ウマ娘とどこかに行くだけの話 (ふぃーあ)
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ネイチャとコストコに行くだけの話

ネイチャを普通のスーパーに連れていく絵を見たのでじゃあコストコ連れていくよねという話。


 お昼前、俺は一人のウマ娘と待ち合わせをしていた。定刻通りに向かえば、すでに彼女の姿はそこにあった。

 

「ネイチャ! 待たせたか? 本当にすまないね」

 

「気にしないでくださいよトレーナーさん、私も今来たところなんで」

 

 彼女はナイスネイチャ……ブロンズコレクターと言われるほどの3位率で世間からは不思議な人気を得たウマ娘。

 

 トゥインクル・シリーズの名脇役にして、URAファイナルズ決勝3着によりその不動さをより強めたが、1着を取れないわけでは決してなく、その後数回ドリームリーグに出て凄まじい差しを見せつけた。トウカイテイオーと怪我復帰のメジロマックイーンを差し切ったラストレースは今でも語り草だ。

 

 新人トレーナーの俺は彼女の担当トレーナーであり、かつ。

 

「そうかい……それはよかった。にしても……うん、変わらずかわいい」

 

「っ! やめてよもう、ほら行くよ! 今日はその……デート、なんでしょ?」

 

「その前に腹ごしらえからだけどな。こっちにえらく旨いエビチリを出す中華料理屋があるんだが……どうしたい?」

 

「トレーナーさんのおすすめに外れはなかったからね……行きたいかな」

 

 彼女の彼氏でもあるわけだ。言い訳をするならば、商店街の先達に「ネイチャを任せた」と言われた時にどっちの意味かも確認せず頷いてしまったらぽんと話が加速したんだといいたい。

 

 無論ネイチャが嫌いなわけではない……というか結婚まで行くならこうも理想的な女性が他にいるかという思いを持っているのは確かなので言い訳しないほうが身のためだろう。

 

 それはそうと、実は俺と彼女とはすでに数回、デートに行っている。遊園地に行った、水族館に行った、地元の商店街周りなんてこともしてみた。夜景を船の上から、ということもしてみた。

 

「うーん! この辛さ、この旨味、エビの弾力、どれも最高! うん、これはたしかにえらく美味しいねトレーナーさん!」

 

 出てきたウマ娘サイズの大盛エビチリを旨そうに食うネイチャを見て微笑む。今日行く場所を伝えたらどんな反応をするのだろうか? 

 

 店を出て車を走らせ、ネイチャとともに向かったのは……

 

「ネイチャ、こういうとこ初めてだろ?」

 

「ねぇトレーナーさん! もしかして、もしかして今日は!」

 

「あぁ! ここで好き放題に買い物をして夜飯に繋ぐプランだ!」

 

 会員制倉庫型スーパーマーケット、コストコだ! ネイチャはコスパのいいものとなるとテンションが上がるらしいという性質を最近知ったのだが……ここまでテンションが上がるとは予想できなかった。尻尾がぶんぶん、耳がピコピコ。犬かと錯覚するほどに。

 

「さあさあ! トレーナーさん! いっぱい見て回りましょうよ! 私こういうなにもかも大きいのに安い倉庫型のところ会員証持ってないからなかなか来れないんですよ、ほらほら!」

 

「わ……わかったから落ち着け!」

 

「落ち着いていられますかって! ハリーハリー!」

 

 急かされて入った店内はネイチャが一瞬フリーズするほどに大量の商品がならび、食品ひとつあたりのサイズが違うことに大興奮と言った様であった。

 

「ディナーロール……36個入り!? これだけあれば片方ウマ娘でも一食持ちそう……!」

 

「ロティサリーチキン! おっきい……! トレーナーさんや! これ! これをメインに据えましょう!」

 

「えっ? 近くを見てみろ……? あっこれ? プルコギビーフ? 焼くだけでできるお手軽プルコギっていうのもあるんだ……すごい……! ってこれ1.6kgなんです!?」

