Fate/The Fatal Error (紅赫)
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第一章 時の番狼と神造人形
プロローグ 暗殺少女と聖杯戦争


息抜きと暇つぶしの二次創作です。1話1話サッと読みやすいくらいに分けます多分。


 ネオンと粉雪が彩り、大都市として開発されながらもその歴史的趣を忘れることのないある種の調和を生み出す街、横浜。それは2025年になっても変わらない。

 

 そんな街に一つ、ひっそりと建つ豪邸があった。それは人目に付かないかと言われればそんなことは無く、かと言って目立つかと言われるとこれまたそんな事はない。周囲に溶け込むよう意図的に建てられたそんな場所にあるごくごく普通の豪邸だ。

 

 景観は美しく、それでいて現代チックな監視カメラや換気扇といった装飾品は一切ないが、それは中も同じ。灯りは蝋燭、暖炉、その他電化製品は存在しない。何故ならば家主は科学を軽視しているからである。

 その家主は今まさに地下でとある儀式を執り行おうとしていた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を」

 

 ぼんやりと青白く光る魔法陣の上で手を掲げ、一言一言紡いでいく。

 

「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

白髪の中年男性が魔力を注ぎその魔法陣へと祈りを捧げる。

 

「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 彼の名はグレムリン・ヴァン・クロムウェル。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 何代も続く魔術師の家系、クロムウェル家に産まれ、その実力は時計塔でも他者の追随を許さない圧倒的なものがあった。

 

「誓いを此処ここに。我は常世総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」

 

 そんな彼は今日、横浜に現れた聖杯を巡る戦い、聖杯戦争の参加者として己のサーヴァントを召喚しようとしていたのだった。

 

「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来た⋯⋯ガハッ!?」

 

 詠唱も佳境に差し掛かり最後の一節を唱えようとした時、空気が喉に詰まりえづいてしまう。

「ーーー!?」

 

 ここでグレムリンは違和感に気が付く。息が出来ない、何か体を伝うものが喉から流れている、と。

それを触れて確かめると⋯⋯。

「ーーーー!?!?」

 

 手元にべっとりと真っ赤な鮮血が付着していた。

「うわー、何これ。カルト? 引くわー」

 そして背後からはまだ高校生くらいの少女が立っていた。

 金髪のロングに青のカラーコンタクト、黒いポンチョコートというコーデは一般的な高校生とは些かかけ離れた格好だろう。

 

「いい歳してマジないわー。ほら、録画してるからさ。さっさと死ねよ」

「ーーー!!!!!!」

 その瞬間、グレムリンの姿は塵埃と化して消滅した。

「まあ、私も人のこと言えないけど」

 少女は今使用した血の付いていないナイフを袖にしまうとメガネのフレームにつけていた小型カメラを停止させる。

 

「お仕事完了! はやく帰って報酬報酬」

 彼女の名前は神崎輝愛。齢17の現役女子高生にして生粋の暗殺者である。

「それにしても・・・・・・」

 輝愛はグレムリンの儀式場に目を向け一瞥した。

 魔法陣の輝きは収まる事を知らず、何事も無かったかのようにぼんやりと光り続けている。

 

 そして輝愛はふと目に付いた1冊の書物を手に取る。その書物は触れただけで吐き気を催す邪悪さがあり、すぐに元の場所へと戻すことになった。

「うわぁ⋯⋯マジ? これホンモノってこと?」

 生きているうちにこういうのと出くわすなんてなぁ、と内心ドン引いている輝愛。

 

 顔を顰めて眺めていると唐突に一瞬舌先でピリっとした激痛が走る。

「いちゅっ!?」

 ほんの一瞬だけだったため何が起こったか分からない輝愛は痛みが発生した舌先で指を舐めるが、特に何か付着しているという訳でもないため原因が分からなかった。

 

 困惑しながらも本の隣に置いてあったメモを取った。

 そのメモは英語で書かれてあったが、様々な国を渡り歩いた輝愛にとって読むことは容易い。そしてその言葉が先程グレムリンが詠唱していた言葉と同じものだということも理解出来た。

 

そして魔法陣は未だに青白く光っている。

「つまりやれってこと?」

 でも私そっち系の素養無いしなぁ、と唸って3秒後。

「1回試しにやってみようかな」

 即決。現役女子高生の好奇心とは恐ろしいものである。幸いにもそのメモには儀式の手順が書かれてあり、輝愛が儀式を行うには十分の環境であった。

 

「英霊召喚、ね。覚えた」

 魔法陣の手前に立った輝愛はグレムリンを殺したナイフとは別のナイフで人差し指から血を垂らす。

「これは書いてなかったけど、こっちの方が雰囲気あるでしょ」

すう、と深呼吸した輝愛は詠唱を始めた静かに目を閉じ、その後に何が起こるかを想像する。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 何も起こらないのか、はたまた何かが現れるのか、爆発するのか。いずれにせよ楽しみで仕方ないという薄ら笑いを浮かべる。

 

「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 輝愛が詠唱を進める度にその青白い光が強まっていく。その光は閉じた瞳の瞼越しからでも感じ取る事が出来た輝愛は何かが起こることを察する。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 しかしここで青白く輝いていた光は赤黒く染まり、部屋中を血色に濁った輝きで染め上げる。

 先程のグレムリンの詠唱では起きなかった明らかな異常現象を目の当たりにした輝愛だったが、彼女は詠唱を止める気は無い。

 むしろイレギュラーを楽しんでいるようだった。

 

「誓いを此処ここに。我は常世総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」

 

 室内に嵐のような爆風が巻き起こり本や紙類が踊り飛ぶ。室内を満たしていたのは液体類が爆発しガラスが弾ける音と強風、そして何より魔法陣と輝愛の周りで脈絡も無く浮かび上がる真っ黒で歪んだ『Fatal Error』の文字と耳を劈くような警告音。

 

「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ⋯⋯」

 

 それでも尚、止まることを知らない彼女は最後の一節を詠唱する。

 

「天秤の守り手よ」

 

 輝愛がそう呟いたその時、赤黒い血色の光は収束。そしてそれを中心として巨大な爆発が発生する。

「お⋯⋯」

 その爆発は輝愛と豪邸を丸ごと閃光で包み込み、吹き飛ばし辺り一帯を消し飛ばした。

 

「痛ったーい⋯⋯」

 そして輝愛が目を覚ますと豪邸があった場所は綺麗に消えさり、爆発が作り出したクレーターの中心で仰向けに倒れ込んでいた。

 

 そして一匹の狼に似た獣が輝愛を覗き込んでいる。

「問う。貴様が俺を呼び出したのか?」

 高さは優に5mを超えており、身体は陽炎のようにぼんやりと真っ黒に光っており肉体があるという訳では無い。全身から黒い粒子が落ち、その存在からは見た者の身体の底から恐怖を掻き立てるナニカを感じる。

 口から見える舌は鋭い針がチロチロと意志を持つように動き、輝愛を品定めするかのように目の前で静止した。

 

「⋯⋯」

 輝愛は感じる。『このケモノはヤバい。人の手に負えるような存在では無い』と。

「もう一度問う。貴様が俺を呼び出したのか?」

 

 黒い粒子の身体であるこの狼に似た獣に眼球は存在しないが、それでも輝愛は冷たい視線を感じ取れた。何か答えなければこのケモノは容赦無く、そして痛みを感じる前に輝愛を殺すと。そう彼女は直感する。

 

「そうだよ。アタシがよくわかんない魔法陣から呼んだの」

 輝愛は緊張しながら答える。背筋は凍り付き、震えそうな全身を無理矢理押し留める。

 

これまで何千もの暗殺を成功させてきた輝愛が冷や汗が全身から溢れ、恐怖と緊張で発狂死しそうになる程にそのケモノから発せられるプレッシャーと恐怖は圧倒的だった。

 

「⋯⋯貴様のような小娘に召喚されるとはな。俺も相当な格下になったか?」

「そんな事ないでしょ。アンタが弱い訳が無い」

「ハッ。そういうストレートな褒め方は嫌いじゃないぜ。それじゃあ改めて」

 輝愛に対して向ける目付きを変えたケモノは落ち着いた口調で淡々と告げた。

 

 

「サーヴァント、アサシン。聖杯の意志の元、貴様の召喚に応じた。此度の聖杯戦争では時の番狼たる王の力を存分に使うがいい」

 

 

 アサシンの瞳は先程まで向けていた殺意では無く、一人のマスターとしての敬意と忠誠心で満ちていた。

「あー、うん。宜しく。所でさ⋯⋯」

「何かなマスター?」

先程までの口調とは一転、丁寧に返されて面食らう輝愛だったが本題たる疑問の方が大きかった。

 

 

「聖杯戦争って、何?」

 

 




いかがでしたか? 初手はアサシン陣営です。もう一、二話くらいはアサシン陣営になると思います。


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プロローグ 聖杯戦争って、何?

急いで書いたので誤字脱字があるかもしれません。


 

 

 

「お前、ちょっ、⋯⋯はぁ!? 本気で言ってんのか!?」

「まあ⋯⋯成り行きでアンタを召喚したって感じだし。1から説明してよね!」

 

 アサシンは不満そうだったが、呆れたように息を吐くと⋯⋯。

「とりあえず貴様の身体を借りる」

そう言ってアサシンが輝愛に纏わると輝愛の意識は暗転した。

 

 が、輝愛にとっては瞬きしただけのように感じている。輝愛が目を覚ますとそこは誰もいない森の中。静寂と暗闇が支配するその場所は密談にはうってつけの場所。

「あれ?」

「あの場所は人が集まる可能性があったからな。退散した方がいいだろ?」

「確かに」

 

 輝愛がどこかに腰掛けるため何かいい場所を探そうとするとアサシンが自身の尻尾を向ける。

「使ってもいいの?」

「いいぜ、マスター」

「挨拶してから明らかに優しくなったじゃん。⋯⋯あとなんて呼べばいいの?」

 

「アレはなんつーか、振るいにかけただけだ。俺は王だからな。威厳とかあんだよ色々。呼び方に関しては別に好きなように呼べ。先に言っておくと聖杯戦争じゃ、名前ってのは大きな弱点になる。だから基本はクラス、俺の場合はアサシンって呼ぶのが普通だそうだ」

なるほど、と小さく唸って答えを出した結果⋯⋯。

 

 

「じゃあ⋯⋯大福!」

 

 

「⋯⋯ん? 大福? えっ? 大福? ホントに?」

 表情は動かないが明らかに困惑しているであろう声色で問いかける一匹のケモノ。

「そう、大福」

「⋯⋯マジ?」

「マジ。⋯⋯嫌だった?」

「嫌というか⋯⋯何故大福?」

 

 ケモノの問いかけに待ってましたと万遍の笑みを作る輝愛。

「いやー、ペット飼ったら絶対大福にするって決めてたから! アタシの家ペット禁止だったから欲しくても飼えなかったんだよねー。アンタは真っ黒だけど、それはそれこれはこれ。可愛く育ててやるぞ大福ぅ〜!」

「俺はペット扱いかよ。なあマスター、それよりも聖杯戦争の事早く話してぇんだけど」

 

「そうだそうだ。忘れてたわ。で、聖杯戦争って結局なんなの?」

ったく、ようやく本題だよ。と呆れながら呟くケモノこと大福。

 

「聖杯戦争っつーのはどんな願いも叶えてくれる聖杯ってのを取り合う戦争の事だ。7人のマスターが俺みてぇなサーヴァントを一体連れて最後の一人になるまで殺し合う、っつー感じ」

「へー、なにそれオモロそう」

「オモロじゃねぇよ。で、普段なら強い魔術師が集まるんだが、毎回お前みたいなよくわかんねぇマスターが混じってるとか」

 大福が少し怪訝な雰囲気を漂わせる。

 

「魔術師⋯⋯? あー、グレムリンか。その代わりがアタシと。なるほどねー。他のマスター6人見つけて殺すと。そしてそのマスターには大福みたいなサーヴァントがいると」

考え込む仕草をした輝愛だったがその姿勢は3秒と持たない。

 

「で、大福はアサシンとやらのクラスと。クラスって何?」

「クラスってのは俺達サーヴァントの特徴だな。基本クラスは三騎士って言われてるセイバー、アーチャー、ランサー。そして残りのライダー、キャスター、バーサーカーとアサシン」

「あー、なんかニュアンスでわかるわ。剣士と弓の人と槍の人、乗り物乗る人狂戦士、暗殺者⋯⋯キャスターは⋯⋯魔法使い!」

「魔術師な」

 そうそうそれそれ、と苦笑い。

 

「それぞれ特性に違いはあるがとりあえずアサシンに関して言えるのは直接戦闘が全然クラスの中で最弱で、その代わり暗殺に特化してる」

「えっ、マジ? アタシ達気が合うじゃん!」

「まあ系統が一緒ってのがここでどう有利に働くかってのはわかんねぇけどさ」

 

そう少し満更でも無いような口調で冷静に分析する。

「でも基本アサシンはステータスが低いってのが定石だ。正面突撃は控え⋯⋯」

 

「いやぁ、中々面白い事になっているわね」

 無遠慮な第三者の声が深夜の森に響く。

「誰?」

 輝愛が鋭い目付きで声の方向を睨み、袖からナイフを取り構える。

「作戦会議中に申し訳ないわ。少しお話させて貰おうと思って」

 

 凛とした美しい声の先に居たのは黒い髪に腰まで届くほどのロングヘアの美少女だった。少しツンとした目付きと左目元の泣きぼくろが特徴で人類でも歴史上類を見ない程に美しいと言われても納得がいく程の美貌である。

「私は今回の聖杯戦争で監督役を務める荒島絡果。よろしく、神崎輝愛さん」

「⋯⋯どうして監督役さんはアタシの名前を知ってんの?」

 

 輝愛は暗殺者であり、世界でも正体不明の存在として恐れられている。そのため名前や経歴に関しては殆どの人間が知らないはずなのだ。

「少し調べたの。それだけよ」

「調べたにしては早すぎるし。でも⋯⋯ふーん。何も言わないでおく」

 輝愛の勘が告げていた。『コイツはヤバい』と。大福に続いて2人目の強者である。

 

「それで? 監督役さんがなんの用?」

「そうね。とりあえずは神崎さん、マスター選抜おめでとう。聖杯戦争の概要に関して私から教えるつもりだったのだけれど⋯⋯サーヴァントが教えてくれそうならいいわ」

 

「あ? 喧嘩売ってんのか?」

「いえ。私は別にそんなつもりは無いのだけれど。それに私自身の戦闘力は貴方に劣るもの。例え正面戦闘でも」

 輝愛は頭の上に「!?」という吹き出しが出ているような驚き方をしている。

「えっ? 大福強いじゃん! 正面戦闘弱いってウソつきめこのこのー!」

 

「そりゃ人間とサーヴァントには大きな戦力差がある、まともにサーヴァントと戦うヤツなんて狂人の類だ」

 それを聞いた絡果はクスクスと小さく笑う。

「あらあら。流石にそれは言い訳よ。私は監督役の権限で召喚されたサーヴァントのステータスを覗き見出来るのだけれど⋯⋯」

 

「ステータス? なんかゲームみたいじゃん」

「それぞれ筋力・耐久・敏捷・魔力・幸運・宝具の6つがあんだよ」

「へー。その宝具ってのは知らないから後で聞くね」

と、コソッと話す輝愛と大福。

 

 

「貴方のステータス、幸運以外全てA+以上じゃない」

 

 

「?」

「⋯⋯だからなんだよ」

サーヴァントにおけるA+は十分高性能であり、正面戦闘が苦手というのは大福がついたウソになる。

「それに幸運だってB+よ? 敏捷、魔力、宝具に関してはEX。耐久はそもそも不明だなんて。反則級のサーヴァントだわ」

「つまり?」

「貴女の大福ちゃんは強い」

 

それを聞いた輝愛は「おー!」と拍手する。

「大福ちゃん言うな!? あとマスター、俺を召喚したばっかの時と全然態度が違ぇなぁ!?」

「プライベートと仕事はバッチリ分ける派なんでアタシ。あと大福は怖いけど意外と可愛いとこあるからヨシ!」

 

 ニヒヒ、と笑う輝愛の表情は普通の日常にいる女子高生そのものだった。

「今回の聖杯戦争はこの横浜を中心に行われることになっているの。今回は既に聖杯が存在している。まあ、それは今魔術協会が厳重に保管しているから聖杯は安心して。というよりも監視しか出来ないというのが正解かしら」

 

「?」

「こっちの話よ」

 ステステと木陰を踏みながらスマホを覗く絡果。

「私がここに来た理由は聖杯戦争の説明ともうひとつ。改めて聞いておきたいのだけれど。貴女は聖杯戦争に参加するということでいいのね?」

「もちもち!」

 

「⋯⋯そう。聞きたいことは以上よ。既に大福ちゃんを含めて4人のマスターがサーヴァントを召喚して聖杯戦争の始まりを待っているの。私が開始の合図をするその日までに準備をしておく事ね」

 そう言って絡果は暗闇に消えていった。

 

「⋯⋯なんだったんだろあの人。まあいっか!明日学校だしとっとと帰ろ!」

「切り替えはええな。拠点に戻んならそのまま尻尾に乗ってろ」

 そしてその瞬間、輝愛の目の前が暗転し気が付くと自宅の玄関にいた。

「えっ? 大福こんな芸できんの!?」

 

「芸じゃねぇ。俺の能力だ。基本的に角がありゃどこにでも行ける」

「流石サーヴァント。アタシの想像以上じゃんか。あと便利だから登校の時もよろしく」

「⋯⋯マジかよ」

「マジマジ」

 

 

ーーーー

 

 

 翌日の12月18日。ベッドでゴロゴロとしていた輝愛が起きたのは6時丁度。眠い目を擦りながらキッチンへと移動し朝食の準備を行う。

 輝愛はみなとみらいの大型マンションに住んでおり23階の1LDKに一人暮らしだ。ちなみに家賃は月23万である。

 

「大福はお腹すいてるー?」

 その声に反応した大福は霊体化を解くと眠そうに大きく欠伸をした。

「サーヴァントに食事は必要ねぇよ」

「あ、そう。その身体じゃあ相当食費嵩むかなって思ったけどコスパいいじゃんか」

 

「⋯⋯あー、それなんだがマスター」

 大福が何か言おうとした時、ふとテレビから流れてきたニュースに耳が行ってしまった。

『次のニュースです。昨夜の深夜零時頃、横浜市で大規模なガス爆発がありました』

 

 そしてガス爆発に関するニュースが流れるが、そこに映されていたのはグレムリンの屋敷跡だった。つまり英霊召喚の余波で吹き飛んだものがガス爆発として報道されているということである。

「マジ? つまりこれってさ」

「あの女が隠蔽したって事だろ? ま、こっちからしちゃ嬉しい限りだぜ」

 

 そしてもうひとつ気になるニュースが報道されていた。

『そしてもう1件、横浜港でも似たような爆発があり、こちらは貨物船4隻が半壊し現在修理中との事です。こちらもガス爆発ではありますが警察側はこの2つの事件に何かしら関係性があると見て調べているそうです』

「⋯⋯俺達とほぼ同時に召喚したヤツが居たってことか」

 

「横浜港ってすぐ近くじゃんヤバ」

 朝食の支度を終えて皿に盛り付けた朝ごはんを食べながら他のなんでもないニュースを見ていると、大福が気まずそうに声を上げた。

「なあ、マスター。ちょっと緊急事態なんだが⋯⋯」

「何? トイレ?」

 

 

「このままだと俺、現界出来なくなりそう。あと2時間くらいしたら自然消滅するわ」

 

 

「はぁ!?」

 

 




私雪見だいふく好きなんですよね。皆さんはどんなアイスがお好きですか?


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プロローグ 依代

詠唱間違えてました。とても恥ずかしい……。


「ちょっ、どうすればいいの!? とりあえず状況説明してし!」

「⋯⋯あいよ。まず落ち着いて聞け? サーヴァントの身体は霊核っつー心臓みてぇなのに魔力で作った肉体を纏わせて現界すんだよ。その魔力の肉体はマスターからの魔力供給があって初めて作り出せる訳だ」

 

 そう言った大福はその場から姿を消す。それでもただ見えなくなるだけであり大福がその場からいなくなった訳では無い。

「消えた」

「これがいわゆる霊体化。四六時中サーヴァントがマスターの身を守る為にこうして息を潜めたり、マスターやサーヴァントの魔力の消費を抑えるためだ。それでも俺の場合、霊体化していようが消費に供給が追い付かねぇ」

 

「マジ? さっきの言葉撤回。コスパ悪過ぎっしょ」

「本来ならマスターの魔力に合わせてサーヴァントも格落ちしたり強くなったりすんだけどよ、俺の場合そのまんま召喚されちまったらしい」

 はあ、とため息をつく大福。

「あと魔力とかそういう話は分かるんだな」

「まあね。アタシその手のゲームはよくやるからさ。大福を召喚したはいいけどアタシの実力が足りないから維持出来ないって認識でおけ?」

「⋯⋯おけだおけ。ったく、言葉が分かりにくいんだよ」

「そう言えばめっちゃ日本語流暢だよね。大福とかも知ってるし中々博識じゃん見直したかも」

 

「召喚される時に聖杯から魔力と現代の知識は粗方詰め込まれてるからな」

「なるほど、聖杯すご」

「なんて話してる場合じゃねぇんだよ!? どうするこれ!?」

「でもアタシに聞かれてもなーってカンジ。そういう知識無いからどうすればいいのかわかんない。魔力ってそんな数時間じゃ増えないよね?」

 

 不満そうな顔で皿を洗いながら大福に質問する輝愛。

「そりゃそうだ。増やそうと思って増やせるもんでもねぇ」

それに、と付け加える大福。

「単独行動っつースキルがありゃしばらくは何とかなるはずなんだが生憎俺は持ってねぇ」

 

「そういう便利スキルは取得してから召喚されろし。⋯⋯難しっ」

うーん、と悩む輝愛は食洗機のボタンを押した瞬間に「あ」と小さく呟く。

「今って大福に肉体が作れないから困ってるんだよね?」

「ああ。別にマスターが悪い訳じゃねぇ。これは召喚した陣や聖杯が悪い」

 

 

「ならさ、アタシの身体を使えばいいじゃん」

 

 

「⋯⋯!?」

「そうすればアタシが魔力を供給する必要無いし。名案じゃん?」

  大福に目は無いが明らかに困惑、と言うよりもキョトンとしている表情が見える。

「中々ぶっ飛んでんな、マスター。俺がマスターの身体を乗っ取る可能性もあるんだぜ」

「それはまあ、でもアタシ意思は強い方だし? それで出来そう?」

「なるほどな。結論から言えば不可能じゃねぇ。マスター、お前を依代にして俺は現界し続ける。だがな、一つ聞かせろ」

 

「ん? 何?」

「マスターの願いって何だ。まだ俺は聞いてねぇ。本当に俺の意思を預けていいかってのを決めてぇんだよ」

「⋯⋯? あー、そゆこと」

 面食らってキョトンとした輝愛だったが、それは一瞬の出来事。すぐにその顔は笑顔で、思い出を共有しようとするように、楽しそうな表情で語り始める。

 

「アタシは悪人になりたい」

くるくると手元にあるナイフを遊ばせながらそう宣言した。

「この世界には悪が足りてない。全人類が団結して協力して滅ぼすべき悪が。だからアタシがそれを成すの。それで世界を統一する。その後この世の悪になったアタシを倒した時、世界は平和になる。朧気なシナリオはこんな感じ。だからアタシが聖杯に叶えてもらう願いは⋯⋯」

 

 

「アタシが世界を支配すること」

 

 

「⋯⋯」

「そしたら他の人たちがアタシを殺して平和になる。まあ、現実にはそう簡単に行かないけど? これはアタシの理想論だから」

「直接平和を望めばいいじゃねぇか」

「みんなが知らなくても強制された平和ってなんか嫌じゃない? ま、本来アタシがやる過程がスキップされるなら楽でいいし」

この考え方が破綻していることは輝愛自身分かっている。それでも輝愛はそれしかないと考えている。

争いが無かった時代は無い。人々が知性を得るずっと前からそれは変わらない。

 それでも、彼女は世界から本当に争いが無い時代を作りたい。刹那の時間だけでもいい。その前例を作ることが大切なのだと。

 

「⋯⋯分かったよ。お前の身体を依代にさせてもらう」

「なーんかはっずいこと無駄に語った気がするんだけどー。これで実戦出て秒殺されたら承知しないからね?」

「それだけはねぇ。いいから改めて命令しろよ」

「はいはい」

 輝愛は持っていたナイフを向けて宣言する。

 

 

「大福、アタシの身体を依代っていうの? にしなさい!」

 

 

「しっまらねぇ⋯⋯。ホントにこんなんでマスターが務まるのかね」

 そして大福の身体が黒い粒子となって崩れ落ち、輝愛の身体を包み込む。そして数秒後、黒い粒子は輝愛に吸収された。

「一言二言余計ですー! ってアレ、これだけ?」

 呆気に取られた輝愛だったがどこか全身に違和感を感じている。

『一応言っておくとこのままでも俺は喋れるからな』

 と、輝愛の中から大福の声が聞こえてきた。

 

「マジ? ⋯⋯マジじゃん!」

『俺と一体化したからにはマスターを絶対に勝たせてやる。あと俺の権能の一部が使えるようになってるぜ。とりあえず登校の支度してこい』

「おけー」

 スタスタと自室に戻った輝愛は制服に着替え、身支度を整えると部屋の角を指さした。

 

「それじゃあ昨日のアレやってみよ。あそこから行けたりする?」

『余裕。転移してぇって気持ちと転移先の場所を思い浮かべりゃその付近のどっかに出るぜ』

「へー、よっ」

 その一言で輝愛が見ていた景色が自室から学校の鶏小屋前に変化する。その場で靴を履きながら目を見開いて驚く。

 

「えっ、凄!エモエモのエモでしょ!」

『エモってなんだよ』

「なんかこう、気持ちが昂った時に使う言葉。もう死語かもしれないけど使う機会があったら使いなよ。これエモいねって」

 輝愛が転移したのは神奈川県立横浜湊高校。通称ハミ高である。輝愛の入学時に改修工事が終わり完全新築で倍率も高く神奈川県でもトップクラスの偏差値を誇る高校だ。

 

『てかなんで学校なんて通ってんだお前。お前暗殺だけしてりゃ食うに困らねぇだろ』

 素朴な疑問を呟く大福に対して分かってないなぁとドヤ顔する輝愛。

「殺しはこの先の人生イヤってほどするけど、青春って学生しか味わえない貴重な体験じゃん? じゃあ今優先するのはどっちかって言われたらこっちでしょ」

『⋯⋯そもそも俺は青春なんて概念しか知らねぇからわからねぇ。楽しいか?』

 

「もちろん。それにこの高校はバイトOKだし? 稼ぐのも必要って事」

『暗殺稼業をバイト扱いしてんじゃねーよ』

 輝愛が自身の教室に入るといつもガヤガヤと騒がしい話し声が聞こえてくる。教室は半分以上の生徒が既に登校しており、その中にいる一段と声の大きい2人組の女子生徒が輝愛を見て近寄ってくる。

 

「おはよー輝愛、今日早くない?」

「おはよめぐち、ちょっと早く目覚めたからね。パッチリよパッチリ」

「ねぇきあ聞いてー、ウチの彼氏がさぁー」

 茶色に染まった肩まで伸びたウェーブの髪、ギラギラのネイルに少し甘めな香りの香水を付けているのが涼宮恵、通称めぐち。

 もう一方は黒髪のボブカットだが化粧やネイル、少し冷たい香りがする女子生徒、彼氏持ちの如月澪、通称みゃお。

 

「みゃおの彼氏自慢は後でゆっくり聞いたげる」

「自慢じゃないしー。どーせ2人はいるんだから関係ないじゃん。てかきあが彼氏居ないとかいちばん無い」

「いや居ないから、一緒にすんなし」

「はー。絶対ウソ」

 などとギャン騒ぎしていると輝愛の隣に座っている男子生徒が登校してくる。

 

「あっ、ごめ」

 輝愛の荷物が隣の男子生徒の机に侵食していたため慌てて戻す。

「大丈夫」

 黒い短髪と真面目そうな横顔、どこをとっても普通の少年は宇都宮俊介。輝愛とは隣だがあまり会話は無く、輝愛としてもあまり印象に残らない人物だ。

 

「アタシ飲み物買ってくるけどなんか欲しいのある?」

「あ、ウチカフェオレ!」

「めぐちはー?」

「んー、今はいらないや」

「りょー、後で徴収するからお金出しといてー」

 そう言って輝愛は振り返り校内の自販機に向かおうとすると⋯⋯。

 

「わっ」

「あっ」

 鞄から教科書の類を出している途中だった宇都宮とぶつかってしまう。

「ごっめーん!」

 ぶつかった拍子に落としてしまった宇都宮のノートを拾うと1枚の紙切れが隙間から現れる。

「あちゃ」

「⋯⋯!」

 そのまま宇都宮のメモを拾い、ノートと共に返却する。

 

「マジごめん」

「気にしてない、まあ少しビックリしたけど」

「⋯⋯お詫びに1本買ってくるけど何かいる?」

「お構いなく。こっちも不注意だった」

 輝愛は「じゃあお茶買ってくる!」と言って教室から出る。

 

「ねえ大福」

『あ?』

「大福と話してるアタシって周りから独り言喋ってるヤバいやつに見られてたりする?」

『そうだな。俺の声はお前にしか聞こえねぇしそう見られるかもな。周りに聞こえるように出来るけど別に今必要ねぇし』

 うわぁ、と嫌な顔をする輝愛。

 

「頭の中だけで会話したりとかは?」

『お前次第だな』

「じゃあ授業中練習しよっかなー。ああ、それとそうだ」

 真剣な面持ちでつぶやく。

 

「大福って使い魔とか出せたりする?」

 財布からクレジットカードを取り出し手元で遊ぶ輝愛はふとそう呟いた。

『出来る。俺の権能のひとつに『猟犬の招来』っつースキルがあるからな。召喚してぇーって気持ちと角からぴょこって出るイメージがありゃどこでもいい』

 そう聞いた輝愛は物は試しだと自販機がある部屋の角を凝視する。

 すると角からテラテラと黒く光る針のようなものがうねって出てくる。

 

「あ、大福の舌みたいなのが出てきた」

『アレが使い魔というか、眷属だ。俺みてぇに角を通じて移動するが、普段は別空間にいる。それでもちゃんと命令には従うから安心しろよ』

「これ何匹まで出せる?」

『無限に出るぞ』

「マジ?」

『マジマジ』

 

 輝愛は買った飲み物を持って教室に戻る。その後それなりに長い時間恵と澪と雑談し朝のホームルーム中。ペンを回しながら大福との脳内会話を練習していると宇都宮がメモを見ながら悪戦苦闘していた。

「なになに、勉強のシート?」

 

 唐突に話しかけられてビックリしている宇都宮。

「勉強じゃない。コレをちょっと暗記しないといけなくて」

 そう言ってメモを指を指す。

「暗記かー、まあ大変だよね。そういうのはイメージでしょイメージ。出来る自分をイメージすれば大体なんとかなる」

 

『それってアドバイスになってんのか?』

『なってるっしょ。だってアタシがイメージ基本だし』

「神崎さんが言うと説得力があるな⋯⋯」

 なんとも微妙な表情である。

『ほらね』

『褒めてんのかそれ⋯⋯?』

 

 実際、輝愛の成績は高い。文武両道で人となりが良く、友達も多いとかなりのハイスペックだ。

『ま、今のうちに楽しめるだけ楽しもうよって話。これから先どんな未来が待ってるか分からないじゃん?』

 

 

ーーー

 

 

 

 深夜零時。

 普段の学校であれば絶対に人がいない時間。屋上には1人の男が立っていた。その男は姿が分からないようにフード付きのパーカーで顔を隠しているため正面以外では顔を見ることは出来ないだろう。既にその場所には秘匿された結界が張られており、何人も外部から侵入する事は出来ない。そしてその場所は今即席の魔術工房と化していた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 男の前には青白く光る魔法陣。その光は男の詠唱と共に強まっていく。

 

「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ひとつひとつ丁寧に言葉を紡ぐ。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 男の頬に汗が垂れる。緊張からか、恐怖からか、重圧からか。それは本人のみぞ知る。

 

「誓いを此処ここに。我は常世総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」

 

 青白く輝く魔法陣は光を強め、そしてそこから何層にもなる魔法陣が展開された。

 

「汝 三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!」

 

 そして何層もの魔法陣が男の目の前で収束し、強い光を放つ。

 

「やった⋯⋯!」

 男は声を漏らした。

 魔法陣の光が収まるとその中心には人影があった。

 身長はあまり高くはなく、16歳前後で男とさほど変わり無い。淡い萌黄色の長髪と白い肌、少し幼さを見せる顔立ちのそれは人間離れした美しさを放っている。

 

 服装はシンプルな貫頭衣のみ。しかしそれが彼の神秘性を際立たせていた。

「サーヴァント、ランサー。エルキドゥ。君の呼び声で起動した。今回の聖杯戦争では僕を上手に使うといい、マスター」

 その声に男は歓喜した。

「エルキドゥ⋯⋯神が作ったとされる兵器⋯⋯! 大当たりだ! よろしく、エルキドゥ。僕の名前は⋯⋯」

 

 とフードを外し名乗ろうと男に対してエルキドゥは待って、と手で制す。

「マスター、少し結界の張りが甘かったんじゃないのかな? 」

「えっ?」

 男がエルキドゥの目線を追うとそこには一匹の穢らわしい狼のようなケモノが立っていた。

「魔獣!? ど、どこから!?」

 

 そのケモノの身体は黒と紫色の粒子で出来ているが眼球は赤いノイズ画面のように光っており、口に当たる部分からは鋭い針のような舌が伸びている。

 大きさは5m以上あり、その場にいるだけで吐き気を催す程の威圧と湧き上がる恐怖を感じるだろう。

 

「いいや、視覚だけに囚われてはいけないよ。アレは人間だ」

それはエルキドゥのスキル『気配探知A++』による看破である。大地を通じて気配を探知するこの力はケモノが視覚のみを騙すものであり、本来の姿が人間であると理解したのだ。

 男が睨み付けると気の抜けた掛け声が聞こえてきた。

「ねー大福! バレてんじゃん! せっかく大福の権能使ったのにさー!」

『仕方ねぇだろうがぁ! 俺の力は姿を騙すって感じだから本格的に変身してる訳じゃねぇってさっきも言ったよな!』

 

気の強そうな女の声と少し低い男の声が辺りに響く。

 男はその声に聞き覚えがあった。

「⋯⋯もしかして、神崎さん?」

 そう言ってフードを外す男。

 そして男の声に反応してケモノの黒と紫色の粒子が崩れ落ち、中から制服姿の神崎輝愛の姿が現れた。

 

 

「ま、声聞いたらバレちゃうよねー。一応言っておこっか。こんな時間に何してんの? 補導される前に帰った方がいいんじゃないかな、宇都宮くん?」

 

 

 ニヤリと笑う輝愛とは対照的に、宇都宮の表情は緊張に満ちていた。

 

 




ランサーっていっぱいいますからね。誰を出すか迷います。ちなみに既存のサーヴァントはあと一体出てきます。


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プロローグ 宇都宮家の魔術師

毎日投稿出来ませんでした……。


 

 少し時間を遡り宇都宮俊介と神崎輝愛が出会う1日前。

 事の始まりは魔術協会からの連絡からだった。

 宇都宮家当主、宇都宮蓮司に横浜での聖杯戦争開催の手紙が届いたのだ。

 宇都宮家は横浜を拠点とする魔術師の家系の1つで、特別優れた血統という訳ではなく魔術を現代社会でどう活かすかという研究に尽力している。

 

 その結果、彼方の未来で自らの家系だけではなく世界全体で根源への到達を達成出来るのではないかという思想だ。

 魔術師としては異端な考え方であり、協会としては秘匿すべきだと考えている魔術の現代社会での使用は止められているため研究は進まず停滞していた。

 

 しかしここで蓮司の腕に令呪が浮かび上がった事で状況が変化した。令呪があるということは即ち聖杯戦争への参加資格が生まれたということになる。そして浮かび上がった令呪が本物であることを魔術協会から正式に表明があった以上、辞退するという選択肢は無い。

 そう考えた蓮司は夕飯時に俊介を呼び出し、事の顛末を伝えた。

 

「つまり父さん、聖杯戦争に参加するって事? ⋯⋯これで僕達の意見が魔術協会に届くね」

 宇都宮の自宅は特別大きいという訳ではなく、二階建ての3LDKで一般的な住宅街の一角に住んでいる。これは宇都宮家として人々と寄り添うべきだと考えているからだ。

「ああ、その件なんだが⋯⋯」

「⋯⋯?」

 俊介が歓喜の声を上げると蓮司は覚悟を決め、俊介にある提案をした。

 

 

「お前が聖杯戦争に出ないか?」

 

 

 蓮司は苦渋の決断の末、俊介に令呪を預けるという選択肢を選んだのだ。

「⋯⋯ちょっと待って。令呪の譲渡は他のマスターかサーヴァントとの繋がりがある人物しか不可能なはずだ。それにそれを分からない父さんじゃない」

 俊介の心境は困惑に満ちていた。蓮司と俊介の戦闘力に関しては俊介の方が上なのだ。そのため蓮司の選択は理解出来る。が、それ以前の問題なのだ。

 

「ああ。本来であればその通り。だが、今回の聖杯戦争はそもそもの根底が違うらしい」

「⋯⋯とりあえず色々聞かせて欲しい」

「まず、聖杯戦争が起こる原因となった聖杯だが⋯⋯魔術協会のものでも聖堂教会のものでも無く、更にはこの世界に元々あったかすら怪しいイレギュラーな聖杯なんだ」

「⋯⋯は?」

 その言葉が突拍子の無いものであり、面食らった俊介を他所に話を続ける蓮司。

 

「それに伴ってか既存のルールとは違うところが多い。そのひとつが令呪の譲渡、既存のルールに加えて『血の繋がりがある人物』があるんだ」

「それは聖堂教会側からのルールか?」

「いや、聖杯が直接設定したらしい。そもそも今回聖堂教会が指定したルールは無い」

「ますます分からなくなってきた⋯⋯」

 

 頭を抱える俊介。

「既存のルールは全て聖杯の意志だ。そのルールは最初にサーヴァントを召喚したマスターの頭の中に直接書き込まれたとか」

「それ信じていい情報?」

 

「証人として二騎のルーラーが正しい告げているからな」

「ルーラー!? それも二騎!?」

 ルーラーとは基本の七騎とは別の区分に数えられるクラスだ。エクストラクラスと呼ばれ、通常の聖杯戦争では絶対に召喚されない。そもそも出現条件が聖杯戦争そのものが特殊な形式であり、その結果が未知数であるため、中立の立場として召喚される存在なのだ。

 

 そのため滅多な事でルーラーが出現することは無く、ましてや二騎召喚されるということ自体おかしい事なのだ。

「だからルール的に譲渡は出来ない訳じゃない」

「いや待った待ってちょい待っと」

 情報量の多さに頭がパンクしそうな俊介は1度緑茶を口にしてから息を吐く。

「僕が出るのは構わない。父さんに負担を負わせるのは気が引ける。それに父さんより僕の方が強いからさ。⋯⋯それで、今分かっていることを聞かせて欲しい」

 

「ああ。今のところ他で変わった様子は無い。とりあえず令呪に関しては一部仕様が普段とは違うらしい。なんでも令呪一角につき聖杯1つ分の魔力が込められているとか」

「それってつまり⋯⋯本来魔力の総量上不可能な命令も可能ってことになる?」

 

 令呪での命令範囲は決まっており「マスターの魔力量とサーヴァントの魔力量を合計した魔力量」となっている。しかし聖杯分の魔力が使えるとなれば話は別。極論⋯。

「星を砕けって言えば砕けるパワーが生まれる⋯⋯?」

「極論を言えばな」

 

 そして先程の不穏な言葉を思い出した俊介。

「あと、今のところ変わった様子は無いって言ってたけどこれから変わる可能性は?」

「⋯⋯ある。今回の聖杯戦争は途中でルールが追加される可能性があるらしい。それが一番の違いか」

 

 その後、一通り話を終えた2人は食事を済ませリビングの中心に立つ。

「だいたい分かった。じゃあ令呪の受け渡し、お願い父さん」

 

 

ーーー

 

 

「⋯⋯学校が冬服で良かった」

 登校中、俊介はそう小さく呟く。

 夏服の場合令呪が野ざらしになるため隠蔽の魔術を使用する必要があるからだ。

「聖杯戦争⋯⋯か⋯⋯」

 

 俊介は思う。これはチャンスだと。魔術協会に自らの力を示し、現代社会と魔術の共存を目指すべく尽力することが出来る。

「よし!」

 俊介自身の戦闘力は決して低い訳では無い。宇都宮家の思想を良しとしない勢力を長年退けてきたため魔術戦においては同年代の魔術師よりも高いレベルに位置するのだ。

「でもなぁ⋯⋯」

 

 しかし宇都宮家には致命的な弱点がある。

「工房どうしよう⋯⋯」

 独自の工房が存在しないのだ。これは生活様式を現代社会に合わせた結果、工房を必要としない魔術師を目指してきたからだ。

 しかし工房がなければ英霊を召喚出来ない。そのため即席の工房を作成するしかない。

「⋯⋯場所的には学校しかないか。家もそんなに広くないし⋯⋯」

 と、ボソボソ呟いていると自身の教室に到着する。

 

 窓際から2番目の1番後ろ。目立たずちょっとした魔術の検証にはピッタリな位置なのだ。

「あっ、ごめ」

 俊介が向かってくるのを見た隣席している女子生徒が俊介の机まで侵食していた荷物を退かす。

 

「大丈夫」

 天然物っぽい腰まで伸ばした綺麗な金髪に青のカラーコンタクト、少し外国人の血が入っているかのような顔立ちと白雪のような白い肌は同い年であっても大人の魅力に溢れている。そしてそれを後押しするのが豊満な胸とモデルのような高身長だ。スラッとした体型に加えて制服は着崩しており、本来あるはずのリボンは無く胸元は第二ボタンまで外しているため胸元をチラチラと覗かせている。

 文武両道、コミュニケーション能力も高く友達も多いのが彼女、神崎輝愛の生徒から見たイメージである。

 

(凄いなぁ⋯⋯)

 もしかしたら彼女が自分と同じ立場にあれば聖杯を使わずとも魔術協会を動かせるのではないか。魔術師の世界と現代社会の架け橋になってくれるのではないだろうか、と少しだけ期待してしまう俊介。

 

 しかしそれは自分の役目なのだと鼓舞し、意識を切り替える。

 その時、俊介と輝愛がぶつかってしまいノートを落としてしまう。そして今夜の詠唱までに覚えるべきメモ紙がノートの間から滑り落ちてしまった。

「あちゃ」

「⋯⋯!」

 そのまま俊介のメモを拾った輝愛はノートと共に返却する。

「マジごめん」

 

「気にしてない、まあ少しビックリしたけど」

「⋯⋯お詫びに1本買ってくるけど何かいる?」

「お構いなく。こっち不注意だった」

 輝愛は「じゃあお茶買ってくる!」と言って教室から出る。

「⋯⋯見られてないよね?」

 そもそも見られたところで輝愛に意味が分かる訳じゃないと判断し暗記を始める。

 

 そしてホームルームが終わりその日の授業が終わりつつある15時頃。

「⋯⋯視線を感じる」

 ボソリと誰にも聞こえないような声で呟く俊介。

 どこからか見られているのでは無いかという奇妙な視線を感じた為探知の魔術を起動する。

 

 空気の振動による物体探知だが反応は無い。

「気の所為かな」

「ふぁぁぁ〜。宇都宮くんどったの?」

「何でもない」

 目を擦りながら小さく欠伸をして目を覚ます。

 授業中爆睡していてテストの点数高いのは何故だろうと本気で疑問に感じた宇都宮。

 視線に関してはは帰宅中も感じており別の探知魔術を試しても反応は無く集団ストーカーの幻覚に襲われているのかと思ってしまうほどだったとか。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 こうして今に至る。

「メモ紙は完全に偶然。グレムリンみたいにメモに書いてる辺りよっぽど重要な儀式じゃんコレ」

「そりゃそうだろ。聖杯戦争っつーのは魔術師からすれば後にも先にも無いチャンスだ、不意にしたい奴はいねぇと思うぜ」

 

 と、黒ポンチョ姿の神崎が独り言のように呟き、重なるように大福が返答する。

「⋯⋯じゃあ僕が感じてた視線って⋯⋯神崎さんの仕業?」

「⋯⋯んー多分そう。アタシの使い魔的な存在がずーっと監視してた」

 

 輝愛が壁と床にある角に人差し指を向けるとそこから2m強ある四足歩行の獣が現れた。

 青黒く光る肉体からは青みがかった液体が垂れており、それが地に触れるとジュワっと溶ける音が聞こえる。顔は狼に似ているが大福とは違い口はワニのように長い。しかしながらチロチロと見せる舌は大福と同じ針のようなもので、本質的には同じ生物なのだと俊介は思った。

 そしてなんとも言えない気持ち悪さと身体をなぞるような恐怖感情が生まれるのは大福と同じである。

 

「そ、それが神崎さんの⋯⋯使い魔⋯⋯?」

 イメージとの乖離にドン引きの俊介だったが、輝愛はそんな事ないらしい。

「えー? 可愛くない? ほら、キモカワって感じ」

「神崎さんのセンスは⋯⋯ちょっと分からないな⋯⋯」

 俊介が苦笑いを浮かべながらも手元では術式を編んでいた。

 輝愛は英霊召喚を傍観していたとはいえ俊介にとっては敵。普段少しだけ関わりがあるとはいえそこで躊躇っては三流なのだ。

 

『おい、アイツ術式組んでるぞ』

「えっ、アレ。これってもう聖杯戦争始まってるの? あの監督役さんが宣言したらとか言ってたし⋯⋯」

「ヴォルテ!」

 俊介の左手から鋭い光を放つ閃光が射出され、輝愛の顔を素通りする。

「⋯⋯神崎さん! 次は当てる!」

 

 そう辛そうな表情をしながらも宣言する俊介だが、それを見てんー、と唸りながら手元でナイフを遊ばせる輝愛。

「足りないんじゃない? 殺意が。そんなんじゃアタシを殺せないよ?」

「⋯⋯!」

 

 その瞬間輝愛の雰囲気が変化した。いつもの陽気な口調ではあるが、雰囲気は別物。まるで冷たい刃を喉元に当てられているかのような錯覚を覚えてしまう俊介。

「そろそろ僕も口を挟んでいいかな、マスター?」

 今まで静観していたエルキドゥが口を開く。

「⋯⋯沈黙はイエスと捉えさせてもらうよ。今のマスターはまだ決意が決まっていないように見える。それなら代わりに僕が彼女を殺すよ。それでもいいかな」

「それは⋯⋯」

 

「彼女は今サーヴァントの力を使って自身を強化しているようだけれど、マスター単体でサーヴァントを超えることは出来ない。倒すなら今だよ」

 歯を食いしばり苦悶する俊介。そして決断する。

「分かった、やれエルキドゥ」

 

「了解。少しは楽しめるといいな」

 それを眺めていた輝愛はニッコリと笑って⋯⋯。

「決まりだね。最初がクラスメイトっていうのも気乗りしないけど。まあ、アゲてこ大福」

 

 




次回、エルキドゥVS輝愛&アサシンになります。


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三つ首の乱入者

ここからはスローペースになると思います。明確に決まっていたのがプロローグまでだったので。


 

「真正面から戦ったこと無いけど何とかなるか、なっ!」

 掛け声と共に1歩を踏み出す輝愛。その速度は20m程ある距離を一瞬で詰める勢いだ。

「⋯⋯」

 エルキドゥは冷静に後方へと退避。すかさず地面から幾つもの鎖を放つ。

 

 黄金に輝くこの鎖は彼の武器である『天の鎖』。先が黄金の針のようになっているその鎖は神性が高ければ高いほど拘束力を増す。

 それが視界に入った瞬間、輝愛の姿が消えエルキドゥの背後でナイフを構える。

 しかしそれが届くことは無く地面から即席の壁を創り出して防ぐ。

 

 そして左側から音もなく忍び寄っていた猟犬を鎖で串刺しにし、消滅させたエルキドゥは最初に輝愛が立っていた場所まで移動する。その場所は閉じた屋上への入口があり、壁に寄れば後ろを取られることが無いという理由だ。

 

「ちょっとー? 中々仕留められないんですけどー。てか何あの金ピカチェーン! エモエモじゃん」

『相手も本気じゃねぇってのを頭の片隅に入れとけよ。向こうが宝具を使う可能性は低いと思うがまだ余裕ある内にある程度手の内を暴いた方がいい』

「その、宝具? っていうの。必殺技なんでしょ? 大福も持ってないの?」

『俺もある。そもそもサーヴァントには最低1つ絶対にあるからな。ただこの身体じゃ使えねぇ』

 

「りょ、じゃあ今は言われた事を活用してみるよ」

 大福は輝愛にしか聞こえないように話す。

 

 大福が輝愛に伝えた権能は3つ。

 まず『角を通っての空間移動』。これは120°以下であれば世界にあるどの角でも問題無く使用出来る。角と角を通して空間の転移を行い相手の背後や死角に移動する力だ。

 2つ目は『猟犬の使役』。これは文字通り大福の配下である猟犬を意のままに操りコントロールする。こちらも大福と同じ権能を使用することが出来る。

 

 そして最後の『認識阻害』は己の姿をくらませ、「相手が最も恐怖する姿」として認識させるというもの。これは通常の気配探知では認識出来ず、エルキドゥのように大地を伝って探知するようなもので無ければ探知することが出来ないという通常の認識阻害とは異なるスキルだ。

 

 これら3つに関しては既に一定の域に居るためある程度は使いこなすことが出来る。

 そしてもうひとつ「死の悪臭」があるのだが、これに関しては輝愛本人が嫌っているため使用することは無い。

 そして今回輝愛が使用しているナイフは普段暗殺に使用しているものではなく市販の小型ナイフである。普段のナイフは父親譲りの特殊なものであり、使えば確実に殺してしまう。

 

 

 つまりはそういうことである。

 

 

「⋯⋯アサシンだと思って戦うと痛い目を見そうだね」

 エルキドゥは小さく呟くと左手から複数の光弾を放つ。剣のような刃を持つため迂闊に触れれば切断されてしまう。

「まあ、近づけようとはしないっしょ」

 輝愛は避けようとはせずそのまま立ったまま光の剣を生身で受ける。

 しかしソレは綺麗に透過し、輝愛の後ろへとすり抜けてしまった。

 

「!?」

 エルキドゥが驚いたと同時に輝愛の姿がやんわりと消え、更にエルキドゥの左右から猟犬が噛み付こうと襲いかかる。

「悪いけどそれでは僕に傷を付けられない」

 床と空中から天の鎖を放ち猟犬を拘束する。

 が、その一瞬の隙を付いて正面に立った輝愛はナイフをエルキドゥの首元へ⋯⋯。

 

 

「危ない2人とも!」

 

 

 その叫びと共に2人の耳に何かを砕こうとする轟音が響いた。

 ふとその音の方向を見るとほぼ寸前で紫色の障壁が張られており、黒く光の無いエネルギーの球体を防いでいるのが見える。

「うぉ?」

 

 ナイフは寸前で止めていたためエルキドゥに刺さることは無く、エルキドゥも輝愛から少し距離を置いている。

「ちょっと⋯⋯あのな⋯⋯」

 障壁を発生させた俊介は辛そうにかざした腕をプルプル震えさせていた。

 

「あははー、うっちゃんウケる。ちょっとごめんねー、サーヴァントさん」

「おや」

 サッとエルキドゥを抱えた輝愛が角を通して転移し俊介の隣に立つ。

「うっちゃん助かるぅー!」

「は、はいはい⋯⋯!」

 

 障壁を解くと黒いエネルギーの球体は校舎を音もなく削り取りながら校庭に着弾。そのまま何も無かったかのように静かに消えた。

「うわー、明日の学校どうすんだし」

「気にするとこそこ? アレでしょアレ!」

「アレ?」

 

 俊介が指を向けた方向にはただ漆黒の夜空が広がるだけで何かの脅威がある訳では無い。

「いないじゃ⋯⋯」

 輝愛が笑いながら言おうとした時、正面に巨体が現れ、常識外の速度で拳が迫ってくる。

 しかしそれをエルキドゥは床から生やした盾で防ぐ。一瞬で盾が砕け散りはするもののそこに輝愛の姿はなかった。

 輝愛は既にその拳を放った存在の左に立っており、手に持っていたナイフは首元を捉えていた。

 

 大福の力が上乗せされた身体能力から放たれる一撃は視認すら困難であり、その威力は絶大なもの。本来であれば首が飛んでいてもおかしくは無い。

 しかし輝愛のナイフは首を通らず、ガキンという甲高い音を鳴らして弾かれてしまう。

「ねぇー鱗ォ! あと首いっぱいありすぎだし!」

 あまりの硬さに悲鳴を上げた輝愛。そしてその対象と目が合ってしまう。

「ヤバっ!」

 

 嫌な予感を感じた輝愛は咄嗟に付近の角を通ってその場から離れる。

 そしてそのコンマ数秒後、放たれた拳が空を切りその余波で校舎を吹き飛ばしているのを目視してしまった。

「げっ!?」

「ガンド!」

 俊介は左手の人差し指を乱入者へと向けるとそこから赤黒い球体が発射される。

 しかし乱入者はそれを避けようともせず生身で受け止め放たれたガンドを消失させる。

 

「対魔力⋯⋯?」

 対魔力とは魔術に対する耐性を意味し、高ければ高いほど要求される魔術の質は高くなる。

「マジでアレ何⋯⋯?」

 

 輝愛は学校を半壊させた乱入者を落ち着いて分析していた。

 体長は3m強もある二足歩行の人型、全身を黒い鱗で覆い手足の先には刃物のような鋭い赤色の爪が伸びている。頭部は3つ存在しておりどれもドラゴンのような異形、首は中央の1つに残り2つが鎖骨上の背骨に寄っている辺りから生えている。

 人間で言う胸には竜の口を模したかのような顔があり、臍に位置する場所には血色に染まった眼球がギロリと周囲を伺っている。

 

「⋯⋯アレも英霊ってヤツ?」

 素直に浮かんだ疑問を投げかける輝愛だが、俊介から返答が帰ってくる様子が無い。

 拳の一撃一撃が即死級の1発。気を抜けば今でも死にかねない状況において緊張を解かない俊介が普通であり、こうしてふわっと話しかけることが出来る輝愛が異常なのだ。

 

 装甲は通常のナイフでは刃を通すことが出来ないためそのままタックルしても相当な威力になり得る。あんなのを日〇大学に入学させてはならないと輝愛は考えた。

『余計な事考えてんじゃねぇよ。⋯⋯アレはやべぇ』

「別に油断はしてない。⋯⋯大福もそう思う? ヤババだよねー。あとあんまり可愛くないし」

 

 クルクルとナイフを遊ばせる輝愛だが、それでも仕掛けて来たとしても対応が出来るようにはしている。

しかし目の前の存在は6つの血色に怪しく輝く瞳に睨んでくるばかりで何か動こうという意思はない。

「君達⋯⋯よくこの状況で軽口を叩けるね⋯⋯」

 警戒しながらも輝愛と大福に呆れるエルキドゥは引くように呟いた。

 

「ええっと確か、エル⋯⋯キドゥさん? だっけ。 アレもサーヴァントなの?」

「そうだね、現世にあのレベルの怪物がいるというのは考えにくい。間違いなくサーヴァント、それもとびきりの存在だよ」

「へー、まあそっか。あんなのいたら世の中変なニュースで溢れてるもんね。⋯⋯でうっちゃん! いつまで固まってんの?」

「⋯⋯神崎さんが異常なんだよ」

 輝愛と俊介が目の前の存在について話しているとその間に2人の少女が虚空から現れた。

 

「やあ宇都宮俊介くん、聖杯戦争につ⋯⋯い⋯⋯て⋯⋯? あら、もう始めていたの」

 驚きの表情で周りの惨状を確認するのは虚空から現れたうちの一人、荒島絡果。

「一応明日の夜に開始の宣言をしようと思ってたのだけれど⋯⋯あまり勝手なことはしないで欲しいわね、キャスター?」

 鋭い目付きで乱入者を睨み付ける絡果だったが、その存在は弱者の分際でと嘲笑をする。

 

「監督役の分際で我に命令する気か? 既に七騎揃ったのだ。殲滅させるのが聖杯戦争だろう?」

「そうなのだけれど最低限のルールは守って欲しいものね。それも何? 不意打ちじゃないと負けちゃうの?そんなことをして今回の聖杯が貴方を選ぶとは思えないわね」

「元より望みは聖杯が無くても叶うもの。これは単なる余興に過ぎない。しかし今我は気分がいい。そこの有象無象を見逃すのも吝かではないな」

 乱入者ことキャスターは背中から両翼を展開する。

 

「命拾いしたな、人間。残り僅かな生を謳歌するといい」

 空中でそう叫び、キャスターはその場を後にする。

「ふぅー、ばんわー絡果! そっちの子は?」

「アレを前にしていたというのに相変わらず元気ね。それと宇都宮くん、こんな広い場所で召喚しないで欲しいわ。そちらの事情は理解しているつもりなのだけれど、それとこれは別よ」

 

「す、すみません⋯⋯」

「分かればいいの。⋯⋯あとこの子はルーラーのサーヴァントよ」

「⋯⋯ルーラー、モーセ」

 150cmよりも少し小さいくらいの身長、白い髪に小さくぴょこんと猫耳のように跳ねたのが特徴のボブ。服装は特に現代社会でも違和感のないスーツ姿なのだが、身長と髪色が相まって逆に違和感を覚えてしまうような出で立ちとなっている。

 モーセは様々な宗教で聖人と語られる偉人である。

「⋯⋯ねぇうっちゃん、ルーラーって何?」

 

「ルーラーというのは聖杯戦争が良からぬ方向に向かった時の抑止力。聖杯戦争そのものが破綻しないように繋ぎ止める役目らしい」

「へー、じゃあ審判みたいな感じ?」

「その認識で合ってるはず。その役職上令呪を各サーヴァントに2つずつ所持しているとか」

 

「⋯⋯令呪も初耳だから教えててちょ」

「令呪は⋯⋯えっ? 神崎さん令呪無いの?」

『あーそういや見てねぇな。マスター令呪どこにあんの?』

 それを聞いた絡果が輝愛の口に手を当て、そのまま開く。

 

「舌出せる?」

「お? 百合ってヤツ?」

 言われるがままに出してみると。

「⋯⋯あったな、令呪。舌に」

「すごい場所に浮かんだね、僕も初めて見たよ」

「えっ?」

 それを聞いた輝愛はポンチョ下のポケットからスマホを取り出し内カメで舌を確認する。

 

「ほんほらー、なにらへきへるー!」

 舌の上に赤く紋様が描かれていた。

「これが令呪ね。で、何コレ?」

「3回だけのサーヴァントに対する絶対命令権だな。どんな命令でもサーヴァントは聞いてくれる」

 

「へー、じゃあコレがあれば大福現界出来たりする?」

『出来る。それでも長い間は無理だなせいぜい10分とかその辺だ』

「不便じゃん」

『それを使えば3回宝具使えるって言ったらいいか? 必殺技が使えるぜ』

「ならいいけど。あと絡果ちゃんはどしてここに来たん?」

「私は彼への説明よ。と言っても必要無さそうだからここでも色々言われそうね」

 

