今日の勝利の女神は、横っ面を引っ叩く(更新停止中) (R主任)
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序章:「王」と「女王」と「騎士」のクライマックス

ワアァァァァァ……

 

晴天のレース場。

 

満員の観衆。

 

その一人ひとりが、そのレースから目を離さない。

いや、離せない。

 

響くのは無意識に喉から湧き出る、応援の叫び。

その目で、その耳で、「頂点」の一瞬をを永遠に焼き付ける。

本能が、そうしろと訴える。

 

 

 

 

ー天才はいる。悔しいがー

 

 

 

 

「最強は…… ボクだ!」

 

 

 

 

ー絶対の強さは、時に人を退屈させるー

 

 

 

 

「わたくしは…… 負けません!」

 

 

 

 

『最終コーナーを回り、遂にトウカイテイオーとメジロマックイーンが集団から抜け出した!  共にスパートをかける!一歩も両者譲る気配は無さそうだ!

 

そして更にその先を走るもう一人!』

 

 

 

 

ー魂には、肉体以上の強さを与える力があるー

 

 

 

 

「……私は決して、最後まで手を緩めない……!」

 

 

 

 

『ナイトシグマ!ナイトシグマも最後のスパートに入った!!

 

三人が走る!走る!並ぶ!走る!誰も引かない!誰も譲らない!

残り200メートル!最後に笑うのは誰だ!最後に頂点に立つのは誰だ!

 

最高の栄冠を、夢を、掴み取るのは誰だ!』

 

 

ワアアアアア!

 

ワアアアアア!

 

………

 

『い、一着に入ったのは……』

 

 

 

 

ーーー

 

「トレセン学園に入学……ですか?」

「ええ。わたくしは輝かしきメジロ家の一員として、天皇賞を制覇することで更なる栄誉と栄光をもたらすつもりですわ。

あなたはどうなのです?シグマさん。」

 

メジロ家の庭園でティータイムを嗜みながら、ふとマックイーンが訪ねる。

紫がかった長髪の美少女と向かい合うのは、透き通るような銀髪と機械を思わせる鋭く整った容姿の美少女。

来年から中学生とは思えないような、優雅な空間が展開されていた。

 

「私は……正直どうすべきか迷っている。確かに君たちメジロ家の皆と競い、己を高めることに興味が無いわけではない。

ただ、我が『キサラギ家』にはそのような前例は無いのでな……私が一族における初めてのウマ娘ということで、中央のトレセン学園に挑戦しても大丈夫なのか……という懸念がある。」

「……本当に、あなたの慎重な性格は昔から変わりませんのね。」

 

マックイーンがスコーンを口にしながら、呆れたような口調で言葉を続ける。

 

「あなた程の実力があれば、わたくしやライアン達とも十分に競うことができますわよ。むしろあなたが来てくれなければ、メジロ家の皆もガッカリしますわ。」

「そう言ってくれるのは大変光栄なことだ。……しかし、母上はまだしも、弟の『火丸(ひまる)』と離れるのが……」

「……ああ、『ヒムちゃん』でしたら、既に来年からトレセン学園の近くにある学校に通うというお話を聞いてますけれど?」

「何?」

 

双子の弟の進路が、自分の知らないところで決まっていたことに驚くシグマ。

 

「……誰から聞いたのです?」

「シグマさんは知らなかったのですね。先日パーマー達が『なんかヒムちゃんがメジロの経営するマンションに下宿して学校行くんだってー。春になったら皆で遊びに行っちゃおっか!』と騒いでましたけど?」

「……母上……火丸……」

 

弟のメジロ家での人気っぷりを内心微笑ましく思いつつも、自分に内緒にされていたこと、そしてメジロ家のあっさりとした情報漏洩に軽く頭痛を覚え、眉間を指で抑えつつ軽く頭を左右に振った。

銀髪が美しいカーテンのようになびく一方で、ウマ耳が見事にぺたーんと垂れており、マックイーンは表情を綻ばせる。

 

「まあ、あなたのお母様のご意向でしょうから、悪いことにはならないと思いますわよ?といいますか、ひょっとしたらあなたの進路についても既にお考えがあるのではなくて?」

「……そうかもしれない。母上には改めて相談してみることにする。」

「それがよろしいでしょうね。トレセン学園ご一緒できること、今から楽しみにしていますわよ。」

「感謝する。」

 

マックイーンが無意識に口にしていたスコーンの多さに苦笑しつつ、小学生に似つかわしくない優雅なティータイムは終わりを告げた。



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第1話:「メジロ」と「キサラギ」

独自設定の説明回……が、暫くは続く感じになりそうです。


「で、何故私に黙っていた?」

「待て待て姉貴!説明よりも前にイダダダダダ!」

 

ポーカーフェイスでボストンクラブを仕掛ける姉と、本気で痛がる弟。

姉と同じ銀色の短髪、快活そうな男前が、鼻水も出しながらの百面相で台無しである。

 

「オ、オレがあの学校に行くつもりだったのは姉貴だって分かってただろ!それに下宿については、母ちゃんに相談したら速攻でメジロに話付けてくれたんだぜ!」

「……そうだったのか。」

 

技を解かれ、こうなるのは分かってたんだよチクショー、とぼやきながら、極められていた腰をさする火丸。

 

「あの学校はそれなりに入学が難しい筈だが、その辺りは大丈夫か?」

「へっ、それに関しては何も心配ねえって。むしろ姉貴こそ、トレセン学園に入れるか自分の心配をした方が良いんじゃねえか?」

「……全く。」

 

幼少期から自分達が受けてきた教育を脳裏に、互いに笑みを浮かべる。

 

「まあ、ウマ娘達に混じって走ったり遊んだりできる人間も、中々いないからな。」

「……昔っから姉貴やメジロの連中に振り回されてきたからなあ。」

 

運動面の素質優れていたとはいえ、長年ウマ娘、それも由緒あるエリートの遊びに付き合い続けてきた「ヒムちゃん」。

身体能力の違いに当初は凹んだり打ちのめされながらも、負けん気とプライドを胸に努力を続けた結果、彼女達の遊びについていける程度の能力を身に付けていた。

 

「で、母ちゃんにはどうすんのか伝えたのか?」

「いや、これからだ。……お前はどうするべきだと思う?」

「そんなん決まってるだろ!オレの姉貴がメジロの奴らもぶっ倒して、一番をとるのを見せてくれよ!」

 

一点の曇りもない表情で告げる弟に、自然と笑みを浮かべる姉だった。

 

 

 

 

ーーー

 

「……『コマゴメ』の者が、トレセン学園に入学するそうです。」

「「……!!!」」

 

母・『有美』が告げた事実に、衝撃を受ける二人。

 

「コマゴメ、ってえと……あいつだ!姉貴にそっくりな!」

「……ふむ、あいつが中央に来るというのか。」

 

幼少期に何度か会い、その度に自分への対抗意識、ともすれば憎悪ともとれる感情を自分へと向けていた存在を、シグマは思い出していた。

 

「コマゴメにキサラギが後れをとるようなことは、我らが父様の為にもあってはならないことです。

シグマ、分かっていますね?」

「承知しました。」

「へっ!コマゴメもメジロもぶっ倒して、親父を喜ばせてやろうぜ!」

 

直接戦うわけではないのにテンションを上げて宣言する息子と、事務的な返答と裏腹に闘志を燃やす娘の様子を、母親は穏やかな気持ちで見つめていた。




親衛騎団「キサラギ家」。
祖父:フェンブレン(フェンブレン→フェブラリー→2月→キサラギ)
母:アルビナス(有美さん)
母の異母兄妹:マキシマム(コマゴメ家)
母の旦那:ハドラー様
母の実弟:ブロック
双子の姉(ウマ娘):シグマ
双子の弟:火丸(ヒム)

脳内でプロットがぐわんぐわんしているのを吐き出すとめっちゃスッキリする。


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第2話:目指すは、『灰被り姫』より先に『砂被り席「待ちなさい。」!』

「進学にあたって、シグマ。あなたに1つだけ私から命令があります。」

 

「命令……ですか?」

 

 

 

 

やる気を見せている双子に、母が一見変わらない抑揚で言葉を続ける。

 

「ええ。これだけは今から伝えておかなければなりません。」

 

「まだ入学も決まってないんだぜ?そんなに大事なことなのか?」

 

弟の疑問に、要領を得ない様子の姉。

 

 

 

 

「……『ユニフォーム』を寮に持ち込んではなりません。」

 

 

 

 

ぴしり。

 

部屋の空気に亀裂が入った音が、火丸には聞こえた気がした。

 

横を見れば、一見無表情に見えるが、内面では明らかに思考を停止している様子のシグマがいた。

それを見ながら、あー、そりゃそうだよな……と納得する火丸。

 

 

 

 

母の言う『ユニフォーム』は、シグマ本人が走るレースのものではない、シグマの趣味である『野球』のユニフォームを指す。

 

 

 

 

「……り、理由を聞いてもよろしいでしょうか?母上。」

 

ようやくフリーズから解け、疑問を口にするシグマ。

 

平常心を保とうとしているようだが、明らかに声は上ずり、うっすらと汗さえかき始めている。

 

 

 

 

先のマックイーンとの会話においても、学園で過ごす際の楽しみとして、余暇は二人で好きなだけ野球を満喫することを夢想していたのだった。

 

それを見透かされたかのような母からの一撃。冷静であるシグマが蠟梅するのも、無理はなかった。

 

 

 

 

「……その様子、あなた自身が誰よりも理由を分かっているのではないですか?」

 

「(……オレ、しばらく黙ってよ。)」

 

変わらぬ口調で続ける有美。その容赦の無さに内心震え上がる火丸。

 

 

 

 

「別に、応援や観戦を止めろと言っているのではありません。

『持ち込んではなりません』と伝えたのは、こちらに戻った時などの余暇で、ユニフォームを着て応援に行くのは自由だと言うことです。」

 

「よ、良かった……。」

 

考えがまとまらない様子のシグマに、全面禁止ではないということをフォロー気味に告げる有美。

 

それを理解し、あからさまに安心した様子のシグマを見て、更に続ける。

 

 

 

 

「ですが、学園での生活となれば話は別です。

 

あなただけならばまだしも、マックイーンさんとあなたを私たちの目が届かない空間で自由にさせるわけにはいきません。」

 

「あー……うん。」

 

『私たち』には自分も含まれることを理解し、無意識に相槌を打つ火丸。

 

メジロ家の室内などであれば、二人が野球観戦の中で『暴走』した時でも止めるのは容易だが、学園では関係者が不在である以上に、無関係である第三者を巻き込む可能性がある。

 

万が一学園、あるいは球場のどこかで『メジロとキサラギの令嬢が目を血走らせながら大声でシャウト』だの『ヒートアップした二人が周囲を巻き込んで取っ組み合いの大喧嘩』だのを頻繁に目撃されていては、両家の評判にどのような影響を与えるか、想像に難くない。

 

 

 

 

「自分の立場を改めて理解しなさい。まずは成すべきことを成すのです。」

 

「……承知しました。」

 

納得はしきれていないが、理解はできたという様子で返事をする姉の様子を見て、大きく息をつく弟であった。




元ネタでは皆無の日常・コミカルな側面を作れないか考えたら、マックイーンの友達→やきう仲間というネタが浮かんで頭から離れなくなった


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第3話:譲れないもの(前編)

タグを編集。野球にハマる騎士シグマの魂を持ったウマ娘とか、これがキャラ崩壊じゃなければ何なんだ、と……


「母上、メガホンはセーフですか?」

「アウトです。」

「タオルは……」

「ダブルプレーです。」

「(結構ノリ良いな、母ちゃん……)」

「っ……それでは、グローブやボールは……」

「学園で訪ねなさい。キャッチボールのような運動であれば、必要な物品なども含めてルールが定められているでしょうから。」

「……分かりました。……シンジのサイン入り色紙は……」

「家に置いていきなさい。」

「分かりました……」

 

マックイーンとの楽しみが……と呟きながら露骨に凹んでいる姉を連れて、寝室へ向かう火丸。

へたれた耳やゆらゆら力なく揺れる尻尾を見て、ここまで分かりやすいのも珍しいな……と思いながら話しかける。

 

「母ちゃんも言ってたけれど、休みの日なんかは野球楽しんでも良いって話じゃん。そこまで凹まなくても良いって。むしろ中等部に入ってもあんな様子じゃ困る……」

「……あんな様子……だと……?」

 

ゆっくりと振り向いたシグマの目には、炎を思わせる眼光が宿っていた。

常人であれば怯まずにはいられないであろう威圧感に対し、火丸は続ける。

 

「毎回毎回『ヒムちゃん確保!』とパーマーさんやライアンさんに連行されるオレの身にもなってくれよ……まあ、オレも確保されそうな日は分かってるから、準備はできてるんだけどなあ。」

「む……」

 

野球にハマったマックイーンに連れられ、彼女以上にハマってしまったのがシグマである。マックイーンの『ユタカ』に対し、シグマのイチオシは『シンジ』という選手。

互いに異なる贔屓のチームや選手が対戦する日に二人が居合わせたが最後、そこで始まるのは文字通りの『場外乱闘』であった。

火丸は先日あったばかりの出来事を思い出す。

 

ーーー

 

「ヒムちゃんこんばんは。いつもありがとね。」

「アルダンさんこんばんは。……いえ、もう慣れてますんで。ところで二人の様子『やってしまえシンジ!』『返り討ちにしてあげなさいユタカ!』……まだ大丈夫っすね。」

「ですが、そろそろ始まりそうですよ?」

「ドーベルさんも、すっかり慣れちゃってますねえ……」

「あはは、流石に直接対決の日はヒムちゃんにもいてもらわないとヤバいからねえ。」

「ライアンさん……いつも思うんですが、ライアンさん達だけでも止められないですかね?」

「キミの役割は止める以外にも、シグマちゃんの回収があるから。まあ、このサンドイッチやローストビーフでも食べながら暫くは寛いでってよ。」

「はあ……あ、これ旨え。」

 

ある者は仲裁、ある者は余興として楽しむ目的で、すっかり慣れた様子でテレビの前に集まっている。

野球に熱を上げる二人はソファーで観戦、その他の面々はソファーの後ろのテーブルを囲みながら座り、テレビよりも食事やお茶で寛いでいた。

賄いにしては高級な食事に舌鼓を打ちつつ、火丸は二人の様子を見守る。

画面の向こうでは、丁度それぞれが推す選手同士が対決していた。

フルカウントからシンジが投じた一球の結果は……

 

 

 

『アアアアイッ!(ストライーク!バッターアウト!)』

シンジがユタカを見逃し三振にきってとったようだ。

 

「よし!流石はシンジ!ユタカなんか敵じゃない!」

「何を言ってますの!明らかに今のはボール半個分外れていたじゃありませんか!有り得ませんわ!」

「審判は常に公平なジャッジを行うものだ。それに文句を付けるとは、負け惜しみも大概にするべきだな。」

 

 

 

 

「……は?」

 

「大体、際どいボールならばカットすれば良いだけの話だ。やはりシンジの投球術の前では、ユタカは手も足も出ないようだな。」

 

 

 

 

「……あ?シグマさん、今何とおっしゃって?」

 

「ユタカじゃシンジには敵わない、と言っているのだが?」

 

 

 

 

「……その減らず口を発したのは……」

 

 

 

 

「……あ、これは始まるわ。ライアン、ヒムちゃん、スタンバイ。」「オーケー」「はあ……分かったよ。」

 

ユラリ……と立ち上がったマックイーンを見て、臨戦態勢に入るよう小声で指示するパーマーと、それに従うライアン&火丸。

 

 

 

 

「この口ですのおおおお!」「いたたたたた!何をするんだマックイーン!」「ユタカを罵る者には天誅ですわあああ!」

 

恒例の場外乱闘、開始。




シンジとノリヒロで迷った末、選手の方が投手ということで前者を選択。


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第4話:譲れないもの(後編)

アニメで幾つも技が出ちゃってるし、仕方ないよね


ーウマ娘レスリングー

 

それは、ウマ娘同士の争いの決着法。

プロレスや総合格闘技ともルールは似ているが、反則攻撃も可能なバーリトゥード(何でもあり)の戦い。

但し、ウマ娘は自らの肉体と技術を武器として戦うことを誇りとしていて、あくまでリングの上での決着こそが全て。

だからこそ、彼女らは戦う。正々堂々と。

 

 

 

 

「……出展、ドーベル書房『火事場のバ鹿力は楽しみにしていたお菓子を食べられた時こそ発揮される』より抜粋。」

「待って!今のドーベルさんの創作!?何で言い切って満足そうな顔してるの!?」

「大体ヒムちゃんが読ませてくれた漫画が悪い。」

「俺のせいなの!?というかなんで掴み合いだったのがいつの間にかレスリングになってるの!?」

 

 

 

 

「凶器は持って無いね。よし、ファイッ。」

「ライアンさんも何でレフェリー役になってるの!?というかオレ達が乱闘を止めるんじゃなかったのかよ!?」

 

 

 

 

「いやー、始まります、恒例のマックイーン対シグマの一戦。アルダンさんはどのように今日の試合をご覧になりますか?」

「そうですねえ……ここまでの戦績はほぼ互角ですし、今日も面白い試合が見られるんじゃないでしょうか。」

「もう何から突っ込めば良いんだよこれええ!!」

 

当事者の二人は両手で威嚇しながら「ガルル……」「グルル……」と唸り声を上げて構えている。

自分以外に常識人がいないことに慟哭する火丸であった。

 

「ヒムちゃん落ち着け。おかげでアタシも安心して突っ込みを任せられる。」

「突っ込みを任せる前に二人を止めてくれよおお!」

 

百面相を披露し続ける、場で唯一の男子を尻目に、組み合う二人。

 

マックイーンが仕掛けた。シグマの腰をとり、肩に担ぎ上げようとしてーーー

 

 

 

 

「むう……あれはカナディアンバックブリーカー……」

「知っているのかドーベルさん!?」

「……ありがとう。……からの、ベンジュラムバックブリーカー。」

「何だよそれ!っていうかマックイーンはいつそんな技を身に付けたんだよ!」

「私が教えちゃいました。」

「ライアンさああん!?何、照れ臭そうに白状してるんですかあああ!!」

「私達実況解説席の出番がありませんね。」「そうだねえ。」

 

 

 

 

肩に抱え上げたシグマを何度も揺さぶってから、フィニッシュホールドに移行するマックイーン。

 

「食らいなさいな!」「はうっ!?」

 

右膝を利用した大技を、腰からモロに食らうシグマ。

 

 

 

 

「や……やったか!?」

「ヒムちゃん、それ『フラグ』……?」

 

ドーベルが突っ込みを入れた最中、ふとマックイーンの鳩尾にシグマの右手が添えられていることに気がつくギャラリー。

 

「かんっぺきに決まったようですわね!この勝負、わたくしの……」

「……それはどうかな?」

 

勝ちを確信したマックイーンの目には、苦しそうな表情を浮かべながらも鋭い眼光を向けるシグマの姿があった。

そして、自分の鳩尾に向けた右手からは……

 

 

 

 

「こ……これは!?」

 

「ライトニング……バスター!」

「はううっ!?」

 

全身全霊を込めたシグマの掌底が、的確にマックイーンを貫いていた。

 

衝撃と痛みで倒れ、もんどりうつマックイーンと、その傍らで腰を抑えて痙攣するシグマ。

 

 

 

 

少し嬉しそうに二人に近き、ドーベルが宣言した。

 

「メジロドーベル、死亡確認。」

「……死んでない(ませんわ)……」

 

 

 

 

「……これは今回も引き分けだね。」

「ですね。お二人に大きな怪我は……大丈夫そうですね。」

「うん。10分もすれば二人とも野球の応援ができるよ。」

「……試合はもう終わってるって……。姉貴が回復したら、お暇させてもらいます。」

 

「……余ったサンドイッチはお持ち帰りになって、よろしければお母様に差し上げてくださいな……」

「あ、どーも。」

 

まだ起き上がれない状態の中、律儀に告げるマックイーンに、火丸はお礼を告げつつ姉の回復を待つのだった。

 

【場外乱闘結果:引き分け】




ライトニングバスターの無駄遣い。
そしてヒムが只の新八になってしまっている件


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第5話:庭園の女王達

ハドラー親衛騎団の現パロ設定説明回。
皆は原作の記憶を持っているわけではないです。
シグマに入学時にインストールさせようか迷ってます←(追記)作品紹介で戸惑わせてるの忘れてた。三女神との漫z……やり取りでインストールさせます。


「お久しぶりですね。」

「ええ。そちらこそお元気そうで何よりです。」

 

メジロの中庭で、老婦人と女性がティータイムを行っている。

テーブルに置かれた豪華なティースタンド、そしてあまりにも自然に行われる模範的な礼儀作法が、両者の威厳や格を纏わせていた。

両者の傍らには執事が、テーブルから離れた場所では警備員と思われる男性の姿も見られる。

 

「ハドラー殿はどうされていらっしゃるのですか?」

「相変わらず……とお伝えすることしかできないのが、もどかしい限りです。」

「ふふふ。あの方は私達が支えになるつもりが、いつの間にか支えてられてしまっている。そんな御方ですものねえ。」

 

 

 

 

キサラギ家。

メジロマックイーン達の祖母にあたる女性と同世代を生きた、『如月 蓮』が起こした一門である。

必要以上の虚栄心や出世欲も見られたが、それを遥かに上回る才覚と実力で一代を築く。晩年には事故で両目を失明しても、最前線で手腕をふるい続けた。

 

彼が残した血脈が、長男の『牧志』、長女の『有美』、そして次男の『武郞』である。

 

長男の牧志に蓮は英才教育を施すも、本人の才覚の低さ、そして受け継いでしまった虚栄心の高さ、それらが素行の悪さにも繋がり、当代を引き継ぐ程の能力には繋がらなかった。

 

一方でその才覚を開花させたのが、妹の有美であった。

彼女は当時においても、女性であることで向けられる歪んだ視線を実力で黙らせる程の能力を発揮し、キサラギの地位を更に向上させていった。

 

ーそれを良しとしないのが、兄の牧志である。

ある時から彼による執拗な妨害工作が始まり、本人にこそ直接の被害は生じないものの、度が過ぎれば『お家騒動』として周囲の目にも留まり、その地盤に綻び生まれることにもなり得た。

 

 

 

 

そんなある時、偶然日本を訪れていた英国からの青年が、有美達の運命を一変させる。

 

 

 

 

「……未だに思うことがあります。ハドラー様に出会っていなければ、私はどうなっていたのだろう……と。」

「ふふ、有りもしない過去の可能性など、考えるだけ時間の無駄ですよ?」

「仰る通りです。ですが、私にとってあの頃の思い出は……」

「……全く、今日のダージリンにお砂糖は必要なさそうですね。」

 

 

 

 

娘のような相手から、会う度に聞かされる惚気話。

ただ、その多くは二人の武勇伝のようなものであり、本人が許可すれば孫娘達にもぜひ聞かせてやりたいとも思う婦人であった。

 

実の子供達が聞いたら……いえ、それは流石に可愛そうなので止めておきましょう、面白そうではありますが。と考えつつ、話を延々と続ける有美に『今日のところはこの位で』と相槌を止め、声をかける。

 

 

 

 

「武郞さんはお元気なのかしら?」

「武郞もハドラー様の下でしっかりやっている……と聞いています。」

「そうですか。彼がいれば安心ですものね。」

「……流石に皆の命が危ぶまれるようなことは、この先は起こらないと信じたいですが……」

「あの方達であれば、どのような危険や困難も自らの力で切り開くでしょう。私達女にできることは、それを見守ること位ですから。」

 

 

 

 

運命の赤い糸の存在を信じさせるかのような二人の出会いは、牧志の実力行使、すなわち暗殺という最終手段を生んだ。

 

が、事故に見せかけようとしたこの計画は、居合わせた武郞の咄嗟の機転と判断により、彼に後遺症こそ残ってしまったが失敗に終わる。

計画に散見した綻びから首謀者も簡単に突き止められ、牧志は完全にキサラギとしての地位を失う。

身内による犯行であり、また武郞の強い要望もあり直接的な社会的制裁を牧志が受けることは無かったが、分家『コマゴメ』として子飼いの立場に収まり、失意の内にこの世を去る。

 

 

 

 

「……コマゴメに生まれたウマ娘についてはご存知でしょうか?」

「中央への進学希望者に含まれていると聞きましたので、学園に少々無理を言って情報を教えていただきました。

実際、学業もウマ娘としての能力もかなりのもののようです。何よりあなたの娘であるシグマちゃんにそっくり。あなたやシグマちゃんを知っている方であれば、姉妹と言われて信じてしまいそうです。」

「……聞く限りですと、とてもあの男の娘とは思えないですね。」

「……ですが、あの娘の目に宿っているのは、明らかな『憎悪』。くれぐれもシグマちゃんと引き合わせることは避けた方が……」

「……心配いりません。

シグマも、そして『オミクロン』もキサラギのはしくれ。私達の誇りにかけて、憎しみの感情程度で何かが揺らぐことはないでしょう。」

 

 

 

 

中庭にいる者達全員が目を奪われる程の『女王』の威厳を纏い、有美は宣言した。




コマゴメは「駒込」。山手線繋がり且つ親衛騎団は「駒」ということで、メジロ=目白に肩を並べさせようと閃きました。
ただ、当初はシグマ達に名乗らせようと思うも、「コマゴメシグマ」←ぶっちゃけカッコ悪いし、何かの怪しい塾の名前みたいでアカんわ、と却下。
オミクロンは、原作でマキシマムによって率いられた騎士の駒がモデルです。ギリシャ文字繋がりを含めて「コマゴメオミクロン」は割と有りやな、と。


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第6話:女王の恐縮

イギリスは近代競馬の発祥地。
原作でもチェスに理解を示すハドラー様(や魔王軍)であれば、競馬にもそれなりの理解を示すだろうと想定。


「歓迎!よもやキサラギ家のご令嬢が、我がトレセン学園に入学してくれるとは!」

「こちらこそ、わざわざ理事長様がお時間をとってまでこのような機会を設けていただき、大変恐縮です。」

 

 

 

 

入学試験の合格通知が届き、よっしゃあと大喜びする火丸と、どちらかと言えば安堵の表情を浮かべるシグマ。

その様子を見て、この子達ならば心配することもありませんでしたね…と思いながら、娘宛てだけでなく自分宛てにも学園からの親展が届いていることに気付き、有美は封筒を開ける。

 

中には、秋川理事長自らの直筆で、

「依頼!シグマ嬢の入学にあたり、一度お時間をいただきたい!」

との内容が書かれていた。

 

 

 

 

「光栄!キサラギの方々からは、以前より並々ならぬ学園への出資を受けているだけに、今回挨拶と感謝の意をお伝えできて本当に嬉しく思う!」

「あれは、私よりもむしろ夫のハドラーによる力添えですので……」

「そんなことはない!この度入学していただくシグマ嬢に留まらず、今後も末長く学園の発展に貢献して貰えれば幸い!」

 

ウマ娘であるシグマの誕生後、国内において最も勢力のあるトレセン学園への出資をキサラギ家は続けていた。

 

「あの、ところでハドラー様は入学式にはいらっしゃるのでしょうか?」

 

入学式に出席して貰えるのであれば、ぜひ来賓として紹介の場を設けたい。その確認も兼ねての挨拶でもあった。

秘書役を務める駿川たづなが有美に訪ねる。

 

「入学式の日程を伝えたところ、『確定するのは前日になりそうだが、できる限り調整の上で善処させてもらう。』とのことです。」

「吉報っ!それでは有美殿共々、来賓として紹介の準備を進めさせてもらう!」

「式の詳細につきましては、また郵送させていただきますね。」

「分かりました。……それと、」

 

和やかな空気になったところで、有美が続ける。

 

「娘をくれぐれも特別扱いはしないよう、お願いいたします。」

「承知!一応理由も聞かせていただけるだろうか!」

「我々キサラギの者は、己を高めることこそが何よりの目標。そこに周囲の必要外の手助けは、あってはならないことです。」

「理解!但しあの娘の力であれば、自然と周囲を巻き込み、特別な空間を形成していくに違いないっ!」

 

厳しくも優しい、母親としてのお願いを理解し、言葉を返す理事長と、笑みを浮かべるたづな。

 

 

 

 

「……それと、もう1つだけお願いがあります。」

「む?」「何でしょう?」

 

これまでの雰囲気とは異なる、深刻な様子で続ける有美に、咄嗟の返答ができないやよい。代わってたづなが聞き返す。

 

 

 

 

「……門限を破ったり、予定を破って外出した時には、こちらにご連絡ください。特に、行き先が野球場だった場合は。」

「「え?」」

 

困惑する二人に、娘の筋金入りの野球好きを、これまでの苦労混じりに語り出す有美。

『これがこの人の素かあ……』と、苦笑しつつも少し微笑ましい気持ちになる理事長と秘書であった。




まだ入学すらしていねえじゃねえか




……いや、正直当初はテイオーとマックイーンだけであればアニメやグレイの知識でも本編書けるだろうと思っていたんですが、入学後の展開を考えていく内に、メインとなるキャラが1名新たに浮上。
そのキャラが、とてもじゃないけどアプリでしっかり理解しないと描けねえって娘だったので、先日よりアプリダウンロードしてゲームやってます。
サーセン


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第7話:女神をひっぱたいた女神がいた(前編)

数十回にわたるリセマラの末目当てのキャラを引けたものの、過程において『10連でデジたん・シチー・フク』のパターンとかをみすみすスルーしなければならない運命に本気で泣きそうになった(本編の内容とは一切関係ありません)


「すっげー設備だなこりゃ……オレの入った『カール学園』とも全然見劣りしないぜ……」

「ふふ、お前の学校の入学式も、今から楽しみではあるな。」

 

迎えた入学式の日。シグマと父兄にあたる火丸は、式の開始時刻よりも早くからトレセン学園を訪れ、敷地内を見学がてら歩いていた。

入学式の日ということで、学生のウマ娘はまばらである。火丸を見て怪訝に思う目も、隣にいるシグマを見て納得した様子ですれ違ったり興味を無くしていく。

 

 

 

 

「親父や武郞さんは到着がギリギリになるって話だし、折角なら皆で一度集まりたかったのに、残念だぜ……。」

「そう言うな。わざわざ遠路はるばるお越しいただいただけでも感謝しなければ。」

「まあ、そうなんだけどさ……母ちゃんは式場に入っちまったけれど、これだけの時間座ってたりすんのかな?」

「学園や他の来賓の方々への挨拶回りをするそうだ。お前の通う学校の関係者も来ているだろうし、顔合わせにも絶好の機会なんだろう。」

「言われてみれば確かにそうだけれど……って、母ちゃんこの後、ずっとそれやんのかよ!?うわあすっげーな……」

 

理事長・学園長は勿論、企業の役員や理事のような立場の者達にとって、こういう式典は挨拶や近況の報告、情報交換等も兼ねた貴重な会話の機会となる。

弟の方が、オレはそういうのはやりたくねえなー、とうそぶきつつ、双子は敷地内の『四女神像』の前へと辿り着く。

 

 

 

 

「……これがトレセン学園や姉貴みたいなウマ娘の護り神なんだっけ?

 

……って、おい、姉貴?シグマの姉貴!?」

 

ふと横を見ると、姉の姿が消えている。

慌てて周囲を見渡すも、誰かが走り去った痕跡も無く、突然の状況に困惑する火丸。

 

 

 

 

「……オイ、どうすりゃいいんだこれ!?入学式に入学する本人がいなくてどーすんだよ!誰かいねーのか?

いたら聞いてくれ!オレの姉貴が!」

 

どこか見当違いの発言をしつつ、関係者や警備員が誰か近くにいないのか?とその場を離れる火丸だった。

 

 

 

 

ーーー

 

「……おかしい……確か私は、火丸と共に学園を歩いていた筈だが……

一体何処だ?ここは。

いや、そもそも『何』だ?ここは。」

 

四女神像の前を歩いていたと思ったら、いつの間にか一人で、昼前にも関わらず暗闇に迷い込んでいたことに気付くシグマ。

正面には光が見えており、一旦はそちらを目指して歩き続ける。

 

 

 

 

『……ようこそお越しくださいました。【戦場を駆ける騎士・シグマ】殿。』

「……!!!」

 

 

 

 

周囲に光が拡がったと同時に、女性の声が響く。

 

ーーー同時に、『自分が誰なのか』と『自分が誰であったのか』、嘗ての存在である自身の記憶が流れ込み、頭を抱えてしゃがみ込む。

 

……これは、何かの幻術なのか?罠なのか?

それとも、これまで自分が『こちら』で過ごしてきた時間や体験は、あの時確かに自分が食らった『究極の呪文』によって生じたものである可能性は?

 

 

 

 

記憶の混乱の中で、こういう状況こそ決して取り乱してはならない……と、呼吸を整え直し、改めて自分の体を見る。

 

オリハルコンの金属生命体……には戻っていない。

『ウマ娘』の体のままだった。

 

 

 

 

「……少し、質問させていただきたいのだが、よろしいだろうか。」

『宜しいですよ。』

「私は何故、このような姿でここにいるのだ?

……いや、その前に君達は一体何者なのだ?そもそも私は……」

 

 

 

 

『……一体落ち着いて、肩の力を抜いて。』

「……失礼した。」

『まあ、驚くよね。気持ちは分かるもの。

 

……それにしても、ポップが今のあなたを見たら、腰を抜かして驚くでしょうね。』

「……!!!」

 

自身の生涯最大の好敵手であり、仇敵として忘れようにも忘れられない名前を聞かされ、混乱の中で狼狽えることしかできないシグマ。

 

 

 

 

……同時に、ふと、自分の中で何かがカチリとハマったことに気付く。

 

 

 

 

相手の正体。

 

「『自分の名前』と『ポップのこと』を同時に知る者」。

また、この短いやり取りでも、『この人物しかいない』という確証の下、改めて相手に呼び掛ける。

 

 

 

 

「確か、マァム……だったか、君は。」

『おっ、正解。』




本作の世界が生じた理由は次回にて


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第8話:女神をひっぱたいた女神がいた(中編)

シグマがマァムのことを直接呼んでいるシーンは原作に無いですが、名前を知るタイミング自体は幾らでもあると判断(「仲間か」のシーンも、明らかに増援であることを気にしてマァムをきちんと確認せずの発言、仲間はレオナでもおかしくないわけですし)


「……改めて、色々と聞きたいことがあるが、宜しいかな?」

『ええ、遠慮なくどうぞ。……その前に、どうして私がマァムだと分かったのかしら?』

「その気丈さと勝ち気さを隠しきれていない言葉遣い、私やポップのことを知っている中で当てはまりそうなのは君しかおらんよ。」

『まあ。騎士なのに随分と失礼なことを言うのね。』

「ほとんど君の方から答えを教えてくれたようなものなのに、良く言う……」

『あなた、少し性格変わったんじゃない?』

「こちらで暫く人……いや、『ウマ娘』としての生活を送らせて貰ったからな。」

『それもそうね。ふふっ』

 

女神という存在が、その正体は自分の知った相手であったと分かり、シグマに余裕が生まれる。

 

 

 

 

マァムといえば、自分ら親衛騎団が倒すべき相手として、幾度となく相対した勇者一行の一員である。

 

その彼女が女神となっており、対する自分が「ウマ娘」となっている世界……

そして、改めて考えると、そんな自分が家族として接する者達は、ハドラー親衛騎団の仲間を彷彿とさせる。それどころか自分の父親として存在する者の名前に至っては、「ハドラー」そのまんまであった。

 

「この世界は、何故作られた?」

『まあ、一番に知りたいのはそこになるわよね。』

 

想定内の質問、という感じの雰囲気で、マァムが続ける。

 

『本来、この世界は私達の存在していた世界とは全く別の存在みたい。そして、私達の方がイレギュラー……想定外ということになるわ。』

「我々の誰かが望んだ世界……というわけでは無いのか。」

『そうね。』

 

落ち着いた様子で答えるマァム。……だったが、

 

 

 

 

『……というかね、私も本当は女神になんてならずに、あなたみたいな可愛い女の子になって色々なことをしてみたいわよ!

それなのに……ああもう!シグマも聞いてよ!』

 

突然年頃の女の子といった感じのテンションで畳み掛けられ、面食らう。

 

 

 

 

『私達がこちらの世界に来た原因が、この3女神の一人がふと空に向かって【メドローア】ってやってみたら時空が歪んだ、ですって!何よそれ!』

「 」

 

 

 

 

忘れもしない、自分を葬った呪文の名前を告げられたばかりでなく、今の自分が存在している理由が

 

……何というか、何というか……

 

絶句するのも当然である。

 

 

 

 

「……やはり凄いのだな、メドローアは。」

『え、ええ。』

 

暫くの沈黙を経た後、シグマが答える。

冷静さを失っていないように見えて、この発言。

そりゃ正気でいろって方が無理な話よねえ……と、マァムは思う。

 

『とりあえず、元凶となった女神は私の方で【お仕置き】しといたから、安心して。』

「……何を安心すれば良いのかは正気理解しかねるが……了解した。」

 

彼女の戦闘力については身をもって理解している。

そんな相手に制裁を受けたのでは只では済むまい……少し同情するシグマ。

 

 

 

 

『お優しいのですね。』

「逞しいのは結構なことだが、心を読むような真似はしないでいただけるとありがたいのだが。」

 

【お仕置き】を食らったと思われる女神に『分かってくれるのね』という感じで話しかけられ、頭を抱えるシグマ。

 

自分のいた世界の『神』とされる存在も、例えば『死神』など、存外に自由であったな……と、改めて思い出にふける。

 

知るべきでなかった……いや、知りたくなかったであろう様々な事実を前に、現実逃避しかかっている様子を察してマァムが話しかけた。

 

『で、こっちの世界で私達が何をすべきなのか……あなたも気になっていたんじゃない?』

「あ、ああ。」

『それについては、実は一番単純みたい。

 

【楽しんで暮らしなさい】、これだけ。』

「……何?」




ゲームをやる前:オグリかっけーな
ゲームをやって:野良オグリさんこわい

サポートガチャってめっちゃ大事やねんな……と思いながらバクシン中


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第10話:女神をひっぱたいた女神がいた(後編)

今更めっちゃ『ダイ』本編のネタバレ含みまくってることに気付きタグを更新。サーセン


『楽しんで暮らす』ことが使命……

要領を得ない様子のシグマに、マァムが続ける。

 

『要は【使命とか、やらなきゃダメなことは特に無い】ってことよ。

第一、あなた元の世界に戻っても死んじゃってるじゃない。』

「……そうだったな。」

 

 

 

 

二人と交わした最後の言葉を思い出す。

同時に疑問が沸く。私が死んだ後、あの世界は……

 

 

 

 

『……あの後、大魔王は滅んだわ。

あなたの仲間だったヒムや、ポップがあなたから預かったシャハルの鏡が大活躍してくれたわよ。』

 

「……そうか。

 

……いや、待ってほしい。あの時、ハドラー様は余命僅かという中で、勇者との最終決戦に臨んだ筈。

それなのに、シャハルの鏡はともかく、何故ヒムが……?」

『ああ、それはね……』

 

 

 

 

マァムの口から、様々な事が語られていく。

 

 

 

 

『真竜の戦い』。

ハドラー最大の好敵手、アバンの復活とハドラーの最期。

最高幹部・ミストバーンとの決戦とヒムの活躍。

大魔王との最終決戦。

世界の平和が守られ、その直後に起こった勇者の『自己犠牲』ーーー

 

 

 

 

『……チウ……覚えているかしら、私たちと一緒にいたおおねずみの子ね。あの子が言っていたわ。【悪に奇跡は起こらない!】って。』

「……うむ。」

 

 

 

 

ふと、涙を流していることに気付く。

 

 

 

 

『あの時の戦いも、本当に【奇跡】の連続だったわ。

きっと、あなた達も含めた皆の思いが、あの世界に平和をもたらしたのよ。』

「……そうか……なるほど。改めて合点がいったよ。

ポップが言ってた『横っ面をはたく勝利の女神』とは、君のことだったのだな。」

 

敵であった者達にまで慈愛の心を向け、それでいて信念を叶える為の強さと誇りを併せ持つ者。

女神になったのも、正に彼女自身が告げる『奇跡』の1つなのだろう。

 

 

 

 

『ま、まあ私のことはともかく、そういうわけで分かって貰えたかしら?』

 

少し照れ臭そうな口調で、言葉を続ける。

 

 

 

 

『まず、【あなた達は悪ではない】ってこと。悪だったらこっちの世界に来られなかったでしょうし、もし悪として来ていたのであれば、私がやっつけてあげたところよ。』

「……なるほど、それは流石に御免被りたい。」

 

『次に、【あなた以外のこっちに飛ばされた皆は、基本的に記憶は持ち越していない】という点ね。

あなたが今日まで私達のことを覚えていなかったのと同じ。』

「そういえば、私のこちらでの家族は……」

『記憶は持っていないけれど、元々の皆の気質みたいなものが、自然と【キサラギ家】を作り出したみたいね。

 

……ただ……』

「ただ?」

 

 

 

 

『……正直なところ、ハドラーやアルビナス辺りは、記憶がありながら敢えてこっちで人間として暮らしているようにも見えるのよねえ……』

「……なるほど。確かにアルビナスからすれば、今の状況は悲願みたいなものでもあるものな……

 

……もう1つ、質問させて欲しいのだが。」

『何かしら?』

 

自分の置かれた環境の中で、色々と当てはめる中、ふと【異質な存在】が混じっていることに気付く。

 

 

 

 

「【オミクロン】という私にそっくりな存在について、何かご存知ではないか?」

『あー、その件かあ……実は私も直接は会ったことも戦ったことも無いんだけれどね。』

 

どことなく歯切れの悪い様子で、マァムが答える。

 

『あなた達5人以外にも大魔王の直下として、残りの駒で結成された集団がいたみたいなのよ。あっさり全滅しちゃったらしいんだけれどね。チェスの駒としては、あなたの他にもう1人騎士がいるわけだし、おそらくはその騎士が一緒にこっちに来ちゃったみたいね。』

「……先程の話と照らし合わせれば、一応【悪ではない】ということになるようだが?」

『そうなのよねえ……まあ、私も一応変なことはしないよう気にはかけておくから、あまり気にしなくても大丈夫だと思うわよ?』

 

「了解した。……それにしても。」

 

色々と理解しながらも、一方で理解し難いといった感じで言葉を告げる。

 

 

 

 

「私が人間……いや、『ウマ娘』として、果たして上手くやっていけるのか……」

 

 

 

 

『……っぷ……うぷぷぷっ!』

「何故そこで笑う!」

 

シグマの呟きに対し、可笑しくてたまらないといった様子のマァム。

他人事とはいえ少々失礼ではないか……と怒りを表したのもつかの間。

 

 

 

 

『【かっ飛ばせー、シ・ン・ジ!】ですっけ?』

「 」

 

豪速球が炸裂した。

 

 

 

 

「……神は……神は死んだのか……」

『残念、私が他ならぬ女神よ。』

 

心底落ち込むシグマに対し、あー可笑しい…と呟き、マァムはシグマに続けた。

 

『そんなわけで、とっくにあなたにはウマ娘として、この世界を十分に楽しんでやっていける状況にあるの。分かった?』

「……本当に君はどこまでも女神なんだな。」

『あら、褒め言葉として受け取っておくわね。

 

一応最後に言っておくけれど、あなたの挑戦する【競走】、幾らあなたに元々の力があるからといって、甘い気持ちで臨まない方が良いわよ。』

「……元よりそれについては、メジロの皆達から教わっている。だが、忠告痛み入る。」

『ふふ。【同郷のよしみ】として、応援してるからね。』

 

ーーーそれにしてもこれ、結構『力』を使うから、次にお話しできるのは1年後くらいかもねー。

頑張ってねー。

 

そんな言葉を聞きつつ、目の前が急激に閃光に包まれーーー

 

 

 

 

「ー貴!