 

「わぁ、大容量チーズケーキ……! えっこれもいいのトレーナーさん!? ではではー……ふふっ、これは晩ごはんは期待……!」

 

 他にも多くのものを買い込んだが、ネイチャのテンションは車に戻るまで戻ることはなく。

 

「トレーナーさん……その……いっそ殺してくれません?」

 

「俺をひとりにしないでくれ……」

 

 反動ではちゃめちゃに凹むネイチャの姿がそこにあった。

 

 凹んだネイチャを回復させつつ向かったのは俺とネイチャの今暮らす、ネイチャの両親から暖簾分けを受けた店だ。

 

「もうネイチャはひとりで……いや、あなたと2人でやっていける。私はそう思う……ネイチャを任せたよ」

 

 その言葉に恥じぬように店を盛り立てることを約束し、2人は同棲を始めていた。ネイチャがマスターという時点で人気が出ないはずはなく、盛況盛況といった形だ。

 

 俺はまだトレセン所属をやめておらず、今は特定の担当を持たずにとあるチームのサブトレーナーをやらせてもらっているが……まあこれはまた別の機会に。

 

 料理……といっても買ってきたものを順当に調理し、焼き直しなどして盛り付けるだけなのだが、とにかく2人で分担して料理し、あえて店内のテーブルに並べる。

 

「ふふっ……ちょっとだけ雰囲気出るねやっぱり」

 

「これも店を持った彼女のおかげ、というやつかな?」

 

「口が上手いね、けどネイチャさんはそんなことじゃ」

 

「愛してるよネイチャ」

 

「っ!? も……もう……!」

 

 チョロかわ……彼女のためにある言葉では? と脳裏のもう一人の自分が叫ぶのをガン無視する。その叫びに素直になったらなんとなく社会的に死ぬ気がする。

 

 ロティサリーチキン……鳥のまるごとチキンを切り分けて、フォークに刺して……ネイチャに向ける。

 

「ネイチャ、食べるでしょ? ほら、あーん」

 

「……ハイ。はむっ……おいしい、デス……」

 

「あぁもうかわいすぎる……」

 

 かわいすぎる。このあと何度かあーんして、時折真っ赤なネイチャからあーんされと幸せな晩餐を食べることができた。

 

 コストコデート……意外とありかもしれない。メモしておこう……! 

 

 



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連れ去られた皇帝を助けに行くだけのお話

ヤリタカッタダケー…すいませんでした。


「おい、そろそろ起きろ」

 

「くっ……うっ。ここは、一体……」

 

 シンボリルドルフは、暗い部屋で目が覚めた。目の前には覆面をした男、手にはおよそ現代日本の日常では見ることのない銃……アサルトライフルが握られている。

 

 また、シンボリルドルフは行えなかったものの、よく男の装備を観察すれば、スタンガンやナイフの携行も確認できただろう。

 

 シンボリルドルフ自身は椅子にくくりつけられて後ろ手に親指同士を縛られている……なんとも映画のようだな、と場違いなことを考える。

 

 本当は映画の中、というならよかったのだが生憎これは現実で、したがって下手すれば死もありえる状況に置かれていることを理解した。

 

「動くなよ、皇帝様よ。俺ら雇われだからよ、アンタに恨みはねぇ……だが、依頼主はアンタとアンタのトレーナー……ひいてはシンボリ全体に恨み妬みやっかみその他ありとあらゆる感情をお持ちだそうでな。相当な金積まれたからボスも引き受けざる得なかったらしいぜ」

 

 シンボリルドルフは記憶を辿りながら状況の把握に努めつつ、お喋りな監視役に問いかける。

 

「では……私がいなくなったのであればひとつ大きなニュースにでもなっているのかな?」

 

