ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~ (アルヌ・サクヌッセンム)
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プロローグ

どうもアルヌ・サクヌッセンヌと申します。スパロボ30参戦の情報と原作の方の熱気に当てられ、前から燻ぶらせていた創作意欲をここにぶちまけてみようと思い立ちました。
申し訳ないですが、更新は不定期になると思います。それでもよければお付き合いください。


「ふふふふ」

 

 薄暗い部屋の中で、低い笑い声が木霊する。

 その声の主は、防毒面(ガスマスク)を被った怪しげな風体をしていた。

 彼がそんな物を被っている理由は簡単だ。現在この部屋の中には、有害な粉塵や気化した有機溶媒が漂っているからだ。

 

「遂に……遂にできたぞ!」

 

 喜悦の色を滲ませた男がまるで愛しい赤子のように抱き上げた物。それは黄色や白や灰色のストライプを帯びた物体。

 人によっては汚らしいとすら感じるかもしれない色合い。だが、その男にとっては己が血と涙と努力の結晶だったのだ。

 

「1/144 〇ムザザー!」

 

 それは蟹とも虫ともつかないフォルムをした奇怪な姿をした模型。

 しかも30㎝以上の高さがあり、質量も大きさに見合ったものになっているため非常に重たい。

 それもそのはず、これの主原料はタルクを混ぜた不飽和ポリエステル樹脂。プラスチックの中でも比重の重い物質だ。

 この部屋に漂っている粉塵やシンナーは、この樹脂を加工した際に発生したものだ。

 

「番組放送から15年近くたっても、BAN〇AIさんが商品化してくれなくて痺れを切らして作り始めたこの子をようやく形にできた!長かった……」

 

 そう、これはプラモデルではない。金型による射出成型のような工業的手段ではなく、彼が素材を削って作り出した造形物。

 完全自作模型(フルスクラッチビルドモデル)なのだ。

 

「あとはサーフェイサーを吹いて、色を塗るだけだな……あ、サフは切らしてたんだっけ。買いに行くか」

 

 そう言って彼は模型を丁寧に机に飾ると、換気扇を作動させて窓も開け、有害なガスや粉塵を外に逃がした。

 次に作業着を脱いで外出用の衣裳に着替える。

 

「おや、いつの間にこんな時間になってたのか……休日をほとんどこいつ(〇ムザザー)に費やしちまった形になるな。まぁ、後悔はないが」

 

 ふと思い立ってスマートフォンで時刻を確認してみたのだが、こんな時間では彼の目当ての模型店やおもちゃ屋は閉まっている公算が高い。となると、選択肢は自ずと絞られる。

 

「駅前の某家電量販店なら空いてるかも……行ってみるか」

 

 そんな訳で彼はアパートの自室から、街へと繰り出していった。

 途中で空腹を満たすために簡単な食事を済ませて、いざ目的の店舗へと足を運ぶ。

 

「お、やっぱり開いてる。ついでに新商品とかもチェックしてみようかな」

 

 店内に入って、目的の商品を確保した彼はついでにプラモデルのコーナーを物色していた。

 定番のガ〇プラから、美少女プラモ、スケールモデルなど様々な商品ラインナップが彼を魅了する。

 その光景についつい財布の紐が緩みそうになった、その時だった。

 

「先輩?先輩ではないですか?」「うん?」

 

 背後から声を掛けられ、後ろを振り向いた。

 自分と同じ30代ぐらいの成人男性。人違いではないだろうか?と首を傾げる。

 だが、彼の風貌には確かに見覚えがあったのだ。

 

「あれ?倉田?」「やっぱり村岡先輩じゃないですか!お久しぶりです」

 

 最初は誰なのかわからなかったが、同じ大学に通っていた1年後輩の倉田翼の事をやっと思い出すことができた。

 

「久しぶり!10年ぶりかな?」「9年ですよ!先輩も壮健そうで何よりです」

 

 倉田を見た村岡の脳裏に、大学時代の彼との楽しい思い出が蘇る。

 倉田は昔サークル活動を共にした仲間だ。

 そのサークルとは模型制作部。プラモデルを始めとする模型を作って持ち寄り、その腕を競い合い、そして時に共に作品を制作する。

 倉田翼は村岡精作にとって頼りになる友人であり、そしてライバルでもあった。

 

「お互い、プラモコーナーを物色する習慣は相変わらずだな」「先輩も籠に入れてるそれはサーフェイサーですよね?となると今でもやってるんですね。模型自作(スクラッチビルド)

 

 サーフェイサーは表面処理に使われる下地塗料だ。

 普通にプラモデルを組み立てる時に塗料として塗る人もいるが、パーツを自作したり改造を施したりしたとき、作品の表面にやすりやカッターなどで削った後に発生する細かな傷が残る。

 そういった傷を埋めて、表面を滑らかに整える効果を持つ塗料でもある。

 村岡という男の嗜好や癖を良く知っていた倉田は瞬時にその用途を読み取った。

 

「思い出すなぁ。先輩が作ったサン〇ージュやビルケ〇ウ。他の部員が何こいつ?こんなのアニメに出てたっけ?って首を傾げてましたもんね」

 

「それの元ネタを初見で見破って、詳しい解説を加えてくれた誰かさんもいたっけな。いや、実に懐かしい」

 

 この二人は主にアニメのロボットキャラクターの模型をよく製作する部員だったのだが、特に村岡が持ち込んでくる作品はドがつくほどのマイナーな機体ばかりだった。

 外伝作品やスピンオフ漫画が出典であったり、アニメに出てきたとしてもあまりにも異形だったり地味で目立たなかったりして商品化を果たせなかったキャラクター。

 もしそういったマイナーキャラクターの模型がどうしても欲しくなってしまったとしたら?決まっている。自分で作るしかないのである。

 パテやプラ板、身の回りのプラスチック製の日用品、他のプラモデルからの流用パーツなど、様々な素材を加工し組み合わせ、模型を自作する。

 口で言うのは簡単だが、高い技術力と何よりも根気が必要な作業だ。それを村岡は当時から頻繁に実行していた。

 

「僕はそんな工作技術と模型愛を持っていた先輩に憧れてたんですよ。嫉妬すら抱いていた」

 

「嫉妬してたのは俺だって同じさ。お前のデザインセンスは素晴らしいものだった」

 

 倉田は組み立てキットの改造品が中心で完全な自作というのはやらなかった。

 だが、純粋な”模型”としての完成度は彼の作品の方が高いと多くの鑑賞者が言うだろう。

 ただののっぺりとしたプラスチック片がスジボリを追加で彫り込まれ、プラ板や市販パーツを使って追加されたディテールが、墨入れや汚し塗装(ウェザリング)によって縮小された機械部品としての存在感を纏う。

 それは機械(メカ)という物に対する理解力と考証力、そして強い拘りが無ければできない工作であり、理屈を聞いたからと言って万人が真似できるものなどではない。

 村岡精作が保証する。倉田翼も模型製作者(モデラー)として素晴らしい才能の持ち主だったのだ。

 

「覚えてるか?お前が作ってきた八頭身の飛駆〇大将軍。あれを見た時、俺は感動で泣いちまったんだぜ」

 

「まさか、泣かれるとは思いませんでしたよ。確かにあれは僕もかなり気合を入れて作った品だったですけど」

 

 村岡が言っているキャラクターは本来2~3頭身のディフォルメされた小型の模型として商品化されたプラモデルだった。

 だが、倉田はそれを他キットを素体として組み込むことで八頭身の大型ロボットとして具現してしまったのである。

 それらをただ組み合わせただけではどこかバランスの悪い作品となったことだろう。

 彼は各部品の整合性を合わせる様に加工し、美麗なプロポーションを実現させたのだ。また金色のメッキ風塗装も丁寧に施された。

 その結果としてその作品はキャラクターとしての造形美と機械としての存在感を両立させた美しさを持つに至った。

 精作の目にはそれが後光すら放って見えた。ゆえに彼は感動の涙を流したのだ。

 

 二人にとっては全てが懐かしく美しい思い出だった。

 

 彼らは思い出話に花を咲かせながら、会計を済ませて店を後にし、購入した商品を入れた紙袋を両手に夜の街を歩き出す。

 最近見たアニメや購入したプラモデルなどのオタクトークを交わしながらの帰路は実に楽しいものだった。

 

「先輩、もしよろしかったら先輩の今作ってる作品が完成したら僕にも見せてくれませんか?」

 

「そうだな。お互い予定を合わせて昔みたいに競作(コンペティション)と洒落こむか?」

 

 村岡の胸中に学生時代のような激しい創作意欲が沸き起こる。

 かつての好敵手であり、愛すべき後輩はその腕が衰えていないのなら、再び自身の心に素晴らしい感動を与えてくれるに違いない。

 

(また……また競い合える。あいつの作品は何時だって俺を奮い立たせてくれた!)

 

 その期待感が頭の中の設計図を描き換える。今のあいつ(〇ムザザー)の完成度では倉田の相手を務めるには相応しくない。

 ディテールやギミックを追加するだけではない。より質を高める為の工作アイディアをひねり出さなくては……。

 そう楽し気に夢想した彼は笑みを浮かべた。

 

「倉田、見ていてくれよ!今度こそ俺はお前に……」「先輩危ない!!!」

 

 声を荒げた倉田の言葉に、後ろを振り向いた瞬間に視界に写ったのは強い光。

 自動車のハイビームだった。

 

(あ、これヤバイやつだ)

 

 まっすぐ自分に突っ込んでくる車両の姿に、危機感だけが募りゆく。

 加速していく意識に反して、自分の身体は恐怖に凝り固まった様に動いてくれない。

 もはやこれまでかと諦観に支配されようとしていた村岡を誰かが突き飛ばした。

 

「村岡先輩!」

 

 誰がやったかなど考えるまでもない。傍らの後輩が自身を助けるためにそうしてくれたのだ。

 しかしそれは無駄に終わった。結果として村岡精作と倉田翼は、二人揃って宙を舞うことになった。

 致命的な衝撃と激痛が村岡の意識を刈り取るまでの僅かな時間、彼の心を支配していたのは強い後悔の念だった。

 

(すまない倉田 俺の所為で)

 

 夢想に耽るあまり注意力が低下していた己の浅はかさを恨み、大切な友人をも巻き込んでしまった不運を呪う。

 

(あぁ 見たかったな。あいつの作品(ロボット)。そして、見てもらいたかった……俺の作品(メカ)

 

 享年31歳。村岡精作の人生はこうして終わりを迎えた。

 だが、彼の魂魄は科学の目では観測できない不可思議かつ大きな流れに乗せられて、“ここではないどこか”へと旅立っていく。

 そこでは新たな生が待っているだろう。しかし、途中まで同じ流れの中にあった“もう一つの魂魄”は彼の魂とは異なる場所へと「着床」した。

 それが如何なる意味を持っているのか。それは誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 セッテルンド大陸。そう名付けられた大地の東側にフレメヴィーラ王国と呼ばれる国がある。

 この国は“魔獣”と呼ばれる精強にして、凶暴な生物達が跋扈するボキューズ大深海と接しているが故に、彼らとの闘いが頻発している国だった。

 その中でも特に魔獣との衝突が絶えない土地の一つに、セラーティ侯爵領がある。国内有数の穀倉地帯を誇り、フレメヴィーラの食糧庫と評価も高い大貴族の領地。

 しかし同時に……いやだからこそなのだろうか?人間が育てた農産物や畜産物、そしてそれを食らって肥え太った領民を狙った魔獣達によって、頻繁な襲撃被害を被る土地でもあったのだ。

 

 人間もただ黙って彼らにやられているばかりではない。領民と土地を護るために魔獣と戦う力がある。

 幻晶騎士(シルエット・ナイト)

 人の形を模して造られた金属と結晶でできた身の丈10mはあろうかという巨大な戦闘兵器が剣を携え、杖を振り上げ、魔獣との闘いを繰り広げる。

 ここはそういう世界だった。

 

 そして、この巨人のような兵器も機械である以上、操る為には訓練が必要だ。

 これらが所属する部隊である騎士団は、各地で定期的な野外訓練を実施する。

 この日もセラーティ侯爵領を守護する緋犀騎士団は操縦士の練度向上のため、幻晶騎士の訓練を行っていた。

 

「すごい!すごいよ。お母さん!何?何て言うの?あれ!」

 

 それを見上げて興奮した面持ちで捲し立てる子供がいた。

 明るい栗色の髪を振り回し、可愛らしい顔を上気させる少女。彼女はその未成熟な語彙を一生懸命こねくり回して、興味の対象について母に尋ねた。

 

「エヴァリーナ。少しは落ち着きなさい。ほら、アーキッドとアデルトルートが吃驚してるじゃないの」

 

 美しい黒髪をたなびかせた母が落ち着くように促すが、そんな諫言では幼子の興奮は収まらない。

 乳離れしたばかりの弟妹は乳母車の中から不思議そうに姉の様子を覗っている。

 

「仕方が無いだろうな。初めて幻晶騎士を見たときは、誰だってああなるものさ。私も子供の頃はそうだったよ」

 

 そう声を掛けるのはややくすんだ金髪をした壮年の男性。

 彼こそが何を隠そうこのセラーティ侯爵領を治める大貴族、ヨアキム・セラーティその人だった。

 ヨアキムを認めると母親、イルマタルは首を傾げながらそれに応じる。

 

「ヨアキム様。殿方ならそうなのでしょうが、あの子は女の子ですよ?私の子供の頃はそういった記憶はありませんが……」

「まぁ、今時は女性でも騎操士(ナイト・ランナー)を目指すのは珍しいことじゃないさ。特にこの国ではな。しかし、あの興奮振りでは相当気に入ってしまったようだ」

 

 苦笑しながらヨアキムはエヴァリーナを見つめる。その興奮振りと言えば、ちょっと尋常じゃない雰囲気すら感じられるほどだった。

 何かに取り憑かれているかのようにすら見える己が娘を少しだけ訝しみながら、子供のすることだと深く考えることを止めてしまったヨアキム。

 

 しかし、実のところエヴァリーナはある意味本当に取り憑かれていたのだ。“異世界人の魂”に。

 

[ロボット!人型の巨大ロボじゃないか!?モ〇ルスーツ?オー〇バトラー?機〇兵?あれらとも違う感じがする。駆動原理は?材質は?有人機なのか?それともAI制御や無線操縦の無人機?何にせよすごい!]

 

 脳内で暴走する思考(モノローグ)はこの世界の常識にない概念を次々に想起していく。

 4歳になったばかりの幼子にそんな思考ができるわけはない。“彼女”の脳に宿った異世界の記憶がそれを引き起こしているのだ。

 

“彼”の名前は村岡精作。地球と呼ばれた世界で若くして亡くなったモデラーの魂が自分の大好物を目の前にして、跳ね起きたのであった。

 それらは宿主の未成熟な少女の記憶と魂に混ざり合い、溶け合い、自己同一性(アイデンティティー)を侵食する。

 もし一歩間違えていたら、前世での男性としての性自認と今生の少女としての性自認との相克により、彼女の人格には大きな歪みが発生してしまっていたかもしれない。

 それを考えたらこれはとても危機的状況だったのだろう。

 しかし、この事態を解決したのもまた“ロボット”だった。

 地球には実在しない、少女の知識にもないこの極上の餌に対する強い欲求と興味が、人格の統合を助けそれらを破綻することなく両立させてしまったのである。 

 げに恐ろしきはオタク魂。

 

 そしてその貪欲な魂は両親の口から、待ち焦がれた名詞を確かに聞いた。

 

[シルエット・ナイト!幻晶騎士(シルエット・ナイト)って言ったな!?覚えたぞ、その名前!]

 

“ロボット”の呼称だと思われる言葉は、確と語彙に刻まれていく。

 こうして少女の肉体と成人男性の記憶を受け継いだ転生者は、この世界でも自分の趣味に向けて邁進していく決意を固めた。

 ……しかし、そんな自分にとある“欠落”が存在していることをエヴァリーナ(精作)は気付いていなかった。




*ヨアキムさんの髪色設定で変な勘違いをしてたので、改稿しました。
 エヴァの髪色は……まぁ、お父さんの色とお母さんの色の中間体という事でw


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幼年期編
1話 ノーペレーター


「マギウス・サーキット?」

 

 エヴァリーナ・オルターが母にそう問い返す。

 

「そうよエヴァリーナ。この世界の意思のある生物にはそれがあるの」

 

 母の言によれば、こうだ。

 この世界は魔法と呼ばれる物理法則がある。

 大気中に漂うエーテルと呼ばれる物質を介して、生物の産み出す魔力というエネルギーを使って引き起こすことのできる様々な現象の事だ。

 この世界の人類は、触媒結晶という物質を埋め込んだ道具である“杖”を用いて魔法を使いこなし、文明を発展させてきた生物らしい。

 幻晶騎士(シルエット・ナイト)なんていう巨大ロボットがあるような文明なのに、随分幻想的(ファンタジー)な世界だなとエヴァは意外に思ったが、それでも構わないとも思った。

 物理法則すら地球と異なる正真正銘の異世界であろうと、それならその法則ごと学んで身に着ければいいだけだ。

 

 しかし、どうも要領を得ない。

 魔法というものは、術式という物を使って構築・制御するらしいのだが、それの説明がなんとも理解しづらい。

 いや、魔法術式(スクリプト)という物の説明そのものは極めて明瞭だった。

 特定の法則性(アルゴリズム)に沿って組み立てられた文字と図形、これがある種の言語として定式化されたもの。それは理解できた。

 問題はそれをどう“処理するか”という事なのだ。

 母はそれについて、こう語った。

 

「杖を握って、魔力を流しながら頭の中に浮かぶ魔法術式を演算すれば、魔法は発現するわ」

 

 その為に使う先天的能力(アビリティ)をこの世界の人々は、魔術演算領域(マギウス・サーキット)と呼んでいる。

 

 そう言われても、エヴァには全く理解できない。“演算”とはなんだ?計算とは違うのだろうか?“魔力”とはどう扱うんだ?どう意識すればいい?

 杖を持ちながら、教えてもらった魔法術式を何度も頭の中でこねくり回してみる。さっぱり理解できない。

 どの術式が何の役割を果たすのか、説明されたら理解はできる。術式を覚えられないわけでもない。

 それらをどうすれば、“魔法現象の発現”に繋げていけるのかが全く解らないのだ。

 

 最初は母が自分を騙そうとしているのではないかとすら思った。子供に嘘を教えてからかっているのではないか?と。何せ魔法は前世では実在しなかった現象だ。疑うのも無理はなかった。

 しかし他の人間に請うても、彼らはただ一人の例外もなく、事も無げに杖を振るって魔法を使うところを見せてくれた。それは彼らにとって当たり前に使える能力なのだと思い知らされた。

 自分はそれを全く使えないのだ。非常に不安な気持ちがエヴァリーナに圧し掛かる。

 

 

 

 実の処困惑していたのは母であるイルマタル・オルターも同じだった。

 今年5歳になる己の娘は、非常に聡明な少女であった。

 最初は拙かった言語能力は急速にその冴えを見せ、算数の計算や複雑な問題にも難なく答えられる知的能力を見せ始めた。

 もしや、自分の娘は天才ではないのだろうか?そんなともすれば親バカと謗られかねないような思考に最初は耽溺していたイルマタル。

 

 しかし、そんな頭のいい筈の娘が何度教えても身に付かない能力があったのだ。それが“魔法能力”だった。

 

「演算ってどうやるの?魔力ってどうすれば、流せるの?」

 

 何度もそんな質問をされたが答えに窮するばかりだった。

 彼女にとって、いやこの世界の人間にとって“演算する”“魔力を流す”という行為は説明などしようもない感覚(クオリア)なのだから。

 

 赤ってどんな色?緑や青とはどう違うの?そんな事を聞かれても、赤は赤としか説明のしようがない。

 明るい色、鮮やかな色、暖かい色、炎の色、血の色。赤はいろんなイメージで語られる色だ。

 だが、それらは主観的な感想であり、客観的説明ではない。

 極端な話で言えば、自分にとって赤に見えている色を他人が実は緑に見えていたとしても、みんながその色に“赤”という名付けをしていれば、みなそれを赤と呼ぶだろう。

 他人の脳内で、その色の感覚がどう受け取られているかなど、本来は確かめようのないことなのだ。

 

 もはや彼らにとって演算や魔力はそれと一緒だ。杖を握れば皆が各々で自動的に理解するはずの、説明不要にして説明不能の能力だった。

 それをエヴァは理解できないという。そんな話は他で聞いた事がない。

 

 イルマタルは悩んだ末に自分の愛する人に相談した。娘の父親であるヨアキム・セラーティ公爵に。

 

「ヨアキム様。どういうことなんでしょうか?」

 

 なぜイルマタルがこんなに心配しているのかと言えば、このフレメヴィーラ王国では魔法は、人間なら護身術として必ず身に着けておかなければならない程の必須技能だと考えられていたからだ。

 この国は魔獣が未だに跋扈している。強固に防御された要塞や街の中ならともかく、それ以外では人々は魔獣の出現を警戒して常に武装していなければならない。

 そんな国で魔法が使えない人間が生まれたなら、それは剣や弓ぐらいしか自分を守る武器が使えないという事を意味する。

 諸事情で火砲が発達しなかったこの世界の文明では、魔獣相手の戦いでその程度の力しか持たないものは良い餌になること請け合いだ。

 

 その懸念を理解しているからこそヨアキムの口調もまた重かった。

 

「聞いた事がある……極稀に魔術演算領域を持たない子供が産まれる事がある。彼らは術式を教えても演算ができない。杖を握っても魔法が扱えない演算不能者(ノーペレーター)なんだと」

 

 それはこの世界の常識の外側に位置する言わば例外的存在(イレギュラー)。誰もが使えるはずの能力が使えない障碍者として扱われる人々だった。

 そしてそれはイルマタルに悲しい昔話を思い出させた。このフレメヴィーラ王国が建国されたばかりの頃、まだ城塞による防御網が十分ではなく、幻晶騎士も少なかった時代。

 庇護が受けられない一部の貧しい村落では、口減らしの為に障碍を持った子供が捨てられたり、激しい差別にあったりしたこともあったのだと。

 もしや自分の愛しい娘が、将来そういった人間同士の差別の対象にされるのではないかという重たい不安が湧き起こって来た。

 

 それを読み取ったヨアキムはイルマタルの不安を和らげるようにこう言った。

 

「そんなに心配することはない。今のフレメヴィーラ王国は口減らしなどしなくてもいい程には豊かになってるんだ。それに城塞都市の内側なら魔法が使えなくても仕事はいくらでもある。街中で過ごす分には魔法が使えなくても生きていくことはできるとも。それに……」

 

 普段は仏頂面な彼には珍しい、飛び切りの優しさを湛えた笑顔でヨアキムはこう続けた。

 

「この私の領地でそんな事は許しておかんよ。だから安心しなさい」

 

 その言葉にイルマタルはとりあえず不安を抑えて、自分は娘に寄り添うだけだと思い直したのだった。

 

 

 

[とは言ったものの……あの子が魔法を使えない状態を放置しておくのは危険だな]

 

 ヨアキムは責任感の強い男だった。安心感だけ与えて放置しておくつもりはない。

 差別というものは、人が生きていく上で必ずと言っていい程発生する現象であるし、未来の事に絶対的保障をすることなど人の身では不可能な事だ。

 魔獣という不確定要素が常に身近に存在するこの国で、それらから領民を護りつつ食糧生産を行う。口で言うのは簡単だが、これを維持していくことは大変なことだ。

 それらの運営をする自分達貴族にはいざとなれば、足手まといとなるような人間を切り捨てる覚悟が求められる。例え、それが自分の血を分けた肉親であろうとも。

 

 しかしもし、そんな事態になったとしてもそれを乗り越えて生きていけるだけの力を身に着ける事ができるならば……。

 

[手に入れさせる必要があるな。あの子に自分の身を守るだけの力を得る方法を]

 

 

 

 

 

 

「飲み込みが早いですねエヴァさん。その調子ですよ」「はい!先生」

 

 7歳になったエヴァリーナはセラーティ侯爵家の邸宅で家庭教師の指導の下、剣術の稽古に励んでいた。

 

 この世界では通常、体の発育の関係で剣術よりも先に魔法の教育を行うことが一般的だ。

 実際、術式の書き取り授業や構文の構成などといった座学はまだ継続中であり、いい成績を示している。

 

[座学知識なんて設定資料集みたいな物だ。そういうのは大好物だよ。実際に能力として使えないのはもどかしいけどさ……]

 

 そんなエヴァだが実技では全く進展というものが見られない。魔術演算領域という根幹となる能力が発現していないのだから当然だ。

 その為、予定をやや繰り上げて武術を教わることになったのだが、筋がいいのか彼女は教える技術をどんどんマスターしていく。

 足運び、体幹コントロール、重心を考慮した立ち回り。幼い子供では意識することの難しい要素だが、前世の物理に関する知識が土台となったのか、理解と実施は案外うまくいった。

 

[この肉体そのものの素性がいいのもあるんだろうな。反応(レスポンス)が早い]

 

 同年代の子供に比べて発育が良い。身長の伸びはもちろんの事、筋肉も7歳児としては発達している。

 前世ではあまり運動が得意ではなかった村岡だったが、エヴァリーナの肉体は動かしていてとても楽しいと感じるぐらいにイメージ通りに動いてくれる気がする。

 考えてみれば、中枢神経の発達が著しい成長期の子供の肉体と、成長が止まった運動不足の30代男性とでは反応が違うのは当たり前ではあるが。

 自身の成長を強く実感できるというのは動機付け(モチベーション)として大きなものだ。そのため、トレーニングが苦にならないのも成長を助けているのだろう。

 

「お疲れ様でしたエヴァさん。今日の稽古はこれで終了ですよ」「あ、はい。先生、本日もありがとうございました!」

 

 いつも通りの別れの挨拶。ハキハキとした返事を聞いて、微笑ましい表情を浮かべて教師は去っていった。

 

「お疲れ様、エヴァ!はい、これで汗拭いて」

 

 授業が終わったのを見計らってとある人物が声を掛けてきた。

 同年代の金髪の美少女がこちらに近寄って、タオルを手渡してくる。

 

「ありがとう、ティファ。助かるよ」

 

 彼女はステファニア(ティファ)・セラーティ。エヴァと同じセラーティ侯爵の娘。つまり姉妹に当たる人物。

 生まれはティファの方が早かったらしいので、姉に相当するだろう。だが、身長はエヴァの方が高いので、他人から見たらティファが妹に見えるのではないだろうか?

 とても社交的な娘で、初対面時はこちらが戸惑うぐらいのスキンシップを図ってきた少女だった。

 この邸宅は同年代の子供が少なく友達が欲しかった彼女は、とある理由で遠慮がちな態度を取っていたエヴァや弟のアーキッド(キッド)・妹のアデルトルート(アディ)とあっという間に距離を詰め、気が付いたら仲良く話を始めていた。

 素晴らしいまでのコミュニケーション能力と陽キャ属性だろう。

 また無類の可愛いもの好きであり、弟妹に近づいたのはおそらくそれが動機だ。キッドもアディも母親に似て黒髪の美少年と美少女だからだ。その証拠に二人との触れ合いを楽しんでいるときは、この世の春が来たと言わんばかりの締まりのない表情を浮かべていた。

 

 ふと、その時エヴァはステファニアが男の子を連れてきているのに気づいた。

 

「うん?誰?その子」「あ、そうだエヴァ、紹介するわね。私の1つ年下の弟のバルトサール(バルト)よ。バルト挨拶なさい。あなたにとってもお姉さんに当たる人よ」 

 

 ティファと同じく金髪の男の子が、姉の背中に隠れてこちらをジッと窺っている。顔立ちは可愛いのだが、その表情は不信感と警戒心でいっぱいだった。

 そして彼が口にしたのは挨拶ではなく、場の空気を凍り付かせる一言だった。

 

「……お前がお母さまの言ってた“しょうふくのこ”か?」「ば、バルト……なんてこと言うの!」

 

 そう、その事実こそが当初エヴァや弟妹がステファニア達と距離を取っていた理由。

 自分たちの苗字はオルター。父であるヨアキム・セラーティ侯爵の家名とは異なる名を付けられている。それは母のイルマタルが所謂愛人であり、本妻の家庭が別にあるという事だ。

 ティファやバルトは、本妻の子供。腹違いの姉弟達。

 

「ごめんなさいエヴァ。この子きっとお母さまが口にしてた言葉をそのまま覚えちゃったのね」「……いいよ、気にしてないよ。ティファ」

 

 子供と言うのは、良くも悪くも親の影響を強く受けるものだ。

 そして、いくらこのフレメヴィーラ王国が貴族制が残る世界で、貴族は自分の血筋を確実に残す為に側室や妾を作ることが許されていると言っても、本妻にとってそれは歓迎できるものではない。

 それにどうも伝え聞くところによれば、本妻の女性は少々嫉妬深い性格のお方のようだ。愛人の存在を余計に疎ましく思うだろう。

 

[考えてみれば、ティファはなんで私達にこんなにフレンドリーなんだろう?このバルト君と同じような態度を取りそうなものだろうに……]

 

 我が弟妹達の愛らしさに絆されたか、それとも母親の影響を受けづらい独立心の強い聡い子なのか。

 なんにせよ、弟君(バルトサール)の方が非友好的な態度を取っている以上、無理に仲良くする必要はないだろうと判断し、エヴァはこの場は自分が去ろうと考えた。

 別れの挨拶をして距離を取ることを思案していた時、バルトサールが更に口を開いた。

 

「大人が言ってたぞ。無駄な努力をしてるやつだって」「バルト!お願い、それ以上何も言わないで!」

 

 ステファニアが悲鳴のような静止を掛けるが、それでもバルトサールは続ける。

 

「演算もできない、騎操士(ナイト・ランナー)にもなれない、無能な子供だって」

「今なんて言ったの?」

 

 聞き流せない一言があった。

 

「ねぇ、今なんて言ったの?」「ヒッ」

 

 何故かバルトは怯えているのだが、エヴァは彼の言葉の内、どうしても気になった一言があった。だから尋ねている。

 演算ができない。これは事実だ。自分は魔術演算領域とやらを全く意識できない。

 無能な子供、こんなものは取るに足らない誹謗中傷であり、聞き流せる言葉だ。

 しかし、騎操士……幻晶騎士の操縦者になれないとはどういうことだ?

 

「ねぇ、ステファニア。あなたでもいいわ、答えて。騎操士になれないってどういうこと?何か知らない?」

 

 何故かティファまでもが怯えるような、それでいて憐れむような表情で自分を見つめている。

 まるで意味が解らない。何で二人ともそんなに動揺しているのだ。

 

「……落ち着いて、聞いてちょうだいエヴァ。騎操士になるのには、幻晶騎士の操縦には魔法能力が絶対に必要だと言われているわ。だから……」

「嘘だ!」

 

 エヴァの慟哭がティファの言葉を遮る。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 理性が限界を迎えたエヴァはその健脚で何処かへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「おば様!イルマタルおば様!」

 

 セラーティ侯爵邸の中でもオルター家の住まう居室に、ステファニアの必死な叫び声が聞こえてきた。

 

「どうしたんです、ステファニアさん?」「姉さま?」「何かあったのか?」

 

 イルマタルとキッド、アディが表に出てみれば、ティファが泣きはらした顔で尋ねてきた。

 

「すいません!エヴァがこちらに帰ってきていませんか?」

「いえ、エヴァリーナはまだ……そういえば、今日はなんだか帰りが遅いわね」

 

 それを聞いて、ティファは泣き崩れてこちらに謝ってきた。

 

「ごめんなさい!私が余計な事言ったばっかりに、あの子どこかに行っちゃって……」

 

 事情を聴いたイルマタルは、深い溜息をついて納得した。

 

「そう……遂に知ってしまったのね。仕方がないわ。いつかは知らないといけないと思っていた事だもの。あなたの所為ではないのよ」

 

 イルマタルも最初はエヴァに教えようと思っていた。だが、その度に躊躇して言いそびれてしまった。演算不能者に幻晶騎士は操縦できないという事実を。

 だって、あんなにも楽しそうに語るのだもの。幻晶騎士に乗るという夢を。あんなに必死に努力するのだもの。魔法の勉強も剣術の訓練も。

 勉強も武術も将来きっと役に立つ。そのための動機付けになっているのなら、あえて夢を壊すような事を言うのはやめよう。そうヨアキムと相談していたのだ。

 だが、知ってしまったのなら仕方がない。ティファを責めても何の解決にもならない。そう考えたイルマタルは彼女を許し慰めた。

 

「しかし、あの子はどこに行ってしまったのかしらね……夕食までには帰ってきてくれるといいのだけども」

 

 そんな母の願いもむなしく、日が落ちてもエヴァは帰ってはこなかった。

 イルマタルは娘の捜索願いを出し、自身も探しに出かけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 本当は薄々解っていたのだ。幻晶騎士の操縦には魔法が不可欠なのではないかと。

 魔法が基幹技術として扱われている世界で、幻晶騎士だけがその例外になってるなんて事があるだろうかと。

 その可能性を心のどこかで疑いつつも、必死に考えないようにしていた。

 

「でも、確かめなきゃ……」

 

 エヴァはそれでも諦めたくなかった。前世では実在しなかったこの“夢の具現”を。

 往生際が悪いと思われようと構わない。愚かな事だと嗤いたければ、嗤えばいい。

 何としてでもそれが欲しい。だから、

 

「だから応えてよ。カルダトア」

 

 エヴァリーナは目の前の巨人に語りかける。

 幻晶騎士カルダトア。現在フレメヴィーラ内で量産・配備されている最新機種だ。

 

 ここはセラーティ侯爵家が誇る緋犀騎士団の擁するとある訓練施設。その幻晶騎士の格納庫。

 すっかり日も落ちて暗くなった時分に砦を巡回している歩哨の目を搔い潜り、整備担当の鍛冶師たちが出払っているタイミングを見計らってここまでやってきた。

 いくら訓練用と言っても、ここは軍事施設だ。その警戒網は厳重で決して楽な道ではなかった。

 しかし、人間にはどう足掻いた所で注意の欠落する瞬間というものがある。ましてや小さな子供がこんな場所に侵入しようと考える事など予想できるだろうか?

 加えてここフレメヴィーラ王国にて何よりも危険視されているのは、魔獣なのだ。必然的に人間は獣に比べて警戒の対象にはなりにくい。

 そういった注意の隙を縫って、エヴァはここにいる。

 

 そのオリーブグリーンで塗装された装甲を這い上がり、胸の部分にあるハッチを開けて、操縦室に飛び込む。どう考えても7歳児にできる事とは思えないが、彼女の肉体はその願望に応えてくれた。

 

「……わぁ」

 

 無意識のうちに感嘆符が漏れる。漢の浪漫がそこにはあった。

 シリンダー状の操縦桿。(フットペダル)。ビデオディスプレイを思わせる幻像投影機(ホロモニター)。各種計器の埋め込まれたコンソール。

 それはもうコテコテなぐらいのロボットの操縦席(ザ・コックピット)。その光景(ビジュアル)に心躍らないことなどあるわけがない。

 操縦席に張られた革製シートの感触をしっかり堪能してから、いよいよ彼女は操縦桿を……握ろうとしたのだが、手が届かない。鐙にも足が届かない。

 

「……体の大きさが足りてない」

 

 これは完全に盲点だった。考えてみれば騎操士は大人の仕事なのだから、操縦席が子供の身長に対応していないのは当たり前だ。

 何をどうしてみたところで機体はウンともスンとも言ってくれないし、例え何らかの反応をしたところでこれでは操作もままならない。

 たっぷり数十分は途方に暮れた所で、とうとう諦めてエヴァは操縦席から降りた。

 

「まさか、確認もできなかったなんて……いくら何でも行動が短絡的だったなぁ」

 

 激情に任せてとんでも無いことをしてしまった。罪悪感と恥ずかしさが彼女の顔を青ざめさせる。

 軍事施設への無断侵入。いくら貴族の子供だからと言っても、所詮は庶子だ。いくらなんでも死刑にはならないと思うが、かなり重い罪に問われるかも……

 冷静になればなるほど、後悔の念と己の馬鹿さ加減に気分が落ち込んでいく。

 

 溜息をついて、これからどうしようかと考えながら、壁にもたれかかった。

 

「うん?何だろう?これ」 

 

 ふと壁に立てかけられた、大きな物体に注意が向いた。

 金属光沢の美しい棒状の何か。上を見上げれば、先端部には大きめの結晶が取り付けられている。

 

「巨大な杖?」

 

 それは幻晶騎士が手に持ったらちょうど良さそうな大きさの長杖だった。その表面には様々な文字と幾何学模様が刻まれている。

 

「これって魔法術式かな?」

 

 よく見ようと近寄って、何気は無しに手で触れた。その瞬間だった。

 

「!!??何、この感覚は!?」

 

 脳や肺腑や心臓を駆け巡る“何か”。

 それは今まで感じたことのない新鮮な質を持った感覚(クオリア)だった。

 

「これが……もしかして、お母さんやみんなが言ってた“魔力”?」

 

 胎動する力強い生体エネルギー。それをエヴァは生まれて初めて感じることができた。

 嬉しくなったエヴァは深く考えもせずそれを目の前の物体に注ぎ込んだ。

 

 刻まれた魔法が発動する。

 それは決闘級と言われる幻晶騎士に匹敵する大型魔獣と戦うための戦術級魔法(オーバード・スペル)

 その中でも炎の槍(カルバリン)と呼ばれる極めて高い熱エネルギーと爆発を起こす爆炎の系統魔法だった。

 

 格納庫が炎に包まれた。



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2話 魔導兵装

なんか文字数が中途半端になった感があるので、次を投稿する際には、この話は1話と統合するかもしれません。
無計画で申し訳ない orz


 その日はとても静かな夜だった。

 普段は生存競争に明け暮れている魔獣達ですら大人しくしているように感じられる程の穏やかな時。

 セラーティ侯爵領お抱えの訓練施設の警護担当の騎士達は、時折襲い来る睡魔と戦いながらもうじき到着する交代要員達を待っていた。

 

 そんな静寂を破ったのは爆音。

 

「!?なんだ今の音は?」

 

「幻晶騎士の格納庫から聞こえたぞ……火の手!?」

 

 施設の屋根から濛々と立ち込める煙が炎に照らし出されていた。

 まさか魔獣の襲撃かと皆騒然とする。

 

「馬鹿な!あれだけの威力の攻撃を行えるほどの魔獣が接近して、なぜ誰も気づかなかったんだ?」

 

「とにかく火を消そう。延焼を許すわけにはいかん」

 

 流石は訓練された騎士達だ。素早い判断で現場に駆け付ける。

 格納庫の中はひどい有様だった。落ちてきた建材がそこら中に散乱し、燃え上がっている。

 騎士たちは必死に消火活動を行った。そしてその最中でそれを発見した。

 

「な、何故こんなところに子供が?」

 

「気を失っているようだ。早く手当てを!」

 

 何故か格納庫の中で横になっていた一人の女の子。

 外傷は見当たらないが、油断は禁物だ。内臓や脳まで無事かどうかは外側からではわからない。

 とにかく安全な場所に移して安静にさせ、医療班に診せよう。

 そう考えた騎士達は、とりあえず少女を医務室に運んだ。

 

「検査をしてみましたが、やはり外傷はないですし内臓等にも異常は確認できません。おそらくは大丈夫でしょう。あとはこの子が目を覚ますのを待つしかないですね」

 

 医師の診断を聞いた騎士達はとりあえずは胸を撫で下ろす。

 

「しかし、どうしてこの子はあんな場所にいたんだ?というかいつの間に入ってきた?」

 

「それも気になるが、あの爆発は結局何だったんだ?魔獣の攻撃にしては妙なことが多すぎる」

 

「確かに。結局、魔獣の姿は確認できなかった……まさか、外部の人間がこの施設を襲撃して……」

 

「おいおい、こんなところを襲ったって戦略的には何の意味もないだろう?」

 

 お互いの疑念を語り合っていた騎士達の耳に、消火活動が終わった旨の報告が聞こえてきた。

 

「幸いにして、幻晶騎士には大きな被害はありませんでした。最も被害の大きかった機体も外装(アウタースキン)の一部張り替えだけで対応できそうです」

 

「不幸中の幸いだな。あとは原因を究明するのみか」

 

「それなのですが、妙なんです。爆発は格納庫の内側から起こったようなのですが、天井を破壊する以外には大きな被害をもたらしていません。そして爆発の起点になっているのも天井のようです。そう、まるで内部から天井に向けて、法撃を行ったかのような……」

 

「なんだ?それは?一体あの時、あそこで何が起こったというんだ?」

 

「もしかすると、例の少女が何か知っているかもしれない。あの子が目を覚ましたら事情を聞いてみよう」

 

 女の子が目を覚ますまで、彼らは施設の片付け作業を行い、時を待った。

 そうこうしている内に少女が目を覚まし、騎士たちは尋問を開始する。

 

「気が付いたかい?混乱しているみたいだね。まず君の名前を教えてもらえるかな?……そうか、エヴァリーナちゃんというのか。

 エヴァリーナちゃん、君はなぜあんなところに居たんだい?あの時、一体何が起こったのか、覚えていたら教えてもらえるかな?」

 

 できる限り優しい声音と口調で尋ねる騎士達。最初は混乱していた少女も、だんだんと事態を把握し始めたようだ。

 それと同時に何故かどんどん顔色が悪くなって行って、遂に彼女はその場にいた騎士たちの目の前で、床に突っ伏した。土下座であった。

 

「ごめんなさい!」

 

 平謝りをする彼女の口から語られたのは、騎士達の常識を凌駕する言葉だった。

 

 

 

魔導兵装(シルエット・アームズ)の暴発?」

 

 この訓練施設の責任者ヤーコブ・フースが執務室にて部下の報告に対してそう、聞き返す。

 

「えぇ。基地に侵入した少女の証言によると、壁に立てかけていた魔導兵装を誤って天井に向かって発射してしまい、火災を引き起こしてしまったとの事です」

 

 その言葉を聞いてヤーコブは豪快に笑いだした。

 

「ははははは!それは将来が楽しみな子だな!悪戯が過ぎる部分もあるが、その子はまだ7歳なんだろう?その歳で幻晶騎士に搭乗して法撃までこなしてしまうとは、かなりのセンスの持ち主だぞ。大人になったらさぞ優秀な騎士になってくれるだろうな」

 

 ヤーコブも子供の頃はよく思ったものだ。あの巨人兵器に実際に乗ってみたい。騎士達のように戦いたいと。

 その時分の己は当然、実際に搭乗できる能力も資格も持ち合わせていなかったが、ふと魔が差せば件の少女の如く操縦席に乗り込もうとしたかもしれない。そういう意味では共感できる。

 火災事故まで起こしてしまっているが、幸い被害は比較的軽微で済んだ。特殊な工作員の線も考えないではなかったが、取り調べてもそういう人間では無い様だし、今回は厳重注意ぐらいで許してやろう。

 フレメヴィーラ王国は常に魔獣との戦闘に備えなくてはならない国家だ。有望な人材はいくらでも欲しい。その為に、例え自分がこの施設の長として多少の責任を負うことになっても、それが将来の騎操士の糧になるのだとしたら、笑って許してやろうではないか。

 ヤーコブはそう考えるほどには、大らかな人物であった。

 

 しかし、部下の話には続きがあった。

 

「いえ、その……彼女は幻晶騎士を操縦したわけではないようです」

 

「うむ?どういうことだ?」

 

「閣下……信じられないとは思いますが、どうやら彼女は生身で魔導兵装を発射したようです」

 

「……は?」

 

 しばしの静寂が執務室を支配する。

 

「……あ~、そうか訓練用の弱装杖を使ったのか?あれなら人間にもなんとか扱えるぐらいの魔力で発射できる。ははは、それでもすごい魔力の持ち主だ。やはり将来有望な……」

 

「いえ、そうではなく……閣下、今回暴発したのは炎の槍(カルバリン)の術式が刻まれた魔導兵装。これは紛う事なき実戦仕様の戦術級魔法(オーバード・スペル)です」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 ヤーコブが驚くのも無理はない。戦術級魔法は人間に扱える魔法ではない。幻晶騎士の動力炉たる魔力転換炉(エーテル・リアクター)からの魔力供給を以ってでなければ、発射できないほどの凄まじい魔力消費を必要とするのだ。

 それだけの魔力を持つ人間など普通あり得ない。よしんばそんな人間が居たとしても、年齢が二桁にも届いていない女の子に発現するのは明らかにおかしい能力だ。

 どうやら部下は確認のために、一度少女に射爆場で魔導兵装を触らせてみたそうだが、彼女はそれを使って苦も無く爆炎魔法を発射して見せたそうだ。

 控えめに言っても、それはもはや魔獣の範疇になりそうな能力だろう。

 

「いったい何者なんだ?そのエヴァリーナ・オルターという娘は……」

 

 ヤーコブの言葉は部下への質問でなく思わず口にした感嘆の台詞であった。

 

「どうやら彼女には捜索願いが出ていたようなので、保護者に連絡しておきました」

 

「いったいどんなご両親がやってくるのか……一周回って楽しみなぐらいだな」

 

 そう言っていたヤーコブの元にやってきた父親を名乗る人物の素性に、彼は腰を抜かすことになる。

 何故ならその人物はこのセラーティ侯爵領の最高責任者、ヨアキム・セラーティだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 重い。ひたすらに空気が重い。

 エヴァは自分の両親に連れられて、車上の人となっていた。

 馬蹄と車輪やサスペンションの軋む音だけが聞こえる馬車の中で、両親が俯いたまま顔を顰めて黙っている。

 彼是数十分、ずっとこの調子なのだ。居た堪れない気持ちになったエヴァは心の中でこう叫んだ。

 

[お願いだ!お父さん、お母さん、何か喋って!いっそカンカンに怒って叱ってくれてもいいから!]

 

 幻晶騎士に勝手に乗り込んだ挙句、魔導兵装を暴発させてわずかとは言え施設に損害を出した。

 雷を落とされるぐらいなら甘んじて受け入れるつもりだった。自分に出来る範疇であれば多少のペナルティを課されても文句を言うつもりはない。

 そんな覚悟を抱いていたエヴァの内心に反して、施設の関係者も彼女の両親も叱責の一つすら口にしなかった。

 いや、それどころか腫物でも触るかのような態度になっていったのだ。最初は優しい態度をとっていた施設の大人達も、魔導兵装を発射して見せたあたりから様子がおかしかった。

 そう、あの視線はまるで理解不能の怪物でも見るような目だった。

 

「……エヴァ、本当なのか?お前が魔導兵装を発射して見せたというのは?」

 

「あ、はい。確かにそうです」

 

 待望の父からの言葉に、エヴァはできる限り落ち着いて返答をした。

 ヨアキムは首を振りながら、深い溜息をついて「有り得ない」とこぼした。

 

お母さん(イルマタル)の話では、お前は魔術演算領域(マギウス・サーキット)すら認識できない筈ではなかったのか?それなのに魔導兵装を暴発させるほどの魔力を有するという。これは本来、あり得るはずの無いことなんだよ」

 

 魔法は演算によって制御される。それがこの世界の理だ。

 その制御するための能力(アビリティ)を持っていないにも関わらず、(エネルギー)だけは豊富に存在する。そんな状態は歪であり、危険なのだ。

 また、知恵の力によって魔法を制御する生物であるのがこの世界の人間ならば、それを本能だけで制御する生物は“魔獣”と呼ばれる。

 演算という知恵の力で制御できない暴走の危険を孕んだ力の持ち主など、本能で暴れる魔獣と何の違いがあるのだろうか?

 施設の騎士達がエヴァを魔獣と同一視したとしても、不思議ではないのだ。魔獣はこの国で恐怖の象徴だ。

 騎士たちの態度が腫物を触るようなものになったのは、当然と言えば当然だった。

 

「エヴァ、お前は騎士になりたいそうだね?その言葉に偽りはないな?」

「は、はい!なりたいです。騎操士になりたいです!」

 

 その返事を聞いて、塾考したヨアキムは語る。

 

「私は幻晶騎士には門外漢だから、お前が騎操士になれるかどうかはわからない。

 しかし、これだけは言える。お前にはどうやら常人を超えた力があるようだ。騎士を目指すというのならば、己の力をきちんと制御できるようにならなければならない。

 お前は魔術演算領域に代わる力の制御法を得る必要がある」

 

 そして彼はとある決断と共に、その名を口にした。

 

「ライヒアラ騎操士学園。国内最高の学府と名高い騎士の養成学校だ。お前をそこに入学させようと思う」

 

「ヨアキム様、本気ですか!?」「お父さん!本当に私を騎操士の学校に入れてくれるんですか?」

 

“騎操士”その名に含まれる言葉にエヴァは狂喜乱舞した。イルマタルも驚愕を隠せなかった。

 ただし、ヨアキムの言葉には続きがあった。

 

「あぁ、本当だ。ただし、お前が入るのは“騎士学科”だ」「騎士学科?」

 

 騎士学科とは、幻晶騎士の操縦をする騎操士を養成する“騎操士学科”とは別の学部だ。

 砦の警備や騎馬を使った行軍、馬車の操作などの幻晶騎士を使わない任務に従事する騎士。言わば、歩兵や騎兵の養成コース。

 

[なんだぁ。幻晶騎士(メカ)の操縦を教えてくれる学部じゃないのかぁ]

 

 思わず顔に出た落胆の表情を目敏く読み取ったヨアキムは注釈を加える。

 

「そう落胆するな。お前がもし自分の魔力のきちんとした制御方法を確立したならば、他学科への編入も取り計らおう。場合によっては騎操士学科に途中編入することも許す。

 だから、ライヒアラで見つけてくるんだ。お前の力の使い道をな」 

 

[なるほど、進路を自分で選ぶ余地は残されているってことなんだな?それなら、まだ希望はある!]

 

 そう考えたエヴァの目に希望の光が宿り、感謝の念を口にした。

 

「ありがとうございます、お父さん!私、その学校で精一杯勉強します!そして、立派な騎士になってみせます!」 

 

 笑顔でそう答える娘の顔に一瞬、優しげに顔を綻ばせたヨアキムだったが、一瞬で表情を切り替えてこう言い放った。

 

「それはそれとして、訓練施設に勝手に侵入し許可なく幻晶騎士に搭乗した。これは本来、許されないことだ。まさか、お咎めが全くないとは思っていなかったろう?」

 

 それから邸宅に付くまでの間、エヴァは両親に散々叱られた。彼女の表情は段々引き攣った泣き笑いのそれに変わって行き、終いにはごめんなさいと連呼するだけになっていった。

 

 ともあれ彼女は、こうして父親の計らいで夢への一歩を踏み出すことが許された。

 この先にどんな困難が待ち受けているとしても、この両親が応援してくれるなら、きっと乗り越えていける。エヴァはそう思えた。

 

 

 

 

 

 

[エヴァ、許してくれ。これはお前の為でもあるんだ……]

 

 ヨアキムは娘を叱りながら、心中では同時に懺悔をしていた。

 ライヒアラ騎操士学園への入学。この極上の餌にエヴァはしっかりと喰い付いた。だから、説得はスムーズに進んだ。

 だが、ヨアキムは嘘をついていた。

 

“私は幻晶騎士には門外漢だから、お前が騎操士になれるかどうかはわからない”

 

 ヨアキムは騎操士として、幻晶騎士に搭乗した経験を持っている。だから解る。幻晶騎士の操縦には魔術演算領域がどうしても必要なのだ。

 演算不能者は騎操士にはなれない。それは何故なのか、体験して理解していた。だが、彼はそれを敢えて伏せた。

 

[あの学校なら、国内の優秀な教育者たちが集まる。うちの子を正しく導いてくれるだろう……]

 

 騎士としての心構えを教え、その能力をうまく引き出してくれるだろう。

 そしてもし万が一、彼女の能力が暴走してしまったとしても、訓練機とはいえ幻晶騎士が配備されている学校なら“鎮圧”もできる。

 

[制御ができるかもわからない魔獣のような人間。そんな存在を領内には置いておけないのだ]

 

 彼の“領主としての思考”がコントロール不能な異物(イレギュラー)を排除しようとする。

 だが、同時に実の娘を無責任に放逐などしたくない。彼は子供たちを愛していたからだ。それは愛人との間の子供であろうと変わりはない。

 

[あぁ!願わくばこの子が良き師匠、良き友に巡り合い、幸せを掴んでくれることを]

 

 罪悪感を噛み殺しながら、ヨアキムは妻子と共に邸宅に帰りついた。



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3話 新たなる出会い?

 ライヒアラ騎操士学園街。フレメヴィーラ王国最高の学府として名高い騎士の養成学校を要するこの城塞都市の内側。

 そこに建てられた邸宅に引っ越してきたオルター一家は、新しい環境に胸を躍らせていた。

 正直、作法を求められるような貴族の暮らしに閉塞感を感じていた部分が否めない子供達は、侯爵邸と違ってその辺が緩いこの新しい住処での生活に解放感を感じていた。

 買い物はその最たる例だろう。今までは使用人に任せることしか許されなかったショッピングなどもここでは気軽に行える。

 

「お姉ちゃん!あのお店のお菓子買って!」

 

「姉ちゃん!俺はあそこのパンケーキが欲しい!」

 

「はいはい、お母さんから貰ったお小遣いの範疇ならね」

 

「「ヤッタ~!」」

 

 セラーティ侯爵領も決して田舎というわけではないのだが、ライヒアラはフレメヴィーラ全国から学生の集まる学園都市だ。やはり雰囲気も相応に垢抜けたものになる。

 学生向けに菓子店や軽食屋なども出店されている。

 それらの侯爵領には少なかった店を回って、エヴァは母と弟妹達と共に買い物を楽しんでいた。

 

[ふふふ、お母さんから貰った軍資金。結構な額だったゾ!もちろん、この子達の分はちゃんと管理しなくちゃならない。だが、私の分のお金の使い道はしっかり決まっているのだ!]

 

 計算能力をそれとなくアピールすることで、年長者としてお小遣いの裁量権をイルマタルから戴いたエヴァはとある企みを胸中に仕舞い込み、弟妹達にお菓子を買い与える。

 

 柔らかい頬っぺたに甘いお菓子をたっぷり頬張るアディとキッドの姿に、エヴァは表情が緩むのを止められなかった。

 

[くぅ~!我が弟妹達ながら、かぁいいよぉ!お~持ち帰り~!……って、家族なんだからお持ち帰りはできて当たり前だったわぁ]

 

 そうやって、もきゅもきゅと動く頬を眺めていると、ふと弟妹の目が不思議そうに自分を見ていることに気づく。

 

「「お姉ちゃんは食べないの?」」

 

「うん、私は大丈夫だよ。今は特にお腹空いてないし。キッドとアディは気にしないで好きにお食べ」

 

「「ふ~ん、わかった。ありがとう、お姉ちゃん」」

 

「あら?本当にいいの、エヴァ?お小遣いはちゃんと渡してあるんだから、買ってもいいのよ?」

 

「大丈夫だよ、お母さん」

 

 嘘だった。本当は二人の頬張る甘い香りの菓子に食欲を刺激されて、口の中には唾液が溜まりつつあった。

 だが、それでも余裕の表情を崩さず、年長者はとある目的の為に、食欲を抑圧する。

 

[我慢するんだ!エヴァリーナ!あの店に行くまで、お金は温存しなければならないんだ!]

 

 心の中で前世の自分(村岡精作)が叱咤する。そう、あの場所に行くまでは消費活動を行うのは不味い。あそこに行くまでは……。

 そんな姉の葛藤を知らない二人が食欲を満たし終わって眠くなった旨を伝えてきた時、エヴァは「しめた!」と思った。

 

「じゃあ、お家に帰ろうか……お姉ちゃんが背負ってってあげるね」

 

「あらあら……ふふふ、そうね。今日はもう帰りましょうね」

 

 二人にとって姉の背中は揺り籠の如く感じられたのだろうか、すやすやと寝息を立て始めた。

 幼児二人の体重はそれなりにある。だが、エヴァはそれを軽々と自宅に運び、二人をベットに寝かせた。そして……

 

「ごめん、お母さん!私、用事を思い出したからまた出掛けてくるね!」

 

 そう言うが早いか、彼女はその健脚でもって街へと再び駆け出して行った。

 

「エヴァ!出掛けるってどこへ……あら、行っちゃった。大丈夫かしら?一人で街に行っても」

 

 母は心配するが、年の割に賢いエヴァの事を信じて自宅で待つことにした。

 

 

 

[ふふふ、見つけてしまった!見つけてしまったのだよ!あの店を!]

 

 颯の如き速度で街を駆けるエヴァの表情筋は、取り繕うことを止めた笑みを浮かべていた。

 

[これだけ発展している都市、それも学生の多い街ならあるんじゃないかとは思ってたさ!こんなに早く見つかるとは思わなかったが……]

 

 お目当ての店舗の前までやってきたエヴァは看板を見上げた。

 

“オネリオン玩具店”

 

 そう、それは子供達の夢が集まる場所。玩具屋さんだった。

 

[ワクワクするなぁ。へへへ、例え死んで生まれ変わっても、これだけは止められねぇや]

 

 模型・玩具・アニメ、そういった言葉を掲げた店舗の存在を目敏く見つけて、隙あらば訪れる悲しきオタクの習性である。

 今生で初めてとなる玩具店に入ると、香しい木の匂いが鼻に広がった。

 

[あぁ、そうか。この世界、プラスチックなんて無いもんな。玩具は木製品が主流なのは当たり前なんだ]

 

 異世界ならではの新鮮な気持ちで、店内を見回す。すると、店主と思しき男性から声を掛けられた。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何をお探しかな?」

 

「あ、こんにちは。お邪魔してます」

 

 挨拶を返して、エヴァは店主にお目当ての商品が無いか尋ねた。

 

「あぁ、それならここにあるよ」

 

 お目当てのコーナーに案内されたエヴァは飾られている商品に、心中で舌なめずりをした。

 

[おっっっほ!やっぱりあるじゃん、カルダトア!お隣は旧式機のサロドレア……こ、これは!?指揮官用の高級機、カルディアリアまで!?なんて、豪華な商品群(ラインナップ)なんだ!]

 

 それは精巧な幻晶騎士(シルエット・ナイト)の模型。職人が彫刻で作った木製模型(ソリッドモデル)だった。

 プラモデルが登場する前までは、地球でも航空機模型分野ではこういった木製品が主流だった。現在では産業としては衰退してしまったが、今なお愛好家が独自に作品を作り続けている。

 

[リアル模型秘〇帳~木の巻~だわ!やばい、感動で涙が!]

 

 エヴァの脳裏に浮かぶはプラモデルを題材としたとあるホビー漫画のワンシーン。

 ガン〇ラを作ってきた主人公の前に、木製のガン〇ムを持参してきた大人げない木工職人が、そのとてつもない技術力で生み出した完成度の作品でプラモデルを蹴散らす。そんな展開だった。

 それを読んだときは「おい、プラモ作れや」と心中でツッコんだりしたものだが、後に本当に木工職人によって精巧な木製のガン〇ムの模型が作られたりしたニュースを聞いた事があった。

 その時は胸が熱くなったものだが、それに似た心境である。

 しかし、その感動も価格を見た時には沈静化せざるを得なかった。

 

「ね、値段が高い」

 

 当然と言えば、当然だ。これらは職人が手ずから作る一品物。大量生産されるプラモデルとはわけが違う。子供の小遣いで買える額にならないのは当たり前なのだ。

 これらは本来、騎士団の執務室のインテリア用や騎操士や技術者の教材用として作られるものであり、そもそも玩具ではなかった。

 ではなぜ、玩具店で扱っているかと言えば、それはただ単に他の店では扱うのが難しい商材だからである。

 美術品としては少々無骨に過ぎて、家具としては実用性に乏しい。模型とはそういうものであり、だからこそ玩具店ぐらいでしか扱えないのだろう。

 

「たまに貴族の方が購入なさることもあるんだがね」

 

 店主はそう語る。エヴァリーナも貴族ではあるが、あくまで庶子だ。オルター家にこんなものをホイホイ購入できるほどの金銭的余裕はない。諦めるしかないだろう。

 すっかり沈んだ気持ちで、店を後にしようと思ったその時だった。

 

「こんにちは、店主さん。」

 

「いらっしゃい。おや、また君かい?よく来るねぇ、本当に君はあれが好きだね」

 

 鈴を転がすような心地よい挨拶の声が耳朶(じだ)を打った。そして、帰ろうとしていたエヴァの目前にその声の持ち主が姿を現す。

 

[……天使だ。天使がおる……]

 

 歳は5、6歳ぐらいだろうか?やや紫色掛かったような光沢の眩しい銀髪がフワフワと揺れ、陶磁器のような真っ白な肌に均整の取れた、それでいて幼さを感じさせる顔立ち。その子はまるで二次元から飛び出してきたような美少年だった。

 そんな現実味をどこかに置いてきたような幻想的可愛らしさを持った子供が、幻晶騎士の模型を食い入るように見つめ始めた。その瞳は宝石のような輝きを放って見えた。

 

[はぅぅ!かぁいいよ~!お~持ち帰りしたい~!]

 

 どこぞの鉈女のような台詞を再び脳内で喚き散らし始めたエヴァリーナは自身の表情筋が厭らしい笑みなど浮かべてないか、心配で仕方がなかった。

 純真な幼子の憧憬を込めた表情は、彼女の保護欲を掻き立て増幅して余りある破壊力を秘めていた。

 そんなただでさえ愛おしさを感じさせる顔が、値札を見た時に一気に悲し気な表情へと染まる。その瞬間、抱きしめたくなるような切なさを感じた。

 

「すみません、お邪魔しました。冷やかしに来たみたいで申し訳ないんですが、また来ていいですか?」

 

「あぁ、構わんよ。流石にあれはお金を払わないと渡してはやれんがね」

 

「ありがとうございます。失礼しました」

 

 苦笑する店主に、馬鹿に丁寧な挨拶をしてその子はとぼとぼと店を後にした。

 

「あの子、よくここに訪れるんだが、よほど幻晶騎士が好きなんだろうね。そういえば、さっきお嬢ちゃんも似たような表情をしてたね。君も幻晶騎士が好きなのかい?……おや?どうしたんだい?床に突っ伏したりして?おい!大丈夫かい!?」

 

 エヴァは床で痙攣をしながら、倒れ伏していた。心配して声を掛ける店主を他所に、彼女の表情は締まりのない笑みを浮かべていた。

 

[あかん、キュン死してしまう。凄まじい萌え(ちから)だった]

 

 彼女の中で何やら謎めいたエネルギーが暴れまわっているようだが、多分放っておいても大丈夫だろう。

 変態が自身の性癖による発作で苦しんでいるだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

[あの子、また来てるな……]

 

 それから何度かエヴァはあの玩具店を通りがかったが、その度にあの銀髪の子を目撃した。

 あんなに小さな子供ではお小遣いは与えられてないだろう。例え与えられていても、あの模型達を買えるほどの額とは思えない。

 毎回、楽しそうな表情で店に入って、悲しそうな顔で店を後にする。学習能力が無いのだろうかと人によっては思うかもしれない。だが、エヴァはその気持ちが痛いほどわかった。

 

[解る!解るぞぉ!お姉さんも現在進行形で同じことしてるからね!買えないの解ってても、止められないんだよね?]