姉貴!大丈夫か!」

 

目の前には自分の名を呼び続ける『弟』の姿があった。

傍らには学園の警備員とおぼしき人物、そして『母』も、凛とした中に何処か心配そうな雰囲気を携えている。

 

「時折、女神像の前では不思議なことが起こるようなのです。」

警備員が説明し、どこか痛いところや気分が悪かったりはしないですか?と問いかけてきた。

 

「大丈夫です。それに、今はすこぶる調子が良い。」

「本当に大丈夫か?こうなっちゃ、無理に入学式も出なくて良いんだぜ?」

「……全く、本当にお前という奴は。」「うわっ!何すんだよ姉貴!」

 

思わず『ヒム』の頭をわしゃわしゃとやるシグマ。その様子を見て、「入学式には遅れないよう気をつけて下さいねー」と言い残して立ち去る警備員。

 

「本当に大丈夫なのですか?」

「ええ。心配をおかけしましたが、問題ありません。」

「そうですか……分かりました。シグマ。」

「はい。」

「あなたらしく、精一杯頑張るのですよ。」

「…畏まりました。」

 

ーマァムの予想も、あながち間違ってはいないのかもしれんな……

 

そう思い、式場へ向かおうとして、ふとポケットに覚えの無いメモが入っているのに気付く。

 

 

 

 

【女神より。

 女難の相に、注意!】

 

……今は私も女じゃないか。

そう心で呟き、式場へと向かうのだった。




次回アバン先生対ハドラー様、宿命の対決(なお競技)

ゲームで色々ストーリー拝聴した結果、ダイ側から出すトレーナーとウマ娘との相性が「ヤバすぎる」のが何件かあったので、はよそこまで進めたい。


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第11話:試運転

「オメー、仮にも作品にウマ娘のタグつけてんのに、プロローグでちょろっと書いただけで全然アタシ達が走るシーン書いてねーじゃねえか!テニヌなんて書こうとしてる場合か!」
ってゴルシに説教される夢を見ました(超実話)


『……以上で、トレセン学園入学式を終わります。

入学生の皆さんは順番に退出をお願いいたします。なお、保護者の皆様は、スタッフの指示があるまでその場を動かないよう……』

 

 

 

 

入学式は会場内に荘厳な雰囲気が漂いつつも、要所で登場する秋川理事長のどこかコミカルで可愛らしい仕草が、良い具合に堅さをほぐす、何ともほのぼのとした式典であった。

 

睡魔に襲われていたと思われる入学生が、うーん、と伸びの仕草をしたり、あるいは退場に置いていかれかけて慌てる様子を見せては、会場内で待機する保護者達にちょっとした笑いを届けていた。

 

 

 

 

……その一角で、近くに座った保護者が恐怖で震え続け、あるいは耐えられず気を失うほどのプレッシャーを発し続ける存在がいた。

 

 

 

 

「……終わったか。」

 

整ってはいるものの、厳つい表情と綺麗な銀の長髪。何より男性としても非常に恵まれた体格の男性が、更に一回り大きな男性と並んで座っている。

愛娘の勇姿を見届けに来たような保護者の方々からすれば、このような威圧感を会場で味わう羽目になるとは、夢にも思わなかっただろう。

 

 

 

 

……その鋭いプレッシャーと視線は、自分達と反対側の、同じく来賓席の一角に向けられていた。

 

お疲れ様でしたー、と、対照的に穏やかな様子で周囲の人々に挨拶を行うのは、カール学園・阿万(アバン)校長である。

 

 

 

 

まだ少数の入学生が会場に残る中、おもむろに銀髪の男性は席を立ち、壇上へと向かう。

会場内の保護者がざわめきを始める中、慌てて横から飛び出したスタッフよりマイクを受け取る。

 

「……アバンよ。」

「ハドラーですか。お元気そうですね。」

 

名前を呼ばれ、同じくスタッフからマイクを受け取った阿万校長が答える。

 

「今日の式典、俺にはどうしても我慢ができなかったことがある。」

「私に関係することでしょうか?」

「ああ。……来賓紹介の時、何故俺の名前が、お前の名前よりも後に紹介されたのか、について……だ。」

 

外野では、『単純ッ!学園から近いから!』と反射的に叫ぶ秋川理事長の口を塞ぐ駿川秘書の姿や、『オイ親父!そんなこと気にして……!』と叫びかけた息子に対して針を投げつけ、失神させる保護者の姿もあった。

 

「どんな理由であれ、俺がお前に後れをとるという事実が、俺には我慢がならんのだ……

この後、学園のテニスコートに来い。勝負だ。」

「ええ、分かりました。久し振りに手合わせといきましょう。」

「決定ッ!保護者や報道関係者は、この後テニスコートに集合っ!」

 

 

 

 

……実のところ、一連の下りは全てが、関係者達の事前に示し合わせたものである。

 

 

 

 

「……しかし、『入学生達に初日から競技場を走る時間を設けてやってはどうか』、とは……

今年の入学生にはあなたの娘さんがいるんでしょ?『魔王』がとんだ親バカですねえ。」

会場がざわめく中、マイクのスイッチを切って阿万が苦笑混じりに話す。

 

「俺がお前と戦いたいというのは事実だぞ?相応の準備はしてきたのだろうな?」

「あ、その辺りは、ちゃーんと練習してきたのでご安心を。」

 

ーーー

 

「本当に、広いな……」

「今日は寮の門限までは自由に走っても良い……とのことですわ。」

「ならば、心行くまで走るとしようか。」

「ええ、勿論。」

 

式場を出た後、皆と一緒に流されるままに着いたのが、広大な大小様々の競技場であった。

既にコースに出ては準備運動を始める者や、走り出す者の姿も見られていた。

 

 

 

 

……これは、不味いな。

 

ウマ娘としての本能が、土やターフの臭いを嗅ぐだけでも『早く走ろう。早く走ろう』と急かすのだ。

 

 

 

 

「今日は勝ち負けなどは気にせず、思う存分走ろうか。」

「これだけコース内に他の皆様がいらっしゃる状況では、競走するのは難しいですものね。」

 

体操着と蹄鉄付きの運動靴を身に付けーーー入学式の案内に持ち物として書かれていたのはこの為だったのか、と理解するーーー準備運動の後、シグマとマックイーンは併走を始めた。

 

あくまで今日は試運転の機会であって、競走を行うようなことは……

 

 

 

 

「ーーーキミ、メジロマックイーンさんだよね?

早速だけど、ボクと勝負しようよ。にししっ」

 

 

 

 

……ウマ娘達の本能が、競走を、勝負を求めない筈がない。




タキオンで全目標達成……そりゃ人気出るわこの娘、と今更ながら納得


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第12話:時速70キロの駆けっこ(前編)

学年は幾ばくか公式をシャッフルさせて貰う感じで。


ーーー入学生達が、思い思いに競技場の様子を体験していた……筈だったのだが。

気付けば場内では、幾つもの『駆けっこ』が始まっている。

 

この日学園を訪れた大勢の関係者が、この場に詰めかけていたならば、最早収拾が付かないほどの騒ぎとなってしまっていただろう。

 

 

 

ポニーテールの少女が、併走する二人に話しかける。

 

「貴方は?」

「ボクはトウカイテイオー!今年一番の『オーゴンのスーパールーキー様』だよ!」

「……これは又、大きく出たな。」

 

開口一番の宣言に、思わず反応してしまうシグマ。

 

「むー?本当のことなんだから仕方ないじゃん。キミはナイトシグマさん、だよね?」

「知っていてもらえたとは、光栄だ。」

「そりゃーそうだよ!ボクはゆくゆくはカイチョーのような無敵のウマ娘になって、最強の座を手に入れるんだ!」

 

カイチョー……入学式にも姿を見せていた、『シンボリルドルフ』のことか。

考えるシグマをよそに、テイオーが続ける。

 

「キミもマックイーンも、みーんなボクが倒すんだからさ!」

「……中々面白いことを仰るのですね。」

 

マックイーンの雰囲気が変わる。

相変わらず、乗せられやすいお嬢様だ……と、心の中で苦笑する。

 

「初対面の方の心を折るのは気が引けますが……これもメジロの為です。この場でその自信、打ち砕いてあげますわ。」

「お、おー……」

「マックイーン、少し落ち着くんだ。流石に今のは言い過ぎだろう。」

「あら……」

 

丁寧な言葉遣いで飛んできた、真正面からの宣戦布告にテイオーは返し方が分からず、ドン引きしていた。

シグマがフォローに入り、我に帰るマックイーン。

 

「確かに頭に血が昇りすぎてしまったようです。申し訳ないですわ。」

「うん、ボクもちょっと言い過ぎたかも……ごめんね。」

素直に謝り合う二人。

 

「戯れはこの位にして、『ひと勝負』といこうか?」

「そうですわね。体も温まってきましたし。テイオーさん?あなた、あれだけの啖呵を切ったのですから、私達をがっかりさせるようなことがあっては困りますわよ?」

「それはこっちのセリフだよ!」

「距離は……丁度この競技場が1周2000mだった筈。

あのコーナーを過ぎたらスタート、で良いかな?」

「分かりました。」「オーケーだよ!」

 

再び加熱を始めそうな二人。それをたしなめる目的も兼ねてシグマが提案し、二人がそれに答える。

 

……考えてみれば、マックイーン達以外のウマ娘と本気で走るのは、これが初めてかもしれないな……

 

そう思いながら、コーナーを3人で曲がる……と同時に、

 

 

 

 

本気で競争を始めるウマ娘達。

競技場の空気が緊迫したものへと変わったのを、場内にいるウマ娘達は感じ取っていた。

 

ジョギング感覚で走っていたウマ娘達は、突然何かが自分の横を駆け抜けたことに呆気にとられる。

 

逃げの姿勢に出たのはシグマ。その後ろをマックイーンとテイオーが追う形となった。

 

 

 

 

(……マックイーンは……すぐ後ろにいるな。2000メートルは決して短い距離ではない。私のスピードと彼女の持久力、今日はどちらが勝るか……)

 

後ろかのプレッシャーを感じつつ、シグマは考える。

そして、そのプレッシャーが1つでは無いことも感じていた。

 

(…この娘……!)

(二人とも……ボクが圧勝できる相手じゃないみたいだね!)

 

位置関係は変わらないまま、順調に1000メートルを3人で通過する。

 

 

 

 

「速い……」「流石は名門の走り……」「栗毛の娘、あの速さについていってる……」

 

競技場の視線は、いつの間にか3人の走りに集まっていた。

ただし、視線の先にあるものは同じであっても、その考えは一人ひとり全く違っている。

 

同世代とは思えない走りの様子に驚く者。

純粋に勝負の行方を見守る者。

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

「ずるーい!ターボ抜きで競争するなんて!」

「なんか……ドキドキする!」

 

自分も加わりたい!と思う者。

気持ちを昂らせる者。

 

 

 

 

「……どれ、私も力比べに混ぜてもらおうかな。」

 

……自分の立場をすっかり忘れ、闘争心を滾らせてしまう者。




このゲームのガチャ、過去のキャンペーンのキャラも時期限定じゃなくて普通に出るのね……花嫁衣装のマヤノが出てきてびっくりしました


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第13話:時速70キロの駆けっこ(中編)

マックイーンの野球関連の元ネタって、「大脱走」で印象的なグローブとボールだよなあ……と、個人的には頭の中でカチッてなった。
というかグレイやゲームの固有発動スキルを見ていたら、トップの皆がゾーン入ってからの鍔迫り合いってこんな感じじゃね?と。
あと各種固有スキルの発動状況がゲームと違いますが、予めご了承くだされ。


(マックイーンだけならば、このペースを維持しつつスパートをかければかわしきれる筈。

だが、今回はもう一人……)

 

コーナーを曲がった直後に今回のゴールを定めている。

その為、この勝負は最終コーナーでの駆け引きが非常に大事であった。

 

コーナリングの無駄を無くし、且つ相手の進路を意識した位置取りをどのように行うか……

 

最後のカーブに差し掛かりつつ、シグマが後ろの様子を見る。

テイオーが外、マックイーンが内の位置取りで並走してきていた。

 

 

 

 

(……不気味だ……何を仕掛けてくる?)

 

一瞬だけ見えた表情にも、苦しそうな様子は共に見られない。

 

シグマは考える。

相手の一手を待って仕掛けるべきか。あるいはこちらから動くべきか。

この場合はーーー

 

 

 

 

ーーーボウッーーー

 

「!!!」

 

結論を出すよりも先に、後ろから感じたのは強烈な『炎のように揺らめく強烈な感覚』。

 

 

 

 

同時に目の前の競技場の景色とは異なる、『異質な世界』に意識を一瞬もっていかれる。

 

そこに浮かんだものは……

 

 

 

 

ーーー澄み渡る青空に浮かぶ雲。

 

その雲を軽やかに跳ね回る、テイオーの姿ーーー

 

 

 

 

「一番はこのボク!テイオー様がいっただっくよー!!」

 

 

 

 

(……な、なんですの!そのスプリントは……!!)

 

真横でスパートを仕掛けられたマックイーンには、テイオーの走りの『異質さ』が手に取るように伝わった。

 

走っているというよりも、まるで『跳ね回っている』としか思えないような足捌き。

コーナーでの走りも、芝の様子を知り尽くしたかのような無駄のないフットワークで、みるみるシグマとの差を詰めていく。

 

 

 

 

(……よし!このまま追い付いて……『……甘い』……っ!?)

 

 

 

 

シグマを捉えた……と思った瞬間、背筋の凍るような恐怖に襲われる。

彼女の目に一瞬、炎のようなものが宿った次の瞬間……

 

(……!危ない!)

 

『意識』の中、右肩を何かが掠めたような感覚を覚えていた。

 

 

 

 

テイオーは驚愕する。

 

競争で集中するといつも入り込んでいた、自分だけの世界に……

 

近衛兵を思わせる格好で銀の『騎士』が現れ、目の前に立ちはだかっていた。

 

 

 

 

……え、それじゃあ、今投げつけられたのって……

 

 

 

 

『……ほう、あれをかわすとは。』

『な、何するんだよもー!ボクじゃなかったら【キョーアクハンザイホー】に引っ掛かって死刑だよ!死刑!』

『そんな法律は存在しないが。』

 

シグマの天賦ともいえる能力。

相手の仕掛けるタイミングを読み切り、自らがスパートをかけて一気に勝負を決めにかかるもの。

テイオーは上手く回避したが、並みの競争相手はその『槍』をまともに受け、まともにそのレースを走ることができなくなる。

 

『仮に当たっていても、生命に影響が出ることはないから安心ししてほしい。勝負はいただくがね。』

『もー!それが嫌なんだってば!』

『全く、わがままなお嬢さんだ。』

『キミだって同い年じゃないか!』

 

集中する意識の中、挙動を通じて相手の意思を理解する二人。

互いの一手が微妙に不発に終わったことで、少しばかり緊張感に綻びが生じる。

 

 

 

 

……そして、それを、それこそを狙っていたステイヤーがもう一人。

 

 

 

 

『……お二人とも、そろそろ無駄話はよろしいかしら?』

 

『……あっ』『!……しまっ……!!』

 

お互いへの牽制を続けていたテイオーとシグマ。

そのせいで、『もう一人の相手』が仕掛けることを無警戒で許してしまった。

 

 

 

 

ーーー二人は、目に炎を宿したマックイーンが悠々と通り過ぎていく様子を、呆然と見つめることしかできなかったーーー

 

 

 

 

「あー、負けちゃったよー。」

「今回は完全に不覚をとった……完敗だ。」

「いえ、お二人が勝っていてもおかしくなかったですわ……むしろ私の仕掛けるタイミングが早ければ、勝っていたのはあなた方のどちらかだったでしょうね。」

 

最初にゴールの目印を駆け抜けたマックイーンを先頭に、クールダウンを図りながらレースを振り返る。

 

「それにしても物騒だねー、シグマのあれ。」

「メジロの皆も、いつもあれには最大限の警戒をしながら走っていますので。テイオーさんが先に仕掛けてくれて本当に助かりましたわ。」

「ああ……正直マックイーンに注意を払えば良いと思っていたが……テイオー、君があれほど手強いとは。本当にしてやられたよ。」

「こっちこそ、二人ともスゴかったよ!でも、次に勝つのはボクだけどね!」

「次も勝つのは私ですわよ?」

「二人とも冗談を……私に何度も同じ手が通じると思わないでくれよ。」

 

レースの余韻も冷めやらぬ内に、そのまま再戦へと意識を高め始める三人。

 

 

 

 

「それならば少し休んで、もう一度……」

「私も混ぜて欲しい、その勝負。」

 

 

 

 

背後から、凛とした声と共に沸き上がる、凄まじいプレッシャー。

三人の様子を見ていたウマ娘達も、その存在に目を奪われる。

 

 

 

 

「新入生の様子を監視する……というのが今日の仕事だが、あれだけの勝負を見せられては流石におとなしくしてられん。

構わないな?」

 

長いポニーテールに鼻腔テープ、枝を咥えた『シャドーロールの怪物』。

ナリタブライアンが、そのポーカーフェイスに抑えきれない闘志を漲らせていた。




マックイーンの発動スキルの様子を「バイクに乗って有刺鉄線や木材を軽々と乗り越えていく」とか描写しようかと思うも、流石にイメージに合わんので却下。


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第14話:時速70キロの駆けっこ(後編)

競馬のことを全く知らなかった俺でも、ツインターボ師匠に限っては以前から知っていた。
そんな俺がアニメ2期で「ツインターボっているのかな。いるならば、どんな感じで出るのかな。」と思って拝見したときの衝撃ったら……ねえ?


「……ブライアン先輩。どうしても皆を代表して、あなたに一言言わせていただきたい。」

「何だ?」

 

 

 

 

「少々、大人げないのでは、ないか?」

「……」

 

……言われてみれば、そうかもしれない。

中等部に入ったばかりの娘達を相手に、高等部の自分が、つい本気を出してしまったのだから。

 

「……私に本気を出させる程、お前達は凄かった……ということだ。」

「できれば、目を合わせてから、もう一度同じ発言を、していただけるだろうか?」

 

へとへとのくせにやけに突っかかるじゃないか、面白い……と、内心で軽く開き直りつつも、ブライアンは走ったばかりのレースを振り返っていた。

 

ーーー

 

「ターボも走る!さっきそっちの娘が投げてた槍なんて、ターボなら余裕で避けちゃうもんね!」

 

ブライアンの乱入を三人が受け入れた直後、「ターボも走るー!」と、更なる乱入者が現れた。

無謀ともとれる行為に、周囲を含めて門前払いの空気が流れるが、シグマが気付く。

 

 

 

 

「今、『槍』……と言ったか?」

 

この娘には『見えている』。

 

「え?槍で合ってるよね?」

「うむ。……良いかな?皆は。」

「構わんぞ。」「ええ。」「おっけー。」

 

シグマの問いに、3人が肯定の意を示す。

 

「ふっふっふ。皆、この『ツインターボ』の走りに驚くのだ!」

 

 

 

 

ーーー

 

「……確かに驚いた。驚いたが……」

「あそこから、更に追込をかけてくるということは……」

「……ないんじゃないかなあ?」

 

先程と同様の中距離での勝負。

「審判なら引き受けるよー!本当はマヤも走りたいけれど、入学式で疲れちゃったから今日はやめとくね!」と、小柄なウマ娘の申し出を引き受け、

 

「ゲットレディー!」

「だありゃああああ!」

 

5人での勝負を開始……するや否や、ターボがシグマをも更に越えるスピードで飛び出す。

あまりの速度に面食らうも、全員が『ああ、これは……』と、即座に理解。ターボの存在を抜きにして、自分達の走りに集中する。

 

 

 

 

……1000メートルを越えた所で、予想通り早々にバテてヘロヘロになったツインターボを4人が抜き去った。

 

「加速とスピード『だけ』は目を見張るものがありましたわね。」

「うん。これが短距離での勝負だったら、ひょっとしたかもね……」

 

3人で走った時と似たような展開でレースは進んでいる。

シグマが先頭、その後ろをマックイーンとテイオー、更に少し後ろでブライアンが様子を伺う……という状況。

 

3人はブライアンに意識を向けながら走る。

明らかに様子を伺っている……つまり、それだけの余裕がある、ということでもあった。

 

「気に入りませんわ……ね!」

 

最初に火が点いたのは、先のレースで勝利したマックイーン。

誰が相手でも勝ってみせる……その強い気持ちが、早いタイミングで膠着状態を動かした。

 

「!…マックイーン!?」「え、もう仕掛けるの?」

最終コーナーに入る前でスパートに入ったマックイーンの様子に、前を行くシグマと並走していたテイオーが動揺する。

 

 

 

 

『セオリー通りに走っては、ブライアン先輩の思う壺でしょう。ならば、そのセオリーをさっさと畳んでしまうまで!』

 

『差し』を許さず、先にゴールを駆け抜ける。マックイーンが一気に集中力を高め、シグマに迫ろうとしていた。

 

 

 

 

『……そこを通していただけるかしら?』

『私がその質問に頷いたことが、一度でもあったかな?』

『そうでしたわねえ。ふふっ。』

 

迫るマックイーンと、それを阻止せんとするシグマ。

 

『ーその槍、私に投げたらブライアン先輩への分が無くなるのではなくて?』

『……そこまで意識しているのか。』

『相手はブライアン先輩だけではない。あなた達も倒さなければなりませんもの。』

『なるほど、理解したよ。 ……今の君が、相当【掛かっている】ということを、な!』

『!!!』

 

シグマの手から、槍が『突き出された』。

慌ててそれを避けるマックイーン。そして……

 

『一度見た技だ!それが通じると思うなよ!』

『わわっ!』

 

同じくスプリントを仕掛けたテイオーに槍の切っ先を向け、牽制する。

 

『君達にはここで少々油を売っていてもらおう!』

『甘いですわ!そんな余裕、私が打ち砕いてあげます!テイオー、シグマに仕掛けますわ……ツープラトンを!』

『え、何それ?』

『……本当に掛かってしまっているようだな……』

 

マックイーンの暴走で、冷静さを取り戻すシグマ。

二人への牽制は忘れず、呼び掛けた。

 

『さて、ここで2つの選択肢がある。1つは【彼女】を抑えること。もう1つはこのレースに勝つこと。……君たちならどちらを取るかね?』

『両方に決まってる(ますわ!)』

『……愚問だったな!おしゃべりはこの辺でお開きといこうか!』

 

 

 

 

三人が自分の走りに集中しかかった、

 

ーーーその直後だった。

 

 

 

 

『……そのまままとまってくれていた方が好都合だったのだが、まあいい。』

『……!!!』

 

 

 

 

突如と3人の意識が、『暗闇』に覆われる。

そこから姿を現したのは……

 

 

 

 

『協力して私を倒しにかかる……こともなく、全員があくまで勝利を狙うつもりとは……いいぞ、そうでなくてはな。

 

……もらうぞ。』

 

 

 

 

ブライアンがおもむろに右手を振り上げる。

そして……

 

 

 

 

『……くっ!』『遅い!』

 

 

 

 

シグマが槍を投げつけるよりも早く、拳を地面に叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々見所のある奴らだ。だがまだまだ……?」

 

先頭に立ち、最後のスパートをかけようとした所で、ブライアンが後ろからの様子に違和感を感じた。

 

 

 

 

3人とも、全く勝負を諦めていない。

 

直接『閃光』のターゲットにしなかったマックイーンとテイオーはまだしも、ぶち当てた筈のシグマは……

 

 

 

 

「……運が良かったのか、あるいは意図的に逸らした、とでもいうのか……

……フン、まあいい。」

 

やることは変わらん、とばかりに、全力でスパートをかける。

 

 

 

 

「ゴールイン!」

 

ゴールの位置で控えていたマヤノトップガンが、ブライアンの勝利を宣言した。

 

 

 

 

ーーー

 

「奢ってやる。お前達、何か食いたいものは……」

 

 

 

 

「……ブライアン……?何だい……この状況は……?」

「……アマさんか。見ての通りだが。」

「見ての通り、じゃないだろうがあ!」

 

気分が良いので先輩らしくさせてほしいのだが……と、話しかけようとしたところで、我に返る。

 

 

 

 

……今日の自分の仕事は、そういえば……

 

「今日から寮に入る娘達だっているんだよ!それを、アンタって奴は……!」

「……」

 

先輩らしくするには、この状況をどうにかせんとな……と悩む、ブライアンだった。




レースは一旦終了。
上手く書けていれば良いのですが

【追記】
とんでもないミスをかましていたので修正。
一番やっちゃいかん奴……ホンマ失礼しました。

【更に追記】
ヒシアマ姐さんの口調が全然違ったので訂正。
メイン4話で結構出てきてくれて助かったわ。


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第15話:時速200キロのサービスエース

ハドラー様の人間としての外見イメージは、ぶっちゃけ銀髪の若ギースがベース。
ハドラー一家は「仲良しなザビ家(一部例外有り)」って感じ。事故の件とか含めて


ーーー競技場内は、ブライアン達による競走に「充てられた」新入生達が走り続けた末、死屍累々の様相を晒していた。

幸い怪我した者はいないようだが、食堂での夕食会など、まだまだこの後も予定がある。

多くの新入生達がダウンして参加できない……という事態は避けねばならないところであった。

 

 

 

 

「あれだけ『皆がバテないよう注意して見ていてくれ』ってルドルフから言われてただろうさ!それを……!」

「すまん。」

「……はぁ、全く。皆を起こすよ。」

 

今は口論なんてしている場合じゃない…と、学園の施設『美浦寮』寮長を務めるヒシアマゾンが、新入生達に声掛けを始める。

 

 

 

 

「増援を連れてきたよ。」

「フジ…」「おお、流石だね。助かるよ。」

 

そこに、『美浦寮』および『栗東寮』寮内にいた者達を引き連れ、『栗東寮』寮長のフジキセキが現れる。

 

人員が増えたことで、新入生達への声掛けが順調に進んでいった。

 

 

 

 

「……これで、とりあえずは大丈夫そうだね。」

「二人とも、恩にきる。」

「お礼は協力してくれた皆に頼むよ。」

「……まあ、ルドルフもこうなることは予想していたみたいだからねえ。

ブライアン、あんたにゃ伝言を預かってるよ。」

「何だ?」

「『今日戦ったレースと相手について、後できちんと報告するように』だとさ。」

「……」

「私の方からも言伝が。『協力してくれた寮の皆へのお礼は、生徒会の経費からは出さん。にんじんジュースで勘弁してやる』ってさ。」

「 」

 

固まるブライアンを見て、互いに笑みを浮かべる寮長二人であった。

 

ーーー

 

「父上は?」

「テニスの勝負の後、そのまま武郞と共に空港へ向かわれました。」

「そうですか……」

 

着替えを済ませたところで、丁度競技場周辺に保護者とおぼしき集団がちらほらと現れ始めた。

シグマは家族の姿を見つけ、合流する。

 

 

 

 

「しかし、本当にすげえ戦いだったぜ。親父以上に、俺の学校の阿万校長が……」

 

火丸が興奮冷めやらぬ様子で、試合の様子を語り始める。

 

ーーー

 

「……さあ、早く始めよう。オレには時間がない。」

 

テニスプレーヤーというよりもラガーマンにしか見えないような、隆々とした体格で、ハドラーがラケットを構える。

 

「いやー、折角の機会ですし、もっと楽しんでいきませんか?」

 

対するは、体格は平均よりも少し上程度……といった、眼鏡をかけた理知的な風体の男。中世音楽家のような髪型が、テニスプレーヤーとしては異彩を放っていた。

 

「いや、既に十分楽しそうですぞ。この方は。」

審判台……に座るには体が大きすぎる為、腕を組みながらネットの横に立つのは、カール学園の体育主任・黒子台(クロコダイ)先生。

 

「余計なことは言わずとも良い。」「ハッハッハ!これは失礼!」

 

ハドラーの一言にも陽気に笑って答える。

 

「……まあ、良い。それでは……いくぞ!」

ボールを高くトスし、サーブ。

 

 

 

 

次の瞬間、『火の球』が阿万に襲いかかった。

 

「ーーーふっ!」

 

それを、いとも簡単にレシーブする阿万。ボールの勢いに押される風でもなく、角度のついたボールを打ち返す。

 

数度のラリーを経て、阿万の打球が僅かに逸れ、アウトとなった。

 

「ありゃりゃ。やっちゃいましたね。」

「……運が無かったな。」

「ですが、次はこうはいきませんよ?」

 

 

 

 

「すげえ……親父の全力を、阿万校長、悉く打ち返してる……」

 

母親とは離れ、コートの近くで試合の様子を見守る火丸。

 

「まさしく『動と静の鬩ぎ合い』よ。」

「そうそう、そんな感じ……って、ドーベルさん!?」

「火丸君と同じく、私達も今日は入学生の父兄になるわけだからね。」

 

火丸の隣にいつの間にか陣取っていた、メジロドーベルとメジロライアン。

 

 

 

 

「それにしても……ハドラーさんの筋肉、本当に凄いね。憧れちゃうなあ。」

「いや、幾らライアンさんでも、あそこまでは……」

「ヒムちゃん、試合を見て。」

「あ、はい。」

「ハドラーさんの打球……生身で食らったら下手したら命に関わる程の威力。それを阿万先生がインパクトの瞬間、完全に殺しきっているわ。まるで『時が凍った』かのような……」

「そんな漫画みたいなことが……」

 

 

 

 

……目の前で現実離れしたラリーが行われていることに気付き、火丸は反論することができない。

 

「力と技の戦い。これはどちらが勝つか分からないわね。持久力含めて考えると、ハドラーさんの方が有利かも……」

「でも、本当に一進一退だね。」

「親父……」

 

……これは本当に『テニス』なのか?ドーベルさんは目を輝かせながら試合を見ているし……

 

明後日の自問自答を行う火丸であった。

 

 

 

 

と。

 

「ぬうんっ!」

 

ハドラーが放ったスマッシュが、阿万のかけていたスピンによって大きく逸れ……

 

 

 

 

「ぐわああああ!」

『く、黒子台先生ー!』

 

……打球が直撃した審判の悲鳴と、それを心配する観衆の悲鳴が同時にコートに響き渡った。

 

 

 

 

ーーーその後、勝負はデュースへと持ち込まれるも、本日6度目となる打球の直撃を受けた黒子台先生がダウン。

代わりの審判役も立候補者がおらず、結局引き分けに終わった。

 

 

 

 

「……なあ、テニスって、試合後にコートのあちこちに焦げ跡とかができるようなものだっけ?」

「というか、黒子台先生も、良くあれだけ審判続けられたわね……」

「カール学園の体育の先生達って、みんなあんな感じなの?」

「いや、流石にあの先生が特別……というかおかしいです。」

 

思い思いに試合の感想を口にしつつ、互いの家族や新入生の元へ向かう為、3人は別れた。

 

 

 

 

……なお、試合中にメジロの姉妹と同席し、談笑していた様が中継映像や動画を通じてすっぱ抜かれ、カール学園でその映像を見た生徒達から色々追及されることを……この時の火丸はまだ知らない。

 

ーーー

 

「シグマ、あなた宛にハドラー様から贈り物を預かっています。」

「む……」「こちらです。」

 

それは銀色の、綺麗な『盾』が型どられたブレスレット。

 

「『期待しているぞ。』とのことです。」

「……」

 

腕に付け、目を閉じる。

涙は浮かばない。

先程まで凌ぎを削った好敵手達、あるいは更なる相手との勝負に想いをよせ……

 

 

 

 

ふと、違和感に気付く。

 

 

 

 

……そういえば、競技場には先程まで新入生が集まって競走していた。

ならば、あの娘……『オミクロン』は?

 

記憶を辿るも、どうしても見かけたシーンを浮かべることができなかった。




シグマそっくりなウマ娘は、思い詰めた表情で歩いていたところを麻袋に入れられて拉致されました(予告)


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第16話:ハリボテの船の乗組員にちょっかいをかける不沈艦(前編)

初っぱなの奴は、金曜ロードショーのアレ。


ーーーパー、パラパーパーパーパーパー、パラパーパーパーパーパー、パラパーパーパーパーパーパー……

 

 

 

 

「オイ!早まろうとすんな!お前には守ると決めたものが……」

『すまねえ。そいつはおめえに任せるよ。』

「ふざけんな!お前以外に誰があいつを支えてやれると思ってんだ!」

『いや、アレもすくすく成長して今や反抗期さ……いよいよおいらの手を離れようとしてんだよ。』

「反抗期にこそお前がそばにいてやらなきゃ駄目なんじゃねえのかよ!ええ?」

 

 

 

 

……ザッバーン……   ザザーン……

 

 

 

 

(……わたしは一体、何を見せられているの?)

 

入学式の後、目の前で芦毛のウマ娘が繰り広げる謎の寸劇を、呆然と見続けるウマ娘がいた。

 

ーーー

 

(……あれ?この人……)

(マックイーンさんと一緒にいた人にそっくり……)

(なんで1人なんだろう)

 

入学式の後、1人の新入生が俯き気味に運動場に向かっているのを、同じ新入生達が見かける。

その姿を見て『あれっ?』と感じるのは、マックイーンと共にいた筈のシグマと顔立ちがそっくりだからであろう。

髪の色が若干ブロンドがかっている点を除けば、ほぼ瓜二つである。

 

 

 

 

但し、声を掛けようとした新入生が思わずひっ、と小さく声を上げて素通りを許したのは、その表情が……

 

 

 

 

……あまりにも暗く、負の感情に満ちていたからである。

 

 

 

 

(必ずここで、わたしはトップの座を得る。そして、キサラギを倒し、コマゴメこそが正しい存在だと見せつけてやる……!)

 

父親から常に聞かされ続けてきた、自分の使命。

『王』としての責務を果たそうとするも、『女王』が『魔王』を呼び込んだキサラギに、コマゴメはその立場を追いやられた。

こんなことが許されて良い筈はないのだ。

才有るものが世の上に立つことは摂理。すなわちウマ娘として生を受けたお前が、その才を遺憾なく発揮してコマゴメの名を世に轟かせることは義務なのだ……

 

父は常に鬼気迫る様子で、幼少期から自分に使命を説き続けた。

それを疑うことはコマゴメの在り方を汚すことになると、努力を続けてきた。

母は物心付いた時にはいなかった。祖父の代にキサラギに仕えていた…という者が、自分を常に支えてくれた。

……褒められる度に劣等感を感じた。私はキサラギではない。コマゴメなのに……

 

 

 

 

努力を重ねて掴んだ、中央への挑戦権。

 

入学式の場で、堂々とする『魔王』ハドラー、そして、『メジロ』の令嬢と談笑する『キサラギ』のウマ娘。

改めて、強い決意が宿る。

 

 

 

 

……お前達の首は、必ずわたしが獲る。

 

……なーに物騒なこと考えてんだよ、お前。

 

……え?

 

 

 

 

「確保ー!」

「きゃっ!……って、何よこれ!何なのよ一体!」

 

不意に頭から何かを被せられ、視界が真っ暗になった。

 

ーーー

 

「着いたぜー!」

「着いたぜ、って……というかあなた誰よ!いきなり何すんのよ!」

「おう、アタシはゴールドシップ。ゴルシちゃん、で良いぜー。」

「そんなことはどうでも良いわ!いったい……」

「あ?」

 

ずい、と真顔を近付けられ、たじろぐ。

 

「あなた誰?って質問に答えたのに、『そんなことどうでも良い』って何だよ、オイ?」

「う…ぁ……」

 

チンピラどころか反社会的勢力を思わせる睨みと、ドスの聞いた声で詰め寄られ、思わず恐怖で泣きそうになる。

 

 

 

 

『ゴルシ!貴様あ!』

「!」

 

突然別のところから上がった怒鳴り声。

その発生源を見ると……

 

 

 

 

「……何あれ」

「見りゃわかんだろ、あれはな……」

 

声の元はすぐに分かった。ラジカセが置いてあり、いつの間にかそれが再生されていたのだ。

一方で目についたのは、ラジカセの側に置かれた『人のようなもの』。あれは……

 

 

 

 

「アタシの『等身大POP』だ!」

「……」

 

一瞬でPOPの真横に立ったゴールドシップが、謎の決めポーズと共に宣言した。

 

 

 

 

……いや、確かに目の前のこいつ『そのもの』が置かれているのは分かった。

だが、何でそんなものが『こんな場所』にあるのか。

それに……

 

『こんな無人島に右も左も上も下もAもBも分からぬようなウマ娘ちゃんを連れてくるとは!どういうつもりだ!』

「はぁ!?」

 

疑問口にする前に、ラジカセが喋った。

いや、え……『無人島』?

さっきまでわたし、トレセン学園にいた筈よね?何で無人島に?

 

「サー!今年の入学者に、迷子が混じっていたもので連れてきた次第であります!」

POPにビシッと敬礼をしながらゴールドシップが答える。

 

『迷子?違うな。その娘は……迷い子だ!』

「おお!その通りでありますな!」

『正解者として、ニンジン味の飴を進呈だ!』

「おっしゃー!」

 

両手を掲げて派手なガッツポーズをとった後、ゴールドシップが近づいて手渡す。

 

「ほらよ、食え。」

「え……うん。」

 

正解者が商品を渡す側って、普通逆じゃないの……?という疑問よりも先に、思わず飴を口にしてしまう。

これ……駄菓子とかじゃなくて、結構良いお店の飴じゃない。

甘すぎず、美味しくて……

 

 

 

 

カチッ、という音が響く。

ゴールドシップがラジカセの停止ボタンを押し、近づいてきた。

 

 

 

 

「ほれ、ハンカチだ。」

「え?」

「顔を拭け。気づいてねーのか?泣いてんぞ、お前。」

「え……あ、あれ……?」

「一旦『中断』だ。落ち着くまで待ってやる、全部吐き出せ。」

 

 

 

 

頭を撫でられる。

ますます涙が止まらなくなった。

 

 

 

 

優しく頭を撫でてあげながら、『さて、どうやって再開すっかな……』と悩むゴールドシップ。

 

オミクロンが泣き止むまで、暫くそんな光景が続いていた。




オミクロンが泣き出すタイミングが想定以上に早まって、ゴルシ以上に書いてる俺がビビった

マキシマムは正気失ってたけど、その駒として忠実であるべきという本質や使命感が疑問を持たせなかった、ってところ。


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第17話:ハリボテの船の乗組員にちょっかいをかける不沈艦(後編)

土日の休日や祝日でも、俺には午前と午後で2話書くのが限界。
ss書くのってホンマ難しい


「……落ち着いたか?」

 

暫くハンカチを目に当ててぐずり続けた後、震えが治まってきたのを見て、ゴールドシップが話しかける。

 

「ごめんなさい、ハンカチを汚してしまったわね……」

「いいってことよー。ところでよ、」

「?」

 

ハンカチを受け取りながら、言葉を詰まらせた様子を見て不思議がる。

 

 

 

 

「オマエ……誰?」

「はぁ!?誰って何よそれ!」

「いや、名前聞いてなかったよなー、って。」

 

 

 

 

名前も知らない相手を拉致して連行したの?と激情に駆られるも、同時に直前の出来事を思い出す。

 

……変だけど、悪い人ではないわね。変だけど。

 

「オミクロン、『コマゴメオミクロン』よ。」

「りょーかい。どっちで呼べば良い?」

「どちらでも構わないわよ?オミクロンでも……」

「いや、『百式』か、いっそ『リック・ディアス』……」

「なんで!?というか何それ?聞いたこと無いわよ!」

「んだよ、知らねーのかよ。世の男の子達はみんなあいつらに夢中だぜー。」

「女でしょ私達!」

 

んじゃ、オミクロンにするわー。と、軽い様子で立ち上がり、ラジカセに近づきつつゴールドシップが言った。

 

「オマエ、絶対今の顔の方が良いって。」

 

 

 

 

ーーー

 

『この後、大変な出来事が!』というボードをオミクロンに見せ、ゴールドシップがラジカセの再生ボタンを押す。

 

 

 

 

『……このテープは再生後、5秒で……』

「えっ?」

 

『次の内容に移ります。』「わざわざ言う必要いるのかしらそれ!?」

『大事なことなので言いました。』「どの辺が大事なの!?」

「オイオイ、カセットテープと会話すんなよなー。」

「あなたがやらせてるんでしょう!大体このテープの声、あなたが吹き込んだんでしょうが!」

『さて、おしゃべりはこの辺にして……』

 

カセットテープから流れる声のテンションが変わる。

同時に、徐々にBGMがテープから流れ始めた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「ーーーオイ!早まろうとすんな!お前には守ると決めたものが……」

『すまねえ。そいつはおめえに任せるよ。』

「ふざけんな!お前以外に誰があいつを支えてやれると思ってんだ!」

『いや、アレもすくすく成長して今や反抗期さ……いよいよおいらの手を離れようとしてんだよ。』

「反抗期にこそお前がそばにいてやらなきゃ駄目なんじゃねえのかよ!ええ?」

 

 

 

 

「……」

 

……サングラスをしたゴールドシップが、本人の等身大POPの前に置かれたラジカセとの寸劇……どうやらサスペンスもののクライマックスシーンのようである……を始めて、5分が経過していた。

 

オミクロンも、時々突っ込みを入れようとするが、それを見越したかのように『ラジカセの方から』回答が飛んでくる。

 

……というか、良く見るとPOPのゴールドシップの表情が、良く見ると微妙に変化しているような……

 

そういった流れの中、オミクロンは一旦深く考えるのを止め、ゴールドシップの寸劇をただ見つめていた。

 

 

 

 

……と。

 

『……それでは、さらばだ……』

「あ、アオシマあああ!」

 

カセットテープの犯人役が、崖からの投身を図ったようで、刑事を演じていたゴールドシップが崖の上へと駆け寄り……

 

 

 

 

ダイブした。本人の方が。

 

 

 

 

「……!!!え、ええええ!?ちょ、ちょっとちょっと!」

 

 

 

 

信じられない光景を目の当たりにし、混乱したオミクロンが慌てて崖の上へと走り、崖下の様子を見る。

 

 

 

 

(ゴールドシップ……じゃ……ない?)

 

 

 

 

『へのへのもへじ』と書かれた物体が、それほどの高さではない直下の海辺に見えた。

 

そして……

 

 

 

 

「……残像だぴょい。」

「ひいぃっ!?」

 

 

 

 

真後ろからゴールドシップが声を掛け、オミクロンは驚きでへたり込んでしまった。

 

 

 

 

「これぞ、我がゴルシ流『ドッキリの術』その117……大丈夫か?」

「……大丈夫かは、こっちの台詞よぉ……」

 

泣き出したオミクロンを見つめるゴールドシップ。

 

 

 

 

「本気で心配したんだからね……ぐすっ……」

「お、そうなのか?」

「当たり前でしょう……」

 

「なんだオマエ、人の心配とかできるんじゃねえか。」

「……は?」

「最初に見たときの表情だよ。何だよ、あの『私は一人なの、構わないで話しかけたら殺すわよ』みたいな目はよお。」

「……」

「実際話しかけられなかったよな?アタシ以外から。」

「……うん。」

「そんなんで、みんなと楽しく踊れるわけねーだろ。」

「……」

「レースで勝っても、つまんなそーにしたり無愛想に踊ってたら誰も応援してくんねーぜ?」

「……」

「考えようとしなかったのか、それとも考えたこともなかったのか……ま、どっちでも良いけどな。」

 

 

 

 

……無言のオミクロンに、遠慮など一切無しでゴールドシップが続ける。

 

「だいたいオマエ、何でここに入学したんだ?勉強とか大変だったろ。」

「……約束したのよ、お父様との……」

「はいカットー。」

「……!何よ!わたしは本当に……」

「やめとけやめとけ。自分どころか誰かでもなく、何かのため?そんなんで走ってもお前が楽しくねーし、続かねーよ。」

「あなたに何が……!」

「だってよお、その何かのために、あーんな顔してたんだろ?」

「……っ!」

「それとも何か?約束守れなきゃお前ゲームオーバーか?真っ黒な画面でBGM流れんのか?コンティニューしますか?」

「げ、ゲームオーバー?コンティニュー?」

「コンティニューしますか?」

「……い、いいえ?」

「そんな、ひどい……コンティニューしますか?」

「ええと……」

「コンティニューしますか?」

「……はい?」

「よっしゃー!ノリノリじゃーん!」

 

両手を突き上げて回転するゴールドシップ。

……今のは何なのよ……と言おうとして、又ペースを乱されるだけだと嘆息する。

 

「『ウマ娘達の一番になるために来ました!』これでいーじゃん。」

「は?そんなの……」

「いんだよ。ウマ娘ならみんなそう思ってるって。オマエも今からそうしろよなー。シンプルな目標で頭すっきりんこ!」

「……」

 

「んじゃ、改めて聞くぜ。オマエ、何でここに入学したんだ?」

「……ウマ娘達の、一番になるために……」

「テメエ、このゴルシ様に勝利宣言とは、中々良い度胸してるじゃねえか……」

「あなたがそう言えって言ったんでしょ!!」

「落ち着け、はい、ニンジン飴。」

「……いただくわ。」

 

「……ま、『オマエそっくりの奴』に勝てるよう、頑張るかー。」

「!!!」

 

やっぱあいつに何かあんのか、まあそうだよな……と考え、続ける。

 

「だったら、オマエの為に走れよ。名誉とか家柄なんてどーでも良いこと、練習やレースでは忘れちまえ。」

「そんなこと……!」

「アタシはアタシのやり方で、自分も周りも全部ひっくるめて楽しむつもりだ。名付けて『ゴルシちゃん100年計画』!」

「……」

「で、そんな世界にさっきまでのオマエみたいな奴がいちゃ、まーやりずらいんだわ、これが。」

「……」

 

「そんなわけで、これだけアタシから情報を聞き出したオマエは、早速戻って特訓開始だ!」

「へっ?」

 

 

 

 

勝手に色々喋ったのはあなたの方じゃない……そう思った直後、再びゴールドシップに麻袋に入れられた。

 

 

 

 

「沖野ー、ちょりーっす。」

「ゴールドシップ……って、何?その娘……」

「チームの研修生だ。暫くダンスをみんなでみっちり教えるから覚悟しろよー。」

「え?っていうかその前に覚悟って何……もしかして俺がすんのかよ!?覚悟!」




……ゴルシさん、細かい部分修正しようとしただけなのに、更なるネタぶっ込んでくるの勘弁してもらえますか……
お昼休みの1時間飛んだぞマジで……


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第18話:報告(前編)

チームの割り当てを考えるだけで2時間以上。イエーイ


「……と、いったところだ。」

「そうか……」

 

 

 

 

生徒会室。

新入生達を対象とした食事会やレクリエーションも一通り終わり、食堂では余った食料について、フジキセキが声掛けした者達がお礼として食べたり、容器に入れて部屋へと持ち帰っている。

 

ブライアンが、シンボリルドルフに今日のレースについて報告を行っていた。

最初は明日で良いじゃないか……と渋るも、好機到来だ、ニンジンジュース自腹を免除してやるぞ?との一言に、折れて今に至る。

 

「有望な奴は他にもいるかもしれん。だが、私が走った限りでは、やはり3人……4人か?は、中々面白そうな連中だった。」

 

 

 

 

ーーーツインターボ。

 

「あの加速とスピード……

走り方もペース配分も滅茶苦茶だが、ある意味自分の長所と武器を弁えているとも言える。

トレーニングやコーチングによっては化けるかもな。」

 

 

 

 

ーーートウカイテイオー。

 

「『軽やか』に走るんだ、とにかく。

本人は何も考えてないんだろうが、ポジショニングやコーナリングに関しては既に一流かもな。あれで駆け引きを覚えれば、会長、あなたにも匹敵するかもしれん。

……気になるのは『才能に恵まれ過ぎている』点か。ああいう奴は怪我が怖そうだ。」

 

 

 

 

ーーーナイトシグマ。

 

「あんなに『生意気』な新入生は初めてかもしれん。

逃げている癖に、後ろの連中のアタックに『見えてるのか』って思える程的確に対応してくる、小賢しい奴だ。

姉貴程の冷静さはまだ持ち合わせていないようだが、場数こなせば恐ろしいことになりそうだ。……あと、1つ気になったことがあるが……後にさせてもらう。」

 

 

 

 

ーーーメジロマックイーン。

 

「『名家のお嬢様』なんてイメージは今日にでも捨てた方が良さそうだ。

既にG1で走らせても通用しそうな程に逞しいぞ、あれは……『勝つ自分』をしっかりと描いてレースに臨める奴だ。スタミナも根性も十分にある。

ただ、今の自分の走り方をなまじ熟知しているだけに、想定外の状況には弱いかもしれん。」

 

今度試してみるかな……とうそぶくブライアンに、苦笑を浮かべるルドルフ。

 

「仕方ない、無罪放免ということで。ニンジンジュースは勘弁してやろう。

 

……ところで、シグマの時の『気になったこと』というのは……?」

「ああ。さっき『アタックに対応してくる』と言ったが……」

 

 

 

 

状況を細かく思い出そうとしながら話すブライアン。

 

「今日のレースで私はあいつらに、反応する猶予も与えずスパートを仕掛けた……筈だった。」

「……」

「……その完璧だった筈のスパートにも、対応してきたんだよ。あの『騎士』は。」

「ほう……」

 

「無意識なのか、奥の手なのかは分からんが……とにかくあいつは『何か』を隠し持っている。」

「今の内から潰しておくべきかな?」

「まさか。会長こそ、私の話を聞いてとても良い表情をしているが?」

「仕方ないだろう。許されるならば一日千秋とばかりに、私の方も早速勝負してみたい位だ。……いや、今週か来週になってしまうかな?」

 

ルドルフとブライアンが笑い合う。

……ルドルフの方は、言葉遊びをブライアンに気付いてもらえず、少しだけ心の中で凹んでいたが。

 

 

 

 

と、入り口の扉がノックされる。

 

「エアグルーヴだ。失礼する。」

「遅い時間までご苦労様。」

「それはお互い様だろう。……さて、本日も入学式にいらっしゃったカール学園から、今年も数名トレーナー研修生が派遣されるとのことだ。」

 

エアグルーヴが報告に入る。

2人は黙って、それを聞こうとしていた。




チームは「スピカ」「リギル」「カノープス」「シリウス」「ポルックス」「アンタレス」「レグルス」の7チームを想定。


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第19話:報告(後編)

ポルックス=不死身ってことなので、そりゃあいつしかおらんですよ。

【追記】これ書いてから有償ジュエル買ってスタートダッシュの10連(サポート・ウマ娘両方)回したら、後者で出たのが




スズカとライス(通常)

暫く変な笑いと震えが止まりませんでした


数年前から、カール学園からトレーナーの研修生を、トレセン学園では受け入れていた。

 

……そもそもウマ娘のトレーナーとというのも、非常に就くことが困難な職業である。地域単位でライセンスが必要であり、その中でも中央のライセンスとなれば、膨大なコーチングの知識量と「センス」、そしてウマ娘達との「相性」が大事になってくる。

 

その為、特に若くしてトレーナーの資格を得た者達は、研修期間中に他のトレーナーの下について様々なことを学ぶのが通例となっていた。

 

「……研修生の一名は、チーム『アンタレス』の黒沼トレーナーの下で研修を行い、順調であれば『引き継ぎ』が行われる予定です。」

「そうか……」

 

エアグルーヴの報告に、少しだけ寂しそうな声色を混ぜて頷くルドルフ。

 

チーム『アンタレス』。

コーチの厳しい指導の下、怪我や指導についていけない等の理由で、非常にウマ娘達の定着率も低いチームである。

だが、それに耐えて『精鋭』となったウマ娘達はレースで結果を残し、黒沼トレーナーとの信頼関係も厚い。が……

 

「……1年、いや半年も現場に立ち続けるのは難しい、らしいな……」

 

ブライアンが呟く。

黒沼が、初期ではあるが難病を患っている……という報告が、前年度の学園内の定期検診後に極秘事項として上がってきた。

本人とも確認・話し合いの上、実績も高いチームの解散を学園としても避けるべく、今回のような措置をとることとなった。

 

「一件落着、といきたいが、果たして新人の若いトレーナーくんが、あの黒沼トレーナーからの引き継ぎに耐えられるかな……?」

「その辺りは一応、向こうの校長から『彼なら大丈夫です』とのお墨付きを貰っている人材ではあるようなので……」

「あとは、チームのメンバーと溶け込めるかどうか、だな。」

 

現在、アンタレスの中心メンバーであるミホノブルボンやアドマイヤベガ達は、揃って長期のリハビリ中だった。

 

「手並拝見、といったところだな。10年に1人の逸材となってくれるか、はたまた1年に10人はいるような『痛つ材』となるか……」

「……冗談でも後者にはなってほしくないな。というか、そういう連中の整理も必要かもしれんが……」

「……??」

 

エアグルーヴだけがイマイチ要領を得ないまま、話は進んでいく。

 

「実際、『ポルックス』のトレーナーも確かカール学園の出身だっただろう?」

「ああ、あいつか……」

「『ポルックス』……」

 

前年度、トレセン学園で最も多くの勝ち星を手にしたのは、今ここにいるメンバーも所属するチーム『リギル』。そして、それに対する最大のライバルが、オグリキャップをエースとするチーム『シリウス』だった。

 

 

 

 

……だが、『勝率』という側面に焦点を当てた時、浮かび上がるのがチーム『ポルックス』である。

 

アンタレスのトレーナーとは違い、指導面においては特に悪い意味での目立った噂は流れては来ない。ウマ娘達の実力も間違いなく一流であった。

一方で……

 

 

 

 

「サイレンススズカやライスシャワーは、今年は走れそうなのか?」

「は。その二名は順調に回復し、問題無いとの報告が入っています。ただ……」

「ただ?」

「……『ポルックス』のトレーナーが、事故の影響で二度と全力で走れなくなった、とのことです……」

 

去年のレース中、2人のウマ娘が大事故を起こしたが、本人達の一歩間違えば予後不良になっていた程の状況を、『ポルックス』のトレーナーが咄嗟にレース場に乱入し、自身の体を張っての機転でいずれも大事にはならずに済んでいる。

 

 

 

 

……むしろ、今のエアグルーヴの報告を受けて……

 

 

 

 

「……あのトレーナー、確か『複雑骨折およびアキレス腱断裂』していたよな?

