邪神系TS人外黄金美女が古代神話世界でエルフ帝国を築くまで (独活ノ苔玉)
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プロローグ Ⅰ



はじめ短編として出しましたが、
割と好感触だったので文字量大幅に増幅させました。



 

 

 

 古く、黴臭い儀式場だった。

 密閉された薄暗い石室。

 空気は淀み、換気はされていない。

 壁に立てかけられた松明の灯りに照らされて、俺は祭壇の上で横たわっていた。

 

「……」

 

 むくり、と身体を起こし辺りを(うかが)う。

 すると、ちょうど俺の横たわっていた祭壇を中心として、幾つもの人影が床に倒れ込んでいるのが分かった。

 全員、赤い水溜まりの上で、服が汚れるのも気にせずジッとしている。

 松明の灯りは、小さいが強い。

 赤い水溜まりの端の方には、鈍いが、たしかに光を伴うナイフが転がっていた。

 ……なので、たぶん、これはそういう経緯でこう(・・)なってしまったに違いない。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やつ、ここのつ、とお……」

 

 数えてみると、軽く十人。

 いずれも簡素ながら上等そうな衣服に身を包んでいる。

 しかし、その内訳は男ひとりに女九人と、かなりの偏りがあった。

 風貌を見比べてみても、女たちは揃って若々しいが、男はひとりだけ杖をついていてもおかしくない年齢に見える。

 

 父と娘か。

 あるいは、祖父と孫娘たちか。

 

 何であれ、起き抜けに見せられる光景としては「勘弁して欲しい」の一言に尽きた。

 一家心中にしろ儀式殺人にしろ、呼び寄せられる側(・・・・・・・・)からすれば、本気で堪ったものじゃない。

 特に、今回のような本来なら選ばれるはずのなかった突発的代理召喚。

 すでに事切れているこの十人が、死してなお召喚を(こいねが)った相手とはまったくの別人(・・・・・・・)

 正真正銘、一代替品(・・・・)にとってみてすれば、心の底からマジかよという感じだった。

 

「……しっかし、事前に説明を受けていたとはいえ、酷いねこれ」

 

 俺はぴょんっと祭壇から飛び降り、足が汚れないよう慎重に水溜まりを避けて松明を手に取る。十分な灯りを手元に用意して、じっくりとあたりを検分するためだ。

 

 なにせ、こちとら着る物も履く物も何もない、まさかの全裸状態!

 

 十人の内の誰かから、せめて使えそうな衣服を拝借しなければ、マトモに外も出歩けない格好だった。

 

「召喚そうそうやらなきゃいけないコトが、自分を召喚した人間たちの死体漁りとか、精神的にクるよ。まったく」

 

 ぼやきながら、まずは女たちのひとりから適当なサイズの靴……何かの動物の皮でできているブーツのようだ……を脱がし、履く。

 

 通常、服を着込む際に靴から身につけていく人物は変わっていると思われても仕方がないが、現在の状況はかなりのレアケース。

 石室の床は硬く、ザラザラとしていて足心地も悪い。

 衣服を検めるとなると、赤い水溜まりを避け続けるのにも当然無理があるし、ここは多少順番が入れ替わっても靴から頂戴していくのが、俺的にベストな選択だった。

 

「よし」

 

 靴を履いたコトで足首までの防御力を得た。

 俺は次に比較的汚れていなそうな娘に目星をつけると、心の中で軽く謝罪の言葉を口にし、手早く衣類を剥ぎ取っていく。

 死体はどれも胸──心臓の位置──に刺傷があるため、上半身はほとんど使い物になりそうもないほど真っ赤に染まっていたが、ひとりだけ奇跡的にコートのような前開きの、薄手の羽織物を身につけていた。

 

 これならば、水溜まり(出血)による汚れも少ない。

 

 俺はこれ幸いと、追い剥ぎのような気分に陥りながらもそれを羽織った。

 その他に関しては、途中、見慣れないデザインをしているモノも多かったため、どういう着方をすればいいのか分からないモノ──とりわけ下着類──を放置せざるを得ず、未だ心もとない感じは超絶的に否めなかったが、とりあえず、差し当っての全裸状態、防御力ゼロの格好からは脱出に成功した。

 

「……」

 

 他に使えそうな物はナイフしかない。

 別段必要性は感じないが、念の為、ポケットに入れて持っておくコトにした。

 

 ──さて。

 

 石室の壁にはひとつだけ、トンネルのような通路が見える。

 いつまでもこんな場所にいたって仕方がない。

 俺は肩を竦め、フンと軽く鼻を鳴らした。

 そして、一寸先も見通せない(まった)き暗がりへと、静かに足を動かす。

 カツン、カツン。

 通路は長く、思いのほか、それなりの距離を歩くことになりそうな予感がした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 人間誰しも、一度や二度は他愛のない願望(ゆめ)を見る。

 人格の育ち切っていない子どもの頃なら尚更で、どんな立派な紳士淑女であっても、小さい頃は人並みにバカバカしい。

 幼稚で不出来な非現実を、とかく無自覚に望んでしまうものだ。

 

 少なくとも、俺の場合はそうだった。

 

 小学生の頃、やんちゃで有名なクラスメートが自分勝手に振る舞う様を見て、どうしようもないほど頭にキタことがあった。

 詳しい内容なんか覚えちゃいないが、そういう時、俺は大抵いつも、頭の中でそのクラスメートをボッコボコに殴れる力があればと妄想していたのを覚えている。

 漫画に出てくる超戦士のように、一発殴ればコンクリートが砕けて、地面すらもが割れるような、そんな超人的パワーがあればアイツを絶対に黙らせるコトができるのにと。

 

 たぶん、その時は虫の居所が悪かったんだろう。

 それか、日常的に苛立ちが募り、日頃からそれだけ腹に据えかねていたか。

 

 どちらにせよ、人間なら誰だって頭の中で空想するはずだ。

 ムカつく誰かをこれでもかというくらい、こてんぱんに殴り倒す妄想(イフ)は(大人になったってムカつくヤツはいる)。

 

 他にも、小さい頃の俺は親の運転する車の後部座席にいる時は、決まって窓から見える風景に自分だけの最強キャラクターを投影したし、屋根から屋根へと縦横無尽に飛び移らせたりもした。

 

 道路上の白線を踏めば死んでしまうゲームだったり、教室を襲う謎のテロリストを華麗に撃退したり。

 

 中学校を卒業する前までは色んな特殊能力を考えたりもした。

 

 手から火を出せる能力。

 水を自由に操れる能力。

 風使いになったり、あらゆる武器を使いこなしたり。

 

 それらは当時流行っていた漫画やアニメの影響をダイレクトに受けて、その都度、都合よく変わっていった。

 

 そして、ある一定の年齢を超えて大人へと近づいた頃、俺の空想は現実的なものへと変わっていき、次第に実用的で、生活に役立つモノを冗談レベルで思い浮かべる程度に落ち着いていった。

 

 ──電車やバス、交通渋滞は煩わしいから、空を飛べたらいいのに。

 ──いや、この際マトモに移動するのも面倒だから、瞬間移動ができたら凄く楽だぞ。

 ──通勤時間はなくなり、その分、一日に余裕が生まれる。

 ──あれ? でも、そうしたら交通費とかって支給されなくなるのか?

 ──つーか、極論金さえあれば生きていけるんだし、働かずに金だけ入ってくる能力とか超欲しいんだけど。

 

 もちろん、そんなモノはあるワケない。

 とはいえ、心の中でこんなチカラがあったらいいのになー、と無意味に夢想するのは、あくまでも個人の自由だ。

 

 ──あんな豪華な屋敷に住んでみたい。

 ──あんなホテルで生活できたら夢のようだ。

 ──たまにはリラックスできる大自然に包まれて、惑星(ほし)の息吹を感じる一日を、世界遺産とか海外旅行とか、いろんな場所も堪能してみたい。

 

 自分が王様とか石油王とかになった妄想をして、至福の『もしも』に想いを馳せる。

 

 一般的な中流家庭に生まれ、凄まじく貧乏というワケでもないが、かといって余裕があるワケでもない。

 平々凡々なザ・普通の暮らしをしてきた俗人(・・)だからこそ、アホみたいな非現実(フィクション)にどうしようもなく焦がれていた。

 

 たぶん、実際に大富豪になったら、それはそれで気苦労は多いのだろうけど、そんなことはさておいて、とにかく、自分を取り巻く今ある現実(・・・・・)から抜け出せるなら、何でもよかったのだ。

 

 西暦2010〜20年代、疲れ果てた日本の現代人なら、たぶん当たり前。

 

 だって、考えてもみて欲しい。

 働かずに食うメシだとか、他人の金で食べる焼肉だとか、最高に美味いし幸せです。

 美男美女に褒めそやされて甘やかされて、ただそれだけで生きていけるなら絶対にそれがいい。

 好きな時間に寝起きして、好きな映画をいつでも見放題。

 食っちゃ寝、食っちゃ寝、暇に飽きたら自尊心を満たせる程度に働いて、後は気楽に自分の人生を謳歌する。

 

 決して難しいはずはないのに、現実と向き合えば、なぜか難しく感じる摩訶不思議。そんなリアルで本当にいいのか? いいわけないだろ。

 

 だったら、日常のふとした隙間、ちょっとした退屈しのぎとして、少しだけバカげた空想に浸るくらい。

 人間なら、誰だって、多かれ少なかれやっているコト。

 誰にも迷惑はかけていないし、口に出さなければ、どれだけ荒唐無稽なモノでも知っているのは自分だけ。

 別に本気で願い込んでるワケでもなければ、頭がおかしくなったワケでもない。そりゃ、本当に叶ったら嬉しいだろうけど。

 

 ささやかな心のリラクゼーション。

 現実逃避も度を過ぎなければ、メンタルのケアに役立つと言うし。

 

 俺は時折り──特に深夜まで残業しているとだが──手から金が出てくる能力とかどうよ? なんて妄想して一人悦に入っていた。今思えば、間違いなく心のどこかが擦り切れていたのだろう。

 

 そんな、ある日のコトだ。

 

 突然、目の前がブツリとブラックアウトするように真っ暗になったかと思うと──『声』が聞こえてきた。

 

 その『声』はひどく単刀直入で、一方的に自分の用件を伝えてくると、有無を言わせず俺を何処かへと(・・・・・)引っ張り上げ、様々なコトを語った。

 

 流れる星々が川のせせらぎのように足元を通り過ぎ、火の灯る大地が千を超える鉄槌に鍛たれる刹那の光景(フラッシュ)

 青く澄み渡る天球儀はクルクルと粘土のように捏ね回され、聳え立つ柱の塔、星を貫き支える蜘蛛の糸。

 燃え落ちる天蓋に草花は芽吹き、咲き誇る生命の光が開闢の唄を紡ぎ、巨いなる海は泥の中、鉄の王女に断頭台。

 

 俺は宇宙猫と化した。

 

 自分の脳がそれまで使用していなかった異なる回線(セカイ)へと強制的に接続され、大量の電流(シンワ)を流し込まれたかのような絶対的啓蒙。

 ぐるぐると視界は跳ね回りぱちぱちと火花が飛び散り精神はどろどろ融解し人格は不要な部分をさっぱり削ぎ落とされきっちり最適な形へと作り直される。

 

 そして、そこまでしてようやく(・・・・)俺はその声の主(・・・)の言葉を『理解』できるようになり、結果として、ソイツの走狗となるコトを了承するに至った。

 

 なにしろ、拒否するだけの権利も力も無ければ、反論を口にした途端、物理的にも形而上的にも『廃棄』されることが直観で理解できていたからだ。

 銃口を突きつけられ頭蓋を撃ち抜かれる寸前とでも言える状況で、引き金を握る誰かに逆らえるほど俺は無鉄砲じゃない。

 

 人間の都合なんか知らねー!

 オマエらはオモチャ!

 

 人権やこちらの尊厳等を無視したとてつもない暴挙であったとしても、死ぬよりはいい。

 

 それに、だからと言って、話はそう悲観的になる必要もない方向に進んでもいた。

 

 というのも、その声の主──便宜上、これからは『高次存在』とでも呼称させてもらうが──は、どうも自分の代わり(・・・・・・)を探しているだけで、ある場所に行ってもらえさえすれば、後は俺の好きなようにして構わないのだと云う。

 

 走狗というのも名ばかりで、下僕や奴隷のような扱いをして馬車馬のように働かせるつもりも毛頭なく、それどころか自身の『化身(アバター)』として、文字通り星の数ほどある力の内の一片(・・)を譲渡するとも言ってきた。

 

 制約はなく、代償も特にはない。

 

 聞けば──ほとんど不死身の、まさに超自然的存在へと生まれ変わらせてくれるらしい。

 

 老いず、朽ちず、病まず、傷つかず、永劫の不蝕不滅。

 人間として食事を摂る必要も無ければ、排泄を行う必要もない。

 寝ても寝なくてもどちらでもいいし、肉体は常に自分の意思(・・・・・)で最高の状態(・・・・・・)に保たれる(・・・・・)嘘のようなホントの話。

 

 生命活動に不可欠とされたあらゆる要素は、趣味嗜好(・・・・)と同じラインにまで引き下げられた。

 

 しかも、これでまだ最低限の基本スペックでしかないらしい。まったく、どれだけ規格外なのだろう。

 

 ただ──ひとつだけ。

 

 強いて不便な点を挙げるとすれば、それは『化身』である以上、大元である高次存在の原理的欲求──その存在がその存在としてあるために必要不可欠な属性──の遵守を求められるコトか。

 

 俺の場合、それは端的に『裏切り』となる。

 

 この先、たとえどんな人間関係を築くにしろ、俺は必ず誰かを(あるいは何かを)裏切らなくてはならない。

 

 それも、ただ裏切るのではなく──ここぞというタイミング……ここを逃しては今後これ以上はない……という最高潮(・・・)を見計らってだ。

 

 まったく、なんともまぁ、高次存在サマの品性を疑いたくなるような話ではあるが、こればかりはどうしようもない。なにしろ高次存在サマでも抗えないのだ。斯く言う俺も(むべ)ならん。

 

 まるで、世界の敵とも言うべき最悪の不良債権(カルマ)を背負わされてしまったようだが、そうしなければ存在破綻で自己崩壊を招くと言われれば仕方がない。

 すでに人間としての脆弱な部分はオミットされてしまっているから、かつての残滓が「うわ、ひでぇ」と客観的に告げてはくるものの、恐らく実際にその時になれば『俺』は何とも思わないだろう。

 それを残念だとも気楽だとも感じる今の俺は、果たして最初からこういう人間だったのかそうでないのか。今や高次存在のみぞ知る瑣末事である。

 

 ともあれ、俺はそうして高次存在の望むまま、それまでの世界を捨て、晴れて新たなる世界へと派遣されるコトになった。

 

 ──曰く、規定条件を満たした知的生命が正規の手順に則って召喚申請を行った。

 ──だが、その世界は疾うの昔に旨味を失っていて、今さら出向いてやるほどの価値はない。

 ──波長の合った適当な化身を送り込むので、後は好きにしろ。

 

 とのコトらしい。

 やれやれ、高次存在らしい実に手前勝手な物言いである。

 これがもし企業と企業の正式な契約下で行われた不正だとしたら、断固とした姿勢で俺は上司へと訴えたい。

 しかし、相手は企業でもなければ上司なんて生易しいモノでもなく、宇宙の根幹からして法則を握りこんでいるような言語化不可能な存在なので、俺は神妙な顔をして「合点、親分!」と頷くに留めた。リアクションは特に無かった。

 

 まぁ、そんなコトはどうでもいい。

 斯くして、俺は新世界へと旅立つに至った。

 

 だが、どんなに素晴らしい肉体を手に入れようとも、まったくのゼロ知識ではさすがに困惑してしまう。

 都会にはじめて訪れたおのぼりさんどころか、異国に放り出された母国語話者のように途方に暮れてしまうだろう。

 なので、さながら旅行前に観光パンフレットを幾つも購入してしまう浮かれ野郎のように、俺は最低限の情報だけ高次存在からのダウンロードを行った。もとい許された。

 

 それによると、どうやら俺が召喚(・・)された世界は、非常に興味深い世界のようだ。

 

 基本的な構成骨子は古代(?)ヨーロッパ──というよりローマやエジプト、ギリシャあたりか──を彷彿とさせるものの、一部、明らかに俺の知っている古代世界像とは異なる要素が含まれている。

 

 そのひとつが、神の実在(・・・・)だ。

 

 と言っても、よく知られている唯一神のように、全知全能、万物の父というワケではない。

 それぞれの地域、それぞれの国で信仰を集める土着の、言うなれば怪物に近い神(・・・・・・)が本当に存在している。

 イメージ的には、北欧神話やギリシャ神話、エジプト神話などが近似だろう。

 

 まぁ、でなければ俺のような使い走りがこうして召喚されるはずもないので、その辺は特にツッコミどころがあるワケでもない。

 高次存在と接続した今の俺にとって、ちょっとやそっとの摩訶不思議はそう驚くことでもないからだ。

 

 ともかく──七つの国と七つの宗教。

 

 それと、有象無象の異境の神々。

 

 俺の呼び出された世界では、どうやら宗教戦争のようなモノが勃発しており、異なる価値観を持つ人間同士が互いに百年以上も剣を向けあっているのだとか。

 しかし、すでにその大勢もほとんどが一国の独壇場。

 国土も国民も何もかも、あらゆる面で最強とされる『龍の國』が大陸を制覇するまで後わずかのところまで来ていると云う。

 

 俺は、もはや歴史から確かな伝承も逸話も失われてしまった名も無き神の一柱として、そんな世界に転生した。

 

 これまでの話を要約すると、まぁ、そういうコトになる。

 世界観を分かりやすく説明すると、幻想譚(ファンタジー)というより神話(ミソロジー)寄りの世界だ。

 

 ──だが、おもしろいのはココからで、この世界、神は何を(・・・・)してもいい(・・・・・)

 

 神なのだから当然だが、誰に諌められるコトも何に気を遣う必要もなく、本当に好き勝手して構わないのだ。

 ギリシャ神話のゼウスがあちこちで女を手篭めにしたり、北欧のロキがフェンリルなどの怪物を作ったりしたように。

 あらゆる横暴、あらゆる越権、あらゆる自由が神にはある。

 人間は神に逆らう無意味を弁えているし、そも、神を絶対と崇める宗教基盤ができあがっている。誰にも邪魔はされない。

 

 つまりだ。

 

 子どもの頃、幼稚にワガママに都合よく妄想していたあらゆる幻想。

 そればかりか、ヒトならば誰しも一度や二度、頭の中に思い浮かべた禁忌であったり無法であったり。

 俺は、この上ない『特権』を実行する許可を与えられた。

 もう、やりたくもない仕事をする必要もないし、馬鹿みたく働かなくていい。どれだけ自堕落に暮らしても、どれだけ趣味に走っても一切構わない。まさにハレルヤ! 

 

 与えられる化身(アバター)が金髪黄金瞳の人外美を伴う長身巨乳美女と聞かされた時は、性転換による一抹の不安を覚えないでも無かったが、そんなもんここまでサービスされたら些事である。

 むしろ、いろいろと不便だった人間の肉体(うつわ)から解放されて、外面まで見栄えよくしてもらえたコトに感謝するまである。

 

 身長170センチを超える長身。

 おっぱいなんか、両手で揉むと、(てのひら)から零れ落ちそうなほどたわわ(・・・)で、足も長く、まるでモデルのように均整の取れた肉体だ。

 想像の中の世界三大美女──あのクレオパトラすら超えているんじゃないかと、思わず目を疑ってしまう人外的美貌。

 男の象徴が無くなってしまったのには少なくない無念が残るが、パッとしない以前の風貌より、こっちの方が遥かにスペックが違う。

 

 ──これで『神』でないと言うのなら、他のいったい何だと云うのだろう?

