真剣で居合ってカッコいい!  (優柔不断)
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一話 武術との出会い

久々の小説投稿でかなり拙いと思いますが、それでもよければどうぞ。





 

 世の中には様々な武術が存在する。

 空手、柔道、剣道、八極拳にボクシング、テコンドーなど多種多様な武術が生み出され、その技術は磨かれていった。

 『宮本(みやもと)(じん)』と言う少年もまた、そんな武術と言うカッコいい技術に心魅せられた少年だった。

 

 始まりは小学一年生の頃に、テレビでたまたまやっていた武道家の偉い先生が披露する、その技の数々を目にした事であっただろう。その流れるような動き、一切無駄のない洗練された技術。それが刃には、鮮烈にとてもカッコよく映ったのだ。

 だからこそだろう、彼はすぐさま両親に頼み込んで、武術がやりたいとせがんだ。それに対して両親は心よく承諾し、すぐさま近所に開かれる剣術に関する道場に通わせてくれようになった。

 今にして思えば、刃が武術に魅せられたのは、両親の無類の格闘技好きと言う趣味が、色濃く受け継がれたからなのかもしれない。

 

「今日からよろしくお願いします!」

 

 道場初日。意気揚々と挨拶をする彼は、これから始まる修練によってあの時の剣術の先生のような、カッコいい人になれると胸を躍らせていた。

 しかし、その希望は初日の軽い稽古から陰りが見えはじめる。

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

 簡単な受身の練習、軽い組み手など大した事のない練習でもたらされた痛みが、幼い刃を襲ったのだ。母は、心配そうに我が子に駆け寄り、大丈夫?と心配する。しかし、道場の先生は慣れているのか、幼い子供ならよくある事で直に慣れる、とフォローする。

 

 だが、この時に幼いながらに少年は悟ってしまっていた。

 

「こんなに痛いこと、絶対に続けられないよ……」

 

 あんなに楽しみにしていた道場を辞めたのは、通い始めて3日目のことだった。

 

 自分から頼んでおいて、こんなにも早く音を上げてしまった刃は情けなく、そして両親に対する申し訳ない気持ちに苛まれる。

 でも、そんな根性なしといじける我が子を両親は決して責めることはなく、人には向き不向きがあると慰めてくれたのだ。

 

 しかし、痛いのが嫌で道場を辞めたからといって、武術に対する憧れが消えたわけでない。

 人と戦うのは嫌だ、痛いから。基礎練習は嫌だ、痛いから。

 ならばと、それなら過程を無視して、最初っから目的としている結果を追い求めることにした。

 それは、入念な基礎練習から齎される技術、その妙技のみを自己流で真似してみること。実に子供らしい短絡的な考えであった。

 だが、その考えが彼の両親が言ったように人に向き不向きがあるのと同じく、宮本刃と言う少年には奇跡的には合っていたのかもしれない。

 

 そして、肝心の練習する技についてはもう既に決めてある。それはあの日テレビで見た、最もカッコいいと感じた技――『居合抜き』だ。

 

 居合、もしくは抜刀術などと称されるその技術は、鞘に収められた日本刀を瞬時に抜き放つことであり、ゲームなどでも良く用いられるなど日本に於いてはかなりメジャーな技の一つだ。これは日本刀のような流線的な刃物ならどれでもできそうに見えるが、この鞘から抜き放つと言う動作の一つが、居合という独自の技となるまで発展したのは日本だけである。

 鞘に収められた武器、構えていないからと油断した相手を気づいた次の瞬間には抜刀した刃で切り捨て、納刀と共に地に崩れる。その様は、確かに子供が憧れるにたる華があるだろう。

 

 その練習の為にも、まずは道具が必要だった。だが、日本刀など家には無く。そもそもあったとしても、重くてまともに持つことすら出来ないであろう。そこで彼が選んだのは、100均で売っているプラスチックでできた、オモチャの刀だった。

 

「よーし、これで毎日練習だ!」

 

 休日、父親に買ってもらったオモチャの刀を手に、彼のそこそこに大きな家の中にある庭でそれっぽく構えた刀を勢い良く抜き放った。

 

「わぁ!カッコいいねぇ」

 

「……ッ!?カッコいい……」

 

 庭先でオモチャの刀を振り回す彼を窓から覗いていた母親は、微笑ましそうに頬を緩めながら褒める。

 彼女には何かのごっこ遊びにしか見えなかったそれは、その何気ない一言が切っ掛けとなり、まるで終わることのない狂気のような修練へと変わっていった。

 

 50回、居合を続ける。30分経過。まだまだ余裕でできる。

 

 100回、居合を続ける。1時間経過。母は夕飯の支度のためいなくなるが、楽しいので続ける。

 

 少年は、楽しくて仕方がないと言った風に、狂ったように同じ動作を繰り返す。抜刀(抜き)納刀(収め)また抜刀(放つ)。そこにあるのは、純粋な喜びと高揚感。居合を一度行う度にその技のキレが増し、どんどん上手くなっていってるような、そんな不思議な充足感が刃を支配していた。

 こんなに楽しいならば、いくらでも続けられると、息が切れる体に反して笑顔で繰り返していく。

 

 通算200回。3時間経過。

 日が沈み暗くなり始めた頃、オモチャの刀は根元から折れてしまう。

 呆然としたように、呟く。

 

「壊れちゃった……」

 

 気力は十分、まだまだ続けたかったが、しかし限界が来たのは体よりも先に道具の方だった。

 だが、それも当然だろう。力任せに、何の技術もなくただ抜いては納めるを繰り返していれば刀にも限界は訪れる。ましてや使っているのはプラスチックでできたオモチャの刀なのだ。壊れても仕方がなかった。

 

 今日はもう練習することはできない。それを認識すると、どっと疲れが押し寄せてくる。それも仕方なく、小学一年のその小さな体にはこれだけの長時間の運動は、自覚してない以上に疲弊しているのかもしない。

 疲れた体を押し、落ち込んだ様子で庭から家に戻ると、リビングで寛いでいた父が壊れた刀を見て、呆れたように笑う。

 

「おいおい、それ今日買ったヤツだろう。まさかその日の内に壊すとはなぁ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「仕方ないなぁ、また買ってやるよ」

 

「いいの!」

 

 父の優しさに甘え、また同じオモチャを買ってもらう事を約束してもらった。

 

 数日後、買ってもらったオモチャの刀を手に、あの日と同様に庭先で居合の構えをとる。頭にあるのは、今度こそ壊さないように丁寧に扱うことだった。だが、丁寧に扱おうとするほど居合の速度は落ち、カッコよく無くなっていると感じた。だから、壊れないように丁寧に扱いつつ、それでいてカッコよさを損なわないスピードを意識する。

 その日は、前の時よりも倍近く居合抜きを行うことができた。しかし、結果としてまたしてもその日の内に刀を壊してしまうのだった。

 

案の定と言うべきか家に入ると、父が壊れたオモチャの刀を見て、苦笑いする。

 

「まぁ、あんだけ使ってれば、そりゃあ壊れるか……」

 

 今日初めて見た、我が子の練習(遊び)を見て仕方なさそうに頭を掻く。それは、何時間も狂ったように居合抜きをする様子。妻が心配になって止めようとする程に。だが、あんなにも集中してやっているのを邪魔するのも悪い。結局は、見守ると言う方向になった。しかしそれがまさか、壊れるまで続けるとは思っていなかったのだ。

 何かに集中して取り組むことは、良いことだ。それもこれだけ長時間夢中になって続けるなぞ、たとえ好きな事であっても容易ではない。

 

 落ち込む刃を見て父は、よしッ、と膝を叩く。

 

「そんなに好きなら、もっといっぱい買ってやろう。お父さんは稼いでるからな!」

 

 そんな気前のいい言葉と共に、翌日30本ものオモチャの刀を父は買い与えた。少年はとても太っ腹な父に感謝した。これでまた、居合の練習ができる、と。

 

 それから一ヶ月。その30本のオモチャの刀は、無惨にへし折れていた。

 これには流石の父も動揺を隠せない様子で、刃を信じられないような目で見ていた。やってしまったとは思うが、仕方がない。だって楽しいんだから。

 

 少年はまた買ってもらえるように、必死に父の御機嫌をとるのだった。

 

 

 

 





 今作は復帰作と言うことで、リハビリと今までとは少し文章の形態を変えてのお試し投稿です。なので、テンポよく短めにしようと思ってます。
 6話か、反応が良ければ全12話程の予定。

 あと、急にマジ恋熱が燃え上がったからです。



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二話 極まる趣味

 

 

 季節は秋。美しい紅葉が、庭の木々から感じられるようになったころ。宮本刃は、いつも通り趣味となった居合の修練に励んでいた。

 

 初めて居合の練習を始めてから何年経過しただろう。一年、二年、三年、四年の歳月を得て、刃は小学五年生になった。

 身長は伸び、体重も増え、順調に武術を行うにふさわしい体に成長しつつある。そして成長しているのは肉体面だけに留まらず、居合の技術は、十歳にして一流の領域に届きつつあった。

 

 最初の一年は、オモチャの刀一本につき居合抜き500回。6時間と言う長時間かけて、家にいる時の殆どを修練に費やした。それが二年三年と続き、四年経った今年、その努力は一つの形として身を結びつつある。

 その一つとして、練習に使っていたオモチャの刀が全く壊れなくなった。何千何万と居合を行おうともへし折れることなく、鞘の中で鋭利に研ぎ澄まされるようになる。一度の居合にかける時間も、膨大な練習量による最適化によって洗練され、今では1時間に千回もの居合を放てるようになるに至る。

 

 1日の練習にかける時間は2時間ほどで、それ以外の時間は母と共にテレビで格闘技を見るのが日課となった。

 居合が一番カッコいいと言う考えは今でも変わらないが、だからと言ってそれ以外の格闘技がカッコ悪いと言うわけではない。新たな趣味の一つに、格闘技の観戦が追加されつつあった。

 

 そして現在。絶賛修練中の刃は、いつも通り腰を深く落として、居合の構えをとる。それは通常の連続して放つ居合抜きとは違い、一刀に全てを集中して放つ、必殺の練習だ。

 

 目を閉じて、意識を集中させる。流れる風に揺られ、庭の木から紅葉が絶えず流れ落ち、地に敷き詰められた落ち葉は、風に拾い上げられるように宙を舞った。

 刃の体から、異様なまでの闘気が溢れ出る。

 

 そして次の瞬間──抜刀

 

 まるで、世界が止まったように刃には感じられた。

 抜刀し納刀する。この一連の動作を行う最中、己が目には、舞い落ちる葉の一枚一枚がハッキリと見てとれる。抜き放ったのはオモチャの刀。当然、何も切れるはずがない。だが彼の目には、刀の軌道上にある紅葉が何の抵抗もなく切断される光景が見てとれたのだった。

 

 構えを解いて、その両断された落ち葉を手に取る。やはり幻覚ではない。刃はその弛まぬ努力によって、居合の構えをとっている最中に限り、『気』を扱うことが無意識にできるようになっていたのだ。

 

 気とは何なのか?それは一部の才能ある達人のみが習得できる、特別な力と言っていいだろう。

 気を使えば、向上するのは身体能力だけではない。怪我を瞬時に再生させたり、巨大な偶像を作ることや、果てにはビームすら放つことが出来るようになる。今回刃が使ったものは、気を扱えるものならば初歩とも言うべき技術。物体に気を流し、それを強化する技だ。だが初歩とは言え、この歳にして気が扱えるだけでも大した物であり、刃の才能は並外れていると充分に言えるだろう。

 

 そして当の本人はと言うと──

 

「やっぱカッケェなぁ……!」

 

 自分で自分の技に酔いしれていた。

 切断された落ち葉をクルクル回しながら、目を輝かせる。ひとしきり余韻を堪能した後、満足した刃は家の中に戻っていく。

 

 ピンポーン!

 

「ん?」

 

 練習を終えて家に戻る最中、家のチャイムが鳴る。

 ハーイ、と母が玄関に向かうのを横目に見ながら、誰が来たのだろう?と刃は考えた。

 

 そしてその人物が、これから先の人生で良くも悪くも自身の人生に影響を与える事になるとは、夢にも思わなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも初めまして、俺は天神館って所で学長をしている鍋島ってモンなんだが」

 

 その人物は、まるでヤクザ映画からそのまま出てきたような格好をしていた。白のスーツに白のカウボーイハット、赤色のネクタイに葉巻を咥えた、強面の男だった。

 

「凄い、本物……!?」

 

 刃の母は彼と同様、無類の格闘技好きである。故に当然目の前に立つ男の事は知っていた。

 

 『鍋島(なべしま)(ただし)

 彼は昔、四天王と呼ばれる最強格の武道家であり、川神鉄心という今を生きる伝説的人物の高弟の一人であった。現在は一線を退いており、天神館という学校を作り人材の育成に力を注いでいる。

 

 母は、口に手を当てて年甲斐もなく浮かれる。

 

「ヘヘッ、そう騒がれると照れちまうな。奥さん、サインなら後でしてやるから、ちょいと質問に答えてもらえねぇか?」

 

「え?あ、は、ハイ!何でも聞いてください」

 

 緊張した様子で受け答えする母は、神妙な様子の鍋島を見て気を引き締める。

 

「見た感じ、アンタじゃ無さそうだし。この家に今、他に誰かいるのかい?」

 

「えっと、息子が一人いますが。……あの、うちの子が何か?」

 

「いや、別にその子が何か悪さをしたって訳じゃないんだが。ちょっと会うことはできませんかね?」

 

「はぁ……?」

 

 不可解そうにしながらも何を困ることでもなし、息子の刃を呼びつける。そして廊下の奥から、オモチャの刀を手にした子供が姿を表す。

 その少年は何の変哲もない、普通の男の子にしか見えなかった。

 

(うーん……仄かに気を纏ってはいるが、さっき感じた爆発的な気の持ち主には見えねぇな)

 

 そう、今回鍋島が宮本家を訪れたのは単なる偶然だった。たまたま近くを散歩していた時に、全身に鳥肌が立つ程の強力な気を感じたからだ。住宅街が立ち並ぶこの地域で、誰か達人級の人物が戦闘でも始めたのかと慌てて駆けつけてきたものの、いざ着いてみれば戦闘の跡など微塵も無い。分かるのは、その強力な気の残滓がこの家から漂ってきていたということぐらいだ。

 

 あの時感じた気の爆発とも呼べる強大な力の波動は、全盛期の己に届きうるものがあった。しかし発生源と言える家に居るのは、武術など嗜んでいないごく普通の奥さんと、僅かにだが体に気を纏わせる子供だけである。しかしこの子供がその気の正体では無いとは、断言できずにいた。なぜなら鍋島自身も、子供ながらに大人顔負けの力を持つ子供を既に一人知っていたからだ。その名は川神百代、師である川神鉄心の孫娘。丁度目の前にいる少年と同い年ぐらいの少女で、後に武神の称号を得る事になる天才である。

 

「凄い、本物だ……!?」

 