 絡果は絡果で苦労しているのだ。

「ここからは私も見なかった事にしてあげるから早く終わらせて帰った方がいいわよ」

「バレてた?」

「さあ? 何の話かしら?」

 そう言ってモーセと絡果は虚空に消えていった。

「多分アレ、キャスターとアタシ達の仲裁に来てたよね?」

『知らねぇけど多分そうじゃねぇか?』

 と、適当に会話していると俊介は1歩下がる。

「神崎さん⋯⋯」

 

「あれ、まだ続ける? アタシもう別にいいかなって思ってるんだけど?」

 そう言って笑顔で振り返る輝愛。

「ねぇうっちゃん、同盟組まない?」

「同盟⋯⋯?」

「アタシだけでアレを倒せって言われると中々厳しくなりそうって思って。ど? 悪くないっしょ?」

 

 アレ、というのはキャスターの事である。

「⋯⋯少し考えさせて。明日の昼までには決めておくよ」

「オッケ了解。⋯⋯コレアタシのRUINね」

 輝愛はメモ紙を虚空から取り出しサラサラと連絡先を書いてから俊介に手渡す。RUINとはメッセージアプリのことである。一般的に学生や友人間でのやり取りはこれで行われている。

 

「あ、ありがとう⋯⋯」

 一瞬戸惑ったが俊介はメモ紙を受け取ると丁寧に折り畳んでポケットにしまう。

「よし、じゃあ目的も果たしたし帰ろ大福」

『俺に自由意志はねぇんだから帰るならとっとと帰れ』

 そう言って輝愛は付近の角を通って家に帰って行った。

「⋯⋯なるほど、多分あのマスターの狙いはマスターと協力関係になるつもりだったみたいだ」

「言動的に魔術には疎そうだったしそう考えるのが丸そうだけど、エルキドゥと戦う理由はあったか?」

 

「多分測ってたんだと思うよ。僕らの力を」

「本当に⋯⋯そうかぁ⋯⋯?」

普段の輝愛を見ている俊介は何か引っかかるが、既に帰った以上確かめようがない。

「とりあえず僕らは帰る。一応エルキドゥは霊体化して周囲の警戒と帰ったら結界張り直すから補助をお願い」

「了解だよ、マスター」

 

 

 




コイツバーサーカーじゃなくてキャスターなんかい、と思った方。その感覚は正しいので大事にしてください。


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ハミ高同盟

しばらく空きました。


 

 

 

 翌日、スマホを見た輝愛がベッドの上をゴロゴロと転がりながら二度寝の準備を始めていた。

 昨日の騒動によって学校が半壊したため1週間の休校という連絡が正式に届いたためだ。尚、学校からは原因はガス爆発によるものと書かれている。

 

「⋯⋯あー、眠いし」

『お前、昨日学校であんなに寝てたろ。ほぼ半分以上寝てたくせにまだ寝みぃのか?』

「それとこれは別。朝はみーんな眠いの」

 半目を擦りながらダラダラとSNSを見る輝愛。

 

『なあ、昨日の件どう思う?』

「昨日⋯⋯? ああ、うっちゃんとの同盟? んー、わかんにゃい!」

『おいおい⋯⋯』

「ダメだったらダメで別を当たろう? 最悪組めなくてもいいし」

 

 輝愛はそもそも魔術というものに触れたことがない。そのため魔術の対処法や魔術戦の訓練を積みたいと考えていたのだ。そして昨日の一件で同盟が必要な理由がもうひとつ出来てしまったが。

 

「キャスター、だっけ。アレとは組める気がしないね」

『だな。キャスターからすりゃ俺達は組むに値しない存在だと思うぜ』

「キャスターってアレでしょ? 超強い魔術師って感じの。 でもアイツ拳使ってたじゃん。マジカルパンチ?」

 マジカル要素が存在だけじゃん、と欠伸をしながら呟く。

 

『で、今日はどうすんだ?』

「うっちゃんからの連絡次第⋯⋯それまでダラダラするのも悪くなっしょ」

 SNSに「学校爆発しててワロタ」とツイートして閉じる。

 

「明日から聖杯戦争ならゆっくりしたいし」

『いんじゃねぇの? まあ好きにやってろよ、俺はサーヴァント。マスターに力を貸すだけだ』

「いい子じゃん大福。でも燃費悪いからダメな子」

『そこ関係ねぇだろ!?』

 あははー、と1人で喋っているとスマホの通知音が響く。

 

「んー? あ、うっちゃんからだ」

 RUINを開くと追加された連絡先から『お昼ご飯、一緒にどうですか』というメッセージが書かれていた。

「これって確定じゃないの?」

『正面切って拒否られる可能性もあるぜ』

「アタシ的にはその線は無し。その場で戦闘になる可能性もあるし、うっちゃん側からしてもあのキャスターは協力して倒したいって考えそう。何ならこっちの性能は明かしてないけど、こっちはエルキドゥって名前を知っちゃったからこっちが有利だし」

 

 エルキドゥ。彼はギルガメッシュ叙事詩に登場する。強大な力を持っていたギルガメッシュに対抗するべく創造神アルルが天の粘土から作り出した兵器なのだが、後々色々あってギルガメッシュの唯一無二の親友となった存在だ。

 

「伝承的にはめちゃくちゃ強そうだけど⋯⋯そのギルガメッシュが強いかわかんないし。てか大福はどうなの?」

『俺? 強えかはともかく、やれることは多い方だぜ?』

「確かにワープとか眷属とか、やってる事キャスター寄りよねー」

 

 それでも「認識阻害」によって気配の撹乱が出来るという点ではアサシンらしさがある。

『クラス的にはアサシンだが、元のスキルがそうなんだ。仕方ねぇだろ』

「大福がキャスターで来てくれればアレが来ることなんて無かったのにー」

『あのなぁ⋯⋯』

 

 そこまで言って何かに気がついた輝愛。

「たしかにキャスターも強かったけど、実際には大福の方がヤバそうだって思ったかな。それは、何? スキル的な?」

『あー、まあそうだな。そもそもの存在自体に恐怖のオーラみたいなのが出てるみてぇだ。何も考えずに気配の撹乱で幻惑使ったら相手が1番怖ぇと思う見た目になる。そもそも俺そのものに恐怖が付いてるからな』

「それ、実際の戦闘力を直感で測るアタシからすればめちゃくちゃ厄介だからやめて欲しいんだけどー?」

『ったく、悪かったよ。でも仕方ねぇだろ勝手に出てんだからよ』

 

 バツの悪そうな口調の大福はふわわと欠伸をするような声を発する。

「何大福、アタシの中に居ても眠いの?」

『眠い訳じゃねぇけど昨日は色々あったからな。疲労みたいなのを感じんだよ』

「へぇ、あ、でもアタシもちょっと気だるいかも」

 

 輝愛は立ち上がると太ももや二の腕を揉んだり身体を伸ばしたりと準備運動のようなことをする。

『寝るんじゃねぇの?』

「なんか話してたら目さめちゃったご飯作ろっと」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 そこから輝愛は身支度をしてから指定された場所へと向かう。

 そこはみなとみらいにある大型ショッピングモール。ハミ高から近いためよく学生が訪れる場所だ。

 

「大福ー、どう?」

『どうって言われてもな。俺に服の事なんて聞くなよ』

 内カメを起動して歩きながら髪型や服をチェックする。最悪良くないと思ったら転移で家に戻ればいいとか考えている輝愛。

 

 アウターは白いボアコート、トップスは薄い琥珀色で厚手のブラウス、下はベージュのラップスカートを選択。普段は暗殺業に勤しんでいる人間とは思えないような至って普通の女の子である。

『強いて言うなら全体的に色が薄いよな。髪も金色だし。お前いっつも真っ黒なのに私服は薄いってなんか理由あんのか?』

 

「あー、まあね。普段黒いの着てるとお洒落する時はこういう明るい服とか着たくなるの。それに人と会うんだから明るいイメージの方が良くない?」

『ちゃんと考えてやがる。ま、男には可愛く見せたいんだろ?』

それを聞いてはぁ、とため息をつく輝愛。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、女って別に男に褒めて欲しいからお洒落してる訳じゃないから。人と会う時に舐められたくないって気持ちの方が大きいと思うよ。アタシは褒められると嬉しいけど、ほかの女の子がみんなそうだと思ってたら痛い目見るよ? 大福も気を付けな?」

『俺はそもそも人間じゃねぇからファッションの機会なんてねーよ』

 

 なんとも言えない複雑な気持ちになる大福。

 内カメを閉じた輝愛はショッピングモールの入口でキョロキョロしている俊介を発見すると転移で背後に移動し、小さくチョップを食らわせる。

「えいっ」

「んっ」

 

 今気がついた、と呟きながら振り向く俊介。

「アタシのサーヴァントアサシン何だけど? うっちゃん油断しすぎじゃない?」

「そんなことない⋯⋯と思いた⋯⋯い」

 輝愛を見た俊介の表情が徐々に固まり、頬が少し赤くなる。

 

「どったの?」

「いや⋯⋯神崎さんが綺麗で⋯⋯つい⋯⋯」

「世辞じゃ⋯⋯なさそうだし、素直に受け取っとく。ありがと」

 

「⋯⋯今日は急にごめん、昨日の話をもっと詰めたいと思って」

「お? てことは前向きに考えてくれてるってことでおけ?」

 

 そう問いかけた輝愛は怪しく微笑みながら、殺意無く、自然な動きで袖に仕込まれていたナイフを取り出し首元に突き付ける。

「アタシに寝首搔かれるかもよ?」

 

 先程まで頬を赤く染めていた俊介に緊張が走る。

「⋯⋯こんなに人がいるのによくこんな事出来るな、神崎さん。それでも結論は変わらない」

「そう? 中々根性あるじゃん、見直したわ」

 

 二ヒヒ、と普段学校で見せる笑顔を俊介へと向けた。

「⋯⋯宇都宮を背負う魔術師だからね。あと、後で契約するけど不意打ちは出来ないようにする」

「ありゃりゃ⋯⋯」

 

 スっとナイフを仕舞い、ステステと店内に入っていく輝愛。

「ほらほら、難しい話は食卓でしよ。あとうっちゃんのサーヴァントは? ええっと⋯⋯エルキドゥちゃん?」

「いるよ。エルキドゥは霊体化してる」

 

 俊介の一声で霊体化を解除したエルキドゥは俊介の後ろから顔を出す。

「中々面白い人だね、最初に出会ったマスターが彼女で良かったよ」

「あと、エルキドゥに性別は無い。神が造った兵器だからな」

 

「あー、ググッたら出てきたわ。マジなんだ、それ。じゃあご飯の後何買おうか迷うねー」

何に迷うのだろうか、と疑問符を頭に浮かばせた2人。それを察したのか輝愛が何をしたいのかを伝える。

 

「エルちゃんの服欲しくない? その格好で歩くと目立つっしょ。今はアタシの気配の撹乱の範囲内だからいいけど、フツーに生活してたら不便そうだし」

「いや僕は霊体があるから⋯⋯」

「えー、ちゃんとした身体があるんだし、ファッションしよー? 英霊でも人の身体があるんだし?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、エルキドゥの肩が小さく跳ねた。

「⋯⋯わかった、キミに従うよ」

「エルキドゥ⋯⋯?」

 それの光景に少し不安な気配を感じた俊介だったが、輝愛は気付けなかった。

 

「よーしおっけー! アタシのサーヴァントは着替えとか出来ないからたくさん試させて貰っちゃおっと!」

『悪かったな。あと現界出来ても俺に合う服とかねぇだろ絶てぇ』

「ペットショップにペット用の着替えくらい置いてるっしょ」

『俺は犬か!?』

 

 あははー、と一人でやり取りする輝愛に怪訝そうな目を向ける俊介。

「神崎さん、誰と話してるんだ?」

「あっ⋯⋯あー? 大福ぅ! アタシにしか聞こえないように喋ってたな!?」

「なら俺の紹介しろって話。っつーわけでエルキドゥのマスター、真名は控えさせてもらうが、俺がアサシンだ。今は訳あってマスターの中にいる」

 

「「???」」

 再び疑問符が頭に浮かぶ2人。いきなり女の子から別人の男の声が聞こえてくれば混乱するのは当たり前のことである。

 

「大福にアタシからの魔力供給が足りな過ぎて現界出来ないって言われて。それからずっとこの調子」

「マスターから見たら本来はデカい狼っぽい見た目らしいぜ。だからってペット扱いされんのは今でもどうかと思うけどな」

「可愛いじゃん大福、名前変えたら元の見た目もあんまり怖くなくなったし」

 

「中々イレギュラーな召喚だね」

「僕が召喚したのがエルキドゥで良かったよ⋯⋯」

 引きつった笑みを浮かべる俊介と面白そうに笑うエルキドゥ。

「僕も大福と読んで構わないかな?」

「チッ、好きにしろよ」

「アレ、大福実は気に入ってない?」

「ンなことねぇよ!」

 

 実はツンデレなのかもしれないこのサーヴァント、と感じた俊介。

 その後もたわいもない雑談をしながらカフェへと向う3人と1匹。幸いにも並んでおらずすんなりと席に座ることが出来た。

 

 全体的に木造の店内はクラシック音楽が流れ、穏やかな雰囲気に包まれている。

「お金に関してはアタシが出すわー。丁度お金が入ったし」

 先日輝愛が行ったグレムリン暗殺の成功報酬だ。前金150万、成功報酬200万という現代の報酬で言えば破格の値段が輝愛の口座に振り込まれている。

 

「⋯⋯神崎さんってバイトしてたか?」

「んー、一応ね。でもちょっと人には言えないバイトかな」

 それを聞いた俊介は恥ずかしそうに目を逸らしたが、エルキドゥはなるほど、と感心するように呟いた。

 

「通りでいい動きをすると思ったよ。死角を付く動きや眷属を物として見た時の動かし方、1日2日でできるものでは無いと薄々感じてはいたけどね」

「あ、そっち?」

「流石エルちゃんはよく見てるねー。⋯⋯うっちゃんは何を想像したのかな?」

 

「いや、その⋯⋯」

 頬を染めながらしどろもどろになる俊介を見て大笑いする輝愛。

「アハハハ! アタシみたいなのが言えないバイトってあっち系のバイトだしねー、うっちゃんへんたーい!」

「ちょっ、あの⋯⋯」

 

「マスターを玩具にするのはそれくらいにして貰えないかな、本題に入りたい」

「エルキドゥ!?」

「いいよー」

 わちゃわちゃとしていたが、注文した料理が届きそうだと感じたため一度話を止める。

 

「こちらでお品物は以上となります」

 店員が離れて行くのを確認した後、弄られていた俊介が1枚の紙を取り出す。

「テーブル狭くなりそうじゃない?」

「これ僕が念じれば勝手に書いてくれるから気にしなくていい」

 

「めちゃくちゃ便利じゃん」

 そう言って輝愛は1口コーヒーを口に含む。

「条件は? キャスター倒したら解消にする?」

 

 無難な落とし所を探る輝愛だったが、彼女が思った以上の条件を提示してきた。

「とりあえずそれで構わない。でも、神崎さんと戦うのは最後の最後がいい」

 真剣な眼差しで、自身の決意を輝愛に伝えようとする俊介。

 

 それを輝愛が知るのはまだ先になる。それでも何か考えがあるのだろうと察した輝愛はフッ、と笑う。

「いーんじゃね? アタシとしても敵が減るのは悪くない事だし。でも一応契約はキャスター討伐までって書いておいて。それが終わってからまた契約しよ」

「⋯⋯ありがとう」

 

「別に利点を考えたらそっちの方がいいかなって」

 そう言って輝愛は注文したホットサンドを1口齧る。

「んまコレ。⋯⋯連絡手段はどうする? 戦闘が起きて悠長に電話なんて出来ないと思うけど」

「そういう時は通信魔術を使えばいいと思うが⋯⋯やはり輝愛さんは魔術師では無い?」

 

「そりゃ違うし。偶然たまたま大福を召喚しちゃっただけ」

「偶然たまたま⋯⋯。じゃあ魔術は基本使えないと。ならこれ使って」

 俊介は輝愛に赤色の宝石を渡す。

 

「何これ?」

「これは通信魔術が込められた宝石だ。魔術回路があればイメージで上手く使えるはず」

「俺の権能使う感じで出来ると思うぜ。コイツこの宝石ぁそういう代物だ」

「普段なら宝石は使い捨てなんだけど、これに関しては魔力を込めればまた使えるようになる。そういうのは大福に任せるのはどう?」

 

「いいぜ、魔力込める時は俺に1部身体貸せよ」

 えぇーまあいいけど、と嫌そうな顔をしながらも渋々許可する輝愛。

「他はお互い一切の危害を加えない、って感じになるのと⋯⋯あんまり考えたくないけどどっちかが離脱したらどうする?」

 

「それってつまり、僕が敗退した場合って事でいい?」

「あそっか、アタシが離脱ってそれ死ぬのと同じじゃーん。じゃあナシナシこの話」

「いや、その時は神崎さんに僕の令呪を渡すよ」

 あははー、と苦笑いを浮かべるが、俊介は真面目に答える。

 

「えっ!? っ、ゴホッゴホッっ!?」

 輝愛は驚きのあまりホットサンドを喉に詰まらせてしまう。

「⋯⋯サーヴァントからしてみればその判断はあまり快いものでは無いかな、マスター?」

「すまないエルキドゥ⋯⋯」

 

「⋯⋯でも僕はあくまで道具だ。マスターに何か考えがあるのなら僕は絶対に従うよ」

 俊介がエルキドゥの顔を見ると少し悲しそうな表情だった。

「もちろん負けるつもりは無い、これは僕なりのケジメだよ。絶対に引き下がらないってね」

 

 令呪が残っていればはぐれサーヴァントとの再契約をすることが出来る。その考えを早々に捨てて一本勝負に気持ちを持っていきたいということだろう。

 俊介の表情は迷いの無いスカッとしたものとなっていた。

 

「いいーじゃん、そういう顔好きだよアタシ」

 クルクルとナイフを回し、俊介へと突き付ける輝愛。

「アタシも負けないから。一時の休戦、ハミ高同盟って事で」

 

「名前、しまらないなぁ⋯⋯」

 何事も卒無くこなしてしまう輝愛の弱点はネーミングセンスという事を発見してしまった俊介だった。

 

 

 




平和回でした。割と設定遵守にしているはずですが、何か矛盾がございましたら是非ともご連絡下さい。


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人と歩むために

本当は前回の話にくっつてけたかった。


 

 その後、完全な協力関係としての契約を行い、店を出る。

「で、この時点でうっちゃんには攻撃出来ないって事でおけ?」

「ああ。神崎さんの魔術回路に契約が刻まれてるからな。僕からも攻撃出来ない」

 

 3人と1匹は何気ない会話をしながら3階の服屋へと向かった。

「エルちゃん、なんというか結構落ち着いた大人っぽいイメージあるよねー」

「⋯⋯そうかな、考えたことも無かったけど」

 

「おっけ、じゃあその辺強めてみよっか。 ⋯⋯ちょっと待ってて」

 と言って輝愛は走り出す。

 

「エルキドゥ、さっきファッションをするって聞いて⋯⋯」

「ああ、マスターは分かるんだ。そうだね、少し思うところはあった」

「⋯⋯理由聞いてもいいか?」

 

 少し申し訳なさそうに尋ねる俊介を見て小さく笑うエルキドゥ。

「マスターの命令には答えなければならないね」

 その笑みは決して無理をしている笑みではなく、むしろその反対だった。

 

「僕は兵器として生み出された存在。それを彼女は知っているはず。それを一人の人間として見てくれているということが分かってとても嬉しいんだ」

「エルキドゥ⋯⋯」

「なんでだろうね、かつて心は神によって砕かれたはずなのに。僕は兵器だからどこまで行っても人では無い。それでも⋯⋯」

 

 この世界でも人と歩める事に僕は嬉しく思うよ、と落ち着いた笑顔を見せた。

「いい機会だからエルキドゥに言っておく。僕が聖杯に望む願いは『魔術師と一般人が共に歩める世界』だ」

 

 それは宇都宮家の悲願。そのために努力し続けた俊介は聖杯への願い事などそのひとつしかない。

「それって⋯⋯僕と⋯⋯」

「多分、本質で言えばエルキドゥと同じだよ。本当に出来るか分からないが」

 

「出来るさ」

 少し弱気な俊介の発言をエルキドゥは力強く否定する。

「人じゃない僕と人は共に生きることが出来た。なら、人と人が共に歩めないはずがないさ」

「⋯⋯そうだな」

「きっとその願いが触媒になったんだろうね。形の無い触媒なんて聞いたこともないけど」

 

 エルキドゥがクスリと笑ったところで輝愛が戻ってくる。

「エルちゃんエルちゃん持ってきたよー」

「ありがとう、って君も入るのかい?」

「ちゃんと着れるか心配だし?」

「それくらい出来ると思うけど⋯⋯」

 

 オドオドと更衣室に入るエルキドゥをずいずいと押す輝愛。

「⋯⋯今は冬だけどこれは薄くないかな?」

「いいのいいの。だいたいコレの方が寒そうだし」

「これも上着にしては⋯⋯」

「大丈夫だって、ほらー可愛いじゃん」

 

 ワタワタと話しながら3分程経過したところで更衣室の扉が開く。

「じゃーん! ど?」

「これが今時のファッションなのかな?」

 

 上はゆったりとした琥珀色のテーラードジャケットに喉元が少し大きめに空いた白い無地のロングTシャツ。下は黒に白のラインが入ったテーパードパンツで大人っぽさをこれでもかと前に出したコーデだ。

 

「うっちゃん、結構似合ってない? アタシとしては装飾品のひとつくらいは欲しいけど、流石に戦闘で小物はちょっと邪魔じゃない?」

「待て。似合ってはいるが、このまま戦うのか?」

「だって服装から文明特定される可能性無い? 可能性は薄くてもそういうのは少なくするべきっしょ」

 

 純粋にコーデを楽しんでいるかと思えば急に実用的な面をぶつけられ少し面食らう俊介。しかしエルキドゥは嬉しそうだった。

「いいんじゃないかな。異論は無いよ」

「⋯⋯本人が言うなら構わない。でも流石にマズいと思ったら変えろよ?」

「分かってるよ、これと同じものを魔力で編めばいい」

「それは本末転倒だと思うが⋯⋯」

「あ、マスター。僕この鞄欲しい」

「⋯⋯高いから無理」

 

 その値段に唖然とし、流石に小遣いの範囲で買えないため断固拒否。

『⋯⋯』

「大福なんか羨ましそうじゃん?」

『別に』

「そ、何かあったら言って。アタシは大福のマスターだし」

 

 マスターとサーヴァント。その関係であるはずの2人の間には信頼と絆がある。それは輝愛と大福とはまた違ったもの。身体を共有する2人には決して芽生えることの無い関係だ。

 

『いいんだよ。ったく、余計な気ぃ回しやがって』

「はいはい、⋯⋯あ、エルちゃんこのハンドバッグならカラーはこっちの方が合うよ。それともそっちの色が良かった?」

「どちらでも構わないさ。こういうのは実用性の方が気になるタイプだよ、僕は」

「おっけーじゃあ会計会計!」

 

 輝愛は会計を行うためにレジへと向う。ちなみに全部で15万円程だった。

「エルちゃんはいこれー!」

「ありがとう。それとこれはマスターからの餞別」

 

 エルキドゥが手に持っていたのはソフトクリームだった。

「いいの?」

「まあ、服代出して貰ったんだしこれくらいはな」

「コレアタシがしたくてやったんだけど?」

「それとこれは別だ」

 

 そういうなら、と輝愛はソフトクリームを1口。

「あんまい。やっぱ冬でもこういうのは食べたくなるよねー」

「食というのはどの時代でもいいものだね」

 

 エルキドゥが歩きながら食べているのはバニラに蜂蜜がかかったものだ。

「蜂蜜好きなん?」

「好きだよ。僕がウルクで初めて口にしたのが蜂蜜がかかったパンだからね。ちょっとした思い出なんだ」

「あ、エルちゃん神様の兵器なんだっけ。なーんかフツーに話してるからそういうの忘れちゃうなー」

 

 あはは、と笑う輝愛。しかしちょうど横を通りかかった電気屋で気になるニュースが目に入った。

『ここ数年で急成長を遂げているアフリカの新興団体「虚」がつい先日、アフリカ大陸の約半分を統一した件について⋯⋯』

 

 輝愛はそのニュースを見て目を見開いていた。

「⋯⋯」

「英語でも無くフランス語でも無く日本語で『虚』なんだな」

「不思議だよねー」

 

 「虚」はアフリカや南アメリカを中心に活動している世界的に有名な団体だ。主に世界平和を目指して活動しており、自力での運営が難しい国を少しずつ取り込み現在進行形で拡大している。

 

『虚か。へぇ、なるほどなぁ』

「⋯⋯」

 輝愛はこの時何故か少し苦い顔をしていた事は、身体を共有している大福しか知らない事だった。

 

 

ーーー

 

 

 深夜23時55分。正式に聖杯戦争が開始される5分前。

「で、実際キャスターの正体って分かりそう?」

『僕も確証が持てるわけじゃないからあまり強く言えない』

 

 輝愛と俊介は通話での本格的な情報共有を行っていた。と言っても俊介が輝愛に教えているような形だが。

 イヤホンを片耳外してクルクル回している輝愛は窓を開けて外を眺める。

「ひゃー、さっむ⋯⋯予想でもいいし。色々情報あった方が良くない?」

 

『⋯⋯なら伝える。キャスターだから根本は魔術に精通している存在、そして三つ首の竜人。僕の予想だと真名は"アジ・ダハーカ"だな』

「いや誰だし」

 

 輝愛は言われた名前を検索し、いつものウェブサイトで流し見る。

「ええっと? 大きさは天にも上るほどで、千の魔術を使用して、剣で斬っても爬虫類がうじゃうじゃ出てくるし回復するし、なんなら世界の3分の1を滅ぼした⋯⋯ってナニコレ、マジ?」

『だいたい合ってる。ただ、大きさは人より少し大きかった事を考えると魔術で自分の質量を圧縮してるんじゃないか?』

 

「なんかそれありそう。3メートルにすっごい質量詰め込んだら確かにマジカルパンチ放てそうだし」

『ただ問題はその強さ。どう考えても本来の英霊、神だから神霊として召喚されたと思うがそれすらも凌駕している気がしてならない。明らかなバランスブレイカーだ』

 

「あれ、伝承通りならそのくらい強くてもおかしくないんじゃない?」

 と呟くとそこに大福が割り込んでくる。

「本来、神霊は召喚出来ねぇんだよ。そもそも英霊の時点で無理矢理クラスっつー制限をして召喚してる。その上なんて以ての外だ」

 

『大福の言う通り。物理法則に縛られている現代と神は相性が悪いのもある。それに神霊は強大な権能を持っているから聖杯なんて奇跡を使わなくても世界を改変出来る程の力があってもおかしくない。それと彼の発言⋯⋯』

「あー、なんか言ってたね」

 キャスターは去り際に「聖杯が無くても願いは叶う」と呟いていたことを思い出す。

 

『だから彼が神霊である可能性は高い。だから彼からすれば余興なんだろ』

「土俵が違うなぁー、神様召喚って時点でずるすぎ!」

「安心しろマスター、俺も一応神と張り合えるくらいには強いぜ」

「大福は現界出来ないからダメでしょ! 論外! ご飯抜き!」

「ンっでだよ⋯⋯あと俺飯いらねぇし⋯⋯」

 

 そして12時。日付が変わった瞬間に手元のスマホにRUINの通知が来る。荒島絡果からだった。

『聖杯戦争始め。貴女も最後の1人になるまで頑張ってね』

「は? かっる。開始の宣言かっる」

 

 輝愛は少し思うところがあったので高速で打ち込み、送信。

 

『アタシのRUINのIDどこで手に入れたの?』

 

『企業秘密よ』

 

『キレそう』

『絡果のことブロックしよ』

 

『あ、待ってそれは私が困るの』

『状況の更新があったらここで伝えるわ。貴女だけ魔術的な連絡手段が無いのよ』

 

「なるほど。確かに」

 一応納得した輝愛。

 

『じゃあブロックしない』

『状況ってどゆこと? マスター残り何人とか?』

 

『まあ答えられる範囲なら答えるつもりよ。ちなみに残りのマスターは6人ね』

 

「⋯⋯はい? ねえうっちゃん、ちょっと絡果とのRUIN画像送る」

『いいけど⋯⋯何⋯⋯って、は?』

 通話越しからでも困惑しているのがよく分かる。

「マスターが6人で既に欠けてるって。流石に監督役が嘘つくはずない⋯⋯よね?」

 

『絡果それマジ?』

 

『マジよ』

 

『ありがと、他にも聞きたいことあったら聞くわ』

 

 その後絡果からデフォルメキャラのGoodスタンプが送られて会話が終わる。

「あざと過ぎでしょ。イメージ変わりそう」

 

 小さく笑いながら呟く。

「マスターに関してはあとから探ろ。で、これからどうするうっちゃん。誰から行く?」

『最初はキャスター狙い。そもそも情報が出てるのがキャスターしかいないからな』

 

「りょーかーい、どーせ学校みたいに吹っ飛んだり爆発してたり光ってたり⋯⋯あっ」

 輝愛がふと目にしたものは⋯⋯。

 

「見つけた」

 

 倒壊するビル群と、そこに飛び交う光線、そして幾つもの爆発と雷だった。

 

 

 




次回は別陣営のサーヴァントが登場します。まあ、ここからサーヴァントが増えますのでお楽しみに。


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神たる者達

本格的な聖杯戦争、開始です。


 

『見つけた!? ⋯⋯本当だ。あの方角は⋯⋯ハマスタ周辺?』

「そうそう! その辺その辺!」

 ハマスタとは横浜スタジアムの略称である。

 

『遠見の魔術で見てるけど⋯⋯戦ってるのは2人、姿は⋯⋯早すぎて見えないな⋯⋯』

『マスター、僕の視界を貸してあげるよ』

 電話越しにエルキドゥの声も聞こえてくる。視界を共有した俊介はそのままRUINの画面にエルキドゥの視界を映し輝愛と共有する魔術を使用。ビデオ通話に切り替わり、画面にはエルキドゥの見えているものが現れた。

 

「何これ!? これも魔術!?」

『宇都宮は現代社会をより便利に生きていく事を目標にした魔術を開発しているからな。他の魔術師には出来ない芸当だ』

「へぇー、今度教えて、絶対あったら便利だし。⋯⋯で、サーヴァントの見た目は⋯⋯2人とも人間だしキャスターじゃなさそうだよね」

 

 本来は追うことが出来ない速度だが、エルキドゥが捉えているためその姿を確認出来る。

 

 1人は初老の男性。白く少し長い髪に長い髭。装備は薄鎧と手には投石器のような武器を所持している。雰囲気で言えば歴戦の老師だが表情から戦況は少し苦しそうな印象だ。

投石器を使う度に眩い閃光が辺りを照らし、落雷の轟音と共に雷を放って攻撃している。

 

 もう一方も男性だが、こちらは相当若く見た目は20代前後。腰まで伸びた銀髪に褐色の肌。付近には黄金のサーフボードのような翼状の物体が浮遊しており、頻度は少ないがそれを弓として扱っている。神秘的な雰囲気を醸し出しており、常に余裕を持っているように見えた。

小さな金、紫、赤、緑、水色、黄色の惑星のような球体を押し付けたり、その球体で光線を出したりと幅広い種類の攻撃を行っている。

 

「どっちも強そう、というかこんな派手にやっちゃってていいわけ?」

『流石にこんな横浜のど真ん中でやり合うのは良くない。元々魔術は神秘の秘匿の元管理するというのが魔術協会の掟。これは流石に⋯⋯』

 

 両者の戦闘での被害は尋常ではない。数百メートルに渡って建物が崩壊し、辺りは炎と煙が蔓延している。秘匿という言葉を殴り捨てたかのような光景が初日から広がっている。

『これが聖杯戦争⋯⋯』

「アタシアレと戦うのかぁ⋯⋯」

 

『老人の方がアーチャーか? もう片方は分からないが』

「あのど○森みたいなパチンコ持ってる方ね。弓使いじゃなくても飛び道具って括りなのかな? あのイケメンおにーさんはなんかこう⋯⋯なんだろ? 一番キャスターっぽいけど」

「お前困ったら全部キャスター扱いするよな」

「だってみんな超能力使うし?」

 

 軽口を叩き合う2人。そこにエルキドゥの声が割って入る。

『あれは多分バーサーカーだね。霊基がとても素直だ。いや、混ざりあったから逆に素直になったと言うべきか』

「混ざりあった?」

 

『そう、ここから見ていて感じたのは彼の身体には複数の神性が取り込まれている。⋯⋯ここからは実際に近くで確認しながら話した方がいいね。⋯⋯輝愛?』

「⋯⋯あ、アタシ? ああ連れてけって事ね、了解、2分待って。支度する」

『『「えっ?」』』

 

「アタシこのまま寝る予定だったし。着替えて軽く化粧してすぐ向かう」

『オイオイ⋯⋯。化粧って⋯⋯』

 呆気に取られた3人。しかしそれに対して少し納得がいかないとプンプンの輝愛。

 

 

「女の子にとって! 化粧をするってことは戦場に向かう準備なの!!! とにかく待てしこの彼女無し共!」

 

 

『それはチクチクこと⋯⋯』

 

 輝愛は通話を切り、急ぎ支度を終えて俊介の家へと転移。そして俊介の家から2人が戦っている場所から近く、それでいて被害の少ないビルの屋上へと転移する。

「はー、デリカシーの無い男はこれだから⋯⋯」

「デリカシー無くて悪かったな。⋯⋯それよりコレだ。初日の夜からここまで破壊とはよっぽど急いでいるのか?」

 

「ねー! 学校で戦闘してよかったぁ、おかげで明日の学校無くなったし⋯⋯」

 そもそもここまでの事態になった時点で学校がある線は薄いという考えに至らない辺り輝愛は少し抜けている所があるな、と考えてしまった俊介。

 

「さってっと。傍観して情報収集か、止めに入るか。アタシとしては傍観してたいんだけど」

「⋯⋯、そうだね」

 緊張感の無い雰囲気から一変。輝愛の目付きが変わった。一流の殺し屋として長い輝愛のスイッチが入り、静かな殺気が辺りを満たす。ある種のプレッシャーのようなピリピリとした空気に気圧された俊介はおずおずと口を開く。

 

「ぼ、僕としては止めに入りたい。これ以上無関係の人が巻き込まれるのは避けたいな」

 としてはこれ以上被害を拡大させたくないという気持ちの方が大きい。

 そんな発言を聞いた輝愛は少し驚いた顔をする。

「優しいね、うっちゃん。アタシは止めないからその辺好きにしなよ。アタシはこっちを⋯⋯殺る」

 

「こっち⋯⋯?」

 輝愛は後ろを親指で指す。そこには1人の男が立っていた。

「へぇ、やるなぁ。オレの気配探知したのか?」

「別に? そもそも隠す気なんてなかったっしょ?」

 

 金髪のチャラチャラとした髪に黒いサングラス。アニマル柄のワイシャツの下は黒いスラックスと何とも言えない服装。

 それでも輝愛は感じた。『強敵』だと。

 

 立ち振る舞いや雰囲気は戦士や暗殺者といったソレでは無い。しかしピリピリと伝わる魔力の高さは彼が一流の魔術師だという証明になる。

「ランサー、下の人達の避難誘導を頼む」

「了解、マスター」

 

 俊介はこのタイミングでの接触はマスター以外有り得ないと感じたためエルキドゥに下を任せてこの場に残るという判断をした。

「どうだァ? オレのバーサーカーはよォ?」

「なんというか、派手だよね。攻撃とか振る舞いとか諸々」

 

「いい答えじゃねぇか。どうだ? バーサーカーがあんなに強ぇなんて聞いてねぇよなァ、ここで降参したって良いんだぜ?」

 彼は殺しに来た、というより会話しに来たという印象を感じた輝愛は情報を抜き取るという目的にシフトする。

 

「降参なんてしないし」

「犬っころには聞いてねぇよ」

 犬っころ、というのは輝愛の姿である。大福の能力である認識阻害で巨大な狼に見えているのだ。

 

「そうだな、俺も降参するつもりは無い」

「へぇ、そうかよ。まあどうだっていい。オレが楽しめりゃそれでなぁ」

「⋯⋯ひとつ聞いていい?」

「ンだよ犬っころ」

 

 ニタニタと笑うその笑みの下には他人を見下すような感情があった。

「アンタは『Fatal Error』って知ってる?」

「ァ? ⋯⋯知らねぇよ」

「⋯⋯そっ」

 

 輝愛は一瞬目の色を変えたが、すぐに興味を無くしたと言わんばかり男へ駆け出そうとしていたが、男が眉を寄せた所で立ち止まる。

「⋯⋯テメェ、その姿が本来のもんじゃねぇな?」

 探知の魔術による看破。

 

「えー、大福これホントに効いてるの? なんか効果無くない?」

『普通なら俺のスキルが破られる事なんてねぇんだけどな。そんだけコイツのレベルが高いって事だ諦めろ』

「諦めるのは大福の方じゃない?」

『俺は諦めた』

「はやっ!」

 

「ンでブツブツ言ってんだ。テメェもマスターなんだろ?」

 ガチャリと拳銃を構える金髪の男。それに呼応するように認識阻害を解く。

「⋯⋯そうだけど? アタシは神崎輝愛。アンタは?」

「神崎さん⋯⋯!」

 

 俊介が言いたいことは輝愛も分かっている。名前を明かすリスクは大きい。

「でもアタシはちゃんと名前で呼ばれたいし。テメェとかお前って言われるの嫌」

 

「クッ、ハハハハハハ!!!」

 それを聞いた男は腹を抱えて大笑い。すっかり毒気の抜けた男は一頻り笑った後目尻に浮かんだ涙を拭いながら答える。

「そんな理由で名前を明かしてくれるたァ、中々いい度胸してんなぁ? 名乗ったからには仕方がねぇ。オレは阪東葛切、そっちのテメェは?」

「⋯⋯宇都宮俊介」

 

「そうかァ、テメェがあの宇都宮か。極東じゃ有名だよなァ? 時計塔から追い出された異端の魔術師さんよォ?」

「⋯⋯チッ」

宇都宮家は元々時計塔に所属していたが、思想の異端さから数年前に追放されている。神秘の秘匿とは正反対の宇都宮は魔術師にとって病原体でしかないのだ。

 

「で、そっちの嬢ちゃんが神崎輝愛な。神崎なんつー家系は聞いた事がねぇ、新参か?」

「アタシ魔術師じゃないから。その辺手加減してよね」

「⋯⋯確かに魔術師じゃねぇってのはホントらしいな。だが、だからって弱ぇって訳じゃなくて良かったぜ。コイツァオレも楽しめそうだ」

 

 ニタリと笑う葛切の表情を見て輝愛は察した。『阪東葛切は生粋のバトルジャンキー』だと。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 少し時間を遡り12時丁度と30秒。

「流石に、老耄にはちとキツいかのぉ⋯⋯?」

 建物を駆使し、迫り来る惑星に似た球体とそこから放たれるレーザーを回避し続ける老人のサーヴァント。

 

「ちいとばかし無理せんとな!」

 手に持つパチンコを無意味に引き、放つ。そこには何も無いため普通であれば放たれることの無い一撃だが、虚空から雷が生成され、それをが5つに拡散。レーザーを相殺し、更にもう一発老人が雷を放つ。

 

 それが3つに拡散し褐色肌のサーヴァントへと向かっていくが⋯⋯。

「全ては⋯⋯些事⋯⋯」

 しかしそれは彼に直撃する寸前で掻き消えてしまう。

 

「⋯⋯なんという神性!」

「⋯⋯」

 驚きの声を上げる老人のサーヴァントだが、褐色肌のサーヴァントはそれを意に介さず老人のサーヴァントが立つビルの麓に複数の球体を集結させ、回転。

 

「滅べ」

 そう呟いた瞬間、ビルは青白い閃光に飲み込まれ塵一つ残さず消滅する。

 そして老人のサーヴァントは別のビルへと移動する。が、しかしビルの中を突き抜け屋上に現れる赤い球体が老人のサーヴァントを捉える。

 

「撃ち落とす!」

 老人のサーヴァントがパチンコを放ち、一本の雷を球体に当てる。

 しかし球体はかすり傷すらなく、小馬鹿にするように浮遊しているだけ。

「なんと!?」

 

 老人のサーヴァントが驚く顔をするもののそれを気にすること無く背中のサーフボードのような弓を構える。

 

「ガーンディーヴァ、標的確認」

「まず⋯⋯」

「発射」

 その一言で手に持つ神弓、ガーンディーヴァから目を覆いたくなる程の光が放たれ、一瞬にして老人のサーヴァントが立っていたビルを消滅させる。

 

「⋯⋯お見事。というよりちとやり過ぎな気もするがのぉ?」

 ビルがあった場所に作られたクレーターの下で佇む老人は呑気に槍を支えに寄りかかって一休み。

「防いだか、私の一撃を」

 

「ギリギリじゃがな。いやぁ、若いのには勝てんのぉ。⋯⋯お主はなんと言う? 儂ゃアーチャーのルーと言うんじゃ。知っとるかの?」

「⋯⋯バーサーカー、アルジュナ。その名前は聞いたことが無い」

 

「残念じゃ。しかしアルジュナよ、儂の知るアルジュナとはチィとばかし違う気がするんじゃが?」

 ルーはケルト神話において「諸芸の達人」と呼ばれた太陽神であり、工芸・武術・詩吟・古史・医術・魔術など全技能に秀でているという伝承が残っている。

 

その影響で知識面で召喚時に補正がかかっており、アルジュナの事は齧る程度に理解しているのだ。

そのためこのアルジュナは明らかに本来のアルジュナではない存在と化している。

そもそものアルジュナはインドラの子であり「白」を意味し「勝利する者」「授かりし英雄」という高潔な肩書きや雰囲気があった。

 

しかしこのアルジュナは高潔さはあってもまるで機械のような雰囲気、そして本来のアルジュナとは掛け離れた高い神性を保有している。

「関係の無い事。私は全ての悪を滅ぼすためにこの地に降りた。ならばその役目を果たすのみ」

 

「⋯⋯やはりアルジュナであってアルジュナでは無い⋯⋯のか?」

ポリポリと頭をかきながらこの後の行動を考えているルー。

 

アルジュナの神性は例えルーの高い神性であっても攻撃を通すことは出来ない。ここでの撤退は選択肢としてアリ寄りの部類に入る。

『ねー、今どんな感じ?』

 

ここでルーのマスターからの通信が入る。その声は少し高めの声色で成長期前の中学生に近いものだ。

「絶賛マズイ状況じゃ」

『えっ、じっちゃんでもマズイ? 敵のサーヴァントの正体は分かる?』

「聞いたぞ。インドの英霊アルジュナじゃ。その代わり儂の真名を明かしてしまったがの」

 

『勝手にそれをしたのはちょっとアレだけど、真名をカードとして切れる時点で中々冴えてるね。で、相手がアルジュナならじっちゃんが勝てないはずなくない?』

中々無茶を言いおる、と内心で思うルー。

 

授かりし英霊と名高いアルジュナの力はそれに相応しいもの。例えお互い通常の英霊レベルに格落ちしていたとしても苦戦は免れない。

「普通ならのぉ⋯⋯」

ここで少し強気な発言をするルー。マスターを心配させないようにという配慮である。

 

『⋯⋯普通じゃないってこと?』

「恐らくじゃが反転しておる。儂の神性ですら歯が立たんくらいには凄いことになっておるぞ」

『うわぁ、じゃあ真名晒した意味無いじゃん⋯⋯。流石に撤退⋯⋯って言いたいけどさ。今どっかのマスター同士がいい感じにやり合ってるから現状維持の方がいいかも。じっちゃん出来そう?』

 

「やれやれ、老骨には堪えるわい。情報は持って帰れるだけ持って帰るから安心せい」

『わーい! じっちゃんありがと!』

 

ここで接続が切れる。魔力のパスは繋がっているが、ルーという神霊に常時魔力を供給しているという状況が続けばマスターの魔力が持たないためある程度機能を絞ることで枯渇を防いでいるのだ。

「待たせて悪かったの、アルジュナ」

「⋯⋯構わない。遅かれ早かれ全ては滅びる運命にある」

 

中々野蛮な神様じゃ、と内心で呟くも声に出さないルー。

「さてと。第二回戦じゃ!」

ルーはそう叫ぶと手に持ったパチンコから雷撃を放った。

 

 

 




いかがでしたか。中々に大怪獣バトルな気がしますね。アルジュナオルタはみなさんご存じあの異聞帯のアルジュナオルタです。絶対魔力足りないのでは? そもそも何故召喚に応じたの? という質問には次回答えるので突っ込まないでください。その他の疑問に関してはある程度答えられるのでジャンジャン質問してください。


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善性を求める者と悪辣を尽くす者

先日二度目のワクチン接種を終え、本日最後の親知らずを抜きました。地獄かな?


 

 それは輝愛が大福を召喚する1週間前。アメリカから横浜に降りた阪東葛木は即席の工房をホテルの麓の林に造り、その日の夜にマスターとして英霊を召喚した。

 

 初めはアルジュナという強大な力を持つサーヴァントを召喚出来た事に対して歓喜の声を上げていたが、アルジュナは魔力で阪東を拘束してしまう。

「ンだよアルジュナ! テメ、サーヴァントだろ! なんかオレに文句でもあんのか! アァ?」

 

「⋯⋯ある。私は全ての悪を滅ぼす者。例えそれがマスターであったとしても悪であるのならば滅ぼさなければならない」

「⋯⋯はァ!? 待て待て落ち着け、というか何でそうなった!? オレの知ってるアルジュナじゃねぇぞコイツァ! 1回座れ、てか一回部屋戻んぞ、話はそれから聞いてやる!」

 

「⋯⋯」

 アルジュナは無言で魔力の放出を止めると、霊体化し阪東をじっと見つめる。

 

「で、あと何だよFatal Errorって」

 そう、阪東がアルジュナを召喚する時に現れたFatal Errorという文字。それは輝愛と同じく真っ赤な光に包まれたイレギュラーな召喚を意味していた。

「⋯⋯知らない。それと、話は後だと言ったのは貴方では?」

 

「あーそうかよ、ったく、何だってんだ⋯⋯」

 と、毒づきながら部屋へと戻った2人は改めて話す事に。

 

「で? オレをいきなり殺そうとした訳を聞かせて貰おうじゃねぇか」

「⋯⋯」

 ホテルは58階のスイートルームで、外の景色は素晴らしいもの。その夜景を眺めながらアルジュナはぽつりぽつりと話し始める。

 

「私の世界は⋯⋯。私のせいで滅んだ」

「ン⋯⋯あ⋯⋯?」

 想像とは違った語りから始まったため若干困惑する阪東を他所にアルジュナは話を続ける。

 

「創世と滅亡を繰り返し、全ての悪性を滅ぼす為に何度もユガを廻した。その結果世界が切れてしまった」

「ユガってアレだよな。季節みてぇに移り変わる滅びの暦」

 阪東はそれなりに博識である。

 

 そう、このアルジュナはこの世界の歴史に存在するアルジュナでは無い。インドの神格を全て取り込み、世界の神となったアルジュナ。完全な世界を目指しその果てに捻れて切れた世界のアルジュナなのだ。

 

「故に私は完璧な世界をここで創る。その為に邪悪で不完全なものを滅ぼす」

「⋯⋯あー、なんとなくだが納得したぜ。だから如何にも悪なオレを殺そうとしたと。そういう事か」

 そう頷く阪東は少し寂しそうだった。

 

「悪ぃけどさ。そいつァ無理な話だぜ。アルジュナさんよォ?」

「⋯⋯何?」

 

「聞く限りアンタは別の世界のサーヴァント、それも飛びっきりの神様みてぇだ。でもよ、この世界は不完全な物しかねぇし誰もが悪ってのを心に持ってる。そもそも人がいる時点で星そのものが劣化する。なァどうするよ? ソレってつまり例え人が完全になったとしても不完全なものがねぇと生きてけねぇってこったろ?」

 

「⋯⋯」

「あと、オレが居ねぇとアンタは現界出来ねぇだろ。別にオレは聖杯に叶えて欲しい願いなんてねぇからオレが居ればお前の願いを2つ叶えられる。どうだ? オレを殺すのは最後って事で」

 阪東の願い。それは闘争。ただ只管に強者を探し、互いに殺し合う。それだけが阪東葛木が聖杯戦争に求める事だ。

 

「アンタはこの世の不完全なものを全て完全にする、ンでオレはアンタをこの世界の神にする。どうよ? 最高じゃねぇか?」

 アルジュナはこの世界の神ではない。故にこの世界を管理することは出来ないが、阪東が聖杯に願い、神になればアルジュナは完成された完全なる世界を統治することが出来る。

 

 そしてアルジュナは自分だけでは完全なる世界を創り出す事が出来ないという事を知っている。

「分かった。貴方の力を貸してくれ、マスター」

 それ故に結論は決まっていた。

 

「っしゃ! よく言った! どうせアンタに強制の令呪は効かねぇからな、意見が合致してくれて助かったぜ」

「私の矢は貴方にも向けられているという事を忘れないように。約束を違えれば私は貴方を討つ」

 アルジュナは高過ぎる神性を保有しており、令呪による強制程度であれば簡単に弾いてしまうのだ。

 

「ンだよまだ納得してねぇのか? 信用して欲しいも⋯⋯ん⋯⋯」

 ニヤニヤと嬉しそうに笑っていた阪東は次第に強い頭痛に襲われる。

 

「⋯⋯あー、アルジュナ。魔力食い過ぎだろ、流石に⋯⋯」

「⋯⋯すまない」

「初手からコイツを使う羽目になるたぁ思ってなかったぜ」

 そう言った直後、身体中の魔術回路が活性化する。

 

「ま、これ維持しっぱなしでも問題ねぇな」

 余裕のニヤケ顔に戻る頃には身体中の光は収まっていた。

「⋯⋯マスター、今何を?」

 

「あ? オレがアメリカに設置した術式を遠隔で発動させたんだよ。予備の魔力タンクのつもりだったけどな」

 

 阪東が遠隔発動させた結界。それは「内部にいる魔術回路を持たない人間から毎分0.1%分の魔力を吸収する」というもの。

 たかが0.1%ではあるが、その規模は。

「範囲はアメリカ全土、つまり約3億の人間から魔力を徴収出来る結界だ。コイツがありゃお前の維持も楽勝だろ?」

 

「3億⋯⋯!」

 魔術師を除くため実際にはもう少し下になると考えられるが、十分な量である。

「ま、コイツを隠すのには苦労したぜ。星の並びってのは妙にシビアからよォ」

 

 阪東葛木は元々時計塔天体科の元々魔術師であり、阪東家は過去にロードの位をアニムスフィア家と争った事もあるが、その後に破れ今は独自の道を進んでいる。

「星々の行く末はオレたちが決める、とか吐かすぐらいには才能ある家系なんだぜ? オレにその才能が無かったらアルジュナはもう消えてんな」

 

「その行為は褒められたものでは無いが、今は見逃すとしよう。⋯⋯それで、彼女は客人か?」

「⋯⋯ノックも無しに入ってくるたァ、中々礼儀知らずなガキだなぁオイ?」

 

 阪東はため息を吐きながら部屋の入口に目を向ける。するとそこには荒島絡果が本を読みながら壁に寄りかかっていた。

「あら、ノックはしたつもりなのだけれど。私は監督役の荒島絡果。今回はただの挨拶よ」

 

「してねぇだろ、空間転移してきたくせに何言ってやがる。で? 挨拶は済んだんなら帰れよ」

 阪東はどうせ後で戦えるから問題ないと踏んで絡果に部屋から出るように促す。

 

「つれないわね、まあいいわ。サーヴァントとマスターの顔を見れたのだから私が来た理由はもう無い。でも1ついい事を教えてあげる」

 絡果は本を虚空へと投げ入れると部屋の出口へと歩いて行く。

 

「この戦い、世界の敵が多すぎるのよ。くれぐれも抑止力には注意する事ね」

 そう言ってその場から姿を消す。

 

「チッ、余計なお世話だっての。アルジュナァ、メシ行くぞメシ。その仰々しいモン消せるか?」

「問題無い」

 音もなく消えたガーンディーヴァや球体。そして頭から生えている耳のようなものは阪東が幻術で不可視化する。

 

 そしてもう1着の浴衣を渡されたところでアルジュナが反論。

「私は食事が不要。霊体化すればいいのでは?」

「うるせぇ、せっかく現界してんだ食っとけ。あと完全な世界になったらメシが食えねぇだろ。今のうちだ」

 

「理解不能。しかしマスターの命令とあらば実行しよう」

 こうして何食わぬ顔で浴衣に着替えたアルジュナの姿は神秘的で氷のように冷たい一人の青年だった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 時は戻り輝愛と阪東が対峙するビルの屋上。俊介は情報を手に入れるとすぐさまエルキドゥの所へと向かった。

「もう手ェ組んでんのか。はえぇじゃねぇか」

「そ、なーんか偶然知り合いだったし殺し合うのが気乗りしないなって」

 

「⋯⋯それ以外にも理由があるよなァ?」

「あのさ⋯⋯勝手にアタシの中身覗くのやめて欲しいんだけど、なんで分かっちゃうかなぁ」

 

 いかなる魔術か、阪東は輝愛の心の中を覗き、言い当てる。

「バンちゃんは関係無いってのは言っとく。後々面倒だし」

「勝手にあだ名付けんじゃねぇよ、調子狂うぜクソが⋯⋯」

 

「アタシはこのまま話してるだけでもいいけど。元々情報収集が目的だし」

「よくもまあ敵の前でペラペラと喋れんなァ。でもよォ、ちょっくら遊んでくれたっていいんじゃねぇか? 情報収集にマスターの戦闘力ってのを付け加えとけよ」

「バンちゃん自信満々だね〜。ならじゃあ、少し遊ぼっか」

 

 輝愛は即座に角から阪東の死角を突きナイフを向ける。

 が、それは一本の氷の柱によって防がれてしまった。

「不意打ちたァ度胸あるじゃねぇか」

「ウソっ!?」

 完全な不意打ちに成功していたと確信していた輝愛は驚きの声を上げる。

 そしてニヤニヤと楽しそうな笑みで振り返る阪東は手に赫灼色の火球があった。

「コイツァ少しアチィぜ、輝愛ァ!」

 

 それを輝愛に向けて放つが、輝愛は転移で避け事なきを得る、はずだった。

 火球は隣のビルにぶつかるとそこから一気に巨大化。直径200メートルはあるであろう大きさになった瞬間に爆発する。

 

「ったっはぁ〜!?」

 身の危険を感じた輝愛は安全圏まで退避。

 全てを赫灼に染めた一撃。その閃光が消える頃には中心から約4キロ先まで建物や人、川を根こそぎ消え去っていた。

 

「何コレ!?」

 元も場所に戻ってきた輝愛は爆発の影響をモロに受けたであろう阪東を見る。

「コイツがオレの魔術だ。まだまだこんなんじゃねぇからなァ?」

 

 阪東はニヤケ顔を絶やさないまま指を鳴らし、天空から何十もの光のレーザーを放つ。

 一つ一つが半径十数メートルもあり、離れていても触れれば焼き殺されると分かる熱量を帯びていることが分かる。

 が、それを輝愛は全て転移を使わず肉体のみで回避し、1歩を踏み込む。

 

 が、その場で発生した圧力により転んでしまう。

「ってっ、立てないし!?」

「星によって重力ってのは変わるからなァ。まあ大人しく見とけ、よッ!」

 

 その場で足踏みを一回。

 その瞬間、消し飛んだ場所の上に新たな土地が出現。無機質で白い石が一面を埋めつくす。

 まるで世界そのものが塗り変わったかのような光景に輝愛が口を開いた瞬間、異変に気付く。

 

「んぐっ!? ざむ⋯⋯ぐぅぎ⋯⋯」

 そこに立ち、喘ぐように声を漏らす輝愛。空気が存在せず、地獄のような寒さが襲い掛かってくるのだ。

「どうだ? -180度、水星そのものの感想はよォ? あ、喋れねぇか?」

 阪東が指を鳴らすと空気が出現する。

 その空気をめいっぱい吸い込んだ輝愛は息を荒くして問いかけた。

 

「⋯⋯いまのって⋯⋯魔術⋯⋯?」

「おうよ、オレの魔術だぜ」

 そう言って親指を己の胸に向ける。

 

「オレの起源たる『宇宙(ソラ)』の魔術はオレの中にある『宇宙』からありとあらゆる現象を現世に取り出すっつーもんだ。だから水星の一部を繋がりを絶たないまま顕現させた」

 阪東が内包しているのは独立した宇宙そのもの。始まりから終わりまで存在するその宇宙を操り、時にこの世界へと映し出す。

 

「これあるなら絶対拳銃いらないでしょ、なんでもってるし。あとこんなに話していいわけ?」

「拳銃は目に見えっからな。コイツァ普通にしてりゃ見る機会なんざねぇだろ?」

 クルクルと拳銃を回した後に引き金を引くが、そこからはおもちゃの紙吹雪が飛び出すだけだった。

「教えて対策取ってくれねぇと初見殺しで終わっちまうからな。つまんねぇんだよ」

 坂東はあくまで戦いを遊びだと考え、それを第一に優先する。それが例え死に際だろうと楽しむ事を忘れることは無いのだ。

 

「まァでも面白ぇだろ? さっきの魔術もオレの宇宙で使って何日もかけて発動させたんだぜ」

「いやでも⋯⋯えっ?」

「オレの中には宇宙そのものがある。ならその宇宙の時間を加速させるってのも簡単に出来るってこった」

 

 これは内包する宇宙で魔術を使用しその魔術のみを現世に置換するという過程において、宇宙そのものの時間を加速させることで、その魔術を発動するまでにかかる時間をゼロにするという荒業である。

「魔術って最高だよなァ? ここまで暴れられる機会をくれた聖杯に感謝だぜ」

 

 

 阪東葛木。彼は天賦の才と神をも凌ぐ程の魔術を振るう正真正銘のバケモノであった。

 

 

 




いや、坂東くん強すぎでは? まともにキャラ作っていただけなのですがどうしてこうなった? 封印指定待ったなしな気がしますね。
ちなみにお気付きかもしれませんが、このアルジュナ・オルタはカルデアの介入無く異聞帯がそのまま崩壊した世界のアルジュナ・オルタです。


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ソラの魔術師

戦闘ゼロパートです。


 

 

 阪東葛木。彼は15歳になる頃には既に己の起源を完全に理解していた。

彼はその力を自在に使いこなし、本来起源の奔流に押し潰される人格を才能だけで保ち続ける事に成功する。

 

 かつての天体科においてロードの地位を争ったとされる阪東家の中でもとびきりの魔術師であり、当然その力を抑えること無く披露した阪東は封印指定を受け、追われる立場となった。当然多数の執行者や代行者が襲いかかってくる。

 しかし『宇宙(ソラ)』を統べる彼にとってそれらは足元にも及ばず尽く全滅。

 

 彼によって執行者、代行者の大半は死んだと言っても過言では無い。

 

 かの第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグからも『想定外の存在』と言わしめる程である。

 このように阪東は規格外の魔術師であり、その片鱗を見せれば世界すら危ういというのはこの惨状を見れば明らかである。

 

「ま、証拠隠滅にゃ丁度いいんじゃねぇかァ? あんな派手にやりゃ目撃者も多い。ぶっ殺す手間が省けたな、監督役さんよォ」

「それでもやり過ぎだと思うのだけれど。 抑止力に目をつけられても知らないって私言ったはずよ? あとここ寒いから戻してくれないかしら」

 虚空から姿を表す絡果は呆れながら寒そうに常識を問う。

 