「今んところ、ニュースじゃアンタが誘拐されたっつー話は出てねぇ。相当な金の圧力の隠蔽工作か、あるいはあんたの実家があえて伏せてるか……まあ、わかったもんじゃねぇがな」

 

 続いてルドルフは、今後について問い質すことにした。

 

「もうひとついいか? 私はこの後どうすればいい」

 

「無事でいてくれ……下手に死んでくれるな。それでいい。アンタには人質としての価値が高すぎるくらいある……アンタ一人持ってりゃシンボリ……どころかトレセンやURAすらこちらに攻勢を掛けられねぇ。そんなご身分なのによくトレセンの外に出てきてくれた、そこだけは感謝しとくぜシンボリルドルフってボスはハードボイルドにだな」

 

 貴重な休日だから、と一人でとても面白い洒落の書かれたTシャツなど見に行くかと考えたのが悪かったのだな、とふとそう思うルドルフ。

 

「そうか、わかった……以後君たちには抵抗しないよ」

 

「そうしてくれると助かる。俺だってシンボリルドルフの頭をぶち抜いた希代の大悪党として名を残したくはねぇからな」

 

「ところで、今何日目だい?」

 

「あん? 拠点をとっかえひっかえしてるからお前をひっ捕まえて3日目だな」

 

「そうか……頼むぞ」

 

 シンボリルドルフは内心に願う。我が身の天命が、7冠を戴いた今をしてまだ尽きていないことを。

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフが消えた。

 

 その報を受け取った私……シンボリルドルフのトレーナーの柏崎は、全速力を以て今やれることをし済ましていた。

 

「それでは失礼……娘さんは必ず取り戻しますので、ご安心を」

 

「えぇ。貴方に後は一任し、警察組織などにはこちらから多少圧力をかけます。……はじめて会って、貴方から話を伺い、その事実を裏から確かめた時は娘がとんでもない過去を持つ狂人を連れてきたとも思いましたが、なにが役立つかはわかりませんね」

 

「役立たないほうが良いものではあります。誇れないものでもあります。ですが、不測の事態に普通の方や……あるいは貴殿方よりも強く出れる。皇帝の杖に相応しくない過去を持っていたと糾弾されたとしても……右腕は私だ」

 

 シンボリルドルフの失踪は間違いなく誘拐だ、と知っている。私の携帯にシンボリルドルフの携帯を使ったメールで『招待状』が入っていた。

 

『皇帝はいまや虜囚の身である。下記のリンクにあるGPSアプリをダウンロードし、常にスマホを持ち歩け。2日後の午前12時に同封のファイルの地図に示された座標に来い。どちらかが果たされなかった場合、また警察組織の介入があった場合は皇帝は不具となること想像に固くないと思われよ』

 

 古風なのか、現代なのか。いささか判断に迷う脅迫だった。

 

 まあしかし、警察組織は今回は逆に邪魔になるから呼ぶつもりはなかった。ポケットにスマホを戻し、もう片方のポケットにあったガラケーを開く。もう使われることもさらさらないようなショートメール機能で一件の通知。

 

「はっ、『スーパーカー』は相方すら時代遅れか?」

 

 開いた画面、そこに示された文面は。

 

『若、弾どもの準備はできてる。もちろん、俺もヤれる……先に指定してた時間に車回す。乗ってけ』

 

「すまないな……赤城の叔父貴。俺とアンタで足洗ってウマ娘のためにって誓ったはずだったんだがな」

 

 独り言をぼやき、夜を待つ男がそこにいた。

 

 

 

 時は立ち、夜が来る。柏崎はトレーナー寮ではなく自宅の自室にいた。

 

 ベッドが途中から割れており、間にホルスターと銃が入っている。それを取り出して、素早く正確に手入れと装弾を済ませる。

 

 きっちりしたスーツに見えて、実はかなり動きやすいように作られたズボンと多少の仕込みが施された背広を着込み、鏡の前に立つ。

 

