重くならないように改変しました。
小説初投稿です。
稚拙な文章、熟語の誤用等大目に見ていただければ幸いです。
所々時系列が歪んでおりますがご容赦ください。(○○の後に○○記念があるのはおかしい、等。)
沈黙の日曜日ーーー
それは多くのウマ娘に、いや、彼女を知るすべての人々に衝撃をもたらした。
サイレンススズカは翌日病院で目を覚ました。大怪我をしたとは思えないくらいいつも通りの表情で目の前にいる俺に微笑んできた。
彼女の話を聞くと、「やり切った」らしい。
確かに俺たちの目標はJRAファイナルズの優勝だったが、それ以上に彼女が追い求めていた「向こう側」を見ることができたのが満足だったようだ。なら良かった。笑顔で終われるなら良いことじゃないか。
トレーナー「お前が満足なら、俺も満足だ。」
そういうとサイレンススズカは更に笑顔になった。横に来るようせがまれるとなんと肩にもたれかかってきた。前まではこんなこと一切なかったのに。
しばらくそんなことをしていると、急にスズカが話しかけてきた。
スズカ「トレーナーさんとたくさん練習してたくさん勝利を勝ち取りました。全てやり切りました。大体満足しました。だから早く他のウマ娘のトレーナーになってもらっても構いません。私はもう大丈夫です。トレーナーさんには生活があります。私のことは気にせずトレーナーさんの新しい景色を歩んでください。」
スズカがそう言うのには理由がある。スズカは学生だが俺は大人だ。働いて、お金を稼がなくちゃならない。トレーナーという役職は、ウマ娘と契約してそのウマ娘の出走報酬や獲得賞金の一定割合を報酬としてURAファイナルズから支払われることで生計が成り立つ。
担当ウマ娘が主要大会で1着を取るようなことがあれば担当ウマ娘共々莫大な報酬を手にすることができる。
逆に担当ウマ娘がいない、または担当ウマ娘が一度も出走しなければ報酬を貰うことはできない。
目の前にいるウマ娘はちょーーーーすごいウマ娘なので俺もかなりの金額を貰ってはいるのだが、彼女の怪我はそれこそ治すのに年単位で考えなければいけない怪我だし、治ったとして再び走ることができるかどうか分からない。
もし俺がサイレンススズカ以外のウマ娘と契約しなければこれまでに貰った報酬が俺の一生分の収入になる。流石にそれだけでは生活できない。
それでも、俺はスズカを見捨てることができない。確かに彼女は学生だ。別に今とは関係ない進路ならこんだけ端正な顔立ちの子だ。引く手数多だろう。それでも彼女自身の心は満たされない気がした。速さを求めて、求め続けた子だ。妥協してお金を貰うためだけにこれからの人生を費やせるとは到底思えない。俺がスズカを見てあげなくちゃいけない。でも、何年も待ってあげられるだけのお金なんて持ってない。
じゃあ、どうすれば…、
そのとき、俺の脳裏にありえない選択肢が浮かんだ。
これを聞いたら気でも狂ったか、と思うだろう。でも別に狂ってないさ。本当にウマ娘になるわけじゃないからな。いや、それでも充分狂ってるか…
トレーナー「スズカ、俺とお前が歩み続けられる選択肢があるとしたらどうする?」
俺はスズカに問いかける。
スズカ「トレーナーさん、その選択肢はダメです。トレーナーさんは優しいから、私のために自分を犠牲にしようとしています。でも、それはダメです。私のことなんか忘れて他のウマ娘の所でいっぱいお金を稼いで…」
やっぱりスズカは気付いて無いようだ。必死に俺に問い掛けてくる。
さーてと。
覚悟はもう決めた。
俺はバ鹿だ。
大バ鹿者だ。
だからこそ、こんな奇跡の選択肢が浮かんだんだ。
スズカ、いつかお前に見せてやるよ。本当の『向こう側』ってやつを。
トレーナー「スズカ」
ゆっくりと彼女の名を呼ぶ。途端、スズカの話が止まり俺の目を見つめ直した。
トレーナー「俺が…になる」
スズカ「えっ、今なんて…」
どうやら聞こえなかったようだ。もう一度言ってやる。
トレーナー「俺がウマ娘になる」
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俺がずきゅんどきゅん走り出し
