ツインターボ「……師匠!師匠!!師匠ーーー!!!」(連載中) (カタミシ)
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第1話:運命の出会い

初投稿です。二次創作をこうして書くのは初めてです。

不定期更新で、長くて全10話くらいを予定しています。
よろしくお願いいたします。


「ツインターボ失速! 第四コーナー前で早くも一杯一杯だ!!」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「う〜! また負けた〜!」

 

 青色の髪と特徴的なオッドアイ

 彼女の名はツインターボ、トレセン学園に通う大逃げで知られるウマ娘だ。

 

 昨年は『七夕賞』『オールカマー』と重賞を連勝し、G1戦線での活躍も期待されていたのだが……今年の彼女は絶不調。『中山金杯』『京都記念』と出走したが勝利とは程遠く、今日に至っては格下のオープン戦に出走してみたもののまさかのシンガリ。

 

「あの時もーーっとグワーーーっていけてれば勝てたんだよな〜。よし! 今度のレースこそターボが1着だ!!」

 

 普通のウマ娘ならばこれだけ大負けが続くとやる気が不調……下手したら絶不調まで落ちるものだが、ツインターボにそんなそぶりは全く無い。

 これだけ負けてもへこたれないのは、ツインターボか某ピンク髪のウマ娘くらいではないだろうか。

 

「よーし! 明日からはこれまで以上に大逃げの練……んっ?」

 

 ふと大きな歓声が聞こえた方向に目をやる。気分転換にとレース後に街をブラブラしていた所、気付けば大分遠くまで来てしまっていたようだ。目をやったその先には、そこには大勢の小さなウマ娘達がトレーニングに精を出していた。

 

「ここは……あっ! 府中ウマ娘レース教室だ!!」

 

 

【ウマ娘レース教室】

 ウマ娘達がレースのいろはを学ぶ教室、人間の世界でいうと塾のようなものだろうか。

 

 全国各地に様々なウマ娘レース教室があるが、この府中ウマ娘レース教室はその中でも特に規模が大きく

 通っていた者たちの中からトレセン学園に進学する者も少なくない。

 

 実はツインターボも府中ウマ娘教室に通っていた1人だ。

 何も考えず歩いている内に、無意識に懐かしの場所に来てしまったようだ。

 

「うわ~~~! みんな頑張ってるな!!」

 

 近くまで行き、練習風景を目の当たりにしたツインターボは思わず感嘆の声を上げた。

 生徒ウマ娘達全員の目が曇りもなく光り輝いている。これは……トレセン学園では見られない光景だ。

 

 はじめはどのウマ娘達も目に沢山の輝きを持ってトレセン学園に入学する。

 しかし『敗北』『挫折』『怪我』などを経験し、徐々に輝きを失っていく者たちが殆どだ。

 

 

「先生! 今日もありがとうございました!!」

 

 自らが生徒だった頃を思い出し黄昏(たそが)れていたツインターボは、突如聞こえてきた声に一気に現実へと引き戻された。

 どうやら練習が終わったようだ、生徒ウマ娘たち全員が先生ウマ娘に向かって挨拶をする。

 

 元気な後輩たちの頑張る姿を見て気合も入った。気づけば夕焼けもだいぶ落ちてきている。門限を過ぎてしまったら、厳しい寮長の恐ろしいタイマン説教が待っている……トレセン学園に戻ろうとツインターボがその場を後にしようとすると

 

「今日も最後に先生と勝負がしたいーー!」

「先生の大逃げが見たいー!」

「私も見たいー!!」

「勝負しようーーーー!」

 

『大逃げ』という言葉を聞き、足が止まる。

 大逃げ至上主義のツインターボとしては、他の大逃げウマ娘の存在がとても気になったようだ。

 

「はいはい、分かりました。じゃあ今回も2400mの1対4でいきましょうか。みんなで話し合って誰が走るかと走る順番を決めてね」

「はーい!」

 

「1対4? あれれ?」

 

 思いもしなかった対決に頭が混乱するツインターボだが、その後の先生ウマ娘の説明を聞いて理解した。

 どうやら2400mを先生ウマ娘は1人、生徒ウマ娘は1人600mの4人リレー形式で走る様だ。

 

 いくらなんでも1対4は無謀だ。子供とはいえそこにいるのは全員、府中ウマ娘レース教室の生徒。

 練習風景を見て分かったがどの子もレベルが高い。

 

 1対4でも勝てるくらいに先生は速いのだろうか……と、ツインターボが考えているのもつかぬ間

 

「ジャンケンポン!!」

「やったーー♪」

「負けた〜!」

 

 ジャンケンにより走る子が一気に決まり、各自自分の走るポジションに移動していく。

 

「ターボの大逃げには敵わないだろうけど、おてなみはいけんだ!」

 

 先生ウマ娘と第一走者の生徒ウマ娘がゲートに入る。そして勢いよくゲートが開く。

 その瞬間……先生ウマ娘の存在が一瞬にしてゲートから消えた。

 

「えーーーーーーーー!?」

 

 ツインターボは思わず叫んでしまった。それは大逃げを超えた爆逃げを更に超えた……例えるなら()()()だったからである。

 

『サイレンススズカ』『メジロパーマー』『ダイタクヘリオス』etc……

 これまでに様々な大逃げ・爆逃げウマ娘の走りを間近で見てきたし、自らもひたすら逃げてきた……そんなツインターボからしても、このスタートダッシュは異常であった。スタートからわずかな時間で、一気に差をつけた。

 

「出た! 先生の大逃げ!!」

「私もあんな風に大逃げしたいな♪」

 

 観戦している子たちに驚いている様子は全く無い。どの子もまるで見慣れているような反応だ。

 

「先生今日も速いよ〜〜!」

「後は任せて!!」

 

 第一走者の子が600mを走り終え第二走者へと引き継がれる。その間にも先生ウマ娘は更に差をつけている

 

「1000mのタイム58秒6! すげえ!」

「今日も先生、絶好調だ!!」

 

 タイム計測担当の生徒ウマ娘達が興奮の声をあげる。

 58秒6、完全に短距離レース(スプリント)のラップだ。

 

