【連載】英梨々と作る英梨々ルート (きりぼー)
しおりを挟む

プロローグ まずは初めて見よう

英梨々ルートのボツ原稿を書きすぎて、作中の倫也はもう大人のような寛容さと優しさと気遣いを身に着けてしまったよ・・・

英梨々のために用意されたこの倫也で、どうか幸せになって欲しいものだ。
割りと本気で思っている筆者です・・・orz


 

 

「俺は英梨々ルートが作りたいんだよ!」

 

いつもの喫茶店に倫也と英梨々が向かい合って座っていた。

テーブルの上には膨大な量のレポート用紙が散乱している。

 

英梨々は黙って、机の上に積まれたレポートを眺めていた。

アイスティーをストローで一口だけ飲む。

 

「けど、倫也。結局は見つからないじゃない・・・英梨々ルート」

「・・・英梨々ルートはいつだってある。けど・・・」

「恵の問題が解決しないんでしょ?なら・・・仕方ないじゃないの」

 

英梨々は最初の物語で恵に譲ってしまった。

つづく短編ではサブヒロインとしての役割を果たしてきたつもりだ。

そして、主役は完全に交代して、恵の夏の物語が紡がれてしまった。

 

その陰で・・・

 

膨大な量のボツ原稿が出来上がった。今、机の上に散乱しているレポートの束がそれだ。

投稿された量と同等か・・・それ以上の量の英梨々の物語。

どれもいつも途中で頓挫してしまう。

 

「子供の頃の物語は良さそうなんだけどなぁ・・・」

倫也が残念そうに言った。

「けど、それってやっぱり冴えカノ同人とは言い難いものでしょう?」

「だな・・・」

 

倫也はアイスコーヒーを飲みながら物思いに耽っている。

今、書かれている物語もまたボツになるかもしれない。

 

「今のままだと・・・次の連載は子育て編になるぞ・・・」

「勝手にすればいいじゃない?責任を取りなさいよ。さんざん夏にオセロをした責任を」

「・・・オセロしただけなんだけどな・・・」

「・・・」

「それにな、英梨々。それだって冴えカノ同人とは言い難いだろ?」

「もう冴えカノ同人と思って読んでくれている読者なんていないかもしれないわよ?」

 

倫也は片手で頭を抱える。どうしてこうなった。

 

「なぁ・・・英梨々・・・ダメかな」

「あんたバカじゃないの?そんなのあたしに聞かれても知らないわよ」

「けどさ・・・この膨大なボツ原稿だって、無駄じゃないだろ?」

「・・・そうね」

 

英梨々の物語。

 

幼少期の英梨々と倫也。

幼稚園でのたくさんの思い出。お遊戯会、演劇会、お泊り会、運動会・・・

それだけじゃない、何気ない日常。拾ったBB弾。転がってなくした買ったばかりの大きなビー玉の話。ノラ猫を助けた話。

小学生の時は、喧嘩したルートと、喧嘩しないルートもシミュレートした。

喧嘩して謝りたくても謝れない話。泣きながら過ごした日々の物語。

喧嘩しないルートでは絵がうまくならなかった。それでも幸せだったと思う。

中学生の時は、出海が登場した。いくつかのエピソードもお蔵入り。伊織や美智留のサイドストーリーだってあった。

 

それだけじゃない。

 

英梨々のイデアでオリジナルだって演じた。それも何度も何度も・・・

犬を飼って毎日一緒に散歩した。

受験の勉強や展覧会のために油絵もがんばった。

初デートで緊張した話もしたし、知らない人に告白されて戸惑う話だってある。

そうやってイデアは経験を重ねていった。

 

すべてボツだ。

 

英梨々はその都度・・・泣く。

けど、恵が主役の物語でも結局泣いてしまった。

 

「なぁ・・・英梨々。成長する話は何度も何度もやったろ?その物語の中で倫也は・・・俺のイデアはいつだってお前の味方だったよな」

「・・・うん」

 

恵が・・・恵のイデアがでてきた時に、物語が混乱する。

怒るし、泣くし、拗ねる。

倫也はどっちかを選べず、英梨々が譲ってしまう。その繰り返し。

 

恵はサブヒロインをやらないし、英梨々はメインヒロインに成り切れない。

 

「英梨々。このまま同人をやめるか・・・」

「ううん」

 

英梨々は左右に首をふる。

 

「泣いたままは終われないだろ?だったらさ、やるしかないよな。英梨々がちゃんとメインヒロインになって、幸せになるしかないだろ」

「恵は?」

「・・・恵のことは・・・時間が解決するよ」

「ほんとに、時間が解決するかしら?」

「・・・けど、どうしようもないだろ・・・」

「そうね」

 

英梨々ルート。

悩ましい・・・。

 

「だからさ、英梨々。とりあえず・・・とりあえずだよ・・・?恵と出会う前の高校一年生をやってみないか?」

「その時期って喧嘩中でしょ」

「ああそうだな。けど、それは建前だから」

「どういうことよ?」

「お前が表面的に社交的で美少女して学校で過ごすことを尊重した倫也と、裏でしっかり腐女子として育った英梨々とつながっている倫也。この構図があるだろ」

「そうね」

「ボツ原稿は・・・無駄にならないはずだ」

「うん」

 

倫也がアイスコーヒーを飲み干して、散らかったレポート用紙を集める。

 

「・・・別に・・・あんたのためじゃないんだからねっ・・・」

 

英梨々が呟いた。

何度も失敗してきた物語。

自分で紡いで、自分で選択して、自分で歩む物語。

 

「英梨々・・・」

「何よ?」

「お誕生日。おめでとー」

 

パーンッ!

 

お店にいたスタッフもお客も一斉にクラッカーを鳴らした。

 

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

「うわぁ~!!」

 

英梨々が鳴り響く耳元のケータイで目が覚めた。

時刻は午前5時。

 

英梨々はベッドの上で上半身を起こし、ボーとした頭をふる。

 

変な夢をみた。どんな夢だっただろう?

 

中学を卒業し、高校が始まるまでの春休み。

中学生でも高校生でもない、宙ぶらりんの不安と期待でいっぱいの時期だ。

自分ことだけで精一杯なのに無理をして人にいい顔をみせる。大人になっていく時期・・・違う。体はもう大人で性を抱えているのに、まだ子供のフリができる時期だ。

 

3月20日。

 

英梨々は、同級生の誰よりも遅くに誕生日を迎え、やっと15歳になった。

 

「エヴァーにはもう乗れないわね・・・」

 

つまらないことをつぶやく。

 

フリルのついたピンクのパジャマを着たまま、英梨々は玄関を開けて外にでた。

外はまだ暗くて、肌寒い。

門を出て外側の郵便受けを開ける。

 

新聞が1部。そしてリボンのかかった小さな箱が1つ。

 

この春休みから倫也が新聞配達のバイトを始めた。

倫也が勧誘に成功すると多少の金額がバックされるので、英梨々の家は新聞を替えた。

そして、この新聞は倫也が早朝に届けてくれたものだ。

ラッピングされた小さな箱は、宛名も送り主もない。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

同じような小さなプレゼントは、小学校3年から4年になる春休みに初めて届けられた。

それから毎年届いている。

それよりも前の年には、直接「お誕生日おめでとう」の言葉と一緒にプレゼントを渡してくれた。

 