 だが、母親と全く同じリアクションをとるこの子供からは、百代には感じた天才性が見てとれなかった。

 訝しげにしながら、鍋島は質問する。

 

「よぉ坊主、俺は鍋島ってもんだ。お前の名前は?」

 

「ぼ、ボクは宮本刃って言います。刃物の刃と書いて、ジンです」

 

「刃か……。カッコいい名前じゃねぇか。そんじゃあ刃、お前は何か武術はやってるのか?」

 

「武術ですか?その、趣味で居合を少しだけ……」

 

「(居合ってまさか、そのオモチャでやるのか?)……なぁその居合、いっちょ俺に見せてくれねぇか?」

 

 玄関口で鍋島は物は試しと、趣味でやっていると言う居合を披露してもらおうとする。刃は戸惑いつつも、テレビで見た事のある鍋島の言う通りに居合の構えをとった。

 

「な…ん…じゃあそりゃあ……!?」

 

 その姿は、あまりにも先程までのイメージとかけ離れていた。一切の隙のない構え、気配の鋭さ、そして何よりもこのまるで飲み込まれてしまったと錯覚してしまう程の気の奔流。天才性は感じない?冗談ではない。目の前にいる少年は、紛れもない金の卵であると。

 知らず知らずのうちに口角が上がる。とんでもない逸材を発見してしまったのだと。

 

「……わかった。もう十分だ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。よーく分かったぜ」

 

 構えを解いた刃に目線を合わせるようにしゃがんだ鍋島が、笑いながら提案する。

 

「なぁ刃、武術は好きか?」

 

「はい!めちゃくちゃカッコいいし大好きです!」

 

「そーかそーか。ならよぉ、俺の弟子にならねぇか?お前なら最強になれるぜ」

 

 と、言いつつも鍋島の中では、刃を弟子にとって鍛えることは最早確定的であった。この才能をこんなところで埋もれさせるのは、あまりに勿体ない。今から鍛えれば、将来は四天王として名を連ねるのも夢では無いと確信する。

 

 しかしそんな鍋島の期待とは裏腹に、刃の答えは違っていた。

 

「結構です」

 

「……何だって?」

 

「いやだから、弟子になるのは結構ですって言ったんですけど」

 

「な、なにぃ!?だってお前、武術好きだって言ったじゃねぇかよ!」

 

「確かに言いましたけど、それは見るのが好きなのであって、別にやりたいとは思ってないです」

 

 ひどく冷めた目でそう宣う刃を、鍋島は信じられないモノを見るような目で見やる。

 

「ならおめぇ、その見事な居合は何だ!?一眼見りゃあ分かる、あれは一朝一夕で身につくモンじゃねぇ。確かな研鑽が見てとれる程の見事な技だった」

 

「褒めて貰えるのは嬉しいですが、別にこれは誰かに見せようとか強くなろうって意図で覚えた訳じゃなくて、ボクがカッコいいと思ったからやってるだけです。だから正直、他人の評価とか心底どうでもいいんですよね」

 

 その考え方は、幼いながらにして自身の価値観をしっかり確立させていた刃の本心からのものだった。居合を練習するのは、自分がカッコいいと思うから。格闘技を観賞するのは、自分がカッコいいと思うモノを見たいから。

 だがしかし、刃が何よりも武術家になるのを嫌がる1番の理由は──

 

「それにボク、痛いの嫌いなので」

 

「お前……それでも男の子か?」

 

「何と言われても、嫌なモノは嫌です!」

 

 そのあまりにも子供っぽい理由に呆れ返る鍋島。年相応と言えばそうであるが、同じ男として情けなくて仕方なくなる。

 

「そう言わずにお試しでも良いからよぉ、一回やってみようぜ?な?」

 

「だから嫌ですってば」

 

「そこを何とか!」

 

「いーやーだー!」

 

「……あのぉ、長くなるようなら上がっていきます?いつまでも玄関いるのもアレなのでぇ」

 

 すっかり空気となっていた刃の母は、押し問答を繰り返す鍋島にそう提案する。

 その後、結局刃は鍋島の弟子になる事を拒否したものの、将来自身の運営する学校に入学するよう、熱心に勧誘されるのであった。

 

 

 



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三話 嵐に備えて

 

 

 日本には、全国を代表する有名な高校が二校存在してた。一つは東の川神学園。もう一つは西の天神館。この二校は、生徒一人一人の個性を尊重するために様々な取り組みを行なっている。自由な校則、ユニークな行事も多々あるが、1番の特徴と言えるのは決闘と言われるシステムを導入したことだ。

 この決闘とはそのままの意味で、生徒同士での決闘行為を推奨すると言うモノ。論争の決着や単純な修行行為としても頻繁に行われ、二校が武道に力を入れていることが見て取れた。それもそのはずで、二校の学長をしている者は、双方共に武術界にその名を轟かせる伝説的な人物なのである。

 

 川神学園学長、川神鉄心。その人は川神院という有名な拳法寺の総大であり、四天王、天下五弓の選出など、武道を嗜む者たちにとってその名を知らぬ者はいない程の有名人である。

 

 そして天神館は、学長である鍋島正が師である川神鉄心の教えをより多くに広めるために、川神院を似せて作られた学校なのだ。故に二校が似た校風である事は至って自然な事であり、世間で比較されるのもまた自然な流れであった。

 

「ねぇ、やっぱり本当みたいだよ。修学旅行で川神に行く時、川神学園に決闘を申し込むって話」

 

「みたいだな。へッ、最近川神学園の奴ら、東高西低なんて呼ばれて調子に乗ってるようだからな。その鼻っ柱へし折ってやるぜ」

 

 場所は天神館、三年生の教室。

 昼休み食事を終えた生徒達が、ガヤガヤと食後の会話に花を咲かせていた。その中の一つである二人の男子生徒は、近々行われるであろうと噂されていた決闘について話し合っていた。

 

「でもさぁ、向こうにはあの『武神』がいるんだぜ?倒した人間をラーメンにして食べたなんて逸話があるほどの凶戦士だよ!?」

 

「だが逆を言えば、その武神さえ何とかしちまえば後はこっちのモノって事だろ?どうせ川神学園なんざ、武神のワンマンチームでたいしたことねぇって」

 

「そ、そうかなぁ……?」

 

 威勢よくそう吠える男子生徒に、気弱な男子生徒は懐疑的な視線を向ける。しかしそれも仕方なく、何処ぞの超人のように噂される武神、川神百代は、名高い四天王でも最強と謳われる存在だ。何千回と言われる決闘の数々を連戦連勝、現在も無敗を誇り世界からもその動向を注目されているほどに。

 そのような存在が相手なのだ、彼の弱腰の姿勢には威勢の良い男子生徒も一部共感する所はあった。でもそんな心配は杞憂だと言うように、自慢げに天神館の戦力について語り出す。

 

「武神のようなエースがいるのは何も川神学園だけじゃねぇ。ウチにだっているだろ?我らが西方十勇士がな!」

 

「そ、そうか!?確かに彼等なら武神にだって、きっと対抗できる」

 

「おうよ。例え俺たち三年が敗れたとしても、十勇士全員が全て揃ったキセキの世代、二年生達がいれば絶対に勝てる。

 なぁ、お前もそう思うだろ──宮本?」

 

 同意を求めるように威勢の良い男子生徒は、隣に座っていた男に話しかける。最初から話の輪に入っていたわけではないが、隣に座っていたせいか会話の内容は否が応でも耳に入ってきていた。

 そしてその突然話しかけられた男とは、小学生の時からすっかり成長した男子生徒、天神館3年生の宮本刃であった。

 机に片肘をつきながら、どうでも良さそうに答える。

 

「ん?まぁ、そうだな。勝てるんじゃない……たぶん」

 

「ほれ見ろ、宮本だって勝てるって言ってるじゃねぇか!」

 

「そうだね。武術マニアの宮本君がそう言うなら、僕もだんだんそう思えてきたよ」

 

「コイツは武術は全くやらねぇが、人の実力を見抜く力は確かだからな。説得力があるぜ」

 

 明らかに適当に答えた内容で、異様に盛り上がる二人。

 自身のせいでああなっていると言うのに、その様子は刃の目にはちっとも映ってはいない。だが、今彼の頭の中にあるのは、隣で騒いでいる二人と同じ内容であった。

 刃は先日あった話を思い出し、面倒な事になったと嘆息を吐く。その表情は、あからさまに嫌なことがあったと言う風に顰められているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に無理だね」

 

 天神館学長室。

 厳かな雰囲気漂う空間に、二人の人間が対峙していた。一人はこの部屋の主人である、天神館学長鍋島正。もう一人は、神妙な顔つきで鍋島に否定の言葉を叩きつける宮本刃だった。

 昨今噂となっている川神学園との決闘話、あれは真実である。その話が噂となって学内に広まる前に、鍋島はその内容を刃に話していた。

 

「川神学園と戦う?あの武神に勝てる奴なんて、此処にはいないだろ!」

 

「そうかぁ?俺はウチの生徒だって、向こうに負けてねぇと思うがなぁ」

 

 今回、我らが天神館が川神学園に決闘を申し込んだのは、互いに切磋琢磨するというお題目を掲げてはいるが、それがただの建前であると刃は見抜いていた。その真の理由は、鍋島が師である川神鉄心に自身の生徒自慢したいだけのことだった。

 故に、ただでさえ勝ち目の無い戦いなのに、そんな自分勝手な理由で自身を決闘に連れ出されると言う事態など、刃には到底許容することはできない。何とかして、考えを改めさせなければいけなかった。

 

「それじゃあ鍋島さんは、川神百代に勝てる奴がいるとでも?ちょっと耄碌しすぎじゃないですか?」

 

「お前なぁ……いくら俺とお前の仲とは言えちょっと言い過ぎじゃねぇか?たく、昔はあんなに慕ってくれてたってのによぉ。俺は悲しいぜ」

 

「話を逸らさないでください!こっちは下手したら命懸けの戦いを強いられそうになってるんですよ。アンタのせいでね!」

 

「でもお前、いざ戦いになったら適当な所で降参して逃げるつもりだろ」

 

「それの何が悪いって言うんですか?」

 

「開き直りやがったぜコイツ……」

 

 ここ天神館に於いて、宮本刃と言う存在は少々異質であった。個人の個性を尊重する校風の天神館ではあるが、在学している者の殆どが少なからず決闘による武道に携わっている。その中で刃だけが、表向きは一切の武道に関わりを持たない生徒と認識されていた。ではなぜ刃が天神館などと言う武術を教育の一環として推し進める武闘派の学校にいるのか、それは幼少の頃から自身の才に惚れ込んだ鍋島の強い説得もあったが、天神館に在籍していることで質には問題あれど、自身の趣味の一つである格闘技の観戦が、学校にいながらできると思ったからである。

 だから、決闘絡みの問題には決して関わろうとせず、傍観者に徹してそれを観賞するようになった。他の生徒からは、腑抜けや腰抜けなどと揶揄される事もあったが、仲のいい友人間では武術マニアなどと呼ばれ、頼りにされることもあった。

 

「確かに、お前らが武神に勝つのは難しいかもしれねぇが、今三年の連中が練習してる技が完成すればワンチャンあるかもしれないぜ」

 

「それは……確かに、ボクもあの技の完成を見たことは無いのでハッキリしたことは言えませんが、そんなに凄いんですか?」

 

「もちろんよ!ありゃ習得するのがとびっきり難しい妙技だぜ。それもかなりの規模になる予定だからな。アイツらの頑張り次第だが、充分可能性はある。それに、お前が一番戦ってるところを見たいんじゃねぇのかよ?」

 

「うッ……」

 

「ほら、図星じゃねぇか」

 

 三年生が練習中との技は、大勢が集まって初めて漸く形となる、非常に習得難易度の高い珍しい技である。その希少度は、今まで沢山の格闘技を見続けてきた刃ですら、資料でしか知らなかった程の物。武術マニアとまで呼ばれる刃にとっては、是が非でも戦っている光景を目にしたいと思っていた。しかもその相手はあの武神だ。最高にカッコいい物が見れるだろうと、想像するだけで胸が踊った。

 説得に来たはずが逆に説得されそうになっている状況に、釈然としない気持ちになりながらも、心は既に受け入れる方向に傾いている。

 

「……危なくなったら、速攻でリタイアしますからね」

 

「おう、構わねぇよ。ってことはだ、賛成ってことでいいんだな?」

 

「……はい」

 

 我が意を得たりと、ニヤリと笑う鍋島。

 

「それじゃあ、お前が三年の大将ってことで決まりだな」

 

「……はい!?ちょっ、何が一体どうなってボクが大将なんて話になるですか!?」

 

「だってお前、どうせあの技の練習参加してねぇんだろ」

 

「そ、そうですけど」

 

「なら戦いに参加せず、安全に後方から戦闘を観察できる奴は、お前しかいねぇじゃねぇか」

 

「だからって、みんな納得するわけ……」

 

「そこは心配いらねぇよ。大将が一緒になって最前線で戦うなんてアホなこと、ちょっと説明すればアイツらなら直ぐ理解するさ」

 

 妙に自信満々にそう語る鍋島の表情は、まだ何か問題あるのか?と言っているかのようにニヤニヤとしていた。

 

「くっ……今回はそう言う手でくるんですね。でも大将になったって、ボクは戦ったりしませんからね!」

 

「まぁ、そうかもな……」

 

 実を言うと、こうして鍋島が刃を表舞台に引き摺り出そうとしたことは、今回が初めてでは無い。過去幾度にもわたって説得を試み、刃を決闘の場に引き摺り出そうと躍起になっていた時期もあった。

 天神館入学当初はそれはもう酷い物であり、毎日のように勝手に決闘のスケジュールを作られていたほどである。数にして100もの決闘が行われたが、その全てが刃のリタイアによる敗北に終わっている。その結果、同学年では最早刃に決闘を申し込む者はいなくなってしまった。

 これには流石の鍋島も誤算だったのだろう。周囲から腰抜けなどと言われ続ければ、流石の刃もいつかは諦めて本気を出すと踏んでいたが、まさか此処まで他人の評価に無頓着だとは夢にも思っていなかったのだ。

 その後も学校行事を利用して、戦わせる事に何度か成功(・・・・・)するものの、その結果は満足のいく物では無かった。それから三年に入り、暫くは何の音沙汰なく平和に暮らせていた刃にとって、まるで不意打ちのように感じた。

 だがどんなに妙な策略を仕組まれようが、自身が戦う気にならなければ無意味だと言うことを刃は理解している。今回もまた、危なくなればリタイアすればいいのだと、己を納得させた。

 

「わかりました、やりますよ!どうなっても知りませんからね!」

 

 如何にも憤慨していという風に、バンッと扉を閉め、刃は理事長室から出て行く。

 

 静寂の訪れる室内。触り心地の良さそうな椅子に体を深く沈め、鍋島は天井を見上げた。先程の挑発的な雰囲気から一転、何かを憂うようなそんな表情で、これから先刃に降りかかるであろう困難に頭を悩ませる。悔恨を感じさせる声色で、こう呟く。

