とあるオタク女の受難(ゴブリンスレイヤー編)。 (SUN'S)
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第1話

お久しぶりです。

今度のオタク女は、わりと狂ってます。


○月%日

 

なにか賽子を振る音が聞こえたかと思えば、ちょっと頭の可笑しくなった友人も目覚めそうなぐらい汚い場所にいたのだが…。

 

これはイーデ・エタトの放逐を応用して、私だけを別次元に弾き出したって考えれば納得できる状況なのは確かだけど。

 

私って意外とみんなに嫌われてたのかな?等と軽くショックを感じているけど、未知の世界というのは心が躍る展開だ。

 

もっとも別次元の言語を理解できるか、これも一か八かの賭けとも言えるな。全く飛ばすなら少しは準備くらい、させてくれても良かったんじゃないか?

 

それにしても別次元の住人とは緑色の皮膚なのか、私も変装のために緑色になるべきだろうか。

 

いや、それは流石に汚いから嫌だな。

 

しかし、どうしたものか。彼らを起こすのも吝かではないのだが、あの物陰から見ているさまようよろいみたいなヤツが気になって仕方がない。

 

あれは生きている人間だろうか、それとも死んだ体を使っている邪神の眷属だろうか。まあ、なんにせよ。あの鎧は強そうなので抵抗は止めておこう。

 

○月・日

 

どうやら私は小鬼の巣と呼ばれる場所に飛ばされていたらしく、あと少しでゴブリンの慰みものにされるところだったそうだ。

 

私はゴブリンが起きる前に助けられたから良かったのか?と、そう彼に問えば短く肯定された。彼の経験則によれば痛め付けず、女を放置して眠るというのは不自然らしい。

 

まあ、私は襲われて捕まったのではなく別次元から飛ばされてきただけで、それほど恐ろしい体験をしたわけでもない。

 

そう彼に言ったところで興味を惹けるとは思わないが、元の次元で出会った亜人種は、総じて「にんげんおいちい」的なヤツしかいなかった。

 

しかし、私は何処へ案内されているのだろうか?なんて考えていると神殿らしき場所で立ち止まった。ふむ、一時的に私のようなものを受け入れる場所ということか。

 

私としても衣食住を貰えるのは有り難い。

 

○月#日

 

早朝、私は地母神の神殿で出会った女の子の神官ちゃんに連れられて、私を送り届けてくれた彼が居るという冒険者ギルドに来たのだが…。

 

どうやら彼は来ていないようだ。

 

そう神官ちゃんに話したら「まだ、ここに来たばかりじゃないですか」と言われた。確かに、さっき来たばかりなのに居ないから諦めるのはダメだな。

 

とりあえず、ありがとう。私も彼が来るまで待ってみることにするよ。彼女と他愛ない言葉を交わしながら受付嬢の質問に答えつつ、冒険者の認識標というものを貰った。

 

こういうものを貰うのは初めてだな。いわゆる、ドッグタグというものかな?と神官ちゃんに聞こうと視線を隣に移すとナンパされてた。

 

まあ、神官ちゃんは可愛いからナンパしたくなるのも分からなくはないけど。そんな強気で詰め寄るのは怖がっちゃうから止めてね?

 

私に付き合って待ち惚けするより、神官ちゃんは彼らと一緒に冒険に行ってくれば良いよ。それに、新しい友達が出来るかもよ?

 

ああ、それと私が作ったお守りをあげよう。

 

なぁに、こうして見ると君達は大変そうなことになりそうだからね。ちょっとした願掛けだよ、ただ見積もって三回ぐらいかな?

 

それじゃあ、私は彼を待ちながら君たちの無事と安全を心から祈っているよ。

 



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第2話

▲月.日

 

昨日は彼の助けを借りてギルドへ帰ってきた神官ちゃんたちに危険な事を知っていたのに教えなかったことを問い詰められた。

 

ただ、受付嬢のお姉さんや神官ちゃんが経験者を待つべきだって言っている時に遮ったのは君たちだよ?と言えば口を縫われたように黙った。

 

なにより冒険者って生き物は危険を承知で向こう見ずな挑戦を繰り返すものだ。そういう意味で言えば君たちも立派な冒険者だって言えるだろうけどさ…。

 

こういうことは時間を掛けて、ゆっくりと学んでいく方が安全だよ。それに死んだら大切な人にも守りたいと思えるものにも出会えない。

 

ちょっとお説教にしては長いかな?

 

そう考えていると彼らは受付嬢のお姉さんに「その通りです。いつ如何なる時も安全第一、これは危険だと思ったら逃げることも大事なんですよ!」という有り難い言葉を貰っていた。

 

しかし、三回守れれば良いぐらいに渡したお守りを見事に全部使って帰ってくるなんて逆に凄いことなんじゃないだろうか。

 

▲月*日

 

私の初めての冒険はゴブリン退治だ。

 

もっとも彼と神官ちゃんに付き添って貰ってる訳だけど、彼って人質や捕虜がいないって分かったら平然とゴブリンを蒸し焼きにするんだよ。

 

私の呼び出した炎は対象を煤にするまで絶対に消えない。そう彼に伝えるとゴブリンだった煤を踏みつけ、生き残りを探しに行く彼の後を追い掛ける。

 

私も一応は邪神の信徒だけど。

 

こういう殺戮を望んだりする神様だっただろうかと思い出しながら、まあ、何にせよ、ゴブリンたちの魂は我らが邪神への大切な供物だ。

 

そう思うことにした。

 

むしろ、そう思っていた方が都合よく話を進めることが出来そうな気がしてきた。それでも我らが邪神は殺戮を好んでいただろうかと考えてしまう。

 

▲月₩日

 

今日は停滞キューブの中に仕舞っていたものを整理したかった。べつに神官ちゃんと冒険したくない訳じゃないけど、こうも頻繁に呼ばれると祭壇の準備も出来ない。

 

なんとも言えないもどかしさを感じながら神官ちゃんに手を引かれるがまま、私はギルドの裏手にある訓練所へと連れてこられた。

 

まあ、訓練所に連れてこられたのは百歩譲って許せるけど。どうして、ここに青年剣士の一党がいるのかだけは教えてほしい。

 

そう青年剣士に問い掛けると、ちょっと申し訳なさそうに「俺達に戦い方を教えてくれ」と言われた。私は彼らの前で戦った記憶は無いのだが…。

 

神官ちゃん、もしかしてだけど、私が彼と一緒に戦っているところを青年剣士たちに話しちゃったの?と聞けば爽やかな笑顔で肯定された。

 

私って職業的に言えば神官なんだけど。

 

こういうのは難しく考えるだけ無駄だ。いっそのこと邪神に与えられた試練だと思って乗り切ることだけを考えることにしよう。

 

先ずは念の四大行を教えよう。

 

私の知っているものの中でも比較的に安定しているものだ。普通なら時間を掛けて教えたいが、四人が一度に揃うのも依頼を受けながらだと難しい。

 

私の強さの秘訣とは違うけど、これも強さの糧になるものなのは確かだ。もっとも、そういう強さに憧れる年頃なのはお姉さんも経験しているよ。

 



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第3話

■月£日

 

彼に頼まれて作った魔力を帯びた短剣は、さも当然のようにゴブリンに投げられ、彼もそのまま短剣を放置して帰ってきたとのことだ。

 

あの短剣を作るために三日も徹夜したんだが、私の苦労はなんだったのだろうか。そう神官ちゃんに問い掛けると苦笑いを浮かべるだけで、何も答えてはくれなかった。

 

一応、あの短剣は構えるだけで炎熱を帯びる術式を刻みつけたのに、ちゃんと作った私が馬鹿みたいじゃない。

 

まあ、あわよくば邪神に捧げる魂だけを、こっちに引っ張り込めればとか考えてたけど。流石に頑張って作った魔法の短剣を、なんの躊躇もなく使い捨ての道具扱いされるとは思わなかった。

 

私は何をしてるんだ。

 

悲しい気持ちになりながら彼に頼まれた斬った分だけ切れ味を良くする魔法を短剣に付与し、彼の使う円盾に修復の魔法を付与する。

 

あまり深く考えるのは止そう。私は邪神へ捧げる魂を確保できれば十分だが、もっと欲を言えば魔物の肉体も邪神へ捧げたい。

 

■月ゐ日

 

いあ、いあ、むぐるうなふ

 

いきなり、錫杖で頭を叩かないでよ。

 

