天に立つ?ええ、ぜひお立ちなさい! (きりたん)
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天に立つ?ええ、ぜひお立ちなさい!
私が『私』というものを認識し、ここがどこなのかもわからないまま辺りを見渡せば…記憶にない自分の覚えのまったくない場所にいたの。
自身の幼い身体はボロボロの状態で、ここがどこかとか何もわからないので何か情報を得ようと移動すればなぜか話を聞いてくれず襲いかかってくる人ばかり。その時は恐ろしさから無我夢中で逃げ出し隠れてやり過ごし、しばらく縮こまっていたが空腹に耐えきれなくなれば食べ物を盗んだりとまるで野生の動物のような日々を過ごしていたわ。当然戦うなんて事のできない幼女にできる事は見つからないようにコソコソするだけであり、見つかってしまった時にはどうなるかなど考えるまでもない事よね。自衛の手段が必要だと強く感じたある日、たまたま見つけた屯している連中が持っていた刀をこっそり盗む事に成功したの。
後で知ったことだけどこの刀は浅打といい、目覚めさせることができれば特殊な力を得られる刀なんだって。どうして山賊のような連中がそんなものを持っていたのかわからないけど、恐らく盗んできたかどこかから拾ってきたんだろうということだったわ。
そこから同じような事を繰り返しながら会話ができる人たちに話を聞き情報を集めて、その結果ここは死んだ人たちがやってくる天国?っぽい感じの場所だという感想になったわ。別に天国という場所がお花畑だとか思っていなかったけれど、なんか思ってたのと違ったなぁ…
しかもそんな天国のはずなのに場所によっては治安が良いとか悪いとか、瀞霊廷っていう選ばれた者しか入れない場所があったり貴族なんてものがいたりと俗っぽすぎて天国であることを忘れてしまうくらいの場所だったのだから笑えないよね。
そして持っていた斬魄刀が目覚めたらしいのはその頃だったかな。
いつも通りコソコソと食べ物を盗みに行ったところで不覚にも見つかってしまった。憤怒という表現がピッタリ似合うような表情で襲いかかってきた相手を前にして『死にたくない!』と強く思ったからなのか、なぜか力が漲るというか言い表すことのできない不思議な感覚に襲われた。相手のほうが大きく力も強いはずなのに、まるで相手が強敵に見えないというか虫を駆除するような感覚というか…その感覚のまま刀を振れば、人を斬ったとは思えないほど簡単に両断してしまい、まるで素振りをしているかのような抵抗の無さだったわ。
そんな殺伐とした毎日を繰り返し、幼女から少女になり刀の扱いもそれなりになってきた頃に1人のお婆ちゃんに出会った。この老人も私と同じように襲われたりしないために隠れ住んでいるらしく、私を見ては可愛がり食べ物をくれて世話してくれるため気づけば転がり込んでいた。どうやら私の容姿がとても可愛いということで、蝶よ花よどころかお姫様のように扱ってくれる。そんなお婆ちゃんの事が気に入らないはずもなく、そこからは期待に応えようと言葉遣いを改め態度もそれらしくなるように努めていきましたわ。お姫様がどういう言葉遣いなのかは想像でしかないけれど、きっとこんな感じなのでしょう。教養も大事ですが、いつ誰が襲ってくるかわからないので刀だけは常に手放さず、いざという時に十全に振るえるように鍛錬も欠かさないようにしておりますが。
お婆様はアタクシに『真姫』と名前を付けてくださり、更にはお婆様が大切にしているいう家名『織田』を拝命し『
「心配なさらないでお婆様。教えて頂いた知識と生きる術を活かし、アタクシが全てを治めてみせますわ」
「真姫…ワシはお前さんが幸せに暮らしてくれればそれで良いんだよ。死神になって戦ってほしいとも思わん。ただ、死神となり瀞霊廷で暮らすほうが安全だと思っとるだけじゃ」
「いいえ、それではアタクシの考える幸せにはなりませんの。この世界の全部がアタクシに跪けば、全ての人々が幸せになれますわ。そしてそれこそがアタクシの幸せでもありますのよ」
「真姫……どうしてこうなってしまったんじゃ」
あらお婆様、アタクシは間違っておりませんわよ。奪い奪われる者がいるのなら、その全てをアタクシが全部取り上げてから下賜してあげればよろしいんですもの。そうすれば皆がアタクシの下で幸せになれますわ。そのためには皆がひれ伏すだけの力が必要ですわね。魅力は日々磨いているので問題ないでしょうけれど、武力や権力といったものはお婆様が仰る通り死神にならないと手に入らないでしょうね。お婆様の教えと日々の努力によって斬魄刀の始解というものには成功いたしましたが、刀が扇子に変身するってどういう原理なんでしょう?しかも扇子じゃ戦えないのではないかしら…それとも戦いなど他に任せてアタクシは優雅に舞えという事でしょうか?幸いにも斬魄刀にも意思?があるらしく、きちんと戦い方や型や技などは教えて頂けるので1人で素振りするよりは効率が良いのかもしれませんが…それよりも斬魄刀というお話し相手ができた事のほうが嬉しかったですわ。名前も教えて頂いたので、それからは斬魄刀ではなく「環さん」と呼ぶようになりましたの。
アタクシの斬魄刀の能力は周囲の感情を食して力へと変えるとの事でした。確かアタクシが初めて人を斬った時には、
お婆様からの知識を授けて頂き、環さんからは戦い方の指南を受ける日々を過ごしておりましたが「鍛錬も良いが実践に勝る経験はない」という環さんからの助言を頂いたので実践訓練をすることに決めました。幼い頃の記憶を頼りに、かつてアタクシのような可愛い幼女に襲いかかってきた無頼者たちの住処へと向かいます。やはりそこには数人の山賊のような者たちがおり、アタクシを見て下品に笑っていましたわ。
「誰かと思えば身なりの良い女じゃねぇか。ちょっと物足りねぇが、楽しむ分には問題ねぇな」
「…やはり害獣は害獣。少しでも改心しているかと期待したアタクシが間違いでしたわ。でもこれで心置きなく駆除できますわね」
「何言ってやがる。お嬢ちゃん、大人しく手に持ってるの置いてこっちに来な。そうすりゃ楽しい思いをさせてやるからよ」
「話になりませんわね。アタクシの治める世界に貴方達のような獣の居場所はございませんの…お心安らかにお眠りさない」
やはり見た目と中身というのは乖離しないという事でしょうか。アタクシを見て跪くならば番犬程度に飼ってさしあげても良いと思っておりましたが、犬にもなれないのならば必要ありませんわね。ならばせめて戦いというものを学ぼうかと思いましたが戦いにもならず、ただただ環さんに教えて頂いた型を振るうだけの作業となってしまいましたわ。優雅に舞いながら害獣の首を斬り落としていく様は見栄えがするのかもしれませんが、感想を聞こうにも死んでしまっては聞けませんわね。感情が力となり、力はそのまま切れ味へと変わるという能力のおかげなのか人を斬る感触も何もなく呆気なく終わってしまいましたもの。
その日からなるべく戦いの経験を積むべくお婆様と過ごす時間の合間を縫って様々な場所へと赴いてみたのですが、やはりどこへ行っても山賊まがいの似たような者たちしかおらず大した経験にはなりませんでしたわ。もちろん害獣退治をすることで人々には感謝されたりはするのですが…まだまだアタクシの可愛い見た目では畏れまでは届かないようですわね。
そんな可憐な少女だったアタクシが更に美しく成長し、日々の努力と崇高な精神によって魅力と実力を兼ね備えた才女になった頃に1人の死神だと名乗る男性がアタクシの前にやってきましたの。その男性の名は藍染惣右介さん。話を聞けばまだ死神になって年数が浅く、どうやら治安が悪い場所とはいえあまりにも死者の数が多いためこの辺りに調査に来たらしいですわ。
「それらの害獣駆除ならアタクシがやりましたわ。褒章は、そうですわね…近頃お婆様の体調が優れない事も多いので薬を用意して頂けるかしら?」
「いや、真姫さんでしたよね。死神でもない貴女が斬魄刀を持って始解までできる事とか、ならず者とはいえ斬り捨ててる事とか、いろいろと問題行動しかしてないんですが…」
「あら、死神にならないと刀を持ってはいけないなんてアタクシの辞書には書いてありませんわ。そのような決め事など所詮は出る杭に打たれないようにするための誤魔化しでしかございませんのよ?いずれ死神どころか世界の全てを手にするつもりですし、なんならそのような決め事など覆してご覧に入れて差し上げますわ」
「ふむ…この尸魂界でそんな事を言えば謀反として粛清は免れないのだけれど、とても興味深い考え方ですね。知ってか知らずかわからないが、貴女は尸魂界にいながらこの世界の在り方を認めていないとは…」
話のわかるお方でしたのでアタクシの教えを授けて差し上げて、紆余曲折の末藍染さんは時折アタクシの下へと足を運ぶようになりましたわ。話している印象ですとこの藍染さんというお方はとても穏やかそうな人柄をしておりますわね。ただ憂いもあるようで、自らの向上心と周囲との温度差に風邪をこじらせそうになっているようですわね。
死神と言っても所詮は小市民なのでしょうね、日々霊力や実力と共に器まで大きく成長しているアタクシのような存在がいないとはいえ嘆かわしい事ですわ。とはいえ、アタクシは藍染さんと出会ったことで自身の未熟を知り、斬拳走鬼という死神の戦い方については鍛錬方法も世間話ついでにご教授頂く事に成功しました。いえ、これは藍染さんとしては理解していてアタクシに教えたのでしょうね。こればかりはお婆様や環さんには教えてもらえない事だったので、アタクシがこの世界に君臨した時にお礼をすることに致しましょう。
藍染さんとのお話は興味深いものが多く、そしてお婆様には教えてもらっていない様々な事を知る事ができました。きっとお婆様も知らなかったんでしょうね。虚圏という場所や虚などといった悪霊さんの存在など、アタクシが見ていた世界はまだまだ狭い籠の中のようでしたわ。尸魂界、虚圏に現世…もしかしたら藍染さんもまだ見知らぬ世界が広がっていても不思議ではありませんわね。
この出会いによって新たな戦い方を手に入れてから数十年ほど時が流れ、研鑽の日々はアタクシを更に上へと押し上げて行ってくれましたわ。唯一お婆様が亡くなられた事だけが悔いといえば悔いになりますわね。お婆様にはアタクシが世界に君臨し、その後にやってくる幸福な世界を味わって頂きたかったのですが…恥ずかしながらこの時ばかりは悲しさで大泣きしてしまいましたわ。とはいえ悪い事ばかりではなく、そのおかげで斬魄刀が仰るには「今までなかった自身の感情の爆発によってついに卍解という能力を目覚めさせるための準備が整った」そうですわ。確かにアタクシの今までの生き方を省みると、そこまで感情豊かとは言い切れないかもしれませんわね。つまりお婆様は最後の最後でアタクシを更に上へと押し上げてくださったという事…見ていてくださいお婆様。アタクシはこの哀しみを胸に抱いて前へと進んでみせますわ!
「真姫さん、私は瀞霊廷で様々な事を知った。そして私はそれを許すことができない。よって死神の枠に囚われず高みを目指す事にしたよ」
「藍染さんが何を知りそう思ったのかはわかりかねますが、そう仰るのならばアタクシはそれを応援致しますわ。そもそも有象無象を纏めるのは同じレベルでは成し得ませんもの」
「ああ。今は雌伏の時なれど、力を蓄え時期を計り、君の言う有象無象たちの上に立ってみせよう」
お婆様の哀しみは癒えずとも日々お婆様の教えを反芻し環さんと共に研鑽を積んでいたところに藍染さんがやってきて突然宣言なされましたわ。でもその内容だと藍染さんもアタクシと同じように全てを自分の下に跪かせようというのかしら?それだと藍染さんはアタクシの好敵手のような存在になってしまいますわね…そうだわ!何もアタクシが直接上に立ち民衆を束ねる必要などありませんわ。アタクシが頂点に立ち、藍染さんがその下で民衆に目を光らせる…これが最良なんじゃないからしら。そうと決まればアタクシも藍染さんが上に立てるように応援だけではなく助力したほうがよろしいですわね。
「藍染さん。貴方の志はしかと受け止めましたわ。先程は応援すると申しましたけれど、アタクシも藍染さんの目的を達成できるようお手伝いさせていただきますわ」
「ほう?それでは貴女がかつて言っていた世界を手に入れるという目的に反するのではないのかい?」
「いいえ、アタクシの目的と貴方の目的は必ずしも相対するものではありませんわ。無論、相対しないとも申しませんが…」
「なるほど…ならば貴女には少し協力してもらうことにしようか。1人では何かと面倒だからね。差し当たって…」
藍染さんの話し方が変わっているのは、こちらのほうが本来の藍染さんということでしょうか?藍染さんが仰るには、アタクシは既に上位席官にすら勝てるレベルの実力はあるけれどまだまだ足りないらしいですわ。上位席官というのがどの程度なのかわかりませんが、藍染さんの言葉から察するに大したことはないのでしょうね。死神になって力を磨くでも良いけれど、それだと結局その程度になってしまうということで虚圏という話で聞いていた場所へと行く事になりましたの。
藍染さんに秘密裏に連れてきて頂いた虚圏はとても広く、しかも白い砂しかないような場所でしたわ。相手は悪霊さんであるから遠慮はいらないと仰っていたので、期待しながら獲物を探そうにもなかなか見当たりませんでしたわ。そんな広い場所で長距離を移動する必要があるため、聞いていた走力というものを鍛えるのにも適しているようですし、出会った悪霊さんたちはまさにむき出しの感情をぶつけてこられるので環さんも喜んでその感情を糧にしているようでしたわ。普通ならとっくに食べられちゃっているらしいのですが、感情豊かな悪霊さんたちと環さんの能力のおかげで力を付けるのにとても良い環境になってくれていますの。虚たちの「自分のほうが上だ」という優越感から、叩きのめされた後の怒りや恐怖といった感情の落差が環さんにとっては美味というのは説明して頂いてもよくわかりませんでしたけれど…
もはや時間の感覚などなく体感ではかなりの時間を虚圏で過ごし、
「大帝…ですの?」
「ああ…お前さん死神だろ?なんで虚圏にいるのか知らないが、部下を大勢やられた事で大帝の怒りを買ったらしい。下手人は女の死神だって話まで流れてる。悪いことは言わないから逃げたほうがいいぞ」
「逃げる…ですって?ご冗談はおよしなさいな。全てに君臨するのはこのアタクシですわよ。たかが虚圏程度の王気取りに逃げるような脆弱な精神はしておりませんわ」
たまたま見つけた悪霊さんを問答無用で斬り伏せようとしたのですが、その悪霊さんはアタクシの姿を見るや否やすぐに降伏なさりましたわ。どうやらこの虚圏で悪霊さんを退治していくアタクシの事が噂となり流れているようですわね。それは別に構わないですし、流れた噂によって悪霊さんたちに芽生える恐怖や怒りの感情が…更にはアタクシに対する怒りに震える大帝さんの姿を見て恐怖する悪霊さんたちの感情もまたアタクシの力となっていくなんて、とっても素敵な循環になってまいりましたわ。
他にも情報がないかと聞いてみれば、その悪霊さんから1つだけ良い事を教えて頂きましたわ。大帝さんとやらには数多くの部下がいらっしゃるみたいですわね。つまり悪霊さんたちもただ襲いかかる害獣だけでなくアタクシのために働く番犬足り得る存在もいるという事ですわ。そしてそんな大勢の部下を抱える大帝さんを部下にすれば虚圏を手に入れたも同然という事ですの。そうとわかればできればすぐにでも大帝さんのところへと向かいたいところだったのですが、環さんが卍解修行なるものを行いたいと仰るので先に済ませることにしましたの。虚圏で王を語られるほどの方なので万全にしておいたほうが良いと仰られましたし、アタクシの事を想って仰って頂いているのを無下になどできませんしね。
環さんが仰るには『斬魄刀である環さん自身が具象化され、そして環さんを屈服させる』という事なのですが、結果的に卍解という能力を引き出す事ができるようにはなりましたわ…ただ、あのような心にくる修行はもうやりたくないですわね。いくらアタクシが才色兼備のスーパーレディとはいえ、斬魄刀である環さんからすればまだまだ完全無欠には程遠いという事なのでしょうか。卍解の能力もアタクシにとっては使い勝手の良いものとはいえ、戦う力という点で言えば霊力というものが上昇する以外にそこまで変わっていないからこそ、環さんも心配してくださっているのでしょうね。
そこでふと気づいてしまいましたわ。どうしてアタクシはこんなに戦う事ばかり考えているのでしょう…と。確かに戦う力も大事ですが、アタクシが矢面に立ってどうするんですの?秀外恵中たるアタクシのような存在はその美貌と智謀をもってしてこそなのではないのかしら…と。そうと決まればまずはこの虚圏でその計略を悪霊さんたちにご覧に入れて差し上げますわ!
決して移動の仕方がわからないんじゃなくってよ!
…
……
………
「藍染隊長。虚圏に来たんはええんですが、手当り次第強そうなんに声かけていきますか?」
「そうだね…最上級大虚は優先的に集めるつもりだが、ある程度数は必要だからね…それに彼女もいることだし、現在の虚圏の状況を把握しておく必要がある」
「……彼女ですか?誰かボクらの他にも協力者が?」
「いや、なんでもない。それよりも虚圏は広い…まずは手分けして数を集めようか。ギンも要もそれぞれ交渉に当たってくれ。方法は任せるよ」
さて、彼女をこの虚圏に放り出して結構な時間が経つ。彼女の力は死神でもないただの流魂街の住人としては破格の力ではあったが、それでもその程度に過ぎなかった。本来ならば報告し死神として瀞霊廷に連れて来られるのだが…当時の私にとって彼女の考え方には共感させられた部分もあり、あえて報告はしていなかった。いや、彼女の考え方が死神となることで矯正させられてしまうかもしれない事が、今の偽りの自分の姿と重なってしまったからだろうか。
彼女と出会ったのは、私がまだ死神として研鑽に励み貪欲に力を磨いている時だったか…その頃から彼女は周囲の存在の事を有象無象と称し、尸魂界に存在している小さな個の存在でしかないにも関わらず己の在り方を己で定め周囲の言葉に流されない。その事で何度も彼女の育ての親から相談や愚痴を聞いたものだ。最初は突如力を持ってしまったが故にその力に酔っているのかとも思ったが、観察程度のつもりで話していけばまるで
その考え方に刺激を受けたわけではないが、己の定めた目標のため研鑽を積む者と定められたシステムに流されそれを当然と受け入れる者たちとではどちらが印象に残るかなど言うまでもない。既に副隊長まで地位を上げ、更に知識と力を求めていた時に私はそれを知った。それを知ってしまえば謳われている死神の存在意義など霞んで見え、今自分のいる場所は所詮その程度でしかない事も理解した。今は届かずとも雌伏の果てに…最早瀞霊廷などという箱庭に興味を失い、斬魄刀である鏡花水月の力を活用し出来の悪い人形劇を片手間に行いながら様々な試みを行っていった。
ギンと要という部下を作りはしたが所詮はそれぞれが秘めている目的のため…私にとっては便利な駒程度の存在でしかない。その後表向きは模範的な死神を演じ、裏では浦原喜助の研究成果や虚での実験など、多岐に渡る地道な積み重ねの末に瀞霊廷での死神での実験と平行して今度は虚圏を実験場とすることにした。
ギンと要と共に虚圏へと来たので、ついでに彼女の様子でも見てみようかと思っていたが2人を彼女と会わせるにしても先にどうなったのか知っておく必要がある。仮に力及ばず虚に食い殺されたのならそこまでだが…恐らくそうはならないだろう。私の知る彼女が虚圏に来た事でどのような変化を齎したのか興味があった。
彼女の霊圧を探索しながら瞬歩で移動していき、覚えのある霊圧を感知しそこへと移動してみれば、そこには大量の虚と彼女がいた。だが両者は戦っているようにも見えず、それどころか虚が彼女へと傅いている。
「やぁ真姫さん、久しぶりだね。ところでこれはどういった状況なのかな?」
「あら、藍染さん。お久しぶりですわね。彼らはアタクシに従う下僕たちですわ。これから大帝という方の軍と戯れるところですの。ぜひ藍染さんもご覧になっていってくださいな」
「ふむ…興味深いところではあるが、それは少し待ってもらっても構わないかな?私は今纏まった数の虚が欲しくてね。ついでにどうして貴女が虚たちを纏め上げているのか聞いてもいいかい」
彼女になぜ虚たちを従えて戦争のような事をしているのか聞いてみれば、とても簡潔な答えをくれた。もちろん彼女にとって利となるものが重なったからというのもあったようだが、一番は「アタクシに前線は似合いませんもの」という言葉に集約されていた。周囲にいた付き人のような虚にも話を聞いてみれば、どうやら彼女はいつの頃からか虚を配下に置き始め勢力を拡大し、ついには大帝と呼ばれる虚に匹敵する軍勢となっていたそうだ。そしてその姿から配下の虚たちからは『女帝』と呼ばれているらしい。本人は可愛くないからと「姫様とお呼びなさい」と言っているそうだが、その名で呼んでいるのは彼女に付き従う周りの一部だけとの事だった。
今までの彼女を見ていたからか、ただ力を磨いているだけだと思っていなかったが…虚を従えて戦わせようとは、私の考えと重なる部分があるのは間違いない。ただ、実質彼女の力により行われているそれを、「アタクシの美貌による魅了みたいなものですわ!」と言い切れるあたりが彼女らしい。だがせっかく整った場を用意してくれたのだから、あとは私が彼らを使ってあげるとしよう。
「ところで話は変わるんだが、そろそろ尸魂界に戻ってみないかい?どうやら今まで一度も戻ってこなかったようだからこっちの水が合ったのかもしれないが、瀞霊廷などを見てみればまた違ったものが見られるかもしれないよ」
「アタクシを連れてきたのが藍染さんなのですから、連れてこられたアタクシが移動の仕方など知っているはずもございませんわ。でもそうですわね…それではこちらの事は藍染さんにお任せして、アタクシはその瀞霊廷のほうに向かわせて頂きますわね」
「なんなら私のほうから死神になれるよう取り計らおうか?今の貴女ならば十分に務まると思うが…」
「お心遣いは嬉しく思いますが遠慮させていただきますわ。アタクシはアタクシに相応しい場所へと進んでいくだけですもの。それでは送ってくださる?」
「それはすまなかったね。では行こうか」
どうやら彼女にとって虚の軍勢などどうでもいい事のようだね。戻り方がわからずにずっと虚圏にいたとは思っていなかったよ。しかし戯れに軍を組織して気まぐれに放り出すとは、やはり彼女は私を楽しませてくれるようだ。彼女の鶴の一声でその軍勢が全て私の配下に変わった。あとは大帝と呼ばれている軍勢のほうを支配下に収めれば虚圏を掌握することができるだろう。ひとまず彼女を瀞霊廷へと送り、配下となった虚たちに認めさせたところでギンと要が戻ってきたようだね。
「藍染隊長、どうやら虚たちは二大勢力どっちかに所属してるらしいですわ。どっちにも入ってない虚もおるらしいですけど、そういうんは巻き込まれんように距離を置いたりしてるみたいですね」
「こちらも同じような情報でした。虚どもが徒党を組むとは、虚圏は我々が知らない間に動きを見せていたようですな」
「ギン、要。心配はいらない。その二大勢力のうち1つは既に配下となった。後は残ったもう1つを収めれば虚圏は我々の支配下となるだろう」
「なんと…さすが藍染様」「えぇ…藍染隊長早すぎですわ」
偶然とはいえ、私もここまで予想を超えて事が進むとは思っていなかったよ。本来は虚圏で力を付けさせた後に、死神たちをかき回すデコイにでもなってくれればと思っていたんだが…次は瀞霊廷でどんな事をして見せてくれるのか期待していようじゃないか。
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全てはアタクシの手の上にありますわ!