 

「……俺の勝手なエゴだって言われても仕方ねぇが……悪りぃな刃、やっぱりお前は、表に出るべきだぜ……」

 

 刃にとって、いや、世界的に見ても大きな分岐点となるであろう川神学園対天神館の一大決戦。

 

 東西交流戦は、目前へと迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 



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四話 東西交流戦 開幕

沢山の評価とお気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。

まさかランキングに載るとは思ってなかったので、今朝見た時は眠気が一気に吹き飛びました。

これだけ期待されるとプレッシャーが凄いですが、あと数話、頑張ります。




 

 

 東西交流戦は、川神市にある工業地帯で夜に行われていた。噂通りに行われたこの東西交流戦は、かなりの大規模で開催されることが決まり、一部メディアで放送される事態にまで発展している。

 各学年から200人を出し合い、敵大将を討ち取った方が勝利する集団戦、三本勝負。東の川神学園。西の天神館。互いのプライドをぶつけ合う決闘は、2本目の勝負を終えた時点で、川神学園の勝利で終わると目されていた。

 

 一回戦。一年生同士の戦いは天神館の勝利に終わった。川神学園に所属する、“剣聖”黛十一段の娘、黛由紀恵の活躍により序盤から中盤は終始優勢に進んだ。一時は大将の目前まで迫られたが、何を血迷ったのか突然飛び出してきた川神学園側の大将を袋叩きにするという結果で、呆気なく終わる。

 

 二回戦。二年生同士の戦いは、今度は川神学園が勝利する。戦いが始まる前の下馬評では、天神館が誇る西方十勇士が全員所属する二年生故に、川神学園側の勝ち目は薄いとされていた。しかしいざ始まってみれば、十勇士達は次々に討ち取られていき、最後には大将である石田が、空から降ってきた源義経を名乗る少女に切り捨てられたのだった。

 

 ここまでの戦績を比べれば、互いに一勝一敗で均衡しているように思えるが、ではなぜこの時点で川神学園側が勝利すると目されているのか……それは、残った三年生の部に“武神”が所属しているからだった。

 川神学園所属、川神百代。武神と名高い彼女がいるからこそ、周囲では戦う前からもう勝負はついているとまで言われている。

 しかし周囲から何と言われていようと、天神館の三年生達は負けを覚悟で挑んでいる者なぞ一人もいなかった。

 

「ついにこの日がきたな……」

 

 各陣営で戦いの準備を進める両者。天神館陣営で準備を進める三年生達は、直に相手になる武神との戦いを前に、戦意を燃え滾らせていた。それは天神館の三年生達だけに留まらない。この三回戦に限り、天神館側は大量の助っ人を味方に引き入れることが出来たのだ。その数は規定人数の三倍、有に600人以上である。これは川神学園側も承諾済みであり、武神を相手するにはそれぐらいでなければ相手にならないという余裕の表れに他ならない。

 しかし、その態度に反感を抱く者は一人もいない。皆分かっているのだ、今から戦う事になる存在が、途轍もない強敵であるということを……。

 

「二年生達が負けたのは想定外だったが、問題ない!私達が勝って、天神館に勝利の凱旋をするぞー!!」

 

【おおーーー!!!】

 

 気合充分、拳を突き上げて、気持ちを一つにする一同。

 一団の先頭に立ったリーダー格の男子生徒は、その光景を見て安心する。ここまで共に切磋琢磨してきた仲ではあるが、事ここに至って怖気付いている者は一人もいない。鼓舞し合う者、緊張を解す為に頬を叩いて気合いを入れる者など、各々が戦いに備えていた。

 助っ人で呼んだ外部戦力の方々とも、関係は良好。これならば、練習通りの実力を発揮できると確信する。

 

 そこでふと、気になるモノが目に入る。それは、今回学長の推薦で大将の役をする事になった宮本刃であった。

 昨夜の二年生同士の対戦。それだけではなく、勿論一年生同士の対戦でも、刃はその光景を食い入るように見やり、終始テンション高く騒いでいた事を思い出す。あの生徒が凄いだの、この生徒は残念だのと、隣に座る生徒に話しかけてはウザがられていた。

 しかし今の彼は、一人一団から一歩引いたところで、暗い表情で佇んでいる。その様子は、昨夜のはしゃぎようからは想像できないほど静かなものであった。

 

 士気は問題ない事を確認した三年生のリーダーは、一人寂しそうにしている刃の元へ向かう。

 

「どうしたんだい宮本君?随分と暗いな、昨日まではあんなに元気そうだったのに……」

 

「ん……?何でも無いよ、心配しなくていい。……ただちょっと、不安なだけだから」

 

 それを聞いて、──ああそうか、と考えもしなかった彼の心情を察する。

 

「そうか……。確かに大将の君は、私達よりもずっと強いプレッシャーに晒されているのだろうな」

 

 ずっと勘違いしていた。天神館にいる間、大将役になった彼を見て、これで無理矢理に練習に参加させられなくてすんで、彼も安心しただろう、と。お門違いも甚だしい。宮本君は安堵したのでは無い、私達なんかよりも、ずっと重い役目に就かされたのだ。

 

 心の中で刃に対して謝罪すると同時に、リーダーの男子生徒は、今できる精一杯の励ましの言葉を送る。

 

「不安に思うことなんて何も無いさ。宮本君も見てただろう、頑張って練習(・・)する私達の姿を」

 

「…………」

 

 励ましの言葉を送るも、効果は見られない。むしろ、より顔が険しくなったようにすら感じる。だが、何時までも刃に時間を割いている暇はない。開戦の時刻が迫ってきていた。

 

「心配するな、大丈夫。私達はきっと勝てるよ」

 

「……あぁ、ボクもそう願ってるよ」

 

最後に言葉残して去っていく後ろ姿を眺めながら、刃の心の曇りは、依然として晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。いよいよ始まったか」

 

 最終決戦である三回戦が始まる時、大将である刃は、既に一人遠くに避難していた。だが、どこか狭い場所に隠れ潜むつもりは毛頭ない。それではせっかく楽しみにしていた今回の戦いが見ることができないのだから。潜伏場所は、戦いが一望できる高所が望ましい。

 刃は戦闘の余波が及ばない離れた鉄塔に登り、戦場を見渡す。

 

 まず一番初めに目に飛び込んできたのは、今日ここに至るまでずっと観察し続けてきた仲間達の連携技だった。その名も『天神合体』。ネーミングそのままに、彼らが合体し巨大な一つの生物となる奥義である。

 数百人が連なることで完成する巨人の異様を改めて見て、妙技と謳われるだけの威圧感があると実感した。その巨体は、戦場である工場地帯を覆うほどであり、並の相手なら腕の一振りでペシャンコだろう。

 けど、今回ばかりは相手が悪い。

 

 タラリと一筋の冷汗が頬を伝う。仲間達が対峙する相手、川神百代のその圧倒的な闘気に、刃は確信する。

 

 ──あれは……勝てない。

 

 彼我の距離は、常人では豆粒にしか見えないほど離れているが、刃の目には確と見て取れる。その武神と呼ばれる川神百代、その少女の実力が。

 

「やっぱ映像で見るのと、生で見るのとじゃ迫力が段違いだ」

 

 誰もが知るレベルで有名な百代の事は、もちろん武術マニアとまで呼ばれる刃が知らないはずもない。昔の決闘から、過去川神学園で行われた特別行事、川神大戦の映像も視聴済みである。だが、映像だけでは見て取れない、その身から溢れ出る気の大きさは、数百人の集合体である仲間達をたった一人で凌駕していた。

 

 楽しそうに獰猛に笑う百代。圧倒的質量を前にしても、一歩も怯んだように見えない。技が完成するまで、律儀に待っていることからも相当な自信が伺える。正しく、強者の余裕と言えるだろう。

 

 両者、出方を伺うように動かないが、先に動いたのは天神館の生徒達であった。その有り余る巨体を生かした質量攻撃で、押し潰そうとする。

 

 それに対して百代は、正面から打ち破ろうと身体に力を込め、掌に眩いばかりの気が凝縮する。その出力は、刃が過去目にしてきたどの武人よりも強力で、とても同じ人間がやっている事とは信じられなかった。

 そして、溜められ放たれた気弾は、巨大な生物として結合していた仲間達をあっさりと打ち抜く。断末魔をあげて、合体が崩れていく。百代の放った一撃は、彼らの努力の結晶を容易く打ち砕いたのだ。

 

「すげぇな……」

 

 仲間達が容赦なくやれる光景。それを目にしながらも刃の感情は、素直な気持ちを思わず言葉にしてしまう。もしこの場所がバレれば、あの攻撃が此方に向かって放たれるかもしれない。分かっている、今や余裕など微塵も無いことなど。だが、それでもと、目を輝かせながら思ってしまうのだった。

 

「ぐわぁー!」

 

「なんだ!?」

 

 鮮烈な光景を目にした余韻に浸っていたところ、そこに先程の攻撃の余波で吹き飛ばされた仲間の一人が、刃目掛けて吹っ飛んできた。思考を中断して、慌てて受け止める。そいつは、いつの日か刃に話を振ってきた、男子生徒だった。

 

「おい大丈夫か?」

 

「お、おぉ……宮本か、全然大丈夫……だ、ぜ……」

 

「まったくそうは見えないんだけど」

 

 全身ボロボロで今にも気を失いそうな彼は、見るからに分かる痩せ我慢を披露する。彼の惨状を目にした刃は、いよいよリタイアする時間が来たな、と心に思っていた。

 しかし、そんな刃の心中など全く知らないその男子生徒は、しがみ付きながら最後の希望を託す。

 

「逃げろ、宮本……。ハァハァ……お前さえ無事なら、俺達の負けには、ならない。

体勢を……立て直し……て──」

 

 体力の限界だったのだろう。最後まで言い切ることなく、彼の意識は途絶えてしまう。

 威勢の良い男子生徒を抱き止める刃は、彼の最後まで諦めない精神力に驚愕するのだった。

 

「何でお前らは、そんなに頑張れるんだよ……」

 

 それは、刃には無いモノであった。

 天神館にいる間、ずっと見てきた。天神合体を成功させる為、何度も何度も転げ落ちて怪我をする彼らを。痛かったはずだ、しんどくて、苦しくて、ちっとも楽しそうには見えなかった。なのに、誰一人として諦める者はいなかった。

 漸く成功させた技も、先程いとも容易く破られてしまったと言うのに、彼は折れなかった。いや、折れていないのは彼だけでは無い。倒されてしまった天神館の仲間達の中で、勝負を諦めている者なぞ一人もいないのだろう。

 

 ──ああ、それは何とカッコいいモノなのだろうか。

 

 心の底から、そう思った。

 

 刃は思う。本来なら、リタイアすると決めていたタイミングだ。だが、その選択肢はもう無い。彼らの練習を見ている時に、ずっと感じていた違和感、その正体が漸く分かったからだ。

 カッコ悪いと、感じたのだ。誰一人諦めていないこの状況で、何の努力もしていない自分の勝手な都合によって彼らを負けさせる事は、この上なくカッコ悪い、と。

 

 抱き止めていた彼を丁重に下ろし、重い腰を上げる。

 刃の目には、かつて一度も宿った事ない戦意が迸っていた。

 

 

 

 

 

 




話の展開が急すぎて情緒が無いかなぁと不安に思いましたが、短編なのでテンポ良くいこうと思います。



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五話 最も強き者

 

 

 

 東西交流戦、三回戦目が開幕してから30分程たった頃。川神学園が本陣を構える場所にて、一人の少女が暇を弄んでいた。

 

「んー久しぶりに思いっきり戦えたのはスッキリしたけど、こうも待ち時間が長いとなぁ」

 

 長く艶やかな黒髪、スラリと伸びた手足に豊満な体つきで、既に女性としての魅力を兼ね備えている、非常に整った容姿をしている彼女こそが、“武神”として先程天神館を蹂躙した川神百代、本人である。

 

 天神館の生徒達を蹴散らした現在。川神学園の生徒達は、生き残りの残敵掃討の為に、百代と数人の非戦闘員の生徒以外全員が出払っている。今回の三年生の部での戦いは、皆の同意があった事とはいえ百代一人に全て手柄を持っていかれたようなモノ。残った敵の殲滅くらいは、と張り切って出陣していった。

 

 しかしそうして出ていってから30分も経つものの、大将を討ち取ったと言う勝ち鬨の声は上がってこない。確かに、天神館側の戦力は600人以上の大群だ。天神合体による密集によって、百代に一網打尽にされたとは言え、その数はかなりのもの。しかも戦場となっているのは夜の工場地帯と、お世辞にも見通しの良い場所とは言えない。索敵には手間取ることになっているだろう。

 だが川神百代という少女は、元来そこまで気の長い質ではない。現状は大技を放てた満足感から大人しくしているが、あまり長く待たせ続けると、倒れている天神館の一人一人にトドメを刺して回るかもしれない程である。

 

 そんな焦ったそうにしている百代に、非戦闘員でありながら東西交流戦に参加した一人の男子生徒が、諌めるように言葉をかけた。

 

「落ち着け川神。少しは矢場達にも出番をやらなければ、不公平というものだろう」

 

「相変わらず京極は硬いなぁ。もう少しハメを外しても良いと思うぞ」

 

 同級生でありながら、自分とは違い大人の雰囲気を醸し出すその青年に、百代は辟易とした態度をとる。

 

 その青年の名は『京極(きょうごく)彦一(ひこいち)』川神学園の三年生で、言霊部という部活の主将を担っている。彼の服装は皆が制服の中ただ一人の着物であり、その眉目秀麗な顔立ちもあって、百代に負けず劣らずの存在感を放っていた。

 

「あーあ、暇だなぁ。こんな事ならあっさり倒すんじゃなくて、もっと楽しんでからブッ飛ばすんだった」

 

「ふむ。お前には珍しく、初手から大技で決めにいったかと思えばこれか……」

 

 京極は、まるで幼児のように駄々をこねる百代に、呆れたような目をむける。

 百代には、悪癖と言うべき戦い方の癖があった。それは最初から全力を出さず、スローペースで戦いのギアを上げていくと言うものである。この悪癖は、絶対的な力を持って生まれてきたことと、戦闘狂である自身の性格も相まって生まれたものだ。

 これに関しては、周りから是正するように促される事もあるが、改善の兆しが見える様子はない。

 

「──ん?」

 

 それに最初に気づいたのは、地面に座り込んで暇だ暇だ、と騒いでいた百代だった。

 

 川神学園が陣地を敷く場所は、工場地帯の中でも建物が無く広々とした空間だ。その真正面。障害物がなく、まっすぐな道が続く場所を一人の男が歩いてきている。

 その服装は川神学園の物では無く、天神館の物。つまりは敵であった。左手に刀を持ち、足取りは軽く、まるで散歩でもしているかのように本陣まで一直線に向かってくるその男を見て、百代は立ち上がる。

 やがて本陣までたどり着いたその生徒は、百代を見詰めながら確かめるように質問する。

 

やっぱり(・・・・)、キミが大将なのかな?川神百代」

 

「ああ。いかにも私が大将だ」

 

 得意げにそう言い放つ百代とは対照的に、天神館の生徒は疲れたように溜息を吐く。

 

「……ボクの名前は宮本刃。天神館の大将だ」

 

「へぇー……。一人で敵陣に乗り込んでくるなんて、大した度胸じゃないか」

 

 大将として名乗りを上げた生徒、刃は睨みつけるようにして眼前の百代を見据える。対する百代は腕を組み、いかにも余裕と言った風に応えた。

 刃が来たことで、戦闘が始まると予感した非戦闘員組は、素早く二人から距離を取る。その最中京極は、刃がこの場に現れたことに言い知れぬ違和感を抱いた。

 

(奴はいったい、何処から現れた……?)