「皇帝様。君はこの姿の私を見て何を想うだろうか……なにもかもを隠してきた私に、ウマ娘を利用して、不幸にして金すら稼いでいた昔の組の姿へ戻った私になにを想うだろうか?」

 

 最後にそう呟いて、柏崎は家を出た。目の前に滑り込んでくる車の運転席側に近づくと、中から黒服の男がドアを開けて降り、柏崎に一礼した。

 

「お久しぶりです若様。申し付けられました御車でございます……どうぞこちらをお使いくださいますように」

 

「すまないね。助かるよ……名前は?」

 

「私は洲崎と申します」

 

「覚えておく。後で連絡させてもらうよ……ありがとう」

 

 赤城の元部下ということらしい洲崎から受け取った車を調子よくかっとばして、港のコンテナ地帯まで。

 

 車から降りて、コンテナ地帯の中央までは徒歩だ。

 

 着いてみれば、そこには兵、と呼ぶべき武装を施した男たちが立っており、ものものしいことこの上ない。

 

 まずは目の前の男と対話だけでも試みよう、そう決めていた。

 

「やぁ、こんばんは」

 

「Hi、Mr.柏崎。早速だけど、雇い主から条件表さ……俺のことは……そうだな、ジャックとでも呼べ」

 

「知っていますよ、ジャック。私は身を引き、皇帝のトレーナーを某家の嫡男なにがしに譲れと言う条件。以後一切表に出るなと言う条件。シンボリ、メジロの両家から関わりを絶てという条件。これらすべてを暴露するなという条件……くだらない」

 

「俺もそう思うが受け入れた方が身のためだぜ? なんせ武装集団だ。断れば死ぬ準備OKと見なすが」

 

 深く、一呼吸。この言葉を発すればここは戦場になる……だからこそ、告げよう。

 

「私は皇帝の杖です。これからも、永久に。故に、その条件の一切を私は受け入れない」

 

「そうか、残念だ。Long Good-bye.Mr.柏崎」

 

 私の次の言葉は、もう不要。周辺の男たち……6人だろうか。全員が銃を構える。

 

 ジャックの言葉が告げられればそれで始まる。あとは……勘と、ツキがあればいい。私は……俺は、どっちも持ってるはずだろう? 

 

「撃て」

 

 言葉と同時、胸元から拳銃を右で引き抜く。兵の銃撃。平和ボケしているなまくらの銃だったか、大きく外れたのをいいことに躊躇いなくそいつの眼前へ飛び込む。

 

「ガッ……!?」

 

 腕を極め、盾にするついでに右の銃で、男たちに二発。1人目には当たっていない、2人目は足を貫いたか。

 

 そこまで立ち回っていると、爆音が轟き、車が一台突っ込んできた。無論、彼らは。

 

「若を守れ! 行け鉄砲玉どもォ!」

 

「「若様!!」」

 

 赤城と、その部下。あるいは、愛すべき組員たち。

 

「叔父貴! ここを任せる!」

 

「任せろ、さっさと囚われの皇帝陛下……かわいい姫様を救ってこい! おい洲崎!! てめぇも行け! てめぇなら場所わかんだろ!!」

 

 洲崎……先ほどの黒服が走りより、指し示す方角へ方向転換。

 

「はっ! 若様!! こちらへ!!」

 

「チッ……! なんでルドルフが中にいねぇってバレてんだ! クソ……行かせるかよ!!」

 

 ジャックは舌打ちして、弾をばらまいてでも止めようとするが、足元に弾丸が跳ねた。あえて、外された……その感触に、ジャックは向き直らざるを得ない。

 

「おうそこの白人、相手は俺だ。ひとつ踊ってくれねぇか」

 

「畜生が!!」

 

 俺たちは弾丸の交換、拳銃とアサルトライフルの銃撃が飛び交う戦場に変わったそこから早々と抜け出して、奥まったコンテナの前まで走り出していた。

 