英梨々が倫也を裏切った。それからひどくこじれて喧嘩状態になり、学校では口をきかずに、お互いが無視をしている冷戦のような状態が続いた。

その年の誕生日、倫也と会うこともなく家で過ごした。多くの来客があるホームパーティーが催され、自分を偽って笑顔を振りまき、山ほど積まれたプレゼントは開ける気にもなれなかった。

 

その日は気が付けなかった。あるいは夕方までには入っていなかった。翌朝になって、郵便受けに小さなプレゼントがはいっているのを母が見つけた。

誰かからの誕生日プレゼントじゃないかしら?と母に言われた。

開けてみると、指先ほどの小さなガラス細工が1つ入っていた。

 

その前の年も、その前の前の年も、倫也は英梨々にガラス細工を贈っていた。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

英梨々は新聞と小さな箱を大事そうに手に持って家に入った。

リビングのテーブルの上に新聞を置き、部屋へ駆けて戻っていく。

 

机に座って、箱のラッピングを解いていく。

赤いリボンは2回折ってから結んでおく。

裏のシールを丁寧にはがして、包装紙を丁寧にはがしてからたたむ。

 

白い箱は指輪をいれる箱ぐらいの大きさだ。

箱を空けると、綿がしき詰まっている。

綿をどけると、小さな茶色いガラスの動物がでてきた。

 

英梨々はそれをそっと手にとって眺める。

 

「・・・カバかしら?」

 

首をかしげてしばらく眺める。

 

それから、専用のショーケースに並べて置いた。

80cmほどの高さの木のショーケースはランプもついている。

中には小さなガラス細工が並べて置いてあった。

 

年中、年長、小学校の6年間。そして中学の3年間。全部で12個になった。

ゾウから始まり、キリン。ねずみ、うし、とら、うさぎ、うま、ひつじ。

干支が続くかと思ったら、そこから白くまと黒くまのペア。去年が木とリス。

今年は温泉に入っているカバ?だ。中学になってから少しグレードアップしている。

 

ショーケースの照明をつけたまま、英梨々は満足そうに眺めていた。

 

それから着替えて、黄色いワンピースに紺のカーディガンを羽織った。

 

キッチンにいって、置いてあった菓子パンを1つ食べ、無駄な抵抗だと思いつつも牛乳をグラスに注いで飲んだ。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

朝の6時半。

英梨々は倫也の家の玄関前に座っている。

もうバイトから戻ってくるかと思ったが、倫也は帰ってこない。

自転車がないので、まだバイト中のはずだ。

 

少し寒い。

カーディガンでは寒さが防げず、春物のコートを着て来るべきだったかもしれない。

しかたがないので、体操して体を温める。

 

しばらくすると自転車を乗った倫也が勢いよく戻ってきた。

 

キッー というブレーキ音がして英梨々の近くに止まった。

 

「んっ?英梨々」

 

倫也が英梨々に声をかけた。

 

英梨々は謝ろうと思ってきた。

毎日、謝ろうと思っている。今日こそ謝ろう、明日こそ謝ろう。そうやってなぁなぁに日々が過ぎて、数年たってしまった。

その間、ずっと辛い。苦しい。

 

「これ・・・あげる」

 

英梨々が途中の自販機で買ってきた『いろはす』のミネラルウォーターを倫也に渡した。

 

「サンキュー」

 

倫也が受け取る。

すぐにキャップを開けて、一口飲む。新聞配達のバイトを終えたばかりで喉が渇いていた。

 

少しの無言。

 

空には薄い雲が風に流れて散って消えた。

 

「じゃ」

 

英梨々がそこから立ち去ろうとする。

 

「どうした?」倫也が訪ねた。こんな朝早くに何か用があったのかと思っていた。

 

「べ・・・別になんでもないわよ。ちょっと近くを通っただけだから」

「何の用があったんだ?」

「別にあんたには関係ないでしょ」

 

倫也は肩をすくめる。

 

英梨々はそのまま背を向けて帰ろうと歩きだした。

(バカ、あたしのバカ)

いつものことだ。謝ることができない。

 

「そうだ、英梨々。おまえ・・・カピバラって知ってる?」

 

英梨々が振り返る。髪を結っていなかったので風に揺れた金色の髪が朝日にキラキラと輝いた。

 

「カピバラ?なんだっけ・・・」

「大きなネズミの仲間らしいけど・・・温泉入るんだってよ」

「・・・へぇ」

「じゃあな」

 

倫也が玄関の扉を開けて家の中へ入っていった。

 

英梨々は帰り道を歩きながら、

「そっか、カピバラか。カバじゃなかったんだ」

 

謝ることができなかった。

プレゼントのお礼も言えなかった。

ましてやホームパーティーに誘えなかったし、

誕生日おめでとうも言ってもらえなかった。

 

 

 

でも、春休みの誕生日に、倫也に会うことができて良かった。

英梨々は少し微笑む。

 

 

 

(了)

 




1週間に1度ぐらいの投稿予定です。

作中で1ヵ月ずつ時間が進み、13回ぐらいの予定です。
のんびり応援してやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バイト先に通っても偶然を装う英梨々

日曜のひととき皆様いかがお過ごしでしょうか。

この英梨々は幸せになるんですかね・・・?


「あら、倫也。いたの」

「・・・一名様ですか?」

「うん」

 

英梨々は大きく首を縦に振ってうなずいた。

 

この四月から倫也は飲食店でもバイトを始めている。

平日の夜の数日と日曜日のランチタイム。

夫婦の経営する小さな洋食屋である。

 

「こちらにどうぞ」

 

倫也は奥のテーブルに案内する。ランチタイムのピークは過ぎて、店内には他に1組しかお客がいなかった。

 

倫也はグラスに入った水とメニューを英梨々の前に置いた。

 

「あなた、あの子・・・また来たわよ」オーナーの奥さんが言った。

「・・・」

 

キッチンにはオーナー兼コックの旦那が働いている。体格のいい毛深い男性だ。口数が少なく愛想もないが誠実で優しい。

その分、奥さんが接客をして、それとキッチンの簡単な作業を兼任していた。

どちらもまだ30代の若い人で、特に奥さんの方は溌剌として気持ちも若い。

 

英梨々がメニューを見ている。

春休み入ってもう6回目だ。倫也がシフトに入るたびに食べに来ていた。

 

「倫也、今日のおすすめは何かしら?」

「書いてある通りだよ・・・」

「あんた、接客態度が悪いんじゃないの?クレームつけようかしら?」

「・・・きのことベーコンの和風パスタでございます」

「ぷっ。変なしゃべり方」

 

英梨々がおかしそうに笑う。

 

「・・・決まったら、およびください」

「いいわよ。それのサラダとドリンクセットで」

「お飲み物は?」

「いつもので」

「いつも変えているよね!?」

「ドクペ」

「ないから」

「ふぅ・・・じゃ、アイスティーで」

「レモンかミルクをお付けしましょうか?」

「どっちでもいいわよ」

「・・・先にお持ちしますか、食後にいたしますか?」

「いつもと同じで」

「お前・・・いつもと同じっていいたいだけだろ?」

「倫也。物覚え悪いんだもん」

「いや、お前がいつも変えているだけだ」

「先で」

「かしこまりました」

倫也が仰々しく頭を下げて、メニューを回収する。

 