それも、2度も。

……それが、何故『二度と全力で走れなくなった』という程度の報告内容なんだ?大して時間経ってないよな?」

「いや、それどころかあの男……

 

 

 

 

……その前の年も『再起不能』って報告、上がってなかったか?」

「……」

 

 

 

 

三者三様に『訳がわからない』といった様子で沈黙する。

 

とにかく、チーム『ポルックス』の周辺には、不可解なトラブルが絶えず発生していた。

世間では非常に人気のあるチームである一方、いつしかトレーナーを筆頭に『呪われた集団』という噂が、一部学園内のウマ娘達の間では流れていた。

 

「学園内には私設のファンクラブまであるらしいがな。あの男。」

「顔立ちの良さは、下手すればアイドルにも匹敵しますからね……」

 

話が横道に逸れかけたところで、ルドルフが続ける。

 

「まあ、閑話休題、今年も我々リギルの最大のライバルとしては、シリウスとポルックスが肩を並べる、といった腹積もりで良さそうかな?」

「いや……そいつらも勿論大事だが、まずは……『スピカ』だな。」

「ああ、そうだったな。」

 

昨年の日本ダービー。

クラシック三冠の一角、その栄光を手にした……

 

「『スピカ』の『ウイニングチケット』。奴の快進撃を阻むことが、まずは一番の目標だな。」

「おハナさんも悔しがってたからなあ。」

「今年は、逆に向こうのトレーナーを歯ぎしりさせてやらんとな。」

 

先程の沈黙から一転、今年の様々なレースに思いを寄せ、気持ちを昂らせる3人。

 

「ブライアンが報告してくれた連中共々、今年のレースも群雄割拠、熱いものになりそうだな。」

「果たして今年は三冠バが生まれるか、それとも……」

「私達も出走するレースでは、常に勝利を目指さねばな。」

 

時間を忘れ、生徒会室ではその後も3人が暫く話し込む様子が続くのであった。




チケゾーとゴルシの勧誘コンボに耐えられる奴はいない。
そして普段のチケゾーゴルシのテンションに耐えられる奴もいない。
というかチケゾーと沖野Tって結構相性良さそう


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第20話:チーム「ポルックス『被害者』」の報告①

アカン超書きやすい


ーーーいやあ、あのモルモット君は、私が最初に出会った時から色々と『人智を超えている』、としか言えない存在でねえ。

 

私がトレセン学園から身を引こうとした時も……

 

 

 

 

「……お前がアグネスタキオンか。」

「何だい、キミは?トレーナーならば他を当たってくれないかな?」

「そういう訳にもいかん。何故、お前は『諦め』ようとする?」

「『走るのに興味が無くなった』という回答では、納得して貰えないかな?」

「……悪いが、お前とシンボリルドルフの走りを見てしまった。あれ程の走りを見せられて、お前の『興味が無い』という言葉を信じられるほど、俺は単純ではない。」

「……もしそうだったとして、キミに何ができるんだい?」

「お前が走ることを諦めないのであれば、俺はお前に何をされても構わん。例え命をくれ、と言われても、それに従うまでだ。」

「おいおい、流石にそんな物騒なことは……

 

……フフッ、そうだねえ……それでは明日、競技場に来てくれたまえ。少し試してみたいことができたよ。」

「分かった。」

 

 

 

 

ーーー

 

「……別に来てくれなくても構わなかったのだがね。ところで、そちらの方は一体?」

「俺の通っていたカール学園の『黒子台先生』だ。何かあった時には見届けて貰おうと思ってな。」

「君がアグネスタキオンさんか。今日はこいつ、『音坂 蹴』に頼まれてな。

事情は良く知らんのだが……何かやったのか?こいつが。」

「いえいえ。ちょっとこの人が私に、色々とお節介を焼いてきているところでして。」

「そうか……」

 

(飄々としているようで、目に生気がない……これは、狂気でもない、何かを達観している者の目か。)

 

黒子台が心の中でタキオンを評価する。

こういう者に声をかけたということは……

 

「……どうやら、阿万校長の教えはしっかりと守れておるようだな。」

「守れているかどうかは、これから起こることが証明してくれるさ。」

 

 

 

 

……あの札付きのやんちゃ坊主が、よくぞここまで……と、黒子台が感心する一方、タキオンがおもむろに懐から、試験管に入った液体を幾つも取り出す。

 

 

 

 

「音坂くん……というのか。それでは、改めてキミにこの場でお願いしたいことがある。

私は以前からヒトとウマ娘が持つ『可能性』というものに、少々興味があってねえ……もし私がこの先も走るのであれば、学園でこういう研究も続けていこうと思っている。

さしあたっては、まずこの中の1本を……   えっ?」

 

 

 

 

タキオンが持っている試験管に全てを奪い取り、

 

 

 

 

「お、おい音坂!?」「え、えーっ!?」

 

 

 

 

何の躊躇いもなく、全てを一度に飲み込む。

それを見て驚愕する黒子台とタキオン。

 

そして……

 

 

 

 

「ぐ、ぐあああああ!?」

 

突然胸を抑えて苦しみ出す音坂。

 

「タキオン!お前、こうなることが分かっていて、こいつに……!」

「い、いや、待ってくれ!少なくとも苦しみ出すような効果は生まれない筈だ!そもそもあれを一辺に飲んでくれだなんて一言も……

 

 

 

 

……えっ?」

「な、何が起こっているのだこれは?」

 

 

 

 

突如音坂の体が明るく光ったかと思えば、反対にまるで闇に覆われたかのように暗く染まって……を繰り返し、その間も苦しみ続ける音坂。

 

 

 

 

「ま、まさかこれは……こいつの中の『光と闇』が戦っているとでもいうのか!?」

「え、何だいそれ」

 

黒子台の推測に理解が追い付かず、素の反応を見せるタキオン。

 

 

 

 

「さっきも言った通り、こいつも昔は色々とやんちゃしていてな……それが我が学園の阿万先生と出会ってから変わっていったんだ。こいつの体内から発せられる闇は、あの頃から残っていたこいつの心の闇なのかもしれん。」

「ああ、そうかなるほど」

 

無表情で返答するタキオンを尻目に、黒子台が音坂に叫んだ。

 

 

 

 

「音坂!オレはお前を信じている!例えこの身をお前に裂かれ、最後の一片になったとしても、お前を信じ抜くぞ!

だから戦え!悪い心と戦うのだっ!」

「……流石にそんな物騒な……いや、それにしても綺麗だねえ……」

 

オセロのように白と黒の発光を繰り返し続け、最後に……

 

 

 

 

「ぐおおおおおっ!」

 

一際大きく叫んで、倒れ込む音坂。

 

まるで死んだように動かない……

 

 

 

 

「……い、いや、待ってくれよキミ!私は決してそんなつもりじゃ……!」

 

 

 

 

駆け寄るタキオン。

そこに、足首をガシリ、と掴まれる。

 

 

 

 

「……俺はお前との約束を果たした。今度はお前が俺との約束を守る番だぞ……。」

「き、キミ……」

「音坂!やはり生きていたか!」

 

 

 

 

身体中から光を放ちながらタキオンに語りかける音坂と、狼狽えるタキオン。

当然だという様子の黒子台。

 

 

 

 

「俺はお前の為ならば、この身が砕けようとも構わん。

だから、お前も決して諦めようとしないでくれ……俺の、いや、俺達や学園の為に!」

「う、うぁ……」

「音坂……お前って奴は、本当に……」

 

真っ直ぐに宣言され、顔を赤くしながら返答に窮するタキオンと、教師としての目線から胸を熱くする黒子台。

暫くそんな光景が続いていた。

 

 

 

 

「……立てるかい?」「ああ、大丈夫だ。」

「……なら、さっさと行くぞ!」

「何処にだ?」

 

「……決まっているだろう!私とキミとのトレーナー契約を行いに、だ!」

 

 

 

 

音坂の手を引いて、早足になるタキオンと、それに従う音坂。

 

 

 

 

「タキオン君、音坂のことを頼むぞ。」

「……ああ、分かったよ。フン……こいつは随分と良い実験台が手に入ったものだ。」

「……しかし、さっきのあの薬、本来の効果はどういうものだったのだ?」

「いや、少しばかり筋肉の潜在能力を引き出す筈だったのだが……」

 

 

 

 

と、目の前の教師の図体に興味が湧いたタキオン。

 

 

 

 

「……黒子台先生、差し支えなければ、ひとつこの薬を飲んでみてほしいのだが。」

「大丈夫なのか?」

「1本ずついけば問題ないようには作っている。今回の見物料と思って、ぜひ。」

「ふーむ。」

 

タキオンから試験管を受け取り、物は試しと液体を口にした。

 

 

 

 

……それは、効果云々以前に、あまりにも苦く……

 

 

 

 

「ぐあああああ!」「く、黒子台先生ー!」

 

……口を抑えて転げながら悶絶する大男がいた。

 

ーーー

 

……本当に、何処までも無茶をするモルモット君さ、彼は。

人間であるかどうか、時折疑わしく思うことも多いね。

 

 

 

 

私が有馬を走ったときも……

 

ーーー

 

『さあ、最終コーナーを回って、先行するのはアグネスタキオン!しかし、後方の集団からマンハッタンカフェが飛び出してきている!

おーっと、これは!?マンハッタンカフェ、アグネスタキオンを捉えようかというところで、突然その勢いが止まる!

そして、観客席でトラブルか!?誰かが苦しんでいるようだが!?』

 

ーーー

 

……カフェ君が言うには、『あの子が私をどうしても勝たせたいと思うあまり、【墜ちそうになった】のを、あの音坂というトレーナーが【その身を犠牲にして、墜ちるのを救ってくれた】』らしいねえ。

 

……まったく、冗談はあの鈍感っぷりだけにしてほしいものだよ、本当にね。

モルモット君ときたら、私だけでは飽き足らず、他にも犠牲者を増やすんだからねえ……

 

 

 

 

さて、モルモット君についての話ならば、そうだねえ……確か私の次に『ポルックス』に入ったのは、タイシン……ナリタタイシン君じゃなかったかな?




ヒュン→擬音→音→音坂
ケル→蹴る→蹴

ノヴァの役割について「みなみとますおと『きた』」で思いついてしまったので、多分そっちよりはマシ


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第21話:チーム「ポルックス『被害者』」の報告②

当初はキングヘイローがポルックス入りする予定でしたが、オリキャラのオミクロンとキャラが被りそうなこともあってタイシンに変更。

というか今回自重せずに書いたら過去最長どころか普段の倍の量に……


ーーーアイツの話?あの『お節介焼きの鉄仮面』……できれば、手短に済ませたいんだけれど。

思い出すだけでムカムカしてくることばっかりなのよ。

 

 

 

 

「……焦ってるのか。」

「……何よ、アンタは。」

「そんな走りでは、幾ら練習しても意味がない。自分を追い込むのは、勝てる奴だけがやるべきことだ。」

「……っ!アンタに何が分かる!」

 

夕暮れのグラウンド。

模擬レースでも選抜レースでも勝つことができず、それでも自分を信じてトレーニングに取り組んでいたアタシ。

体躯の小ささ、そして何よりも『結果』……アタシに声を掛ける、物好きのようなトレーナーはいなかった……筈だった。

 

「お前のその目、何よりも『気迫』……あまりに見ていて不憫でな。

……まずは今言ったように、正しいトレーニングに取り組め。見るからにオーバーワークで走りが滅茶苦茶だ。

ゆっくり休んで、明日万全の状態でここに来てくれ。……お前が俺を、信じてくれるなら……な。」

「……」

 

第一印象は最悪。いきなり人の心にズカズカ踏み込んでくるようなことを遠慮もなくペラペラと……

顔?あんなこと言われたら、どれだけカッコ良くてもそれどころじゃないっての。

 

それでも、何も分からずもがいていたアタシに降りてきた『チャンス』……駄目元で、信じてみようと思った。

 

 

 

 

「もっと自分の良さを理解しろ。自分に合ったフォームや走り方が必ず見つかる筈だ。」

「……あ、アンタ……さっきから何度もアタシと並走しているけれど、大丈夫なの?」

「お前がまだまだ俺でも並走できるような走りしかできていない、ということだ。」

「……っ!この……」

「怒りは俺でなく自分自身に向けろ。……徐々に何かが掴めてきているんじゃないのか?」

「……っ」

 

基本となるフォーム、状況に応じた走り方。アイツが並走してくれたから、何となくだけれど『ただ走る』のではなく『競争する』ということが分かってきた。

 

 

 

 

それが暫く続いて……

 

 

 

 

……そして、本当に『ふとした瞬間』。

自分の身体の色々なピースが、まるで全て繋がったような感覚と……

 

 

 

 

「……!え、え……!?何よ、これ……!」

 

自分が、まるで『矢』になったような感覚。

 

「振り返るな!自分の走りに集中しろ!」

咄嗟のアイツの声も、あっという間に離れていって……

 

 

 

 

「……もう並走はできないな。」

 

息を切らせながら追い付いてきたアイツが私に言う。

 

「色々と嫌な思いをさせてきたのは悪かった。だが、それに見合うものを掴めた筈……」「……は?」

 

 

 

 

……『悪かった』、ですって……?

 

「アンタ、アタシにこれだけお節介焼いておいて、ここで何処かに逃げよう、とか思ってたりしないでしょうね……」

「……」

 

アタシが睨むと、仏頂面で目を合わせてきた。

コイツ……アタシと違って、色々『持っている』奴だ。並みの女子なら簡単に惚れてしまいそうな、『理想のイケメン』みたいな……

 

 

 

 

でも、だからこそアタシは……

 

「アタシと契約しろ!アンタみたいな連中をみんなやっつけて、アンタにも吠え面かかせてやる!覚悟しておけ!」

「……面白そうだ。期待しているぞ。」

 

あの時のニヒルな笑い……今思い出しても腹が立つ!

 

 

 

 

ーーー

 

トレーニングは正直、楽しかった。

自分がどんどん速く、強くなっていくのが分かった。

デビュー戦での「あの小さい体で……」という声を、後ろから相手をぶち抜いて黙らせたのは、本当に楽しかった。

 

皐月賞。

獲った時は本当に嬉しくて。思わずアイツに抱きついてしまった。

そしたらアイツ、何て言ったと思う?

 

 

 

 

「良くやったな……お前にしては。」

 

ム・カ・つ・く!

今思い出すだけで、ほんっとーにムカつく!

それだけじゃない!後で新聞で見せられた、アイツの顔……!

 

アタシから見えない角度で、嬉しそうに笑ってやがった!

何よアレ!ツンデレって奴なの!?

 

……何よ、急に笑いだして。何かおかしいことでもあった?

 

 

 

 

とにかく、そんなこともあったけれど、G1で勝ったことで、やっぱりみんなからの注目やマークも増えていくわけよ。

そうすると、そういう奴らってやっぱりアタシよりも体も大きくて、才能もある奴ばかりで……

 

 

 

 

「……アタシを笑う?」

「……笑ったところで、何かが変わるのか?」

 

オーバーワークで運ばれた病室。

アイツの仏頂面を見て、正直安心してしまった。

 

「……アタシ、これからどうしよう。このまま走れなくなったりでもしたら……」

「……今でも、周りが憎いか?タイシン。」

 

虚を突かれた気がした。アタシの力の源は……

 

「……憎むのは、せいぜい自分位。だって、みんな応援してくれるし、勝っても負けても喜んでくれるから……憎むなんて、できなくなっちゃったよ。」

「なら……『信じて』やれ。周りも、お前自身も。」

「……!!!」

 

そうだ。どれだけ結果を残して、周りが変わっても……アタシ自身が変わらないまま、……ずっとひねくれたままだったんだ……

 

「……憎むのは俺だけで良い。今は、思いっきり泣け……」

「ふぇ?」

「特別だ、胸は貸してやる。」

「……ぅ、うう、うわああああああ!」

 

 

 

 

……アイツには、正直本当に感謝している。

けれど、あれだけの醜態を晒してしまった以上、絶対にアイツの素顔もさらけ出してやる。

その為にも、出るレースは絶対に勝ってみせる……!

 

……そう、心に誓った矢先のことだった、あれは。

 

ーーー

 

「……何でアンタがいんのよ。」

「今日は客だ。お前の花屋の、な。」

「全く、何の用よ……」

「俺が通っていた『カール学園』で、式典が行われるんだ。その為の花束を注文したい。」

「ふーん……アンタにも律儀なところがあるのね。」

「ふん……」

 

お母さんがアイツのことを知っていたみたいで、豪華なものを見繕ったことに少し呆れながらも、花束を渡そうとした時だった。

 

 

 

 

「……っ!泥棒!」

 

突然横から現れた男が、花束を奪い取って走り出す。

 

トレーナーが咄嗟に反応できない傍ら、アタシはウマ娘としての能力を活かして泥棒に追い付き、加減しながらタックルを仕掛けた。

 

「下らないことしてんじゃないわよ。今回は見逃すわ。」

 

そう言って花束を取り返し、背中を向けた……

 

 

 

……これが不味かった。

 

ウマ娘とはいえ、小さな小娘にしてやられたことに逆上したのだろう。

泥棒が叫び声を上げながら、懐からナイフを取り出し、アタシに突進してーーー

 

 

 

 

ドンッ

 

 

 

 

「……っ!……あ、あれ……?」

 

衝撃はアタシには起こらなかった。

目を開けて、振り向くと……

 

 

 

 

「……ぐっ……!!」

「……お、音坂!?」

 

……アイツが私を庇っていた。

 

泥棒は、自分の仕出かしたことを理解したのか、そのまま這いつくばるように逃げていく。

 

「……無事か、タイシン……」

「……な、何してんのよ、アンタは!」

 

音坂の腹部に突き立てられたナイフ。

 

「す、すぐに手当てして、救急車を……!」

「……悪いが、その前に……花束は無事か?」

「そんなこと気にしている場合じゃないでしょ!!」

 

花束は無事だった。音坂はそれを手にして……

 

「式場に行くのが先だ。」

「アンタ、正気!?このままじゃ、アンタ死んじゃうでしょうが!」

「……心配ない。俺を変えてくれた学園の式典だ。それを祝福できないことは……俺にはできん。

 

それに……俺は死なんさ。まだまだお前との契約期間も残っているからな……」

「……っ……このバカ!」

 

 

 

 

アタシには、コイツを式場に連れていくことしかできなかった……

 

ーーー

 

「音坂くーん!今日はありがとー!」

「ベンチに座ったままだけれど、大丈夫かな?」

「シャイなあいつのことだ、照れくさいんですよ。」

 

カール学園の皆が、音坂を笑って出迎えた。

音坂も、アタシには普段見せないような笑顔でそれに応じていた。

 

写真撮影も終わったあと、ベンチで……

 

 

 

 

「空が……目に染みるな……」

「どうしたのよ、急に……。」

「俺達が、守っていく空だ……先生……タイシン……」

 

「……音坂?」

 

 

 

 

「どうしたんだ、音坂は……って、ぐわああああ!」

「く、黒子台先生ー!!」

 

音坂の様子が気になり、近づいた黒子台先生を、タイシンが蹴った。

不意打ちに悶絶する黒子台先生と、それを心配する周囲の物達。

 

「……静かにしてあげてよ……」

 

涙を流しながら呟くタイシン。

 

「今、こいつは、初めて安らかな気持ちで眠っているんだから……きっと、生まれて初めて、色んなことを忘れて、傷ついた心を癒しているんだから……

 

ねえ、音坂……」

 

 

 

 

「ナリタタイシン君、だな……。」

 

蹴られて悶絶していた黒子台先生が回復し、音坂の様子を見てタイシンに話し掛けた。

 

「……何?」

「……救急車を呼ぶべきではないか?幾らこいつでも、このままだと死ぬぞ。」

「……」

 

ーーー

 

……アイツは、二度と普通の生活には戻れない、と、診断された。

それなのに……アタシやみんなのレースは、いつも応援してくれる。

そんなアイツに報いて……いつか、心からの笑顔を引き出してやるんだ。

 

……ワタシの話はこれで終わり!もう良いでしょ!

これ以上アイツの話が聞きたければ、スズカさん……サイレンススズカさんに聞いてよね!




『実家が花屋』タイシンにこの設定さえなければ……!


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第22話:チーム「ポルックス『被害者』」の報告③

ライスとスズカの『史実』は、本来ライスが暦上は先なのですが、展開の都合上逆の順番で書いています。


ーーーはぁ、私が知っている音坂さんの話、ですか……私、ポルックスにはライスちゃんよりも後に入ったのですが……まあ、良いでしょう。

 

元々私がリギル所属していたことはご存知ですね?……ええ、今でもリギルのトレーナーさんや皆には感謝しています……ですが、どうしてもあの時の私には、自分が目指すものばかりが目に入ってしまって……本当に皆には迷惑をかけたと思っています。

ですが、そんな時……

 

ーーー

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

合同トレーニング後の自主トレ。何度もコースを回る。

今回も周回を終え、ストップウォッチを見る。タイムは……伸びない。

 

最強チーム『リギル』の一員として、チームの為にできること……それを考えれば考えるほど、私の脚は鈍っていった。そして、走ることの楽しさも……

 

 

 

 

「考えながら走ったら、一瞬ずつ遅れていくぞ。」

「!……あなたは、確か……ポルックスのトレーナーさん?」

「俺のことはどうでも良い。……それよりも、何をそんなに悩んでいる?俺の知っている『サイレンススズカ』の走りには、とても見えなかったぞ。」

「……」

 

 

 

 

目を見る。鋭いけれど、真剣な眼差し。

 

「……あなたの知っている、私の走り……とは?」

「『走ることを心から楽しんでいる』、そんな感じだ。」

「!」

「今のお前がどんな悩みを抱えているのかは知らんが、少なくとも『あの領域』は見えなくなっているんじゃないか?」

「『あの領域』……」

 

言われて気づく。走るのが楽しいときの感じ……そうだ。先頭を全力で駆け抜けていると、ある瞬間に拡がる……

ひたすら綺麗な、私だけの世界が……

 

「……チームの為に個を捨てる……ということは確かに大事なことかもしれん。だが、それを納得できないまま受け入れたところで、それはチームプレイとは言わん。ただの『自己犠牲』だ。」

「……」

「まあ、本当に誰かの為に役割を全うする……という意識があれば、自然と体は勝手に動く。だが、そうでないならば……それでも貫き通したい『個』が、お前の中にはあるのだろう。」

「貫き通したい……個……」

「……一度、リギルのトレーナーと話し合ってみるのが良いだろう。何か思惑がある筈だ。その上でお前がしたいことを良く考えろ。」

「……」

 

この人……何処か私に『似てる』……

そう思いながら、踵を返す音坂さんを私は見送りました……

 

ーーー

 

「やってくれたわね、沖野……」

「どうした?オハナさん。」

「サイレンススズカの件よ。あの娘、どうしても自分の走りを貫きたいって……」

「いや、俺は知らんぞ?」

「え?」

「というか、サイレンススズカがどうしたんだ、って話なんだが……」

「……   あーーーっ!」

 

暫く考えた後、別の可能性に行き着く。

 

「アイツか!あの優男……!」

「お、おい……さっきから話が見えないんだが。」

「ポルックスの音坂トレーナー!あいつにサイレンススズカを引き抜かれた!」

「何だって?」

 

ーーー

 

「すいません、私の走り……見ていただけませんか?」

「……それがお前の選択か。」

「ええ。色々考えて……やっぱり、私にはどうしても『譲れないもの』があったので……」

「……そうか。」

 

ーーー

 

……ひたすら、私は音坂さんの指導の下、自分の持ち味……『スピード』を高めていきました。

自分でもこれだけ速くなれるのか……と、驚きや戸惑いもありましたが、私はそれを貫きました。

 

 

 

 

……見たことのない景色、そこには、

 

 

 

 

『見てはいけない景色』、そんなものもあるとも思わずに……

 

ーーー

 

『こんにちは、スズカさん。』

『……あなたは?』

 

秋の天皇賞。

いつも通り……いえ、いつも以上の体の軽さに手応えを感じながら、私は『あの景色』に身を任せながら走ろうとしたんです。

 

その『景色』には……

 

 

 

 

『あなたは【私】。その素晴らしい才能に魅せられた、私自身。』

『……何か用ですか?』

『あなたの才能が、【私】の手には収まりきらなくなってしまいました。』

『どういうこと?』

『あなたの身体が、才能に耐えられなくなってしまったのです。』

『……え?』

 

 

 

 

身体が、才能に、耐えられなく……なった?

 

『その先にあるのは……そうです。……【破滅】。』

『……』

 

 

 

 

……そうか、だからリギルのトレーナーさんは、私にこれ以上無理をさせまいと……

 

『せめて、この世界からそのまま【いく】としましょうか。』

『……もう、戻れないのですか?』

『残念ながら、【ここ】に来てしまった以上、戻ることはできません。……静かに、【沈黙】の中で……』

 

 

 

 

『……スズカッ!……ぐはあッ!』

『え……』

 

 

 

 

……私に手を伸ばした『私』。

それを、音坂さんが……

 

 

 

 

『……久し振りだな。二度も……俺の教え子に手を出させはせん……ぞ……』

『……』

 

 

 

 

……右の拳を、向こうの『私』に叩き込んでいました。

『私』が崩れて……骸骨?のようなものに変わって……

 

 

 

 

『景色』が、光に包まれて……

 

ーーー

 

「……ここ、は……ッ!」

 

 

 

 

次に目が覚めた時……病院のベッドで、左の足首の痛みと何かに固定されている感覚を感じました。

そして……

 

 

 

 

「気がついたようだな。」

「音坂さ……ッ!」

 

声を掛けられ、見たものは……車椅子に座り、上半身を包帯で巻き、右手と右足をギブスで固定した音坂トレーナーの姿でした。

 

「大丈夫かい?」「急に大声出さない方が良いわよ。」「良かったあ……スズカさん……」

 

ポルックスの皆も、病室で私の目が覚めるのを待っていてくれたようです。

 

 

 

 

「……私は、どうなったの?」

「レースは途中棄権だ。あの時、大ケヤキの辺りでお前の左足が突然崩れて……」

「……咄嗟に、異変に気付いたお兄様が、スズカさんの目の前に立って……」

「スズカさんを抱き止めたコイツが、勢いを殺しきれずに後ろに吹っ飛んで、そのまま右足と右手から地面に落ちた。……スズカさんを庇った状態で、ね。」

「良くもまあ、頭や背骨を守ったものだよ。下手したらあれで、モルモット君は御陀仏だ。」

 

 

 

 

ーーー左足首の骨折。幸か不幸か、それが私に下された診断結果だった。

そして、私を庇った音坂さんは……

 

 

 

 

「……右足のアキレス腱が逝った上に、右腕も粉砕骨折。おまけに芝を引きずったせいで、右の腰付近や脇の裏側の裂傷も凄い。暫くは車椅子生活ね。」

「いやいや、正直普通の人間ならば、ベッドで寝たきりになっているべきなんだがねえ。……本当に、何なんだい?キミは。我々とはまた別のヒトとは異なる存在だったりはしないだろうねえ?」

「お、お兄様……無理しちゃ駄目だよ?」

 

三人の言葉を受けつつ、音坂が語り出す。

 

 

 

 

「スズカ、あの時俺は……お前を『運命』から庇うことで精一杯だった。俺の未熟さが招いた状況だ……許せ。」

「……な、何を言ってるんですか!あなたの方こそ私を庇って……!」

「……あの運命に打ち勝つには、あの一瞬に賭けるしかなかった。

そう、俺の拳による……

 

 

 

 

カウンターだ。」

 

「……え?」

「どんなに強大な相手であっても、その威力が大きくなればなるほど、それを利用したカウンターも、また絶大な威力となる。」

「……嘘でしょ?」

 

 

 

 

カウンターって凄い。

呆然としながら、音坂の話に反応するスズカ。

 

 

 

 

「おかげで、何とかモノにすることができた……」

 

 

 

 

(……モノにした、って……コイツ、それを何に使うのよ?)

(クックックッ、何で音坂君は、自分の回復よりも『新しく覚えた技の披露』に興味が津々なんだろうねえ!いやあ、全くもって狂っているよ!)

 

「お兄様……ライスの時もこうだったよね?もう……もう、無茶しちゃ駄目だよ?」

 

涙を流しながら語りかけるライスシャワーに、微笑みを返す音坂。

 

 

 

 

そこへ……

 

 

 

 

『き、君たち、まだ病室内は立ち入り禁止だ!無理に入ろうとしては……ぐわああああ!』『く、黒子台先生ー!』

 

病室の外から、入室を見張ってくれていたと思われる教師の悲鳴と、近くにいた看護師の悲鳴。

 

そして、次の瞬間……

 

バタン!

 

「スズカさああん!」

 

学園の、スズカ達と親交のあるウマ娘達が、病室になだれ込んできた。

 

 

 

 

「……スズカ。」

「何ですか?音坂さん。」

「その脚が治ったら、今度こそ目指すぞ。お前の景色の先にある……『栄光』を。」

「……はいっ。」

 

 

 

 

(……いや、まずはアンタの大怪我の回復が先だよ……)

 

室内の大半の者が、タイシンと同じことを思っていた。

 

ーーー

 

……恥ずかしい話ですが、今では『あの景色を見たい』のと同じくらい、『あの景色を見せたい』という気持ち……強くなっちゃいました。ポルックスの皆と、そして……私は勿論、音坂さんと、先頭の果てにある『喜び』を、この先も分かち合っていきたい……

 

 

 

 

……私の話はこれ位でよろしいでしょうか?そうですか。では、まだお話を伺われていないのは……ライスちゃんですね。




Q.音坂の不死身っぷりはタキオンの薬の影響もあるの?
A.ないです(断定)


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第23話:チーム「ポルックス『被害者』」の報告④

この一連の内容って「もしもヒュンケルがトレーナーだったら」で済むんじゃね、って?
否定できねえんだよなあ

【追記】鬼龍院→桐生院に訂正。自動変換だと前者になっちゃうんです(言い訳)


ーーー

 

……え?ライスのトレーナー……お兄様のお話?

えっとね……

 

ーーー

 

……ライスは、みんなの笑顔が見たい。みんな笑顔にしたい。だから頑張って走るの。

……でも、学園に入った頃は、どうしてもライスのせいで、みんなに嫌なことが起こっちゃうし、ライスが走っても誰も喜んでくれない……そんなことばかり考えちゃって……

 

ーーー

 

「……練習は頑張っているようなのですが……」

「苦渋ッ!選抜レースを走れないウマ娘……あの娘には、ひょっとしたら走る以外の道を見出だして貰う方が幸せなのかもしれん!」

 

コンコン……

 

「許可ッ!入りたまえ!」

「失礼する。」

「あなたは……『ポルックス』の音坂トレーナー。先日まで入院していたとお聞きしましたが……」

「あの程度の怪我で、あいつらをいつまでも放っておくわけにはいかないので。」

「律儀ッ!わざわざ報告にきてくれるとは!くれぐれも無茶はしないでくれたまえ!」

「迷惑をかける。……ところで、先ほどあなた方が話されていたのは『ライスシャワー』のことか?」

「正解ッ!入学時に見せた優しさと、その実力。必ず学園を代表する逸材になると見込んだのだが……ッ!」

「……『俺に任せてくれないか』、と言いたそうな顔をしていらっしゃいますね。」

「……流石だな、駿川秘書。やはりあなたは只者ではないようだ。」

「今回は音坂さんが分かりやすすぎるだけですよ。ふふっ。」

 

ーーー

 

……『不幸など、お前の力で幸福へと変えてしまえ。』

 

選抜レースで1位になれたライスに、お兄様は笑顔でそう言ってくれて、頭を撫でてくれて……

『お兄様を、この人を信じて頑張ろう』、そう思ったの……

 

ーーー

 

「『無敗の三冠ウマ娘』、か。そりゃあ聞こえは良いし、あの時もブルボンが獲ってくれれば嬉しかったに決まってるだろう。

 

……だがな、年に1度のチャンス、更に言えばあいつらにとっちゃ一生に一度のチャンスを、何百・何千もの中の1人が揚々と得ようとするのを、『それ以外』の奴らが黙って見過ごすと思うか?

 

……まあ、今となってはその方が、俺にとっちゃ良かったのかもしれねえがな……ブルボン本人も、何だかんだであの負けをしっかりと糧にしてくれたからな。この先も楽しみだ。

……とにかく、俺らにとっちゃ、あの菊花賞はとっくに終わったことだ。

 

……まあ、あのウイニングライブは、今思い出しても傑作ではあったがな……ククッ……」

 

ーーー

 

「……そこから、始まるstory……」

 

……菊花賞でミホノブルボンをレコードタイムで破り、勝利したライスシャワーを待ち受けたもの……

 

 

 

 

……楽曲『Winning Soul』。

 

ウイニングライブの観客達は、実際ミホノブルボンの、曲にマッチしたクールな歌と躍りを期待していた。

 

……ライスシャワーの皐月賞勝利に対し、ブルボンの勝利を期待していた者達は、嫌でも覚えてしまったのだ。

『戸惑い』を。

 

 

 

 

……大丈夫か、こんな小さくて気弱そうな娘に、あの曲をやらせて……

 

自然と『ブルボンが負けた』という現実とセットで、心無い……むしろ『心ここにあらず』という具合で、無神経に暴言を吐く者も少なくなかった。

 

『頑張って踊って歌いきる』ことに集中していたライスも、やはりそういった声や目が気になっていき、Aメロが終わる頃には明らかに動きも声も小さくなっていき……

 

ーーーその刹那。

 

 

 

 

「……お、お兄様……?」

 

音坂が、ライスの右後ろに現れ、ダンスに加わっていた。

 

ーーー

 

「俺のことは気にするな。自分のパフォーマンスに集中しろ。」

 

お兄様は、ライスに聞こえる位の声でそう言って、ダンスを始めました。

……考えてみれば当たり前なんだけど、みんなは驚くし、戸惑うよね。

ライスも、『お兄様、流石に1人でこんなのは……』って言おうと思ったの。そしたら……

 

 

 

 

『ーーーならば、2人ならばどうだ?』

「!」

 

……ライスの左後ろに、いつの間にかもう1人、男の人が立っていて……

 

ーーー

 

「……お前は確か、桐生院悠人(ハルト)か。チーム『シリウス』の……」

「サブトレーナーだがな。しかし、お前もつくづくバカな真似をする。」

「そういうお前こそ……どうしてここに?」

「知れたこと。お前も含めて、こんな白けた空気を作り出す連中には、例外なく『横槍』をブチ込んでやるのがオレの流儀でな……!」

「フッ……勝手にしろ。言っておくが……中々に難しいぞ?この楽曲は。」

「要らんお世話だな。お前の方こそ、この異様な空気に耐えられるかな?」

 

ーーー

 

「……二人のステータスを確認。レベル『達人』と判断。

……負けられません。」

「おう!そんな奴らに話題持ってかれるような真似はするんじゃねえぞブルボン!

しかし、柔そうな面構えの癖に、中々鍛えてるじゃねえか。あいつら……」

 

ーーー

 

「……これ、後で絶対俺が責任問われて始末書書かされるよな……」

 

頭を抱える『シリウス』の主任トレーナー・北原。

 

「こ、北原さん!兄さんが……」

戸惑いを隠せない様子の『桐生院葵』に、北原が語りかける。

 

「まあ、あいつららしいっちゃ、らしいよな。確かに。」

「え?」

「葵ちゃんもトレーナーを目指してるんだよな?」

「あ、はい。」

「あいつらが今やってるのは、『ウマ娘を体張って守ってる【と、自分達が思い込んでやってる】行為』だ。早い話、只の勇み足と自己満足に過ぎねえ。」

「え?でも、会場や、あのライスシャワーって娘も……」

 

……ウマ娘達のダンスに劣らない程のパフォーマンスを見せる音坂と桐生院。それに緊張を削がれたのか、あるいは本人が『今日はこういう演出なんだ』と誤解したのか、最初の縮こまった感じとは別人のように生き生きとした演技を見せるライスシャワー。

観客達も、突然の乱入者に最初は戸惑うも、すぐに盛り上がりを再開していた。

 

「……記録や快進撃を止めた奴は、得てしてブーイングや批判に晒されるもんだ。……だが、それを正面から受け入れ、力に変える位の胆力や覚悟も必要なんだ。避けて通れねえし、むしろ避けたらそれこそ、負かした奴に失礼だ。」

 

つまりは、と北原が続ける。

 

「あのポルックスの音坂も、悠人も……悠人に関しては音坂への対抗意識だけなのかもしれんが……自分の担当が自ら乗り越えなければならない試練に、我慢できずに助け船を出しちまった甘ちゃん、ってわけだ。」

 

まあ、個人的にこういうのは嫌いじゃないが、俺を巻き込むんじゃねえよ……と続ける北原。

 

「葵ちゃん、トレーナーって職業は、ウマ娘との相互の信頼関係があって成り立つもんだ。どちらかの一方的な思いの押し付けは、なっちゃならねえ。

互いの意思や目標を尊重し、高め合えるからこそ、更なる高みに進んでいける。……今は難しいかもしれねえが、覚えておくと良い。」

「は、はい……」

「……あそこまで体張れるような奴も、中々いねえけどな。あとは、あの娘がどう受けとるか、だな。

……俺も悠人に何て説教すっかな……」

 

多くの観客達が見守る中、ライブは進んでいった……

 

ーーー

 

……あの時も、あの後中々勝てなくて悩んだ時も、お兄様はライスを信じて、ずっと支えてくれたの。

宝塚記念でも……ライスの脚がおかしくなりそうだった時、お兄様がライスを庇ってくれたから……

 

 

 

 

……だからね、頑張って早く脚を万全にして、ライスは走るよ。

お兄様やみんながライスを信じてくれる限り、ライスも信じて頑張るんだ……!

 

ーーー

 

「……月刊トゥインクル増刊号で特集しようと思ったけれど……」

「この内容は……流石に使えませんね……」

「というか音坂トレーナーって、さっき……」

「……はい。普通にグラウンドを……走ってましたね……」




実際ライスにあの曲を、アプリのメインストーリーにしろアニメにしろああいったシチュエーションでやらせるって割とひどくね?

そしてまーたとんでもねえオリ設定増えてるし

つか書いてて急に『WinningSoul』の件が『降りてきた』もんだから、その後の流れがかなり雑やなこれ……後で加筆修正しまくるかも


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第24話:各陣営の始動①

『ダイ』からのゲストで主要キャラは、今回の『大円トレーナー』と、次回以降登場する『レグルス』のトレーナーで最後(予定)。
あとは以前後書きで触れた『きた』を、勝負服の仕立て屋の見習い兼『どうした急に』要員で出す予定。仕立て屋の師匠も出すかねえ……


ーーー新学期がスタートした。

学業や運動に専念する傍ら、トレセン学園の多くの生徒達が、新たな一歩を踏み出す。

『トゥインクル・シリーズ』における栄誉ある各種レースでの勝利、その先の栄誉と栄光を目指し、ウマ娘達は日々己を鍛え、自分を磨きあげていく。

 

また、その在り方もウマ娘達によって様々となる。

入学初年度からデビューを果たし、ジュニア級からクラシック級・シニア級と戦っていく者もいれば、入学後暫くは自分の素材を鍛えることに費やし、数年後にデビューを試みる者もいる。

 

そもそも、入学当初からいきなり自身の能力や素質をきちんと理解している者は皆無と言って良いだろう。トレーニングや模擬戦・実戦の中でそれらを理解し、その上で伸ばすか補うかを目指していくのが一般的である。

 

……故に、彼女らの能力を正しく理解し、それを引き出す『トレーナー』の存在は、ウマ娘達にとって非常に重要であった。

 

 

 

 

ーーー

 

「……お前か。オレの後任、って奴は。」

「……うっす。よろしくお願いします。」

 

堅気には見えない迫力を持つ、帽子にサングラスの男。

その前に、頭にバンダナを巻いた、どことなく愛嬌のある男が対峙していた。

 

一見穏やかにやり取りをしているように見えたが、バンダナの男ーーー新任トレーナー研修生『大円 世良(おおまど せら)』は内心本気で震えていた。

 

 

 

 

(なんだよ、このオッサンは……!圧力が黒子台先生の比じゃねえぞ……!本当にトレーナーなのか?)

 

 

 

 

「きょ、今日から色々と勉強させていただきます!よろしくお願いします!」

「……フン。」

 

……ビビる大円に対し、黒沼は答える。

 

「ウチの設備や所属している連中、トレーニングのメニューやスケジュールはに、もう目を通したか?」

「は、はい!一応一通り頭には入ってます!」

「それなら、今日の『アンタレス』の予定を言ってみろ。」

「はい!この後はまず施設の書類整理の後、主にミホノブルボン・アドマイヤベガ両名のリハビリメニュー準備および実践と、アンタレス所属ウマ娘ちゃん達のトレーニング管理。その後はグラウンドの視察です!」

 

「……まあ、今のお前にできることなんざ、暫くは新人の雑用レベルだ。

但し、知っちゃいるだろうが、お前には1日も早く一人前になってもらわなきゃ困る事情がある。……聞いてるんだろ?」

「は、はい!」

「俺から盗めるものは盗め。もし意見や案があるなら遠慮なく言え。採用するかどうかは別だがな。」

「はい!」

 

 

 

 

……一見柔そうなくせに、俺から目を離すこともなく、姿勢も受け答えもしっかりしてやがるじゃねえか。

思ったよりも期待できるか?

 

面接官のような感想を抱きつつ、黒沼は更に大円に続ける。

 

 

 

 

「グラウンドを視察する意味は分かるか?」

「あ、はい!アンタレス以外のウマ娘ちゃん達の視察ですよね!」

「正確には『他のトレーナーやチームに就いてる連中の視察』、あとは『有望そうな奴のピックアップ』だ。もしお前の方で目に付いたって奴がいたら、声掛けする前にまずは俺に報告しろ。」

「了解っす。」

「……知っているだろうが、基本的に俺ら『アンタレス』は、あいつらを徹底的に鍛え上げるやり方がモットーだ。

いずれお前がアンタレスを引き継ぐならば、少しは変わるかもしれないが……俺が主任の内は基本的にやり方を変えるつもりはない。良いな?」

「うっす。あ、でも……」

 

 

 

 

ーーーもし『こうした方が良いんじゃないか』ってのがあったら、意見させて貰っても良いっすか?