ほら、神官ちゃんだって地母神に祈りを捧げたりするでしょ?これは私の所属してる宗教の祝詞みたいなヤツだから叩かないでおくれよ。

 

ちょっと「地母神さまが止めなさい」って騒がしく訴えてるのは分かったから頭を叩かないで、このままだと馬鹿になっちゃう。

 

ほんの少しだけ邪神を呼び出して、悪魔だの魔神だのを食べて貰おうとしただけじゃないか。そう神官ちゃんに言おうかと思ったけど、また頭を叩かれそうだから黙っておくことにした。

 

それに私の讃え崇める邪神の凄さは語らずとも分かる時は来る。あと私は痛いのは嫌いだ。あの錫杖は思ったより痛かった。だから、余計なことを言って叩かれたくない。

 

私は被虐性癖ではない。

 

どちらかと言えば虐めるのが大好きだ。こんなこと神官ちゃんに言ったら引かれそうなので、絶対に言うつもりはないけど。

 

■月∈日

 

神官ちゃんに叩き起こされたかと思えば新しい奇跡を地母神から授かったそうだ。それは素晴らしいことだと思うのだが、せめて着替える時間を貰えないだろうか。

 

いや、地母神に認めてもらえて嬉しいという気持ちは分かっているつもりだ。私も宗教は違えど君と同じ神官だからね。

 

それにしても聖壁(プロテクション)を与えたのは昨日の邪神召喚を危惧してのことだろうか、それとも地母神がなにか危険を知らせようとしているのか。

 

ちょっと息抜きするために覚えた呪文でも使ってみようかな?等と考えながらゴルゴロスの肉体歪曲を使い、ほんの少し大人びた神官ちゃんへと肉体を作り替える。

 

ふむ、もっと胸は盛るべきだろうか?

 

そんなことを考えながら地母神の神殿を歩き回っていると何人かは神官ちゃんと勘違いしていたが、ほとんどの人はどす黒い気配を感じると言いながら錫杖でお腹や背中を突いてきた。

 

私ってどす黒い気配なのかと軽くショックを受けながらギルドに入ったら彼は首を傾げながら神官ちゃんと私を見比べている。

 

確かに初見だと見分けるのは無理だろうけど、流石に君は見分けるべきだろう?と言えば「そうか」と呟いたまま黙ってしまった。

 



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第4話(小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー))

そいつは不穏な気配を発する女だ。速く殺さなければいけない。斬り殺せ、殴り殺せ、刺し殺せ、絞め殺せ、そんな言葉が頭の中で反響する。

 

少し意識が飛び掛けているが、俺の成すべき事はゴブリンを殺す事だ。何者かは知らん。俺は英雄でもなければ勇者でもない。世界を救うために女を殺せ?そんなもの知ったことではない。

 

俺はゴブリンを殺すだけだ。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

そう問い掛ける声に意識を戻される。

 

俺は女神官と魔術師に気遣われながら森人の捨てた砦の前に佇んでいた。さっきの呼び声はゴブリンシャーマンのものか…。

 

「他者の精神を操る呪文だよ、数秒とはいえ君は意識を混濁させられていた訳だ。まあ、何にせよ。ずいぶんと悪趣味な呪文を使ってくる」

 

俺は運良く呪文を跳ね返せたらしい。あのまま意識を呑まれていれば、この二人を惨たらしく殺していたということか。

 

「えと、もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、多少の吐き気はあるが問題ない。それより裏手や脱出路はあったか?」

 

「いあ、そう言った物は無かった。付け加えるとすれば呪文遣いの悪足掻きは見れたよ」

 

「そうか」

 

あの呼び声はゴブリンの物だと魔術師は納得させるように言っている。俺もゴブリンの物だと言われて納得はしているが、微かに聞こえた賽子の音は何だったのだろうか…。

 

なぜか、それを上手く思い出す事が出来ない。

 

「ふんぐるい、むぐるうなふぅ!」

 

ふと視線を魔術師へ向ける。

 

壮大な手振りで呪文らしき言葉を発しているところを女神官に捕まって「昨日の祝詞も駄目ですが、その祝詞はもっと駄目です」と叱られている。

 

ゴブリン共は二人のどちらかを警戒していたようだが、あの二人を警戒していたのではなく、俺を使って一網打尽を狙っていただけか。

 

そう考えれば納得できる。

 

「ゴブリンスレイヤーさん?」

 

「いや、なんでもない。そろそろ火も消える頃合いだ。どこかに潜み、生きているかもしれないゴブリンを探す。なんとかという短剣は残っているか?」

 

「何度言えば覚えてくれるんだ、これは恐ろしき一刺しの短剣だって…」

 

「いくら魔法を付与したところで短剣は短剣だ。数回使えば脂で斬れなくなる」

 

「あ、あはは…」

 

深い溜め息を吐く魔術師は雑嚢を開き、ハバキに六芒星の刻まれた短剣を手渡してくる。作った本人の前で言うのはあれだが、こんなもの松明の代わりに使える短剣と思えば良いだけの事だ。

 

「炎の精よ、付き従え」

 

「その呪文は覚えてくれたのか…」

 

「ああ、短くて覚え易かった」

 

そう魔術師の問い掛けに答えると苦笑いを浮かべながら女神官の近くに寄り添い、辺りを警戒して俺の後ろを着いてくる。

 

ずいぶんと話し込んでいたが、その間に襲ってきたゴブリンは一匹もいなかった。俺たちが帰るのを待っている可能性もあるが、このまま探索を続けるのは白磁の二人に掛かる負担が大きすぎるか…。

 

「今日は、これで十分だ」

 

また、どこかで賽子を転がす音が聞こえた。

 



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第5話

↓月ヴ日

 

なにやら受付の辺りが騒がしいが、なにか事件でも起きたのだろうか。それにしても黄衣の王の眷属とは違うようだけれど、そこはかとなく渋くて格好良いイケメンが居るわね。

 

たしか此方だと蜥蜴人っていう種族だっけ?と神官ちゃんに聞けば、あまり人前に出てくるような種族ではないらしい。

 

そういうところは地元と似てるわね。

 

彼と一緒にギルドの二階へ行ってしまうイケメンさんを眺めていると、またもや神官ちゃんが他の一党に誘われていた。

 

可愛くて小っちゃな神官ちゃんを誘いたくなるのは分かるけど、彼の悪口を聞き流せるほど私は大人じゃないんだ。

 

確かに彼は必要最低限のことしか喋らないし、無口で無愛想なところはあるが、彼なりに私たちを気遣ってくれてるんだ。

 

あまり陰口や悪口は言わないでくれよ。

 

まあ、君たちの言うように神官ちゃんが色々と大変な目に遭ってるのは事実だけど、それはそれでゴブリン退治には必要不可欠な事だ。

 

↓月ヶ日

 

私は蜥蜴僧侶さんと仲良くなりたい。そして、あわよくば子供を産ませて貰えないだろうかと思っていたりする。

 

そんな変態を見てしまったと言わんばかりに距離を取るのは止めてほしい。これには、ちゃんとした理由もあるんだ。

 

神官ちゃん、私は邪神の血族なんだ。

 

それも最高位の神の血を引いている、それがどういうことか分かるかい?それを知った奴らは結婚するのは無理だとか言ってどこかに逃げやがった。

 

えっ、私は頭の病気じゃないよ?

 

誰かに意識も乗っ取られてないよ。しっかりと親の顔は覚えてるし、ちょっと蛸っぽい見た目だったけど、わりとイケメンの部類だったよ。

 

べつに嘘はついてないよ。なんだったら看破(センス・ライ)の奇跡を使える人を連れてきても構わないけれど。

 

そう神官ちゃんに話していると前方で彼を値踏みしていた上の森人(ハイエルフ)と呼ばれる種族の女の子に「さっきの話って本当なの?」と聞かれた。

 

彼らと私達の歩幅を比べても小話が聞こえる距離ではなかったはずだ。それなのに、どうやって私達の話していた会話の内容を盗み聞いたのだろうか。

 

↓月ゎ日

 

私と神官ちゃんの近くに座って先程の話を掘り返そうとする森人弓手さんに事実だと伝えれば、どういうものを司る神なのかと追求される。

 

私の目的は、とある事情で海底の更に底に沈んだ故郷の復活と我らが父の目覚める時を待つことだけ、それ以外は他の種族と営みを得たり、なにかと腹立つ黄衣の王の眷属と喧嘩するだけよ。

 

あと自分の赤ちゃん産みたい。

 

なんとも言えない空気を作ってしまったが、本当のことなので何一つ訂正するつもりはない。むしろ、私の目的なんて親族問題みたいなものだ。

 

そう焚き火に背を向けながら明日の探索で使いそうな道具を選別していると、鼻水を啜りながら「今日は飲んで忘れようぞ」と訳の分からない事を話す鉱人導士さんに火酒を差し出された。

 

お酒は好きだから別に良いのだが…。

 

どうにも釈然としない。

 



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第6話

◇月∴日

 

ゆったりと風の吹く場所だ。あいつの下僕でも居るのだろうかと考えていると、またもや四方の神々による心理チェックだ。

 

そういう無作法なのは使わせない。

 

いくら私が違法入界したとはいえ何度も彼を利用しようとするのは駄目だと思うんだ。ちゃんと彼のことも私のことも理解しようとしたのかい?