 ツインターボは言葉も忘れてレースに見入っていた。

「(このまま最後までいくの!? でも……)」

 

 彼女自身、大逃げでどれだけ差をつけても後半一気に差を詰められ追いつかれ突き放され……をこれまでに何度も経験している。しかもこれだけの超逃げとなるともう体力は……期待2割、不安8割な表情でレースを見守っていた。

 

「ハァハァ……今日の先生絶好調だよ! 後はお願い!!」

「うん! 今日は勝つよ!!」

 

 気づけば第4走者の子が走り出していた。

 レース中盤までにあった何十バ身もの大きな差は大分詰まっている……いるのだが……

 

「ふぅ……ここからね!」

 

 先生ウマ娘の表情がかなり辛そうなのはここから見ても良く分かる。しかしそれでも大きな減速はする事なく走り続けている。

 もし自分がこの超ハイペースで走っていたらどうなっていたであろうか。2400mどころか2000m……いや、1600mですら持たなかったのでないだろうか……ツインターボの全身は鳥肌、そして……ワクワクに包まれていた。

 

 第四コーナーを抜けて最後の直線に先生ウマ娘が入ってきた。

 生徒ウマ娘との差はもう10バ身を切っている。さすがに走る態勢も崩れ気味になっていて、速度はかなり落ちている。

 

 それに比べて生徒ウマ娘は体力十分。はじめからラストスパーとの走りというのもあり、どんどん差が縮まっていく。

 

 ──9バ身差

 ──8バ身差

 ──7バ身差

 ──6バ身差

 ──5バ身差

 ──4バ身差

 ──3バ身差

 ──2バ身差

 

 ──2バ身差

 ──2バ身差

 ──2バ身差

 ──2バ身差

 ──2バ身差

 

「!?!?!?!?」

 

 ツインターボは自らの目を疑った。あれだけ一気に縮まった差が、2バ身から全然縮まらないからだ。

 生徒ウマ娘が力尽きた? 否!! 残り200mを切ってから更に速度を上げている。

 

 それでは何故、差が縮まらないのか? 

 

 答えは簡単……先生ウマ娘がそれに匹敵する速度で走っているからだ。

 完全に息は上がり表情も非常に苦しそうだ。にも関わらず…………差が2バ身まで縮まったタイミングで一気に速度を上げたのだ。

 

 ──残り50m

 

「ま……負けるもんかーーーーーっ!!!」

 

 生徒ウマ娘が最後の力を振り絞り更に速度を上げる。

 2バ身差が1バ身差に、そして半バ身差まで縮む。先生ウマ娘が隣に並ぼうとしている生徒ウマ娘をチラッと見る。そして……最後の力を開放する。

 

 

 半バ身差が1バ身差に広がった。そして2人はゴールした。

 

 

 その瞬間。その日一番の歓声が府中ウマ娘レース教室に響き渡った。

 

「きゃーーーーー!!!」

「負けたのは悔しいけど、やっぱ先生すげ──ー!!!」

「カブちゃん! カブちゃんーーーー!!!」

 

 大いなる歓声を全身に受け、ようやく息を整える所まで体力を取り戻した先生ウマ娘がおっとりとした表情で声を上げる。

 

「コラ、カブちゃん呼びは駄目だって言っ……あら、あなたは?」

 

 気づけばツインターボは、無意識の内にレース上に入り生徒ウマ娘達に混じってカブちゃんと呼ばれる先生ウマ娘を強く見つめていた。

 

 

 これが、現役時代に()()()()()()()()と言う異名で皐月賞と日本ダービーを制覇し二冠を達成。

 13戦11勝と言う圧倒的な成績を残した

 

『カブラヤオー』

 

 との運命的な出会いだった。




時系列ですが、アニメ2期最終話(有記念)の翌年5月となっています。

設定としては基本アニメに準じています。


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第2話:師匠と弟子

話の区切り的に、今回は短めとなっております。


「えっ! カブちゃん師匠はターボの事知ってるのか!?」

 

「ええ、昨年の七夕賞とオールカマーでの走りは本当見事だったわ。ところで、師匠って私の事?」

 

「うん!! さっきの超逃げ! 本当に本当に本当に凄かった!! あんなに凄い逃げ初めて見た!!! だからカブちゃんはターボにとっての師匠!」

 

「褒めてくれてありがとう、嬉しいわ♪」

 

 生徒ウマ娘達が各々に帰路につきすっかり静かになったレース場で、ツインターボとカブラヤオーはその場に座り込み2人だけの会話を楽しんでいた。

(主にツインターボが喋り、カブラヤオーは聞き役)

 

 ──元々、府中ウマ娘レース教室の生徒だった事

 ──そこからトレセン学園に入った事

 ──ずっと一番がいいから大逃げをしている事

 

 ──でもここ最近、めっきり結果が出ない事……

 

 気づけばツインターボは、心の奥底で日々膨張していた『結果が出ない悩み』をカブラヤオーに打ち明けていた。

 

 ツインターボはこれまで、誰かに悩みを話すと言う事は全くしてこなかった。

 上手く説明出来ないのだがとても気恥ずかしくて、それに自分の弱いところをさらけ出すのはとても怖くて……特にトレセン学園の仲間達には。仲が良いはずなのに……いや、仲が良いからこそだろうか。だけど初対面のカブラヤオーには素直に打ち明けられた。それは同じ大逃げバでかつ尊敬できる相手だからか、それともカブラヤオーが今は亡き母親に似ているからか。

 

「ターボにはトウカイテイオーっていう、宿命のライバルがいるんだ! ターボ、テイオーには負けたくない! 絶対に!! 妥当テイオー!!」

 

 一呼吸置き、意を決したような面持ちでツインターボが更なる言葉を紡ぐ。

 

「……だから一生のお願い!! 師匠に……師匠にターボを鍛えてほしい!!!」

「えっ、私がターボちゃんを?」

「師匠の走り、本当に凄かった!! ターボもあんな風に超逃げしてテイオーに……テイオーだけじゃなく、みんなに負けたくない!!」

 