 

 ゆえにだ。

 俺はこれから、素敵に怠惰に自由に強欲に、まずはこの世の贅という贅を、すべて味わいつくそう。

 

 邪神とか言われても仕方がない。

 

 だって、『俺』を生んだ高次存在サマからして悪属性なのだから。

 親元の因果には逆らえない。逆らう意義も特別見いだせない。

 

 想像してみて欲しいが、たとえば、ある日突然、『銃』を手に入れたとしよう。

 

 倫理観や社会常識、人道的見地、人としての良心に則り、キミは当然、無闇矢鱈に銃を使ったりはしない。

 使えば危ないし、もしかしたら、たくさんの人に罰せられてしまうかもしれないと分かっているからだ。

 しかし、キミの心の中には必ず、『銃』を手にしたという高揚感、万能感にも似た驕り(・・)が小さくなく生じるだろう。

 銃という明らかな武器──凶器は、ただそこにあるだけでキミを非日常へと誘い、「その気になれば自分は誰かを容易に傷つけられるのだ」という特別意識が、キミを変えてしまうかもしれない。

 

 けれど、恐らく、大半はそう(・・)なのだ。

 

 強い力を手に入れた人間は、往々にして自分自身が強くなったと錯覚してしまう。

 これはどれだけ自分を戒めていても関係ない。

 心の奥底から湧き上がってくる陶酔の感情に、俗物たる衆愚は、そも抗えるようにできていない。

 倫理や道徳でどれだけ聖人君子の皮を被ったところで、人が持つ浅ましさはどうしたって初めからそこにある。

 

 そして、ここまで読んで貰えば分かるように、俺の精神性も決して大層なモノではない。

 

 聖人でもなければ英雄でもなく、立派な大人とすらもしかしたら呼べないザ・愚か者。

 

 だから、こうしてチートを与えられて、火を見るより明らかな特別なチカラを手にしたならば、当然のように歓喜が先立つ(・・・・・・)

 

 

 

 や  っ  た  ぜ  !!

 

 

 

 が、そうは言ってもだ。

 

 単に「酒池肉林を目指す」と大雑把な目的意識を掲げてみても、俺にはやはり具体的なプランがない。

 根が小物な一般大衆に過ぎないから、スケールの大きいライフスタイルというものが上手く想像できないのだ。

 初めは自分を召喚した人間たちの望み通り、願いを叶えてその対価として莫大な報酬を要求しようかとも考えてみたが、せっかく神になったのになんでまた働かされなきゃいけないんだと速攻で気分が萎え散らかした。

 

 あと、俺は高次存在の手によりこうして神に転生したものの、別に全知全能だったり宇宙を灼き滅ぼすだけの雷霆を撃ち放てたりするほどの万能ってワケでもない。

 あくまでも高次存在の化身として、その範疇で譲渡された権能(・・)しか振るえないのだ。

 それも、高次存在曰く波長が合った(・・・・・・)分のみに絞られる。

 

 

 第一の権能──黄金楽土。

 第二の権能──文明叢書。

 第三の権能──閉塞打破。

 

 

 俺が持っている特権など、所詮はこの三つだけ。

 言い換えれば、黄金楽土(めっちゃおかねもち)文明叢書(めっちゃいほう)閉塞打破(めっちゃしばられない)ってな具合で、何とまぁ疲れ果てた現代人にはお似合いの権能じゃないだろうか。

 あれほどの高次存在と接続しておいて、それでもなお与えられるチートがこのラインナップなあたり、元々の魂がどれだけ俗っぽいのか底が垣間見える。

 

 ──ゆえに、そう。

 

 俺は、たしかに超越的なバケモノへと生まれ変わるコトには成功したが、まずは状況整理のためにも、やはり今の自分に(・・・・・)何ができる(・・・・・)のか(・・)、そこから始めていかなければならない。

 

 知識と感覚だけで何事も分かったつもりになるのは、愚者のやること。

 

 自分が人間ではなくなった事実を冷静に受け入れ、神としていったい何ができて何ができないのかを、俺は文字通り把握しておかなければならない。

 

 そのためには、まずはやはり実験が、何より必要だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 外に出ると、そこは雪の降り積もる白銀の森だった。

 空は暗く、煌々と輝く黄金の満月があたりを照らしている。

 月の光を浴びた雪の華。

 乱立する寒々しい木々。

 

 どうやら、名も無き神に相応しく、俺が呼び出されたのは何処ぞの朽ちかけた神殿だったようだ。

 

 苔むした石柱やひび割れた大理石。

 蔦の生えたアーチのようなモノが、雪化粧に覆われ衰退ぶりを語っている。

 

 ……まぁ、これもある意味、趣があると言えなくもない。

 

「だけど、俺としてはいささか殺風景に映るな」

 

 神秘的というか厳かというか、この神殿からは生真面目な雰囲気が感じ取れる。

 畏れ、敬い、願い、奉る。

 神を神として、杓子定規に崇めた結果が恐らくコレなのだろうが、それじゃあダメだ。

 

 だって、ここで祀られていた神は──正確にはその先にいる高次存在はだが──俺のような俗物を自らの化身として選んでしまうほどにいい加減な性格をしている。

 

 ぶっちゃけ、どちらかと言えば悪神寄りだろう。

 

 それなのに、恐らくこの神殿を作ったヤツらは善神として高次存在を奉った。

 そして、古今東西、嬉しくないモノを贈られて喜ぶ奇特なヤツはそういない。

 見当違いな信仰を育ててしまったコトで、きっと、この土地の人々は神の不興を知らず知らず買ってしまったのだ。

 

 ゆえの、現在(いま)

 高次存在の代理として送り込まれた理由が、何とはなしに察せられた。

 

「……」

 

 周囲に人気はない。

 というか、冬だからか生き物の気配も感じられない。

 静かで、しんしんと、ただ月の下で雪だけが降り積もる。

 肌を撫でる風は恐らく、いや確実に冷たいのだろうが、神となったコトで、特段、震えるような寒さは感じない。

 けれど、石室にいた人間たちは、よくもまぁこんな寒空の下でここまでやって来たものだ。

 

 高次存在曰く、彼女たちは何処ぞの小国から落ち延びてきた没落貴族だと云う。

 

 国が戦争に破れ滅亡の運命を辿る中、なんとか敵国の目を掻い潜り、人里離れた異郷まで逃げ延びた。

 この神殿を見つけたのは本当にただの偶然で、名も知らぬ神なれど、最期の願いを聞き届けてもらうにはちょうどいいとして、あんな蛮行(・・・・・)に踏み切ったそうだ。

 

 ──どうか、来世こそは我らに祝福を……

 

「笑えるな。アンタたちが最期に祈りを捧げたのは、とりあえず生贄さえ捧げとけばテキトーに満足しちまう最悪なヤツだったってのに」

 

 その上、死んだ魂がどうなるかなど、こちらはまったく関知していない。

 高次存在なら知ってるのかもしれないが、そこまでの権能(チート)を与えられなかった俺には正直謎だ。

 第一、斯く言う俺自身も、死という状態がよく分からない。生きながらに生まれ変わってしまったから、死後の世界が本当にあるのかも不明だ。

 

 そんな俺に、来世の幸福を願われたところで、その祈りが届く(・・)可能性は限りなく低いだろう。

 

 そもそも、俺はこの先、あの十人がこの世界で真に大切に想っていた何かを、無意識の内に踏みにじってしまう可能性だってある。

 なにせ、こちとら『裏切り』が存在骨子になっているような下劣なバケモノだ。

 良心や思い遣りなんかは基本的に削ぎ落とされていて、きっと数分もしたら彼女たちの顔も思い出せない。

 そんなどうでもいいコトよりも、今は自分がどんな性能を持っているのか、そればかりに意識が傾く。

 だから、自分でもこれから、どんな災いを振り撒くコトになるやら想像すらできていない。

 

 ──それでも。

 

「せめてもの手向(たむ)けだ。

 アンタたちがいなければ、俺はこうして此処に、降り立っているコトも無かった」

 

 人間をやめる切っ掛けも、神になった切っ掛けも、どちらも天秤にかければ比重は同じ。

 失われてしまったモノ、奪われてしまったモノ。

 それらに寂寥を覚えないワケではないが、代わりとして与えられたモノ、いま手に入れたモノによる高揚は、かつての自分では到底計り知れない。

 

 なので、類稀な運命をプレゼントしてくれたあの十人に、神として最初の、祝福(特別サービス)を授けてやろうと思った。

 

 

 

 

 

「──────“黄金楽土(クリューソス・パラディソス)”」

 

 

 

 

 

 瞬間、骨の軋むようだった一面の銀世界に、度肝を抜くような『黄金』の神殿が創造される。

 苔むした石柱、ひび割れた大理石、蔦の生えたアーチ。

 それらは一斉に黄金へと(・・・・)作り変えられて(・・・・・・・)、豪奢ながら荘厳さを纏った大神殿へと姿を変貌させた。

 

 無論、鍍金などではない。

 

 驚くべきことに、すべてが正真正銘の『金』でできている……

 

 

「──ハッ! 少なくとも、これで死出の旅路に不足はないだろ」

 

 

 死出の旅路(そんなもの)があればの話だが。

 何にせよ、墓としては申し分ない。

 俺はクルリと背を向け、足の沈む雪道へと歩き出した。

 

 

 ──触れたもの(・・・・・)()黄金に変える(・・・・・・)

 

 

 それは、古代ギリシャのミダス王が持ったとされた、通称ミダス・タッチにも似た強欲のチカラ。

 神に願いを聞き届けられ、狂喜乱舞した愚かな王が、その先に待つ破滅に思いを馳せるコトもなく、嬉々として(こいねが)ったと云う黄金の大権能。

 しかしこれは、ミダス王のようなデメリットもなければ、その領分すらも超えている。

 

 触れたものだけに留まらない。

 空気中の塵や、目で見ただけのものをも金に変えられる。

 無から黄金を生み出し、金貨や延べ棒といったカタチに整形するコトも可能。

 質量と形状に制限は無く、その気になれば、黄金の山を築き上げるのも不可能ではない。

 ミダス王の完全上位互換。

 まさに、神の御業。

 

 黄金という概念。

 それに連なる、ありとあらゆる事象が、今やこの掌の上に。

 

「──」

 

 ためしに軽く、金貨を作ってピンと指で弾いてみる。

 金貨は空中でクルクル回り、月の光を反射して、妖しく艶やかに輝いた。

 

 なんて──美しい。

 

 俺の神性は、これだけでも決まったようなものだった。

 

 

 

 黄金の魔。

 愚者の王。

 俗物の神。

 

 

 

 人間の欲望、富による堕落を司り、退廃と眩惑、裏切りによってのみ祝福を授ける邪神。

 

 月光に濡れる金砂のごとき長髪を触手のようにくねらせ、見るものを惑わさずにはいられない黄金瞳、男女の垣根なく劣情を刺激するふしだらな肢体、豊満な女性美をこれでもかと湛えたカイブツ。

 

 

 

 ──その日、史上最も低俗な神が、密かに産声を上げた。

 

 

 

 







脳内プロットは何となくありますが、
とりあえず感想がたくさん来たら続きを考えます。




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プロローグ Ⅱ



とりあえずここまで書いてあるので投下します。
世界観ざっくり説明&ボーイミーツガール(偽)


 

 

 

 龍の國は、この世界で唯一のドラゴンを崇める大国だ。

 信仰の対象になっているのは天地開闢の時より存在すると云われる巨大な龍で、すべての獣の祖──すなわち、人間も含むありとあらゆる動物にとっての創造神──というコトで広く信仰を集めている。

 

 龍の名はプロゴノス。

 

 獣の祖の異名通り、その権能は生命の系統樹その始まりたるプロゴノス自身が存在し、生き続けている限り、あらゆる生き物が必ず『誕生・成長・進化』していくというもの。

 

 プロゴノスを神として崇め、その偉容に(かしず)き、日頃から感謝を忘れない。

 

 龍の國の人間たちは、自然、他のどの生物種よりも優れた生き物になる……

 

 高次存在から聞かされていた社会情勢。

 七つの国と七つの宗教が、百年もの間激しく争い合っておきながら、一つの宗教、一つの国が勢力を弱めることもなく延々と覇権を握り続ける意味不明。

 

 正直、人間が治め、人間が中心になっている以上、その隆盛と統治には必ずどこかで歪みが生まれるはずだと思っていたのだが、どうやら、龍の國にはとんでもないカラクリが眠っていたようだ。

 

 すべての生き物が必ず生まれ、必ず成長する。

 

 それすなわち、畜産や農耕、国の蓄えが永遠に尽きるコトなく、国力の低下が絶対に訪れない。

 安定した生活基盤の充足により、民は肥え太り、軍事に注力すれば屈強な兵士がいつでも量産可能。

 仮に万が一、疫病や流行病が国中を襲ったとしても、すべての生き物(・・・・・・・)には当然人間も含まれるため、滅亡すら克服している。

 

「なるほど。これはチートだ」

 

 異世界に転生してはや数日。

 雪の降り頻る北部の森をひたすらに練り歩き、昼も夜もなく人里を探して数十里。

 一向に人の気配を感じないため、いいかげん地味に歩き続けるのにも辟易してきた頃。

 暇潰しにジャラジャラと金貨を垂れ流し、何とはなしにコイン遊びをしていると、ようやく木立の奥から三十人程度の集団と出くわした。

 

「女! 女だァ!!」

「ヒィ──ヒャハハッ!」

「スゲェ! おっぱいでっけ!」

「こいつはツイてるッ!!」

 

 そいつらは如何にもな蛮族スタイルで如何にもなセリフを吐くと、寄って集って瞬く間に俺を取り囲み、ゲラゲラと下劣な笑みを浮かべて歩み寄って来た。

 

 異世界初の現地民との遭遇。

 

 一瞬、どんな人たちかしらと期待に胸弾ませた俺だったのだが、あからさまなゴロツキどもの登場に「あーね。そういう感じね」と速攻で気分が盛り下がった。

 

 神に転生したとはいえ、外見上はヒトガタの美女。

 

 古代の僻地ともなれば、こういうこともままあるんでしょうねと嫌な事実に落胆した。

 とはいえ、ようやく見つけた貴重な情報源。

 無駄にするには惜しいと、ひとまず黄金を対価に聞き出せるコトがないかと交渉を試みてみた。

 

「なぁ、黄金(これ)の価値は分かるか?

 お前たちにちょっと聞きたいコトがある。教えてくれれば礼は弾もう。どうだ?」

 

 すると、

 

「オイオイオイ、こいつは驚いた!」

「フハハハハ! 女! バカを言っちゃあいけねえ!」

「オレたちは龍の國の騎士だぜっ!?」

「偉大なるプロゴノス様に頭を垂れない異教徒どもと、マトモな取引なんかすると思うのか?」

黄金(それ)を見せたのは失敗だったな、女ァ!」

「ああ、なにしろ余計に見過ごすワケにゃいかなくなっちまった!」

「こんな美味しい(・・・・)獲物、逃すバカはいねぇもんなぁ!?」

 

 ギャハハハハハハ、と。

 筋骨隆々、身長二メートルを超える熊のような男たちが威圧も露に欲望を口にする。

 

 ──この時点で、俺の精神は氷点下を突っ切ったと言えるだろう。

 

 しかし、

 

「……にしても、見れば見るほどツラのいい女だな」

「ああ。北部先遣なんざロクな村落もねぇだろうし、つまらねえ任務だと思っていたが、まさかこんな上玉を見つけるとは」

「それに、手に持ってる金貨も……すげぇ。ありゃもしかして、王都の貴族どもでも滅多に持ってねぇ代物なんじゃねえか?」

「見たことのねえ意匠だが、遠目からでも精巧な造りなのが分かる」

「……なんか、おれ、目が、離せねぇ」

「お、おれもだ。な、なんだ、これ……? 吸い寄せ、られる……?」

「──なぁ、あの女をモノにすんのはいいけどよ、あの金貨はどうするんだ?」

「どうするってオメェ、そりゃ後で山分けにすんだろ」

「だ、だよなぁ! そうに決まってる!」

「──でも」

 

 ほんとうに(・・・・・)

 

 三十人のゴロツキたちは、そこで互いの顔を見合わせると──突如として押し黙った。

 そして、俺が事の成り行きを「ん?」と観察していると、次の瞬間!

 

「あの金貨はおれのもんだアアァァ!!」

「やらせねぇよォッ!!」

「ふざけんな──死ねぇぇぇぇッ!!」

「女も金もおれんだッ!」

「吐かせ! すっこんでろクソ野郎がッ」

「──ちょうどいい。おれは前々からアンタらが気に入らなかったんだよ!」

「殺すッ!!」

 

 ゴロツキたちは己の剣を抜いて殺し合いを始め、まるで俺のことなど忘れてしまったように仲間割れを起こした。

 

 その様は──まさに狂乱。

 

 黄金の魔力にアテられ理性を失った狗ども。

 誰にもあの金貨を渡さない。あの金貨が欲しくて欲しくてたまらない。奪われてなるものか。盗ませてなるものか。自分以外のゴミカスが、あんなにも美しいモノを視界に入れていると思うだけで吐き気がする。

 強欲に囚われた哀れなマリオネット。

 

 やがて、ゴロツキたちは最後の一人になり、俺の足元で地面に額を擦り付け、「どうか、どうかお願いします!」と懇願するほどの変貌ぶりを晒してのけた。

 

 俺は自分でも状況の変化にやや驚きながら、願ったり叶ったりの状況にこれ幸いと頷いて、今やすっかり黄金(おれ)の奴隷と化したゴロツキくんから聞きたかった情報を聞き出すことに成功。

 残念ながらゴロツキくんは戦いによってかなりの致命傷を負っていたため、すべての情報を聞き出した頃には無念にも事切れてしまっていたが、ともあれ、俺にとっては大変に有意義な時間だったと言えるだろう。

 どうやら、俺の生み出す黄金には魔力が宿っているようだ。

 

「人の心を強欲に掻き立てる神の黄金……そりゃ、人間にとっちゃ毒みたいなもんか」

 

 高次存在の端末である今の俺は邪神の化身(アバター)でもあるから、よくよく考えれば俺の生み出す黄金=邪悪な魔力が宿っていたとしても何ら不思議はない。

 

「うーん。大きさとか重さとか、何か関係あるのか……? あんな風に誰も彼もバカになられちゃ、この先、ちょっと困るんだが」

 

 俺は別に、この異世界に対して無闇矢鱈と混乱を巻き起こしたいワケではない。

 会う人会う人、皆を黄金奴隷に変えてしまっては、先ほどのように多くの血が流れてしまうだろう。

 そういうの、ちょっとグロいしスプラッタだしで嫌だ。

 だから、できれば黄金に宿る魔力か何かを、自分の意思で制御できたりすると楽なのだが……

 

「ま、その辺はこの先の課題かな」

 

 高次存在は俺に権能(チート)をただ寄越しただけで、詳しい性能については教えてくれなかった。

 長い神様生だ。無趣味でいるのはもったいないし、暇潰しがてらゆっくり研究していこうとも思っているが、やはり、想定以上のオーバースペックにビックリしてしまうのは変わらない。なので、ちょっとだけ恨みに思う。──ともあれ。

 

「北部先遣……龍の國の兵士たちか」

 

 出会い頭の女をオモチャか何かのように考え、品性に欠けた言動ばかりのクソ野郎だらけだったが、そんなヤツらでさえ黄金の価値を解し、貨幣の概念に戸惑うコトが一切無かった。

 

 大陸一の大国という評判は嘘ではないだろう。

 

 それに、あんなヤツらと実際に遭遇したおかげで、実感も出てきた。

 

 この世界──というか、この大陸。

 力のある国は異教徒を狩り、その人命や財産、権利等を含めて略奪、征服するのが当たり前らしい。

 

 俺の今いるこの森は、どの国の支配も未だ受けていない手付かずの『異境領域』のひとつであり、七つの国に該当しない小国や村落などが遠く点在している。

 

 大陸制覇を目前と控えた龍の國は、その余力から、とうとう未開拓地にまで手を伸ばし始め、現在、抗う力のない人々が各地で虐殺、奴隷化させられていると。

 

 まさに──暗黒時代だ。

 

 しかも、先ほどのゴロツキたちの武装と身体つき……どれも、古代とは思えないほどに常軌を逸している。剣など、これはもしや鉄でできているんじゃなかろうか? 普通、青銅とかじゃねえの?

 

「……まだ他の國を見てないから分からんけど」

 

 もし、これが龍の國だけの特権なのだとしたら、他六ヶ国は言うに及ばず、地方の村落や小国なども一溜りもあるまい。文明の進み具合が段違いでチートになっている。

 

 龍の國──要注意。

 

 俺は心のメモ帳にそう深く書き留めるコトにした。

 

 ──それにしても。

 

(やっぱ、この世界の神は人間と一緒に暮らしてるのが普通みたいだな……?)