瀞霊廷は変わった。これが死神たちが昨今抱いている率直な気持ちである。それも良いほうにではなく、悪いほうへと…
瀞霊廷にて活動する隠密機動・鬼道衆・護廷十三隊等の死神たちは次々に訪れる命令に振り回され疲弊しているのが現状だった。ただ忙しいのならばまだ良い…だが彼らは今、大勢の仲間を失うという事態へと陥っていたのだ。
そんな瀞霊廷内が変わったのは「1人の女が中央四十六室に現れた時からだ」という噂も流れているが、本当のところは誰にもわかっていない。絶対的な権力を持つ中央四十六室への確認など、普通の死神にできることではないからだ。
かつて護廷十三隊でも隊長含む数人が姿を消した事もあった。それを首謀したという浦原喜助、そしてその浦原喜助の逃亡を幇助した四楓院夜一を含め護廷十三隊の隊長格たちが一気にいなくなるというが非常に揺れた事件だった。
だが今回は違う。仲間が仲間を殺すという意味では同じかもしれないが、その中身は大きく異なっている。ある日突然中央四十六室より出された命令…
『護廷十三隊十席以下の死神はその立場を同じくする者と一騎打ちを行い、勝者のみが死神として在ることを認める。敗者は処刑とし、軟弱者としてその首晒すべし』
これにより護廷十三隊は大いに揺れた。十席以下の死神は上の席に比べて非常に数が多い。その数が中央四十六室の命令によって半分になろうとしているのだから…当然各隊の隊長は一部を除いてこの命令を良しとせず、一番隊隊長であり護廷十三隊の総隊長でもある山本元柳斎重國へと陳情を申し立てた。当然、護廷十三隊や尸魂界を時には苛烈に、時には見守ってきた山本元柳斎重國も見かねて中央四十六室を諌めようとしたが、その場に現れたのは中央四十六室の面々だけではなく1人の見知らぬ女が同席していた。誰もその事に対して口を挟む事もなく、それどころか格好からして自分が頭だとでも言わんばかりのその女に全員が付き従っているかのようにさえ見える。そして本来ならば口を開くのは四十六室の権力者たちであるはずなのに、山本元柳斎重國へと語りかけてきたのは扇子で口元を隠しながらも微笑む女のほうだった。
「はじめましてですわね、護廷十三隊の総隊長さん。アタクシは織田真姫と申します。ここにいる方々のお友達だとでも思って頂いて構わないですわ」
「中央四十六室が友達じゃと?それでは此度の四十六室からのあの発令は貴様の仕業か」
「うふふ…何か勘違いなさっておられるようですけれど、アタクシはただお友達に少しばかり助言をして差し上げただけ。命令書はきちんと中央四十六室からのものだったはずですわ」
「…確かにのぅ。それでは今回の死神を減らすような命令の意図はお主が説明してくれるのかの?」
「総隊長さん、アタクシは今のこの世界を憂いておりますの。今いるのは死神とは名ばかりの烏合の衆ばかり。貴方が今までもずっと最強の死神としてその座におられるのが停滞の証拠…一死を以って大罪を誅す、申されている事は立派ですけれど、もし貴方と同じだけの実力を持った外敵が現れた場合、今の死神の皆さんはどこまで戦えますの?肉壁どころか障子紙にすらならないような者たちが死神などと、おへそで緑茶を沸かしてしまいますわね」
「ぬぅ…」
「おわかりになりまして?中央四十六室は護廷の戦力を削ぎたいのではなく、質を高める方向へと舵を切っただけですの。貴方も総隊長という重責を担う身なればご理解しておられるでしょう?」
「死神の質を高める…この事に関して異存はない。じゃが、なぜ敗者を処刑しその首を晒す必要がある?その者もいずれ成長し護廷の礎となれるかもしれぬじゃろう」
「それを見極めるのは真央霊術院のお仕事ではなくて?これより行われるのは未来を憂う中央四十六室による試練とお思い下さいませ。これを乗り越えた時には名ばかりではなく、名実ともに死神として相応しい者たちによる護廷となるのです。総隊長さんには心苦しいかもしれませんが、黙して語らず
「…よかろう。今は大人しく見守ろうぞ。じゃが…徒に瀞霊廷を、そして尸魂界をかき乱すような真似をすれば容赦はせんぞ」
そして話は終わりだとばかりに女と共に退室していく面々を見送りながら、山本元柳斎はその女の言葉に一定の理解を持ちながらも訝しむ気持ちは消えなかった。なぜならその場にいたのは中央四十六室の面々なのだ。例え山本元柳斎重國に対してであろうと傲慢な物言いの者たちが一言も発さずに従っている。勝手な憶測で敵対行動と思われるような言動をするわけにもいかない山本は、ひとまず静観することとし各隊長たちへの説明のため一番隊隊舎へと戻っていった。もしも瀞霊廷に、ひいては尸魂界に害をなすのならば、その時は焼き尽くしてくれよう…という思いを秘めて…
うふふ…これで一番厄介な総隊長さんが簡単に動く事はないでしょうね。最後に随分と物騒な圧力を出しておられましたが…アタクシのような見目麗しくもか弱い存在に脅しとは、総隊長さんは老いた見た目とは裏腹に随分と短気なのかしら?
それにしても抗う力もなく権力のみで生きる貴族という生き物は操りやすくて助かりますわ。藍染さんに虚圏からこの瀞霊廷へと送られてから、持ち前の美貌を活かしてある貴族の屋敷へと招かれることに成功し、その屋敷の書庫へと入り浸ることで様々な知識を得る事ができましたの。それによってアタクシに相応しい場所はどこかと考えるまでもなく、中央四十六室という人形たちを操れば全てがアタクシの思いのままというここしかないとしか思えない便利な場所がありましたわ。このあたりが野蛮な悪霊さんたちと大きく違うところですわね。
今回発令させた死神の一騎打ち命令…これにもちゃんとした理由がありますのよ。総隊長さんにはああ申しましたが、本当のところは死神に質を求めてなどおりませんし。もしかしたら結果的にそうなる事があるかもしれませんが、アタクシにとってはどうでも良い事ですもの。1つの行動でいくつもの効果を引き出すなんて、やはりアタクシの策士としての才能は素晴らしいですわね。
「姫様、護廷十三隊より藍染隊長がお越しになっております。なんでも『姫様が探していた書物が見つかったから持ってきた』との事ですが如何されますか?」
「あら、そうなんですわね。お通しして構いませんわ。お茶も必要ありませんから人払いだけしておいてくださる?」
護廷十三隊から予定通り死神の数が大幅に減り、最初の一騎打ち命令から更に新しく別なものを出そうかと思っていたのですが、そんな考え事をしていた時に身の周りの世話をしている下僕の1人から来客を告げられましたわ。それにしても藍染さんがわざわざいらっしゃるなんて何かあったのかしら?
「やぁ、なかなか面白い試みをしているね」
「楽しんでいただけたなら何よりですわ。そろそろ次を予定しておりますし、この程度では終わりませんからもっともっと楽しませてご覧に入れますわ。それで…本日はわざわざお越しになったということは、このようなお話だけではありませんのでしょう?」
「その通りだ。まさか中央四十六室を手中に収めるとは予想外だったが、これは私にとっても都合の良い状況になっていてね。お互いにとってより良い展開にするために今後の考えを少し聞いておきたかったんだ」
あら、藍染さんにとっては中央四十六室という場所は手を出すつもりのない場所だったのかしら?こんなに便利なのに…それにわざわざアタクシの予定を聞きたいだなんて、もしかして先回りしてアタクシを楽しませるための仕込みでもするつもりですわね。藍染さんもアタクシのために行動する意識が芽生えているようで何よりですわ。
「そうですわね…わざわざいらしたのですからお伝えしておきましょう。次は護廷の副隊長さん方あたりが無様に踊るところを見て楽しむつもりですわ。なんでしたら隊長さんたちが直接手を下す…なんていうほうがより面白いかもしれませんわね」
「ふむ…それでも構わないが、せっかくだからもう少し工夫してみないかい?実は今、観察している1つの試みがようやく形になりそうでね。手に入れたい物があるから水面下で動いていたんだが、結果的に貴女が
「それは楽しみですわ!藍染さんも楽しんでいらっしゃるようですし、アタクシもしっかりと悲劇と喜劇で彩ってご覧に入れないといけませんわね」
それからお楽しみは分かち合うほうが良いと少々お互いの企てを明かし、1つの計画となり動き始めましたわ。その際に藍染さんの斬魄刀の能力を教えて頂きましたが、とっても素晴らしい能力でしたわね。藍染さん曰く「本来ならば視覚や感知の追いつかない者を補助したり負傷者に怪我を感じさせずに戦わせたりと使い勝手は良いんだが、瀞霊廷ではせいぜい愚者を踊らせる程度にしか使い道がないよ」との事でしたが、むしろ有象無象の無様に踊る様を見て楽しめるなんて羨ましい限りだと思いますの。
思わぬところで藍染さんとの共同計画となってしまいましたので、アタクシも考えていた『副隊長を隊長に殺させよう』計画も変更することになりましたの。きっと隊長が手塩にかけて育てたであろう副隊長を、可愛がっているであろう副隊長をその隊長自ら手にかける…とても大きな感情が生まれると期待していたのですが、藍染さんの計画を組み込むことでより壮大な
そのためにしっかりと下準備を行わなくては…例え実際はアタクシの傀儡人形であろうと、表向きは腐っても中央四十六室…その貴族たちの権力を存分に奮うことで、準備は着々と進んで参りましたわ。とはいえそれだけでは退屈…いえ、遊び心が足りませんし護廷十三隊ばかり数が減るのは不公平だと思われる方もいらっしゃるでしょうね。ですのでアタクシの公平公正な判断から、隠密機動や鬼道衆の方たちもきちんと減って頂いておりますわ。護廷の二番隊が隠密機動も兼ねているとか誰かが仰っていましたが、きっとそれだけ大人数の部隊だったのでしょうね。つまり所属する死神の数が減って少数精鋭になったことで、きっと今までよりも職務に励んで頂けることでしょう。
藍染さんが仰るには「幕が上がる合図は既に用意している」ということですので、アタクシはもうすぐ来るであろうその日を期待に胸を膨らませてお待ちしておきますわ。既に
アタクシの斬魄刀である環さんは「餌として良いのは出される感情の波が大きければ大きいほど良い。そしてそういった大きい感情とはまったく力のない者か、より大きな力を持つ者ほど発する傾向にある」とアドバイスを下さいましたの。つまり数多の死神の中で隊長ともなれば上質で良質な感情を発して下さるということ…一騎打ちさせたりして恐怖を煽りアタクシの力の贄とした死神たちとは比べ物にならない力となってくれる事を期待しておりますわ。
「真姫さん、随分と待たせたね。いよいよ苦労して準備してきた寸劇の幕が上がる。後は
「うふふ…アタクシは茶番劇でも楽しめますわよ。もちろん舞台がアタクシと藍染さんの手のひらの上にある以上、駄作にはならないと確信しておりますしね」
「その通りだ。これから行うのは瀞霊廷という舞台と、死神という人形によって演じられる余興でしかない。だが
藍染さんは『余興』とは言ってみても、本心ではそうは思ってはおられないのでしょうね。元々単独で計画していたほどですし、そこにアタクシがいる事でより現実的で余計な手間のいらない計画となった事が余裕として現れているのでしょう。とはいえ物事にはハプニングが付き物ですし、もしかしたらアタクシたちの予想を超えた突発的な事態が起きるかもしれませんわね。そんな事が起きるなんて期待するだけ無駄かもしれませんけれど…
藍染さんは欲しい
現世にて任務に当たっていた死神が、人間へ力を譲渡し自身の業務をその人間に行わせていた。
そんな報告が中央四十六室へと上がって参りましたわ。そしてそれが舞台の幕開けを示すものでもありますわ。これは瀞霊廷にとって重罪であり、既に護廷十三隊の六番隊の隊長と副隊長が捕縛に向かいこちらに連行しているそうですの。
ふふっ…現世に赴任したのは十三番隊の死神なのに、捕縛しに向かったのはわざわざ六番隊の隊長副隊長だなんて可笑しな事もあったものですわね。重罪を犯してしまっている事を理解して、最後に顔を見ておきたかった…とかなのかしら。アタクシでもその辺りの事情は把握している事ですから当然護廷の死神たちはご存知でしょうし、あるいはそういった情けをかけた方がおられるのかもしれませんわね。
「姫様、報告のあった罪人が連行されて参りました」
「ご苦労さま。四十六室の皆様方は
「はっ!では罪人はひとまず収監し、藍染隊長が到着次第こちらへお連れ致します」
藍染さんは表向きはアタクシに珍しい本を届けたりしていると思われておりますし、護廷の中でも小間使い扱いされていると同情を集めているそうですわ。こうしておけば秘密裏にコソコソする必要もなくなりますし、アタクシの方から堂々と呼び出すのに毎回理由を付ける手間も省けますしね。いずれは事実となるとはいえ、アタクシに振り回されているという噂を流してくださっている藍染さんはよく理解してらっしゃいますわ。
現世で人間に能力を譲渡した罪によって捕縛され、斬魄刀を取り上げられ投獄されている罪人…朽木ルキアさんと仰る方でしたわね。藍染さんの目的はすぐに達成することができるのでしょうけれど、アタクシのほうは彼女をどう扱えばより都合がよろしいのでしょうね。すぐに処刑して首を晒すのでも構わないのですが、既に行った事と同じ事を繰り返しても芸がありませんし迷うところですわ。もうすぐ藍染さんもいらっしゃいますし、何か良い案がないか相談してみましょうか。あら、ちょうど藍染さんもいらっしゃったようですわね。
「少し待たせてしまったかな?」
「いいえ、むしろ藍染さんのほうがお早かったですわね。まるで誕生日の贈り物を期待している童のような顔をしてらっしゃいますわよ?」
「そんな表情をしていたかい?どうやらここに来るまでに少しばかり高揚してしまったようだね」
「ふふっ、それでは意中の方にお会いしに参りましょうか。あちらもきっと|アタクシたちが来る
藍染さんたら、随分と楽しみにしてらしたようですわね。既に目的のお方はアタクシたちの手中にあるわけですし、邪魔をする者もいないわけですから「早く手に入れたい」という気持ちが珍しく表情に出ておられますわ。ふふふっ、アタクシは優しいので焦らしたりは致しませんわよ。
藍染さんと一緒に罪人が控えているという場所へと移動する合間に、当の彼女をどう扱えばより良いかを藍染さんへと相談してみましたの。アタクシの知っている事はあくまでも紙の上での情報であって、護廷という組織の中で死神たちをつぶさに観察していた藍染さんならばアタクシを楽しませる案を出して頂けると思っておりますわ。そしてそんなアタクシの期待の通り、藍染さんはいくつかの助言をして下さいましたわ。どうやら藍染さんはここへ来る前にアタクシのためにいくつかの布石を打ってからいらしたようで、それならばアタクシはその布石を利用して差し上げたほうがよろしいですわね。
うふふ…それでは喜怒哀楽が入り乱れるとっても素敵な劇の始まりですわぁ。
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アタクシのためにお踊りなさいまし!