 二桁を越える兵を洲崎と己で始末したところで、やっと辿り着いたコンテナであった。

 

「若様、中から兵の気配があります……皇帝様を傷つけさせないためにも、若様を傷つけさせないためにも、私が先を切り、弾は受けます。あとは頼みます」

 

「ッ……済まない。頼めるか」

 

「お任せを……この命、貴方に預けます」

 

 コンテナの扉を開いて、洲崎が飛び込んだ。

 

「ハハハッ……WELCOME……!!」

 

「っあ……!?」

 

 聞きたくなかった兵の声と、聞きたかった彼女の声。それと、無情にも洲崎に突き刺さり抜ける弾丸の音を聞き、倒れ伏す洲崎の裏からただ一発銃声を鳴らす。

 

「終わりだ」

 

 それだけで、笑っていた白人は洲崎と同じように倒れ伏した。奥に、縛られたルドルフを見つけた。

 

「お待たせしました、皇帝陛下」

 

 笑いかけた。

 

 

 

 あれから数日がたち、幾度も場所を変えて潜伏を続けた彼らだが、ついに交渉の時が来た、らしい。

 

 コンテナ群へ私は連れていかれ、最も奥まった、船の積込待ちであるような位置の空コンテナに、あの例のお喋りな監視役の男と一緒に入れられた。

 

 彼は己のことを『スペード』と呼んでいた。どうもこの部隊は幹部クラスはトランプのスートで呼ばれ、それ以降はどの幹部の部下かによって1-13の間の振り分けが行われる、らしかった。数字が大きくなればなるほど序列は高まるのだとか。

 

 その理論で行くと彼はこの傭兵たちを統括する四人の幹部のうちひとり、ということになるのかといえばそうでもないらしい。この四人のスートの上には『ジョーカー』と呼称されるボスがいるのだとか。ややこしい。

 

 そのジョーカーというボスの指令で、最後の防衛ラインが俺なんだが、とスペードは笑った。

 

「安心してくれよ皇帝陛下。アンタに脳髄ぶちまけたりはしねぇから……ハハハッ!」

 

 彼は弱い……らしい。立案能力と実行する指揮力が高すぎるがゆえのこの立場らしく、人質と一緒にいるのはどのみちそこまで詰めきられたら死んでるからだという合理的な判断から来るものであった。

 

「んぇー……おっかしいなあ、おい皇帝陛下、耳を澄ませて聞いてみな?」

 

 記憶を振り返る私に突然そうスペードは声をかけてきた。

 

 私も耳を澄ませると、聞きなれない音が聞こえてきていた。ヘリの羽音のような、と考えてやっと気づいた。

 

「……銃声?」

 

「その通りだ、皇帝陛下。どうやら俺の栄進もここまでみてぇだわ、ハハ……あぁめんどくせぇ、一人くらいは持ってけるかな……ここで待ち伏せるなら」

 

 そう言いながら彼は私の前に防弾バリケードを置き、ついでのように、自分が着ていたジャケットを上から被せてきた。流れ弾で私が死んでしまわないように、ということなのだろうか? 

 

 そうして彼は、扉が開いたとき一人を射殺する、それ以上になにも考えていない、扉の前に仁王立ちする構えを見せた。

 

 銃声は激しくなり、兵の叫びすら聞こえてきていた。

 

 突然、扉が開いた。見ず知らずの黒服の男が飛び込んできて、

 

「ハハハッ……WELCOME……!」

 

「っあ……!」

 

 スペードが彼を撃ち、彼が倒れ伏して、流れに絶句して言葉が発せなくなる。そうして、男の裏から。

 

「終わりだ」

 

 ゾッとするくらい冷たい声で、それでも聞き覚えのある声で、私のトレーナーさんがスペードを撃ち、倒れさせた。

 

「お待たせしました、皇帝陛下」

 

 私のこの日の記憶は、安堵で終わっている。

 

 

 