 

 龍神プロゴノス。

 俺のような紛い物と違い、恐らくはこの世界純正の根っからの神なのだろうが、自分を崇める人間たちに惜しみなく祝福を授けていると見える。

 他の神がどうかは知らないが、少なくとも、龍の國以外の他六つの國が未だに征服されていない以上、それぞれの主神が自国の民にチカラを貸しているのは間違いなく明白だ。

 

 となると、俺も同じように自分の國を持って、たくさんの人間から崇められるのが正しいのだろうか?

 とりあえず、酒池肉林したいだけなのも大いにあるけれど、そうするには出来るだけ、多くの人からチヤホヤされるのが一番手っ取り早い……?

 

「わ、分からん。俺は接待することはあっても、誰かに接待された経験が一度もない……」

 

 悲しいが、それが平社員の運命(さだめ)

 休日接待ゴルフとか、せめて給料を支給してくれないものか。

 

「っ、と。思考が逸れたな」

 

 首を振り、忌まわしき記憶から背中を向けるように俺は気を取り直す。

 

 ──さて。

 

「とりあえず、歩くか」

 

 森の中は特段面白いものも転がっていない。

 古代とはいえ神話世界でもあるので、たぶんそのうち歩いていれば、それらしい怪物の一匹や二匹も唐突に出てくるかもしれないが、ぶっちゃけ、神である俺の敵ではないだろう。

 

 荒事に向いているチートなんか何にも無いが、それでも、神という時点で十分にチートだ。

 

 最悪丸呑みにされたって、腹の中から権能を使って内臓をおかしくしてやれば勝てる。なにしろ不死身だし。

 

「まだ使ってないチートも二つあるしな」

 

 文明叢書と閉塞打破。

 使い勝手的にはどちらもビミョー。

 まぁ、こういうのは考え方次第でもあるし、そのうちいいアイディアだったり相応しい状況が向こうからやってくるはずだ。

 

 スン、と肩を竦め、俺は森の中をさらに突き進んだ。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 十日ほど歩いた。

 北部の森は予想以上に広いらしく、未だに目新しい風景とは出会えない。

 

 黒い木と白い雪。

 

 心なしか、うっすらと暖かくなってきたような気もしないでもないが、積雪の深さに変化は見られないので、恐らくはそうあって欲しいという願望だろう。

 こうまで変わり映えしない毎日だと、いいかげん痺れを切らして第二の権能を使いたくなってくる。

 

 文明叢書──黄金楽土と違い、名前だけではどんな権能なのかイマイチ分からない代物だが、俺に与えられた三つの権能(チート)は、結局のところ俺自身の魂に端をなしている。

 

 高次存在は言った。なぜ俺なのか。

 それは単に、魂の波長が合ったから選んだだけだと。

 

 そして、“黄金楽土(クリューソス・パラディソス)”が俺のどうしようもなく俗欲な部分を象徴しているように。

 

 第二の権能──“文明叢書(プロメテウス・アルキテクトゥーラ)”も、そのチカラの根源は低俗だ。

 

 ──黄金の海で溺れるほどの豪遊を。

 

 愚かな小人が次に望むものなど、古来よりタカが知れている。

 

 ──新天地にて、天上人のような生活(くらし)を。

 

 そう。だから、俺にはこんなコトさえ出来てしまう。

 文明という名の火。

 宇宙の記録を収めた大図書館にて保管される、人類文明、その遥かな歴史が詰まった猛火。

 その明るい影炎(かげろう)の中から、建築物に関わる叢書(シリーズ)──一部の情報を、俺という映写機を通し、具現化させる。

 

 ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ。

 

 西洋の偉大な建築様式は元より、世界遺産に指定された遺跡や神殿、過去にあったかもしれない幻の城に塔……何でも問題ない。

 

 その気になれば、ピラミッドの上にエッフェル塔を乗せたり、パルテノン神殿に金閣寺を増設したりも自由。

 

 神の権能を以って行う違法建築。

 

 異世界の雰囲気というか空気感を台無しにしてしまうから(あと物によっては明らかにオーバーテクノロジーだから)、あまり使いたくなかったのだが、考えてみれば、転生初日に黄金楽土で神殿を作り変えたりしているので今更かもしれない。

 

 それに、持っているのに使わないのは宝の持ち腐れというものだ。

 

 いいかげん何も無い森の中を歩くのにも飽き飽きしてきたし、いっちょ拠点を創ってみるのもいいだろう。

 何も有名な建物を創らなくてもいい。

 適当なサイズの、ログハウスのようなモノから始めたところで俺は満足できる。

 

「そうと決まれば……開けた場所が必要だな」

 

 辺りを見回し、良さげな空間を探す。

 が、ここまで歩き通してきて開けた場所などひとつもなかった。

 探し歩いて見つかるとも思えない。

 

「……面倒だ」

 

 たとえ周辺の木々を薙ぎ払うコトになっても構わない。

 俺はフンっ、と鼻を鳴らすと、二つ目の権能を振るうべく、右の掌を前方へと翳した。

 

 ──その瞬間(とき)だった。

 

 

 

 

 

 

「お鎮まりを! いずこかより来たりしさぞかし名のある古の神と見受けまするが、何ゆえそのように荒ぶり、我らが森を脅かそうとするのか! 何卒、お鎮まりを……!」

 

 

 

 

 

 凛とした絃韻(つるね)のように高らかに響き渡る女の声。

 鎮まれと懇願しながら毅然とした態度で膝をつき、勇気ある眼差しで()を見上げる。

 それまで何の気配もなく、まるで降り積もった雪の中から、そのまま飛び出てきたかのように白い肌。

 冬の張り詰めた風に晒され、そっと吹き上がる前髪はこの上なく幻想じみて、触れれば消える雪の華のように儚い。

 

 率直に言えば──その少女はとても美しかった。

 

 狼の毛皮とクリスタルのような長弓。

 ともすれば野蛮な蛮族をも思わせかねない出で立ちでありながら、どこまでも気品溢れる騎士のような高潔さが滲んでいる。

 眩いばかりの白金(プラチナ)の髪、気負いなき碧眼。

 スラリと伸びた手足はしなやかで、雪豹のように軽やかだ。

 

 そして……何より、最も目を引いたのは──

 

 

 

 

 

「耳が、長いな。エルフか?」

「っ」

 

 

 

 

 少女は明らかに、人間ではなかった。

 

 

 






金髪黄金瞳自堕落人外
×
生真面目女騎士プラチナブロンド美少女エルフ



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プロローグ Ⅲ


思っていた以上の反響にビビっております。
主人公と、エルフと、この世界について深掘り。


 

 

 

 曇りの空にも種類はある。

 嵐が来る前の空模様は、大抵黒ずんだ鈍色をしているが、穏やかな日の曇天は陰鬱な気配を伴わない。

 白くて退屈な、色の少ない一日。

 ほとんどの人は、それを「パッとしない」なんて言葉で飾るだろう。

 

 しかし、目の前に跪く一人の少女。

 

 狼の毛皮でできた厚手の外套(コート)を羽織り、軽装の皮鎧、膝下までを覆う温かそうな深靴(ブーツ)、袖や裾から覗く鎖帷子(チェーンメイル)に、腰巻に帯びた黒曜石の短刀と。

 まるで、頭のてっぺんから足の爪先まで、自らは無骨な(・・・)北部民族(・・・・)である(・・・)と訴えて止まない見事なまでの出で立ちでおきながら──どこまでも美しい。

 

 雪深い森の奥地。

 乱立する黒い木立。

 

 周囲は依然、ちっとも冴えない光景を映し出しながらも、少女の登場によって、世界には劇的な変化が訪れている。

 ……少なくとも、そう錯覚せざるを得ないほどに、その瞬間──

 

「────……」

 

 不覚にも、俺の目に、少女は非常に価値あるモノ(・・・・・・)として映り込んでいた。

 

 先の尖った長い耳。

 精巧に造られた、彫刻美術をも想わせる貌。

 片手に(たずさ)えているクリスタルの長弓とも合わさって、まるで月下の剣先のような光を感じる。

 俗な一言で表せば、とても──そう、とても透明感のある美少女だ。

 

 だから、一目見てすぐに悟った。

 

「耳が、長いな。エルフか?」

「っ」

 

 俺はきっと、コイツのことが好きになってしまうに違いない、と──

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 少女の名はルキアと言った。

 北部の森に隠れ棲むエルフたちの騎士のひとりで、この辺り一帯に古くから潜み続ける亜人。

 雪の牙という一族を率いていて、普段はオオツノシカやダイアウルフを狩ったり、森の数少ない糧を得て細々と暮らしているらしい。

 

 ファーストコンタクトを経て、しばらく。

 

 あれから、ひとまず呼びかけの内容的にこの場で権能を使用するのはマズそうだと判断した俺は、ゆっくりと両腕を広げ、自分が無害な存在であることを少女へとアピールした。

 

「……すまないな。別に殊更(ことさら)に暴れるつもりは無かったんだ。ここがキミたち()森だというのも知らなかったし、もともと特段必要に迫られていたワケでもない。キミがやめろ(・・・)と言うなら、俺は大人しくやめるコトにするよ」

 

「ぇ──ぁ、は、ハハ! ご厚情、感謝いたします! ……御身におかれましては、私ごとき端女(はしため)の進言に大層ご気分を害されたコトと存じますが、もしもっ、もしもその罪を問うというのならっ、すべての咎は私の思い上がり……一族には何の関与もなきコト! ゆえ、どうかこの首ひとつで、何卒ご寛恕のほどをお願いしたく……」

 

 お望みとあれば今ここに自刃いたします、と。

 少女ははじめ、自らの首に短刀を添えるほど大袈裟なリアクションを取ってきたのだが、俺が一言「その必要はない」と告げると、微かだが明らかにホッとした顔で短刀を帯へと戻した。

 そして、次に俺がジッと視線を向け続けていると、

 

「申し遅れました。先ほどの問い……私はたしかにエルフと呼ばれている亜人種です。名はルキア──北の森ヴォラスに潜む、雪の牙一族のルキアといいます。担いし役目は『騎士』を、僭越ながら務めさせていただいております」

 

 そう、玲瓏と響くハッキリとした声で素性を明かした。

 

(真面目そうな雰囲気といい、()へ向けるキッチリとした言葉遣いといい、どうやらよほど信心深いタチ(・・)みたいだな)

 

 感心感心。

 出会い頭に最悪な印象を刻みつけてくれた龍の國の男どもとは違い、非常に好感が持てる。

 見てくれも最高に近いし、異世界初のグッドコミュニケーションが築けそうな予感に、俺の心はワクワクピョンピョンと兎のように飛び跳ねかけた。

 

 ──しかし、冷徹な神としての視点が、俺の脳裏にこの時点ですでに、幾つもの引っ掛かりを突きつけてもいた。

 

(おうおう。出るわ出るわ、固有名詞の雨あられ)

 

 知っていて当然みたいな空気感だが、こちとら生まれてホヤホヤの新米ゴッド。

 集めた情報など、高次存在から与えられた最低限の知識を裏付けるモノ──龍の國関連──を優先していて、他はまだまったく押さえられていない。

 

 どのくらい無知かというと、ヨーロッパに行けばとりあえず英語さえ喋れれば何処だって話が通じるんでしょ? と思い込んでいるバカヤロウ程度には恐らく無知だろう。

 

 なにしろ、雪の牙だの北の森ヴォラスだの明らかな固有名詞はさておき、まず亜人──エルフが存在するコトすら知らなかった。

 

 ……神話世界ゆえに、エルフが存在しても何の不思議もない。

 

 が、俺はてっきり、この世界は人間が主立った世界で、神を除けば他の知的生命体は何となく存在しないものだとばかり思い込んでいた。

 

 七つの国による宗教戦争。

 百年以上続く人間同士の諍い。

 

 普通、想像するのは泥沼と化した地獄絵図だし、権謀術数、野心陰謀、欲に罪。

 人間としてのかつての記憶が、歴史を学んだ在りし日が、正直、ロクな社会状況をイメージさせなかった。

 古代ともなれば尚更で、中世ですら危ういのだから、多少摩訶不思議な要素が絡んだところでどうせ同じだろう、と。

 世界が変わったところで何も変わらない。

 

 人間の人間たるがゆえの人間らしさ。

 

 殺人、強奪、ペテンに嫉妬。

 俗物である俺は当然そういったコトばかり連想したし、この異世界はさぞやステキな世界に違いないと。

 そこに神の横暴や理不尽が介在すれば、いったいどんなカオスが繰り広げられているのやら、内心ウッキウキとしていたほどだ。もちろん、皮肉であるが。

 

 だが──だからこそ、エルフなんていう、もう見るからに綺麗でしかない生き物と出くわして、少しでも興味を持ってしまえば。

 

(人間とは違う、どうあったって異なるその在り方に、知らず目が奪われる)

 

 一目惚れ、と言い換えても構わない。

 好奇心。興味関心。

 言い方は何でもいいけど、とにかく目の前の少女が気になって仕方がない。

 

 もしこれが転生前の世界であれば、思わず連絡先の交換を申し出たかもしれないくらいにはドストライクだ。

 

(……とはいえ)

 

 だからといっていきなり、無理に距離を詰めようとは思わない。

 それ以前に、気にかけるべきポイントがゴロゴロと転がっているし、また、不死身だからと言って何もかもに警戒を解いてしまうほど、俺は豪放磊落(ごうほうらいらく)な気質じゃないからだ。

 

 たとえば、十日前の龍の國の男たちは、俺をただの()としか見なさなかったワケだが、どうしてルキアには俺が()だと分かったのか。

 

 エルフには、見ただけ(・・・・)で神を神と見分ける能力があるのか? とか。

 

 端から見れば、単に片手を前方に押し出していただけのはずの俺を見て、どうして荒ぶる(・・・)という三文字が出せたのか。

 俺が気がついていないだけで、権能を使う何か予兆のようなモノがあって、それゆえに判別が可能だった? 

 

 あるいは、ないとは思うがエルフには精神感応のような能力があって、先ほどまでの俺の、ややささくれだっていた気持ちを遠距離からでも感じ取り、だからこそ慌てて駆け付けてこれたのか。

 

 ──そもそも、いったい何処から(・・・・)俺を捕捉していたんだ? という懸念も広がってくる。

 

 ゆえに、俺はそこはかとなく様子を伺いながら、まずはルキアについて情報を聞き出すコトにした。

 

 

「しっかし、こんな森の奥でキミのようなエルフと出会えるとは思っていなかったな。ルキア、だっけ? ここは長いのかい」

 

「ハッ──私ども雪の牙は、九十年ほど前からこの地に隠れ住んでおります」

 

「……九十年? というと、キミは今いくつになるんだろう? 気を悪くしないで欲しいんだが、俺はエルフには詳しくなくてね。見たところ、人間でいえば十代半ばくらいかなと思うんだが、もしかして違ったりする? 良ければ教えてくれないか」

 

「……私の歳、でございますか?」

 

「ああ。失礼だと感じたなら答えなくてもいい」

 

「いっ、いえ! そのような事は! ご、ご推察の通り、私は今年で十六になります。一族の中では赤子も同然の若芽(・・)となってしまいますが、ありがたくも才に恵まれ、今年の春、晴れて『騎士』の任を預かった未熟者です」

 

「十六歳。ふむふむ。エルフと言っても、見た目は年齢相応なのか。他のエルフもそうなのかな?」

 

「──いえ、私どもエルフはある一定の歳までは人間と変わらない成長速度を持ちますが、何事も無ければ千年を生きると云われております。一族の長老たちの中には、すでに齢九百を超す賢者もおりますれば」

 

「なるほど。そこはイメージ通り長寿なんだな。……にしても、九百歳か。それはすごい。

 けど、そうなるとこの辺りには、九十年ほど前に一族で移り住んだってコトかい?」

 

「はい。長老たちからは、そのように伺っております」

 

 

 ルキアは響くように即答を重ねる。

 俺はやや眉根を寄せた。

 自分で言うのもアレだが、出会ったばかりの不審人物にこんなにもすんなりと情報を明け渡してしまうのは、いささか無警戒が過ぎないだろうか。

 嘘をついているようには見えないし、受け答えのどこにも怪しく感じる点はない。

 

(やっぱ俺が、神だと分かっているからなのか?)

 

 高次存在に曰く、この世界は神を頂点としている。

 人間は神に逆らう無意味を弁え、神を絶対と崇める宗教基盤が整った世界だと。

 

 しかし、俺は、初めからそうだったとは思えない。

 

 人間は愚かで、ちょっとした些細なコトで、本当にすぐにでもとんでもない暴挙へ訴え出てしまう生き物だ。

 神の支配に抗おうと考えるモノは必ずいるだろうし、過去、反乱や謀叛が一度として起こらなかったとは考えづらい。

 であれば、恐らくその度に、神は()を下してきたはずだ。

 

 痛みなくして教訓は有り得ず、深い後悔なくして正しい選択もない。

 

 叱られるな、怒られるな、と分かっていても、宿題をやらなかったり、締切を守れなかったり。

 人間とは、そういう救いようのない生き物なのだ。

 

 だから、恐らくではあるがこの世界、神から下される厳しい罰の繰り返しによって、現在のそうした風土・社会常識が出来上がったと見ていいだろう。

 

 ルキアはエルフだが若い。

 

 そして、見た限りかなり真面目で素直そうだ。

 口ぶりから一族の長老たち(・・・・)への敬意も感じ取れるし、きちんとした教え(・・)を受けて、大切に育てられている。

 でなければ、このくらいの年頃をした若い娘が、これほどまでにしっかりしているはずがない。

 

 ──神には決して逆らうな。

 ──神を怒らせてはならぬ。

 ──神は必ず畏れ敬い奉れ。

 

 端々で滲む緊張と恐れの感情も、要はそういうコトに違いない。

 今のルキアからすれば、俺はさしずめ会社の怖いお偉方。ちょっとした失言でたやすく自分を海外に飛ばしたり、最悪の場合はクビにもできる相手。本来であれば会話もしたくないけど、なんとか接待をしなくちゃいけない状況。

 

 俺だったら、とてもじゃないが正気(マトモ)でいられる自信はない。

 

 たぶん、度の越えた緊張感に頭がおかしくなって、自分でも何を言ってるのか分からない失言のオンパレード。ゲロだって吐くやもしれん。

 そして、アッサリと不興を買って東南アジアの治安悪めなどっかの国で漁船に乗せられ一気に蟹工船コース。少なくとも、気分的には最悪の処遇を受ける覚悟を求められる。

 

 十六歳だというのに、ルキアは実に大したものだ。いや、マジですげぇ。

 

(綺麗で真面目で素直で優等生で、そのうえ立派な少女騎士、か)

 

 いいね。とても、いいね。

 

 俺はニッコリと微笑んだ。

 ルキアはそんな俺に、ビクリと震えて慌てて顔を伏せる。

 

 ……ああ、怯えを隠し気丈に振る舞うその姿もまた、俺にとっては非常に新鮮かつ劇的だ。

 子犬とか子猫とか、なぜだか無性に小動物を愛でていたくなる感情に胸の内を掻き回される。

 

 だが、しかし……

 

「悪いね、追加の質問だ。──騎士、と言うと、キミは武芸に優れているのかな。才に恵まれたと言っていたけど、雪の牙の一族では、キミみたいな若い女の子に危険な役目を任せるのが普通なのかい?」

 

 たとえ未熟であったとしても、選ぶなら普通は男からだろう。

 筋力に恵まれない女の身で、且つ古代でもあるなら、余計にルキアが騎士をやっているのは不自然に映る。

 

 というか、『騎士』という称号自体、俺はそもそも違和感を覚える。

 

(そういえば、この前の龍の國の兵士たちも、自分たちを騎士だとか何とか言ってた気がするが……)

 

 俺の思っている騎士と、この世界の現地民が口にする騎士とで、何かニュアンスの違いのようなものを感じる。

 騎士と言えば、ある程度の裕福な家柄で、馬とか武器とか、戦闘職として必要なモノを自前で揃えられる身分階級のイメージだ。

 

 だが、俺が出会ったこの世界の騎士は、粗野で下劣な畜生(ゴロツキ)どもと──言っては悪いが──とても裕福とは思えないルキアだけ。

 

 ならば、この世界の『騎士』は誰でも自称することを許される安い看板なのか、と考えてみるも……そうすると今度は一つの矛盾が生じてしまう。

 

 ゴロツキたちは自分たちを龍の國の騎士(・・・・・・)だと如何にも自慢げに名乗り、ルキアもまた、自分が騎士であるのをさも誇らしいコトかのように話した事実だ。

 