英梨々は最初、ランチタイムのピークに来たら混んでいたので倫也とあまり話せなかった。少しずつ時間をずらして、今はランチサービス終了近くの2時頃に来ている。

 

「オーダー入ります。本日のパスタセット ・・・きのこ抜きで」

「はい?本日のパスタはきのこパスタだけど?」奥さんが聞き返す。

「あいつきのこ嫌いなんで。すみません」

「なら、他のにすればいいのに・・・」

「あっ、そこらへん適当なので、大丈夫です」

「ちゃんと、聞いてらっしゃい。他のパスタもランチ価格でいいから」

「はぁ・・・」

「返事ははい!」

「はい!」

 

倫也はサラダを冷蔵庫から取り出した。グラスに氷をいれアイティーを注ぎ、レモンを添える。英梨々はガムシロップを使わないので用意しない。

 

「お待たせいたしました」

 

倫也がカトラリーの入った籠を置き、サラダとドリンクを英梨々の前に置いた。

 

「どうも」

「きのこパスタのきのこ抜きはダメだってさ」

「あら、どうしよ」

「他のパスタなんでもいいから選んでくれる?」

「メニューは?」

 

倫也がデシャップに戻ってメニューを持ってくる。

 

「・・・任せるわ」

「・・・ならメニューいらないだろ?」

 

英梨々は本を広げて読んでいる。

 

「英梨々、それ、何を読んでいるんだ?」

「これ?カピバラの生態についての本。図書館にあったのよ」

「へぇ・・・」

「倫也、カピバラって見たことある?」

「本物?ないな。TVでちらっと見たような気がするけど。けっこうでかいよな」

「そうね。知ってる?温泉はいるらしいのよ」

「それ、俺が教えた雑学だよねぇ!?」

「そうだったかしら?」

「英梨々も物覚え悪くね?」

 

お客が少ないので雑談していても怒られない。が、仕事中である。

 

「すみませーん。ドリンクくださーい」他のお客から声をかけられた。

倫也は返事をしてデシャップに戻っていった。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

「お待たせいたしました」

倫也が英梨々の前にパスタを置いた。

 

「一緒にいいか?」

「構わないわよ」

 

倫也も同じパスタを英梨々のテーブルに置いた。

それからエプロンを取り、イスの上に置き、英梨々の前に座った。

 

倫也の休憩時間である。まかないパスタがでる。

 

「これは何?」

「まかないパスタ。きのことベーコンの和風パスタきのこ抜き、きのこに替えてサーモンとオニオン入り」

「長っ」

「わざわざ作ってくれたんだから、感謝して食え」

「あたし、お客だけど?」

「客でも感謝して食うのは人の道理だろ?」

「うわぁ・・・いってること親父くさっ」

「・・・もういい。冷めないうちに食えよ」

「いただきます」

「いただきます」

 

英梨々が本をたたんで、鞄にしまった。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

英梨々は黄色のTシャツにデニムのサロペットをきている。髪型はツインテールだ。

 

「倫也、カピバラ見たい?」

「見たいかどうかでいえば、見てみたいかな・・・」

「上野動物園にいるらしいわよ」

「そっか」

「・・・」

 

英梨々がフォークでサーモンを刺して、口に運ぶ。

倫也はけっこうハイペースで食べている。休憩時間も勤務時間であり、時給から引かれない。このあと片づけを手伝って3時まで働けば勤務が終わる。

 

「英梨々、動物園行きたいのか?」

「べ・・・べつに」

「そっか」

「・・・」

 

英梨々はパスタをくるくる丸めて口に運ぶ。

 

「ごちそうさまでしたー」最後のお客が食べ終わった。

倫也は席を立つ、レジにいた奥さんが手で倫也を制して、大丈夫なことを伝える。

 

お客がレジをしている間に、倫也はテーブルを片付けてキッチンに運んだ。

 

「いいから、休憩中は座ってたべなさい」

奥さんに軽く叱られる。

 

「はい・・・すみません」

倫也は謝ってから、英梨々のところに戻った。

 

「えっと・・・別にあんたが行きたいなら行ってあげてもいいわよ?」

「・・・?どこにだ?」

「はぁ?動物園よ動物園」

「ふむ・・・」

 

倫也がパスタを口にいれてモグモグと食べ、水で流し込む。

英梨々はまだ半分も食べていない。

 

「けど・・・もう春休みも終わるぞ?」

明日が入学式前の事前登校日だ。入学式の練習をする謎の一日だ。

 

「いやならいいわよ」

「いやとは言ってねぇーよ。けど、なんで英梨々とデートするんだ?」

 

英梨々がフォークを置く。それから真顔でアイスティーを飲んだ。

 

「ばっかじゃないの!?」

「あまり大声だすなよ・・・」

 

奥さんがこっちを見て笑っている。

 

「ただのカピバラ鑑賞会よ。かんしょーかい。わかる?」

「わかんね」

「カピバラ鑑賞会はね、カピバラ鑑賞会会員が参加してカピバラを鑑賞するイベントなのよ。あんたそんなのも知らないで、よく主人公やってられるわね?」

「無茶いうなよ・・・で、そのカピバラ鑑賞会の会員って何人いるんだよ?」

「・・・」

 

英梨々が黙って、サラダを食べ始めた。

照れ隠しの冗談を真面目につっこまれることほど、つまらないことはない。

 

「俺はいつから会員になったんだ?」

「・・・」

 

テンションが下がる。パスタはおいしい。

倫也は食べ終わった。

 

「ごちそうさま」

 

倫也が自分の皿とフォークをもって立ち上がった。

英梨々はじっと目線を落としたままである。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

2時半を過ぎて、奥さんが店をいったん閉める。

倫也は残ったサラダにラップをかけ、テーブルをぜんぶ丁寧にふいた。それからトイレ掃除を始める。

 

英梨々はその間ゆっくりと食事をしていた。

 

「これ、どうぞ」

 

奥さんがティラミスのハーフカットを英梨々のテーブルに持ってきた。

 

「これ、注文していません」

「サービスよ」

奥さんが英梨々の食べ終わった皿を回収していった。

 

英梨々はそれをゆっくりと食べる。

 

倫也はトイレ掃除をおえ、カトラリーやグラスをふいていく。カゴにカトラリーをセットして、時刻は3時になる。

 

「お疲れ様」オーナーと奥さんから声がかかる。

「はい。あがらせていただきます」

倫也は声をかけて、更衣室で着替えてでてくる。

 

英梨々が会計をしている。

 

「もう少し、彼女さんの意を組んであげなさいよ」

「別に彼女じゃないです・・・」

英梨々がじっと倫也の顔を見ている。

「ただの幼馴染なんで。なっ?」

「そうね。誤解されるのは困るわね」

英梨々は寂しそうに小さな声で答えた。

「・・・そ、別にいいけど」

 

2人が店を一緒に出ていった。

 

「・・・どうみてもカップルなんだけど・・・ねぇ、あなた?」

「さぁ?」

 

オーナーと奥さんが話をしている。なんだか大人から見ると、とてももどかしかった。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

今日は春らしくて温かい。

倫也と英梨々は黙って駅へと向かう。帰りの方向は言わなくても同じだ。

 

少し気まずい。

 

「彼女に見えるらしいわね」

「そうみたいだな」

「偶然、たまたま、ランチを食べにいったら倫也がいただけなのに」

「そう・・・だな」

 

