諸君、努々忘れることなかれ (カンタレラ)
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諸君、努々忘れることなかれ

突発的に思いついたので書いてみたシリーズ


 晴れ渡る空の下、競馬場は静寂に包まれていた。

 ウマ娘が怪我をしたわけでもなく、機材が故障したわけでもない。

 ただ……観客の中で強く根付いた常識が覆された。普通ではありえないことが、いま目の前で起きたのだった。

 

 それはなぜか。レース結果に目を向けてもらえばわかるだろう。

 

 

 芝 3000m 左回り

 7番 特別出走者 2:56:00

 

 

 無名の出走者がワールドレコードを大きく塗り替えたことだろうか。

 いや違う。

 本題は彼は人間であったことだ。なおかつ男であることも記載しておく。

 ウマ娘というのは本来、名前の通り女性しかいない種族のことだ。

 だが彼は、両親とそれの祖父母にあたる代は全員人間である。決してウマ娘の血が入り込んだ特異個体というわけでも、人体改造をしたわけでもなかった。

 正真正銘一人の人間であった。

 

 ……少し時を遡ろう。

 

 今日の競馬場は少々混乱していた。なぜか人間が出走する取り決めになっていたからである。URAのお偉方に取り合っても沈黙を貫くばかり。

 疑問に包まれるが、それでもいつもの調子を取り戻しスタッフや観客の皆もその人間を嘲笑し見向きもしなかった。

 

 ――レースが始まるまでは。

 

 そのレースには他の重賞で活躍していた著名なウマ娘達が出走しており、観客は皆が皆その人間は土辺を走るだろうと予想していた。中には人間に対して罵詈雑言を飛ばすものもいたようだ。

 

 そして、各ウマ娘がゲートインを果たし、その人間もゲート内でただレースが始まるのを待つばかりだった。

 ……ほかウマ娘も気にはなるだろうが、高々人間なのでマークする必要がないだろうと思っていた。

 

 各ウマ娘の出走準備が整い合図と共にスターティングスタートの姿勢を取るがその人間は殆ど動かない。

 彼がやったことといえば前後に半歩程度、左右に肩幅程度に開いたことぐらいだろう。

 

 そしてゲートが開く0,5秒前、彼は予測したかのように即座に重心を落とし、その落下した重心の慣性はを前進するエネルギーと変換し、ターフを蹴る。

 そして、ゲートが開くと同時に、一歩目から最高速を叩き出し前へと躍り出た。

 ほかウマ娘はそれに驚くも即座に意識を切り替えて地面をける。

 その人間の走り方は、ウマ娘で言うなら逃げに当たるだろう。最初から最高スピードを出しつつ他のウマ娘に追いつかせない、いわば大逃げであった。

 その人間は、他のウマ娘に比べると更に頭一つ分低い前傾姿勢。足を前に出して蹴るのではなく、足を真下より少し後ろで地面を蹴り、蹴った足の膝を鳩尾付近まで引き、そして足を地面付近まで持っていき、最後に蹴る。

 本来走りというのは円運動、楕円運動であるが、彼は足の動きを縦線の運動に近づけることで、走りの際のロスを減らしていく。古武術で言う重心移動による縮地法に近しい走り方だ。

 そして、それによって叩き出された速度は時速64km。骨がギリギリ壊れない境界線を攻めた結果、その速度が限界であった。

 

 対してウマ娘のトップスピードは時速70km。だがそれは足を溜めた後に発揮される爆発力であり、それまでの平均速度は44kmとされる。

 そして彼に追いつくためにトップスピード直前まで速度を出したウマ娘たちは後半に行くにつれ、スタミナ切れでバテていく。

 だが彼はそれが限界ではないと言うように息を切らす様子も、食いしばる表情も見せない。ただただ一定のその速度を出し続ける。

 コーナーも、上り坂も、下り坂も。彼は速度を上げることもなく、下げることもなく走り続けていく。

 

 彼の後ろに残ったのはただ自分の走り方を遵守した者のみ。他は途中バテて後方につくこととなり、徐々にスピードを落としていく。

 そして彼の後についた者も、その差は歴然であり、大差以上の距離を離された。

 

 最終直線も、その順位が変わることもなくその人間が一着でゴールした。

 最終結果としては一着が2分56秒、そして二着が3分4秒という結果になった。

 表記上大差とされるが、秒数から馬身差を計算すると48馬身にも及ぶ。

 

 そうして場面は序盤へと戻る。

 彼は汗は流しているが、疲労した様子は見受けられず、息を乱しているわけでもない。

 平然と彼は舞台袖へと入りマイクを取り出すとこう宣った。

 

「人間諸君並びにウマ娘諸君、この走りこそが人間の理論値だ、ただし限界ではない」

 

 静寂に声が響く中、彼は続けた。

 

「今回私が行ったのは単なる可能性の提示でしかない」

 

 淡々と続けていく。

 

「私以上の才覚を持つ人間が、そしてウマ娘が、理論値のその先、限界へと至るのを私は心待ちにしている」

 

 彼は重ねて言う、と続けた。

 

「諸君、努々忘れるな。これは限界ではなく、理論値であるということを。諸君らの中に、必ず限界へと至り、その先へとたどり着く者が居ると見せてくれ」

 

 そうして静寂のまま、彼の演説は終わった。




人気があればそれまでの経緯とその後を書きます
人気があれば、ですけど
あと感想ください(乞食)


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前日譚とか後日談とか色々
理論値の誕生秘話についての独白


