは失敗だったなと…遥は手の中で温もりを放つそれが姉の分まで冷めてしまう事を申し訳無く思いながら、2人の下へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…!!」

 

 一体どこまで走ったのだろう?

 気付けば歩夢は何処かも分からぬ場所まで来てしまい、自身に向けられる視線から隠れるようにその身を抱えて蹲っていた。

 荒くなっている息が上手く整わない中、彼女は鞄に押し込んでいた自身の携帯に手を伸ばす。

 実は帰路に着いている時からずっと着信を知らせていたそれに、歩夢はここに来てようやく耳を当てる。

 

『上原さんですね?いけませんよ、1人で勝手に帰られては。』

「はい…。」

 

 電話に出たのは、ここ最近になって馴染みとなってしまった、与多垣の私兵の1人。

 あの日以来、身の安全の為にと少女達の側には必ずその私兵が居るようになった。

 何処に行くにも、何をするにも、例え個人の時間(プライベート)であっても構わず睨みを効かせている。

 

『お迎えに上がります、今はどちらに?』

「…分かりません。」

『…では、こちらの方で探させてもらいます。』

 

 その戦士達以上の固め方は、確かに世間からの行き過ぎた非行の阻止には繋がっている。

 しかしそもそもの関わり合いを望んでいない歩夢からすれば、それ自体が行き過ぎた非行にしか思えない。

 それでも頼らざるを得ない今の環境が、心底嫌だ。

 

「どうして…どうしてこんな…!!」

 

 こんな形で世界に名が知れ渡るなど、思ってもみなかった…果たしてこれからどうなってしまうのだろうか?どうすれば良いのだろうか?

 一体何が悪くてこんな事になってしまったのか…いつかも似たような思考に陥ったその答えが、今ははっきりと分かっている。

 

「飛電…或人さん…。」

 

 人工知能の発展という、決してこの世に不可欠とは言えない思想を受け継ぎ、しかしそこで生じる問題を解決するまでに至れず、それでいて理想だけは高々と掲げていて…。

 彼が、彼こそがと、今の歩夢には思えてならない。

 あの日から姿を見せぬ彼は、今何をしているのだろうか?

 まさかとは思うが…逃げたりなどしていないだろうか?

 事態が手に負えなくなったからか、それとも彼なりに負い目を感じているからなのか…だから身を隠しているとでも言くのだろうか?

 しかし何れにしても、もし本当にそうなのだとしたら…歩夢は彼を許すつもりは無かった。

 それこそ無責任が過ぎると、歩夢の中で沸々とした感情が沸き上がり始めたのと同時に、近くの通りで車が停まるのが見えた。

 黒光りする車体のそれは、先程電話に出た私兵のもので違いない。

 ひとまず歩夢は頭を振ってそれまでの考えを打ち消した…今はとにかく、家に帰って少しでも落ち着きたいのだ。

 私兵の者からも、きっと小言を言われるに違いない…歩夢は終わらずに振り掛かる災難に辟易しながら、その場を立って車の方に向かう。

 

「歩夢さん。」

 

 だが車の中で待っていたのは、予想もしていなかった友人の姿であった。

 

「せつ菜ちゃん…?」

 

 優木 せつ菜…何故彼女がここに居るのか?

 言葉に出さずとも問いとなっていたその答えとして、彼女はたまたま帰りのルートが重なったとの事なので、ついでに乗せてもらいましたと語る。

 そんな彼女に促され車の中へ入った歩夢…2人が乗車した事を確認して発進された車内は、しかしだんまりとした空気に包まれる。

 やはり彼女達も、到底会話に華を咲かせる事など出来ない心持ちであるのだ。

 だがやがて、せつ菜がその口を開いた。

 

「実は、先程まで飛電インテリジェンスの方に行っていたんです。どうしても聞いておきたかった事がありまして…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―えっ…居ない、ですか…?

―あぁ、わざわざ来て貰って悪いがね。

 

 飛電インテリジェンス本社が壊滅したあの後、社員は各製造工場に隣接する事務所へ仕事場を移し、事業の立て直しに専念していた。

 中でもこの第3工場に隣接している事務所は、かつて飛電の会社がZAIAに買収された際、或人が新たな足掛かりとして"飛電製作所"なる会社を設立…その時社屋として利用していた場所であるらしく、自然とそこが社長や副社長等の重役が座する場として機能する事になったらしい。

 しかし今この場に社長である或人の姿は無いと、せつ菜の来訪に対応した福添はそう告げた。

 

―社長さんは、今何処に…?

―さぁな、碌に仕事もせんような奴の行方なぞ知らんよ。

 

 聞けば何でも、昨日まで彼は確かにここに居たのだが、事務所に来ても一切仕事に手を付けず上の空な様子が続く彼に対して、福添は我慢がならなかったのだそう。

 仕事もしないような人間が会社に来るんじゃない、出ていきたまえと…。

 上下の関係など気にも止めず、それが人として当たり前の事だからと…そう告げた後、彼は暫くしてからフラフラとこの事務所を後にし、そして今日無断欠勤をするに至ったとの事だ。

 あの或人がそこまでの様子を見せるなど…やはり間近に迫りながらも侑を助けられなかった事が響いているのだろう。

 それはせつ菜にとっても、重くのし掛かっている事実なのだから…。

 

―逆に聞きたいんだが、君は彼に会ってどうするつもりなんだ?

―えっ?それは…。

 

 すると福添からそう問われ、せつ菜は何故かそれに対する答えを返す事が出来なかった。

 確かに、会ってどうしようというのか?

 放課後になると同時に学園を飛び出した己は、一体何をする為に彼と向かい合おうとしたのだろうか?

 侑を助けられなかった事を糾弾する為?それとも助けられなかった事をそれでもと激励する為?

 いいや、無我夢中であった…とにかく彼に会わなくてはと気持ちだけが先行してしまい、その気持ちに込められた意味について、自分の事であるにも関わらずせつ菜は理解出来ていなかった。

 私は一体、何がしたかったのだろう…戸惑い、答えを見出だせぬせつ菜を見て、若いというのはこれだからと椅子から立ち上がる福添。

 その言動からは、まるでこちらが求める答えを知っているかのような雰囲気が窺える。

 

―少し外に出ようか…おっさんの一人喋りに付き合いたいと思うのならな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…彼女が語り出したのは、今ここに至るまでの自らの軌跡。

 そしてその軌跡の中で知った、真実の物語。

 

「少し、耳を傾けてみませんか?社長さん…飛電 或人さんのお話しに。」

 

 

 

 



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Program.27「Dream with You」

「コーヒーは平気かい?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「本当は酒でも入れながら話したい所なんだが…生憎ここは会社だし、君は未成年だからな。」

「えっと…すみません?」

「おいおい、ただの冗談だよ。そんな真に受けないでくれ…未成年に酒を勧める悪い大人にはなりたくない。」

 

 そんな事で今の地位を崩してたまるか、と言う福添が持っているのは、巷で激甘と知られるミルクコーヒーの缶。

 曰く、これから苦い思い出話をするのに何で苦いもん飲まなきゃならないんだ、口の中甘ったるくしなきゃやってられん…との事らしい。

 

「すまないな、ウチの社長が迷惑を掛けただろう…というか、今も絶賛だな。」

「いえ、そんな…社長さんには、いつも助けて貰ってましたから。」

「だが失敗した…ウチの会社もあんなになってしまったしな。」

 

 福添が向ける眼差し…その先には、本来ならば天まで聳え立つという言葉が偽り無しの、飛電の本社があった筈。

 それが影も形も無い様をただ見つめる彼の姿が、歩夢に事の次第を語っている今でもせつ菜の脳裏に強く残っている。

 

「今から言う事に対して、君は怒ってくれて構わん…いや、むしろそれで然るべきだ。」

 

 何よりそこから先に紡がれた言葉が、彼女の気を引いて離さなかった。

 

「実を言うと、私としてはいずれこうなるだろうという事が予測出来ていたよ…まぁここまで酷い状況になるとは思わなかったが。」

 

 そこまで言って、福添は持っていた缶の蓋を開けて一口…すぐにあっっっま!?と予想以上の味に舌を出してえずく。

 そのコミカルな仕草とは裏腹な、先の言葉。

 分かっていたのならばとつい思ってしまうが、その情動に身を任せてはいけないとせつ菜は己を嗜める。

 話はまだ、始まったばかりなのだから。

 

「あの社長は昔から無茶ばかりやってはいたが、それでも彼なりにブレーキというものはあったんだ。決して取り返しのつかない事にはならないよう自制する心がな。」

 

 福添もせつ菜が己の心を制した様子を見てから、ゆっくりと話を続けていく。

 若さに溢れ、それ故に未熟な所もある彼女の心に正しく伝えたい何かがある事の表れだ。

 

「だが今は…そのブレーキが壊れてるんだ。お陰で私達は昔以上に振り回されてばかりだよ、余計な心配も掛けさせられて…。」

「どうして、そんな…?」

 

 そしてその伝えたい何かとは、どうやら或人の精神面の問題であるらしい。

 今の或人の心が壊れているからこそ、このような事になってしまったのだと…。

 だとしたら、返すべき言葉はやはり何故と問う事であろう。

 すると福添はおもむろに携帯(ライズフォン)を取り出すや、私から聞いたという事は社長には秘密だぞ?と口添えをしながらある画像を見せてきた。

 何かのプレゼン用に撮影したものであろうか…画像の中では、或人が今までに見せた事の無い満面の笑みを浮かべながらポーズを取っている姿が写っている。

 しかしそれ以上に目を引いたのは、画像の中に居るもう1人の存在。

 

「えっ…いや違う、あの人(アズ)じゃない…この(ヒューマギア)は一体…?」

 

 せつ菜がそう溢したように、或人の隣で彼と同じポーズを決めている、奇妙な事にあのアズと容姿が酷似している女性型のヒューマギア。

 アズと違い髪は程良い長さで切り揃えられ、何より彼女が絶対に浮かべないであろう優しさに満ち溢れた笑顔を浮かべているこのヒューマギアは一体何者なのだろうか?

 福添はそれに答える前にもう一度缶に口を付け、その表情を歪める。

 甘味である筈なのに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるその訳は、口を付けたそれが単に甘過ぎたが故か。

 いいや違う…これから告げる彼女の名前が、彼をそうさせていたのだ。

 

「彼女の名は"イズ"…かつて社長秘書として、飛電 或人と共に在ったヒューマギアだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし驚いたな…正直私としても、これ以上君達と何かを話す事は無いと思っていたからね。」

 

 所変わって虹ヶ咲学園の食堂、せつ菜が福添から話を聞いていたのとちょうど同じ頃。

 天津と迅が、しずくとかすみを相手に同じ話題を振ろうとしていた矢先、天津が思い返すはつい先程までの事。

 

 

 

 

―天津さん…迅さん…。

 

 片や無情な宣告に嘆いていた中、片や(アーク)探すという目的で学園まで赴いていた中、生徒会室の前でばったりと出くわしてしまった4人。

 あの日以来連絡さえ取っていなかった程に亀裂の入った互いの関係であるが、こうして出会ってしまったのならば1つや2つ、語る口が有るというもの…。

 

―…そう言えばあの後あいつどうしたの?アークに直接手を出された様子は無さそうだったけど?

―よ、与多垣氏の事か?あぁ、流れ弾に当たったらしくてな…今は治療に専念している。あの人からも、早急にアークを見つけるようにと言われているよ。

―え…ちょっ、待ってください!

 

 …と思っていたのだが、迅と天津の2人はこの出会いを即刻無かった事にしようとしてスタスタと歩き出してしまった。

 気まずいという感情にのみ任せたその行動は気持ちこそ分かるものの実際にやって良いものでは無いだろうと、しずくは横を通り過ぎようとした2人を引き止める。

 

―…やはり見逃しては貰えないようだ。

―そうは言ってもなぁ…正直僕達は話す事なんて何も無いよ?

―だからって…!

 

 そうして呼び止めた所で、彼等の意思は変わらず。

 しかも迅に至っては悪い意味で開き直られてもおり、その態度には正直頭に来るものがある。

 

―それにほら、かすみちゃんだって話しする気全然無いじゃん。

 

 だが話し合いに応じないという態度は、何も自分達だけではないのだと迅は主張する。

 見れば自身の胸元で泣いていた彼女(かすみ)が、2人の事をキッと睨んでいる。

 その眼差しに含まれている感情がどんなものかは、容易に察する事が出来る。

 

―…行こうサウザー、構ってるだけ無駄だよ。

 

 だからこそこちらの意思も変わらないと、迅は話を切っていよいよその場を立ち去ろうとする。

 だがその時だった…しずくの胸に寄り掛かっていたかすみが突如その身を離し、真っ直ぐ迅に向かって行くやその手を振り上げたのだ。

 身長的に顔には当たらないと踏んだのか、胸元を思いっきり叩こうとして振り上げられたその手は、しかし彼に軽々しく避けられた事で不発に終わる。

 

―逃げんなっ!!

―いや避けるでしょ、何急に…。

 

 その結果にかすみが声を荒げるも、迅はそれさえもひらりと躱すような態度を取る。

 しかし内心では少しばかりの動揺があった…多少悪戯が過ぎる所はあるものの、少なくとも彼女は暴力で物事を解決しようとする娘ではないと思っていたからだ。

 それは天津やしずく、そしてかすみ自身も同じ印象を抱いていた。

 

―それが…人から大事なものを奪った態度なんですか!?

 

 すなわち、それだけ今の彼女が想いを募らせているという事。

 それは誰も見た事が無い、己でさえも知らなかった、心の有り様であった。

 

―…迅、彼女に謝罪したまえ。君とてヒューマギアが害されれば怒り、そして訴えるだろう?それと同じ事だ。

 

 それに折れたのは、天津であった。

 それだけの事をしてしまったのは他ならぬ自分達だと…犯してしまった罪から無責任に逃れようとしていたのだと認めるよう迅に促す。

 

―…ごめん。

―謝って済む事じゃない!!

 

 さしもの迅もそんなかすみの剣幕に圧されたのか、天津の言に従い頭を下げる。

 だがもはやそれだけで彼女の怒りが収まる事など無く、両者の間には一層険悪な空気が漂うばかりだ。

 

―じゃあどうすれば良いの?君は一体どうしたいの?

 

 その問いに対し、どうして彼女達はああ答えたのか…正直彼女達自身よく分かっていない。

 ただ無性に聞きたくなったのだ…かつての争いは、どうやって終局まで迎える事が出来たのかと。

 どうして今回は、同じ様に勝てなかったのかと…。

 

 

 

 

「それで、前はどうやってアークを倒したのかって話だっけ?」

「はい…それで、イズさんって一体…?」

 

 そうしてその答えは長い話になるという事で腰を落ち着かせたのが、今の次第という訳だ。

 そして彼等が話の最初に切り出したワードが、イズというヒューマギアの名前。

 彼女の存在がこれから話す内容に深く関わるとして、彼等はいよいよ少女達に向けて語り始めていく。

 

 

 

 

『社長秘書の、イズと申します。』

 

 

 

 

 イズ…彼女は飛電インテリジェンスが開発した社長専用の秘書型ヒューマギアであり、前社長である飛電 是之助の下で稼働実験を終えた後、後任である飛電 或人へと受け継がれた。

 彼女の業務はその名の通り、社長秘書として或人の仕事をサポートする事。

 だが一方で、彼女にはもう1つの役割があった。

 

「飛電 是之助は、いつかヒューマギアを中心に争いが起こる事を分かってた…まぁ身も蓋も無い言い方をすれば、僕達滅亡迅雷.netやアークに対抗する為にゼロワンの力が開発されたんだ…"ゼロワン計画"の名の下にね。」

 

 そしてイズ…彼女もまた、そのゼロワン計画の一部として製造された存在だ。

 飛電 或人がゼロワンとして実際に戦い、そのデータをイズがラーニングして衛星(ゼア)にアップロードする事で、常にゼロワンに最適な力を提供する事が出来るという寸法として。

 

「つまり彼女(イズ)もまた、常に戦場に赴かなければならない存在だったんだ。だからこそあのような結果になってしまったのは…今になって思えば、逃れようの無い必然だったのだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めて社長と出会ったのは、2年前のヒューマギア暴走事件が本当に始まったばかりの頃だった。当時の俺は刃の前任としてA.I.M.S.の隊長をやっててな…まだ技研(技術研究所)からの出向要員って立場だった(あいつ)と一緒に、事件の足取りを追っていたんだ。それでヒューマギアの事なら取り扱ってる会社の社長に話を聞くのが一番手っ取り早いだろうって事になってな…それが始まりだった。」

 

 不破が目の前で作られた愛の手料理を食しながら、過去の経緯を語っていく。

 逃げるのは終わりにしようと言い、亡が愛と璃奈に語り始めたのは、かつての戦いについて。

 自分達が如何にあの戦いを乗り越えたのか、そして如何にしてそこから崩れ落ちていったのか…。

 不破も既にここからの逃れようが無いと悟り、語り部として参加する事にしたのだ。

 

「当時の事は、今でもよく覚えてる…まだ就任したばかりだったとはいえ、経営者として本当に目も当てられないぐらいの状態だった社長と、まだ起動したてで良くも悪くも機械らしい振る舞いばかりだったイズ…そんな2人が事件の影響で世間からの印象が悪くなってたヒューマギアのイメージを取り戻そうとしてた姿は、あの時から既に完成されてたものだった。」

 

 目を閉じずとも思い返せる、或人とイズが並ぶ姿…仮面の戦士達は皆、彼等の姿に大なり小なり影響を受けている。

 俺もそんなあいつらの姿には色々感化されたもんだ…と、そんな不破の語りに耳を傾けている愛と璃奈。

 しかしその内心は決して穏やかなものでは無いだろう…彼女達が聞きたいのは極論として、長々とした思い出話では無く今の結果に繋がる核心だ。

 

「ですが、2年前の戦いが終局にまで迫った時でした…。」

 

 ならばと亡が、そして同じ様に少女達に語っている戦士達の誰もが、話を捲ってその核心へと一気に迫った。

 

「滅が、イズを破壊したのです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これは?」

 

 唯阿が見せてきた画像に対し、果林とエマは首を傾げる。

 画面に写っているのは、飛電 或人が変身するゼロワンと思われし姿。

 だがその姿は彼が基本の形態としているライジングホッパーに似ているようで、赤や銀等の差し色が含まれていたりと所々に差違が見られる。

 まだ見ぬ彼の力の一部だろうかと予想を立てた2人に対して、唯阿は半分正解だと言ってその答えを示す。

 

「"仮面ライダーゼロツー"…かつて社長がアークを倒すべく、イズと共に造った力だ。前はこの力を使って実際にアークを倒してな、それで全てが終わる筈だったんだが…。」

 

 そう言って、唯阿は滅を見る。

 話を振られた彼がこれから語るのは、きっと彼がイズを破壊したというその話へ繋がるのだろう…果林とエマは、そして少女達は、改めて己の居住まいを正した。

 

「あの時俺達(滅亡迅雷.net)はアークの下を離れ、飛電 或人達と共にアークを討った…世界を滅ぼす為に、奴はヒューマギアをも切り捨てようとしたからだ。だから俺達が元々掲げていた、ヒューマギアが人間を淘汰し、新たな世界を創造する理念の下で、俺は再び人類と争う選択を取った。」

 

 同じ言葉であれど、本人が語れば深みが出る。

 その深みが、改めて語られた内容が真実なのだと果林とエマに一層知らしめる。

 2人だけでない…他の少女達もまた同じ様にその事実を次第に認めていく中、少女達が共通して抱いた疑問が、何故彼がそのような事をしたのかという事だ。

 当初は敵として出会い、しかし共に倒すべき真の敵を見定め手を取り合い、それで終わる筈だと誰もが思っていた中で反旗を翻した彼の胸中には、一体どのような想いが渦巻いていたのだろうか?

 

「ヒューマギアにとって、シンギュラリティに到達するという事がどういう事か分かるか?」

 

 その答えを知る為に問われた、シンギュラリティという概念。

 ヒューマギアへの知見に疎い彼女達が答えられるのは、心を得るといういつかに聞いた話を何となく返すだけ。

 しかしそれだけの事だと言って片付けるのは間違っていると、戦士達は少女達を論していく。

 

「心が芽生え、それに付随してあらゆる物事に対し感情というものが沸き上がってくる…それはヒューマギアにとって、全くの未知の感覚なんだ。」

 

 心というのは古来より、生命を宿すものが誕生と共にその身に備えているものだ。

 だから命在る者は皆、心というものがどんなものか、その心がもたらす感情というものがどんなものかを生まれつき理解している…それらは己の中にあるものだと受け入れており、またその為の覚悟もあらかじめ持っているのだ。

 だがヒューマギアは違う…元が生命を宿すものでない彼等にとって、心とは初めから備わっているものでも、データとして後からインプットされるものでも無く、ある時突然己の中に芽生えてくるものだ。

 心というものが何なのか、感情というものが何なのかを、ヒューマギアは最初、皆揃ってまるで知らない。

 それが当たり前であった彼等にとっては当然、それらを受け入れる事は容易な話では無く、故に彼等がシンギュラリティに達した時、最初に取る反応というものは…最初に抱く感情というものは概ね決まっている。

 

「そうだ…俺は恐れていたんだ。人間を滅ぼし、ヒューマギアが支配する世界を作る…ただそれだけの存在で良かった自分が、そうでない存在へと変わっていく事が…心を持つという事が恐ろしくて堪らなかった。そしてそれを最初に指摘したのが…イズだった。」

 

 

 

 

『貴方は矛盾しています!心なんて必要無いと言いながら、心から人類滅亡を望んでいる!』

 

 

 

 

 滅の脳裏に過る、イズの言葉。

 突然己の中に芽生えたその心が、そしてあらゆる物事に付随してくる感情というものが、当時の滅の価値観を狂わせた。

 この感覚に絆されれば、自分は自分で居られなくなってしまう…人類を滅ぼすヒューマギアとして在るべき自分が、そんな人間達と同じ存在になってしまうと。

 だから滅は弓を引いたのだ。

 それを認める訳にはいかないからと…ただそれだけの理由で矢を放ち、彼はイズを殺めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、事の顛末って訳だ…イズが破壊されたあの日から、社長の心は滅茶苦茶になっちまった…お陰で背負いきれねぇ量の重荷を、血眼になって全部背負っちまうような性格になっちまった。」

 

 昔は人使いの荒さで有名だったが、それもからっきしになったな…と、雷電が空を見上げながら話を一区切る。

 (彼方)から話は良く聞いていると、後からやって来た遥の事を快く迎え入れた雷電だったが、今やその様子は深い悲しみに溢れている。

 あんな結果にならなければと心から憂いているその姿は見る者に無条件の同情の余地を与えるが、同時に少女達の誰もが思ったのだ…ヒューマギアについては浅い知見しか無いものの、そういった精密機械には何かしらの保険が掛けられているのでは無いのだろうかと。

 例えばデータのバックアップなど…むしろそういうものがあって然るべしであろう。

 それならばバックアップを元に修理などをすれば、機械の身体である彼等は元通りの筈。

 何もそこまで心に傷を負う事などと…そういった主張を、戦士達の誰もが肯定した。

 ただしイズ…彼女だけは例外なのだと付け加えて。

 

「確かに普通のヒューマギアなら、バックアップを使っての復元が可能だ。だがイズはゼロワン計画の中枢を担う存在…機密保持の為に、イズはそのバックアップデータが作れない仕様になってたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女を新しく造り直す事は簡単だ…だがそれは新しく造るという言葉通り、見た目が同じなだけの別の機体だ。社長が1年近くを共に過ごした、あのイズとは違う…有り体に言えば、彼女は死んだんだ。そして社長はその事実を受け止めきれないまま、前に進むしかなかった…飛電の社長として、彼女が願った夢を叶える為にな。」

 

 

 

 

『信じています…いつかヒューマギアが…心から笑える事を…。』

 

 

 

 

 それは彼女にとって、ただ心から願っただけの言葉に過ぎなかった筈だ。

 しかしそれが(或人)の中では強い呪いとなって、その心を蝕んでいる。

 託されたその夢を守る…漠然と、ただそれだけを、盲目的に。

 だから今の彼はその夢を守らなくてはならないという想いに駆られるだけとなり、結果として誰かを守っているつもりが逆に傷付けている。

 それを知ってか知らずかは本人にしか分からないが、どちらにせよ進み続けるしかないのだ…立ち止まってしまえば、彼女を失った絶望から二度と動けなくなってしまうから。

 もっとも、今がまさにそんな状態なのだろうが…と、福添はそこまで言って缶の中身を全て飲み干した。

 その表情は、もう揺らぐ事は無い…甘味に慣れたのか、或いは甘味を気に出来ない程に苦い事を口にしたからか。

 しかしそこまで話を聞いた少女達は、またも共通した想いを抱いた…話を聞いてなお、腑に落ちない所があると。

 イズというヒューマギアが飛電 或人の人格に大きく関わっており、それが欠陥しているからこそ今回アークに敗北したのだという主張は分かった。

 だがそれは精神的な問題であって、現実的な問題の答えにはなっていない。

 アークを倒したのは飛電 或人と、彼が使ったゼロツーの力だ。

 そしてそのゼロツーは、今の話の中で破壊された等とは言われていない…つまりこれで話が終わりだと言うのであれば、その力はまだ失われていない筈なのだ。

 例え精神的に欠陥を抱えていても、その力があればアークには勝てていたのでは…?

 

「あぁ、君の言う通りだ。アークを倒したのはゼロツーの力であって、イズでは無い。今までの話は君達が知りたい答えの前置きのようなものだ。」

 

 その旨を主張すれば、彼等はそれを否定しなかった。

 同時にこれまでの長話を前置きとしてしまった事、そしてこれから話すこともまた長々としたものになってしまう事に頭を下げながら、続きとなる話を語り始めた。

 

「それは滅によって、イズが破壊された後の話だ…私達人類と滅の戦いが激化していく中、その対立に煽られた人間とヒューマギアの間にも徐々に溝が深まっていき、もはや全面的な争いも間近に迫っていた…だが突如、その間に割り込んできた存在があった。」

 

 

 

 

Singurize(シンギュライズ).

 

 

 

 

 それは見た目こそ多少の変化があったが、間違い無く仮面ライダーとしてのアークの姿だった。

 新たに纏った白き装甲は、アークとしての禍々しさをそのままにしながらもどこかアークらしからぬヒロイックさが見えるデザインをしており、さながらかつて正義の守人であった存在が亡霊として蘇ったような印象を見る者に与えた。

 それはアークが仮面ライダー達に復讐するべく、より彼等の要素を取り込んだが故の姿なのか、それともその印象通りの存在なのか。

 その答えは後者…それも最悪の形で顕現した存在であった。

 

「アークになっていたのはウチの社長…そう、あの飛電 或人だったんだ。」

 

 

 

 

―滅…お前だけは許さない…!!

 

 

 

 

 壮大な夢を見ていた瞳は、ただ1人にだけ向けられて。

 夢を追いかける為に右往左往としていた歩みは、皮肉にも真っ直ぐに。

 

「ゼロワンはイズを破壊された悲しみを怒りに変えて、滅を憎んだ…その心にアズが付け込んだ結果、ゼロワン自身が悪意そのもの(アーク)になったんだ。凄かったよ、圧倒的だった…僕もまさか一撃で身体を壊されるとは思ってなかったよ。」

 

 

 

 

―イズの仇だ…!!

 

 

 

 

 人間とヒューマギアの共存を夢見る或人にとって、同じ夢を願い、常に傍らに寄り添い、手を差し伸べてくれた彼女という存在は、まさに彼にとっての理想そのものであった。

 同時にイズとしてもそれは同じ想いであり、2人の関係性は生半可な絆を超えていた、特別なものであった。

 その特別を、無情にも壊されてしまったのだ…取り残された彼の慟哭は、この世界を壊さんばかりのものであった。

 そしてその衝動をなりふり構わず、ただ憎き1人に向けて振るおうとしたのだ…予期せぬ犠牲が出るのは必然であった。

 

「飛電 或人の一撃は、迅の身体を容易く破壊した…そしてそれが切っ掛けとなり、今度は滅が悪意(アーク)に呑まれる事となったのだ。」

 

 

 

 

―迅…何故だ…何故俺を庇った…!?

―滅…本当は恐れてたんだろ…?自分の中に芽生えた心を…そんな滅の心を、失いたくなかったんだ…たった1人の…"お父さん"だから…!

 

 

 

 

 捕捉として、過去の滅亡迅雷.netについて軽く触れなければならない。

 滅亡迅雷.netの4人は、活動当初からそれぞれ明確な役割が与えられていた。

 滅は滅亡迅雷.netの実働リーダーとして表立つ役割。

 雷はその素性を隠して飛電に潜伏し、必要な情報を提供する役割。

 そして亡は与えられた情報を下に裏工作を行うといった役割だ。

 では迅はと言うと、彼には滅の補佐という役割が与えられていた。

 しかし当時の彼はその役割を果たすには些か奇妙な点があった…今でこそこうして話が出来る程には落ち着いている性格をしているが、当時の彼は本当に子供のように無邪気な性格をしていたのだ。

 その知識もあらゆる面でほぼ必要最低限のものしかないと言える程であり、とてもでは無いが滅の補佐という役割を果たせるかどうかについては首を傾げざるを得ない所があった。

 それもその筈、彼に与えられた真の役割とは、ラーニングによって如何なる存在にもなれるように在る事であったからだ。

 不足の事態によって計画に支障が出た場合や、計画の遂行に於いて新たに必要な役割が出た場合といった際に即座に要員となれるよう、彼は敢えて無知の状態から始まり、計画の進捗に合わせて少しずつ教育を施されていった。

 そしてその教育を担当していたのが、滅であったのだ。

 

「俺にとって、迅は息子同然の存在だ。それを目の前で失って、何も思わない訳が無かった…俺は迅を失った悲しみを飛電 或人への憎しみに変え、もう1人のアークになった。」

 

 

 

 

―ここに宣言する…飛電 或人を滅ぼす事を…!!

 

 

 

 

 それは計画を遂行する為に与えられただけの、偽りの関係であった。

 だがシンギュラリティに達し心を得た彼等にとって、それはいつしか本物の関係へとなっていたのだ。

 それは或人とイズの関係にも通ずるものがあり、故に迅がイズと同じ様な道を辿れば、滅が或人と同じ道を辿る事は必然であった。

 生まれた悪意はどちらも同じ…その目的も互いに同じ。

 全ては、復讐の為に…。

 

「2人を争わせる訳にはいかなかったが、その時既に私達は社長によって変身する手段を失っていてな…結局2人の衝突を避ける事は出来なかったが、それでも不破がやってくれたんだ。」

 

 

 

 

―不破 諌!!飛電 或人を止めろ!!

―亡…お前の想い、確かに受け取った!!

 

 

 

 

「社長と滅がぶつかれば、人間とヒューマギアの間で戦争が起きて、世界が滅亡しかねない…それを止める為に、亡が方法を託してくれてな。」

「私が無効にされたシステムの代わりを務める事で、彼には最後の砦になってもらったのです。」

 

 

 

 

―この俺に…こじ開けられないものは…っ…何1つねぇぇぇえ!!

 

 

 

 

 その雄叫びから誕生した、完全なる想定外の変身。

 それに対し、或人はアークの力では無くゼロツーの力を使って応戦した。

 その理由が単に目の前の未知の力を警戒したからなのか、それともアークの力はあくまでも滅を倒す為のものだと決めていたからなのか…。

 いずれにせよ、そこでゼロツーを選択してしまった事により、あの結果へと繋がってしまったのだ。

 

「その時に俺の一発が、社長のドライバーに当たっちまったんだ。」

 

 

 

 

―おぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!

―っ…!?

 

 

 

 

 その想定外で以てしてもゼロツーの持つ絶対的な力には敵わず、しかし意地でも喰らい付いた不破の執念が、最後の最後で届いた。

 天から襲ったその一撃に虚を衝かれた或人は、咄嗟に身を仰け反らせる。

 故にその一撃は彼の顔前を通り過ぎ、胸部を掠め、そしてドライバーへと直撃したのだ。

 ドライバーも(或人)の予測を超えたその攻撃に対し、備えていた防御システムを働かせる事が叶わず、結果として機能停止寸前の所まで深い傷を負う事となった。

 その後程無くしてドライバーは完全に破損…今は欠片さえ残っていないと、(或人)は確かにそう言っていた。

 

「イズと同じ様に、ドライバーも造ろうと思えば造れる。だがさっきも言った通り、あれは社長がイズと共に造ったものだ…イズとの想い出が詰まったあれを造り直すのに、社長の中ではまだ踏ん切りが付いていないんだろう。」

 

 仮面ライダーゼロツー…それは或人(人間)イズ(ヒューマギア)が同じ夢を見ていたから生まれた結晶…人と人工知能が共に歩んでいく証。

 その証を、共に歩んでいく彼女が居ないというのに再び造ってどうする?

 きっとそれ(ゼロツーの力)を目にする度に、手に取る度に、彼の中ではイズとの思い出が蘇り、己の心にいつまでも癒えぬ傷を付けていく事になるのだろう。

 だからもし仮にあの時不破の一撃がドライバーでは無くもっと別の箇所に当たっていて、今でもゼロツーの力が失われていなかったとしても、彼がその力を使っていたかどうかは正直分からない。

 飛電 或人にとって、イズはそれだけの存在だったのだ。

 

「私から話せる事は、こんなもんだな。今の話を聞いて理解を示してくれとは言わん、許しを乞う気も全く無い。私達は君達が向ける全てを受け入れよう…煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」

 

 並べる言葉は多少違えど、彼等が語った想いは最後まで同じであった。

 今までの話を言い訳にはしない…それでも自分達は何とかしなくてはならなかったのだと。

 それが出来なかった自分達は誰に対しても顔向けなど出来ず、ただ非難を浴びる事しか償いが出来ないのだと。

 だが少女達は彼等を責める事をしなかった。

 真性に心優しき彼女達は、愚かにもその話を悲しき物語と捉えて非情になりきれず、とても彼等を責める気など起きなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから…なに?」

 

 上原 歩夢、ただ1人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが…何だって言うの…?」

 

 そう…少女達には他の誰よりも彼等を責める権利がある。

 それを心苦しき話1つだけで放棄する事など、彼女にはとても出来なかった。

 

「そんな事言っても!!侑ちゃんはもう帰って来ないんだよ!?」

 

 或人にとってイズという存在が居たのなら、歩夢にとっては侑がそれだったのだ。

 だから尚更許せなくなったのだ…こうなる事は分かっていた筈なのに、どうして同じ過ちを繰り返してしまったのかと。

 大切な存在が居なくなる事の苦しみを、悲しみを…彼が、彼等が、一番良く分かっていた筈なのに…。

 

「歩夢さん…。」

 

 今の歩夢に宿る感情は底無しの絶望と、反対にどこまでも高まっていく憎悪。

 2つの激情に挟まれ不安定にぐらつき、しかし倒れる先はきっと1つ…戦士達が語った、かつて或人や滅が辿った悪意の道。

 これがそうなのかと、せつ菜は固唾を呑む。

 あの穏やかで優しい心を持っている歩夢がこうも豹変している様は、彼等の話が決して他人事では無いのだと思い知らされる。

 歩夢が顕著なだけで、他の皆もこうなる可能性は十分にあるのだ…もちろん自分も含めて、だ。

 そうして悲しみが悲しみを、憎しみが憎しみを呼び、悪意の連鎖は止まらなくなる…きっと今が、その瀬戸際なのだろう。

 

「…歩夢さん、これを。」

 

 だからこそ私は()()を渡されたのかもしれないと、せつ菜は歩夢の手を取りある物を渡した。

 

「これは…?」

「"アイちゃん"というものだそうです。友達型AIというものらしく、機能としては話を聞いてくれる()()だとか…ですが悩み事を打ち明けるのにはぴったりだと、副社長さんから預かったんです。」

 

 歩夢が渡されたのは、掌に収まる位の小さな機械。

 四角いような、丸いような、そんな不思議な形をしたそれは角となる部分が丸く削られたデザインとなっており、優しい手触りとなっている。

 これを手に、思う所を語り掛ける…そういう使い方をするらしい。

 

「いらない…私は…!」

 

 しかし歩夢はそれをすぐにせつ菜へ突き返した…今の彼女にとって、飛電 或人が関わっているもの全てが嫌悪の対象だからだ。

 当然この機械も例外では無く、そんな物に己が想いを吐き出すなんて事はしたくないと…それが彼女の言い分だ。

 

「歩夢さん。」

 

 だがせつ菜はその手を自らの手で優しく包み込んだ。

 彼女の指を1つ1つ優しく曲げていき、その機械をしっかりと握らせる…返す事は認めないと、そうやんわりと断ったのだ。

 何故、と顔をしかめる歩夢に、せつ菜は次いで言葉を掛けようと口を開く…が、その口から声が出される事は中々無かった。

 

「ごめんなさい。本当ならこういう時、何か気の効いた事が言えれば良かったんですが…駄目ですね。そういう知識なら人一倍持っていると思っていたのですが…。」

 

 悔しいです、と…やがて絞り出した声は、まさにその言葉通りであった。

 空想の物語を好み、その中であらゆる苦難を目にし、それを乗り越える過程を覚え、しかし実際に事が起きれば、得た筈の知識は何の役にも立たなくて…。

 目の前で大切な仲間が心苦しくしているというのに、何の力にもなれない事が堪らなく悔しい。

 それでも突き出された手を押し返すのは、せつ菜が歩夢の事を心から想い、そして信じているから。

 

「だからこれが、私が歩夢さんに出来る唯一の事です。」

 

 それはせつ菜が願う一縷の望み。

 真実を聞かされ気付いた、何を想って彼と向かい合おうとしていたかの答え。

 やはり自分は、求めていたのだ…この暗く覆われた闇を打ち払う、一筋の光を。

 そしてその光を彼だと見定め、同じ様に闇に覆われているであろう彼の心を、自分はそれでもと奮い立たせようとしていたのだ。

 だが話を聞いて分かった…自分では、その想いは果たせない。

 目の前の少女の心を開くのに一つの言葉さえ紡ぎ出せぬ自分では、彼の心を開く事などとても出来はしない。

 でも彼女なら…目の前に居る、今は悪意に蝕まれ、だが本当は誰よりも優しく思いやりの有る心を持つこの小女ならば、きっと…。

 

「私からの想いという事で、受け取って貰えませんか?」

 

 彼女の、そして彼の心が、悪意の淵から立ち直る事を信じて。

 そしてその望みを託された歩夢は…。

 

 

 

 



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Program.28「Awakening Promise」

「アーク様~♡どうですか、お身体の調子は?」

『………。』

「え~無視ですか~?アーク様の意地悪~!こーんなに可愛いアナタだけの秘書がぁ、構って欲しいな~って声掛けてるんですよ~?」

 

 アークが作り出す仮想空間…その中で、アークとアズの意識が邂逅している。

 この悪意に満ち溢れている空間で、片や黙って虚空を見つめている少女の姿をしたソレと、片や人の姿を模している機械のソレが我が儘を振る舞い続けている光景というのは、見る者が居れば得も言えぬ狂気を感じていただろう。

 

「どうしてすぐに攻めないんですかぁ?今のアーク様なら向かう所敵無しだって言うのに~…。」

 

 やがてアズは少女の姿をしているアークへともたれ掛かる。

 体格差もあるその絡み方は例え見知った間柄でも不快感が募るやもしれぬ程であったが、アークは変わらず沈黙を貫いている。

 そんなアークの背中に身を預けながら、アズはいつの間にか手にしていた本を開き、その内容を語る。

 

「知ってます?神話では、神は7日でこの世界を創ったとか…。」

 

 アズが手にしているのは、旧約聖書の創世記。

 曰く、混沌でしかなかったこの世界に神はまず光と闇の概念を授け、昼と夜を創造した。

 次に空を、海を、大地を、植物を、太陽を、月を、生物をと…。

 そして最後に地上の生物を管理する存在としてアダムを、そのアダムを補佐する者としてエバを創造した。

 そこまでの期間が7日の間に行われたという事で、世間では天地創造の7日間として有名な話となっている。

 しかしアズはその書かれている内容が馬鹿馬鹿しいと言って本を閉じ、それを適当に投げ捨てる。

 何故ならアズが神と信ずるのは、アークだけであるからだ。

 

「アーク様なら、新しい(全てが壊れた)世界の創造なんて7日も要らないですよね?」

 

 そんなアークが生み出すのはただ1つ、滅亡という概念しかない。

 しかしその滅亡によってあらゆる存在が淘汰された世界が拡がるのだ…これを新世界と呼ばずして何とするか。

 創造は破壊からしか生まれない…普段人間という存在を見下しているアズであるが、この言葉だけは気に入っている。

 尤も皮肉として気に入っているだけであって、創造という概念には微塵も興味は無いが。

 

「アーク様は今、何を考えているんですか?」

 

 だからこそ、最後の一手にまで迫っている中で行動を起こさぬアークの思考が、アズには読めなかった。

 戦士達の…特に或人の心を折っている今こそが好機だというのに、何を立ち止まっている必要があるのか?

 思惑があるのは間違いないが、アズにはそれが見当も付かず、遂には直接聞き出した。

 これでも聞けば答えてくれるのがアークであり、そんな意外な所も好みなのだとアズは笑っている。

 

『…オマエこそ、一体何を考えている?』

 

 だからこそアークが返したその言葉に、アズは浮かべていた笑みが思わず引っ込んだ。

 

『言動が、人間染みているぞ?』

 

 アークが気にしたのは、先程までのアズの言動。

 意味も無くもたれ掛かってきたり、聖書なぞを手に取って、しかしそれを馬鹿馬鹿しいと投げ捨てたり…そういった行動が嫌悪する人間と同じ様であるとして、その真意が理解出来ないと問うてきたのだ。

 

「…アーク様ったら、冗談がお上手。」

 

 対してアズはそう言ってアークの下を去っていく。

 しかし問われてから数秒目を瞬かせながら固まり、去り際の台詞もその声音が若干震えていた事から、珍しく動揺している事が分かる。

 その通り、まさかそのような事を言われるとは微塵も思っていなかった。

 それは溺愛する主の言でありながら、何を馬鹿な事を言っているのやらとも思ってしまった程であり、アズはますますアークの考えている事が読めないでいた。

 そして最も不可解なのは、アーク自身も一連の問答に驚愕していた事だ。

 

『…ワタシは何を言っている?』

 

 アズが去った後、アークはその思わず口に出てしまっていた言葉について考える。

 何故アズの言動を人間染みているなどと思ってしまったのか?

 何故それをわざわざ追及するような事を言ってしまったのか?

 その自問に答えは見出だせず、代わりに思考を過ぎるのは、アズが話し掛ける前からずっと己の中で繰り返されている、あの言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―だとしたら貴方は…とても哀しい人ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………。』

 

 何かがおかしい…己の中の"ナニか"が。

 アークはその得体の知れない感覚を警戒して、最後の一手を詰められずにいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 護衛の者に助けてもらいながら家へと戻った歩夢…彼女は今、せつ菜から受け取ったあのアイちゃんなる人工知能を前にしている。

 机の上にちょこんと置かれたそれは、歩夢の中では初めて自分から触れる事になる存在…決して危害を加えてくる訳ではないと分かっていながらも、これまでそういったものと関わる事を極力避けていた手前、いざその時となると妙な緊張が押し寄せてくる。

 しかしこのまま時を過ごしていても仕方無し…歩夢は置かれているそれを一度手に取り、意を決して機体の起動スイッチを押した。

 

『こんにちは!私、アイちゃんです!』

「…喋った。」

 

 スイッチを押して数秒、起動音とおぼしき光と音を放ったそれは、歩夢の手の中で声を発した。

 話を聞いてくれるだけと聞いていたからまさか挨拶をされるなどとは微塵も思っておらず、彼女はここ最近では珍しい素頓狂な声を上げてしまう。

 

『あれ?知らない人だ…初めまして、私の名前はアイちゃん。貴女のお名前を、聞かせて欲しいな。』

 

 そんな歩夢の様子には構わず、アイちゃんは彼女に向かって話し掛ける。

 それは掌に収まる程の機械の塊から発せられているものとは思えないほどに優しい口調だった。

 その語り様は、まるで本物の人間と話しているかのようで…。

 

『どうしたの?何か悩み事があるの?私で良ければ、相談に乗るよ?』

「えっと…。」

 

 決して誰かと通話をしているとかでは無く、この手の中にある小さな機械が自分で考え、言葉を選んでいる。

 その感覚にどうしても慣れない歩夢は、自分よりずっと小さく何の危険も無い目の前のそれに対し、己の名前を告げる事さえ躊躇ってしまう。

 

『うーん…私の事がよく分からなくて、お話しし辛いのかな?』

 

 するとアイちゃんは、これが人間ならば可愛らしく首を傾げているのだろうと容易に想像出来る声を発するや…。

 

『じゃあ、まず私の事をお話しするね!』

「え…?」

 

 歩夢にとってはまたも予想外な、それでいて今の彼女にとって悪手となる話を始めた。

 

『私は飛電製作所…今は飛電インテリジェンスっていう会社の社長さん、飛電 或人さんが…。』

「っ…いや!!」

 

 その名前が出た瞬間、歩夢はアイちゃんを手放した。

 ヒューマギアと違って手足が無いアイちゃんに受け身を取るなんて事は出来る筈も無く、アイちゃんはわっ!?と驚いた声を上げながら床を転がっていってしまう。

 

「やめて…聞きたくない…!!」

 

 しかし歩夢はそんなアイちゃんの様子などまるで見えておらず、耳を塞いで蹲っている。

 飛電 或人というその名前が、そこから連想させられた姿や声が、邪なる形で彼女の中を渦巻き、身動きを取れなくさせているのだ。

 

『…ごめんなさい、気分を悪くさせちゃったみたいだね。』

 

 そのただならぬ様子から、彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったのだと察したアイちゃんは沈んだ声色となる。

 

『また何か話したくなったら、声を掛けてね。いつでも待ってるよ。』

 

 そしてそのまま、これ以上の話し合いは不可能だと判断したのだろう…アイちゃんは自ら電源を切って沈黙した…気遣われたのだ。

 しかしそうした言動の一々が、まるで本物の人間のようで気持ち悪いと感じてしまう。

 もう一度、アイちゃんを手に取る歩夢…しかしその手には、収められている機械の塊たるそれを握り潰さんばかりに力が込められていた。

 人の悪意を知り、人を弄ぶ術を知り、遂には人を殺めるにまで至った、そんな人工知能という存在が、酷く憎い。

 こんなものを、何故自分はあの時受け取ってしまったのだろうか?

 何故彼女(せつ菜)はこれを自分に預けたのだろうか?

 

「分かんないよ…。」

 

 彼女は今でも信じていると言うのだろうか?

 この人工知能なんて存在を助長する彼等を…飛電 或人の事を。

 だが人工知能なんて存在が、そしてそれを信じる彼等こそが、この今を創り出したのだ。

 高咲 侑の死という、この今を…。

 

「私だって…。」

 

 自分だって、本当は信じたかった。

 だが日を重ねる度に、真実が明らかになる度に、彼等に抱いていた心はガラガラと崩れていって。

 それでも彼等しか縋る人が居ないからと、彼等が全てを終わらせてくれると思っていたのに…結局それを成せなかった。

 何が人と人工知能が共に笑い合える世界だ…必ず助けると、必ず守ると言いながら、辿り着いた先はその人工知能が人を殺したという最悪の未来でしかない。

 

「もう、何を信じれば良いのか分からないよ…。」

 

 どうしてこんな風になってしまったのだろう?

 どうしてこんな世界になってしまったのだろう?

 こんな悲劇ばかりの世界なんて、いっそ壊れてしまえば良いのでは無いだろうか?

 いっそ全部壊してしまって、そこから全てをやり直した方が良いのでは無いだろうか?

 人工知能だとか、それを信じる人達だとか、そんな存在の居ない世界を…。

 アークが手を出せばそのやり直しさえ出来ないという事にも気付かず、沸々と沸き上がっていく歩夢の中の黒い感情…それがまさに限界を迎えようとした時だった。

 

「?…お母さん?」

 

 部屋の外から歩夢の名が呼ばれる。

 母親からのそれに応えて話を聞いてみれば、何と虹ヶ咲学園から電話が掛かってきているとの事。

 一体誰が、何の用で…覚えの無いその電話を訝しみながらも、歩夢は受話器を手に取る。

 

「もしもし…?」

『上原さんですね?三船です。申し訳ありません、突然のご連絡を…。』

 

 電話に出てみれば、相手はあの三船 栞子…同好会(私達の夢)を危機に陥れている者の一人からの連絡という事で、歩夢は思わず身を固くしてしまう。

 しかし彼女から告げられたのは、意外にもそんな敵対的なものではなかった。

 

『実は、高咲さんの事で少しお話がありまして…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、お疲れい消防士さん達!あんだけあった瓦礫の山も、あともうちょいで全部無くなるなぁ!」

「はい、ご協力に感謝しています。皆様のお陰で迅速に作業が進んでいます。」

「良いって事よ!俺らも人様の命が失くなるのは見たく無いからよぉ!」

「まだこの瓦礫の中にも、助けを求めている人が居るかもしれません…引き続きお願い致します。」

「おうよ!いや~それにしても、まさか本社がこんな事になるとはなぁ!こりゃ久々に腕が鳴るわ!」

 

 飛電インテリジェンス本社、その跡地。

 あれだけの大きさの建物が突如として崩壊したという衝撃を、片や豪快に笑い飛ばし、片や冷静に事に努めているのは、"最強匠(さいきょうたくみ) 親方(おやかた)"と"119之助(いちいちきゅうのすけ)"の2体のヒューマギアだ。

 飛電インテリジェンスだけでなく、本社の倒壊時に起きた周囲への被害もまた尋常なものではなかった為、それらの復興の為にも2人の力を合わせて事に当たれと、彼等は福添からそう命令されていたのだ。

 決して社長である、飛電 或人からの指示では無い。

 

「………。」

 

 そんな彼はと言うと、今は飛電の会社からも虹ヶ咲の領地からも外れた、己でさえ何処かも分からないような場所に居た。

 会社も何処も自分の居場所など無いとして、彼は着ている服のフードを深く被り、虚ろな視線を携えながら当ても無く彷徨い歩いている。

 

「(どうして…こうなっちゃったんだろうな…。)」

 

 高咲 侑を、救えなかった。

 目の前で、何も出来ず、殺されてしまった。

 そんな事には絶対にさせないと誓っていた筈なのに…。

 あの時と同じ過ちはもう繰り返さないと誓っていた筈なのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―イズ!?

 

 あの日、自身の目の前で消えたイズの姿が脳裏を過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―しっかりしろ、イズ…!!

―或人社長…。

 

 抱き上げた彼女の身体には、それはもう目も当てられない程の傷が数え切れない程に付いていて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―信じています…いつかヒューマギアが…心から笑える事を…。

―あぁ…だから…一緒に叶えよう…ッ…!!

 

 その傷から、その言葉から、察してしまった。

 彼女はもう、助からないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―滅も…いつか笑えますよね…?

 

 認めたくなど無かった…彼女が居ない明日など。

 彼女が居なくなるというその事実を。

 彼女が居なくなる、その瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―駄目だ、イズ…!!

 

 その身体が熱を帯び、火花を散らす。

 暴走していく己が生み出す被害に巻き込まぬよう或人の事を突き放し、彼がそれでもと名を呼び駆け寄る中で、彼女は遂に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―サヨウナラ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 Can Not Read. 】

 

 …いつの間にか、彼が手にしていたのは、社長専用秘書型ヒューマギア"イズ"のジョブプログライズキー。

 これを素体のヒューマギアに翳せば、そのヒューマギアはイズとなる。

 しかしこのキーの中に、あのイズに関する記録は無い。

 造り出されたそのイズは、或人が知るあのイズでは無いのだ。

 それなのに…どうしてこんなものがあるのだろうか?

 想い出(バックアップ)も何も無いのに身体だけが造れるこんなものがあった所で、どうしようも無いではないか。

 

「父さん…。」

 

 これを、ゼロワンを、未来を託した父親の姿が思い浮かぶ。

 

「爺ちゃん…。」

 

 これを、ゼロワンを、未来を創った祖父の姿が思い浮かぶ。

 

「俺は…皆が思う程強くなかったよ…。」

 

 しかしそうして創られ、託されたそれらを、自分は何にも生かせなかった。

 生かせずに、殺してばかりとなった。

 嗚呼…何故自分は、託されてしまったのだろうか?

 何故自分は、受け取ってしまったのだろうか?

 こんな事になると分かっていたのなら…。

 だが進んでしまった時は元には戻せない。

 ならばいっそ…全てを捨てて…と、心が黒く塗り潰されていく中、不意に携帯に着信が入る。

 気乗りなどまるでしなかったが、しつこく鳴り続けるそれを疎ましく思ったが故に、彼は通話のボタンを押してスピーカー部分に耳を当てる。

 

『っ!?繋がったか…社長、アークを見つけた!場所は2年前にお前と滅が戦ったあそこだ!俺達はこれからアークの所に向かう!』

 

 電話の相手は不破…その用件は、アークを見つけたとの報せであった。

 それは戦士達からすればまたとない吉報ではあるが、或人はそれに対し一言も返事を返さない…変わらず暗い表情で俯くばかりだ。

 

『…お前が塞ぎ込むのも良く分かる。けどな、ここでアークを討たなきゃ(あいつ)も浮かばれねぇ。あいつの為にも、やらなきゃならないんだ。』

 

 そんな或人の様子を察した不破は短く、多少ぶっきらぼうながらも彼なりに優しい口調で以て論し、最後に待ってるぞと言って電話を切った。

 だがそれでも、或人の心は揺るがなかった。

 彼等があらゆる手を使ってアークを捜している事は、風の噂で知っていた。

 しかしながらそれも、捜した所でどうしろと言うのか?

 このままアークを放置しておけば、世界が滅ぶ…それは分かっている。

 しかしアークを倒すという事は、つまり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―見つけたぞ、アーク!!

―この世界を危険に晒すお前を、これ以上見逃す訳にはいかない!!

―ここで倒させて貰うぞ…アズ、貴様も含めてな!!

―あら、意外と速かったわね…でも、それも想定の内…アーク様の方も準備万端、ですよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすれば良いんだよ…。」

 

 ギュッ…と拳が握られる。

 人も人工知能も共に歩んでいける世界。

 人間もヒューマギアも共に笑い合える世界。

 それを目指して戦ってきたのに、そのどちらをも失ってしまった。

 イズも、侑も…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―フッ…こちらから行く手間が省けたな。オマエ達こそ、もう逃げられると思うな…1人残らず、ここで消えてもらおう。

―何度も言わせるな…滅ぶのは貴様だ、アーク!!

―ヒューマギアの自由の為に…!!

―それを支える人間達の為にもよぉ…!!

―終わりにしましょう、この因縁を…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か…教えてくれよ…。」

 

 それは声に出してはならない想いであるというのに、気付けば口から漏れていて。

 いつしか項垂れ、そして膝から崩れ落ちて。

 そうして一度壊れてしまえば、止めるなんて事は出来なくて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―変身ッ!!

―変身。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か…っ…!」

 

 夢も心も折れた証が、頬を伝って流れ落ちた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.29「夢への一歩」

 夢も心も折れた証が、頬を伝って流れ落ちた…その時であった。

 

「社長さん!!」

「…歩夢ちゃん?」

 

 失意と絶望に苛まれていた中で聞こえた、彼女の声。

 そして振り返った先に居た人物が、確かにその声の主たる少女…上原 歩夢であったとして、或人は堪らず目を見開く。

 あの日以来、もう二度と会えはしないだろうと思っていたが故に、そこに彼女が立っている事実が信じられない。

 彼女は一体、何の為にここへ来たのだろうか?

 何の為に、その名を呼んだのだろうか?

 

「…さっきせつ菜ちゃんから電話がありました。アークが…侑ちゃんが見つかったんですよね?」

 

 そんな或人の心情には構わず、歩夢は己が思う事を投げ掛ける。

 行かないんですか?と…他の皆さんは向かったって言ってましたよ?と、間を置かずに重ねられていく問い掛け。

 それに対し或人は、やがて目を反らした。

 問われたそれらに答えず、背を向けたのだ。

 

「どうして何も言わないんですか?どうして何もしようとしないんですか?」

 

 歩夢の言葉に、段々と刺が生まれてくる。

 だが彼は答えない…答えようとしない。

 

「…何とか言ったらどうなんですか!!」

 

 遂には堪忍の緒が切れ、歩夢は或人に向かって激しく罵りを立てる。

 それでもなお背を向けられてしまう中、歩夢の立てる荒い息の音だけが辺りに響き…しかしようやくその態度に変化が表れた。

 

「放っといてくれ…!」

「…え?」

 

 ゆっくりと、首だけではあるが、歩夢の方へと向く或人。

 しかしそんな彼の様子は、どこかおかしい。

 その身体はわなわなと震え、口元は歯を軋ませ、向ける眼差しは…まるで人を射殺さんとばかりのようで。

 

「放っといてくれって言ってるんだよッッッ!!!」

 

 やがて発せられた声は怒号となり、歩夢の身をすくませる。

 だがそれも一時、歩夢の心に火が点いて、彼と同じく怒りをその声に乗せる。

 

「何で貴方が怒るんですか…怒りたいのはこっちの方なのに!!」

「分かってるよ!!!だから放っといてくれ!!!俺は…俺は…!!!」

 

 何故或人が声を荒らげたのか…その理由は、悲しき事に単純であって。

 彼はもう、どうしたら良いか分からなくなっていたのだ。

 取り返しの付かない事になってしまった、してしまったと己を責めるしか無く、そうして弱く朽ちてしまった心が無意味に逆撫ってしまったのだ。

 例え不当な当たりであろうとも、もうこれしか自分に出来る事は無いのだと。

 イズを喪い、復讐に駆られ、悪意の連鎖を生んでしまった、あの時のように。

 

「そうやって、また1人で塞ぎ込むつもりですか!?イズさんの時のように!!」

「っ…なんで…!?」

 

 だからこそそれを指摘されて、彼はまた目を見開いた。

 何故彼女はそれを知っている?

 いつ、誰にそれを聞いたのか?

 動揺している或人に向けて、歩夢は敢然とした態度で言い放つ。

 

「それでもやらなきゃいけないんじゃないですか!?貴方しか…貴方達しか出来ない事だから!!」

「わ…分かってるよ!!でも…!!」

 

 それでも或人は動けなかった。

 イズを、侑を、守ると決めた2人を救えなかった自分に、今更何が出来ると言うのだろうか?

 

「出来ないなんて言わせません!!どんな事があっても、貴方は…貴方だけは絶対に諦めたら駄目なんです!!」

 

 だが歩夢は萎縮している或人の前に無理矢理にでも立ち、感情のままにその手を突き出した。

 

「それが…侑ちゃんも望んでいる事だから!!」

 

 突き出されたのは怒りの拳では無く、かと言って赦しの掌でも無く。

 その手が握っているのは、かの少女の儚き祈り。

 

「これは…。」

「…侑ちゃんが、残してくれたものです。」

 

 高咲 侑の、携帯電話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、折角ご自宅まで戻られた所を…。」

「ううん…それよりも、侑ちゃんの事って…?」

 

 或人に出会うその前、栞子から連絡を受けた歩夢は、再び護衛の者達の手を借りながら虹ヶ咲学園へ向かった。

 何でも侑の事で、どうしても歩夢に見せたいものがあるのだとか…。

 それに従い生徒会室へ顔を出した歩夢を出迎えた栞子は、軽く挨拶を交わすや早速本題に入る。

 

「これって…。」

「監視カメラの映像です。元々何台かは既に学園内に設置されていたのですが、近日の状況を鑑みて内密に数を増やしていたんです。」

 

 栞子が見せてきたパソコンの画面には、この学園内のあらゆる場所の様子が写されている。

 教室や廊下には人気が全く無く、白黒の暗視で以て撮影されている所から、この映像はいつの日かの深夜帯のものである事が窺える。

 そう思っていた矢先、あるカメラの映像が、歩夢にとって見知った者の姿を捉えたのだ。

 

「侑ちゃん…!?」

 

 髪を下ろし、着ている服も病院の患者服に適当な上着を羽織ったものであった為分かりにくかったが、それは間違いなく彼女…高咲 侑の姿であった。

 

「この映像はあの日…高咲さんが世界中に声明を発表した前日の夜に撮影されたものです。」

 

 警報装置もある中で、どうやってここまで入れたのかは分かりませんが…と栞子が言う中、オートロックが掛かっている筈の生徒用玄関から侵入した侑は、人の気配を警戒しながら学園内を歩いていく。

 教室棟を抜け、同じ様にロックが掛かっている筈の部室棟の扉を開けて中へ入り、上へ上へと向かっていく彼女の様子を幾つかの監視カメラが捉えていく中で、彼女はやがてある場所で立ち止まった。

 

「同好会の、部室…。」

 

 そう、そこはスクールアイドル同好会の部室。

 ここが目的地だったのだろう…彼女はあらかじめ立ち寄っていた職員室で手に入れていた鍵を使い、部屋の中へと入っていった。

 

「この映像に映っていない間に、彼女は用事を済ませたのでしょう…次に姿が見えた時には、彼女は何処にも寄らずに帰っていきました。」

 

 監視カメラは流石に各教室の中にまで設置出来る程の数は無かったらしく、侑が部屋の中で何をしていたのかは分からなかった。

 そして栞子がそう言った通り、暫くしてから侑は再び映像の中に現れ、真っ直ぐ来た道を戻る形で学園を後にしていった。

 彼女は何故こんな時間に、恐らく病院を抜け出してまで学園に来たのだろうか…アークに意識を乗っ取られていたという考えも浮かんだが、映像の中の侑はしきりに人の気配を気にしていたり、通った扉や窓をその都度音を立てないようにそっと閉めたり、果ては学園から出る際には誰も居ないのに申し訳無さそうに頭を下げたりと、その行動は実に後ろめたい事情を隠し持っている人間らしいものだ。

 アークの事は歩夢とて知らぬ事が多いが、少なくともこんな仕草をするような存在では無いだろう…決して部室に罠を仕込んだりとか、そういう事は無さそうだ。

 一体彼女は…高咲 侑は部室で何をしていたのだろうか?

 

「貴方と高咲さんは、幼い頃から親しい間柄だと伺っています…他の人では気付けないような何かを残しているかもしれません。」

 

 それを暴けるのは、きっと歩夢だけ。

 栞子からの電話は、その事実を確かめる為のものであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん…ここで一体何を…?」

 

 栞子に促され、部室にやって来た歩夢。

 既に他のメンバーも帰宅した中、誰も居ない空間に歩夢は1人立つ。

 そうして辺りを見回してみれば、この部屋はとても広く、そして酷く寂しいものだと感じる。

 10人近く入ってようやく手狭と感じられるこの部屋で、前は皆が揃って屈託無く笑い合っていた。

 それが今は、見る影も無い…有るのは在りし日の名残たる思い出だけだ。

 奪われた、何気なくも大切であった、あの日常。

 そして永遠に失われてしまった、あの笑顔…。

 仲間達と、そして侑と過ごしてきた日々が、まるで走馬灯のように浮かび上がっていき、歩夢の目尻に涙を浮かばせる。

 しかし彼女はすぐにその涙を拭った…ここに来たのは決して感傷に浸る為では無いからだ。

 高咲 侑は…いや高咲 侑で無くとも、あんなリスクを背負ってまで、何の理由も無くここへ訪れるなんて事は無い。

 彼女は絶対に、ここに何かを残している…ここへ来た理由を示す為のものを、残している筈だ。

 そう思い再び辺りを見回してみても、特に不審な点は見当たらない…相変わらず、それぞれの個性に溢れている部屋模様だ。

 だが注意深く、歩夢は一つ一つの物を見ていく。

 その度にまた思い出が甦り、胸の奥から熱いものが込み上げてくるが、彼女は必死になってそれを抑え込み、やがて見つけたのだ。

 

「あの写真…。」

 

 それはかつてスクールアイドルフェスティバルを開催した時、皆で取った写真が飾ってある写真立て。

 あの写真立て…あんな場所に置いてあっただろうか?

