イタコと方相氏にこの町は酷ですわ!! (鳩胸な鴨)
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東北イタコ、米花町に降り立つ

ガチで心霊扱う方が米花町に放り込まれたら面白くない?と思って書きました。


東北イタコは、その名の通りイタコ業を営んでいる。

シャーマニズムに精通し、霊的干渉もお手の物。霊媒師業界では、その名を知らぬ人間は居ないほどに絶大な力を誇る彼女。

決して驕ることはせず、妹二人の手本となるよう、努めて上品に振る舞う姿は、多くの男を魅了する。

 

というのが、彼女が被った仮面である。

 

現在、彼女は飲んだくれていた。

成人して間もないと言うのに、浴びるように酒を飲む彼女。その目の前には、妹の恩師である水奈瀬コウが座っていた。

 

「…で?米花町はどうでした?」

「二度と行きたくありませんわ!!

なんなんですのあそこ!?悪霊の溜まり場じゃありませんの!!」

「僕は見えないんで知りませんが、そんな酷いんですか?」

「酷いの何の!!

殺された霊は余程満足行く殺され方じゃなければ確実に悪霊になるんですのよ!?」

「満足行く殺され方って何だ」

 

酷いパワーワードを聞いた。

コウは顔を顰めながら、ジュースをストローで啜る。

完全に酒で潰れかけている。面倒くさいことこの上ない。明日も予定があると言っていたが、大丈夫なのだろうか。

そんなことを考えながら、隣に視線を向ける。

そこには、虚な目で何事かを呟きながら、無心に焼き鳥を貪り食う少女がいた。

 

「全然祓えんのやけど…。

ウチ、今日18回も討伐したんに、あの嫌な感じ全然取れへんかった…。

もうえらい…。方相氏やめたい…」

「やめたらあの町終わりますわよ」

「……わかった、やる」

 

少女…如月ついな、もとい源氏名「役ついな」は、方相氏である。

悪鬼羅刹を殲滅し、人の世に安寧をもたらすことを天命とした彼女は、その志半ばで挫折しかけていた。

原因は、イタコたちが訪れた町にある。

 

その町の名前は、「米花町」。日本のヨハネスブルクという、なんとも不名誉な称号を持つ都市である。

あまりに多すぎる犯罪発生率に比例するように、悪霊悪鬼どころか、いわゆる邪神まで跋扈するに至っている。ここまで酷い事例は、歴史上類を見ない。

ついなとイタコは、その気苦労を吐き出すように、深いため息を吐いた。

 

「もう嫌ですわ…。あの町での依頼はやりたくありません…」

「そっちも大変やなぁ…。降霊する瞬間は無防備やもんな…。

ウチはお国からの命令やから、嫌でも仕事せなあかんのよ…」

「たしか、皇室は神の血が混じってるから見えるんでしたっけ。

宮仕えだと大変ですね」

「ほんまやで…」

 

ついなは国に仕える方相氏である。

自営業のイタコと違い、国により給金が支払われているため、下手に仕事を蹴ることが出来ないのだ。

国相手に好き勝手振る舞う度胸なぞ、ついなにはかけらも無かった。…目の前の教師にも見習ってもらいたいところである。

 

「イタコは兎も角、方相氏的に霊ってどうなんですかね」

「悪霊やったら悪魔カウントやから、祓わなあかんよ。あの数と密度と質やったら、ウチやなかったら三秒で死んどる」

「よく生きてますねあそこの人たち」

 

流石宮仕え。よく分からないが、方相氏としての実力はピカイチらしい。

そんな場所で日常を謳歌する人間は、どんな胆力をしているのだろうか。

 

「そういう感覚がうっっっっ…すいヤツばっかおるんちゃう?

ウチらみたいに見えるんやったら、危害加えられるん分かっとるから近づかんし。

それに、干渉も出来へんくらいのパンピーは、ただ瘴気に当てられて短気なって人殺しとうなるくらいや」

「致命的な実害出てない?」

 

異様な犯罪発生率の高さはそれが理由か。

負のループに入ってないか、と思いつつ、コウは目の前に置かれた唐揚げを口に放った。

 

「で。二人とも、暫くは米花町住まいなんですよね」

「せやな。ウチとイタコさんとで二人暮らし」

「『友人の子を預かってる』って設定でいきますわ。私は成人したばかりですから、親子設定は流石に無理かと」

「…まぁ、無難だと思いますよ」

 

何が悲しくて気苦労の多い町に住まなければならないのだろうか。

そんな不満が透けて見えるようだ。

二人の沈んだ様子に、コウは容赦なく言い放った。

 

「お歳暮くらいは送ってあげますよ。生きてたらですけど」

「くたばれ」

「死ね」

「辛辣ですよね君ら」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

その光景は、あまりに現実離れしていた。

 

時は少し遡り。出先で突如起きた事件。

日常の一部を飾るスパイスにしては、あまりにも背徳的且つ物騒なソレに、江戸川コナンは巻き込まれていた。

江戸川コナンこと、本名「工藤新一」は、今でこそ小学一年生の姿をしているものの、元は高校生である。探偵として活躍し、「日本警察の救世主」とまで称されるに至った、現代のホームズ。

「黒の組織」と呼ばれる犯罪組織の陰謀に巻き込まれ、体が縮んでしまった彼は、江戸川コナンとして生活しながら、組織を追っている。

 

その保護者たるのが、現在「眠りの小五郎」として世間にその名を轟かせる名探偵こと、毛利小五郎。

厳密には保護者ではないのだが、細かいことは置いておく。

彼は数ヶ月前まで、刑事事件の捜査などままならない程に推理力のない探偵であった。探偵として大成することになった理由は、江戸川コナンにある。

江戸川コナンは、さまざまな小道具を協力者たる阿笠博士から授かっている。

ソレらを駆使し、小五郎を眠らせ、変声機で彼に成り切ることで、あたかも彼が推理を披露しているように見せかけているのだ。

 

閑話休題。

毛利小五郎の娘、毛利蘭含む三人が遭遇したのは、刺殺された遺体が発見された事件であった。

場所は食品会社の所有する、商品保存用の冷凍施設。凍死の可能性もあったが、死斑の色から事後工作として放り込まれた可能性があるとのことだった。

容疑者は三人。二人はそこの職員で、もう一人は依頼を受けて訪れていたと言う女性。

その女性は、容疑者の中でも特に異彩を放っていた。

 

「東北イタコ、二十歳。名の通り、イタコをやってますわ」

 

白い髪に、薄く青がかかった着物。

儚げな印象を受ける振る舞いの中に、力強さも感じられる。

大和撫子。コナンたちのイタコに対する第一印象は、まさしくその四字熟語であった。

 

「イタコというと…、恐山の?」

「勘違いされがちですが、恐山だけで活動するわけではありませんわ。正式に言うならば、霊媒師…ですわね。

私の場合、出身が東北だからイタコと名乗っているに過ぎませんの」

 

いくらなんでも、名前がそのまま過ぎないだろうか。

偽名の可能性を考慮して、疑惑を浮かべるコナン。…彼の偽名もどっこいなのだが。

彼が知ったことではないが、イタコの名前は普通に本名である。両親のネーミングセンスが致命的に欠落しているだけなのだ。

 

「本日はご依頼があって、この施設で亡くなってしまった方の言葉を、職員さんたちに伝えていました。

地方から来たばかりですので、被害者の方との面識はありませんわ」

「ほぉ…。そうなのですかな?」

「これ、新幹線のチケットですわ。で、こちらがタクシーの領収書。本日の日付で、金額も駅からここまでの料金でしょう?

…まさか来て三十分ほどでご遺体を見る羽目になるとは思いませんでしたが」

 

イタコは一通り自身の無実を証明すると、ふぅ、と息を吐く。

隠してはいるが、本来ずぼらな彼女がここまで周到に証拠を用意したのには、訳がある。

ただ単に、殺人事件に遭遇した挙句の誤認逮捕を免れたかったのだ。

記録の塊と揶揄されるコウから、「出来る限り自分の動向は記録しておけ」と口酸っぱく言われ、領収書やらチケットやらを破棄せずに保管。

それが功を奏して、イタコは即座に容疑者から外れることとなった。

 

「…逆に怪しいですな」

「ちゅわっ!?」

 

しかし、そこまで周到に用意すれば、疑われるのは必然なわけで。

小五郎の言葉に、イタコはびくりと肩を震わせ、目を白黒させた。

 

「そもそもイタコという時点で怪しい」

「事件に関係ありませんわよ!?本当にこの人大丈夫なんですの!?」

 

ごもっともである。

そもそもの話、これは刺殺なのだ。凍死にあるはずの特徴は出ず、かと言って他に現場足りうる場所があるわけでもない。つまり…。

 

「…こほん。そもそもの話、刺すには近づく必要がありますわ。

冷蔵施設は食品会社の要とも呼べる場所。

無論、関係者以外の立ち入りは禁じられており、厳重なセキュリティに守られた場所ですのよ?私は来賓とはいえ、部外者。現場に立ち入れる筈もありません。

現に私の痕跡は、この場にないでしょう?

私の職が怪しいと思うのは勝手ですが、事件とは関係ない理由で疑われても困りますわ」

「うぐっ…」

(よ、容赦ねー…)

 

言葉のマシンガンに、ものの見事に撃沈する小五郎。

小五郎に疑われた手合いは、大半が詰め寄られて慌てるのだが、イタコは違った。

容疑者の中に入れられたのも、現場の入り口近くにある部屋で仕事をこなしていただけなのだ。冷蔵施設にある空調が効いた部屋には入っていない。

「やましいことがあれど、緊急時は開けっ広げにしろ」。コウからのアドバイスが立て続けに役に立っているのには複雑な心境だが、疑いの目が晴れるならば仕方ない。

因みに、これを真に受けたある女性は、事件に遭遇した際に、アリバイ証明のため、臆面もなく下ネタを放ったらしい。別の意味で白い目で見られた。

 

「私、次の仕事がありますの。

容疑者から外れたのなら、ここから去っても問題ありませんわね?」

「あ、いやっ。その、解決するまでは、まだ疑いが晴れたわけでは…」

「………故郷が恋しい」

 

故郷ならば、亡くなった方の霊を降ろせば即解決なのだが。

東都では通用しない、と親に耳にタコが出来るほどに聞かされていなければ、実行に移している。

イタコは心底面倒そうにため息を吐いた。

 

彼女の死生観は、少し特殊だ。昔から「見える」体質であり、死と生の境界が曖昧だった彼女。

普通であれば、吐き気を催すような凄惨な死に様さえ、彼女にとっては日常の一部。

 

何故なら、「死んだ時の損傷は、そのまま霊体に反映される」のだから。

 

今なお、死んだ人間の霊が、彼女には見えている。自分の死体を見て、狼狽えているという、事件現場で実によく見る光景が。

 

子供や小五郎が事件を捜査する姿を、霊と共に見守る。

霊は自分が死んだことを比較的すぐに自覚したのか、狼狽えた時間は、十分にも満たなかった。

と。そこでイタコは異様な光景を見る。

 

(…あれ?普通ならば殺された霊は、怨恨に呑まれ、悪霊まっしぐらなのですけど…)

 

先程、満足させて祓った霊もそうだった。

まだ知性が残っていたから良かったものの、殺され方が凄惨であればあるほどに、怨恨に呑まれ、知性のかけらもない畜生に落ちてしまう霊は多く居る。

 

特に、トロピカルランドとかいう遊園地は酷かった。元は、首を切られた男の霊だったのだろう。切られた首から、異形の首が生えていた。

人を引き込む結界があったものの、ついなが祓ってくれたのは、記憶に新しい。

米花町、並びに隣町の杯戸町は、悪霊の温床だ。祓う力を持つ者の中でも絶大な力を持つついなと、霊媒師の中でも豊富な経験と力を持つイタコ。この二人のみが派遣されたのは、必然だと言えた。

 

閑話休題すると、この死に方で悪霊とならないのは、まずあり得ないのだ。

イタコは死にたてホヤホヤの死体から、抜け出た霊が悪霊となる過程を知っている。

殺されたと自覚した瞬間に、霊は悪霊と化すのが必然。それが、当たり前である。

となれば、考えられる可能性は一つ。

 

「…自殺、ですわね」

「えっ…?」

 

満足の行く死に方。不謹慎かもしれないが、この死に方ならば確実に自殺だ。

他殺だとすれば、なにかしら納得のいく最期であるならば、悪霊とはならない。でなければ、戦が起きている時点で、世界は霊に侵食されている。あの手合いで死んだ人間は、「死んでも仕方がない、自分は精一杯やった」と諦めに似た満足を感じているからだ。

現代社会で、納得のいく最期を他殺により迎えられる人間は、殆どいない。誰かを守っての最後ならまだしも、それならば生き延びた目撃者がいるはずなのだ。

 

「適当こいてんじゃねーぞ、このシロートめ。幽霊にお話でも聞いてんのか?証拠にならねーんだよそんなの」

「証拠にならないのは確かですわね。

ですから、話半分に聞いていただいて結構ですわ」

 

小五郎の呆れた言葉に、イタコは淡々と返す。

彼女の故郷では、その力を証拠の一つとしてカウントすることは、珍しくない。証拠と言っても物的なものではなく、証言の一つとして纏められるのだが。

無論、被害者に直に話を聞く分、物的証拠のヒントになりうる情報が転がっているのだ。

時間は有限。イタコは事件解決のため、死体の前にいる霊の記憶を覗き見る。

 

「……この会社、労働基準法の違反を長年にわたって行なっていますわね?」

「「なっ…!?」」

「証拠は…この方のロッカー。

鞄の中にある鍵つきの箱の中に、USBメモリが入ってますわ。鍵はご遺体のパンツの中にありますわよ」

「………ほ、本当だ…」

 

本当に、パンツの中から鍵が出てきた。

コナンは思わず、イタコの方を見上げる。

彼女の纏う雰囲気。黒の組織と呼ばれる犯罪組織のメンバーよりも色濃い、有無を言わさない迫力。

言霊と言って、放つ言葉には霊が宿るという考え方が、日本にはある。もし、彼女が本当のイタコならば、その力を存分に奮っているのではないか。そう思わせるほどには、彼女の言葉には逆らえない圧があった。

 

「ど、どうだった…?」

「本当に、ありました…」

「…で、社長さんには労働基準局のお偉い方と繋がりがあるのでしょう?

名前は…新田幸雄さんと言う方ですわ。不正の証拠は…数年前に亡くなった方のデスク。今は吉村さんという方のデスクですわね。

そこの二段目の棚に特殊構造となっている場所があって、USBメモリが隠されています」

「今すぐ確認しろ!!」

 

数分経っただろうか。

場にいた警官が確認したところ、言われた場所にUSBメモリが隠されていた。

中を開くと、こちらも証拠が残っている。

全員がたじろぐ中、イタコはなおも続けた。

 

「数年前に亡くなった…いや。『殺された』方。…死因は凍死で、空調部屋にある開閉装置の故障によって閉じ込められた末の死と見られていましたが、違いますわ。

開閉装置の故障は…誤魔化されていますが、本来は殴打によるものでしょう?そちらの方の業者も、金で買収したそうですわね。

証拠は全て、今回亡くなった方のUSBに入っています。勿論、内部の監視カメラの映像さえも」

 

出鱈目だ、とは言えなかった。

一応、証言ではあるのだ。警察が恐る恐る調べたところ、イタコの言うことは全てにおいて当たっていた。

自殺だという証拠も出た。どうやら、普通に訴えても揉み消されるのがオチだと思い、命を犠牲に会社を変えようとしたらしい。

社長はまだ時効では無かったため、即座に逮捕され、連行されていった。

 

「ご、ご協力、感謝します…」

「いえ、ここの霊を満足させて祓うのが、今回の仕事でしたので」

 

あまりに現実離れした事件解決に、皆が目を丸くする。

イタコは本来、こういった大それたことをしない。しかし、今回は米花町という悪霊の巣窟で起きた出来事。

霊同士が融合し、より事態が悪化することもあり得る。イタコは数年前の悪霊と、今回の霊を満足させるために、事件解決に力を奮ったに過ぎない。

 

「…ああ、マスコミ方に公表はしないでいただけるとありがたいです。

霊が関係する事象は、一度縁が出来ると、取り返しのつかない事態にも結びつきます。

ただ知るだけでも危険極まりない…。そんな世界ですので」

 

彼女はそれだけ言うと、一礼し、その場を去っていく。

放心していたコナンは、慌てて気を取り直すと、イタコに駆け寄った。

 

「ねぇ、お姉さん!!」

「ぢゅわっ!?」

 

その声に驚いたイタコが、派手に転び、壁に激突する。

なんともしまらない姿である。本当に、先程の淡々とした振る舞いを見せた女性と同一人物なのだろうか。

たんこぶが出来ていないか、確認するために頭をさするイタコ。

それに対し、コナンは頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい…。ビックリさせた?」

「ええ…。お恥ずかしい話ですが….、その、霊害には強いのですけど、ドッキリとかには弱いので…」

「こら、コナンくん!ダメじゃない、ビックリさせちゃ!

その、大丈夫ですか?」

「こぶにはなっていませんわ…」

 

いたた、と呟きながら、イタコはなんとか立ち上がる。

一度体勢を崩せば、大変動き辛そうな着物ではあるが、イタコは慣れているのか、即座に立ち上がった。

その際に埃が付着したらしく、イタコは着物を撫でるように叩いた。

 

「…で、どうかしましたの?えぇっと…、確か、キッドキラーの子でしたわよね?」

「えっ?僕のこと、知ってるの?」

「ええ。この町を調べていれば、嫌でも名前が出ますわよ」

 

ほら、と携帯を取り出し、画面をコナンに見せるイタコ。

確かに、キッドキラーとしての自分の記事が載っている。怪盗キッドや、それに真っ向から喧嘩を売る鈴木財閥の知名度と合わせて、自身の存在もかなり認知されているようだ。

 

「それで、私に何を聞きたいんですの?」

「あっ、そうだ!お姉さん、なんで死体のちょっと上を見てたの?」

「……?この歳の子は、まだ見える頃だと思うのですけど…。

…遠目からでも薄々わかっていましたが、やはり魂がおかしいですわね。体に見合わないような…。まるで、体だけ縮め…」

「僕イタコさんのお仕事のこと聞いてみたいなぁ!!」

 

あっぶねぇ。イタコって、そんなこともわかるのか。

普段ならば、科学で証明されていないことには否定的なコナンも、今回ばかりは「霊的事象」に納得しつつあった。

先程のイタコの目線。死体ではなく、そのそばに立つ誰かを見るかのような、そんな視線。その視線を逸らした途端、よく知りもしない会社の内部事情を、恐ろしいまでに的確に当ててみせた。

 

あらかじめ知っていた、と言えることが出来たなら、コナンも即座に納得していたはず。

しかし、彼女は先日、東北から訪れたばかりの女性。今回訪れた会社は、そんな片田舎の女性が内部事情を知る可能性など、万に一つもない。

知り合いがいたとして、何故、誰も気づかなかったUSBメモリの場所を当てられたのか、と言う疑問が出てくる。

それらを加味すると、「死者の声を聞いている」というのが、最も納得できた。

イタコは暫し唸ったのち、手短に伝えるべく、言葉を選んだ。

 

「手短に言うと、霊と生者の仲介役…って分かるかしら?」

「うん」

「あら、賢いですわね。…まぁ、そんなところですわ。

教えるのはこれだけ。これ以上は…知らないことが望ましいですわよ」

 

────知った瞬間、気が触れるかも知れませんから。

 

これが江戸川コナンと、東北イタコの邂逅。

米花町を取り巻く陰謀と、その裏で育つモノを巡る、戦いの始まりだった。

 

「…あの、イタコさん。そっち、男用の更衣室ですよ?」

「ぢゅわっ!?」




東北イタコ…我らがクソガキ、東北きりたんと、我らがずんだ狂い、東北ずん子の姉。名前の通りイタコ。見える人には彼女のキツネ耳がガッツリ見える。カッコつけて帰ろうとしたら、男子更衣室に入ってしまった。蘭に指摘されるまで気づかなかった。

役ついな…本名は如月ついな。宮仕え。鬼の力を持って悪鬼羅刹を撃滅する方相氏。デコピンで家屋を吹き飛ばしたことがある。
実は日本の平和を守ってるスーパー中学生。米花町行きは盛大に泣き叫びながら駄々をこねて反対したものの、棄却された。

水奈瀬コウ…前作の「そうだ、先生になろう」の主人公と同一人物。並行世界の人間といった方が正しい。出番はもうない。

下ネタを大声で叫んだ子…エビフライ大好き。せやな。昨晩何してたと聞かれて「AV見ながらフルパワー072してた」と馬鹿正直に答えた。なんならドン引きするレベルでどぎついタイトルまで読み上げた。居合わせた関西弁探偵が顔真っ赤にして叱った。


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荷解きすら出来ない町

ついなちゃん、公式設定じゃビームとか出すんだって。


「今日からここが、私たちの家ですわ」

 

二日後。二日酔いでノックアウトしていたイタコが復活し、一日遅れで入居した新居。

一軒家で、見てくれこそ綺麗にまとまっているものの、二人からすれば、恐怖の家以外の何者でもなかった。

 

「はぁあ…。やっぱ事故物件なんやなぁ」

「そりゃあ、ねぇ…。無事故物件は、家賃の桁が違いましたわよ」

 

米花町には、無事故物件はほぼない。毎日何かしらの事件が巻き起こる魔窟だ。誰かの血を吸っていない床を見つけることですら困難だろう。

無事故物件があったとして、なんの不安要素もない物件には、その希少性と精神的安寧に見合った家賃を払わなくてはならない。そんな財力は、イタコとついなには無かった。

国からの補助という抜け道もあるにはあったが、自身の住居を整えるためだけに、そこまでしてもらうのは気が引ける。

結果。二人は事故物件で、それなりに広い一軒家を選んだのだ。

 

「…住めば、問答無用で殺しにくるタイプですわね。狐のいい餌になるかしら?」

「なんでもええわ。早よ祓って荷解きせな」

 

二人が引っ越して早々始めたのは、荷解きではなく、除霊だった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「はぁあ!?え、えん、え…、役ついなが米花に!?」

「は、はい。失礼のないようにと…」

 

その頃、警視庁のとある一室にて。

安室透…もとい、本名『降谷零』は、盛大に椅子からひっくり返っていた。

彼が所属する公安警察は、影ながら日本を守る機関である。降谷はそこに所属していることに誇りを持ち、真摯に任務に取り組んでいる。

方相氏も、陰ながら日本の平穏を守っている、という点では同じだろう。年に一度の行事、『追儺』を行うことで、日本全土に眠る災厄を追い払っている。

 

では、この二つの職には、何の繋がりがあるか。それは、公安が取り扱う事件の一つにある。

 

公安が扱う事件は、表立っての捜査ができない事件が殆ど。今降谷が行っている、通称「黒の組織」への潜入もその一例である。

それとは別に、公安警察は「霊的事象が引き起こした事件」も捜査している。しかし、公安警察でそう言った事象に対抗出来得る人材は、そうそうおらず。居ても、そこらの地縛霊を祓うくらいで精一杯という体たらく。結果、事件の場所のみを突き止め、あとは外注で対処してもらうという手法をとっていた。

 

その中でも、多くの実績を持つのが、役ついなであった。

方相氏の中で一線を画す力を有し、中学生ながらに、さまざまな霊的事象を解決に導き。更には、皇室直属というオプションまで付いていて、公安警察は完全に、彼女に頭が上がらないのだ。

…まぁ、その権力を笠に着て、好き勝手振る舞うような少女でもないのだが。

 

しかし、これまで何度も助けてもらった立場の降谷たちからすれば、この来訪はたまったものではなかった。

例えるなら、他社の社長が、いきなり自分の会社の視察に来たような緊張感が、降谷と部下の風見を支配する。

 

「何故…、米花に来たか、知ってるか?」

「……公安にも任せられない仕事だと」

「関わり合いにならないことを祈ろうそうしよう」

「…ですね」

 

触らぬ神に祟りなし。公安に詳細を知らせない仕事ということは、絶対にロクでもない霊的事象が関わっている。

二人の長年にわたる公安勤めで培われた勘が、嫌というほど警鐘を鳴らしていた。

 

そんな祈りなど、米花町にいる時点で無意味なのだが。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……なーんで、スーパーの買い出しでこんなことなるんやろなぁ」

「知りませんわ…」

 

強盗が徒党を組んでやって来た。

手には、どこで手に入れたんだとツッコミたくなる拳銃やら、対戦車用弾が装填されたランチャーが握られている。

ついなたちからすれば、豆鉄砲もいい所なのだが、他者にとってはそうではない。

阿鼻叫喚に包まれる中で、犯人は「大人しくしろ」と喚き立て、天井に数個の穴を開ける。

 

「……狙うんなら銀行狙った方が、よりお金多くてええんちゃう?」

「ここら辺の銀行は毎日のように強盗が来てるせいで、警備が厳しいと聞きましたわ」

「あー…」

 

そう言えばこの間の新聞で、強盗が10億円を盗み出したと見た覚えがある。

流石にそれだけの金を盗まれては、銀行としても立つ瀬が無いのだろう。警備を厳重にするのも頷ける。

だからと言って、スーパーに拳銃やら爆発物やらを持って乗り込むのはどうかと思うが。

 

「騒ぐなよ?騒いだらぶっ殺すからな!!」

「…なんていうか、テンプレやなぁ」

「テンプレですわねぇ」

 

どうしてこうも、何かしらのトラブルが起きるのだろうか。

強盗により散乱する商品に、怯える客やスタッフ。

いかにもな状況の中、イタコは見覚えのある少年が強盗を睨み付けているのを見つける。

 

「ちゅわっ…?あの子…」

「どしたん、イタコさん?」

「あのメガネの子、先日の事件で会った子供ですわ」

「ほぉー…。おっ、神霊付きやん、珍しい」

「そこっ!!静かにしろ!!」

 

少年…コナンの物珍しさに感嘆していると、ついなのこめかみに銃があてられる。

皆が悲鳴をあげる中、ついなは何でもないように、犯人の顔を見た。

 

「んー…。加減むずいんやけどなぁ」

「何ごちゃごちゃ言って…」

 

べきゃり。

何かが潰れる音がする。コナンは遠目ながらにその光景を目の当たりにし、目を剥いた。

はらはらと落ちる、黒い金属片。中身の薬莢さえも小さく凹み、地面に落ちる。

ついなの手には、握りつぶされた銃があった。

 

(あ…っ、有り得ねぇだろ…!?)

「あんま悪いことしたらあかんで?何が見とるかわからんのやし」

「なっ、なっ…!?」

 

あり得ない。人間の握力で、あの銃が握り潰せるわけがない。

しかし、目の前の光景はありありと、「少女が銃を握り潰した」という事実だけを伝えている。

強盗たちさえも、あまりのことに唖然とする中、イタコが呆れを吐き出した。

 

「ついなちゃん。加減できてませんわ」

「あ、ほんま?…人相手にしたことないから、よぉわからんわ。取り敢えず、武器だけ壊せばええやろ」

「ランチャーはしっかりと弾頭を処理してくださいまし」

「空に投げ飛ばしゃええかな?」

「…被害が出ないように」

 

淡々とやりとりを交わすと、ついなは目についた強盗の銃を潰す。

その行為にいち早く気を取り直した強盗が、ついなに銃を放った。

 

「危な…」

「危ないから動かん方がええよ、ボク」

 

ついなはそれだけ言うと、放たれた銃弾を指で弾く。

と。ベコベコに凹んだ銃弾が、ついなを止めようと叫んだコナンの足元に転がった。

 

(おいおい、嘘だろ…)

「大丈夫やったか?」

「う、うん…」

 

別の意味で大丈夫ではない。

明らかに人間を辞めているついなに、コナンは顔をヒクヒクと引き攣らせた。

 

「…こ、これでもくらえ化け物め!!」

 

と。叫び声と共に、ランチャーが放たれる。

今度こそ危ない。潰して対応しようものなら、スーパーの一角が吹き飛ばされる。

戦車用の弾頭だ。このスーパーを崩すことくらい、わけないだろう。

コナンがその頭脳をフル回転させている間、ついなは冷静に動き始めた。

 

「よっと」

 

その動作は、まるでキャッチボールで飛んできたボールを受け止めるプロ野球選手のような、洗練された動きだった。

放たれた炸裂弾を鷲掴みにし、外へ出るついな。

そのまま綺麗なフォームで弾を投げる。

勢いで凄まじい突風が発生したものの、即座に沈黙がスーパーを支配した。

 

「ウチ、控えめにやってもこんくらいの強さなんやけど…。自首した方がええと思うで」

「「「……………はい」」」

 

次の瞬間、歓声がスーパーに轟いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「コナンくん、大丈夫だったかい!?」

「う、うん…」

 

警察が意気消沈した強盗らを連行する中、知り合いの刑事…高木渉がコナンたちに駆け寄る。

今日、コナンは隣人であり、協力者でもある阿笠博士や、隠れ蓑として通っている小学校内のグループである「少年探偵団」とスーパーに訪れていた。

そこで見かけたのは、食材の買い出しに訪れた東北イタコ。コナンはあの時から燻っていた知的好奇心が動かすままに、彼女に近づこうとした。

そのタイミングで、強盗がスーパーを占拠したのだ。

いきなり侵入した強盗に、どう対処しようかと頭を働かせていた時のことだった。

 

役ついなが、人の理から外れたとしか思えない力で、強盗を屈服させたのは。

 

コナンは知らぬことだが、役ついなが普段から相対する悪鬼羅刹は、戦車よりもはるかに強い。

そもそも、彼女が相手にする「鬼」と言うものは、人間が放つ負の気から発生し、育っていく概念的存在。イタコが悪霊と呼ぶ存在と同義なのだ。寧ろ、殺人犯が生きて尚放つ後悔の念や恨みつらみ、果ては懺悔さえも糧にするため、よりタチが悪い。

 

さらにタチが悪いのは、鬼が放つ瘴気が人に影響することだ。だからこそ、「え?そんな理由で?」という理由で殺人が発生し、また鬼が生まれ育ち、殺人が発生し…と、無限ループに陥っているのだ。

去年までは、そこまで頻繁に生まれたわけでもないのだが、今年からは何故か、マンボウかと見まごう勢いで発生している。

 

閑話休題すると、役ついなにとって、銃弾の類は雨霰にも劣る。

それよりも遥かに強く、人を堕落させる鬼を幾千と駆逐したのだ。彼女の死は、日本のただでさえ世紀末もびっくりな犯罪率が爆増することを意味する。

そのため、この件を知った公安は卒倒しそうになったのだが、それは置いておこう。

 

「今回も、君たちがなんとかしてくれたのかい?無理しちゃだめだよ」

「歩美たちじゃないよ!」

「あの姉ちゃんがやったんだぜ!」

 

てっきり、今回もコナンたちがなんとかしたのではないか、と思った高木の言葉に、少年探偵団の面々が反論する。

彼らが指差した場所には、ぺこぺこと頭を下げる目暮十三警部に、同じくおずおずと対応するついなが居た。

 

「……ああ、そういえば、今日だって言ってたっけか」

「高木刑事、お姉さんのこと知ってるの?」

 

コナンが問うと、高木は首肯した。

 

「方相氏っていう仕事をやってる子でね。

皇室…天皇さまに仕えて、日本全土の平和を願って、追儺っていう…今で言う節分に当たる儀式をしてくれてるんだ」

 

方相氏。コナンも聞いたことがある。

追儺にて鬼を追い払う役のことを言い、その歴史は長く受け継がれているという。

しかし、そんな調べれば出てくるような事実を聞きたいのではない。あわよくば、あの力の真実も知りたいところだ。

溢れ出る好奇心に逆らえず、コナンは質問を続けた。

 

「ねぇ、高木刑事。あのお姉さん、銃を握り潰しちゃったんだ。方相氏って、そんなことができる人ばかりなの?」

「え?握り潰し…?