 

あまりにも杜撰な行動ばかりだ。

 

もっと仲良くなりましょうってスタンスの地母神、面白そうだからという理由で近付いてくる知覚神を真似しないと魂胆が丸分かりだぞ。

 

私の独り言を聞いていたのか、森人弓手さんは首を傾げながら神官ちゃんと一緒に歩いている。たった二日間で仲良くなるなんて流石は神官ちゃんだ。

 

私も少しは見習った方が良いのだろうか?と考えていると森人弓手さんが腕を広げて、私達を後ろに後退するように言ってくる。

 

どうやら目的の場所は此処の様だ。

 

◇月¶日

 

蜥蜴僧侶さんは遺跡ではなく此処は神殿だったかもしれないと言っている。それは当たらずも遠からずだ、よく見れば普通に邪神がンガイの森を焼いてる壁画があるし…。

 

他にも円筒状の脳収納器黄金の蜂蜜酒を飲んでる人も描かれている。鉱人導士さんには、お酒を大盤振る舞いしている様に見えるらしいけれど、これって普通に人間を眠らせて脳ミソを回収しようとしてるだけなのよね。

 

なぜか、さっきまで楽しそうに壁画を見ながら談笑していた彼らが引き吊った顔で私を見ている。なにか変なことを言ってしまっただろうか?

 

いや、私の父親は善なる神だ。

 

そんな汚いものを欲しがったりしない。どちらかと言えば何かと故郷復活の邪魔する黄衣の王が、そっち系のものを集めてる変態だ。

 

私は誰彼構わず襲ってる深きものどもとは違う。確かに、ちょっと子供欲しさにイケメンを追い掛けたりした事あるけど、そこまで性欲まみれな訳じゃないんだ。

 

◇月Ρ日

 

彼の予想は当たっていたらしく、ゴブリンの肥溜めに使われていた部屋に怪我を負った森人の女性が拘束されていた。一応、神官ちゃんの小癒(ヒール)の奇跡のおかげで傷は塞がっていたが…。

 

彼女が自暴自棄にならないことを祈りながら嗚咽を漏らす森人弓手さんを立ち上がらせ、次の犠牲者を出さないためにも進もうと言葉を掛ける。

 

こういうのは頭目とか一党を纏めてる人がするものだよ?と彼に言えば短く答えるだけで、さほど森人弓手さんの体調にも興味は無さそうだ。

 

私が言えることじゃないけど、しっかりと身近な人の変化には気を配った方が良い。もしかしたら驚きの発見があるかもしれないからね。

 

そう彼に言えば不思議そうに首を傾け、私の後ろを注視している。そこは見ちゃダメなところだから目を反らして貰えると嬉しい。

 

もっとも私の後ろには何もいないだけれど。

 



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第7話

Ж月А日

 

バカ面で眠ってるゴブリンの首を踏み砕き、次は奥の部屋を調べると剣の切っ先を突き出して、ジェスチャーを送ってくる彼に呆れてしまう。

 

私は兎も角、こんな寝込みを襲う作戦は森人弓手さんからしてみれば初めての事だ。あまり無理な行動は体調を崩しかねない。そう手記を使って伝えようと雑嚢を持ち上げた瞬間、なにやら懐かしく腹立つ気配を漂わすヤツが奥の部屋から現れた。

 

四方の神々は邪神と結託したのか?等と考えるより、そこまでして私の存在を消したかったのかとショックを受けてしまった。

 

ほんのちょっと賽の目を弄くってるだけじゃないかと言ったら問答無用で神罰を落とされそうだ。もっとも神罰なんて落とさせるつもりはないけど。

 

どうして、そいつを選んだのかは問い詰めてやりたい。私はビジュアルを気にするタイプじゃないけれど、流石に月に棲む獣(ムーンビースト)なんて相手したくない。

 

Ж月㊦日

 

なぜか、この前の事を思い出せない。

 

わりと本気を出して月に棲む獣と戦った記憶は残っているけど。その後に興奮を抑えきれず、かなり暴れ掛けたところまでの記憶は残っているが、そこからの記憶がすっぽりと抜け落ちてる。

 

いったい、私は何をやったのだろうかと考えながらギルドに入ると神官ちゃんが彼と話しているのが見えた。しかし、どういうことなのか、彼女の首に掛けている認識標が黒くなっている。

 

これは、そういうことなのだろうか。

 

神官ちゃん達と挨拶を交わしながら先日の出来事を聞けば、私は人間とは思えない巨大な化け物へと変身したそうだ。

 

あれはクルウルウの末裔として本来の姿に戻っただけなのだが、そんなに私の本当の姿は気持ち悪かっただろうか?

 

そう神官ちゃんに問えば「私はゴブリンスレイヤーさんに目隠しをされたので、あまり見ていなくて」と申し訳なさそうに言われた。

 

そうか、それは彼にお礼を言わないといけないわね。ところで、その新しくなった認識標って私も貰えたりするのかしら?

 

Ж月Е日

 

不穏な気配を感じるかと思えばイゴーロナクが適当に選んだ司祭のようだ。まったく、私の安眠を妨げるのはやめてくれ。

 

ただでさえ先日の遺跡に潜んでた害虫との戦いで筋肉痛になってるんだ。そう、何度も襲われると私だって気落ちしてしまうよ。

 

まあ、今の私には無関係だ。

 

そう窓の外へ呟きながら布団の中に潜って小さく身体を丸める。いつの頃だったのかは忘れてしまったけれど、こうして身体を隠さないと静かに寝れなくなっていた。

 

もっとも私の寝込みを襲うヤツは地元ですらいなかったけどね。いったい、誰に言ってるのかも分からないことを喋り続ける。

 

ちょっとイゴーロナクのせいで眠れなくなっちゃったんだけど、これって信者に言えば賠償金とか貰えたりするのかな?

 



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第8話(女神官(プリーステス))

───あの出来事を忘れる事は無い。

 

ただひたすら互いの肉体を叩き付け、相手の動きを封じるために振り落とされ、空気を切り裂いて歪な音を奏でる無数の触手、それを避けもせず真っ向から受け止めるように咬み千切る。

 

最初はちょっと変わった人だと思った。ごく最近まで普通の人だと思っていた。けれど、それは私の勝手な思い込みで、彼女は邪神の血族と呼ばれる異形の種族で、今は荒れ狂う邪神の如く肢体を振り回し、人喰い鬼(オーガ)月に棲む獣という白金級の魔物と本当に血肉を削りながら戦っている。

 

私もゴブリンスレイヤーさんも何も出来ず、森人弓手さんも鉱人導士さんも蜥蜴僧侶さんも動かず、二匹の怪物と死闘を繰り返す彼女を見ている。それはまるで、なにかに憑依されたかのように、なんだか私まで意識が朦朧としているような…。

 

「あいつの雑嚢を拾ってきた」

 

その言葉には驚きを隠せなかった。あの恐ろしい戦いの最中、彼女の脱ぎ捨てた衣服と雑嚢を拾ってくるなど私には無理だ。そう心の中で思ってしまったけれど、だからと言って一人で戦っている彼女を放っておけないのも本当の事だ。

 

「少し手伝って貰うぞ」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーさんは彼女の雑嚢から液体の入ったガラス瓶を取り出した瞬間、柱の後ろで何かを呟いていた筈の鉱人導士さんが「なんじゃあ、戦を肴に酒盛りか!!」と嬉しそうに蜥蜴僧侶さんと森人弓手さんの手を引っ張りながら駆け寄ってきた。

 

流石に仲間の戦っている姿を見ながらお酒を飲むのは悪いことですよ、とゴブリンスレイヤーさんに言えば「いや、この薬を使えばアイツの負担も多少は減る筈だ」と短く最低限の事だけ言って私達にてガラス瓶を渡してくる。

 

これって何の薬なんですか?と聞けば「知らん」という言葉が返ってきた。いつもゴブリンスレイヤーさんは言葉足らずだと思っていましたけど、なにか分からない薬を飲ませようとするのは流石に酷すぎです!