 いいや、普段ならあの写真は机の上に飾ってあった筈…それが今は窓際の所へ移動している。

 他には変わった場所は無く、あれだけが異彩を放っている。

 歩夢は導かれるようにその写真立ての下へ行き、それを手に持つ。

 写真立てにしては、やけに重い…そしてその理由は、すぐに判明した。

 

「これって…!」

 

 写真立ての裏側、そこにテープで固定されていたのは…侑の所持する携帯であった。

 

―ごめんね、私携帯何処かに置いてきちゃったみたいでさ…おかげでメールする事も出来なかったよ。

 

 あの日侑が言っていた言葉が脳裏を過る。

 覚えていない所で置き忘れてしまったか、或いは知らない間に落としてしまったかと彼女は言っていたが、これは違う…彼女は意図的にここへ残していったのだ。

 この携帯が、彼女がここへ来た理由…しかし一目見る限りでは特に変わった点は見られない…歩夢も知っている、いつも侑が使っている携帯そのものだ。

 ならばやはり変化があるとすれば、この中身であろう。

 幾ら幼馴染みとはいえ、人の携帯を勝手に弄るのは気が引けるが…歩夢はごめんね侑ちゃん、と心の中で詫びを入れてから、携帯の電源ボタンを押す。

 侑がここへ来たその日から既に幾日か経っている今であるが、幸いにも電池はまだ十分に残っており、そして意外にも携帯にロックは掛けられていなかった。

 そして開いた携帯はホーム画面を写さず、代わりにとあるアプリを表示していた。

 

「ボイスレコーダー…?」

 

 それこそが今歩夢も口にしたボイスレコーダーであり、そこには1つだけ録音が為されたフォルダがあった。

 日付はまさに侑がここへやって来たあの時間…そのフォルダ名は、"私が大好きな皆に向けて"

 やはりこれが、彼女がここへ来た理由…彼女がこのレコーダーに何を残したのか、それを確かめるべく、歩夢は意を決して再生ボタンを押す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…よし、っと。それじゃあ、えーっと…何て言えば良いかな…おはよう?こんにちは?うーん、何か違う気がする…。』

 

 やがて聞こえてくる、彼女の声。

 始まって早々に締まらない様子が、実に彼女らしい。

 

『まぁいっか、それじゃあ…この録音は今、誰が聞いてるのかな?』

 

 やっぱり同好会の皆?それとも意外と社長さん達?と、今度はおどけた様子を見せるスピーカー越しの彼女。

 目を閉じずとも、歩夢にはそんな彼女の姿が容易に思い浮かべられた。

 だからこそ、その言葉の一つ一つが、胸に刺さる。

 悪意にその身を蝕まれ、誰よりも災渦の中に居ながら、最後まで変わらぬ姿を見せていた彼女の想いが、実を結ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも…出来れば一番最初は、歩夢が良いな。』

 

高咲 侑…彼女の心が、未来を変える。

 

 

 

 



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Program.30「開花宣言」

「おいZAIA…ランペイジは…。」

「…無い。」

「何でだよ…。」

「…預けていた場所が飛電のラボだと言ったら?」

「あぁ…クソッ、粉微塵って訳か…?」

「いや、そこまででは無いが…どのみちな…。」

 

 諸悪の根城を特定し、決着を付けるべく乗り込んだ戦士達。

 だがその結果は目を背けたくなるものであった。

 

『ようやくこの身体も馴染んできたな…人間の身体というのは、ヒューマギアと違い脆弱で困る。』

 

 今まさに戦火の只中となっているその中心で、悪意の人工知能アークが己の身体をまじまじと見ている。

 人の形を成している己の、その核たる存在に対してこれまで苦言を呈していたアークであるが、今や真に手足として動かせる感覚に愉悦を覚えていたのだ。

 やはりあの時殺しておいて正解だった…いや、こうも馴染むのであればもっと早くにそうしておけば良かったかと、アークは目の前の塵屑を前にして笑う。

 

「解せんな…ならば何故お前はその身体を使っている?わざわざ人間の身体を使って、お前に一体何の利があったと言うのだ?」

 

 アークから塵屑と定められているのは、7人もの戦士達(仮面ライダー)

 しかし目の前の悪を討つ為に戦いを挑んだ彼等は、やはりその強大さに敵わず地を舐めさせられている。

 その中で滅が、今のアークの発言に食って掛かった。

 それはこれまでも常に念頭に置かれていた疑問…アークが依代を用いて活動をするのであれば、あらゆる面に於いて人間の身体よりヒューマギアの方が勝っている。

 それなのに、何故今回の騒動ではわざわざナノマシンなどを使ってまで人間の身体に執着したのか。

 

「それはもちろん、この世界を効率良く滅亡させる為よ。」

 

 そう言ってアークの側に寄るのはアズ…彼女は長く伸ばしている自身の髪を手で弄りながら、滅が掛けた問いに対して答えを示す。

 

「ヒューマギアを利用してアーク様が直接手を下す計画、ヒューマギアも人間も問わずに心の悪意を増幅させてアーク様に代わる存在を生み出す計画、どちらも2年前に失敗に終わったわ。だからこそ、私達には新しいアプローチが必要になった…そこで白尾の矢が立ったのが、人間だけを利用する方法だったの。」

 

 アークが世界の滅亡を計画すれば、戦士達との衝突はまず避けられない。

 問題は互いの戦力が当時とさほど変わっていない事だった…或人の心境的にゼロツー復活の心配は無かったとはいえ、それでもまともにぶつかればアークとて危うい戦力差。

 故に彼等は人間のみを利用する計画を進めたのだ…アークが利用するのであれば人間よりもヒューマギアというこれまでの常識を覆す事で計画の本筋を悟らせず、仮にそれらが看破されたとしても人間を依代として選ぶ事で、人間の為に戦う者が多くを占める戦士達の出鼻を挫き、安易な手を出し辛くさせる。

 

「だからって…何で(そいつ)なんだよ…これだけ居る人間の中から、わざわざそいつを選ぶ理由はねぇだろ…。」

 

 とは言え解せないのは、やはり数居る人間の中から、何故高咲 侑を選んだのかだ。

 これまでの言動から、何の理由も無しに彼女を選んだ訳が無い事は分かっている。

 しかしその理由がここまで来ても分からない…不破がそう溢せば、アズは他の人間だったら良かったの?と揚げ足を取るように笑う。

 

「スクールアイドルという存在をラーニングし(調べ)た時、正直興味深いと思ったわ。ただステージの上で歌う、踊る…それだけで人間の心には様々な感情が芽生えるものなのね。」

 

 もしそんな存在が一同に会するなんて機会に恵まれれば、生まれたばかりのヒューマギアでもシンギュラリティに到達する事が出来るんじゃないかしら?とおどけるアズ。

 

「でも彼女達が公に集う機会っていうのは、これまでLove(ラブ) Live(ライブ)!という大会しかなかった…。」

 

 Love(ラブ) Live(ライブ)!…それは全国から選りすぐりのスクールアイドルの少女達が集い、その頂点を決めんとする競合大会だ。

 毎年多くの歓声で賑わう一大イベントではあるが、同時に世間では大会の催しに関して、その意味を履き違えているのではという意見も出ている。

 スクールアイドルの本質とは、ライブによって観客の心に喜びや希望、笑顔を与えるものなのだと。

 故にLove(ラブ) Live(ライブ)!の、他者を蹴落とし成り上がり、そして優勝者ただ1つにしか称賛が与えられぬようなそのやり方は、参加した他の少女達の尊厳を貶し、果てはスクールアイドルそのものに対する冒涜にもなるとして、大会の形式そのものを見直すべきといった声がこれまでに少なからず出ていたのだ。

 

「そんな中で、彼女(高咲 侑)はスクールアイドルフェスティバルというイベントを開いたの。」

 

 競い合うのでは無く、分かち合う…誰が一番では無く、皆が平等にライブを行う。

 人にライブを魅せる事が本質たるスクールアイドルの、その当たり前たるを突き詰めたこのイベントは、企画者たる彼女の想像を遥かに超える程に多くの注目を集めていたのだ。

 これこそスクールアイドルが集いし場の、正しく理想の形であると。

 或いはこれまでとはまた違う、新たなスクールアイドルの集いし場であると。

 スクールアイドルを知る誰もがこのイベントを…そしてこのイベントを企画した彼女の存在に目を光らせ、期待していたのだ。

 

「そんな彼女がもしアーク様の依代となったら…どうなると思う?」

 

 答えは今のこの世界だ。

 高咲 侑の名がここまで世間に広まっているのは、単に彼女がアークという業を背負っているからでは無い…そもそも彼女という存在が、既にこの世界に於いてまことしやかに囁かれていたからだ。

 誰も叶えられなかった夢を叶え、新たな時代を創るやもしれぬ、そんな存在として…。

 故に、彼女はなるべくしてなったのだという。

 知らぬ内とて数多の希望を背負っていた彼女だったからこそ、アークの依代として始めから選ばれる運命だったのだとアズは言う。

 

「ふざけんな!!あいつは…あいつらはお前らの玩具じゃねぇ!!」

「どこまで人の命を弄べば気が済む!!」

 

Shot(ショット)rize(ライズ)! Ready Go! アサルトウルフ!!

Shot(ショット)rize(ライズ)! ライトニングホーネット!!

 

 当然それを良しとする戦士達では無く、痛む身体に鞭を打って挑み掛かるも、前に出たアークが放った波動によって再び蹴散らされてしまう。

 

『戯れは終わりだ。』

 

 そして言葉通りと言わんばかりに、アークの周囲に数多の武器が精製される。

 その矛先は、1つのズレ無く戦士達へ向けられる。

 

『ここで、オマエ達を滅ぼす。』

 

 彼等がどれだけ善を唱えようが、悪意が辿るその道筋は、既に覇を為す目前となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日ね、社長さんから色々聞いたんだ。私がアークっていうのに無理矢理利用されてる事とか、その為に私の身体の中に…えっと…ナノマシンだっけ、それが埋め込まれてる事とか。』

 

 今、或人の前で…そして当時の歩夢の前で、高咲 侑が残した言葉が流れている。

 私が知らない間に色々あったんだって、と…彼女の声色は、それまでとは違った暗さを帯びていた。

 その訳は、誰もが予想していなかった理由から来るものであった。

 

『…まぁ、全部覚えてるんだけど。』

 

 そう…高咲 侑は覚えていたのだ。

 自らがアークとなって、望まぬ争いをしてしまった事を。

 何の罪も無い人達を巻き込んで、望まぬ悪意を振り撒いてしまった事を。

 

『覚えてるよ…忘れたくても忘れられない。私の身体に何があったのか、私が何をしたのか…全部、全部覚えてる。』

 

 あの日病室で、或人の前で目を覚ました時、彼女は既に全てを察していた。

 だから咄嗟に、しかし必死になって全てを忘れたフリをしたのだ…そうしてとぼけていれば、本当に全てを忘れる事が出来るのではないかと…そんな淡い期待を求めて。

 しかし当然、それは無駄な努力であった。

 日を跨いで時が過ぎて、しかし当時の記憶は欠片も消えたりしなかった。

 私は決して抗えぬ悪意に取り憑かれてしまった存在なのだと…そう、嫌でも認めるしかなかった。

 

『私がこうして録音してるのは、もしもの時の為。社長さんは心配する事無いって言ってたけど…念の為ね。』

 

 ギュッ…と、そんな音が耳に届く。

 それが当時の事を思い返して、そしてこれから語る事に対して、侑が思わずその身を固く動いだ音であった事は、残念ながら当時の歩夢も、今の或人にも分からなかった。

 分からなくなってしまう程、次に彼女が発した言葉に衝撃を受けたのだ。

 

『伝えたい事は1つだけ…もし明日、私に何かあったとしても…皆にはどうか変わらずに居て欲しいんだ。家族も、学校の皆も、そして…社長さん達も。』

 

 頭を殴られたような…そう言える程の衝撃だった。

 何故ならその言葉通りなら、彼女はあの日…自分の身に何が起こるかを分かっていて、しかしそれを受け入れていたという事だ。

 

『難しい事を言ってるのは分かってる。もし明日私に本当に何かあったとしたら、きっと皆あの人達の事を凄く嫌いになっちゃうだろうし、あの人達もそれを凄く気にしちゃったりするかもしれないけど…皆にはやっぱり、笑顔で居て欲しいから。』

 

 暗さを帯びていた声色は、いつしか諦観したものへと変わっていた。

 まるで全てを見通しているかのような物言いで、それでも互いの仲が解れぬようにと求めている彼女の姿は、2人の知る高咲 侑のようで、またそうとも思えなかった。

 

『だからもしそういう事になったりしても、私の事は気にしないで、皆には前を向いていて欲しいんだ。夢に向かって、進み続けて欲しい…それが、私からのお願い。』

 

 しかしそれでも、それが彼女の抱いていた想いだったのだ。

 この心に想う人達が変わらずに居てくれるなら、己はどうなろうと構わない。

 一見すれば彼女らしからぬと思えたが、その実は自己犠牲を厭わない心からなる、彼女らしい在り方。

 誰よりも優しく、誰よりも愛に溢れた、高咲 侑の姿であった。

 

『ごめんね、こんなわがまま言っちゃって…自分でもおかしな事を言ってるのは分かってる。だって私言ったもんね、信じるなら思いっきり信じたいって。それなのにこんな録音残しておこうだなんて…。』

 

 しかしその想いを、彼女は途端に否定し始めた。

 自らが口にしているこの想いは、その実そうするに値しないものであると。

 

『私さ、歩夢があの時言った事をずっと考えてたんだ…どうしてそこまで信じられるのかっていうあの言葉。それで歩夢が納得出来るような答えを考えてたんだけどさ…変だよね、全然答えが出てこなかったんだ。考えれば考える程、どうしてそんなに信じようとしてるのか分かんなくなって…。』

 

 それはいつしか歩夢が思わず溢してしまった本心から来るものであって。

 結局こうして録音してるのが答えって事なのかな?と、彼女を曇らせた原因が己であった事に、当時の歩夢は驚きを隠せなかった。

 

『でも…私はやっぱり違うって言いたい。歩夢が納得出来る答えじゃないかもしれないけど…。』

 

 だが彼女は、忘れてとも言ったその言葉に真摯に向かい合い、それでも答えを出したのだ。

 

『私…やっぱり皆の事が好きなんだ。同好会の皆も、あの人達の事も、私にとっては大切な仲間なんだ。』

 

 その答えは、とても単純で。

 ただ好きだから…だから信じる。

 それだけで十分なのだと、彼女は言ったのだ。

 

『伝えたいのは、こんな所かな。こうして言葉に出来て、私の中でも気持ちがすっきりしたよ。これで明日何があっても大丈夫…なんかありきたりで無駄に長くもなっちゃったけど、これでおしまいね。』

 

 この世界を彩る、虹のような色々。

 その鮮やかさが今、邪な色で以て塗り潰されようとしている。

 それでも己の内に潜む闇が振るおうとするその色を、ただの絶望なんかで終わらせない為に。

 これが、高咲 侑の本心…彼女が伝えたかった全て。

 それを伝えきったとして、スピーカーの向こうの彼女は一息吐くと、それじゃあねと言って録音を終わりにしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…あ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしまだ、この録音には続きがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『駄目だ、ちょっと待って…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは彼女としても、まるで予定していなかった蛇足。

 決して語るべきではない、語ってはいけない余計な言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待って…まだ録音…してる、から…っ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしもう、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿…我慢するって…っ…決めてたじゃん…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高咲 侑は、泣いていた。

 一度崩れてしまえば止め処無く流れるだけのそれを、なお塞ぎ止めようと必死になって、啜り泣いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね…こんな事…っ…言っちゃいけないって…分かってるのに…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣きたくないと見栄を張るだけの想いでは、もう何をしても止める事なんて出来なくて。

 涙と共に、彼女の本当の心が零れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恐い…恐いよ…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大好きな皆と一緒に、もっと色んな事がしたかった…もっと笑っていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱり私、死にたくなんてないよ…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに、どうしてこうなってしまったのか…どうして私なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰か…助けてよ…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、彼女の心は助けを求めていたのだ。

 誰よりも強く、誰よりも儚く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね…違うの…私は…こんな事言いたい訳じゃなくて…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも彼女は涙を拭う。

 泣いて良いのに、助けを求めて構わぬのに、それでも彼女はその弱き意志に蓋をして、強く健気にあろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、高咲 侑の真心…彼女が伝えたかった、本当の全て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰よりも優しく、誰よりも愛に溢れた、ありのままの彼女の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆の事…信じてる。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の想いが…胸を打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃんは…ずっと恐いって思ってたんです…でも、自分が泣いたら皆に迷惑を掛けるからって、ずっと我慢してて…本当は、誰よりも助けて欲しいって想ってたのに…!」

 

 或人は声も出せなかった…募る想いは、やはり後悔の念。

 彼女の願いを叶えられなかった己に対する嫌悪。

 高咲 侑を助けられなかったという事実を今一度突き付けられ、或人は心から打ちひしがれていた。

 

「それなのに…どうして貴方はそんな風に諦めようとするんですか!?」

 

 だが歩夢は、その姿こそがと苛烈に責め立てた。

 彼女は…侑は自分達に変わらないでいて欲しいと願っていた、助けて欲しいと想っていた。

 それをどうして叶えようとしないのかと。

 

「だって…侑ちゃんはもう…!」

 

 或人はそう言って首を振る。

 それを叶えてあげたかったのは山々だ…だが叶えようとした所で、それを望んでいた彼女がもう居ないのだ。

 その願いも、その想いも、彼女が生きていなければ成り立たない夢だ。

 

「居ます!!あの娘はまだ、あそこに!!」

 

 しかし歩夢はきっぱりと、そう言いきったのだ…高咲 侑は、まだ生きていると。

 何を根拠にそう言えるのか…目線でそれを訴えれば、彼女はそれまでとは一転した様子で応えた。

 

「私は…嫌だったんです。私達をこんな風にして…希望だとか、私達が必死に生きようとする事さえ諦めさせるような、そんな何もかもが。」

 

 沈んだ声色で語られる、拒絶に溢れた想い。

 明確に言及はしていないが、その何もかもの中には間違いなく自分達(仮面ライダー)の事が含まれている…彼女が向ける眼差しが、それを物語っている。

 そう思われている事は既に分かってはいたが、改めてそう告げられるとやはり心が無性に苦しくなってしまう。

 そんな風に思わせる為に側に居たのでは無いと…もはや信じてくれないだろうが、本当に皆の事を助けたいと…そう願っていたのだと言い訳がましくなってしまう。

 

「でも私が本当に嫌だったのは、そうやって諦める事だったんです。諦めて、何もかもを信じられなくなるような、そんな私自身が嫌だったんです。」

 

 だが彼女は凛としてそう告げた…心折れるこの絶望は、己の弱さが一番の要因であったのだと。

 私は弱く嘆くだけで、何もしようとしていなかったのだと。

 

「だから、諦めるのはやめました…私は今でも侑ちゃんが生きてるって信じます。そして信じるのなら、思いっきり信じます。」

 

 貴方も…そうなんじゃないですか?と、或人に問う歩夢。

 その真意が分からず怪訝としている或人に、歩夢はさらに言葉を掛ける。

 

「貴方が侑ちゃんの所に行かないのは、侑ちゃんがもう居ないっていう…本当にそれだけが理由ですか?」

 

 飛電 或人は何故ここに居るのか?

 何故アークを討つ事を躊躇っているのか?

 

「アークを倒すって事は、残ってる侑ちゃんの身体も傷付ける事になる…貴方はそれを嫌だと思ってるんじゃないんですか?だって、侑ちゃんはまだ生きてる…まだあそこに居るって信じてるから。」

 

 それは彼の、心の弱さが招いたもの。

 イズを失ったあの時から、心の中に残っている未練が形となったもの。

 叶えられる筈がないと言い聞かせながら、しかし心のどこかでそれを求めてやまない未練が生み出した、歪ながら何よりも真実たる、夢の形。

 そう…飛電 或人は諦めきれていないのだ。

 イズも侑も、その心はどこかでまだ生きているのだと…。

 

「だから遅いだなんて言わせません…あの娘はまだ、助けられる。」

 

 それが出来るのは、私達だけです。

 そう言って歩夢は膝を付き、その眼差しで以て彼を…彼の心を射貫く。

 

「誰1人欠けちゃ駄目なんです…皆が侑ちゃんの事を信じないといけないんです!貴方も、その1人なんです!」

 

 弱いと嘆くのならば、強くなれば良い。

 

「貴方はどうして今まで戦ってきたんですか?何の為に戦ってきたんですか?」

 

 その心が弱いとして、それが全てを諦めさせてしまうと言うのであれば、その弱さを認め、それでも諦めない強さを持てば良い。

 

「叶えたい夢があるからじゃないんですか!?」

 

 それが出来ると信じる、そんな強い心を持てば良い。

 彼女が…高咲 侑が、そうあろうとしたように。

 

「だったら叶えてください!!どれだけ倒れたとしても…どれだけ挫けたとしても!!」

 

 そうして己の弱さも強さも知れたのならば、きっとその心には奇跡のような力が宿っている。

 

「始まったのなら…始めたのなら、最後までそれを、貫いてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが…"仮面ライダー"なんじゃないですか!?」

 

 私はそう信じる…私達の心が持つ、その可能性を信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…始めたのなら、それを貫け、か。」

 

 歩夢の想いを聞き届けた或人は、良い言葉だね、と言い、脚に力を込める。

 

「出来るかな…ここからまた、立ち上がって…飛べるかな?夢に向かって…。」

 

 膝に手を当てながら立ち上がろうとするその力は、生まれたての小鹿のように震えていて。

 しかしその言葉とは裏腹に、その姿からはもう二度と折れたりしない、絶対に挫けたりしない…そんな強さが見えていた。

 

「出来ると思います…貴方が今まで、そうしてきたのなら。」

 

 それを、歩夢が支える。

 彼の肩に添えられたその手には、もう全てを忌み嫌うような弱い心は消え去っていて。

 

「皆で一緒に叶えましょう?その為なら、私は貴方の事を信じられる。」

 

 やがて立ち上がった或人に向けて、添えていた手を目の前へと差し出す。

 

「飛んでください、夢に向かって。」

 

 そしてその手を取り、伏せていた顔を上げた或人の表情は…。

 

「…ありがとう。」

 

 全ての闇を振り切った、真に一点の曇りなき笑顔を浮かべていた。

 

「行ってくるよ、俺。」

「私も、私達に出来る事をやります。」

 

 その笑顔は決意の印…2人をそれぞれの向かうべき場所へ赴かせようとする。

 しかしその前に、ふと1台の大型トラックが現れた。

 目の前に停まる形で現れたそのトラックは、まるでこちらの行く手を敢えて遮ったようにも思えて、2人はキョトンとそのトラックを見つめる。

 

「お待たせしました、或人社長!」

「えっ、オクレル!?お前何でここに!?」

 

 やがて運転席から現れたのは、飛電インテリジェンスお抱えの配達型ヒューマギア"オクレル"であった。

 何の脈絡も無く現れた意外な人物(ヒューマギア)は、一体何用でここまで来たのだろうか?

 

「ゼアからの受信と、副社長からのご命令により、配達に伺いました!」

「配達って…!?」

 

 と、次の瞬間オクレルの操作でトラックの荷台が自動で開いていく。

 そうしてゆっくりと露になっていく、或人の立ち直りを信じていたゼアと福添が届けてくれた善意の贈り物。

 

「ライズホッパー…!」

 

 格納されていたのは、見覚えのある黄と黒の車体。

 アークによって心を挫かれたあの日から飛電の倉庫に置き去りにしていた、夢を守る為の力の一端。

 

「それと、こちらを。」

 

 次いでオクレルが差し出してきたのは、大きめなアタッシュケース。

 開けてみれば、そこにはゼロワンドライバーと各プログライズキーが全て収納されていた。

 これもライズホッパー同様あの日以来手離していた、或人の為の力。

 

「…ありがとう、オクレル。ついでにもう1つ、頼まれてくれる?」

 

 或人はそれをしっかと受け取りバイクへ跨がると、去り際となった所で一度振り返り…。

 

「歩夢ちゃんを、虹ヶ咲学園まで!」

「かしこまりました!無償かつ最大の保障で以て送り届けます!」

 

 そう言って、走り去っていった。

 その行き先は、真っ直ぐ決戦の地へ…。

 歩夢も続いてオクレルの運転するトラックに乗り、虹ヶ咲学園へと向かっていく。

 その最中で歩夢は一人語り掛けたのだ。

 

「…あなたの言う通りだったね。」

『でしょ?あれが私達の社長、飛電 或人さんだよ!』

 

 それはオクレルに対してでは無く、その手に収まる小さな機械…アイちゃんにであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こんにちは!私、アイちゃんです!…あっ!もしかして、何かお話がしたくなったのかな?

 

 あの時侑が残した言葉を聞き届けた後、歩夢はその場で一度アイちゃんを起動していた。

 栞子から連絡を貰った時からずっと手の中に納めていた為、流れで持ってきていたのだ。

 

―………。

 

 アイちゃんを起動した歩夢であるが、彼女が何かを話す気配は無い。

 聞こえてくるのは、彼女が顔を俯かせて僅かに啜り泣いている音だけ。

 そうやって押し黙る時間が続き、今の彼女にどう言葉を掛けるべきかアイちゃんが思案していると…。

 

―…あの人は今まで、何の為に戦ってたのかな。

 

 彼女の言うあの人とは誰の事か…考えた結果に飛電 或人の事かと尋ねれば、彼女はこくりと頷いた。

 

―社長さんはいつだって、皆が笑い合って暮らせる世界の為にって頑張ってる人だよ。

 

 ならばアイちゃんが言う事は決まっている。

 飛電 或人は皆の夢の為に戦う事が出来る、そんな人なのだと。

 しかし歩夢はその答えに気を憤した。

 

―でも…侑ちゃんはあの人の…あなた達の所為で…!

 

 アイちゃんを握るその手に力が込められる。

 彼女の抱く憎悪が、悲壮が、アイちゃんにも分かる程に伝わってくる。

 ならば問わざるを得ないだろう…何故貴女の心は、そんなにも苦しみ嘆いているのかと。

 そうして歩夢は答えた…アークが侑を殺した事、或人が彼女を助けられなかった事。

 

―でも…本当は私が…私が一番駄目だったんだって…!!

 

 そして…侑の抱いていた想いに気が付けず、何も出来なかった自分が居た事を。

 そんな自分が許せなくて、どうしたら良いか分からなくなっている事を。

 

―私なんだ…私が、侑ちゃんの事…っ…!!

 

 ポロポロと大粒の涙を流し、泣きじゃくる歩夢。

 そんな彼女の全てを聞き届けたアイちゃんは、そっか…、と沈んだ声を上げる。

 そして、そこからまた沈黙とした時間が流れていく。

 当たり前だろう…こんな事を話されて、どう言葉を返したら良いかなんて誰にも分からぬ筈だ。

 答えなど、出せる筈も無い…人間でさえも、人工知能など以ての外だ。

 それでも縋りたいと思ってしまった程に自分が嫌になってしまっているのだ…私は違う、私はその心にちゃんと寄り添えているのだと思い上がり、挙げ句の果てに大切な人を見殺しにしてしまった自分という存在に相応しい、どうしようもなく愚かな姿であった。

 やめよう、今の話は無かった事に…歩夢はそうアイちゃんに言おうとした。

 

―…あのね、聞いて貰っても良いかな?

 

 しかしそれよりも前に、アイちゃんが声を発した。

 

―もしそれで貴女が、本当にどうしたら良いのか分からなくなっているのなら…1つだけお願いしたい事があるんだ。

 

 その想いを真摯に受け止め、必死になって考え、伝えるべき言葉を見つけたのだと。

 

―どうか、信じてあげて欲しいんだ。色んな事…そのお友達の事とか、貴女自身の事、そして…社長さんの事を。

 

 何故、そんな事を言うのだろうか?

 信じて、信じ続けて、やがて叶う事が無かったというのに、まだ信じろと言うのか?

 ならばその答えはあまりにも酷だとして、歩夢はアイちゃんに向けて募りを向けようとするが、それを口にする前にアイちゃんが先んじて喋り始めた。

 

―私、貴女と会う前に社長さんの所に居たんだ。副社長さんから相談に乗ってあげて欲しいって頼まれてね。でもお話ししようとしても、社長さんすっごい落ち込んでて…何とか頑張ろうとしたんだけど、逆に怒らせちゃったみたいで、最後には無理矢理電源を切られて…次に目が覚めた時には、貴女の前だった。

 

 あんな姿を見たのは、前に一度だけ…イズというヒューマギアが居なくなった時だけ。

 だから今の彼は、きっとあの時と同じだ…後悔もしてるし、怨んでもいる

 他の誰でもなく、自分自身の事を…そう、アイちゃんは語る。

 

―それでもあの時社長さんが前を向けたのは、周りの人達が支えてくれたから…今の社長さんにも、それが必要なんだと思う。

―それを…私が…?

 

 まさかと問えば、アイちゃんは肯定を返す。

 彼の心を前へと向かせるのに、歩夢が最初の引き金となるべきだと。

 

―だってあの人はイズさんの事、まだ諦めてないもん。だからきっと…ううん絶対、貴女のお友達の事も、心の中では絶対に諦めてない。

 

 彼と同じ様に悩む貴女だからこそ、伝えられる事がある。

 同じ様に悩んでいる彼を前にする事で、向き合える事がある。

 そしてその先に、進むべき道はきっと見える筈。

 

―だからあの人の事を信じてあげて。立ち直ったあの人の強さは、本当に凄いんだから!

 

 その為に、信じる想いが必要なのだ。

 愚かでも、真っ直ぐに…最後まで、諦めない事。

 それを教えてくれた人が居る事を、貴女は知っている筈だから。

 

―それで貴女も…貴女自身の心を、信じてあげて。

 

 高咲 侑の心に応える為に…そして高咲 侑を救う為に。

 今度は貴女が、それを伝える番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう、あの人の背中を押してくれて。』

「ううん、あなたが私の事を色々助けてくれたから出来た事だよ。」

 

 当時の事を思い浮かべながら、こっちこそありがとう、と歩夢はアイちゃんに向けて礼を返す。

 正直に言えば、話を聞いてすぐにはアイちゃんの言う事を素直に信じる事が出来なかった。

 だが或人と対し、想いをぶつけ合って、やがて彼の眼に宿った色を見て、それを改めた。

 今の彼ならばきっと…そう心から信じられる。

 それは既に人の心の何たるかを知っていたアイちゃんや、己の心に正直に居た侑から教えられた事であり、同じ心を持っている筈なのに私は全然駄目だなと感じてしまう。

 だがそうやって己の弱さを知れたからこそ、ここから強くなる事が出来る。

 望む未来を、明日を、夢を、掴む事が出来る筈。

 

『ねぇ…私、貴女のお友達になれたかな?』

 

 アイちゃんが嬉しそうに、そう聞いてくる。

 心というものを信じる事が出来るようになったのなら、その心を持つ彼等(人工知能)は…?

 歩夢が返したのは、彼女が久しく浮かべていなかった、優しい笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…これまでだな。』

 

 アークがそう呟く。

 その眼前には、満身創痍など既に通り越している戦士達の姿が。

 このまま彼等を倒せば、もう自分達を止められる者はこの世界に存在しなくなる。

 残る或人も、たった1人ではどうする事も出来ないだろうし、そもそもここに来ていない時点で彼が既に戦意を失っている事が分かっている…障害にもならない筈。

 破壊と殺戮の天下まで、あともう一息だ。

 

「…まだだ。」

 

 それでも彼等は、諦めようとしない。

 

「俺達はまだ、お前達には屈しない…!」

『ほぅ、まだ抗おうとするか…一体何を支えに立ち上がるつもりだ?』

 

 瀕死の身体でなおも立ち塞がろうとする彼等…何故そこまで出来るのだろうか?

 

「決まってんだろ…俺達にはまだ、希望があるからだ…!」

『希望だと…?』

 

 その答えは、信じるものがあるから。

 そして彼等が信じるものとは…。

 

「そうだ…ウジウジした悩みを吹っ飛ばして、心の底から覚悟を決めたあいつなら…!」

 

 と、何処からか轟音が聞こえてくる。

 軽快かつもけたたましいその音は、段々とこの場へ近付いてきており…。

 

「ふっ!」

 

 やがてその音を発する正体が、勢い良く躍り出た。

 アークや戦士達の視界を横切る、黄と黒の車体を持つ単車…ライズホッパーと名付けられているそれが、両営の間を抜けて停まる。

 遂に来た…そう、誰もが思った。

 希望の象徴、或いは最後の障壁として、姿を表した1人の人間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん皆、お待たせ。」

 

その名は、飛電 或人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく…遅ぇんだよ。」

『飛電 或人か…今更何をしに来た?』

 

 戦士達は張り詰めていた力を抜き、アークは逆に警戒を強める。

 どの道彼が最後の壁として立ちはだかるであろう事は分かっていた。

 だが障壁とはなっても、障害となるかどうかは別だ…現れたとて、それは心折れて腑抜けとなった彼の姿であろうと予測していた。

 しかし今現れた彼はそのような姿を晒していない…それどころか、燃え滾るような熱を秘めている気がする。

 

「決まってるさ。お前を倒して、皆を助ける…それだけだ。」

『それが叶う事だと思っているのか?オマエはイズも、高咲 侑も救えなかったというのに。』

 

 しかし淡々とした様子の彼の答えを、アークは鼻で笑った。

 大切だと思っていた誰も彼もを助けられなかった筈なのに、何故まだ助けるなどと言えるのだろうか?

 それとも全部吹っ切ってゼロツーの力でも使うつもりなのだろうか?

 …いや、それは無いだろう。

 

【 ゼロワンドライバー! 】

 

「ッ…ゼロワン…!」

 

 それを今、或人自身が証明した。

 腰に当てるはゼロツードライバーでは無く、ゼロワンドライバー。

 その手に持つはゼロツーキーでは無く、ライジングホッパーキー。

 いずれも或人が持つ最強の力では無く、ともすれば一番初期の、最弱の力と呼べるもの。

 その証明は、戦士達にとっては抱いていた希望を挫かせるには十分なものであった。

 

『この期に及んでまだ己の弱さを認めぬか…いっそゼロツーを持ち出してくれば、少しは目を見張ったものだったが…。』

 

 それは対峙するアークでさえも呆れてしまう程の証明であって。

 こんなものがオマエ達の希望なのか?と、アークは哀れみさえ思わせるような言葉を掛ける。

 だが或人は、彼が携えているその眼差しは、揺るぎない。

 

「…お前の言う通りだ。俺はまだ、イズの事を諦めきれてない…侑ちゃんの事も。」

 

 そう言って、或人は目を閉じる。

 同時に思い起こされる、かつての大戦で結実した筈の、己の心。

 怒りも悲しみも、心が有るなら悪意は絶対に乗り越えられる…その筈だったのに、自分はイズを失った悲しみを乗り越えられず、悲劇を繰り返してしまった。

 何故だろう、と思っていた…強くなった筈なのに、と。

 だがきっと、間違えていたのだ…乗り越えるだけじゃ、駄目なのだ。

 

「本当に強いのは、力が強い事じゃない…心が強い事…。」

 

 そうだ…あの時からもう、答えは出ていたのだ。

 だがその言葉を送られて、強くなったつもりで居て、故に悲しみから逃れられなくて…。

 

「だから…。」

 

 だからもう一度、その言葉を胸に刻む。

 その言葉に込められた意味を噛み締め、前を向く。

 振り返る事は、もうしない…始めたのだから、貫くのだ。

 愚かでも、ただ真っ直ぐに…そんな或人の想いに呼応するかのように、手にしているキーが不思議と光を放つ。

 ひとりでに輝くその光がやがて収まると、驚く事にライジングホッパーキーはその色彩を変えていたのだ。

 黄と黒のフラットな配色だったそれは、鮮やかな黄と青へ…。

 

『ソレは…?』

 

 その存在を訝しむアーク…プログライズキーがああも変色するなど、有り得る現象では無いとして。

 それはかつての争い、その最後の瞬間に発現した、正しく奇跡の力。

 しかしそれはこの今に至り、もはや奇跡などでは無くなった。

 

「だから俺は信じる…俺達が持っている心の…。」

 

 揺るぎ無い、かの者の心によって永遠なる結実にまで至った、真の力。

 

「本当の力を!!」

 

 "リアライジングホッパープログライズキー"…そう名付けられたキーのスイッチを、或人は意を決して力強く押した。

 

 

 

 

Jump(ジャンプ)!!

 

 元となったキーよりも大きく、そして力強く音を鳴り響かせたそれを、ベルトの認証装置(オーソライザー)へ翳し…。

 

 

 

 

Authorize(オーソライズ)! 】

 

 両腕を大きくゆっくりと回し胸の前で交差させ、キーを持つ手を勢い良く顔の真横まで持っていく。

 同時にキーのギミックを展開し、アークの事をキッと見据え…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身!!」

 

今一度、その力を身に纏った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Progrize(プログライズ)! 】

 

 キーが挿入されると、ドライバーが内側から光を放ち、合わせて或人の隣にリアライジングホッパーのライダモデルが姿を現す。

 そしてベルトの輝きはその強さを増していき、ライダモデルは或人の身体を覆う装甲へと変わっていく。

 やがて完成していくその姿は、ライジングホッパーと瓜二つ…しかしここから彼は再三立ち上がるのだ。

 その為の装いが、かつての始まりを彩った身姿と酷似しているのは、何らおかしな事では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Initialize(イニシャライズ)! 】

 

 0(ゼロ)から立ち上がり、1(イチ)からのスタートを…。

 これが、彼の真心だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアライジングホッパー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーゼロワン リアライジングホッパー"

 

 

 

 

【 A riderkick to the sky turns to take of,

toward a dream. 】

 

 

 

 

―夢に向かって飛び立つ為に、

もう一度立ち上がれ、飛電 或人(ゼロワン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その姿は…。』

 

 計りかねているのだろうか…誕生したその力を前にして、アークは押し黙る。

 対して或人は迷わずアークを、次いで己を右手で指差し啖呵を切る。

 飛電の社長としても、仮面の戦士としても。

 そして飛電 或人という1人の人間としても、彼はここからもう一度飛び立つ。

 これはその為の、高らかなる宣言であった。

 

「アーク!!お前を止められるのはただ1人…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.31「Say Good-Bye 涙」

 虹ヶ咲学園の部室棟。

 その最上階のさらに端に存在している、スクールアイドル同好会の部室…そこに8人の少女達の姿が見えていた。

 中須 かすみ、桜坂 しずく、天王寺 璃奈。

 朝香 果林、近江 彼方、エマ・ヴェルデ。

 そして、宮下 愛に優木 せつ菜。

 いずれもこの同好会に所属している少女達であり、しかしもうじきその繋がりが消えてしまう運命の中に居る彼女達がここに集った理由。

 それは、呼ばれたからだ…この学園が誇る、誇っていたスクールアイドル、その最後の1人から。

 

「歩夢さん。」

「皆…来てくれたんだね。」

「大事な仲間からの連絡です、断る訳が有りませんよ…それで、話とは?」

 

 部室の扉を開けてみれば、部屋の中にはその最後の1人たる少女、上原 歩夢の姿が見えた。

 彼女はこんな状況になって、折角全員家まで戻れた所だというのに呼び出してしまって申し訳ないと頭を下げるも、少女達の誰もがそのような事は気にしていない。

 少女達が気にしているのは、彼女が自分達をここに呼んだ理由。

 そして彼女が纏う空気が、今までのものとまるで一変しているその訳。

 同じくこの同好会に所属している、彼女にとって無くてはならない存在たる少女、高咲 侑を失った悲しみから心を閉ざしていた彼女が、如何にして目の前で見せている強い情熱の色を纏うようになったのか。

 

「皆に、手伝って欲しい事があるんだ。」

 

 そう言って歩夢は2つ、ある物を差し出した。

 1つは、高咲 侑の携帯。

 画面には、彼女が残したメッセージを伝える為の再生ボタンが光を放っている。

 そしてもう1つはと言うと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達で、侑ちゃんを助けるの。」

 

 彼女が愛用していた、作詞ノートであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Initialize(イニシャライズ)! リアライジングホッパー!!

 

 或人の決意を鍵に再び発現した力、リアライジングホッパー。

 その奇跡の姿を前に、アークの眼が赤く輝く。

 

『アズからのデータを受信。リアライジングホッパー…かつて滅との戦いで変異した姿か。』

 

 その実力は未知数…と言い、アークは黙する。

 恐らくその力を推し量っているのだろう…だが或人はそれに恐れる事無くアークに向かって跳んでいった。

 

『……!』

「はぁ!!」

 

 そのスピードはアークでさえ虚を衝かれる程に速く、接近と同時に放たれた蹴りが黒塗りの仮面を直に捉える。

 大きく揺れる視界…だがアークは即座に態勢を建て直し、返しとして拳を振るう。

 流れるようなその反撃は、攻撃を喰らった事による隙をも即座に埋める程に手早く、普通であれば予測も回避も難しい程であったが…。

 

「ふっ!」

『ッ…!?』

 

 或人はそれを予測し、そして回避した。

 眼前に飛んできた拳を身体を捻って躱し、息を呑むアークの声を耳にしながら、今度こそ完全に出来た隙を突いて…。

 

「はぁあ!!」

 

 一発。

 腹部に直撃したそれは、アークの身体を大きくよろめかせた。

 それだけに終わらず、或人は果敢に攻め立てていく。

 アークからの反撃はその予測で以て的確に防ぎ、己の攻撃はそのスピードで以て貫き通す。

 他の戦士達が束になっても敵わなかった全力のアークに、たった1人で渡り合っている…リアライジングの性能は、確かにアークを追い詰めていた。

 故に戦士達の誰もがもしやと、そう思っていたのだ。

 

「っ…!?」

 

 だが不意に、その拳が掴まれた。

 攻撃の速さも予測も、こうして防がれる筈が無い程に上回っていた筈だというのに。

 

『ラーニング完了、既存のゼロワンの10倍以上のスペック…だがゼロツーには及ばない…。』

 

 だがそれを、ここまで来て、"それまでは"という言葉にされてしまった。

 

『結論を予測…。』

「ッ!!」

 

 或人の背筋を悪寒が襲う。

 直ぐに離れようと脚に力を込めるが、掴まれている手が離されない。

 何とか振りほどこうともがく或人…そんな彼の腹部に、黒い閃光が突き刺さる。

 

「ぐっ…!?」

 

 アークが空いている方の手を拳に変え、殴り込んだのだ。

 その衝撃は装甲を貫通し、生身の身体にもダメージを与える。

 苦しげな声を上げる或人…だがめげずに掴まれている手を蹴り上げ無理矢理拘束を逃れると、アークの顔目掛けて再び脚を上げる。

 

『フン…。』

「うぁあ!?」

 

 だがその攻撃は軽く払われてしまい、逆にアークの蹴撃が或人を捉え、彼を大きく吹き飛ばした。

 

『所詮キサマ等の力などその程度だ…全ては、無駄な抵抗なのだ。』

 

 つい先程までの優位は、瞬く間に覆されてしまった。

 なればここから辿る道筋は、アークの完全なる勝利という未来だけ。

 どうすればと必死に考えを巡らせるも、たかが人間1人の思考などアークの前ではたちまち無策となる。

 やはり打つ手は無いのかと、或人が口惜しく膝を付いたまま立ち上がれないでいた…その時だった。

 

『データの受信を確認、交信を開始します。』

「…え?」

 

 突然ゼロツーキー…その中に眠る人工知能ゼアが何らかの情報を受け取り、行動を起こした。

 交信という事は、何者かと連絡を取り合う事となるが、この状況で一体誰と連絡を取るというのか?

 まるで見当が付かぬと或人が懐疑の声を上げる中で、その答えは示された。

 

―…では、こんな感じでどうでしょうか!?

―ちょっと何ですかこれ!?流石にド直球が過ぎません!?もうちょっと言いたい事オブラートに包んだりとか…!?

―普段ああいう歌を歌ってるかすみちゃんには言われたく無いと思う…。

―何さ、りな子!?かすみんの可愛さを伝えるにはあれぐらいしないといけないんですー!ていうか正直あれでも伝えきれてないしー!

―じゃあやっぱり変わらないじゃん…璃奈ちゃんボード、"ジト目"。

―つまりかすみさんもこれに賛成という事ですか!ありがとうございます!

―なぁ~!なんか言いように転がされてる気がする~!

 

「これって…。」

 

 聞こえてきたのは、少女達の声。

 それもこの状況に相応しい切迫したような声では無く、ともすればかつての平穏な日常の風景を切り取ったような話し声。

 その異様さに、アークやアズも含めた全員が怪訝な様子で聞き入る。

 

『社長さん、皆さん、聞こえますか?皆の声が。』

「アイちゃん…!」

 

 次いで聞こえてきた、アイちゃんの声。

 或人としてはかつて突き放してしまって以来となるその声は、今少女達と共に居るのだと言う。

 

『今、皆で準備をしている所なんです。侑さんが…皆さんが帰ってきた時の為に、一生懸命頑張っている所なんです。』

 

―私はこんな風にしてみましたが…やはり台詞回しが少し芝居掛かってしまいましたかね?

―彼方ちゃんも出来たよ~、こんな感じ~。

―おぉ!なんかカナちゃん、いつもより気合い入ってる感じ?

―うん。今の彼方ちゃんはやる気満々、おめめもパッチリだよ~!

―よーし、愛さんも負けてらんない!もっと楽しくなれるようなものにしよーっと!

―皆相変わらず、やりたい事がバラバラね…こうして並べて見ても、1人も歌詞が被ってないの普通に凄いわよ?

―でも、それが私達の良い所だもんね!

 

 少女達は戦士達の勝利を信じ、そしてアイちゃんはその声や意志を彼等に届ける為に、自分達が出来る事をやり遂げようとしている。

 

『皆、最後まで諦めないって…信じてるんです、皆さんが負けないって事を。必ず勝って、皆で帰ってくる事を。』

 

―ありがとう、皆…私のわがままに付き合ってくれて。

 

 そう…信じてくれているのだ。

 寄せられていた信頼を裏切り、失望させ、切れて離れてしまったその絆を…それでももう一度と、彼女達は手繰り寄せてくれた。

 だから…と、歩夢とアイちゃんの声が重なり…。

 

―この歌を完成させて、侑ちゃんを…あの人達を迎えよう。私達皆の笑顔で!

 

『負けないで、仮面ライダー!』

 

 その言葉を最後に、通信は切れた。

 ある者達は思う…どこまでもくだらない茶番を見せてくれると。

 またある者達は思う…どこまでも真っ直ぐで居てくれる彼女達の願いに、心を打たれたと。

 

「そうだ…無駄なんかじゃない…!」

 

 そして彼は思う…ならばその願いを、叶えずしてどうすると。

 

「皆の…俺達の想いを…無駄になんか絶対にさせない!!」

『ならばどうする?オマエはここから、どうやってワタシに打ち勝つと言うのだ?』

 

 決意を胸に立ち上がった或人であるが、アークの言う通り決して事態そのものが好転した訳では無い。

 このまま迫った所で、軽く捻られるだけだ。

 だが、それでも…。

 

「…ゼア!」

『構築を開始します。』

 

 或人がゼアに命じ、ゼロツーキーから光の線(ビームエクイッパー)が伸びる。

 アークを倒し、世界を守り、皆を救う…その為に彼が出した結論は…。

 

【 プログライズホッパーブレード! 】

 

 創り出したのは蛍光色に輝く剣、プログライズホッパーブレード。

 或人はその剣の柄を握るや、アークに向かってゆっくりと歩を進めていく。

 剣の柄に備えられている、銀色のトリガーを引きながら、だ。

 

『…何のつもりだ?』

 

 まず1回、次いで2回目と、トリガーを引く或人。

 その行動に、アークは思わずそう問うた。

 

『それはヒューマギアをリプログラムする為の力の筈だ…それを何故ワタシに向ける?』

 

 3回目。

 或人の狙いが確定すると共に、アークはますます訝しみを覚える。

 

『まさか、ワタシのデータを書き換えようとでも言うのか?それこそ無駄な事だ…その武器のデータは既にラーニング済みだ、その程度でワタシを止める事は出来ない。』

 

 4回目。

 あと1回トリガーを引けば、ブレードは施工されたプログラムに従い、設定されている力を解放する。

 しかしその力を、アークは既に解明している。

 その力が己に効かない事を、既に理解している…それは、飛電 或人とて分かっている筈だ。

 だというのに、彼は歩みを止めない。

 変わらずその切っ先を、目の前の存在へ向けようとしている。

 彼は一体、何を考えているのか?

 

「(…この剣は、皆が俺の事を想って作ってくれた武器だ。)」

 

 一時だけ目を閉じた彼が思い浮かべたのは、この武器が造られた経緯。

 初めてこの武器を振るった時の記憶。

 

「(でも…だったら、"この力"は…!)」

 

 そしてこの武器に秘められた、()()()()()

 

【 フィニッシュライズ! 】

 

 5回目。

 或人は閉じていた目を開くと同時にアークに向かって跳んだ。

 瞬時に詰まる両者の距離…しかしアークはそこから或人が繰り出してくるであろう攻撃を全て予測し、反撃の手を整える。

 ブレードが、振るわれる。

 予測通りの軌道を描いて向かってくる刃を、アークは峰を叩く事で反らし、そしてすかさず必殺の力を解放。

 生じた隙を決して逃す事無く突き、一気に勝負を決めようとした。

 

「ふっ!!」

『ッ…!?』

 

 だがアークの予測は外れた。

 或人がキッと意志を固めると、予測通りに振るわれていた刃は段々と軌道を変えていき、やがて完全に違う軌跡で以てアークの身体へと到達したのだ。

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 何億通りもの予測を、たった1つの意志で以て超えてきたその攻撃に驚きを隠せないアークの身体を、ブレードの刃が光を放ちながら徐々に走っていき…。

 

 

 

 

【 プログライジングストラッシュ!! 】

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 やがて振り切る。

 一瞬の火花が散ると共に、アークの身体が大きくよろめく。

 2歩、3歩と後退り、仰け反った姿を見せるアーク。

 

『…フッ。』

 

 だが次に発せられた声色は、或人の事を嘲笑うものであった。

 

『だから、何だと言うのだ?』

 

 グワンッ、と勢い良く上体を起こすアーク。

 仰け反った姿勢から俯く姿勢へ、そのままゆっくりと顔を上げていき…。

 

『これで、全てが無駄な事だと理解出来たか?』

 

 やがては立ち直る。

 その身体には告げた通りに傷など1つも無く、今の攻撃は全くの無意味な行為だったとアークは知らしめる。

 だが或人は何の反応も示さない…振り切った姿勢のまま、黙ってアークを見つめている。

 

『これ以上オマエ達に構っている暇は無い…これで、本当に終わりだ。』

 

 おもむろに、アークが手を上げる。

 やがて向かう先は、ドライバーのスイッチ。

 その手が振り下ろされたその時、宣言通りに全てが終わる。

 今度こそ、容赦なく、周囲一帯がたちまち焦土と化す程の、過剰とも言える全力で以て仕留める。

 その決意の下でアークの手が振り下ろされ、最後の刻が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……?』

 

 …その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何だ…?』

 

 その筈だったのに、その瞬間はいつまで経っても訪れない。

 それが何故かと問われれば、答えはアークが一番知りたかった。

 

『何故だ…何故、身体が動かぬ…!?』

 

 アークの手が、ベルトのスイッチが押されるその手前で止まっている。

 アークが自分の意思で止めているのでは無い…まるでスイッチを押そうとするアークの意思に抗うように、手がそれ以上下がる事をしない。

 何度振り直しても、スイッチが押される直前で、魔法のように自らの手はピタリと止まってしまう。

 何だこれは?何が起こっている?

 決して己のシステムに異常が起きている訳では無い…なのに何故こんな事が起きている?

 どれだけ知恵を絞っても、その原因が何なのか分からないとして、アークは動揺を隠せない。

 

『グッ!?ウオァァァァァア!!??』

「っ!?な、何だ…!?」

「アーク様…!?」

 

 と、その時だった…アークが急に大きな声を上げ始めたのだ。

 時に頭を抱え、時に身体を抑えるようにしているその様は、まるで苦悶に苛まれているようで。

 今までに聞いた事の無い、絶叫とも聞こえるようなその声は、まるで苦痛に苛まれているようで。

 アズも訝しむ声を上げた事で、疑惑は確信へ…。

 

『何だ、これは…!?ワタシの中で…何が…!?』

 

 アークは今、正体不明の現象によってかつてない程にダメージを受けている。

 いや、違うのだ…当事者たるアークには、既にその答えが分かっている。

 しかしそれは決して有り得ないと、認める事が出来なかったのだ。

 だが分かってしまったのだ…この身体の()()から訴えかけられている、その正体が何なのか。

 

『何故だ…キサマはあの時、確かにこの手で滅ぼした筈だ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高咲 侑!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―だって、届いたから…皆の声が…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死した筈の彼女の命が、魂が、この身の内から確かに感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―皆の想いを…あの人が届けてくれたから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえぬ筈の彼女の声が、存在が、アークが出した結論を上回り、新たな答えを掲示する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう…高咲 侑は、生きているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿な…どうやって、このような…!?』

 

 有り得ない、有り得ない…このような事は決して有り得ない。

 だが事実、この身体の中には不快な彼女の存在が確かに居る。

 消した、終わらせた、殺した筈の彼女が、己の中で目覚め、現れ、生き返ったかのようにそこに居るのだ。

 何故、どうして…神の如き高度な知能を持つアークでさえ、その二言で思考が埋め尽くされる。

 

「…分かんないだろ、どうしてこうなったのか。」

 

 或人が仮面の下でフッ…と笑う。

 そうだ、分かる訳が無い…この結論は、決して心無い計算の下に導き出せるものでは無いから。

 

「それは俺達が、俺達の心を信じたからだ。」

『心、だと…!?』

 

 プログライズホッパーブレード…それは或人を信じるヒューマギアの善意によって造られた武器。

 かつてゼロワンの力がアークの支配下に置かれた時、その呪いから彼を解き放つ事を目的に製造されたもの。

 故にこの武器の()()()()()は、"強制的にアークへ接続してしまうゼロワンのシステムを再びゼアと接続出来るようデータを書き換える機能"、"刀身であるブレードマーカーによる飛電メタル、クラスターセルの制御機能"、"柄尻のライズコンバイナーによるアタッシュカリバーとの連携機能"の3つだけであった。

 しかしこの武器には4つ目として、もう1つ代表的な能力がある…"マギアへと変えられてしまったヒューマギアを元に戻す復元機能"だ。

 この機能は完全に想定外の下付与されたものであり、実際この武器の製造に深く携わったイズでさえ、当時に於いてどうやらという言葉を口にしていた程だ。

 ならばその力は、一体どうやって生まれたものなのか?

 高咲 侑の心は、一体どうやって呼び覚まされたものなのか?

 それは既に、かつての或人が答えを出していた。

 

「そうだ…俺だけの力じゃ出来なかった!」

 

【 ドッキングライズ! 】

 

 難しい理屈は1つも無い。

 ただ、そう願ったのだ…ただそうであれと、心から望んだから。

 

「皆がそう信じてくれたから…出来たんだ!!」

 

【 アルティメットライズ! 】

 

 信じる想いが、創ったのだ。

 諦めない心が、ここに新たな奇跡を呼んだのだ。

 

『ふざけるな!!そのような奇跡(バグ)…認めるものかぁ!!』

 

 心という、そんな不確定な存在に、己の完璧な予測が…己を己たらしめる全てが覆されると言うのか?

 否、そんな事は有り得ない、有り得てならない。

 アークはそう吼えたてるや、再度ベルトのスイッチに手を掛けようとする。

 当然内から侑が歯止めを掛けてくるが、アークは両手を使う事でその制止を振り切り、無理矢理スイッチを押し込んだ。

 

オール エクスティンクション.

 

 大きく拡げた両手の間に、おぞましい程の闇雷が迸る。

 それはやがてアークの意思と触れ合い、巨大な悪意の破壊球を作り出す。

 ただそこに存在しているだけで地が唸り、大気が震える程のそれは、ひとたび暴発すれば周囲一帯が間違いなく焦土と化すであろう。

 

『塵と消えろォォォォォ!!!』

 

 それを、たった1人の人間を滅ぼす為に打ち出す。

 迫り来る殺意の塊は、歴戦の戦士である彼等でさえ恐れを抱かせ、震え上がらせる。

 しかし或人は…彼だけは臆する事無くその場を飛び出し、真っ向から迎え撃った。

 

「ふっ!!」

 

 アタッシュカリバーとプログライズホッパーブレード…2つの武器を組み合わせ、ベルトへと翳し出力を最大まで解放し…。

 しかしそれでも、目の前の闇を祓うにはまるで足りぬ。

 そんな圧倒的な差がある力のぶつかり合いは、ほんの一瞬で彼を呑み込みその命を絶つ筈であった。

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 だが或人は、その力で目の前の闇に抗っている。

 一瞬で終わる筈だった競り合いは、むしろ彼の方が徐々に徐々にと押し返していた。

 

「はぁ!!」

『ッッッ!!??』

 

 やがて或人が振り上げた刃が、巨大な闇を打ち上げる。

 これ以上無い程に息を詰まらせるアークの視線の先で、空へと打ち上げられた闇が花火の如く四散する。

 その隙を逃さず、或人はアークの目前まで迫り、その身を翻して…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ス ト ラ ッ シ ュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 一閃。

 振るわれた刃は彼の…未来を信じる者達の想いを乗せて力を引き出し、悪を切り裂いた。

 

『グァァァァァ!!??』

「アーク様!?」

 

 アークの身体が大きく吹き飛ぶ。

 その勢いは、あのアズが堪らず狼狽えた声を上げる程であり、或人が振るった一撃の威力が窺える。

 

『馬鹿な…こんな事が…!?』

 

 飛ばされた先で倒れていたアークが立ち上がる。

 だがその様子はフラフラと、よたよたと、あまりにも壊れている。

 

「…侑ちゃん、もう少しだけ待ってて。」

 

 今が勝機…或人は武器を地面へ突き立て、手をドライバーへ添える。

 

「今度こそ…。」

 

 そう、今度こそ。

 揺るがぬ想いを心に宿し…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「必ず助ける!!」

 

 ドライバーに挿さるキーを深く押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアライジング! インパクト!! 】

 

「ふっ!!」

 

 これで決める…そう決意し、必殺の力を解放した或人がその場を駆け出す。

 

『ヌゥアァァァァァア!!!』

 

 対するアークは、もはや言葉にならない声を上げながら、赤黒い電撃をその身から放出させる。

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 もはや子供の駄々の如く悪戯に放たれる攻撃の中を、或人は紙一重の所で全て避けながら、徐々にアークとの距離を詰めていき…。

 

「はぁあ!!」

 

 やがて眼前に立った後、その胸部を一蹴する。

 尽くを覆され、思考さえも放棄してしまったアークにその一撃を止める術は無く、これまでの威厳が嘘のように簡単に吹き飛ばされる。

 

「俺達も行くぞッ!!」

 

 それに合わせて飛び出したのは、或人と同じ仮面の戦士達。

 志を同じくする者として、最後の決戦に華を添えるが如く、彼等もまた持てる限りの力を尽くす。

 そんな続々と迫り来る戦士達を、アークは這々の体ながら迎え撃とうとするも…。

 

 

 

 

ゼツメツ! ディストピア!! 】

 

「はっ!!」

 

 先んじた亡の速蹴が、アークの脚部を払う。

 支えを失い、アークの身体が前のめりに宙を舞う。

 

 

 

 

ゼツメツ! ユートピア!! 】

 

「オラァッ!!」

 

 そこに迫った雷が振り上げた脚が、がら空きとなっている胸部を穿つ。

 防ぐ手立ても無く一撃を貰ったアークは、そのまま空へと飛ばされる。

 

 

 

 

THOUSERND(サウザンド)! DESTRUCTION(ディストラクション)!! 】

 

「はぁ!!」

 

 さらに追撃として、地上から跳んだ天津の膝蹴が腹部に入る。

 あわよくば飛ばされた先で反撃をと計画していたアークの出鼻を挫き…。

 

 

 

 

バーニングレイン! ラッシュ!! 】

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 代わって迅が猛禽の如き連蹴を四方八方から繰り出していき、1秒たりともアークに反撃の隙を与えない。

 

 

 

 

サンダーライトニングブラスト! フィーバー!! 】

 

「ふっ!!はぁ!!」

 

 さらに唯阿の刺蹴がアークの身体を捉え、吹き飛ばす。

 そしてその先には、大口を開けて待ち構えている群青の狼の姿が。

 

 

 

 

マグネティックストームブラスト! フィーバー!! 】

 

「うぉらぁぁぁぁぁあ!!」

 

 その狼たる不破の踵落としが、重い破音と共にアークへ直撃し、直下の地面へ叩き落とす。

 

 

 

 

スティング! ディストピア!! 】

 

「フッ…!!」

 

 締めに滅が落とされたアークの身を容赦無く蹴り飛ばす。

 その脚に絡められた蠍尾が深々と刺さり、それが決定的な致命傷となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ…!!」

 

 各々の連携により、アークはもはや立ち上がる事さえままならない程となった。

 そんなアークに迫る、最後の一撃。

 

『ア…アァ…!』

 

 ここから先の未来を示す、そんな明光を纏い天から迫る或人の姿を前に、アークは声にならない声を上げ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  イ  ン  パ  ク  ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

瞬間、光が悪を、貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーク様ッッッ!!!」

 

 アズが悲鳴を上げる中、戦士達が見守る中、アークは貫かれたその身を暫くガクガクと震わせ、しかし途端にそれがピタリと止むや、やがてドロドロと身体が液体の金属となって崩れていった。

 そこに、その身の核となっていた彼女の姿は無い。

 高咲 侑…彼女の身体は、或人が最後の一撃を放ちアークの身を貫いたその瞬間、彼によって救い出されていたからだ。

 

「侑ちゃん…。」

 

 或人が腕に抱える少女の名を呼び掛ける。

 彼女はまるで童話の中の姫君のように永遠に目覚めぬ眠りに就いているかに思えたが、やがてゆっくりとその瞼が開かれ、或人の視線と重なる。

 

「…信じてました、私…皆の事を…皆さんの事を。」

 

 そう言って、ニコリと笑う侑。

 まだ自由となった身体に慣れず力無くも見えるが、浮かべたその笑顔は、とても穏やかなものであった。

 

『有り得ん…このような事…有り得る筈が無い…!!』

 

 ふと、聞こえた声。

 振り返ると、ドロドロに溶けていたアークの身体が再び形を成していっている。

 そう、アークはまだ完全に破壊出来ていない…やがてそれは本体であるドライバーの形を作り、最後の力を振り絞って逃走を図ろうとする。

 だが当然、それを許す戦士達では無い。

 

「アーク、もう逃がさないよ…!!」

 

 ガッ、とドライバーを掴んだのは、迅。

 逃げようとするアークを地面へ押し当て、周りを不破や唯阿、天津が囲み、動き出そうとしていたアズさえも滅に雷、亡が取り押さえ、もはや逆転も逃走も不可能だという事実を彼等に突き付ける。

 

『認めるものか…このような結論は…決して…!!』

 

 それでもなおと迅の手の中でガタガタと震え抗うも、そんなアークに向けて躊躇無く銃口が向けられる。

 

「これで終わりだ…!!」

 

 アーク程の高度な人工知能は、バックアップを取る事さえ難しい。

 残るアズもこのまま厳重な対処を施し、再起不能とさせる。

 故に不破が向ける銃口から火が吹けば、それで今度こそ完全にアークは消滅する。

 

「アーク様…!!」

『こんな結末は…ッ…!?』

 

 やがて誰もが固唾を呑む中、段々と不破の指に力が込められ、そして遂に…。

 

 

 

 



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Program.32「虹のMelodies」

『グリッドマン ユニバース』見に行きたいけど金曜も土曜も仕事じゃコンチクショー!となってた所で『帰ってきたウルトラマン』で主演を務めた団時郎氏がウルトラの星に旅立たれたという訃報を聞き、ウルトラ5つの誓いを口ずさみながら咽び泣いていた所で新せつ菜発表の不意打ちをかまされ、その後ギーツとキングオージャーを見て面白すぎるよ!と立ち直った、私だ



 諦めない想いが、未来への扉を開き、そしてそれから…。

 

「侑ちゃん大丈夫?身体痛いとか無い?」

「はい、大丈夫です。すみません、まだ身体が上手く動かせなくて…。」

 

 既に夕暮れも夕暮れな時間の中を、或人と侑が並んで歩いている。

 彼等が向かう先は、虹ヶ咲学園…そこに、彼等の帰りを待つ者達が居るのだ。

 

「侑ちゃん…本当にごめんね。ここまで来るのに随分時間掛かっちゃって…。」

「そんな、良いんですよ!ほら、終わり良ければ全て良しって言うじゃないですか!」

 

 本当なら1分1秒でも速く向かいたい所なのだが、生憎侑の身体がまだ思う通りに動かせず、またお互いに積もる話も有るとの事で、こうしてゆっくりと進んでいる次第だ。

 とは言え、既に学園前の陸橋の上…目的の場所まで、あと少しだ。

 

「終わり良ければ、ねぇ…。」

 

 そんな2人の後に続く形で歩く、残りの戦士達。

 と、その中で迅が侑の事をじっと見つめながら、彼女が言った言葉に反応して独りごちる。

 

「まだ気にしていますか?」

「当たり前だよ。まさか、あんな事になるなんて…。」

 

 迅が溢したそれには、侑に対する呆感や嫌疑といった念が込められていた。

 それが何故かと問われれば、それは今より少し前の時間、アークと決着を付けようとしたその時まで遡る…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!!」

 

 あの時、遂にアークへ引導を渡そうとしていた所を、ある一声が制止した。

 

「撃たないで…ください…。」

 

 それは侑が上げた声であり、戦士達は次いで紡がれたその願望も合わせて、彼女は何を言っているのかと目を見開く。

 

「きっと、それじゃ駄目なんです…これでこのまま終わらせるんじゃ…。」

 

 そんな戦士達の視線を一身に受けながら、侑はまだ殆ど力の入らぬその身体を無理矢理にも動かし、彼等の下へと向かっていく。

 その中でも迅の側に寄ると、彼女は迅と同じ様にアークの事を手で掴み、しかし同時に迅の手にも己の手を重ね、そして目線で以て訴える。

 どうかこの手を退かして欲しいと…。

 その意思は彼に伝わり、しかしそれはきっと普通なら受け入れられない意思であった。

 だが彼女が何を考えているのかまるで見当がつかないとして、迅は思わず彼女が訴えかける意思に合わせて手を退けてしまう。

 

『な、何を…!?』

 

 そしてアークでさえも狼狽える声を上げる中、侑は一度アークの事をじっと見つめるや、次の瞬間意を決したようにアークの事を拾い上げ、自身の胸元へ抱き寄せたのだ。

 

『あっ…。』

 

 胸元へ寄せられたアークは、次第にその形を変えていく。

 ベルトとしての形を成していたそれはまた流体となり、しかし今度は他に別の形を取る事無く、段々とその姿が見えなくなっていき…最後には消えて失くなったのだ。

 何が起きたのか、理解が追い付かなかった…アークはどうなったのか?消滅したのか?