藍染さんと共に罪人が待っているというその部屋へと入れば、そこにはアタクシの想像していたよりも幼い可愛らしい見た目の人物がいらっしゃいましたわ。外見はアタクシのような魅惑的な身体ではなくとても幼く見えるのですが、乙女の外見をどうこう言うのは野暮というものですものね。
「お待たせ致しましたわね。お忙しい四十六室の方々に代わりまして、アタクシが貴女の罪に対する沙汰をお伝えさせて頂きますわ」
「貴女は…それに、藍染隊長?なぜこちらに…」
「やぁ、朽木ルキアくん。実は少々欲しい物があってね。君に言っても理解できない事だろうから、黙って受け止めてほしい」
「それはどういう…?」
「ふふっ、お戯れはそのあたりでよくて?知っても意味がない事をわざわざ話して聞かせるのもまた無意味な行為ですわよ。朽木ルキアさん、まず貴女はなぜここにいるのかご理解してらっしゃいますわよね?」
わざわざ確認するまでもなく諦観の表情が見える彼女は、きっと自分の犯してしまった罪を悔いているのでしょうね。まぁ、現世での事が露見するまでは黙って何事もなかったかのように行動していたわけですから、案外内心は図太いのかもしれませんけれど…そのあたりだけは養女といえどしっかりと四大貴族の一角を担える精神性をしているのかもしれませんね。
うふふ、嘘か本当かわかりかねますが…そのような表情は貴女にはお似合いになられませんわよ?と言っても、もうすぐその表情も見られなくなってしまうのですけれどね。
「さて、あまり女性を待たせるものではありませんわね。此度の一件に対する中央四十六室よりのお言葉を申し渡しますわ。心してお聞き下さいな。
『罪人・朽木ルキアは本来ならば処刑が妥当であるが、己が犯した過ちによる自責の念で
という事になりましたの。ふふふ、すぐに終わりますのでご心配には及びませんわ。それでは環さん、どうぞ召し上がれ」
「なっ!?……………………」
「ふむ、初めて見せてもらったが便利なものだね。
「藍染さんの仰る通り人形を作るのには便利ですわ。だからと言って、そのようなつまらない事は致しませんけれど…それでは藍染さん、貴方の欲しい物が目の前にございますわよ?」
「フッ、確かに考察は後でも構わないね。それでは頂くとしようか」
これが環さんとの修行で身に付けたアタクシの卍解という能力ですの…藍染さんの解釈は少し間違いがございますが、訂正して差し上げるほどのものではありませんわね。感情を餌に力を蓄える
一応…と藍染さんから告げられたのは「彼女の中にある崩玉を取り出せば、その反動で彼女は死んでしまうかもしれない」との事らしいですわ。アタクシとしてはできれば生きていてくれたほうが良いのでそうお伝えしたのですけれど、こればかりは藍染さんの腕と朽木ルキアさんの運に任せるしかありませんわね。
「ほう…これが浦原喜助の崩玉か。これで私の実験は更に先へと進める事ができるよ。そして幸か不幸か彼女も生きているようだね」
「あら、それは重畳ですわ。それで…藍染さんはこれから予定通りになさいますの?」
「ああ、もうこれ以上くだらない茶番を行う必要もないからね。しばらくはかかりきりになりそうだし、この後に貴女が行う予定の戯れに便乗して姿を晦まそうと思っているよ」
「ええ、委細承知しておりますわ。うふふ…それにしても藍染さんの部下である九番隊の隊長さんまでアタクシが好きにしてしまって本当によろしいんですの?」
「構わないよ。彼が私に従うのは彼なりの尸魂界の在り方に対して憤りや疑念が根底にあるからだ。ならば彼…要は貴女の下にいたほうがいいだろう。ギンには色々と手伝ってもらうつもりだから連れて行くつもりだがね」
藍染さんの腕が良かったのか彼女の運が良かったのか答えはわかりませんが、朽木ルキアさんは体内から崩玉を取り出されても生きておられるようですわ。そして目的の物が手に入ればすぐに研究に勤しみたいだなんて、藍染さんはとても熱心でいらっしゃるのねぇ。それに九番隊の隊長さんを差し出すだなんて、アタクシを敬う心がけには感心致しますわ。
それでは予定通り中央四十六室の沙汰を護廷のほうにも通達しておきましょうかしら。きっとお優しいお仲間さんたちが、朽木ルキアさんの事を想い哀しみに暮れてくださるに違いありませんわ。心を壊してしまったという事に対しての哀しみと早く快復して欲しい想い、けれど意識を取り戻せば処刑されてしまうというのであればこのままのほうが良いのかもと考えてしまうという葛藤…どの程度の数の死神が朽木ルキアさんの事を真摯に考えるのか存じませんが、感情の波が大挙して環さんが食べ過ぎでお腹を壊さないか心配ですわね。
罪人の沙汰からそう日が経っていないにも関わらず、中央四十六室に対してある報告が上がって参りましたの。どうやら旅禍という者たちが瀞霊廷へと侵入し暴れているとの事…つまり犯罪者という事ですわね。せっかく護廷の死神さんたちから朽木ルキアさんへの面会や療養の嘆願などがやってきて、ワクワクしながら色々と準備していたというのに水を差された気分ですわ。どうせすぐに捕まるか殺されるのでしょうし、そんなものは護廷十三隊に任せて放っておけばよろしいですわ。
「姫様!たった今隠密機動より報告があり、旅禍たちがこちらへ向かって来ているとの事です!」
「あらぁ?護廷の死神さんたちはどうなさったの?もしかして皆さん今日はお休みでも取っておられるのかしら?」
「それが…旅禍たちは瀞霊廷内に散らばり死神たちを次々と撃破しているらしく、五番隊の藍染隊長も旅禍によって殺害されたとの事でした」
「あらあら、道理で…こほん、それは惜しい方を亡くしてしまいましたわね。それではきっと藍染さんたちの志を継いだ方たちが頑張って下さることでしょう。あなたも下がってよろしくてよ」
どうやら侵入者の方々はこちらへと向かって来られているらしいのですが、死神さんは一体何をやっているのかしら?わざわざここへやって来るだなんて…理由がまったく思い浮かびませんわ。それにしてもせっかくアタクシが死神を少数精鋭とすべく数を減らして差し上げたというのに、烏合の衆はどこまで行っても烏合の衆でしかないという事ですわね。
それに先ほどから護廷の方たちのいる方向より随分と大きな悲哀の感情が流れてくると環さんが喜んでおりましたが、なるほど…藍染さんは旅禍が侵入したという不慮の出来事を利用したようですわね。聞けば副隊長さんを随分と
とはいえそんな憎しみに駆られた副隊長さんが侵入者を相手に頑張ってくれればよろしいのですが、あまり期待しすぎても裏切られそうですしアタクシもお出迎えの用意をしたほうがよろしいかもしれませんわね。現在瀞霊廷を賑わわせてらっしゃる方は朽木ルキアさんが力を譲渡した人間との事なのですが、確かこちらに上がってきた報告では『当の人間については力の根源を破壊したので、もう力を振るう事はないだろう』と書かれていたと記憶しておりますわ。どうやら虚偽の報告をしていらっしゃるようですが、そちらの件は後に致しましょう。
「やぁ、どうやら予期せぬゲストによって随分と引っ掻き回されてしまっているようだね」
「あら藍染さん。てっきりもうこちらを離れているのかと思っておりましたわ」
「ああ、私の役も終わった事だしそうしようかとも思ったんだが、少々この劇の幕引きが気になってね。飛び入り参加の演者たちがどんな悲劇を見せてくれるのかと思うと、1観客としては最後まで見届けたいものだろう?それに…」
「それに?」
「この飛び入り参加の1人でもうすぐここに来る人物は私が観察していた対象でね。もしかしたら真姫さんも彼を気に入るかもしれないよ?」
「あらあら、それは楽しみですわね。それでは藍染さんはゆっくり観覧していらしてくださいまし」
こちらへと向かってこられているという侵入者さんを、中央四十六室を代表して迎えようとしていたら藍染さんがちょうどいらっしゃいましたわ。演者としての役目は終えたとはいえ、観客としては最後まで見たいという気持ちは理解できますものね。それだけでなく侵入者さんの1人は藍染さんの玩具の1つということのようですし、ならばアタクシも少し筋書きを変更致しましょうか…本来であれば飛び入りとはいえ端役の侵入者なんて、例え生きて捕らえたとしても最後は皆殺しにして差し上げるつもりでしたの。けれど、アタクシが気にいるとまで仰るのならば期待して差し上げましょう。もちろんそれほどの可能性を見せて頂ければ…の話ですけれど。
そして噂をすれば何とやら…この黒い着物を来た派手な色の御髪をした方が報告にあった侵入者の内の1人、そして藍染さんの玩具なのでしょうね。それにしても死神の皆様は
「ようこそですわ侵入者の方々。わざわざ裁かれにいらっしゃるなんて気の利く罪人ですのね」
「なんだアンタ…なんかどっかのお姫様みたいなカッコしてるんだな。なぁ、オレたちはルキアを救いに来ただけだ。大人しく居場所を教えてくれねぇか?」
「あらあら…貴方は今どういった状況なのか理解しておられないようですわ。それに貴方の目的は彼女でしたのね。彼女は現世にて人間に自らの死神としての能力を譲渡し、更にその人間に代わりとして戦わせていたの。そしてこちらへと連れて来られた結果『
「なん…だと…?そんなはずはねぇ!ルキアはそんなに弱くなんかないはずだ!」
ここは尸魂界の最高司法機関…侵入者が直接裁かれにいらっしゃるなんて感心ですわと思って差し上げたのに、目的は朽木ルキアさんを救いに来られたというアタクシのよく理解できない理由でしわね。もしかして以前あったというどこぞの隊長の脱獄逃亡事件のせいで、例え捕まっても簡単に脱獄させて逃げられると勘違いしてらっしゃるのかしら。まぁ彼女が目的なのでしたら、元々の脚本を少々変更して伝えて差し上げましょう。納得して頂けないようですが、焦らなくてもちゃんと説明して差し上げますわよ。
「…こほん、よぉくお聞きなさいな。まず能力を譲渡した事自体が重罪とされておりますが、ここまでならばまだ温情の余地がありましたわ。でも…彼女はその事を上司にさえ報告せず隠し通そうとしたのですわ。もしかしたら四大貴族の養女という事でどうとでもなるという驕りでもあったのかもしれませんわね。それでもまだなんとかなる展開でしたのよ?アタクシも栄えある護廷十三隊の死神を処刑したいなんて思っておりませんもの…でも、もう手遅れになってしまいましたの。
なぜかおわかりになっておられないようですわね。
「…どういう意味だ!?」
「無知蒙昧とは愚かな事ですわね。よくって?彼女は重罪を犯してしまった後に捕縛され、こちらへ連行されていらっしゃったのは事実ですの。そして司法機関たる中央四十六室にて
「お…俺のせい…なのか…?」
「ええ、彼女もその事実に気付いてしまい耐えられなかったのでしょうねぇ。尸魂界にて栄誉ある死神として、護廷の一員として、貴族の端くれとして、きっと彼女にも思うところがあったのでしょう。もし貴方が何もせずに冷静に考える事ができていれば…もしくは尸魂界に来たとしても、きちんと情報を集め法というものを理解し無闇に力を振るったりしなければ…きっとここまで彼女を追い詰めるような事にはならなかったというのに…本当にお馬鹿さんですわねぇ」
「待ってくれ!オレはただルキアを……」
「彼女は何も見知らぬ者に誘拐されたわけではありませんわ。元々所属していた組織の目上の者に連れてこられただけ…どうして貴方が助けるという行動に出たのか理解できませんわねぇ。貴方が彼女とお友達だったとして、そのお友達が連れて行かれたからと力ずくで解決致しますの?今回連れ戻しに行ったのは義理とはいえ兄だというのに?」
「それは……」
うふふ…こちらにいらっしゃった時の威勢はすっかり鳴りを潜めてしまいましたわね。救いに来ただなんてまるで物語の勇者のように登場しておいて、(アタクシの創作した)真実を知らされ意気消沈している様はとっても見応えがありますわ。環さんを通して感じるこの方の自責の念や後悔といった感情が力となってアタクシの中へと流れ込んで行くのを感じますわね。朽木ルキアさんが実際にどう思っていたのかなんてアタクシは存じ上げておりませんので、アタクシの都合の良い想像物語で勘弁してくださいませ。
確かに藍染さんの仰る事もわからないでもありませんわね。こうも素直に反応してくださると楽しくってもっと戯れたくなって参りますわ。うふふ…藍染さんたら、こんな面白い玩具を持っておられるのなら仰ってくださればよろしいのに。そして侵入者などではなく、きちんとした役を与えて差し上げればもっと素敵な演目になったかもしれませんわよ?
「姫様!隠密機動より更に報告が……貴様は!?」
「こちらに辿り着く事のできた侵入者さんですわ。アタクシが相手をしますので放っておいて構いませんわよ。それで、追加の報告とはなんですの?」
「はっ!旅禍の3名は捕縛したとの報告がありました。現在こちらに連行しているという事です」
「待ってくれ!アイツらが捕まったってのか!?」
あら、どうやらやっと死神さんたちがお仕事をしてくださったようですわね。確か侵入者は4人でしたから、これで全員ここへとやって来るというわけですのね。それなら…良い事を思いつきましたの!ふふっ、これならきっとこの玩具さんも楽しんで頂けるはずですわ。
「どうやら侵入者の皆さんもこちらに向かっておられるようですわね。貴方もお疲れになったでしょう?しばらくお休みなさるとよろしいですわ」
「っ!?ちょっと待ってくれ…がっ…」
あらあら、思ったよりも脆いのですわねぇ。
気絶させた玩具さんを報告に来た者に任せて
「戻ってきたようだね。黒崎一護は貴女の目から見てどうだい?」
「あの玩具さんは黒崎さんと仰るんですの?そうですわね…素直で弄り甲斐のある童ではありますけれど、所詮その程度…といったところですわ。今のところはわざわざお気に入りにして差し上げる程ではございませんわね」
「おや、思ったより手厳しい評価だね。その割には随分と楽しんでいたように見えたんだが」
確かに藍染さんの仰るように面白い童でしたし楽しめたのですが、アタクシのお気に入りにするならばまだ足りないですわ。それにアタクシには
せっかくなので侵入者たちの末路を特等席でご覧頂くために藍染さんをお誘いし、共に侵入者たちがいるという牢獄へ向かったのですが…何やら騒がしいですわねぇ。
「ルキア!おい!目を覚ませ!」
「何事ですの?ここは牢獄なのですから、囚人は囚人らしく静かに沙汰を待つものですわよ?」
より深い哀しみを差し上げようと彼女と同じ牢獄に入れてみたのですが…そんなに揺すっても怒鳴っても意味がありませんのよ?勿論そんな事は知らないでしょうけれど、アタクシから見れば一生懸命に訴えかけるその茶番は見ていて愉快な気持ちにしかならないのですけれどね。とりあえず離れた別の牢にいるお仲間さんを目の前で処刑して差し上げれば、今よりもっともっと素敵な表情をしてくださるかしら?
…ところでどうして黒崎さんも朽木ルキアさんも牢を出ているのでしょうか?あと、お二方と一緒にいる褐色の女性はどなたなのでしょう?
「ほう…ここで現れるか。真姫さん、彼女は四楓院夜一…元二番隊隊長で今はただの逃亡者だね」
「逃亡者なのは否定せんが、罠に嵌めた張本人に言われるのは癪じゃな。じゃが、貴様らの企みもここまでじゃ」
四楓院夜一さん…?そういえばそんな方の名前の資料もありましたわね。なるほど、過去に逃亡を手助けした経験を持つ四楓院さんならば、今回も同じように逃げ出す手助けをする程度訳ないという事なのかしら。
「貴女がどうして
「愚問じゃな。藍染は勿論じゃが、貴様も相当に引っ掻き回してくれているようじゃのう…未練などという言葉は持ち合わせておらんが、二番隊も四楓院の家も随分貴様には世話になったようじゃな」
「うふふ、お褒め頂き光栄ですわ…でしたら貴女も罪人として捕らえて差し上げましょう。心配はいりませんわ。貴女のお家の方もきっと理解してくださるはずですもの」
「ここで貴様ら2人とやりあうつもりなどないわ。一護!ここは一旦退くぞ!」
「待ってくれ!まだアイツらが捕まってるんだ!」
「すぐには殺されはせん!じゃがここで熱くなって捕まれば助け出す機も失うのじゃぞ!」
「……くそっ!」
あらあら、さすが元とはいえ二番隊と隠密機動の隊長ですわね。敵わないと見て黒崎さんと朽木ルキアさんを連れて逃げて行ってしまいましたわ。逃げられたというよりも逃して差し上げたというほうが正しいのでしょうけれど…何せアタクシも藍染さんもただ見ていただけですもの。
「追わなくて良かったのかい?」
「あら、アタクシのような可憐な乙女に鬼事など似合いませんもの。むしろ藍染さんのほうこそ逃してよろしかったんですの?」
「ああ、特に支障はないよ。既に状況は彼らの希望が届かないほどに決している。故に四楓院夜一らが今更どう動こうとも、それはただの徒労でしかないのだからね」
アタクシたちは今回の死神たちを使った劇についてはお話を致しましたけれど、アタクシが虚圏にいた間に藍染さんがどのように暗躍しておられたのかについては詳しく聞いておりませんの。なので四楓院さんの言葉で何かしら謀を行っていたのは理解できるのですけれど、詳細は存じておりませんのですわ。けれど藍染さんも支障はないと仰っておられますし、もしも再度あの方たちと見えるとしても因縁があるのは藍染さんですものね。アタクシは無関係なのですから、きっと藍染さんが対処なさるのでしょう。残念ながら罪人である朽木ルキアさんを拐われてしまいましたけれど、あれはもはや中身のない人形と同じ…手元にあれば使い道はありましたのですけれど、どの道彼女の身体を放っておいてもアタクシの元へと戻ってくるでしょうから問題ありませんしね。
「ならばアタクシは残った侵入者の方たちの処刑を言い渡してから、此度の劇の幕を引きに参りましょうか」
「フッ、貴女によって護廷十三隊は見る影もないほどに瓦解していくね。それでは私もそれを見届けてから虚圏へ向かうとしよう」
「ふふふ、アタクシは別に瓦解させようなんて思っておりませんわよ?彼らが勝手に自滅しているだけですわ」
「ああ、どうやら私が考えていた以上に卑小な連中だったようだね。とはいえ例外というものはあるものだ。愉快だからといってあまり油断しないほうが良いよ」
確かにその通りですわね。今この場に総隊長さんが現れれば状況は一転してアタクシたちの不利になるかもしれませんし、わざわざお諌めくださったのですから最後まで気を抜かずに演じる事に致しましょう。まずは残った侵入者の方たちには
「これは姫様。投獄されている旅禍にご用事ですか?」
「ええ、今回の一件は随分と大事になってしまいましたものね。四十六室の方々も事後処理で大変そうですので、あまり役に立たないアタクシですが言伝の真似事をさせて頂いておりますの」
「役に立たないなどご謙遜を…ではこちらへどうぞ。護衛をお付け致しましょうか?」
「そうですわね…この程度で護衛など申し訳ありませんけれど、この後の事もありますし一緒に来てくださる?」
「はっ!それではお供させて頂きます」
牢番さんには今から行う事の後片付けなどをやって頂かなくてはなりませんしね。後から呼ぶよりも一緒に来てもらったほうが手間も省けますわ。今来ているこちらは黒崎さんたちが入られておられた牢獄とは別の棟にありますので、牢番さんも気を使ってくださったのかしら。あまり人のいない牢を進んで行けば、そこにはそれぞれ別の牢屋で静かに座ってらっしゃる方がおりましたわ。褐色の男の子と眼鏡をかけた男の子、そして可愛らしい女の子までいらっしゃるのねぇ。こんな場所でなければ、ゆっくりお茶でも飲みながら現世のお話を聞きたかったものですわ。
「もし?貴方たちが黒崎さんと一緒に瀞霊廷に侵入した罪人でよろしかったかしら?」
「罪人か…死神たちから見れば侵入者と見られるのは当然だろうな」「石田くん…」
「アタクシも忙しい身ですので要件のみお伝え致しますわね。
『瀞霊廷へ侵入し数多の死神を傷付け五番隊隊長を殺害し、更には投獄されていた罪人を連れ去った一連の犯罪への首謀及び共謀の罪にて死罪とする』
ということになりましたの。それでは皆さん、ご機嫌よう」
「なっ!?」「くっ…」
「えっ…?茶渡くん!!石田くん!!イヤぁぁ!!!」
「目の前でお仲間を失って悲しいですわねぇ…でも貴女はこれからアタクシの人形として使って差し上げますので安心なさい」
「え…?いや…くろさ……たす……」
「では牢番さん。四十六室の方から言い渡さされた刑は執行されましたわ。こちらの首を落とされた
「は…はい。了解致しました」
「こちらの女の子はアタクシのお部屋へ運んでしまって構いませんわ。もう抵抗できませんのでそのまま持っていってくださいな」
ふふ、あまりにも早い判決と刑の執行に驚きながら死んで逝かれましたわね。きっとアタクシの見た目から、戦いなど縁のない女とでも侮っておられたのでしょう。でも残念ながらアタクシは実力も兼ね備えた才女ですの。一瞬で罪人の首2つ斬り落とすくらい朝餉前ですわ。
本来ならばお三方とも首を落として差し上げるつもりだったのですけれど…直接お顔を見て気が変わりましたの。牢番さんに
確か藍染さんは部下を庇って亡くなられた事にされているはずですけれど、侵入してきたどなたと戦ったのかお聞きするのを失念しておりましたので、こちらのお二方にその罪を被って頂くことに致しましたの。いくら藍染さんでもこちらの女の子に負けたという事はなさらないと思いますし、これで騒動のほうは解決ですわね。あとは死神の皆さんの働きについてお話するだけですわ。
それでは侵入者の裁きも終わった事ですし、次は護廷のほうへと参りましょう。
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人にはそれに見合った弁えるべき分というものがございますの!
護廷十三隊はかつてない程に大きく変わる事となった…
瀞霊廷に旅禍が侵入し暴れまわった事により、多くの死神たちが少なからぬ傷を負った。そしてこの一件で現状に対する数多くの問題が浮き彫りとなり、それを重く見たそれぞれがその責を問われる事となった。
一番隊隊長及び護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國は、隊長1人が犠牲となったにも関わらず中央四十六室まで旅禍に侵入を許してしまうという一連の不始末を問われ辞職。同隊副隊長も同じくその立場を辞そうとしたが、これについては山本元柳斎重國が許さなかった。
四番隊隊長卯ノ花烈は、自身の部下が旅禍に協力し瀞霊廷を乱す一助となった事実を重く受け辞職。また当事者である山田花太郎は謀反人として、上司である卯ノ花烈によって粛清された。
五番隊隊長藍染惣右介は、旅禍との交戦の際に死亡。
六番隊隊長朽木白哉は、事件の発端とも言える旅禍と現世で相対しておきながら、勝手な判断による処断を行ったせいで結果的に今回の事件を招いてしまった責を受け辞職。同隊副隊長である阿散井恋次も同様の責にて辞職しようとしたが、朽木白哉の説得を受け留まる事となった。
そして今回一番重い処分となったのが三番隊隊長である市丸ギンだった。
『侵入者がいることを認識しておきながら手を出さず門番を諌めるだけに留め、結果旅禍によって多数の死神が負傷した。この時隊長である市丸ギンが果断な行動を行っておれば、今回の事件そのものを防ぐ事ができた。この件を重く認識した結果、以降隊長がこのような失態を犯す事のないよう見せしめとして三番隊隊長市丸ギンを処刑とする』
この通達が護廷十三隊へと届いた日には、市丸ギンは中央四十六室からの使者に連れられて行った。事件を未然に防ぐ事ができなかったのは同じだと六番隊からも擁護の声が上がったが、その声が届く事はなく処刑は無事執行されたという結果だけが届くことになった。更に不可解な事にその遺体については『隊長という大役を今まで務めてきた実績を鑑みて、せめてもの情けとして静かに埋葬した』という言葉が返ってきただけだった。
…
……
………
うふふふふ…随分と護廷十三隊という職を辞して行かれる方が多いですわねぇ。もしかしたらあまり良くない職場環境なのかしら?総隊長さんは隠居に追い込む事ができましたので予定通りなのですけれど、思ったより辞めて行かれる方が多い事にはアタクシも驚きを隠せませんでしたわ。前もって藍染さんから要注意人物をお聞きしておりましたのですが、その内の1人である四番隊隊長まで消えてくださるのですもの。
それにしても十番隊の副隊長さんは随分と熱心に陳情を上げてらしたわねぇ。アタクシの予定では
「ほんまに真姫さんはえげつないなぁ。狡猾さとか容赦の無さは藍染隊長よりも上なんちゃうかな?」
「ふふふ、そんなに褒められても何も出ませんわよ?それに市丸さんに殉職していただくにはこれが一番都合が良かっただけですわ」
「そらまぁ隊長が2人もあの程度の旅禍に殺されるなんて有り得へんしなぁ。1人でも考えられへん事態やけど…」
「残された方たちには、抜けてしまわれた隊長さんたちの穴を埋めるべく奮闘してくださる事を期待しておりますわ。それにしても市丸さんの処刑について十番隊の副隊長さんはとても悲しんでらっしゃったのですけれど、もしかして仲の良い方でいらしたのかしら?」
「いやぁ、真姫さんが思うような事は何もないですわ。むしろ意外に思っとるくらいやし」
「それでしたら問題ありませんわねぇ……実を言うと、次は彼女で遊ぼうかと思っておりますの」
「……へぇ。まぁボクがとやかく言う事でもないし、そろそろ藍染隊長のとこに行ってきますわ」
表向きは処刑した事にしてアタクシの下にいた市丸さんでしたが、少々お話をしてみれば随分と表情を隠すのがお上手のようですわね。十番隊の副隊長さんを次に選んだとお伝えした時の市丸さんは、きっと誰が見ても何も変わったところはないと仰るでしょう。でも残念な事にアタクシの斬魄刀である環さんには、市丸さんの内側で溢れる殺意をお見通しでしたわ。例え内に秘めた感情であろうと、強い想いを力と変える環さんとアタクシには筒抜けも同然ですの。
ふふふ、次に市丸さんが彼女を見た時が楽しみですわねぇ。
「姫様、護廷十三隊より山本重國
「あら、何かございましたかしら?こちらへお通ししてくださいな」
元総隊長さんが一体どういった用件なのでしょうね?てっきりもう隠居なされていると思っておりましたのに、暇ができてお茶のお誘いとかかしら?アタクシのような美女とお話しながら穏やかな時間を過ごしたいと仰るのでしたら吝かではありませんわ。
「ようこそいらっしゃいましたわ。本日はどうなさったのかしら?」
「…護廷の総隊長は中央四十六室より任命される決まりとなっておる。なればこそ、儂の後釜として京楽春水を推薦したいと思うてな。本当は四番隊の卯ノ花に任せたかったのじゃが、儂と同じく辞してしまったからのう」
なるほどなるほど、次の総隊長の推薦でしたのね…でも、それは困りましたわね。総隊長さんの後継は狂犬と噂の更木さんか、藍染さんから頂いた東仙さんにしようと思っておりましたのに…まぁ最後のお願いくらい聞いて差し上げましょう。
「そういうことでしたら構いませんわよ。アタクシのほうから四十六室の方々へお伝えしておきますわ。じきにその旨を通達される事でしょう」
「うむ、用件はそれだけじゃ」
「お待ちくださいな。貴方はこれからどうなさるおつもりですの?」
「例え総隊長の座を降りようとも、儂がやることは何も変わらぬ。ただ護廷の敵を焼き尽くすのみよ」
「うふふ、それはそれは頼もしい事ですわぁ」
この総隊長さん…いえ、元総隊長さんですけれど、会う度に宣戦布告のような真似をしてお帰りになるのはご趣味なのかしら。あまり考えたくはありませんが、アタクシのような美女を威嚇して怯える様子を眺めるのがお好きとかなのだとしたら恐ろしいですわね…
とはいえ、もう顔を合わせることもないでしょうし気にせず参りましょう。たまに見せる女の憂い顔というものも殿方の心を惹きつけて止まないと理解はしておりますけれど、アタクシはどちらかというとそれを見るほうが好きですもの。
既に瀞霊廷はアタクシの箱庭も同然。そして今回の一件で瀞霊廷では多くの悲劇が起こり、その渦中の死神たちのおかげでアタクシは更に力を蓄える事となりましたわ。例え戦っても負けることはないとはいえど、目障りだった者たちが自らいなくなって下さったのですから良いでしょう。
ここからはアタクシの下で、より素敵な世界へと導いて差し上げましょう。
まずは…そうですわね。藍染さんから頂いた下僕とお会いしておきましょう。これからアタクシの手足となって働いて頂くのですから、いつまでも放っておくのは可哀想ですわね。
「お待たせ致しました。九番隊隊長・東仙要です。藍染様より姫様の事は伺っております」
「あらあら、さすが藍染さんですわね。話が早くて助かりますわぁ」
「はっ。それで、今日はどういったご用でしょうか?」
「藍染さんからお聞きしていた方がどのような方なのか実際にお会いしてみたかったのですけれど…貴方、
今まで藍染さんからお話だけは聞いた事がありましたが、直接お会いしてみると…随分と歪なお方のようですわねぇ。市丸さんとは内に秘めているという部分は同じですけれど、本質はまったく違うものを抱えていらっしゃるようですわ。理由はある程度わかっているのですが、いくら感情を読み取る事ができても思考を読めるわけではありませんしね。話してみなければわからない事も往々にしてございますし、きっかけくらいは与えて差し上げましょう。
「……いえ、何も憤りなど」
「うふふ、貴方の事は存じておりますわよ?