 

 エヴァは思い出す。前世の某有名通販サイトで、転売屋と呼ばれる不届き者達が不当に釣り上げていた人気のプラモデルや玩具の価格の事を。

 毎回、値下がりしていないかと一抹の期待を込めてサイトを覗いてしまうのだが、大抵の場合それは変化が無いか、更なる価格の上昇という形で裏切られる。

 あの木製模型はあれで適正価格なのであって、それとは大きく事情が違うが、心境的には相似な部分を持つ。

 欲しい!でも、買えない!いや、買ってはならない!という相克。大人でもそれに傷めつけられる事もあるのだから、子供なら尚更だ。

 

[なんとか、してあげられないかなぁ?]

 

 ふと自分がそう思っていることに気が付いた。同時に何を馬鹿なとその考えを一蹴する。

 

[いくらすると思ってるんだよ?あれを他所の子供に買い与えるなんて、自分だって欲しい癖に]

 

 でも、心の中でどうしても引っ掛かりを覚えてしまった。あの子の表情が……思い出させるのだ。前世の子供の頃の自分の気持ちを。

 高価格帯商品や絶版化して買えなくなってしまってカタログで見るだけしか許されなくなった玩具に恋焦がれる己の心を。

 そうして悶々とした気持ちを抱えていたが、ふとエヴァはあることを思い出した。

 自分が前世、何者であったかを。

 

[そうだ。基本的な事を忘れていた。私は模型自作家(スクラッチ・ビルダー)だ。無ければ作る。当たり前だよなぁ?]

 

 そうしてエヴァは玩具店とは別の店のドアを開けた。その目は完全に据わっていた。

 

「すいません、彫刻刀ってありますか?できたら(のこぎり)(のみ)もあったらありがたいんですが……」

 

 

 

「ふふふ、買ってきちゃった。材料と工具。懐が痛いけどさ。もう後戻りはできないぞ」

 

 家に帰りついたエヴァは、自分に割り当てられた個室で先ほど買ってきた物の数々を机に広げた。

 家族たちは何事かと驚いたのだが、趣味の工作用に買ってきたんだと宥めて、それらを自室に持ち込んだ。

 彫刻刀、スパチュラ、鑿、鋸、ケガキ針。この世界でも手に入る模型制作に使える工具類だ。

 そして、粘土と木材。地球のプラスチック系素材と比べると、扱いの難しさは折り紙付きだ。

 

「工具は前世でもよく使ってたものだけど、材料の方は……バルサ材や地球の石粉粘土とは全然違うな。当たり前だけど」

 

 それらは地球で手に入る材料や工具とは違う。だが、基本は同じ……同じはずだとエヴァは自分に言い聞かせた。

 

「いったい何度、ポリパテの塊からガン〇ムやザ〇の顔を彫り込んできたと思ってるんだ?この程度の素材の違いで怖じ気づいて堪るか!」

 

 そう言って木材に彫刻刀の刃を立てるが、当然二液混合型の熱硬化性プラスチックと木材では全く勝手が違う。

 木材には木目というものがあるのだ。その植物繊維の走行に沿って加工しなければならない。

 それは経験の無い者にはなかなか勘所を掴めない難事だった。だが、知ったことか。

 

「何回失敗したとしても、やり遂げてやる。スクラッチってのはそういうもんだ!……だぁ!失敗した!削りすぎた!粘土で埋めて……あぁ、この粘土では修復用のパテとしては難がありすぎるか。このパーツは破棄だ!やり直し!」

 

 地球と違って、パテ埋めによる修正作業がほとんど行えないのがつらい。修正できないパーツは捨てるしかないのだ。そうやって幾つものゴミを量産していく。

 失敗の度に心が折れそうになる。だが、決して諦めない。彼女の心の中に潜む村岡精作の魂が折れることを許さない。

 

「必ず完成させてやる!あの子の為にも!私自身の為にも!」

 

 こうして頼まれたわけでもないのに勝手に盛り上がって、彼女のこの世界での模型制作は始まった。

 

 

 

 模型制作と並行してエヴァは資料集めにも奔走していた。

 だが、この世界には模型用の資料を販売している店など存在しない。ネットも無いのだから、電子の海を泳いでそれらを収集してくることもできない。

 だから、エヴァは筆記用具と紙を片手に自分で資料を製作することにした。つまり、実物のスケッチを行おうというのだ。

 

「お~!やってるやってる!相変わらず、すごい迫力だ!」

 

 幻晶騎士達が模擬刀を使って鍔迫り合いを演じているここは、ライヒアラ騎操士学園の演習場。

 練習機として転用されている旧式機サロドレアがほとんどだが、その迫力は実家のセラーティ侯爵領で見たカルダトア達のそれに引けを取らない。

 

「さて、ばっちり描かせてもらうぞ。君たちの雄姿をね!」

 

 模擬戦に巻き込まれる心配のない落ち着ける場所を探して、熱心に機体の素描(ドローイング)を開始する。

 当然、機体は動いているため、その正確なディテールを把握することは難しいが、そこは観察眼と想像力を働かせてどうにかするしかない。

 

「な~に、間違っていたとしてもディフォルメで誤魔化すさ。完全な実機の縮尺模型(スケールモデル)を作ろうと言うんじゃないんだ。」

 

 彼女の目指しているのはイメージモデル。己の理想と縮尺模型の中間体。

 実物の“かっこよさ”が表現できてればそれでいい。だが割り切っていても、要所要所に拘りも込めた模型。そんな物が創りたいのだ。

 

[うん?あの姿は……間違いない、あの子だ!]

 

 例の銀髪美少年が来ていた。

 あの子もどうやら幻晶騎士を見に来ていたようだ。玩具店の店主の言う通り、やはり相当幻晶騎士が好きな子らしい。

 

「こんにちは!君も幻晶騎士を見に来たの?」 

 

 試しに声を掛けて見ると、少し驚いたような表情はしつつも、礼儀正しく返事を返してきた。

 

「こんにちは。お姉さんもそうなんですか?」

 

「そうなんだよ。やっぱりいいよね。幻晶騎士って」

 

 エヴァがそう口にした途端、

 

「ですよね!ですよね!あの装甲が擦れ合い軋む音とか、筋肉が収縮する時の弦楽器みたいな音とか、吸排気音とか聞いていて堪らないですよね!

 あ、もちろん音だけじゃなくて、面覆い(バイザー)の向こうから見える眼差しとか、金属製の装甲が持つ重量感とか、塗装の剥げた所から見える金属の煌めきとか、見ているだけで胸がドキドキしますよね!?」

 

 少年は喜色満面な表情でそんな事を高速で捲し立て始めた。

 

[この子……できる!]

 

 その弁舌にエヴァも呼応を始めた。

 

「だよね!あの関節側部に空いてるエッジの立った空気取り入れ穴(エア・インテーク)とか堪んないよね!装甲に書き込まれてる模様(パターン)注意書き(コーション・マーク)とかセクシーだよね!

 肩部装甲や腰部装甲についてるあの淡い発光部って何の意味あるのかわかんないけど、かっこいいよね?」

 

 それは共鳴とでもいうべき現象だったのかもしれない。

 固有振動数の等しい二つの音叉の片方が打ち鳴らされれば、片方も同じく鳴り始めるように、二人の少年少女は己が拘りを子供らしい高音でくっちゃべり始めた。

 

「おや、それはもしかして……」

 

 ふと少年の方がお喋りと注意の内容を、エヴァの描いていたスケッチの方へと向ける。

 

「そう、幻晶騎士だよ。簡単な素描だからお粗末で恥ずかしいんだけど」

 

「いやいや、よく描けてるじゃないですか!」

 

 幻晶騎士にそこまで拘りを持っている“わかってる”子に褒めてもらったことで、エヴァは素直な嬉しさを嚙み締めた。

 

「そうか……絵を描くって言うのも楽しそうですよね」

 

 そう言うが早いか、彼は幼児とは思えないような高速で駆け出し、何処かへと消えて行った……かと思ったら、しばらくして手にスケッチブックと画材を持って再びやってきた。

 

「ただいまです。僕も絵を描いてみようと思います。お隣失礼しますね」

 

 小さな手が素早く手に握った木炭を走らせて、線を描き始める。それはとても幼子の描く絵とは思えない巧緻性だった。

 

[嘘だろ!?なんてデッサン力なんだ!この子本当に年齢一桁の幼児か?天才じゃないか!]

 

 エヴァも8歳の子供に相応しくない画力でスケッチをしているのだが、自分の事は棚上げである。

 だが、エヴァには彼の描いている絵で幾つか違和感を覚える部分があった。

 だから、思わずその点を指摘してしまった。幼い子供にするには大人げない行動だったろう。

 

「あれ?ここって凹んでるんじゃない?」

 

「いや、ここは凸モールドじゃないです?(リベット)とか何かでしょうし」

 

 しかし、少年はそれを受けても傷付くどころか落ち着いて持論を展開した。

 だから、つい“楽しくなって”しまった。

 

「いや、溶接で固定してる可能性だってあるじゃない?」

 

「いやいや、この部品(パーツ)の形状だと溶接固定は難しいでしょう。絶対鋲止めですって!」

 

 それは幼児同士がする会話としては異様なまでに専門性が高すぎるのだが、二人とも熱が入りすぎてその違和感に気付かないようだった。

 

「うーん、別角度から観察して確かめてみるべきかな?」

 

「それならお姉さんは、あちら側からお願いします。僕は反対側から観察するので」

 

「わかった!」

 

 異なる角度からの観測情報を照らし合わせることで、より物体を立体的かつ正確に把握しようとする。

 いつの間にか楽しいお絵描きは、幻晶騎士に対する考証をぶつけ合う意見交換の場と化していき、二人の描く絵はただのデッサンや素描から、構造を把握するための三面図へと変貌を遂げていた。

 

「うん!これはかなり良質な資料になったぞ!」

 

「素晴らしい!これで幻晶騎士のより深い理解が可能になりましたね!」

 

 いつの間にかすっかり夕方になって、練習機達も学園内の整備格納庫への帰路に付こうとし始めていた。

 自分達もそれに倣おうと、二人はお互いに感謝の意を告げ、別れの挨拶を口にした。

 

「お姉さん、今日はありがとうございました!また会うことがあれば、幻晶騎士についてお話しましょうね!」

 

「こちらこそありがとう!またね~!」

 

[あ、あの子の名前聞きそびれちゃった。まぁいいや、どの道いずれは会うことになるんだから。その時、改めて聞けばいいさ]

 

 少年と別れたエヴァは自身のお腹から鳴る空腹の音に気が付くと、家族との夕餉(ゆうげ)を楽しむために家路を急ぐ。

 

 

 

 

 

 あれから数か月の時が経った。

 

[あ、いた。やっぱり今日も幻晶騎士見に来てるわ。あの子]

 

 演習場で試合をしている幻晶騎士をつぶさに観察し、以前のようにスケッチを楽しんでいる銀髪少年を見つけたエヴァは彼に声を掛けた。

 

「やぁ!またやってるね。調子はどう?」

 

「あ、お姉さん!お久しぶりです。いい感じだと思います。やっぱり絵を描くのは楽しいですね」

 

 しかし少年は、今日のエヴァが画材もスケッチブックも持って来ていないことに首を傾げた。

 

「あれ?お姉さん、今日は絵を描きに来たんじゃないんですか?」

 

「うーん、今日はスケッチはいいかなって。それより君に見て欲しい物があるんだ」

 

「……僕に?」

 

 そしてエヴァは予め大切に箱に仕舞っていた物を少年の目の前に差し出した。

 

「こ、これは!?幻晶騎士の模型!」

 

「実を言うと、これを作る為にあのスケッチ……いや、あれはもう図面かな。あれを描いてたんだ。」

 

「!?これお姉さんが作ったんですか!?すごい!すごい作り込みだ!僕たちの描いたあの三面図そのものじゃないですか!」

 

 少年はまるで宝飾品でも触る様に優しく丁寧に、差し出された模型の感触を楽しみ始めた。

 端正でふっくらとした顔貌が笑顔を形作り、至福の表情を浮かべている。

 

 その可愛らしい表情の変化を達成感と共にたっぷり楽しんだ後、エヴァは少年に告げた。

 

「良かったらそれ、あげようか?いや、君に貰ってほしい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、少年の双眸が驚きに見開かれる。心なしか手が震えているようにも見える。

 

「そ、そんな!これ作るのすごく大変だったでしょう?こんな素敵な作品、貰えないですよ……」

 

 その表情は胸にある葛藤をよく表現していた。

 欲しい。

 だがかなりの手間が掛かっている作品で、作った人の思いが込められているのが解る。だからこそ、そう易々と受取れない。

 そんな模型を尊ぶ者であるからこその表情。

 

「君に貰ってほしいんだ。これはその為に作ったんだから」

 

 そんな表情を浮かべられるものだからこそ、エヴァは受け取って欲しかった。

 

「君、玩具屋さんに飾られてた模型を物欲しそうな目で見に来てたじゃない」

 

「あれ見てたんですか!?お、お恥ずかしい……」

 

 少年の頬が羞恥で赤く染まる。

 エヴァはそのあまりの可愛らしさにニヤつきそうになる表情筋を必死に制御し、話を続ける。

 

「あの顔を見てたら、思ったんだ。あの幻晶騎士の模型は君みたいな子にこそ与えられるべきだって。

 でも、私にはあの模型を買うだけのお金が無かった。だったら自分で作ろうって、そう思ったんだ」

 

 そして、気づいたら素材と工具を買っていた。そこまで聞いた所で少年の顔は信じられないとでも言いたげな表情になっていた。

 

「何故、僕の為にそこまでしてくださるんです?」

 

 それを聞かれたエヴァは返答に困った。

 

「うーん、改めて聞かれると説明が難しいな。何故なんだろう?……友達……そう!君と友達になりたかったんだな。きっと、私は」

 

 その答えを聞いた少年は、自分を落ち着かせるように深呼吸をした後、笑顔でこう返した。

 

「やだなぁ。僕達、もう友達みたいなものじゃないですか。あの三面図を一緒に描いた時から」

 

 意外な返答に、一瞬虚を疲れたような表情をしたエヴァはすぐに破顔する。

 

「あはは、言われてみればそうかもね。そう言えば、自己紹介がまだだったね。私、エヴァリーナ・オルター。君の名前は?」

 

 エヴァの名前を聞いた少年は、今まで見たそれの中でもとびきりの笑顔で自分の名前を告げた。

 

「僕の名はエルネスティ。エルネスティ・エチェバルリアです、エヴァさん。これからもよろしくお願いしますね」




*プラモ狂〇郎を小馬鹿にしているような事をあとがきに書いてしまいました。
他人が見たらどう思うかという視点が欠けていましたね。
訂正して、謝罪をさせていただきます。申し訳なかった。

あと多くの誤字報告をしてくださったskier keyさん この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


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4話 身バレ祭り開催

サブタイトルでオチちゃってますが、他に適切なのが思いつかなかったのです。
以前にも増して伏字が多いけど、お許しください。


 あの劇的な告白からわずか一日の事である。

 

「すいません。エヴァさん、やっぱりこれは受け取れません」

 

 今にも泣きだしそうな程の無念を湛えた表情で、エルネスティはエヴァリーナが渡した幻晶騎士(シルエット・ナイト)の模型を返そうとしてきた。 

 

[あ~、もしかしてご両親にバレちゃったの?」

 

「……はい。油断してました。枕元に置いておいたら、朝起こしに来てくれた時に……」

 

 常識的な判断だと言わざるを得ない。エヴァはエルの両親の判断を評価した。

 息子さんがどこの誰とも解らない人間にいきなりプレゼントを貰って帰ってきたら、良識ある人物なら必ずこう言うだろう。

『返してらっしゃい』と。

 この可能性を考慮していなかった己の判断こそが短絡的かつ浅はかなのであって、エルも彼の両親も全く悪くない。

 しかし、エヴァだってせっかく心を込めてプレゼントした品を突っ返されるのは心外だ。

 なんとかならないかと思ったエヴァはすぐにある考えに行きつく。

 

「よし。エル君のご両親にご挨拶に伺おう」

 

 どこの誰とも解らない人物から送られた品が問題であるのならば、誰がプレゼントした物なのかはっきりさせればいい。むしろ自分の為人を知って貰う方が、後々都合がいい筈だ。

 考えてみれば、自分はエルの両親の稼業も家族構成も知らないではないか。これはそういった情報を得る上でも都合がいい。エヴァはそう考えた。

 だから、“とある準備”を行った後でエルに案内してもらった彼の自宅を見たとき、エヴァは驚きを隠せなかった。

 

[ちょ!うちの邸宅と同じぐらいの大きさじゃないか!?もしかして、エル君の家って貴族?]

 

 貴族の作法や力関係に疎い自分にはよく解らないが、愛人の家庭よりはしっかりした家柄なのではないか?

 厳格なマナーとかを求められたらどうしよう。そんな考えがエヴァに冷や汗を流させる。

 

「エヴァさん、僕からも紹介させてもらいますから、どうぞ中へ」

 

「……はっ!そ、そうだね。ありがとう。」[くっ!こんな事で怖気付いてどうする!勇気を出せ、私!]

 

 玄関から元気よく挨拶して御宅に上がらせてもらうと、すぐに母親らしき人物が顔を見せてくれた。

 エルそっくりの銀髪の美人だった。

 

「あら、いらっしゃいませ。エルの友達かしら?どうぞ、楽にしてくださいね」

 

「お邪魔してます、こんにちは。エヴァリーナ・オルターと申します」

 

 お茶菓子などを用意してくれたこのお母さん、セレスティナ(ティナ)・エチェバルリアをターゲットに据えて、エヴァは早速交渉を開始した。

 

「え?あなたがあの模型をエルにくれた友達だったの?」

 

「はい。今日はその件でここに来ました。単刀直入に言いますと、改めてエル君にあれを貰ってほしいと思いまして、お願いをしに参りました」

 

「で、でもあんなに高価な物を貰うのはあなたにも、あなたの御両親にも申し訳ないわ」

 

 セレスティナはエヴァが懸念していた通りの事を口にした。

 当然だろう。誰だって8歳児が木製の幻晶騎士の模型を完全自作(フルスクラッチ)したなんて普通考えない。高価な既製品を購入したと思う筈だ。

 だから、エヴァは証拠を用意してきた。予め箱に入れて持ってきたそれらをテーブルに並べる。

 

「これは?」

 

「その模型を作る前に、いくつか作っていた試作品です」

 

「試作品……もしかしてこの模型はあなたが作ったの?」

 

「はい。お店で売ってるのと比べたら粗末な出来でお恥ずかしいですが……」

 

「そ、そんな事ないわよ!?……本当に驚いたわ。まさかあなたの作品だったなんて。」

 

「材料費とかはそんなに掛かってないので、お金の事は気にしないで欲しいんです」

 

「いえ、これはお金の問題では……」

 

「エル君に貰って欲しくて、心を込めて作りました。受け取って貰えないのは悲しいのです。それでもダメでしょうか?」

 

 上目遣いでエヴァはセレスティナに懇願した。健気な少女の姿勢にティナは数分の思考の後、首肯した。

 横で交渉の趨勢を見守っていたエルの表情が一気に華やぐ。

 

「……わかりました。うちの息子の為にそこまでしてくれるなんて、これは断ったら逆に失礼ですね。私からもお礼を言わせてもらいます。本当にありがとう」

 

「こちらこそありがとうございます!」

 

「母様、本当にいいんですか!?ありがとうございます!エヴァさんも改めて、ありがとう!」

 

 交渉成立を喜ぶエヴァとエルはお互いにハイタッチなどして、感動を分かち合った。

 それを微笑ましい眼差しで見ていたセレスティナは、エヴァが持ってきた箱の内側にまだ何かが残っていることに気が付いた。

 

「あら、何かしら?それも幻晶騎士のように見えるのだけれども……」

 

「……え!!??エヴァさん、そ、それは……?」

 

 幻晶騎士の種類に詳しくないティナでも、それはこの国で製造されている機体とは明らかに趣きが異なると感じられる意匠(デザイン)だった。

 エルもその姿を見て、驚いているようだ。些か動揺の程が大きく感じるが。 

 

「あ、あぁ。これですか?これは私が考えたオリジナルの模型みたいなものです。一緒に持ってきちゃってたんですね」

 

 R〇-78 ガ〇ダム。エヴァが前世での工作の勘所を取り戻すために、一体拵えてみた模型だった。

 それ以後に作った幻晶騎士のそれに比べると完成度は低いが、自分にとっても前世(村岡精作)での己の物づくりの原点となっているモチーフだけに気合いを入れて作った一品である。

 

「すみません。これも試作品みたいなものなので、エル君にあげるのはちょっと……」

 

「いえ、1個貰えただけで十分ですよ。そうよね、エル?」

 

「……あ、はい。これ以上、エヴァさんにおねだりなんてできませんよ。あはは……」

 

 それから3人は和やかな談笑を楽しみながら茶菓子を頬張り、お互いの家の事情などを話した。

 

「へぇ。お父さんは学園で幻晶騎士操縦の教官職を?」

 

「はい。お祖父(じい)様はライヒアラの学園長先生なのです。」

 

「私も今は教壇には立っていないけれど、教師をやっていたこともあるわ」

 

「そ、そうなんですか~。あはは、すごいですね」[この学園街ってかなりのマンモス学校だよな?その学園長のご家族って言うと、やっぱり貴族なのかな?]

 

 エヴァの表情に微妙な緊張が浮き出ていることを見て取ったティナは、気にしないように言った。

 

「確かに我がエチェバルリア家は貴族の一種ではあるけど、所謂“法衣貴族”という身分ですよ。

 職や地位は保証されているけれど、領地や爵位を持った本来の貴族とは区別されているものですね。だから、あまり堅苦しくしないでね?」

 

「え!?母様、(うち)って、貴族家だったんですか!?」

 

「……そう言えば、エルにはこういう話はちゃんとしたこと無かったわね。今度改めて教えておきましょうね」

 

 ティナの丁寧な説明に、エヴァは納得した。エルネスティまで驚いているのは今までそういう事を気にしなかった子なのだと、察した。

 出された紅茶の効果なのか、いい感じにリラックスし始めた頃だった。 

 

「エヴァさん、よかったら今から僕の部屋に遊びに来てくれませんか?あなたに見て欲しいものがあるんです」

 

「あらあら。それじゃあエヴァさん、後はエルと二人でゆっくりしていってくださいね。」

 

「はい。ではお言葉に甘えて。行こうか、エル君」

 

 二人は2階に用意された子供部屋に上がっていく。

 エルの部屋にはたくさんの参考書や図鑑が収納された本棚が置かれていた。机には書きかけのノートや筆記用具が散りばめられ、とても勉強熱心な子供であることが伺える。

 そして、壁には何時ぞやの二人で描き上げた三面図の片割れを始めとして、幻晶騎士の絵が大切に飾られていた。

 

「あれから随分いっぱい描いたんだね、幻晶騎士のスケッチ。おや?私が見たことないのまであるじゃない」

 

「あ、それは学園実習機のグゥエールとアールカンバーですよ。サロドレアを実習生達が改造した機体なんですって」

 

「へぇ。実習機の改造(カスタマイズ)なんてのもやるんだ!?やっぱり、すごい楽しそうな学校だ!」

 

「ふふふ、そうですね。ところでさっき僕が言ったあなたに見て欲しいものというのは、これの事なんですよ」

 

 そう言ってエルは1冊のスケッチブックを差し出してきた。

 かなり書き込まれた帳面であることが、ページを捲る前から解るものだった。

 

「どれどれ、何が書かれてあるのかな……え!!??え、エル君……これって……?」

 

 そのスケッチブックにはやはりたくさんの絵が描かれていた。

 それは

 

 R〇-77 ガ〇キャノン であったり

 RG〇-79 ジ〇 であったり 

 M〇-06 ザ〇Ⅱ であったり 

 M〇M-07 ズ〇ック であったり

 M〇-14 ゲル〇グ であったり

 M〇N-02 ジ〇ング であったりした。

 

 どれもこれも見覚えのある姿。だが、この世界には存在する筈のない意匠をしたロボット達。

 それらが意味するところは一つしかなかった。

 

「え、エル君。君も地球の……?」

 

「えぇ。日本で生きた記憶を持っています。エヴァさんと同じく」 

 

 その表情は異世界で同郷の者を見つけたという堪え様のない喜悦で満ちていた。

 

 

 

「エル君は前世でプログラマーをやってたんだ?」

 

 エヴァは前世でのエルの職業を聞かされて感心していた。

 

「はい。正確にはとあるソフトハウスでシステムエンジニアを務めていました」

 

「なるほど、ソフトウェア開発とかやってたわけだ?」

 

「えぇ。ほとんどの業務は他企業から廻された下流工程を担当する下請け企業でしたけども」

 

 ソフト開発はおろか、プログラミングすらほとんどやったことが無いエヴァリーナ(村岡)には創造の及ばない世界である。

 仕事に関してはあまりいい思い出が無かったのか、エヴァは口を濁してしまったので、エルは話題をお互いの趣味に切り替える。

 

「それにしても、さっきのガ〇ダムに加えて幻晶騎士の模型まで木で自作なさってしまうなんて、すごい技術力ですね!」

 

「お褒めに預かり光栄だね。前世ではバルサ材ぐらいしか弄ったことない木工素人だったから、最初は戸惑ったもんだよ。やっぱりプラスチックは偉大な素材だったんだなぁ。」

 

「ほ、本当ですか!?こちらで新しく身に着けた技術であれだけの物を作れるなんて、素晴らしいセンスじゃないですか!」

 

「ふふふ、ありがとう。向こうでのフルスクラッチの経験が活きたかな。プラモ組み立ててるだけだったら、確かに心が折れてたかも」

 

 フルスクラッチ。その単語を聞いた時、エルの顔は強い郷愁の色を帯び始めた。

 彼にとってそれは“とある人物”の記憶を強く想起させるものであったから。

 

「フルスクラッチか、懐かしいなぁ。僕の先輩にもよく模型を自作してくる人が居たんですよ」

 

「へぇ。その人もモビル〇ーツを作ってたりしたの?それともスケールモデルとか?」

 

「アニメや漫画のキャラクターモデルでしたよ。商品化されてないような機体をいっぱい作ってたんです。サン〇ージュとか、ビル〇ナウとか、カン〇リジョやノー〇ィラスなんてのもありましたね」

 

「……へぇ。す、すごいね」

 

 エヴァは彼の語るその“先輩”の作ったという模型のモチーフに覚えがあった。それらは全て村岡がかつて自作した経験を持つ機体だったのだから。

 一つや二つなら被ることもあるかもしれない。しかし、その全てが一致するなどという事が果たしてあり得るのだろうか?

 それ故に、一つの疑念が湧き起こる。エルの前世が自分のよく知る“彼”であったなら?と。

 そして、それは……。

 

「えぇ。すごく尊敬してました。模型自作者(スクラッチビルダー)“村岡精作”先輩の事を」

「倉田……」

 

「え?」

「エル君……君は、倉田翼、なのか?」

 

 

 

 

「エヴァさん、もしかして、あなたは村岡先輩なんですか?」 

 

 確信へと変わった。

 その瞬間だった。エヴァリーナの瞳から涙が零れ落ち、頬を伝う。

 そして、彼女は慟哭と共にエルネスティを抱きしめた。

 

 

 

「倉田!俺、お前にずっと謝りたかったんだ!ごめん、俺があの時……!」

 

“倉田”は自身の今際の記憶をほじくり返し、“村岡”が何に対して懺悔しているのかを察した。

 あの時自分が伸ばした手の先にあった相手の驚愕と恐怖の表情。そして、後悔の色。

 だが、それは倉田だって同じだ。

 

「先輩、気にしないでください。あれは僕が勝手にやった事なんですよ」

 

「でも、でもぉ!」

 

「謝るのはやめてください。それに僕は結局、あなたを助けられなかった」

 

 エルの小さな手が、エヴァの背中を優しく撫でる。

 

「それより今はこの奇跡的な再会を喜びましょうよ。ね?」

 

 そうして、エヴァが泣き止むまでエルは彼女の胸の中で抱かれ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

[あれ?すると、先輩はどうして?]

 

 エルの胸中にとある疑念が湧き起こる。

 それはこの感動の再会の切欠となった出会いの記憶であり、生前の村岡精作がどういう人物であったかという情報だった。

 美しい思い出に混ざって思い起こされるは、数多くの馬鹿話。

 エルは一抹の不安を抱いて、問答を始めた。それが的中していないことを心中で祈りながら。

 

「ところで先輩。僕にプレゼントしてくれた模型。あれは元々どういう動機で作ったものなんです?」

 

 泣き止んだエヴァは質問の意図を読みかねているのか、首を傾げながら答える。

 

「お前と友達になりたかったから、プレゼントしたいから作ったんだよ?」

 

「どうして僕と友達になりたかったんです?僕が倉田翼だと気付いたのは、ついさっきなんですよね?」

 

 その疑問の言葉にハッとした様子のエヴァ。段々と彼女の視線が泳ぎ始めた。

 

「……“エル君”と友達になりたかったからだよ。本当だよ?」

 

 返答の声も震えていた。

 

「もう一ついいですか?あなた“エルネスティ”と友達になって、将来的には何をする(・・・・)心算だったんです?」

 

 しばしの沈黙の後、エヴァはもう隠す事は無意味だと悟ったのか、

 

「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 心底残念だと言う顔で、そう口にした。

 途端にエルは猛速で彼女から距離を取った。自身の身体を掻き抱き、同時に杖を握って“臨戦態勢”を取る。まるでその目はケダモノでも見るかのようだった。

 それを見て、エヴァは溜息を吐いて“本音”をぶちまけ始めた。

 

「まさか、エル君がお前だとは思わなかったからな。あるいは逆・光源氏計画と言うのも乙なもんかなと思ってたけど、お前相手じゃ流石に通用しないよな。いや~、実に残念だ」

 

「あ、あなたって人は……僕を(模型)で釣ろうとしましたね!?」

 

 そう、何を隠そう倉田翼が知っている村岡精作という男は、前世の頃から筋金入りのショタコンであったのだ。

 

『なぁ、倉田~ジェイ〇ッカーの友永〇太君ってかわいいと思わないか?』

 

『H〇ROMANのジョ〇イもいいよな。あんな子に応援されたら、死の淵からだって蘇れそうだよ』

 

『ロ〇ン萌えるよな~。ターン〇ーはロー〇・〇ーラがヒロインでいいんじゃないか?』

 

 村岡の度々語る少年キャラクター達には共通点があった。それらは皆、所謂“男の娘”と呼ばれる少女のような可愛らしい姿をした男性キャラ。

 エルは、今の自分の容姿が目の前のかつての友人の“ストライクゾーンど真ん中”である可能性に気付いてしまったのだ。

 

「前世のあなたのショタ好きは、二次元キャラに対してのみ向けられていたものじゃなかったんですか?」

 

「おまえ……今の自分自身の魅力を自覚してないのか?そんな幻想的男の娘ルックした子が目の前に出現したら、萌えない訳ないだろうが!」

 

「開き直ってるんじゃありません!!」

 

 エヴァの暴露したもはやオブラートに包む事もしない剥き出しの下心に大いなる呆れを込めて、エルは甲高い声で一喝した。

 こうして、二人の奇跡的な再会はしょ~もない言い合いの場へと変貌を遂げて行った。内容は主に二人の趣味について。

 

「だ・か・ら!前から言ってるよな!?ショタとロボットは“カレーと福神漬け”の関係だと!お互いがお互いの魅力を引き出し合う補色のような相互作用を持つんだ!なぜ、これが解らん!?」

 

「解りませんよ!ロボットの魅力と搭乗者の魅力はあくまで独立したものとして評価するべきです!大体、おじさんやイケメンが乗ってたってかっこいいものはかっこいいじゃないですか!」

 

「リアル系の泥臭いロボでなら大いに同意するところだが、デザインや設定にヒロイックな色を帯びたものに関しては、やはりショタが乗ってたほうがいい!勇〇ロボがオジさん主人公だったら興冷めだろうが!」

 

「謝りなさい!ガ〇ガイガーに謝りなさい!」

 

 そうして泥沼の様相を呈していた口論は、お互いが窓の外から覗く美しい夕日に気付いた時まで続いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。きょ、今日はこんくらいで勘弁してやる」

 

「はぁ、はぁ、はぁ。い、いつでも受けて立ってやりますです」

 

 肩で息をしながら、少年と少女は鉾を納め、一階に降りていく。

 そんな二人を認めたティナが、優し気に声を掛けてきた。

 

「あらあら、二人ともすごく楽しそうに会話をしていたわね。ここからでも声が聞こえていたわ」

 

「す、すいません。騒がしくしてしまって……」

 

「うふふ、いいのよ。偶にはこんな賑やかな時があっても。あの子ったらいつもは大人しいから、意外な一面が見れたわね。あなたのお陰ね。」

 

 熱の入った自分達の喧騒を、ここまで優しく受け止められるとはなんと大らかな人なんだと、エヴァはセレスティナの人柄を評価した。

 

「本日はお騒がせしました。その……また、来てもいいでしょうか?」

 

「もちろんよ。いつでも来てくださいね。エヴァリーナさん」

 

 笑顔で送り出してくれるティナの言葉に、エヴァは温かい気持ちに包まれた。

 

「先輩」

 

 別れの挨拶を交わして玄関に立ったエヴァをエルが呼び止める。

 

「うん?なんだいエル(倉田)?」

 

 いつの間にか“君”付けが取れて呼び捨てになっているが、エルは気にしなかった。そちらの方が良かったから。

 

「やっぱり、先輩も騎操士(ナイト・ランナー)を目指しているんですよね?」

 

 それは問いかけと言うよりも確認の言葉だった。

 村岡精作とエヴァリーナ・オルターが記憶と人格を共有した存在であるのなら、必ずそれを目指す。そういう確信があったから。

 そして、もちろんエヴァはこう応える。

 

「あったり前だろ!お前も目指すんだろ?お互い、頑張ろうな!」

 

「はい!もちろんです。」

 

 二人は笑い合い、夢に向かって努力をすることを誓い合って、その日は別れたのだった。




某獅子王「おいおい、おじさんはないだろう?これでもまだ(第一話の時点では)二十歳なんだぜ?」
エル「あ、そう言えばそうでしたね。すいません。」
エヴァ「なんにせよ、成人男性じゃん。非ショタであることには変わりがない!」
某サイボーグ「ひどいな……」
エル「ひどいですね……」


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5話 生まれながらのサイボーグ

コロナワクチンの副反応、思ったよりもきつかったですw
投稿が遅れましたが、第5話です。


 それはある日の夜の事であった。

 

「や~だ!や~だ!会いたくない!」

 

 オルター家の邸宅の個室にて、そろそろ就寝しようかと思っていた長女エヴァリーナの耳に、彼女の妹の声が聞こえてきた。

 騒がしく思い、次女アデルトルートの部屋に向かうとそこには弟にして長男、アーキッドも居合わせていた。

 

「おーい、お前達。何時まで起きてるつもりだ?あんまり夜更かししてると、お母さんに怒られるぞ?」

 

「あ、姉ちゃん」「……お姉ちゃん」

 

 長女として、弟妹に注意をする。自分も偶に模型制作のために夜更かしや徹夜をしていることは棚上げである。

 ふとアディの方に視線を向けると、その手に部屋のカーテンを繋げて長いロープ状にした物が握られていることに気が付いた。

 そんな物を何に使う心算なのか、エヴァは僅かな時間で類推した。

 

「まさか、それで窓から逃げ出すつもりだったのか?何だってそんな真似を?」

 

 訝しむ姉に向かって、アディは慟哭する。

 

「だって、今度“あの人”が家に来るんでしょ?会いたくないもん!」

 

 あの人。これが誰の事を指しているのか、エヴァもキッドもよく知っていた。

 彼女達の父親であるヨアキム・セラーティ侯爵。彼がもうじき、この街にやってくるのだ。

 それはエヴァと異母姉のステファニアの学園への入学手続きも兼ねているのだが、愛人である母と自分達の顔を見る為でもある。

 だが、アディは父親に逢いたくないらしい。

 

「アディ……おまえ、お父さんの事誤解してるよ。この街に引っ越してきたのだって、別に実家から追い出したわけじゃなくて……」

 

「そんな事解ってるもん!でもあそこで私達、すごい嫌な気持ちになることいっぱい言われたりされたりしたじゃない?お姉ちゃんは平気なの?」

 

 それはもちろんヨアキム本人が行ったり、口にしたわけではない。本妻やその取り巻きとなっている人々の所業だった。

 幼い妹にはそれらが父親と強く関連付けられて記憶されているのだろう。だから苦手意識を感じている。エヴァはそう想像した。

 だが、確かに正妻と家庭を作って尚且つ愛人も作るというのは、それなりの管理責任を伴う行為だ。

 彼には両方の家族が平穏に暮らせるように取り計らう義務があったのだろう。それについてエヴァも思う所がないではない。

 

「だからこそ、こっちに引っ越すよう取り計らってくれたんだよ。これがお父さんなりの責任の取り方だったんじゃないかな?って、私は思うよ」

 

 同じ場所で暮らすことで衝突が発生するなら、遠ざけてしまえばいい。これが一番手っ取り早い方法だ。

 まさか、本妻の方を実家から遠ざけるわけにも行かないだろう。外聞が悪すぎる。

 そして何よりエヴァをライヒアラに入学させるためにも都合がよかった。

 これらの複合的要因により、自分達はここに越してきたのだ。エヴァはそれに納得している。

 しかし、それらを理解して納得できたのは彼女が転生前の大人としての知識や物差しで事態を冷静に分析できたからこそであり、まだ6歳児の妹にそんな分別を求める方がどうかしている。

 だから、アディが納得できないのは当然だった。

 

「そんなの……解んないよ!納得できない!」

 

 そう言って、彼女はカーテンを命綱代わりに窓から出て行こうとする。

 当然エヴァもキッドも止めようとしたが、彼女が身を乗り出す方が早かった。

 しかし、その命綱は所詮6歳児の子供が即席で作ったロープに過ぎない。その結び目は緩く、容易く解けてしまった。

 

「「あ、アディィィィィ!」」 「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 姉兄揃って顔を青褪めさせ、手を伸ばそうとするも間に合わない。

 あわやアディは2階の高さから地面に叩きつけられるかと思われた。

 

 その時だった。

 

「エアロ・スラスト!」

 

 一陣の風が吹き、何かがアディを受け止めた。

 それは彼女をちょうどお姫様抱っこするような形で、そのまま邸宅の屋根へと着陸する。

 

「大丈夫ですか?危ない所でしたね」

 

 その何か……フードを被った小柄な人物は、アディの顔を覗き込んでそう尋ねてきた。

 空のような蒼い瞳と紫がかった銀髪が美しい子供だった。

 

[か、かわいい……]

 

 思わずボーっとしてそれを見ていたアディは屋根の上に降ろされると、先ほど死にそうな目に遭ったという恐怖と、その人物の顔貌や声に対する感動でへたり込んでしまった。

 

「「アディ!大丈夫か!?」」

 

 エヴァとキッドが屋根へと上がって、駆け寄って来る。

 妹の無事を確認すると、エヴァはフードの人物に礼を言った。

 

「ありがとう!あなたがアディを助けてくれなかったら、今頃どうなってたことか……って、あれ?」

 

 エヴァはその人物が誰なのか、近くにまで来てようやく察した。

 

「お前、ひょっとしてエルか?」「おや、こんばんは。エヴァ先輩。」

 

 フードを捲ったその人物は前世からの友人、エルネスティ・エチェバルリアだった。

 

「姉ちゃんの知り合いか?」

 

 キッドが尋ねてきたので、エヴァは彼を紹介する。

 

「あ、うん。こっちで友達になったエルネスティ君だよ。二人とも、ちゃんとお礼と挨拶をしなさい」

 

「へぇ。ありがとうな、エルネスティ。アディを助けてくれて。俺、姉ちゃんの弟のアーキッドって言うんだ。お前が助けた方が双子の妹のアデルトルートだぜ」

 

「あ、ありがとう。エルネスティちゃん……」

 

 キッドが快活な挨拶をする横で、微妙に顔が赤いアディがそれに続いた。

 それを受けて、エルも3人に自己紹介をする事にした。

 

「こんばんは。エルネスティ・エチェバルリアと申します。ところでアデルトルートさん。もしかして僕の事、女だと思ってますか?」

 

「え?違うの?」「え?お前、まさか男なのか?」

 

 双子が驚きの声を上げる。

 

「あぁ、二人ともエルの事、女の子だと思ってたのね。アディが“ちゃん”付けで呼んでたのもその所為だったのか。確かにかわいい容姿をしているが、この子は立派な男の娘(・・・)だぞ」

 

「……先輩。今、絶対音じゃ解らない呼び方したでしょ?」

 

「はて、何のことやら?」

 

「「?二人とも何の話してるの?」」

 

 惚けるエヴァに何故かウンザリしているエル。二人は意味が解らず、首を傾げるしかなかった。

 

「それにしてもエル、お前こんな時間まで何をしてたんだ?そのお陰でアディは助かったようなものだけど……」

 

「エル君、体の割に力持ちだったよね。しかも私を抱えて、飛び上がっていたような?」

 

「そうだよ。お前みたいなチビがなんでアディをあんな風に持ち上げて助けることができたんだ?」

 

「ち、チビって……たしかにお三方よりも身長は低いですが……」

 

 どうやらエルは自分の小柄な体を気にしていたようだ。

 微妙に傷付いたような表情で、エルは自分の事情を話し始めた。

 

「訓練の一環なのです。この辺の屋根の上を走り込むことで、体力と“魔力”を鍛えてました。昼間にこんな事をしていると目立って仕様がありませんから」 

 

「え?夜遅くにこんな場所を?」

 

「えぇ。身体強化(フィジカル・ブースト)大気圧縮推進(エアロ・スラスト)の練習には、もってこいですからね」

 

 そう言ってエルは手に持っていた杖をかざすと、凄まじい速度で屋根を駆け始めた。

 時々姿がブレて見えるほどの速さで疾走していたかと思うと、屋根から屋根へジャンプして伝っていく。

 それだけではない。空中であり得ないベクトルの軌道を描いて跳躍しているのだ。それはもはや“飛翔”に片足を突っ込んでいるような挙動であった。

 そして、数百m程屋根の上をマラソンしてきたかと思ったら、あっという間に自分達の所に戻ってきたのだ。

 

「す、すごい……」

 

 双子は開いた口がふさがらなかった。エヴァも心中穏やかではなかった。

 

[あ、あれって“魔法”だよな?エル(倉田)のヤツ、私よりも年下なのにもうあんなレベルまで魔法を使いこなしているのか……]

 

 羨望と嫉妬、そして今の自分に対する情けなさ。それらが複雑に絡み合ってエヴァの胸を締め付ける。

 

「さて、さすがに僕も眠くなってきましたし、今日はこの辺で失礼します。皆さん、おやすみなさい」

 

 別れの挨拶と共に、エルは闇夜の中を先程のように猛速で駆け抜け、飛び跳ねて行く。その姿が目視不能になるまでそんなに時間は必要なかった。

 

「すごい奴だったな。あんな事ができるなら、俺も魔法を使ってみたいな」

 

「そうだね。そう言えば、お姉ちゃんも騎士を目指してるんでしょ?だったら、魔法も使えるんじゃない?」

 

「あいつ、俺達より年下か同い年ぐらいだろう?だったら、姉ちゃんならもっとすごい魔法教えてくれるんじゃないか?」

 

「お姉ちゃん。今度、私達にも教えてよ!ね?」

 

 かわいい弟妹達の健気な願いにエヴァも応えてやりたかった。

 しかし、彼女には不可能だった。なぜならエヴァは、

 

[言えるわけないよぉ……私は魔術演算領域(マギウス・サーキット)を意識することすらできてない、なんて事]

 

「あ、あはははは。今度、時間ができたら……ね?」

 

 ひた隠しにしたのは、年長者としての意地や見栄というやつである。

 我ながらくだらない感情だとは思うが、それでも二人のがっかりする顔は見たくなかった。姉としての威厳を壊すのは嫌だった。

 

 だからこそ、エヴァはとある決断をした。

 

[こうなったら、エルに教えを請おう!あんな高レベルの魔法を使いこなしていたあいつが、魔術演算領域とやらを意識できて無い訳ないからな。私と同じ“地球の記憶”を持っているあいつだけが頼りだ!]

 

 双子のお願いをなんとか往なしてベッドに向かった彼女はそう決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「おはようございまーす。エルネスティ君、いらっしゃいますか?」

 

 エチェバルリア邸の門前にて、エヴァは大きな声で挨拶をしていた。

 手には魔法を練習するための杖、筆記用具やノート・スケッチブックや参考書などの今まで魔法勉強のために用いてきた全ての教材を詰め込んだ鞄。

 本人にとっては総力戦の構えであった。

 

「いらっしゃい。エヴァリーナさん。遊びに来てくれたの?エルなら中に居るわよ」

 

 笑顔で迎え入れてくれたセレスティナに礼を返して、エヴァは2階のエルの部屋へと上がっていく。

 

「いらっしゃい、先輩。今日も遊びに来てくれたんですか?」

 

 確認するように問うてきたエルだったが、エヴァの手に握られていた“重武装”の数々に何やら様子が異なる事を察する。

 

「あ、あのなエル。今日はお前に頼みがあってきたんだよ。魔法についての事なんだ」

 

「魔法についての頼みですか?」

 

「うん。お前はその……魔術演算領域って知ってるよな?」

 

「えぇ、知っていますよ。魔法を使うのには必須の物ですからね」

 

「お前にとって、あれの“演算”ってどういう感じにやってるのかな?って気になったんだよ」

 

「あれ?先輩は魔術演算領域をまだ意識できてないんですか?」

 

「へ?あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……他人がどういう風に使ってるのかな?って気にならないか?」

 

[何を言ってるんだ私は……『魔法の使い方について教えてくれ』ってその一言が何故言えないんだよ!この期に及んで見栄を張ってる場合かよ!?]

 

 自分を心の中で叱咤する。しかし、エヴァはかつての後輩に情けない自分を知られたくない気持ちに逆らえなかったようだ。覚悟が足りていなかったのだ。

 だが、エルはそれを気にせず、己の魔術演算領域について教えてくれた。

 

「そうですね。僕はパソコンでプログラミングしてるような感覚で演算をしていますね」

 

「ぱ、パソコン?」

 

 飛び出てきたのは、意外な言葉だった。

 

「先輩はCUIってご存じですか?」

 

「……ごめん、知らない」

 

キャラクター(Character)ユーザー(User)インターフェイス(Interface)の略語です。文字で文章(テキスト)を入力する画面構成のシステムですね。テキスト・エディタとかもそうですし、Win〇owsならコマンド・プ〇ンプト、M〇cならター〇ナルなんかがこれに該当しますでしょうか?」

 

 幾つか聞いた事のある単語が含まれていた。

 しかし、それが何故“魔法”と繋がりがあるのか。

 それではまるで、

 

「これにこっちで学んだ術式を入力していく感覚ですね。キーボードでプログラム言語を入力していくように、頭の中で術式を入力して組み上げていく。すると魔法術式(スクリプト)が実行される。そんな感覚です。」

 

 頭の中に、本当にコンピューターでも入っているようなそんな質的感覚(クオリア)

 エルはそんな気の遠くなるような、SFのような“世界観”を感じているというのだ。突き放されたような絶望的感覚の差をエヴァは感じた。

 

「そんなの……そんなのまるでサイボーグじゃないか!?無茶苦茶だ!」

 

 悲鳴のようなエヴァの言葉。だが、エルはこれを受けても動揺しない。それどころか感心した様子で、

 

「サイボーグ……言い得て妙ですね」

 

「え?」

 

 それを肯定(・・)し始めたのだ。

 

「先輩。サイボーグと言うのは、サイバネティック・オーガニズムの略語なんです。サイバネティックとは制御工学や情報科学・通信工学の産物を指します。それらの技術と融合した生命体(オーガニズム)という事ですね。

 魔法術式(スクリプト)も言わばある種のプログラム言語ですから、それを脳内で処理するための機能を持っているこの世界の人間は、まさしく“生まれながらのサイボーグ”と呼んで差し支えない存在なのでしょう」

 

「な、なんだよ?……それ」

 

 エヴァにとっては理解不能な話だった。そんなサイバーパンクな世界は。

 

「先輩?」

 

「そんな、そんな感覚を受け入れろって言うのかよ?そんな事できるわけないじゃん!どうかしてるよ!」

 

 限界を迎えた彼女は勉強道具すら置いて、涙ながらにエチェバルリア邸から出て行った。

 

「せ、先輩?いきなりどうしたんです?ちょっと!置いていかないでくださいよ!どうするんですか、この荷物?」

 

 後に残されたエルは途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 エルネスティ・エチェバルリアは困惑していた。

 あれから母親に叱られたのだ。『女の子を泣かせてはだめよ。ちゃんと謝って来なさい!』と。

 しかし、彼にはエヴァに泣かれるような事を口にした記憶が無い。聞かれたことに素直に答えただけなのだ。

 自分の魔術演算領域に関する感覚について、魔法をどう操っているかという事を。

 何度考えても、原因が解らない。何が気に障ったのだろうか?

 それを知らなければ、謝罪も反省もしようがない。

 

「解らないことを幾ら考えても、仕方がありません。先輩に直接問い質してみる他ないですね」

 

 エルはそう考えて、オルター家の邸宅を訪れた。すぐに双子が迎え入れてくれた。

 

「あ、エルじゃん」「エル君、いらっしゃーい」

 

「お邪魔します。あの……エヴァ先輩いらっしゃいますか?」

 

 二人の顔が困惑の色を浮かべる。

 

「なんか最近、姉ちゃん元気なくてさ」

 

「ご飯食べる時ぐらいしか部屋から出て来ないのよね」

 

「……もしかすると、僕の所為かもしれませんね」

 

 その一言を聞き咎めた双子は矢継ぎ早に質問を始めた。

 

「そういえば、エル君の御家に遊びに行ってからだったわね。元気がなくなったの……エル君、何か知らない?」

 

「エル、姉ちゃんに何したんだよ!?」 

 

「僕も具体的な原因については解らないのですが、どんな風に魔法を行使しているかを僕なりの感覚で答えていたら、突然慌てた様になって……」

 

「やっぱり、そういう事だったのね。あの子ったら、しょうのない子……」

 

「お母さん何か知ってるの?」

 

 それを奥で聞いていたイルマタルが3人を応接間に上げて、事情を説明し始めた。

 

「先輩が演算不能者(ノーペレーター)ですって!?」

 

「やはりあの子、それを隠してあなたに質問をしたのね。でしたらエルネスティ君、あなたの所為ではないわ。こればかりは仕方が無いことです。“演算”ができない人にあの感覚を教える事なんて簡単な事ではないですもの」

 

 ショックを受けている様子のエル。

 自分はこの世界に生まれ落ちてよりすっかり慣れてしまったが、魔術演算領域というこの脳内仮想コンピューターとも言うべき高次な脳活動と、あの時行った“サイバネティック”な説明は演算能力を持たない人間、すなわち普通の地球人にとってはどういう風に感じられるか、やっと考えが及んだのだ。

 理解できない世界に突き放されたような気持ちになったのではないか?と。

 

「よくわからないんだけど、その魔術演算領域ってそんなに難しいものなのか?」

 

 まだ魔法について詳しくないキッドは首を傾げる。アディもよく解らないようだ。

 

「普通の人は杖を持って訓練をしていればなんとなく存在を感じ取れるものだけど、あの子はそれが全く解らないのよ。“魔力”は感じれるようになったけれども、それも杖だけでは駄目だったし。

 もうじき学園入学も近いから、焦っていたのかもしれないわね。あの子も」

 

 魔法が使えないと騎操士(ナイト・ランナー)にはなれないと言われている。

 もし自分が同じ立場に立たされたのなら?そう想像した時、エルは身震いした。

 まるで深い海の底で酸素ボンベを外されたような。

 宇宙空間で船外作業中に命綱が切れてしまったような。

 冗談でもなんでもなくエルにはそのような深く冷たい絶望感を覚えたのだ。

“ロボット”に恋焦がれる彼にはそんな事は生理的に受け入れられない。

 親友であったエルネスティ(倉田翼)にとって察するのは難しくなかった。それはエヴァリーナ(村岡精作)にとっても同じであるのだろうと。

 

 それ故にエルの頭脳は猛速で回転を始めた。親友の絶望を払いたいが為に。

 そして、彼は一つの疑念を抱いた。

 

お母さん(イルマタル)は、先輩は“魔力”は意識できたと仰った。それは何故だ?]

 

 この世界の生物は、基本的に自身の魔力と魔法術式に満たされている。

 術式と魔力は概念としてはともかく、実際には切り離すことができないものだ。

 魔力だけが扱えるなどという事はない筈なのだ。しかし、エヴァは魔力だけは意識できたというのだ。

 これは本来おかしなことだ。

 

[だとしたら、先輩は何らかの形で“術式”を扱ったという事になる。魔術演算領域以外の形で]

 

 エルは思い出す。自分が初めて魔法を使った時、魔術演算領域を意識したとき、何を使ってそれを為したか(・・・・・・・・・・・・)という事を。

 

[突破口はそこにある!]

 

 彼は確信を胸に秘めて、エヴァの居る2階に向かった。

 

 

 

 自身の部屋の中で、エヴァは今日も絶望に打ちひしがれていた。

 エルが明かした“魔術演算領域”その実態について。

 

[生まれながらのサイボーグ。これがこの世界の“魔法使い”だって……そんなの解るわけないじゃん]

 

 あれから試しに魔術演算領域とやらをパソコンの感覚で起動してみようとイメージ・トレーニングをしてみた。

 当然のことながら、デスクトップ画面はおろか起動画面もブルースクリーンすらも、浮かび上がってはこない。テキスト・エディタ?なにそれおいしいの?状態である。

 自分の中に、そんなものはないのだと改めて思い知るだけであった。

 

[そんな能力が無ければ使えない魔法なんて……そんな物で動いている幻晶騎士(シルエット・ナイト)っていったい何なんだよ?]

 

 だが、同時に納得もしてしまう自分がいた。

 地球でもロボットとは、コンピューター技術であるプログラムと切っても切り離せない関係にある存在であったことを。

“魔法術式”を言語として駆動している機械。それが幻晶騎士なのだろうと。そう察せられた。

 

[ずるいよ……そんなサイボーグ専用機なんて、私に真似できるわけないじゃん。手術とかで後付けもできないんだろう?どうしようもないじゃないか]

 

 もし今自分の目の前にマッドサイエンティスト染みた科学者が現れて『脳を改造して魔術演算領域を取り付けてあげる』などと言われたら、断れるか自信がない。

 エヴァはそう考えていたが、幸か不幸かこの世界にそんな技術はない。生体改造(ナニカスル)技術はもちろん、脳生理学すらこの国ではまだまだ発展途上なのだから。

 だが、それはやはりエヴァにとって絶望でしかないのである。

 

[学校への入学なんて、辞めちゃおうかな?]

 

 あんなに切望していたライヒアラへの入学も今では全く嬉しくない。

 ロボットに乗れない騎士になど、全然魅力を感じないからだ。

 

 そんなウジウジとしていたエヴァの耳に、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。

 

[お母さんかな?それともキッド?アディ?いつまでも部屋に籠ってるから、叩き出しに来たのかな?]

 

 そう考えていたエヴァの耳朶を打ったのは、頭に思い浮かべていたどの人物の声とも違う。鈴を転がすような声。

 

「先輩?起きてますか?エヴァ先輩?」

 

 エルの声だった。

 

「なんだ……お前かよ。何の用だよ?さっき下から聞こえてきたよ。お前も知ったんだろ?私が演算不能者だって事」

 

 ぶっきらぼうに答える。

 

「お前の事だから私を嗤いに来たわけじゃないだろうけど、変な励ましならいらないぞ。

 自分の無様さは解ってるつもりだよ。魔法を扱えないのに、騎操士(ナイト・ランナー)になろうだなんて分不相応な夢だったんだ」

 

 とめどなく流れる卑下の言葉を、扉の向こうのエルは黙って聞いていた。

 

「私はサイボーグなんかじゃない。魔法使いになんかなれないんだよ。だから騎操士にもなれない。

 だから、お母さんとお父さんに言って、学園への入学は取り止めてもらうよ。行ってもしょうがないからな。そんな学校」

 

 そう口にした時だった。

 

身体強化(フィジカル・ブースト)!」

 

 凄まじい膂力によって鍵を掛けていたはずのドアが引っ張られ、メリメリと音を立ててドア枠から引きちぎられた。

 とても10代にすら届いてない幼子には不可能な筈の所業だが、エルは怒りの表情を浮かべてこれを為した。彼が得意とする魔法の力である事、明白だ。

 

「な、なにしてるんだよ!?この馬鹿!」

 

 部屋主として当然の抗議であったが、エルは逆にエヴァを叱咤する。

 

「馬鹿はどっちですか!?自分は魔法使いにはなれない?僕に言わせればね、あなたは立派な魔法使いですよ。それも前世からのね!」

 

 意味の解らない台詞を言われて困惑するエヴァを尻目に、エルは矢継ぎ早に捲し立てる。

 

「前世であなたは僕の目の前で様々な模型を組み上げていった。プラモデルなんかのキットじゃない!プラ板やパテ、果ては百円ショップで買ってきたプラスチック製品すら加工して、ロボットの部品にしていったんですよ。

 あの時の僕にとって、あなたは魔法使いだった。模型自作(スクラッチビルド)の世界を僕に見せてくれたんですからね!」

 

 それまで漫画や模型雑誌でしか知らない、どこか遠い世界の情報に過ぎなかった技術だった自作模型の世界。

 それは当時の倉田翼にとって、まさしく“魔法”であった。それを村岡精作は自由に操り、自身の理想となる模型を形作ったのだ。

 かっこいいは作れる。与えられた組み立てキットだけでなく自分で選び取った素材や工具の力で。

 それこそが倉田にとっての、そしてエルネスティにとっての物造りの源風景。

 

「知っていますか、先輩?プログラマーの世界でも、システムの完全自作の事を“フルスクラッチ”って言うんですよ?」

 

 エルは思い出す。自身が所属していたソフトハウス、そこに舞い込んできたとある案件の事。

 それまで下流工程しか担当してこなかった自企業に、システムのほぼ完全構築の依頼が来た。

 これまでに無い大型案件であり、そのうま味の大きい仕事に沸き立つ自分達に、営業から突き付けられた納期はあまりにも短すぎるものだった。

 この絶望的な状況に、この案件を持ってきた営業に対する怨嗟の言葉を吐きながら、デスマーチに突入した倉田達。

 それでも、彼らは見事に納期までに仕事を間に合わせ、勝利の美酒に酔いしれたのだ。

 この頃からだった。倉田翼があの会社で“最終防衛ライン”などいう異名で呼ばれるようになったのは。

 

「あの苦行を乗り越えられたのは、僕が自分を信じられたからです。ジャンルは違えども完全自作(フルスクラッチ)をやり遂げられる“魔法使い”の薫陶を受けたのだからと……。

 その魔法使いが!この程度の事で!絶望しているところなんて、僕は見たくない!」

 

 無茶苦茶だが熱い情熱の乗った言葉を叩きつけてくるエルに、エヴァはただただ圧倒される他なかった。

 

 その彼が努めて冷静になるように一呼吸置いてから、彼女の肩に手に乗せて、更なる問いを投げかける。

 

「先輩、僕が先日言った言葉を覚えていますか?」

 

「……お前は頭の中にパソコンがあるような感覚で魔法を使ってるって言ったあれか?」

 

「その後です。僕はこの世界では“ヒトは生まれながらのサイボーグ”だと言いました」

 

「あぁ、そっちか……。」

 

「先輩。あの言葉の本当の意味はね。“人間は道具を使わなければ、碌にものを考えることもできない”という意味なんです」

 

「……お前、何言ってるの?」

 

 エルネスティが語ったのは、地球でとある哲学者が言った言葉だった。

 

「先輩、あなたは複雑な計算をする時、どうしますか?」

 

「計算?それが今、何の関係が?」

 

「いいから答えてください。足し算でも掛け算でも構いません。桁の多い数字の計算をするとき、先輩はどうしますか?」

 

 エヴァは少し考えた後、こう答えた。

 

「……こっちなら、筆算をするかな?地球でなら、パソコンやスマホの電卓アプリでも使うかもだけど」

 

 すると、エルはこう答えた。

 

「先輩、あなたは筆算をするときでもコンピューターを使っているのですよ。筆算もコンピューターの一種ですから」

 

「はぁ?お前何言ってるの?それのどこがコンピューターだって言うんだよ?」

 

「コンピューターと言うのは元来“計算をするモノ”という意味の言葉だったのです。それは電子計算機(デジタル・コンピューター)だろうと、階差機関(ディファレンス・エンジン)だろうと、人間の計算者だろうと、関係ありません。

 アナログだのデジタルだのの接頭語を使うまでもなく、計算や演算という作業をしていればそれはコンピューターなのです。だから、筆算も紙とペンで作った計算器(コンピューター)なのです」

 

 そんなの只の屁理屈ではないかとエヴァは思ったが、エルの言葉にはまだまだ続きがあった。

 

「ですから、先輩も筆算をしている時はサイボーグになっている事になりますね」

 

「……お前、さっきから言ってる事がめちゃくちゃだぞ?私のどこがサイボーグだって……?」

 

「何もおかしなことは言っていませんよ?筆算は式単体では計算ができませんもの。実際にペンを動かして数字を紙に書き込む人がなければ、計算などできないのですからね。

 だから先輩は筆算をしているとき、紙とペンと“一体になって”コンピューターを形成している事になります。これって実にサイバネティックな行為じゃありませんか?」

 

「お、おぅ……?」

 

 言われてみればそうなのかもしれないと、エヴァは段々エルの話術に乗せられ始めていた。

 

「先輩。ここで言っているサイボーグというのは、体にインプラントを埋め込んでるだとか、機械義肢を装備しているだとか、脳内に仮想演算領域があるとか、そういう狭い意味の言葉ではないんですよ。

“道具と一体となり、己の能力を拡張する生命体”。それがサイボーグのもう一つの意味なのです」

 

 地球でもそうだった。素の肉体能力が弱い霊長類の一種に過ぎない人類が、何故あそこまでの栄華を誇る文明を形成できたのか?