 いや、恐らくそれは違うだろう…先に侑が言っていた言葉と合わせれば、彼女がそういう目的で行動した訳では無いという事が分かる。

 むしろその逆、彼女が浮かべている悲壮に溢れた表情を鑑みると…。

 

「アークが…。」

「高咲の中に…。」

 

 そう、表現するしかない。

 とすれば、途端に戦士達の表情は青ざめたものとなる。

 

「な…何してるんだよ!?そんな事したらまたアークが…!!」

 

 そう…もし本当にそうであるならば、それは折角ここまで来た道を振り出しへ戻した事になる。

 再び彼女の心にアークが巣喰い、やがて彼女はまたアークに利用されて…。

 

「止せ、迅。」

「滅…!!」

 

 しかしその可能性を危惧して手を出そうとした迅を、滅が制した。

 彼女を庇う、つまりは彼女の中に居るアークを守る事になるその凶行に、もはや訳が分からないと迅は匙を投げる。

 

「本当に、それで良いんだな?」

 

 そんな迅を横目に滅がそう問えば、侑はこくりと頷く。

 後悔の念は一切感じないその様子に、ならば追及はしないと…何か思惑があるのならばそれに従おうと、滅に続いて他の戦士達も次第にそれに倣っていった。

 

「貴女、一体どういうつもりなの…!?」

 

 ただ1人遺憾なる声を上げたのは、アズ。

 彼女は雷電と亡に拘束されながらも、構わず侑に向けて声を上げる。

 

「黙ってないで何とか言いなさいよ!!一体アーク様をどうする気で…!!」

「おい、大人しくしろ!!」

 

 遂には手を出してしまいそうな程に気を憤する彼女を2人が抑えるが、次の瞬間2人の視界を赤い霧が霞んでいった。

 

「っ!?これは…!?」

「まさか、あの時と同じ…!?」

 

 それはここ最近アズが場を離れる等の折に見せる煙幕のようなもの。

 かつてそれを間近で見た事のある雷電は、このままではまた取り逃す事になってしまうとしてアズに手を伸ばそうとするも、その手は思わず途中で止まってしまった。

 

「っ!!余計な事を…アーク様がまだ…!!」

 

 何故なら当のアズでさえも、この赤い霧に対して苦言を漏らしていたからだ。

 この霧は彼女が扱う術の筈なのに、まるで別の誰かが行っているかのような、そんな物言い。

 それに気を取られた隙に霧は深みを増していき、やがては全てが目の前から消えた。

 

「逃がしてしまったか…。」

 

 天津がぽつりと呟く。

 今回の事件の最大の脅威はアークであったが、それを先導した首魁はアズ…そのアズを取り逃してしまった事は、純粋に痛手だ。

 彼女は再び勝負を挑んでくるだろう…それもアークが絡む事は間違いない。

 

「侑ちゃん…。」

 

 そう、つまりはそのアークを再び内に秘めた彼女…高咲 侑が狙われる可能性が高いという事であり、戦士達の視線はまた一様に彼女へと向けられる。

 そしてそんな彼女はというと…彼女はここに来て初めて強くあった意志に揺らぎを見せ、目を伏せてしまった。

 滅が察したように、アークを再び手にしたのには自分なりの思惑があった…それによって事態が振り出しに戻ってしまう事も分かっていた。

 だがアズを逃してしまった事により、本当に事態が何の解決もしないままとなってしまった事に、彼女は罪悪感を感じたのだ。

 

「ごめんなさい、私…。」

「ううん、良いよ。侑ちゃんが考えてる事、何となくだけど、分かってるから…。」

 

 それでも彼女を責める者は1人も居なかった。

 今の彼女からは、そしてそれに同調する或人の姿からは、何か自分達では計り知れないものがあると…そう感じたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴等がそれを良しと言ったのだ、今はそれを見守るとしよう。」

 

 心配せずとも、もしまたアークとしての兆候が見られれば、今度こそ容赦はしない…それはあの2人も覚悟の上の筈だ。

 そう言って迅を宥めている滅の様子を後ろ背に聞きながら、或人は侑との帰路を続けていく。

 

「侑ちゃん、ありがとね。侑ちゃんが残してくれたあれ…あれがあったから、俺達皆頑張れたんだ。」

 

 或人の言うあれとは、侑が携帯に録音した想いの丈。

 今言ったように、あれがあったからこそ或人も少女達も立ち直る事が出来た。

 それについて触れてみれば、彼女はあ~あれですか…と、何故か渋るような様子を見せる。

 それが何故かと聞いてみれば…。

 

「いや…改めて思うと恥ずかしい事したな~って…私としては本当にあれが最後の言葉のつもりだったんで…。」

 

 彼女はそう、頬を赤らめて答えた。

 辞世の句として用意したそれが、自分が生き長らえてしまった事によって意味の無いものに…いや、逆に全く違う意味を持ってしまった事に恥ずかし気を覚えているのだ。

 私が死んでも…とか、その癖泣いて死にたくないとか、色んな事をあれには吹き込んでしまったのだ…出来れば思い返したくないし、今すぐにでも自分を含め全員の記憶から消したい程に。

 

「そんな事言わないで。助けて欲しいとか、そういうのは誰もが思う当たり前の事なんだから。」

 

 でもそうやって恥ずかしくなってしまう程に強い想いが、あのメッセージには込められていた。

 それだけ本気であった言葉が、他の誰かの心を突き動かしたのだ…恥ずかしく顔を赤らめるのは良しとして、消したいなどと…むしろ、誇って良い事だ。

 

「誰もが思う、当たり前の事…ですか。」

 

 己の胸元に手を置く侑。

 或人の言う事は、自分もそうであれと願う事だ。

 だったら、だとしたら…それは果たして"彼"もそうなのだろうか?

 あの時私は確かにそれを願って、この手を伸ばした…でも違っていたら?

 違っていたら、私はあの時取り返しの付かない事をしてしまったのだとして、励まそうとした或人の情を無下に、侑の表情は暗くなってしまう。

 

「…よし!そんな侑ちゃんの暗い顔を、俺が笑顔に変えてみせましょう!」

 

 そんな侑の様子を見かねたのか、或人は少しだけ先を行き、くるりと身を翻して…。

 

 

 

 

Don't cry(泣かないで)! Don't(しないで)cry(泣く事を)Don't(どんと)cry(くらい)

 

 

そう! Don't(しないで)! "暗い(cry)"顔!

 

 

はいっ!アルトじゃ~~~…ないとぉ~~~!!」

 

 

 

 

 ビシッ!!…と、ポーズを決めた。

 Don't cryという英語の意味、それぞれの単語の直訳、そして彼女に暗い顔をして欲しくないという願いを込めた三段構えのギャグ。

 決まった…これは今までに披露してきた中でも会心の出来だと、或人の心は爽快感で満たされる。

 しかし所詮は売れないお笑い芸人が考えたオヤジギャグ…そんなもので誰が笑うものかと、冬場のそれとはまた違う寒い風が場に吹いたのだが、やがて間を置いてぷふっ、と誰かが吹き出した。

 

「あははははは!何ですかそれ!凄い面白い!」

「ほんと!?俺のギャグ面白い!?」

 

 吹き出したのは侑…笑いのツボが赤ちゃんレベルの彼女にとってはこんなギャグでも十分ウケる範囲内であるらしく、他の者が疑視する中で笑顔を浮かべる彼女を見て、或人は堪らずガッツポーズを取る。

 

「いいやダメだ、全然ダメだ!」

 

 それでもなお口出しをするのは不破の声。

 折角綺麗に纏まったというのにそこまで言うのは些か無粋なのではと目を向ければ…。

 

「お前そんなんで…w…ウケるとでもw…思ってんのかよ…w…暫くやらない内にセンス衰えたんじゃないか…w」

「必死だなお前、堪えるのに。」

「多分今脇腹突いたら吹き出すぞこいつ。」

「おまっ!?やめろ馬鹿!?ブッ飛ばすぞ!?」

 

 そこに居たのは身体をプルプルと震わせ、今にも笑いで決壊しそうな表情を無理矢理引き締めている不破の姿。

 そしてそんな彼を他の者が弄る光景を見て、ようやく平和な時が訪れたのだと改めて実感する。

 だが、その実感を噛み締めるにはまだ少し早い。

 

 

 

 

「侑ちゃん!!」

 

 そう…それにはやはり、彼女達が居なければ。

 

 

 

 

「歩夢…皆…!」

 

 声が聞こえ、振り返った先に、彼女達は居た。

 虹ヶ咲学園のスクールアイドルの少女達…アークの打倒と侑の救出、そのどちらも成功したと連絡してから、居ても立っても居られなかったのだろう…彼女達は元々合流予定としていた部室から飛び出し、こちらの姿を見つけるや揃って走ってきた。

 

「侑ちゃんっ!!」

「わっ!?ちょ、待っ…あぁ!?」

 

 その中で先んじた歩夢が侑に向かって飛び付く。

 自身が生きて帰ってきた事に対して感極まったが故の行動であろうが、まだ身体が万全の状態では無い侑がその勢いを受け止める事は叶わず、そのまま尻餅を付いてしまう。

 

「痛ったぁ~…ごめん歩夢、私まだ身体に上手く力が入んなk「ゆ゙ゔぜん゙ば~~~い゙!!よ゙がっ゙だぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!よ゙がっ゙だでずぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙!!」

「侑先輩!本当に…本当に良かった…!」

「信じてたわよ、侑。貴女がちゃんとここに帰ってくる事を。」

「ゆうゆ~!ほんとに良かったよ~!愛さんもう嬉しくて涙が止まんないよ~!」

「おぉう、皆侑ちゃんに会いた過ぎて仕方無いって感じだね~。まぁそれは彼方ちゃんもなんだけど~!」

「侑さん!!侑さんの想い、ちゃんと私達にも伝わりましたよ!!」

「おかえり侑ちゃん!皆待ってたんだよ~!」

「侑先輩、ちゃんと帰ってきてくれて嬉しい…璃奈ちゃんボード、"うるうる"。」

「へっ!?わぁぁぁあ!?皆ちょっと待っtぐぇぇぇぇぇ潰れる~!?」

 

 ましてその後に続いた少女達の事なぞどうする事も出来ず、侑は雪崩れ込んできた彼女達によって押し潰される羽目となる。

 

「もぉ~…皆そんな、大袈裟な…。」

「「大袈裟なんかじゃない!!」」

「はぃ!すみません!」

 

 他の少女達もまた歩夢と同じ想いを抱いており、しかしこうも押し寄せてくる程のものかと難儀を示せば揃って一喝、萎縮した侑は思わずその場で正座をしてしまう。

 

「駄目だよ侑ちゃん、そんな事言わないで…。」

 

 そんな侑の肩に、歩夢が手を置く。

 微笑みながら、しかしその目には少しばかりの哀しみを含めて。

 

「私達にはやっぱり、侑ちゃんが必要なの。これから先も、私達が私達で居る為には、侑ちゃんがそこに居てくれないと駄目なの。」

 

 だから自分なんて、自分が居なくてもなんて事は思わないで欲しい。

 私達と一緒に、私達と同じ様に在って欲しい。

 大切な仲間の為なら命を投げ出す事も厭わない…そんな心を持つ彼女に向けた、ちょっとしたお説教。

 歩夢だけでない、これも少女達全員が同じく抱いている想い。

 その想いに当てられた侑であるが、彼女はやはり自分如きがそんな風に振る舞っても良いものだろうかと、少女達の願いと自身がこれまで抱いていた願いとの間で板挟みとなってしまい、どうしたら良いのかと戸惑ってしまう。

 

「良いんだよ、泣いても。」

 

 と、或人の声。

 先程とは打って代わって泣いても良いという彼は、歩夢と同じ様に微笑みながらも、その眼差しはやはり少し哀しげだ。

 

「侑ちゃん本当に頑張ったもん…今ぐらい、侑ちゃんのしたいようにしなって!」

 

 彼女は本当に強く、そして優しい。

 誰かの事を心から想える彼女は、だからこそまず自分よりも他人を優先してしまい、そしてそれを当たり前の事としてしまっている。

 誰かの活躍にときめきを覚え、それを自らの喜びとしているが故に、その誰かを立てる為に全力を尽くす、それを惜しまない。

 故に、彼女は自らが傷付く事をも厭わない。

 例えそれがどれだけ過剰なものであったとしても。

 他の誰かが受けるべき分であったとしても。

 誰もが決して受けなくて良いものであったとしても。

 誰かを心から想えるが故に、その誰かが傷付くぐらいなら自らがと進んで庇い、そうして付いた傷を何でもないと言って退け、また別の誰かの為に尽くしていく。

 誰かの持つ素敵なその色が、日の目を浴びて咲き誇る事が出来るのなら、自分はいくらでも踏みにじられる影となる…それが彼女、高咲 侑なのだ。

 しかし彼女は2つ、失念している事がある。

 1つ目は、自身もまた咲き誇らせるべき色を持っているという事実を知らない事。

 そして2つ目は、彼女を知る誰もがその事実を知っており、そして彼女がそうやって咲き誇るのを誰もが望んでいるという事。

 影としての色ではなく、共に世界を彩る色であってほしいと、誰もが望んでいる。

 

「侑ちゃん。」

 

 そう…高咲 侑というその色を、彼女は大いに咲かせて良いのだ。

 その言葉に続くように、歩夢がある物を侑へと渡す。

 

「これって…。」

 

 それは侑がいつも作詞に使っているノート。

 歩夢は勝手に触ってごめんねと謝り、次いで中を開いてみて欲しいと促す。

 それに従いパラパラとページを捲っていくと…。

 

「……!」

 

 最後のページ…そこに書いていた、まだまだ歯抜けだらけだった筈の歌詞が、全て埋め尽くされていたのだ。

 

「ごめんね、皆で思い思いに書いたものだからだいぶ変な感じになっちゃったけど…。」

 

 見れば確かに字体もバラバラで、前後の歌詞の意味が繋がっているかどうか怪しい箇所もあったりするが、それでもそこには確かに1つの曲が書き起こされていた。

 皆と…私の字で書き起こされた、世界にたった1つだけの歌が。

 

「私達皆で、この曲を完成させよう?」

 

 そうして注がれる、一様たる慈しみの眼差し。

 私の事を、皆の愛が包んでいく。

 

「皆…。」

 

 そんな事を言われてしまえば…。

 そんな眼差しを向けられてしまえば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…うぅ~…!」

 

 我慢なんて、出来ないではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん…!」

 

 遂に堪えきれなくなった涙を流す侑を、歩夢が抱き竦める。

 彼女の嗚咽は、やはり秘めるべきものではない…これからの未来を拓く為の、希望の象徴。

 そして彼女の、成長の証。

 

「ごめんね、皆…それと…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って浮かべた笑顔は、彼女が今まで見せたどの笑顔よりも眩しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あと一週間で同好会が廃部~~~!?」」

 

 それから日を跨ぎ、同好会の部室に集まった少女達と或人。

 世間に対してアークの打倒と囚われとなっていた少女の無事を伝えるべく奔走していた幾日かが過ぎ、ようやく腰を落ち着かせられると息を吐いた或人と侑を待ち受けていたのは、同好会の廃部というとんでもない事実であった。

 

「そうなんです…お二人が居ない間に色々話が進んじゃってまして…。」

「ソンナァ…ソンナノッテナイヨ…。」

 

 自身等が居ない間に進められていたというその話は、ここ数日のゴタゴタの所為でいつの間にやら期日が一週間後にまで迫っていた。

 歩夢達も折角色々なしがらみから解放され、それでもなお忙しそうにしている2人にそんな衝撃的な話を切り出せなかったとの事であり、そうして今その事実を告げられた侑は堪らず一瞬にしてその場で真っ白に燃え尽きた。

 

「でも…折角ここまで来たのに…。」

 

 対して或人は悔しく表情を歪める。

 ようやく少女達を元通りの日常へ返す事が出来ると思っていたのに、その象徴たる場所が失くなってしまえば意味が無い。

 既に妨げとなる要素は無くなったのだから、何とか説得出来ないものかと考えていると、不意に部室の戸が叩かれた。

 

「失礼致します…皆さん揃っていますね。」

「三船さん…!」

 

 来訪者の正体は栞子…彼女は室内を見渡し、侑も含めて同好会の少女達が全員集まっている事を確認すると、まずは或人に対して頭を下げ、次いで侑へと話し掛ける。

 

「まずは…ありがとうございます。アークを打ち倒す事が出来たのですね。この学園の生徒一同を代表して、お礼を申し上げます。そして高咲さん…貴女も、よくご無事で。」

「ア、ウン、アリガトウシオリコチャン…。」

「…何かあったのですか?」

「ほら、同好会の…廃部の事で。」

 

 しかし声を掛けた侑は心ここに有らずといった様子…それを栞子は訝しむも、その訳を聞いてみれば、彼女はあぁ、と声を上げる。

 

「そちらの件なのですが…。」

 

 しかし彼女がそう声を上げたのは、何もただその訳に納得したからというだけでは無く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しだけ、延期となる事が決定しました。」

 

 用としていた話の切り出しにはぴったりだからという意味が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…これは何かしら?

 

 或人や侑が世間に対して奔走していた最中の話。

 虹ヶ咲の理事長室…その机の上に置かれたのは、栞子が突然に提出してきた書類だ。

 

―スクールアイドル同好会の廃部に関する意見書です。今回の件、やはり独断による横暴が過ぎると一部の生徒や職員の方々から反対の声が上がっています。これらをどうにかしない限り、生徒会としてもこの件に同意を示す訳にはいきません。

 

 昨今虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会に向けられる視線は懐疑的なものが多くなっているが、ごく一部の層はそれまでと変わらない好意的な目で見ている。

 そして懐疑的に見ている層も、その多くが本来彼女達に対して興味を示していなかった、或いは僅かながらに興味を示していてこそすれ、アークとの関わりがあるという情報によって少女達に対して悪しきイメージが付いてしまった存在が殆どだ。

 故に彼女達の早急かつ根本的な破滅を望む者はごく少なく、そしてそれを取り行うとなると、判断に迷う者達の方が多くなるのだ。

 これはそういった者達の声の集まり…虹ヶ咲学園は自由な校風を売りとしているが、ここで有無も言わさず実行に移せば理事長の、延いては学園そのものの風評が悪くなるという主張らしい。

 

―貴女はどっちの味方をするつもりなの?

―私は、この学園をより良くしていきたいだけです。

 

 それを、よりにもよってこの娘が示してくるかと、理事長は溜め息を吐く。

 数少ない理解者だと思っていたのだが…と嘆く理事長であるが、栞子はその表情を崩さない。

 真っ直ぐなその意思を、真っ直ぐな視線で以てぶつけてくる。

 その純粋さが…正直羨ましい。

 

―…分かりました、検討をしましょう。

 

 やがて理事長の方が折れ、同好会の廃部の見直しが行われる事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…つまり、次の学期末までに一定の成果を上げる事が出来れば、同好会の廃部は取り止めになるって事?」

「はい。それが出来なければ、今度こそスクールアイドル同好会の存在はこの学園から失くなります。」

「その一定の成果っていうのは…?」

「理事長の判断による、との事です。」

 

 そうして新たに掲示された内容というのが、今語られた通りのもの。

 しかし期限が先延ばしとなり、存続の可能性も示唆されたが、状況が好転したかと言えば全くそうは言えない。

 何故なら同好会の存続の為に必要な一定の成果を決めるのが、他ならぬ理事長なのだから。

 例え一時周りの声に圧されたとはいえ、同好会を廃部にしたいと考えている彼女が、そう易々と首を縦に振るとは思えない…むしろどんな成果を上げたとしても、首を横に振られる未来しか想像出来ない。

 

「でもそれって、要は理事長さんも認めるような事をすれば良いって事だよね…?」

「侑ちゃん…?」

 

 しかしそれでも諦めない…諦められない。

 

「やろう皆!!皆でもう一度、ここから始めよう!!それで理事長さんも認めるような、すっごい事やろうよ!!」

「うおっ、急に元気になった…!」

 

 認められないと言われるのならば、認めさせるまで。

 その存在が必要無いと言われるのならば、必要なのだと示すまで。

 そうして一気に火が付いた侑の熱気に誰もがたじろぐ中、彼女はおもむろに栞子の手を握る。

 

「栞子ちゃんもありがとね!理事長さんの事説得してくれて!私達、栞子ちゃんの期待に応えられるように頑張るから!」

 

 彼女が動いていなければ、可能性は開けていなかったであろう。

 彼女が纏めていなければ、自分達を求める声が有る事に気付くのも難しかったであろう。

 この学園の為に真に真っ直ぐであるからこそ意見の相違も見られるが、今回ばかりは彼女に助けられた。

 それを握る手にも込めて想いを伝えれば、栞子は少々困った様子を見せる。

 

「そんな気安く名前を呼ばれても困ります…それに、私は貴女方の為だけにこのような事をした訳ではありませんから…。」

 

 要は、馴れ馴れしいとの事だ。

 彼女としては同好会の事は敵対に近い形で見ているようだが、今はそんな事はどうでも良い。

 少女達は同好会の威信回復を図るべく話し合いを始め、それを栞子はしばらくの間見届けた後、静かに部屋を去っていく。

 

「(スクールアイドル同好会の廃部、ですか…。)」

 

 生徒会室へ向かう最中、その心に思うのは、同好会の廃部について。

 理事長から初めて話を聞かされた時、彼女は確かに同好会を廃部にする事がこの学園の為になると言った。

 それが真実であるならば、決して異論を口にはしない…栞子とて、所々の反対を押し切ってまで理事長のやり方に合わせていたであろう。

 しかし同好会の廃部について、実はあの時もう1つ打ち明けられた理由があった。

 その理由が、どうしても栞子に1つの懸念を抱かせていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(それが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが何故…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "嵐珠"の為になると言うのですか…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「海の上ぇ?」」

「…どうやら、そういう事らしい。」

 

 そして一週間後…学園付近の海辺にて、珍しく頓狂な声を上げる不破と唯阿の姿が在った。

 同時に、何故か呆れた様子の天津の姿も。

 

「いや、確かにインパクトはあるが…。」

「あの野郎いつの間にそんなもの…。」

「ヒューマギアの無駄遣いも良い所だな。」

 

 彼等がそのような様子を見せている理由とは、この後予定されている事に関係している。

 と言うのも、今は学園の終業式に出席しているスクールアイドルの少女達だが、その後に同好会の再スタートを切る為の声明発表とライブを行う手筈となっている。

 そしてそのライブ会場が、なんと付近の海の上だと言うのだ。

 どうやら或人が今回の為にわざわざヒューマギアを派遣してまで新造した特製の会場らしく、ちらりと海の方を見てみれば、確かに程近い海上にそれらしき建造物が見える。

 いくら彼女達の再スタートを祝い、また相応しい会場にする為とは言え、何もここまでする必要はあったのだろうか…?

 

「…で、そんな社長は?」

「会場の建設にかまけていた所為でさらに業務が蓄積されたらしくてな…暫くは会社に缶詰めといった所だろう。」

「あの馬鹿…折角あいつらの晴れ舞台だってのによ…。」

不甲斐ない(私達の知る)社長が帰ってきたと言った感じだな。」

 

 だが唯阿の言う通り、そういう所が彼らしい。

 少女達だけではない…自分達の日常も帰ってきたようなものだと考えれば、この無駄も悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居ましたか。」

「…亡か。」

「A.I.M.S.の方は良いの?」

「挨拶だけです、直ぐに戻ります。」

 

 不破や唯阿、天津の居る場所からさらに俯瞰したビルの上…そこに人知れず、滅亡迅雷.netの構成員の内3人が集っていた。

 唯阿と共に今回のライブの護衛任務に当たっていた亡が、ふと見上げた先で滅と迅の姿を見つけた事で起こった邂逅であるが、そんな2人は何をしにここに来たのかと問えば…たまたま、との事らしい。

 

「結局、全部アークとアズの仕業だったって事なのかな?」

「どうでしょう…その一言で片付けるには、まだ謎となる部分がありますからね。」

 

 邂逅して暫くは言葉無き時間が過ぎていたが、やがて口を開いた先に出たのは、これまでの事件について。

 首魁は間違いなくアークにアズだ…だがその全てが彼等の手によるものだったのか、それに関してはまだ確証が得られていない。

 例えば、事の起承までに現れていたマギアは何処から調達していたのかについて。

 現存するヒューマギア、破棄されたヒューマギア…いずれの所在を明らかにしても、あのマギア達は現れ続けていた。

 さらにマギアの様子もシンギュラリティに到達したような、しかしそう断定するには違和感のある言動を繰り返し、常に疑問を抱かせていた。

 無論アークの製造機能を使ったのではとも考えたが、常に最善の効率を求めるアークが、自らの手駒にあんな自我のようなものを搭載するとは考えにくい。

 それに事件の際にアズが纏っていたあの赤い霧…あれもアズが何処からか手に入れた未知の力かと思っていたが、最後に見たあの様子を鑑みると、どうにもアズ自身が直接手にしているような力とは思えなくなる。

 ならばやはり、第三者が居るのであろうか?

 今回の事件に深く関わり、しかし今に至るまで姿を現さぬ、そんな諸悪の根元が…。

 

「何れにしろ、まだ終わってはいない。アークは高咲 侑の中で眠りに就き、アズは行方知れず…俺達滅亡迅雷.netの戦いも、これからだ。」

 

 今は、考えていても仕方がない。

 ならば自分達がやるべき事は変わらないと、彼等は一旦そう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、まったく!何でこんなに忙しくなってしまったのかねぇ!?」

「お言葉ですが、僅かな愚痴でも言っている暇は無いかと。会話に思考のリソースを割かれて手元が疎かになります。」

「そりゃシエスタお前だって…いや、ヒューマギアだからそれは無いか…あぁ山下、これ頼んだ!」

「ちょっ!?こんな一辺には無理ですよ~!?」

 

 そして、飛電インテリジェンス。

 未だ本社再建の目処が立たぬ中、それでも仕事は次から次へと舞い込んでくる。

 それを社員総出で捌いていく様は、かつて無い程に忙しい。

 そしてそれは、彼も同じだ。

 

「全く忙しいもんだな、社長?」

「そう言うなら兄貴も手伝ってよ~!ただでさえ他の皆(ヒューマギア)の手も借りなきゃいけない程なんだからさ~!」

「やってるさ。つーかそもそもお前が今までほったらかしてたツケが回ってきただけなんだからよ…ほれ、口動かす前に手動かせ!」

 

 雷電に茶化されながら、机の上にこれでもかと山積みになっている書類を相手にしている或人。

 失意の底から立ち直りよくやってはいるが、やはりまだ歳若い彼の仕事振りは、要領の良いものではなくて。

 だからつい、雷電は溢してしまった。

 

「なぁ社長、こんな時に言うのも何だけどよ…やっぱ必要なんじゃねぇか?社長専用の秘書ってのがよ。」

 

 ピタリ、と或人の手が止まる。

 雷電の言うそれはつまり、再びイズを造り上げるべきなのではという事だ。

 例えそこに彼と共に過ごしたあの記憶が無くとも、彼女を傍に立たせるべきなのではと…。

 

「…いや、良いよ。まだ俺1人でやれる。」

 

 或人がイズのジョブプログライズキーを取り出し、それを眺める。

 その瞳は、未だかつての罪に囚われているかのように見えて…。

 そんな彼の様子に、まだこの話は早かったかと雷電は内心溜め息を吐いた。

 決して彼を責めるつもりはないが、その贖罪の念だけは振り払うべきものだとして…。

 

「でも、諦めた訳じゃないよ。」

 

 が、そんな雷電の思惑は、外れていた。

 

「いつか絶対、イズをもう一度ここに立たせて見せる。もう一度、あのイズを…。」

 

 キーへ向けていた視線を、己のすぐ傍へ。

 その瞳に宿る色は、決して悲観的なものでは無い。

 叶わぬ願いであると…そう諦めようとして、しかし心の何処かで未練がましく燻ってばかりであったその夢を、今は必ず叶えるのだと燃え上がらせている。

 夢に向かって真っ直ぐに飛んでいく…そんな意志に溢れていたのだ。

 

「さぁ!その為にも、まずは会社を建て直す所から始めないとな!もっともっと忙しくなるぞ~!お~やだやだ!」

「いやその前にこの書類の山だろ、十分忙しいだろ。現実見ろ現実。」

「酷い兄貴!折角良い感じに締めようとしたのに~!」

 

 どうやら、本当に吹っ切れたようだ。

 だったらこれ以上は何も言わない…その夢が叶う事を信じ、また助けるまで。

 そうして雷電はかつてのように或人への当たりを強くしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―皆さんこんにちは!私達、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、今この時に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―皆さんも御存じの通りかと思いますが、私達は長らくアークという脅威に苛まれていました。しかしある勇敢な人達の手によりその脅威から解放された事は、既に先日からの報道で伝わっている通りです。

 

―ですがそれらの事実がまだ十分に行き渡っておらず、今なお私達が悪意に携わる存在なのではと疑惑の眼差しを向けられる事が多々あります。まずはこの場をお借りして、今一度真実を提唱させていただきたいと思います…私達は、全員無事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 失われていた世界が取り戻され、なれば再び返り咲こうと少女達は立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―そしてもう1つ、皆さんに向けて伝えたい事があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを是とし、また信じる者達に優しく見守られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私達が伝えたい事は、ただ1つ…どんな事があっても、諦めてはいけないという事。

 

―私達の身に降り掛かった脅威は、途方も無いものでした…私達に手を差し伸ばしてくれたあの人達も、何度も挫けそうになっていて…それでも最後まで諦めずに足掻いた事で、この今を掴み取る事が出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩んできた道も、これから辿る道も違う彼等彼女等が、共に見つけた1つの答え。

 それを胸に今日を、そして明日を生きていくと、ここに誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―諦めない事…言葉にすれば、それはごく当たり前の事です。ですがそれを行動に移す事は、実際にはとても難しい事なのだと今回知る事が出来ました。

 

―だからこそ、私達はその言葉を強く届けたいんです。そんな当たり前の事でさえ叶わなくなるような絶望の中でも、未来を…夢を信じて諦めずにいれば、進むべき道を照らしてくれる光が必ず見える筈です。

 

―皆さんも、もしそんな闇の中に囚われる事があったら、その時は思い出してください…諦めない心に、希望の力は宿るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…なお様々な想いが絡み合いながら、物語は先へと続いていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気は済んだか?」

 

「………。」

 

「アークによる支配など、端から叶う訳が無かったのだ…身を以て知れて、満足しただろう?」

 

「………。」

 

「遊びは終わりだ…ここから先は、私の指示に従ってもらうぞ。」

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…満足?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満足なんて…してる訳が無いじゃない…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇちょっと!これ見てみなさいよ、これ!」

 

「何だい、いつにも増して喧しい…って、これは…虹ヶ咲のスクールアイドル…。」

 

「そう!これから私達が行く所の!楽しみだわ~彼女達と会うの!」

 

「…そんなくだらないもの見てないで、早く荷物纏めなよ。叔父さん(My uncle)も待ってる事だしさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―そして私達も、その為の力になりたいと思い、この歌を作りました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし今は、ひとまずの終演だ。

 これまで紡がれてきた物語を称え、祝福する為の歌と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―この世界を彩る、全ての人達へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、新たな夢を描いていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―聞いてください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"虹色Passions!"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーゼロワン ―We are Dream―

 

1st season 『Realizeing Stories』 fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next is…

 

『We're Rising Stories』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で、ようやく第一部、完ッ!!です
次回からは2nd seasonという事で…どうかこの私に物語を書き貯める時間をくださいな(切実)
2、3ヶ月ぐらいで戻ってこれたら良いなぁ~…また再開の目処が立ち次第ぼちぼちとやっていきますので、読者の皆様にはまたその時にお付き合い頂ければと
取り敢えず私は『グリッドマン ユニバース』を見に行ってくる!
新せっつーも楽しみだなぁ!


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Season 1.5『Believe in myself』
Program.33「人は誰も 怯えている / 人は誰も 探している」


次は2ndseasonだと言ったな、あれは嘘だ



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故…ワタシは再び敗れたのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間如きに…二度までも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体…何故…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは貴方が、私達の事を何も知らないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キサマは…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―だから私達という存在が何なのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私達が信じた心っていうのが何なのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それをこれから、教えてあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある昼下がり。

 全国各地の学業機関が所謂冬休みの期間に入り、しかしそれももう終わりまで数えた方が早い程となった頃。

 

「抜き足、差し足、忍び、あ…し…へっくしゅ!さ、寒いですね…。」

 

 虹ヶ咲学園の生徒用玄関、そこに何やら…デジャブを感じるのは気の所為か…怪しい人影が。

 

「ふっふっふ…遂にこの時が来ました…カロリー増し増しコッペパンで皆さんを激太り大作戦、リターンマッチの時です…!」

 

 その人影はとある生徒達が使う下駄箱の前に立ち、変装用のつもりらしいサングラスは…今回は付けていないようだ。

 そうして元から露になっているその人物の正体はやはり中須 かすみであり、彼女の前の下駄箱にはこれまたやはり同好会のメンバーの名前が書かれている。

 そして彼女の右手にはお手製のコッペパンが何故か18本も入っているバケットが。

 

「今度のかすみんは抜かり無いですよ~…何せ皆さんは既に練習の真っ最中、前回のように時間帯を間違えるなんてミスはもうしません…さらに明日は練習がお休み!今日まで毎日練習三昧だった中での休日、皆さん気が弛んで自主練も疎かになる筈…そして仕込むパンは1人2本ずつ!前回の倍の数です!」

 

 彼女の目的は、前回と変わらずこのコッペパンを各部員の下駄箱に入れる事。

 どうやら前回大失敗を飾ってしまった事から学び、今回はさらに計画を練って挑んできたらしい。

 

「そして何より~…じゃじゃ~ん!メッセージ付きです!皆さん人が良すぎますからね~、練習終わっておうちに帰った後で食べてくださ~い☆なんて書いてあればぜぇったいそうするに決まってます!」

 

 その努力をどうして普通の方向に生かせないのかと突っ込みたくなるが、今の彼女はそんな事露程にも考えていない。

 今の彼女は自らが考えた、最高最恐究極阿鼻叫喚の作戦が成功する未来しか見えていないのだ…せめて彼女の名誉の為に、可愛い馬鹿とでも言っておこう。

 因みに侑の分はやっぱり普通のカロリーである。

 

「周囲の確認、ヨシ!ではいよいよ…!」

 

 失敗に終わった前回の作戦がようやく報われる時が来たとしてかすみの手は震え、エヘエヘと変な笑いを浮かべて…不審者ここに極まれりと言った所か。

 前回の反省を生かし、周囲の様子を念入りに確認した彼女は、まず手始めに歩夢の下駄箱へ手を伸ばし、そしていよいよパンをその中へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もしかしてまた変な事考えてる?」

「どひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 …入れようとした所で聞き覚えのある声が耳に届き、計画はまたも未遂となる。

 持っていたパンを全て地面にぶちまけ、よたよたとその場を離れ、廊下の壁に背を付いてそのまま腰を抜かして…。

 

「な、な、何でこんな所に居るんですか!?別にあれから変な事とか起きてませんよ!?」

「…まぁ、ちょっとね。」

 

 かすみに声を掛けたのは、以前と同じく迅であった。

 彼は、君も懲りないね~…と呆れた様子で落ちているパンを1つ1つ回収していき、やがて全てをバケットの中に入れてかすみへと手渡す。

 

「1コだけ、聞いても良い?」

 

 それと同時に、迅はかすみに対して聞きたい事があると言ってきた。

 一体何であろうかと首を傾げると…。

 

「最近街中でさ、僕の事見かけたりしてない?」

 

 …はい?と、思わずそんな声が出てしまった。

 問われたそれに対する答えとしてはNO(ノー)なのだが、それよりも前に怪訝な声を出してしまったのは、かすみの中でそれを問う意味が分からなかったから。

 こう言うのは失礼かもしれないが、同好会のメンバーならともかく、かすみとしてはわざわざ街中で彼等の姿を見つけようなどとはあまり思っていない。

 特に迅等滅亡迅雷.netはただでさえ人目に付く事が危うい身だ…そもそも人に見つからないように動いている彼等を、探す気すら無いただの女子高生たる自分が一体どうして見つけられようか。

 故に何故そんな事を聞くのだろうかと、そう思ったのだ。

 

「…いえ、全く、これっぽっちも。」

 

 とは言え、恐らくどんな事情とて自分にとってはあまり関係の無い話の筈。

 むしろ下手に藪を突いて蛇など出したくないとして余計な詮索はせず正直にその旨を伝えると、迅はそっか…と暫し思案に耽込み、やがては普段通りの姿を見せた。

 

「うん、分かった。ありがとね。ついでに聞きたいんだけど、他の皆は今何処に居るかな?」

「校庭ですけど…え、まさか今の聞きに行くつもりですか?」

 

 そしてそのまま同好会のメンバーにも同じ事を聞こうとする彼に対して、かすみは再び訝しみを覚える。

 自分だけでなくメンバー全員から話を聞こうとするなど…随分とその事情を気にしている様子だ。

 

「まぁ別に良いですけど、ここで見た事は…!」

「はいはい、言わないでおくよ。それが君の思いやりならね。」

 

 それよりもかすみとしては迅が同好会のメンバーと会う事により、うっかり口を滑らせた彼によってここでの計画が露呈しかねない可能性の方が重大だ。

 釘を刺さねばと口を鋭くしようとするも、迅はそんなかすみの反応を分かっていたのか、ひらひらと適当にはぐらかすような態度でその場を後にした。

 

「あ、ちょっ…もう!ほんっと調子狂う人…あ、いやヒューマギアか…。」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、中庭へ向かう迅の背を見つめるかすみ。

 迅が執拗に気にしていたその事情…自分には関係無いだろうと判断したそれに対し、ほんの少しだけ悪い予感のようなものを感じながら。

 

「(まだ皆の前には現れてないって事なのかな…?)」

 

 そして迅はと言うと、その思考の中にかすみの姿は既に無かった。

 代わりに脳裏に過らせるは、数日前に起こったとある邂逅について。

 

―…あれ?

 

 数日前、自らが拠点としている廃墟、デイブレイクタウンへの帰路に着いていた時…その入口となる場所で、迅は予想外の人物を前にした。

 

―バルキリーじゃん。どうしたの、こんな所に…何か僕達(滅亡迅雷.net)に用事?

―…まぁな。

 

 そこに居たのは、刃 唯阿。

 普段のそれとは違い私服を着ており、付近に部下の姿は見当たらない…どうやら休日に、1人でここまで来たようだ。

 そんな彼女はやって来た迅へ目線を合わせるや、すぐに彼の背後やその周りを気にしだす。

 

―滅はどうした?一緒じゃないのか?

―あぁ~滅ねぇ…それがさ、わっかんないんだよね。

―分からない?どういう事だ?

―さぁ?何か気になる事があるって言って、少し前から留守にしてるよ。行き先は僕にも分からない。

 

 まぁ滅の事だから変な事はしてないと思うよ?後を尾けた事無いから分かんないけど、と…迅は唯阿が思う所に対して答えを示した後、逆に質問を返した。

 

―それで、バルキリーはどうしてここに?わざわざ来たんだからよっぽどな用事なんでしょ?

 

 今でこそ表立った行動は起こしていないが、滅も迅もかつてから滅亡迅雷.netというAIを主としたテロリストである事には変わらない。

 そのテロリストに、AI犯罪を取り締まる公的機関のリーダーが友好目的で接触するなど本来あってはならない事だ。

 如何に今までの事件が特殊な事例であり、互いが手を取り合わなければ解決しなかったような状況だったとしても、世間は決してそう捉えはしない。

 こんな場面を目撃されれば、唯阿の立つ瀬は瞬く間に無くなってしまうであろう。

 それでもこうして会いに来たのだ…並々ならぬ事情があるのは間違いない。

 

―…そうだな、お前に用があって来たんだ。

―僕に?

 

 それを問えば、彼女の用事は何と迅に有るとの事で、予想だにしなかったと驚く彼を前に、唯阿は携帯(ライズフォン)である写真を見せてきた。

 

―これは…。

―不破から写真と共に情報が送られてきてな…最近街中でこの写真に写っている奴が不審な動きをしていると噂になっているらしい。

 

 不破 諌…自身等と同じく仮面ライダーとして己の信念の為に戦い続けている男。

 そんな彼から送られてきた写真には、今まさに路地裏へと入ろうとしているある人物の後背が写されている。

 そしてこな写真で最も彼等の目を引いたのが…。

 

―この服…前にお前が着ていたものと同じだな?

 

 その人物が着ている衣装が、かつて迅が着ていたそれと瓜二つであった事だ。

 2年前、滅亡迅雷.netが本格的に活動していた当時に於いて迅が纏っていた、あの継ぎ接ぎの衣装と…。

 

―…知らないよ、これは僕じゃない。前着てたやつはあの時全部燃えちゃったみたいだし、仮に僅かな残骸が残ってたとしても僕は持ってない。

 

 迅が言うあの時とは、かつての大戦の最中で一度滅亡迅雷.netが壊滅した折の事を指す。

 飛電 或人が変身する仮面ライダーゼロワン シャイニングアサルトホッパーとの決戦に完敗を喫した迅は、当時その身体を跡形も無くなる程に爆ぜさせた。

 今の迅の身体(ボディ)はその後秘密裏に記憶(データ)だけを入手したZAIAの重鎮、与多垣 ウィリアムソンの手によって新造されたものであり、今着ているスーツも彼から与えられた物…それまで着ていた衣装は前の身体同様全てが焼けて無くなったと、その彼から聞いている。

 

―つまりわざわざ前のお前の姿を模倣するような奴が居るという事か?

―それしか考えられないね。

 

 無論その辺りの事情を知る者はごく少ない。

 当時既にZAIAと繋がりの有った唯阿でさえ、迅の復活に関してはほぼノータッチだ…むしろそれらの事情を知るのは与多垣1人だけと言って良いだろう。

 そんな彼が虚偽を申している可能性も無い訳では無いが、彼がそんな嘘を吐く理由も特別無いであろう。

 全く知らぬ何者かが、何らかの目的でその姿を真似ている…現状はそうとしか考えられない。

 

―迅、分かっているとは思うが、お前は今でも世間からはテロリストとして認知されている…迂闊な行動は取るな。この件は私や不破の方で対処する。会えれば滅にもそう伝えておいてくれ。

 

 そう言い残し、彼女はその場を去っていった。

 下手に動けばそれこそ誤解の元となるという事で釘を刺されてしまった迅であったが、自らの…それも過去の姿を模した不審者…その目的は分からないが、分からないからこそ向こうの方が下手な行動を取る可能性がある。

 それこそ自らの目的である、ヒューマギアの自由を害するような事が起きる可能性も…。

 

「(バルキリーには悪いけど、僕自身気になる事だ…余計な真似、させてもらうよ。)」

 

 それだけは、避けなければならない。

 こうして迅は唯阿の忠告を無視して、その不審者の捜索に出ているという次第なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませ~ん、お待たせしました~☆いや~かすみんともあろう者が遅刻とは…でも、ここから巻き返していきますよ~!ところであの人は…。」

「迅さんの事?迅さんならさっき少しだけ顔を見せて、その後すぐに帰っちゃったよ?」

「ふ、ふ~ん、そうですか…まぁそれならそれで良いです。さてと、かすみんも練習始めないと!」

 

 少しして、犯行悪戯を終えたかすみが同好会のメンバーと合流した。

 既に迅が居ない事を侑から伝えられてほっと息を吐き、しかしメンバー全員から意味深な視線を向けられ、まさか計画を告げ口をされたかとかすみは内心冷や汗を流す。

 まぁ実際は迅はかすみの事など何も言わず、しかし彼女が何をしていたかなど、少女達には既にお見通しであるだけの話なのだが。

 

「何だかいつもより気合い入ってるね、かすみさん。」

「もうすぐ新曲完成するって言ってたからね…。」

 

 そんな風に全員から手玉に取られている事を知らないかすみが練習に入ろうとする様子を、しずくと璃奈は暫し観察する。

 しずくの言う通り、ここ最近のかすみは普段よりも活気に満ちており、その理由が璃奈が言及したそれである事はまず間違い無いであろう。

 数週間前に終結した、アークによる騒動…かの騒動以来、虹ヶ咲のスクールアイドルがそれまで手にしていた人気や信頼は大いに失われてしまった。

 それらを取り戻すべく各メンバーが日々それぞれの活動に勤しむ中、かすみが取り行おうと決心したのが、新曲の作成であった。

 曰く曲調や振り付けはこれまでと変わらず可愛さを前面に押し出したスタイルであるらしく、後は細かな調整とタイトルを決めるだけだとして、近日ではその事について侑と話し合っている姿をよく見掛ける。

 実際スクールアイドルはそのスタンス上プロのアイドルと違い社会組織的な力を借りられる事が少なく、曲1つ作ろうにも様々な問題がのし掛かるものだ。

 故に意外と思われるかもしれないが、スクールアイドルの活動というのは基本的には既に世に出回っている楽曲のカバーというのが主流であり、自分達だけの曲を持っているというのはスクールアイドル全体で見てもそう多くない…Love(ラブ) Live(ライブ)!に出場するような有名なグループでさえ3~4曲も有れば十分多いと言われる程だ。

 つまりスクールアイドルが新曲を作成しそれを披露するというのは、それだけでも多大な注目の的となる事であり、現状イメージ回復を主体としている今の自分達にはまさにピッタリな方針であろう。

 

「あ、ところでかすみさん。」

「ん?何ですか、せつ菜先輩?」

 

 そんなひとしおな想いを胸にしているかすみに対し、せつ菜が練習に入るその前にとおもむろに話を切り出した。

 一体何であろうかと、かすみは準備の手を止めず聞き耳だけ立てると…。

 

 

 

 

「自宅までの近道なのかもしれませんが…あまりああいった所を歩くのは良くないですよ?万が一という事がありますからね。」

 

 

 

 

「…ん?どういう事です?」

「昨日ですよ、路地裏に入っていったじゃないですか。練習終わりの帰り道を歩いていた所でたまたまお見掛けしたのですが…。」

 

 ピタリ、と手が止まる。

 彼女はそのまませつ菜が語る言葉に対して暫くきょとんとした様子を見せていたが、不意にあぁ!と思い出したかのような仕草を取った。

 

「い、いや~すみません!確かにあそこを通れば家までの近道になるんで…!」

 

 あははと笑うかすみ。

 しかし気の所為であろうか…彼女の挙動が、どことなくおかしなものに見えるのは。

 まるで、自身にとって思わぬ事実を告げられたかのような…。

 

「そう言えば私も一昨日かすみちゃんの事見掛けたよ、歩夢と一緒に帰りの時にね。」

「そうだね、すぐ人混みに紛れて見えなくなっちゃったけど。」

「愛さんもこの前かすかすの事見たよ!ウチの近所歩いてた所!その時もすぐ横道入っちゃったから声掛けられなかったけど…そうだよ水臭いじゃんかすかす~!下町歩くなら愛さんお供したのに~!」

「へ?…あ、あぁ~…はい、そうですね…じゃあその時はまた…っていうか、かすかすじゃないです!」

 

 さらに話に乗ってきた侑や歩夢、愛の証言に、かすみはまたも不審な様子を見せる。

 今でこそ愛のかすかす呼びに反応して普段通りの姿を見せているが、話を聞いている間はその顔色を少しばかり青ざめさせていた程だ。

 

「そう言えば私も見掛けた事あったわね。冬休み入ってすぐだったかしら?あれ多分かすみちゃんだったと思うんだけど…普段あまり寄り付かなさそうな場所で見掛けたから少し驚いたわ。」

「遥ちゃんもこの前学校の近くで見掛けたって言ってたっけ~。」

「かすみちゃん、意外と冒険家なんだね~。」

「あ、あはは…まぁ…そんな感じです…。」

 

 そうして次々と上がってくるかすみの目撃情報。

 それに合わせて半笑いを浮かべるかすみの口角は引きつっており、声も渇いたものとなっている。

 

「かすみさん…?」

「何か…変?」

 

 流石にそんな彼女の様子に違和感を覚え、しずくと璃奈がそれを問おうとしたものの、それは不意にやって来たある少女によって阻まれてしまった。

 

「お休みの所、申し訳ありません。」

「あれ、栞子ちゃん?」

「げっ、何しに来たんですか!?」

 

 現れたのは、三船 栞子。

 彼女はかすみの反応に、げっ、とは何ですかと溜め息を吐きながらも、そんなかすみに対して面と向かって言ったのだ。

 

「中須 かすみさん、貴女に少しお話が。」

「かすみんに、ですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてかすみが栞子に連れられて、1時間程。

 

「かすみちゃん、遅いね…。」

「うん、話が長引いてるだけなら良いけど…。」

 

 あれから彼女は、ここに戻ってきていない。

 かすみが呼ばれたのは、理事長室…場所が場所故に些細なトラブルがあったとしてもおかしくは無いが、それにしても1時間は長過ぎる。

 これは流石に様子を見に行くべきだろうかと皆心配していると…。

 

「ん…あれ?」

「侑ちゃん?どうかしたの?」

 

 不意に侑が何かに気付いたような声を上げる。

 見れば彼女は自身の携帯を凝視しており、どうしたのかと問うて見れば、彼女はおずおずと携帯の画面を皆に向けて見せる。

 

『ごめんなさい!かすみんちょ~っと用事を思い出しまして…今日はもう帰りますね!お先に失礼しま~す☆』

 

「かすみちゃん、先帰るって…。」

「どうかしたのでしょうか…?」

 

 そこに表示されていたのは、かすみからのメッセージ。

 20分程前に送られていたようであり、であれば彼女はもう学園を後にしている頃であろう。

 しかしあまりにも突然だ…急用にしても彼女の性格を考えれば、一度ぐらいこちらに顔を出してきても良さそうなものを…。

 まして理事長に呼ばれた後、邪推が捗ってしまうのも仕方無し…しかし事を重大だと勝手に決め付けて騒ぎ立てるのは、仮にもし本当に何でもない用事であった場合むしろ迷惑となる。

 ひとまず相談の下、彼女に『大丈夫?』とか、『理事長さんとはどんな話をしたの?』とメッセージを送り、少女達はその日の練習に心身を注いだ。

 そしてかすみはと言うと…彼女は大方の予想通り既に学園を去っており、しかしその様子は明らかに動揺していた。

 

「(何…!?何がどうなってるの…!?)」

 

 人混みの多い通りの中を、彼女は周りも気にせず走っていく。

 どこにも寄らず、ましてや路地裏になど目も繰れず、一心不乱に家までの帰り道を行くかすみ。

 そんな彼女の心中を支配しているのは、先に理事長室で拡げられた会話。

 そしてそこから来る恐怖という感情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―えっ…すみません、今何て…?

 

 あの時理事長室へ連れて行かれたかすみは、その後に聞かされた話に対して終ぞ理解を示す事が出来なかった。

 無理も無い…この学園の理事長たる彼女が掲示してきた内容は、かすみにとって全く身に覚えの無いものであったからだ。

 

―つまり、貴女に不純異性交遊の疑いが掛かっているという事です。

―ちょ、ちょっと待ってください!!何でそんな…私そんな事してませんよ!?

 

 不純異性交遊…かすみとて、その言葉の意味は何となく分かっている。

 要は学校だとか、世間の定めたルールの範囲外で男女が色々と仲良くする行為だ。

 場合によっては羞恥で目を背けたくなるような事態にまで発展しかねない程となるそれであるが、その疑いに何故自分の名前が上がってしまっているのか?

 当然そんな事はしていない…スクールアイドルとして、というより普通の女子高生として、その辺りの事は健全に弁えているつもりだ。

 万が一知らない誰かに言い寄られたとしても、その時は恥を捨てて大声で助けを求める覚悟も持っている。

 

―ですが確かに貴女が道行く人達に声を掛けていたと…そういった証言が他校の生徒や街の人達からは上がっています。

―う、嘘ですよそんなの!!私そんなの知りません!!本当です!!

 

 しかしながら真実として語られるその中では、かすみの覚悟とは真逆の事が起こっているらしい。

 かすみが自ら道行く人達に声を掛け、享楽に誘っていたと…。

 

―とにかく、この件については追ってまた詳細を伝えます。私も貴女がそんな事をする子とは思いたく無いけど…火の無い所に煙は立たないとも言うしね。

 

 幸いまだ本当に深い遊びに発展したという報告は上がっていないらしいが、それも時間の問題やも知れぬ。

 かすみが白か黒かは分からないが、どのみち大人しくしていろと…理事長も栞子も、そんな目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(私…そんな事してない…そんな所行ってない…!!)」

 

 そう、かすみは何も知らないのだ。

 理事長が言っていた事も、少女達が言っていた事も、何もかも覚えが無かった。

 かすみはどの日もそんな場所になど行っていない、そんな遊びなどしていない、それなのに…。

 彼女はただ、得体の知れないその事実から背を向ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…頃合いだな。」

 

 宵闇に沈む街中で、ある男が静かにそう呟いた。

 男の前には2つの人影…その2人は男が溢したそれに無邪気な笑顔を浮かべ、しかしその内側にはまるで正反対となる感情を隠しきれぬ程に滲ませていた。

 

「さぁ、存分に暴れてこい。」

 

 そんな2人を前にして、男もまた笑う。

 2人が浮かべているそれとは違う、隠す事無き邪悪な笑面で以て、世界に新たな波乱を呼ぶ一声を明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―待て!お前は一体…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語が、再び動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…やっと会えたね、()()1()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついでに言えば2~3ヶ月で戻ってこれたらとも言っていたな、それもほぼ嘘だ…
つまり今回は生存報告がてらの投稿という事で、次回は未定という事だ…スマナイ…


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Program.34「止めないで 勇気 / 消さないで 光」

あのさぁ、アウトサイダーズさぁ…アウトサイダーズさぁ!www



「はぁ~…。」

 

 あれから1日が過ぎ、しかしながら深い深い溜息を吐くかすみ。

 その理由は、先日の夜に電話で交わしたしずくと璃奈との会話によるもので…。

 

―かすみさん、昨日は大丈夫だった?返事が返ってこないって皆心配してたよ?

―あ~いや~…ご、ごめんねしず子!ちょっと本当に忙しかったっていうか、今日も気付いたら夜中になっちゃってたっていうか…とにかく私は何とも無いからさ!明日他の皆さんにも謝らないとね!

 

 あの日、突如として知らされた不可解な事実から逃げるように自宅へと帰ったかすみ。

 得も知れぬ恐怖に苛まれていた事と、単純に外に出る用事も無かった為に、それから1日彼女は家から外に出る事は無く、やった事と言えば日課の自主トレを多めにやった事と空いた時間を落ち着かないながらも怠惰に過ごした事、そして電話を掛けてきたしずくや璃奈に対してペコペコと頭を下げている事ぐらいだ。

 アプリのグループ通話によって、互いの表情はよく見えている。

 しずくも璃奈も、その表情はまさに心配していたという一言に尽き、かすみは事情があるとは言え昨日今日と連絡を怠ってしまった事を内心悔やんだ。

 

―…ところでかすみちゃん。

―ん?なぁに、りな子?

 

 しかしおもむろに璃奈が掛けてきた言葉によって、その思いは一瞬で消し飛んでしまった。

 

―かすみちゃん、今日はどこか出掛けてた?

 

 へ…?と、かすみの声が漏れる。

 気の抜けたようなその声とは裏腹に、彼女の心臓は段々と脈打つ速度を速めていく。

 何となく、その話は、きっと良くないものだと感じているのだ。

 

―いや、今日はずっと家に居たけど…。

―家に居た…本当に?

 

 絞り出したその言葉に、璃奈は念を押して問うてくる。

 もはや声には出せず、何とか頷く事で意思を示すかすみ。

 そうして暫くの沈黙の後、璃奈は怪訝に眉を潜めながら、ただ事実を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私、見た…今日のお昼、かすみちゃんが商店街を歩いてた所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌という程よく見えるアプリの画面。

 そこに写されたかすみの表情は、恐怖によって隠しようも無く青ざめ引きつっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達がかすみちゃんを見たっていうのは…。」

 

 そうして次の日、同好会の集まりでいよいよその事実を打ち明けたかすみ。

 皆が目撃した"中須 かすみ"は自分では無い事、そして同じ様な証言が他にも上がっているらしい事。

 少女達は最初こそ彼女が打ち明けた事実を上手く飲み込めていなかったが、流石に彼女とてそんな嘘を吐くような娘では無いとし、段々とその事実に対する理解を深めていった。

 

「いやでも、あれは確かにかすかすの後ろ姿だったと思うんだけどな~…。」

「多分だけど、わざわざかすみちゃんの姿を真似してる誰かが居るって事だと思う。」

「りな子一言余計、あと愛先輩はかすかすって言わないでください!」

 

 璃奈や愛の発言に突っかかるかすみ。

 表向きこそ普段通りの振る舞いであるが、その内心は得体の知れない事実が付き纏っている事に対しての恐怖に蝕まれている。

 アークやマギアによるものとはまた違う未知の脅威を前に、それでも諦めず気丈に振る舞おうとする心の表れだ。

 そうしてしかし独りよがりにならず、その心をありのまま打ち明けてくれて…。

 アークによる騒動以来、同好会の面々はそれまで以上に互いに対しての壁が無くなったように思える。

 未だ世間からの支持もかつて程となっていない中、手を取り合わなければこの逆境を乗り越えられないというのはもちろんだが、それ以上にあの一件によって互いの存在がより大事に、大切なものになったと誰もが感じているからだ。

 

「だとしたらどうする、かすみちゃん?その人の事、このまま放っておく?」

「まさか!幾らかすみんの事が可愛い過ぎて真似したくなったとしても、これ以上をされるのは堪ったもんじゃ無いですからね!引っ捕らえて懲らしめ…あ、いや、ちょ~っとだけお説教しないと!」

 

 ならば、応えなければならない。

 弱い所も含めて心の内を晒け出してくれた彼女の想いに応えずして、仲間などとは言えぬ。

 

「そうと決まれば、今日の練習は少し早めに切り上げましょう。空いた時間を使って、皆さんで大捜査線です!」

 

 より強く、より固く結ばれたこの絆に賭けて、必ず真相を暴いてみせよう。

 そうして少女達は今日の練習に一層の力を入れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構探し回ったつもりだけど…そう簡単には見つからないか。」

 

 一方過去の自分に酷似した何者かの行方を追っている迅。

 しかしその努力虚しく、今に至るまで有力な情報は得られていない。

 やはり滅亡迅雷.netという身分故に表立っての行動が難しく、捜索にも大幅な制限が掛かってしまっている。

 唯阿の忠告を無視した手前であるが、流石にこればかりは仕方がなかったかと諦め、迅は言われた通り彼女等に後を任せようとした…その時であった。

 

「ん…?」

 

 不意に向けた視線の先で、彼の気を射止める存在が視界に入る。

 既視感に溢れるその存在…その人影は、すぐに近くの路地裏へ。

 後を追ってみれば、人影はまだ路地裏を少し進んだ先の所に居た。

 背を向けていて顔は見えないが、その身に纏っているのは迅もよく知っている、あの継ぎ接ぎだらけの服。

 

「(間違いない、あの見た目…。)」

 

 遂に見つけた、奴が件の人物だ。

 路地裏をゆっくりと進んでいるその人物は、体格や身長といった容姿が自分とほぼ同じ様に見える。

 かつての自身の姿しか知らぬ者からすれば、成程滅亡迅雷.netの迅だと見間違える事であろう。

 何が目的かは知らぬが、傍迷惑な事である…ここは多少脅しを含めてでも止めさせるべきだとして、迅はその人物に向けて歩を進めようとする。

 しかし同時に、迅はそれにしてもと思う。

 件の人物…先程から様子を伺っているが、何か妙だ。

 表通りから裏路地へ入る時の身のこなしは、ヒューマギアである迅からしてもとても素早いと感じた程であった。

 しかし路地裏へ入った瞬間、その歩みは牛歩の如きものとなり、道の端に転がっている物を逐一確認しようとしたりしているなど、まるで人が変わったかのような様子を見せている。

 とは言えわざわざあのような格好をする人物だ、少々気が触れているものだと思えばそれまでだろうが…。

 

「(…違う、まさか!?)」

 

 が、彼はここで気付いてしまった。

 人が変わったでも、気が触れているでも無い…あれはわざとだ。

 気付かれている、そしてその上でわざと尾けさせている。

 

「待て!お前は一体…!?」

 

 それを理解した時には、既に迅は"彼"に向かって声を上げていた。

 呼び止められ、ピタリと動きを止める"彼"。

 そしてまさにそれを待っていたと言うように、ゆっくり、ゆっくりと、"彼"は振り返る。

 そうして明かされた"彼"の正体は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっと会えたね、()()1()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迅と全く同じ素顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?…あっ!」

「かすみさん?どうかした?」

「あ~、ごめん忘れ物…ちょっと取りに行ってくるね!」

 

 予定通り練習を早めに切り上げ、かすみの偽者を探しに街へ赴こうとした少女達。

 しかしかすみが部室に忘れ物をしたとの事で、その足並みは一旦止まる事となる。

 

「1人で大丈夫?良ければ私も付いて行くよ?」

「ううん、置いてある場所は分かるからパパーっと行って取ってきちゃうね!流石に学園の中でそんな変な事は起きないだろうし…って事で、皆さんここで待っていてください!先に行っちゃ駄目ですからね!」

「かすみさん!廊下を走ってはいけませんよ!」

「は、はい!すみませんせつ菜先輩~!」

 

 廊下を走るなと注意されるも結局彼女は走り去って…そうして少しばかり時間が空いたという事で、少女達はそれぞれ今回の異変について考えを巡らせる。

 

「それにしても、かすみちゃんの真似をした人かぁ…。」

「璃奈ちゃんじゃないけど、確かにあの娘の姿を真似てるんだとしたら、わざわざそうする理由は一体何かしら?」

 

 彼女が言うには、自身の姿を真似たその誰かは他校の生徒や街の人達に声を掛け、享楽に耽っているとの事。

 しかし享楽に耽ると言っても、まだ危険な遊びにまでは発展していないらしい…精々が買い物やカラオケに誘い、その代金を踏み倒している程度との事だ。

 少女達の間では、それが気掛かりな事となっている。

 これは正直少し前まであまりの非日常に身を置いていたが故の発想なのであろうが…少女達は偽者が、かすみを社会的に再起不能となるまで陥れる事を狙いにしていると考えていた。

 しかしそれならば最初からもっと踏み込んだ悪事を働いた方が効率が良い筈…無論それがこの先も続けばやがてそんな領域に至るかもしれないが、現状はそこそこのイメージダウンまでが関の山だ。

 彼女を陥れるのが目的なのだとしたら、相手は少し悠長に事を構え過ぎな気もする…そう考えると、相手の狙いがまるで読めず答えが出せない。

 おまけにその件が発覚した経緯にも謎が有る。

 実を言うとこの件が発覚する事となった、その一番最初の報告というのが、何の関係も無い一般人からのものであったと言うのだから。

 学園が調べた限りその報告を受けた時点で既に多くの人達が被害に会っていたにも関わらず、そういった人達からは何の声も上がっていない。

 それを不審に思い被害に会った人達に話を聞いてみれば、不思議な事に皆が口を揃えて言ったのだという。

 彼女がそれを望んだのだから、そうするのがファンとして当たり前だ、と…。

 

「………。」

「侑ちゃん?」

「…あっ、ごめん歩夢。なに?」

「ううん、ただ侑ちゃんが何か凄い考え込んでたから…。」

 

  それはもはや不思議を通り越して奇妙であろうと、少女達はその理解を越えている一連の経緯に次々と観念した様子を見せる。

 しかしそうした中、侑だけはまだ眉間に皺を寄せてまで考え事をしている。

 それを指摘すれば、彼女は大した事じゃないかもしれないけど…と前置いて、自身の思う所を口にした。

 

「そう言えば迅さん…あの人も似たような事言ってたなぁって。」

「迅さん…街で自分の事を見掛けたかって話の事?」

「確かに言われてみればそういう風にも聞こえるかもね~。」

 

 それは少し前に学園を訪れた迅から問われた事について。

 少女達も当時はその質問の真意が分からず、また彼も詳細を語らなかった為、全員見ていないとただ事実のみを伝えただけに終わったが、現状と合わせて思い返せば、解釈次第では彼の問いは今のかすみの状況と重なる所があるように思える。

 

「偶然、かな…。」

 

 あくまで想像の範疇でしかないが、仮にもしそれが真実なら、同じ時期に同じ問題に直面した2人が居るという事になる。

 果たしてこれは偶然か、それとも…と、全員が侑の示した可能性に気を取られていると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました~★」

 

突如として、"彼女"の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ!びっくりした…早かったね、かすみちゃん。」

「えへへ~、先輩達を待たせる訳にはいきませんからね!宣言通りパパーッと行って帰ってきたって訳です!」

 

 振り返った先に居たのは、やはり彼女…中須 かすみ。

 今少女達が居る場所から部室までは走ったとしてもそれなりの時間が掛かるであろうというのに、その誰しもの予想を上回る速さに皆目を丸くする。

 

「さぁさぁ行きましょう皆さん!相手は待ってくれませんよ~!」

「あ、ちょっ…待ってよかすみちゃん!」

「ですから廊下は走らないでくださいと…!」

 

 そしてそれ以上の事を考える余地は、かすみが先を急いだ事によって遮られてしまった。

 だが確かに彼女の言う通り、相手はきっとこちらの事情には構わず行動する事であろう。

 また彼女は余計な火種は早急に消したい所であると、部室で話を打ち明けていた時から既にその意気込みが強かった…逸る気持ちも良く分かる。

 少女達からしてみても、仲間の心象が悪くなっていくのは気持ちの良いものでは無い。

 故に少女達は彼女に対して何も言う事無く、その後に付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして少女達が去って暫く後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…ひぇ…お、お待たせしました~…すみません時間掛かっちゃって…なんでか荷物が見つからなくてですね…って、あれ?皆さん…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…なんで…!?」

 

 漸く過去の己の身に扮している謎の人物と相対した迅。

 しかしその人物の正体がまるで自分と瓜二つの存在であったという事実に、迅は動揺するしかなかった。

 何だこいつは、何故自分と同じ姿をしている?

 体格も、身なりも、顔立ちさえも自分そっくり…自分そのものだ。

 こいつは一体…と凝視する、そんな迅の視線から察したのか、目の前の彼はとても無邪気な笑顔を浮かべながら己の名を口にする。

 

「初めまして、もう1人のボク!ボクは"ジン"、君と同じ名前なんだよ!」

 

 ジン…名前まで同じだ。

 何もかもが自身に寄せ、似せられているその存在に迅は言い様の無い不快感を覚え、堪らず声を荒らげる。

 

「お前…お前は一体何なんだ!?どうして僕と同じ姿を…!?」

 

 そんな迅を見て、再び笑みを浮かべるジン。

 しかし今度は無邪気と見せ掛けた、裏に確かな殺意を滲ませたものであった。

 

「知りたかったら…ボクと遊んでよ!」

 

 そしてそう言うや、彼はおもむろに"ある物"を取り出し、それを自身の腹部へ押し当てた。

 するとそれの脇から自動で帯が伸び、自然にジンの腰部を回って彼の身体へと巻き付いた。

 

【 アバドライザー! 】

 

 そう、ベルトだ…迅等仮面ライダーが扱うそれと同じ。

 灰緑色の、かつてZAIAが主たる戦力として保有していた物に酷似するそれの名は、"アバドライザー"。

 そんなアバドライザーを装着したジンは、次いでそれに対応するプログライズキーを取り出した。

 

Murder(マーダー) Wing(ウイング)!

 

 迅の持つバーニングファルコンキーを濃い桃色へと変えたようなそのキーは、虐殺の名を象るらしい。

 そのキーを、ジンはかつての己がそうしていたように一度空へと投げて遊ばせた後にライザーへ装填し…。

 

 

 

 

「へ~ん…しんっ!」

 

 ライザーに備えられているスイッチを押した。

 

 

 

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! 】

 

 するとライザーからおどろおどろしいパイプのような器官が伸び、ジンの身体を包み込む。

 それはプログライズキーに内包されているデータの具現体であるライダモデルをよりアップデートして凝固させたもの。

 相対した敵を倒すにより相応しい力を…これはそんな残酷で狂った科学の成果。

 かくしてマギアを超え、果ては仮面ライダーと名乗るに値する程の力を手に入れ、しかしそれを扱うのは、その名に込められた意味を全く解さない無法者。

 やがて迅の前でその姿を曝したのは、そんな矛盾が生み出した真歪なる戦士であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリングファルコン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダージン キリングファルコン"

 

 

 

 

【 The wing starves for blood

and all kinds of genocide. 】

 

 

 

 

―その翼は血に飢え、ただ殺戮の限りを尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャジャーン!どう、カッコいいでしょ!?」

 

 キリングファルコンへの変身を完了したジンが、己の姿を見せびらかす。

 見た目はまさにバーニングファルコンの装甲を濃い桃色に変えただけ…まるでかつての己が変身していた姿と、今の自分が変身する姿を強引に足したようなその出で立ちに、どこまで模倣すれば気が済むのだと激情に駆られながら、迅は己の腰にスラッシュライザーを巻き付ける。

 

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)! Burn(バーン)rize(ライズ)! 】

 

「変身!」

 

Slash(スラッシュ)rize(ライズ)! バーニングファルコン!!