 

 

 

 

黒沼が一瞬の間の後、口元を緩める。

 

「……オレの一発が怖くなけりゃ、幾らでも言ってこい。」

「ははは、じゃあ黒沼さんを怒らせないレベルで言わせてもらいます……」

 

 

 

 

ーーーあの娘達を輝かせる為っすからね。

 

 

 

 

「……今日のお前へのノルマ、少し引き上げさせてもらうとすっかな。」

「ええーっ!何でっすかあ!」

 

 

 

 

……あいつら並に鍛えがいのある奴かもしれないな、こいつは。

そう思い、黒沼は笑った。

 

ーーー

 

「皆さん、集まってくれてますか?」

「はいよー。」「こちらに。」「は、はいぃ。」「ど、どうも……」

 

南坂トレーナーの呼び掛けに答える、チーム『カノープス』のメンバー。

 

ナイスネイチャ・イクノディクタス・マチカネタンホイザ・メイショウドトウの4名。

 

 

 

 

「今年も、去年に引き続き私達『カノープス』の目標は、『G1制覇』です!」

「おおー。『制覇』ときましたかあ。」

「妥当な目標でしょう。私達も、去年は1着こそなれませんでしたが、連番には幾度も名を連ねています。」

「G2やG3ならば勝てることも増えてきているよねー。」

「は、はい。おかげで、皆さんのことを応援してくれる声も増えてきていますし……」

「なーに言ってんの、ドトウさんや。」「……え?」

 

ネイチャがドトウに話しかける。

 

「私達の中で、一番今回の目標に手が届きそうなのはドトウさんでしょうが。」

「その通りです。今年のG1制覇、期待していますよ。」

「も、もちろん私達も頑張ってG1勝利、狙っちゃいますけどね!」

「「皆さん……」」

 

ドトウと南坂が同時に感慨にふける……

と、

 

 

 

 

「それじゃ、早速今日も張り切ってトレーニングしますか!」

「あ、じゃあみんなのウェアの準備を……あっ」

「「「「あっ」」」」

 

……数秒後、何かが倒れたり壊れる音が断続的に発生し、その都度皆の悲鳴が室内に響き渡るのだった。




大魔道士→だいまど→大円
ポップ→ポピュラー→世間一般→世良

……ベガとドトウを出すということは……『あのウマ娘』を『キャラを理解して書く』って覚悟が、俺にはあるってことなんすよ……。

……できっかな

あと「夜更かし気味」持ったまま温泉旅行迎えてエンディングって妄想クッソ捗らね?(なお温泉旅行未経験)


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第25話:各陣営の始動②

巷じゃ一時期、ハルウララ有馬チャレンジとか流行ってたよな?
俺はその前のG1がクリアできねえぜ!

ホンマこのゲーム、繰り返さんと分からんこと多いねえ。


ーーー

 

「よろしくお願いします。」

「……よろしくです。ぺこり。」

「おう。これから頼むな。ま、気楽にな。」

 

チーム『シリウス』。新たにサブトレーナーとして配属となった『桐生院葵』と、『ハッピーミーク』が初日の練習後、改めて主任トレーナーの北原に挨拶する。

 

「しっかし、葵ちゃんが来てくれるのは知っていたが……これは又、中々鍛えがいがありそうな娘が来てくれたなあ。」

「……ありがとうございます。」

 

『ユーティリティ』。

北原がハッピーミークの入団テストーーー彼女に限っては、葵が連れてきたこともあり、半ば適性検査のような意味合いが強かったがーーーを経て、下した評価であった。

北原を一流トレーナーに押し上げたと言っても過言ではない、オグリキャップのようなずば抜けた能力や強みはまだまだ見当たらないが、とにかく短所らしい短所が無い。距離適性に関しても、走ろうと思えば短距離から長距離まで、何でもこなせる……といったところだった。

 

北原が、チーム『シリウス』について考える。

昨年度シニア級で活躍したメンバーは、既にドリームトロフィーリーグへ進むか、今期は無理せずリハビリや回復に専念するメンバーがほとんどである。

また、ジュニア級やクラシック級を走るメンバーも、皆頑張ってはいるがその年の『顔』となれそうな才能や能力のある者は、正直なところ……

 

(……今年は育成やスカウトに専念すっかなあ……こいつら桐生院の兄妹も含めて。)

 

……というのが、北原の本音であった。

 

(新入生にも、今年は有望そうな奴らが多く入っていると聞くが……まずは、今頑張っている奴らに答えてやらねえとな。)

 

「ミークちゃんは、まずは葵ちゃんの指導に従ってくれ。分からないことがあったら俺や悠人が助ける。」

「あ、はい!分かりました。」

「……がんばる。おー。」

 

(……地方にいた頃は、まさかここまで大所帯の連中をまとめ上げるのが大変だとは思ってなかったぜ……ま、辛くはねえけどな。)

 

ーーー

 

「……と、いうわけで新入りのマックちゃんでーす。」

「え、ええええええ!?本当にメジロマックイーンさんなの!?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!私はまだ入るとお伝えしては……!」

 

ゴールドシップが『スピカ』に連れてきた存在を見て、ウイニングチケットが驚きの声を上げる。

スピカの室内にいた沖野トレーナーや、他のウマ娘達も、ウイニングチケットのようなリアクションこそとってはいなかったが、皆驚いた様子を見せる。

 

「というか、ゴールドシップは何でメジロマックイーンさんを連れてきたの?」

「んー?アタシのレーダーに引っ掛かったんだよねー、こう、『ドゥン、パーン!ドゥン、パーン!』って。」

「おおお!それはすっごいレーダーだねえ!」

「……メジロマックイーンさん……」

「マックイーンで良いですわ。」

「あー、マックイーンさん、ウチのゴルシがすまん……」

 

ゴルシとチケゾーの恒例のやり取りが始まり、その最中で沖野がマックイーンに詫びる。

 

「……むしろ、ウイニングチケットさんって、本当にテレビなどでお見かけするキャラ、そのまんまなのですね……」

「まあ、あの真っ直ぐさがあるから、あいつは去年ダービーを獲れたんだけどな……」

 

チーム『スピカ』を去年一躍有名にした、クラシック級でのダービー制覇。

勝利後のライバル達や沖野を巻き込んでの号泣や会見の様子は、瞬く間に彼女のファンを増やすに至り、『スピカ』に入団を志望する者も急増した。のだが……

 

「このレーダー、凄いんだぜ?ちょっと細工すると……『ワタシ、ウチュウジン。イマカラチキュウ、シンリャク。』」

「ウワアアアア!?それは駄目だよお!地球が!みんな!ぬ¨わ¨ーっ¨!?」

 

根っこの部分での面倒見などは良いのだが、基本的に掴み所がなく破天荒な言動を繰り返すゴールドシップ。

そして、それを流すこともなくひたすら正面から受け止めてリアクションを取りまくるウイニングチケット。

 

……このテンションについていけない、という理由で入団を躊躇う者も多かった。

 

「……ブレーキは?」

「……できれば頼めると嬉しいんだけど……」

「はあ!?私が……     ……!!」

 

その時、マックイーンに電流走る。

スピカの部室の机に置かれたチケット、それは……

 

 

 

 

『高級スイーツ、食べ放題』

 

 

 

 

「……沖野さん、つかぬことをお聞きするのですが……」

「どうした?」

「あ、あの机の上のチケットは……」

「ん?ああ、あれは……ぐほっ!?」「おーっとわりー。アタシの体が滑ったー。」

「沖野ザアアン!?」

 

沖野が答えるよりも先に、ゴールドシップのドロップキックが沖野に炸裂。吹っ飛ぶ沖野と驚いて駆け寄るウイニングチケット。

 

「これはね、マックちゃんがスピカに入ってくれるなら、選別にプレゼントしてあげようと思って……ね?」

 

マックイーンに上目遣いで話し出すゴールドシップ。

 

「……そ、そうなんですの?で、では……」

「いや、目がマジなのは良いけど涎出てんぞお前」

 

葛藤を始めたマックイーンの様子に、素で返す。

もう少し疑えよと思い、早々にネタばらしに入る。

 

「そいつは今日、既にウチに入った奴に歓迎会開いてやろう、ってことで用意した奴なんだよ。ま、もしマックちゃんがウチに入ってくれるってなら一緒に来ても構わねーぜ。な、沖野?」

「……俺の出費が増えるけどな……まあ、良いさ。」

「あの、あなた今のは……」

「大丈夫大丈夫。こいつのタフさはゴルシちゃんお墨付きだから。」

「そもそも蹴らないでくれると嬉しいんだがな……」

「……はあ。」

「え……じゃあ、マックイーンさん、ウチに入ってくれるの?」

 

ウイニングチケットがマックイーンに問いかける。

『【はい】か【イェス】か【ヤー】だよね!』と言わんばかりのキラキラとした表情に……

 

「え、ええと、暫くは『仮入部』ということであれば……」

「!……ウワアアアン!嬉シイヨオオオ!」

 

マックイーンの手をとって感動のあまり号泣するチケゾー。

 

「マックちゃーん」

「か、勘違いしないでください!元々スピカのお話はライアンさんやドーベルさんからも聞いてましたし……ああそのニヤケ面!ひっぱたきますわよ!」

 

部室内がカオスな状況で、むしろ俺は俺でこの令嬢を一人前にしないとな……と考える沖野。

 

 

 

 

……と、

 

「失礼します。今日の基礎トレーニング、終わったよ……!?」

「おー、お疲れオミクロン。」

「いつも頑張ってるね!今日はこの後みんなで……?」

「あら……あなたは……」

 

部室に入ってきたオミクロンが、沖野に報告しようとして、マックイーンを見て固まった。

マックイーンの方は、シグマにそっくりなその姿を見て『そういえばシグマさんから聞いたことがありましたね……』と、相手を認識する。

 

そこに、

 

「オミクロンちゃん、アイシテルー!」

「なあっ!?」

 

ゴールドシップがオミクロンに抱きついた。

そのままの状態で囁く。

 

「……お前にとっちゃ、あのマックちゃんは『倒したい相手の一番の友人』なんだよな?」

「……」

「だったら、色々教えてもらえよ。」

「……!!!」

「あ、アタシがマックちゃん連れてきたのは、決してその為じゃねーからな。そこは誤解すんなよー。もしマックちゃんに何かよからぬこと考えたら連れていくからな。」

「……うん。」

 

以前拉致られたことを思い出し、素直に頷くオミクロン。

 

「冥王星にな。」

「どうやってよ!」

 

突然声を張り上げるオミクロンに、戸惑うマックイーンと、『いつものことか』と思う沖野とチケゾー。

入学式後、ゴールドシップが連れてきたオミクロンは、沖野の指導やウイニングチケット達によるダンスレッスンなどもあり、何だかんだでいつの間にかスピカに馴染んでいた。

 

「メジロマックイーンさん……よね?」

「ええ。あなたは確か、『コマゴメオミクロン』……さん、でしたかしら。」

「知ってて貰えて光栄だわ。」

 

オミクロンがマックイーンに続ける。

 

「同期として、あなたもいずれは越えるべき存在。よろしく。」

「あら……こちらこそ。」

 

 

 

 

(アイツ……)

 

そのやり取りを見て、笑みを浮かべるゴールドシップ。

 

「それよりも、今日はこの後どうするの?」

「ああ、練習は早めに切り上げて、皆で『食べ放題』といこう!」

「……え?食べ放題って……」

「驚いた?オミクロンちゃんとマックイーンさんの歓迎会も兼ねた『スイーツ食べ放題』だよー!」

「……でも、今日食べ過ぎては明日以降の制限は……ならばこの後の練習で……」

「オイオイマックちゃーん、今日ぐらいはさー」「うるさいですわ!」

 

グサリ

 

「「あっ」」

 

葛藤にふけるマックイーンの顔を覗き込ゴールドシップに、マックイーンが反射的に手を振り払う……その指が目に刺さり、

 

『ウギャアアアア!!』

 

目を抑えながら転げ回る長身美女の姿があった。




チケゾーのテンションを的確に表現するのが難しい。

しかしURAファイナルズって流用元にパワポケ6の『裏野球大会』も少なからず含まれてるよね……とやればやるほど思えてくる


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第26話:各陣営の始動③

【ブんッバ報】キャラガチャ回したらタイシンでてきてクソワロタwwwwww

マジで『書けば出る』は真実なのかもしれない


ーーー

 

「……一つ、質問させて貰いたい。」

「何でしょう?」

「君は、本当に……いや、これ以上私の口から語るのは止めておこう。」

「……そうしていただけるかしら。」

 

お昼時のカフェテリア。

シグマは驚愕していた。

先日も会ったばかりの友人が、明らかに……

 

 

 

 

もちもちしていた。

 

ほっぺとか、凄く触ってみたい……そう、思ってしまった。

ただ、そこは潜在的な紳士としての意識がそれを押し留める。

 

 

 

 

「……併走であれば、午後にでも付き合おうか?」

「そうですわね。一応本日の放課後は『スピカ』で希望者のトレーニングがありますので、そちらに響かない程度で……」

「ほう、『スピカ』を選んだのか、君は。正直、ドーベル殿も所属する『リギル』に入ると思っていたのだが……」

「……ええ、まあ……」

 

 

 

 

『スイーツ食べ放題に釣られた』と白状するのは避けたい、そう思い、マックイーンは理由をはぐらかす。

何となく、今回の『もちもち』が何かあるのでは……と思いつつ、シグマも話を続ける。

 

 

 

 

「……『リギル』には、どうやらテイオーと同室になったという娘が入団したらしい。」

「テイオーと同室……ああ!あの時の……」

「そう、私達とブライアン先輩の勝負を裁定した、『マヤノトップガン』だ。」

「あの小さな娘が……」

 

 

 

 

名門『リギル』に入るには、厳しい入団テストが存在する。ドーベルからも、その辺りの話は二人とも詳しく聞かされていた。

 

「あの時は疲れていたからレースには参加しない、と言っていたが……」

「実はあの時、既に私達の能力を見ようと……」

「いや、流石にそれは無いだろう。ただ、どことなく気紛れな印象はあったな……そうすると、あの様子で『リギル』に入れるだけの実力となると……」

 

 

 

 

ーーー『天才肌』。

二人の脳裏に、この言葉がよぎる。

 

 

 

 

「……本当に、ライバルばかりが多くて困ってしまいますわね。」

「…フフ、嬉しそうな表情で言う言葉では無いだろうに。」

「あなたこそ、私と似たような表情をされているのではなくて?」

「そうかもしれないな。……そういえば、君が入った『スピカ』には確か、あの『コマゴメ』の……」

「ああ……」

 

先日のことを振り返り、シグマに伝えるマックイーン。

 

 

 

 

「……個人的な印象になりますが、やはりあなたに因縁を感じていらっしゃるのは間違いないようですが、あくまで『打倒』であって、『憎しみ』のようなものは持ち合わせていなかったようでしたわね。」

「……ふむ。」

 

 

 

 

マックイーンとは普通にコミュニケーションがとれているのか、と、シグマは考える。

 

「いずれにせよ、この世界においてはレースの結果が全てだろう。……ただ、私が『スピカ』に入るのは……」

「ええ……正直お薦めしませんわね。そもそも私だって、あなたとの勝負を待ち望んでいますのよ?」

「ふーむ……」

「まだメイクデビューには時間もありますし、折角であれば色々なチームを回られたり、あるいはトレーナーからのスカウトを受けてみては?」

「……検討してみよう。

……ところで、先ほど話に挙がったテイオーは?『カイチョー』に固執しているならば、『リギル』に入るのが成り行きではないかな?」

「……いえ、私がお聞きしたところによれば……」

 

ーーー

 

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……(な……な……なにこの人!チョーかっこいい!)」

 

……テイオーは、たまたま転びそうになったところをとっさに助けてくれた、一人のトレーナーにあっさり心を奪われていた。

 

ーーー

 

「……そのトレーナーって、確か……」

「ええ……」

 

 

 

 

まあ、テイオーの明るさがあれば呪いのような噂も平気だろう(でしょう)……たぶん。

二人の考えは一致していた。

 

 

 

 

「音坂さん……?ああ!カイチョーのチームのライバルのトレーナーさんじゃん!ボク、カイチョーに近づきたいんだ!力を貸してほしいな!」と、一切の物怖じもなくその場でチーム入りを表明したテイオー。

流石の音坂も面食らうが、実際の競技場でのパフォーマンスを目にしたこと、また最初に聞かされた理由を鑑み、チーム入りを承諾。

 

(……『チームの一員』の自覚を持つところから、かもしれんな。こういう奴は。)

そう音坂が考えた矢先、いきなり『ボクと音坂トレーナーはドラマチックな出会いをしたんだよ!これは運命かもねー、にししっ』と『ポルックス』のメンバーの前でテイオーが宣い、その日の内に所属メンバー達から歓迎の『かわいがり』を受けたことは、想像に難くないだろう。

 

ーーー

 

「久しぶりだね、大円。」

「……つっても数日ぶりだろ?子岸。」

 

トレードマークのバンダナを付けた大円と、競技場周辺のスペースで挨拶を交わすのは、大円と同じく今年からカール学園より新人トレーナーとして赴任してきた、『子岸 中(ねぎし あたる)』。

 

……知らない人が子岸の風貌を見れば、少なくともこの者をトレーナーとは認識せず、彼のことを『大円が学園内に連れてきた子ども』か、あるいは『理事長の関係者か?』と思っただろう。

 

「こっちでの調子はどうだい?」

「まあな、黒沼さんは厳しいけれど、ぼちぼちやってるよ。」

「そうかそうか、それは感心。」

「お前なあ……」

 

うんうんと頷き、子岸が続ける。

彼の特徴とも言える、その小さな身体から発せられる不適なリアクションに、『こいつ、本当に大丈夫なんだろうなあ……?』と、苦笑を浮かべる大円。

 

 

 

 

「僕も早速、いちトレーナーとして活動を本格的に始めていかなくてはね。」

「そりゃそうだな。で、お前はどのトレーナーの下で研修するんだっけ?」

「研修?ちっちっち、僕が今日からトレーナーとして成すべきことはただ一つさ。」

「?」

 

 

 

 

要領を得ないといった様子の大円を尻目に、子岸が競技場へと近づいていき……

 

 

 

 

「ウマ娘やトレーナーの諸君!

この僕、子岸は今日、この場より『チームレグルス』として大いなる一歩を踏み出す!

まずは、全てのレースに負けることなく勝利し、最強の存在としてトレセン学園に君臨させてもらう!

この僕を、チームを、しっかり覚えておくように!」

 

……大声で、最後まで言い切った。




ネズミ→子年→子岸(子津と迷った)
チウ→チュウ→中

次話はチウと某ウマ娘との掛け合いに難儀中。
ちょっと間が空くかもしれませんサーセン


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第27話:各陣営の始動④

ゲームの性格準拠であれば、彼女はアニメ1期のようにリギルに所属はちょっと無いんじゃないかなーと、原作改変。
あと、今後のレース関連において、史実の戦績と作中の戦績には結構なズレが生じそう。


ーーー

 

子岸が競技場で大啖呵を切っていた頃、『リギル』の部室では、トレーナーの東条が書類の整理を行っていた。

 

「……今年の新入生……できればもっと見てみたいわね。」

 

入団テストに合格したマヤノトップガンは勿論のこと、ブライアンの話を元にしたシンボリルドルフからの報告に、チームの責任者としてよりも、トレーナーとしての魂をくすぐられていた。

 

「マヤノと一緒に競い合ってくれそうな娘がいてくれると助かるんだけど……」

 

そう呟きながら、今年のトゥインクル・シリーズについて青写真を描く。

 

ジュニア級は、間違いなく波乱溢れるシリーズになる。

シニア級も、昨年クラシック級やシニア級で死闘を繰り広げた者達が、今年も凌ぎを削ることになるだろう。

一方で……

 

「……クラシック級、か……」

 

上位の盛り上がりの傍ら、昨年度のジュニア級には『スター』と呼べそうな存在が、東条の目線ではどうにも不足していた。

実力のある者達がいるのは確かであるが、気が弱く自己主張に欠ける『カノープス』のメイショウドトウや、ストイックな性格故にイマイチ世論へのアピールが下手な『アンタレス』のアドマイヤベガなど、世代を引っ張っていけそうな者が見当たらない。

 

 

 

 

……1人、『リギル』のテストに合格するも、そのあまりにも自由奔放な振る舞いから結局入団には至らなかった者のことを思い出す。

 

「あの娘がウチに入って正しく鍛え上げられていれば、今頃どうなっっていたかしらね……」

 

ーーー『ある時気づいたのさ……ボクは世界を導く覇王であると……その務めを果たさねばならないと!』

 

「皇帝や女帝達を、覇王は果たして越えられるのかしら……」

 

……答えるものは、その場にはいなかった。

 

ーーー

 

「この僕を、チームを、しっかり覚えておくように!」

 

……答えるものは、その場にはいなかった。

他のトレーナー達も、競技場で練習中のウマ娘達も、その名乗りっぷりや内容に、呆気にとられていた。

 

「……えーと、今『レグルス』ってチームは学園に……あ、無いのか。」

学園の組織図を取り出し、確認する大円。

「……いや、そうじゃなくて!オイ子岸!お前いきなり何言い出してんだよ!」

「驚いたかい?」「当たり前だ!お前新人なんだぞ!?幾らなんでも無理がありすぎるだろうが!」

「新人が負けないことが無理だなんて、誰が決めたんだ?」

「そりゃあ……」

 

……不味い。

こういう理屈が通じないレベルになると、こいつには勝てねえ……と、大円は過去の経験から悟る。

 

「だったらボクが無敗を達成して、無理なんかじゃないことを証明してやるまでだ!」

「……幾らなんでも夢見すぎだと思うけどなー。」

「夢は見るものじゃない!叶え、与えるものだ!」

「いや、夢を叶えるっつったって、お前そもそも担当するウマ娘ちゃんがいねーじゃんか。」

「それを探す為にボクはここに来たんじゃないか!」

「あー、はいはい。」

 

程々に話の内容を流すことに努める大円。

 

 

 

 

……と、

 

「……そこのキミ、1つ聞かせてほしい。

何故『レグルス』を選んだんだい?」

 

1人のウマ娘が子岸に話しかける。

 

「そんなことは決まっているじゃないか!最強を目指すにふさわしい一等星、それは『獅子座』のそれであるべきだからだ!」

「なるほど、つまり君は最強の獅子であることを、己に望むというのだね?」

「当たり前じゃないか!」

「無敗という、無謀にも思えるような目標を、本気で達成できると思っているのかい?」

「今、君が達成をより現実的なものにしてくれたじゃないか!」

「何だって?」

「『夢』から『目標』へと、ね!」

「……素晴らしい。素晴らしいじゃないか!」

 

突然声を張り上げたウマ娘を周囲の者達が見て……凍り付いた。

 

「トレーナーとしては叱責も経験も持たず、まるで生まれたばかりの子羊のようなか弱き存在でありながら、その内に秘めし闘志と熱意……嗚呼、それは正に降りかかる多くの困難に立ち向かう『獅子王』の崇高なるハートに他ならないじゃないか!」

 

うっとりとした表情、そして主張の激しいポーズを決めながら、ウマ娘ーーー『テイエムオペラオー』は語るのを止めようとしない。

 

「その熱きパトス、試しにボクの前で存分に披露してみたまえ!このようにだ!はーーーっはっはっはっは!!」

「その位はお安い御用さ!はーーーっはっはっはっは!」

 

オペラオーと子岸の高笑いが、突如として競技場内に木霊する。

あまりのテンションの高さ、そして理解を越えた展開に、誰も言葉を発することができずにいた。

 

「これは……なんという素晴らしき情熱のアンサンブルだろう!君の持つ燃え上がるような魂の鼓動、確かにボクにも伝わったよ!」

「そうか!それは光栄だ!」

 

2人はガッチリと握手を交わしていた。

 

大円を含めた多くのトレーナーが、子岸以上にオペラオーへ、驚愕の念を持たずにはいられなかった。

 

その素質と実力は間違いなく本物、だが、自らを『覇王』と名乗り、独特の言い回しや行動を普段から繰り返す。

 

前年度のトゥインクル・シリーズでは、あるトレーナーと共にデビューを果たし、出走したレースでは常時入賞。そして、『ホープフルステークス』では見事勝利し、クラシック級では更なる飛躍を……という状況であった。

しかし、その振る舞いにトレーナーが付いていけず、現状はシリーズに出場し続ける為に契約関係だけが残り、トレーニング等はオペラオー本人が独自で行っている……というのが、世間からの認識であった。

 

普段の彼女を知るトレーナーであれば、どれだけ今後活躍が期待されたとしても、自分がトレーナーとなることについては二の足を踏んでいたところである。

 

……だからこそ、目の前で意気投合する二人の様子が信じられないという者ばかりであった。

 

「そうとも、キミの言う通りだよ!非現実や非常識を打ち破るには、何よりもボク達が常識に縛られないことだよ!嗚呼、今この瞬間から……ボク達のビクトリーロードに向けたプレリュードが、幕を開けたんだ!」

「そうとも!ボクも君とならば、なんだか大きなことをやれそうな気がするんだ!君、名前は?」

「『世紀末覇王』ことテイエムオペラオーとはボクのことさ!小さな戦士よ、今この時からキミの英雄譚は始まりを告げたんだよ!」

「「はーーーっはっはっはっは!」」

 

 

 

 

「……いろんな意味でこの先、大丈夫か?こいつら……」

 

知人の壮大な船出の様子に、呆れ顔の大円であった。

 

 

 

 

「「「はーーーっはっはっはっは!」」」

 

「……なんか早速1人増えてるし……」




いや、和田騎手のエピソードを知ってるとチウがオペラオーのトレーナー役としてあまりにガッチリハマるわけで……
オペラオーをきちんと書きたいからゲーム始めたと言って間違いないです。ただオペラを引用しての例えは流石に無理かも。

あと、これで一通りダイ側のゲストキャラとウマ娘側のメインキャラが出揃ったので、一度設定やキャラの解説回を入れる予定。


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第28話:各陣営の始動⑤

師匠はカノープスだからこその師匠、そういう意識も俺の中にありましたが、それ以上に『皆で並んで高笑い』のイメージがあまりにも鮮明に浮かんだので……ええ。


「あの『マヤノトップガン』、どこまで行けると思う?」

「そうですね……間違いなく持っているものは『天性』のもので間違いないでしょう。」

 

生徒会室。

ナリタブライアンは私用につき不在、この日はシンボリルドルフとエアグルーヴが二人で業務を行い、雑談の時間となっていた。

話題は、新たに『リギル』に加わった、マヤノトップガンについてである。

 

「他の入団希望者との選抜レースでは、駆け引きや仕掛けのタイミングなど、全てがずば抜けていました。そしてそれを支える……」

「速さや体力も一級品、か。将来的には『リギル』のエースになれる、とみて間違いなさそうだな。」

 

ただ……と、ルドルフが加える。

 

「あくまで他の連中が有象無象ならば、の話だな。……以前ブライアンが報告してくれた連中と比べた場合、どうなるか……」

「ええ。彼女が現在持つ能力は、あくまで天性の素質ですし、それが果たして他の者達に通用するのか、あるいはレースを重ねていく中で、どのように変化していくのか……」

「確かおハナさんと『スピカ』のトレーナーは旧知の仲だったな?メジロマックイーン辺りとは、デビュー前に競わせてみたいところだが……」

「メジロの令嬢は、入学時から天皇賞の勝利を目的としていましたね……ならば、あの娘がゆくゆくは大きな障害になるかもしれませんね。」

「いずれにせよ、G1で勝利を目指すのであれば、中途半端なレベルでは公言することも憚られるだろう。彼女の覚悟と意志、手並拝見といったところだな。」

 

 

 

 

コンコン

 

ふと、扉がノックされる。

 

「どうぞ。」「たのもーっ!」

 

と、元気良く入ってきたのは、青い髪にオッドアイが特徴的な、小柄な少女。

 

「君は……ツインターボ君、で合っているかな?」

「そのとーり!今日はターボが率いる『チーム・レグルス』の結成について報告に来ました!」

「……?」

 

ツインターボについては、特徴的な外見とブライアンからの報告もあり、二人とも『ああ、この娘は……』と理解する。

一方で、何故この娘が一人で、チームの結成の報告……?と、疑問符を浮かべる。

 

 

 

 

……と。

 

「失礼する!ターボ君、順を追って説明しなければ、シンボリルドルフさん達にきちんと伝わらないぞ!」

 

小柄な童顔の男性が1人、送れて生徒会室に入ってくる。

 

「改めて自己紹介させていただく!ボクはカール学園よりトレーナーとして赴任した『子岸 中』!本日より、チーム『レグルス』を結成する報告に伺わせていただいた!」

「「……」」

 

 

 

 

……ルドルフとエアグルーヴは、何となくこの二人がやりたいことについて理解できた。そして、その根本的な問題点について、説明を試みようとした、次の瞬間……

 

 

 

 

「はーーーっはっはっはっは!真打ちたる王者というものは、遅れて現れるのが世の真理!

ただ今よりチーム『レグルス』の栄光は、この『世紀末覇王』テイエムオペラオーと、その円卓を囲みし素晴らしき英雄達によって永遠に約束されたものとなる!」

「「……」」

 

 

 

 

ああ、なるほど……と、色々と二人が察するのを尻目に、寸劇が始まる。

 

 

 

 

「むっ!?何ということだトレーナー君!このボクが満を持して現れたというのに、二人の顔から輝きが失われているではないか!

この覇王の君臨する世界において、そのようなことが許されて良いのだろうか!?

否!断じて否だ!トレーナー君!速やかにこの不吉な雷雲を振り払う、タンホイザーをも赦したウルバヌスの杖をこの場に用意しなければ!」

「案ずることはないぞ、オペラオー!」

「何っ!ま、まさかキミには、この四方を包囲されし窮地をも容易に打開できる、そんな策があるとでもいうのかね!?」

「任せてくれ!……二人とも、これを!」

「「これは……」」

 

 

 

 

子岸が取り出したのは、まごうことなき『にんじんキャンディー』であった。

 

「こんな時間まで皆の為に頑張ってくれているんだ、疲労だって溜まっているだろう!そこで、ぜひお二人にはこれを食べて、少しでも元気を取り戻してほしい!」

「おおっ!これは何という……何という盲点だっ!戦士達も、時には剣ではなく……スプーンを手にとって活力を得なければ、戦い続けることはできない!

そのような気遣い……やはりキミは覇王を支える存在として、必要不可欠なようだね!」

「あー!ターボもほしい!」

「大丈夫!ちゃんと二人の分もあるからね!」

「「わーい!」」

 

4人のウマ娘達がにんじんキャンディーを口にし、美味しさにほっこりする様と、それを見て得意そうな子岸。

 

 

 

 

「……ごちそうさま。さて、改めて君達に伝えなければならないことがあるのだが……」

「む?」

 

キャンディーを舐め終えたルドルフが、訪問者達に伝える。

 

 

 

 

「……チームの設立のような手続きは、ここではなくて『事務部』の管轄になるのだが……」

「「…… あっ」」

 

子岸とオペラオーが、ルドルフの指摘に我に返る。

 

 

 

 

「……なんという……なんということだ……この覇王ともあろう者が、夜明けすら訪れる前の静寂の中、決闘の地を間違えるなどという、あってはならぬ失態を……」

「いや……君達は悪くない……完全にボクのミスだ……」

(……うむ、今回のミスは貴様が悪いな。このたわけが)

 

責任者が手続きの申請先を間違えたら駄目だろうが。

エアグルーヴは、子岸の発言に心の中で同調していた。

 

ーーー

 

「……あの子岸という奴は、アンタレスに所属している奴とは別のトレーナーなのだな?」

「はい。……あれが阿万校長のお墨付きだとは、正直思いたくありませんし……」

「ただ、キャンディーの差し入れなどは……正直有り難かったのも事実、かな?」

「そこは、流石にカール学園出身の者、と思うべきなのかもしれませんね……」

 

キャンディーのお礼代わりに、シンボリルドルフが事務部に連絡をとってみたところ、今からでも伺って大丈夫、とのこと。

3人揃ってお礼を述べた後、『今度こそ伝説の始まりだー!』と、笑いながら去っていった。

 

 

 

 

シンボリルドルフとエアグルーヴが、揃って溜め息をつく。

 

「……それにしても、『年間無敗』を公言するとは……肝が座っているのか、無謀の極みなのか……」

「ただ、オペラオーの実力……無謀、と言い切れないのも事実でしょう。」

「……幾らオペラオーが優れたウマ娘だとしても、年間無敗など達成できるものなのか……」

「現在彼女はクラシック級ですし、途中まではクラシック三冠を達成するなど、難しいことは事実ですが不可能とまでは言えませんね。

現に会長、あなたが達成しているではありませんか。」

「そういえばそうだね。……となると、後半、シニア級と混合で行われるレースが、上手いこと『うんめえ』に係わってくるかもしれないね。」

「……」

「……さらっと流して貰えるかな?」

「……畏まりました……」

 

 

 

 

……今日はもうマジで勘弁してください。

そう言いたげなエアグルーヴの目線に、流石に反省するルドルフ。

 

「勝ち続ければ、そのシニア級の相手も、クラシック級の相手も、彼女を止めようと一致団結してでも襲いかかるはずだ。それを果たしてどのようにはね除けるだろうか……」

「『奇跡』、でも起こらなければ、正直不可能に近いかもしれませんね。」

「そうか、『奇跡』、か……」

「……」

 

 

 

 

ふと、揃って同じ想像をしていたことを、二人は理解していた。

こういう話に飛び付きそうな者が、学園内で要職を務める者の中に存在する……その事実について。

 

 

 

 

「……おハナさんに相談しておくか?」

「いや、『彼女』の場合、万が一の際にはきちんと自分の意志を告げるでしょうし、その辺りは我々が介入する必要はないかもしれません。」

「ただ、ああ見えて彼女は、結構悪戯やドッキリのような行為が好きだから……」

「……オペラオーのことも前々から気にかけていましたからね……」

 

 

 

 

数日後にはひょっとしたら『レグルス』の一員になっているかもしれない1人のウマ娘を想像し、二人は揃って本日何度目になるのか分からない溜め息を吐いていた。




個人的に師匠に踊ってほしいMJの曲は断トツで『They don't care about us』。
何気にえっぐい歌詞の下で無邪気に天真爛漫に踊ってほしい


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第29話:結成!覇王華撃団!①

【システム】アンチ・ヘイトタグを追加しました


「さあ!今日もボク達の栄光をより確固たるものとすべく、皆で頑張ろうじゃないか!」

「その通り!栄光への序曲を奏でる為に、まずは日々の努力を怠らないことだ!」

「おお!やはり君は良く分かっているじゃないか!そう!覇王たる者が覇王であり続けるには、何よりも研鑽と鍛練あってこそ!決して風車小屋に決闘を挑むようなことにはならぬよう、己自身を正しく導くことが求められるんだ!

トレーナーもターボ君も、その小さき体に秘めし闘志は、既にボクのそれに勝るとも劣らない素晴らしいものだ!ぜひ共に、この世の中を光で照らしていこうではないか!」

「了解(りょーかい)!」

「「はーーーっはっはっはっは!!!」」

 

 

 

 

「……何なんだ、あれは……」

早朝の競技場に響く、高笑い。

 

ウォーミングアップに訪れたシグマの目の前に、何とも個性豊かな3人の姿が見えていた。

関り合いにならないよう、距離を置いて自主トレを始める。

 

 

 

 

「……しかし、女神様も中々お節介なことだ……」

数日間の学校生活を経て、マァムから貰った『女難に注意!』のアドバイス(メモ)について振り返る。

 

改めて自身を客観的に分析する。

ウマ娘は例外無く美少女であり、シグマはその中でも『凛々しい』顔立ちを誇る。その上で、騎士道精神に則った振る舞いを学園内で普段から続けていれば……

 

 

 

 

「……中々こういう時間をとるのも難儀なものだな……」

 

 

 

 

モテる。

マックイーン達と一緒の時は問題ないが、今後のトゥインクル・シリーズの為の視察や、チームの見学を行おうとする時に同級生から話しかけられるのは、できれば遠慮したい……というのが本音であった。

 

 

 

 

「おや?あなたは確か『ナイトシグマ』さんですね!」

 

ランニングを行っていたところ、同じく1人のウマ娘から声を掛けられる。

 

 

 

 

「貴女は……『サクラバクシンオー』殿か。」

「おおっ!私のことをご存じとは!」

 

あからさまに『嬉しいです!』という感情を全身で表現するバクシンオー。

 

 

 

 

「新入生の中で、皆にとても親切に接する模範的な生徒がいる、と聞いてました!今日も朝から自己研鑽とは、とても感心なことです!」

「……そのような評判が流れていたのか。光栄なことだ。」

「私の知らないみんなの情報はありません!何てったって私、学級委員長ですから!」

 

はっはっはっはー!と笑うバクシンオーの姿に、『ああ、この人もそういうタイプか……』と理解するも、顔には出さないシグマ。

一方で、今自分がやろうとしていることを考えた時、目の前のサクラバクシンオーというウマ娘がどういう存在なのかを理解し……

 

「ところで折角の機会だ。貴方にお願いしたいことがあるのだが……」

「おお!新入生からのお願いごと、断る理由がありません!何てったって私、学級委員長ですから!」

 

 

 

 

「……あの木を目印に、競争して貰えないだろうか?

 

『1200メートル』を。」

「……ほほう?」

 

 

 

 

バクシンオーの雰囲気が変わる。

1200メートル、つまり短距離での勝負を、この私に挑もうというのか、と。

 

 

 

 

「言っておきますが、私、手加減なんてできませんよ?」

「元より手加減などされては意味がないのでね。」

「……良いでしょう。受けてたちましょう!この学級委員長の名に懸けて!」

 

ーーー

 

「……やはり強い。」

「ご覧いただけましたか!これこそが、バクシン的勝利です!」

 

勝負はサクラバクシンオーが5バ身差を着けての圧勝。

 

「というか貴方、明らかに短距離のレースに慣れていませんよね?」

「仰る通り。普段走っている距離とは異なるのでね……全力の貴方に対して少々無礼なお願いだったかもしれない。許してほしい。」

「いえいえ!私も思いっきり走れて楽しかったので!」

 

生徒のお役に立てました!これは今日も1日、良い日になりそうです!と笑顔のバクシンオー。

 

 

 

……と、

 

 

 

 

「「「はーーーっはっはっはっは!!!」」」

「ちょわっ!?」「……」

 

競技場の一角に、勝負を終えたにも関わらず高笑いを続けている集団がいた。

 

 

 

 

「むむむ……これは少々良くないかもしれませんね!」

「え……?」

「風紀の乱れにも繋がりかねません!ここは一つ、学級委員長でもある私がビシッと注意してきます!」

「いや、できれば止めておいた方が……」

「レッツ、バクシーーーン!」

「……」

 

 

 

 

『レグルス』に一直線に駆け寄っていったバクシンオー。

 

そして……

 

 

 

 

「「「「はーーーっはっはっはっは!!!」」」」

 

「増えてる……」

 

 

 

 

……とりあえず、逃げよう。

そう思い、シグマは振り返ることなく競技場を後にした。

 

ーーー

 

「『世界平和の道も、身の回りの秩序を正し、人々を笑顔にする為に皆で笑うところから』……素晴らしいです!このサクラバクシンオー、皆さんの考えにいたく感服いたしました!」

「嗚呼、バクシンオー先輩!貴方ならばボク達の考えを理解してくれると分かっていたさ!ぜひ『レグルス』の一員として、共に覇道の道を歩んでくれたまえ!」

「ターボ君、このサクラバクシンオーさんは、先行逃げきりという走りにおいては学園でも右に出る者はいないほどのスペシャリストだ!これ程頼もしい存在は無いぞ!」

「おお!ならば、将来ターボがバクシンオーさんを越えれば良いんだな!」

「ちょわ!?こ、これは頼もしい一言……ですが、簡単に負けてはあげられませんからね!」

「素晴らしい、素晴らしいじゃないか!こうしてボクら一人ひとりが互いに命を賭して高め合うことが、最後に悪の神々をも打ち砕く聖戦の幕開けにも繋がっていくのだろう!『獅子』の挑戦は、これからも続いていく、そうだろう?」

「よしっ!新生チーム『レグルス』改め『覇王華撃団』、再び今日より発足だ!」

「おおー!」

「『覇王華撃団』……良いですね!」

「華麗に、優雅に、更なる高みを!」

 

「「「「はーーーっはっはっはっは!!!」」」」

 

 

 

 

「……あのー、オペラオーさん?」

「ん?どうしたんだいドトウ?」

「えーと、そろそろ支度しないと、始業時間に間に合わないんじゃないかなー、って……」

 

 

 

 

『覇王華撃団』、発足1分で解散ッ!




華撃団に所属しているのが『サクラ』『バクシ』……

違うんです!わざとじゃないんです!
でもバクシンオーを所属させずにはいられなかったんです!

【修正・追記】
ターボの手本となるバクシンオーの走りを短距離→先行逃げきりに修正。
アオハルでチームに加わるまでターボの得意距離がマイル~中距離じゃなくて短距離だと完全に勘違いしてました……


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第30話:結成!覇王華撃団!②

本作で一番キャラ壊しちゃってるのって間違いなくドーベルだと思うの


チーム『レグルス』発足後、オペラオーと子岸が珍しく真剣な様子で話し合いを行っていた。

 

「トレーニングメニューの見直し?」

「うむ。改めてオペラオー、キミの練習スケジュールを見させて貰ったが、幾つか改善すべき点が見受けられた。」

「何だって?ボクの唯一無二たる覇王への輝かしい歩みにおいて、思わぬ死角から鎧の隙間に刃物を突き出される……そんな嘘のようなことが起こりうる、とでも言うのかい?」

「……残念だが。あ、神社への参拝に関しては、学園内でも話し合って『こちらの方が良い』という案を思い付いたので、それを後で聞いてほしい。きっと納得してもらえる筈だ。」

「ふぅむ……キミが言うのであれば、楽しみにさせてもらうとするよ。それで、他にも何か不味い点がある……とでも言うのかい?」

 

 

 

 

「飛び込み。」

「?」

 

飛び込みの何が不満なんだい?と聞き返す前に、子岸が続ける。

 

 

 

 

「……オペラオー。キミ、泳げないだろう。」

「……」

「飛び込み自体は悪い選択じゃない。ただ、泳げないのに飛び込みを続けるのは……下手したらキミ、何処かで溺れるぞ?」

「……」

 

子岸の指摘に、返す言葉が出てこないオペラオー。

 

「……ポセイドン王や、海底の様々な神秘をも魅了して支配する筈のボクの計画は完璧な筈……それなのに、まさかそんな恐ろしい罠が待ち受けていただなんて……これでは女神も、木こりに斧を返してすらくれないのではないだろうか……」

「……」

 

 

 

 

いや、最初に気づこう?という突っ込みは控える子岸。

 

 

 

 

「……しかし、それではボクはどうすれば……」

「……安心してくれ。飛び込みを行いつつ、溺れる心配も少ない、そして超強力な効果を得られるという方法を、『メジロドーベル』さんと『メジロライアン』さんから教わってきた!」

「な……なんだって!?」

「幸いにも、このボクが少々体を張って協力する必要があるらしいが……その位であれば問題ない!」

「嗚呼……やはりキミはボクにとって至高のトレーナーだよ!きっとその足も魚のまま天に上げられるようなことも無い筈だ!」

「よし!そうと決まれば早速試してみようじゃないか!」

 

ーーー

 

「……で、どうして我々がプールに呼ばれているんだ?」

「なんでもドーベルさんが『私、途轍もないものを産み出してしまったかもしれない……』と、ライアンさん共々私に声をかけてきたので……」

 

「……マックイーン、1つ……質問させてもらいたい。」

「なんですの?」

「私を道連れにしたな?」

「……お母様や火丸さんは元気にしていらっしゃるのかしら?」

「話題を逸らすのは止めたまえ」

 

シグマの追求をスルーするマックイーン。その横にはライアンとドーベルも並んでいた。

そして、反対側のプールサイドにはツインターボとサクラバクシンオー。『レグルス』トレーナーの子岸はプールの中で浮き輪をつけて浮いている。

そして、飛び込み台に立っているのがテイエムオペラオー。

 

 

 

 

「……1番高い位置からの飛び込みではないのか……?」

 

シグマが違和感に気づく。

立っている台の位置が、真ん中である。『飛び込み方』を披露するのであればともかく、あの高さで行うべきは『飛び込みの練習』ではないのか。

 

「トレーナーさんがいる位置も良く分かりませんわね。というかあの位置では丁度ぶつかってしまいますし、危険なのでは……?」

 

マックイーンが続ける。

受け止めようとしているのか?いや、それならば飛び込んだ後に横からヘルプに入る方が遥かに安全なのに……

 

 

 

 

「こちらはいつでもいけるぞ!」

子岸が叫ぶ。

「はーーーっはっはっはっは!今からボクは、海と空、その双方を虜にしてみせようじゃないか!

とうっ!」

 

 

 

 

「「あ、危な……!」」

 

オペラオーが、真っ直ぐに飛び込んでいったのは、他でもない子岸に目掛けてであった。

思わずシグマとマックイーンが叫ぶ。

 

次の瞬間、

 

 

 

 

ゴッ!

 

「……うわっ……え、えええ!?」

 

冷静なシグマが取り乱すほどの光景。

オペラオーは、子岸の頭に額から頭突きを当て……その場で回転し、再び頭突きを繰り返す。

 

「な、何ですのあれは!?」

「驚いた……本当にモノにするとはね。」

「ライアンさん!?」

「あの場でヘッドバットを繰り返しながら、徐々に上空への推進力をも高めていっている……オペラオーの体幹、そしてバランス感覚の成せる技ね。何より水面でそれを受け止め続けているあの『レグルス』のトレーナーも……たいした根性と体力ね。」

「……」

 

 

 

 

「(元凶はあなたの弟さんでしょうが!ドーベルさんに変なことばかり教えて!)」

「(私に言わないでくれ!)」

 

ドーベルのしたり顔に小競り合いを始める二人。

それを余所に……

 

 

 

 

「と、飛んだー!?」

 

ツインターボが指を差しながら驚愕する。

何度目かの頭突きの後、オペラオーが子岸の頭を両足でロックし、上空へ子岸もろともアクロバティックに不規則な回転をしながら舞い上がっていく。

 

そして、回転は下降状態に入っても続き……

 

 

 

 

「いくぞトレーナー!」

「応!」

 

「あ、あれはーーー」

 

 

 

 

バシャアアアン!