 それは道具を手に入れたからだ。石器を握り、火を起こし、言葉を話して、他者の力を得て、それらを束ねる。

 手に握った道具と一体となり、その道具を進化・発展させて、他の生物を凌駕する力すら手に入れて、その知識を他者と共有する。

 それができたからこそ人類はあの惑星で支配的な立場に立てたのであり、それが無ければただの猿に過ぎなかったのだ。

 猿は道具を手に入れたことで人間(サイボーグ)となったのだ。

 

 そして、それはこの世界の人間にとっても同じだ。

 何故ならこの世界の人間も単体では魔法を使えない生物なのだから。

 

「僕が初めて魔術演算領域を意識したとき、それは“杖”を握った時でした。僕は杖を握った時、“魔法使い(サイボーグ)”になったんです。

 お母さんからお聞きしましたが、先輩は“魔力”を意識することはできたと伺いました。それは何時でした?

 その時、何か道具を使いませんでしたか?魔法に関係のある“道具(デバイス)”を!」

 

 エヴァは思い出す。自分が初めて魔力を意識したとき、その傍らにあったもの。

 魔法現象を生まれて自分の手で引き起こすことができた時の事を。それを可能としたその道具の名を。

 

「シルエット・アームズ……魔導兵装(シルエット・アームズ)を使ったよ」

 

「そうですか。幻晶騎士の携行火器というあの……。

 だとしたら先輩。魔導兵装こそがあなたにとっての魔法使い(サイボーグ)としての起動キーとなる道具なのでしょう。

 魔導兵装についてもっと調べましょう。僕も俄然、興味が湧いてきました。あの武器とそれを形成する技術について!」

 

「う、うん……」

 

 差し出して来たエルの手を握って、エヴァは部屋の外に出る。

 彼の言葉を完全に理解しているわけではなかったが、エヴァは自分の中でのサイボーグという言葉のイメージが徐々に書き換わり始めていることに気付いた。

 絶望はまだ心の内に残っていたが、彼女は再び努力してみようと思えたのだ。この後輩に見捨てられない限りは。

 

 当然のことながら、エルは叱られた。それはそうだ。他人の家の器物を破壊したのだから。

 だが、イルマタルだけはその行為を注意はしつつも、どこか嬉しそうに受け止めていたと言う。




今回、すごいややこしい哲学的話になった感が強いですけど、結構大事な話なので、飛ばすわけには行かなかったのです。娯楽性は弱いかもだけど、許してね?


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6話 紋章術式

祝!スパロボ30発売!(一日遅れ)
小説書きながらになるので、プレイは牛歩の歩みとなるでしょうが、仕方ないねw
それにしても話には聞いていましたが、某生徒会長さんはいいキャラしてますねw


紋章術式(エンブレム・グラフ)?」

 

「えぇ。魔導兵装(シルエット・アームズ)はこの技術によって形成されている兵器のようです」

 

 エルとエヴァはエチェバルリア邸にて様々な資料を掻き漁り、目的の情報を見つけた。

 エルの持っている図鑑・資料には無かったので、彼の祖父ラウリや父マティアスにまでお願いして借りてきた資料の中に存在したものだ。

 エヴァにとっておそらく唯一となる魔法を使うための手段、そのための技術を。

 

 紋章術式。魔法術式(スクリプト)の構成を魔術演算領域(マギウス・サーキット)上ではなく、外部に用意した物体に図形として書き込む事で術式を扱う。

 それに魔力を流し込む事さえできれば、後は勝手に魔法が発動する。

 図形の形が紋章のように見えることで、このような呼ばれ方をするようになった技術だった。

 

 エルと共に資料を読み込んでいたエヴァは、思わず口走った。

 

「そんな便利な技術があるんなら、魔術演算領域なんかいらなくね?」

 

 自身が散々悩まされた問題が、そんな簡単な方法で解決するならそっちを使った方が話が早いじゃないかと、拍子抜けした様子だった。

 先天的能力(アビリティ)に左右される演算などという手段より、“記述”という誰にでも使える技術(テクニック)の方が有用性は高いではないかと。

 もっと普及していて然るべき技術だろうに、自分はそれを全く耳にしたことが無かったし、誰にも教えて貰えなかった。エヴァはそれが不思議でしょうがなかった。

 

 もちろん、それにも理由がある。

 

「便利な技術であることには疑いないですが、問題もあるようです。まず魔法術式は実際に図形として記述すると、かなり嵩張る情報となります。記述する物体には相応の表面積が必要なんですね」

 

 これにより装置が大型に成りがちで、用意する手間もかかるし、人間が日常で使用するには不便な物になるのだそうだ。

 それこそ、戦術級魔法(オーバード・スペル)を記述して、幻晶騎士(シルエット・ナイト)の携行火器として利用するのが、最も利便性を発揮できる使い方と言えるだろう。

 

「また一つの術式につき、書き込まれた一つの魔法しか使えないということですね。これも人間が使う際の利便性を損なわせてしまう要因となっているようです。

 あとこれには書かれてませんが、その特性から考えるとおそらく単体ではフィードバック処理もできないんじゃないでしょうか?」

 

「フィードバック?フィードバックっていうと、生物や機械が自動的に入出力を変化・調整するっていう、あの?」

 

 エヴァも聞いた事がある。地球では元々機械学習の分野などで使われていた言葉だったが、ビジネス用語を経て他分野に派生し、徐々に日常語化しつつあった概念だった。

 

「……あぁ、そうか!物理的に“記述”されている内容がプログラムや感覚器(センサー)の情報を受けて、勝手に書き換わったりするわけないもんな」

 

「そういうことですね。これ自体はコンピューターではないのですから、単体ではそんなことはできないでしょうね。人間や機械が直接書き換えない限り」

 

 そういう意味で弾力的運用をするには非常に手間が掛かる技術であり、なおかつ秒単位以上の細かな調整が必要な魔法を扱うには不向きなのだと、察せられる。

 

「あと一番のネックになっている問題は素材ですよ。魔力をよく通す物質は基本的には金属らしいですが、その中でも一番品質がいいのは銀だそうです」

 

「ぎ、銀か……そりゃ、高くつくわけだ」

 

 魔力も電気と同様に導体となる物質があり、伝達効率には素材ごとに違いがある。魔力の伝達性が高い素材であればあるほど、効率よく触媒結晶にエネルギーを注ぎ込み、現象へと変換してくれるわけだ。

 そして、その中で最も品質の良い素材である銀は、この世界でも金ほどではないにしてもそれなりに高価な金属であり、王侯貴族でもないと潤沢に利用できない。

 幻晶騎士を擁する騎士団は国防のための軍事組織であり、例外だ。もちろん、一般市民はそう易々と使えない。

 記述するための媒体となる物質が高額になるのなら、自分の脳機能という便利に使いまわせる能力に頼ったほうがいいとなるのは、市民にとっては自然な流れだろう。

 

 そして、銀を魔導兵装へと加工する方法であるが、この世界には油性マジックペンのような便利な筆記用具などはない。

 板状にして、そこに(たがね)や彫刻刀で紋章を彫っていくのである。つまり彫金だ。職人の技が必要であり、当然人件費が嵩む。

 

「だ、駄目だ……使える気がしない。主に費用的な意味で……」

 

 結局のところ、この世のあらゆる障壁の中で一番乗り越えづらい問題は“お金”なのかもしれない。

 

「二人とも、お茶を入れたわよ。少し休憩しませんか?」

 

 セレスティナがそう声を掛けてくれたので、一息入れようという事になった。

 応接間に行くと、同じく遊びに来ていたキッドとアディが机で参考書と睨めっこをしてる。魔法の勉強をしているのだ。

 

「二人とも頑張ってるなぁ」

 

「あ、姉ちゃんおかえり」「むぅ……お姉ちゃんばっかりエル君と遊んでてずるい、私達は勉強してるのに」

 

「いや、僕達も調べ物をしていたのですから、勉強してたようなものですよ?」「そうだぞ、特に私にとっては死活問題なんだからな?」

 

 実際、エヴァにとっては重要な問題だ。何せ己の夢や父親との約束が掛かっているのだから。

 

 ふとエヴァは弟妹達の勉強内容が気になったので、出されたお茶と茶菓子を楽しみながら、参考書のページを覗いてみた。

 

「!?お前ら、もうこんな所まで進めてるのか?すごいじゃないか!」

 

「へへへ、そうかな?」「エル君が書き込んでくれてるメモとか渡してくれたノートがすごく解りやすくて、スッと頭に入ってきて助かってるの!エル君、ありがとうね」

 

「少しでも学習の助けになれているのでしたら、用意した甲斐がありましたね」

 

 見れば、参考書には術式の法則性(アルゴリズム)を把握しやすくなるようなメモ書きが添付された資料が渡されており、非常に解りやすいものになっていた。

 物によってはマインドマップやメモリーツリーなども活用されており、術式を系統だてて学習できるように工夫されていた。

 エルの前世(倉田翼)時代からの非凡な資料制作技術が発揮された形である。

 

「このままだと、私なんかあっという間に追い抜かれそうだよ……」

 

 弟妹達の成長が早いのは喜ばしいことだが、姉としては不甲斐ない気持ちになるのは否めない。

 キッドもアディも、杖を握った瞬間から簡単な魔法であれば使えるほどの才能の片鱗を見せ始めていた。

 魔術演算領域を意識できている。やはりこれは魔法術式というプログラムを扱う上で、重要なアドバンテージとなるのだろう。

 パソコンがあるのと机上だけでプログラム学習を行うのとでは、理解力に違いが出るのは当然だろう。それと同じだ。

 このままでは演算ができない自分は、二人に置いて行かれることになるのではないだろうか?と不安な気持ちがまたしてもせり上がっていくエヴァ。

 

 場の空気が微妙になったのを払拭するためなのか、キッドが話題を変えた。

 

「で、姉ちゃん達は何か解った事はあったのかよ?」

 

「あぁ。私でも魔法が使えるようになりそうな技術はあったんだよ。でもな、その方法はめちゃくちゃお金が掛かりそうなやり方らしくてな」

 

「お金?どれぐらい掛かるの?」

 

「う~ん、ちょっと見当もつかないな。本来は幻晶騎士が使うものだから、私ら市民に売ってくれるようなものじゃないだろうし……例え買えたとしてもうちの邸宅売り払ったとしても買える値段なのかどうか」

 

「おいおい、どんだけ高いんだよ……」「家を売っちゃったりしたら、私達住む処なくなっちゃうじゃない……」

 

「いや、例えだから。本当に売ったりなんかしないよ」

 

 ちなみにエヴァは魔導兵装の相場など知らないため、彼女の知っている兵器……つまり、地球の現代兵器の価値を基準として考えていた。

 

[戦闘機のミサイルの中でも比較的安いAIM-9(サイド・ワインダー)の値段が4~8万ドルぐらいって言われてるんだから、それを下回るってことはないよな?

 いや、一発撃ったらおしまいのミサイル1基の値段と比べるのはおかしいか……駆逐艦や巡洋艦に搭載する近接防御火器(CIWS)とかが50万ドルぐらいというからその辺かしら?

 いやいや、実際に幻晶騎士が使う魔導兵装程の威力は無くていいから、もうちょっと性能の低くて小さな物を特注で作ってもらうとしたら?駄目だ……想像できない]

 

 比較対象がおかしい部分もあるが、何せ人間用の魔導兵装が作られたなどという話は聞かないため、推し量りようがないのである。

 

「先輩、あなたは僕以上に手先が器用です。材料さえ用意できるなら自作することはできませんか?」

 

 エルの提言に、一瞬ハッとした様に目を見開いたエヴァだったが、やはり大きく首を横に振る。

 

「素材が高すぎるよ。銀だろ?それにホワイトメタルやダイキャストすら加工した事のない私に金属加工はいきなりは無理だよ。もしやるなら、本腰を入れて勉強しなくちゃ」

 

「流石の先輩でも難しいですか……それはそうか、木工や樹脂注型(レジン・キャスト)とは訳が違いますものね」

 

「なんか二人がまた難しい話し始めたよ……」「工作の事とか私達じゃ解んないしね……」

 

 蚊帳の外に置かれる形になった双子を尻目に、エヴァとエルはまた考え込み始めた。

 

「銀以外の素材で魔力を通す物質というと、そういうものはほとんど金属なんですよね……あれ?」

 

 エルはある事に気付いて自身の愛用の杖を取り出し、マジマジと観察し始めた。

 

「……繊維質だ。これ、木材ですよ先輩!あぁ、そうか、忘れてました!杖は“ホワイト・ミストー”でできてたんでした!」

 

「へ?どういうことだ?なんだ?ホワイト・ミストーって?」

 

 エルの言うには、こういうことだ。

 人類の既知の物質の中でただ一種類だけ、植物でありながら高い魔力伝達効率を誇る木材がある。それがホワイトミストーだ。

 それ故に杖の素材として一般的に使用されているものである。当然、銀とは比較にならないぐらい安い。

 

「つ、つまりこの素材を使えば……?」

 

「非常に安価に魔導兵装を自作できるかもしれませんね」

 

 それを聞くが早いか、エヴァは財布を握りしめて外出の準備を始めた。

 

「“ホワイト・ミストー”で間違いないんだな!?ちょっと待っててくれ。材料屋で買ってくる!」

 

「あら?エヴァさん、もう帰ってしまうの?今日は早いわね」

 

「ごめんなさい、ティナおばさま。後でまた来ます。急遽欲しいものができたので!」

 

 そう言い残して、その健脚でエヴァは街へと駆け出して行った。

 

 

 

「また、大量に買い付けましたね……」

 

「ごめん、どれぐらい必要なのか解らなかったから、とりあえずありったけ買ってきたよ」

 

 帰ってきたエヴァは背中に大量のホワイト・ミストー材を背負っていた。杖と同じく、滑らかな感触の白い木材だった。

 それを一度自宅に持ち帰り、とりあえず手頃な板材だけを彫刻刀と一緒にエチェバルリア邸に持ち込んできた。

 

「いきなり高度な術式を刻むのは難しいでしょうから、基礎式(アーキテクト)から始めてみてはいかがでしょうか?」

 

「そうだな。何事も基礎が大事だよな」

 

 基礎式とはその名の通り、数多ある魔法術式の中でも最も基本的な機能単位の術式である。

 その中でも初期の魔法学習で使われる火炎弾丸(ファイア・トーチ)の術式を、エヴァは板材に彫り込んでいった。

 それを双子とエルは興味深げに見守っている。

 

「あとはこれに触媒結晶さえ取り付ければいいわけですね。この前先輩が置いていった杖がちょうどありますから、これを組み込んでみては?」

 

「あ、それこの家に置いていったままだったな……我ながら、あの時は幾ら何でも焦りすぎだったよな」

 

 苦笑しながら、杖を組み込んでそれは完成した。ちょうど、地球でいうところの小銃程度の大きさとなった。

 感慨深い気持ちでそれを手に取る。

 その瞬間、エヴァの中で懐かしい感覚質(クオリア)が湧き起こってきた。魔力だ。

 その感覚がこの道具が紛れもない魔導兵装なのであると示していた。

 魔導兵装を自作できた。それがエヴァにそこはかとない自己肯定感を与える。

 

「庭に練習に使う簡単な標的があります。試射したいなら、ぜひ使ってください」

 

「ありがとう、ではお言葉に甘えようか」

 

 庭に出るとエルの言っていた通り、紐に繋がった標的が木の枝にぶら下げられていた。

 それに向かって、触媒結晶のはめ込まれた先端部を向ける。ちょうど小銃の銃口を向ける様に。

 しっかりと狙いをつけて、そこに魔力を流し込む。

 

 軽い炸裂音と共に、爆炎の系統に連なる火球を形成する魔法が発動した。

 まっすぐな弾道を描いたそれは、標的に命中して表面をわずかに焼き焦がし、弾き飛ばす。

 

「やった……やったよ!私でも魔法が使えたんだ!あははははは!エル!キッド!アディ!私、やったんだよ!」

 

「先輩、おめでとうございます!」「「おめでとう、姉ちゃん(お姉ちゃん)!」」

 

 涙を流しながらエヴァは3人にハイタッチやハグを決めて、喜びを分かち合った。

 胸中に堆積していた不安が大きく取り除かれ、安堵と共に自己肯定感を補強する。

 彼女にとっては、大げさでもなんでもなくこれは救いであった。

 

「ありがとう、エル!お前のお陰だよ。お前に相談して本当に良かった」

 

「いえ、先輩。これはあなた自身が掴んだ成果です。僕はそれをちょっとお手伝いしただけですよ」

 

「いや、お前に励ましてもらってなかったら、紋章術式という技術にはたどり着けなかったかもしれない。ホワイト・ミストーを使って魔導兵装を作るって発想にもだ。だからこれはお前のお陰なんだよ。本当にありがとう!」

 

 そうして感極まったエヴァは、エルの頬に接吻(キス)をした。

 その瞬間だった。

 

「あぁぁぁぁぁ!何してるの!?お姉ちゃん!?え、え、え、え、エル君にチューなんかしちゃってぇぇぇ!」

 

 素っ頓狂な声を上げて、アディがエルからエヴァを引き剥がそうとし始めた。

 

「いいじゃないか!これが私なりのエルに対する感謝の気持ちの表明なんだよ!」

 

「もっと他の方法でやってよ!不潔よ!ふしだらよ!」

 

 やいのやいのと言い合いをしている姉妹の横で、すごく微妙な表情をしているエル。キッドも蚊帳の外だ。

 

[子供同士とは言え、女性からの接吻……先輩は元男性なんですが、あの瞬間のあの人の顔はとても女性らしいものでした。……これはどう考えるべきなんでしょうか?]

 

 前世基準で考えたら男からのキスをされたという状況に嫌がるべきなのだろうか?

 しかし、今の彼女の性自認は女性のそれになっている事を考えれば、素直に女の子にキスをされたと喜ぶべきなのだろうか?

 エルには判断が付かない。解らないことは深く考えることは止めようと、彼はこの問題をスルーすることにした。

 

「と、とにかくホワイト・ミストーで魔導兵装が作れたという事はこれを発展させていけば、先輩でもより強力な魔法を扱えるという事になりますね」

 

「そ、そうだな。よし!素材はたくさん買ってきたことだし、これはいろんな魔導兵装を作って試してみよう!燃えてきたぞ!」

 

 そうして、エヴァは制作の場所をオルター邸の自分の部屋に改めて、他にも魔導兵装を作り始めたのだが、やはりというかある問題が表面化しはじめた。

 

「た、体積が嵩む……」

 

 最初に作った魔導兵装が小銃程度のサイズに収まったのは、それに刻んでいたのがあくまで最も基本的な基礎術式の魔法であったからだ。

 威力を上げたり、より緻密な操作を行うためには、術式規模を拡大しなければならない。

 拡大術式(アンプリファ)や制御術式といった諸処の術式を繋げて組み込んでいけば、紋章術式は肥大していく。

 そうなるとより多くの記述面積を必要とするため、魔導兵装は大型化するのだ。

 

[これじゃまるでロケットランチャーか歩兵携行型ミサイルランチャーじゃないか……取り回しが悪いったら]

 

 前世で対戦車・航空機用に開発されていた歩兵用携帯兵器のような大きさに膨れ上がった魔導兵装は、体力に自信のあるエヴァでも流石に取り回しに苦労するモノになってしまっていた。

 それはそうだ。彼女はまだ8歳。体が出来上がってない子供に重火器のような武器は振り回せない。

 これでも中級魔法程度の威力であり、上級レベルの複雑な魔法など組み上げたら、野砲サイズぐらいにはなるのではないかと推測できる。

 

「魔導兵装が幻晶騎士専用兵器になるのも頷けますね。こんなに大きくなるのではね」

 

 妙なところに感心しているエルだが、エヴァにとってはこれは由々しき事態だ。

 こんな物を振り回していては肩か腰を痛めかねない。

 また、これに刻まれているのはたった一種の魔法術式だ。複数種類の魔法を使いたければ、複数個の魔導兵装を用意しなければならない。

 ここまでの重量物を両手持ちする自信はエヴァには無かった。

 なんとしても魔導兵装を小型化(ダウンサイジング)か軽量化する必要がある。

 

「う~、なんとか構造を工夫して表面積を多く確保するしかないかな?でも、板材の表にも裏にもかなり書き込んでもこの有様だぞ?」

 

 新たなる記述媒体を探さなければならないんだろうか?と考えていたエヴァ。

 再び思考の海に埋没した彼女に、あるアイディアが思い浮かんだ。

 

「……なぁ、エル。杖は手に握って使うよな」

 

「?もちろんそうですが、それが何か?」

 

 あまりにも当たり前な事を聞くエヴァを訝るエル。

 

「つまり、体から“手を伝って”魔力は流れるわけなんだよな?」

 

「当たり前ではないで……あ!?」

 

「つまり、私たち人間の身体も魔力を流せる導体として機能する。そういう事になるよな?」

 

「ま、まさか先輩……あなたは?」

 

 にやりと不敵に笑って、エヴァは筆を取る。

 そして、自分の手の平に魔法術式を書き込み始めた。

 

「つまり、自分自身を魔導兵装の一部にすることもできるってことになるんじゃないか?お前の言葉を借りるなら、これぞまさしく“サイバネティック”だな」

 

「そ、そんな無茶苦茶な!あれはそういう意味ではありませんよ!」

 

「いいや、もはやこれしか方法が思いつかない!え~い、手だけじゃ表面積が足りないな……そりゃ!」

 

 そう言って、彼女は服を脱ぎ始めた。下着姿になった姉を慌てて弟妹達が止めようとする。

 

「ちょっと!何してるんだよ、姉ちゃん!?」「何考えてるのよ!お姉ちゃん!?」

 

「仕方ないのさ!記述面積を少しでも確保するためだ!これはやむを得ないことだ!」

 

 そう言って、エヴァは自分の皮膚をキャンパスにして、どんどん術式を書き込んでいく。

 自分の身体に落書きを始める彼女を、友と弟妹はドン引きして見ていた。

 止めようとしても頑なにやめようとしないのだから仕方がない。今はイルマタルも外出中で他に誰も止めてくれる人がいないのだ。

 

「うーむ、前はほとんど書き込んじゃったな……よし、エル、お前は背中に書き込んでくれ」

 

「え?僕がですか?」

 

「自分じゃ手が届かないからな。キッドとアディじゃ、まだ勝手が解んないだろう?頼むよ」

 

「わ、わかりました……せ、背中なら」

 

 この妙な空気に呑まれてしまったのだろうか?エルは素直に彼女の背中に諸処の術式を書き込んでいく。

 

「……あふぅ」

 

「妙な声を出さないでください!」

 

「しょうがないじゃないか、お前の筆さばきがくすぐったかったのさ」

 

「……終わりましたよ」

 

「え?もう?まだ尻が残ってるじゃないか」

 

「そんなところまで書き込ませるつもりだったんですか!?いいんですよ!これで!」

 

「え~!?そんな小さな面積じゃ大した内容は記述できないだろう?」

 

「ここに書き込んだのは、構成を圧縮した術式です。これなら少ない表面積であっても、複雑な内容を記述できます」

 

「なんだよ~。そんなテクニックがあるなら教えてくれたっていいだろう?」

 

「これは上級者向けの応用技術ですからね。まだ基礎段階だと思って様子を見ていたら、まさかこんな展開になるなんて……もっと早く教えておくべきでした。そうしていたらこんな事には……」

 

 こんな変態的展開になるなどとは、流石のエルネスティでも計りかねた事だった。

 そりゃそうだ。魔法術式をボディペインティングし始めるなど、誰が想像できるだろうか?

 

「さて、記述は終わったことだし、試しに魔法を撃ちに行ってみるか。どこか手頃な射爆場みたいなところはないかな?ありがとうな、エル。今度また術式の構成法を改めて教えてくれよ」

 

 脱いだ服を再び着込んだエヴァは、自分とエルの“共同開発”した魔導兵装の威力を確かめるべく出掛けて行った。

 その背中を見ながら、エルは呟いた。

 

「僕はひょっとすると、パンドラの箱を開けてしまったのでしょうか?」

 

 

 

 その日の未明、街外れの幻晶騎士用演習場にて原因不明の爆発が複数回目撃された。

 明らかに上級を通り越し、戦術級魔法と思われる威力であったが、その日学園の幻晶騎士は演習を行った記録はないので、全く原因がわからず、町の住民は困惑する他なかった。

 

「あははははは!こりゃいいぞ!実に楽しい。こりゃ、もっと改良しなくちゃな。魔導兵装もこの皮膚に書き込む魔法術式も!」

 

 もちろん、一人の少女がそのような変態的決意を胸に高笑いをしていたことなぞ、彼女の友人と弟妹達以外は知る由もない。



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7話 鍛冶師たちとの出会い

 魔導兵装の自作に成功したエヴァリーナ。

 彼女は更なる騎士としての能力研鑽の為に、2歳年下の友人エルネスティと弟のアーキッドと妹のアデルトルートと共に、剣の稽古に励んでいた。

 

「エヴァ先輩、お見逸れしました。まさか、あなたがここまで剣術を磨いていたとは」

 

「ふふ、ありがと。魔法が使えなかった分、こっちはかなり気合入れて訓練してたからな」

 

 4人の子供たちの中で最も純粋な体術・剣術のセンスに優れていたのは、やはり年長者たる彼女だった。

 2歳分成長している事を差し引いても基礎体力が段違いに発達している事は、彼女の地力とそれを鍛えるための努力の賜物であろう。

 

 だがとある技を使えば、そんなエヴァをエルは圧倒してしまうことができる。

 

「……やっぱ、ずるいと思うわ。身体強化(フィジカル・ブースト)の魔法って」

 

「まぁ、これを使えることが僕の持ち味ですし。少しは許してくださいよ」

 

 身体強化魔法。その名の通り、使用者の身体能力を大きく強化してしまう魔法である。

 耐久力・力・動作速度など全てが凄まじいレベルまで向上するのだ。

 この魔法を使われてしまうと、エヴァは体重差を活かした圧し掛かり戦法ぐらいでしかエルを抑えられないぐらいの力の差となる。

 それすらもエルの小柄な体格と凄まじい動作速度による敏捷性によって、滅多なことでは成功しない。

 こんなチートくさい魔法の使用を訓練で許しているのは、本能によるものとはいえ魔獣は身体強化を実戦で使用してくるからだ。

 というよりも、魔獣達が幻晶騎士ほどの大型兵器を相手どれるだけの凄まじい戦闘能力を発揮できるのは、むしろこの魔法の存在によるところが大きい。

 全高10mの人型の金属塊をただの動物が力で押し負かすのは難しい。それ以前にそこまで大型化することすら困難だ。

 この魔法によって見た目以上の防御力と攻撃力と大型の体躯を手に入れた生物だからこそ“魔獣”と言われているのだから。

 そんな生物を想定した訓練を行うのには、同種の魔法を使いこなせる相手こそが最適だ。その点でエルは素晴らしい仮想敵(アグレッサー)役である。

 

 だが彼の場合、さらに厄介なことに強化魔法とは別の手段によって圧倒的な機動力をも手に入れられる。

 

「エアロ・スラスト!」

 

「ぐ!いくら何でもそれは反則だっての!ネ〇ストみたいな事やってくるんじゃない!」

 

 空気弾丸(エア・バレット)という魔法がある。

 大気を圧縮して、空気の弾体を作り出すという風の系統に連なる攻撃魔法なのだが、エルはこれを“推進”に転用したのだ。

 それこそが大気圧縮推進(エアロ・スラスト)の魔法。

 宇宙船や船外作業服に搭載されている窒素スラスターのような姿勢制御用推進システムを、この世界の魔法とそれで操る圧縮大気によって再現したようなこの技で、彼は限りなく飛翔に近い“噴射跳躍(ブーストジャンプ)”をやってのける。

 これにより、彼は単なる身体強化以上の更なる運動性と機動性を手に入れられるのだ。

 もちろんこの技はエルの身体に凄まじい反動による負荷を掛ける事となるが、前述の身体強化魔法によって補強された耐久性がこの問題を解決してしまう。

 まるでアニメに出てくるロボット兵器やヒーローのようなめちゃくちゃな機動力を生身で再現できてしまうのは、もはや人間の能力を凌駕しているレベルだ。

 流石にこれは魔獣を想定した訓練だとしても過剰なものであるのだが、

 

「すみません先輩。あなたが結構粘るので、つい本気を出してみたくなってしまって。ケガはないですか?」

 

「ケガしてたら、もっと怒ってるよ。なんだかんだでお前も手加減してただろ?」

 

「はて?僕は手加減が苦手なんですけどね」「抜かしおる」

 

 これに反応できている上に防御も成功している時点で、エヴァの反射神経と身体能力も相当なものだ。

 

 そんな訓練をやっている合間に弟妹達が素朴な疑問をぶつけてくる。

 

「なぁ、姉ちゃんは魔導兵装(シルエット・アームズ)が使えるんだろう?それを使ったらどうなんだ?」「そうよ。紋章術式(エンブレム・グラフ)っていうので身体強化の魔法術式を書いちゃえばいいんでしょ?それで使えないの?」

 

 姉と友はそれに対して素早く回答した。

 

「無理だな(ですね)」

 

 身体強化魔法は最上級の魔法。消費する魔力も膨大なら術式構造も複雑だ。

 しかし、構造の複雑さや消費魔力以前に根本的に身体強化魔法は紋章術式とは相性が最悪なのだ。

 何故なら紋章術式はその原理上、単体では術式を書き換えられないからだ。

 

「生物の体って言うのは、状態が刻一刻と変化するものだからな。そんな物を対象にした操作なんて秒単位で組織の状態を観測して、それを元に術式を逐次書き換えなきゃいかんだろう?魔法(プログラム)に詳しくない私でもそれぐらいは解るぞ」

 

「いいえ、先輩。秒単位どころじゃあ全然間に合わないですよ。状況次第ではフレーム単位(*1フレームは60分の1秒)以上の細かい処理が必要です」 

 

「……それ、もうほとんどTASさんやRTAさんの世界じゃないか。なんにせよ、そんな時間単位で紋章術式を書き換えるなんてどう考えても無理だよ。物理的に」

 

「僕が使ってる強化魔法は、術式に改造を施して変数の対象を減らしたり、構成を圧縮して処理を軽くしているのですが、それでも生体に対して行使するにはどこかしらで必ずフィードバックによる処理が必要になります。紋章術式だけでは無理ですね」

 

 筋肉・骨格・皮膚。この魔法が制御する対象となる生体組織は多様だ。それらの状態を常に全身の感覚器を通して観測し続けなくてはならない。

 これだけでも人の意識の力だけでは難しいというのに、それを強化・制御するための魔法を行使し続ける。それにはどう考えても演算機(コンピューター)や脳の生物的な処理機能が必要だ。

 この場合は魔術演算領域(マギウス・サーキット)がそれである。物理的にはただの銀板や木板でできた物体でしかない魔導兵装では代替品になりえない。

 

「エアロ・スラストだってそうさ。あんなものを安全に利用しようと思ったら、噴射ベクトルや出力を巧みに調整しないとできないことだろうし。フィードバック無しであんな真似したら派手にすっ転ぶか、明後日の方向にすっ飛んで行ったり、最悪大怪我だろうさ。怖くて真似できたものじゃない」

 

「「そ、そういうものなの?」」「「そういうものなんです(だよ)」」

 

 それは地球の航空宇宙産業が証明している事だ。専門家程の知識はないが、エヴァはそう断言できる。

 だが、それは逆に言うのであれば、

 

[この両方を容易く制御できてるエルの脳みそって、相当強力なコンピューターって事だぞ……“生まれながらのサイボーグ”っていう例えは、誇張でもなんでもないなこりゃ]

 

 その言葉はエルにとっては人類全体を指したものであったが、エヴァには彼こそがその最先鋒であるように感じた。

 地球のフィクション作品においての機械やコンピューター技術と有機的に混ざり合った超人間という、一般的なイメージな方のサイボーグにだ。

 

[そんな人間にしか操作できないロボットだと言われてる幻晶騎士(シルエット・ナイト)ってやっぱり……いや、絶望するのはよそう。まだ、そうと決まったわけじゃない]

 

 せっかく励起された希望が、不安によって陰っていくように感じたエヴァ。

 だが絶望などやれるだけの事をしてからするべきだと思った彼女はそれを振り払い、努めて前向きであろうとする。

 そうでなければ、励ましてくれた親友(エル)に申し訳が立たないと思ったからだ。

 

「さて、剣術訓練はこのくらいにして、次は走り込みでもしようか」

 

 気分転換のためにそう提案したエヴァに他の3人も同意し、みんな街の中でのランニングを始めた。

 いつもは身体強化を使って高速走行をするエルも、この時はエヴァもいる為なのか自分の素の身体能力でのランニングで3人の歩調に合わせていた。

 

 そんな楽しい訓練の最中、4人はこんな光景を目撃した。

 

「や~い、ノロマのバトソン!」

 

「トンマのバトソン!」

 

「悔しかったら、追いついて見せろ~!」

 

「待ちやがれ!俺のハンマー返せ!」

 

 3人の少年が1人の男の子を虐めているようだった。

 虐められている方の子供はエルよりも身長が低く脚も短い小柄な体形。だが、筋肉が発達しておりずんぐりしたフォルムをしている。

 この世界の人類と並ぶ知的生物(ヒト)、ドワーフの典型的な身体的特徴だった。

 見れば相手の一人の手にハンマーが握られており、取り上げられたそれを必死に取り返そうとしていると察せられる。

 バトソンと呼ばれた彼は一生懸命少年たちを追いかけているが、歩幅が小さいので速度が足りず、置いて行かれる形になる。

 少年達はそんな彼をからかって遊んでいるのだろう。

 それを見たエル達は義憤に駆られていた。

 

「見ていて気分がよくないですね。ああいうの」

 

「だな。弱い者虐めは良くないよな」

 

「助けてあげなきゃだよね?お姉ちゃん……」

 

 アディが背後の姉に同意を求めようとしたのだが、そこにエヴァの姿はなかった。

 しかし、エヴァはすぐに見つかった。

 

「こら~!ショタを虐めてんじゃね~!クソガキども!」

 

「「「わぁ~!なんだこいつ!?」」」

 

 何時の間にやら件のいじめっ子達に接近して、ハンマーを取り上げていた。

 それをにこやかな顔でバトソンに渡すエヴァ。

 

「はい。これ、君の金槌だよね?」

 

「あ、ありがとう」

 

 だが、いじめっ子達がそんな状況を黙って許すわけはなかった。

 

「なにすんだよ!?この女!」

 

「そうだ、そうだ!かっこつけてるんじゃねぇぞ!」

 

「お前を虐めてやろうか?あぁ?」

 

 そう言って、威嚇してくる少年たちにエヴァは不敵に笑いかけた。

 

「ふふふ、はてさて君たちの攻撃が私に当たるかな?」

 

「舐めやがって!お前ら、こいつ泣かせてやろうぜ!」

 

「おぅ!」

 

「3人に敵うわけないだろう!馬鹿な奴!」

 

 少年たちはエヴァに掴みかかろうとした。

 しかし、3人の手は空を切る。

 

[やっぱり、エルに比べると遅いなぁ]

 

 元々身体能力の高かったエヴァは身体強化魔法や大気圧縮推進によって凄まじい敏捷性と機動力を発揮するエルとの訓練を行う内に、今や常人を凌駕する反射神経を獲得している。

 10代にも満たない普通の子供の動きなど、3人相手でも見切るのは容易く感じる。

 

「こ、こいつ……3人がかりでやってるのに」

 

「全然、攻撃が当たらない」

 

「は、早い」

 

 攻撃の悉くを避けられるので、疲労困憊となる少年達。

 

「そっちの攻撃はもうおしまいかな?ではこちらから行かせてもらおう!」

 

 エヴァは彼らに勢い殴りかかり……はしなかった。

 

「ひゃあ!?首筋に息を吹きかけるな!」

 

「どこ触ってるんだよ!?」

 

「痴漢!変態女!」

 

 代わりにセクハラ染みた攻撃を仕掛けてきた。

 

「くくく、なかなかかわいいリアクションをしてくれるじゃないか。こりゃ、もっと楽しませて……」

 

「セクハラやめなさい!」「へぶぅ!?」

 

 エルが弱めの身体強化魔法をかけたチョップをエヴァの首筋に見舞う。

 見事なツッコミであった。

 

「あなたは!少年(ショタ)ならなんでもいいんですか!?えぇ!?」

 

「ちょ、ちょっとしたジョークじゃないか。そこまで怒んなくても……」

 

「世が世なら普通に犯罪ですよ!見なさい!泣いてる子もいるんですよ!?」

 

 見れば確かに、恐怖なのか気持ち悪さなのか、3人の中には涙を浮かべている者もいた。

 

「謝んなさい!謝って!」

 

「ご、ごめんなさい。調子に乗りました。もうしません……」

 

 謝罪するエヴァとそれを冷たい視線で睨みつけるエル。そして、それを困惑の表情で見つめるいじめっ子達とバトソン。

 バトソンは思った。

 

[何を見せられてんだ。俺……]

 

 

 

 

「姉ちゃん。あれはねぇだろ……」

 

「途中まですごくかっこよかったのに、色々と台無しじゃないのよ……」

 

「ちょ、ちょっとした出来心で……反撃とは言え、暴力は良くないじゃない?だから……」

 

「先輩。性的暴力っていう言葉ご存じですか?」

 

「うぐぅ……」

 

 軽蔑に近い呆れを込めた視線で見つめてくるエルと弟妹達に必死に言い訳をしているエヴァ。

 涙目になりつつある彼女だったが、沈んだ気分を持ち上げてくれたのはバトソンだった。

 

「ハンマー取り戻してくれて、ありがとう。俺はバトソン・テルモネンって言うんだ」

 

 バトソンの自己紹介に、4人も自分の名前を告げる。

 

「エルにエヴァさんにキッドとアディか。エヴァさん、なんで俺の金槌を取り戻してくれたんだ?」

 

 なんとなく理由が気になって理由を尋ねた彼に対して、彼女が口にした言葉は、

 

「君が魅力的(チャーミング)だったからかな?」

 

「ふぁ!?」

 

 バトソンの顔を朱く染めるほど小っ恥ずかしいものだった。

 

「ね、姉ちゃん?」

 

「先輩。あなた、ドワーフまで守備範囲だったんですか?本当にショタなら何でもいいんじゃないですか?」

 

「お姉ちゃん、バトソン君みたいな子が好みなの?」

 

 他の3人も困惑しているようだ。というのもドワーフ族は人類とは顔のつくりや体形がやや異なっているせいか、人間からは一般的に美しいと認識されづらい傾向があるからだ。

 しかし、エヴァはそうは感じていないようだ。ドヤ顔で持論を展開する。

 

「いや、バトソン君可愛くないか?エルの姿が小鳥や子猫みたいな可愛さだとするなら、彼は子熊みたいな可愛さだと私は思うな。ちなみにキッドは子犬的な可愛さを持ってると思うぞ」

 

「うーん、言われてみれば?」

 

「なんで俺までそんな恥ずかしい評価を……」

 

 そして、どうやら微妙にアディもそれに感化されてしまったようだった。流れ弾のような自分の評価を聞かされて、キッドも顔が赤い。

 こんな恥ずかしいショタ品評などこれ以上聞かされたくなかったのか、エルはやや強引に話題を変えようとする。

 

「と、ところで金槌をそんなに大切に扱っているという事は、もしかしてあなたは鍛冶師を目指しているのですか?」

 

「あ、あぁ。俺ん家は代々騎操鍛冶師(ナイト・スミス)の家系でな。騎士が使う武器や防具、あと幻晶騎士の部品をちょっとだけど作ってる工房なんだ」

 

「「騎操鍛冶師ですって(だって)!?」」

 

 メカオタク2名が吼える。いきなり怒鳴るような声を聞かされたバトソンが驚くのも構わず、エルとエヴァは捲し立て始めた。

 

「あなたも幻晶騎士に係わる仕事を目指しているのですか!?」

 

「鍛冶師ってことはあれだよな!?鍛造から鋳造まであらゆる金属加工を手掛ける技術者(エンジニア)だよな!?すごいなぁ、憧れちゃうなぁ!」

 

「お、おおぅ?」

 

 両人とも幻晶騎士に関係した技術者の縁者と出会うのは初めてだったのか、非常に興奮していた。

 

 

 

 その後、なし崩し的に、バトソンの実家である“テルモネン工房”に遊びに行くことになってしまった一行。バトソンも助けられた恩を感じて断り切れなかったようだ。

 

「すごい!溶鉱炉ですよ先輩!」「あぁ!溶けた銑鉄なんて動画ぐらいでしか見たことなかったが、すごい熱気だな!」

 

 バトソンの父親に挨拶をしてから工房を見学させてもらったのだが、二人は興奮しっぱなしであった。

 

「二人とも興奮しすぎぃ。何がそこまで面白いの?」「騎士になるのに、鍛冶知識って必要な事なのか?」

 

 双子が訝る。実際、騎士業には鍛冶に関する知識など触り程度しか必要ないのだが、エルもエヴァもモノづくりが趣味な所為なのか、こういう事に興味津々になりがちである。

 

「あ、ごめんなさい」「もしかしなくても、うるさかったですよね?」

 

「まぁな。だが、偶にはこういう賑やかなのもいいものだ。気にするな。“嬢ちゃん達”」

 

“案の定”バトソンの父である工房長は、エルを女児と勘違いしていた。

 

「すいません……僕、こう見えて男なんですよ」「やっぱりドワーフ族から見ても、女顔なんだな。流石男の娘だわ」

 

「……馬鹿にしてるんです?」「は?誉め言葉に決まってるだろ?」

 

 さも当然のように真顔で返してくるエヴァに、エルは怒る気も起きなくなったようだ。

 

 ふと、エヴァは工房の片隅に並べられている“製品”の数々に目が行った。

 

「あ、ここ杖も作ってらっしゃるんですか?」

 

「あぁ、そうだよ。学生が多いからな。魔法の練習用に買っていくやつらが多いんだ」

 

 工房長がそう応える。

 流石はプロといったところか。ホワイト・ミストーで作られた柄も、先端に埋め込まれた結晶も、エヴァの制作する魔導兵装よりも作りがしっかりしていると感じる。

 

「うーん、表面処理も綺麗だわ。この木工技術、ぜひ見習いたい!」

 

「なんだ?嬢ちゃんも鍛冶屋か大工でも目指してるのかい?」

 

「いえ、あくまで趣味(ホビー)なんですが、木工を少々嗜んでおりまして。流石に本職の方の技術は違いますね」

 

「ははは!何せそれで食って行ってるからな」

 

 自分の作った“製品”の質を褒められるのは、職人として悪い気はしない。彼は笑顔で評価を受け止める。

 

 そんなやり取りを横で見ていたエルが突如として、こんな事を言い始めた。

 

「でも、先輩の作った魔導兵装の方が使いやすそうでしたね」「「え?」」

 

 エルはエヴァが創り出した魔導兵装の仕様と、この世界の杖を比較していて感じた事を語り始めた。

 

「先輩が作った魔導兵装は狙いやすいように把握部(グリップ)照準具(サイト)まで付けていたでしょう?あれの方が射撃武器としては扱いやすそうだと感じました」

 

 それはエヴァが大柄な魔導兵装を少しでも取り扱いやすくしようとした結果だった。

 把握部は握りやすいように銃把のような形にしたり、フロントサイトやリアサイトを取り付けてみたり、いろいろな工夫を凝らした。

 その大きさから対戦車歩兵火器のイメージがあったエヴァの第一印象の所為もあって、そのようなデザインに収斂していったのだ。

 

「やっぱり、杖も“銃”みたいなデザインになった方が扱いやすくなるんじゃないでしょうか?魔法を“発射”する武器なんですし」

 

「すまねぇ、坊主。その“ジュウ”ってどんな武器だ?聞いた事がねぇんだが」

 

 エルの意見に“この世界の住人”として当然の意見を工房長は投げかける。

 

「失礼しました。そうですね。(クロスボウ)をご存じでしょうか?あれに似た武器ですよ」

 

 この世界にも弩は存在する。大型のものはバリスタのような攻城兵器の基本原理にも応用されているものだ。

 あれも矢を発射する武器である弓の発展系であり、地球で“ボウガン”という商品名で呼ばれることもあった様に、弓と銃の中間体武器と言える。

 

「なるほどな。あれも床部(ストック)を取り付ける場合があるし、杖にもそういう形のものがあってもいいかもしれんな。坊主、面白いこと考えるな」

 

 それを聞いて、エヴァも黙っていられなくなったのか、口を出して来た。

 

「すいません。筆記用具を貸していただけませんか?なんかそれを聞いてたらアイディアスケッチというか、ちょっとした図面を引きたくなったんです」

 

「お、おぅ。お嬢ちゃん、その歳でそんな物まで描けるようになってるのか?いいぜ、そこにある道具を使いな」

 

「ありがとうございます!」

 

 こうして工房長を巻き込んで、エヴァとエルは何時ぞやの幻晶騎士のスケッチのように、熱気を伴いながらの技術考証を始めた。

 

「父ちゃんとあんな高度なレベルの会話ができるなんて……なんかすごいな。お前らの姉ちゃんと友達って」

 

「だろ?」「あぁなると、私たちは置いてけぼりになっちゃうんだけどね」

 

 驚きを隠せないバトソンと誇らしげな顔をするキッド、そして膨れっ面をするアディがそれを工房の片隅で見守るのであった。

 

 

 

「おもしろい形だな。この武器」

 

「工房長。お金はきちんと払わせてもらうので、これをオーダーメイドで拵えていただけませんか?」

 

 3人の描き上げた武器の図面を見ながら、エルが工房長にそう依頼すると、彼は快諾した。

 

 それを見て、エヴァも己が情動を叩きつける様に工房長にお願いをした。

 

「お願いします、工房長!私に木工と冶金技術を教えてください!」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 エヴァのいきなりの申し出に、その場にいた全員が驚愕の声を上げる。

 

「私、魔導兵装を自作してるんですが、やっぱりこちらで作られている杖や武器の方が作りがしっかりしてて美しいです。是非ともその技術を私にも教えていただきたいんです」

 

「ちょっと待て、さっきのは聞き間違いじゃなかったのか!?魔導兵装の自作?あんな物を嬢ちゃんなんかが個人で作れるわけが……」

 

「それに関しては工房長。僕からも説明させてください」

 

 エルとエヴァの口から語られる“ホワイト・ミストー製魔導兵装”の情報は、工房長の常識を完膚なきまでに破壊した。

 

「ほ、ホワイト・ミストーにそんな使い道が?……聞いた事がねぇぞ?」

 

「そうだったのですか?確かに他で聞いた事はありませんでしたが」

 

 この世界でホワイト・ミストーは杖に使う素材である。そして魔導兵装は銀で作るものであり、個人では制作ができない。長年この常識がまかり通ってきたため、他に考え付いたものがいなかったようだ。

 演算能力を持っている人間にとっては魔導兵装など無用の長物なのだし、今まではそれで正しかったのだ。だが、エヴァは違う。

 

演算不能者(ノーペレーター)である私にはこれしか魔法を使う手段がないんです!やっぱり独学だけじゃいい物を作るのは難しいと感じました。冶金技術にも前々から興味がありました。お願いします!」

 

 それを聞いた工房長は難しい顔をした。

 弟子を取るというのは、軽々しく決めていいものなどではない。彼女の親とも相談しなくてはならない。

 しかし、彼には興味があったのだ。歳に見合わない図面を引く能力を持ち、なおかつ例え拙くとも、本来幻晶騎士用の武器である魔導兵装を個人製作しているというエヴァリーナの持つ技術に。

 

[面白い坊主と嬢ちゃんだな……バトソンにとってもいい刺激になりそうだ]

 

 彼は内心、エヴァを弟子に取りたいと考え始めていた。

 即答は避けたが前向きに検討させて欲しいと告げて、その日は家に帰させることにした。

 明るい顔で帰路に就く4人の姿を見て、工房長は息子に語りかける。

 

「バトソン、面白い友達を見つけたな。ああいう友達は大事にするんだぞ?」

 

「あ、あぁ。わかったよ、父ちゃん」




エヴァ「なんだよ、これ!?ドラ〇ストレーガは戦艦じゃなかったのか?まるで桃源郷ではないか!?」

ミ〇バ「な、なんですか?あなた?どこからやってきたんです?」

エヴァ「あぁ!あなたがこの船の艦長さんですか?なんと羨ましい!ショタとロボの楽園を築いた人生の成功者さん、こんな空間を形成する秘訣を教えていただけませんか?」

ミ〇バ「えぇ!?そんな事言われましても……」

エル「すいません艦長。今すぐこの変質者は元の“世界線”に還しますので……あなたは“二次”の人物でしょうが!こんな所に入って来ちゃダメでしょ!?ブレイ〇ポリスに連行されたいんですか!?」

エヴァ「あ~ん、桃源郷が~!勇〇君が~!ボ〇ー君が~!」

ミ〇バ「いったい何だったんでしょうか?」


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8話 スクラッチのすゝめ

なんかえらい評価が上がってて戦々恐々としています。
それなのに更新が随分間延びしちゃって申し訳ない。次はもっと早く更新したいです。


「……これがお前さんが作った魔導兵装(シルエット・アームズ)か」

 

「そうです。工房長」

 

 あれからテルモネン工房への弟子入りが真剣に検討された。イルマタルは快諾してくれたし、父ヨアキムは母が説得してくれるとの事で、残るは工房長の承諾を得るのみとなった。

 それに対して、彼は最終的な可否判断はエヴァの今まで作ってきた品を見てから決めたいと言ってきたので、彼女は己の作品を工房に多数持ち込んできた。

 幻晶騎士模型の出来に感心した様子の工房長だったが、やはり彼が一番関心を示したのは魔導兵装だった。

 

「これらは本当に機能するものなのか?」

 

「もちろんです。試しに使ってみますか?」

 

 エヴァがそう言って手渡してきたのは、爆炎球(ファイア・ボール)魔法術式(スクリプト)が刻まれた物。エヴァが最初に使った火炎弾丸(ファイア・トーチ)よりも高威力な爆炎の系統に連なる中級魔法だ。

 あれからエルに教わった術式の構成法で構文のスリム化を図り、把握部(グリップ)照準器(サイト)を追加したのでより取り回しが良くなった魔導兵装だ。それを工房の裏にある試射場に持ち込むと、工房長は弩の様にそれを構えて魔力を流し込んだ。

 その瞬間、橙色に輝く火球が形成され、わずかに尾を引きながら投射されると標的を爆砕し、その効果を証明した。

 

「本当に演算したわけでもねぇのに、魔法が出やがった。これは間違いなく魔導兵装だな」

 

 工房長は魔力を消耗したようでやや疲れた表情でそう言うと、工房の奥に足を運び何やら大きな物体を取り出して来た。

 

「嬢ちゃん。実は俺もあれから嬢ちゃんとあの坊主の言ってた事を確かめるために、ホワイト・ミストーを使った魔導兵装ってのを作ってみようとしたんだ。それがこれよ」

 

 白い木板で作られたその物体は表面こそ美しく処理されているが、構造的には全く洗練されておらずただの白い木箱といった感じの物だった。

 大きさもエヴァのそれがアサルトライフル程度の大きさなのに対して、小型の箪笥ぐらいの体積はある。取り回しは非常に悪そうだ。

 

[エルに教わった構成の圧縮、あれがかなり小型化(ダウンサイジング)に貢献してくれたっけ。やっぱり前世でプログラマーやってたやつは違うなぁ]

 

 刻まれているのは同じく爆炎球の魔法だが、同種の魔法でこれだけ体積が違うのは工房長の刻んだ術式が洗練されていないというのもあるが、それ以上にエヴァが持ち込んだ魔導兵装の術式がどれだけ練り込まれた物なのかという事も示している。

 工房長も同じことを思ったのだろう。こんなことを言ってきた。

 

「正直に言おう。魔導兵装の作り方なんて、俺は碌に知らん。逆になんで嬢ちゃんがここまで小型化できてるのか知りたいくらいなんだ。“紋章術式(エンブレム・グラフ)”の技術に関しては、悔しいが俺は嬢ちゃん以下って事だ。俺の所に弟子入りしても大したアドバイスはできないだろうと思う。それでも弟子になりたいかい?」

 

 ドワーフ族はその優れた膂力によって、鎚を振るって鍛冶業を営むのは得意だ。また手先が器用で木工や彫金においても高い適性を誇る種族だ。

 だが、全体的に魔法は不得手な者が多い。魔導演算領域(マギウス・サーキット)が使えないわけではないのだが、その魔力と演算能力は人間のそれに比べて些か低い傾向がある。

 工房長もドワーフの例に漏れず魔法術式の編集技術には自信が無い。これにはより専門的な術式の編纂職である構文技師(パーサー)と呼ばれる人の力を借りる方が適切だ。

 魔導兵装を作りたいのであれば、この工房よりも相応しい場所がある。工房長は暗にそう言っているのだろう。

 しかし、エヴァはそんなことを期待して弟子入りを希望したのではない。

 

「いえ、私は単に魔導兵装を作るだけじゃなくて、鍛冶や工作技術全般を学びたいんです」

 

 ホワイト・ミストーは便利な素材だが、あくまで木材に過ぎない。金属のような展性や延性もないし、耐火性も低い。

 エヴァが作りたいのは単に魔法を発射する武器としての魔導兵装ではなく、より耐久性が高く汎用性や利便性に富んだ装備なのだ。

 それには多様な素材の加工技術が必要だ。やはりその技術を学ぶためにも鍛冶師に師事したほうが良いと彼女は考えていた。

 

「だからこそここで技術を教えて貰って、一緒に物を作らせてほしいって考えていたのですけど……やはり、迷惑だったでしょうか?」

 

 不安そうな表情でそう尋ねてきたエヴァを工房長は慌てて宥めた。

 

「そんな事はないぜ。もし弟子入りをしてもらえるってんなら、俺としても紋章術式に関する技術を吸収できるし、悪い話じゃねぇ。いいだろう。鍛冶に関しちゃ、プロとして自信がある。まかせな!」

 

 その返答にエヴァの顔は一気に明るいものになり、彼女は礼を口にした。

 

「ありがとうございます!学園の勉強をしながらになるでしょうが、精一杯頑張ります!」

 

 

 

 

 

「こんにちは~。エル君いますか~?」

 

 親友と喜びを分かち合いたくてエチェバルリア邸に面接結果を報告に来たエヴァ。

 それをティナは笑顔で出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい、エヴァさん。エルなら今日も家で居るわよ。なんだか嬉しそうね。何か素敵な事でもあったのかしら?」

 

「えぇ。その事で彼に報告したいことがあったので。上がってもよろしいですか?」

 

「もちろんよ」

 

 そう言って玄関から上がると、声を聞きつけてきたのかエルがやってきた。

 

「あ、先輩いらっしゃい。面接の方はどうでした?」

 

「うん、OK貰えたよ」

 

「おめでとうございます。これで冶金技術も手に入れることができますね」

 

「あぁ!騎士と鍛冶師、両立は大変だろうけど、なんとかやってみるよ」

 

「僕は魔法技術(ソフトウェア)の扱いには自信ありますけど、物質的技術(ハードウェア)はまだまだですから、なんだか羨ましいですね」

 

「そりゃ、こっちの台詞だよ。工房長感心してたぞ。『どうやったら紋章術式をこんなにコンパクトにできるんだ?』って。あの構文の組み方教えてくれたのはお前じゃないか。私はまだプログラミングはからっきしだからな。お前が教えてあげてくれよ」

 

 そんな会話をしながら廊下を歩いていた二人を見て、リビングの中から声を掛けてくる人物がいた。 

 

「おや、見ない顔だが新しい友達かい?初めまして、エルの父親のマティアスと言います」「儂は同じく祖父のラウリじゃよ。よろしくな、お嬢さん」

 

「あぁ、お父さんとお爺さんですか。ご丁寧にどうも。エヴァリーナ・オルターと申します」

 

 金髪の成人男性とエルやティナと同じ銀髪に髭を蓄えた初老の男性。エヴァが初めて目にする人物達だった。

 以前話に聞かされたエルの父と祖父、つまりライヒアラ騎操士学園の幻晶騎士操縦指導教官と学園長だった。

 

 その内、ラウリがエヴァの名前を聞いて表情を変えた。

 

「エヴァリーナ・オルター?すると、君はセラーティ侯爵の?」

 

「あ、父から聞いていたんですね。そうです。娘です」

 

 それを横から聞いていたエルが意外そうな顔をした。

 

「え?先輩のうちって貴族家だったんですか?」

 

「いや、オルター家は平民だよ。お父さんが侯爵なのは事実だけど、あくまで愛人の子だから所謂庶子ってやつだね。アディやキッドもそうなるな。だから、お前は気にしないで普通に接してくれ」

 

 今更侯爵の娘だからと言って堅苦しくされるなんて真っ平御免であったし、きっと弟と妹もそう思うだろうと考えたのでエヴァはそう告げる。

 エルもそれに納得したのか、態度を変えるような事はしなかった。

 そして、そのやり取りを微笑ましい顔で見ていたラウリが話を再開した。

 

「そのお父さんから君の事を頼まれておるのよ。君は騎士学科希望との事じゃったな」

 

「はい、来年からお世話になります」

 

 エルが再び話に入って、質問をしてきた。

 

「騎士学科?騎操士学科ではなくてですか?」

 

「あぁ。お父さんに言われたんだよ。『魔法の使い方を見つけてきなさい。それまでは騎士学科で勉強してろ』ってね。

 魔法がちゃんと使える様になったら、騎操士学科への転入も考えてくれるという話になってるんだよ。

 まぁ、お前のお陰で魔法の使い方は見つけちゃったんだけどさ」

 

 ここまで話したところで、ラウリの顔に怪訝の色が浮かぶ。

 しかし、エルとエヴァはそれに気づかず、話を進めて行った。

 

「魔導兵装ですね。じゃあ、約束は果たしたんですから、騎操士学科に変えてもらえるんじゃないですか?」

 

「あ、そうか。う~ん、約束では“転入”を考えてもらうって事になっているし、流石に入学前に学科を変えてもらうって云うのはどうなんだろう?」

 

「相談してはどうですか?入学前なんですし、学科を変えるぐらいならまだ手続きは間に合うかもしれないでしょう?

 お爺様。どうでしょうか?学科変更は今からなら可能でしょうか?」

 

 孫がそう尋ねてきて、何故かラウリは困惑したような表情をしていた。

 

「すまん。もしかしてなのだが、エヴァリーナさん。お主、本当は騎操士になりたいのか?」

 

「はい。私、幻晶騎士(シルエット・ナイト)に乗りたいんです。今まで魔法が使えなくて騎操士にはなれないって言われていたんですが、エルのお陰で紋章術式なら使えるって事が解って。

 だから、今魔導兵装の扱い方を勉強中なんです。ホワイト・ミストーでなら安価に作れるって事もエルが教えてくれたんです。本当に彼には感謝しきりですよ」

 

 健気さを感じる微笑みを湛えたエヴァの顔を見て、ラウリは葛藤した。

 彼はヨアキムからある程度事情を聞いていたのだ。彼女が演算不能者(ノーペレーター)であることも。そのために魔法の使い方を模索させたいと考えていることも。

 だが、エヴァが本当は騎操士志望であることは聞かされていなかった。

 

[どうする?彼女に告げるべきか?子供の夢を壊すことになるが……]

 

 暫しの逡巡の後、ラウリは決断した。事は彼女の人生設計にも関わることだ。きちんと真実を教えるべきだと。

 例え、自分がその為に憎まれ役を演じることになったとしても。

 

「エヴァリーナさん。落ち着いて聞いてくれ。演算能力が無い君は幻晶騎士には乗れない。騎操士にはなれないんじゃよ」

 

 その言葉はラウリの予想通り、場の空気を凍り付かせた。

 一瞬、愕然とした様子であったエヴァ。

 だが、やがて『あぁ、やっぱり』という諦観の表情へと変わって行った。

 

「お、お爺様。どうしてなんですか!?先輩は魔法が使える様になったんです。紋章術式とは言え、魔法が使えるなら立派な“魔法使い”じゃないですか?

 なのにどうして騎操士になれないなんて!?」

 

 エルの慟哭と疑問に答えたのはラウリではなく、傍らに立っていた現役騎操士マティアスだった。

 

「エヴァさん、先程からの君とエルとお義父さんの話から察するに君は演算不能者なんだね?

 ……なるほど、やはりそうだったか。ならば、お義父さんの言う通りだ。演算能力が無い君には幻晶騎士は操縦できない。生身で魔導兵装が使えるというのは驚いたが、それでは不十分なんだ」

 

 しかし、この言葉だけではエルは納得しない。彼は引き続き疑問を呈してくる。

 

「でも、父様。幻晶騎士は鐙と操縦桿で動かすロボットの筈ではないのですか?魔法の演算能力がどうして操作に必要だというんです?」

 

「エル。幻晶騎士は鐙と操縦桿だけでは操縦できないんだよ。あれは幻晶騎士の腕と脚を動かす為の装置なんだ。幻晶騎士は人の形をした機械だからね。人間は腕と脚だけでは成立しない。“体幹”の制御が必要なんだよ?」

 

 人間は脊椎動物であり、四肢動物の一種だ。それはこの世界でも変わりない。

 この世界の“人間”が地球のホモ・サピエンスと同様の道筋の進化をしたのかどうかは解らないが、体の基本的構造は共通している。

 前足が発達した2本の腕と後足が発達した2本の脚。そして、これらが付属している体幹構造。

 体幹と一言で言っても、それは約30個の椎骨からなる脊椎やそれらに接合している数多の骨と筋肉が作り出すものなのだ。その挙動は複雑だ。

 幻晶騎士もそれを模した構造をしている。地球で研究されていたサーボモーターや油圧シリンダーなどで動く単純化(ディフォルメ)されたロボットとは訳が違う。

 こんな物を鐙と操縦桿という極めて単純な構造の装置“だけ”でどうやって制御するというのだ?そんな事は不可能だ。

 

「詳しくは専門的な話になるので省くが、この複雑な体幹構造を動かす為には魔術演算領域の力が必ず必要になるんだ。演算不能者にはこれが不可能なんだよ」

 

 マティアスもあくまで騎士であり技術的な話は触り程度の物しか知らないが、それだけは断言できる事実だった。

 そこまで説明されてはエルも納得するしかなかった。

 彼も人間の体の構造に対して全く無知ではない。エルのこれまで見てきた幻晶騎士の挙動は、地球の産業ロボット達のような機構では再現の難しい、実に有機的な挙動をしていた。

 あれが簡単な操縦装置だけで再現できるなどとは到底信じられない。

 

[僕は幻晶騎士という物をどこか甘く考えていたのかもしれませんね。アニメのロボットみたいに誰にでも乗れる夢のような機械だって……だとしたら、幻晶騎士の制御システムって一体……?]