「ハッ、ンなもん直接叩き潰しゃいい話だろ?」

「バンちゃんは脳筋過ぎだし、絡果は相変わらず急に出てくるしでもうめちゃくちゃ⋯⋯」

 地表が水星から本来のものへと戻り、色々と急激に変化する環境についていけない輝愛。

 

「あまりこういう事を言いたくないのだけれど、少し忙しくなりそうだから今日は切り上げてくれる? これ以上続けられたら追加の事後処理しないと行けなくなるの」

「アタシはいいよー、バンちゃんの魔術見れたし」

 

「ま、オレも久々にぶっぱなせたし構わねぇよ。⋯⋯バーサーカー! 帰んぞ!」

「⋯⋯了解した」

 阪東が上を向き叫ぶ。その方向には空中で佇むアルジュナがゆっくりと右腕を上げる。

 

 すると巨大な黄金の戦闘機のような飛行物体が現れる。

「あーあ、宿もぶっ飛ばしちまったし野宿一択じゃねぇか⋯⋯」

「⋯⋯」

 

 その飛行物体に飛び乗った阪東は不満げにボヤく。そしてその飛行物体は超高速でどこかへ飛び去ってしまった。

「何アレ、今度乗せてもらおっと」

「あら、随分と余裕ね」

「余裕無いけど出来るだけ仲良くしたいじゃん? バンちゃんは敵だけど楽しい人だし」

 

「⋯⋯これを見てそう言える貴女は中々に狂ってるわよ。本当に一般人?」

 更地と貸した横浜の1部を見渡す2人。

「ま、ここまで来ればもう何でもありっしょ。それに、アタシは一般人じゃないし」

 

 二ヒヒ、と笑う輝愛を見た絡果は彼女が生粋の暗殺者だということを思い出す。

「⋯⋯そうだったわ。もう既に壊れているのね、貴女」

「あはは〜」

 その笑顔の下に何が渦巻いているのか、それを読み取った絡果は珍しく人の感情に恐怖し、同時に⋯⋯。

 

「じゃ、アタシは帰ろっかな。大福が茶々入れてこないのは珍しかったけど」

『俺が喋るタイミング無かったからな。ま、でも色々課題は見つかったろ』

「だね〜、というかうっちゃん生きてるかな? ⋯⋯じゃね、絡果」

 

 輝愛は最後に手を振って瓦礫の隙間に消えて行く。角を通しての帰宅である。

「中々面白い人も居るのね。アーチャーは⋯⋯既に離脱済みかしら。警告する必要が無いのは有難いわ」

 

 現地で確認するべき事柄が残っていない絡果は次の目的地へと向かう。

「まあ、彼女が最後に残るかは分からないけれど。楽しみだわ」

 そう呟いた瞬間、絡果の景色は別ものへと変化していた。

「さてと。私も監督役の仕事をしないとね。⋯⋯千衣寓くん、いるかしら?」

 

 薄暗く少し狭い部屋には所狭しとゴミ袋が置かれており視界が悪く、床には細々としたゴミが幾つもあり衛生的にもいいとは言えない。部屋の奥からは辛うじてPCモニターの光とカタカタと鳴り響く音が聞こえるくらいで、他に何か受け取れる情報が無いくらいには不便で散らかっており、絡果的にもあまり居たくない場所なのだ。

 

「おー? 絡果ちゃん、いるおー」

 曇った低い声と喋る度にねちゃねちゃと音が聞こえてくる。

「私、そっちに行きたくないのだけれど要件だけ伝えていいかしら?」

「聖杯戦争の情報処理ならおでがやっとくから心配しないで欲しいお」

「そう、助かるわ」

 

 そう言って部屋の扉から外に出ようとした時。

「絡果ちゃん、お礼忘れなちゃダメだからね!」

 その言葉で絡果の表情が露骨に悪くなる。彼女にとってその感情は未だに理解し難いものであり、それは世のモラルに反している。

「分かっているわ。ちゃんと送る」

「デフフ、助かるぉ」

 

 嫌悪感からすぐさま扉を開け、一度部屋の外に出る。そこは千衣寓がいた場所とは違い、清潔感のある白い廊下だった。

『マスター、それはセクハラという⋯⋯』

「うるさい! 絡果ちゃんがいいって言ってるからいいんだ!」

 自動で扉が閉まる最中、奥から2人の話し声が聞こえてくる。

 

 

「優秀なのは分かっているのだけれど、あまりにも⋯⋯」

 千衣寓仁斗。彼は今回の聖杯戦争に参加するマスターの1人であり、セイバーを従えているのだが、生活習慣に問題があり、絡果もあまり関わりたくない人間の1人だ。

 すぐさま転移をすればいいのだが、嫌悪感から転移よりも部屋の外に出ることを優先してしまっている。

 

 千衣寓はインターネットの情報戦に強く、ありとあらゆるコンピューターに侵入出来るハッキング技術を使えるため現代の聖杯戦争においての情報封鎖の役割を依頼している。その報酬が⋯⋯

「何故私の写真なのかしら、理解に苦しむわ」

 

 そして手元のスマホを取り出し、メモ帳を開く。

「サーヴァントも強力な神霊だというのに⋯⋯本当に惜しいわね」

 その欄に書かれていたサーヴァントは。

 

 

『千衣寓仁斗 サーヴァント セイバー スルト』

 

 

 

ーーー

 

 

 

 翌朝。自室で目覚めた俊介は昨日の出来事を思い出していた。

俊介の自室は2階にあり、一般的な家庭と同じような思春期男子が不便無いくらいの広さである。

 

 エルキドゥと合流した俊介は一般人の避難誘導を行おうとしていた。

しかし、突如として起きた爆発により周辺一帯は一般人諸共文字通り跡形もなく消し飛んでしまった。

 俊介はエルキドゥに令呪を使用し安全圏へと運んでもらったものの、自分だけ生き残った罪悪感に胸が支配されている。

「⋯⋯」

 

 その後、輝愛に生存報告の後に爆発がサーヴァントの宝具では無く対峙していた阪東の魔術という事を知り、止めるべきだったという後悔もオマケ付きだ。

「仕方ないよ、マスターは出来ることをしていた。これは彼が規格外の力を⋯⋯」

「エルキドゥ、それは言い訳だ。僕が弱かったから守れなかった。そういう事なんだこれは」

 

 改めて時計塔に在籍している師匠に確認を取り、阪東の経歴を調べた俊介は対処法に悩んでいた。

「封印指定の魔術師、それも追手を全滅させているような化け物中の化け物⋯⋯」

 

「オレの話か?」

 と、くぐもった声が窓の外から聞こえてくる。

「!?」

 外を見るとベランダに金髪でサングラスを掛けた男、阪東葛木が立っていた。

 

「阪東⋯⋯何故ここに⋯⋯」

「オイオイ睨むなって。別にオレァ戦いに来た訳じゃねぇ。テメェに渡すもんがあって来たんだよ」

 そう言った阪東はベランダの扉開けてくれとノックする。

 

「はぁ⋯⋯で、どうして僕の場所が?」

「何、簡単な占星術だ。星読みは魔術師の嗜みだろ?」

 訝しみながらも扉を開けつつ、1枚の紙を受け取る。

「これは?」

「ァ? オレの連絡先だゼ。輝愛に渡しといてくれ」

「⋯⋯神崎さんに直接渡せばいいだろ。何故僕経由で」

 

「あー、輝愛のヤツ、占星術で見えねぇからよォ、仕方なくテメェで占ったんだ。中々外れることねェってのに」

 阪東は用事は済んだと言わんばかりにベランダから飛び降りる。

 

「夜またやり合おうぜ。今度はテメェとだ、宇都宮!」

「律儀というかなんというか⋯⋯。ああ! わかった!」

 

 そうは言ったが俊介と阪東の戦力差は圧倒的だ。戦闘経験の有無もあるが、そもそもの実力が段違いである。それを理解しているにも関わらず、彼は承諾した。

 

 

 しかし、本来の夜は来ず、この約束は無効となるという事をこの時はまだ知らなかった。

 

 

 




少し少なめですね。そろそろ全クラスのサーヴァントを出したいですが、まだまだ先になりそうですね。


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炎の巨人

一章も佳境に入ります。そろそろ派手にいきたいですね。


 

 時刻はお昼時の陸上自衛隊横浜駐屯地。とある作戦室には2人の男がいた。片方は陸将の紋章を胸に付け、如何にもといった形相で報告書や映像を眺めている。

「なるほど。報告は受けた、天音三佐は引き続き情報を集めつつ、なるべく周辺の被害を抑える形で任務を続行せよ」

「はっ!」

 

 その映像はアルジュナとルーの戦闘を記録したものや阪東の魔術、そしてそれらの言い訳である『ガス爆発』のニュースだ。

 本当にガス爆発で済んでいるかは怪しいが、世間がガス爆発と言うのであればガス爆発なのだ。

 

「⋯⋯にしても、聖杯戦争か。未だに信じられん」

「まー、僕からすればコレの時点で色々ヤバい代物だと思いますけど」

 もう一人は青髪のツーブロックマッシュの青年。身長は低めで150前後、中学生のような声色と成長期前の高い声は聞く人によっては子供っぽさを感じるだろう。しかし、この場にいる彼がただの少年ではないことは状況から見ても明らか。

 

 天音と呼ばれた自衛官は堅苦しい雰囲気は無く、ヘラヘラと己の腕に巻いている時計を指差す。

「サーヴァントに聖杯戦争、新たな情報が多すぎる」

「技術顧問が聞いたら嬉しくて飛び出して行きそうな話題っすね」

「それは困るから普通にやめて欲しいのだが。ただでさえ『人類の脅威』の魔術が解析途中だというのに⋯⋯」

 

「僕達の部隊はその辺今忙しいからなぁ、呉島陸将も色々隠蔽とか忙しそうだし」

「そうだな、ただでさえ特殊作戦群は忙しい。俺達は余計にな」

 呉島と天音の2人は『特殊作戦群盤外遊撃部隊』に所属しており、端的に言えば『機動力と圧倒的な破壊力を備える少数精鋭の特殊部隊』である。

 

 精鋭揃いの特殊作戦群の中でも盤外遊撃部隊は極めて異質であり、想定される敵は『人類の脅威』という存在なのだ。

「それで呉島陸将、今回は『人類の脅威』判定しなくていいんです?」

「⋯⋯そっちの絡みは少しあるからな。一応は人間側だ。ただ、本当にそうなのかの判定が難しい。『外』の協力者に聞くのが手っ取り早いな」

 

「あー、あとアレです。今回の任務は魔術兵装(メイガスアルマ)使っていいんですか?」

 その天音の言葉に呆れてため息を漏らす呉島。

 

「あのな、魔術兵装(メイガスアルマ)抜きで他の魔術師に勝てるとか考えているならやめておけ。こっちは生身でルーとやり合ってコテンパンにされたのを見てるんだぞ。それにあの爆発を引き起こした魔術師に生身で通用する訳が無い」

「僕自身魔術師じゃないからなんとも言えないっすけど、全部避けて切り伏せれ⋯⋯いでっ!?」

 自信満々の所をチョップで黙らされる天音。

 

「俺達は向こうの魔術に関しては情報が無い。だから常に全力で当たるべきだと考えているし、そのために準備している訳だ。それに実戦でのデータは貴重だ。その方面でも今回の任務は使うべきだと判断した」

「それで良いと思うぞ、マスターの上司よ」

 

 ふわりと霊体化を解いたルーは天音の横に立つ。

「粗方事情は把握しておる。儂らサーヴァントは魔術兵装(メイガスアルマ)の実戦では最適な相手じゃ。それに『人類の脅威』は抑止力の対象外だしのう。人自身が対抗策を持つためにもそれは有効の一手じゃ」

 

「という訳だ。マスターである天音三佐が前に出るという事は非常に稀なことだとは思うが、戦闘時には遠慮なく使え」

「了解」

 そう言って天音はルーと共に部屋を出る。

 

「じっちゃん、何か食べたいものとかある? 食堂空いてるだろうし食べてかない?」

「構わんぞい。この地は飯が美味いからのう。幾らでも食えるわ」

「よっし! 昨日はカツカレー食べたっけ。今日は何食べよ⋯⋯」

 わちゃわちゃとご飯について話しながら建物を出る。

 

 

「⋯⋯は?」

「これは⋯⋯」

 その時、2人は信じ難い光景を前に暫く固まってしまっていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「でさー、ホントに強かったんだって! なんか宇宙創り出すとかもう訳わかんないし」

「⋯⋯起源覚醒者だからな。僕も実際に見たのは始めてだ」

「起源覚醒者? 起源がどうこうってのはバンちゃんから聞いたけど、そんなに凄いの?」

 

 お昼時。2人は作戦会議も兼ねて昨日のカフェに来ていた。今回更地になった横浜スタジアムは移設され新横浜スタジアムとなっているため、元々の場所は無傷である。

 それでも営業時間が短くなっているため、影響が無いとは言えないのは事実であるが、夜の21時までなので昼食をとる分には問題ないのだ。

 

「起源っていうのはそもそもの存在意義、目指すものとか魂の本質そのものの事。どんな存在にも起源があるが、それに気付かず一生を終えるのが殆ど。その代わり起源に気が付いた魔術師は魔術の理解や強さが段違いに上がる。阪東のような強さに至ってもおかしくは無い」

 

 起源覚醒者というのはそれだけ稀有な存在であり、それ故に強い。

「じゃあうっちゃんも自分の起源とか知らない感じ?」

「それが普通だからな。魔術全員が自分の起源を知っていたらそれはそれでアレがいっぱいいることになるから星そのものが壊れかねない」

「⋯⋯うわぁ、なんか想像したくないわ」

 

 嫌な顔をしつつ、コーヒーを啜る輝愛。更に追加でフライドポテトを注文する。

「よく食べるね⋯⋯」

 輝愛は既にホットサンドとサンドイッチのステーキサンドを食べ終えており、明らかなカロリーオーバーだと指摘する。

 

「⋯⋯別に太らないから! めっちゃ動いたし、なんか色々あったからいっぱい食べておきたいの! 文句ある?」

「イヤ⋯⋯ナイデス⋯⋯」

「「マスター⋯⋯」」

 

 どうやら食べ過ぎ云々はNGな話題だと学習した俊介。

「えーっと、じゃあ他のサーヴァントについてなんだけど⋯⋯」

 苦笑いを浮かべながらもなんとか話題を繋げる俊介。その横でエルキドゥはマスターにステータスがあるならコミュ力はCだね、と冷静に分析を出した。少し余計である。

 

「ええっと、なんかおじ様なサーヴァントと、派手派手なサーヴァントが居たよね。で、派手な方はバーサーカーでバンちゃんとどっか行ってた」

「そう、で少なくともバーサーカーは阪東と同レベルかそれ以上の英霊だと考えていいかもしれない」

「英霊が魔術師と同レベルだって判定されるのはおかしいと思うけどね」

 

 そう、輝愛と阪東はバーサーカーの真名を入手していないため、対策のしょうが無いのだ。

 最も。この世界にはそもそも神たるアルジュナの記録が存在しないのだから意味は無いのだが。

 

「で、あのおじ様なサーヴァントは⋯⋯パチンコ使ってたね。パチンコ。しかもめっちゃ雷飛ばしてたし。あれはもうプラチナなパチンコだね。金のパチンコのハイパー版」

「金のパチンコを手に入れるのに苦労した覚えある」

「あ、わかる。飛んできた風船めっちゃ割ってなんとか頑張ったわ」

 急にど○森の話になり、暫く脱線。しかし5分後には自然と元にの話題に戻っていた。

 

「で、あのパチンコからは雷を訳だけど、パチンコって結構伝承だと話題が少ないんだ」

「なるほど、パチンコは歴史上不遇だと。じゃあ結構絞りやすそうじゃん?」

「そう、でパチンコでめぼしいのはゴリアテやダビデ、ルーなんだけどその内ルーはブリューナクっていう雷の槍を使用している」

 スマホを取り出し、ブリューナクの説明があるWebサイトを見る。

 

「『諸芸の達人』『長腕のルー』と呼ばれたこの神は伝承通りあらゆる技に長けた万能な神霊の可能性が高い」

「それでもクラスに当てはまっている以上、アーチャーの色が強くなってそうだね」

 蜂蜜カフェオレを1口含みながら答えるエルキドゥ。

 現状ライダーとセイバー以外が揃っている以上、ルーがそのどちらかに当てはまっているという事は考えにくい。

 

「そう、その確証が取れただけ昨日の一戦は意味があったと思う」

「じゃああと残りは⋯⋯ライダーとセイバー?」

「ルーラーもまだ1騎しか見てないかな。僕がマスターから聞いた話だとルーラーは2騎いるって聞いたけど⋯⋯」

 

 そこでフライドポテトが届いたため3人はそれぞれ1つずつ口へと放り込む。

「意外と美味いじゃんコレ。⋯⋯で、ルーラーってアレだっけ。監督役じゃない審判だよね。2騎も要らなくない?」

「聖杯が召喚した訳だからこれに関して何か言えることは無いな。⋯⋯1騎はモーセだっけ。女の子だったか⋯⋯」

 

「あれ? 授業でやったモーセって男のはずじゃ⋯⋯」

「歴史に間違えて記録されていたからという例は少なくないらしい。時計塔の先輩も伝承では男なのに本当は女だったサーヴァントを召喚したことがあるらしい」

「へー、じゃあモーセ、実は女の子⋯⋯?」

 

 時計塔の先輩というのはかつて第五次聖杯戦争に参加した2人の恋人で、宝石の連絡魔術もその先輩の片割れから教わったものである。

「その可能性もある、という感じだな」

『俺みたいな例もあるぜ』

「大福は例外でしょ。あと自力で現界しなさい。今日の餌抜きね」

 

『俺飯要らねぇからな!?』

あはは、といつものやり取りで笑いながらお昼を過ごしていると⋯⋯。

 

 

「お客様お客様」

 と、ふと女性の店員に声をかけられる3人。

「申し訳ございません、あと5分で閉店時間になりますので⋯⋯」

 

 

「「「はっ???」」」

 

 

 ふと見渡すと既に明かりが灯っており、窓の外は真っ暗である。昼食を取っていたが、一瞬で夜に変わるという明らかな異常事態に混乱する三人だが、立ち止まっていてはいけないと判断した三人は急いで荷物を纏める。

「⋯⋯コレマジ?」

「分かりました、すぐに出ます」

 

 既に温くなったコーヒーを口に運び、飲み干す俊介。すぐさま輝愛がカードで支払い、バルコニーへと出る。

 空は星1つ見えない暗い曇り空、魔術によってほんの数秒前に夜が敷かれたとは考えられないような冷たい空気が満ちていた。

 

「時間が⋯⋯飛んだ⋯⋯? 誰? バンちゃん?」

「⋯⋯いや、加速できる宇宙は阪東が保有しているもうひとつの宇宙だけのはず、それに魔術師は対象外⋯⋯なのか?」

 周囲の一般人の中で騒ぎが起きている様子は無いため、普通の時間を過ごしているという事になる。

 

「それに時計が刺しているのは21時。単に阪東が夜の空を創った訳では無いみたいだ」

「じゃあバンちゃんの線は薄そう?」

「起源の『宇宙』で時間に干渉できるかは分からないけど、方向性が違うから出来ない気が⋯⋯」

「バンちゃん、どんな魔術でもかかる時間ゼロだよ」

「出来なくはないかも⋯⋯しれない⋯⋯」

 

 なんとも言えない微妙な表情になっている3人だが、上から1人飛んでくる。

「よっと。ったく、遠いんだよテメェらァ」

 その姿は今話題に上がっていた阪東その人だった。

 

「バンちゃん!」

「言っとくがコレはオレの魔術じゃないゼ。夜を創ったってなんの意味も無いしな。時間の加速はオレの宇宙でしか出来ねぇしよォ」

 と、先程の論議を否定する発言をする阪東はサングラス越しに横浜港の方向を見る。

 

「魔術師以外の時間を加速させる大魔術、それをどのマスターやサーヴァントにも察知させないような技量。ンでオレの魔術じゃねェ。ここまでくりゃこの現象、答えはひとつなんじゃねぇの?」

「⋯⋯キャスターのサーヴァント、アジ・ダハーカか!」

そして次の瞬間⋯⋯。

 

 

 横浜港方面、海が燃え上がる。

 

 

「マジ? 花火大会大失敗じゃん、乾燥してるからやめときなってあれ程言ったのに⋯⋯」

『絶ぇ違うだろ』

 その炎は水に浮かぶ油のように海水に溶け消える事無く燃え盛り、そのまま海岸を炎で包む。

 

 そしてその上に立つようにふわりと姿を表したのは⋯⋯。

「炎の巨人⋯⋯?」

 

 曇天の雲を付くかのような巨体、そして夜の世界を燦々と照らす全身を覆う炎は相当離れている輝愛達にも伝わる程の熱量を感じさせる。そしてその圧倒的な魔力と威圧感、まるで太陽のような神々しさ。全てを兼ね備えるソレが只者ではない事は誰が見ても明らか。

 

「サーヴァントだな。にしてもここまでわかりやすいヤツは初めてだなァ」

「そうだな、神話における炎の巨人なんて当てはまるのはひとつしかない」

「あ、それアタシでも知ってるわ。スルトでしょ、ゲームで出てきたから覚えて⋯⋯」

 

 その言葉を言い終える前に炎の巨人は大きく腕を振りかぶり、天から燃え盛る巨大な剣を振り下ろす。その先に居たのは⋯⋯。

 

 

「「「あっ」」」

 

 

 輝愛達だった。

 

 

 




キャスターがキャスターしてる! 
 ちなみに世界そのものに干渉する魔術、今回で言う現実の時間の加速は坂東でも可能ですが、ほぼ出来ないに等しいです。まあ、理由は色々あって。

まず坂東が内包する宇宙の現象を具現化するという魔術は固有結界に似た性質のため。現実の世界を侵食する固有結界は抑止力の修正を受け続け、展開中は尋常じゃないくらい魔力を食います。「内包された宇宙で行使した魔術」は言ってしまえば「心象世界で行使した魔術」でありそれそのものが固有結界に似た性質を持つのです。そしてそれを世界規模で行使しようとすると世界規模の抑止力に対抗できるくらいの魔力量が必要で、坂東でもその規模の魔力を賄うためには飛ばした時間分、今回であれば正午から午後9時の9時間分の魔力を補給する為に宇宙の始まりから終わりまでの魔力を取り出し、それを繰り返す必要があります。更に術式の維持もしなければならないため「できなくはないがコスパが悪すぎる」という理由。
そして純粋にその規模の魔術は抑止力の対象となり守護者に狙われるため。これに関しては坂東自身が述べている通り、力でねじ伏せればいいと言っているのでお分かりだと思います。元々世界に目をつけられている彼がそこまでの魔術を行使すれば確実に守護者が送り込まれます。

まあ、やろうと思えば出来る時点で大概ですけどね。
ちなみに坂東は内包する宇宙から魔力をほぼ無限に取り出すことが可能で、これを行えばゼル爺の無尽エーテル砲を再現できたりします。アルジュナ・オルタの魔力供給もこれでいいのですが、無駄に宇宙のリソースを使いたくないからという理由でアメリカに術式を貼りました。観光がてらサラッと作った感じです。


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理の原典

普通にハロウィンイベントやってました。


 

 

 

 時は10分前に遡る。

 人気の無い海沿い。コンビニに向かうために珍しく外に出ていた千衣寓は偶然にも絶対に会いたくなかったであろう存在とばったり会ってしまう。

「ひ、ひぃィィ!?!?」

 

「貴様が此度の聖杯戦争に参加しているマスターだというのか? 実につまらん。何、抵抗する術も無いとはな」

 そう、三つ首の竜人であるキャスターだ。

 

「こ、こんな事をしてだ、だま、黙ってるだけだと思わないでひ、いろお!」

「ふん、既に腰が抜けているぞ。最初に殺すのは貴様からで良さそうだ」

 嘲笑するキャスターはその拳を振るい、その心臓を貫こうとする。

 

 しかし、それを銀色の腕が防いだ。

「ほう?」

『ご無事ですか、マスター』

「おま、おまえがそとにでぉとか言ったからこんなことになっているんだぞ!」

 

 それはメイド服を来た水銀の人形。いわゆる使い魔である。

 千衣寓が所有する水銀の使い魔は1つのスーパーコンピュータで管理され、それが魔術的な結び付きを持って1つの思考する意識の集合体として活動しているのだ。

 

『申し訳ございません。マスターは早く避難を。⋯⋯それで、貴方は何故ここに? 本来聖杯戦争は人目をはばかり深夜に行うもの。これでは大勢の目についてしまいますが』

 機械音声のような声で使い魔は警告する。

 

「そうだったな、そのようなルールを彼奴が言っていたのを忘れていた」

そう言うとキャスターは右手を掲げ、手のひらサイズの時計を取り出す。

 

「進め」

 その呟きで時計が針を進め、針が9時を指したところで景色がどんどんと移り変わっていく。

 

 太陽は沈み、雲が現れ世界が進んでいく。

「これで文句はあるまい?」

 一瞬で昼が夜になり、辺りは街灯の光と雲に隠れた暗い月の光に満ちていた。

 

『⋯⋯一体何者』

「我の名か? 我は悪神アジ・ダハーカ。かの悪神を喰らい、全ての悪の頂点に位置する滅びの魔王である」

 名乗り終えるとアジ・ダハーカは挑発するように指を動かした。

 

「サーヴァントを出さぬのか? 既に契約しているのは我が眼に入っている。出さぬのであればすぐさま貴様らを殺すぞ?」

『⋯⋯。マスター宜しいのでは?』

 

「分かっているぉ! 来い!スルトォォォォォォ!!!!」

 千衣寓がスマホを連打する。

 

 その瞬間空気が揺れ、全てを焼き尽くす程の熱波が放たれる。

 

『クク、ようやく出番かマスターァ⋯⋯!』

 その熱は海を伝い炎が浮かび、鋼を溶かし木々を燃やす。

 霊体化を解いた瞬間に膨れ上がる気配と存在。降り立った港はその足1つで半壊し、その大きさは天をも突く程。

 

「す、スルト! おでをまもれ!」

『言われなくとも』

 全長1000mにもなるソレは右手に持つ炎の大剣を振り下ろす。

 

 燃え盛る炎を纏う長さ数百メートルにもなるその剣がアジ・ダハーカを襲う瞬間、その刃がアジ・ダハーカの片手で受け止められた。

 その風圧で周囲の建物は倒壊し、付近の船は根こそぎびっくり返る。

「ほう、かのレーヴァテインか。中々いい炎だな」

『ククク、そう来なくては』

 

 レーヴァテインは北欧神話でロキがルーンを紡いで作成したとされる炎の魔剣である。厳密に言えばスルトの所有物ではないが、伝承が伝えられていくうちにスルトの魔剣というイメージが強くなり、スルトと共に現界したのだ。

 

 スルトはその刃へと力を込めるが、一向に動く気配は無い。

「児戯だな」

 アジ・ダハーカがその場所から消え、勢い付いた刃が地上を抉る。

 

 そしてアジ・ダハーカが現れたのは上空1000メートルにあるスルトの顔の真横。拳を振りかぶり、視認不可能な速度で放たれる。

 しかしスルトはそれ以上の速度で片手で受け止めた。

『オォ』

 

 スルトはそのままアジ・ダハーカを握りしめ、勢い良く市街地へと投げ付ける。

 普通であれば意識が置いていかれるような速度で飛んで行くアジ・ダハーカはビルに2つ3つ突っ込みながら4つめを突き抜ける寸前で消滅、即座に転移でスルトの正面に立つ。それでもスルトからは300m程離れてはいるが。

 既に千衣寓と使い魔が消えていることを自身の『目』で確認したアジ・ダハーカはニヤリと笑みを浮かべる。

「なるほど、マスターはともかくサーヴァントは中々出来る存在か、ならば我も魔術を行使するとしよう」

 

 ビルのひとつに降り立ち、足を着く。

 

 

 その瞬間、地上は滅びに満ちた。

 

 

 生きとし生けるもの全てに滅びが与えられ、その瞬間に死に絶える。

 

 

 誰かと話す間もなく消え、遺言すら残す事無く、そのままころりと転がった。

 

 

『⋯⋯滅びの領域か』

 その効果をスルトは直感で看破する。

 アジ・ダハーカを中心とした半径15キロのエリアにいる存在全てに滅びの概念を付与する事で即座に死を与えるもの。これはあらゆる生命に有効であり、展開された瞬間に一部を除き生き残る事は無い。

 

 そして更にこの領域内は悪属性であればあるほど大きな強化が入る。アジ・ダハーカ程の悪性を持てば本来の数倍にもなるのだ。

 今スルトが立っていられるのはスルトの「陣地作成」の影響である。言うなれば炎の領域。一歩一歩歩みを進める度に炎で自身の領土を拡大させるというもの。このように自身の領域を展開することで相殺することが出来る。

「何、キャスターというクラスの特権であろう?」

 

 そもそもこれは魔術ですらなく、キャスターのスキル「陣地作成」によるものであり、本人にとってもよく使用する権能である。

 アジ・ダハーカは地面に手を付き巨大な魔法陣を展開。そのまま次のビルへと飛び出す。

 

『クク、逃がさん』

 スルトがレーヴァテインを驚くべき速度で振り下ろすものの、身体を捻り回避。そのまま剣を跳ね上げ下からの一撃も簡単に避けられる。

「2つ目」

 再び手を付き同じ魔法陣を作成し、駆け出す。

 

『グヌァァァ!!!』

 スルトの目が光り、咆哮。地上から炎の柱が現れアジ・ダハーカを焼こうとするものの、アジ・ダハーカが手を向けるとその炎が消滅する。

 

「3つ目」

 同じ工程、同じ行動で魔法陣を作成した所をスルトのレーヴァテインの水平斬りが襲う。タイミングと速度を計算したアジ・ダハーカは直感的に避けられないという事を判断。事実、スルトはニヤリとほくそ笑んでいた。

 

 が、それはアジ・ダハーカに届くことは無い。

「展開"理の原典(アヴェスター)"」

 一言呟くと、そこには一冊の本が浮遊していた。

 

「模倣"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"」

 

 そしてページがパラパラと捲れた次の瞬間、アジ・ダハーカの手には1振りの剣が握られており、それ振り上げレーヴァテインを弾く。

『ぬぅぅぅ!?』

 

 黄金に輝くその剣は伝説上においてあまりにも有名な宝具。

『それは⋯⋯まさか⋯⋯』

 かのアーサー王が所有する武具、湖の乙女が下賜した聖剣エクスカリバーである。

 

「少し剣で遊んでやろう、貴様はセイバーなのだろう?少しは楽しめるといいのだがな?」

 そう言って小さく笑うアジ・ダハーカ。

「複製"約束された勝利の剣(エクスカリバー)""約束された勝利の剣(エクスカリバー)"融合」

 

 その宝具の名を告げる度に聖剣が増え、詠唱を終えると3本の同じ聖剣が1本の聖剣へと変わり、更に輝きが強まる。

 これはアジ・ダハーカの魔術のひとつ。理の原典(アヴェスター)にはあらゆる伝承の武具の原点が記載されており、それらを模倣、改変。そして複製や合成等ありとあらゆる要素を改造し現界させることが出来るのだ。

 それが神々が造り出したとされる神造兵器だとしても例外では無い。

 

 本来の理の原典(アヴェスター)には記載しかされておらず、現界など以ての外だが、アジ・ダハーカの魔術によってそれが可能となったのだ。

 そして更には⋯⋯。

『オォォォォ!!!!』

「ふん!」

 

 アジ・ダハーカは空中へと跳躍し、聖剣で心臓を狙った突きを行う。

 それに対抗してスルトは上段からの一撃を放つものの、アジ・ダハーカの剣さばきで受け流されてしまう。しかし、そのまま次の一撃へと繋げていく。

 そして次の二撃、三撃と剣撃を放つ。その余波でありとあらゆるビルや建造物を吹き飛ばしながらもその巨体に見合わぬ圧倒的な速度で剣を振るうが、それらはアジ・ダハーカの聖剣に受け流される。

 

『馬鹿な、セイバークラスでは無い貴様の剣など⋯⋯』

「分からないか? ではやはり三流だな」

 ここまで本職のセイバークラスと剣で撃ち合えているのにはアジ・ダハーカの魔術が関係している。

 

 アジ・ダハーカは所持している武具から英霊の座にアクセスし、その本来の所有者の剣の腕をコピーし自身に付与しているのだ。

 サーヴァントから記憶や人格を抜き取り、そこから剣の腕のみを抽出したものである。例えるならば依代の自我しか残っていない擬似サーヴァントという状態となる。

 

 そして英霊の座にアクセス出来るという事は元々存在しなかった宝具、伝承、神話を原典に書き記すことが出来るということ。

 

「擬似宝具真名解放"約束された勝利の剣(壊れろ)"」

 

 

 その一言でアジ・ダハーカの体内に存在する魔力は光に変換された。

そして片腕でその聖剣を振り抜く瞬間、そのエネルギーが集束・加速し動量が増大。光の断層による究極の斬撃は金色の光となって放たれる事となる。

 

 本来のアルトリア・ペンドラゴンと同種、そして三本の聖剣が重なる事で本来の三乗ものエネルギーとなったその一撃がスルトを襲う。

 

 

『なんの!"災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)"』

 

 

 世界を焼き尽くすが如き灼熱の炎。スルトが身体に纏っていた数倍もの熱量が剣から湧き上がり、辺り一帯を包み込む。

 無尽蔵に溢れ出るその炎と共に金色の光へと対抗すべく弾き飛ばさんとする勢いでその火炎の剣は振るわれた。

 

『ヌアァァァァ!!!!』

「⋯⋯」

 三本の聖剣が収束した光の奔流ですら世界全てを焼き尽くす程の炎を纏う剣を撃ち破るにはまだ足りず、拮抗状態となる。

 熱波と光が交差し、その余波で全てを蹂躙せんと溢れ出るエネルギーが辺り一帯を崩壊させていく。

 

「これでは決め手に欠けるか。なるほど、確かにそれは良い剣だ」

 そして空いた片手で再び理の原典(アヴェスター)を展開。そしてアジ・ダハーカの背後に聖剣の光すら凌駕する輝きを放つエネルギーの輪が出現する。

 

「模倣"軍神の剣(フォトンレイ)""物干し竿"融合」

 

 エネルギーの輪が高速で回転。アジ・ダハーカへと魔力が供給され、そのまま彼は理の原典(アヴェスター)から使用しかの軍神マルスから下賜されたとされる「神の懲罰」とすら謳われた剣と、かつて巌流島の決闘で佐々木小次郎が使用した一本の長刀を作成。すぐさま聖剣と融合させた。

その結果聖剣が肥大化し、刀身には三色の光が現れ、回転。文明を滅ぼしうる力の渦が聖剣の光を加速させていく。

「これは少し工夫せねばなるまい」

 アジ・ダハーカは指を鳴らし自身の時を宝具を起動する前へと戻す。

 

 

「擬似宝具真名解放"勝利齎す神星の返剣(滅べ)"」

 

 

 そして即座に宝具を起動。かつて佐々木小次郎が生み出した第二魔法にも迫る剣技、"燕返し"すらも模倣したアジ・ダハーカは聖剣の一撃を三つに分身させる。

 神々が生み出した神造兵器の輝き、それを軍神マルスの力の流れが加速させ、佐々木小次郎の剣技で魔法の域へと至らせる。

 本来不可能な芸当を意図も容易くやってのけた。

 

 その斬撃とは程遠い光の奔流はスルトが持つレーヴァテインを弾き飛ばし、左肩から腰までの正面を斬り裂き、右腕を切断する。

『グ、ァァァァァァァァ!?』

 

 切断部からは大量の血が流れ、地上へ落ちたそれは地上を溶かし、海に落ちれば蒸発する様は奇怪な光景だった。

『き、貴様ァァァァァ!!!!』

「4つ、そして5つ。何、そんなに痛いか?」

 

 何一つ傷を負わず、聖剣の光に変えた魔力は既に全回復しているアジ・ダハーカは余裕の表情である。もっとも、人間からすれば爬虫類のような顔の表情など分からないのだが。

 アジ・ダハーカは聖剣を消滅させ、転移。スルトの左腕辺りの高さで少し離れた所に魔法陣を空中に置く。

「6つめ。貴様の土俵で戦ってやったと言うのになんという体たらく。呆れたな」

 

『黙れ黙れ黙れェェェ!!!』

 纏う炎が弱まり、息を荒くしたスルトは海に落ちたレーヴァテインを拾い上げ、再び刃を振るうが、その一撃は届くこと無く地上を穿つ。

 

 アジ・ダハーカは既に背中に転移しており、手を向けて魔法陣を首に付与する。

「少しは静かにしたらどうだ? ⋯⋯7つ目。これで準備が整った」

 腕を振り、アジ・ダハーカを凪払おうとしたスルトだったが、寸前で転移され空振りに終わる。

 

「その身体、その魔力量。余程マスターに恵まれたのだろう? であればその魔力、利用させて貰うとしよう」

 理の原典(アヴェスター)を虚空に仕舞い、手を掲げて魔法陣を展開。

 すると魔法陣はブラックホールのような真っ黒い穴へと変化し、何百もの腕がそこから伸びスルトを掴む。その腕はまるで聖杯の泥のように濁っており、禍々しく、そして何かを求めるようにスルトを取り込もうとしていた。

 

 それに抵抗するように炎を吹き上げ、咆哮し、払おうとする。しかしながらそれは意味をなさず、無意味に地上の瓦礫が飛び、運良く残った建物を蹂躙するだけだった。

 

『クソがァァァ!!!』

「あのマスターも見た目によらず中々やるではないか。何、貴様の魔力全てとは言わない。それに少しは楽しめた。最後は我が宝具の一端で滅ぼしてやろう」

 

 アジ・ダハーカは既にこの聖杯戦争の意味を理解している。それは召喚された瞬間に理解してしまったと言った方が正しいが。

 ソレを理解しているが故に彼はただ彼の目的を果たすのみ。そのためだけの終末装置に過ぎないのである。

 

 

 




お前、結局キャスターしてないやんけ。剣で殴っとるやんけ。

まあ、剣からビームが出ているので輝愛視点で見ればキャスターの括りですよね。
にしてもアジ・ダハーカ強いですね。坂東ぐらい強い要素しかないモリモリなサーヴァントな気がします。詳しいステータスは一章終わった辺りで一部ぼかしながら解説入れていく予定なので是非ともご覧ください。



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聖杯創造

なんかハロウィンイベントでアジ・ダハーカっぽいのが出てきてしまったので、このタイミングで少し情報開示しておきますか。まぁ、マザーハーロット説の方が大きいですが。


 

 

「回避ぃぃぃぃ⋯⋯! ⋯⋯っん?」

 輝愛達はスルトの一撃をなんとか回避する準備をしていたが、ソレは寸前で止まる。

「神崎さん、あれ見て⋯⋯」

「⋯⋯いや見えないし、アレやってアレ」

 

 緊張感が無いなぁ、となんとも言えない目を向けながら俊介は以前行った視覚とアプリの同調魔術を行う。

「うっちゃんさんくす。⋯⋯ってキャスターじゃん!? やっぱアイツかー!」

「お? ンじゃあやっぱ今回のキャスターがこの空をつく⋯⋯オイ、下がれバーサーカー」

 

 阪東の背後にはいつの間にか現れていたアルジュナがアジ・ダハーカへと向かおうとしている。

「何故だマスター。私の使命は悪性を滅ぼす事。あの見るからに邪悪な存在をこのまま生かしておくことは⋯⋯」

「やめとけ。⋯⋯本音言ゃあどっちでもいい。だがな、アイツはまだやめておけ。アイツは強ぇ。今ここでまともにやり合ったとしてアンタが勝てる確率は5割がいいとこだ。まずはアイツの手札を確認しろ、ンでそっから⋯⋯」

 

 そう話している最中、街が滅びの領域に染まる。その範囲内にいるはずの輝愛達は何故かその影響は無く、景色は何も変わらない。ただ、一定の距離より外は呆れかな魔力の闇があり、出れば即座に死ぬことは周りを見れば明らかである。

 

「いや、急展開過ぎてアタシ着いてけないんだけど?」

「⋯⋯あー、なるほどコイツァ都合が良かった。テメェらこの円の外から出んじゃねぇぞ。確実に死ぬ。良かったなァ? オレが結界張ってて」

 そして阪東は即座にこの滅びの領域の本質を見抜く。そのサングラスの下にある蒼色の魔眼は捉えていた。

 

「とりあえず出りゃ死ぬ、出なきゃ問題ねぇ。コイツはそういうやつだ。だから宇都宮も出んじゃねぇぞ」

「⋯⋯どうして僕らを守るんだ、敵同士だというのに⋯⋯」

「ア? テメェとは約束したろ、殺り合うってな。だからそれまで死なれちゃ困る。オレは楽しけりゃそれでいい、即死なんざ芸がねぇ」

 

 ただの快楽主義、戦闘狂な阪東だが約束は守る。己で決着を付けると決めたら譲る気は無いのだ。

「⋯⋯でさ、どすんの? このままアレ眺めてる気?」

 

 そう言って輝愛が指を指すとアジ・ダハーカが聖剣を創り出し、光の粒子を放っているところだった。

「うお、マジカルパンチじゃなくてビーム出してるし! ちゃんとキャスターしてる!」

「剣からビームはセイバーの領分な気はするが⋯⋯」

「ビーム出してればキャスターだし!」

 

「輝愛、マジで魔術の魔の字も知らねぇのか」

「全っぜん知らないかなー? なんならマジでグレムリンの真似してたらこうなってたって感じだし。⋯⋯それより、何か対策ある?」

 そう尋ねられた俊介はえー? 、と唸り困惑する。

 

「とりあえずこれ以上被害者を出すわけにはいかない。マスターを探そう。マスターさえ倒せばサーヴァントは現界出来ない。スルトにしろアジ・ダハーカにしろあれほどの存在の魔術を発動させながら現界の維持を出来る魔術師はそう多くないからな」

 そう話す俊介に珍しく気まずそうな阪東がおずおずと口を開く。

「なァ⋯⋯ちぃと言いにくいんだがよォ⋯⋯」

「「?」」

 

 

「アジ・ダハーカってヤツ、多分マスター居ねぇわ」

 

 

「「???」」

 阪東の発言に困惑する2人だが、ここで話の腰を折ってはいけないと判断し続けて、と促す。

「アジ・ダハーカから魔力が供給される流れっつーかさ。そういうのが見えねぇンだよ。だからアイツ、多分マスターそのものがいなくて、魔力は自給自足で補ってやがる。」

「⋯⋯じゃあアレもその魔力で? 明らかに足りな⋯⋯っ!?!?」

 

 俊介の言葉が途切れた瞬間、衝撃が襲う。それは炎の剣と合成された宝具が撃ち合い、そしてスルトの身体が斬られた結果のものである。

「あ、明らかに足りない! あれ程の魔力は何人もの一般人から無理矢理魔力を吸収しなければ⋯⋯いや、その為のこの領域?」

「いい線行ってるゼ、流石宇都宮。だがコイツにその効果はねぇ。オレにはそれが視える」

 

「⋯⋯?」

「だから多分、殺るべきはスルトのマスターだ。それなら辛うじて視える」

そう宣言した阪東は下を指差す。

 

「ンでソイツァ、地下にいやがる」

「地下って言われても⋯⋯ざっくり過ぎない?」

「だから今から探ンだろうが。で、宇都宮。テメェの出番だ」

「⋯⋯言いたいことは分かった。要は周辺の監視カメラを手当り次第魔術でハッキングしろという事だろ?」

 

「分かってんじゃねぇか。どうせ電気なんざ通ってねぇ、それでも記録に直接アクセスすりゃいける。できるか?」

 それは宇都宮家の魔術の特色である現代技術に干渉する力を信じているからこそのもの。時計塔ではなし得ない別ベクトルの魔術だ。

 

「出来なくはないが問題が2つ。ひとつは範囲が広すぎて特定まで時間がかかる事。もうひとつはこの街全体の監視カメラを観て記録を遡るには時間がかかり過ぎる。同時に全てを行うには僕の容量が足りない。少なくとも30分以上は⋯⋯」

「なら、遡るのはオレがやる。魔術的情報を常時共有する事ァできるか?」

 

「やり方は知っている。ただ少し時間がか⋯⋯」

「ならいい。もう組んだ。ほら背中向けろ。ンでいつもの感覚だ」

 この魔術は基本もっと大掛かりな術式であり、短時間で行えるものではないが、阪東は実質一瞬で行えるため問題は無い。

 

「流石に便利過ぎるだろ⋯⋯ほら、早く書け」

 俊介はシャツをたくし上げ、阪東に背中を向ける。

「中々鍛えてるじゃねぇか。見直したぜ」

「お? なになにサービスシーン?」

「はやくしろ⋯⋯って神崎さんまで⋯⋯」

 

 阪東は指で魔法陣を、俊介は爪で親指の血管を小さく切り出血させる。

「アタシやる事ないから茶化す事しか出来ないんよね。まあ、マスターのとこに攻め込むならアタシが先行するけど」

 

「すぐ終わっからよ。⋯⋯ほら出来たゼ。後はテメェの血を⋯⋯っと」

そう言って阪東は俊介の親指から血を人差し指で掬い、ペロリと口にする。

「準備できたぜ、始め⋯⋯」

 

 その言葉を言い終える前に阪東は目にしてしまう。スルトが黒い腕に取り込まれていく姿を。

「分かった」

 

 目を瞑り、静かに親指から血液を地に垂らす。

 落ちた血液から波動が生まれ、その波動は徐々に大きくなる。

 それはほんの1分で終わり、同時に阪東も観測を終える。

 

「終わった。阪東、いけるか?」

「もう終わった。魔術に関しては全部一瞬で終わる。オレの宇宙で全部観測して、そこの時間を加速させりゃいいからな」

「⋯⋯本当に規格外の魔術師だ」

 

 俊介が捉えた監視カメラを阪東が自身の宇宙内で過去の記録を覗く。同調と呼ばれるこの魔術、実はあまり使い道が無いためマイナーな魔術として知られている。

「テメェも大概だけどな?」

 宇宙を極めた魔術師と、現代に生きる魔術師。即座にこれを行えるのは地球上でもこの組み合わせしかいないのだ。

 

「地下への入口はここだ。アルジュナ、ついてってやれ。宝具で一直線、この領域を斬り裂きゃ終わる」

「宝具を他のマスターに見せるのはあまりいい判断とは思えないが⋯⋯」

「お前オレのサーヴァントだろ、いいから従えってんだ」

 その言い方は乱雑だが、そこに浮かぶ笑みは間違ってないから信頼しろ、というもの。

 

「それに、テメェはこの世界のサーヴァントじゃねぇんだろ? だったらいいじゃねぇか」

「⋯⋯それもそうだな」

 自嘲する意味合いを込め、小さく笑うアルジュナは輝愛達に被害が及ばないくらいに浮遊する。

 

 

「世界の歯車は壊れた」

 

 

 アルジュナがそう呟くと、その背後にあったガーンディーヴァや惑星のような球体が巨大な黄金の剣へと変化する。

 

 

「今こそ粛清の時、今こそ壊劫の時」

 

 

 その剣に関する伝承、それはこの世に無い。ただ世の終に神が振るうという言い伝えがこの世界ではない別の世界に残っている。

 

 

「我が廻剣は悪を断つ」

 

 

 その一撃はあらゆる邪悪を滅ぼし、滅するもの。その名は⋯⋯。

 

 

帰滅を裁定せし廻剣(マハープララヤ)!!!!」

 

 

 頭上からの一振り。その力は大地を裂き、その道を示す。滅びの領域は分断され、効果が一部消滅している。

 

 アルジュナの宝具帰滅を裁定せし廻剣(マハープララヤ)は悪属性への特攻を持つ対界宝具であり、滅びの領域への攻撃は相性がいい。

 それでも威力を抑えに抑えたものであり、約13km先にある千衣寓の拠点入口までピッタリ吹き飛ばしている。

 

「⋯⋯絶対コレキャスターにぶっぱなした方が良かったじゃん!」

「ンや、これでいい。輝愛と宇都宮はあっちに迎え。⋯⋯アルジュナァ! お前はコイツらを手伝ってやれ!」

「⋯⋯!」

 

「バンちゃん、ほんっとに言うけどアタシ達一応敵なんだよ? そんなに助けちゃっていいの?」

 珍しく困惑している輝愛。

 

「いい。アイツの事も信頼してやってくれ。テメェらはもう少し必要になってくる」

「どうしてそれが分かるんだ?」

「察せよな宇都宮。単なる占星術(星占い)だ」

 

 そう言って阪東は領域外から海岸の方へと飛び出していく。

 

「行こう。私にもどういった意図かは不明だが、マスターの命令に従うのがサーヴァントの務め。それに反すれば私自身が悪になる」

 

 

 

ーーー

 

 

 

『おのれぇぇぇぇぇ!!!! この俺をぉぉぉぉ!!!! 器にするつもりかぁ!邪龍!!!!』

 そう叫ぶのは黒く伸びる腕に抵抗しているスルト。

 

「無論」

 そう小さく答えながら、アジ・ダハーカは平坦な路上に直径10mの魔法陣を展開する。

「なんの器か、オレも気になるなァ、アジ・ダハーカ?」

「⋯⋯先の一撃、貴様のサーヴァントか」

 魔法陣の外、アジ・ダハーカの背後に立っていたのはサングラスを掛けた魔術師、阪東葛木だった。

 

「テメェのソレ、何となく予想がつくぜ。聖杯作ろうとしてんだろ?」

「ほう、察しがいいな」

 そう、アジ・ダハーカが行っているのは聖杯創造の魔術。それをスルトの魔力と肉体を器にして行おうという考えなのだ。

 

「それで? 貴様はどうしたい?」

「ま、もちろん止める。ただひとつ、いや幾つか疑問に思った事がある。⋯⋯本来アヴェスターはアジ・ダハーカが持ってるもんじゃねぇ、後の世で作られた教典だ。ソレをなんで持ってやがる」

 

 即座に宝具の真名を看破、そしてサーヴァントとしての矛盾を問う。

「もう1つ。テメェの後ろにあるその光の輪っか。確か『輝く光輪』だろ。なんであんだよ。伝承じゃァソイツはお前が持ってていいもんじゃねぇ」

 

 輝く光輪とはゾロアスター教の聖なる炎の神、アータルと奪い合ったとされる光の輪だ。

「ソイツに関しての伝承は知らねぇ、だがな。テメェの存在は歴史と違ぇんだよ。それともアレか? それがテメェの『Fatal Error』か?」

 

 アルジュナという明らかに異質なサーヴァントを召喚している以上、Fatal Errorに関してある程度の予想をつけることが出来るのだ。

「ふっ、なるほどな。貴様程の魔術師と言えど、真理に辿り着くにはまだ遠いか」

 

「ア?」

「だが気に入った。相手をしてやろう、確か阪東と言ったか? 儀式の準備をしながらでも貴様の相手は可能だ」

その邪龍は顔を歪ませ、愉快そうに笑う。

 

「面白ぇ、一回殺り合ってみたかったんだよな、テメェはここで脱落だ。行くぜ、アジ・ダハーカ?」

 互いが帯びる尋常ではないレベルの魔力が辺りを支配する中、超越者たる2人は互いに最速で魔術を行使する。

 

 

 




知り合いの絵師さんに一部イラストを頼んだのですが、今年中は厳しいと言われましたので、挿絵は二章からにしますね。
次回は坂東とアジ・ダハーカの対決です。今回は坂東主人公回でしたね。
ここで少しネタバレを。二章からは一章以上にサーヴァントが登場します。誰を出すかは決めていませんが、更に戦闘が激化するというのを伝えておきます。


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三つ首の邪龍vsソラの魔術師

一日で書いたってマジ?