……そうは言われても、僕は知らないなぁ…。

本人に聞けばいいんじゃない?

亡くなった先輩からは、優しい子だって聞いてるし、快く答えてくれると思うよ」

 

少々、ぶっ飛んだ情報に目を剥いたものの、高木は「自分が知らない」と言うことだけを伝え、ついなへ話を聞くことを促す。

子供たちは「はーい!」と答え、一目散についなへと駆け寄った。

コナンも慌てて追いかけて行き、その場に残されたのは、高木と阿笠、灰原の三人だけとなった。

と。阿笠が灰原の視線が、ついなの隣に立つ女性に注がれていることに気づく。

 

「…哀くん、どうしたんじゃ?」

「……博士。私、病気かしら。あの人の頭に狐の耳が生えてるのが見えるんだけど」

 

阿笠はその言葉に、女性の頭部を見る。無論、そこに耳が生えているはずもない。

首を傾げ、阿笠は「早く帰って休んだ方がいいな」と灰原に休息を促した。

 

「…珍しい子ですわね」

 

ぴょこん、と東北イタコの『狐の耳』が動いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「では、失礼いたします。

公安案件のみならず、ご迷惑をおかけいたしました」

「ええって。ここの警察は忙しそうやからな。たまには休んで羽伸ばしてぇやー」

 

事情聴取を終え、ついなは一息吐く。

水滴で濡れたペットボトルの中の炭酸飲料を飲み、糖分を補給する。

イタコもまた、ペットボトル入りの抹茶ラテをちびちびと啜り、心を落ち着けた。

 

「まさか、こないな頻度で来る思わんやん」

「宅配頼んだら途中で事故を起こして、結局は買い出しに行って事件に巻き込まれそうな町ですわよね」

「過去形でそうなんやけどな!!」

 

遠い目をしたイタコにツッコミを入れ、ついなも同じく目からハイライトを消す。

もうやだ、この町。早急に引っ越したい。

魔窟たる米花町の抱える闇は、正直なところ、今まで相手してきた鬼よりも手強かった。

 

「ねぇ、お姉さん!」

「ん?」

 

ついなががっくりと肩を落としていると、ふと声が響く。

彼女が視線を向けると、そこには四人組の少年少女が、羨望の眼差しを向けていた。

 

「あの、助けてくれてありがとう!」

「すっごく強いですね!」

「ヤイバーみてーだったぞ!」

「あんなことあったのに元気やなぁ、君ら。怪我なさそーで良かったわ。

おっ、ボクもおるんか。この子ら、ボクのお友達か?」

 

ついながコナンに視線を向け、問いかける。

コナンが頷くと共に、子供たちがこぞってついなに自己紹介を始めた。

 

「歩美たち、少年探偵団なの!」

「おう!俺たち、いくつも事件を解決してるんだぜ!」

「ほっか。せやから、こんな厄介そうな鬼連れとるんやなぁ…。

神霊でも、流石にこんな奴捌くんは無理やったか」

 

ついなは言うと、彼らの背後へと手を突き出す。

彼らはその動作に首を傾げるも、次の瞬間に、体が軽くなったように感じた。

 

「あんま危ないことしたらあかんよ。特に恨み買うと悲惨やで〜?

自分で火の粉払えるよーなるまで、空手道場とか入って鍛えるとええよ」

「すごーい!体の中の病気とかが、一気に吹っ飛んじゃったみたーい!」

「本当ですね!体が風船になったみたいです!」

「今ならうな重十杯はいけるな!」

 

皆が笑い合う中、コナンは先程の動作に関して、疑問を抱いていた。

しかし、どこまで行っても推察の域を出ない推理は、妄想と変わらない。

コナンは満足いく答えの出ない疑問をぶった切り、ついなに続けて問おうと口を開く。

 

「ついなちゃん。新しくお仕事が入りましたわ。…お急ぎで」

「え゛」

 

と。イタコの言葉によって、ついなの体が硬直した。

 

「ショックなのは分かりますが、お国からの命令ですわよ?」

「……だぁああもぉおお荷解きすら出来へんやんけどないなっとんねんこの町はァ!!」

 

ごもっともである。

結局。彼女らが荷解きを終えるのは、引っ越して二週間後のことだった。




トリプルフェイスさん…新人時代に友人諸共、とんでもない霊的事象に巻き込まれて死ぬほど怖い目に遭った。正確に言えば、メリーさんと口裂け女に同時に追いかけ回された。ついなちゃんが跡形もなく吹き飛ばしたため、なんとか生き残れた。
愛する母国に掃いて捨てるほどいるめちゃ怖幽霊とかと比べたら、黒の組織なんざ屁でもねぇわ!!

トリプルフェイスの部下…新人時代、興味本位で百物語をやってみたところ、マジでやばい鬼を引き寄せてしまった。たまたま居合わせたついなちゃんママンが吹っ飛ばした。昔は心底霊的事象ナメてたが、今や「心霊怖い」になってしまった人。


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爆発が日常に溶け込んでるとかどういう町ですの!?

イタコさんの口が非常に悪いです。
今回、初めて事件を作ってみました。
正直、解決メインでやってるわけではないので、初心者も良いところなガバたくさんの物だと思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。

追記…ガバを発見したので修正しました。


「ここかぁ、コナンの坊っちゃんが言うとったポアロっちゅうのは」

「探偵事務所の下にあって、『ポアロ』なんですのね。

…なんというか、この町、探偵由来の名前が多い気がしますわ」

 

二週間後。事件に巻き込まれたり、散々疑われたりしながら依頼をこなし、ようやく訪れた休息の時。二人は空いた腹を埋めるために、コナンによって紹介された喫茶店『ポアロ』へと足を運んでいた。

なんでも、ハムサンドが絶品らしい。スイーツに舌鼓を打つのが無難なのだろうが、あいにく二人とも洋菓子の類は、あまり得意とは言えなかった。

二人は期待を胸に、喫茶店の扉をゆっくりと開く。昼より少し前の時間帯ということもあってか、人は疎らで、席もちらほらと空きが見える。

と。褐色肌が眩しい金髪の店員が、イタコたちを見つけて声を張り上げた。

 

「いらっしゃいま、せ…ぇえええ゛っ!?」

 

次の瞬間には、派手にすっ転んでいた。

イタコとついなが慌てて駆け寄ろうとすると、同じく従業員の一人であろう少女が、転けた青年へと駆け寄った。

 

「あ、安室さん!?どうしたんですか急にすっ転んで!?」

「い、いえ…、その、バランスを崩しただけなので…」

「………ぁん?」

 

と。ここでついなは、安室と呼ばれた男に、見覚えがあることに気づく。

おかしい。以前会った時は、確か公安警察の一員で、降谷という名前だったはずだ。別人か、とも思ったが、それにしては似過ぎている気がする。

潜入捜査でもしてるのだろうか、と思いつつ、ついなたちは案内されるがままに席へと着いた。

 

「…ついなちゃん、知り合いですの?」

「確か、公安の人やったと思うで。

…そん時は降谷っちゅう名前やったんやけど、安室って名乗っとるちゅうことは、潜入捜査でもしとんのちゃう?」

「公安の方ですか…。あら?守護霊が五人もいますわね」

「愛されてたんやろうなぁ」

 

他愛もない会話…安室本人からすれば、とんでもない内容だが…を交わしながら、メニュー表に目を通す二人。

おすすめ欄には、ハムサンドとコーヒーが並んだ写真が貼り付けてある。写りがいい。写真から匂いが漂ってくるようだ。

二人してハムサンドを頼むことを即決し、女性店員に話しかけた。

 

「姉ちゃん、注文ええか?」

「はい」

「ハムサンドのランチセットを二つ。

私はアップルティーを、ついなちゃんは…」

「ウチもおんなじので」

「はい。ハムサンドのランチセット、ドリンクはアップルティーが二つですね。

少々お待ちください」

 

女性店員が「安室さーん」と、未だに引き攣った顔をする青年に声をかける。

どうやら、先ほどの話を聞いていたようだ。

しかし、イタコとついなは、久々に気を落ち着けることが出来る時間を堪能しており、その様子に気づかない。

と。そこへ、昼食を摂りにきたコナンと毛利親子が入店した。

 

「いらっしゃいませ、毛利先生」

「おーう…って、なんか顔色ワリーぞ?」

 

顔色が悪くなる原因がそこに居るからだ。

安室は内心ヤケ気味に愚痴ると、横目でついなを見る。

ついなと共に来た女性…イタコのことは全くもって知らないが、彼女と居る以上、協力者だと考えるのが妥当だろう。万が一にでも失礼があってはならない。

あの地獄の訓練を思い出せ。ボロを出せば物理的にも社会的にもクビが飛ぶぞ。

平静を装うために、なんとか呼吸を整える安室。

しかし、彼の平静をぶち壊すように、コナンが声を上げた。

 

「あーっ!イタコさんについな姉ちゃん!」

「お、コナンの坊っちゃんかー。

そういや、2階の探偵事務所で暮らしとる言うとったな」

 

最悪だ。優秀な協力者ではあるが、今だけは大人しくしておいてほしかった。霊的事象において、「好奇心」は即死ワードなんだ。

安室は震えようとする体を抑え、なんとかアップルティーを注いだ。

 

「安室さん、どうしたの?笑顔がぎこちないけど…」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと、窓に大きな虫が貼り付いていたのが見えただけで…」

 

長袖でよかった。半袖だったら、血管が千切れんばかりに浮き出た手が露出するところだった。

女性店員が安室の言葉に、「えっ!?」と慌てるも、すでに飛び立ったと言う体で説明し、恐怖心を和らげる。

ある程度落ち着いて、安室はハムサンド作りに取り掛かりながら、耳を傾けた。

 

「巫女というのは、実は科学でも立証されつつある存在ですのよ?

例えば、琉球神道にはユタという民間人向けの巫女様が多数いらっしゃいますわ。素養ある民間の方が覚醒の儀式を経て、新たなユタとなるのですが…。

覚醒の儀式の際、脳医学者が脳波の測定を行ったデータが存在してるのです。そこには未だに解明しきれない、謎の脳波が出たそうですわよ」

「へぇー…。物知りですね、イタコさん」

「ローカルテレビで放映されている程度の浅知恵ですわ」

 

安室も、その知識は少し齧ったことがある。

黒の組織で研究している、脳医学に関するデータで、心霊関連のものも多数あった。…まぁ、その研究者は揃いも揃って、謎の変死を遂げたのだが…。

 

「イタコさん、大学生なの?」

「いえ、社会人…というのも微妙ですわね。神職に就いてはいますけど。

妹たちは大学に行く予定ですわよ。上の方が、蘭さんと同い年で…、下の方が歩美ちゃんたちよりちょっと上ですわね。生意気盛りの五年生ですわ」

「妹さん居るんですか。会ってみたいです」

「ちゅわー…。1ヶ月のおやつが全部ずんだ餅になっていいなら、呼びますけど…」

「「「え?」」」

 

(なんだその斜め上過ぎる恐怖映像!?どんな教育受けたらそんな量のずんだ餅を人に食わせようと思うんだ!?食べ終わる頃には肌が鮮やかな緑色になるわ!!)

「お待たせしましたー」

 

安室が怒涛のツッコミを内心で吐き捨て、出来上がったランチセットを二人の座るテーブルへと置く。

どうやら、イタコたちはコナンたちと相席することにしたようだ。

同じ席に座り、談笑を交わすくらいにはこの町に馴染んでいる。

 

「あら、美味しい」

「ほんまや。…兄ちゃん、こんな特技あったんやなぁ」

「あ、あはは…」

「え?なに?知り合い?」

 

やばい。公安ってバレそう。

安室は冷や汗を流しながら、なんとかこの場を切り抜ける術を模索する。

コナンはなんとなく、安室が気疲れしていることに気づき、合掌した。

 

(安室さん、強く生きてくれ…)

 

結局。なんとかバレずに済んだが、あまりに疲れた顔をしていたため、組織からも公安からも、果てはポアロからも三日間の休みを貰うことになったという。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…もうここ封鎖した方がええと思うんや、ウチ。遷都しよてお国に言おうな。

大阪とかどうやろ」

「大阪もどっこいって聞きましたわよ。なんでも米花生まれの鬼が渡ってくるとかで」

「もぉ嫌やウチおうち帰るぅう!!」

「おうち此処ですわよ」

「知ってたぁ!!」

 

役ついな、14歳。現在ガチ泣き中である。

わんわんと泣く彼女を宥めながら、イタコは今回の被害者を見る。

被害者。それはよりにもよって、イタコたちの自宅前で爆発した車の中に居たという老父だった。

車が爆発するという異常事態にも関わらず、テキパキと作業をこなし、野次馬もそこまで居ないのが逆に怖い。

その老父も完全に悪霊と化しており、下手したらここいらにいる人間ごと引き込みそうだったので、ついなが早急に祓っておいた。

 

「えぇっと…、この家の家主は…」

「私たちですわ、目暮警部」

 

捜査に取り組む目暮に、挨拶を済ませるイタコ。頻繁に起きる事件のせいで、すっかり顔馴染みになってしまった。

目暮はイタコの声に気づくと、軽く会釈した。

 

「おや、東北さん。これはどうも」

「…酷いですわね。車の爆発事故…と言うわけではないのでしょう?」

「いえ、まだ判別はできていない状況です」

 

また爆発か、と愚痴る目暮警部。

そこまで辟易するような頻度で爆発が起きる町ってなんだ。バラバラになった車の破片を、科学捜査をする訳でもなく即座に判別できるくらいには慣れてるのか。

そんなことを思いながら、イタコは目暮に事情聴取を受けた。

 

「先ほどまで、ポアロで昼食を摂っていましたわ。これ、レシートです」

「ふむ…。では、この老人と、何かしらの関係はありますかな?」

「いえ…。お顔も初めて見ましたわ。

名前も、もちろん知りません」

 

イタコは言うと、ふと思い出したように付け足した。

 

「…大家なら知ってるかと思いますわ。

すぐに呼びます。彼女、年がら年中暇を持て余してるので。

少々、風貌に面食らうかもしれませんが、気にしないでいただけると」

「頼みます」

 

イタコは辟易しながら、携帯を耳に当てた。

暫くコール音が響いたのち、大家である少女…いや、童女の声が響く。

 

『はいはい、何かな?』

「ちょっと、貴女が用意してくれた家に来てくれませんか?

その…、家の前で車が爆発したらしくて。

被害者の方に見覚えがないか、確認しに来て貰えませんか?」

『あー…、なんだ、いつものことか』

「車の爆発なんて滅多に起きませんわよいつものこと扱いしないでくださいまし!!」

『この町に住めば嫌でもそう思うよ。すぐに行くから、ちょっと待ってて』

 

イタコは知らないが、米花町では爆発は春の季語としてカウントされつつあるらしい。

麻痺した感覚にツッコミを入れた後、イタコは通話を切り、携帯を仕舞った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

数分後。コナンたちも駆けつけ、事件の捜査を行なっている中。

容疑者すら浮上しない中で、使い古されたであろう、レトロというには情緒のかけらもない古さあふれる車が、現場前に駐車される。

高木刑事がその侵入を止めようと足を運ぶも、イタコにより制された。

 

「大丈夫ですわ。先ほど話した大家さんところの車です」

「ああ…」

 

高木が下がるや否や、一人の男性が運転席から降りてくる。

それに続くように、ロリポップを口に含んだ童女が車から降りた。

 

「やっほ、お待たせ」

「あら、タカハシも居たんですの?お呼びでないんでさっさと帰ってくださいまし」

「ここまで運転してきたの俺なのに!?」

「タカハシ、ハウス」

「お嬢!?」

 

恒例となったいじりを一通り終えると、童女が高木へと歩み寄る。

その手には、一眼で数えきれない程のロリポップが入った袋が握られており、それを高木へと差し出した。

 

「刑事さん方、お疲れ様。コレ、アイからの差し入れだよ。

いろんな味があるから、皆で分けてね」

「あ、ありがとう。そっちの男の人が大家さんかな?」

 

高木刑事が笑顔でそれを受け取り、大家だと目星を付けた男性へと視線を向ける。

それに気づいた男性は、首を横に振った。

 

「大家は俺じゃなくて、お嬢」

「……………………え゛!?」

 

高木刑事の喉奥から、妙な声が放たれる。

ロリポップを咥え、ぬいぐるみを抱えている、どこからみてもコナンくらいの童女。

こんな童女が、この家の大家とはどういうことだろうか。

高木刑事がそんなことを思っていると、アイがぺこりと頭を下げた。

 

「どーも、大家の月読アイだよー。

爆発して死んだって言うお爺さんの写真ってあるかな?」

「…あ、えっと、これ…」

 

不思議な雰囲気を纏う童女…月読アイが、高木刑事から写真を受け取る。

恰幅のいい、少しキツい印象を受ける老父。

その風貌を確認すると、アイは納得したように頷いた。

 

「やっぱり殺されちゃったかー」

「…この人のこと、知ってるのかい?」

 

殺されたことに驚きもせず、小さくため息を吐くアイ。

高木刑事が優しく聞くと、アイは軽く頷いた。

 

「アイの将棋仲間でね。貯金が目標まで溜まりきったって自慢してたよ。

名前は萩尾虎座右衛門。今日、そこの喫茶店で会う約束をしてたんだ。

車は此間、ウチでメンテしたばっか。だから、事故の線は有り得ないんだよね。

殺された理由は…多分、貯金してたお金だと思うな。億は超えてるらしいから」

「おっ…!?」

 

億越えの遺産。それを聞いた目暮警部、及び小五郎の目が変わる。

アイはと言うと、そのまま被害者の人物像について語り始めた。

 

「恨まれるようなことして、お金稼ぎはしてなかったよ。普通にコツコツ働いて、漸く貯まったんだって。

で、この貯金のことを知ってるのは、私を除外すれば、家族だけらしいよ?」

「「今すぐ呼べ!!」」

 

目暮警部、小五郎が叫ぶと共に、警官たちが動き始める。

捜査に動きが出た直後、アイは役目は終わったとばかりに踵を返した。

 

「帰ろっか、タカハシ。飴ちゃんなくなっちゃった」

「虫歯になるぞ、お嬢。その歳で虫歯は後に響く」

「どの歳でも響かんか?」

「お嬢はまだ永久歯が生えてないからな。これから形成される永久歯に響くんだ。

ついな嬢もまだ生え揃ってないんだから、気をつけろよー」

 

皆が談笑を交わしている中、コナンが手持ち無沙汰だったイタコに駆け寄る。

 

「ねぇ、イタコさん」

「コナンくん、どうしたんですの?」

「あの女の子と男の人、誰?」

「女の子の方は大家で、男はその舎弟ですわ。舎弟の方は認識しなくて結構」

 

なんて酷い扱いなんだ。

人畜無害そうなイタコからこんな扱いを受ける人間が居るのか、と思いつつ、男へと視線を向ける。

男はと言うと、下手な芝居でよく見るような、泣き崩れる仕草をする。

 

「イタコ嬢、そろそろ俺泣くよ?いいの?いい歳した男のガチ泣き見ることになるけど」

「生き恥が恥の上塗りしたところで、罪悪感なんて感じませんわ」

「酷いっ!アタイの存在ってこんなに軽いのねっ!」

 

イタコが男に向けたのは、道端のゴミを見る目だった。

慈悲深い性格の彼女にここまで嫌われるとは、どんな人間なのだろうか。

コナンがヒクヒクと顔を引き攣らせていると、男は立ち上がり、なんでも無いようなケロッとした顔を浮かべた。

 

「で、イタコ嬢。今回逝っちゃった爺さんはちゃんと祓ったのか?」

「…タカハシ。そのデリカシーの無ささえ治せば、人扱いしますわよ」

「無理だな。ペットの躾すらできないイタコ嬢の耳が取れないみたいに」

「一言多いわ枝豆と一緒に茹でて摺り下ろしたろかお゛おん?」

 

なるほど、嫌われるわけだ。

飄々とした態度に、余計な一言。

この米花町で真っ先に殺される人間ランキング堂々の一位だろう。

しかし、気になるのは最後の言葉。

イタコがペットを飼っているという話は聞いたことがない。

コナンは捜査を横目で見ながら、目の据わったイタコに問うた。

 

「イタコさんって、ペット飼ってるの?」

「ん?ああ、飼って…」

「タカハシ」

 

と、男が答えようとした時。

イタコが肩に手を置き、首を横に振った。

 

「無差別銃撃してるのと同義ですわよ。

…この町で対応できるのは、私とついなちゃんだけなのですから」

「……今のはマジで軽率でした、さーせん。

なぁ、ボク。この町のためにも、今のは忘れてくれ。な?」

 

目がマジだった。

この二週間で、霊的事象は実在していることが、薄々わかりつつあったコナン。

初めて会った時の「知るだけで危ないモノもある」と言う言葉を思い出し、冷や汗を流しながら頷いた。

 

「あ、親族が来たみたいだよ」

「…なんというか、見るからにアッパラパーな家族やなぁ」

「ドラ息子夫婦とドラ孫が居るとか言ってたよ。まさにそれだね」

「ドラ孫とかいう単語初めて聞いたわ」

 

現れたのは、アイが言うように、あからさまなファッションの男女二人と、まだ幼いながらも邪気を纏う子供。

いかにも「金持ち」と言いたげなブランド品を、組み合わせも考えずにとりあえず着こなしてみた…と言ったところだろうか。

両親の影響で、高級品慣れしたコナンからすれば、めちゃくちゃも良いところだ。

 

「あのクソジジイくたばったの?マジで?」

「漸くか。さ、ジジイの金で飯でも食うか」

「オレ、寿司がいい。回らないやつ」

 

仮にも親族が死んだ時の反応では無い。

警察もこれには面食らい、あまりの不謹慎さに怒りを滲ませる者まで現れる。

その中には、ついなも含まれていた。

 

「……なんやあいつら今すぐミンチにしたろか」

「ついな嬢が言うと冗談じゃないんだけど」

「ほっといても悪霊呼び寄せて死にますわ。

ああいう性格は、悪霊にとって絶好の餌。

それはそれはもう、夜中の蛍光灯に集る虫みたいに寄って来ますわよ」

「……対応は?」

「性格矯正として刑務所か寺にブチ込むだけで済みますわよ」

 

刑務所ってそう言う面ありますし、と付け足し、事件の行く末を見守るイタコ。

コナンは「僕行くね」と場を離れ、遺族らの話を聞きに行った。

所々、聞くに耐えない罵詈雑言や、モラルを欠いた発言が散見されたが、四人は既に気にしていなかった。

 

「……ちゅわ?」

 

と。イタコが爆発した車の側に、小さな繊維片を見つける。

もしかすれば、証拠品かも知れない。

イタコは近くに居た小五郎を呼び、落ちた繊維片を指した。

 

「この繊維片、もしかすれば証拠品かも知れませんわよ」

「ふむ…。ハンカチか何かですかな?

…焼けたというより、破けたみたいな切り口だが…」

「おじさん、見せて!」

「あっ、おい、こらっ!」

 

小五郎が叱るのを待たず、コナンが繊維片を見る。

見たところ、ハンカチだろうか。

しかし、ソレにしては手触りがやけにザラザラしている。オマケに、焦げた場所以外も、殆どどす黒く汚れている始末。

と。アイがコナンの手に持ったソレを覗き込んだ。

 

「あー…。アイがお爺さんに渡したのだね。

……でも、おかしいな?」

「どうかしたか?」

「いやね、昨日家にお邪魔した時、ソレを無くしたって言ってたんだよ。

無くさないように、厳重に保管してたって言ってたし。

アイの手縫いだから、この世に一つしかないスペシャルデザインなのに。耐火性にも優れてた代物だったのに、ここまでボロボロになるなんて…」

「…何者なんだ、この子?」

 

コナンが首を傾げると、ゲンコツがその頭に振り下ろされる。

小五郎が「邪魔すんなっつってんだろ!」と怒鳴り、その首根っこを掴んで現場から離していく。

その姿を見届けながら、アイは「あー、そゆこと」と頷いた。

 

「何か分かったんですの?」

「まーね。小さな探偵さんが解いてくれると思うよ。

今日のは割に簡単だったねぇ」

 

言うと、舐め終わったロリポップの棒を咥えるアイ。

こんな童女でさえ、事件慣れするのか。

イタコとついなは居た堪れない気持ちになり、深いため息を吐いた。

 

「…なるべく早く狐の力を解放しますわ…」

「一年ここを封鎖してくれへんか、お国に頼むわ。大丈夫。更地になる代わりに平和にはなるから」

「ついなちゃんの案はやめて欲しいかなー」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「朝からの行動?オレと嫁は今までずーっと家で酒飲んでた。小太郎も一緒に騒いでた。

アルコール反応も…ひっく。あるだろ?

ほら、これ写真な」

 

コレは酷い。

乱痴気騒ぎも良いところな惨状が、写真に写っている。

コナンは小五郎に差し出された写真を覗き込みながら、苦笑いを浮かべる。

と。写真の中に、一箇所の致命的な「証拠」を見つけた。

コナンは即座にイタコとついなの家の塀に隠れ、小五郎の首筋を腕時計型の麻酔針を射出する装置で狙い撃つ。

 

「はにゃっ!?にゃ、にゃに、にゃああ…」

「も、毛利くん!?」

 

狙い通り、塀にもたれかかる形で、ぐっすりと眠る小五郎。

コナンは蝶ネクタイ型の変声機のチャンネルを操作し、声を小五郎に変えながら推理を開始する。

 

「分かったんだよね、眠りの小五郎さん。

アイも答え合わせがしたいから、お聞かせ願えないかな?」

「ええ。今回の事件は簡単なもの。

それこそ、子供でさえも出来てしまうような内容です」

 

アイの言葉に、コナンが小五郎の声で続ける。殺害方法は割り出せたものの、実行犯が中々割り出せなかった。

しかし、先ほど見せたアリバイのための写真が、その答えを運んでくれた。

 

「まず、今回のトリックはそこまで複雑怪奇なものではありません。

ただ、排気管にガソリンを浸したハンカチを入れただけ…。

先ほど我々が見つけた繊維片は、耐火性に優れていたせいで、残ってしまったハンカチというわけです」

「成る程…!排気管の温度上昇によって発火したというわけか!!」

 

車の爆発事故の原因は、排気管等の高温となる部分に、ガソリンなどが引火して…と言ったものが殆どである。

今回の場合、事故ではなく、誰かの作為があるため、事件なのだが。

 

「仕掛けたのは、ご家族方の誰かでしょう。

動機は明白ですので、今回は除外させていただく」

「な、なんで俺たちの中の誰かだってわかるんだよ!!」

「あのハンカチはアイがお爺さんに渡した、世界に一つだけのハンカチだからね。

お爺さんはそのハンカチを厳重に保管していたと言っていた。

何処かで落とすなんてあり得ないのさ」

 

アイが言うと、被害者の家族は揃って目を剥く。

確かに、デザインはありふれているように見えたが、素材と合わせれば唯一無二の品なのだ。更に言えば、ハンカチは厳重に管理されていた。

それらを加味すると、持ち出した人間は、持ち主と関わりある人物しかいない。

 

「入れた時間は彼が出かける直前の十時頃。

ガソリンは揮発性の高い液体。乾くことを恐れたんでしょうね」

「何故、直前だと?」

「写真だよ!」

 

と、コナンが塀の奥から姿を現す。

「さっきの写真、もっかい見せて!」と夫婦に迫り、警察もじろり、と視線を向ける。

ここで証拠隠滅を図って仕舞えば、認めたようなものになる。

皆が見つめてくる状況に耐えかねた二人は、渋々と先程の写真を携帯に映した。

 

「写真を撮った時間、十時頃になってるよね?」

「ああ」

「写真にあるゴミ箱の中、よーく見て」

 

目暮が写真に映るゴミ箱をマジマジと見つめる。と、そこには、明らかに何かしらの油で光沢めいているゴム手袋があった。

 

「こ、これは…っ!?」

「ちょっ、ちょっと…」

 

目暮は引ったくるように携帯を奪い、写真をマジマジと見つめる。

容疑者が手にしていては、いつ破壊されてもおかしくない。それゆえの判断だった。

 

「ええ。ハンカチをガソリンに浸した時、使用したであろう手袋です。

雑に処理してくれたおかげで助かりました」

「今すぐに被害者の自宅へ!この手袋を回収しろ!!」

「小太郎くんの『服』も調べたほうがええと思うで」

 

ついなが言うと、コナンは目を丸くする。

服についても気づいていたが、まさか、ついなまでもが気づいていたとは。

コナンは咳払いすると、そのまま推理を続けた。

 

「ええ。小太郎くんの服の袖に触れてみてください」

「あ、ああ」

 

目暮が黒地の生地に触れると、ハンカチと同じような汚れが付着する。

匂いを嗅ぐと、車の排気管から出てくる汚れのそれと全く同じ臭いが、鼻腔を刺激した。

 

「ハンカチを仕掛けたのは、小太郎くん。君だね?」

「ばっ、そんなわけあるか!!」

「そうよ!小太郎がこんなことできるわけが…」

 

親二人が否定するも、証拠は揃っている。

コナンは淡々と、真実を解き明かしていく。

 

「袖が汚れているのが証拠ですよ。この汚れは、排気管に手を突っ込んだ時に付着したものでしょう。左側の袖はボタンが見事なまでに白いのに、右側の袖は、ボタンが芸術性のカケラもなく、ただ不潔にまだらに黒く染まっている。すぐに気づきましたよ。

ハンカチにも同じ汚れが付着していました」

「着替えなかったのは、そもそも疑われることを想定していなかったから。

ガキってのは発想力は凄いけど、自分が悪いことになるってことを一切考えないタチなクソガキも多いしね。

で、こんなに堂々と証拠品リビングのゴミ箱にぶち込んでるってことは、もしかしなくても立案君らでしょ?