 

 エルの心に重たいものが覆いかぶさった。エヴァに対してかける言葉が見つからなかった。

 彼も責任を感じていた。親友に対して、叶いもしない夢を無責任に煽るような真似をしてしまった事に。

 彼女の一度折れた心を支えて治そうとしたのは、自分なのだからと。

 

 

 

 しかし、エルは知っている。

 ロボットとはコンピューター制御されるものであることを。

 この世界のコンピューターが如何な原理で動いているものであるかは知らないが、きっと幻晶騎士にも搭載されているだろう。

 そしてそれは魔法術式を言語として採用しているものである筈だ。そうでなければ、どうして魔術演算領域なんて必要とするのだろうか?

 エルはほぼ直感的に確信した。魔術演算領域がなんらかのインターフェイスとして利用されているのだろうと。

 自分ならそれを解析することができるに違いない。

 

[幻晶騎士のオペレーティング・システム(OS)を解析すれば、それが解るはずだ!]

 

 

 

 そして、エヴァもまた絶望どころか逆に希望を抱いていた。

 彼女はマティアスの言葉を逆に捉えたのだ。“体幹なんて動かさなくていい”と。

 

「マティアスさん。さっき『幻晶騎士の操縦桿と鐙は腕と脚を動かす為の装置』だって言いましたね?つまり“肢”だけを動かすなら魔術演算領域は必要ないのではありませんか?」

 

「そうだね。簡単な腕と脚の挙動なら入力はできるだろうが、それでは到底運用なんて……」

 

 この返答を聞いた瞬間、彼女の顔に安堵が浮かぶ。

 

「あぁ、よかった。魔術演算領域が無いと、指一本すらも動かせないシステムってわけじゃないんですね。それなら、“体幹を固定”してしまえば何とかなりそうだ」

 

 こう言い放ったエヴァに、マティアスは慌てて反論する。

 

「待ちなさい。話を聞いていたかい?人間は体幹をきちんと制御できるからこそ、二本の脚で立って歩くことができるんだぞ?固定すれば解決できる問題なんかじゃないんだ!」

 

 よしんばそんな事が可能になったとしても、体幹を固定された幻晶騎士の挙動はその自由度を大きく削がれてしまう事になるだろう。

 体に捻りを加えたり、胸や腰を動かせたりする能力は人型機械の制御において重要な意味を持つものだ。

 エヴァも“人体”においてそれが大事な事であることは解っている。

 

 なら、その(くびき)から機体(マシン)を解き放ってやればいい。

 

「いや、それは直立二足歩行なんてしようとしてるからじゃないですか?」

 

 それを聞いて、マティアスもラウリも困惑をさらに深くする。エヴァの言い様はまるで幻晶騎士に地面を這いまわれとでも言っているかのようだった。

 

 実際、エヴァはそういう意図で言っていた。

 

「え?もしかしてなんですが、幻晶騎士って人型の機体“しか”無いんですか?犬型とか恐竜型とかライオン型とか昆虫型とかの動物型メカとかは無いんですか?これっぽっちも?」

 

 そう言って、いつの間にか持ち込んでいたスケッチブックに描き込まれた前世で好きだったメカ達の絵を参考にと見せてきた。それらはもちろん、エルも知っている物だった。

 

[ジャ〇ーノート、デス〇オン、タチ〇マ、デザート・〇ンナー……どれも虫というか節足動物型ばっかりですね。先輩、相変わらずだなぁ]

 

 それらに共通しているのは、外形上は肢の付いている体幹がほぼ固定状態で、確かに肢だけ動かしていても機動できるようなデザインの機械達だった。

 所謂虫型メカ、もしくは多脚戦車と言われているようなものばかりだ。

 

「何だこれは?人間の騎士の姿を模しているから幻晶騎士と言うんだよ?そんなケダモノのような姿をした物なんてただの魔獣じゃないか!?」

 

 この世界では魔獣は恐怖と嫌悪の対象であり、それを模した機械を人間が作ろうとすることなど考えられない。マティアスとラウリが驚き、呆れるのも当然だった。

 

「その反応だと無いんですね?……じゃあ、作るしかないのか。まさか機体までも自作(スクラッチ)することになるとはな」

 

 溜息を吐いてそう口にするエヴァ。

 その言葉を聞いて、エルは何故彼女が騎操鍛冶師(ナイト・スミス)に弟子入りしたいなどと言い出したのか、その本当の動機を察した。

 

「先輩、あなたテルモネン工房へ弟子入りしたのって、自分で幻晶騎士を改造したいからだったんですか?」

 

「そうだよ。改造できたほうが楽しいじゃん?まさか初出から自作しないといけなくなるとは思わなかったけどな。

 エヴァン〇リオンみたいに“機体とシンクロできる選ばれた人間以外指一本動かせない”とかならどうしようも無いと思ったけど、肢が動かせるならそこの制御システムだけでも移植すれば機体を動かすことはできるかもしれない。

 なら、やらない手はないぜ!」

 

 既存機に乗れないなら自作機に乗ればいいじゃない。言うは易し行うは難しだ。

 幻晶騎士は製造することも維持することにも多くのコストや人員を必要とするハイコストマシン。

 それを動かすのに一番簡単なのは、騎士として騎士団に所属することだ。

 だが、エヴァの場合それは不可能だ。人型の機体しか存在せず、それを制御するには魔術演算領域が必須能力なのだから。

 なら他に選択肢などない。非人型機体を自分で作る。そう決意した。

 

『改造できたほうが楽しい』エヴァのその言葉にエルも触発されるものがあった。

 

「そうですね!考えてみれば、国から支給された機体では個人所有できないですし、自由に改造なんて許されないのですから、自作して自分達の専用機を拵えてしまったほうがいい!

 うん、先輩の言う通りです!」

 

 決然とした表情でエルは顔を上げてこう告げた。

 

「先輩、あなたには模型の借りがありましたね?僕も先輩の専用機を作るお手伝いをしましょう」

 

「いいのか?あんな模型一つでお前の協力を取り付けられるんなら、随分安上がりだと思うけど」

 

「今更水臭いですよ。その代わり、先輩も僕の機体を作るのを手伝ってください。これならつり合いは取れるでしょう?」

 

 エルのこの提案はエヴァにとってまさに渡りに船だった。

 

「そうだな!魔法(ソフトウェア)はお前の方がずっと詳しいし頼りになる。私は機体(ハードウェア)を担当すればいいか?」

 

「えぇ!幻晶騎士が如何なるコンピューターで動いてるかは知りませんが、きっと僕が解析して見せます」

 

 そう言って二人が浮かべる笑顔は非常に危険な色を帯びたものだった。ラウリとマティアスが割って入ることも躊躇を覚えるほどに。

 

「エル、エヴァリーナさん。それは言うほど簡単な事ではないぞ?」

 

「解っていますよ、父様。けど僕はやっぱり僕の為の幻晶騎士が欲しいのです。やれる限りのことをやってみます」

 

「仰る通り、簡単な事じゃないでしょう。でも、不可能ではないのならやってみる価値はあります」

 

 ラウリとマティアスは匙を投げた。

 ここまで言っても諦めない人間に付ける薬なんて無いからだ。

 

 馬鹿は死ななきゃ治らない。この二人は死んでも治らなかった馬鹿だった。

 

『ロボットをスクラッチする』二人はこの日、狂業を実行に移す覚悟を決めた。

 エヴァのライヒアラ入学まで3か月ほど前の事だった。

 



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学園初等部編
9話 学園入学


 ライヒアラ騎操士学園に春が訪れた。

 この世界でも春は入学シーズン。多くの学生がこの学園にやってくる。

 遠方より訪れた生徒は寄宿舎を借りるが、この学園街に住んでいる者は実家から通学することになる。

 エヴァもオルター邸からの通学組でありこの日の朝、自宅を出て通学路を通り、校門をくぐった。

 その時、声を掛けてくるものがあった。

 

「おはよう、エヴァ!久しぶりね」

 

 後ろを振り返ると、見覚えのある顔の少女が笑顔でこちらに手を振っている。同い年の異母姉ステファニアだった。

 

「あ、ティファじゃない!久しぶりだね。元気してた?」

 

「元気してたわよ!あなたとキッドとアディはどうかしら?」

 

「元気、元気!あの子達は元気が有り余りすぎて、身体強化(フィジカル・ブースト)で街中を駆けずり回ってるぐらいだよ」

 

「え~?何それ?」

 

 どうも冗談と受け取られたようだ。エヴァだって事情を知らずにもし同じような発言をされたらジョークと受け取っただろう。

 けど本当の事だ。

 

[本当に最上級魔法の筈のあれを習得しちゃうんだもんなぁ。いくら教師が優秀だからって信じられんわな]

 

 親友の手解きによってすっかり人間を辞めたレベルの身体能力を発揮し始めた弟妹達は、最近はエルの真似をして大気圧縮推進(エアロ・スラスト)との併用まで習得しようとしている。

 流石にそれらを両立することはすぐには難しく苦戦しているようだが、練習風景を見た感じマスターするのも時間の問題のようだ。

 

 年頃の娘同士、姦しく話をしながらエヴァとティファは入学式の会場として設定された大講堂に向かっていく。

 流石は国内最高峰と名高いライヒアラ。そこにはフレメヴィーラ中から集まった凄まじい数の生徒がいた。

 二人とも騎士学科という共通の学部であったため、席を探して一緒に座る。

 そこからはどこの世界でも共通の先生方の長話の始まりだ。学生としての心構えなどと言ったありがたい話を聞かされる。

 

 そんな入学式が滞りなく終了した後は昼食のための休憩時間が与えられた。

 優雅な食事を楽しんだ後、エヴァはティファにこんな提案をした。

 

「ねぇ、ティファ。図書館行ってみない?」

 

「図書館?」

 

「この学園、国内随一の学府という謳い文句通り、かなり大規模な図書館も併設されてるんだ。休憩の残り時間にそこに行ってみようと思って」

 

「ふふふ、相変わらず勉強熱心ね」

 

 そう言うティファも読書は大好きだ。だから、彼女も図書館の蔵書に期待して胸を躍らせていた。

 

 道中、廊下を歩いていた二人の耳に在学生と思しき女生徒達の声が聞こえてきた。

 

「ねぇ。今日も来てた?“図書館の姫君”」「うん、来てたわよ。すごく可愛かったわよ」「本当?じゃあ、私も見に行こうかしら?」

 

 キャッキャとはしゃいだ様子のその娘達の会話に強い反応を示したのはティファだった。

 

「エヴァ聞いた?“図書館の姫君”ですって!すごく気にならない?」

 

「相変わらず、ティファは可愛いモノが好きだなぁ」

 

 自分もある意味で可愛いモノが大好きな性分である自覚があったエヴァも、気になって図書館への歩みを早める。

 話の通りの凄まじい蔵書量に圧倒されつつ、エヴァは自身がお目当てのジャンルのコーナーを探し始めた。

 

「相変わらずフワフワしててキラキラした銀髪よね。触ってみたいわ」

 

「駄目よ。抜け駆けは。“図書館の姫君”はみんなのものなのよ」

 

「そうよ、私達は野生の小動物を観察するように、あの子を見守ってあげなくちゃ」

 

 何やら女子達による人垣ができている区画があり、彼女らはコショコショと会話をしながら本棚の陰から何かを眺めているようだった。それがどうやら噂の“図書館の姫君”らしい。

 ちょうどそれはエヴァのお目当てのコーナーだったので、そちらに向かうとそこに居た人物は見覚えのある顔をしていた。

 

「いや、お前か~い!」

 

 思わず、大きな声でツッコミを入れてしまった。何を隠そうそれは親友のエルネスティ・エチェバルリアだったから。

 机に大量に積まれた本の山を読み漁っているようだった。

 

「おや、エヴァ先輩こんにちは。でも、ここ図書館ですよ。お静かに願います」

 

 その言に思わず口を押えて、周りを見る。純粋に本を読んでいた利用者からも、先程の人垣を形成していた女子達からも白い眼を向けられていた。

 特に後者からは『何よ、アイツ』的な棘のある視線を向けられていたが、エヴァはどうしても気になって親友に声のボリュームを抑えて尋ねる。

 

「お前、入学は再来年の筈だろ?なんでここにいるのさ?」

 

「我がエチェバルリア家はここの経営者だから僕は立派な関係者です。なので、顔パスです」

 

「いや、それ職権乱用というヤツなんじゃ?」

 

「先輩、特権という物は最大限活かすべきものですよ」

 

 中々に悪い顔を浮かべてそう宣う友の顔に、ちょっとイラッと来てしまったエヴァ。

 そんな二人の様子を後ろから見ていたステファニアが会話に参加してきた。

 

「エヴァ、知り合いなの?」

 

「あぁ、こっちでできた友達だよ。エルネスティ・エチェバルリア君だ。キッドとアディとも知り合いなんだ。

 エル、この子は私の異母姉のステファニア・セラーティだよ」

 

「よろしくね。エルネスティちゃん」

 

「よろしくお願いします。ステファニアさん。ところでなんですが……」

 

 何時ぞやのアディと同じ“ちゃん”付け呼びにエルは自身の本当の性別をティファに告げる。

 

「え!?君、男の子だったの!?」

 

 その言葉が後ろの聞き耳を立てていた集団にも聞こえたらしい、抑えきれないどよめきが上がった。

 すぐに先程のエヴァのようにここがどこかを思い出した様子で静かになったが。

 

「皆、僕が男性と言うと驚くんですよね。そんなに僕男らしくないでしょうか?僕を初見で男性として認識してたのって先輩だけでしたよ」

 

「すごいわ、エヴァ。どうして解ったの?」

 

 ティファの思わず漏らした疑問に対して、エヴァが返した言葉は非常に彼女らしいものであった。

 

「ふふふ、何言ってるのさティファ。“こんなに可愛い子が女の子の筈がない”じゃないか」

 

「えぇ!?」「……あぁ、そうでした。先輩はそういう人でしたね」

 

 この世界に救いはないのかと天を仰いだエル。

 それに対してドヤ顔をしていたエヴァだったが、エルが先ほどまで読み耽っていた大量の書物にふと目をやって、それが全て幻晶騎士(シルエット・ナイト)に関する書籍であったことに気付いた。

 

「すごいわ。応用錬金学、応用魔法構造学、初級騎操士概論。こんなに難しい本を読んでしまうなんて……初等部にも入ってないのに、エル君すごい頭がいいのね」

 

 ティファが驚嘆の声を漏らすのも無理はない。それらはかなり分厚い専門書であり、普通なら高等部生でもなければ手に取ることもない書物だったからだ。

 

「なるほど、お前も幻晶騎士の関連資料を求めてここに来たんだな?」

 

「えぇ。“僕たちの夢”の為には必要な物でしょう?」

 

「違いない。ちょうどいいや、私も読んでいいか?お前が読み終わったやつでいいからさ」

 

「それなら、こちらの本をオススメしましょう。幻晶騎士の基本的な構造について、平易ですが最も解りやすくまとめられていますよ」

 

「サンキューな」

 

 エヴァは礼を言うとエルが手渡して来た本、“幻晶騎士概論”を読み始めた。

 

 幻晶騎士。この世界に君臨する最強の兵器。

 この魔導機械は、大きく分けると5つの要素によって成り立っている。

 

 機体を制御する魔法術式(スクリプト)を演算する魔導演算機(マギウス・エンジン)

 大気中の源素(エーテル)を吸入して励起し、魔法現象を引き起こすエネルギー源である魔力を取り出す魔力転換炉(エーテル・リアクター)

 触媒結晶に特殊な加工を施すことで、魔力に反応して収縮する性質を与えた結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)

 強化魔法を掛けて補強される人の骨格を模した金属内格(インナー・スケルトン)

 甲冑のような全身を覆う装甲板である外装(アウタースキン)

 

 地球の技術で言いかえれば、魔導演算機がコンピューター、魔力転換炉が動力炉、結晶筋肉は人工筋肉、金属内格はフレーム構造に相当する物だと言える。

 この内でエヴァが最も興味を示したのは、結晶筋肉だった。

 

[やっぱり、人工筋肉で動いていたんだな。なるほど、この世界で幻晶騎士が“ロボット”の姿になってるのはこれが原因だな]

 

 人工筋肉(ソフト・アクチュエーター)は地球でも研究されていた素材だった。

 生物の筋肉同様に自ら収縮する事で入力されたエネルギーを運動に変換するこの装置は、従来の他の駆動装置(*電動モーターや内燃機関、それに繋がれた歯車装置など)に比べてロボットに向いた素材であると考えられていた。

 それは何故かと言えば、何らかの強い負荷がかかったとしても装置自体が変形(・・)することで、余剰なエネルギーや外部からの負荷を逃がすことで破壊を防ぐことができると期待されているからだ。

 例えば、ホビーロボットの部品としてポピュラーだったサーボモーターなどは、想定されていない外力が加わってしまうと内部のギアボックスが破損してしまって正常動作しなくなる。人工筋肉はそういった事態に対して強いと考えられたのだ。

 ロボットを作る上で、機体の関節にかかる負荷は大きな問題になる。人工筋肉は関節を酷使する生物を模した機械を作るのに非常にマッチした素材と言えるだろう。

 

 その反面、車輪などの回転運動エネルギーを必要とする機械や乗り物を造るのには向いていない。収縮する事でしか運動を作り出せないからだ。

 直接車輪を回転させるのなら、電動モーターや内燃機関の方がずっと向いている。装置自体が回転運動を作ることに特化しているからだ。

 だが、どうやらこの世界では駆動装置(アクチュエーター)となる物は、この結晶筋肉ぐらいしか発明されていないようだ。

 

[装甲車や戦車みたいな車両型機械になってないのはこの所為だろうな。制御できるコンピューターがあって、簡単に機体の運動や戦闘に使う攻撃魔法に転用できる魔力というエネルギーを生み出すシステムがあるのなら、こういう進化をしたのは納得できる]

 

 しかし、これは生物を模した機械である“ロボット”に為る理由としてはともかく、直立二足歩行というとても不安定な移動手段である“人型”に為った理由としては弱いものである気がしてならない。

 大地を疾駆するのには四肢動物や節足動物のような姿をした多肢歩行ロボットの方がずっと向いているし、開発や製作は簡単だ。

 他の本を軽く読み流してみても、幻晶騎士の歴史上で動物型や多肢歩行型の機体が開発された事は無い様だ。この歴史が事実なら、幻晶騎士は最初から人型として完成(・・・・・・・・・・・)していたことになる。

 

[これって不自然じゃないか?]

 

 以前のラウリやマティアスとの会話でも思ったことだが、この世界で『幻晶騎士は人型をしているものである』という常識が罷り通っている。

 それ自体はエヴァは不自然だとは思わない。人型ロボットは“かっこいい”からだ。非常に訴求力のあるデザインで地球のフィクションでも大人気だった。人々がこのスタイルを愛して、支持した事も納得できる話だと思っている。

 兵器とは効率を求めるものではあるが、それだけではない。それを操る兵士や騎士の心の支えになり得るものだ。だから、解りやすいかっこよさを求めた人々が人型ロボットを主流(メインストリーム)に据えたこと自体に違和感は感じないのだ。

 

 だが、同時にこうも思っている。『動物型メカだってかっこいい筈だ』と。

 多肢歩行のロボットがあったとして、それらもパイロットの心の支えである立派な相棒に成り得ると信じていたし、人型に対して兵器としての有用性で劣っているとは思えない。

 だから、開発史にこれらの人型ではない脇道(サブストリーム)が発生した方が自然だと考えた。人間とは脇道に逸れたくなるやつが必ず発生するものだから。

 

 しかし、幻晶騎士はずっと人型一択の一本道なのだ。これはいくらなんでも不自然だ。

 機械の開発史とは生物の進化史をそのままなぞるものであるとは限らないが、どう考えても多肢歩行より二足歩行の方がずっと難しい。

 途中で多肢歩行機で経験を積んで、そこから人型へと進化したという道筋があるのならわかるのだが、どうもそうでは無い様だ。

 この世界の人類史に幻晶騎士はいきなり人の形を取って現れているのだ。それがエヴァには不思議に思えてならなかった。

 

[単なる先入観だけが原因ではないんじゃないかな?他にも何か理由があるのか?人型“しか”選択できないなにかもっと宿命的な理由が……]

 

 その疑問に対する答えは少なくともこの本の中には書かれていなかった。この本はあくまで平易な概要が書かれたものに過ぎなかったから。

 そこでエヴァは思い出した。エルが言っていた『魔術演算領域(マギウス・サーキット)はパソコンのような使い方ができる』という事、マティアスの『幻晶騎士の制御に魔術演算領域が必要である』という事実。

 答えはきっと機体(ハードウェア)ではなく、魔法(ソフトウェア)にあるのだと。

 

[私一人じゃきっと答えにはたどり着けない。もとより私は機体技術担当だ。魔法については、あとでエルに意見を聞こう。それより今は……]

 

 彼女は結晶筋肉の構成技術である“錬金術(アルケミー)”について興味が湧いていた。

 

[錬金術!これって“アレ”かな?錬成陣描いてそこにタッチしたら、好きな物質を合成できるっていう“アレ”かな?それとも、魔力を流しながら窯で煮込んでアイテムを合成する“アレ”かな?何れにせよ、面白そうな技術だ!]

 

 エヴァの脳裏に錬金術をテーマにした前世で読んだ創作作品の思い出が想起される。

 地球の化学の前身となった学問と同じ名前を持つ魔法と並ぶ不思議技術は、この世界で様々な素材の合成技術として重宝されているものらしい。

 この技術についてもっと調べようと思った瞬間、昼休みの終了ベルが鳴り響いた。

 

「えぇ……、これからが面白い所だったのに。盛り下がるなぁ」

 

 エヴァは大いに不満であったが、午後の各学科に対する説明は新入生にとって必修イベント。サボることは許されない。

 

「大丈夫よ、エヴァ。これから好きな本をいっぱい読めるじゃない?だって、私たちの学園生活はまだ始まったばかりなんだもの。この図書館だって、これからいつでも利用できるわよ」

 

「それもそうか。じゃあ、私たちは午後のオリエンテーションがあるから行ってくるよ」

 

「わかりました。行ってらっしゃい、お二人とも。僕はまだここで読書を楽しむ事にします。まだ読み終わってない物がたくさんあるので」

 

「あぁ、またな。エル」「エル君、また会いましょうね」

 

 騎士学科の説明会場とされている教室に向かう二人。その道中で、エヴァはティファがやけに上機嫌でいる事に気が付いた。

 

「ティファ、なんか嬉しそうだね。ティファも図書館で面白い本でも見つけたの?」

 

 その質問に対して、ティファは如何にも今気が付いたという風にこう言った。

 

「あ、そう言えば私達本を読みに行ったんだったわね。エル君の顔見てたら、そんなのどうでもよくなって、ずっと魅入ってたわ」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 エヴァはその言に、深い納得を覚えてしまったのだった。だって彼に最初に出会った時、自分もそうなったのだから。



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10話 授業の行方

なんとか年内にもう1話投稿したかったので少々短いですが、今年最後の更新です。
来年もよろしくお願いします。
あと、たびたびの誤字報告をしてくださったskier keyさんへ感謝を。ありがとうございました。


 入学式の次の日。

 さっそく始まった授業の内容は、午前中の一般教養を学ぶ座学と午後からの初級騎士課程だ。

 

 午前の授業は正直な所、そのほとんどが退屈なものだった。

 事前に予習してあった今更な内容でしかなかったからだ。

 

 この学園では例え初等部であっても生徒が一律で授業を受けるわけではない。

 貴族の子弟には家庭教師が付くし、一般家庭であっても裕福な家なら家庭内で様々な事を学んでいるケースもある。各児童の学力に大きな違いがあるのだ。

 故に全くの未経験者なら一般クラスに、ある程度の経験者は上級クラスに配される。

 エヴァの属するクラスも上級で結構レベルが高い部類の筈だが、それでもやはりそこは初等部。あまり高度な内容ではない。

 

[初等部1年生、9歳って言えば日本なら小学3年生ぐらいだから、初日からそんなに高度な事はやらないだろうしな。

 まぁ、私が所属してるのは上級クラスだからその内結構レベルが高い内容になっていくだろうし、油断は禁物だけど]

 

 しかし、午後からの騎士課程は日本には存在しなかったものだ。

 何と言っても魔法と実践剣術の授業なのだから。

 剣術の基本はしっかり身についている。実家のセラーティ侯爵領に居た頃から練習してきている上に、エルや弟妹達との訓練で鍛え上げているから自信もある。

 そして、魔法に関してもエヴァには頼もしい武器があった。

 

[実習なら存分に魔法のトレーニングができる。早速持ってきたこの新作魔導兵装(シルエット・アームズ)の効果を試せるぞ!ふふふふ]

 

 今日は初日なので、生徒の魔法能力測定を行うとの事だった。

 使用可能な魔法のレベルと魔術演算領域(マギウス・サーキット)における術式の構築速度、魔力の総量を測定するのだ。

 やる気を漲らせて、測定の会場となる練習場に向かおうとしたエヴァにとある人物が声を掛けてきた。

 

「やぁ、エヴァリーナさん。ちょっといいかな?」

 

「あ、マティアス先生。こんにちは」

 

 エルの父親にして、幻晶騎士(シルエット・ナイト)の操縦教官を務める教師であるマティアス・エチェバルリアだった。

 

「たしか先生は騎操士学科の教員でしたよね?騎士学科の、それも初等部の私に何の御用ですか?」 

 

「お義父さん……学園長先生から頼まれてね。君の魔力測定は私の立ち合いの元、他の生徒とは別の場所でやる事になったんだ」

 

 そう言って、付いてくるように促してくる。

 その言に従って校舎を出ると、広い演習場に誘導された。

 そこには練習機として使われている幻晶騎士サロドレアが魔導兵装を携えて佇んでいた。

 

「侯爵閣下からの話では君はかつて炎の槍(カルバリン)を発射したことがあるとの事だったが、正直な所我々も半信半疑でね。それを確認させてほしいんだ」

 

 マティアスの合図とともに、サロドレアが手に持っていた魔導兵装を地面に器具で固定していく。

 これを使って実演しろという事なのだろうと、エヴァは察した。

 

[懐かしいなぁ。炎の槍の魔導兵装……思えばこいつが私に魔力という感覚(クオリア)を教えてくれたんだっけ]

 

 見覚えのある術式と意匠に郷愁を感じながら、エヴァは魔導兵装に魔力を流し込んだ。

 刻まれた術式は結晶の先端部から槍状に形成された紅蓮の炎を吐きだし、演習場にクレーターを穿つ。

 

「……本当に戦術級魔法(オーバード・スペル)が扱えるほどの魔力を持っているんだな。彼女は」

 

 その顔に畏れを浮かべたマティアスが呟く。

 人間ではありえないこの絶大な魔力の持ち主にどのような指導を行っていけばよいか、この学園中の教師が頭を悩ますことになるだろうと彼が独り言ちている時に、エヴァが素っ頓狂な声を上げた。

 

「あぁ!?待ってください!まだ1発しか(・・)撃ててないのにぃ!」

 

 用が済んだとばかりにサロドレアが魔導兵装の固定を外して、持っていこうとしているのをエヴァは必死に止めようとしていた。

 

「エヴァさん。君の魔力は炎の槍の発射で確認できた。もう、いいんだよ?」

 

「いいえ、まだです!私はまだ全力を出し切れちゃいない!私は知りたいんだ!今の自分がどこまでやれるのかを!己の限界をぉ!」

 

 鬼気迫る表情で信じられない言葉を口走るエヴァ。

 困惑するマティアスを余所に、彼女は自分が持ち込んできた自作の魔導兵装の事を思い出した。

 

[あ、そうだ。これの事を忘れてた。よし、試射がてら魔力の限界値測定と行こうか!]

 

 急いで持ってきた鞄の中から件の物を引っ張り出してくる。

 取り出された見慣れない形状をした物体の数々に思わず、マティアスは疑問の声を上げた。

 

「な、なんだね?それは」

 

「ホワイト・ミストーで作った巻物ですよ。術式を記述するならこの形にした方がコンパクトでしょ?」

 

 木簡。古代の東アジアで使われていた木の板で作られた記述媒体だ。

 本来は短冊状に切り刻まれた木片を紐で繋げて構成される物だが、これは銀製の細線(ワイヤー)で繋いで巻物(スクロール)と為した物に、エルネスティ直伝の構成圧縮された魔法術式(スクリプト)を刻んで作っている。

 その巻物を複数合体させ、触媒結晶を先端部にはめ込み、把握部(グリップ)照準器(サイト)を取り付ける事でそれは完成した。

 

「さぁ、魔導兵装“パンツァー・シュレック”の試射会の開幕だ!」

 

 完成した魔導兵装を構えたエヴァは言うが早いか、刻まれた術式に魔力を流し込んで、法弾を形成する。

 徹甲炎槍(ピアシング・ランス)。爆炎を圧縮して対象に命中した方向に指向性爆発を発生させるという魔法だ。

 上級魔法に部類する極めて高い威力とそれに見合った難易度を誇る魔法だが、エヴァはそれを苦も無く発射した。

 戦術級魔法を撃った後だというのに、まだそれだけの強力な魔法を放てる余裕を持っているという事実に腰を抜かしかけているマティアスの目の前で、エヴァは無情にも更なる驚愕の真実を叩きつける。

 

「さて、術式変化(モードチェンジ)もやってみるか」

 

 彼女はスイッチ状の機構を押して、魔導兵装に内蔵されている魔力経路(パス)の切り替えを行った。

 これにより、魔力の供給源が右腕の把握部から左腕の把握部に変更される。

 常人であれば、この変更にさしたる意味は発生しない。右腕から供給されようが左腕から供給されようが、魔力に違いなんて無いからだ。

 だが、服に隠れていて見えないが、エヴァの左半身には刻まれているのだ。この魔導兵装を更に高威力化させてしまう術式が。

 

爆炎榴弾(フレイム・ハウザー)発射!」

 

 術式の“意味”が大きく変更され、徹甲炎槍はより大きなエネルギーを内包した法弾へと成長していく。

 それが発射され地面に着弾したとき、爆炎が形成したクレーターは最初に放った炎の槍に比べて直径こそ小さいが、より深く地面を抉っているように見えた。

 そんな穴を何個か量産した頃に、エヴァにもようやく限界が訪れたようだった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ろ、6発ぐらいか。な、なんとか自己ベスト更新した……ぞ……」

 

 魔力は体力と並ぶある種の生命エネルギー。それを限界まで吐き出してしまえば、人間は死にはしないまでも体を動かすこともできないぐらいに疲労困憊する。

 今の自分の全力を出し尽くしたという満足感に浸りながら、彼女は倒れ伏した。

 

 しばらく休んで起き上がれるようになるくらい魔力が回復したエヴァがマティアスの方を見ると、彼の顔はどこか達観したような表情になっていた。そして、こう告げてきた。

 

「お疲れ様、エヴァさん。ところでこの学園の一教師として、非常に切実なお願いがあるんだ。……二度と学内で戦術級魔法を使わないでくれ!おそらく、後で学園長からも同様の通達が来るだろう。

 いいかい、絶対だよ!?お願いだからやめてね!」

 

 特に最後の言葉は半ば泣きが入った顔で懇願された。

 

 

 

「というわけで、残念ながら戦術級魔法は使用禁止となりました。ちくせぅ」

 

「いや、当たり前じゃないですか。演習場をボコボコにするわけには行かないでしょ?直すのは職員の皆様なんですし」

 

 放課後、今日の授業の内容を先程まで図書館で読書に浸っていたエルに報告したエヴァは、彼からあきれ顔でのツッコミを貰っていた。

 そのツッコミもどこかピントがずれているものであるのだが、生憎とそれを指摘する者がこの場には居なかった。

 

「それにしても、先輩の魔力って本当に規格外ですね。僕では戦術級魔法は術式の構築はできても、行使まで持っていくには魔力が決定的に足りませんよ。すごいですね」

 

 規格外というか、故郷で一部の領民に魔獣と同一視されそうになった程の馬鹿げた魔力量である。

 しかしエルもさらっと言っているが、本来膨大な情報を処理しなければならない魔法である以上、常人では構築すらもできない代物なので、やっぱり彼の演算能力だって人外染みている。

 

「その代わり魔術演算領域は使えないんだけどさ。その所為で幻晶騎士には乗れないって言われたし、喜ぶべきか悲しむべきなのか解りゃしない」

 

 如何に強大な力を持とうが、メカに乗れないのなら意味がない。エヴァはそう宣う。これに関しては、エルも共感できるものがあった。二人の狂気じみた努力はその為に注がれているのだから。

 

「まぁ、そのお陰で学園長から『魔法実習の授業は免除する。というか、他生徒の身の安全が保障できないから参加するな』って言われたから、明日からその時間帯は別の事をしていることにするよ」

 

 意図せずして自由時間を貰ったエヴァは、その使い道をどうしようか考えていた。もちろん、ただ遊んで終わらす心算などない。

 

「先輩はテルモネン工房で鍛冶についても学んでいるんですし、鍛冶師学科の授業でも覗きに行ってみてはいかがです?」

 

「……それもいいんだけどさ」

 

 正直、とても魅力的な提案だ。鍛冶師学科のカリキュラムの中には幻晶騎士の設計について学ぶ授業まであるのだから、すごく興味はあるのだ。

 だが、エヴァにはもう一つ気になっている技術があった。

 

「錬金術師学科を覗きに行ってみようと思うんだ」「え?」

 

「だって結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)はこの技術で合成される素材なんだろう?すごく興味が湧かないか?触媒結晶がどうして人工筋肉みたいな駆動装置(アクチュエーター)になるんだ?って」

 

「たしかに言われてみれば、すごく気になりますね」「だろ?」

 

 触媒結晶。この透明、乃至(ないし)半透明な結晶状物質の事がエヴァはずっと気になっていた。

 杖用に一般的に出回っているものは、石英のようなケイ素化合物を思わせる物性を有していながら、それらとも異なった性質を有する物質だ。何と言っても魔法現象の触媒となる物なのだから。

 また人工筋肉のようにエネルギーに対する応答性だけでなく、衝撃を吸収する柔軟性や収縮性、引張強度や応力に耐えられる弾性や靭性をも求められる駆動装置に加工できるという、応用の幅が広い素材でもある。

 

「この世界でロボットを自作するなら結晶筋肉はいずれ扱う事になるだろうし、最低限の取り扱い方は知っておきたいじゃないか?あわよくば、合成方法を習得して自作しちゃえるかも……」

 

「夢が広がりますねぇ」

 

 そのような事は専門職である錬金術師に任せるのが本来は最良なのだが、この世界にはロボットの部品を一般向けに販売しているサービスなど在るわけは無い。基本的には幻晶騎士の部品は国が流通を管理している。

 たかが一学生の為に部品を融通してくれるとはとても思えない以上、それらはいずれ自作しなくてはならないだろう。それを思えば、これは通らなくてはならない道なのだ。と二人は考えていた。

 

「まぁ、と言っても最初は初歩的な知識を学ぶためにも初等部生に混ざって授業を受けてくることになるだろうけどな」

 

「頑張ってください。何か面白いことが解ったら僕にも教えてくださいね?」「もちろん!」

 

 

 

「皆さん、こんにちは!さて、今日も錬金術課程の授業を始めて行きましょう!……あら?」

 

 初等部錬金術学科の講師である女性教師がとある生徒をその視界に捉えた。

 栗色の髪を後ろで馬の尻尾の様に束ねた背の高い女の子。

 将来が楽しみな美人さんだと感じるが、この少女の顔に教師は見覚えがなかったのだ。

 

「お嬢さん、あなたは錬金術学科の生徒ではないですよね?ご自分の学科の授業はどうしたの?」

 

「いえ、私は騎士学科の生徒なのですが、色々事情がありまして魔法実習の授業は免除していただいたんです」

 

「免除って……」

 

 授業を免除されるなど、そんな特別待遇が許されるのだろうか?怪訝な顔をしていた教師の耳元にその少女が近づいて耳打ちした。

 

「先生。私の名前はエヴァリーナ・オルターと言うんですが、学園長から何か話を伺っていませんか?」

 

 その名前に教師は聞き覚えがあった。なんでも特殊な事情で他生徒と同じ場所で魔法実習を行わせるわけには行かない騎士学生が居るとの事。

 その生徒が目の前の彼女だとしても、なんだってまた錬金術学科のようなほとんど関連性のない学部の従業を受けに来たのか?混迷は深まるばかり。

 

「お願いします。授業を受けさせてください!前から錬金術にも憧れていたんです。決して他の人の授業の邪魔はしませんから」

 

 必死に懇願するエヴァに絆されて、教師は受講を認めることにした。というより、この学園の授業は多学科の生徒だから受講してはならないなどという決まりはないので、許可が出ているのなら文句の付けようは無いのだ。

 

「……では気を取り直して、授業を始めましょう。教科書の50ページを開いて……」

 

 

 

[やっぱりというか、ほとんどが“化学”の内容なのね]

 

 エヴァは少々残念な気持ちになっていた。錬金術というから魔法と並ぶようなもっとファンタジーな物を期待していた所があったのだ。

 地球でも錬金術は経験則的な技術を集約して発達し、そこから迷信の要素を抜いて化学に昇華された学問だ。内容が似てしまうのも無理はないだろう。

 しかし、決定的に違う要素も幾つかあった。その内の一つが触媒結晶に関する知見だ。そもそも地球に存在しない物質だから当然だろうが。

 

「結晶は鉱山から採掘されるものと、魔獣の体内から摘出されるものの二種類があります。前者は純度が高く非常に安定した品質を誇りますが、後者は魔獣由来の不純物を多く含んでいて品質が不安定です」

 

 教師が言うには、魔法現象の発動媒体としてはどちらも問題なく使えるが、加工製品を合成する際にはこの不純物が品質を大きく低下させてしまうため、結晶筋肉などには鉱山由来の物が使用されるそうだ。

 

[ふーむ、生体濃縮ってやつかな?魔獣も他の生物から食物連鎖の中で抽出獲得してるのか?それとも彼らも自然の露天鉱床とかから摂取してるのか?]

 

 鉱山から取れるという事は、自然界で腐敗分解されるような有機物ではないだろうと考えられる。そういうところもケイ素系物質のようだとエヴァは感じた。

 

「論より証拠。ここに二種類の結晶筋肉の試料があります」

 

 女教師が机の上に、二本の繊維状物質を並べてそれらを両手の指で引っ張って行く。

 片方は非常に頑丈でありながら柔軟性のある繊維なのだが、もう片方は伸びが悪いうえに強く引っ張ると千切れてしまった。解りやすいぐらい強度に差が出ている。

 

「これは不純物が結晶筋肉の伸縮繊維(フィラメント)の形成時に、その走行に干渉し歪みを生み出してしまう為なのです。ですので素材の品質を見極めることがよい錬金術師となる秘訣ですよ」

 

 どんな分野でも、“目利き”が重要なのは製造業において共通しているという事なのだなとエヴァは大いに関心してしまった。

 

「おや、もうこんな時間ですか?今日はこの辺にしておきましょう。皆さん、復習は欠かさないようにね」

 

 なかなか興味深い授業に、エヴァは復習がてら今日教わった内容をエルにも土産話として語ってやろうと決めた。

 

「これから楽しくなりそうだ♪」

 



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11話 作って遊ぼう!~結晶筋肉編~

お待たせしました。1月中に更新したかったけど、煮詰め足りてなかった設定があってなかなか筆が進まなかったのです。
もしかすると、この話は外伝扱いになるかもしれません。


「お~い!エル~!いいもの手に入れて来たぞ!」

 

 ある日のエチェバルリア邸にて、いつもの様に他の家人への挨拶もそこそこにエルの部屋に押しかけてきたエヴァ。

 その様子に嫌な顔一つせず、彼は応じる。彼女が『いいもの』と形容する品は、大抵自分にとっても『いいもの』だからだ。

 

「こんにちは、エヴァ先輩。今日は何を持って来てくれたんです?」

 

 エヴァが背負っていた箱のような容器を、床に置く。

 その中にいっぱいに詰め込んでいた物品に、エルはすぐにピンときた。

 

「これ、結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)ですか!?」

 

「そうさ。錬金術学科で譲ってもらったんだ」

 

 憧れの幻晶騎士(シルエット・ナイト)を動かしている駆動装置(アクチュエーター)。その素材に興味津々といった様子で触ろうとしたエルに、エヴァは『待った』をかけた。

 

「触る前に、手袋をしてくれ」

 

「手袋ですか?」

 

 結晶筋肉は人工的に合成・加工された触媒結晶を繊維状に成型したものだ。すなわち、人造鉱物繊維である。

 これは地球で言うなら、ガラス・セラミック繊維や岩綿(ロックウール)のような素材に当たる。

 

「天然鉱物で言ったら、悪名高い石綿(アスベスト)とかも鉱物繊維の一種だぜ?」

 

 この説明を聞いて、エルは思わず身構えた。彼も“石綿”の悪名はよく知っていたからだ。

 細かく分解されると肺に吸入されやすく、それが肺胞内部で発がん性を齎すため、恐れられていた天然鉱物繊維だ。

 さすがにいくら彼の大好きなロボットの素材と言えど、健康被害をもたらすような物質と同一視などさせられれば、そんなものを無思慮に触れないからだ。

  

「まぁ、結晶筋肉は石綿に比べたら遥かに直径が太いし、空気中に離散しにくいから肺に吸い込む塵肺の危険性は薄いと思うよ。それに触媒結晶自体があまり生体に害をもたらさない物質だって話だから、発がん性の心配もないだろう。

 だけど、アレルギーとかの免疫反応の事を考えたら万が一ってこともある。手袋はしておいてくれ」

 

「脅かさないでくださいよ!……けど、言われてみたら確かに“素材”を扱うのに素手でべたべた触るのは無警戒でしたね。わかりました」

 

 この言にエルは手袋を嵌めて、恐る恐る触り始めた。

 

「それにしても、先輩。こんなに大量の結晶筋肉をよく譲ってもらえましたね。高く付いたんじゃないですか?」

 

「錬金術学科の中等部生が実習で合成したものなんだってさ。幻晶騎士の部品に使うような品質にならなかった、所謂『規格外品』だな。だから安く譲って貰えたんだよ」

 

 これらはエヴァが錬金術学科の教師に拝み倒した成果だった。

 本来は高価な幻晶騎士の部品だが、結晶筋肉はその中でも大量に生産される消耗品に部類する品だ。そして、未熟な中等部の学生が実習で作り出した物なんて信頼性が重視される実機に使うわけにはいかない。

 だが、そんな授業が終われば行く当ても無く廃棄されるしかないような不良品でも、エヴァやエルにとっては魅力的な試料(サンプル)となる。

 だから、彼女はそれを買い取ることにしたのだ。教師達にとっても処分の手間が減って、ありがたい話だったのだろう。最初は戸惑っていても、最終的には快く譲ってくれた。

 

「しかし、改めて見てみるとこれが収縮して幻晶騎士の関節運動を作り出しているなんて、なんだか不思議な話ですね」

 

「あぁ。動いているところを見てみたいな」

 

 地球でも人工筋肉はベンチャー企業等から発売されていたが、まだまだホビー用素材としては高額であまり出回っていなかった。

 

「これが電池を繋いだら回転する電動モーターみたいに簡単に扱える装置だったらいいのに」

 

 エヴァがそんな気持ちを口に出したのだが、エルから意外な反応が返ってきた。

 

「動かせると思いますよ」「え?」

 

「図書館で読んできた本の中に、結晶筋肉の収縮を司る術式が掲載されたものがありました。それを使えば、収縮運動を引き起こすことができるでしょう。でも、それには必要な物があります」

 

 エヴァはエルの言葉に従い、自宅から彼の言った“必要な物”を持ってきた。

 それは銀製の細線(ワイヤー)銀線神経(シルバー・ナーヴ)と呼ばれている物だった。

 銀でできているためホワイト・ミストー以上に魔力を良く通し、触媒結晶に魔法術式(スクリプト)を伝えることができる便利な素材で、幻晶騎士の配線を行う為に活用されている部品だ。

 何故彼女がこんな物を持っているかと言えば、以前作った魔導兵装(シルエット・アームズ)である“パンツァー・シュレック”の術式記述部品である木簡を巻物としてまとめるために、テルモネン工房の助けを借りて用意したものだった。まだ在庫があったのだ。

 エルはその銀線神経を一本の結晶筋肉繊維の両端部に結わえ付けると、それを自分の愛用の杖の両端部にも巻き付けた。

 

「これでちょうど直流モーターの回路みたいにできましたね。あとは僕がこれに術式と魔力を流し込めば……」

 

 エルは杖を握って魔術演算領域内で演算した動作術式と共に己の魔力を流し込む。すると繊維は確かにその長さを変え、収縮したのだ。

 

「おぉ!すごい!本当に縮んだぞ!」

 

「軽い癖に結構力があるみたいですよ。重量出力比(パワー・ウェイトレシオ)はかなり優秀ですね」

 

 一般に駆動装置(アクチュエーター)とは高い出力を生み出そうとすればするほど、より大型で重たく複雑になる。

 翻ってこの結晶筋肉は釣り糸のような細さと重さにも関わらず、体感的には地球の電動モーターにも劣らない高い出力を発揮できるものであるようだ。(さすがに回転する装置であるモーターと単純比較はできないが)

 

「それに結晶筋肉は魔力を貯めるキャパシタやコンデンサのような機能も持っているそうです」

 

電池(バッテリー)と駆動装置の機能をこの細い繊維一本の中に収める事に成功してるわけか……とんでもない発明だな。地球でそんなもの作れたらノーベル賞とか受賞できるレベルの技術じゃないか?」

 

「錬金術……侮れないですね」

 

 この世界の文明はこと“結晶”に関する技術で言えば、地球の化学でも難しいレベルの素材開発に成功していると言えるだろう。

 これを最初に創り出した錬金術師に二人は強い敬意を抱いた。

 

「なぁ、エル。その術式って紋章術式(エンブレム・グラフ)にしたらどんな感じになるかな?」

 

「先輩もやってみたいんですね?わかりました。術式を紙に書き込みますので、ホワイトミストー板に彫り起こすのはご自分でどうぞ」

 

「助かるよ」

 

 こうしてエルが書き起こした制御術式をエヴァはその日自宅に持ち帰り、紋章術式を刻んだ道具を製作した。

 

 

 

「いらっしゃい、先輩。この前渡した術式はどうでした?」

 

「あぁ。問題なく動作したよ。それで単に筋収縮を観察するんじゃ面白くないと思って、今回はこんなものを用意したぞ」

 

 エヴァが取り出したのは、結晶筋肉を取り付けた木製の腕のような模型だった。しかも、所々に発条(スプリング)が仕込まれている。

 

「これはもしや結晶筋肉を屈筋、発条を伸筋に見立てているのですか?」

 

「そうだよ。刻んだ制御術式に魔力を流すと……ほら!」

 

 手に握った銀線神経から伝った魔力が、紋章術式によって意味を付加され結晶筋肉に伝達されると、肘を模した関節を屈曲させる。

 銀線神経から手を離すと発条によって肘は伸展され、模型は元の関節角度に戻る。

 構造は単純だが、筋肉による関節運動の制御を示す解りやすい模型であった。

 

「これ作ってて思ったんだけどさ。この運動って繰り返す事はできないか?魔力を注ぎ込み続ける限り、同じような収縮運動を断続的に繰り返すような制御がしたいんだけど」

 

「つまり、周回(ループ)制御ですね?……リレーする形になりますからね。スイッチになる物が欲しい所です……そうだ!」

 

 周回制御を行う為には指定した手順(シーケンス)を達したか否かの検出機構が必要だと考えたエル。

 そこで彼は結晶筋肉自体をそのトリガーにすることにした。筋肉が縮み切った時に魔力を一旦遮断し、それによって緩んだ繊維を発条がその弾力で一定まで伸ばした時を次のループに繋げる条件にした。

 以上の内容を彫刻刀によって追加で彫り込まれたことで、術式は模型の動作を自動的に繰り返す機構と化す。

 関節と結晶筋肉と発条の軋む音が断続的に響き渡る。

 

「おー!うまくいった。……うん。やっぱりこれ、往復運動だよな。となると、うまく使えばレシプロ機関が作れるんじゃないか?」

 

「レシプロ機関というと、地球の自動車やプロペラ機が使っていた?」

 

 エヴァは首肯する。

 蒸気機関が発明された頃から、現代に至るまで多くの外燃・内燃機関の内部で動き続けたこの機構を、彼女は結晶筋肉で再現できないかと考えたのだ。

 紋章術式で規則的な筋肉の伸縮が制御可能であるならば、今の自分でもそのような複雑な機械を動かす魔法が使えるのではないかとエヴァは期待していた。

 

「レシプロエンジンのピストンも結晶筋肉も、シリンダー機構と人工筋肉という違いはあっても、収縮を繰り返す機械って点じゃ同じだからな」

 

「先輩。自動車でも作るつもりなんですか?」

 

 エルは微妙な顔をする。

 幻晶騎士(ロボット)がある世界でわざわざそんな物を発明するつもりなのかと訝っているようだ。

 

「おいおい、誰が自動車を作るだなんて言ったよ?私が作りたいのはあくまでロボだよ、ロボ!紋章術式と結晶筋肉で回転運動が作れるんなら、それを使って歩行運動を作り出す事だってできるさ」

 

「え?先輩、それってもしかして……?」

 

「ふふふ、その為にもまずレシプロ機関を作ってみなくちゃな」

 

その時は不敵に笑ったエヴァだったが、その開発はすぐに暗礁に乗り上げることになった。

 

 

 

「何故だ!?なんでうまくいかないんだ?何が足りなかったって言うんだ!?」

 

 テルモネン工房にて鍛冶技術を学ぶ傍ら、コツコツと組み上げていた模型を前にエヴァは唸っていた。

 工房長とその息子が何事かと声を掛ける。

「どうしたんだ?嬢ちゃん、また何か模型でも作ってるのか?」「それとも魔導兵装(シルエット・アームズ)ってやつの新作?」

 

「あ、工房長。バトソン君。二人ともよかったら相談に乗ってくれませんか?私ではどうしたらいいのか解らなくなっちゃって……」

 

 そうしてエヴァは自らが組み上げた“レシプロ機関”の模型を見せながら、説明を始めた。

 

 このホワイト・ミストー製の筐体の中にはコの字状に曲がった金属棒、クランクシャフトが通っている。

 その曲がった部分に接合棒(コネクティング・ロッド)と呼ばれる部品が取り付けられており、これの先端部に結晶筋肉と発条が組み込まれている。

 それは地球のガソリンエンジンでいうところの“ピストン”と“燃焼室”の働きを結晶筋肉と発条に置き換えているような原理の機械だった。 

 これが術式と魔力の供給を受けることで収縮を繰り返し、クランクシャフトを回転させ続ける設計になっている……のだが、現実はうまくいっていない。

 

「結晶筋肉で回転運動を生み出す装置……また、変わったものを作ってるな。嬢ちゃん」

 

「っていうか、結晶筋肉って収縮する部品だよね?本当にそんな事できるの?」

 

「できるよ。実際、手で回してある程度勢いを付けたら何回か回転はしてくれるんだよ。でも、いずれこんな風に止まってしまうんだ」

 

 クランク機構で収縮運動を回転運動に変えようとするときに、それができなくなってしまうポイント“死点”が発生してしまう。これを結晶筋肉と発条だけでは乗り越えられない場合が出てくる。

 それが機構の回転をストップさせてしまう原因だったのだ。

 

[地球のエンジンってどうやってこれを解決してたんだっけ?]

 

 ど忘れだった。極めて重要な要素にも関わらずエヴァはそれを思い出すことができなかったのだ。

 

「うーん、幻晶騎士にこんな機構は組み込まれていないからな。俺からはいい案は出せそうにないな」

 

 幻晶騎士に回転する機構はほとんど使われていない。手首関節も人間の身体と同じように橈骨と尺骨を模した金属内格(インナー・スケルトン)を捻って“回旋”させる構造になっていて、180°以上の回転をさせる事はできないのだ。

 当然、騎操鍛冶師(ナイト・スミス)がそういった機構に触れる機会も今まで無かったというわけだ。

 バトソンも騎操鍛冶師の勉強はしていても、その他の技術に関しては心得が無い。彼からもいい提案は得られないようだ。

 3人揃って悩んでいた時に、大きな声で叱りつけてきた者がいた。

 

「あんた!バトソン!もう夕方だよ!?晩御飯が冷めちまうじゃないか!」

 

「「か、かぁちゃん!?」」

 

 工房長の奥さんにして、バトソンの母親であった。

 

「お嬢ちゃんもお母さんが待ってるんじゃないかい?今日はもうお家におかえり」

 

 二人に対するそれよりも優しい声音で諭すように促してくる彼女の言に、エヴァは今日の所は帰ることにした。

 

「……わかりました。おばさん、工房長、バトソン君。お疲れ様でした」

 

「「「お疲れ様」」」

 

 エヴァの姿が見えなくなり、息子と旦那が食堂へと足を運ぶのを見送るお上だったが、工房の中に見慣れぬ機械が置いてあるのに気が付いた。

 

「おや?なんだろうね。これ?」

 

 工房長に尋ねると、これはエヴァの所有物だと言う。おそらく忘れて行ってしまったのだろうと。

 

「あらら。まぁ、あの子もまた来るだろうし、その時ちゃんと渡してあげないとね。それにしても……」

 

 お上はその機構をまじまじと見て、こう呟いた。

 

「なんだかこの構造、見覚えがあるような……」

 

 

 

「なんですって!?どこで見たんですか!?お願いです!教えてください!」

 

 あれから数日後、工房長から妻が『見覚えがある』と言っていたと聞いた途端に、エヴァは彼女に詰め寄っていた。

 

「お、落ち着きな。お嬢ちゃん。ちゃんと教えてあげるから、落ち着いておくれ」

 

 普段、夫と息子から畏れられている彼女でも気圧されてしまうほどの凄まじい喰い付きっぷりであった。

 エヴァの興奮が少しだけ沈静化するのを待ってからお上はついて来るように促して、鍛冶場とは違う作業場へと案内した。

 そこは縫製作業をするための部屋だった。夫や息子が日々の作業で解れてしまった服などを繕うための器具がたくさん置いてある。

 そして、お上が指さした先に“その機械”はあった。

 

「これは……ミシン?」

 

「そうだよ。私もドワーフ。機械の扱いには自信があるのさ。

 もっとも、旦那と違ってあたしは武具や幻晶騎士には興味が無かったんでね。こういう家庭で使う縫製器具の修理や整備をする技術を磨いたんだよ。

 見てごらん。これはこう使うのさ」

 

 彼女が席に座って作業を実演して見せる。

 お上が足でペダルを踏むとそれによって針が上下に動いて、布の上に糸を縫い付け始める。

 そう、“往復運動(レシプロキャッチング)”だ。

 

[そうか!ミシンだって往復運動を行う機械だ!そして、足踏みと言う同じく上下反復運動を動力にしているこの人力ミシンの中には……]

 

 お上に許可を貰い、中の機構を覗かせてもらう。

 そこには案の定、クランク機構が存在した。そして、機構の挙動を安定させるための部品も組み込まれていたのだ。

 

弾み車(フライ・ホイール)……そうだった!思い出したぞ。これで死点を乗り越える慣性運動エネルギーを蓄えるんだ!]

 

 幻晶騎士にも乗り物にも関係ない場所であったが、この世界にもある意味でレシプロ機関は存在したのだ。それも非常に生活に密着した形で。

 

「おばさん、お願いします!この弾み車やクランク機構の作り方、教えてください!このレシプロ機関を完成させたいんです!」

 

「わかった、わかった。皆まで言わなくっても教えてあげるよ。本当に勉強熱心な子だね」

 

 エヴァの懇願に、苦笑しながらお上は答えるのであった。

 

 

 

「というわけで、出来上がったわけだよ。この機械(メカ)が!」

 

 エルに自身の作品を再び見せびらかす為に、今度はオルター邸に彼を呼び出したエヴァ。

 その足元で蠢いている物の姿にエルは強い郷愁の念を呼び起こされた。

 

「わぁ!かっこいいですね。このZO〇DS(ゾ〇ド)

 

 レシプロ機関が生み出すクランクシャフトの回転運動を、優雅な歩行運動に変える動物型の模型がそこにはあった。

 チェビシェフ・リンク機構。ホーキンス・リンク機構。並行リンク機構。

 それら木製のフレーム状リンクが首振りや歩行などのギミックへと結実し、作り出されるモーションは非常に生物的である。

 まさしく日本のとある企業から発売されていた玩具のように、男の子が大好きな物を詰め込んだロマンあふれる一品となっていた。

 少なくともその出来栄えはエルネスティを満足させられるものであったようだ。

 

「どうだ?キッド、アディ。かわいいだろ?かっこいいだろ?」

 

 この光景をエルと一緒に見ていた己が弟妹の次なる台詞に、

 

「「気持ち悪い」」

 

「え?」

 

「「気持ち悪い」」

 

 エヴァは強い衝撃を受けた。

 

「何故!?なじぇぇぇぇ!?」

 

「何故って、なんか骨みたいな恰好じゃないか」「そうよ、それに動きがちょっと不気味でしょ?音もうるさいし」

 

 結晶筋肉は筋収縮に伴う弦楽器のような音を発生させる特徴を持つが、このレシプロ機関はそれを高速で繰り返す為、まるでデタラメに楽器を弾きならすような騒音をまき散らす。リンク機構が軋み合う音も二人にはうるさく聞こえたようだ。

 そして、なによりこの国は魔獣に常に脅かされている土地柄である。見慣れない姿の生物には警戒心や嫌悪感を抱くのが当たり前。

 (フレーム)と機構だけで作り出された死んだ生物を思わせる意匠の動物型メカなど親近感は持たれない。

 

「おねえちゃんって、悪趣味?」

 

 アディのその言葉がトドメとなって、エヴァはくず折れた。 

 

「先輩、次はぜひとも人型の二足歩行機作ってくださいよ。かの『装甲巨神Zナ〇ト』をこの世界で復刻するのです!トイズ・ドリー〇プロジェクトで再販されたやつ買い逃しちゃったんですよ、僕。……だから、この世界でこそあの夢の続きを……僕に見せてくださ~い!」

 

 打ちひしがれるエヴァにとって、エルのこの嘆願の声だけが救いであったのかもしれない。

 

 




8千字にも満たない文字数なのにえらく時間がかかってしまった。すいません……


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12話 魔術演算領域と言うソレ

大変遅れて申し訳ありませんでした。
なんだか私用で立て込んでしまったり、何故か文章を書く気力がなくなってしまったりで、遅れに遅れて3か月もたってしまうとは私の不徳の致すところです。



「これは確かに面白いな」

 

「でしょう?」

 

 テルモネン工房にて工房長とエヴァが一つの機材を囲んでいる。

 以前エヴァが作ったレシプロ機関。その出力軸となっている金属シャフトに取り付けられているのは錐。

 柄から取り外された口金をシャフトに固定し、(なかご)を介して先端部を取り付けられるようにしているのだ。

 工房長もこれを見せられれば、彼女の意図は解る。魔力で稼働する動力機構を備えた工具を創りたいのだと。

 そして、地球ではこのような工具はこう呼ばれている。『電動ドリル』と。

 

「ただ、これには“変速機”は組み込めてないので、あまり高速では回転させられません」

 

 回転する機械の持つ力を計るには二つの評価軸(パラメータ)が使われる。

 一つは回転数。どれだけ素早く回転させられるかという事。

 もう一つがトルク。回転する力の強さを計る物だ。

 これらを変更したければ、出力軸とドリル機構の間に歯車装置を組み込んでやる必要がある。それが変速機だ。

 

「うーむ、俺は歯車は作ったことがねぇから難しいが、そういう機械を造ってる職人を何人か知ってるぜ。

 ホレ、工房で使ってる加工機を見ただろう?あれを整備している人達だ」

 

 彼が指さした先にあるのは部品の加工に使う回転する砥石や鋸を組み込んだ機械達だった。

 これらの動力源は水力。この街を駆け巡る水路から流れて来た水の力を水車で受け止め、回転運動に変えることで機材を稼働させているのだ。

 その力の増幅にも歯車は使われている。それを整備する人たちは当然、扱いにも熟知している。

 

「あいつらに頼めば、融通してくれるだろう。でも、結構高いぞ?」

 

「けど変速機を組み込んだ方がこの機械はずっと使いやすくなるはずです。工房長、今度その人たちを紹介してもらえませんか?」

 

「……俺がこういうことを言うのもなんだが、お前騎操鍛冶師(ナイト・スミス)になりたいんじゃないのか?歯車なんて幻晶騎士(シルエット・ナイト)には何の関係も無い技術だぞ?」

 

 もっと言うなら、エヴァは現在騎士学科所属である。この国では職人になりたいのなら職人の、騎士になりたいのなら騎士の為の専門教育を幼い頃から受けるのが当たり前だ。

 エヴァの学ぼうとしている技術や学問は範囲が広すぎるのだ。武術に魔法に鍛冶に錬金術、そして今紹介しろと宣った歯車職人はどちらかと言うと建築分野の人間だ。

 工房長には彼女が何になりたいのか解らなくなってしまった。

 

「工房長。私がなりたいのは騎操士(ナイト・ランナー)ですよ。でも、演算不能者(ノーペレーター)には幻晶騎士の操縦なんてやらせてもらえないでしょう?

 だから、私は自分の乗れる機体を自分で作りたいんです。そのために今いろんなことを勉強しているんです」

 

 それは子供の語る夢物語にしか聞こえなかった。だが、エヴァの目は真剣だった。

 

「それに工房長。歯車が幻晶騎士に関係ないだなんて、それは考え方が狭いのではありませんか?さっき説明した魔力で回転する錐だって機体の腕にでも取りつければ、立派な武器になると思いません?」

 

「錐で魔獣の身体に穴開けるってのか?そんなの槍で突いたほうがよっぽど有効じゃねぇか!」

 

 ぐうの音も出ないような正論。しかし、そんな事で躊躇していてはロマンは追えない。

 

「それは物の例えですけど、幻晶騎士に歯車装置を組み込むことで性能の強化ができる余地がどこかにあるかもしれないでしょう?