 

「かみきり丸、こいつぁ魔法薬か?」

 

「ほぉ、それは興味深いですな」

 

「そういうの後で良いから少し黙ってなさい。オルクボルク、私は何をすれば良いわけ?」

 

「……縄を使って、この印を描け」

 

なにかを手伝おうとゴブリンスレイヤーさんの近くに寄れば「……お前は俺と一緒に来い」と言われ、少しだけ胸の辺りが熱くなった。ただの言葉なのに、なんだかとても嬉しく思えてしまった。

 

「恐らくチャンスは一度きりだ」

 

中央の広場で縺れ合いながら戦っている彼女を指差し、これを失敗すれば終わるとゴブリンスレイヤーさんは端的に伝えてくる。そうだとしても何もせず、彼女の勝利を願うだけで終わりたくない。

 

「終わったわよ、オルクボルクっ!」

 

「儂らも縄の準備は出来たぞ!」

 

「次は何をすれば良いので?」

 

ゴブリンスレイヤーさんは三人の言葉を聞き流しながら「俺の言葉を続けるように言ってくれ。あまり好きではないが、ある意味では最大の攻撃だ」と話す。ゴブリンスレイヤーさんが、そんな魔法を使えるなんて私は知りませんでした。

 

「焼けつけ、苦痛の烙印よ」

 

「「「「焼けつけ、苦痛の烙印よ」」」」

 

「地を穿つ魔、地を揺らす魔」

 

「「「「地を穿つ魔、地を揺らす魔」」」」

 

「赤き印、其は何ぞ」

 

「「「「赤き印、其は何ぞ」」」」

 

ゆっくりと森人弓手さん達が設置した縄に赤みが帯びていくのが見える。いったい、どんな魔法なのだろうかと思いながら指を構える。

 

「シュド=メルの赤い印」

 

「「「「シュド=メルの赤い印」」」」

 

その言葉を言い終えた瞬間、赤く染まっていた縄は歪な炸裂音を出しながら弾け飛び、見たこともない怪物の幻影と共に二匹の化け物を呑み込んで、地中深くへと消えてしまった。

 

「やはり、呪文と言うのは効率が悪い」

 

あれは、なんだったのでしょうか……。

 



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第9話

≪月⊥日

 

欠伸をして無意識に開く口を手で隠しながらギルドへ入ると彼を中心とした、騒動らしきものが起こっているように見えたが、ゴブリン退治の大仕事するための協力願いらしい。

 

そういう紛らわしいのは止してくれ、危うく槍使いさんを襲うところだったじゃないか。そう言ったら森人弓手さんに羽交い締めにされ、鉱人導士さんと蜥蜴僧侶さんに「こんな街中で変わろうとするな」と強めに怒られてしまった。

 

私は普通の事を言ったつもりなのだが、どこか変な事を喋ったのだろうかと一人で考えていると虚ろな目をした神官ちゃんに「あまり深く考えるのは止めた方が良いですよ」と言われた。

 

私は何もしていないぞ?

 

ただ、自然に思ったことを喋ろうとしたら森人弓手さんに「貴女の危険さは、この前の冒険で分かってるのよ。だから、今は静かに座ってなさい」と押さえつけられ、彼らの話し合いが終わるまでお酒を飲まされた。

 

いったい、何がしたいのだろうか。

 

≪月∪日

 

私は訳も聞かされぬまま彼の下宿している牧場まで連れていかれ、不可視の外壁や隠蔽の魔術など使えるものは触媒すら使わされ、それが終わったら魔法を付与して回れと命令された。

 

彼らは何を相手取ろうとしているの?

 

そう刺叉擬きを作ってるを鉱人導士さんに聞けばゴブリンの変異種、つまりは王様を名乗り出したゴブリンスの討伐するということらしい。

 

そういう手合いは相手より自分は上手だと思い込ませたところをバクってやれば一発で終わるのでは?と考えたけど、なんだか殺る気満々の冒険者を止めるのは無理そうなので黙っておくことにした。

 

私は面白そうな事は大好きだけれど、今回の賽の目は絶対に変えたりすることは出来ない。むしろ四方の神々は漸く彼の異常性を目の当たりにするって訳だ。いやはや、なんとも感慨深いものだ。

 

私と出会ったばかりの頃は、世界その物を憎んだ瞳を兜の奥に隠していたが、今や大切なものを守るためだけに怒りや憎悪を、たった一匹のゴブリンに向けている。

 

どれほど惨たらしく殺すんだろうか。王様を名乗るくらい強さを手に入れたゴブリンだ、さぞや生命力も知力も高くなっていることだろう。そのゴブリンを、どのような道具と仕掛けで殺すんだ。

 

ああ、本当に彼を見ていると飽きない。

 

≪月〓日

 

なんとも呆気ない幕引きだ。

 

彼の作戦によってゴブリンは神官ちゃんの聖壁に挟まれ、彼に切っ先の折れた魔法の剣で刺され、わざと傷口を焼かれる苦痛と恐怖に耐えきれず、そのまま白目を向きながらショック死した。

 

もっと哀れな最後を期待していたのに、あんなゴブリンの魂なんかじゃ邪神は喜ばないし、ただの触媒の無駄遣いと骨折り損じゃないか。

 

そう愚痴るように呟いた瞬間、なにかに思いっきり擬態の頭を咬み千切られた。まったく、躾のなっていないくそ犬だ。不意打ちや奇襲で噛み付いて良いのはアホ面の人間だけだって言ってるでしょうが…。

 

しかし、この見てはいけないものを見てしまった雰囲気を切り抜ける方法は無いだろうかと考えながら次元の中へと消えた頭との思い出を思い返す。

 

それにしても酔っ払った森人弓手さんは他人の秘密を喋りすぎだ。そういう個人情報を喋っていいのは本人の私だけだ。

 



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第10話

∀月%日

 

いやはや、地元を出てから数ヵ月だっていうのに尋問を受けることになるとは予想外だよ。おどけても受付嬢さんを含めたギルド関係者は笑みすら浮かべてくれず、淡々とした口調で話し掛けてくる。

 

もっとも私の正体なんぞ知ったところで君たちに、どうこうする術も無いに等しいじゃないかと言葉を強めて言えば「その時は冒険者総出で取り押さえます」と言われた。

 

ふむ、そう言ってしまえば抵抗しないと思っているのだろうけれど。私は四方の外枠にいる存在だ。どれだけ追い掛けてこようと捕まえる事は出来ない。なぜなら私は本物の不死者であり、善悪なんて関係無い邪神の娘だからだ。

 

私は君たちの行く末を見ているだけ、黄衣の王のように生きている人間を無差別に取り込んだりなんてしない。むしろ、私たちクルウルウの末裔は黄衣の王より慈悲深いものだよ。

 

あと私は紅茶より珈琲が好きだね。

 

もっと欲を言えばお酒を飲ませてもらえれば大抵の事は酔っ払って喋っちゃったことにも出来るけど、人間の代表として好きに決めていいよ。

 

∀月⇔日

 

やっぱり、お酒って偉大だわ。

 

私ってば色んな事を教えちゃった。まあ、ほとんどが地元の話だから、こっちとは無関係だったりするけど。それは酒樽をたった五つまでしか開けてくれなかったギルドの所為なんだけどね。

 

あと、もう少しだけ奮発してくれれば黄衣の王の名前とか私のせいで四方世界に興味持っちゃった邪神の特徴とか教えてあげても良かったんだけど、それは流石に身バレしそうだから止めた。

 

しかし、どうにもギルド内部から懐かしい磯の香りを嗅いだような気がするんだが、いつもと変わらないようにも感じるけど。そこかしこに邪神を招き入れるために必要な陣を描いた形跡がある。

 

こういう陣は地下や天井裏とか限り無く人の出入りの少ないところを選ぶのがセオリーだっていうのに、私みたいなのがいるって分かってから焦ってるのかな?と考えながら陣の一部を傷付ける。

 

生憎と崇拝対象にされるのは御免だ。

 

それに崇拝する邪神は四大元素の「火」だ。私の親は四大元素の「水」だから対極の存在だよ。まだまだ、他にも苦言を申し入れたいけれど、彼らの崇拝する邪神は今二度と出会いたくないタイプだ。

 

そういう訳なので、彼らの事は無視する。

 

∀月ヰ日

 

今日はわりと平和だ。森人弓手さんの願った報酬、それは彼が「本当の」冒険を体験する事だ。神官ちゃんは青年剣士たちとも冒険してるから経験してるけど、私と彼はゴブリン退治だけだ。

 

まあ、私はティンダロスの猟犬に噛まれたりしながら蜥蜴僧侶さんにアプローチしてだけで満足しているんだけど、それも森人弓手さんからすれば人生の九割は損しているとのことだ。

 

べつに私は誰かに恋して子供を産めれば冒険なんて関わらなくても問題ないのだが、この世界は通貨の消費が異様に早いせいで冒険者を辞めるのも難しいけれど、もしもの時は錬金術なんかを使って金貨を複製してしまえば良いだけの事だ。

 

そう彼らに言ったら「その時は問答無用で憲兵に突き出す」という心暖まる言葉を貰った。

 

もっとも私の作った金貨を見分ける方法なんて最初から存在しない。ただ、その時が来ないことを貴方達は願えば良いんじゃないかしら?