 

 それは勿論、正面からである。しかし、そんな事は京極とて承知している。問題なのは、刃がどうやって正面からやってこれたのか、その一点だった。

 現在、川神学園三年生の中から選び抜かれた武闘派の生徒達が、周辺を隈なく探索中であったはずだ。本来なら見通しの良い正面を通って、刃が誰の邪魔も受けることなく本陣に向かうことなど、不可能なはずである。

 嫌な予感が、脳裏を過ぎる。

 

「キミ、今すぐ出払っている者達に連絡を取るんだ」

 

「え?は、はい!」

 

 京極はすぐさま側にいた女生徒に、他の生徒達と連絡を取るように指示を出す。突然の事に最初は驚いた女生徒だが、すぐに言われたように連絡用のトランシーバーで呼びかける。だが、その呼び声に応える者は、一人もいなかった。

 

「あ、あの京極君」

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「何かあったと言うか、その誰も通信に応じてくれないの……」

 

「なんだと?」

 

 おかしい、そんなはずは無いと再確認するも、帰ってくる答えは同じ、応答されることはなかった。

 連絡用のインカムを渡されているのは、この場に残る非戦闘員の3名と、百代を除いた186人の生徒達を率いる10人の分隊長達だ。各人が運動系の部活の部長を務める武人であり、確かな実力を兼ね備えている。

 連絡が取れない可能性として考えられるのは、此方の持つトランシーバーが壊れているのか、もしくは分隊長達の持つインカムが一斉に故障しているかのどちらかだろう。可能性として高いのは前者である此方の持つトランシーバーが壊れていると言うことだが、見たところ壊れているようには見受けられない。

 

 いったいどう言う事だと、各人が散らばった工場地帯に目をやる京極。だが、どれほど見つめようとも答えは分からない。返ってくるのはただ一つ、静寂(・・)だけであった。

 

「……静かすぎる」

 

 しかし、ふとした瞬間に京極は気づくことができた。周囲が静かすぎるのだ、不自然なほどに。

 そう、それはあまりにも当たり前であり、ごく自然と無くなったことで気づかなかった違和感。

 今行われているのは東西交流戦。合戦である。なのに、それによって起こるであろう喧騒は、全く聞こえてこない。足音、話し声、息遣い。聞こえてくるはずの音が何一つ聞こえてこない現状は、あまりにも異質すぎる。

 これではまるで、この工場地帯から人が消えてしまったかのようであった。

 

「川神!気をつけろ、何か様子が変だぞ」

 

「京極?どうしたんだ急に?」

 

 現状の不審さを感じ取った京極は百代に注意を促すも、それを彼女が汲み取った様子は見られない。視線を戻し正面に立つ男を改めて注視するが、差したる脅威は感じることはできなかった。

 

 黒髪黒目の短髪に、背は170前後と標準的。体付きも割と筋肉がついている方ではあるが、無いよりマシと言う程度。至って平凡的な、地味な男子生徒であった。

 何か武術を嗜んでいる可能性もあるが、刃が此方に向かって歩いてくる所を見るだけでも分かる。目の前の男が、武道を嗜む者なら存在する特有の足取り、しっかりとした体幹が見受けられない。ド素人のそれであった。唯一目立つ箇所があるとするならば、刃が身に纏っている気の膜が常人と比べると少し多いぐらいである。だがそれも、百代からすればドングリの背比べと同じだ。

 

 目立った外傷が見受けられない所を見るに、恐らく先程倒した天神館の生徒達の中に、彼は存在しなかったのだろう。

 そこから考えられる可能性としてあるのは、一人後方で待機していた大将が、観念して潔く最後は一対一の勝負を挑んできたということ。強くは無いが、腰抜けと言うわけでもなさそうだ、と百代は笑う。

 

「いいぞお前、その心意気は買ってやる。ハンデとして先手は譲ってやろうじゃないか」

 

「……じゃあ、ありがたくそうさせてもらうよ」

 

 百代の申し出を聞き入れた刃は、言われた通りに攻撃態勢に入った。

 左手に持った刀を腰元に置き、右手を添える。右脚を曲げ、左脚を伸ばし、上体を下げる。その態勢はまるで、陸上のクラウチングスタートのようであった。

 

 空気が変わるのが、分かる。

 

 今まで場の空気を支配していたのは、完全に百代であった。しかしそれは、たった今塗り替えられる。目の前の男から、尋常では無い量の闘気が溢れ出したからだ。

 空気がひりつき、汗が滲み、水分を欲した喉は生唾を嚥下する。

 

 百代は重大な勘違いをしていたのだと、事ここに至って漸く理解する。目の前に立つ男は、宮本刃は、弱者などでは決して無い。

 その鋭利に研ぎ澄まされた(やいば)を巧妙に隠し、敵の喉元を切り裂かんばかりの鋭い眼光は、正しく自身と同じ壁を超えた、達人の領域だ。

 

 歓喜に打ち震える。握り締めた拳からは、メキメキと音を上げ、限界まで引き上げられた口角は、その美しい顔を凶悪に彩る。

 

「最っ高だぞ……お前……!」

 

 ただの消化試合だと目していた勝負が、極上のデザートへと変貌した今、百代の中の本能が警報を掻き鳴らすのと同等に、思わぬ強敵の出現に感謝した。

 百代も対抗するように全身に気を巡らせる。体勢を整え、来るであろう強烈な一撃に対して万全の姿勢を整えようとするが……。

 

 だがそれは、あまりにも遅すぎた。

 

 何故ならば、それは、刃はもう既に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──構えている(斬っている)のだから。

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 それは今まで黙って状況を見守っていた非戦闘員の男子生徒の一人が、思わず発した声だった。

 訳がわからないと言わんばかりに、その顔には困惑が満ちている。彼だけでは無い、同様に見守っていた京極達3人全員が、何が起こったのか理解できていなかった。

 

 気づいたら、それは終わっていた。

 

 気づいたら、刃は百代の後方にいた。

 

 気づいた時には、最強(百代)は倒れていた。

 

 チャキン、と刀が納刀される音が木霊する。

 構えを解いた刃は後ろに振り向き、状況を確認した。そこにあるのは、仰向けで気絶している百代という現実だった。

 

 10秒、20秒とその静寂は続き、やがて刃はその右手を高らかに掲げ、宣言する。

 

「大将、討ち取った」

 

 東西交流戦。その結末は、天神館の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、お主の言っておった若者かの?」

 

 東西交流戦が開戦している工場地帯から少し離れた高層ビルの上で、事の成り行きを見守っていた人物が二人いた。一人は天神館学長、鍋島正。もう一人は川神学園学長の川神鉄心であった。

 鉄心はその長く蓄えられた白髪の髭を撫でつけながら、その光景を目に焼き付ける。

 

 開始早々にして壊滅的被害を被った天神館側の残す戦力は、大将である宮本刃、ただ一人だった。最早、勝負は決したものだと思ったが、それは早計であったと言わざるを得ない。

 何故ならばその残された戦力が、自身の孫娘同様に一騎当千の力を持つ存在だったからだ。

 

 刃は、仲間達が倒された後にすぐさま行動を開始した。倒れていた仲間達が持っていた刀を拾い上げ、討ち漏らした敵を叩くために迫ってきた川神学園の生徒達を、目にも止まらぬ速さで斬り伏せていったのである。

 その姿は、側から見るだけでは何が起きているのか皆目見当がつかない程に不可思議なものであった。刃の側に近寄った者たちは、皆悉く倒れていく。そうして、散開する敵勢力をしらみ潰しに探して回った刃は、総勢196名の生徒達を30分足らずで全て倒してしまったのだ。

 彼が何をしたのか、それは歴戦の武道家である鉄心をしてもハッキリとは目にできてはいなかった。だが、何をしたかは分かる。

 刃は全く構える事なく、無造作に抜き放った刀で斬り捨てたのだ。常人ではとても認識できない程のスピードで。

 

 末恐ろしい、と鉄心は感じた。あの若さにして、いわゆる一つの技の極地に辿り着いている。

 

「実に恐ろしい弟子を育てたのぉ」

 

「ふっ。弟子なんて大層なモンじゃねぇよアイツは。俺がアイツに教えてやった事なんて、一つもねぇからな」

 

「なんと!?では彼奴の技は全て我流か?……ますます末恐ろしいのぅ」

 

 改めて驚嘆の意を表す鉄心を他所に、鍋島は嬉しそうにしながらも、悔しさに歯を食いしばっていた。

 そう鍋島が刃にしてやれなかった事、それは彼の全力をぶつけられる存在を育てられなかったことだ。実はこうして、刃が誰かの為に刀を手に取ったのは初めてでは無い。過去に一度、川神大戦に似せた行事を天神館で取り行った時に、その力を振るったことがある。しかしそこで出された力は全力とは程遠く、先程までの光景同様、何をされたのか全く理解できないうちに刃の属する陣営が勝利して、その戦いは終わってしまった。

 その時に感じたのだ、天神館(ここ)ではダメだろうと。

 

 今回の東西交流戦を企画した理由。一つは師である鉄心に、自分の育て上げた生徒達を自慢する事。

 もう一つは、今から繰り広げられる百代との対決で、刃の本気を引き出す事だった。刃の才能を、更に上の段階に引き上げるために。その目的は、無事に達せられた。

 

 荒れ狂う気の嵐を掻き消すようにして、もう一つの気の嵐が出現する。刃が百代との戦闘を開始したのだ。

 待ちに待った光景を目にし、鍋島は横で目を見開く鉄心に言い放つ。

 

「どうだ師匠?強ぇーだろ、俺の生徒は」

 

 刃は、最強に勝利するのだった。

 

「これは……驚いたのぅ。この歳にしてまだ驚くことがあるとは……。まさかモモが負けるとは思っとらんかったわい」

 

「悔しいか?」

 

「いや、モモには良い薬になるじゃろう。この敗北は、いつか必要な物であったからな」

 

 しみじみと、そう呟く鉄心からは教育者としてよりも親としての側面が大きく現れていた。鍋島も、自身の孫を当て馬にされたことを鉄心が怒っていないことに安堵する。

 

「む?こりゃいかんの」

 

「おいおい、教育がなってねぇんじゃねぇか師匠?」

 

「うるさいわい!まったく困った娘じゃ」

 

 突如、話を弾ませていた二人は飛び降りるようにして、工場地帯に飛んでいく。

 

 聞き分けのない、きかん坊が目を覚ましたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いに勝利した刃は、やり遂げた達成感から頬を緩ませていた。

 

「ふぅ。……これでカッコがつくなぁ」

 

 心の中で思った、勝利するために諦めないという誓いは見事に果たされ、実に晴れやかな気持ちであった。仲間達への義理も果たしたことだし、さっさとホテルに帰って休もうと、帰路に着こうとする。

 

 だがそれは、背後から放たれた特大の闘気によって霧散する。

 

「ッッ!?」

 

 飛び退くように振り返ると、そこには倒れていた百代が起き上がっており、その身から溢れ出る闘気を抑えつけることなく放出し続けていた。すると、その身を緑色の光が一瞬包んだかと思うと、実に楽しそうに百代は振り向く。

 

「やるなぁ!すっかり油断してしまったぞ」

 

「そりゃどうも。あのさぁ一応教えとくけど、この戦いはボク達の勝ちだよ?」

 

「ああ、だろうな」

 

 気絶していたせいで分かっていないのかもと思った刃は、丁寧に教えてあげるも、それは既に百代も承知していた。

 ではなぜそんなにも気を荒立たせているのか、刃には分からなかった。

 

「私達は負けた。だから、ここからは私の戦いだ!」

 

「なに?」

 

 刃には、百代が言っていることを理解することができなかった。

 だがそんなものは関係ない。百代の目に映っているのは、目の前にいる最高の遊び相手だけである。

 

 最強である百代の戦いは、周りに甚大な被害をもたらす。それは周知の事実であり、百代自身気をつけている事柄でもある。しかし、気をつけていても戦闘の余波で何かを壊すのは最早日常茶飯であり、気にしながら戦うのも億劫になってきていた。それに伴い百代は、鉄心から全力での私闘禁止令を出されたのだ。

 戦いが好きなのに戦えない。全力を出せば誰であろうと瞬殺してしまう。そういうジレンマの日々が、百代に少しづつストレスを蓄積していった。

 だからこそ、東西交流戦のような数少ない自身が遠慮せずに暴れられる舞台は貴重なのである。

 ましてやそこに現れたのは、最強の力を全力でぶつけても壊れそうにない、求めてやまなかった存在。

 

 百代には、我慢することなどできなかった。

 

「おいちょっと待て!こっちに戦闘の意思はないぞ!?」

 

「問答無用!『川神流・無双正拳ヅッー!?」

 

「『顕現の参・毘沙門天』!」

 

 闘争本能剥き出しに飛びかかってきた百代は、突如として出現した巨大な足で踏みつけられて、その暴挙を止められた。

 地面にめり込んだ百代と立ちすくむ刃の間に降り立ったのは、急いで現場に駆けつけた川神鉄心、その人である。

 

「な、なんだ?」

 

「よぉ、無事かよ刃?」

 

「鍋島さん!?」

 

 そして鉄心同様に駆けつけた鍋島は、刃の隣に寄り添うように現れる。急転する事態に目を白黒させる刃だが、まだ終わったわけではない。百代を抑えつけている巨大な足が、粉々に砕け散ったのだ。

 

「ジジィ、邪魔するなよ」

 

 穴の底から這い出てきた百代は、憎たらしげに自身の祖父を睨みつける。明らかに尋常ではない攻撃であったはずなのに、それが全く効いてない百代を見て、刃は改めてその化け物っぷりに肝を冷やす。

 しかし、その凄みにビビっているのはこの場で刃ただ一人。孫娘の我儘など今に始まった事ではない鉄心は、臆することなく叱りつけた。

 

「喝ッ!!!」

 

「イテェ!?」

 

ゴギンッ!、と明らかに人体からでないであろう音が、拳骨を振り落とされた百代の頭から鳴り響く。

 

「油断して負けただけに飽き足らず、無抵抗な者に襲いかかるとは何事じゃ!」

 

「だ、だって」

 

「だってもへったくれも無いわい!お前は精神修行からやり直しじゃ!」

 