やよい「Fuc○ you!」
理事長に俺がウマ娘として出走する旨を告げた途端英語で暴言を吐かれてしまった。
どうやら驚きのあまり理事長は日本語を忘れてしまったようだ。
津田梅子の生まれ変わりかもしれない。
その剣幕はすさまじく、後ろにいるたづなさんも腰を抜かしている。
だが俺は本気だ。
スズカの代わりに俺が日本一のウマ娘、いやヒト男になってやる。
なぜならそう、あいつと約束したから
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
病室
トレーナー「俺がウマ娘になる」
スズカ「…意味がわかりません」
驚くのも無理はない。しかしスズカと俺の人生を考えるとこれが最良の選択肢なんだ。というか、これしかない
トレーナー「実はな、俺の友達に人間のキック力を増強させるシューズを開発できる人がいてな。試してみたところ滅茶苦茶早く走れるんだ。俺がウマ娘として出走してなるべく賞金を稼いでくる。そしたら俺の生活も当分安心。そしてスズカの足が治るまで俺もトレーナーとしてトレセン学園に残れる。」
スズカ「い、意味が分かりません!他のウマ娘と契約すれば良い話じゃないですか!それに物事には限度ってものが!」
トレーナー「俺だけのことを考えればそれが一番良い選択肢だ。でもな、お前も寂しいだろ?俺が他のウマ娘と契約したらお前は独りぼっちになってしまう。それは絶対に嫌だ。お前が治るまで俺はいつまでも待ち続ける。最初に約束しただろ?俺とお前は一蓮托生さ。」
スズカ「…」
どうやらスズカは納得がいっていない様子だ。
しかし最後の発言をした直後に顔がにやけていたのを俺は見逃さなかった。恐ろしく薄い笑み、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
そう、スズカと俺が契約を交わしたとき俺はそんな言葉をスズカにかけた。それから事あるごとに「一蓮托生」というワードをスズカは使ってきた。どうやらお気に入りの四字熟語らしい。
もう一押しといったところか…
トレーナー「スズカ」
スズカ「///…はいっ!」
下を向きながら頬を染めているスズカに畳み掛けるようにして話し掛ける。
トレーナー「たしかに馬鹿げた提案だと思ってる…だけど頼む、俺とスズカが一緒にやっていくには絶対必要なことなんだ。」
スズカの顔は完全に赤くなってしまった。
よし、これで説得完了。
トレーナー「それじゃあ俺はこれからトレセン学園に戻って登録をしてくる。そして、大会で1着をとってお前に希望を与えてみせる。じゃあな。」
スズカ「はい///」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして今に戻る。理事長、ブチ切れてるなぁ。
やよい「そんな馬鹿げた提案をするために、態々私を読んだのか!粛清!遺言は簡潔にな!」
……どうすれば良い…
トレーナー「理事長、お言葉ですが」
咄嗟に出た一言。何も考えてないのに何で話しかけてしまった…
やよい「あぁっ!?」
怖い怖い。
でも…
半分は俺の生活費の足しにするためかもしれない。だけどもう半分はスズカのダメなんだ。そうだ。これは良いことなんだ…
トレーナー「お言葉ですが、理事長。これはURA全体の利益にもなりますよ。」
続いて捲し立てる。
トレーナー「ウマ娘の世界の中で唯一、人間が走る。実際にこんなことが起きれば日本中、いや世界中がこの日本のダービーに注目が集まること間違いなしです!」
それに……続ける。
トレーナー「俺は毎日、ダッシュで5.6km走ってます。中距離くらいなら楽勝ですよ。」
ドヤ顔で告げる。
そう、俺はサイレンススズカが毎日長距離を走りながら辛そうな顔をしているのを見て、少しでもその苦さを分かってあげるためにスズカよりも長い距離を常に走っていた。
春も夏も秋も冬も、雨の日も、雪の日も、雷の日も。
だったら相手がウマ娘とはいえ、善戦できるんじゃねぇか?