 



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第11話

⇔月㌘日

 

早朝、彼の手助けになりたいと神官ちゃんにせがまれ、渋々ながら聖地バビロンに伝わる伝説の拳法であるバビロン真拳を伝授する事になった。

 

とはいえ、これを覚えるのは大変だ。

 

私もCDのケースがパカパカする真拳とかで遊んでるだけで、そこまで多用したいとは思ってない。むしろ、そんなものを人前で使おうものなら末代までの恥なのは確定事項だ。

 

あと下手したらボボボーボ・ボーボボが鼻毛の神様とか名乗って出てこようとする。あんなのが野に放たれたら絶対に最悪だろう。

 

そんなことを考えながら変則的な動きで暴れる小石を華麗に避ける神官ちゃんを見詰める。彼のために一生懸命なのは良いのだけれど、地母神は他の神を頼ってもセーフなのだろうか?

 

あっ、なんか権利くれた気がする。

 

⇔月㌔日

 

これは私の影響を受けすぎた所為だろうか?と考えながら神官ちゃんの傍らに佇む腹立つキメ顔の頭領パッチがいる。

 

とりあえず、くそ犬に喰われてろ。

 

そっと神官ちゃんを引き寄せ、森人弓手さんと一緒にマジで汚くてウザい頭領パッチの最後を見届ける。なにか私達に向かって騒いでいるけれど、頭領パッチくんを見てると腹立つので無視する。

 

それにしても冒険者が誰一人として頭領パッチを助けに行こうとしないのは笑える。おい、こっちにくそ犬を連れて走ってくるな。なにやら「死なばモロコシじゃい!!くそ魚類がぁぁぁッ!!」と叫んでるが、私は魚類じゃなくて蜥蜴の親戚だ。

 

しかし、ずいぶんと粘ってるようだけど。なにか理由でもあるのだろうかと視線を受付嬢さんのところに移すと女装したボーボボがいた。

 

うん、私は何も見ていない。

 

⇔月㌧日

 

結局、私の所為にされた。あとボーボボを新人の受付嬢と紹介する受付嬢さんのプロ根性は凄いとしか言えない。あの毅然とした姿勢は見習おう。

 

私の番になると「受付ですねぇーっ、少々お待ちください。あのお客さん、魚類臭くなぁ~い?」と聞こえる音量で平然と受付嬢さんと喋り始める

 

もう、それは後で聞くから黙ってくれないか?と言ったら「えーっ、うっそー!もしかしてナンパですかぁー?」と語尾を伸ばして話し掛けてくる。

 

ちょっと暇だから次元を越えた所為だ。

 

だいたい、こいつらと出会ったりしなければ苦労する事はなかった。もう、いっそのこと邪神の前に放り捨ててしまうか…。

 

それにしても神官ちゃんは真面目にバビロン真拳の神聖なる姿勢を練習して、複数の同時攻撃を軽やかに避けている。

 

それこそバビロン真拳"モロッコの流れ"だ。

 

どんな攻撃にも隙間や間合いは生じる。その間合いを一瞬で見極め、直ぐに間合いの隙間へ身体を滑り込ませる。私がソフトンに習った時は三週間も掛かってしまった。

 

まあ、これで神官ちゃんはゴブリンの群れと戦うことになった時は避けながら武器なんかを集めて、錫杖で叩いたりとか投石すれば問題ない筈だよ。

 



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第12話(森人弓手(アーチャー))

その只人は変人で狂人だ。

 

いつもオルクボルクの後ろを着いて歩く神官の女の子に戦う術を教えたりする優しい反面、たった一つの技法を教える修行の内容はドラゴンも逃げ出すかもしれない容赦の無さだ。

 

最初は遅くて軽い樹脂の塊を投げていたけれど、次の日には変則的な動きを起こす弾性の付いただん樹脂の塊を投げ付けていた。そう簡単に身に付けることが出来ないから武術は奥深いというのに、まさか二日と掛からず完璧な防御技術を教えるなんて想像もしなかった。

 

私は変人に向かって「只人って瞬きする間に歳を取るのは聞いていたけれど、次の日には武術の技法を会得できるのね」と思った事を素直に言ったら「まあ、人間は頑張れば何でも出来る種族なのは確かだよ。私も地元で頭の可笑しい魔術師に襲われたし、本当に見てて飽きないよ」なんて言っている。

 

まあ、その意見には賛同する。私達より永く生きる事は出来ないけれど、人生という道を少しずつ確かに生きようとしている。それは素晴らしくて、あまりにも無謀な事だ。只人は一歩を進む毎に年老いて、やがて次の蕾を咲かす礎となる。

 

彼女もオルクボルクも鉱人も蜥蜴人も気付いたら居なくなってるかも知れない。それでも次に向かって進めるのは素敵だ。私達は何処へ行こうと彼らの行く末を見る事も寄り添って歩くことも出来る。

 

「そうなったら貴女はどうするの?」

 

「さあね、私は邪神の娘だから誰かと寄り添ったとして一緒に死ぬことは出来ない。それでも沢山の家族を作って、いつかは愛した人のところへ行きたいとしか思い付かないね」

 

「それじゃあ、もしも死ぬ時が来たら森人総出で祝ってあげる。貴女が死ぬまで愛した大好きな人と会えます様にってね!」

 

「まあ、その時まで気長に待ってるよ」

 

そう言えば変人の着けていた認識標が黒曜等級に変わっている。もう昇格したのかと驚いたけれど、よく考えればオーガと気色悪い化け物を倒したのは彼女だ。そういうことなら昇格したのも納得できる。

 

ただ、同じく寿命を持たない種族なのに胸部の厚みに違和感を覚える。こいつ、いったい何千歳までなん生きてるんだ。

 

一度、頭の中に浮かんだ疑問を消しきれず、それとなく聞けば「おおよそ一億年ぐらいかな?恐ろしき竜とかも見たことあるよ」と言われた。

 

私の居た故郷の誰よりも年長者だ。えぇ、嘘でしょ?と言えば人間と違って年齢を隠す必要はないじゃないと正論を言われた。

 

まあ、確かにそうだけれど。

 

私の想像を遥かに上回ったう年寄りじゃない。えっ、こいつが死ぬときに祝うとか言っちゃったけど、あと何歳まで生きるつもりだったの?