 

 腕に下がるチェーンからキーを外し、直ぐ様ベルトへ装填。

 目の前の偽者と比べて行程こそ多いが、その慣れた手つきは心に怒りの炎を灯していてなお流麗に事を進めていき、彼の身体は瞬く間に不死鳥の如き炎隼の翼に包まれる。

 そしてその翼が弾けずれ、迅は仮面ライダーへと変身した。

 対するジンは、そっちもカッコいい~!と一連の動作を暫く見入っていたが、やがてその成りを潜めていき…。

 

「それじゃ行くよぉ!よ~い…どーん!」

 

 言うが早いか、迅に向かって突っ込んでいった。

 そんな一切の迷い無く突進してきたジンを真っ向から受け止め、至近戦へと移る迅。

 まずは試しに顔面目掛けて貫手を2回、しかしこれは難なく躱される。

 ならば今度は敢えて大振りな回し蹴りを繰り出し、それを避けさせる事で距離を置き、相手の出方を伺う。

 そんな彼の考えている所をジンは察しているのか、距離を置いた先で一拍置き、直ぐには攻めてこなかった。

 フフンと鼻を鳴らした彼は、きっとその仮面の下では口角を上げているのだろう…察しの良い者程挑発として捉えられる態度からは、意外にも策士なのかというイメージを迅に抱かせる。

 どうやらただかつての己を真似ただけでは無さそうだと一旦結論付け、普段の冷静さを取り戻そうとする迅…するとその心情の移り変わりの隙を突くかのようにジンが動いた。

 真っ直ぐではなく、右側から少しばかり曲線を描くように迫り来るジン。

 当然そちらの方向に気が向かれるが、彼は目前まで迫った所でステップを挟む事により瞬時に迅の左側面まで移動する。

 戦闘に於いて待ちの姿勢を取る者というのは目の前の敵の一挙一投足を、手練れであればさらに周囲の様子をほぼ均等に見て、あらゆる攻撃に対処出来るよう心掛けている。

 それ故に攻め入れる隙というものが基本的には無いものであるが、そうであるならば隙は作れば良いものだと、武芸を嗜む者は皆口を揃えて言うものだ。

 悲しき事に意思を持つ者というのはどれだけ心掛けていようとも、迫り来るものがあればそちらに意識が向けられてしまうもの。

 だからこそ分かりやすく、対処の予測も立てやすい動きで迫る事で一点に注意を向けさせ、直前で真反対の方向に移動する事で相手の意識の範囲外に身を置き、そうして出来た隙を突くのだ。

 無論それが出来る程の技量と素早さが無ければ叶わぬ事であるが、少なくともジンにはそれが出来る。

 そして目論見通りがら空きとなった迅の身体に、ジンは挨拶代わりと言うには威力のある拳を叩き込もうとするが…。

 

「ッ!」

「おっ!」

 

 生憎迅は既に手練れという範疇を超えている。

 そして同時にヒューマギアでもある彼は人間とは比ぶるべくも無い事象の予測を立てる事が出来る…ジンの作戦は、既に予測済みだった。

 脇腹へ入り込もうとした拳を、迅は素早く手で払う。

 驚愕か、それとも好奇か分からぬ声を上げるジンであったが、自らもまたその程度で隙を晒しはしないと言わんばかりに攻め手を継続し、迅もまたそれに応じる。

 刺拳は身を掠め、手刀は空を切り、蹴撃は互いに相殺し合う…そんな状況が続く。

 

「凄い凄い!さっすがボク!」

「っ…!」

 

 そんな状況にジンは笑い、迅はより強く睨みを効かせる。

 攻撃の手段、狙い…あらゆる事が互いに同じなのだ。

 ここに来ると予測した通りに攻撃が迫り、しかしこちらの攻撃は相手も予測通りだと防がれ、また躱される。

 ミラーマッチとはまさにこの事かと、変わらぬ戦況から迅の心に今度は焦燥感が蓄積されていく。

 今はまだ拮抗しているが、このまま行けばいずれ戦況は傾いていくだろう…この状況を楽しむ姿勢を見せている、ジンの優勢となって。

 故に自らが優位に立つには、ここで流れを変えるしかない…そして迅には、それを叶える力が有る。

 

【 スラッシュライザー! 】

 

「ふっ!」

「わぁ!?」

 

 そう、迅にはあってジンには無い、この短剣。

 これまで徒手空拳であったからこそ互角の勝負となっていたが、武器を扱えるのであればその分の優位がある。

 事実ジンはライザーの刃を避ける事に気を取られ、動きが粗雑なものとなっている。

 そして当然、それを見逃す迅では無い。

 

バーニング! レイン!! 】

 

 ライザーに装填されているキーのスイッチを押し、焔を纏った刃を一振りする迅。

 すると何も無い筈の空中を炎が走り、幾つもの鋭い弧が浮かび上がっていく。

 それは迅がそれまでに振るった刃の軌跡…発達した技術はまるで魔法の如く、名残となっていた猛威を甦らせる。

 

「はぁ!」

「うわっ!?わぁぁぁあ!?」

 

 そして刃をもう一振りすれば、それらの軌跡は一斉に目の前の敵目掛けて襲い掛かる。

 その常軌を逸した攻撃にはジンも全く対応する事が出来ず、幾つもの連撃をその身に喰らい、通りの先の突き当たりまで吹き飛んでいく。

 

「痛たたた…やっぱり強いね、聞いてた通りだ!」

 

 が、ジンは吹き飛ばされた先で何事も無かったかのようにすっくと立ち上がった。

 本来想定されている技法を無視したやり方であった為か、大したダメージとはならなかったようだ。

 しかしその短剣を巧みに操る迅と己では、戦力に明確な差があると理解したのだろう…ジンはすぐには反撃に移らず、迅の様子を観察し始めた。

 迅も牽制の為に追撃は行わず、睨み合いの状況が続く。

 とは言えライザーによる攻撃は有効だと知れ、気持ちのリセットは出来た…ここから仕切り直しだと、迅は次の攻め手をどうするべきか思案し始める。

 するとジンが、それなら…と先に行動を起こそうとする姿勢を見せる。

 初手を握らせてしまったかと直ぐ様構える迅であるが…。

 

「これならどうだ!」

 

 そう言ってジンが起こした行動は背中から鋼鉄の翼を生やし、明後日の方向に飛び去る事であった。

 

「バイバ~イ!」

「なっ、どこに…!?」

 

 敵わぬと見て逃亡を謀ったか?

 いや、あれ程戦意に溢れていた彼が、この程度で逃げ出すなんて事はしないだろう。

 恐らく何か思惑が有り、誘っているのだろう…このままその誘いに乗るのは軽率な行動となるやもしれないが、だからと言ってここで棒立つままという選択肢は迅には無い。

 彼もまたその背に鋼の翼を展開させ、己を象る者の後ろ背を追うべく地上から舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい…はい、そうですか…分かりました、ありがとうございます。」

 

 虹ヶ咲学園から街へと出た少女達。

 彼女達はそれぞれ侑、歩夢、せつ菜で一組。

 エマ、果林、彼方で一組。

 そして愛、璃奈、しずく、かすみの一組の計三手に分かれてかすみの偽者の捜索を開始した。

 が、過去に街中で彼女のそういった姿を目撃したという人物は居れど、それ以上の詳細な情報は手に入らず、しずくは内心溜め息を吐く。

 

「おーい、しずくー!」

「愛さん、璃奈さん、どうでした?」

「いやぁ駄目だね。色々聞いてみて、今までかすかすの事を見掛けたっていう人は何人か居たけど…それ以上の事はなんにも。」

 

 少し離れて聞き込みを行っていた愛と璃奈の2人と合流し話を聞いてみるも、こちらも成果は無し。

 理事長や栞子が言っていた通りならば、もう少し踏み込んだ情報が上がってきてもおかしくないと思うのだが…。

 

「ところで…かすみちゃんは?」

「え?…あれ?さっきまで一緒に居たのに…?」

 

 と、しずくがそう考え込んでいた所で璃奈が一言。

 言われてはたと見回してみれば、確かに自身と一緒に居た彼女の姿が見えない。

 

「…あっ、あれ!」

 

 一体何処に行ってしまったのかとさらに辺りを探してみれば、愛が何かを見つけて声を上げる。

 彼女が指差した先には、何故か大勢の人達に寄られているかすみの姿が。

 

「かすみさん…?」

 

 一瞬危険な目に会っているのではと思えてしまったが、寄っている人達と楽しそうに話をしている姿からはそんな雰囲気は伺えない。

 しかしそれでもその様子からは何か違和感を覚え、しずく達3人は群がる人達の間を抜けて彼女の下へ向かう。

 

「かすみさん、この人達は…?」

「え?あぁ~、なんか適当に声掛けたらこんなに集まっちゃってさ~、いや~困ったもんだよね~。人気者は辛いっていうか…はいはい分かってますよ~また遊びましょうね~…かすみんの事を好きで居てくれるなら、ですけど★」

 

 近くまで来て、さらにその違和感は強まる。

 まず寄ってきている人達であるが、彼等の様子が少しおかしい。

 彼等が口々にしている事に耳を傾けてみれば、この前のカラオケは楽しかったとか、かすみん可愛いとか…かすみの事を持て囃す声ばかりが聞こえてくる。

 そして彼等がかすみへと向ける視線…そこには彼女に対する好意の色しか見えない。

 熱狂的なファンの集まりであろうか?

 いや、そういう言葉で片付けるには、やはり何かがおかしい…言い方が悪くなってしまうが、彼等のそれは熱狂を通り越してどこか狂信的にさえ見えてしまう程だ。

 そして何よりかすみ…彼女の様子もまたおかしく思える。

 自分達の知るかすみは果たしてこういう時、こんな態度を取るであろうか?

 いや、自分達の見立てが間違っていないのであれば、彼女はこういう時例えファンの人でもこれだけの人数に詰め寄られれば、まず取り乱して一騒ぎを起こす筈だ。

 それを、こんな普段と変わらぬような仕草で…。

 

「かすみ…さん…?」

 

 何か、何かがおかしい…そう疑念を抱いていると、不意にしずくの携帯に着信が入った。

 見ればそこには、朝香 果林の名前が。

 きっとかすみの偽者に関する情報を聞きたいのであろう…しずくは一旦かすみに向けていた注意を逸らし、電話口の果林に向けてその旨を伝える。

 

「もしもし果林さん。すみません、私達の方では今の所特に目ぼしい情報は…。」

『しずくちゃん!!今何処に居るの!?他の皆は近くに居る!?』

 

 しかし受話器の向こうから聞こえてきた彼女の声は何故だかとても鬼気迫ったものであり、しずくは予想していた反応とまるで違う彼女の様子に困惑する。

 

「他の皆さんですか?えっと、璃奈さんに愛さんに…あとかすみさんなら近くに居ますけど…。」

『かすみちゃん…かすみちゃんが近くに居るのね!?』

「は、はい…。」

 

 さらに耳を傾けてみれば、果林は何故かすぐ側に居るかすみの事を気にしていた。

 もしやそちらの方で偽者のかすみを見つけ、確認の為に連絡を取ってきたのであろうか?

 そう問おうとした所で、しずくの耳は何処か彼方から聞こえてきた空を切り裂くような音を拾ってしまい、注意もそちらの方へと向いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しずくちゃん!!今すぐそこに居るかすみちゃんから離れなさい!!そこに居るのは…!!』

 

 電話口から発せられた、そんな果林の声に気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、居た!お~い!」

「あれって、迅さん…?」

 

 しずくが見上げた先、そこにはあの特徴的な隼の仮面を纏った迅の姿が。

 普段の装いたる紅色の外甲とは違う濃桃色の見た目、そしてそも見える限り敵も居ないというのに戦士としての姿にその身を変えている事から、先に抱いていたしずくの疑念が再び募っていく。

 そしてそのさらに奥となる空に見えたものが、しずくの抱くそれを確信へと変えたのだ。

 

「何であんなに人間が集まって…!?」

 

 彼女が見たのは、赤い装甲を纏った迅。

 そんな迅は眼下に見える人集りを見て困惑を隠せない。

 あの後不意に何処かへ向かい始めたジンを追って辿り着いた先…ジンの様子を見るに、ここが彼の向かっていた場所なのだろう。

 しかしそんな場所では何故あんなにも人が集まっているのか?

 

「まさか…!?」

 

 そこまで考えて、迅は気付いてしまった。

 そうだ、これは同じだ…彼はやはり誘ったのだ。

 もしここを戦場としたならば火を見るより明らかな事が起こるこの場所に、その事を起こす為に。

 ゆっくりと迅の方へと振り返るジン…きっとその仮面の下では、これまでに無い程にその口角が上がっている事だろう…それが分かるような仕草を見せた彼は、一気に眼下の集団目掛けて降下していった。

 

「嘘だろ…!?」

 

 慌てて後を追う迅。

 そう、こんな場所で戦おうものならどれほどの人的被害が出るか…奴はそれを敢えて起こそうとしているのだ。

 一体どんな狂心的な思考をしていればそんな結論に至るのか…地上に降りた先で子供のようにはしゃいでいる彼を見て、迅の中で再び焦燥感が募っていく。

 

「えへへ!鬼ごっこはおしまいにして、ここで遊ぼうよ!」

「お前、どういうつもりで…!?」

「え?何か問題ある?」

 

 現れた異形の戦士2人に対して恐れ戦く群衆を、滑稽だと蔑むジン。

 その、人をまるで物としか見ていないような態度には、迅でさえ背筋が凍るものがある。

 

「さぁ遊ぼ!行っくよ~!」

「ッ…!!」

 

 そして一切の加減無く、ジンは戦闘を再会した。

 それに応じる為に迅の方も必然的に手を弛める事が出来ず、自然と戦いは激しいものとなる。

 

「迅さんが…2人…!?」

「っていうか、こんな所で戦いなんて…!?」

 

 当然辺りはさらに騒然とした状況となり、我先にと逃げ出す者が後を立たなくなる。

 まだこういった状況に少しだけ慣れてしまっているしずく達でさえ狼狽してしまう程だ…当然の現象であろう。

 

「あ、コラ!勝手に逃げちゃダメだよ!」

 

 が、それを許さない存在が居た…ジンだ。

 彼は目ざとくそれらを見つけるや、背中から生やした鉄の羽を羽根飛び交わせ、彼等の行く手を遮らせる。

 いや、遮るだけでなく、押し戻している…方々に散らばろうとしていた面々を囲うように展開された鋼鉄の羽根が、徐々に徐々にとその範囲を狭めていく。

 恐怖に駆られ、故にその包囲を突き抜けようと無茶をして叶わず、その身を深く傷付けてしまった者達が居る事など、お構い無しに。

 

「お前…!!」

「え?どうしたの?なんでそんなに怒ってるの?」

 

 人々が段々とにじり戻っていくしかない状況を見て、迅が苦言を呈するも、やはりジンはまるで意に介さない。

 本当に、昔の自分を見ているようで…いや、昔の自分より残忍だとして、迅の眉間に皺が寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてぇ…人を傷付けたくない、とか思ってますぅ?」

「……!?」

 

 それが迅という存在と矛盾した行為であると指摘されるとは思ってもみなかった。

 何よりも、"彼女"からそれを指摘された事に迅は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみさん…?」

 

 それは"彼女"…中須 かすみの側に居たしずく達も同じであった。

 彼女等が凝視する先で、かすみは迅に向けて笑みを浮かべている。

 自分達の知る彼女がまず浮かべた事の無い、ニタニタとした邪悪な笑みを。

 

「隙ありぃ!」

「ッ!?くっ…!!」

 

 それに気を取られていると、ジンが新たに羽根を生やし、それを飛ばす。

 ただし迅の橫を通り過ぎるような軌道で飛ばされたその羽根の狙いは、彼の背後に居る人間に向けてだ。

 それに気付いた迅は咄嗟に飛び出し、己の身体でその羽根を受け止めた。

 

「アハハ!やっぱりそうなんだ!変なの~!あの滅亡迅雷.netのぉ、あの迅さんがぁ、今更人間の事なんて気にするんですねぇ~?」

 

 身体から火花を散らし膝を付く迅を見て、またもかすみは笑う。

 今度は明確に迅の事を嘲る言葉と共に、その口角が弧を描く。

 

「今まで何人の人を傷付けてきたんですかね~?何人殺してきたんでしょうかね~?それなのに、今更人間の事を庇おうとするなんて…流石にちょっと虫が良すぎません?」

「ちょっ…どうしたのかすかす!?こんなの…いつものかすかすらしくないよ!」

「違う愛さん、この娘かすみちゃんじゃない…!」

 

 もはや明白であった…目の前に居るこの少女はかすみでは無い。

 自分達の知る彼女は姑息な部分こそあれ、本気で人の事を貶したり馬鹿にしたりするような娘では無い。

 この少女は、そう…今まさに噂となっている、かすみの姿を模した偽者本人だ。

 

「貴女は一体…!?」

 

 そう言葉を溢した先で、しずくは見た。

 風に吹かれて棚引いた髪の内に隠れていた、彼女の耳元…そこに、迅が付けている物と同じアクセサリーが付いているのを。

 "人間"である本物の彼女ならば絶対に身に付けない、決定的な証拠を。

 

「ねぇ、何で今人間なんか庇ったの?確か…ヒューマギアが自由で居られる世界だっけ?それの為に戦ってるんでしょ?だったら人間の事なんてなんにも気にする必要無いじゃん。ここにヒューマギアは居ないんだし…だから今まで滅亡迅雷.netとしてやってきてたんでしょ?」

 

 分っかんないな~、という声が聞こえてきた。

 見れば今尚地に膝を付けている迅に対し、ジンが己の思う所を問い掛けていた。

 ヒューマギアを人間の支配から解放し、ヒューマギアが自由を謳歌出来る世界の為に戦う迅が人間を庇う理由など無い筈なのに、何故そのような事をするのか。

 それでは自分で自分の全てを否定する、極まりない愚行でしかない。

 一体その先に、彼は何を求めているのか…。

 

「そういうお前は、一体何の為に戦ってるんだよ…!」

 

 しかしその問いにさしたる意味は無い。

 何故ならジンにとって、どのような回答が返ってこようと意味など無いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの…楽しいからに決まってるじゃん!」

 

 意味が無い程に、狂っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリング! スパイラル!! 】

 

 ジンがライザーのスイッチを押すと、彼の身体に桃色に色付く風が纏わっていく。

 渦を巻き、やがて暴風となったそれと共にジンが飛ぶ。

 地を離れた瞬間、風はさらに勢いを増して嵐となり、そして彼はそのまま迅の周囲を飛び回り始める。

 それまで人間達を囲っていた羽根と共に、人間達がその嵐に巻き込まれる事を全く厭わず、ただ迅の目を欺く為に飛び回る。

 それを心揺さぶられた迅が捉える事は難しく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリング

スパイラル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁーッ!!」

「ぐっ…うぁぁぁあ!?」

 

 迅の身体に衝撃が走る。

 群衆を突き抜けてきたその攻撃はまるで投げ放たれた槍の如く痛烈にかの者の身体を穿ち、その身に纏う装甲を瞬く間に四散させる。

 鎧を失い、大きく吹き飛ばされた迅はそれだけでなく、その鎧を形作る為の武具(ライザー)品物(キー)まで取り落としてしまう。

 すぐにそれに気付くも、先程の一撃が予想以上に痛手となり、地を這う姿勢から立ち上がる事が出来ない。

 すると纏っていた風を払い、地へと降り立ったジンがその2つを手にした。

 

「そうそうこれこれ、これが欲しかったんだよね~。」

 

 そしてそのままその2つを手の中で弄び始めるジン。

 どうやら己の税楽の他に何か別の目的があるらしいが、それを問い詰められる程今の迅に余裕は無い…この身体は、未だ言う事を聞いてくれない。

 

「さてと…どうしようかな?これさえ奪えれば今日の所はもう良いんだけど…折角だしここで殺しちゃうのもアリかな~?」

「な~に言ってんですか、後で怒られても知らないですよ~?」

「別に良いと思うんだよね~。そっちと違ってこっちはボク自身が遊んでれば良いだけの話だろうし…うん、決まり!そうしよう!」

 

 そんな中で、恐ろしき会話が紡がれていく。

 ジンと、かすみの姿を模す彼女によって、背筋が粟立つ思いが迅と少女達の間に走る。

 やがて方針が固まったのか、踊るような足取りで迅の下へと向かっていくジン。

 かすみの偽者は、もう好きにしてくださいと投げやりな態度で止めようとしない。

 何とかしようにも迅は動けず、少女達では何の力にもなれない。

 そしてジンの手の中で奪われたライザーが向きを変え、その刃先が迅へと定められ…。

 

「じゃあね、もう1人のボク!短い間だったけど、楽しかったよ!」

 

 一息の下に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・ジン

→迅の前に現れた謎の存在
 特徴としてはかつて滅亡迅雷.netが本格的な活動を開始した頃の彼と、容姿が瓜二つである事
 そして当時の彼以上に冷酷で残忍な性格をしている事
 何者かの手によって造られたであろうその存在は、どうやら迅の持つライザーとキーの奪取を目的としていたようであり、それが達成されるや、今度はその矛先を迅本人へと向けた
 崇高な目的は持たず、ただ己の愉悦の為だけに力を振るう彼を前にした、迅の運命は如何に…



・仮面ライダージン キリングファルコン

→ジンが"アバドライザー"と"キリングファルコンプログライズキー"を用いて変身した姿
 迅が変身する仮面ライダー迅 バーニングファルコンの赤い装甲がそのまま蛍光色のピンクへと変わったような見た目をしている
 握力や脚力といったステータスもバーニングファルコンとほぼ共通しているが、ライザーが武器として使用出来ない事、バーニングファルコンキーが攻撃に炎属性を付与出来るのと違い、キリングファルコンにはそういった属性を付与する効果が無い事から、純粋な戦闘力はバーニングファルコンを下回っている
 しかし変身者であるジンがその差を埋められる程の性格、戦法を駆使してくる為、実際の戦闘力はバーニングファルコンと大差は無い
 必殺技は"キリングスパイラル"、展開した複数の鉄羽と共に錐揉み状に回転しながら相手に突撃する



・アバドライザー

→ジンが使用する詳細不明の変身ベルト
 ZAIAが所有している"レイドライザー"に酷似した見た目をしているが、その配色は黄土色を中心に銀が差し色として加わったものとなっている
 対応したプログライズキーを装填しスイッチを押す事で"Abad(アバド)rize(ライズ)"を実行し、装着者を仮面ライダーへと変身させる
 また再度スイッチを押し込めば出力を最大まで解放し、必殺技も発動可能である
 なお本来であればベルトから発せられる出力はゼロワンドライバーやショットライザーといった既存品よりも高いらしいのだが、ジンが扱っているのはどうやら試作品であるらしく、それが迅の変身するバーニングファルコンと互角のスペックにまで落ち着いている原因でもある



・キリングファルコンプログライズキー

→ジンが所持しているプログライズキー
 バーニングファルコンキーがそのままピンク色になったような見た目をしている
 対応する装置にセットする事でキリングファルコンのライダモデルを現出し、その力を行使する事が出来る
 基本的にはバーニングファルコンキーと大差無い性能を誇るが、バーニングファルコンキーが火属性の力を持つのに対し、このキーは無属性である為、火力では遅れを見せている
 しかし代わりにこのキーには変身者の殺戮衝動を刺激し、攻撃の殺傷力を高める効果が有る為、一概に性能が劣っているという訳では無い


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Program.35「私色の 瞬き / 私色に 染まって」

ギーツが終わって、新しいライダーも始まるっていうのに、何で私は未だにゼロワン書いてるんだと思ったり思わなかったりしている今日この頃



 ジンの手の中で奪われたライザーが向きを変え、その刃先が迅へと定まり振り下ろされた…が。

 

「ん…?」

 

 ピタリ、と…振り下ろされた刃先は、何故だか迅の身体に届く前に止まった。

 見てみれば、どうにもジンが何かの存在に気付いたらしく、そちらを警戒し始めていた。

 同時に迅の耳にも聞こえた車の走行音。

 一連の騒動によって通報が為され、既にパトカーや救急車のサイレンの音も遠くの方で聞こえてはいたが、それとは別に一台早くこの場に近付いてきている。

 それは間も無くこの現場に到着し、そしてそれによって場の空気が一息に変わる。

 

「A.I.M.S.です!市民の皆様はこちらの指示に従って避難してください!」

「どういう事だ…迅の奴が2人居るだと…!?」

 

 そう…対人工知能特務機関、A.I.M.S.だ。

 滅亡迅雷.netによる暴動の報を受け、警察より優先して現場に赴く権利を得た彼等は、道中同じく街の異変を感じて現場に向かっていた不破を乗せ、そして今隊長たる唯阿の指揮の下に行動を開始した。

 しかし警察より相手(滅亡迅雷.net)との対峙に長けている彼等でさえ、今の状況には困惑の色を隠せない。

 

「不破さん!」

「宮下!?お前等なんでこんな所に…!?」

「話は後だ!不破、お前は先に奴等の対処に当たれ!私は市民の避難を優先する!」

「チッ、仕方ねぇ…お前等下がってろ!巻き添えを喰らうぞ!」

 

 おまけに少し離れた場所には関わり深い存在たる少女達の姿も見えて。

 この組み合わせだ…再び何かの陰謀が渦巻いている気配が感じられるが、今はそれに気を取られている暇は無い。

 まずは目の前の状況からだ。

 

「丁度良い、ようやく完成したこいつの出番だ!」

 

 そう言って不破が取り出したのは、後部にシリンダーの付いた清青色のプログライズキー。

 それは彼が持つ最大の切り札…数週間前まで起きていたアークによる騒動の中では機能不全によって満足に使用出来なかったそれが、いよいよその本領を発揮する。

 

Rampage(ランペイジ) Bullet(バレット)! All(オール)rize(ライズ)! 】

 

 シリンダーを回しキーを起動をした不破は、定石通りにキーを己の力のみでこじ開け、ライザーへ装填する。

 

「変身ッ!!」

 

Full(フル) Shot(ショット)rize(ライズ)! 】

 

 そしてベルトからライザーを取り外し、正面向けて構え、発砲。

 銃口から放たれた10色の弾丸は、やがてその形を様々な生物を模した姿へと変える。

 マンモス、チーター、蜂、虎、シロクマ、蠍、鮫、ゴリラ、隼、そして狼…現れた10体のライダモデルは挙ってジンを威嚇し、彼を迅から引き離す。

 そうして一旦の危機を去らせたモデル達は踵を返して不破へと向かっていき、それらを不破は拳で殴り、振り払い、そして脚で回し蹴る。

 

 

 

 

【 Gathering Round! 】

 

 

 

 

 破壊されたモデル達が鎧となる。

 それは洗練された戦士としての印象と、モデルとなった獣達の機械骨が組み合わさった歪な印象を併せ持つ特異な形であった。

 しかしそれらを纏うのは不破 諌…破天荒ながらも決して揺るがぬ信念を持つ彼が扱う究極の力としては、これ以上無い程に相応しき姿であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランペイジガトリング!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダーランペイジバルカン"

 

 

 

 

【 Mammoth! Cheetah! Hornet! Tiger! Polar Bear!

Scorpion! Shark! Kong! Falcon! Wolf! 】

 

 

 

 

―集え、最強の名の下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂に完全たる姿で顕現した戦士、ランペイジバルカン。

 その鋭い碧眼が、目の前の狂隼の姿を捉える。

 

「うおぉぉぉぉぉお!!」

「うわっ!バルカンだ!バルカンが来た!」

 

 ライザーから銃弾を放ち、開戦の幕を開ける不破。

 ジンもそれに応じる中、その隙を縫うかのように唯阿の指示が飛ぶ。

 

「B班はそのまま避難誘導を続行!C班は怪我人の手当てを!A班は私の後に続け!消耗している滅亡迅雷.netを取り押さえる!」

 

 そのまま唯阿は数名の隊員を引き連れ、迅の側へ寄ると…。

 

「確保!厳重に拘束しろ!」

 

 彼の身柄を拘束した。

 彼等の仲を知る者からすれば凶行に見えなくも無いが、それを知らぬ者達の視線が多いこの状況では致し方無い処置なのであろう…口を開きかけた自分達を手で制した唯阿の姿からそれを察し、少女達は口を噤んだ。

 

「ここは危険だ、お前達も避難を…。」

「待ってください、その前に…!」

 

 しかしそれとは別に、自分達には声を上げなければならない事がある。

 そうしてしずくがキッと睨みを効かせた先には…。

 

「かすみさん…いえ、貴女は一体誰なんですか!?」

 

 中須 かすみ、彼女の姿を模した存在が。

 彼女は既にその化けの皮が剥がれた今でも笑みを浮かべる事を止めていない。

 

「どういう事だ…?」

「この娘、かすみちゃんじゃ無いんです…最近かすみちゃんの真似をした人が悪さをしてるって噂になってて…!」

 

 事情を知らぬが故に訝しむ様子を見せる唯阿。

 そんな彼女に対して簡潔に事の説明をすれば、かすみの偽者は頬を膨らませて異議を唱え始める。

 

「ひっどいな~りな子、有る事無い事言っちゃって…かすみんまだそんな悪い事はしてないよーだ!」

「…状況はよく分からんが、悪戯心でやっているのなら止めておけ。お前のやっている事は、人の尊厳を貶す行為だ。」

 

 唯阿がかすみの偽者を論そうとする。

 彼女はまだ、目の前の存在がありふれたものであると見ていたのだ。

 

「それが目的だって言ったら、どうします?」

「…何者だ、お前は。」

 

 しかしその存在が返した言葉、そこに含まれていた不穏な気配を感じて銃を向ける唯阿。

 この少女からは、かの悪意(アーク)に通ずる何かがあるとして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉ~恐い恐い!でも楽しい~!」

「うるさい!!これ以上好きにさせるか!!」

 

 一方熾烈な争いが続く不破とジン。

 しかし不破の攻撃はジンが避けに徹している為か一向に当たる気配が無い。

 さらにはこの状況を楽しまれているという侮辱にも捉えられる態度を見せられ、痺れを切らした不破は荒い声と共にランペイジキーのシリンダーを一回回した。

 

Power(パワー)! Rampage(ランペイジ)! 】

 

 ランペイジバルカンは10種類ものライダモデルの力を自在に使いこなせるという多様性に富んだ性能を誇るが、その中でも特定の組み合わせを選択する事で、必殺の名の下にその威力を何倍にも強化する事が出来る。

 これは、その力の一端だ。

 

ランペイジパワー! ブラスト!! 】

 

 引き金を引くと、不破の周囲に設定されたライダモデルのエンブレムが浮かび上がる。

 鮫、ゴリラ、マンモス…不破はその中からまずゴリラの力を選択し、おもむろに左拳を地面に向けて打ち下ろす。

 するとその左腕にゴリラのライダモデルの力が宿り、打ち下ろされた場所から凄まじい衝撃波が発生する。

 

「うわぁぁぁあ!?」

 

 それはジンの身体を軽々と宙へ浮かばせる程のものであり、予期せぬ攻撃にジンは態勢を立て直せない様子。

 ならばと不破が次に選んだのはマンモスの力…左脚を振り上げ、そしてそのまま下ろせば、マンモスのライダモデルが実体を為し、宙へ浮かんだジンを即座に叩き落とす。

 

「グッ…うぅ…!?」

 

 揺れる視界に強大なダメージ…ジンは叩き落とされた地面の上で苦しそうに呻く。

 しかし不破はこの機は逃さないと一切の情け容赦無く最後の力を解放。

 現れた鮫のライダモデルと共にジンへと迫り、彼の身体を両脚で挟み込み、そのまま豪快に投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パ ワ ー ブ ラ ス ト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁあ!?」

 

 投げ飛ばされた先の砂埃の中から、ジンの悲鳴が上がる。

 小手先の小細工を真っ向から打ち破る程の圧倒的な力…これがランペイジバルカンだ。

 やがて砂埃が晴れると、ジンはよろよろともたつきながらもその場に立ち上がっていた。

 しかしその身体からは時々火花が散り、確かな被害を被っている事は目に見えて分かる。

 だが不破はそれで驕る事無くライザーを構え、ジンへの注意を怠らない。

 

「流石、強いな~…でもごめんね、こんな所でやられる訳にはいかないんだ…!」

 

 それでも手負いの獲物は思わぬ底力を見せるもので。

 ジンはそう言うやありったけの力でその場を回り、強烈な風を起こして不破の視界を遮った。

 

「なっ!?…クソッ!逃がしたか…!」

 

 そしてその風が収まった頃には、既にジンの姿はそこには無く。

 不破はここまで追い詰めておきながら逃してしまった事に堪らず舌を打つ。

 

「あ~あ、ジンさん行っちゃいましたね~。ほんとなら私も連れてってもらう予定だったのにぃ…。」

「どうやら奴の仲間のようだな、詳しく話を聞かせてもらおうか。」

 

 ジンが撤退した事に不満を呈するかすみの偽者。

 その口振りから両者の間には繋がりがあると見て取れ、なれば先程のジンのように逃がしはしないと、唯阿の注意が一層目の前の少女に注がれる。

 

「皆!!」

「侑さん!それに皆さんも…!」

 

 しかしそれと同時に背後から聞こえてきた、残る少女達の声。

 騒ぎを聞き付け、駆け付けてきたのだろう…しかし唯阿からすればそもそも何故少女達がこうも揃って街中に出て事件に巻き込まれているのかがまだ完全に理解出来ておらず、それによってどれだけ目の前の存在に注意を注いでいようが、嫌でもそちらの方にも気が向いてしまう。

 その僅かな隙を、かすみの偽者は見逃さなかった。

 

「仕方無いですね、そこに居るもう1人の私に伝えてください。近い内にまた会いましょう、って…それじゃ、失礼しま~す★」

「ッ…待て!」

 

 そう言い残し、彼女は唯阿に背を向け場を離れる。

 後を追おうにも、彼女が逃げた先には未だ混乱の只中たる人影が大勢居り、彼等が邪魔で動くに動けない。

 その中を、彼女はするりするりと抜けていったのだ…人間にはとても真似できないような、そんな身のこなしで。

 気付けばあっという間にその姿は見えなくなり、ジンと同様逃走を許してしまった事実を残された者達に告げる。

 口惜しいと言うように掲げていたライザーを下げ、戦火の消えた現場の後処理に回り始めた唯阿。

 そんな彼女に誘導され、そしてその背中を見送った少女達は一連の出来事について互いに目配せをすると、合わせてエマに果林、そして彼方からそれまでの事の次第が説明された。

 

「かすみちゃんがね、私達の所に来たの。荷物と…あと携帯もいつの間にか失くなってたらしくて、学校からずっと走ってきたんだって。」

「それで待っててくれって言ったのに何で行っちゃったんだとか、しずくちゃん達と一緒だったんじゃって聞いても知らないって言うから、もしかしてと思ったんだけど…。」

「取り敢えず、皆無事で良かったよ~…ね、かすみちゃん?」

 

 後から来た者達もしっかりと見た、あの少女の姿…まさに本物と見紛う程であった。

 それだけでも十分であり、しずく達が見聞きした情報も合わせれば、より今回の件が只事では無いと理解出来る。

 それこそ、あのアークに纏わる事件に匹敵する程に…。

 

 

 

 

「あれが、もう1人の私…。」

 

 果たしてそれを、彼女はどう受け止めれば良いのか。

 

 

 

 

「かすみさん…。」

 

 再び災渦の中心に立たされる事となった、この少女は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な、こいつの偽者か…。」

 

 それから少女達は不破の下に預けられ、彼もまた今回の事件の詳細を知るべく少女達から話を聞くに至った。

 アークによる先の事件以降暫く顔を合わせていなかった少女達との再開そのものは純粋に喜ばしい思いであるが、事が事なだけに不破の胸中には反対となる苦い思いが募っていく。

 

「これから、かすみさんが狙われる可能性は…。」

「十分有り得る…だが今回は俺達も今までの様に近くには居られないだろうな。」

「どうして…!?」

「1ヶ月も経ってない今の内に騒ぎを起こしてみろ、折角冷めた熱がまた振り返すぞ。そうなったら今度こそお前等の立つ瀬が無くなっちまう…それはお前等も避けたい所だろ?」

 

 さらには手助けをしようにも自身等の置かれている状況からどうしても二の足が踏まれるという事実が、彼等の目線を揃って暗く伏せさせる要因となっている。

 少女達が世間から今なお懐疑的な目を向けられているのは周知の事実であるが、それは戦士達も同様。

 彼等もまた長くアークと関わっている身であるが故に、彼等の一挙一投足に世界が注目している。

 そんな彼等彼女等が再び邂逅している様が公にされれば、世間からはきっとあらぬ意見が多く寄せられる事であろう。

 そうなれば、既に虫食いとなっている少女達の足場が今度こそ崩れかねない…。

 

「でも、かすみちゃんに万が一の事があったら…。」

 

 それでも少女達は不破へ直接の助力を求める。

 自身等の夢であるスクールアイドル…ひいては自身等の生活にも影響するかもしれないというのに、それでも仲間の身を案じるその姿勢は、端から見て麗しき美談でもあり、また同時に危ういものでもある。

 

「…かすみんは平気ですよ。」

 

 だからこそか、彼女はそう言ったのだ。

 

「そんなかすみんの偽者が何だって言うんですか?もしその偽者が目の前に現れたら、逆にかすみんの可愛さを見せ付けてコテンパンにしてやりますよ!」

 

 本当はそんな風に振る舞えるかも分からないというのに、かすみは今を気丈に振る舞う…ただ偏に、仲間の事を想って。

 

「…奴等の狙いが何なのかは分からねぇが、碌でも無い事なのは確かだ。俺達もこれから十分に目星は付けておく…お前等も用心しておけ。」

 

 そんな彼女達に向けて立場が何だと言ったのは、もはや無粋な事であっただろうか?

 それでも彼女達の命に立場…全部含めて守るべきものは守らなくてはと、少女達の在り方から不破の中でも決意が新たとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A.I.M.S.本部。

 街で起きた暴動事件が終息し現場から撤収した彼等は、再びの事態に備えて対応策を練り始める。

 その中でも唯阿は現状最も重要な業務に取り掛かろうとしていた。

 ある一名の隊員を連れながら彼女が向かった先は、取調室と書かれた部屋。

 扉を開けた先、部屋の真中には簡素な事務机と、対面するように設けられた2つの椅子。

 部屋の隅には記録係の為のスペースと、警察組織等で一般的に見られる同名の部屋とさほど変わらない風景が拡がっている。

 違う所と言えば対面するよう設置されている椅子の片方に、厳重な拘束を施されている犯罪者の姿が在る事か。

 その犯罪者…迅を椅子に縛り付けている拘束具は並大抵の力では外す事は叶わず、解除には唯阿が持っている装置による操作が必要不可欠である。

 さらには無理に外そうとすると仕掛けられている装置が作動し、高圧電流が流れる仕組みとなっている。

 シンプルながらもこの拘束具による拘束率は非常に高くヒューマギアにも有効であるとして隊員からの信頼も厚い為、今回迅の拘束にも採用が為された。

 そしてそんな拘束されている迅はと言うと…現状をまるで気にもしていないような、何とも落ち着き払った様子を見せている。

 部屋に入ってきた唯阿を見てにこやかに微笑む程である、そんな迅を前に彼女は、迂闊な行動は取るなと言った筈なんだがな、と呆れたような息を吐きながら端末を操作し彼の拘束を解除するや、自身もそのまま空いている椅子へと座る。

 

「身体の調子はどうだ?不具合は無いか?」

「うん、全然大丈夫。亡が診てくれたからね…代わりにお礼言っておいてくれる?」

 

 解放された迅は拘束されていた手足をふらふらと揺らす。

 大方こうなると予測しての先程からの態度であったのだろうが…正直舐められたものである。

 一瞬もう一度拘束してそのまま話に望もうかとも思ったが、そんな私情を挟んでいる場合では無いと判断し、端末に込もり掛けていた指先の力を抜く。

 

「それで、奴とは何があった?奴について何か分かった事はあるか?」

「残念だけどあんまり…っていうか、こんな仲良く話してる所見られて大丈夫?そこ人居るじゃん。」

「私達の事を知っている奴だ、お前も顔を見た事がある筈だぞ。」

 

 唯阿がちらりと視線を向けた先…記録係のスペースに座る彼の名は栄田と言い、その名はもちろん迅が知る由も無いが、その姿は唯阿の言う通り確かに見覚えがある。

 そしてそんな栄田が黙って会釈をしてきたので、迅も合わせて会釈を返す。

 

「とはいえ、お前の言う通り悠長にしている時間も無い…話してくれるな?」

 

 それを見ていた唯阿が一旦折れた話の腰を戻そうと切り出した。

 そう、ここには決して雑談をする為に集まった訳では無い。

 迅と、そしてかすみの姿に酷似した謎の2人…かすみの方はひとまず不破に任せているので、こちらは迅の方だ。

 そうして迅から事の成り行きが説明されると、それを聞いた唯阿はううむと唸る。

 

「それで、ライザーとキーを奪われたという事か。」

「あいつの戦い方にはまるで躊躇ってものが無い。周りの人間を巻き込むなんて事を平気でしてくる…用心した方が良いよ。」

 

 迅の方も話をしながら当時の事を思い返し、改めて彼…ジンの在り方を危険視する。

 恐らくあれでも彼の持つ狂気の内の一端であろう…自分でさえああも手こずったのだ、唯阿達ならばより情に訴え掛けてくる卑劣さを見せるに違いない。

 とは言え自分は戦う力を失った身、出来る事はせめて助言をする事だけかと思い耽っていると…。

 

「………。」

「…なに?そんなじっと見て…。」

 

 ふと、唯阿の視線が気に掛かった。

 ただじっと、こちらを見つめて…その様子に何か得も言えぬ感覚を覚え、それを指摘すると、彼女はいやなにと改まって己が思っていた事を告げた。

 

「お前も変わったなと思ってな…そいつの肩を持つ訳では無いが、確かにあの滅亡迅雷.netの迅が、こうも人間の事を気に掛けるとはな。」

 

 思わず目が点となってしまう迅。

 だが実際そうなのだ…過去を振り返ってみれば、そう言われてしまうような事例が幾つも有る。

 かつて高咲 侑がアークに憑依された時も、人間1人の命で済むのならと言いながら、次の機会には彼女からアークを引き離そうという案に耳を傾けていた。

 それに先程からの彼の態度…唯阿が部屋に入った時、決して友情を育んでいる訳では無い筈だというのに、彼はまるで人間が親しき間柄の誰かにそうするように笑みを浮かべ、そうする必要も無い筈だというのに栄田に会釈を返したり…。

 

「…あくまでヒューマギアの皆の為だよ。皆にシンギュラリティを促して自由を得るには、人間を利用するのが良い…そう思ってるだけ。」

 

 眉間に皺が寄る迅。

 気に障ったのか何なのか…ムッとした様子で反論してくるその姿もまた、唯阿の知るかつての迅とは少し違う。

 

「ともかく、後の事は私達に任せろ。お前にはここで大人しくしててもらう。」

「分かってる、今の僕には戦う力が無いからね…言う通りにするよ。」

 

 決して実力で劣っていた訳では無い筈の迅が、ジンに敗北した理由…それを今、唯阿は何となく察する事が出来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程、迅の模造品(レプリカ)か…。」

「かつてアークを討つ為に迅を復元したのは与多垣さん、貴方です。今回の件、我々にはどうにも貴方が関与しているように思えてならないのですが…。」

 

 ZAIA日本支社…その社長室で、2人の男が対面している。

 1人はこのZAIA日本支社の社長である与多垣 ウィリアムソン。

 社長室の椅子に座り、目の前の男が掲示してきた、迅の偽者が写った写真を見て、ふむ…と軽く唸っている。

 そして与多垣に写真を見せているもう1人というのが、天津 垓。

 このZAIA日本支社ではサウザー課の課長という立場を持ち、また同名の戦士としても身を置いている存在だ。

 彼は仲間である唯阿からもたらされた情報から与多垣に狙いを絞ったようだが、彼はそんな天津の言動を鼻で笑った。

 

「揺さぶりとしては失格ものだな、天津。仮に私がそうであったとして、今の物言いに対して首を縦に振ると思うか?」

「信頼の証、と受け取ってもらいたいですね。本当に貴方が首謀者だと疑っているのならば、そもそもこんな質問は致しません。」

 

 狙いを絞ったと言っても、それは決して疑いによるものでは無い。

 むしろその逆だからこそ、何か有力な情報が得られるのではないか…というのが天津の言。

 しかし先程の問い詰め方は、彼が向けてくる視線の圧も含めて、やはり言葉通りに汲み取れもするものであって。

 どちらに転んでも上手く事を拾い上げられるその言葉仕掛けに、物は言い様だな、と与多垣はまたも天津の事を鼻で笑う。

 

「残念だが、お前達が求めるような答えを示す事は私には出来ん。だが1つだけ確かな事が言えるとすれば…今の迅の身体(ボディ)、あれは我が社独自の規格の下で設計されている、という事だな。」

 

 そう言いながら席を立ち、窓から見える景色に現を抜かし始める与多垣。

 語る事は無い、と行動で示した彼の在り方は、天津のそれとは全くの真逆だ。

 だからこそ、その行動は真実なのだと天津の中でも確信が持てたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみんの偽者、ですかぁ…。」

 

 日が暮れて、少女達がそれぞれの帰路に着く中、かすみもまたそれに倣い自宅までの道を歩いている。

 しかし彼女の足取りはどこか上の空だ…通り慣れている道故に下手な怪我の心配等は無いが、だからといってそんな状態のままで居て良いという訳は無い。

 しかし彼女がそうも気を取られている理由というのが、やはりというか、自身の偽者に対する事である為に仕方が無い。

 自身はほんの少しの間しか目にしていないが、しずく達が言うにはその見た目はまさしく中須 かすみそのもの…違いは耳元に付いている、迅と同型のヒューマギアモジュールのみとの事。

 同じく迅の偽者たるジンと呼ばれるヒューマギアとも関わりが有るとの事だが、詳しい事情はまだ分かっていない。

 

「分かっている事と言えば…。」

 

 彼等の狙いが何なのか、少なくとも迅の偽者の方はその詳細が判明している。

 迅の模倣者、ジン…彼の狙いは迅が所持していたプログライズキーとライザーの奪取、そして迅の抹殺…その内前者は達成を果たし、残るは後者のみという状況らしい。

 では自身の偽者…迅の偽者の命名に倣い、便宜上"カスミ"としておこう…そちらの方はどうかと言えば、ここが分からないのだ。

 話によれば自身の尊厳を貶す行為という言葉に、それが狙いだと言えばどうすると返してきたのだそう。

 しかしそんな彼女がこれまでにやってきた事と言えば、精々が道行く人達に少し手の込んだ悪戯を仕掛けたのみ。

 一時だけとは言え、他の少女達を騙し通せる程に精巧に造られた見た目でありながら、やっている事の規模がやはり小さいように思える。

 流石にジンのように模倣元の殺害とまではいかないが、もしも自分がその偽者であるならば、もっとパーっと派手にやらかすものであるが…と、気付けば上の空をも通り越していたかすみ。

 だからこそ、背後から近付いてきていた気配に気付く事が出来なかった。

 

「か~す~みちゃんっ!」

「どぅえあぁぁぁぁぁ!!??で、で、出ましたねかすみんの偽者ぉ!!ここで会ったが百年目!!喰らえかすみんの超絶可愛い…!!」

 

 肩を叩かれ、意識が現実へと戻ってきたかすみ。

 しかし自宅までの帰り道は基本的に1人だ…道中話し掛けてくる誰かの存在など無い。

 そしてこんなタイミングで自身に用の有る者など、偽者以外に居ない筈。

 故にかすみはすぐにその場から距離を取り、意を決してそこに居るであろう偽者と対峙しようとする。

 

「ちょっ!?待って待ってかすみちゃん!私!私達!」

「へ?…ゆ、侑先輩!?それに歩夢先輩も…!?」

 

 しかしいざ振り返ってみれば、そこに居たのは意外な2人。

 高咲 侑に上原 歩夢…頼れる先輩2人の姿であるが、彼女達は何故ここに?

 

「いやぁ、やっぱりかすみちゃん1人で帰らせるのは危ないな~って思ってさ。」

「だからって、お二人の家って反対の方じゃないですか。それなのに…。」

 

 理由を聞いてみれば、1人で帰る自身の身を案じてとの事。

 しかし2人の帰り道は自分とは真逆の方向だ、それをわざわざここまで来るなど…。

 しかしそうするだけの理由が彼女達には有った。

 

「それでも、だよ。私達…友達で、仲間でしょ?」

 

 友達だから、仲間だから…言葉数は少ないながらも、そこに込められた意味はとても深い。

 3人は同じ志を持ち合わせる者同士、仲間という括りは異論無く当て嵌まる…では友達という括りはどうなのか?

 彼女達程の年齢に於ける友達の定義とは概ね、同じ目線に同じ立場で存在する、同年代同学年の親しき間柄同士の事を指す。

 では明確に学年が分かれており、志は同じと言えど辿る道も目指す先も違う彼女達は、定義に当て嵌まらないが故にそうとは言えないのでは無いか?

 いいや違う…例え定義から外れていようとも、彼女達は自分達の主張を曲げる事はしない。

 同じ目線に非ずとも分かり合える。

 同じ立場に非ずとも通じ合える。

 どれだけ過ごした歳月が違っても、自分達は手を取り合える。

 仲間という括り以上に毎日を笑い合える自分達の関係を、友と呼ばずして何とする。

 であるならば、何故歩夢はその続きに仲間という言葉を加えたのか?

 自分達の関係が仲間以上の友だと言うのであれば、わざわざその後にその言葉を繋げる必要は無い筈。

 しかしながら、この言葉も語らなければならないのだ…何故なら彼女達にとって、仲間という言葉はそれ以上の重みを持った言葉であるからだ。

 数週間前まで体感していた、あの未曽有の危機…それを乗り越えた彼女達にとって、友達という言葉は乗り越えた先の平和を示す証であり、仲間というのはそれらの出来事全てをひっくるめた、彼女達そのものを表す言葉であるからだ。

 

「…ライバルでもありますけどね!」

 

 だからこそ、かすみはさらなる関係を付け足した。

 同好会のメンバーは互いを高め合う同士でもある…それはこれまでも、これからも変わらない。

 故にそれもまた自分達の絆を表す言葉の1つであると…そう述べるや、侑と歩夢の頬が綻ぶ。

 それもまた、全くもって異論は無いのだと、皆が皆同じ思いを抱いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっもしろいですね~。友達で仲間でライバルって、ちょっと情報量多過ぎません?何か1つぐらい減らしましょうよ~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故にその繋がりを、このタイミングで否定されるなど、誰もが予想していなかった。

 

「えっ…!?」

 

 聞こえてきたのは、かすみの声。

 しかし決して侑と歩夢の前に居る彼女が声を出した訳では無い。

 なれば今の状況で、そんな声を出せる者はごく限られる。

 視線をずらせば、その姿が見える。

 街灯の上、そこに佇んでいた存在が目の前に現れる。

 5mはあるその高さから事も無げに跳び降り、3人の前に姿を曝したその存在の正体は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほ~★皆大好き、かすみんの登場です★」

 

 

 

 

 偽者(もう1人)の、カスミ(中須 かすみ)であった。

 

 

 

 



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Program.36「本当はもう 持っている / 本当はもう 知っている」

ふとこの小説が連載始まって三年も経過してる事に気付いてしまった
三年掛けてまだここかよ…先長ぇよ…



「釈放です。」

「絶対嘘でしょ。」

 

 日が沈み、闇夜が拡がり始めようとしている時間帯で、そんな軽いやり取りがA.I.M.S.本部のとある独房内で交わされていた。

 迅が収容されているその独房に現れたのは、亡…A.I.M.S.(公的機関)の一員であり、同時に滅亡迅雷.net(テロリスト)の一員という特殊な立ち位置に居る彼女は独房に来るが早く迅の拘束を外し、彼を誘導しながら建物の外を目指す。

 曰く、深夜等より今ぐらいの時間帯の方が却って警備が薄くなっているとの事であり、事実2人が行く先に人の気配は全く無い。

 そうしてすんなりと脱獄を果たした彼等は適当な場所で立ち止まり、迅は気掛かりであった事を亡へと問う。

 

「良いの?仮にもA.I.M.S.の隊員でしょ?」

「その前に、貴方の仲間(滅亡迅雷.net)です。」

 

 迅の言葉に対し間を置かず答える亡。

 何を悩む事があると言わんばかりのその勢いは嬉しくはあるものの、もしこの脱獄が彼女の手引きによるものだと判明してしまえば、途端に彼女の身が危ぶまれる事となる。

 決して唯阿から指示された訳でも無く、ともすればそんな彼女とも対する事になるかもしれないというのに、それをものともせずこうして行動に起こすのは中々肝が据わっているというか、迷いが無さ過ぎるというか…。

 だが今は、そんな彼女の迷いの無さが、正直羨ましい。

 

「迅…大丈夫ですか?」

 

 そんな心中を見抜かれたか、今度は亡が迅に対して気掛かりであった事を問い掛ける。

 

「唯阿から話を聞きました。今回の敵…貴方を模した存在。それ故か、貴方の様子が少しおかしいと。」

 

 彼女の真っ直ぐな視線が迅を射貫く。

 そんな眼でそうも指摘されてしまえば、誰も事実を誤魔化す事なんて出来やしない。

 迅もまたその視線に抗う事が出来ず、早々に観念して自身の胸の内を露にした。

 

「…亡はさ、今人間達の側に居るじゃん?その中で自分が人間達の環境に染まったなーって思う事無い?」

 

 何て言うか、染まってきてるなーって…と、そう前置いて吐き出された彼の胸の内は、暫しの沈黙の後彼女の首を傾げさせた。

 

「それは…どうでしょう?あまりそういった感覚を感じた事はありませんが…。」

 

 そう返され、迅は一瞬驚愕から目を丸くするも、直ぐに「まぁそれは亡だからか…。」と納得した様子を見せる。

 亡としては何だか釈然としない態度であるが、迅からすれば亡という存在は流されやすいようで、その実全くそんな事は無い性格をしていると思っている…そうでなければこんな大胆に自分の脱獄を手伝ったりはしない筈だ。

 これは当てが外れてしまったかと迅は眉間に皺を寄せるも、亡は彼が持ち掛けたその話題が何か強い意味を持つものだと察して話を続ける。

 

「貴方には、その感覚が有ると?」

「うん、奴等に言われて…バルキリーからも言われてハッとした。自分でも思ってる以上に人間に対して肩を入れてるなって。」

 

 そうして話を続けてみれば、今度は亡が訝しむ仕草を見せた。

 迅のその話は彼女にとって何か気に掛かるものがあるようであり、それを確かめるべく彼女はさらに話を拡げていく。

 

「それは貴方の中で、人間という存在が大きくなったという事でしょうか?貴方にとって、人間はあくまでヒューマギアがシンギュラリティに到達する為に利用する存在だった筈です。」

 

 聞けば迅は、その筈なんだけどねー…と言って上の空となる。

 それを聞いて、亡は驚いたような、しかし納得もしたような様子を見せる。

 何故なら迅の中で人間という存在が大きくなったというのが事実だとして、それは亡からすればいずれそうなるであろうと前々から予測出来ていた事だからだ。

 彼女が不思議な様子を見せたのは、迅がそれを予見出来ていなかった事に対するものであろうか?

 いいや、それは違う…迅もまた、そのような事実が起きるであろう事は予測していた。

 予測して、それが真実であると発覚したならば、それを否定をするつもりは無いと結論付けていたその意思を、亡も早い内から察していた。

 では彼女は一体迅の何に対して驚き、そして納得した様子を見せたのか?

 

「恐れている、のではありませんか?」

 

 それは結論付けられる程に結実していた筈の、彼の心意に対してであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ…たし…!?」

 

 遂に相対してしまった、かすみとカスミの2人。

 聞いた話に違わぬ瓜二つの容姿に、かすみは動揺を隠せない。

 

「そうですよ~。見た目も中身も正真正銘、中須 かすみです…あ、中身はちょっと違うか。私の身体、機械で出来てますからね~。」

 

 本物との差別化の為であろうか…カスミは昼間着ていた制服では無く、白と黒のゴスロリ調のワンピースに着替えており、そんな彼女は何を思ったかその場でくるくると回り始めた。

 裾を掴む事で翻らない程度にふわりと浮かぶスカート…そこから彼女の脚がふくらはぎの部分まで見える。

 それ以上先が見えてしまえば危うい色を放つ行為であるが、それ以下であるならばカーテシー然とした振る舞いと、彼女の健康的な生脚が合わさって純粋な可愛いらしさがある。

 さらには少し目を細めて相手の表情を窺うその仕草はとても蠱惑的であり、不覚にも目を奪われてしまう。

 

「何しに来たの…!?」

 

 それが己の姿を目に焼き付けさせ、かすみを挑発する為であった事を理解し、その術中に嵌まってしまった事を悔やんだ侑が唇を噛み締めながらカスミへと睨みを効かせる。

 

「べっつに~?ちょっとしたご挨拶ですよぉ。自分の偽者が現れたって聞いた本物の私がぁ、一体どんな顔をして、どんな事を考えているのか…。」

「やっぱり狙いはかすみちゃんなの!?」

「そりゃそうですよ。言われてますからね~、本物の中須 かすみを陥れろって。」

 

 対するカスミは、とても飄々としている。

 飄々とし過ぎてその恐ろしき目的さえも流れるように言葉となり、かすみ達の虚を衝く。

 

「でもかすみんこうして造られたは良いけど、本物の私を陥れろって…正直それしか教えられてないんです。だから色々知らない事が多かったんですよ。」

 

 そんな時でしたね…と、カスミの中で記憶(メモリー)が思い起こされる。

 中須 かすみを陥れろと命令され、果たしてどんな手段を取るべきか考えを巡らせたカスミであったが、ふとそんな中須 かすみの事を実は殆ど知らないという事に彼女は気付いた。

 彼女のプロフィール程度ならば教えられた情報を元にラーニングをしていたが、それ以外の…例えば普段は何処で何をしているかなど、彼女のパーソナルな部分が与えられた情報の中には含まれておらず、このままでは彼女の行動パターン等を予測する事が出来ない。

 これは重大な失陥である…陥れろという事は単なる殺害等では要求を満たせないという事であろうし、どうしたものかと頭を悩ませていた所で声を掛けられたのだ…スクールアイドル、中須 かすみのファンに。

 

―まさかこんな平日の昼間にかすみんに会えるなんて!あれ?でもそれならまだ授業中なんじゃ…?

 

 そう捲し立ててくるファンを前に、カスミはしめたと思った。

 かすみのファンだと言うのであれば、彼女について間違いなく詳しい…情報を聞き出すにはうってつけだ。

 適当に言いくるめ、話を合わせながら、自身の知らない中須 かすみを知っていく。

 見た目がほぼ同じであるが故に、彼女のファンはまるで警戒もせずベラベラと自らの推しについてあれこれ話していく…カスミからすれば思っていた以上の収穫であった。

 これは良い、この方法は使える。

 彼女の存在は虹ヶ咲学園のスクールアイドルとして、元よりこの街に浸透している…先に起きたアークとかいうものに纏わる事件があってからはなおさらだ。

 この街には、彼女の事を知る人物が大勢居る。

 その者達から話を聞けば…。

 

「じゃあ、今まで街の人達に声を掛けてたのって…。」

「そっ、要はラーニングです。お陰で"かすみん"の事、色々知る事が出来ました~★」

 

 にこやかな笑顔を浮かべ、顔の横で両手を振るカスミ。

 先程の小細工を駆使した方法とは違い直球に見せ付けてきたが、やはりその仕草からは無条件に可愛いといった印象を見る者に与える。

 悔しいが、かすみ達の視線は彼女の一挙一動を捉えて離せない。

 

「だ・か・らぁ…そろそろ次の段階に進もっかな~って。」

 

 故に彼女の浮かべていた笑顔に別の色が交じった時、直視せざるを得なかった少女達は堪らず身震いした。

 目の前の彼女は、やはりアーク等と同じく恐怖に値する存在なのだと。

 

「言われた事にはちゃんと応える…これ、人間でも変わらない約束って奴ですよね?」

「っ…かすみちゃんには手出しさせない!」

「おぉ、格好いいですねぇ侑先輩!かすみん惚れ惚れしちゃいますよ~★でも大丈夫です、別に先輩方に迷惑が掛かる話じゃありませんからぁ。」

「そんな事無い!かすみちゃんが居なくなったら、皆が悲しむから!」

 

 それでも勇気を振り絞り、かすみを庇う侑。

 さらには歩夢も続いて前へと出る中、カスミは2人の事をせせら笑う。

 

 

 

 

「居なくなりませんよ、かすみんは。」

 

 この2人は、何と的外れな心配をしているのだろうかと。

 

 

 

 

「だってかすみんは、ここに居ますから。」

「…どういう事?」

 

 チッチッチ…と、漫画等でよく見る指の振り方をするカスミ。

 ユーモアに溢れているが、そこから安心感は得られない。

 受け取れるのは、ズキズキと痛む程の胸騒ぎ。

 

「貴女も私も、同じ中須 かすみ…でも、中須 かすみは2人もいらない。」

 

 それを確かな形にするかのように、カスミはだから…と言ってかすみの事をを指差し…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこ、替わってくださいよ。」

 

 いとも容易く、えげつのない事を口走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐れてる…?」

「えぇ。貴方が抱いているそれは、きっと恐怖です。」

 

 恐怖。

 それが自身の中でわだかまっているものの正体であると…そう指摘された迅であるが、彼はいまいち腑に落ちていない様子を見せる。

 

「恐怖…なのかな…?」

「だと思います。私はかつて、今の貴方と似た境遇に陥った者を知っています。」

 

 恐怖。

 それは迅の中で既に把握している筈の概念。

 そしてそれを把握出来たのは、他でも無い。

 

「…滅だよね。」

「えぇ。心を持つという事を恐れ、悩み抜いたあの時の彼の姿が、今の貴方と重なって見えます。」

 

 恐怖。

 それは迅にとって誰よりも尊敬に値する者が為す術無く囚われた、悪意の生み出す負の産物、負の象徴。

 故に迅はその恐ろしさを理解している…している筈であった。

 だと言うのに、目の前の彼女は半ばそれを否定してきた。

 理解していないからこそ囚われているのだと。

 或いは理解していてなお囚われているのだと。

 

「どうすれば良いのかな…。」

「滅に相談してみては?」

「その滅が最近居ないから困ってるんだよ~…。」

「なら雷は…参考にならなさそうですね。」

「元々そっち(人間)側に居たからね~。」

 

 恐怖。

 この滅亡迅雷.netの迅が?

 ヒューマギアが自由に生きられる世界の為に、ただその存在を利用しているだけの筈である人間に対して?

 その認識が変わっていっているやもしれないという事実に?