鏡に映し出されたたづなさんの顔がまるで本物のバ鹿を見て驚愕しているように見えたのは気のせいか?
その後、俺の熱弁が効いたのか出走登録を認めてくれた。
「許可ッ!」と理事長がいった瞬間瞳から涙が滲み出てきた、
見ててくれ…サイレンススズカ。
お前のトレーナーが史上最高のヒーローになるところを!
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今日の勝利の女神は俺だけにチューする
ワァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!
「なめてんじゃねーぞ!」「帰れたこすけ!」
割れんばかりの歓声と、唸りをあげる怒号。
「史上初の人間がダービー参戦か!?」
このニュースは瞬く間に日本中に広がり、このジュニア級メイクデビューはG1並みの前代未聞の観客動員数を叩き出した。
結果は全く期待してないもののトレーナーの走りを見に期待を膨らませ訪れたもの、ダービーを舐めてるのか!と先ほどから怒号を俺に浴びせてくる人その他多くの種類の人たちがこの会場に訪れている。
俺は今年からトレセン学園に入った新人ウマ娘とともにレース人生をスタートさせることになった。
そしてその新人ウマ娘が経験する最初のレースがこの、ジュニア級メイクデビュー戦。色んなウマ娘がウォーミングアップしている。
勿論その中には期待の新人もいる。
門別レース場で名を馳せたジャパンシンボルの妹、マンドリンギター。
その昔に川崎レース場を沸かせたタイヨウオリオンの娘、ベイス。
本来ならこの二人が一番人気になるはずなのだが…
愉快犯とも言うべきか、まだ何の実績もない俺に1着予想を入れた人たちが多いようで、一番人気は俺だった。
さて、そろそろ始まるな。
俺は4番からのスタートだ。
長野「実況は私長野がお送り致します!さあ各ウマ娘、一斉にゲートイン!注目の一番人気!謎大き男、トレーナーの結果は如何に!?」
ガシャコン
長野「今スタート!」
普通に走れば、ウマ娘と人間。人間が勝てるはずがない。
しかし相手は新人。まだこの距離すら全力で走りきれるスタミナはない。だからこそ…
逃げる!
長野「あーっと!4番トレーナー!序盤から猛スピードで後ろとの差を広げていきます!」
事前の情報によるとマンドリンギターはいわゆる差し型。
そしてベイスの母親は追込型のウマ娘。現役時代の最初の方はレースでいつも2着で「追いつかない程度の追込み」とか言われてたな。きっと彼女も追込み型のウマ娘に違いない。だからこそ今のうちに差を広げておく!