 

 

 

 

「決まった!」

「これぞ、『アステカセメタリー』!」

「「……」」

 

もう帰りたい……と思考を放棄したシグマとマックイーン、そして水面に叩きつけられた子岸と叩きつけたオペラオーを見て、教えた技が完璧に再現されたことを喜ぶライアンとドーベル。

 

ーーー

 

「いやあ、これは凄い練習だよ!流石はトレーナー!」

「いやいや、ボクはサポートしただけさ!モノにしたオペラオーが凄いのさ!」

「「はーーーっはっはっはっは!!」」

 

 

 

 

「ところで、ボクらは今どこで会話をしているのかな?」

「……何だか周囲の景色がだんだん……空に向かっていってないかい?これ。」

 

 

 

 

「二人ともしっかり!」

「AEDは!?」「もう使ってる!保健室から先生呼んできて!」

「なるほど!臨死体験によって根性を鍛えているのですね!」「そんなわけ無いだろう!」

「ターボにもできるかな?」「できません!しません!やらせません!」

 

……プールサイドが一部を除いて地獄絵図と化す中、天に引っ張られながら会話するオペラオーと子岸の魂があった。

 

なお、無事に二人とも蘇生したが、学園からは即日、危険な飛び込みを禁止する通達が発せられたのだった。




オペラオーがシナリオでプールへの飛び込みやってるのにスタミナ練習でビート板を持っているのが悪いと思うの
あと『アステカセメタリーやるならワタシの方が適任デース!』って叫びが聞こえるけど黙殺


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第31話:結成!覇王華撃団!③

ドーベルって実際リギルにいておかしくない戦績残してますよね

長距離走れるBランク以下のキャラ確認していたら、フクが「8201ポイント」だった時の俺の気持ちったら


「……それにしても、一体何を考えているのだ、あのたわけ共は……」

「魑魅魍魎……といっては流石に失礼かもしれないが、流石にな……」

 

プールでの報告を受けて、頭を抱えたのが生徒会の面々。

今回特に頭を痛めた原因が、『リギル』のメンバーが当事者だったことである。

 

「ドーベルの措置はどうします?」

「まあ、初犯であることも含め、口頭の注意に済ませよう。……誰が『漫画の技を一挙一動模倣して、結果技をかけた側もかけられた側も死にかけた』なんて事案を想像できる?」

「正直、見てみたかった気もするが……」「「やめてくれ。」」

 

まあ、流石に今回のようなことは、今後起こらないだろう、とルドルフが呟く。

 

「これでオペラオーが皐月賞を辞退……なんてことになったら、つくづく笑えない冗談だ。冗談は笑えてこそのもの、そうだろう?」

 

『私のようにな!』としたり顔になるルドルフを見て、微妙な表情を浮かべる二人。

 

 

 

 

「……ええ。ですが……」

「そもそも冗談というのは、無理矢理捻り出すようなものではない。」

「うーむ、難しいなあ。」

 

 

 

 

エアグルーヴもブライアンも、ルドルフの駄洒落は東条から『コミュニケーションの手段』として発案されたものであることを知っている。その為、基本的には寛容であるものの、博識故の突飛な言い回しに戸惑うことも少なくなかった。

 

……一部のウマ娘には毎回好評ではあるが。

 

 

 

 

と、生徒会室の扉がノックされる。

 

「どうぞ。」「たのもー!」「失礼します。」

 

勢い良く入ってきたのは、先日と同様にツインターボ。また、ツインターボの案内役をどこかでかって出たのか、今回はフジキセキが同伴していた。

 

 

 

 

「先日も伝えたと思うが、トレーナーの契約やチームの申請は、ここでは行えないぞ?」

「うん!今日は別の用事があってきました!じゃーん!」

 

ツインターボが、丸めた紙を広げる。

 

「これ、ターボが書いたんだよ!『覇王華撃団』!」

 

非常に達筆な字で、記されていた。

 

「報告がしたかった……というので。私としては、迷えるポニーちゃんを放っておくわけにもいかず……ね。」

「ふうむ……確かに字は綺麗だ。だが、先日の君の先輩がやってしまった行いなど、言うならば華撃というよりも……

 

……!!!」

 

 

 

 

『過激といったところかな』。そう言おうとしたルドルフの目の前に書かれていたもの、それは……

 

 

 

 

『覇王【過激】団』

 

 

 

 

それはもう、見事なまでの誤字。それも、見事なまでにルドルフの行動を先読みしたかのような。

 

 

 

 

「本当に……本当に……」

「本当に……本当に……?」

 

俯いて呟きだしたルドルフに聞き返すフジキセキ。

 

「ライオン(レグルス)はー!!!」

「近すぎだって!」「どうしよう……?」

 

絶叫するルドルフ。詰め寄られて戸惑うフジキセキと、壊れ気味のルドルフを心配するエアグルーヴ。

 

「本当に本当に!」「本当に本当に?」

「(レグルスに)行きたくなった!?」

 

再度のルドルフとフジキセキの問答後、当初から『レグルス行きたくなったんじゃないか?』という懸念をフジキセキにぶつけるルドルフ。

最後に、

 

 

 

 

「フジーーー!!!」

 

会長が叫んだのだった。

 

ーーー

 

「……会長のご乱心は置いといて、折角だから皆にも報告しておこうかな。」

「既におハナさんには話したのか?」

 

会長が突っ込んだついで、とばかりに、エアグルーヴとブライアンがフジキセキにチーム移籍について訪ねる。

 

「うん。やっぱり『新人トレーナーと可愛い後輩が年間無敗を目指す』なんて、こんな凄いキセキはそうそう見られないだろうからね。

どうしても私も噛みたい!と思ってしまって……」

「おハナさんの様子はどうだった?まあ、今我々にこうして話してくれているのであれば、特に心配は要らなそうだが……」

 

「『たまには自分のやりたいことを存分にやってみなさい。いつでも戻ってきて良いから』だって。」

「……概ね予想通りだな。そして我々も同じ意見だ。このツインターボくんとやらもまとめて、面倒見てやると良い。」

「みんな……」

「本音を言えば、お前がレグルスに入ってくれると、トラブルの報告も減るだろう……という考えも少なくないのでな。」

「ははは。あまりそこは期待しないでほしいね。」

「いや、頼むぞそこは……」

 

エアグルーヴがこめかみに手を当てて、心からの願いを吐き出した。




ルドルフ会長の駄洒落のくだりとか、あるいは趣味がチェスとか、やっぱ実際に引いてストーリー見ないと掘り下げられんこと多いっすね……(SSR確定チケットで来てくれました)

※ライブラ坏で初日ボコられて慌てて3人作り直したり、クラシック三冠とトリプルティアラの比較や陣営別選択を書いては直し書いては直しで更新停滞中。サーセン
再開時にはペース戻したい


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第32話:覇王の挑戦~皐月賞①

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・子岸 中←チウ



ライブラ杯に本気になりすぎて、そもそもゲーム始めたきっかけを暫くすっかり忘れてました。サーセン


ーーー負けることが怖くなる者がいる。

一方で、勝つことが怖くなる者もいる。

 

ーーー

 

「失礼します。」

 

トレセン学園から少し離れた病院。

その病室を、子岸は訪れていた。

 

 

 

 

「お忙しい中、わざわざお越しいただきありがとうございます。」

「こちらこそ。まだ療養中だというのに……」

 

子岸が対峙しているのは、オペラオーの前トレーナー。

フジキセキを通じてオペラオーに新たなトレーナーが見つかったと聞き、一度会いたい……と連絡してきたのである。

 

ーーー

 

「……それで、二人して危うく死にかけてしまいまして。」

「ははは、本当にあの娘らしい。」

 

自己紹介の後、オペラオーに関する雑談等で和やかな雰囲気が続いていた。

 

と、

 

 

 

 

「……そう。あの娘は、天才……いや、天才の中の天才。まさしく覇王……」

「……?」

 

 

 

 

前トレーナーの雰囲気が変わる。

 

「……私は……私は……そんなあの娘の才能を理解できた筈だった……だけど、私はその規格外の彼女が眩しすぎて……大きすぎて……!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

うわ言のように呟き、震え出すトレーナーに、子岸が慌てて声を掛ける。

 

 

 

 

「……ごめんなさい。ご迷惑かけて……」

「心配ないですよ。ここにはボクしかいませんし。もしものときは看護師さんを呼びましょう。」

「……はい。」

 

前トレーナーは『精神を患っての入院』とフジキセキから聞いていた。そして、週末の皐月賞に向けて、どうしても話がしたいということであった。

 

相手が落ち着きを保てるよう、笑顔で穏やかに子岸は話しかける。

 

 

 

 

「ボクで良ければ、何でも仰ってください。」

 

「……あなたは、イップスをご存じですか?」

「あ、はい……ある1つの失敗が強烈に無意識として残って、拒絶反応を起こすようになる……といったところでしょうか?」

「ええ。スポーツだと良く聞く話です。学園でも、時々勝てないことで健康なのに走れなくなってしまうウマ娘がいるみたいで……」

「そのイップスが、一体どうしたのです?」

「……私は、強烈な成功経験によって、トレーナーとしての仕事ができなくなってしまったようなのです。」

「え……」

 

 

 

 

失敗ではなく成功でイップスを発症した……と目の前の相手に告げられ、驚きを隠せない子岸。

 

 

 

 

「……初のウマ娘との契約、そしてトゥインクル・シリーズへの挑戦。オペラオーはデビューから圧勝を続け、私もトレーニングメニューを考えながら、彼女の指導を行うのに必死でした。」

「オペラオーが一人の時に行ってきたメニューは……」

「あの娘の並外れた才能を引き出すこと、それ以上に普通のメニューではオペラオーはもて余しうる。そう思い、彼女と一緒に考えたものです。」

 

 

 

 

トレーナーが続ける。

 

「……そして、ホープフルステークス……初めてのG1。2位に大差での圧勝。……怖くなってしまったんです。心の底から。」

「『怖い』……」

「はい。この先、ジュニア級からクラシック、シニアと続いていく道のり。そこで私が……私が原因で、あの娘を負けさせてしまったら……いや、そもそもあの娘の勝利に、私の力なんて……」

「それはない!」

 

『必要ない』、その言葉を子岸が遮る。

 

「オペラオーの才能はチーム『リギル』でさえ認めていたと聞いています。ですが、オペラオーに明確な目標を定めさせ、やる気にさせたのは紛れもなくあなたの指導と努力あってのものです!オペラオーが今、こうして大きな挑戦に挑もうとしているのは、あなたのおかげです!」

 

胸を張って告げる子岸。

 

しばらくの沈黙の後、トレーナーが口を開いた。

 

 

 

 

「……あなたは、彼女と一緒に『この1年間を無敗で駆け抜ける』と宣言したそうですね。それが……どれだけ重い宣言であるか、分かってますか?」

「勿論です!二人三脚でトップを走り続ける!それがボクとオペラオーの進むべき道ですから!」

 

目を真っ直ぐ見つめ、子岸が答えた。

その様子を見て、トレーナーが微笑み……涙を流し始めた。

 

「……どうか、オペラオーを……お願いします。

私には……あの娘と一緒に並び立つことが、できなかった……怖さと重圧に、耐えられなかった……」

 

「そんなことはないですよ!」

「……?」

「今でもそれだけ彼女のことを考え、思いやっているあなたは、オペラオーに並び立とうとずっと頑張っているじゃないですか!」

「……」

「オペラオーが信じたあなただ!ボクだって信じますよ!会ったばかりで恐縮ですけど!」

「……オペラオーが、あなたを選んだ理由、私にも何だか分かった気がします……」

 

涙を流しながら、穏やかにトレーナーが告げる。

 

 

 

 

「どうか今度の『皐月賞』、そしてその先のクラシック三冠……あの娘にこの先も、勝利をもたらしてあげてください。」

「勿論です!」

 

「……今回お呼びしたのは、あなたに皐月賞でオペラオーが勝つための方法をお伝えする為です。あなたが信頼できる相手であれば託そうと思っていました……」

「え……」

「おそらくグラウンドで指示を出すことは、この先ずっとできないままかもしれない。それでもあの娘の為に、私が考え抜いた作戦……どうかこちらのノートをお持ちください。」

「……ありがとうございます。ですが……」

「『ただ勝つ』だけならば、あの娘には難しくはないでしょう。」

 

子岸の疑問を見越して、トレーナーは話を続ける。

 

「ですが、オペラオーにとっては……そして、皐月賞だからこそ『ただ勝つ』だけでは駄目です。覇王らしく勝つこと、それをどうすれば実践できるか……」

 

曲がりなりにも一度はオペラオーの傍らに並び立った者。

それを理解しながら、子岸はトレーナーの話に耳を傾けた。




前書きのキャラ名前アレンジ一覧は今後テンプレにしていく予定。


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第33話:覇王の挑戦~皐月賞②

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・桐生院 悠人←ラーハルト

あと、チーム『シリウス』および『スピカ』からモブのオリジナルウマ娘を数人登場させます。


「……皐月賞、やはりオペラオーは出走するそうだ。」

「ははっ、そうこなくちゃな。」

 

 

 

 

週末の『皐月賞』に向けてチーム『シリウス』のメンバーが練習を行う中、サブトレーナーの桐生院悠人が北原チーフトレーナーに報告を行っていた。

 

「弥生賞には出てこないもんだから、おかげで誰が1着をとるのか読めねえのなんの。」

「……ウチのメンバーが聞いたら、怒るぞ?その発言。」

「いやいや、あいつらを貶してるわけじゃねえよ。大体あのレースの後は、お前も一緒になって走った奴らを労ったじゃねえか。俺の懐痛めてな。」

「今後もああいう機会が増えたら、出費が凄いことになりそうだな……」

「ま、ああこういうのも込みで俺らの仕事だからな。

将来独り立ちしたら、自腹切るのはお前だぞ?」

「うーむ……」

「オイオイ、今からそんなこと考えてんじゃねえよ。あくまであいつらに対しちゃ、『レースで勝たせる』ことを考えろ。」

「それもそうか……すまない。」

 

敬語よりも気楽ということで、北原は悠人にタメ口での会話を普段から容認していた。

その悠人が珍しく素直に謝ってくる様子に軽く面食らいながら、北原は続ける。

 

 

 

 

「『トリプルティアラ』を選んだ連中は順調か?」

「ああ。目下の相手は……むしろチーム内での競争だな。……幸い、ウチで去年デビューした連中は、全員ここまで怪我もなく順調にきている。」

「流石は桐生院トレーナー、ってところか。」

「最終的にデビューさせる娘を決定したのはあんただろう。」

「んじゃ、流石は俺、だな。」

 

含み笑いをする北原と、肩をすくめる悠人。

 

 

 

 

G1。

重賞の最高峰、ジュニア級でのデビューから己を磨き続け、一定以上の結果を残した者達だけが参加できるレース。

全国のウマ娘達が出走や勝利を目指す中、今年も『シリウス』から出場に名乗りをあげる者がいる。

 

「実際、デビューしたところで、まずはレースに1度でも勝たなきゃ、スタート地点さえ遠のいていっちまう。未勝利戦だっていつまでもそいつを待っちゃくれねえ。

あの娘達にとっちゃ、1戦1戦が勝負だからな。」

「ああ。……桜花賞はウチの『バーニングパープル』と『エメラルドクリスタ』、そこにスピカの『バトルコメット』辺りが張り合ってくる感じになりそうだ。」

「スピカ……沖野か。簡単には勝たせちゃくれねえだろうな。」

「勝つさ。だがどちらが1位を獲るかは分からんが。」

「はは、頼もしいな。」

 

 

 

 

トリプルティアラに関しては、引き続きこいつに任せるか……と改めて思い直し、北原はクラシック三冠に話題を戻す。

 

 

 

 

「皐月賞、今回ウチから出るのは誰だ?」

「『クレイジーロデオ』と『ホットスフィア』だ。」

「そうか……折角出走するからには、あいつらがどこまでやれるか見物だな。」

 

華麗さや優雅さ、そして勢いが物を語るトリプルティアラに対し、個々の実力が全てを語るのがクラシック三冠。

そこでトップを目指す連中……となれば、北原の方でも腰を据えて指導に関わる必要があった。

 

「勝てると思うか?」

「それをやらせるのが俺たちの役目……と言いたいが、流石にクラシック3冠の1角ともなると、簡単にはいかねえだろうな。」

「『シリウス』の中で、少なくともあいつらに勝てるウマ娘はいないぞ?……ああ、勿論オグリさんは別だが。」

「そういう奴らが集まる世界なんだよ。ここからはな。」

 

かつてオグリキャップが戦った相手やレースを思い出しながら、北原は続ける。

 

「オペラオー以前に、まずは弥生賞を獲った『スペースミリオン』や、2着の『アドマイヤベガ』にはリベンジする気でかからねえとな。」

「その辺りは、あいつらが一番分かっているだろうが。

 

……ちなみに……」

「どうした?」

「あいつらにマークさせるなら、どちらの方が良いと思う?」

「アドマイヤベガの方だろうな。」

 

悠人の質問に、即答する北原。

 

「明らかにリハビリ明けの調整って感じで、本気じゃ走ってなかったようだからな……しかし、それで2位とか、つくづく悔しいが天才ってのは幾らでも出てきやがるな。

あ、変にマークしろとか、あいつらに伝えるんじゃねえぞ。」

「分かってる。あくまで例えだ。」

「……まあ、いずれにしてもあいつらに勝つことが目標だ。景気良く勝てれば良いけどな。」

「勝たせるのが俺達の仕事……と、言ったばかりだろう?」

「ははは、そりゃそうか。」

 

 

 

 

だが……と、北原は続ける。

 

「勝たせるにしても色々なやり方があるもんだ。今回出走登録をしなかった『カノープス』のメイショウドトウみたいに、無理にG1での勝利を狙わず、じっくりと鍛え上げながら結果も出す、みたいな方法もな。」

「メイショウドトウ、か。弥生賞では……」

「ああ。」

 

最終コーナーで仕掛けようというタイミングで、まさかの転倒。下位に沈んだ1人のウマ娘を共に想像する。

 

「結果こそああなったが、もし転んでなけりゃあのレース、勝ってたのはおそらくあいつだ。」

「そこまで評価してるのか。」

「まあな。あの『カノープス』も、中々癖はあるが一筋縄じゃいかねえ連中が揃っている。マークしておけよ。」

 

 

 

 

考えにふける悠人に北原が、ふと思い付いて話を振る。

 

 

 

 

「……あ、そういやお前が一番意識している『ポルックス』は、ナリタタイシンが天皇賞に出るらしいな。」

「……何だと?」

 

突然の振りに、表情を険しくする悠人。

 

 

 

 

「見てりゃ分かるし、別に隠す必要もねえよ。俺がお前の立場なら、間違いなくあいつに対抗意識持ってるわ。」

「……フン。」

「あいつのチームにも中々凄い奴が入ったらしいし、ここはひとつ、我らが葵ちゃんに頑張って貰わねえとな!」

「……俺らが頑張るんじゃないのか。」

「葵ちゃんとミークが結果を出せば、それは俺らの手柄にもなる!『新人美少女トレーナーと、それを支える俺たち』って構図でな!」

 

何言ってんだか。

別に良いだろー。

 

葵とハッピーミークが合流するまで、トレーナー同士のやり取りは続いた。




オリジナルのウマ娘の元ネタは、某レースゲーム。
例えばスペースミリオンはジェットヴァーミリオンを軽く捻った名前。

モブの強さはスピカ(隠しマシン)≧シリウス(デフォルトマシン)って感じ。

あとトリプルティアラは現実でも当然ながら、決してクラシック三冠に勝るとも劣らない存在ではありますが……主要のネームド出せない都合もあって今回に限ってはこんな感じ。サーセン


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第34話:覇王の挑戦~皐月賞③

スピカとアンタレスの動向入れて本番レースという流れですが、今回はスピカでストップ。


「よしっ!二人とも良いタイムが出たね!」

「この調子なら中々いけるんじゃねーの?」

 

『スピカ』では、桜花賞と皐月賞に出走するウマ娘達が、チームのメンバーによるサポートの中で模擬レースを続けていた。

 

 

 

 

「先輩達……本当に気合いが入っていらっしゃいますわね。」

「ついていくだけで精一杯よ……」

「いや、むしろ今の時期からついていけるだけでも大したもんだぞ。」

 

マックイーンとオミクロンに、沖野トレーナーがスポーツドリンクを持って話しかける。

 

「マックイーンは、今からでもあいつらに混じってクラシック級に殴り込ませても面白そうだよなあ。」

「何を仰っているのかしら……まだ本番で結果も出していませんのに。」

「そもそもルール上無理だから。」

「マジトーンで返さないで、俺泣いちゃうから。」

 

塩対応をしながらも、しっかりスポーツドリンクは飲んでいる二人に苦笑しつつ、続ける沖野。

 

 

 

 

「『スペースミリオン』に関してはあれだけゴールドシップやチケゾーが色々教えてくれているし、あとは本番で実力を出せば心配ないだろうな。」

「ターフでは、先輩として本当に頼もしいですわね、あの二人。」

「……普段の様子からは想像できないけどね。……って……」

「ああ、聞こえてたみたいだな……」

 

長身の芦毛が突如マックイーン達の方を振り返り、凄い勢いで走ってきた。

 

「このゴルシちゃんを呼んだかー!待たせたなー!」

「よ、呼んでないわよ!?」

「ああ、呼ばれてないぜ!……だが……うっかり屋のウマ娘は見つかったようだな!」

「ちょ……ぴゃあああああ!?」

 

 

 

 

オミクロンに抱きついて、髪の毛をわしゃわしゃするゴールドシップ。

 

 

 

 

「天知る地知る人知るゴル知るだぜー!オミっちゃんの考えなんざゴルっとお見通しだこのヤロー!」

「ちょ、ちょっとお止めなさいゴールドシップ!沖野さんも……

って……」

 

 

 

 

『可愛いなあ』と顔に出して呆けている沖野に、マックイーンは表情を引き締め、狙いを定める。

 

 

 

 

「ゴールドシップさん、準備はよろしくて?」「おうよ!」

 

「……え?ちょ、ま、ぐあああ!?」

 

 

 

 

完璧なクロスボンバーが、沖野へと華麗に炸裂した。

 

悶絶する沖野と、突然の二人の切り替えやアドリブに困惑するオミクロン。

 

 

 

 

「……な、何なの?今の二人の息の合ったコンビネーションは?

ゴールドシップには、マックイーンのやろうとしていることが分かったとでもいうの?」

「ああ?マックちゃんの目を見れば、沖野に天誅が必要だってこと位、あたりきしゃりきのゴルゴルシキって奴よ!」

「不思議とその辺りの意志疎通がしやすいんです……私にも理由は良く分からないのですが。」

「というか、沖野トレーナーは……ああ、そういえばそうだったわね……」

 

 

 

 

ウマ娘達の渾身の一撃を食らっても、悶絶程度で済んでいるこのトレーナーも、大概よねえ……とオミクロンは思う。

 

 

 

 

「あああ何か楽しそうなことやっててズルい!アタシモ参加シタカッタヨオオオ!」

「いや、しなくて良かったですから……」

 

 

 

 

ゴールドシップの突然の離脱を見て、丁度休憩の時間ということもあって、叫びながら近づいてくるウイニングチケット達。

 

 

 

 

「それにしても、チケゾー先輩の走りを見ていると、正直今からでも天皇賞への参加ができないのかしら……と、どうしても思ってしまうのですが……」「駄目だ。」

 

マックイーンの呟きに、あっさりと復活した沖野が真剣な表情で答える。

 

思うところがやはりあるのか、耳が落ち着かなくなるチケット。

 

 

 

 

「チケゾー先輩、大阪杯では結果を出したじゃない。」「だからこそだ。天皇賞にはナリタタイシンもビワハヤヒデも出る。だからこそ、なんだよ。」

 

俺だって本音では出てほしいさ……と呟き、アメを口に頬張りながら沖野が続ける。

 

 

 

 

「……有馬で結果を残せなかった分を、今こうやって戻しているところだ。まだまだシニア級は続くんだ、ライバル達から学ぶ時間や方法はいくらでもある。」

「うん……。」

「マックイーン達も、今度の先輩達やそのライバル達の走る姿を見て、しっかりとイメージを焼き付けてほしい。自分の目指すものがどういう存在なのか、きっと学べることはある筈だ。」

 

「そうそう、チケゾー先輩には、たまには恩返しをさせて貰わないと!」「その通り。」

 

沖野の言葉に、『バトルコメット』と『スペースミリオン』が続く。

 

「私達、あのチケゾー先輩のダービーに感動して、このチームに入れて貰ったんですから!」「どんな相手であっても最後まで全力で戦う。それに憧れた者達が走る姿、ぜひその目に刻み付けてください。」

 

 

 

 

「……うううううう!ミンナアアア!!!ワタシ、嬉シイヨオオオ!!!」

 

後輩達の力強い言葉に、感極まって号泣するチケット。

 

 

 

 

「オミクロン、今度はあなたが私の模擬レースに付き合って貰えるかな?」「私ですか?」「うん。」

 

バトルコメットがオミクロンに話しかける。

 

「ウチのチームは、どうもマイルの距離を上手く走れる娘が少ないみたいでね……あなたが併走してくれると走りやすいんだ。」

「分かりました。お供します。」「よろしくね。」

 

「マックイーンも、今度はミリオン達の模擬レースに参加したらどうだ?」「ええ、そのつもりでしたわ。」

 

沖野の言葉に、マックイーンが頷く。

 

 

 

 

「よっしゃー!このまま皆で駆け抜けるぜー!目指すは冥王星だと日帰りじゃ遠すぎっから、天王星の輪っか目指して破片をお土産に持って帰ろうぜー!」「あはは……」

 

ゴールドシップのどこまでは本気なのか分からない号令に誰かが苦笑しつつ、スピカでは引き続き練習が続いていた。




前話でも触れましたが、スピカとシリウスのオリジナルのモブウマ娘は、『F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE』が元ネタです。
F-ZEROシリーズはコース別のリーグをチェスで定めている(ナイトリーグ、クイーンリーグ等)ので、今回の俺の作品設定と親和性あるよなと思って流用させてもらいました。


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第35話:覇王の挑戦~皐月賞④

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・大円 世良←ポップ

あと、トレーナー全員学園出てライセンスとっていることになるので……賢さは一定ライン以上って感じです。チウなんかはそれが顕著ってことで。


ーーー

 

「……流石に無人、ってわけじゃないか。正直誰もいないんじゃないかって思ってたし、ちょっと安心したかも。」

 

 

 

 

皐月賞前日。

 

各チームの出場選手やチームメイト、そしてトレーナー達は、練習を早めに切り上げて、ミーティングや激励会に入っていた。

その影響か、全体的に競技場は閑散とした雰囲気が漂っている。

 

 

 

 

そんな中、この日も競技場の練習風景を伺うのが、チーム『アンタレス』の大円サブトレーナー。

皐月賞に出走するアドマイヤベガのミーティングはチーフトレーナーの黒沼に任せつつ、競技場を訪れていた。

 

 

 

 

「しかし、やっぱ練習してる娘、少ないなー。トレーナーなんてほとんどいねえし。」

 

トレーナー達も、皐月賞に参加しないウマ娘達も、多くが万全の状態でレースを見るべく、自宅や寮に戻っている。

一方で、そんな状況下でも競技場で練習をする少数派のウマ娘は……

 

 

 

 

「……イメージとか、大事なんだろうな。」

 

闇雲に走っていたり、無計画に練習をしている感じの娘は見当たらない。

むしろ、何か目標を定めているか、競争相手を想定しながらのスプリントを行っている姿が目につく。

『こういう状況だからこそできること』を意識してトレーニングを行っている娘がほとんどだ。

 

 

 

 

「俺も、できることをやらないとな……」「いつも精が出るな、キミ。」「うわっと!?」

 

メモを取りながら改めて競技場に集中し……そんな時、後ろから声をかけられ、驚く大円。

 

 

 

 

「……キミは、確か『アンタレス』に入ったというトレーナーで合っているかな?」

「あ、良くご存じで。」

「一部のウマ娘達の中では結構有名になっているぞ。

『いつも競技場に来てはメモをとったり、困っている娘にアドバイスしている、若いけど研究熱心なトレーナーがいる』とな。」

「そうなんすか……いや、光栄かも。」

 

思わぬタイミングでの評価に戸惑いつつも、嬉しさを隠せない。

そんな大円に、相手は続ける。

 

「……野暮なことを聞くかもしれないが、キミは何故毎日、そこまでして研究を続ける?」

「決まってますよ。」

「ほう?」

「これが俺にできる精一杯だからです。……あの娘達とこの先、共に全力で頑張っていくには、俺が全力でなきゃダメですからね。」

「共に……か。」

「ええ。まあ、今の俺の全力なんて、まだまだチームの皆に認めて貰うには力不足ですけどね。」

 

あははは……と照れ笑いをする大円。

それを見て、相手が大円に語りかける。

 

「……折角の縁だ。良かったら、今から私の練習に付き合ってくれないだろうか?」

「え?別に構いませんけど……あなたは……」

「私のことは知っているだろう?」「ええ、まあ……。」

 

「この先、どうしても勝ちたい相手がいる。とても一筋縄ではいかない相手なのでね……最近評判というキミの手腕、お手並み拝見という意味も込めて、ひとつお願いされてくれないか。」

「……なんか俺、試されてませんか?」

「何ならキミの方で私を試してみてくれても構わんぞ?」

「あー……」

 

ちょっと面白そうかも、という好奇心を刺激され、トレーニングに付き合う大円であった。

 

 

 

 

「……どうした、妙に機嫌が良さそうじゃねえか。」

「あ、分かります?」

 

戻った大円に対し、黒沼が訪ねる。

 

「ちょっと有意義な時間を過ごしてきました。……あ、勿論トレーナーとしての意味っすよ?」

「当たり前だろうが。」「あははは。」

 

頭をかきながら笑う大円に、呆れた様子の黒沼。

 

「……師匠、」「ああ?誰が師匠だ、オイ。」

「あ、すいません。黒沼さん……」

 

「……面白そうじゃねえか。師匠呼びも。」

「じゃあ、師匠でお願いします。」

「はは、悪くねえな。で、何だよ。」

 

 

 

 

「ウマ娘がレースで勝つには……」

「んなモン、ひたすら心身鍛え上げるに決まってんだろ。」「いや、そうじゃなくて……」

 

ココの話っす。と、自分の頭を指す大円。

 

 

 

 

ごちん。

「いってえ!?」「んなわけあるか。」

 

次の瞬間、黒沼の鉄拳が大円の脳天に刺さっていた。

 

「痛くはしてねえぞ?」「あ……確かに。」

 

衝撃はあったが、痛みは無い。

 

「……今後の為に忠告しておくが、お前、親しい相手であってもああいうリアクションは止めておけ。」「……すいません。」

「で、何となくお前の言いたいことは分かった。実際、レースでそれができる奴は強い。だが、基本的に知略や作戦は、俺らトレーナーが担当するべきモンだ。」

「あ……」

「どうしてもあいつらに頭を使わせたいなら、その方法をお前が考えてみろ。」

「あー、そっか!分かりました師匠!」

「……」

 

……本当に分かってんのかコイツ。

 

「……まあいい。明日の準備をするぞ。手伝え。」

「了解っす!」

 

とても病気とか患ってるようには見えないけどな……と思いつつ、雑用にいそしむ大円だった。




微妙に黒沼トレーナーにマトリフ師匠がインストールされてても違和感なさそうだったので、つい。


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第36話:覇王の挑戦~皐月賞⑤

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・音坂 蹴←ヒュンケル
・子岸 中←チウ
・黒子台先生←クロコダイン
・如月 火丸←ヒム
・桐生院 悠人←ラーハルト

府中から中山へのくだりは本編には不要な筈だが、何か語らずにいられなかった。
つか一歩間違えれば、今回の放火致傷事件に競馬ファンも巻き込まれていた可能もあるよねえ……恐ろしい話です。


ーーー

 

皐月賞の舞台となる、中山レース場。

府中にある中央トレセン学園からは、マイクロバスによる出場選手の送迎が行われる。

一方で、そうでない者達は……

 

ーーー

 

「……東府中駅からは、一度下りの各駅で府中駅へと戻ってから特急で新宿駅へ向かう方が良いだろう。

新宿まで着いてしまえば、あとは総武線で西船橋まで一本……なのだが、この新宿駅構内での京王線とJRの乗り換えが案外ややこしい。

初めての人は下手したら小田急線なんかに迷い込んでしまうおそれもある。

 

まあ、目立つ場所に交番なんかもあるから、迷ったらそちらを訪ねると良い。あそこの警察官はトラブル慣れしているのか、基本的に親切な人が多い筈だ。

 

もしくは新宿から直で向かう以外にも、一度東京駅に出たり、あるいは大手町駅辺りから東西線の直通を利用するなんて方法もある。

 

地方から聖地巡礼などを検討したいのならば、都心の路線図に関してはJRとローカル線、および地下鉄こと東京メトロの違いなんかも、最低限知っておくと良いかもしれないな。」

「どうした急に。」

 

レース場で突然喋り出す、みなみとますお。

観戦スペースの最前列に陣取る彼らを初め、レース場は観客で既に満員となっていた。

 

ーーー

 

「……ちぇー、ボクも現地観戦したかったなー。」

「アタシもその方が良かったと思うんだけどね。」

 

チーム『ポルックス』の控え室。

テレビの前で頬をぷくーと膨らませて愚痴るトウカイテイオーと、それに応えるナリタタイシン。

 

「タイシンさんこそ、去年皐月賞で勝ったんでしょ?行けばチョー人気間違いなし!じゃないの?」

「……そんなんで調子崩したらたまったもんじゃないから。その辺はアイツも理解してくれてるし。」

 

天皇賞を前に、中山には行かずベストのコンディションを整えたいというタイシンに、音坂は「テイオーに当日、皐月賞についてレースを見ながら色々教えてやってくれ」という条件を与えていた。

 

「トレーナーは他の皆と中山に行ってるんだよね?」

「アイツは『実際に見ておきたい』って言ってたからね。スズカさんなんかもそんな感じでしょ。……タキオンさん辺りは、どちらかというとアイツのお弁当が目当てっぽいけど。」

「あああ……それ聞いちゃうとやっぱボクも行きたかったなー……」

「ちゃんとアタシらのお弁当も置いてってくれたんだから、それで我慢しなって。」

「でも、トレーナーと一緒に食べたいと思うのが『オトメゴゴロ』ってやつじゃないかな?」

「はいはい。」

 

 

 

 

……これ以上のテイオーとのやり取りは、ペースに乗せられてドツボにはまる可能性が高い。

経験上、そう考えたタイシンは話題を流す選択をとった。

 

「……アンタの目指す『無敗の三冠ウマ娘』、自分ではそれなりに理解はしているんだろうけど、きっとそれだけじゃ足りないんだと思う。アイツもそう考えたんだろうね。」

「むむむ……」

「1年後に画面の向こうで走ってるのはアンタだ。それを意識して今日のレースを見ること。」

「りょーかい。」

 

タイシンの一言に返事をするテイオー。

 

 

 

 

「……それにしても、皐月賞の『はやいウマ娘が勝つ』って、なんだか妙だと思うんだよね。1着を獲るには、一番速くなきゃ無理に決まってるのにさー。」

「……アタシも最初は同じことを考えたけどね。」

 

テイオーの尤もらしい疑問に、苦笑を浮かべつつタイシンが答えた。

 

 

 

 

「……スピードやテクニックを含めて、皐月賞は、『一番早く』『レースで勝てる自分を完成させたウマ娘』が勝つ。そんな舞台なんだよ。」

 

ーーー

 

競技場の一角。チーム『レグルス』に混じって、カール学園の黒子台先生と火丸、そしてシグマの姿があった。

レグルスの子岸が直前にトラブルを起こしたと聞き、わざわざ自主的に当日の引率を願い出た黒子台。そして「お前も一緒に来るか?」との声掛けに了承したのが火丸。「姉貴、まだチームとかに入ってないなら俺らと行こうぜ。」と誘われたのがシグマ。

 

当日、シグマは合流したメンバーの姿を見て絶句するも、火丸や黒子台先生もいるし、まあ大丈夫だろうと切り替える。

 

レグルスの常識人兼良心と言うべきフジキセキは学園に残り不在だったが、他のメンバーや子岸トレーナーも、いざ話してみれば明るく気の良い者達で、中山に着く頃には普通に打ち解けていた。

 

……一方で、第三者から見れば「妙に明るくテンションの高い集団」の一員として自らも見られてしまっている……そんな事実を、シグマは見落としてしまっていたが。

 

 

 

 

「折角ならボクらのチームに入ってはどうかな?シグマ君!」

「有り難い申し出ですが、今は回答を控えさせていただきたい。」

「そうか、まだメイクデビューまでに時間はある。じっくり吟味した上でウチを選んでくれるならば歓迎するからね!」

「寛大なご対応、感謝する。」

「なんだよトレーナー、もっと食い下がっても良いんじゃねーの?」

「ちっちっち。こういうのは何より本人の意志が大事なのだよ。火丸君!無理矢理決めようとするのはお互いにとって良くないのだ!」

「ははは、分かっているようだな子岸よ!お前も中々チームを率いるトレーナーの姿がサマになっているではないか!」

「黒子台先生……!」

 

 

 

 

……ウマ娘達以上に目立っているのが、この個性的な男達である。

なお、往路ではしゃぎすぎたツインターボと、それをたしなめつつ自らも負けない程はしゃいでいたサクラバクシンオーは、到着時にはエネルギー切れを起こして現在夢の中であった。

 

ーーー

 

「……これは又、奇遇で……」

「呉越同舟、ってか?ははは。」

 

観客スペースで、偶然鉢合わせたのが『スピカ』と『シリウス』である。

 

「先日の桜花賞、色々と学ばせていただきました。」

「それはこっちの台詞だって。それに、あの時の連中を鍛えたのは俺じゃない。オイ悠人!『スピカ』の沖野さんだ。」

「チーム『シリウス』の桐生院悠人です。先日の桜花賞ではウチのメンバー共々良い経験をさせていただきました。ありがとうございます。」

「あ……いえ、こちらこそ。」

 

 

 

 

……今キミ、どっから出てきた?ワープでもしたのか?

その一言を我慢した沖野に、北原が話しかける。

 

「あんときゃこいつのことを話しそびれたからな。あ、今日走る連中はこいつじゃなくて俺もトレーニングに加わってるからな?」

 

「……つまり、今日走るメンバーは先週よりも更に手強いと?」

「んあ?そう聞こえたのならそう理解して貰って構わねえよ?」

 

「奇遇ですね、今日ウチで出走する娘も、更に強力ですから。」

「んだと?」

「何すか?」

 

 

 

 

(……お前ら、子どもかよ……)

 

北原と沖野のやり取りを見ている全員が、そう思った。

 

 

 

 

『というかアレ、桜花賞を走った皆さんに滅茶苦茶失礼じゃありませんこと?』

『そうね……あとでゴールドシップ辺りに実力行使してもらうのが良いんだろうけど……ゴールドシップは?』

『あっち……』

 

 

 

 

「ラッシャッセー!ラッシャッセー!」

「みんなー!これ食べて元気出して、全力で応援しようねえええ!」

 

誰かが指差した先で、観客に焼きそばを販売している売り子のウマ娘達がいた。

 

 

 

 

『……いつ、何処で用意してたんだ?あれ。』

『分からない……』

『……まあ、ゴールドシップさんだし。』

『そうだね。』

『何でチケゾー先輩まで?』

『ノリじゃないかな……多分。』

『……やれやれ。』

 

 

 

 

「うーっし!今からタイムセールやんぞー!大盛、特盛の更に上の地球盛り、銀河盛り、宇宙盛りときてしまいにゃビッグバン盛りでーい!

残さず食えた奴にはゴルポ進呈すんぞー!あ、オグリパイセンは北原さんに許可とってからなー!」

 

 

 

 

……今、彼女達のことを深く考えるのはよそう。

全員がそう思った。

 

ーーー

 

中山レース場の地下バ道。

 

「アヤベさん、今日はよろしく頼むよ。」

「……フン。」

 

アドマイヤベガに話しかけたのはテイエムオペラオー。

 

「……気持ちが入っているようだね。お互い良い走りをしようじゃないか。」

「……ええ……?」

 

違和感を覚えるベガ。

いつものテンションで調子を乱されるのが嫌で、邪険に扱ったことは自覚している。

だが……ここから鬱陶しいほどに自他を賛美し、自分の世界を作り上げるのが本来のオペラオーの筈。

あっさりと引き下がった様に、『あなたこそ調子が変じゃない……?』と聞こうとするも、それは自分の性分じゃない、と訪ねるのを止める。

 

 

 

 

「キミはスペースミリオン君だね!弥生賞では素晴らしい結果を出したそうじゃないか!その輝き、是非ともボクに見せてくれたまえ!」

「よろしく。」

「おお、その差し出された手に籠るは、正に熱き魂!そして、それが生み出す生命のエネルギーは、これから会場を大うねりとなって包み込もうとしているじゃないか!

だが、ボクの率いる船は、決して沈むことはないのだ!そう!何故ならボクの船には『希望』が積んであるからね!

今日という日こそが、新たなる伝説の幕開けになる!ここに『覇王元年』の設立を宣言し、皆も共に歩もうではないか!」

「……はは、お手柔らかにお願いします。」

 

 

 

 

……やっぱりいつも通りかな。

心にしこりを残しつつベガは、高笑いしながらレース場へと歩いていくオペラオーの後を歩くミリオンに話しかける。

 

 

 

 

「……良く合わせられますね、あのテンションに。」

「あはは……割と慣れてますからね、私の場合。」

「……ああ……そっか。」

 

彼女の所属するチームって、そういえば『スピカ』だったわね……と思い出し、納得する。

 

「弥生賞の再戦、ですね。」

「ええ。今回は1位を獲りにくるのでしょう?万全のあなたと走れるのが、正直楽しみです。」

「……こちらこそ。あとはレースで語りましょうか。」

「喜んで。」

 

 

 

 

ジュニア級の中で選ばれし18名の精鋭達。

そのトップを決める『三冠の一角』が今、幕を開けようとしていた。




やっぱゴルシとオペラオー一緒に出すのキツイっす
ここにデジたんとかヘリオスとか書こうとした日には……




知識と理解と語彙力が試される恐怖の陣営として筆者のトラウマになる
キャラとしての性格もさることながらヲタ全開のテンション&口調、尊大な語り節とオペラの知識、ハイテンションなパリピ用語、ゴルシとそれぞれ言語が異なり猛勉強が必要
筆者は当初ゲーム未プレイで創作を行おうとしたことを改めて深く反省する羽目に


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第37話:覇王の挑戦~皐月賞⑥

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・音坂 蹴←ヒュンケル
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ
・黒子台先生←クロコダイン
・如月 火丸←ヒム

初の5000字超え……レース描写は書いてて楽しいけど大変やねこりゃ。


ーーー

 

「げっ……来てたんすか。」

「随分な挨拶だな。」

 

ウマ娘達のゲートインが始まる中、1人で中山を訪れていた大円は、『ポルックス』と遭遇していた。

 

 

 

 

「お前一人か?アドマイヤベガが出走するようだが……」

「あー……まあ、色々あるんすよ。」

「……まあいい。折角の縁だ、一緒に観戦しないか?」

「俺は別に構いませんよ。ですが、一緒にいる娘達は……」

「そんな配慮は要らん。……良いだろう?」

「はい。」「う、うん……」「ふむ。」

 

音坂がチームのメンバーに確認をとり、それにサイレンススズカ、ライスシャワー、アグネスタキオンが同意する。

 

「こいつは大円。俺の後輩だ。」

「ども、よろしくっす。」

 

「あ……あの!」

 

 

 

 

挨拶した大円に、ライスシャワーが声をかける。

一見おどおどした様子の少女だが、尋常じゃない迫力を灯した目に威圧される大円。

 

 

 

 

「お兄様について、色々教えてほし「おーっと手が滑った!(プスリ)」……きゅう~」

「……へ?」

 

 

 

 

突然素っ頓狂なことを言い出しかけたライスに、タキオンが華麗なステップで近づいて背後から首元にチクリと一刺し。

目を回してタキオンにもたれかかる。

その光景に呆気にとられながらも、大円には瞬時に理解したことがあった。

 

「……えーと、皆さんも大変っすねえ……元々こういう人なんですよ、この人。」

「どういう意味だい?」

「仕事も能力も文句の付けようが無いほど本当に優秀なんすよね。ただ、ある部分だけが異常に『鈍い』んですよ、ええ。」

 

「……興味深い内容があるようだ。

キミ、その『鈍さ』は昔からなのかい?」

「ええ、俺もずっと遠目に見ていて、嫉妬が止まりませんでしたからね。」

「なるほどなるほど。……キミはどうやら私にとって心強い存在になってくれるかもしれないようだ。では早速「タキオンさん?」ぴっ!?」「ひえっ……」

 

 

 

 

タキオンの肩に手を置くスズカ。

顔は穏やかな笑顔を浮かべていたが、大円が思わず悲鳴をあげる程の『迫力』が滲み出ていた。

 

 

 

 

「……抜け駆けはしない。そう皆で約束したのを忘れたのかしら?」

「い、いやあ……ライスくんを止めた勢いで、つい……」

 

「どうした?さっきから。」

「いや、そういうところも本当に相変わらずだなー、と。」

「?」

 

余計な事に首突っ込んじまったなあ……と内心後悔しながらも、共にレースの開始を待つ。

 

 

 

 

「今日は誰が勝つと思う?」

 

音坂が大円に訪ねる。

 

「そりゃウチのアヤベさん!……と言いたいところですが、正直どうなるかなんて分かりませんよ。」

「……聞き方を変えるか。誰が上位にくると思う?」

「うわ、そうくるか…… 実績からいけばアヤベさんかスペースミリオン、あるいはテイエムオペラオーでしょう。」

「『シリウス』のホットスフィアとクレイジーロデオは?」

「来るならロデオっすね。スフィアの方はなんか、走る目的が勝つというよりも別の方を向いているような……」

「案外、そういう奴の方がこういう一発勝負の大舞台では強いかもしれんぞ?」

「うーん……そういうもんすか。」

「お前は練習での走りしか見ていないんだろう?本番になれば、色々なものが一気にひっくり返ったりすることが多々あるのが、この世界だ。」

「……ちぇっ。」

 

 

 

 

いちいち説得力があるのが無駄に腹立つわー。

 

そんな様子が滲み出ている大円を見て、スズカとタキオンは『この男も、大概素直じゃないのね(のだね)』と、密かに笑みを浮かべていた。

 

ーーー

 

『さあ、一斉にスタート!全員綺麗なスタートをきった!注目のウマ娘は……先頭集団には予想通りホットスフィア!そこから数バ身離れてスペースミリオン、更にそこからクレイジーロデオ、そしてアドマイヤベガとテイエムオペラオー!そこから……』

 

 

 

 

「オペラオーは後方集団か……出遅れたわけでも無さそうだが。」

「過去のレースでは先行の作戦だった筈ですけどね。」

「今のところは作戦通りか。……ちょっとスフィアの奴が後ろを気にしすぎか?」

「あからさまに顔にも出てますね……あの調子だと、」

「チッ……逃げ切るのは難しいかもしれねえな。」

 

ーーー

 

『な、なんか変なんだよ!?後ろからの【圧】が!こんなの、私知らない!』

 

先頭集団の中で彼女だけがそれを感じてしまったのは、なまじ彼女に実力があり、そういうものを『感じられるレベルに到達してしまっていた』為である。

一方、明らかに【掛かった】様子のホットスフィアを見て、後ろの面子は『何かがある』と冷静になり、気を引き締める。

 

また、そのプレッシャーは見ている者達にも伝わり……

 

 

 

 

「……これは……」

「オペラオーさん……だけど、オペラオーさんじゃ、ない……?」

「分かりますか、ターボさん。ええ、プレッシャーを放っているのは確かにオペラオーさん。……なのに、何か妙な感じが……」

 

 

 

 

「妙だね。あんな真似をしなくても、彼女の実力であれば問題なく走りきれる筈なのに……」

「作戦、でしょうか……」

 

 

 

 

「……アイツ、ああいうタイプじゃねーだろ。」

「そうですよねえ……もっと、皆に『ボクはここにいるぞ!』という感じの存在感を出すものかと……」

「そういうのを『捨てて走ってる』んじゃない?」

「あ……そうかも。だけど、それなら余計に分からないよ!そうまでして……」

 

ーーー

 

『残りは1000メートル!ここにきて先頭集団が大きく崩れ始めた!変わって先頭に躍り出たのはスペースミリオン!その後ろにクレイジーロデオが続き、徐々にアドマイヤベガとテイエムオペラオーが上がってきた!さあここから最終コーナーを曲がって……』

 

 

 

 

『よし、絶好の仕掛け所!』

 

先行の位置からトップに躍り出たところで、スペースミリオンが集中力を高め、一気に力を解放する。

 

ーーー

 

「ミリっち、仕掛けるかー。」

「いつ見ても綺麗ですわね、あの方の創り出す『空間』は。」

「凄いよね!まるで宇宙空間を……   えっ?」

 

ーーー

 

『おーっと!ここで一気に上がってきたのはアドマイヤベガ!集団を抜け出し、スペースミリオンに迫る勢いだ!』

 

 

 

 

『私だって……負けられない!絶対に……!』

 

「アヤベさん!」

「これは……凄いね。ミリオン君の空間に干渉するほどの……」

「ええ、綺麗……まるで、流れ星のような……」

 

ーーー

 

『さあここから最終直線!中山の直線は短いぞ!スペースミリオンとアドマイヤベガの……

 

 

 

 

え!?』

 

ーーー

 

 

 

 

「これが、ボクの……全力だ!」

 

 

 

 

その瞬間。

最終コーナーから、明るい色をした『何か』が、一瞬……としか形容できない速さと力強さで、全てを抜き去った。

 

 

 

 

『私の、宇宙が……』

『私の、一等星……』

 

それら全てを『飲み込んだ』、テイエムオペラオーの『太陽』。

その巨大さ、そして眩しさに、見る者達、そして見える者達は、言葉を失っていた。

 

ーーー

 

「テ、テイエムオペラオー先頭!あっという間に先頭に躍り出た!その差は更に開いていく!これは既にセーフティリードか!脚色は衰えない!400……200……そのままゴールを駆け抜けたー!