 気づけばツインターボは土下座をしてカブラヤオーに頼み込んでいた。

 

「ターボちゃん! 土下座なんてしなくたって……!」

 

「本気で謝る時と本気でお願いする時は土下座をするってテイオーに教わった! ターボ、強くなりたい! テイオーに並べるターボでいたい!!」

 

 ──負けたくない

 ──並べるターボでいたい

 

 ツインターボの言葉の節々を噛み締めた上で考え込むカブラヤオー。無言の時間が1分は続いただろうか……1分と言う時間がこんなにも長いとは。徐々に不安に(さいな)まれたツインターボの表情は、今にも泣きそうだ。

 

 その表情を見たカブラヤオーは決意し、そして言葉を発した。

 

「ターボちゃん…………ここで生徒のみんなを教えるのもあるから毎日は無理だけど、週に1回くらいなら大丈夫よ」

「ほ……ほんとに!? ……ししょーーーーーーーー!!!!!」

 

 カブラヤオーとはさっき出会ったばかり、話をし始めてまだ30分足らずだ。正直言って断られても全然おかしくない……普通は断られて当たり前だ。それが了承してくれるとは、しかも真剣に考えてくれた上で……ツインターボは嬉しさのあまりカブラヤオーに抱きついた。

 

「あらあら、まさかそんなに喜んでもらえるなんて。でも……この事、生徒会長さんやトレーナーさん達に話して許可もらわなきゃいけないわよね?」

 

「……あっ」

 

 カブラヤオーに言われて、ツインターボは我に返った。南坂(みなみざか)トレーナーは多分大丈夫だ! ターボの気持ちをしっかり伝えてお願いしたら聞いてくれるはず! でも会長……シンボリルドルフはどうだろうか。それに理事長の許可も……

 

「時間も遅くなってきたし、ターボちゃんを送るついでに私も久しぶりにトレセン学園に行こうかしら。まずは生徒会長さんに、一緒にお願いしてみましょう」

 

「師匠来てくれるの!? わーい! 師匠も一緒ならあんし……師匠ってトレセン学園に行った事あるの?」

 

「そう言えば言ってなかったわね。私元々、トレセン学園に通っていたのよ」

 

「……えーーーっ!?」

 

 夕陽も落ちすっかり暗くなったレース場に、ツインターボの驚きの声がこだました。




※ツインターボの亡き母親にカブラヤオーが似ているというのは、オリジナル設定です。
※「妥当テイオー」アニメになぞっての誤字です。


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第3話:「師匠って……何者!?」

『トレセン学園は19時門限』と言うオリジナル設定です。
(本当の門限は一体何時なんでしょうか?)


「こら! 一体今何時だと思ってるんだ!!」

 

 時間は19時間過ぎ、トレセン学園の校舎にて大きな声が響き渡る。声の主はトレセン学園美浦寮の寮長を務めるヒシアマゾンだ。

 

「ひぃ! ごめんなさい〜!」

 

「またお前かツインターボ! 今度門限を過ぎたら3時間タイマンあげませんの罰って……あなたは?」

 

 ヒシアマゾンは、ツインターボの隣に誰かがいるのに気づいて叱るのを止めた。見た事の無いウマ娘だ。どことなく、あのシンボリルドルフにも負けない風格を感じるのは気のせいだろうか。

 

「ごめんなさい、私がこの時間まで付き合わさせてしまったの。私はトレセン学園卒業生のカブラヤオーと言います。ツインターボさんに関して、生徒会長のシンボリルドルフさんとお話したい事があって一緒に来ました」

 

「あっ、ご丁寧にどうも。卒業生……カブラヤオー……まさか、あの伝説の……!?」

 

 ヒシアマゾンの表情が一変した。

 

「伝説? 私はただのトレセン学園卒業生よ」

 

「ただの卒業生だなんてそんな! 当時の走り、映像で拝見しましたがとても衝撃を受けました! ……と、ルドルフ会長への御用ですね! 少々お待ち下さい」

 

 ヒシアマゾンはすぐさまポケットからスマートフォンを取り出しシンボリルドルフへと電話をかける。その様子をツインターボは、唖然とした様子で見つめていた。

 普段はみんなから『ヒシアマ姐さん』と呼ばれ、厳しいがとても気さくなウマ娘でもあるヒシアマゾン。それがこんなに固く緊張している所を見たのは初めてだからだ。

 

「ボソボソ……(師匠ってそんなに凄かったのか?)」

 

「ボソボソ……(そうでもないわよ。ルドルフちゃんやマルゼンちゃんに比べたら全然よ)」

 

 ヒシアマゾンの電話中に小声で話す2人。シンボリルドルフとマルゼンスキー……なによりこの2人を()()()()()で呼べる事自体が凄い事なのだが、ツインターボはそれには気付かなかった。

 

「はい……カブラヤオーさんが……ツインターボと一緒に……はい……分かりました」

 

 どうやらヒシアマゾンの電話が終わったようだ。

 

「お待たせいたしました。ルドルフ会長のいる生徒会室までご案内いたします」

 

「なんかいつものアマゾンいつもと全然違うー! かちこちアマゾン!」

 

「ターボ〜、後で5時間タイマンあげませんの罰確定だからな……♪」

 

「ひぃっ!!」

 

 歩きながら和気あいあいとしたやり取りを2人が繰り広げている内に、生徒会室前に到着した。

 

 ──────────────────

 

「それではアタシは失礼いたします」

 

「ありがとう、ヒシアマゾン」

 

 この後大事な話があるのだと言う状況を察してすぐに部屋を出ていくヒシアマゾンと、そんな彼女に敬意を持って感謝の言葉を述べるシンボリルドルフ。わずかなやり取りからも2人の信頼関係が伺える。

 

「こんな遅くにごめんなさいね、ルドルフちゃん」

 

「いえ……それにしてもお久しぶりですね、先輩。お会いするのは先輩が卒業して以来でしょうか」

 

「もう何年も前になるわね。トレセン学園にいた頃は、本当にルドルフちゃんにはお世話になったわ」

 