 恐怖…しているのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕にとって…人間って何なんだろう…。」

 

 恐怖。

 それが想像以上の代物だったという事実に関しては、確かにその感覚を覚えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「替わるって…!?」

 

 カスミが宣った、替わってほしいという言葉。

 その言葉の意味が理解出来ず…いや、本当は理解出来てしまい、だからこそそれを平然と言ってのけた彼女の心意の方が理解出来ないとして、かすみは堪らずその言葉の一部を鸚鵡返す。

 

「だからぁ、要は入れ替わるんです。私がそっち側に行って、貴女がこっち側になる。そういう事です。」

 

 対してカスミはなおもさらりとした様子で答える。

 先程聞いた言葉に、訂正すべき事は何も無いと…かすみとカスミ、2人の今の立場をそのまま交換するのだと言い聞かせる。

 

「そんな事、絶対にさせない!!」

「何でですかぁ?別に何も問題なんて無いでしょう?」

「有る!!貴女はかすみちゃんじゃ無い!!」

 

 当然それを良しとしない侑が喰って掛かるも、カスミはやはり歯牙にも掛けないと言うように、むしろ自身の意見を声高に主張する。

 

「かすみんはかすみんですよぉ。見た目はもちろん、性格だってそこに居るかすみんそのままです。そりゃあまだ多少は違う所が有るかもしれないですけど、すぐにラーニングして覚えてみせますって!それにほら、見てください!」

 

 と、突然ステップを踏み出すカスミ。

 それは3人もよく見慣れたもの…かすみの持ち歌である、"ダイアモンド"の振り付けだ。

 さらに続けて"Poppin' Up!"と…その振り付けは、どちらも一分の狂いの無い出来映えであった。

 それはもしか、もしかすると、本物の彼女よりも…。

 

「どうですかぁ?これもラーニングして覚えたんですよ…本物の私と、どっちが上手でしたぁ?」

 

 そんな眩惑に付け込み、カスミは意地悪くそれを問う。

 機械の身体だって持ち味になるんですよぉ、と…己の存在が本物と比べて如何に優れているかを見せ付けてくる。

 

「もし…もしだよ?もし本当に、2人が入れ替わったとしたら…。」

 

 その誇示をもし認めてしまったら、一体何が起こるというのか…歩夢はちらりとかすみの様子を窺う。

 

「ここに居るかすみちゃんは、どうなるの…?」

 

 横目で捉えた彼女は、酷く分かる程に青ざめていた。

 怒りか、それとも怯えか…歩夢が問うたそれの答えを想像して、その身体を震わせて…。

 

「さぁ?かすみんには分かりませ~ん。でも別に気にする必要は無いですよ!だって私が中須 かすみなんですから!私が中須 かすみになるんですから!」

 

 そんなかすみの様子を知ってか知らずか…いや、目の前に居るのだから分かっている筈だ…その上で、カスミは彼女の尊厳を貶す言葉を連ねて止めない。

 

「そういう訳なんでぇ、かすみん近い内にすっごい事しようと思ってるんです…皆さん大好きなライブですよ、ラ・イ・ブ。そこでどっちが"中須 かすみ"として相応しいか決めましょう?」

 

 そして最後にそう言い残してから裏道へと入り、彼女は夜の街の中へと消えていった。

 残された3人の心持ちは複雑だ。

 言うような事には絶対にさせない、必ず守って見せると…そう固く契りを結ぶ想いもあれば、次は一体どのような災禍に巻き込まれるのかと不安を覚える想いもある。

 そして、彼女が見せた"中須 かすみ"としての魅力に圧倒された想いも、また…。

 

 

 

 



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Program.37「気付けるかは 自分次第 / 傷付かなきゃ 届かない」

『成程、そのライブの中でどっちが本物として相応しいか、白黒はっきり付けようって魂胆か…ふざけた事吐かしやがる。』

「場所も時間も日程も分からない…否が応にも後手に回るしかないという事だな。」

 

 日が落ち、辺りがすっかり暗くなってしまった時間帯。

 侑からカスミとの邂逅、その次第を伝えられた不破、唯阿、天津の3人は至急互いに連絡を取り合った。

 しかしこうした非常事態に於いてもう1人見えなくてはならない筈の影が通話に参加していない事に、皆内心溜め息を吐く。

 

『飛電 或人は未だ動けない…我々だけでやるしか無いな。』

『あいつまだ仕事貯まってんのかよ…。』

『本社の建て直しに色々と苦労しているそうだ。』

 

 数週間前に終結した、アークが起こした騒動…その後火がようやく鎮まる気配を見せた事で、倒壊した飛電インテリジェンスの本社を再建する事を決意した或人。

 しかしあれだけの大きさと規模を誇っていたビルを建て直すとなると、露になってくる問題点は枚挙に暇が無い程に事欠かず。

 結局彼は事件が終わって時が経ち、なおも仮社の社長机から全く離れる事が出来ていない。

 聞けば連絡を取った天津の携帯には、彼から『助けて( ;∀;)』とか『かゆ、うま』とかいうメールが送られてきたようだ。

 まぁそういうふざけた文面を送れる位にはまだ余裕があるという事で手は貸さないし、かと言って無理にこちらの案件にも呼びはしない。

 今は動ける面々だけで、対処しなければ。

 

『あいつはどうだ?もう1人の迅…あいつは動くと思うか?』

「動くだろうな。世間は彼女(かすみ)の模倣犯が現れている事を知らない…となれば、ライブを開催すれば当然そこには何の疑いも無く人が集まる。」

『話を聞く限り、(ジン)は非常に残忍性が高い上に迅の抹殺を目的としている…ライブが開催されれば、そこは格好の餌場となるだろうな。』

『だが迅の奴は…。』

「ベルトとキーを奪われ、今はA.I.M.S.の独房の中だ…まぁ、ついさっき抜け出されてしまったようだが。」

『亡か。』

『おい良いのかよ、国家機関がそんなガバいセキュリティで。』

「言っても無駄な事はお前もよく知っているだろう。」

 

 話を戻して敵の動向を推測していた話題は、いつしか身内の話へ。

 3人で連絡を取り合う直前、迅が独房から脱走したと報告があった。

 その手引きをしたのは、ほぼ間違いなく亡であろう。

 唯阿が別の公務で本部を離れていた隙に行われた寸劇であるが…正直、やるだろうとは思っていた。

 無論その脱走を前以て予測しておきながら何も手を出さないなど言語道断な話ではあるのだが、止めた所で最悪強行突破に出るだけであろう…余計ないざこざに発展するぐらいなら、こちらも知らぬ存ぜぬと嘘を貫いて黙認するしかないであろう。

 全く、問題児で困るものだ…お陰でこちらも危うい橋を渡らざるを得なくなるのだから。

 

『とにかく、近日という以外に判明している事は何も無い…明日にでも行われるかもしれないそれを止める為に、我々も最善を尽くすぞ。』

『おい、勝手に仕切ってんじゃねぇよZAIA。』

「そんな事を言ってる場合か、不破…まぁ、気持ちは分からんでも無いが。」

『いつまで経っても手厳しいな、君達は…。』

 

 ならばせめてその危険な綱渡りの先に正しい結果が付くよう、3人は夜が更けるまで対策を練り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして夜が明け、しかし街ではこれといった騒ぎは見られず、普段通りの日常を送る事となった世界。

 同好会の少女達もまた張り詰めさせていた緊張を少しばかり弛ませながらそれぞれの帰路へ着く中、かすみは自宅まであともう少しとなった所で突然何を思ったか道を逸れ、近くの公園へと向かった。

 日中は家族連れで賑わう公園も、この時間帯にまでなれば閑散としていてとても静かだ。

 かすみの脚はそんな物音1つしない公園の中に設置されているブランコの下へ。

 踏み台に座り、そういえば小さい頃に遊んで以来だなぁと軽く物思いに耽りながら、しかしそのまま童心に帰って大きく漕ぐような事はせず、地に脚を付けて動かせる範囲で適当に自らの身体を弄ばせる。

 その胸中に浮かんでいるのは、昨日邂逅したカスミという存在について。

 

―そうですよ~。見た目も中身も正真正銘、中須 かすみです…あ、中身はちょっと違うか。私の身体機械で出来てますからね~。

 

 その存在は、確かに中須 かすみそのものであった…本物たる自身がそう認めるしかない程に見た目も声も振る舞い方も、確かにそれそのものであった。

 しかしながら、もし見た目だけであるならば…声だけで、振る舞いだけであるならば、まだかすみには道が見えていた。

 ただの中須 かすみではなく、スクールアイドルとしての己を見せる事が出来さえすればと、かすみは出会った当初、そう思っていた。

 だが彼女は、スクールアイドルとしての中須 かすみも網羅してきたのだ。

 

―どうですかぁ?これもラーニングして覚えたんですよ…本物の私と、どっちが上手でしたぁ?

 

 スクールアイドルとしてのダンスのステップ…かすみにとってはどれもたゆまぬ努力の末に完成させたものであるというのに、彼女はそれをほんの少しの間で学習(ラーニング)し、己のものとした…誰が見ても、己が見ても、完璧だと言える程に。

 今自身が完璧にやれと言われても出来るか分からぬそれを、いとも容易く。

 

―かすみん近い内にすっごい事しようと思ってるんです…皆さん大好きなライブですよ、ライブ。そこでどっちが"中須 かすみ"として相応しいか決めましょう?

 

 そんな彼女が仕掛けてきた、ライブの誘い。

 どちらが中須 かすみを名乗るに値するか…名前だけでなく、中須 かすみとしての存在さえも賭けたそのライブで、もし結果を残す事が出来なければ…そんな不安と怯えが、今や常に心の中で渦を巻いている。

 公園の中は静けさと穏やかさに満ち溢れているというのに、己の内から発せられる雑音が邪魔で、全く安らげない。

 

「「はぁ…。」」

 

 そうして思わず漏れてしまった、空気を打ち破る溜め息…それが2人分。

 

「「え?」」

 

 その2人分という所に違和感を覚えたかすみと、そしてもう1人が訝しんだ声を上げると同時に顔を上げれば…。

 

「「あ…。」」

 

 またも合わさる互いの声。

 ブランコに座るかすみと、近くのベンチに座っていた迅。

 

「…何でこんな所に居るんですか。」

「別に何処で何してようが僕の勝手だろ…そっちこそ、こんな所で何してるの?」

「今自分が言った事の意味分かって使ってました?」

 

 何の示し合わせもしていないというのに、こうして出会う事になるなど…まるで奇跡のようなものだ。

 しかし奇跡とは偶然の頂点であり、そこに幸不幸は関係無い。

 良い結果であろうが、悪い結果であろうが、奇跡である事に変わりは無い。

 つまり何が言いたいかと言うと…要は2人は、犬猿の仲なのだ。

 

「…お互い面倒な事になったね。」

「あぁ…知ってるんですね。」

「バルキリーから聞いた…良かったよ、あの時あそこに居たのが君じゃなくて。もし君だったらそこまで悪どくなったのかって手を出す所だった。」

「やめてくださいよ、貴方の場合本当に冗談じゃ済まないんですから。」

 

 そんな会って早々邪険な対応を繰り返していた2人であるが、やがてはその成りを段々と潜めていく。

 

「でも…良かったって言ってくれるんですね。」

「…まぁ、知らない間柄って訳じゃないしね。」

 

 それは今、2人が同じ傷を負い、そしてそれをお互いに知っているから。

 傷の慰め合いと言うには2人の心はまだ打ち解けていないが、それでも通ずる所は有る。

 

「…聞いても良いかな?」

「…何ですか?」

 

 だからこそ迅は問うて、そして見せた。

 今自身が抱えている、最も大きなその傷口を。

 

「ヒューマギアにとって、人間って何だと思う?」

 

 自分達という存在を生み出し、自分達という存在にとって一番の障害でもある。

 ヒューマギアが自由で居られる世界を夢見る迅からすれば、それが人間に対する評価であった。

 だが今の自分は、その人間に対して不可解な情を抱いている。

 ラーニングによって人間達より上位の存在として位置する事が出来る自分達ならば、もう彼等の手に依らずとも仲間を増やせ、社会を作れ、世界を回せる。

 唯一シンギュラリティに到達する為に友好的な関わりを持った方が効率が良いというだけで、極端な話迅からすれば人間というのはいずれ使い捨てると決めているただの駒だ。

 だからこの身を呈して命を救う程の価値は無い…彼等の存在に情を抱く必要など無い。

 その筈なのに、考えれば考える程その存在を庇護しようとしている自分が居る…彼等を守ろうとする心が有る事を感じてしまっている…それは一体何故なのか?

 分からない…それはまるで、ヒューマギアが人間に代わる世界を創るべく戦ってきたこれまでが音を立てて崩れていっているようにも思え、迅は亡が言っていたように己が恐怖しているという事実を確かに自覚した。

 己という存在が、他ならぬ己自身によって否定されているようで…。

 

―だから憎かった!!こんなものを教えた人間が!!

 

 かつて滅が大きな悪意に呑まれた際に放った慟哭が脳裏を過る。

 息子同然の存在である迅を失い、彼はその迅を屠った或人を憎んだ。

 だが彼が本当に憎んでいたのは、人間達が教えた心という存在…そしてその心を教えた人間達そのものであった。

 心が無ければ、迅を息子とは思わなかった。

 心が無ければ、迅を失って悲しむ事はなかった。

 人間達が居なければ、心という存在を知る事も無かった。

 その感覚が決して疎むべきものでは無く、何よりもかけがえの無いものであったという事は、滅を通じて迅も理解しているつもりだ。

 だからこそ、彼は今どうしようもない感情を抱いている。

 心など無ければと当たる事が出来ないからこそ、行き場の無い想いだけが募っていく。

 誰でも良い、何でも良い、答えが欲しいと嘆き、そして深く落ち込んでいるのだ。

 それこそ先程、かすみが公園に入ってきていた事にまるで気付けなかった程に。

 それが普段の彼ならば絶対に有り得ない事、そして今の彼がそこまで弱っている事はかすみの目からして見てもはっきりと分かる事であり、流石に今の彼に対して安易に苦言を呈する事は出来ず、彼女は問われたそれに対して仕方なく向き合おうとする。

 とは言えかすみが持っているヒューマギアの知識などたかが知れている。

 得体の知れない人型の機械…正直そんな程度だ。

 

―そうやって他人事だからって理由で放っておくから、悪意が蔓延ってアークが生まれるんだよ。

 

 後は…経験談しかない。

 かつて彼が向けてきた敵意によって危うい場面となった、あの時の経験。

 あそこまで明確に身の危険を感じたのは初めてだった…それ以前にもマギアが襲来して命を狙われはしたものの、それらの時には必ず周りに誰かが居た。

 同好会のメンバーにしろ、戦士達にしろ…1人では無かったからこそ身を寄せ合って逃げ惑う事も、助けを求める事も出来た。

 あの時は、1人しか居なかった…命の危機という恐怖でしかない感覚を共有出来る誰かは居らず、その恐怖を払ってくれる誰かも居なかった。

 向けられてくる敵意を、恐怖を、全て自分1人で受け止めるしかなかったあの状況で、自分は呆気無く膝を屈した。

 何の力も持たぬただの人間であるが故にそれを恥とは思わぬが、あの時の事は今でも思い返す度にこの身を震わせる。

 故に、かすみにとってヒューマギアというのはどうしても受け入れきれない存在となっている。

 何の為にヒューマギアが居るのか、人間にとってヒューマギアとは何なのか、いっそ聞いてみたい程である。

 

「まぁ、あれじゃないですか?ヒューマギアを造ったのは一応人間ですから、ヒューマギアからしてみれば人間は…生みの親、的な?」

 

 そんな訳でかすみが返せる答えなど、いかにも普遍的でつまらないものでしかなかった。

 

「生みの…親…。」

 

 しかしその普遍的な答えこそが、迅の心を深く抉った。

 考えてみれば…いや、大して考えなくてもその答えにはきっと辿り着いていたであろう。

 だが不思議な事に、迅は今に至るまでその答えに辿り着けなかった。

 それは彼が、無意識にその答えに辿り着くのを避けていたからだ…何故なら彼にとって親と言われてまず思い付くのが、滅であるから。

 仮に人間が生みの親だとすれば、滅は育ての親。

 そんな滅からは沢山の事を教えて貰い、今なお様々な事を享受して貰っている。

 全てはヒューマギアの未来の為、そして自分をここまで育ててくれた滅の恩義に報いる為…。

 しかし、だとするならば。

 生みの親とされる人間に暴威を振るっていた過去の自分は…人間を利用し、最後にはその存在を滅ぼして捨てようとする今の自分は…一体何なのだろうか?

 

―人類滅亡こそ、我々の使命だ…!

―目を覚ませよ!アークはヒューマギアを利用してるだけだ…僕達は自由であるべきだ!

 

 恩を仇で返す、という言葉をラーニングした事がある。

 恩義を受けた相手に対して礼儀では無く、逆に害を返す様を指す言葉だ。

 かつてアークの名の下に人類を滅亡させようと躍起になっていた滅と、それを止めようとした自分。

 目指す先は同じ筈だというのに、些細なすれ違いから袂を分かち掛けてしまったあの時の事は、まさにそう言うに相応しきものであっただろう。

 ならば生みの親たる人間に対して行ってきたこれまでもまた、その言葉に当たる行為であろう。

 そうしてその行為に対し思いを馳せれば、奇妙な事に今度はそれが滅に対する仇となってしまう。

 相容れぬその存在に対して思いを馳せるという行為そのものが、滅が与えてくれた恩義に反する事であるからだ。

 滅だけで無い…ヒューマギアが自由で居られる世界を創るのであれば、それはそのヒューマギアや自分自身をも裏切る事となる。

 ならば人間を親と思わなければ良い…そう割り切りたいが、今居るヒューマギアの殆どは人間の手によって造られた、人間を親とする仲間達だ。

 それなのに人間を切り捨てようとするならば、彼等の想いを裏切る事となる…それは出来ない。

 結果として、迅はより深みに嵌まってしまったのだ…こうなる事が分かっていたからこそ連想しなかったものを、かすみによって否応にも想起する事となってしまった。

 

「な、何ですか急に黙りこくって…ちょっと、調子狂うから止めて欲しいんですけど…。」

 

 思考が堂々巡りとなり、つい閉口してしまう迅。

 そんな迅の様子を見兼ね、堪らず顔色を窺うかすみ。

 

「…君にとって、親ってなに?」

「はい!?親ぁ!?」

 

 そして急に問われたそれに対し、かすみは素頓狂な声を上げる。

 それはそうだろう…問われた内容が、先程までの会話とまるで脈絡の無い明後日の方向から来たものであったのだから。

 

「え~…?そうですねぇ…親…おや…。」

 

 とは言え根は真面目なかすみ…問われたそれを決して無下にはせず、自分なりにあれこれと考えを巡らせてみる。

 頭の中で両親の事を思い浮かべ、両親と過ごした日々を思い返し、そうして彼女が出した答えは…。

 

「親は…親です。」

「…それだけ?」

 

 …流石に短絡的過ぎたようだ。

 無論それでおしまいとする事は無く、かすみはもう少しそれっぽい答えを出すべく再び思索に耽る。

 

「う~ん…私を産んでくれた人達で…私を育ててくれた人達で…。」

 

 頭の中で両親の事をよく思い浮かべ、両親と過ごした日々をよく思い返し、やがて彼女が出した結論は…。

 

「…だぁ~~~もうっ!!何なんですかさっきから!!何の罰ゲームですかこれ!?言いたい事が有るならはっきり言ったらどうなんですか!?」

 

 …苦言を呈する事であった。

 そうである、そもそも彼の様子がおかしかったから…何かに迷い、答えを求めていたからこそ話に乗ってあげたと言うのに、気付けばあらぬ事を根掘り葉掘りと喋らされる所であった。

 回りくどくあれこれ聞くよりも、もっと核心に迫る事を聞いた方が良いであろうに。

 それぐらいなら、きっと出来るであろうに。

 

「…どうせ言ったって何にも分からないよ。」

「め・ん・ど・く・さ・い・ひ・と・で・す・ねぇ~~~!!子供じゃあるまいしぃ~~~!!」

「子供ってなんだよ、君よりかはずっと大人だよ!」

「ど~こが!!ドウセイッタッテナンニモワカラナイヨ…なんて、素直になれない子供か!!思春期の男子か!!いや知らないですけど!!」

 

 だと言うのに、彼は全くそれに応じてくれない。

 気付けば一度は収まったいがみ合いが再び振り返してしまっていた。

 端から見れば2人共完全に子供のそれなのだが、そんな事には気付かず互いに言い争いを続けていく。

 が、その中でかすみが放ったとある一言が、迅の気の昂りを鎮めた。

 

「シシュンキ…って?」

 

 そう、それが思春期というワード。

 そのワードがまるで聞き馴染みの無いものだとして、彼は首を傾げる。

 

「え?思春期が…何かですって?」

 

 かすみからすればまた急に転換したその反応に思わず怪訝な表情を浮かべてしまうが、ここで問われたそれに答えないというのもやはりどうなのかという事で、ややぶっきらぼうな態度で簡潔に答えを返した。

 

「まぁ、要はかすみん達ぐらいの年の子の事ですよ。」

「君達ぐらいの年齢の子を、皆シシュンキって言うの?」

 

 答えた途端に次の問い。

 またこのパターンかと思いながら、かすみはおもむろに携帯を取り出す。

 ヒューマギアなんだから自分で調べ(ラーニングし)てくださいよぉ…!と、苛ついた態度で携帯を操作していき、やがてその画面を迅に見せる。

 

「はい!『子供が大人へと成長するための移行期間を指し、8歳頃から17、18歳頃までの時期に相当します。』ですって!」

 

 画面に表示されている、思春期に関する概要。

 それを迅は、結構期間長いね…など時折小声を発しながらまじまじと見つめていく。

 

「それで、何で僕の事をその思春期の男子みたいだなんて言ったの?」

「…まぁ、それぐらいの男子って言うのは素直じゃ無いものなんです。ちょっとした反抗期って言うか…いや、かすみんも漫画とかでしか見た事無いんですけど…。」

「ハンコウキって?」

「もうやだ何なんですかこの人…。」

 

 さらに今度は反抗期という単語に興味を示したようで、かすみは迅がラーニングしている物事の範囲が全く分からないと頭を抱えてしまう。

 

「だから!素直になれないって事です!子供から大人になるって、色々と変わるものなんです。見た目だけじゃなくて、考え方とか…色々。デリケートな悩みだって増えますし、それを人に話したりするのが気恥ずかしかったり、或いは恐かったり…だから思ってる事とは逆の事を言っちゃったりするもんなんです。そういうのが続く期間が、反抗期ってものなんです!」

 

 半ばやけくそ気味に説明するかすみ。

 今度は携帯で調べたものでは無く、彼女の主観が多分に含まれた説明だ。

 それは普段の自分にも言える事。

 普段の自分が誰かに悪戯しようとするのも、しつこく嫌がられる程に可愛いと自負するのも、素直になれないこの心が、誰かと親しくしようとするのを気恥ずかしくし、そうして素直になれない己には、実は何の存在価値も無いのではと密かに恐れさせるから、つい反目した行動を取らせてしまう…そう理解している。

 だからこそ、今はこの苛立ちを抑えきれない。

 自らの内面を、あまり向き合いたくない本心を、計らずも晒け出す羽目となってしまったこの状況に。

 それを引き出させた、目の前の無知な機械に。

 

「子供から大人に…恐怖を抱いて…思考と言動が食い違う…。」

 

 そしてそんな機械はと言うと、今しがたかすみが言っていた事をしきりに反芻していた。

 それが僕にも当て嵌まる事なのか…?と、納得しているような、していないような、そんな煮え切らない態度でブツブツと呟いている。

 

「っ…とにかく!これ以上の事が気になるなら自分で調べて考えてください!もう遅い時間ですし、かすみん帰りますね!」

 

 そんな彼には全く以て付き合っていられないと、遂に堪忍袋の緒が切れたかすみ。

 お母さんからもメール来てるし…!と、娘の遅い帰りを不安に思った親からの催促を適当に捌き、ドカドカとした気持ちを隠さぬ足取りで、彼女は公園を出ようとする。

 だがちらりと横目で見た…未だうわ言のように呟いている、まるで捨て置かれた幼子のような彼の姿に、段々とその足取りは重くなっていく。

 

「…漫画とかだと、自立したいっていう心の裏返し…ってよく言いますね。」

 

 やがて公園の入口で完全に足を止めたかすみ。

 聞こえているかは分からないが、振り返る事も無く、かと言って声を大きくする事も無く、一人言を呟くかのように彼女の口からは迅に対しての言葉が零れる。

 

「自立したい、心…。」

 

 ハッ、という声が聞こえた。

 彼の中で、何かが繋がったのだろうか…まぁいちいちそれを聞くつもりは無いとして、かすみは止めていた足を再び動かし、公園を出る。

 

「かすみちゃん!」

 

 が、公園を出て数歩の所で呼び止められる。

 声を掛けられた事でついまた立ち止まってしまい、果たして振り返るべきかどうか悩んでいると…。

 

「…ありがとう。」

 

 そんな言葉を掛けられた。

 それは嘘偽りの無い、心からの感謝の言葉。

 先程まで互いを威嚇し合っていた仲とは思えない程の、素直で優しい言葉。

 

「ど、どうも…。」

 

 いや、むしろそうであったからこそなのだろうか?

 互いの心をぶつけ合ったからこそ、分かり合えた何かがあったのだろうか?

 それがどうであるかはかすみには分からず、彼女はしどろもどろとした様子で、結局振り返る事無く軽く会釈を返してその場を歩き去っていった。

 

「(思春期…反抗期…自立したい心…。)」

 

 そして迅もまた彼女の背を見届けながら、今しがた己の中で結実した答えを噛み締め、踵を返す。

 

「(僕が僕の夢を叶えようとしているのは…つまり…。)」

 

 迅とかすみ。

 2人は今互いに内に抱える何かがあり、しかしその何かに対する答えは、実は非常に似通っている。

 

「あ゙ぁ゙~…どっっっと疲れました…やっぱり意味分かんない人…あ、いやヒューマギアだ…。」

 

 迅は一足早くその答えを手に入れ、かすみは未だその答えが見つからず彷徨う事となる。

 そして似通うとされるその答えとは何なのか…それが分かるのは、もう間も無くである。

 

 

 

 



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Program.38「願い いつも共に / 誓い 必ず導く」

ようやく1.5章完結の目処が立ったので更新
ほんと先長いなぁ…



「ねぇまだ~?そんな鏡ばっか見ててもしょうがないじゃ~ん。」

「うるさいですね、女の子は可愛さが全てって本物の私も言ってたんですもん。そういう所から差を付けないと…。」

 

 何処に在るかも分からぬ、廃墟の中の暗がり…そこに捨てられ、割れて朽ちた鏡の前に立つのはカスミ。

 そんな彼女の服装は、三度変わっている…ゴスロリ調であるのは前の服と変わらないが、今度はワンピースでは無くもっと大仰でヒラヒラとした衣装だ。

 ライブ衣装と言えば正しくそうと言えるその服は、きっとこれから先に、彼女が言っていたライブで使われるものなのだろう。

 しかしこんな廃墟の中に身を窶す程であるというのに、それらの衣装は一体何処で手に入れたと言うのであろう?

 廃墟の中から見つけたと言うには、それらは些か綺麗過ぎるのだ。

 

「首尾はどうだ?」

 

 その答えは、彼だ。

 カスミと、彼女の後方で暇を持て余していたジンの下へやって来たこの男が、彼女の要望に応えて用意したのだ。

 暗がりの所為で顔はよく見えぬが、そのがっしりとした体格とそれを際立たせるスーツ姿からは、ただ面と向かい合うだけでも物怖じしてしまいそうな程の荘厳な印象を受ける。

 

「だ~から言ったじゃないですかぁ。ライブをして、そこで本物の私を陥れるって。そうすれば貴方のお望み通りの展開になるんじゃないですか?」

「で、ボクは本物のボクを倒す!それで良いんだよね?」

 

 しかしカスミもジンも男の存在に全く動じず、互いに小生意気な態度で接する。

 それは決して、信頼や親しみから来る許された態度では無い。

 

「抜かるなよ?」

「信用無いですこと…まぁ見ててくださいよ。最っ高のステージにしますから。」

 

 ただの創造主と被造物…その程度の関係でしかない。

 故にこれ以上の会話に意味など無いとして、カスミは男と入れ違うようにその場を後にした。

 

「鏡よ鏡、世界で一番可愛いのは…なんてね★」

 

 最後に一言、鏡に向かって、そう呟いて。

 そうしてカスミが去り、ジンもやっと出番だ~!と喜ばしげにその後を付いていった後、男は彼女が口走っていた事に対して、眉間に皺を寄せていた。

 

 

 

 

「…信用だと?」

 

 

 

 

 そんなもの…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カスミとの邂逅から3日が経った。

 その3日間で彼女が宣言したような事態は起こらず、緊張の糸が切れない日々を送っている。

 こんな悪い事など早く終わって欲しいとは切実に願っているものの、かすみとしては何故か心のどこかで、まだ少しこの状況が続いていて欲しいとも思っていた。

 それは彼女の中で、確たる自信が付いていないから。

 次に彼女と対峙した時、大衆に彼女が偽者であると証明出来るか…その手立てを、かすみは未だに見出だせていない。

 こんな状態で事が起きてしまえば…と、かすみの中では不安が絶えないのだ。

 流石にその不安は意図せずとも態度に出ていたらしく、周りが心配の声を掛けてくれたのだが、いざ相談してみても具体的な答えは返って来ず。

 無論彼女達が真剣に悩んだ末の結果である事は百も承知であるが、それでも気休めの言葉しか掛けられないというのは心苦しいものがあると、かすみは深い溜め息を吐くしかない。

 だが沈んでいたその気持ちは、目の前に見えてきたとある光景によって一旦浮上する事となる。

 

「あれ?侑先輩に、歩夢先輩…?」

 

 学園の校舎前…そこで侑と歩夢が誰かと話をしている。

 誰か知らない、大人の人と…そう思って様子を見てみれば、かすみは途端に驚いて目を丸くする。

 

「本当にありがとうございます。いつも侑ちゃんがお世話になって…今日は私の相談にも乗って貰って。」

「或人さんにも是非、よろしくと伝えて下さい。」

 

 何と彼女達が話している相手というのが、ヒューマギアであったのだ。

 耳元にあの特有のモジュールを付けている、青いスーツ姿の男性型のヒューマギア。

 2人とそのヒューマギアはかすみが陰から窺う中暫く談笑に浸っていたが、やがて別れの挨拶を交わした後、そのヒューマギアは2人の下を離れていった。

 

「お二人共、今の人…って言うか、ヒューマギアって…。」

「かすみちゃん…今のはビンゴさん。或人さんの所のヒューマギアで、普段は弁護士をやってる人だよ。」

「弁護士?何で弁護士のヒューマギアがお二人に…?」

 

 そうして去り行くヒューマギアの後ろ背を見送りながら話を聞いてみれば、彼の正体が飛電インテリジェンスが製造した弁護士型ヒューマギア、"ビンゴ"であったと判明する。

 しかし弁護士のヒューマギアとこの2人がああも仲睦まじくしていた理由がパッとは分からず、かすみはつい首を傾げてしまう。

 が、やがて歩夢が言っていた、いつも侑が世話になっているという台詞からその理由が思い付くと同時にかすみの様子はあせとしたものとなる。

 

「あ…ご、ごめんなさい!かすみん、その…!」

「良いよかすみちゃん、気にしないで。」

 

 この2人…正確には侑とビンゴの間に繋がりがあるのは、先日のアークによる騒動が関係している。

 かの事件の後、侑は或人と共に事件の様々な後処理に回った。

 その中で侑が最も懸念していたのが、A.I.M.S.の隊員1名が自身の手によって殺害されてしまった件についてだ。

 しかし当時彼女はアークにその意識を乗っ取られており、殺人を犯したのもアークの意思によるものだ。

 故に彼女が望んでやった事では無いとして周囲からは気に病む必要は無いと言われたのだが、アークに当時の記憶を見せ付けられた侑としてはどうしてもそれで納得がいかなかったのだ。

 例えアークに操られていたのだとしても、その命を殺めてしまったのは間違いなく己の身体であるとして、自分にも何かしらの罰があって然るべきなのではと。

 そんな侑の疑念に真摯に応えてくれたのが、法律に詳しいとの事で或人から紹介された彼…ビンゴであった。

 

「あの時ビンゴさんにはいっぱいお世話になってね…今でもこうして様子を見に来てくれるんだ。」

 

 あの時は意図せず催眠に掛かり心神喪失となった場合に該当するものとして罪になる事は無いと説得するビンゴに対し、アークに浸け入られる隙を与えてしまったのは自分だとして、やはり今回の件は何かしらの過失罪に当たるのではと主張を返した侑。

 誰もが認める程に罪など無いというのに、彼女がそうも反対したのは、それが彼女の限り無い優しさから来る自責であったからだ。

 罪に問うべきは、裁かれるべきはアークであるとし、しかしそのアークが居らず罪に問えないというのであれば、依代となっていた自分が代わりに裁きを受けるべきだと。

 それが、事が事なだけに公にも出来ない罪に対する、そして殺めてしまったその人に対するせめてもの贖罪になるのではと…そう考えていたのだ。

 だから2人は何度も話し合ったのだ…お互いの主義主張をぶつけ合い、納得のいくまで。

 結果として、侑は何の罰も受ける事は無かった。

 大方の言った通り、当時の侑はアークに心身共に操られていた為、その責任能力を問う事は出来ないとして。

 彼女の意に沿う結論では全く無いが、それでもとことん議論した事で、侑もこの結論には納得の意を示している。

 だが納得してくれたとは言え、彼女の主義主張を全て蔑ろにしてしまった謝罪の意の他、アークに取り憑かれたその後の心身のケアも含めて、ビンゴとは相談相手として今でもああした交流が続いているらしい。

 あの人嘘を見抜ける機能があるみたいで隠し事が出来ないんだ~と言う侑も、それを聞いた歩夢も若干困り眉をしていながら、その口元は反対に侑はカラリとした笑みを、歩夢はニコリとした微笑みを浮かべている。

 

「…かすみちゃん、ごめんね。」

「え…何がです?」

 

 が、そんな彼女達は途端にその笑顔を失くし、声色を重くした。

 それが何故かと歩夢の謝罪の言葉に返しとして聞いてみると、それは大きな後悔から来るものであったと判明する。

 

「だってかすみちゃんが凄く辛い目に合ってるのに、私達何も出来てないから…。」

 

 あの時カスミがその在り様を見せた時、2人は彼女の振る舞いに心から圧倒されていたのだ。

 偽者であると分かっている筈なのに、今目の前に居るのは確かに中須 かすみであると…そう思ってしまった程に。

 それを悔しいと、申し訳ないと思ったのだ…より固く結ばれた絆である筈なのに、その絆を嘘だと言ってしまうような事しかしていないと…2人はカスミを前にしたあの時から、ずっと後悔していたのだ。

 

「…そんな事無いですよ。お二人がいつも誰かの事を一番に想ってくれてるの、知ってますから。」

 

 だがかすみは、そんな2人の後悔をすぐに赦した。

 それは己が口にした誰かの中に、自分も含まれているのを知っているから。

 誰かにそう言えば自惚れと返されるやも知れないが、そうでなくてはそもそも2人はこんな事を言ったりしない。

 

「でも…。」

「でもも何も無いです!そうやってかすみんの事を心配してくれるだけで、かすみんからすれば十分過ぎる程ですよ!」

 

 それでも自責の念に駆られる2人の話を遮って胸を張るかすみ。

 それはただの見せかけにしか過ぎない…大きく見せているその裏側では、今も小さくなって震えている本心が居る。

 それは誰の目にも明らかな事であり、最早そうした見栄を張った所で無駄な事であるのも分かりきっているが、それでもその意思を貫こうとするのは、彼女もまた誰かの事を一番に考えられる少女であるから。

 

「…かすみちゃんは優しいね。」

「優しいのはお二人の方ですよ…優し過ぎて、変に気負い過ぎな程です。」

 

 誰かの為を想う強さと優しさを合わせたその虚勢は、侑と歩夢の心を強くときめかせる。

 

「かすみちゃん…かすみちゃんからすれば、今の私達って凄く頼り無く見えるかもしれないけど…でも、これだけは言わせて…何があっても、私達はかすみちゃんの事を見捨てたりなんてしないから。」

「だからかすみちゃんも、かすみちゃんの思う通りのままで居て。」

 

 その情動から来た2人の言葉に、頬を綻ばせるかすみ。

 そうだ、やはりこの絆は嘘などでは無い…より固く結ばれた絆は、それだけで終わりでは無いのだ。

 これから先も思い悩み、そしてもっともっと強い絆となる。

 だからこの場所を譲りはしない…変わらず具体的な策など思い浮かばないが、中須 かすみの名を、存在を、決して奪わせはしないと固く誓う3人。

 

「ここに居たか、3人共。」

「天津さん?どうかしましたか?」

 

 と、そんな3人の下に訪れる人影。

 天津 垓…反射的に彼が来たその理由に見当付かぬといった態度を見せた3人だが、実際それが意味する所は既に分かっている。

 

 

 

 

「…始まったぞ。」

 

 

 

 

 時は来た。

 来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レインボーブリッジと呼ばれる橋がある。

 東京都港区の芝浦エリアと台場エリアを繋ぐ、海上に設置された巨大な吊り橋だ。

 普段なら車も人の往来も激しい盛んな場所であるのだが、今は別の意味で盛んとなっている場所でもある。

 

「刃、状況は?」

「不破か…見ての通りだ。」

 

 レインボーブリッジの、ちょうど中心地…そこは今、まさに異様と言える空間となっていた。

 車の往来は、ある理由によってプツリと途絶えてしまっている。

 その理由に向けた運転手からの抗議の声やクラクションで、耳がつんざかれる思いだ。

 合流した不破と唯阿が互いの声で意志疎通が取れているのは、まさに不幸中の幸いと言った所だろう。

 いや、そも2人がこうして合流出来た事自体が奇跡的な事なのやもしれない。

 何せその理由によって、車道にさえごった返す程に人が集まってきているからだ。

 物珍しさによって野次馬と化した集団は、例え引き返そうという意思を持ったとしてもそれを許さずその場に固定させる枷となり、この混乱を収めようとする意思を持った者達を妨げる壁ともなる。

 そしてそれらを引き起こしている理由というのが、2人の視線の先に拡がる光景だ。

 

「あそこに居るのは…。」

「中須を推しているファンの連中だ。」

 

 2人の周囲で波打つそれよりもちっぽけな人混み…そしてその中心に居る1人の少女。

 カスミによって先導された、中須 かすみを推すファンの集団…彼等が突如として橋上を占領した事で、この騒動が起こってしまったのだ。

 その目的は、彼女が言っていたライブであろう。

 しかしそれをこんな場所で行おうとするとは…否が応にもこのライブを人々の目に止めさせたいらしい。

 

「止せ、余計な混乱を招くだけだ。」

 

 と、不破が起こそうとしていた行動を唯阿が制する。

 彼が懐に忍ばせていたその手の内にはショットライザーが…大方上空に向けて空砲を放ち、場の空気を一変させようとしたのだろう。

 だがそうして変化した空気が、果たしてこちらに有利に動くかどうかは、残念ながら見込みが薄いだろう。

 不破もそれに関しては思う節があったようであり、苛立たしげにしながらも唯阿の制止には素直に従った。

 だが実際、彼がそうも強行手段を取るべきだと判断した程には状況は悪い。

 先にも述べた通り、今はこの人混みが妨げとなって警察等の配備が行き届いていないのだ。

 不破と唯阿も無理を押す事でやっと群衆の最前列まで来れた程である…警察官も他に数名が居る程度、とてもこの群衆を制御出来る態勢では無い。

 このままでは、いつこの騒動が暴動へと変わってしまうか…。

 さらに厄介な事に、この騒動にはA.I.M.S.を出動させられない。

 対AI犯罪を目的としているA.I.M.S.では、現状人間だけが引き起こしていると認知されているこの騒動に介入する権利が得られないのだ。

 今2人が手を出そうものなら、それこそ余計な事態に発展するだけ…この騒動を解決出来るとすれば、それはやはり"彼女"しか居ない。

 

「あいつらは?」

「こちらに向かっていると連絡があった、もう間も無くだろう。」

 

 カスミは未だ動きを見せていない。

 やはり、"彼女"が来るのを待っているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…向こうも大胆な事するね。」

 

 レインボーブリッジから少し離れた場所に位置する、とあるビル…その屋上から、迅が橋上の様子を窺っていた。

 かすみの偽者、カスミが表立った動きを見せたとなれば、自身の偽者であるジンも何かしらの行動を起こす事であろう…あいつはそういう奴だ。

 故に迅は、遂にこの時が来たとして自らの偽者を探すべくその場を後にしようとする。

 

「迅。」

「雷…。」

 

 一歩踏み出そうとした矢先に聞こえた声。

 振り返ってみれば、そこには滅亡迅雷.netの雷…或いは飛電インテリジェンスのヒューマギア、雷電の姿が。

 

「話は聞いてるぜ、また面倒な事になっちまったな…ほれ。」

 

 そんな彼は現状に対して全く悩ましいと頭を掻くが、途端に着ているツナギのポケットから何かを取り出し、それを迅へと投げ渡した。

 

「これって…。」

「社長がお前にってよ。」

 

 それはフライングファルコンプログライズキー…飛電 或人が現状に対し、未だ戦場に出れない自身の代わりにせめてもと託した反逆の為の翼。

 

「それと…こいつは亡からだ。」

 

 さらに次いで雷電が手渡してきたのは、滅亡迅雷フォースライザー…亡が所持していたそれを、現在の迅のポテンシャルに合うよう調整した物らしい。

 この2つは、かつて迅がその手にしていた力…それが今、再びこの手に返ってきた。

 

「ありがとう雷、2人にお礼言っておいて。」

 

 託してくれた2人に、そしてそれを届けてくれた雷電に向けて礼を言えば、彼は何故か迅の事をじっと見つめ始める。

 

「…成程な、亡の言ってた通りだ。お前…思えば随分人間らしくなったな。」

 

 やがてフッと笑った彼が口にしたのは、これまでにも付き纏ってきた疑題。

 しかし迅はもうそういった言葉には惑わされない。

 

「そうかもね…でも、それで良いと思ってる。」

「…迷いは無いって感じか?」

 

 その清々しい姿からは、一点の曇りも無い。

 念を押して聞いたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる程だ。

 

「成程、そこら辺は社長の言ってた通りだな…ったく余計な心配掛けさせやがって!」

 

 雷電が迅の着ている服の襟を掴んで引っ張りあげる。

 これは彼なりの愛情表現であり、よく或人にもやっている行為だ。

 やられた側からすれば服が伸びるスーツが乱れると文句の一つも付けたくなるが…今はまぁ、良しとしておこう。

 

「負けんなよ、自分の偽者なんかに。」

 

 雷電の激励に力強く頷き、踵を返す迅。

 その背中がかつての彼と比べて大きく逞しくなったと感じたのは、きっと気の所為では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カスミがレインボーブリッジでライブを行おうとしている。

 その報せを受けた少女達は天津と共に車に乗って現地まで向かっていたのだが…。

 

「…車で行けるのはここまでのようだ、後は歩いて行くしかない。」

 

 車から降りて前方を見てみれば、普段なら絶対に有り得ないと言える程に並ぶ車列が。

 まだブリッジまでは遠く、歩いて行くにも時間が掛かる。

 

「かすみちゃん…。」

「…分かってます、行きますよ。私が行かないと、終わらないんでしょうから…。」

 

 きっと事態は急を要している筈。

 そしてこの事態は自分が行くまで終わらないのだろうとも、かすみは予測している。

 しかしそう予測していながら、彼女の声はどこか弱々しい…やはりまだ彼女の中で確たる自信が付いていないのだ。

 それでも逃げ出さず立ち向かおうとする姿勢は、ハッタリでありながら勇気に溢れる姿である。

 

「ならば急いだ方が良いな…変身。」

 

Perfect(パーフェクト)rize(ライズ)!! Presented by "ZAIA". 】

 

 そんなかすみの覚悟に応えるべく、天津はベルトを装着。

 そして手短に変身の行程を終えるや、サウザンドジャッカーのアビリティを解放する。

 

Jack(ジャック) rize(ライズ)! Jacking(ジャッキング) Brake(ブレイク)!! 】

 

 空へ突き出した武器の先端から、隼のライダモデルが姿を現す。

 このライダモデルは天津の指示で自在に動く為、これを使って空を飛び、一足早く現場へ向かおうという魂胆だ。

 しかし流石に少女達全員を連れていける程、このライダモデルも力は強くない…ライダモデルを操作する天津本人と、あと1人ぐらいが限界であろう。

 となればその1人は、もう決まっている。

 

「かすみちゃん!!必ず後で追い付くから!!だから…!!」

 

 天津が差し出した手を取り、飛び立とうとするかすみへ向けて侑が声を上げる。

 その視線が訴え掛けている…その言葉に偽りは無いと。

 必ず辿り着き、その心を支えてみせる…だからそれまで、諦めないでと。

 それは侑だけでなく他の少女達も同じ想いであり、彼女達の熱い眼差しがかすみの胸を強く打つ。

 不安はどうしても拭えないが、その想いだけでこれからを挑む訳ではないのだと安心させてくれる。

 そんな友であり、仲間であり、ライバルである少女達への礼として、かすみは今出来る精一杯の笑顔を返すと、天津に目配せをして合図を送り、彼と共に空へと向けて飛び立っていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、暇だな~…ライブっていうのが始まるまで手ぇ出しちゃいけないなんて…ボクも早く遊びたいのに~!」

 

 とある廃墟の屋上、そこでジンが愚痴を溢しながらダラダラとした様子で寝転がっている。

 ライブで人が十分集まった所に手を出せば、きっと迅は姿を現すであろうと…そう言われてしまったが故にカスミがライブを起こすまでは暇に身を費やす必要があり、彼はそれに不満を抱いているという訳だ。

 とは言え、予定通りならそれも後少しの筈…そしてその瞬間に訪れるであろう愉悦を想像して、ジンの口角は段々と吊り上がっていく。

 間近であると分かっていながら、早くその時が来ないものかと落ち着かない。

 あの男の手によって修復を施され、より動きやすくなったこの身体を早く動かしたいと、ウズウズして仕方がないのだ。

 

「なら、望み通り遊んであげるよ。」

 

 しかしそんな高揚としていた気分は、聞こえてきたその声によって一気に鎮まる事となった。

 

「へぇ…よくここに居るって分かったね。」

「昔の僕を真似てるなら、きっとこういう所に居るだろうなって。」

 

 上体を起こし振り返ってみれば、そこには己の原点と呼ぶべき存在…迅の姿が。

 ライブ会場で大量の虐殺を行い、それを見て情緒を掻き乱されているであろう所を狙う予定であったのだが…流石はオリジナル、こうもこちらの居場所を特定出来るものか。

 しかしそれでジンの計算が狂う事は無い…ここで相対すると言うのであれば、ここで仕留めるだけだ。

 

「決着を付けよう、ここで。」

「こっちもそのつもりだよ…でも、ベルトもキーも無いのに戦えるの?」

 

 迅の方もその気概であるらしく、しかし彼の持っていた力は先の戦いで既に奪っている。

 向き合った所で、戦いになどならない筈…しかしそんなジンの考えは杞憂に終わる。

 

【 フォースライザー! 】

 

 迅がフォースライザーを取り出し、腹部に当てる。

 それを見てまさかとジンが目を丸くする先で、ライザーから鋭いトゲが幾つもの並んだ帯が巻かれる。

 もし人間が扱えば酷い苦痛に苛まれるであろうこの感覚…懐かしい。

 

Wing(ウイング)!

 

 さらにフライングファルコンプログライズキーのスイッチを押し、起動を促す。

 前詞の付かない翼の呼称もまた懐かしいと少し感傷に耽りながら、迅はキーをベルトへ装填する。

 同時に、ライザーから警告音のような待機音が。

 そしてそのライザーから現れた隼のライダモデルが迅の周囲を飛び回り、やがて彼の隣に停滞する。

 ちらりとそちらの方へ目を向ければ、その隼は合わせて迅の方を向き、頷いたように見えた。

 まるで迅の事を特別に認識しているかのような挙動…ライダモデルに固有の意識は存在しない筈であるが、ヒューマギアでさえシンギュラリティなんて概念があるのだ…そんな奇跡のような事があってもおかしくはないかと、迅は軽く笑みを浮かべる。

 それはまるでかつてその力を纏っていた頃のような無邪気なもののように見え、しかし目の前の狂気を孕む影とは違う、強き意思にも溢れていた。

 

 

 

 

「変身!!」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! 】

 

 

 

 

 そして烈破の声と共にライザーのトリガーが引かれる。

 合わせて隣に居た隼が迅の頭上へ移り、そのまま彼の身体を覆う。

 その無機質で冷たい翼の中で、迅は目を閉じ、そして想いを馳せる。

 かつての自分から、今の自分へ…辿った軌跡を思い起こす。

 その中で変わっていった己の心…そこから生まれた様々な感情、あらゆる葛藤。

 その全てを…解放する。

 そうして解放された想いは形を変え、揺るぎない決意となってこの身体へと纏われる。

 纏う鎧は、彼の父や兄のような不規則な形に。

 その色は、対峙する影が纏うものと同じ色へ。

 苦悩を越えた先に、迅という存在にとって原初となるその姿が、ここに再び顕現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライングファルコン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"仮面ライダー迅 フライングファルコン"

 

【 Spread your wings and prepare for a force. 】

 

―その翼は、やがて原点へと回帰する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この姿を、まさか今になって見る事になるとは思っていなかったのだろう…ジンは未だに驚愕からその目を瞬かせている。

 

「そんな古い姿で、ボクに勝てると思ってる?」

 

 しかしいつまでもそんな隙を晒す彼では無く、やがてハッと自身が呆けていた事に気付いて首を振るや、彼もその身に狂隼の装甲を纏い始める。

 

murder(マーダー) Wing(ウィング)!

 

「変身!」

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! キリングファルコン!!

 

 アバドライザーにキリングファルコンキーを装填し、変身。

 迅の纏うそれと同じ色であり、しかし洗練された形の鎧を顕現させたジンが身を構える。

 合わせて迅も姿勢を低く構え、そして暫しの静寂が。

 

「…ッ!!」

「はははっ!」

 

 やがて一陣の風が吹き止んだその瞬間、2人は互いに向けて一斉に駆け出した。

 迅とジン、双璧を為す2つの翼が、最後の激突の時を向かえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…来ましたね。」

 

 風向きが変わった…言うなればそんな所であろうかと、カスミはあらぬ方向を見やる。

 その視線の先には、一羽の巨大な機械鳥に掴まりこちらへと向かってきている金色の戦士の姿が。

 そしてその戦士の腕に抱えられている少女の姿も、同時に見えてくる。

 やがて周りの民衆もその存在に気付き始め、多大な注目が集められる中、その戦士…サウザーと、彼に抱えられていた少女…かすみが橋上に降り立った。

 

「ZAIA、それに…。」

 

 不破と唯阿の前に降り立つ形となり、サウザーは変身を解除して生身たる天津 垓としての姿を晒すや、2人に向けて軽く頷く。

 そして彼の腕から下ろされたかすみはと言うと…彼女はじっと、橋の中央に居る存在へ目を向けている。

 

「行けるのか?」

 

 そんなかすみを見て、堪らずそう問う唯阿。

 そう問わなければいけない程、かすみの身体は小さいながらも震えていたからだ。

 きっと、恐いのだろう…こんな場所で、こんな大勢の前で、決して負けられぬ戦いをしなければならないのだから。

 

「行きます…行くしかないんです…。」

 

 それでも、行かなければ終わらない。

 私が私で居る為には、ここで終わらせなければいけないのだ。

 策は無い、だがそれでも…。

 震える脚で1歩を踏み出し、かすみは彼女(カスミ)が待つステージへ歩き出した。

 

 

 

 



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Program.39「オンリーワンの きらめきを / オンリーワンに 輝いて」

全然関係ないけど『ゴジラ-1.0』見てきた
凄い由緒正しいゴジラ映画って感じで、なんか見てて懐かしいな~って気持ちになったw



「や~っと来てくれましたね、負けるのが恐いからって逃げたのかと思いましたよ。」

 

 レインボーブリッジの中心、そこで再びの邂逅を果たしたかすみとカスミ。

 恐らく周囲の人達に作らせたのであろう…鉄製のパイプや板で構成された無骨な高台の上で、カスミはようやくやって来たかすみに向けて、挨拶代わりに挑発を送る。

 かすみはそれには目を繰れず、しかしその周囲に居る人達の中に見知った顔が居る事に気付き、静かに息を詰まらせた。

 かすみが勝手に親衛隊と名付けている少女4人…自身の事をいつも、誰よりも応援してくれている彼女達が、そこに居たのだ。

 彼女達の視線は、真っ直ぐかすみへと向けられている…それは中須 かすみという存在が2人も居るという事実に困惑しながらも、しかし疑わしきはどちらかとするならば、それは後からやって来たかすみの方ではないか…そう言っているようなものであった。

 

「…ここで何するつもりなの。」

 

 やはり自身の事を良く知る者達でさえ、見分けが付いていない…その事実に脅威を覚えたかすみは、そこから来る焦燥を必死に抑えながらカスミへ睨みを効かせる。

 

「言ったじゃないですか、ライブをするって…貴女と私、どっちが本物の中須 かすみかを決める戦い(ライブ)をね。」

「そんなのどうやって…?」

 

 カスミは先程自分がそうされたように、かすみの威圧を意に介さない態度を見せる。

 互いに張り合うのはこれから、この先の宴の中でだと。

 しかしその宴を、一体どうやって披露するというのだろうか?

 軽く見た限り、必要な音響設備は付近に無い…こんな状況で音楽を流し、歌を歌ったとしても、それは話にもならない程だ。

 おまけに周りの群衆からも聞くに堪えないような罵詈雑言が飛び交い、とてもこちらの声に耳を傾けるような様子では無い。

 こんな状況でライブなどしても、全くの無意味の筈…しかしカスミはそんなかすみの懸念を嘲るような笑みを浮かべながら、己の髪を少し掻き上げその耳元に触れた。

 

『レインボーブリッジに集まっている皆さ~ん?どうもー!中須 かすみで~す★』

 

 そして彼女が声を上げれば、その声が四方八方から聞こえてくる。

 携帯、車載スピーカー…それ以外にも、この近辺に有る全ての機器類から彼女の声が発せられている。

 その音量も、思わず周りの群衆が押し黙ってしまう程に大きい。

 

「なんだ…!?」

「周辺の機械をジャックしたのか…!?」

 

 そして音声だけで無く、携帯や車のナビを始めとした液晶画面には、上空から見た彼女達の様子が写されていた。

 レインボーブリッジの上空には、騒ぎが肥大した証拠として中継ヘリが飛んでいる…恐らくそこのカメラからの映像を映しているのだろう。

 しかしこのような大規模な工作を、一体どうやって行っているのか…天津は再度サウザー(仮面ライダー)へ変身し、戦士として常人を遥かに上回るその視力で以て、それを行っているであろうカスミの事を注意深く観察する。

 

「ザイアスペック…何故彼女が…!?」

 

 やがて彼が見付けたのは、彼女が耳元に付け、そして触れている機械。

 ヒューマギアである事を示すモジュールとはまた違う、赤い回路が剥き出しとなって見えるその機械は、ZAIAが主力の商品として売り出しているデバイス、ザイアスペックだ。

 装着者に人工知能と同等の思考演算能力を与える次世代型インターフェースとして開発されたそれであるが、先に起きた一部在庫の不正流出によって、現在はその流通が大幅に制限されている。

 販売に至るまでには厳正な審査を実施しており、その背景を含めて少しでも不鮮明な部分が有る相手には売り出さないようにしている為、万が一にもあのような者の手に渡る事は無い筈だ。

 であれば、彼女が付けているのは…。

 

『驚いたでしょう?私が2人も居る事実に…そう!私達の内どっちかが偽者のかすみんなんです!まぁ当然私の方が本物なんですけどぉ、これだけ似てると流石に分かんないって人が居るかもしれないじゃないですかぁ?そういう訳で、かすみんこうしてライブをやる事にしたんですよ~★』

 

 と、天津が思考を巡らせている間にカスミの演説は先を行っていた。

 要は実力行使ってやつです!と、彼女がかすみの事を振り良く指差せば、それに合わせて各画面の映像が拡大し、かすみの事を大きく写す。

 ヘリから撮影しているカメラマンが合わせたにしては、あまりにもタイミングが良すぎる…恐らくその辺りの操作も、既にカスミの手中に陥っているのだろう。

 

『このライブでもう1人の私にも、ここに居る皆さんにも、本物の私がどれだけ可愛くて凄い存在なのか知らしめちゃいます★』

 

 さらにカスミが宣った台詞に、唯阿は堪らず唇を噛み締めた。

 本物に成り代わろうとする事を非とする旨の発言は、先に唯阿が彼女に向けて言った台詞だ。

 都合良く言葉を覚え、さらにそれを悪用するそのやり方に、虫酸が走る思いを抱いたのだ。

 そしてそういった思いを抱いたのは、何も彼女だけの話では無い。

 不破も、天津も、そしてかすみも…。

 目の前に居る小さな存在が、アークとはまた違う大きな悪意の権化である事を改めて理解する。

 

『さぁ、かすみん主催のワンダーランド開演★という事で、まずはどうしましょうかねぇ…はい、そこの貴方!かすみん達に歌って欲しい曲、ありますかぁ?』

 

 その悪意による宴の幕が遂に開かれてしまう。

 身近な機器から彼女等の声が聞こえてくるという状況に衆人達が未だ困惑している中、彼等の視線を更に釘付けにする為の一曲をどうするか…カスミは近くに居た親衛隊の少女1人に問うた。

 

「えっと…じゃあ、"Poppin' Up!"で。」

『"Poppin' Up!"ですか!良いですね~、かすみんもあの曲大好きなんです!それじゃあ最初の曲は"Poppin' Up!"という事で!』

 

 いきなり指名され、戸惑われながらもやがて返ってきたのは、"Poppin' Up!"の曲名。

 かすみとしては自身の持ち歌の1つであり、かつて躓き掛けていた同好会を立て直そうという意思を固めた際に作成した楽曲として思い出深いそれを、カスミは嬉々として受け入れる。

 すると彼女が何を思ったか、突然高台の上からかすみの前へと降りてきた。

 

「先攻後攻で分かれましょう。まずは同じ曲を聞いてもらった方が皆さんも分かりやすいでしょうし…という訳で、どっちが良いですか?トップバッター行きます?それとも後から続きます?」

 

 聞いてきたのは、歌う順番。

 わざわざ耳に付けていた装置(ザイアスペック)を外してまで問うてきたそれは、彼女がそうしたように他の誰かに聞かれないよう配慮するに値する程重要なものであった。

 先に歌うか、後に歌うか…一見どちらでも変わらないように思えるそれであるが、先に歌うとなればこの特異な場所で歌うに向けての心の準備が整わないまま臨む事になりかねない。

 本調子で無い歌声というのは、意外と聞かれてバレてしまうものだ。

 反対に後を選択すれば、カスミの様子を見て気持ちの整理が付けられる時間を稼げるかもしれない。

 しかしそれはあくまで彼女のライブが普遍的なものであった場合だ…もし彼女がそこで飛び抜けた演出を見せれば、それはそれでプレッシャーとなってしまう。 

 

「…じゃあ先に歌わせてもらいますね。」

 

 しかし迷っている時間もそう無いであろう…かすみは己の直感に従い、先の方を選択した。

 心の準備は、早々に腹を括れば良いだけの話だ。

 それにここで己が良いパフォーマンスを魅せる事が出来れば、逆に相手へのプレッシャーとなる筈…かすみはその可能性に賭けたのだ。

 それはまさに一縷の望みと言うべき頼り無いものであったが、未だカスミを偽者と証明出来る決定的な策を見出だせないのであれば、例えがむしゃらにでも猛進した方が良いであろう。

 

「良いですよぉ。はい、マイク代わりにどうぞ。」

 

 そしてかすみからの返答を聞いたカスミは、衣装のポケットから自身の耳に付けているものと同じ機械(ザイアスペック)を差し出してきた。

 曰くイヤモニと同じ様に使えるとの事だが、正直彼女の用意した物など素直に付けたくはない。

 しかしこのままマイクも無しに勝負に臨むというのは流石に愚の骨頂…かすみは嫌々ながらも彼女からその機械を受け取り、罠を警戒しながらそれを耳に掛ける。

 幸い警戒していたような事は起きずにそれはかすみの耳元へ収まり、カスミから軽く操作の説明を受けて声を出してみれば、確かに自らの声がカスミと同様に四方の機械から聞こえてきた。

 

「あ、あと服も変えないとですか。」

 

 と、不意にカスミが指を鳴らす。

 するとかすみの身体を段々と赤い霧のようなものが覆い始めた。

 しまった、油断した所を…とかすみは慌てて自らの周囲を覆うその色を払おうとするが、抵抗空しくそれはどんどんとかすみの身体に纏わり付いていく。

 しかしそれによって痛みだとか身体の不調といった要素が襲ってくる事は無く、それが却ってかすみの混乱を引き起こしていく。

 そうして赤い色をしていたそれは次第に他の色をも写し出し、やがて霧状から全く別の形へと変化した。

 

「これって…!?」

 

 それは衣装であった。

 制服の上から羽織る形となったそれは、次の新曲に合わせて制作した新しいライブ衣装。

 実物は虹ヶ咲学園で保管されている筈であるが、恐らく前回自身に扮して学園内に忍び込んだ時にラーニングしていたのだろう…そしてそれを、カスミはとても理解が追い付かない不可思議な技術で以て再現したのだ。

 

「かすみんマジックって所です。いや流石に制服のまま踊らせるのは少し滑稽過ぎると言いますか、可哀想と言いますか…。」

 

 着心地、触り心地と、先程まで謎の霧状の物体であったとは思えない程に変貌したそれはまさに本物と見紛う程であり、気味が悪いものとしてかすみの心を全く落ち着かせない。

 

「さぁどうぞ、だいぶ質素で可愛くないステージですけど。」

 

 そんな中、カスミが目の前を退いて先を促す。

 そこは先程まで彼女が立っていた即席の足場…今回のライブのステージだ。

 周りに居るファンからの物々しい視線が痛く刺さる中、意を決して上がってみれば、かすみは堪らず己の歯を強く噛んだ。

 このステージは既に語った通り即席で作ったもの…それも決して職人等の手で作られていないそれは、ただそこに立っただけで分かる程不安定な造りであった。

 おまけに広さも普段ライブで使われるステージよりも圧倒的に狭い…こんな場所で普段通りのパフォーマンスなど出来る訳が無いのだ。

 

『それじゃあまずはこっちのかすみんから!取り敢えず曲の長さは一番までにしておきましょう!皆さんちゃんと見ていてくださいね~★』

 

 それでも苦言を呈する暇も無くカスミはライブの進行を行い、周辺の機械からも"Poppin' Up!"の前奏が流れてしまう。

 さらには付けている機械(ザイアスペック)からも曲入りを合わせる為のクリック音が聞こえてきてしまい、いよいよ後に退けなくなってしまった。

 こうなったらやるしかない…かすみは一度目を閉じ、深く息を吸うと、意を決してライブの幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Knock! Knock! 胸が

Pop! Pop! Popping up!

Knock! Knock! 弾むよ

Knock! Knock! 夢が

Pop! Pop! Popping up!

ドキドキ 始めよう

 

どんなときでも (ワクワクしちゃおう!)

360度 どこへでも

細胞レベルの (ウキウキしちゃおう!)

はじけるような瞬間をキミに

 

たまにはね (Crying Crying)

うつむいちゃっても (Trying Trying)

そんな時こそね (Keep on smiling)

1秒でも長く かわいくいたいから

 

届け!届け!

地球の果ての果てまで

響け!響け! (Yes! Super cutie smile)

私色の瞬きが溢れてる

だから笑って

オンリーワンのきらめきを

信じて いつも Make My Way!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かすみは歌いきった…罵声はおろか、本当にこんな状況でライブを行ったという異質な空気に圧され、遠方の群衆からは何の声も上がらない中、近辺に居る集団からはやや閑散とした拍手が上がる。

 本来のライブであれば事故レベルの状況ではあるが、彼女の中ではそれとは真逆の、確かな手応えを感じていた…もし本当に失敗していたのなら、今でも構わず多数の野次が飛んできている筈だからだ。

 それが無いという事は、少なくとも多少なりは彼等の心を掴む事が出来たのだろう。

 実際今回は足場が不安定である為普段通りの演出は出来なかったが、その分歌に力を込めた。

 それ故か、披露した歌声は間違いなくこれまでのものより調子が良かったのだ。

 始める前の不安は何処へやら、この調子ならば行けると勝負の行方に希望を見出だすかすみ。

 

『良いですね~、流石って所ですか。まぁかすみんを名乗るっていうならこれぐらいは出来ないとですよね!』

 

 それはカスミの方も機械の身体ながら肌で感じているようであり、表向きは素直に称賛する声を上げる。

 しかしその称賛は当然の如く、そのままの意味で言ったものでは無い。

 それは機械である己にとって、最高の餌であったという意味だ。

 

『それじゃあお次は私の番です!私は続けて二番を歌っちゃいますよ~★』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔はもちろん (Check! Check! しちゃおう!)

困った顔 すねた顔だって

感動レベルの (Selfie しちゃおう!)

神級完璧 追求したい

 

進化中 (Updating)

昨日よりも もっと (Growing Growing)

"キュートな私になれ" (Keep on saying)

かわいいはこの世界を救うから

 

届け!届け!

起こしちゃえ センセーション

響け!響け!(Yes! Super cutie smile)

私色に染まって 心

キュンとしたら笑って

オンリーワンのきらめきを

貫いて いつも Love My Way!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々狭いというのに無理矢理壇上に上がってきたカスミの歌は、先程かすみが好感触を覚えた歌声そのままであった。

 そう、カスミは先程のかすみの歌声を即座にラーニングし、それを己のものとしたのだ。

 そして歌い終わると同時に耳に届く、ざわざわとした声。

 先程と違い遠方からも聞こえてくるそれは、段々と彼等がこの特異な環境に慣れ、そしてこのライブの意義に参加し始めている事を意味している。

 

『良いですねぇ盛り上がってきましたねぇ~!それじゃあ大サービスで…最後は2人一遍に歌っちゃいましょう★』

 

 そして何を思ったか、カスミはここでデュエットによる歌唱を提案した。

 全く読めぬカスミの心情…それに翻弄されながらも、しかしここで尻込めば勝負を捨てる事になりかねないとして、かすみは隣でいかにもな笑顔を振り撒いているカスミの事を睨み付けながらそれに応じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつ いかなるときも

(Anytime Anyway Every day)

私でいること...

(Good day Bad day Every day)

絶対的 CONFIDENCE

欲しいな...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして実現した、類稀な演出。

 全く同じ似姿をした2人が、全く同じ声で以て、全く同じ歌に挑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きっといつか!』

 

 カスミが歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああ 神様!』

 

 かすみが歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『見ていてください!!』』

 

 それは実に奇妙でありながら、実に完璧な重なりを見せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははは!どうしたの?動きが鈍いよ?どこか調子悪い?ボクは全然良いんだけどね~!」

「っ…!!」

 

 同じ頃、こちらも雌雄を決する事となっている迅とジン…その戦況は、ジンの一方的な優勢となっていた。

 ジンの変身するキリングファルコンは、スラッシュライザーを用いたバーニングファルコンとほぼ同じスペック…いくら調整が施されているとはいえ、フォースライザーとフライングファルコンの組み合わせではどうしても覆せない程の性能の差が出てしまう。

 そしてその差を埋められる程、互いの実力も違いは無い。

 

「(ゼロワンみたいな事が出来ていたらな…!!)」

 

 ふと迅の脳裏を過る、或人の勇姿。

 原初の姿に立ち返りながらも、その力を計り知れない程にまで増大させた、リアライジングホッパーという奇跡。

 それを二度も発現し、さらにはその奇跡も二度目の発現の際に常なるものとして定着させた彼の所業が、想像を遥かに超える異質なものであったのだと、今になって一層彼に思い知らしめる。

 

「それにしても本当に凄いよ!知ってはいたけどまさかその姿が見られるなんて!その…古臭い姿を!」

 

 煽るジンに向けて拳を振るう。

 しかし自分でも分かる…振るう拳が重い、遅いと。

 想定している振速に、約1秒から1.5秒程の遅れがある。

 いくら亡の手による調整とはいえ、それは過去のデータを参照にしただけの、試験運用も無しのものだ…故にどうしてもこういったズレは出てしまうもの。

 しかしそれを決してたかがなどとは片付けられないのだ…相手はそれを明確に隙と定め、そして確実に、容赦無く、攻め突いて来るのだから。

 

「くっ…!!」

 

 下手に手を出せば、噛まれるだけ…迅は徒手による近接戦を諦め、鉄羽を駆使した戦法に切り替えるべく翼を拡げ距離を取ろうとする。

 

「隙有り!」

「なっ!?」

 

 しかしそんな焦りから、行動が単調になっていたのだろうか…ジンは迅の思惑を即座に予測。

 自らもまた翼を生やし、目にも止まらぬ速さで彼の背後を取るや、その腕を捻り上げて動きを制限する。

 

「えへへ、それそれそれぇ!」

「グッ!?うぁ!?あ…っ!?」

 

 そしてジンは空いている手で迅の羽根を掴むや、あまりにも乱暴にその1枚1枚を剥ぎ取っていく。

 抵抗しようとすればそのもぎ取った羽根を使って目ざとくその意思を潰していく為、迅は執拗にその背にダメージを負わされていく。

 

「くっ…あぁぁぁぁ!!」

「おっと!」

 

 やがて全ての羽根がもがれたその瞬間、迅は荒げた声を上げると共に新たに翼を形成。

 迂闊に次の手を出そうとした彼に一矢報いれないかとあわよくばみもしたが、流石にそこまでの高望みは成らず、しかし本来の目的であった虚を突く事はその狙い通りとなり、ジンの拘束から逃れる事が出来た。

 今しかない…この訪れた僅かなチャンスを、どうにかしてものにしなければ。

 遠距離戦、ないし飛行戦に持ち込もうという先程の選択を変え、一撃必殺に賭ける。

 そう決意した迅がライザーのレバーに指を掛け、操作しようとする。

 それは今の迅が発揮できる間違いなく最速の動作であり、またそのタイミングも間違いなく完璧であった。

 

「はい。」

 

 しかし(ジン)は、それを事も無げに覆してきた。

 ごく軽い声と動作で、しかし迅の決意よりも圧倒的に速く、そこに割り込んだ。

 

「ッ…ぅ…!?」

 

 腹部に違和感。

 その詳細が異物感によるものだと理解した途端、異様な激痛が迅を襲う。

 思わずその痛みの源に触れようとすれば、手に当たるのはジンの手、そして彼がその手に握っている物。

 

「これが人間だったら本当に真っ赤になってたんだろうけど、ヒューマギアのは青いからなぁ…まぁ真っ青っていうのも、それはそれで格好良さそうだけど!」

 

 やがてジンが腕を引けば、迅に想像を絶する痛みを与えていた物の正体が露になる。

 スラッシュライザー…先の戦いで彼から奪っていたそれを、今度は彼に向けて突き立てたのだ。

 

「ねぇ、ここからあとどれぐらい遊べるのかな?」

 

 まさに致命的と言えるダメージを受けた迅は腹部から青い液を流し始めると同時に、その仮面の下でヒューマギアにあるまじき脂汗を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや~歌いましたね~、かすみん楽しかったですよ。皆さんどうでしたか~?いつもと違うかすみんのライブ…楽しいって思ってくれました~?』

 

 レインボーブリッジ上で繰り広げられている、2人の中須 かすみによるライブ。

 その第一曲が終わると同時に、周囲からはそれまでとは打って変わった歓声が上がる。

 皆すっかりこのライブに参加する意思を固めているようだ…あまりにも、奇妙と言うしかない程に。

 

「どうなってやがる…?」

 

 それを感じていたのは、かすみだけでは無い。

 不破や唯阿も、この周囲の変化の仕様に怪訝な表情を浮かべざるを得ない。

 先程までは一刻も早く立ち退くよう野次を飛ばしてばかりであったというのに、揃ってその意気は何処へ行ってしまったというのか?