「うわぁぁぁ!」

 

 そう叫んだ鉄心は、百代の襟首を掴み夜空へと投げ飛ばし、その後に続くようにして自身も飛んで行ったのだった。

 

「……何だったんだよ、いったい?」

 

 完全に置いてけぼりの刃は、一連の流れを白い目で見つていた。今日はただでさえ疲れたと言うのに、目の前で繰り広げられた人間離れした技の数々に、いつものように反応することができない。

 その刃の様子を見た鍋島は、労いの言葉を自慢の生徒に送る。

 

「よくやったな刃。見直したぜ」

 

「……全部、最初っから、こうなることが分かってたんですか?」

 

「まぁな。伊達に長ぇ付き合いじゃないからな、お前が戦いそうな理由は、少しくらい見当もつくさ」

 

 だがそれは、鍋島としても最後まで取りたくなかった手段とも言える。他の生徒も刃と同じ、大事な子供達だ。それを捨て鉢に使うような事や、刃を精神的に揺さぶるやり方などしたくは無かったと、心の中で一人呟く。

 だが言い訳するつもりはないし、謝罪するつもりもない。そんな半端な覚悟なら、最初からこんな事をやろうとは思わない。埋め合わせは、しっかりするつもりでいた。

 

 すっかり不貞腐れてそっぽを向く刃の肩に手を置き、此方に振り向かせる。

 

「……なんですか?」

 

「そういじけるなよ、とっておきの朗報を伝えてやろうってんだからよ」

 

「?」

 

「いいから、ちょっと耳貸せ」

 

 東西交流戦。3日目の夜をもって、これにて終了。

 

 翌日。世界はとんでもないビッグニュースを二つも聞く事になる。

 

「──!?」

 

 それはまた、刃を退屈させることのない、刺激的な毎日へと誘うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ
簡易版 技説明

居合・壱の型『無拍子』
一切の構えなく、ノーモーションで放たれる居合。
どのような態勢からでも放てるが、威力は低く、雑魚狩り専用。

居合・弍の型『???』
防御用の技

居合・参の型『一閃花』
前頭姿勢から瞬時に踏み込み抜刀する居合。
威力は高く、達人相手でも一撃で意識を刈り取ることができる。
射程距離は10メートル程。(練習していた家の庭が、10メートルほどしか無かったから)



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六話 戦いを終えて






 

 

 激闘の東西交流戦を終えた翌日。

 週明けの月曜であるこの日は、勉学に励む学生たちにとって最も憂鬱な曜日と言っても過言ではない。

 そんな日の朝。神奈川県、川神市、川神学園通学路にて、いつもは大層賑やかな集団が、日頃と比べると少し暗い雰囲気で登校していた。

 

 その一団の名は、通称“風間ファミリー”。川神学園では、それなりに名の通った集団であった。

 

 男子メンバーは4人。

 周りからキャップと呼ばれる少年『風間(かざま)翔一(しょういち)

 大柄な男子生徒『島津(しまづ)岳斗(がくと)

 前髪で片目を隠した『師岡(もろおか)卓也(たくや)

 軍師と称される知能派『直江(なおえ)大和(やまと)

 

 女子メンバーは5人。

 武神と称される『川神(かわかみ)百代(ももよ)

 その武神の妹『川神(かわかみ)一子(かずこ)

 天下五弓の一人『椎名(しいな)(みやこ)

 金髪白人の少女『クリスティアーネ・フリードリヒ』

 “剣聖”黛十一段の娘『(まゆずみ)由紀恵(ゆきえ)

 

 以上の男女9人が風間ファミリーの構成メンバーである。

 

 現在は、百代と一子の二人を抜いた7人で登校していた。

 そんな彼等が会話している内容は、昨夜に起こった衝撃的な事件に他ならない。同じく風間ファミリーに所属して、皆から絶大な信頼を寄せられていた最強の存在。百代が、敗北してしまった件についてだった。

 

「なぁモロ。新聞にはなんて書かれてるんだ?」

 

 モロと呼ばれた師岡は、今朝の朝刊を手にしながら、その見出しを朗読する。

 

「『東の武神、西の剣神に敗れる!?』だって。

凄いね、昨日の夜の事なのにもう新聞に載ってるよ」

 

 新聞の見出し半面に大々的に報じられている内容は、東西交流戦についてのものだった。無敗を誇っていた武神が、突如現れた刀を使う謎の男子生徒に敗れたなどと、面白おかしく書かれている。

 書かれていることが何処まで真実なのかは分かっていないが、少なくとも川神学園が天神館に敗れたという事実だけは、揺るぎようがなかった。

 

「まさか、モモ先輩が負けちまうなんてなぁ。昨日は驚きすぎて、目ん玉飛び出るかと思ったぜ」

 

「あれには自分も驚いた。まさか天神館にアレほどの使い手がいるとは……世界は広いな」

 

 島津とクリスの二人は、昨夜見た光景を思い出し、今でもその衝撃が抜けきらない様子。そして昨夜の事を思い出す二人に同調するように、モロも同じように思い出し、その表情が引き攣った。

 

「テレビで見てたけどさ、ちょっと……いやかなり怖かったよね。何だか分かんないけど、あの人の近くに寄って行った人たちが次々と倒れていくんだからさ」

 

「ああ、アレには流石の俺様もブルっときたぜ。モモ先輩がやられるところなんか、テレビがバグったのかと思ったしよ。ありゃ下手なホラーよりよっぽど怖ぇぞ」

 

 テレビで放送されていた東西交流戦の様子は、川神学園の生徒達ならば全員が見ている。しかし、そこで起こった刃による蹂躙劇を正確に理解できている者は、一人もいなかった。

 状況を正確に分析しようとしていた大和もそれは同様であり、ここは自分よりも観察力に長けた二人に意見を聞くことにする。

 

「なぁ、まゆっちは見てて何か分かったか?」

 

「私にも、あの人が何をやったのかは正確には分かりません。テレビ越しでは、彼の動きを見切ることは不可能でした。力になれず申し訳ありません」

 

 この一団の中で、百代の次に強いと目される由紀恵からしても、刃の技の説明はつかない。だが、続くようにこれだけは確信を持って言えると、由紀恵の口から刃に対する所感が告げられる。

 

「ですがテレビに映っているにも関わらず姿を捉えられず、モモ先輩がなす術もなくやられる程の技量……。相当な使い手である事に違いありません」

 

 彼女の語り口から察するに、そこに込められているのは純粋な尊敬の念。他の者とは違い、畏怖することなく刃の実力に感心していた。

 

「京は?」

 

「ごめんね大和。私もあの人が何をやったのか、全然分からなかったよ」

 

「二人でも分からなかったんなら、もうお手上げだねぇ」

 

 この中で1番の実力者と、弓使い故に目がいい京でも説明がつかないのなら、もう他に手はないのだろう。大和は仕方ないか、と諦める。

 拭いきれないモヤモヤを抱えたまま、話題は新聞の見出しの内容に戻った。

 

「にしても剣神ねぇ。随分と大層な名前だよな」

 

「たぶんそれは、新聞が勝手に書いてるだけだと思う。姉さんに勝つほどの人が剣神なんて呼ばれてたら、こっちでも少しぐらい噂になってるはずだ。でも、東西交流戦前に集めた情報の中に、アイツに関する話は一つも上がってこなかった……!」

 

 百代のパクリかよと言わんばかりに納得のいってなさそうな島津に対し、大和は悔しそうにそれを否定する。もし事前に分かってさえいれば、百代が油断して負けるような事態にはならなかったかもしれない、と己の情報網の杜撰さに嫌気がさす。

 大和の自責に、暗い雰囲気がより一層深くなったように感じた次の瞬間、それを掻き消すように陽気な声が耳に飛び込んでくる。

 それは、由紀恵が掌に乗せたストラップから発せられた(ような気がする)。

 

「剣神なんてまゆっちのお株を奪うような名前ゆるせねぇー。こりゃあ会った時は、どっちが上か白黒つけなきゃなぁ」

 

「でも松風、モモ先輩に勝つような人に私などで相手が務まるでしょうか?」

 

「いけるいける!自分を信じてまゆっち、お前がナンバー1だ!」

 

「松風!?ありがとうございます!」

 

「まゆっちは今日も平常運転だなぁ」

 

 川神に集まる者達は、一癖も二癖もある変わり者が多い。それは強い者ほどその傾向にあると言える。一見真面目で大人しそうな由紀恵の突然の奇行でも、最早誰もツッコむ者はいない。慣れたものである。

 触れるだけ無駄と判断した師岡は、新聞を鞄にしまい携帯を取り出す。先程の続きとして、刃がネットではどのように呼ばれているのか検索した。

 

「へー、ネットでもいろいろと言われてるよ、『200人斬りの宮本』とか『ジェノサイダー刃』とかって」

 

「どれもこれも物騒だな」

 

 ネットには既に昨夜の東西交流戦を見た人々が、刃に関する様々な憶測を掲示板に書き込んでいた。やれ天神館の秘密兵器や、モブ顔の主人公、一子相伝の暗殺拳継承者などと、一目で嘘と分かるようなモノまである。それはどれもこれも、根も葉も無い噂話の領域を出ないものだったが、それも仕方ないだろう。

 刃の真の実力を知るのは鍋島ただ一人。彼の初の公式戦と言ってもいい戦いが、東西交流戦だったのだから。

 

 だがネットの掲示板に書かれているのは、なにも刃に関することだけではない。盛大に負けてしまった百代についても、色々と書かれていた。それを目にした師岡は、気分が悪いと言わんばかりに携帯を閉じる。自分達が尊敬する人が、見ず知らずの他人に好き勝手言われている様子は、とてもでは無いが気分の良いものではなかった。

 

「モモ先輩はどうしてるのかねぇ、昨日は連絡つかなかったし。ワン子に聞いてみても、川神院には帰ってきてないって話だったよな」

 

 テレビでの生中継が終わった後、風間ファミリーの皆は心配してすぐにでも百代に連絡を取ろうとした。しかし百代は電話にでることはなく、メールの返信すらこない。代わりに一緒に住んでいる一子に連絡をとってみても、川神院には帰ってきてないとのことだった。

 何処かで落ち込んでいるのではないかと心配する一同。だがどれほど考えたところで答えは出てこない。

 そこで、今まで腕を組んで何か考え込んでいた風間は、決めたと言わんばかりに懐から笛を取り出す。

 

「よし!考えてても仕方がねぇ、モモ先輩に直接ってのはちょっと気まずいから……こい、ワン子!」

 

「呼んだー!?」

 

 力強く笛を鳴らす。すると、何処からともなく百代の妹である一子が、犬耳と尻尾の幻覚が見える勢いで駆け寄ってくる。その様子は、尊敬する姉がやられたにしては元気すぎるものだった。

 

「なぁワン子、モモ先輩はちゃんと帰ってきたのか?」

 

「お姉さまなら、今朝お爺さまと一緒に帰ってきたわよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。なんでもあの戦いが終わった後、起きたお姉さまが対戦相手に襲いかかったらしいの。それに怒ったお爺さまが、昨日の夜から朝まで、山奥で滝行させてたんだって」

 

「あのバーサーカーならやりそう……」

 

 3日目の放送は、刃の勝ち鬨で天神館の勝利が宣言された時点で場面が切り替わったため、百代の暴走はテレビに映ってはいなかったのである。

 それに対して皆が思ったことを代弁する松風に、彼らは一様に目を背けた。

 

「姉さんは落ち込んでたりしてなかったか?」

 

「うーん……落ち込んでる風には見えなかったわ。むしろやる気満々と言うか、なんだかいつも以上にギラギラしてた」

 

「面白そうな対戦相手を見つけて、落ち込むどころかむしろ喜んでたのか……」

 

「それはそれで、なんだかモモ先輩らしいね」

 

「なんか心配して損したぜ」

 

 一子の話を聞いた皆は、アホらしいと言うように先ほどまでの暗い雰囲気が霧散する。苦笑いする者や呆れる者もいるが、全員が百代の平気な様子に安心するのだった。

 

「ならもうこの話は終わり!俺はそんな事よりも、今朝ニュースでやってたことの方が気になるぜ!」

 

 彼等の楽しい会話は、川神学園に着くまで止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『武士道プラン』

 今朝のニュースと新聞の見出しで発表された、世界的大スクープ。

 これは端的に言うならば、過去に生きていた英雄をクローンとして転生させるというモノだ。このプロジェクトは、世界的大財閥の一つ、九鬼財閥が主導で行なっていた。その意図としては、昨今深刻化している人材不足を憂いた九鬼が、過去の偉人と共に学び、有望な人材を育てるという事である。

 そしてその武士道プランを実行する場として選ばれたのが、武士の末裔も多く在籍する川神学園だ。今日この日から、川神学園の生徒達は過去の偉人達のクローンと共に、切磋琢磨していくことになる。

 

 朝のホームルームの時間。川神学園では、今日入学することになる生徒を紹介する全校集会が開かれていた。

 入学する生徒は全部で6人で、その内の武士道プランの申し子は4人。他2名は武士道プランに関わる九鬼の血縁の者と、その護衛として九鬼家従者部隊の一人が入学することとなった。

 

 生徒達の興奮は最高潮まで高まり、全校集会を早く終えて、英勇達と話をしたい者で溢れている。だが全校集会で皆に連絡する内容は、まだ終わっていなかった。

 卓上に上がり司会進行を担っていた鉄心は、咳払いをして注目を集める。

 

「ゴホンッ!えー武士道プランで入学する子らの紹介は終わったが、実はもう一つ連絡事項がある」

 

 鉄心の前置きに、興奮していた生徒達はまだ何か驚くような事があるのか、と期待に胸を膨らませた。

 

「なんと先日、東西交流戦で戦った天神館から一名。一週間の短期留学者を受け入れることとなった」

 

 天神館からの留学者という衝撃の告白に、生徒達は騒めきだす。天神館には敗北したという記憶が新しいが、不思議と否定的な声は上がっていない。来るのならば、西方十勇士の一人かな?と天神館の中でも目立っていた者達を次々に挙げていく。しかし、記憶に残るという意味で絶対に話題に上がるであろう人物の名は、誰も口にはしなかった。それはまるで、暗黙の了解と言わんばかりに……。

 

 話を聞いていた大和は、一人心の中で嫌な予感を覚えるのだった。

 

「ふふっ、盛り上がっとるのう。では早速自己紹介と行くか。さぁ、出ませい!」

 

 場の盛り上がりも上々の雰囲気の中、話題の人物は姿を現す。

 しかし、その登場によって先程まで盛り上がっていた生徒達は、静まり返ることとなった。

 

「天神館から来ました。宮本刃です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 その姿を忘れている者なぞ一人もいない。何故なら、その人物……刃は川神学園に決定的な敗北を与えた張本人なのだから。

 生徒達の大半が言葉を失っていた。とてもでは無いが、歓迎されているようには見えない。彼等の反応に首を傾げる鉄心だが、一部の教員達は手を顔に当てて、やっちまったという風に天を仰ぐ。