 なにか、この世界特有の含み(・・)があるなと、俺は思った。

 

 ルキアはそんな俺に、自身の不足を指摘されたと勘違いしたのか、わずかに顔を曇らせると、滔々と答え始めた。

 

「この身が未熟であるのは……承知しております。きっと、神であらせられる御身の眼には、私の至らぬ部分がありありと映し出されているのでしょうね」

 

「…………いや、そんなコトはないが」

 

「……フフ。ありがとうございます。しかし恐れながら、騎士として任じられようと、私はやはり若い。貴方様はお優しい神なのですね。こんな私を気遣ってくださる」

 

 ですが、

 

「私自身、弓の腕に自信はあります。一族の中では一番だと認められてもいる。

 掟に則り、一族の指導者(リーダー)として水晶弓も与えられ──然れど、皆の求める理想には依然として程遠いのです。日々の糧すら、満足に立ちいかない」

 

 外の世界に出れば、自分など足元にも及ばない、立派な騎士たちが大勢いるだろう。

 

加護を(・・・)授けて(・・・)くれた(・・・)オドベヌス様(・・・・・・)にも……日頃から、たくさんのお叱りを受けてしまいます」

 

 神の使徒(・・・・)たる騎士(・・・・)として、これほど力不足な者も恐らく他にいないでしょう──

 

 ルキアは自嘲げに、小さくそう笑った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 夜になると吹雪になった。

 ルキアとは別れ、俺はひとり森の中で移動もせずに立ち止まっている。

 吹き付ける風は凶暴で、ビュウビュウという音が耳朶を震わした。

 長い髪に雪の花がまとわりつく。

 神でなければ、とっくの疾うに凍傷まみれになっているだろう。

 それほどまでに厳しい冬の光景が、ビッシリと視界を埋めていた。

 

「────」

 

 俺は黙々と考え込み、これから(・・・・)のコトに想いを巡らす。

 

 あの後、ルキアとは結構な時間を話した。

 

 雪の牙の日々の生活。

 オオツノシカやダイアウルフを狩る難しさ。

 武器の上手な作り方に、どんな木の実が美味しくてマズイだとか。

 日常の些細な事柄から、ルキア自身が何を思って過ごしているのか。

 

 出会ったばかりだというのに自分でも驚きだが、何であろうと聞けば響くように答えてくれる反応のせいで、つい長く引き留めすぎてしまった。

 

 ルキアの話し方が思いのほか上手かったというのもある。

 

 途中から、俺は自分の無知が露呈するのも気にせず、いろんなコトを矢継ぎ早に訊いてしまった。

 そのせいで、ルキアからはクスリと笑われてしまったほどだ。

 

「フフ、貴方様はとても知りたがりの神様なのですね。私、貴方様のような神様ははじめてです」

「──ん? そうか。あ、いや、実を言うと俺は記憶喪失の神なんだよ」

「え? そうなのですか?」

「……嘘だ。本当は長いこと召喚されていなかったから、世間が様変わりしていて驚いているんだよ」

 

(ギリ嘘じゃない)

 

「ああ、やはりそうなのですね。私も、このあたりにたしか、とても古い神殿があるらしいと聞いたことがありまして。貴方様は、もしやそこで祀られていらした太古の神性なのでは、と思っておりました」

「──ん。まぁ、間違いではないな。たしかにそんなところだ」

 

 と。

 互いに多少は打ち解け合い、緩んだ空気が漂いもした。

 はじめは俺に緊張していたルキアも、俺がだんだんと危険な神ではないと分かり始めてからは、穏やかな笑みを零す余裕が出てきていた。

 日が暮れ始め、天気が怪しくなってきた頃、別れ際に「またな」と手を振ったら、だいぶ迷った末に、おずおずと微笑みながらも手を振り返してくれたくらいだ。

 

 ルキアはとてもいい子である。

 

 ──しかし、それはそれとして。

 

「まったく……」

 

 いろいろと聞き出し過ぎてしまった俺は、いま、一つの迷いを得てしまっていた。

 

「……百年ほど前まで、エルフは水晶樹の森と呼ばれる豊かな土地で暮らしていた」

 

 それはこの世界におけるエルフの歴史。

 ルキアたち雪の牙が抱える、今なお重いリアル。

 

「だがある日のこと、人間たちの国の間でとてつもなく大きな戦争が始まり、燃える戦渦の拡大によって、水晶樹の森は火の海となった。各エルフの部族たちは、止むなく大陸に散り散りとなる」

 

 それまでも小規模な争いは生じていたが、龍の國のひとりの王が、百年前、突如として他民族・他宗教への全面的侵攻・弾圧を宣言したのだ。

 

 大陸は震撼し、人間だけでなく亜人たちの勢力圏にも、その余波は伝播した。

 

 水晶樹の森──エルフたちは、その最中、信仰していた種族古来の神を龍の國の騎士たちによって殺され、故郷も尊厳をも奪われてしまう。

 種族古来の神──デラウェアは、森の恵みと清らかな水を司る、とても美しい女神だったが、残念なことに戦う力は何一つ持たず、敢え無く消滅したらしい。

 

 信仰と加護を失い、生きる場所も失った。

 

 ルキアたちの親世代は、そうして様々な部族ごとに四方八方へと散りながら、大陸に残る僅かな異境領域へと潜伏を強いられるコトに。

 

「雪の牙という部族名は、北の森(ヴォラス)にやって来てから新たに与えられたモノで、今の主神であるオドベヌス──通称、牙の神(・・・)の庇護を約束される代わりに受け入れた名である」

 

 旧き名は水晶の民。

 その名の通り、透き通るような美しさで知られた亜人種であり、エルフは昔から、男だろうと女だろうと、大層人気が高かった(・・・・・・・)

 

「戦利品、労働力、愛玩、奴隷」

 

 人権などという概念が生まれるべくもない古代では、見目麗しいヒトガタの生き物は悪目立ちして仕方がなく。

 

「男たちは人間と戦い、多くがその命を落としてしまった。そのため、今現在は遥かに女の方が多い」

 

 種族的に長命なこともあり、子どもができにくい体質が祟って人口も激減。

 より希少性を増したエルフを狙って、今でも人間たちからトロフィーのように狙われている。

 各部族の長は、そんな自分たちエルフを守るため、一族で最も強い者が選ばれるらしい。

 そして、

 

「ルキアたち雪の牙は、純血のエルフその最後の末裔であり、水晶弓──あのクリスタルの弓──は、かつての故郷から手放さず、唯一継承を続けられた宝具でもある」

 

 神が製造した聖遺物であり、危険な存在が傍にいると熱を放出し、所有者へ警告する機能を持つ。

 俺が神であると分かったのはそのおかげで、権能を予知できたのも熱の上がり具合から分かった。

 一族の長として、北の森で下手な騒ぎを起こさせるワケにはいかない。

 人間に見つかれば──特に、大陸制覇も近い龍の國の兵士たちに見つかれば、九十年前と同じ惨劇……殺戮と辱めの地獄へと落とされてしまう。

 

「──ゆえ、俺のもとへやって来た。

 最悪、神の怒りに触れ、殺されるやもしれない覚悟で」

 

 七大国、七宗教。

 人間の築き上げたどの枠組みにも収まらず、先祖伝来、異境とされた(・・・・・・)自分たちの神を祀り、人間たちからまつろわぬ民(・・・・・・)として見なされようと、エルフとしての誇りを貫き通す。

 

 自分たちを守るため、その命を散らした気高き先祖のためにも。

 女神が愛してくれたエルフという存在を、遥か先の未来まで、残し続けていくためにも。

 

 北部の暮らしは辛くて厳しいものだが、耐えられないほどじゃない。

 

 頑張って頑張って、ちょっとイジワルな神様にも従って。

 

「毎月求められる生贄……オオツノシカやダイアウルフを狩り続ける。そうしなければ、守ってもらえないから」

 

 騎士とは、神の祝福を贈られ特別な加護を得たモノ。

 信仰する神によって授けられる奇跡は異なり、龍の國の騎士の場合、生命力や生存本能の活性化、肉体の頑健性が向上する。

 

 ルキアは、牙の神オドベヌスから、雪化粧(・・・)の祝福を授かり、そのチカラで気配を隠せるらしい。

 

 突然現れたように感じたのはそのためで、雪深い白銀の世界では完全と言っていい領域でその背景と同化する。

 ルキアは、自分だけでなく一族全体にもコレを行っているそうだ。

 

 だが、如何に特別なチカラを得ようと、毎月などという高スパンでは獲れるモノも自然減っていく。

 むしろ、九十年もよく獲り尽くさずに済んだものだ。

 

「生贄がなければ、オドベヌスはエルフを見限り、庇護の約束を破棄するだろう。神の加護を失った雪の牙は、北部先遣──遠からず龍の國の騎士たちに見つかり、蹂躙される」

 

 女と見れば舌なめずりし、下劣な欲望を隠そうともしなかったあのクソ野郎どもが、エルフを──ルキアを、その汚らわしい指先で余すコトなく撫でくりまわすのだ。

 

 あの美しい存在を。

 あの美しい生き物を。

 あの美しい少女を。

 

 ただ浅ましい欲望を満たしたいがためだけに手垢をつけ、泣き叫ぶ顔を嘲笑って踏み躙る。

 

 

 

 

「オイ────オイオイオイ。なんだ、それは」

 

 

 

 

 想像しただけで、吐き気がするじゃないか。

 頭の中、自分で思い描いたクソのような未来視(ビジョン)に唾を吐く。

 右の掌で顔を覆い、俺は天を仰いだ。

 

 ──神様から夢のようなチカラを与えられて、異世界へと転生する。

 

 社会の歯車。

 平々凡々な小市民でしかなかった男は、そうして数多のしがらみから抜け出て、いろんなモノを置き去りにした。

 

 対価として、今後もたらされるだろう数多の特別(・・)を自由にできる権利を手に入れ、男はいま、雪の森でとてもキレイなモノを見つけてもいる。

 

 そのキレイなモノは、男がこれまで歩んできた道のりのどこを振り返っても見た事がない美しさで、恐らく、人間ではないから(・・・・・・・・)こそ目を引いた。

 

 黄金の神性──古き神殿に祀られた名も無き神と成り果てながらも、男はそこに、たしかな『運命』を感じ取る。

 

 少女にとっての運命ではなく、己にとっての運命だと。

 

 ならば……

 

 

 

「……俺は……黄金の楽土で……富を抱き締め、眠りたい……文明の叢書を紐解いて……夢見た理想の暮らしに、溺れたい……」

 

 

 

 自分にとってのシアワセは、それが最も重大なファクターで。

 ある意味、こんな風だったらいいのにな、とプラス思考に分類される願いでもある。

 

 

 

「けれど、同時に……」

 

 

 

 目の前の現実を固く縛りつけるもの。

 何かをしなくてはいけない。それをしなければ批難の嵐。

 ゆえにこうするのが正しいと同調圧力を高め、頭ごなしに言う事を聞かせようとする見えないナニか。

 

 偏見、レッテル、客観的意見。

 

 もしくは、より物理的に自由(・・)を阻害するもの。

 

 急いでいるのに渋滞にハマって動けない。

 車両トラブルで電車の運行が止まった。

 時刻表の記載通りには絶対に来ない市営バス。

 束縛の強い恋人や、過干渉な毒親、ソーシャルネットワークは人々の暮らしを便利にし、何時でも何処でも誰とでも繋がる新しいライフスタイルを提供したが、その分、隣人から絶えず監視される隙のない牢獄も同然だった。

 

 とにもかくにも行動を制限され、苛立ちすぎて息苦しさすら覚える世の窮屈性。

 

 まるで水面から口をパクパクさせて、必死に餌を求める金魚のようだ。

 

 心の中では誰もが少しは感じている。

 

 ありとあらゆる(しがらみ)から解放されたくて、この閉塞感を打ち破れるなら、いったいどれほど心安らぐことだろうかと。

 

 唐突に訪れる破壊衝動。

 自暴自棄にも似た破滅への欲求。

 日常のふとした隙間、不意になんとなく何もかもを台無しにしたくなるコトが往々にしてある。

 

 心の中の仄暗い負の熾火(おきび)

 鼻先を焦がす鬱陶しい灰神楽(はいかぐら)

 

 チロチロと燻り続け、不完全に燃え残る──

 

 

 

 

 

 第三の権能とは、ゆえに“閉塞打破(エレフセリア・イカルス)

 

 

 

 

 自由な蝋翼の名を冠する、自らを縛り付け、また閉じ込めようするあらゆる障碍に対する強制棄却権。

 約束も契約も盟約も条約も公約も法律も刑事罰も掟も取引も。

 物理的な拘束や封印、施錠行為、何だろうと関係ない。

 派手さはないが、その気になれば距離の概念も無視できる。

 

 裏切りのサガの根幹、波長が適合した何よりの理由とは──まさにここだ。

 

 

「俺は、なるべくなら、キレイなモノだけ見て生きていたい」

 

 

 気に入った女の子には、笑顔でいてもらった方が気分が楽だ。

 可哀想なのとか、苦しそうなのとか、そういうのはうんざりする。

 曇った顔なんか見たくない。

 本当は自分だって辛いのに、一族からの期待(プレッシャー)で身を粉にする姿など、そんなのはどうしたって力になりたいと思うに決まってる。

 

 シアワセになって欲しいし、シアワセにしてあげたい。

 

 ──じゃあ、どうする?

 

 俺はどうしようもなく俗悪で、基本的には自分が気持ち良ければそれでいい。

 このカラダはそれを叶えるチカラを宿しているし、やろうと思えば人間など、どうとでもできる。

 それに、ムカつく奴を見かけたら、やっぱ普通は思う存分、ぶん殴ってやりたいと思うものだし。

 

 

 

「──決めた。目的ができたよ」

 

 

 

 牙の神オドベヌス。

 龍の國の先遣隊。

 実験材料をどうするか、実は密かに考えあぐねていたのだが、ちょうどいい。まずはこいつらから始める事にしよう。

 

 第三の権能で目障りな吹雪を消し飛ばし、俺は夜の闇の中へ、そうしてトプンと身を沈み込ませた。

 

 

 







プロローグはこれで終了です。
物語の方向性と世界観はこんな感じで、
TS要素、ダークヒーロー的なカッコ良さ、チート、
ヒロインはひたすら可愛く、理性と欲望のせめぎ合い。
そういうところを、大事に作っていきたいですね。



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ホワイトダーク・ダイアモンドダスト Ⅰ




地獄みたいな場所で頑張ってる女の子っていいですよね。


 

 

 

 北の森(ヴォラス)での暮らしは、一年を通してあまり変わり映えがしない。

 視界に映るのは、ひたすらに白い雪と黒い針葉樹林で、色彩というモノに欠けている。

 たとえ天気のいい昼間であろうと、年中覆いかぶさる分厚い雲のせいで、長老たちから噂に聞く青空(・・)などは、一度として拝めたためしが無かった。

 

(一面の銀世界、なんて言ってみれば、多少は聞こえが良くなるかもしれないですが)

 

 凍てつく冬の寒さ。

 採れる物の少ない自然。

 火を禁じられた生活に、獰猛なダイアウルフ。

 

 およそひとが生きていくには、あまりに厳しすぎる北の森(ヴォラス)での日々。

 一日の内に日の昇っている時間はとても短く、天気が悪ければロクに周囲も見渡せない。

 ホワイトアウトは最悪だ。

 無駄に彷徨い体力を消耗すれば、容易に命を落としかねない白き死神。

 

 白銀の世界なんて、闇も同然である。

 

 十六年間生きてきた中で、ルキアはこれまで心から自由を感じたコトが恐らくだがない。

 自由。いや、この場合は開放感と言い換えた方が妥当かもしれないが、エルフとして生まれ、雪の牙一族の九十年間でようやく産まれた希望の若芽*1

 物心つく前から、周りにいる成木たちはルキアをそう尊ぶように呼んできた。

 

 厳しい暮らしの中では貴重なはずの食べ物も。

 着るのに暖かな上等な毛皮や、貴重な鉱物で拵えたナイフなど、日常に役立つ道具類。

 

 ──ようやく産まれた我が一族の若芽。

 ──かわいい子だ、大切に育てなければ。

 ──よく食べて、よく眠り、健やかに、そして何より丈夫になっておくれ。

 

 愛情深いと言えば、まさしくその通り。

 愛されずに育てられるより、愛を注いで育てられる方が万倍もいいのは分かっている。

 ルキア自身、一族のことは大事だし、優しい彼女たちに報いてあげたい気持ちは大きい。彼女たちが望む自分でありたいと心から思うし、そうあるべきだと教えられてきた。

 だが、だからこそ、自分の中の奥深く、無意識に近い場所で、密かにこう思っている自分もいる。

 

 ────重い。

 

 北の森(ヴォラス)での生活も、一族から向けられる期待も。

 時代が悪いと片付けるのはすごく簡単だ。

 人間に追われ、種族古来の土地を失い、奉ずるべき守り神も消え失せた。

 今こうして目の前にあるのは、何もかもが苦しい現実だけ。

 

 豊かさとは無縁の厳しい北の森。

 人目を忍び、隠れるように息を潜める毎日。

 牙の神オドベヌスは生贄を求め続け、火を禁じた。

 

 最初からこう(・・)だったルキアには、正直、世界とはそういうものなんだな、で話は終わる。

 

 しかし、かつての時代、エルフが今よりずっと豊かに幸福に(・・・)暮らしていた頃。

 成木や長老たちが語る、太陽の恵みや青い空、緑が鬱蒼と生い茂り、澄んだ水が涼やかに流れたと云う水晶樹の森。

 北の森(ヴォラス)とはまるで違い、彩りに満ち溢れ、まさに輝かんばかりだったという話を聞くと、

 

 ──ああ、彼女たちから見て、私は不幸(・・・・)なんですね。

 

 と、幾度となく感じた。

 そして、だからいつも、こんなにも私は大切(・・)にされるんだ──と。

 

 エルフの成長は、個人差にもよるが、大抵は一定の時期まで人間とほぼ変わらない速度で成長する。

 若芽と成木という垣根は百年を基準にされるが、それはあくまで精神や教養、知識、経験といった部分で物差しを測っているためで、およそ百年は生きなければ成熟したエルフとは看做されない。大昔からの伝統と風土で、そういう文化が今も続いている。

 

 亜人の中でも特に長命な部類に入るエルフにとって、時の積み重ねは同胞であっても圧倒的『差』を生んでしまうからだ。

 

 少なくとも、長老と呼ばれるエルフと若芽のエルフとでは、どうしたってその精神面で未熟が浮き彫りになる。

 

 獲得してきた感情。

 蓄え続けている情念。

 積もり積もった記憶。

 

 そして、エルフは種族的に子ができにくい。

 個々の寿命が長いため、種族保存の能力が生物的に低いためだ。

 

 すると、どういうコトが起こるだろうか。

 

 ルキアには両親がいる。

 しかしその両親は、誰なのか分からない。

 現在、雪の牙に生き残っている男性は十人いて、女性は七十三人ほど。

 

 皆、ルキアとは違って九十年以上前の夥しい惨劇をリアルタイムで知っている。

 

 中には直接被害に遭ったモノもいて、長老のひとり──知恵のアルフィは、人間からひどい仕打ちを受けた辛い過去があるそうだ。

 

 水晶樹の森で暮らしていた思い出。

 美しい女神と穏やかに過ごしていたかつての日。

 突如として奪われ、踏み付けにされ、嗤い、汚された憎悪。

 

 成長し、オドベヌスに認められ、神の祝福を授かる騎士になるまで、ルキアは誰にも知らされて来なかった。

 

 自分の周りにいる成木たちは、皆、誰も彼もが()()()()()()()()──。

 

(一族復権のため。先祖伝来の土地を取り戻すため。辛い状況を打ち破り、いつか必ず幸福(・・)な日々を再び手に入れるため)

 

 数の差では人間に敵わない。

 今の状況では、絶望的なまでに戦力が不足している。

 勝つためには力ある神に取り入って、その祝福を授かれる『騎士』を増やさなければ……!