「何を仰いますか。私はその何倍も先輩のお世話になりました。当時の私はまだ全然……『遅えわ』……フフッ」

 

「あらっ、ダジャレ好きなのは相変わらずね」

 

 思い出話に花を咲かせる2人、その様子をツインターボは先ほどと同じように唖然とした様子で見つめていた。

 

 トレセン学園生徒会長にして『無敗の三冠バ』『史上最強バ』『無類のダジャレ好き』

 

 Eclipse first, the rest nowhere. (唯一抜きん出て並ぶ者なし)

 

 トレセン学園のスクール・モットーを地で行く唯一無二の存在、全ウマ娘の憧れの的。それこそがシンボリルドルフ。

 そして、そんなシンボリルドルフが()()と呼び、敬意の念を抱いて接している相手がカブラヤオー。

 

「(師匠は一体何者なんだ!?)」ツインターボのカブラヤオーへの憧れは、ここトレセン学園に来てから更に強固なものになっていた。

 

「それで先輩、お話と言うのは? 我が学園生徒のツインターボが関係しているようですが」

 

 懐かし話も一通り終わり、シンボリルドルフが本題について問いかける。

 

「実は……」

 

 ──ツインターボとの出会い

 ──彼女の熱意に心惹かれた事

 ──そして彼女の指導をしたい事

 

 カブラヤオーは淡々とかつ丁寧に語り始めた。そしてそれを、真剣に聴くシンボリルドルフ。

 

「なるほど、そういう事でしたか。積水成淵(せきすいせいえん)磨斧作針(まふさくしん)……例え困難な道だとしても、諦めずに努力し続ける姿と言うのはとても美しい。ツインターボ。君のその姿勢、私はとても素晴らしいと思うよ」

 

「ターボ、絶対にテイオーに負けないって決めたんだ! その為なら凄い凄いがんばる!! 会長にだって負けないぞー!!」

 

 絶対王者(シンボリルドルフ)本人を目の前にしてのこの発言……他のウマ娘が見たら一体どう思うであろうか。

 

「フフッ、その日を楽しみに待っているよ」

 

 そう答えるシンボリルドルフの顔はとても嬉しそうだ。トウカイテイオー同様、良い意味でフランクに接してくれるツインターボと言う存在はシンボリルドルフにとって心地良いものだった。

 

「週1回の稽古の件なのですが、私としては問題ありません。ただ、彼女はトレセン学園の生徒でカノープスと言うチームに所属する身。他方にも確認する必要がありまして……」

 

「ターボちゃんのトレーナーさん、後は理事長のやよいちゃんにも確認が必要よね」

 

「その通りです、話が早い。ただ今日はもう遅いので、明日のお昼にトレーナーとやよいさんを交えてお話と言うのはどうでしょう。良ければ2人にすぐ確認いたします」

 

「明日はレース教室お休みだし大丈夫よ。色々忙しいのに、本当ありがとう」

 

 その言葉を聞くなりシンボリルドルフはすぐ、南坂トレーナーと秋川やよいに電話をかけ確認を取った。『思い立ったが吉日』と言うことわざがあるが、彼女の行動は1つ1つが実に早く迷いがない。

 かといってただ早いだけではなく、熟考した上での決断だ。考え始めてから的確な判断を下すまでの時間が異常に短いのだ。競走バとしてだけではなく、頭を使った業務に関しても唯一無二の存在だ。

 

「2人とも大丈夫でした。それでは12時にトレセン学園第2会議室にてお願いします。……それにしても先輩、変わりましたね。あの頃とはすっかり」

 

「そうね……子供達に教え始めてからはすっかり緊張する事は無くなったわ。府中ウマ娘レース教室を紹介してくれたマルゼンちゃんには、本当に感謝してる」

 

「師匠の昔の話!? 聞きたい聞きたい!!」

 

 

 尊敬すべきカブラヤオーの昔の話。

 

『愛すべき師匠は一体どんな競争バだったのか』

『そこにターボが強くなる秘訣があるんじゃないか』

 

 ツインターボは興味の衝動を抑えきれず、口に出した。

 

 

「面白い話じゃないけど、それでも良かったらいいわよ」

 

「わーい! 昔の師匠知りたいーー!」

 

 カブラヤオーは語り始めた、若かりし現役時代の頃の話を──



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第4話:師匠の過去

 もし、ウマ娘ファン達が一堂に介して

 

『強いウマ娘』『スピードのあるウマ娘』『スタミナのあるウマ娘』

 

 と言ったテーマで語り合うことになった場合、挙がる名前は千差万別であろう。だが、もしこれが

 

『インパクトがあるウマ娘』

 

 と言うテーマだったら、みんな満場一致でカブラヤオーの名前を挙げるのではないだろうか。それくらい『狂気の逃げ馬』と呼ばれる驚異的な大逃げのインパクトは圧倒的だった。

 

 

 現役時代のカブラヤオーは、超が付く程の人見知りだった。幼少期に事故で他ウマ娘に蹴られた時の恐怖がトラウマとなり、他者からの視線を感じるだけで全身が震えその場にいるのが耐えきれられなくなる程の。

 

 驚異的な大逃げは、決して得意だからとか戦略だからとかでは無かった。彼女には……()()()()()()()()のだ。

 少しでもウマ混みの中に入ったらたちまちパニックになり正気を保てなくなるのだ。

 

「先行も指しも追い込みも駄目……逃げても追いつかれたら駄目……それなら……それなら思いっきり逃げて、誰も迫れないくらいにそのまま逃げ切っちゃえば……!」

 

 苦肉の策から生まれた大逃げ戦法だったのだが、生まれつき心肺能力が優れていたのも相まってそれは大成功を遂げた。

 日頃の練習から体力を無視しての大逃げを繰り返し、更に身体能力は向上し連戦連勝。9連勝と言う記録は未だに破られていない前人未到の大記録だ。

 

「追いつかれちゃ駄目、その為にはもっと速くならなきゃ。この先どんな強い相手が現れたとしても、最初から最後まで1番で逃げ続ける……!」

 