 だが当の本人は、ちっとも気にした様子は見られない。どうでもよさそうに、宙を眺めていた。

 

 凍りついたように静まりかえる場だが、それはまた違った意味で凍りつくことになる。

 

「よさんかモモ!その殺気を鎮めんか!」

 

 刃の姿を確認した百代が、溢れんばかりの殺気を放出したのだ。周囲にいた生徒は慌てて百代から距離を取り、腕に自信のある者達は、己に向けられたわけでもないのに臨戦態勢に入る。

 これにはすまし顔をしていた刃も驚き、一歩後ろにたじろぐ。

 そして鉄心の制止を振り切った百代は、一息で刃の立つ卓上に飛び乗った。

 

「随分と早く再会することになったな」

 

「そ、そうですね。あの、一体何を……」

 

「なぁに、お前を歓迎してやろうと思ってな」

 

 満面の笑みを携えた百代は、徐に自身の持つ校章を叩きつけた。

 

「決闘だ。受けるだろ?」

 

 百代の宣言に、静まり返っていた生徒達が再び騒めきはじめる。川神学園流の歓迎の仕方。決闘を今この場で挑んだのだ。

 この事態に、祖父である鉄心は頭を抱え、またある者は昨日のリベンジマッチが早くも見れるのかと、期待していた。

 誰もが刃の返答に注目する中、当然彼が返す言葉は決まっている。

 

「え?嫌なんだけど」

 

 心底不思議そうに、刃はそう答えた。

 

 こうして、波乱の全校集会は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ
〜昨夜、鍋島との会話〜

鍋島 「川神学園に留学してみない?」
刃  「嫌だよ面倒臭い」
鍋島 「でも英雄のクローンが入学するらしいよ。
    その戦いが見れんじゃない?」
刃  「行かせていただきます喜んで!」







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七話 川神学園での初日



応援の感想、評価、沢山ありがとうございます。
途中から返信できていませんが、全て読ませていただいております。
励みになっていますので、これからも書いてもらえると嬉しいです。

久々に書いたので、文章が前とは違っていたり、違和感があるかもしれませんが、許してもらえると助かります。






 

 

 

 川神学園には、各学年ごとに7つのクラスが存在する。A、B、C、D、E、F、そしてS。

 このクラス分けは、AからEまでは特に関連性はなくランダムに振り分けられる。だが、残りの二つは少々異なる。

 Fクラスに関しては、学校側は明言こそしていないが少々問題のある生徒が組み分けされることが多々あり、2ーFに関しては問題児の溜まり場とまで揶揄されるほどに癖の多い生徒が多く在籍している。

 次にSクラスだが、これはいわゆる特進クラスと言われるもので、学年ごとの成績上位者50名までが在籍を許されるエリートなクラスだ。

 それ故かSクラスの生徒達はプライドが高く、他者を見下す傾向がある。その対象は大体が問題児集団のFクラスだったりするわけで、この二つのクラスは事あるごとに対立している。全員がそうと言うわけでは無いが、特に今年のニ年生は過去に類を見ないほどに険悪な仲なのだ。

 

 そしてそんな川神学園に短期留学する事になった刃はと言うと、なんとエリートな特進クラス、Sクラスに籍を置くことになっていた。

 彼をただの武術オタクのように思っている天神館の生徒は数多くいるが、実の所刃の成績は学年トップ10に毎回入っているほどに頭が良い。

 その事を不思議に思った同級生は、刃に勉強のコツなどを聞いた際に、彼はこう答えた。

 

 覚えようと思って授業を聞いて、二、三回復習すれば大抵の事は覚えられるだろ?と。

 

 それを聞いた同級生の顔は、心底ガッカリしていたそうな。

 

 だが、別に勉強ができると言うだけで刃がSクラスに入る理由にはならない。成績上位50名でなければ除籍されると言うだけで、別にその50名全員がSクラスと言うわけでは無いのだから。

 では何故刃がわざわざ闘争心溢れる面倒なSクラスなぞに入ったかと言うと、それは彼がこの川神学園に編入してきた目的である、過去の偉人のクローンが在籍しているからに他ならなかった。

 

 その三年Sクラスの教室に、刃はいた。教室の1番後ろに用意された留学者用の席に座り、心底面倒そうに目の前の相手と話をしている。

 その相手は三年Fクラスの問題児、川神百代だった。

 

「なぁ、本当にダメか?」

 

「本当にダメだよ川神さん。ボクに戦う気はない」

 

 百代は前の席の椅子に勝手に座り、後ろの席の刃に再戦の申し込みをしていたが、その返事は全く色良い物では無い。

 

「いやでもさぁお前、痛いのが嫌だからって理由……恥ずかしくない?」

 

「うーん……いや全然」

 

「あっそう……」

 

 この話も、初日にして既に四度目。朝の全校集会の時に加え、授業の合間にある休み時間の度にこうしてSクラスに百代は顔を出していた。

 3時間目の休み時間である今も、何とかして刃を戦わせようと四苦八苦している。

 だがそれも既にネタが尽きかけており、刃の戦わない理由、痛いのが嫌などと言う子供じみた言い訳を引っ張り出してみたものの、やはりと言うべきか、刃にそれを恥ずかしがる様子は見られない。

 

 痛いから戦わないと言う理由は、別に昨日今日言い出したことでは無い。幼少の頃から鍋島に対して、事あるごとに言ってきたのだから、今更それを恥ずかしいとか、カッコ悪いなどとは思わないのだ。

 

「誰だって怪我するのは嫌でしょ。ボクが言ってることって、そんなに変かな?」

 

「いや……そう言う訳じゃあ……」

 

 何処となくズレた刃の返答に、困り顔で首を傾げる百代は、まるでテストの難問を説いている最中かのようである。

 

 百代は困っていた。一体どうすればこのモブ顔ともう一度戦うことができるのか、授業中もそればかり考えていた。しかし、いかな切り口でもってもこの男に、はい、と言わせる未来が見えてこない。

 刃はあまりにも頑なに、戦いという行為に対して否定的だった。

 

 ならば、こうなっては仕方ないと、百代は最後の切り札を使うことにする。

 

「よし!じゃあこうしよう。お前には特別に、この川神が誇る美少女を呼び捨てにする権利をやろう。だから、その代わり──」

 

「結構です」

 

「食い気味で断るなよ」

 

 無念。百代の切り札は、毛ほども刃の興味を引けずに儚く散っていった。

 百代は、自分の容姿に多大な自信を持っていた故の提案にして切り札だったのだが、ここまであっさりと無下にされるとは想定外である。

 

 刃の見た目は、はっきり言ってイケてない。三枚目がいいところだろう。

 だからこそ、自分のような美少女の誘いには簡単に乗ってくると思っての提案だったのだが、サービスが足りなかったのだろうか?と百代は思案する。

 

 「(まさかとは思うがコイツ……キャップと同じタイプの人間か?)」

 

 百代の属する風間ファミリーのキャプテン。キャップこと風間翔一と呼ばれる男は非常に好奇心旺盛で、まるで小学生のようにはしゃぎ回るイケメンである。その容姿から、異性に告白された経験は数知れず、だが一度も交際経験のない男だ。

 異性と付き合わない理由はただ一つ。彼の精神性が子供すぎて、異性に対して全く興味を持っていないからである。

 世の男ならチラ見すること間違いなしな、自分の胸や太ももに一度も目線がいくことは無い。性に対して希薄な男、それが風間翔一だ。

 

 そんな風間と同じタイプの人種が、目の前の男なのではないか?と考え。そういえばコイツも同様に、一度も私の胸などに目がいっていないなと思いつく。

 百代は目を細めて、刃を怪しんだ。

 

「──」

 

「……ぅ」

 

 そのあまりにも不躾で無遠慮な視線に、刃は気まずそうに息を詰まらせる。

 いい加減諦めて何処かに行ってほしいと、その顔にありありと出ていた。

 

 そんな刃に助け舟を出すように、二人の男女が現れる。

 

「そこまでにしておけ川神。本人が嫌がっていることを、無理強いすることはできないだろう」

 

「そうだよ、モモちゃん」

 

 一人は、東西交流戦にて既に刃とは顔見知りの京極彦一。あいも変わらず制服ではなく着物を着込んだ大人びた男子生徒。

 

 もう一人は、綺麗な黒髪に百人中百人が美少女と呼ぶであろう美しい顔立ちをした、『葉桜(はざくら)清楚(せいそ)』と言う女子生徒だった。

 

「なんだよぉ?京極に清楚ちゃんは、コイツの味方すんのかよ……」

 

 長い付き合いである京極や美少女の清楚が刃の肩を持つような言動に、百代は不貞腐れたように呟く。

 しかし、これだけやっても駄目なら、もはや話し合いどうこうで刃にやる気を出させるのは不可能なのではなかろうかと思い始めていところだ。ならばここは一旦撤退して、次の方法を考えた方が建設的かも知れない。

 それに何より、もうすぐ予鈴がなる。百代は、自分のクラスに帰らなくてはいけなかった。

 

「ちぇー……またくるからな……」

 

「もう来なくていいです」 

 

 名残惜しそうに、そう言い残して教室から出て行く百代に向かって、刃は容赦なく拒絶する。

 

「お前に言ったんじゃありませーん!可愛い清楚ちゃんに言ったんですぅー!」

 

 なんとも幼稚な捨て台詞を残して、百代はFクラスに帰っていった。

 その後に残ったのは、苦笑いをする京極と清楚。そして、忌々しそうに出ていった扉を見つめる刃だった。

 

「うぜぇ……」

 

「そう言ってやるな。川神はただ君にかまってほしいだけなんだ。どうだ?一度遊んでやれば、アイツの気も済むかもしれんぞ?」

 

「遊ぶって……川神さんとそんなことしたら、ボクの体がもたないよ」

 

「ふふっ。モモちゃん、パワフルだもんね」

 

 京極とは事前に顔見知りとはいえ、殆ど初対面の2人と刃は親しげに会話を弾ませる。

 

 京極は、刃に対して悪感情のようなものは一切抱いていない。東西交流戦こそ負けてしまったものの、勝負は時の運。いつまでも常勝無敗でいられるとは思っていなかったからだ。ならば、勝者である刃を讃えはすれど、嫌悪する事など無い。むしろ、かの武神に勝った存在なのだ。興味は尽きなかった。

 

 刃からしても、まさか自分が負かしてしまった川神学園の生徒と、こんな自然に会話が出来るとは思っていなかった。元から気にするつもりは無かったのだが、それでもこうして話し相手が学校にいると言うのは、長い時間学内に拘束される学生の身分からすればありがたい。携帯機をいじる以外に暇を潰せるのだから。

 

 そして最後に清楚については、たとえ嫌われていたとしても、最初は刃から話しかけるつもりだった人物。

 つまり、刃の目的である武士道プラン。その落とし子である英雄のクローンの一人だった。

 

 武士道プランによって作られた英雄は4人。源義経、武蔵坊弁慶、那須与一。いづれも日本では有名な武将である。

 では、葉桜清楚は一体誰のクローンなのか?それは九鬼財閥によって、謎のままであった。本人ですら、自分が誰のクローンかも分からず、時が来るまで勉学に励むように言い伝えられている。

 

 これには武士道プランを楽しみにしていた刃からしても、肩透かしを食らったような気分で、すこしガッカリもした。だが、それも最初のうちだけであった。

 

「まぁ、なんにせよさっきはありがとう。京極君、葉桜さん」

 

「なに、休み時間がそろそろ終わりそうだったのでな。わざわざ礼を言われるほどではない」

 

「お礼なんて別にいいよ、宮本君」

 

 そう言って、各々の席に戻っていく2人。

 目の前から歩いて行く清楚の背を見つめながら、刃は口元を緩める。

 

「(一体何の英雄なのか、考察するってのも結構楽しいかもな)」

 

 とりあえず最初は安直に名前から考察でもしてみるかな、とまた違った楽しみ方を見出していた。

 本当は、ただ義経らの戦いを見学するだけの学校生活を送るつもりだったのだが、思わぬ目的が出てしまう。刃は、何とかこの留学期間である一週間で、清楚のクローン元を探り当てようと考えていた。

 

 そうこうしているうちに予鈴がなり、全ての生徒が席について授業の開始を待つ。

 

 だが、そんな教室の空気を支配していたのは、溢れんばかりの負の感情だった。

 席に着いた生徒たちが、ヒソヒソと後ろの席の刃を盗み見ながら話しだす。

 

「あんなのに俺らは負けたのか?」

 

「なんて言うか、ちょっと納得できないよね」

 

「イケメンの京極ならともかく、何であんな奴と清楚ちゃんが親しげに……!」

 

 聞こえてくるのは、どれこれも刃に対する悪口ばかり。そう、東西交流戦で刃と戦った三年生はもちろん。川神学園の生徒の殆どの刃に対する心象は最悪であった。

 それは、自分達が負けてしまった最大の原因である事もそうだが、今朝の決闘騒ぎがそれに拍車をかける結果になってしまったのだ。

 

 百代から申し込まれた決闘を断った刃は、当然その場で理由も聞かれている。そこで刃は、何の恥ずかしげもなく戦わない理由を言った。

 

 ──だって、痛いの嫌だし──

 

 何とも情けない。こんな奴に負けてしまったのかと、川神学園の誇り高い武人の卵達は憤慨したのである。

 中には、何か汚い手を使ったのではないかと勘繰る者まで現れる始末。

 これを辞めさせたければ、もう一度彼等の前で腕前を披露すれば良いだけなのだが……まぁ、そのような事を刃がわざわざする訳もなく、こうして針の筵状態になっている訳なのだ。

 

 京極は仕方ない奴らだ、と眉を顰め、清楚は心配そうに刃の方を見やる。

 

 2人とも、この様な真似をやめるように言うことはできるし、やろうともしたが、それは刃本人から止められていた。

 気にしていないから平気だと言われ、事実その通りの様子のために彼等は黙っている。

 

 教室中の悪意を一身に向けられる刃は、興味なさげに窓の外を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。夕焼けで茜色に校舎が照らされ、授業を終えた生徒達が帰宅の準備を進める時間。

 廊下の窓から、まばらに校舎から出て行く生徒達を刃は眺めていた。

 

「今日の決闘は無しか」

 

 しみじみとそう呟いた刃は、それも仕方ないか、と納得する。

 

 本来なら、この時間から楽しみにしていた英雄のクローン達の戦いが見られる予定であった。しかし、予想以上に義経達に対して決闘の申し込みが多すぎたのである。

 そのあまりの人数に、まともに相手をしていては全員と戦い終わるのに何ヶ月も先の事になりそうなほどで、それ程までに世の中が彼女らを注目しているという証拠であった。

 ともかくそう言うわけで、今現在は九鬼主導のもと対戦相手の選抜を行なっている最中であり、早くても決闘は2日後になる予定である。

 

 楽しみにしていたゲームの発売延期をくらった時のような虚無感に包まれる刃の背中には、哀愁が漂っていた。

 

「……帰ろう」

 