このクソガキ、見るからに頭弱そーだし。ま、君らもだけど」

 

タカハシが毒を織り交ぜて詰め寄る。

被害者を殺してメリットがあるのは、この家族だけ。

実行犯は、まだ右も左も分からないような子供。教唆した人間がいると考えるのは、極々自然なことだった。

 

「撮った写真も、お酒飲んで馬鹿騒ぎしてるテンションで撮ったんだろうね。

いや怖いね、お酒って。イタコ嬢みたいに飲んでも飲まれるなってね」

「ぢゅわ゛あ゛ん…?あンのクソ教師諸共大豆畑の肥料にしたろかタカハシィ…!!」

「なんでコウがソースって分かったの?」

「あの時相席してたのクソ教師とついなちゃんしか居ないからですわよ!!」

 

二人してそんなやり取りを交わす中、認めざるを得ない状況に陥った小太郎が、叫び始めた。

 

「だって、だってパパとママが、このハンカチをあそこに入れたらゲーム買っであげるって言ゔがら゛あ゛ぁぁああ…っ!!」

「何バラしてんだクソガキぃ!!」

「この、黙りなさい!!」

 

と、二人が子供に手を上げようと、駆け寄った時だった。

ついながロリポップの棒を勢いよく投げたのは。

凄まじい勢いのソレは、アスファルトを貫き、しっかりと突き刺さる。

二人はソレに驚いてか、腰を抜かした。

 

「罪を重ねるんも大概にせぇよおどれらみたいなンせいで今日本がどンだけヤバいか分かっとんのかおぉん?」

「ついなちゃん、ストップ。

このまま行くと、ジャ○プの某サマーオイルさんみたいになりますわよ」

「……わかった」

 

意気消沈した犯人を、警察が連行していく。

その姿を見届けながら、ついなは遠い目をして呟いた。

 

「この町の教育、刑務所とか寺とかのレベルまで引き上げたらどうかと思うんやけど」

「「「それな」」」

 

その後、現れた鬼によって、ついなたちはロクに睡眠を取れなかったという。




タカハシ…ネタにされてる人。仲間内カーストの中ではぶっちぎりで最下位。余計な発言さえなかったら優秀。こんな性格のため、アイの元でしか碌に働けない。ここだけの設定で、名前は長すぎて、口頭するだけで二時間はかかるので、皆から「タカハシ」と呼ばれている。先生以外で正確に名前を覚えられたことがない。(彼は公式設定で名字の「タカハシ」以外の名前が決まっていません)

月読アイ…ミステリアス幼女。多才で多趣味。ロリポップが大好きだけど、タカハシに一日一個と決められてる(守らないが)。鈴木財閥は彼女に頭が上がらないらしい。一体何者…?

今回、初めて事件を解かせてみた。僕自身、ミステリー書くの初めてで全く勝手が分からんかったから、取り敢えず分かりやすさを優先した。すごいシンプルなのになったし、多分ガバあるけど許して欲しいです。
トリックって考えるの難しいんだな。これから鍛えてみます。

因みに、ユタ云々はマジにテレビでやってました。いつか、神様が科学的存在になる日が来るかもしれませんね。


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怪盗キッド「イヤァァァァァァァ!!穢されるゥゥゥゥゥ!!」

下ネタではありません。


「今回ばっかりはやめときなさい。いや、割とマジでやめときなさい。いや、死んでもやめときなさい」

「ど、どうしたんだよ、紅子?お前、そんな迫り方するっけ?」

 

少女…こと、小泉紅子が、普段聞かないような焦った声で、白タキシードを羽織る少年を止める。

少年の名は、黒羽快斗。

世間を騒がせる『怪盗キッド』その人であり、父の死の真相を探るために、人を不老不死にする力を有するとされるビッグジュエル…「パンドラ」と、それを狙う組織を探っている。恋に勉学に怪盗に…とまぁ、なかなかに多忙な高校二年生だ。

 

小泉紅子は、その協力者…とでも言うべき存在。赤魔術と呼ばれる西洋由来の魔術を扱う魔女であり、そういった存在にとっては魔窟である日本に住み続けている猛者。怪盗キッドとしての活動を認めている…と言うわけではないが、予言にて快斗に警告をする役目を担っている。

因みに、魔術は悪魔由来の儀式のため、方相氏は天敵である。それこそ、仲間内では『会ったら死を覚悟するか、一生を逃げながら怯えて暮らすか、魔術を捨てるかを選べ』と言われるくらいには。

 

閑話休題。

ビッグジュエルを手当たり次第に盗んでは、パンドラではない場合は返却…または、本来の持ち主に返すを繰り返している快斗。

パンドラは月に照らせば赤く輝くという特徴を持つ。それだけしか情報がなく、快斗はビッグジュエルをしらみ潰しに確認しているというわけである。

不老不死に興味があるのかと問われれば、そんなことはなく。父を葬った組織の目の前で粉々に砕くことで、組織の目的を奪うことを目的としているのだ。

 

そして今回。快斗はあるビッグジュエルに目をつけた。

その名は『月夜の涙』。月読アイが所有する、淡い紫色のアメジスト…が納められた指輪である。

 

…そう。所有者が問題なのだ。

 

世間的に認知された所有者は月読アイではあるが、本来の所有者はしがない教師。

株で儲けた金を消費するのと同時に、嫁へのプロポーズとして高そうな指輪を買ったはいいものの、嫁がそこまで高級品に興味を持たない人間だった。

見せつけるように着け歩くのも気が引けたため、仲間内で最も財力と権力を持つアイに預けることにした…というのがアイの手に『月夜の涙』が渡るまでの顛末なのだが、快斗はそれを知らない。

 

何よりまずいのは、その教師の立場である。

東北イタコ、役ついな両名も含む、約二十名ほどで構成された秘密組織『VOICE』。趣味で集まり、たまにとんでもないことをやらかす…具体的に言うとテロリストの壊滅など…大学サークルのような集まりである。

発足は凄く単純で、教師が五年に渡って担任している東北家の末妹が鶴の一声を上げ、教師に世話になった人間が集まったのだ。

 

『VOICE』は少数のため、結束力がとんでもなく強い。それこそ、誰かのピンチとなれば、SOSを発さずとも…果ては、どれだけ拒否しようが、全員が善意で圧殺するが如き勢いで助けに来るくらいには。

 

もうお分かりだろう。快斗は一部とは言え、そんな超人集団を相手にしなくてはならないのだ。

ハッキリ言えば、鈴木財閥令嬢の恋人…どう見ても人間を辞めつつある青年こと京極真の方が、まだ相手取って気が楽に思えてくるレベルである。

紅子の天敵である方相氏も、無論、駆けつけており、更にはソレすらも赤子扱いする超人が二名ほど参加している。…というより、人間ですらない。

 

予知にてその未来が見えてしまったため、紅子は持てる限りの全力で快斗を止めようとしていたのだ。

そんなことを微塵も知らない快斗は、小首を傾げながらも、着々と準備を進めている。

 

「ねぇ、ホントにやめといた方がいいって今回ばっかりは。暫くは夜中にトイレに行けなくなるレベルでトラウマになるわよ」

「夜中にホラー映画見て一人で寝れなくなるガキか俺は!?」

「もっと酷いことになるわよ。具体的に言えば嗅覚神経壊される」

「え!?何!?どう言う状況で俺そんな悲惨なことになるの!?逆に気になるわ!!」

 

怒涛の追い込みに、若干の不安と好奇心が芽生えた快斗。

これだけ言ってもやめないのだ。止めるのは無理と察した紅子は、深いため息を吐いた。

 

「忠告はしたわよ。どうなっても知らないからね」

「お、おう…。……どうしようなんか不安になってきた」

 

その不安は、きっと虫の知らせである。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「綺麗…。コレが、月夜の涙…」

「アイからしたら、綺麗なだけの指輪だけどね。アイの知ってる限りでは、コレでプロポーズする人も居たって話だよ」

 

現在、コナンたちは月読アイが所有する美術館に訪れていた。

美術館に展示された芸術品の数々に、皆が感嘆の息を吐く中。

蘭はアイと共に、ショーケースの中に飾られたアメジストが納められた指輪を見つめていた。

 

「……あれ、絶対先生の話やんな」

「…ちゅわ?そう言えば、つづみさんが来てないのは何故ですの?」

「デートやって」

 

無論、米花町に飾られると言うことは、イタコとついなも来ているわけで。

二人もまた、美術品にて目を癒しながら、雑談を交わしていた。

今回集まっているのは、イタコ、ついな、アイの三人に加えて二人…いや、『2体』。

尚、タカハシは現在、デート中の教師夫妻を揶揄おうとして、奥方の親友に折檻というのも生ぬるい罰を受けているので除外する。

 

「…で。聞きますけど、貴女たちは、なんでここに居ますの?」

「ソレは哲学的問題でしょうか?」

「ソレとも、今現在、この美術館に私たちがいる事への疑問でしょうか?」

「後者ですわよ。…わかっててかんせ…出会った当時のフリするの、性格悪いですわよ」

 

イタコとついなの両隣に佇む、少女二人。容貌は瓜二つだが、その色彩は真逆。

白をメインカラーとしてデザインされた姉のアリアルに、黒をメインカラーとしてデザインされた妹のミリアル。

 

成り立ちこそ人ではあるが、その実態は、有機生物ですらない。所謂、「アンドロイド」という存在だった。

 

「あれ?アホルーニどこ行ったん?」

「アホルーニならタカハシのアホと一緒にモアイのモノマネ大会に参加してますよ、ついな様」

「正式名称アベルーニですわよ」

「あのアホはアホルーニで充分かと」

「琴葉博士泣きますわよ」

 

今はここに居ないが、弟機として、アベルーニという青年型アンドロイドも存在する。

見事なまでにタカハシや水奈瀬コウなどの性格の悪い男性陣に影響され、とんでもない問題児になってしまった。そのため、彼を知る人間からは「アホルーニ」という愛称で呼ばれている。

 

二人が今日、この美術館に派遣されている理由は単純。

予告状を出した怪盗キッドを、二度と月読アイ周辺に近づけさせないためである。

彼女らの用途は多岐に渡る。それこそ、友達作りから兵器運用まで、かなり幅広い。霊的事象に対抗する機能さえも搭載されており、VOICE内では引っ張りだこなのだ。

 

彼女らの役目は二つ。一つは宝石の防衛。そして、もう一つは怪盗キッドにトラウマを植え付けることである。具体的には、取り敢えず思いつく限りの臭い食材をぶち込んでミキサーにかけて作った謎の液体に3ヶ月間浸した弾をガトリングで撃ちまくってトラウマにする。

考案者は指輪の持ち主である。

 

「…というのが作戦です」

「エッ…グいですわね…」

「エッ…グいなぁ…」

「今はこの小型ジュラルミンケースの中に封印しています。現物見ましたけど、頭ブッ壊れそうになりました」

「吐きかけました」

「そんなに酷いんですの!?」

「美術館でそんな最臭兵器使わなくても…」

「逃げた時に取り押さえて使う予定です」

 

なるべく、二人の正体がバレないように、言葉を選ぶイタコ。

コナンはと言うと、小五郎や中森銀三警部率いる警察と共に、怪盗キッドが寄越した予告状の暗号を解くのに夢中になっていた。

今回呼ばれたのは、コナン、小五郎、蘭に加え、鈴木園子と世良真純。園子は恋人である京極真も呼ぼうとしたのだが、「その日はテレビ番組の収録がある」とやんわりと断られた。幸い、展覧会は明後日まで続くので、次の日に合流する予定だそう。

 

鈴木園子は、特に問題ない。問題があるとすれば…。

 

「ねぇ、オーナーさん。

コナンくんたちは兎に角、なんでボクたちの他にも、高校生や中学生…果ては幼稚園児くらいの子までここに居るのかな?

今日って、怪盗キッドと対決するための場所を整えたって言ってたから、気になってさ」

 

今しがた、イタコをオーナーと勘違いして話しかけた世良真純である。

彼女は奇跡的な確率で、イタコたちとの接触がこれまで微塵も無かったため、彼女らが抱えてる秘密の危険性を全く知らない。

コナンのように、イタコやついなの能力を目の当たりにしたわけでもなく、アイの多才さを知らない彼女からすれば、当然のことであった。

また、この場にいる人間の見た目から、宝石の持ち主を完全にイタコと勘違いしている。

印象としては、発展途上な探偵…と言ったところだろうか。

イタコは笑みを浮かべながら、淡々と答える。

 

「月夜の涙の持ち主…というか、この美術館のオーナーは、貴女の言う幼稚園児くらいの子ですわよ。

私と貴女の言う中学生の子も、キッド対策として、お呼ばれしてるだけですわ」

「オーナーの月読アイだよ。分からないことは探る姿勢、アイは好きだね。

はい、飴ちゃんあげるよ。コーヒー味」

「へ!?…あ、ありがと……って、え?え!?どういうこと!?」

 

まさか、自身の母やコナンと同じく、薬によって幼児化した人間だろうか。

そんな疑念を抱く真純だが、残念ながらアイは幼児化を一度たりとも経験していない。

後で探りを入れるか、と思いつつ、真純はアリアルとミリアルに目を向ける。

 

「じゃあ、その二人は?」

「おや、私たち疑われてますね、ミリアル」

「疑われてますね、姉様。アイ様の優秀なボディガードなのに」

「とっても優秀な警備員なのに」

「自分で言うかなぁ?まぁ、優秀なのはアイが認めるけどさ」

 

流石は双子。息ぴったりである。

…因みに。完成したのはほぼ同時であるため、どちらが上か製作者ですら判別は付かないが、雰囲気が姉らしいと言う理由だけでアリアルが姉になっている。

イタコ曰く、最近はシンギュラリティを引き起こし、魂すら取得しているらしい。神も驚きの所業である。

 

「いやぁ、誰がキッドか分からないからさ」

「まだ侵入してませんわよ」

「……へぇ?それまたなんで分かるの?」

 

イタコが告げると共に、目を細める真純。

ソレも無理はない。イタコはキッドからの暗号の解読に付き合っていたわけでもなく、ただ美術品を眺めていただけなのだ。

ソレなのに、どうして分かるのだろうか。

真純は、疑いの目をイタコに向ける。

 

「魂が体に釣り合ってる人ばかりですもの。いやでもわかりますわ」

「……………えっ…と、え?」

 

しかし、その疑いは一瞬で吹き飛んだ。

コナンであれば、「あ、イタコさん本物だ」と判断するのだが、そんなことを知らない真純は、パチクリと目を丸くした。

 

「イタコさんは、コナンくんみたいに体と魂が釣り合ってへん人がおらんから、まだやと思うでって言うとるんやけど」

「……………………んんー…???」

 

それ、コナンくんの正体バレてない?

というか、魂と体が釣り合うってなんだ?そんなの見える器官って、人間にあったっけ?

ぐるぐると疑問が頭を駆け巡る中、アリアルが真純の肩に手を置いた。

 

「分かりやすく言うと、二人ともガチの方の巫女さんなのです。人を見分けるには、最適だと判断します。ね、ミリアル」

「そうですね、姉様」

「あー……、えっと、その………、あの……、そうなの…ね……?」

 

ガチの方の巫女ってなんだ。アレ、ガチとかあるのか。

知ってはいけないことを知ったかもしれない、と冷や汗を流す真純。

この業界は、霊的事象への対抗手段を持たぬ素人が踏み込みすぎると、漏れなく霊障で死ぬので、危険を感じた時点で手を引くことが賢明である。

 

そうこうしているうちに、暗号が解けたのだろう。警官たちがゾロゾロと配置につく。

指示を出し終えた中森警部が、アイへと駆け寄り、敬礼した。

 

「怪盗キッドが現れるのは、午後八時頃!

あと一時間後です!!」

「んー、分かった。ミリアルちゃん、アリアルちゃん、スタンバイよろしくー」

「「かしこまりました」」

 

アイは新しいロリポップの包み紙を開け、口に含む。

その口角は、弧を描いていた。

 

「今夜は鳩煮込み地獄釜仕立てだね」

「…アイちゃんって、こういう時は性格悪いですわよね」

「ウチら皆、性格悪いやろ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ひゃっはー。汚物にしてやるぜー」

「ボコボコにして真冬ジェットスキーのボードにしてやるぜー」

「抑揚のない声でンな物騒なこと言うなァあああああくッッッせェェェェェェエエエエッッ!?!?」

 

現在、怪盗キッドは猛烈に後悔していた。

トランプ銃で応戦してはいるが、正直、まだ水鉄砲の方が役に立ったと思う。

ミリアル、アリアルの二人がこれでもかとカラーボール…中身は先ほど述べた最臭兵器…を、マシンガン型の射出機で撃ちまくる。

美術館内は最早、惨状というのも生温い、屎糞所と化していた。

あまりの臭さに、既に美術館内には人はいない。

というのも、「後で消臭できるから」と好き勝手を許可したアイが、臭いでノックアウトする人間が出ないように計らったのである。

特に狐が取り憑いているイタコにとっては、地獄以外の何物でもない。

 

では、怪盗キッドはどうなのか。

侵入コースをアイに先読みされ、ミリアル、アリアルに出くわしたキッド。

女二人ならなんとかなる、と高を括ったのが運の尽き。二人が何処からか取り出したマシンガン型の射出機で、スカンクもビックリな臭さを誇る弾頭を撃ちまくったのだ。

無論、ミリアル、アリアルは臭い対策も万全で、十全に動ける。

対するキッドは、嗅覚が破壊されると言う前情報から、鼻栓は用意していたものの、ほぼ意味を成していなかった。

 

「なんだこれくっせ!?トイレの便器に頭突っ込んだ時みてェな臭いする!!」

「おらー、待て待てー」

「1ヶ月は外に出れない体にしてやるー」

「イヤァァァァァァァアアッッッ!!!穢されるゥゥゥゥゥウウウウッッッ!!!!」

 

抑揚のない声で迫る二人に、キッドは絶叫を上げた。

 

その後、なんとか逃げ切れたものの、1ヶ月は学校に行けなかったらしい。




アリアル…多機能型アンドロイド第一号。生みの親は琴葉姉妹。VOICE陣営にいろいろ吹き込まれた結果、愉快な性格になった。
普段は犯罪抑制には何が必要かを学ぶため、米花町でアイちゃん支援の元、高校生をしている。

ミリアル…多機能型アンドロイド第二号。アリアルと同じく。真っ黒なため黒の組織かと真純とコナンに疑われている。
黒の組織のことは微塵も知らない。知れば多分、今回の最臭兵器ガトリング持って本拠地に乗り込む。同じく、普段は高校生をしている。

アベルーニ…多機能型アンドロイド第三号。別名アホルーニ。男性陣の性格の悪さを学んでしまった結果、姉二人にもアホ呼ばわりされるくらい残念なことになった。今回はタカハシと一緒に、モアイのモノマネを六時間やらされた。普段は大学生をしている。

怪盗キッド…今回の被害者。1ヶ月嗅覚が破壊された挙句、染みた匂いが取れなかった。学校への代打を寺井さんに頼んだ際、あまりの臭さに顔を顰められたという。二度と月読アイの所有する宝石を狙わないと誓った。


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蜘蛛御前(前編)

コナンの酷い動機ランキング見てて「こんな話あったな」と思って書きました。蜘蛛御前が本格的に祟り神してます。

コナン未視聴者の皆様。あの話はすごくよく出来てるんだ。YouTubeのコナン公式チャンネルで出てるから、ちゃんと見てほしい。
「鳥取クモ屋敷の怪」って検索したら見れるよ。全三話だけど、この事件は全部配信してくれてるよ。
他にも色んな話が配信してるよ。流石公式さん。めっちゃ太っ腹。阿笠博士並みに太っ腹。


「祟り神、ですの?」

「なんか、とんでもないのがおんのやと」

「へぇ」

 

新幹線の中。

魔窟を一時的に抜け出せたイタコたちは、通称『シンカンセンスゴイカタイアイス』を頬張りながら、振動に揺られていた。

ちなみに、スプーンを六本ほど折っている。

 

「どんな祟り神ですの?」

「蜘蛛やと。前に自殺とか、それを模した殺人やらがあったから、死んだやつの魂食って顕現しよったんちゃうかな?

地域の伝説やと、そういうん多いし」

「殺人を起こした方は?まさか死んでませんわよね?」

「さぁな。死んでたら、封鎖せなあかんな」

 

今回、彼女らに届いた依頼は、鳥取県知事からのものであった。

どうやら、山奥の屋敷にて、不可解な惨殺事件が発生したらしい。なんでも、蜘蛛の巣のような粘性の糸に絡まり、人の皮と骨だけが残されていたそう。

その死体はまるで、人間より大きな蜘蛛に捕食されたようだった…と、発見した警官が語っていた。因みに、警官はその翌日に、同じ殺され方で亡くなっている。

 

どう考えても、その蜘蛛の仕業である。

二人はため息を吐き、七本目のスプーンでようやく削れ始めたアイスをもう一口掬った。

 

「依頼主のお子さんが、探偵さんにも依頼出したそうやで。

毛利さんとこと…、あと、西の高校生探偵とかいうの」

「んー…。まぁ、コナンくんに明確に解らせるいい機会かも知れませんわね。

あの子、マシにはなったけど、好奇心が強いきらいがあるから…」

「やなぁ」

 

そんなことを話しながら、新幹線の窓を見る二人。

鳥取に差し掛かった景色は、二人の目には淀んで見えた。相当怨みが深いらしい。

 

「………これ、悪化しとるよなぁ」

「してますわねぇ」

 

県に入った時点でここまでの瘴気を感じるのだ。確実に最悪な事態まで悪化してる。

イタコは頭痛を抑え、ついなに問うた。

 

「祠は?祟り神ということは、信仰はあったはずですわ」

「家の昔の主人が壊したんやと」

「……………は?」

「倉建てるために壊したんやと」

「バッカじゃありませんのソレで殺人まで起きてますのよ一族郎党惨死しても文句言えませんわよ」

 

祟り神は祠を用意して、信仰を捧げるだけで無害にできるのだ。信仰の深さによっては、土地に恩恵も与えられる。

祠を壊すのは、悪手と言う他無かった。

 

「それで積もった神の不満やら、殺人によって生じた負の気が作用して顕現したんですのね…。狐が食えるかしら…?」

「イタコちゃんの狐は悪食やからなぁ。食えるんちゃう?」

「…憂鬱ですわ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「遠路はるばるご苦労様やなぁ、方相氏サマに、霊媒師サマ」

「いや、大したことあらへんよ。悪いモン祓うのが仕事やからな」

「私は付き添いしてるだけですわ。お気になさらず」

「そう言ってもらえると助かります」

 

老婆と家政婦に迎えられた二人は、出された茶を啜り、一息吐く。

この家…人形師を営む武田家が、祟り神の住処として認識されているという。

以前、コナンたちが解いたと言う「蜘蛛屋敷事件」の現場でもあり、三年にわたって数名の死者が出たとのこと。

コナンたちが事件を解決して、それなりに時間が経った今。今度は倉で、蜘蛛の糸と、皮と骨だけになった人の死体が夥しい数見つかった。

この家に住む大奥の武田智恵、塩谷深雪、武田勇三の三人のみ、その被害には遭わなかったとのこと。

今、武田勇三は出払っており、しばらくは帰ってこないらしい。賢明な判断である。

 

「にしても、こげなちんまい子ぉが、稀代の方相氏サマとはなぁ。先々代の方相氏サマは元気か?

ワシがちんまい頃は、追儺の儀式で姿をよぉ見ちょったわ」

「じいちゃんやったら、まだくたばっとりゃせんよ。おとんと年がら年中、喧嘩ばっかしとるわ」

 

他愛のない話で、緊張をほぐす二人。

これから死地に向かう兵士のような気分だ。

と。そこへ聞き覚えのある声と、イタコたちは聞いたことのない声が響く。

 

「おーい!来たよー!」

「はーい!今開けまーす!」

 

塩谷が縁側を開き、来訪者を迎え入れる。

そこには、コナン、蘭、小五郎のいつもの面々に加え、日焼け肌の眩しい少年…西の高校生探偵こと服部平次と、その幼馴染である遠山和葉がいた。

 

「…イタコさん。胸」

「あっ」

 

服部やコナン、小五郎はものの見事に、リラックスするために着物を着崩したイタコの胸をガン見しており、女性陣に引っ叩かれる。

イタコは苦笑いを浮かべ、着崩した着物を慌てて直した。

 

「ご、ごめんなさい。女しか居なかったものだから…」

「い、いえいえ。良いものを見せてもら…げふんげふん」

 

ごっちん。

蘭の拳が再び、口を滑らせた小五郎に降り注ぐ。

イタコはあまり気にしていない、と返し、服部の方を見た。

 

「初めての方ですわね。はじめまして、東北イタコと申しますわ」

「おおう、くど…ああいや、コナンから聞いとるで。俺は西の高校生探偵、服部平次。

で、こっちのへちゃむくれは腐れ縁の遠山和葉や」

「誰がへちゃむくれや初対面の人に助平な目ェしとるむっつり!!」

「なっ、誰がやねんこのペチャパイ!!」

「あぁん!?」

「おぉん!?」

 

仲がいいのか悪いのか。

喧嘩を始める二人を、蘭が「まぁまぁ」と宥める。そこでヒートアップせずに切り替えるあたり、付き合いは長いらしい。

彼らは塩谷に招かれるがままに、家へと上がり込んだ。

 

「では、さっそくですが。勇三さんから手紙をいただいてやってきたのですが、現場を見せてもらえますかな?」

「なんや、勇三があんたら寄越したんか」

「おう。俺んトコにも手紙来とったから、俺らも一応やってきたわけや」

 

二人がここまで来た経緯を答えると、智恵は暫し思考し、ついなへと視線を戻す。

 

「………どないします、方相氏サマ。見せてもええんですか?」

「んー…。夕方なっとらんし、別にええよ。

逢魔時過ぎたら、夜から朝まで顕現しよる。夜は魔の時間やからな。

確実に目ェは付けられるやろけど、この子らにゃかなり位高い神霊憑いとるから問題あらへんやろ」

 

ついなの返答に頷いた彼女は、倉の方を指した。

 

「よく覚えておいででしょう。

ウチの倅らが死んどった場所に、皮と骨だけの死体がぎょおさんあります。

中はデカイ蜘蛛の巣だらけやさかい、気をつけて」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「和葉、見ンなよ。…むごいことしよるわ」

「ンな殺し方、人に出来んのか…?」

 

倉の二階にて。

以前、踏み入った時とは違い、足の踏み場もないほどの屍が積み上がった部屋を目の当たりにし、和葉の目を隠す服部。

無論、小五郎も蘭とコナンの目を隠し、その凄惨な遺体を見て、吐き気を堪えていた。

血は一切流れていない。だというのに、偽物とは思えない、骨と皮だけの遺体が、そこらにゴロゴロと転がり、磔にされている。

まるで、蜘蛛が人間を喰らったように。

 

「…どうやって殺したかもわからん。

…まさか、マジにおるんちゃうやろうな、蜘蛛御前」

「おるよ。今もずーっとこっち見とる」

 

服部の言葉に、ついなは淡々と答える。

彼女とイタコの目には、しっかりと見えている。まるで、ご馳走を吟味するように、八つの目がこちらを睨め付けているのが。

その言葉に、コナンと蘭、和葉はぶるりと肩を震わせる。

小五郎もそれなりにイタコたちと付き合いを築いてきただけあって、冗談とも受け取れず、ごくり、と唾を飲んだ。

 

「夜やないから、こっちに干渉出来へんだけで、コナンの坊っちゃんと服部の兄ちゃん見とるわ」

「はぁ?な、なんで俺とくど…コナンだけなんや?」

「あんたら二人とも神霊憑きやからな。警戒しとるんよ」

 

ついなは言うと、掌を蜘蛛のいる方向に向け、力を込める。

蜘蛛は何かを感じ取ったのか、そのまま踵を返し、闇の中へと消えていった。祓えた訳ではない。ただ、場を去っただけだろう。

 

「……よく喰らって育ってますわね。

祠の建て直しをしても、大して効果は無さそうですわ」

 

イタコは、コナンたちには視認できない狐耳をぴょこぴょこと動かしながら、蜘蛛の様子を探る。

服部はと言うと、彼女らの発言を電波と切り捨てることも出来ず、未知の恐怖と好奇心に苛まれていた。

 

「逢魔時になれば、彼方から結界に引き摺り込んで来るでしょうね。

ついなちゃん、方相面…ディクソンは持ってきてますわよね?」

「そら持ってくるやろ。相手祟り神やし。

狐の調子はどうなん?」

「…『食いでがありそうですにゃあ』…だそうですわ」

 

二人の間に流れる、歴戦の戦士が纏うかのような、鋭い雰囲気。

服部はコソコソと下がり、コナンに耳打ちした。

 

「あの人ら、マジモンなん?」

「多分な。オカルトなんて信じちゃ居なかったが、この1ヶ月で嫌でも悟った。

…断言する。心霊現象ってのは、どうやらマジに起きるらしいぜ、服部」

「……やろぉな。今、目の前で起きとるもんな」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「「はぁ!?獄中殺人!?」」

「ええ。どうやら、先日に…」

 

部屋から戻ると、塩谷から聞かされた話に、服部とコナンが目を丸くする。

先程、テレビをつけた際に流れてきたローカルニュースで流れていた速報。

 

先日、ここで事件を引き起こした犯人…ロバート・テイラーが獄中で殺害されたという。

 

それも、倉の多くの死体と同じような死に方をしていたらしい。今朝、見回りに来た看守が見た時には、皮と骨しか残されていなかったと報道されていた。

収監されていた監獄から遠く離れているというのに、蜘蛛御前が態々、ロバートを殺しに出たのだろうか。

服部はと言うと、ロバートの心を絶望の淵に叩き落としたことを思い出したのか、複雑な表情を見せた。

 

「服部…。もしかして、気にしてるのか?あの時のこと」

「…しとるわけあらへんやろ、アホらしい」

 

強がってはいるものの、表情は晴れない。

イタコはソレを見て、服部の隣に腰掛けた。

 