 

「「バビロンの裁きっ!」」

 

シュバッとポーズを決める神官ちゃん、その隣を陣取るピンク色の……あれがいた。いや、流石にギルドの作った訓練所にいるはずがない。

 

「我が名はソフトン、ソフトクリーム屋だ」

 

とりあえず、アレとは関わりたくない。

 



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第13話

Ш月Р日

 

今日は最悪の目覚めだ。ボーボボという世界の法則すら捕らえる事の出来ない謎の男、その出生と功績など本当なのか嘘なのか知る事も不可能だ。

 

彼は鼻毛を自在に操る変態だ。

 

彼を一言で例えるなら変態だ。

 

その思考を読み取ろうとした偉大なるイス人は頭領パッチの手下であるパッチに変貌し、ただの馬鹿な生き物になった。その程度の事なら問題ないって言ったヤツもいたが、そいつも次の日には頭領パッチの手下になっている。

 

そう言った理由を踏まえた上で考えて欲しい。あの変態と馬鹿を冒険なんかに連れていけば街一つどころか大陸の一部が壊れる可能性だってあるんだ。今現在、冒険者のギルドだって彼らの遊び場だ。

 

あれを見てなさい。

 

いつもクールを気取ってる槍使いさんがバスケットボールの代わりに弄ばれ、机の角にダンクされてるだろ。いずれは君たちもボールの代わりに遊ばれるかもしれない訳だ。

 

Ш月●日

 

なにやら指名依頼を受けるという話で盛り上がる一党に混じっているボーボボと頭領パッチを蹴り飛ばし、さっさと地元に帰れと言ったら「俺達はマンボーを捕獲するために来たのだ。お前の話す街など毛ほども、ワキ毛ほども興味ないわぁっ!」と怒鳴られた。

 

あと頭領パッチに脛を蹴られたけど、逆に蹴り方が下手すぎたのか足を押さえながら溝に落ちて、下水道に流されていった。

 

これが「はぁーい、じょーじぃ」なのだろうかと考えながら雨合羽を着て紙船を流そうとするボーボボを溝に突き落とす。

 

私が地元に帰った方が早い気がしてきた。いや、その方が絶対に早いはずだ。そう森人弓手さんに問えば「貴女が帰ったら誰がアレの面倒を見ることになると思ってるのよ」とお怒りの言葉を返された。

 

まあ、確かに事実だけれど。

 

私は普通に人間の行く末を見たいだけで、あんな変態の仲間にはなりたくないんだ。もっと言えばボーボボを送り返して、私は安全な場所で人間たちを延々と観測していたい。

 

Ш月†日

 

あの変態と比べればソフトンは比較的に真面目で誠実な男の人だ。ただ、欠点と言えば森人弓手さん並みに整ったフェイスをソフトクリームで隠していることだ。あれさえ脱げばモテるのは確実だ。

 

むしろ、あれは確定事項だ。

 

そう神官ちゃんに話したら不安そうに「私って臭いですか?」と聞かれた。神官ちゃんはお花の香りだから臭くはないよ。

 

えっ、また変態に言われたの?と聞けばソフトンに「お前は俺と同じ臭いがする」と言われたそうだ。確かに見た目があれなヤツに同じ臭いなんて言われたら泣きたくなるわね。

 

私が言えるのは神官ちゃんは臭くない。それどころか毎日のように嗅いでいたいぐらい美味しそうな香りを出してるよ。

 

いや、私は人間を食べないよ。

 



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第14話

●月%日

 

なんでも水の街には魔神王を倒した豪傑の一人が暮らしているそうだ。ワクワクとドキドキを胸に抱いて門を潜ろうとしたら弾き飛ばされた。

 

あまりにも突然の出来事に呆然としているとボーボボに「やっぱり、腐りかけの魚類は衛生的にあれなのよね!」とか「俺達の土産話を羨ましく聞いてな、くそ魚類がぁ!」等と蔑みの言葉を吐かれた。

 

実際に頭領パッチくんは唾を飛ばしたりして馬鹿にしてくるが、君だって一緒に弾き出されてるは側の存在だという事を理解してるのか?

 

そう頭領パッチくんに伝えた瞬間、必死に街の中へと入ろうと頑張っている。神官ちゃん、森人弓手さん、ちょっと残念ではあるけれど、みんなと一緒には行けそうにないみたいだ。

 

ほら、頭領パッチくんもさっさと抜け道を探すよ。まったく、この程度の障壁を重ねたところで私の侵入を防げると思わない事だ。あと頭領パッチくんは地道に掘り進めようとしているけれど、それより簡単な方法があるじゃないか。

 

そう、それは飛ぶ事だよ。

 

私の脚力と君の頑丈な身体を使えば簡単に障壁なんて突破することは出来る。たとえ滝沢キックが失敗しても君は私のクッションの代わりだ、ほんのり全身骨折ぐらい男の子なんだ我慢してくれよ。

 

●月▼日

 

私の提案を断った頭領パッチくんは全速力で逃げてしまった。まったく何と頼りない男なんだ。あそこは潔く障壁と一緒に蹴り砕かれるべきだ。

 

しかし、どうしたものか。この障壁は邪悪な存在を遮り、まともに侵入しようとしたところで怪我する。いっそのこと障壁を破壊するか?と考えていると頭領パッチくんが地面から出てきた。

 

いつも用意周到なのは何故なのかしら?等と思いながら頭領パッチくんの後ろを歩いていると、意外と臭くない下水道に出ることが出来た。

 

それにしても下水道に壁画を描く理由はあるのだろうか。私が知らないだけで、下水道は古代の美術館の様なものだったのかもしれない。

 

いや、それこそ有り得ないわね。

 

むしろ下水道に作るのも可笑しい。なにを考えて下水道に描いたの?それとも最初は下水道じゃなくて地上と同じく栄えた街だったのかしら?

 

●月ω日

 

どうやら彼とボーボボがゴブリンとの戦いで負傷したらしい。以前と違って致命的な一撃らしく、神官ちゃんと大司教が治療に携わっているそうだ。私が街の外で手間取っていたせいかと聞けば違うと言われた。

 

そのゴブリンは蜥蜴僧侶さんより大きく、頭脳は限り無く人間に近かった。それは、ずいぶんと不可解だ。彼は「ゴブリンは学習する」と言っていたが、あまりにも学習するのが早すぎる。

 

なによりボーボボを率先して襲わせたということは少なくともアイツの危険性を知っている者の筈だ。いったい、誰が無理やりボーボボに四方世界へと連れてこられたんだ。

 

私の不手際で取り逃がした変態の仕業なのか。いや、あれは人前で真拳を使うのを嫌がって逃げていた。まさか、そうなるとボーボボへの逆恨みによる犯行なのか?

 



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第15話

Χ月〝日

 

なぜか彼は無言でナース服を着たボーボボと天の助に看病されている。いったい、どんな恐怖を体験したのだろうか。少なくとも私の考えていた以上の恐怖だっただろう。

 

むさ苦しい男たちと同じ布団を使って…。

 

さぞや寝苦しかったはずだ。ボーボボたちを部屋の外へと蹴り飛ばし、指先の動きを確める彼に平気なのかい?と聞けば「ああ、問題は無いが、俺の鎧と剣は使い物にならん。剣か棍棒を用意できるか」と聞き返された。

 

そういう行動の早いところは好きだけど、今は傷を癒やす事を優先してほしい。あの門の所為で君たちの窮地に間に合えなかったけれど、今度の探索は少しばかり本腰を入れるつもりだ。

 

いや、この前の姿にはならないよ。どうにも聖域ってものは身体に合わなくて、わりと身体は怠くて重かったりするんだ。 

 

Χ月゜日

 

昨日も少し見て回ったけれど、やっぱり歩きやすく整備されたところがある。なんのために使われていたのかまでは分からないが、秘密裏に物資を運び込むのに最適な場所なのは確かだ。

 

それに私の親類も居るみたいだ。今すぐにというのは無理かもしれないが、他の住処を見付けてあげるから少しだけ手伝ってくれよ。

 

流石に無の穴を貸すのは難しいよ。

 

まあ、それに近い場所は提供できる。うん、それじゃあ、ちょっと窮屈かもしれないが、この箱の中に入ってくれたまえよ。

 

森人弓手さんの言いたい事は分からんでも無いけれど、今は騒がずに準備を進めようじゃないか。ほら、みんな各々の仕事を始めてる。

 

分かった、分かったよ。

 

あとで対話の仕方を教える、それまで仕事を頑張ってくれないか。私だって比較的に精神を削らないものを召喚しないといけないんだ。

 

まったく、あれくらい軽く受け流してくれて良いじゃないか。それに、さっきの星見る者(ゲイザー)だって、そこまで珍しくないだろう。

 

Χ月$日

 

私の知ってるゴブリンと違う。

 

すごく筋肉質なゴブリンだ。彼に右目を抉り出された、その怒りをぶつけるように巨大な振り回している。私が割り込むと邪魔に為りかねないが、私も出来る限りの事はしよう。

 

手当たり次第に棍棒を振るうチャンピオンを翻弄する彼の邪魔になりそうなゴブリンの足を掴み、適当に振り回しながらゴブリンたちへと歩み寄る。

 

流石に範馬勇一郎ほど力は強くないけれど、ゴブリン程度なら持ち上げて、双節棍の代わりにする事は出来るし、なにより森人弓手さんや鉱人導士さん達の負担を減らせる。

 

それにドレスを使えばチャンピオン以外の注意を引ける。どういう訳なのか、チャンピオンは彼だけを狙い続けている。

 