 勝てば勝つほど彼女の練習量は増し、それに比例するかのようにスピードもスタミナも増した。だが……残念ながらその足が驚異的な練習量の前に悲鳴を上げた。

 

 屈腱炎……ウマ娘にとって不治の病とも言われている足の病気だ。

 1度目はクラシック級の三冠のかかった菊花賞の前に、2度目はシニア級1年目の天皇賞秋の前に……怪我が無ければその後も走り続けていたかもしれないが、常に張り詰めていた彼女自身の気力がもう限界に達していたため、怪我が無くても遅かれ早かれ引退していたかもしれない。

 

 

 引退後、しばらくは理事長(秋川やよい)理事長秘書(駿川たづな)の下で事務の手伝いをしていたが、ある日マルゼンスキーの紹介で府中ウマ娘レース教室で未来を夢見る子供達のトレーナーに就任した。

 

「超人見知りなのに教えることなんて……しかも子供達相手に大丈夫なの?」

 

 と思う者は多いと思うが、実は現役時代に彼女が唯一緊張せずに接することができたのが子供ウマ娘だったのだ。

 

 元来彼女はとても心優しいウマ娘だ。だがそのオドオドした見た目、そして見た目と相反するような豪快なレースっぷりを……色々な意味でネタになるウマ娘をマスコミが取り上げない訳がなかった。

 勝てば勝つほどに取材陣は増えニュースは流れ記事は乗り、その結果沢山の『好奇の目』に晒された。それが更に彼女の心を閉ざした……悪循環というやつである。

 

 だが、子供ウマ娘達だけはそんな彼女に対して常に笑顔で声を上げて応援し続けていた。

 子供時代のウマ娘は、特に生き物の心の奥底を察する能力に長けていると聞く。だからこそカブラヤオーと言うウマ娘の、心の奥に秘められた優しさや温かさに無意識に気づき必死に応援していたのだろう。実はマルゼンスキーもそんな1人だった。

 

「マルゼンちゃんを始めとしたあの子達の声援が無かったら、私は間違いなくジュニア級の時点で引退していたわ……」

 

 そんな経緯があるからこそ彼女は、引退後は子供ウマ娘達と何かしらの形で接するお仕事につきたいと願っていた。現役時代に声援という()()()()()()()()()を頂いた、引退後にはそれを全力でお返ししたい……と。

 

 子供ウマ娘達を教える時間は本当に楽しかった。そして指導を続けていく内に不思議な事が起こった。あれだけ超人見知りだったのが、少しづつ改善していったのだ。

 彼女はこれまで『怖い』と言う感情が強すぎて自分に向けられる殆どの感情からひたすら逃げて生きてきた。

 それが指導する立場になり様々な感情と真正面からぶつかり合う生活を続けていった結果……数年たった今では誰とでも話せるとても社交的なウマ娘となった。

 

 彼女は、特に人見知りな子に対して真摯に接していた。自らが現役時代、恐怖にとらわれ続けていたからこそ子供達には何よりも走る事の楽しさを味わって欲しいと願っているからだ。

 

「頂いたものをお返しするはずが、更に頂いちゃったの……感謝してもしきれないわ。だから私は、一生かけてあの子達のトレーナーを続けていきた……どうしたの!? ターボちゃん!」

 

 カブラヤオーがびっくりするのも無理はない。ツインターボの目からは、大粒の涙が止まること無く流れ続けていたからだ。

 

「じ、じじょがぞんだぢづだいづだいぼぼびぼじで……(し、師匠がそんなに辛い辛い思いをして……)うわ〜〜〜ん!!!」

 

「ターボちゃん……」

 

「じづわ……じっわだーぼもおなぢ……ほんどうは、ごわいがらにげでる……(実は……実はターボも同じ……本当は、怖いから逃げてる……)」」

 

 ツインターボも語った、自らの過去を……これまで誰にも話した事の無かった大逃げする理由を。




【史実補足】
JRA発足後の中央平地競争において、カブラヤオーの9連勝(1976年達成)は、2021年11月現在……並ぶ者のいない大記録です。

※地方交流レースを含めると、スマートファルコンも9連勝
※障害レースを含めると、オジュウチョウサンの11連勝が最多


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第5話:ターボの過去 ターボのライバル

 ツインターボが日頃から言っている

 

『ずっと一番が良いから大逃げする』

 

 それは間違いではない。一番前を走るのはとても気持ち良い。ただ、それだけではない……気持ち良いからだけではないのだ。

 

 

『(後ろから来るウマ娘が怖くて……その怖さをなんとかするために)ずっと一番が良いから大逃げする』

 

 

 ツインターボはその見た目と自信たっぷりな振る舞いから怖いもの知らずと思っている者も多いが、実はとてもとても臆病な性格だ。

 派手な格好をしてるのもその振る舞いも……実は根っこにある臆病な部分を隠すためでもある。

 

 その事にツインターボ自身は漠然と気付きながらも、気付かないふりをして生きてきたし誰にも話さずに生きてきた。

 なのでツインターボの根っこが臆病だと言うのに気づいているのはのは、ごくわずかだ。

 仲良しなチームカノープスの面々、後は心を察する能力に長けたシンボリルドルフにマルゼンスキーに……他数人言った所だろうか。

 

 そう、本質はカブラヤオーもツインターボも一緒なのだ。

 だからこそツインターボは、カブラヤオーの話を聞いて、無意識に自分を思い重ねていたのだ。

 

 

「ししょー……たーぼ、がんばる……」

 

「あらあら、すっかりおねむさんね」

 

 時刻は気づけば夜9時。泣きつかれたのか語り疲れたのか、いつの間にかツインターボは夢の世界へと旅立っていた。

 

「気づけばもうこんな時間か。……先輩、もし良かったら今日は泊まっていきませんか? 部屋も替えの着替えも用意はあるので。ツインターボは私が後ほど部屋まで連れていきます」

 

 トレセン学園には遠方からの訪問者も多い。そういった者達の宿泊先を確保できるように、常に空き部屋がいくつも用意されているのだ。

 

「そうね……それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」

 

「2階の奥の部屋が空いていますのでお使いください」

 