「…姫様?」
「貴方もご存知でしょう?他人を貶しその姿を見て悦楽を感じるのが大好きな綱彌代時灘さんですわぁ。そのような人物が四大貴族綱彌代家なのですから、困った世の中ですわよねぇ…さぁ東仙さん。貴方の想いをお教えくださいな」
「私は……」
「貴方の正義に対する想いは存じておりますわぁ。ならばなぜ戸惑う事がありますの?正義とは秩序…それは決して人の身で定めるものにあらず、ですわよ」
ふふっ、随分と葛藤されていらっしゃるようですわねぇ。アタクシがこの瀞霊廷へ来た時に招いて下さった綱彌代家はとっくにアタクシの手中へと収めてありますの。さすが四大貴族筆頭だけあって様々なものを知ることができたものですわ。特に興味を惹かれたのが綱彌代時灘さん…綱彌代家の権力と持ち前の狡猾な性格も合わさり、随分と楽しんでいらっしゃったようですもの。
そんな時灘さんは最後までとても愉快でいらっしゃったものですわ。客人として招かれたアタクシに対して、その歪んだ愉悦を行いたかったのでしょうけれど…例え元死神であろうと相手の力量もわからぬまま、優位に立ちたがり相手を下げる事に腐心するような愚物に負けるアタクシではありませんもの。そして思い通りにならないと見るや癇癪を起こしたかのように騒ぎ立てる…まさしく時灘さんが今まで見てらっしゃった者たちと同じ末路を辿ったというわけですわ。結果として多少はアタクシの力へとなれた事ですし、今となっては立派なお人形となれたのですからきっと喜んでいることでしょうね。
そんな変わり果てた綱彌代時灘さんを目の前にして、東仙さんはどうなさるのかしら…いくら盲目とはいえ姿が見えない事など理由にもなりませんわよ?
「姫様…私はきっと
「ええ、ええ…わかりますわぁ。そんな東仙さんに教えて差し上げましょう。どうすれば正しい秩序が手に入るか…答えは、今を変えるのではありませんわ。一度壊し尽くし、新たに作り直す事で生まれるものなのですもの」
そうですのね…せめてその燻った種火に
正しくないものを正しい在り方へと…貴族のためではなく、死神のためでもなく、アタクシのための正義、そしてアタクシのための秩序…いずれ尸魂界も虚圏も現世も藍染さんが管理なさることでしょう。そしてアタクシがその上で下々の幸せを眺めている世界こそ幸せな世界なのですわ。
「東仙さん。古きより長きに渡り流れ続けた時代は終わりを告げ、これより訪れる新しい風を迎える証が
「…っ!」
「うふふ、これで古き時代の象徴たる綱彌代家の当主さんはお亡くなりになりましたわ。これから忙しくなりますわよ?東仙さんもしっかりと
本当は現在の体制への終止符として大々的に行おうかと思っておりましたけれど、これはこれで良いでしょう。東仙さんの前で、感情を奪われ人形として立ち尽くしておられた綱彌代時灘さんの首を刎ねて差し上げましたわ。個人への復讐や怨恨ではなく、四大貴族の筆頭である綱彌代家の人間として首を斬り落として差し上げた事で東仙さんも
それでは死神の皆さんにもそれを理解していただきましょうか…
…
……
………
「藍染隊長。虚圏でも色々とやることあるやろうに、東仙さんをあの人の側に置いてきはってよかったんですか?」
「構わないよ。確かに要がいない事で多少忙しくなるのは事実だが、彼女の側にいる事は要にとって悪くない事のはずだ」
「へぇ…ボクあの人の事よう知らんのですけど、東仙さんたぶんやけどあの人と合わへんのやないですかね?」
「その辺りは心配いらないよ。要にはある程度彼女の人物像は教えてあるし、彼女を呼ぶ時は『姫様』と呼んであげるようにも言ってある。何も知らない者からすれば自由奔放に周囲をかき乱しているだけのように見えるかもしれないが、ああ見えて打っている1つ1つの手が複数の効果を齎して彼女の利になっているんだ」
「なんや、相当厄介なお人みたいですやん。藍染隊長もどっからあんな人見つけてきはったんです?」
「彼女とは私が死神になって少ししてからの知り合いだね。さて、要がいない分ギンには働いてもらうよ?いくら崩玉が手に入ったとはいえ、まだまだ試さなくてはならない事は数多くあるからね」
「お手柔らかにたのんますわ…」
ほんまにあんまり働かせんといて欲しいわ。藍染隊長に取り入ってそれなりに動いてきたつもりやけど、まさかここに来て
しかも最後にあの人…真姫さんがボクに言い残したのが「次は乱菊で遊ぶ」やもんなぁ。殺されはせんと思いたいけど今までの例があるから油断できひんわ。藍染隊長は藍染隊長で瀞霊廷の事なんか気にも留めてへんし…いやまぁ総隊長もおらんくなってもうたし気に留める必要もなくなったって事やろか。
とにかく今は機を待つ時や。この2人を同時には相手にできん以上、
フフッ、ギンは私が
彼女が斬魄刀を所持しており、しかも普段から常に口元を覆ったりとよく目にする
彼女の斬魄刀の能力は『感情を力へと変える』…喜怒哀楽が激しいほど大きな力となるらしいが、その能力の真価はそこではない。
たまたま『彼女に呼び出されている』という表向きの用事を事実とすべく赴いた際に彼女から「市丸さんはどなたかに大きな殺意を抱かれておられるようですわね」という言葉を聞き、明確に意識するようになってわかった事だった。近づいてきた最初から本心を語る事はなかったが、ただの復讐で狙っているというわけではなく
そして瀞霊廷での一件の前に彼女には少々助言をしてある。元々彼女は愉悦もあるのだろうが、自身の力を蓄えるために他人の感情を煽ろうとする傾向があった。だから十番隊副隊長で遊んでみると楽しいものが見られるかもしれない…とね。
元々彼女の計画では五番隊の副隊長である雛森くんを私が死んだと思わせる事で哀しみの餌とし、その後雛森くんが
きっと今頃、より悲劇を演出するために脚本を考えていることだろう。ギンがその時どんな表情をするのか…
それまでは忠実な手駒としてしっかり働いてくれたまえ。
…
……
………
「浦原さん!ルキアはなんで目を覚まさねぇんだ!?それに早くアイツらを助けに行かねぇと!」
「落ち着いてください。黒崎サンの心配はごもっともですが、夜一サンから聞いた内容も含め、事態は思っていた以上にまずい状態になってるんス」
「…どういうことなんだよ?」
「まず朽木ルキアサンですが…このままだと意識を取り戻すことはないでしょう。わかりやすく例えると、魂の抜けた状態の黒崎サンの身体と同じだと言えば理解できますか?今の彼女は
「つまり誰かに奪われたってことか!?なら…そいつを倒せば戻るってことだよな!?」
「いいえ、そいつは早計というのもです。まず犯人は誰かわかってるんスか?また瀞霊廷に乗り込んで、囚われた井上サンたちを助け出して犯人を倒せると?黒崎サン1人で?」
「っ…!くそっ!」
ルキアを助け出すために乗り込んだのはいいが、結局夜一さんに助けられて逃げ出すハメになっちまった。しかも捕まったアイツらを置いていくことになっちまうなんて…夜一さんの話では、瀞霊廷に侵入したとしてもそこまで罪が重くなる事はないらしい。だからといって黙って待ってろって言われてもモヤモヤするだけで気が晴れねぇんだよ!
結局助け出す事ができたルキアも、まるで人形みたいに動かねぇ。浦原さんの見立てでは心を取り戻さないと元には戻らないってことだし、それを奪ったのが誰なのかもわからねぇ…今のオレが1人で乗り込んでも勝てないのはわかりきってる。あの時オレを気絶させた女…見た目は戦いなんてまるでできそうにないクセに、言い訳もできねぇくらい一瞬でやられちまった。
もう会わねぇなんて気楽な事も言ってられねぇし、とにかく修行して強くなるしかねぇ!
「黒崎サンは勉強部屋で修行ですか……しかし随分と困った状況になったもんスねぇ」
「どうするつもりじゃ?見た感じ
「ええ、更に悪い情報もあるんス。黒崎サンには言いませんでしたが、捕まった彼らは夜一サンたちが逃げた後すぐに処刑されたそうなんっス」
「…なんじゃと?」
「恐らくその指示を出したのは夜一サンの見たという女の人で間違いないでしょう。藍染サンと一緒にいたということは、その女の人が四十六室に何かしている可能性が高い…」
「どこから現れたのかは知らぬが厄介な奴が出てきたものじゃのう。藍染だけでも厄介だというのに、更に四十六室を牛耳る女と手を組んでいるとはな。確か
「それは諺じゃなくて薬品の注意事項っス。まぁ危険度では比較にならないんスけどねぇ」
「そんな事はどうでもよいわ!とにかく奴らが次に動き出すまでに何とかできるのか?」
「できるできないじゃなく、アタシは最善を尽くすだけっス」
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良質な劇というのは上質な脚本によって成されるのですわ!
今までその任を担っていた隊長がいなくなった事で、護廷十三隊は新たな隊長を選出することになった。一番隊には総隊長として任命された京楽春水が隊長となり、残った各隊は副隊長がそのまま格上げとして隊長の席を継いでいく事となった。だが新隊長たちは、突然空いた事によって座らされることになった隊長の
「ギン……」
「松本…市丸隊長が処刑されたってのは聞いてる。けどよ、いつまでも落ち込んでられねぇだろ?」
「冬獅郎、あたしの事はしばらく放っておいてちょうだい」
「そんなわけにはいかねぇだろうが!…ったく、雛森のほうも心配だってのにどうすりゃいいんだ…」
そんな日番谷冬獅郎の心配を余所に、護廷十三隊は着々と新たな体制へと移行していった。新たな隊長・副隊長たちの顔見せとして京楽春水は隊首会を開き、既存の隊長には先達として助言などを含め手助けしてやってほしいと要請していた。
やがて瀞霊廷が落ち着きを取り戻し護廷十三隊もまた混乱が収まりつつあった頃、隠居の身となった山本元柳斎重國の元へ仰々しい籠がやってきた。旗紋は中央四十六室のものであり、周囲の者たちは何事かと一抹の不安を抱えていたが、当の本人は取り乱す事もなく落ち着いたままその者を出迎えた。
「……随分と大袈裟な来訪じゃのう。儂に用があるのであれば書簡で呼び出せば良いものを」
「うふふ、ご機嫌よう山本さん。呼び出すだなんてとんでもありませんわ。用があるほうが出向くのは礼儀ですもの。本日は貴方にちょっとしたお願いがございますの」
「まぁよい。話は家の中で聞く。大した持て成しはできぬがな」
お付きの者を多数従え、たとえ顔を知らずとも貴族の訪問であるとわかるほどに貴族然とした女…織田真姫が護廷十三隊を離れた山本元柳斎重國の元へとやってきていた。家屋の中へと招かれ、互いに座した後に真姫から告げられた内容に山本元柳斎重國は眉間に深い皺を刻み込む事となった。
「あまり回りくどいお話は好きじゃありませんので、まず用件をお伝え致しますわね。山本さんには、瀞霊廷を襲って頂きたいんですの」
「ほう…この儂に瀞霊廷を襲えときたか」
「うふふ、話は最後まで聞いてくださる?それにあまり興奮なさると身体に毒ですわよ。こほん、あの一件で混乱していた瀞霊廷は今、随分と落ち着きましたわ。でも所詮は表面上の、でしかありませんの。そこで山本さんには仮想敵役として、護廷十三隊を相手にしていただきたいのですわ」
「今の護廷十三隊が儂を相手に戦えるかという事かの?」
「かつてアタクシの言った言葉を覚えていらっしゃるかしら。
『もし貴方と同じだけの実力を持った外敵が現れた場合、今の死神の皆さんはどこまで戦えますの?』
アタクシは心配しているのですわ。今回の件は運良く旅禍として現れた者たちが弱かっただけですもの。もう少し相手が強かったとしたらきっと…実力が乏しく散って逝く死神さんたち、ただただ嬲られ無惨に殺される流魂街の住民たち…そんな光景が目に浮かぶようですわぁ。そんな悲しい事にならないよう、尸魂界を護る護廷の皆様には強くなって頂きたいというアタクシの気持ちですのよ」
「ふむ…貴様の言いたい事はわかった。一芝居打ち稽古を付けるというのであれば、普段はやる気を見せん春水めらの成長を見る良い機会かもしれぬな」
「くれぐれも芝居であることを悟られませんよう…貴方には本気でやってもらわねば敏い者には気付かれてしまう可能性もございますわよ?そうですわねぇ…なんなら部隊1つくらい潰しても構いませんわよ?」
「言っておくが、これはあくまでも稽古を付けるだけじゃ。何を企んでおるのか知らぬが、儂が討つのは尸魂界に仇なす者という事をよく覚えておけ」
「ふふふ、それで結構ですわ。それではお願いも聞いて頂けましたし、お茶にでも致しましょうか」
緊迫した話し合いは真姫の要望を山本元柳斎重國が承諾する事で本題は終了となり、後は真姫が土産として持参していた茶を飲みながら穏やかな茶会となっていった。中央四十六室や貴族の元で数多くの書簡に目を通し、あらましや成り立ちなどの知識から様々な話題で話は思いの外盛り上がっていたと言っても良いだろう。そこで山本元柳斎重國の瀞霊廷に対する想いを、真姫は微笑みを絶やすことなく聞いていた。
うふふふふふふ…あまりにも思い通りになると笑いしか出て来ないものですわねぇ。山本さんの反乱に今の護廷十三隊がどのように対するのか見ものですわねぇ。突如として牙を剥く最強の死神というのは、きっと護廷の皆さんにとって大きな衝撃となる事でしょうねぇ。
でも…それだけだと見ているアタクシとしては少々味気ないかしら?山本さんが最強の死神であろうと所詮は1人…ならば他にも玩具を用意すれば良いだけですわね。屋敷へと戻ったら早速連絡を取っておきましょう。
「聞こえていらっしゃるかしら?」
『やぁ、随分と楽しそうにしているようだが何か次のアイデアでも浮かんだのかい?』
「ええ、藍染さんもお変わりないようで何よりですわ。少しばかりアタクシのお願いを聞いてくださるかしら?」
手が足りない時は藍染さんにお願いすれば良いんですわ。とはいえ今回欲しいのは虚圏にいる悪霊さんたちのほうなのですけれど…かつてアタクシの魅力によって下僕となった彼らならば、きっと今でもアタクシのために存分に働いてくださると信じていますもの。
藍染さんに今回のアタクシの名案を聞いて頂き、敵役を増やすべく悪霊さんたちを送って欲しいとお願いしておきましたの。
『あの山本重國に瀞霊廷を襲わせるか…なかなか楽しそうな事を考えているね。貴女の事だから次は雛森くんや日番谷隊長で遊ぶのかと思っていたんだが、1人や2人程度では満足できなくなったのかい?』
「そういうわけではありませんわ。藍染さんに教えて頂いた松本さん含め、雛森さんたちはアタクシの描いた脚本の下で踊って頂くつもりですもの。ふふっ、今回の被害に遭う事になるその他大勢と一緒には致しませんわ」
『なるほどね。先程の話ならば、いくつかの大虚を今回の端役として尸魂界に送ろう』
アタクシのお願いに藍染さんが玩具をいくつか見繕って下さるという事ですし、あとはアタクシの号令の下で舞台の幕を上げるだけですわね。前回のようにせっかく演出を用意していたというのに、飛び入りに次ぐ飛び入りで意味を成さずに即興劇のようになるのは好ましくありませんもの。今度こそ操り人形のように舞台全てを見事に操ってみせて差し上げますわ。
「ところで藍染さん。以前どこかへ逃げておられた黒崎さんはどうなさっておいでかご存知かしら?」
『黒崎一護か…彼は四楓院夜一と共に現世に戻っているね。もしかしたら仲間を取り返す算段でもしているんじゃないかな?浦原喜助が何か企んでいるのかもしれないが、今のところ目立った動きの報告は来ていないね』
「わかりましたわ。ちなみに藍染さんのほうは進み具合のほうは如何ですの?」
『こちらはもう少しといったところだね。崩玉が身体に馴染むまであと数週間はかかりそうだ』
身体に馴染むというのはよくわかりませんが、藍染さんは崩玉をお食べになってその力を取り込むつもりかしら…見た目は飴玉にも見えない事はございませんけれど、あまりああいったものをお口に入れるのはどうかと思いますわよ?でもこれで情報の
「それは重畳ですわ。それなら山本さんの反乱と悪霊さんたちの襲来…そこにもう一工夫というのは如何かしら。とっても素敵な物語を考えつきましたので、きっと藍染さんもお気に召すはずですわ」
アタクシは中央四十六室を含む貴族たちを傀儡としたことで、藍染さんがかつて知った事と同等かそれ以上の知識を有する事となりましたわ。霊王の存在やその欠片、地獄などなど様々な記述がそこには残されておりましたの。もちろんその中には零番隊や王鍵なども含まれておりましたわ。興味深かったのは、そこには
藍染さんが種族の垣根を超え、更に目指す先である場所…アタクシの推測にしかなりませんけれど、それはきっと霊王という立場が欲しいのではなく、在り方として霊王と同じようになりたいという意味かと思っておりますわ。
アタクシが何かをせずとも、藍染さんならばそれを成す事はできるでしょう。ただ淡々とそれに向けて突き進むのも悪くはありませんけれど、やはりそれを見守っているアタクシからすれば多少の人間ドラマが欲しいというものですわ。何より苦労して目的を達成したほうが得られる喜びというものは大きいものですもの。
そういうわけで今回は前回と違い、尸魂界と虚圏も現世も巻き込んだとっても壮大な物語を用意致しましたのわ。きっと参加された誰もが与えられた役に満足していただける事でしょう。
『ほう、随分と綿密な筋書きを考えついたものだね。しかもその中に私だけでなく貴女本人も参加しているとは…』
「1つ1つの
『そうだね…確かにその通りだが、どういった結末を辿るのか興味のある話でもある。決して悪い話ではないよ。死神、虚、浦原喜助や黒崎一護、更に初代死神代行…そして零番隊。まさに群像劇といったところだね。ならば来る時に備え、私もまた破面たちの準備を進めておこう』
どうやらお気に召したようですわね。それぞれの状況を加味したアタクシの脚本を聞いた藍染さんに良いお返事を頂き、此度の演劇にも参加頂けるようで何よりですわ。今回用意した脚本は今一度藍染さんが護廷の頃の仮面を被る案でしたので、気が進まないのではという不安はありましたのよ。仮にお気に召さなかったとしても、その時は少々変更して虚圏が舞台の中心になるだけでしたので問題はなかったのですけれど…やはり自発的に参加していただいたほうが良いに決まっていますものね。
それでは次の参加者へお声をかける事に致しましょうか。その前に…まずは下僕に探させなければなりませんわね。
…
……
………
「黒崎サン、そろそろ修行は終わりッス。しっかり身体を休めないと、これ以上やっても効果はありませんよ?」
「ああ…でも何かやってないと落ち着かねぇんだよ。ルキアも心を奪われたままだし、こうしてる間もアイツらは捕まってるんだ。早く助けに行かねぇと…」
「……黒崎サン、もしかしたら、捕まっている彼らを助けるのは不可能かもしれないッス。護廷中で侵入者を処刑したという話が流れているみたいなんスよ」
「そんなわけねぇ!アイツらがそんな簡単に死ぬはずがねぇんだ!」
「ただ…その話の中に井上サンらしき人物は出てこないので、彼女だけは生きている可能性は高いかもしれないッス」
「なら尚更じゃねぇか!井上が生きてるってんならアイツらだって死んでねぇかもしれねぇだろ!」
あれから浦原さんも調べてくれてはいるが、やはりルキアを元に戻すには心を奪った相手を見つけて取り返すしかないみたいだ。恐らく斬魄刀の能力だろうとは聞いちゃいるが、それがわかったとしても誰がやったのかがわからねぇと取り返しようがねぇってのは理解できちゃいるさ。
それにアイツらが処刑された?そんなわけねぇ!アイツらは生きてるに決まってる!それに井上だけが生かされてるなんて不自然なのはオレにだってわかるつもりだ。アイツらがいたから、ルキアの時だってなんとか助ける事はできたんだ。浦原さんの情報だってどこまで本当かなんてわからねぇし、オレがアイツらの無事を信じねぇで誰が信じるんだ。
「喜助よ、随分と唐突に伝えたもんじゃのぅ」
「いつまでも焦ってばかりではいざという時に動けないッスからねぇ。アレを奪われている以上、そう遠くないうちに次が起こるのは間違いないッス。黒崎サンには申し訳ありませんが、そんな時に
「藍染とあの女…織田真姫という名じゃったか。何が目的かは知らぬが、次で決着をつけてくれるわ」
「さすがに次は出し惜しみ無しの総力戦になりそうッスねぇ。こちらも余裕があるわけではありませんので、
くそっ!浦原さんから変な事を聞いちまったせいで頭から離れねぇ…おかげで遊子と夏梨にも余計な心配をかけちまったじゃねぇか。だからと言って手をこまねいて待ってるばかりじゃ意味がねぇ…いっそ浦原さんに頼んでもう一度尸魂界に行くか…
「おうおう、随分と辛気臭い面しとるのう。そんな顔しとったら、ええようになるモンもならへんようになってまうで?」
「……誰だよ?」
「こうして顔を合わすのは初めてやな。俺は平子真子いうモンや。ほんまはここで出しゃばる気はなかったんやけど、ちょぉっと状況が状況みたいでな。形振り構ってられんどっかの誰かさんから連絡があってお前さんに会いに来たんや」
「どっかの誰かって……もしかして浦原さんか?」
「ほう…軽そうな色の頭してるわりに察しはええみたいやな、その通りや。ええか?今のお前がノコノコと瀞霊廷に行ったところでアイツらには絶対に届かへん」
「そんなもん…やってみなけりゃわからねぇじゃねぇかよ!!」
浦原商店に戻ろうかと思ってたところに、なんか胡散臭い男が声をかけてきやがった。つーか、軽そうな色ってテメェも大して変わらねぇじゃねぇかよ!しかもオレの事を知りもしねぇで訳知り顔なあたり人の神経を逆撫でするのが好きらしいな。
「少なくとも俺はお前よりもアイツの事を知っとる。もう1人のほうはわからんけどな。それはまぁ置いとくとして、お前に声をかけた本題のほうやけど…わかりやすく言うとな、このままじゃ足引っ張るだけのひよっ子を使いもんになるように叩き上げてくれっちゅう事や」
「アンタ、2人よりも強いのか?」
「さぁなぁ…それでも、少なくともお前よりは強いのは確かや。アレコレ御託を並べてんと、男やったら黙って態度で表してみぃ」
「面白れぇ…こっちも今のオレじゃ物足りなかったところだ。さっさとアンタを追い抜いてアイツらを助けに行ってやる!」
そうだ…ルキアの時もそうだったじゃねぇか!たとえ最初は敵わなかったとしても、それで終わったわけじゃねぇ。今のオレの力が足りねぇなら、足りるだけの力を付ければいいだけだ。そうすりゃきっと…ルキアも元に戻って、チャドも井上も石田もみんな揃って、今までみたいな毎日がまた始まるんだ。
「しっかり気張りや……仲間を失ういうんは辛いもんやからなぁ……」
…
……
………
「このお茶は美味しいですわねぇ。貴女もお飲みなさいな」
「……貴女はどうしてあんな酷い事をするんですか。茶渡くんも石田くんも…」
「あら、悪い事をした者には罰が下るのは当然ですわよ?」
「それでも…何も殺す事は…」
うふふふ、随分とお優しい娘なのですわねぇ。何も知らず大人しくしていればきっと幸せになれた事でしょうに…
藍染さんとの次の催し物についてお話をした後、しばらくの間は次回の素敵な演目に向けてのんびりと羽を休めておりましたの。今までを振り返ってみれば、少々働きすぎではないかしら?と気付いたからというのもありますわ。アタクシのような才女にとっては駒を動かす程度は大した負担ではありませんでしたけれど、しっかりと休養を取り心のゆとりを忘れないというのも美しさを保つためには大事な事ですわ。
それなら誰かとお話でも…と思ったのですけれど、考えてみれば藍染さんが虚圏に行ってしまわれたので、アタクシとゆっくりお話をしてくださる方がいなくなってしまいましたの。それなら東仙さんでもお誘いしてみようかと思ったのですが、ふと目をやればいつぞやの娘がいるではありませんか。せっかくなので話し相手になって頂こうと感情を戻して差し上げたというのに…アタクシを楽しませるのが貴女の大事なお仕事なのですわよ?