しかし、本当にゴブリンは脆いな。ほんの五百回ほど叩き付けただけで壊れるし、彼が言っていた通りいって肉袋と変わらない生き物のようだ。

 



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第16話(鉱人導士(キャスター))

儂らも大概は化け物と言われとるが、あの無形のは常軌を逸してしまっとる。普通、対多数の戦いと言えば陣形を組み、確実な勝利を得るために無駄を削るのが当たり前なんじゃが、無形のはかみきり丸に気を取られた小鬼の足を掴み上げ、正しくフレイルの如く振り回しちょった。

 

ありゃあ、相当な鍛練を積まんと無理じゃわいのう。けんども、無形のじゃと「見たら出来た」あるいは「やろうと思えば大抵の事は出来る」と宣った。いくら儂より高齢とはいえ些か冗談も度が過ぎると言うもんじゃよ。

 

「ちょっとゴブリン来てるわよ!!」

 

「分かっとるて、騒いでも仕方無かろう!」

 

まったく二千年も生きちょる癖に喧しい娘っ子じゃ、少しはす無形のを見習って無駄な事を言わず、自分の出来ることに集中せんか。そんなんじゃから金床みたいな身体になるわけよ。

 

そう密かに心の中で考えた瞬間、目の前をゴブリンの作った矢が横切った。そういう悪口を聞き逃さん耳は羨ましいが、今は無駄撃ちしとる場合じゃなかろう。このままじゃと無形のとかみきり丸に、ほとんどの良いところを持っていかれるぞ。

 

「鉱人導士さん、火酒を借りてもいい?」

 

「おう、構わんぞ!」

 

儂は後ろ腰に持っとる酒瓶を無形のに放り投げると、あいつは口の中に蓄えた酒を吐き出しやがった。いくら辛くとも吐き出さんでも良いじゃろ!と叫び掛けた。次の瞬間、チャンピオンの足元に溜まり込んどったゴブリンの死体は勢い良く燃えた。

 

いったい、なんの魔術を使ったのかと聞きたくとも近寄るわけにもいかず、儂は無造作に吐き捨てられる酒を見ることしか出来んかった。

 

「ほんと、辛くて火を吹きそうだ」

 

いや、お主の文字どおり火は吐いとるぞ。

 

それも鉱人秘蔵の酒を使ってな。

 

もう少し加減することは出来んのか?と聞けば「それは状況的に無理だ」と断言され、かみきり丸はチャンピオンの首を掴み、大きく抉じ開けられた口の中に筒を放り込んだ瞬間、チャンピオンの頭と鎖骨辺りが弾けおった。

 

今のは魔術の一種かのう。それとも錬金術の類いと考えるべきか。これは、なんとも難しい。ほんの数秒で爆発する筒、どういう仕組みなのか。鉱人として、導士として、なんとしてでも知りたい。

 

「ねぇ、最初に何て言ったか覚えてるかしら?」

 

「確か『毒攻め、水攻め、もろもろをするな』だったか。だが、あれは爆破だ。お前の注意には入っていないだろう」

 

「爆破も『もろもろ』に入ってるわよっ!」

 

耳長の、そりゃあ言いがかりにも程があるぞ。しかし、お主の言うとおり威力と音は凄いもんじゃったが、あれで倒せたのはチャンピオンだけじゃ、実戦で使えるとは思えんよ。

 

「火酒無くなったけど、蜂蜜酒でもいい?」

 

「おう、ちょっくら説教じゃ」

 



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第17話

∠月§日

 

神官ちゃん、バビロン真拳の使い手として飛躍的に成長してくれるのは嬉しいよ。でもさ、ソフトンくんと一緒にアイスクリームを作るのは何でなの?べつにアイスは美味しいから良いんだよ。

 

ボーボボはソフトンくんを見るなり、大きな声であれを叫ぶせいで恥ずかしい。彼も水の街で食べたらしいアイスを牧場と協力して作ってる。こっちだとあいすくりんって名前みたいだし、それほど実害は無いんだろうけど。

 

ボーボボ、頭領パッチくん、天の助くん、この三人のせいでソフトンくんは大変そうだ。神官ちゃんも地母神の神殿の人達と協力して資金を集めてる。

 

私と出会った頃は初々しくて可愛かったのに、いや今も最高に可愛いんだよ?等と独り言を繰り返しながら神官ちゃんの作ったアイスを食べる。

 

ほんの少しソフトンくんのと違って甘さが増してるが、私としてはこっちの方が好きだ。むしろ、もっと甘くしてほしい。

 

∠月㊧日

 

最近、鉱人導士さんが蜂蜜の酒は残っとるか?と聞いてくることが増えた。あんなに不貞腐れてたのに飲んだら飲んだで気に入ったのだろうか、それとも寝ているときに素敵な出会いでもあったのかな?

 

そう森人弓手さんに言ったら「私は飲まないわよ、そんな精霊の入り乱れたやつなんて」と言われた。確かに色んな素材を使ってるけど、そこまで拒否されると飲ませたくなるじゃない。

 

ちょっとした冗談のつもりだったのに、森人弓手さんってば全速力で逃げちゃった。まったく冒険する時は勇猛果敢なのに蜂蜜酒は嫌だなんて、やっぱり私より年下なのね。

 

まあ、こんな余り物なんて嫌よね。

 

あとで新しく作ったものを贈ってあげましょう。ふふっ、きっと森人弓手さんも喜んでくれるわ。そうと決まれば、たくさん作りましょう。

 

そんな物欲しそうな顔しても鉱人導士さんには渡さないぞ?と言ったら「いやじゃ!儂にも酒をくれえぇ!!」とジャケットの裾を引っ張られた。

 

∠月∪日

 

結局、森人弓手さんに作ったお酒も鉱人導士さんに飲み干された。だいたい、そこまで飲んだら肉体と精神は解離すると思うんだが、どうやって精神を肉体の中に留めてるんだ。

 

私の質問を聞き流す鉱人導士さんに溜め息を吐きながら神官ちゃんに葡萄酒を勧める。

 

そろそろお酒を飲んでも良いんじゃない?と聞けば「そ、そうですね、ちょっとだけ飲んでみます!」と言って飲んだ瞬間、頭から思いっきりテーブルに倒れ伏した。

 

まだ、ちょっと早かったようだ。

 

私は神官ちゃんと同じ宿舎にいるし、ちょうど森人弓手さんと鉱人導士さんの飲み比べも終わる頃合いだ。私達は先に帰らせてもらうよ。

 

そう蜥蜴僧侶さんに伝える。

 

チーズを食べながら「承知、良い夢見を…」と挨拶を済ませ、ほんのりと月明かりに照らされた道を歩きながら神官ちゃんに「早く飲めるようになりなよ」と言えば「わかりまひたぁ…」と返された。

 

もっと飲ませればアホみたいに騒ぐかな?

 



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第18話

И月Б日

 

すでに森人弓手さんの愚痴を聞く会となったギルド食堂、その傍らで邪神と交信する鉱人導士さんに呆れながら蜥蜴僧侶さんに地元から取り寄せたチーズをプレゼントする。

 

これで好感度は爆発的に上がる筈だ。あわよくば酔わせて宿舎に連れ込んでしまえばいい。そんなことを考えていると彼と神官ちゃんが帰ってきた。なぜか私は来なくても大丈夫と言われたが、私は彼らに嫌われてしまったのだろうか。

 

そう思ってしまうほど私は好ましく彼らを気に入っているのだろうが、そろそろ信者の暴走を止めるために帰らないといけない。

 

正直に言えば此方の世界は生きやすい。

 

それでも私は海の底で眠っている父を助けたい。

 

そのためにも信者たちの信仰心と生け贄の魂は必要だ。しかし、いくらゴブリンを殺したところで魂の強さは微々たるもの、向こうの世界ほど贅沢な生け贄を渡せない。

 

それが堪らなく悔しい。私の代わりに供物を捧げる信者は多いが、動物や子供の魂では足りないのだ。もう、私が戻るしか方法はない。

 

И月Ё日

 

神官ちゃんの素敵な衣装を見れて大満足だ。それに人間の賑わった声も良い。ただ、なにやら催し事に相応しくない感情を抱いたやつがいる。

 

なんというか。あれだ、ハスターのやつに唆されたやつらにそっくりだ。私の大嫌いなやつと言ってもいいかもしれないが、あまり関わるのは止しておこう。どうにも嫌な気配を纏ってる。

 