「ありがとう。それじゃあまた明日ねテイオーちゃんと……ターボちゃん」

 

 スヤスヤと眠るツインターボの頭をなで、カブラヤオーが席を立つ。

 

「先輩」

 

 席を立ったタイミングでシンボリルドルフが声をかける。先ほどまでの和やかな口調とは一点、どこか影のある口調だ。

 

「先輩。ツインターボが今こうして熟睡しているので問いますが、先輩はツインターボが本当にトウカイテイオーに勝てると……お思いですか?」

 

「その様子だと……ターボちゃんに勝ち目はないと思ってる?」

 

「いえ、勝負に絶対はありません。ありませんが、今のトウカイテイオーの強さは…………先輩は、今年になってからのトウカイテイオーのレースはご覧になっていますか?」

 

「中山記念、大阪杯、そして先日の天皇賞・春、全て見てるわ。どのレースも凄い勝ちっぷりだったわね。私も……ルドルフちゃんと同じ事を思ってるわ。今のままではターボちゃんは……絶対に勝てない」

 

 

<<トウカイテイオー>>

 

 皐月賞、ダービーと圧倒的な強さで勝利しシンボリルドルフに並ぶ無敗で三冠も確実と言われていたが、骨折により菊花賞は出走できず。

 その後も怪我に悩まされ、特に3度目の骨折は重症で一時は引退寸前まで追い込まれていたが……とあるウマ娘の諦めない心に触発され現役続行を決意。そして約1年ぶりの復帰レースとなった有馬記念では見事な復活勝利。

 

 ここまでが昨年までのトウカイテイオーの歩みだ。これだけでも奇跡とも呼べる歩みだが、今年になってからのトウカイテイオーは3戦3勝。内2つはG1レースで来月に行われる宝塚記念にも出走予定だ。

 

『トウカイテイオー完全復活?』

『全盛期の走りに戻った?』

 

 否……!! 

 3度目の骨折前までに見せていた圧倒的な強さは今ではすっかり影を潜めている。カブラヤオーは『どのレースも凄い勝ちっぷりだったわね』と言ったが、今年になっての3戦……2着との着差は首差・アタマ差・ハナ差と、どれも辛勝だ。

 

 では何故シンボリルドルフとカブラヤオーはここまでトウカイテイオーの強さを認めているのか。それは……3戦とも、最後の直線で1度先頭に立ったらどんなに後方から鋭く追い込まれようと絶対に食らいつき先頭を譲らなかったからだ。

 

 

 怪我の影響でスピードは確実に落ちた。トレーニング量は減り、スタミナとパワーに関してもトウカイテイオーより優れたウマ娘はシニア級には何人もいる。では何故トウカイテイオーは勝ち続けているのか? その最大の要因、それは

 

 ()()

 

 他の能力に比べて一番心理的要因の強い能力、そして……これまでのトウカイテイオーに唯一欠けていた能力だ。

 

 天性の柔らかな足腰から繰り出される圧倒的なスピード

 日々のトレーニングにて鍛えに鍛えられたスタミナとパワー

 考えるわけでもなく自然と周りの流れを読み気づけば絶妙の位置にいる天才的な感覚の賢さ

 

 才能に恵まれ才能を活かすための努力も欠かさなかったトウカイテイオーにとって、根性と言うのは必要無かった。

 憧れのシンボリルドルフが常に威風堂々とした(たたず)まいで、その姿に憧れたと言うのもあり、根性を前に出すのはカッコ悪いとさえ思っていた。

 

 

 ──目指すは無敗で3冠──

 

 だが現実は甘くなかった。

 日本ダービーまでは順調だった。しかし菊花賞前に骨折、最後まで足掻いたが残念ながら出走は叶わず無敗で3冠の夢は(つい)えた。

 

 

 ──目指すは無敗──

 

チームメイトでありライバルでもある、メジロマックイーンとの天皇賞・春での直接対決に破れ無敗の夢も潰えた。

 

 ──目指すは──

 

 その後2度目の骨折、更には3度目の骨折……3度目の骨折は重症で、治っても全盛期の競争能力はもう戻らないと言われた。

 かつての輝きが重く重く自分自身に()し掛かる、何よりも精神的に限界だった。引退を考えた。しかしそんなトウカイテイオーを変えたのが……名前すら良く覚えていなかった、自分にとって眼中にも無かった1人のウマ娘だった。

 

『スピードもスタミナもパワーも賢さも無い。あるのは根拠の無い自信と、己の能力とは分不相応な無謀とも言える大逃げだけ』

 

 そう思っていた、だが違った。そのウマ娘は持っていたのだ、自分が唯一持っていなかったものを。

 

 そう、()()を。

 

 ライスシャワーを始め強豪が揃ったレースで、そのウマ娘は無謀とも言える大逃げの末に勝利した。最後の直線はヘロヘロでゴールした瞬間にそのまま倒れ込むという、憧れのシンボリルドルフのレースとはまるで真逆のカッコ悪さだ。

 

 だがトウカイテイオーにとってその走りっぷりは、これまでに見てきたどのウマ娘よりもカッコ良かった。

 

 それからトウカイテイオーは変わった。『ボクは一番ではない……だからこそ足掻く、足掻き続ける』と。

 その後の有馬記念での復活勝利、世間では奇跡と言われているが……世の中に理由の無い奇跡は無い。

「絶対は、ボクだ」と言う名の根性。それこそが奇跡の理由なのではないだろうか。

 

 

「今のテイオーを見ていると先輩を思い出します。先輩も、最後の直線でどんなに追い込まれようとも絶対に先頭を譲らなかったですよね」

 

「毎回限界を超えて走っていた気がするわ、あの頃は。自分で言うのもアレだけど、根性を持った子は誰よりも強いと私は思っている。だからそこ……今のターボちゃんでは絶対にテイオーちゃんには勝てない」

 

「私も全く同じ考えです。そこまで分かっていながら何故先輩は、ツインターボのコーチを……?」

 