 いつまでもこうして黄昏ていても仕方ない。諦めて、その日を待つことにする。

 なに、期間は一週間もあるのだ。たかが2日程度待つだけなら辛抱もできよう、と心の中で自信を納得させる。

 

 階段を降り、校舎を出て、校門を抜ける。同様に帰宅途中の生徒達から距離を取られながら帰路に着く。

 刃は特別目立つ容姿はしていないが、川神学園とは違う制服と学生鞄を持っていることから、その姿は発見しやすい。

 そのせいもあってか、随分と浮いた存在になってしまっている。

 

 刃も自分が随分と嫌われてしまっていることなど、既に気づいているのだが、所詮は一週間程度の付き合いである。彼等にどれほど嫌われたところで、己の目的を邪魔されるわけでもなし、全て投げ捨てて天神館に帰れるのだから気にする必要などないのだ。

 

 だからこそ意外であった。そんな自分に、クラスメイトの京極と清楚以外に、わざわざ話しかけてくるような生徒がいることに。

 

「あの、すみません!宮本先輩……ですか?」

 

 校舎から離れ、周りに他の生徒がいなくなった頃。後から、活発そうな女の子特有の高い声で呼び止められる。

 

「……キミ達は?」

 

 振り返るとそこにいたのは、長い赤髪をポニーテールにした女の子と、顔立ちの整ったカッコよさげな男の子だった。

 

「あのアタシ、2ーFの川神一子です。よろしくお願いします!」

 

「はじめまして、同じく2ーFの直江大和です」

 

 川神一子と直江大和。そう名乗った二人に……正確には、川神一子の方にまさかと思いつつも、聞き返す

 

「川神って、もしかして?」

 

「あ、アタシ、百代お姉さまの妹です!」

 

 むふぅー、と自慢げに胸を張る一子に対して、刃の表情はげっそりしていた。

 百代は武神という事もあり、知り合う前ならば一度は目にしてみたいと思う存在であった。が、昨日と今日の出来事で、もうあまり関わり合いになりたく無い厄介な存在として、刃の記憶に刻まれてしまっている。

 

 彼のその様子を見て何かを察した大和は、刃に同情するような視線を送った。

 

「そうなんだ。似てないね」

 

「あ、はい。まぁ、血は繋がってないので……」

 

 マジかよ、と言わんばかりに顔を引き攣らせる刃。

 姉に迷惑をかけられた、ちょっとした腹いせのつもりで言った言葉だったのだが、随分とデリケートな部分に触れてしまったことに焦る。

 誤魔化すように、話を進ませた。

 

「へ、へぇ……。で、何の用かな?言っとくけど、決闘とかなら受けないよ」

 

 今日だけで何回言われたのか分からない決闘の申し込みは、言われる前に断っておく。そうすれば案の定、一子は落ち込んだように顔を伏せる。

 

「あうぅ。やっぱり無理だったわ……。でもそれはダメで元々だったし、仕方ないわね」

 

「と言うと、他に何か?」

 

「はい。実は宮本先輩に聞きたいことがあって」

 

 落ち込むの束の間。瞬時に切り替えた一子は、大本命である方の質問を投げかける。

 

「宮本先輩は、いったいどんな修行をしてるんですか!?」

 

 それは、刃の修行法についてだった。

 

 なるほど、それは確かに一子からすればとても気になる重要なポイントなのだろう。

 一子にとって姉の百代は憧れであり、目標であり、最強の存在だったのだ。彼女のようになりたいと日々努力し、研鑽を重ねる。次期川神院総代である百代を支えるため、川神院の師範代を目指す一子からすれば、その百代を打ち負かした刃の修行法は、何としてでも聞き出しておきたい情報なのだろう。

 

 たが、残念なことに刃が持っている答えは、一子の望むようなものではなかった。

 

「ボク、修行なんてしたことないよ」

 

「ええぇぇぇ!?」

 

 頬を掻きながらキョトンとした顔でそう答えた刃に、一子は驚きの声をあげる。

 その意外すぎる返答は、今朝の決闘拒否事件以上の衝撃であり、隣で黙って話を聞いていた大和ですら、驚愕を露わにしている。

 

「でも、お姉さまに勝った人が、一度も鍛えたことが無いなんて……」

 

「本当に何もしてないんですか?もしかして、誰にも言えない秘伝の修行法だったりとかで、言えないとか」

 

 まさかそんなはずはない、と質問する二人に対して刃は、今までの記憶を思い出すように目を閉じ、答える。

 

「んー。そう言われてもなぁ。小学生の頃に3日だけ道場に通ったことはあるけど、それ以外にプライベートで体を鍛えた記憶は無いなぁ……」

 

「そうなんですか……」

 

 修行とかそんなのは仰々しものじゃなくて、趣味で居合ならしてるんだけどなぁ、と彼女等が望む答えを心の中で思い浮かべる。

 その趣味でやっている居合が、他人からすればどれだけ常軌を逸した修行法なのか、刃は気がついてはいなかった。彼にとって修行とは、痛く苦しいものであり、楽しくて好きでやっている居合いは修行にはカウントされなかったのだ。

 

 完全に気落ちしてしまった一子に、刃は申し訳なさそうに話しかける。

 

「えっと、要件ってのはそれだけかい?ならボクはもう行くね」

 

「あ、ちょっと待ってください!」

 

 これ以上長話をしても時間の無駄だと判断した刃は、話を切り上げて帰ろうとする。そこで、今度は大和の方が刃に対して要件をいや、提案をした。

 

「宮本さん川神に来たばかりで、ここら辺のことよく知らないですよね?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「じゃあ良ければ、メアド交換しませんか?観光案内とかしますよ」

 

 大和は軍師を自称している。腕っ節に自信のない大和は、常日頃から大勢の人間からメールでやりとりを行い、情報を収集していた。そうすることで、事前に相手の癖や特徴、情報を読み取り策を考えるのだ。

 

 今回行われた東西交流戦の結果は単ひとえに、西に対しての情報が足りなかったせいであると、大和は思っている。

 だからこそこうして、少々強引であるものの西の人間であり、要注意人物である刃との連絡先を交換しておきたかったのだ。

 

「いや、初対面でメアドはちょっと……」

 

「……そうですよね。いきなりすみません。ははっ」

 

 まぁ、断られたらどうしようもないのだが。

 

 気まずい沈黙が二人を包んだ。

 

「えっと……それじゃあね」

 

 こうして、刃の川神学園での初日は終わった。

 

 

 

 

 

 






六話を投稿してから随分と時間が経ってしまいましたが、今日から続きを書いていこうかなぁっと思います。
話の構想も、大体は出来上がっているので。書くのには時間がかかりますが……。



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八話 絡まれる日々

 

 

 

 武士道プランが世の中に公表されて2日目。世間では、当日以上にその熱気が増しつつあった。

 多くの人々が川神に足を運び、英雄の姿を一目見ようと訪れる。今日だけで川神に訪れた観光客の数は、去年の十倍にもなっていた。

 

 しかし、そんな人数が一度に川神学園に訪れれば、他の一般学生の学業や生活に支障をきたす。そこで、武士道プランの開発責任者である九鬼は、治安維持のために九鬼の従者部隊を川神中に配備していた。

 全員が執事服、メイド服を着こみ、様々な分野のエキスパート達で構成された実力派集団。

 そんな彼らが、武士道プランの公表によって起こりうるであろう問題を事前に防いでいる。だからこそ、今もこうして川神学園の生徒達は、問題なく登校できているのである。

 

 それは、英雄のクローンである義経、弁慶、与一の三名もまた同様であった。

 

「ふぁ〜……。眠いねぇ」

 

「弁慶寝不足か?いけないぞ、睡眠はしっかり取らないと」

 

 ウェーブのかかった黒髪に、豊満な体つきをした妖艶な雰囲気を醸し出す美女が『武蔵坊弁慶』。

 

 その弁慶を窘めている少女。長い黒髪をポニーテールにした彼女が『源義経』だ。

 

「いやー、昨日はちょっとだけ深酒しすぎたかなぁ?」

 

「弁慶もそんなに川神水ばかり飲んでないで、早寝早起きを心がけると良い。健康はもちろん、早起きは三文の徳、と言う言葉があると、義経は聞いたぞ!」

 

 川神水という未成年でも飲め、雰囲気で酔えるらしい不可思議な飲み物を腕に持った瓢箪に常に入れて持ち歩いている弁慶は、まるで二日酔いしたサラリーマンのようである。

 

 一方、そんな不真面目な弁慶とは対照的に生真面目な義経は、もはや中毒になりつつある川神水を飲むのをやめて、健康的に暮らすようにアドバイスする。

 

「無理無理。私はそう言うの向いてないから、そうゆう真面目っぽい事は義経に任せるよ」

 

 だが、せっかくの主の忠告ではあるものの、そんな生活は弁慶からしたら勘弁願いたいものだ。彼女の自堕落な性格と生活習慣でいきなりそんな事をしては、それこそストレスで倒れてしまう。

 義経は、しょうがないと言う風にため息をついた。

 

「はっ。またそうやっていい子ぶってるのか?くだらねぇ」

 

 そして、それを横で聞いていたクローン組唯一の男性『那須与一』は、義経を小馬鹿にしたようにそう言う。

 

「ちがっ!?……義経は別に、いい子ぶってるわけじゃ……」

 

 その斜に構えた物言いに落ち込む義経だが、与一としても別に本気で馬鹿にしているわけではない。ただちょっと言ってみたかった、それだけなのだ。だからと言って、落ち込む義経に素直に謝る与一ではない。ポケットに手を入れて、置いていくように先を急いだ。

 しかし、そんな無礼な態度を弁慶が見逃すはずもなく。

 

「おい与一、主に対して失礼だろ」

 

「わ!?や、やめてくれ姉御!く、首……が…ぁ……」

 

 後ろから与一の首根っこを掴んだ弁慶が、そのままヘッドロックをかけて締め上げる。そして締め上げられている与一は、先程までのカッコつけた態度とは一転、情けなく許しを乞うていた。

 見るからに二人の間には、上下関係が出来上がってしまっている。

 

 このままでは与一が泡を吹いて気絶するのも時間の問題であったが、そこにクローン組最後の一人である清楚が、自転車に乗りながら登場したことによって事なきを得る。

 

「みんなー!おはよう!」

 

「あ、清楚先輩。おはようございます!」

 

 朝の挨拶を交わす清楚と義経に続き、与一をお仕置き中の弁慶もそれを一旦やめて続くように挨拶する。

 そして義経は、忘れないようにもう一体(一人)の存在にも挨拶をした。

 

「それと、スイスイ号もおはよう」

 

「おはようございます。皆さま今日も元気いっぱいのご様子で、なによりでございます」

 

 それは、清楚の跨る自転車のハンドル中央に付けられている黒い機械から発せられた。その機械の名は、スイスイ号。九鬼が開発した人工知能搭載型の自転車である。

 非常に丁寧な言葉遣いに、紳士然とした性格から女性に対してとても優しく接するスイスイ号だが、そのサドルにひとたび男が乗ろうとしようものなら、口汚くキレるという非常に個性的な人工知能であった。

 

 四人と一体は、朝の挨拶を済ませると仲良く登校を再開する。

 

 真面目な義経を弁慶が揶揄ったり、与一がクラスに馴染めているのか清楚が心配したり、与一が急に変な独り言を呟き、皆んなから白い目で見られたりと実に楽しげである。

 

 そうして、もうすぐ学校に着くという頃。彼らの目に妙な光景が飛び込んできた。

 

「んん?なんだい、あの人だかりは?」

 

 学校に向かう通学路の直ぐ横にある河川敷で、複数人の川神学園の生徒達が輪になって集まっていた。その中心にいるのは──

 

「あの人はたしか……」

 

「宮本君?」

 

 その人だかりの中心にいる人物は、彼等と同時期に川神学園にやってきた刃であった。しかし、中心にいるのは刃だけではない。彼と向かい合うようにして、とてもユニークな格好をした四人組が向かい合っている。

 彼等の格好はまるで、某世紀末マンガに出てくるゴロツキ共と同じような姿で、明らかに普通ではなかった。

 

「ヒャッハー!!覚悟してもらうぜ、宮本刃!!」

 

「川神百代に勝ったお前に勝てば、必然的に俺らの方が武神よりも強いと言う証拠!!」

 

「俺ら『デストロイヤーズ』の踏み台になってもらうぜ!!」

 

「キィヒッヒッヒッヒッ!!」

 

 この騒動の発端は、彼等デストロイヤーズと名乗る四人組が登校中の刃を捕まえ、勝負を挑んだ事から始まった。

 彼等のその奇抜な格好と、無駄に大きな声によって騒ぎを聞きつけた他の生徒達は、野次馬として集まる。

 

 勝負自体はすでに断っているのだが、どうにも話が通じるタイプの人達には見えない。それに逃げようと思っても、周りを取り囲むようにして集まった生徒達の所為で、それも上手くいきそうにない。彼等の目が一様に、自分をここから逃さないように見張っている。

 そんなどうしようも無い状況に陥っている刃は、目の前のデストロイヤーズに対して、まるで可哀想な物を見るような目線を送った。

 

「あの……」

 

「なんだぁ?ビビっちまって命乞いかぁ?」

 

 刃の呼び声に、一番前にいたゴロツキが反応する。そのテンションは、今にもナイフを取り出し舐めだしそうなほど高い。

 

「生きてて恥ずかしくないですか?」

 

「どう言う意味だコラァ!!」

 

 到底理解できそうにない集団を前にした刃は、とうとう彼等に対する率直な意見をストレートにぶつけた。

 こんな状況になってから、かれこれ20分は経過する。学校に登校するまでの20分間は、学生にとってあまりにも貴重である。その時間をこんな事のために使わされている刃は、苛立ちを隠せずにいた。

 

「もう何度も言ってますけど、ボクは戦いませんよ」

 

 再三にわたる決闘の拒否。刃はいかな理由があっても、こんなくだらない戦いに付き合うつもりはなかった。しかし、どうにもデストロイヤーズには言葉が通じないのか、ニヤニヤとしながら戦闘の意思を消そうとはしない。

 いい加減じれったい、と刃は懐にしまっている携帯に手を伸ばす。このまま解放されないのならば、警察に通報するのもやむなしと考えていた。

 そんな最終手段を取ろうとする刃に、今度は周りから罵声の声が上がる。

 

「いい加減往生際が悪いよな」

 

「そうよね、男の癖して根性ないなんて最悪」

 

「いいから戦えよ!この腰抜けー!」

 

 この騒動の見物に集まった生徒達が、いつまで経っても始まらない戦いにヤジを飛ばす。

 ここに集まった生徒達の大半は、刃に直接打ちのめされた三年生達であった。

 彼等には、どうしても納得できないことが一つだけあった。それは、一体何をされて負けてしまったのか、全くわからないことだった。

 

 納得できるわけがない。あの圧倒的に有利な状況で負けてしまうなんて事を。最強と信じてやまなかった百代が、敗北してしまうなんて事を。自分達三年生のせいで、川神学園が天神館に敗北を喫してしまうなんていう屈辱を。