「貴女には苛烈に見えたとしても、立場を変えて見てみればまた違った見方というものができますのよ。瀞霊廷に無断で侵入して護廷所属の死神を誘拐しようとした貴女たちを、どうして丁重に持て成して差し上げなければなりませんの?」
「それは……」
「それにあの黒崎さんと仰る方は、捕まった貴女たちを見捨てて朽木ルキアさんを奪って逃げてしまわれましたわ。もしあの時
「そんな……」
あらあら、そんな悲痛な表情をなさってどうしたのかしら?もういない方たちの事など放っておいて、もっと楽しいお話を致しましょう?現世のお話など聞かせて頂けないかしら。アタクシはまだ現世には伺った事がございませんので少々興味があるんですの。貴女はアタクシと違った服装をしていらっしゃるけれど、そういった格好が現世では多いんですの?
せっかくアタクシから質問をして差し上げているというのに、まったく答えてくださらないわねぇ…
「ふう…困った娘ですわ。少しばかり現世のお話をしてくださっても良いというものですわよ。貴女が答えてくださらないのであれば、知りたい事は
「…え?それって…まさか…」
「アタクシが知っている中で現世の事に詳しい方にお聞きするだけですわ。そうですわねぇ…
「待って下さい!あたしはどうなってもいいから、黒崎くんには酷い事しないで!」
「だって貴女はアタクシを楽しませて下さらないのですもの。それなら楽しませて下さる方にお話を聞くまでですわ」
「お願いします!あたしちゃんと言う事聞きますから!」
「どうやら時間切れのようですわぁ。それでは元通り人形として大人しくしてなさいな」
ふふっ、随分と黒崎さんの事を慕っていらっしゃるようですわねぇ。不安と焦燥で溢れんばかりでしたわよ?もう聞こえていらっしゃらないでしょうけれど…残念ながら貴女がどれだけご自分を犠牲になさろうとしても意味がありませんわ。なぜなら…もう既に貴女はアタクシの所有物でしかないのですもの。
「姫様、ご指示のありました者の居場所が判明致しました」
「ええ、ご苦労さま。それでは少々出かけると致しましょう」
「姫様自らですか?」
「もちろんですわ。ただお誘いするだけですので従者は必要ありませんわよ」
もう少しこちらの井上さんで楽しみたかったところですけれど、下僕が何やら報告に来てしまったので時間切れですの。環さんによって再度感情を奪われ人形となった彼女をその場に残し、報告を聞いてみれば予想通り探し人が見つかったという朗報でしたわ。余程見つかりたくはないようで、随分と手間をかけて姿を晦まされておられたようですわね。もっと早く見つかると思っておりましたわ。
アタクシのお話を聞けば、きっと自ら「参加させて欲しい」とお願いしてくるに決まっておりますもの。
「くっ……銀城!!」「銀城!」
「がはっ…お前らは…下がってろ!アンタ…俺たちに一体…何の用なんだ?」
「あら?最初にお伝えしたはずですわ。アタクシはただ…銀城さんという方にお話がありこちらへ参りましたのよ」
「何が…お話だ…いきなり襲いかかって…きておいて「はいわかりました」とでも…言うと思ったか!?」
そんな事を言われても困ってしまいますわぁ…アタクシは普通にお声かけしただけですのに、敵対心むき出しで来られたのはそちらの方ですのよ?てっきり虚圏の悪霊さんたちと同じ系統の方々なのかと思ったので同じ方法を選択しただけですわ。
それに虚圏の悪霊さんたちなら、こうすれば「姫様に従います」と言って頭を垂れるというのに…貴方たちはまるで被害者のように振る舞うのですから意味がわかりませんわね。でもせっかく見つけた参加者なのですから、こちらからも譲歩というものをして差し上げますわ。
「それはそれは申し訳ありませんでしたわぁ。どうにもお出迎えされた方が聞き苦しいお言葉と見苦しい態度だったものですから、礼儀というものを存じておられないものと判断してしまいましたの。どうかお気を悪くなさらないでくださいまし」
「こいつ!ここまでやっといて…」「やめろリルカ!!」
「待て…これ以上こいつらを傷付けないというのなら、俺が話を聞こう。アンタの探していたXCUTIONのリーダー、銀城空吾だ」
「うふふ、アタクシは最初から争う気などありませんわ。それでは誤解も解けた事ですし本題へと参りましょうか。まずは…ゆっくりお話できる場所へ案内して下さる?」
「…わかった。着いてきてくれ。お前らも手を出すなよ」
どうやらアタクシの素直な気持ちが伝わったようで何よりですわ。何やらお仲間さんがいるようですけれど…ふふっ、
「ここなら誰にも聞かれる事はない。まず俺から質問させてもらうが…死神が俺に何の用だ?」
「アタクシは死神ではありませんわ。尸魂界では瀞霊廷に上がり護廷十三隊などに所属した者を死神と呼びますもの。貴方は広義で尸魂界の者を死神と一括に仰っているのでしょうけれど、その意味でいうならアタクシも死神となってしまいますわねぇ」
「そういう御託は好きじゃねぇ。
せっかくアタクシが説明して差し上げたというのに随分な態度ですわねぇ。でも…冷静に言葉を選んでお話しているところ申し訳ないのですけれど、内心が荒れ狂っておられますわよ?貴方がどういった経緯でそうなったのかよぉく知っておりますし、環さんが喜んでおられますので流して差し上げますわ。
「それでは貴方にも理解しやすいように話して差し上げますわ。アタクシは貴方が過去に死神と何があったのかを知っておりますわ。その上で少しばかり手を貸して差し上げようと思っておりますの。例えば…かつて貴方を利用し、失う切っ掛けとなった者にお会いさせてあげましょうか?」
「……浮竹を連れてくるって事か?」
「いいえ、貴方がそれが良いというのならそれでも構いませんけれど…そうですわね。少々昔話をして差し上げますわ」
この方…銀城さんは本当に何もお知りにならないのですのね。アタクシを死神と思い憎悪に身を焦がすのは構わないのですけれど…
ご本人は死神代行という立場となりご活躍なさっていただけなのに、突如死神に裏切られてお仲間を斬られた事で復讐を心に秘めておられたのでしょう。それでも良いのですけれど、アタクシの演出する演劇においては少々不足ですの。ですので銀城さんには瀞霊廷に巣食う貴族たちの暗躍の顛末と、アタクシの創作した物語を合作したものを語って差し上げましたわ。
そんな物語と一緒にアタクシが考えている今回の銀城さんの登場の場面についてもお話してありますので、その時にどうするのかはご自身で決めて頂きましょう。アタクシはあくまでも場を整えて差し上げるだけで、そこからどう行動なさるかは銀城さん次第ですわね。
「なるほどな…尸魂界ってのは随分と腐ったヤツらの多いところみたいだな」
「ええ、
「胸糞悪い話だぜ。その話を聞かされて俺が聞きたい事は2つだ。なんで俺に復讐させたいのか、そしてそれによってアンタは何を得るかだ」
「アタクシが貴方に求めるの事は特にありませんわ。復讐するもしないも貴方次第…アタクシも偶然この真実を知ってしまいましたの。そして…アタクシの心がそれを見なかった事にする事ができなかったのですわ。現世の者がその生を終え、死出の旅立ちを迎えたというのに辿り着く場所がこのような場所ではいけないと…過去を顧み、現在を愛で、未来に期待を残すのが尸魂界の先達としてのお役目だと思っておりますの」
アタクシの演じるかのような語りを受けて、銀城さんもすっかり真実だと思いこんでおられるようですわねぇ。アタクシが何を得るのかなんて気にしても仕方がないでしょうに、少々興が乗ったので更に謳い上げて差し上げましたわ。ふふっ、アタクシのこの言葉に感銘を受けない者などいるはずがありませんわね。銀城さんもアタクシの持つ崇高な志に言葉を発する事ができないようですわ。
「お…おう…アンタの言いたい事はわかった。んでさっきの話だが、俺はアンタの指示したタイミングで尸魂界に行けばいいんだな?」
「ええ、その通りですわ。いくら貴方でも護廷十三隊を相手に本懐を遂げられるとは考えておられないでしょう?アタクシがそこまでの道を用意して差し上げますので、貴方はその通りに来てくださればよろしいですわ」
「わかった。あと1つ頼みがある。さっき一緒にいたアイツらには何も言わないでくれ。行くのは俺1人だけだ」
「ええ、もちろん承知しておりますわ。考えてみれば現世の者たちなどアタクシから見れば赤子のようなもの…つい大人げない態度を取ってしまいましたわね。そうそう、アタクシからも質問よろしくて?現世の事をいろいろと教えて頂きたいんですの」
「…そういう事なら俺よりさっきのヤツのほうが詳しいな。一応俺からも注意しておくが、多少口が悪いところもあるかもしれないが勘弁してやってくれ」
うふふ、先程は悪霊さんたちと同じだと勘違いしていただけですわ。もう用件は済みましたけれど…このまま瀞霊廷へ戻るのは少々物足りないものですし、せっかくですので現世を少しばかり堪能させて頂いてから戻る事に致しましょう。
藍染さんと悪霊さんたち…山本さんに護廷の方々…黒崎さんに銀城さん…とっても素敵な舞台が見られる事を期待しておりますわぁ…
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素敵な素敵な舞台の幕開けですわ!
「頼む浦原さん!オレを尸魂界へ送ってくれ!」
「黒崎サン、尸魂界は今とても危険な状況に陥っているッス。そこに迂闊に飛び込むのは死にに行くようなモンなんスよ?」
「それでもだ!平子たちとの修行で力も付けた!今行かねぇでどうすんだ!?」
「……なら条件が1つだけ。今の尸魂界は以前とは比べ物にならないくらい混乱しているみたいッス。正直アタシにもどうなっているのかわからない上に、虚までもが暴れまわっているって情報もあるんス。だから…
「…どういう意味だ?とにかく中央四十六室に行けばいいんだな」
「一護のやつは少しは吹っ切れたのかの?」
「どうッスかね。平子サンが面倒を見てくれていたので、その辺りは期待しましょう」
「虚が尸魂界で暴れている、か…藍染め、一体何を考えておる…?」
「
…
……
………
旅禍の侵入という一件の顛末によりその顔ぶれが大きく変わる事となった瀞霊廷・護廷十三隊は、徐々にその混乱も治まりを見せていった。総隊長という席に座る事となった京楽春水もまた、やっとという思いが相応しいほどに珍しく憔悴していた。かつて自分たちの恩師であり、護廷十三隊を率いていた上司でもあった山本元柳斎重國という人物の偉大さと苦労の一端を自ら味わう事となってしまった。
それぞれの隊の癖のある隊長たちを束ね、自身の判断で尸魂界を守っていかねばならないという覚悟…そして変わりつつある護廷十三隊とは比べ物にならないほどに変わったとされる中央四十六室。考えるほどに嫌になる事柄に、流石の京楽春水も今までのように逃げるような事はできなかった。
普段の平静を取り戻したと言えるであろう瀞霊廷だったが、長く続いて欲しいという願いとは裏腹に予想などまったくしていなかった事態に見舞われる事となった。感じた事のある…などというレベルではなく、馴染みのあると言えるほどによく知った霊圧を感じる事となったからだ。
「この霊圧は……山じい!?」「これは…まさか元柳斎殿!?」
「京楽総隊長!雀部副隊長!報告します!流魂街の外れより凄まじい霊圧が感知されました!」
「ああ、よーく知っている霊圧だからね。山じいがここまで届くほどの霊圧を出すなんて、もしかしたら何かあったのかもしれない。そちらには何人かの隊長格のみで向かうから、後の事は雀部副隊長に任せるよ」
突如として火山が噴火したかのような激しい霊圧を感じ取り、総隊長である京楽春水は今も一番隊の副隊長として残っていた雀部長次郎に後の事を任せ飛び出して行った。流魂街の外れという場所は瀞霊廷からかなり遠く、その移動の間に十三番隊の隊長である浮竹十四郎や七番隊の隊長である狛村左陣らが合流しその場所を目指していた。
「……来たかのぅ」
「山じい!一体どうしたっていうんだよ!?」「先生!」
「ほう…京楽総隊長に浮竹隊長、狛村隊長に砕蜂隊長までおるのか。残りは瀞霊廷の守護に回っておるという事かの?」
「話を聞いてくれって!あんな霊圧を出すなんて只事じゃないってんで急いで来たんだぞ!?」
「それはすまなんだな。積もる話は後にして、まずは
「「「なっ…!?」」」
…
……
………
「雀部副隊長!緊急報告!現在流魂街の各地にて大型の虚が出現しているとの事です!」
「なんだと…?」
「雀部副隊長!二番隊より報告!!瀞霊廷の周囲にも突如として空間が裂け、大虚が多数現れたとの事です!」
「一体何が起こっているというのだ…?先程の元柳斎殿の霊圧も虚と戦っていたということか…とにかく流魂街の住人を助け出すのが先決だな」
京楽総隊長が山本重國の霊圧の場所へと向かい、その刃を合わせるという事態へと陥っていた頃…残された一番隊には更に緊急の報告が上がってきていた。副隊長として隊長の留守を守っていた雀部長次郎の下へとやってくる報告は、まさに凶報といえるほどの問題であった。もちろん死神として虚を相手取る事は珍しい事ではないが、大虚となれば油断できるような相手ではない。更に今は総隊長含めた数人の隊長が瀞霊廷内にいないという状況も各隊の混乱に拍車を掛けていた。
…
……
………
くそっ!一体どうなってやがる!?なんでこんなに虚がいやがるんだよ!
浦原さんに送ってもらって前回と同じような場所に辿り着いたと思えば、出迎えてくれたのは虚が人を襲っている場面だった。中央四十六室を目指せって言われてるけど、目の前で人が襲われてるってのに助けねぇで放っておくわけにはいかねぇだろ!
しかも助けた人に聞いたら虚はそいつだけじゃなく、いろんな場所に出現してるらしい。つーかこんな大変な状況になってるってのに死神のヤツらは何やってんだ!?しかも白道門を目指して走ってる間にまた襲われてる人がいるだと!?しかも子供…ダメだ、見捨てていけねぇ。
今まさに食おうとしていた虚を斬り飛ばし、恐怖で表情が凍りついた子供を抱えて逃げようとしていたんだが…それは罠だったんだ。子供のふりをした虚に近づいちまったオレが逆に食われそうになったところで、今度はオレが助けられるハメになっちまった。
だが…信じられないのはここからだった。オレを助けたのは…忘れようにも忘れられない、夜一さんに牢屋から助けられた時にあの女と一緒にいた男だった。
「危ないところだったね。君は黒崎一護…で間違いないかい?」
「テメェは…!?」
「君とこうして会うのは二度目だね。僕は護廷十三隊五番隊隊長の藍染惣右介。おっと、今は元五番隊隊長と言ったほうが良いかな?」
「ふざけんじゃねぇ!牢屋であの女と一緒にいたテメェを忘れたりはしねぇ!」
「ああ、勘違いしないでほしい。恐らくだが、君の目的と僕の目的は偶然にも一致しているはずなんだ」
「何……どういうことだ?」
「全ての元凶は僕と一緒にいた彼女だったのさ。少し長い話になるが聞いておいてほしい」
僕がいつも通り隊長として仕事をしていたある時、流魂街で何人もの人たちがまるで
あまり詳しくは語らないが、僕は彼女の指示の下で悪事に加担させられていたんだ。本来ならば護廷の一員として戦うべきだったんだろうけど、厄介な事に彼女が居座っているのが中央四十六室という権力者たちの中枢とも言える場所でね。まさに彼らが黒と言えば白さえ黒になるという表現が相応しいような場所だと思ってもらえればいい。そんな訳で他の隊長たち含め、誰にも言えなかったんだ。
そして彼女は僕の事も部下たちと同じように心を奪うつもりだったんだろう。君たちの侵入という混乱に乗じて護廷十三隊に対して僕が殺された事にしてしまったんだ。すぐにでも仲間たちに無事を知らせたいところだったんだが、それをしてしまうと今度は無事な仲間たちまで被害に遭う恐れがあったせいで躊躇ってしまった。
あの時はすまなかった…君と出会った時も逆らうわけにはいかなくてね。その後なんとか部下たちの身体だけは取り戻す事ができて今は安全な場所へと隠してある。後は奪われた心を取り戻してやればいいはずだったんだが、そこで見つかってしまってね。危うく本当に殺されるところだったんだがなんとか逃げ出す事ができ、こうして野に下りながら機会を伺っていたところで今の君と出会ったというわけなんだ。
「それに…何の確証もあるわけではないんだが、恐らくこの虚騒ぎも彼女が行っていると僕は見ていてね。君とここで出会えたのは正直幸運だったよ」
「そっか…アンタも結構大変な目に遭ってたんだな。でもアンタ、よく生きてたな。いや、アンタの力を見縊ってるわけじゃなくてさ…オレはあの女に一瞬で気絶させられたからよ」
「ああ、それは僕の斬魄刀の能力だね。
「へぇ…自分の以外だと前に戦った時にいくつか見た事があったけど、そういう能力もあるんだな」
「言葉で聞いただけではわかりにくいかもしれないね。せっかくだから僕の斬魄刀の能力を見せておこう。百聞は一見に如かずという言葉もある。見ておけば似たような能力を持った相手がいても、心構えはできているから焦ることはないだろう?」
「なるほどな…そんじゃ頼むわ」
つまり黒幕はあの女だったって事だ。くそっ!あの時オレがやられてなけりゃこんな事にはならなかったかもしれねぇのに…だがまだ望みが絶たれたわけじゃねぇ。偶然かもしれねぇが、あの女に利用されていたっていう隊長に出会う事ができた。しかも話を来てみればあの女のタチが悪いとしか言いようのねぇ内容だ…斬魄刀の能力もあったんだろうけど、よく生きて逃げ延びることができたもんだな。実際に見せてもらった藍染隊長の…いや今は隊長じゃねぇんだっけ。藍染さんでいいや。藍染さんの斬魄刀は確かに言われてなきゃ騙されるだろうな。
そんな藍染さんと一緒に出てくる虚を退治しながら白道門へと向かって行ったんだが、本来いるはずの門番がいないって事に藍染さんが気付いたんだ。白道門には兕丹坊って門番がいる事はオレも前回来たから知ってる。その兕丹坊がいなくて、門が開けっ放しになってたんだ。正確には門扉自体が壊されてて門を閉める事ができなくなってた…だな。
「どうやら瀞霊廷のほうでも何かあったみたいだ。本当はすぐにでも中央四十六室のほうへ行きたいところなんだが、この騒ぎだ…残された仲間たちも気にかかる。君は先に行っていてくれ。仲間の無事を確認したら僕も後を追うよ」
「ああ、わかった。あの女を倒せばいいってのがわかってるんだ。今度こそ遅れは取らねぇ!」
「いいかい?彼女は決して表に出て戦うようなタイプじゃない。言葉巧みに相手を翻弄する事を得意としている策士だ。君は彼女にやられたと言うが、恐らく彼女の容姿に騙されて不意を突かれたんじゃないかな。とにかく彼女と相対するなら、正面から力で押す君の戦い方は優位に持っていけるかもしれない。最後に…彼女はどうやら
「ああ、サンキューな!アンタも仲間が無事だといいな」
藍染さんは仲間が気になるってんで、先にオレだけあの女のところに行く事になった。まぁ色々あったって言ってもやっぱ仲間を心配するのは当たり前の事だしな。それに藍染さんには悪いがあの女に借りを返したいって気持ちもある。
それに別れ際に十分なアドバイスも貰ったからには勝ってみせねぇとな。きっと慰めも入ってたんだろうが…確かに言われた通りあの女と初めて会った時は、どう見ても戦うような感じに見えなかったから気が抜けてたってのは否定できねぇ。だがもう油断はしねぇ!