「…そのロバートと言う方と何かあったのか、教えていただけませんか?」

「え?…まぁ、ええけど…。なんでほないなこと聞くんや?」

 

服部が訝しげな表情を見せると、イタコは真剣な表情で告げた。

 

「死者の声の中に、大きな嘆きと、生まれそのものへの怨恨…。そして、死んだことへの歓喜を謳う声があります。

言葉のイントネーションからして、アメリカの方ですわね。

その方が、より祟り神を強大にしてしまっているのです。私めが霊を祓うにはまず、相手を知らなければいけませんから」

 

ついなは現在、祓う準備をしている身。

少しでも負担を和らげるべく、日の出ている内にやれることはやっておくべきだ。

イタコは自身の使命感を口に出すことで、服部の警戒をほぐす。

服部はというと、暫し考えた後に、わしゃわしゃと頭を掻いた。

 

「……わーった、話すわ。つっても、ここで起きた事件のことは知っとるんよな?」

「ええ。美沙さんという方が自殺し、そこからその母が、三年経って父とその仕事仲間が亡くなったと言うのは聞きましたわ」

 

イタコが頷くと、服部は躊躇いがちに話し始めた。

コナンには、その姿がカウンセラーに心の病状を打ち明ける患者のように見えた。

 

「…その美沙さんが自殺した理由なんやけどな。俺、そん時頭に血ィ上っとって。ロバートに言うてもたねん。

『アンタが去り際に書いた〈SHINE〉っちゅうメッセージが、「死ね」って伝わったから自殺した』っちゅうことをな。

…ロバートは美沙さんにメッセージ送るまで、土砂崩れで大怪我して喋られへんかってん。

せやから、美沙さんが看病しとる間、ローマ字で話しとったんよ。

…誤解されてもしゃあない状況やったわ」

 

それだけ言うと、服部はふぅ、と息を吐く。

ソレを聞いたイタコは、ふと、最悪なことに気がついた。

 

「…ソレを話したのって、何処ですの?」

「ん?現場やで。あの骨と皮だけの死体がぎょおさん転がっとる倉ン中や」

「………Oh…。…最悪なんてモンじゃありませんでしたわ……」

 

イタコは机に突っ伏し、嘆きを込めたため息を吐き出す。

何が何だか分からない服部とコナンは、顔を合わせたのち、首を傾げた。

 

「そ、その、どうしたの?」

「大丈夫か、アンタ?具合悪いんやったら、日ィ変えて…」

「大丈夫ですわ…。……成る程。愛憎の矛先が生まれ落ちたこの世界そのものに変わって、そこに愛が加算されたんですのね…。

だから、こんなにも負の気に満ち溢れてる訳ですわ…」

 

服部が勢い任せとはいえ、真実を告げたのは、美沙の霊にとっては良かったのだろう。

しかし、美沙が祠のあった場所で最初に死んでいたということは、供物として捧げられ、神との統合が為されたと考えていい。

最初こそは怨念に塗れていたのだろう。ロバートや家族への怨讐を胸に、殺された魂を喰らい、成長。

そのままロバートを殺そうとした矢先に、ロバートが残したメッセージの真の意味を、服部の口から聞いたのだ。

結果。抱いていた愛憎が、生まれ落ちた境遇、果てはその境遇を選んだ世界そのものへとシフトした。

神に統合されてしまっていた美沙は、愛ゆえにロバートを引き込んだのだろう。

言葉の壁も、肉体の壁すら存在しない世界だ。彼女らの愛を阻むものはない。

だからこそ、自らの愛に水を差すかの如き行動をする者が許せず、近づく人間を手当たり次第に殺し、捕食したといったところだろう。今はまだ、この地域に留まっているが、エスカレートすれば鳥取県全体に行動範囲が広がる可能性すらある。

 

前例もある。ついなが方相氏になり始めた頃、同じようなケースの祟り神が猛威を奮っており、彼女の母がソレを祓ったという。

 

祟り神は、そもそもが神が持つ負の面の塊。

彼らの特性は、ソレすなわち禍をもたらすことなのだ。崇めることで、それから逃れることができる。武田家の人間は、蜘蛛御前のことを深く信仰しているからこそ、禍を逃れることができた。

ロバートも美沙も、統合された時点で、その習性から逃れることは出来ない。

 

「……気を引き締める必要がありますわね。

今回のは、相当厄介ですわ」

「そ、そぉなんか?」

 

「あなたたちは嫌でも見ますわよ。

あと一時間で、蜘蛛御前が…ロバート・テイラーと武田美沙が、縁を持ったあなたたちを喰らいに来ますわ」

 

逢魔時まで、あと一時間。




服部平次…知らないうちにとんでもないやらかしやった人。次回、コナンと共にトラウマものの祟り神を目の当たりにすることが確定してる。
頑張れ、服部!負けるな服部!蜘蛛御前は真実を暴いてくれたお前らを喰いたがってるぞ!!タチの悪いことに殺意100%だ!!!やったね!!!!

遠山和葉…取り敢えず怖いくらいしか分かってない。ある意味幸せな立場にいる子。死闘前にリラックスを図るついなちゃんと、怖さを紛らわそうとした蘭ちゃんとキャッキャッウフフしてた。祟り神の返り血浴びまくったついなちゃんに腰を抜かす予定。

ロバート・テイラー…祟り神に引き込まれてしまった人。本人的には今が最も幸せ(ただし周りへの被害は考慮しないものとする)。

村の皆様…夜中に通りがかるだけで次々に殺されていくからガクブルしてる。酷い場合は車すらスクラップにされたらしい。皆が引っ越すことを考えていたが、武田智恵から「方相氏サマを呼んだ」と聞いて胸を撫で下ろした。


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蜘蛛御前(後編)

公式イタコさんの狐は「ニヒルでハンサムなキツネ」というらしいです。略して「NHK」。


逢魔時。赤の空が夜に覆われつつある、境目の時間帯にて。

ついなは宴会場として使っていた部屋に、これでもかと札を貼り、一通りの儀式を終わらせた。

 

「……おしっ。これで大丈夫や思うわ。

コナンの坊っちゃんと服部の兄ちゃんは狙われとるさかい、こっちで直接守った方がええから連れてくで」

 

ついなは言うと、二人の手を引いて、札だらけの襖を開ける。

と。これまで傍観していた和葉が、不安げに声を漏らした。

 

「な、なあ…。ほ、ほんまに蜘蛛御前っておるん……?」

「おらんかったら、こんな儀式しとらん」

 

ついなはそう返すと、襖を閉めようとする。

ここで閉めれば、夜が明けるまでの間、蜘蛛御前が展開する結界から干渉は出来ない。

と。ついなは閉める直前で、思い出したように和葉たちに迫った。

 

「ええか?一枚でも剥がしてみ?あっちゅう間にあの死体の仲間入りやからな。

溶かされて、意識あるままでちゅーちゅー吸われとうなかったら大人しくしとき」

 

その言葉に、頼りにはならないものの、残される面々の中では唯一の男である小五郎と抱き合った二人は、コクコクと頷いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……今さっき日ィ落ちたばっかやんな?もう真っ暗やで」

「そら結界ン中入ったらそうなるわ。

相手にとって、居心地いい住処やしな。祟り神やとこんなもんやで」

 

先程、逢魔時を迎えたばかりだと言うのに、空はどんよりと黒く染まっていた。

服部はその空を見上げながら、不安げについなに話しかける。

と。ついなが頭部に被った四つ目の面…方相面が、怯える服部とコナンを嘲笑うように、カラカラと笑った。

二人がソレに驚き、ビクッ、と肩を震わせ、後退りする。

 

「ディクソン、あんま人を驚かすなや。

アンタの声は、服部の兄ちゃんらにゃ聞こえんよ」

 

ついなが宥めるように言うと、ディクソンと呼ばれた方相面から、呻き声にも似た鳴き声が響く。

どうやら不満なようだ。ついなは方相面を軽く小突き、無理矢理に黙らせた。

と。服部がふと立ち止まり、不気味な静寂が抱擁する空気に耳を澄ませる。

最初こそは聞き間違いかと思うほどの微かな音だったが、段々と大きくなってくる。

 

「…工藤、なんや聞こえんか?」

「……確かに、聞こえる…」

 

足音だろうか。しかし、ソレにしては、やけに音が重い気がする。

その重さに反して、音が何十奏にも奏でられていることに、疑問を感じる二人。

いち早くその正体に気づいたイタコが、二人を手で制し、下げさせた。

 

「見えない人にも感知できるほどに、現世に影響が及んでますわ…。

ついなちゃん。当初の見立てよりもだいぶ深刻ですわよ」

「分かっとる。ディクソン」

 

ついなは方相面の口に手を突っ込むと、そこから三叉の槍を引き抜く。

イタコも、目には何処か野性味を感じさせる光が灯り、その臀部からは、揺らめく炎にも、霊魂にも似た九つの尾が生える。

二人はその光景に目を白黒させながら、現実離れした光景に戸惑いを漏らした。

 

「なっ、なっ…!?」

「なんじゃそりゃあ…!?」

「こう言う世界もあるのですにゃあ。

手ぶらじゃ、今来るご馳走を調理できないのですにゃあ」

「にゃ、にゃあ…?」

 

イタコがいつにも増して奇抜な語尾で、コナンと服部に教鞭を取る。

抽象的な物言いに、二人が何のことかと思っていると。

 

倉から轟音が響いた。

 

悲鳴を幾重にも重ねたような、歪な合唱。歌うのは、ベートーヴェンの交響曲第九番。「歓喜の歌」とも称される、祝福の音楽が、祟りから放たれる。

 

「うっわ…。だいぶ混じっとる…」

「美味しそうですにゃあ」

「……ホンマ悪食やな」

「グルメとおっしゃってくださいまし」

 

妖艶に指に舌を這わせるイタコ。

ついなが呆れたため息を吐くや否や、視界が大きく揺れ始めた。

 

「っ、な、なんや…!?」

「地響き…?いや、ソレにしては何かが倒れる音が聞こえない…?」

 

二人が疑問に思っていると、答えは向こうからやってきた。

以前見た、蜘蛛御前の人形と同じ風貌の女が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのだ。

女が歩いているだけ。ただそれだけなのに、歩みに重なるように、幾重もの足音が響く。

影からの歌声が、絶えず女を祝福する。

その悍ましさに当てられてか、コナンと服部の肌は、毛穴が閉じて鳥肌になっていた。

と。ついなが近づこうとする女に詰め寄り、その喉元に槍を突きつけた。

 

「人のフリなんてせんでええ。ええから正体見せぇ。いてこますぞ」

『今代の方相氏は気が短いな』

 

女と男が同時に話しているかのような、気味の悪い声が、その喉から響く。

同時に、影から幾多もの蜘蛛の子が現れ、ついなを取り囲んだ。

 

「邪魔や」

 

ついなが言うと共に、蜘蛛が握り潰されるようにして潰れる。

体液が噴水のように噴き出す中、蜘蛛御前はくすくすと笑い、ついなから距離を取った。

 

『まったく。ゆっくり食事もできやしない』

 

蜘蛛御前が言うや否や、蜘蛛の糸が四方八方からコナンと服部を襲う。

元より運動神経抜群ではあるものの、不意打ちに近い形で、しかも高速で迫るソレに争う術を持たない二人。

そのまま絡め取られてしまうかと思われた、その矢先。

青白い炎が、蜘蛛の糸を焼き尽くした。

 

「あら、これ以上肥えては、エグ味が目立って不味くなりますにゃあ。

私は美味しく頂きたいの」

『狐…、いや、荼枳尼天…!?

何故、指折りの祟り神である貴様が方相氏と連んでる…?』

 

揺蕩う炎に見覚えのある蜘蛛御前は、その正体を看破し、首を傾げる。

狐。「荼枳尼天」と呼ばれる祟り神であり、東北イタコが身に宿す…というより、完全な事故で宿してしまった神である。

因みに、イタコはこれを誤魔化すために、憑いてる狐を「ニヒルでハンサムなキツネ」…略して「NHK」と偽っている。

その力は、大半が事故によって吹き飛んでしまったとはいえ、他の祟り神を喰らい尽くせる程には大きい。

 

ソレもそのはず、荼枳尼天は成り立ちから、宇迦之御魂神…日本人であれば誰もが知っている稲荷神社に祀られている神と習合している。

つまり、稲荷神社の信仰は、必然的にほぼ全てが荼枳尼天にも結びつき、神としての位が底上げされているのだ。

 

もうお分かりだろう。魔を祓うことを生業とした方相氏は、祟りそのものである狐にとって、バリバリに天敵なのである。

ついなの祖先…役小角と死闘を繰り広げたこともあり、その際は本体の八割を吹き飛ばされたという。

 

「そりゃあ、この体の主に言われてるからですにゃあ。『これ以上好き勝手するのであれば、私ごと自害する』と。

生意気にも抑え込む力は最強レベルですから、自害されたら今の私は消えますの。

だから、この小娘には従うほかないのですにゃあ」

「はっ。イタコさんとくっ付いとらんかったら、伏見稲荷の本殿にブチ込んで封印しとったんやけどな」

「あら怖い」

 

二人の会話に、コナンと服部は耳打ちを始めた。

 

「伏見稲荷に祀っとる神様っちゅうと…、あの狐の?」

「荼枳尼天は祀られてねーよ。宇迦之御魂神と習合して、今やお稲荷さんっつーと、どっちか判別つかねー人が殆どだ。

ってか、服部。伏見稲荷は京都なんだし、オメーの方が詳しいんじゃねーか?」

 

コナンが服部に問うと、彼は渋い顔をする。

伏見稲荷は京都の神社である。彼は大阪生まれ大阪住まいで、別段、京都に詳しいわけでは無い。それこそ、コナンと同等の知識くらいしかなかった。

 

『成る程…。以前見かけた時より腑抜けたのはそのせいか…』

「はっ。地域伝承程度の羽虫が多少成長しようが、狐には関係ありませんわよ。

こんっ。…なーんて」

 

イタコは指で狐を象ると、その先で迫り来る蜘蛛の足を受け止める。

そこへ、ついなの槍による一閃が放たれ、蜘蛛の足を切り落とした。

 

「ちっ…、ほぼ手応えない…。ぎょおさん食っとるだけあるわ」

「ただ肥えただけの生肉を食う気はありませんにゃあ。ちゃんと調理してくださいまし」

「なら手伝わんかい」

「あら?この小僧どもを護ってるのは私ですわよ?」

 

普段の東北イタコとは違う、謙虚さのかけらもない不遜な物言い。

コナンと服部がソレに目を白黒させる傍、ついなは面倒そうにため息を吐いた。

 

「蜘蛛御前に当てられたのと、名前出されたせいで、意識強ぉなったな…?

イタコさーん。起きてー」

「あっちょっ余計なこと言うな方相氏……ぶっはぁ!!危なかったですわぁっ!!」

 

と。肌を焦す炎の勢いが弱まると共に、イタコの瞳に理性が戻る。

蜘蛛御前はそれをまじまじと見つめ、邪悪な笑みを浮かべた。

 

『抑え込まれてるとは、本当のようだな。

随分と愉快なことになってるらしい』

「私だって、好きでこうなったんじゃありませんわよ!!」

 

迫り来る蜘蛛の糸を焼き、叫ぶイタコ。

はらはらと火の粉が舞い散る中、ついなの被った方相面の瞳が煌めき、そこから四本の光の奔流が放たれる。

蜘蛛の足を千切り、小蜘蛛を焼き尽くし、蜘蛛御前の肌を焦す。

続け様に、イタコの炎が駆け巡り、蜘蛛御前を縛り上げた。が。蜘蛛御前が少し力を入れるだけで、即座に霧散する。

 

「な、何が起こっとるかよぉわからんけど、俺らここ居てもええんかな…?」

「バーロー。避難しようにも動いたら蜘蛛の糸で絡め取られるだろ。

それに、忘れたのか?

狙われてるのは俺らだけって話だろ。釣り餌に使われたって思っとけ」

「釣り餌なんや、俺ら…」

 

コナンのこの言葉は、実は結構当たっている。

というのも、祟り神や悪霊と言った魔の存在は、軒並み警戒心が強い。

彼らが自身の世界に引き込んでから捕食行為に及ぶのは、余程のことがない限りは安全圏足り得ると分かっているからである。

 

ついなも方相面により、潜む魔を見破ることが出来るとは言え、そこまで乱用できないという、利便性を台無しにする致命的欠点を持っている。

イタコは同じ祟り神である狐を宿している影響からか、感知することはできるが、大雑把にしかわからない。例えるなら、スマホで「近くの本屋さん」と調べた結果、大型のショッピングモールが出てきたものの、その中の間取りを知らないまま探さなければならない…という状況に近い。

 

では、破魔を生業とする人間は、どうやって獲物を見つけるか。

釣りや狩りと同じである。餌を用意して、相手に干渉し易くする。

その餌が、今回はコナンと服部だったわけである。蜘蛛御前の領域がその顎門を開いた際、イタコたちが同時に侵入できるように、情報を偽ったのだ。

とは言っても、これが最善の方法であることには変わらない。

あの部屋に置いておけば、小五郎たち諸共、精神崩壊待ったなしの怪奇現象が起こっていたのだから。

 

一頻りの攻防を終えると、二人が息を吐く。

乱れた呼吸を整えるためのものではなく、昂った感情を落ち着けるためのもの。

蜘蛛の体液を払うようにして、矛を払ったついなは、普段見ないような険しい表情で舌打ちした。

 

「ちっ…。やっぱ、核が強すぎる。

相思相愛もここまでいけば、立派な祟りやな」

「死別の原因を考えれば、こうなるのは頷けますわ。

…やはり、引き剥がしてしまわないと」

 

ロバート・テイラーと武田美沙。二人の愛は最早、祟りと化している。

その祟りは、美沙の両親と、その仕事仲間…果ては、無辜の民すらも喰らい尽くして尚、収まることを知らない。

蜘蛛のはらわたで誓われた愛は、世界すら許さない。

 

その怨嗟が込められた愛こそが、目の前に顕現した蜘蛛御前の核である。

つまり、二人を引き剥がせば、蜘蛛御前の力の大半は失われるということになる。

 

「無理やろ。二人ごと喰うてまう方がよっぽど早いわ」

「それこそ無理ですわ。狐は精神的に弱らせた獲物しか喰いませんもの」

「…やんなぁ」

 

そこに、ほぼ不可能という前提がなければ、いい案だったのだが。

イタコが片方を降ろせば、イタコごと蜘蛛御前の腹の中へ行こうとするだろう。

一週間かけて力を削いでいき、弱り切ったところを食うという戦法もあるにはあるが、その間にどれだけ犠牲が出るか分からない。

であれば、取れる手段は一つ。

 

「……しゃーない、あんま使いたないけど、降ろすわ。引き剥がしたら食って」

「分かりましたわ」

「あ、二人とも喋らんといてよ。……目移りしてまうから」

 

ばきり。

ついなの体から、明らかな異音が響く。

方相面の牙が、鬼の角のように伸び、爪が空を裂かんばかりに鋭くなる。

ついなの乳歯が混じる、成長期らしい歯も、その面影すらない獣の牙となる。

その姿は、まさに鬼。

 

『なっ…』

 

蜘蛛御前が声を出し切るのも待たず、そのか細い喉に爪が刺さる。

ついなの目は、瞳孔がかっ開き、理性など欠片もなかった。

先ほどコナンたちに告げた「目移りする」という言葉は、的確だった。

ついなは鬼神を降ろしたことで、暴虐を振る舞うだけのバケモノと化していたのだ。

しかし、極めて危険な状況というわけでもない。いくら方相氏の中でも歴代最高峰とはいえ、ついなは成長期の子供。体は未成熟であり、この姿は三十秒と保たない。

しかし、少し力をつけた程度の地域伝承にとっては、恐怖そのものと言えた。

 

『ぐ、がっ、がっ…!?』

 

雄叫びを上げながら、剛腕がその胸へと侵入する。

魔を引き裂き、掻き乱す力を込めた腕が、霊魂を二つほど掴み、引き剥がそうと力を込める。

蜘蛛御前はそれを許すはずもなく、蜘蛛としての本性を表し、暴れ始めた。

 

『離せ!!離してくれ!!』

『やめてよ!!ここで幸せになるの!!邪魔しないでよぉ!!』

 

霊魂から、聞き覚えのある声が響く。

以前、コナンたちが暴いた事件の犯人たるロバート・テイラーと、その恋人である武田美沙の声。

子供が縋るような叫び声に、服部とコナンが恐怖に唾を飲み込んだ。

 

「がぁっ!!」

『『いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』』

 

そんな嘆願など、バケモノに聞き入れられるわけが無く。

肉がちぎれる音と悲鳴が轟き、蜘蛛御前の体の一部が崩壊した。

と。そこへイタコが歩み寄り、蜘蛛御前の体に触れる。

 

「いただきます」

 

ぐちゅり。

噛み潰すような異音が、コナンたちの耳に響いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ご協力、感謝します」

 

被害が多いだけに、東都の警察も駆り出されたらしい。

ついなに敬礼する公安の風見に、小五郎が同情の視線を向ける。

というのも、風見の目元には、明らかにここ数日は寝てないと主張するような、それはそれはもう分厚い隈があった。

 

「鳥取まで来て、ご苦労さんやなぁ…。風見っちゅうたっけ」

「ええ。休暇返上ですよ」

「目元見るからに寝てへんよな、あんた…」

「はははっ。1ヶ月前はそうでもなかったんですけどね」

 

心労が祟って眠れていないだけである。

というのも、ついなが来てからか、米花町では怪奇現象騒ぎが頻繁に起こっているのだ。

お陰で公安は大忙し。黒の組織としての任務や、ポアロのバイトまで熟さなければならない降谷は、疲労が祟ってバイト中に倒れている。

酷な事実ではあるが、ついなたちは怪奇現象の増加に関与していない。寧ろ、こうならなかった方がおかしい町なのである。

 

「コナンくん、大丈夫だった?」

「うん。なんとか」

「平次、どこも食われてへんよな?蜘蛛御前に食われてへんよな!?」

「べたべた触んなや気色悪い!!どこも食われとらん言うとるやろ!!」

 

死地から帰ったコナンたちは、その帰還を喜んだ蘭と和葉にもみくちゃにされていた。

食われはしなかった。ただ、トラウマは残ったが。

探偵として、事件や謎にガンガン首を突っ込むタイプの二人。今回のことで、世の中には知らない方が良いこともあると思い知った。

 

「…で、取り込まれていた霊は?」

「天に帰りましたわ。きちんと供養すれば、化けて出ることもないでしょう。

蜘蛛御前は祟り神として蓄えた力を失いましたが、またいつ活性化するかわかりません。

祠を建てておいて下さい」

 

イタコが一通り説明すると、ふぅ、と息を吐いた。

 

「あー…。久々の大仕事で疲れましたわぁ」

「ほんまやわ…、もう暫く、祟り神とは戦いとうないわ…」

 

漏れ出たのは、心の底からの叫びだった。

 

しかし、彼女らは知らない。

この戦いが、ほんの序の口であることを。




荼枳尼天…イタコさんに憑いてる狐。悪霊を食おうとして齧り付いたタイミングで、その霊をイタコさんが降ろして合体事故を巻き起こした。悪霊は余波で消し飛んだ。
合体事故で力の九割が吹き飛んでしまったものの、それでもとんでもなく強い祟り神。現在の状態であれば、ついなには余裕で負ける。
イタコと協力して力を蓄えているのは、癒着してしまった体を元に戻すため。精密な作業を要求されるので、最低でも50%まで回復する必要がある。

ディクソン…ついなちゃんの方相面。実は鬼神。お茶目な性格で、笑ってた時はジョークを言ってた。ウケないと機嫌が悪くなる。普段は二人のお家で寛いでおり、一日中バラエティ番組を見ながらゲラゲラ笑ってる。最近、洋酒に凝っているらしい。


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東北きりたん、教師を連れて参上

久々にヤツが帰ってくる…!

スマブラもキングダムハーツもやってないけど、ソラ参戦おめでとう。


「この町の犯罪率って、ずば抜けて高いのって、先生であれば知ってますよね?」

「ええ。それを君に教えたのも僕ですし。正確な数値も言えますよ」

 

米花町にて。

ポアロに入った客の中で、異彩を放つ二人組が、他愛のない会話を交わす。

一人は、先生と呼ばれるメガネの男性。もう一人は、その生徒と思われる、小学五年生くらいの女子。

男性はコーヒーを嗜みながら、女子はレモンティーとケーキをちびちびと減らしながら、机の上の問題集を進める。

 

「先生。犯罪率の増加って、何故起きるんですかね」

「タガが外れてる…とでも言うのですかね。

犯罪は多発すれば、その分ハードルが低くなりますから。

学生と言う名のバカどもの万引きとか、実にいい例でしょう?」

「あー…。成る程、わかりました」

 

ポアロでバイトをしている榎本梓は、教師の口の悪さに目を白黒させた。

教師にあるまじき口の悪さである。

男性はそれを気にせず、淡々と授業を続ける。

 

「人間の破滅は死ではありません。『悪人』と認識されることです。

炎上した芸能人は、『悪人』の如く語られるでしょう?」

「ですね。まぁ、悪いことしてるんだから、当たり前でしょうけど」

 

包丁の髪飾りが印象的な女の子が相槌を打ち、ケーキを頬張る。

安室透という探偵見習いの同僚がこの場に居れば、真っ先に絡んでいそうな組み合わせである。

彼は先週、過労で入院しているのだが。

二人の談笑を聞きながら、梓は追加注文されたハムサンドを運ぶ。

 

「お待たせしました、ハムサンドです」

「ああ、すみません。ノートを退けますね」

 

人当たりの良さそうな青年だ。

とても口悪く学生を罵ったとは思えない、柔らかな口調に、優しげな雰囲気。

しかし、彼女は知らない。目の前の男が、教育委員会どころか、教師界隈で毛嫌いされている、超弩級の問題児であることを。

教育者としては優秀なのだ。ただ、生徒の成長のためになりふり構わないだけで。

梓は教師に一礼すると、そのまま業務へと戻って行った。

 

「こんにちはー」

「あっ、イタコさん」

 

と。そこへ、すっかり常連となったイタコが訪れる。

梓は彼女に駆け寄ると、そのまま席へ案内しようとした。

 

「あ、今日は待ち合わせですの」

「待ち合わせ…というと、あちらのお客様ですか?」

「ええ」

 

梓が視線を向けた先には、ノートを広げ、面倒くさそうに勉学に励む小学生と、それを見守る教師がいる。

梓がそちらへと案内すると、小学生が表情を明るくした。

 

「あ、タコ姉様。お元気そうですね。私はこのクソ教師に引率されてて不調です」

「どうも、イタコさん。このクソガキの引率役です。生意気盛りで虫唾が走ってます」

「…その捻くれた言い方、どうにかなりませんの?」

「「ならない」」

 

どうやら、イタコの知り合いだったらしい。

礼儀正しく、その立ち振る舞いすら流麗なイタコと、捻くれた物言いしかしない二人。

この間にどのような関係があるのだろうか。好奇心を抱いた梓は、三人の会話に聞き耳を立てた。

 

「きりちゃん、今日呼び出したのはどう言うわけですの?」

「生存確認です。無差別殺人とかテロとかが雨霰のように巻き起こる魔窟で、霊に関することしか能のないタコ姉様が生きてるかどうか、ずん姉様と心配してました」

「し、失礼ですわね!?料理洗濯掃除はできますわよ!!」

 

どうやら近しい仲らしい。

梓は知らないが、イタコと少女は姉妹である。正確に言えば、三姉妹の末妹。

少女の名前は東北きりたん。東北姉妹の末席を汚す、反抗期真っ盛りのクソガキである。

クソガキの御多分に洩れず、無駄に饒舌な口でイタコの欠点を挙げていく。

 

「私服はその着物とあのダッッッッ…サい服しかレパートリーがない、料理のレパートリーはべちゃべちゃな炒め物だけ、掃除は掃除機かけるだけ、洗濯はアイちゃんが洗濯機用意してくれてんのにスマホ以外の機械を知らない機械音痴なせいで操作がわからなくてコインランドリー、それに…」

「ストップ。イタコさん死んでる」

 

既にイタコは机に突っ伏し、さめざめと泣いていた。

 

「だって、だって…、事件がたくさん起きるんですもの…」

「言い訳になってませんし、実家でも同じ生活してましたよね?」

「きりちゃんがいじめる…」

 

流石にかわいそうになってきた。

と。そこへ退院したばかりの安室が、久々にいい笑顔で入ってきた。

 

「久しぶりです、梓さん」

「安室さん、もう大丈夫なんですか?」

「ええ。医者からの太鼓判付きです。今日からまた、バリバリ働きますよ」

 

東北イタコがこの町に来てからと言うもの、心霊現象や殺人事件は、明らかに減少している。仕事に追われなくなる日もそう遠くはないかもしれない。

今が山場だ、と、退院したばかりの体に鞭を打ち、更衣室へ入ろうとする。

と。足を止め、教師の方へと目を向けた。

 

「あ゛」

「……………ども。元気そうで」

 

たった今、元気じゃなくなりました。

脂汗を滲ませ、いつ以来か、引き攣った顔を浮かべる安室。

思い出すのは、地元での苦い思い出。

一瞬でも醜態を見せれば、即座に骨の髄まで利用されるという、あの恐怖。

目の前にいたのは、黒の組織に属するバーボンにも、公安の降谷にも、ポアロでバイトする安室にとっても最大の天敵であった。

 

「あれ?またもや知り合いですか?」

「え、えっと、あの、その、近所に住んでたお兄さんで…」

「あ。どうも。そこの優男の面倒見てた者です。顔に似合わずタラシでしょ、彼」

「あ、え?た、タラ…?」

「女タラシ」

「ああ…」

「なんですかその納得したような頷き方ねぇちょっと???」

 

失敬な。タラシじゃない。

ただ、相手の情報を引き出しやすい話し方をしているだけなのだ。

とは、口が裂けても言えない。

安室は心底憎悪を込めた顔で、教師を睨みつける。

しかし、その憎悪などどこ吹く風と、コーヒーを飲み干し、おかわりを頼む彼。

ああそうだ。こういう男だった。

相手の恨みつらみをものともせず、害を為そうものなら、言葉と人脈のみで相手をその気も起きない程に叩きのめす男。

 

黒の組織の中でも話題に上がるほどであり、その話術を見込んだ幹部の一人が勧誘するもあっさり断られたらしい。

 

始末しようと動けば、ボディーガードとして同行していた、明らかに人間を辞めている紫髪の少女が片手でブチのめし。

社会的に殺そうとすれば、包丁の髪飾りの少女により、組織の人間がホームレスにすらなれない流浪者と化し。

暗殺しようとすれば、同居している白髪の少女がはんぺんで弾丸を全て止め。

なりふり構わず誘拐して殺そうとすれば、たまたまそこに訪れていた金髪の少女が、練習がてら弾き語りするだけで感動のあまり戦意喪失し、自首する者が続出した。

 

黒の組織の中では、「VOICE」という名で知られた謎の秘密結社の首魁…というのが、教師に対する共通認識であった。

言葉を巧みに使う教師がトップなら、声という単語を組織名にするのも頷ける。

 

安室は治ったと思った頭痛が再発し、頭を抱えた。

 

「こんにちはー」

「あ、阿笠さん、いらっしゃーい」

 

これまた最悪なタイミングで来やがる!!