「なんでかしらね……本当は断ろうと思ったのよ。ただ、ターボちゃんにお願いされた時、あの子の目をじっくり見ていたら……気づいたら引き受けていたの。あの子の目に、可能性を感じたの」

 

「なるほど。しかし……その可能性の先に待っているのは、ツインターボにとっては修羅の道かもしれませんね」

 

「修羅の道……その通りね。その道を進むかどうかは……あの子自身に委ねるわ」

 

 

 2人の話は終わった。

 まさか自分が寝ているすぐそばでこんな重い話がなされているとは露知らず、すやすやと眠るツインターボの表情はとても安らぎに満ちていた。



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第6話:師匠と南坂トレーナー

 ツインターボにとってとても長い1日は明け、現在の時間はお昼の12時。

 理事長室にはツインターボ、カブラヤオー、シンボリルドルフ、秋川やよい理事長、駿川たづな理事長秘書、南坂トレーナーの計6名が集まっていた。

 

 こういった(おごそ)かな場に集う経験が初めてだったツインターボは、緊張からか殆ど喋る事はなくカブラヤオーとシンボリルドルフによる説明を聞いていた。

 

「……私としてはツインターボさんの意思を尊重したいと思っているのですが、いかがでしょうか?」

 

 場所が場所なだけに『ターボちゃん』と言う呼び方は控え、カブラヤオーは説明を終えた。

 

「了解ッ!! それがツインターボ本人の意思なら私もたづなも無問題! むしろ歓迎!! 南坂はどうだ!?」

 

「私も、ツインターボさんの意思を尊重します」

 

 話はあっと言う間にまとまった。否定的意見……とまでは言わずとも、数々の質問を投げかけられる事を覚悟していたカブラヤオーは少々呆気にとられていた。

 

「円滑にまとまったのは嬉しいのですが……本当に大丈夫ですか? 特に南坂トレーナーは……」

 

「チームカノープスは基本的に個人の自由に任せているチームなので。それに……ツインターボさんがこんなに懐いている事が、何よりもあなたが信頼できる方だと言う証明です」

 

 

<<南坂トレーナー>>

 

 才能豊かなウマ娘達が集まるチームリギルやチームスピカとは違い、個性派のウマ娘が集まるチームカノープスのトレーナーだ。

 チームリギルの東条トレーナー、チームスピカの沖野トレーナーとは違い基本的には放任主義だが、ここぞと言う時のアドバイスは常に的確でトレーナーとしての評価は高い。

 

 打ち合わせ終了後、南坂トレーナーとカブラヤオーの2人で今後のツインターボの育成方針について話すべく会議室へと移動した。

 

「ターボも師匠とトレーナーと一緒にお話したいー!!」

 

 ツインターボが駄々をこねていたが「美味しいパフェを出してくれるお店知ってるから、後で一緒に食べに行こうね」とカブラヤオーが言うと「パフェ食べたい! 分かった! じゃあ後でね!!」とすぐ納得してくれた。

 

 会議室へと移動した2人、カブラヤオーは南坂トレーナーに事細かに質問した。

 質問は多岐にわたり、普段のトレーニング内容だけでなく休日の過ごし方や食生活にまで及んだ。

 

『教えるからには、その前段階のタイミングから少しでも多くその子の事を知っておく必要がある』

 

 これは府中ウマ娘レース教室でも同様の、カブラヤオーの指導方針だ。

 指導者からしたら数多くいる生徒の1人だが、生徒1人1人にとっては場合によっては指導者によって今後の人生が左右するかもしれない……指導に絶対は無いが、受け持つ以上は……それがカブラヤオーの指導方針だ。

 

「……ありがとうございました。南坂トレーナーの指導方針、とても学べる事が多く生徒の指導にも取り入れたいくらいです」

 

 お世辞ではない。南坂トレーナーの手腕は実に見事だ、とカブラヤオーは思った。

 

 なんでもデビューしたての頃のツインターボは非常に我が強く、食事はお菓子ばかり・トレーニングはスピード練習ばかりと非常に偏っていた。その後ナイスネイチャの紹介でチームカノープスに加入してからは

 

「(ツインターボさんの食事には野菜が不足しているので、なんとか彼女が食べられる料理を食堂で出してもらえるように提案を……色鮮やかな野菜を沢山用意して、それらを彼女好みの甘辛い味付けにすれば……) 」

 

【翌週】

「おや? 今日は食堂でレインボーカレーが出るみたいですよ」

 

「レインボー!? レインボーって虹の事だよね! 早く食べてみたーい!!」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「(ツインターボさんはスタミナが不足しているので、それらを鍛えるトレーニングを彼女が楽しく行えるように……) 」

 

【翌日】

「今日のトレーニングは『誰が一番 ムリ〜 と言わずに走り続けられるかな? ゲーム』ですよ」

 

「ゲーム!? ターボゲーム好き! 早くやろうやろう!!」

 

 ただ単にウマ娘を強くするのが上手なトレーナーと言うのはトレセン学園全体を見渡すと珍しくないが、個々のウマ娘の個性を考慮した上で食生活やトレーニング内容まで考えられるトレーナーと言うのは非常に少ない。

 

 だからこそ……だからこそ、もっと早くツインターボが南坂トレーナーと出会えていたら……と、カブラヤオーは強く思った。

 

 話を聞いて知った事だが、元々ツインターボには別のトレーナーが付いていた。彼はツインターボの大逃げが理解できず事あるごとに矯正しようとしたが、大逃げに強いこだわりを持っているツインターボは当然の事ながら全く譲らず、半ば育成放棄のような状態になってしまった。

 そこから紆余曲折あり結果的にチームカノープスに入ったのは、デビューしてから1年以上も経った頃だった。

 

 実はウマ娘の全盛期のタイミングと言うのは短い。ウマ娘ごとにタイミングは異なるが『成長期』と呼ばれる時期は非常にトレーニング効果が大きく、中にはわずか数ヶ月の間に別人のように急成長するウマ娘もいる。

 ただし成長期を終えると徐々に成長は鈍化し、更に時を重ねると

 

 トレーニング≠成長

 トレーニング=現状維持

 