この設定に無理があることくらい、2人は百も承知だ。

まだ休みの日に合う口実が見つからない。

 

倫也は英梨々の左側を歩く。英梨々の右手はペンダコがあって手をつないだ時に気になるからだ。もっとも、まだ手をつないで歩いたことはないが。

 

駅が見えてくる。

 

「倫也、そんなにいっぱいバイトして何を買うの?」

「ブルーレイBOXとかかな」

「何の?」

「マクロスΔ(デルタ)」

「それ、あんまりおもしろくないわよね・・・」

「そうか?」

「別にいいけど」

 

改札を通る。

 

マクロスΔの主要キャラクターのCVに安野希世乃がいる。覚えておこう。

 

電車を待つ間。2人は黙っていた。ローカル線に乗り、並んで座る。

 

英梨々は鞄をごそごそと探って、飴玉を1つ「お疲れ」と労ってから倫也に渡した。

「どうも」と言って倫也がそれを受け取り、袋を破って口に放り込んだ。

英梨々はその袋を黙って回収して、そっと鞄にしまった。

 

2人を乗せて電車が揺れている。

 

「・・・カピバラ」英梨々は消え入るような声でつぶやく。

「わかったから。いこうな。カピバラ鑑賞会」

「・・・うん」

 

英梨々は小さくうなずいた。

 

 

(了)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GWを何がなんでも倫也と過ごしたい英梨々

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

今回は5月のゴールデンウィークの過し方です。



 

 

 

「倫也。ゴールデンウィークの予定は?」

「バイト」

「はぁ・・・あんたの家は別に貧乏ってわけじゃないでしょ?」

「ああ」

「なんでそんなに苦学生みたいにバイトしてんのよ?」

「だって、ブルーレイBOX買わないといけないし ラノベ買うのもただじゃないし」

「ブルーレイならこないだ買ったでしょ?」

「あれはマクロスΔだろ?」

「で、今回は?」

「あんハピ」 もちろん安野さんのCVあり。

「あっそ・・・」

 

倫也と英梨々は最寄り駅が一緒なので、合流する時がたまにある。

倫也はアニ研という幽霊部員しかいない部活に所属し放課後は何も活動せずに家に帰っている。

英梨々は美術部で活動していて、試験前など部活のない時には、倫也と駅で合流するように調整していた。

 

英梨々はすでに洋食屋の奥さんを味方にしてバイトのシフトをゲットしている。味方なら倫也の休日ぐらい作れと思うが、そこはけっこうドライな関係。繁華街での連休は稼ぎ時でもあり、倫也の予定はぎっしりだった。

 

倫也が休日をとってくれれば、あわよくば一緒にGWを過ごす日を作りたいと思っていた。

が、すでにそれも叶いそうにない。

 

「英梨々の予定は?」

「あ・・・あたしは忙しいわよ」

 

英梨々はヨーロッパで過ごす予定を断り、自宅でお留守番を選んだ。要するにずっと暇である。

 

こうなったら、倫也の店にランチかディナーを食べに通うしかない。まぁ、それもぜんぜんありだけど。

 

「そっか」

 

倫也はそっけなく答える。

2人が並んで歩いていると、多くの地元民が振り返る。地元で英梨々の事を知らない人はあまりいない。子供の頃から金髪で目立つ上に、男性なら一度みただけで目に焼き付いて離れないほどの美少女に成長したからだ。

 

倫也としては不釣り合いな自分が隣を歩くのは避けたい。目立ちすぎる。何かを勘違いされるようなことは全くないとはいえ、気が引ける。

 

「でも、まっ、どーーーーーしてもっていうなら、一日ぐらい遊んであげてもいいわよ?」

「だから、俺、バイトだから」

「・・・」

 

英梨々は顔をしかめる。

 

「あんたねぇ、大事な青春時代をバイトだけに費やしていいの?」

「繁盛期なんだからしょうがないでしょ!?」

「別に倫也の店じゃないじゃない」

「バイト先がなくなっても困るし・・・」

「はぁ・・・(ため息)」

 

ほら、導入部をしっかりやると面倒くさい。

そうだ。とばそ。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

GWもあとわずか、今日の倫也は朝に新聞配達、お昼から飲食店でバイトをしていた。

英梨々は倫也の店に訪れて、いつものようにギリギリにきてランチを食べた。

その後一緒に帰る予定だった。

しかし、あまりにも店が忙しいのと、夜番のバイトが1人休んだことで、奥さんは倫也に夜番のバイトも頼むことになった。倫也は早朝から働いていて疲労の色が濃かったが

それを承諾する。

英梨々はもう店にいる理由が見つけられないので、1人で寂しく帰った。

倫也のバイトが終わる時間もわからない。

 

時刻は15時半。5月の爽やかな陽気だった。

こんな日にバイトしているとか、ただのバカだ。誘ってくれたらボートぐらい一緒に乗ってあげるのに。

英梨々は1人でぶつぶつと言いながら、家へと帰る。

 

英梨々の家から東側の窓で街を見下ろすと倫也の家が見える。

逆に倫也の部屋の西窓から見上げると英梨々の屋敷が見える。

 

だから、英梨々はマンガを描いたり、宿題をしたりしながら、時々東の窓から倫也の家を眺める。日の明るいうちに帰ってくるわけがないのに、見つめてしまう。そして溜め息をつく。

 

時々、ケータイに着信音がなる。美術部員からのLINEメッセージだったり、サイトの更新情報だったり、どれも今の英梨々には関係のないものばかりだった。

時間だけが過ぎていく。

 

明日もお店に顔を出せば倫也がいる。

でも、お店が忙しくてのんびり会話ができないし、長居するのは迷惑でできない。

ゴールデンウィークが終わってしまう。

こんなことなら、スイスのモンブランでも見上げながらチーズフォンデューでも食べていたほうがマシだったと思ってしまう。

 

夕方になり、空が茜色に染まると街灯が点灯していく。

東の窓から見える景色が夕闇に沈み、その都度、英梨々はため息をつく。

マンガの制作はぜんぜん進まない。

 

夜になって家々に明かりが灯り、見下ろす景色が夜景になった頃、英梨々はひとり寂しくカップ焼きそばを今日も作って食べる。

出前を取る気も、どこかに1人で食べに行く気もしない。

 

時々、東の窓から倫也の家を見下ろし、明かりが灯っていないことを確認する。

夜の8時が過ぎた。寂しさを紛らわすため家中の電気をつけ、TVもつけっぱなしだ。

英梨々はバスルームに行ってシャワーを浴びる。

 

シャワーから浴びるとリビングに座って、妙に耳障りなTVを消す。それからペリエを飲んだ。

黄色のフリルの着いたワンピールタイプのルームウェアを着ている。

ぼんやりと過ごし、時計を眺める。

 

9時を過ぎた時、東の窓から倫也の家を眺める。

電灯はついていない。

もしかして見過ごしてしまっただろうか?

疲れてしまって、すぐに眠ってしまったのかもしれない。

 

スマホを手にとる。確認するようなメールをする勇気もない。

 

部屋でおとなしく過ごす。見飽きたマンガを読んだり、ラノベに目を通してみたりする。どれも気が散って集中できない。面白くない。何もかも嫌になる。

 

10時を過ぎた。もう確認するのは最後にしようと思って東の窓に向かう。

 

・・・電灯がついていて、倫也の部屋に人影が見えた。

 

「やっと帰ってきたわね」

 

確認できた。気持ちがほんの一瞬だけ明るくなる。

けど、その後が続かない。それからどうすればいい?もう夜も更けている。

 

もっと早くに声をかけていれば遊べただろうか?予定を回してくれただろうか?