長野「あーっと!トレーナーにげるにげる!2位とは既に7バ身だぁぁぁぁぁ!!!!!」
逃げる、逃げる。
気付いたらあっという間に最後の直線。
残り200m。前にウマ娘はいない。
自分のすぐ後ろに誰かいるか確認する。
「え…?」
いない。
誰も、いない。
そしてそのまま…
長野「ゴール!大差!大差で1着トレーナー!2着はベイス!…」
走り終わった俺は男性更衣室の長椅子に座っている。
その時の俺は1着を取れたことよりも、他の事に驚いていた。
前には誰もいない。後ろを振り返っても誰もいない。
トレーナー「これが…先頭の景色……」
スズカが毎日のように追い求めていたもの。力を抑えるよう言っても「先頭の景色が見たいから」といって全く取り合ってくれなかった理由。あの時は理解できなかったが、今だからこそわかる。
これは、やみつきになる。
中毒になるのも無理はない。思い出すだけで体がぶるっと震えた。
きっと、この感覚は一生忘れられないのだろう。
そういえば昨日、麻薬を打ってしまったがために人生が狂ってしまった薬物中毒者のドキュメンタリー番組を観たのを思い出した。
あぁ、これも麻薬だ。でも、一度体験してしまったからには止められない。これから毎回、「逃げ」で行こう。
立ち上がった俺は男性更衣室から出てトイレに行くために通路を歩く
「ん…?」
そこで張り紙がしてあるのを見かけた。
「ウイニングライブ会場→」
あっ、俺踊らなきゃ。
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トレーナー「お゙れ゙の゙あ゙い゙ば゙が゙!゙」
トレーナー「お゙れ゙の゙あ゙い゙ば゙が゙!゙」
堂々と歌ってやった。死にたい…
完全にこのことを忘れていた。
ウイニングライブ。
レース後に出走ウマ娘によって行われるライブで、レースにもよるが基本は上位陣のみ参加する。今回俺は1着を取ってしまったがために、当然参加しなくてはならない。勿論センターで。
ウイニングライブというものは、トレセン学園では「レースに並ぶ重大事項」として定められておりこれをサボると最悪永久追放となる。まぁ何度も繰り返すと、だが。過去に先輩のトレーナーのウマ娘がウイニングライブをサボった時は当時の生徒会長に一晩中叱られたそうだ。
だからこそ俺はサボるわけにはいかなかった。女装なんかしたくなかったので堂々と私服で壇上に躍り出た。
まぁ…紅白歌合戦だと思えば悪くない………本当にそうか?
1着を取れたことと、このことも含めてスズカに伝えると女装姿も見てみたかったのに、なんて言われた。あぁみえてSっ気あるよなあいつ。
レース場からトレセン学園に戻る最中、大勢のマスコミから取材を受けた。無理もない、人間がウマ娘に勝ったんだ。世界史上初の快挙とあってスズカがG1戦で勝った時と同じくらいのマスコミが俺に詰め掛けてくる。それを軽くいなし、トレセン学園に帰還する。
もう時刻も遅いので、スズカのいる病院には入れない。
トレーナー室でため息をつきながら天井を見上げる。
逃げの感覚、先頭の景色。未だにあの感覚がこびりついてくる。
「今日はもう寝よう…」
シャワーを浴びて、新聞に少し目を通して眠る。
…
全然眠れない。
頭が冴えてしまっている。
「しょうがないから走るか…」
気づけば外周をしていた。
翌朝、朝刊を手に取るとそこには「人間がウマ娘に勝利!」と大々的に昨日のレースが一面に取り上げられていた。
いよいよとんでもないことになった、と身震いをした俺と同時にドアがノックされる。
たづな「トレーナーさん、理事長がお呼びです。」
どうやらたづなさんのようだ。
すぐに理事長室に向かおう。
やよい「よくぞ来てくれた!」
手には扇子、頭には謎の猫を乗せた小柄の女性が俺に話しかけてくる。
やよい「素晴らしい走りだった!まさか人間がウマ娘に勝てるとは!前代未聞だな!」
目を輝かせて語る理事長がちょっと可愛く見えてきてしまった。昨日英語で暴言を吐いた人とは思えない。もしかして俺はロリ○ンなのか?