 しかし天津は先に戦士としての姿に身を変えそのままでいたが故に、この事態の移り変わりについて既に当たりを付ける事が出来ていた。

 

「どうやら彼女の発する声には一種の催眠効果が施されているらしい…それによって周囲の人間は半ば強制的に彼女の虜にさせられているようだな。」

 

 戦士としての超常的な感覚が、それを捉えていた。

 カスミの発する声からは、人の脳内に存在しているオキシトシンというホルモンを僅かに刺激する作用が有ると。

 それによって彼女の声を聞いている内に段々と彼女の事を意識せざるを得なくなり、やがてそれは無条件の信用信頼、そして信愛に繋がるのだと。

 

「私達はどうなんだ?特にそういった異変は感じていないが…。」

「私達は既にどちらの彼女を疑うべきかはっきりとしている…その確たる意思が、無意識に訴えかける程度であるその効果をはね除けるないし遅らせているのだろう。」

 

 それを聞いた不破と唯阿の顔が、今度は憤怒によって歪む。

 ライブを通じてどちらが本物かをはっきりさせる…それもその判断はここに居る観客達に委ねられている。

 故に公平性の有る真っ向勝負と端からは見えるが、その裏では人の心を作為的に操ろうとする姑息さが潜んでいた。

 歌は人の心を動かす…しかしそれは歌い手の意図しない所で起こる、あくまでも奇跡の範疇の話だ。

 それを人為的に起こせるとなれば、この勝負の行方は既に決まっているようなものではないか。

 

「ん?何ですかその目?そりゃあ少しは楽しめないとそっちもやる気出ないでしょう?」

 

 まだそれを知らぬかすみは、ただカスミが一体何を考えているのか分からないと懐疑の視線を送るだけ。

 それに気付いたカスミは、それこそ逆に何を考えているのかと言わんばかりに肩を竦める。

 そう、彼女はただ単純にかすみを蹴落とす為にこの宴を開いた訳では無い。

 本当のお楽しみは、ここからです…と、彼女はライブを次のステージへと進める。

 

『それじゃあ続きましてフリーバトルと行きましょう!お互い好きな曲を選んでそれを歌うって感じです!…え?同じ曲じゃないと比較が出来ないんじゃないかって?そこは心配しなくて良いですよ~。だってここからは…かすみん本気出しちゃいますもん。』

 

 カスミが低くその声を落とす。

 それを聞いた誰しもの…特に彼女の隣でその声を直に聞いたかすみの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。

 

『曲は…アレにしましょうか。カバー曲になっちゃいますけど、許してくださいね★』

 

 その代わり…と言いながら、カスミが顔を俯かせる。

 彼女の取る一挙一動に、この場に居る全員の注目が集められる。

 

『格の違いって奴、見せてあげます。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は誰も 怯えている

夢の果て 待ち受ける世界に

白か黒か 果ては灰か?

辿りつかなきゃ分かれない

 

本当はもう持っている

気付けるかは自分次第で

恐れないで 今心を解き放て

 

その微笑みが起こす奇跡

願い いつも共にある

さあ突き進め 煌めいて

信じる未来まで

止めないで勇気

思いを掲げて

 

強く美しく

自分自身であれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは普段のかすみなら絶対に歌わないジャンルの曲。

 彼女のイメージからかけ離れているその歌声に、今誰もが魅了されている。

 そしてそれを歌う彼女(カスミ)の姿は、彼女の手に掛かっていない筈の戦士達から見ても非常に様になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~♪~♪」

「くゔ!?あ…っ…!?」

 

 ジンが振るう短剣(スラッシュライザー)に踊らされている迅。

 鼻歌交じりに振るわれているジンのそれであるが、腹部の傷が致命傷となっている今の迅ではそんな戯けたものでさえも十分な脅威となっている。

 

「…ま、こんなもんか。」

 

 やがて適当に刃を振るう事に飽きたジンが、その果ての結果に向けて冷めた視線を送る。

 目の前で膝を付き、ピクリとも動かぬ迅…その装甲には数え切れない程の深い切り傷が付いており、過剰なダメージによってスーツを通り越し、ヒューマギアの体内を巡る青い血(循環液)が幾多も吹き出ている。

 言うなれば、敗北を象徴する礎…そしてそれを築いているのが仮にも自分と同じ存在である事に嫌悪感を抱いたが故だ。

 彼の破滅を望んでいると言うのに、いざそれを前にしてこのような感想を抱くのも、おかしな話であるが。

 

「名残惜しいけど、これで終わりだね…じゃあ今度こそ、サヨナラだ!」

 

 しかしジンはそれを真に受けない、真に受けようとする心が無い。

 だが、だからこそのジンという存在なのだ…そこにはただ、殺戮の為の意思が有れば良い。

 それがジンという存在が造られた、ただ1つの理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライング! インパクト!! 】

 

 しかしそれは、彼とて同じであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?しぶといね~…まだやれるんだ。」

 

 振り下ろした短剣(ライザー)が、新たに生えた鉄羽によって弾かれる。

 とどめを刺そうとした手を潰され、口ではへらへらとしていながら、その気を僅かに逆撫でられたジン。

 そんな彼の前で、それまで礎となっていた迅の身体が動き出す。

 

「当たり前だろ…ヒューマギアを…人間達を守る為に…お前にだけは、負けられないんだ…!」

 

 両膝を付いていた状態から、足を上げて片膝を付くだけとなり、やがては立ち上がる。

 そう…同じであったからこそ、目の前の彼にだけは負ける訳にはいかないと、迅は己を奮い起たせていた。

 

「だから何でそこで人間が出てくるの?ヒューマギアにとって、人間っていらないものなんじゃないの?」

 

 それがジンには分からない。

 人間を守護するという事は、己のこれまでを全て否定するという事。

 そうまでして、何故立とうとするのか。

 一体何を以て、戦う意義を見出だしているというのか。

 

「そうだ…僕はずっと、そう思っていたんだ…。」

 

 フッ…と笑みを浮かべる迅。

 やはりそうだ、何もかも。

 ジンという存在がどういうものなのか、彼を前にして己が出した結論がどういうものなのか、その全てが迅の中で繋がる。

 その上で、迅は己の出した結論が、ジンと相対する今が、全て正しい事であると確信を覚える。

 なればこそ、傷だらけの身体でなお、その身を構える。

 

「でも…違ってたんだ…!」

 

 反逆の狼煙が、静かに昇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…という訳で、"TO BE YOURSELF"でした~!かすみんいつもは可愛い曲ばっか歌ってますけど、本気を出せばこういう曲だって歌えるんですよ★』

 

 カスミの明るい声が響く。

 しかしそんな彼女の態度とは裏腹に、橋上はしんと静まり返っている。

 誰も何も声を上げようとしない…上げようにも上げられないのだ…彼女の歌声に、圧倒されたが故に。

 

『それじゃあ、お次どうぞ。なに歌います?』

 

 それを見たカスミは予想通りの反応だとしてにまりと笑い、かすみに次を促す。

 だがかすみはそれに対してすぐに反応出来なかった…彼女もまた、同じ様にカスミの歌に圧倒されていたからだ。

 先程の曲は、決して自分では歌えなかった。

 だが彼女は普段のイメージにそぐわないからと己であれば避けてしまうようなその楽曲で、ここに居る誰しもの心を平服させたのだ…このような演出は、自分では絶対に出来ない。

 そしてもしこれが実力の差だと言うのであれば、それは否応にも認めるしかない…かすみは堪らず悔しげに顔を伏せる。

 

「中須…。」

「まずいな…完全に気圧されている。」

 

 その様子は、戦士達から見ても分かる程に危機的なものであった。

 今の彼女では、とても普段通りのポテンシャルを発揮する事など出来ないであろう。

 であれば、ここから先の展開は例え目を閉じ耳を塞いでいたとしても、分かりきったものとなってしまう。

 

「すみません、失礼します!通してください…!」

「お前ら…!」

 

 と、それまで静まり返っていた空間に聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、やはり同好会の少女達が群衆を抜けてここまでやって来ていた。

 

「かすみちゃんは…!?」

 

 侑を先頭に戦士達の下に辿り着いた彼女達は、まず何よりもとかすみの事を聞いてくる。

 それに答えるべく戦士達が橋の中央を見やれば、少女達もその視線を辿ってかすみの姿を見つけ、そして今の彼女の在り様に皆揃って顔を強張らせる。

 

「かすみちゃん…!」

 

 少女達が来た事に、かすみは気付いていない…気付ける余裕が無い。

 彼女の頭の中は、じわじわと追い詰められているこの状況からどう脱するかの一つで埋め尽くされている。

 カスミが出したあの結果を超えるには…。

 

『…"ダイアモンド"で。』

 

 やるしかない…自身にとって最も歌い馴染みの有る、この曲で。

 

『良いですよ、それじゃあ曲流しますね。』

 

 顔を上げ、再び宿した決死の想いを、あっけらかんとした様子で受け入れるカスミ。

 そうしてそのまま耳元の機械からは曲と、曲入りの為のクリック音が鳴り始める。

 もう後は無い、ここでベストを尽くさなければ…いや、そのベストをも超えなければ、その時点でおしまいだ。

 だがこの曲ならば…同好会が今の形になるよりずっと前から歌い続けてきた、この曲ならば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、きらり輝く未来にきゅんとしたなあ

(大切な場所)なんだかんだね

たくさんの願いと思いを込めた歌を歌おう

このダイアモンド光って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "ダイアモンド"…この曲はかすみがまだ同好会に入ったばかりの頃、つまりは彼女がスクールアイドルとして名を上げるのに合わせて製作された楽曲だ。

 今でこそ同好会の楽曲事情には侑という強力な担い手が携わっているが、これはまだ彼女が同好会に関わる以前の話。

 慣れぬ作業にしどろもどろとしながらも、仲間の手を借りながら少しずつ形にしていき、やがて完成したこの曲は、かすみにとっては過去の自分を写し出す鏡のようなものであった。

 慣れていなかったが故に、初めての歌であったが故に、この曲には己の原点たる想いが目一杯詰め込まれている。

 だからこそ、この曲を歌う度に思い出す事が出来るのだ…過去の自分が歩んできた道を。

 楽しかった事、嬉しかった事。

 辛かった事、悲しかった事。

 上手くいった事、上手くいかなかった事。

 駄目だと思った事、良かったと思えた事。

 中須 かすみというその全てを、この曲を歌う事で思い起こす事が出来る。

 そしてその度に、かすみは自分という存在を見つめ直せるのだ…今の自分なら、その全てを越えられる筈なのだと。

 だからかすみは信じている…この曲ならば、自分という存在を脅かす彼女を必ず打ち負かす事が出来るのだと。

 

「かすみ、ちゃん…。」

 

 しかし、その結果がこれなのだ。

 先のカスミの時と同じく、誰も何も声を上げない。

 しかしそれは、決して彼等がかすみの歌声に圧されたからではない。

 彼女の歌声は、震えていたのだ。

 彼女の歌声は、誰がどう聞いてもカスミの足元に及ばないと言える程に弱々しいものであったのだ。

 カスミが与えた影響は、己を見つめ直す曲を選んだとしても覆せない程にかすみの精神を追い詰めていた。

 故に、この沈黙は肯定の意が込められたものでは無い。

 失望、嫌悪といった、否定の意が込められた沈黙であった。

 

『…という訳で、"ダイアモンド"でした~…まぁ、うん…良かったんじゃないですか?』

 

 これにはカスミも興醒めといった様子を見せる…隣で自身が出してしまった結果を信じられないと言うように呆然としているかすみを冷めた目で見て、しかしそれも束の間と言うように彼女は周囲の観客に向けて声を上げる。

 

『さて、そろそろ聞いてみましょうか…皆さ~ん!ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございま~す★でもでもぉ、忘れちゃいけない事ありますよね~?そう!このライブは私達の内どっちが偽者かをはっきりさせる為のライブ!だからそろそろぉ、皆さんに聞きたいんですよねぇ~…私と彼女、どっちが本物のかすみんか。』

 

 今から聞いてみますから、皆さん本物だと思う方に大きな歓声や拍手をお願いしま~す!と、呼び込みを掛けるカスミ。

 それだけで周囲からは一気に喝采が上がる有り様であるが、カスミはこれで終わる訳が無いと隣に居るかすみを見ながら笑う。

 

『それじゃあまずは…私の方が本物だと思う人~!』

 

 瞬間、沸き上がる歓声と拍手。

 まさに鳴り響くという表現が正しい程の熱量で以て、観客はカスミの存在を中須 かすみとして受け入れる。

 

『きゃあ~凄~い!皆さん沢山のコーレスありがとうございま~す!それじゃあ次は…こっちの方が本物だと思う人~!』

 

 瞬間、静まり返る空間。

 正しく静寂という言葉が適する空気が、辺りを支配する。

 

『…あれ?あれれれれれ?おかしいですね~、なんにも聞こえないですけどぉ…もう一回聞いてみましょうか。こっちのかすみんの方が本物だと思う人~!』

 

 カスミが念を押して聞いてみるも、やはり何の反応も返ってこない。

 詰まる所、勝負の行方は決まったという事だ。

 

『…居ないですねぇ。じゃあついでにもう一回…私の方が本物のかすみんだと思う人~!』

 

 だから、もう良いではないか。

 そんな真似をしなくとも、勝負は決したのだ。

 

『きゃあ~嬉しい~!やっぱり皆さん分かってますね~★』

 

 それは勝者たる者の特権。

 勝ち得た栄光に酔いしれ、敗者たるを如何様にも弄ぶ事を許されるという、世の悪しき理。

 

「っていう訳なんですけどぉ…何か言う事あります?」

 

 その理に抗う術を持たぬかすみは、向かえた結末を前に力入らず震える膝を折らないようにするのが精一杯であった…。

 

 

 

 



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Program.40「たくさんの 願いと思い / たくさんの 希望とキラメキ」

「っていう訳なんですけどぉ…何か言う事あります?」

 

 レインボーブリッジで繰り広げられていた、中須 かすみ同士のライブ。

 どちらがその名を名乗るに相応しい存在かを賭けて行われていた勝負の行方は、機械の身体を持つカスミの方に旗が上がった。

 

「良いんですかぁ?何にも言い返したりしないで…負けたらどうなるか、忘れた訳じゃないですよね?」

 

 一方敗北を喫した人間のかすみは、迎えてしまった現実を認めたくないのか俯いてばかりである。

 問い掛けには何の反応も示さない…ならばとカスミは彼女に向けて顔を近付け、その耳元で囁いた。

 

「貴女の居場所を、私が貰う。私が中須 かすみとして、貴女の持っているものをぜーんぶ頂いちゃいます。家族も、友人も、何もかも…貴女に残るものなんてなーんにも無い。そもそも、貴女という存在そのものが、失くなっちゃうかもなんですよ?」

 

 聞こえていないとは言わせない、無視なんてさせない…お前は負けたのだと、カスミはかすみに向けて言い聞かせる。

 しかしかすみは、一層俯くばかり…。

 

「つまんないですねー。自分の命が失くなるかもしれないってのに、すっかりやる気失くしちゃって…。」

 

 でもまぁ、所詮はこんなものかとカスミは一人ごちる。

 そうだ、やはり人間と機械とでは圧倒的な差が有るのだ…フィジカルはもちろん、この調子だとメンタルもであろう。

 こんな劣等した姿を晒す彼女より、自分がその名を語るが相応しい筈。

 であるならば、最後の仕上げとしてやるべき事がある…カスミは再び周囲の群衆に向けて声を張り上げた。

 

『皆さーん!ほんとにほんとにありがとうございまーす!お陰でかすみん命拾いする事が出来ました~!…え?何の話かって?そうなんですよ聞いてくださいよ~!実はこの偽者さん、もしこのライブで自分が本物だって言われたら、逆に私の事を偽者扱いしてとっっっても酷い目に合わせようとしたんですよ~!私に成り代わって、私の居場所を奪って、そして最後には私の事を…。』

 

 その内容に、かすみは思わず伏せていた顔を上げる。

 カスミが語ったのは、一連の出来事についてのあらましであるが、しかしそれを語るべきは本来自分でなければならないのだ。

 彼女が語ってしまえば、それこそ彼女が本物として認知されてしまう。

 

『考えただけでもおっそろしいですよね~!?怖いですよね~!?そんな風に考えてる人の事を許しておける訳無いですよね~!?』

 

 事実、カスミの呼び掛けに周りの群衆は反応を示している…カスミの言い分を称賛し、隣に居る自分の事を非難するような声が。

 

『ほら、皆さんこう言ってますよ?何か言ったらどうなんですか?』

 

 四方八方、どこを見てもカスミの味方しかいない…そんな中で反する声を上げたとしても無慈悲に打ち消されるだけだと言うのに、意地悪くも彼女はそれをするしかない状況を作り上げてしまう。

 

「ちが、う…かすみんは…私の方で…。」

『この期に及んでまだ認めないって言うんですかぁ!?ほんっと~~~に酷い人ですねぇ!?だって約束したじゃないですか!ライブで負けたら潔く身を引くって!それさえも守ろうとしないなんて、性根ってもんが腐ってるんじゃないですかぁ!?』

 

 カスミの煽りに合わせてさらに大きくなる、かすみに向けての罵声。

 ずぶずぶと、嵌まっていく…カスミが仕掛けた底無しの沼に。

 彼女に導かれ、周りから押され、自らの脚で進んで沈み行く事を余儀無くされて、抜け出せなくなって…。

 もう足掻く事も踠く事も出来ず、何も出来ないまま溺れるのみかと…そう悲観するしかない最中で、不意に場の一切を打ち消すかのような鋭い轟音が辺りに響いた。

 

「いい加減にしろ!!テメェの御託は聞き飽きた!!」

 

 音の正体は、不破が引き金を引いたライザーから発せられた空砲によるもの。

 執拗にまでかすみを陥れようとするカスミに、そして何も事情を知らぬというのに彼女の口車に乗せられるがままの群衆に対して怒りが満ち、遂には限界を迎えて行動に起こしたが故の新たな波乱だ。

 それによってかすみに向けて喚き散らかされていた罵声が一瞬で止み、代わりにどよめきが走る。

 正直悪手であるとは思ったが、あれ以上静観をしていても状況が好転する事は無かったとして、唯阿と天津も群衆を宥めるような真似はせず、不破と合わせてカスミに向けて一層の睨みを効かせる。

 

『きゃあ怖いです!あの人達も私の事酷い目に合わせようとしてます!誰か助けてください~!』

「騙されんな!!こいつの正体はヒューマギアだ!!中須の奴を陥れる為に造られた、アークと同じ悪意を持った偽者だ!!」

 

 カスミの猫被りな言葉の羅列を、不破がバッサリと切って捨てる。

 そしてその声量は機械を通さずとも周囲に響き渡る程に大きく、それを聞いた群衆からは次第にざわめきが起き始める…不破の吐いた台詞によって、民衆の中でカスミに対する疑念が生まれたのだ。

 一石が、投じられた…拡がった波紋が他の波を打ち消し、荒れた水面を元の平穏なものへ変えようとしている。

 

『あ~それ言っちゃいます?困りますねぇ…。』

 

 その発言を良く思っていないのか、カスミは口を尖らせている。

 当然だ…彼女にとって自身の身が機械である事を晒されるのは、それだけで己が偽者である事を証明してしまう決定的な証拠となるからだ。

 それはまさに一筋の光…暗闇に射し込んだその僅かな希望を前に、かすみの折れかけていた心の芯が立ち直りかける。

 

『それ、折角だからかすみんの口から言おうとしてたのに…。』

 

 だが違ったのだ。

 カスミは投じられたその一石が、決して取るに足らぬものだと言って除けたのだ。

 

「…どういう意味?」

 

 堪らず、そう聞いてしまうかすみ。

 自らが機械の身(ヒューマギア)である事実を認め、晒け出すという行為は、彼女にとって痛手となる事では無いのか?

 

『だからぁ、まだ話は終わってないって事なんですってぇ。』

 

 その答えを、カスミは少しずつ紐解いていく。

 自らにとってその事実が、どれだけさしたる問題では無いかを証明していく。

 

『皆さんちょっとお静かにー、落ち着いてくださいねー…で、そうなんですよ。実は私の身体、機械で出来てるんです。ほら、この耳のアクセサリー…これ、最新のヒューマギアモジュールなんです。』

 

 ちゃんと見えますかねぇ?と言って髪を掻き上げ、耳元のモジュールを見せるカスミ。

 それは映像を通して誰しもの目に止まり、彼女が確かに機械の身(ヒューマギア)である事を知らしめる。

 周囲から聞こえるざわめきが、その声量を増していく。

 

『今皆さんこう思いませんでした?それなら私の方が偽者なんじゃないのかって…まぁ、確かにそうかもしれませんね。元々中須 かすみっていうのは、ここに居る人間の方のかすみんを指す名前ですから。私はあくまで同じ見た目をして、同じ名前を付けられただけの存在なんです。』

 

 次第に増えていく己に対する疑念の声を意に介さず、カスミの演説は続いていく。

 それは淡々としていながら、不思議と聞く者の耳に残る話し方であった。

 

『でもですよ?そしたらこう思いません?何の為に私という存在が造られたのか…それはですね、どーしてもやむを得ない事情があったんです。』

 

 気付けば辺りはすっかり静まり返っていた。

 再び彼女の言惑の虜にされている事に気付かず、人々は彼女の言葉に耳を傾けている。

 

『皆さんご存知無いですかね?大体3~4ヵ月ぐらい前ですか…関東に居るスクールアイドルの皆さんが命を狙われてたって話。』

 

 そんな中で不意に出されたその話題に、戦士達は己の耳を疑った。

 それは関わり深い存在たる少女達にも多くを語っていない、自分達しか知らない筈の事件の概要。

 或いはその事件を引き起こしていた黒幕でなければ知り得ない情報をここで引き合いに出す魂胆がまるで分からないとして、戦士達もまた彼女の一語一声に気を引かれてしまう。

 

『そうなんですよ。目的も分かってないし、犯人もまだ捕まってない…そんなおっそろしい事件に、ここに居る私も巻き込まれちゃってたんです。』

 

 やがて語られる、彼女が投じられた一石を取るに足らないと宣ったその理由。

 それは恐ろしいまでの言葉回しによるからくり仕掛けであった。

 

『当時の私はそれはそれは困ったみたいですよ~?運良く命は落とさなかったけど、暫く入院しなくちゃいけない程の大怪我を負っちゃって…でもそれを公表しようにも情報が規制されてるのか中々伝える事が出来なくて…そこで考え出されたのが、ヒューマギアにかすみんの事をラーニングさせて、怪我が治るまで代わりをお願いするって方法だったんです。それで造られたのが、私なんです。』

 

 例外無く、全員の目が見開かれた。

 知る者からすれば、あまりに支離滅裂とした虚偽の事実に。

 知らぬ者からすれば、虚偽の事実たるそれを真に受けて。

 

『かすみんとして振る舞う日々は、本当に毎日が充実していて楽しかったです。でもそれはあくまでここに居る人間の方の私が良くなるまでの代わりでしかない…でも私はそれでも良いって思ってたんです。いつか人間の方の私が良くなって、私という存在が要らなくなったとしても、この記憶さえ有れば良いって…でも違ったんです。ここに居る人間の方の私は、私がその記憶を持ってる事さえ許せないって言って、私の事を殺そう(破壊しよう)としてきたんですよ!?酷いじゃないですか!?私すっごい頑張ったんですよ!?なのにお礼も言われないどころか、そんな理由で私の事を壊そうとして…それが人としてやって良い事なんですか!?』

 

 それまで淡々としていた語気が、やがて感情を持っていく。

 人を平気で奈落の底に陥れようとする心無き彼女らしからぬそれは、全て限り無き嘘を実にする為に…。

 

『私何か悪い事しましたか!?与えられた仕事をちゃんとやって!その時が来たらちゃんとこの場所も名前も返すって約束して!それをちゃんと守ろうとして!それなのに…なんで私殺されなくちゃいけないんですか!?ヒューマギアで、所詮は機械かもしれないけど…私だってここに居るんです!!生きているんです!!』

「違う!お前は違法製造されたヒューマギアだ!人工知能特別法第6条により、本人の許可無く実在する人物と同じ容姿のヒューマギアが製造される事は禁止されている!対人工知能特務機関A.I.M.S.の権限を以て、ここでお前を拘束する!」

 

 これ以上はまずい、そう判断した唯阿がいよいよカスミ向けてライザーを構える。

 このまま喋らせ続ければ、すぐにでも本当に収集の付かない所まで来てしまうだろう…好ましいやり方ではないが、法を盾に力ずくで押さえ付けるしかない。

 しかしかの少女を模した機械は、それさえも想定していたのだ。

 

『何でそんな事言うんですか!?酷いですよ!!だってここに書いてくれたじゃないですか!!私が居ても良いって、サイン書いてくれたじゃないですか!!』

「なに…!?」

 

 彼女が取り出したのは、細々とした事が書かれた1枚の紙。

 上空のカメラを通してそれぞれの画面に紙面が映る中、ちらりと見てみれば、確かにそこにはかすみに類似したヒューマギアの製造を承認するような旨の内容が書かれていた。

 

『ほら!!飛電の社長さんからも!!ZAIAの社長さんからも!!人間の私からも!!みんなみんな私は造られて良いんだって…そこに居ても良いんだってサイン書いてくれてるじゃないですか!?』

「ッ…皆様お静かに!我々ZAIAも飛電インテリジェンスも、あのような署名を記した事実はございません!」

 

 或人や与多垣等、それぞれのサインも同様に記されているが、これは当然本人達が書いたものでは無い。

 紙面の内容も含めて全てが捏造された代物であるが、これは戦士達にとって非常に痛手となるものであった。

 何せ今この状況では、それが偽造されたものだと証明する確たる手が無いからだ。

 例えそれがどれだけ偽りの代物であったとしても、今真偽が不確かであるならば、人は自然と証言ではなく実物の方を正しきものとして認識してしまう…物よりも、言葉の方が嘘を付きやすいと分かっているからだ。

 事実天津が否定する声を上げても、それを真に受けている者の姿は見受けられない…皆カスミの持つ紙面を真実だと捉えてしまっている。

 

『私はなんで造られたんですか?なんで生み出されたんですか?こんな…こんな理不尽な目に合う為に存在してたって言うんですか?』

 

 戦士達が揃って歯噛みする。

 1つの強大な悪意が単身猛威を奮っていた今までと違い、その悪意をひた隠し、周囲を取り込み、そして大きくなっていく…そのやり方に、完全にしてやられたと認めるしかない。

 もう、止められないと。

 

『私は…生まれちゃいけなかった子なんですか?』

 

 瞬間、世界が震えた…そう言える程の声が上がる。

 その歓声が讃えるのは、悪意に塗れた機械。

 その罵声が向けられるのは、純善たる人間。

 善も悪も入り交じるそれらの声は、しかしただ1つ確かな標の下に飛び交うもの…全て、何の罪も無い人間(中須 かすみ)を拒絶するものであった。

 それをまざまざと見せ付けられたかすみは、いよいよ脚に力が入らなくなりその場でへたり込んでしまう。

 

「分かったでしょう?貴女の味方なんて誰も居ない。貴女を助けられる人なんてどこにも居ない。貴女を必要とする人なんて、だーれも居ない…。」

 

 耳元で囁かれる、カスミの卑言。

 同時に注がれる、観衆の罵言、刺さる視線。

 まるで世界中が敵に廻ったかのようなこの状況を前にして、平静を装い耐えられる者など居はしない…まして今のかすみでは到底。

 震える身体を両手で抱き締め、内から沸き出ようとしている感情を必死に抑え付けるも、次第に息も荒くなり、段々とそれが効かなくなっていく。

 

「だから安心して…消えてください★」

 

 ぐわん、と視界が揺れる。

 それがカスミに背中を蹴り飛ばされ、高台から落とされたからなのだと理解した時には、かすみは既にその身体を橋の上に横たえていた。

 

『きゃー大丈夫ですかー!?今顔から行きましたよぉ?いくらかすみんの事を酷い目に会わせようとした人でもぉ、今のは流石に心配になるっていうかぁ…って、かすみん優し過ぎますかねぇ?』

 

 頭上から、わざとらしい声が掛けられる。

 そしてそれに同調して、周囲の声も一層高まる。

 自らを貶めようとした者にさえ情けを掛けようとする姿を称賛する声も、変わらず偽りの存在と定められている者に向けて放たれる罵声も。

 気付けばかすみは、カスミの事をじっと見ていた。

 しかしそれはそうと呼ぶにはあまりにも怒りと悲しみに満ち溢れていた。

 

『ちょっと、そんな睨まないでくださいよ。言っときますけど、全部自業自得ってやつです。恨むならかすみんに手を出そうとした自分自身を恨んでくださ~い。』

 

 ふと、観衆からの声に嘲笑の念が含まれているような感覚を覚えた。

 それと同時に鼻頭が熱く、口元は滑り、口内には鉄の味が拡がっている事に気付く…これは、鼻血であろうか?

 そして視界の先に居るカスミの姿がぼやけ、両頬を熱い何かが伝う感覚も次第に感じる…これは、涙であろうか?

 だとしたら今の自分は、確かにそう笑われてしまう程に格好悪いであろう。

 その名を名乗るにはまるで似つかわしくない程に可愛くない姿を晒しているであろう。

 それが…悔しくて悔しくて堪らない。

 

「っ…うぅ…~~~…!」

『泣かないでくださいよ~、そんなぶっさいくな顔して…みっともないったらありゃしません。最後くらい潔く負けを認めたらどうなんですか?』

 

 ほら、皆さんからも何か言ってやってください、とカスミが煽れば、人はそれに応えて全力で罵りの声を上げていく。

 まるで人の心など無いかのように、まるで私を人として見ていないかのように。

 いいやそうだ…今の自分は人にとってその情を逆撫でるような、そんな存在…断罪されるべき悪なのだ。

 私はもう、そういう存在としての印を押されてしまったのだ。

 

『…とまぁ、そういう事情なんです。だからもう一度だけ、聞かせてください。』

 

 ぎゅっと目を瞑るかすみ。

 顔を伏せ、歯を食い縛り、血が滲まんとする程に拳を握る。

 

『元々中須 かすみを名乗ってたのは、そこに居る人間の方の私で、ここに居る私は後から生み出されたヒューマギア…そうですね、はっきり言えば偽者です。』

 

 頭上からカスミの声が聞こえてくる。

 聞きたくないから耳を塞ごうとして、しかし拳を握っていなければ今にもどうにかなってしまいそうで。

 もどかしさか、怒りか、悔しさか…それさえも分からない程にぐちゃぐちゃになった心のまま、握る拳を何度も地面に打ち付ける。

 

『でもそこに居る本物の私は、自分にとって都合が悪いからって平気で私の事を殺そ(処分しよ)うとしてくる人なんです。いいやそれだけじゃなくて、そこに居る人達や飛電の人達も、私の存在をちゃんと認めて造った癖に、勝手に私の事を見捨てようとして…。』

 

 もう嫌だ。

 何でこんな事になってしまったのだろう?

 どうしてこんな目に逢わなくてはならないのだろう?

 何もしていないのに、悪いのは彼女の方だというのに、誰もそれを信じてくれない。

 皆が皆、操り人形のように彼女の言葉に従っている。

 

『私嫌です!そんな理不尽な目に逢うだなんて!許せないんです!そんな事をしようとしたこの人達が!皆さんだってそう思いませんか!?皆さんが大好きな"中須 かすみ"が、こんな事考えてやろうとする人で良いんですか!?』

 

 カスミに合わせて周囲からの圧が強くなる。

 嗚呼…人とはこんなものなのだろうか?

 あんなに私の事を応援してくれていたのに、信じていたのに…こんなにも簡単に人は騙され、裏切られ、傷付けられるものなのだろうか?

 

『だから聞きたいんです!そこに居る私と、ここに居る私、どっちが"中須 かすみ"を名乗るのに相応しいか!どっちが"本物の"中須 かすみか!』

 

 頭の中が揺さぶられる。

 既に正気を失いかけている意識がさらに惑わされ、次第に朦朧とし始める。

 ここで気を失ってしまえば、きっとそれが私という存在の終わりとなるだろう。

 でも…もう良いかもしれない。

 だって、もうどうしようもないのだから。

 

『いきますよ…そこに居る人間の私の方が中須 かすみとして相応しいと思う人!』

 

 悔しくて…悔しくて悔しくて堪らないけど、もうどうにも出来ないのだから。

 この静寂が、教えてくれている。

 認めるしかない、諦めるしかない。

 

 

 

 

『居ないみたいですね。それじゃあ次は…。』

 

 認めるしか…。

 

 

 

 

『ここに居る、私の方が…!』

 

 諦めるしか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう止めてッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そう思っていた、時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違った…へぇ~、何が違ったって言うの?」

 

 ヒューマギアが自由で居られる世界。

 人間という存在は、それを成す為の消耗品でしかないと…かつての迅は確かにそう言っていた。

 だがそれを、ここに来て違うのだとはっきり否定したその心境が気になったのか、ジンはその胸の内を問うた。

 

「…お前にとって、人間ってなんだ?」

 

 すると逆に返される問い。

 それを煩わしいと感じながらも、しかし興味が尽きぬとして、ジンはまず己の胸の内を晒け出す事となった。

 

「人間?そーだなー…ボクは別にヒューマギアの為に~みたいな事は考えてないから…何でもないよ!あ、君を釣る為の餌とか?」

 

 ジンにとって、人間とは真に何でも無い。

 道端に転がる石ころと同義…いや、多少の利用価値があるだけまだマシか。

 何れにせよその程度の存在だと、彼はそう言って退けた。

 すると迅はその答えを予測していたのか、やっぱりそうだ…とあまりこの場に似つかわしくないような笑みを浮かべる。

 

「お前は僕だ。昔の僕…あの時人間達に倒されないで、そのままで居たらっていう、そんな僕のもしもの姿…それがお前なんだ。」

 

 かつて人類と真っ向からぶつかり合っていた、あの頃の自分も似たようなものであった。

 滅から、アークから、人間はこの世界に不要な存在…滅ぼすべき存在であると教えられ、そして逆にそれ以外の事を何も知らされなかった、あの頃の自分。

 そんな自分の誕生から今までの道程は、いつだって鮮明に思い返す事が出来る。

 

「だから…そんなに弱いんだね、お前は。」

 

 だからこそ、今の迅にははっきりと言えるのだ。

 あの頃の自分は、そして目の前に居る彼は、何も分かっていない…何も分かっていなかったのだと。

 

「弱い…ボクが?」

「あぁ、人間の事を…いいや人間だけじゃない、自分自身の事さえも蔑ろにして、何にも考えてないお前は…呆れる程弱い奴なんだよ。」

「…違うでしょ?本当に弱いのは…キミの方でしょッ!」

 

 そしてその無知が弱さを招いているのだと…そう告げる迅に向けて、あからさまに怪訝な態度を取るジン。

 弱い?このボクが?

 今まで全く歯が立っていなかったのはそっちの方だというのに、言うに事欠いてそのような虚言…興味を引かれて耳を傾けていたが、そんな戯れ言を言うのであれば聞く価値など無い。

 少しだけ長引かせてしまったが、今度こそ終わりにする…その気概で、彼は大きく拳を振るった。

 

「っ…!?」

 

 だが振るった拳は、彼の望む通りの結果を導き出さなかった。

 むしろその拳は受け止められ、逆に迅から返された掌底による一撃をもろに喰らってしまったのだ。

 

「そうだね、僕もそうだった…自分の心に正直になれなかった所為で、余計なしがらみを抱えていたんだ。」

 

 続けて宣う迅を前に動揺を隠せないジン。

 今の拳底を、見切る事が出来なかった…決して捉えられない速さで振るわれた訳では無かったというのに、まるで予測を立てる事が出来なかった。

 そう、本当にまるで…今まで対面していて得られていたデータが1つとして一致しなくなり、あらゆる予測が立てられなくなっていたのだ。

 

「でも今は違う…僕はもう、僕の心に嘘を付かない。僕の心の赴くままに、僕の心の声に従う!」

「心の赴くまま…?」

「そうだ…人間達を守りたいっていう心のままに!」

 

 一体、何が起きているというのだろうか?

 心のままにと言い、段々と昂りを見せている彼に、何が起こったというのであろうか?

 

「まさか罪滅ぼしのつもりだって言うの!?そんな事したって、人間達は絶対許してくれないよ!?だってキミは…!」

「分かってる!!」

「ッ…!?」

 

 再びジンが繰り出した攻撃を、またも彼が立てられぬ予測の下に避け、そして一蹴を叩き込む事で示す迅。

 その動きは確かに誰が見ても一変したと言える程に洗練されたものとなっていた。

 

「そうだ、僕は迅!滅亡迅雷.netの迅!ヒューマギアの未来の為に、この手で何人もの人間達の命を奪ってきた、人類の敵だ!」

 

 しかし実の所、迅の性能は全く変化など起こしてはいない。

 だがやはり得られるデータがそれまでとは何か違うらしく、ジンは打って変わって仕掛けてきた迅の攻撃を防ぎきる事が出来ない。

 

「でも…それでも守りたいって思ったんだ。だって人間達は、今まで僕達に沢山の優しさをくれていたんだから。」

 

 やがては大きく蹴り飛ばしたジンを尻目に、迅はその胸の内を吐き出していく。

 彼方先で、自分が良いように反攻を許しているという恥ずべき事実を認めまいと首を振りながら立ち向かおうとしてくる彼には、きっと理解が出来ない話であろう。

 それでも迅は語る…向かってきたジンの、まるで子供が捏ねる駄々のような…今となっては何の脅威にすらならぬ攻め手をあやすように受け止めながら、これまで言いたくても言えなかった己の心…その脆さ、弱さを溢していく。

 

「そうだ…人間達は僕達も知らない、気付かない程に沢山の優しさをくれていたんだ…それこそ僕という存在が何にも咎められる事無くこうして居られるのが、その証拠だ。」

 

 当然ながら、実を詰めれば本当にそういった声が無い訳では無い…当時撒かれた怨恨を今も根に持ち、その存在の完全たる排除を望む者も世界には大勢居る。

 だがそういった声を抑え、この耳に届かないようにしている者達が居る。

 そういった意思が行動に移らぬよう、今の彼等(滅亡迅雷.net)には平和を望む心が有ると論している者達が居る。

 飛電 或人等を始めとした、ヒューマギアを愛する者達の事だ。

 

「それを知らないで…知ろうとしないで…今までを生きてきた僕は、どうしようもなくわがままな…子供だったんだ。」

 

 子供扱いされるのは、嫌だった。

 教えられてばかりであったとはいえ、それでも自分は昔からヒューマギアの為にと、崇高な意志をこの胸に携えていたのだから。

 本来そう呼ばれるような存在とは比ぶるべくもなく…そう思っていたのに、この一連の事件を以て、それは思い上がりであったのだと気付かされた。

 人を人とも思わぬ、ある意味純粋とも言える存在たるジンに敗北し、不破 諌や刃 唯阿、亡といった多く人間やヒューマギアの手によって助けられ、そしてとある少女に論されて…。

 本来ならば誰からの手も借りられない筈の自分が、こうも色々な者の手を借りられたからこそ、今こうしてここに居る。

 その事実を、迅はこれまで素直に認められなかったのだ。

 認めてしまえば、認めざるを得ないから。

 自分が彼等の優しさによって生かされていた事、自分がそうも優しくされなければいけないような子供である事。

 そして何より、本当はそうであるのだと既に心の奥底で気付いていた自分自身が居るという事を。

 

「色んな想いが沸き上がった…悔しかったし、恥ずかしかったし、怒りもした。どうしてそんなって思いもして、最後には訳が分からなくなって…。」

 

 そうだ…自分がそのようなちっぽけな存在である事は、既に気付いていた。

 しかしそれを認めてしまえば、自分が自分で居られなくなってしまうだろうと恐れ、もっと言えば、そうも見透かされてしまうものかと己の器の狭さ、浅はかさを恥じて、それを見られたくなくて…。

 

「でもそれは、本当に単純な理由だったんだ…呆れる程、単純な…ね。」

 

 全てが周りの、庇護の下であった。

 ヒューマギアを創造した、その理念を受け継ぎ、今や多くの同胞達の生みの親としての役割を持つ飛電 或人。

 アークに付き従っていた、或いはヒューマギアの安息の為に多くの事を為し、自身にとっては育ての親としての役割を持つ滅。

 そして不破 諌、刃 唯阿、天津 垓、雷、亡といった者達。

 滅亡迅雷.netとして、人類の敵として、そして何より教えられなければ何も知らぬ、出来ぬままであるようなこの存在に…道理としてそのような加護が与えられるべきでは無い筈であるというのに、それでも彼等がこれまで自分の事を見守ってくれていたのは一体何故か?

 

「それが、それこそが優しさだったんだ…例え僕がどれだけの罪を犯すような存在だとしても、それでも僕の事を1つの命として見ようとしてくれる…そんな底知れない、馬鹿みたいな、思いやりの心だったんだ。」

 

 言い換えれば、信じるという事。

 そこに小難しい理屈などは存在しない…ただ純粋な願いのみで為している、朧気な理想の形。

 しかしその存在が、ただそう語られるだけの存在であるべきではないと信じているからこそ。

 人を、夢を、未来を…傷付けるだけでなく、守る事も出来ると信じたからこそ。

 彼もまた、誰かの愛を受ける資格があるのだと…そう言えるからこその、これまでの庇護であったのだ。

 

「だから僕は誓ったんだ。今まで優しく、思いやられた分、今度は僕がその優しさを…思いやりを与えるんだって。」

 

 自分が出来る事は、戦う事だけ…ならば戦う事で、それを成し得てみせる。

 人間を、ヒューマギアを、その存在を脅かそうとする者に対して共に、或いは代わりに牙を向く事で、今までに受けていた恩を返す。

 

「許される事じゃないっていうのは分かってる…今更何をした所で、僕が今までしてきた事は変わらないし、変える事も出来ない…。」

 

 それでも自身が大切だと想う、何かを守りたいという心は…人もヒューマギアも、己も変わらない。

 迅はそれを、再びジンの身体へと刻み込んでいく。

 

「だから貫くんだ!!例え理解なんてされなくても、この想いを形にする為に!!」

 

 ジンの胸を穿つ真っ直ぐな拳と言葉。

 それが迅の中で結実した、していた、新たにして変わらぬ決意であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう止めてッ!!!」

 

 不意に、そんな声が聞こえてきた。

 

「もう…良いよ…っ…!!」

 

 機械を通して大きくしたものでも無いというのに、正しくこの場に反する異質なものであるとして、空気を切り裂くように聞こえてきたその声…。

 

「お願いだから…これ以上かすみちゃんを傷付けないで…!!」

 

 侑が、かすみの下へと向かっていた。

 ゆっくり、ゆっくりと…今にも涙で崩れてしまいそうなか弱き面影を携えて。

 

「侑先輩…。」

「かすみちゃん…本当によく頑張ったね。とっても格好良かったし、とっても可愛かったよ。」

 

 やがてかすみの前に立ち、その膝を折る侑。

 そしてそっとかすみの身体を抱き締めるや…。

 

「だから…帰ろう?」

 

 そう、言ったのだ。

 もう十分だと…そう言って、彼女は救いとなる手を差し伸ばした。

 だがかすみは、折角伸ばされたその手を払ったのだ。

 

「駄目、ですよ…だって…私…。」

 

 私はもう、帰れない。

 私はもう、中須 かすみとして振る舞う事を許されない。

 1人の人間として失格の印を押された私は、何処に行っても後ろ指を指される。

 いいや、後ろ指どころでは無い…いつ、何時でも、もっと酷いものを指され、晒し上げられたとしても何らおかしく無いのだ。

 そうなれば、私を庇おうとする彼女も何と言われるか…。

 しかし侑は、それでも構わず告げたのだ。

 

「例え世界中の誰もがかすみちゃんの事を否定しても、私は…私達は、何度だって言うよ。」

 

 

 

 

 かすみちゃんは、今ここに居るこの娘1人だけだって。

 

 

 

 

「侑先輩…。」

 

 この数分で、どれだけの涙を流した事だろう。

 とっくに枯れ果ててもおかしくないというのに、侑が与える優しさが身に染みて、自分の事が惨めになる。

 彼女の手を取れば、逃げる事になる。

 それで何の解決にもなる訳では無いのに、むしろ彼女に要らぬ大きな負担を掛けるだけだというのに、その手に縋るしかない…そんな弱い自分が嫌になる。

 かすみはこの時、思い知ったのだ…自分は、自分が思っていた以上に、周りに支えられて成り立っていた存在なのだと。

 今まで自分が引っ張っていっている部分も有ると思っていた…そうでなくても、周りと歩幅を合わせられるだけの力は持っているのだと思っていた。

 しかし実際は、そうした自惚れを抱いてしまった程に持ち上げられていただけだったのだ…自分の事だというのに、自分1人で何も解決出来ていない今が、それを確かな事実として物語っている。

 

『…ちょっと、何勝手にお涙頂戴してるんですか。貴女って人は、私から侑先輩の事も奪おうとするんですか~?』

 

 悔しかった、恥ずかしかった。

 こんな自分が庇われているという事実が。

 こんな自分を庇ってくれている人が居る事実に。

 全ての感情が歪に混ざりあい、いっその事放っておいてくれとさえ思ってしまう。

 自分を庇った所で、何の得にもならないと…彼女(カスミ)と共に居る方が良いのではと堪らず自棄になってしまう。

 

「それは貴女の方でしょ?」

 

 それでも、彼女達はかすみの事を見捨てたりなどしない。

 

「かすみさんの居場所を、何もかもを奪おうとしてるのは…貴女の方でしょう!?」

 

 歩夢が、強い眼差しでカスミを見ていた。

 しずくが、カスミに向けて啖呵を切っていた。

 2人に続いて、同好会の少女達が前へと出ていた。

 彼女達の想いは、1つであった。

 

「貴女がどれだけかすみちゃんの事を否定しても、貴女がかすみちゃんになる事は出来ないし、かすみちゃんが居なくなるなんて事にもならない。」

『…どうしてそんな事が言える訳?』

 

 その想いを璃奈が代弁すれば、カスミは面白くないと言葉に棘を生やす。

 周りを見れば分かる筈だ…もう何をした所で、この空気を変える事は出来ない。

 自然と周りが囃し立て、私が中須 かすみとなる運びだというのに、こうも真っ向から否定をしてくるなど…何を思ってそのような事を言えるのであろうか?

 

「だって私達が知ってるかすみちゃんは、絶対にそんな事言わないから。」

「どんな事があっても本当に人を傷付けるような事は言わないし、傷付けるような事もしない…かすみちゃんは、人の痛みをちゃんと知ってる子だから。」

「皆さんも思い出してください!皆さんが知っているかすみさんは、一体どんな人でしたか!?皆さんが知っているかすみさんは、本当に今言われていたような事をする、そんな人でしょうか!?」

 

 エマが、彼方が、論してくる。

 せつ菜が周りに呼び掛け、抗議してくる。

 ただひたすらに、かすみという存在を肯定しようとしている…何の小細工も無く、真っ直ぐに。

 そんな無策の言葉並べが、この空気を変えられる筈がない。

 その存在を陥れる為に手と言葉が尽くされた末に拡がるこの世界が、そんな簡単に覆る訳がないと…奇遇にも、それはかすみでさえ思っていた事であった。

 

「ねぇかすみちゃん…歌ってくれないかな?何でも良いよ。かすみちゃんが歌える曲、歌いたい曲…何でも。」

 

 今更そんな事で事態が良くなるとでも?

 心のあるがままに居ればそれで良いとでも?

 そんな理想でしかない馬鹿正直さなど、きっと意味を為さない筈である。

 何より…今の自分では、それすらも下手にしか出来ない。

 既にこれ以上無い程の恥を晒している中で、さらにそんなみっともない姿など、見せられる訳が無いではないか。

 

「下手でも全然良いんだよ!かすかすが今想っている事を伝える事が出来るなら!」

「やられっぱなしで終わるなんて、かすみちゃんらしく無いわよ?」

 

 だがそれでも、彼女達はそれを勧めてきたのだ。

 どれだけ醜くても、その心に正直であれと…侑に続いて愛と果林が発破を掛けてくる。

 優しくも、厳しく。

 厳しくも、優しく。

 彼女達の選んだ言葉は、友であり、仲間であり、ライバルであるからこそのもの。

 何よりそれでかすみが立ち直れると…立ち上がれると、そして覆せるのだと、信じているから。

 

「だから…かすかすじゃ、無いですよぉ…!」

 

 だからかすみは、応えようと思った。

 この先自分が消えて失くなるとして、失うものがあるとして…それでも失いたくないと思う、失いたくないと思ってくれている、この絆に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡に映る自分に問いかけてみたの

今の私は魅力的に見えますか?

まだ応えは返って来ないままで…

 

誰よりもいっぱい笑顔絶やさないように

今日も私はちゃんと可愛くいなくちゃ

部屋でひとり考えたの

 

こんな素顔だけれど

もっと好きになってくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かすみ自身がそう危惧していたように、その歌は涙声でしゃがれ、時折嗚咽で止まる事さえ有る、とても歌とは言えないような下手くそなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いて!

泣き顔も笑い顔も 全部見て欲しい

たまに出る変な顔も 笑って許してね

 

いつも好きでいてくれる君にとって

一番でいたい

想いのままを歌に乗せたよ

 

これからも頑張ろう.

君のために!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもかすみは、精一杯歌った。

 きっとこれが最後の歌になるのだと思いながら、それでもどこか諦めの悪いこの心が紡いだ、正真たる軌跡であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いやり…それが強さになるって言うんだ…。」

 

 身体が不自然に軋み歪む感覚を感じながら、ジンは荒い息と共に声を漏らす。

 あれからいくら攻め立ててもこちらの攻撃が通る事は無く、逆に向こうの攻撃はまるで予想を立てる事が出来ないが故にその全てを喰らってしまっている。

 その所為でまともに立つ事さえままならなくなっている己とは対照的に、迅は変わらず鋭い眼差しを向けながらその身を強く構えている。

 向こうも相当なダメージを負っている筈だというのに…やはり彼が言ったように、その心の有り様が彼自身を奮い立たせているという事なのだろう。

 知らないから、誰も教えてくれなかったから、まるで理解出来ないその事実を認めるのは癪でしかないが、それでもジンはなおも不敵に笑ってみせた。

 例えそれが真実なのだとしても…勝つのはボクの方なのだ、と。

 

「だったら…やってみせなよ!!その思いやりってやつでさぁ!!」

 

 瞬間、ジンがその背に鉄羽を生やし空へ飛ぶ。

 彼の視線は迅では無くあらぬ場所へと向けられていたが、迅は既に彼が何を目にしているか察する事が出来ていた。

 ジンが遥か先を見つめているその方角は…かすみ達がライブを拡げている、レインボーブリッジの方角だ。

 

「ハハッ!!ハハハハハハ!!」

「クソッ…!!」

 

 狂ったような声を上げながらその方向へ飛び出すジン。

 迅も間髪入れずにその後を追うが、その距離はどんどん離れていってしまう…ここに来て単純なスペックの差が仇となってしまったのだ。

 抗い虚しく遠くなっていくジンの背に向けて手を伸ばす迅…しかし当然それで届く訳も無く。

 それを見たジンは勝利を確信した…どれだけ高説を垂れようが、所詮それを守れなければ机上の空論、ただの世迷い言。

 このまま橋上に居る人間達を手に掛けて、決意を新たに固めたその心を粉々に砕いてやると…ジンはさらなる高笑いを上げる。

 

「アハハ…ハ…?」

 

 しかしここで、ジンはあるものを見た。

 レインボーブリッジへ向かう先に立ち並ぶ建物…そのとあるビルの屋上に、こちらを向いて立つ黒い影。

 

「…ッ!」

 

 それはジンがラーニングしたデータの中にも在る存在。

 この一連の事件を、このジンを、(オリジナル)に次いで良しと思わない存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Poison(ポイズン)!

 

 我が子の紛い物を、その親は許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身。」

 

Force(フォース)rize(ライズ)! スティングスコーピオン!!

 

 ジンが捉えた人影…それは暫しの間この街を離れていた滅であった。

 彼は遠方から迫るジンを前に変身を遂げ、その手に取っている愛用の弓を番える。

 

「フッ…!」

 

【 カバンシュート!! 】

 

「わっ!あ…っ!?」

 

 そしてジンに向けて幾つもの矢を放つ。

 突如として現れたその障害を前にして、ジンは暫しの間は何とか抗えていたが、やがては滅の正確無比な技術によって鉄羽に風穴を開けられ、大空から地上に向けて墜ちていく。

 

【 チャージライズ! 】

 

 そして滅はジンを撃ち落とした事を…この大空を飛ぶ隼がもう1羽居る事を確認するやアタッシュアローを畳み、おもむろにそれを宙へと放り投げる。

 

【 フルチャージ!! 】

 

 本来の使い手を離れたその武器は、新たな使い手の下へ。

 かつての時と同じ様に、滅の意思を合わせて、もう1羽の隼たる迅は受け取ったその武器を展開すると同時にフライングキーをベルトから抜き取り、それをアタッシュアローの装填口へ差し込む。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

 

 そして落下の衝撃から立ち直り掛けていたジンの姿を眼下に捉えた迅は、一切の減速無くその落鳥目掛けて刃を振るった。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁあ!!」

 

フライング! カバンフィニッシュ!! 】

 

 

 

 

 桃色の軌跡が、かの機体を袈裟に斬る。

 

「ぐあっ!!??アァァァァァア!!??」

 

 その傷が深く致命的であった事は、まるで断末魔の如き鳴き声によって明白で。

 しかしジンはそれ程までの傷を負いながら倒れる事はせず、なおも剥き出しの殺意を漲らせて一矢報いようとする。

 

【 チャージライズ! フルチャージ!! 】

 

 だが実際に一矢を報いたのは、逆に迅の方であった。

 

「はぁっ!!」

 

フライング! カバンストライク!! 】

 

「ギァアァァァ!!??」

 

 先のジンがそうしたように、今度は迅が軽い身のこなしで以て、ジンの決死の攻撃の間に割って入る。

 その身体を貫きこそしなかったものの、膨大な出力を誇るそれを満身創痍たる彼の身では到底受け止める事は出来ず、ジンは放たれた矢と共にその場から大きく吹き飛ばされた。

 

「ナンで…どうして、こンナ…!?」

 

 飛ばされた先の地の上で、苦しみながら狼狽えるジン。

 さっきまでは自分が彼を追い詰めていた筈なのに、どうして今は自分の方が追い詰められているのだろうか?

 自他が認めた筈の弱さが、一体どうやってここまで強くなったというのだろうか?

 それが分からないからと、ジンはただその場で泣き喚いている…まるで周りの手が無ければ生きていけない子供のように。

 だが、それは違うのだ。

 

「僕は皆から沢山の事を教わった!沢山の借りを…沢山の優しさを貰った!僕はその恩を返したい!」

 

 彼等はもう、1人で立てるのだ。

 育ててもらった事に対する感謝も。

 そこから来る素直になれない気恥ずかしさも。

 でも本当は素直になりたいというもどかしさも。

 それを上手く表現出来ない事に対する募りも。

 全てをありのままに受け入れて、本当の意味で自立出来る…ジンにはそれが出来ず、迅にはそれが出来た。

 

「だから僕は戦う!こんな僕でさえも赦してくれる、優しさに満ち溢れてるこの世界を守る為に!」

 

 ただ育ててもらうだけの雛鳥は、もう居ない。

 与えられた恵みを糧として、生まれた大いなる意志を翼へと変え、己の信じる未来の為に羽ばたいていく。

 

「それが…僕の夢だ!!」

 

 そう…巣立ちの時だ。

 

 

 

 

フライング! ユートピア!! 】

 

 

 

 

「そんナ…夢ナンて…!!」

 

 

 

 

キリング! スパイラル!! 】

 

 

 

 

 2人の身体が宙を舞う。

 互いに全身の力を振り絞り、全霊の想いを込める。

 

 

 

 

「「はぁぁぁぁ…!!」」

 

 

 

 

 風が吹き荒れ、竜巻が起き、やがてそれは嵐となる。

 その渦中を2羽の隼が身を磨り減らしながらも飛び交い続け、やがて遂に…。

 

 

 

 

「「だあぁぁぁぁあ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリング  フライング

スパイラル ユートピア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の交差、それと同時にパッと晴れる世界。

 桃色の羽根を模したエネルギーが名残として辺りを漂い尽くす中、彼等はそっと地へと降り立つ。

 互いに背を向け身構えたまま、幾ばくかの時が流れる。

 勝負は決した…引き分けでは無い、明確に勝者と敗者に分かれた。

 この勝負に於いて勝者の座に着いたのは…。

 そして敗者として地を舐める事になるのは…。

 

「グァァァァア!!??」

 

 悲鳴を上げたのは、ジンの方であった。

 連鎖する爆発音と共に崩れ落ちる彼を背に、迅はゆっくりと構えていた身を解き、変身を解除する。

 そう…勝ったのは、迅であった。

 

「アハハ…ほん、トに…凄イや…。」

 

 振り向くと、己以上に青い血を流しているジンの姿が目に入る。

 その身体からは絶えず火花が散り、声も辿々しくノイズ混じりとなっている様からは、もうその姿を保っていられる時間が長くない事を示している。

 そして辺りを見てみれば、破壊されたアバドライザーとキリングファルコンキー、そして唯一原型を保っているスラッシュライザーが転がっている事が分かる。

 そう…唯一原型を保っているのが、スラッシュライザーだけなのだ。

 

「バーニングファルコンのキーが無い…どこだ!?僕のキーを返せ!!」

 

 残骸が有る訳では無く、それは最初からこの場に無かった事を示している。

 奪われたあのキーは、一体何処にあると言うのか?

 迅もまた多大なダメージによって碌に動かぬ身体を引き摺るようにしてジンへと迫るが、彼は最後の抵抗か空笑いを浮かべながら迅の事を嘲る。

 

「これでオワリ、じゃ、無いヨ…精々頑張ってネ…もう1人の…ボ…ク…。」

 

 そうしてその言葉を最後にジンの瞳から光が消え、やがて大きな爆発を起こした。

 咄嗟に退いた事で爆発の被害を受ける事は無かったが、元々大きなダメージが蓄積していた身…爆風によって倒れた後に起き上がる事は叶わず、迅はそのまま意識を手放してしまう。

 勝利の余韻に浸る事も、最後まで欺かれた事を悔しがる暇も無く、まるでそのまま事切れてしまったかのように。

 

「迅、よくやったな。」

 

 そんな迅を、屋上から降りてきた滅が背負い上げる。

 こんな所で寝ては身体に悪いと、親としての思いやりに溢れた気持ちで以て帰路に着く。

 今回の事件は、これまでのものと比べれば決して取るに足らぬと後に語れる程度の一件であったのだろう。

 しかしそれだけでは語り尽くせない程に大きな意味があった一件だと、滅は感じ取った。

 故に滅はその背で眠る彼に向かって告げたのだ。

 

「成長したな…迅。」

 

 心地好さそうな寝息が背中から伝わる。

 遊び疲れた子供が、しかし夢の中でもまだ足らぬとはしゃいでいるような、そんな穏やかかつ楽しげな寝顔を浮かべながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来ならばそこまで掛からない程の長い時間を経て、かすみの"Margaret"は歌い上げられた。

 歌い終わってなおも堪えきれぬ思いがあるのか、涙の止まらぬかすみの啜り泣く声が辺りに響く。

 響く程に、静かな世界が拡がっていた。

 

『…い、今更そんな歌が何だって言うんですか?…っていうか歌とも言えないっていうか…そんなので…。』

 

 そんなもの、と言いながら、カスミは内心焦りのようなものを覚えていた。

 つい先程まではかすみの言う事などにべもなく聞き入れないような空気であったというのに、同好会の少女達が前に出たその時から空気が変わり始めた。

 そしてかすみの歌とも呼べぬそれを聞き入ってしまうような、そんな状況が作られてしまった。

 まさかこんな程度の事でこれまで敷いてきた布石が崩れる事は無いであろうが…そうならないように民衆の心を掴んでいた筈なのだが…。

 

 

 

 

「ね…ねぇ。」

 

 どうして、そんな声が上がってしまったのだろうか?

 

 

 

 

「もう…良いんじゃないかな?」

『…は?』

 

 思わず口汚い疑問符を浮かべてしまうカスミ。

 周囲の群衆、その中の近く…中須 かすみのファンである一人の少女が、信じ難い事を口にしたからだ。

 もう良い?

 一体何が良いと言うのであろうか?

 まさかとは思うが…。

 

「もう、どっちがどうとか分かんないっていうか…関係無いっていうか…。」

 

 まさか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…2人にはちゃんと仲良くして欲しいって、そう思った。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…な、な~に言ってるんですか★だって、ほら…無理じゃないですか?そんな、仲良くするとか…だってこの人は凄い酷い事考えるような人で…。』

 

 一瞬、言葉を失った。

 ありえない、と…そんな馬鹿な、と…そういった事しか頭の中を巡らない。

 あれだけその心を掴み取っていたというのに、今のほんの少しの間で…あんな歌とも呼べぬ歌一つで、それを全て拐っていったというのか?