素直になれたら、ちゃんと昔のことを謝れたなら・・・2人の関係はもっと違うものになっただろうか?

 

英梨々はベッドの上に仰向けに倒れ込む。スマホの画面をじっと見る。

メッセージを自分から打つ気もしない。

今日がただ過ぎていく。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

LINEの着信音。

倫也からアニメキャラが高笑いしているスタンプが送られてくる。

 

英梨々は起き上がって、どう返信したものか悩む。

続いて

「明日、代休になった」とメッセージがはいった。

「新聞配達は?」

「もともと休み」

「良かったわね」

「ああ、完全オフとか何日ぶりだろう・・・」

 

どこかのブラック企業に勤めているのかのようなメッセージだ。

 

英梨々は家中のエアコンと電気をすべて消して、大急ぎで外に出て自転車に乗った。

 

ピンポーンと呼び鈴を鳴らす。

倫也が出てこない。

もう一度鳴らしても反応がない。

耳を澄ますと水の音が聴こえる。

 

英梨々は裏に回ってバスルームの窓から、「倫也っ!」と声をかけた。

 

「うわぁ!?」

 

驚いたのは倫也だ。もう11時を過ぎている。こんな時間にバスルームで外から声をかけられたら普通にびびる。

 

「開けてくれる?」

「・・・ちょっと待ってろ」

 

倫也はシャワーを切り上げて、体を軽くふき、服を着てから玄関に向かった。

黄色いワンピースタイプのルームウェアを来た英梨々が立っている。

髪は結っていなくて、黒ぶちメガネをかけている。

 

「どうした?こんな夜中に」

「えっと・・・」

 

理由考えてなかった。

 

「ちょっと近くに寄ったものだから」

 

何しろ近所だ。外にでればあながち間違いとはいえない。

 

「そっか」

 

倫也は髪をタオルで拭きながら家の中へと戻っていった。

英梨々は玄関に立ったままだ。

 

奥からドライヤーをかける音が聴こえてくる。

 

靴を脱いで上がりリビングまで来たものの、こんな夜更けにくる理由なんて夜這いぐらいしか思い浮かばない。

 

倫也はキッチンでグラスを二つ用意して、炭酸水をいれレモンを添えた。

 

大きなアクビを1つして、グラスを立っている英梨々に1つ渡した。

英梨々はコクンと頭を下げてお礼をする。

 

「アニメでも見るか・・・」

「・・・うん」

 

英梨々は素直にうなずく。

 

なんのアニメを見るかでひと悶着しようと思ったが、すでに倫也が憔悴していてアクビが止まらない。

騒がしいのが嫌だというので「想いのかけら」で妥協した。

もちろん主人公のヒロインはCV安野希世乃だ。ここ試験にでるからね?

 

ソファーに並んで座る。倫也はすでに眠そうにしている。

英梨々はけっこう目が冴えている。

 

はじまった早々で倫也は目を瞑っている。英梨々がアニメにいちいちツッコミをいれていたが、無反応だったのでやめた。

 

おとなしく見ることにする。倫也が寝てしまうならもう少し自分好みのアニメにすればよかった。

 

「なによ?」

 

英梨々は倫也が肩に触ってきたので驚いて振り向くと、英梨々に寄りかかって寝ていた。

 

倫也のかけている眼鏡をそっとはずす。

手に持ってその眼鏡を眺めていると、どういうわけか無性に折って壊したい気分になる。

・・・ここは我慢。

 

真横に裸眼の寝顔がある。これは自撮りのチャンスだと気が付いた英梨々は、テーブルの上のスマホに手を伸ばすが届かなかった。あんまり動くと倫也を起こしてしまう。

 

しばし動かないまま、どうしたものかと考える。

 

メニュー画面に戻ったまま、のんびりとした曲がずっとリピートで流れている。

 

両足を伸ばしてスマホを挟むまではいいが、それを持ち上げるだけの厚みがない。そろそろとテーブルの端まで運び、なんとか上下で挟もうとしたところで、スマホがテーブルから落ちた。

 

「・・・なにやってんだか」

 

自撮りが不可能になった今、作戦は速やかに変更するのが賢明だと判断。

 

英梨々は倫也を起こさないように少しずつ体の位置を変えていく。

かたつむりのように体を少しずつ動かし、苦戦すること15分。ついに倫也の頭を自分の太ももに乗せることに成功した。

 

「膝枕って、膝じゃないのね」

 

英梨々は手で倫也の髪を軽く撫でる。愛しい。

日付が変わってもTV画面は同じまま。

 

今日は休み。多少混んでいてもどこかへ行きたいなぁと思う。

 

(了)

 




頼むよ・・・幸せになってくれ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相合傘イベントがやりたい英梨々とやらせたくない演出担当(匿名)

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
PCがフリーズ、そのまま電源すら立ち上がらない状況で何が焦ったって、小説のストックが・・・えっくだらない?
(ピー)な動画が入っているから修理に出せないし、どうしたものか・・・
箱を開けて中身を掃除 積もっていた埃をとって祈るように電源を入れる・・・

良かった・・・なんとか立ち上がったよ。すごいうなってるけど。
かなり怪しい状況なので、英梨々ルート下書きも含めて10月までのあと4話を投稿予約しておきました。一週間おきなので一ヵ月ぐらいは猶予あるんで
その間にメンテナンスか新調してきます・・・

それにしても投稿初めて そろそろ一年も視野に入ってきましたが、英梨々ルートの事ばかり考えていたので、今じゃ立派な英梨々ファンですよ。それが冴えカノの英梨々かどうかは怪しいですけどね。

そんなわけでPC飛んだ時に、『うわっ!?英梨々!』って、ほんとどうしようもない心配をしてしまいました。
ノイローゼでしょうかね・・・

というわけで、第四話になります。


どんよりとした重たい雲が空を覆っている。そんな6月

 

英梨々は部活を終えた帰り道、いまだに雨の降らない空を見上げた。

天気予報では夜から大雨が降るらしい。

 

今回の英梨々の作戦はこうだ。

倫也はすでにバイト先で働いている。雨が降っていなかったので傘を持って行ってない可能性がある。

バイトの終わる夜9時頃に雨が降っていれば、倫也は傘を持っていなくて困ることになる。

あとは偶然通りかかった英梨々が立ち寄れば、2人に1本の傘しかないので相合傘をして帰ることができるという寸法だ。

 

家に着いた時、時刻は6時を過ぎていた。宿題をすませ、夕食を摂る。それから、じめじめとして気持ち悪かったのでシャワーを一度浴びた。

服装は黄色いシャツに黒いサロペット。髪を乾かし黒いリボンをしてツインテールを再び作った。

 

窓の外は雨が強く降ってきている。うん。台風7号はなかなか話のわかるやつだ。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

バイト先の最寄り駅に到着する。暴風域にはいってきたようで風が強い。傘を全開にしたらひっくり返るかもしれない。

それでも体を屈めながら前進してお店の前まできた。時刻は夜の9時5分前。予定通りだ。

外から中を覗いたが電気が消えている。看板もでていない。扉に手をかけたが鍵がかかっていて開かなかった。

 