どうやら理事長の話によるともしこれからも好成績を残した場合クラシックレースの参加資格が与えられるらしい。
これまでのルールだとクラシックレースには期日までにクラシック登録をした「ウマ娘」しか参加できないらしいが俺も登録できるように上に掛け合ってくれるらしい。ありがたい。クラシック三冠は出走するだけでかなりの金額がトレーナーにも入ってくる。優勝ともなると…その先は言うまでもない。
「あーとひとつぶのーなみーだでー」
スズカのいる病院への道中、歌を歌いながら河川敷を歩いていると水色の髪にたんぽぽの髪飾りをつけたウマ娘が釣りをしているのを見かけた。
ほーん、ウマ娘でも釣りなんかするのか。今度声かけてみようかな。
受付を済ませ、スズカのいる病室に入る。
スズカはどうやら昼寝しているらしい。
手元には、ルービックキューブが置いてある。
色はぐちゃくちゃで、揃えられそうな気配はない。
「ちょっとやってみようかな…」
そうして俺はスズカが起きるまでルービックキューブに夢中になっていた。
結果何十分かけてもルービックキューブは一面すら揃わなかった
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逃避
受付を済ませ病室に入ると、そこには横たわった俺の愛バがいた。
時計を見ると短針長針共に10の数字と重なっていた。
端正の取れた顔立ちと、それに見合う上品な立ち振る舞い。
そしてレース中は他のウマ娘とは格が違うと言っているかのように序盤から圧倒的な差を広げて勝利する。
断言できる、俺が実際に見た中で最強のウマ娘だった。
彼女と歩んだ一年間は夢のようだった。俺みたいなポンコツ新人トレーナーが宝塚記念を優勝することができるなんて信じられなかった。一生優勝なんかできないもんだと思ってた。
そして夢から醒めた今現実に、いや悪夢に引き摺り込まれてしまった。
あの時は夢でないことを確認するために頰をつねっていたが今の俺はこれが夢であることを祈って頬をつねった。残念、現実だ。
目の前のウマ娘は、おそらく二度と走れない。歩くことさえままならない。もし彼女が俺にこれからの生き方を質問されても俺は何も答えることができない。俺は無力だ。
「トレーナーさん…」
そんなことを考えていると急にスズカに話しかけられた。起きてたのか。
「トレーナーさん」
呆然としている俺にスズカは少しだけ笑みを浮かべて話しかけてくる。
「居てくれたんですね。」
残念ながら俺はついさっき来たばかりだ。本当は昨日から行かなきゃいけなかった。こんなトレーナーで申し訳ない。
「そんな悲しい顔しないでください…悪いのは私です。」
「顔を見れば分かります。きっと申し訳ない、なんて思っているんでしょうけど悪いのは私です。全部私の責任。」
サイレンススズカは今度は悲しい顔で俺に話しかけてきた。彼女が誤解している部分は指摘することができなかった。
「本当ならあんなに飛ばさなくても一位はとれた。それでも、私は『向こう側』が見たかったんです。迷惑をかけたのは私の方、ごめんなさい。」
あのとき俺は何を言えば良かったのだろうか。再起不能の怪我をしているスズカに謝罪までさせて。俺は大したことを言えなかった。出た言葉は「気にしなくていいよ」の一言だけだった。
その後、たわいもない雑談を繰り返して気がつくと夕方になっていた。
病室を出て、トレセン学園に戻る。帰路に着く途中でコンビニに立ち寄ってコンビニ弁当と雑誌を買う。
棚にはいろんな種類の雑誌が置いてある。成人向け雑誌もあれば、パチンコの本だとかファッションの本などだ。そんななか俺は一つの雑誌に目を向けた。「月刊メー」という雑誌だ。オカルト系を取り扱うよくわからないジャンルの本だがその表紙に大きく記載されていた文字に目がいってしまった。 「これからはウマ娘ではなくソラ娘!?空飛ぶウマ娘誕生の噂!!!!」
(はは、ばかじゃねーのw)
あまりの酷さに呆れながらも酒を飲みながら読むには丁度いいと思い購入した。
その時はまだ知る由もなかった。
本当にそんな化け物がいたということを。
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ファンを5000人集める
「本日のテーマは! コーラにメントスを入れてみた!です!」
「それでは早速いれみまーす!」
「うわー!めちゃくちゃ溢れてるー!やべぇ!」
「メントスやべぇなぁ!と言うわけで動画終わりまーす!チャンネル登録と高評価よろしく!」
「はぁ…」
今俺は家にあるカメラでコーラにメントスを入れる動画を撮っていた。なぜこんなことをしているかというと、ある理由がある。
実はファン数が足りないのだ。
本来ウマ娘がダービーに出る際には出走資格というものが必要となる。G1レースで何着までにゴールする、G1レース何勝、などの条件を満たさなければいけない。また特定のレースを勝たないと出走できないレースもある。しかし、それだけではない。レースに出るためには結果だけでなくある程度のファン数もないといけない。例えば、弥生賞に出るためにはファンが1750人いないといけない。ファンがいないと出走すらさせてもらえないのだ。
俺はジュニア級メイクデビュー戦で勝利したもののファンがあと100人ほど足りない。そのため何としてでもファン数を増やす必要がある。そのためようちゅべに動画を上げてレース以外でファンを増やそうとしているのだ。
「はぁ、、、」動画をアップロードしたついでに過去動画をチェックする
再生回数14回
再生回数8回
再生回数41回
全く再生数が伸びない。このままだと実力関係なく出走資格が取り消しになってしまう。
(もうだめなのか…?)