それにあれが狙ってるのは私じゃなくて彼のようだし、なんらかの接点でもあるのだろう。しかし、神官ちゃんの写真を取れないのは残念だ。いつもなら信者と一緒に舞台セットを作り、聖女へと祭り上げるなどしているのだけれど。

 

今回の相手は地母神の巫女だ。

 

そう簡単に連れ去ることは出来ないし、向こうにも連れていけない。いっそのこと絵師を募って神官ちゃんを描かせてみるのもありだな。

 

И月∪日

 

なにやら巨大な手らしきものが見える。どうなっているんだと騒ぐ人々と武器を構える冒険者、そっと私を指差す受付嬢さん、私は何もしていないぞ。

 

そう受付嬢さんに言えば「いえ、貴女なら止められるのではないかと思いまして」等と言い返され、渋々ながら半分ほど地上に出てきた巨人を見る。

 

あまり関わりたくないのだが、普段から迷惑を掛けている受付嬢さんの頼みだ。ちょっと強めに殴って追い返そう、それでダメなら神聖な気配を垂れ流す少女に押し付けてしまおう。

 

ちょっと二百匹くらいビヤーキーを喚んで巨人の相手させるか。私も着いていけば問題ないだろうけど、あれは殴るだけじゃ死なないんだろうが、まったく楽しいお祭りを邪魔する最低は死刑だ。

 

それにしても神官ちゃんたちは何処へ行ってしまったのだろうか。私も一緒にお祭りを見て回りたかったのに仲間はずれなんて酷いじゃないか。

 

あっ、ビヤーキーが落とされた。

 

べつにハスターの下僕だから落とされても悲しくないけれど、巨人風情が偉そうに見下しやがってファイナルフラッシュで吹っ飛ばしてやる。

 



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第19話

♯月♭日

 

ほんのちょっと本気になっただけじゃないか。そんな冒険者総出で取り囲まれると動きづらいし、あと男の人は汗臭いから離れてほしい。

 

私の言葉を聞いた過半数の冒険者は離れた。ほとんどが女性の冒険者なのでむさ苦しいオッサンに囲まれ、私は凄く気分を悪くしているよ。

 

どれくらいかと言えば擬態の魔術を維持するのも大変なぐらいだ。本当に清潔な人だけ私を押さえに来てくれないか。

 

だいたい、巨人を倒せと言ったのは受付嬢さんたちだったじゃないかと問えば「いくら神の娘だからって山を消し飛ばしませんよ!!」と怒られた。

 

いや、それはそうだけれど。

 

あれだけ大きいと超速再生を可能性だってある。もしも六割以下で攻撃して肉片が飛び散れば大変なのは君たちだよ?

 

そう伝えると「貴女は困らないんですか?」と聞かれたので「私は向こう側に行って本体と手加減せずに戦うつもりよ」と答えたら何人かのギルド職員が安心したような溜め息をこぼす。

 

いったい、どれだけ私に面倒事を押し付けるつもりなの?と聞けば顔を反らしながらギルドへと帰ってしまった。まったく文句を言うなら考えてから喋ってほしいね。

 

♯月゜日

 

ちょっと髪の毛を調達してくると空間の裂け目へと入ったボーボボたちを追い掛けるくそ犬とソフトンくんを見送り、そっとボーボボたちが四方の世界に出てこれないように封印の術式を施す。

 

最初からこうしておけば良かった。あとで神官ちゃんの使ってるアイスクリームの屋台も片付けて、あいつらの世界に送り返さないといけない。

 

本当の本当に迷惑な奴らだ。

 

いくらツァトゥグアと仲良くなったり、何度もショゴスと鬼ごっこしたり、謎の遺跡から銀の鍵束を盗み出したり、本当に意味不明すぎる。

 

私の立場を勝手にか使って難を逃れたりするのは日常茶飯事だし、頭領パッチくんに関してはショゴスと融合して軟体になったりした。

 

しかし、なんだろうか。アフロとトゲが空中に浮かんでいる。もし、これを目印に帰ってこられても面倒なので切り取って処分しておこう。

 

♯月ゐ日

 

どうやら雪山の砦を根城とするゴブリンを退治するため長距離移動の準備を始めるそうだ。それは私も着いていって構わないのだろうか?と聞けば「ああ、人手は多くて困らん」と言われた。

 

やはり、彼は言葉足らずだ。

 

もっと優しく話してくれると嬉しいからね。神官ちゃんに問い掛けると気恥ずかしそうに頷き、燻されたお肉や果物を風呂敷に包んでいる。

 

こういうものを持っていくのは普段の退治と比べてく長期間になるということかな?

 

そう彼に問えば「凍死の危険性もある。口を動かせば多少は体温を保てる。それに吹雪の中で火を焚くのはゴブリンに襲ってくれと言っているようなものだ」と長年の経験で培った事を教えてもらった。

 

しかし、この荷物を抱えるのが私というのは釈然としない。むしろ男の人が率先して持ってくれると思ったのだが、私の停滞キューブに入れれば楽に動けると知られたらしい。

 

まったく誰に聞いたのやらだよ。

 



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第20話(蜥蜴僧侶(シャーマン))

このお話で最終回です。

読んでくれて、ありがとうございます。


拙僧の同胞を模すものは真の名で呼ぶことすら危うく、近くにいるのかも曖昧な夢幻だ。なにより異教の神なれど彼の者たちがいる。それを知る事が出来たのは彼女のおかげだ。だが、拙僧の借りた宿舎へと取り入るのは解せん。この蜥蜴人の血脈を欲するならば小細工などせず参れば良いものを。

 

「鱗の、どうしたんじゃ?いつもより悩んどる時間が長いぞ」

 

「拙僧も中々に未熟と痛感しているのだ。術師殿は悩みなどありますかな?」

 

「儂の悩みか。そうじゃなあ、無形のが持っとる蜂蜜酒の製造法を知れんことさのう……」

 

鉱人と蜥蜴人の違いと言えば簡単な事なのだろうが、拙僧の悩みとは別物だ。彼女の剥き出す姿を見た瞬間、あれは忌むべきものだと感じた。しかし、それと同時に何と美しく猛々しい者なのだと心を奪われ、先日の百腕巨人の封印を解かれた時に放たれた極光は拙僧を虜にした。

 

あれほど強く気高い者の心の臓ともなれば恐ろしき竜へと至るのは容易いだろう。ただ、拙僧の子を産みたいと言い寄られた時は何者かの天啓を受けたのは事実であり、拙僧も彼女との子なら吝かではない。されど、拙僧と彼女の種族の溝を越える事は難しい。どれだけ武功を立てようと拙僧は一介の蜥蜴人にしか過ぎず、彼女は邪神の御息女である。

 

拙僧が大金を出そうと子を成すなど出来る筈が無い。否、その様な世迷い言を繰り返すだけで彼女と親しく接する事を避けるのは男としてあるまじき行為だ。そう考えていると術師殿が「それだけ悩んどるなら、いっそのこと当たって砕けるのはどうじゃ?」という有り難い助言をされた。

 

そう、そうだとも初めから悩む必要はない。邪神と言えど四方の神々の定めた掟を破ることは出来んのだ。拙僧は悩むどころか彼女の言葉を肯定し、新たな宝を育むでも良かったのだ。

 

「術師殿、先程の言葉は有り難く」

 

「よいよい、その代わりと言ってはなんじゃが、無形のから蜂蜜酒を貰ってきてくれんか?」

 

「おお、そのぐらいであれば何度だろうと」

 

ゆっくりとギルドの食堂を抜け出し、巫女殿の引き歩く「あいすくりん」の屋台を手伝う彼女を探して人混みを掻き分ける。はやく、はやく、この高ぶる想いを彼女へと届けたい。

 

「神官ちゃん、そろそろ冬だぜ?」

 

「ソフトンさんのアイスは冬でも食べれます!」

 

「えぇ、そうかい?」

 

「はい!」

 

やっと彼女を見付けた。あまり人々を驚かさぬように小走りで二人のいるところへ歩んでいき、巫女殿と笑い合っている彼女を強引に振り向かせ、この想いの丈をぶつける。

 

「拙僧と夫婦の契りを結んでくださらんか!」

 

「はい、喜んでッ!!」

 

あまりにもあっさりとした幕引きだが、拙僧の溢れるあ好意を吐き出すことは出来た。なんともいえぬ、高揚感を感じるせいか。どこかでからん、ころん、という賽子を転がす音が聴こえた。

 

「ふふっ、一生離さないからね」

 



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