 面白いアイディアを思い付いたとしても、それが畑違いで手が出ないなんて悲しいじゃないですか。だから、今は知識と技術の引き出しをたくさん増やさなくちゃいけないと思うんです」

 

 それはこの世界の一般的教育思想と明らかに異なる考え方だった。

 しかし、工房長には一抹の説得力を持っているように聞こえた。

 

「解ったよ。ちょうど部品の交換時期が迫ってる加工機があるから、職人に話を通しといてやる。教えて欲しい事や欲しい部品があるんなら、その時に話をするんだな」

 

「ありがとうございます!」

 

 欲しい技術への渡りを付けた満足感と共に、その日は工房を後にするエヴァ。

 その帰り道に彼女はふと、街を巡る水路へと注意を向ける。

 

[そう言えばこの世界、魔法一辺倒かと思いきや水道開発とその流れを利用する技術に関しても結構高水準なんだよな。なんか古代ローマみたい]

 

 フレメヴィーラ王国は非常に頑強な石材が多く取れる土地だ。

 この石材の使用こそが10mクラスの人型兵器が闊歩できる整備施設や魔獣の攻撃にも耐え得る要塞の建造を可能としているのだ。

 そして軍事施設に並ぶレベルでそれらが多用されているのが上下水道だ。ライヒアラ学園街にも多くの水道が通い、市民達に生活用水を提供している。先ほど工房長の話にもあった水力利用技術も、鍛冶や建築での部品加工にて大いに活躍している。

 

[噂だと首都カンカネンでは、すごく大きくて綺麗な水道橋がいくつも建設されてるって言うな。一度見てみたいぜ]

 

 エヴァは自分の中に鍛冶技術だけでなく、建築学に関する興味が芽生え始めていることに気付いた。

 考えてみれば、地球のルネッサンス期や産業革命を支えた学者や技術者はその多くが建築家を兼ねていたと聞いた事がある。やはり、“機械”という物は建築技術と相性がいいのだろう。

 

[昔ジオラマ制作で幾つか拵えた建築模型も組んでて楽しかったし、少しそっち方面の勉強も始めてみるか]

 

 自身の探求心の枝葉が大きく成長していくのを感じながら、エヴァは家路を歩んでいった。

 

 

 

 

 

「うーむ、どうしたもんかのう?」

 

 ライヒアラ騎操士学園の学園長であるラウリ・エチェバルリアは大いに悩んでいた。

 その悩みというのは、今年入学した新入生エヴァリーナ・オルターに対する教育方針である。

 

 演算不能者と言う魔法が使えない人間の教育。これ自体は実の処、対処法は定型化している。“魔法と関係ない仕事の斡旋”。要は魔法が使えないことが問題にならない分野を薦めればいいのだ。

 と言っても魔獣が跋扈しており、対抗策が攻撃魔法と幻晶騎士ぐらいしか無いフレメヴィーラ王国において、紹介できる仕事は自ずと限定される。

 まず農民は除外だ。田畑を耕す途中で小型の魔獣が襲い掛かって来る事なんて、この国では珍しくないのだ。『剣と杖は農具の一種』などと言う諺が生まれる程、農民にすらある程度の戦闘能力が求められる修羅の国。それがフレメヴィーラ王国なのだから。

 そして、都市間を行き来する仕事である行商人なども同じく除外対象だ。きちんと護身術を覚えた商人ですら護衛無しでは危ういのだ。その為に商騎士団と言う幻晶騎士を配備した民間の武装集団が運営されているぐらいだ。魔法が使えない人間なんて腹を空かせた魔獣達にオヤツ感覚で狩られてしまうだろう。

 こうなると城塞に隔てられた厚い防衛線の内側で働ける仕事が対象となる。大工や鍛冶師や錬金術師などの技術職人や商店などで働くサービス業や料理人などだ。あと、書類仕事を任せる文官なども該当する。これらの分野でなら彼らでも十分活躍できる。

 

 しかしエヴァが志望し、その父親であるセラーティ侯爵が要望を出しているのは、本来演算不能者の就職候補に挙がるはずの無い戦闘職である“騎士”なのだ。

 そして、それは彼女がその身に宿す絶大な魔力について考えたら非常に納得の行く結論でもある。戦術級魔法(オーバード・スペル)を扱えるほどのエネルギーを城塞の内側に眠らせてしまうのはあまりにもったいない。

 問題は自分達この国の一般的教育者がその才能の活かし方を知らないという事なのだ。

 

「何せ騎士学科の教師達は演算能力の存在を前提とした教育法しか知らんときたもんじゃ。この儂もな……」

 

 魔術演算領域(マギウス・サーキット)という感覚の断絶。これが問題の複雑化を招いている一番の原因だ。

 この能力によってこの世界の人間は思考によって頭の中で術式を編集することができるし、それを前提としている故に演算以外の魔法の利用方など魔導兵装(シルエット・アームズ)ぐらいでしか研究されてこなかった。

 

 彼女の為に特別講師となれそうな人間を幾人か見繕ってみようと試みたが、交渉は難航している。みんな自信が無いのだ。

 演算不能者(ノーペレーター)に演算ができる者の感覚が解らないように、演算能力者(オペレーター)にも演算できない者の気持ちは解らないのである。

 

 だが、この問題に光明を照らしてくれる者もいた。それは他ならぬラウリの孫、エルネスティ・エチェバルリアである。

 若干4、5歳ぐらいから魔法の才能を発揮し始めた天才児であり、今では最難関である筈の身体強化魔法(フィジカル・ブースト)すら使いこなす異能染みた魔法使いとなった自慢の孫だった。

 彼がエヴァとの交流の中で遊び感覚で提案した幾つものアイディアの中に、紋章術式(エンブレム・グラフ)を使って魔導兵装を自作するという物があった。

 この出来事があって以来、二人は数点の携行型魔導兵装すら創り出し、ラウリとマティアスの度肝を抜いている。

 

「我が孫ながら末恐ろしい子じゃ。しかし、あまりに情けない話でもある。国内最高の学府と謳われたライヒアラの教育者たちが頭を悩ませていた問題に僅か7歳の子供が解決策を提示したなどと」

 

 幸いにして、この学園の中にも紋章術式の編集技法を学ぶ学科は存在する。

 しかし、その者達もあくまで演算能力者であるからして、彼らが演算不能者に教育が行えるかどうかは、ラウリにとっても未知数だった。

 

「じゃが、他に方法はなさそうじゃな。彼女の魔法教育は“構文学科”に任せてみよう。セラーティ侯爵の娘さんを碌な支援も行わずに放任しておくのは、流石に不義理に過ぎるからのぅ」

 

 この学園は入学した生徒の親御さん達からだけではなく、王国政府や貴族からの多額の援助によっても成り立っている。セラーティ侯爵領もその大口資金提供者(スポンサー)の一つだ。

 成績の改竄といったあからさまな依怙贔屓はできないが、彼女の特殊な事情に配慮するぐらいの姿勢は見せなければ、申し訳ない。

 

 思い立ったら、吉日。ラウリはエヴァ本人と構文学科に送付する書類をしたため始めた。その作業を見ている者の存在に気付かぬままに。

 

 

 

 

 

「ここが構文学科か」 

 

 エヴァは紹介状を片手に如何にも研究錬と言った風情の場所を訪れていた。

 ライヒアラ騎操士学園構文学科。魔法術式の編纂を専門とする構文技師(パーサー)を育むための学び舎だ。

 騎士はあくまで自身が行使する小規模な魔法を習得するための訓練を行うのに対して、構文技師達が日夜研究しているのはより大規模な魔法の構築法だ。

 それを支えるのは、魔法的コンピューターシステムである魔導演算機(マギウス・エンジン)と紋章術式を刻んだ魔導兵装。彼らはこれの整備・運用を鍛冶師たちと共に行っている。その為、この学部の施設は鍛冶師学科と隣接する場所に設けられている。

 ここで研究に励む彼らこそ、言わばこの国におけるプログラマーの卵達なのだ。

 

「いやぁ、実に楽しみですね。この世界のプログラマーの実力がどれほどの物なのか、とくと拝見させていただきましょう」

 

「……なんでお前も当たり前のように付いてきてるんだよ」

 

 シレっとこの場に現れた未就学児(エルネスティ)は、まるで当然の事のようにエヴァと共に施設の中に入ろうとしていた。

 

「やだなぁ先輩。あなたが言った事でしょう?機体(ハード)は先輩、魔法(ソフト)は僕の担当だと。魔法技術に関する調査に僕を連れて行ってくれないなんて、約束を破るおつもりですか?」

 

「いや、でもな?お前は本来まだ学生ですら無いんだぜ?普通に考えたら、追い出されるだろ?」

 

「そうなったら、潜入作戦(スニーキング・ミッション)ですよ。なんとしてでも、僕もここに入らせてもらいます。抜け駆けは許しませんよ?」

 

 凄まじいプレッシャーを感じさせる笑みを浮かべながら、顔を近づけて来たエルにエヴァは気圧された。

 

[目がマジだ……こりゃ本当に何が何でもついてくるつもりだな。私じゃ止められそうにないわ]

 

 静止するのは早々に諦めたエヴァは紹介状を持って建物の中に入って行った。もちろん、傍らにエルも連れて。

 

 

 

「やぁ、こんにちは。君がエヴァリーナ・オルターさんだね?学園長から話は伺っているよ。我が構文士学科にようこそ」

 

「こんにちは。これからよろしくお願いします」

 

 人の良さそうな落ち着いた中年教師が職員室に入ってきたエヴァに応対する。

 そして当然、彼女の背中に隠れるように佇んでいたエルの存在にも気付いて誰何(すいか)した。

 

「こんにちは。僕、エルネスティと申します。()がお世話になります」

 

[姉!!??]

 

 エルの口から飛び出た言葉に、思わず絶句するエヴァ。

 それは単に彼がこの場で適当に考えた設定だったのだが、どうやらエヴァにとってはこの言葉は衝撃的なものであったらしい。

 

「もしかして、お姉さんに付いてきてしまったのかな?だけどここは、入学もしていない人が入ってはいけない場所なんだ。だから、もうちょっと大きくなってからおいで?」

 

 予想通りに教師が制止しようとするのだが、エルという男はこれで簡単に食い下がる様な魂ではない。

 

「すいません。けれど、僕もここに入学する予定なのでどういう場所か知りたかったのです。決して授業の邪魔は致しませんので、どうか姉と一緒に見学させてください」

 

[ぐはぁ!?出たよ、エルの“年上殺しの瞳”。私も以前あれに悩殺されたんだ!官能的な眼ぇしやがって……誘ってんのか!?誘ってんのか、このヤロウ!]

 

 上目遣いで瞳を潤ませながら懇願するエルの態度に教師も絆されたのか、授業の邪魔をしない事に念を押させて彼を受け入れることにした。

 

「ありがとうございます!さぁ、行きましょう?『お姉ちゃん』」

 

「……あぁ。行こうか、エル」

 

 とてもしおらしく礼と挨拶を交わしたエルに手を引かれて、どこか心ここにあらぬ様子のエヴァは指定された教室に向かう。

 そしてその道中でエヴァはエルにとあるお願いをした。

 

「なぁ、エル。良かったらなんだけど、これからも私の事『お姉ちゃん』って呼んでくんない?」

 

 輝かんばかりの期待をその瞳に宿して返答を待つエヴァに対して、とびきりの笑顔でエルは答えた。

 

「いやです。今の先輩、邪な事考えてそうなんで」

 

「さよか」

 

 エル曰く、その時のエヴァの背中は微妙に煤けて見えたそうな。

 

 

 

「では今日も構文学の授業、始めていきましょう……え~、皆さん、新しい人が入ってきて気になるのは解りますが、授業に集中してくださいね」

 

 いつもの構文学の授業風景に見慣れない新メンバーが二人も加わったことで他の生徒達がどよめている。

 渦中のエルとエヴァはそんな周りの様子などお構いなしであったが、授業の内容をしっかり聞いていたのはほとんどエヴァだけだった。気になった彼女はエルに小声で話しかける。

 

「エル、どうしたんだ?あんなに授業を見てみたいと言ってたのに、いざ始まったらすごくつまんなさそうじゃん」

 

「だって、今更過ぎる内容なんですもの。さすがに初等部生に教えるものですから高度な内容ではないと思ってましたので、期待外れと言うわけじゃないですが」

 

 確かに本来人間が扱える魔法としては最難関の筈の身体強化魔法(フィジカル・ブースト)すら使いこなす魔法使いにとっては、あまりに簡単な内容だったろう。

 だが、エヴァにとってはこの授業はとても意味のある解りやすい授業だった。

 

[先生が“感覚的”な話をほとんどしないんだものな。騎士学科の魔法授業とはえらい違いだわ。これだけで話が随分解りやすく聞こえる]

 

 騎士は攻撃魔法を実戦の中で利用できるかどうかという事を主眼に置いて、魔法教育を行う。

 そのため、法則性(アルゴリズム)を理解しているか、どう応用するかという事は二の次にされがちだ。また、使い方の説明も感覚的なものであった。

 

 エヴァは記憶を反芻する。騎士学科の教師が魔法座学の時間に言い放った言葉を。その時の自身の素直な感情と併せて。

 

『いいですか、皆さん?“変数”を使いこなしてください!変数はとても便利な機能です。我々は自身の感じた“値”をこれに関連付けることで術式に調整を行う事ができます。この便利な機能を使わない手はありません。詳しいことは後で実技の中で実践して習得しましょう』

 

[何なんだよ?“値を感じる”って!そんな感覚的な事言われたって解るわけないだろ!?]

 

 あの時、困惑と共に飲み込んだ要素である“変数”。あとで改めて調べ直したことでやっと意味を理解出来た概念だったが、構文学科の教師はこれについてもきちんと説明してくれる。

 

「変数は魔法術式において、種々の情報を一時的に記憶する入れ物のような概念です。ここに様々な情報を関連付ける“代入”を行うように設定をすることで複数の術式を使いまわしたり、演算によって術式を変化させることができます。例えば、この魔法の場合……」

 

[つまり方程式で言うところの未知数、XとかYの事ね。んでもって魔術演算領域の場合、関連付けられるのは単なる数字だけとは限らなくて、自分が感じた触覚とか関節角度覚とかその日の体調とかのいろんな情報や感覚も代入できるんだな。理屈としては理解できたよ。感覚的には全く解らんが]

 

 最初からこっちで授業を受けたかったとエヴァは思った。

 構文技師は机上での術式の構築といった作業も行うので、ある程度は法則性を理解しないと仕事にならないのだ。その為、この学科は理論先行の授業方針となっているのがエヴァにとってプラスに働いたようだ。

 感覚的なものが解らない彼女にとって、理論すら解らないというのは何も解らないのと同じでとても不安になるのだから。

 

 そんな基礎知識について教える座学の授業が終わったところで、いよいよ実技の授業が始まる。

 ここに来てつまらなさそうにいていたエルの顔がパァっと明るくなり、その瞳に好奇心の光が灯り始めた。

 

「今日は皆さんが将来的に関わることになる幻晶騎士の頭脳となる部品、魔導演算機の実機に実際に触ってみましょう。鍛冶師学科の工房にお邪魔することになるので、皆さん付いてきてください」

 

「聞きましたか、先輩?いよいよこの世界のロボットのコンピューターユニットに触れるんですって!」「あぁ、楽しみだな!」

 

 こうして授業の舞台はお隣の鍛冶師学科へと移り、エルとエヴァは期待していた幻晶騎士の中枢システムへの思いを胸に教室を後にした。

 

 

 

 金属同士のぶつかり合う音が引っ切り無しに聞こえてくる広大な整備場。

 この独特の熱気溢れる鉄火場にて、金属の巨人騎士が整備のために機体の各所を分解された状態で鎮座されていた。

 学園実習機サロドレア。そう名付けられた整備中の騎士の頭脳が群がる鍛冶師たちによって丁寧に摘出され、構文技師候補生達の目前にさらけ出される。

 この機械仕掛けの脳みそに若い教師が手を掛け、その“中身”を確認した。

 

「うん、この状態でも正常に機能してる。回路(パス)の断線も無い様だ。さぁ、皆さんどうぞ覗いてみてください。魔術演算領域でこの機体の脳に触れてみるのです」

 

 学生たちが恐る恐る魔導演算機に近づき、筐体表面に手を触れる。最初は感触を楽しむように触っていたが、ついに意を決してその“解析”に挑む。杖に対してするように、己の魔法的感覚を集中する。

 多くの者はその中に潜むあまりに膨大な情報量に目を廻した。

 それを見て、教師が己の学生時代を思い出すように生徒たちにアドバイスする。

 

「自分の意識的な処理能力を超えないように少しづつ解析するんですよ。自分の力量を見誤らないようにする。構文技師として大切な感覚です」

 

 人間の意識下で処理できる情報量など、たかが知れている。だから大人数で魔導演算機に取りつき、少しづつ様態を把握する。

 そしてみんなが己が解析した結果を話し合い、情報のすり合わせを行う。集合知の力でシステムの全容を解析するのだ。

 それがこの世界のプログラマー、構文技師たちの仕事のやり方。

 

 だが、教師は解析に挑む生徒たちの輪の中に入り損ねている児童の姿を見つけた。

 件のエヴァリーナ・オルターだ。困惑に満ちた顔で魔導演算機を取り巻く他の生徒達を見つめている。

 

[あの騎士学科から来たという演算不能者の生徒か。まぁ、魔術演算領域が使えないのでは解析などできないだろうしな。しかし、なら何故構文学科になんてきたんだ?ここは構文技師を育てる場所だ。魔術演算領域が無ければ、仕事にならないだろうに]

 

 構文技師にとって、魔術演算領域は大切な仕事道具。鍛冶師が鎚を持たずに火事場に入ってきたようなもので、これを持たない人間が現場に入って来るというのは教師にとって理解できない事だった。

 

[そんな人間が何の役に立つというのだ?学園の上層部は何を考えているんだ?]

 

 学園長からの紹介状まで持参してきた生徒であるため、無碍に扱うわけも行かずここまで連れて来たが、ここに来て教師も彼女は邪魔にしかならないと判断したようだ。

 エヴァに整備場の隅で見学しているように促した。

 

 教師が見た通り、エヴァは大いに困惑していた。

 キーボードやマウスはおろかモニターも付いていない金属製筐体。こんな何のとっかかりも無い物を見せて、『さぁ、覗いてみてください』などと教師は宣ったのだから。

 元地球人としては文句の一つも言いたくなるものだろう。『どないせぇちゅうんじゃ!?』と。

 だが彼女は喉まで出かかったそんな感情を飲み込んで、教師の指示には素直に従う事にした。もちろん、ただそれだけで済ませるつもりは無かったが。

 

「エル。私の代わりに覗いて来てくれ。あの異世界のコンピューターユニットの中身(ソフトウェア)を」

 

 傍らに立つエルならば、それを詳らかにしてくれると信じて。

 

「解りました。まかせてください!……先生、僕が触ってみてもよろしいでしょうか?僕は魔術演算領域は問題なく使えますので」

 

「君がかい?……まぁ、せっかくの機会だし、いいだろう。やってみたまえ」

 

 前に進み出る初等部生ですらないのではないかと思うほどの小柄な子供の姿に眉を顰める教師だったが、自信がある様なのでそのままやらせてみることにした。

 エルは少し背伸びして両手を筐体の表面を這わせ、目を閉じて自身の全感覚を魔導演算機へと没入させ始めた。

 

 それからしばらくたった後だった。

 動くはずの無い屍のようなサロドレアの機体が突如として大きく震えだし、まるで獣の鳴き声の如き排気音(エグゾースト・ノイズ)をあげたのは。

 

「どういうことだ!?何が起こってる!?誰が機体を動かしたんだ?」

 

「魔力転換炉の出力が上がってる?そんな馬鹿な!?待機状態(アイドリング)を維持するように設定していたはずなのに!」

 

「解析中の学生が設定を変更した?一体誰がそんな大規模な書き換え作業を?こんなの今触り始めた子供たちに出来る事じゃないのに!?」

 

 パニックに陥る教師陣や構文技師・鍛冶師達。それを遠巻きに眺めていたエヴァは確信した。全てはエルの仕業なのだろうと。

 

[やっぱりやってくれたか、エルのやつ!なんたってお前は“生まれながらのサイボーグ”なんだもんな。頼んだぞ、幻晶騎士の脳みその詳細を暴いてくれ!]

 

 期待を込めて、エヴァは事の次第を見守った。

 

 

 

[なんですか、これは?]

 

 魔導演算機の中に己の意識を潜航(ダイブ)させたエルは、その中身を仔細に渡って解析していた。

 他の構文技師達が行うようなちまちまとした情報処理ではない。その全てを根掘り葉掘り確認し、己の中に取り込んだのだ。

 常人なら脳がパンクして発狂してしまうような雪崩の如き情報の渦を彼が処理できたのは、偏にその絶大な演算能力の賜物であった。

 そうやってシステムの全容を把握した彼は、だからこその大きな疑問を抱いた。ある筈と思っていた物がその中に無かったからだ。

 

[OSが……オペレーティング・システムがどこにもないってどういうことですか!?]

 

 21世紀の地球でコンピューター上でシステムを構築する場合、必ずと言っていい程存在するはずのそれが無い。

 この事実にエルは愕然とした。

 

[ファームウェアらしきものはある。でも、OSだけ存在しない。こんなシステムでどうやってこの世界の人達は幻晶騎士を動かして……まさか!?] 

 

 エルは自分が一つ見落としていた物の存在に気が付いた。

 それはあまりにも身近に存在していた物だった。たしかにこれの力なら欠けているピースの穴埋めができる。そう確信できるソレ。

 エルはその力で魔導演算機の欠落を埋める。

 体が震える。その震えは彼の小さな体の震えだけではない。エルの心に呼応したシステムが幻晶騎士の機体に実際に振動を発生させているのだ。

 慟哭する。その感情の猛りを反映(フィードバック)した魔導演算機が、魔力転換炉の出力を底上げしようと咆哮する。

 ここまでくれば、認めざるを得なかった。幻晶騎士にとって何がOSの役割を果たしていたのかを。

 

[なるほど道理で……だとしたら、僕たちのするべきことは決まりました。先輩にこの事を知らせなければ]

 

 エルは己の意識を魔導演算機の中から引き揚げる。

 彼が目を開けて周りを見た時、整備場はてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 滞りなく終わると思われていた構文学科の実習で動くはずの無い幻晶騎士が動いたという事で、整備場全体が事態の把握に努めていたからだ。

 しかし、エルはそんな周りの状態など関係ないと言わんばかりにエヴァの元に駆け寄る。

 そして、彼は調査結果を報告した。

 

「先輩、解りました。魔術演算領域こそが幻晶騎士のOSだったのです。幻晶騎士は単なるロボットではなく、拡張人体(エンハンスド・ボディ)だったのです」 

 

 



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13話 オペレーティング・システム

 学園長室からラウリの怒声が聞こえてくる。

 先ほど起こったとんでもない事態……実習中の構文学科生徒が訓練機を暴走させかけたという事件が、他ならぬ自身の孫のエルネスティによって引き起こされたという話を聞いたのがその理由だ。

 最初は何故そんなところに彼が居たのか解らなかったが、自分が紹介したエヴァリーナに付いて行き、半ばごり押しで授業に参加したためだという。

 最悪の場合、許可を出した教師や学園長である自分の引責問題にもなりかねないと当初はラウリも顔を青くしたが、幸いなことに暴走と言っても主機である魔力転換炉(エーテル・リアクター)の出力上昇と機体の振動現象が起こったぐらいで、大きな被害をもたらすものではなかったことがすぐに解った。

 更にエル本人に確認を取ったところ、それはそもそも暴走ではなく彼が意図してそのように制御したものだったらしい。これも最初は何かの間違いか子供の戯言かと思ったが、他の教師が魔導演算機(マギウス・エンジン)の中を覗いた所、エルの言った通りの“改竄”の痕跡が見つかり、これもまた一騒動起こすことになった。

 何れにせよ、勝手に構文学科の授業に参加して備品にイタズラをしたエルとそれを看過したエヴァはお説教を喰らい、またエルは入学までは学園施設への出入りを禁じられることになった。

 

 二人がラウリや他の教師の叱責から解放してもらえたのは、夕方になった頃だった。

 

「こってり絞られたなぁ……」

 

「いやぁ、まさか出禁を喰らうとは思いませんでしたね。ちょっとやり過ぎましたかね。アハハ」

 

「すまない、エル。私の所為で……」

 

「気にしないでください、先輩。あそこに行くと言ったのは僕なんです。それに短い間とは言え、幻晶騎士と繋がれてとても楽しかったです。一番気になっていた魔導演算機(マギウス・エンジン)の中身について、とても多くの知識を得られましたしね」

 

 そう、それこそがエルが構文学科の授業を受けてでも得たかった情報。そして、エヴァが知りたかった事でもある。

 

「エル、改めて聞かせてくれないか?あの時、お前が言った『魔術演算領域(マギウス・サーキット)こそが幻晶騎士(シルエット・ナイト)のOS』という言葉の意味を。“拡張人体”って何なんだ?

 というか、今更で申し訳ないんだけど、OSってそもそもどういうプログラムなんだ?地球のパソコンやスマホ使うときもなんとなく使ってたものだけど……」

 

 考えてみると、自分はOSというものを漫然としてしか把握していなかった事に気付いたエヴァ。

 エルもこれを聞いて、まずはそこから説明するべきだと考えたようで改めて解説してくれた。

 

 

 

 オペレーティング・システム(OS)とは何か?

 例えば、地球のパソコンやスマートフォンでは使用者(ユーザー)に操作の為の基本的なインターフェイスを提供し、各種の応用ソフトウェアであるアプリケーションを動作させるための基盤的環境(プラットフォーム)となる役割を担っていた物だった。これらの機能があるからこそ、パソコンやスマホは単なる計算機や携帯電話ではなく便利な汎用的コンピューター端末となりえる。

 つまり、OSとはコンピューターに利便性と汎用性を与える基本的なプログラムの事なのだ。

 

 しかし、幻晶騎士はパソコンでもスマホでもない。パソコンやスマホで必要な汎用性と人型機械で必要な汎用性は違う。どんな便利なアプリが使えても、タッチパネルや電話機能が使えようとも、それはロボットの制御とは直接的関係は無い。

 では幻晶騎士にとってOSと称するべきものがあるとするならば、それはどんなものだろうか?

 

「僕はそれは人間が行う基本的な動作を模倣して、姿勢を制御する機能だと思います。それがあるからこそロボットは汎用的機械装置になり得るのです」

 

 エルが魔導演算機の中で垣間見た数多の魔法術式(スクリプト)には、それが無かった。

 

「いや、無いってどういうことだよ!?私もお前も幻晶騎士が実際動いてるところを見てるじゃないか!?あんな流麗な動き、地球のロボットにだって難しいだろうに!」

 

「僕の伝え方が悪かったですね。操縦者の動きを読み取ってそれを運動に反映する機能は確かにありました。しかし、それは魔導演算機の中でモーションパターンを登録・作成するというものではありませんでした。

追跡(トレース)”ではあっても、“模倣(ミミック)”では無かったんです」

 

 その二つの言葉にどんな意味の違いがあるのか、エヴァには解らなかった。エルの説明は続く。

 

「魔導演算機の中にあった術式は身体強化魔法(フィジカル・ブースト)を基本にして、それを拡大適用できるような改造が施してありました。これを使って金属内格(インナー・スケルトン)外装(アウター・スキン)を補強し、鐙や操縦桿から読み取れる動きを結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)へ伝達しているんでしょうね」

 

「じゃあ、その魔法がOSなんじゃないのか?」

 

「先輩。身体強化はその名の通り、人間の身体能力を“強化”する魔法です。これ自体に姿勢制御を行う機能は無いんです」

 

 人体の姿勢は運動によって複雑に変化する。これを調整しているのは中枢神経とそれに繋がっている感覚器の働きだ。大きく分けて、視覚・前庭覚・体性感覚の3つ。

 視覚は眼球から入ってくる外界の情報だが、前庭覚は内耳の中央にある耳石器や三半規管が加速量と重力を感じ取るもので、体性感覚は腱や筋肉に組み込まれた感覚器がその伸張力を観測することで得られる体内の感覚だ。

 これらを中枢神経が統括し調整される事で人の姿勢は保たれ、複雑な地形に適応した歩行運動を可能とするのだ。幻晶騎士のような人型の機械に二足歩行を行わせるためには、これらの働きを代償する仕組みが必要という事になる。

 ところが魔導演算機の中には、これを保証する機能は無いようだ。ほぼ騎操士(ナイト・ランナー)の感覚頼りと言っていい。

 

「は?するってーと何?幻晶騎士に平衡維持機構(オート・バランサー)とかの機能は……」

 

「もちろん、ありません。強いていうなら、人間の脳がそれに相当します。魔術演算領域があれば、感覚を動きに反映(フィードバック)できますからね。

 半思考制御とでも言いましょうか?鐙や操縦桿は騎操士の脳から送られる魔法術式による命令(コマンド)を読み取る機能と、簡単な四肢の運動を物理的に読み取る役割を持たされているようです。当然、体幹の運動命令も魔法によって行われます。

 あの術式構造だと、手動(マニュアル)操作だけではあまりにも大雑把な制御しかできないでしょうね。ですから物理的入力はあくまで使い手の負担を減らす為の補助的な手段に過ぎず、要となっているのは騎操士による術式入力の方なのでしょう」

 

 エルが言いたいことがエヴァにも徐々に解ってきた気がした。

 彼女は以前カルダトアの操縦席を見たことがあるが、あの操縦桿や鐙の構造では10mサイズの人型機械を直立二足歩行させることができるほどの複雑な命令は入力できそうになかった。

 エヴァはそれは魔導演算機が自動的に制御して調整しているのだと勝手に思っていたのだが、そんな所まで魔術演算領域に依存しているとは想像していなかった。

 

「しかし、魔法術式って結構複雑なものだよな?あんな情報を頭の中でいちいち思い浮かべながら、操縦なんてしていられるものなのか?」

 

「先輩、先程の座学授業で出てきた“変数”の事を覚えていますね?あれには感覚的な情報も代入できると教わったはずです。実際には入力するのは予め設定しておいた関数や変数に対応した“(バリュー)”だけでいいんです。これだけなら直観的入力が十分可能ですから」

 

 そう言えば、魔術演算領域にはそういう便利な機能があった事をエヴァも思い出した。

 

「魔導演算機の中にある魔法術式は規模こそ大きいし複雑ではありますが、OSと言うにはあまりに自律性……いや、自立性が低すぎるんですよ。その大半の機能が魔術演算領域と紐付けされるようになっています。これは魔術演算領域の方がより中核的制御を担っているシステム……つまり、OSだと考えざるを得ませんね」

 

「じゃあ、仮に私が幻晶騎士に乗ったとすると、どうなると思う?」

 

「鐙や操縦桿からの物理的入力で多少動かせはするでしょうが、手足の動きに全く補正が掛からないので、まず間違いなくバランスが取れずに転倒事故を起こすでしょうね。体幹も制御できずにフニャフニャになるから、ハイハイが関の山ってところでしょうか?」

 

 エルの言っている“自立性”という言葉の意味をエヴァは今度こそ理解した。幻晶騎士は自分だけではまともに立って歩くこともできないのだ。まるで生まれたばかりの赤子の様に。

 これに正しい姿勢制御や運動制御を行わせるための力として、騎操士の脳とそれに繋がっている感覚器を必要とする。

 何故なら人間は“人型の身体”を制御する術を知っているのだから……反射的な物や後天的学習成果によって身に付けた物も含む、自分の身体の動かし方という形で。騎操士はそれを逐次、部分的に魔導演算機に読み込ませているのである。

 

「ですから幻晶騎士は人型機械(ロボット)ではあっても、自動機械(ロボット)ではない……むしろ拡張人体(エンハンスド・ボディ)と評すべき存在でしょうね」

 

 すなわち、この世界の人々が『脳内に魔法を使う為のOSを持つ生物』である事を前提としている、人体の延長線上のような感覚で操作できるように創られた機械。それが幻晶騎士だとエルは分析したのだ。

 

「改めて考えてみると、魔術演算領域はOS的機能が豊富なんですよ。魔法術式の編集機能(エディター)もデフォルトで付いてますし、杖や魔導演算機といった他のデバイスへのアクセス機能だってある。

 魔導演算機内に一からOSを作るより、これをそのまま転用して機械を動かした方が効率的だと、この世界の技術者が考えたのも仕方のない事なのかもしれません」

 

 この世界の人々にとってOSに当たる物は、自分の頭の中にある魔術演算領域だ。

 エヴァはこれが欠如している。脳内にオペレーティング・システム(Operating System)を持たぬ者。それ故にノーペレーター(No opereter)と言われているのだ。

  

「……結局、魔法使い(サイボーグ)専用機だったってわけか。本当にどうしろってんだこんな物!」

 

 肝心の制御システムがこの様では、単に人型を辞めればいいという話では済まなくなる。ライオン型だろうと恐竜型だろうと昆虫型だろうと、あれほど巨大な機械が歩行運動を行うなら平衡コントロールは絶対に必要だからだ。これを全て手動操作だけで制御するなど、面倒どころの話ではない。

 

 エヴァは困ったことになったと頭を抱えた。しかし、エルはあっさり解決策を提示してきた。

 

「簡単な話ですよ。魔導演算機の内側に新しくOSを作ってしまえばいいんです」

 

「え、OSってそんな簡単に作れるものなの!?」

 

 まるで至極簡単な事のようにエルが口にしたその言葉に、エヴァは大いに驚いた。てっきり大企業で優秀なプログラマーが何百人単位で係わって初めて開発できるような物と思っていたからだ。個人レベルで製作できるものでは無いと。

 そして、それはある意味で間違ってはいない。しかし、エルは作り出せる自信があった。

 

「世界中の様々なコンピューターの中で動き、あらゆる用途で使われる“汎用OS”だったら難しいですね。多くの機能の実装やあらゆる動作環境に適応しなければいけないですから。

 しかし、先輩が欲しているのはロボットを動かす為のOSの筈です。それであれば、必要な機能も自ずと限定されます。僕もあんなに大きなロボットの制御システムを設計した事はありませんから、そこは多少手探りしないとならないのですが、決して不可能ではありませんよ。

 あとはそれを納める魔導演算機さえ手に入れれば……」

 

 そう、問題はそこだ。魔導演算機は高い。

 幻晶騎士を構成する部品の中で最も高価な装置である魔力転換炉(エーテル・リアクター)程ではないが、その次に高額な物だ。

 そして、魔力転換炉と同じく王国政府や貴族によって管理されていて、一般人には容易く購入できない。

 では自作すればいいのかと言うと、それも現実的ではない。これも魔力転換炉と同じで製法が秘匿されているからだ。構文学科や鍛冶師学科でも、整備の仕方は教えていても製造法の伝授は行われない。

 

「流石のお前もモノ(ハードウェア)が手に入らない事には、どうしようも無いもんなぁ……」

 

「僕も前世でパソコン自作ぐらいはやった事がありますが、あくまで市販の部品を購入して組んだだけで、部品単位で自作したわけではないですから、こればっかりは……」

 

 仮にエルかエヴァが部品を自作できたとしても、それは電子計算機(デジタル・コンピューター)に過ぎず、この世界の魔法制御に使える物などではない。結晶筋肉も魔力転換炉も扱えないだろう。

 そうなると、何もかもを地球産の技術で代替しなければならなくなるが、例え幾ら二人が優秀であろうとその一生を懸けたとしても、必要な技術の全てをこの世界で実用化できるとは思えない。

 

「やっぱり現時点では諦めるしか無い……か」「そうですね……」

 

 諦めの悪い二人でもこればかりはどうしようもないと判断し、揃って溜息を吐いてその日は帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

 あのエルが出禁を喰らった日の後も、エヴァは騎士学科の座学授業が終わる度に構文学科の授業に参加し、その知見を深めていた。

 そして、彼の言った言葉が紛れもない事実なのだと再確認した。

 課程が進めば進むほど、魔導演算機に騎士の感覚をどれだけ反映できるかというテーマに終始していく。

 そこには地球のコンピューター工学にあるユーザー・インターフェイス(UI)の設計と言った概念は存在しない。あくまで関数や変数の組み方を考えるだけだ。

 

[そりゃ、そうか……魔術演算領域は言わば、心と繋がってるOSだものな。それに比べれば、操縦桿や鐙なんてオマケみたいなもんか……]

 

 実際には、そこまで簡単に行くものではない。いくら直感的に値を入力できると言っても、それだけではイメージのとっかかりが掴めず、操縦がかえって難しくなるからだ。

 しかし、自分の想像力や反射神経をよりダイレクトに機体に伝達できる機能があれば、その他の機構の発達など添え物のような扱いになってしまうのかもしれない。

 そんな能力が使えない人間の事など、一顧だにされていないという思想が透けて見える。

 

 だが、幻晶騎士は兵器だ。基本的に兵器の操り手は健康で五体満足な人間が選ばれる。

 地球で障碍者専用の戦車や戦闘機などと言う物が開発された事例が無いように、能力を持っていない人間を乗せるために機体を改造するぐらいなら、大多数の能力を持つ者を操縦者に選抜した方が手っ取り早い。

 

[……なんか今一瞬、史実・フィクション問わず義手や義足を装備したエースパイロットの皆様方が、いい笑顔でウィンクするような光景を幻視したけど、あれは例外中の例外だろうしな]

 

 確かに五体満足であった時にすでに多くの武勲や戦訓を蓄えてその技量を評価された人間は、障碍を負ったとしてもそれを補う工夫をして前線に立つことを許される場合がある。

 しかし、最初から障碍を持った新兵にそれをさせる組織など考えにくい。

 

[だけど、文句をつけるのは筋違いだ。この世界ではそれが当たり前なんだから。それは私が…“私達”が工夫すればいい事なんだから]

 

 エヴァはそんな自分でも必ずできることがある筈だと、己を奮い立たせるのだった。

 

 

 

 

 

 演算不能者であるエヴァは魔導演算機に係わる実習ではあまり評価されなかった。

 しかし、彼女が教師たちの間で完全に無能扱いされていたかと言うと、そうでもない。

 

[なるほど。やっと学園長が、何故この子を構文学科によこして来たのかが解ったぞ。素晴らしい(タガネ)捌きだ。構文の組み方も、魔術演算領域の無い子だとは思えない程に見事だ]

 

 魔導兵装(シルエット・アームズ)組み立て実習。ここでエヴァが披露した技量は、その場にいた現役構文技師(パーサー)をも唸らせるだけの力があった。

 事前に下描きをした銀板に鏨を鎚で打ち込み、紋章術式(エンブレム・グラフ)の刻まれた美しい銀細工に加工していく。とても素人とは思えない。

 また、その術式の組み方も洗練されていた。彼女の組んだ術式がどれだけ優れているかは、他の生徒や教師が作ったものに比べるとよく解る。筐体の体積が目に見えて違うからだ。余計な術式を省いて小型化されているのだ。

 実を言うと、その組み方はほぼ、彼女に紋章術式の刻み方を教えたエルの入れ知恵によるものなのだが、そんな事は教師には解らない。それにエヴァもその技術を己の血肉にしようと努力したのは紛れもない事実だ。

 

[彼女にこんな才能があるとは……しかし、これでは魔導兵装ぐらいしか作れない二流構文技師にしかなれないぞ。本当に惜しいな。彼女に魔術演算領域さえあれば……]

 

 構文の組み方自体は文句の付けどころがない。

 だが、それでも魔導演算機に直接入力(プログラミング)できないというのは、構文技師として働くのには問題がありすぎる。この業界は両方できて初めて一人前とみなされるのだから。

 やはりこの娘に待つ前途は多難であると、教師たちは彼女の将来を案じるのだった。

 

 

 

「しかし、楽しいけど面倒くさいな、この作業」

 

 思わずぼやきを口にしたエヴァ。

 銀は鉄や鋼に比べたら柔らかいが、腐っても金属だ。いつも彼女が紋章を彫り込んでいるホワイト・ミストー材に比べたら、加工には力が要る。

 しかも、この銀も純銀ではない。純銀はとても酸化しやすい金属なので、それを防ぐためにこの銀板は他の金属を混ぜた合金が使われている。つまり、純銀よりも硬いのだ。

 ちなみに実際に幻晶騎士の運用する実用品では、これに更なる母材保護のためにメッキやクラッド(*他の金属板を上下から圧延して張り合わせる技術)を使って補強する工程を行うようだ。

 これらの所為で魔導兵装は更にその体積を肥大化させてしまう。

 

[つくづくホワイト・ミストーって便利な素材だったんだな。ここでそれが使えれば、どれだけいい事か]

 

 考えれば考える程、親友が見つけてきたあの素敵素材が恋しくなるが、実習中に一人だけいきなり外部から部材を持ち込んで加工し始める程、エヴァも空気が読めない子ではない。

 この鬱憤は授業が終わったら趣味の工作で発散してやると心に決めて、今は実習に専念する。

 

[エルが言っていた……私が紋章術式で変数を多用するのは悪手だと]

 

 変数は挿入すると魔法の自由度を著しく引き上げる力を持つ、システムの挙動を変化させるパラメータだ。

 しかし、これを多用することは制御をそれだけ難しくする。できる限り単一の“値”で術式を変化させた方がコントロールは容易いからだ。

 それに術式を変化させるとは、すなわちフィードバック制御の要素を持たせることに他ならない。紋章術式とは相性が悪い。

 

 だから、エヴァはそれらを自分の作る紋章から徹底的に省く。他の人間が魔術演算領域で術式を組む時の癖で、ついつい入れてしまいがちな要素であるのとは対照的に。

 それが彼女の作る魔導兵装に無駄が少ない理由の一つだ。

 

 しかし、この時エヴァは無駄な物を術式に混ぜ込んでしまった。

 

「あ!?しまった、ミスった!」

 

 人間誰にだって失敗はある。つい力を入れすぎて、エヴァは紋章術式に余計な傷を刻んでしまった。

 

「あちゃー、こんなに大きな傷が……修正がくっそ面倒そうだな」

 

 こうなってしまっては溶接でもして傷を埋めてもらうしかない。エヴァは教師に修正依頼を行おうとした。

 

[もう!紋章術式ってこういう時不便だよな。紙に鉛筆で書いた絵や文字みたいに消しゴムで簡単に消すような技術があったらいいのに!]

 

 それは咄嗟に思いついた素朴な考えだった。しかし、同時にとてつもない革新的アイディアでもあった。

 

[待てよ?……紙!?]

 

 その時、エヴァに電流走る。 

 紙は何で作る物であったか?木材だ。それをパルプ化して作るものだったはずだ。

 

[ホワイト・ミストーをパルプ化してシートにしたら……魔力を通す紙ができるんじゃね?]

 

 銀や木材よりは遥かに構文を書き込むのにふさわしい記述媒体。それは少なくとも地球の記憶を持っている者にとっては、極めて現実的な技術のように思えた。

 

[いやいやいや、待てよ?こんな簡単なアイディアだ。どこかの誰かがすでに思いついて実用化しているんじゃ……だとしたら、是が非でも欲しいな。調べてみよう!]

 

 その興奮を胸に秘め、エヴァは残りの実習時間を表面上は真面目に過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 その日を境にエヴァはこの世界の製紙技術について調べ始めた。いろんな書物を漁って、大人達に話を聞いて廻った。

 しかし、誰もが口を揃えてこう言った。

 

『木材から紙なんて作れるわけないだろう?』と。

 

「おいおい、ちょっと待てよ。もしかしてこの世界、製紙に木材を使ってないのか?」

 

 この世界の製紙技術は樹皮をはがしたり、麻などの繊維植物から抽出したパルプを使って作っているようだ。また、羊皮紙(パーチメント)のように動物の皮から作ったものもまだ現役で使われている。

 

「どうも紙質が和紙っぽいなと思ったら、そういう事かよ!機械パルプや化学パルプの時代はまだ先って事なのか」

 

 それらは地球でも18世紀~19世紀になってやっと出てきた概念であり、この世界の科学ではまだたどり着けてない境地のようだ。

 

「流石に製紙技術なんて専門外だしな……ホワイトミストー・パルプ、いいアイディアだと思ったんだけど」

 

 それを実用的にしたのは地球では産業革命をもたらした蒸気機関の力であった。この世界でそんな技術は無い。 

 

「けど幻晶騎士がある。あれの機械力(マシン・パワー)を使えれば、あるいは?」

 

 そうでなくても、この世界には錬金術もあれば魔法もある。何かやりようがあるのではないか?

 エヴァは親友の元にそのアイディアを持ち込もうと、彼の自宅に向かう。

 エルならきっと大いに賛同してくれるだろうという確信を持って。




 この作品の設定では、原作のエル君ほどではないですが、一般の騎士もマニュアル操縦<思考操作ぐらいの比重で、機体を動かしているという解釈で書いてます。原作とは違うように感じられるかもしれませんが、そこは解釈の違いという事で納得してください。
 
 ホワイトミストーをパルプ化するというアイディアは、別の作品の感想掲示板にてとある人物が呟いていた物ですが、無理を言って使わせてもらいました。
 匿名を希望していたので名前は出しませんが、アイディアの提供ありがとうございました。


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14話 作って遊ぼう!~魔法の紙編~

 巨大な質量の物体が断続的に地面を叩き、地響きを立てる。

 それは複数体の幻晶騎士(シルエット・ナイト)の行軍だった。このライヒアラ騎操士学園近辺では日常風景の訓練行程である。

 彼らは自身の生身の肉体でそうしていたように走り込みを行う。別段それで体力が鍛えられる訳でも、筋力や魔力が向上するわけでもない。

 この訓練の目的は自身の体とこの機械仕掛けの躰の間にある齟齬を埋めていく事にこそある。

 重心位置の違い、視点の違い、桁外れの膂力の違い、神経伝達速度の違いからくる反応速度の違い。細かく上げればキリがない。

 それらも機体を動かしていく内にすぐに慣れる。各々の魔術演算領域(マギウス・サーキット)がその感覚を記憶し、学習するからだ。

 彼らが鍛えているのはこの魔法能力が作り出す、仮想的身体感覚なのだ。

 

 しかし、彼らは訓練生。その感覚も完成されたものではない。それに幻晶騎士の足裏に圧力センサーの類はついていない。

 だからその進行ルート上に置かれた複数の物体の存在に気付きもせずに、彼らはそれを踏み潰した。

 全高10m以上の金属塊に数体がかりで容赦なく圧し掛かられたその物体は音を立てて拉げ、やがて原型を留めない程に踏み砕かれる。

 部隊が通り過ぎる頃には、それはすっかりペチャンコにされていた。

 

 その光景を観察していた者たちが居る。エルとエヴァ、キッドとアディ達だった。

 4人は物体に駆け寄って、その状態を精査する。幻晶騎士の足部と地面に挟まれて磨り潰された物体は、当然土塗れになっていた。

 

「わ~、汚~い。ねぇ、これ本当に紙になんてなるの?」

 

「ちょっと信じられないよな。こんなのが紙の材料になるなんてさ」

 

 キッドとアディは訝る。

 それがかつて“ホワイト”ミストーと呼ばれていた白く美しい木材だとは思えないほどに、茶色く汚れていたからだ。そして砕かれた組織が不規則な大きさに分解されている。

 しかし、これもエルとエヴァにとっては計算の内である。

 

「大丈夫でしょう。土なんて水で洗えば取り除けます」

 

「かなりグシャグシャにしてくれたから、更に細かく砕けばチップ材として使えると思うぞ。さぁ、持って帰ろう」

 

 持ってきた荷車にグシャグシャの木材を積み込んで、4人は家路につく。

 帰宅した彼らが家人にそんな物を何に使うのかと、首を傾げられたのは言うまでもあるまい。

 

 

 

 

 

 少々、時を遡る。

 エルネスティは親友エヴァリーナの持ってきたアイディアに深い感銘を受けた。

 ホワイト・ミストーを紙に加工する。もし、実現できれば従来の記述媒体では扱い辛いと感じられた紋章術式(エンブレム・グラフ)は格段に利便性が上がるだろう。

 しかしこの世界の製紙産業は近世レベルのそれであり、木材をパルプ化する技術がまだ発明されていないと聞いて、彼も表情を曇らせた。

 

「うーん、素人考えではありますが、パルプなんて所詮は植物を砕いて抽出した繊維でしょう?僕達でも作れないことはないのでは?」

 

「いや、そこまで簡単に行くものじゃないだろ。繊維を抽出できるぐらいまで木材を砕くって工程を全部自力でやるって、相当な重労働だぜ?」

 

 もっと言うなら植物の組織、殊更に木材はリグニンとセルロース・ヘミセルロースという生体高分子化合物によって構成されている。

 パルプとはこの内、繊維を固めて木質化させているリグニンを除去し、繊維成分であるセルロースやヘミセルロースを抽出した物質だ。

 

「リグニンだけを都合よく分解する方法なんて、私は知らないぞ。お前は知ってるか?」

 

「え?あ、いや、そのぅ……ごめんなさい、僕も知りません」「……だよ、なぁ?」

 

 結局の所、二人とも模型自作者(スクラッチ・ビルダー)魔法使い(プログラマー)でしかない。近代製紙技術なんて詳しくは知らないのだ。

 そして、そんな事を本格的にやろうとしたら必要とする設備が膨大になる。それを建設する土地や資本もだ。とても個人でできる事とは思えない。

 

「錬金術でどうにかなりませんかね?僕達も日常的に紙を使っていますし、作る技術自体はあるんでしょう?」

 

「一応、植物で作る紙はあるんだよ。木の皮や麻や木綿やぼろ布やらをアルカリ性の液体で煮込んで柔らかくして、水力機械で叩き解すって製造法でな」

 

 錬金術学科も結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)の製造法ばかり教えているわけではない。

 細かなコースに課程が解れていて、生徒達は必要だと思った授業をある程度自由に受講できるようになっている。

 植物繊維を溶かすアルカリ性溶液の材料になるソーダ灰の合成も錬金術師の仕事だ。その関係で製紙工程を教える授業もある。

 

「つまりこの世界の技術でも、植物から繊維を取り出して紙を抄くってこと自体はできるんですね?

 ではこの際、地球の洋紙ほどの完成度でなくてもいいのではないですか?

 ホワイト・ミストーから紙料になり得るレベルでの植物繊維の分解を行うという問題さえどうにかすれば、僕達でも作れるのではないでしょうか?」

 

 そう言われると、巨大化学コンビナートで行う重工業でしか不可能と思われたことが、自作可能な代物に思えてこないことも無い。

 しかし、肝心なのは木材繊維の分解法だ。この世界でそんな重作業ができるような機械など幻晶騎士(シルエット・ナイト)しかない。水力機械では流石に力不足だろう。

 

「アルカリで溶かせるぐらいに繊維を解すにはやっぱり重機械が必要だぞ?そして私たちは子供だ。いくら何でも幻晶騎士を貸し出してくれるわけないし、乗せてももらえないだろう」

 

 エヴァには現時点では実現不可能にしか思えなかったが、エルはそうは考えなかったようだ。

 

「どうして僕達が乗って操作しなければならないんです?……いや、乗せてもらえたらそれが一番うれしいのですが、必要なのは幻晶騎士の持つ“膂力”と“質量”なんですよ?それを貸してもらうだけなら、いくらだってやりようがあるじゃないですか」

 

 後日、エルは父親から聞き出した学園の実機訓練の進行ルートを基にして、ホワイトミストー材をそのルート上に設置して踏み潰させるという計画を立案してきた。

 エヴァも『その手があったか!』と関心し、二人はこのプランを実行に移した。何かの遊びかと思ったのか一緒に付いてきた弟妹も巻き込んで。

 

 

 

 

 

 グシャグシャのホワイト・ミストー材を洗浄後、さらに裁断しチップ材にしようとしたエヴァだったが、これがそう簡単には行かない。いくら踏み潰されて柔らかくなったからと言っても、鋏で切り刻もうとなんてしたら刃こぼれしてしまうし、鉈をいちいち振り下ろすのでは面倒くさすぎる。

 この作業ストレスに耐えかねて、エヴァは遂に自作機械にてチップ化を行う決意をした。

 

「ちょうどこの前、歯車職人さん達から買った部品で変速機を作ったことだし、これを組み込もう」

 

 エヴァが開発ベースとしたのは以前作ったレシプロ機関を改造した電動ドリルもどきだった。その先端に取り付けていた錐を外し、代わりに金属製の刃を溶接された風車(プロペラ)のような器具を取り付ける。この刃を回転させて繊維を切り刻もうというのだ。破片が周囲に散らばらないように、柵のような部品で機械の周囲を囲う。 

 

「名付けて、魔導裁断機(マギウス・カッティングモータ)。これで木材をバラバラにしてやる!」

 

 この不格好な加工機の姿は作業を手伝っていたエルを不安にさせた。

 

「そんな急造品でうまく行くでしょうか?」

 

「でも、現時点でこれ以上に裁断に使えそうな道具は作れないよ。これでやるしかないのさ」

 

 稚拙ではあるが、魔力で稼働する加工機械を即興で組み上げるこの行為は、この世界の常識を明らかに逸脱した魔法の使い方だ。

 だが、真に二人が作り出そうとしているものの非常識さに比べれば、なんという事は無い。

 

 エヴァの手に握られた銀線神経(シルバー・ナーヴ)を伝って魔力が流れ込み、魔導裁断機は回転を始めた。その猛速で回転する刃に木材を押し付けて、裁断化を試みる。

 しかし、勢いが足りないのかそれはチップ材と言うほど細かくは切り刻まれていない。

 

「うーん、まだ回転数が低いか」

 

 エヴァが組んだ変速機は、自動車のトランスミッションのようにギア比を自由に変えられるような高度な物でない。それ故に回転数やトルクの変更は、一々中身を分解して歯車を交換する様なやり方しかできないのだった。

 

「筋肉の往復速度を早めてさらに回転数を上げるように術式を改造してみましょうか?」

 

「頼めるか?……おぉ!早い早い。これならなんとか」

 

 エルが術式の一部に手を加えたことで魔導裁断機の回転速度が上がり、木材繊維はチップ化されていく。事は順調に運んでいるように思われた。

 しかし、何かが千切れるような音と共に、突然裁断機は動きを止めてしまった。

 

「あぁ!?結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)が千切れてる!?」

 

「あちゃー、収縮速度が早すぎて耐久限界を超えちゃったんですね」

 

 元々、規格外品で品質が低い筋肉を使っている代物だったのだ。その分脆いのも仕方がない。

 

「うぅ、しゃーない。予備の結晶筋肉に張り替えよう。まだストックはあるんだから」

 

 だが張り替えた筋肉も品質は五十歩百歩。強い負荷には耐えきれず、千切れる度に張り直していった結果、ストックしてある筋肉の量は加速度的に減って行った。

 機材の改良の必要を感じつつも作業を続けて行った結果、時間はかかったものの用意したホワイトミストー材は全てチップ化できた。

 

「今度、この作業をするときはもうちょっとやり方を工夫しよう。消耗が激しすぎる」「ですね」

 

 

 

 チップ化を行ったら、次は化学的処理を行って繊維をより柔らかくする工程だ。

 ソーダ灰を溶かしたアルカリ性溶液を用意して、鍋の中でチップと一緒に煮込んでいく。

 この作業は特に滞りなく行えた。

 

「エヴァ!さっきから庭で何をしているの?駄目じゃないそんな危ない薬で遊んじゃ!」

 

 前言撤回だ。母親(イルマタル)からの叱責を貰った。

 ソーダ灰(*主成分は水酸化ナトリウム)は劇薬なので、子供がこんな物を家庭で使用したら怒られるのは当たり前だ。

 

「許してお母さん!これでどうしても作りたいものが!」

 

「駄目よ!キッドやアディが真似したらどうするの?」

 

 必死の説得の末、作業の続行は許可されたが、以後このような危険な薬品を使う作業は大人の監督の下で行う事を約束させられた。

 

 

  

 アルカリ性溶液に浸されたことで、すっかり柔らかくなったホワイトミストー・チップ。

 次はこれを叩き解すのだが、チップ化作業での結晶筋肉の消耗が酷かったため、現状では機械化は難しいと判断した。

 第一、ビーターやリファイナーなどの叩解専用機械の構造などエヴァは知らなかったからだ。

 

「というわけで3人とも手伝ってくれ!」

 

「僕はもとよりそのつもりでしたよ」

 

「しょうがねぇな」

 

「むぅ……せっかくエル君と遊ぼうと思ったのに。でもエル君もヤル気なんじゃしょうがないか」

 

 そこでエヴァは弟妹とエルの力を借りることにした。

 4人がかりで重たい木製の棒でホワイトミストーを叩き解す。

 

「こうやって叩いて行くことで、繊維が毛羽立って絡みやすくなるんだってさ。確か、フィブリル化って言うんじゃなかったけか?」

 

「ふぅ~ん」

 

 姉が語る蘊蓄をどうでも良さげな様子で聞きながらキッドとアディも彼女に倣い、棒を振り下ろす。

 ふとエルを見た三人は、彼が行っている異様な作業風景に呆気に取られてしまった。凄まじい速度で棒を片手で振り回し、繊維を叩き解している。

 

「え、エル。お前もしかして、身体強化(フィジカル・ブースト)使って作業してるのか?」

 

「勿論です。こっちの方が魔法の訓練にもなっていいでしょう?」

 

 よく見ると、もう一方の手に杖を握っている。普通は大人でも両手持ちで扱う筈の棒を、まだ幼児であるエルが片手で振り回しているのは実にアンバランスだ。

 

[まるでドラ〇もんの秘密道具『ノーリツチャッチャ〇錠』だな。手元がほとんど見えない速さじゃないか]

 

 機関銃を彷彿とさせるほどのエルの高速打撃によって、ホワイトミストー・チップはすっかりぐちゃぐちゃにされていた。

 

「おもしろ~い。私達も真似しよう?」

 

「よ~し、じゃあどっちが先に終わらせるか、競争しようぜ!」

 

 そう言ってキッドとアディまでもが、エルの真似をして身体強化を使った高速作業を始めたものだから、予定していたよりも遥かに短い時間で叩解作業は終了した。

 自分が30分ぐらいかけてやる様な作業を3分未満で終わらせてしまった3人の様子を、エヴァは恐ろしい物でも見るような顔で傍観していた。

 

[怖いわぁ~やっぱり身体強化怖いわぁ~。やっぱ魔法使い(サイボーグ)は伊達じゃないわ]

 

 

 

 叩解がエル達のおかげであっと言う間に終わったので、エヴァはいよいよ紙漉きの工程に入った。

 

「こればかりは身体強化使ったからと言って、高速化できませんからね」

 

「解ってるって。さっきはお前たちのお陰でずいぶん楽をさせて貰ったからな。ここからは私が頑張る番だ」

 

 しっかりと叩き解された繊維を水で更に溶きほぐしていき、そこに接着剤を混ぜ込んでいく。こうすることで毛羽立った繊維同士が結合しやすくなり、更に接着剤で補強する事で強固な紙を作りやすくするというわけだ。それを簀子を使って水を濾し取りながら、できる限り薄いシート状になる様に成型していく。

 しかし、これも簡単な作業ではない。

 

[うぐぐ、想像以上に難しいな。結構ムラが出るぞ]

 

 簀子を左右に揺らして少しづつ厚みを調節するのだが、これが中々に難しい。慣れた職人であればムラの無い極薄のシートを仕上げてみせるのだろうが、経験の無い彼女にはまだ無理のようだ。

 そこでエヴァは最初から完成度の高い薄い紙を作るのは難しいと判断して、やや厚手の紙を抄く事にした。そちらの方が強度が出るだろうという期待もあったのだろう。

 

「これからの行程は結構時間がかかるから、お前たちは3人で遊んで来なよ。ほい、お母さんから預かったお小遣い。これでお菓子でも買ってきな?」

 

「「やった~!」」

 

 この提案にキッドとアディはとても喜んだが、エルの方は少し残念そうな表情をしていた。

 

「むぅ。僕も工程を見ていたかったのですが……」

 

「そう言うなって。お前最近学園の図書館に入り浸りで、あの二人と遊んでないそうじゃないか。

 特にアディが寂しがってて、ちょっと不機嫌だったんだ。お前が居てやった方が機嫌を直すだろうし、一緒に遊んでやってよ」

 

「……そういうことであれば、解りました」

 

「わ~い!エル君遊ぼ~!」

 

 抱きついてきたアディに連行されて、エルも街に出掛けて行った。

 

[なんか子供に抱かれていく猫みたいな状態になってたな。あいつ]

 

 もしかすると彼が乗り気ではなかったのは、ああなることを予見していたからかもしれない。

 

 

 

 あれからシート状に成型された紙料に重石を載せて圧延したり、天日干しにして乾燥させたりといった工程を経て、ホワイトミストー・パルプはやや厚手ではあるが立派な紙に生まれ変わった。

 

「問題はこれが元の木材同様に魔力を通すかという事だけど……」

 

「では、僭越ながら僕が確認させていただきましょう」

 

 エチェバルリア邸の魔法練習場にて、オルター家の子供たちが見守る中、エルはこのホワイト・ミストー紙を丸めて先端に触媒結晶を取り付けた。

 

「では行きます……爆炎球(ファイア・ボール)!」

 

 彼の作った紙製の杖から魔法現象が発生したことで、これが魔力を通す紙であることが確と証明された。

 

「やった!魔法が発動したぞ!」「「すご~い!」」

 

「うん、効率はいつも使っている杖と遜色無いようです。やりましたね、先輩!……あ」

 

 エルが手元を見ると、紙製杖は先端が炭化して崩れていた。付けていた触媒結晶も地面に落ちている。

 

「あぁ、うん。そりゃ、燃えるよな。紙だもん」

 

「すみません。せっかくの試作品を」

 

「いや、いいよ。私もうっかりしてたんだし。それにまだ予備があるんだから」

 

「さすが先輩。用意がいいですね!」

 

「なんなら追加で作ればいいしな。どうせなら次はもっと薄手の紙にして更なる軽量化を!」

 

 これ以後、この素材は爆炎などの引火する可能性のある魔法を使うには、一工夫必要であるという認識となった。

 

 

 

 それから数週間ほど後の事だった。

 

 

 

「工房長さん!エルネスティです。以前依頼した杖が出来上がったというので受取りに参りました!」

 

 テルモネン工房に響いた甲高い声にドワーフの男性が元気よく返事をする。

 

「おぅ!すまんな。結構待たせちまう形になったな」

 

「いえいえ、そんなに急いでいた訳ではありませんでしたし、構いませんよ」

 

 工房長が店の奥から持ち出して来た杖は、この世界で一般的な形をしていなかった。

 握りやすいような床部(ストック)。前後に取り付けられた照準具(サイト)。小ぶりな剣を取り付けられる留め具。

 それは銃剣に似せて作られた杖。銃杖(ガンライク・ロッド)だった。

 

「うん。お渡した設計図通りの仕上がりです。素晴らしい!」

 

 渡された依頼の品を愛おしそうに撫で摩るエルの様子を、満足げな顔で見守る工房長。

 

「お前の為の特注品だからな。この世に二つとない品って事になる。坊主、銘を決めてやってくれねぇか?」

 

「それならもう決めているのです。これは“ウィンチェスター”と名付けます」

 

 西部開拓時代に開発されたレバーアクションライフルの銘をその杖に付けたエル。

 

「その名を刻むなら……エル、不足しているものがあるんじゃないか?」

 

 話を聞いていたエヴァがエルに言葉と共に投げ付けたのは、金属製の不思議なパーツだった。

 それを受け止めたエルはその機能を瞬時に察した。

 

「……なるほど。確かにこの部品は必須のものですね。先輩、ありがとうございます」

 

「イイって事よ。それより工房長。裏の試射場を貸してあげてくれませんか?私もテストするところを見たいので」

 

「お、おぅ。そりゃいいんだが、なんだか二人ともいつも以上に意気投合してるな」

 

「「ふふふ、解ります?」」

 

 返答までもがシンクロしている二人の様子を工房長は不気味に思いつつ、二人を試射場に招くのだった。

 

 

 

「僕としたことが、迂闊でしたよ。ウィンチェスターライフルの名を受け継ぐのであれば、確かにこの機構は必須でしたものね」

 

「まぁ、それを設計していた時は取り付けても意味の無い部品だったからな。仕方ないさ」

 

 爆炎球の魔法を撃ち放ちながら、エヴァと談笑するエル。

 この最中に彼は一切の“演算”を行っていない。

 それなのに当たり前の様に法弾が発射されているのは、追加で組み込まれた部品がこの銃杖を魔導兵装(シルエット・アームズ)にしてしまっているからだ。

 この器具、弾倉(マガジン)の内側には、件のホワイトミストーでできた紙、白樹紙(ミストーペーパー)が巻物のように丸められた状態で収められている。もちろん、紋章術式も刻まれて。

 

「しかし、中級魔法とは言え紋章術式を管状弾倉(チューブ・マガジン)に収めてしまうとは。これってかなり画期的なんじゃないですか?」

 

「かもな。結構便利だろう?」

 

「これなら攻撃魔法は事前に用意した弾倉に込めておき、僕の魔術演算領域(マギウス・サーキット)は身体強化や大気圧縮推進(エアロ・スラスト)に集中させることができます」

 

 言いながら、エルは器具の機構を弄って“排莢”する。

 エヴァに手渡された別の管状弾倉を代わりに装填して術式を切り替えた彼は、また別の系統の魔法を撃ち始めた。

 

「うん。とっても便利です。重ねてありがとうございます。先輩」

 







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15話 新素材の価値は?