無言でPCを閉じたトレーナーは独りソファーで泣いていた。
昨年手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるウマ娘・・・
それを今の状況で得ることは殆ど不可能と言ってよかった
「どうすりゃいいんだ・・・」トレーナーは悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、トレーナーははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいソファーの感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、早くトレーニングをしなくちゃな」トレーナーは苦笑しながら呟いた
立ち上がって伸びをした時、トレーナーはふと気付いた
「あれ・・・?コメントしてる人がいる・・・?」
再生回数は1万回まで伸び、チャンネル登録者は2000人を優に超えていた
「今日からファンになります!がんばってください!」
激励のコメントがたくさんついていた。
暫時、唖然としていたトレーナーだったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「出れる・・・出れるんだ!」
残り100人どころか2000人を突破したファン数を見て彼は安堵し、気づけばタップダンスを踊っていた。
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弥生賞に向けて
遂にこの日がやってきた。
弥生賞。
一年前トレーナーとしてみた景色とは違う景色。今俺はゲートの中にいる。人間がこんなところに立つなんて本当ならありえないけど…準備は万端だ!やって見せる!
出走2時間前。会場に入った俺はまず出走者リストを見渡す。
「ラストウルフ」
「ノビタジャイアン」
「ベイス」
など、将来を期待されたウマ娘たちがわんさかいる。
さすがG2。ラインナップは豪華だ。特にノビタジャイアンはG2勝利経験が複数あるウマ娘だ。格が違う。
こいつは特に要注意だな…そう思いながら廊下を歩いていると目の前をウマ娘が横切った。
背中のゼッケンには「キングヘイロー」という文字が書いてある。そういえばこいつも出走するのか。懐かしい名前だ。ここまで落ちぶれるとは当時は全く思わなかっただろう。
キングヘイロー。入学前からその脚力は高く評価されほとんどのトレーナーから絶賛されていた。母は当時最強だったウマ娘。父はG1計7勝の名トレーナー。スカウト日解禁と共にみんな彼女とトレーナー契約を交わすために毎日毎日円を囲んで話しかけた。ある日は行列が、ある日は円が彼女の周りにはできていた。まぁそうだろう、素質的には彼女が世代の中ではダントツで一番人気。彼女と契約さえできればあとは何もしなくても勝ってくれると本気で思われていたんだから。当時の俺はスズカに手一杯だったのでスカウトはしなかったが。
まぁしかし落ちぶれたもんだな。あいつは校内では嫌な奴として有名だった。終始上から目線で他人を見下している嫌な奴で俺も半年前段ボールを抱えながら校内を歩いていた時にあいつとぶつかってしまったことがあった。
「す、すまん…大丈夫か?」
倒れた彼女に手を差し伸べるとあいつは俺の手を甲で跳ね除けた上に頬を引っ叩いてきた。
「誰にぶつかったと思ってるの!?口の聞き方には気をつけなさいよ!よくも私の顔に傷をつけたわね!」
そう言って彼女は悪びれもせずに去っていった。その時にこいつが世間知らずのクソみたいな箱入りお嬢様であると確信した。
最初はその素質に惹かれて彼女の周りに集まっていたファンも彼女がレースで負けるたびにその性格の悪さからどんどん離れていった。たしかG1今9連敗中だったか?同期のウマ娘たちはもうG1で勝利を収めていると言うのに…