 

「さァて、こっからが本番だ」

「見せてみろ、賢者」

 魔術の発動はアジ・ダハーカの方がコンマ数秒早かった。天空から数十ものレーザーが降り注ぐ。その光は聖剣と同種のものであり、一つ一つに並の宝具以上の威力がある。

 

 それを阪東はまるで分かっていたかのように隙間を抜けて距離を取りつつ回避、その最中にアジ・ダハーカへと腕を向けてフォーカスを合わせる。

「初手からコレたァ、殺す気だなァ?」

 

 その手に魔法陣が浮かび、焔色の畝る熱線が放たれた。5000度以上にもなるその炎は瓦礫や地面を溶かしながら突き進む。

「これは⋯⋯太陽か。擬似的にレーヴァテインと同種の炎を作り出すとは中々面白い」

 

 この熱線は阪東が保有する宇宙から太陽のプロミネンスを収束し、放つというもの。阪東がよく使用する攻撃手段だ。

「展開"理の原典(アヴェスター)"模倣"日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)"」

 

 それを防ぐべくアジ・ダハーカは黄金の鎧と耳飾りを作成。太陽と同じ輝きを放ち、光そのものが形となったインド神話の英雄カルナが保有している宝具である。

 太陽の属性を持つこの鎧と阪東の熱線は同じ太陽であるため攻撃は通らない。

 

 が、熱線を棒立ちで防ぎきった瞬間、アジ・ダハーカの腕が爆散する。

「なっ!?」

「チッ、腕だけか。身体ごとぶっぱしたかったんだがなァ」

 

 太陽の属性が付与されればそれは「太陽である」と仮定できる。

 その太陽を阪東の熱線が捉え、侵食。アジ・ダハーカそのものを太陽という惑星と認識し、擬似的な超新星爆発を引き起こそうとしたのだ。

 勿論、そんな理論にすらならないような魔術を時計塔で発表しようものなら一笑され笑いものにされるだろう。

 なぜなら阪東以外に使用は不可能なのだから。

 

 阪東は相手の実力を認め、自身の礼装を展開。一件単なる茶色のロングコートだが、魔術的防御や魔力の循環のアシストといった効果が複数備わっている。

 

 アジ・ダハーカの腕は一瞬で再生。ボトボトと落ちる血溜まりからはアジ・ダハーカと似たような爬虫類が生み出される。一回り小柄で、首もひとつ。しかしながらアジ・ダハーカと同レベルの神性を保有している。

「面白い。貴様はあのデカいだけの雑魚とは違うようだ」

 

「再生はえぇよ、まァそっちの方が手応えあるしいいけど、なァ!」

 阪東が叫んだ瞬間、辺り一帯に赤い落雷が天上から飛来する。これは超高層紅色型雷放電(レッドスプライト)と呼ばれる雷雲上で起こる放電現象だ。

 

 アジ・ダハーカはその放電に対抗するべく、ひとつひとつをレーザーで相殺していく。

「児戯!」

「うるせェ! アニマ・アニムスフィア!」

 

 一瞬の落雷。それを阪東が縫うように飛び、天空で腕を掲げる。その宙に浮かぶのは星を象る回路。そこから放たれるのは幾つもの隕石。

 アニムスフィア家の秘術のひとつ。一度目にしただけで完全にコピーし、神代では無い為理想魔術とはならないが、自身の宇宙から引き出せる膨大な魔力と宇宙という起源の神秘性が合わさり、一度でもその身に受ければサーヴァントですら無事では済まない程の威力がある。

 

「まだまだ終わんねぇぞ!」

 更にその上、全く同じものを2つ創り出し、数を重ねる。

「⋯⋯"理の原典(アヴェスター)"魔力供給完了」

 

「模倣"最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)"」

 星が落ちる光景を一瞥し、アジ・ダハーカは冷静に魔術を行使する。現実と幻想を繋ぎ止めるこの槍は神秘に満ちた聖槍。本来使うことが出来ないその槍をアジ・ダハーカは『原点を書き換える』ことで可能としている。

 

「複製"最果てに輝ける千槍(ヘザーロンゴミニアド)"」

 そしてたった一節。千を意味する詠唱を付け加えるだけでその神秘の聖槍は千にまで数を増やす。ただ浮遊する聖槍はかのギルガメッシュが使用するする宝具のように浮遊している。

 

「なんでこうなっかなァ⋯⋯?」

 勿論阪東自身、ロンゴミニアドに関する伝承を知っている。それ故に宇宙を内包する彼であっても千もの聖槍にドン引きしてしまった。

 

「石礫を撃ち落とすには些か綺麗過ぎたか?」

 その文言を口にした瞬間、全ての聖槍が光を放ち、余波で地上を抉りながらアジ・ダハーカに落ちてくる隕石を全て粉砕する。

 

「オイアニムスフィアァ! もっといい術作れやァ! 何が秘術だ! ちっとも効きやしねぇぞ!」

 アニムスフィア家に毒を吐きつつ、阪東は小規模の臨界寸前のストレンジ物質を放つ。

 

 それをアジ・ダハーカの前で臨界させ、周辺の崩壊を引き起こす。

 ストレンジ物質とはあらゆる物質、空間の法則すらねじ曲げ、崩壊させる宇宙物質だ。

 

 宇宙の誕生に関わるとされる物質であり、触れれば消滅は免れない超危険なものである。

 それをアジ・ダハーカはその物質の時間を停止させることで食い止め、即座に別の次元へと追放する。

 

 直接阪東の時間を止めようとしないのは阪東の抵抗力が高いと分析しているからである。抵抗力が高ければこういった直接干渉する魔術は効かない。ならば無駄な手順を踏む必要は無いという思考である。

 

 魔術的な強度とも言えるそれは阪東の使用する魔術にも言えること。但し、ストレンジ物質は宇宙から直接取り出したものであり、それらは魔術では無い為強度は無い。

 

「貴様が我を見下ろしているというのはあまり気分がいい光景ではないな」

「させっかよ、テメェは一生オレの下だ」

 アジ・ダハーカは阪東にかかる重力を操作。上空に位置する阪東を突き落とそうとしたものの、少しふらついた程度に収まる。彼が同じく重力で相殺しているのだ。

 

「その両方からの圧力、長くは持つまい? 死に急ぐ気か?」

「俺は平気なんだよなァ」

 地球では異常をきたすほどの重力が拮抗しており、更にその中心に阪東がいる。普通の人間であればペシャンコなのだ。

 

「テメェ、重力での遊びが好きなのか? ンだったらちょったァ付き合ってやるよ」

 阪東がアジ・ダハーカへと手を向ける。するとアジ・ダハーカの背後には黒く染まった重力の渦が発生する。

 

「これは⋯⋯」

「知ってるよなァ? お馴染みのブラックホールってヤツだ」

 星の終わり、巨大な惑星が消滅する時に重力の畝りによって発生する光さえ飲み込む強大な渦。ブラックホールである。

 

「その程度」

 あらゆるものを星ごと吸い込みかけた時、それは同じ出力の重力によって相殺され、自然消滅。

 そしてこの時、アジ・ダハーカは感じた。

 

「ここまで楽しませてくれるのは久々だ!貴様には我が宝具を食らう価値がある!」

 パラパラと捲れるアヴェスター、それをパン、と音を立てながら閉じる。

 

 

「我が悪神の主よ」

 

 

 周囲の空気が冷えるような錯覚。それはアジ・ダハーカの言葉によって引き起こされたもの。背には光輪が現れ、音もなく光の速さで回転する。

 

 

「その威光をもって全てを混沌で埋め尽くし、聖なる原典すらも塗り替えよ」

 

 

 景色は何も変わらない、しかしアジ・ダハーカが纏う魔力と負のエネルギーがあらゆる概念を殺し、その重圧で辺り一帯の瓦礫や地面は潰れ、アジ・ダハーカが立つ地のみが相対的に浮き上がる。

 

 

「そして我が一撃をもって常世の一切を灰燼と化せ」

 

 

 世界そのものに滅びの概念を。そしてかつての世界の滅びと同じ現象、同じ世界を。原典に示された通りそのまま現世に写し出す。

 

 

「全ては邪な原典が示す導きのままに」

 

 

 その災厄を齎す宝具の名は⋯⋯

 

 

災禍満ちる原典の導 (アンラ・マンユ・アヴェスター)

 

 

 アジ・ダハーカから漆黒の光が放たれる。ソレは物質を滅ぼし、空間を滅ぼし、時を滅ぼす破滅の光。あらゆる概念を滅ぼす災禍の渦。あらゆる生命は死に絶える事を予兆させる滅亡の凶星。

 

 

 その直線上に居た阪東は回避行動を取り、射程外へと退避。しかしその結果⋯⋯。

 

 その上に存在していた月が死滅し爆散する。

 

 

 余波は地球まで届き、叩きつける風は大地を揺らす。

 その光景に唖然とした阪東はアジ・ダハーカを眼下に捉える。

 

「アイツ、マジかよ」

 

 消費した魔力は既に全回復しており、傷一つ無い。

 

 対大陸宝具災禍満ちる原典の導 (アンラ・マンユ・アヴェスター)は『かつて滅びた地球』が書かれた原典の光景を再現するもの。対大陸と言えどその力は対界宝具にも匹敵する程の威力を誇る。

 

「なんだ? 怖気付いたか? 」

 挑発するような声色で阪東に尋ねる。

「ま、ここまでやるって分かりゃ十分だろ。やっぱ今ここで殺すにゃチィと時間が足りねぇなァ」

 

 しかし、戦いを楽しみながら冷静に分析し、自身の役目を果たそうとする阪東にその安い挑発は通じない。

「何を言っている?」

「ンでもねぇよ。しっかし、結構手札晒したつもりなんだがなァ。しぶてぇのはお互い様か」

 

「何を言っている? 貴様が死なない程度に遊んでいるだけの事。この程度で死なれては宝具を使った意味が無い。そういう意味では、宝具を避けずに防いで欲しかったのだが」

「アレを? 何勘違いしてんだ。オレァ人間だ。サーヴァントじゃねぇ。そういう撃ち合いはサーヴァント同士でやれ」

 

 今更ではあるが、阪東は魔術師である。本来前線に出るはずが無く、サーヴァントへの攻撃は神秘によって阻まれるはずの単なる人間。

 それが千の魔術を行使し、あらゆる宝具を模倣し複製、合成する魔術の王とも言えるアジ・ダハーカと互角の魔術戦を繰り広げることが出来るというのは異常である。

 

「並のサーヴァント1匹2匹なら簡単に潰せる。そういう手を使ってきた魔術師はよく居たからな。だが、アンタは違ぇ。あらゆる宝具とその経験をその身に宿せる。⋯⋯言わば、武器主体の全サーヴァントを相手にしているのとそう変わんねぇ」

「⋯⋯貴様、本当に何者だ? 我が魔術の一端とは言え視ただけで理解出来るなど⋯⋯」

 

「ま、俺の眼が特別なんだよ」

 阪東の眼で捉えた魔術は占星術的観点、そしてありとあらゆる歴史の可能性からその魔術の効果を予測し確定に近いレベルで言い当てることが出来るのだ。

 

 勿論そんな眼が魔眼ではないはずが無く、本人は"星読みの魔眼"と読んでいる。他にもある程度の未来予測や視た人間の行動や発言、性格等から過去の出来事や思考を高い精度で予測することも可能。

 

 起源である宇宙(ソラ)だけでも人類最高峰の魔術師であるにも関わらず、あらゆる魔術、あらゆる行動、思考を予測出来る"星読みの魔眼"も保有している。この2つが合わさっている時点で阪東を倒すという事が不可能なレベルにまで達している。

 

 そんな存在と同格、あるいはそれ以上の力を持つアジ・ダハーカ。

「だからか。まあ、いい。時間は幾らでもある。もう暫く遊んでいてもバチは当たるまい」

「チッ、まだまだ余裕かよ」

 

 そもそもアジ・ダハーカと阪東には神秘としての差がある。本来通常の魔術師からサーヴァントへの攻撃は通じない。これはそもそもサーヴァントの召喚は「奇跡」であり、現代科学では到底再現不能な現象である。

 

 神秘の壁がサーヴァントを守っていると言っても過言では無い。

 それを阪東は無理矢理「宇宙の再現」という神秘をもって自身の格を上げているのだ。それでも現代の魔術師である、というだけである程度阻まれるのだが。

 

「ま、こんだけ喋りゃ十分か」

 不敵な笑みを浮かべ、アジ・ダハーカの目の前に降り立つ阪東。

「⋯⋯どういう意味だ?」

「知ってるか? 輝愛は生粋の暗殺者なんだってよ。ンで、アイツのサーヴァントはアサシン。そらァ相性がいいわな。そんなら魔術工房なんざ簡単に突破できそうだよな」

 

「⋯⋯何を言って⋯⋯まさか!?」

 アジ・ダハーカは明らかな動揺を見せ、今までにないくらい焦っていた。

 

『グァァァァァ!!!!』

 その瞬間、スルトが悲鳴を上げる。

「かんっぜんに忘れてたろ? ま、仕方ねぇよなァ? 遊んでたとは言えオレとの戦いだ。油断なんかすりゃテメェは死ぬ。ンで、マスターからの魔力供給さえ断てばサーヴァントは現界出来ない。そうだろ?」

 

「貴様ァ⋯⋯!」

 怨嗟の声を上げその場を離れようとするアジ・ダハーカ。だが、それを逃す阪東では無い。即座に足を凍らせ、動きを封じる。

 

「どこ行くんだァ? 第2ラウンドも遊ばせろよ、邪龍」

 今すぐにでもその場から離れたいアジ・ダハーカとは対照的に、阪東はまだまだ戦い足りないようだった。

 

 

 

 




いやまぁ、二人とも強いなぁ。ちゃんとキャスターはキャスターしてたしいいのでは?なんかサーヴァントを倒せる魔術師増えてきましたが、普通は無理なんですよ?ちゃんと本編で説明があった気がしますが……。これ理解している人少なそう。まあその辺の説明は逐一やっていきます。Fateしらない人でもなんだかんだ読めるような感じになっているはず。

二章になったら少し更新ペース下げる予定です。週一くらいですが。挿絵の関係と、本業の執筆をしたいので()


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ウェイバーの帰還

週一です。お久しぶりです。


 

 

 

 少し時は遡る。

 輝愛の転移でアルジュナが斬り裂いた先に向かうと、丁度建物が消し飛んでおり、地下への階段を見つけることが出来た。

「先に行くから。うっちゃんとランサー、ええっと⋯⋯アルジュナは細かく確認しながら追ってきて」

「神崎さん!? ⋯⋯1人は危険だ、特にスルトなんて神霊を維持できるような魔術師相手に⋯⋯」

 

「だからでしょ、大福のクラスはアサシン。そしてアタシは暗殺者。それにこれくらい出来なきゃ暗殺者じゃないっしょ!」

 気合いを入れる輝愛だが、俊介はどこか反対気味。

「私は構わない。と言うより、2人の指示に従えというのがマスターの指示だ」

「よっし、じゃあおなしゃー、っと。じゃあ先行ってるー」

 

 そう言うと輝愛は階段の角を通して内部へ侵入。

「ちょっ!? ⋯⋯はぁ、こっちはどうする?」

「僕はマスターの指示次第。まずは彼女の意図を考えよう。彼女はバーサーカー、アルジュナを置いていった。つまり僕らに求めているのは⋯⋯」

 

 エルキドゥは冷静に輝愛が先行した理由を分析し、作戦を組み立てていく。

「突破はもちろんの事、入口付近での陽動も含まれているんだと思う」

「ひとついいだろうか」

 

 指示に従うと言ったアルジュナだが、彼なりに提案があるようだ。

「正直な話、ここは私の宝具で地下ごと吹き飛ばしてしまえばいいと思うのだが?」

 

 なんともバーサーカーらしい発言にあまり表情を変えない俊介も苦笑い。

「ははっ、それだと地上ごと壊れかねないから。大規模な破壊は無し。それにさっき宝具を使ってて、あっちでは今も阪東が戦闘中。流石に魔力を無駄に使わせるのは⋯⋯今の無し。阪東の事だからその辺の問題は解決してそう」

 

 一々魔術師としての格の違いを理解させられる現状に嫌気がさしながらも階段の下へと向き直る。

「行くぞ。モタモタしてたら神崎さんが終わらせてしまうからな」

 

 俊介は階段の下にある扉へと足を進め、乱暴に開く。鍵は既に壊れており、問題無く進むことが出来た。

「神崎さんか。あの能力なら多分ロックとか関係無いだろうしな」

 

「敵は⋯⋯いなさそうだね。5層より下は曖昧だけど、結構深そう。あと所々異界化しているかな。どうする、マスター?」

「魔術的な罠に気を付けて駆け抜けるぞ。神崎さんが敵の寝首を搔くならこっちはある程度物色したい。この雰囲気、僕と似たような魔術系統な気がする」

 何時でも向上心は忘れない魔術師の鏡である。

 エルキドゥの気配感知による索敵と、現代魔術を使用して足を進める俊介とエルキドゥ。

 

 純白の真っ白な景色が広がり、扉や廊下には最低限の装飾品しかない簡素な場所。ほぼ一方通行であり、それ自体が罠なのではないかと思えてしまうほど。

「⋯⋯俊介、私はここで待っている」

「アルジュナ?」

「どうやら私達にとって良くない存在が近付いている。ここは任せて欲しい」

 

「分かった、これを」

「⋯⋯?」

 アルジュナに渡されたのは輝愛と同じ宝石の連絡端末だ。

「何かあったら使ってくれ。すぐに向かう」

「ありがとう」

 

 そう言ってアルジュナはその場に残るという判断をし、数分後。

「やはり来たか。眷属とはいえ、その溢れ出る悪性。見過ごす訳にはいかないな」

「⋯⋯」

 

 それはアジ・ダハーカの傷から産み落とされた爬虫類のような顔の眷属。アジ・ダハーカとは色やビジュアルの差はほとんど無いが、アジ・ダハーカの首が3つなのに対して眷属は1つしかない。

「言葉を交わすことは出来ないか。しかしやる事は変わらない。この場で粛清する」

 

 一方俊介。ある程度進んだ先でエルキドゥが俊介の前に立ち、静止を促す。

「⋯⋯何かが来る」

 エルキドゥは俊介の死角から襲いかかる流動体を感知。床に手を付き、壁で防ぐ。

 

「サーヴァント、では無いようだね」

『ご明察。私はマスターを守るプログラムですので』

 機械的な女性の声、身長は2メートル近くある高身長で、銀色の皮膚や身体とメイド服。千衣寓が保有する水銀の使い魔である。

 

「やはりそういう類の魔術か」

『そちらのマスターも察しがよろしいようで。でしたらここで死んで貰いましょう』

 使い魔の一言で天井や床が開き、俊介の前方後方それぞれ12もの人影が現れる。

 真っ白な顔に4本の刃状の腕、細身の胴体は明らかに人間のものではない。

 これも千衣寓が保有する人形であり、思考機能は水銀の人形と同じでひとつの意思に統一されている。

 

「ただでは通さないという訳か。なるほど、アルジュナがいてくれたら突破は簡単だったんだけどな」

「肩慣らしとしては丁度いいと思うよ、マスター。本格的な戦闘は初めてだしね」

「それもそうか。神崎さんとは軽くだし、あの時は救助優先だったから⋯⋯」

 

 エルキドゥは俊介と話しながらも2体の人形を『天の鎖』で串刺しにし、破壊。そして俊介も電撃の魔術で後方の1体を停止させる。

「悪いけど、僕も一応マスターだ。力ずくでも通させてもらう」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「横浜の広範囲で戦火が広がり、昨晩だけでも死者数は推定三万から四万、現在行われている戦闘を合わせれば死者数は十五万近い状況ね」

 

 同時刻。今回の聖杯戦争における中立地、横浜の魔術協会では遠見の魔術を映し出すモニターを使用し、荒島絡果は魔術協会のお偉い様方に現状を報告していた。

 協会と言っても小さな古屋倉や神聖な教会では無く、今回の聖杯戦争を行うに当たって絡果が買い取った高層ビルであり、その最上階のオフィスルーム。そこに名だたる魔術15名程が円になって座っており、その中心にモニターがある。

 

 本来であればここまでの体制をとる必要は無い。しかし、これまでに前例のない聖杯戦争とあってか複数人の魔術師が各方面から派遣された。

 

「最初に召喚されたキャスターの一方的なゲームを警戒して態々宣言を行ったのが仇となったか⋯⋯」

「いや、あの阪東が易々と落ちるはずが無いだろう。遅かれ早かれこうなることは予想出来ていた」

「これでは神秘が外部に⋯⋯」

 

 各々好き勝手に話しているところ、パンパンと手を叩いて静粛を促す絡果。

「それで、今後の方針を決めるために皆様に集まってもらったのだけれど⋯⋯。まず、被害がこれ以上出ると神秘の秘匿に影響が出る。だから被害の拡大を抑える方向で行きたいの。誰かいい案のある方はいるかしら?」

 絡果はどこまでも楽しそうに。観察するように問いかける。そして当たり前のような意見が飛んでくるのだった。

 

「聖杯戦争そのものを中止にするべきだと思う。それが手っ取り早いのではないか?」

 東洋の思想魔術を中心として活動している魔術組織、螺旋館の重鎮がさも当然と言うように発言する。各方面に話を伝えた絡果だったが、集まった外部の魔術組織はここと夜劫のみ。この場の半分以上が魔術協会の者だ。

「⋯⋯無理。それは聖杯が許さない」

 

 そこに割り込むのは壁の端に立っていたルーラー、モーセ。

「そうね。常識的に考えれば現実的だけど、流石に聖杯から脅されれば話は別。聖杯にも意思があるのは少し意外だったのだけれど」

 そう。今回の聖杯戦争は「誰がなんと言おうと続けなければならない」という制約がある。本来、望みがなければマスターには慣れないため起こりうるはずのない「放棄」がこの聖杯戦争では不可能なのだ。

 

「ま、それは俺たちルーラーに言われた時点で何となく想像ついてたろ?」

「ブラフマー。貴方に発言権を与えた覚えは無いわよ」

「へいへい」

 

 ブラフマーと呼ばれたルーラーはため息を吐きながら口を閉じる。

 全身が青い皮膚、3つに並んだ頭には鬼のような仮面が付けられており、4本の腕でサラサラと何か書いている。2メートルを超える身長で、その場の誰よりも圧が強い。

 インド神話。そしてヒンドゥー教に存在する創造神であるブラフマーだ。

 

「貴方は話が長いもの。ベラベラと話す人はモテないわよ。⋯⋯他に意見は⋯⋯無さそうね。まあ、仕方ないわよ。だって召喚されたサーヴァントがサーヴァントだもの」

「だからと言ってこれ以上続けられる訳が無いだろう! 監督役としての責務を果たせ!」

 その発言を皮切りに1部から絡果に対してのバッシングが飛び交う。

 

「あのね、動物みたいにわーきゃーわーきゃー騒がないで欲しいわ。ちゃんと対策を⋯⋯」

「失礼する」

 絡果が話しているのを割り込みながらひとりの男が入ってくる。

 

「あら? これはまた。名高い時計塔のロードの一柱である貴方が何故ここに?」

「貴様、何故だと? 態々呼び出しておいてその物言い⋯⋯。それと今の私は元ロードだ。既にライネスに席を譲っている」

 

 絡果を見ると予期せぬ来客に驚く仕草をしながらも、予定調和だという表情が見え透いているような雰囲気だった。

 センター分けの直毛黒色の長髪、身長はスラリと高く全体的に筋肉質な体躯。

 眉間に皺をよせた不機嫌そうな顔をしており、今回も明らかに不機嫌。

 服装は黒いロングコートに赤いマフラーのようなものを肩にかけている。

 

 時計塔現代魔術科の元ロード。エルメロイⅡ世ことウェイバー・ヴェルベットだ。

「元々来ていたクセに何を今更。⋯⋯あ、葉巻は無しでお願い。私煙いの苦手なの」

「こっのっ⋯⋯ゴホン。で? 本題はなんだ?」

「この聖杯戦争の現状を貴方に見てもらいたくて」

 

「私に意見など求められても答える義理は⋯⋯」

「はぁ⋯⋯今は演じなくていいわよ。一応同じエルメロイ教室の同期じゃない?」

「誰が同期だ、若作りめ」

 ウェイバーと絡果はもう20近く年前ではあるが、前々現代魔術科のロード、ケイネス・エルメロイ教室で講義を受けていた経歴がある。

 

「流石にその見た目では無理が無いか? 私以外に言っても通じないぞ?」

「いいじゃない。私、見た目の歳は取らないのを知っているでしょう」

「あのなぁ⋯⋯」

「その辺は置いといて。何故貴方がいち早く日本に来ているのか、何故イスカンダルの聖遺物を持ち込んでるのか。それらに関しては今は言及しないでおくわ」

 

「うっ⋯⋯」

 彼も彼なりに考えを持って来日しているのだ。

「このままだと神秘の秘匿どころか世界そのものが危ういの。まあそれは⋯⋯見てもらえば分かるでしょう?」

「ああ。阪東や炎の巨人、そしてアジ・ダハーカ。魔術師の質も然る事乍らサーヴァントに関しても本来召喚されるはずのない神霊級の存在が複数召喚されているな」

 

「そう、だからとりあえず私の独断で自衛隊と協力を結ばせて貰ったわ」

「なっ! 自衛隊だと! それこそ⋯⋯」

 自衛隊。日本における国防を担う国家機関であり、明らかに神秘とはかけ離れた組織だ。

 

「ここからは彼に話してもらった方が良さそうね。入って」

 絡果がそう言うと、隣の部屋から入って来たのは迷彩服のような黒と緑が混ざった作業服を着た大柄の男。強面で、屈強な肉体と紋章はいかにもという雰囲気がある。

 

「失礼する。陸上自衛隊陸相の呉島貴梟だ。以後よろしく頼む。そちらの事情についてはあまり詳しくないため貴殿に対しては対等と判断させてもらう」

 そしてもう1人。銀髪で奇妙な色のアイマスクを付けた白衣の女性。

「ロードエルメロイ、ねぇ? そっちの界隈の魔術師の総本山、時計塔のトップ12人のウチのひとりだったみてぇだぜ。他にもそれなりに地位のある奴らがゴロゴロと。あ、自己紹介すっか。アタシはグリムロック・クイン・グラフ。グリムとかその辺で呼べんでくれよ」

 

「グリムロックだと?」

「お、アタシのこと知ってるのは中々感慨深いなぁ?」

 おっとりと撫でるような低い声で反応するグリムロック。

 

「確か裏社会における兵器改造の心臓⋯⋯グラフ印の付いた武器が世に出回れば希少性も相まってピストルですら2000万はくだらないという⋯⋯」

「説明ごくろうさん。こっちじゃ技術顧問を担当してるぜ」

「もういいだろう。話が進まない」

 

 余計な方向に話が進もうとしていたため、呉島がそれを抑止する。

「まず、我々が出来ることは三日のうちに全横浜市民をこの横浜外に避難させること。こちらとしても有難い。民間人に被害が出るのは我々も良しとしないからな」

 何を今更しゃしゃり出てきて、と鼻で笑う魔術師が数名。しかし、その態度は次の発言で打ち砕かれる。

 

 

「もう1つ。『結界の魔術による外部からの認識阻害、及び横浜の封鎖』について。これに関しても同意する」

 

 

「なっ!?」

「自衛隊が魔術だと⋯⋯?」

 周囲の驚きを他所に続ける呉島。

「但し、この儀式が終わり次第維持費と復興支援の何割かをそちら側から頂きたい。流石に爪痕が多すぎるからな」

 

「どういうことだ、荒島絡果!」

「あらあら? 珍しく怒っているのね、ウェイバーくん?」

 混沌とする室内の中、何故かその声は綺麗に響いていた。

 

「当たり前だ!国家権力に魔術の一端が漏れていたなど由々しき事態だ! それを黙認していた貴様も⋯⋯」

「待ってほしい、ロードエルメロイⅡ世殿。我々も異なる魔術体系がここまで大規模な組織だということは 先日、私の部下がマスターとして選抜されたことで初めて知ったのだ」

 

「何⋯⋯?」

 時計塔や螺旋館といった魔術組織とは別の組織、という訳では無い何か引っかかる言い方に戸惑うウェイバー。

「以前より多少なりと夜劫の方々とは縁はあったが、あくまで少数であり、それなりに事情は分かる方だから協力関係にあった。何かしら魔術的な被害の建前や改竄のためにな。しかし、世界的に魔術が広まっているというのは先日荒島から聞いたばかり。我々が研究いていたのは独自の魔術だ」

 

「そうそう、アタシらのは『対人類の脅威』用の単一魔術兵器だ。それにアンタらの魔術は一切使用してねぇからな⋯⋯設計図とか見りゃ分かるか」

 グリムロックはスカしたように腕時計を操作し、中央のモニターに設計図を映し出す。

 

 銃身が少し長く、スコープの無い近未来的なデザインのライフル、サイズ的に入らないが、座標操作による魔術での装着を目的とした多機能な小手。更には初見では絶対に理解出来ないような理論、原理、法則で動く飛行ユニット等。明らかに現代では不可能な科学的な代物、そして現在の地球上の魔術に無い魔術を使用した兵器が多数並んでいた。

 

 この場には数多くの魔術師が集まり、全員が何らかの地位に着いている実力者。彼らは理解した、これは人が使用する魔術では無いと。そして科学的な応用を施せる国家機関が存在していたのだと。

「アタシの自信作⋯⋯って訳でもないけどなぁ。殆どが協力者の受け売り、それを現代の科学技術と融合させただけの話だ」

 

「その協力者というのは⋯⋯人間か⋯⋯?」

「あー、企業秘密だな。これ以上手の内見せるのもアレだろ。こっちの隊員にはマスターがいるんだ。横流しされたくないぜ」

 そう言って締めくくる。

「理解して貰えただろうか。今回に関してはこちら側が巻き込まれた側だ。しかし、出来ることはしたいと思っている」

 

「そういう事で。これ以上の案が無ければこのまま進めるわ。何か質問はあるかしら?」

 その後、絡果のその発言に反応して手が上がることは無かった。

 

 

 




いかがでしたか。中々きな臭くなってきましたね。


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輝愛のナイフ

今回は短めです。
あと今更ですがFGO二部六章妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェを終わらせました。これで二章の準備が整いましたね。


 

 

 

 千衣寓の工房、アジ・ダハーカの眷属とアルジュナが戦う一階層。

 結論からいえば、アルジュナの圧勝である。

 

 如何にアジ・ダハーカが強力なサーヴァントであろうと、インド神話の神々を統合した超越神たるアルジュナにその眷属如きが挑むというのが無謀というもの。しかしこれがアジ・ダハーカ本人であったのならば分からないのだが。

 

「口程にもならない。所詮は眷属か」

 高熱の熱線によってバラバラになった肉片を漂う惑星のような球体がレーザーで焼き、俊介との合流を目指す。

 

 そしてアルジュナが向かうと、現在も水銀の使い魔相手に苦戦を強いられていた。

「実体が無い相手は⋯⋯キツい」

「マスター、策は?」

「ないこともない。齧った程度だけ、どっ!」

 

 俊介は純白の壁に触れ、冷却のルーンを描く。そして描いたルーンに手のひらを載せると、周辺一帯が冷凍庫のような極寒の地へと変化する。

『しまっ⋯⋯!』

 水銀の使い魔が危険を感じた時にはもう遅い。エルキドゥが床を変化させ、剣を放ち粉々にする。

 

「なるほど、意思はあっても水銀は水銀。固めてしまえばいいという訳だね」

「そういう事だ。急ごう、神崎さんはもう下にい⋯⋯る⋯⋯」

 俊介が走り出すと、冷却のルーンの範囲外に再び水銀の使い魔が2体、壁の隙間から現れた。

 

『お見事。しかし次はこうもいきませんよ』

「⋯⋯別の個体、って考えるべきだな」

「数で攻められるとこっちとしては辛いんだよね」

 

 実際、魔術師の工房はホームグラウンド。攻め込むという思考に至るのは余程の緊急事態か実力に自信があるか等の理由に限られる。

 阪東のように正面から全てを叩き潰せる程の絶対的な力、もしくは輝愛のように罠や仕掛けを全て無視できる特殊能力といった攻略法があるからこそ今回攻め込むに至ったのだ。思想や魔術に関しては特殊な部類だが、魔術師の戦闘スタイルに関して言えば普通寄りの俊介には今回の作戦は相性が悪い。

 

「私が相手をする」

 そう背後から呟くアルジュナは淡々と己の役目を遂行しようとする。

「崩壊」

 腕を掲げ、周囲の球体のひとつを高速で水銀の使い魔へと近付け、至近距離からレーザーを放つ。

 

 水銀の肉体に穴は空いたものの、即座に再生。液体である以上、直接的な攻撃は効き目が薄い。

「⋯⋯なるほど。ガーンディーヴァ」

 即座に効き目が無いと知ったアルジュナは背中の弓を持ち、引く。

 

 その圧倒的な光と熱量を持った一撃は水銀の使い魔の行動を許す間も無く蒸発させ、無力化させてしまった。

「うわぁ⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 そして更に己の球体全てをもう一体の使い魔の頭上へと向かわせる。そして球体は円なぞるように回転したまま急速に魔力を帯び始めた。

『まっ⋯⋯!』

 その言葉を言い終える前にその円からレーザーが放たれ、塵も残さず消滅させる。

 

「ゴリ押しもいい所だ⋯⋯」

 魔術師だけでなくサーヴァントも規格外なのか、と俊介はしみじみと思ってしまった。

そして円の下はレーザーの跡があり、通路には穴が空いている。

 

 が、しかしすぐさま2体の使い魔が現れる。ここが千衣寓の本拠地である以上追加の兵力は幾らでもいるのだ。

「2人は下に行け」

「⋯⋯分かった」

 

 ワンフロア下が丁度個室だったようで、2人は足を滑らせないようにスタッと降りた。

「⋯⋯ここは⋯⋯研究室?」

 俊介が辺りを見回すと周辺には何台ものPCや巨大なコンピュータがズラリと並んでいた。

 

「普通の魔術師とは趣が違うね。やはりマスターと同種の魔術を扱うのかな?」

「⋯⋯分からない。いや、合ってはいるが方針が違う」

 大型のコンピュータに触れた俊介は魔術を使用する。自身の意識を電子の海に潜り込ませ、圧倒的な速度でデータを漁る魔術である。

 

「知識よ、収束せよ⋯⋯なるほど」

「何か分かったのかな?」

「ああ、1部だけな。ここは千衣寓家の魔術工房、現代技術を利用した異端派魔術師の一門だ」

 

 千衣寓家は俊介の言う通り現状技術を利用し、根源への到達を目指した魔術師の家系だ。

 宇都宮家も同じ現代技術を基盤とした魔術の家系ではあるが、千衣寓家は利用であり、非魔術師との協力を目指している宇都宮家とは少し違うのだ。

 

「⋯⋯ただ、これが本当なら⋯⋯マスターはここにはいないのか?」

「⋯⋯?」

 

 

 

―――

 

 

 

 千衣寓の工房はその土地に根付いており、移動や応用力が低い分、守りに関しては鉄壁なのだ。

 千衣寓が誇る最高制度のAIによる的確な防衛戦力の配置と戦力投下、術式の維持すらもAIが行い異界化された階層すら存在する。

 自陣は守りやすく、相手は攻め難い。守りに徹したこの工房を作れる魔術師は極わずかだろう。

 

 

 しかしながら、その守りは道を通る敵にしか通用しない。

 

 

「いやぁなんと言うかさ。これでいいわけ?」

『別にいいと思うぜ。そこに角があんだからよ』

 

 大福の権能のひとつである空間移動は視界内に角があれば成立し、一度見た場所であればどこへでも一瞬で移動できるというもの。

 角から『尖った空間』に移動し別の角に移動する、という工程のため本人が顔を出す必要は無く、ただその角から通路の先を見るだけで次の角へと移動できる。

 

 大福との同調率が低いため視界に次の角を入れる必要はあるものの角から次の角への移動は文字通り一瞬であり、外側からは感知すら出来ない空間のため、見つかる心配もない。

 どれだけ強固な守りであろうとその場所に角がある限り輝愛と大福からすれば意味を成さないのだ。

 

 あっという間に千衣寓のいる部屋の前に着き、扉の角の対象にある角から部屋の内部に侵入。

「くそっ、するとぉ、するとぉ⋯⋯!」

 

 部屋の奥、山になったゴミ袋のその先にいる鼻声で泣き叫ぶ千衣寓の姿は見えないが、どの角にも移動できる輝愛からすれば十分に射程距離。首を狙える位置にいた。

『ゴミ溜まりすぎだろ、クセェ』

「アタシも同じ気持⋯⋯ちっ!」

 

 天井の壁の隅にある角から輝愛は現れ、勢い良く蹴る。サーヴァントと同レベルの身体能力を誇る輝愛は千衣寓の首に目を向け、背後から⋯⋯。

 

 

 その手に持つナイフで喉元を切り裂いた。

 

 

「つがっ!」

 一瞬の出来事で何が起きたか分からない千衣寓は、痛みが発生した喉に手を当てると、べっとりとヌルヌルした血が付着していた。

 

「かつぁつぁぁぁあ!?」

 振り向いても輝愛はそこにおらず、角を通って退却済みだ。

 千衣寓からしてみればいきなり喉元に傷が現れ、何故か出血し死にかけているという事になる。

 

「らっ、あっなっあっあぁあ?」

 しかしながら出血程度では魔術師を殺すことは出来ない。例え首に致命傷を与えたところで魔術による治癒が解決する。

 

 それは本来であればの話だが。

 

「あっ? ごっ!」

 溢れた血液で喉を詰まらせた千衣寓は自身に魔術をかけようとする。

 そのために手のひらを喉に向けようとする。

 

 

 しかし、その手は既に塵となっており、その現象は既に両腕から全身に伝播していた。

 

 

「な!はんでぇぇええええ!!!!」

 まるで元々そこに存在しなかったかのように。世界が辻褄を合わせるように不自然に。そして痛みも無く、ただ静かに塵へと変わっていく。

 

 

 無情にもその叫び声が止んだ時には。

 

 

 そこに千衣寓仁斗という男が存在していた痕跡そのものが無くなっていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『なあ、今のなんだよ。お前は魔術師じゃ無かったよな?』

「ん? そうだけど? あー、標的が消えた理由?」

 千衣寓が消えた理由に大福の権能は存在しない。大福の魔術であれば出来ない事は無いが、同調率の低い輝愛と大福ではまだ大福本人の魔術を使用することが出来ないのだ。

 

「これはねー、アタシのナイフの力かな。父さんの形見ってヤツ」

『⋯⋯なんてモノを娘に与えてんだ父親は⋯⋯』

「あははー、凄いでしょこのナイフ、切って念じれば塵になる。仕組みはわかんないけど」

 

 ナイフについて雑談しつつ角を通って出口に出る。1度でも見たことがあれば問題無いため、帰りはショートカットだ。

「あ、もしもしうっちゃん? 仕事終わったし帰ろ帰ろ」

『えっ!? もしかしてマスターを?』

「そそ、ナイフでスパッと⋯⋯」

 

『違う! それはマスターじゃない! 本当のマスターは⋯⋯』

 その時、扉の奥から爆音が鳴り響き、輝愛の足元がグラグラと揺れる。

 

『後で説明する! 先に脱出を⋯⋯アルジュナ!?』

「?」

 大事が起きているのは分かるが、イマイチ状況が掴めない輝愛だったが扉から惑星のような球体が勢い良く飛び出し、扉が吹き飛んだのを見て状況を察した。

 

「うっちゃん大丈夫?」

「ゴホッゴホッ⋯⋯心配しないで欲しい。それよりも分かったことがある。マスターは⋯⋯そもそも人間じゃない、AIだ」

 

「えーあい⋯⋯? えっ?」

 

 困惑する輝愛を見た俊介はなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。

 

「えぇっと⋯⋯実際に言うと、さっきまでマスターは千衣寓本人だったんだが、絶命を察したら起動する魔術で令呪をAIに引き継がせたんだ」

「は、はぁ!? 意味無いじゃんそれ!?」

「だから言ったんだって! ⋯⋯でももう大丈夫そうだが」

 

 そう言って俊介は港方面に目を向ける。

「向こうの勝負は着いている、だから問題無い、サーヴァントの居ないマスター、しかも管理する主が居ない時点でこっちの勝ちは揺るがない」

 その時の俊介は既に勝ちを確信していた。

 

 

 それはこの聖杯戦争にのみ存在しているルールのひとつを、まだ理解していなかったからである。

 

 

 




輝愛&大福の成分足りていないかなと思いまして。改めてみると大福の権能凄いな……。
今更ですが、そろそろ大福の正体がわかった人もいるのではないでしょうか。まあ、作品内ではいつか明かされますが……。
余談ですが、Twitterをやっておりますので。たまに呟く裏話を聞きたい方がいましたらフォローしてみてはいかがでしょうか?


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七度の英霊召喚 機械の夢 二度のFatal Error

色々やりたいことやりましたね。インフレが止まらないFate。


 

 

 

「貴様ァァァァ!!!!」

「⋯⋯ま、アイツの仕事がもう少し遅かったらどうなってたかはお察しだがなァ?」

 瓦礫の上に立つアジ・ダハーカと阪東の2人はお互い無傷。両者互角の戦いを繰り広げていた。

 

 が、アジ・ダハーカは目的が果たせない可能性が出てきた以上聖杯の作成を急ぐ必要がある。

「スルトのマスターがやられた可能性を考慮すればあの身体が持つのは45秒と言ったところか。何、それだけあれば十分よ」

 

「⋯⋯チッ、まだ手の内隠してやがったか、アァ?」

「魔術師たるも常に奥の手は用意しておくべきだ。と言ってもこの程度奥の手でも何でもないが」

 焦り混じりで阪東に返答しつつ、アジ・ダハーカは魔術を行使。アジ・ダハーカ本人と瓜二つの存在が隣に現れ、本体はすぐさまスルトが拘束されている海岸へと向かった。

 

「はァ!? 同質の分身を作りやがった! 流石にビビるぜオイ」

「簡単な事だ。無理に我本人が相手をするまでもないという事よ」

「⋯⋯てこたァ、内心じゃァ焦ってるって事か。それだけ知れりゃ満足、だゼ!」

 

 阪東は右手を空へと向ける。その瞬間、星座を模した魔術式が天を埋め尽くした。

「サイン・オリオン」

 即座に術式を完成させ、起動。天上から流星のように光の矢がアジ・ダハーカへと向けて降り注ぐ。

 

 オリオンはギリシャ神話の狩人であり、その力を星座を通して借り受けるというのが本来の阪東家の秘術である。

 それでも大規模な大魔術の括りであり、阪東家でも彼以外にとってはこうも頻繁に使用出来るような魔術では無い。

 

「小癪!」

 アジ・ダハーカは大きく拳握りしめを空へと向けて放つ。ただ拳に魔力を乗せただけの衝撃波はその空に浮かぶ星座を粉々に吹き飛ばし、更には光の矢をも打ち消してしまった。

「ウッソだろおい」

 

 珍しく引き攣った笑いを浮かべた阪東は即座に撤退の思考に移る。アジ・ダハーカ一体であれば阪東が抑えることは出来る。しかし複数体となれば話は別なのだ。アジ・ダハーカ自身目的があって聖杯を創ろうとしているのであって本気で殺しにくる事は無いだろう、という判断があってこそ。

 

「星域」

 足元から円形に銀河が描かれた空間が敷かれる。それはアジ・ダハーカの足元にまで及び、その銀河が浮かび上がり視界を塞ぐ。

「何?」

 

 アジ・ダハーカの視界は様々な星々が浮遊する宇宙空間へと変化する。

 結界魔術:星域は阪東の体内に存在する宇宙を一部臨界させ周囲の景色を塗りつぶす魔術である。超短時間の固有結界とも言えるこの魔術だが、体力的な面で相当な負担がかかるため殆ど使用しない。

 

「楽しかったゼ」

 そう言い残して阪東はその場から姿を消す。

 暫くして星域が解除され、視界が戻ったアジ・ダハーカの分身は消滅。そのまま感覚かアジ・ダハーカ本人へと戻る。

 

 そこは瓦礫の山の上。建物という建物が消滅したその場所でアジ・ダハーカは立っていた。

「ふん、手応えがありそうなのは奴だけか」

 阪東への率直な感想を述べたアジ・ダハーカは本来の作業を続ける。

『やめろォォォォ!!!!』

「時間が惜しい、騒ぐな」

 スルトの肉体を器に聖杯を創り出す。その行為は並のサーヴァントであれば不可能であり、アインツベルンレベルの錬金術をもってやっとなのだ。

 

「これを、こうして、こうだな」

 ぐにゃぐにゃと右手で捏ねるように手を動かし段々とスルトの形が縮小していき、次第には人の顔ぐらいのぐちゃぐちゃな肉塊へと変化する。

「本来の手順とは異なるが、サーヴァントには様々な神秘や潤沢な魔力が内包されている。問題はあるまい」

 

 その肉塊に触れたアジ・ダハーカ。次の瞬間、その肉塊が聖杯の形となり、その手に収まる。

「⋯⋯ふっ、ふふフフハハハハハハ!!!! これで第一フェーズは終了か!」

 

 本来の聖杯から命じられたアジ・ダハーカの役割。それとアジ・ダハーカの目的は一致しない。しかし、役割を遂行する片手間に自身の望みを叶えるべく行動する分には問題無い、と彼は判断したのだ。

 

 

 アジ・ダハーカはその聖杯の眼前で必要な術式を瞬時に行使する。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 それはサーヴァントによる英霊召喚。

 

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は我が手の中に。聖杯の寄るべに従い、この意に従うならば現れよ」

 

 

 ここで詠唱を変えるアジ・ダハーカ。それはまるで「応える必要は無い、我自身で自身で貴様らを呼び起こす」とでも言わんばかりの文言だ。

 

 

「誓いを此処に」

 

 

「我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

「我は獣の器を持ち、後に全ての悪として顕現する者」

 

 

「されど汝らはその悪性を呼び起こし、混沌を満たせ」

 

 

「汝ら、悪逆の限りを尽くす者達」

 

 

「我は汝らを従え、真なる獣と化し、世界を創り変える者」

 

 

「抑止の輪よ! 悪性を呼び起こせ! 悪辣を尽くせ! 我は破壊の限りを許そうぞ!」

 

 

「ここに来たれ! 世界の天秤を邪に染める者達よ!」

 

 

 その瞬間、青白く輝いていた魔法陣は赤紫色に染まり、やがては血色に染まり輝く。

 

 

 そしてその光は柱となる。周囲には本来鳴るはずのない警報音、そして血色の柱の中には「Fatal Error」の文字。

 

 

「Fatal Error、か。どうやら余程の大物が混ざり込んだらしい」

 

 

 その様子を眼下に収めながら光の収束を待つ。

 やがて光が収まるとその場所には七基のサーヴァントがその場に鎮座していた。

 

 

「セイバー⋯⋯禍津日神。御前に⋯⋯」

 

 

 1人は鬼の角を生やした痩せこけた上裸の男。見かけは弱々しく、爛れた皮膚からは胸骨が見え隠れしているが、その禍々し神気は一端のサーヴァントが放てるようなものでは無い。

 

 

「ランサー、ヴリトラ。⋯⋯む? 貴様は⋯⋯?」

 

 

 1人は真っ黒なドレスを着た金髪褐色の女性。竜の角や尻尾が生えており、顔や手足に所々蛇身の鱗を模した紋様が走っている。

 

 

「アーチャー、羿。この身、この力、全て我が主の者。なんなりとお申し付けください」

 

 

 1人は軽鎧を着た初老の男。ちょび髭と筒のような帽子、そして背中には紅色に輝く弓、腰には真っ白な矢を所持している。礼儀正しく膝を付きアジ・ダハーカに忠誠を違う姿はまるで家臣のようであった。

 

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。ここに参上つかまつった」

 

 

 1人は青髪の長髪、袴姿の武士。その流麗な出で立ちは見るものを魅了し、その長い刀が相まってある種の儚さがある。

 

 

「アヴェンジャー、平景清、推参」

 

 

 1人は赤と黒を基調とした鎧を着た女性の武士。目元を黒い布で隠したその立ち姿からは並々ならぬ怨念を感じさせる。

 

 

「お初にお目に掛かります。拙僧、訳あって真名を伏せさせて頂きましょう。クラスはアルターエゴにございますが、リンボとお呼び下されば。よろしいですね、マイマスター?」

 

 

 1人は軽薄そうな陰陽師。白と黒のツートンの髪は蛇のように畝っており、独特な服を着ていた。その胡散臭さや所々から発せられている邪悪さはなんとも形容し難いものがある。

 

 

「エヘ、エヘへ、エヘへへへ。サーヴァント、フォーリナー。見ての通り、ゴッホです」

 

 

 1人は不思議な服装をした人間味の無い真っ白な少女。向日葵を模した大きな帽子、袖が向日葵で埋まり、機能を果たしていなかったり、海月のようなスカートだったりと普通であればそちらに目を向けがちだが、本人の目は真っ白に曇り、見ているだけで正気度が減りそうな容姿からは様々な不安感が伝わってくる。

 

 

 まさに人理の悪性を集合したかのような召喚結果。魔を具現化したかのようなサーヴァント達であった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 宇宙空間。1機の人工衛星を制御する機械は思考を止めていた。

 

 

『マスター、死亡。令呪転送完了。これよりマスター代理として聖杯戦争に臨みます』

 

 

 15メートルのくらいの大きさがある小型の人工衛星は空気のない暗闇の世界で虚しくアナウンスを行った。

 千衣寓仁斗に造られたホムンクルスの自我とAIプログラムを融合させたひとつの意思こそ「Master Computer Mothers Tera」である。

 

 人間と同等の思考力、あらゆるコンピュータを凌駕する計算速度はまさに人類を超えた存在。内蔵された擬似魔術回路を使用することで聖杯戦争では千衣寓の令呪を継いでマスターとして参戦する。

 

 しかし⋯⋯。

 

『サーヴァント、スルト。現状行動不能。意識が途絶えました』

 

 聖杯と化してしまったスルトは既に聖杯戦争から脱落。これではTeraが参加することは出来ない。

 

 

 はずだった。

 

 

 突如、無人の人工衛星内で警報が鳴り響く。

 

『プログラム侵入、プログラム侵入、直ちに撃退、及び速やかなカウンターを行います』

 

 電子戦においてTeraの右に出るものがいるはずない、何故ならば人類を超えた機械なのだから、とすぐさま特定しカウンタープログラムを送ろうとした時、Teraは気がつく。

 

 

 そのプログラムが聖杯から送られている事に。

 

 

『何故?』

 

 

 明らかな混乱、そしてその一瞬の隙で聖杯は更なるバグを送り込む。

 

 

『識別完了コード名:Fatal Error 意図、不明。方針変更、一度シャットダウンをおこ、おこ、オコオコオコオコオコオコオコオコオコ、キャンセル。シャットダウン不可』

 

 

 その時には既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

『Fatal Error、侵食率79%、コード解析、不可。概よ、がいがいがいがいがいがいがいがいがいがいがががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががgggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa不明不明不明ふめいふめいふめいふめいふめふめふめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめっめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膨大な情報量、そして『Fatal Error』を取り込んだ結果耐えられずフリーズ。人工衛星内部はFatal Errorの文字で溢れており、既に侵食がほぼ完了していた。

 

 

 

そんな中、Teraの中にひとつの選択肢が流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Continue?

 

 

Yes ◁

 

No

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




い、いかがでしたか……? サーヴァントを従えるアジ・ダハーカ、侵食するFatal Error。


そしてなにやら不穏なリンボ。気になりますね。


次回、一章最終回予定です!


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友達

今回で一章最後となります。


 

「さてと。人が掃けたわね」

 仮の魔術協会、今回の聖杯戦争での魔術師達の拠点。既に人が殆ど居なくなった会議室を見回しながら絡果は缶コーヒーを開ける。

プシュりという水音をが響いた。

 

「んっんっんっ⋯⋯。あら、欲しい?」

「要らん。お前の飲み物など何が入っているか分からんからな」

「これに関してはエルメロイ氏に同意だな。化け物からの贈り物などろくなものでは無い」

 

「心外ねぇ⋯⋯」

 この場に残っているのは絡果の他にウェイバーと呉島、そして外でタバコを吸っているグリムロックのみ。

「さてと。やっとホントにホントの本題に入れそうね」

「嫌な予感しかしないが⋯⋯」

 付き合いがそれなりにあるウェイバーは苦い顔をする。

 

「安心して、今貴方が動く場面じゃないの。呉島さんへの提案、というよりも貴方の部下に有益な情報と、提案かしら?」

「ほう? 聞かせてもらおう」

 あまり乗り気ではなかった呉島が絡果の一声で表情を変える。

 

「今、セイバーが落ちたわ。と言ってもただ落ちた訳では無いの。セイバーの霊基を元にキャスター、アジ・ダハーカが聖杯を作成、そしてそのままサーヴァントを七基召喚した」

「ちょっと待ったぁ!? あっ⋯⋯、今サラッと凄いこと言わなかったか?」

 慌てて取り繕うウェイバーだが、他のふたりは気にもせず続ける。

 

「ええ、サーヴァントが聖杯を作成する、この時点でそもそも聖杯戦争の趣旨が破綻してもおかしくないもの。それにそのまま自身の魔力で英霊を七騎召喚した。それをたった1人、マスター無しで行うサーヴァント。明らかなバランスブレイカーよ」

「聖杯大戦のシステムはどうした? ⋯⋯いや、機能しないのか。キャスター自身が作成した聖杯だ、そのシステムを書き換えていてもおかしくはない」

「当たり、流石は元ロード。冴えは衰えていないのね」

 

「余計なお世話だ」

「⋯⋯俺は全く話に入れないな。要はなんだ?」

 魔術談義に花を咲かせる絡果とウェイバーだが、その界隈にはあまり馴染みの無い呉島にはさっぱりなのだ。

 

「ただ1人で聖杯を創り、英霊を召喚できるサーヴァントはあまりにも危険過ぎる。まだ2日目だけど、他のマスターにはキャスターアジ・ダハーカ討伐に乗り出して貰いたいのよ」

 例外的な同盟関係、それは第四次聖杯戦争におけるキャスター討伐と同じような感覚だ。

 

 しかし、中身は違う。たった一基で他のサーヴァントを圧倒出来る戦力と、世界を滅ぼす危険性。そして何より⋯⋯。

「彼の目的、これだけのことが出来て聖杯に何を望むのか。世界の滅びなんてちゃっちいものじゃなくて、もっと本質的な"悪"なる願い⋯⋯大体は予想が着くけど、流石に見過ごせないわ」

「ルーラーは何をしている? 二騎も召喚されているのだ、審判としての役割を果たして欲しいものだが」

 

「無理。彼、令呪そのものを弾くのよ? こちらの言う事を聞くわけないじゃない。それにルーラーの干渉は最低限に抑えろというのが聖杯からの要望」

「会議の時からそうだが⋯⋯聖杯からの要望なんて聞いた事が⋯⋯んむ⋯⋯」

 まくし立てるウェイバーの口を人差し指で塞ぐ絡果。

 

「冬木の聖杯、覚えてるかしら?」

「⋯⋯ああ。汚染された願望器、第五次聖杯戦争の後に遠坂氏と私で解体した聖杯だが⋯⋯まさか、この聖杯も汚染されていると?」

「似ているようで少し違うの、この聖杯の自我はあまりにも強い、まるでひとつの大いなる意思みたい」

 

 その含みのある笑みを見れば大体の魔術師ならば何を伝えたいかが分かる。が、やはりその方面に疎い呉島は難しい顔をする。

「⋯⋯俺も別に忙しくない訳では無いからその辺の話は後でゆっくりやってくれ。⋯⋯で、俺の役割は天音に同盟の事を持ちかければいいんだな?」

「そうよ、まあ横浜の住民の避難が終わり次第聖杯戦争を再開、そこから他のマスターに呼びかけていくつもり。アジ・ダハーカは⋯⋯私に任せておいて」

 

 

 二日目にして死者を18万近く出した異例の聖杯戦争。早くも動き出した彼らだったが、既に世界を蝕む悪意は着々と進行している事に気付く者はいなかったようだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「うわぁ、アタシの家粉々なんだけど⋯⋯」

『仕方ねぇだろ、あんだけアイツらが派手にやったんだ』

「でもさー、服とか回収したいなぁとか思うじゃん? あのコスメ高かったのに⋯⋯」

 自身の家へと戻った輝愛だったが、案の定マンションは崩れ、瓦礫の山と化していた。

 

 俊介と共に千衣寓の工房を出た後、阪東から撤退の報告と滅びの領域が解除されているという情報があり、2人は家に戻っていたのだ。

「もー、どーしょ、川崎にじーじいるしそっちに行こっかなぁ、でもじーじ厳しいしなぁー」

 

『マスター親戚居たのかよ。なんでマンションなんかに⋯⋯』

「両親が他界した後、色々あってじーじに言われてさぁ⋯⋯『金はあるのだろう、いつまでもここにおるな!』ってさー」

『なんつーか、不思議な家だな』

「元々殺しの技術を伝える家系でもあったからさ。こんなもんっしょ」

 

 ヘラヘラと笑いながらスマホを取り出す輝愛。電波が通じているといいなぁ、と思いながら開く。

「⋯⋯、そっか」

 

 輝愛の腕が力無く垂れる。その手からはスマホが零れ、カランカランと虚しく響いた。何か思い耽ること数十秒。

「行かないとね」

 輝愛はスマホを拾い、転移を使用。向かった先は⋯⋯。

 

『オイ、ここ何処だよ』

「ここはね、めぐちの家」

 先程の景色とさほど変わらない瓦礫の山、そこには元々1軒の家があったかのような面影があった。

 

『めぐちっつーと、アイツか。マスターの友達』

「そそ。友達だった、が正しいけどさ」

 悲しそうに小さく笑う輝愛は表札の「涼宮」という看板を拾う。

 

 そして瓦礫の隙間の山を進んでいくと、リビングだったと思われる場所を見つけることが出来た。

 そこには屋根の残骸の隙間から2人の女の子の死体が微かに見えている。

 

 顔や身体の殆どが見えないものの、付き合いの長い輝愛には分かる、その死体が恵と澪のものだということに。

『さっき、スマホを見た時真っ先にここに来たよな。あれって⋯』

「あれ、視覚も共有されてるんじゃなかったっけ? ⋯⋯まあいいや。そうそう、コレコレ」

 

 そう言って輝愛はもう一度スマホを取り出す。そこには15時頃のグループRUNE。

 

 

『今日の夜めぐん家行ってもいい?』

『いいよー! 輝愛は?』

『アレ? 輝愛寝てるのかな?』

『ま、後で気がつくっしょ!』

 

 というもの。

「アタシらの家って学校から近いからさ、巻き込まれてるかなって薄々思ってた」

 と、輝愛はヘラヘラと笑いながら大福に向けて呟いた。

 アジ・ダハーカによって時間が飛んだのは輝愛や俊介含む魔術師のみ。一般人の時は通常通り進んでいるのだ。

 

『⋯⋯悲しいんだろ。強がんなって』

 その感情の波は同化している大福には分かる。彼女にしては珍しく悲しみの感情があった。

「⋯⋯はは。分かってはいたよ。でもさ⋯⋯」

 

 自然と頬を伝う涙。それはそれ程までな2人の事を慕っていた証拠。

『お前も泣いたりするんだな。っつーか、そんくらい仲良かったのか』

 

「うん。アタシさ、小学校行ってなくて。ずっと外国にいたんだよね」

 珍しく輝愛の口から生い立ちが語られる。

「日本に帰国して、中学校に通い始めたはいいんだけど、全然友達いなくて。ずーっと1人だった。でもめぐちとみゃおが話しかけてくれたんだ」

 

 何気ない一言、彼女達からすればなんともない日常の中。

 

 そんな些細な出来事で輝愛は2人に救われていた。

 

「別に友達なんていなくてもいいし、とか思ってたけどさ。1人とか寂し過ぎだし」

『それで、か。俺はこの世界に疎いからあんまし分かんねぇがな。ただそれだけってのはちょっと拍子抜けだな』

「ははっ、それ言われちゃおしまいかなぁ、大福人の心ないわ」

『元々人じゃねぇから』

 

 大福は輝愛の気を紛らわせようという意図の軽口のつもりだったが、輝愛の心は収まらない。

「⋯⋯ごめん」

『別にお前が悪いわけじゃねぇだろ』

「アタシが生き残ってるって事は救えたって事」

 

 輝愛はナイフを袖から取り出し、2人の死体に小さく刃を入れる。

 すると2人はそのまま塵へと帰り、虚空へと消えた。

「墓とか立ててあげたいけど⋯⋯今はこうして弔わせて」

 

 手を合わせ、黙祷。

「今までありがとね、2人とも」

 そう言って輝愛は振り返り、大福へと言葉を向けた。

「行こう、大福」

『もういいのか?』

「うん、聖杯戦争、続くんでしょ」

『そうだけどさ⋯⋯』

 

「とっとと終わらせて、平和にしよ?」

『⋯⋯』

 輝愛は静かに涙を流しながら大福に命令する。

 

「大福、アタシをこの戦いで勝たせて」

 輝愛の舌がチリチリと燃える。令呪の一角が消費されたのだ。

『任せろよ、マスター』

 

 

 輝愛と大福の能力が変わった訳では無い。

 

 

 これはただの決意である。

 

 

 平和のために支配し、死ぬ。それを成し遂げようとする少女がその過程を超えるためだけのもの。

 

 

 そして一匹の番狼は知りたいと思った。別の世界、別の理に支配された曲面の世界に住むひとりの少女、世界に平和を齎そうとするマスターの事を。

 

 

 




いかがでしたか? 最後に挿絵、入れたかったなぁ…。再来月辺りにしれっと追加されてるかと思います。

次回はキャラ解説になります。ステータスやスキル等公開できる範囲で載せていこうと思いますので是非ともご覧くださると嬉しいです。

これにて一章終了になります。よろしければ感想やコメント、評価等してくださるとモチベーションにつながりますのでお願いします。


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知識で差をつけよう! Fate/Tha Fatal Error 登場人物解説!