 それは休み時間中の教室で何気なく行われた日常会話の中での事だった。

 

「ねぇ、エヴァ。エル君の姿が最近見えないんだけど、何か知らない?」

 

「あぁ、あいつなら学園施設を出禁になったよ」

 

「なんですって!?」

 

 エヴァが教えた親友の近況に関する情報は異母姉ステファニアを大いに驚かせた。軽くパニックを起こさせるほどに。

 

「なんて事!?あの子が何したって言うの!?そんな酷い!先生に抗議しなくちゃ!」

 

「落ち着きなよ、ティファ。出禁って言っても、あいつが正式に入学してくるまでの事だから。私らが3年生になる時分には改めて登校できるようになるよ。こう言ってはなんだけど、今までがおかしかったんだよ」

 

「あ、あぁ。そう言えば、あの子はまだ入学もしてなかったのよね。それにしても、何でまた出入り禁止なんて事に?」

 

 そこでエヴァは自分達が構文士学科の授業で“仕出かしたこと”を丁寧に説明した。

 当然の事ながら、ティファは大いに呆れていた。

 エルが魔導演算機(マギウス・エンジン)を弄ったという件もそうだが、何よりも彼女が信じられなかったのは、

 

「エヴァ、あなたまだ騎操士(ナイト・ランナー)になる事を諦めてなかったの?」

 

「あったりまえじゃん!私に乗れる騎士が無いって言うんなら、機体ごと創り上げてでも操縦してやる」

 

 この異母妹の尋常ではない諦めの悪さだ。現実を見据えているとはとても思えなくなるほどに。

 

「でも、あなたは魔術演算領域(マギウス・サーキット)が使えない筈でしょ?魔法が使えないのでは、騎操士にはなれないんじゃないの?」

 

「それに関しては、大丈夫!ちゃんと対策があるから」

 

 エヴァは紋章術式(エンブレム・グラフ)を使えば、自分でも魔法を使う事が出来る事をティファに説明する。

 ティファはそれを聞いてもやはり半信半疑だったのだが、エヴァは放課後彼女を自宅に招き、自分が今まで作ってきた魔導兵装(シルエット・アームズ)を見せることでそれを証明した。

 

「すごいじゃない!これはお父様に報告するべきなんじゃない?」

 

 ティファはエヴァの魔法能力について、ヨアキムが気を揉んでいたことを知っている。

 だから、是非ともこの事を侯爵に知らせて、彼にも安心してもらおうと提案した。

 

[あ、そうか。お父さんにもちゃんと報告しておかないとだな。ここの所素材開発やらエルの武器の追加パーツの製作やらが楽しすぎて、すっかり失念してたぜ]

 

 なんといっても大切な父親で重要なスポンサーなのだ。彼への報告は大事だ。

 

 しかし、問題もあった。ここライヒアラ学園街はセラーティ侯爵領とは結構離れた土地にある。

 この世界の通信手段は、馬や馬車や幻晶騎士(シルエット・ナイト)などの乗り物で直接手紙を郵送してもらうぐらいしか無い。

 そして、フレメヴィーラ王国での郵便は道中出現する魔獣との戦闘や迂回ルートの選択などによって遅延しがちだ。

 今から手紙を送るにしても、届くのは何時になるか解ったものではない。

 

「あぁ、それならお父様が今度この街に来てくれるそうだし、その時に報告してみたらいいんじゃない?」

 

「本当?去年に来てくれた時はアディとキッドが嫌がったんで、私とあの二人は家で留守番してたから会えなかったんだよね」

 

 ヨアキムが以前この街を訪れたときは母のイルマタルのみで面会をしてきたそうだが、今回は自分も会いに行きたいとエヴァは考えた。

 その旨、母に相談すると快諾してくれた。だが、

 

「私は会うの嫌」「俺もアディが行かないなら遠慮しとくよ」

 

 双子はやはりまだ父に心を許していないようだった。

 

「しょうがないわね。無理して会わせても心象が良くないでしょうし、今回はエヴァだけで逢いに行ってもらえる?今度は私がキッドとアディを看てるから」

 

「解った。私の口からよろしく言っておくね」 「お願いね?」 

 

 母からの言伝も預かって、エヴァは父との再会を楽しみにしていた。

 だが、少し気がかりになっていることもある。

 

「……エルとも相談しておくか、あいつが助言してくれたおかげで作れたものなんだし」

 

 

 

「というわけでいいかな?エル」

 

「いや、そこで何故僕に同意を求めてくるんです?親子水入らずを楽しんで来たらいいじゃないですか?」

 

 後日、エチェバルリア邸にやってきたエヴァはエルに相談を持ちかけた。

 だが彼女が聞いてほしいのは己の家庭事情についての事ではない。そんな事はエルに聞かせてもどうしようもないことだ。

 

「私が言ってるのは、お父さんに見せる予定の魔導兵装についての事だよ。あの技術はお前の協力が在ってこそ産み出せたものなんだから」

 

 そもそも自分に紋章術式について調べることを薦めてくれたのはエルだ。そればかりかその構成(プログラミング)技術を教えてくれたのも彼だ。

 エヴァは掛け値なしに彼がいなければ作り出せなかったものだと信じている。だから、それを自身の成果であるかのように誇示するのが気が引けたのだ。

 

「前に言いましたが、それは先輩の努力が紡ぎだした成果ですよ。僕はヒントをあげただけです」

 

「そのヒントが大事なんだってのに。それに相談したいのは“これ”の扱いについてもなんだよ」

 

 差し出したエヴァの手の平に載せられた物。それは最近彼女が開発した新しい魔導兵装の構成素材。白樹紙(ミストー・ペーパー)だ。

 

 これを作り出して以来と言う物、エルは今まで以上に魔導兵装作りに協力的になった。魔法術式(スクリプト)を片っ端から書き込んで管状弾倉(チューブ・マガジン)に加工しては、愛杖・ウィンチェスターで試し撃ちに励んでいた。彼もすっかりこの素材の虜になっていたのだ。

 

「自画自賛になるけどおまえが言ってくれた通り、これは画期的な素材だろうよ。銀板や木板よりも薄くて軽い紋章術式の記述媒体になる物質なんだから」

 

「えぇ。本当に面白い素材です。僕のお小遣いでも買えるぐらい大量生産してもらいたいです!……現状、難しいのは解りますが」

 

 あくまでエヴァの自家製品にすぎないので、地球の洋紙のように湯水の如く消費することはできない。

 

「だから、私も考えたんだよ。侯爵の地位にあるお父さんの力を借りればこの紙、量産してもらえるんじゃないか?って」

 

「おぉ!それはいい考えですね。是非ともお願いしましょう!」

 

 原料となるホワイトミストーはそこまで高額な木材ではない上に、踏み潰して柔らかくする工程は騎士団を有する父の権力をもってすれば、幻晶騎士にやってもらうことができるだろう。

 チップ化行程などやや課題も残るが、そこさえクリアすれば従来の製紙方法と組み合わせることで量産は十分可能に思える。

 また、これらの行程は白樹紙以外の普通の製紙にも応用ができるので、うまくすれば将来的に木材パルプの安定供給による紙価格の低減に繋がるかもしれない。実際、地球ではそうなった。

 

「でも、そこまで話を進めるには今の私では説得力がないと思うんだ」

 

「まぁ、そうですね。先輩はまだ初等部生ですもの」

 

 子供がそんな事を言い出したところで一体どれだけの人間が本気にするだろう?普通に考えたら、戯言と受け取られるのが関の山だ。

 しかし、この街にヨアキムがやって来る事など年に1、2回あるかどうかだ。そして現状では一番身分が高く多くの権限を有すると思われる貴族の知り合いと言えば彼だ。この機会にエヴァは父にこの技術を売り込んでみようと思ったのだ。

 そして、白樹紙を量産して欲しいのはエルだって同じ気持ちだ。

 

「よ~し!先輩、できる限り説得力を持った資料を作って、侯爵様にプレゼンしましょう!僕も資料製作と計画(プランニング)のお手伝いをします!」

 

「ありがとう!そう言ってくれると思ってたぞ。お前のプレゼン手腕は大学時代から先生方にも評判だったからな。期待してるぜ!」

 

 倉田(エル)のプレゼン能力の高さを覚えていた村岡(エヴァ)は彼の協力によって、己に欠けている能力を補おうとしたのだ。

 エヴァが資料を集めて、エルはそれを効果的に纏める。そして、二人は紋章術式や製紙技術についてだけではなく、セラーティ侯爵領の情報についても調べ始めた。

 

「やっぱり食料になる穀物や野菜、そして家畜の育成なんかの第一次産業が主力みたいだな。製紙については手を出してない感じか……これは色良い返事はもらえないかもしれないな」

 

「でも、第二次産業に進出したいという思惑を持っているかもしれません。それに幻晶騎士の運用にはある程度の工業力が必要でしょう。製紙工業が定着できる可能性は十分あるんじゃないでしょうか?」

 

 何故このような事を調べているかと言えば、二人は交渉材料を求めていたからだ。

 全く興味がない分野についての話をされれば、誰だって聞き流してしまいたくなる。

 提供する情報が『自分達の利益になる物である』と思ってもらうようにプレゼンをするためには、相手の事をよく知らなければならない。

 

「林業も手掛けているのか。いろんな種類の樹木や林産物を出荷してるみたいだな」

 

「ほほぅ、それは都合がいいですね」

 

 材料を自領内で確保できるのだとすれば、これは強みになる可能性がある。

 ホワイトミストーまで取れるかは調べても情報が出てこなかったが、他の木材を使ったものとして考えても紙原料として木材パルプは優秀だ。十分この技術を売り込む交渉材料になると二人は判断した。

 最悪他所から輸入した材料を使うとしても、白樹紙の利便性はかなりの商品価値を持ち得るだろう。将来的に作って貰えるのではないかという期待もあった。

 

 これらの資料を使い、侯爵に白樹紙の魅力を知って貰おうとプレゼンテーションの計画を煮詰めていく。

 来たる面会の日、“Xデー”の到来に備えてエルとエヴァは準備を整えていくのだった。

 

 ……そしてそれが本来、親子水入らずの再会の日であったことなど二人の脳からはすっかり抜け落ちていた。 

 

 

 

 

 

 

 大人数の幻晶騎士を護衛として従えて街道を進む馬車の中で、ヨアキムはライヒアラで暮らす娘と息子の事を考えていた。

 

[ステファニアは元気かな?それに前回会えなかったイルマタル(イッル)の子供達とも逢いたいな。3人とも魔法を使えるようになったそうだし、それをこの目で確かめたい]

 

 ヨアキムはすでに子供達の魔法能力の覚醒について、愛人からの手紙で報告を受けていた。キッドとアディが素晴らしい魔法の才を秘めていたこと。そしてエヴァが魔導兵装の自作技術を手に入れた事。

 それらは彼女のテルモネン工房への弟子入りの件で相談したいという手紙を受け取った時から、逐次知らせてもらっていた。

 当初は彼も「騎士になるのに、鍛冶師に弟子入り?」と言う疑問符を浮かべていたが、理由を知ったら迷わず許可を出した。

 考えてみればエヴァが魔導兵装を使える事は解っていたのだし、この分野に彼女が興味を持つことは自然な事だった。それでも紋章術式という技術に関しては、盲点になっていた感が否めない。

 

[この調子だと、エヴァは将来騎操鍛冶師(ナイト・スミス)構文技師(パーサー)になるかもしれないな。いい判断だ。手に職を付けることは重要な事だ。例えそれが“騎士”とは正反対な物だとしても]

 

 かつて娘と交わした“騎士を目指す”という約束がヨアキムの脳裏を過るが、この約束を違えてしまうのだとしても彼はエヴァを責める気など毛頭ない。幼い子供の心境など簡単に変わってしまう。約束の履行など当てにはしていなかった。

 騎士学科を指定したのも、その時適当に思いついた学科名を口走ったのだ。それがたまたま騎操士学科と共通するカリキュラムを有していたから“釣り餌”として有効だったというに過ぎない。

 なんでもよかったのだ。障碍を持った娘がこの世界に根付いて生きていける力を身に付けてくれるのであれば、なんであっても。

 

「お父様、何を考えていらっしゃるのですか?」

 

 物思いに耽る父の様子を見て、声を掛けてきたのはこの旅に同行している次男坊バルトサール・セラーティだった。

 

「あ、あぁ。すまないな、バルト。ちょっとお前の“姉さん”について考えていたんだよ」

 

「あの妾腹の女の事ですね」

 

 ヨアキムは暈したが、バルトはそれが腹違いの姉の事も指しているのだと素早く看破した。

 

「バルト。そんな言い方をしないでおくれ。色々事情があって離れて暮らしてもらってはいるが、エヴァリーナもアーキッドもアデルトルートもお前と同じ私の掛け替えのない子供達なんだ」

 

「……申し訳ありません」

 

 悲しそうな表情で諭す父に対して息子は口では謝罪するが、その表情はどう見ても納得しているようには見えない。

 どうやら腹違いの姉弟妹に対する侮蔑の感情は彼の心にすっかり浸透してしまっているようだ。

 

[ハンナめ。子供に悪口を吹き込むような事をしてどうするんだ!……いやこの場合、私が不甲斐ないのがいけないんだな]

 

 この場にいない本妻ハンナマリー・セラーティ(ハンナ)に対する憤懣と共に、己の情けなさを噛み締める。

 彼女が妾のイルマタルを疎んじているのは知っている。

 お淑やかな中にも強い意志を感じさせる女性で、婚姻の話が舞い込んで来た時もヨアキム自身そういった部分に惹かれた部分があったので、彼女を伴侶に選んだ。

 しかしその実とても嫉妬深い性格でもあり、愛人の存在を打ち明けると表立っては非難しないながらも、裏でイルマタルに関する様々な噂を流し始めた。その影響を受けた家臣の一部が彼女に侮蔑的態度を取り始めた時はヨアキムも慌てたものだ。

 

[あそこまで陰湿な手段に打って出るとは思わなかった。おかげで火消しに苦労したもんだ。イッルも側室になってくれる事を受け入れてくれれば、また違ったんだろうが……今更言っても詮無い事だな]

 

 ヨアキムも本当はイルマタルを愛人と言う不安定な立場ではなく、正式な手続きを取って側室として迎え入れたかった。

 しかし、それをイッルは遠慮がちに拒んだ。曰く『奥様に悪い』と。

 

『なんと奥ゆかしいお方なんでしょう。まさしく“愛人”の鏡ですわ』

 

 このようにハンナは美辞麗句で飾り立てながらも、釘をさすことを忘れなかった。“立場をわきまえろ”と。

 

[とにかく、子供達にまでそんな大人の悪感情を伝播させるわけにはいかないな。アートスとティファは大丈夫だろうが、バルトにもよく言い聞かせなければ]

 

 来年は目の前の息子もライヒアラに通う事になる。今回の学園訪問はその手続きと根回しも兼ねているのだ。

 かの地に到着したら忙しい日々になるだろう。その日に備えてヨアキムはせめてこの車中だけでも安息を楽しんでいることにした。

 

 

 

 

 

 

[何なのだこれは……どうすればいいのだ?]

 

 ヨアキムはライヒアラに設けた自身の執務用邸宅にて大きな混乱に包まれていた。

 ライヒアラに到着して以来、待ちに待った愛人の子供達との再会の日。

 だが逢いに来てくれたのはエヴァリーナだけだった。他の子供達もイルマタルも諸事情で来れないと、エヴァには陳謝された。

 まぁ、それはいい。イッルや双子達にも付き合いと言う物があるだろうし、一番気掛かりであったエヴァが面会に応じてくれただけでも喜んでおくべきだとヨアキムは自分を納得させた。

 しかし、娘との楽しい会話が彼女の作ったという魔導兵装についての話題に波及した時、エヴァは爆弾を投下してくれた。

 

「お父さん、実は最近こんな物を作ってみたんです」

 

 そう言って取り出したるは、白樹紙なる紙。

 ただの白い紙にしか見えないこの素材の具体的特性を説明されるに連れて、ヨアキムは自分の身体が謎の振戦に支配されて行くのを感じた。おかしな汗がドプァドパァと分泌されていく。

 

 少しでも目端が利く者であるなら解るはずだ。これがトンデモない劇物になる可能性を秘めている事を。

 

 紋章術式という技術は戦術級魔法(オーバード・スペル)のような大規模魔法を使う場合を除き、この世界で概ね魔術演算領域(マギウス・サーキット)魔導演算機(マギウス・エンジン)による演算魔法の下位互換のような扱いを受けている。

 それは多くの理由があるからだが、その中でも利便性と費用対効果において大きく劣っていると看做されているのだ。

 この素材の持つ力はそれを根本的にひっくり返してしまえる可能性を持っていた。それを目の前でむざむざと見せつけられたのだ。実演と言う形で。

 

「お父さん、火炎弾丸(ファイア・トーチ)の術式を描き込んでみてください。描くのはこの黒炭を使って。……あ、描き損じても大丈夫ですよ。パンで擦れば消せますからね。なんたって紙ですから」

 

 学生の頃よくやらされた魔法術式の書き取り練習を彷彿とさせる牧歌的やり取りだが、今自分達が机の上で作っているのは本来幻晶騎士しか扱えないと言われていた魔導兵装なのだ。

 子供の工作のような感覚で機動兵器の手持ち武装が組み上げられていくという非常識に、ヨアキムは気が変になりそうだった。

 

「できましたね。じゃあ、結晶を取り付けて庭で試しに魔法を撃ってみてください。大丈夫、術式に間違いはありませんよ。これはちゃんと魔導兵装として機能するはずです」

 

 自分を信じて欲しいとエヴァは言った。だがヨアキムはこれで本当に魔法が使えてしまった瞬間、自分は決定的におかしくなってしまうのではないかと言う別方向の心配をしていた。

 しかし無情にも、炎の法弾は発射される。自分で演算するよりもずっと簡単に感じたのが、何故か悲しい。

 

 ここまででもヨアキムの理性はかなり追い詰められていたのだが、エヴァは更なる追い打ちを掛けてくる。

 

「この素材の利便性は解って貰えたと思います。けど現状ではあまりたくさん作ることができずに困っているんです。そこでお父さんのお力でこの紙“量産”してもらえないかと思いまして……」

 

 それから彼女から多くの資料が渡され、猛烈なプレゼンテーションが始まった。

 幻晶騎士で踏み潰し、機械と錬金術で細かく叩解し、職人の手で製紙する。既存技術と新技術を織り交ぜて行われる今までにない“製紙”の技。

 穴もあるだろうがよく考えられている施策(プラン)だったが、もはや今のヨアキムではこれを冷静な視点で見ることはできそうになかった。

 

「すまない、エヴァリーナ……しばらく考える時間をくれ。この話を含めて、今後の事を話し合う時間を別に作るからまた会いに来て欲しい」

 

「お父さん、大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いようですが……そ、そうですか、解りました」

 

 どうにか絞り出した制止の言葉に、エヴァは心配そうな表情で退室した。

 

[どうしてこうなってしまったんだ……]

 

 親子水入らずの団欒の日を期待していた筈なのに、斯様な心労を抱えてしまう羽目になったヨアキムであった。

 

 

 

 

 

 

 数日のインターバルを挟んで資料の査読を行い思考を整理したヨアキムは、改めてエヴァを呼び出した。

 

「お父さん。あの資料の中に何か不備があったでしょうか?私としてはできる限り、解りやすく説明できるように努力したつもりだったんですけど」

 

 挨拶もそこそこにエヴァは以前自分が提供した資料に何か問題があったのかと考え、父に問いかけた。

 

「いや、非常に纏められた良い資料だったよ。エヴァリーナ、あれは一体誰の“入れ知恵”で作ったものなんだい?」

 

 しかし、ヨアキムはむしろその完成度が高すぎたが故に、娘が纏めたものであるとは考えなかったようだ。

 実際、あれは親友の助力で作ったものだったので彼女も正直に答える。

 

「あの資料は友達と一緒に纏めたものです。白樹紙もその友達と一緒に作ったものです」

 

「友達?それはさぞ優れた錬金術師なのだろう。名前を教えてくれないか?その人とも、きちんと話し合わなければならない」

 

 ここまで来てエヴァは父との間にかなりの認識の齟齬が発生している事に気が付いた。

 どうやら背後で大人が糸を引いているのでないかと誤解しているらしい。

 

「彼は……エルネスティ・エチェバルリア君は錬金術師ではありません。学園長先生のお孫さんでまだ7歳の少年です」

 

「なんだって?う、嘘ではないんだな!?」

 

「本当です。それに彼は資料制作や紋章術式の組み方、ホワイトミストーの特性など多くのアドバイスをくれた人ではありますが、製紙工程は主に私が担当しました」

 

 7歳の子供がこんな資料を纏め、あまつさえ魔法技術の助言までしたというのも疑わしいのだろうが、騎士学科の初等部生がこんな技術を生み出したなんて更に信じ難いのだろう。

 

「もしお疑いの様でしたら、彼にも話を聞いてみますか?」「……頼めるか?」

 

 そして1時間ほど間を開けて、エヴァがエルを連れて執務室に戻ってきた。

 

「初めまして、セラーティ侯爵閣下。エルネスティ・エチェバルリアと申します。エヴァリーナ先輩にはよくお世話になっております」

 

 初等部生にすら届かない程の幼児が年に見合わぬ程の堂に入った作法で挨拶をしてきた。

 かわいらしい子供にしか見えない彼にヨアキムは渡された資料に関する幾つかの質問を投げかけたが、エルはそれに矛盾の無い答えを返した。

 こうなるとヨアキムも認めざるを得ない。エルがこの件の協力者である事を。

 溜息を飲み込んで、ヨアキムは二人に確認する。

 

「……この紙に関する情報を他に知っている者はいないか?」

 

「先輩のお母さんとキッドとアディは知っているはずです。テルモネン工房の親方はどうでしたっけ?」

 

「一応、弾倉(マガジン)の製作の際に話していたと思うけど……お父さん、何か問題がありましたか?」

 

 ヨアキムは心の中で叫んでいた。『問題大アリだ!』と。

 

「君達が言うように、この紙は非常に革新的な特性を幾つも備えている素晴らしい素材だと私も思う。だが、これを無秩序に世に広めるのは非常にまずいのだ」

 

「「え!?」」

 

 価値を認めてくれる発言を聞いた後に、否定的なニュアンスの言葉が出てきたので二人は面食らった。

 その理由をヨアキムは順を追って話し始める。

 

「この素材で造られた魔導兵装はあまりにも便利すぎる。攻撃魔法の行使を簡単にしすぎる(・・・・・・・)のだよ。魔力の流し方さえ習得すれば、誰でも簡単にこの“暴力”を行使できる。そう、例え教育を受けていない子供であってもな」

 

 このフレメヴィーラ王国では、例え平民であっても本人さえ望めば高度な教育が受けられるようになっている。

 それは国民一人一人に魔獣と戦える力を身に付けてもらう為でもあるが、それと同時に教育の過程で国家に対する忠誠と安全意識を叩き込む為でもある。

 魔法を暴発させて周りに危害を加えないように、加えて国や故郷を大切に思い守ろうとする意識を育む為に。それを含めて、魔術演算領域と言う自意識と結びついたこの能力(アビリティ)の扱い方を学ばせる為に。

 

 しかし、紋章術式はそんな教育とは関係の無い純粋な“兵器としての魔法”を行使可能にする。しかも、この紙はそれを従来では考えられない程安価かつ簡単にしてしまえる。それ故の危うさがあるのだ。

 

[そうか、これは“銃”と同じなんだ。それこそAK-47のような安価で大量にばら撒ける虐殺兵器になってしまう!]

 

[確かにこれは“哲学”の無い暴力装置になりえますね。しかもペーパークラフトのような感覚で作れてしまえることを思えば、混乱の種になる事は確実でしょう]

 

 二人はやっと気付かされた。この技術の危険度に。

 

「今は二人とも子供だからよく解らないかもしれないが、この技術は余所に漏らすわけにはいかないんだ。だから、これ以上口外しないでおくれ」

 

「わかりました。工房長と家族には口を紡ぐように言っておきます」

 

「残念ですが、そうなるとこの白樹紙の技術は封印するべきでしょうか?」

 

「いや、量産は真剣に検討させてもらおう」

 

 意外な言葉にエヴァとエルは目を丸くした。てっきりこの技術は封殺されてしまうと思ったからだ。

 

「確かに“無秩序に”世に広めれば多くの混乱をばら撒くことにはなるだろうが、キチンと管理できたならばこの白樹紙は我が国にとって大きな力となるに違いない。それを封印するなどそんなもったいない事はしないとも。

 この技術は我がセラーティ侯爵の名に懸けて、必ず実用化して見せる!」

 

 力強く断言したヨアキムは驚く二人に更に問いかけた。

 

「そんな素晴らしいモノを教えてくれた二人には何かご褒美が必要だな。何か欲しい物はないかい?何でもいいぞ?言ってごらん」

 

 ここ数日のインターバルで大分余裕を取り戻したのだろう。彼の表情は子供にお小遣いでもあげるかのような優しいものになっていた。

 だが、そんな余裕は次の一声で容易く突き崩された。

 

「それならば、魔導演算機を頂きたいです!」

 

 何を強請ろうか、それともここは遠慮しておくべきかと悩んでいたエヴァの横から、エルが大きな声でそう主張してきた。

 

「ま、魔導演算機?なんだってそんな物を?」

 

 幻晶騎士の頭脳に当たる部品。そんな物を手に入れてどうしようというのか?ヨアキムの表情は一瞬で疑義に支配される。

 

「それはもちろん、幻晶騎士を創るためです。僕達の為の幻晶騎士を!それを造って操縦する。僕とエヴァ先輩が様々な技術を学び、白樹紙を創り出したのも全てはその為なのです」

 

 エルが口にした言葉に、ヨアキムはエヴァがまだ騎士を諦めたわけではなかったことを悟った。

 

「エルネスティ君。君は知らないかもしれないが、エヴァリーナは……」

 

演算不能者(ノーペレーター)である事は知っています!確かに彼女の脳内には幻晶騎士の管制に必要な機能である魔術演算領域は無いんでしょう。

 ならば、創り出せばいいのです。魔導演算機の内側に、人工的に管制・制御の為の術理機構(オペレーティング・システム)をね!」

 

 ヨアキムは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 今エルが言っていた事を素直に解釈すれば、『魔術演算領域を人為的に魔導演算機の中に構築する』という意味だと思われた。

 

「そ、そんな事できるわけ無い。人間の“心”と混ざり合った機能をどうやって機械の内側に再現するというのだ?」

 

 そう、この世界の人々にとって魔術演算領域は決して他人が中身を確認することのできない解析不能存在(ブラック・ボックス)。人間の自意識(クオリア)と不可分な概念。

 それを人為的に再現する技術などあるわけはないのだ。

 

 しかし、そんな理屈は異世界人には通じない。何故なら地球人にとってOSとは、人間の心と分け隔てられた存在だったからだ。それに、

 

「作れますとも。“人間が想像できることは、人間が必ず実現できる”のです」

 

 かつてSFの開祖と謳われたジュール・ヴェルヌの言葉だが、エルはこの世界でも十分通用するものであると信じている。

 なんたってこの世界には、科学に加えて魔法と言う更なる味方が付いているのだ。

 

「……私からもお願いします、お父さん。私は諦めたくないんです。この世界に魔術演算領域以外のOSが存在しないのだとしても、エルがそれを創り出せるというのならそれを信じたい!試させてほしいんです!」

 

 もしこんな事を何の前触れもなく言われていたならば、ヨアキムも一笑に付したかもしれない。

 だが、エルとエヴァは今までの常識では考えられない“白樹紙”という存在を齎した。

 この二人ならあるいは?とヨアキムも思えてしまったのだ。

 

「……解った。すぐにとは言えないが君達がそれを欲するというのなら、用意しよう。しかし、それを手に入れる事で君達の周りに大きな軋轢が発生するはずだ。それを乗り越える覚悟はあるのかい?」

 

 二人は何の躊躇もなく、それに頷いた。

 

「「もちろんです!」」

 

 覚悟も無しに機体の自作(スクラッチ・ビルド)などやってられないのだ。

 その意気を確認したヨアキムは、訝りながらも二人の要望を承諾したのだった。




作中で勝手に本妻さんの名前を出してますが、これはオリジナル設定で公式(オフィシャル)ではございません。ご了承ください


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16話 その名はテルモネン重工

 白樹紙(ミストー・ペーパー)を生産するための諸々の技術情報のやり取りを行ったエヴァとエル、そしてセラーティ侯爵。

 この件に関して、エルの保護者であるエチェバルリア家も交えて様々な根回しと契約交渉が行われる事になった。その為、ヨアキムの執務室に関係者が集められた。

 

 当然、事情を聞かされた双方の家族に二人は大いに呆れられた。

 

「まさか、お主らがそんな物まで創りあげておったとはな……侯爵閣下が内密に面談を申し出てきたときは何事かと思ったが」

 

「それも納得の行く話ですよ、お義父さん。下手に他所に漏らせない技術でしょうし……魔導兵装(シルエット・アームズ)の常識が変わってしまう物ですよ、これは」

 

「二人ともすごいわね」

 

 ラウリとマティアスの驚きと困惑を余所に、セレスティナは大らかな態度を崩さなかった。

 

「いきなり呼び出されてびっくりしたけど、姉ちゃん達と作ってたあの紙ってそんなにすごいものだったんだ?」

 

「書いた魔法が使える紙って確かに便利だもんね。私達も貰って遊んでみたけど、楽しかったし。エル君がいっぱい欲しいって言うのもわかるわ」

 

「……まさか、エヴァ達やエル君がそんな事をしてたなんて……」

 

 オルター家も有無を言わさず呼び出されたので、当初不安そうにしていたが、エヴァが説得してどうにか落ち着いてもらった。

 がっつり製造に関わっているキッドとアディはどこか誇らしげな様子だったが、イッルは予想以上に大きな話になっている事に若干顔を青褪めさせている。

 

 そして、この件に関りを持つもう一つの家庭がこの場に到着した。

 

「お、恐れ入ります。この街で工房を経営しております、ボルト・テルモネンっていいやす。こっちが家内と息子です。おい、お前ら挨拶しな。品良くだぞ!?」

 

「う、うぅ。父ちゃん。そんな事言ったって……」

 

「あ、あたしら貴族様に応対する教育なんてろくすっぽ受けてないんだよぉ?」

 

 いきなり貴族階級の人間に呼び出されて、すっかり萎縮している様子のテルモネン家の人々。彼らの様子にエヴァとエルは心中申し訳ない気持ちになった。

 面倒くさいことに巻き込んでしまった事。そしてこれから更に関与して貰い、彼らを抱き込まなければならない事を。

 

「構わない。人として最低限度の礼儀さえ心得ていてくれれば、楽にしてほしい。それに我々もあなた達にはこれから様々なお願いをしなければならないからな」

 

「と言いますと?」

 

 工房長の問いを切っ掛けにして、侯爵は説明を始める。

 

「皆さんにこの場に集まって貰ったのは他でもない。我が娘エヴァリーナとその友達のエルネスティ君が発明した白樹紙の件についてだ。

 私もこの素材は今後の魔導兵装の歴史を大きく塗り替える程の物だと考えている。そして、二人はこの技術の扱いを私達セラーティ侯爵家に託してくれた」

 

 皆の視線がエヴァとエルに向かう。

 

「二人はこれを量産して欲しいと言っていたが、無秩序に生産して世に広めるには少々危険な技術であると私は感じている。故に皆さんには時が来るまでこの技術に関して、口を噤んでもらいたい。

 もちろん、情報を漏らさない限り皆さんにはそれなりの見返りを約束しよう」

 

 要は口止め料だが、物が物なだけに致し方がない。事はもう子供の玩具でも便利な生活用具でもなく、立派な軍事技術情報になっているのだから。

 

「“時が来るまで”と仰いましたが、それは何時ぐらいまでなのでしょうか?」

 

 おそらく保護者の中で一番冷静であったティナが尋ねる。

 秘密と言う物は漏らすつもりが無くても漏れてしまう事がある。誰もが墓まで持っていくような覚悟をできるわけもない。できたらその時間は有限であることが望ましい。

 

「事業化は10年以内にある程度軌道に載せられると考えている。それまでに王家や政府と協議の上、流通や法整備を整えられるだろう。

 断言はできないが、その頃には漏らしても大勢に影響がなくなっていると予想している。曖昧ですまないが、何せ製紙事業に関しては我々も勉強中でな。具体的な期限を明言できないのだ」

 

 しかし、ヨアキムは本当に10年以上かけるつもりなど無い。

 多少の強硬な手段を取ってでも、この技術は早期に実用化させなければならないと決心してしまっていた。彼は白樹紙にそれに足る価値を見出していたのである。

 

「秘密にしなければならないことは解りましたが、見返りとは具体的にはどういうものでしょう?」

 

 今度はマティアスが尋ねる。やはりこういった交渉事においては、法衣貴族であるエチェバルリア家は多少の心得があるようだ。オルター家やテルモネン家の聞きたかった事を臆さずに代弁してくれる。

 

「それについては各々の家庭とも交渉を行うつもりだが、現時点で決まっている事をお話しすると、まずエルネスティ君とエヴァには本人たちの希望により魔導演算機(マギウス・エンジン)の譲渡を行う事になっている」

 

「「「「「なんですって!?」」」」」

 

 これには当然の事ながら、保護者達が大きく動揺した。それが幻晶騎士(シルエット・ナイト)の重要な部品であることは誰もが知っている事だ。

 子供にそんな物を与えるなど、技術提供の見返りとして考えても、正気の沙汰とは思えない。彼らの顔にははっきりとそう書いてあった。

 その様にヨアキムも苦笑を浮かべながら、答える。

 

「なんでも将来的に“自分達の為の幻晶騎士”を創りたいのだそうだ。その為には必要な物だと。全く壮大な夢だよ。少々、現実味に欠ける気はするがね。

 しかし、今回二人が創り出したものは普通の子供が作れるような代物じゃない。それは確かだ」

 

 年齢が二桁にも届いてない子供が魔法の紙を発明したのだ。二人をこの世界の常識で図る事は不可能だとヨアキムは思った。

 

「もしその夢が叶わなかったとしても、その時は演算機は売却してしまえばいい。両家の子供達の学費や諸経費に当ててもらってもいいだろう」

 

 彼が保護者達への説得の為に口にしたこの台詞に、エヴァとエルは凄まじい剣幕で抗議して来た。 

 

「売らせませんよ!!絶対に!!」「先輩の為のOSは必ず創りあげて見せます!」

 

 半ば血走った眼でそう口走る二人を、侯爵は苦笑しながら『本気で言った事ではない』と宥めて、こう結んだ。

 

「とにかくこれは二人と交わした約束であり、私は破るつもりがない事だけは断言しておく。よいかな?」

 

「そこまで言われてしまっては、我々も無碍にはできませんな」

 

 まるで白旗を掲げるようにラウリも笑いながら同意した。他の保護者も反対意見はないようだ。

 

「さて先程の話はエチェバルリア家とオルター家への見返りについてだったが、テルモネン工房の方にももちろん報酬を考えている。

 しかし、それについて話す前に確認したいことがある。エヴァリーナから聞いた話だと、あなた方もこの製紙技術を確立する上で貢献をしてくれたそうだな?」

 

 何のことを言われているのか。工房長は解らなかったが、エヴァが魔導裁断機(マギウス・カッティングモータ)に組み込まれたレシプロ機関や変速機についての話だと耳打ちする。

 確かにあれに使われている部品を製作するのに手を貸したことは事実だった。

 

「で、ですが、あれを設計したのはエヴァ嬢ちゃんですぜ?俺達ゃ大したことは……」

 

「しかし、子供が精巧で複雑な機械を独力で作り出せるわけもない。あなた方の協力と指導があってのものだろう?

 そこで相談なのだが、あの加工機の製造をテルモネン工房に依頼することは可能だろうか?もちろん、報酬は十分な物を支払う用意がある」

 

 魔導裁断機もエヴァが発明したものだ。他所では手に入らない。

 侯爵領で仕組みを解析して複製してもらうと言う手もあるが、どうせなら製造に関わった彼の工房に依頼して調達してはどうだろうと、エルが提案したのだ。

 

 ヨアキムより提示されたあまりにも高い報酬に工房長は目を廻した。彼が経験してきた案件とは比べ物にならないぐらいの好条件だったからだ。

 そして工房長は脳のどこか冷静な部分で、これはおそらく口止め料も兼ねているものだろうと想像した。故に断ることは難しいと感じた。

 

[だがよぉ。これはチャンスでもあるぜ。ただ下町で幻晶騎士の部品造ってるだけじゃ、こんな美味い話転がってこねぇ。新しい技術を身に付けて、見識を広げるいい機会でもある。面白れぇ、やってやろうじゃねぇか!]

 

 彼の中に宿っている技術屋としての野心が、この話に前向きな姿勢を取らせる。

 

「くくく、年甲斐もなくワクワクしてきちまいましたよ」

 

 そう言って中々に凶暴な笑みを浮かべるボルトの姿に、もはやこの場に来た当初見せていたような委縮した様子はない。

 

「計画通りだな」「えぇ、工房長ならああ言ってくれると思ってましたよ」

 

 エヴァとエルは自分達の人格分析が正しかったのだと安堵した。彼なら引き受けてくれるだろうと。

 

 そしてエヴァは邸宅の庭にて、加工機の現物を使ってチップ化行程を実演することにした。改めてその機構をヨアキムと工房長に理解してもらうためだ。

 他の者も興味を持ったのか、ついて来るようだった。

 

「これが魔導裁断機です。これを回転させて木材をチップ化します」

 

 事前に幻晶騎士に踏み潰させたホワイトミストー材が、回転する刃に飲み込まれて切り刻まれる様を見たボルト。

 

「筐体や回転刃、動力系統はうちの工房でも造れそうだが、やっぱり歯車装置は外注する必要があるだろう……知り合いの職人に声を掛けて見るか」

 

 彼は職人としての経験と勘から素早くその本質を見抜いた。(事前にエヴァから原理を明かされていたこともあるが)

 騎操鍛冶師(ナイト・スミス)である彼にも出来る事と出来ない事がある。出来ない事はできる人間に任せなければならない。

 

「それであればこの際、商会を立ち上げてはどうかな?侯爵閣下との商いにはそれなりの格と組織が必要じゃろうて」

 

 ラウリがそう提案した。

 事はもうただ単に部品を製造して卸す個人工房の職域を超えている。これは立派な事業なのだ。

 であれば、それに相応しい組織の形と言う物がある。

 この学園街における実質的支配者である彼の賛意を得られるなら、この事業は優位に展開できる。ヨアキムもこれに賛成した。

 

「それはいいんですがね。俺らはドワーフです。ドワーフにとってモノづくりを行う“工房”ってのは特別な意味を持った言葉です。それを手放すのは少々寂しいんですよ」

 

 商会は商人が作るものと言うイメージがあったボルトは“商会”という名前を冠することに職人として思う所があるようだ。

 ならばとエヴァは別の名前を提案する。

 

「セラーティ領に卸す魔導裁断機はこれより大型化するはずです。なら重機械を造る事になるし、こんな名前はどうでしょう?」

 

 個人で物を作る工房(アトリエ)から、集団で機械を製造・販売する企業(カンパニー)へ。地球で会社を設立するには、一般的流れだろう。それを彷彿とさせる名前をエヴァは紡ぎだした。

 

「……いいじゃねぇか!気に入ったぜ、その名前。よし、それで行こう!」

 

 こうして、ライヒアラ騎操士学園にて加工機の製造販売を行う企業が設立されることになった。

 その名は“テルモネン重工(インダストリー)”。

 

 

 

 商談が終わった後、工房に帰宅したテルモネン家の3人はエヴァとエルに労われて、交渉の疲れを癒していた。 

 

「なんだか、凄まじく話が大きくなっちゃったね」

 

「あんた、商会立ち上げるなんて気安く引き受けてよかったの?」

 

「うちの工房だけであんな案件こなせるわけないだろ?それにせっかく学園長が提案してくれたんだ!幸い、伝手がある。受けない手はないと思ったんだ」

 

 起業など軽々しく決めるべきではないと考えたのか、ボルトに苦言を呈する妻バルブロ。息子のバトソンに至っては話が大きすぎて消化不良を起こしているようだ。

 

「「なんだかごめんなさい。工房長」」

 

 罪悪感を刺激されたのか、エヴァとエルも頭を下げる。

 

「嬢ちゃんも坊主も何も悪いことはしてねぇよ。むしろ、こんな美味しい仕事を持って来てくれて感謝するぜ!お前らの発明とそれを応援する親御さんのお陰で、うちの工房も大きくできるんだしな!」

 

 実際、起業において一番苦労する事案だろう資金繰りに、セラーティ侯爵だけではなくエチェバルリア家も力を貸してくれることになった。

 投資先として有望だと判断されたためでもあるだろう。かの家も法衣貴族だけあって結構な資産を貯め込んでいる。心強いスポンサーだ。

 それを考えたら、この話は間違いなく良物件だったのだ。

 

「あ、それなら工房長って呼び方はもう使えませんよね。じゃあ、今度から“社長”って呼ぶべきでしょうか?」

 

「そうだな。これからもよろしくお願いします。社長」

 

「なんだよそりゃ?まぁ、商会長って柄じゃねぇし、お前らが呼びたいように呼びな」

 

 エルの言いだした呼び方にエヴァも便乗しだす。ボルトも満更でもないようだ。

 

「しかし、侯爵に納品するのはあの加工機より大型の機材だって言ってたな?そんなもんどうやって稼働させるつもりだ?あまり大きいと人間やドワーフの魔力じゃ使えないだろ」

 

 エヴァの作った魔導裁断機は手押し車を使えば子供でも運べるほどの大きさだが、そんな小型機材でも稼働に必要な魔力は上級魔法クラスだ。それを大型化するとなれば更に膨大なエネルギーを要求するはずだ。

 そんな魔法を使い続けていれば、魔力を鍛えた普通の騎士でも1時間程度で倒れてしまうだろう。工業に使用するとなれば、それを何時間と連続稼働させなければならないのに。

 戦闘訓練を受けていない工員にそんな物を扱わせるには、どう考えても魔力が圧倒的に足りない。“人間が使うならば”だが。

 

「もちろん、幻晶騎士から魔力を貰って動かすんですよ」

 

「そうですよ。どの道、木材を踏み潰して柔らかくするのはあれにやって貰わなくちゃいけない工程なんですから、この際伐採からチップ化までは面倒見てもらいましょう」

 

 まるで当たり前のようにそう言って来るエヴァとエル。戦闘兵器である幻晶騎士にそんな作業をさせるなど聞いた事が無いと言うのに。

 

「……騎士にそんな木こりみたいな真似させるつもりなのかよ。いやまぁ、幻晶騎士は砦の建設工事に駆り出されることもあるし、そう考えるとあの加工機も攻撃にこそ使わねぇけど魔導兵装(シルエット・アームズ)の一種って事になるんだろうしな。そういう扱いになるのか」

 

 この様にエヴァやエルが常識外れな事を言うのは今更だと、ボルトも最近は慣れてきだしていた。

 

「兵装ではないので、魔導工具(シルエット・ツールズ)とでも言うべきでしょうかね。こういうのみなさんもっと作ればいいと思いますよ」

 

「裁断だけじゃなくて叩解作業や化学処理もそういう機材で処理出来たら便利なんでしょうけど、機構が難しいから今はまだ無理ですね。将来目標って所かな」

 

 そんな事をしたら世の職人の仕事の多くを奪ってしまうだろうが、おそらく二人はそこまでは考えていないのだろう。それについてツッコむのは疲れるので、ボルトは話を納品予定の裁断機に戻す。

 

「とにかく最初にあれを設計したのは嬢ちゃん、お前さんだ。開発には色々協力してもらうからな?」

 

「もちろんですよ。社長」「僕も紋章術式(エンブレム・グラフ)の編集には力をお貸しできるはずです。ぜひお手伝いさせてください」

 

「おぅ!二人とも頼りにしてるぜ」

 

 こうして、事実上の“社員”のような扱いでエヴァとエルの二人はテルモネン重工の技術開発に参入する事になった。

 

 

 

 

 

[くそ!あの妾腹の女め!]

 

 バルトサールは憤慨していた。

 その原因は今日セラーティ邸で行われた談話であった。同じ邸宅に宿泊していたバルトもあの話を内緒で聞いていたのだ。

 ヨアキムも部外者への情報漏洩には気を使っていたのだが、実の息子に対しては少々ガードが甘くなっていた感が否めない。

 

[何が白樹紙だ!何が魔導兵装だ!そんな物でお父様の関心を惹くとは、何て卑怯な連中なんだ!]

 

 新技術の開発と提供。子供でも解る大変な功績だ。

 その技術を対価にして、オルター家の連中は“追い出された”実家に帰って来ようとしている。バルトはそう連想したのだ。

 

 それだけなら、百歩譲って許せたかもしれない。しかし、事はそれだけでは済まなかった。

 

[あいつは無能な演算不能者(ノーペレーター)の筈だろうが!そんな障碍者に何故……何故、魔導演算機なんか!?]

 

 幻晶騎士の頭脳と言われているこの部品を提供して貰い、いずれは機体も創りあげるという。

 個人がそんな事をしようなんて、普通ならただの夢物語だと一笑に付されることだろう。

 しかし、バルトにはそれがエヴァが将来的に騎士になる事を、父に保障されているのだと受け取った。

 

 それが彼には許せなかった。

 

[アートス兄様やティファ姉様に届かないのは仕方がないにしても……私は障碍者以下の無能だというのか!?ふざけやがって!]

 

 誰もそんな事は言っていない。だが、肥大した劣等感は彼から自信を奪い、それを補うための歪んだプライドと被害妄想を増長させていた。

 

 兄弟姉妹と言う物は必ず比べられてしまうものだ。

 若くして父の傍で領地経営に携わる事を許された長男(アートス)。習い事やコミュニケーション能力に優れた長女(ステファニア)

 そんな優秀な兄姉に比べて、バルトの成績は平凡な物であった。

 だが、それはあくまで上述の2人に比べたらという話で、この世界の同年代の中では彼も頭は良い方だった。

 しかし、人々の評価とは相対的なものだ。比較対象となる兄姉の実力はどうしても彼の存在感を希薄にした。

 それだけでも劣等感を刺激されるというのに、妾の子供のエヴァも親族や教師からは文武両面において優秀な子だとされていた。ただ一つ、魔法演算能力を除いては。

 

 バルトはその事に一時期は安堵感を覚えていた。

 いくら優秀な人間であろうと演算不能者は騎操士(ナイト・ランナー)にはなれない。であるからして彼女の存在が己の将来的に目指している騎士への道の障害とはなり得ない。

 そう思っていた。だが、その前提が崩壊しようとしている。それも騎士の技量や努力とは全く関係の無い功績でだ。

 彼にはそれが許しがたい卑劣行為に見えたのだ。

 

[させないぞ!緋犀騎士団は将来、私が率いる騎士団なんだ!そこにあんなやつの席など用意させるものか!!]

 

 バルトの心に堆積していた負の感情がますます濃厚となっていく。

 そんな鬱屈した思いを胸に秘めたまま、彼は学園に入学することになった。

 

 そう。1年が終わり、季節は再び春になろうとしていたのだ。




そう言えば、原作者の天酒ノ瓢氏の真似をしてこの作品のオリジナル設定の備忘録とか書いてみようと思ってるんですが、こういうのって需要あるんでしょうか?

*今更ながら長男君の名前が本家の備忘録設定ではちゃんと決まっていたことに気付いたので、改定します。すいません


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17話 紡がれし騎士道

読者の皆さんあけましておめでとうございます。
気が付けば、年を跨いで1月になってしまいました。orz
去年の内に投稿したかったんですが、なかなか思うように筆が進まず申し訳ない><
こんな遅筆な拙作ですが、今年もどうかよろしくお願いします。


 新学期が訪れた。2年生に昇級したエヴァも在学生として、新入生を迎える立場になったのだ。

 

「新1年生のみんな、かわいいわね」

 

「そうだな。変声期前のショタのはしゃぎ声はやっぱりたまらん!」

 

「……うちのクラスの男子たちも大体似たような声じゃない?」

 

「バリエーションは多い方がいいじゃないか。いや~癒されるなぁ」

 

 隣で一緒に2年生の教室から新入生達の列を眺めるティファの問いかけに、エヴァは変態的な意見で答えた。

 

「あ、バルトもここに入ってきたのね」

 

「本当?あ、いたいた。お~い、バルトく~ん」

 

 自分に声を掛けてきた者を追って視線を動かしたバルトサールは、姉達の顔を見て表情を強張らせた。すぐに顔を背けて足早に入学式会場に向かっていく。

 

「あらら、どっか行っちゃった」

 

「……ごめんなさい。バルトったら、あなたに苦手意識を持ってるみたいで」

 

 あまりにも友好的なティファの態度を見ていてすっかり忘れてしまっていたが、エヴァはやっと思い出した。

 実家との確執を。以前会った時もバルトはエヴァを疎んでいた。

 

「あぁ。“妾腹の子”だからって事か」

 

「……それだけじゃないみたいだけどね」

 

 その時のティファのか細い呟きはエヴァには聞こえていなかった。

 

「そう言えばエヴァ。エル君が正式に入学してくるのは確か来年だったわよね?」

 

「そうだな。キッドやアディと同い年だから。多分、一緒に入学することになると思う」

 

 件の親友の学園施設への出禁はまだ解除されていない。

 

「今年来られないのは残念だけど、あの子達と一緒なら楽しみが2倍……ううん、3倍になる感じね。素敵!」

 

「あいつらの事、よっぽど気に入ったんだな。まぁ、気持ちはわかるけども」

 

 年少趣味の気のある姉妹は新学年に思いを馳せながら、他愛のない会話を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

[臆面もなく私に声を掛けてくるなんて、一体どういう心算だ?]

 

 エヴァの態度に全くと言っていい程の嫌悪の色が見られないことに、バルトは困惑していた。

 初対面の時から好意的な態度は取っていない以上、嫌われることはあっても好かれる事は無い筈と思っていたのだ。

 

[まぁ、いい。あいつの調査をするのには、そっちの方が不都合がない]

 

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 孫子がいないこの世界でも、似たような諺はある。敵の情報を知ることは兵法において大事という認識は、どんな世界でも変わらないのだろう。

 自身が“敵”だと認定したエヴァの情報を彼は欲していた。

 

「すいません、エヴァリーナという女生徒についてお話を伺いたいのですが……」

 

 その為にバルトは幾人かの2年生を捕まえて、エヴァに関する様々な情報を聞き出した。

 曰く、騎士学科所属で座学では素晴らしい成績を残している。剣術や槍術の実技でもなかなかの実力者であるとの事。

 しかし、何故か魔法実技の授業にだけは顔を出さず、その代わりに構文学科や錬金術学科に赴いているらしい。

 

「彼女騎士学科なのに、何考えてるんだろうね?」

 

 教えてくれた女生徒の1人はこう言って首を傾げていた。だが、バルトはエヴァの行動目的に思い当たる節があった。

 

[そうだ、例の紙だ!あれを造るためにそんな授業を受けていたんだ!]

 

 新技術を手土産に、不当な手段で演算不能者(ノーペレーター)には手に入らない筈の騎操士としての身分を手中にしようとしている。

 彼の中の妄想はこれを真実の如く鮮烈に脳内で描き出していた。冷静に考えたらツッコミどころ満載の絵図ではあったが。

 

[やはり、あいつは最初からそのつもりで……許せん!]

 

 だが、相手は自分よりも年上の2年生。対して、今の己は全くと言っていい程力の無い1年生。

 正面切って戦いを挑むのはあまりに無謀だ。

 

[ヤツの弱点、それは魔法だ!……だが、それだけじゃダメだ]

 

 当然だが、校内で魔法を暴行に使用することは禁じられている。

 攻撃魔法は十分加減すれば非致死的威力に落とすことができるが、まだ幼い子供達にそれは難しい。非殺傷魔法でも後遺症が残る場合も考えられる。学内で人間相手に使用するのはリスクが高すぎるのだ。

 それに正直、バルトも他人に誇れるほど魔法が得意と言うわけでもない。自身が使う攻撃手段としては下の下だ。

 

[他の攻撃手段が必要だ。知恵を巡らせろ。必ず突破口が見つかるはずだ!その為にも今は情報収集に努めるべきだ。待っていろ、お前は必ず……]

 

 

 

 

 

 

「社長。歯車装置(ギア・ボックス)の組み立ての方はどんな調子ですか?」

 

「あぁ、順調だぞ。新しく雇った職人達がうまくやってくれてる」

 

 テルモネン重工の工房施設にその日の授業が終わったエヴァが顔を出す。

 侯爵との契約以来、多くの追加人員を雇い入れて施設の拡充を行った工房は、以前のそれより大きなものになっていた。

 その中で忙しなく働く大人達に混ざって、テキパキと動き回る小さな影がある。エルだ。仕様書や設計図を書き上げ、それを示して職人達に説明をしている。

 多くの職人は子供がこんな所で働いている事に怪訝そうな表情を浮かべるが、彼らは社長のボルトの人脈でかき集めて来たドワーフが大半だ。魔法技術には疎い者が多い。

 紋章術式(エンブレム・グラフ)の設計ノウハウを持った人材が今はエルしかいないので、子供の言う事であっても無視出来ないのだ。それにエル自身の堂に入った説明は、聞いているものに説得力を感じさせるものであった。

 一通りの説明が終わったのか、エヴァの存在に気付いた彼が手を振ってきた。

 

「あ、先輩。来てくれたんですね。じゃあ、紋章彫り手伝ってくださいよ。僕では手が足りなくて!」

 

「ホイ来た!」

 

 彫刻刀を握りしめて、二人の子供がホワイト・ミストーに動作術式を刻んでいく。

 侯爵から機密指定が掛けられている為、白樹紙は使えない。それ故に開発中の機材への紋章術式の組み込みは、この木材の仕様が前提となっている。

 この術式を刻んだ筐体にレシプロ機構を組み込み、錬金術工房から購入した結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)を結わえ付けた動力機関を組み上げていく。

 

「さすが、腕利きの職人さん達が作った部品は品質がいいですね」

 

「あぁ、私が鋳造で作ったチャチい接合棒(コネクティング・ロッド)なんか比較にもならない耐久性だ。流石ドワーフ族の仕事だぜ」

 

「いや、エヴァ嬢ちゃんの鋳造技術だってなかなかのもんだぜ。うちのバトソンにも見習わせてぇくらいだ。自信持ちな」

 

「えへへ、そうですか?ありがとうございます」

 

 エヴァは鋳造技術に関しては呑み込みが早かった。それは彼女の前世での経験に一因がある。

 模型自作者(スクラッチ・ビルダー)が模型を自作する時、手作業では同じ形の部品を揃えることが難しいため、“原型”をシリコーン樹脂で型取り、ウレタン樹脂のような二液混合型プラスチックを流し込んで部品を複製する樹脂注型(レジン・キャスト)を行う場合が多い。

 もちろん金属と樹脂では物性が大きく違うが、同じく型を作って液体と化した材料を流し込む注型(キャスト)という要素を持つ技術であるためなのか、エヴァは勘所を掴むのが非常に早かった。

 注型に使用する原型や砂型の製作も概念を教えてから僅かな期間でモノにしてしまった。また、注型品の研磨作業も丁寧だったのでボルトは感心したものである。

 

 しかし試作品ならともかく、正規品筋肉の収縮による凄まじい負荷が掛かることが想定される内部機構は鍛造品を使う必要がある。

 溶かした金属を型に流し込む鋳造では、製品内部に鋳巣という空洞ができてしまう事があり、これは製品の耐久性を大きく損なう現象だ。それをハンマーでたたき潰し、より緻密で硬く粘り強い金属製品に仕上げるのが鍛冶師の業である。

 それには長年の経験と勘が必要であり、エヴァがまだまだだと感じている部分だ。そして、幻晶騎士(シルエット・ナイト)の製造はこの鍛造技術こそが肝要なのだ。

 

[やっぱり、巨大ロボのフレームを構成できるような部品には鍛造品を使うだろうし、将来的には私もできるようにならないとな]

 

 それらを学ぶためにこそ、エヴァはボルトへの弟子入りを決意したのだから。

 彼女は技術を見て盗む為に、ドワーフ達の作業工程を隙あらば観察しようとしていた。

 

 そんな作業が一通り終わったぐらいに、工房の前に一台の馬車が止まった。

 

「失礼致します。侯爵閣下の代理で参ったものです。テルモネン重工に約束の物を持参しました」

 

 大貴族の名前が出て来た事で多くの職人が動揺する中、社長のボルトは落ち着いて対応し、エルとエヴァは話に聞いていた物が到着したのだと喜びを湛える。

 

「わざわざお越しくださってありがとうごぜぇます。例の物は工房の裏に運んでくだせぇ……坊主、嬢ちゃん。二人供行ってきな」

 

「いいんですか?」

 

「あぁ。今日お前らにやって貰わなきゃいけねぇ分の仕事は終わった。待ちかねてたんだろ“アレ”を?」

 

「ありがとうございます!先輩、行きましょう」「おぅ!では、お言葉に甘えて、行ってきます」 

 

 子供達が工房の裏に駆けていくと、そこには人間大の金属製筐体……魔導演算機(マギウス・エンジン)が鎮座していた。

 

「へへへ、遂に手に入れたんだな。私達の専用機!……コンピューターだけだけど」

 

「正直言うと、動力源の魔力転換炉(エーテル・リアクター)も付けて欲しかったのですが、それは流石に欲張りすぎでしょうしね。だけど、2台も演算機をくださったのですから侯爵閣下も太っ腹ですよね」

 

 二人それぞれの専用にできるように、侯爵は二機分の演算機を用意してくれたのだった。

 

「この期待は裏切れないぞ。と言っても、私にはまだ何もできないんだけどさ」

 

「これからできるようにするんですよ。その為にも早速、解析(ハッキング)を行わなければ!」

 

 そう言うが早いか、エルが何時ぞやの様に筐体表面に手を触れて、その魔法的感覚を内蔵されたシステムへと没入させ始めた。

 

 

 

 エルの魔術演算領域(マギウス・サーキット)が魔導演算機内部に組み込まれた魔法術式の構成を知覚する。 

 

[やっぱりこのシステムは一枚岩(モノリシック)ですね。極限まで無駄が削ぎ落されている。美しさすら感じ程に]

 

 幻晶騎士の歴史は長い。その歴史の中でこの術理機構は多くの研鑽を受けてきたのだろう。あらゆる人間の操作に最適化できるようにと考え抜かれ、その結果この形になったのだと理解できる。

 それぐらいこの組込術理機構(エンベデット・システム)には無駄がなかった。

 しかし、それはこの世界の魔法使いとしての感覚であり、地球のプログラマーとしては別の感想がある。

 

[良くも悪くも、ファームウェアの域を出ない……機体(ハードウェア)と“本来のOS”とを繋ぐシステムでしかないというわけですか。演算不能者にとっては、不親切極まりない仕様でしょうね]

 

 これらは魔術演算領域の存在を大前提としている。それが真のOSとして機能補完を行ってくれることを当てにしているからこそ、この形に纏まっている物なのだとエルは看破した。

 

[だから、先輩が操作するためにはいくつもの機能を追加しなければなりません。まずは“カーネル”をもっと作り込みましょう]

 

 システムの中核的役割を担う術理機構の階層(カーネル)に多くの術式が追記され、複雑さを増していく。

 地球のOSがそうであったように、ユーザーが直接認識しない空間であるバック・グラウンドにて、様々な処理を自動で実行するための機能が追加されていく。

 それは感覚や本能と言ったブラックボックスに頼ったこの世界の魔法制御の常識から、大きく離れた要素を内包したものだった。

 

 すなわち、自動制御系(オートメーション)だ。本来なら、自動機械(ロボット)を創る上でもっとも基本的な働きをする筈の概念である。

 

[なるほど、やはりこの世界の魔法哲学の中心は“感覚”なんですね。これから切り離された制御系を構築するノウハウが少ない。だから、人の感覚を投影できるメカニズムしか制御できない]

 

 それが幻晶騎士が人型になっている……いや、人型に“しか”なれなかった理由なのだとエルは推測した。

 

 そんな彼の手によって今、組込術理機構(エンベデット・システム)基幹制御機構(オペレーティング・システム)へと進化しようとしている。

 

[さぁ、カーネルの基本は構築出来ました。あとはシェルやデーモンを追加して……あれ?]