 

 

 

 

……ああ!そして、2番手争いはアドマイヤベガ!スペースミリオン……いや、クレイジーロデオか!?」

 

オペラオーのゴールから少しの間の後、我に返った実況が2着争いを告げる。

 

 

 

 

観客席は、オペラオーがゴールした後……静まり返っていた。

そこに、

 

 

 

 

「はーーーっはっはっはっは!!!」

 

オペラオーが2000メートルを走りきった直後とは思えない高笑いを披露した後、

 

 

 

 

「ボクこそが……最強!!!」

 

笑顔で天に指を突き立てた。

 

 

 

 

ーーーワアアアアアア!!!

 

それを見て、観客席がようやく万雷の歓声に包まれたのだった。

 

ーーー

 

「……子岸さん。」「何だい?」

 

シグマが子岸に話し掛ける。

 

「あれ、『何です?』」

「……」

 

「……いや、違うか。私が聞きたいのはもっと別のことだ。

 

……あなたは何故、『オペラオーが圧勝したのに、そんなに嬉しそうではない』のですか?」

 

「……はは。分かっちゃうか。」

 

 

 

 

子岸の表情は……笑顔に混じって、辛そうな感情が明らかに混じっていた。

 

「ごめんね。でも……うん。言えないや。」

「言えない?」

「うん。……みんな、これだけは理解してほしい。『このレースは、全てがボクの責任』だ。」

「何を言って……」「『テイエムオペラオー』のトレーナーさんですよね!ぜひ今日の勝利についてお聞かせくださいますか!」

 

 

 

 

報道陣が、トレーナーである子岸の姿を見つけて殺到してきた。

 

 

 

 

「黒子台先生、みんなの引率を頼みます。」

「あ、ああ……だが、お前……」「お願いします。」

「……分かった。」「ありがとうございます。」

 

黒子台が、レグルスのメンバーとシグマ、火丸を集め、観客が引き上げ始めて空いている空間に移動した。

 

 

 

 

「……姉貴。」「何だ?」

「確かに『世紀末覇王』にふさわしい走りなのは分かった。分かったんだが……あれじゃあよ……」

「……ああ。……今は、子岸トレーナーを信じよう。」

「そっか……」「うむ。」

 

黒子台先生が割って入る。

 

「オレも正直、あんな顔をした子岸は初めて見たかもしれん……だが、シグマ君の言う通り、今はあいつを信じてやろう。」

 

「……ターボ、あれじゃあダメだと思う。世紀末に王様があんなんじゃ、誰も王様についてきてくれないよ……」

「……そうだな。まあ、まずはあいつが解放されるのを待とう!この後はウイニングライブもあるし、ご飯でも食べてゆっくりしようではないか!」「「「賛成!」」」

 

 

 

 

……と、急にテンションを上げて両手を突き上げたターボの手が、黒子台先生の目元を襲い……

 

 

 

 

「ぐわああああ!」「く、黒子台先生ー!?」

 

直撃の末、悶絶する大男の姿があった。

 

ーーー

 

「……皆の者!良く聞いてくれたまえ!」

 

レース後、興奮よりも動揺の収まらないレース場に、オペラオーの声が響き渡る。

 

 

 

 

「今日の勝利……本当に申し訳ない!ボクとしたことが、まさか自分自身に負けてしまうとは!」

 

ざわ……と、観衆がどよめく。

まさか開口一番、勝者の口から謝罪が飛び出すとは誰もが思っていなかっただろう。

 

「そう……今日という大舞台!レース場の至るところで、ボクを狙う『影』たち!それに勝たなければ……と、ボクはこの手に持った杖で道を切り開いていった!そしてようやく最後の曲線、この手で切り開いた道を迷いなく突き進み、この手に栄光を掴んだ……筈だったのに!」

 

そこまで告げた後、オペラオーが身を掴み、震え出す。

「振り返った先にあったものは……敵ではなく、仲間達であり、そしてボク自身だった!

今のボクは1人ぼっちだ!たった1人の王に何ができるというのだ!」

 

うっすらと目に涙を浮かべながら叫ぶオペラオー。

 

 

 

 

そこへ。

 

「ボクの責任です!」

「トレーナーくん……」

「今回のレース、全てはボクの作戦が招いたものです!彼女は悪くない!」

「作戦と仰いましたが、それはどのような?」

 

質問の声が飛ぶ。

 

「詳しいことはチームや関係者だけの話になるので言えませんが……一つだけここで宣言させてください!」

「宣言ですか?」

「次の『ダービー』、こちらでは必ず、皆を笑顔にするようなレースを約束します!」

「おお!それは、ダービーも勝利するという予告とみて間違いないでしょうか?」

「勿論です!ボク達の目標は年間無敗の完全制覇ですので!」

「年間無敗の完全制覇ですって!?」

 

 

 

 

トレセン学園のグラウンドではない、中山レース場で超満員の観客と全国放送を前にした、完全制覇宣言。

これには一気に場内がヒートアップしていた。

 

 

 

 

「トレーナーくん……」

「本当にすまなかった。今度はキミ自身も誇れるような勝利を目指そう。」

「ああ……そうだね!」

 

ーーー

 

「……こいつはすげえ言葉が出たな。」

「今日の走りをみる限り、決して冗談じゃないでしょうね。」

「ああ……しかし、どうする?お互い。」

「うーん……正直困りましたね。」

 

北原と沖野が、互いに頭をかきつつ語り合う。

 

入賞こそ果たしたものの、その圧倒的な実力差を目の当たりにしたのは、トレーナー以上にウマ娘達である。

 

 

 

 

「ロデオは割とピンピンしてそうだが……スフィアの奴が心配だな。」

「ウチのミリオンも、そこまで柔じゃないですから……ただ、この先オペラオーに勝つには……」

「……どうしても出てきちまうからな。怪物は勿論だが、怪物と同世代になっちまう連中ってのが。

 

まあ、とりあえず今日はライブ後に大枚はたくしかねえだろうな。」

「良かったらウチと合同でやりませんか?それ。」

「きちんと割り勘にしろよ?」

「……ええ……北原さんの方が稼いでますよね?」

「そういう問題じゃねえだろ。お前まさか最初から……」

「いやいや!流石にそれは無いですって!」

 

会場どうするよ?今から大人数でいけるような場所って……

それでしたら……

 

ーーー

 

「……惜しかった、とみるか?それとも、残念だった、とみるか?」

「当事者にきっつい言葉浴びせますねえ……」

「お前のことだ、既に考えてるんだろう?」

「何をです?」

 

 

 

 

「オペラオーに、アドマイヤベガがダービーで勝利する方法を、だ。」

 

「……ったく、何でそこまでお見通しなんすか。」

「……え?え?お兄様……」

 

二人のやり取りに困惑を隠せないライスシャワー。

その様子に思わず反応する大円。

 

「あはは、正にご自身がそれを成し遂げているじゃないですか、ライスさん!」

「あ……」

「一度の負けで諦めていたら、トレーナーなんてできやしませんよ。」

 

「ククッ、あのアドマイヤベガは、確か黒沼さんが指導したんだろう?まだスタート前じゃないか、お前。」

「あー!いらんこと言わんでくださいよ!」

 

うがー!と頭を抱えて叫んだ後、こうなりゃやけだ!と、音坂に指を突きつける大円。

 

「こうなりゃ絶対にアヤベさんにダービー獲らせてやる!ポルックスの皆さんが証人だ!」

「……良いだろう、聞き届けたぞ。」

「もし達成できなかったら、どうする気だい?キミ。」

「……ああ、それなら良い案があるよ?」

 

タキオンの言葉にライスが提案を行う。

 

「お二人の学生時代のお話とか、聞かせてほしいかな?」

「……はっ?」

「……いいねぇ!実に興味深い!」

「ちょ、ちょっと待ってください!そもそも勝っても負けても俺に何か得になることって……」

「無いですね。ふふっ」

「何だか知らんが俺もそういう立場だ。これはお前に頑張ってもらわなければな。」

「あああああちくしょー!」

 

頭を抱えながら再度絶叫する大円であった。

 




ベガの星と、本来の固有とは違いますがオペラオーの太陽を対比させるのに「宇宙空間」がマッチしまくってたので、モブではありますがちょっとスペースミリオンは目立たせた感じっすわ。


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第38話:一等星の輝き~東京優駿①

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・子岸 中←チウ
・大円 世良←ポップ

次のダービーまで書いてようやく設定・人物紹介が書けそうな感じ。


ーーー

 

「……ボク、どうしてもさっきのレースで分からないことがあるんだよね。」

「分からないこと?」

 

中継を見終えたテイオーが、タイシンに語りかける。

 

「太陽ってさ、みんなを明るく照らしたり、暖かくしてあげる存在だよね。」

「ん……まあね。」

 

 

 

 

「あんな太陽じゃ、みんなを暖めるどころか全部焼いちゃって、後に何も残らないよね?」

 

ーーー

 

「伝言だよ。……『よくやってくれました。この先は全て、あなた達にお任せします。』だって。」

「そうか……ありがとう。でも、ボクは……」

「多分あの人には、ああなることも分かってたと思うよ?

それに、キミの場合は最後まで役者になりきるよりも、あんな風に素をさらけ出す方が似合ってるよ。だから、最後には歓声がキミ達を包んだんだ。」

「……オペラオーは……」

「彼女も分かっていたんじゃないかな。『今回』と『今後』の作戦について。」

 

学園に戻り、『レグルス』および随伴のメンバーが解散となった後、レグルス控え室では子岸とフジキセキが話をしていた。

 

「いずれにせよ、良く彼女はあそこまで『あの作戦』を完遂してくれたと思うよ。」

 

ーーー

 

子岸に渡されたノートには、皐月賞におけるオペラオーの走り方が、綿密なタイムと共に細かく記されていた。

そして、『仕掛け所』……ゾーンに入るべきタイミングまで。それも、当日のライバルになると予想された、アドマイヤベガやスペースミリオンの動きまで想定したものが。

 

そして……最後にオーダーが1つ記されていた。

 

子岸とフジキセキが前日、オペラオーにこの内容を伝えたところ、最初は笑顔で作戦を聞いていたところが、徐々に真剣な様子へと変わっていった。

 

そして、吟味を重ねる中でオペラオーが二人に訪ねた。

 

 

 

 

『……1つだけ聞かせてほしい。

【これを考えた者】は、これからもボクと共に覇道を歩んでくれるのかい?』

『今までも、そしてこれからも歩もうと精一杯頑張っている。これだけは信じてほしい。』

『そうか……ならば迷うことはないか!』

 

 

 

 

子岸の回答に、吹っ切れたような表情を見せたオペラオー。

 

『王に別の王を演じろとは、何とも大胆な策をもたらしてくれたものだ!だが、面白い!実に面白い!道化が王の首を狙うこともあるだろうが、逆に王が勝利の為に道化を演じることもあって然るべきか!ボクの覇道を進む序章としては、この上ない傑作になるかもしれない!

トレーナー君、フジ先輩!そしてボクらを見守る聖霊よ!この覇王に力を与えてくれたまえ!』

 

 

 

 

オーダーには、こう書かれていた。

 

【勝利が確定するまで、決して相手を振り返らないこと。】

 

ーーー

 

「『目眩まし』?」

「そう。」

 

夜のバーで偶然出会った沖野と東条。

近況を話す中、皐月賞についての話題となり、オペラオーの走りについて東条が分析する。

 

「ホープフルでは、先行から周囲と競り合って抜け出していく走法……だったのよね?」

「ああ……あれには舌を巻いたさ。」

「それが今回は後方からの差しで、一気にごぼう抜きして圧勝……それでいて、勝っても嬉しそうじゃなかったのでしょう?」

「オペラオーや子岸とかいうトレーナーも様子が少し変だったが、それ以上に暫くの間、競技場が静まり返ったからな……。」

「そこね。」

 

 

 

 

東条がグラスを口にし、続ける。

 

「私もオペラオーのことは少しだけど知ってる。勝利して観客が静まり返るなんて、あの娘が一番嫌がりそうな状況じゃない。」

「まあ、確かに……あの後の高笑いとか、無理矢理っぽかったしなあ。」

 

「それでもあの娘はそういう走りを選んだ。何故かしら?」

「……!『年間無敗の、完全制覇』……!」

「でしょうね。最初にそれだけ『完璧で、他の相手を負かすような勝ち方』をしておけば、少なくとも同世代の対戦相手に大きな先制パンチを浴びせられる。そして、それだけじゃない。」

「……『年間』、か。」

「そう。早ければ6月の安田記念や宝塚記念から、G1ではクラシック級とシニア級と混合でのレースが組まれるようになる。その相手達に対しても宣戦布告になるだけでなく……」

「……『目眩まし』ってのは、そういう意味か……」

 

「『レグルス』のトレーナーは新人って聞いているけれど、中々どうして大胆な手を打ってくるわね。

今からでもウチで声掛けて囲っておくべきかしら?」

「流石に想像するだけでキツいんで勘弁してくれ……」

「冗談にきまってるでしょ。」

 

 

 

 

オペラオーの走り方について、ライバルやそのトレーナー達に仕掛けられた『目眩まし』。

 

……だが、それに気付いた者達には、同時に『もう1つの目眩まし』が仕掛けられている。

 

ーーー

 

「師匠、ブルボンさんからクラシック三冠の時の話を聞かせて貰っても良いっすか?」

「……ちょっと力込めて拳骨入れても良いか?」

「いやいやいや!勘弁してください!」

「理由を話せ。回答次第では加減をつけてやる。」

「拳骨は確定なんすか!?」

「たりめえだ!何が悲しくてあん時の話をわざわざしなけりゃならねえんだ!」

 

怒号を浴びせる黒沼に怯まず、大円が応えた。

 

「今度のダービーで、あの真逆のことをやらなきゃならないからっすよ!」

「……何?」

「オペラオーをウチのベガさんでやっつける方法を、俺らで考えなきゃならないですから!考えるのは俺らの仕事って、師匠も言ってたじゃないっすか!」

「む……」

 

確かにそれを言ったのは自分だ。

それを思い出しつつ、黒沼が大円に問いかける。

 

「……その前に、本人の意志……いや、足の状態なんかも確認しねえと」「問題ありません。」

 

アンタレスの控え室に、アドマイヤベガが入ってくる。

 

「足に関しては、レース後やライブの後でメディカルチェックも受け、異常なしと診断されました。ダービーには出ます。」

「その口ぶりだと、ダービーでの1着を目指す、ってことで良いんだな?」

「はい。先日の皐月賞では後れをとりましたが、今度こそ1着になります。」

「『なりたい』じゃなくて『なります』ときたか。……良いだろう、みっちり鍛えてやるから覚悟しておけ。」

「ありがとうございます。……その前に、話しておきたいことがあります。

 

皐月賞の時のオペラオーなんですが……」

 

地下で相手に感じた『違和感』について、アドマイヤベガは話し始めた。




オペラオーの前トレーナーさんは、この先も出しすぎるとなんか黒幕とかの重要ポジを担いかねないのでここでお役御免(予定)
レグルスの参謀役はフジ先輩に頑張ってもらいます。


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第39話:一等星の輝き~東京優駿②

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・子岸 中←チウ
・大円 世良←ポップ
・阿万先生←アバン

アバン先生のフルネームが「アバンテJr」をもじっているって設定は、当時は気づかなかったですねえ。


「……少しオペラオーの様子がおかしかった?」

「はい。私の後に話しかけたスペースミリオンとのやり取りでは、いつもの調子に戻っていたようでしたが……」

 

「具体的に、どんな感じだったんだ?」

「普段通りであれば、私が流そうとしても『ボクには分かるさ!キミの心の中に燃える弓矢が、このハートを撃ち抜くべきオリオンによって引き絞られ、血脈が熱き鼓動を奏でている、そんなアルペジオの旋律が!』みたいに食い下がってくる筈でしたが……」「……ぶふっ!」「……何です?」

 

アドマイヤベガのオペラオーを真似た口調に、思わず吹き出してしまう大円。

 

「ごめん。ただ……普通そこまで似せられないと思うよ?」

「……」

「それだけアヤベさんがオペラオーのことを良く理解している、ってことでもあるよね?」

「……不本意です。」

 

こめかみに指を当てて頭を振るベガ。

『本当に、美少女は何をやっても美少女なんだなあ……』と一瞬考えつつ、話を続ける大円。

 

「他には?」

「あとは、レース……オペラオーのあんな走り、初めて見ました。いつもなら、『競争を楽しんでいる』雰囲気が伝わってくる筈なのに……」

「俺にもあれは、異様に思えたんすよねえ。……俺の場合、オペラオーよりも子岸の方に、ですけどね。」

「子岸……オペラオーのトレーナーか?」

 

黒沼の質問に、大円が応える。

 

「はい。何だかんだで付き合い長いんで……てっきりオペラオーが勝った後も高笑いしながら『おめでとう!ボク達の完全な勝利だ!』とでも言うかと思ったら……いきなり『ボクの責任です!』なんて謝りだして。正直何事だよ、って思いましたよ。」

「勝っておいて『ボクの責任』ってのも、確かに良く分からんな。」

「……オペラオーにあんな走りをさせたのは、ボクの責任……って意味じゃないかしら?」「そこが分からないんですよ。」

 

ベガの言葉に反応する大円。

 

「子岸の性格じゃ、あそこまでオペラオーに『勝ちにこだわった走り』させるなんて、絶対に無理っす。そこは断言できるんですよ。」

「断言できる……とまで言い切るか。」

「……あの阿万先生の前で『ボクがウマ娘を不幸にするなんて、有り得ません!なぜならボクは、彼女らを幸せにするからです!』って啖呵切りましたからね。」

「……その辺はお前の主観だから、根拠にはならねえ……と言いたいが、考えてみりゃ新人トレーナーが立ち上げた、チーム『レグルス』、いきなりG1の皐月賞で勝利……普通は有り得ねえ話だからな。

 

大円、お前から見て、レグルスのトレーナーの強みは何だと思う?」

「『運』は間違いなくあるでしょうね。あとは……カリスマ?」

「ああ……なるほどな。良く分かった。あいつのヤバい点は……」

 

 

 

 

『今の時点で、それらを持っちまっていること』だ。

新人ホヤホヤのトレーナーが、周囲や観客から『こいつは何かやってくれるんじゃないか』と期待してもらえるか?って話だ。

 

ーーー

 

『……レグルスのトレーナーがお前の言う通りの奴ならば、次のダービーはそいつの言った通り、ベガが知っているオペラオーの走りをしてくる筈だ。

……そうなると、「皐月賞でのオペラオーらしからぬ様子や、レース運び」について、きちんと解明しておくべきだろうな。

ベガのトレーニングは俺が見るから、お前はそれを考えろ。』

 

 

 

 

「……流石に子岸達に直接聞くわけにはいかないよなあ……あいつの場合、あっさり喋ってくれるかもしれないけどさ。」

 

黒沼から出された課題を思い出し、競技場の前でひとりごちる大円。

 

 

 

 

「……随分と考え事をしているようだが?」

「あ、いつも通りなんで気にしないでください。」

「競技場から近づいてくるウマ娘に気づいていない時点で、いつもの君ではないだろう。」

「……何でそんなこと、分かっちゃうんすかね。」

「トレーニング中、評判のトレーナーが一人でいるところを、みすみす見逃してくれるようなウマ娘ばかりではないということだ。」

「……そいつは喜んで良いのか……」

 

ふと、トレーニング中のウマ娘に話し掛けられる。

 

 

 

 

「それで、一体どうしたというのだ?」

「……あー、君はチームとかには……」

「今は模索中の身でね。」

「……んじゃ、聞いてもらおうかな。もし興味がなければ、忘れてくれても良いから……」

 

 

 

 

ーーー

 

「……実に興味深いな。」

「え、本当?」

「……ああ、今度のダービーで君達は、オペラオーと子岸トレーナーに勝とうというのだろう?

 

その話、私にも一枚噛ませて貰えないだろうか?正直、彼女らには私にも思うところがあってね……」

「その口振り……何か知っているのか?」

「うむ。……その前に1つ聞いておきたい。本当に君は、彼女らに勝てると思っているのか?」

「もちろん。」

「……仮に打倒オペラオーを目指しても、結局彼女らに上を行かれてしまうかもしれんぞ?」

「構わないさ。……人事を尽くさなきゃ、そもそも勝利の女神は微笑んでなんかくれない。むしろ全てがダメでも『横っ面を引っ叩いて立ち上がらせてくれる』、それが俺にとっての勝利の女神なのさ。」

 

「……」

 

 

 

 

「絶対に諦めねえ……それが俺の信念……あれ、どうしたの?」

 

 

 

 

大円がウマ娘ーーー『ナイトシグマ』に怪訝そうに訪ねる。

 

「いや、君の信念……ぜひ協力させて貰おうと思ってな。

 

……変わらんな、君は。」

「ん?何か言った?」

「いや、気にしないでくれ。それよりも、交換条件としては暫く私のトレーニングを見てほしいのだが。」

「……まあ良いか、それならお安い御用さ。」




元々シグマに前世思い出して貰っていても、極短期間を戦闘に明け暮れただけなので本人のキャラには特に影響は無いという。
ただ、この辺の人間関係みたいなのがスムーズになるのは強力な要素……というか考えてみたらそれが一番ヤバいか。


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第40話:一等星の輝き~東京優駿③

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・子岸 中←チウ
・大円 世良←ポップ
・音坂 蹴←ヒュンケル


ーーー

 

「『言えない』ときたか。」

「はい。確かに子岸が言ってたそうです。」

「……これで1つ分かったな。」

 

『アンタレス』の控え室。

大円の報告を受け、黒沼が応える。

 

 

 

 

「『誰かの為にあれをやった』ってことだな。言うと不味い相手がいるから『言えない』って言い訳は出るもんだ。」

「じゃあ、あの時の走りは……」

「あれを披露して喜ぶ奴がいたんだろう。ベーブルースが難病に苦しみながら手術を怖がってる子どもに『必ずポストシーズンでホームランを打つから手術を受けてくれ』と約束して、本当にホームラン打った……って類のな。」

「なるほど……でも師匠、あいつらにそんな約束をするような相手なんて……」

 

 

 

 

「……1人いる。」

 

黒沼が厳しい表情で告げる。

 

 

 

 

「……今から話すことは絶対に外に漏らすな。下手すりゃ俺らのクビが飛ぶからな。……しかし、それならあの子岸とかいうチビも、随分と甘い野郎だな……無理もないが。」

「え……」

 

ーーー

 

「……そんなことが。」

「表向きは一切公表されていない情報だ。俺も治療や定期検診の頻度が増えなきゃ知らなかったからな。

繰り返すが、こういうデリケートな話は絶対に外に漏らすなよ。不用意に話したら、誰が出所なのか分かるようになっているからな。」

「了解っす。

確かに、その人……『オペラオーの前トレーナー』の為にどうしても勝利を届けたかった……ということであれば、色々と納得できますね。」

「あいつらの『次からはもうやりません』って宣言も、『こんなことしなくても勝てるのが分かったんで次のレースからは盛り上げていきまーす』ってところか?チッ……舐められたもんだな。」

「流石にそういうつもりで言ったわけじゃ……」

「無意識で言ってる分、余計に性質が悪いじゃねえか。……しかし、その辺が分かった以上、次のダービーは絶対に落とせねえぞ。」

「師匠……」

「『誰かの為に頑張る』だ?んなモン誰だってそうだろうが。

気に入らねえのは、あいつらが自分を殺していやがった点だ!そんな奴らにトップなんざ取られたままでたまるか!」

「……」

 

感情を露にする黒沼。

 

「……俺の身体も、そろそろガタがきてやがるからな。やっぱ自分が一番分かっちまうもんなんだよな……病ってのは。」

「!」

 

本当は明日にも、入院しちまった方が良いんだろうけどな……と呟き、黒沼が続ける。

 

「だが、その前にベガをダービーで勝たせるところまでは、きっちり仕事させて貰うぞ。

お前の協力は勿論だが、あのシグマって奴にもトレーニングに付き合わせろ。まだまだブルボンなんかにゃ及ばないが、中々見所ありそうな奴じゃねえか。」

「……あの娘、ウチのトレーニングに付いてこられますかね?正式な入団テストしてからの方が……」

「やる気は感じたんだろ?だったらつべこべ言わず走らせりゃ良いじゃねえか。」

 

今はそうするべきだし、それにな……と黒沼は笑う。

 

「ああいう上品そうに見えて、それでいてトップを狙おうとしている奴ってのは、総じて根性据わってるモンだ。」

 

ーーー

 

「……先程まで、競技場では『アンタレス』のトレーニングが行われていたようだが?」

「ええ。それでもこれだけは絶対に欠かさないって決めてるんで。」

「辛くはないのか?」

「ないですね。」

 

ウマ娘からの質問に、大円が応える。

 

「何より今の俺には、大きな目標がありますんで。不思議と『辛い』とか『キツい』って気持ちにはならないんですよねえ。」

「気持ちの充実か。……だがな……(トンッ)」

「え……あ、あれ?」

 

不意に軽く押され、よろける大円。

 

「気持ちによるカバーにも限界がある。キミ達トレーナーがウマ娘達をしっかり見ているのと同じくらい、ウマ娘達の方でもトレーナーを見ているぞ?」

「あら……こいつは一本とられちゃいましたか。」

「少し横になれ。……膝位なら貸してやる。」

「え!?」

「トレーニング直後のジャージで汚れた膝では不満か?」

「いやいやいや!そういう問題じゃ……うわっ!?」

 

強引に『膝枕』の体勢をとらされ、完全に抵抗の意思を放棄してされるがままになる大円。

 

「私も姉という立場がそれなりに長くてね……キミのような者を見ると、どうしてもお節介の気持ちが湧いてきてしまってね。」

「あはは……多分俺の方が年上なんすけどね。」

「フフ、強がる体力も残っていないようだな。目が据わってるぞ?」

「……そっすね……

 

……ダービー、アヤベさんを勝たせたい……まだ、足りない

……まだ、あるはず……何かが…… 探さなきゃ……」

 

 

 

 

「……頑張っているようだな。」

「え?……って、どういう状況よ、アイツら……」

 

控え室に戻る途中、トレーニングを終えた音坂とナリタタイシンが、ウマ娘に膝枕されて眠っている大円を見て、一方は納得の表情を、もう一方は怪訝な表情を浮かべるのだった。




次の次位でレースかな


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第41話:一等星の輝き~東京優駿④

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・大円 世良←ポップ


ーーー

 

「メディカルチェックはどっちも大丈夫のようだな。」

 

練習を終えたチーム『シリウス』。

北原が、皐月賞を走った二人ークレイジーロデオとホットスフィアーに告げる。

 

「ロデオは……まあ、向こうからも言ってくるだろうが、ダービーに出走で決まりだな。」

「はい。」

 

「さて、スフィアだが……」

 

皐月賞では入着を果たしたロデオに対し、9着と沈んだスフィア。

順当にいけば、共にダービー挑戦……という流れだったが、こういう結果では話が変わってくる。

 

北原の方でも、彼女にどうやってこの先のあり方を受け入れさせるべきか……慎重に告げるべき言葉を考える。

 

 

 

 

「……そもそも、無理に走る必要もないんだがな……」

 

弥生賞、皐月賞ときて、更にダービー。

1ヶ月程度のインターバルで、3度も本気で走るレースに出場を続けることは、想像以上にウマ娘達に負担を強いることになる。

 

「……走るなと言ってるわけじゃねえ。だが、やはり今の段階から無闇にレースに参加する必要は無い、ってことだ。」

「ですが……」

 

ホットスフィアの納得しきれていない様子に、現状における一番の懸念を投げかける。

 

「何より……お前の場合、『心へのダメージ』が残ってるだろ?」

「……っ」

 

 

 

 

先の皐月賞。

彼女は背後からのプレッシャーを意識するあまり、走りを大きく崩した。本番の舞台で得意の逃げを披露できず、実力を発揮しきれずに負けたのだ。

この事実、そしてダメージを、どのようにして払拭するか……

北原は考える。

 

と、スフィアが口を開く。

 

「……目黒杯に出たいです。」

「何……?」

「今回の借り……ダービーでは無理だけど、菊花賞で絶対に返したいから……」

「……なるほど。」

 

自分の走りを取り戻し、且つ長距離に挑んで、先に菊花賞への足掛かりを掴んでおきたい、ってわけか。

あまり『これ』は言いたくないんだがな……北原が口を開く。

 

 

 

 

「……ハッキリ言っておく。オペラオーは、怪物だ。オグリのような、な。」

「!」

「多分、ジュニア級の内は、あいつに勝つのは難しいだろう。」

 

 

 

 

オグリキャップと共に歩んだ、北原本人からの言葉。

『残酷な事実』となって、重くウマ娘にのし掛かる。

 

少しの沈黙の後、だがな……と北原は語り出す。

 

「俺としては、『怪物?そんな連中ウチの奴らがやっつけてやるぜ!』って方が本音でもあるわけよ。」

「チーフトレーナー……」

 

「まずは、お前の言う通り目黒杯で結果を出してみろ。但し、決して侮るんじゃねえぞ?

まずは相手だ、ダービーに出ない奴らにも実力のある連中は幾らでもいる。

何より目黒杯の『2500メートル』を舐めるなよ。」

「はい。」

 

「確かに距離そのものは、ダービーと比べたら100メートルしか違わねえ。だが、その100メートルが全然違うんだ。

G2とはいえ、長距離で本番を走れる機会は中々無いんだ。G1の気持ちでしっかり走って、勉強してこい。」

「はい!」

 

「……そうだな、折角なら『有馬記念』のつもりで走ってみろ。」

「良いですね……何だか燃えてきました。ロデオ!」

「何だ?」

「ダービーは任せた!私の分も、よろしくな!」

「ワタシはワタシの走りをするだけ……だが、その気持ち、確かに受け取ったぞ。」

「……」

 

 

 

 

(メイクデビューでさえ、9名のうち8名が負けるんだ。勝つ奴よりも負ける連中の方が圧倒的に多い世界。

だからこそ、レースに勝ったときよりも負けたときの方が大事なんだよ。その点、こいつらは大丈夫そうだな……)

 

さて、俺もできることをやらねえとな……と、気合いを入れ直し、北原は立ち上がった。

 

ーーー

 

「……何?そこに吊るされている物体は。」

「暫くそっとしておいてくださいな。」

 

 

 

 

チーム『スピカ』控え室の隅っこ。

ロープで縛られて『反省中』の張り紙を貼られた逆さ吊りの物体に、沖野が疑問を呈したところ、紅茶を飲みながらマックイーンが答えた。

 

「先日のレース、最終コーナーからの様子に関して、オミクロンさんにも『領域』が見えていた、とのことでしたので……」

 

ーーー

 

「『見えていた』ということは、あなたにも何らかのものが備わっている。そう考えて間違いないですわね。」

「うん……正直、あそこまで凄いものを見るとは思わなかったけど。」

「ご自身の『領域』がどのようなものかは、まだご存知ないということでよろしいかしら?」

「そう。

できれば私も、自分にどんな力があるのか知りたいんだよね……競技場で走っていても、全然そういう感覚に入れそうにないから。」

「ただ走るだけでは難しいでしょう。あれは競走の中、自らの気持ちを高めることで入ることのできるものでしょうから。」

 

何か良い方法は……と考える二人。

 

そこへ、

 

 

 

 

「おっ、何々?『ゾーンプレス』のやり方か?そりゃおめえ、まずは5人に分身してだなー!」

「……折角ですし、協力してもらおうかしら……」

「うん……」

 

ーーー

 

「オラオラァ!これがゴルシ様の必殺技だ!おそれおののけどよめけ6万の大観衆共!」

「それ実物のロープと錨じゃない!」

 

芦毛のウマ娘が鈍器をぶん回しながら、前を走るマックイーンとオミクロンをハイテンションで追いかけ回していた。

 

「逃げますわよ!」

「どこまで!?」

「そんなもん、アレですわ!」

「アレって何よ!」

「そらそうですわよ!」

「何言ってるのか全然分からないんだけど!」

「いっそのこと、ラッキーゾーンの向こう側でもよろしくてよ!」

「マックイーン!あなたもゴールドシップに隠れてるけれど大概よねえええ!」

 

ーーー

 

「……それ、何の成果があったの?」

「速さと根性を鍛えられた……のではないでしょうか。」

「あとは……反省文を考える賢さ?……どうして私達まで……」

 

沖野の問いに、ペンを動かしながら答えるマックイーンとオミクロン。

 

 

 

 

……競技場内で錨をぶん回しながら走り回るゴールドシップの様子は、早々に警備担当者へと通報の連絡がなされ、当事者の3人はエアグルーヴから説教の上、反省文の宿題を課せられることになった。

 

 

 

 

「アタシ、この状態だと反省文書けないからさー、沖野ー、代わりに書いてくれよー。」

「それじゃ反省文の意味無いだろうが……」

「じゃあ、今から信号送るからその通りに頼むぜー。ツーツーツー、トントントン、ツーツーツー、」

「SOSとか送る前にきちんと反省しろ。」

「そんなー。この神様仏様ゴルシ様ともあろうものが、こんな罠にハマって……」

「「「自業自得だ。」」」

 

 

 

 

「……次も頑張ろう。」

「どうしたの?ミリオン、入り口で。」

「チケゾー先輩……いえ、ウチのチームはどんな時もウチのチームだな、と。」

「なんだそりゃ?」

 

ーーー

 

「……あ、あの……アヤベさんのチームのトレーナーさん……ですよね?」

「……えーと、君は確か……『カノープス』の、メイショウドトウさん、で合ってる?」

「は、はいぃ~。知ってていただいて光栄ですぅ~」

 

 

 

 

競技場。

訪れていた大円に、間延びした口調で話し掛けたウマ娘がいた。

 

「アヤベさん……ってことは、彼女の友達?」

「え、えーと、アヤベさんはそうは思っていないかもしれませんが、私はそう思ってくれていると嬉しいな、なんて……」

「あはは。」

 

気弱そうな娘だな……と思いつつ、そんな娘がどうして自分に話し掛けてきたのか。大円はドトウからの次の言葉を待つ。

 

「あの、私が本日、あなたにお伝えしたいことは……」

「?」

 

「わ……」

「わ?」

 

 

 

 

「私もオペラオーさんに挑みますううう!!!」

「……へ?」

 

突然の宣言、それもベガではなく、オペラオーに対する。

呆気にとられる大円。

 

「……えーと、確認させてもらえるかな?」

「ふぇ?は、はいぃ!」

「次のダービー、ドトウさんは出走するの?」

「出ません!」

 

 

 

 

ずっこけそうになるのを我慢する。

 

「そ、それじゃあ、君がオペラオーに挑戦するのは……」

「今はまだ無理かもしれませんが、きっと一緒に走れるよう、頑張ってます!」

「あー、なるほど。つまり君が言いたいのは、『私もオペラオーさんに挑めるように頑張るから、アヤベさんも頑張って』ってことで合ってるかな?」

「その通りです!」

「……」

 

何だよそのドヤ顔は……と思いつつ、大円は続ける。

 

「あ、でもでも、頑張ってほしいのはアヤベさんだけじゃなくて、今度のダービーでオペラオーさんと走る皆さんと、そのトレーナーさんやチームの皆さんにも、ですので!」

「ああ、了解。ありがとう。」

「あ、それだけじゃなくて!」

 

……この娘、一度走り出したら止まらないタイプか。

当初とのテンションの違いに圧倒される大円。

 

「オペラオーさんの友達として、次のダービーではこの前みたいなことにはなってほしくなくて!」

「この前……皐月賞のこと?」

「はい!走り終えた時のオペラオーさんの顔、結果に満足していない時の顔でした!」

「……友達だから分かったのかな?」

「はい!……あ、でも、友達というのはひょっとしたら私の一方的な思い込みで、オペラオーさんの方は確かに友達と言ってくれたことはあっても、もしかしたらそう思っていないかもしれなくて……」

「大丈夫。」

「え?」

「俺達もオペラオーのことは知ってるから。彼女が君のことを友達と言ってくれたのであれば、間違いなく君は彼女の友達だ。」

「ほ、本当ですかぁ!?」

「うん、間違いないよ。」

「す、救いは……救いはあるんですね……!」

 

そんな大袈裟な……と大円は思うも、ドトウの満たされた顔があまりに純粋すぎた為、彼女がトリップから戻ってくるのを待つことにした。

 

 

 

 

「……ハッ!?あ、アヤベさんのトレーナーさん……」

「はい、アヤベさんのトレーナーっすよー。」

「あ、ええと、つまり私が言いたいことは!オペラオーさんの為にも!今度のダービーは最高の勝負になってほしくて!私も絶対にみんなに追い付いてみせますので!」

「……ありがとう。」

「す、すいません!何だか出過ぎた真似を!」

「大丈夫大丈夫。」

 

ーーー

 

(……友達にとっても、あのレースの様子はおかしいと心配に見えた……ってことだよな。)

 

ドトウが去った後。先程までの会話を思い返す大円。

 

 

 

 

(あれだけ親身になってくれるような友達を持つような娘が、悪人である筈がない。そんな者が、周囲に心配されるようなことをしでかしてしまったら……)

 

大円の頭の中で、『手がかりの欠片』が徐々に集まってくる。

 

(……見えてきたぞ!『勝ち筋』が!)




もうすぐ10万字に迫るというのに、主人公がメイクデビューすらしていないってどういうことなの……


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第42話:一等星の輝き~東京優駿⑤

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ
・音坂 蹴←ヒュンケル

アヤベさんの掘り下げという、今回一番大事なことをやるのを忘れていました


……私には、一緒に産まれてくる筈だった妹がいた。

だけど……彼女は私と共に歩むことができなかった。

 

『ウマ娘』として産まれてきた意味。

私だけが何故、この世に生を受けられたのか。

何故私が残り、彼女はそうならなかったのか……

 

 

 

 

物心付いた時から、私の目標はただ1つ。

 

誰よりも速くなり、その姿を天国の妹に見せてあげること。

 

その為に、私は歩み続ける。

あの娘の分まで、たとえ一人でも……

 

ーーー

 

「こんな……はずじゃない。私は……誰よりも、速く……」

「……ステータス確認。マスター、明らかなオーバーワークによる能力低下と見られます。いかがしましょう?」

「チッ……」

 

……入学後も、我流のトレーニングと理論できっとどうにかなる、一人でもやっていける……そんな考えが通用するほど、トレセン学園は甘くはなかった。

コミュニケーションを積極的にとる方ではない性格と、焦りのような負の感情を隠そうともせず走り続ける私。

学園内には同じくらいか、それ以上の実力を持っていても未デビューの娘は幾らでもいる。

私に声をかけようとする、暇で物好きなトレーナーはいなかった。私の方で声かけを無視したり、拒絶していたのかもしれないけれど。

 

ある時、そんな私が参加した選抜レースの後、結果が出せずにいた私に、声をかけてきたのが「アンタレス」の黒沼トレーナーと、ミホノブルボンさんだった。

 

「毎年必ずいるな、こういう奴。生半可な才能を過信して、一人で全て解決しようとした結果、壊れちまうような奴がな。」

「……あなたに、何が分かるっていうのよ……!」

「分かるぜ?何よりも雄弁に語っているじゃねえか。『結果』がな。」

「くっ……!」

 

悔しさで、涙が溢れる。

 

「……何を焦ってやがる。選抜レースに出たってことは、まだデビューもする前なんだろ?そんな内からそこまで気張って、お前の身体以上に心が持たねえぞ?」

「私は、勝たなきゃいけない理由があるのよ……!絶対に……!」

「この学園にいるウマ娘なら、全員がそう思ってる筈だ。なあ、ブルボン?」

「……少々その仮説には、語弊があります。私が走る理由……それは、皆と共に全力で勝負を楽しむ為です。」

 

黒沼からの問いかけに、一瞬間を置いた後に答えるブルボン。

 

「鍛え上げたこの身でレースに挑む……その結果が常に最良のものになるとは限りません。ですが、互いに力を出し切った者同士でなければ、分かち合えないようなものも確かに存在します。」

 

……随分雄弁に語るじゃねえか。こいつなりに何か伝えたいことでもあるのか?

黒沼は考える。

 

「『皆と勝負を楽しむ』か。もう1つ聞くぞ?それ、何時から考えるようになった?」

「……過去のメモリーバンクと照合中……少々お待ちください。」

「……あー、無理に思い出さなくて良い。

質問を変える。お前がこいつ位の時期から考えてたか?それ。」

「いえ。ですが……この方のような『無意味に自らを追い込む』ような行為、当時は想定しませんでした。」

「……!」

「あー……」

 

……不味い。

俺よりもこいつにダメージ与えにかかってるだろ、これ。

藪蛇になりそうな状況を打開すべく、フォローに舵を切る黒沼。

 

「分かるか?ブルボンみたいな『先輩』にも、お前の姿はそう見えてんだ。

さっき伝えた身体以上に心が持たねえってのは、そういうことなんだよ。

きちんとした目標や、それを達成した喜びがあるから厳しい訓練ってのは耐えられるもんだ。」

「……」

「お前の場合、きちんとした目標無しで、闇雲に鍛えてる気になってるだけだろ。それを続けるとどうなるか、教えてやる。

デビュー前に壊れるか、運良くデビューできても速攻で壊れて引退だ。」

「……じゃあ、どうしろって言うのよ……!」

 

自分のやってきたことを正面から否定される。

それが何よりも辛くて、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

「……マスター、この方のステータスを確認。マスターのような威圧感を持つ相手に正面から感情を露にする様相……『憤怒』、その中でもレベル『激おこ』状態に該当……」

「いきなり割り込んできて話の腰を折るんじゃねえ!」

「マスターの感情レベルも『激おこ』に該当……」

「お前は少し黙ってろ!」

 

……ブルボンさんの介入、そこからの良く分からないやり取りで、場の空気がおかしくなったのを感じた。

 

この人、『マスター』とか、無機質っぽい喋りとか、確かに学園内でも噂に聞く『サイボーグ』みたいに振る舞っているけれど……

ひょっとしてただの『天然』なのかしら?