文字通り解説になります。既存のサーヴァントは解説控えめです。今回は現状を登場している「人間」のマスターとそのサーヴァント解説しようと思います。アジ・ダハーカは例外で今回解説します。


主人公

神崎輝愛&大福

 

JK暗殺者神崎輝愛とアサシンのサーヴァントである大福のコンビ。アサシンの真名は現状不明。大福という名前は輝愛が付けた。「ペットを飼ったら大福って名前を付けたかった」という理由である。

 

しかしながら、アサシンこと大福は現界しているだけで魔力をマスターからの供給以上に消費してしまうため、輝愛を依代にすることで消滅を防いでいる。

元々輝愛本人のポテンシャルは高く、初戦のエルキドゥ戦では大福と同化したことで得られる能力を使いこなしていた。更には気配遮断Bと同等の能力を生身で保有している。

 

そして輝愛がもっている謎のナイフは切った相手を消滅させるというもの。現状では原理不明。

 

輝愛の性格は感情の起伏が激しいギャルというのが1番近い。面白そうなものには目を光らせ、ヤバそうなものにはヤババと焦ったりする普通の女子高生。仕事着は金髪のロングに青のカラーコンタクト、黒いポンチョコートという地味めな服装だが、日常ではオシャレなコーデを心がけている。

大福は少し口調は荒いものの面倒見のいいやれやれ系狼。元々は5メートル以上ある巨大な影が集合したような狼の姿である。そもそも大福の姿はスキルによって正確に見ることが出来ない。

 

聖杯への願いは世界の支配。元々統一し、支配した後に自身を捧げることで平和を成し遂げようとしていた。何故平和を望むのかは後々明らかとなる。

 

 

大福の出典の解説をするとほぼ伏字になるが、一応。

 

この世界とは別に存在する○○「○○」が支配する○○の「○○」に生息する「○○」と呼ばれる○○の王。彼らは○○した者に目をつけ、その者を○○まで追い続ける。基本的に○○があればどこからでも現世に現れることが可能で、更に時間をも超えることが出来る。

それらの○○として存在するのが「○○」であり、その中でも最強の存在として知られているのが大福だ。

そもそも本来であれば○○としてでは無く、他の英霊に○○し○○としての現界、もしくは単一の英霊としてでは○○を恨むアヴェンジャーとして召喚されるはずなのだが、マスターの輝愛が○○している「○○」と持ち主の影響でアサシンという要素が強まってしまった。

 

 

大福 プロフィール

 

クラス アサシン

真名 不明

身長 測定不能

体重 不明

性別 不明(恐らく男性)

属性 混沌・悪・人類の脅威・領域外の生命・王

地域 不明

出典 不明

好きなこと 尖ったもの

嫌いなこと 曲がったもの

一人称 俺

二人称 お前、テメェ

三人称 ○○(名前)

 

保有スキル

 

認識阻害EX

常時相手が最も恐怖する姿が映し出すパッシブスキルのようなもの。本来アサシンが持つ気配遮断とは違うが、代用として保有している。結果論ではあるが、気配遮断と同等の能力を輝愛が使えるため問題ない。

 

猟犬の使役

王として配下の猟犬に命令し、使役することが出来る。能力としては大福の下位互換ではあるが数に制限は無く、自動的に生まれるため殲滅は困難。

 

時空間移動

時間の角を通ってどこへでも転移することが出来る。120°以下制限はあるが、どこにでもあるため実質どこでもどこへでも。訳あって輝愛と同化している間は時間を移動することは出来ない。

 

死の悪臭

角を通る時に発生する悪臭である。但しこれは抑えることが可能。そして輝愛は女の子。匂いに気を使うので絶対に使わない。ちなみに臭いは吐き気を催す程で、結構鼻に残る。

 

○○の世界の魔術B

魔術師では無い為使用出来るものは少ないが、ある程度強力な魔術は行使できる。但し、輝愛と同化している時は現状使用できない。

 

対魔力A

そもそも実体が定かではない大福に魔術による攻撃を当てることは難しいが、○○と同等の力を持つ大福にほとんどの魔術は効かない。

 

輝愛&大福 ステータス

筋力C(A+) 耐久C(不明) 敏捷A(EX) 魔力D(EX) 幸運EX(B+) 宝具(EX)

 

※()内は大福単体の能力値

 

 

 

ーーー

 

 

 

輝愛のクラスメイト 現代に生きる魔術師

宇都宮俊介

 

クラスでは輝愛のお隣さん。英霊召喚のメモを見られた結果、輝愛との接点を持ってしまった不運な男子高校生。

俊介は現代社会に溶け込んでいる魔術師であり、魔術師らしくない考え方の持ち主。「魔術師と一般人の共存」という変わった思想の家系であり、使用出来る魔術も現代社会を便利にするためのものが多い。

 

かつては時計塔に所属しており、遠坂凛に指示を仰いでいた頃もある。

現代社会に生きているためか犠牲者をなるべく出したくないという考えでありアルジュナオルタとルーの戦闘では避難民を優先していた。

 

能力としては決して低い訳では無いが、単純に前に出て戦うということをしてこなかったため経験不足と言ったところ。

容姿は黒髪で冴えない一般の男子高校生のような見た目。身長はそこそこ高い。

 

聖杯にかける願いは人と魔術師が共存出来る世界。共に歩める世界こそ宇都宮家、ひいては俊介本人の願いである。

 

俊介のサーヴァント

エルキドゥ

 

神に作られた人形であり、ギルガメッシュと多くの冒険をこなし、心を得た後、心ごと砕かれ、人形として土に還った悲しき兵器。

今回は俊介のサーヴァントとして呼ばれた。触媒となったのは俊介の思想である「人と魔術師が共に歩める世界を作りたい」という変わったもの。

クラスはランサー。

 

 

 

ーーー

 

 

 

本作のバランスブレイカー、宇宙(ソラ)の魔術師

阪東葛木

 

本作最強格の1人。マスターでありながらサーヴァントを圧倒するバケモノ中の化け物。本気を出すと抑止力に目をつけられる規格外の存在。

 

起源である宇宙(ソラ)に覚醒した魔術師であり、自身の体内に宇宙そのものを保有している。戦闘時は「ありとあらゆる宇宙の現象」を現実に引き起こすというもの。更には自身の宇宙を加速させ、その中で魔術を使用、そのまま魔術を現実に具現化することで魔術の詠唱時間を実質ゼロにすることが出来る。自身の宇宙からエネルギーを取り出すことで半永久的に魔力を供給出来るため、魔力が枯渇するということはまず有り得ない。

 

更にはあらゆる魔術や現象から占星術を用いてその効果や未来を見る事が出来る『星読みの魔眼』を保有しているため、初見の魔術であっても確実に対応が可能。

この世界における執行者、代行者は軒並阪東に討たれており、ゼルレッチや沙条愛歌等の例外を除けば誇張抜きで最強と言っていいレベル。

 

阪東家は元々時計塔でアニムスフィア家と鎬を削った間柄であり、ロード争いをしていたライバルでもある。阪東は打倒アニムスフィアとして期待されていたものの、自身は自由に生きたいという願いから離反、家を滅ぼし無所属の魔術師として生きてきた。

格好は金髪のチャラチャラとした髪に黒いサングラス。アニマル柄のワイシャツの下は黒いスラックスと何とも言えない服装が基本。派手なものを好む。

 

聖杯に願うものは無いものの、強者との戦いと己の○○を求めて聖杯戦争に挑んでいる。

 

阪東のサーヴァント

アルジュナ

 

異なる世界、異なる人類史においてインドの神々を統一した唯一神として君臨していたアルジュナ。俗に言うアルジュナ・オルタである。

クラスはバーサーカー。

 

強者には強者に相応しいサーヴァントを、という事で聖杯が選んだ本来召喚されるはずのない神霊。そもそもこの聖杯そのものがバグの塊であるため、このようなエラーが起きてしまった。

このアルジュナはFGO第2部4章「創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラ」に登場したアルジュナ・オルタとは少し違い「カルデアが介入せず、世界がねじ切れた世界線」のアルジュナ・オルタである。

 

現状目立った活躍は無いものの、天音のサーヴァント、ルーに対しては神格の差だけで攻撃を防ぐという離れ業を行っていた。性能としてはマスターがマスターのためユガ・クシェートラの時と同レベル。

 

阪東だけでは魔力を賄うことが出来ないため、予めパスを繋いでいたアメリカにある術式と接続して魔力を補っている(賄うことは出来ないことも無いが、ちょっと大変)

 

 

 

ーーー

 

 

 

単独のサーヴァント、破戒の化身。本作のバランスブレイカーその2

アジ・ダハーカ

 

初登場時、拳で殴りかかってきたキャスター。第2の壊れ。色々伝承と違う魔改造を聖杯に施されたであろう本作のヤベー奴。完全な不正入国である。

 

道具作成であらゆる宝具を作成し、魔術で複製、模倣、伝承の改造まで行うチーター。果てには自身で聖杯を創り出し、自身でサーヴァント七騎召喚してしまう。更には「光輪」の力によって魔力は無制限、つまり「ぼくがかんがえたさいきょうのさーばんと」である。

魔術に関しても時間の加速やスルトを拘束するレベルの術式や改変した英霊召喚を行えるため、魔術戦においても強大なスペックを誇る。

 

そのためそもそもマスターという存在が足枷でしかなく、召喚した瞬間にマスターは殺されている。令呪3角使用したものの尽く弾かれ呆気ない終わりが後々えがかれるはず。

宝具によって月が壊されているためこの世界ではもうお月見出来ません。ムーンセル生まれません。ごめんなさい。

 

作中では北欧神話の神スルトを難なく聖杯に変質させ、阪東とは互角の戦いを見せた。しかし当然ながらまだまだ余力があり、普通の魔術師である阪東には重たい相手である。

 

体長は3m強もある二足歩行の人型、全身を黒い鱗で覆い手足の先には刃物のような鋭い赤色の爪が伸びている。頭部は3つ存在しておりどれもドラゴンのような異形、首は中央の1つに残り2つが鎖骨上の背骨に寄っている辺りから生えている。

 人間で言う胸には竜の口を模したかのような顔があり、臍に位置する場所には血色に染まった眼球があり、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

ゾロアスター教に伝わる悪神アンラ・マンユに生み出された三つ首の竜人。悪を司る神であり、かつて世界の3分の1を滅亡させたという。

しかし横浜の聖杯戦争で召喚されたアジ・ダハーカは悪神○○を取り込んでおり、更に『光る光輪』を手にし無限にも等しい魔力を扱える。

 

聖杯にかける願いは不明。しかし、単なる滅亡や支配を望む事は無く、もっと本質的な人の"悪性"を掻き立てるような望みだろうと荒島絡果は考えている。

 

アジ・ダハーカ プロフィール

 

プロフィール

クラス キャスター

真名 悪神アジ・ダハーカ

身長 測定不能(変化可能) 戦闘時355cm

体重 不明

性別 不明(恐らく男性)

属性 混沌・悪 ・王・人

地域 イラン

出典 アヴェスター

好きなこと 破壊

嫌いなこと 聖なもの

一人称 我

二人称 貴様

三人称 奴

 

 

保有スキル

 

千の魔術

ありとあらゆる魔術を行使できるため魔術による攻撃は全て防ぐことが出来る。更に保有する全ての魔術を無詠唱で唱えることが出来る。対魔力と高速神言の完全上位互換。

 

不死再生

一撃死することが無い限り傷口から眷属を生み出しながら再生する。

 

肉体変質

自身の肉体を思うがままに変化させる。本来であれば天にも届くほどの巨体だが、不便だと感じたアジ・ダハーカは日常では人間体、戦闘時は3m強の竜人に変化する。ただし質量は変化しない。

 

陣地作成EX

一瞬で滅びの領域を展開する。その内側にいる聖なる者は弱体化し、逆に悪性を持つものは強化され、そして魔術に耐性の無いものは即座に死に至る。単純に神殿や工房を創ることも可能だが、拠点を必要としないため作成することは無い。

 

道具作成EX

原典たるアヴェスターが指し示すあらゆる宝具の原典を模倣、複数生成、強化、合成、加工することが出来る。

 

単独行動EX

キャスターでありながら自身の『光る光輪』から魔力を供給出来るため単独で現界し続けることが可能。

 

神性A

悪しき神として崇められ、この世全ての悪から生まれた存在であるため神性は高い。

 

千里眼EX

魔術によってありとあらゆる現象を見ることが出来る。

 

光る光輪

魔力源。無尽蔵に溢れ出し、際限はない。例えアジ・ダハーカ自身の魔力が空になったとしてもこの光輪がある限り魔力は瞬時に全回復する。

 

獣の器

クラス・ビーストの適正がある肉体。

 

 

ステータス 筋力A+ 耐久A+ 敏捷A+ 魔力EX 幸運D 宝具EX

 

 

 

ーーー

 

 

 

今回の巻き込まれ枠(?) 自衛隊員のマスター

天音雄也

 

本編でほんの少しだけ登場した陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊に所属している隊員。現状未知数ではあるものの「体系の違う魔術を使用する」「現代科学を利用した魔術」「対人類の脅威の部隊」ということが分かっている。

 

飄々としており、掴みどころのない性格。ちなみに水色の髪はなんと地毛。割と流行に詳しい。

 

 

天音のサーヴァント

ルー

 

ケルト神話における光の神。諸芸の達人と呼ばれ、ありとあらゆる方面に才能を持つ器用な神霊である。

ルーはブリューナクという槍を保有しているが、今回は「投石器」を広めた存在でもあり、その面が表に出ているためクラスはアーチャー。

 

本当は凄い神様なのだが、初戦でアルジュナ・オルタは相手が悪い。アレはホントに規格外だから仕方ないところはある。

おっとりとしたお爺口調だが、目利きは鋭い。

 

 

ルー プロフィール

 

プロフィール

クラス アーチャー

真名 ルー

身長 187cm

体重 78kg

性別 男性

属性 善

地域 ケルト

出典 ケルト神話

好きなこと

嫌いなこと

一人称 儂

二人称 お主

三人称 ○○名前

 

 

保有スキル

 

単独行動 A

マスターからの魔力供給を断っても一週間は自立できる。

 

天武の叡智 EX

並ぶ者なき天性の叡智を示すスキル。肉体面での負荷のかかるものや英雄が独自に所有するものを除く多くのスキルを、Aランクの習熟度で発揮可能。諸芸の達人と呼ばれた彼はあらゆる才がある。

 

神格 B

高位の神であるルーは高い神格を保有している。

 

※記載部分は割と少ないが、多くが天武の叡智に含まれているため数だけを見れば今回の中ではルーが1番多い。

 

ステータス 筋力B 耐久B+ 敏捷A+ 魔力C 幸運A 宝具A

 

 

 

 




大福、伏字しかなくてグラス生えますね。
結構何度も書いてますが、ルーは決して弱いサーヴァントでは無いです。ただ相手が悪過ぎる。当たり前だが、アジ・ダハーカやアルジュナ・オルタは普通にキツイ。

次回からは二章になります。ただ序盤の方や現状がごっちゃになっている人もいると思いますので振り返りの回をやろうかなと思います。作中のウェイバーくんはどうなっているか分からないだろうし⋯。


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第二章 封鎖崩落都市横浜
ウェイバーくんはこの聖杯戦争の成り行きを知らないそうなので、監督役に教えてもらうそうです。


一連の流れを解説します。新情報もあるかもしれませんね。


 呉島がその場を去り、この会議室に残ったのは横浜聖杯戦争の監督役、荒島絡果と元ロード、ロードエルメロイⅡ世ことウェイバー・ヴェルベットだけであった。

「僕はこの聖杯戦争のせの字も知らないんだけどな!」

「あらあら。呉島陸将が帰った途端素に戻っちゃって。まあ、それでいいと言ったのは私なのだけれど」

 

 唐突に時計塔からこの横浜に呼ばれたウェイバーは言っての通り状況をまるで理解していないのだ。

 ちなみにこの瞬間だけ素に戻ったが、元ロードの威厳は保ちたいと考えているため普段は元ロードの口調だ。

「仕方ないわね、元エルメロイ教室の同期のよしみ。1から説明してあげる」

 黒髪をふさりとかきあげながら少し冷たく、上からの物言いでウェイバーの要望に答えると宣言する。

 

「事の始まりは二週間前、この地に聖杯が現れた。識別名称不明、魔術協会の管理下に無く、アインツベルンも知らないと口を揃えて言っている未知の物。その聖杯は二騎のルーラー、モーセとブラフマーを召喚して、日本の魔術協会に宣言したの『聖杯戦争を開始する、目的が果たされるまで殺し合いを続けよ』って」

 

「じゃあこの聖杯戦争は誰かが始めたって訳じゃなくて⋯⋯」

「ホントの意味で聖杯の意思。聖杯はルーラーを通してルールを伝えてくるの」

「頭痛くなってきた」

 

 既に頭を抱えているウェイバーだが、絡果の話は止まらない。

「だからこれは既に顕現している聖杯を取り合うもの⋯⋯なんだけど、まあいいわ。流れとしてはその次の日にキャスター、問題のアジ・ダハーカが召喚され、即座にマスターが死亡。でも彼は魔力をスキルで自給出来るから消えないのよ」

「アジ・ダハーカって⋯⋯アンリ・マユが生み出した悪神だろ? この時点で嫌な予感しかしないが⋯⋯」

「そして次に召喚されたのはライダー⋯⋯なのだけれど⋯⋯今横浜には居ないのよね」

「居ない?」

 

 何をしているんだ監督役、という目線が送られるもそれを意に介さない絡果。

「今は⋯⋯東京で遊んでるわね、ネズミの国」

「それ千葉県じゃないのか?」

「東京ネズミの国って書いてあるから東京よ。⋯⋯彼はまだ聖杯戦争に干渉して来ないからまだ楽ね。後で呼戻すつもりだけど。その後は呉島陸将の部下、天音雄也が召喚したアーチャー、ルー」

 

「ああ、自衛隊に所属しているマスターか」

複雑な表情のウェイバー。彼は国家機関が魔術を運用している現状をあまりよく思っていない。

「陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊。対人類の脅威を想定した貴方達とは違う魔術を使用、いえ利用する機密部隊よ」

「機密部隊なのによく知っているんだな」

 

「もちろん。彼らとは何度か関わってきたし、協力もしてきた。それになにより⋯⋯私の敵だもの」

 これまで薄ら笑いを浮かべていた絡果だが、その瞬間だけは感情が消えていた。

 

「そして次は問題児、阪東葛木のバーサーカーチーム。彼、有名だもの貴方なら知っているでしょう?」

「ああ、執行者、代行者の八割を駆逐した地上最強の魔術師だ」

 

 阪東葛木は魔術協会に関わるものであれば大体が知っている有名人である。起源覚醒者であり、その魔術はこの聖杯戦争最強格であるアジ・ダハーカと撃ち合えるレベル。

 並のサーヴァントであれば彼一人で事足りる、と言わしめる絶大な力を保有している。

 

「そして彼のサーヴァント、アルジュナも彼に見合って色々改造されているのよね。ifの世界のサーヴァントである彼はインドの神々を統一しているわ。神たるアルジュナ、だったかしら?」

「そんなこと⋯⋯可能なのか?」

「可能、不可能じゃない。聖杯そのものがイカれてバグっているこの状況なら、何が起きてもおかしくないのよ」

 

 聖杯にはある程度自我があるとされている。が、ここまで細かなルールや聖杯大戦でもないのに自らルーラーのサーヴァントや別世界のサーヴァントを召喚する等という行いをする聖杯は一種の『バグ』なのだ。

 

「そして1週間くらい前かしら。彼女、神崎輝愛が魔術師グレムリンを暗殺し、そのままアサシンのマスターとして参戦したのは」

 その事の顛末を絡果は直接見ていたため、彼女の記憶に強く残っている。

 

「アサシンの⋯⋯大福ちゃん。まだ真名は分からないけど⋯⋯性能面で言えばあのアルジュナやアジ・ダハーカに匹敵するレベルね」

「流石のお前もアサシンの真名は分からなかったか」

「だって彼、召喚した時に名乗らなかったのよ? 盗み見しようにも無理がある。でもまあ、予想はついているけど」

 ウェイバーも彼女の情報収集能力は認めており、エルメロイ教室では何故かなんでも知っている彼女をよく頼っていた。

 

「でも輝愛は魔術師では無いから彼を維持出来なかった。だから彼は輝愛の身体と一体化して聖杯戦争に挑んでいるわ」

「擬似サーヴァント、とはまた少し違うのか」

「ええ。互いの意識が推し潰れる事無く、声帯も違うみたいで彼女のからだから別の声が聞こえてくるの。なんだか面白いわね」

「⋯⋯」

 明らかに面白がっている絡果を気味悪げに見つめるウェイバー。

 

「その後、彼女は学校で7人目のマスター、宇都宮俊介の召喚を確認、同時にアジ・ダハーカも加わったサーヴァント戦が行われ、なんだかんだで私とモーセで仲裁。翌日にに宇都宮くんと輝愛は同盟を結んだわね」

「7人目⋯⋯あと一人、忘れてないか?」

「えぇ⋯⋯私彼のこと解説したくないもの。もう死んでるし」

 

 誰の目から見ても嫌そうな表情の絡果。

「まあそれでもまだ始まりも始まり。役者が揃ったところで私が聖杯戦争の開始を宣言。⋯⋯よーいドン形式なのはサーヴァントの質を考えてのこと。管理出来ないような時間に暴れられたら止めるまでに時間がかかるもの」

「それは一理ある」

 

「で、そしたら早速ルーとアルジュナの交戦が開始、ほぼ同時に輝愛と阪東くんも。サーヴァントと同化しているとはいえ、彼女もまだ人間。流石に阪東には勝てなかったわ」

「当たり前だ。そもそも勝てる魔術師なぞ存在するのか怪しいところだぞ」

 

「阪東くんの魔術によって横浜の1部は半壊。ここも私が仲裁して終わったはいいものの、外側を見れば街が吹き飛んだだけで何も変わってないのよ」

 はぁ、絡果はため息を吐く。彼女にとってローペースな展開は望ましくないのだ。

 

「二日目、真昼間からセイバー、ああ紹介を省いたけど、スルトのマスターを追っていたアジ・ダハーカの力で時間が加速、夜になった瞬間に二日目の戦闘開始。まあこっちはほぼ一瞬で方が着いたのだけど、アジ・ダハーカの圧勝。そのまま阪東くんとアジ・ダハーカの遭遇戦に移ったわ」

「いかに阪東であろうとアジ・ダハーカクラスのサーヴァントに勝てる訳が無いだろう⋯⋯?」

「ええ、もちろんよ。輝愛と宇都宮くんがスルトのマスターの工房に乗り込み、マスターを暗殺した所で彼は撤退。時間稼ぎが役目だったみたい。これで今までの出来事は粗方話せたかしら」

 

 どう? という目線を送るもののイマイチ掴めていないウェイバー。

「流れは把握した。それで、何故アジ・ダハーカを討伐する必要がある?」

「もちろん、彼がスルトの霊基と肉体で聖杯を構築したからよ。それにこれ以上バランスを壊されると些か支障が出そうなの」

「お前個人の目的に、か?」

「あらあら、目的なんて無いわ。でも、過去の存在に現在の人の生き様を邪魔されるのは少し面白くないってだけ」

 

 ふふん、と機嫌の良さそうな絡果は缶コーヒーを空け、1口。

「意外と美味しいのね、これ。後で映像化して纏めるけど、一応今の状況はこんな所。貴方の意見はどうかしら? 誰が聖杯を手に入れると思う?」

「⋯⋯」

 

 難しい顔をしているウェイバー。

「まだ何とも言えない。ただ現状キャスター、アジ・ダハーカと阪東だけ突出しているように見えるが?」

「外面だけ見れば大正解。現状、セイバーのマスターは地上におらず、ライダーも参戦していない。となると有利なのはその2つね」

 絡果は淡々と当たり前のことを告げると、飲み干した缶を空中に放り、魔術でくしゃくしゃに潰す。

 

 

「少し面白くなってくるのはここからよ。第二局面、まさか彼らが来るなんて思いもしてなかったのだけれど、これはこれでアリかもしれないわね」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「さて、今回のミッションは普段の特異点解決とは違う。君たちはこれまでオリュンポス、平安京、妖精國ブリテンを乗り越えてきたけど、これは全くの別物さ」

 それは溌剌とした幼い少女の声。まるで美術品、名のある絵画から飛び出てきたかのような美しさと神秘性を兼ね備えたような少女。

 

 彼女はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ここでは「ダ・ヴィンチちゃん」と呼ばれているナビゲーターである。

「は、はい!」

 緊張気味でこれと言って特徴の無い、見た目は高校生くらいな普通の男の子。

 

 その後ろにある扉が開き、1人の少女が走ってくる。

「お待たせしました、マシュ・キリエライト、到着しました」

 少しおっとりしたような、それでいて冷静さもある雰囲気を持つ彼女、マシュ・キリエライトはマスターである男の子、藤丸立香をちらりと覗く。

 

「おはよう、マシュ」

「はい! おはようございます、先輩」

 人理継続保障機関フィニス・カルデアの彷徨海での新たな姿、ノウム・カルデア。彼らは世界の白紙化という課題に立ち向かう機関であり、異星の神から世界を守るべく行動している人類最後の希望なのだ。

 

 コホン、というダ・ヴィンチちゃんの咳払いが挟まり、続きを話し始める。

 

「特異点の場所は横浜。2人にはこれまで通り特異点を修復して聖杯を持って帰ってきて欲しい⋯⋯。ただ⋯⋯」

「何か問題でもありましたか?」

 珍しく歯切れの悪いダ・ヴィンチに戸惑うマシュ。

 

「とりあえずこれを見てほしい」

 そう言って白紙化された世界のマップを見せるダ・ヴィンチ。残る異聞帯である南米には大きな白い円で潰れている他、日本の横浜に小さく黒い点が置かれていた。

 

「この黒い点の場所から世界が歪んでいるんだ。このままだと1ヶ月で世界は崩れるらしい」

「またかね!?」

 その声は何も聞かされていなかったカルデアの現所長、ゴルドルフ・ムジークのものである。

 

「ブリテンでも似たような事は起きたけど、あれは崩落であって崩壊じゃない。今回は横浜を中心に崩壊するそうなんだ」

「原因は⋯⋯?」

「分からない。ただ、地球上には存在しない超高エネルギーの塊であること、そして発生した特異点がこの黒い点の真下である横浜であることから今回の調査に乗り出すことになった⋯⋯んだけど⋯⋯」

 

「まだ⋯⋯何かあるんですか?」

 

 

「うん、実はこの特異点⋯⋯2025年にあるんだよね⋯⋯」

 

 

 




さて、何故白紙化された未来のないこの世界で未来の特異点があるのか。本格的にカルデア参戦なるか?注目ですね。


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魔術師として

いやぁ、ボックスイベですね。コヤン前にスカディ復刻とは、集金体制整えてますよね運営は。




「チンタラしてんな! 早く設置しろ!」

 横浜市郊外。横浜市民全員を各地に運んだ後、陸上自衛隊特殊作戦群数名が路上に一定間隔でモノリスを置いていた。

 自衛隊車両での設置だが、特別障害となるものはなく、順調である。

 

「へぇ、流石は盤外遊撃部隊。この調子なら今日中には終わるんじゃないかしら?」

「⋯⋯チッ、なんだよ絡果」

「少しは見ててもいいじゃない。私と貴女達の付き合いでしょう、グリムロック?」

 絡果が転移でグリムロックが運転している車両の助手席に乗っていた。

 

 白髪と白衣がトレードマークの女性、陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊特別技術顧問のグリムロック・クイン・グラフ。

 彼女は地球上で最も優れた医師であり、最も優れた武器商人と言われている天才だ。紛争地帯をその身と己で改造した銃で乗り切った猛者であり、現在は陸将の呉島に雇われている。

 

「今回はてめぇの差し金だったよな? 何を企んでんだよ?」

「心外ねぇ。私が主犯の証拠はないじゃない。それに私はただ人間を見ていたいだけ、何を考えてどう行動するのか。そのための監督役よ」

「うるっせぇ、てめぇがいる時点で一気にきな臭くなんだよ。大体この作戦自体お前の主導してんだろ?」

 

 ゆったりと、箔のある声で問い詰めるグリムロック。

「少し調べさせてもらったぜ。てめぇの魔術協会所属中に関してな」

「よくこの短時間で。あれから5日しか経っていないのに」

「ついでに言えば、聖堂教会にも居たらしいな。今はフリーの魔術師として幅を聞かせてるとか。で、問題はそこだ。魔術協会と聖堂教会は犬猿の仲、よく受け入れられたよな。お得意の『変装』か?」

 

「ふーん⋯⋯ふわぁ⋯⋯」

 絡果は意味深な笑みを浮かべると小さく欠伸をひとつ。

「ここ、少し暖かすぎないかしら?」

「話を逸らすんじゃねぇよ。⋯⋯まあいいけどな。アタシらはそっちの魔術事情は知らねぇ、勝手にやってろ」

「貴女達とは完全に系統が違うもの。この大規模な結界魔術もそのひとつ。よくもまあここまでの規模で『ナーク=ティトの障壁』と『平凡な見せかけ』を展開出来るわね」

 助手席のシートを下げ、完全におやすみ状態の絡果である。

 

「本来の『平凡な見せかけ』は実質的に言えば内部を異界化させる魔術だが、これは外見だけのハリボテ。別に大したことじゃねぇ。それに『ナーク=ティトの障壁』も完全なものじゃねぇ」

「それでも規模は大したものよ。魔力はどう賄っているの?」

「別に教える義理は無い、って言いたいけどな。東京にある駅全部に魔力供給装置が取り付けてある」

 

「駅⋯⋯ああ、電子決済かしら?」

「よく分かったな」

 改札口にあるICカード乗車券は性質上、その手でカードを近付けて利用する。その時に魔力を改札口から1部徴収、地下にある人口の魔力流にのせて横浜基地へと送っているのだ。

 

「国家権力の有効利用ね。魔術協会でもここまではしないわよ?」

「んむんむ⋯⋯。やれることは全部やる。別に大したことにはなりゃしねぇしな。精々少し疲れるくらいだ」

 コンビニのソーセージパンを頬張り、それをお茶で流し込むグリムロック。

 

「術式の維持に関してはもう人工の地脈を作ったから問題無い。ただ、内部からの衝撃には気をつけてくれよ? 流石にレーザーやミサイルなんざ撃ち込まれたらぶっ壊れるからな?」

「それはまあ、成り行きよ。⋯⋯眠くなってきたわ」

「死ね。寝るなら外で寝ろ。そもそもてめぇは寝ないだろ」

 そんな軽口を叩き合いながら、2人は作業が終わるのを見届けたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 俊介が目を覚ますとそこはソファーの上。起き上がると私服のエルキドゥが朝食を作っていた。結ばれたポニーテールの髪と部屋着っぽいカジュアルな服装である。

「お目覚めかな、マスター?」

「ああ。周辺の状況は?」

「相変わらず何も動きは無いね。あと、寝る時はちゃんとベッドで寝るべきだ。疲れが取れないよ」

「分かってはいるんだけどな。でも僕はこれで十分」

 

 千衣寓の拠点襲撃から5日。聖杯戦争が開始して一週間だが、5日前とは状況はだいぶ変わっていた。

 俊介が輝愛と別れた後、すぐに絡果が合流。監督役の権限でアジ・ダハーカ討伐の依頼と、そして横浜封鎖の件を伝えてすぐに姿を消す。

 

 魔術師であった両親とは連絡が取れたため無事を確認。巻き込まないために近くのホテルで一泊した所で陸上自衛隊を名乗る者達が特殊なテントを俊介に渡したのだ。

 技術者曰く⋯⋯。

 

 

『中の間取りは2LDK。周囲の魔力で電力、水、火力を賄ってるからその辺注意して使えよな。あと迷彩機能付き。アタシらの技術の結晶だ、丁寧に扱えよ?』

 

 

 アジ・ダハーカの件での協力代との事。横浜が封鎖すれば外に出ることは出来ないため俊介にとっては普通に有難い。

 魔術的な発振器はなく、また機械的なものも無いため使っているが結構快適で便利だと感じている俊介。

「食料は自主調達とはいえ、本当に便利だな。自衛隊はよくこんなものを⋯⋯」

 

 そう思い耽ていると、エルキドゥがテーブルに催促する。

「早く食べなよ。簡単なものだけどね」

「ありがとう、助かる。とりあえず簡単に3日後からの追加ルールについて改めて打ち合わせをしたい」

 

「いいとも。微力ながら力を貸そう」

 微力じゃない、と心の中で呟く俊介。

「まず、横浜から出ることは出来なくなる。これは既に確認したはずだが⋯⋯」

「横浜郊外で衛兵が監視の目を向けているね。でも別にこれくらいなら抜けられないことは無いけど?」

「あれは魔術師じゃないからな。どうしてこの命令を受けたのかも理解していないらしいし」

 

 実際に俊介とエルキドゥは横浜郊外で多数の自衛隊員が徘徊しているのを確認している。

「ただ、これは内側からの視点であって外側からは僕達がいないように見えているらしい。これは荒島さんが言っていたことだ術式名は確か⋯⋯」

 

「ナーク=ティト、彼女はそう言っていた。この術式はマスターの記憶にはある?」

「無い。でもこの横浜を囲えるくらいには大きい術式だし、自衛隊が秘匿していたのなら納得だ」

 俊介は少し気に入らないな、と呟いた。

 

「それと未確認サーヴァントが七騎、アジ・ダハーカに召喚されたとか。それらの討伐一騎につき一角の令呪を報酬とし、アジ・ダハーカ討伐の翌日に反映するとの事」

 

 令呪は単純な魔力リソースになる他、サーヴァントに対する絶対命令権がある。戦力補強にはもってこいの措置だ。

「やりがいがあるのはいいね。でもそのサーヴァントに関する情報は無いと」

「それに関しては荒島さんとの交渉次第。そんな雰囲気あったしな」

 

 ズズズ、とコーヒーを口にしたところで目を丸くする。

「エルキドゥ、コーヒー入れるの上手くなったね」

「そうかい? それなら嬉しいよ。少し練習したからね」

 実は俊介はコーヒーが好きでよくカフェ巡りをしているのだ。

 

「⋯⋯話が逸れた。協力者は今のところ僕と恐らく神崎さん。阪東に関しても多分乗ってくる」

「その根拠は?」

「そこに戦いがあるから」

「納得」

 戦いを求める彼は必然的に荒島絡果の魔術協会陣営とアジ・ダハーカ陣営の抗争は絡んでくる。

 

「今回の聖杯戦争に関係無いサーヴァントと戦えば戦闘回数が多くなる時点で参戦するのは確定。他は未定だが⋯⋯協会側からはウェイバー・ヴェルベット氏が補佐を行うらしい」

「最低限のメンバーは集まっているようだね。それで、まだ彼女と連絡は取れていないのかな?」

 

 輝愛とは2日目の夜に別れて以降連絡がついていない。どこかに潜伏している可能性は高いが、同盟関係にある俊介とも連絡を取れないとなると流石に不安になってくる。

「一応は聖杯戦争に参加しているマスター、敵が減るのは喜ばしい事だと思うけど」

「形式的にはな。でも、彼女は()()()()に必要なんだ」

 

「⋯⋯その話はまた後での方がいいかもね。他には⋯⋯アジ・ダハーカを倒した後も同じく令呪?」

「いや、それは無いらしい。ただトドメを指したマスターは監督役に対して何か一つ要望が出せる」

「令呪は監督役が持っているからね。何個か融通してもらう事も出来るし、自陣に有利なルールをひとつ追加するのもいい」

 

 監督役への要望という権限は思っている以上にできることが多いのだ。

「あと戦闘していい時間は24時間。つまりは深夜縛りが無くなった。ルールの背景的には納得だが」

「人目につくつかない以前に人がいないからね」

 空模様が嫌味なくらいに澄み渡る青色で満ちている今ですら、外に出れば戦闘の危険性があるということ。

 

「重要なのはこの辺りだな。ルールではないがこのテントはこの後の横浜封鎖中ずっと使える。なんなら聖杯戦争後も好きにしていいとか」

「これ便利だよね。魔術の力って凄いや」

 

 外見は手狭なテントだが2LDKで健全な生活空間と魔力によるエネルギー供給。おまけに収納時は手のひらサイズの箱に早変わり。魔術の力は偉大なのだ。

「現在地は赤レンガ倉庫、人は居ないから少し食料を拝借しておこう」

「うわぁ、マスター⋯⋯」

「食料確保は必須だし⋯⋯大目に見て欲しい」

 

 お土産コーナーで幾つか物色し、テントの中にある冷蔵庫へと放り込む。中にあるものは全て小型化されるためある種の異界だと言ってもいい。

 俊介はテントを縮小させ、回収すると今後の方針を確認する。この場所はちょっとした公園になっており、普段であれば子供が駆け回っていたような場所だ。

「まずは誰かと合流だな。一人でいると確実に狩られる。神崎さんか阪東⋯⋯出来れば神崎さんの方が⋯⋯」

 

 突如、キーン、という耳を劈くような音と強い風が巻き起こった。

「ジェット機? いや、今ここは飛行禁止空域のはず⋯⋯」

「マスター!」

 

 エルキドゥは天空から彗星の如く飛来する蒼色の物体から俊介を守るために、地面を変形させ土で簡易シェルターを形成する。

 その彗星は速度を低下させないままシェルターの目の前に落ちてくる。

「ぐっ!」

 

 その衝撃で簡易シェルターは吹き飛ぶものの、俊介は障壁を張りなんとか持ちこたえる。

「誰だ!」

 土埃を巻き上げた物体、いや存在は着地の直前に作られたクレーターの上で滞空しており、俊介とエルキドゥの頭1つ上の高さに居た。

 

「現地民、発見」

 身長は150cmよりも小さい長い銀髪の少女。全身青色のスーツのような鎧を着ており、腕には武装パーツらしきものを装着しているものの、パッと見だと使用用途は不明。

 魔法陣のような奇怪な紋様が描かれた仮面を付けているため素顔は分からないが、大人しく、流麗なその声だけで人々を魅了するような美しさがその人物にはあった。

 

「⋯⋯未確認サーヴァント」

 空からの襲撃は想定していなかったものの、即座にアジ・ダハーカが召喚したサーヴァントだと推測。

「そっちからやってくるとはね。随分と自信があるようだ」

 エルキドゥは既にやる気で満ち溢れていた。

「おや、どうやら敵視されているらしい。それがこの地の流儀というのなら吝かじゃないけどね」

 そう言って少女は俊介とは反対側の平地に着地する。

 

 

「僕は妖精國ブリテン最強の騎士、妖精騎士ランスロット! そちらが手合わせを望むなら、いいとも! 相手をしてあげるよ!」

 

 

 

 




妖精騎士ランスロット可愛いですよね。決して作者が好みで、出したいから出した訳ではなくちゃんと理由があるから出しました。


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妖精騎士、現る。

箱イベ終わりましたね。皆様は幾つ開けましたか?


「妖精國⋯⋯? 妖精騎士⋯⋯?」

 俊介は何度も記憶を探るものの、そのような伝承は無く、そのような國が魔術世界にあるわけでもない。

「恐らくは阪東のアルジュナのような特殊なサーヴァントなんじゃないかな」

 

「有り得⋯⋯」

 無くはない、と口に出そうとした所でランスロットが超音速で俊介の目の前で拳を構えているのを目視する。

「エルキドゥ!」

「分かっているとも」

 

 エルキドゥは地面に手を当て、2人を遮る土の障壁を展開。俊介もポケットから宝石を取り出し、その場で砕く。

「その程度ならっ!」

 障壁は呆気なく破れ、吹き飛んだものの、既に俊介はその場におらず、既にエルキドゥの背後にいた。

 

「これはどうかな?」

 その体制のまま地面から数百もの剣を生成し、ランスロットへと放つ。

 しかしながらそれが当たることは無く、ランスロットは上空へと退避。追ってくる剣は全て自身の空中機動とマニューバで回避してしまった。

 

 更に超高速での飛行を行うランスロットから青に輝く無数の光弾がエルキドゥへと向けて放たれる。

「ちょっとあれ、性能おかしくないかな?」

 エルキドゥは光弾を避けつつボヤく。

「妖精というより、まるで戦闘機だ⋯⋯」

 

 光弾は俊介には向けられておらず、回避行動をとる必要は無かったが、衝撃は伝わってくる。

「仕方ない、少し飛んでくるよ」

「えっ?」

 その瞬間、エルキドゥの服装は現代風なものから本来のものへと変化。そのまま身体はランスロットを追うように上空へと飛び去った。

 

 

「エルキドゥ、飛べるなら飛べるって言って欲しかったな」

 

 

 エルキドゥは神秘やエーテルの満ちた神代でも時速300km以上の速度で飛行出来る存在であり、現代であればその倍の速度で飛行することが出来る。

 しかしながら、音速を超える速さで飛行するランスロットを捉えることは出来ない。

「汎人類史の英霊なのに、よくその速度で飛行できるね。いいよ、そっちが望むなら⋯⋯!」

 

 光弾を放つのを辞めたランスロットは急ターン。慣性を無視したその機動でエルキドゥへと向かっていく。

「!」

「はぁぁぁぁぁ!」

 両腕の武装パーツが反転し、光を帯びる。

 

 それをエルキドゥは自身の腕を刃状に変化させ、受け止める。

「近接戦、付き合ってあげるよ」

 互いに斬り合う中、やはり有利なのはランスロット。光弾を混じえたその流星の如き剣撃を行う姿には、ある種の幻想的な美しさすら感じてしまうだろう。

 拮抗はしているものの、やはり地の英霊と竜の妖精。空中戦を数十秒も繰り広げれば明らかに差が見えてくる。

互いに数度の撃ち込んだところでランスロットがエルキドゥを大きく吹き飛ばした。

 

「っ! ⋯⋯ふっ!」

 エルキドゥは少し距離が離れた瞬間に空中から天の鎖を放つ。神性属性が高ければ高いほど拘束力が増すエルキドゥ本体と言ってもいい武器。

 十数本もの天の鎖がランスロットに迫る中、彼女は急加速し軽々と回避しつつ、下がり気味のエルキドゥへと迫る。

 

「この程度、少し硬いくらいの鎖でしかない!」

 更には拘束しようとしてくる鎖をデタラメな空中機動の末に切り伏せ、エルキドゥの眼前に迫る。

 が、ランスロットの一撃がエルキドゥに届くことは無く、一瞬視界が明転した。

 

「ぐっ!」

「⋯⋯助かったよ」

 周囲に閃光が走り、ほんの数秒だけランスロットの動きが止まってしまう。

「下がれランサー!」

 

 それは俊介が使用した撤退用の魔術である。

 エルキドゥが戻ると俊介が少し不満げな顔をしていたのが気になった。

「ごめんねマスター」

「謝ることは無いが⋯⋯出来ることと出来ないことは最初に伝えてくれ。あと、相手は見た感じ空の英霊。元々地に立つ僕達には分が悪い存在だ。無理は良くない」

 

 エルキドゥを責めることは無く、冷静に指摘する俊介。

「そうだった、相手はサーヴァントとマスター。なら僕もマスターが来るまで待った方がいいのかな⋯⋯」

「⋯⋯マスター? アジ・ダハーカがここに来るのか?」

 未確認サーヴァント、ここではアジ・ダハーカが召喚したサーヴァントか、確認できていない残り1人のサーヴァント。どちらにせよ敵に違いないのだ。

 

「⋯⋯? 誰だい、それ?」

「そうか、知らないのか⋯⋯ならマスターがここに来る事は無いんじゃないか?」

 ランスロットの仕草に演技は無いとひと目で分かった俊介はそう尋ねる。アジ・ダハーカのサーヴァントでないのであればまだ見ぬ7人目のマスターのサーヴァントしかない。

 

 本来マスターはサーヴァントよりも弱いため、自身は隠れて遠くから指示を出すもの。マスターが落ちれば終わりなのだから態々身を危険に晒す様なことはしない。

 

 単独でサーヴァントと戦える規格外の魔術師だったり、サーヴァントと同化しているため前線に出ざるおえない暗殺者が身近にいるためあまり実感は出来ないが、普通はそうなのだ。

 

「そんなことは無いさ。マスターはこの特異点を修復しにこの時代にやって来たんだ。そんなことは絶対にしない」

 ん??? という疑問しかない顔になる俊介。

 

「⋯⋯これ多分話がすれ違ってるよね」

「待った。ならランスロット、君は今僕達と敵対する理由は⋯⋯?」

「無い。君達が戦いたがっていたように見えたからそうしただけさ。むしろこっちは協力者が欲しい立場だよ」

「あー、えー⋯⋯?」

 唇をへの字に曲げた俊介は少し叫んでしまった。

 

 

「これ戦い損じゃんか!!!!!」

 

 

「あれ、ごめんね。勘違いしてたよ⋯⋯」

 本気で申し訳なさそうな声色のランスロット。

「マスターが来るまでここにいてもいいとは思うけど⋯⋯どうする? 君達も来るかい?」

「⋯⋯まあ、君達の事情も知りたいし。マスターには合わせて欲しいな」

 

 なんだかんだで俊介はお人好しである。何かの事情でこの地にやってきたマスターを放っておけないのだ。

その提案に乗る俊介の返答を聞いたランスロットは嬉しそうに口を開く。

 

「やった! ありがとう! マスターも喜んでくれるかな! こっちだよ! 着いてきて!」

 そう言って嬉しそうに飛び立ち、青い残光を置いて先導する。

「いや、速いって。僕普通の人間なんだけど⋯⋯あと妖精騎士ってなんだったんだろ⋯⋯」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 時は少し遡る。

「未来!? この世界は白紙化されて以降、未来は存在しないはずじゃ⋯⋯」

 まだレイシフトする前。ダ・ヴィンチが告げたレイシフト先に驚く藤丸。

 

「そうなんだよ。もちろん、レイシフトは未来にも行けないことは無い。ただ、今までは未来を観測出来なかったから必然的に特異点は生まれなかったんだ」

 存在する未来の中での特異点。その異常性は平安京の比では無い。

「トリスメギストスの計測結果によると、向こうでできることはそれなりに限られている。例えば、我々の虎の子である簡易召喚は使えない代わりに、こちらからサーヴァントを一騎連れて行く事が出来る。また、現地でサーヴァントを召喚は出来ない」

 

「私と先輩、あともう1人一緒に行けるんですね」

「しかし、現地での召喚ができないのはどういう事かね?」

 冷静な相槌を打つマシュと、特殊なシステムに困惑するゴルドルフを見て、ダ・ヴィンチは肩を竦めた。

「これがよく分からないんだよねー。細かい事を聞こうにもシオンとホームズは別件で忙しいって言われてて。それが特異点の特徴だって言われてさ」

 

 その時、ピピーという電子音が鳴り、一人の男が顔を出す。

『マスター1人とサーヴァント一騎という形は本来の聖杯戦争に近い。となるとその形式で何かが行われているという可能性がある』

「ホームズ!」

『少し忙しいため会議に参加は出来ないが、こうして少しだけなら話せるとも。くれぐれも気をつけたまえ。恐らく異なる歴史を辿った別の⋯⋯ミス・シオン今は⋯⋯』

 

 そこでホームズからの通信が途切れてしまう。

「⋯⋯と、言うわけだ。特殊な特異点であっても、特異点は特異点。解決しない理由は無いからね。藤丸君はレイシフトの準備と、同行するサーヴァント一騎を選んで来てくれ。マシュは私と今回の特異点でのルールを確認していこう」

「「はい! わかりました!」」

 

 と、藤丸は部屋の外に出ようとする。

「あとそうだ。これを」

 ダ・ヴィンチは藤丸に1枚の紙を渡す。そこにはぎっしりとサーヴァントの名前が書かれていた。

「今回のレイシフトに適正の無いサーヴァントだ。少し多いかもしれないが、逆に言えばそれ以外は一緒に行ける。慎重に選んでね」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「て、言われても⋯⋯」

 藤丸は悩んでいた。カルデア内に存在するサーヴァントは水着霊基やサンタ等特殊なものを含めて300にもなる。その中から一騎を選べと言われても、中々難しいのだ。

 

「どうされましたか? マイマスター?」

 ふとすれ違ったサーヴァント、元異星の神の使徒だったアルターエゴ、リンボこと蘆屋道満が藤丸の悩み顔を見て声をかけてくる。

「⋯⋯リンボ。今レイシフトで誰と一緒に行くかを考えていたんだけど⋯⋯」

 

 チラリとダ・ヴィンチから渡された紙を見る藤丸。

「リンボは⋯⋯レイシフト適性が無いみたいなんだ」

「ほう⋯⋯横浜、ですか。日ノ本の特異点ともなれば拙僧の出番と申し上げたい所でしたが⋯⋯残ね⋯⋯ンンッ!?」

 

「マンボちゃんこんな所で何してるの? ほら食堂のスイーツ食べに行こ!」

「ンッ、ンンンンンン! レイシフトのお誘い、またの機会に⋯⋯清少納言殿! おやめなされ、おやめなされ!」

 道満はふと後ろから現れた派手目な平安女子、清少納言に連れて行かれてしまった。

 

「⋯⋯相変わらず楽しそうだなぁ、あの二人は」

 ここ数日のカルデアでよく見る光景であった。

「んー、この適性どういう判定なんだろう」

 改めてダ・ヴィンチから渡された紙を確認する。

 

 イシュタル、カーマ、千子村正等の疑似サーヴァントの類やフォーリナー全般といった括りがあるものもあれば、蘆屋道満、ギルガメッシュ、アルジュナ、マーリンといった個別で書かれているものもある。

「それにしても⋯⋯日本か⋯⋯」

 日本出身の藤丸は思い入れもそれなりに強いのだ。

 ましてや未来の日本。そこはかとなく期待を寄せてしまうのは無理も無い。

 

「どうしようかな⋯⋯」

 カルデア内を一通り見て回ってみたはいいものの、一人を決めるというのは藤丸にとって中々難しい行為である。

「あれ?」

 シュミレーターが一つだけ使用中になっていたのに気が付いた藤丸はその部屋に入っていく。

「えっ?」

 

 

 

 そこは星の内海。楽園の端。

 

 

 全てが幻想で満ちた希望の地。

 

 

 その名は全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 

 

 の、景色が映された部屋である。

「どうしましたか、我が夫」

「モルガン⋯⋯これは?」

 妖精國ブリテンを支配していた女王、2人の楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)の1人、モルガンと⋯⋯。

 

「彼女から茶会の申し出がありまして。折角ですし少し再現してみようかと」

 妖精國における予言の子。その記憶を内包した彼女の姿はブリテンの守護者と呼ばれるに相応しいもの。もう1人の楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)であるアルトリア・キャスター改め、アルトリア・アヴァロンである。

 

「僕もいるよ!」

 モルガンの膝にはケーキをパクパク食べる糸紡ぎの妖精、ハベトロット。

「向こうにはバーゲスト、バーヴァン・シー、メリュジーヌがいます」

モルガンが指を向けた方向には⋯⋯。

 

「えっ?」

 バーゲストは『Buster』バーヴァン・シーは『Quick』メリュジーヌは『Arts』という文字が書かれているTシャツを着て座っていた。

「んむ? マスター!」

 少し遠くで手を振るメリュジーヌの姿は小動物っぽい愛しいさがある。

 

「どうしてあの格好を?」

「何故⋯⋯でしょう? 元々あの3人はここに来る予定は無かったのですが、モルガンと私がここに入って行くのを見た彼女らが着いてきた、というのが経緯ですね」

「ハベにゃんは?」

「僕は元々2人に食事を運ぶ役目があったからさ。それに僕とモルガンは毎日お茶する仲だしね」

 なるほど、と藤丸は納得する。この集まり(通称妖精組)はよくこうして歓談していることが多いため、違和感は無い。

 

「オベロンはいる?」

 彼も一応は妖精のため、特別意図は無かったのだが、モルガンは少し不機嫌になってしまう。

「っ⋯⋯あのクソ虫を呼ぶわけが無いでしょう」

「安心してください、彼は今食堂でメロンを食べています」

 

 藤丸の頭の中には「ゆっくりメロンを食べたいオベロン」「わちゃわちゃしながらスイーツを食べているなぎことリンボ」という構図が容易に想像出来てしまった。

「ところでマスター、本日はどのような要件で?」

「あっそうだった。⋯⋯これから特異点を修復しに行くんだけど、着いてきてくれるサーヴァントを探していたんだよ」

 

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

 

 その藤丸の発言に妖精組は目を光らせた。(ハベトロットを除く)

 

 

「アルトリア・アヴァロン、いつでも出れます!」

「いいでしょう、私1人で特異点を更地にして見せます」

「僕も出れるよ! 境界の竜の力見せてあげる!」

 

 

「待った待った待った!」

 当たり前のように物騒過ぎる発言を言う過激派妖精達に戸惑う藤丸。

「⋯⋯他の3人はどう?」

 

「アタシも行きたいけどさ。ぶっちゃけお母様かランスロットいれば事足りるだろ?」

「珍しく私もバーヴァン・シーと同意見だ」

「僕は戦闘が苦手だからなー」

 

「待ってください、そこに私が含まれていませんが?」

「はぁー? だってお母様の方が強いし?」

 むぎぎ、とアルトリアとバーヴァン・シーは互いに目線で火花を散らしているが、なんだかんだ仲が良さそうなのは見て取れる。

「い、一応特異点の説明はしておくね⋯⋯?」

 

 藤丸は彼女らに特異点のルールや条件を説明する。

「⋯⋯私が⋯⋯行けない⋯⋯?」

「キャハハハハハ! 勝負にすらなってねーじゃん!」

 アルトリアはレイシフト適性が無いため、必然的にメリュジーヌとモルガンが選択肢に残ったというのが今の状況である。

 

「陛下、マスターと行くのは僕だよ」

「貴女に我が夫を渡すつもりはありません。寝言は寝て言いなさい」

 

 ここでもバチバチと争う2人。

 片や楽園の妖精。片や境界の竜。肩書きで言えば人類の括りとは程遠い存在の2人の気迫が創られたアヴァロンを揺らす。

「はぁ⋯⋯」

 しかし、そこでため息をついたのはモルガンの方だった。

 

「しかし未知の環境、そしてホームズが予想した⋯⋯聖杯戦争としての何か。諸々を考えると『妖精騎士』という名前が使えるメリュジーヌはその特異点では有利に事を運べるでしょう。私は汎人類史の私ではありませんが、同じモルガンですので」

「陛下!!!?」

 まさかの陛下が降りる展開に面食らったメリュジーヌは驚きを隠せていない。

 そしてバーサーカーらしからぬ冷静な発言は流石女王と言える。

 

 魔術で魔槍を顕現させたモルガンは、メリュジーヌにその穂先を差し向けた。

「境界の竜、メリュジーヌ。貴女に再び妖精騎士ランスロットの名を与えましょう。その力を存分に振るいなさい」

 その言葉を紡ぎ終えた直後、メリュジーヌの顔に妖精騎士のバイザーが現れ、その場に膝を着く。

「⋯⋯はっ。陛下のご期待に答えられるよう、死力を尽くします」

 

 かくして、藤丸に付き添うサーヴァントはメリュジーヌこと、妖精騎士ランスロットに決まったのだった。

「それにしてもそのTシャツを着てのやり取りは⋯⋯あまり締まりませんね⋯⋯」

 アルトリアのツッコミと失笑で、先程までの張り詰めた空気は春の風と共にいつの間にか霧散していたのは言うまでもない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「藤丸君! 準備はいいかい? それにメリュジーヌ、いや妖精騎士ランスロット」

 レイシフトの直前、戻ってきた藤丸にダ・ヴィンチが声をかける。

「はい! いつでも行けます! ⋯⋯ところでマシュは?」

「僕も問題無いよ」

 

「マシュはもうコフィンに入っているとも。こちらも準備は万全さ。さあ、君達も急ぎたまえ」

 こうして藤丸がコフィンに入ろうとすると⋯⋯。

「センパイ!」

「⋯⋯BBちゃん!?」

 

 水着姿のBBが藤丸の後ろに立っていた。

「どうしたの?」

「あ、いえ。少しお話しなければと思いましてー」

 と、BBは珍しく真剣な眼差しで⋯⋯。

 

 

「気を付けてください、その世界には⋯⋯私の同類がいます。この権能の⋯⋯」

 

 

「!」

「んっむぐぐっ、これ以上は言えませんね、アハハー」

「だ、大丈夫⋯⋯?」

 話している途中、急にもがき出したかと思えば平常に戻るBB。

「大丈夫ですよ、本っ当に気を付けて下さいね!」

 

 

 BBの同類、そして権能。その不穏な言葉が頭の中をぐるぐると回ってはいたが、考えることを辞めてコフィンへと入る。そして藤丸はレイシフトを行い、2025年の横浜へとたどり着いたのだった。

 

 

 

 




カルデアでの一幕でしたね。既存のサーヴァントはあまり追加描写を入れませんでしたが、まああんまり長々しくなるのもアレですし(おい執筆者)
妥協するなと仰るなら書きますけどね!
水着BBのやり取りは今後覚えておいて損はないかもしれません。まぁ、二章で回収するかは分かりませんが。

それにしても……。

おい、主人公がまだ2章になってから出てきてないじゃないか。何をしているんだ輝愛は。


「まあ、おいおい知っていけばいいさ」

おいおいっていつだよっ!!!