「・・・あれ?」

 

英梨々は半分雨に濡れながら考える。

どうやら台風に合わせて店を早めに閉店にしたらしい。

 

台風7号。使えない子。

 

なんとか駅まで引き返し、スマホで倫也に電話をかける。

 

「倫也。あんたどこにいるのよ?」

「・・・ん?どうした?自宅だけど」

「バイトは?」

「台風なんで早めに閉店したんだよ」

「勝手に閉店しないでよ」

「どうした?」

「・・・」

 

英梨々は考えたがどうしていいかわからない。

こんなことなら、導入部分なんて丁寧にやるんじゃなかった。

 

そうだ。とばそ。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

「遅いじゃない」

「・・・えっと、謝った方がいいのか?」

 

暴風の中、最寄り駅まで迎えにきた。

倫也はレインコートを着ている。

 

「さぁ、いくわよ」

 

英梨々は自分の赤い傘を先ほど誰かの忘れ物として駅員に届けた。

これで、倫也がもっている傘1本になる。相合傘イベントが成立する。

 

「まず、これを着ろ」

 

倫也が持ってきたレインコートを英梨々に渡した。

英梨々はそれを素直に受けとってレインコートを着る。

 

「倫也、相合傘・・・してあげてもいいわよ」

 

よし、多少無理やりな感じはするが、なんとかここまでこぎつけた。

 

「この暴風雨の中で相合傘とか楽しくないだろ・・・それに危ないぞ」

「・・・」

 

英梨々が、ぶすぅーと膨れている。

 

「だいたい、なんでこんなに雨が降っているのよ?何よ、この演出過多は」

「天気だからな。しょうがないだろ」

「つまんない」

 

倫也が空を見ている。今にも落ちてきそうなぐらい重たい雲がみえる。雨粒も大きい。

 

「タクシーで帰るか?」

「はぁ?それじゃ倫也が来た意味ないじゃないの」

「じゃ、しょうがねぇな」

 

倫也は、英梨々のかぶっている頭巾の紐を絞ってから結わいた。

そして、右手で英梨々の左手をつかみ、雨の中に歩き出した。

 

ボツボツとレインコートに雨が当たっていく。

靴はすぐにずぶ濡れになった。

黙々と歩いていく。

 

駅前の普段は賑やかな場所を通り、閑静な住宅街に進む。坂道があり、そこを登っていく。

ときどき、空が明るくなり雷鳴が鳴り響く。雷はまだ遠いようだ。

 

倫也の家の前を過ぎ、さらに坂を上がっていくと英梨々の屋敷が見える。

坂からは浅い川のように雨が流れていた。

門のところまで英梨々を送ると、倫也は、

「あまり、無理するなよ・・・」

と小言をいった。相合傘イベントは導入が大事だ。

もっと上手にできるようにならないといけない。

前回もそうだったけれど、英梨々のイベントは強引なことが多い。

「・・・うん」

英梨々が素直にうなずく。

やっぱりあまり上手じゃない。倫也と相談しながら作ったほうがいいかもしれない。

「じゃあな」

「ちょっと待って」

2人が玄関に入って雨をしのぎながら会話を続ける。

 

「相合傘イベントはできないの?」英梨々が不安そうに聞いた。

「どうしてもっていうなら・・・明日、駅まで一緒にいくか?傘、ないんだろ?」

「・・・うん」

「駅に傘があるんだよな」

「うん」

「じゃあ、学校の最寄り駅から学校は別々にいけるだろ?」

「うん」

「それでいいか?」

「わかった」

「よし。じゃあな」

「倫也がどーしても相合傘イベントがしたいっていうなら、してあげてもいいわよ。」

倫也はそれを聞いて笑ってしまう。ツンデレがやっぱり上手くない。

それでも、ツンをしようとしているだけ成長しているのだろうか。

「ああ、頼むよ」

倫也も素直に答えた。

 

「ちょっと待ってなさいよ」

 

英梨々が奥の浴室からバスタオルを持ってきて倫也に渡した。

「でも、俺が家に戻るまでにまた濡れると思うんだが?」

「そっか・・・雨脚が弱くなるまでいれば休んでいけば?」

「暴風域に入ったばかりだから深夜になるだろ・・・じゃ、またな」

「・・・そう」

倫也はバスタオルで軽く顔だけふいた。

「うん。また・・・」

英梨々が手を軽くふる。

離れるときはいつだって寂しい。

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

翌朝。台風一過。空は快晴。

雨上がりの草木の匂いが漂い、空気も澄んでいて都会とは思えないほど清々しい。

 

制服を着た英梨々は倫也の家の前でぼぉーと空を眺めている。

「・・・」

少しでも雨が降っていれば2人で相合傘をする予定だった。

雨が降ってない以上は、英梨々がここで倫也を待っている意味がない。

目的と手段がぐるぐると入れ替わる。

「お待たせ」

倫也が玄関からでてきて、欠伸を1つする。空を見上げて、やっぱりそうだよなっとため息を1つつく。

「晴れてるな」

「晴れてるわね」

「まっ、天気だししょうがねーな」

「演出の悪意なんじゃないかしら?」

「あまり邪推するなよ・・・」

とはいったものの、心当たりがあるような・・・ないような・・・

 

「いいけど。さっ、いきましょうか」

「・・・そうだな」

 

倫也と英梨々が歩き出す。いつもより少し早めに家を出ている。早い時間なら電車も混まないし、人とあまり出会わないですむ。

「雨が降ってないのに、一緒に学校に行くのは変じゃないかしら?」

(雨が降っていても変だけどな・・・)

隣にいる英梨々は機嫌がいいようだ。天気がいいので金髪のツインテールがきらきらと輝いていている。

 

2人は人通りの少ない道を歩いていく。

「ねぇ倫也。こんな未来の可能性もあったのかしら?」

「こんな?」

「そう。こう・・・毎日一緒に学校へ通うような・・・」

英梨々の顔が赤くなる。「な・・なに言わせんのよ。バカ・・・」と小さな声で続けた。

「ふむ・・・」

倫也はふと考え込んでしまう。そんな幼馴染はツンデレではないし、英梨々のような金髪ツインテールヒロインの1人であって、別ものかもしれない。

「わからんが・・・それはもう・・・」

「なによ?」

英梨々が倫也の方を見上げる。倫也は照れて顔を指でかいている。

(それはもう、付き合っているのと同じじゃないか?)