 

 そうして生まれたのが、一族皆で夜な夜な交わり合っては、何とかして新世代を作り出す試みだった。

 

 無論、そうした行いがひとの道から外れているのは皆分かっている。

 

 しかし、だとしてもかつての幸福が忘れられない。

 今ある現実がどうしたって不幸であると感じてしまうから、心が軋む。

 

 せめて新たに産まれてくる若芽には、この役目を背負わすまい。

 自分たち敗北者の世代だけが、汚れ役を担おう。

 

 ゆえに、雪の牙の成木たちは、誰も自らがルキアの両親であるなどとは名乗り出ない。

 母親だけは、明らかにひとりに絞られるはずだが、皆、自分たちの行いが決して親として胸の張れるものではないと分かっているからこそ、不実な親などいない方がいいとして口を噤んだ。

 

(べつに、そのことは気にしていません。だけど……)

 

 小さい時から一族の全員が親のようなものだった。

 ルキアにとって、誰が本当の両親でも関係ない。

 愛情はある。慈しみはある。優しさだってたくさんだ。

 初めから()()()()()()だった世界に、否定も嫌悪もあるはずがない。

 

 ──ただ、ひとつだけ、どうしても息が詰まるように感じることがあるとすれば。

 

(それは、私がみんなにとって、幸せの道具(・・・・・)でもあったコト)

 

 人間たちの争いが続くこの大陸で、弱者の地位に落とし込まれたエルフ。

 今の世の有り様では、エルフはどうしたって強くなければならない。

 そのため、生きていくために必要な勉強や訓練、教育は熱心に行われ、ルキアは見事、ついには神に認められるほど強くなった。

 

 褒められるのは嬉しかった。

 

 周りの成木たちが望む姿になって、将来は恩返しに自分が皆を守るのだと。

 

 神の騎士に選ばれた時、一族の全員が泣いて喜んで、いつも簡単には褒めてくれない長老……あのアルフィもが、目尻に光るものを零して抱き締めてくれた。

 

 あの瞬間、ルキアは少しだけ、ほんとうにちょっとだけだけど、報われたような気持ちになったのだ。

 

 だけど、

 

(そこから明かされた一族の秘密)

 

 罪の告白と、思ってもいなかった謝罪の言葉。

 

 

「これまで厳しくしてごめんなさい」

「まだ若芽なのに、本当はこんなはずじゃあなかったのに」

「情けない私たちを許しておくれ」

「おまえには、もっと幸せな生き方をさせてあげたかった」

「それなのに、それでも止められない、止まれない」

「こんな私たちを、どうか見限らないで欲しい」

「ルキア、我々の希望、我々の光」

「今ここに水晶弓を与え、あなたを女王の座に」

「辛い役目を押し付けて、ごめんなさい……」

 

 

(……どうしてでしょう? なぜなのでしょう?)

 

 ルキアはただ、大好きなみんなを、心から笑顔にしたかっただけ。

 つまりは、初めから終わりまで、ただ自分のために努力を続けてきただけなのに。

 なのに、当のルキアを置き去りにして、周りは皆、ルキアを不幸だと決めつけている。

 

 ──その眼差しが、その憐憫が、どうしようもなく心に重い。

 

 まるで北の森(ヴォラス)と同じだ。

 白い闇に鎖された、檻のような窮屈感。

 嫌いではなかったはずの何気ない日々でさえ、次第に色を失っていく。

 

(──でも、だからって、志まで変わるわけじゃありません)

 

 一番初めに感じたコト。

 守りたいと思ったコト。

 雪の牙のみんなが笑い、朗らかに過ごせる暮らし。

 それを目蓋の裏に思い描いて。

 

 ああ、きっとそれは、とても良いことに違いないと、知らず(ほほ)が緩んだ。

 

 なら、ルキアのやるコトだって何も変わらない。

 

 弓の腕で一番になって。

 水晶弓という聖遺物を預かる大役も背負って。

 神様の機嫌を損なわないよう、オオツノシカが獲れない日は、ダイアウルフの群れの中にも飛び込んで。

 森に異変はないか、人間たちの手が差し迫ってないか。

 北の森(ヴォラス)の哨戒だって毎日こなす。今だってそう。

 危険なのは人間だけじゃない。

 さまよいこんだ異境の神、神の気まぐれで産み落とされた超常の怪物。

 

 オドベヌス様は縄張りを侵されるのをひどく嫌うから、見つけたらすぐに追い払わないといけない──神を相手に力づくで追い払うことなど、当然、できるワケはないのだが。

 

(でも)

 

 パキリ、と枯れ枝を踏み、慎重にあたりを見回す。

 足跡や野営の痕跡、普段とは違うちょっとした景観の変化。そういったものが無いかを細かに検分しながら、ルキアはつい思った。

 

 三日前に出逢った、不思議な神のコトを。

 

 ──黄金。

 

 それは、一言で言い表せば黄金の神だった。

 この黒白の北の森(ヴォラス)にはまったくもって似つかわしくない、目に痛いほどの輝きを伴った太古の神性。

 豊かな長髪からは同じ女でさえ惑いかねない色香が振り撒かれ、濡れるように細められる瞳、起伏に富んだ(カラダ)、しなやかな手足に腿の肉付き……

 およそ、この世のものとは思えない埒外の美貌を一目見れば、その女性が神であることは瞭然だった。

 

 金髪黄金瞳。

 

 とてつもなく強い存在感を発し、全身の至るところからギラギラとした光輝を漂わせ、まるでそこにいるだけで世界そのものを塗り潰してしまうような……。

 白銀の世界に反発し、自らの色を居丈高に撒き散らす堂々たる佇まい。

 あまりに超然とし過ぎていて、そして、あまりにこの北の森(ヴォラス)とは正反対。

 

 ──その断絶に。

 

「耳が、長いな。エルフか?」

「……っ」

 

 ルキアは最初、息を飲むほど心を奪われそうになった。

 

 背筋を駆け上がる戦慄に、心臓が弾けてしまったのではないかとも。

 

 牙の神の騎士としては、目の前の神に直ぐにでも立ち去って貰わなければならない。

 水晶弓から発せられる今までにない高熱も、この黄金の神が、決して安易に見過ごしていい存在でないことをハッキリ告げている。

 何より、無造作に前へと押し出された手のひら。アレからは、何か、遠目にもとんでもなくマズイことが起こると予感が迸ったほどだ。

 

 一族の安全を守るため。下手な騒ぎを起こして人間たちに自分たちの居場所を気取られる可能性を考えれば、ルキアが為すべき行いは一つしかない。

 

 ……しかし。

 

「神の騎士、ねぇ……それじゃあキミは、若くして一族の期待に応え、わずか十六歳という歳でエルフ千年? 二千年だっけ? ともかく、スゴい歴史の重み(・・)をおっかぶされてるってことか。ふ〜ん……それって、辛くはないのかい?」

 

「────はい。辛くはありません。皆が幸せになれるなら、それはとっても良いことだと思います」

 

「…………そっ、か。そりゃまた、スゴいな。今の俺には理解できないけど、キミがそう言うなら、たしかにそういうコトもあるんだろう。──ところで、頭を撫でさせて貰ってもいいかな? なんだか無性にキミを甘やかしたい気分なんだが」

 

「えっ、ええ!? そ、そんな! あ、いや、は、はい! わ、私ごときの頭でよろしければ、ど、どうぞお撫でください……!」

 

「──いや。やっぱり止めよう。なんだか無理強いしてるみたいだ。また今度。いつか必ず。絶対に。近い内に……」

 

「ぇ、あっ、はい…………」

 

(ふふ)

 

 思い出すと今も笑いが零れ出る。

 会ったばかり。初めて言葉を交わした。

 それなのに、あの神はひどく親しみやすかった。

 ルキアはオドベヌス以外の神を知らないが、通常、神とはもっと厳かで、気高い存在だと知っている。

 神は下々に対して気遣いなどしないし、慮るコトもない。そう、長老たちからも聞いている。

 

 しかし、黄金の神はどういうワケだか非常に言葉の感触が軽く──悪い意味ではない──どこか同じひと(・・)を相手にしているような錯覚さえ感じられた。

 

 そのせいか、気のせいだとは思うが、真摯にルキアを想いやっているような気がしたのだ。

 

 途中、こちらの頭を撫でたい、甘やかしたい、などと。

 およそ神だとは信じられない言葉で動揺を誘われもしたが、それも恐らく、あの神なりに話の雰囲気を和らげようとしたのだろう。

 もしかすると、ルキアの中にある小さな不満……弱い部分を見透かされて、それゆえの発言だった可能性だってある。

 

(私としたことが、気の緩みですね。主神ではないとはいえ、いえ、主神ではないからこそ、警戒を解くべきではないのに)

 

 ただ認められた。

 自分の頑張りを、内心の努力を、それは褒めるに値する。報われて当然の人生だと。

 会ったばかり。見ず知らずの異境の神様から。

 それでも、ずっとどこかで欲しがっていた言葉を貰えて。

 

 別れ際、「またな」なんて。手さえ振って。

 

 次会った時は、今度こそ、この命を懸けてでも、退散を願わなければならないというのに……

 

「…………ハァ」

 

 正直に言えば、気が重い。

 ルキアは仕える神をすでに戴き、祝福すらも賜る騎士の身だ。

 主の意向には一番に従わなければならない。

 本心では望まぬコトも、一族を想えば率先してやり遂げる義務がある。

 

 牙の神、オドベヌス。

 

 北の森を縄張りとし、その正体は巨大な牙を持つ剣歯虎(けんしこ)にも似た白き豹王。

 司る権能は『霜天の牙』と呼ばれ、霜の立つ厳冬、大地から逆立つ霜の柱が、まるでオドベヌスの誇る巨大な牙のように、()()()()()()を具現化させる様から、その名がついた。

 オドベヌスは自らのその権能を用いて、かつて数多の神を屠ったのだと云う。

 性格は冷酷で、冬の厳しさがそのままカタチになったかのように生命への慈悲が無い。

 

 エルフを庇護下においたのは、単純に、エルフが美しかったからだそうだ。

 

 獣の姿をした神と言えど、エルフが一般的に優れた容貌をしているのは分かるらしく、九十年前、オドベヌスは希少な宝物でも集めるようなつもりで、今の雪の牙を自身の手元へ置いた。

 普段は長老か、自ら騎士に認めたルキアとしか言葉を交わさず、生贄を寄越せと牙を剥いて唸るばかり。

 機嫌が酷い時は、本当に咬まれるコトもある。

 

 特に酷かったのは、五年ほど前の冬。

 

 誤って川へと転落し、体温の低下から命の危機に陥った仲間がいたのだが、オドベヌスはその時でさえ火を許さなかった。

 毛皮をたくさん集めて(くる)めてやればいいだろうと一点張りで、自身の嫌いな火を絶対に許さなかったのだ。

 

 普段ならばそれも耐えられる。

 

 しかし、あの時は仲間の命がかかっていて、ルキアはどうしてもそれが許せなかった。

 

(結果、私はオドベヌス様の怒りを買い、お腹にひどい裂傷を)

 

 ──ふざけるな。断じて許さん……ただでさえあの水晶の弓を認めてやったというのに、そのうえ火まで認めろというのか……? 思い上がるなよ小娘!

 

 その傷は今でも残っている。人にはとても見せられない。長老たちの懸命な取り成しがあり、そのおかげで何とか大事には至らなかったが……あの時は本当に、終わったかと思った。

 自分の体が幾つもの牙に挟まれて、内蔵が貫かれ、骨ごと噛み砕かれると感じた恐怖心。

 たくさん叱られ、たくさん痛い日が続いた。あれはもう……二度と味わいたくない。

 

 ──だから。

 

「いっそ、話などしなければ良かった」

 

 そうすれば、単に追い払うべき厄介者としてしか、あの黄金の神を見ることもなかったはずだ。

 求められるままに質問に答え、いたずらに時間を多く費やしてしまった。

 これが裏切りだと謗られれば、ルキアには反論の余地がない。

 言い訳もムダだ。

 なにせ、三日経った今でさえ、ルキアはオドベヌスへ報告していないのだから。

 

 ──見知らぬ神が顕現し、この北の森(ヴォラス)で何か権能を使おうとしておりました。

 

 そう、たった一言告げるだけの忠誠すら無いのかと、オドベヌスは間違いなく激昂する。

 言い出せなかったなどの弁明は余計に怒りを買うだけだろう。

 下手をすれば騎士の資格も剥奪され、命を奪われてもおかしくはない。

 ルキアに情状酌量の余地があったとすれば、それは黄金の神と邂逅したその日の内だけだった。

 

 オドベヌスとて、神の絶対性は分かっている。

 

 ルキアや他のものが神に立ち向かったところで、待っているのは血の(あがな)いだ。

 

 ただ、龍の國の王──龍神プロゴノスの騎士。

 

 神が神を殺すのではなく、ひとが神を殺した恐るべき偉業。

 水晶樹の森の女神、デラウェア。消滅したエルフたちの神。

 オドベヌスは今も考えている。

 龍神にできたならば、己にもできるはずだと。

 祝福を与えたエルフの中から、いつか神を殺し得るモノが現れるかもしれない。

 そうなれば、自分だけの信徒を集めて、いずれ神殺しの尖兵を山のように抱えることも。

 

 だからこそ、オドベヌスはルキア(己が武器)に必ず一度は戦うことを命じた。

 

 ──たとえ神や怪物が相手だとしても、我が騎士ならば使命を果たせ。霜天の牙の名を知らしめろ! 逡巡は許さぬ。見つけたなら挑め。それができずば、今度は貴様だけでは済まさんぞ……!

 

 ゆえに。

 

(今の私にチャンスがあるとすれば、それは今からでも行動を為すこと)

 

 武器を手に取り、立ち向かう。

 黄金の神は「またな」と言った。

 ならば、三日経った後とはいえ、未だ北の森(ヴォラス)には留まっているはずだ。

 ルキアには水晶弓もある。

 危険な存在が近くにいれば、熱を持って所有者に知らせてくれる聖遺物。

 これを、コンパスのように利用することで、黄金の神を見つけ出せばいい。

 

 もちろん、ただでは済まされないだろう。

 

 黄金の神は優しそうな神様だったが、だとしても、神であるコトに変わりはない。

 下等な存在から刃を向けられれば、間違いなく怒りを露にするはずだ。

 

 恐らく、ルキアはかなりの罰を覚悟しなければならない。

 

 そして、端から勝てるなどとは思い上がってはいないし、本気で挑んだとしても容易く一蹴されるのが関の山。ならば、せめて潔く罰を受け入れよう。

 

 それが、今現在のルキアの考えだった。

 

 問題はコトが終わった後。

 ルキアは相当に痛い目を見ているか、あるいは死んでしまっても何らおかしくない状況にいるだろう、という点。

 だが……それもオドベヌスの不興を買って、一族を危険に晒す可能性と比べれば、なんてことはない。

 

(私は皆の幸福のために望まれ産まれてきました)

 

 そんな自分が、皆をさらなる不幸に追い込むなど、これ以上の悲劇は存在しない。

 

「────うん」

 

 そこで、ルキアは小さく頷き、「ほぅ」と息を吐いた。

 今日はいつもより心なしか気温が低い。

 オドベヌスの加護によって寒さには多少の耐性があるものの、こんな日は耳の先がひどくかじかんでしまう。

 ルキアは火が具体的にどんなものなのか知らないが、成木たちが言うには、とても暖かで明るいモノらしい。

 

 いつか本物の火を見てみるのが、ルキアの夢だ。

 

 

「──と、熱っ……」

 

 

 水晶弓がおもむろに発熱した。

 緊張が全身に行き渡る。

 目に見える範囲で危険な存在は見当たらない。

 

 しかし、確実に何かがいる。

 

 神か怪物か、あるいは人間か。

 雪化粧の加護は働いている。

 ルキアは矢を番え、そっとあたりを警戒しながら、熱の強まる方へゆっくり進んだ。

 

 すると、

 

(あっ、あれは……!?)

 

 

 

「おい。奴らはまだ見つかんねぇのか」

 

「ん? なんだよ、隊長。盗賊あがりの連中のことか?」

 

「ああ。偵察に出るとか行って、全然帰ってきやしねぇ。あのバカども何処行きやがった」

 

「知らねぇなぁ。ああ、でも、たしか古い遺跡がどうたらって話をしてた気がするぜ」

 

「遺跡、だぁ? クソっ、これだから盗賊あがりは……任務だっつうのに物見遊山かよ」

 

「ははっ、北部先遣部隊の隊長サマにおかれましては、低脳の部下たちに悩まされてるようですなァ」

 

「オメェもその一人だっつー自覚はあんのか? てか、マジ笑ってんじゃねぇ! ここは北の森(ヴォラス)だぞ。噂じゃ『霜天』がいる」

 

「クッククッ、なんだ。盗賊あがりどもの心配か?」

 

「アホ。下手な行動されて気取られたくねーって話だ。俺らの祝福じゃ、まだ神殺しには届かねえ……」

 

「ハッ! まぁ、そうだよな。しかし、今日でもう結構な日にちだろ? どこぞで凍死でもしてんじゃねーのか?」

 

「……仮にもプロゴノス様の加護を授かってる。そいつは有り得ねぇだろ」

 

「じゃあ……おい。マジで殺されてんじゃね? 敵は件の霜天か? フゥ! 楽しくなって来たなァ!!」

 

「バカ野郎ッ、面倒くさくなっただけだろうが!!」

 

 

 

 木立を抜けた先。

 雪被る倒木の陰に隠れるようにして、男たちの声があった。

 数は十、二十、いや……少なく見積っても五十はいる。

 全員、鈍色に光る鉄の剣を腰に佩いていて、驚くほど体格がいい。

 隊長と呼ばれている男などは、ルキアの四倍はありそうな巨漢である。

 

 そして、

 

(あ、ああっ、アレは! ()()()()……!!)

 

 男たちが着込んでいる鎧。その肩から翻る厚手のマント。

 真ん中には、もはやこの大陸で知らぬ者などいない龍の意匠が、ありありと縫い付けられていた。

 

 ──すなわち。

 

 

(龍の國の騎士たち! ついにやって来た! この北の森(ヴォラス)にッ!)

 

 

 全身から血の気が引いていく。

 長老たちから聞かされてきた悪夢のような昔話がフラッシュバックする。

 逃げなければ。知らせなければ。このままでは、皆が危ない。

 ルキアは全速力で走ろうとした。

 

 ──だがしかし。

 

 

「おっと! せっかく来たのに、どこに行くのかなァ、お嬢ちゃん?」

「ぐ、んんっ?!」

 

 

 背後から、別の男がルキアを捕まえ、口元をなにか甘い香りのする布で押さえ込んだ。

 

(そんなっ!? 加護はちゃんと効いてるはずなのに……!?)