 

 視界が霞んだ様な感覚を覚えた。“ここ”は視覚で見ている世界では無いというのに。

 急に纏まらなくなった思考の片隅で、エルはやっと霞んでいるのが自分の意識の方である事を認識した。

 

[し、しまった。この症状は、魔力切れ……]

 

 しばらく味わっていなかった感覚に翻弄されながら、彼の意識はシステム毎シャットダウンされた。

 

 

 

「おい、エル!?しっかりしろ!どうしたんだ、いきなり!?」

 

 魔導演算機に縋りつくようにして倒れ込んだエルをエヴァは介抱した。

 しばらく工房のベッドを借りて寝かせていたのだが、10分程度で意識を取り戻し自分の状態を把握すると、彼は悔しそうに表情を歪ませた。

 

「迂闊でした。魔力の残量に意識が向いていませんでした。演算機に魔力を吸われすぎてしまったようです」

 

 本来、魔導演算機は魔力転換炉からのエネルギー供給によって動く機関だ。それが要求する魔力は大きい。

 エルはついつい熱中して、己の限界を超えた魔力を演算機に捧げてしまったようだ。

 彼も魔力の量には自信があったが、それでも本来10m級の人型兵器を稼働させるための大型コンピューターの稼働を長時間維持し続けることができる程では無かったようだ

 

「よかった。いきなり倒れたから、何事かと心配したぞ」

 

「心配させてごめんなさい。しかし、困りましたね。こんなに魔力を持っていかれるんじゃ、OSを完成させるまでに何度倒れることになるやら……」

 

 エルは無意識の内に演算機を地球のパソコンの感覚で考えてしまっていた事を自覚した。あれは本来、個人が家電感覚で好き放題遊び倒せる代物では無いのだ。

 

「こんな事なら、やっぱり無理を言ってでも魔力転換炉も譲って貰えばよかったですね。……今更言っても仕方ないでしょうが」

 

 あくまで“魔導演算機を譲る”という約束だったのだから、報酬の御代わりなど許されるはずもない。

 エルが打開策を考えて唸っていると、エヴァがとある提案をしてきた。

 

「なぁ。私が魔力を供給して動かす事ってできないのかな?」

 

 エルもすっかり失念していた。エヴァは戦術級魔法(オーバード・スペル)すら支えられる絶大な魔力の持ち主だ。

 魔導演算機の要求魔力も大きいが、さすがにこれを超える程ではない。実に良い提案だと思った。

 

「そうですね。先輩が『魔力転換炉』になってくれるというなら、きっとあのシステムだって支えられますよ」

 

「いや、人を生体ユニットみたいに言わんでくれるか?」「あ、ごめんなさい」

 

 厳しい表情でそうツッコむエヴァだったが、すぐにその顔も綻ぶ。

 

「でも、よかった。システムの構築に私は何の貢献もできないと思ってたから、お前に頼りきりになっていたからな。これで私にもできる事が増えた」

 

 二人はエルの回復を待ってから、再び魔導演算機に向き直る。

 エヴァが魔力を供給し、エルがシステムの構築と設定を行う。それは理想的共生関係と言えるものであった。

 

  

 

 あれから数週間が経過した。

 OSの雛型になる部分が完成し、いよいよその稼働実験を試みる段階に来ていた。

 工房の片隅で子供達が魔導演算機に銀線神経(シルバー・ナーヴ)を配線し、様々な機材を取り付けていく。

 その中には、ビデオモニターを彷彿とさせる機械もあった。

 

「社長、すいません。無理を言って幻像投影機(ホロモニター)まで借りちゃって」

 

「まぁ、仕方ないさ。それより本当に眼球水晶は必要ないのか?あれ無しじゃ何の役にも立たない機材だろうに」

 

「いいんですよ。これは外界の情報を映し出す為の物ではないのですから」

 

 社長のボルトを初め、この日集まった見物人達は本来、操縦席内部に視覚的情報を提供する筈の機材である幻像投影機を、他の何に使うのか想像できない様子で首を傾げながら、子供たちの作業を見守っていた。

 

「準備出来ましたよ。やっちゃってください、先輩!」

 

「あぁ、じゃあ行くぜ!」

 

 幻晶騎士の操縦席を模して、簡易的に配置された座椅子に跨ったエヴァ。

 その座椅子に組み込まれた経路(パス)を辿って注ぎ込まれた魔力は魔導演算機を起動させ、その中のシステムを眠りから覚ます。

 OSが立ち上がり、機能し始めたことで幻像投影機に光が灯った。それを見た衆人達がどよめく。

 

「な、なんだ?」「なんか変な文字や図形が浮かび上がってきたぞ」「何が映し出されているんだ?」「これって、もしかして魔法術式?」

 

 これはエルが“シェル”と呼んでいた機能の一形態。OS内部で行われている情報処理の結果を出力し、ユーザーへと伝えるモノ。

 この世界の魔法使いが脳内でのみ処理していた情報を視覚として表示するための機能だ。

 

 それらの表示はやがて一つの大きな文字列へと収束して行く。でかでかと拡大され強調されたその文字列は、このシステムの名前らしかった。

 

「K-sido?」「キシドーって読むんです。それ」

 

 エヴァの疑問の声に、エルが横から注釈を加えた。

 彼女のこれから歩む騎士道を支える。その為のOS、だからK-sido(キシドー)らしい。

 

「なかなか洒落た名前つけてくれるじゃん……ようやく完成したんだな、私でも使えるOSが」

 

「まだまだ雛型ですよ。ロボットを制御できる段階にはありません。だから、これから作って行くんです。みんなでね」

 

 とは言え、一先ずの達成感を味わう二人。多くの者たちにとって、このOSが如何なる意味を持っている物かは解らないだろう。

 

 だが、それはやがて幻晶騎士のみならずこの世界の人類史にすら影響を与える大きな潮流を生み出すものとなるのであった。



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18話 作って遊ぼう!~ホビーロボット・筐体編~

大分遅くなりましたが、過去の誤字報告をしてくださったdanangさん。まことにありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。


「さて、OSができた事だしそろそろ機体の方にも手を付けて行くべきだと思うんだ」

 

 K-sido(キシドー)というOSが構築できたことで、大はしゃぎし始めたエヴァがこう宣う。

 しかし、エルはこれに真っ向から正論をぶつけて来た。

 

「いや、前にも言いましたけど、あくまでこれは雛型なんですってば!実際に幻晶騎士(シルエット・ナイト)を動かせる物にするには、まだ色々な前提条件が整っていません。いくら何でも、実機製作を始めるには時期尚早と言う物でしょう」

 

「そりゃそうだけど、この先OSが完成したとしても機体(ハードウェア)が無ければ、それが本当に“ロボットのOS”として使えるものなのか確かめようがないだろ?」

 

「う……それはそうですが」

 

 エヴァも何も考えなしでこんな事を言い出した訳では無い様だ。

 ソフトが無ければ、コンピューターなんてただの箱。高度情報化社会の進んだ地球では子供でも知っている常識だ。

 だが同時にソフトウェアも、それを実行するハードウェアが無ければただの“情報(データ)”でしかない。 

 実際に機能するかどうかは、機体が動く様を見て確認する必要があるのだ。

 

「既存の機体にインストールして確認させて貰うのは……無理ですね。絶対、許可なんて下りるわけありませんもの」「だろ?」

 

 もしそれが許可される程、魔導演算機という機材が気安い物であれば、エルは学園を出禁になんてされてない。

 動作確認の為の機体もやはり自分達で用意する必要があるという事だ。幸いにして、ヨアキムも魔導演算機と一緒に研究資金としてある程度はお金を用意してくれている。

 

「しかし、建造の為のお金や資材だって必要になります。侯爵から提供して貰った資金だって有限なんですし、まだ子供の僕達だけで実機製作なんてやっぱり無理ですよ。やるなら……」

 

「と言うか、誰が実機を製作するなんて言ったんだよ?」「え?」

 

「幻晶騎士の建造なんて、今の私らじゃ無理だなんて事は解ってるよ。作るのは模型だよ、模型!」

 

 10m級の機動兵器の建造をいきなり行うなど無謀すぎる。では縮小された模型ならばどうだろう?

 エヴァは小スケールの可動モデルを作ろうと考えたのだ。それもOSの管制を受けた結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)で駆動する物を。

 

「なるほど、銀線神経(シルバー・ナーヴ)で術式を伝達すれば、有線による遠隔操縦(リモート・コントロール)ぐらいできそうですものね」

 

「私もソフト開発には詳しくないけどさ。そういう小型のリモコンロボットでも、実際に作って動かしていればいい経験になるし、システムの仕様を考える上でも有益なんじゃないかな?」

 

 これに関してはエルも大いに頷ける意見だった。例え模型でも実際に動く機体を作って反応を確認することは重要な意味を持つ筈だ。

 相棒の了承が得られたところで、予め用意しておいた数々の資料を机の上にうず高く積み上げてエヴァは宣言した。

 

「では、リモコンロボット君の設計や仕様を考えていこう!」

 

 だが、この宣言は同時に二人の舌戦の開幕を意味していた。

 どういう機体を作るかという事で、二人の意見は真っ二つに分かれたからだ。

 

「二足歩行機作りましょう!二足歩行機!やっぱり、人型こそロボットの基本にしてスタンダードですよ!」

 

「いいや、いきなり人型なんて無謀だ!多足機を作るべきだ!できれば、6足以上の歩行肢を備えたやつをな!」

 

 二脚型と多脚型。とあるロボットアクションゲームのプレイヤーであれば、この2択には大いに想い入れがあるであろう。

 ロボットアニメでは圧倒的人気を誇る人型二足歩行機。それに対し、少数派ではあるが一部に熱狂的支持者を持つ多足歩行機。

 ポピュラーで無難なデザインとしては人型の二足歩行の方がいいという意見が多くあるだろうが、実際にこれを製作するとなれば、多くの物理的関門が立ちはだかる。

 

「二足歩行は安定性が低いんだよ!重心位置が高くなれば、倒れやすくなるんだ!転倒するリスクなんて低い方がいいじゃないか!」

 

「二足でも重心をきちんとコントロールすれば、バランスの取れた歩行ができます。機動兵器にとって、重要なのは“動的安定性”です!

 それに多足歩行だって、制御するアルゴリズムが複雑化するってデメリットがあります。システムの仕様が定まってない段階で、無駄に複雑な構成にするのはお勧めできません」

 

「その為にリンク機構があるんじゃないか!あれがあれば、単純な制御で複雑な動きを取らせることができるはずだ。去年拵えたゾイ〇もどきの出来はお前も見ただろ?」

 

「あれは回転運動を基にしているからでしょう?結晶筋肉を制御すれば、もっと巧緻性の高い動きができるはずです。大体、あの模型はちょっとした段差を乗り越えることもできないオモチャだったじゃないですか!?」

 

 お互いに理論武装された主張をぶつけているが、その中に詰まっている本音はもちろん『己の趣味を押し通す事』である。

 ヒト型こそ究極!というエルと、多脚こそロマン!というエヴァ。

 この二人の主張はしばらくの間平行線を辿ったが、まず前提条件を確認するべきだという事で双方一度矛を収めることにした。

 

「幻晶騎士ではどうやって二足歩行をしているのか。まず、それを確認するべきだな。改めて教えてくれ。エル」

 

「一言で言うと、魔術演算領域(マギウス・サーキット)からの様々な帰還制御(フィードバック)によって成立していると表現していいでしょうね。魔導演算機はこれを円滑化するためのシステムとして機能していました」

 

 あくまで魔術演算領域在りきのシステム構成であり、当然これは演算不能者(ノーペレーター)であるエヴァには使えない。

 だが、素人ながら“帰還制御”について少々知識があったエヴァは、気になったことを尋ねる。

 

「たしかフィードバックって、感覚器(センサー)から送られてくる刺激が重要な働きをしたはずだよな?幻晶騎士はその辺はどうなってるんだ?」

 

「まず視覚ですが、これは眼球水晶がカメラアイとして幻像投影機(ホロモニター)に映像を投影することで、操縦者に外界の光景を見せています。また、これはあくまで可視光を捉える光学カメラであり、紫外線や赤外線を見る機能は無いようですね」

 

「暗視カメラや熱感知機能(サーモ・グラフィー)みたいな使い方はできないんだな。聴覚や嗅覚は歩行には関係ないから対応したセンサーなんて積んでないだろうけど、平衡維持で一番大事な“重力”や“慣性”はどう捉えているんだ?」

 

「魔導演算機内部にジャイロ機構が組み込まれているようですが……これは取り出せないですよね?」

 

 これには二人とも揃って渋い顔をする。いくらなんでもせっかく手に入った貴重な魔導演算機を早々に分解するのは問題がありすぎる。

 せめて内部構造や作動原理を理解してから出ないと、危なくて手が出せない。

 そして、エヴァもエルもジャイロセンサーやジンバルの具体的なつくり方は知らないので、自分で作ることも現時点では難しいだろう。

 

「それともう一つの感覚器官として、結晶筋肉を活用しているようですしね」

 

「え!?結晶筋肉ってただの駆動装置(アクチュエーター)じゃ無かったの!?」

 

 人間の生体筋にも腱の部分にゴルジ器官と言う物があるが、結晶筋肉にもそれと同様に伸長や負荷を感じる機能がある。

 これらの感覚情報から逆算することで、魔導演算機は騎操士に機体の関節角度といった“体性感覚”を提供しているようだ。

 

人工筋肉(ソフト・アクチュエーター)畜魔力媒体(キャパシタ)に加え、抵抗観測器(ポテンション・メーター)の機能も持ってる事になるから、実質的に生体筋のほとんどの機能を補完できるんですね。この細い繊維で」

 

「改めて聞くと、やっぱりとんでもない大発明だな。結晶筋肉……私、これ最初に創った人尊敬するよ。マジで」

 

 だが、やはりこれらの仕組みをそのまま利用するやり方では、リモコン模型を安定して歩かせるに能わないという見解を二人が共通して持つに至った。

 

「……やっぱり、現時点では人型二足歩行なんて流石にハードルが高すぎないか?」

 

「……悔しいですが、その様ですね。安定した平衡維持を行うには足りてない物が多すぎる気がします」

 

 人型兵器大好きっ子のエルにも、流石にこれを今すぐにどうにかできるとは思えなかったようだ。

 

 開発する機体は多足歩行を取るという方針がこうして定まったわけなのだが、それからも二人の論争は続く。

 

「4足!4足にしましょう!これならそこまで制御情報が複雑にはなりません。容量的にも演算機には易しいです!」

 

「いいや、6足にしよう!昆虫やトビムシのような六脚類の地形踏破能力や環境適応性を見ても、6本脚が理想的だ!蜘蛛形類みたいな8本脚も捨てがたいがな!」

 

 今度は四足動物(ケモノ)を象るか、節足動物(ムシ)を模るかで言い合いが始まった。

 

 

 

「も~!エル君ったら、またお姉ちゃんとばっかり遊んでぇ!」

 

「なんか、前にも増してバトソン()に入り浸りだよな。二人とも」

 

 オルター邸の中で、兄妹が面白くなさそうな顔で今日もぼやく。

 最近、姉と幼馴染の二人はテルモネン重工の工房施設に通い詰めており、エヴァは放課後から、エルは朝っぱら夕方まで開発と研究に勤しむ毎日である。

 おかげで双子達は置いてけぼりだ。面白い訳が無い。特に、エルにご執心のアディの不満は頂点に達していた。

 

「捕まえようとしても、身体強化(フィジカル・ブースト)大気圧縮推進(エアロ・スラスト)で跳んで行っちゃうんだもんね。エル君」

 

 同じ魔法は双子も使えるが、未だ師匠に当たるエル程の練度ではない。

 機動力でも運動性でも追随できずに、逃げられてしまう。

 

「いっそ、俺達も行ってみるか?バトソン家に」「えぇ?行ってもつまん無くない?鉄とか溶かしてて危ないって言われたし」

 

「俺達だけで遊んでてもつまんないだろ?」「……それもそうだね」

 

 こうしてキッドとアディはテルモネン重工に足を運んだのだが、そこでは姉と親友が舌戦の真っ只中であった。

 

「姉ちゃん達、何してるんだよ!?」「喧嘩は駄目だって、母様にもおば様にも言われたでしょ?」

 

 仲裁に入った双子の声に、再び冷静になったエヴァとエル。

 

 そして、クールダウンしたエヴァからとある提案が出された。

 

「えぇ~い、こうなったら全部作って比較してみよう!それなら文句ねぇだろう!?」

 

「ですね。実際に作ればそれぞれのモーションの検討ができて、より有益です」

 

「「二人とも切り替え早いね!?」」

 

 こうして、リモコンロボット製作は様々な歩行形態をとった機種が作られる運びとなった。相変わらず、双子達は置いてけぼりになってしまっているが。

   

 まず、木材を使って胴体を模した簡単なフレームを作る。それに金属製の関節ユニットや骨格を繋げていき、肢の関節を構成する。

 並行リンク機構を組み込んだ関節は、自由度を制限しつつも安定した運動を支持し肢体を補強する。地球のロボットでもよく利用された形態だった。

 

「そう言えば、こういうリンク機構って幻晶騎士にはあんまり使われてないみたいですね。社長に珍しいなって言われてましたもの」

 

「やっぱり生物の体を模してるから、カラクリ然とした機構とは分けて考えられてるのかもしれないな。前に調べてみたけど、砦の扉を開閉する仕掛けとかには多用されているみたいだし、建築学ではよく研究されてる分野みたいだぜ?」

 

 そんな雑談も混ぜながら、エルとエヴァは人間や動物の筋肉の走行を参考にしたフレームの固定器具(ブラケット)に結晶筋肉を取り付けて、最後に銀線神経を配線していき、ロボットの筐体を組み上げていった。

 これを4体ほど、それぞれの機体の仕様や制御方法に合わせてアレンジしながら作って行き、人型二足歩行機(バイペッド)獣型四足歩行機(クアドラペッド)昆虫型六足歩行機(ヘキサペッド)蜘蛛型八足歩行機(オクトペッド)が完成した。

 

 さらっとやっていることだが、小型模型とは言えこれだけの機体群を短期間で仕上げてしまった二人の技術力たるや、恐るべきものがある。

 ちなみに以前、歩行する模型を作った時に双子達に気持ち悪がられたのを気にしてか、丸っこくて可愛らしい感じに造形されていた。

 また、人型機体も作られた理由は単に『比較検討用データは多い方がいい』という、エルの意見にゴリ押しされた結果である。つまり彼のわがままだ。

 

「さて、作ったはいいけれどこれどうやって動かそうか?」

 

「まずは簡単なパターン歩行をさせてみましょう。それから、フィードバック制御を噛ませた巧緻性の高い歩行も試してみます」

 

 魔導演算機に銀線神経で作ったケーブルを繋いでいき、演算機内部で作成したアルゴリズムに基づいた自動歩行運動をさせてみることにした。

 

 そして大方の予想通り、バイペッドはとにかく転倒しやすい機体だった。パターン歩行では受け身を取ることも難しく、フィードバック制御を噛ませてもあまりに頻繁に転げる物だから、最終的に頭部を模した部品がもげてしまったぐらいだ。

 

「うぅ~!駄目元でやってみたとは言え、悔しいです!やはり、ZMPを捉えるにはまだ必要な技術が足りてないんですね」

 

「「何それ?」」

 

「なんか聞いたことあるな、それ……あぁ、キ〇・ヤマトが早口で捲し立ててたアレ!?」

 

「……合ってるけど、よく覚えてましたね。先輩」

 

 ゼロモーメント・ポイント(ZMP)は地球のロボット工学において、安定した二足歩行を行う為に必要だと考えられていた評価軸(パラメータ)だ。

 機体にかかる重力や慣性・反床力などから、重心位置をリアルタイムに計測するためのものだ。

 

「僕達人間は意識的であれ、無意識的であれ、なんとなく自分の身体の重心位置を把握してますけど、この模型にそれを行わせるには魔導演算機の中で計算させないといけないんですよ」

 

「「ふぅ~ん」」

 

 それができれば、人型機体の緻密な歩行モーションを製作できるようになるのだが……前述したように、それを確実に行うには重力や慣性を観測するセンサーが必要だ。

 実質的に結晶筋肉以外のセンサーを持たないリモコンロボットには、算定するための要素がまだ不足している。

 

「まぁ、それは作る前からある程度は解っていた事じゃないか。またいずれ対策しよう?次は四足歩行機だな」

 

 続いて、獣を模したクアドラペッドの歩行実験が開始される。

 こちらは平坦な場所ではかなり安定して歩行ができた。フィードバックを噛ませるとさらに安定する。

 しかし、段差のある地形ではパターン歩行だけでは乗り越えるのが難しいようだ。うまく制御しないと躓いたり、ひっくり返ったりする。

 

 ヘキサペッドは前者2タイプ以上に安定性が高く、ほとんど転倒しなかった。段差も比較的余裕を持って乗り越えられる。

 

 オクトペッドも同様に、平坦部も段差もスピーディーかつ余裕に走破している。

 

「ほら!言った通り、肢が6本以上あれば、圧倒的に安定性が高いだろう?やはり、昆虫や蜘蛛は偉大なんだよ!」

 

 六本以上の歩脚を使った運動は“静的安定性”が高い。立脚(*地面に接して体を支えている方の脚。浮かせている方を遊脚と言う)が作り出す支持多角形の内側から重心がずれにくいのでバランスが取り易く、より安定した歩行ができるのだ。

 これは『遷移した重心を如何にコントロールするか』という人型ロボットで重要な“動的安定性”と対をなす概念と言えるだろう。

 

「けど、こいつらなんだか去年姉ちゃんが作った不気味な玩具みたいだな。肢が何本もあって気持ち悪いし」

 

「でも、この四本足の子はちょっとかわいいかも?倒れる時もなんだかドジっぽくって守ってあげたくなっちゃった……そっちの二体は私も気持ち悪いと思うけど」

 

 弟妹の子供ながらの素直な感想が心に刺さるエヴァ。

 

「うぐぐ、なんだよぉ。なんでお前ら昆虫や蜘蛛をこんなにディスって来るんだ?蜘蛛はともかく、昆虫って言ったら普通子供には人気の定番モチーフじゃないか!?」

 

「いや、子供なんてみんなそんなモノでしょう?アディにはクアドラペッドは気に入って貰えたからいいじゃないですか。

 それはさておき、やはり肢が多い分制御アルゴリズムは複雑になりますよ。模型レベルだから、まだこんな単純な術式構成でどうにかなってますが、機体を大型化させていったらそれだけ制御術式が演算機の容量を圧迫することになると思うんです」

 

「い、今からそんな事考えてもしょうがないじゃないか……大事なのは安定性だよ」

 

 4機の性能を比較していくと、それぞれの長所と短所が見えて来た。……現時点ではバイペッドに関しては短所の方が多い気がするが。

 概ね肢の数が増える程安定性は増して歩行速度も速くなるが、代わりに制御するための術式が複雑になり、駆動させるための魔力も多くなるという見解であった。

 

「バイペッド……必ず僕が改良して、ちゃんと歩けるようにしてあげますからね!

 さて、それを踏まえてもやはり僕としてはクアドラペッドを発展させる事を薦めます。やはり、制御術式は単純な方が好ましいですから。

 それに登坂性や安定性もいずれ平衡感覚器(ジャイロ・センサー)を開発して組み込めば、どうとでもなるはずです!だから……」

 

 エルは前世でシビアな容量問題と戦ってきたプログラマーだけあって、シンプルかつ余裕を持ったシステム設計をしたいと考えていた。

 それを考えたら、彼が四足型を選ぶのは理に適っているのだが……。

 

「いや、エル。おまえは重要な点を見落としてるぞ」「な、なんですって!?」

 

 目を皿のようにして、機体のモーションを観察していたと自負していたエルだったが、エヴァには違った視点があったようだ。

 

「それは体幹の揺れさ。クアドラペッドは平坦部でも歩いてる途中でめちゃくちゃ体幹が揺れてた。でも、ヘキサペッドとオクトペッドはそれほど揺れてなかっただろ?」「あ……」

 

 このリモコンロボット達は比較的単純なつくりをしているため、体幹は歩行脚同士を繋げる基盤でしかない。

 だが、もしこれを大型化して有人機にするとなると、そこには魔導演算機や魔力転換炉、そしてなにより操縦席が組み込まれることになる。

 

「多分、操縦席はめちゃくちゃ揺れることになるぞ。馬車や自動車の比じゃないくらいにな」

 

「……制御を工夫すれば、どうにか……それに制震機構を噛ませて緩和する事だって……」

 

「だとしても、元の揺れ幅は小さい方がいい。そっちの方が快適に乗りこなせる筈だ。違うか?」

 

 ドヤ顔で指摘するエヴァに、焦燥感を募らせたような顔のエル。二人の舌戦にようやくピリオドが打たれようとしているようだ。

 

「…………ハァァァァァァァ。解りました。とりあえず、ヘキサペッドを発展させる方向で開発を進めましょう」

 

「すごい溜息だな。そんなに嫌か、虫型?」

 

「虫型が嫌なんじゃなくて、四足型の方が好きなんですよ。アーマー〇・コアとかに対してリスペクトできますし」

 

「あぁ、やっぱ本音はそういう理由なのね」[まぁ、私も昆虫型ゾイ〇とかへのリスペクトの気持ちはでかいし、他人の事は言えないか]

 

 結局、二人とも己の私欲(エゴ)が入りまくりなのは変わらないのであった。

 

 

 

「ねぇ。クアちゃんをもっと可愛くできないかな?」

 

 アディはクアドラペッドをすっかり気に入ってしまったようだ。あだ名まで付けて、ぬいぐるみの様にかわいく装飾(デコレート)しようと提案してくる。

 それを聞いて、気を良くしたエヴァが告げる。

 

「わかった。今度、ちょうど良さそうなぬいぐるみを買ってきて被せてやろう。そしたら、こいつはお前にやるよ」

 

「本当?ありがとう!そしたら、私もあの子をさっきみたいに歩かせてあげられるかな?」

 

 原理を理解していない子供らしい感想に、エヴァは苦笑しながら答えた。

 

「流石に魔導演算機を介さないと動かせないと思うよ。それにOSもまだ完成してないんだ。今はまだ無理じゃないかな?」

 

「いや、そうでもないかもしれませんよ」

 

 OS開発者のエルからそんな言葉が出てきたので、エヴァも驚いてしまった。

 

「え?いや、専用リモコンとかがあるわけでもないのに、どうやって?OSは六脚用に調節するんだよな?」

 

「いえ、僕達には魔術演算領域があります。この“思考制御OS”の力を使えば、可能性はあると思うんです」

 

 そう言うや否や、エルがバイペッドの銀線神経を掴むと、右手に持った愛用の銃杖(ガンライク・ロッド)“ウィンチェスター”にそれを巻き付け、目を閉じて何やら瞑想のような事をし始めた。

 

「よし“同期”用の術式を組みました。やってみます!」

 

 すると、彼の左腕の動きに併せてバイペッドの左腕も連動して可動し始めた。

  

「「す、すごい!」」「な!?演算機も使わず!?」

 

「所謂バイラテラル制御ってやつですよ。身体強化に動作術式を噛ませて、僕の左腕を(マスター)、バイペッドの腕を(スレイヴ)に設定して動かしてみたんですが、うまく行きましたね」

 

 魔導演算機内部に元から入れられていた組み込み術理機構(エンベデッド・システム)は、身体強化魔法を基盤(ベース)としたものであった。

 つまり、これの術式を応用すれば自身の脳内でも似たような処理が可能なのではないかとエルは考えたのだ。

 この成功に勢いづいたエルは、自分の全身運動に同期させて機体と共に立ち上がり、そのまま歩こうとしたのだが……バイペッドは立ち上がりに失敗して、再び床に倒れ伏す。

 

「……やっぱり、僕の体とは重さも大きさも違うし、ジャイロの無いこの機体ではZMPまでは同期できないんですね」

 

 体幹の構造もエルの体とは大きく違う。バイペッドは人体には存在する体幹筋(コア・マッスル)も脊椎も存在しないのだから。人間ほど器用に重心を制御できないのだ。

 

「理屈はなんとなくわかったけどさ。クアドラペッドは四足歩行だし、そのやり方は使えないんじゃないか?」

 

「いや、やってみなければ解りませんよ。やるだけやってみましょう」

 

 そう言って、エルはクアドラペッドに対して先程と同様のバイラテラル制御による操作を行ってみた。

 だが、やはり人間は四つん這いになったからと言って四足の哺乳類のような歩行などできない。彼自身も模型も、膝を床にこすり付けてのすり足歩行になる。

 

「むぅ。やはり、そのままでは四足歩行用に使うのも難しいようですね。術式を改良してアーム・スレ〇ヴのバイラテラル角のような角度比調整を行うか、それともやはり脳内でパターン歩行用術式を組み上げるかして対策を……」

 

「ほ~ら、言った通りじゃないか。そんな事より六脚歩行用OSの完成度を……」

 

 そこまで言いかけたところで、エヴァは今のエルの姿勢について“ある事”に気付いてしまった。

 

[これは……女豹のポーズ!!??]

 

 大人のセクシーな女性がやるなら煽情的に感じるポーズなのだろうが、小さく幼いエルが行うとまた違った印象になる。

 

[[[か、可愛い]]] 

 

 稀しくも、この時オルター姉兄妹は揃って同じ感想を抱いていた。血は争えないという事なのだろう。

 当然だがエル本人は、今の自身の姿勢が幼馴染と親友の心にそのような珍妙なトキメキを齎している事など知る由もない。

 

[そうだ!こんなこともあろうかと、作っておいたあのアイテムを装備させれば!]

 

 エヴァはそのヒラメキを胸に、大急ぎで自宅の箪笥に保管しておいた“とある装飾品”を取ってきた。そして、エルの背後に忍び寄ってその頭に被せる。

 それは所謂、猫耳カチューシャというやつだった。

 

「やだ、エル君すごくかわいい!」

 

 アディが思わず零した感想と、いきなり頭部にそんな物を取り付けられた違和感に、実験に集中していたエルも抗議の声を上げる。

 

「なんですか、これ!?やめてくださいよ、先輩!」

 

「予想はしてたけど、恐ろしく似合うな。よし!今度からお前はこのカチューシャを常時着用して……」

 

「絶対にしません!」

 

 こうしてまたしてもじゃれ合いのような喧嘩を始めてしまった二人の姿を、双子達は仲裁に入ることも無く見つめ続けていた。

 ……プリプリ怒っている猫耳エルの姿に見惚れている事は、誰の目にも明らかであった。




*やはり設定を変えることにしました。
幾ら何でも幻晶騎士にはジャイロが無いという設定は無理がありすぎだったかなと考え直したので、この話では“魔導演算機に組み込まれていて取り外せない”という事にします。お騒がせしました~


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19話 作って遊ぼう!~ホビーロボット・バトル編~

大変お待たせしました。5~6月は作りたいプラモのキット発売日が連続した上に、エヴァの影響かトチ狂って、スクラッチビルドへの挑戦なんてやりはじめてしまってかなり時間が空いてしまいました。申し訳ない。


「「あんよがじょ~ず!あんよがじょ~ず!」」

 

「そう、そう。二人ともその調子だぞ!頑張れ~!」

 

 子供達の囃し立てる声に合わせるかのように、二体の人形がテルモネン重工を練り歩く。

 一体は二本、もう一体は四本の足を床に擦れる様に振り動かし、不格好ながら確かに前身していた。

 

「へぇ、器用なもんだな。魔法で動く人形か。幻晶騎士(シルエット・ナイト)をうんと小さくしたようなもんか?もう片方はなんだか獣みたいな形してるが、どう動かしてるんだ?」

 

「……身体強化魔法(フィジカル・ブースト)のちょっとした応用ですよ。ただ、この子達の筐体の構造に併せてかなり術式を工夫してるんですけど」

 

 社長(ボルト)が思わず零した感想に、やや間を置いた後に二足歩行機(バイペッド)を操っているエルが答える。

 どうやらその魔法の演算は彼の実力をもってしても、結構な集中力が必要らしく術式と魔力を伝達している銀線神経(シルバー・ナーヴ)を握る手がかなり力んでいた。

 そしてそれは、傍らに立つ四足歩行機(クアドラペッド)を操るアディにとっても同様なのだろう。彼女の額にも汗が滲んでいる。

 身体イメージと連動している所為だろうか?微妙に両手両足が動いていて、機体と共に体が前に少しづつ進んでいる。

 しかし、この体験は二人にとってそれらの苦労を補って余りあるほどの楽しいひと時を与えてくれるものの様だ。

 

「エル君、見て見て!クアちゃんがあんなに元気よく歩いてるよ!ぬいぐるみが歩いてるみたいでかわいいね!」

 

「まぁ、ずばりそのものぬいぐるみ自体を被せてますからね」

 

 クアドラペッドには馬のぬいぐるみのカバーが被せてあり、まさしく歩くぬいぐるみの玩具と言った風情である。

 そして、バイペッドの方には薄い木の板を箱組して作られた装甲型カバーが付けられていて、低頭身にディフォルメされた幻晶騎士のような姿をしている。

 二体ともデザイン自体は可愛らしいが、本来玩具にこんな高度な魔法技術を投入することはやはり従来では考えられない事だったのだ。

 

 その常識はずれな玩具を作った張本人はとても不満そうな表情をしているようだが。

 

「先輩、まだ納得してないんですか?」

 

「だって、幾ら安定性の為だからってあの“かんじき”みたいな足はいただけないだろう?」

 

 エヴァが指さしたのはバイペッドの足裏に付けられた大きな木の板の事だ。

 こんな物を取り付けている理由はとても簡単だ。接地面積を増やして、機体の静的安定性を向上させているのである。

 

「そもそも二足が静的には不安定と言うのは、歩行肢の先端の支持面積が少ない事にも原因があります。だったら、かんじきで広げてあげればいいのです」

 

 と言って、エルが足裏に取りつけてしまったのだ。

 確かに彼の言う通り、立っている時の安定性は向上した。しかし、

 

「機動性も運動性も悪化してんじゃんか。それにかっこ悪い」

 

 双子達に悪趣味と言われてしまったエヴァだが、彼女なりに美的センスと言う物は存在する。

 それに足先重量が増加したことで、動きのぎこちなさに拍車が掛かっている。

 

「仕方ないじゃないですか。まずは安定した姿勢を取れるようにしなければなりません。自転車の補助輪みたいなものです。いずれ取り外しましょう」

 

 流石のエルもかっこ悪さは自覚しているようだ。恒久的に取りつけているつもりはないらしい。

 

「まぁ、ジャイロ無しだと二足歩行じゃそんなもんだよな。その点、私のヘキサペッドの安定性はピカ一だぜ」

 

 魔導演算機(マギウス・エンジン)と繋がれた幻像投影機(ホロモニター)の前に座ったエヴァが座席に取り付けられた制御盤(コンソール)を操作する。

 鍵盤型制御装置(キーボード)座標入力装置(マウス)軸方向入力機(ジョイ・スティック)と言ったインターフェイスが組み込まれたそれは、この世界の一般的幻晶騎士(シルエット・ナイト)の制御装置とは大きく趣きを異にする機材だが、パソコンやゲーム機に慣れている地球人にとってはなじみ深い物であった。

 この入力機器群からの命令を受け取り、銀線神経で繋がれた六本脚の昆虫のような機械が屹立。リンクの軋む音、結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)の収縮音をがなり立てて、ヘキサペッドが疾駆する。

 先の二体よりも軽やかな足取りで歩く機体の動きに対して、エヴァが誇らし気にしていると、

 

「うわっ、キモ!」「まるで台所でカサカサ走ってる例のアレ(・・・・)じゃん!気持ち悪すぎィ」

 

 従業員達の漏らした素直な感想が心に刺さってきた。

 

「エヴァ嬢ちゃん、お前さんもエルの坊主の事をとやかく言えないと思うんだが……かっこ悪いとか通り越して、気持ち悪いぞ」 

 

 ダメ押しの様に、ボルトまでもがそう言って来る。

 

「ちくしょう!なんでみんなして、昆虫型のロマンを理解してくれないんだ!?例のアレ以外にも、子供達に人気なカブトムシやクワガタムシとかかっこいい昆虫はいっぱいいるだろうに!?」

 

「なんだそりゃ?聞いた事無ぇぞ?」「魔獣に殻獣(シェルケース)っていうヤツがいるけど、あれに近い姿の虫だったよな?確か」「それって何の役にもたたん虫ケラだったと思うんだが。子供に人気が出るようなもんじゃ……」

 

 このフレメヴィーラ王国には日本の里山のような『人間が気楽に足を踏み入れられる森林環境』は少ない。植林事業を行っている一部の人工林は材木用の針葉樹が中心で、エヴァがイメージするような愛玩に適するような甲虫類が餌場としている樹液を出す広葉樹は、そのほとんどが天然樹林に生えているのである。

 この場合の天然樹林とは、そのほぼ全てが魔獣の巣窟となっている。子供が昆虫採集になんて出かけたら、森のオヤツとして簡単に戴かれてしまうような危険地帯なのだ。

 そんな国に愛玩用昆虫をペットにする文化が根付く余地がどれだけあるだろうか?あったとしても、ドマイナー趣味扱いになるに違いない。精々、蜂蜜や繊維を取ったり農産物の花粉を媒介する蜂や蚕のような実用的昆虫を家畜化する文化がある程度なのだ。

 故にこの国において昆虫類は先述したような一部の益虫を除けば、『気持ち悪い害虫』扱いが基本なのである。姿の似た大型魔獣が出現することも、これに拍車をかけている。

 

 なので、それらを模した機体は獣型以上に気持ち悪がられるのであろう。

 

[くそぅ、文化の壁は厚いぜ!でも、そんな悪印象になんか絶対負けないぞ。誰が何と言おうが節足動物はかっこいいんだい!いずれ、もっとイカすメカに仕上げて皆をあっと言わせてやる!]

 

 そこまで酷評されても曲げられない程度にはエヴァの拘りも根深いものであった。

 

 しかし、ボルト達はそんなエヴァの胸に宿る野望を知ってか知らずか、更なる無慈悲な言葉を掛けてくる。

 

「で、これらが何の役に立つんだ?」

 

「な、なんですか?『役に立つ』って?ロボットってのはそこにあるだけで素晴らしい物でしょうに」「そうですよ!そうですよ!」

 

 遠回しに自分の作品を『役立たず』だと言われたと感じたエヴァの抗議の声に、エルまでもが便乗してくる。

 この二人にとって、ロボットやメカは例え役立たずやポンコツと揶揄される物であったとしても、愛しい存在なのだから。

 しかし、ボルト達騎操鍛冶師(ナイト・スミス)はあくまで実用品としての機体を造ってきた者たちだ。玩具職人ではない。故に厳しい意見を遠慮なく口にする。

 

「いや、道具ってのは何か目的があって作るもんだろう?そいつらが将来、お前さん達の幻晶騎士(シルエット・ナイト)の操縦や設計の役に立つんだろうなってのはなんとなくわかる。

 でも二本脚のやつはともかく、その虫型や獣型には武器を持つ腕とかがねぇ。それでどうやって戦う心算なんだ?」

 

 幻晶騎士は戦闘兵器である。少なくとも、人々を護って戦う事を期待して創られたものだ。

 見た所、これらの模型達には武器らしきものが何も備わっていない。獣や虫が持つ爪も牙すらも付いていない。

 だから例えば、これをそのまま10倍以上に大きくしたとしても、幻晶騎士や決闘級魔獣が横から少し蹴り上げただけで簡単に破壊されてしまう光景が想像できる。武器が無いのではまともな抵抗もできないだろう。

 そんな役立たずな機械を製造できる程、この国の人々は暇ではないのだ。

 

「カチーンと来ちゃったなぁ。そこまで言うなら、付けてやろうじゃないですか。戦闘能力!」

 

 そう言うや否や、エヴァはヘキサペッドの筐体の上に木の板と触媒結晶をくっつけて、そこに更に紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻み込んだ。非常に簡素な構造の魔導兵装(シルエット・アームズ)である。

 

「この通り、魔導兵装をくっつけるだけで簡単に武装できるでしょ。ほら!」

 

 銀線神経を繋いで追加された回線(チャンネル)にて流し込まれた魔力が、弱々しい火球(ファイア・トーチ)を発射する。

 だが、エヴァが深慮無しに放ったこの法弾がこの後悲劇を起こした。

 

 いくら攻撃力の小さな基礎式(エレメント)とは言え、法弾は法弾。当たれば、それなりに熱と衝撃波を発生させる。

 流石に人に向かってそれを撃つほどエヴァも考えなしでは無かったが、その射線軸上に存在した物の事をちゃんと意識していなかった。

 

 炸裂音と共に吹き飛んだのは、バイペッドの頭部だったのだ。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?なんてことするんですか!先輩の馬鹿ぁ!」

 

「あ”!?わ、悪い」

 

「なんですか?人型機体に対する当てつけのつもりですか?このすっとこどっこい!」

 

「そ、そんなつもりじゃねぇよ……本当に悪かったよ。すぐに直してやるから、な?」

 

「いいでしょう!そっちがその気なら、決闘です!ロボト〇です!」

 

「人の話聞けよ!謝ってるじゃんか!」

 

 すぐに非を認めて必死に謝罪の言葉を口にしたエヴァだったが、愛機を破壊されたエルの怒りは収まらない。

 激昂状態になってしまったエルとの会話は、売り言葉に買い言葉。段々エヴァの方も喧嘩腰になってしまい、

 

「わかったよ!そこまで言うなら、そのロボ〇ル受けて立ってやろうじゃねぇか!」

 

「上等です。たかが六脚歩行程度でいい気になっている昆虫君に身の程を教えてあげましょう!」

 

 こうして、あれよあれよと言う間に2体のロボット玩具による決闘が行われる運びとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 テルモネン重工の工房施設の裏側、以前は打った武器の試し切りや魔法の試射場として使われていた場所に、たくさんの建物の模型が並べられていた。

 小さな木のミニチュアまでもが植えられてリアリティを演出しているこの空間。それは所謂ジオラマと言われるものだ。

 何故こんなものが用意されているのかと言えば、答えは簡単。これから行われる試合の臨場感を増す為である。

 

「なんでこんなことに……」「父ちゃんが煽ったからじゃない?」「俺の所為かよ!?」

 

「エル君もお姉ちゃんも普段はすごく大らかだけど、時々変な事で怒る事あるよね」「沸点が解りづらいんだよな。二人とも」

 

「そして、すごい凝り性」「こんなの作るぐらいだからなぁ」

 

「「違いない」」

 

 見学している弟妹や友人・大人達の呆れ顔を尻目に、エヴァとエルはお互いの愛機を通してこの箱庭のような決闘場で対峙する。

   

「先輩、ロボ〇ルのルールは覚えていますね?」

 

「おうよ!頭部を破壊された方が負けだったな?だから、ヘキサペッドの機体前部にも取り付けておいたぞ、頭部パーツ。まぁ、ただの飾りだけども。

 ……けど、お前の頭部パーツってそれでいいのか?」

 

「いいんです。あくまで応急的な物ですし、これが終わったら改めて修理してもらいましょう」

 

 エヴァが微妙な顔をしているのは、現在のバイペッドの頭部は破損した部分を白い布で覆い、その上から顔を描いているからだ。

 応急修理とは言え、その姿はあまりに滑稽(シュール)である。

 

「ただの案山子ですな!」

 

「……言ってくれるじゃないですか。すぐに吼え面かかせてあげます!」

 

「いや、今のはただ言ってみたかっただけだぞ。コマ〇ドーって知ってるだろ?」

 

「問答無用です。ロボ〇ルゥゥゥ、ファ~イト!」

 

「うわ!まだ同意はしてないぞ!っつ~か、レフェリー役も兼ねるつもりかよ。お前!?」

 

 不意打ち気味な試合開始の合図と共にバイペッドが歩き始め、それからやや遅れてヘキサペッドも動き始める。

 

 エヴァはまず距離を取った。飛び道具を持っているアドバンテージを活かす為だ。

 

[へへへ、こっちは魔導兵装を持っているんだ。射程外(アウトレンジ)から一方的に叩いてやる。まさか卑怯とは言わないよな?エル!]

 

 するとこちらの意図を察したのか、エルはバイペッドを遮蔽物となる建物の陰に隠した。

 

[まぁ、そうするよな。でも、それじゃ丸腰のバイペッドは防戦一方だぜ?どうするつもりだ?]

 

 構わず、エヴァはヘキサペッドの魔導兵装から火球を乱射しまくる。

 狙いなどつけず数に任せて撃ちまくった。というより、この機体は眼球水晶など装備していないので正確な照準(エイム)など土台不可能なのである。

 だから、弾幕を展開して火力でねじ伏せる戦術しか彼女には取れなかったのだ。

 しかし、この場合その戦法は有効に機能している。殺到する炎弾によって、バイペッドの隠れている建物模型は早くも炭化し始めていた。

 

 このまま、為す術も無くエルはやられてしまうのだろうか?

 

「……装填(ロード) 紋章弾倉(エンブレム・カートリッジ)!」

 

 エルは愛用のウィンチェスターの引き金を引き絞り、弾倉(マガジン)内部に仕込まれた紋章術式を発動させる。

 それは銀線神経を通して、バイペッドの腕に流れこむと結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)を魔力で励起させた。

 

 そう、エヴァは勘違いをしていた。バイペッドに法撃はできないと。

 結晶筋肉はただの人工筋肉ではない。触媒結晶でできた魔法の筋肉であり、これも元になった素材と同様に、あらゆる魔法現象の発動媒体となり得る物なのだ。

 発動した風の基礎系統に連なる魔法が炎を掻き分け、無傷のバイペッドが姿を現した。空気の対流にて攻撃を防ぐ、大気圧壁(ハイプレッシャー・ウォール)である。

 

「な、何!?」

 

「先輩、やっぱり勘違いしていたんですね?バイペッドに法撃戦ができないって。これで条件は互角(イーブン)ですね」

 

 そう言って、エルはバイペッドの手指部の先から法弾を発射してきた。

 

 この反撃にエヴァはかなり動揺していた。試合を有利に進める前提条件がひっくり返ってしまったのだから。

 こちらが攻撃に使える魔法は弱々しい火球を発射する魔法のみだというのに、エルは弾倉に装填しているあらゆる魔法を使って、もっと豊富な種類の戦法が展開できる。そして、その中には先程の大気圧壁のような防御技まである。

 手数に圧倒的な差を付けられてしまったのだ。

 

 だが、そんなエヴァにも理解できることがある。バイペッドの操作を行っている術式は身体強化魔法に類似する魔法だったはずだ。おそらく、それは魔力をかなり消費する物であろう。

 

[いくらアイツが天才でも、そんな上級魔法に加えて攻撃魔法まで併用するとなると、相当消耗するはずだ。魔力量では魔導演算機や戦術級魔法(オーバード・スペル)すら使える私の方が上!持久戦に持ち込めば、こっちの勝ちに持っていくことはできるはず!]

 

「まだ諦めないぞ。私はァ!」

 

 エヴァは作戦を変更した。攻撃の対象をバイペッド本体だけでは無く、周辺の地形にも向けた。

 法弾が地面に突き刺さり、小規模爆発の嵐によって地表を荒らしていく。

 

「なるほど、地形を破壊することで機動妨害するおつもりですね?確かに今のこの子の二足歩行能力では悪路は走破しにくいから、悪くない戦術かもしれない……もっとも、それは僕が歩行“しか”できなかったならの話ですけどね!」

 

 更なる魔法が発動する。これもまた風の系統魔法だった。エル自身がいつも移動に使っている大気圧推進(エアロ・スラスト)である。

 それは平衡感覚を提供するジャイロが無いため、着地の度に倒れそうになる程不安定で不格好なものだった。というより、こまめな噴射を行う事で無理やり姿勢制御をしている印象を受ける。

 だが、その魔法は確かに噴射跳躍(ブースト・ジャンプ)によってバイペッドに凄まじい機動力を与えていた。 

 

「お前、そっちでもそれできんのかよ!?反則だぁ!」「勝てばよかろうなので~す!」 

 

 やがて、バイペッドは弾幕の射程外へと逃れてしまう。

 ヘキサペッドはちょうど地球の装甲戦闘車両で言う所の突撃砲のように、魔導兵装を機体に固定して使っていたので射角調整は胴体ごとやらなければならなかった。

 その為、横の射程(レンジ)が狭くなってしまっていたのだ。横に素早く移動されると捕捉できなくなる。

 

「畜生!近寄られたら、お終いだ。やらせるか!」

 

「無駄です。この魔法の機動力はあなたも良く知っているでしょう?」

 

 ヘキサペッドは歩行脚しかもっていない。接近戦で有効な武器を一切持っていないのだ。

 だから、逃げた。6本の足を某害虫(G)の如く動かして必死に逃げ続ける。

 しかし、エルのバイペッドからは逃げられない。噴射跳躍の機動力は圧倒的だった。

 

 このまま、エルの有利に事が運ぶに違いないと誰もがそう思っていた時、

 

 破滅の音が聞こえた。

 

 それはバイペッドの足首から発せられた。細かな木片が飛び散り、骨格(フレーム)が砕けてしまったのだ。

 噴射跳躍後の着地の度に蓄積していく負荷に、関節が耐えられなかったのである。 

 これにはエルも堪らず、機体を地面に倒れさせてしまった。なんとか受け身は取ったが、この時片方の手首関節も故障してしまい使い物にならなくなった。

 

[や、やってしまいました!足先重量の増加も負担になっちゃったんでしょうか!?いや、今はそんな事より……]

 

 エルはヘキサペッドの行方に再び注意を向ける。

 この絶好の機会をエヴァが見逃すはずが無いからだ。

 もちろん、彼女は反攻に転じた。今度は素早く近寄り、魔導兵装の切っ先をバイペッドの頭部に付きつけて来た。

 

「この距離なら防御魔法(バリア)は貼れないな!やっぱり持久戦に持ち込んで正解だったぜ!魔力切れを狙ったんだが、こんな形で勝利が転がり込んでくるとはな」

 

 エヴァは勝ち誇るかのように、そう宣言した。

 

「エル!これで私の勝ちは揺るがない!私が勝ったら、以前作った猫耳カチューシャを再びつけてもらうぞ!メダ〇ットとは違ってパーツ交換なんてできないんだから、それぐらいの役得があってしかるべきだよな?アーッハッハッハッ!」

 

 続けて、後だしの罰ゲームまで言い出してくる。彼女はとことん調子に乗っていた。

 しかし、それを聞くエルの顔からも笑みは消えていなかった。

 

「えぇ、いいですよ。その代わり、僕が勝ったら先輩にも罰ゲームを受けてもらいます。敗者にはペナルティを。あなたが言い出したことですよ」

 

「あ?この状態から逆転ができるなんて思ってるのかよ?」

 

「えぇ、そうですとも。いとも簡単に」「え?」

 

 その瞬間、バイペッドの周辺の空間が爆裂した。

 いや、凄まじい圧縮大気が一気に解放されて膨張し、衝撃波をまき散らしたのである。

 実はこれと同じ魔法をエルは先程使っていた。大気圧壁である。

 この魔法は遠くから観察していたエヴァには防御魔法に見えていたが、実際は至近距離で使えば攻撃手段としても利用ができる応用の範囲の広い魔法であった。

 これをもろに喰らってしまったヘキサペッドの頭部は魔導兵装事吹き飛んで、破壊されてしまった。すなわち、ゲームオーバーである。

 

「あ、ア〇ルト・アーマーってマジかよ?」

 

「迂闊に近寄るからですよ。『獲物を前に舌なめずり、三流のする事』ですよ?」

 

「ふぎぃぃぃぃい!?悔しぃぃぃ!」

 

 油断から、思わぬ形で惨敗を喫してしまった悔しさでエヴァは絶叫した。

 そして、悔し涙が滲む彼女に更なる追い討ちをかける者がいた。

 

「お疲れ様、二人とも。気は済んだか?気が済んだんなら、この惨状の後片付けをするんだ。他人様の家の庭をめちゃくちゃにしたんだから、当然だよな?元通りにするまで、家には返さねぇぞ」

 

 額に青筋を浮かべたボルトに凄まれて、顔を青褪めさせるエヴァに無情にもエルは告げる。

 

「……そうだ。さっき言ったペナルティですけど、ここの後片付けは『全部』先輩がやってください。お互いの機体の修理はまた今度でもいいので。それでは!」

 

「んなぁ~!?ちょっと待て、エル!?」

 

 目にも止まらぬ速さで、バイペッドを抱えたエルはどこかに行ってしまった。

 後に残されたジオラマ模型の残骸とクレーターだらけの庭をエヴァは一人寂しく、せっせと片付け始めるしかなかった。

 

「畜生ぉぉぉぉう!次にやるときは負けないぞ!絶対にいつかギャフンと言わせちゃる!」

 

 この期に及んでも、全く懲りないエヴァの態度に大いに呆れたボルトは、つける薬が無いとその顔に諦観すら浮かべていた。

 

  

 

 

  

  

「な、何だったんだ。今の戦いは!?」

 

 先程の凄まじい小型機体達の戦いをこっそり覗いていた部外者がいた。

 バルトサールだった。彼は工房施設に潜入して、エヴァ達を監視していたのである。

 従業員も野次馬として観戦していたので、みんな彼が紛れていた事には気付かなかったようだ。

 

「小さな幻晶騎士。そして、魔獣のような醜悪な機体。あれがあの女達が欲していた魔導演算機の使い道……!?」

 

 彼にも理屈は解らない。いや、だからこそ自身の想像をはるかに超えたとてつもない魔法技術の産物に戦慄を憶えたバルトは、著しい危機感を覚えた。

 

「あんなものを使って何らかの手柄を上げられたら、いよいよ私の代わりにあいつらの緋犀騎士団への入団が近づく。いや、そればかりかあれをたくさん作れば、乗っ取りすらできるかも……そうなったら!?」

 

 悪い意味で子供らしい妄想が肥大していき、バルトの心に仄暗い覚悟を固めていく。

 

「なんとか……なんとかしなければ……」

 

 彼は幽鬼のような表情で帰路に就く。その頭の中は彼が必死に考えた“攻撃的な計画”が渦巻いていた。



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20話 破壊・工作

 誰もが寝静まった虫達の声だけが響く夜。

 人気の無くなったテルモネン重工の工房設備を何者かが忍び足で駆けていく。

 その誰かは鍵の厳重な鍛冶師たちの仕事場には目もくれず、裏庭に繋がる倉庫(ガレージ)に忍び込むと僅かな月明りを頼りに目的の物を探し始めた。

 それは紛う事なき不法侵入行為であった。

 

「あった。これが魔導演算機(マギウス・エンジン)だな?それに幻晶騎士(シルエット・ナイト)もどきの模型も」

 

 人間大の重々しい機械とその傍らに鎮座している虫型の模型。

 侵入者は目当ての物を見つけると、懐から小瓶を取り出し中に湛えられた謎の液体を機械の中に注ぎ込み始める。自分自身には引っ掛からない様に慎重に。

 液体は金属部品に触れると、泡立つような音を立ててわずかだが、嫌な臭いのガスを出し始めた。その気体を吸い込まない様に気を付けながら、瓶が空になるまで液体を使い切る。

 

「これで良し。それでは失礼させてもらおう」

 

 マスクに覆われた顔の奥の瞳が怪しく嗤い、謎の人物はその場を後にした。

 侵入者が去った後も、液体は機械装置と模型の中にじっくりと浸透していき、その内部構造を破壊していく。

 

 金属腐食剤。錬金術師や構文技師が金属同士を溶着したり、蝕刻(エッチング)(*化学的腐食作用を利用した表面加工や塑性加工の技術)を行う際に使う薬剤だ。

 彼らが業務で使うそれより数倍は薄められてはいたが、そんな物を精密機械の中に注ぎ込んだりしたらどうなるかなど考えるまでもないだろう。

 夜が明ける頃には、魔導演算機と模型は中身をすっかり台無しにされて、哀れな躯を晒すことになった。

 こうして、悪意を持った何者かの破壊工作は完了したのである。倉庫の中に悪臭のみを残して。

 

 

 

 

 

「そ、そんな……ひどい」

 

「誰がこんな事を!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたバトソンに呼ばれて、朝一番に駆け付けて来たエルとエヴァは変わり果てた魔導演算機と自分達の作品を前に膝から崩れ落ちた。

 ぐずぐずに溶けたヘキサペッド。腐ったような残り香を漂わせ、金属化合物が洩れ出でたボロボロの演算機筐体。

 本当にひどい有様だった。

 

「“僕”の魔導演算機がこんな酷い状態になるなんて!」

 

 そう、それはK-sido(キシドー)がインストールされているエヴァの魔導演算機では無く、将来に備えてストックされていたエルの演算機だったのだ。

 

[私の魔導演算機は無事だった……けど、エルの演算機に加えてヘキサペッドもボロボロだ!ひどいな]

 

 最近、同じ機体ばかり操作していて少し飽きが来てしまったエヴァは数日前、4体目の模型であるオクトペッドを弄ってみたくて制御用のコンソールごと魔導演算機を猫車で自宅に持ち帰っていた。

 ちょうどその間にこの事件が起こった為、エヴァの演算機は難を逃れた形になった。彼女がヘキサペッドを破壊されても、冷静でいられたのはその影響もある。

 だが、一番の理由はエルの動揺ぶりを間近で見ていたからだ。人は隣に自分以上に感情を発露している人間がいると、冷静な気持ちになる事がある。おそらくこれもそのケースだろう。

 

[まさか、こんな事になるなんて!エル……あんなに落ち込んで、なんて声を掛けたらいいんだ]

 

 工房施設の床に膝と手を突き嘆いている親友の姿は、エヴァの胸を締め付けた。

 

 だがしかし。

 

「まだです!まだ諦められない!」

 

 溶けかけた筐体に駆け寄ったエルは、その中身を覗き込んで手を突っ込んだ。

 

「え、エル!?何してるんだよ!?」

 

「まだ、まだ機能が生きてる部品があるかもしれません!それだけでも分解して取り出せば!」

 

「わ、解った。分解作業は私も手伝うから!だから、素手でそれに触るな!腐食性がまだ活きてるかもしれないだろ?」

 

 なんとかバトソンと共に興奮した状態のエルを落ち着かせてから、溶けた魔導演算機筐体の分解を始めたエヴァ達。

 その中身をつぶさに見ていくと、どうやら腐食した部品とそうでない部品がある事が解った。重力に導かれて液体が流れた箇所のみ破壊されたため、被害部位には偏りができていたのだ。

 とは言え、これは本来機密のヴェールに覆われた魔導演算機の部品だ。どれがどんな役割を持っており、どういった構造が機能を担保しているのかすらわからないのだ。

 もちろん作業は慎重にやっているが、下手に弄るとその機構が壊れて余計に機能破壊を招くことだって考えられる。どうしたものかと悩んでいると。

 

「やっぱり!これの機能は活きてますよ!多分、作業記憶を記録する媒体ですね。つまり、メモリーに相当する物です」

 

 エルが素っ頓狂な声を出して、細長い板状の部品を翳した。

 

「な、なんでそんな事解るんだよ?魔導演算機の機構なんて、お前知らない筈だろ?」

 

銀線神経(シルバー・ナーヴ)をまだ無事だった端子に繋げて、中の術式を読み込んでみました。そしたら、小規模術式を記録する機能が活きてました。こんな高速低容量なのはおそらくメモリーでしょう」

 

 そう言って無事だった部品の目につく端子に片っ端に銀糸を繋いで中身を読み込み、機能の特定を行い始めたエル。

 それに続いて、エヴァも腐食した物の中でも比較的損傷が軽微に見える部品の端子を優先的に洗浄していき、彼に渡して行った。

 

「駄目ですね。この部品は死んでます。こっちは幻像投影機(ホロモニター)の描画機能を司っている物のようですね。GPUみたいなものかな?これも活きてます」

 

 次々に機能が活きている部品と死んでいる物を特定していくエル。

 その中でも、彼がその無事を最も喜んだ物があった。

 

「あった!先輩、見つけましたよ!これが魔導演算機組み込み型の平衡感覚器(ジャイロ・センサー)に相違ありません!」

 

 三つの細長い管が半円上に曲げられた物がそれぞれ別ベクトルに約90度程傾いた状態で繋がった球体状の物体(オブジェクト)

 それはちょうど人間の三半規管を模したような構造の部品だった。

 

加速度検知器(アクセラメーター)の機能も兼ねているのかな?ちょっと揺らしただけで、僕に“慣性”の量も伝えてくれてます。いやぁ、これが無事でいてくれてよかった!」

 

 今泣いた烏がもう笑う。悲しみ落ち込んでいたのは僅かな時間に過ぎず、この状況でもエルは壊れた魔導演算機の中に“悦び”を見出していた。とんでもない鋼の精神(メンタル)である。

 そのあまりにも前向きすぎる思考に圧倒されていたエヴァだったが、落ち着いて考えるとこのあまりにも不自然な状況を訝しみ始めた。

 

「これ、明らかに人為的なものだよな?普通の魔導演算機の中にこんな強い腐食性の物質が仕込まれてるとは考えにくいし、誰かがそういう薬剤を筐体にぶち込んだんだろうけど、いったい何の目的でこんな事を?