もうすぐあの女と初めて会った場所に着く。会ったらまずはアイツらをどうしたのか直接問い質すつもりだ。浦原さんや平子たちの話は聞いちゃいたが、それでもあの人たちは直接尸魂界で見たわけじゃねぇ。だからいくら世話になったからって、オレが直接確認するまでは鵜呑みにするわけにはいかねぇんだ。
「うふふ…ごきげんよう、黒崎さん。本日はどういったご用件でいらしたのかしら?」
「出やがったな!てめぇが黒幕だってのはもうわかってんだ!悪いがてめぇの与太話に付き合ってやるつもりはねぇぜ!」
「あら…アタクシのお話を勝手に与太話扱いはひどいですわねぇ。女性の話には黙って耳を傾けるのが殿方としての礼儀ですわよ?」
「ああそうかい…そりゃ悪かったな。こちとらそんなに育ちが良くねぇもんでな。悪党の話を真面目に聞いてやるほど優しい教えはされてねぇんだよ!だが1つだけ聞かせろ。オレの仲間…チャドと石田と井上はどこにいる?」
「アタクシの話など聞きたくないのではなくて?でもそうですわねぇ…教えて差し上げてもよろしいのですけれど、せっかくなので戯れにお付き合い頂きますわ。少しばかりお時間を頂きたいので、こちらにいる悪霊さんたちと戦っておいてくださいな」
やっぱりまともに話をする気はねぇみてぇだな…しかもこの女、虚を2体も呼び出しやがった。やっぱ藍染さんの予想通り、尸魂界で虚が暴れてるってのもこいつの仕業で間違いなさそうだな。つまりオレがこの女を倒せば、ルキアを含めた大勢の奪われた心も戻って虚騒ぎも収まるってわけだ。
そういうわかりやすいのは嫌いじゃねぇぜ!だが…出てきた虚はさっきまで倒していたヤツとは比べもんにならねぇほど強くなってやがる。しかも2体の虚が連携して攻撃してきやがるなんて…
「うふふ、そういえば井上さんでしたか?彼女のような可愛らしい女性は、それに相応しい場所へと置いてありますわ。場所?…浮浪者のような野蛮な殿方がたくさんいる場所ですわ。ご想像なさってみて?可愛らしいお人形さんのような彼女が、何の抵抗もできないままたくさんの暴漢に辱められる…とっても哀しいですわねぇ?」
「て……てめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「ふふっ、冗談ですわ。相応しい場所と申しましたでしょう?ちゃぁんとアタクシの手元にございますわ。それに、同じ女性として、女性の尊厳を踏みにじるような事は致しませんわよ?」
「ふざけんじゃねぇ!ならてめぇを倒して井上を奪い返すまでだ!」
くそっ!言葉で翻弄してくるって聞いてわかっていても聞き流すなんてできねぇ!大体この女の言葉がどこまで本当でどこまでが嘘なのかだってわかったもんじゃねぇんだ。自分の目で確かめるまでは安心できねぇ。しかもあの女の口車に惑わされたせいで虚から意識が外れちまった…!
「うふふ、油断大敵ですわよ?」
「しまった…!」
ダメだ!避けられねぇ…!ルキア…井上…チャド…石田…
「無事のようだな、一護」
「こんな虚ごときに遅れを取るなんて…腕が鈍ったんじゃないのか?」
「え……チャド…?石田…?」
攻撃を受ける事を覚悟していたが、そこに来るはずの衝撃が来なかった。しかも攻撃しようとしていた虚は吹き飛ばされて壁にぶつかってる…そこにはオレが見たかった2人の姿があったんだ。
「どうした一護。呆けている場合ではないぞ。まだ井上が捕まっている」
「敵を目の前にして間抜け面を晒しているからやられそうになるんじゃないのか」
「チャド!石田!やっぱり生きてたのか!?」
「ああ、殺される一歩手前だったが、なんとかこうして生きている。心配かけたな」
「そんなに簡単に殺されはしないさ。むしろ死にそうだったのは君のほうじゃないのかい」
やっぱり生きてたんだな!やっぱりこいつらが簡単に殺されるはずなんてねぇんだ!チャドも石田もいつも通りだし、浦原さんたちの情報が間違ってたんだな!後は井上を助けるだけ…そして井上を助けるのもルキアを元に戻すのも、目の前にいるこの女を倒せばいいんだ。前にルキアを救いに来た時はバラバラになっちまって…あんな結果になっちまったが今回は違うぜ。
「チャド!石田!あの女の言葉に惑わされるな!」
「ああ、わかっている。一護も熱くなるなよ?」
「黒崎が一番心配なんだけどね。とにかく井上さんを助けるのが優先だ」
コイツらが捕まってオレだけ逃げて…浦原さんや平子から聞かされて、心のどこかでは「本当の事なんじゃないのか」って気持ちが消えなかった。だけど、やっぱりそうじゃなかったんだ!
もう騙されたりはしねぇ!女だって事も気にしねぇし、戦えねぇような見た目にも惑わされたりもしねぇ!
「うふふ、ところで……貴方は先程から
もうこいつの言葉なんて気にならねぇ!
「またお得意の口車か?チャドも石田も戻ってきた!後はテメェを倒して井上を助け出すだけだ!」
待ってろ井上!チャドと石田と一緒にすぐ助けに行くからな!
「はて?黒崎さんがずっと仰っておられるチャドさんと石田さんというのは…………」
そこに転がっている…
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悲哀ですわねぇ…きっと皆様感動なさっておりますわよ?
「はて?黒崎さんがずっと仰っておられるチャドさんと石田さんというのは…………
そこに転がっている…
「何を言って……チャド…?石田…?」
うふふふ…なるほどなるほど。藍染さんがお気に召すのも理解できますわね。これはとてもからかい甲斐のある童ですこと…お一人でアタクシの前に立った時は不安でいっぱいだったというのに、お仲間が戻って来られたと錯覚したらとても強気に出られて可愛らしい事ですわねぇ。
でも残念ですが…貴方のお仲間さんはとっくに首を斬り落とされ、瀞霊廷で晒し者になっておりましてよ?そういえば黒崎さんには1つ申し訳ないことをしてしまいましたわ。それだけはきちんと謝っておかねばなりませんわねぇ。
「うふふ…屋外で風雨に晒されていたものですから、腐食が進んでとっても醜いお顔になってしまいましたわねぇ。黒崎さんが来られると知っておれば、防腐処理を施して差し上げても良かったんですのよ?まぁまだ腐り落ちてはおりませんし、ちゃんと誰なのかおわかりになるようですので良かったですわぁ」
「な……そん、な……じゃあさっきのは……?」
「
「オレの…せいなのか…?オレがルキアを連れて逃げたから…?」
「ええ、その通りですわ。チャドさんと石田さんをご覧なさい。腐っていて表情などわかりませんが、きっと恨んでおられたでしょうねぇ…黒崎さん、せめて井上さんは
「オレ…オレガ…ガアアアアアアァァァァァァ!!!!!」
あらあら、まさしく絶望といった表情で嘆いておられたというのに、今度はまるで虚圏にいる悪霊さんのようになってしまわれましたわ。このような変身をなさると教えて下さっていればよろしいのに…それとも藍染さんもご存知なかったのかしら?お聞きしたいところなのですけれど、藍染さんは
「姫様!こちらに虚の気配が……なんだこいつは!?」
「あら、良いところに…どうやらここにも悪霊さんが入り込んでいたようですわ。護廷より死神を呼んできてくださるかしら?それまではアタクシが抑えておりますわ」
「はっ!すぐに隊長格を連れて参ります!」
さてさて、良い事を思いつきましたの。黒崎さんには虚圏からの刺客となって頂きましょう。尸魂界へと襲いかかる大虚たちは囮で本命はその中心であるここだった…という事にしておけば誰も疑いは致しませんわ。
騒ぎを聞きつけやってきた下僕には護廷の隊長たちを呼びに行かせましたし、アタクシは次の予定がありますので失礼致しますわね。下僕に伝えた通り抑えていて差し上げても構わないんですけれど、癇癪を起こす童子を宥めるなんて手間をかけるつもりはありませんもの。
それでは黒崎さん…しっかりお役目を果たしてくださいませ…
…
……
………
「これは……」
「そんな……瀞霊廷が……尸魂界が……」
「喝っ!!!この程度でお主らが動揺してどうする。それぞれの任を全うし、瀞霊廷を守り抜いてみせよ」
「ああ、もう大丈夫だ。山じいはどうするんだ?」
「儂はあそこへ行く…瀞霊廷の中心で暴れておるのが首魁のようじゃからのぅ」
…
……
………
「ギン、君は滅却師という存在についてどう考えている?」
「滅却師ですか…?もうおらんようになった連中の事なんて何も思ってないですけど、藍染隊長が聞きたいんはそういうことやないですよね」
「ああ、以前の私ならば許容できなかったかもしれない。だが、今となってはそのような区分に意味などないと気付いたんだ。そんな後付けの理由で不満を漏らすなど器が知れると言われてね」
「藍染隊長にそないな事言うんは…
彼女の脚本に従って黒崎一護を鏡花水月の完全催眠下に置き、彼の仲間がまだ生きていると錯覚させるまでは行ってきたが…せめて最後まで見届けてからこちらへ来るべきだったかな?彼女の脚本には黒崎一護の前任の死神代行だった男も参加しているそうだし、その男は瀞霊廷の
瀞霊廷の貴族や原罪などを考えていたら、少し前に滅却師について彼女と話した事を思い出した。なんとなくギンにも滅却師をどう思っているか聞いてみたが、さすがに何も知らずに滅却師について聞かれても答えられないか。まぁいい…戯れはここまでにして、まずは扉を開かねば話にならないしね。そのための鍵を手に入れるとしよう。だが…
「ふむ…説明してあげたいところだけど、どうやら来客のようだ。久しぶりだね浦原喜助。そして黒崎一護を救出しにきた時以来だね。四楓院夜一」
「そうッスね…それで、殺害された事になっている藍染サンは現世に何の用ッスかね?」
「なに…少し欲しい物があってね。それを貰い受けに来ただけさ」
「へぇ…それが何かも聞いておきたいところッスけど、まず教えてもらえないッスかね……崩玉をどこへやった」
フッ、流石に私が崩玉を奪った事はわかっているか…彼女が持っていると考えても良さそうなものだが、少々動きすぎたのかもしれないね。だが、もはやそんな問答に意味はない。虚圏へと活動の場を移してから、崩玉を利用し虚たちは破面としてその力を大きくしていった。それでもまだ心許ないような力でしかないのだけど、こればかりは仕方ないとしか言えないね。
「答えてあげても良いんだが、私もこの後予定があってね。だから…君たちも思うままに行動するといい。彼らが相手になろう」
「虚に相手さして、自分だけ高みの見物とは随分と偉なったもんやなぁ…俺らもおること忘れてもらったら困るわ」
「平子真子、それに
「ここまで来て黙ってられると思ってんのか?お前に借り返さんかったら寝覚め悪ぅてなァ」
「ふむ…君のようなタイプは彼女のほうが適任なんだが、
「えー…正直過剰戦力やと思うんですけど、まぁ言われたからには働かんとね」
浦原喜助以外は警戒するに値しない以上、破面たちで十分に相手取れるだろう。瀞霊廷からの援軍なども期待できない今、小細工だけでどこまでやれるか見せてもらおうじゃないか。浦原喜助の頭脳は十分に称賛に値するものだが、それが最も活かされるのは環境が整っている場合だけだ。手駒だった黒崎一護たちすらも彼女の手に落ちてしまって、この場でどこまで抗えるのか…期待しているよ?
…
……
………
「これは…一体どうなっていやがるんだ?」
「銀城さん、ご覧なさいな。あの方は貴方の後任として死神代行をされておられた黒崎一護さんですわ。ですが…やはりあの方も例に漏れず彼もまた死神の、いえ尸魂界の思惑によって利用されてしまった哀れな哀れな人柱ですわ。当人は気付く事なく見えない糸によって翻弄され、その結果今まさに死神によってその手にかかろうとしておりますわぁ、
「チッ!俺だけじゃ飽き足らず別のヤツまで…」
アタクシが去った後、黒崎さんは建物を壊して暴れておられたようですわねぇ。駆けつけた護廷の死神も手に負えず、まさに今回の虚による瀞霊廷襲撃事件の大将首に相応しい働きをしておられましたわ。それにしても…やってきた隊長さんが善戦もできず返り討ちに遭うなど、見ていて憐憫の情しか浮かんできませんでしたわ。
ただ、もう少し黒崎さんには暴れて頂きたかったのですが…そこまで都合の良い働きには及びませんでしたわ。山本元柳斎重國…かつて最強の死神と謳われた方が駆けつけて来られたのですからねぇ。もう少し教え子や部下たちと戯れておられればよろしいものを、総隊長の座を辞してからは随分と腰が軽くなったようですのね。
あまりに強力故に瀞霊廷では斬魄刀の本領を発揮できないという枷がありつつも、やはり最強の死神だったという肩書は伊達ではないようですわねぇ。山本さんが来られてからは戦況も均衡し、他の大虚に対処していた隊長さん方も集まりつつあるようですわ。
「あら、銀城さん。どうなさったのかしら?」
「…俺にとっちゃアイツは赤の他人だ。俺の目的のためにも派手に暴れて動き回ってくれてるほうが良いに決まってる」
「ええ、その通りですわ」
「だが……だがな。それでもアイツは昔の俺なんだ…死神にいいように利用され、裏切られた俺そのものなんだ。死神代行なんて肩書に勝手に期待して、その結果仲間を失った俺なんだ。ここで
「それで…どうなさるおつもりですの?」
「決まってんだろ…馬鹿な後輩を助けてやるのが先輩の役目ってやつだ!」
うふふふ…銀城さんったら、誰も望んではおりませんのに飛び出して行ってしまわれましたわ。復讐を前にして知りもしない後輩を義侠心で助けるだなんて、とっても素敵な事だと思いますわよ?ただ…あれもこれもと望むには、貴方の手はそこまで長くはないことを自覚されるべきでしたわねぇ…
「あらあら…ただご自分の後に死神代行という役目を与えられただけなのに、それだけで助けようとなさるなんてご立派ですわねぇ。そうは思いませんこと?ねぇ………月島さん?」
「……それが銀城の良いところだよ、真姫さん。彼の優しさに僕たちは救われたんだ」
「ふふっ、そしてそんな銀城さんを心配なさって、内緒でアタクシに接触してきた貴方も十分にお優しいと思いますわ」
「これが最善だと判断しただけだよ…僕は僕なりに銀城を助ける。たとえ…それで自分の身を滅ぼす事になったとしても…」
何やら勝手に覚悟を固められておられますけれど、アタクシは別に貴方の自滅など望んではおりませんのよ?銀城さんとお話をした後に少しばかり現世を楽しんでいたら、アタクシの元へやってきてお願い事をされるから了承してあげただけですわ。最初は利用しようとなさっておられたようですけれど…アタクシがしっかりと礼儀作法というものを叩き込んで差し上げましたわ。おかげでとっても従順な子犬になりましたの。
「ふふっ、それならしっかりと見守っている事ですわね。わざわざ自分から渦中に飛び込んだ銀城さんを助ける義理はアタクシにはありませんもの。もし銀城さんが不幸に遭ったとしてもご自分の責任ですわ」
「ああ、わかっているよ。そのために無理を言ってここに連れてきてもらったんからだね」
それなら結構ですわ。本当は黒崎さんが暴れている間に銀城さんを元凶役のところへ連れて行って差し上げる予定でしたのですけれど、黒崎さんを助けに行ってしまわれたので時間ができてしまいましたわ。銀城さんの登場で更に場が混乱してらっしゃるようですけれど…そろそろ第一幕は終了でもよろしいですわね。あまり長引かせても飽きてしまいますし、場面転換は迅速に…と申しますもの。
……そうですわ!せっかくですから虚事件の幕切れはより一層感動的に参りましょう。ふふっ、皆さんの驚く顔が目に浮かぶようですわぁ。そうと決まれば早速お人形を取りに戻らなくてはいけませんわね。アタクシの部屋に置かれている可愛らしいお人形さん…貴女にとっても素敵な出番を差し上げますわ。貴女には期待しておりますわよ…?
「姫様!ここは危険です!どうか避難を!四十六室の方々にもお伝えしているのですが、なぜか動いて下さらず…」
「あらあら…それはきっとこの程度で避難するまでもないという皆様のご判断でしょう。貴方たちも危機を避けるのではなく、ここで食い止めるという気概を持って励みなさいな」
「姫様……必ずや皆様をお守りしてみせます!」
「そうそう、どうやら死神の他に
「ではすぐに護廷十三隊へとその旨伝えて参ります!」
アタクシの
そして銀城さん…貴方は瀞霊廷を襲った虚を助けようとする部外者として、多数の死神たちを前にしてどのように立ち回られるのでしょうねぇ。敵陣とも言える瀞霊廷で、お一人で、憎き死神たちに囲まれ、なんとまぁ…窮地ですわねぇ。それでも貴方ならばきっとこの苦難を乗り越えてアタクシの下へとやってこられる事を期待しておりますわぁ。本当は見守って差し上げたいところなのですけれど、アタクシの身体は1つしかありませんので武運をお祈りだけして差し上げますわね?
…
……
………
それぞれの想いが交錯し合う中、状況は黒崎一護が仲間の変わり果てた姿をその目にした事で暴走するという事態へと変わっていった。死神たちがこれ以上の被害を防ぐために立ち塞がっては斬られていくという中、山本元柳斎重國をはじめとする護廷十三隊の隊長格と呼ばれる者たちが集まる事で拮抗し徐々に戦況は覆りつつあった。
「ガアアアアァァァァァァl!!!!!」
「チッ!黒崎!!目を覚ましやがれ!死神共に良いように利用されてんじゃねぇ!」
「あれは…敵なのか?あの虚と知り合いだとでも言うのか…?」
だがそこに死神代行という同じ立場であった銀城空吾が割って入った事で状況は更に誰もが先の見えないものへと陥っていた。暴走というのが当てはまる黒崎一護、瀞霊廷に現れた虚を倒す死神たち、そしてそんな死神たちによって
「中央四十六室より伝令!その者は虚を手助けしようとしている事や、逃亡する手段を持っている可能性を踏まえこの場で確実に抹殺せよとの事!」
「なるほどね…なら戦わせておいて漁夫の利を狙うのは無しかな。分断して確実に多対一に持っていこうか」
その伝令を受け取り、総隊長である京楽春水は互いを戦わせておいて、双方が弱った後に捕縛するという案を諦める事にした。その上で自分たちの本拠地であり戦力の数が多い以上、各個撃破が最適だろうとの判断を下したところで思わぬ援軍の声が耳に入ってきた。
「ならばあの所属不明の男は私が相手をしよう。兄らは暴れている虚のほうを頼む」
「「「朽木隊長!」」」
「朽木隊長、どうしてここに?」
「隊長の職を降りていようとも、朽木家の当主として瀞霊廷を乱す者を放ってなどおけぬ」
「そりゃあ助かるよ。正直言って今の瀞霊廷の戦力じゃあどこまで戦えるのか不安だったからね。この一戦で全てが終わるというならばまだしも、先を見据えればあまり徒に仲間を減らしたくはなかったんだ」
少し前までは六番隊の隊長を務め、旅禍への対応の失策から瀞霊廷への侵入を許してしまった事によって自ら隊長の任を降りた朽木白哉がその場にいた。本来は隊長を降りたと言っても死神であることを辞めるわけではないのだが、前回の件で隊長を務めていた者たちは、その任を降りると同時に自主的な謹慎を行っていた。
こうして総隊長である京楽春水は、突如として現れた銀城空吾のほうには朽木白哉を当てる事を決め、暴走する黒崎一護には複数の隊長格たちで対処するという方針を固めた。銀城空吾も善戦しているものの本命は黒崎一護を助ける事であるため動きに精彩を欠き、黒崎一護はただただ膨大な力をもって暴れまわっているだけのため徐々に追い詰められていく事となっていった。
…
……
………
「そんな……黒崎くんが……」
「ええ、お仲間を失った哀しみに飲まれてしまわれたようですわ。このままではそう遠くない内に死神の手によって処断されてしまうかもしれませんわねぇ」
「お願いします!あたしに行かせて下さい!黒崎くんなら…きっと戻ってくれるはずなんです!」
「ええ、ええ…貴方ならそう仰ると思っておりましたわ。このまま処刑されてしまうなんて哀しい事ですものねぇ。でも心配いりませんわ。アタクシが貴方を手伝って差し上げますの」
あたしの目の前にいる女の人はあたしを元に戻した後に今の状況を教えてくれました。黒崎くんが一度朽木さんを助け出した後に戻ってきてくれたって…それで茶渡くんと石田くんの事を聞いて虚のようになって暴れまわっている事…このままじゃ黒崎くんまで死んじゃうかもしれないって事…茶渡くんと石田くんを殺したこの人が手伝ってくれるって言ってくれたけど、本当なのかな?ううん、そんな事を考えてる場合じゃないよね。この人に連れられて目にしたのは、たくさんの死神の人たちに囲まれた黒崎くんの姿でした。
「黒崎くん……早く行かないと……」
「少し落ち着きなさいな。今は機を待つべきですわ。それとも、貴女はあの戦いの中に割り込んでいけるだけの技量がおありですの?」
「それは……」
「アタクシがきちんと
そうだよね…あたしには戦う事なんてできない。黒崎くんならきっとあたしの言葉が届いてくれるって信じてるけど、あんなに激しい戦闘の中に割って入るなんてできないもんね。とにかく落ち着いて、黒崎くんを元に戻す事だけを考えないと…
「ふふっ、それでは逝ってらっしゃいな」
そんな声が聞こえたと思ったら、次に目にしたのはさっき振りかぶった刀を振り下ろす黒崎くんでした。
…
……
………
刀や鬼道によって少しずつ身体は傷付いていき、自棄になったのか刀に渾身の力を込め死神へと振り下ろそうとした時……黒崎一護の目の前に1人の少女が飛び込んできていた。そんな黒崎一護の渾身の一撃をその身に受けたのは、奇しくも彼が助けたいと願っていた仲間だった。まるで相手を庇うかのように突如として目の前に現れ、天鎖斬月によってその身を貫かれた井上織姫だったが…そこには怨恨の表情などはなく、ただただ優しく微笑んでいただけだった。
「黒崎くん…これ…以上…は、ダメだよ…」
「イノ…ウエ……イノウエ………井上ェェェェェェ!!!」
「黒崎、くん…良かった…元に…戻ったんだ…ね…」
「井上!そんな…やめてくれ!オレが…」
「ううん…黒崎くんは…悪く…ないよ…茶渡くんも…石田、くんも…絶対…恨んだり…してないよ…」
「そんなはずねぇ!オレがあの時やられなけりゃ…チャドも石田も死ななかった…」
「そんなに…自分を責めないで…あたしね…黒崎くんの…事…が………え……?」
「井上…オレ…オレ……なっ……?」
井上織姫の献身により黒崎一護は意識を取り戻したが、すでに彼女は致命傷を負っている状態だった。天鎖斬月によって今もなお貫かれたままの身体は力なく横たわっており、その刀身には彼女の血が流れ続けているのだから…それでも自身の事など省みず黒崎一護の事だけを心配し続けるその姿は、周囲にいた死神たちの行動を止めさせ見守らせるほどの光景だった。
まさしく今際の際…逃れる術のない別れの瞬間であり、最後の言葉を残そうとしている井上織姫と最後に己の気持ちを伝えようとしている黒崎一護。そんな光景はある女の無情な行動と共に永遠に伝えられないままとなった。
いつの間にそこにいたのか…横たわる井上織姫と彼女を抱き寄せる黒崎一護の前には扇子で口元を隠した織田真姫が立っており、その目は憐憫ではなく愉悦によって細められていた。そんな彼女が井上織姫に向かって扇子を一振り扇いだ事により、その首はまるで滑るように地面に落ちていった。
「ごめんなさいねぇ…感動の場面なのですけれど、あまり間延びした演出は好きじゃありませんの。続きは来世でやってくださる?」
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想像を超えるからこそ舞台は盛り上がるというものですわ!