が、そんなセリフは倫也から出ない。

 

「そうだ英梨々。昨日の『異世界食堂』を見たか?」

「もちろん」

倫也が話題をアニメに替えた。あまり2人の関係を客観的に分析してもしょうがない。

 

それから2人はいつものように深夜アニメの話をしながら電車で過ごす。

学校の最寄り駅に着いた時、まだ通学している生徒はいなかった。

 

「どうしようかしら?」

「俺みたいなオタクと一緒にいるところを見られるわけにもいかないだろ・・・」

「・・・そうね。そうよね・・・」

 

英梨々が何も言わずに少し倫也との距離をあけて歩き始めた。

倫也は10メートルぐらい距離が空いてから後ろを歩いていく。別に誰かがみているわけではないけれど、誰と合流するかわからない。妙な誤解はいらない。

 

こうして英梨々の華奢な後ろ姿を見ていると、なんだかストーカーみたいだなと倫也は思って、笑ってしまった。ストーカー気質なのはむしろ英梨々の方だからだ。

英梨々はときどき振り返る。誰も知り合いがいないので、ご機嫌で笑っている。この距離感でも英梨々は楽しいらしい。それはそれでいい。

学校の門をくぐる時に、英梨々は倫也にアカンベーをしてから、小走りで下駄箱へと向かった。ここからはもう学校内で会話はしない。

 

英梨々はお嬢様の仮面をかぶってリア充になる。友達もいるし、英梨々に憧れる人達の理想を演じる。それは少し疲れるけれど、英梨々にとって大事なことだ。

 

倫也ももちろん理解している。

倫也と喧嘩をして・・・英梨々が得たものだから。

そうでなければ・・・こんな不器用に喧嘩を続けてきた意味がない。

 

そして思う。英梨々ルートは険しいと。

 

(了)

 




幸せになって・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

花火をする倫也と英梨々

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

今回は7月。英梨々版花火となっております。


7月。夏休みが始まった。

 

「倫也ぁー!花火しよー!」

「おう?」

「じゃあ、ご飯食べ終わったらウチにきなさいよ」

「おう・・・」

 

導入はこれくらいでいいのかもしれない。

 

夜。8時過ぎに倫也は英梨々の家に行く。インターホンを押すと英梨々が駆け下りてきて玄関の扉を開けた。

黄色いTシャツに下はスラックス。髪型はツインテールで眼鏡をかけている。浴衣でも着るかと思ったらずいぶんとラフな格好だ。

眼鏡をかけていると英梨々の美少女度がガクンッと下がる。倫也にしてみると、この方が気楽でいい。

 

大きな紙袋2つに山盛り花火が買ってある。

純日本製の花火はちょっとだけ高い。この分量でだいたい3万ぐらいか。

量販店で買う中国製とはぜんぜん違う。

 

オノマトペで試しにネズミ花火を表現すると、中国製なら・・・

 

シュ・・シュル・・・シュルシュルシュル・・・パンッ!

と回転も花火の出も悪く、地面が凸凹していると回転すらしない。音も小さい。

 

日本製のしっかりしたものだと・・・

 

シュッ・・・シュルシュルシュル!シャアァアアアアアアアア!!!!! 

パッーーーーン!!

 

という感じになる。是非買ってみよう。

今から40年ぐらい前だと普通に雑貨屋や駄菓子屋で日本製の花火が買えた。というか日本製しか売ってなかった。

コンビニが普及してきた頃から中国製を扱うようになり、だんだんそちらが主流になっていった。

 

というわけで、英梨々が買ったものは火薬のちゃんと入った純日本製である。

 

英梨々の家の庭は、ホームパーティーを開ける程度には広い。

家と庭の照明を消すとかなり暗くなる。

 

英梨々は壁際に蝋燭を立てて、チャッカマンで火をつけた。

倫也はバケツに水を汲んで用意する。

 

「じゃ、倫也はこの打ち上げ花火をあちこちに置いてきて」

 

打ち上げ花火も高いのだと数千円する。

倫也が1メートル置きぐらいに、どんどん並べていく。どんなものかはわからない。

 

英梨々は手持ち花火やロケット花火やネズミ花火を袋から開けて箱に放りこんでいく。

 

用意していたコーラの空き瓶にロケット花火を装填する。レンガで射角をつけた。

 

手持ち花火に火をつける。

シュバッーっと勢いよく火花がでる。時間とともに色が変わっていく。

火薬の匂いと煙があたりに広がっていった。

 

「倫也っ!準備できたぁー?」

「おう」

 

倫也が並べ終わって、のそのそと戻ってくる。

英梨々の花火の光で倫也が闇夜に浮かぶ。

 

「じゃ、これで」

 

英梨々が新しい手持ち花火とチャッカマンを渡した。

 

「どんどんつけてってね」

「普通、順番につけるんじゃないの?」

「こういうのは派手な方がいいのよ」

 

英梨々は持っていた花火をぐるぐると回して闇夜に輪っかを描く。

倫也が打ち上げ花火方へ歩いていき、点火した。

 

シュゥ・・・という導火線の音のあと、

ジュバババババッと花火が勢いよく吹き出してツリーを描いた。

 

英梨々は消えた手持ち花火をバケツに捨てて、箱からネズミ花火を取り出すと、次々に点火して、倫也目掛けて投げつけていく。

 

シュッ!シュッ・・・・シュルシュルシュルッ!!!

 

複数のネズミ花火が倫也を囲んでいった。

 

「危ないよ!」

「ほら、どんどんつけなさいよ!」

 

倫也が次の花火に点火する。

周りでネズミ花火がシャアアアアアアアアアアアアアッ!

シャアアアアアアアアアアッ!

シャアアアアアアアアアアアアアッ!

と激しく回っている。

 

打ち上げ花火のヒューという音のあと、夜空を小さく彩る。連続でポンポンッと気持ちよくあがっていく。

倫也が見上げると、パァーーーン!とネズミ花火が弾けた。

 

「うわぁ!?」

パァーーーン!

 

英梨々は次々とネズミ花火を投げ込んでいく。

 

シュ・・・シュルシュル!!

シュルシュルシュル!

 

倫也は逃げながら、次々と点火していく。

火柱があちこちであがっていて、英梨々の方から見るととても綺麗だ。

 

地面ではシャアアアアアアアッ!と狂ったようにネズミ花火が回ってはパァーーーン!と派手な音を立てている。

 

独楽花火も次々に投げていく。

こちらはネズミ花火よりも激しく周り、音もブーーーーゥン!という不気味な音をだす。高速回転していて、色もとても綺麗だ。

そして、最後にやはり、バァン!と激しく破裂する。

 

倫也は英梨々が投げたところよりも遠くにいる。英梨々もそこまで遠くには投げられない。

 

打ち上げ花火も次々と点火されて、夜空を埋めていく。何台かを同時に点火するとけっこう派手で綺麗だった。

 

「さぁ、倫也・・・これからが本番よ!」

「危ないから!」

 

英梨々がロケット花火に点火する。

 

ヒューーーーンッ!という音とともに射出され、倫也の横を通ってから、パンッ!と破裂した。

次のロケット花火を装填して点火する。

 

倫也は最後の打ち上げ花火に火をつけて、急いで戻ってきた。

 

「ちゃんと逃げなさいよ」

「嫌だよ!」

 

英梨々が角度を高くして、夜空にロケット花火を打ち上げていく。

倫也は手にもって、ロケット花火を打ち上げる。これはちょっと危ない技だ。

悪い子は今のうちに練習しておこう。

 

倫也は手持ち花火を片手に2本ずつ広げてもって、蝋燭の火でつけていく。

打ち上げ花火が静かになったので、広い所で腕をぐるぐる回転させると花火の光の筋が描かれては消えっていった。

 

英梨々も手持ち花火に火をつけた。

ビンにロケット話の残りの数本を束てねていれて、花火の火で点火する。

 

ヒュー ヒューン ヒュー と空に飛んでいく。それから次々と破裂していった。

 

これでだいたいの花火が終わった。

 

倫也も戻ってくる。

けっこうあっという間だったが、迫力もあり疲れた。

 

「ふぅ・・・」

「終わった?」

「そうね。これでだいたい終わり」

「あれ、線香花火はないの?」

「あるわよ?」

「やらないの?」

「・・・うん」

 