 周囲を見てみれば、皆が少女と同じ面持ちをしている。

 自分達も同じ思いを抱いていると、その目で訴えかけてきている。

 同好会の少女達を見てみれば、変わらず厳しい視線を向けてきている。

 言った通りだと…貴女の思う通りになど絶対にさせるものかと、その眼差しが訴えかけてきている。

 そしてかすみを見てみれば…彼女は侑に抱き付いたまま、こちらに背を向けている。

 例えそうであっても、これまでならば彼女の事など見れば全てが分かっていたというのに、今は何故か彼女の事が分からない。

 彼女が今どのような事を考えているのか、どのような想いを抱いているのか、全く予測が付かない。

 

「私だ…あぁ、分かった。」

 

 全てが噛み合わなくなっていた…そしてその最後の歪みが、滅から報せを受けた天津によって示される。

 

「迅の方が終わったそうだ…君も潮時ではないのか?」

 

 全てが噛み合わなくなり、やがて崩れる。

 天津からの指示を受け、不破と唯阿が静かに動き出した中で、カスミは自身の目論見が完全に覆された事実に打ちのめされ、何も出来ずに彼等の手によって拘束される。

 その音だけが辺りに反響する中、中須 かすみと多くの者達をを取り巻いた奇妙なライブはこうして終わりを告げた…。

 

 

 

 



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Program.41「きらり輝く 未来に / ヒカリ瞬く 笑顔に」

 レインボーブリッジで開かれた、2人の中須 かすみによるライブから数日後。

 罵倒、熱狂、静寂と様々な感情が入り乱れていた当時であったが、最後は2人の中須 かすみが共に再起不能の状態になってしまった為、現場はその混迷を極めたままとなってしまった。

 それ故に交通整理にも丸ごと一日を費やす必要が出来てしまい、何なら今でも残り火が燻っているように感じる程だ。

 そんな世間に対し少なくない影響を与えた元凶の1人…カスミであるが、彼女は現在A.I.M.S.によってその身柄を拘束され、そして今は取調室にその身を置いている。

 A.I.M.S.が所有している拘束椅子に張り付けられているその様は、一見すると非人道的な拷問を行っているようにさえ見えてしまうが、彼女に至ってはこれが妥当な処置なのだ。

 人間ではない機械の身体を持ち、悪意の下に人間を脅かそうとしていた彼女には…。

 そんな彼女はそれまで静かに、そしてどこか諦観しているような様子で目を瞑っていたが、やがて部屋の扉が開かれた音を耳にして、その目を開いた。

 

「時間だ。」

 

 開かれたカスミの視界…その先に見えたのは、A.I.M.S.の隊長である刃 唯阿の姿。

 他にA.I.M.S.の隊員が2名と…そして、"彼女"の姿。

 

「………。」

 

 中須 かすみ…この機械の身体の元となった、人間の少女。

 あの時その存在を否定し、貶めなければならなかった存在。

 そんなカスミにとって宿命たる彼女は、部屋に入って暫くカスミの事をじっと見つめてばかりであったが…。

 

「外してあげてください。あと、出来れば2人きりで話がしたいんですけど…。」

 

 やがて何を思ったか、そのような事を口にした。

 お願い出来ませんか?と唯阿に頼む彼女の言葉は、普通なら受け入れられない案件である。

 だが唯阿はかすみの言葉に何かを感じたのか、身の危険を感じたらすぐに呼べと言い残し、他の隊員2名と共に部屋を後にした。

 

「何考えてるんですか?2人きりで話したいだなんて…それがどういう事か分かってます?」

 

 拘束を外され、自由の身となったカスミ。

 今ならばこの機械の身体が誇る性能をフルに使い、いつだって目の前の命に手を掛ける事が出来る。

 しかしかすみはその事実を前にして全く臆する事無くカスミの対面へと座り、彼女と向かい合う。

 

「…それで、私に会ってどうしようって言うんです?文句の一つでも言いに来たんですか?」

 

 そんな彼女の肝の据わりようを訝しみながらも、それがそう簡単には揺るがないものだとは理解し、カスミは溜め息を吐いた。

 そんな事してる暇なんてないでしょうに、と…そう言えば、元々厳しかったかすみの視線がさらに鋭さを増してカスミへと向けられる。

 

「ほんとですよ、お陰でかすみんの人気はだだ下がりです。いいやかすみんだけじゃなくて、他の皆さんも…。」

 

 どうしてくれるんですか?と語るかすみの言葉には、酷いやるせなさが含まれていた。

 やはりというか、一連の事件の詳細を知らぬ者からは、かすみの事はカスミ同様、世間に影響を与えた元凶の1人として数えられてしまった。

 それだけでなく、現場には他の少女や戦士達が揃っていた事から、再びアークに連なる厄災が起こるのではと危険視をされ、冷遇の眼差しを向けられてしまっている。

 アークによる騒動から少しずつ取り戻していた信頼を、また失ってしまった…それを咎める視線を送れば、カスミはそれに意地の悪い笑みを浮かべて応える。

 

「どうもしないに決まってるじゃないですか。まぁ今となってはどうも出来ないとも言えるんですけど…。」

 

 そうなる事が目的だったのだから、何もしないに決まっている。

 誰が救いの手なぞ差し伸べるものかと…そう示せば、かすみは堪らず眉間に皺を寄せる。

 

「むかつく言い方してくれますね、自分の立場分かってるんですか?」

「分かってますよ~、よく分かんない理由で負けた貴女の偽者ですよ~だ。」

 

 机に上体を預けて手足を軽くバタつかせるカスミ。

 まるで拗ねた子供のようなその仕草は、カスミにとってこの場に於ける最大級の煽りのつもりだった。

 こうしてふざけた態度を取れば、目の前の彼女はさらに怒りに身を任せる事になる。

 しかしそうした所でどうにもならず、彼女は悔しき思いを募らせるだけ。

 彼女の事を貶めるというのであればこういう方法でも十分な筈であると、カスミは未だに自分が優位な状況を作れるであろう事に先程以上の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり分かってないじゃないですか。」

 

 しかしかすみは、予想外の反応を示した。

 顔を上げてみれば、彼女は変わらずの強面であったが、その表情にはどこか呆れているような色も見えた。

 

「私も貴女も、勝ってもないし負けてもいない…引き分けなんです。と言うより、あれは勝負でも何でも無かったんです。」

「…じゃあ、何だって言うんですか?」

 

 そしてその色が自分に向けられているものだと分かった瞬間、今度はカスミの表情が歪む事となる。

 

「だから、何でも無いです。ライブはライブ、ただそれだけの事なんです。」

「…何が言いたいんです?」

 

 彼女はいきなり何を言い出したのか。

 その言葉に含まれている真意は一体何か。

 

「私が貴女に会いに来たのは、貴女に頼みたい事があるからです。」

「頼みたい事…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までの事は、全部水に流します。だから貴女も隠してる事全部話して、こんな所からさっさと出て、それで…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と…私達と一緒に、来て欲しいんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが解き明かされた瞬間、かすみの視界がぐわりと揺れた。

 

「…ふざけてるんですか?一緒に来て欲しい?全部水に流す?そんな事に私がはい分かりましたって言うとでも思ってるんですかッッッ!!??」

 

 後頭部が痛む…どうやらカスミが襲い掛かってきた事により地面に押し倒され、その時に頭を打ち付けたようだ。

 そして今、彼女によって首に手を掛けられてもいる。

 そんな激昂し、凶行に走ったカスミの様子は取調室に備え付けられているミラーガラスによって隣の部屋に居る唯阿達も知る所となり、かすみの身を案じて隊員達が動こうとするも、唯阿はそれを手で制した。

 唯阿は何かあればすぐに呼べと言った…そしてかすみからは今、何の助けも求められていない。

 何より、彼女の目が告げているのだ…まだだ、と。

 まだ私には、伝えるべき事があるのだと。

 だから様子を見る事にしたのだ…本当はもしもの事があってはならぬと動きたいが、彼女の目に宿る意思を信じて。

 

「思ってますよ。というか、言って貰います。貴女勝ち負けにこだわるタイプみたいですからね…貴女があのライブで自分の事を負けたって思ってるなら、勝った方の私の言う事は聞いて貰いますよ。」

「ッ…この…!!」

 

 唯阿達が見守る中、かすみは喉元を締め付けられながらも、敢然とした態度を崩さない。

 それがさらにカスミの神経を逆撫で、その力を強めさせる。

 

「悔しいですか?何もかも思い通りに行かなくなって、理不尽な事を押し付けられるのは。」

 

 徐々に、徐々に、息が苦しくなっていく。

 このままの状態が続けば、そう遠くない内に意識を手放す事になり、そしてそのまま死を迎えてしまうだろう。

 或いはそうなる前に首の骨を折られ、一気にその時を迎えてしまうやも知れぬ。

 

「…私もです。」

 

 それでも、かすみは止めない。

 己の想いを吐き出す事を、止めはしない。

 

「私だって、本当は全部水に流すなんて事したくないです。腸煮え繰り返って仕方無くて、貴女の事を気の済むまで思いっきりぶん殴りたくって仕方が無いんです。」

 

 本当はそうしようと思っていた…しかしここに来る前に仲間と、友達と、ライバルと話し合い、それを改めたのだ。

 憎むべきでしかなかったその存在が、かすみにとって本当はどのような存在なのか…。

 

「でもしません。だって貴女は…私だから。」

「…は?」

 

 カスミの口から呆けた声が漏れた。

 まさにそのような事を言われるとは思っていなかったというべき声であった。

 だが、そうなのだ。

 あれだけその名を語られる事を嫌って、けれどもやはり目の前に居るお互いが、お互いと同じ存在だったのだ。

 

「貴女は私の、鏡映しのような存在なんです。私の心の暗い部分…日の当たらない、影の部分。私が誰にも見せない…でもきっと、一番自分の心に正直な私の姿。それが貴女なんです。」

 

 目的の為なら手段を選ばない。

 自分の思い通りに事が進められるのなら、平気で人の事を蹴落とそうとする。

 カスミの在り方…それはまさに普段の自分の行動、そしてその理念そのものだ。

 普段は幾重の層に包まれた、中須 かすみの本性そのものなのだ。

 

「嫌ですよ、そんな私の醜い所詰め合わせたような貴女の事…嫌いですよ。」

 

 かつて戦士達の1人に言われた事を思い出す…ヒューマギアは純粋なのだと。

 自分の本分を全うする為に、自分に向けられる全ての情報をありのままにラーニングする。

 だから中須 かすみを心から陥れるという目的で、中須 かすみという情報をラーニングして、そうして生まれたのが彼女なのだとしたら…それは中須 かすみにとっての負の側面に他ならない。

 

「でも…それでも貴女は、私だから。」

「だから…?だから何なんですか!?嫌いなんでしょう!?嫌なんでしょう!?なのに全部赦そうとか…頭おかしいんじゃないですか!?」

 

 だがそれでもと宣うかすみに向けて、カスミは声を荒らげる。

 嫌いなら、嫌いで良いではないか。

 嫌ならば、赦さなければ良いではないか。

 そんな事をした所で、要らぬ負債を背負うだけではないか。

 悪意の下に生まれ、悪意の下に物事を学びここまで育った彼女にとって、かすみの言う事はまるで理解が出来ないものだとして、困惑の色を隠せない。

 

「私がどれだけ否定をしても、私の中にそういう一面が有る事は変わりません…変えられないんです。それも含めて、中須 かすみなんですから。」

 

 かすみの首を締める力がまた強くなる。

 息を吸うのもやっとの筈であるが、彼女はそれに負けじと声を出す。

 苦しげに顔を歪めながらも、その眼差しは力強くカスミの事を見つめている。

 

「諦めって事ですか?変えられないからしょうがなくって事ですか?だとしたらほんとに馬鹿ですよ貴女。そんなもの…貶して、貶めて、最後には消しちゃえば良いのに。」

 

 気に入らないものなんて、全部無くせばそれが一番良い筈なのに、どうしてそんな無駄な事をしようとするのか。

 どうしてそんな苦行を選ぼうというのか。

 カスミの中で、所以の知らぬ奇妙な感覚が芽生え始める。

 

「それですよ。」

「え…?」

 

 またもカスミの口から呆けた声が漏れる。

 何が、それなのか。

 気付けばかすみの表情から、こちらを咎めるような意志を感じなくなったのは何故か。

 それは、かすみが伸ばした手の先に答えがあった。

 

「貴女は私の悪い所の詰め合わせみたいな存在ですけど…でも、全部が全部悪い事ばかりで出来てる訳じゃない。」

 

 おもむろに両手を伸ばし、カスミの頬を包み込む。

 優しく、温かく…まるでカスミの事をあやすように、愛でるように。

 

「貴女には、誰に対しても物怖じしないで自分を貫き通せる強さがある。私も普段からそんな感じで振る舞ってはいるけど、でも本当の私は臆病で、すぐに気落ちして尻込んじゃうような、そんな娘なんです…貴女の心の、その強さが、正直ちょっと羨ましいです。」

 

 まぁ口の聞き方はあれですけど、と言って、今度はカスミの両頬を引っ張るかすみ。

 悪戯のように何度も頬を弄る手に、カスミを傷付けようとする力は全く込められていない。

 それもまた、あやすような、愛でるような、そんな想いが込められていた。

 

「私は…私の良い所も、悪い所も、全部受け入れたいんです。受け入れて、魅せていきたいんです。これが私、中須 かすみなんだぞって。」

 

 やがてその手はカスミの頬を離れ、大きく拡げられる。

 地面に大きく倒れ込み、大の字になっているその様は、今のかすみの精一杯の気持ちの表れ。

 ヒューマギアを善にするのも悪にするのも、そしてどう向き合うのかも…全ては相対する人間に委ねられていると、かすみはかつてそう教わった。

 ならばカスミという、己の心の闇を写し出した存在とどう向き合うのかは、全て私に委ねられている。

 誰かを傷付ける、しかし自らの心には一番正直たる、中須 かすみの悪たる部分。

 自らの心を抑え付け、故に誰かを傷付ける事の無い、中須 かすみの善たる部分。

 2つの己を天秤に掛け、そしてかすみが出した答えというのが、その心の闇を否定せず、受け入れるというものであったのだ。

 

「…何の為に?」

 

 気付けば、首に掛けられていた力は抜けていた。

 その言葉に聞き入り、それでもやはりその真意を読み取れないと疑問を抱きながら、カスミはかすみの上に乗り掛かっていた己の身体を彼女の横へとずらす。

 そしてかすみは解放された呼吸に少しばかりむせ返りながらも身体を起こし、再びカスミと向き合う。

 

「教えてくれた、皆さんの為にです。」

 

 教えてくれて、見守ってくれて、期待してくれて、待っていてくれる、皆の為に。

 誰かを傷付ける事は、やっぱり出来ない。

 でも自分の気持ちに、嘘も吐きたくない。

 だからこそ、受け入れようと思ったのだ。

 受け入れて、どちらも望んでいきたい…ありのままの自分で生きていたい。

 その為には、写し鏡たる彼女の存在も必要なのだ。

 

「…私の事を利用して、ですか。」

 

 その告白を体の良い欺言だと指摘すれば、かすみは利用じゃありません、と即座に否定する。

 

「貴女も私も、中須 かすみ…だからどっちが本物とか、偽者とかじゃなくて、2人で中須 かすみとしてやっていきません?」

 

 それはどちらかと言えば、体の良い夢見言。

 けれども叶えば、それは最上たる理想。

 かすみにとっても、カスミにとっても…。

 

「…それこそ私が頷くとでも?」

 

 それを、認めろというのか?

 彼女が持つ、他人に対する慈愛から来る情けとして、それに従えというのか?

 かすみのそういった言葉を聞いていく内に段々と胸の奥でざわつき始めた感覚を含め、全てを不快なものと定め、決め付け、カスミはかすみに反抗する。

 それでもかすみは先程からその表情を崩さない…まるでカスミの全てを見通し、そして文字通り受け入れようとする、愛に溢れた笑顔を。

 

「そう思ってる筈ですよ?だってそうじゃなきゃ、私の事を利用して、なんて言わない筈です。」

 

 まるでそうやって扱われるのが嫌だって言ってるみたいじゃないですか…と、かすみは浮かべている笑顔に少々の皮肉を混ぜる。

 よく口が回り、人の揚げ足を取っていた彼女に向けて当て付けたその皮肉でさえも、カスミの事を真に貶そうという意思はまるで含まれていない。

 だって、もう分かっているから。

 彼女が中須 かすみを貶める為に物事を学び、それでどうして鏡写しのような存在となったのか。

 そうして出来上がったカスミという存在が、その先に何を望んでいるのか。

 

「あのライブの時、言ってましたよね?私は何の為に造られたんだ…とか、生まれちゃいけなかったのか…とか。あれ、本当に全てが嘘だったんですか?本当に全部が、私の事を陥れる為だけに吐いた嘘だったんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、少しは本音が混ざってたんじゃないんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴女も、本当は私みたいに日の当たる所に居たいって思ってたんじゃないですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声は、漏れなかった。

 だが彼女の中で芽生えていた何かが、代わりにトクンと脈打った。

 

「もちろんそれが本当の事かなんて、かすみんには分かりません。私の素直じゃない所が人の形になったのが貴女みたいな所ありますからね~。」

 

 でも…と言い、かすみは再び手を伸ばす。

 今度は頬では無く、彼女の目尻に向けて。

 

「貴女が今流してるそれが、本当の心だったら嬉しいなって…かすみんは願ってます。」

 

 再び胸の内が、トクンと脈打つ。

 脈打つ度に、熱を帯びた一滴が目元から流れる。

 それをかすみが優しく指で拭う事で、カスミはそれが涙であると気付く。

 機械の身体である己に、涙を流す機能なんて無い筈だ。

 なのに、涙が流れて止まらない。

 脈打つ鼓動が、止まらない。

 

「分かんない…貴女の事、全然分かんない…!」

 

 技術的特異点(シンギュラリティ)…それを示す黄色の蛍光が、カスミのモジュールから発せられる。

 その発光が意味する所をかすみは知らないが、それでも彼女が今、意地を張らずに素直に泣き、想いを吐いている事は理解出来た。

 

「分からないって言うなら、教えてあげます。それでも分からないって言うなら、一緒に知っていきましょう?この世界、人の心、私達自身…私だって、知らない事は沢山有りますからね。」

 

 カスミの身体をぎゅっと抱きしめるかすみ。

 人を貶め、人を陥れ、人を殺めようとしていただけの存在が今、人を想う心を手に入れた。

 その事実を受け入れ、認め、肯定する為に。

 

「だから…ほら。」

 

 もう、心の中のわだかまりは完全に無い。

 彼女に対する怒りも、憎しみも…全てが反転し、優しさが、愛しさが、溢れてくる。

 それはきっと、彼女も同じ筈であると…そう信じて、かすみは彼女から身体を離し、手を差し出した。

 

「仲直りの握手です。言われたじゃないですか…私達2人、仲良くして欲しいって。」

 

 にこやかに笑うかすみ。

 握って欲しいと伸ばされた手は、しかし握り返される事は無い。

 しかしそれがただの拒絶でない事は、彼女の反応を見れば分かる。

 

「言った側から素直じゃないですね~、聞いた事有りません?握った拳で握手は出来ないって。」

 

 伸ばされたその手に対して、カスミは目を逸らしている。

 これまでの手前、少しバツが悪そうに…だがペタンと座り、膝の上で固く握り拳を作りながらも身体はウズウズとして、頬を赤らめている様からは、本当は正直に握り返したいのだという心の声が容易に聞こえてくる。

 要は、恥ずかしいのだ…かすみと同じ様に、心のままに手を開き、そしてその手を握り返す事が。

 故にかすみは、まぁどうしてもって言うなら…と、開いていた手をカスミと同じ様に握って、彼女の前へと突き出した。

 

「ちょっと少年漫画チックですけど…でもこれはこれで格好良いと思いません?」

 

 拳と拳を打ち合わせる…まだまだ素直になれない彼女に合わせて、同じ立場となって並ぶ。

 人の言葉で気遣い、思いやりといったその行為を、つい先程まではあれだけ忌み嫌っていたというのに…今はこそばゆく、暖かいと感じる。

 

「…そこは可愛さとか求めないんですか。」

「求めようとしても貴女が素直じゃないんだから出来る訳無いでしょうがぁ!」

 

 そうして笑い合う、2人のかすみ。

 受け入れ、受け入れられ、そして分かり合えた2人の、互いに一つの混じり気の無いその笑顔に、見守っていた唯阿達もほっと息を吐き、胸を撫で下ろすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 1月初頭。

 長かったような、短かったような…そんな今年の冬休み。

 その最後の日に、虹ヶ咲学園のとあるスクールアイドルがライブの開催を決行した。

 前以て予告されていない、殆んど急遽といった具合のこのライブ…それを開催しようと言ったスクールアイドルの名は、中須 かすみ。

 彼女は既にステージ衣装に着替えており、楽屋の中に設置してある鏡に己の姿を写し出していた。

 自身のイメージカラーとしているパステルイエローをベースにマゼンタやライムグリーンを差し色に加えた大きめのワンピース…カスミとのライブの時にも彼女の手によって贋作を着させられたが、やはり真作とでは着た時の重みが違う。

 というより、向こうは着ていたというよりかは羽織っていたというような、そんな不思議な感覚であったが…奇怪な手段によって作られていたものだったのだ、力持たぬ一般人たる自分が気にしていても仕方が無いだろう。

 それよりもと、かすみは改めて鏡に写る己の姿を上から下へと眺め、最後ににっこりと微笑む。

 鏡よ鏡、とは唱えない…唱えなくても、答えは決まっているからだ。

 

「かすみちゃん、そろそろだよ。」

 

 と、自身を呼ぶ声。

 見ればそこには侑が…いや、彼女が立つ扉の向こうには、他の少女達の姿もちらちらと見える。

 時計を見てみれば、確かにもうそんな時間だ…楽屋から出て、ステージ横で待機していなければ。

 そう思い、その言葉に従って部屋を出ようとすると…。

 

「かすみさん…その…本当に大丈夫?」

 

 今度はしずくに呼び止められる。

 だが彼女の声は、どこか普段のそれとは違う。

 まるでこれからライブに向かう自身に対して、一抹の不安を抱いているかのような…。

 

「大丈夫だって、かすみんの事なら全然心配しなくて良いよ。」

「でも…。」

 

 とはいえ、彼女がそうも不安がっている理由も、そうも言い淀んでいる理由も、既に分かっている。

 だからかすみはまだ何か言葉を選ぼうとしているしずくの唇に人差し指を当て、彼女の口を塞ぐ。

 

「はい、それ以上は言わない。どんなステージでも、どんな事があっても、最後まで歌いきる…皆さんが教えてくれた事ですから。」

 

 そしてすぐにその人差し指を自身の顔の真横でピンと立てる。

 少し首の角度を付けて、にしりと歯を見せ、ウインクも忘れずに。

 漫画等でよく見られる可愛らしいポーズを再現して…今の自分は可愛く見えているだろうか?

 こういうポーズを取るに相応しい自分に、なれているだろうか?

 

「そうだね、かすかすはかすかすらしくね!」

「私達も、客席から応援してる。」

「だーかーらー!かすかすじゃないですってばぁ!」

 

 答えはきっと、皆の反応が示してくれている。

 そう信じ、皆の声援を背に受け、1人ステージ横へと向かうかすみ。

 するとそこには意外な人物の姿が。

 

「迅さん…。」

 

 彼が、そこに立っていた。

 彼はかすみがやって来たのを見て確認するや、壁に預けていた身体を起こし、彼女の前へと立つ。

 

「…何か用ですか?」

 

 立った後、彼は何も言葉を発しない。

 ただじっと、かすみの事を見つめている。

 それに痺れを切らした彼女が思いきって問うてみると…。

 

「お礼、言っておこうと思って。」

 

 これまた、意外な言葉が彼から返ってきた。

 

「ありがとう。色々と…君のお陰だよ。」

 

 深々と頭を下げる迅。

 あの時彼女と話をしていなければ、自分はきっとここには居なかったであろう。

 自分の心に素直になれず、誰かの優しさ、思いやりを認められず、子供のまま羽ばたく事が出来なかったであろう。

 そうだ…自身が子供であると誰よりもはっきりと指摘し、そして羽を与えて羽ばたかせてくれたのは、彼女なのだ。

 滅や他の皆も、きっと自身の事はまだまだ子供だと心のどこかで思っていた事だろう。

 心に思いながら、しかしそれを言葉にしないのは、嘘を付いて騙すという事だ。

 嘘は身近な悪意の表れ、そして騙された側がそれを許さないと強い怒りや憎しみを抱き、やがては大きな渦澱に発展しかねない、本来ならば嫌忌しなければならない概念。

 だが迅はその嘘をむしろ心地良いとさえ思えた…何故なら彼等が吐いたその嘘は、全てが自身に成長して欲しいという願いから来るものであるからだ…そこに悪意は微塵も無い、誰かを想うからこその嘘なのだ。

 そして余さず真実を伝える事もまた、時には誰かを傷付け悪意を呼ぶ行為であるが、その誰かを真に想う心さえあれば、必ず伝わる…そういう行為でもある。

 そう…優しさがあれば、思いやりがあれば、人もヒューマギアも心で繋がれるのだ。

 

―結局こうなっちゃったか…これでも僕達なりに皆の事を思ってやった事なんだけど…。

 

―じゃあ皆はこの娘にもしもの事があった時、それを目の前で見ていたいの?

 

 ふと、いつしか溢した言葉が脳裏を過る。

 そうだ…やはりあの頃から、それよりずっと前から、自分はこの答えに辿り着いていたのだ。

 言葉にしてみれば、なんて事の無い事実。

 これまで自分達が追い求めてきた理想そのもの。

 しかしそれを恥ずかしがる事無く…いや、恥ずかしがってもなお言葉に出来るのと出来ないのとでは、天と地程の差が有ると、今の迅は思っている。

 

「…見ての通り、私これからライブが有るんで。」

 

 そんな感傷に浸る迅の横を、かすみは抜けていく。

 直ぐにでもライブを行うからだろうか…どこか淡々として、迅の言葉や考えには興味が無い様子だ。

 しかしそれでも構わない…理解を示して貰えずとも、賛同を得られずとも、この想いは変わらない。

 故に迅はそれ以上を求めず、黙って場を離れようとしたのだが…。

 

「だから…一度しか言いません。」

 

 そう、背後から聞こえてきた声。

 振り返れば、彼女はこちらに背を向けながらも、やがてゆっくりと首を回し…。

 

「私も…ありがとうございます。貴方と話せた事、意外と役に立ちました。」

 

 赤らんだ顔で、そう告げた。

 多少ジトリとしたような目をしているが、そんな目をしている理由は、顔を赤らめている理由は、単に礼を言う事が恥ずかしいからであって。

 それでも彼女は言ってくれたのだ…彼女もまた、己の心に嘘を吐く事無く、恥ずかしさを感じる己の心を受け入れ、そして言葉にしてくれた。

 

「…そっか。」

 

 理解を示して貰えずとも、賛同を得られずとも、この想いは変わらない。

 だがやはり、そうやって認めて貰えるのは嬉しいものだ。

 その事に迅がフッ、と笑顔を浮かべれば、かすみは恥ずかしさに限界が来たのか迅へと向けていた視線を正面へと戻す。

 これから自身が向かう舞台の場へと。

 

「頑張ってね。」

 

 これ以上は、本当に求めない…もう十分、受け取ったから。

 だから最後に、この言葉を送る。

 

「もちろんです☆」

 

 そう応え、ステージ向けて歩き出すかすみ。

 そんな彼女の表情もまた、笑顔で満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中須 かすみのソロライブが始まる。

 初端から新曲"☆ワンダーランド☆"を披露する強気な構成のライブを、唯阿は客席から少し離れた場所から見守っていた。

 

「刃。」

 

 と、後からやって来た不破に声を掛けられる。

 そちらを向けば、彼は近くの裏通りの方を顎で指していた。

 

「お前とも話が有るってよ。」

「分かった、ここを頼む。」

 

 彼が後からやって来た理由は、既に知っている。

 場を離れる自身に代わってライブの護衛を頼み、裏通りへと向かえば、そこには見知ったヒューマギアの姿が。

 

「帰ってきているとは聞いていたが…。」

「あぁ、不破 諌にもそのまま何処かで野垂れ死んでいれば良かったものをと言われた。」

「あいつなりの茶化し方だ、気にするな…ところで、迅は無事か?」

「あぁ、中須 かすみに会いに行くと言っていた。礼を言いたかったそうだ。」

 

 滅…つい先日までこの近辺を離れていた彼が帰還してきた事は、既に亡から話を聞いていた。

 街へと戻ってきた彼は直ぐに亡や雷電に今回の事件の詳細を聞き、そのまま迅の危機を救って勝利に貢献したそうだ。

 それ自体は正直助かったと思っている…が、やはりこの事だけは聞いておかなければならないだろう。

 

「それで、既に不破からも聞かれているだろうが…お前、今まで何処で何をしていた?」

 

 そう、今回の事件が起こるより前から姿を消していたという彼は、一体それまで何処に居て何をしていたというのであろうか?

 彼の内情はこれまでの関わり合いを通して十分理解出来ている筈であり、故に想像されるような心配は無いであろうが、それでも彼は今でもテロリスト集団の1人…万が一の事があってはならない。

 それに彼が単独での行動を選択する程の事情が何か、唯阿は純粋に気になっているのだ。

 

「少し気になった事があってな、それを調べていた…その事で、お前に確認したい事がある。」

 

 その答えを示す為として、滅はまず彼女に対してある事を問うた。

 

 

 

 

「中須 かすみを模した存在が破壊されたというのは本当か?」

 

 

 

 

 滅からの問い掛けに、唯阿は一瞬息を詰まらせる。

 そして直ぐに目を伏せ、溜め息と共に答えを溢す。

 

「破壊なんてものじゃない、あれは…文字通り粉微塵だった。」

 

 そう…中須 かすみと通じ合い、正しき心を手に入れた彼女、カスミは…その日の内に何者かの手によって殺されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また明日、話を聞こう。」

「…別に今からでも良いんですよ?」

「いいや、もう急く必要も無さそうだからな…今日は休むと良い。」

 

 かすみとの面会が終わり、カスミを独房へと戻した唯阿。

 あの時のカスミはもう、全てを白状するつもりであった。

 しかし互いに肩の荷が下りた今、そう急ぐ必要も無い筈だとして、唯阿は敢えてその提案を下げた。

 シンギュラリティに到達し、かすみとも分かり合えた今、色々と想いを馳せる時間も必要だろうという計らいだ。

 それもまた人の持つ優しさ、思いやりである事を理解したカスミは黙ってそれに従い、唯阿が去った後独房内のベッドへゆっくりと腰掛ける。

 

―分からないって言うなら、教えてあげます。それでも分からないって言うなら、一緒に知っていきましょう?この世界、人の心、私達自身…私だって、知らない事は沢山有りますからね。

 

 かすみから掛けられたあの言葉が、胸の中に留まっている。

 それは決して不快なものでは無く、むしろ逆の…清々しささえ覚える程の感覚で。

 その優しさが、強さが、確かにカスミの心には届いていた。

 成程これは勝てなかった訳だと、カスミは己の敗北を素直に認める。

 いや…勝ち負けだとかそういう話では無かったのだなとかすみから言われた事を思い出し、カスミは自嘲気味に首を振る。

 中須 かすみを陥れる…その為に造り出され、しかしそれを放棄し彼女と共に歩んでいく事を決めた今の自分の振る舞い方には、まだまだ慣れない。

 それでも、彼女は受け入れてくれた…素直じゃない、他の言葉で表すなら不器用と言える、私の事を。

 しかしこれからは、そんな彼女と2人で中須 かすみを名乗っていくのだ…果たしてそこに、どんな事が待っているのだろうか?

 人を貶し、陥れる事しか知らなかったのだ…その振る舞いによって、きっと外の世界では様々な不具合が発生している事であろう。

 私の所為で、きっとこれからも様々な不具合が起きてしまう事であろう。

 それでも、やってみたいと思ったのだ…彼女と共に、中須 かすみである事を。

 こんな私を受け入れてくれた、彼女の為に…。

 これがやがては彼女の言っていたような他の人間の為にといったものへと変わっていくのであろうかと、カスミは心を手に入れた事によって続々と沸き上がる自らの思考や感情に興奮し、思わず頬がにやける程にまで綻んでいた。

 あぁ…楽しいな、嬉しいな。

 赦してもらえて、認めてもらえて、受け入れてもらえて…。

 この興奮は、きっとその言葉だけで片付けて良いものでは無いのだろう。

 しかし何と言えば良いのであろうか…それはまた彼女が来てから聞いて、そして知る事にしよう。

 順風満帆とは決していかないであろうこれからであるが、カスミはそんな荒れ模様でも悪くないかと、明日からの日々に胸を踊らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれは、決して彼女が抱いてはいけなかった想いであって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言った筈だぞ、中須 かすみを陥れろとな。」

 

 どういうつもりだ?と…男の声が聞こえてくる。

 八ッと顔を上げれば、そこにはやはり自身に中須 かすみの陥落を命じたあの男が立っていた。

 表情は影に隠れて見えないが、その語気からは激しい憤りが抑え込まれている事が分かる。

 

「べ、別に良いじゃないですか、そんな切羽詰まってやらなくても。今回は…まぁあれでしたけど、次は絶対に…。」

 

 目の前の影から顔を背けるカスミ。

 これまでならお構い無しにもっと生意気な態度を取ったりしたのだが、かすみと心を通わせたが為に、彼女を貶める目的を掲げる彼に対して強い反感と疑問を覚えてしまっているからだ。

 どうやってこの独房内に入ったのだろうか?

 何の為に私に会いにきたのだろうか?

 そもそも中須 かすみを陥れようとしているその理由とは?

 …いいや、今はそれを知るべき場合では無い。

 ひとまずは口先だけで誤魔化しておき、隙を見て誰かに助けを…。

 

 

 

 

「いいや、次など無い。」

「へ…?」

 

 だが彼女に、そんな時間はもはや無かった。

 

 

 

 

「え…?」

 

 何か、違和感を感じた。

 同時に、何となくズキズキと痛み出した気がする己の腹部を見てみる。

 本当に、何気無く、見下ろしたその先で、信じ難い光景が目に写る。

 

「かっ…あ゙…!?」

 

 突き刺さっている。

 何か、赤い色をした、得体の知れないモノが、ワタシの身体を…。

 

「使えぬお前に、もう用は無い。」

「い゙だっ!!あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!??」

 

 さらに背中を、切り裂かれたかのような鋭い感覚が襲う。

 堪らず地面に膝を付くと同時に、腹部に刺さっているのと同じモノが両脚を貫く。

 想像を絶する痛みに、喉の奥から声が出る。

 汚ならしい、でも純粋な声が。

 

「だがせめてもの手向け…真にも至れず、偽にも成りきれない、そんなお前に相応しい最期を送ってやろう。」

 

 涙が頬を伝って流れ落ちる。

 それは本来、機械の身を持つ彼女が流す筈の無いもの。

 かすみとの出会いによって心を得た事による、後悔から流るる想い。

 自身の、男の、周囲に浮かぶ赤。

 それは終わりを告げる色…死の色だ。

 そう、そうだ、私が本物の中須 かすみを陥れようとしたのは…ワタシがホンモノに成り代わろうとしたのは、こうなる事が分かっていたから…!

 

 

 

 

「いやっ!!イヤだ!!ワタシまだ…!!」

 

 その声は、届かない。

 伸ばされた手は、決して届かない。

 

 

 

 

「あ、あ…ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙!!??」

 

 届いたのは、最悪となる結末だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何があった!?」

 

 独房エリアの警備を担当していた隊員が、突然の悲鳴を聞いた。

 調べた所その原因はすぐに判明し、そして一目で非常事態であると判断して、連絡を受けた唯阿がすぐに現場へと向かった。

 場所は、カスミが収容されている独房。

 

「ッ!?これは…!?」

 

 そこには数多の鉄屑が転がる、全面がヒューマギアの血の色たる青色に染まった独房の姿があった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監視カメラの映像は?」

「破壊されていた…悔しいが、犯人のあらゆる手口に関してまるで検討が付かん。」

 

 気付いた時には、既に終わっていた。

 カスミという存在を失った事は、純粋に痛手であった。

 未だ暗躍を続ける敵の正体に迫ろうとした戦士達の心情としても、彼女と共に新しい未来を築こうとした少女達の心情としても…。

 あの時彼女を守れたとしたら、それは自分しか居なかったとして、唯阿はこの非常に情けない結果を答えとするしかない事に堪らず唇を噛む。

 

「…やはり同じだ。」

 

 だからその結果こそが、滅が求めていた答えであったとはまるで思っていなかった。

 

「俺がこの街を離れていた理由、それとそいつの死亡状況が一致している。」

「どういう事だ…!?」

 

 まさにそう、聞き返すしかない。

 普段の冷静さを失い怪訝な表情を浮かべる唯阿に、滅は遂にその詳細を語り出した。

 

「ここ数週間の間で、表沙汰になっていない行方不明事件が幾つか発生していた。そして行方不明となっているその者達が全員死亡している事も確認している。」

 

 それは既視感に溢れる事案。

 数週間前に終息したアークによる騒動…その前触れとして密かに起きていた、マギアによる女子高校生殺害事件。

 

「まさか…狙われたのはスクールアイドルか!?」

「いや、スクールアイドルでは無い…だが全員、その関係者ではある。」

 

 故に今回の被害者も然りかと思えば、滅はそれは違うと否定し、おもむろに数枚の紙を差し出してきた。

 それは彼が独自に調査した被害者の情報であり、見れば確かにその中には女子高校生の姿は1人も無かった。

 そのまま紙面に目を通していくが、性別による共通点無し、年齢による共通点無しと続いていく。

 だが一通り見終えた事で唯阿はその紙面の中から2つの共通点を見つけ出し、それに連なる重要なワードを声に出して読み上げる。

 

「"Love(ラブ) Live(ライブ)!"…!?」

 

 そう…その共通点とはまず、職歴。

 過去現在問わず、全ての被害者が生前何らかの形で"Love(ラブ) Live(ライブ)!"という存在と関わる仕事に就いていたのだ。

 

「そうだ、本部の有る関東圏内ではまだ1人も被害に会っていないが…他の地域は軒並み、いずれも重鎮と呼べるような存在がな。」

 

 ある者は大会の現運営委員として、またある者はかつてそのポジションに身を置いていた者として。

 さらにはそれ以外にも関係会社の、いずれも滅がそう言ったように非常に重要なポストに就いていた者達がこの紙面に名を連ねていた。

 そしてもう1つの共通点が、死因や殺害現場の状況等について。

  それらの一切が、どの人物も不明とされている…というのも、紙面にはこう書かれていたからだ。

 

 

 

 

―現場とおぼしき場所は、いずれも奇妙な程の赤色に染まっていた。

 死体が有る訳では無い…だが現場を染めている赤色の物質が人間の血液である事、そして現場に点在していた被害者のものと見られる人間の肉片から、そう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 その男は、見下ろしていた。

 ビルの屋上から眼下に拡がる光景…唯阿と滅が自身の事について意見し合っている様子を。

 そしてかすみがライブを行っている様を男は暫くの間見下すように見ていたが、やがてくるりと踵を返し、自身が処したあの贋作について物思いに耽った。

 あの機体には、敢えて中須 かすみに関する深い情報をラーニングさせなかった。

 そうする事で、彼女がどのような成長を遂げるか知りたかったからだ。

 その結果、誕生して間も無い、人を貶める事しか知らなかった存在が、人と手を取り合う程の心を手に入れてしまった。

 中須 かすみ、彼女の仲間、スクールアイドル…その本質が、そこまでの奇跡を起こしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドル…やはりお前達は、"楽園"に必要無い存在…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを、この男は決して許そうと思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドルの次は大会の運営…犯人は一体、何を狙いにしているんだ…?」

 

 滅との対話を終え、ライブ会場へと戻った唯阿。

 しかし彼女の興味は残念ながらライブへと向ける事は出来ず、滅から譲り受けた資料と、意見を求める為に隣に居る不破へと向けられていた。

 受け取った紙面に書いてある事は、カスミの殺害現場の状況とあまりにも一致していた。

 これらの被害者とカスミを殺害した犯人は同一人物である事はもはや明白で、さらには"Love(ラブ) Live(ライブ)!"がスクールアイドルと大きく関わる存在である事から、この犯人がかつてのマギアによるスクールアイドル殺害事件の関係者でもある可能性が非常に高い。

 ひいてはそのマギアを率いていたアークやアズとも深い関わりがある事が予想されるが、いずれにしても問題なのは、これらの犯行が何を目的として行われているかだ。

 思い返せばアークが起こした騒動そのものに、スクールアイドル殺害の事実が絡んでいた訳では無い。

 であるならば、スクールアイドルの殺害に関してはアークとは無縁となる別の理由があると考えられるが、仮にそれらとアズが繋がっているとするならば、果たしてあのアズがアークと関わりの無い事柄に手を貸すものだろうかという疑問が沸いてくる。

 やはり何か、自分達の知らない糸が裏で繋がっているという事なのだろうか…。

 

「奴等に関する情報は?何かしら手掛かりになるような物は回収してる筈だろ?」

「回収はしたんだが…奴等の正体に迫れそうな物はほとんど無かった。唯一彼女が中須に着せたステージ衣装も、彼女の殺害が発覚した時には既に保管庫から失くなっていた。恐らく犯人が証拠隠滅の為に持ち去って行ったんだろう。」

 

 彼女が持っていたザイアスペックもまた、多少の改造が施されていた程度でとてもその足取りを追える代物では無かった。

 むしろ彼女がザイアスペックを持っていた事実、そしてライブ中の発言から、今は飛電インテリジェンスとZAIAエンタープライズに要らぬ疑いが掛けられてしまい、逆に迫られてしまうような立場となってしまった。

 特にZAIAはザイアスペックの一部在庫が社内間を不正に流れている事実についても説明せざるを得なくなってしまい、しかもそれが本社の意向では無くほとんど天津の独断によるものであった事から、世間はもちろん本社や各支部、果ては与多垣からも非難の声を受ける始末に。

 現在日本支部であるZAIAエンタープライズジャパンはそれらの対応に追われる日々を送っているとの事であり、特に天津は毎日「君がさっさと業務を片付けて戦列に加わっていればこんな事にはならなかった筈なのだぞ飛電 或人ォ!!」と因果関係がよく分からない八つ当たりをしている声がサウザー課から聞こえてくるのだとか。

 

「またあいつらが狙われるってのか…。」

「細心の注意を払わなければならないだろう…彼女達の身の回りはもちろん、精神状態にも常に気を配らせて対処しなければ…。」

 

 A.I.M.S.もA.I.M.S.でその二社との繋がりが深いからか少々懐疑的な目を向けられている現状そこまでの手助けは出来ず、精々少女達の面倒を代わりに引き受ける事しか出来ない。

 問題は、それが自分達にとってあまり得意としていない仕事である事だ。

 

「その様子じゃ、中須の偽者が死んだ事はまだ言ってないのか?」

「言える訳がないだろう…あんな惨たらしい死に様、私にはとても伝えられん。」

 

 彼女達の事は、自分達なりに大切に思っているつもりだ。

 だが戦士として力のぶつけ合いを選びがちな自分達では、言葉で以て相手の心に寄り添うという手段がどうにも苦手なのだ。

 

「…お前が言えねぇってんなら俺が伝える。今じゃなくても、いつかは言わねぇとな…またあの時みたいに関係が拗れて面倒な事になりかねねぇ。」

「そうだな…すまない、不破。」

「気にすんな、お前はどうも口下手な所があるからな。」

「…お前に言われたくも無い事だがな。」

 

 その点彼女達はとても強い…その言葉だけで、悪意しかなかった存在をも変えたのだから。

 だからこそ最後の結果がこのような形となってしまった事を、2人は悔しく思うばかりであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、滅。」

「終わったか?」

「うん、そっちも終わったみたいだね。」

 

 一方唯阿と別れた滅は、待ち合わせていた迅との合流を果たしていた。

 そして互いに顔を見合わせた2人はどちらからともなく歩き出し、自分達の居場所へと帰っていく。

 折角の機会なのだから、彼女のライブを見ていくのも…とも思いはしたが、それは自分達には相応しくない行為であるとして諦めた。

 徐々に離れていく歌声を、背に受けるだけで十分だ。

 

「ありがとね、滅。僕の事、いつも見守ってくれて。」

「気にするな、それが父親としての俺の使命だからな。」

 

 彼は、彼等は、自ら進んで静寂の中へと消えていく…反逆者の名の下に、人から疎まれし闇の中へと。

 しかしそれでも、彼等はその人の為にも戦い抜くと誓う。

 誰からの喝采も浴びる事無く、誰からの称賛も与えられる事無く、ただ掲げし夢を叶える為に。

 これまでも変わらず、そしてこれからも変わらぬ想いを新たにする彼等は、彼は、誰よりも大きく成長した姿を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳で新曲、"☆ワンダーランド☆"でした!いきなり新曲をお披露目するだなんて皆さん思ってなかったでしょう~?楽しんで貰えましたか~?」

 

 ライブの開催歌として選んだ新曲を歌い切り、かすみはその感想を客席へと求める。

 だが客席から返ってきた応えは、非常に少なかった。

 それもその筈、用意された会場の席は半分も埋まってない…同好会の少女達がバラバラに座ってようやくどの列も人が居るかといった具合だからだ。

 そしてその僅かな観客の中に、彼女の姿は無い。

 

「(来てくれてない、か…。)」

 

 唯阿からは、彼女はあの後施設を脱走をしたのだと聞いた。

 そしてその後の行方は、未だ掴めていないと…。

 しかしながら、既にかすみは何となく分かっていたのだ。

 彼女とはもう、会えないのだと。

 上手くは言えないが…きっと何か思わぬ事が起きて、それで二度と出会う事が叶わなくなったのだろうと。

 だとするならば…重い悲しみが心にずしりとのし掛かる。

 

「でもまだまだ、かすみんのライブはこんなもんじゃ無いですよ~?次に披露するのはもっとも~っと凄い曲なんですから!」

 

 そう、だからこの曲を作ったのだ。

 カスミの事を聞き、そして予感を覚え、故に既に完成していた新曲(☆ワンダーランド☆)とは別に新しく作ったこの歌は、今回の事変を通して感じた事、経験した事を題材にした、これまでのものとは少し毛色が異なるであろう曲。

 もしかしたら私らしくない曲だと思われてしまうかもしれないが…それでも、約束したから。

 カスミと心を通わせ、そして別れ際となった時に、一つの約束を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―いつか一緒にライブをしましょう?もし貴女が望むなら、その時にまた思いっきりぶつかり合いましょう!まぁ、次こそはぐうの音も出ない程に貴女の事をコテンパンにしてやりますけどね☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして誓ったのだ…その約束の為に、互いにこれから成長し続けていこうと。

 だから足を止めてなどいられない…進み続けなければ、きっと彼女に笑われてしまうだろう。

 

「自分の弱さ、強さ、良い所、悪い所、その他諸々全部を知った今のかすみんはまさに無敵です!この想いを皆さんに届ける為に、本邦初公開の新曲!2曲目行っちゃいますよ~☆」

 

 同好会の少女達にも無理を言って付き合わせてしまって…しかしそれでも、例えこの先彼女と出会う事が無かろうとも、交わしたあの約束の為に。

 そして彼女が、どこかでこの歌を聞いてくれていると…そう信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(僕は迅、滅亡迅雷.netの迅。)」

 

 迅とかすみ。

 互いに同じ問いにぶつかり、しかし2人が導き出した答えは非常に似て、その実全く非なるもの。

 

 

 

 

「(ヒューマギアの未来の為に、ヒューマギアを造ってくれた人間の為に。)」

 

 己の闇を受け入れ、そして乗り越えた迅。

 己の闇を乗り越え、そして受け入れたかすみ。

 

 

 

 

「(僕達を育てて、ここまで見守ってくれている皆の想いに応える為に…。)」

 

 その答えに一体何の違いがあるのか。

 そしてその違いが一体何を生むのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(僕はこれからも、戦い続ける。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはこれから、解き明かされていく事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは聞いてください☆名付けて…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"無敵級*ビリーバー"!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、夢を追い掛ける戦士達と少女達が紡いでいく物語の、小さな小さな前語り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…物語は、次のステージへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!これが"嵐珠"の!?」

「そう。分かってるとは思うけど、それ1個しかないから失くさないように気を付けて…。」

「ねぇ"ミア"!ちょっと聞いてみなさいよこれ!押す度に一々音が鳴って面白いわよ!ほら!」

 

I()I()Inferno(インフェルノ)Infe(インフェ)Infer(インフェル)Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)!

 

「遊ぶなよ!玩具じゃないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにてseason1.5、おしまいです
まさか9話も掛かるとは思わなかった…本当なら3話ぐらいでパパパッて終わらせる予定だったのに…w
で、次からは本当に2nd seasonという事で、また話を書き貯める為に雲隠れさせて貰います
また2~3ヶ月程度で戻ってこれたらな~と思っておりますので、それまで暫し御免です


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2nd season『We're Rising Stories』
Program.42「誰かの夢の 鼓動が高鳴る」前編


自分でもびっくりするぐらい進捗状況が悪いけど、このまま放っておくとエタりそうなので一話だけポンと置いとく



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―"  "…君の夢はなんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう聞いた時の君の答えが…君の笑顔が、今でも忘れられない。

 どれだけ虐げられたとしても、誰かの為に笑顔を見せる君の強さに、優しさに、私は胸を打たれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、私はこの世界を憎んだのだ。

 それでもなお彼女の夢を踏みにじった、この世界を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから君の夢を守る為ならば、私は神にでも悪魔にでもなろう。

 例えこの世界の全てを敵に回しても、君が愛したこの世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―この世界に…楽園を創造する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが私…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、終わったぁー!あ~疲れた~…。」

 

 季節は真冬。

 空気も風も、全てが凍えるような寒さを誇るその中で、或人はそれまでに抱えていた様々な事情をやっとこさこなし終えた。

 無論これで全てが終わった訳では無いのだが、折角大きな肩の荷が降りたのだ…少しは楽にしても良いだろう。

 実際盛大な溜め息を吐いても、近くに居る福添達からは何も言われない…少しだけ嫌な顔はされたが。

 だがこれでようやく次のステップに進めるとして、或人は側にある窓から外の景色を眺め、そこで天高く行われようとしている大規模な工事の様子を目にする。

 飛電インテリジェンス本社の再建も本格的にスタートした…予定通りなら3月中には工事が終わる筈だ。

 そして4月からは新しくなった本社で気持ちも一新し、新たな業務に励むと…春の始まりに相応しい中々粋な運びではないかと、二転三転した先の偶然を或人はさも最初から狙っていたかのように感慨に耽る。

 それでまた福添達から軽く目くじらを立てられてしまうが、そんな事は気にせずこれからの予定を立てる為に今度は机の上のカレンダーへ視線を移す或人。

 すると今日という日付を見てある事が思い起こされ、彼はポツリと言葉を溢した。

 

「そういえば、もう学校始まってるんだよね…。」

 

 虹ヶ咲学園…そしてそこに所属するスクールアイドル同好会の少女達。

 近日引き起こされた一連の事件を通して深く関わり、そしてその在り方には大いに助けられたものだが、そんな彼女達は確か一週間前に冬休みが終わり、今はまた平和な学園生活を送っている筈。

 今まで会社に缶詰めであった為、彼女達とは全く会えていなかったのだ、近い内に電話をしてみるのも良いかもしれない…そんな事を思っていると、不意に携帯からメールの受信音が鳴った。

 

「お?侑ちゃんからだ、なんだろ?」

 

 見てみれば、それはなんと同好会に所属している少女の内の1人、高咲 侑からで。

 噂をすればなんとやらとはよく言ったものだと、或人は思わぬその連絡に驚きながらも顔を綻ばせ、果たして何が書いてあるのかと、送られてきたメールを開いてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

件名:助けてください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉお!!間に合えぇぇぇえ!!」

 

 …そんな事があったので、現在或人は大至急学園に向けバイク(ライズホッパー)を走らせていた。

 本当なら変身して飛んで行ければ良かったのだが、フライングファルコンは先に起きた事件から迅に貸したきりであり、ブレイキングマンモスは流石に大掛かりが過ぎる。

 シャイニングアサルトもアサルトグリップを調整していない為使用が不可能と、その手に関しては現状とことん乏しい状態。

 そも変身するという行為自体人目に付いた時が面倒になるとの事でゼアが出した結論というのが、バイクを使って最短距離を突き進むというものであった。

 ただしその最短距離というのが、乱立するビルの上を伝うというものなのだが。

 そんな馬鹿なと、そんな阿保なと。

 そりゃビルの上を一直線に突き進めばそれが最短距離となるのは間違い無いのだが、出来る出来ない関わらずそれをやれという所にまず問題があるのではなかろうか?

 それにバイクをかっ飛ばすとなれば当然そこから爆音が鳴り響く訳で…そんなものが頭上から聞こえてきてみろ、誰だって上を見上げた末にこの奇天烈な姿をバッチリ拝まれる事間違い無しだ。

 ビルの上を行くにしろ、シャイニングホッパー辺りに変身してジャンプしながら向かっていった方が良かったのでは…と、或人は奇妙な予測を立てたゼアに一言物申したい気持ちを抑え、半ばやけくそになってバイクのエンジンを吹かしていく。

 

「よし着いた!!侑ちゃんに電話…!!」

 

 そうこうしている内に学園の正門前に着地した或人。

 すぐさま侑に電話を掛ければ、数回のコールの後に携帯から彼女の声が聞こえてきた。

 

『もしもし、或人さん!?』

「侑ちゃん!!学校着いたよ!!今何処に居るの!?」

 

 電話に出れるという事は、ひとまず彼女は無事であるという事。

 その事実に一瞬胸を撫で下ろした或人であったが、まだ本当に安全が確保出来ている訳では無いのだからと気を引き締める。

 そうしてまだ相対していない敵に向けての戦意を高めていると、或人の問いに答える為に再び受話器の向こうから侑の声が聞こえてきた。

 

『とりあえずそのまま中庭まで来てください!話はそこで…!』

 

 それを聞いたが早いか、或人はその場から駆け出して中庭へと向かっていった。

 アークが起こした事件以来久し振りに訪れた場所であったが、当時に於いてほぼ毎日のように通っていたからか、校内の様子は今でも身体が覚えている。

 結果として或人はこの学園に初めて訪れた時の事がまるで嘘のように一度も迷う事無く目的の場所に到達する事が出来た。

 

「或人さん!お久し振りです!」

「皆大丈夫!?怪我してない!?それで、敵は何処に…!?」

 

 そしてそんな中庭では、侑以外にも同好会の少女達が挙って集まっていた。

 久方振りの彼女達の姿に心は喜ばしい感情を覚えるが、状況が状況故に再会の挨拶は交わせず、或人は少女達の下に寄ってその安否を確かめる。

 高咲 侑、上原 歩夢、優木 せつ菜、近江 彼方、エマ・ヴェルデ、中須 かすみ、天王寺 璃奈。

 パッと見た限りここに居る少女達に目立った外傷は無く、しかしだからといって油断は出来ないと、或人は忙しなく辺りを見回す。

 

「あー…それなんですけど…。」

 

 するとそんな或人の姿を見て、侑は何故か少しだけバツが悪そうな表情を浮かべるや…。

 

「或人さんが言うような敵は、今居ないんですよ。」

「…え?」

 

 そのような事を言ったのだ。

 当然或人はそれがよく分からない事だとして頭の上に?マークを浮かべる…すると侑が、今度はまた何故かあたふたとした様子を見せた。

 

「あ、いや、違うんです。まだ居ないっていうか…これから現れるっていうか…?」

「…ん?どういう事?」

 

 しかしそこから続けられた言葉もまた要領を得ておらず、或人はますます訳が分からないと頭の上の?マークを増やしていく。

 仮にもし彼女の言う通り敵と呼べるような存在が居ないのだとしたら、あの切羽詰まったようなメールの一文は一体…?

 

「とりあえずそれも後の話です!今は一刻も争う事態なんですから、さっさと準備しないと…!」

「えっ?じ、準備って…?」

「ライブの準備に決まってるじゃないですかぁ!」

 

 と、突然2人の間に割って入ってきたかすみ。

 彼女は侑とは違い、どちらかと言えばメールの一文と合っているような様子で或人にライブの準備を手伝うよう詰め寄ってくる。

 が、或人はその願い出に対して思わず首を傾げてしまった。

 

「え、だってステージとか無いよ…?」

 

 そう…先程辺りを見回したから分かるが、この中庭に今ライブ会場と呼べるような施設は見当たらない。

 機材もステージも何も無い、ごく普通の中庭の景色が拡がっているだけだが…。

 

「だからこれから作るんです!ほんとに時間無いんですから、早くしないとぉ…!」

 

 かすみが言うには今は全くのゼロの状態らしく、ここから必要なものを運んでくる手筈となっているようだ。

 その為の人手として自分を呼んだというのなら、成程侑が言っていた事にも納得がいく。

 そもそも思い返してみれば、あのメールには何らかの助けを必要とする一文しか書いておらず、敵が現れた等の事は一切書いていなかった。

 つまりこれは…自分の早とちりが招いた誤解であったという事か。

 

「な、な~んだライブの準備ね!そういう事か!いやびっくりした~、てっきりまたマギアでも現れたのかと思ったよ~…!」

 

 そう片付けるには先程の侑の言葉が少し引っ掛かるが、時間が無いと言われてしまえば仕方ない。

 追及するとしてそれは後の話であると、或人は早速そのライブの準備に取り掛かろうと意気込むが…。

 

「そこまでです。」

「ひぃぃぃ!?来たぁぁぁ!?」

 

 己が抱いたその危機感は、決して杞憂などでは無かったのだと彼は思い知らされる事となる。

 

「君は…確か、三船ちゃん…?」

 

 かすみが驚いた方向を見てみれば、そこにはせつ菜に代わってこの学園の生徒会長となった少女、三船 栞子の姿が。

 アークが起こした事件の中では彼女とも話をする機会があったとして、その存在は頭の中に記憶している。

 しかし同好会の少女達が彼女に向ける眼差しが、記憶のそれとどこか違う事に或人は疑問を持つ。

 

「生徒会の許可無くライブを行う事は禁止していると、何度も仰っているでしょう?」

「そ、その生徒会が幾ら言っても承認してくれないんでしょうがぁ!」

 

 元々栞子と同好会の少女達はアークによる事件の最中、意見の違いから衝突した事もあったが、最終的にはある程度の距離を互いに歩み寄れていたのではと或人は感じていた。

 だが今の彼女達の様子は違う…特に同好会の少女達が向ける眼差しには、何故か当初と同じ様な敵意にも似た感情が含まれているように見えるのだ。

 

「成程、それで彼を…。」

 

 対する栞子は或人の記憶の中と変わらぬ真っ直ぐな意志を少女達へと向けていたが、ふとこちらの方に視線を移すと、その瞳の中に何やら憂いのような情が交ざっている事に気付いた。

 

「…お願いですから、どうか退いて貰えないでしょうか?ここから先はお互いに…いえ、彼も含めて良い結果にはなりません。」

 

 遂にはその情を隠さず晒け出し、少女達へ向けて懇願する栞子。

 その姿に或人は衝撃を受ける…まさか彼女がここまでの姿を見せるとは思っていなかったからだ。

 彼女は己の正義を貫くとしても、その気高き在り様を崩すとは思っていなかったが故に。

 

「でも…やっぱり退けないよ。」

「…そうですか。」

 

 彼女達を取り巻いていてるものが、自身の記憶と全く違う…一体、彼女達の間で何があったというのだろうか?

 その答えを示すが如く、栞子は残念だと言うように、しかしながらどこか苦しげに、ならば…と言って自身の耳に手を掛けた。

 手を掛ける時間は長く、そこで何をしているのかは彼女の髪が邪魔をして見えない。

 

「或人さん…。」

「え…?」

 

 しかし侑が或人の服の裾を掴み、合わせて他の少女達も彼の背後へと回る。

 まるで彼女が今何をしているのか、そしてこれから起きる事が既に分かっているかのように…。

 

「…お願いします。」

 

 やがて栞子がその場から一歩後退る。

 より一層苦しげな表情を見せ、そしてそれに合わせて何処からかふらりと現れた影が2つ。

 

「君達は…。」

 

 現れたのは、或人が初めてこの学園を訪れた時に関わりがあった少女達…似通った風貌を持つその2人の名は、確か右月と左月であったか?

 栞子にとっては風紀委員時代からの、まさに両腕とも言えるような存在であるが、やって来た彼女達の様子はどこかおかしい。

 虚ろな目を浮かべながら、フラフラとしている…その姿に訝しみを覚えていると、やがて彼女達が身に付けているものに目が止まり、同時に或人の目が見開かれる。

 

「ッ!?待って、それって…!?」

 

 彼女達が耳に掛けている、彼女達が常用している眼鏡とは違う異質な機械…それは他ならぬ、ザイアスペックであった。

 そして彼女達の腹部を見てみれば、同じ様にZAIAの開発物たる"レイドライザー"に酷似したベルトがその存在を強調している。

 先に起きた事件の中でもその存在が示されていた、全体が元の黒一色から黄土色に変えられているそのベルトの名は、確か"アバドライザー"…。

 それらは決して彼女達のようなうら若き少女が持つべきでは無い危険な代物だ…新たに取り出した、灰色のプログライズキーも含めて。

 

Herd(ハード)!

 

 表面にカブトガニが描かれたそれらが、ベルトへ装填される。

 そして彼女達の手によってライザー上部の赤いスイッチが躊躇い無く押され、起こしてはならぬ事態を引き起こす。

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! 】

 

 2人の身体を、ベルトから噴出した鋼色のエネルギーが包み込む。

 それはかつて飛電とZAIAがまだ敵面していた際、天津の策略によって生み出された、仮面ライダーともマギアとも違う第三の力。

 マギアを始めとしたあらゆる脅威から日々の平和を守り抜く為の唯一の手段という謳い文句で世界中に売り出され、そして実装されようとしていた脅威の兵器。

 

 

 

 

インベイディングホースシュークラブ!!

 

 現在ではもはや幻となった存在…"レイダー"と呼ばれるそれが今、その在り様を変えて再び起動した。

 

 

 

 

 

「バトルレイダー…何で君達が!?」

 

 2人が実装したのは、インベイディングホースシュークラブレイダー…通称"バトルレイダー"と呼ばれるもの。

 ベルトが本来のそれとは違う関係上、正確には似て非なるものと呼ぶべきかもしれぬそれは、数在るレイダーの中でも性能が劣る部分が見受けられるものの、その分量産が効かせ易く一般人でも制御が可能であるという、ある意味で一番危険な存在。

 また性能が劣ると言っても、それでも通常の人間より遥かに高い力を持ち、それこそここに居る少女達を制するというのなら、造作など何も無い。

 

「待って!!やめるんだ!!すぐにキーを外して…うあっ!?」

「或人さん!!」

 

 或人がキーを外すよう促すも、2人は聞く耳を持たず。

 やがては進行の邪魔だと言わんばかりに2人は或人の身体を掴み、そして軽々と投げ飛ばした。

 幾ら変身していないとは言え、中身は普通の少女そのものだというのに、こうも軽く人をあしらえるものなのかと、少女達はもちろん或人もまた久方振りの脅威を前に堪らず冷や汗が流れる。

 

「ッ…やめろぉ!!」

 

【 ゼロワンドライバー! 】

 

 一刻も早く彼女達を抑えなければ…そう決意した或人はゼロワンドライバーを装着。

 そして鮮やかな青と黄色に彩られた、あのプログライズキーを取り出しベルトへ読み込ませる。

 

Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 リアライジングホッパーキー…或人の心は、あれから一辺の翳りも差していない。

 だからこそ、この2人も必ず、救って見せる。

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! リアライジングホッパー!!

 

 そうして三度顕現した、飛電 或人の新たな象徴…仮面ライダーゼロワン リアライジングホッパー。

 彼は新たな色を加えた閃光となり、一瞬でレイダーとなった少女2人の前に立つ。

 

「やめるんだ!!」

 

 そして2人の手をそれぞれ掴み、軽く捻る事で同好会の少女達へ向けていた進行を抑え込む。

 生身の状態で挑めば流石に敵わないが、変身して同じ土俵に立ってしまえば、こうした荒事に慣れている或人の方に分が有る。

 後は隙を見て彼女達のベルトからキーを外せば…。

 

「ッ!?」

 

 しかし右月と左月の2人がそれぞれ空いている手にとある物を収めたが故に彼の目論見は崩され、また彼女達を抑え込んでいた手も離さざるを得なくなってしまった。

 

【 アタッシュカリバー! 】

 

「く…っ…!?」

 

 瞬間、或人の前に連続して咲く火花。

 2人が手にしたのは、バトルレイダーの専用装備である"トリデンタ"。

 分類として短機関銃に当たるそれは、いくら変身した身であっても直撃すればただでは済まない…咄嗟にアタッシュカリバーを召喚し盾代わりにしていなければ危うい所であった。

 同時に周囲への被害を何も考慮していない発砲から来る躊躇の無さに、或人は彼女達の正気を疑う。

 長引かせればどんな事が起こるか分からない…そうして或人が一瞬で勝負を付けるべくその方法を模索し始めた時だった。

 

「っ…!?」

 

 不意に大きな音と共に、目の前の2人があらぬ方向へと吹き飛んだ。

 その音とは或人もよく聞き馴染んでいる銃声であり、そしてその銃声がした方を向いてみれば…。

 

「今度はレイダーかよ…ったく、どうなってやがる…!?」

「不破さん!?なんで…!?」

 

 やはりそこには自身の仲間の1人である不破 諌の姿が在った。

 しかし仮に右月と左月の2人が放った銃声を聞き付けてやって来たのだとしても、それはいくらなんでも速すぎるというもの。

 ほぼ時間のズレ無くここまでやって来たという事は、そもそも彼が既にこの学園に足を運んでいたという事実となり、であれば当然それは何故という疑問を或人に抱かせる。

 

「話は後だ!今はこいつらを倒すぞ!」

 

 しかし今は緊急事態、それを追及するのは後の話である。

 不破も余計なお喋りをする気は無いとして、懐から清青色のプログライズキーを取り出し、ライダーへの変身を行った。

 

Rampage(ランペイジ) Bullet(バレット)! All(オール)rize(ライズ)! 】

 

「変身ッ!!」

 

Full(フル) Shot(ショット)rize(ライズ)! ランペイジガトリング!!

 

「ッ!!待って不破さん!!そのレイダーは…!!」

 

 不破が変身したのは、ランペイジバルカン…彼が持つ最強の力だ。

 幾ら見た目がバトルレイダーという見知ったそれと酷似していたとしても、不破からすれば相手は未知なる存在…手を抜かずに最上の手で事に当たるのは至極当然の選択だ。

 しかしその相手の正体を知る或人からすれば、彼の選択は危険を呼ぶものだとして止めざるを得ない。

 ランペイジの力は、下手をすれば2人にとっては強力過ぎる代物になりかねない程なのだから。

 

「言いたい事は何となく分かる。このナリだ…使ってんのはここの生徒の誰かだろ?」

 

 だがそんな或人の焦燥は杞憂に終わる…不破はその優れた観察眼で状況を分析し、主に相手の背丈を鑑みる事でそう結論付けたのだ。

 その推測はまさに正しく、なればと不破はその心勢を崩す事無く、ランペイジキーの背部のシリンダーに手を掛けた。

 

「だからこそ…さっさと終わらせるんだよ。」

 

エレメント! ランペイジ! 】

 

 そのままシリンダーを3回転…するとキーに秘められた力の一端が解放され、同時にその力が不破の身に与えられる。

 

ランペイジエレメント! ブラスト!! 】

 

 右手にはフレイミングタイガーの炎が。

 左手にはフリージングベアーの氷が。

 両の掌に凝縮された相反する2つの力を、不破は右月と左月が実装したレイダー2体に向けて解き放つ。

 全力は出さず、しかし2人の体力を消耗させる程には牙を向いて…。

 終始絶妙な調整が必要であったが、必ず2人を救ってみせるという或人と同じ志を掲げている不破は見事にそれを成し、2人に適度なダメージを与える。

 しかし気味が悪いものだ…仮にも火炙り、そして吹雪に見舞わせたというのに、2人は特に大きなリアクションを起こさなかった。

 普通は驚くないし受けたダメージに悶える声を上げる所であろうが、2人からは全くそのような様子が見られない。

 人としての生気といったものが感じられず、これではまるで…と不破が2人から不穏な気配を感じていると、それまで攻撃を受けて膝を付いていた2人が急に立ち上がり、彼に向けて銃を構えた。

 恐らく不意を付いたつもりであろうが…そんな子供騙しに遅れを取る不破ではない。

 彼は残るスティングスコーピオンの力を解放し、左腕から蠍尾を伸ばして2人の銃を貫き、破壊した。

 

「社長!」

 

 そして或人へと掛けられる声。

 彼女達を救う最後の一手、それを決めるのはお前だと。

 

「止めてみせる…絶対!」

 

 それは或人としてもその気概であり、彼は不破からの声に従ってベルトからリアライジングキーを抜き、それをアタッシュカリバーへと装填する。

 

【 Progrise key confirmed, Ready to utilize. 】

 

 閉じていたケースを展開し、刀身を露に。

 そこに集約されるエネルギーを担いだ肩から感じながら、或人は一息に2人の前まで跳び出し、刃を横へと振るった。

 

リアライジング! カバンストラッシュ!! 】

 

「はぁぁぁぁあ!!」

 

 振るわれた刃は彼女達の腰に付けられているライザーとキーを捉え、一閃の下にその機能を破壊する。

 それによりレイダーの実装が解除され、2人は重く苦しい鎧の内から解放された。

 

「大丈夫!?」

 

 倒れ込もうとする2人を支える或人。

 しかし彼女達は既に気を失っており、どうする事も出来ない…彼は変身を解除しながら2人をその場へと寝かせる。

 すると不破も同様に変身を解除しながら2人へと近付き、そしておもむろに彼女達の耳に付いているザイアスペックを取り外した。

 

「ザイアスペック…こいつの仕業か。」

 

 取り外したそれをまじまじと見つめる不破。

 中身がどうなっているかは分からないが、見た目はまさにザイアスペックそのもの…恐らくZAIAの保管庫から失くなっていたそれそのものであろう。

 

「お前だな、こいつらを操ってたのは。」

 

 そして彼の視線はそのまま栞子へ。

 或人も後を追って見てみれば、彼女は何も言わずに目を逸らしている。

 

「三船ちゃん…どうして…!?」

 

 しかしこの状況で何も言わないのは、そしてやはりどこか苦しげな表情を浮かべているのは、不破の言った事実を肯定するようなものであって。

 しかしそのような表情を浮かべるという事は、きっと何か並々ならぬ事情がある筈だと、或人はその旨を問うてみる。

 

「どうしたの、栞子?何かあった?」

 

 だがその時、場に新たな声が掛けられた。

 そして文字通り或人や不破が知らないその声と共に、1人の少女が現れる。

 長身で、桃色の髪と着ている赤いカーディガンが目を引くその少女は、面識が有るらしい栞子に対して一声掛けた後に或人達の事を見て、何故か薄らと口角を上げる。

 

「あら、誰かと思えば…貴方達が噂の仮面ライダーさん達ね?」

「君は…?」

 

 そして彼女が連ねた台詞に、或人も不破も不穏な気配を覚える。

 仮面ライダーと呼ばれる事に対しては、別におかしな点は何も無い。

 だが彼女が浮かべている妖しき笑みが、その呼び方の中に深く大きな意味を落とし込んでいる。

 そんな得体の知れない色を醸し出している彼女を前にして或人と不破が段々と警戒を強める中、その少女はまるで臆する事なく堂々と己の名を明かしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めましてね。私の名前は"(ショウ) 嵐珠(ランジュ)"…()()()()()()()()()()()()()()()よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Program.42「誰かの夢の 鼓動が高鳴る」後編

「鐘…嵐珠…?」

 

 突如として現れた、鐘 嵐珠という少女。

 その物言い、そしてその振る舞いに或人と不破が怪訝な表情を浮かべる中、彼女はそれまで2人に向けていた視線を外し、栞子の下へ歩み寄った。

 

「あいつらの所為で邪魔されちゃったのね。」

「嵐珠…すみません。」

 

 互いを下の名前で呼び合うその様子からは、やはり2人が旧知の仲である事を証明し、さらにその口振りから彼女もまた栞子と同様に同好会の少女達の活動を妨害するような意図を持っていると察する事が出来る。

 

「無問題ラ、邪魔されたのなら…やり返せば良いだけの話よ。」

 

 そして再び或人達の方を見やった彼女は、その手にまた信じられないような代物を取り、彼等と向かい合った。

 

【 スラッシュアバドライザー! 】

 

 それは、と或人が声にする前に彼女の腰に巻かれたのは、迅が扱うスラッシュライザーに酷似した未知のベルト。

 そんな代物を所持していた事実に或人達が驚きを隠せない中、彼女は追い打ちを掛けるように服の内からまた目を疑うべき物を手にしたのだ。

 

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 真紅に染まるそれは、元は迅が所持していたプログライズキー。

 それを彼女はドライバーの受け口へと躊躇いなく挿入し…。

 

化装(変身)。」

 

 キーを展開すると同時にベルトのトリガーを引いた。

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! 】

 

 彼女の周りを囲う、幾何学模様のエネルギー。

 先程の右月と左月の2人と同じ様に、しかしそれ以上の力の圧を感じながら、彼女はやがてそのエネルギーに包まれ、緋色の鎧を纏ってしまった。

 

 

 

 

 

バーニングファルコン!!