 その後、シンボリルドルフは即座に赤城の車でシンボリ家の直下病院へと運び込まれ、検査を受け、無事が確認されて即退院。

 

 シンボリルドルフの失踪事件は表に一切露出することなくその幕を下ろした。

 

「失礼するよ」

 

 裏では、実行犯となった傭兵部隊はその兵力の3/4を喪失し、ほぼ全滅。某名家は嫡男の暴走だと責任を転嫁しようとしたが逃れられず、重い処分を受けたそうだが委細は知らない。なんでもシンボリ家が裏から潰そうとしているとかで、大変なことになっているらしい。

 

 あぁそうだ、洲崎は助からなかった。あとから捕らえた他の幹部が教えてくれたことだが、スペード、とやらの銃の腕は当てずっぽうの運だけ照準、と呼ぶべき代物らしく、当たっただけ奇跡というクラスらしい。

 

「トレーナーくん?」

 

 そんな奴の銃弾を受けた洲崎は偶然にも心臓を抜かれていた。さすがにそれはどうしようもない、という奴だが、彼を酒に誘うことは未来永劫できなくなってしまった。

 

 ジャックたちとやりあった赤城らは全員無事で帰ってきて、敵兵力の掃討完了を報告してくれた。余計に洲崎が惜しくてたまらない……ん? 

 

「なあ、返事してくれてもいいじゃないか」

 

「おおっと。すいません、陛下?」

 

「ふふっ……君が荒事に慣れているなどと、思わなかったけれど……改めて言わせてくれ。ありがとう。おかげで、助かった」

 

 感謝を聞いて、ルドルフに改めて話すべきことを……己の過去を話すことに決めたことを今思い出す。

 

「礼の言葉だけ受け取っておきますよ……さて、皇帝陛下。貴女に話していなかったことがあります……貴女の親御さんにはお伝えしたんですけどね。すべて、すべて話しますから、聞いていてください。契約をどうするかは、その後決めましょう」

 

 過去を伝える度、彼女の表情は固くなる。己の実家は『カタギ』ではないこと。その後をついでカシラになることを期待されたが、ウマ娘を利用する商売、というシノギに我慢が行かなかったこと。だから足を洗ったが、今回限り力を使ったこと。そのすべてを。

 

 すべてを隠して皇帝陛下に近寄ってきた最低な男だと己を卑下して、契約の解除をするかどうかの判断は君に任せると締める。

 

 シンボリルドルフは、すべての話が終わった後、そっとこちらに近寄って、抱き締めてきた。

 

「トレーナーくん。君がどんな過去を持っていたか、なんて私は気にしない……私の相棒は君しかいない、そう想っている。だからどうか、そんな悲しいことを言わないでくれ……君を離すつもりは到底ないんだよ……?」

 

「答えを、聞きたいですね」

 

「当然、契約は続行さ……私は、私はもう君がいなければ皇帝でいられない……比翼連理の仲でありたいとすら、思うんだ」

 

 その言葉を聞き、顔を上げようとして。

 

「済まない。顔は上げないでくれ……恥ずかしくて、見られた顔ではないんだ……ふふっ、しばらく、しばらくこのままで居させてくれ。そうしたら、この想いを告げよう……」

 

「私も、積もる想いはありましたよ、ルドルフ。ですから、貴女の次に伝えます……全く、貴女は大うつけですよ」

 

「なんと言ってくれても構わないよ……実家は君を歓迎するそうだしね」

 

「なっ……!?」

 

「その顔が見たかったっ……ふふ、楽しくなりそうだ」

 

 この後、ドリームリーグを駆け抜ける永遠の皇帝の側に、皇帝の右腕とも杖とも呼ばれる男性がいたという。

 

公私ともに彼女を支える、理想のトレーナーがその形を作り始めたのは、ちょっとばかり突発的で、長くて、危なすぎた、『おでかけ』に由来するものと知るのは、ほんの数名限りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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