「そんな……オレが……オレのせいでみんなが……」
「ええ、その通りですわねぇ。お仲間を見捨てて逃亡し、戻ってこられたかと思ったら残された唯一の生き残りの少女まで斬ってしまわれましたもの。貴方の残酷さにはアタクシも敵いませんわねぇ」
「違う!オレは……オレは……」
「それともお仲間のように振る舞っておいででしたけれど、その実彼らの事を疎んでおられたのかしらぁ?まぁ良いでしょう。貴方もこの後処刑なんですけれど…少しだけ猶予を差し上げますわ。その間でしっかりと苦悩し、後悔しておきなさいな。それがアタクシの為に、ひいては世界のためにもなる事ですわよ。この者を牢へと連れてお行きなさい」
あの女と対峙した時にチャドと石田が死んだ事を目の前で証明されてしまい、視界が真っ白になったと思ったら…次に気付いた時には井上が刀で貫かれてた……それも、オレの斬魄刀で……
この女が言っている事は何も間違っちゃいねぇ……あの時ルキアを助けるために、チャドたちが捕まっている事を知っていながら逃げたのは事実だ。そして井上もオレが……でも、それでもオレはあいつらを悪く思った事は一度もねぇ。信頼できる仲間だと思ってたし、助けたいと思ったのだって本心だ……
周りにいた死神たちに連れられて、前回と同じ牢屋に入れられても逃げ出そうとか考えられなかった。このままオレも殺されるのか……?今のオレには助けたい仲間も一緒に戦ってくれる仲間もいなくなっちまったし、何が正しくて何が間違ってるのかもわかんなくなっちまった。
オレがルキアを助けようとしたのが間違っていたのか…?あの女が言うように、オレが動かなければ仲間を失うような事にはならなかったのか…?『オレがみんなを護るんだ』なんて出来もしない事を考えて行動した結果がコレって事なのか…?ダメだ…わかんねぇ…
「随分と参っちまってるみたいだな」
「……?アンタ誰だ?」
「俺は銀城空吾。簡単に言やぁ、お前の先輩ってところか?」
「その先輩がなんで牢屋に入れられてんだよ?」
「覚えてないのか…まぁこのまま黙って待ってるのもあれだしな。意味がわかんねぇだろうが、お前の気持ちは俺が一番理解できているつもりだ。そんな柄じゃねぇが、ちょっと俺の話に付き合えよ。今のお前は見ちゃいられねぇ…」
…
……
………
うふふふふ…アタクシの迅速な判断によって此度の虚襲撃事件は幕を閉じる事となりましたの。首謀者と思われる黒崎さんは抵抗する気力もないのか斬魄刀を奪われ投獄、手助けをしたであろうと見られている銀城さんも同じく捕まり投獄されましたわ。銀城さんはそのまま死神の手によって処刑しても良かったのですけれど、何やら放心しておられたようですので投獄にして差し上げましたの。
きっと
銀城さんの方は月島さんが何とかするでしょう。脱獄して復讐の炎に焼かれるも良し、アタクシに慈悲を願うも良し…貴方たちのお好きに行動なさるとよろしいですわ。もっとも……場合によっては
「どうして彼らはすぐに処刑せず、あの女の子だけ殺したのか教えてもらえるかい?」
「あら、京楽さんは女性に長く苦しめとでも仰るのかしら?刀に刺し貫かれていた以上、速やかに殺して差し上げるのが慈悲だとは思いませんこと?」
「そうじゃない。それに彼らの抹殺は四十六室の指示だったはずだ。それなのにその対象を投獄し、彼女だけ殺したのが気になっただけさ」
「ええ、確かにその通りですわ。本来ならばここで全員殺しておくべきでしょうねぇ。でも…既に瀕死の彼女の目の前で黒崎さんを殺してしまえば、きっと彼女の絶望は果てしないものとなっていたでしょう……同じ女性としてそのような非業の最期を迎えさせるなんてアタクシにはできませんでしたの」
「なるほど……それにしても貴女は随分と
京楽さんたら、アタクシが井上さんだけを殺した事に納得なさっておられないようですのねぇ。まぁ…抹殺指令を出しておいて黒崎さんと銀城さんを生かして投獄したのはアタクシなので仕方ないのですけれどね。
そして…流石総隊長さんとでも言うべきかしら。アタクシがただの中央四十六室の客分ではない事は感づかれておられるようですわね。わざわざ太刀筋だと表現したのも悪くないのですけれど、まだ明かす気はございませんわ。
「うふふ…この程度、乙女の嗜みですわ。日々研鑽を積まれておられる護廷の方々に比べればとてもとても……アタクシのようなか弱い女では戦場に赴いて戦うなど考えただけでも恐ろしいですわぁ」
「そうかい?案外血生臭い戦場のほうが水が合うかもしれないよ?」
あらあら、京楽さんったらアタクシに戦場が似合うだなんて失礼な物言いですこと……どうしてもそちらをご所望されるのであれば応えて差し上げないでもありませんけれど、今はまだその時ではありませんの。
「やぁ、随分と楽しんでいたみたいだね」
「あら、藍染さん。少しばかり遅かったんですのねぇ。ちょうど先程とっても感動的なお別れの場面が終わったところでしたのよ。アタクシ悲しくって涙が止まりませんでしたわぁ」
「それは良かった。私も少しながら協力した甲斐があるというものだ。そしてこちらは予定通り王鍵は手に入れた。後は鍵を開けて対面といこうじゃないか」
「ふふっ、それは重畳ですわ。ちなみに話に聞く浦原さんという方や四楓院さんはどうなさったんですの?」
「ああ、彼らか…彼らは出来損ないたちと一緒に少し邪魔をしてきたが、破面たちが相手をしている間にどこかへ逃げて行ったようだ。どうやら何か
うふふ、余所見なんて感心しませんわねぇ。何か他に気にかかるような出来事でもあったのかしら?瀞霊廷の皆様はアタクシの劇に出演頂いておりますので、現世で問題など起ころうはずもないと思うのですけれど…そういえば市丸さんはご一緒ではなかったんですのねぇ。一応死んだという位置付けですし、他に何かお役目を与えておられるのでしょう。
「それでは藍染さんも準備が整ったようですし、今回の物語の第二幕……いいえ、終幕の開始と参りましょうか」
「ああ、そうだね。秩序と混沌が併存し、世の理は無稽を紡ぐ…空虚な座は意思によって、真の意味で見上げられるべき場所としての意味を持つだろう」
「ふふっ、とっても楽しみにしておりますわぁ」
それにしても、藍染さんが来られたということは次の合図がそろそろ届いても良い頃合いですのに、考えていたよりも遅いですわねぇ。このまま幕開けの知らせが届かないという事はないでしょうけれど、やはりアタクシ自らの手で鳴らしたほうが良かったかしら?
「姫様!火急の用件です!現世の重霊地が…原因不明ながら消滅しているとの事!これにより護廷十三隊より隊長格を含め出動の許可を求める要請が届いております!」
「あらあら…それは大変ですわねぇ。虚が攻めてきたと思えば今度は現世なんですのねぇ。勿論許可致しますわ。事は危急を要するため、過剰と思われる程度には戦力を動かしても構わないとお伝えなさい。ついでに隊長を降りられた山本さんたちも同行するように指示しておいてくださる?」
「はっ!それではすぐに護廷十三隊へ通達を出します!」
「そうそう…瀞霊廷の守護を疎かにするわけには参りませんから、そうですわねぇ……五番隊と九番隊、そして十番隊の方々には守護のために残って頂きましょう。そのように伝えておいてくださいな」
うふふ…ようやっと待っておりました合図が届きましたわ。重霊地の消滅なんてとっても大変な事態ですわねぇ。護廷の死神さんたちの現世への出動の許可まで一緒に届くということは、ある程度そこで止まっていたということかしら。それとも、それだけなら中央四十六室が隊長たちの出動を認めないと思っておられた方でもいたのかもしれませんわね。中途半端に飛び出されても面倒なだけですし、ここは皆さん揃ってお出かけして頂いても構いませんわ。
そういえば…まだあの方とお会いしたことはありませんでしたわねぇ。この際ですから、今のうちに少々交友を深めておくことに致しましょうか。
…
……
………
「ご、五番隊隊長の雛森桃です!」
「うふふ、そう緊張なさらないで?アタクシは織田真姫と申しますの。貴女の事は常々藍染さんから伺っておりましたわ」
「えっ…?藍染隊長があたしの事を…?」
「ええ、とっても優秀で可愛らしい部下だと仰っておりましたわ。アタクシも貴女にお会いするのを楽しみにしておりましたのよ?」
多くの死神さんたちが瀞霊廷を離れて現世の調査に向かわれて、守護のためと残って頂いた隊より新しく隊長に就任なされた雛森さんに来て頂きましたの。この方の事は藍染さんから伺っておりましたけれど、その話の通り予想を裏切らないお方のようで安心致しましたわ。
「実はですねぇ、貴女には是非アタクシのお友達になって頂きたかったんですの。恥ずかしながら…アタクシは今まで
「あたしでいいんですか?もしかして藍染隊長も…」
「ええ、瀞霊廷内で藍染さんとアタクシの事がどのように噂されておられたのか多少耳に入っておりますわ。でもそれは誤解ですのよ?アタクシと藍染さんはお友達と言ったほうが正しいですわねぇ」
「そうなんですね…良かった…」
「ふふっ、安心なさいました?貴女が藍染さんを慕っておられるのは今の反応でよくわかりましたわ。藍染さんがおられなくなってからさぞかし寂しかったでしょうねぇ」
「ふぇっ…?あ、あたしは藍染隊長を尊敬してるんであって…そんな…慕っているだなんて…」
「あら?アタクシの勘違いでしたの?てっきり藍染さんも貴女の事を……いえ、憶測で確証のない事を言うわけには参りませんわねぇ」
「えっ…?今のってどういう……」
うふふ、とっても素敵な反応をなさる初心な方ですわねぇ。寂しさや嫉妬、喜びといった感情が素直に伝わってきてアタクシもお話していて楽しいですわ。期待を持たせるような事を言うのは忍びないのですけれど、貴女にはきちんとその分の
「あの、藍染隊長とは普段どういったお話をされていたんですか?」
「そうですわねぇ…二人で話していたのは主に(この世界の)将来をどうするかといった事などでしょうか。藍染さんも色々とお忙しい方ですから、なかなかそういった事を話す機会というのはなかったんですの。なので、こちらにお越し頂いた際にはよくお互いの意見を言ったりしておりましたわ」
「え……(二人の将来…?お互いの意見…?)」
「どうかなされましたの?何やら顔色が優れませんわよ?」
「いえ…何でもありません…(もしかしてやっぱり噂通りだったんじゃ…なんでこんなにモヤモヤするんだろ……藍染隊長……)」
「何かあるなら仰ってくださって構いませんのよ?それで…先程のお話ですけれど、アタクシとお友達になってくださる?」
「あ、はい!あたしで良ければ喜んで!」
それはそれは良かったですわぁ。東仙さんを瀞霊廷に残したのはこの後の事を見届けて頂くためですけれど、わざわざ五番隊と十番隊を残したのはこれから始まる悲劇のためでもありますもの。その中心となる雛森さんとは是非とも仲良くなっておきたかったんですわ。
…
……
………
「なぁ雛森…お前最近よく四十六室に呼ばれてるみたいだけど何してるんだ?」
「うーん…普通にお話したりとか、お茶したりかなぁ」
「お前、今の瀞霊廷の状況をわかってんだろうな?隊長のお前がしっかりしねぇと他の隊士に示しがつかねぇぞ」
「大丈夫だよ!あたし最近すっごく調子が良いんだから!
「おい…!なんだこの違和感は……?」
…
……
………
「さて黒崎さん。ここでお会いするのは二度目ですわねぇ」
「……オレを殺しに来たのか…?」
「ええ、その通りですわ。でも井上さんを目の前で失った時に比べ幾分が元気になられているようで何よりですわ。その原因はそちらに幽閉されておられる銀城さんかしら?」
「別に何も変わっちゃいねぇよ……」
「まぁどちらでも構いませんわ。それよりも貴方に伝えておく事がございますの」
「……なんだよ?」
「貴方の住む現世の…貴方の暮らしていた空座町という場所は……消滅してしまいましたわ。貴方の家族もお友達も…もう貴方の大切な方々は誰も残ってはおりませんの」
「……なん……だと……」
「うふふ…朽木ルキアさんを助けると息巻いて返り討ちに遭いお仲間を置いて逃げ出し、処刑されたお仲間の首を見て我を失い残されたお仲間を斬り殺した黒崎さん。もう貴方には頼る事のできるお仲間どころか、帰るべき場所も何もかも失ってしまいましたわ。これから貴方の親しい方たちが待つ場所へと旅立つ前に、今の気持ちをアタクシに教えてくださらないかしら?」
「嘘だろ……そんな……」
「ふふっ、良いお顔をなさいますわねぇ。それではもう使い道のなさそうな貴方とはここでお別れですわ。黒崎さん、ごきげんよう……」
黒崎さんはとっても愉快なお方でしたけれど、次が控えておりますのでここでお別れですわ。それにしても全てを失った事を知った時の表情はそれはそれは素敵でしたわぁ。是非とも後世に残しておきたいほどでしたもの。鍵の材料となってしまったご家族やご友人の方々はそこに住んでいた不運としか言いようがありませんので、せめてもの慈悲としてここで終わらせて差し上げるのがアタクシの優しさですわ。
そして……
「おい、なんでこいつを殺す必要があったんだ」
「うふふ、銀城さんもまだいらっしゃったんですのねぇ」
「それより質問に答えろ。なんでこいつを殺した?」
「全てを失い孤独となった哀れなお方に救いを差し上げただけですわ。ふふっ、もちろんそれは……黒崎さんに限ったお話ではございませんわよ?」
「なっ……!?どういうつもりだ!?」
「ご安心なさいな。貴方の死はアタクシが無駄には致しませんわ。貴方の復讐の炎はここで消えてしまいますけれど、残された火種は新たな炎となって周囲を焼き尽くす事でしょう」
「くそ……こんな……」
銀城さんも哀れなお方ですわねぇ。大人しくご自身の事だけを考えておられればこうはならなかったというのに…こうなってしまった以上は銀城さんにはご退場頂きましょうか。でも何も心配はいりませんわ。これより始まる舞台が貴方たちの死を一層引き立ててくださるのですもの。
それでは雑用も済んだ事ですし、アタクシは戻って次の報を待つ事にしたいところなんですけれど……環さんが仰るには何やら鼠が嗅ぎ回っているようですわねぇ。普段ならば見逃して差し上げるところですけれど、これから何かと忙しくなるのでさっさと退治しておきましょう。鼠は鼠らしく…人知れぬところでひっそりと……ね。
「くっ…!まさか見つかるなんて……」
「あらあら、随分と大きな鼠ですこと。それにしてもいつから護廷の隊士は中央四十六室を嗅ぎ回る事が許される立場でいらしたのかしら?」
「アンタが雛森に何かしているのはわかってるんだよ!これでも雛森や冬獅郎とはそれなりの付き合いでね。明らかに様子が変わっていく仲間を見て放っておくわけにはいかないのさ!」
なるほど、理解致しましたわ。アタクシの目の前にいる方、十番隊副隊長の松本さんは雛森さんを心配して原因を探ろうとなさっておられたという事なのですわねぇ。それにしても困りましたわぁ…元々貴女も舞台に上がって頂くつもりではありましたけれど、それは今ではなかったんですのよ?ただ…これ以上舞台袖をウロウロとされるのはあまり良い事ではありませんし、その時までアタクシの下で
「仰っしゃりたい事はわかりましたわ。できれば貴女ともお話してみたい気持ちはあるんですけれど、それは次の機会に致しましょう。今はアタクシの
「アンタにあたしが倒せるとでも?貴族のお嬢さんにやられるようなヤワなつもりはないよ。悪いけどここは退かせてもらう!唸れ…灰…」
「うふふ…アタクシが見目麗しい事は否定致しませんけれど、戦えないという認識は改めたほうがよろしくてよ?」
こちらの副隊長さんはアタクシが戦えないと思っておられたようですわねぇ。それなのに斬魄刀を解放しようとなさるのはどうかと思いますわよ?実際は既に解放されている状態のアタクシと、今から相手の目の前で斬魄刀を解放しようとしている松本さんという状況なのですから…もちろん敵うはずもありませんわよね?そしてアタクシが
思っていた形とは少々違いましたけれど、期せずして松本さんが手に入ったのですから良しと致しましょう。どうやら松本さんの他にも動いている方がいるようですけれど、何もしてこないのであれば観客として迎えて差し上げるのも吝かではありませんわ。
「姫様!十二番隊より緊急報告!尸魂界各地に再度虚の反応多数ありとの事!」
「姫様!更に霊王宮への扉が……何者かの仕業によって開放された模様!」
「このままでは虚たちが霊王宮へと侵入してしまうかもしれません!現世にいる護廷の主力部隊を呼び戻しましょう!」
「貴方たち、少し落ち着きなさいな。焦ったところで何も解決など致しませんわよ?きちんと瀞霊廷の守護のための部隊は残っているのですから、今頃はもう動き出してらっしゃる事でしょう。それに…現世でお仕事を頑張っておられる死神さんたちを呼び戻すなど申し訳がありませんわ。そう心配なさらなくても大丈夫ですわよ」
ふふっ、予定通りの報告が下僕からやって参りましたわねぇ。それにわざわざ現世に行って下さっておられるのに戻ってきてもらう必要などありませんもの。貴方たちは下僕らしくアタクシの打った布石が見事に花開くところでも見ておればよろしいんですのよ。
…
……
………
「日番谷隊長!松本副隊長がどこにもおりません!」
「くそっ!あいつ一体どこで油売っていやがるんだ!」
前回虚が瀞霊廷に攻めてきてから、まだ時間が経ってないってのにまた襲撃だと…?しかも瀞霊廷が混乱している間に現世では重霊地が消滅するなんて、一体何が起こってるってんだ……雛森は中央四十六室に呼ばれるようになってから様子はおかしいし、松本はどこにいるかわからねぇときた。有り得ないはずなのに、まるで今までの全部に意図があるような気持ちにさせられる。
「とにかく今は虚の対処だ!残っている五番隊と九番隊とも連携して対処に当たれ!俺は虚が霊王宮に入らないようにそっちを守る!それと引き続き松本を探せ!」
いくら普段はサボり癖があるっていっても、こんな事態になってまでどこかでサボるほど松本は馬鹿じゃねぇ…つまり何かに巻き込まれたか、すでにどこかで戦ってる可能性だってあるわけだ。くそっ!なんでこうも問題ばっかりが次から次へと出てきやがるんだよ。
とにかく今は目の前の事に集中だ…恐らく現世に行った隊長たちには十二番隊が連絡を取っているはず。各所に現れた虚には五番隊や九番隊も対処しているはずだから、俺が今やるべきは何故か開けられている霊王宮への道を守る事だ。もしこれらのタイミングが全部誰かの手によって合わされているとしたら……確実に狙いは霊王宮だろう。
中心部へと向かっている途中も、隊士たちは多少混乱しているがそれでも動けてはいる。これなら雛森と東仙隊長が指揮していてくれれば早々に崩れる事はないだろう…って、なんで霊王宮の扉の前に雛森がいるんだ!?しかもあれは……
「雛森!……と、藍染……?」
なんで殺されたはずの藍染がここに…?しかもなんで雛森も一緒にいるんだ…?何がどうなってるってんだよ……!つい隠れちまったじゃねぇか…
「雛森くん、久しぶりだね」
「あ…あ…藍染…隊長…?」
「もちろん私だ。正真正銘の藍染惣右介本人だよ」
「生きてたんですね……でもどうして…藍染隊長が瀞霊廷を……」
「ああ、君は先程
「え……?」
「私はこれから霊王宮でやることがあってね。ちなみに君が交友のある真姫さんは昔からずっと私を手伝ってくれているよ?」
「(そんな…このままじゃ藍染隊長を真姫さんに取られちゃう…!)あたしやります!藍染隊長のためにお手伝いさせてください!」
「ありがとう雛森くん。それじゃあまずは……
「はい!」
なんで雛森が藍染に従ってるんだ!?しかも藍染が虚を呼び出してるだと…?つまり今回も前回も藍染が事件を起こした張本人って事じゃないのか!それをわかっていて藍染の味方をするなんてありえねぇ…藍染に何かされてるに決まってる!