 

「……悪い、何か調子狂っちまったな。で、何の話だったっけか?」

「……私に聞かれても困るんだけど……」

「おっと。」

 

一見強面の風貌をした相手が見せた、くだけた雰囲気に対し、アドマイヤベガが素の反応を見せる。

 

「今、こっちじゃ1つ分かったぞ。お前、無愛想だが素直なタイプだろ。」

「そういうことにしといてちょうだい……」

 

「どうだ?『アンタレス』でトレーニングしてみるか。

俺らの評判は聞いたことあるだろう?」

「『アンタレス』……」

 

非常に厳しいトレーニングを課す、という話は耳にしたことがある。そして、それについていけずに辞めてしまうウマ娘も少なくない、という話も。

 

その一方で、一緒にいるブルボンさんを見る。

現在もなおトゥインクル・シリーズの主役の1人を務める、紛れもなく一流のウマ娘。

 

 

 

 

「自分なりに自分を追い込むことには慣れてるんだろ?だがな、このまま闇雲に続けたところで、何も変わらんぞ?だったら、騙されたと思って俺らのところで1から鍛えてみろ。

……まあ、まずはチームの入団テストに受かって貰う必要があるんだがな。」

 

「……分かったわよ。騙されてみる。」

 

ーーー

 

トレーニングは確かに厳しかったけれど、それ以上に充実した時間を過ごすことができた。

メイクデビューでも1着をとり、上々のスタートをきることもできた。

 

昨日よりも速くなる自分。明日はきっと、それを更に上回る自分がいる。

それを想像するだけで気持ちが高ぶって……

 

ーーー

 

「止められなかった俺らにも責任はある。すまなかった。」

「……なんでトレーナーが謝るのよ。」

 

医療施設。

練習中に疲労骨折を起こした私に、トレーナーが頭を下げていた。

 

「ウマ娘の限界を見極められずに練習させ続けて怪我させたんだから、そりゃ間違いなくトレーナーの責任だろうが。」

「でも、勝手な真似をしたのは私の方で……」

 

 

 

 

「……状況を確認。『修羅場』に該当。」

「「全っ然違うから(な)。」」

 

黒沼とベガが揃ってブルボンに突っ込む。

 

「……そのリアクションも想定内。なので、続行に差し支えはありません。」

「それなら、そのあからさまに悲しそうな表情は止めてください。お願いだから。」

「ベガさんの特殊能力『世話焼き』発動。テンションが回復しました。」

「……分かっててやってるの?どっちなの?」

「……コイツなりの気遣いってことにしといてやれ……しかしお前、妙な奴に好かれやすいよな……」

「言わないでください。悲しくなるので……」

 

改めて思うところがあるのか、遠い目になるベガ。

 

「……まあ、不幸中の幸いなのか、キレイに折れてたようだな。これならば、クラシック級への参戦は間に合いそうだ。

……くれぐれも、焦るなよ?」

「分かってる。ここまできて、チャンスさえ掴めないのは流石に笑えないから。」

「チームのメンバーも、あなたのことを心配している。私も早く、又あなたと走りたいから……」

「……また焦らせるようなことを言うんじゃねえっての。」

 

……厳しくも、優しさのあるチームやトレーナー。

いつの間にか、『あの娘の為に一人でも頑張る』が、『あの娘やみんなの為にチームの一員として頑張る』に変わっていた。

 

ーーー

 

『アンタレス』の練習後、大円が黒沼に話しかける。

 

「師匠、アヤベさんの状態はどんな感じですか?」

「悪くはねえ。……だが、このままだと辛いな。」

「え?」

「練習相手、それも本番を想定した走りを任せられる奴が足りねえんだよ。」

「本番の想定 ……あ!」

「『仮想オペラオー』をこなせる奴がな。」

 

ブルボンもシグマも、得意な戦法は『逃げ』である。

『先行』あるいは『差し』の戦法で、且つ『オペラオーのような走り』を再現できる相手が、今の『アンタレス』には不在だった。

 

「何か方法は無いか?」

「あ、何なら子岸に連絡をとって……(ゴツン)ってえ!」

「本末転倒も良いところだろうが!次にアホな提案したら力込めっからな!」

「失礼しやした。……それなら……」

 

大円は考える。

オペラオーに匹敵するような実力のウマ娘の『当て』……

 

「……ちょっと時間くれますか?」

「あるにはある、って感じだな。だが、時間はほとんど無いようなもんだからな?そこだけは理解しておけよ。」

「っす。」

 

ーーー

 

黒沼の言った通り、大円にとって当ては『あるにはある』という状況だった。

 

その中で最も適していたのが……

 

 

 

 

(……頼みたくねえっ!!!)

 

……よりによって、大円にとって最も『借りを作りたくない相手』である。

 

 

 

 

(そもそも『アヤベさんを勝たせるから見てろ!』とか啖呵切っておいて、今から『助けてくださいお願いします!』なんて言えるわけねーだろ!何やってんだよあの時の俺!)

 

頭を抱えて葛藤する大円。

……そこへ。

 

 

 

 

ちょいちょい。

 

大円の背中に感覚が。

振り返ると、そこには。

 

 

 

 

「あ……あのね?お兄様が、『アイツも色々と苦労している頃合いだろう。困っているようであれば、力になってやってくれ』って……」

「ああああああチックショオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

……見透かされたかのような音坂の配慮に、様々な感情が入り交じった絶叫を披露する大円だった。




レースは次の次くらいかな(デジャヴ)
いやホンマサーセン


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第43話:一等星の輝き~東京優駿⑥

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ
・音坂 蹴←ヒュンケル

レース前に5000字オーバー。
レースは前後に分けましょうかね、こりゃ。


ーーー

 

チーム『アンタレス』では、『ポルックス』のアグネスタキオンとライスシャワーによる協力の下、アドマイヤベガは特訓に励んでいた。

既にトゥインクル・シリーズからドリームトロフィーカップに進んでいる2名の走りは、やはり並のウマ娘達の比ではない。

 

「相手のペースに乗せられるんじゃねえぞ!あくまで自分のペースと仕掛けどころを見誤るな!」

「分かってる!分かってる……けど……!」

 

 

 

 

「おいてく……おいてく……!」

「さて、前のペースはライス君に任せて、私はアヤベ君の走りをじっくりと観察させてもらおうかな?」

「併走しながら言うことじゃないでしょ!」

「おおっと失礼。では、ライス君に追い付くとしようか!」

「なっ……!」

 

ライスシャワーのペースに追い付いたアグネスタキオン。それを見て、怪訝そうにライスが話しかける。

 

「あれ?タキオンさん……前で良いの?じゃあ、ライスがアヤベさんの方まで下がる?」

「キミに差す走り方は難しいだろう。オペラオー君が先行と差し、どちらの作戦をとるか分からない以上、私がオペラオー君の役割を担わせてもらう!ライス君は今の感じで続けてくれたまえ!」

「う、うん、わかった!おいてく……おいてく!」

 

前を行く二名の圧が増すのを、アドマイヤベガが感じとる。

 

「くっ……負けない!」

 

 

 

 

「……本気ではないようですが、あのアグネスタキオンのペース……乗せられると非常に危険です。私もこれまで、レースでテンポを乱されることがありました。」

「単純な『仮想オペラオー』を模倣するならば、アヤベさんへの『ささやき』といい、あそこまでやる必要は無いようにも思えるが……」

「……まあな。ただ、あれはあれで意味がある。……というか、愉快犯的にやって引っ掻き回してるなら、俺が首根っこ掴んでポルックスに怒鳴り込んでるところだ。」

 

黒沼と共に、練習を見守るミホノブルボンとナイトシグマ。

彼女らの感想や疑問に、黒沼が答える。

 

「ダービーで相手をするのはオペラオーだけじゃねえ。それこそ最高峰まで仕上げてきた18名が、しのぎを削るレースだ。何が起こってもおかしくないからな。」

「ダービーを『最も運の良いウマ娘が勝つレース』と言うのは……」

「どいつも実力があるのは分かりきってる。

その中で実力を正しく出し切る奴がどれだけいるのか……そこで、ふるいがかけられるわけだ。

更に、そいつらの中で1着を決めるならば……まあ、勝利の女神が微笑んだ奴か、もしくは『運』としか例えようがねえよな、そりゃ。」

 

んで、何の話だったか……と、黒沼が続ける。

 

「アグネスタキオンがさっきから披露している走り、ありゃオペラオーの動きだけじゃねえ。『オペラオーと共に生じうる動き』まで一緒に演じてやがるぞ、ありゃ。」

「あれだけの走りをしながら、そんな余裕まで……」

「……大円の野郎、ポルックスに変な貸しとか作っていなきゃ良いんだがな。」

 

想像以上の助っ人を連れてこられたことに、猜疑心さえ生まれてしまう黒沼。

 

「では、ライスさんの役割は……」

「スピカのスペースミリオン達も、皐月賞以上に仕上げて参加してくる筈だ。オペラオーに執着するあまり、他の奴に勝ちをかっさらわれても困るからな。」

「様々なレースの状況を想定、更にその上での『平常心』の強化……」

「ああ。運を掴んだところで、浮き足だってそれをみすみす手放しちゃ意味がねえ。とにかく潰せる要素は全て潰すまでだ。

……おら、どのタイミングでスパートに入るのかをしっかり体に叩き込め!

お前の末脚ならばオペラオーにも必ず勝てる筈だ!」

 

黒沼のチェックの下、ライスシャワーが先行、アグネスタキオンが先行もしくは差しの走りで、アドマイヤベガの特訓は繰り返し行われていった。

 

ーーー

 

「お疲れ様です。」

「おや、気が利くじゃないか。」

 

「どうぞ。」

「ありがとう、ブルボンさん。……えへへ、何だかこういうのも久し振りだね。」

 

「アヤベ、今日はここまでだ。」

「いえ、私は……」

「本番までは極力オーバーワークは避ける。お前……いや、俺らには『前科』があるからな。」

「……分かりました。」

 

特訓後の休憩時間。

メンバーが思い思いにクールダウンを行う。

 

「あ、そういえば……大円さんは?」

「あいつはお前達のトレーナーの所に行かせた。ちゃんと礼を言うまで戻ってくるな、ってな。」

「……なるほど。彼が中々こちらに姿を見せないのは……」

「ああ。あいつなら最後にゃきちんとやることやるだろうが、踏ん切りつけるまでにどれだけかかるか……だな。」

「……お話、聞くチャンスだったのにな……」

「お話?」

「あ、いえ。何でもないです!」

 

含みを持たせるライスに怪訝な顔を見せる黒沼。

 

「まあいい。折角の機会だ、ブルボン達と走っていくか?」

「え!ブルボンさん、もう走って大丈夫なんですか!?」

「治ったばかりなんだから、怪我だけはさせんなよ。」

「マスターの承認を確認、共同ミッションを開始します。

シグマ、あなたも来ますか?」

「私では力不足かもしれないが、偉大な先輩方の申し出ならば断る理由は無い。」

「面白そうだ、私も混ぜてくれるかい?……ウチのテイオー君も、ああ見えて素晴らしい素質を持っているのでね。」

「……簡単に私のデータがとれるとでも?」

「そう言われると、俄然興味が沸いてくるよねえ。」

 

 

 

 

(……あの優男の力を借りると言うのは少し癪だが……俺の花道としては、上々の結果になるかもしれねえな。)

 

ダービーでの最高の結果を夢想しつつ、黒沼は笑みを浮かべた。

 

ーーー

 

「不審者がいたよ!ツーホーしちゃおうか!ツーホー!」

「……勘弁してください。」

 

ポルックスの控え室。

入り口の付近で踏ん切りがつかずに挙動不審になっていたところ、大円はトウカイテイオーに捕獲されていた。

 

「……何時間位迷ってたんだ?」

「……流石に30分くらい……って何言わせるんすか……」

「黒沼さんにはちゃんと謝っておけよ。」

「トウカイテイオー……さん?」

「テイオーで良いよ!で、どうしたの?」

「手、離して貰って良いっすか?」「どうして?」

「何処か遠くへ行きます……」

「ダメだよー!ボクのトレーナーに用事があるなら、それをきちんと済まさなきゃ、本当に不審者としてツーホーしちゃうよ!」

 

『こういう娘なんすか?』

『そうだな。だとすれば、分かるだろう?』

『……っす。』

 

アイコンタクトをとる大円と音坂。

 

「じゃあ……テイオーちゃんに免じて。この度はチームへのご協力、ありがとうございます!」

「……俺も黒沼トレーナーに免じて、どういたしまして、と言っておこうか。」

「トレーナー!本当にこのヒト、不審者じゃないの?」

「ああ。『アンタレス』のサブトレーナーだ。」

「『アンタレス』……あー!!!」

 

テイオーが大円を掴んでいた手を離し、指を突き付ける。

突然の大声に、大円は思わずテイオーの方を向いた。

 

「『アンタレス』って、この前シグマが入ったチームじゃん!」

「シグマのこと、知ってるのか?」

「当たり前だよ!入学式の日にワガハイに挑んできたミノホドシラズめ!

絶対に今度のレースでギャフンと言わせてやるから覚悟しておくのだー!」

「お、おう……。」

 

テイオーの突然の宣言に狼狽えつつも、そのリアクションに和んでしまい表情を緩めてしまう大円。

 

「何だよー!この無敵のテイオー様に対して失礼ではないのかコイツメー!」

「ああ、ごめんごめん。」

「……あまり俺の後輩を困らせないでくれるか。」

 

「トレーナー……え?『後輩』?」

 

音坂の口から放たれた『後輩』という単語。

 

 

 

 

「『アンタレス』のトレーナー殿!このボクに……ぴえっ!?」

 

『音坂トレーナーの話を聞かせる権利を与える』……と、言おうとして……テイオーが凍りつく。

大円も、『どうしたの?』と聞こうとして、テイオーの表情を見て発言を中断する。

 

 

 

 

……背後から、凄まじい視線とプレッシャーを感じた。

今、振り向いてはいけない……大円の本能が警告を鳴らしていた。

 

 

 

 

「どうした?二人とも。」

「いえ、何でもありません。」「別に。」

 

音坂の声と、それに答える2つの声に、大円は振り返った。

穏やかそうな表情のサイレンススズカと、仏頂面のナリタタイシンを見て、『さっきのは気のせい』と頭を切り替える。

テイオーはまだ固まったままであったが、一旦忘れることにした。

 

 

 

 

「お前、今から他に予定はあるか?」

 

音坂が訪ねてきた。

 

「いや、あとは戻るだけっすけど……」

「じゃあ、見に行くぞ。」

「へ、どこへっすか?」

「決まってるだろう。」

 

大円の疑問に音坂が答える。

 

 

 

 

「『レグルス』だ。」

「……はぁ!?」

 

ーーー

 

『レグルス』を訪ねた音坂と大円。

 

控え室には不在で、心当たりのある場所を回った結果、思わぬ場所でチームは活動を行っていた。

 

「おおっ!あなた方は確か『ポルックス』と『アンタレス』の!」

「俺はともかく、良くこいつのことを知っていたな。」

「当然です!何たって私、学級委員長ですから!」

 

商店街で清掃ボランティアを行いながら、サクラバクシンオーが音坂の問いに答える。

『地域の皆さんのお役に立つことも、また勝利に繋がるバクシン的近道です!』という、冷静に考えると意味が通っているのか疑問ではあるが、そんな鶴の一声が採用され、定期的にレグルスは商店街で清掃活動を行っていた。

 

 

 

 

「……俺ら、何で手伝ってるんですかね?」

「やらない理由も無いからな。」

「そりゃそうっすけど……」

「おお、大円、と……お前は!?」

 

 

 

 

成り行きでボランティアに参加する音坂と大円。

そこに、子岸が気づいて話しかける。

 

「久し振りだな、子岸。」

「音坂……大円!お前はともかく、何故こいつがここに!?」

「後輩の様子を見に来た……では、駄目か?」

「フン!何か他にも理由があるのだろう?」

 

音坂に対し、警戒心を持って対応続ける子岸。

そこへ。

 

「わー!カッコいい人だ!」

「ターボくん!この男に近づいては駄目だ!近づいたら最後、心を奪われてしまうぞ!」

「ええー!」

「……全く。」

(……あながち間違っちゃいないんだけどな、それ。)

 

音坂に近づこうとするツインターボに注意をする子岸。何を言っているのだ、という呆れ気味のリアクションの音坂に、内心突っ込みを入れる大円。

 

 

 

 

「……覇王たるこのボクの輝きに勝るとも劣らない、円卓に選ばれし者達が、今日はどういった用件かな?」

 

ジャージ姿でゴミ袋とトングを持ちながらも、普段の口調でテイエムオペラオーが二人に話しかけた。

 

「いやあ、これは成り行きと言いますか……」

「否!例え成り行きであっても真剣に無償の奉仕活動に取り組めるその姿!決してボクら『覇王華激団』のメンバーにも負けることのない光を放っているぞ!もっと胸を張りたまえ!」

「その点に関しては心から同意するぞ!二人とも感謝する!」

「あはは……」

 

オペラオーと子岸の思わぬ賛辞に押される大円。

一方で、

 

「感謝はそのまま受け取らせてもらおう。では、こちらからも君達に伝えておきたいことがある。」

「何かな?」

 

音坂がオペラオーと子岸に告げる。

 

 

 

 

「今度のダービー、『ポルックス』と『アンタレス』は、共同で君達『レグルス』に挑ませて貰う。」

「「!!!」」

「『宣戦布告』、という奴だ。」

 

 

 

 

音坂の宣言に対し、大円さえもが一瞬言葉を失う。

 

 

 

 

「1つ確認なのだが。」

「何だ?」

「君達の代表は、アヤベさんということで合っているかな?」

「ああ、そうなるな。」

「そうか……クックック……ハッハッハ……」

 

オペラオーがこらえきれないといった様子で笑い出す。

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッハ!!!

聞いたかトレーナー君!学園でも最高峰の実力を備える一等星達が、このボクに対して全力で試練となって立ち塞がろうとするとは!」

「ああ!まさかボクらの遥か先を進んでいる筈の先輩が、早速大きな壁になるとは思わなかったさ!」

「ならばトレーナー君!ここまで強固な壁、どのようにして乗り越えよう?トロイの木バは生憎持ち合わせていないぞ!?」

「当然だ!正面から乗り越えるまで!」

「その通り!正面突破こそが最短にして最良の在り方だ!勝利の報告も『来た!見た!勝った!』位が丁度良い!全てを蹴散らし、覇王として君臨するぞ!」

 

ここまで言ったところで、素のテンションに戻るオペラオー。

 

「……だが、まずはその前に、今日すべきことを協力してやりきろうか!

二人とも最後まで清掃を手伝ってくれるね!」

「当然だ。」「りょーかい。」

 

 

 

 

大声でのやり取りは、商店街中に響き渡っていた。

そして、きっちり最後までボランティア活動をやり遂げる皆の様子を、多くの暖かい目が見守っていたのだった。

 

ーーー

 

「これで、『もやもや』は晴れただろう?」

「そりゃ、まあ……」

 

『今日は協力してくれてありがとう!』と、とても敵対の立場をとったとは思えない様子でレグルスと別れた後、音坂が大円に語る。

 

「お互いに遠慮は要らん。最後まで全力でぶつかっていけ。」

「……本当、お節介っすね、あんたって。」

「そりゃあな。」

 

少なくとも立場の面において、隠し事無しで正面からレグルスにぶつかることができる。

その事実に安堵する一方で、それを先導したのが音坂というのが、大円の感情的にはもやもやとして残るのも無理はなかった。

 

 

 

 

「……今日お前が会った、トウカイテイオー。

あいつはこの先、必ずトップに名乗りを上げることになる存在だ。」

「!」

「お前も、必死でついてこい。学園の看板を背負ってやっていくならば、な。」

「……」

 

まだまだ追いかける立場であって、並び立てるような立場ではない。

それを理解した上で、大円は言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「上等っすよ……」

「ほう?」

「いずれ、必ずあんたを越えてやるからな!見ててくださいよ!」

「……楽しみにしているぞ。」

 

5月の末日。

一生に一度の栄光を賭け、ウマ娘達が東京優駿に挑もうとしていた。




ライスのおいてくおいてくを思い付く俺は今日も元気に根性因子⭐1をゲットする

そして日本ダービーで東京優駿……改めてややこしくね?とか思わずにいられなかった


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第44話:(番外)『よし、決まったな!』というフラグ

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・如月 火丸←ヒム
・黒子台先生←クロコダイン

元々こういうノリなんです、ええ。
ダービーは何とか土日に前編だけでもアップしたいところ。
南つよしと岸本ますおと北野あらたの会話がそもそも膨らむのなんの


ーーー

 

5月下旬の日本優駿開催より遡ること約2週間前の日曜日。

カール学園の下宿寮において、1つのドラマが生まれていた。

 

ーーー

 

「……姉貴達さあ……わざわざ俺の所にまで押しかけて、テレビとか……どうなの?というか、練習とかは?」

「今日は完全休養日だ、全く問題ない。」

「ええ。私もオフの上、行き先はきちんと告げてまいりましたので。」

 

「……姉貴達の部屋での観戦じゃ駄目なん?」

「お前……そんなことをしたらどうなるのか位、分かっているのだろう?」

「寮の皆さまに迷惑がかかってしまうじゃありませんか、ヒムちゃん?」

「オレの迷惑は!?そもそもオレらの実家やメジロさんの家は!?」

「「母上(お母様)に怒られたらどうするんだ(ですの)?」」

「知らねえよそんな事!」

 

実姉とその親友の口から放たれる暴論の数々に頭を抱える火丸。

 

「……いいかヒム。今日の試合だけは、私とマックイーンが共にこの目で結果を見届けなければならないのだ。」

「その通りです。交流戦前の直接対決、今日が正に今後を占う天王山、といっても過言ではありませんのよ……」

「……あ、そういや首位攻防戦なんだっけ。アストロズの先発は……シンジか。」

 

ユタカが率いる『ビクトリーズ』と、シンジがエースを務める『アストロズ』。

3連戦の結果はここまで1勝1敗、今日勝った方が首位のまま交流戦に突入するという状況。

両チームのファンとしては、是が非にも今日の試合は勝ってほしい……というものであった。

 

「……マックイーン、帰るならば今のうちだぞ?我がアストロズの絶対的エースであるシンジが、輝かしくも無慈悲極まりない投球でビクトリーズを完璧に封じ込めてしまう未来が待っているのだからな?」

「あら、シグマさんにはどうやら幻覚がお見えになっているようですわね?今日の試合も華麗なるユタカの攻守にわたる大活躍で、ビクトリーズの勝利待ったなしですわよ?

そしてアストロズは毎年恒例の『星が輝く季節は早くも終了』という風物詩にその身をお委ねに……」

「……ビクトリーズこそ、この時期の躍進に伴い『Vですわ!』などと優勝を確信して勇み足をとるのが通例だったな?儚い夢に浸るのはさぞ気分が良いのだろうが、いかがかな?」

 

「……あ、でも結局去年って、ビクトリーズもアストロズも優勝逃してんじゃ……」

 

 

 

 

火丸の一言。

……それは、自らの命を省みない、あまりにも不用意なものであった。

 

 

 

 

「ここ学園の寮で俺の部屋!マックイーンさんストップ!『マックインフェルノ』は壁痛めるからダメ!

姉貴も壁蹴って『シグマドロップ』とかやろうとすんな!下手すりゃ壁破れるから!」

 

「いやですわヒムちゃん、私達がそんな野蛮な真似に興じるとでも?」

「全くだ。スポーツ観戦で取っ組み合いなど、そんな礼節に欠ける行為を私達がするとでも?」

「うふふふふふ」

「クックックック」

「……」

 

咄嗟に自身ではなく部屋の被害を懸念する一言を放った火丸に、鞘を納めるマックイーンとシグマ。

……姉貴、お前の持ってる鏡で自分達の顔見てみろよ。そう口から出かかるのを、火丸は我慢した。

 

 

 

 

いずれ、このままでは俺の身がヤバい……直感した火丸は、電話を手に取って連絡をとる。

 

 

 

 

「……もしもし?すいません日曜日に。用事とかは……

あ、それなら今日、野球のビクトリーズ戦があるのはご存知……

良かったら俺の部屋で……いや、来てもらえれば……」

 

ーーー

 

「改めてすんません、お休みの日なのに……」

「いや、別に構わんが……」

「今度の俺の実家に届いた、高そうな酒をお譲りしますんで。」

「待て待て、理由もなく生徒からの贈り物など……それもお前の実家にある酒など、かなりの高級品だろう?そんなものは受けとれんぞ。」

「理由なら……ほら。」

「……」

 

火丸に電話で呼び出された黒子台先生。

直通での連絡に、何事かと思って火丸の部屋を訪れたところ……

 

 

 

 

「……完全試合まで、どうやらあとアウト20個のようだな。」

「いえいえ、どうやら2巡目への布石……どうやら勝負どころでは我らがビクトリーズがビッグイニングを形成するのが、今から目に浮かぶようですわね。

打者が2巡……いえ、3巡してしまいそうな予感がしますわねえ。」

 

 

 

 

「君のお姉さんと、あちらはメジロマックイーン殿か。……何故、どちらもあそこまで不穏な空気を纏っているのだ?」

「どちらも真剣なんです……間違った方向に。」

「?」

 

 

 

 

4名が試合の行方を見守る……正確には試合に固唾を呑む2名と、その様子に固唾を呑む2名という構図だが……中、中盤に大きく試合が動く。

ビクトリーズの先発をアストロズの打線が攻略。リリーフ陣も打ち込まれ、5回終了時には……

 

 

 

 

「『9-0』……首位攻防戦でも、こういうことが起こるものなのだな。」

「こりゃ、流石に決まったかな……?」

 

黒子台先生と火丸のような、熱狂的な野球ファンでなくとも大勢が決まったことを確信する展開。

 

では、熱狂的な野球ファン、それも贔屓チームを応援する者となると……

 

 

 

 

「……あー、流石にこの展開は私でも想定の範囲外だ。」

「 」

「こういう状況だからこそ、シンジは慢心することなく最後まで投げ抜くだろう。……だが、マックイーンよ。」

「 」

「応援する者がいる以上、勝ちを諦めて良い試合など存在しない。最後まで全力で戦うのがプロフェッショナルというものだ。」

「 」

「……とはいえ、今日のような試合でも勝敗は1つずつしかカウントされない。切り替えも時には必要ではないかな?」

「……あなたの仰る通りですわね……」

「む?」

「私、決して最後まで勝負を諦めませんわよ……?」

 

 

 

 

本気で逆転を信じている様子のマックイーンに対し、シグマは肩を竦めて火丸の方に向き直る。

 

「ヒム。と……黒子台先生か。先日はお世話になった、改めて感謝する。」

「いやいや、礼には及ばんぞ。」

「姉貴、どっか行くのか?」

「うむ、ここまでの展開になれば、あとは結果を見るだけだろう。マックイーンやお前達にも何か買ってこようと思ってな。」

「別にそんな気遣い、しなくても良いぜ?」

「……正直、この展開は流石に少々私としても気後れが生じてな。丁度試合が終わる位に戻ってくる。」

「気を付けてな。」

「何なら二人共、試合を見ながらマックイーンの、愚痴なども兼ねるであろう野球の話に付き合ってやってほしい。」

 

ーーー

 

「紅茶は……スーパーで売ってるようなものはこんなものか。まあ、野球観戦の席で飲むようなものだ。品質は二の次だな。」

 

時間潰しを兼ねた買い物から戻ってきたシグマが、火丸の部屋の入り口に立つ。

 

……と、携帯にメールが入った着信音がした。

メールを見る。

 

 

 

 

『姉貴、今日はそのまま帰れ。戻ってくるな。 火丸』

 

 

 

 

同時に、

 

『シグマさあああん!お帰りなさいませえええ!』

 

メールの着信音を耳にしたマックイーンが、部屋の入り口に突進していた。

 

ーーー

 

「ささ、祝勝会場はこちらでしてよ!」

「……戻ってきちゃったのかよ……」「我々だけでも手に負えんというのに……」

「?」

 

テンション最高潮のマックイーンに手を引かれ、部屋に通される。

部屋には何故か疲れきった様子の火丸と黒子台先生。そして、テレビには丁度試合が終わったばかりの結果が表示されていた。

 

 

 

 

「『9-12』」

 

 

 

 

……んん?

シグマには、画面に表示された結果が理解できない。

 

 

 

 

「あの後、シンジはピッチャー強襲の打球で緊急降板しちゃってな……」

「おそらくアストロズも今日のシンジが交代するなど、予想外だったのだろう。その後出てくるリリーフが打ち込まれて……」

「……なるほど……」

 

火丸と黒子台先生の説明に、徐々に理解を果たすシグマ。

 

「……しかし、アストロズには『リュージ』もいるのだぞ?彼でも止められなかったというのか……?」

「あ、リュージは7回をしっかり抑えてたぜ。」

「本来は8回を担当する投手なのだろう?アストロズも流れを止めようと先手を打とうとしたが、結果的に裏目に出てしまったようだな。」

「そうか……」

 

典型的な『風呂試合』であった。

大勢が決まったと思い込んで、その後席を外してから結果を見たら、試合がひっくり返っていた……ある意味、野球醍醐味の一つと言える。

 

 

 

 

「8回裏のユタカの逆転打の時なんて、マックイーンさんが黒子台先生に感極まってな……」

 

 

 

 

『ユタカあああああ!やはりあなたこそが宇宙最強打者ですわああああ『ぐわああああ!?』!!!』『く、黒子台先生ー!?』

 

 

 

 

屈強な大男といえど、ウマ娘が自重しない渾身のパワーで抱きついたのだから、たまらない。

 

「……黒子台先生、良く骨とか折れませんでしたね……」

「ああ、この程度で怪我など負っていては、カール学園の教員など務まらんさ、ハッハッハ。」

 

「(……ヒム。お前が言ってた通り、先生にはその内何かお渡ししよう。)」

「(そうだな……うん。)」

 

姉弟がアイコンタクトで意思疏通を行った後、火丸が続ける。

 

「試合が終わってからも、マックイーンさんのはしゃぎっぷりがホントに凄くてな……姉貴、メール送ったろ?もしくは買い物の途中で試合経過とか見なかったのかよ?」

「……」

 

 

 

 

……外出時、この展開でまさか負けるなどとは微塵も思っていなかったシグマである。

戻ったら落ち込むマックイーンにどうやって声をかけるか……シグマの脳内はそのことで一杯であった。

 

改めて、シグマはこの『9-12』について、呆気にはとられつつも『こういうこともある』と受け入れていた。

 

 

 

 

「ねえねえシグマさん、どのようなお気持ちかしら?今、どのようなお気持ち?」

 

……その場に同席していた、『やられた側』とは真逆の『やった側』、それも相対するチームの熱狂的なファンがいなければ、話はここで終わっていたのだが。

 

 

 

 

「『応援する者がいる以上、勝ちを諦めて良い試合など存在しない』って仰ってましたわよね?

正にその通りでしたわ!このような奇跡を目の当たりにできたなんて、私ったら何という幸せ者なのかしら!」

「……」

「シグマさんもこの喜びを共に……あららいけませんわ、シグマさんはアストロズのファンですから、あなたにとってこの奇跡は『悲劇』になってしまうのではなくて?

……ああ!そちらの手にお持ちのものは!ひょっとして私の為に買ってきてくださったのかしら?負けた側が勝った側に塩を送られるなんて、どれだけサービス精神に長けていらっしゃるのかしらこの方は!」

「マックイーンさん……」

 

流石にその辺にしておいた方が……と、火丸が止めに入ろうとする。

と、シグマが口を開いた。

 

 

 

 

「……マックイーン、一つ頼みがある。」

「何でしょう?勝者が敗者のお願いを聞くというのも、妙な話ですけれどねえ?」

「ちょっと移動して貰えるか?……そう、その辺りの壁を背に。……その位の位置ならば丁度良い。」

「姉貴……そ、それは!」

 

壁を背にしたマックイーンに、シグマが『構え』をとった。

その刹那。

 

 

 

 

「シグマさ……(ぺちっ)んんっ!?」

「ほわちゃあ!」

 

マックイーンのおでこ目掛けて、シグマの右手から繰り出される『突き』が炸裂する。

 

「何を(ぺちっ)、するん(ぺちっ)、ですの(ぺちっ)!」

「ほわちゃ、ほわちゃ、ほわちゃあああ!」

 

シグマの連続して繰り出される突きに、マックイーンは反撃ができない。

 

 

 

 

「あれは……『ヒットマンスタイル』からの『フリッカー』!」

「む、何だそれは。」

「姉貴が静かにキレてるときの得意技だ!あの構えから、目にも止まらぬ突きを連続して繰り出すことで、相手に延々とダメージを与えるんだ!」

「確かに、1発毎にマックイーン殿が壁に背中を打ち付けているな。」

「力が込もっていない分、肉体よりも精神的なダメージの方が大きい技だ!

相手の心を折るまで、突くのを、止めないっ!」

「……痛そうに見えんのが、逆に厄介というわけか。」

 

 

 

 

技の解説を終えたところで、火丸が我に返る。

 

「つーか、止めねえと……」

「問題(ぺちっ)ありま(ぺちっ)せんわ(ぺちっ)!」

「へ?」

 

 

 

 

ぺちっ、ぺちっ、ぺちっ

 

いつまでも続くシグマの猛攻……のように思えた……が。

 

 

 

 

ガシッ

 

「何……!?」

「効かぬ……効かぬのですわ!」

 

いつの間にかシグマの右手を掴んでいたマックイーン。

次の瞬間。

 

 

 

 

ばたり。

 

「あ、姉貴……?」

 

エネルギーが切れたかのように、その場に倒れるシグマ。

 

 

 

 

「……はしゃぎ過ぎてお疲れになったようですわね。ヒムちゃん、シグマさんを暫く休ませてあげなさいな。」

「あ、ああ。」

「……」

 

 

 

 

……黒子台先生には、マックイーンがシグマの首元に強烈な一撃を加えていたのが見えていた。

 

(恐ろしく早い手刀……私でなければ見逃しているな。)

 

 

 

 

「ところでお二方、宜しければこの後カラオケにお付き合いいただけるかしら?

ビクトリーズの劇的勝利を祝して、応援歌メドレーに興じさせていただきますわよ!」

「ああ、うん……」

「メジロの令嬢に、こんな一面があったとはな……」

 

 

 

 

その後、上機嫌のマックイーンは、翌日喉を枯らすまで歌い続けた。

なお、シグマの意識が戻ったのは、火丸達がカラオケから帰ってきてからであった。

 

 

 

 

「何故私も連れていかなかったのだ!」

「そっちかよ!?」




元ネタがある試合だから恐ろしい(細かい展開についてはところどころ事実と異なりますが)

一連の元ネタが全部分かったら凄いと思う。
一応シグマのヒットマンスタイルやフリッカー連打は、『一歩』じゃなくて『鉄拳』の方ね。4で永久が成立する奴(実用性は低いけど)


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第45話:一等星の輝き~東京優駿⑦

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・北野 新←ノヴァ
・『龍鈴堂』の師匠←ロン・ベルク
・大円 世良←ポップ
・桐生院 悠人←ラーハルト

北野で南ときたら岸本も入れなきゃ(使命感)ということで『みなみとますお』を勝手に『南つよしと岸本ますお』にフルネーム設定。

ちなみに岸本ってトラッシュトークのイメージに隠れてるけど、試合中のラフプレーってあいつが豊玉で一番少ないんですよね。
まあマッチアップが桜木だったせいで、したくてもできなかったって説も有力ですが……



ーーー

 

5月下旬の府中市。

東京レース場では『東京優駿』こと、日本ダービーをこの目で見ようと、大勢の観客で溢れかえっていた。

 

「始発で並んだ甲斐があったな。」

「ああ。いつも本当にありがとう。」

「何、お互い様だ。」

 

観客席の最前列を今回も確保した、『みなみ』と『ますお』、そして『きた』。

開催までの時間を、雑談や交代での買い出しによる飲み食いで潰していた。

 

「皐月賞の時は同行できず、済まなかったね。」

「気にするな。お前も勤め先が一番忙しい時期だろ?」

 

きたの謝罪を、みなみとますおが笑って流す。

 

「……詳しくは話せないだろうが、やっぱり今年も多くの注文が入ってるのか?」

「勿論だよ。彼女達の『勝負服』、僕も師匠も、注文や相談の対応で大忙しだよ。」

「お前の師匠、その筋じゃ有名人だもんなあ。」

「本当、どうすればあんな風に、ウマ娘ひとりひとりに似合うような勝負服を作れるんだよ……」

「今度、良かったらウチの『龍鈴堂』に行って聞いてみたら?酒でも持って、僕の知り合いとでも名乗れば大丈夫だと思うよ?」

「いやいや。お前のお師匠さん、雑誌とかで見たことあるけど、見るからに怖そうだから止めとくわ。」

「ははは……それもそうか。」

 

真顔での回答に苦笑を浮かべる、『きた』こと『北野 新(あらた)』。

 

「ここでの俺らは、あくまでウマ娘ちゃん達を精一杯応援することが仕事みたいなもんだ。お互いのプライベートはなるべくノータッチで。」

「だな。……まあ、俺とみなみは職場も一緒なんだけどな。」

「了解。」

 

 

 

 

北野はカール学園在籍時、『ウマ娘の勝負服』という分野に興味を見出し、紆余曲折を経て卒業後に『龍鈴堂』へ就職。『国宝』とも称される程の師匠から直々に指導を受け、日々精進の身分である。

 

そんな北野が卒業後のルーティンとしていたのが、『レース場で間近にウマ娘達が走る姿を観察する』というものである。彼はこの行為を通じ、勝負服を作る為のインスピレーションを鍛えようとしていた。

 

そこに、熱狂的なウマ娘のファンである『みなみ』こと『南 つよし』と『ますお』こと『岸本 ますお』がちょくちょく顔を合わせる中で、次第に打ち解けていったのであった。

 

 

 

 

「今日のレースは誰が勝つかな?」

「順当ならば、間違いなくテイエムオペラオーで決まりだろう。」

「そうだな。……あくまで、順当ならば、の話だが。」

 

きたとみなみの言葉に含みを持たせた返答を行うますお。

 

「天皇賞はビワハヤヒデとナリタタイシンの一騎打ち。桜花賞や皐月賞も、割と前評判通りの結果に終わった。だが……」

「先週のオークス、か……」

「あれには正直驚かされたね……」

 

桜花賞で勝利した『バトルコメット』や、入賞を果たした『バーニングパープル』『エメラルドクリスタ』といったメンバーが、オークスでもトップ争いをする……というのが、大方の予想であった。

だが、彼女らを抑えて勝利したのは、事前の人気でも下位に甘んじていた『アオイハヤブサ』である。

 

「ライブでは、滅茶苦茶初々しい様子だったよね。」

「うんうん。ああいう娘は応援したくなるよなあ……」

「分かる。」

「順当であれば、あのメンバーが次に走るのは秋華賞か。……いや、その前に何名かは宝塚記念に殴り込むかな?ダービーのメンバーも含めて。」

「今年のシニア級からは間違いなく『BNW』が出るだろうし、勝てるかどうかはちょっと厳しいだろうけどな。」

「……宝塚にジュニアもシニアも関係ない。『今年の夏、一番強いウマ娘』が勝つ。それだけだ。

 

それはさておき、今日のダービーだ。」

「どうした急に。」

「……その言葉、いつもはますおさんがみなみさんに対して言ってません?」

「お前もどうした急に。」

「……まあいい、話を続けるぞ?」

 

ますおが今日の展望について語り始める。

 

「皐月賞の後でオペラオーが彼女のトレーナーと宣言した『年間無敗』宣言、ぶっちゃけ達成できると思うか?」

「うーん……できるできないよりも、『やってほしい』気持ちと『そうでない』気持ちが半々、かなあ。」

「分かる。皐月賞を見た感じ、オペラオーが今日も負けるようには思えない。けど……」

「ああ、こればっかりは結果を見るまで分からないよなあ。何せ、『最も運のいいウマ娘が勝つ』ダービーだからな。」

「オークスみたいな波乱が起きるか、それとも……」

「オペラオーが二冠達成するか、アドマイヤベガやスペースミリオンが皐月賞の借りを返すか……」

 

 

 

 

「……あと俺は、それ以上に今日のダービーで祈っていることがある。」

「どうした急に。」

 

みなみの言葉を聞き返すますお。

 

「みんな、怪我だけはしないでほしい。」

「あー……」「分かる。」

 

例年、日本ダービーを走った後で、怪我やそれまでの過度な練習を理由に中長期の離脱、あるいは下手したらそのまま表舞台から消えてしまうウマ娘が必ず現れる。

 

「確かにダービーは日本で最も歴史のあるレースだ。みんな、それだけ強い思いを胸にレースに臨むのだろう。……それでも、『ダービーを最後に引退』なんて、見たくないからなあ。」

「去年勝ったウイニングチケットみたいに、ダービーで全てを出し切って、その後もクラシック級やシニア級で結果を残し続ける。そんな姿を、みんなも見たいに決まってる。」

「分かる。僕も見たいし、それ。」

 

ーーー

 

「アタシが今も頑張れている理由?やっぱり、ハヤヒデやタイシン達がいてくれたからかなあ。」

「『ライバル』の存在、ということですか。」

「うん!……あ、ハヤヒデ達はライバルである以上に、親友でもあるからね!」

 

同じく競技場内。

『スピカ』では、ウイニングチケットが後輩からの質問に答えていた。

 

「じゃあ、チケゾー先輩にとって、ダービーって『目標』ではなく、『通過点』……」

「違う違う。ダービーはやっぱり『通過点』じゃくて『目標』だったよ。でも、走った後にみんなと泣いて笑って、『新たな目標』ができた、って感じかなあ。」

「『新たな目標』……」

「もっとみんなと走りたい。悔しい思いも嬉しい思いも、みんなと一緒に走って、感じたい。

あとは……そう!今日が正に『目標』の一つを達成した日!」

「レース前ですが、既に達成しているんですか?」

「うん!アタシのダービーを見て感動してくれたっていう可愛い後輩が今日、チームのダービー連覇なんて凄いものをかけて走ってくれる!こんな素敵なことはないよ!

……あ、何か嬉しくて感動で、涙腺が……」

「チケゾー先輩!今感動するのは抑えて!」

「只でさえ大所帯なのに、これ以上目立つのは色々と……」

「……あー、それに関しては心配要らないかも。」

 

 

 

 

沖野が周囲を見渡しながら答える。

 

そこには、例によって焼きそばを売り歩くゴールドシップと……

 

 

 

 

『ぴーす!ぴーす!ぴーす!』

「パパー、これ面白ーい!」

「……何でグーなのに、『ぴーす』なんだろう『ばっかオメエ、平和のぴーすに決まってんだろ!』喋った!?」

 

 

傍らに、ゴールドシップがグータッチのポーズをとる等身大の人形。

両手の部分にはセンサーがついているようで、誰かがグータッチするとカウンターの数字が『ぴーす!』の声と共に上昇するようになっていた。

 

「ちょっと失礼します。……え?応援してます?ありがとうございます、光栄ですわ。

……なになに……『今日はスピカのミリっちが走る大事な日だから、みんなは焼きそばと、このPOPで我慢してくれよな!