契約したトレーナーはとんだ災難だったな、結果も出せないうえに性格も最悪なお嬢様と契約することになって。そういえばこの前トレーナーと契約を打ち切られたって噂を耳にしたっけな。
……
おっといけない、冷静になれ俺。こんなやつのことはどうでもいい。今大事なのはノビタジャイアンだ。こいつに勝たなければいけないんだ。
さて、どうしようかなぁ…
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消えたままの王冠
実況「さあ各ウマ娘とトレーナーがゲートに入りました。解説の種島さん、どの選手が勝利すると思いますか?」
解説「んーそうですね、やはり本命は1番人気のノビタジャイアン。スピードがありますからね、最も期待すべきウマ娘でしょう。」
実況「ありがとうございます。さあもうすぐゲートが開きます。」
カシャン
一瞬の静寂の後、ゲートが開き歓声がこだまする。
実況「さあ先頭はノビタジャイアン、2番手はトレーナー、次いでベイス、ローリングアイランドと続きます。」
出遅れてしまったせいで、ノビタジャイアンとは少し差が開いている。しかしさすがのキック力増強シューズ、ここまではウマ娘と互角に渡り合えている。コースの半分ほど走ったところでノビタジャイアンはぐんと勢いを増し、差を広げにかかる。……無茶だ。ペースを上げるのが早すぎる。まだ経験が浅いからか、自分でペースを上げるべきタイミングが掴めていないように見える。掛かったか。おそらく最終コーナーで落ちてくる。そう思った俺は、2番手の位置を確保することを優先した。
解説「うーんノビタジャイアンのペースが早すぎますねぇ。掛かってしまっているかもしれません。」
実況「ノビタジャイアンは体力が持つのか?もうすぐ最終コーナーに突入します!」
踏み込めば踏み込むほど、芝生は俺の足をトランポリンのように弾き返す、今までは芝生の上を歩いてだけだった日常が今は芝生の上を踏み、前へ前へと走るための原動力になっている。最終コーナーに突入した。
観客の歓声が一段と高くなったその瞬間、俺はペースをあげた。その後はもう、一人旅。
実況「勝った勝った!トレーナーがまさかの連勝!あのノビタジャイアンに勝ちました!1着はトレーナー。2着はベイス。3着はキング…」
解説「いやあ私たちは今伝説を見ているのかもしれません。驚きですねえ。」
掛かってしまったノビタジャイアンは最終的に7着にまで落ち込み、俺の後に続くものは誰もいなかった。
普通に走って普通に勝った。…偉そうなこと言ってるけどこのシューズのおかげか。なんか最近、勝っても俺がすごいんじゃなくてこのシューズが凄いんだって思うようになってきて素直に喜べなくなってきた。まあスズカのためだから仕方ないか。
さっさと帰って寝よう。明日はスズカの病院だ。更衣室を出た俺は帰途につく。思ったより疲れていたようで、すぐにベッドで横になった。
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翌朝目を覚ますと大量の着信履歴が残っていた。同じ番号からだ。何十件もかけているようだ。
朝刊を取りながらトースターでパンを焼く。待ち時間中は暇なのでこの何度も電話をかけてきた相手にかけ直す。十数秒したのち、電話が繋がった。
「もしもしートレーナーです。どちら様でしょうか?」
「電話番号の登録ぐらい済ませておけ!」
声ですぐ分かった。「理事長!?えっと…ご用件は?」
「新聞を見てみろ。すぐにわかる。」俺はすぐに新聞を開く。
……「あっ。」「とんでもないことをしてくれたな」
新聞の見出しにはこう書いてある。
史上初!トレーナーがウイニングライブすっぽかし!!!!!と
し、しまったあー!!!!!