 ……それにしても、迂闊だったぜ。まさか、貸してもらったガレージでこんなことが起こるなんて。自己防衛(セキュリティ)意識が甘かったな」

 

「えぇ、そうですね。これが本当に人為的な物であれば、酷い人もいたものです。もし犯人を特定できたなら、然るべき処罰を受けていただきましょう。ですが、それよりも今は……」

 

 エルはいつの間にか持って来ていたバイペッドをエヴァに差し出し、そのどこまでも前向きで貪欲な考えを詳らかにした。

 

「早速、このジャイロをロボットに組み込みましょう!」

 

 

 

「なぁ、本当にいいのか?犯人探しをしなくても」

 

 エヴァが器物損壊事件の関係者としては当然な意見を述べる。

 だが、被害者である筈のエルは冷静に反論した。

 

「できると思います?証拠は筐体に注ぎ込まれた金属腐食剤と現場に残された足跡だけですよ?」

 

 金属腐食剤なんて危険な薬剤は入手できる手段が限られるとは言え、こんな手の込んだ破壊工作をするような人間がそう簡単に尻尾を出すとはエルには思えなかった。

 第一、この世界には科学捜査の概念すらないので、こんな貧弱な証拠では犯人特定は難しいだろう。それに二人にはこのような事をする人物に心当たりがない。人物像が絞り込めないのだ。

 

「それに捜査を専門的に行う警察や検察のような組織に僕達は人脈がありません。あるとすれば、お祖父様と侯爵閣下ぐらいですけど」

 

「……お父さんにも相談はしてみるつもりだけど、早馬を飛ばしてもらっても時間がかかるよなぁ」

 

 ちなみに後日、ラウリにも連絡は行ったので彼も調査してくれているようだが、目立った報告は無かった。おそらく捜査は難航しているのだろう。

 何れにせよ、今すぐどうにかなる問題ではないとエヴァもこの件は頭の片隅に追いやり、思考を切り替えることにした。

 

「さて、不本意な形だけどジャイロセンサーの現物が手に入ったのはありがたい。けど、この部品は既存機の中に組み込むには大きすぎるぞ」

 

 平衡感覚器は大人の掌程度の大きさの物だった。バイペッドもオクトペッドもあくまで卓上サイズの模型に過ぎないため、そのままでは積めない。

 普通なら拡張改造を考えるところであろうが、この問題にエヴァは実に“彼女らしい決定”を下した。

 

「よし、いっその事もっと大きい機体を新しく作ろうか」

 

「わ~い!新型を作るんですね。楽しみ♪」

 

 そうと決まればという事で、早速エルと二人で新機体の設計を始めた。

 当然、そのモチーフは。

 

「人型です!バイペッドの後継機を作りましょう!」

 

「まぁ、このジャイロは元々お前の魔導演算機の中にあったもんだし、人型が一番その力を活用できるよな。いいぜ」

 

 設計図に人型のシルエットが描き込まれていく。

 その大きさは30㎝程度だろうか?子供達の体よりは流石に小さいが、模型としてはかなりの大型モデルだ。

 

「パーフェク〇・グレードのガン〇ムぐらいの大きさですか?先輩ったら、太っ腹♪」

 

「どうせなら、豪華に仕上げたいしな。この際だから勉強も兼ねて、実際の幻晶騎士の構造を基にして作ってみるか」

 

「おぉ!本格的ですね!素晴らしい!

 それにきっと、そちらの方が身体強化魔法(フィジカル・ブースト)との相性も良い筈ですよ。ありがたい!」

 

 このようにエルが飛び上がって喜んでいる様を、少しホッとした顔でエヴァは見ていた。

 

[表面上は明るく振る舞ってるけど、エルだって自分の魔導演算機が壊されて傷ついてる筈だ。なんとかこれで元気を取り戻してくれるといいんだが]

 

 しかし、これだけの大型作品となると作るのに相応の時間がかかる。おそらく、今年中に完成することはないと思われた。

 その旨、伝えてもエルは機嫌を損ねることは無かった。

 

「これだけの代物なら、全然構いませんよ!むしろ、下手に短期間に仕上げてクオリティが下がるよりもずっといいです!エヴァ先輩、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

[……渡りに船とは正にこの事だな。こんな授業まで存在するとは]

 

 幻晶騎士設計基礎。

 いつも通りの騎士学科の授業が終わったエヴァはその日、この講義に参加していた。

 このカリキュラムの存在自体は、彼女も入学時に渡されていた案内資料を読んで知っていた。

 しかし、この日行われていたのは正に今エヴァが必要としている物であった。

 

 模型制作実習。

 機体の構造を鍛冶師達が実際に把握するために、サロドレアの縮尺模型(スケールモデル)を作ろうというあまりにもそのまんまな内容だったのだ。

 しかも、その縮尺は。

 

[1/32って……大型の飛行機模型や小さめの自動車プラモのスケールじゃんか!?ちょうど私が作ろうとしてる模型のサイズにかなり近いな!]

 

 しかし、その講義は事前申し込みが必要な選択制のかなり上級者向け授業。本来の対象者は中等部以上の鍛冶師学科生である。

 だが、そんな事でエヴァが諦めるだろうか?答えは否である。彼女は参加申し込みを行った。

 以前ラウリから貰った紹介状まで使って教員を説得した。

 当然、初等部の騎士学科生の参加を彼らはそう易々と許可はしなかったが……。

 

「では、参加資格があるかどうか。これを見て判断してくれますか?」

 

 そう言ってエヴァが彼らに提出したのは、以前から自作していた幻晶騎士模型。

 そして、独学で編集したと本人が宣う分厚いレポート。内容はエルと共に調べた幻晶騎士の基礎構造に関する物とバイペッドの設計資料。

 高等部生が作ったものだと言われた方がよっぽど信憑性を感じられるようなクオリティの自主的提出物を渡されては、審査した教員達も力無く首を垂れるほかなかった。 

 こうして、エヴァは無事(?)実習への参加権をもぎ取ってきたのである。

 

 この実習でエヴァの生来の凝り性と経験は如何なく反映された。何せ彼女はカルダトアの操縦席を直に見たことがあるのだ。

 コックピットのレイアウトにはサロドレアもカルダトアもそこまで大きな違いはないため、エヴァの主観情報は模型の出来に大いに影響を与えた。

 

「こんなに作り込まれた操縦席の模型は久しぶりに見ます。今年の生徒はかなり意識が高いですね。いや、感心感心」

 

 柔和な顔立ちの教師がエヴァの監修が入った操縦席を覗き込んで、そう評する。

 

 一方でエヴァが今まで等閑(なおざり)にしていた点も、この授業によってはっきりする事になる。

 それが金属内格(インナー・スケルトン)の構造。特に脊椎とその周辺に分布する筋肉である。

 

[うっわぁ、聞いていた通りすごくややこしい仕組みだわ。バイペッド作るときはディフォルメして簡略化した部分とかも、ここじゃしっかりと作り込まんといかんしな]

 

 参考品として、かつて制作された模型の完成品が皆に公開されているのだが、外装(アウター・スキン)の一部を剥したカットモデルの中身は、非常に精巧に作り込まれた物であった。

 基本的に幻晶騎士の骨格と筋肉は人体のそれと同じような構造になっているため、それを整備する者たちには、内蔵器官や構成材料の違いを除き、人体解剖学を学ぶ医学生のような知識が求められる。

 エルが拡張人体(エンハンスド・ボディ)と呼んだ所以がここにある。正に幻晶騎士は機械仕掛けの拡大された人体なのだ。(もちろん、それなりのアレンジも加えられてはいるが)

 

[こりゃ、骨が折れるぞ。だが、それでこそモデラー冥利に尽きるってもんだ。やる気出て来たぞ!]

 

 エヴァはそれから文字通り、全身全霊を懸けてこの実習に挑んだ。

 その力の入れようと言ったら、立ち会った教師達や他の参加生徒達すら気圧される程の物だった。

 

[あの参考模型は私達教師陣が力を合わせて作った最高の一品。それに匹敵する程の物を一人で組み上げていくとは、この娘は一体……?]

 

 更に驚くべきことに、彼女はこの実習で本物の結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)銀線神経(シルバー・ナーブ)を持ち込んで作品に組み込み始めたのだ。

 

「おい!あいつ、用意された模擬素材(イミテーション)を使ってないぞ!」「本物使って作るとか意識高っけぇな、おい!」

 

 素材の持ち込みが禁止されてないのを良いことに、エヴァは用意された設備や工具も用いて、やりたい放題やり散らかした。

 

 そうして数か月に渡る授業の果てに、生徒達はそれぞれのサロドレア模型を完成させた。

 エヴァの作品はその中でも頭一つ飛び出て、完成度が高かった。

 

「完成おめでとう、皆さん。特にエヴァリーナさんの物は本当によくできた品ですね。……もしよろしければ、その作品を今後の授業の参考品として寄贈してもらえないでしょうか?

 もちろん、無償(タダ)でとは言いません」

 

 結構な額の報酬を対価に、教師は交渉してきた。よほど、出来に感心したらしい。

 

 しかし、エヴァはこれをやんわりと断った。

 

「すいません、この模型をどうしても譲りたい友達がいるんです。その子にプレゼントするために心を込めて作ったモノですので、どうかご勘弁を」

 

 それを聞いて名残惜しそうにした教師であったが、はにかむような表情でそう口にする少女を見て、笑顔で交渉を打ち切った。無粋な事をしたと思ったのだろう。

 

[ふぅ、まさかそこまで評価してくれるなんて、肝が冷えたな。先生、ごめんな。この模型にはこっそりエルのヤツから預かったジャイロまで組み込んでるんだ。これを渡したら、アイツに恨まれちまうから]

 

 そんな裏事情があったとは、教師達も生徒達も知る由もない。

 

 

 

 基本的な構造は当初の構想以上の出来栄えで完成した模型だったが、これだけでは只のガワだけ立派な観賞用模型(ディスプレイ・モデル)にすぎない。

 実際に稼働して問題ないものかどうかは、まだ未知数であったのだ。

 

「だから、関節のクリアランスや設定の確認の為にもお前に動かしてもらわなきゃな。エル」

 

「はい!お任せください!では、行きますよ!」

 

 バイペッド以上に大きく複雑な構造を持つ1/32サロドレアにエルの魔力と術式が注ぎ込まれ、その支配下に入る。

 僅かな痙攣の後、機体はまず四肢の関節可動域を確認するように動かして行き、次いで体幹の動きを確かめる。

 

「腰に少々違和感があります。腰椎関節が微妙にずれているかもしれません」

 

「解った。調整しよう」

 

 エルの意見を基に金属内格の関節位置(アライメント)を微調整していく。

 それを終えたら、この機体の最も重要部品の一つである平衡感覚器の動作確認だ。

 

 若干の酩酊感をしばらく味わったが、彼はすぐにこれにも順応し、この違和感をむしろ楽しみ始める。

 

「あぁ!実に興味深い」

 

「大丈夫か?なんか酔っぱらってるようにも見えたけど」

 

「えぇ。むしろ楽しいですよ。この感覚は素敵な没入感をくれます。では、いよいよ歩行を始めますね」

 

 最初は恐る恐ると言った感じのゆっくりとした歩行。

 それが徐々に軽やかな足取りへと変わって行き、終いには楽しげなスキップにまで。

 

「これが重心点(ZMP)が同期するってことなんですね。この加速感も素晴らしい!楽しい!楽しすぎます!」

 

 単なる知識が感覚へと結びつく体験は、エルの心に素晴らしい高揚感を齎した。

 幸せそうに綻ぶ彼の顔貌と楽し気に動いている機体を嬉しそうに鑑賞した後、エヴァは次の話題を切り出した。

 

「エル。あとで部品の摩耗や負荷の確認やらもするから、その時に今後の改造計画とかも相談しよう。

 ……あ、それと」

 

「何ですか?」

 

「その機体の愛称(ペットネーム)を決めてくれ。いつまでも1/32サロドレアじゃしまらないだろう?」

 

「あ、そうですね。うーん……そうだ!」

 

 エルは自分の愛用杖(ウィンチェスター)を掲げて、新しい愛機にこう名付けた。

 

銀色の銃(シルバーガン)。この子の名前は、シルバー・ガンです!」




模型の名前にいろいろツッコミたいこともあるでしょうが、このネーミングは前から決めていたものです。原作の“イカルガ”の前の前の機体に当たるという事で、由来は……お察しくださいw


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21話 熱力学の可能性

 それはエルの新たな相棒、シルバー・ガンが完成する前の事であった。

 

 

 

[何故だ!?何故、やつは平気な顔をしていられるんだ!?]

 

 バルトサール・セラーティは困惑していた。

 彼はエヴァリーナが働いているテルモネン重工の工房施設へ侵入し、金属腐食剤を使った破壊工作を行い、異母姉の様子を引き続き観察していた。

 さぞ混乱し絶望し悲しんでいるだろうと考えていたバルトの予想を裏切り、彼女は全く落ち込む様子を見せていなかった。大切な魔導演算機(マギウス・エンジン)を破壊されたはずなのに。

 変に思って原因を調査したら、まさかの事実に彼は驚愕した。

 

[魔導演算機は『2台』あったッ!?お、おのれ、あの女!1台要求するだけでも不遜だというのに複数の機材を父上に調達させていたのか?]

 

 実際はバルトが勝手に勘違いしただけで、破壊された演算機はエヴァの友人のエルネスティの所有物だったのだが、どうやら彼はその事実には気付けなかったようだ。

 

[この私を謀りおって、絶対に許せん!しかし、どうする?手に入れた腐食剤はあれ1瓶きりだ。追加入手は絶望的だぞ]

 

 本来厳格に管理されていなければならない危険な薬剤である金属腐食剤を、まだ幼い初等部の生徒が購入しているという事実。

 ただの一回なら見逃されるかもしれない。しかし、二度も繰り返されれば学園や捜査機関が察知してくる可能性がそれだけ高まる。同じ手段を使う事は危険だ。バルトにもその程度の危機意識はある。

 

[絶対に……貴様の野望を破壊してやるぞ、エヴァリーナァ!!]

 

 しかし、暴走を始めた彼はもはや止まれなかった。異母姉への憎しみと怒りに染まった彼の意識には、かの魔導演算機は必ず破壊しなければならない物としてしか映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「暑い……暑すぎるぅ~」

 

 灼熱の鉄火場にて、今日も今日とてテルモネン重工の業務を手伝っていたエヴァがぼやく。

 

「だらしねぇ事を言うなよ、嬢ちゃん。それが鍛冶場ってもんだ。おめぇさんも鍛冶師を目指してるんなら、慣れな」

 

「いや、社長。エヴァ嬢ちゃんの言う通り、今日はかなり暑い日ですぜ。この気温は人間の子供にはちょっときついかも」

 

 ボルトが情けない声を出した少女に活を入れるが、この日は夏真っ盛りの快晴で他の社員が言うように気温が高かった。

 ドワーフは種族の特性として、比較的高気温に強い。彼らの祖先が昔から鉄火場を住処としてきたような人種だったからだろうか?

 だが、エヴァ達は人間だ。そんな種族特性の恩恵などない。

 加えて、ここは溶鉱炉なども備える金属加工場。強力な熱源を備える上に、排熱には限界がある。

 こんな場所では幼い子供は熱中症にかかる危険もあるのだ。

 だから、厳しい事を言っていたボルトもすぐに考えを改めた。体を壊しては元も子もない。

 

「うーん、それもそうか。坊主、嬢ちゃん。お前さん達はしばらく休憩して涼んでな」

 

「わ、わかりました」「ふぁい、ありがとうございましゅ……」

 

 脳が溶けてでもいるような呂律の廻ってない台詞を返すエヴァと、比較的余裕のある表情ではあったがやはり少々消耗している様子のエルは鍛冶場から一時撤退した。

 

 外に出た二人は木陰に腰を下ろして、一息つくことにした。

 更にエルは片手に愛用のウィンチェスターを構えて、風の系統に連なる魔法で自身とエヴァの顔に送風してくる。

 

「あぁ、ありがとう……うーん、気持ちいい」

 

 用意した濡れタオルと水筒も使って、水分補給もこなしながら日陰で心地よく涼む二人。

 いい感じに一心地つくと、溜息と共に盛大に愚痴をこぼすエヴァ。

 

「はぁ……エアコンが欲しい。アイスが喰いたい。キリキリに冷えたソフトドリンクが飲みたい」

 

 それが叶わないと解っていても、日本での冷房技術に囲まれた記憶を持つ転生者は願望を口にすることがやめられない。

 

「なんで幻晶騎士(シルエット・ナイト)なんて巨大ロボがあるのに、この世界にはそういう素晴らしい文明の利器が無いんだ?」

 

「魔法では直接物が冷やせないからですよ。学園の授業で習いませんでした?」

 

 この世界の魔法は4つの系統に分けられている。

 爆炎魔法は爆発と炎。雷魔法は電気エネルギー。風魔法は空気の対流や圧縮。強化魔法は物体や生物体にかかる力のモーメントや強度などをそれぞれ司っているが、現在発見されている魔法はいずれもエネルギーの生成や付加といった現象しか引き起こせない。

 これは魔法という物が攻撃的エネルギーの放出現象と考えられてきたからであり、それ故に兵器として研究・利用されてきた歴史があるからだ。

 物を冷やすとは、すなわちその物体の熱エネルギーを低減させるという事になり、これらの魔法の対象外と考えられてきた現象である。

 

「でも、お前がさっきから浴びせてくれてるこの風は涼しいじゃないか!その理屈は矛盾してないか?」

 

「これはあくまで、風を送っているだけです。魔法で空気やあなたの体そのものを冷やしているわけじゃありません」

 

 風魔法で起こした空気の対流が『結果として』エヴァの体から熱を奪っているだけなのだとエルは語る。

 つまり、魔法が副次的に起こした物理現象を利用すれば物を冷やすことも不可能ではないという事なのだが……この世界では、そう言った技術分野はまだまだ研究途上のようだ。

 

「そっか、魔法も万能じゃないんだな。……私も今度扇風機みたいな送風用魔導具でも作ってみるか。まぁ、今日の所は井戸水でも引っ被って涼もうや」

 

 そう言って、エヴァは工房施設の外に敷設されている井戸のポンプに手を掛ける。

 

『こういうポンプ機構も結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)で動作させれば、楽チンなのに……待てよ?ポンプ!?』

 

 この原始的な手押しの汲み上げ機構の存在が、エヴァの脳裏にて“とある技術”の存在を思い出させた。

 

「そうだ、エル!ポンプだよ!“ヒートポンプ”作ろう!あれなら物を能動的に冷やせるはずだ」

 

 ヒートポンプとはその名にポンプを冠しているように、水を汲み上げるように熱を吸収し、移動させる技術。

 19世紀以降の地球において強力な熱交換器として普及し、それまで能動的な冷却手段を持たなかった世界に革命をもたらした文明の利器である。

 

「ヒートポンプですって?先輩はあれの作り方をご存じなんですか?」

 

 エルもその名を聞いたことぐらいはある。エアコンも冷蔵庫もこの原理で空気や物体を冷やしており、物によっては給湯器などの温める装置にも使われている技術だったはずだ。

 しかし、詳しい概要はうろ覚えでしか知らなかった。

 

「基本的な原理ぐらいは覚えてるさ。流石に冷媒に使うフロンの合成法とかは知らないけどさ。初歩的な熱交換器ぐらいならきっと作れる!それを魔力で稼働させれば、物を冷やす事だってできると思うんだ。

 まぁ、その前にちょっと確認しておきたいことがいくつかあるんだが……エル、協力してくれるよな?」

 

「そういう事に協力を惜しまないのが、我々魔法使い(プログラマー)です。で、確認したいこととはなんです?」

 

「そうだな……まず、空気弾丸(エア・バレット)ってあるよな?その魔法で空気を圧縮してみてくれ」

 

 快諾したエルが、銃杖の先端部に法弾を形成しようとする。周辺の大気が急速に集まっていき、僅かな負圧を感じた。

 そこまで行った所で、エヴァは追加の指示を出す。

 

「ストップ!その空気弾丸だけどさ。発射させずにそのまま“維持”していてくれ」

 

 危うくいつもの癖で、攻撃魔法として発射しそうになっていた法弾をエルは慌ててウィンチェスターの先端部に保持する。

 いつもとは少々勝手が違う制御だが彼は臨機応変に術式を改変し、安定した現象維持を実現させた。 

 エヴァはエルが作ったその透明な空気塊が存在するだろう杖の先端部に、そっと指の先端部を指し向ける。

 そして、反射的にその指を引っ込めた。

 

「熱ッ!!!……うん、思った通りだ。やっぱり“圧縮熱”が発生しているようだ」

 

 機械などの力で無理やり空気を圧縮すると、その温度は上昇する。

 地球では中学や高校の物理で習うような基本的知識であるが、魔法で圧縮した空気でも同じ現象が起こるのか?

 これはその為の確認作業だったのだ。

 

「なるほど、大気圧推進(エアロ・スラスト)で使う時は素早く炸裂させていたので気付きませんでしたが、圧縮大気ってこんなに熱い物だったんですね」

 

「まぁ、あくまで生成した瞬間の温度が高いだけだろうけどな……よし、前提条件の一つが確認できたな。次の条件を確認しよう。エル、今度はその逆だ。空気を“膨張”させてくれ」

 

「ぼ、膨張ですか?」

 

「そうだ。これも物理で習っただろう?空気は膨張すると熱エネルギーが拡散して冷やされるって。それも魔法で起こすことができれば……」

 

 ところがこれにはさしものエルでも、今までやった事の無い制御であるからして、すぐには術式を紡げなかった。

 

「困りましたね。既存の術式の中には空気を膨張させる魔法なんて存在しないのですが……いや、待てよ?真空を生み出す魔法はあるんですから、それを応用すればあるいは?」

 

 真空斬撃(ソニック・ブレイド)という魔法が存在する。これは真空の断層を発生させて、その気圧差を利用して対象を切断するという、所謂カマイタチ現象を使った魔法だ。

 ところで、ここでいう“真空”とは何だろう?物質が完全に存在しない空間、すなわち絶対真空を生み出すのは不可能に近い。故に実際に生み出しているのは、『通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間』なのだと考えられる。

 気圧が低いというのは、空気密度が低いという事でもある。それは大気が膨張して引き延ばされているのと同じ“エネルギー密度の低い空間”を作る事になるのではないか?とエルは考えたのだ。

 

「うん、行けるかもしれません……真空間生成(ヴァキューム・スフィア)!」

 

 彼は愛杖の先端部にカマイタチの形成が行われない程度の低気圧空間を顕現させる。

 そして、先程と同様にウィンチェスターの先端に指で触れた。今度は二人同時に。

 

「「冷たい!!」」

 

 エルとエヴァの声が重なる。この不可視の空間は一瞬ではあるが、確かな冷気を生み出していたのだ。

 しかし、先程の圧縮熱が拡散されてしまったのと同じように、真空によって生み出された冷気もやがては温まってしまう。

 

「断熱圧縮と断熱膨張が魔法でも引き起こせることは解ったけど、これをただ別個に起こしているだけじゃ、すぐに拡散して温度差は失われるようだな」

 

「つまり、この二つの現象の間でエネルギー交換によって熱の“汲み出し”が効率良く継続して行われるようにしなくてはならないわけですね」

 

 地球ではこのような二つの“系”の間で熱エネルギーのやり取りをするのに、効率的冷媒を使うのが一般的であった。その中でも代表的なのがフロンや代替フロンの類である。

 しかし、エルもエヴァもそんな物質の合成法は知らない。

 

「なんとか、特殊な冷媒を使わない方法を探らないといけないかもですね。でも、そんなやり方本当にあるんでしょうか?」

 

「……いや、一つ心当たりがあるぞ。あんまり一般的な機材では無いんだけどな」

 

 二人はその日以来、勉強や仕事の合間を縫ってこの現象を安定的に利用するための研究・開発に邁進し始めた。

 全ては快適な冷房技術の創造の為であった。

 

 

 

 

 

 

 まず着手するべきは何かと考えた時、二人は“容器”の開発をするべきだと思った。

 

「本来は攻撃魔法として使われる程の破壊力を持った圧縮大気や真空ですからね。それを受け止めて熱交換に利用するとなれば、凄まじい圧力に晒され続けることになります。

 強化魔法で補強するにしても、母材側にも相当の強度が必要です」

 

封密(シーリング)も重要だぞ?隙間だらけの筐体じゃ、高圧大気を封じ込めて置けない。エネルギー効率も落ちるだろうし、なにより高圧ガスが漏れたら危険だ」

 

 以上の事を鑑みて、二人は筐体の自作を……諦めた。

 未だ鍛冶師として未熟な現在のエヴァの工作技術で耐圧容器を造るなど、流石に無謀に過ぎると考えたからである。

 

「こういう時に頼るべきは、技術を持った頼もしい大人だよ」

 

「というわけで、社長。お願いします!」

 

「なんなんだ、いきなり!?」

 

 唐突に切り出された子供達からのお願いにボルトは困惑した。

 話が全く見えない。故にまず説明を求める。

 

「物を冷やす魔導工具(シルエット・ツール)だって!?。そんな物本当に作れんのか?まさか、風吹かして冷やすだけの代物ってわけじゃあるまいな?」

 

「もっと強力で高効率な物ですよ。正確には『熱エネルギーを吸収して捨てる技術』って言った方が正しいでしょうね」

 

「よしんばそんな物が作れるとしてだ。うちの工房施設はお前さん達が発明した魔導裁断機(マギウス・カッティングモーター)の開発・製造の真っ最中なんだが?侯爵閣下の依頼を無視して寄り道なんぞできんぞ?」

 

 二人もその点はこの交渉に於いての問題点だと考えていた。

 この会社が発足した何よりもの理由は、この機材の開発によってかの領地において将来的に行われる予定の製紙産業をサポートすることだ。

 開発は順調に進んでいるが、機材が完成したわけではない。まずはそれを優先するべきではないか?と考えるのは真当な考えだろう。

 

 しかし、生憎と目の前に居る子供達は真当とは程遠い思考の持ち主である。

 

「それなんですが、ボルト社長。製紙機械の製造……本当にこの事業だけでこの会社はやって行けると思います?」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

 エルの発した言葉の意味をいまいち飲み込めなかったボルトは質問したのだが、それに答えを返したのはエヴァの方だった。

 

お父さん(セラーティ侯爵)はかなり本腰でこの事業を手掛けてくれるようですけど、それでもやっぱり絶対に成功するという保証はできないでしょう?

 つまり、失敗した場合の事も考えておく必要があるんじゃないか?って事です」

 

 侯爵家という大貴族の手掛ける事業だ。それの成功を疑うというのは平民には畏れ多い事だろう。それに……

 

「お前、自分の父親を疑ってるのか?というか、この事業の大元はお前たちが言い出した事じゃないか」

 

「父を信じてない訳じゃないんですが、経済という物は水物です。どういう流れになるかなんて完全には予想できません。

 それこそ、事業の失敗で計画がご破算に終わるなんて可能性も0とは言えないでしょ?侯爵家の“没落”なんて結果に終わる事だって考えられます」

 

「おいおい、滅多な事言うもんじゃねぇよ……」

 

 そんな物騒な話題を他の誰かが聞いていたらどうするんだと、嗜めるボルトだったが、二人はまだ話を終わらせるつもりはない。

 

「そうなったら、この会社だってどうなるか?万一の補償も行われるとは思いますが、貴族が優先するのはあくまで自分の領地でしょうし、最悪の場合切り捨てられることだって……」

 

 とても子供の考える事ではない内容だが、ボルトもそう言われると心配になってきたようだ。

 彼も経営者の端くれだ。リスク管理ができない訳じゃない。最悪を想定しておくことは悪い事では無いことぐらい解る。

 

「……もしもの事を考えておく必要があるのは解った。だが、さっき言った技術開発がそれと何の関係があるんだ?」

 

 この二つの要素の繋がり……実は内心、ボルトにも二人が次に言わんとする事が朧げに掴めていたのだが、きちんと説明させることにした。

 

「別の事業に繋がる手札を準備してみてはどうかと思うのです。そうしておけば、万が一の場合でも会社を存続させていくことができるでしょう?」

 

 既存の魔法学では不可能とされている冷却技術。これをもし、実用化することができればその潜在的需要は大きい筈だ。

 食品の冷蔵、快適な冷暖房の提供、部品加工や機械の運転における冷却機構の改良。ザっと考えても、膨大な用途がある。この技術が生み出す利権は決して小さなものでない。

 

「実用化に成功すれば、製紙機械以上にこの会社の屋台骨を支える重要技術となってくれると思います」

 

 

 

 エルとエヴァの魂胆はボルトにも解っている。

 本当は自分達が欲しいだけなのだ。新事業の提案に格好つけて、自分達の趣味に金や人手を負担させようとしているのだ。

 

 だが、二人が語った理論や理屈に嘘偽りや矛盾は感じられない。

 そして、幻晶騎士の模型や白樹紙(ミストー・ペーパー)などの新技術の発明と言った実績を上げて来た事も知っている。

 その二人が自信を持って薦めて来た技術だ。勝算は大きいのだろう。

 

 しかし、この時のボルトの心にはそんな打算以上に強い感情が起こっていた。

 

 ドワーフとは魔法に疎い種族だ。演算能力の低さによって、術式という“非物理的技術(ソフトウェア)”を扱うのが苦手だからだ。

 ボルト自身それは事実だと認識している。彼らに騎操士(ナイト・ランナー)構文技師(パーサー)の職に就く者が少ないのは、こういった背景もあるからだ。(それ以上に、鍛冶作業が得意という長所を生かそうとした結果でもあるだろうが)

 彼らもその現実を受け入れていた。

 

 けれども、それに悔しさを覚えていない訳ではない。

 もし魔法職の様に自由に魔法が扱えたら?という夢を見た事は一度や二度では無いのだ。

 彼が幻晶騎士という巨大な魔導兵器に関わる仕事を選んだのも、その憧れに対する執着故であったのかもしれない。

 

 だが、魔法の専門家達ですら不可能だと結論付けた“物を冷やす”技術。それを自分達が実用化したならば、どうだろう?

 

[こんなに痛快な事ってあるか?]

 

 そう考えた時、ボルトの心は勇躍したのだった。

 

「いいぜ。お前らの提案に乗ってやる。俺達の手でその“物を冷やす魔法”を創ってやろうじゃねぇか!」

 

  

 

「とは言ったが、やっぱり会社の方針としては最優先するのは裁断機の開発・製造の方だ。だから、この技術研究に費やせる人員は俺の他には数名の志願者だけになるぞ」

 

「え?社長自らがですか?」

 

 経営者としては褒められたことでは無いのかもしれない。だが、彼は技術屋でもある。

 

「こんな面白そうなモン、他人任せにできるか!俺にも手伝わせろ!」

 

「エヴァ姉ちゃん、エル。父ちゃんがなんかすごいヤル気みたいなんだけど、なんかあったの?」

 

 息子のバトソンまで、後学の為と引っ張り出して見学させようとしている辺り、個人レベルでは相当な気合いの入れように思えた。

 他にも興味がありそうな社員に声を掛けて、ミーティングを始める。

 

「え~。じゃあ、冷却の仕組みの概要を皆さんに説明しようと思います」

 

 エヴァが始めた概要説明(ガイダンス)を皆、物珍しい表情で聞いていた。

 

「へ~、風魔法で圧縮した空気ってそんな性質を持つのか」「真空って、空気が無くなって息ができなくなるだけじゃなかったんだな」

 

 空気というこの身近に存在する物質の意外な性質に、みんな興味深げに耳を傾ける。

 エヴァの説明は続く。

 

「今回、私が造ろうと考えてるのはこういう装置です」

 

 エヴァがみんなに見せた設計図に書かれていたのは、細長い筒。

 見ようによってはこの街を流れる水道に使われることもある金属管のような何の変哲もない筒だった。

 こんな物で本当に物を冷やせるのか、みんなが疑問に思って顔を顰めていた。

 

「これは『渦流空気管(ボルテックス・チューブ)』と言って、圧縮空気を吹き込むだけで稼働する装置なんです。これには特殊な冷媒とかも必要ありません」

 

 原理はこうだ。まず、高圧大気を筒の中に吹き込む。

 その大気を装置内部で渦の様に回転させると、遠心力によって管の壁面側の空気密度と圧力が急上昇し、断熱圧縮を引き起こす。

 逆に中心部の空気は外側の渦に奪われ密度が下がって行くことになる。断熱膨張が起こるわけだ。

 こうすれば、特殊な冷媒を使って熱エネルギーを移動させなくても、冷気と熱気を作り出すことができる。冷気と熱気はそれぞれ別方向に開けられた出口に吐き出されていく仕組みだ。

 

「問題はこの装置の内側に渦を発生させる方法なんだけど……エル、これを魔法で制御することはできるか?」

 

 地球で開発されたボルテックス・チューブは過流発生装置(ボルテックス・ジェネレーター)の力で渦を作り出すようにしていたが、これの製造には緻密な流体力学の知識と技術が必要だ。

 しかし、それすら魔法で直接制御できるならより簡単な装置で再現することができる。

 

「風魔法は圧縮空気や真空を弾丸や刃のような形にもできるので、術式次第では渦のような流れにすることも十分可能でしょう」

 

 ならば、後は筐体と術式を造るだけだ。

 皆は準備を整え始めた。

 

 

 

 

 

 

 ボルト達によって成形された金属管。これに例によって、エルの構成した紋章術式(エンブレム・グラフ)を刻んだホワイトミストー板と触媒結晶が組み込まれた。

 あとはいよいよ、これに魔力を流して実験するのみなのだが。

 

「人間が直接持って実験するのは、よく考えなくても危険ですよね?」

 

 ボルト達の鍛冶師としての腕は確かだが、圧縮大気を扱う装置の事故は死傷者も出かねない程の危険性があるのだ。警戒しておくに越したことはない。

 

「じゃあ、ロボットにやらせようか。オクトペッドと魔導演算機を持ってくるな」

 

 八足歩行のリモコン模型の背中に、以前の模擬戦におけるヘキサペッドのように金属管が積まれ、固定された。

 

「それじゃあ、実験を開始しよう。ポチッとな!」

 

 設定されたチャンネルを経由して流し込まれた魔力は、装置の内側に過流を発生させ金属管の前後から空気を吐き出す。

 とりあえず、破裂の危険性が無いことを確認した後に恐る恐る前後の吹き出し口に指を翳したエルは、この装置の持つ力に驚嘆の声を上げた。

 

「本当だ!氷の様に冷たい空気と火傷しそうな熱い空気が発生してます!」

 

「マジかよ……うん、こりゃ確かに冷てぇ!」「ホントだ!すげぇ!」

 

 当初は半信半疑であった“物を冷やす魔法”を創り出すことに成功した喜びは、製作チームのモチベーションを大きく向上させた。

 彼らは従来の魔法の常識を確かに打ち砕いたのだ。

 

「これは確かに“売れる”商品になるかもな!」

 

 この装置に投入された加工技術は別に特別なものではない。装置の製造に掛かった原価も『物を冷やせる』という価値に比べたら、鼻で笑えるぐらい低い。

 費用対効果(コスト・パフォーマンス)に優れた今までにない商品。商売の経験がない人間であっても、『美味しい』商材であると考えるだろう。

 

「よし!こいつを量産して売ろう!この会社を大きく成長させる好機(チャンス)だ!」

 

「「「「え!?」」」」

 

 ボルトは経営者として、決断した。

 

 

 

 

 

 しかし、物事とはそう何もかもうまく行くものではない。 

 

 

 

 

 

「う、売れねぇ。なんでだ!?画期的な“物を冷やす魔導工具”なんだぞ!?」

 

 使い方によっては氷点下以下まで物体を冷却することも不可能ではない夢の装置。

 こんな素晴らしい商品はしかし、ボルトの予想に反して全くと言っていい程、売れなかったのだ。

 

 その原因の一つはこの魔導具が『冷却装置としては』効率が悪い物であったからである。

 

 この装置の生み出す冷気はその原理上、送入する空気の温度に強く影響されるのだ。

 外気温が20℃ぐらいなら、最高温度が約70℃、最低温度が-12℃ぐらいの空気を吐き出すといった具合に。

 外気温がもし32℃以上だったらば?生み出す冷気は0℃を上回る事になる。90度以上の熱風をまき散らす癖にだ。

 安定して冷気を作れる装置とは言い難いのだ。

 

 しかし、氷点下に満たない冷風であっても涼しい風には違いが無い。

 それだけでも価値を持ちえないとは言えまい。だが、

 

「この道具、術式も構造も簡単な癖に必要な魔力が中級魔法クラスなんですよね。短時間使うだけならそんなに魔力はいらないですけど、継続して冷風を当て続けないと物質なんてほとんど冷えませんからね」

 

 エルがこう言う様に、この装置は魔力を大量に食い散らかすものであった。 

 氷点下以下の冷風であっても、水を冷やして氷を作りたいなら1時間ぐらいは当て続けないといけない。これが空気をそのまま冷媒にすることの限界だ。 

 このクラスの魔法を1時間もぶっ続けで使用できる人間なんて限られる。これだけで、実用性を発揮できる使い手は一気に少なくなる。

 

 エヴァがあまりに簡単に使用して見せたため、ボルトも勘違いしてしまったのかもしれない。

 これは女子供でも簡単に使える便利な道具だと。

 しかし、彼女は戦術級魔法(オーバード・スペル)すら扱えるほどの膨大な魔力の持ち主であり、そんな人間の“簡単”は常人には全く参考にならない。

 

「だから、性急な商品化には反対したんですよ、私は!もうちょっと、じっくりと市場調査や運用ノウハウを蓄積してからがいいってあれほど言ったのに!」

 

 言い出しっぺのエヴァもこれがそのまま大ヒット商品になるなどとは考えていなかった。

 渦流空気管は地球においても、ヒートポンプや冷凍機に比べて効率が悪いと考えられていて、ピンポイント冷却のために工場の加工機や成形品を冷やす用途ぐらいにしか使われていなかった。

 いくら他の冷却技術が存在しない敵がいない市場(ブルーオーシャン)に投入する商品と言えど、もっとしっかりとした技術の蓄積と研究を行う必要があると考えていた。

 

 だが、それ以上に不足していたのは経営管理(マネジメント)能力と市場動向把握(マーケティング)能力だろう。

 どういう売り方をするか?販路はどうやって形成するか?そういう経営者としての経験はボルトにもエヴァにもエルにも無かったのである。 

 魅力的な新技術であっても、それだけでは海千山千の商人達が形成する“市場”という環境において無双できるわけは無い。

 

 そして、ボルト自身も“物を冷やす魔法を創造する”という夢に酔っていた部分があったのかもしれない。冷静な判断力が失われていたのだ。

 

 いずれにしても、経営者として決断をしたのは彼だ。この判断が大量の不良在庫を造り出したとしても、発明者である子供達に当たり散らすほど、ボルトも分別の付かない人物ではない。

 

「けど悔しいぜ、畜生!ヤケ酒でも飲まんとやってられねぇ!」

 

「まぁ、これでも飲んで頭を冷やしてください。ほら、工員の皆さんも」

 

 そう言って、エヴァは用意していたとある飲料を差し出す。

 それは麦酒(ビール)。彼女が予め、渦流空気管を使って1時間以上冷風を吹き当て氷点下近くまでキリキリに冷やしてあった。冷たいビールだ。

 

「……プハァ!!うめぇ!冷たぇ麦酒はこれ以上ないぐらいうめぇぜ!」

 

 ドワーフは酒が好きな種族だ。どんな嫌な事があったとしても、仕事終わりにおいしい酒を飲めば、笑顔になれる。

 

「この瞬間だけはこの発明をした二人にキスしちまいたいぐらい感謝するよ。本当に!」

 

 仕事終わりにキンキンに冷えたビールでのどを潤す。地球ではありふれた幸せかもしれないが、この世界では王侯貴族でも簡単には味わえない至上の贅沢だ。

 こうして、エヴァは経営上の失敗によって発生しかけた自分達に対する恨み(ヘイト)(アルコール)の力でうまく洗い流したのであった。




本当は今年は例年以上に猛暑が続いた8月~9月に仕上げたかった話でしたが、技術設定の考証において二転三転あったため、10月にまでずれ込んでしまいました。我ながらバルト君以上に詰めが甘い……


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設定忘備録
キャラクター設定


設定備忘録を掲載することにしました。本編のネタバレ要素もたくさんあるので本編前に読むのはオススメしません。
原作に比べて独自の設定を多数含みます。また、あくまで備忘録であり途中で変えてしまう可能性はあります。ご留意ください。(内容は時々更新します)
めんどくさいので原作キャラもオリキャラも区別なく載せます。
(原作キャラの方も性格や設定が変わっている事はあるので)



オルター家の人々

 

⊡エヴァリーナ・オルター(人間♀)愛称:エヴァ 

 

 本編オリジナル主人公。エルの2歳年上。倉田翼の1年先輩にあたる村岡精作が彼と同じく異世界転生した姿。この世界の人間が標準的に備えている筈の魔法演算能力を持っておらず、紋章術式や魔導演算機といった術式の力が込められた道具の力を使わなければ魔法を行使することができない。

 しかし、その代わりなのか人間ではありえない程の凄まじい魔力を生成する能力を持っており、魔導兵装を使えば、戦術級魔法のような高威力魔法を行使可能。

 演算能力の存在を前提として開発されている幻晶騎士を操縦することができないため、親友のエルと組んで自分でも搭乗できるメカを開発するべく邁進する。

 前世の頃から手先が器用で、模型の完全自作をこなせるほどの根気と技術を持つ。それを今世でも活用して、騎士としての戦闘技術を学ぶ傍らで、鍛冶や錬金術すら身に付けて両立させていこうとする。

 また、自然科学(主に生物学)に関する知識はエルよりも豊富であり、彼とはやや方向の違った技術を創り出していく。

 エルと比べると“人型”に対する執着は薄く、昆虫のような節足動物を好む嗜好故に、所謂ゲテモノメカと呼ばれる機体を作ろうとする傾向がある。

 ロボットと並ぶぐらいに少年を愛好するショタコンであり、メカや生物に対する美的感覚の問題と相まって変態呼ばわりされることもしばしば。綺麗処の集まりであるオルター家とセラーティ家の血を継いでいるだけあって美形。

 エルより2歳年上の栗色髪長身女子。爆乳(予定)

 

⊡アーキッド・オルター(人間♂)愛称:キッド

 

 エヴァの弟でアディの双子の兄。勝気な性格だが、意外に冷静な部分を持つ黒髪美少年。

 エルと同い年の幼馴染として、姉と親友の悪ノリに問答無用で巻き込まれてしまう苦労人体質。

 彼もかなりの演算能力を持っており、身体強化を始めとする高難度魔法を使いこなすことができる。

 

⊡アデルトルート・オルター(人間♀)愛称:アディ

 キッドの双子の妹。可愛いものが大好きな黒髪美少女。

 キッドと同じく彼女も演算能力が高く、様々な魔法を使いこなす。

 エルにかなりの御執心のようであり、幼い頃から彼と仲のいい姉に対して複雑な感情を抱いているようだが、果たして……?

 

⊡イルマタル・オルター(人間♀)愛称:イッル イルマ

 

 エヴァ・アディ・キッドの母親でセラーティ侯爵の愛人。

 黒髪の美女。セラーティ公爵夫人からの圧力を受けて愛人の立場に甘んじているが、本人はそれでも子供達と居られるなら幸せだと考えている素朴な人物。

 ヨアキムとは今でも愛し合っているが、前述の本妻の圧力とこの世界の社会通念上、本妻の家庭の方が優先させるのは仕方がないと考えている。

 子供達の意思を尊重しており、エヴァの障碍特性を必死に理解しようとしている。

 しかし、彼女自身が特に目立った魔法の才を持っているわけではないので、“演算能力”の本質を娘に説明できない事に悔しさを覚えているようだ。(それはこの世界の大抵の人間がそうなのだが) 

 

 

 

 

エチェバルリア家の人々

 

⊡エルネスティ・エチェバルリア(人間♂)愛称:エル 銀色坊主 異名:蒼き鬼神

 

 ご存じ原作主人公。エヴァの2歳年下。日本人システムエンジニア倉田翼が自動車事故で死亡後、セッテルンド大陸フレメヴィーラ王国に転生した姿。生まれながらにして凄まじい魔法演算能力を持っており、術式さえ特定できれば様々な魔法を使いこなし、そのプログラミング知識を活用して既存の魔法を改造することができる能力を持つ。

 その一方で、演算能力と言う物が地球人に意識しづらい能力であることを理解しているため、エヴァにも解りやすく魔法を教えようとしている

 ロボットをこよなく愛し、特に人型兵器に並々ならぬ執着を持っている。そのため、この世界でも己が理想となる人型兵器として新型の幻晶騎士を開発しようと目論む。

 また、エヴァとの出会いで演算能力の本質に迫るべく魔導演算機の中に独自のOSを構築しようと考えている。

 小柄で少女的な容貌の美少年。その髪色は“紫銀”と形容される。

 その容貌ゆえに、学園では密かにファンクラブが結成されるほどの人気がある。(エヴァ曰く、ショタコンホイホイ)

 

⊡マティアス・エチェバルリア(人間♂)

 

 エルの父親(入り婿)。ライヒアラ騎操士学園の戦技教官を務める騎操士。

 かつて鬼教官として名を馳せるほどの厳しい指導姿勢を見せる人物であったが、息子とその友人であるエヴァが行う暴走行為にたびたび胃を痛めることになる苦労人の一人となってしまう。

 

⊡セレスティナ・エチェバルリア(人間♀)愛称:ティナ

 

 エルの母親。エルと同じ髪色の美人。優しくおっとりとした雰囲気を醸し出しているが、実は賢く芯の強い女性であり、その冷静な思考能力は家族の精神的支えとなる事もしばしば。

 

⊡ラウリ・エチェバルリア(人間♂)愛称:ラウリ

 

 エルの祖父でティナの父親。ライヒアラ騎操士学園の学園長を務める人物。

 エチェバルリア家はある種の法衣貴族であり、領地こそ持っていないがその職や地位はある程度保証されている。(しかし、それでも学園長という身分につくのは本人にかなりの教員としての実務経験と経営能力が必要となるので、家格だけでその地位に付いたわけではない)

 エルの天才的魔法の才能やエヴァの人外染みた魔力をなんとか活かそうと、様々な施策を巡らせるが、マティアスやヨアキムと同じく徐々に二人に振り回される立場になっていく苦労人の一人。

 

 

 

 

テルモネン家の人々

 

⊡バトソン・テルモネン(ドワーフ♂)

 

 やや茶味がかった赤髪のドワーフ族の少年。

 ドワーフ族の例に漏れず、手先が器用でエルやエヴァ達と共にモノ作りに励む。そして、振り回される。

 

⊡ボルト・テルモネン(ドワーフ♂)

 

 バトソンの父親でテルモネン工房の長。

 バトソンとエヴァにとって鍛冶の師匠に当たる人物で、幻晶騎士の部品製造については中枢部品以外は一通りの技術と知識を持つ。

 鍛冶師として一流の技術を持っているが、新技術を学ぶ事にも貪欲な人物で、エヴァとエルの持つ魔導兵装の製作技術を取り込もうと考える。

 後に周りの勧めもあり、テルモネン重工を起業したことで、経営者としての顔を持つことにもなった。

 

⊡バルブロ・テルモネン(ドワーフ♀)

 

 バトソンの母でボルトの妻。テルモネン家の台所を支える主婦。

 幻晶騎士部品の製造こそ行っていないが、縫製器具の修繕や整備を行う技術を持った機械工としての顔も持つ。(副業)

 エヴァにミシンの機構を通して、はずみ車の技術を教える。

 

 

 

 

セラーティ侯爵家の人々

 

⊡ヨアキム・セラーティ(人間♂)

 

 セラーティ侯爵家当主。エヴァ・アディ・キッドの父親。

 国内有数の穀倉地帯であるセラーティ侯爵家をうまく治めてきただけあり、有能な人物。

 彼もイルマタル同様にエヴァの演算不能者としての障碍特性を理解しようと努力するが、その一方で彼女の希望を汲み取ってライヒアラへの入学を勧めるなど、柔軟な思考も持つ。

 また、エヴァとエルの発明した白樹紙の特性と危険性を見抜くほどの戦略眼の持ち主だ。

 本妻も愛妾もその子供達も皆家族として愛しているつもりだが、家庭内で確執が発生している事に心を痛めている。

 

⊡ハンナマリー・セラーティ(人間♀)愛称:ハンナ

 

 セラーティ侯爵夫人。本妻。

 かなりの美人で表面上はお淑やかだが、実態としてはとても嫉妬深い性格で愛妾の存在を疎んじており、それを度々息子や娘達に漏らしたり、家臣たちに吹き込んだりしている陰湿な部分を持つ。

 

⊡アートス・セラーティ(人間♂)

 

 セラーティ家長男。現在、ヨアキムについて次期領主として勉強中の青年。

 

⊡ステファニア・セラーティ(人間♀)愛称:ティファ

 

 セラーティ家長女。

 容姿はハンナそっくりの金髪碧眼美少女だが、母とは異なり大らかな性格で、可愛いもの大好きなので異母姉とも対等に付き合おうとする。 

 

⊡バルトサール・セラーティ(人間♂)愛称:バルト

 

 セラーティ家次男。

 彼も母に似て金髪の美少年で頭もいいのだが、優秀な兄や姉・異母姉と比べられてきた所為か、非常に強い能力コンプレックスを抱えており、異母姉弟妹を疎んじている。

 



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国家・地域と組織

国家や地域、騎士団や組織はこちらに纏めました。
まだ短いですがこれもネタバレ成分含みますので、ご注意をば。


セッテルンド大陸

 

 この物語の舞台となっている惑星に存在する大陸。

 この大陸の西側は魔獣が絶滅していてほぼ完全に人類の支配圏と化しており、“西方”と呼ばれている。

 この大陸を二分する巨大なオーヴィニエ山脈の向こう側に存在する“東方”にはいまだに強大な魔獣が多数生息しており、西側の人々にとってはこの世の果て、もしくは異世界のような扱いを受けているが、一つだけ人類国家が存在する。それが後述するフレメヴィーラ王国だ。

 

 ボキューズ大森海

 

 大陸の東側に存在する大樹海。西側では絶滅した数多の魔獣の生息地となっており、人類にとっては完全に未開の地と言っていいだろう。

 

⊡フレメヴィーラ王国

 

 東側に存在する唯一の人類国家。

 国内に未だに無数に生息する魔獣達によって度々獣害に晒されており、それを討伐するための騎士団が多く結成されている。

 国民の一人一人が魔獣に対抗するために武術や魔法を学んでおり、王侯貴族や政府もそれを奨励しているため、平民の教育レベルが非常に高い。

 

 ・ライヒアラ騎操士学園街

 

  国内最高峰学府との呼び声も高い学校であるライヒアラ騎操士学園を中心として発達した都市。王家直轄領。

  学生向けの食料品を売る軽食屋や実習に必要な幻晶騎士の部品製造を行う工房など、多くの関連施設を有する。

 

  ☆ライヒアラ騎操士学園

 

  この学園には多くの学科が存在するが、以下の学部が特に有名だ。

  操縦者である騎操士(ナイト・ランナー)を育成するための騎操士学科。

  機体の構成部品を製造する騎操鍛冶師(ナイト・スミス)錬金術師(アルケミスト)を育成する鍛冶師学科や錬金術師学科。

  魔法術式の編纂を行う為のプログラミング技師である構文技師(パーサー)を育てる構文学科など、幻晶騎士関連技術を学ぶための多くの学部を有する。

  また、歩兵や騎兵を訓練するための騎士学科や建築学科・服飾学科などの一見幻晶騎士と直接関係ないように見える学科も存在するが、それは関連技術が間接的にこれらの学科にも影響を与えると考えられているからだ。

  騎士学科は騎操士学科と一部カリキュラムが共通しており、錬金術によって合成された素材が服飾に取り入れられることもあり得る。(服飾学科で騎士の服飾装備を作る場合もある)要塞や施設を建築する折には、幻晶騎士の運用を想定した格納スペースや砦の機構を考えねばならない。

  特に騎士学科は行商人や貴族の子弟に護身術を学ばせる目的で入学させる場合もある為、非常時に幻晶騎士と連携を取るためにも基礎的な情報は学ばせる。

  このように、本学園の中ではあらゆることが幻晶騎士を中心にして成立していると言えるだろう。

 

  ☆テルモネン重工(インダストリー)

 

   エヴァとエルの発明した機械を製造・販売する事を目的として設立された企業。

   個人工房であったテルモネン工房を母体としている。社長はボルト・テルモネン。

 

  

 ・セラーティ侯爵領

 

  国内有数の大貴族であるセラーティ侯爵家が収める土地。

  フレメヴィーラの食糧庫とも謳われる穀倉地帯を抱える一方で、魔獣の生息域であるボキューズ大深海と接している為、災害が頻発している土地でもある。

  ここを守護する緋犀騎士団は、王国でも最新機種であるカルダトアが多数配備されており、国防にかなりの力を入れている事が解る。

  食糧生産の為の農業技術や幻晶騎士の整備用部品の製造の為の工業技術なども発達しており、技術面でも発展している土地だ。

  後にエヴァの発明品である白樹紙を特産品とすることによって、軍事的・文化的にも重要な土地になる。

  



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用語集

こちらは設定用語集です。
キャラクター設定以上にネタバレのオンパレードなので、ネタバレが嫌な方は読むことは勧められません。ご注意ください。

アルファベット・五十音順とかにもしてないので読みにくいかもしれませんがお許しください。

また、あくまで独自設定ですので原作とは違う部分が多くあります。重ねてご留意ください。

*幻晶騎士やオリメカの機種は本格的に登場させてから別途に書きます。


魔法に関する事

 

⊡魔法

 

 魔力が術式に従って現象として発現したもの。

 触媒結晶という物質を発動媒体として必要とするため、これを利用しなければ魔法を使う事はできない。またなんらかの形で術式を記憶しておく媒体も必要とする。(生物の脳内の記憶や演算機内部の記録と言う形でも可)

 また、エネルギーを作り出す(ように見える)現象しか引き起こせないので、直接的に物体を冷却したりする魔法は存在しない。(風を吹かせて“熱を移動させる”ことはできる辺りこれも工夫次第だろう)

 

 

⊡魔力

 

 この世界の大気中に含まれる物質“エーテル”が生物体や機械装置の内部で励起された状態。

 魔法現象を引き起こす為のエネルギー源であり、術式を入力することで様々な魔法を使用することができる。

 エーテルの励起状態は通常の大気中では長時間維持できず、エネルギーを失う基底化を防ぎたければ保存する媒体を必要とする。

 

魔法術式(スクリプト)

 

 発現させる魔法の内容を記載した式であり、特定の図形や文字を組み合わせた情報として認識される。

 ある種のプログラム言語であり、ソフトウェアとしての側面を持つ。

 

紋章術式(エンブレム・グラフ)

 

 魔力の伝達性が高い物質に上述の魔法術式を刻み込むことで、魔力を通すだけで魔法現象を発現させられる技術。幻晶騎士などの携行火器として使用されるものは、特に魔導兵装(シルエット・アームズ)と呼称される。

 物理的に刻まれた術式に過ぎないため、単体では生物や機械的センサーからの帰還制御(フィードバック)を必要とする制御は行えないという欠点を持つ。

 しかし、それは裏を返せば開周回(オープン・ループ)制御やシーケンス制御、単発魔法のような書き換えによるフィードバックの必要のない制御法なら行えるという事であり、また演算能力を持つ生物や機械との連携を行えば、機械制御に応用することは可能である。

 

魔術演算領域(マギウス・サーキット)

 

 この世界のあらゆる生物が脳内に持つという、魔法術式をある種のプログラム言語として演算処理する高次脳機能。

 エルネスティ曰く『頭の中にパソコンがあるような感覚』で使用できる力との事。

 この世界の医学ではその全容を未だに解明できておらず、また他の脳機能と複雑に絡み合っており、はっきりとした区分が存在するわけではない。あくまで観念的な言葉だ。

 また感覚質との強い因果関係も持つため、他者と完全な情報共有はできず、その事が実態の解明を難しくしている。(術式として処理している部分は情報共有が可能)

 

感覚質(クオリア)

 

 人間が脳内で感じる意識的感覚やそれが齎す経験や記憶の事。

 ここで言う“感覚”とは、感覚器を刺激して脳に伝達される信号の事ではなく、それを脳がどのように受け止め、感じているかという事であり、その人物が記憶して身に付けている文化や常識に左右され得る事象でもある。

 なんらかの脳活動と関りがある事は確かなのだが、現代の地球科学でもっても具体的にどういうメカニズムによって齎されているのか判明していない。当然、この世界の人々も理解できてはいない。

 

演算不能者(ノーペレーター)

 

 魔術演算領域が何かしらの原因によって使用できない状態になった人間の事。

 この世界においては障碍者と認識されている。

 初歩的な魔法教育を施す10歳までの間に魔術演算領域が認識できない子供が演算不能者とみなされる。(裕福な家庭や貴族の子弟の場合、家庭教師によって初歩の教育が行われるため、認知が早まる場合がある)

 脳に何かしらの機能障害が起こっているのではないかと考えられているが、詳しいことはわかっていない。この障碍を持って生まれた人間は、騎操士になれないとされている。

 

 

 

 

幻晶騎士や機械技術に関する事

 

幻晶騎士(シルエット・ナイト)

 

 この世界で広く運用されている人型機動兵器。魔法と錬金と冶金で形成された魔導兵器でもある。 

 魔法を“演算”できないものに操縦することは不可能とされている。後述する機械要素によって構成される。

 

 ・魔導演算機(マギウス・エンジン)

 

  魔力をエネルギー源として稼働するコンピューターシステム。

  魔法術式を記録・演算する機械であり、幻晶騎士を稼働させるための組込術理機構(エンベデット・システム)の格納媒体となっている。

  鐙や操縦桿から伝えられる情報を受け取ることで、機体を動かしている。

 

 ・結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)

 

  触媒結晶を錬金術で加工することによって合成されるある種の人工筋肉。

  細かな筋繊維(フィラメント)によって構成されていて、この繊維の一本一本が魔力を通し・術式による命令を与えられることで、生体筋肉の様に収縮する。

  また、魔導演算機に自身に掛かっている圧力や負荷、伸展や収縮の状態を伝えるセンサーとしての側面を持っていて、これを逆算することで幻晶騎士の関節角度覚情報を検出している。(ある種のポテンションメーターだ)

 

 ・魔力転換炉(エーテル・リアクター)

 

  大気中のエーテルを吸入し、これを励起して魔力を造り出す動力炉。

  機体内部に格納された吸排機構によって新鮮な大気を吸入し続けることによって稼働する機械であり、生物で言えば心臓と肺の機能を併せ持つ物。(吸排機構は気道や横隔膜のような付属器官に過ぎない)

 

 ・金属内格(インナー・スケルトン)

 

  人間の骨格を模したフレーム構造。強化魔法によって補強される。

  脊椎動物である人間の骨格と同様に、複雑な脊椎骨と四肢の骨を模した金属部品によって形成される。結晶筋肉によって稼働するその構造上、回転する機構を持っておらず、例えば手首は橈骨と尺骨の組み合わせで“回旋”する設計になっている。

 

 

 ・幻像投影機(ホロモニター)

 

  眼球水晶からの視覚的情報を投影するある種のビデオディスプレイ。

  魔導演算機内部の組込術理機構の働きによって像を結んで、機体外部の様子を表示する。

  

 

*ここからはネタバレ成分強いです

 

 

 

 

 

 ・魔術演算領域(マギウス・サーキット)

 

  この世界の人間の高次脳機能でもある魔法演算能力。同時に幻晶騎士に基本的汎用性を与えている、真の意味でのオペレーティング・システムでもある。

  幻晶騎士を人型の拡張人体(エンハンスド・ボディ)として発達させた原因となった要素。

  これをある種のブレイン・マシン・インターフェイスとして魔導演算機と連携させることで、仮想的身体感覚を操縦者の脳内に創り出し、人間の感覚を反映させた直感的入出力を可能とすることで、幻晶騎士は操縦されるのだ。

  

 

 ・組込術理機構(エンベデッド・システム)

 

  魔導演算機内部に格納されている魔法術式。身体強化魔法(フィジカル・ブースト)をその基礎として、それを拡大・拡張して機体を動かす為の魔法として機能する物。これはパソコンで例えれば、BIOSやファームウェア、デバイスドライバのようなハードウェアとしての機体の駆動を保証する物であり、OSそのものではない。

  操縦者の身体イメージを読み取って追跡(トレース)する機能であり、それを理解して模倣(ミミック)するものではない。つまり、魔導演算機が自動的・自律的に機体を動かす要素はもっていないのだ。(魔力転換炉だけは多少自律稼働させられるようだが)

  基本的には一枚岩の術理機構(モノリシック・システム)であり、非常に高速で動作するが、その代わりに拡張性に乏しい。

 

 

 

 

エヴァの発明品

 

白樹紙(ミストー・ペーパー)

 

 今までは杖に使われていた魔力を通す木材『ホワイト・ミストー』を幻晶騎士や重機械の力でパルプ化して作った紙。

 これにより、魔導兵装を始めとする紋章術式を使った機材を従来では考えられない程、軽量化・小型化できるようになった。

 

弾倉(マガジン)

 

 白樹紙を利用して作られた魔導兵装用カートリッジ。杖を手軽に魔導兵装へ改造できるシステムとして開発された。また幻晶騎士用の魔導兵装であっても、畜魔力媒体(キャパシタ)術式記述部(キャンパス)の機能が杖本体とは別の部品に込められていて任意に分離できる構造になっている場合、こう呼ばれることがある。

 

 

 

エルの発明品

 

K-sido(キシドー)

 

 この世界で魔導演算機内部に初めて構築されたオペレーティング・システム。

 今まで魔術演算領域内部で無意識的・本能的に行使されていた情報処理を機械的に自動処理する機能を実装している。

 また、使用者(ユーザー)にOS内部で行われた情報処理の結果を、幻像投影機に表示する文字や図形・画像データ等で示すための機能が備わっている事も特徴的だ。

 

 

画像投影機能(グラフィック・シェル)

 

 地球で言う所の所謂、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)。

 幻像投影機に表示されたアイコンや画像を表示するのみならず、プログラムされた術式を数値(ベクター)化された紋章術式へと自動翻訳して表示したり、編集や実行を行えるようにしている。

 

 

式神(デーモン)

 

 OS内部で情報処理を自動実行する常駐プログラム。

 似た概念の魔法は既存の組込術理機構内部にも使われていないわけでは無かったのだが、様々な理由から魔術演算領域の内側で行われている類の処理は、魔導演算機側では行われないようにするのが慣例化していた。

 



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