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時を見る不浄の猟犬

まあ、それっぽい理由を付けましたが、個人的にメリュジーヌが好きというのが大きいです。


 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 藤丸が特異点に到着したはいいものの、いつも通りそこは上空1000m程の位置。恒例行事である。

「先輩!」

 と、マシュが手を伸ばすが、藤丸がその手を掴む前にその姿が消える。

 

「えっ!」

「全く、僕がここに居るんだ。マスターにそんな危ない事はさせないよ」

 颯爽と現れて藤丸を回収したランスロットは、藤丸の意識が飛ばない程度の速度で着陸、そのまま瓦礫だらけの地面を吹き飛ばし、平にする。

 

「マシュは自分で降りてこれるよね?」

「はいっ、ランスロットさん!」

 ドン! という衝撃と共に着地したマシュ。

「2人とも大丈夫?」

 藤丸はマシュとランスロットを心配するように声をかけるが、2人はサーヴァント。この程度ではビクともしない。

 

「大丈夫です。先輩こそお怪我は?」

「無いよ、ランスロットのおかげだね」

「サーヴァントとして、騎士として当然の事をしただけさ」

 普段の可愛らしく、少し幼げなメリュジーヌとは違い、今は妖精騎士。対応が少し違うのだ。

 

 そしてピピーという電子音が藤丸の手首から鳴る。

『⋯⋯おっと、繋がったね。周りの様子はどうだい?』

 カルデアにいるダ・ヴィンチである。普段はこうして連絡を取り合い、作戦や知識面でのサポートを行っているのだ。

「ええっと⋯⋯」

 

 藤丸は辺りを見回してみると、そこは元市街地だったと思われる場所。一面コンクリートの瓦礫だらけであり、壊滅状態である。

 人気はなく、明らかに何かがあった後という状況に3人は唖然とした。

「何も無い、というより何かがあった後です」

『ふむ⋯⋯、なるほど。よし、こちらでも確認したよ。その場に留まるのは状況的にもまずいかもしれない』

 

「ただ、移動しようにも⋯⋯行くあてがありませんね」

 マシュと藤丸、そして無線のダ・ヴィンチが相談していると、ランスロットが離陸体勢に入っていた。

「誰か探してくるよ。待ってて、マスター!」

 ドン、という空気を揺らすような音と共にランスロットは空へと消えてしまった。

 

「⋯⋯行っちゃいましたね」

「大丈夫⋯⋯かな?」

『状況次第さ。最悪の場合令呪を使って呼び戻せば問題無い。幸い周辺に適性反応は無い。霊脈を探すのもいいかも⋯⋯』

「マスター! 待ってください!」

 

 マシュが盾をかまえ、瓦礫が山になっている所を向く。

 そこには一匹の黒い猟犬が居た。

 四足歩行の獣ではあるが、明らかに既存の生物では無いナニカ。その口からはチロチロと長い舌が見え、炎のような揺らめく瞳をしている。醜悪な肉体と、青みがかった不浄の液体を垂れ流すその姿はマシュと藤丸の方へと歩みを進める度に姿形を変えていた。

 

「敵! 敵です! 魔獣⋯⋯とは何か違いますが⋯⋯とても心がざわつきます」

「うん、俺も見ていて気味が悪い⋯⋯」

 盾を構えて攻撃に備えているものの、猟犬は襲いかかる素振りは無く、何故かマシュを凝視している。

『嘘! こっちから見ても何も無いよ! 周辺に生命反応は無い!』

 

 ダ・ヴィンチの観測には映らない猟犬は、ダ・ヴィンチが叫んだ瞬間にマシュへと飛びかかる。

「!」

 猟犬の爪をマシュは盾で弾き、そのままシールドバッシュ。逆に大きく猟犬を跳ね返した。

「マシュ!」

 藤丸は礼装に込められた魔術を放ち、さらに猟犬の動きを止める。

 

「アレは、危険です。今すぐメリュジーヌさんを⋯⋯」

 そうマシュが藤丸に伝えようとしたところで⋯⋯。

 

 

「こーんな所で何してんの? 流石にアタシも気になって出てきちゃったし」

 

 

 はぁ、とため息と活気のある声が藤丸とマシュの後ろから聞こえてくる。

「ど、どなたですか?」

 2人が振り向くとそこには黒のポンチョコートを着た金髪の女の子。

「アタシ? まあ、名乗るのは殺し屋としてどうかなーって思うけど、まいっか! アタシは神崎輝愛。横浜聖杯戦争のマスター、アサシン担当でーす!」

 

 何故かひたすらにテンションが高い輝愛がそこに居た。

 

「せ、聖杯戦争!?」

『なんで! 生命反応は無かったはずなのに⋯⋯』

「ど、どうしましょう? 敵意はなさそうですが⋯⋯」

 

「出来れば⋯⋯その⋯⋯自己紹介して欲しいなって。あとアタシのペット吹っ飛ばした件について釈明を」

 ちょっとムスッと腕を組んで視線を向ける輝愛。

「えっ? ペット⋯⋯さっきの!?」

 藤丸が驚いて輝愛の反対側、視線の方向を向くと、そこにはちょこんと座っている猟犬が居た。

 

「うりうりうり、痛かったかー? ごめんねアタシがちょっと離れてる間にー、お勤めありがとねー」

 そして輝愛がどこからともなく現れ、ひとしきり撫でると猟犬はどこかへ消えてしまった。

『なぁオイ、絶対これ相手が困惑してるぞ』

「大丈夫だって。アタシもよく分かってないし」

 

 大福の声が輝愛の身体から聞こえてくるものの、それがなんなのか藤丸達には分からない。

「えっ、ええっと⋯⋯?」

「ああごめんごめん。でも必要な事は話したと思うんだよねー、て事で自己紹介よろ?」

「あ、ああうん。俺は藤丸立香、こっちは⋯⋯」

「マシュ・キリエライト、先輩のサーヴァントです」

 

「あーね、サーヴァント⋯⋯げっ! マジ?」

 輝愛は1歩後ろに下がり、袖からナイフを取り出す。

「助けちゃダメな感じだった? マスターとサーヴァントならアタシらの敵だよね?」

『普通ならそうだけどな。ただマスターが薄々感じてる通り、アイツら敵意がねぇ。話のひとつを聞くのも悪くないと思うぜ。大体、残りのマスターってライダーだろ? あの盾の女、絶対違う気がするんだよ』

 

「それはそうなんだけどさ⋯⋯。まあ何とかなるっしょ。で、藤丸くんとマシュちゃんはどうしてここに? 言っとくけど、説明で魔術の用語使ってきたら速攻で帰るからね」

「え、えぇ⋯⋯?」

「なんだか⋯⋯すごい人ですね⋯⋯」

 藤丸とマシュが苦笑いを浮かべながらどう話そうか考えていると、ダ・ヴィンチ真面目な顔で乗り出す。

 

『初めまして、私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、カルデアという組織で作戦や指揮を担当している』

「えっマジ? ダ・ヴィンチってあの? ヤッバ、今めっちゃ凄い人と話してんじゃん!」

『私達はこの特異点、歴史の修正を行うために2017年からやって来たんだ。ここには来たばかりだから今ここで何が起きているのか、さっき君が口にした聖杯戦争の全容を聞かせてくれるとこちらとしても嬉しいんだけど⋯⋯』

 

 その問いかけに反応したのは意外にも輝愛では無く大福だった。

『待った。ダ・ヴィンチとやら、今時間を超えてって言ったな?』

「大福? そのまま喋っても説明増えるだけじゃない?」

『あ、ああそうだそうだ。俺は⋯⋯まあマスターの中に現界してるサーヴァント、マスターからは大福って呼ばれてる。で、ダ・ヴィンチ。時間を超えたら俺の眷属が襲ってくる筈なんだが、どうやって克服してんだ?』

 

『⋯⋯、大福くんの状況について後で改めて聞くとしよう。時間を超えたら君の眷属が襲ってくる、というのは? 少なくとも我々は一度もその状況に出くわしたことは無いよ?』

『そのままの意味だ。俺の眷属は時間の角に住み着く猟犬だ。時間を飛び越えた時点で観測されて、死ぬまで一生追い回す。そういう特性があんだけどよ⋯⋯えっ? マジで無いの?』

 

「そうですね、私と先輩は何度もレイシフトを経験しましたが、そういったことは有りませんでした。強いて言うなら先程襲われましたが⋯⋯」

 マシュがこれまでの出来事を思い出すように言う。

「それはここがあの子の監視範囲だったからノーカン。流石に違うでしょ」

 

 

「「「『『⋯⋯』』」」」

 

 

 沈黙。

 

 

「コラー! 大福がダ・ヴィンチの話の腰を折るから会話が変な方向に行っちゃったじゃん!」

『わ、悪かった悪かったってマスター! あんまり怒らないでくれよ!』

「今はなんかよくわからないけど、困ってる藤丸達の話を聞くのが優先。で、 色々聞き終わったらこっちから質問する! 質疑応答の基本! 一応王様なんだからさ!」

『分かったって⋯⋯ったく、人間っつーのは難しいぜ』

いつもの実質1人コントが始まり、なんだかんだそれが二、三分ほど続く。

 

「で、2人はどうするの? さっき飛んで行ったあの子待ち?」

 急に輝愛がマシュと藤丸の方へと向く。

「そうですね、ランスロットさんが⋯⋯あ! 来ましたよ!」

 

 空を見ると戦闘機のように青い光を放つ存在が勢い良く降りてくる。

 辺りを衝撃と閃光で満たしながら、着陸するランスロット。

「マスター、現地のマスターを見つけたよ。すぐに来るはずだ」

 

「うおっ、凄いね人類にはこんな速さで動く偉人が居たなんて⋯⋯」

『いや、流石に人じゃないだろ⋯⋯』

「む、ところでキミは?」

 そんなこんなで妖精騎士ランスロットと輝愛が自己紹介していると、俊介がエルキドゥに抱えられながら走ってくる。

 

「お、お待たせ⋯⋯って神崎さん!?」

「うっちゃんお久ー、元気してた?」

「まあ、してた。⋯⋯雰囲気変わったか?」

「お? 何々? わかるー? ちょっと変わったかもねー?」

 久々の再開に喜ぶ2人。

 

「この2人が妖精騎士ランスロットのマスター、という事でいいのかな? 僕はエルキドゥ、そして彼がマスターの宇都宮俊介」

「エルキドゥ、僕抜きで紹介を⋯⋯」

「だってマスター、再開して嬉しそうだったからついね」

エルキドゥなりの気遣いという事である。

 

「立ち話もなんだし、ゆっくり休める所に行こっか。あれ、大福ー、『門の創造』ってみんなまとめて飛ばせるっけ?」

『あぁー? ⋯⋯行けるはずだぜ』

「さんきゅっ」

そう言って輝愛が指を鳴らすと⋯⋯。

 

 

「じゃあ場所移すよー」

 

 

 その瞬間、その場にいる全員の視界が暗転した。

 

 

 




いかがでしたか。今回は割と茶番多めな回になってます。ずっと戦闘パートなのも流石に息が詰まりそうになると思いますので。お茶でも飲んでゆっくりしていってね。


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会談

ようやく輝愛が出てきましたが⋯⋯まあ、ここから少しずつ変わっていきます。どう変わるかは、お楽しみにということで。


 

 

 

 景色が戻った時、そこは森の中だった。

「うーん! 戻ってくるのは久々だねー!」

 周囲は木々で覆われ視界が狭まる中、正面にあるのは昔ながらの古民家。築100年は下らないであろうその家は、何故かその周囲だけ整備されており、人が住んでいるのを感じさせている。

 

『藤丸君、大丈夫かい?』

 ピッピーという音とともにダ・ヴィンチとの回線が繋がる。

「は、はい。ここは⋯⋯?」

『位置情報的に川崎市だね。横浜の隣さ。ただ、正確な場所までは分からないように細工されている⋯⋯』

 

「一応ここがじーじの家かな。久々にゆっくり出来るー!」

 思いっきり背中を伸ばし、その古民家の扉を開ける輝愛。ガラガラと古めかしい家によくあるスライドした時の音が鳴り響く。ちなみに結構うるさい。

「ねぇー早く来いしー! 玄関入って右が居間だから適当に座ってちょー」

 

 そう言って輝愛はそそくさと入っていく。

「え、ええっと⋯⋯?」

「いい、のか?」

 いつも通りマイペースな輝愛に戸惑う俊介と藤丸。

『いいんじゃないかな? 私達としてもゆっくり話が出来る方がいいからね。⋯⋯それにしても、ここまでの大規模転移魔術は中々お目にかかれないから、後で色々聞いてみたいなぁ⋯⋯』

 

 どこか楽しそうなダ・ヴィンチの催促に後押しされるような形で玄関の扉前に向かう。

 中は外と同じ木造。狼のような、犬のような姿の大きな木製の人形や、こどもの日の兜、熊の剥製といったあまり見ない置物は多いものの、歴史を感じさせる内装となっている。

「お、お邪魔しま⋯⋯」

 

「マスター! そこを動かないで!」

 藤丸が挨拶して家に足を踏み入れようとした瞬間、ランスロットに止められる。

 直後、藤丸の眼前に銀色の閃光が走る。そのまま1歩を踏み出していれば間違いなくその眼球は切り裂かれていたという距離に。

 

「先輩!」

 後ろにいたマシュが駆け寄ろうとするがランスロットが止める。そしてランスロットが己の右腕に装着している武装を反転させ、銀色の閃光を受けつつ目の前の人物に呼びかけた。

「貴方がじーじ、かな」

 

「⋯⋯ほほう、あっしゃの剣を目視出来るたぁ、中々やるなぁ嬢ちゃん?」

 そこに居たのは長袖Tシャツの短パンという外出には向かない完全に部屋姿の男性。70代近くの老人だが190はあろう身長と、隆々たる体格がその見た目の存在感を際立てている。

 しかし、それは見た目のみ。実際には存在を感知することすら難しく、気配が完全に消えていると言っても過言では無い。現にこの場にいる全員が、目を逸らせば彼がそこに居るという事を認識出来なくなりそうな違和感を覚えている。

 

 老人はその剣、2m近くある大太刀を背中の鞘に収めると、2階のベランダ前の屋根に跳躍して飛乗った。

「じーじ? ⋯⋯ああ、あっしゃがあの輝愛(バカ孫)の祖父。神崎秀郎じゃ。ところで輝愛(バカ孫)はど⋯⋯?」

「ねぇじーじ? 一応アタシの客なんだよ、ねっ!」

ベランダの隅から飛び出してくる輝愛はそのままナイフで秀郎に斬り掛かる。

 

「のっのわっ! どこから出てきたっ! 止めんか輝愛! 行儀が悪いぞ!」

「黙らっしゃぁい! じーじは黙って部屋を貸せし!」

 口で言い合いながらも、大太刀でナイフを受け止めて反撃を行う秀郎と、それを軽々と回避し、更に追撃を繰り出す輝愛。

「あっしゃとばーばの家じゃここはぁ! あと勝手に客を呼ぶな!」

「なら孫も使っていいでしょ! じーじは殺し屋から足洗ったんだし、いいじゃんちょっとくらいは! だいたい、家ぶっ飛んじゃったから今まで野宿だったんだけどぉ!」

 

「⋯⋯なんと? 本当か?」

 一般人から乖離した異次元じみた斬り合いの末、輝愛の言葉にピタリと動きを止める秀郎。

「マジ! マジのマジ! じーじもラジオくらい聞いてんじゃないの?」

「あっしゃの家にそんな文明の利器(はいてく)なものは置いとらん! 辛うじて水道と電気が通ってるくらいだわ!」

「ラジオはもうハイテクじゃないし! とにかく、少しの間使わせてよね! 色々話すからさ!」

 

 ぷんぷん、と腕を組みながら秀郎を睨む輝愛だったが⋯⋯。

「分かった、適当に使えぇい。じゃが、先に⋯⋯その⋯⋯輝愛、先に着替えを終わらせたらどうだ?」

「⋯⋯へっ?」

 今更ながら、輝愛は今の状況に気が付く。

 

 なんと、着ていたのがピンクのヒラヒラとした装飾が施されたそこそこ派手なブラ(推定Fカップ)とパンツという下着オンリーな姿だったのだ。

 

 

 

「あぁぁぁ!!!! 着替え中だったしぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 輝愛は叫びながら、最寄りの角を通って風呂場へと向かった。

「⋯⋯コホン。よっと、まあなんだ。久々の客人だから少しはしゃいじまって。とりあえず上がれ」

 ゴリゴリ、と首や腕を回しながら再び大太刀を鞘に収め、屋根から玄関に降りてくる。

「人間と人ならざる者2人ずつに混ざり者1人程度なら、あっしゃらの家でも入るじゃろて」

 

 秀郎は玄関の棚から箒を取り出し、ぱっぱと払う。

「何をしておる? はようせんか」

「えっ、あっ⋯⋯お邪魔します⋯⋯」

「失礼しますね、神崎さん」

 今度こそちゃんと挨拶を言えた藤丸。

 

 輝愛に言われた通り玄関から居間へと向かう。

 居間は20畳程でとても広く、ダイニングテーブルや座卓、ソファーといった現代家具から囲炉裏や縁側といった昔ながらのものまで様々存在する。

「ほれ、適当に座れい。輝愛が来るまで茶菓子でも食っとるか?」

 

「あ、いえお構いなく⋯⋯」

「僕は欲しいかな、ここに現界してから和菓子というものを食べた事がないからね」

「エルキドゥ、図々しくないか⋯⋯?」

「マスターこそ、ここは遠慮する場面じゃないと思う」

 むむむむ、としかめっ面の俊介と、座卓の上にあるお菓子を見ているエルキドゥ。

 

「ほれ、そこにある。好きに食え。⋯⋯人ならざる者でも茶菓子は食うのか」

「おや? 僕達の事が分かるのかい?」

「じーじは場の空気とか声、発生する気である程度どういう存在かを認識出来るの。腕前やエネルギー、コンディションとかその辺もね。アタシは元々じーじが話す『人ならざる者』なんて信じてなかったけどね!」

 エルキドゥが興味津々で秀郎に尋ねると、居間に入ってくる輝愛が答える。

 輝愛は風呂から上がると部屋着に着替えていた。しっとりとした皮膚に水滴が滴る長い金髪。そして部屋着で強調される胸部と色っぽさを醸し出している。

 

「ファッファッ。そういう事じゃ。最初に見た時、そこの仮面の娘っ子と黄緑はもう人ならざる者と分かったからな。次点で盾の娘は黄緑の主、仮面の娘っ子の主は一般人に近いかの? 年相応の小僧だ」

「よ、よくお分かりで⋯⋯」

 藤丸は苦笑いを浮かべながら返答する。

 

 藤丸立香は元々「ただレイシフト適正が高いだけの一般人」なのだ。今はカルデアのマスターとして特異点修復や異聞帯攻略を行っているものの、本来その任務は彼の能力を見れば不相応、理不尽な難易度なのだ。

「ただ、小僧は相当の修羅場をくぐって来たのは分かる。精神が出来上がっちょる。それにあの仮面の娘っ子、人ならざる者の中でも格が違うわい」

 

 ファッファッと大きく笑いながらお茶を飲む秀郎だが、すぐにお茶を詰まらせてしまった。

 名指しされたランスロットはソファーに座る藤丸の膝の上に座っている。

 そしてその発言を感慨深そうに聞いている俊介。

『そこまで分かるのは、何か魔術的な何かかな? 秀郎氏?』

 藤丸の腕時計からダ・ヴィンチが顔を出す。

「ゲホッゲホッ! ⋯⋯魔術? ンなもん知らんわ経験じゃ経験。当たってるなら感覚が鈍ってなくて良かったわい。⋯⋯なんじゃ? 最近の機械は凄いな、ホンモノみたいだ」

 

 ダ・ヴィンチに差程興味も見せない秀郎は、キッチンへと向かう。

「自分の客人くらい自分で世話せい。せめて、会話でもしたらどうだ? あっしゃ適当につまめるもの乗せとくわい」

「じーじたすかるぅ!」

 

 輝愛は座卓付近の小さな冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出した。

「よーっし、じゃあ本題に入ろっか! テキトーに座って、知りたいこと聞きたいこと、事情なりなんなり話し合うということで!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「つまり貴方達はカルデアという組織の一員で、歴史の分岐点、通称特異点を修復するために2018年からこの時代にやってきた、と」

「はい、私達の時代では世界の白紙化が起きていて、人類史に未来は無かったはずなのですが⋯⋯こうして2025年に来れてしまいました⋯⋯」

 現在はカルデアの事情を聞き、特異点修復という任務を理解したところ。しかしながら。

 

「で、その特異点発生と同時に2018年に世界滅亡の危機と。ふじまるの時代ヤバくない? てかアタシらそんな事件無かったよね?」

「そうだな、少なくとも2016年の記憶はあるし、魔術世界でカルデアという組織は聞いたことが無い」

 この辺りで互いの認識が違ってくる。

 

 藤丸達は「2016年から2017年は誰の記憶にも残っていない」という主張に対し、輝愛達は「そもんな事は無いし、何よりそんな事件は無かった」というもの。

「まあでも、この辺りは平行線だよね、そもそも彼女のようなサーヴァントがいるんだ。辿ってきた歴史が違うというのは有り得そうじゃないかな?」

 エルキドゥはランスロットに目を向ける。彼女はソファーに座る藤丸の膝に無言で座っていた。

 

『ならここが特異点になっている理由が無いんだよね。そもそも別の世界なら観測出来ないはずだし⋯⋯』

「あーもー! 話が難しい! 硬っ苦しいし、なんかまるまるのところは人類滅亡してるし!」

「まるまるって、俺?」

「そう! まるまる!」

 

「そうね、中々こんがらがっているみたいだし、私がある程度情報出してもいいかしら?」

 ふとその言葉が神崎家に響く。その声色は甘く、そして氷のように冷たいもの。

「絡果!? いつから!?」

 そう、横浜の聖杯戦争における監督役、荒島絡果がそこに立っていた。

 

「今よ、今。転移で来たの。久しぶりね、神崎さん。⋯⋯あら? カラコン変えた?」

「ん? ⋯⋯あー、気分転換。ちょっと色々あってねー」

 よく見ると、輝愛の瞳は前よりも少し青みがかっている。些細な差ではあるが、俊介は気付くことが出来なかった。

 

「さて、カルデアの方々、遥々彷徨海からお疲れ様。私は横浜聖杯戦争の監督役、荒島絡果。そちらが求める情報をある程度出せると思うわ。よろしくね藤丸君、マシュさんに⋯⋯ランスロット卿。それとダ・ヴィンチ、ゴルドルフ殿」

『一応転移の魔術は高位の術式なんだけど⋯⋯みんなバンバン使いすぎじゃないかな? ⋯⋯ある程度こちらを知っているんだね。それにゴルドルフ君は通信に出していなかったはずだけど?』

 ちなみに、ゴルドルフは現在お腹を下してトイレに行っている。

 

「そこにいるのは知っているもの。⋯⋯ホームズは居ないようね。ちょうどいい、と言うべきかしら」

『ちょうどいい?』

「こっちの話よ。さてと。話の本題に行こうかしら。まず横浜が特異点化した発端は横浜聖杯戦争。これは多分分かっているでしょうけど。⋯⋯神崎さん、隣いいかしら?」

「いいよー」

 絡果は輝愛の横に座り、ミカンを剥き始める。

 

「何となくだけどね。特異点が発生するのは決まって聖杯が中心だからさ」

 確認を取るように相槌を打つ藤丸。

「そして問題はその聖杯。結論から言えば、横浜の2つある聖杯のうち、この聖杯戦争の発端となった"暴走した聖杯"ではなく、この聖杯戦争に参加しているキャスター、アジ・ダハーカがスルトの霊基や神核をリソースに使用した"造られた聖杯"が特異点発生の原因ね」

 

「聖杯が⋯⋯造られた!?」

『それもサーヴァントを使用、変質させて⋯⋯?』

 驚きの声が止まらない中、パクパクと柿ピーを口に運ぶ輝愛。咀嚼中、少し苦い表情をしていたが誰も見ていなかった。

「しかも北欧で戦った巨人スルトに、ゾロアスター教に伝わる悪神、アジ・ダハーカ。神霊級のサーヴァントばかりですね」

 

『正直、そこにいるエルキドゥですら聖杯戦争で召喚できるギリギリだと思うんだけどね⋯⋯』

「とにかく。今の問題はアジ・ダハーカね。このままだと横浜どころか世界が滅びかねないの。貴女達、どこまで説明したの?」

「んー? んくっ。そこまで多くは説明してないかな。細かいサーヴァントの名前は後で出そうと思ってたし」

「貴女ねぇ⋯⋯」

 

 輝愛が口にほおばった柿ピーを飲み込み、答える。

「だって結局対策なんて無理でしょあんなの。バンちゃんだって倒しきれなかったんでしょ? 実際に見てもらった方が早いって」

「⋯⋯まあ、いいわ。今の霊基質量はまだ貴方達が戦ったオリュンポスのゼウスやデメテルの十二機神や妖精國ブリテンの祭神ケルヌンノスと同等程度だけど、そんな彼の聖杯を今から貴方達は奪いに行こうという訳、異聞帯でもない現代でまともにぶつかったら危険でしょう?」

 

 その絡果の発言でその場の全員が口を閉じる。

『待った。ひとついいかな? 絡果、君はどこまでこちらの事情を知っているんだ?』

「と、言うと?」

『この時代にカルデアという組織は無い、もし昔あったと言うなら話は別だけど、宇都宮君のおかげで今は無いということが分かった。そもそも君の言い方はまるで()()()()()()()言い方だよね。そこが妙に引っかかる』

 

 ダ・ヴィンチが疑うような視線を絡果に向けるが、彼女は剥き終えたミカンをひとつ口に放り込む。

「⋯⋯気にし過ぎ。私が見れるのは記録だけ。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴女達が気にするだけ損よ」

『⋯⋯君からの情報は本当に信用していいものなのかな?』

「それは信用していい、だって私がアジ・ダハーカ討伐を主導しているもの。貴方達はアジ・ダハーカが保有する聖杯を欲している、そして少なくともここにいるマスター2人と私はアジ・ダハーカが落ちてくれると助かる。要は勧誘ね、どうかしら? 私達と戦ってくれるなら、監督役権限でカルデアに聖杯を譲ってもいいわ」

 

「あー! 職権乱用じゃねそれ!」

「貴女にあげたら聖杯戦争の意味が無いでしょう?」

「はいはい、言うと思ったー!わかってるしー!」

 輝愛は不服そうに柿ピーの袋を開けて流し込んだ。

 

『最終判断は君に任せるよ、藤丸君』

「⋯⋯マシュはどう思う?」

「私は⋯⋯荒島さんの提案に乗ってもいいと思います」

 マシュは一瞬躊躇いながらもそう断言する。

「⋯⋯分かった、荒島さんの提案を受け入れるよ」

 藤丸自身、元々受け入れようと考えていたが、あえてマシュに振ったのだ。以前のマシュであればこの状況で自分の意見を明確に示す事は無かったかもしれない、しかし彼女は妖精國の1件で精神的に大きく成長している。それを再確認したかったのだ。

 

「決まりね。これで次の段階の話が出来るわ。貴方達カルデアが来てくれたおかげで次の話が出来るわ」

「次の話、ですか?」

 お茶を啜りながら問いかけるマシュ。

「つい先日、聖杯があるサーヴァントに干渉し、霊基の格が文字通り一段階上がった。この世界では最初の現界、貴方達カルデアには馴染みがあるんじゃないかしら?」

 

「霊基の格⋯⋯もしかして⋯⋯!」

「そう、グランドクラスが後付けではあるけれど現界した。それが何を意味するか、貴方達なら理解出来るでしょう?」

 藤丸とマシュは一気に部屋の空気が冷たくなるような錯覚に陥っていた。ダ・ヴィンチの顔は青く、対照的にトイレから戻ってきたゴルドルフは清々しい笑顔である。

 

 

 

「そう、アジ・ダハーカの目的は己を獣へと昇華する事。だから対ビースト戦のプロフェッショナルである貴方達が必要だったの」

 

 

 




気がつけば金曜日。今のところ週一投稿は守れてますが、今後はどうなるか…。
コミケに参加してきましたが「実録妖精領域めり込めメリュ子」「浴室妖精領域メリュ子百度参り」は手に入りませんでした…。

次回は多分もっと情報出てくると思います。あと、輝愛のお家絡みのことが出てくるかも…? 何でもわかる絡果が優秀過ぎる。マジでナニモンだ?


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秘匿の御三家

元のタイトル「誰がアニムスフィアの言うことなんか聞くかバーカ!」でした。
なんだこのIQが低そうなタイトルは⋯⋯。


 

 

「⋯⋯獣? ビーストって何? 動物?」

 カルデアの面々が唖然としている中、初めて出てきた単語に首を傾げている輝愛。

『ビーストは獣のクラスと呼ばれているエクストラクラスのひとつさ。人類が発展する度に見える人の獣性、それが形となったものがクラス・ビースト』

「通称人類悪。人が知性を持てば必然的に生まれてしまうような原罪の証。そのカウンターとして召喚されるのがグランドクラスのサーヴァント、まあ⋯⋯本来の霊基よりも強力なサーヴァントと覚えておけばいいわ」

 

 立場が被るなぁ、という目線をダ・ヴィンチが絡果に送るも、彼女はそれを無視して小さく笑みを浮かべる。

「その裏にあるのは人類愛。例えば『憐憫』の獣ゲーティアは人類史を焼却し、新たに死の存在しない世界を作ろうとしていたわね」

「おお、知性派2人の解説嬉しい。なるほどねー、愛故の滅びって感じ? 死なない世界はアタシも賛成だけど、今を壊してでも欲しいかって言われたらなーってなるね」

 

「究極の自業自得という訳か。僕も知らなかった」

『ビーストが顕現しそうになっているというのにこの落ち着きはびっくりなのだけど』

「まあ、そもそもこの世界では現界した事がないもの。その驚異を知らないのは当然よ」

 

「待って下さい、この世界では現界した事が無いってどういう事ですか?」

 絡果の発言の違和感を指摘するマシュ。そして一瞬遅れてダ・ヴィンチも気がつく。

『⋯⋯確かに。既に私達は4基のビーストを討伐してきた。それでも絡果曰くこの世界では初めての現界。つまり⋯⋯』

 

 

「ええお察しの通り。ここは貴方達が辿る本来の歴史じゃない。所謂平行世界に近いわね」

 

 

 何事でもないようにやかんから緑茶を入れる絡果。

「⋯⋯だから2人と歴史が噛み合わなかったのか」

「じゃあこの世界の特異点を修復しなくても、私達の歴史に影響は無いということですか?」

「極論はそうね。まあ、そのまま帰られるのは非常に困るのだけれど」

『どういう意味かな?』

 

 各々思い思い話すカルデア。

「それに貴方達は世界の崩壊を防ぐ為という理由もあるのでしょう? 正直、そっちはかなり簡単ね。コメディかコントでもやってるんじゃないかしらって思ったわよ」

「コント⋯⋯ですか?」

 

『詳しく聞かせて欲しいな。それと、多分藤丸君は歴史に影響が無くても特異点は修復するよ』

「うん、自分に関係が無くても、なるべく助けたい」

 絡果はその藤丸の言葉に呆れたようにため息をつく。

「本っ当にお人好しねぇ。⋯⋯嫌いではないのだけれど。なら崩壊を引き起こした張本人、呼んでくるわね」

 

 絡果は座ったまま転移を起動し、姿が消える。そして3分後、その場所に戻ってくる。

「アァー! ッたく、人使いが荒いじゃねぇかよォ! あと土足厳禁だから態々玄関に飛ばしたのかテメェ!」

「相変わらずうるさいわね。ここは日本よ。要件が終わったら飛ばしてあげるから我慢しなさい」

 

 輝愛や俊介にとっては聞きなれた怒号。それは当世において並ぶ者が殆ど居ない『宇宙(ソラ)』を冠する文字通り"最強"の魔術師。

「バンちゃんじゃん。おすおす」

「ここテメェの家か。⋯⋯知らねぇ奴らが居んなァ?」

「彼は阪東葛木。魔術協会や聖堂教会ですら手に負えないような厄介魔術師よ」

 

「紹介に悪意あんだろオイ! ⋯⋯まァなんだ、オレァ何も知らねぇから色々説明たの⋯⋯む⋯⋯」

 見定めるように、その空間を楽しむように見回していたところ、マシュのところで視線が止まる。

 

「ア? なァ荒島、オレがコイツらを見て皆殺しにする危険性とか、考えなかったのか?」

「あのね、今更過去の因縁にケチつける気? 貴方そういうの気にしないタイプだと思っていたのに」

『阪東⋯⋯阪東⋯⋯あっ、思い出したぞ! 時計塔の阪東家といえば過去、アニムスフィア家と天体科の主導権争いをしていたという⋯⋯』

 

 時計塔の事情に詳しいゴルドルフの言葉で事情を知るカルデアは察することが出来た。

「じゃあ俺達に色々恨みとか⋯⋯」

「オレは別にそういうのはねぇけどさァ! 普通なら流石に阪東家最後の生き残りだゼ? ここのヤツら全員しばき殺したっておかしかねぇよなぁ? 色々因縁ッつーヤツがあるかもしれねぇだろ?」

 

『フン、所詮はアニムスフィアに負けた負け犬が今更何を⋯⋯』

「ゴルドルフ殿、あまり出過ぎた事は言わない方がいいわよ。彼、やろうと思えばレイシフト解析してそっちに飛んで行くかもしれない」

『嘘でしょ⋯⋯?』

 唖然とするゴルドルフ。

 

「この世界だと彼は時計塔における冠位(グランド)相当。相手が炎の厄災だった頃の貴女にすら単独で勝てるんじゃないかしら?」

「⋯⋯今の僕はランスロットだ。それにあまりその手の話は好きじゃない」

「あらあら、ごめんなさいね。⋯⋯とにかく、負け犬とか大きく出ない方がいいわ。それと、今回は貴方にも非があるのだから少し落ち着いて」

 

「だからってよォ⋯⋯なんか視た感じ困り事だよな? それもヤバめなヤツ。その解決のためにここに来た。⋯⋯あーでこの後アイツの聖杯を取りに行くと。何となく流れは理解したぜ」

 他者が何も言わなくても勝手に「星読みの魔眼」で状況を理解する阪東。

「で? オレが何したって?」

 

 飄々と絡果に問う阪東は、付近の柱に寄りかかる。

「いや貴方、アジ・ダハーカとの戦闘中、あの物質投げつけたじゃない。それよそれ」

「アァ? ⋯⋯あー、あっ? えっ? マジ? ソレがコイツらの世界に?」

 

『どういう事か説明して欲しいな』

「あ、いや⋯⋯。オレがアジ・ダハーカに投げた『ストレンジ物質』っつーのがさ。現状地球の技術じゃどうしようもねぇ破壊物質なんだよ。ソイツをアジ・ダハーカが空間ごと切り離して別の世界にぶっ飛ばした。その結果⋯⋯」

 ストレンジ物質とは、宇宙空間に存在するあらゆる法則を無視して破壊を行う危険な物質なのだ。

 

『私達の世界に来てしまったと!? 一体なんの冗談かね!?』

「いやマジで。ゴッさんには悪いけどさ⋯⋯ってゴッさん!?」

『⋯⋯何かね?』

 

 あまりパッとしない表情のゴルドルフだが、阪東はサングラス越しからでも分かる驚きの声を漏らしていた。

「ウッソだろゴッさん、そっちの世界じゃ一組織のトップかよ! 出世してんなぁ⋯⋯」

「なになにー? その人バンちゃんの知り合いなの?」

「ンやまァ、時計塔時代に世話になったからな。色々迷惑かけちまった。今どうしてっかなぁ、こっちのゴッさん⋯⋯」

 

 時計塔時代。阪東が暴れに暴れていた頃である。

「ゴッさんがいるなら話は変わってくるな。オレも聖杯戦争に参加しているマスターの1人。ったァ障害のひとつくらい壊してくれんなら、そっちの物質とこの世界への穴くらいは術式で塞いでやんよ」

「⋯⋯あれ?」

「本当⋯⋯ですか?」

 サクサク進み過ぎて困惑している藤丸とマシュ。

 

「別に? 多分そんなに手間じゃねぇだろうし、元々オレの宇宙が起源なら楽勝だ。多分テメェらがここまで来れた理由はストレンジ物質が空間ごとぶちぎったからだろうし、それを塞ぐくらいならゼル爺に聞かなくてもいけんだろ多分」

『多分が多いなぁ⋯⋯』

「まあ彼ができると言うのならいいじゃない。その辺りの出来る出来ないの判断を下せない魔術師じゃないわよ。⋯⋯さてと」

 

 話は終わった、と言わんばかりに絡果は阪東を転移させる。

「オイオレの靴っ!」

「一緒に戻してあげるから安心しなさい」

 人差し指をくるりと回すと、既に阪東はこの場から消えていた。

 

「で、ここからどうするのー? もういい時間じゃない?」

 一同は各々時計を見る。そこには16時27分と記載されていた。

「いい時間、とは?」

「今日が何日か忘れたの?」

 

 輝愛の質問に困惑する一同だが、マシュだけが気が付けた。

「あっ! クリスマスイブですね!」

「⋯⋯あー、なんか色々あり過ぎて忘れてたな」

 そう。冬休み前に聖杯戦争が始まり学校が閉鎖、そこから流れで冬休みに入り、そこから数日。なんと偶然たまたまクリスマスイブだったのだ。

 

「そそ! てことで今日はお仕事もう良くない? ぶっちゃけここまで話が難しくてアタマショートしそう!」

『理解は出来なくもないけど⋯⋯今すぐ行動に移した方が⋯⋯』

「それは待って欲しい、少なくとも明日以降からじゃないと動けないの。彼女達⋯⋯グランドとそのマスターが到着するのが明日なのよね」

 

 突拍子も無く提案されたクリスマスだが、様々な事情で何故か開催されそうである。

「じゃ、アタシ買い物行ってくるからー。適当に寛いでて。⋯⋯絡果はばーばとあり物でなんか作っといて」

「あのね⋯⋯人使い荒すぎよ。まあやるからには楽しませてもらうわよ、叔母様はどちらに?」

 

 キョロキョロと絡果が見渡していると。

「緩みすぎだねぇ、ハッ!!!!」

 ドン、と絡果の肩に手刀が置かれる。

「!?」

「おやおや。反応出来ないとは。本当に孫の客人かね、じーじ?」

「ばーば、あまりあっしゃらの感覚で測るでないわ。流石に可哀想だ」

 

 絡果が振り向くとそこには巨大な影。秀郎くらいの体格に、不相応な小さなメガネ。そして水色のエプロン。

「そうさねぇ。しかしながら神崎家の客人として見れば別に悪くは無いともさ。アタシは神崎紗々、好きなように呼びなさい。⋯⋯絡果、厨房はあちらさね」

「え、えぇ、ご婦人。わかりました」

 

 

 ここまで明らかに引き攣った顔の絡果を見たのは、輝愛も初めてだったかもしれない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 神崎家の庭。銀色の閃光とアロンダイトの輝きが交差し合う衝撃と甲高い音が辺りを彩る。

「やっ! はぁっ!」

 拳と剣撃の重ね技を放つランスロットに対して。

「久々に身体を動かすのも悪くないわ」

 

 休日のランニングの如く和やかな雰囲気でそれらを受け流す秀郎。

「しかしながら、主、本領は別のところにあるのだろう? 相当な手加減が見えるわ」

「⋯⋯どうかな」

 

 ガギン、という金属音を響かせ大きく距離をとる。

「ふぅ。そろそろいいか。手練と撃ち合うというのはいい刺激になるのう」

「凄いですね、あのランスロットさんと剣の腕で同格だなんて⋯⋯」

 

「そら、あっしゃら神崎は()()()()()()だからな。人ならざる者相手でも同等に戦えるわ。まあ、それでもあっしゃの全盛期はとうに過ぎておるし、仮面の嬢ちゃんからは手加減もされてたしな」

 縁側でのマシュの感嘆をさも当然とでも言うように返す秀郎。

『秘匿の御三家? そんな言葉魔術世界にも存在しないと思うけどな⋯⋯』

「そらそうだ。もう1000年近く前か。歴史から放逐された3つの家があってな。ある種の危険性から表に出してはいけない、ある種の禁忌とされてきた家柄じゃわ」

 

「そんな過去が⋯⋯」

「殺し、暗殺の家系神崎。剣術、武術の家系天音。支配、王の家系九条。この3つは手を出してはいけないとされて情報すら外に出す事を禁じたのが始まりだな」

 秀郎は大太刀を収めながらマシュの隣に座る。

「これでも正面戦闘は本職じゃないから天音には劣る。そこの嬢ちゃんもそこそこやるようじゃが、奴らは生きた英雄。人類における最高地点という高みにおる。もしやり合うなら、覚悟しておくことだ」

 

「でしたらどうして秀郎さんは刀を? 暗殺とは方向性が違うと思いますが⋯⋯。もしかして天音さんへの対抗心とか?」

 マシュの言葉に目を丸くする秀郎。

「意外と言うなぁ嬢ちゃん。それもあるが⋯⋯暗殺はただの闇討ちだけでは無いわ。目撃者がゼロならそれは暗殺足りうるだろう?」

「それはつまり⋯⋯正面から全滅させても暗殺、だと?」

 何か違う、と言いたげなマシュだったが秀郎の得意気な顔を見ていると何も言えなくなってしまった。

 

「輝愛にも剣術を教えるつもりだったが⋯⋯ヤツめ。まだ親孝行してもらっとらんのになぁ⋯⋯」

「⋯⋯輝愛さんがどうかされたんですか?」

「いやいや、なんでもないわ。にしても、盾の嬢ちゃん、名前を聞こうか」

 

 急に尋ねられたためか、少し戸惑うマシュ。

「⋯⋯? マシュ・キリエライト、先輩のサーヴァントです」

 マシュは縁側から見える藤丸を見る。マシュと藤丸は交代で料理の手伝いをしており、現在はランスロットを貸してほしいという秀郎の頼みでマシュが縁側で見守っていたのだ。

 

 秀郎はマシュの瞳を観察するように覗き込む。何度も行っているが、秀郎は他者の本質を見抜く。経験、性格、ありとあらゆる事柄を自身の直感のみ把握出来るのだ。

「⋯⋯まだ成長途中のようだな。長くもあり、短くもある旅の中で様々なものを奴と積み重ねてきた。それでもまだ、主は何か欠けておる。それを自覚したが故の変化とも言えるか」

 

「秀郎さん⋯⋯」

「なぁに、そろそろ旅も終わりだろう? その中で見つければいいんさな」

『ここは神代かな? どうしてこんなに情報が漏洩してるのかな?』

 既に第6の異聞帯を攻略したカルデアの旅はもうすぐ終わる。それすらも感知した秀郎は饅頭をまるまる1口で頬張りながら大笑い。

「ファッファッファッ! 長生きしていればそれくらい分かるわ! あっしゃ風呂入ってくらぁ」

 そう軽々と言ってのける秀郎が1番の大物なのではないかと考えてしまうマシュなのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『なぁ、なんでこの状況でクリスマスなんか⋯⋯』

「えー? いいじゃん。別に明日だろうと明後日だろうと倒すのには変わりないんだし」

 同時刻。輝愛は近所のデパートで買い出し中である。

 が、輝愛は服を見て回りたいと言い出したため先に服屋に来ていた。

 

「ねー大福、このコレとかどうよ?」

『あのなぁ、衣類関係を俺に聞くんじゃねぇ分かるわけねぇだろ⋯⋯』

「はぁー、ぜんっぜんダメ。お世辞でも『似合ってるぜマスター』って言えし!」

『ってもなぁ。俺服着る習慣とかねぇからさ。あと世辞とかいう文化も無いし』

 この会話は輝愛と大福の間だけで行われており、周囲には聞こえていないため、脳内だけでの会話となる。

 

「女の子に優しくないクソ文化じゃん滅ぼしちゃお」

『その辺、今度は勉強してからここに来ることにする。まあ二度と来ないだろうけどな』

「そんな事言わないでさ。アタシみたいなマスター、他に居ないっしょ多分」

 輝愛は苦笑いを浮かべながら返答する。

 

「さってっと。まあ試着だけかな今日は。荷物嵩張るの嫌だしねー」

『⋯⋯なぁマスター』

「ん?」

『身体、大丈夫か?』

「⋯⋯どったの急に」

 急に汐らしくなる大福に違和感を覚えてしまった輝愛。

『いやだって⋯⋯もうマスターの身体⋯⋯』

「あー言わなくていいよソレ。アタシが1番理解してるし」

 

 彼女は瞬時に大福が言いたいことを理解した。身体を共有し、このような状態にした大福だが、その彼にとっても現状は見過ごせないのだろう。

「持って何日?」

『⋯⋯今のところはあと1ヶ月、だな』

「ならいいじゃん。アタシ年越せないと思ってたよ」

 輝愛の小さな笑み。その下の感情は大福には分からない。

 

「他の参加者殺して聖杯で願い叶えてアタシが死ぬまでなら、それくらいで十分っしょ!」

 仕事用の黒いポンチョコートを着て試着室を出た輝愛は、服を戻して店を出る。

 

 

「どうせ死ぬ未来なんだし、アタシ達で一緒に世界変えちゃおうよ、大福」

 

 

 大福ははぁ、と大きなため息を吐くと。

『はいはい、マスターの好きにしろ、俺はそれに従うだけさ』

 嫌そうに、それでも満更でもないような返事を返した。

「そういえばさ。クリスマスって何買ってけばいいんだろ」

『⋯⋯あぁ? 好きなの買ってけよ。チキンとかケーキとか』

「いやアタシもう味覚無いんだけど。好きな物とか言われてもさ。食べたところで味しないんだから意味無くない?」

『はっ? もうそこまで同調進んでんの?』

「うん、昨日から何食べても無味。マジで無味。さっきの柿ピー食感しか無かったし」

『致命的じゃねーかそれ⋯⋯』

 

 

 それは何気ない日常。そのほんの一幕だった。

 

 

 




ちなみに輝愛の祖父、秀郎は重要人物です。ばぁちゃんの見た目は神奈川県警の振り込め詐欺ポスターをイメージして貰えれば。

輝愛の、というより神崎家の過去が明らかに⋯⋯! いやまあ、そこまで深い理由はありませんが。既に天音は出ているので今後の活躍に期待ですね。


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それぞれのクリスマスイブ

圧倒的日常回。それぞれが今をどう思って、何を成したいのか。それとなぁく書かれています。


 

 

 

「なあ、アルジュナ。今のこの世界はどうだ?」

 阪東とアルジュナは様々な建物が並ぶ大都市、日本の中心と言ってもいい首都東京に居る。

 建物の高層化が進み、東京の人口が2000万を超えた2025年。その夜の全容を東京で最も高い場所、東京スカイツリーから見下ろしていた。

 

 その場所は展望台の上。言ってしまえば外である。

 人工的な光をパラパラと降る粉雪が反射し色とりどりの景色が瞬間的に変わる姿は一種の幻想風景とも言えた。

「⋯⋯混沌としている、しかしながら同時に美しさもある。と言えばいいか?」

「それはお前がいた世界と比べてって意味だな?」

「そうだ」

 へぇ、といつも通りニヤニヤしながら下を見つめる。

 

「悪性と善性が入り交じったこの世界で、こうも美しく発展している理由が知りたい」

「美しい、ねェ。ぶっちゃけオレはそうは思わねぇけどさ。人の欲と業が溢れたクソッタレな世界」

「⋯⋯マスターはこの世界を楽しんでいるように思えたが?」

 

「ま、そらそうだ。ソレとコレは別。どんな世界だろうと、楽しく世界を生きる方法なんざ色々あっからよ」

 阪東はここに来るまでに買ったおにぎりを一口。

「日本のコンビニって、どうしてここまでクオリティ高ェんだ? ⋯⋯あとアレだ。さっきの質問、美しく発展出来てるかってのは心当たりがある。それはアンタの言う悪性だろうよ」

 

「⋯⋯? どういう事だ?」

 アルジュナにとって悪とは滅ぼすべき対象。しかし阪東はそれを美しいと言った。以前のアルジュナであれば即座に消去しただろう。しかしながら自身のマスターであり、世界とはほぼ異なる理を知る彼の考えを聞きたいと自分でも感じてしまったのだ。

 

「最初の結論だがさァ、人間から悪を抜き取ることは出来ねぇんだよ。そんな完璧な人間なんざ存在しねぇし、そんなんオレは人間として扱うつもりはねぇ」

 阪東はおにぎりの包装を手元で燃やし、消滅させる。

「でもさ、だからこそ成長出来たんじゃねぇの? 他者を嫉む事は他者を追い抜こうとする向上心に繋がる。不出来だからこそできるように努力する」

 

 パックのオレンジジュースをストローに刺しながら小さく欠伸をひとつ。

「私はそこまで話した覚えは⋯⋯」

「見えちまうんだよ、オレには。それと、アンタの悪ってのは意味合いが広すぎるんだよなァ? 不出来が悪ならオレ以外全員悪人じゃねぇか、⋯⋯ハッ、なぁに言ってんだよ」

 

 珍しく阪東から笑みが消える。

「そんなの、オレが納得いかねぇよ」

 その表情からは何かを読み取れることは無い。しかしながら、彼の心にはある種の決意を感じ取る事は出来た。

 

「理解不能。⋯⋯それでもかつての私ではいけないというのは理解している。どうしてか、不思議とこの世界のことについて知らなければならないと考えているようだ」

「そらそうだ。アンタの世界は滅んでんだからよォ、オレ達を見習えってはな⋯⋯し⋯⋯?」

 立ち上がり、アルジュナの胸を叩こうとした時、阪東はアルジュナの変化に気が付く。

 

「なァ? お前なんか髪黒くなってね?」

「⋯⋯?」

 なんと、いつの間にかアルジュナの髪色が白から黒へと変化していたのだ。

「どういうこった⋯⋯?」

 まじまじとアルジュナの顔を見ていると、瞳には赤く文字が刻まれているのに気が付く。

 

 

『Fatal Error』

 

 

「⋯⋯またソレかよ」

「恐らく霊基情報が再編され⋯⋯どうした、マスター?」

「ンやなんでもねぇよ。⋯⋯なんか、メシ行きてぇな」

「唐突だな。それに今食べていたのでは⋯⋯?」

 ふと気が付いた時にはその文字は消えていた。

 

「日本のメシはどんだけ食っても飽きねぇんだよ。アメリカのも悪か無かったが、やっぱ故郷の味が1番うめぇ」

 阪東はスカイツリーから飛び降りると、人のいない場所に着地。直前に重力操作を行って衝撃を打ち消した。

「行くぞ、アルジュナ」

「私に食事は⋯⋯」

「いいから食うんだよ。もっと楽しめっての。はァ、クリスマスイブくらいオンナと居たかったぜ」

 

 

 こうして、2人は夜の東京の街中へと消えていった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 所と雰囲気変わって神崎祖父宅。クリスマスイブということでパーティを行っている最中である。

「藤丸⋯⋯立香だったか?」

「えっと、宇都宮さん、どうしましたか?」

 宇都宮が藤丸に話しかける。

 

「敬語はいい。多分歳も僕とそこまで変わらないだろうしな」

「じゃあ⋯⋯宇都宮くんで。どうしたの?」

「いや、ただ藤丸から色々話を聞きたくて」

 なんだこのメンヘラ彼女みたいな会話の切り口は、と考えてしまった俊介。

 

「藤丸はカルデアという組織に入る前、どうしていたんだ?」

「えぇ⋯⋯? うーん、普通の学生だったかな。友達と遊んだり、みんなで勉強したり。バイトもしてたかな? ここ数年濃すぎて曖昧だなぁ」

 ははは、と藤丸は苦笑い。

 

「人理を守るための組織⋯⋯カルデアの目的や功績、成り行きは色々聞いた。ただ、今の藤丸について知りたいんだ」

「俺について⋯⋯って言われてもあまり話すことないと思うよ?」

「いや、今の藤丸について色々聞きたい」

 

「今の⋯⋯俺? ⋯⋯色々あったけど、今は楽しいかな」

「辛く、ないのか?」

「⋯⋯?」

「⋯⋯1度世界を救って、そしてもう1回。その過程で色々なものを見てきたんだろ? 異聞帯というのも聞いた。色々なものを⋯⋯」

 

「辛いよ」

 藤丸は俊介の言葉を切るように断言する。その表情は今にも泣きそうで、苦しそうで、悲しそうだった。

そこで俊介は彼が背負ってきたものの重さに気がつく。世界を、人を。文字通り歴史を背負ってきた彼が辛くないわけが無い。

「⋯⋯すまない、デリカシーの無いことを聞いたな」

「⋯⋯ううん、大丈夫。大丈夫じゃないといけないんだ。俺以外に出来るマスターは居ないからね」

 

 そして、藤丸からは強い信念と決意が伝わってくる。

「俺達には数々の異聞帯を滅ぼしてきた責任がある。だからここで止まってちゃいけない。そう彼に言われたんだ」

 彼、というのはカルデアが訪れた最初の異聞帯、ロシア異聞帯で出会った友人、パツシィの事だ。

 

 異聞帯の。即ち『もしもの歴史』を支える空想樹を切り落とす直前、彼に諭されたのだ。

 

 

 

『立って戦え。おまえが笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ』

 

 

 

 その言葉は今でも藤丸の心に残っている。

 

 

 残さなければならないのだ。

 

 

「⋯⋯」

 その言葉を聞いた俊介は気が付いてしまった。

 藤丸と自分は違うのだと。

 最初、秀郎が一般人に近いと聞いた俊介は、自分と似た存在だと考えていた。魔術を使えない一般人だった藤丸と、現代社会と魔術の共存を目指す俊介は同じ現代社会を知るものという共通点があるからである。

 

 むしろ、藤丸よりも魔術の腕や知識が上である自分の方が戦える、とも考えている所があった。

 しかし、既に藤丸は戦う理由、戦わなければならない理由、信念というものを見つけていたのだ。

 対して俊介はどうだろう、と思考を巡らせる。

 

 

(戦う理由、確かに僕は魔術師と一般人が共に歩める世界を望んでいる。それでも、それでも⋯⋯)

 

 

 

 それは本当に自分自身が望んでいる事なのだろうか?

 

 

 

「⋯⋯宇都宮くん?」

「あっ、いや何でもない。悪いな、急に。辛いことを話させてしまった」

「大丈夫。こっちもごめんね、雰囲気悪くしちゃって」

 なんとも言えない空気に2人とも苦笑い。

 

 ふと目の前を見ると、長テーブルを挟んだ反対側で輝愛がチキンにケチャップやマヨネーズ、ソースに醤油等様々な調味料をかけて食べては首を傾げて調味料を継ぎ足してを繰り返していた。

「神崎さん、何してるんだろ⋯⋯」

「⋯⋯そう言えば2人ってどういう関係なの?」

 

「クラスメイト⋯⋯で、今は協力者⋯⋯かな?」

『聖杯戦争で協定はあまりオススメしないけどなぁ⋯⋯』

 ピピーッという音が鳴ると、ダ・ヴィンチのホログラムが藤丸の腕時計から現れる。

「あっ⋯⋯ダ・ヴィンチちゃん、もしかして聞いてた⋯⋯?」

 

『勿論だよ。⋯⋯今はいいかもしれないけど、彼女とはいずれ殺し合う事になるんだ。私達が言えるようなことでは無いけど、後腐れが無いように』

「分かっている。ただ、神崎さんは()()()()()()()()必要なんだ。どうにかしてサーヴァントだけを倒したいんだけど⋯⋯」

『彼女はデミ・サーヴァントに近いからね。彼女そのものが英霊と言っても過言では無い』

 うーん、と唸る俊介だったが、それ以上に答えが出ることはなかった。

 

 輝愛がチキンで色々試していると、マシュが不思議そうに輝愛のチキンを見る。

「凄いことになってますね⋯⋯」

 骨から取り出されたチキンは既にケチャップ、マヨネーズ、ソースに醤油、ラー油やコールスロードレッシングとぐちゃぐちゃになるくらいにはかかっているものの、輝愛が感じているのはぐにゃぐにゃしたナニカで味は存在していない。

 

「うーん、違うなぁ⋯⋯」

「これっ!」

 ドン、と輝愛の頭にチョップが落ちる。

「あいたっ!?」

 

 輝愛が振り向くと秀郎が苛立ちと哀愁さが混じったような表情で立っていた。

「あまり食べ物で遊ぶでないわ」

「⋯⋯はぁい」

 意を決した輝愛は一気にチキンを口に運び、コップに注がれていた水を飲み干す。

 

「アタシちょっと外出てくるね」

 そしてぬるりと角へと消える。

『⋯⋯中々不思議だよね。あそこまで物理法則を無視した現象は魔術世界でもそう多くない。虚数空間とはまた違った場所らしい』

「あまり詳しくは聞いた事がなかったが⋯⋯後学のために今度聞いてみるとしよう」

 

 

 と、言った俊介だったが、幸か不幸か。その機会は訪れる事は無かったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「さてと。ピースは揃った。ここからが本番なのよね」

 1人。神崎家の屋根上で電子機器をいじる絡果。

「⋯⋯もしもし、私について報告は受けているかしら? Ms.シオン、それとMr.ホームズ?」

『⋯⋯まさかそちらから干渉してくるとは思ってませんでしたねぇ。色々と忙しいので出来れば彼女と連絡を⋯⋯』

 

 絡果の通信相手はノウム・カルデアのシオン、そしてホームズである。彼らは現在別件で手が空いておらず、今回の特異点修復をダ・ヴィンチ主導で行って欲しいというものだった。

「あらあら連れないわね。コヤンスカヤの居場所なんて後で勝手に現れるのだし、あまり気を負わない方がいいわよ?」

 

 奥でカタカタとパソコンを弄っていたシオンの手がピタリと止まる。

『どうしてその事を?』

「って言われてもね。私はただ貴女達の状況から恐らくそうだろうと結論を出しただけ。今回はひとつ頼み事があって」

 

『はい? 私が出来ることなんて殆どナッシングですが』

「マシュ・キリエライトのブラックバレル、その使用許可が欲しいのよ。勝手に使っちゃ怒るかもしれなくて」

 絡果がカルデアを勧誘した1番の理由。それがブラックバレルだ。

 

 ブラックバレルとはアトラス院の七大兵器の一つで、「天寿」の概念武装のことである。『神を撃ち落とす』ための兵器であり、これまでもオリュンポス12機神のデメテルやゼウス、そしてブリテンでは祭神ケルヌンノスの神核を撃ち抜いた文字通りアトラス院最強の武装なのだ。

「これが無いと多分勝てないのよ。アジ・ダハーカの神核を撃ち抜く手段が現状これしかないのよね」

 

『それ私に聞きます?』

「ダ・ヴィンチに聞いても良かったのだけれど、貴女の方が決断早そうだったし」

 個人的感覚、と言いたげな絡果に横からホームズから質問が飛んでくる。

 事実、裏でダ・ヴィンチに聞いた時はマシュや藤丸の身体への負担からあまりいい返事を貰えていなかったのだ。

 

『何故Ms.荒島はそこまでアジ・ダハーカ討伐に乗り出す? 私はそこが気になって仕方が無い。1サーヴァントを集中攻撃というのを監督役である貴女が主導するのは不可解だ』

「ただ私は監督役としての役目を果たそうとしているだけよ。バランスを壊しかねない彼を野放しにしていてはいけない、というだけ」

 と、ただただそう言う。しかしホームズは鋭く、確信的な言葉を放った。

 

『つまり、監督役でなければ、彼を放置すると?』

 一見深読み、考えすぎなホームズ。ただ、それが今回は功を奏する結果となった。

「⋯⋯ええ。そうね。元々止める必要は無いの」

『それは君自身、世界の行く末に興味が無いと聞こえるのだけれどね。私の気のせいだろうか?』

 

 あらあら、話し過ぎね。でもまあ、少しくらいならお喋りに付き合って貰おうかしら。と暗い笑みを浮かべた絡果。

「ふぅん。流石知の英霊。私はね、ただ人間の可能性が見てみたい。人間の成長、圧倒的な驚異にどう立ち向かうのか。それを見ていたい。それだけの話しよ。でもアジ・ダハーカはそうじゃない。"ちょっとした事で世界を滅ぼしかねない"単なる終末装置なんて、人間の終わり方としてはつまらないでしょう?」

 

 絡果はどこまでも楽しそうに笑っていた。彼女はどこまでも世界を俯瞰して見ている。絡果にとって重要なのは人間がどこまで世界に抗えるか、どれだけ人間が理不尽に立ち向かえるか。ただそれだけでなのだ。

「人類の脅威には彼自身で抗って貰わないと。私はこれ以上今回の件について関わる気は無いのよ」

『貴女の本質はよく分かった。やはり貴女は⋯⋯』

 

「あら? ダメよホームズ。ネタバラシにしては早すぎる。どうせなら盛大に。貴方達は協力者だけど、本来は部外者。()()()()()とはいえ答え合わせを聞く権利は無いの」

『随分と我儘ですねぇ。ブラックバレルの件ですが、私からダ・ヴィンチに打診します。これで手を打ってください』

 

「ありがとうMs.シオン。話はそれだけ。⋯⋯ああついでに。南米異聞帯には面白いものがあるから少し調べて見るといいわよ」

『は、はい? 待って下さい色々聞かせ⋯⋯』

 そこで絡果は通話を切る。時間を越えての通信というのは絡果にとっても長時間出来るものでは無い。

 

「そういう所、彼とは気が合わないのも理由かしらねぇ⋯⋯美学が無いのよ美学が」

 絡果が望む世界の終わりとは人類が圧倒的理不尽に立ち向かい、それでも尚足りずに絶望するという終わり方である。

 しかしながらアジ・ダハーカは"指先ひとつで世界というテクスチャを消滅させる"という言わば抗いようのない終わり。その辺りで根本が違うのだ。

 

「なにー? 何の話?」

「あら? 神崎さん、パーティはもういいの?」

 ふと2階のベランダから声がかかる。それはパーティからぬるりと抜け出した輝愛のもの。

「まあ、そろそろ頭を冷やしておこうかなって。絡果は?」

「私も似たようなものよ」

 

 うわぁ、絶対嘘じゃん。という目線を向ける輝愛だが、絡果はそれを意に介することなく話を続ける。

「ここまで上手くいっても明日の勝率はあまりいいものじゃない。3割くらいかしら?」

「3割って。零度くらい? なら当たるっしょ」

「れい⋯⋯ど? ⋯⋯あー、ゲームの話かしら。貴女、意外と話題の幅広いわよね」

 

「そう? 暗殺でほっとんど時間取れてないけど、飛行機とかその辺はフリーだし。そういう暇な時間にゲームは最適なの」

 人間味のある感情をほとんど持たない絡果でもこういった雑談は楽しいと感じるものがある。

「飛行機⋯⋯と言うと九条のプライベートジェットかしら」

 

「なぁんか色々見透かされてるの気に食わないんだケド? ⋯⋯まあそう。大体殺しの依頼ってアズ姉からだし」

 九条、とは現代日本の生産系統の約6割を管理すると言われている大企業、プロミネンスグループの創設家であり、神崎、天音と並ぶ『秘匿の御三家』の1家である。

 

 秘匿、というのはその血筋や経歴だけであり『王の血族』と呼ばれる彼らが表舞台に立つ事も特に気にしていない。

「そう言えばアズ姉だっけ、グレムリンを殺せって言ってきたの。うわ最後のマスター誰だか予想出来ちゃったし⋯⋯」

「あー、そんな人居たわね⋯⋯彼のところに挨拶しようとか考えていた頃が懐かしいわ⋯⋯」

 

 魔術師グレムリン。今となっては懐かしいが、以前は阪東に続く有力株として絡果も注目していたのだ。

「まあいっか。その時はその時、後で考えよっと」

「気楽でいいわね⋯⋯。私そろそろ戻ろうかしら」

「アタシも戻るわ。片付けとかもあるしねー」

 そう言って輝愛は角へと消えたが、絡果は転移魔術である"門の創造"を使用する寸前。

 

 

 

「最後に立っているのが貴女であって欲しい。なんて考えるなんて。私も失格ね」

 

 

 

 その呟いた言葉を聞いた者は誰もいなかった。

 

 

 




いかがでしたか? 
このあたりから絡果のミステリアス感跳ね上がりますよね。まあ、そこが魅力な大人のお姉さんなのです。

さて。私からここまで読んで頂いた方に少しお願いを。

皆様からの評価が欲しいです。私としてもこれまでノリと感覚と多少の伏線で書いてきましたが、改善点や良い点が知りたくなってきた次第でして。

あわよくば来年のコミケに出したい! とか考えていたりします。

というわけですので。Fate初心者さんから型月ガチ勢アニキ達まで。どんどん質問や評価、よろしくお願いします。


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決戦、開始

さて。ほのぼの(?)が終わったのでついに戦闘です。
アジ・ダハーカの意外な一面も見れたりするかも?