 

 咄嗟に息を止めるも、男は無理やり口の中に布を捩じ込み離さない。

 

 意識が、急速に、遠く、な、る……

 

 

「ヒッ──ヒャヒャ! 女ッ! 若いッ! しかもエルフッ! 隊長ォォ!! 最高の知らせがありますぜ!!」

 

 

 ルキアの記憶は、そこで、完全に途絶えるコトになった。

 

 

 

 

*1
産まれてから百年に満たないエルフを指す。百年を超えたエルフは成木と呼ばれる。







相互間の激重感情っていいですよね。


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ホワイトダーク・ダイアモンドダスト Ⅱ


ところ変われば人も変わる。
龍の國の一般的価値観。


 

 

 

 時は少しばかり巻き戻り、ルキアが龍の國の騎士によって意識を奪われるちょうど二日ほど前。

 龍の國の騎士たち──北部先遣を名乗る屈強な男たちが北の森(ヴォラス)へと現れ、水面下にて密かに侵攻作戦を開始しつつあった頃。

 一部の独断専行組(先走り)が黄金の神と遭遇し、とっくのとうに命を散らし、すでに積雪の奥へと埋もれていた吹雪の深夜。

 

 誰にも知られず。

 また、誰も見ていない空白の惨劇。

 

 青年の物語は、一人静かに。

 

 すべてが終わりを告げ、ただ淡々と命落ちゆく茫漠の闇から始まった。

 

 

「──チカラが欲しいか」

 

 

 まるで、黄金の満月が、二つ足で歩むがごとく。

 然れど、煌々と照る望月の幽玄とは程遠い、文明の不夜にも似た鈍さを湛えて。

 弧を描く口元に、明らかなる愉楽の色を滲ませる。

 

 轟々と泣き叫ぶ吹雪の夜、ゾッとするほど白い闇の世界。

 

 女のカタチをしたソイツは、寒さなど、まるで気にもならないらしかった。

 マトモな防寒着などを身に着けているようには見えず。

 首元や足首など、あろうことかこの寒さで、じかに外気へと晒されている。生命の保護に一切の頓着がない。

 

 つまり、どう考えてみても人間ではなかった。

 

 そして、青年は串刺しの雪原(・・・・・・)に縫い止められ、数多の仲間もが隣で息絶えては白く凍っていく。

 自分の身体が、徐々に徐々に、虚ろなモノへと変わっていく恐怖心。

 貫かれたカラダの内側から、臓物や血が、冷たくキレイに朽ち果てていく。

 皮膚は水気を失い、右の眼球はあまりの気温低下に目蓋とともにひび割れた。

 皆、騎士となってそれなりの年月を重ね、本国では多くの功績を讃えられた英雄だったのに。

 

(なんて──おぞましい)

 

 この光景を目の当たりにし、それでもなお笑っていられるようなヤツは、人間など虫けらも同然の価値観なのだろう。

 

 ならば、そんなものは『神』以外の何ものでもない。

 

 青年は残りわずかな余命の中で、声も出せない瀬戸際でありながら、驚くほど冷静に正解を導き出していた。

 

 それを、黄金の神は知ってか知らずか。

 あるいは、見透かした上での我関せずなのか。

 

 どこか遊びに耽るような雰囲気で、半ば思い付きの感を誤魔化そうともせず、再度言った。

 

 

「チカラが、欲しいか?」

 

 

 今度は明確に、尋ねる口調。

 しかし、その口元はやはり愉楽の色を隠さない。

 言葉だけ聞けば、たしかに厳かにも感じただろう。

 だが、溢れ出る半笑いには、青年をバカにしている内心がありありと含まれ、青年がどう答えようとも、一切酌量されないコトがハッキリと伝わった。

 

 ……ゆえに。

 

 

「──────」

 

 

 青年はただ、残った方の左眼から視線を投じ。

 その神がいったい自分へ何をするつもりなのか。

 それを、黙って見ているしかなかった。

 ……もとより、今際の際。

 虫の息にも等しい死の淵では、幼児の殺意にすら抗える余力がない。いわんや、神ともなれば尚更。

 

 すると、

 

 

「へぇ。逆らう意思はないのか。楽でいいな、オマエ」

 

 

 黄金の神はニコリと、初めて見惚れるほどの純粋な笑顔を覗かせた。

 

 華開くような笑みだった。

 

 そして、

 

 

「にしても、ひどい話だ……これが牙の神(オドベヌス)の権能か。白くて寒々しくて、問答無用に命を奪うだけ。慈悲もなければ寛容もありゃしない。その霜柱、食らえばさぞや痛いんだろう? なにせ、これだけ大勢の龍の國の騎士(・・・・・・)が一瞬で全滅だ。加護のせいでなまじ生命力が強い分、苦しみもそれだけ長く倍増する……」

 

 

 見惚れるほどの華やぐ笑顔は、数瞬して、嘲笑と嫉妬の悪意に染まっていた。

 青年は死を目前としながら、心臓が鷲掴みにされたような恐怖を覚えて戦慄する。

 目の前の黄金の神は、どういうワケかオドベヌスのコトをひどく憎悪しているらしい。

 青年を貫く霜柱にバキリとチカラをいれながら、金色の双眸に淀んだ嫉妬の炎が揺らめいた。

 

 そこから立ち上るのは、正真正銘、神の殺気である。

 

 龍の國の騎士だと、自分たちの正体が知られていた驚きよりまず先に。

 青年はその薄暗い負の神威にアテられて、自ずと緊張が迸るのを止められなかった。

 

(なん、だ──この、神──は……?)

 

 北の森に霜天以外の神がいるとは前情報になかった。

 青年は北部先遣部隊の一員で、本隊からは先立って情報収集に出ていた別働隊である。

 龍神プロゴノスの加護を授かった騎士たちの中でも、未だ年次が浅く、授かれる祝福の量も少ないため、本隊が効率よく侵略を行えるよう、道を整える役目を授かってヴォラスへ来た。

 途中、小さい村落や朽ちかけの祠などを打ち壊し、戦果とも呼べない雑務を終わらせながら、幾人かの奴隷で無聊を慰めつつ。

 

 しけた任務だ、退屈な土地だ。

 最後にどこかで、古い遺跡でも見つからないものか。

 

 そう、欠伸を噛み殺して気楽に道を均して(・・・)きた。

 簡単な仕事だった。

 

 なのに。

 

(すべて失った。仲間も奴隷も、ここまで手に入れてきたすべての功績も)

 

 突如として現れたオドベヌス。

 気配なく背後より現れ、霜天の牙の名のもと、一瞬にして串刺しの極刑は行われた。後にはただ無情の殺戮現場のみ。

 

 冷酷な殺し屋にして冬の獣。

 

 巨大な牙をチラリとも見せるコトなく、牙の神はそうして青年らを鏖殺していったのだ。

 何事もなければ、青年に待っているのはこのまま果つるだけの運命。

 許せるはずはなかった。認められるはずはなかった。

 本来であれば、龍の國という時代の勝ち馬に生まれ、騎士にまで至った己がこんな僻地で殺されるなど、言語道断の間違い。

 いずれ自分が掴むはずだった栄光や幸福を思えば、オドベヌスへの憎しみと怒りが烈火のごとく燃え盛る。

 

(……だが、すべては遅い)

 

 青年は死ぬ。

 助けが訪れる見込みなど、白銀の荒野では望めるはずもなし。

 本隊の到着を待つには、あまりに致命傷。

 如何な龍の國の騎士とはいえ、カラダの中央をほぼ分断するかたちで刺し貫かれてしまえば、助かる余地などない。

 生物が持つ自然治癒力には限界がある。

 それにオドベヌスは異境の神とはいえ、神には変わりがない。

 たとえ騎士でも、人が神の暴威に耐えられるはずがなかった。

 

 ──しかし。

 

 

「けどまぁ、安心してくれ。俺がオマエを助けてやるから」

 

(助かる、のか──僕は──)

 

 

 信じられないことに、奇跡が起こる予感がしていた。

 茫洋と霞む視界。正常な判断力はジリジリと消えかかっていく。

 それでも、黄金の神は青年の額に手を翳し、まるで一条の光のように微笑んだ。

 

 

「ひとつ──実験(ゲーム)といこう。なぁ、オマエ。主神(あるじ)を裏切って、俺に仕えると誓うか?

 ああ、言葉にしなくてもいい。心の中で、きっとそうすると強く思うだけでいいんだ。

 そうしたら、俺はオマエに不死の祝福(・・・・・)を授けてやる。ああそうだよ、騎士にしてやるってコトさ。

 俺は見ての通り(バケモノ)だが、今は信者が一人もいなくてな。

 オマエが記念すべき第一号になってくれるなら、今なら大サービスで巨万の富もオマケにつけてやろう」

 

 だから、なあ、どうだ?

 

「いい話だよな。断る必要なんか無い。そうだろう? きっと誓ってくれるよなぁ。だって悪い話じゃないんだ。

 命も助かる。助かった後の生活も保証される。

 それだけじゃない。モテまくり勝ちまくり。最高の人生が花開くぞ? 俺を奉じて仰ぎ奉れば、見たことのない黄金楽土が待ってる……。

 プロゴノスとかいう馬鹿でかいドラゴンが幅を利かせてるオマエたちの國のコトなんか、俺はなーんも知らないけどさ。どうせ、オマエ程度の人材なんて、掃いて捨てるほどいるんだろう? 分かるさ、大国だもんなぁ!

 一口に騎士と言ってもピンキリ。思わず目を覆いたくなるようなゴミクズどもから、神をも殺しちまうようなスゲェ騎士までいる。

 でも、オマエはどのあたりかな。この前、俺は底辺と出くわした。なんでも、北部先遣とか言ってこんな田舎まで駆り出されたそうだ。見たところ、オマエも同じだよなぁ。

 だってここにいるんだから! アイツらは酷いもんだったぜ? 騎士とはてんで名ばかり。真性のゴミクズたちだった。となると、オマエも同じなのかな?

 ──なぁ、聞いてるかよオマエ。そうだ。オマエだ。今ここで死にそうになってるオマエ。ゴミクズも同然のオマエ。恥ずかしくないのか? あんな奴らと同列のまま終わって。

 十把一絡(じっぱひとから)げ。有象無象! このままじゃオマエ、本当にただのやられ役だぞ?

 そんな人生のままで未練はないのか? 後悔はない?

 思い描いていた未来。手に入れるはずだった女に名声。

 オマエの人生なんて、俺は心底どうでもいいけど。普通、諦めるなんてもったいねぇと思わねーの?」

 

 ──俺を受け入れれば、やり直すチャンスが手に入るぜ。

 

 

 その言は、果たして嘘か誠か。

 聖母の慈悲、あるいは悪魔の罠なのか。

 

(いや──十中八九、悪しき(いざな)いだろう)

 

 青年は分かっていた。

 なぜなら、黄金の神は自身の悪辣さを隠そうともしていない。

 この世には人に優しい神と、ひたすら厳しい神の二種があるが、これは明らかに後者。

 下等な存在をもてあそび、遊興に耽ろうと目論む上位存在の気まぐれ。

 しかも、嫌悪感まで剥き出しにしている。

 手を取れば、間違いなく後悔するだろう。

 

 ──しかし。

 

(僕、は……死にたく、ない。生きてまだ、楽しみたいコトが山ほどあるんだ……ッ)

 

 青年はそう、死にたくない。

 龍の國に生まれて騎士に選ばれて、たくさん戦果を上げた。たくさん努力を重ねてきた。

 与えられるべき報酬、支払われて当然の対価、自分が享受するべき幸福を思えばこそ、こんなところでは終われない。終わっていいはずがない。

 でなければ、いったい何のためのこれまでだったのか。

 時代は祖国を選んでいる。龍の國の騎士は最高だった。何もかもが勝ち組の未来! 頑張れば報われて、欲求を叶えるための創意工夫すら気持ちが良くて。失うのは惜しい。宗旨替えを行えば、待っているのは裏切り者の烙印だ。プロゴノス様の祝福も失うだろう。

 

(──だが、それがどうした)

 

 こんなところで終わるコトに比べれば、ここで異境の神の手を取るコトの何が悪い。まだ続いていく明日。未だ目に見ぬ贅に悦。人生を謳歌する可能性。心躍る無限の希望!

 

 つまりは、期待に胸をふくらませてワクワクできる時間がそれだけ長く続くのだ。

 

 支配も、略奪も、蹂躙も。

 

 またまだ楽しみきれてはいない。もっとシアワセに浸りたい。

 ゆえに──

 

 

「…………!」

「──ハ、()()()()()()()()()()

 

 

 青年は黄金の祝福を与えられ、第二の人生を選んだ。

 授かりし加護は、不死。

 オドベヌスより刻まれた致命傷もなんのその。

 自分のカラダを貫く霜柱を叩き割り、空いた風穴、蠢くように肉が舞い戻る……素晴らしい!

 つい震えるほどの歓喜に思わず跪き、青年は言った。

 

 

「──これよりは我が忠誠、あなた様へ捧げます」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 裏切り者の言葉は軽くてかなわんな。とはいえ、祝福が働いたのなら信仰心は本物か。いやはや、変わり身が早くて助かるよ。実験も成功したし、オマエは今日からたしかに俺のイヌ(騎士)だ。さて、何ができる?」

「お望みとあらばすべて仰せのままに。我が女神」

「女神……ああ、そうだったな。じゃあ命令だ。北部先遣。まだ生きてる龍の國の騎士どもを、今から全員ぶっ殺してこい」

 

 

 黄金の剣(武器)はやろう。

 黄金の鎧(防具)もやろう。

 不死身のカラダをせいぜい活かせ。

 できなければ加護は取り上げる。

 

 美しき神は口角を吊り上げ、虚空から重厚な剣と鎧を創り出した。

 

 否やはない。

 

 斯くして──

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「──ゆえあって貴様らを斬る。かつての同胞たちよ、僕のために死んでくれ」

「はぁ? 黄金の騎士甲冑だァ……?」

「ナメた格好しやがって……」

「この野郎、龍の騎士(おれたち)にケンカを売ってやがんのか? だとしたら、ただで帰れると思うなよッ!!」

「クックック、身ぐるみ剥ぐだけじゃ済まさねェ。生皮までキレイに剥ぎ取ってやろうぜ」

「今日は久しぶりに楽しい一日なりそうだなぁ!」

「その剣、その鎧、鋳潰してテメェのムクロにぶっかけてやるよ!」

 

 

 響き出す罵声と怒声。

 殺気立つ男たちの剣呑。

 

 時の針は現在(いま)へと追いつき、にわかに(ざわ)めき始める白銀の世界。

 

 囚われたエルフの少女。

 裏切りの黄金騎士。

 

 出会った経緯も抱いた印象も、まるで異なれども。

 共に同じ神と遭遇し、その人生を大きく変えようとしている二つの存在。

 

 牙の神は未だ姿を見せずとも、濃厚な気配を漂わせ。

 北部先遣、龍の國の騎士の中でも隊長と呼ばれている大男は、突然の珍客に目を見開いた。

 

 

 

「表を騒がしくしてすまないな。ここにルキアがいるだろう? 俺のものだ(・・・・・)。返せ」

 

「────オイオイオイ。なんだってんだコイツはよぉ……! 北の森(ヴォラス)にこんなんがいるなんざ聞いてねェぞ!」

 

 

 

 ゆらゆらと風にたなびく金の髪。

 妖しい光と怖気を湛えた黄金瞳。

 何をしたワケでもない。

 ただ近づき、ただ視界に入り込んだ。

 それだけで、

 

 

「ヒュ〜! よぉ、姉ちゃん。驚いたな、こんな僻地にスゲェ美女だ。このあたりの原住民か? さては龍の國の騎士(おれたち)に媚でも売りに来たのかい?」

「たまにあるんだよなー。テメェらの村を守りたくて自分から貢ぎ物を寄越してくんのが。よし、姉ちゃん。あっちの方が上手ければ、ちょっとくらいはお目こぼしを考えてやってもいいぜ?」

「────チッ」

 

 

 次の瞬間、部下がふたり黄金の石像(・・・・・)になっていた。

 喋り、歩き、さっきまで生きていた姿そのままに、今や物言わぬ単なる彫像!

 髪の毛一本、睫毛の先、きっと足のつま先までやられてる。

 何が起こったのかなど分からない。何をされたのかも理解は追いついていない。

 ただ、

 

 

(こいつに見られたままでいんのは、とにかくヤベェ(・・・)……!)

 

 

 総毛立つ全身。

 全身の毛穴という毛穴から、いっせいに火花が走ったように電気信号が駆けずり回る。

 野営地の表に現れた黄金の騎士甲冑。

 エルフの少女を捕えた瞬間、突如として裏手から入り込んだ女──否、異境の神!

 

 警戒すべきは牙の神だけだと考えていただけに、予想外の窮地に男の精神は大きく動揺を迫られていた。

 

 そんな大男に、黄金の神は言う。

 

 

「どうした? 何をモタモタして……ああ、黄金に見蕩れてるのか。そうか、そうだったな。仲間の彫像といえど、こうなっちまえば誘惑には勝てないか。目が吸い込まれて、ちっとも引き離せないんだろう? まぁ、その気持ちは分からないでもないけどな。黄金になれば、どんなゴミクズでも素晴らしい輝きを放つ。我ながら一流の詐欺師もビックリの錬金術ってな。フッフフフ。なんなら、溶かすなり鋳潰すなり、好きにしてくれてもいいぞ? 仲間の命でできた黄金だ。さぞや重みがあるに違いない」

 

 

(狂っているッ! なんという邪悪ッ!)

 

 

 男は一瞬で悟った。

 悟ったおかげで理性を保てた。

 この神は、間違いなく人類にとっての敵になるだろう。

 人類が人類であるがゆえ、決して手放すコトのできないあらゆる欲望、あらゆる性質がために。

 文明の頽廃、爛熟した都市の斜陽、崩れ落ちる理性の天秤、墜落する蝶の羽ばたき。

 

 堕落の繁栄、全人類が必ず直面する極難。

 

 すなわち──不倶戴天の仇敵がここにいる。

 

 斬らねば、と男は思った。

 

 

 

 

 






主人公の行動や具体的な考えなどは、また後ほどの更新にて。

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ホワイトダーク・ダイアモンドダスト Ⅲ



処刑。裏切り。ペラ回し。


 

 

 

 異境の神と対峙した時。

 龍の國の一般的な騎士には、およそ三つほどの選択肢がある。

 

 すなわち、戦闘、逃走、死亡の三つだ。

 

 これは大まかに、主神である龍神(プロゴノス)から、その騎士がいったいどれだけの祝福を授かっているのか。

 肉体の頑健性、自然治癒、生命力がどこまで優れていて、いったいどの程度の損壊(・・)までなら耐えられるのかによって話が変わってくる。

 

 無論、一概にどのラインから神との戦闘が可能かなど。

 そんなものは、対峙した神がどういった性格をしていて、また、人間に対して基本的にどういうスタンスを取っているのか。

 温厚なのか攻撃的なのか。

 所持する権能の特性や種類、外見上から得られる情報等によって、大いに変わってくる。

 

 そのため、一般的な騎士と言っても、そのほとんどは逃走か死亡のどちらかを選択することになるだろう。

 

 神が矮小な人間を見逃してくれるタイプなら良し。

 逃走を選択すれば、男として屈辱を味わうかもしれないが、とりあえず生存の二文字は味わえる。

 

 神が矮小な人間を見逃さず、愚かにも背を向けた下等存在に慈悲なき暴威を振るうタイプだった場合。

 その時は、端から運が無かったと諦めるしかないだろう。神は言っている。ここで死ね。

 所詮は神と人。勝てる道理が無いのが当たり前だ。

 

 なので、逃走も死亡も、究極的な意味では敗北に変わりない。

 

 では──戦闘はどうか?

 

 こちらも仮に挑んだところで、人間では神に敵わず、いいように弄ばれるのがオチに思える。結末は変わらない。そのはずだ。

 

 しかし、

 

戦闘(・・)とは(・・)たたかうコト(・・・・・・)……)

 

 ただ遊ばれ、オモチャのように壊されるだけの無意味は、そも初めから戦闘とは呼ばない。

 龍の國の騎士には、正しい意味で、神と戦うすべ(・・)が存在している。

 

 否、用意されている。

 

 それは……

 

(プロゴノス様の覚えめでたく、授かった祝福の(たか)が『大騎士』の域に届いている場合だ)

 

 神の使徒として最上位の証であり、天からの寵愛を文字通り一身に受ける存在になるコト。

 つまりは、百年前より変わらず王位につき続け、今なお永遠の若さと共に玉座にある我らが王。

 

 龍の國で唯一の大騎士──『少年王』フォスと同じ域にまで達すれば──理論上、異境の神との戦いも可能である。

 

 彼の王は、それゆえ、不死身がごとき生命力を獲得し、水晶樹の森の女神デラウェアを殺害することで、今の名声と権力を手に入れた。

 

 龍の國の騎士にとって、いずれは自分も大騎士となる未来は共通の目標である。

 

 だが、

 

(プロゴノス様が大騎士に認めるのは、当代の王が死に、次代の王が決まった時だけ)

 

 龍の國は力がすべて。

 貴族などの身分制度もあるが、王になるのは國で一番強い男。

 奴隷から村の牧人まで、腕に自信さえあれば剣を握り殺し合い、最後まで立ち続けた者が王となる。

 貴族とは、言ってしまえば過去の王の親類縁者。

 騎士とは、いずれ王位を狙い大騎士とならんと目論む者たち。

 

 他の國がどうかは知らん。

 

 少なくとも、龍の國ではそれが常識であり伝統となっている。

 

 そのため──王の在位に問題なく、その生命に何の支障も無い時、通常の騎士は個人差はあれ、皆が只人(ただびと)の域を出ない。

 

 大騎士候補(・・)と呼ばれる者はいても、その称号は王だけのもの。

 

 神を殺す。

 

 そんな恐れ多い真似を果たしおおせるのは、もはや神にも等しい人外の所業。

 人を超えた人。現人神(あらひとがみ)に他ならない。

 北部先遣……北の森ヴォラスにやって来た総勢百名の男たちも、さすがにそこまでは自惚れられない。

 異境の神と出くわせば、皆、最低でも命を懸ける覚悟が必要だ。

 戦闘を可能にするほどの祝福は、大騎士でなければ得られないと十分に弁えている。

 

 

(──とはいえ。いつの世も、例外(・・)とは存在するものだッ!)