 ましてやその相手がこのような腑抜けであるなど、認められるはずがなかった。

 

 一度口火を切ってしまえばもう止まらない。刃に対する罵詈雑言が、四方八方から飛び交う。刃にとって、この場は完全なるアウェイと化していた。

 

 その悲惨な光景を少し離れた場所から見ていた義経達は、嫌な物を見たと言う風に顔を顰める。

 

「うわー……これはもう完全にイジメだね……」

 

「いくらなんでも、あれじゃ宮本先輩が可哀想だ……」

 

 弁慶と義経が、思わず刃に同情する。彼に対する悪感情は、転入初日から分かってはいたことだが、まさかここまで酷いとは夢にも思っていなかった。

 そして、この中で唯一刃と会話した事のある清楚は、彼の惨状に胸を痛める。

 

「私、止めてくる!」

 

 いてもたってもいられない清楚は、刃の元に走り出そうとする。

 しかしそこに、与一から静止の声がかかる。

 

「待て」

 

「与一君?」

 

 まさか止められるとは思っていなかった清楚は、驚きの表情で与一を見やる。その与一は、清楚達にも刃達にも目を向けず、ただ空を見上げるのだった。

 

 ヒートアップする野次馬達。その熱に当てられたのか、デストロイヤーズの一人が、興奮した様子で前に出てくる。

 

「ああもう我慢できねぇ……!やっちまっていいよなぁ!?」

 

 もう辛抱堪らん、と言った様子の相手に、流石の刃も慌てたように携帯を前に出す。

 

「ちょ、ちょっと本気ですか?これ以上は警察呼びますよ!?」

 

「関係ねぇー!!ヒャッハー!!」

 

 忠告虚しく、理性の足らない相手は、問答無用で飛びかかる。

 これには流石の刃もヤバいと感じ、身構える。

 

 だが、その飛びかかる暴力が刃を襲う事はなかった。

 

「空から美少女登場ー!」

 

「ブギャァ!!」

 

【ア、アニキーーー!!】

 

 襲いかかった男は、突如として空から現れた百代の下敷きになってしまう。白目を剥き、首から下が地面に埋まってしまった男は、気を失ってしまっている。

 百代の派手な登場によって、運良く窮地を脱した刃は、感謝するかと思いきやその逆に、嫌そうな顔を百代に向けた。

 

「げっ、川神さん」

 

「お前な……美少女に対してげっ、てなんだ、げって」

 

 刃の失礼な態度に気分を害する百代だったが、そんな彼女よりも仲間をやられたデストロイヤーズの者達は、激しく怒りを露わにする。

 

「て、テメェは川神百代!?いきなりなにしやがる!!」

 

「ん?なんだお前ら、生きてて恥ずかしくないのか?」

 

「うるせぇ!!」

 

 腕を組み、まったく悪びれる事のない百代は、力強く宣言する。

 

「悪いが、コイツと戦うなら私が先約だ。順番は守ってもらおう」

 

「横から入り込んできた癖に、なに偉そうなことぬかしてやがる!!」

 

「横からじゃなくて上からだぞ」

 

「どっちでも同じだろぉが!!」

 

 聞き分けの無い奴等だ、とそう思った百代は、隣にいる事件の中心人物に話を振る。

 

「とにかく、コイツとは私が戦う。なぁ、お前からも何か言ってや……──どこ行ったアイツ?」

 

 しかし、横を向いて話しかけると、そこにいるはずの刃は影も形も見当たらなかった。

 

 刃は、百代の登場によって全員の意識が彼女に集中している隙に、素早くこっそりと抜け出していたのだ。

 この状況で自分だけ逃げ出すその抜け目のなさと無責任さに、百代は一種の尊敬の念すら覚えた。

 

「マジかアイツ……」

 

「に、逃げやがったなあの野郎!!」

 

「クソォ!こうなったら、テメェを代わりにぶっ倒してやるぜ。川神百代!!」

 

「覚悟しやがれ、アニキの仇だぁー!!」

 

 図らずも全ての後始末を押し付けられてしまった百代は、意外なことに怒ってはいなかった。己に向けて突進してくる者達を見据えながら、笑みを浮かべる。

 百代は、戦闘狂であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終了し、昼食を食べる時間になった川神学園。

 鞄から弁当を取り出す者、急いで学食に向かうなどそれぞれが行動を開始する。

 刃もまたその一人として、学食に向かって歩いていた。

 他所の学校よりもかなり広々とした作りになっている食堂で、券売機から食券を購入し、料理を受け取ったら席に着く。

 その際に、周りにいた生徒達がまるで腫れ物を扱うようにして刃から離れて行った。

 

 そこまでして自分を避けるのは、むしろ己達の方が面倒では無いか、と思う刃だが、広々とテーブルを使えるのだから、寧ろありがたい思うことにする。

 手を合わせ、購入したラーメンを啜る。母校である天神館の学食にも負けない美味しさに舌鼓を打った。

 

 ほぼ満席に近い食堂の中で、刃の周りだけが空いている。まるで暗黙の了解とでも言わんばかりに、誰も近づこうとはしない。

 

「隣、いいかな?」

 

 だが、そんな周りの空気など知らないとばかりに、刃に優しく接する数少ない生徒の一人、清楚は刃の返答を待たずに隣に座った。

 

「……別に、いいけど……いいの?葉桜さんと一緒にご飯食べたい人なんて、他にいっぱいいると思うけど」

 

 清楚のその大胆な行動に瞠目する刃は、周りに視線を向けながら清楚が自分に気を遣っているのではないかと心配する。

 そんな刃の気遣いに、清楚は優しく理由を述べた。

 

「だって宮本君は、あと6日もしたら天神館に帰っちゃうんでしょ?だったら今のうちに色々と話とかないと、後で後悔しちゃいそうだから」

 

 彼等とは別にそれからでも話はできる、と笑う清楚は、笑顔で購入した学食を頬張る。

 本当に彼女がそれでいいなら、刃としても何も問題はない。二人は揃って学食を食べ進める。

 

 しかし、そこには楽しそうな会話などは起こらなかった。刃は黙々と食べ進めているだけであるが、話がしたいと言った清楚は、何故かチラチラと刃の方に視線を送るだけで、なかなか口を開こうとしない。

 刃がラーメンを半分ほど食べ終わった頃に、ようやく意を決して清楚が気になっていた話題を振る。

 

「ねぇ宮本君。今朝の騒ぎだけど、大丈夫だった?」

 

「今朝って……あぁアレか」

 

 清楚がずいぶん喋りづらそうに話題を振ったのとは裏腹に、刃は軽い調子で今朝の騒動について振り返る。

 

「困るよなぁ、ああ言うの。嫌だって言ってるのに無理矢理襲ってきて、普通に犯罪だよね。まぁあの時は、いきなり現れた川神さんのおかげで脱出できたから、もういいんだけどさ」

 

「えっと、そっちの方も大変だったとは思うけど、私が言いたいのは……周りのみんなから酷いことを言われてる事についての方だよ。宮本君は本当に平気なの?やっぱり今からでも私がみんなに……」

 

 清楚にとって、このように自分の身近にいる人がイジメにあうなどと言う経験は初めてのことであった。今朝目にした光景は、とてもではないが自分なら耐えられないだろう。きっと落ち込んで、泣いてしまうかもしれない。

 だからこそ何とかしてあげたい、と心優しい清楚は思った。

 だと言うのに、何故当の本人はこんなにも平気にしているのか、不思議でならなかった。

 

「大丈夫だよ葉桜さん。前にも言ったけど、全然平気だから。あんなの家の横で工事作業されてるのと似たようなもんでしょ。うるさいけど、気にしなければそのうち終わるよ。でも今回の場合は、終わる前にボクの方が他所に行くから大丈夫なんだけど」

 

 戯けたようにそう言う刃の姿に、清楚は自分の中に言い知れぬモヤモヤとした気持ちが募っていくのが分かった。

 何かを言いおうと開いた口は、しかし紡ぐ事なく閉じる。

 

 二人の間に、再び沈黙が訪れた。

 

「二人っきりのところすまぬが、邪魔するぞ」

 

 お互いに何も話す事なく時間が過ぎていくなか、二人の目の前にもう一組の男女が、料理を持って腰を下ろした。

 

「君は確か、九鬼の……」

 

「紋ちゃん……」

 

 目の前に座ったのは、額にばつ印の傷を持つ幼女と、執事服に身を包んだ筋骨隆々の爺さんだった。

 彼女等は席に座ると、この中で唯一面識のない刃に向けて、自己紹介をする。

 

「うむ、我こそは九鬼(くき)紋白(もんしろ)である!気軽に紋様でよいぞ!」

 

「初めましてだな、宮本刃。俺はヒューム・ヘルシング。最初に言っておくが紋様に無礼な真似をすれば、容赦なく蹴り飛ばすので、心得ておけ」

 

 九鬼紋白。彼女こそが九鬼財閥三人の子供達の末娘にして、清楚達英雄組と同時期に、飛び級で進学してきた才女である。

 その傍にいるあまりにも厳つい顔つきの執事は、紋白の世話係兼護衛として一年Sクラスに入学したヒュームであった。

 

「あー……はい。宮本刃です。よろしくお願いします」

 

 随分とキャラの濃い人達の登場に圧倒される刃は、彼等が何故わざわざ自分の目の前の席に座ったのか言及することもなく、空返事を返す。

 

「じー……」

 

「あの、何か?」

 

 互いの自己紹介もそこそこに、刃は食べている途中だったラーメンに再び意識を戻そうとすると、紋白が擬音を口にしながら刃のことを凝視していた。

 そこまで露骨に見られては、食べづらくてしょうがない。一体何の要件なのか、さっさと答えてもらいたかった。

 

「いやなに、こうして間近で見ても、お主が川神百代を倒した優れた武人にはどうしても見えなくてな。何処をどう見ても、貴様からは平凡な要素しか見受けられぬ」

 

 この時期に刃を訪ねてくる理由など、たった一つに決まっている。刃が百代を倒した張本人だと言う一点のみだ。

 

 過去に百代は、紋白の姉『九鬼(くき)揚羽(あげは)』と勝負し、勝利している。その事実は、姉のことを尊敬している紋白にとって受け入れ難い現実であった。だが、いくら事実を否定したところで結果が変わるわけではない。真剣勝負の末、揚羽が百代に敗北したと言う結果を紋白は受け入れる。

 それとこれとは話は別に、紋白にとって百代は、気に食わない存在として刻み付けられた。

 自慢の姉に敗北を叩きつけた存在である百代が、今も尚無敗であると言う事実が、紋白には我慢ならなかった。是が非でも、百代に敗北を味合わせたい。そんな子供っぽい理由で、百代に差し向ける刺客まで用意していた紋白は、その目的を横から掻っ攫う形で奪っていった刃に、いろいろと思うところがあったのだ。

 

 しかしそれは、百代に対するような嫌悪の気持ちではない。自身の目的を図らずも達成してくれた刃に対する純粋な興味と、少しばかりの感謝からきたものであった。

 だが、こうして相対して見るも、自分が期待していたような覇気を刃から感じる事はできない。勝手な話だが、期待を裏切られた紋白は落胆する。

 

 しかし、紋白の刃に対する所感を横で聞いていたヒュームは、それは間違いであると訂正した。

 

「失礼ながら紋様。人を見かけで判断するのは、あまり宜しくないかと」

 

「ヒューム」

 

 九鬼従者部隊には、序列というものが存在している。その数字が若ければ若いほど実力は上がっていき、序列一位には従者部隊を指揮する権限が与えられる。

 その中で、このヒュームの序列は0番。一位を超えて、九鬼家最強の従者として君臨している。その実力は百代にすら匹敵、もしくは凌駕していた。 

 故に紋白は、真の実力者であるヒュームの言に耳を傾ける。

 

「この者、今でこそ平凡な一般人のようですが、あの夜に解放した気の奔流は、十分に強者たりえる物でした。それに何より、こと技のキレと速度に関しては、私でも一目置くほどです」

 

「ほう!ヒュームをしてそこまで言わせるとは、我の目もまだまだよ。すまぬな宮本、お主の事を侮ってしまった。寛大な心で許すがいい!フハハハーッ!」

 

 あの夜。刃と百代の戦いを直に見物していたのは鉄心と鍋島だけではなかった。ヒュームもまた、あの戦いを直接目にしていたのだ。

 今を生きる次世代の武人達を赤子と呼び、見下しているヒュームをしてこの高評価。紋白は、ではやはり間違いではなかったのだな、と喜ぶ。

 

「ならば、そこで提案だ宮本。お主、卒業後は九鬼に就職せぬか?武神に勝つほどの腕前ならば、幾らでも仕事はあるぞ。九鬼は人材に飢えておるのだ!」

 

 刃の実力がヒュームによって裏打ちされた事で、紋白は何の気兼ねなく刃に誘いをかける。

 世界に名を轟かす九鬼財閥、その親族から直々にスカウトされるのは大変に名誉な事である。この誘いになれば、刃の将来は約束されたも同然。明るい未来が待っているであろう。

 

「ありがたい申し出ですね、前向きに考えておきます」

 

「うむ、色良い返事を待っているぞ!」

 

 しかし、即答する事はせずに、保留という形で刃は話を流す。紋白も、それに対して特に思う事はなく、刃からの良き返事に期待するのだった。

 

「ごちそうさまでした。それじゃあボクはこれで。葉桜さん、また教室でね」

 

「え?あ、うん。また後でね、宮本君」

 

 そうこうしているうちに、いつの間にかラーメンを食べ終わっていた刃は、清楚に一言断りを入れて、そそくさと席を後にする。

 

 だが、立ち去ろうとする刃をヒュームが呼び止めた。

 

「宮本刃」

 

「……まだ何か?」

 

 ヒュームの威圧感のある声で呼び止められた刃は、少し怖気付きながらも聞き返す。

 

「いつまで逃げ回るつもりだ」

 

 しかしそれは、ヒュームの放たれた言葉によってすぐに無くなった。

 

「貴様は世に力を示した。その結果、望む望まないに関係なく、それを狙ってくる者は今後も現れ続けるだろう」

 

 目をスッと細めて、刃は話を聞く。

 

「だからこそ、九鬼にくるがいい。九鬼ならば、強大な後ろ盾として貴様を守ることができる。そして、その力の振るい方をこの俺手ずから叩き込んでやる。先程は貴様の技を褒めたが、所詮はそれだけだ。基礎も心構えもお粗末なお前は、まだまだ赤子よ」

 

「──失礼します」

 

 ヒュームの話を最後まで聞いた刃は、今度こそその場を立ち去っていった。

 

 この時、刃は心の中で一つの事を誓う。

 

 「(九鬼にだけは、就職するのやめよう)」

 

 

 

 





補足

刃に勝負を挑んできたゴロツキ達は、ヒュームが従者部隊に言って、ワザと見逃させていました。だから不審者として捉えられる事なく、学園の近くにいました。


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