 

 

 

 夢を見ていた。

 

 

 これはかつて俺が人だった頃。

 

 

 これはかつて俺が王だった頃。

 

 

 その人が人故の弱さ、脆さ。それ故に俺は魔術に溺れた。

 

 

 気が付けば俺は全てを喰らっていた。

 

 

 世界を。人を。あらゆる生命を。その糧としていた。

 

 

 ()はもうその時既に人類の終末装置(デウス・エクス・マキナ)と成り果てていたのだろう。

 

 

 我を止めたのも結局は神であり、人ではない。

 

 

 人が人である限り。いずれ再び訪れる終末には抗えない。

 

 

 人は弱い。

 

 

 死を。終末を。あらゆる終わりを乗り越える事が出来ない。

 

 

 ならば。ならば()は⋯⋯。

 

 

 ()の役目は⋯⋯。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ん⋯⋯」

「おや、お目覚めですかな? マイマスター」

 ほんの数秒の微睡みから目を覚ましたのは三つ首の龍。この横浜聖杯戦争において、悪神たる権能を存分に振るい、今なお絶対的優位に立っているサーヴァント。アジ・ダハーカだ。

 

「そろそろ奴らが動く。貴様らは⋯⋯いや我が指示を出すまでもないな。指揮はリンボ、貴様に任せる。各々遊びに出ているのだろう? 奴らがここに入り次第適当に飛ばす。覚悟しておけ」

 アジ・ダハーカが座る玉座は再建した横浜ランドマークタワーの最上階。そしてアジ・ダハーカが展開した『滅びの領域』を魔術で転換し、異界を作成。法則や常識を塗り替えた言わば魔界である。

 

「かしこまりました。魔術協会の手先とはいえ所詮は烏合の衆。我らに敵う道理はありませぬぞ」

「⋯⋯」

 アジ・ダハーカは蔑みの目を見せる。

 このリンボというサーヴァント、明らかに胡散臭いのだ。真名を名乗らず、更には覗き見した境界記録帯(ゴーストライナー)からも情報を隠蔽。しかしながら前線指揮を行えるのがリンボしかいないため、こうなっている。

 

「確か、貴様は平安京でカルデアとやらに敗れていたな」

「ンンンンン! 拙僧の屈辱を掘り起こすとは! お止め下され!」

 リンボが困り果てたようにアジ・ダハーカを見る。

 

「何、すぐ奴らとぶつける訳では無い。貴様は使い勝手のいい駒だ。期待している」

「ははぁ、有り難きお言葉」

 さて、とアジ・ダハーカが腕を振るう。

 

 目の前にはアジ・ダハーカが生み出した魔界の地図が現れる。

「来たか」

 

 そしてアジ・ダハーカは魔術を使用。この場で何かが起こるわけでも無いが、暫くすると外から衝撃音がなり始めた。

「貴様も行け、リンボ」

「いいでしょう。我が術の全て。貴方様に捧げましょうぞ。ええい! 急急如律令!」

 

 リンボは呪文を唱えると、己の身体を式神へと変化させた。

 そう考えたアジ・ダハーカだったがすぐに考えを変える。

「いや、元々式神だったのか。中々食えんヤツめ」

 

 そう言ってアジ・ダハーカは地図を閉じる。

「それで、貴様はなぜここにいる? ヴリトラ」

「ほう、わえに気がついておったか」

「抜かせ。我の眼は全てを見通す。そもそも貴様程度の気配すら感じ取れないならば獣たる資格はない」

 

 玉座の裏に立っていたのは真っ黒のドレスに無数に浮かぶ針のような剣、そして深い青色の龍の尻尾をもつ女性。アジ・ダハーカが召喚したランサー、ヴリトラである。

「何の用だ? てっきり遊びに出ていたと思ったが」

「特に理由など存在せぬ。ただ、貴様の顔を見に来ただけじゃ」

 

「ならばとっとと行け。気が散る」

「貴様程の魔術師であってもその魔術は一筋縄ではいかんか。まあ良い。少し聞きたいことがあってのう」

 ヴリトラはふわふわと浮かびながら欠伸をひとつ。

 

「わえと貴様は伝承上では同じ括りにされることが多い。しかしながら、わえは見ての通り"獣の器"としての資格はない」

「⋯⋯何が言いたい? 例え我が貴様の過去、もしくは未来だとして貴様程度が⋯⋯」

 と、言いかけたところでアジ・ダハーカは言葉を止める。

 

「なるほど、貴様の言いたいことは理解出来た。答えを言えば我と貴様は同じでは無い。⋯⋯いや、口伝とは大きく異なる点があるな」

「ほう? ⋯⋯もしや貴様、別の⋯⋯」

「ゲームスタートだ、ヴリトラ。貴様に問答している時間は無いはずだ」

「あっちょっ!?」

 その直後、ヴリトラがその場から消え去る。アジ・ダハーカによって強制的に所定の位置へと転送させられたのだ。

 

「⋯⋯ふぅ。しかし、まだ()にもこのような感情の残滓が残っているとはな」

 そう言ってアジ・ダハーカは魔術でグラスとワインボトルボトルを創り出す。

 紫色の液体をグラスにちゃぷちゃぷと注ぎ、一口呷る。

「⋯⋯酒には悪い思い出しかないからな。我は絶対に飲まないぞ」

 

 

 アジ・ダハーカが口にしたこの紫色の液体、ワインではなくなんとぶどうジュースだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あ、私は戦闘に参加しないわよ?」

「えぇ⋯⋯?」

 翌日。アジ・ダハーカの領域一歩手前。目の前には大規模な結界が貼られており、常闇のような黒い魔力壁に包まれていた。

 アジ・ダハーカ攻略組は絡果の転移で結界の目の前に飛んできたものの、絡果自身は戦闘に参加しないという。

 

「直接転移させるの、結構大変なのよね。そもそもこの結界内への転移が阻害されてて門を開けるだけでも少し時間かかるのよ」

「でも、だからって戦わないっていうのもないんじゃない? アタシ達使いっ走りじゃないんだけど」

「少しやらないといけないことがあるの。それに私これでも監督役だから、直接手を下すのってモラル的にどうなのと思って」

 

 本当に嫌そうな顔で絡果は後退りする。

「という訳で後はよろしく。どの道協力しないとあなた達に勝ち目はないわよ」

 そう言って絡果は消滅。転移で逃げたのだった。

『ちょっとアレはマジでどうなんだ? 』

「人として押し付けるだけ押し付けていくのはちょっとどうかと思うけど? ⋯⋯まあ、やらなきゃ行けないことがあるみたいだし。そこは信用していんじゃない?」

 

「神崎さん落ち着いていらっしゃいますね」

「まあ何言ったって絡果を追えないし割り切ろってこと。じゃ、アタシ先入るねー」

 ぷにぷに、と壁をつついた後にすっと入っていく輝愛。

「えっ、じゃあ僕も」

 そしてそれに続く俊介。

 マシュと藤丸は顔を見合せた後、意を決して結界へと入っていく。

 

 

 

 しかし。ここにいる全員が一度に揃う機会は、この先訪れることはなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「⋯⋯で、なーんでか知らないけどバラバラになっちゃったし」

『ってもなぁ。俺は周りの生命反応を探知出来る魔術とかそういうのはねぇよ?』

「別に大福にそういう面は期待してないから安心して」

 輝愛が結界の壁を抜けると、そこは純白の神殿のど真ん中。広さで言えば小学校の体育館程度であり、壊れた石柱や石像が散乱しているような空間である。

 

 仕事着である真っ黒のポンチョコート姿である輝愛は少し目立ってしまうためあまりいい環境とは言えない。

 天井は所々崩れており、日光が差し込みある種幻想的な場所なのだが、輝愛達はまるで緊張感が無い。

 

「やっぱりキャスターって凄いじゃん。でっかい結界とか張れちゃうし、ビーム出せるし」

『普通なら三騎士クラスは対魔力っていうスキルがあるから魔術は通らないが⋯⋯アレはマジの別モンだな』

「⋯⋯さってっと。雑談は終わり。キミがここの主?」

 輝愛は何者かが現れた事を察知し、目を向ける。

 

「きっひっひっ。主、というよりもここはわえの遊び場じゃ。とはいえ、ここにはわえしかおらんからつまらんがのう」

 

 純白の柱の影から現れたのは黒いドレス姿の邪龍。ヴリトラである。

「どうも。ここはどこ? アタシ結構忙しくてさ。アナタと遊んでる暇はない」

「つれないことを。わえはヴリトラ。アジ・ダハーカのサーヴァント、ランサーとして召喚されたのじゃが⋯⋯」

 

「ヴリトラ⋯⋯どっかの神様ってのは聞いた事あるけどパッとしか知らないし。アジ・ダハーカのサーヴァントなら敵って事でいい?」

『⋯⋯』

 目の色が変わる輝愛と、少し複雑な面持ちで輝愛を見つめる大福。

「対話拒否か。つまらん。貴様はわかる獣だと思ったが」

 

 この時点で輝愛の、というより大福の認識阻害が発動しており、ヴリトラには輝愛が大きな影の粒子で出来た狼の姿として認識されている。

「悪いけどさ、マジで時間無いの」

「!」

 ヴリトラは何か悪い気を感じたため一歩後ろに下がる。

 

 直後、その虚空に何かが引っ掻いたような後が現れ、更にヴリトラの右手首がその場からぼとりと落ちる。

 遅れてその断面からどくどくと赤黒い血液型こぼれ落ちていくのを見たヴリトラは、怪訝そうに輝愛を見る。

「⋯⋯? 何をしたのじゃ?」

「別に。敵だから攻撃しただけ。絡果からの依頼だし、そういう方向で行かせてもらうよ」

 

 輝愛は左手をヴリトラに向けると、ヴリトラの足元にある床のタイルから真っ黒の猟犬が5匹程姿を現し、一斉に噛み付こうとする。

 しかしヴリトラは周囲に浮遊する針のような剣で猟犬を地面へと拘束。身動きが取れなくなった猟犬は少しもがくと、ピタリと動きを止めた。

「わえをこの程度の犬っころで殺せると⋯⋯何?」

 

 ヴリトラが瞬きしたその間、既に剣で拘束された猟犬は存在しなかった。

 その場で消滅した手応えは無く、まるで最初からそこに存在しなかったような気味の悪さに首を傾げる。

 そして背後に気配を感じたため、跳躍。噛み付こうとしていた猟犬が足元を過ぎ去ろうとしていたため尻尾でサマーソルトを行い、大きく吹き飛ばす。

 

 それを見ていた他の猟犬が空中のヴリトラへと攻撃を仕掛ける。

「わえは竜ぞ」

 空中では逃げ場が無い。そう考えた猟犬だがヴリトラが行ったのは跳躍では無く浮遊。そして周囲の剣を徐に1つ握ったヴリトラは4匹の猟犬をそれぞれ一振りで真っ二つにする。

 

「どのようなものかと思えば結局味気な⋯⋯」

 その言葉の最中、ヴリトラの横腹に大きな衝撃が走る。

 そして巨大なハンマーで思いっきりぶん殴られたかと思うような鈍痛と共に200キロ近い速度で吹き飛んでいった。

「慢心は良くないでしょ。⋯⋯アタシも似たようなカンジだけどさ」

 

「なんじゃ、今の威力は。⋯⋯獣ではない、貴様本当に人間か?」

 柱に激突し、崩れる瓦礫の下で膝をつくヴリトラは問いた。

「んー? この前もう半分辞めちゃったけど人間かな。ま、今はソレを確かめてるけどさ。凄い音したけどアレで生きてるってやっぱりサーヴァントって凄いや」

 今ヴリトラが吹き飛んだのは輝愛の蹴りであり、その結果認識阻害が解けて人型に見えているのだが⋯⋯。

 

「ヤッバいね。これに溺れる人もいるって納得」

『普通の人間が手にしたら絶対に狂うぞ、コレは。マスターは適性があったからいいけどさ』

 ヴリトラクラスの神霊相手では本来通常のサーヴァントですら傷を付けることが難しい。それは従来の法則に乗っ取り神秘の差が影響しているのだ。

 

 

 

 しかしながら()()()()()()()()()()()()()大福であれば話は別である。

 

 

 

「さっきで殺せたけど、もう少し感覚掴みたいからさ。付き合ってね、神様?」

「貴様⋯⋯舐めた口をききおって⋯⋯」

 浮遊する10本の剣をその場から輝愛へと放つ。本来それは目で追う事すら困難な速度であり、大福の権能を使用出来たとしても正面からの対処は不可能なはずだった。

 

 しかしそれを右袖のナイフは全て弾き飛ばし、触れた瞬間に消滅させ、鼻で笑う。

「なっ!」

「悪いけどさ、大福って一応北欧神話の神喰らい(フェンリル)と同一視されてたりするんだってー」

 

 その言葉の最中。ザク、ザク、ザクと3つの斬り傷が倒れて座るヴリトラの身体に現れる。ひとつは顔の左目を潰し、ひとつは右足を切断、最後に胴に右肩から左足にかけてバッサリと。それぞれ大量の血が吹き出し、明らかに致死量である。

「ああっ! がぁぁっ!?」

「まだ使える大福の魔術は少ないけど、アナタを倒すくらいなら問題無いからさ。でも、なぁんか物足りないというか。一応神様ならもう少し頑張って欲しかったよね」

 

 スタスタと歩きながら輝愛はナイフを遊ばせる。

「く、来るでない⋯⋯来るでないわ⋯⋯!」

「って言われてもね。アタシも仕事だから」

 ヴリトラの目の前に立つ輝愛を中心に底知れない闇が広がる。文字通り光がひとつも無い深淵の底。不浄の世界がこの神殿を包み込む、いや蝕んでいくという方が正しいだろう。

 

 その光景に邪龍であるヴリトラですら心が乱れ、恐怖し、今にも泣き叫びたくなるような程の不気味さが身体に叩き込まれる。

 

 

 

「最後くらいマシな死に方させてあげる。アタシ、学校でもみんなに優しいって言われてたからさ。その辺は安心して欲しいかな」

 

 

 

 完全に闇をも飲み込む闇へと落ちたヴリトラの意識は途絶え、恐怖と絶望の感情に支配されながらサーヴァントとしての一生を終えることとなった。

 

 

 




いかがでしたか?
やはり誰にでも優しいギャルは正義。輝愛が知らないうちにモンスタードーピングされててビックリです。これに関しては楽しみにしておいてください。とくに可哀想な子は可愛い派の人達は。


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降臨者たち

前回は普通に賛否あってもおかしくは無い。自分でもモヤモヤする所はありますからね。それは申し訳ないです。


「どこだ、ここは?」

「マスターでも見慣れない場所⋯⋯。アジ・ダハーカが創り出した特異空間なのかもしれないね」

 俊介とエルキドゥが気が付くとそこは古めかしい建物が並ぶ古都に居た。空は赤黒く、陽の光と呼ぶには少し禍々し過ぎる場所。

 

 その中で影のような薄くなった人々が大通りを歩いているが、俊介がそれに触れてもただ触れること無くぬるりと過ぎていってしまう。

 

「ンンンン! まさかここまで平安京を再現なさるとは。流石はマイマスター」

「⋯⋯誰だ?」

 俊介の正面。少し離れた場所に大柄な道化師のような姿の人物が立っていた。彼が現れると影の人々は道をあけ、するりと消えていってしまう。

 

「おや。これは聖杯戦争。真名を教える義理はありませんよ?」

「⋯⋯そうだな」

 失念していた、というような俊介。殆どの真名は既に割ているどころか、正面から教えてくれるような人達ばかりだったため彼も名乗ってくれると心のどこかで思っていたのかもしれない。

 

「彼はかなりの強敵だ。マスターも運がないね」

「運がないのはお互い様じゃないか? まあ僕もマスターらしく、全力でバックアップするからな」

 

 

 

 

 そしてところ変わってどこかの寺の門前。マシュ・キリエライトは一人の侍と相対していた。

「なるほど、私の相手は君か」

「貴方は⋯⋯小次郎さん⋯⋯!」

 青い流麗な髪に綺麗な立ち振る舞い。かつて巌流島で宮本武蔵と一騎打ちを行ったという侍。

 佐々木小次郎がその場所に立っていた。

 

「いかにも。こちらとしてはあまり気乗りはしないがマスターの頼み。手合わせ願おう」

 マシュは周囲を見渡し、藤丸の姿が居ないことを再確認する。

 マシュはサーヴァントであり藤丸はマスター。自分が単身でこの場に現れた以上、藤丸も単身でサーヴァントの前に立ってしまっているという可能性もある。

「⋯⋯」

 

 しかし、ここは彼に背中を向けることは出来ない。マスターの安否は契約しているからこそ問題ないと分かっている。

 であるならば⋯⋯。

「オルテナウス、機動。マシュ・キリエライト、行きます!」

 臨戦態勢に入ったマシュは己が持つ盾を構え、そう高らかに宣言した。

 

 

 

 そしてもう一箇所。そこは演奏や劇を行うようなホールだった。

しかしそれはただのホールでは無い。

 館内は油絵のような歪んだ空間になっており、それがぐるぐると蠢く。天井は油絵具で描かれた星月夜に染まり、床1面は油絵具のアイリスの花。そして空中には数々の絵画があり、毎秒事に位置を変えている。

 

 気が付くとこの寒気が走るような形容し難い空間に居た藤丸とランスロットだったが、冷静に周囲を見渡しホールの中心にいる人物を発見した。

 

 

「これでもないこれでもないこれでもないぃぃ!!!」

 

 

 不思議な服装をした人間味の無い真っ白な少女が自身が描いたであろう絵を壁に投げつけていた。

向日葵を模した大きな帽子、袖が向日葵で埋まり、機能を果たしていなかったり、海月のようなスカートだったりと普通であればそちらに目を向けがちだが、本人の目は真っ白に曇り、見ているだけで正気度が減りそうな容姿からは様々な不安感と、底知れない恐怖が伝わってくる。

 

 

 その真っ白な肌をした少女を藤丸は知っていた。

「クリュティエ・ヴァン・ゴッホ⋯⋯」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「まあ、概ね予想通りね。彼の事だから分断させてくると思ったわ」

「サーヴァントとマスターがペアでそれに対応するアジ・ダハーカのサーヴァントと、決闘のような形式で戦うわけか」

 

 場所はアジ・ダハーカの魔界から離れたビルの上。絡果はその「眼」で。ウェイバーはそれを借りて結界内の景色を俯瞰して見ていた。

「それにしても絡果、お前こんな目をどこで⋯⋯」

「生まれつきよ。私個人の()()ね」

 

 ウェイバーが見ているのはその個人個人だけであり、絡果の『眼』の視覚の一部を限定的に共有しているだけに過ぎない。そもそも絡果の『眼』を完全に共有してしまうとウェイバーが発狂死する可能性すら出てくるような危険なもの。おいそれと共有できるようなものでは無いのだ。

 

「マシュ・キリエライトは藤丸のサーヴァントなんだろ? どうして単独で戦闘を⋯⋯いや、そうか。デミサーヴァントは人とサーヴァントの混ざり物」

「流石は元ロード、話が早くて助かるわ。彼女単体でマスターとサーヴァントのペア、という括りになっているのよね」

 

 それは同時に輝愛と大福も同じ事なのだが⋯⋯。

「厳しくないか? あの妖精騎士と反対なら⋯⋯」

「マシュちゃんには重いでしょうね。それに『アレ』の眼もあるし」

「アレ?」

「なんでもないわよ」

 

 ウェイバーが疑問を投げかけるも絡果はスルー。ウェイバー的には昔から隠し事が多かったよな、と受け入れてしまう。

 そしてもうひとつ。絡果は藤丸と妖精騎士ランスロットの組み合わせが飛ばされた場所を見る。

 

 絡果の目にはゴッホと藤丸が何かを話している様子が見えていた。

「問題は⋯⋯アレね。ゴッホちゃん。少し様子がおかしいのよ。いえおかしいなんてものじゃない。これは私が行かないとダメかしら」

「フォーリナー⋯⋯聞いたことも無いクラスだが⋯⋯」

 

 フォーリナーはエクストラクラスであるため、本来は召喚されることの無いクラスだ。博識なウェイバーが知らなくてもなんらおかしくは無い。

 しかし、今回に関しては全くの別物。

「フォーリナーは『降臨者』のクラス。外宇宙の存在がサーヴァントに干渉して産まれたある種世界の異物。それが彼女らね。でも、多分これってあっちのサーヴァントでしょう? おかしくないかしら?」

 

「どういうことだ?」

「リンボ、それにゴッホちゃんはカルデアがいる世界独自のサーヴァント。例外に例外を重ねた上で召喚されたものよ。アルターエゴだってこの世界にも存在しているわ。数も本当に数えるくらいしか居ないけれど」

 そう語る絡果の目は細く、何かを睨むように虚空を見つめる。

 

「だけどフォーリナーだけはその性質上有り得ない。この世界に順応出来ない。例え向こうから来たとしても彼女らはそれこそまさにこの世界の『Error』なの」

「ありえない⋯⋯? まさか、絡果!」

 絡果らしくない焦りと高揚を感じたウェイバーは彼女を窘める。

 

 

 

「そう。だってそもそも、この世界に降臨者(フォーリナー)は存在しない。邪神達はこの世界にそのまま現界できるからそんな回りくどい手口は使う必要なんてないのよ」

 

 

 

 そもそもの世界線の違い。その法則の違い。その違いが顕著に現れたのがこの瞬間だった。

「ま、待て。ならどうして邪神が地上に闊歩していない? 伝承通りの奴らであれば⋯⋯」

 

 ウェイバーや絡果の言う『邪神』というのは元々の伝承『クトゥルフ神話』のもの。

「攻めてこない理由はいくつかあるけど、第1は彼ら自身の身を案じているのかしら? 彼らもそれぞれ派閥とか勢力とか考え過ぎなのよ。もう少し楽しく生きればいいのにって思うけど⋯⋯。どこかの誰かさんが色々やらかしちゃったから⋯⋯ねぇ。まあ、日本での被害が無い1番の理由は⋯⋯」

 

「アタシらだろ? 絡果?」

 ふと背後から声がかかる。おっとりと撫でるような低音の、ヤニが混じったかのような女の声。

「ふぅん。嗅ぎつけるのが早いわね。グリムロック」

 

 陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊の1人。グリムロック・クイン・グラフだった。

「お前は⋯⋯!」

「彼女ら、盤外遊撃部隊のおかげね⋯⋯正式名称は長いから割愛。貴方達時計塔とは違う『異星の魔術を取り入れた兵器』を使って外敵から地球を守っているのよ」

 

「ま、アタシ1人だけじゃ魔術兵装(メイガスアルマ)は作れなかったけどな。()()()()()のおかげだ」

「あー、ウェイバー。彼女らを人間扱いしない方がいいわ。『潜在的恐怖よりも知的感情が勝る』ような連中よ。関わってもいい事はない」

 

 陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊の正式名称は『陸上自衛隊特殊作戦群零番科盤外遊撃部隊統合戦略管理研究室』である。

 彼らの言う『人類の脅威』とは『宇宙からの侵略者達』を指すものであり、ソレを撃退するための武装開発や研究を行っている。

 

「アタシは技術顧問だから戦いはしねぇけどさ。でも、呉島陸将が言ってたぜ」

 グリムロックは白衣のポケットからタバコをひとつ取り出し、火をつけ口に咥える。

 

 

「確かに人類は奴らに恐怖し、怯え、なすがままにされてきた」

 

 

「だが、奴らは慢心故に人類を生かしてしまった」

 

 

「恐怖は未知から来るもの。しかしその未知を幾度となく暴いてきた人類にとって、その恐怖は未知の対象をただ変えさせただけに過ぎない」

 

 

「人に理解出来ぬものと言われてきたものを人類は何度解明させた? 人が人たる知性をもって何を築いて来た?」

 

 

「それはこの人類の歴史が物語っている。人は未知を許さない。人は侵略を許さない。人はやられっぱなしじゃ終わらせない」

 

 

「今度は俺達が奴らを侵略する番だ」

 

 

 ふぅ、とタバコの煙を吐くグリムロック。

「ってな。まさに、人間。知的感情たる恐怖を知的感情たる興味で上書きしたその先駆けがアタシらだ」

「⋯⋯」

「すげぇよなぁ? 神が人を生み出したんなら今頃後悔してると思うぜ?」

 

 グリムロックはそう言って魔術の転移門を展開。

「ま、要件としてはお前からの要請は請け負ったって報告をしに来ただけなんだ。無駄に喋り過ぎちまった」

「はいはい。ありがとね」

 

 そう言ってグリムロックは虚空へと消えていった。

「⋯⋯ん?」

 ちょんちょん、とウェイバーは背中をつかれる。

 すると後ろには白髪の少女が立っていた。

 

「お前は⋯⋯モーセか」

「⋯⋯ん」

「⋯⋯ひとつ聞いていいか?」

「⋯⋯何? ⋯⋯私が、モーセなのか、って?」

「っ、そうだ」

 

 なんとも話しにくいなぁ、と思っているウェイバーだったが、この疑問は正しい。

 本来モーセは男性である。その事について尋ねると⋯⋯。

「⋯⋯私は、モーセだけど、モーセじゃない」

「どういう⋯⋯」

「⋯⋯今話すつもりは、ない」

 

 小さく口を動かし聞こえるか分からないような声で話すモーセ。

「分かった。聞かないでおく」

「⋯⋯貴方からは、学習しにくい」

 

「は?」

 ウェイバーからしてみればよく分からないことを呟いたモーセだったが。

「⋯⋯ぷいっ」

 1呼吸遅れてそっぽを向いてしまった。

 

「⋯⋯あらウェイバー、嫌われちゃったわね。彼女、結構デリケートだから気をつけて」

「わ、分かっている!」

 そこはかとなく恥ずかしい気持ちのウェイバーをからかう絡果。それを見たモーセは、人知れず小さな笑顔を見せた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ウェイバー達が監視を続ける中。その上空には空の色に溶けた一機の戦闘機が存在していた。

 いや、些か全体的にゴツゴツしており、無駄のない洗練された戦闘機というデザインからは少し遠い。

 全長は30mと少し大きく、翼にはそれぞれ二門のミサイル砲と機関銃が付属されており、背中部分には巨大な砲門が邪魔にならないよう畳まれている。

 

 それでも尚速度はマッハ22。現代人類では不可能な技術を持った戦闘機を操縦しているのは一人の女性。

 ゴーグルも無ければヘルメットすら被っておらず、服装は白衣。自然なサンディブロンドの髪にエメラルドのような美しい碧眼を持ち、身長は180近くあるかと思わせるほど高く、モデル体型で男女問わずに魅了されるような容姿を持っていた。

「作戦時の下見ついでにドルイドの運転⋯⋯なんて思ってたら思わぬ収穫」

 

 少し高めの甘えたくなるような甘ったるい声で小さく呟く。その瞳はウェイバーの隣にちょこんと座るモーセを捉えていた。

「後で折遠に報告しなきゃ」

『オーナー、回収しますか?』

 妙にその女性に近い電子音混じりの声が頭上から響く。

 

「今はパパからの命令を遂行するだけ。私達は衛星の状況を取得したらすぐに帰投しろって命令よ」

『わかりました、では座標に着き次第作業を開始します』

 

 

 戦闘機は一回転し、奇妙な術式を機動。一瞬でその場から消え去っていった。

 

 

 




タグのCoCはコレ由来です。 すごいねコレ、Fateという皮を被った何かだよもう。
次回は自衛隊メインになりますね。少しFate感はないと思いますが、一作品として見ていただければと思います。


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陸上自衛隊特殊作戦群零番科盤外遊撃部隊統合戦略管理研究室

本当は週末に出す予定でしたが、反応を知りたいので出します。次週は週末ですよちゃんと。
サブタイトル長すぎ。いや、そういう名前ので仕方ないじゃないですか。あとこの辺りFate感無いかもしれません。ごめんなさい。

マジで界隈各所から『これFateじゃねーだろ! 別でやれ別で!』と言われそうですが私は止まりません。何故なら土台は既に出来上がってしまっていたからです。

ちなみに皆様の予想通り新キャラがめちゃくちゃ出てきます。


 

 

 自衛隊横浜基地の地下の地下。約20畳の大きな部屋で複数の自衛官が集まっていた。

 中心にはホログラムで出来た巨大な擬似天球が置かれ、その下には世界地図が映し出された巨大な液晶モニター。いくつものオペレーションデスクと、正面には「呉島」という名前が書かれた板が置かれている机。

 

 陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊の本拠地である。

「現在、荒島絡果から応援要請が届いている。天音三佐が参加している聖杯戦争という魔術儀式の中で、この星に向けての大規模な魔力攻撃が行われる可能性が高いとの事だ」

 この場を仕切っているのは白髪の青年。身長は162とその歳にしては若干低く、少し痩せ型。蒼い瞳と少し女性っぽい流麗な顔つきであり、少し大きめな白衣の下は学生服とこの場に合わぬ風貌の持ち主である。

 

「そしてもうひとつ。天音三佐には敵サーヴァントとの交戦命令が出ている。俺達はそのアシストに当たれというものだ」

 まだ高校生の彼だが電子系技能は超人級。以前作戦時に単身で中国の全ネットサーバーをダウンさせ、政府中枢のコンピュータハッキングとクラッキングまでをわずか3分で行ったにも関わらず、足のひとつ付けないという離れ業を行える程。

 彼の名は烏丸折遠(からすまおりおん)。高校生ながら三等陸佐の階級に位置している人物だ。

 

「ごめんね折遠ー。こっちのいざこざに巻き込んじゃって」

 申し訳なさそうに頭を下げる天音雄也と、周囲を興味深そうに眺めている天音のサーヴァントであるルー。

「いや構わない。俺も報告書は読んでいたが、こちらの案件で少しトラブルがあってな。こっちこそ手助け出来ず申し訳ない」

 

「あー、なんかそっちも今プロジェクト進めてるんだっけか」

「そうだ。⋯⋯それは置いておいて。まずこの要請だが、あの荒島から頼ってくるような案件だ。こちらとしても出来る限りの事はしたい」

 折遠は下のモニターを操作し現在の横浜を複数のモニターに映し出す。

 

「正直『ナーク=ティト』だけでもかなりの強度だが、それを知らない荒島では無いはず」

「ま、アタシらの作品の一つだ。そう簡単に突破されちまうと悲しくなっちまうわ」

 オペレーションデスクの椅子にどっかりと座っていたグリムロックが振り返る。

 

「先生は魔術兵装(メイガスアルマ)の制作がメインだったはずなのに、副産物であんなものまで⋯⋯」

「武装に落とし込む過程で出来たもんだ。アタシの自由研究くらいに思っとけ」

 コンビニで買ってきた炊立てのコーヒーLサイズを飲みながら再び背を向けるグリムロック。

 

「ところで⋯⋯今日集まったのは6人だが⋯⋯。非番のはずの4人はどうした?」

「えー? 透流と礼賀、育太は紛争地域で遊んでた気がする。狂華は知らない。サバゲーにでも行ってるんじゃない?」

「全く⋯⋯どうしてここまで⋯⋯『門の創造』試作型アーティファクトだって個数に限りが⋯⋯」

 この部隊では最年少の隊員である折遠だが、色々と苦悩は多い。

 そもそも真面目なのが折遠ともう1人くらいしかおらず、戦闘員の半分以上が戦闘狂であり、研究部所属もこういった役職上大半がイカレであるためまだまともな彼が階級に関わらずこうして仕切っているのだ。

 

「全く⋯⋯もう子供じゃないんだぞ。あの子達にはきちんと私から言っておくよ」

「真紅ちゃんの見た目で言われてもな〜」

「何か言ったか天音。生憎私の耳は都合の悪いことは聞こえない耳なのさ」

 パソコンに向き合いながら三段重ねのホットケーキをパクパク食べているのは身長150程度の小柄な少女。

 

「そんなことありませんよ、宝鐘先生。俺達も先生に癒しを貰っています」

「癒⋯⋯し⋯⋯?」

 金髪のツーサイドアップに、燃えるような名前の通り真紅の瞳。小柄で少し幼げな顔つきに、青色のセーラー服っぽい服の上から肩を出しながら白衣を着ているその少女の名は宝鐘真紅。世界的にも有名な研究者であり、その異名は『万能の天才』『現世のダ・ヴィンチ』であり、あらゆる事をそつ無くこなしてしまうような少女だが、現在23歳。そろそろ今着ている服のジャンルから卒業したいと考えていたりするが、とある隊員に「宝鐘様はこの服が一番可愛いですわ」と言われてしまったため、愛着があるのだ。

 

「癒しかは分からないが、私も少しは問題児を纏められるように努力はしているさ。中々難しい限りだけど⋯⋯」

 耳に優しく、小柄な少女らしい声色で落ち込む真紅。

 万能の天才敗れたり。という訳では決して無く、単純にこの部隊のメンバーが濃すぎるというのが主な理由なのだ。万能で天才であったとしても、天災を操ることは出来ないということである。

 ちなみに真紅の階級は見た目によらず陸将補であり、この部隊での発言力は4番目に当たる。

 

 ふわふわとした彼女の雰囲気は部隊の癒しであり、オペレーターを務めた時は天音に「戦場ASMRですか?」と言われてしまう程。しかしながら能力としては申し分無く、更には既婚者と人生勝ち組なのだ。

 

 そしてもう1人。真面目と言えば真面目なのだが、そもそもの倫理観が通用しない相手もいる。

「できれば外の技術の乱用は控えて欲しいのだが⋯⋯」

 そう小さく呟いたのは眼鏡をかけた茶色髪のマッシュ男。身長は平均的であり、本来は特筆すべき能力もない。かと言って年齢は24であり普通。一見どこにでもいる成人男性だが、その性質上この部隊の中でも重要な人物だと言えるかもしれない。

 

「これも実験の一つだぜ交換留学生。アーティファクトの魔術を一般的な技術にまで落とし込めればこの世界の科学技術は飛躍的な進化を遂げる。特に『門』なんざそうだ。輸送関係のほぼあらゆる問題が解決するんだよ」

「⋯⋯なるほど。それは一理あるな。やはり人間は我々とは違うベクトルの貪欲さを兼ね備えている。興味深い⋯⋯」

 交換留学生、と呼ばれたようにこの男は地球上の存在ではない。この有馬義景(ありまよしかげ)は他者と精神のみを交換する『イスの偉大なる種族』と呼ばれる宇宙人なのだ。

 

「じゃ、アタシはとりあえず絡果のところに行ってくる。依頼受けんだろ?」

「お願いします、先生」

 グリムロックはそう言って『門』を機動させ、その場を後にする。

 

「で、フィッツァー陸将補はどうする?」

「⋯⋯寝かせてあげよ。多分疲れてるんだって」

 残りの1人。折遠の視界の端で背にもたれながら豪快に寝ているのは、この部隊の中でも2番目に発言力のあるズヴォルス・フィッツァーである。

 

「まあ、今回は一応緊急で形式的に来てもらっただけだしな⋯⋯。呉島陸将は?」

「あー、今夜劫のところに行ってるみたい。僕としては今度その夜劫の人達とも戦ってみたいなぁ⋯⋯」

「⋯⋯」

 まぁたこの先輩は⋯⋯と、呆れているとグリムロックが帰ってくる。

 

「一応アイツには伝えておいた。じゃ、天音の作戦会議と行こうか」

「わかりました。⋯⋯まずは状況の確認を」

 そうしてモニターに出てきたのは横浜上空からの座標。それぞれのマスターとサーヴァントの魔力量から算出されたほぼ正確な位置である。

 

「魔力反応で言えば敵サーヴァント一騎撃墜。三騎交戦中。問題のアジ・ダハーカを除けばフリーが三騎と言ったところだな」

「フリーのサーヴァントに関して言えば、どこかと合流される前に撃破しておきたいなぁ? 天音ぇ?」

「分かってますよぉー。先生のアレ、準備出来てますか?」

 天音の言うアレ、とは魔術兵装(メイガスアルマ)と呼ばれる武装兵器である。

 

「勿論。サーヴァントと直接やり合うなら多分必要になってくるだろうってな。そういや、今回の魔術兵装(メイガスアルマ)での戦闘は初か」

「まあそうっす。旧型でも充分でしたが、新型となると⋯⋯。まあ敵のサーヴァントに期待かな。そろそろ手応えがある奴と戦いたいッスね」

 天音雄也は輝愛と同じ『秘匿の御三家』であり、大学生ながら剣術の腕は文字通り人類最強と言われている。

 

「現地では招待状が無い俺達は直接のアシスト出来ない。だが送り届けるだけなら問題は無いだろう。よって目的の場所へは『ドルイド』による直接投下を行う」

「オイオイ、アタシらのおもちゃ箱を使ってことは⋯⋯」

「それ程重要な作戦だと考えてもらっていい。座標さえ指定出来れば例え異空間や結界で侵入が不可能であっても問題無く飛行可能なアレはおいそれと出せるようなものでは⋯⋯」

 

「あれ、今瑠楓さん使用中じゃなかった⋯⋯?」

 天音の不意の一言でその場の空気が凍る。

 

「はぁぁぁぁ!? あの女何してるんだ!? 機密事項だらけの超級戦略兵器をなんだと思って⋯⋯」

「コラコラ折遠、誰があの女よ。私ならここにいる」

 はぁ、と溜息を吐きながら部屋に入ってくるのは自然なサンディブロンドの髪の女性。

 

「し、室長!」

「あの女呼ばわりだったのに私が来てから呼び方変えられるの、なんか嫌ね。でもドルイドは悪かったわ。私も少し遊びすぎたと思ってる」

「本当に心臓に悪いですよ! アレは構成材質や燃料に至るまでの全てが特級の機密兵器! 今米軍のデルタグリーンにバレでもしたら間違いなく戦争になります!」

 

 そう捲し立てる折遠。

「分かってる。別に少し乗り回すくらい⋯⋯って言っても許してくれなそう。一応パパの指令もあったから命令違反じゃないっていうのは覚えておいて欲しい」

「まあそれなら⋯⋯じゃなくて! 一言声をかけてください!」

「はぁい⋯⋯」

 少ししんみりとしているのは呉島瑠楓。名前の通りこの部隊のトップである呉島貴梟の娘であり、研究チームのトップに当たる。雰囲気的には荒島絡果と近いものがあるのだが、彼女よりも少し精神年齢が若干幼く、子供っぽいところも多い。

 

「みんな揃ってい⋯⋯って雄也くん? アナタこれから任務でしょ? もしかしてそのまま行く気? 大学行く気分で戦いに行かないで」

「えぇー、いいじゃん別に! なんでさ!」

 瑠楓の指摘に納得のいかない天音雄也。それもそのはず。黒いモッズコートに少し暖かそうな生地のVネック白Tシャツ、そして黒いスキニーパンツと少しオシャレなシューズと今からデート行きます、というコーデである。

 

「まあ、研究員は全員白衣着ているから服装に関してだけはなんとも言えないが⋯⋯流石にそれは違くないか?」

「げっ、折遠まで⋯⋯はぁー! 世知辛いなぁ世の中はぁ!」

「まあ、アナタがそれでいいなら構わないけど。私死んでも責任取らないわ」

 

 はぁ、と呆れたように大きく息を吐く折遠と瑠楓。

「⋯⋯話を戻すぞ。敵の正確な座標はアジ・ダハーカの結界内に侵入してからになるが、侵入後は迅速な対応が求められる。下手な場所に飛ばされては作戦の意味が無いからな。憎きアジ・ダハーカを討伐するには取り巻きを倒してからの方が効率がいい」

「あれ? 折遠ってアジに恨みあったっけ?」

 素朴な疑問を抱く天音に向けて淡々と折遠が答える。

 

「後から分かったことだが、先日アジ・ダハーカが破壊した月は我々の実験場である偽りの月(フェイクムーン)だった。一応実験データは逐一こちらに送信していたから問題無いが、今後行われるであろう各国との宇宙空間を巡っての戦いにおいて、前線基地が無くなったのは正直痛い、というのが俺の小さな恨みだな」

「⋯⋯あぁー!? ざっけんなあの野郎! アタシらの可愛いムンビ達がぁ! まだ実験中だったのによぉ⋯⋯」

「どの道あの実験は元々失敗の可能性が高かったものでしょ。でも、せっかく向こうから拉致して繁殖まで成功させたのに⋯⋯。内蔵や皮膚に至るまで他にも色々使い道はあったと思うけど⋯⋯本当にもったいない」

 

 グリムロックが怒声を上げ、瑠楓は少し悲しげにため息を吐く。

 ここで言う実験というのは『幼体月棲獣(ムーンビースト)使役実験』というものである。以前ドリームランドの月と交信を行った呉島貴梟の記憶情報を元とした大規模実験だったのだが『知性が高く意思疎通は取れるが反乱の可能性がある』『飼育や維持費が高く費用対効果がすこぶる悪い』というのが理由で断念していた。

 

 月と同じ形、そして約半分の大きさで作成した大規模戦略基地実験場『偽りの月(フェイクムーン)』は特殊作戦群盤外遊撃部隊の技術力の結晶と言える最高機密の実験場だったのだが、それをアジ・ダハーカに壊されたという。

「鹵獲した『人類の脅威』を収容するのにうってつけの場所だったのになぁ⋯⋯」

 

「既に月を隠していた魔術は解いているが⋯⋯後で言い訳を考えておくとしよう。それで、先程の作戦だが何か質問は?」

「なら⋯⋯儂からよいか?」

そうおずおずと手を挙げたのは天音のサーヴァントであるルー。

 

「構いませんよ。作戦の要でもあるルー老師の意見はなるべく聞いておきたいですし」

「なら遠慮なく。マスターの直接投下というのは具体的にどのようなものなのじゃ?」

「ふむ。ルー老師は初見ですから分からないのも無理は無いでしょう」

 

 そう言って折遠はカタカタと機材を操作しモニターに映像を映し出す。

「まずドルイドによる座標指定の空間転移を行い敵結界内へと侵入。即座に詳細な情報を取得し、敵サーヴァントを補足します」

 立体的に作られた都市の図面の上に、戦闘機らしき物体が姿を現す。その後、ビルの中心が赤く光る。そこが敵サーヴァントと仮定されているのだ。

 

 

「そして天音三佐を⋯⋯直接撃ち出す」

「⋯⋯ほう? ⋯⋯ぬ?」

 

 

 モニターには戦闘機から人が撃ち出されている映像が流れる。

「ま、待つんじゃ。それではマスターが死⋯⋯」

「舐めんなじっさん。撃ち出されるヤツには直径3mの防殻が張られてんだよ。そんで、内部は外の空間と隔離してあるから一切の影響は無ぇ」

 

「な、なるほど⋯⋯」

 グリムロックからの補足説明に半分は納得するルー。

「ドルイド内部からの転移は? って思ってるでしょ。残念だけど不可能。ドルイド内部は同じように外部から隔離されていて擬似的に転移を遮断してるの。まあ、防犯上の問題ね」

 科学と魔術が無限に交差しているこの現状に、ルーの頭は今にもパンクしそうである。

 

「最高速度はマッハ7。奇襲性ならこれが一番丸く収まるという訳だが⋯⋯。天音三佐は何度もやっているから問題無いな? 今回はサーヴァントであるルー老師も行ってもらいたい」

「なんと⋯⋯」

 目をぱちぱちと瞬きし、サーヴァントながら現実逃避したくなるような気持ちが溢れ出てきてしまったのだが。

 

「よっしゃ! サーヴァントのデータ収集だ! じっさんの身体を弄ることは許可出なかったが、他なら問題ねぇよなぁ? 天音ぇ!一騎くらい鹵獲出来ねぇの?」

「まあ、余裕があったら持ち帰りますよ」

「なら私も一騎欲しい。体内構造や肉体の構成物質とか色々調べたいし。霊体化なんてものもあるみたいだし、記憶情報をどう保管しているかも気になるわ」

「頭はアタシにくれよ」

「嫌。アナタは身体で充分でしょ?」

「は? 頭ン中弄りてぇのはお前だけじゃねぇんだけどなぁ?」

 

 ビリビリと火花を散らす瑠楓とグリムロックだが、それを聞いていたルーはドン引きである。

「のうマスター⋯⋯この2人はいつもこうなのかの?」

 と、小さな声で恐る恐る天音に聞くルーに、ちょっと可愛い、と思ってしまった天音。

「えー? そうだよ。『人類の脅威』を持ち帰った時とかどう使うかで揉めてたりするね」

 

「⋯⋯」

「特に瑠楓さんは酷いよー。人間もあの扱い。スラムで任意同行させた子供や犯罪者を実験で文字通り身体を余す所なく使ったりしてて。でもさ⋯⋯」

 天音は呆れたように、そして悟ったように呟く。

「人間の本質ってこういうものなんじゃない? 未知のものを既知に変えるためにはどんな事だってしてきた。それはもう人の歴史から滲み出てまくってるししゃーないっしょ」

 

「ぬぅ⋯⋯人類の記録から生まれたサーヴァントとしては⋯⋯複雑じゃなぁ⋯⋯」

ルーも同じような感情を抱きながら暫く研究者2人の会話を聞いていた。

 

 

 この組織は外なる神や神話的脅威を崇めず、ただの『人類の敵』であり『越えるべき課題』であり『新たなる未知』であると断定し、あらゆる恐怖や深淵の底すらも様々な知的感情で押し潰すような者達と、一部の歴史上類を見ない天才のみが集められたもので構成されている。

 

 

 端的に言えば異常者の集まりなのだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 天音はルーと共に作戦準備へと移っていた。

「これが⋯⋯」

「そ、じっちゃんは初めてか。研究チームの技術力の結晶だね」

 

 二人が訪れているのは体育館くらいの大きさがある地下深くの格納庫。そして正面に見えているのが通常の戦闘機よりも一回り大きな戦闘機。横浜上空で瑠楓が操縦していたドルイドである。

 黒が基調のデザインながらも、所々蛍光色の人工的な光が彩る様は近未来的な趣きを感じさせ、所々露出している各武装にロマンを感じる者も少なくはないだろう。そして現在は各部のメンテナンスを数人で行っていた。

 

「む。天音か。あと数分待ってて欲しい」

 そう声を発したのは操縦席で作業を行っていた宝鐘真紅である。真紅はスタリと操縦席から飛び降り、ふう、と小さく息を吐く。

「あれ? 今回は真紅ちゃんがパイロットやるの?」

「一応な。実力不足の私だが精一杯やらせて欲しい」

 

「いやいや、このドルイドをクレアちゃん無しで操縦出来る真紅ちゃんが実力不足とか。ギャグじゃんもう」

 いかにも「www」と後に付くような笑い方をする天音を他所に、詳細を知らされていないルーはぽかんとしている。

「ああ、ルー老師はドルイドについて知らないんだったな。仕方ない、私が少し教えてあげよう」

 

 ポン、とない胸を叩く真紅。

「小型高速機動司令室ドルイド。またの名を⋯⋯()()()()()()()()()()()()()()

 そこでルーの目が変わる。外神、という意味を彼は理解しているのだ。

 

「永久機関の『BFK』が生み出す電気エネルギーで稼動する前線司令室兼兵器であり、この地球上のあらゆる事柄を数値化し、あらゆる情報を即座に叩き出すスーパーコンピュータが内蔵されているんだ。それらを元に作戦を立案、指令、実行に移すためのアシストをしてくれる高度人工知能。更には『門』や『電撃武装』といった異星の技術や魔術を多様に使用しており、金属部はとある生命体の身体から抽出された物質をアレンジした『S20』をふんだんに使った⋯⋯」

 

 と、語り過ぎたと我に返る真紅は、少しは恥ずかしくなり、頬を赤く染めて硬直する。

「真紅ちゃんのオタクな所出てるねー」

「い、いいじゃないか少しくらい。本当に機密情報なんだ。あまり話す機会が無くてな⋯⋯。って撫でるな! 私はこれでも一応君より歳上なんだぞ!」

 

 幼げな少女(現23歳)らしく可愛らしい仕草で恥じらいを見せている真紅の頭を撫でる天音。

「基本武装は見る機会があれば是非とも見て欲しい。今回使用する射出砲は電子加速と燃焼を合わせて着弾位置の300m先で格納外殻が燃え尽きるように⋯⋯」

「真紅ちゃん?」

 

 ハッ、とまた解説してしまっていたと我に返る。

「のう。何故お主はそこまでこの研究に熱を入れるんじゃ?」

 ふと、ルーは真紅に問いかける。

「お主がこのような機械が好きなのは分かる。しかしながら自ら戦場に出て、それでいてこうして研究も行って。それに先程の女史二人とは違ってその⋯⋯。とにかくじゃ。こんな研究をしなくてもお主なら食うには困らんだろう。それなのに何故⋯⋯」

 

 そこで言葉を濁すルーだったが、その意図はしっかりと真紅には伝わっていた。

「ああ、そうか。サーヴァント、英霊とはそういうものだったな。人の生きた記録を物体化したもの、私達の先輩。君達は私達がなぜ生きているのか、この先何を成したいのか。そういうのが大切なんだろう」

 

 真紅は近くにある自販機でコーヒーを購入しながら話を続ける。

「私は⋯⋯家族の為にここにいるのさ。私と、夫。それと娘がいる世界が幸せであって欲しい。だからそれを仇なす人類の敵を倒すために手を貸している」

「そっか、真紅ちゃんもうお子さんいるんだっけ」

 

「ああ。まだ小さな命でも、私にとってはかけがえのない大切なものだからな。それさえ残っていてくれれば私はそれでいい」

「⋯⋯あの女史達とは随分と違うんじゃな」

それがルーの素直な感想である。ルーはこの部隊についてあまりいい印象は無かった。

 

 それもそのはず。人や生命を物として扱うような連中が複数人所属している、というのはサーヴァントとしてもあまり気持ちのいいものでは無い。

「そうだな⋯⋯瑠楓やグラフにだって正義がある。少なからず人類を思ってのものさ。だから私はみんなが毎日幸せでいて欲しいって祈っているよ。家族だけじゃなくて、部隊のみんなや研究チームだって例外じゃない」

 

 誰もが幸せでいて欲しい。ただそれだけ。だからこそ星の外の生命体を許さない、というのが彼女がこの組織に身を置く理由である。

「宝鐘先生! こちらは準備完了です!」

「分かった! お前達は下がっていいぞ!」

 

 機体調整を終えた真紅の部下から声がかかる。

「という訳だから二人は案内に従って所定の位置に着いてくれ」

 真紅は振り返り、操縦席へと向かう。

「天音、頼むから死なないでくれよ。任務が難しいと判断したら自分の意思で引いたっていい。お前が死ねば大勢の人を悲しませることになるからな」

 

 彼が死ねば真紅自身や彼の関係者だけでなく、これから現れる異星の脅威から守れる命が減り、その結果多くの人が悲しむ事になる。その二つの意味を込めた言葉を彼女は残していった。

 

「真紅ちゃんはさ。『人類の脅威』を資料でしか見た事ないんだ」

「ほう。それはまたどうして」

「奴らは冒涜的な生き物だ。僕ら人間からは形容し難い邪悪な存在。そんなのを見れば精神や人間性が削れていくのは必然さ。だから真紅ちゃんには見せられない。理性や精神が削れた真紅ちゃんを家族に送り届けるのは、それこそ胸糞悪いって事なんよ」

 

 天音の目には真紅が輝いて見えていた。何か守る物がある。そのために戦うというのは彼にとっても憧れるもののひとつなのだ。

「マスターやあの女史達の精神は⋯⋯どうなんじゃ?」

「僕は⋯⋯そうだなぁ。そこまで影響無いんじゃない?どんな見た目だろうと、僕よりは弱いからね。弱者に削られるほど精神は弱くないし」

 

 と、一息吐いた天音は少し苦い顔をする。

「他の研究部の人達は⋯⋯ちょっと別だわ。絶対人間の感性してないよマジで⋯⋯。天才と常人は相容れないのかな。でも推定IQ260超えの真紅ちゃんは優しいし⋯⋯」

 元々狂っている人達の考えは分からないね。と歩き出す天音。

 

「ほらほらじっちゃん行くよ。作戦開始だってさ」

「⋯⋯了解じゃ。あまり老骨を酷使せんといてくれ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「久々に乗るな」

『お久しぶりです、宝鐘様』

「ああ。元気か⋯⋯と聞くのはおかしいか。よろしく、クレア」

 

 真紅が操縦席に座ると頭上から声が降りかかった。

 横浜上空でも瑠楓と会話していた声だが、正体は『自立型高度人工知能クレア』と呼ばれるAIである。()()()()()()()()()()をベースに構築したもので、人並みの感情やユーモアを持ち合わせている。

 

 このドルイドには地球上の観測できる範囲のあらゆる情報を取得し、演算するスーパーコンピュータ『KR』が搭載されているのだが、全てのデータを処理するには常人の脳ではキャパシティが圧倒的に足りないのだ。

 そこでこのクレアである。超高度なAIである彼女が『KR』の効率的運用と情報精査を行ってくれるのだ。

 

 先程天音も言っていた通り、現状クレアを使わずに運用できるのが天才が揃う盤外遊撃部隊の中でも真紅と瑠楓の2人のみであり、同じことが出来るのは世界でも、というより歴史上でも指で数えられるほどだけと言われている。

『命令は既に聞いてます。異空間内の座標指定でも問題無いと思われますが⋯⋯多少の危険はありますので、今回は私が行いますね。空の一人旅を奪ってしまった罪悪感に涙が止まりません』

 

「私は別に⋯⋯1人で操縦したい訳じゃないからな⋯⋯? 楽出来るなら楽はしたいぞ⋯⋯?」

『あ、いえその年頃でしたら少し背伸びしておひとりでやりたいと仰るかと⋯⋯』

「私はもう大人だよ!」

 AIにすら身長弄りされる真紅。ちなみに言うと、23歳女性の平均身長は157cmである。

 

『コホン。⋯⋯座標演算完了。門の創造、起動します』

 

 

 その瞬間、操縦席から見える外の景色が一変。紫色の夜空の異空間へと変化する。

 

 

「⋯⋯空間情報取得。⋯⋯マッピングは終ったよ」

『助かります。魔力反応と地形を照合』

 クレアは『門の創造』でドルイドをアジ・ダハーカの魔界上空へと転移させたのだ。

 そして真紅が即座に『KR』で地上の構造を演算し、立体的な地図を作り上げる。

 その後、クレアが地上にいるサーヴァントを照らし合わせ、それを地図上に映し出し、天音とルーを『撃ち出す』場所を設定。

 

 この間僅か1秒と0.93。常人には理解し難い圧倒的な速度であり、超高度なAIと同じ速度でこの作業を行える真紅は紛れも無い天才なのだ。

 そしてその他様々な手順をものの数秒で終えた真紅は次のプロセスへと移る。

 

 ドルイドの下腹部から少し大きめの大砲が露出し、横浜ランドマークタワーの中腹を指した。

「射角、よし。天音、発射まで3、2、1」

 そして音もなく滑り落ちるような振動と、機体が少し軽くなったような感覚が操縦している真紅を包む。

 

「ルー老師。射出まで3、2、1」

 そして同じような感覚をもう1度。

「⋯⋯さてと、私はこのまま領域外へと撤退し、そこから天音のオペレーションだったかな」

 

 真紅は先程購入したコーヒーを開け、小さな口で1口飲む。そして⋯⋯。

「行くか」

 小さく胸の前で両手を握り締め、可愛く気合いを入れた。

 

 

 

 そしてところ変わって現在天音がいる空中。

 ドルイドから撃ち出されたのは直径3mの金属球。電磁加速によってマッハ7という速度を叩き出したソレは真っ直ぐ目的の場所、横浜ランドマークタワーの48階へと向かっていく。

 

「観光地で戦闘とか洒落てるわ。まるでテーマパークに来たみたいだね。テンション上がるなぁ〜」

 

 金属球の中は空間が隔離されており、加速による衝撃や諸々の問題を受けることは無い。

 そして真紅が言っていた通りランドマークタワーから約300m離れた所で金属球が燃え尽きる。

 それでも尚天音の『防殻』は機能しており、同じように隔離されているため影響は無い。

 

 そしてそのまま突撃。衝撃波と爆発したかのような爆音を巻き起こし、窓ガラスを吹き飛ばしながら天音は中へと侵入する。

「よっと、毎度毎度思うけどさ。相変わらず奇襲にしては派手だし他に方法なかったの⋯⋯?」

 

 呆れながらも『防殻』を解除し、真紅と連絡を取る。

「もしもし真紅ちゃん? こっちは無事入れたけど⋯⋯敵サーヴァントは?」

 天音が周辺を見渡すとそこはホテルの一角。いや、ホテルだったフロアがそこにはあった。

 

 アジ・ダハーカに再建されたものだが内部の殆どはそのまま。高級ホテルだったものは無惨に衝撃で吹き飛んでいる。強いて言うならまだ階段が残っているため上へと上がるための道はあるのだが、それ以外はホテルの面影だったものしかない。

 

『聞こえているか? ⋯⋯よし。敵サーヴァントは近いぞ。注意し⋯⋯』

 その言葉の最中。天音は背中に嫌な気配を感じる。

 が、奇襲という訳では無くただ視線のみだった。

 

「なぁんか、ねちっこい如何にも『邪』なカンジするなって思ったらそれっぽいサーヴァントいるじゃん」

「⋯⋯我の姿に気付くとはな」

 天音が振り返ると、そこには赤と黒を基調とした鎧を着ている女性の武士が立っていた。目元を黒い布で隠した その立ち姿からは並々ならぬ怨念を放っている。

 

 そう、アジ・ダハーカが召喚したアヴェンジャーのサーヴァント、平景清である。

 

「うおっ、すっげー。でっかい鎧に刀⋯⋯ってなると武士か。それに女の子かぁ〜、女の子の武士とかレア過ぎでしょやったね」

 この場においても全く緊張感の無い天音の耳に真紅の声が届く。

『おい、それは相手の女性に失礼じゃないか? レディの扱い方がなってないぞ』

 

 無線による通信が使える以上、オペレーションは可能。

 真紅は天音の目を共有し、更にそこを起点に仮想感覚と呼ばれる魔術を起動し、天音を起点に周辺に感覚器官を作りだす。これによって第三者の目線から戦場を俯瞰して見ることが出来るのだ。

「⋯⋯景清に怯えぬのか?」

「えっ? なんで? だって侍でしょ?」

 はぁ、とため息を吐いて天音はモッズコートのポケットに入れていた手を取り出し、自身の右手で虚空を掴む。

 

 

「秘匿の御三家。武家最強の遺伝子を持つ僕が、剣技で負ける訳ないでしょ。当たり前の事だよ当たり前」

 

 

 余裕綽々で幼さが残る生意気なニヤケ顔を景清に向けて、更にもう一言。

 

 

魔術兵装(メイガスアルマ):展開(オープン)

 

 

 その瞬間、天音を囲うように空間の歪みが複数現れる。

 

 

解錠(コード):我、数多の剣豪の亡骸の上に立つ者(■■■■■■■■■■■■■■)

 

 

 その門を開く鍵となる言葉はこの星の知らない別のもの。冒涜的、或いは神秘的な一言でその歪みが扉へと変わる。

 

 

 その扉から不気味な黒い流出する。それが少しずつ天音を包み込み、彼の篭手となり、臑当となり、刀となる。

 

 

 その姿はドルイドと同じ真っ黒な金属に蛍光色の科学的な光のラインが刻まれたその装備。明らかに現代の科学技術からは逸脱した近未来的なもの。

 

 

 これこそが特殊作戦群盤外遊撃部隊が持ちうる奥の手。

 

 

「それじゃ、サーヴァントと異星の魔術で異文化交流と洒落こみますか」

 

 

 名を魔術兵装(メイガスアルマ)。対神話生物、対外なる神を想定して()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 

 




マジでFate感が1ミリもない!

凄いぞ! 今までの2話分くらい文字数あるぞ!

11話で言及されていた魔術兵装、そして魔術協会とは異なる魔術。色々明らかになりましたね。こんな物騒でイカレた組織は多分うちだから出れるんだよきっと⋯。「IQ260なんてそんな人物いる訳www」と思われがちですが実は歴史上存在していたそうな。みなさん、真紅ちゃんはそのぐらいですよ。可愛いですねぇ(l)

自衛隊の魔術関係は全てクトゥルフ神話のお話ですので、分からない方は調べればある程度出てきますので是非。
ちなみに彼らは元々身内で行われたクトゥルフ神話TRPGセッションのキャラクターや設定をそのまま使用しておりますので、多分元ネタとかあったりするのかな?