 

 

 にわかに騒めき始めた野営地。

 複数の剣戟と、男たちの鈍い怒声が重なり合う背後。

 二名の部下が黄金に変えられ、目の前には超然と神威を発露させる邪神。

 北部先遣部隊の隊長を務める大男──ダグダは、緊迫した空気をヒリヒリと感じつつも、胸の内でひそかに勝算(・・)へと思考を巡らせる。

 

 この(カイブツ)は殺さなければならない。

 

 美しい女のカタチをしているが、その本質はひどく邪悪だ。

 人類にとっての天敵と言い換えてもいいだろう。

 部下が黄金に変えられたのもあるが、それ以前の問題として、全身から滲み出る魔力が違う。

 女神であれば、多かれ少なかれ人を惹きつけ魅了するのは仕方がない。

 

 しかし、この邪神から醸し出される魔力は……ハッキリ言って相当に危険だ。

 こうしている今でさえ、欲望(・・)にぐらつきそうになる自分を強く感じる……

 

 

(──オレは、べつにテメェを立派なニンゲンだと思ったコトはねぇ。

 戦争にかこつけて、大勢殺してきた。女も子どもも、容赦なく奴隷にした。

 犯し、貪り、奪い、遊び──そして笑ってきた。

 だが、そんなオレでも……コイツ(・・・)が斬らなきゃいけねー相手だってのは分かる……)

 

 

 悪魔、というのは人間が作り出した空想上の存在だが。

 もしもそれと、同じ名を背負うに相応しいモノが、この地上にいて。

 ソイツが、自らの悪性を何ら自重しない、ワガママな奴なのであれば。

 きっと……ソイツは悪魔と呼ばれても何も問題ない、真性のカイブツだろう……目の前の邪神は、明らかにそれ(・・)だ。

 

 ──ゆえに。

 

 

「………………」

「あ?」

 

 

 ダグダは腰を大きく落とし、身を前傾に倒しながら、両手で剣の柄を強く握りこんだ。

 龍の國の騎士として、ダグダは強い。強いからこそ、隊長を任せられている。

 

 その実力は……ハッキリ言って『大騎士候補』だ。

 

 磨き上げられた騎士としての武錬。恵まれた体格。祝福によって手にした身体能力は岩をも砕く。

 本気で地を蹴り上げれば、巨猪ダエオドンの突進にも勝る衝撃が奔るほどだ。

 

 もちろん、祝福の嵩で言えば、神殺しに届く保証は何も無い。

 

 権能による一撃をもらえば、助かる見込みは皆無に近いだろう。

 牙の神オドベヌスは戦闘向きの権能を持っていることでも知られ、だからこそここまでの道中、警戒を続けてきた。

 

 然れど!

 

 

「お初にお目にかかれて誠に幸甚の極み。不遜は承知で、問いを投げさせていただく。……汝、如何なる神性なりや?」

 

「──へぇ。驚いたな。その剣呑な目付きは気に入らないが、龍の國の騎士にも少しは弁えてるやつがいたか。──いいぜ。答えてやるよ……俺は『黄金』だ。見ての通りの、な」

 

(──やはりッ!)

 

 

 ダグダは目を見開き、勝算を確信した。

 この大陸に存在する神は数多(あまた)いるが、どの神も共通してあるひとつの特徴がある。

 

 龍神プロゴノスは、あらゆる獣の祖・生物の神としてドラゴンのカタチを持ち。

 霜天の牙オドベヌスは、冬の厳しさと命を刈り取る死神として、獰猛な剣歯虎にも似たスガタを得た。

 

 ……そう。すべての神は、自らの性格と権能に沿った外見を持つ!

 

 ならば、目の前の『黄金』も変わりはあるまい。

 一端の戦闘者ならば、見ただけで敵がどの程度のやり手(・・・)かは分かる。

 神である以上、侮ることはできない。

 しかし、眼前の女は佇まいも素人! 見た目通り、ただ美しいだけ。危険な香りを振り撒いているが、それだけだ。

 

 つまり……不意打ちであれば、いくらでも隙を突くことができる!

 

 

(人間を金塊に変えちまうのは、そりゃヤベェ……見られたまんまでいるのも、さっきからめちゃくちゃマズイ気がする……でもな)

 

 

 邪視の類いは相手の視界から逃れてしまえば何の問題もなく。

 足元には、蹴り上げれば十分に目くらましになる雪。

 

 ──黄金の魔眼、なにするものぞ。

 

 

それだけ(・・・・)なら、オレの方が一瞬(・・)速いッ!!」

 

「────」

 

 

 ダグダは獰猛に口角を吊り上げ、一気に前進した。

 と同時に、大地を捲り上げるつもりで、大きく一歩を踏み込む。

 衝撃により、ダグダの前にも雪が壁のように(・・・・・)舞い上がるが、問題はない。所詮は雪。ダグダの剛剣の前では紙吹雪も同然。よもや卑怯とは思うまい。

 

 このまま、やることは単純だ。

 

 振り上げた剣を、容赦なく振り下ろす。

 相手は異境の神とはいえ神は神。

 ただでは済まないだろうし、身体の半分は持っていかれるかもしれない。

 

 ──それでも。

 

 

(もうひとつ……オレにはさらに切り札があるッ!)

 

 

 それは懐に秘めた聖遺物。

 龍の國の騎士のなかでも、特別認められた者のみ所持するコトが許される戦利品(・・・)

 

 かつて、ダグダたちの王が水晶樹の森に攻め入り、エルフたちを虐殺し、その宝物庫から簒奪したと云う……神の鍛造物。

 

 名を、聖遺物・水晶剣──その働きは、神威の無効化(・・・・・・)

 

 見かけは小さな水晶細工の短刀に過ぎないが、女神デラウェアがエルフたちを守るため、その昔、百以上も造ったと伝わる水晶系、最高位の聖遺物だ。

 一説には、これがあったから、王はエルフたちを真っ先に狙ったのだとも言われている。

 

 そして、これを持っている限り……ダグダにはチャンスが絶対に訪れるワケだ。

 

 なぜなら、水晶剣はどんな神の加護や権能だろうと、一日に一度、ひとつの対象ずつ、必ず無かったコトにできる。

 

 先ほどは部下との会話中、近くに不審な気配を感じ、周囲一帯に向けてひそかに使った。

 何らかの加護を用い、隠密していたはずのエルフの少女を発見・捕獲できたのは、そのためである。

 

 ──で、あるならば。

 

 いま、黄金の邪神がその権能をダグダに向けても、一瞬の隙がモノを言うこの状況で、明らかに暴力に秀でたダグダが、無惨に散りゆくだけの展開は絶対に無いッ!

 

 

(先手は打った! 『勝機』はいまッ! ここで決める……ッ!!)

 

 

 ダグダは裂帛(れっぱく)の気合いと共に剛剣を加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それを。

 

 

「“閉塞打破(エレフセリア・イカルス)”」

 

 

 指を軽く、クイと。

 あらゆる制約、あらゆる(しがらみ)、あらゆる封を棄却する権能を以って。

 黄金のカイブツは、嘲笑うように片手間で拒絶した。

 

 

「ッぬ、グアァァぁああッ!!??」

 

 

 途端、見えぬ力に全身を引き戻され、勢いよく上空へと叩き飛ばされるダグダ。

 運動エネルギーの突然の氾濫に、鎧の内側で、いたるところが鞭打ちになる。

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!

 

 脳内に木霊するのは激痛の絶叫。

 内蔵はシェイクされ、前後左右上下の感覚が、一斉にパニックと化した。

 そのうちに、眼球が飛び出て、口から胃液とも血とも判別できない汁が、泡となって吹き出る。

 

 自身の剛剣が、雪の壁を斬り裂き、問答無用の暴力を叩き込もうとした僅かな間隙。

 鉄の刃が邪神の頭蓋に触れる寸前で、いったい何が起こったのか。

 

 それすらも、ダグダにはもう分からない。

 

 マトモな思考機能を維持するには、あまりに一瞬で全身の生命機能を台無しにされた。

 

 そして

 

 

「ああ──悪い。俺、権能三つあるんだよ」

 

 

 地面に墜落した刹那。

 ダグダは最後に、そんなような言葉を聞いた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「──さて、と」

 

 大男が死に、地面に真っ赤な染みができた。

 俺は吐息をひとつ漏らして、あらためて気を取り直す。

 ルキアの居場所まですんなりと案内してもらうつもりだったが、この分では自分で探すしかない。

 

 

「魔力が強すぎたか……? さすがに人間ふたり分の黄金となると、中身は完全にイカレちまうみたいだな」

 

 

 一見正常そうに会話ができると見せかけておいて、その実態は、初めて遭遇したクズたちと何も変わらない。

 期待していただけに、やや残念な気持ちだった。

 

 

「他のヤツらと違って、明らかに別格そうな雰囲気が漂っていたのに」

 

 

 実際、こちらが何者なのかを誰何(すいか)する礼儀があり、表面上だけだったが、言葉遣いもなかなかに弁えたものだった。

 龍の國の騎士としては、はじめて、少しはマシなヤツもいるんだなと感心していたものだが……まぁ、結果がこうなっては仕方がない。

 “黄金楽土(クリューソス・パラディソス)”は素晴らしい権能だが、やはりまだ、繊細な力加減となると難しいものがある。

 

 

「しっかし、黄金()の言いなりになる奴隷化パターンならまだしも、斬りかかってくるのは新しいパターンだったな」

 

 

 反射で殺してしまったが、案の定、俺の心は小波(さざなみ)ひとつ起こらない。

 思えば明瞭に、たしかな殺意を持って人を殺したのは、コレが初めてのはずだが。

 

(所感としては、「俺の前に立ちはだかった大男(コイツ)が悪い」の一点しかないな)

 

 我ながらハッキリと狂っている。

 が、どうやら今現在の俺は、自分が思っている以上に、『壁』や『障碍』といったものが気に入らなくなってしまっているようだ。

 高次存在の化身(アバター)として、半ば本能で権能を行使していた。

 トリガーとしては、俺が少しでも閉塞感を覚えたら発動させてしまう感じだ。

 道ばたのゲロとかを見て、思わず「オエッ」となるのと同じである。

 気が緩んでいると、最悪、無意識で人を殺しかねない。困った話だ……

 

 

「まぁ、そんなコト、いまはどうでもいい。

 それよりルキアはどこだ?」

 

 

 俺はコキリ、と首を鳴らし辺りを観察する。

 少し遠くの方では、

 

「なんだコイツ!?」

不死(しなず)……なのか!?」

「まさか大騎士!?」

「んなワケあるか! 俺らの王は健在なんだぞ!」

 

 と、何やら順調に陽動を果たしてくれているらしい(イヌ)の頑張りが聞こえてくる。

 わざわざアホみたいに目立つ黄金の騎士甲冑を着せた甲斐があったというものだ。

 べつに、龍の國の騎士が何人いたところで、俺の敵なんかじゃあないが、わざわざ汚らしいゴミを片付けるのに、自分の手を汚す必要はない。

 穢らわしい埃が飛んでくる前に、さっさと囚われの姫君を颯爽と助け出すコトにしよう。ルキアは喜んでくれるだろうか。

 

 愛らしい少女の顔を思い浮かべ、俺はニコニコしながら粗末なテントを検分していく。

 

 

「ルキアー? ルキア、いるかー? 俺だぞー、俺が来たぞー。こっちにいるのか? それとも、ここ? んー……ここか!」

 

「……ん。あ、貴女様は……」

 

「ルキアッ!」

 

 

 四つ目のテントを(あらた)めると、後ろ手に縄をかけられたルキアが、ちょうど目を覚ますところだった。

 俺は急いで駆け寄り、チャチャッと縄をほどく。

 そしてそのまま、華奢なカラダを優しく抱き起こし、安心させるように微笑んだ。

 

 

「よかった。キミが無事で」

 

「え……」

 

「もう大丈夫だ。助けに来たんだよ」

 

「たす、け……?」

 

「……ああ。キミを奴隷になんかさせない。俺はキミが好きだから、キミを苦しめるあらゆるモノから、キミを守るコトにしたんだ」

 

「────まも、る?」

 

 

 ルキアはまだ意識がハッキリしないのか、呂律の回らない様子で、鸚鵡返しに俺を見上げるばかりだった。

 ……こういう場合、疑われるのは軽い脳震盪(のうしんとう)か、あるいは何らかの薬物によって気を失わせられていたお決まりのパターンだが。

 

(見たところ、ルキアの頭にこれといった外傷は無い。となると、何かのクスリか……?)

 

 騎士と言っても、半分以上は人攫いや強盗みたいなヤツらだ。

 希少なエルフの少女を見つけ、手荒な手段で拘束を試みたとは思えない。

 侵略、略奪、人身売買に手馴れているなら、人の意識を安全に奪う道具には事欠かないだろう。

 だが、本当にそれが安全な手段なのかは、きっと誰にも保証できない。神話の時代なら尚更だ。

 薬も毒も要は同じ。容量を間違えれば、容易く命に関わる。

 

 確定していた殺意に、ますますの燃料が注がれるようだった。

 

 

「…………」

 

「ぁ、きゃ!?」

 

 

 俺はすっくと立ち上がり、ルキアを抱き抱える。

 持ち上げる際、ルキアが小さく驚きの悲鳴をあげたが、気を遣う余裕もないほど衝動が止められない。

 

 この女は──俺のものだ。

 

 もはや誰にも何にも傷つけさせる気にはなれないし、一切の遠慮もしたくない。

 目を離せば、また危害が及ぶ恐れもある。

 

 ……少なくとも、ルキアの意識が明瞭になるまで、こうして肌身離さず彼女を守っていなければ、思わず俺自身が、危険な発想に飛びつきかねなかった。

 

 大事に、大事に……しっかり抱き締める。

 

 そんな俺に、ルキアは戸惑う様子を見せたが、抵抗はしなかった。

 気を許してくれているのか、それとも、抵抗するだけの気力もまだ出てこないか。

 どちらにしろ、この両腕の中にルキアがいて、その生命と尊厳がたしかなものであれば何でもいい。

 俺はテントを出た。

 

 すると、

 

 

「──我が君」

「オマエか」

 

 

 テントの前には、全身いたるところに真っ赤な血を塗りたくった、黄金の騎士甲冑が静かに跪いていた。

 剣、槍、斧、弓。

 目視できるだけでも、実に様々な武器が甲冑の隙間から肉体に刺さっている。

 

 しかし、黄金の騎士は呻くことも、激痛にのたうち回ることもしない。

 

(見た感じ、相当な致命傷だろうにな)

 

 俺が与えた黄金の剣も手放さず、荒く呼吸を乱すことすらしないで、ジッと。

 ただ、主からの賞賛を待つ忠犬のように、俺を見上げている。

 

 “閉塞打破”による不死の加護は、きちんと働いているようだ。

 

 

「敵はどうした?」

 

「ハッ、御下命(ごかめい)まっとうし、全員始末しております──が、申し訳ございません」

 

「なんだ」

 

「あなた様より頂いた、この黄金鎧。それに加え、偉大なる不死の祝福があるにもかかわらず、思いのほか手間取りました。この失態は、是非とも今後の働きで挽回させていただきたく──」

 

「……ああ、そういう話か。

 なら、生憎だけどその必要はないぞ?」

 

「──は?」

 

「もうオマエに用は無い。元から生かしておくつもりも無かったし。実験(ゲーム)と言っておいたよな? ──ま、そういうコトだよ」

 

 

 パチン、と指を鳴らし、俺は躊躇なく加護を取り上げた。

 瞬間、血塗れの黄金騎士はドサリと横に倒れ込み、拒絶されていた死の運命が一斉に忍び寄る。

 

 

「っ、な……な、ぜ……?」

 

 

 かひゅー、かひゅー、と零れる虫の息。

 見開かれた(まなこ)

 倒れた拍子に外れ、雪の上に転がっていく兜とともに、青年の命もまた、流れ落ちるように目減りひていく。

 

 露になった顔には、いっそ哀れを誘うほどに「信じられない」という感情が映し出され、俺はそれを無感情に見下ろしていた。

 

 

「不思議か? だとすれば、これほど幸いなことはない。

 俺は出会った時から、ずっとオマエがキライだった。

 言葉を交わした時も、仮とはいえ祝福を授けた時も……俺はずっと、オマエに対して、虫唾が走るような想いでいっぱいだった」

 

 

 なぜか?

 

 

「オマエたち龍の國の騎士は、気持ちが悪い(・・・・・・)

 オマエたちは、いったいどうしてそこまで醜く在れるのか」

 

 

 生き様が醜い。

 主義主張が醜い。

 考え方が醜い。

 一挙手一投足。

 髪の一本から足の爪先にいたるまで。

 とにかく気持ち悪くて仕方がない。

 

 

「自分が気持ち良くなるためならば、何をしてもいいと云うその価値観。根本的なところで言えば、俺も大いにそちら側だ。けどな、それは大多数の者にとって……到底許容し得ない『悪』なんだよ」

 

 

 許せるはずはない。

 許していいはずがない。

 悪とは、許されざるものだ。

 

 

「金が欲しい。力が欲しい。女が欲しい。この世で無二の、絶対的幸福が何より欲しい。

 ……そういった欲望を、他ならない俺は絶対に肯定するし、誰より、俺自身が最も強くそれを望んでいる。

 ──だけど、だからといって、見ず知らずの誰かを不幸せにしても構わないんだろうか?

 自分が気持ちよく幸せに浸るためなら、誰かを地獄のドン底に突き落としてもまったく気にならない?

 たしかに! そういう考え方もできなくはないよなぁ」

 

 

 自分とは何の縁もゆかりも無い赤の他人。

 そいつが何処でどんな目に遭おうと、そいつが不幸になってさえ(・・)くれれば、代わりに自分が確実に幸せになれる。

 

 そういう条件が満たされた時、いったいどれだけの人間が、第三者を切り捨てずにいられようか。

 

 

「たとえば、同じ町で暮らす二人の人間がいたとしよう」

 

 

 ひとりは家を持ち、日々の稼ぎもズバ抜けて高い立派な社会人だ。

 対して、もうひとりは家を持たず、これといってたしかな定職も持たない、言ってしまえば小汚い浮浪者。

 両者はたまたま同じ町に住んでいるというだけで、もしかしたら何度かすれ違ったこともあるかもしれないが、基本的には赤の他人。

 

 

「その二人に、自分か彼か、どちらかを殺せば莫大な報酬をやろうと話を持ちかける。

 ただし、手を下すのは自身ではなく絶対に第三者。

 あなたたちは、その第三者に、どちらが死ぬべきなのかをアピールしなければならない──と説明する」

 

 

 すると、

 

 

「恐らく、大半の者は、この時点で浮浪者が死ぬべきだと考えるはずだ。

 浮浪者自身も、自分が圧倒的に不利なのは悟るだろう。

 なぜなら、浮浪者は何の役にも立たなそうだし、町で見かければ、誰だって眉をひそめる。

 理屈はいくらでも()ねられるが、基本的に彼らは臭くてかなわない鼻つまみもの。

 立派に働いているもう一人を殺すより、浮浪者を殺した方が、全体の益に繋がると当たり前のように考えて──でも」

 

 

 ここで、もしもそのもう一人(・・・・)が、こう叫んでいたらどうだろうか?

 

 

「その浮浪者をさっさと殺せ。私の方が遥かにマシな人間なのは明らかだ。どうしてこんな簡単な問題も分からないのか──とかね。

 切羽詰まった瞬間にこそ、人間の真価は発揮される。

 それを見た第三者は、恐らくこう思うだろう。

 果たして、本当に要らないのはどちらなのだろうか? と。──つまりだ」

 

 

 人間は醜い。

 誰も彼も、蓋を開けてみれば、その本質は当然のように歪んでいる。

 聖人だとか英雄だとかはこの際、考慮しない。

 ここで言う人間とは、誰でもない誰かを指し示す一般的な名詞としてだ。──で、あれば。

 

 

「奇しくも俗物の代表として、俺は人間(オマエ)たちの醜さを認めよう。業腹(ごうはら)ものだが、オマエたちの欲求には俺も理解を示せる」

 

 

 しかし!

 

 

「これもまた、奇しくも俗物の代表として言っておくが、俺たちは醜いからこそ、美しいもの(・・・・・)の価値を知っているはずだ。いや、知っておかなければならない」

 

 

 古今東西、人間の歴史で数多の物語が愛されてきたのは何故か?