 に変わってしまう。

 カブラヤオーの見た感じ、ツインターボの成長期は終盤へと来てしまっている。現在は5月、成長期が続くのは……恐らく今年いっぱい……もう時間は無いのだ。

 

「「修羅の道……その通りね。その道を進むかどうかは……あの子自身に委ねるわ」」

 

 昨日の夜、自分自身が言った言葉が強くカブラヤオーにのしかかる。修羅の道……本当にその道を進むかどうかをツインターボに委ねていいのか。その道の果ては最悪──かも、しれないのに。

 

「……オーさん」

 

「…………」

 

「カブラヤオーさん」

 

「は! はい!!」

 

 何度か名前を呼ばれて、カブラヤオーはようやく気が付き慌てて返事をした。

 

「どうしましたか? 難しい顔をしていましたが……」

 

 自分はそんなに難しい顔を表に出してしまっていたのか……いけないいけない。

 カブラヤオーは脳内で意識を切り替え、一番に聞きたかった質問を切り出した。 

 

「南坂トレーナー、もう1つご質問よろしいでしょうか?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「私がターボちゃ……ツインターボさんを育成する事に対しての正直な気持ちをお聞かせ願いますでしょうか。南坂トレーナーのようなプロトレーナーに比べて私はトレーナー免許も無く、世間的に言えばアマチュアです。正直、不安ではないですか?」

 

 突然どこの馬の骨とも分からない人物が現れて、自らの愛バの指導を行う……トレーナーによっては自らの指導能力を否定されていると思ってもおかしくないはずだ。

 先ほどの会議では確かに笑顔で了承していたが……あの場は何人もいて、しかも生徒会長でもあるシンボリルドルフからの推薦があり理事長まで容認していた。そんな場所で否定なんか出来る訳はないだろう。

 

 〜ツインターボの一番の指導者は南坂トレーナー〜

 

 だからこそ、ちゃんと彼と本音で話し合った上ではじめて自分はツインターボの指導を行う資格がある……カブラヤオーの表情を見て質問の真意に気づいたのか、南坂トレーナーが口を開いた。

 

「正直、カブラヤオーさんの指導能力は今の所は分かりません。ただそれは、初回の指導を見れば大体は分かります。見た上で、もし至らない点があった場合はしっかりアドバイスします。なので心配はないです。

 一番の懸念点はツインターボさんとの絆でしたが、そこは全く問題ありませんでした。ツインターボさんがあんなにもあなたに懐いている事が全てです」

 

「「それに……ツインターボさんがこんなに懐いている事が、何よりもあなたが信頼できる方だと言う証明です」」

 

 先ほど理事長室で発したのと同じ様な答えを、同じ様な表情で南坂トレーナーは答えた。

 

 ツインターボは他者に対する警戒心がウマ娘の中でも特に強い。南坂トレーナーも打ち解けるまでは非常に苦労した。ナイスネイチャの力添えが無かったら、今でも打ち解けられていなかったかもしれない。そんなツインターボが出会ってわずかな時間でカブラヤオーに心を許している。南坂トレーナーにとってはそれが全てなのだ。

 

(まさかこんなにも、南坂トレーナーが私を信頼してくれているなんて……これは、今話すべきね)

 

 カブラヤオーには1つ、南坂トレーナーに伝えたい事があった。

 ただそれは、今ではない。ツインターボのトレーニングを重ねていく中で徐々に信頼関係を気付いてから……そう思っていたが、今話しても大丈夫と……いや、これは今話すべきだ。カブラヤオーは意を決した。

 

「南坂トレーナー、もう1つ……お伝えしたいことが」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……なるほど」

 

「もちろん最終的な決断はツインターボのさんに委ねます。ただ、彼女が本気で目標としている有記念に勝利するには、それしか方法がないんです」

 

 話を聞き終わった南坂トレーナーの表情に変化は無い。一体彼は何を考えているのだろうか……カブラヤオーの不安が増していく。

 

「ミホノブルボンさん……」

 

「えっ?」

 

 南坂トレーナーから発せられた予想もしなかったウマ娘の名前に、カブラヤオーは思わず変な声を出してしまった。

 

「ミホノブルボンさんは怪我の治療の甲斐なく残念ながら引退しましたが、その原因は過度のトレーニングに原因があったとも言われています。実は以前、彼女に聞いたことがあるんです。『無理した事に後悔は無かったか?』と」

 

「……それで、彼女の答えは?」

 

「答えは『後悔は無い』でした。『黒沼トレーナーのお陰で私は皐月賞とダービーを勝つ事が出来て、菊花賞ではライスシャワーさんと接戦を繰り広げる事が出来ました』と。清々しい表情で、彼女はそう答えました」

 

 それを聞いてカブラヤオーは思った。『私と同じだ』と。色々とあったが、限界まで走り続けて良かったと思っている。

 

「何度も骨折をしても諦めないトウカイテイオーさん。繋靭帯炎を発症しても諦めないメジロマックイーンさん……もし私達が指導している相手が人間だったら無理にでも止めますが……ウマ娘と言う存在にとって、後悔を残したまま走れなくなると言うのは、──事よりも辛いのかもしれませんね」

 

 南坂トレーナー、なんという素敵な方だろう。カブラヤオーは心からそう思った。種族の壁を超えて、こんなにも心の奥底にまで寄り添おうとしている人がトレーナーだなんて。ツインターボは……チームカノープスのウマ娘たちは幸せものだ。

 

「カブラヤオーさん。最後に一つ、私から大事なお伝えがあります」

 

「えっ……?」

 

「周りは気にせず、彼女の事はターボちゃんと呼んでください。それが一番だと思いますので」

 

「……ふふっ、ありがとうございます」

 

 気づけば話し始めて1時間以上経過していた。ツインターボは待ちくたびれていることだろう。

 南坂トレーナーと話したい事……南坂トレーナーに話したいことは全て話した。会議室を出た2人は急いでツインターボの元へと向かった。




【南坂トレーナーの一人称】
アニメでは描かれていなかったと思いますが、2期円盤3巻おまけの小説では『私』と言っていたので、それに合わせて私で統一いたします。


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