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星の羅針盤

異文化交流というワードセンスは我ながらちょっと好きでした。





 

 

 

 天音と景清がいるホテルの外は真夜中へと変化し、明かりのない横浜の街は星空だけが照らしていた。

 天音の手と足のみに純黒の武装。そして右手には近未来的な刀と1m近い太刀が握られている。

 

「珍妙な装備だが、所詮虚仮威しよ。その程度で我は止まらぬ」

「ま、多少期待はしてるって。あんまり面白く無さそうだけど⋯⋯」

 天音が瞬きをした瞬間、その眼下から景清の姿が消える。

 

 そして次の瞬間、足元から景清が現れ、腰の二刀を引き抜く。

 その二刀は天音が刀を持っていない左の脇腹への水平斬りとして襲いかかる。

 しかしその刀が天音に届く事は無く「まるで虚空に刀があるかのように」弾かれてしまう。

 

 体制を崩した景清は小さなステップで建て直し、追撃をかける。右の刀で刺突を試み、接近した所で天音が小さく一言。

「まるでなってない」

 突如、景清は胸部に衝撃を受け、大きく吹き飛んだ。

 

 空中で姿勢を直し、天音から約5m程の所に着地する。幸い神秘という壁により無傷だが、何をされたのかすら分からない景清は、黒い布の下で困惑の表情を浮かべた。

 

「一太刀で分かるわ。実験にすらならなそう。性能チェックの案山子同然。僕の蹴りに反応出来ないとか話にならん。ガチで」

「何ぃ⋯⋯?」

 嘲笑と煽りを添えつつ、天音は刀を握りしめる。

「次はこっちから行くよ。手加減とか要らないから、死ぬ気で捌いてね」

 

 パチっと天音の足元に雷が走ったその瞬間、景清の目の前には振り下ろされる刀があった。

「っ!」

 景清は一歩下がり、その一撃を回避するもそれを読んでいたかのような流れるような動きで下段からの斬り上げが景清に向かってくる。

 

 あまりの速さに景清の対応が遅れるも、二刀をバツ印で構えてその一撃を受け止める。

「⋯⋯!?」

 そのあまりの重さに驚くが、それは一瞬。既に受け止めた刀はそこにはなく、まるで二刀流の如く超高速の連撃技が景清の正面から襲いかかってくる。

 

 景清はギリギリで受け止めてはいるものの、流麗な剣撃の前にはまるで歯が立っていない。

 そして僅かな隙を見つけて景清が反撃しようと試みるも、見えない刃の一撃によって弾かれてしまう。

 そして更に虚空から黒い玉虫色でタール状の刃が現れ、攻撃に参加し始める。

 

 その最中、受けようとしていた天音の刀が突如消え、まるで虚空から刀が現れたかのような錯覚を覚えてしまう。

「あっ。引っかかった」

 その一撃はズサっと景清の左腕を掠め、布の先が斬れる。が、肉体が傷を受ける事は無かった。

 

「今のは小細工じゃないよー? ちょぉっと早く刀を動かしただけで、別に特別な事はしてないんだけどなぁ?」

「嘘を付くな⋯⋯それだけで⋯⋯景清が見逃すはずが⋯⋯無い⋯⋯」

「いやガチだって。てか今ので疲れたん? なんか飲む? 買ってくる? 缶コーヒー⋯⋯なら今すぐ取れるけど、昔の人の口に合うかなぁ?」

 人間を超えたかのような速度で動いていた天音と、それを対処するために防戦一方だった景清。

 

『周辺から増援はなさそうだし、あまり私が情報を伝える場面はなさそうで何よりだ』

 景清は明らかに限界を超えた速度だっため疲労は大きく、憔悴が見える。

 しかしながら天音はこれくらい普通でしょ、と言わんばかりに『門』から缶コーヒーを取り出して一気に飲み干す。

 

「武装に寄るところなんてまだ殆ど出てないよ。近付いた時の動きと『ショゴスの牙』くらいじゃない? "無窮の一太刀"は僕の剣技だし⋯⋯軽いバフ効果はあるけど、僕のはそこまで恩恵感じてないかなぁ。近付いた時は⋯⋯なんだっけ? 理系の人いないから分からんけど、擬似的な電磁加速の応用⋯⋯だったっけ、真紅ちゃん?」

 

『少し違うけどな。⋯⋯まあこの分野は専門じゃ無いから私の口から説明するのは控えさせて貰うよ。後でグラフに聞くのが1番いい』

 景清の息が整うまで、と明らかな舐めプで武装の話をしながら真紅に確認する天音だったが、真紅も細かい理論には自信が無いらしい。

 

 この武装は『イスの偉大なる種族』の電気銃と呼ばれる武器から着想を得たものであり、異星の科学を専門として扱っていない真紅はうろ覚えでも仕方がないのだ。

 まず、先程天音の足元から流れた特殊電流によって周囲に特殊な磁場が形成される。その空間は磁力の強弱が操作可能であり、自身がどう動きたいか、どういった方向に進みたいかといった事をイメージするだけで魔術兵装(メイガスアルマ)に内蔵されている『脳波信号計測器』を通じてスーパーコンピュータ『KR』が自動で磁場を操作し、磁力による推進が可能になっている。

 

 その速度は初速マッハ4にもなる。

 しかしそれだけならばただ速度が出るだけであり、如何に『KR』が優れていようとも使用者の処理が遅ければ意味は無いのだが。

 オマケにそれを活用出来る身体能力が無ければ制御が出来ない、文字通り天音専用の武装である。

 

 グラフ曰く「これだけの理論を組み上げといて活用してないのは、多分元の身体が人間程貧弱じゃないんだろうな」という言った後に「もしくは戦うことを放棄した腑抜けども」という事らしい。

 

「そっかぁ⋯⋯ま、ちょっとは対処の参考になった? 景清⋯⋯さんだっけ?」

『今ので分かるわけ無いだろ』

 

 と、真紅から冷静なツッコミを入れられる天音。

 そして景清を一瞥し、先程よりも体力が回復している事を確認する。

「悪いね、僕は結構なお喋りだからさ。じゃ、もう一本行こっか。なぁに心配要らないって。さっきよりもちょっとだけペースをあげるだけだかっ、ら!」

 

 再び天音を中心に磁場が発生。

 その踏み出した一歩で約10m離れた距離を一瞬で詰め、一撃を叩き込み、それをギリギリ景清が受け止める。

 しかし加速する天音はその瞬間には天井を蹴り、再び上からの攻撃。更に0コンマ1秒にも満たない内に次の攻撃へと転化させる。

 

 周囲の柱や壁、天井を蹴り、マッハ5以上の速度で360度から一方的に剣撃を繰り出す。空間に走る雷と魔術兵装(メイガスアルマ)が放つ蛍光色の光が織り成す様はまるで光の檻。

1対1の室内戦闘における圧倒的な制圧力を誇るこの技の名は。

 

 

「新天音流剣術・千華一尽」

 

 

 反発や加速を瞬間的に理解した上で、天音は視覚や五感情報で筋肉の動き、熱量、相手の癖を瞬時に理解し()()()()()()を予測。その上でどう動けばいいか、どう加速するべきかを理解出来る。

 

 しかしその光景も天音の違和感で鳴り沈む事となった。

 ガキン、という大きな音を立てて景清が大きく吹き飛ぶと、天音は景清の様子を確認する。

 

「あれ? 傷付いて無くない⋯⋯?」

 そう。天音の剣はまるで舐めるように滑っていたため効いていないのだ。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 景清も体力的消耗はしているものの、傷は無い。

 

『天音、アレだよ。ルー老師が言っていた⋯⋯』

「あっ、『神秘』ってヤツか。しまったなぁ、これじゃあマジの案山子になっちゃうよ⋯⋯」

 ここで天音は考える。

 神秘というのはどれだけ力量差があっても覆す事は出来ない。神秘の絶対的な壁を前を越えられるのは同等以上の神秘を持つものであり『(ソラ)を統べる魔術師』や『この世界の法則に支配されない者』といった例外でなければ突破することは出来ない。

 

 しかし、これについて天音には宛があった。

「よし。ならアレで試してみよう。⋯⋯ごめんね景清ちゃん、その辺のルール知らなくてさ。まさか本当効かないとか思って無かったし」

 

 

「沙羅双樹の花の色⋯⋯」

 

 

 ボソリと景清は呟く。

 その時、景清の怨念が形となり複数の景清が現れ、周囲を怨の波動で包み込む。その無数の景清が地を跳ね、壁を跳ね、天井を跳ねて天音へと襲いかかる。

 

 

「⋯⋯解錠(コード):我、数多の災いを払う剣の主なり(■■■■■■■■■■■)

 

 

 天音も対抗するようにこの世の言葉では無い詠唱を行う。その一言一言の意味を、常人には理解することは出来ないだろう。ただおぞましく、只管にそこの無い深淵の言葉を。

 

 

「諸行無常・盛者必衰!!!!」

 

 

 景清の宝具による攻撃。無数の怨念を直接受けた天音は⋯⋯。

 

 

「天音流剣術・流弄六砂」

 

 

 瞬きする間もなく怨念は消え去る。そして⋯⋯。

 

 

「な⋯⋯⋯⋯に⋯⋯⋯⋯?」

 

 

 天音の後方にいた景清の胸からは大きな斬り傷が存在していた。

 そして天音が持っている刀は先程の魔術兵装(メイガスアルマ)とは違うもの。

 

 

「その⋯⋯⋯⋯剣は⋯⋯⋯⋯!」

 

 

 それは流麗な日本刀、という訳ではなく鍔部分が存在せず、刀剣に近いものである。しかし先程と違うという点で言えばその刀は明らかな『神気』を放っているという事。

 

 

「割とマイナーだし知らないでしょ。これはさ。"布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)"っていう、正真正銘本物の神器だよ」

 

 

 天音は振り返り、嫌な笑みを景清に向ける。

 

 

「ま、これは天音家の私物なんだけどねー。見た感じこれで対等でしょ? もう一本、付き合ってもらおっかな」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 アジ・ダハーカの魔界外。阪東はアジ・ダハーカとの戦闘跡地に来ていた。

 座って空間の穴に手を入れてもごもごとしている様は少し滑稽と言える。

「あー、さみぃ⋯⋯」

「大丈夫か、マスター?」

「ああいや、心がちょっとな。この身体には影響しないし気持ちの問題だゼ」

 

 阪東が行っているのはカルデアが来た際に広がってしまった次元の穴の修復と、自身が放った物質の回収である。流石の阪東でも骨が折れるのか、相当な時間がかかるためアルジュナと会話をしながらゆるりと進めているのだ。

「⋯⋯はぁ。まさかな」

「⋯⋯? どうした?」

 

 阪東の警戒網を越えてきた存在がいる、という事を察知した彼は己の『眼』で世界を覗く。

「⋯⋯やっぱりか」

「久しぶり葛木。3年ぶりかしら?」

「似たような雰囲気のやつとは何回か話したが、やっぱり慣れねぇんだよなァ」

 

 サンディブロンドの長い髪にモデルのような整った顔立ちとスタイル。そして盤外遊撃部隊を象徴するタコのような顔の前に、2本の拳銃が交差するように描かれた紋章が付けられた白衣を着ている女性。研究チームのトップ、呉島瑠楓である。

「まさか日本に来てたなんて。嬉しいわ、もしかして私に⋯⋯!」

「な訳ねぇのはその化け物みたいな頭で考えれば分かんだろうが」

 

 しゅん⋯⋯という悲しげに目を伏せる瑠楓だが、本題はそこじゃないと頭を切り替える。

「で? 何の用だ?」

「別に用事は無いけど。ただの近況報告ね」

「はぁ? ンな事信じられる訳⋯⋯」

「ホントよホント!」

 

 瑠楓が頭脳と雰囲気の割に子供っぽい事を知っている阪東は、なんとも言えない表情を浮かべて納得する。

「ここ数日折遠と進めているプロジェクト、アナタにも少し関係あるから耳に入れて欲しいだけ」

「オレはテメェら自衛隊に関係ねェ。帰れ」

「そうだけど、ワタシ自身とは関係あるでしょ?」

「⋯⋯まあ、な」

 

 阪東は作業の手を止めてはいないが、あまり手が着いていない様子であった。

「この聖杯戦争中、幾つかアクションを起こそうと思っているの。本格的に奪還しないといけないものがあって」

「できるか? 多分あの監督役は強いゼ」

「知ってる。だからアナタには極力見て見ぬふりをして欲しいの」

 

 阪東から瑠楓の表情は見えない。

 結局のところ、阪東は瑠楓の未来や過去を見る事は出来ないため見る意味は無いのだ。

「極力やるさ。テメェの頼みだ、なるべく頼みは聞いてやりてぇ」

「助かるわ! 流石ワタシの葛木ね!」

「誰がテメェのだ!」

「実際そうでしょう?」

「まあ⋯⋯物理的にな⋯⋯」

 

 阪東は照れる訳でもなく、複雑な表情でため息を吐く。

「それともうひとつ。グラフがアレを欲しがってる」

「⋯⋯アレ。ああ"星の羅針盤"か」

「そう。あの特級アーティファクトが必要な意味、アナタなら分かるでしょ?」

 

「時間旅行だろ?」

「正解! あの過去と未来に干渉できる星辰の神々が生み出したアレがあれば⋯⋯!」

「だから、オレか」

 その瞬間、周囲が凍ったかのような、否。文字通り空気が凍る。

 

 すかさずアルジュナは霊体化し、阪東の後ろへ下がる。

 阪東が顕現させたとある星の環境下に置かれたせいで、その気温は絶対零度に迫る勢いで低下していく。

「そういうこと。でも、アナタの事は誰にも伝えていないから結局無駄骨でしょうけど」

はぁー、と息で手を温めようとする瑠楓だが、それすらも凍ってしまい、不満げに小さく頬を膨らませる。

 

「ちょっと寒い」

「あっ⋯⋯悪ィな⋯⋯」

 そして阪東が解除すると急激な気温変化で空気が軋む。

「⋯⋯なぁ、瑠楓」

「何?」

 

 

「アレから何回死んだ?」

 

 

 普通の人が聞けば狂っているのかと思われるような問いを投げかける阪東だが、瑠楓は何かを気にすることも無く答える。

「3回ね。1回目は『人類の脅威』に潰されて。2回目は射殺。3回目は⋯⋯実験に使ったわ」

「でも、まだのうのうと生きていると」

「当たり前でしょ? 私の代わりなんて誰が務まるのよ。それに『未知』が溢れたこの世界で、全てを解明するまで止まるつもりは無い」

 

 くるくるくる、とペン回しをしながら答える瑠楓。

「他人を犠牲にしても⋯⋯か?」

 瑠楓は既に何千、何万という人間を実験に利用しており、死者や肉体を保てなくなった者も多い。今でも組織の保管庫には、脳缶に詰められて生きている人間の脳が複数存在している。

 

「⋯⋯それ、真紅ちゃんにも言われたわ。でもいずれ来る『世界の終末』によって人類の九割を損失して一割が生き残るのと、今一割だけ使って残りの九割を守るのってどっちがいいと思う?」

「⋯⋯それは」

「消費する命を選べる今だから出来ること。そして『世界の終末』が起こった時の一割に、どれだけの才能が残っているのか。それは未知数。なら、今のうちに前借りした方がいいと思うのは当たり前じゃないかしら?」

 

 瑠楓の中では人の命も、動物の命も、『人類の脅威』と呼ばれる神話生物の命でさえ同列なのだ。ただ少し自分と同じ種族だから、知能が他と比べれば高いから。そういう私的な理由で優遇しているだけに過ぎない。

「でも他に私の賛同者で、私と同等の頭がある人なんて居ないの⋯⋯。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()準備しておくのは必須事項じゃない?」

 

「⋯⋯やっぱり、オレテメェの事苦手だわ。そう言って自分の行いを正当化しようとしてる。結局全ての『未知』を『既知』に変えたいだけだ」

「そんな風に言わなくても⋯⋯」

 そうしょんぼりとする瑠楓の表情は、その歳よりも少し幼げな少女が見せるものだった。

 

 

 




後半は割と伏線が多いかもしれない。ちょっと子供っぽい瑠楓ちゃん可愛いですね。


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ひとときの夢

前回前々回マジでFate感無かったので、今回はFateさせます。

時系列の補足をしますと、一番最初の輝愛視点が一章と二章の間になります。質問等ございましたら気楽にお尋ねください。


 

 

 

 数日前。と言っても輝愛が俊介と再開する3日前のこと。雨風をギリギリ凌げるくらいの崩れた家の中、真剣な面持ちで輝愛は大福に問いかけた。

 

「ねぇ大福、これ以上強くなれないの?」

『バカ言うんじゃねぇよ。そう簡単に強くなれたら苦労は⋯⋯』

「出来ないの?」

『⋯⋯』

 いつもの少し抜けた雰囲気とは違う、覚悟を決めたかのようなその声色に大福は、存在しない背筋が張るような錯覚を感じる。

 

『⋯⋯出来ないわけじゃねぇ。ただ⋯⋯』

「ただ?」

 

 

『マスターが人を辞める事になる』

 

 

 その言葉の重みを理解しているのかいないのか。既に輝愛の答えは決まっていた。

「いいよ?」

『⋯⋯は?』

「アタシは大丈夫だって。どうすればいい?」

 

 大福はその反応に困惑していた。

『お、おい本気で⋯⋯』

「言ってないわけないでしょ?」

『待て待て待て! というかマスター、ちょっとおかしいぞ! いつもみてぇに⋯⋯』

 

「⋯⋯ごめん、大福。ちょっと考えちゃってさ」

 1度冷静になった輝愛は壁に歌膝でもたれ掛かる。

「アジ・ダハーカ、バンちゃん、それに⋯⋯。とにかく、今のアタシじゃまず勝てない」

 アジ・ダハーカと阪東は言うに及ばず。彼らは圧倒的な破壊力があり、単体で趨勢を崩しかねない超級の魔術師である。

 そしてもう1人、輝愛が警戒して止まない人物もいるのだ。

 

 

「そして、アタシと大福は一心同体。つまりは結局アタシは死んで終わり。ならここで何をしてでも強くならなきゃいけない」

『⋯⋯』

「ま、これが終わっても筋書き通りなら死ぬんだし?」

 天真爛漫な笑顔で輝愛そう答える輝愛。

 その言葉に裏表が存在しない事を大福は理解した。

 

『⋯⋯俺との同調深度を上げれば、マスターは強くなれる』

「いいじゃんやろやろ」

『⋯⋯わかってんのか? 同調、つまりは俺と本格的に一体化するって意味になる。てことはだ。元々人間じゃない俺を取り込んだマスターは⋯⋯』

 

「耐えきれずに死ぬ可能性もある?」

『⋯⋯』

 そうだ、と軽々と言えない大福は、既に彼女を一個体として認めているのだ。例えそれが怨むべき世界の存在であったとしても。

 

「そっかー、死ぬかもしれないんだー」

『死ぬかもじゃない。死ぬんだ。同調出来たとしても俺の力が身体を蝕んで、いずれは⋯⋯それでも⋯⋯』

「やるよ、大福」

『⋯⋯そうかよ』

 諦めたかのように⋯⋯大福は⋯⋯。

 

『なら、やるか』

「⋯⋯ありがと」

 膝を抱え、蹲る輝愛は小さく笑った。

 

『じゃあ、始めるぞ』

 

 その一言で、輝愛の意識に膨大な情報が流れ込んでくる。

 

 

「か"ぁ"っ"!!! あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!」

 

 

 これは数千、数万、下手すれば数億年をも超える記憶。

 

 

 異なる理の全て。混沌と不浄に満ちた人には理解し得ないもの。

 

 

 狂気的で、冒涜的な感情の渦が輝愛を押し潰さんとする。

 

 

『こんなものか、マスター?』

 内側から内蔵を抉るような痛みや、異物が流れ込んでくる想像し得ない不快感が輝愛を襲う。

「いや、ぜんぜっ、っぇんっ⋯⋯」

 

 目眩や吐き気、手足がちぎれるような感覚を必死に抑え込もうにも、脳には人には過ぎた記憶が常に入り込む。

「っうっ、えっぷ、うぇ、げほっ⋯⋯」

 胃がひっくり返るような錯覚と共に空っぽの胃の中から微に残っていたモノを吐き出す。

 

 

 突き刺すような、形容し難い痛みと共に、血管が沸騰して破裂するかのような熱さが身体中から溢れる。

 

 

 もがき、苦しみ、ただ只管その場でのたうち回り孤独に足掻く。

 

 

 今にも狂ってしまいそうな輝愛だが、1つだけ拠り所があった。

 

 

「アタシが⋯⋯例えどうなっても⋯⋯今の世界を変えるんだ⋯⋯」

 

 

 それは彼女の根幹。願い。望み。

 

 

「これ以上、誰かが大切なものを奪われているのを⋯⋯見たくない⋯⋯」

 

 

 その瞬間、大福の中に輝愛の記憶が流れ込む。

 

 

「アタシが誰かを殺すのは⋯⋯世界を変えるため⋯⋯だから⋯⋯」

 

 

『⋯⋯』

 

 

「それまでは⋯⋯悲しい気持ちも⋯⋯我慢してて⋯⋯アタシが全部救うまで⋯⋯」

 

 

 そこで輝愛の意識は闇に呑まれた。

 

 

 次に彼女が目覚めるのは2日後の事。藤丸達と出会う前日である。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 異なる理を持つ世界。

 

 

 曲線の存在しない空間。

 

 

 時間の意味すら違う次元。

 

 

 そこに存在するのは冒涜的で、人の理解が及ばない存在が闊歩する大都市。

 

 

 その名は■■■■■■。不死の猟犬と人ならざる住人が暮らす混沌の領域。

 

 

 そこに彼は居た。

 

 

「憎い」

 

 

 ポツリと一言。その都市の城、「大君主」と呼ばれる存在が座すべき場所で呟く。

 

 

「奴らが憎い」

 

 

 幾千億もの時を過ごした彼の結論である。

 

 

 

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」

 

 

 憎悪で満ちた感情が、1人の傍観者に流れ込む。

 

 

「■■■■さ」

 

 

 その傍観者はため息を吐きながら呆れたように。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 何かを問いかけた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「んっ⋯⋯ふわぁ⋯⋯」

 アジ・ダハーカの領域内。苔むした廃ビルの中、神崎輝愛が仮眠から目を覚ます。ヴリトラとの戦闘後、酷使した肉体を休ませていたのだ。

 アジ・ダハーカが作り出した偽りの月光が差すその場所は元々の横浜に近いもの。今居る28階のビルから辺りを見回すと、周辺の少し遠い所にはドーム状の結界が複数個張られている。

 

「アタシ、なんて言ったっけ⋯⋯」

 先程見ていた夢を思い出そうとしたものの、一部が欠落しており明確には思い出せない。

 

『⋯⋯流石に疲れたか?』

「そりゃ、知らない力を自分の力みたいに使うのってなんか変な感じだし、疲れるっしょ」

 周辺には猟犬が複数監視を行っており、休憩している時でも気を抜いていないことが分かる。

 

「大福ってさ、普通のサーヴァントじゃないんだね」

『あ?』

「だってほら、英霊って死んだ存在なんでしょ? でも大福は死んでない。そのまま来ちゃったんだもん」

『⋯⋯はぁ、もうそこまで見られたか』

 

 本来、サーヴァントと人間での同調というのは特殊な例でも無い限り不可能なのだ。しかし大福という存在は例外で、()()()()()()()()()に呼ばれた結果、死せずともサーヴァントの器で現界している。

 

 その結果、自身の配下に力を与える権能が肉体を持たない事で変化し、同調という例外的な能力として現れているのだ。

『今の同調率は15%だからなぁ⋯⋯』

「んー? ならもう少し深めようよ?」

『バカ言ってんじゃねぇよ。もう少し様子を見てだな⋯⋯』

 

 人知の及ばない存在である大福との同調というのは、それそのものがリスクを伴う。大半の人間が同じことを行ったとしても、大福との同調時に発狂死するか、肉体が耐えきれずに廃人と化すかのどちらかである。

 

 輝愛が大福との同調に成功した理由は複数存在する。

 1つは己の意思。外なる神と同等の力を持つ存在を前にしても恐怖に溺れないような精神力。その人には過ぎた力を持って何を為すかという目的。

 何がなんでも光を目指そうとする強い気持ち。

 そういった意思が無ければ前提として同調を受け入れる事は出来ない。

 

 もう1つは肉体。身体は器であり、ただ借りていただけの以前とは違う本格的な同調であれば並の器であれば簡単に弾けてしまう。

 輝愛は秘匿の御三家として産まれ、普通とは違う驚異的な身体があった、というのが大きい。

 

『今でも十分、この世界の神霊くらいなら余裕で戦えてるだろ? ならいいじゃねぇか。同調は徐々に進めていく。肉体を劣化させちまうし』

 そう。既に輝愛の死は確定しているのだ。同調の強度は早いか遅いかだけの違い。

 

「そういえばさ、大福の願いって何?」

『⋯⋯急だな。ある程度俺の感情を読み取ってるマスターなら分かんじゃねぇの?』

「は? 15%じゃほっとんど見得ないけど? もう少しみせろし」

 

 大福は輝愛の中で小さくため息を吐く。

「アタシ、大福の気持ちとか全然わかってないから。だって何も言ってくれないんだもん」

 不貞腐れたようにゴロゴロと床を転がる。

 

『ここに来てすぐは⋯⋯世界の滅亡だったな』

「え"っ"」

 衝撃の真実に動揺を隠せない輝愛。ある程度大福の感情を読み取ってはいるものの、そこまでするのか、という気持ちの方が大きい。

『この世界を滅ぼすなんて⋯⋯本来の力があれば難しいことはないんだろうが⋯⋯なんでだろうな、今は少し迷ってる』

 

「迷ってる⋯⋯?」

『お前のせいだ、ったく、マスター⋯⋯はぁ⋯⋯』

 そして今度は大福がため息を吐く。

「それってどういう⋯⋯ねぇ大福! 大福!?」

 その言葉を最後に、大福は喋らなくなった。何かの不具合というよりも、喋る気にならないという気持ちの問題である。

 

「⋯⋯。⋯⋯あぁ、そういう事」

 大福と話している内に輝愛が召喚した猟犬が1匹減っている事に気がつく。

「んー?」

 輝愛は即座に魔術を発動し、今休憩しているビル内の構造や生命体を観測しようとするが、輝愛と猟犬以外に反応は無かった。

 この魔術は輝愛のものではなく大福と同調する事で使えるようになったものである。

 

「なら⋯⋯」

 刹那、誰かの視線が輝愛の鼻に向けられた。そしてその軌道上に1本の矢が飛来する。

「外からの攻撃しかないよね」

 輝愛の鼻先を捉えた矢は何かに切り裂かれたように霧散し、粉々になってパラパラと落ちた。

 

「時間は無いけど、1人目があっさりしてたから割と時間はあるんだよねー」

パキ、というプラスチックが割れたような音が輝愛の右頬から聞こえてくる。

「⋯⋯いっけない。ま、どうせ何人かと戦わないといけないわけだし?」

 

 右頬に軽く手を当て、撫でるように払う。

 そして敵の視線を辿り、付近の角を利用して矢を放ってきた存在の背後に立つ。

 

 が、ここで輝愛はナイフで切りつけるようなことはしなかった。

 トントン、と指で肩を小突き、振り向いた所に笑顔を向ける。

「やっほー。これでイーブンかな? ⋯⋯早く離れないとその首貰うよ?」

 

「⋯⋯!?」

 輝愛に矢を放った存在は瞬時に距離をとる。

 銀髪と同じ色のちょび髭。燃え盛るような紅の弓を持ち、豪勢な軽鎧を着た初老の男。

 アジ・ダハーカに召喚されたアーチャー、羿である。

 

 その場所は600m程離れたビルの1階。オフィスルームであり、聖杯戦争が無ければ普段通り何十人ものサラリーマンが仕事を行っていただろうとわかるようなもの。

 

「タイミング的にアタシがちょっと寝てる間は撃たないでくれてたんでしょ? ならこれでトントンじゃない?」

「⋯⋯私とした事が、敵である貴女に気を使わせてしまうとは。申し訳ない」

 小さく頭を下げて輝愛へと謝る羿を見て、苦笑いで頬を掻きながら戸惑いを見せる輝愛。

 

「えーっと、そんな真面目に謝んなくたっていいじゃん、ちょっとやりにくいし⋯⋯」

「そうか、雰囲気的にアサシンとお見受けするが⋯⋯不意打ちの機会をこう易々と逃しても良かったのか?」

「そこは気にしないで、気持ちよく寝させてくれたお礼って事で、ねっ?」

 

 妖艶に笑う輝愛はボアコートの袖からナイフを取り出し、羿へと向ける。

「騎士風に名乗って戦うのは趣味じゃないけど、これからの予行練習ってコトで。⋯⋯ゴホン! アタシは神崎輝愛、訳あってアサシンのクラスやってまーす! おじさんが最後に覚える人の名前だから、ちゃんと覚えて死んでってね」

 

 物騒過ぎる輝愛の自己紹介に、小さく笑う羿。

「ははっ。ならばこちらも名乗らせて貰おう。マスターに命じられてここにいるが、交戦の許可は下りている。私の名は后羿。羿と読んでくれて構わないが、おじさんは辞めてもらおう」

 

「あ、そう。なら悪いことしちゃったなぁ⋯⋯。ま、いっ、かっ!」

 高らかに名を宣言した2人は互いに弓を引き、ナイフを握りしめ、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 




少し短めですが、まあ輝愛と大福のお話ですね。ちょっとぼかしていますが、これは後々の伏線ということで。

お知らせ
次回からは少し投稿ペースを落とそうと考えています。理由は色々ありますが、その分容量が多くなると思いますので、どうぞお楽しみに。


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災歌謳う終天の凶神

純粋に文章量が増えた。そして化け物が増えた。

お久しぶりです。景清vs天音からお届けします。


 

「布都御魂剣⋯⋯だと⋯⋯!」

 景清が胸の傷を押さえながら天音の剣に目を向ける。

「そっ。代々天音家が保有していた神器。これなら⋯⋯神秘ってのが宿っているんじゃない?」

 

 布都御魂剣は天音が言う程マイナーでは無く『日本三大神剣』と言われる程に名が知れているものである。

 その持ち主に強大な力を与え、あらゆる邪気、毒気といった害物質から守ってくれるとされてきた国宝が今、天音の手にあるのだ。

魔術兵装(メイガスアルマ)の性能でサーヴァントと渡り合えるってのは分かったし、本気で切り伏せていいかな?」

 

『⋯⋯グラフの事だから、もう少しデータが欲しいと言うと思うが⋯⋯まあ、後は天音の好きにするといいさ。私はもうすぐこの空間の解析を終える所だ』

「真紅ちゃん仕事早いね」

『中々興味深い。深い部分はクレアにやらせているから何とも言えないが、普段グラフや折遠が使っている術式とは違う別のものらしい』

 

「き、貴様⋯⋯! 話している余裕が⋯⋯!」

 剣を突き立て、息を荒くする景清は全く相手にされていない事に憤慨する。が⋯⋯。

「サーヴァントって結構傷付いても動けるんだ」

 一瞬で距離を詰めた天音は視認する事すら不可能に近い速度で剣を振るう。

 

 布都御魂剣によって強化された肉体は先程よりも数段早く、そしてより強烈な六連撃で綺麗に鎧のみを破壊する。

「サーヴァントを一基鹵獲して来い、って命令があるんだけどさ⋯⋯どう? 来たい?」

 倒れ伏す景清の顎を布都御魂剣で軽くつつく天音。

 

「貴様なぞに⋯⋯」

 天音の背後に景清の『怨』が込められた幻影が2人現れる。それは景清を模したそっくりそのままの姿であり、2人同時に天音へと攻撃を試みるものの。

「⋯⋯天音流剣術」

 まるで作業のように天音は布都御魂剣を振るう。振り下ろされた剣の軌道は同時に2つ現れ、景清の幻影は頭から真っ二つに切り裂かれてしまった。

 

「二翼滅駆」

 天音流剣術。それは天音家が代々受け継いで来た剣技。剣術に関しては現人類最高峰の技量を誇る彼らが生み出した、他者には様々な要因で絶対に真似出来ないと断言した文字通り『使いこなせれば』最強の流派である。

 

 秘匿の御三家がひとつ、天音家。

 彼らは武芸と鍛治の極地と言われ、剣技の起源とされている。しかし、それは記録に残されることは無かった。

天音家はたった1人で戦場を血の海に変えることが出来る。それ程の絶技を危険視しないはずが無い。

 

 こうして、時に天皇家、時に幕府と時代事に盟約を交わしていたのだ。今後、天音家が表に出ることは無い。代わりに手を出すな、という単純明快な内容。その記録すらも歴史から放逐された存在。

 

 それが天音家、そして歴代でも屈指の才能を誇る次期当主こそ、ここに立つ天音雄也である。

 

『虐めは良くないぞ。鹵獲するなら早くアレを取り付けるんだ。時のある間にバラの花を摘め。 時はたえず流れ、今日ほほえむ花も明日には枯れる⋯⋯だったか?』

「どういう意味?」

『長引けば長引く程余計な思考が増えて更に長引く、チャンスはチャンスがある内にものにしろ。ロバート・ヘリックの言葉だ』

 偉人の言葉を解説する真紅と、倒れ伏す景清に冷たい目を向ける天音だったが⋯⋯。

 

『えっ? ⋯⋯お、おい! 下がれ天音!』

「は?」

 真紅から警告の声が発せられた直後、天井が崩落する。そして天井から落ちてきた黒く淀んだ禍々しい竜巻が、跳ねるようにその階層を壊し尽くす。

 

「マジ?」

「ま、マスター!」

 上階から見下ろしていたのは天音のサーヴァント、ルー。

 

「そちらが片付くまで儂がこやつを足止めしておく。今のうちに⋯⋯」

「じっちゃん⋯⋯キツそうだねぇ。分かった、1分だけ待っててね」

 横目で天音がこの場所に来る時に空いてしまった穴から脱出している景清を見て、再び魔術兵装(メイガスアルマ)を起動する。

 

 

解錠(コード): 我、天翔る一陣の風なり(■■■■■■■■■)

 

 

 再び冒涜的な呪言を口ずさむと、金属板のような真っ黒の薄いナニカが形を変えて両肩を覆うように分裂し、装着された。

「空中戦かぁ、あの空飛ぶ蛇をぶった斬って以来だね。テンション上がるなぁ」

 この場をルーに任せ、天音は景清を追って穴から飛び出す。

 

「ふぅん。⋯⋯見つけた」

 黒い帯が巻かれており目元は見えないものの、必死に離脱を図る景清を見つけた天音。

 まだ空中にいる景清に狙いを定める。

「新天音流剣術」

 

 そう呟いた時には既に景清を追い越していた。

「なっ!?」

 

「四閃風澪」

 

 剣術名を天音が小さく呟くと、景清の四肢は宙を舞い、視界に入る前に空へと置いていかれる。

 そして斬られた事に気が付く時には既に景清の首は落ちていたのだ。

 追い越した先で静止していた天音によって。

 

「武士なんだから空中戦くらい経験しときなよ、コレ、次きた時の教訓ね」

「バ、かなことを⋯⋯」

 そのままバラバラにされた景清の身体を空中で眺めつつ、少し申し訳ない気持ちになる天音。

 

「うーん、空中での自由が約束されている僕と落下しか許されていない景清さんだったらフェアじゃなかったのかなぁ⋯⋯?」

『馬鹿な事を言ってないで早く戻ったらどうだ? 魔術兵装(メイガスアルマ)の滞空時間だって限られているんだぞ』

「ごめんごめん、じっちゃんも待ってる事だしね」

 

 飛行型魔術兵装(メイガスアルマ)通称肩パット(両肩に付けるため)は蓄積された魔力を使用する事で、空中でも単独で機動戦を行う為に実験的に作られたものである。

 ()()()()()()との交戦後、数匹を鹵獲し生きたままバラバラになるまで解体。機能を解析し尽くした後に、その機能を科学的に再現したのだ。

 

 もちろん完璧に再現出来ているという訳では無いため、滞空時間は短いが、単身の身で空を飛ぶ事が出来るという歴史的偉業を成し遂げたのは前代未聞の出来事で、誇るべき事である。

 

 例え如何なる犠牲があったとしても、だ。

 

「よっと。じっちゃんもど⋯⋯」

 天音が元の階に戻った直後、左スレスレに巨大なレーザーが過ぎ去る。

「あっぶな!?」

「マスター! 気を抜くでない!」

 

「ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"」

 人とは思えないその奇声を発している存在は、体長20mはある巨体。肉の殆どが腐り落ちており、肉体は無く骨格のみとなっている。ある程度マシな顔部分でさえ眼球は無く、筋肉が露出しどこで声が出ているのかすら定かでは無い。飾りのように生えている髪の毛から生える鬼の角すら、他の要素に目を向けていれば気が付かないかもしれない。

 

 背中から生える骨型の蜘蛛の足に似た何かで立ち上がり、足があるはずの場所ある百足の尻尾を無理矢理骨格化したようなもので歩き回っている。下腹部には青色の布切れがあるものの機能しているようには見えない。

辛うじて微かな肉で繋がっているような右手には15m近い刀が握られている。刀身が紅蓮で燃え盛り、その熱量はあらゆる大地を燃やし尽くすと言われても納得してしまいそうな程。

 

 それはアジ・ダハーカのサーヴァント。セイバー、禍津日神である。

「でっけぇ、これも英霊⋯⋯?」

「あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!」

 

 天音を見た喉が朽ちているにも関わらず発せられた奇声と共に、禍津日神は口から直径5mはある紫色の禍々しいレーザーを放つ。

「っ!?」

 天音は即座に『門』を起動し禍津日神の背後へと回る。

 

「やっば今の、内閣総辞職ビームってこれのこっ⋯⋯と!?」

 が、禍津日神に付いている百足の足から同系統のレーザーが数十本放たれる。

 

 流石の天音も無駄口を叩く暇が無くなったのか、表情が切り替わる。普段のお調子者のような雰囲気では無く禍津日神を()()()()()だと認知したのだ。

 その部屋を縦横無尽に駆け回り、迫り来るレーザーを回避しつつ、真紅に連絡。

「真紅ちゃん、見てる? アレ何? さっきの武士とは明らかに違うんだけど?」

 

『まあ、見ているさ。⋯⋯ルー老師、あのサーヴァントの名前は分かるかい?』

「わからぬ! 最初は大人しそうな青年だと思ったんじゃが、攻撃した途端にこれよのう。流石の変わり様に肝が冷えたわい」

 天音が天井を蹴り、布都御魂剣で攻撃を行おうとした所、左手から黒い穢れた竜巻が放たれる。

 

「図体でかい癖に反応はっや」

 即座に「門」で転移。1度距離を取る。

『明らかに室内戦は不利にみえるが? こっちとしては一度離脱しても構わないぞ』

「⋯⋯もしかしてアレ撃ち込む気?」

 

『アレ? ああ、効くかは分からないが選択肢としてはアリだな』

「やめやめやめ! 流石に『Demons core』は日本が吹き飛ぶ!」

『心配するな、冗談だ。まあ撃ち込むにしても火力調整は意外と簡単なんだぞ?』

 

 長距離誘導エネルギー弾『Demons core』は陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊が『核兵器の代わり』として生み出した戦略兵器である。これらも『電気銃』と呼ばれる異星の兵器から着想を得ており、最大出力で直径1500kmをエネルギー弾1発で更地にし、更に半径600kmの電子機器を数時間麻痺させるという追加効果まである。

 

「まあ、室内戦が不利なのは分かるよ。誘導お願い」

『了解だ、とりあえずタワーから引き剥がそう。ルー老師はそのまま飛び降りてくれて構わない。この程度の高さならサーヴァントは余裕だな?』

「了解じゃ! 落下は⋯⋯善処する」

 そう言ってルーと天音はランドマークタワーから飛び降りる。

 

「あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"!!!」

 そして禍津日神もそれを追って穴からタワーを伝って降りる。

「げっ、ガチで百足じゃん⋯⋯僕虫苦手なんだよね⋯⋯」

『ちなみに言うと、あのレーザーや竜巻には"穢れ"があるから、少しでも食らえば身体が汚染されるぞ』

「ヤバいねぇ!?」

 横浜ランドマークタワーの外壁を這うように移動している禍津日神を見て天音は苦笑い。

 

「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"!!!」

 禍津日神は外に出たことをいい事に四方八方にレーザーを放つ。辺り一体が爆発四散し、瓦礫が宙を舞う。

「フツーにヤバいでしょ。真紅ちゃん、ポイントは?」

『⋯⋯こことかどうだ? 明確に広い場所でも無いが、天音もビルを遮蔽物として使える大通り』

 

 天音の目の前に半透明のモニターが現れる。空中ディスプレイのような見た目のソレには天音とルーが向かうべき進路やその場の現状、有効な使い方が書かれていた。

「まあ、ビルの殆どは半壊してるけどさ⋯⋯。ええっと、ここだね。いいよ、真紅ちゃんの指示なら信用出来る。じっちゃん!」

 

「見えとるわい! わかった!」

 ヒラヒラと空中でレーザーを躱す2人は何事も無く着地。

「アンヴァル!」

 ルーは愛馬の名を呼ぶ。するとどこからともなく純白の馬がルーへと駆け寄り、二人を乗せる。

 

「乗れぃ!」

「りょっ! じっちゃんにエスコートされてる大学生とか、絵面的には面白いな」

 冗談めかして言う天音だが、すぐそこには禍津日神がいる。

 

「あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 迫り来るレーザーをアンヴァルは銀色の障壁で弾いていく。

『アンヴァル⋯⋯なるほど。海神マナナーンからの借り馬で、騎乗者に安心と安全をお届けする魔法の馬。らしい』

 

「なにそれ一家に一匹欲しい!」

 陸を駆けるアンヴァルは禍津日神から離れ過ぎず近過ぎずの距離を保ち、上手く誘導していく。

 

 しかし、ここで禍津日神が予想外の攻撃を取る。

「大津波」

 禍津日神が左手を地面に付けると、その場から洪水が発生する。瞬く間に建物を飲み込み、津波の高さは軽く10メートルを越えている。

 

「わぁお、じっちゃんこれ大丈夫?」

「安心せい! どこ産の馬じゃと思っとる!」

 その言葉通り、アンヴァルは迫り来る波を乗りこなし、海すらも朗らかに駆けぬける。

 

「噴火」

 更に禍津日神がおどろおどろしい声で呟くと、コンクリートを破って辺り一帯から溶岩が溢れ出る。

「ぎゃー!」

「流石にマグマは聞いとらんのう!」

 

 バルル、と鼻を鳴らすアンヴァルは吹き出る溶岩を軽々と避けていく。

『流石にここまで器用な事が出来ると地形での有利は望めない⋯⋯か?』

「むしろ開け過ぎない方が良かったよね。フッツーに津波で死ねる」

 

 指定のポイントまでもうすぐなのだが、ここで真紅との回線に割り込んでくる者がいた。

『元気? ⋯⋯元気そうね』

『瑠楓じゃないか。どうした?』

 自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊の研究チームのリーダー、呉島瑠楓である。

 

『本部に戻ってそっちのデータは見てるわ。中々凄い相手ね。見た目は⋯⋯和風サーヴァントかしら?』

「多分ね。鬼の角があるから多分日本の。で、すっごい炎の剣を持ってる」

『ふぅん? ⋯⋯鬼の伝承でそれっぽいのはいなさそうね。津波や噴火っていう災害を操る存在も⋯⋯あるけど、それっぽいのは無いのよね』

 

「じゃあ誰なのコレ!?」

 半笑いでツッコミを入れる天音だが、目は笑っていない。

『もっと視野を広めてみましょうか。レーザーや彼が纏うオーラ、それに黒い竜巻には澱んだ穢れのような物質が混じっている⋯⋯のよね?』

 

『ん? ああ。腐敗とも違う別のナニカ。詳しい成分はそっちで解析してくれ』

『勿論、既に回収済みよね? ⋯⋯まあそれは置いといて。その穢れや厄災に関する存在はピンポイントで居るの』

 瑠楓は資料をドルイドへと転送し、一息。

 

 

『彼の真名は禍津日神。災厄を司る神で、多分そこに居るのは⋯⋯日ノ本のありとあらゆる厄災の伝承を統合した文字通り天災そのものね』

 

 

 その言葉を聞いたルーと天音の顔が青くなる。

「えっ!? はっ!? 天災そのもの!?」

「これはまた⋯⋯とんでもない貧乏くじを引いたのう⋯⋯」

 

『禍津日神⋯⋯触らぬ神に祟りなし、を具現化したような伝承だな。伊邪那岐(イザナギ)の穢れから生まれたとされている。となるとあの剣は⋯⋯伊邪那岐(イザナギ)火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を斬った時に使った天之尾羽張(あまのはばきり)と考えれば納得がいく。禍津日神は実質的に言えば伊邪那岐(イザナギ)の1部だといえなくもないからな』

 

『これは私の推測だけど、多分彼、この日ノ本の終末装置の可能性みたいな存在かもしれない』

『終末装置?』

 真紅がKRでその単語について調べるも、それっぽいワードが出てくることはなかった。

 

『異星の魔術の言葉じゃなくて、こっちの魔術の言葉。ワタシはそっちの魔術も少し知識あるのよね。ナイショにしてたけど』

『おい、規則違反だぞ。後で陸将に報告するからな』

『えぇー! パパにもナイショだったのに⋯⋯。はぁ、もういいわ。終末装置っていうのは星の抑止力⋯⋯なんて言えばいいのかしら? 地球の自浄作用が生み出した文明の掃除屋みたいなものよ』

 

 ざっくりとした説明で曖昧だが、真紅は事の重要性を理解していた。

『つまり、このまま放置しておけば日本がアレに滅ぼされる⋯⋯と?』

『まあ、どうして自浄作用が働いているのかは分からないのだけれど、そういう事。それとあくまでも可能性よ。まだ成長する可能性がある』

「今以上に内閣総辞職ビーム撃ってくるってマジ!?」

 

『放置してたら日本人総殉職ビームになるわよ。頑張って止めてちょうだい?』

「はいはい! 上官命令承りました!」

 大きく憂鬱げにため息を吐き出す天音。

『終末装置⋯⋯少し荒島絡果(あのバケモノ)に聞かないといけないことができたわ。それじゃあ、検討を祈ってる』

 

 丁度天音達が目標地点に到着した所で、瑠楓は通信を切断する。

 その場所は比較的被害の少ないビル群が建ち並ぶ大通り。少ないとは言っても倒壊したビルや破壊跡があり、それが遮蔽となり、転移を多用する天音からすると絶好の戦場だった。

「簡単に言ってくれるよ⋯⋯ポイント到着、再度交戦に移るよ」

『了解。禍津日神の分析は任せてくれ。天音、あとこれを渡そう』

「⋯⋯おお? なるほど、じっちゃんパス」

「ぬぅ⋯⋯?」

 

 アンヴァルから下りた天音は真紅から転送されてきた指輪をルーへと投げ渡す。

「"門の創造"の試作アーティファクトだ。サーヴァントが上手く使えるかは分からないが、ルー老師は万能の神だと聞く。今後の為にも使いこなして欲しい」

 

 門の創造。それは異星人が使用する転移魔術の1つである。この星の魔術において、転移は「魔法に近い魔術」に分類され、非常に珍しいものなのだが、門の創造という魔術は異星人の中では非常にメジャーな魔術となっている。

 

 しかし、その魔術を行使するには膨大な詠唱と魔力、そして精神を消費してしまう。

 それを回避するために開発されたのがこのアーティファクトである。詠唱を機械化させ、蓄積された魔力で魔術を行使する事で使用者本人の負担を限りなく減らすことに成功したのだ。

「了解じゃ。なんとなく使い方は理解しておる」

 

「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"」

 向かってくる禍津日神を睨みつつ、ルーは自らのマスターを横目で見る。

 どことなく楽しそうで真剣な目と、余裕溢れるその気迫。

「のう、マスター。怖くは無いのか?」

「怖い⋯⋯? どうして? じっちゃんらしくないんじゃない?」

 

「相手はこの地の天災の集合体と聞いた。そして更に進化し、この日本を滅ぼす存在になる可能性すらある。そんな存在を前にマスターは怖気付くことはおろか、楽しんでいるように見えるのじゃ。それが不思議でならん⋯⋯」

 ああ、とその答えが面白かったのか、天音は小さく愉快そうに笑った。

 

「今更だよ、そんなの。もう人間自ら自然をコントロールし、打ち砕こうとしている時代、今更災害の概念程度でビビってたら先に進めないんだ。強いて言うなら、自然すら支配したがる人間の方がよっぽど恐ろしいと思うけど?」

「それは⋯⋯」

「それに、僕ら盤外遊撃部隊は対外神のチーム。世界を滅ぼす存在の一匹二匹程度、あしらえないなら失格だよ」

 

 天音は言葉を失ったルーへ淡々と語る。

「それと、僕は僕が最強であればそれでいいんだ。神なんて概念、所詮は人の踏み台。今更現代に出てこられても人に潰されるのがオチさ」

 

 

 天音雄也は知っているのだ。

 

 

 存在だけで人に絶望を与え、恐怖させる外なる神。

 

 

 それ以上に恐ろしい存在を。

 

 

 彼らは目に付く全てを支配したいという欲に満ちている。

 

 

 そうしてこの星そのものを管理下に置いた。

 

 

 まるでそれが己の保身の為と言わんばかりに。

 

 

 その生命体は肉体性能で言えば弱い。だからこそあらゆる未知という不確定要素を排除しようと歩を進める。

 

 

 生態系すら歪ませ、壊し、自分達の利の為ならば他の生命の数や一生をコントロールする事すら厭わない。

 

 

 そして災害をも予測し始めた彼らは次に地球の外、宇宙にすら手を伸ばそうとしている。

 

 

 際限なく侵略を続けた先に、彼らは外なる神々すら支柱に収めるのだろう。

 

 

 積み重ねてきた()()()()()()()()()()()()で。

 

 

 動物園や水族館で飼育されている生物と同じように、神々の行く末すら人間が決めるようになるのかもしれない。

 

 

 それが遅いか早いかの違いだけ。

 

 

 未知という不確定要素であれば、それを徹底的に解剖する。

 

 

 人類はいつの時代でも未知への対応は変わらない。

 

 

 人間が宇宙の果まで解明しないと気が済まない知性の獣であるが故に、理解し得ないものを理解し、神秘という概念を根本から否定してきた。

 

 

 それを間近で見てきた天音だからこそ、理解し得ないものへの恐怖は無い。どうせいずれ理解してしまうものなのだから。

 

 

「あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!!!」

「神様だからって、ビビってちゃダメなんだよ」

 禍津日神の口から放たれたレーザーを、数ステップで回避する。

 

 まるでもう見切ったと言わんばかりに。

 

 コンクリートが抉れ、汚染された地表は毒々しい煙が上がる。

「すぅー、はぁー」

 

 汚い空気だと感じながらも天音は深呼吸で身体を整える。

「真紅ちゃん、なんぱー?」

『もういけるぞ』

「なら、じっちゃんは大丈夫か」

 

 脳を切り替え、心を空にした天音は1歩を踏み出す。

 そして瞬きの間に天音は禍津日神が立つ下半身の上3m程の場所にいた。

 

 そして同時に禍津日神の左腕が落ちる。

「あ"?あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!」

 ボタリ、と音を立てた左腕からは血では無く、ドクドクと紫色の澱みが溢れ出ていた。

 

 そしてそれを意に返す事無く口や百足の足からレーザーを放つ。

「芸がない」

 天音は魔術兵装(メイガスアルマ)で周囲の金属製看板を浮遊させ、それを足場に使いレーザー避けていく。

 

「ほっ、よっ、儂もやらんとなぁ! 」

 華麗な動きレーザーを避けるルーは虚空から一本の長槍を取り出す。

選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)

 

 それを投げる事無く投石器に装填すると、手に持つ投石器がそれに見合う程大きくなる。

必中(イヴァル)

 選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)。それは神霊ルーが持つ槍のひとつ。必中の呪言を唱えれば文字通り確実に心臓を射貫く必殺の槍。

 

 放たれた選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)は禍津日神が放つ槍をまるで意思があるかのように回避し、人間で言えば心臓がある部分へと飛翔する。

焔羅迦具土(えんらかぐつち)

 それを見た禍津日神は右手に持つ天羽々斬を振るう。

 

 虚空を斬り裂いた天羽々斬から邪悪に満ちた漆黒の炎が燃え盛り始めた。

 本来神聖なものである火之迦具土神の炎だが、禍津日神の存在によって変質しているのだ。

 その炎が選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)を包み込もうとするが、必殺の槍に例外は無い。

 

 炎をかき消し、選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)はその心臓を貫く。

「か"、ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 サーヴァントの心臓部には霊核が存在する。ソレが壊されればサーヴァントは身体を保てずに消滅する。

 

 それは終末装置の可能性として産み出された禍津日神も例外では無い。

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ" ぁ"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲痛な叫びと共に、穿たれた心臓部から穢れが混じったドス黒い煙が立ち込める。

『禍津日神の魔力上昇中、二人は1度そこから離れた方がいい』

 眉一つ動かさず戦場を観測している真紅の掛け声で二人は"門の創造"で転移を行う。

 

帰還(アスイヴァル)

 禍津日神が天を仰ぎ見る姿を物陰から伺うルーは小さく呪言を唱え、選定されし朱閃の槍(ゲイ・アッサル)を回収する。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 

 禍津日神の叫びが収まり、辺りに静寂が盈ちる。

 

 

 

 

終滅示禍津之災謳(ついめつしめすまがつのさいか)

 

 

 

 禍津日神の落とされた左腕や胸に空いた穴は既に穢れが修復し、上半身の至る所から真っ白の腕が生える。それは人に蹂躙された大地からの復讐。人の形をした天災が、彼らを飲み込もうとした結果生まれたモノ。

 

 天音は一気に気温が下がった事を肌で感じていた。それも数秒で氷点下を下回り、尚も下降し続ける急激な変化。

 

 そしてパラパラと雪が降り、更に突風が吹き荒れる。

『目下気温低下中、この速度ならあっという間に猛吹雪だぞ。⋯⋯同時に雷雲と乱気流が発生、地盤もぐちゃぐちゃだ』

 

 そしてコンクリートが裂け、大量の水が溢れ出る。それは一箇所二箇所といったものではなく、目で終える範囲の至る所、理屈は不明だがビルの隙間からも濁流が発生していた。

 

 それとは別に溶岩流も発生。コンクリートを溶かして地中から吹き出るソレは摂氏1000度にもなり、横浜中の建物を呑み込むように溶かし尽くす光景は大自然から人類への抵抗にすら思える。

 

 更に合わせるように地震が引き起こされ、地割れにより多くの建物が大地の中へと吸い込まれていく。

 

 空は異常な数の落雷が降りそそぎ、猛吹雪が荒れ狂い、竜巻が瓦礫を吸い込む。

 

 大地は割れ、濁流と溶岩の奔流で支配されたその場所に、あらゆる建造物は無へと帰す。

 

 熱く、冷たく、礫が肌をえぐり、眩しく。あらゆる感覚が入り交じる混沌としたその場所はまさに天災。

 

「ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"」

 

 禍津日神の叫びは自然の叫び。人々に侵されてきた大地が示す怒りの詩。

 

 

 禍津日神の宝具『終滅示禍津之災謳(ついめつしめすまがつのさいか)』はあらゆる天災を引き起こし、暴走させるもの。その光景は世界の終わり、自然災害によって大地を()()姿()()()()()()()()ための対星宝具である。

 

 

「マジ?」

 空中に退避していた天音はその光景に呆然としていた。

「儂が不用意に心臓を射抜いたせいじゃ⋯⋯」

『いや、ルー老師のせいじゃない。ここまでの事態になるとは想定していなかったからな』

 残っている建物に転移しつつ、連絡を取るルー。

 そして冷静に観測を続ける真紅の語気は徐々に強くなる。

 

『それと、不味い状況だ。本来アジ・ダハーカの結界は外への被害を出さないような造りになっているはずなんだが⋯⋯禍津日神の干渉力は結界で抑えられる規模じゃない。このままだと東京や静岡、場合によっては日本丸ごと天災で地に還る結果になるぞ!』

「は!? ホントに世界の終わり!?」

 

 肥大化する禍津日神の体長は30m近くにもなっており、人間の皮膚を破って生え続ける腕は藻掻くように奇怪な動きを見せる。

「あ"ぁ"? ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!!」

 ギロリ、と首を360度回転させながら天音を見た禍津日神は生えてきた気持ち悪いくらいに白い数百の腕からレーザーを放つ。

 

「こんなに進化しても攻撃方法の品揃えは薄いねぇ!」

 例え禍津日神のレーザーでも天音の空中機動を捉えることは出来ない。スルスルと3次元的な動きでレーザーを回避する天音だったが、目の前を目が潰れる程の光を放つ雷が通り過ぎた。

「!?」

 

 再び閃光が走り、耳を劈く程の轟音が付近を荒らす。

 同時にレーザーが天音へと襲い掛かり、その回避先を潰すように雷が飛来する。

「やべっ」

 レーザーを複数回避した所で、回避先の雷が天音の頭上を捉えていた。

 

 禍津日神にとって、雷は光の速さで落ちる単純な武器。

 天音は死を覚悟した。

「儂も少しは役に立つじゃろ?」

 が、その雷は寸前の所で紫色のバリアに阻まれていた。

 

 ルーは空中にルーン文字を描き、天音を守ったのだ。

「じっちゃん! 魔術も出来んの!?」

「当然! 出し惜しみしておる暇は無さそうじゃしなぁ!」

 諸芸の達人ルーに出来ないことは存在しない、と言わんばかりにあらゆる才能を持つ彼にとって、原初のルーンを扱う事等造作もないことである。

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"」

 天音は魔術兵装(メイガスアルマ)の"障壁"で雷やレーザーを防ぎつつ、禍津日神へと近付こうとする。

 

『天音、お前そろそろ体温がヤバいぞ。31度を下回ればそのまま死ぬ可能性も出てくる』

「今何度?」

『⋯⋯30.236度だ』

 真紅は囁くように答える。

 

「おおぅ⋯⋯なんで放置してたの!?」

『流石に余裕なさそうだったからな。『ナーク・ティト』を使えるくらいに戻ったから少し小耳に差し入れしてあげたんだ。お前、珍しく心拍数と脳波パターンのメンタルカラーが赤色になっていたんだぞ』

 小粋なジョークだ、と言わんばんばかり真紅は天音を揶揄い、同時に身体の調子をそれとなく伝える。赤色、というのは焦りや不安といった感情を指し示す信号。

 

 真紅の言う『ナーク・ティト』とは異星人が使用する結界魔術である。元となった『ナーク・ティトの障壁』は基本的に中に閉じ込める目的で使われるのだが、陸上自衛隊特殊作戦群盤外遊撃部隊が使用する『ナーク・ティト』はそれを縮小した『簡易障壁ナーク・ティト』であり、個人用の透過シールドとして使用されている。

 

 余談だが、横浜ランドマークタワーに入り込む時に使用した防殻も『ナーク・ティトの障壁』を改造したものだ。

 

『焦ることは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔を作る。ゲーテという詩人の言葉だ。今はまだ後悔はしていないが、焦った結果後悔が生まれる可能性がある。1度冷静になれ、このばかちん』

「真紅ちゃん⋯⋯」

 遠目で観察出来るからこそ、随時メンタルケアを欠かさず行う事が出来る。これは組織として聖杯戦争に臨んでいるこの部隊だから出来ること。

 

「ほれ、マスター」

「⋯⋯? ⋯⋯身体がポカポカする⋯⋯?」

 高速飛行のルーンを使用したルーが、天音へと耐寒のルーンを刻む。多彩で簡潔なのもルーンの強みである。

 

『ルー老師の魔術とナーク・ティトがあれば計算上、無理矢理接近可能だ。だが、奴の弱点が見えない以上、ここで攻めるのは危険だ』

「だったらどうするの?」

『それを見つけるのが私の仕事だ、とりあえず死なない程度に⋯⋯』

 天音と真紅が作戦会議していると⋯⋯。

 

 

 

「鬼の気配を手繰って見れば、なんたる光景!」

 

 

 

 そこに聞き慣れない、落雷の轟音にも負けない程大きな声が辺りに響く。

 

「は?」

「マスターの指示で来てみれば、世界の危機。ならば良し、ならば良し。俺っちの初陣に相応しい!」

 

 天音が頭上を見ると、そこには鳥の翼が生えた和装の男。

 

 腰には刀と小袋、そして背中に背負った旗には大きな「桃」の字。

 

 黒目黒髪の立派な日本男児。トレードマークは小さなちょんまげ。

 

 それは、この日本において、その名を知らぬ者は居ないと言える程の知名度を持つ者。

 

「いや誰だよ」

 そう尋ねた天音を見た彼はニンマリと笑い高らかに叫ぶ。

 

 

「俺っちか? 聞いて驚け皆の衆! 此度はアルターエゴのクラスにて現界した! 真名を桃太郎! この命、『Continue』したマスターと共に! ってな!」

 

 

 




禍津日神がヤバすぎる。自然への干渉力なら作中ナンバーワンなのでは?

余談ですが、終滅でついめつと読むのちょっと好き。


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