 悪を倒し、正義を貫き、弱きを助け、強きを挫く、俗に王道と呼ばれる物語。

 英雄が何ゆえに英雄と呼ばれ、聖人が何ゆえに聖人と目され、愛と希望が何ゆえに賛美されて(しか)るのか。

 

 それはひとえに、人間がその価値を大いに認めているからだ。

 

 

(ひるがえ)って、オマエたちはいったい何だ?

 自らが人間であるのも忘れ、あたかも人間以上と言わんばかりにあちこちで傍若無人の限り。

 あまつさえ……こんなにも美しいエルフ(いきもの)を汚そうとする────そんなモノはな、人間とは言わない」

 

 

 狗畜生(いぬちくしょう)と、そう呼ばれるべき害獣だ。

 

 

だから(・・・)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 初めから人間とは思っていないから、そういう扱いもしない。

 

 

「オマエも、べつに俺の名を聞かなかったしな。利用するだけの関係だったのは、お互い様だろ?」

 

「ぁ……ァァ……!」

 

 

 もはや言葉を紡ぐ余裕もなく、青年は許しを乞うように必死に手を伸ばさんとする。

 しかし、すでに述べたが……俺とコイツの関係がどこまで続くのか、俺は端から、ここ(・・)までだと決めていた。

 

 

「どうしてなんだろうなぁ? なんでなんだろうなぁ?

 俺とオマエは会ったばかりで、言うまでもなく、俺がオマエを好きになる理由なんか、どこにも転がっていなかったはずだ。

 オマエとしても、こんな俺を信頼する理由なんか、どこを見渡したって無かったはずなのに。

 ──なぁ、どうして、オマエは俺をそんなにも信じ込んでいたんだよ」

 

 

 新しい出会いを経て、美しい女神に見初められて、特別な力を手にして奇跡の復活。

 まさか、たったそれだけのコトで気を許していたワケじゃあるまいに。

 俺はこんなにも俗悪で、ルキアに接するような時と同じ優しさは、チラともコイツに見せなかった。

 

 元より、何かを裏切らなければ存在を保てない邪神。

 

 初めから裏切るコトを決めていた分、ややあからさまに振る舞っていたつもりですらある。

 

 

「もちろん、オマエも分かっていて乗ったはずだ。そこは間違いない。いけしゃあしゃあと宗旨替えを宣言された時、オマエの目には野心しか無かった。でも、ああ……そうか。そこからの見通しが良くなかったんだな」

 

 

 いったいどうして、自分の今が明日も変わらず続いていくと疑わないのか。

 

 

「いや、あるいはそれこそが、オマエたち龍の國の騎士の傲慢(特性)なのかもしれないが。時代の勝者はどこまでも強気だよな? だからこそ──気持ちが悪い」

 

 

 神でもないくせに、そうまで驕り高ぶる人間の醜悪さ。

 尊ぶべき善を忘れ、慈しむべき愛を捨て、者皆すべて我の糧であると貪り奪う餓狼の心。

 端的に言えば、身の程を知れよ矮小卑賤。

 十把一絡げの青人草が、神のごとく、あるいは獣のごとく堕ちゆくは、ひたすらに不快である。

 人間は、人間であるがゆえに決して手放してはならない光があるはずだ。

 

 ゆえに──

 

 

人間(オマエ)たちの愚かしさと醜さを識る神として。

 また、それゆえに、真に美しいものの価値を識る神として。

 俺は、オマエを、ここで殺す。死ね──ゴミクズめ。

 ……もっとも、すでに聞こえてはいないだろうがな」

 

 

 足元に転がった黄金の剣を操り、墓標のように突き刺す。

 俺はそうして、フンと鼻を鳴らして──その場を後にした。

 

 

 

 

 北部先遣はこれで(しま)い。

 次はいよいよ牙の神──オドベヌスと決着だ。

 

 

 







自己嫌悪ゆえの憧憬からくる激重感情は最高ですネー

まぁ、それはさておき。
人間を相手にするなら、こうなるのは順当。
本番はやはり、神VS神!



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ホワイトダーク・ダイアモンドダスト IV




決闘前。主人公の裏での行動など。
ルキア視点と主人公視点。


 

 

 

 ──だんだんと、意識がハッキリして来た。

 

 私は抱えられ、大事に扱われている。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 しんしんと雪の降り散る北の森(ヴォラス)の奥。

 不思議なことに、普段ならば感じる寒さは一切感じない。

 (くう)に舞う粉雪も、肌を刺す冷たい風も。

 まるで、いまこの時ばかりは、自らの存在意義を忘れてしまったようにルキアを避けている。

 

(オドベヌス様の、加護?)

 

 鮮明になってきた記憶。

 徐々に明度を増していく意識の中、視界に広がる奇妙な光景に、ルキアの脳裏に過ぎったのは主神による祝福だった。

 オドベヌスの騎士になってからというもの、ルキアは常人に比べて寒さには多少の耐性がある。

 

 しかし。

 

(……違う。私じゃ、ない)

 

 ルキアはすぐに思い違いを悟った。

 霜天の牙は冬の獣。

 その本性は慈悲なき死神。

 いくら自ら認めて選んだ使徒とはいえ、ルキアは熱ある生き物だ。

 厳冬の化身であるオドベヌスからすれば、究極、すべての生命(せいめい)は刈り取るべき獲物であり──寛容は見せても慈悲は与えない。

 

 事実、これまでの暮らしを振り返っても、オドベヌスがルキアたち雪の牙に『熱』を許したことは、一度も無いのだから。

 

 ならば、

 

 

「お、そろそろ目が醒めたか? よしよし。だが無理はするなよ? 俺にだけは、いくらでも甘えてくれていいんだからな」

 

 

 そのまま安心して身を預けているがいい、と微笑みを浮かべる絶世の美。

 

 もちろん、ルキアは覚えている。

 

 黄金──太古の神性。

 

 金髪黄金瞳。

 背は高く、カラダつきは優美かつ艶麗。

 こうして密着していると、否が応でも豊満な乳房の圧を感じ取れる。

 ルキアを抱き上げ、悠々と前へ進むこの女神。

 北の森ヴォラスにありて、寒さを跳ね除けるという明らかな異常は、もはやどう考えても目の前の超常存在が原因だ。

 

 ヴォラスの雪風といえば、たとえオドベヌスの加護を得たルキアであっても、時に堪えるものがあるというのに。

 

 黄金の神は、それをまったく意に介した様子もなく、実に軽やかな足取りで雪道を進んでいる。

 

 ルキアは抱き上げられているため、足元を見下ろすことはできないが、恐らく、厄介な積雪をも排除(・・)しているのだろう。

 先ほどから、ゴゴゴゴゴ、と雪の崩れる音が聞こえていた。

 

(なんて便利)

 

 状況の原因より、思わず生来の不便な暮らしに対する不満から羨望が滲み出た。

 しかし、そんなコトよりも気にするべき問題がある。

 

(たしか……私は……)

 

 胸に手を当て、最後の記憶を思い返す。

 たしか、ルキアはいつものようにヴォラスでの哨戒をしている途中だった。

 そこで、龍の騎士たちを発見し、急いで一族のもとへと戻ろうとしたところ、なぜか()()()()()()()()()()敵に捕捉。

 そのまま背後からの不意打ちを受け、抵抗する間もなく意識を奪われたはずだった。

 

 口元に当てられたのは、甘い香りのする布。

 

 アレは恐らく、知識の通りならばバレリアンの眠り薬を染み込ませたものだろう。

 長老たちの授業で学んだが、古来より鎮静効果があるとされる薬草をもとにしていて、過去、『花の國』の神によって大陸に広められたらしい。

 本来は不眠症や精神錯乱者への鎮静薬として使われているはずだったが、今では龍の國の騎士のようなならず者(・・・・)

 いわゆる、狐狸野干どもの卑劣な道具に堕ちているそうだ。

 

 不覚を取ったのは慚愧(ざんき)に堪えない。騎士としてまったく不甲斐ないばかりだ。

 

 あれから、もしも何の助けもなく囚われの身となっていれば、ルキアに待っていたのは陵辱の未来だったろう。

 虜囚の辱めを受け、誰とも知れぬ男たちに体をまさぐられ、泣いても叫んでもゲラゲラと尊厳を踏み躙られる……。

 

 まさに、想像するだに身の毛がよだつ。

 

 ──けれど。

 

(助けて、くれた。こんな私を、助けてくれた)

 

 絶対なる神の一柱が、取るに足りないルキアのような未熟者を。

 何をしたワケでもなく、何に報いたワケでもない。

 ただ会話をし、何事もなく別れた。

 それも半分以上は、何の変哲もない退屈な身の上話。

 内心では、逆意とも言える不埒な考えを巡らせもしていたのに。

 黄金の神は、知ってか知らずか。

 そんなルキアへ、朗らかに救いの手を差し伸べた。なぜ?

 

(どうして……?)

 

 正直、意味が分からなかった。

 初めて会った時もそうだったが、こんな神をルキアは知らない。

 

 神とは、天上天下唯我独尊。

 

 自分以外は圧倒的に『下』に見ていて、どんなに尽くしても一時の気まぐれで見捨てられる。

 基本的にこちらを(おもんばか)ってくれることはないし、その好意はどこまでも愛玩の範疇を出ない。

 

 もちろん、神様から寵愛を授かるのは至極名誉なコトだ。

 

 しかし、一方で愛憎反転という恐怖もある。

 祝福も加護も根本的には呪いと表裏一体。

 ほんの些細なことで評価が変われば、元よりこちらは容易く見限られる低価値。神は躊躇いなく、容赦なく裁定を下すだろう。

 少なくとも、ルキアの知る神とはそういう存在だ。

 

 それゆえに──恐ろしい。

 

 一族からの教育と、オドベヌスという実例を以って、ルキアは当然弁えている。

 なのに、

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 優しくもたしかな強さでルキアを掻き抱くその力。

 腕の中より見上げる玲瓏(れいろう)なる(かんばせ)は、輝かんばかりに凛々しく美しく。

 神として偉大で、畏れ多いのは絶対に間違いないのに。

 小鳥のような唇から発せられる、なんの気負いもない言葉には、信じられないほど親しみ深さが込められている……

 

 ルキアは──トクン、と胸の弾む音を聞いた気がした。

 

(……でも)

 

 ひとつ、不思議なことがあった。

 

 助けてもらえたのはいい。嬉しいし、なんだか生まれて初めて、肩の力を抜いて頼れる相手を見つけた気さえする。

 異境の神とはいえ、こうして本物の神に身の安全を保証されている状況には、この上ない安堵が押し寄せもする。

 龍の國の騎士がいくらやって来ても、きっと、この女神の前では何の障碍にもならない。

 だから、それはいい。騎士としての自身の力不足を感じずにはいられないが、それは今すぐどうにかなる問題じゃないし、今後の課題だ。

 

 さしあたっての問題は、そう。

 

(どうして、私が捕まったのが分かったんでしょう?)

 

 場所も時間も何もかも、タイミングが良すぎる。

 偶然の幸運だと片付けるには、いささか出来すぎなくらいに。

 

 ──訊いてもいいものか。

 

 胸の内で、ひそかに迷った瞬間だった。

 

 

「賢い子だ。もう違和感に気づいちゃったか」

 

 

 神が、おもむろに口火を切った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 腕の中より感じる疑念の眼差し。

 かすかに生じた戸惑いの気配を察し、俺は「なんてことは無いんだよ」とルキアに言った。

 

 

「そもそもの話、ここは雪の牙……キミたち一族の森なんだろう?

 言い換えれば、北の森(ヴォラス)はオドベヌスの縄張りってことだ」

 

 

 ──お鎮まりを! いずこかより来たりしさぞかし名のある古の神と見受けまするが、何ゆえそのように荒ぶり、我らが森(・・・・)を脅かそうとするのか! 何卒、お鎮まりを……!

 

 初めて会った時に、他ならぬルキア自身の口から聞いた言葉である。

 

 

「つまり、俺は言うなれば、他人(オドベヌス)の家で勝手に歩き回っている、めちゃくちゃ傍迷惑なヤツってことさ。冷静に考えて、そんな存在を『神』が許せると思うか?」

 

 

 無論、否である。

 いかに北の森広しといえども、一度自分で縄張りと定めた場所を侵犯されて、それでもなお我慢出来るような忍耐強い神は存在しない。

 この世界、どんな神も自分こそがナンバーワンだしオンリーワン。

 自我とプライドの塊みたいな存在だから、邪魔者は当然殺意の対象になる。

 

 ルキアと別れた後、俺は吹雪の夜を好き勝手に移動しまくり、とりあえず手当り次第に権能を使いまくった。

 主に使ったのは“閉塞打破(エレフセリア・イカルス)”だが、木を薙ぎ倒したり地面を砕いたり、まさに無秩序という表現が相応しいやり方で暴れ回ったのだ。

 すると、当然だが。

 

 

「家を荒らされれば腹が立つよな? ヤツはもう超絶カンカンだったよ。出会い頭にいきなり噛み付いてきて、そんなに怒って、いったいどうするんだってくらい何度も何度も串刺しにしようとして来た──けどまぁ」

 

 

 さすがに、俺も無抵抗にやられたりはしない。

 いくら不死身だからといって、相手に好き勝手させる必要はどこにもないのだ。ちょっとの間だけとはいえ、いい気になられても癪である。

 

 吹雪を吹き飛ばし、権能を見せて、「今ここでやり合ってもいいが、やり合うならタダじゃ済まないぞ?」と、先ずは互いに話をしようと促した。

 

 

「もちろん、オドベヌスのヤツは怒り狂ってたから、すんなりとは行かなかったけどな?

 ──まぁ、それでも、幸いなことに相手の力量を見定める眼は持ってたらしい」

 

 

 おかげで、俺が単なる文明神の類いでは無いと分かったのか、牙を剥き出しにしつつも、とりあえずの会話が可能になった。

 

 そこからは話が早い。

 

 

「まぁ、要点だけ掻い摘んで話すけど、要は一時的な停戦を取り付けたのさ。条件付きでね」

 

 

 俺は歌うようにルキアへ聞かせる。

 反面、ルキアはだんだんと顔を青くし、気の毒なほど恐怖に取り憑かれていくが……聡い子だ。話の筋が見えてきたのだろう。

 

 だが、こればかりはどうにもならない。

 

 そんな顔をしないでくれと、もう今すぐにどうにかしてやりたくてたまらなくなるが……これからルキアの常識を破壊し、俺という新たな神を存分に知ってもらうためには、やはり、これはどうしても必要な通過儀礼(イニシエーション)となる。

 

 なので、悪いな、と思いながらも言葉を続けた。

 

 

「ひとつ──俺とオドベヌスは、これより『決闘』を執り行う。

 理由は、俺がヤツを殺したいと思い、ヤツもまた俺を殺したいと思ったからだな。

 互いに互いの存在を許せなくなった時点で、神である俺たちは、もはや殺し合わなければ到底気が済まない。

 これは当たり前の帰結であり、すでに決定した未来だ」

 

 

 それを踏まえ、ふたつ目。

 

 

「しかしながら──これはルキアも知っているように──北の森(ヴォラス)には面倒なゴミ虫がいた。そう、龍の國の騎士たち!

 俺はオドベヌスに、神聖なる神と神の決闘場にゴミ虫が湧いているのは良くないだろう──と。先に、森の浄化を提案した。オドベヌスはこれを承諾し──」

 

 

 以って、一度目の殺戮。

 

 

「北部先遣部隊のなかでも、さらに斥候をつとめていたカスたちをオドベヌスが殺した」

 

 

 次いで、二度目の殺戮。

 

 

「カスのひとりを実験も兼ねて騎士に変えた俺は、そいつの案内のままに北部先遣の本隊を叩きに行き……後は知っての通りだな。ルキアが捕まったのをあらかじめ知ってたのは、まぁ、オドベヌスから聞いてたんだよ」

 

 

 曰く──なんたる不出来。なんたる不始末。何が違う? 何がこうまで差をつける? 龍神の使徒に比べて、我が使徒のなんたる無様! この出来損ないのクズめ! 牙を剥いて抗うこともできんとは……死ね! 恥を知れ!

 

 あの場にルキアがいなくて、心から良かったとそう思う。

 

 と同時に、オドベヌスは必ず殺す。

 

 戦闘向きの権能なんか、俺は何一つ持っていないが、たとえこの身が幾度噛み砕かれようと、この化身(アバター)が持ちうるすべての手段を以って、ヤツの全存在を否定し尽くしてやろう。

 

 龍の國の騎士どもは、所詮、狗に過ぎない。

 

 人でありながら人の領分を履き違えたゴミクズたち。

 ルキアに手を出そうとしたその点において、アイツらはオドベヌスと同じく情状酌量の余地がないほど度し難いが、人間である以上は一定の理解をくれてやれる。

 醜悪な狗畜生。オマエたちは気持ち悪い。ゆえに死ね。それ以上生き恥を晒すなと。

 

 だが、オドベヌス──霜天の牙、冬の獣、厳冬の化身。

 

 ヤツはただ……気に入らない。

 俺が心より美しいと価値を認めたルキアを所有しておきながら、その幸福に気づかず「死ね」と断ずるその愚かしさ。

 元より生きる世界が異なる人と獣なれど、神として性格を得てひとたび知性を得たのなら、何故分からない?

 

 この世にあって真に尊きもの、真に貴きは、彼のルキア()にこそ他ならない。

 

 誰がために己を殺し、たとえ自分が本当に望んでいるものが何一つとして手に入らなくとも。

 皆が笑顔であれば、『それはとても良いこと』だと顔を上げ、ついには己を殺してまでやり遂げる。

 

 これが光でなくて──いったい何だというのか?

 

 地上に(ひし)めく衆愚はいつだって、空にて輝く綺羅星に恋をする。

 野卑なる獣とて、遥か頭上を見上げれば、星の美しさは理解しよう。

 光とは、森羅万象に通ずる絶対普遍の真理。

 この常識が分からないクズは、生きている意味がない。

 理解も、共感も、同情も、無理だ。

 総じて結論、死ねよ蒙昧(もうまい)の一言に尽きる。

 

 

「キミはオドベヌスの怖さを思い知っているんだろう。

 エルフにとっての十六年間は短い時間なのかもしれないが、たとえ短かかったとしても、十六年は十六年。

 それだけの時間があれば、骨身に染みて恐怖を刻み込むのは簡単だ。

 オドベヌスの存在は絶対であり、天地がひっくり返るのと同じくらい、ヤツの死もまた有り得ない。

 最初からそれが当然だった者にとって、世界(・・)とは端からそういうモノ。

 周りの環境も、特段それを否定しなかっただろうし、キミがこうして話を聞く中、身を竦ませてしまって言葉も喋れないのは無理もない」

 

 

 だがな。

 

 

キミ(・・)()世界(・・)()()()()()()?」

 

「────ぇ?」

 

「フッ、そのポカンとした可愛い顔こそ、何よりの回答だ。

 聞いてくれ、生まれてよりこの地獄(ヴォラス)しか知らぬエルフの少女よ、キミの明日はこれより始まる。

 虐げられ続けた日々は終わりだ。

 不当に貶められ、無闇に消費されてきた日々もこれにて終わり。

 あらゆる非道、あらゆる残酷さは、キミのもとにはもう届かないッ!

 俺が守ろうッ! 俺が愛そうッ! 俺が導き俺が認めるッ!

 うざったい(しがらみ)からは抜け出して、窮屈な暮らしとは別れを告げてッ!

 望むなら、黄金の楽土も新たな天地もッ、今やキミとともに在るのだから……!」

 

 

 ゆえに、さぁ──我が鼓動を知れ。

 

 歩き続けた先、エルフの生き残りが隠れ潜む白き集落。

 その中心で、慌てふためくエルフたちに囲まれながら、待っていたぞと言わんばかりに殺意に烟る剣歯虎よ。

 巨大な牙と天に逆立つ体毛は、なるほど、霜天の牙の名に相応しい威容なのかもしれないが、関係ない──オマエはムカつく。だから殺す。

 

 ルキアを降ろし、オドベヌスと眼を合わせた。

 

 緑の瞳が苛立たしげに顔を顰める。

 

 

 

「逃げずに来たか──不遜な黄金め!」

「ハ! 牙はちゃんと磨いておいたかよ、オドベヌス」

 

 

 

 俺たちは睨み合い、自然と距離を詰め合った。

 そして、一定の位置で双方ともに停止する。

 射程は十分。権能は十全。漲る殺意に揺るぎなし。

 

 言葉は不要────決闘を開始した。

 

 







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次回はいよいよ権能バトルですな。


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