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おひとり様×
「うぅ…痛い…辛い…」
「笑止!甘ったれるな!」
俺は今、学園の地下のプールにいる。ウマ娘たちが使うような大きなプールとは違って、とても小さいプールだ。そこで俺は水中に潜ってエアロバイクを漕いでいる。どういうことかって?そのままの意味だよ。こんな拷問があるなんて思いもしなかった。
水中に潜って、息が続く限りエアロバイクを漕ぎ続ける。息が切れたら水面までいって息を吸ってまた水中に戻りエアロバイクを漕ぐ。これの繰り返し。下半身が痛いというのもあるけど何より呼吸が辛い。水中だからかペダルもとんでもなく重い。そして何よりそれが何回何十回と続くから絶望感がすごい。はぁ…これ、電気通ってそうだし感電したりしないの?知らんけど…
そもそもエアロバイクは有酸素運動のはずなのに何で水中でやらせているんだろう、効率が悪くないか?何の意味があるんだ?と思ったそこのあなた。これはお仕置き、いや拷問なのだ。俺はこの前のレースでウイニングライブをすっぽかした。とんでもないことなのは確かだが、過去の実例からして生徒会長に一晩中怒られるとか、そんなレベルの罰で終わると思っていた。しかし無理を言って出走させてもらったにも関わらずたった数度のレースでこんな大問題をやらかしてしまった自分に対しての理事長の怒りは凄まじいものがあり、このような恐ろしい拷問をさせられている。
「次30!早く漕ぎに行け!」
もうやだ…
5日間に渡るこの拷問が終わった頃には尻が岩の様になっていた。
最終日にはどこから話が広まったのか数十人のウマ娘達が怖いもの見たさに見物していた。
「見てみぃ!尻がたこ焼きみたいなっとるで!」
「たこ焼き!?美味しそうだな…」
「…マジで言ってるん?」
物騒な声が遠くから聞こえていた。
しかしとにかく恥ずかしかった。こんな意味の分からない拷問をされてるのも恥ずかしいが、エアロバイクを漕いでいる男こそウイニングライブをすっぽかしたあのトレーナーであると示されている状況が本当に恥ずかしかった。
最終日の夜は、一人布団にくるまりながら静かに泣いた。
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時刻は午前三時、起きるには少し早い時間だ。
しかし、昨日は歯磨きも風呂も入らずに寝たこともあり、虫歯菌の増殖と体臭を少しでも防ごうと浴室に向かう。
体中が痛い。
全身が痛いとはまさにこのことだろう。
風呂からあがり、歯磨きを終えた俺は朝刊の新聞を開いた。お目当てはウマ娘コーナーだ。
理事長の謝罪コメントから目をそらしながら各レースの結果を見ていると俺が昨日出たレースの結果が乗っていた。あれ…?一昨日か、まぁいい。
そんなことを思いながら記事を見ていると、「3着はキングヘイロー。」このワードが目についた。
俺の記憶ではこいつはかなり出遅れていたような覚えがある。こんなことを思いながら勝者以外のレース展開を思い浮かべるのが俺の日課だ。
一昨日のレース。芝生がトランポリンのように弾む感覚、あれが先頭の景色なのだろうか。
支離滅裂な考えかもしれないが、なんとなく納得できてしまう自分がいる。先頭でなければ気付かない。前や横、後ろにいるバ群を気にしながらの走りでは絶対に感じ取れないものが「それ」だとしたら、スズカも同じことをかつて感じていたのだろうか。
「…トレーナーなのに分からないなんてな。」
ウマ娘のことを一番わかってなきゃいけないトレーナーがようやく愛バの感情の一端を理解しかけている、そんな程度の低さに我ながら呆れてしまった。「いや、今更そんなこと気にしてちゃダメだ。」気持ちを切り替えるために俺はカレンダーに目をやった。カレンダーの下の方には「G1」とでかでかと書かれたレースがある。
目指すは3月の下旬、高松宮記念。
狙うはG1初勝利!
これを節目に一度スズカにいいところを見せてやらないとな!
気持ちが高ぶってきたところでなんとなくカーテンを開けてみた。空は暗いままだった。
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