なんか時間に余裕があったんで書きました


 俺は、常々運が悪かったんだろう。自分からすればそれが常態化しているためか、なかなかに気づきにくいがそれを誰かに話すといつも驚かれる。

 だが、逆に運が良くないわけでもなかった。福引を引けばいい結果を残すことも多かったし、悪運による周辺被害も最小限に留められていることもあった。

 運というのは波ということをどこかで聞いたことがある。運が良ければその後に皺寄せとして不運に見舞われるし、運が悪ければその跳ね返りで幸運に恵まれる。

 恐らくだが、俺の運は振れ幅が大きかったんだろう。程々に運がいい時も悪い時もなく、いいときは自分の望んだ通りの結果を齎すし悪いときは自分が一番起きて欲しくないことが起こる。そういった二極化された性質を持つんだと思ってる。

 

 最初の不運は……確か12歳の時だった。

 修学旅行から帰ってきたその晩、俺は疲れて先に寝ていたんだ。しばらくすると何やらリビングの方から物が壊れるような音とか、誰かが暴れるような音、両親と聞き覚えのない男の大声が耳に入ったんだ。

 俺は目が覚め、ただならぬ様子に怯えつつ静かにリビングを覗くとナイフを持った黒ずくめの男が3人いて、そのうちの二人が両親を取り押さえていたんだ。

 強盗だったんだろう。

 どうにかしなくちゃと思った。普通なら警察を呼ぶだろうが、その時の俺は冷静でいられなかった。

 俺は幸運にも修学旅行で購入していた木刀を取り、奇襲するために再度様子をうかがった。

 ……その強盗たちは趣味が悪かった。父親の目の前で母親の服を剥ぎ取ったんだ。

 思春期に片足突っ込んでた当時の俺はその後に何が起こるか薄々感づいた。その後の展開に気づいた父親の憎悪が伝播するように、俺の頭の中も真っ赤に染まった。

 怒りが臨界点を超えた時、頭の中で何かが切れた音がした。肉体は怒りによって熱を持ったままなのに、頭の部分は妙に冷たくて、自然と冴えてたような気がしてた。

 今思えば、この時に一度俺は限界を超えたんだろう。行き過ぎた感情が肉体を凌駕し、その感情に肉体が引っ張られた。

 引っ張られる事によって限界を超えた肉体は大人以上の力を発揮することができた。

 背後から奇襲した強盗は、木刀で利き手と片足を折って、即座に戦闘不能にすることができた。

 続く2人目は突進と共に放った体重の乗った突きによって意識を刈り取った。

 そして3人目に移ろうとした時、その強盗もやばいと思ったのか持っていたナイフで俺を刺してきた。

 父親の俺の名前を叫ぶ声、母親の悲鳴が聞こえた。

 それでも俺は行き過ぎた感情によって一切の歯止めが効かなかった。

 そうしてもう一度、今度は脳の限界を超えたんだと思う。感情が脳の危険信号を無理やり抑え込んで、それを思考のリソースに割いた。

 リミッターを解かれた脳がより多くの電気信号を送り出し、更に肉体は力を発揮できるようになった。

 そうして3人目の強盗は突き放し、首に木刀を叩き込んで意識を飛ばした。

 

 その後は色々あったよ、本当に。怪我の治療に事件の後処理とか。

 幸運だったのは両親に大きな怪我がなかったとか。最後の一撃はちょうど木刀が折れて相手の首の骨を折らずに済んだとか。両親があんな俺を見ても自分に対する態度を変えることがなかったとか。箝口令なり情報統制なりが敷かれて大した大事にならなかったり。

 ああ、あと警察からは過剰防衛ということでお咎めあったけど、飽くまで形式上ってだけで大したお咎めじゃなかったこととか。

 

 本来なら一生に一度あるかないかのような大事件だったが、持ち前の不幸のせいで色んな厄介事に巻き込まれたんだよ。テロから始まりバスのハイジャックに銀行強盗、工事現場の鉄骨だとかトラックに轢かれそうになる子供だとか。ヤクザの抗争に巻き込まれたときは流石に小指の一本は覚悟した。

 そのたびに肉体や脳の限界を超えていたら、段々と限界を超えるための臨界点が低くなっていくんだ。

 最初は我を忘れるを通り越して一周回るほどの感情でも、多少の感情のブレとかで起きるようになったり。最初は死の危険が迫った時だけだったけど、軽い緊張で超えるようになったり。

 最終的には制御できるようになったけど、限界越えたっていい事はあまりない。筋肉の収縮が強くてひどい筋肉痛や骨折を起こしたり、脳がオーバーヒートして血涙や鼻血がよく出たりするから。

 リミッターの解除はそれほどまでに肉体に負担を掛けるから、いつ心臓発作とか脳梗塞が起きても不思議じゃないよねっていう。

 

 ともあれ、俺がウマ娘に匹敵する肉体を手に入れた経緯がこれよ。

 ちなみにいま現在はトレーナー資格をとって中央のトレセンで働いている。脳のリミッターを超えたおかげか知らんが、妙に記憶力が良くなってて暗記物は楽だった。ただしIQが上がったわけじゃないからそれ以外は普通に苦労したが。

 今ではその身体能力を生かしてウマ娘の並走トレーニングとか筋トレのサポーターとして働いてる。

 トレーナー資格をとったと言っても担当は持たず、各チームのトレーニングのサポートしかしてないけど、まあいいでしょ。




感想を頂けたらやる気は出します。ただ時間が取れるかわからないのでなんとも言えないですけど。


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