阿笠博士と少年探偵団、そして自分が最も憎み、最も毛嫌いする男…沖矢昴が、変わらぬ笑みを浮かべていた。

阿笠博士ときりたんは、互いの姿を視認すると、「あ」と声を漏らした。

 

「琴葉博士の教え子さんじゃったかな?

この間の学会で会ったじゃろ?」

「覚えてますよ、阿笠博士。どうも、ウチのエビフライみたいに脳細胞を高温の油に潜らせたようなバカがお世話になってます」

「これまた手厳しいのう、お師匠さんじゃろうて」

「事実なんで」

 

東北きりたんは、その家系としては珍しい、科学に傾倒した人間だった。

気まぐれで有名な科学者を首ったけにした、妖艶なる童女。言葉巧みにその科学者に弟子入りし、科学に命すらも捧げた。その結果と言うべきか、遂には師たる女性のゴーストライター紛いのことまで出来る様になった。

性格こそ最悪の極みではあるが、人を引き込む話術は、恩師譲りのもの。

彼女を幼少期から見守ってきたイタコ曰く、「恩師共々、言霊使いの中でも、史上類を見ない口の巧さですわ」とのこと。

 

学会に頻繁に見学に来るような童女を覚えない方が、余程難しいだろう。

阿笠博士も名前こそ知らぬものの、彼女の卓越した話術と、その科学力は認めていた。

…まぁ、話術は教師の足元にも及ばないのだが。

 

「ねぇねぇ、お兄さんだぁれ?」

「32ですから、お兄さんって歳じゃありませんよ。小学校の先生です」

 

怖いもの知らずの子供たちが、わらわらとイタコと向かい合う教師に群がる。

側から見たら、好き合ってる同士に見えるのだろうか。

恋愛について学び始めたばかりの歩美が、少しばかり頬を赤らめ、イタコに耳打ちした。

 

「ねぇ、イタコさんとお兄さんって、付き合ってるの?」

「いやコイツ既婚者ですわよ」

「ファーーーーッッッ!?!?」

「安室さん!?なんてアクロバティックなコケ方してるんですか安室さん!?!?」

 

10回はバク転してすっ転んだ安室に、梓が心配そうに叫ぶ。

既婚者?え?あの性格悪いオブザワールド堂々の一位のあの男が?自分にはまだ彼女すら出来てないのに?

国も恋人と言ったら初彼女にドン引きされた挙句、こっ酷くフラれたという黒歴史を持つ安室は、ショックのあまり放心しかけていた。

が。かなり必死に笑いを堪えてる沖矢を見つけ、「笑うな貴様ァ!!」と内心でボロクソに罵りながら、即座に立ち直る。

 

「いやはや、すみません。貴方、そんな人らしい慌て方出来るんですね」

「コイツ隠すのが上手いだけで、結構感情豊かですよ」

 

殴りたい。できれば二人ともデンプシーロールで三時間は殴り続けたい。

ジークンドーの達人たる沖矢…もとい赤井秀一は無理だろうが、なんの武術も納めていない教師になら余裕でかませる。

引き攣った顔で、阿笠博士らを席へと案内する安室。

と。子供たちは教師ときりたんが気になるのか、「ここで食べていい?」と教師に聞いてきた。

 

「…まぁ、いいですよ。この際ですから、多少なりとも授業をしてあげますよ」

「「「えー!?」」」

「授業と言っても、そんなに難しくありませんよ。夢を叶える条件を教えるだけです」

 

コナンは「ンなこと出来んのか?」と訝しげだったが、生徒らは好奇心が勝ったのか、席へと座った。

沖矢と安室は目を合わせ、アイコンタクトで会話を交わす。

 

(コイツは「VOICE」の首魁だな?)

(ああ)

(…面白い。噂の話術を拝聴させてもらうとしよう)

(………この性悪は、俺たちと考え方そのものが違う。あんまり参考にならないと思うぞ)

 

子供たちが席につくと共に、教師の纏う雰囲気が変わる。

まるで、教壇に立つ名門教師のような、立ち振る舞いだけで生徒らを叩き上げる威圧感。

シガレットチョコを口に咥えた彼は、光彦に問いかけた。

 

「君。夢を叶える人間って、どんな特徴があると思いますか?」

「え?えっと…、兎に角、すっごく頑張ったと思い、ます…」

「それは人間として生きるにあたって絶対条件です。努力して当然。

そこらへんのバイトとか、フリーターとか、日々を貪るだけの無職すらも。

夢を叶えてない人間も、何かしらの積み重ねがあるものです」

 

追い詰めるような問答ではなく、言い聞かせ、納得させるような口調だ。

教師は元太に目を向け、同じ質問をした。

 

「えーっと、天才!」

「大不正解。能力が高いだけで方向性の決まってないバカを天才とは呼びません。

シャーロック・ホームズも、暇さえあれば自己研磨に勤しんでいたと聞きます。それはひとえに、『探偵』として、謎を解くための力を蓄えるため。

…天才という言葉は存在しません。ただ、方向性の定まった努力をして、結果を出した人間を各業界でそう言ってるだけのことです」

「んっと、えっと…」

「……要するに、何を頑張るのか決めてから死ぬほど頑張って、何かできた人間のことを天才というのです」

 

小学一年生には難しかったな、と呟き、二本目のシガレットチョコを取り出す。

続いて歩美にも同じ質問をした。

 

「えっと…、んーっと…、何を頑張るか決めた人?」

「………正解です。ただし、自分の言葉で言わないのはいただけません。

自分で考えることが出来ない人だと思われてしまいます」

「はぁい」

 

教師はコーヒーで口の中に残ったシガレットチョコを流した。

 

「夢を叶えるには、まず何を頑張るか決めること。それを決めるためには、仮初でもいいので、夢を決めることです。

具体的な方向性は、夢が決まってから。

夢は移ろいでもいいです。頑張ることを知ることから、人は夢への道を歩み始めるのですから」

 

コナンは教師の語る授業に、すっかり聞き入っていた。

生粋のシャーロキアンであるコナンにとって、シャーロック・ホームズを褒められることは、自身のことのように嬉しいものだ。

そうでなくとも、教師の言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。

コナンが真実の探求者ならば、教師は理想への導き手。

 

「ま、何はともあれ、大前提として自分の意思を持つことが最優先ですけどね。

借り物ばかりの言葉ほど、虚しいものはありませんから」

 

ぱっ、と雰囲気が霧散する。

成る程。話術というよりは、教育術。

生徒たちを完全に支配下に置く立ち振る舞い、生徒たちの自主性を伸ばす問いかけ、そして、「夢を叶える最低条件」だけを伝え、全ての答えを言わない姿勢。

引き込む術もさることながら、不完全な答えで相手を満足させるのが上手い。

赤井はその授業に、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 

(……まさか、ボウヤまで誤魔化してしまうとは)

 

第三者であるからこそわかった、授業に込められた意味。

最低限の答えしか出していないというのに、満足げな生徒たちは気づかない。

洞察力に優れたコナンでさえも、授業を振り返らなければ気づかないだろう。

成る程。組織が欲しがるわけだ。

 

「……相変わらず、言霊の使い方が巧いですわね」

「僕に霊能はありませんよ」

「知ってますわ」

 

イタコが呆れ気味にため息を吐く。

教師はというと、戯けたように肩をすくめた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「東北きりたんです。ヘンテコな名前とかのたまってみろ泣かすぞガキども」

「こら、悪態つかないの」

 

イタコの末妹は、問題児だった。

第一声がコレなのだ。問題児だと知らしめるには、十分すぎるインパクトがある。

小学五年生というだけあって、自身より背丈の高い少女…それにしても小学五年生にしては低いが…を見上げる。

その顔は見るからに不機嫌で、心底年下を相手にしたくない、と言った様子だった。

 

「ごめんなさい、この子ったら両親の悪いところを引き継いで…」

「タコ姉様も酔ったら私と同じくらい口悪いじゃないですか」

「あなたは素面でやる上に完全に煽り目的だからタチが悪いですわ!!いつか憑かれますわよ!!」

「姉妹全員憑かれてますよ。知ってるじゃないですか」

「そうでしたわ!!」

 

姉妹喧嘩を繰り広げる二人に、コナンは引き攣った笑みを浮かべる。

ああ言えばこう言うの典型的なタイプだな、と思いつつ、探偵の逃れえぬ性か、きりたんの情報を引き出そうとする。

 

「どこの学校に通ってるの?」

「クソ田舎」

「……えぇっと」

「クソオブザクソなド田舎です」

 

すごくアバウトに答えられた。

詳しい学校名を聞こうとするも、「地方の公立小の名前なんて知っても意味ないでしょ」と突っぱねられた。まぁ、確かに。地域に属する公立小学校の名前を知っても、「じゃあなんだって言うんだ」と言われれば、言葉に詰まる。

 

「なんで休みの日なのに先生といたの?」

「保護者役が欲しくて頼んだら来てくれました。授業っていう余計なオプション付きでしたけど」

「他のご家族には頼まなかったのかい?」

「こんな魔窟に誰が好き好んで行きますか。

春の季語に爆発、道を歩けば殺人がポンポン起きるわ、バーサステロ組織みたいなカーチェイスが普通に巻き起こるわ、水鉄砲感覚で拳銃やらライフルやらが撃ち込まれるわ…。

私と先生だって用事がなけりゃ、死んでも願い下げですよ」

「「うぐぅっ」」

 

コナンと沖矢が呻き声を上げた。

思い当たる節があり過ぎたのだ。爆発や殺人事件が巻き起こるのは不可抗力として、後半二つに至っては沖矢もコナンも、この場にいない安室も、ガッツリ関わっている。というか、何回かやらかしている。

きりたんはそれだけ言うと、スマホを取り出し、何処かへと電話をかけた。

 

「……もしもし、ずん姉様?」

『もしもし、きりたん?

土地神様から連絡があったの。今から言う特徴の人と一緒にいるなら、教えてくれる?』

 

いつもの優しげな口調とは違う、重々しい雰囲気の声。

きりたんは少し疑問に思いながら、その特徴をおうむ返しにする。

 

「…外見と中身が伴ってないガキと、面の皮が物理的に厚い糸目?」

『ものすごく捻くれた言い方だけど、そんな感じかな。

そんな特徴の人って知ってるかどうか、イタコ姉様に聞いてもらいたいんだけど…』

 

と、きりたんは背後にいるコナンと沖矢を見やる。

きりたんは科学に傾倒しているとはいえ、その出は長らく跋扈する魑魅魍魎に対抗する術を編み出してきた名家。

コナンの中身と外見が一致しないことも、沖矢の面の皮が物理的に厚いことも難なく見破っていた。

指摘しなかったのは、単にすごく面倒そうと思ったからである。

 

「三人とも一緒に居ますけど……」

『今すぐイタコ姉様諸共引きずってでも連れてきなさい!!』

「わっ…、珍しい。なんでそんなに慌ててるんですか?」

『だって……』

 

────その二人、とんでもない怪異引き連れてますよ!!

 

その声が聞こえたのか、イタコは思わずコナンと沖矢を見やる。

一部だけ荼枳尼天の目を解放し、二人を見たことで、初めて気づいた。

 

「………あの、お二人。ご遺体を粗末にしたこととかありませんわよね?」

「え?………あ゛」

「失礼な。ありませんよ」

 

沖矢は呆れながら、首を横に振る。

実はと言うと、二人ともやらかしている。というのも、沖矢…もとい赤井が黒の組織にFBIとしての正体がバレ、始末されかけたのだ。

コナンの機転で、なんとか死を偽装できたものの、その際に恐怖のあまり自害した組織の一人の遺体を利用している。

 

その結果。遺体の利用に反応し、怒り狂った悪霊につられるように寄せられたのだろう。

悍ましい姿の怪異が、コナンと沖矢を殺そうと今か今かと手をこまねいている姿が、きりたんとイタコには見えていた。

 

「……阿笠博士、ちょっと、元太たち連れて、先帰っててくれる?」

「ど、どうしたんじゃ?」

「ちょーっと、二人と話があるから。ね?」

 

ガタガタと震えながら、コナンが阿笠博士たちをなんとか帰らせる。

沖矢はと言うと、その様子に訝しげに眉を顰めた。

 

「あの調子だと三日で死にますよね、アレ」

「…条件からして、ウチじゃなきゃ無理ですわね」

「…………何か、企んでいるのですか?」

「沖矢さん頼む雰囲気でなんとなく察してくれ」

 

悲報。沖矢はそういった話題に疎かった。

しかし、あれこれ説明している暇はない。というより、説明すれば存在を認知された影響で育つのが早くなり、二秒で殺される。

イタコは沖矢の肩を強く掴み、地の底から響くような声で詰め寄った。

 

「私の実家に来てくださいまし!!」

「…………………はい???」

「タコ姉様、それじゃ変な意味に捉えられますよ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「な、なんだこのずんだの山…」

「イタコさんの妹さんが送ってきたんだって。食べきれないから消費してほしいって頼まれたからもらったの。

お父さん、暫くはずんだ餅がおやつね」

「………蘭。暫くってどの間?」

「1ヶ月」

「え?」

「1ヶ月」




水奈瀬コウ…学生時代、安室さんを顎で使ってた人。安室さんが初彼女に「国も俺の恋人さ」と言ってドン引きされた場面を動画に収め、黒歴史流出を防ぐためという名目で、好き勝手にこき使ってた。尚、普通に学校中に広めた。諸伏は腹抱えてゲラゲラ笑った。

東北きりたん…イタコさんの妹。クソガキ。年下の子供に絡まれるのが1番嫌い。包丁の髪飾りはファッションと言い張っているが、実は兵器が内蔵されている。全くと言っていいほど霊能力者としての力を磨いてないので、見えるだけで祓えない。

沖矢昴…次回の被害者。ずん子さんがずんだもん経由で土地神からの連絡を受けてなければ、多分ろくでもない目に遭ってた。
安室のアクロバティックすっ転びに内心爆笑してた。

東北ずん子…本名東北純子。ずんだもんという弓になる相棒がいる。ずんだアローで破魔の仕事をこなしながら、女子高生を謳歌してる。引っ越して暫くしたので、差し入れにずんだを50キロほど送りつけた。毛利家、阿笠家のおやつは1ヶ月はずんだまみれになった。

ついなちゃん…世良真純、鈴木園子とスイパラに行っていた。ケーキおいちい。沖矢のことは知らない。


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沖矢「ずんだとは何なんだ…?」

ずん子の公式設定が一番のホラーっていうね。


『ゔぉあああああ』

「うるさい」

『ゔぁっ!?』

 

列車に揺られる中、急に響く呻き声に、コナンと沖矢は何も感じなくなっていた。

東北地方にある東北家に向かう最中、東北に近づくたび、これでもかと怪異や悪霊、果ては妖怪や都市伝説が襲いかかってくるのだ。

きさらぎ駅に迷い込みかけたのに加え、電車に轢かれて亡くなった人間やら動物やらがこぞって襲ってきた時は、沖矢ですらも汚い高音で悲鳴を上げた。

というのも、コナンたちがそういったモノを寄せ付けるほどに、死が日常の中に入り込んでしまっているのが原因なのだが。

 

米花町は転出届を出すだけでも困難を極める町。それはもう、文字のハネですらも文句を言われ、受理されないくらいに。

ようやく受理されて引っ越せても、まず真っ先に怪異に目をつけられて殺されるのがオチである。警察庁はそれを理解しているからこそ、転出届はまず受理させるなと命じているのだ。

 

特に、近畿、東北地方に転出した場合は悲惨である。

 

そもそも寺社仏閣が多数ある地域は、そういったよくないモノが集まりやすい地域柄。

いくら定期的に祓っているとはいえど、機械による探知すらできない存在相手では、どうしても漏れがある。

更には、業界内の慢性的な人不足が加わり、米花町を転出した人間は、殆どが悲惨な死に方をしているのだとか。

 

「そ、その…、日本の幽霊とかって、実在してたんですね……」

「してなきゃ、とっくの昔にこの業界廃れてますわよ」

『あ゛あ゛あ゛……』

『体、からだあ゛あ゛ぁぁあ……』

『そのおっぱいでぱふぱふぅぅうう……』

「死ね」

 

煩悩に塗れた霊もいるんだな。

列車が半ば向こう側に突入してしまっているらしく、見えない人間でも見えてしまうこの状況下。

そんな中、煩悩全開でイタコの胸に向かい、返り討ちにされる霊に、コナンはピクピクと目尻を動かした。

 

「……ってか、よく動じてないよね、ここの乗客さん…」

「この路線は『そういう職業』の専用車なんですの。

まとめて祓うために、わざわざ口寄せの札まで織り込んで作られた車両ですのよ?」

 

だから、面倒そうな手続きをして、駅長に見慣れない路線に案内されたのか。

先ほどから浮かんでいた疑問が解消され、うんうんと頷くコナン。日本の霊的事象は、思った以上に生活に食い込んでいたらしい。

そんなことを知っても大丈夫なのか、と新たな疑問が浮かんだが、きりたん曰く「ホントに知っちゃだめなことは、匂わせることすらしませんよ」とのこと。

それはそれで気になるが、知れば死ぬか、霊能者に頼る代わりに莫大な金を支払うかの二択になるため、やめておこう。

 

「……その、私たちに憑いてるのは、怪異という種類の霊障なんですよね?」

「ええ」

「この業界そのものを知らなかったので、その、悪霊と怪異との線引きがイマイチわからないというか…」

 

その線引きくらいなら知っても問題ないのではないか、という好奇心で、沖矢はイタコに問うた。

イタコは「そのくらいなら」と笑みを浮かべ、着物の袖からボールペンと紙を取り出した。

 

「発生の条件で、霊障はもたらす被害の大きさや種類、祓えるかどうかが決まりますの。

では、弱い順から紹介いたしますわね。

死んだ人間が害を成すのが悪霊。

人が放つ負の気から生まれるのが鬼。

伝承が形を持ったのが怪異。

人の意思さえ許さない、絶大な力を持っているモノは祟り神、もしくは邪神…ですわ」

 

すらすらと紙にペンを走らせるイタコ。

この調子では、悪魔や地獄も実在するのだろうか。

そんな思考を頭の外へ追いやり、沖矢はイタコに問うた。

 

「では、今回のは何かしらの伝承が?」

 

彼らが付け狙われているのは、怪異。

イタコが言うことが真実ならば、元になった伝承があるはず。そこから対処法を導き出せないか、と考えての問いだった。

無論、対処できることにはできるのだが、ハッキリ言えば「素人診断で病気をなんとかしようとすること」と同義なので、素直に頼った方がいい。

 

「ええ。…がしゃどくろと言えばわかるでしょうか?」

 

がしゃどくろ。昭和中期の創作から広まり、多くの人に知られている妖怪。

戦死者やのたれ死んだ人間など、埋葬されなかった人間の、怨念が集積し、巨大な骸骨を作り出したという。

その骸骨は夜中に獲物を見つけると、その両腕で握りつぶし、肉を食らうとされている。

 

「創作から妖怪として広まり、伝承に昇格してしまった存在ですわ。

こういった事例は少なくありませんの。江戸時代の怪談ブームなんて、私たちのような職の人間にはいい迷惑でしたわ。

あと、都市伝説系のサイト。アレも広まりすぎると、実害が出てしまいますわ。

霊障は伝承まで行くと祓うのは不可能で、鎮めることしかできませんの」

 

彼女はそれだけ言うと、襲いかかる、もとい煩悩全開で胸へと手を伸ばす痴漢悪霊を片手で薙ぎ払っていく。

中には幼児趣味の霊もいるらしく、鼻息を荒くしながら、きりたんへと向かう者もちらほらいる。

性格は兎に角、容姿だけ見れば淡麗な彼女。

まるで蛍光灯に群がる虫のように、二人に向かう霊が後を絶たなかった。

 

「……なんで僕たちは襲われないの?」

「怪異が片っ端から食ってるからですわね。

悪霊を食うのに夢中ですから、怪異もしばらくは襲ってきませんわ。

食うのに満足すれば、夜中まで大人しくしてますわよ」

「………成る程」

 

イタコの目には、迫り来る悪霊たちを悉く握りつぶし、その肉を食らう骸骨が映っていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ようこそ、我が家へ。少し不便な作りですが、どうぞごゆっくり」

「ただいまー」

「お、お邪魔します…」

「お邪魔します」

 

イタコに案内されるがままに、古い作りの屋敷へと足を踏み入れる二人。

東北家が代々受け継ぐ、由緒正しい土地らしく、管理もそういった専門職に任せるほどに大きな家らしい。

足を踏み込むと、数人の使用人とすれ違う。

以前訪れた蜘蛛屋敷よりも、はるかに大きい屋敷。

一度足を踏み入れば、迷うことは必須であろうその屋敷を、イタコはしっかりとした足取りで進んでいった。

 

「今回、がしゃどくろを祓うにあたって、協力者を紹介しますわ。

……食べ物の好みが非常に偏っていて、その食べ物への偏愛が異常な形で出てしまうこと以外はいい子ですので、仲良くしてあげてくださいまし」

 

イタコがある襖の前に立つと、ヒクヒクと鼻を動かす。

コナンたちも、嗅ぎ慣れない匂いに眉を顰め、襖の奥を見ようと手をかけようとする。

が。それを遮るように、きりたんが勢いよく襖を開け、ずかずかと中へと入っていった。

 

「ずん姉様」

 

その部屋の奥には、寸胴鍋でグツグツと何かを茹でている少女がいた。

歳は蘭と同じくらいだろうか。

振り向いた時に見えた顔は、沖矢も思わず目を開くほどに端麗な作りをしている。

その双眸がイタコを捉えると、少女は優しげな笑みを浮かべた。

 

「イタコ姉様、きりたん、おかえりなさい」

「ただいま、ずんちゃん。今月のずんだ量、超過してないでしょうね?」

 

イタコが放った一言に、笑顔が引き攣った。

 

「……………してませんよー?」

「余裕でしてますね。6キロほど。

バイト代で補填してましたけど足りなくて、食費に手をつけ始めました。

多分、今も枝豆茹でてます」

「ちょっ…!?」

 

きりたんが申告するや否や、イタコはその場から飛び上がり、クマのように手足を広げて少女に襲いかかった。

 

「天誅ですわーーーーーッ!!!」

「ごめんなさーーーーーーいっ!?!?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「初めまして、東北純子です。皆からは、ずん子って呼ばれてます。

私自身、こっちの方が慣れてるので、ずん子って呼んでください」

 

茹で上がった枝豆をすり潰しながら、「私は悪い子です」とプレートを首から提げたずん子が自己紹介する。

先ほど行われた折檻は、暴力ではなかった。

呼吸困難で殺す気かと思うほどに、数十分に渡る擽りを受け続けると言う、東北家に代々伝わる平和的折檻らしい。

なにもそんなものまで受け継がなくても、とは思うが、東北家は血筋の影響か、平和的に解決しないと確実に死者が出る折檻しか出来なかったとのこと。過去の人間は、殺人に対する忌避感が薄かったのだから仕方ない。

 

「変わったあだ名だね」

「ずんだが好きだから、ずん子って呼ばれてるだけなんだけどね」

「好きにも限度がありますわよ」

 

他人事のように、そんなに好きなのか、と呆れにも似た感心を抱くコナン。

毛利宅にも阿笠宅にも、彼女特製のずんだがひと月分眠っていることを知るのは、彼が帰宅してからである。

 

「話を戻して。がしゃどくろの件ですね。

先日、大慌てで連絡しましたけど、用事とかありませんでした?」

「いえ、特には」

「なら良かったです。こう言った現象に理解のない人って、今の時代多いので…」

「東北や近畿あたりは、まだ一般の方もそこそこに体験してらっしゃるのですけど」

 

どんな魔窟だ。

日本という国に本当に手を出していいのか、敵ながら黒の組織が心配になってきた。

黒の組織は、基本的にそういった類の話を信じない。もし口に出そうものなら、馬鹿にされるか、気が触れたとして始末されるのがオチである。

 

トップは歳を重ねているだけあって、それなりに警戒はしてるのだが、あろうことかそういった職業に就く人間の勘の良ささえも警戒し、頼ることはない。

お抱えの者を作ろうにも、霊が関わることになる人間は、こぞって「やらかせば、思いもよらぬところから、とんでもないしっぺ返しが来る」と犯罪を犯すような真似…正確には、怪異を引き寄せたり、悪霊を生み出すような悪事を避けているため、そもそも誘いに乗る可能性が皆無。

尚、これに関しては生まれつきの才能が大きく作用するので、普通にやらかす神職の人間も居る。

 

「では、がしゃどくろを引き剥がすため、『縁切り』をさせていただきますね」

「縁切り…?」

「はい。こういった現象は、とにかく『縁』に起因があるんです。

一度鎮めても、暫くすればまた狙われる…という怪異も少なくありませんので」

 

「ま、そういう人ほど、粗悪な業者の金ヅルなんですけどね」と言い、微笑んでみせるずん子。

コナンたちはその言葉に、顔を引き攣らせた。

 

「た、大変な業界なんですね」

「ええ。怪異の数に対して、こちらがどうしても少なくなりますね」

「中にはインチキの人もいて。…まぁ、そういう人ほど目をつけられて、最終的に憑り殺される…なーんて事例が殆どですが」

「それで表立った被害が報道されないのは、どうしてですか?」

 

インチキの霊能者など、今時腐るほどいる。

沖矢とコナンは職業柄か、それとも単なる詮索癖か、そういった人間は何人か把握していた。

それら全てが怪異に襲われ、死亡しているとなると、かなりの被害数になるのではないか。

そう懸念した彼らに、イタコは淡々と答えた。

 

「そりゃ、報道できないほど無残な殺され方してるのと、そもそも怪異が、方相氏を恐れて表立って活動しないからですわ。

あなたたち、相当慣れてるようですから具体的に言いますけど、肉か骨が残ってればまだいい方で、最悪の場合は世の終わりまで怪異の中で生き地獄とか普通にあり得ますわよ」

 

その最悪のパターンを引いてしまった人間の末路が非常に気になる。

イタコとついなの絶大な力を目にしたコナンからすれば、最悪の結果というのが想像できないが、世の中はそんなに甘くない。

 

「あ、そういうのを引いてしまった人は助けようがありませんわ。

正確には、『助ける方法はあるけど、怪異が発生してる場所を知る術がない』…というべきかしら?」

「…成る程」

 

要するに、「場所もわからない要救助者をヒントもなしに探せ」ということだ。

二人が新たな疑問を抱く間も無く、イタコは解説を続ける。

 

「依頼があれば、場所の特定も出来て助けられるのですけど…。

インチキ業者相手だと、大体が悪事を働いた結果、縁を切られてる場合が殆どですし…」

「探す人間もいない…というわけですか」

「他人事のように言ってますけど、がしゃどくろもその性質ですよ」

「「え゜」」

 

心臓が喉から飛び出たような声を出し、二人が硬直した。

 

「食うタイプの怪異は大体そうですわよ。コナンくんは、蜘蛛御前を見たでしょう?