うっかり本物のアタシ達に触ったら、埋めるゾ⭐』……」

 

 

 

 

「……マックイーン、気のせいじゃなければ、あっちの方に足が生えているような……」

「トレーナーさん、流石にこれは競技場の許可を得ていても、些か裁量の範疇を逸脱しているような……」

「え、許可?……あ、ああ。そうかもな……」

「「ちょっと!?」」

 

マックイーンとオミクロンが沖野に詰め寄る。

 

「あなた、今目を逸らしましたわよね!?」

「チームの責任者が状況把握できていないってどういうことよ!?」

「イ、イヤー、そんなことないよ?俺知ってたよ?」

「目を合わせて言いなさいなこの野郎!」

「マックイーン……落ち着いて。」

 

例によって暴走しかけるマックイーンを止めに入るオミクロン。

 

「トレーナーの理解はともかく、今のところ警備の人や関係者っぽい人も来ていないし……ゴールドシップが普通に許可とってたってことで良いんじゃないの?」

「言われてみれば……それにしても、いつの間に……」

「まあ……ゴールドシップだし?」

「うん……」「そうですわね……」

 

 

 

 

「……それでも……」「……あの犬神家は……」

「まあ……ゴールドシップだし?」

「うん……」「そうですわね……」

 

沖野の一言に、納得せざるを得ないふたり。

 

「そういえば本日のレース、チケゾー先輩には放送局からゲスト解説のオファーが来ていたとお聞きしましたが……」

「俺も反対はしなかったんだがな。」

「あはは……アタシはああいう場だと変に神経質になって体痒くしちゃいそうだったからね。チームのみんなと一緒に観戦する方が気楽で良いかなあ、って。」

 

 

 

 

「よっしゃ!そのチケゾーの心意気をかって、今日もこのゴルシ様と一緒に焼きそば売り捌いたろうじゃねーの!」

「「「そういうレースじゃない(ありません)からこれ!」」」

「アタシは別に構わないんだけど?」

「「「駄目です(わ)。」」」

「えー?」

 

ーーー

 

「チッ……あんたか。」「おお、こいつは奇遇だな。」

 

別の場所では、『アンタレス』と『シリウス』が邂逅していた。

 

「『シリウス』の北原さんじゃないっすか!俺、『アンタレス』でサブトレーナーをやってます、大円って言います!よろしくお願いします。」

「北原だ。わざわざ丁寧にありがとな。……葵ちゃん!ちょっと来てくれ、同業者だ。自己紹介を頼む。」

「えーと、チーム『シリウス』で、兄と一緒にサブトレーナーを務めています、桐生院葵です。よろしくお願いします。」

「『アンタレス』のチーフ、黒沼だ。で、その兄貴……あの若造は何処だ?」

「あいつならウチのロデオの付き添いだ。まあ、元々こういう人の多い空間を避けたがる奴だからな……」

「兄さんとスフィアさんで激励に行ってます。ただ、兄さんの方は激励というよりは……」

「先日のオークスの結果を引きずっているみたいだからな。当分は頭より体動かして切り替えたいんだろうが……

そもそもトレーナーがウマ娘以上に結果引きずってどうすんだ、って話なんだがな……」

「……まだまだエリート意識が消えてねえってことだな、あいつは。」

「だな。

そうなると、やっぱああいう奴のチーフを務められる俺ってすげーんじゃね?」

 

はっはっはー!と笑う北原。

 

「お前も本当、変わらねえよな。」

「……そういうお前は?」

「……何の話だ?」

 

黒沼の言葉に、北原が身を近づけ小声で話しかける。

 

 

 

 

「……お前が自分から、それもあんな若造をサブトレーナーにするなんてのも妙な話だ。

……転勤か?それとも病気か何かか?」

「言ってる意味が分からねえな。」

「おいおい、政治家とかじゃねえんだから……」

「……まあ、時期が来れば、学園から発表がある筈だ。」

「りょーかい。この件はここまでにしとくわ。」

「悪いな。」

「気にすんな。俺が勝手に踏み込もうとしただけだ。」

 

「一応、1つだけ言っておく。」

「何だ?」

「あいつ……大円の奴を若造と甘く見ない方が良いぞ。」

「……お前にそこまで言わせるような奴か……こいつは面白そうだ。」

 

それにしても……と、北原が続ける。

 

「皐月賞の時も『スピカ』の連中と観戦したし、今年の俺はこういう偶然に遭いやすい運命だったりするんかな?ははは。」

「……お前の場合、狙ってやってるんじゃねえのか?こうやって情報を得る為に、な。」

「まさかまさか。」

 

 

 

 

「……それじゃあ、今年そのハッピーミークちゃんって娘とデビューするんすね。」

「はい。大円さんの方も早速アンタレスの一員として……」

「もしレースで対戦する時は、ぜひともお手柔らかに……」

「あはは、手加減はできませんが、よろしくお願いしますね。」

 

 

 

 

「……今その娘の兄貴が戻ってきたら、どうなるんだろうな、あれ。」

「中々の過保護だから、あの大円くんは無事には済まないかもしれないなあ。」

「……今呼んでこれねえか?ちょっと見たくなったぞ、それ。」

「流石に趣味が悪りいっての。」

 

ーーー

 

地下バ道では、パドックに向かうウマ娘達に、トレーナーや関係者が声かけを行っていた。

 

「ロデオ!あんたが勝ったらその後私も続いて勝つ!あんたが負けても代わりに私が勝つ!だから頑張れ!」

「結局同じじゃないか……そもそもこれから勝負に向かう相手に『負けても』なんて言うんじゃない(コツン)」「あたっ」

 

チーム『シリウス』の桐生院悠人トレーナーとホットスフィアによる言葉に、ポーカーフェイスを少し和らげるクレイジーロデオ。

 

「……かつて、『彼女』がその走りを通じてワタシに見せてくれた景色を……ワタシ自身の力で見てみたい。

その為に、ワタシは走る。私なりのやり方で。」

「思いっきり行ってこい!」「みんな、応援してるからな。」

「……いってくる。」

 

 

 

 

「頑張れ。チケゾー先輩に続こう!」

「任せて!……と、言いたいところですが……ううん、今から結果なんて気にしちゃだめですよね。」

 

チーム『スピカ』では、同期のバトルコメットから激励を受けるスペースミリオンの姿。

 

「皐月賞では、正直最後まで自分の走りができませんでした。駄目ですよね、戦ってる相手に見とれてしまうだなんて。」

「ミリオン……」

「だから……今日は絶対にゴールまで、私の走りを貫きます。私の最大の武器は……『心』。最後まで決して乱されたりしません。」

「そうだね。今日はクールなミリオンの姿、見せてよね!」

「……弱い心は、今ここに置いていく。ターフで、私の全てをぶつけて見せる!」

 

 

 

 

「……ありがとう。もうひとりで大丈夫。」

「ベガ先輩……」

「アヤベ先輩で良いわよ。みんなそう呼んでるし。」

 

チーム『アンタレス』のアドマイヤベガに付き添っていたのは、ナイトシグマ。

 

「そろそろ戻って良いわ。あとは、出走まで少し色々なことを考えたいの。」

「了解した。……差し出がましいかもしれないが、これだけは伝えさせてほしい。

あなたは、決してひとりじゃない。それを忘れないでほしい。」

「……フフ、後輩のくせに。でも、ありがとう。」

「アンタレス……そして『ポルックス』の皆にも、朗報を期待している。」

「そうね「はーーーっはっはっはっは!」って……」「そうか、彼女も……いや、彼女こそが……」

 

 

 

 

聞くものが不思議と不快に感じない、心からの高笑いを披露しながら登場したのは、『クラシック二冠』を賭けての出走となる『主役』、テイエムオペラオーである。

そして、

 

 

 

 

「オ、オペラオーさん……やっぱり私ではなく、バクシンオーさんやフジキセキさんのような、同じチームの方に付き添いはお願いすべきだったんじゃあ……」

 

何故か、『レグルス』のメンバーではない、『カノープス』のメイショウドトウがおずおずと付き添っていた。

 

「いいやドトウよ、友人兼今後のライバル候補でもあるキミに、ぜひともこの、ヒリヒリとした緊張感溢れる空気を味わってほしくてね!ほら見たまえ!今にもこちらを見つめる多くの目が、このボクの魂を早くも射抜こうとしているじゃあないか!そう!正に同じ時代に降臨した、天才の存在に苦しむサリエリもかくやという、鋭き視線の数々が!」

「え、えーと……」

 

 

 

 

……メイショウドトウ殿、あなたの言いたいことは何となく分かる。

緊張感溢れる空気を作ったり壊したり、視線のベクトルが違うのは、他ならぬオペラオー殿自身によるものなんだよ……

……だが、話し掛けたらこっちが違う意味で『射抜かれる』。レースまで、任せたよ……色々と。

 

シグマと同じようなことを、その場にいる者達が共通で考えていた。

そして……

 

 

 

 

「……そこのキミ達……嗚呼、分かるよ!敢えてボクの方を見ようとしていないね!」

「げっ……」「な、何だと!?」

 

オペラオーに目線を向けなかったことが災いして、逆にロックオンされるベガとシグマ。

 

「このボクの輝きが眩しすぎて、その目を向けられなかったのか……それとも……おお!まさかキミ達だとは!」

「あ、アヤベさん。ご無沙汰です~。」

「あなたも大変ね、ドトウ……」

 

律儀にドトウと声を交わし合うベガを見て、『こういうところだよなあ……』と内心で思うシグマ。

 

「アヤベさん!我が素晴らしき好敵手よ!今日はどうやら、ボクのドトウにも負けないような守護者を従えているようだね!」

「え、ええ?私、守護者なんですか?」

「流した方が良いわよ……その場のノリで言ってるから。」

「守護者、か……ふむ。」

 

オペラオーの言葉に三者三様のリアクションがとられる。

シグマが口を開く。

 

「オペラオー殿。改めて自己紹介させていただく。『ナイトシグマ』と申す。お見知りおきを。」

「キミが……そうか。こうして話すのは初めてだね。」

「恐れながら、守護者として進言させていただく。どうかレース開始まで、我が主君を集中させてあげてほしい。」

「……ドトウ、そしてアヤベさん。」

「な、何でしょう?」「何よ。」

 

「どうやらボクは、全ての者に恋をしてしまうようだよ……」

「「は?」」

 

ふたりが呆気に取られる傍ら、シグマが続ける。

 

「どれだけ恋をしようと、愛する人の腕の中に入る瞬間は、何時になっても訪れないかもしれないぞ?」

「……フフフ……気に入った……気に入ったよ、ナイトシグマ君!

今日ボクが勝利したら、キミにはぜひとも我らが『覇王華激団』に入ってもらうよ!」

「「「は?」」」

 

今度はシグマも含む全員が、呆気に取られていた。




レース前半までとその後に分ける予定が、レース前で区切る羽目になるとはな、こん畜生!

一応オリジナルのモブウマ娘のうち、スペースミリオンはナリタトップロード、クレイジーロデオはラスカルスズカを寄せて書いてます。(後付け)
未登場の実在キャラよりも架空のキャラ出さないと、俺の場合は書くの無理。


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第46話:一等星の輝き~東京優駿⑧

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・音坂 蹴←ヒュンケル
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ

全く想定していなかったキャラを参戦させることになろうとは


ーーー

 

「……い、いきなり何を……」

「オペラオーさん、さ、さすがに初対面の方をヘッドハンティングというのは……」

「……ふむ。」

 

オペラオーの『引き抜き』宣言に、狼狽えるベガとドトウ。

その様子を尻目に、シグマが答える。

 

「良いだろう。」「!あなた、何を……」「問題ない。その約束、受けようじゃないか。」

 

余裕ありげなシグマに、笑みを浮かべるオペラオー。

 

「キミ、それだけ信頼しているのかい。アヤベさんのことを。」

「……貴殿の方こそ、私の考えをきちんと理解しているじゃないか。」

「え、えー……?」「……シグマ、あなたも意外とクールじゃないところがあるのね。」「はえ~……?」

 

ひとり、状況を飲み込めていないドトウに、オペラオーが説明する。

 

「……このシグマ君、どうやらレースでアヤベさんの勝利を、心の底から信じているようだ。」

「!……あ、そうか。アヤベさんが勝てばそのままですもんね!」

「……私が勝っても見返りが無いんだけど?」

「そうだな……確かに不公平かもしれない。」

 

ベガの指摘に、シグマが考える素振りを見せる。

 

「アヤベ先輩が勝利した場合……そうだな、レース後に伝えさせて貰うとしようか。」

「すまないね。……だが、勝つのはボクだ。キミに金槌を振るうような真似は似合わないんじゃないかな?」

「何、時にはそういった時間の浪費というのも、必要なものだ。もしあなたが勝っても、その責任はシャンパンの泡にでも取らせるとしよう。」

「ははは!キミも言うじゃないか!その姿、こうもりとは全くもって程遠いというのに!」

 

オペラの一節を用いて会話のキャッチボールを行うオペラオーとシグマの様子を見て、完全に目が点になっているドトウ。

一方で、『この娘、やるわね……』とシグマに妙な感心をするベガ。

 

「シグマ……あなた、あのノリに良くついていけるわね……。」

「我が『キサラギ』の教育の賜物、とでも思っていただければ幸いだ。」

「ふうん……オペラって、私達でも楽しめるものなのかしら?」

「歌劇に興味があるならば、まずはオペラよりもミュージカルから見てみると良いだろう。『サウンド・オブ・ミュージック』や『メリー・ポピンズ』などは誰にでも楽しめる筈だ。」

「あ、メリー・ポピンズって、傘を持って空を飛ぶ人ですよね!私、小さい時に真似してみたんですけど、結局そのまま飛べずに落っこちちゃいました!」

「ドトウ……」「……まあ、気持ちは分かるが……」

 

「それにしても……クックック、とてもレース前の空気とは思えないな、これは!」

 

オペラオーの言葉に、我に返る一同。

 

「まあ、良いわ。今日のレース、私が勝たせてもらうわ。シグマの為にも……」

「……言わずとも分かるさ。『キミが勝利を報告したい全てのもの』に誓って、全力で来ると良い。

そして、それでも……勝つのはボクだ。」

 

一瞬で、空気が真剣なものへと変化する。

 

これ以上は誰も言葉を告げぬまま、ベガとオペラオーはパドックへ。シグマとドトウは地下バ道から、レースが始まるのを見守るのだった。

 

ーーー

 

『晴れわたる空の下、ここ東京レース場に今年も18名のウマ娘達が終結しました!栄光のダービーウマ娘となるのは、果たして誰でしょうか!』

 

 

 

 

 

「東京レース場ってすぐ近くなんだし、今からでもゲンチシューゴーしない?ねーねー。」

 

前回の皐月賞の時と同様、『ポルックス』の控室にあるテレビの前でくつろぎつつもぶーたれている、トウカイテイオー。

 

「大体、タキオンさんやライスさんは、この前までアンタレスのキョーリョクスケットだったんでしょ?一緒にレース場で応援すればいーじゃん!」

「え、えっと、テイオーちゃん……そのことなんだけど。」

 

ライスシャワーが、今回テレビ観戦の理由について口を開く。

 

「お兄様が『本番で余計なプレッシャーをあいつらに与えることもない』って……」

「何じゃそら。」

「ライスさん、そのことなんですが……」

 

テイオーのリアクションを横に、サイレンススズカが口を挟む。

 

「『あいつら』ってトレーナーさんは言ったのよね?」

「は、はい。ライスの勘違いだったらごめんなさい……」

「私も一緒だったし、大丈夫。」

「アイツの言葉に、何か変なところでもあるの?」

 

ナリタタイシンの言葉に答えるスズカ。

 

「ライスさんとタキオンさんは一緒だったから覚えていると思うけれど……トレーナーさんが言ってるのはきっと皐月賞の時の、アンタレスの大円さんのことだと思うの。」

「『日本ダービーでは絶対に1着をとってやる!』って言ってたっけねえ……負けたら彼に、トレーナー君の過去を余すことなく語ってもらうんだったっけ?クックック……」

「え、何それ!」

「……まあ、そんな約束してるんじゃ、確かにプレッシャーになるのは間違いないかもね。」

「ええ。それで、『あいつ』なら分かるんだけれど……」

 

スズカの引っ掛かりにライスが意見を伝える。

 

「ええと、お兄様が言ってるのは、『アンタレス』のみんなのことじゃないかな……?」

「最初は私もそう思ったのだけれど……アヤベさんやチームのみんなにとって、トレーナーさんの応援って果たしてプレッシャーになるかしら?」

「ふむ。言われてみれば……確かに妙ではあるね。」

 

アグネスタキオンがスズカの意見に同調し、続ける。

 

「トレーナー君をプレッシャーに感じるような相手が、あのアンタレスのサブトレーナー君以外にもいるんじゃないか。キミはそう言いたいわけだ。」

「ええ。」

「と、なると……なるほどなるほど。これは何とも彼らしい配慮かもしれないねえ。」

「え、タキオンさんには誰か分かったの?」

「推測の域だがね……」

 

タキオンが『ら』の正体について解説する

 

「おそらく、『レグルス』のトレーナーのことだろう。彼も、トレーナー君の後輩との話だからねえ。」

「そういえば、一度お兄様直々に、レグルスさんには宣戦布告に言ったって……」

「バクシンオーが騒いでいたね、そういえば。……自分で原因作っておいて、いざ本番でプレッシャーをかけたくないとか、本当何考えてんだか、アイツは。」

「でも、トレーナーさんらしいです……」

「我々としては、アンタレスのサブトレーナー君にはプレッシャーをかけてもらった方が有り難いんだけれどねえ……ククク。」

 

そこへ、遅れて音坂が入室する。

 

「すまない、溜まっていた仕事を片付けていてな……」

「今、丁度レースが始まる直前です。」

「そうか。」

「トレーナー!やっぱりボク達もレース場に……」

「ほら、昼食だ。今日レース場に連れていってやれなかった詫びも込めて、普段よりも少し豪勢にしておいたぞ。」

「「「「「わーい!」」」」」

 

お弁当を通じて、ポルックスのメンバーの心が1つになった瞬間であった。

 

ーーー

 

『さあ、全員がゲートインしました!

今日の主役は何といってもこの娘!皐月賞を制しクラシック二冠に挑む、テイエムオペラオー!

それを阻止し、ダービーウマ娘となるウマ娘は果たして現れるのか!いよいよ、出走です!

 

……スタート!さあ、全員がキレイなスタートをきりました。注目のテイエムオペラオーは……おっと、今日は皐月賞の時とは違い、前方の集団だ!』

 

 

 

 

『先行ですって!?』

『皐月賞では後方からのレースだったはずじゃ……!?』

『不味い、作戦が……!』

 

 

 

 

「……まあ、こうなるよなあ。」

「フン、想定内ってか?」

 

レース開始直後から、オペラオーの走りの様子に明らかにペースを乱したとみられるウマ娘が、早々に見てとれていた。

それを見ながら、北原と黒沼が言葉を交わす。

 

「良く言う……お前のところのアドマイヤベガも、全く動じてないようじゃねえか。」

「そりゃそうだろ。むしろ、アレに動じてる奴は……」

 

 

 

 

「……おハナさんの言った通りだな。」

「え、あれってトレーナーが考えた作戦じゃないの!?」

「いや、作戦は勿論、俺がミリオンやみんなと一緒に考えた通りだ。」

 

ウイニングチケットの問いかけに、沖野が答える。

 

「ただ、きっかけを教えてくれたのはおハナさん。『皐月賞のオペラオーは撒き餌、今日はホープフルの時のような、オペラオー本来の走りに戻してくる』ってね。」

「それを鵜呑みにしたんですの!?」

「はは、流石に考えなしに鵜呑みにしたわけじゃないさ。俺も色々考えてみたんだけど、結果としては間違いなさそうだ、とね。」

 

ーーー

 

『さあ、集団が第1コーナーから第2コーナーを抜けていく!……おっと、早速集団が大きく開いていくぞ!?4番、少し前に出過ぎか!?後方の集団も、ペースを掴めていない様子のウマ娘がなんにんもいるようだ!』

 

『アヤベさんに、ミリオン君…あとは、ロデオ君かな?

流石にキミ達は、ボクの【仮面】を見抜いていたようだね!』

 

明らかに皐月賞の時とは異なる走りをオペラオーが見せたことで、『皐月賞のオペラオー』を見据えていたウマ娘や陣営は、この時点で『脱落』したも同然であった。

その一方で、今回の走りを想定していた者達は、大きく動じることなく序盤から自分の走りに徹していた。

 

『皐月賞の時から【変わっている】……んじゃない。【戻っている】んだ!』

『顔付きも、雰囲気も、明らかに前回と違う……これが、本来のオペラオーというわけですね。』

『トレーナー、みんな……ありがとう。これなら、いけるかもしれない……!』

 

ライバル達の様子に内心で敬意を表しつつ、オペラオーは更に集中力を高めていく。

 

『キミ達ならば、きっと革命下であろうと正しい道を進めるだろう。

だが……銃士として、その手で本物の王を救い出し、平和をもたらすにふさわしい力が果たしてあるのか……

ここからが、本番だよ!』

 

ーーー

 

「……オペラオーもクラシック級。それ以上に、あの子岸ってトレーナーだな。あいつ、ルーキーなんだよな?」

「ああ。……皐月賞の後の言葉も、ありゃリップサービスやパフォーマンスなんかじゃねえ。紛れもない、奴の本心だ。」

「腹芸できないような真っ直ぐな奴だから、ルーキーにも関わらずあんなにウマ娘達に慕われてる、ってことだからな。

……あ、それじゃあ俺ってやっぱり……」「知るか。」「えー。」

 

北原に対し、まあ実際こんなんでも確かに凄い奴だからな……とは口にしない黒沼。

 

「……まあいい、だが、ここまではあくまで第一関門を突破したに過ぎん。あとは、あいつらがどれだけ力を発揮できるか……」

 

第2コーナーを抜け、長い直線からの高低差のある坂道を集団が駆けていく。

既にペースの乱れたウマ娘数名が、集団から大きく取り残され、ひとり、またひとりと脱落していく。

その一方で、前を走る集団は引き続き、非常に速いペースを保っていた。

 

ーーー

 

「……すげえ……」

 

レースも中盤に差し掛かろうかという状況。

大円が思わず呟いていた。

 

「こんなの、誰が勝つかなんて分かるわけねえじゃん……」

「そうですね。みんな、本当に強い……」「あの黒い格好の娘……下手すりゃこのままいっちまうぞ。」「え?」

 

想定外の大円の言葉に戸惑う葵。

 

既に脱落した者達も見受けられる中、先頭集団とそれを追うグループには、この日の有力候補達が健在であった。

一方で、その流れに食らいついている者達も……

 

 

 

 

「『キンイロリョテイ』だと?」

「……アイツ、そういやクラシック級か、今。」

「知っているのかしらゴールドシップさん?」

 

『スピカ』陣営でも、集団の一角にいるノーマークのウマ娘に皆が注目していた。

 

「ああ。アタシが『埋め損ねた』奴だな。」

「埋め損ねた、って……」

「何つーの?あれ、このままだときっと1着でゴールしちまうぜ?」

「!」

 

ゴールドシップのあっけらかんとした一言に、皆が驚く。

 

「ミリオンさんやオペラオー達ではなく、彼女が1着を獲る……ってこと?」

「まあなー。ただ……」

「……あれ?でも、あの娘って確か……」

 

ウイニングチケットがふと考え出し、ハッとする。

 

「そうだ!あの娘、いつもはもっと後ろにいなきゃおかしいんだ!」

「後ろ……つまり、差しや追込ってことか?」

「うん!アタシも何度か一緒に走ったことがあるから!でも、何で今日はあんなに前にいるんだろ?」

「……どうしても、譲れないものがあるんだろ。勝敗の枠を越えて。」

「え?」

 

ゴールドシップの言葉に、皆がきょとんとする。

 

「アイツ……ダービーの大舞台で、とんでもないことをしようと考えてやがるんだ。アタシには分かるぜ……そう、勝ちを捨ててでもすんげーことをしようとしてやがる……」

「……」

 

 

 

 

(いや、仮にもG1のレースで、勝つこと以上に大事なことって何……)

 

スピカの皆がそう思った。

 

ーーー

 

「……『世紀末覇王』だと?笑わせてくれる……!」

「(え……?)」「何……?」

 

先頭集団の前方から、キンイロリョテイが、振り返って大声で叫ぶ。

前代未聞の行為に戸惑うミリオンと、流石に反応せざるを得ないオペラオー。

 

 

 

 

「『世紀末』は……『ウマトラダムス』の予言こそが絶対に決まっているだろうが!」

「 」

 

オペラオーさえも、リョテイから続けて放たれた言葉に、相手をすることを放棄した。

 

「世界は混沌に包まれる!だが、それは世紀末覇王の手によるものではない!恐ろしい者が突如として降臨し、この世を終わらせてしまうのだ!そして、そこから新たなる世界が生まれていく……これこそが正に世紀末!」

「……」

「どうした!?このままでは世紀末覇王の時代は来ないぞ?何故なら、今日勝つのはわた……」

 

 

 

 

『レースも中盤!ここで快走を続けてきたキンイロリョテイが下がっていく!』

 

 

 

 

「……そりゃ、レース中にあれだけ全力疾走しながら喋り続けたら……」

「一方的に喋ってただけで他の皆は相手してなかったみたいだし、あっても彼女へのペナルティ位かしら?」

「確かにゴールドシップの言った通り、真面目に走ってれば勝ってたかもしれないね……」

 

『喋りすぎ』という理由で息を切らせて失速するリョテイに、スピカの一同が呆れた様子でリアクションをとる。

 

「……ただ、あんなんが斜め上の効果を生んじゃったりするんだなー、これが。」

「何を言って……え?」

 

先頭集団の空気が、目に見えて明らかに変わっていた。

 

「『勝ちたい』って気持ちだけは、皆に置いてっちゃったみたいだからなー。こういうのを力に変えちゃう奴が、今日は案外勝っちゃったりして。」

 

 

 

 

『残り1000メートルを通過!さあ、大ケヤキを越えていよいよ第3コーナーへと差し掛かる!

これは早いペースだ!レコードが生まれるか!おっと!ここで仕掛けたのは……クレイジーロデオか!さあ、誰がコーナーを回って前に躍り出るでしょうか!』

 

『勝つのはワタシだ!』

『自分の走りを貫く……!』

『最後まで……そう、最後まで……!』

『負けない……みんなにも、ボク自身にも……!』

 

コーナーを抜け、立ちはだかる525メートルの直線と、2メートルの坂道。

最初に乗り越え、ゴールを駆け抜けるのは誰だ。




『ウマトラダムス』というワードをホーム画面で見てしまった結果、こんな流れに。
大ケヤキを超えてからの展開は次回に持ち越し。


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第47話:一等星の輝き~東京優駿⑨

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・音坂 蹴←ヒュンケル
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ

キンイロリョテイさん、カノープス入り決定。


ーーー

 

『残り1000メートルを通過!さあ、大ケヤキを越えていよいよ第3コーナーへと差し掛かる!

 

これは早いペースだ!レコードが生まれるか!おっと!ここで仕掛けたのは……クレイジーロデオか!さあ、誰がコーナーを回って前に躍り出るでしょうか!』

 

レースは、類を見ない程のハイペースで終盤にもつれ込んでいた。

但し、それを形成する集団の中には、既に限界を越えている者もいて……

 

『第3コーナーを回って……おっと!前を行く12番が大きく外へ投げ出される格好になった!集団の方も、これは随分と横に膨らんだ様子を形成しているぞ!』

 

 

 

 

「……良く頑張った……と、言いたいところだけれど……」

「う、うん。きっと、走っているみんなの中には……」

「……気力だけで走ってますね。コーナーの曲がりに体が付いていかなくなって、外へと自ら投げ出されている……」

 

チーム『ポルックス』の控室。

ダービーの厳しさを知る『経験者』達が、ここに来て脱落していくウマ娘達への思いを口にする。

 

「ここまで来たのに、最後のスパートにも加われないまま終わってしまう……フフ。無念に見えて、むしろ彼女らにはその方が幸運かもしれないけれどねえ。」

「ちょっ……どういうこと!?」

 

アグネスタキオンの発した『幸運』という表現に、驚くトウカイテイオー。

その一方で、

 

「……タキオンの言う通りかもな。」「トレーナー!?」

 

まさか同調するとは思わなかった音坂の言葉に、更に驚くテイオーだが、

 

「実際、東京レース場の最終直線……本気でキツいから。」

「2メートルの登り坂込みの、500メートル……極限状態で走ったら、いつ怪我してもおかしくはないでしょうね……」

「スズカの言うように、『極限状態で』というのが問題だな。……先に限界を迎えておけば、これ以上の無理はしなくても済む。」

「勝ちへの道筋を諦めて、最後まで走りきることを優先するか。それとも、勝ちへの道筋を諦めずに、破滅への扉を開くか……」

 

『破滅』。遠慮の無い表現に、部屋の空気が重くなる。

 

「そんな悲運やら運命やらを、乗り越えていくのがダービーウマ娘達だ。……そうだろう?テイオー。」

「……!あ、当たり前じゃん!来年は、ボクがきっと……!」

 

テイオーの返事に、口元に笑みを浮かべる音坂。

 

「……まずは画面の前の奴らを相手に、『この最終直線で勝つイメージ』を作ってみろ。」

「リョーカイ!絶対に勝ってみせるよ!」

 

画面に集中し出すテイオーを横目に、音坂は考える。

 

(……勝つのはオペラオーか、アドマイヤベガか、それとも……)

 

一方で、ライスシャワーは……

 

「……でもでも、みんな、ここまで来れただけで、本当に凄いんだよ?だからみんな、最後まで頑張ってほしいし、どんな結果になっても、胸を張ってほしい……よね?」

 

彼女のそんな思いを、レース後に受け止められる、あるいは伝えられる者が、画面の向こうのレース場には、果たしてどれだけいるだろうか。

集団は、第4コーナーから、いよいよ最後の直線へと差し掛かる。

 

ーーー

 

「……ちょっと仕掛けが早すぎないか?ロデオさん。」

 

大円が葵に、ロデオのスパートについて問いかける。

 

「え、でも、チーフトレーナーはオペラオーの仕掛けを見越して、このタイミングで仕掛けるべきだ、ってレース前に……」

「……あー。」

 

葵の言葉に大円が理解する。

同じタイミング、

 

「……お前、この後の展開とかきちんとアドマイヤベガに考えて教えたんだろ?それについても……」

「何の話だ?」

 

北原が黒沼に訪ねる。

 

「だから、今の状況から、更にオペラオーの仕掛けてくる作戦が……」

「は?」

「ん?」

 

と、北原の意図を理解した黒沼。

 

「……そういうことか。だとしたら、スピカのミリオンも……」

「オイオイ、どういうことだよ?」

「……先に言っておく。お前ら……『考えすぎ』だ。」

「何?」

 

北原の言葉に、黒沼が一言告げた。

 

ーーー

 

「仕掛けが無いのが仕掛け……か。」

「どうしたんだい?突然。」

「いや……つくづく『トリック』がハマると、凄いなあ、とね。」

「?」

 

子岸の隣でフジキセキが呟く。

 

(歴戦のトレーナー達も、私達のトレーナーの『性格』までは読めていたようだけど、同時に彼の『実力』を、かえって大きく見誤ってしまったようだね……

このままいけば、最終直線に差し掛かるタイミングで……)

 

ーーー

 

『仕掛けるのは今!勝つのはワタシだ!』

 

第4コーナー手前。

誰よりも早く【領域】に入ったロデオが、領域の中で縦横無尽に暴れ回るイメージを作り出す。

前から垂れて下がってきたウマ娘をものともせず、自らの加速力を高めていく。

 

『……まだだ!まだ耐えて、自分の走りを貫くんだ!』

ロデオの仕掛けに意識を向けながらも、オペラオーのやや前方で仕掛け所を見極めながら走るスペースミリオン。

逆に、オペラオーの後方では引き続きベガが様子を伺いながら一定のペースを保っている。

 

『さあ、第4コーナー!クレイジーロデオが前に出る!ここで前を行くスペースミリオン、そしてテイエムオペラオーが競り合う格好となったぞ!前から下がってきた娘達も含め、大勢での熾烈な競り合いが続く!この中から抜け出すのは誰か!』

 

 

 

 

……刹那、

 

『巨大な【光】』が、炸裂した。

 

ーーー

 

奇しくも、第4コーナーでは何にんものウマ娘が、一度に競り合う格好となった。

 

『これだ……これこそが、ボクの求めていたもの!』

 

後ろから上がってきた者、前から垂れつつも勝負を諦めていない者、彼女達の思いは一つ。

『このレースに勝つこと』。

そして、その中には『打倒オペラオー』という思いも含まれている。それらを感じ取って……

 

『キミ達の思い……何て純粋で、そして尊い物だろうか!素晴らしい、素晴らしいよ!』

 

極限の集中力の中、正面から全ての思いを受け止め、自分のエネルギーへと昇華していく。

それはまるで、周囲を囲んだ邪なるエネルギーを、その手に持った杖で振り払い、吸い込み、掲げた先端から爆発させてーーー

 

 

 

 

『感謝するよ……みんなの気持ち、全てを背負ってボクは更なる頂へ進む!』

 

覇王が、高々と杖を掲げ、勝利に向かって行進する。

 

我こそ絶対。皆も我に続け、遅れるな……と。

 

ーーー

 

『こ、ここで完全に抜け出したのはテイエムオペラオー!テイエムオペラオーだ!集団から飛び出してハナを進む!なんという豪脚だ!このまま最終直線へスパートをかける!先頭集団は付いていけないか!後ろの娘達は果たして……』

 

 

 

 

「……まあ、こうなるよな。」

「分かってたのか?」

 

黒沼の言葉に北原が問いかける。

 

「スパートそのものはオペラオーの実力だろうが、あの状況はあいつらが想定していたものでは無いだろう。」

「つまり……」

「『何も考えちゃいねえ』ってことだ。勝手に周りや俺らが、あいつが本気になる状況を作り出した、ってことだな。」

「……そうか……さっきの『考えすぎ』ってのも……」

「お前のところのロデオ、『終盤にオペラオーが何か仕掛ける』って想定してのスパートだったろ。あれが逆に、『終盤にオペラオーが仕掛けられる状況を周りが勝手に作り出す』って結果になっちまったわけだな。」

「マジか……」

 

北原に対し、黒沼が続ける。

 

「スピカの奴も、明らかに仕掛けが遅い……お前と同じく、オペラオーやレグルスの若僧を『過大評価』しちまったな。」

「……ん?」

 

ふと、北原が気付く。

 

「お前はどうなのよ?何か随分余裕じゃね?」

「……そりゃ、余裕があるんだから当然だろ。」

「オイオイ、それじゃお前のところのアドマイヤベガは……」

「ああ、ここまで『作戦通り』だからな。」

「なんで?」「あいつ。」

 

北原の疑問に、指を指す黒沼。

そこには、葵に対して似たようなやり取りを続けていた大円の姿。

 

「……それって、何かずるくね?」

「お前の所にも、あの葵って娘やその兄貴だっているじゃねえか。」

「む……」

 

同世代の奴らの目線が武器になるなら……という意見を封じられて、表情を険しくする北原。

 

「……まあ、実際俺だけだったら多分お前らと同じことになっていたのは事実だ。それらも含めて、今回俺たちは『運』に恵まれたんだろうな。だが……」

「だが?」

「実際に勝てるかは別の話だ。オペラオーのスパート……ありゃちょっとヤバいか?」

「いえ、あの方が好都合です。」「「うお!?」」

 

突然会話に割り込んでくるミホノブルボンに、驚く黒沼と北原。

 

「好都合、って……どういうこと?」

「そのままの意味です。」「……あー、俺が話す。」

 

解答になっているか疑わしいブルボンの回答に、黒沼がフォローを入れる。

 

「いや、このままだとオペラオーがぶっちぎりで勝つだけじゃないか?」

「お前でもそう思うだろ?」

 

だから……と、黒沼が続ける。

 

「必ずオペラオーも考える筈だ。『勝利の確信』って奴を……な。」

 

ーーー

 

『さあ最終直線!完全にテイエムオペラオーが独走状態に入った!このまま後続を突き放して……』

 

 

 

 

『……どうやら、今回もボクの圧倒的勝利に終わりそうだね。』

 

後続との距離を離しながら、オペラオーはふと考える。

 

『今回も、皐月賞の時のように……』

 

 

 

 

勝利後に待っていたものを、ふと思い出す。

あの時……子岸が横で年間無敗を宣言するまで、観客達はどのように自分を出迎えた?

圧倒的な勝利を果たした自分を待っていたのは、大歓声ではなく……沈黙と静寂。

 

……もし、このまま勝利しても、果たして自分を待ち受けるものは……

 

 

 

 

「!……オ、オペラオーさんから、光が……」

 

メイショウドトウがオペラオーの異変に気付き、戸惑いの声を上げる。

スパートの足が、あるいはその走りが、『緩んで』いた。

 

「……彼女の優しさだな。」

 

横で、ナイトシグマが答える。

 

「そして……甘さだ。」

「ええ!?」

「そう、これをこそ……待っていた。千載一遇のタイミングを……アヤベさん。」

 

状況が分からない様子のドトウの横で、シグマが告げる。

 

「行け。」

 

ーーー

 

『ああっと、どうしたことだ!このままならレコード確実というペースのテイエムオペラオー、脚色が鈍っているようだが大丈夫か!そして集団の中から物凄い勢いで上がってきたウマ娘がひとり!アドマイヤベガ!アドマイヤベガが驚異的な末脚で上がってきた!先頭との距離がグングン詰まっていくぞ!』

 

 

 

 

『アヤベさん……!』

『私だけじゃない、ここまで一緒に頑張ってきた皆や、あの娘……そして、オペラオー、あなたの為にも!』

『何……!?』

 

正に『光速』という表現がふさわしい、そんなアドマイヤベガのスパートに、狼狽えるオペラオー。

 

『あなたを、決してひとりにはさせない!【ライバル】のひとりとして!』

『……!!』

 

『さあいよいよ残り400メートル!テイエムオペラオーにアドマイヤベガが迫ってきた!これは分からなくなってきたぞ!3着争いはスペースミリオンか!まだ勝負を諦めていない様子!どの娘が最初にゴールを駆け抜けるのか!』




創作なのでこんな会話している間にレース終わってるやろとかいう突っ込みは無しでオナシャス。
書いてる俺もめっちゃ思ってるから。

……次回でようやくダービー決着してシグマ達がデビューするターンかしら。
ドーベルのシナリオがめっちゃ黒沼と大円にさせようとしているパターンとリンクしていておったまげた


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第48話:一等星の輝き~東京優駿⑩

【作品を読むにあたって】
『ダイの大冒険』のキャラについては、名前を現代風にアレンジしています。
今回の該当者はこちら。
・音坂 蹴←ヒュンケル
・大円 世良←ポップ
・子岸 中←チウ

今回の結末は今回限り……にしたいところ。


『さあいよいよ残り400メートル!テイエムオペラオーにアドマイヤベガが迫ってきた!これは分からなくなってきたぞ!3着争いはスペースミリオンか!まだ勝負を諦めていない様子!どの娘が最初にゴールを駆け抜けるのか!』

 

『くっ……!』

『悪いけど、ここで決めさせてもらう!』

 

残り400メートルの位置。ここで脚色を緩めてしまったことが、オペラオーを非常に苦しい立場へと追い込むことになった。

これが平坦な直線であれば、すぐにでも再加速して立て直せていたところだった、が……

 

「……不味いね。」「オペラオー……!」

 

フジキセキと子岸が、揃って天を仰ぐ。

彼女が脚に力を入れ直す、その位置は『上りの勾配』だった。

後ろからトップスピードで追ってくる相手が、勢いのままに坂道を走り抜けようとするのに対し、一度速度を落とした者が坂の途中で速度を上げようと力を込めれば……

 

「何とか坂を上りきっても、そこからの最終直線でスパートを最後までかけ続けられるか……」

 

スタミナとパワー、その両方を消耗した状態で最初にゴール板を駆け抜けることができるだろうか。

そんなふたりの不安を他所に、上り坂の終点ではいよいよオペラオーにベガが差し迫ろうとしていた。

 

 

 

 

「良しっ!」「凄い……」

 

左手を握り締める大円と、鮮やかとしか思えないベガのスパートに目を奪われる葵。

 

「……大円さんは……こうなると分かっていたんですか?」

「んーと……正直俺ん中じゃあ、最初は半信半疑な部分もあったんだけど……」

「半信半疑、ですか……」

 

葵の言葉に、だけどさあ……と続ける大円。

 

「そんな俺の意見や作戦をアヤベさんや師匠達も信じてくれて、一緒に練習なんかも頑張ってくれたみんなもいてさ……

全部が全部良い方向に動いてくれて。ここまできたら、むしろ疑う方が無理ってもんですよ。」

「なるほど……」

「ここまでやって、ようやく勝ち筋を見出せた……ってレベルのオペラオーも、やっぱ半端ないっすけどね。

……子岸、悪いが今回は俺たちが、貰うぞ。」

 

ーーー

 

『残り200に迫ろうというところで、遂にアドマイヤベガがテイエムオペラオーに並んだ!だがテイエムオペラオーも粘っているぞ!完全にふたりのイッキ打ちだ!果たして勝つのは覇王か!一等星か!決着まであとわずか!』

 

 

 

 

「決まったか!?」「このままいけば勝つのはアヤベさんか!?」「オペラオーは流石に厳しいか!?」

 

観客席の最前列で叫ぶ、みなみとますおときた。

 

「ミリオンさん……!」「まだだ!最後まで諦めてはいけません!」「頑張れー!」

「ロデオー!」「いけー!」「今5番手でも、ゴール板を最初に駆け抜ければ勝てるぞー!」

 

『スピカ』や『シリウス』では、メンバーが懸命に走るチームメイトに大声で声援を送り続けている。

 

 

 

 

その一方で。

 

「あー!もう、どっちが勝つかワカンナイヨー!」

 

『ポルックス』の面々は、トウカイテイオーが画面の前で叫ぶのを、怪訝そうに見つめる。

 

「……ふたりの走りに自分の走りをイメージする、って話じゃなかった?」

「ゴメン、ムリ!今度にするよ!」

 

ナリタタイシンの指摘に堂々と答えるテイオーに、音坂とアグネスタキオンが続けて訪ねる。

 

「……まあいい。しかし、『どちらが勝つか分からない』だと?」

「シミュレーション通りならば、このままアヤベ君が差し切って勝利する筈だけどねえ?」

「えー?だってさ、オペラオーさんの顔!」

 

テイオーが、映し出されたオペラオーの表情を指差す。

 

「すっごい楽しそうじゃん!負けそうな娘のする表情なんかじゃないよ、これ!」

 

ーーー

 

『……正直、情けないことにボク自身が、ここまでか……と思ってしまったよ。』

『……!』

 

このまま、競り負けると思われたオペラオーの脚が、息を吹き返した。

 

『覇王としてのボクの挑戦も、素晴らしい好敵手達の前に、第一章がカーテンを降ろす……そう、思ってしまった筈なのに!

そんな情けないボクを!嗚呼……何ということだろう!奮い立たせてくれる声が!みんなの声援が!』

 

「オペラオー!頑張れー!」

「二冠まであと少しだ!ここまで来たら負けるなー!」

 

力尽きようとしていた世紀末覇王に、レース場の至るところから応援の声が聞こえていた。

 

「オペラオー!」「信じてるぞ!」

 

フジキセキや子岸も、声の限りにエールを送っている。

 

『そうだ……!絶体絶命の状況を、乗り越えてこそ覇王のあるべき姿!アヤベさん!そして我が素晴らしき好敵手達よ、感謝する!

今、ボクの前には見果てぬ栄光が、どこまでも続いているよ!』

 

オペラオーが、最後の最後でベガに差を付けようと力を振り絞る。

 

 

 

 

『何ということだ!ここにきてテイエムオペラオーが再スパート!覇王に限界はないのか!?』

 

『く……!ここまでなの「いけー!」……っ!?』

 

一瞬、勝負への執念を失いかけたベガの耳に、若い男性の声がはっきりと届く。

 

「そうだ!ここまで来たら行け!限界を超えろ!」

「……いけー!走れ!勝ってくれアヤベさん!」

 

続けて、耳慣れた声と、先に聞こえた声が再び耳に入る。

本能的に、ベガの体はその声に従っていた。

 

『……いや、アドマイヤベガも更に加速!このままゴール板を駆け抜けるのはどっちだ!?

 

両者、全く譲らないまま……ゴール板を駆け抜けた!』

 

ーーー

 

「大円……さん!?」

 

葵が、ゴールの瞬間まで叫び続けた大円の顔を見て、驚愕する。

 

 

 

 

「葵ちゃん……俺……おれ……いま、『いけ』って……」

 

大円は、両目から涙を流していた。

 

「アヤベさん……怪我して、リハビリが終わって、ようやく本気で走れるようになって……

それなのに、おれ……今、ギリギリのアヤベさんに、『いけ』って……」

 

 

 

 

ーーー最終局面、大円の目には、明らかに限界の力を越えようとしているベガの姿が映っていた。

 

(これ以上の無茶は駄目だ!これで怪我なんかしたら……!)

 

『もういい、これ以上の無理は駄目だ。』その言葉を告げようとして、大円の目には、ベガの表情が映った。

 

『ここまでなの……』無念と悔しさの入り混じった表情が見えて……大円は、叫んでいた。

「いけー!」と。

 

 

 

 

「おれ、おれ……ほんとうは……(ガシッ)ってえ!?」

 

泣きながら、言葉に詰まる大円の頭に、大きな手が添えられる。

 

「黒沼さん……」「し、ししょお……」

「……あまりこういうのは柄じゃねえが、一言だけ言わせろ。

 

……『良く言った』。」

「……う、うわあぁぁぁ……」

 

黒沼からの言葉に、子供のように泣き続ける大円。

黒沼は、大円の頭に置いた手を離さず、サングラスの奥の目でレース場をじっと見つめていた。

 

ーーー

 

「……こ、故障でしょうか……?」

「いや、審議中なんだろう。」

 

全員がゴール板を駆け抜け、既に5着から3着までの順位が電光掲示板に映し出されていた。

しかし、2着と1着、そしてその差が中々表示されない。

地下バ路で、メイショウドトウが呟き、ナイトシグマがそれに応える。

 

「……正直、私にもどちらが勝利したのか、全く分からない。同時にゴール板を駆け抜けたようにしか見えなかった……」

 

 

 

 

「これは……どっちが勝ったのだろうね……トレーナー君?」

「オペラオー……凄かった、凄かったよお……」

 

フジキセキの横で、涙が止まらない様子の子岸。

 

「キミが最後まで決して諦めようとしなかったというのに、ボクは、ボクはあ……負けてしまうんじゃないかと思ってしまった……

あまりにも情けないボクを、どうか許してほしい……」

「……フフ、大丈夫だよ、トレーナー君。」

 

何処からか取り出したハンカチを、子岸に差し出すフジ。

 

「彼女が今日、これだけ走れたのは、ずっとキミや『レグルス』の皆で力を合わせて頑張ってきたからじゃないか。

まずはそのことに胸を張ろう?」

「うん……」

 

遠目には、お姉さんが弟をあやしているようにしか映らない様子のふたりが、結果の表示を待つ。

 

ーーー

 

「どっちだ?」「分からん……」「しかし、凄い勝負だったな……」

 

掲示板の発表が中々されず、レース場の至るところではざわめきが続いていた。

 

「体勢の感じも、どちらも全く同じタイミング……」「というか、3着のスペースミリオンの記録が既にこれまでのレコードと僅差、ってことは……」「……マジか、レコードか……」

 

最前列で驚きを隠せない3人。そこへ、

 

 

 

 

「えー、本日お集まりいただいた皆さん、この度は多大なる声援を私達にお送りいただき……ありがとうございます。」

 

4着のキンイロリョテイが、何処から取り出したのか、マイクを片手に大声で叫んでいた。

 

 

 

 

『……なんでお前(君)がいきなり仕切ってるの?』

 

レース場にいる者達、全員の心が一つになる。

 

 

 

 

「この勝負……私は惜しくも4着という結果に終わってしまいましたが……これもひとえに、私の不徳と実力不足によるもの。

折角本日は直前の『ワオ、芭蕉』で……」「『青葉賞』なー。」

 

大声でのゴールドシップの突っ込みに、『スピカ』にどよめきが起こる。

(あのゴールドシップに突っ込ませる、だと……!?)

 

「そう、青葉賞での結果を引っさげての参戦だったというのに、思い通りの結果を出せず……私を応援してくれた皆さんには、言葉が見つかりません。

 

……そう、言いたいことを言えないこんなキンイロじゃ……「すいません、結果が出るまではこういうのは無しで。これ以上続けるならば失格も有り得ますので。」アッハイ。」

 

中に入ってきた警備員とスタッフに注意され、この日のキンイロリョテイのパフォーマンスは幕を閉じた。

 

ーーー

 

「……はっはっは、愉快な方もいるものだね。」

「いつもの高笑いはどうしたのかしら?」

「……流石に、今はちょっと厳しいね。」

「……そうね、聞いた私も悪かった。ごめんなさい。」

 

ゴール後のランを終えたオペラオーとベガが、並んで立ったまま掲示板を見つめていた。

ゴールの直後、両者共に勝利を確信し、観客席に向かって拳を掲げたり、手を振っていたのだが……一向に順位が確定しない。

 

 

 

 

「しかし、この大一番で、本当に素晴らしかったね……アヤベさんの末脚は。」

「あなたこそ、最後の最後であれだけの力を振り絞れたのは流石、という他無いわね。

……正直、あれで終わったと思ったわ。だけど……」

 

ベガが指差した、その先には『アンタレス』の面々。

 

「あそこで……ずっと泣いてるサブトレーナーや、チーフトレーナーの声が聞こえて、その瞬間に……不思議な力が湧いてきたの。」

「不思議な力……そうだ。最後の瞬間、ボクとアヤベさんはふたりで競り合っていた筈なのに……」

 

オペラオーが何かに気づいたようにハッとして、ベガに問いかける。

 

 

 

 

「何故か、『3にんで一緒に』ゴールを駆け抜けたような気がしたんだ。あれは……」

「……そう、あなたも感じたのね。あれはきっと……」

 

 

 

 

……『3つの体』が重なって目指した、ゴールというエンディング。それは一瞬の筈なのに、どうしてだろう。

『時間が止まってしまえばいい。』

いつまでも、いつまでも、この時間を彼女は『彼女』と、一緒に走っていたかった。

 

「最後の最後、私が届けたかったもの……その輝きを、」

 

 

 

 

『結果が出ました!……こ、これは……!

同着、同着です!それも、ふたり共にダービーのレコード記録を塗り替えての、同着!

今日、この東京レース場において、とんでもない記録が誕生しました!

今年の日本ダービーの覇者は、皐月賞に続いてのクラシック二冠達成、テイエムオペラオー!そして、アドマイヤベガの二名です!!!』

 

 

 

 

「『彼女』は、確かに受け取ってくれたのよ。」

 

発表された結果に大観衆がどよめきと歓声を上げる中、ベガはオペラオーに、そう告げていた。




禁じ手・同着。
一期のダービーでやってたこともあって、『クラシックでオペラオー無敗』と『アヤベさんダービー勝利』を両立させるにはこれしか無かった、ってことで。
ちょくちょくリアルでも起こってるみたいですし。

次でやっと最後の未登場ウマ娘が出てきて、序章終わり→設定&キャラ紹介かしら。


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