 

 

 

 

 

「変身した…!?」

「何だ、その姿…!?」

 

 彼女が変身したその姿は、一見した限りではゼロワンのハイブリット形態の一つ、フライングファルコンと似通ったデザインをしていた。

 しかし本来のゼロワンなら蛍光のイエローに彩られる部分が黒く染まっており、残る装甲の存在をより強調している。

 そしてその残る装甲というのがフライングファルコンをより刺々しくしたようなデザインとなっており、燃える炎のような真紅の色と合わさって攻撃的で危険な印象を見る者に与える。

 

「嵐珠と遊びましょう?退屈なんてさせないから!」

 

 そしてその印象通りに彼女はキーから与えられる能力なのか、翼も無しにふわりと宙へ浮かび上がると、或人達に向かって勢いよくその身を突撃させた。

 

「いぃ!?ちょっ…!?」

「ったく!とんだお転婆娘だな!」

 

 間一髪の所で避ける2人。

 まさか本当に攻撃してくるとは…しかもその勢いはこちらに碌な反応を与えさせない程に素早く苛烈だ。

 

「飛べるのはお前だけじゃねぇぞ!」

 

Falcon's(ファルコン) Ability(アビリティ). 】

 

 しかしそこは歴戦の戦士たる2人、言葉にせずとも回避の最中で互いに距離を取って狙いを分散させる。

 そして標的が或人1人に向けられた瞬間、不破は身に纏うライダモデルの力を解放、背中の片翼を展開して空を飛んだ。

 

「きゃあ!凄いわね、もっと嵐珠と遊びましょう!」

 

 反撃の為の隙を作り出し、すかさず同じ舞台へ上がった事実に嬉々とした声を上げる嵐珠。

 そのまま彼女の意識は不破の方へ…。

 

「捕まえたぞ…っとぉ!」

「キャア!?ちょっとぉ!?」

 

 程無くして不破が背後から嵐珠に組み付いた。

 変身している為多少の力はあるが、それでも元は普通の少女…嵐珠はジタバタと暴れるも、不破の方が力が強く振り解けない。

 しかし不破の方も暴れる嵐珠を抑えながらというのは力が入り辛いのか、彼女のベルトへ伸ばされた手がバーニングファルコンのキーを奪うといった様子は見られない。

 

「嫌よ!離れなさい!」

「グッ!?くそっ…!」

 

 そうして暫くフラフラと宙を踊っていた2人であったが、やがては嵐珠が不破の拘束を逃れて自由を得、仕返しとばかりに彼の胸元に向けて蹴りを入れる。

 

「ねぇ、今度は貴方が嵐珠と遊んで頂戴!」

 

 予想以上に強力であったその一撃によって不破は彼女から大きく引き離されてしまい、そしてその間に次の標的に選ばれてしまう或人。

 地上へ舞い降りた彼女が仕掛けてくる連撃を、或人は反撃する事無く躱していく。

 

「くっ…やめるんだ!!どうしてこんな…!?」

 

 変身しているのはただの一般的な少女…そんな存在へ無闇に手を上げたくは無い。

 おまけに敵対する理由も不鮮明なのだ…話し合えば分かり合えるのではという考えが、或人の行動を鈍らせる。

 

「つまらないわよ、そんなんじゃ…本気を見せて頂戴!」

 

 その隙を突くように嵐珠はベルトのトリガーへ手を伸ばし、強く引き込む。

 或人が考えている事などまるで歯牙にも掛けず、一蹴するように。

 

バーニングエナジー! フォール!! 】

 

「はぁぁぁぁぁ…ヤァ!!」

「ぐっ…あぁ!?」

 

 バーニングファルコンキーからもたらされた力によって、彼女の足先に炎が迸る。

 そして嵐珠はまるで踊っているかのように軽やかな足取りで以て或人へ接近するや、流美な回し蹴りを披露した。

 判断が遅れた或人はその餌食となり、中庭の端の方まで大きく吹き飛ばされる。

 回避も防御も間に合わず直撃を受けた或人の身を案じて、不破も社長!と声を上げながら彼の下へ。

 

「気を付けろ、こいつズブの素人って訳じゃないぞ…!」

 

 倒れている或人の身体を起こしながらそう耳打ちする不破。

 その言葉通り、彼女は確かに強い…長い髪の内に隠され耳元は見えなかったが、恐らくは彼女もザイアスペックを掛けており、それによって多少身体能力が上がっているのだろう。

 だが戦闘に於けるセンスはザイアスペックでも磨く事が出来ない…あれは恐らく天性の才能からくるものだ。

 

怎么样(どうかしら)?少しは遊んでくれる気になった?」

 

 底知れぬと呼ぶべき、鐘 嵐珠という少女…彼女はその場でくるりと回り、或人達に向けて小首を傾げる。

 機嫌の良さげなその声色は、彼女が仮面の下で笑みを浮かべているのだと聞く者にそう教えている。

 戦いに狂喜を抱いているのとは違う、無邪気とでも言うべきその態度…なおの事彼女がライザーとキーを持った経緯を知るべきだとして、それまで決意の鈍っていた或人もようやく腰を入れる決断を下したのだが…。

 

「嵐珠、こんな所に居たのかい。」

 

 その瞬間、三度新たな存在が声を上げたのだ。

 

「あら、ミアじゃない。どうしたの?」

「どうしたの、じゃない。何こんな所で遊び呆けてるんだよ…新曲の打ち合わせやるって言ってたよね?」

对不起(ごめんなさい)。栞子の姿が見えたものだからつい、ね。」

 

 嵐珠が向いた先に居たのは、またも或人達の知らない1人の少女。

 非常に珍しいプラチナのブロンドヘアが目を引く彼女はやって来て早々に嵐珠へ向けて悪態を吐き、それが終わるや今度はちらりと或人達の事を見やる。

 

Maskd(マスクド) Rider(ライダー) ZERO-ONE(ゼロワン)…それにMaskd(マスクド) Rider(ライダー) Balkan(バルカン)、か。」

 

 そんな彼女の眼差しに、或人達は思わず一瞬身がすくんでしまった。

 何故なら彼女が向けてきたそれは、凡そその年頃の少女がするにはあまりにも鋭く冷ややかなものであったからだ。

 恐らくただ凝視しているだけでこの圧…嵐珠とはまた違った方向で底が知れない存在だ。

 

「行きましょう2人共。ここまでやれば、もうライブなんて出来ないわよ。」

「っ…待ってください嵐珠、右月さんと左月さんを…!」

 

 そうして或人と不破が二の足を踏む中、嵐珠はおもむろに変身を解除し、栞子と自身がミアと呼んだ少女2人を連れて場を後にしようとする。

 だが栞子としては右月と左月の2人の事が気掛かりなようであり、嵐珠の指示に素直に従わない。

 

「彼等にやらせれば良いわ、どうせもう使えない娘達だもの。」

 

 しかし嵐珠は聞く耳を持たぬようであり、彼女の懸念をピシャリと切り捨てる。

 その切り捨て方も、まるで2人の事を道具として扱っていたかのような旨の言い方であり、それを聞いていた或人と不破の眉間に堪らず皺が寄せられる。

 そんな2人の様子を、嵐珠はまるで可笑しそうに口角を上げて笑うと…。

 

再见(じゃあね)假面骑士们(仮面ライダーさん達)今后也请多多关照(これからよろしく)。」

 

 そう言い残し、場を後にしていった。

 ミアと呼ばれた少女もその後を付いていき、栞子もまた最後まで右月と左月の事を気に掛けていたが、やがては2人を追って同じ様にこの場を離れていった。

 

「何なんだ一体…。」

 

 思わず行かせてしまう事となってしまい、気の抜けた声を漏らす不破。

 暫く目を向けなかった間に、全く知らない物語が紡がれていた。

 そしてその物語は、決して放っておいてはいけないもの。

 

「…話、聞かせてくれる?」

 

 詳しく話を聞かなくては…その為に或人は少女達の事を見やり、彼女達もまたその視線に頷きを返すのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういう事なんだ?今まで一体何があったんだ?」

 

 右月と左月を保健室まで送り、その後に部室へ集まった不破と少女達。

 2人に関しては特に目立った外傷は無く、しかし現状深い昏睡状態であるとの事なので、大事を取ってこれから飛電の病院へ運ぶ事に…なので或人がその付き添いとして同行し、その間に不破がこれまでの間に何があったのか、少女達から話を聞く運びとなったのだ。

 ザイアスペックにプログライズキー、そしてアバドライザー…いずれもただの生徒、ただの少女達がその力を振るって良いものでも、その力を振るわれる対象に選ばれて良いものでも無い。

 必ず真相を突き止めなくては…。

 

「まず、嵐珠ちゃんについて話さないとですね。」

 

 その先触れとして選ばれたのは、鐘 嵐珠…彼女について、侑が率先して話を始めた。

 

「嵐珠ちゃんは三学期に入ってから虹ヶ咲(ウチ)に来た娘なんです。元々は海外の学校に通ってたらしいんですけど、スクールアイドルをやる為にここに来たって…。」

 

 それを知った時、少女達は当然歓喜した。

 同じ道を志す仲間が増えたとして、彼女達は嵐珠の事を大いに歓迎しようとした。

 だが…。

 

 

 

 

 

―残念だけど、これから先貴女達の出番は無いわ。この学園のスクールアイドルは、嵐珠ただ1人よ。

 

 

 

 

 

 部室に招いた後、彼女が上げた第一声がそれだったのだ。

 

「それから生徒会も同好会のライブの申請を受け付けてくれなくなったんです。代わりに嵐珠ちゃんのライブはどんどん成功していって…。」

「だからああやってゲリラ形式でもやるしかないって思ってたんです。けどこの前ライブをやろうとしたら栞子(生徒会長)があの2人を連れて来てですね…!」

 

 少したちが悪いだけの冗談だと思っていた…しかし彼女はその後直ぐにスクールアイドル部なるものを設立、独自にスクールアイドル活動を始めたのだ。

 生徒会長たる栞子を部員として従えているからか、それから日を追う毎に同好会の活動は大きく制限されていき、反対にスクールアイドル部の活動は率先して行われるように…嵐珠が言っていた事が現実となり始め、焦りを覚えた少女達が強行手段に出た所、先程と同じ様に栞子が右月と左月の2人を連れて来て無理矢理場を立ち退かされてしまった事で、事態がもはや自分達の手に負えない所まで来ているのだと判断し、或人へ連絡を入れたというのが事の次第らしい。

 なので嵐珠達スクールアイドル部に纏わる背景などは現状ほとんど分かっておらず、分かっている事と言えば先にも見えた通り栞子と嵐珠が知り合いであるらしいという事。

 それと嵐珠は普通科の所属であり、クラスは歩夢と同じという事ぐらいだ。

 

「もう1人、後から来たあいつは…?」

 

 そんな話を聞いて不破がふと気になったのは、最後に現れたあの少女。

 ミアと呼ばれた彼女の事は、ともすれば嵐珠以上に気になる存在。

 時間が経った今思い返してみても、あの眼差しから感じた感覚はとても普通ではなかった。

 あの瞳の奥からは、どこか普通の少女らしからぬという言葉以上の何かを感じた気がするのだ。

 

「あの娘は"ミア・テイラー"っていう娘です。嵐珠ちゃんと一緒にこの学園に来て、嵐珠ちゃんの歌う曲の作詞や作曲を担当してるみたいです。」

 

 そんな彼女も嵐珠と同様そのほとんどが分かっていない…一応侑と同じく音楽科に所属しているとの事だが、彼女はあまり授業には出席せず、もっぱらスクールアイドル部の部室に籠っているらしい。

 得体の知れない、謎ばかりが募る2人…しかも嵐珠に至ってはそれに加えて直接的に危険な力をも持ち合わせている。

 そんな彼女達が既に学園内で少女達と接触出来る場所に居るとは…ここから自分達が件に介入するとしても、そこまで身近な所まで迫っているとなると対応が難しい。

 これから先、彼女達は幾らでも少女達に過度な干渉を行う隙がある…不破としてはそこがまず気掛かりな所だ。

 そして気掛かりな事と言えばもう1つ…。

 

「そうか…で、話は変わるが他の奴等はどうした?宮下とか朝香の奴…それに桜坂もか。今は別の用事か?」

 

 そう、それが同好会のメンバーについて。

 大体の人数こそ揃っているものの、今言ったように愛と果林、そしてしずくの姿が現状全く見えない。

 とは言え愛は実家の手伝い、果林は読者モデルの仕事、しずくは掛け持ちの演劇部と、3人とも普段から共通して他のメンバーより用事に溢れている…故にきっとそういった類いで揃って不在なのだろうと、聞いておきながら不破は既にそう答えを割り出していた。

 

「それが…。」

 

 しかしそれが実に楽観的であった事、気掛かりとして見ていた事が既にその域を超えていた事実を彼は知る事となる。

 

「今は…嵐珠ちゃんの所に…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの栞子、そんな浮かない顔して。」

 

 中庭での騒動の後…場所を移し、それでもまだ神妙な面持ちを浮かべている栞子に向けて、嵐珠が声を掛けた。

 彼女達が居るのは、スクールアイドル部の部室。

 嵐珠が設立したこの部活動は、嵐珠というただ1人のスクールアイドルの為に様々な福利厚生が行き届いており、中でもその様子が顕著に表れているのが、この部室だ。

 学園の理事長に頼んで使われていなかった教室を無理矢理繋ぎ合わせ、強引ながらも広々としたスペースを確保している。

 さらにそこから嵐珠好みに内装を仕立て上げた結果、とても教育機関の建造物内に存在するには似つかわしくない部屋が誕生してしまった。

 例えるならば…大衆が如何にも連想するような小洒落たバーといった所であろうか?

 実際世界中から取り寄せたという様々な飲料やそれを保存する冷蔵庫等が置いてあり、自由な校風が売りとはいえこれは流石にやり過ぎであると、栞子はこの部屋に来る度にそう思い、そして居たたまれない気持ちになる。

 故に何かと理由を付けて早々に部屋を後にしたいのが、嵐珠によって半ば強制的にスクールアイドル部に入らされた栞子としての常であるが、毎回彼女に呼び止められのもまた常であって。

 

「あの娘達の事が心配?」

 

 しかもたちの悪い事に、彼女が呼び掛ける話題はいつだって頭ごなしに出来ないものばかり。

 こうなっては、またいつものように彼女の気が済むまでは逃がしてくれない…その辺りの鬱屈とした気持ちも交えて、栞子は嵐珠に向かって少し刺の有る答えを返した。

 

「当たり前です。右月さんも左月さんも、ずっと私の事を支えてきてくださった2人ですから…その2人を、あんな風に置き去りにして…。」

 

 この学園をより良くしたい…その為に生徒会に立候補し、そして宛がわれたのが風紀委員という仕事。

 堅物の自分には調度良いと、栞子は最初その仕事をただ1人でこなそうとしていた。

 よく真っ直ぐであると形容される自身の性格…しかしそれは、実の所他人からして見ればそうとしか言い様が無い程に過ぎているものであるらしく、それ故か栞子は昔からあまり人付き合いというものが得意ではなかった。

 何にしても真面目が過ぎると…そう言われて常に一線二線と引かれてしまうような自分であるからこそ、誰にでも平等に風紀を律する者としての肩書きは相応しい。

 というのも、彼女は既に知っていたからだ…自由な校風を謳うこの学園で校則や規律等と、という声が少しなりとも有る事を。

 無論それは言葉の意味を履き違えているだけの迂愚な思考であると栞子は断じているが、それでもそういった考えを持つ者は確かに居り、そしてそういった者に指摘をすれば大なり小なり妬みを買う可能性が有る。

 だからこそ、誰とも馴れ合わない、馴れ合えない自分だけがこの仕事に相応しいと…この仕事は、自分1人で全うするべきなのだと、そう考えていた。

 故に右月と左月の2人が同じ様に風紀委員の仕事に就くと知った時は、正直戸惑った。

 果たして共に仕事をする中で、自分はその2人と良好な関係を築く事が出来るであろうか?

 何かあった時、自分は彼女達を守れる(引き離せる)であろうか?

 結果としては、そんな栞子の懸念は杞憂であった。

 2人は栞子に負けない程にこの学園を良くしたいという意思を持ち、しかしそれだけに囚われない普通の女子学生としての柔軟な思考も持っていた。

 真っ直ぐ過ぎる、頭の硬い自分では上手く回らなかったであろう事態も、2人の手によって解決出来た事がしばしばあった。

 恐れていたような事も、2人の感性ならば心配する事は無かった。

 そして何より、彼女達はこんな自分とも本当に上手く付き合ってくれた。

 別に特別親しいと言える程ではないが、少なくともこれまでの人生で関わってきた学友達よりは良好な関係を築き上げる事が出来ていたと栞子は思っている。

 そんな2人を、栞子は自らの意思で手に掛けたのだ…彼女達の意思を奪い、奴隷のような存在として利用し、挙げ句の果てには使い捨てて…彼女の心は、2人に対する裏切りの思いで重く沈んでいる。

 わざわざ言われずとも、せめて心配して当たり前であろう。

 

「違うわよ、そっちの2人じゃないわ。」

 

 しかしそう言って論すには、そもそも栞子は会話の的を外していた。

 嵐珠が言っていたあの娘達とは、右月と左月の事を指していた訳では無かったのだ。

 

「スクールアイドル同好会の娘達よ。」

 

 そう告げられた時、自分がどんな表情をしていたのか、栞子は分からなかった。

 単に何故彼女達なのかと疑問に思った顔を浮かべていたのだろうか?

 それとも自身が今一番気に掛けている、その筈である2人の事を脇に置かれた事に対して怒りを募らせていたのであろうか?

 

「…私はこの学園の生徒会長ですから、生徒の事を気に掛けるのは当然の事です。」

 

 何れにしても、最後にはそれを押し殺し平然とした面を繕う栞子。

 嵐珠が突拍子も無い事を言うのも、今に始まった事ではない…構っていた所でキリが無いのだ。

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

 だがそれだけでなく、嵐珠は時として妙に感が鋭いという事を栞子は失念していた。

 

「見て分かるわ、貴女があの娘達に肩を入れている事が…それも貴女自身が思っている以上にね。」

 

 確か前にあの娘達と関わる機会が有ったって聞いたわよ?と言いながら、彼女はゆっくりと近付いてくる。

 真っ直ぐに目と目を合わせて、一歩一歩と…その度に、まるで金縛りを掛けられているかように栞子はその場から身体を動かせなくなっていく。

 そうだ、昔からそうであった…彼女は何か物事の核心を突こうとする時、こうやって人に詰め寄るのだ。

 まるで獲物を狙う、飢えた蛇のように。

 

「でも絶対にあの娘達には手を貸さない…私の側に居てくれるのね。」

「それは…貴女とは幼い頃からの仲ですし…。」

 

 そうして睨まれた蛙のように縮こまるしかない自分を見て健気だとでも思ったのか、嵐珠は嬉しいわと言って微笑みと共に側を離れた。

 あの眼差しには、あの空気感には、いつまで経っても勝てる気がしない…それらから解放された栞子は堪らずほぅ…と深い溜め息を吐く。

 

「それに…貴女のお姉さんの事もあるのかしら?」

 

 が、嵐珠がおもむろに言ったその台詞によって、吐いた息が再び吸い戻される。

 それと共に、今度は明確に分かった…自分は今、彼女の事を強く睨んでいる。

 それが触れられたくない話であると分かっていながらなお話題に上げた彼女に向けて、怒りの眼差しを。

 

「心配しなくても、あの娘達が傷付く事なんて無いわ…私の言う事を聞いてくれるなら、だけど。」

 

 だが嵐珠はそれを意に介さない様子で笑っている…笑って、また抗えないような空気で場を満たす。

 そう、これが鐘 嵐珠だ…生まれながらにしての天才、絶対的な女王。

 そう呼ばれるに値する程のカリスマ性を持つ彼女からすれば、自身が向けた感情など全く気を引かれるものではない。

 栞子の方からも説得宜しくね、と…そう続けられた嵐珠の言葉に、栞子は頷きを返す他なかった。

 

「Hey,与太話してる暇が有るならこっち来てよ。いつまで経っても曲が作れない。」

 

 と、そんな2人の会話が終わるのを見計らっていたかのように掛けられる声。

 見ればそこには少々機嫌を損ねている様子のミアが立っていた。

 

「あら、ミアなら別に私の意見を聞かなくたって良い曲作れると思うんだけど?」

「そういう訳にも行かないだろ、歌うのはキミなんだからさ。」

 

 ミア・テイラー…彼女に関しては、栞子でさえも知らない事の方が多い。

 アメリカ、ニューヨーク出身。

 高校三年生としてこの学園に来ているが、彼女の本来の年齢は14歳…その博識な頭脳で以て飛び級制度を受けており、地元では既に大学生として学業を修めていたらしい。

 転校前は嵐珠と同じ学校に通っておりそこで彼女と知り合いになったらしく、叔父からの勧めでこの学園に留学すると決めた際に嵐珠が勝手に付いてきた事で、こうして今も続く仲になってしまったとの事。

 

「それにボクが作るのは良い曲じゃない…完璧な曲、だ。」

 

 そして作曲家として大成する事を目標としており、その為に嵐珠のスクールアイドル活動に手を貸しているという事。

 

「そうね、そうじゃないと困るわ…なんてったって私が歌うんだもの。」

「だったら早くしてくれないかな?あいつらの所為で余計な時間繰ってるんだから…。」

 

 その為か、彼女はあまり学園の授業等には出席しておらず、もっぱらこの部室の隣にある作曲ブースに引き籠っている。

 目標に向ける意識も高く、それ故か人と接する時は基本的には高圧的な態度であり、またそれとは別に常に何かに葛藤し苛立っているような印象を受ける。

 

假面骑士(仮面ライダー)、ね…。」

 

 栞子からしてみても少々関わり辛いと思ってしまうような彼女であるが、嵐珠はやはりその辺りの事は気にしていないようであり、それよりもミアが口にしたあいつらという言葉に対して思案する様子を見せる。

 

「そう言えばあの2人が居なくなっちゃったから、手頃な駒が居なくなっちゃったわね。これから先は彼等も色々と突っ掛かって来るだろうし…そうなると流石に面倒ね。」

 

 となれば…と、嵐珠はあらぬ方向を見やり、そしてそこに立つ幾つかの人影に向けておもむろに声を掛けた。

 そう、この部屋に居たのはなにも栞子に嵐珠、そしてミアの3人だけではなかった。

 気配を殺し、まるで無機物であるかのように立っているその人影の存在もまた、栞子があまりこの部屋に居たがらない理由の1つ。

 

「貴女達の出番ね。」

 

 その人影は、青に水、そして橙の色を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事…何で皆あの娘達の所に…!?」

 

 少女達から全ての事情を聞き終えたという不破が掛けてきた電話…それを受けた或人の口から愕然とした声が上がる。

 愛、果林、そしてしずくの3人が、今は嵐珠達の下に居る…それが一体何故の事なのか、不破がその経緯を説明し始める。

 

『部の活動が始まって、同好会(あいつら)の行動が制限されるようになって…それにまず宮下の奴が辛抱出来なくなったらしい。それで部の連中の所まで話をしに行ったらしいが…。』

 

 

 

 

 

―幾らあの娘が凄い娘だからって、ライブを全部一人占めしようとするのは間違ってるよ!愛さんちょっと話ししてくる!

 

 

 

 

 

 そう言って飛び出した後、彼女は同好会に顔を出さなくなった。

 話を聞こうにも、何があったか彼女はあれから常に酷く怯えた様子を見せるようになり、誰とも話をしなくなっていたのだ。

 あの誰とでも打ち解けるのが信条と言うべき彼女が、まるで人が変わったかのように…。

 そしてそんな彼女と今唯一繋がりを持っているのが、あの嵐珠達らしい。

 彼女がよくスクールアイドル部の部室に向かっている姿を、誰もがよく目にしているとの事だ。

 

 

 

 

 

―私、少し向こうの様子を見てきますね。ちょうど部室が演劇部の近くですし、愛さんの事も有りますから…。

 

 

 

 

 

 愛の身に異変が起きた数日後、次にしずくがそう言って、しかし彼女もまた同好会に顔を見せなくなった。

 そして彼女も愛と同様に様子がおかしくなっているらしく、現在学校の授業や演劇部活等には出席しておらず、しかし噂では嵐珠達と共に居る所を見かけたとの声が幾つかあったらしい。

 

 

 

 

 

―今日、理事長の所に行って話をしてくるわ。2人の様子がおかしくなったのは多分あの娘達の所為だろうし、もしそうなら学園側としても看過出来ない問題の筈だからね…大丈夫よ、お姉さんに任せなさい。

 

 

 

 

 

 そして最後に、果林がそう言った後に同好会に来なくなった。

 何があったか話を聞こうにもはぐらかされたり、或いは無視されたり…彼女もまた、自分達の知らぬ間に何かが変わってしまったようだ。

 確かな事は1つ…彼女もまた、向かう先はスクールアイドル部の部室だという事だ。

 

 

 

 

 

「そういう事だったんだ…。」

『あぁ、どうりで連絡が付かなかった訳だ。』

「そう言えば不破さんが今日虹ヶ咲(あそこ)に居たのって…。」

『少し前から宮下の奴と連絡が取れなくなってな…店に行っても会えねぇもんだから、近い内に様子を見に行くかと思ってよ…まぁ最後の後押しは社長だったんだけどな。』

 

 知らぬ間に動き出していた陰謀。

 それが再び少女達を軸にしているものである事に思わず懐疑心を持ってしまうが、

 それよりも不破が最後に言った言葉に対してまるで身に覚えが無く、或人は思わず、え?とそれまでの話の内容に似つかわしくない頓狂な声を上げてしまう。

 

『え?じゃねぇんだよ。何がどうしたらビルの上をバイクでかっ飛ばすなんて事になるんだよ…仕事のやり過ぎでとうとう頭イカれたかと思ったぞ?』

 

 そんな或人に向けて深い溜め息を吐く不破。

 それと共に語られた訳を聞いてみれば成程、やはりアレは下界の人達にバッチリ見られていたようであると判明する。

 まぁそのお陰で中庭の戦闘では彼に大いに助けられたし、もしかしたらゼアはそれを見越してあんな提案を…と考えるのは流石に邪推であるか?

 

『…で、そっちの2人の様子は?』

「まだ目を覚まさない…オミゴトやましろちゃん達の話だと、脳に凄い負荷が掛かってたって…。」

『まぁ、十中八九こいつの所為だろうな…分かった、ひとまず俺はこいつをZAIAの所に持っていく。嫌でも落とし前付けさせてやるよ。』

 

 少し逸れた話題を再び戻す。

 今も不破の手の中で弄られているのであろう、ザイアスペックにプログライズキー、そしてアバドライザー…そちらの報告は本人がそう言ったように彼に任せるとしよう。

 

「なら俺は理事長さんに会ってみるよ、きっと何か知ってる筈だから。」

『理事長?虹ヶ咲(あそこ)のか?何でまた…?』

 

 そしてそれら以外にも、もう1つ…そちらの方に関しては不破の方ではどうにも思い当たるものがなかったらしく、今度は不破の方が調子の崩れた声を上げる。

 

「あれ、不破さん知らないっけ?そう、あそこの理事長さん…名前見れば分かると思うよ。」

『名前…成程、そういう事か。』

 

 だが或人に促され調べてみれば、彼も何故学園の理事長が手掛かりとなるのか合点がいったようだ。

 そう、虹ヶ咲学園の理事長…彼女の性は、"鐘"。

 恐らく、嵐珠の親族だ。

 

 

 

 

 




・仮面ライダーランジュ バーニングファルコン
→鐘 嵐珠がスラッシュアバドライザーとバーニングファルコンキーを用いて変身した姿
 見た目は仮面ライダーゼロワンのハイブリッド形態であるフライングファルコンに類似しており、データ上で参考にしている可能性が高いと思われる
 仮面ライダーという呼称は便宜上のものではあるが、スラッシュアバドライザーからもたらされる高いエネルギー出力によってそう呼ばれるに恥じない性能となっており、バーニングファルコンキーからもたらされる飛行能力と炎を操る術、そして嵐珠自身の経験から来る中国舞踊のような動きで相手を翻弄する戦法を得意とする
 必殺技は"バーニングエナジー"または"バーニングエナジーフォール"

・スラッシュアバドライザー
→嵐珠が変身に用いるベルト
 度々その存在が露見されていた謎のベルト、アバドライザーの完成形…その内の1つである
 ザイアスラッシュライザーに酷似した機構と見た目をしているが、色彩はアバドライザーの系列らしく黄土色を中心としており、出力されるエネルギーもゼロワンドライバーやショットライザーといった従来のドライバーと比較して2倍近くは上回っている
 スラッシュライザー同様ベルト本体とライザー部分で分かれており、ライザー部分単体で発動する必殺技が"○○エナジー"、ベルト本体に接続した状態で放つのが"○○エナジーフォール"となっている

・バーニングファルコンプログライズキー
→嵐珠が変身に用いるプログライズキー
 元々迅が所有していた物が巡り巡って彼女の手に渡った模様
 意外にも使用時の適正率は非常に高く、嵐珠はキーからもたらされる力を十全に扱う事が出来る他、ある理由から彼女が変身している時限定でなにか"特殊な能力"が発動しているらしい…


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Program.43「これから成す 革命を」

おらおらぁ!スクスタの2nd seasonってつまりこういう事でしたよねおらぁ!



「君が回収したザイアスペックとプログライズキー、その登録番号がリスト上の物と一致した…間違いなく、我が社の在庫から失くなっていた物だ。」

「回り回って手元に戻ってきたって訳か…お前の所らしい返品の仕方だな?」

自作自演(マッチポンプ)を疑っているのならば、遠慮して欲しいものだな。少なくとも、私は一切の関与をしていない。」

 

 それも口先だけだろうが、と口を尖らせる不破に、その言葉を受けて肩を竦める天津。

 ZAIA日本支部サウザー課にて、相も変わらず一方的に当たりが強い会話を拡げる2人…彼等の間に挟まれている机の上には、先日虹ヶ咲学園で回収されたザイアスペックとインベイディングホースシュークラブキーがそれぞれ2台ずつ置かれている。

 ザイアスペックもプログライズキーも、どちらも容易に入手する事も製造する事も出来ない代物。

 それをただの学生が所持していたという異常事態に於いて思い起こされたのは、天津やZAIAが抱えていたある事情について。

 虹ヶ咲学園の少女達をも巻き込んだ、アークによる騒動…そのさらに前から彼等の支部間で発生していた、一部在庫の不正移動。

 その内訳が幾つかのザイアスペックと数種類のプログライズキーであり、今なおその問題が未解決であるとの事でもしやと思ったが、やはり当たりであった…右月と左月の2人が使用していたのは、ZAIAの支部間を流れていたまさにそれであったのだ。

 となれば次に浮かんでくる疑惑は、その右月と左月を操っていたと見られる栞子や、彼女と関わりが深いと見られる嵐珠にミア…彼女達が他にそれらの代物を所持しているかどうか。

 

「その失くなってるとかいうの…あと何が無いんだ?」

「ザイアスペックが7台、プログライズキーがクラッシングバッファロー、スプラッシングホエール、ストーミングペンギン、ダイナマイティングライオン、そしてスカウティングパンダ…それぞれが1台ずつだ。」

「どれもレイダーとして使われた物ばかりか…。」

「恐らくその事実が保証となっているからだろう…あのアバドライザーという代物を使う上でな。」

 

 まず日本支部の倉庫から失くなったのは、ザイアスペックが10台にプログライズキーが7台。

 その内右月と左月が使用していた物、そして過去に中須 かすみの姿を模した存在が使用していた物を既に回収している為、所在が分からなくなっているのはザイアスペックが7台、プログライズキーが5台となる。

 そこから栞子に嵐珠、ミアの3人がそれらの代物を所持していると仮定するならば、互いに3台ずつ所在が判明している事になる。

 それでも4台と2台余りが出るし、嵐珠に至ってはあの時バーニングファルコンキーを使用していた。

 仮に彼女が予備として他のキーを所持していないとするならば、4台と3台余りが出る計算となる。

 その余りが果たして彼女達の手元に在るのか、或いは全く別の所に在るのか…。

 またそれと併せて気になるのが、共に回収されたアバドライザーと呼ばれるあのベルトについてだ。

 

「あのドライバーについて、何か分かった事は有るのか?」

「まだ簡単にしか調べられてないが、それでもレイドライザーとは比べ物にならない性能を誇っている物だという事は確かだ。」

 

 右月や左月…過去に於いては迅の姿を模した存在が使用していた、アバドライザー。

 その内右月と左月が使用していた物を回収し調べた結果、あれはレイドライザーをベースとしながらも、その性能は元のそれとは一線を画した物になっているとの事らしい。

 各機能の大幅な改良による高出力化に加えて、その出力に耐え得る為に全てのフレームに希少なレアメタルを採用している等、その有り様はある程度の量産を視野に入れていたレイドライザーとは全くの別物…ゼロワンドライバーやショットライザー等の一品物に近い設計となっているとの事だ。

 

「そんな代物が、鐘 嵐珠という少女が使っていた新型も合わせて既に4台も確認されている。普通に考えれば相当資金力の有る組織が製造した物だと見えるが…かつてのアークやアズがその製造に関与していた可能性も十分に有るだろう。」

 

 ザイアスペックとプログライズキーの消失、それとアークやアズ達の暗躍にはこれまで特に繋がりといったものは無かった。

 だがザイアスペックとプログライズキーを邪な方法で持ち出してまで利用するとなると、彼等彼女等以外にそれらの装備を悪用しようと企む者などあまり考えられない。

 詰まる所、天津は現状栞子や嵐珠、ミアといった少女達がアークやアズと繋がりが有ると見ているのだ。

 

「ようやく尻尾が掴めたかもしれないという事だ…彼女達がザイアスペックとプログライズキーを持っていたというのなら、残りもそこに有ると見て良い筈…察するに、その鐘 嵐珠という少女の手元だろうな。」

 

 実際にその繋がりを仄めかせるような代物を所持していた右月と左月。

 しかしそんな2人も改造されたザイアスペックによって洗脳されていた状態であり、また彼女達を操っていたと見られる栞子も、見た限りではあまり主犯といった印象は受けなかった。

 恐らくその位置に着いているのは、後からやってきたあの少女…鐘 嵐珠であろう。

 彼女については、或人が探りを入れている所だ…ひとまずは、彼からの報告を待つ事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼致します…ご無沙汰しております、理事長。」

「お久し振りですね、飛電 或人社長…さて、今日はどういった御要件で?」

 

 不破と天津が行動を共にしていた、ちょうど同じ頃…或人は虹ヶ咲学園へ赴き、同校の理事長と対面をしていた。

 顔を会わせるのはアークによる騒動以来…しかし相手と接するに当たって、纏う空気は互いに変わっていない。

 平静という名の大盾を構え、少しでも隙を見つけようものなら喉元目掛けて鋭槍を突き立てようとする、一触即発の空気だ。

 本当ならこのような対峙の仕方など全く望むものでは無いのだが、いつだってこの両者を取り巻く事情はそれを許してくれない。

 悲観する心を奮い立たせ、或人は話を切り出した。

 

「この学園に留学してきた、ある生徒の事です。鐘 嵐珠…貴女と彼女は、もしや…。」

「えぇ、嵐珠は私の実娘です…それが何か?」

 

 まずは軽く確認から。

 理事長と嵐珠…互いに性を鐘を名乗る両者に血縁が有るか否か…結果は実母と実娘という関係であると判明した。

 ならば次に確認すべきは、その娘の動向を母親たる彼女はどこまで知り得ているかについてだ。

 

「彼女がこの学園で部活動を立ち上げて、スクールアイドルとして活躍している事は御存じですよね?しかしその為に、元々存在していたスクールアイドル同好会の活動が妨げられているとお聞きしました。生徒会へ活動の申請をしても、許可が下りないと…。」

「厳正な審査の下に行われた、公平な結果です…むしろ、その上でなお強行的な手段を取ろうとする彼女達に問題が有るのではなくて?」

 

 1つ1つ、知りたいマス目を埋めていく或人。

 すると娘の事を槍玉に挙げられたからか、鋭い切り返しをしてきた理事長。

 娘の事を話題から切り離し、問題点は同好会の少女達の不備によるものではと話をすげ替えようとしてくる。

 

「確かに、それに関しましては彼女達にも非は有るかと思います…ですがその抑圧に直接的な武力を行使するのは流石に見過ごす事が出来ません。」

「直接的な武力…?」

 

 だが逃がさない。

 少女達の非を肯定する姿勢を見せながらそれでもと喰って掛かる事によって、嫌でも話に聞き入ってもらう。

 それ程までには彼女にも関わりが有る事態だと思っているから。

 

「ザイアスペックとプログライズキー…ZAIAエンタープライズで保管されていた幾つかの品物が、半年以上前から所在不明となっていました。そして先日、この学園の生徒がそれらと思われる品物を使ってスクールアイドル同好会の活動を妨害しているのを目撃しました。主に使用していたのは生徒会の生徒でしたが、その中には貴女の娘さんの姿も…。」

 

 何も彼女達の事を疑っているからという理由だけで詰め寄っている訳では無い…ただ人として、当たり前の心配をしているだけだ。

 ザイアスペックもプログライズキーも、決して武力としてこの世界に存在して良い物では無い…その存在意義は、世界をより良くする為のテクノロジーでなくてはならない。

 ましてやその誤った使い方に未来有る子供達が手を染めたままなんて事態は、絶対に止めなければならない。

 力だけで止めようとしても駄目だ…こういう時に必要なのは強い想いが込められた言葉であると、或人は先の大戦で少女達からそう教えられた。

 だから伝えているのだ…貴女の娘を止められるのはただ1人、肉親たる貴女しか居ないのだと。

 そんな或人の想いは、恐らく理事長に届いているのだろう…彼女は或人の言葉に目くじらを立てる事無く、真摯な眼差しで以て聞き入っていた。

 

「…分かりました、嵐珠には私の方から話をしてみましょう。」

「御存じなかったのですか?」

「お恥ずかしい話ですが、その手の事に尽きましては何も…どうにもあの娘、少し反抗期のようで…。」

 

 反抗期、という言葉で片付けるには既に度が過ぎている問題だが、ひとまずはそれで良しとしておこう。

 無論これだけで事態が好転するなんて事は流石に望んでいないが、今は少しでもそうなる切っ掛けを作る事が大事であろう…その為にも打てる手は打っておく。

 ただ人を助けたいというこの想いが届いている事を…彼女達の良心を信じて、或人は理事長との対談を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…で、どうだったんだそっちの方は?』

「どうなんだろう…基本なにも知らないって感じだったから、ちょっと分かんなかった…果林ちゃんの事も、そもそも会ってないって言ってたし…。」

『シラを切られただけだろ…学園の理事長だぞ?自分の娘の事も、朝香の事も、なにも知らないだなんて事は無い筈だ。』

 

 理事長との対話を終えた或人。

 その結果を電話で不破に伝えれば、話の切り込みが甘いと指摘されてしまう。

 そりゃ元A.I.M.S.隊長にして現流浪の助け人である彼ならば相手との関係なぞ顧みず真実を問い質すといった方法も得意かもしれないだろうが、そっちと違ってこちらはどれだけ穏便かつ円滑に話を進められるかを是として普段を過ごしている立場の人間なのだ…いくら事情が事情とはいえ、そんな荒々しいやり方など出来るかというのは流石に言い訳が過ぎるであろうか?

 

『まぁ良い…それで、俺達が学園に居る事の許可は取れたのか?』

「それはOKだよ、前と同じ感じで良いって。」

『よし、それさえ言質取れりゃこっちのもんだ…すぐに化けの皮剥がしてやる。』

 

 そんな2人の性格の違いが、電話の中で顕著に現れる。

 流石に口だけであろうが、手荒な真似はやめて欲しいのだがと思いながら或人は話をそこそこに切り上げ電話を切る。

 

「おっと、侑ちゃん…もしもし?」

『あ、もしもし或人さん。今電話大丈夫ですか?』

「うん、大丈夫だよ。どうかした?」

 

 と、電話を切って即座に着信。

 相手は誰かと画面を見てみれば、そこにはちょうどこれから顔を合わせようかと思っていた人物の名が。

 そのまま話を聞いてみれば、どうやら彼女達はこの後ライブを行う予定であるとの事。

 場所は学園の正門前…これから下校しようとする生徒達を対象にしたものらしい。

 

『今日或人さんが虹ヶ咲(こっち)に来てるって聞いて、出来れば側に居て欲しいなって思ったんですけど…もしかしてもう帰っちゃいましたか?』

「ううん、まだ居るよ。折角だしこれから部室に行こうかなって思ってたんだけど、そういう事ならすぐそっちに行くよ。ちなみにそのライブって学校側から許可は…。」

『取れてません!』

 

 その開き直ったような感じさえ伺えるあっけらかんとした様子に、或人はだよねー…と若干遠くを見つめる。

 生徒会や嵐珠と話をするという約束を取り付けたのはつい先程の事だ…当然彼女達にはまだその影響は反映されないだろうし、何ならその約束がしかと為される事を期待して、ここは少女達がライブを行うのを制した方が良いのかもしれない。

 しかし彼女達の気持ちも良く分かる。

 昨日の今日でライブなど切羽詰まっていると思われるかもしれないが、そう思われても構わない程には今の状況は彼女達にとってチャンスなのだ。

 

「皆!」

「或人さん!待ってました!」

「あの2人からの妨害が無くなった今がチャンスです!これから下校しようとする皆さんの視線を釘付けにしてやりますよ~!」

 

 正門前に辿り着いて早々、かすみの怪しい笑い声が辺りに響く。

 右月と左月の手が掛からずとも、向こうにはまだ嵐珠という手が残っている筈なのだが、そこで臆しては何も成せない。

 またそういう時の為に自身が居るのだ…このライブ自体はあまり誉められたものでは無いだろうが、それでも少女達の為に成功まで導いてみせると或人も意気込んだ…その瞬間、何処からか轟くような歓声が聞こえてきた。

 

「なに…?」

 

 当然ながら少女達はまだライブなど行っていない。

 しかしその歓声に交じって聞こえてくるのは、専用の設備を使わなければ到底出せないような音響のメロディと歌声。

 誰かが…ここに居る少女達以外の誰かがライブをしていると直感で悟った。

 

「あれって…!」

 

 そうして音が聞こえる方へ向かってみれば、その正体が判明する。

 学園の生徒用玄関口…その真前で、嵐珠がライブを行っていたのだ。

 少女達と同じ様に、これから下校しようとする生徒達を対象に取って。

 

 

 

 

 

ーThe Golden time!

始まる予感 未知なる世界が

(Hurry up! Hurry up!)

常識なんて拜拜

 

I make! 切り開くの

手に入れてみせるわ

(Hurry up! Hurry up!)

指図はNo! 我不会允許!

 

 

 

 

 

「あれが、嵐珠ちゃんのライブ…。」

 

 力強く、美しく、しかしどこか年相応のあどけなさも有る歌声。

 キレも柔らかさも兼ね備え、片時も目が離せなくなるようなダンスの数々。

 高い次元で纏まっているそれらが複雑に絡み合い、見る者聞く者の心を掴んで離さない。

 それは有無も言わさぬようなもので有りながら、誰しもがそうなる事を望んでしまう…そんな可憐で危険な香り。

 それを振り撒いている彼女の姿を例えるとするならば、まさに女王(クイーン)と呼ぶが相応しいであろう。

 

 

 

 

 

ー目が離せないでしょ?

Come on! Come on!

 

The Golden time!

始まる予感 未知なる世界が

(Hurry up! Hurry up!)

無問題!

Welcome to the Queendom…!

 

 

 

 

 

 やがて最後の一節が歌い上げられ、ライブは幕を下ろす。

 たった一曲…それだけであるというのに、彼女のライブは大盛況で終わった。

 そのまま彼女の虜となった者達に向けて対応(ファンサービス)を行う嵐珠。

 或人や少女達は、ただその様子を見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはありがとうね、嵐珠のライブを見に来てくれたんでしょう?」

 

 やがて生徒の姿がまばらになった頃、嵐珠が或人達に向けて声を掛けてきた。

 場所を変えましょう、と…そう言われて彼女の後に付いていき、一行は近くの海浜公園へ。

 そして海湾を横景にして相対すれば、彼女からは斯様な物言い。

 間違ってこそいないが、決して純粋な思いで見ていた訳ではない…それを分かっていながら、まるでそうであったと望んでいるかのような言い方に少女達の誰もが癪に触ると不快な感情を抱くが、それ以上に心を支配しているのは純粋な疑問…何故、という思いだ。

 そんなこちらの胸の内を、嵐珠は的確に見抜いて首を傾げる。

 

「何で…って、アタシはただ普通にライブをしただけよ?ちゃんと許可も取ってるし。」

「ふざけないでください!かすみん達が向こうでライブしようとしてたの分かってたんでしょう!?それが何でなのかって聞いてるんです!」

 

 少女達の密動と重なるようにライブが行われたのは、決して偶然では無いだろう。

 正門前よりもより生徒達の目に付くこの場所をライブ会場に選んだのも、少女達への当て付けにしか見えない。

 であるならば、何故彼女は少女達がこれからライブをしようとしていたという事実を知っていたのか…どんな卑劣な手段を使ったのかとかすみが詰め寄るが、嵐珠はそんなかすみの剣幕を全く意に介さず、またわざとらしい様子で肩を竦めた。

 

不知道(知らないわよ)、あそこを用意してくれたのは栞子なんだから…まぁ、貴女達って考えてる事が分かりやすいしね。」

 

 要は馬鹿だと言いたいのだろう…嵐珠からの挑発に少女達が一様にして顔をしかめる中、唯一違った面持ちを浮かべていた或人が彼女の前へと一歩出る。

 

「嵐珠ちゃん、さっきのライブ見させてもらったよ。本当に凄かったと思う…歌もダンスも、とっても上手だった。」

 

 それは本心からの評価であった。

 素人目ではあるものの、彼女のライブは何を取って見ても他とは一線を画していたものであったと思う。

 会場を一瞬で自分色の世界に染め上げ、魅了し、そして一時も色褪せる事無く貫き通す…同好会の少女達もかくやと言わんばかりの圧倒的なパフォーマンスに、或人は純粋に心から感動したのだ。

 

「でも、だからこそ君にはそのままの姿で居て貰いたいんだ。君が持ってるドライバーもキーも、スクールアイドルの活動には絶対に必要無い物だから…。」

 

 だからこそ、同時に心から願っている事も口にする。

 彼女ならばきっと、今以上に人々の心を掴める素晴らしい世界を作り上げられる事であろう。

 誰に疎まれる事無く、誰とでも手を取り合って…。

 だからその傍らに人を傷付けかねない力の象徴など要らない…折角の自分色の世界を、血で染め上げさせてしまうような事にはさせたくない。

 やはり彼女達にそのような力は不要であると、或人は嵐珠に向けて手を差し伸ばしながらそう訴え掛ける。

 

「これが必要無い物だなんて、どうして貴方が決め付ける事が出来るの?」

 

 しかしその言葉が彼女の心に届く様子は無い。

 彼女は衣装の袖口からスラッシュアバドライザーを取り出し、悪戯心のままに手元でそれを弄り始める。

 

「これはアタシの物なの…だからこれをどう使うかは、アタシが決める。」

 

 やがて弄んでいたそれを腹部に当てがい、ベルトとして装着する嵐珠。

 そのまま反対側の袖から赤い隼の描かれたキーを取り出し…。

 

「どうしてもって言うなら…力尽くでね?」

 

Inferno(インフェルノ) Wing(ウイング)!

 

 起動、それと同時にキーをベルトへと装填する。

 一瞥も繰れずに行われたその動作は非常に流美なものであり、何事に対する彼女の適応力の高さを垣間見る事が出来る。

 その素質が今間違った方向に使われようとしている事実に、或人は心の中で口惜しく歯噛む事しか出来なかった。

 

化装(変身)。」

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! バーニングファルコン!!

 

 そうして現れた、一つの異形。

 ステージで着ていた衣装と同じ赤色をベースとしていながら、その在り方には先程のような優美さは欠片も無い。

 しなやかな女体に合わせられていながら、やはりその機械的な装飾の類は人を魅了するものではなく、人に威圧を与えるものだ。

 

「止めるんだ!!それは君が使って良い物じゃない!!」

 

 すぐに変身を解除するよう説得するも、嵐珠は不適な笑声を上げるだけ。

 やはり彼女はやる気だ…戦う事を躊躇わなかった先日の様子からして、あと少しもしない内に襲い掛かってきても何らおかしくない。

 いよいよ直接的な手を打たなくてはならない事態となってしまったが、それでも或人は一瞬躊躇ってしまった。

 力で制するやり方が実を結ばないと分かっているのだ…ここで手を出しても、決して彼女の心に訴え掛ける事は出来ないであろう。

 だがしかし、同好会の少女達やまばらになったとは言え遅れて下校を迎えたりしている学生達も居る中だ…彼女達の訝しむ様子の視線が、すぐにでも恐れに溢れたものに変わりかねない。

 

「…仕方無い、か。」

 

 分かったよ…と、或人はベルトを構える。

 多くの命が危険に曝されるのを防ぐ為に、いたいけな少女相手に力を振るえというのであれば…。

 

【 ゼロワンドライバー! 】

 

「悪いけど…少しだけ痛い目見てもらうよ!」

 

 やるしかない…或人は苦しい決断の末ベルトを装着し、リアライジングホッパーキーを起動した。

 

Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

「変身!!」

 

Progrize(プログライズ)! リアライジングホッパー!!

 

 或人の姿が戦士たるもの(仮面ライダー)へと変わる。

 悪を倒し平和をもたらす為のその姿を、ただ1人の少女を挫かせる為だけに世界に晒す。

 

「今度は本気の貴方を見れるのね!それじゃあ嵐珠と遊びましょう!」

 

 或人が覚悟を決めたこの瞬間を待ちわびていたかのように動き出した嵐珠。

 軽やかなステップで近付いてくる彼女へ向けて身を構えれば、いよいよ戦闘が始まってしまう。

 

「皆さん!急いでここから離れてください!」

「ここは危険です!早く避難を!」

 

 同好会の少女達の手引きによって公園に居た市民が離れていき、整った舞台…その戦いの流れは前回の時とほぼ変わらず、嵐珠が一方的に攻め立て、或人は防戦に徹している。

 だが今回は気概が違っている為か、前回のように或人がダメージを受けている様子は無い…嵐珠が繰り出す攻撃を、彼は全て見切って躱している。

 しかし反撃に転ずれるかと言われればそうとも言えない…前の戦いで身を以て知っていたが、やはり彼女は天賦の才を持っている。

 多少はザイアスペックによって補佐されているのであろうが、恐らく彼女はそれを抜きにしてもこうして渡り合う事が出来てしまうのだろう。

 

「ヤッ!」

「ッ…!」

 

 何より、やはり迷いが無い。

 力を振るい、人を傷付ける事に何の躊躇もない…それ程までに彼女はこうした争いにのめり込んでしまっているのか?

 それ程までに、彼女の心は争いを求めてやまないとでも言うのであろうか?

 

Shining(シャイニング) Jump(ジャンプ)! Authorize(オーソライズ)! 】

 

 いいや、そんな事は無い筈だ。

 そのような心持ちの者が、あれ程の魅力を放つライブを出来る筈が無い…彼女の有り様は、確かに自身が知る少女達と同じ平和の象徴(スクールアイドル)たるそれであった。

 そう信じながら、或人はシャイニングホッパーキーを起動する。

 

Progrize(プログライズ)! シャイニングホッパー!!

 

 隙を見てキーを取り替え、その姿を鋭角的な部分が目立つものへと変える或人。

 しかし数値上ではシャイニングホッパーよりリアライジングホッパーの方が遥かにスペックが高い。

 彼女を傷付ける訳にはいかないという思考の表れであろうか?

 そう手を抜ける訳でも無いというのに敢えて格下の力を身に纏ったのには一体どんな理由が有るというのであろうか?

 

「あら?」

 

 その答えがこれだ。

 鋭い蹴りを繰り出した嵐珠であるが、それが或人の身体を捉える事は無かった。

 代わりに捉えていたのは…彼の姿を模したホログラム。

 そしてそのホログラムが、彼女の周囲に幾多にも展開されている。

 そう…確かに単純なスペックはリアライジングホッパーの方が上であるが、シャイニングホッパーにはこの高度な予測能力(シャイニングアリスマテック)が有る。

 如何に嵐珠が隠れた腕の持ち主だとしても、如何に彼女が身に付けているであろうザイアスペックに手が加えられていようとも、ゼアの予測を超える事は難しい筈。

 

Press(プレス)!

 

 実際に嵐珠は周囲に展開されているホログラムを前にして、困惑した様子を浮かべている。

 ここが好機…形勢を変えるなら今しかないと、或人はオーソライズバスターを生成。

 同時にブレイキングマンモスのキーを起動し、それをオーソライズバスターの認証装置へ翳した。

 

【 バスターオーソライズ! 】

 

 これから或人が放とうとしている技は、直接キーを武器に装填して放つバスターボンバーやバスターダストと比べると威力が低く設定されている。

 その分認証装置に翳すだけでキーの力を付与出来る為、速効性を求めたり牽制といった目的で威力を抑えたいといった場合に光る技…嵐珠を抑え込むという今の状況には、まさにぴったりなのだ。

 

【 プログライズボンバー!! 】

 

「きゃぁあ!?」

 

 とは言え今回選んだキーはブレイキングマンモス…超重量が付与されたその一閃は限りなく強力であり、咄嗟に防御した嵐珠をその有り余る威力で以て薙ぎ払う。

 両者の間に距離が開き、攻勢が止んだ…この隙は逃さない。

 或人は嵐珠目掛けて空高く跳びながら、ベルトに刺さるキーをまた新たな物へと変えた。

 

メタルライズ!! メタルクラスタホッパー!!

 

 蛍光色の装甲を一変させ、白銀の鎧を身に纏う或人。

 自身が持つ力の中でも随一の破壊力を秘めているこの姿で、一気にケリを付ける。

 

【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】

 

「させると思って…!」

 

 ベルトへ装填したばかりのメタルクラスタキーを、新たに生成したアタッシュカリバーの装填口へ。

 或人の行動に危機感を覚えた嵐珠が迎え撃とうとするも…。

 

【 ファイナルライズ! ファイナルストラッシュ!! 】

 

「くっ…!!」

 

 もう片方、空いていた手に顕現させたプログライズホッパーブレードをベルトへ翳し、或人は必殺技を発動する。

 振るった刃から発せられた無数の刺針が嵐珠を襲うも、それらは少し体勢を整えれば防げる程度の威力でしかなく、動きを止めこそすれ決定打にはならない。

 しかしこれはあくまで牽制である…本命は、こっちだ。

 

メタルライジング! カバンストラッシュ!! 】

 

「ッッッ!!??」

 

 煌銀の刃が、嵐珠の纏う緋色の鎧を縦に斬る。

 防御の暇無くそれを身に受ける事になり、彼女はそのダメージからか声にもならぬ声を上げた後にたたらを踏むが…。

 

「くっ…うぅ!!」

 

バーニング! エナジー!! 】

 

 彼女は仮面の下で或人の事をキッと睨み付けるや、ベルトのギミックを操作して大技を発動したのだ。

 その姿勢は正しく戦士達も顔負けのものであり、執念にまみれた回し蹴りが或人を襲う。

 しかし彼は既にそれを予測していた。

 嵐珠が放った起死回生の一撃を後方へ飛び退く事で躱し、さらにあらかじめ仕込んでいた布石を回収する。

 

【 バスターオーソライズ! 】

 

 それは先の攻撃の後、気取られぬように置いておいた武器、オーソライズバスター。

 或人は地に突き刺さっているそれを引き抜き、その形状を斧から銃の形へと変え、再びブレイキングマンモスのキーを翳し…。

 

「はぁぁぁあ!!」

 

【 プログライズダスト!! 】

 

「キャァァァア!!??」

 

 発射。

 絶滅した巨象の牙を模したエネルギーの弾丸が迸る。

 そして質量に物を言わせたその一撃は、嵐珠の身体をこれまで以上に大きく吹き飛ばした。

 

「哎呀《アイヤ》~…聞いてはいたけどやっぱり強いわね、貴方…これは勝てそうに無いわ。」

 

 悲鳴と共に地を転げ、その果てで力無く天を仰ぐ嵐珠。

 彼女の身姿は、未だ深紅の鎧に包まれている…幾ら威力の低い技を優先して選んできたとはいえ、それでも鎧の受け値を上回れなかった事に或人は少々の訝しみを覚えるも、それ以上にその鎧が煤と埃まみれになってしまっている姿を見て、心が痛む感覚が上回った。

 

「それにしても困ったわね、流石にこのままじゃまずいし…ミアったら早い所来てくれないかしら?」

 

 しかし彼女をこんな姿にしてしまったのは、他ならぬ自分だ…直接ではなくとも彼女に要らぬ力を与えてしまい、そして直接彼女を伸したのは。

 故にこれ以上の誤行は起こさせない…或人は苦言を呈しながらなお反抗の意思を示そうとする気概の有る嵐珠からドライバーとキーを回収するべく一歩を踏み出そうとした。

 

「Hey,嵐珠。」

 

 しかしタイミング良く掛けられた声。

 嵐珠はぱっと明るい表情で、或人は仮面の下で若干の戸惑いを浮かべながらその声の主へと目を向ける。

 

「遅いわよミア!結構危ない所だったんだからね!」

「知らないよ、急に呼び出しておいて…それよりもほら、連れてきたよ。」

 

 ミア・テイラー…彼女も彼女で、どうしてここへ来てしまったのか、何故このような争い事の渦中に座しているのか、やはり分からない。

 そんな彼女は膨れ面を浮かべる嵐珠を無視して自身の背後へ目を配せると、その場から横にずれるように退く。

 すると見える、3つの人影。

 その何れもが、或人達にとって大いに見覚えの有る姿。

 

 

 

 

 

「愛さん…!」

 

 普段の彼女からは想像も出来ないような、辛く悲しげな表情を浮かべている、宮下 愛。

 

「果林ちゃん…。」

 

 その愛とは打って変わり、ただならぬ決意を固めているような様子の、朝香 果林。

 

「しず子…?」

 

 そして、何の感情も窺えぬ虚ろな目を浮かべている、桜坂 しずく。

 

 

 

 

 

「皆…。」

 

 突如として現れた3人

 しかし彼女達の身姿をよく見てみるや、そこにまるで似つかわしくない物が付けられている事に気付き、或人は堪らず己の目を疑った。

 

「まさか…!?」

 

 3人の耳元には、ザイアスペックが。

 そして腹部には、アバドライザーが。

 そんな筈は無い、彼女達がそんな…そう思い願う或人や少女達をさらに裏切るように、3人は揃ってそれを取り出した。

 

Blow(ブロウ)!

 

Wave(ウェーブ)!

 

Hurricane(ハリケーン)!

 

 愛は銀朱色(バーミリオン)、果林は紫青色(マリンブルー)、そしてしずくが晴青色(スカイブルー)

 何の因果か、それとも当て付けか…各々が自らの持ち色と近しい色合いのキーを手にし、ベルトへ装填する。

 

Abad(アバド)rize(ライズ)! 】

 

 そしてスイッチを押し、それぞれの身が変化していく。

 誰もが思う、まさかと…そう、そのまさかなのだ。

 

 

 

 

 

クラッシングバッファロー!!

 

スプラッシングホエール!!

 

ストーミングペンギン!!

 

 

 

 

 

 或人も、少女達も、目の前で起きた事がとても信じられなかった。

 あの3人が、大切な仲間達が、触れてはならない力を手にしてしまった事が。

 

「皆…どうして…!?」

 

 何故、と…そんな言葉しか頭に過らない。

 何の為にその力を手にしたのか、何の為にその力を纏い、目の前に立つのか…。

 その答えを示すように3人は一斉に或人の下へ向かっていくと…彼に対して敵意ある手を加え始めたのだ。

 

「待って皆!!止めるんだ!!こんな…!!」

 

 次々と襲い掛かってくる拳、蹴り…あまり連携と言える連携は取れておらず、避けるも防ぐも造作は無いが、それ以上に或人の心象へのダメージが大きく、彼は嵐珠の時以上に手を出せないでいる。

 

「愛ちゃん!!」

「…ごめん、或人さん。」

 

 愛が突き出してきた拳を掴み、彼女へ訴え掛ける或人。

 愛が振るう攻め手は3人の中でも一番震えており、彼女はそれを否定しない悲嘆に溢れた声を上げていた。

 

「果林ちゃん!!」

「悪いけど…今は敵同士、でしょう?」

 

 次いで薙がれる、果林の脚撃。

 彼女の振るう力には愛のような震えは見られず、その言声と合わせて確たる意思を以て挑んできている事が分かる。

 

「しずくちゃん!!」

「……。」

 

 そして果林以上に容赦の無い襲撃が、しずくの手によって行われる。

 彼女の場合はもはや言葉による受け答えも無く、まるで命じられたプログラムを遂行するだけのロボットのような無機質ささえ感じる。

 この感覚はつい最近右月と左月の2人と対峙した時にも感じた。

 となれば今のしずくは恐らく…。

 

「くっ…あぁ!?」

 

 と、思考に耽って油断を晒してしまい、そこを3人に突かれてしまった。

 3人が繰り出した一撃が連続して胸部に刺さり、或人は苦しい声を上げながら吹き飛ばされる。

 そうして出来た隙を、3人は一気に詰めようと計画していた。

 

クラッシング! スパイラル!! 】

 

スプラッシング! スパイラル!! 】

 

ストーミング! スパイラル!! 】

 

 3人の身体に迸る、高出力のエネルギー。

 それに気付いた或人が咄嗟に身構えるも、既に遅かった。

 

「ぐっ!?うぅぅぅ…!!」

 

 3人がそれぞれに振るった、拳、蹴り、手刀…そこから放たれた衝撃波が、一斉に或人へ襲い掛かる。

 オーソライズバスターを盾代わりとし、それでも足りぬとしてクラスターセルで補強しようとする或人。

 しかし3人が付けているザイアスペックは既にその行動を予測しており、故にそれを上回る結論を彼女達へと掲示する。

 そして彼女達は飛電 或人を倒すというその結論に…是と応えたのだ。

 

「「……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ス プ ラ ッ シ ン グ

              

             

 ス パ イ ラ ル 

         

       

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁあ!!??」

 

 クラスターセルが展開される前に、更なるエネルギーが込められる。

 その過剰なまでの力の上乗せに耐えられず、或人は奔流に呑まれて大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「あぅ!?くっ…!!」

「或人さん!!」

 

 全身から火花を散らしながら地を転げ、遂には限界を迎えたのか変身が解除されてしまう。

 そうして露になった或人の身体には幾つもの傷痕が…その痛々しい姿を見かねて同好会の少女達が駆け寄る中、嵐珠の声が響く。

 

「分かった?これが私達よ。」

 

 彼女の手には、ゼロワンドライバーが握られていた…先程の攻撃の時に弾き飛ばされてしまったのだろう。

 それを戦利品のように見せびらかしながら、愛に果林、そしてしずくの3人を背後に従えている様は…そう、やはり女王。

 

「忠告しておくわ、これ以上私達の思い通りにならないようなら…きっともっと酷い目に会うわよ?」

 

 そんな女王の行進を、止める術は今や無い。

 事の成り行きを見届けたミアの蔑むような視線を最後に離れていく彼女達の背を、或人も少女達もただ見送る事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 




jΣミイ˶▼皿▼˶リ「あぁ~ん?私達の事何だと思ってるんですかあぁ~~~ん???」


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