アレも腹の中で艱難辛苦全部味わうことになるタイプですわよ」

「………イタコさんと知り合ってて、本当に良かった……」

 

心の底から安堵したため息を吐くコナン。

以前までの彼であれば、こんな与太話を信じるわけがないのだが、先日の経験が尾を引いているのか、その恐ろしさを身に刻み込んでいる。

探偵として死んでも謎は追うが、人間としては、死んだ後も死ぬほど苦しむのは流石にごめん被りたい。

沖矢もまた、コナンの反応と先程の経験からして、その恐ろしさが現実味を帯びてきたのか、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 

「話が長くなってしまいましたね。

夜が来る前に、ちゃちゃっとやってしまいましょう。

ここには結界が張ってあって悪霊が居ませんから、がしゃどくろは目移りせずに真っ先に襲ってきますし」

「め、目移りで今まで生きてたんですか、私たち…」

「時間の問題でしたけどね」

 

ずん子の淡々とした言葉に、改めて震え上がる沖矢。

イタコに儀式を託したずん子は、何処からともなく弓矢を手にし、構える。

 

「では、私は領域内に入って鎮めてきます。

お二人のどちらか、御同行願います」

「警察以外に初めて言われた…」

「では、私が」

 

沖矢が立ち上がり、ずん子の側に立つ。

控えめにいって美麗な出立ちの沖矢を前にしても、ずん子は顔色ひとつ変えず、営業スマイルを向けた。

 

「…なんというか、沖矢さんにテンパらない女の人って初めて見たような…」

「ずん姉様、ずんだ以外に興奮しませんからね。……ホント、将来貰ってくれる人いるんですかね…」

「妹にソレ心配される程なの…?」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…や。食べますか?コレ」

「………いらん」

 

その頃。

ポアロでの業務を終え、帰宅しようとする安室は、待ち構えた人物に悪態を吐く。

そこには、米花町で用事があると散策に行ったはずの、あの教師がいた。

その手には、ビニール袋に入った大量のシガレットチョコがあり、その中の一つを安室に差し出している。

安室が「いらない」と伝えると、彼は残念そうに息を吐いた。

 

「そうですか。…諸伏くんの分も買ってたんですけどね」

「…葬式にも来てただろ、アンタ」

「死んでも霊は残るじゃないですか。君なら知ってるでしょうに」

 

諸伏景光。安室…いや、降谷の幼馴染であり、同じく黒の組織に潜入し、殺された男。

自死ではあるが、謎に殺されたと言えばいいのだろうか。

その顛末は一般の人間なら知り得ぬことなのだろうが、この男なら知っているのだろう。

何せ、黒の組織の追跡を容易く躱し、関わる人間の殆どに変革をもたらす…教師という名の怪物なのだから。

 

「…死が薄くなる。だから、そう考えてはいけないと思ってる」

 

その怪物に飲み込まれるのは、決まって異常な人間だけ。

一人目は、怪物と同い年だった、ある双子の姉。その頃から科学に傾倒し、科学を愛し、科学に全てを捧げ、狂気的なまでに創造に魅力を感じていた、『才害』。

国すら揺るがそうとした天才の牙を削いだのは、怪物の言葉だった。

降谷はその光景を見たことがある。相手を肯定し、同時に否定し、獣が如く猛威を奮うだけの牙を、剣に加工した。

 

二人目は、その双子の妹。生物に魅了され、生物を生殖活動無しで生み出し、人の思考回路の電子コピーすら成し遂げた、同じ『才害』。

彼女は、変わってしまった姉を戻すために、怪物を殺そうとした。結果は、惨敗。彼女もまた、言葉によって、牙を折られた。

 

降谷が見たのは、この二つだけ。だが、彼が異常であることを知るには、十分だった。

 

「薄くなりませんよ。死は、住む世界を一方通行に移動するだけの手段です。

その先が未知だから、その先での最愛との再会が絶望的だから、その先に自身が積み重ねてきた罪への罰が下されるかも知れないから、今までの苦痛が報われることが分からないから、今まで作ってきた自分がそこで止まってしまうから、誰もが恐れ、誰もが罰と思うのですよ」

 

彼の考え方は、少し独特だ。

広い世界を見ているからこそ、頭ごなしに否定をしない。否定しないからこそ、自然に、相手の欠点をより良い方向に向かうように仕向けられる。

黒の組織の首魁が、石橋を叩き過ぎて割るような人間ならば。

 

水奈瀬コウという男は、石橋に変わる、安心できる鉄橋を作り出すような男だ。

 

「……やはり、お前が嫌いだ。水奈瀬コウ」

 

だからこそ、降谷は水奈瀬コウが嫌いだった。

異常も普通も理解して、自分の都合の良いように書き換えてしまうような彼が、大嫌いだった。

 

「そうですか」

 

彼はそれだけ言うと、ビニール袋から一枚の紙を取り出して、降谷に差し出した。

 

「あげますよ。探偵見習いの君へ」

「………これは?」

「なぁに、しがない教師の、ほんのわずかな親切心ですよ。

今日は、この用事で来ただけですからね」

 

降谷はその紙を見て、目を見開く。

慌ててコウに問い詰めようとするも、その姿は既になかった。

 

「…アンタってヤツは、何を考えてるんだ」

 

その紙には、『三日後に起きる予定の大事件』について書かれていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ずんだとは何なんだ…?ずんだとは…、ずんだとは一体…?」

「…沖矢さんに何があったの、ねえ?」

「ずんちゃんと会った初日は、皆そんな感じになりますわよ」

「あの人本当に何なの?」

 

解決後。沖矢は帰りの電車でうわごとに呟いていたという。




東北ずん子…トラウマ製造機。沖矢は暫くずんだ色を見るだけで頭が痛くなった。彼女に慣れると、どんなにずんだが嫌いでも、ずんだを美味しくいただけるようになる。何故かアレルギーも治る。お医者さんに聞いても「ずん子だから」で済まされる。

役ついな…少年探偵団とサッカーしてた。ボールを三個くらい蹴りで破裂させたため、ゴールキーパーにさせられた。

沖矢昴…怪異よりもずんだが怖い。


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純黒の悪夢 その一

どうしよう。今のところ、転がる観覧車を手で食い止めるついなしか思い浮かばない。


「……もう、ノイローゼになりそうや」

「同じくですわ…」

 

とある夜。

イタコとついなは、過労死寸前の身体で床に突っ伏し、呟く。

この町に来て、それなりの時間が経過した。

少年探偵団や毛利探偵事務所の面々と毎度の如く出くわし、毎度の如く事件に巻き込まれ、そして毎度の如く何かしらのよく無いモノを引っ付けている彼らに手を焼いた時間を思い返し、ため息を吐く二人。

正直、舐めていた。

卓越した力を持つがために、せいぜい3ヶ月もあれば終わるだろうと思っていたのだ。

 

しかし、蓋を開ければどうだろうか。

異様な事件発生率に辟易する暇もなく、また人が死んでいく。

結果、良く無いものが溜まり、祓ってもほぼ意味がない。

国にその旨を報告すると、「本格的に東都の封鎖を考えた方がいいか」と意見を求めてくるほど…といえば、どれだけ酷いかがわかるだろう。

 

しかし、都市として重要な機能を果たしていることも事実。

いくら人が羽虫のように次々と殺されど、花火のような頻度で建物が爆発しようと、週一のイベントのように強盗やひったくりが起きようと、『経済だけ』は優秀な都市だ。それも、それらのデメリットから目を背けさせる程度には。

人が多いことも災いし、下手に封鎖出来ず、足踏みしているのが現状である。

 

…因みに、封鎖は確定してる。ただ、何十年も先の未来の話として、だが。

 

「…そういえば、コナンくんらから聞いた?

今度、水族館がリニューアルされるとか」

「聞きましたわよ。…蘭さんに誘われたのですが、私は狐が食べ尽くしてしまいそうですので、お断りしました」

「ああ、イタコさんも誘われてたんか。

ウチは阿笠博士に誘われたわ」

 

彼らが話しているのは、明日の予定。

普段、ニュースを見る暇もない彼女らは、コナン経由で知ったのだが、東都水族館という大きなレジャー施設がリニューアルオープンされるという。

その日は珍しく、特に何の予定も入ってない貴重な休日のため、ついなは阿笠博士の誘いに乗ることにした。イタコも行きたいのはやまやまなのだが、狐が「食わせろ」とうるさく宣うのを危惧して断った。

 

「明日はイタコさん、どう過ごすん?」

「リニューアルのイベント、あるでしょう?

アレに歌姫姉妹がお呼ばれしてるので、その護衛ですわ。

あそこのステージは魚がいないエリアですし、平気かと」

「え?あの人ら、『ここには絶対来ない』とか半泣きで言うとらんかった?」

 

ついなが思い浮かべるのは、歌姫として現在も活躍する姉妹。

以前、この米花町でライブをしたこともあるのだが、例に漏れず殺人事件が巻き起こった挙句、ステージが大爆発。

軽くトラウマになってしまった二人は、半泣きで「二度とこの町で公演しない」と告げたのは、記憶に新しい。

因みに、被害者は殺された被害者を除いてゼロ。阻止したのは、言うまでもなく小さな探偵である。

 

「アイちゃんも見に行くと言ったからじゃないですか?あの二人、アイちゃんに頭が上がらないでしょう?」

「アイちゃんに頭が上がるんは、クソ教師くらいやと思うで…」

 

今頃は寝ているのだろうな、と思いながら、よろよろと立ち上がり、風呂を沸かすため、壁に備え付けられたパネルを操作するイタコ。

と。ついなが急に立ち上がり、ある窓を見つめた。

 

「どうかしました?」

「……ちょっと出かける」

「え?」

 

ついなは窓を開けると、そのまま跳躍し、夜空へと消えていく。

取り残されたイタコは、「自動湯加減が切れる前に帰ってきて欲しいですわ」と呟き、風呂の準備を始めた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

夜の東都。日本のヨハネスブルクは、昼間も騒然としているが、この夜はより物騒な意味合いで騒然としていた。

その渦中には、安室と赤井の姿。

二人は壮絶なカーチェイスを繰り広げながら、ある一台の車を追いかける。

その車に乗る女性は、片手で携帯のメッセージを打ち込み、器用に障害物を避け、また時には障害物を作り出して、追跡から逃れようとしていた。

 

まぁ、その障害物が問題なのだが。

 

障害物とは、車。

普通に通行するものさえも邪魔になると言うのに、彼女は故意に事故を起こすことで、車を更なる障害へと変えていたのだ。

トラックと車に挟まれ、弾かれた車が安室へと襲いかかる。

無論、その車にも運転手と家族がいる。

絶命は免れないのではないか。そんな考えさえする余裕のない安室は、咄嗟に避けようとハンドルを切ろうとした。

 

と。そこへ紅白の一閃が駆け抜け、車を受け止めた。

 

「…………は?」

 

女性がバックミラーに映る光景に目を剥き、言葉を漏らす。

車を優しく下ろした少女…ついなは、走り去る車を睨みつけ、安室の車に飛び乗った。

 

「つ、ついなさん!?」

「乗せてけ。目覚めのドライブや」

 

彼女はそれだけ言うと、パチンコ玉を袋から取り出し、指で挟む。

そのまま振りかぶると、パチンコ玉が赤熱する勢いで投げ飛ばした。

 

(なんてデタラメな…!?)

「ほらほら、早めの節分や。とっととお縄につけやァア!!」

「くぅ……っ!?」

 

まるで散弾銃だ。

赤熱した弾は外しても当てても、橋には着弾しない。それまでに溶ける。

ついなはひたすらに車に向けてパチンコ玉を放ち、タイヤに当たる塩梅を見定めていた。

無論、赤井も相手を逃すような真似はしたくない。

妨害するつもりはないが、美味しいところは持っていく。そのために、安室の車の前に陣取った。

 

「お仲間さんか。アンタも協力してもらうで」

「は?」

 

そんな両者や国家間の事情など、方相氏は知ったことではない。

目についた悪事は取り敢えず止める。協力者など、願ってもない話だ。

彼女は下にいる安室に、どすの利いた声で「チャカ寄越せ」と迫る。

逆らえない安室は、心底不満、渋々と言ったように、震えながら銃と薬莢を出した。

 

「アンタ、撃ち慣れとるな。

アンタが得意な狙撃銃やないけど、我慢してくれ。狙うはタイヤや。殺したらあかん。

なんや厄介なモン憑いとる」

 

何故そんなことまでわかる。

日本という国の恐ろしさを噛み締めながら、赤井は窓から投げ入れられた拳銃を手にする。持っていたのは狙撃銃のみだったので、コレはありがたい。

安室はというと、気に食わないのは山々なのだが、背に腹は変えられないと無理矢理に納得することにした。

 

「ウチがルート絞る。

頼んだで、面の皮が物理的に厚かった兄ちゃん」

「……日本に帰ってから、年下に驚かされてばかりだ」

「こちとら公安入ってから日常だ」

 

ついなが飛ばす球数を増やし、下手に曲がれないように、ルートを絞り込む。

ぶつけて事故を起こす、という手を使えなくなった女性は舌打ちし、ついなを撃ち殺そうと、銃を向けた。

この状況でタイヤは狙えないが、あそこまで目立つ位置に立つついなは楽に狙える。女性は黒の組織に属しているとはいえ、方相氏の人外じみた力は知らなかった。

放たれた銃弾が、彼女の額に当たる。だが、その額には傷一つなく、代わりに凹んだ銃弾が、車の屋根を転がった。

 

(………うっそぉ)

 

あまりの光景に呆然としてしまったのが悪かった。

赤井がタイヤを射抜くとともに、凄まじい衝撃が女性を襲う。

慌ててハンドルを切るも、間に合わない。

あろうことか、橋から飛び出し、落下してしまった。

ついなが助けようにも、すでに車は水没し、残骸となって煙を上げている。

 

コレが純黒の悪夢の始まりだった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「やあやあ、今日はアイも誘ってくれてありがと。飴ちゃん、いるかい?」

「え、いいの?」

「オレ、十個もらっていーか!?」

 

翌日の朝、水族館前にて。

待ち合わせをしていた少年探偵団は、ついなのそばに居るアイが差し出すロリポップに、夢中になっていた。

というのも、このロリポップは少々値が張り、一般家庭の人間にはなかなか手の出せない品。その匂いに誘われて、元太や光彦がつられるのは、仕方のないことだった。

 

「いいよいいよ。その前にちょっとアイからアドバイス。謙虚さも覚えなきゃ、皆と仲良くなれないよ。

ガッつけるのは子供のうちだけだからさ」

「……アレ未就学児なのってマジ?」

「私らも人のこと言えないでしょうが」

 

未就学児の纏う不思議な色香に、コナンが真顔で灰原に問うも、彼女は呆れて返した。

コナンも「そうだった」と現実に辟易しながら、灰原と同じ名を持つアイを見やる。

ついなはその視線に気づいてか、コナンと目線を合わせた。

 

「なんや、コナンの坊っちゃん。アイちゃんのこと、気になるんか?」

「え、あ、うん…。前々から思ってたけど、凄く不思議な子だから…」

「あー…。ま、坊っちゃんと同じで、ただの天才児や。

正真正銘の5歳やで。ウチがオムツ取り替えとったし、出産にも立ち会ったし」

「……組織は無関係、か」

「よかった。安心したわ」

 

二人がそう胸を撫で下ろす。

…因みに、アイと黒の組織は、ちょっとした関わりがある。具体的に言えば、脅迫の被害者と加害者の関係にある。

以前、ある幹部がアイに対して、銃を片手に資金援助を迫ったのだが、ものの見事に失敗。怒り狂ったタカハシによって札束で『男の大事な袋』が赤くパンパンに腫れ上がるほどシバかれ、子供銀行の札束を口いっぱいに詰め込まれた挙句、包装され、風見の元へと来歴資料付きで送り付けられた。

あまりに悲惨な仕打ちから、風見は引き攣った笑いが出たそうだ。

 

「私なんてどこにでもいる、極々普通の幼稚園児だよ。

ところで、小さな探偵さんに、小さな科学者さん。飴ちゃんはいらないの?」

「……貰うわ」

「まぁ、貰えるなら…」

 

お前みたいな幼稚園児が普通だったら、日本が根幹からひっくり返るわ。

そんなことを思いながら、コナンたちはロリポップの包紙を剥がし、口に放り込む。

贅沢品と謳うだけあってか、普段食べるものよりも、幾分か美味く感じた。

 

「さ、挨拶もここまでにして、早く水族館に行こうか。魚さんが逃げちゃうかもよ」

「えー?水槽にいるのにー?」

「比喩さ。できるだけ、伸び伸びと遊びたいって思わないかい?

時間は有限、人生は有意義にが私のモットーだからね」

「……幼稚園児の思想じゃねぇ」

 

歳のわりに成熟した思想に、コナンが顔を引き攣らせる。

灰原もまた、小学生…下手をすれば、本来高校生のコナンよりも更に大人らしい幼稚園児に、複雑な心境を顔に出していた。

 

「……どこかの誰かさんにも見習ってほしい落ち着きね、ホント」

「おいなんで俺見て言うんだ灰原なぁおい」

「アンタがしょっちゅう死にかけるほど無茶やらかすからでしょうが」

「…俺じゃなくて、犯罪者に言えよ…」

「なんか言った???」

「……なんにも」

 

どすの利いた声で迫る灰原に、笑って誤魔化すコナン。

彼女が一頻り怒ると、様子を見守っていた阿笠博士が「まぁまぁ」と宥める。

と。コナンの視線の先に、見覚えのある人物が目についた。

 

「アレって…、イタコさん?今日、来ないんじゃなかった?」

「友達のボディーガードしとるんや。

ちょーっと面倒な立場の子らやし」

 

「仕事の邪魔しちゃあかんで」と促し、コナンたちの視線をイタコから外す。

子供たちも、仕事の邪魔をする行為に忌避感があったのか、彼女から視線を逸らした。

と。その先に。

 

傷だらけでベンチに佇む女性と、目が合った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「っはー…。まさか、あの事故で記憶喪失になっとるとは」

「…僕としてはいろいろツッコミたいことがあるんだけど」

 

記憶を失った女性を知っている人間を探す、と言って聞かない少年探偵団にもみくちゃにされながら、優しげな笑みを浮かべる女性。

それを遠目に見ながら、コナンと灰原、阿笠はついなの情報提供に思案に暮れていた。

安室と赤井が追う理由のある悪人。ついなはその詳細を知らぬが、コナンたち…付け足していうのなら、話をまとめる役目を担っているアイにも、たった一つだけ、思い当たる節があった。

 

「黒の組織、だね。アイも攫われかけたから知ってるよ」

「…っ!?」

「ああ、大丈夫。アイの…いや。『先生の生徒』は揃って優秀だからね。

万が一なんて、この世の終わりが訪れても起きないよ」

 

生徒とは、何かの暗喩だろうか。

コナンがそう思案しかけるも、今はそれどころではないと軌道を戻す。

子供たちにダーツを披露して見せる彼女の姿は、とても黒の組織に属するとは思えない、子供好きの女性のようだった。

コナンたちと接触するのなら、記憶喪失という芝居をする必要もない。

アイはロリポップを転がしながら、息を吐いた。

 

「ついなちゃん。君の苦手な頭脳労働だ。

君は聞かなくてもいいんだよ?」

「…いや、聞かしてくれ」

「ついなさん。奴らは本当に危険な…」

 

灰原が焦燥を込めて訴えかけるも、ついなはそれを遮った。

 

「なら、尚更放っておかれへん。ウチにはウチの天命がある」

「…だってさ。じゃ、これからどうするか、決めようか」

「どうするか…というと?」

 

阿笠が問うと、アイは色違いのロリポップを二つ取り出す。

赤いロリポップと、黄色のロリポップを其々分けて持ち、告げた。

 

「公安に預けるか、FBIに預けるか、だね。

コナンくん、君のとこの糸目。アレ、FBIの赤井秀一でしょ?」

 

赤色は、FBIに預ける選択肢。黄色は、公安に預ける選択肢。

最早、赤井秀一のことがバレていても、特に動じなくなったコナンは、顎に手を当てて思考する。

灰原はと言うと、ぱくぱくと口を開き、愕然としていた。

 

「阿笠博士。彼女のスマホ、SIMカードは無事だから、こっちに変えて。

面倒な手続きは、きりちゃんに言えばいいよ。ハックしてなんとか出来るからさ」

「あ、ああ…。分かった」

「コナンくんたちはアイとお話ししよう。

なぁに、心配ないよ。心強いボディーガードも付いてるし」

 

阿笠博士がアイの指示通りに動く傍ら、コナンはどかっ、とベンチに座り込み、ロリポップを一つ口に含む。

 

「……子供たちが納得するという条件が付くのなら、公安でしょうね」

「だな。…でも、赤井さんに引き渡せば、表立つことなく連行できる。

赤井さんは死んだものとされてるから、撹乱ができる…」

 

どちらを取っても、難しい問題だ。

子供たちの駄々を黙殺することも視野に入るが、あれだけ仲良くしているのだ。然りに様子を聞いてくるに違いない。

それに加えて公安の動きは、黒の組織に漏れる可能性が高い。

FBI…否、赤井秀一に関しては、護送に関しての面倒は起きるものの、比較的隠密にことを済ませることが出来るだろう。

黒の組織に悟られることなく、情報を抜き出したいコナンとしては、後者を選びたいところであった。

 

「公安でええんちゃう?

なんやちょっかいかけて来るんやったら、ウチがなんとかしたるし」

「ついなちゃん。相手は容赦なく兵器使ってきます。どう対応しますか?」

「……やっぱやめとくわ。東都更地になる」

「なんで!?」

 

どう言う経緯でそういう結論になった。

コナンが目を剥いて声を上げるも、自分の理解の範疇を超えているのだろうな、と納得することにした。

 

「……で、第三の選択肢があるんだけどさ」

「三の?」

 

アイは言うと、もう一つだけロリポップを取り出した。

 

「『声』に頼る」

「っ!?」

 

灰原がびくり、と体を震わせた。

ついなも同じく目を見開き、恐る恐るアイに問いかける。

 

「…ええんか?」

「他でもないアイが提案してるんだよ?

いいに決まってるじゃん」

「………ま、参謀サマに任せときゃええか」

 

カラカラと笑うアイに、ついなは思考を放棄する。彼女の考えることを理解するのは、自分には無理だと分かっているからだ。

コナンと阿笠は話が見えないようで、先ほどから首を傾げていた。

 

「あの、すまんが、『声』とは?」

「……『VOICE』」

「灰原?」

 

灰原が心当たりを口にすると、アイは珍しく、心底驚いたように目を剥いた。

 

「おや、知ってたのかい?

結構秘匿してたつもりだったんだけど」

「なんだよ、その『VOICE』って?」

「……ザックリと言うなら、黒の組織の敵対組織…かしら。私も、ベルモットから又聞きしただけだから、詳しいことは知らないわ」

 

灰原は元幹部とは言え、そこまで組織の事情に明るいわけではない。

特に、VOICE関連は下手に手を出せば痛いしっぺ返しを食らうため、組織の中では話題に上がることすら稀であった。それこそ、ボスに信頼されているジンやベルモットでも、進んで話題に出すことがないくらいには。

灰原が知ってることといえば、せいぜいそのくらいであった。

 

「私たちがどんな組織かは置いておこう。あとでいくらでも話せるしね。

時間は有限、人生は有意義に、だよ。さ、もっと有意義なお話しをしようか」

 

アイが足を組み、三日月のような弧を、その口に浮かべた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「嫌だァァァアアア!!!観覧車に爆弾仕掛けられてるとかあり得ない私おうち帰るゥゥゥゥゥウウウッッ!!!!」

「姉さん私だって嫌なんだからセミみたいに柱にくっ付かないでってうっそ力強っ!?!?

イタコさんこのバカ姉引き剥がすの手伝って!!!」

「……ちゅわぁ」

 

その頃、イタコはと言うと。

修羅場の渦中に居た。




赤井秀一…知らんうちに潜伏先がバレてた人。月読アイから正体を勝手に灰原に明かしてしまったお詫びに、高性能なスコープを貰った。

キュラソー…絶賛記憶喪失中。ついなちゃんのことも「面倒見のいい女の子」程度に思えてる。記憶戻ったら多分、宇宙猫みたいなことになる。

月読アイ…なんだこの幼女。なんの格闘術も収めてないのでクソ雑魚ではあるが、口論は先生の次に最強。なお、先生には余裕で負ける。

安室透…めちゃくちゃ不本意だけど、FBIに協力してしまった。この後、黒の組織に殺されかけたり、観覧車の上でそのFBIと異種格闘技やる羽目になるけど、がんばれ。

歌姫姉妹…さーて、なにARIA ON THE PLANETESでしょうか。


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純黒の悪夢 その二

お待たせ!!あの二人、先生で出してないけど!!


「さっきはFBIか公安を選択肢に挙げたけど、どちらも情報を得られずに、彼女を始末されて終わるんだよね。

アイにしては珍しく、無意義な話をしちゃったよ」

 

言って、ロリポップ二つを「食べる?」とコナンたちに差し出すアイ。

コナンたちは「始末されて終わる」と言う言葉に、訝しげに眉を顰め、ロリポップを受け取った。

 

「始末されて終わる…?

それは、記憶を失っているから?」

「違うよ。申し訳ないことに、これは完全にアイたちの落ち度なんだ。偶然とは言えね」

「………成る程」

 

そう。何を隠そう、問題なのは「月読アイ」がこの場に居ることなのだ。

VOICEと深い繋がりのある彼女が、いくら記憶を失ってるとはいえ、黒の組織の一員たる存在に接触したのだ。

事情を知らぬ組織の誰かが視認すれば、即座に「情報は筒抜けになる可能性が高い」として、何がなんでも彼女を始末するべく動くはず。

アイに手を出せば、何が返ってくるか分からない。大きなリスクを冒したくない彼らからすれば、記憶喪失の女一人を始末する方が後腐れなかった。

 

「まぁ、あの組織のことだしね。FBIや公安を出し抜くなんて、簡単なことじゃない?」

「確かにね」

「出し抜かれてなきゃ、赤井さんが死にかけることもなかったしな」

「……あとで説明してもらうからね」

「へ?…………あ゛」

 

と。ここでコナンは灰原の顔を見て、自分の失態に気付いた。アイの雰囲気に呑まれ、この場に居る全員が赤井のことを知っていると錯覚してしまったのだ。

思考を誘導されているような感覚に、先日出会った教師を思い浮かべつつ、コナンは咳払いした。

 

「で。その『声』とやらに任せときゃ、彼女が始末されることは無いんだな?」

「探偵くんに何か策があるなら任せるよ?」

「……いや、残念ながらねーな。彼女が協力者になり得るなら、話は別なんだけどよ」

 

ボリボリと頭をかきながら、自分の力不足を痛感するコナン。頭脳明晰な高校生探偵とは言え、今の体躯は小学一年生。

出来ることは限られてくるし、警察やFBIにも頼れないのならば、協力者も必然的にいなくなってしまう。

組織壊滅を目論むベルモットに協力を仰ごうにも、彼女の立場を考えれば、確実に女性は始末される。

残された選択肢は、そう多くはなかった。

 

「今動かせる手駒は…ついなちゃんだけか。

あの子、来るよね?使えるかな?」

「アイちゃんに言われりゃ動くやろ、あの残念。報酬は要求されるやろうけど」

「ま、それは仕方ないさ。私たち全員、ワガママなんだし」

「まーなー」

 

アイは手駒を確認すると、紫色のロリポップを一つ取り出し、ついなに差し出す。

話の見えない彼らは、こてん、と首を傾げた。

 

「…もう策があるのか?」

「というより、前々から考えてたんだよね。

先生ってば、心配性だからさ。

ほらこれ。うちに所属する作家に書かせた『犯罪組織の結構重要そうなポジションの構成員が記憶喪失になってしまった矢先に遭遇した時の行動マニュアル』一冊215ページ」

「「「そんな限定的すぎる状況のマニュアル用意してるの!?!?」」」

 

VOICEの全貌が気になりすぎる二人であった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

絶体絶命とはこのことか。

安室はそんなことを思いながら、今の状況を冷静に分析する。

今日、黒の組織によって三人のスパイ…NOCが消された。そして、自分と水無怜奈…コードネーム『キール』が、捕らえられているこの状況。

 

(あの先輩が渡した資料通り、コレはほぼバレかけてるな)

 

先日、あの性悪な先輩に渡された資料。

そこに書かれた大事件の引き金となるのは、『警察庁に侵入者が出る』こと。それが起きたのが、資料を渡された三日後だった。

あの先輩は、自分の後輩がこれから死にかけることを分かってて、「なんの権限もないから」と放置しているのだ。

性悪にも程がある、と思いながら、ある方向へと視線を向ける。

 

そこには一人の少女が、暗闇に溶け込むようにして佇んでいた。

 

『捕まったら、まず右上にバレないように視線を向けろ。協力者がいる』

 

資料に書いてあった指示通りの場所だ。

少女…ミリアルは、暗闇の中でギリギリ見えるくらいの位置に、スケッチブックを広げてみせた。

 

『そのまま大人しくしててください。

危なくなったら、バレないように助けます』

(……成る程。釣り餌か)

 

どこまでも、関わりを持った人を掌の上から逃がさないわけだ。

今すぐ助けることくらいわけないだろうに、即座に行動に移さない理由など、そのくらいしか思い浮かばない。

自身を見張るウォッカに、ライトに照らされ、顔の見えないジン。

はっきり言って、誤魔化すのは不可能だ。

 

「バーボン。お前に至っては、キュラソーが送ってきたNOCリスト以外にも、疑わしい要素がある」

「………へぇ。お聞かせ願えますか?」

「水奈瀬コウ。あのVOICEの首魁と接触されたな?」

 

『あ、計算のうちです。ご心配なく』

(あのクソヤロウこれまで見越してやがった畜生!!)

 

自分が死にかけてる一因に、あの先輩が関わっているという事実だけで腹が立った。

首筋に血管を浮かべながら、安室は必死に誤魔化す算段を組み立てる。

 

「余計なことは一切話してませんよ。精々、昼間のバイトの愚痴くらいです」

「どうだか、な。そもそも、この2つだけでも、弁明を聞かずにお前を殺してもいいくらいだ」

 

NOCとバレただけの方が、まだマシな気がする。

キールはまだNOCの疑いがあるだけで、自分ほど強烈な疑いがある訳ではない。

あの先輩はどれだけ自分に迷惑をかければ気が済むんだ、と頭痛のする脳をフル稼働させてこの場を凌ぐことを考える。

 

「そんな僕を殺さないのは、情報が不十分だからではないですか?」

「それだけだと思うか?」

「……いいえ」

「フッ。流石にそこまでバカじゃないか。

お前も分かってるだろうが、お前の周りにヤツの放ったネズミが張り付いていないか、警戒してる。

ヤツのことだ。貴様がどれだけ繕おうと、腹に何か抱えてることは見透かし、見張りをつけているはず。

この硬直状態に、ネズミが痺れを切らすのを待ってるのさ」

 

『あ、自分我慢強い方なんで、2ヶ月くらい待てますよ』

(俺が死ぬ!!見ろ!!銃口ずっと俺の眉間に向いてるんだぞ!?そもそもこの状態で2ヶ月も放置されたら餓死するわ!!)

 

安室が怒涛のツッコミを入れた矢先。

 

照明が落ちた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「やっぱり私嫌だァ!!

こんな物騒な町今すぐ逃げだしてやるゥゥゥゥゥウウウ!!!!」

「イタコさん、がんばって!!」

「ぢゅわぁァァァァあ…!!馬鹿力すぎて抑え込めませんわ゛ぁ…!!