「藍染!てめぇ雛森に何しやがった!?」
「私は何もしていないよ。ただ手伝いをお願いしただけさ。それは君も見ていたのだからわかっているだろう?」
「そんなはずはねぇ!とにかくてめぇを倒せばいいって事はわかってんだ!覚悟しやがれ!」
「ダメだよ。藍染隊長はあたしだけを見てくれてるんだから……弾け…飛梅!」
「ちっ!霜天に坐せ、氷輪丸!」
なんで黒幕が目の前にいるのに雛森と戦わなきゃならねぇんだ…
「くっ…やめろ雛森!お前何をやってるかわかってんのか!?」
「ごめんねシロちゃん……あたしあの人には負けられないの!早くしないと取られちゃう…!」
…
……
………
疑ってはいなかったが、どうやら彼女は脚本通り雛森くんを私たちに都合の良い状態へと仕上げてくれたようだ。恋心と誤認させていた私が言うのも何だが…そこを利用して嫉妬心と焦燥感を煽り、ほんの少しだけその感情を大きくするというのは彼女らしいと言うべきか。
そしてその当て馬とされた日番谷隊長は残念だったね。大切な幼馴染であり、護廷十三隊の仲間だったはずの者が目の前で護廷を裏切ったんだ。更に襲いかかってくるというのはきっと彼女好みの激しい感情に揺れている事だろう。
だが先程も言ったが、私は何もしていないよ。ただ雛森くんに「手伝ってほしい」と言っただけだ。そして「真姫さんも私を手伝ってくれている」というのも真実だ。嘘は1つも言っていないのだからね。
「藍染様……」
「要か…久しぶりだね。彼女の側は様々なものを知るには良い場所だっただろう?」
「はい、姫様は私の知らなかった真実と正義の道を示してくださいました」
「要も一緒に霊王宮へ行くかい?君が根源となるものを見てみたいと言うのなら構わないよ?」
「お気持ちはありがたいのですが…私は藍染様が霊王宮へと赴いた後、余計な邪魔が入らぬようこの場をお守り致します」
「そうか…では後は頼んだよ。私は私の役目を果たしに行くとしよう」
やはり要を彼女の下へ置いてきたのは悪い選択ではなかったようだ。この様子ならば彼を斬るような事にはならないだろう。今の世界の在り方に嘆き、悩み、あの頃からどのような変化が訪れたのかはわからないが、これより大きな変革を迎える以上その働きに期待しているからね。
「まさかお前ら手を組んでたって事かよ…つまり今までの一連の騒動は陽動だったということか」
「それは正しくない表現だね、日番谷隊長。要は最初から私の部下だ。そして君の考えている今が本命で、それまでの事は陽動だと言うのも大きな間違いだ。あれらは全てそうあるように描かれた事なのさ。いずれ真実を知る機会があるかもしれないが……少なくともそれは今ではない」
「ふざけんじゃねぇ!てめぇが何を考えてやがるか知らねぇが、このまま思い通りになってやるほど
「ならば止めてみるといい。今君の相手をしている雛森くんを倒し、私の背を守る要を倒す事ができればだけどね」
「待て!……1つ聞かせろ。霊王宮へ行こうとしてるって事は、てめぇの目的は……」
「そうだね。最後に教えておいてあげようか。
私が天に立つ事にした
ただそれだけの事だよ」
…
……
………
「陛下…以上が現在の瀞霊廷の様子でございます」
「うむ…諸君、我々を追いやった憎き死神共が疲弊し、霊王宮への道が開け放たれ…そして雌伏の時を過ごしていた我らの準備は万全の状態で整っている。まずは瀞霊廷を制圧し、霊王の力を得ようとする不届き者を粛清するとしよう。そして現世より戻ってきた死神共に我ら滅却師の力と、護るべき場所の変わり果てた様を見せつけてくれようぞ」
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準備は上々…後は仕上げを御覧じろ、ですわ!
「ようこそ尸魂界…そして瀞霊廷へ。お久しぶりの方も初めてお会いする方も、本日は期待しておりますわね?」
「お久しぶりです、姫様。お元気そうで何よりです。我ら十刃、藍染様の命により参上致しました」
「うふふ、確かハリベルさんでしたわよね?その力を存分に振るうことを期待しておりますわ。そういえばいつも一緒におられた方たちは今日はいらっしゃらないんですの?」
「はい、あれらは姫様の事を少々恐れておりまして…今は現世のほうにおります」
「あらあら、畏れるだなんて…彼女たちも礼儀が身に付いたようで良かったですわぁ」
藍染さんが虚圏からお呼びになった悪霊さんたち…その中でもきちんと礼儀のなっている方はちゃんとアタクシに挨拶に来てくださっておりますの。こちらにいるハリベルさんは最初からきちんとした方でしたけれど、当時一緒におられた方は少々言葉遣いがなっておられなかったので躾をして差し上げたのものですわ。
虚圏の悪霊さんたちには
「皆さんには適度に日頃の鬱憤を発散してきて頂ければよいのですけれど……歯ごたえのある相手が欲しいのであれば
現在残っている死神さんの中でハリベルさんや大帝さんと戦うとなると…雛森さんと東仙さんは除外するとして、日番谷さんも雛森さんと戦って頂く必要がありますの。そして大半の隊長格たちは現世に行っておりますので、後残されているのは狂犬と呼ばれておられる十一番隊の隊長さんくらいですわ。どうして現世に行かれなかったのか存じませんけれど、ちょうど良いので彼らの相手をして頂きましょうか。
ところで…先程からアタクシをずっと見つめているこの方はどなたなのでしょう?アタクシを見ていたいという気持ちは理解して差し上げますけれど、貴方には貴方の果たすべき役割というものがございますわよ?
「貴様が儂に楯突いて女帝などと名乗っていた女か…それの画策に与する事になるとは忌々しいものよ」
「女帝などと名乗った事はありませんわよ?アタクシの事は姫様とお呼びなさいな。そして…そのように仰るということは、貴方が大帝と呼ばれていた方という事ですわねぇ。あの後アタクシはこちらに来てしまいましたので、こうしてお会いできた事を嬉しく思いますわ」
「戯言を……死神どもを始末するついでに、貴様も一緒に冥府へと送ってくれようか」
「ふふっ、威勢がよろしくて結構ですわ。遊んで差し上げても構わないのですけれど、今は藍染さんから聞かれされておられる事をしっかりと果たしてご覧なさいな」
虚圏では後の事を藍染さんにお任せしてきてしまいましたけれど、そのままアタクシが虚圏に残っておれば大帝さんはアタクシの配下に収まっておられたのですから何を憤っておられるのかしら。どちらにしてもアタクシの下僕には変わりないのですから大人しく従っていれば良いのものを……やはり悪霊さんにはいつもの躾が必要なのかもしれませんわねぇ。そういった事も含めて藍染さんにお任せしてきたつもりだったのですけれど……手が回らなかったのか、藍染さんの人選が悪かったのかどちらなのかしら……
「下僕の躾がなっていないのは誰の責任になるのかしらねぇ…?市丸さん?」
「うっ…ボクのせいやないですよ。大体あれでも破面となってから大分マシになっとるんですから、真姫さんが思うようなんにさせるのは無理があるんやないですかね」
うふふ、市丸さんたら無理だなんて諦めてらっしゃるようですわねぇ。悪霊さんたちだってきちんとお話して差し上げればちゃんと理解してくださるものなのですよ?飼い主が誰なのかを優しく教えて差し上げれば理解するだけの頭は持っていらっしゃるのですから……中には判断できない者もおりますが、そういった者たちの末路というものは1つしかありませんけれどね。
「なぁ真姫さん、なんで五番隊の隊長と十番隊の隊長は戦うてるん?しかも東仙さんはそれを眺めてるし……」
「ふふ…雛森さんは藍染さんと再会した事で思うところがあったのかもしれませんわねぇ。日番谷さんは一緒にいた隊長2人が味方ではなくなり、信頼する副隊長さんも行方不明になってしまって孤軍奮闘といったところですわ」
「へぇ……行方不明っちゅうことは、真姫さんが何かしたんですの?」
「大した事はしておりませんわよ?たまたまお見かけしたので捕まえてアタクシの部屋に飾ってあるだけですもの。雛森さんが何かされたと思いこんで調べていたらアタクシに見つかってしまうなんて……不運ですわよねぇ」
「そらまた運が悪いとしか言えんね…」
「今の彼女は感情を奪われた人形…アタクシの許し無しに動く事すらできない哀れな傀儡。どうせなら何か有効利用でもして差し上げようかと思っていたんですけれど、今のところ出番ではないので置いてあるだけですわね」
「なっ……!?」
あらあら、市丸さんが目を見開いているところなんて初めて見たかもしれませんわね。何を驚くところがあったのかわかりませんけれど、お人形としてアタクシの下にいるなんて考えもしていなかったというところなのかしら?松本さんはこの後、雛森さんと戦っている日番谷さんのところに放り込む事を考えておりましたけれど、貴方の行動次第では悲劇のヒロインから逃れられるかもしれませんわねぇ。
「でも、そうですわねぇ……
…
……
………
「霊王を守護する零番隊の実力のいうのはこの程度なのかい?」
王鍵を使用し霊王宮への道を開いてやってきたわけだが、やはり考えていた通りと言うべきか…零番隊という者たちも、
「くっ…お主は…霊王様を、どうするつもりじゃ…?」
「それは君たちには関係のない事さ」
それでは霊王を見てみるとしようか。死神たちの王として扱われているが…その実死神によって世界を維持するための贄となった存在。身体は引き裂かれ、ただの部品のように利用されるだけに成り果てた者。何を思ってそれを受け入れたのかは知らないが、王などという呼び名はこれ以上ない皮肉でしかないだろうね。
「これが霊王か…見るに堪えないな」
「霊王様がいなくなれば…世界のバランスは崩れ、尸魂界も現世も地獄も…全てが崩壊する事になるぞ…」
「何かを勘違いしているようだが、私はこんな使い古された玩具に用などない。だがそれ以上に…君たちが祀り上げているただの舞台装置を崇める気などないというだけさ」
「ならば…お主の目的は……?」
「……我慢ならなかっただけだよ。強者でありながらただの装置として留め置かれるだけの存在に…そしてその結果出来上がった死神たちによるくだらない箱庭にね。世を紡ぐのは強者に課せられた使命だ。決して弱者の小細工で演出された欺瞞に満ちたものではない。よって…今この時よりそれを私が背負うというだけの話さ」
「ほう……
…
……
………
「姫様!更に敵襲です!突如として瀞霊廷内部に別の襲撃があった模様!報告によれば、敵は……滅却師です!」
「あら、そうなんですの?滅却師という者たちはとっくに途絶えた種族だと記憶しておりましたけれど、まだ生き残っておられるのですわねぇ」
「滅却師共は虚だけでなく死神にも攻撃をしており、現在残っていた部隊はほぼ壊滅状態です!」
「滅却師……そうですわねぇ。歓迎してあげたいところですけれど、今は時期が悪いですわねぇ……それにしてもなかなかアタクシの思う通りの展開にはならないものですわ」
「姫様…?」
「こほん…何でもありませんわ。もうしばらくすれば現世へと調査に向かった隊長さんたちも戻ってくる事になっておりますの。ならば貴方たちの為すべき事は1つだけ……己の役割を果たす事だけですわよ」
滅却師の方たちが何を思って瀞霊廷に現れたのかはわかりませんけれど……いえ、何を思ってなんて考えるまでもありませんでしたわね。かつて死神によって滅ぼされたとされていた存在ですし、生き残っていて襲いかかってくるなんて復讐以外にはありませんもの。
藍染さんも霊王宮へと向かわれたでしょうし、アタクシの舞台も終わりが近づいている以上ここでの割り込みはあまり歓迎できる状況ではありませんわねぇ。こうなってしまうと現世に戦力の大半を追いやったのはアタクシの失策と思わざるを得ませんわ。
本来ならば現世へと赴いた隊長さんたちが戻ってきた頃には、藍染さんは新たな王として君臨し尸魂界も虚圏も支配下に収めている予定でしたのに……わざわざ悪霊さんたちが
このまま死神や虚が死に絶える事はアタクシの本望ではありませんし……それならば既に滅んでいたと思われていた滅却師が今度こそ本当に滅んでも何も問題などありませんわよね。
良い事を思いつきましたわ!滅却師の皆様には、復讐の炎に焼かれた哀れな敗北者としてその名を刻んで頂きましょう……そしてどうせ滅ぶのですから、せめてもの手向けとして強大な相手だったという事にして差し上げますわ。ふふっ、きっと滅却師の方たちも世界の敵として滅んで逝けるのですから本望でしょう。楽しくなって参りましたわねぇ……
…
……
………
「銀城……なぜこんな事に……」
「月島さん、銀城さんを殺害した者がわかりましたわ。どうやら
「滅却師……そいつらが銀城を……」
「ええ、どうやらその者たちは瀞霊廷を襲撃するため闇に潜み続けていたようですわ。そして銀城さんたちも邪魔だと判断されたのでしょうねぇ」
銀城さんを救い出そうとしていた月島さんを留め置いていたのは功を奏したようですわね。アタクシが時機を見て堂々と出して差し上げるという言葉を信じて大人しくしておられたというのに、やっと対面できたと思った時には頭と胴が離れた姿の銀城さんとの再会なのですから哀しいものですわねぇ。
でも銀城さんの復讐の炎はちゃんと月島さんに受け継がれておりますので安心して眠りなさいな。復讐の方向もアタクシが指し示して差し上げますわ。下手人が滅却師だと聞いて月島さんも明確に恨む相手を定められたようですし、アタクシにも月島さんの殺意と怨恨が伝わっておりますわよ?
ふふっ、誰も止めは致しませんわ。そろそろ現世に赴いていた隊長さんたちも戻ってくる頃合いですし、瀞霊廷にいる悪霊さんたちには虚圏にお帰り頂くようにして差し上げますわ。月島さんは月島さんの思うままに滅却師に復讐なさいな。
…
……
………
「そんな……瀞霊廷が……それに霊王宮への扉まで……我々がいない間に何があったというのだ……」
「あれはまさか……滅却師だと!?現世での虚の襲撃も全て仕組まれていたとでも言うのか……」
「落ち着け。まずは仲間たちを助ける。そして虚と滅却師の撃退が最優先だ」
「山じい、卯ノ花さん…もう今は死神だとか隊長だとか言ってられない事態だ。瀞霊廷の力を結集して滅却師を、そして虚たちを撃退する!……山じい?」
「よくもまぁ……随分と派手に瀞霊廷を荒らしてくれたものよ……もはや一片の炭も残るとは思わぬ事じゃな……」
「やべぇ……山じいが……キレちまった……」
…
……
………
うふふ…瀞霊廷で守護していた死神・予定通りいらっしゃった虚・勝手に押しかけて来られた滅却師の三つ巴の戦況でしたけれど、どうやら現世に行かれておられた隊長さんたちも戻ってらっしゃったようですわ。とは言っても瀞霊廷におられた死神さんたちはもはや壊滅状態、現世より戻ってきた隊長格たちが頼みの綱といったところかしらねぇ。戻って来られたらお仲間たちが無惨な姿になっているのですから、それはそれは激しい怒りを抱いていらっしゃるようで何よりですわぁ。
ところで見た事のない死神さんが2人ほどこちらにいらっしゃいましたけれど、瀞霊廷のために戦わなくてもよろしいのかしら?
「よう…お前さんにゃあ、随分とうちの息子と仲間たちが世話になったそうじゃねぇか」
「息子さんですの?どなたの事を仰っておられるのか皆目見当もつきませんけれど……アタクシはそれほど大した事はしておりませんわぁ」
「惚けた事を言ってくれるじゃねぇか…こちとら家族を奪われて大人しくしてるほど優しい性格はしてねぇぞ…だがその前に、一護はどこにいる?」
「一護……あぁ、黒崎さんの事でしたのね。そう言えば息子さんは災難でしたわねぇ。ご自身が逃げたせいでお仲間は処刑され、唯一取り残されていた方についても戻ってきて自分で殺すなんてアタクシも驚きましたわぁ」
「テメェ……」「落ち着くッス。あの人の言葉に乗せられたら思うツボッスよ」
「わかってる!さっさと答えろ…一護はどこだ?」
どなたかと思っておれば黒崎さんのお父様でいらっしゃったのですわね。わざわざ迎えにいらっしゃったところ申し訳ないのですけれど、黒崎さんならもういらっしゃらないのですわ。もうお一方の帽子を召された方は存じませんけれども、一緒に来られたということは現世におられるどなたかなのでしょうね。
うふふ…せっかく現世から遥々尸魂界までいらっしゃったのに、ただ処刑されたという結果では申し訳ありませんわよね。息子の仇を父親が取るというのも感動的な絵になるかもしれませんし、アタクシが一肌脱いで差し上げますわ。
「その黒崎さんなんですけれど……黒崎さんは……黒崎さんは……実は
「なっ……!?なん……だと……」
「今、この瀞霊廷で起きている事態をご存知かしら?既に滅んだと思われていた滅却師が蘇ったかの如く現れ、そして死神たちを手当たり次第に襲っておりますのよ。黒崎さんはそんな死神たちを守ろうとなさっておられたんですけれど……状況を覆す事はできず、滅却師たちに嬲られ力尽きてしまわれましたわ」
「……その話を信じろって言うのか」
「アタクシの言葉を信じるかどうかは貴方にお任せ致しますわ。今も死神さんたちがこの尸魂界を守ろうと滅却師と戦い、そして殺されている状況を見て『それでも信じられない』と仰るのならば現世に帰るのも1つですわねぇ…無論、仇を討って差し上げたいというのならばこれほど頼もしい事はありませんわぁ」
「ちっ……この話は後だ。まずは瀞霊廷を守るほうが先決だな。浦原、お前はどうする?」
「ここで討論しても仕方ないっていうのは同感ッス。とはいえ、なぜ
あら、もう一方は浦原喜助さんでいらしたのねぇ。藍染さんからもお話は伺っておりましたけれど、見た通り一癖も二癖もありそうなお方ですこと……流石に今この場で黒崎さんの下手人について言い合っても仕方がないというのは確かな事ですものね。まずは目先にいる滅却師という明確な敵を倒していらっしゃいな。
うふふ、それではアタクシもそろそろ参りましょうか……
…
……
………
織田真姫の計略により、山本元柳斎重國との戦いや虚の襲撃によって尸魂界に釘付けにされていた死神たちは現世にある重霊地の異変に気付くのが遅れてしまった。そしてその間に崩玉の制御に成功した藍染惣右介は重霊地である空座町の魂を使い王鍵を創り出してしまう。その後重霊地の消滅を知った護廷十三隊の主力たちの大半を率いて現世の調査に当たるも、虚がいたという以外決定的な確証を得ることはできなかった。
そして再度尸魂界各地に虚が現れ、死神だけでなく流魂街に住む住人たちまで次々と襲われていく……山本元柳斎重國や卯ノ花烈といった隊長を降りた者たちも含めた護廷十三隊の主力が現世の調査をすべく出向いており、また残って守護を任されていたはずの五番隊と九番隊の隊長が藍染側に付くという事態によって指揮系統の乱れた尸魂界は混乱に陥っていた。そんな中藍染の野望を知り奮闘する日番谷冬獅郎だったが、既に霊王宮への扉は開かれており藍染惣右介は雛森桃と東仙要に後を任せ霊王の元へと向かっていた。
混乱の最中にある瀞霊廷の事態は収まる気配を見せず、更に状況は悪化し今度は滅ぼされたと伝えられていた滅却師の一団が突如として瀞霊廷に現れた。滅却師たちは虚も死神も関係なく襲いかかり、3つの大きな勢力が尸魂界でまさに一堂に会するといった状況になっていた。
現世から急ぎ瀞霊廷へと戻ってきた瀞霊廷の主力である隊長格たちと生き残っている隊士たち、銀城空吾が滅却師に殺されたと教えられ復讐に燃える月島秀九郎、そして時を同じくして瀞霊廷へと現れ滅却師によって黒崎一護が殺されたと聞かされた黒崎一心と浦原喜助……それぞれ思惑は違いながらも己の敵を定め動き出していた。
対するはかつて死神に敗北したものの影へと潜む事で滅亡を逃れ、復讐のために千年の時間をかけ牙を研いできた滅却師たち。星十字騎士団の名を持ち滅却師の頂点たるユーハバッハより聖文字を与えられた精鋭たちが今度は死神を滅ぼさんとしていた。
そして…藍染惣右介によって1つの大きな勢力として纏め上げられた虚圏の虚たち。完成された崩玉によって力を与えられ、破面として虚の仮面を脱ぎ捨てる事に成功した者たちもまた己が本能に従って戦いの地へと向かっていた。
戦力は拮抗しているとは言えなかったが、それでも死神たちは隊長たちが戻ってきた事で士気を上げ抵抗していた。虚と滅却師もまた反目しあっているため、お互いを戦わせる事で少しでも戦力を削らせようという狙いも功を奏していた。だがここで死神にとって天秤が大きく不利な方向へと傾く状況となってしまう。相対した滅却師の
死神の卍解はその能力もあるが、何よりも戦闘力が単純に10倍ほどにまで上がる事が大きい。そのためその卍解を封じられるということは、死神として全力を出せないという事と同義であった。始解の能力と制限された霊圧で戦うという事は今の状況において有利に働くものは何もなく、隊長であったとしてもそこに例外はない。そして自身の卍解を奪われ他者に使われるというのもまた、死神にとっては屈辱でしかなかった。
次々に窮地に陥り、卍解を奪われていく隊長格たち……その仕組みをなんとか解析し打ち破ろうとする十二番隊、次々と増え続ける怪我人を治療し再び戦場へ送り返す四番隊。皆ができる事を行い、それが瀞霊廷の明日に繋がると信じ仲間の勝利を祈っていた。
そんな中、瀞霊廷にいる破面たちが突如として霊王宮の扉のある方向へと向かい始めたのだ。当然死守せねばと死神たちも破面たちを追いかける事になり、死神や破面たちと戦っていた滅却師もそれを追う事となる。それによって各地で行われていた局地戦が一転し、死神・破面・滅却師の全戦力が霊王宮の扉の前に勢揃いする事となった。
破面たちはそのまま霊王宮へと向かうのものかと思われていた……が、なぜか破面は全員が霊王宮の扉に背を向け、まるで扉を守護するかのように立ちはだかっている。そしてその後ろから……1人の女が処刑されたはずの三番隊隊長を引き連れ姿を現した。
「うふふ…皆様、ようこそお越しくださいましたの。束の間ではありますけれど、アタクシの用意した催しを楽しんで逝ってくださいな」
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