ONEちゃんも手伝ってくださいまし…!!」

「ホワッキョエアアアアアアア!!!!」

「姉さん、落ち着いて!!アイドルが出しちゃいけない声出してるからぁ!!」

「IAちゃんってこんな子でしたっけ!?」

 

その頃、イタコはというと。

まだ修羅場にいた。

 

♦︎♦︎♦♦︎

 

「……観覧車に、爆弾?」

 

アイに告げられた言葉に、コナンが目を丸くする。

一方でアイはというと、「今時珍しくもないでしょ」と笑みを浮かべた。

 

「手っ取り早く始末するには、事故に見せかける必要があるからね。

観覧車の主軸が壊れたせいで、その下にいた人間が大量に死ぬ。

その中の一人に彼女が含まれていても、誰もが『悲しい事故』で済ませるでしょ?」

「っ、くそッ!!」

 

そんな話があってたまるか。

コナンは即座に策を頭の中で練り、博士の車へスケボーを回収に向かおうとする。

が。アイが手を握ることによって、その動作はピタリと止まった。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。今すぐ『ボンッ』てワケじゃない。

ヤツらがやらかすのは、どんな時?」

「……確実に『邪魔者』が始末できる時…だな。そうだった。ヤツらは確実性のない行動は避ける」

「正解。ただ無差別に爆破をやらかせば、それはただの無計画なテロだよ」

「ヤツらは犯罪組織。常に危ない橋を渡ってる以上、何かしら利益の出る行動しか取れない」

 

流石にコナンとアイのやりとりについて行けないのか、ついなが「はぁー…」と感嘆の息を漏らす。

いくら方相氏として優秀であっても、中身はただの中学生。鬼に関しては右に出る者がいない程に詳しいが、この手の話題は専門外であった。

 

「…ごめん、うち『今すぐ爆弾が爆発するワケやない』って位しかわからん」

「わかんなくても良いよ、然程重要じゃないから。重要なのは…」

「仕掛けられた場所だ」

 

コナンが神妙な面持ちで答える。

どうやら、答えに辿り着いたらしい。アイは満足そうに頷き、本日何本目かもわからないロリポップをコナンに差し出すも、「流石にもういらない」と拒否された。

少し残念そうに、表情を暗くしたアイは、話を続ける。

 

「さっきも言った通り、仕掛けられた場所は観覧車の主軸部分。

でも、そこは本来、関係者以外立ち入れないはずなんだ」

「と言うことは…」

「水族館のスタッフに、黒の組織のメンバーか協力者が居るってことだ」

「……ああ、成る程。

あんな目立つ場所に爆弾仕掛けられるんは、スタッフしかおらんしな」

「付け足すなら、リニューアルオープン初日だ」

 

リニューアルオープン初日で爆弾を仕掛けられるとは、なんとも運の悪い。いくら米花町が経済都市とはいえ、もし爆発すれば、経営者の財布への大打撃は免れないだろう。

 

「何はともあれ、まずは爆弾の解除が先だな。警備が厳しい中、どうやって忍び込むか…」

「ウチが『鬼が入った』って嘘吐こぉにも、残穢があらへんから公安が首突っ込んだらしまいやしなぁ…。

リニューアルオープン初日やから、業者がもう祓ってもぉとるし」

 

悶々と皆が唸る中、阿笠が血相を変えてこちらに駆けてきた。

 

「大変じゃ、しん…、コナン!!」

「おいおい、危なっかしいな博士。どうかしたか?」

「コレを見ろ!!」

 

阿笠がSIMカードを入れ替えたスマホをコナンに見せる。

コナンは訝しげにソレを見た直後、引ったくる様に携帯を受け取り、何かしら操作する。

ソレを覗き込んだアイは、コナンに問うた。

 

「…あー、送信しちゃった?」

「しなきゃ安室さんが…」

「……ま、いっか。想定内」

 

予定が少し狂ったが、安室が助かる上にNOCの疑いが晴れるのなら僥倖だろう。

アイがそんなことを考えていると、少年探偵団の面々がやってきた。

どうやら、アイたちが話に夢中になっているのを訝しんだようだ。皆は顔を見合わせると、互いに頷いた。

 

「コナンくんたち、こっちで遊ばないの?」

「もうイルカショー始まっちゃいますよ?」

「でーっかいサメが居るんだってよ!見に行こうぜ!」

「この子たちすごく元気で…。

おじいさん、世話をすると言った手前、申し訳ないんですけど、一緒に面倒みてもらえませんか?」

 

散々もみくちゃにされたのだろう。

少しだけ疲れを見せた女性の言葉に、阿笠が「こちらこそ、押し付けてすみませんなぁ」と頷く。

コナンたちもまた、三人に駆け寄って繕った笑みを浮かべた。

 

「ごめんごめん、ちょっと大事な話してたんだよ」

「アイはカフェテリアに行きたいかな。メニューの提供に、ちょっと噛んでるんだ」

「私もカフェテリアがいいかしら。

蘭さんから、『アップルティーが美味しい』って来てたから」

「ウチはペンギンやな。ひっさびさの休みやから、可愛いモン見て癒されたいわ」

 

そんな談笑をしながら、その場を後にする少年探偵団たち。

と。それを遠目で見つけた女性が、青い顔をした。

 

「月読アイ…。まずいことになったわね…」

 

運命の時は、刻一刻と迫っていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「アイちゃんからファックス来てるけど」

「古典的すぎません?」

 

その頃、とある喫茶店にて。

珈琲が甘ったるくなるまでミルクを突っ込んだ、最早ただの甘い汁と化した液体を飲む少女に、エプロン姿の金髪の少女がファックスを差し出す。

古典的な手法だな、と思いつつ、少女はカップを置き、ファックスに目を通した。

 

「……マキさん。ここから東都水族館まで何分でしたっけ?」

「ゆかりんなら二分とかかんないっしょ」

「流石にお調子乗りの私でも、こんなとこで『チート』使いませんよ。

社会貢献として、きっちり払うものは払う。コレが鉄則です」

 

ふふん、と自慢げに語る少女。

ソレに対し、金髪の少女は半目で睨め付けた。

 

「じゃ、毎度ツケちゃダメじゃない?ゆかりん、ウチの依頼で稼いでるんだしさー」

「うぐっ」

 

ボディブローを食らった様な声を上げ、机に突っ伏する彼女。

しかし、金髪の少女の攻撃はまだ終わらない。

 

「その『チート』、昨日寝坊して遅刻しかけた時、使ってたよね?」

「はい…」

「結果、どうなった?」

「なんか悪趣味なカッコの犯罪組織に見られて挙句スカウトされかけました…」

「そのあとは?」

「えっと、なんか取り敢えずカッコいい言葉ならべたコードネームをドヤ顔で名乗って何人殺したかとか自慢してきたんで、取り敢えずブチのめしました」

「続き、あるでしょ?」

「……悪行三昧な来歴をプリントして張り付けて、包装して警察に届けました」

「うん。カッコ付けれる立場かなー?」

「…………はい。調子に乗りました。申し訳ありません」

 

完全にプライドをかなぐり捨て、その場で土下座をかます少女。

金髪の少女はというと、付き合いが長いためか、「はいはい、頭上げて」と投げやりに流した。

 

「取り敢えず早く行ったほうがいいと思うよ。『チート』使うにしても、交通機関使うにしても。

混んでるだろうし、指定時間に間に合う様に行くんなら、今すぐ出る他ないでしょ」

「……いや、マジで私とついなちゃんだけで『アレ』するんですか?ウソでしょ?」

「アイちゃんは?」

「………ウソ吐きませんね、はい」

 

少女は深いため息を吐き、財布を取り出す。

そこから少し厚めの札束を取り出すと、金髪の少女に差し出した。

 

「コレ、ツケの支払いです。超過分は面倒なんで取っておいて下さい」

「雑益計算面倒だから、後でお釣り受け取りに来て」

「…………はい」

 

いまいちカッコつかないな、と頭を抱え、少女は店を出る。

と。凄まじい衝撃が、店全体を揺らした。

 

「……結局使うんだ」

 

どこまでもカッコ付かないな。

そんなことを考えながら、金髪の少女はため息をつき、厨房へと戻った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『我'タ-死四肢支she死私see…、o悪、ナ#禍、・欠架化、カk@か、減、hell/ヘル、ま死・た』

 

水族館の地下深く。雑音に近い声が、怨嗟の様に渦巻いていた。




月読アイ…気づいた時には大戦犯かましてしまった人。

安室透…危うく2ヶ月間放置されかけた人。ありがとう赤井(ネタバレ)。お前のおかげでなんとかなったけどそれはそれとして許さんぞこのやろう。

ベルモット…気づいてしまった人。この人のせいで早めの観覧車「ボンッ」が確定した。キュラソーは情報を吐くだけ吐かせて殺せとラムから連絡があった。霊障の類は遭遇したことがない。

ミリアル…赤井さんに手柄を取られたアンドロイド。百億の男を放置しかけた罪は重かった。

結月ゆかり…いまいちカッコ付かない二枚目ツラの三枚目。美人だけど、それ以上に中身が残念。VOICEの中で口論最弱。多分、元太にも負けるくらいのクソ雑魚ナメクジ。煽り耐性は皆無。尚、戦力としては最強。黒の組織に勧誘されたが、なんか態度が気に食わなかったので断ったら兵器持ち出してきたので『チート』と称する力でブチのめした。因みに琴葉博士産のもの。加減間違うとキック力増強シューズより悲惨なことになる。

弦巻マキ…今日はパパンの手伝いだから水族館に行けなかった。実は小さい頃、水族館のペンギン相手に弾き語りをして、ペンギン全員が感動のあまり水槽を抜け出して彼女の後について行ったという逸話がある。
ゆかりとは幼馴染。そのため、彼女のポンコツ具合をよく知っている。

???…結論から言うと霊障の類。一応それなりの知性はある模様。ただし、マトモな思考回路もなければ、言語能力も破壊されている。強さで言えば、蜘蛛御前が小指のデコピンで跡形もなく消し飛ぶ。


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純黒のナイトメア その三

観覧車爆破よりひでぇことになってやんの。


「あ、イタコさん!」

「ちゅわっ?」

 

漸く修羅場から抜け出せたイタコが、ステージ前で一息ついていると。

ふと、人々の声に混じって、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

イタコがそちらを見ると、こちらに向けて手を振る蘭と鈴木園子、その保護者役として、毛利小五郎の三人がいた。

三人はイタコに駆け寄ると、彼女が右腕に付けた警備員用のワッペンを見て、「あ、お仕事中でした?」と申し訳なさそうにする。そこまで気を張る必要もないため、イタコは「休憩中ですから」と笑みを浮かべた。

 

「前に誘った時、用事があるから来れないって聞いてましたけど、ライブステージの警備員してたんですね」

「正確に言えば、今歌ってる子たちの臨時のボディガードですわ。深い付き合いがありまして、マネージャーさんに頼まれましたの」

「今歌ってる子っていやぁ…」

「ARIA姉妹でしょ!!」

 

ステージの映像を見上げ、園子が鼻息荒くイタコに詰め寄る。資産家の娘にしては、随分と庶民的でミーハーな彼女のことだ。歌っている姉妹のことも、もちろん知っていた。

彼女は資産家の娘という生まれついての立場を存分に利用し、有名人を呼び込んでのパーティーを頻繁に催す。無論、その有名人の中に、一度だけARIA姉妹も呼んだことがあった。

…後はもうお察しの通りである。恒例のように、殺人事件が起きた。しかも、颯爽と現れた探偵…小さくなる前の工藤新一が解決した直後、最後の最後に会場が爆弾によって木っ端微塵に吹っ飛んだ。

米花町はもう少し、検問を厳しくした方がいい気がする。

 

「イタコさん、二人と知り合いだったんだ」

「あー…。まぁ、いろいろありまして」

「えー?いろいろってなによ〜?」

 

VOICEのメンバーは加入時に、揃って一悶着あったことで知り合ったなど、口が裂けても言えない。

基本的にメンバーが増えた理由は、ほぼ全てにテロ、霊障、災害の三つが絡む。

中には秘匿した方がいい物も多数…というより、大部分がそうであるため、下手に口を滑らせないよう、話術については徹底的に教師と幼女の二人に扱かれるのだ。

お陰で、口が羽のように軽かったゆかりも、その話題をおくびにも出さないようになったため、その効果は折り紙付きである。

 

「そんなことより。

彼女らの歌声、モニター越しでなくて生で聞きたいとは思いませんか?」

「え?でも、私たち抽選会で外れて…」

「融通してもらって、開けてる席がいくつかありますの。そちらに案内しますわ」

「ウソ!?イタコさんありがとー!!」

 

園子と蘭にもみくちゃにされるイタコ。

が。ここでふと、違和感を感じ、狐の耳に神経を集中させる。

 

「………私はまだ仕事がありますので、案内した後は離れてしまいますけど…。

お二人の歌声を楽しんでくださいまし」

「ありがとうございます、イタコさん。随分と世話になりっぱなしで…」

 

イタコは着物の袖の中で、携帯のメッセージアプリを立ち上げ、素早く文字を打ち込んだ。

 

『地下にとんでもないのが居る。小さなパニックでも起きれば目覚める可能性大』

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……どーする?観覧車爆発確定してる状況だけど」

 

カフェテリアにて。

女性とスイーツを囲んでいる子供たちをよそに、五人が送られたメッセージを囲み、アイが珍しく引き攣った顔を浮かべる。

灰原と阿笠は霊障の類にまだ遭遇したことがないため、訝しげに眉を顰めるだけであったが、コナンはイタコが『ヤバい』と言う程の存在が、自身の足元にいるかもしれない状況に、生唾を飲み込んだ。

 

「…………えぇ?イタコさんがあんだけ言霊込めて『ヤバい』言うのと戦わなあかんの?

ゆかりんの装備って霊障対策しとるっけ?」

「イタコさんがやってくれたよ」

「…危険度陸くらいで済んでくれ…」

「危険度って、霊障にそんな尺度あるの?」

 

コナンが問うと、ついなは首肯し、巻いた髪に手を突っ込む。

と。そこから巻物を取り出し、広げてみせた。コナンたちがその巻物を覗き込むと、見事な筆遣いで霊障の段階と危険性が一眼でわかる表が描かれていた。

 

「これが危険度な。十段階で、シンプルに数字大きくなるほどヤバい。

壱は無害、弍は微弱な精神汚染、参はかすり傷程度の被害、肆は大怪我、伍は少数の人間が死亡する危険性あり…。

こっからがヤバくなってくる。陸…蜘蛛御前くらいの被害を想像してもろたらええわ。漆は…少なくとも町一つが壊滅、捌は少なくとも都市一つが壊滅で、玖になると国滅亡、拾は滅多に出ぇへんけど、世界滅亡やな」

「い、いるにはいるんだ…」

 

コナンたちは知らないが、危険度拾の霊障が、この世紀末のご時世に生まれない方がおかしい。

ついなはイタコたちと協力し、拾を2体は倒しているので、かれこれ二度も世界の危機を救っているということになる。…まぁ、滅亡の危機は、犯罪率が爆発的に増加してるのが原因なのだが。

 

「…拾になると、無傷じゃ済まへんかったしなぁ。1回目は海の底、2回目は上空数千メートルやったから、被害なくて済んだけど…。

もし拾やったら、いくらウチらが戦っても、少なくとも東都は地図から無くなるな…」

「なっ…!?」

 

コナンは顔をみるみるうちに真っ青にし、その場から立ち上がる。

が。結局のところ、なにもできないことに気づき、そのまま座った。

 

「……その、霊障って本当に起きるの?」

「ワシも専門外じゃから知らんのじゃが…、月読の方のアイくん、どうなんじゃ?」

「起きるよ。公安の安室さんに聞くといい。

彼、何度か捌の霊障に遭遇してるから」

(あの人も大変だな…)

 

今現在、霊障とは全く関係ないことで死にかけていた安室のことを思い浮かべながら、コナンは同情の念を浮かべる。

同時に、絶対に公安になるなと警察官を目指す知人に言っておくべきか、と思案するも、即座に頭を振って無駄な思考を追い出した。

 

「で、どうするんだ?

観覧車の爆発を止める手立ては…」

「ハッキリ言うとないね。このまま霊障が起きるのを指を咥えて見てるしかないよ」

「クソっ…。どんな厄日だよ…」

「この町、毎日が厄日だと思うけどねぇ」

 

(……否定できないわね)

(否定できんのう…)

(…否定できねぇな…)

 

そのうちマジに滅ぶんじゃなかろうか。

少し前なら「有り得ない」と切り捨てていた可能性を思い浮かべ、コナンは思わず身を震わせた。

 

「…ま、停電が起きるだけでもアウトらしいけどさ」

「……なぁ。それ、起こすなって方が無理じゃないか?」

「うん。無理だね。ハッキリ言うと、霊障のせいでどうしようもないくらい詰んでる」

「黒の組織も水族館のリニューアルオープンもタイミング悪ィな…」

 

と。コナンがそう呟いた時だった。

ついなの鞄が、ガタガタと震え出したのは。

皆がそれに目を剥くも、ついなとアイは何でもないように鞄を開き、中から方相面…ディクソンを取り出す。

ディクソンは不気味な笑みを浮かべながら、ケタケタと笑っていた。

ついなはソレを半目で睨め付けた後、アイアンクローをかました。

 

「じゃかぁしいわ。もうちょい静かにせぇよ叩き割るぞ。

………あん?交信?…ま、敵を知ることも大事やしな。やるだけやってみぃ」

 

ついなが顎で指示を出すと、ディクソンの動きがピタリ、と止まる。

と。次の瞬間。ディクソンの口から、壊れた機械のような声が響いた。

 

『悪、t@し_ハ、巣食・烏Death。愚…火荷禍欠//nあ、JIN LOUI#○!!

ワ堕死ノ、掬・U餓、みンn@の9災!!』

 

狂気と邪悪をごちゃ混ぜにしたかのような、地の底からの声。

コナンたちは瞬きすら忘れて、ディクソンの放つ文字列に聞き入っていた。

 

『酸食ゥn○駄!!School ノ・→ヨ!!コ之、魔_血.癡魑地//gAッた#セ快!!』

 

一際、不安を煽るような笑い声を上げ、ディクソンが黙る。

ついなはテキパキと面を鞄の中に戻し、深いため息をついた。

 

「……何だ、あの声?」

「今回の霊障と交信しとったんや。コイツの行動原理を知った方が、対処が簡単やと思ったんやけど…、あかんわ。朗報なんは、少なくとも拾やのーて、捌か玖っちゅうくらい。

こんだけ負の気強いくせして、言語能力が死んどるのが証拠やな。

祟り神かなんか、タダでさえヤバいのが負の気に喰われたってとこか」

 

ついなが捲し立てるように言うと、コナンは首を傾げた。

 

「……神様なのに喰われるのか?」

「言い方変えるわ。飲まれた。

酒癖悪いDV男が、酒飲み過ぎたって思ったらええ」

(ソレで東都吹っ飛ぶんだったらたまったモンじゃねーよ…)

 

都市一つか国一つかは分からないが、少なくとも土地が吹き飛ぶほどの被害が予想される災害。

その原因が『化け物がただ酔っぱらったせい』など、納得できるわけがない。

公安や国の上役も大変だな、と思いつつ、コナンたちは対処について話す。

 

「地下に潜って霊障を倒すとか出来ねーのか?方相氏って、銃握り潰すくらいの力持ちだろ?地下に潜るための穴くらい…」

「無理や。イタコさんが慌てて連絡してくるくらいやし、感知できんほどに深いとこおる。掘るにしても一日はかかるで」

「爆弾をどうにかするしかないのか……」

 

霊障をどうにか出来ないなら、爆弾を止める必要がある。

黒の組織に近づくだけのはずが、いつの間にか国の危機を救わなければならない事態にまで発展している。ただの停電だけで国が滅ぶとは、世も末だ。

 

「月読の方のアイくんのコネで観覧車の主軸部分まで入れんのか?月読グループも、リニューアルに噛んでるんじゃろ?」

「博士、忘れたの?

水族館のスタッフには、組織の息がかかった人間がいるかもしれないのよ?」

「おっと…」

 

皆であーでもない、こーでもないと悩んでいると。

特徴的な髪飾りを付けた少女が、こちらへと歩み寄ってきた。

 

「お、ナイスタイミング」

 

アイが席を詰めると、少女はその席に座り、ふぅ、と息を吐く。

すかさず差し出された紫色のロリポップを受け取り、口に放り込んだ。

 

「で、爆弾は何処ですか?」

「その前に、ちょっと面倒なオプションが追加したんだよね。

その分、報酬は弾むからさ。お願い聞いてくれる?」

 

もしや、爆弾解除のプロフェッショナルなのだろうか。

コナンたちがそう期待を抱くが、現実はそう甘くない。

 

「……具体的にいくらですか?」

「百万」

「やっふぅ!!この頭脳明晰、文武両道、冠前絶後、一騎当千のゆかりさんになんでも任せなさい!!」

「……一騎当千しか合っとらんでー」

 

容姿は端麗なのに、どことなく小五郎や園子と似た雰囲気を感じる。

コナンは出会って数秒の少女に、そんな失礼な感想を抱きつつ、彼女のことを問おうと口を開く。

が。即座にそんな場合ではない、と思考を振り払った。

 

「ちょうど探偵くんも気になったようだし、紹介するよ。

今回、爆弾をなんとかしてくれる結月ゆかりちゃん、高校二年生だよ」

「どうも、結月ゆかりです。

しがない何でも屋なんで、気軽に相談どうぞ。子供からでもお金はいただきますけど」

(…マジで小五郎のおっちゃんみてーだな)

 

仕事の規模は違えど、その気質はまさに小五郎と瓜二つだ。もし彼に会わせれば、意気投合するんじゃなかろうか。

コナンが引き攣った顔でそんなことを思っていると、ゆかりの纏う雰囲気が変わった。

 

「…で、厄介なオプションってのは?」

「騒ぎ起きる、地下にいる捌か玖の霊障起きる、ジ・エンド」

「成る程」

「あと、黒の組織っていうヤバい組織絡んでるから気をつけてねー」

「……私、ソイツらに結構絡まれてるんで、今更だと思いますけど。

昨日もなんかブランデーとか言う変なのに殺されかけたんですけど」

 

ゆかりの言葉に、灰原が飲みかけたアップルティーを盛大に吹き出した。

被害を被ったコナンは、ハンカチで濡れた部分を拭きながら、半目で灰原を睨みつける。

 

「何すんだよ…」

「逆にアンタはなんで驚かないのよ!?」

「いや、なんかもう慣れた」

「慣れた!?」

 

ここ数ヶ月の間で、ありとあらゆる霊障に遭遇しまくったコナン。並大抵のことでは驚かない胆力を身につけてしまっていた。

探偵としての貫禄がつき始めたようにも見えてくるその振る舞いに、灰原は腹を立てたのか、不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「…彼女に組織のこと、聞かないの?」

「今は人命優先だ。あとでゆっくり聞くさ」

「……そ」

 

コナンたちが、そんな熟年夫婦のようなやりとりをしている傍ら。

ゆかりは、子供たちと談笑している女性をマジマジと見つめていた。

 

「……アレ、その組織の仲間ですかね?ファッションが超似てるし」

「まーね。始末される可能性大だから、助けようとしてんの」

「ふーん…」

 

ま、仕事にゃ関係ないですけど、と呟き、席を立つゆかり。

コナンたちは見落としていたが、アイとついなには、ばっちりとその手が見えていた。

 

機械に覆われた歪な手が。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…まさか赤井に感謝する日が来るとはな」

「赤井秀一が来なけりゃ、まずスパイやめなきゃでしたもんね」

「……あと、コナンくんにもか」

 

時は遡り。

赤井の助けとコナンの機転によって、なんとかスパイの疑いを晴らした状態で安室を救い出せたミリアル。

照明が落ちた瞬間に、発砲されると言うアクシデントはあったものの、弾丸は安室の脳天を貫く前にデコピンの風圧でベコベコにしておいた。

 

「…というか、君、あの性悪の何なんだ?

VOICEのメンバーの共通点も読めないが、そこも読めないんだが…」

「生徒…って言うか…。

私、琴葉茜と琴葉葵の子供なんですよね」

「…………は?」

 

女同士で子供って出来るっけ?そもそも計算合わなくない?

安室がそんなことを考えていると、ミリアルは驚きの行動に出た。

 

「あれ?聞いてません?私アンドロイドなんですよ。ほら」

「わ゜ーーーーーーっ!?!?」

 

首チョンパである。

普段見る首無し死体とは違い、生首がデュラハンが如くペラペラと話してるのを目の当たりにし、声にならない悲鳴をあげる安室。

その断面は、元より切断が予定されていたのか、配線の類は殆ど見えない。

しかし、そこに貼られたある一文を見て、安室はそのこめかみに青筋を浮かべた。

 

『アンタが「この国とは違う、もう一人の恋人になってくれませんか」って告白したら「重い」って真顔で言われてフラれた女、結婚して双子産んだらしいで』

「なんで!!アイツが!!知ってる!!?」

「まぁまぁ(爆笑)」

「口に出して(爆笑)とか言うな普通に傷つく!!お前やっぱあの性悪どもの関係者だな今思い知ったわ!!!!」

 

安室が涙目で怒鳴り終えると、こほん、と咳払いした。

 

「…で、俺を助けるミッションは終わったのに、何故この場から去らないんだ?」

「それが、現在遂行中のミッションがとんでもない方向に行きまして。

一人でも戦力が多い方がいいと踏んで、あなたと…、あと、あなたを助けた赤井秀一を連行するように頼まれてるんです」

「は?」

 

安室が目を丸くしていると、首を戻したミリアルが、視線を後ろに向ける。

と。次の瞬間。その場に凄まじい勢いで突っ込んできたファミリーカーが止まった。

 

「ミリアル、連行してきた」

「流石姉さん。仕事が早い」

 

顔を出したアリアルと談笑を交わす二人をよそに、安室はファミリーカーの後部座席に居る男を見て、目を丸くする。

そこには、先程去っていったはずの赤井が、何とも愉快な姿勢で転がっていた。

 

「……これは何なんだ、一体?」

「あ、赤井!?」

「はいどーん」

「いっだぁ!?」

 

と。ミリアルが安室のケツを蹴り上げ、半ば誘拐に近い形で車に放り込む。

その際に安室と赤井の唇が熱烈に接吻を交わし、二人は即座に姿勢を直し、その場で口を押さえた。

 

「な、何をするんだ君は!?!?」

「それはこっちのセリフだお前截拳道の達人だろ抜群の反射神経で避けろよ俺のキスは男にするためのもんじゃないんだぞ!?!?」

「それ君にも言えるよな!?」

 

ギャーギャーと言い合う二人を無視し、ミリアルは即座に助手席に座る。

アリアルがそれを確認すると、思いっきりアクセルを踏み、真っ直ぐに海へと向かった。

 

「衝撃が来ますので、シートベルトを閉めてくださぁい」

「また接吻しても知りませんよー」

「待て待て待て待て待て待て落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるゥゥゥゥゥウウウウウウ!!??」

「……今日は、厄日だ」

 

四人を乗せたファミリーカーは、派手な水飛沫を上げながら、海へと飛び込んだ。




ブランデー…黒の組織の幹部。ゆかりにワンパンされた。二度と出番はない。

結月ゆかり…実はパーカーがパワードスーツになってる。それに関係なく、格闘技の達人でもある。顔は仮面で隠れるので、なんとか顔バレはしてない。守銭奴で競馬好きで麻雀好きで、散財癖もバッチリある。小五郎のおっちゃんと気が合うと思う。

安室透…本日の被害者その一。赤井秀一とキスしてしまった挙句、ファミリーカーで海にドボンしてしまった男。尚、車は潜水機能もあるので普通に無事。東都水族館に着くまで赤井と大喧嘩してた。尚、黒歴史は赤井にもバレた。ここだけの話、赤井とはこの後、5回は接吻する羽目になる。無論ゲボる。

赤井秀一…本日の被害者その二。安室との大喧嘩する前、アリアルに「狙撃訓練の途中、ワートリの狙撃手連中が如く教官へ『LOVE』と書いたが、『お前はタイプじゃねぇ。真面目にやれボケ』とフラれた挙句に殴られた」という黒歴史を暴露されて恥ずかしい思いした。無論、安室との喧嘩中にも暴露されて爆笑された。5回も接吻されて盛大にゲボった。


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呪ン黒No.亡イto目悪

タイトルがバグってるのにはきちんと理由があります


「はぁア!?あんなヤバイのほっといたってのか!?業者の奴ら何考えてたんだ!?」

「地下深くに眠ってたんで、気づかなかっただけですよー」

 

海路で水族館に向かう最中。

あの後、赤井と5回も熱い接吻を交わし、盛大にゲロを吐いた安室が、エチケット袋を結びながら叫ぶ。

一方で、赤井は何のことか分かっておらず、疑問を顔に浮かべながら、これまた自分の吐いたモノが入ったエチケット袋を結んでいた。

 

「バーボン、その、ヤバいのというのは?」

「FBIのお前は信じないだろうが、霊障だよ!それもただの霊障じゃない!!下手すりゃ国一つ簡単に吹き飛ばすバケモノだ!!」

「国一つ!?そんな規模までいくのか!?」

「………あれ?知ってる?」

 

よもや霊障を知ってるとは微塵も思っていなかった安室。

彼が疑問を浮かべていると、ミリアルがひょっこりと顔を出して説明を始めた。

 

「この方、先日がしゃどくろに取り憑かれてまして。我らがクトゥルフ、ずん子さんに祓ってもらったんですよ」

「…………初めてお前に心の底から同情した」

「思い出させないでくれ暫く枝豆みたいな色が見れなくなったんだから」

 

因みに、公安に入れば、嫌でもこの一時的なトラウマは植え付けられることになる。安室も初遭遇時には、暫く枝豆が見れなかった。

 

「…公安には?」

「今から言って動いてもらうのって、観覧車爆破に間に合います?」

「え?かん…、えっ?何?」

「言ってませんでしたっけ?

リニューアルしたばっかの観覧車、あれの主軸部分に爆弾仕掛けられてんですよ。

アンタらが追ってる奴ら特製の。夜になると『ボンっ』ですよ」

「お前らホント情報量を鈍器にするのも面倒ごと秘匿するのも大好きだなただでさえいろんなことで忙しい公安のおまわりさん怒っちゃうぞえェ!!??」

 

もう既にキレてる。

まるでハルクのように、鼻息を荒くして拳を振り上げる安室を、赤井がなんとか羽交い締めにして押さえ込んだ。

 

「ば、爆弾を仕掛けたのは…、おい落ち着けっ、…もしかしなくても、うぉおっ!?…ジンか!?」

「離せ!!一発殴らせろ!!」

「ああ、そんな名前してましたねぇ、あのキザ男。あと、そのゴリラは抑えといて下さいよー」

「煽るな!!」

 

ゴリラ呼ばわりされた安室は、更に激しく怒り狂いながら、赤井を振り解こうとする。

一頻り暴れて冷静になったのか、息を切らしながら、安室は呆れたようにため息をついた。

 

「……ってか、アンドロイドだろお前ら。テロリストの名前くらい覚えとけよ…。ホント、どこまでもあの性悪にそっくりだな」

「ちょっと待てバーボン今なんて言った?」

「あ、私たちアンドロイドなんですよ。ほーら、でゅらはーん」

「わ゜ーーーーーーーっ!?!?!?」

「わっ、安室さんより声大きーい」

 

ミリアルが再び首を取ると、赤井はその声でそんな甲高い悲鳴が出るのかと疑問に思うほどの声を上げる。

人を揶揄うのが好きな気質のようだ。

安室は先程の首チョンパで慣れたのか、淡々と話を続けた。

 

「で?俺たちに何をしろと?」

「ぶっちゃけますと、黒の組織が機関銃搭載したオスプレイ持ち出してくるんで、落として下さい」

「あ、霊障関連じゃないのか。ホッとした」

「そのあと確定で巻き込まれますけどね」

「嫌だーーーーッ!!!今すぐここから降ろせーーーーッ!!!!」

 

涙を流しながら半狂乱になる安室。誰が好き好んで捌か玖の霊障なんぞ相手にするか。

赤井は赤井で、「お、オスプレイ?」と、黒の組織の大胆な手口に、目を丸くしていた。

 

「バーボン、その、オスプレイの方にもっと驚きを…」

「あのバカどもが持ち出す兵器より何百倍もマシだボケェ!!」

「君もう少し落ち着きなかったか!?」

「落ち着いてられるか俺たち国一つ吹き飛ばすバケモノと戦うんだぞ!?」

 

赤井は即座に脳内にて、国一つ滅ぼすバケモノとの戦闘をシミュレーションし、全てを悟った表情を浮かべた。

 

「………家族に遺書をしたためる時間をくれ」

「最期だからって無駄にキザなこと書いて生きてたら末代まで笑い話にしてやりますよ」

「………とんでもなく捻くれてるな」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

「なんだよ、アイツら!!」

「警備員さんに言って、捕まえてもらいましょう!!」

 

その頃。

日が沈み始め、逢魔時になりつつあるこの時間、一行は謎の集団に追われていた。

黒ずくめ…と言うわけではないものの、確実に息のかかった者たちだろう。統率の取れた動きで、じわじわと一行を追い詰める手際は、相当慣れてるとしか思えない。

しかも、ご丁寧にサイレンサー付きの銃を懐に持ったのをチラ見せしてくる始末。世界一嬉しくないチラ見せである。

流石の元太たちでも、その作為に気付いたようで、警戒心を露わにしながら警備員を頼ることを主張した。

 

「残念ながら無理なんだよねぇ。

追ってきてるのに、その『警備員さん』も含まれてる」

「嘘!?なんで!?」

「……このお姉さんと何か関係があるんじゃない?例えば、元はテロリストの仲間とか」

 

コナンが言うと、少年探偵団の三人が詰め寄り、怒鳴りつけた。

 

「そんなわけありませんよ!!お姉さんはすっごーく!!優しい人じゃないですか!!」

「俺を助けてくれたんだぞ!?テロリストがそんなことするかよ!?」

「そうだよ!!コナンくん、どうしてそんな酷いこと言うの!?」

「例えだって、例え…」

 

歴然とした事実なのだが、ソレを主張しても彼女らは納得しないだろう。

アイは否定することなく、「もしくは狙われる立場なのかもよ?」と付け足した。嘘はついてない。

子供たちはその言葉に、すっかり義憤に駆られたのか、「逆にこらしめてやる」と息巻いていた。

 

「……で、どうするんじゃ?」

「別に何もしなくてもいいんだけどね。

どのみち、観覧車に近づきたかったんだ。逆手に取ってやろうじゃない」

「え?爆弾は…」

 

爆弾は既に、ゆかりが対処してるはず。

だというのに、観覧車に近づく理由があるのだろうか。

コナンがそう問おうとすると、言葉を遮ってアイがついなを指差した。

 

「狙いは爆弾じゃなくて、霊障対策の結界。探偵くんは体験したことあるよね?

広くなるほど空間をしっかり把握しないといけないから、ついなちゃんを観覧車に乗せなきゃいけなかったんだ」

「ほんまやったら飛び回って確認しとるんやけど、流石に目立つしなぁ」

「……あれ?前はお札…」

「本格的なのは流石に無理や。簡単な防壁程度に考えてもろたらええ」

 

本当に、なにもかも計算済みなのか。

敵に回せば恐ろしいな、とどこか他人行儀に思いながら、誘導されるがままに観覧車へと向かう。

こちらが思い通りに動いていることに、奴らがほくそ笑むのが見えたが、まさか踊らされているとは、微塵も思っていないだろう。

と。日が沈み始め、暗くなり始めたのと同時に、会場のライトアップが始まった。

 

「お、ライトアップ。キレーやのう…」

「ライトアップ…ねぇ」

「……なるほどな」

 

アイとコナンは、横目でライトアップを見ながら、子供たちと戯れている女性に目を向けた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「処理、終わりましたよ。見張りが居たので、軽くのしときました。どうします?」

『取り敢えず、ふん縛ってどっかに放置だね。いやぁ、俺がその場にいたら早かったんだろうけど…』

 

キリキリと駆動音が響く暗闇の中。

人の形をした兎が如き歪な影が、虚空と会話を交わす。

虚空から聞こえる男の声は、起伏こそあるものの、どうしても薄っぺらく感じるような、そんな声であった。

 

『ゆかり嬢、お嬢に傷一つ付いてないだろうな?』

「ついなちゃんがいるんですから、そんなめくじら立てる必要ありませんって。

それに、多少の擦り傷はさせた方がいいですよ。免疫不全になります」

 

つい最近、ネットで身につけたばかりの知識をひけらかす少女ことゆかり。

ソレに対し、通話の向こう側の人間…タカハシは、ため息を吐いた。

 

『銃創や火傷が「多少の傷」で済むのか。初めて聞いた』

「……アイちゃんがこんなチンケな爆弾や、あの幼稚な機関銃で怪我するタマでもないでしょうに」

『お嬢は頭がいいだけだ。

俺たちみたいな使える駒が居ないと、身を守ることも出来ないんだよ』

 

「ま、そーですね」と返し、ゆかりは地面に転がった『爆弾のカケラ』をつまみ上げる。

観覧車にある爆弾は止まっていない。寧ろ、『既に爆発している』。

ゆかりが手にした、火薬の香りがするカケラが、何よりの証拠であった。

 

「オプションどうします?アイちゃんに指示もらってますよね?」

『オスプレイはFBIと公安にやるってさ。

ゆかり嬢は、霊障に備えてシステムのアップデート。データは茜嬢に貰ってる』

「好きですねぇ、手柄押し付けるの」

『お嬢の優しさだよ』

 

その優しさとやらで、公安にもFBIにも多大な迷惑をかけることになるのだが。

今更か、と思いつつ、ゆかりはその場に座り込んだ。

 

「で、タカハシ。あの享楽主義のアンドロイドは何処ほっつき歩いてんです?

どーせ今回も野次馬してるんでしょ?」

「野次馬じゃなくて、見学者。

オレはまだ未完成なんだ。いろんなものを見て回ることに意味があるのさ」

 

と。本来ここに居ないはずの男の声が、ゆかりの頭上から響いた。

ゆかりが視線を向けた先には、白と黒のコントラストが激しい風貌の青年。

青年は胡散臭い笑みを浮かべ、ゆかりの目前に降り立つ。

 

「……だからといって、爆弾を放置するのはどうなんですか?

私が来なかったら、観覧車がドンキーコングもびっくりなことになったと思いますよ」

「オレじゃどうにも出来なかったんだよ。

アイちゃんもオレがここに居ることには気づいてたみたいだけど…、なんの指示も出してこなかったあたり、今回ばっかりはオレが役に立たないのを分かってたんだろうね」

 

男…アベルーニは言うと肩をすくめた。

彼はミリアル、アリアルの後続機として開発されたアンドロイドである。

自由人ながらも比較的素直に育った姉二人と違い、こちらは捻くれ方が嫌過ぎる男性陣によって教育を受けたことにより、愉快犯じみた享楽主義者として完成している。

彼はゆかりを素通りし、その奥に倒れていた男の眼前で止まる。

男から見上げたその顔は、悪魔の笑みのように美しく、また悍ましいものだった。

 

「……はっ。あなたは指示を出さなくても動くから、ほっといたんでしょうに」

 

ゆかりが言うとともに、アベルーニの顔が男を覗き込んだ。

全てを見透かすような、透き通った瞳。口元に浮かべる笑みが、三日月を描く。

男は恐怖のままに声を漏らし、叫んだ。

 

「な、なんなんだ…?

い、いっい…っ、一体…全体っ、何なんだよお…おお、お前らはァァア!?!?」

 

二人の悪魔は、淡々と告げた。

 

「「ただの生徒」」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

煌々と輝く星を塗り潰すように、ライトアップが天を照らす。

共に照らされるのは、正装のついな。ゆらり、ゆらり、と揺らめく鬼気を身にまとう彼女は、不安定にも程があるゴンドラの上で舞い、祝詞を紡ぐ。

コナンたちはソレを見上げ、ついなの中学生らしからぬ神秘性に、感嘆の息を吐いた。

 

「あの舞に意味はあるの?」

「結界は神様の力を借りる儀式らしいからね。札がない場合、ああやって、自分と神の境界を曖昧にする必要があるんだって。

アイは神子生まれじゃないから、その感覚はよく分からないけど」

「芸能の起源か。…今でもその意味あるんだな、アレ」

 

芸能の起源。現代は娯楽として浸透した舞踏の類は、元は神や精霊と交信するため、自ら「狂う」手段として用いられたのが始まりだと言う。

ついなが今、舞を行なっているのも、忘我の果てに神と一体となるため。

これだけ大きい空間を、札も無しに囲うのならば、舞は必須と言えた。

 

「危なくないかー!?ついなちゃん、早く降りてこいよー!!」

「落ちちゃダメですよー!?」

 

子供たちは神秘性に美しさを感じながらも、その危うさをよく理解しているようで。

口々に、ついなに早くゴンドラに戻るように、声をかけ続けていた。

落ちても特に問題はないとは思えるのだが、それでもやはり、この高さになるとどうしても不安なのだろう。

少年探偵団らには、「ついなはここで踊る予定があった」と誤魔化しておいたが、流石に無理がありすぎたか。

 

「…結界って、本当にあるのね。

薄らと膜がかかってるのが見えるわ…」

 

灰原がガラス張りのゴンドラの奥を見つめ、常識の瓦解と、新たな神秘への感動を声に込める。

が。阿笠たちには、彼女の見えているものが見えていなかった。

「……何も見えんがのう?」

「え?見えないの、あのちょっと赤い…」

「見える人と見えない人がいるんだよ」

 

メカニズムは本職じゃないとわかんないけどね、と付け足し、ついなの舞の完成を見届けるアイ。

と。コナンがふと、ある違和感に気づく。

 

「……誰も乗ってない…?」

「江戸川くん、どうしたの?」

「周りのゴンドラ見ろ!!今すぐだ!!」

 

コナンが檄を飛ばし、皆が慌てて周囲のゴンドラを確認する。

そう。現在、この観覧車には、自分たちしか搭乗していなかったのだ。

 

「やられた…!!」

「あー…。予想はしてたけど、ここまで露骨にやらかすか…」

 

完全に逃げ場がない。

こんな格好の的に、狙撃が飛んでこないはずもなく。

女性以外の邪魔な人間を始末しようとしたのだろう。ガラスに亀裂が走り、数センチの穴が刻まれる。数秒と待たず、ゴンドラの床にも空いた穴は、紛れもなく銃痕であった。

 

「…アイ狙いか。ついなちゃんが上手く逸らしてくれたね」

 

少年探偵団が絶句する中、アイは何でもないようにロリポップの包紙を開ける。

コナンの見立てでは、飛んできた方向は上。

観覧車の位置関係からして、航空機の類を使っての狙撃だろう。

 

『ただいま、観覧車にて問題が発見されたため、一時停止させていただきます。

ご利用のお客様にはご迷惑をおかけしますが、そのままお待ちください』

「っ…!!何がなんでもここに留める気か、クソっ!!」

 

銃弾が一定間隔で撃ち込まれるゴンドラの中、コナンが叫ぶ。

と。ライトアップの光が重なるのが、傍目に見えた。

 

「ぁがっ…!?」

「お姉さん!?」

「大丈夫か!?どっか撃たれたのか!?」

「こりゃ、まずいね」

 

頭を抱えて苦しむ女性を傍目に、アイは心底面倒そうにため息を吐く。

メールの履歴によって判明したことだが、女性…ことキュラソーは、脳に損傷がある。その損傷によって起きた記憶能力の変質を利用し、特定の色を視認することにより、自在に記憶を引き出す能力を持つ。

つまり、五色重ね合わせた色を見せれば、記憶喪失を簡単に治せるのだ。

組織は彼らを孤立させるだけでなく、キュラソーの記憶を取り戻す算段も立てていたのである。

キュラソーが呻き声をあげる中、子供たちが必死に声をかけ続ける。その悪意がいつ、子供らに牙を剥くかもわからない。

今のうちに縛り上げるべきか、とコナンがサスペンダーを取り出した、その瞬間だった。

 

水族館内の電気が落ちたのは。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

『はっピばあ〜巣DAaaaaY、荒タなSE界!!ハっぴbath、デエぇEee絵イ、@ラ他ナ、悪タ死!!』

 

今、目覚める。




キュラソー…記憶が戻ったけど、月読アイがいる時点で詰んでることに気づく。どのみち裏切るつもりだから別にいいやと開き直る予定。

霊障…あと数十分で地表に出る。それまでにオスプレイ落とさないとお邪魔ギミック有りでの戦闘になるので、倒した方がいい。

安室透…アリアルはそこまで運転スキルが無いので、このあとハイスペックファミリーカーの運転を押し付けられる。自分の愛車よりもスペック良くてヤキモチ妬いた。尚、数日後に自分の愛車が御礼という大義名分として魔改造されることを知らない。

ベルモット…今回の作戦を急ピッチで整えた人。月読アイを発見した際、逃げ場のない場所で灰原やコナン諸共殺すしかないと苦肉の策を選ぶ。それだけ月読アイがヤバいのである。流石ボイロの始祖。

キャンティ…今回の狙撃担当。ついなにも撃ってるが、普通に効いてない。ついなの舞が起こす風圧で悉く弾を逸らされ、御立腹。尚、アイを狙撃したこの時点でVOICEのヤベー奴らに目をつけられている。強く生きろ。

結月ゆかり…爆弾をオリバみたく包んで処理して無傷。生身でも出来るが、火傷が嫌だったのでスーツを着た。

アベルーニ…尋問担当のアンドロイド。話術で言えば、先生とタカハシの下位互換ではあるが、両方の嫌なところを併せ持っているので組織の中でタカハシ諸共無下に扱われてる。そこそこに戦闘も可能だが、姉二人のように全振りではないため、京極真には余裕で負ける。


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呪ン黒No.亡イto目悪 其II

そりゃ嫌気差すわな。


「……くそッ、繋がらない」

「…駄目じゃ、小五郎くんも出ん」

 

電気が落ち、銃弾飛び交う観覧車にて。

コナンらが蘭たちに連絡を図るも、通信は繋がるものの、相手がソレに出ないという状況にある。

黒の組織も、連絡網がお釈迦になってるのだが、現在、連絡を取れるのが始末が確定したキュラソーと、特に用がない限りは連絡をしてこないベルモットの二人のため、特に気にしていなかった。

キュラソーはと言うと、「月読アイがいる時点で始末されるのは確定だから、こっちに着く」と開き直り、子供たちの盾となっていた。

 

「ついなちゃんから現状を聞きたいけど…、銃の対応で忙しそうだね。

表情を見てわかるのは…、まず『完全に想定外』ってことくらいかな?」

「想定外…?霊障が来ることは分かってるのに?」

 

アイから見えるついなの表情。

それは、普段見る余裕溢れる姿ではなく、彼女にしては珍しい、切迫したものだった。

そこから推測できるのは、「霊障が思ったよりも深刻だった場合」。つまり、想定していた被害よりも、更に深刻化する可能性があると言うことだ。

例えマシンガンで打たれようが、顔色一つ変えない彼女の表情筋であの顔を作り出す衝撃は、それくらいしか考えられない。

 

「…連絡が繋がらない…ってことは、完全に引き込まれてる。

私は素人だから基本的なことしかわからないけど、米花町からはどんな手段を使っても逃げられないって思ってくれたらいいよ」

「いつものことよね」

「いつものことじゃな」

「いつものことだな」

 

転出届がほぼ受理されないこの町で、脱出が不可能なのは常識である。

米花に染まり切った三人は口々に頷く。

と。ゴンドラのガラスが轟音と共に完全に割れ、中に白黒の衣服を纏う青年が飛び込んできた。

 

「っ、誰だ!?」

「大丈夫、知り合い。

アベルーニくん、情報ある?」

 

アベルーニ。

以前イタコから聞いたことがある、タカハシと並ぶ問題児其の2。

どうしてこんな場所に?どうやってここまで来たのだろうか?そんな疑問が浮かぶも、銃弾がコナンの好奇心を掻き乱す。

乱れ飛ぶ弾丸は、アベルーニのゆったりとした服を掠ることもなく、壁や床に着弾する。

それだけでも恐ろしい状況だと言うのに、アベルーニは悠々と佇み、アイに報告した。

 

「職員番号31358がコードネーム持ち。そこから20番かけて裏切り者だね」

「言わなきゃわからない?今はそっち求めてないよ。霊障の方、何か情報ある?」

「…あるけど、そこのお子さんたちには刺激が強いと思うよ?」

 

アイが強い口調で言うと、アベルーニは肩をすくめ、問い返す。

刺激が強いとは言うが、こちとらバラバラ死体白骨死体焼死体etc…と、ありとあらゆる惨劇を目の当たりにしてきた百戦錬磨の米花町の探偵である。今更何が来ても驚かない、と、アベルーニに視線を送ると、彼は笑みを浮かべた。

 

「そ。じゃあ、見せるよ。

コレ、イタコちゃん…正確には、負の気に当てられて出てきた荼枳尼天が撮ってる下の様子ね」

 

彼が袖から取り出したタブレット。皆はそれに視線を向け、絶句する。

 

そこには、死屍累々とした水族館の様子が映し出されていた。

 

「イタコちゃんとIAちゃんたちは、なんとか防げたけど…、地上にいる人間は、三人を除いて瘴気に当てられ、倒れてる」

 

今起きているのは、イタコとARIA姉妹のみ。

蘭や小五郎のことが頭をよぎり、不安を覚えるコナン。

そんな彼の不安を煽るように、次々と不穏な情報がアベルーニから放たれる。

 

「荼枳尼天から聞いたけど、今回のは祟り神じゃないんだと。…祟り神ではないってだけで、神様ではあるけどさ」

「…………まさか」

 

神関連の事象の中で、最悪の事例を浮かべ、アイの顔が引き攣る。

アベルーニはと言うと、心底愉快そうに笑みを浮かべながら、告げた。

 

「そ。米花町の土地神だよ」

 

土地神という存在は、其の土地を守護し、住まう人々に加護を与える神のことである。

神の位で言えば、下から数えた方が早いのだが、力は絶大。

領域から出られない、領域外の信仰は微弱なものしか受け取れない等、多少の欠点はあるものの、土地に利益をもたらし、土地を平和に保つ役目を果たしている。

 

では、米花町はどうなのか。

 

実はこの土地神が、米花町が循環するように、形骸化しかけている平穏をギリギリ保っている最後の砦であった。

生真面目な性格で、他の神なら即高飛びを決めているだろうこの世紀末の町を管理し、守り、人々に安寧を与えるべく奔走していたのである。

 

が。運命とは残酷なもので。

20年間の爆発的な犯罪率の増加…すなわち、人々の悪性の暴走について行けず、愛した町は犯罪都市に成り下がった。

ただでさえ燻っていた不満が、今年に入って…正確に言えば、コナンが活躍し始めてから爆増した殺人によって大爆発を引き起こし、土地神の理性を吹き飛ばしたのだ。

何より厄介なのは、その善性が全く失われていないことである。神が今、地表に出ようとしているのは、救済のため。

壊れた精神でなにを救えるかは分からないが、ただ一つ言えることがある。

 

この救済で、米花町の事態が好転することは絶対にない。寧ろ、犯罪率が高いだけの町として存在していた時の方が平和というディストピアになる可能性すらあるのだ。

 

「…つまり、今回の霊障の原因は…」

『この町に住む人間全てですにゃあ。

あの土地神は、この町に住む人間そのものを憎んでるのですにゃあ』

 

画面の奥の荼枳尼天が、怪しく笑う。

つまり、負の気に呑まれたのではなく、土地神自らが負の気に身を任せた結果、生まれたのが、今回の霊障。

その負の気の源は、米花町に夥しく巣食う悪意。神はただ、その現状を打破するために動いているだけに過ぎない。

悪いのは全て、人間なのだから。

 

「それって、ワシらも含まれとるんかの?」

『余裕で含まれてますにゃあ。アリの巣キットってあるでしょう?

アレで飼ってるアリを一匹残らず把握してる人間なんて、普通居ませんよね?』

 

その理屈を出されて、阿笠は押し黙る。

霊障の狙いはわからないが、少なくとも人間に危害を加えるのは確定なのだ。

早くついなかイタコに対応してもらうよう、コナンが口を開こうとする。

が。それを予想していたのか、正気を取り戻したイタコが申し訳なさそうに視線を下げた。

 

『その、非常に申し上げにくいのですが…、善性の土地神相手だと、ただ倒すだけと言う対処はできないのですわ』

「な、なんで!?」

『アレは土地を循環する「利益」そのものですの。下手に倒せば、米花町はあっという間に衰退し、ゴーストタウンになりますわ』

 

今、米花町に住まう人々を害そうとしてるのは、あろうことか、人々の住まう土地の加護そのものである土地神。

加護がなくなった土地は、ありとあらゆる利益を失う。

土地神を倒すことは、土地にある全てを奪うことと同義であった。

 

「…その、ついて行けてないんだけど…、なんの話をしてるのかしら?」

「アンタは信じられんかもしれんが、霊障じゃよ。ワシも50年近く生きて、今日初めて存在を知ったわ…」

「……月読アイがこれだけ恐れてるなら、事実なんでしょうね」

「アイちゃんマジで何者なの?」

「ただの幼稚園児だよ」

 

少年探偵団を除き一人、話題に取り残されたキュラソーも協力的な態度である。

始末されるのが確定したのだから、いろいろと吹っ切れたのだろう。懐から銃の一つや二つ取り出したり、ここから飛び降りたりしない様子から、こちらに与する気満々らしい。

コナンと灰原にしては複雑な心境だが、この際贅沢は言えない。

 

「何はともあれ、まずはここから出なきゃいけない。…くそッ、赤井さんが居れば…」

「赤井…、ああ、ライね。

…暗視スコープでもあの距離はキツい…いや、ライなら出来るか」

 

まずは、未だにこちらを襲うオスプレイをなんとかする必要がある。

いよいよ痺れを切らしたのか、空に咲く火花が苛烈になっている。どうやら機関砲を使い始めたらしい。

ついなが弾丸を槍を駆使してなんとか防いでいるが、限界は近いと見た方がいい。

 

と。その時だった。

一閃が、オスプレイの片翼を貫いたのは。

 

オスプレイが煙を上げて、落下していく。

と。コナンの携帯から着メロが響く。コナンが画面と見ると、そこには、先程名を出した赤井の文字。

コナンがすかさず通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

 

『ボウヤ、無事だったか?』

「あ、赤井さん!?」

『バレる前に離れるぞ、さっさと銃を車内に入れろ』

「安室さんまで…」

 

この二人が共にいて、協力していることに一種の感動すら覚える。

どうやら、危機は去ったようだ。

ついなも猛攻が終わったことに気が抜けたのか、ゴンドラの上で尻餅をついた。

と。コナンは連想的に、あることに気づく。先程の狙撃が、『オスプレイの上から放たれた』のだ。

 

「い、今、上から…?」

『あー…。まぁ、そこにはツッコまないでくれると助かる』

「わ、わかった…」

 

世の中には知らない方がいいこともある。

赤井が非常に困った声音で言うあたり、口頭での説明が難しいのだろう。

コナンは取り敢えず、今迫っている問題を赤井に説明しようとする。

 

瞬間。彼らの目の前に、『巨大な掌の影』が現れた。

 

『はハHA覇ハはロROロロろ炉ooooおぉおぉぉぉおoOO0!!!

愚カナ….人類、showクン!!』

 

叩きつけるような奇声と共に、手のひらが海を叩く。

ずずず、と地響きのような音が響き、その眼が、ゴンドラの中を捉える。

そこに居たのは、神とは思えぬ冒涜的な姿をした、ただのバケモノだった。

 

「な、なんです、あれ…?」

「お、大きい…、怖いっ…!!」

「怖ぇよ、母ちゃん…!!」

 

子供たちがその要望の恐ろしさに震え、身を抱く。キュラソーは庇うように前に立つも、その風貌の恐ろしさに、今にも気を失いそうだ。

阿笠と灰原も、身体中から冷や汗を流し、カタカタと奥歯を鳴らす。

その中で顔色を変えていなかったのは、コナンとアベルーニ、ついなとアイの四人だけだった。

 

『ワ堕シは.あ亡タたちヲ巣食烏、Mono!!

サあ、救ッて揚ゲま傷!!』

 

観覧車の直径などゆうに超えている手が、彼らに襲いかかる。

救うとは言うが、明らかに殺しにきている勢いだ。

このまま直撃するとまずいと判断したついなが、その腕を拳によって拒絶した。

 

『ェっ…?』

「ウチらにアンタの救いなんかいらん」

 

ついながハッキリと拒絶すると、バケモノがぱちくりと目を丸くする。

と。バケモノはそのまま沈黙し、だらりと両腕を下げ、俯いた。

 

「……ぁん?なんや?」

『こノま魔、町ハ、滅ビる…?

違うちガうチガうチガウ絶対IIソレは違Aァァ@@ぁ、あううううっ!!!!!』

 

バケモノが怒号と共に、壊れたカラクリのように動き始める。

その目はどこを見ているのか定かではなく、右往左往と動かし、視界に入る全てを睨めつけているようだ。

バケモノは早口で捲し立て、ついなに迫る。その早口に限っては、なぜか普通に聞き取れる発音であった。

 

『その昔この土地に住まう住人は皆純粋だった気高く生き死にゆく人間が多くひしめき合う理想郷だっただと言うのに140年前に生まれたある人間に呼応するように人の悪意が暴走したソレが全てのケチのつけ始めだああ忌々しい人間どもめが私がどれだけ苦労してこの土地に加護をもたらしたと思う私の愛した町はこんな悪意に穢された瘴気溢れる泥濘の底ではない私の愛した町は人が人を支え合い人が人を認め合う理想郷だったはずなのだなのに貴様らはなんだ互いを咎めあい互いを蔑め合い互いを凌辱し合う生物的な本能に囚われているなんと嘆かわしい世界を作り出した神は土塊から作った貴様らに進化を促すための心を与えたというのに貴様らの生き方はまさにそこらの畜生そのものだであれば私が今すぐ作り替えてやる私が作った人間は貴様らのような穢れに穢れきった木偶ではない煌々と輝く希望溢れる生命体なのだ今すぐ作ろう我が理想郷今すぐ消えろ穢れた魂どもそして迎え入れよう我が理想のニンゲンたちよこの町に祝福を理想郷に永遠の平和をぉぉぉおおお!!!!』

 

あまりに早口すぎて聞き取れなかったものの、言葉の節々には尋常でない恨みつらみが込められていた。

 

「…成る程。ソレが本心か。

なんちゅうか…、ホンマ同情するわ」

「聞き取れたの?」

「要点だけな」

 

灰原の問いに、ついなが淡々と答える。

どうやら現在の町の人間に嫌気が差し、魂ごと作り替えて悪さできないようにする…というより、悪行そのものを思考から消すつもりらしい。

 

「…話だけ聞くと、良さそうだけど…、何か問題があるの?」

「大アリや。あんな理性のかけらもない状態で魂作り替えるっちゅうのは、ハッキリ言うて不可能やで。

出来上がるのは、マジにそこらの畜生と同じ獣やろうな。

…まぁ、神様からしたらそっちのがええのかもしれんけど」

 

ついなは知らぬことだが。

魂を作り替えるということは、アイデンティティそのものの崩壊を意味し、今まで接してきた人間全てが別人に変わるようなもの。そのため、基本的に管理者たる神々の間ではタブーとされている。

今回、ソレを犯そうとしている土地神が罰せられないのは、米花町の改善案がもうソレくらいしかなく、他の神々も放置を決めたからという単純明快な理由があった。

わかりやすく言えば、米花町は神に見捨てられたのである。

 

「呑まれたのは、持ち前の善性が半端に出んようにしたんやろな。

ここまで狂って善性が滲み出とるって、相当いい神様やったんやろうなぁ…。この町じゃなけりゃあなぁ…」

「そんな神様でさえ嫌気が差すレベルなのね、この町って…」

 

もしかしなくとも、自分たちはとんでもない場所に暮らしてるのではなかろうか。

今更すぎる懸念が頭をよぎるも、バケモノの暴走は止まらない。バケモノは墜落したオスプレイをつまみ上げ、中に入った人間を取り出そうと手当たり次第に振り回す。

既に搭乗員は避難していたものの、捨て駒として残っていた下っ端が、その掌の上に落ちてしまった。

ついなが即座に助けようと動くも、バケモノの体から放たれた衝撃波により、派手に吹き飛ばされる。

『生まレ河RE!!悪の恩賞カら、木亡ノ使徒に!!』

「う、うわ、わぁああああっ!?!?」

 

バケモノが掌で男を覆う。

握り潰すと言うには優しく、包み込むと言うには荒々しい所作。

ソレを固唾を飲んで傍観していたコナンは、思わず携帯を床に落とした。

 

「……は?」

 

出てきたのは、先程の男ではなかった。

作り替えられた男は虚空を見つめ、だらしなくあらゆる体液を流している。

その様はまるで、ただ佇む獣のような、人間としての最低限の知性すら見られない、哀れな姿だった。

 

「……間に合わんかったか。ごめんな」

「………何、あれ?」

「…アレがこの町の末路や。

あと一時間もせんウチに、この町におる人間は、ウチらみたいな特例中の特例除き、みーんなああなる」

 

想定していたよりも斜め上の被害だ。

戻ってきたついなは、コナンの前にしゃがみ込み、その双眸で彼の瞳を見つめた。

 

「やめさせる方法はひとつ。説得するしかあらへん。

あの神様に、人を信じる心を取り戻してもらわなあかん。その役目は、神様の力使うとるウチらやと出来へん。

コナンの坊っちゃん。こん中で1番、人の醜い部分も美しい部分も見てきとるアンタがやらなあかん。覚悟、できとるな?」

 

ついなの有無を言わせぬ迫力に負けそうになるも、コナンは怖気付くことなく頷く。

肯定を受け取ったついなは、コナンを抱き上げ、割れた窓の側に立った。

 

「えっ…?えっ?」

「しっかり捕まっててぇや!!」

 

瞬間。ゴンドラに凄まじい衝撃が走った。




土地神…めちゃくちゃ我慢してたけどとうとうブチギレた。普段は慈悲深いため、その性質が出ないように自ら狂い果てる。140年前…。一体何丸何耶なんだ…?狂い方のモデルはハイネス。

東北イタコ…全てを察してた人。取り敢えず最後の防波堤として、ARIA姉妹らとステージに立て篭ってる。尻尾を駆使して倒れた人たちをステージに運び込んだ。ベルモットも蘭たちもいる。

江戸川コナン…今回のキーマン。土地神と対等に話せる材料が揃ってるのが彼しかいなかったという理由で選ばれた。このあと6回くらい三途の川を見る。


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