英梨々は片づけを始める。

倫也は打ち上げ終わった花火の筒を回収する。ロケット花火などの残骸は明日になって明るくなってからじゃないと見つけられない。

 

バケツの水に一度つけて、それからゴミ袋にいれていく。

 

蝋燭も火を消して水に一応つけてからゴミ袋に捨てた。

これでだいたい片付いた。

 

英梨々は紙袋から和紙で包装された贈答用の線香花火を取り出して、倫也に渡した。

 

「これ、けっこう高級品だから」

「ん。サンキュ。でもなんでやらないの?」

「しんみりするでしょ」

「あー、うん。そうだな」

「で、『線香花火の微かな光に照らされた君の横顔は・・・』なんて描写されたくないのよ」

「なんで!?」

「・・・なんか、そういう情緒ある話は趣味じゃないの。派手なのがいいのよ。花火なんていうのは」

「・・・ふむ」

 

英梨々がゴミ袋を縛った。そこにバケツの水をぶっかけておく。

 

「さてっと、まだ時間あるし・・・お茶でも飲んでくかしら?」

「そうだな」

 

英梨々は満足そうにニコニコしている。

 

「ガリガリ君も白くまアイスもあるわよ」

「準備がいいな」

「お望みならハーゲンダッツなら全種類あるわよ」

「はははっ」

 

2人が玄関に入っていく。

 

「倫也、夏休みの予定は?」

「バイト」

「何もずっとバイトじゃないでしょ?」

「そうだな。シフトによるけど・・・新聞配達の日とウエイターの日を一緒にしてオンオフを分けたよ」

「そう。その方がいいわよ。宿題もあるし」

「そうだな」

 

英梨々が冷凍庫からガリガリ君を2本袋から出して倫也に1本を渡し、広いリビングの革のソファーに座った。

 

「どうも」

 

倫也が受け取って、別のソファーに座った。座り心地がとてもいい。体を包むような感じだ。

 

「次回は、ハワイで水着回かしら?」

「・・・ダメだろ」

「まさか、お台場海浜公園ですませようなんて・・・思っているんじゃないでしょうね?」

「そこまでは言わないけれど・・・湘南ぐらいでいいんじゃねーの?」

「えっー。日本の海は汚いじゃない。せめてグアムにしてよ。沖縄でもいいけど」

「うーん」

 

英梨々がガリガリ君を必死に食べている。ゆっくりしすぎると溶けて落ちる。

 

「ホテルのプールでもいいけど・・・」

「市民プールじゃダメなのかよ」

「子供のしょんべん臭いじゃない」

「偏見でしょ」

「そんなことないと思う」

「・・・うーん」

 

倫也もガリガリ君を必死に食べる。頭がキーンとする。

2人とものしばらく無言で食べている。

 

「あっ」

「どうした?」

「アタリがでた!」

「おっ?良かったじゃん。もう一本もらえるんだっけ?」

「そうなの?あたしは趣味で集めているけど・・・」

「いるよな。そういう人・・・」

 

英梨々が棒を机の上に置いた。

 

「場所がなかなか決められないわね」

「そうだな・・・」

 

水着回か・・・文字でやってもな。

 

「こんなことなら、さっきの花火も使っちゃえばよかったわね?」

「んっ?どうして?」倫也が聞き返した。

 

 

 

「線香(選考)できない」

 

 

 

「・・・オチがあるんだな・・・」

 

おあとがよろしい・・・のだろうか。

 

(了)

 




うん。こんなんでいい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水着回にエロさがない方が英梨々っぽい

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

英梨々っていうのは小学校の頃好きだった子の憧憬のようなものなのでしょう。
異性は異性なんだけど、性愛とは違うと思います。
うん。プラトニックなんだな(赤面)


06 水着回

 

ある暑い夏休みの日。

倫也は英梨々の家に遊びに来ていた。

 

「でかいな・・・」

「そう?ずっとこれだったから、よくわからないけど」

 

倫也と英梨々はビニールプールの縁に座って、裸足の足だけをプールにつけている。

 

ビニールプールといって、縦3メートル 横2メートル弱の大きさがあり、角には小さなウォータースライダーがついていて、そこから水がたえず流れている。

 

ビニール製とはいえ、とても頑丈なので大人が座るっても大丈夫だ。

2人の間にはお皿にカットされたスイカが置いてある。

 

「スイカ食べたら?」

「ああ、うん。いただきます」倫也がスイカを1つ手にとって齧りつく。

甘いのはもちろんだが密度がとても濃い気がする。

「・・・うまいなっ!」倫也が感動する。

 

英梨々も一口、ガシュリッとかじる。

「あら、意外といけるわね」

 

倫也が一つ目を食べ終わる。白いところまですっぱくなくて、かじって食べられる。

種は皿の端のほうにまとめて置く。

 

「ふぅ・・・やっぱ千疋屋の一流品は違うよな」

「違うわよ?」

 

英梨々は足をゆらゆらと水中で揺らしている。

一応、水着を着ているが、上に白いロングTシャツと着ていて、水着は見えない。太ももあたりのTシャツは少し濡れている。

 

「ん?高いのかと思った・・・。新宿タカノ?」

「これはね。『サカダのタネ』の開発中のものよ」

「『サカダの種』ってなんだ?」

「はぁ・・・あんたそんなことしらないで、よく果物たべているわね」

「いや、突然ディスるなよ」

「いい?サカダの種は上場もしている種子メーカよ。農家に種を売る会社ね」

「それで?」

「そこではたえず品種改良を進めているのよ」

「へぇ・・・」

「これはその試作品ね」

「いくらぐらいするんだ?」

「開発費を収穫された個数で割ったら、大変な数字になるんじゃないかしら?」

「・・・」

「これが市場に回ると、初セリで数十万とか百万とか値が付くのよ。たまにニュースでみるでしょ?」

「ああ、うん」

 

英梨々が二つ目のスイカを手に取る。

倫也はスイカを眺める。庶民としては少しヒく。

 

「遠慮なんていらないのよ。貰い物だし」

「ああ・・・じゃ、いただきます・・・」

 

倫也がスイカをかじる。

足は英梨々と同じで水につけている。ひんやりとして気持ちがいい。

 

「スーパーボールはまだもってる?」

「捨ててないから、どこかにあると思うけど・・・」

 

スーパーボール。色とりどりのものがある。縁日で掬ったスーパーボールを英梨々は集めていて、箱いっぱいある。100ではきかず、おそらく300個ぐらいあった。

 

子供頃は、それをウィータースライダーの上から、ドドドドッと流しいれるのが倫也は好きだった。

そのあと、2人は破けないポイでスーパーボールを掬って箱に集める。

それの繰り返しだ。飽きずに夕方までやると、手の指がしわしわになった。

 

当時の英梨々は、白いワンピースにフリルスカートがついていたものを着ていた。陽光に照らされると水面も髪の毛もキラキラと輝く。

 

「あれは・・・好きだったなぁ・・・」

倫也がしみじみと水面を眺める。

 

「探してきてあげてもいいわよ?」

「いや、いいよ」倫也が笑ってしまう。

流石に高校一年生にもなって破れないポイでスーパーボール掬いは恥ずかしい。

 

まったりとした時間が流れる。

倫也は最後のスイカを手に取った。

それを齧って、「うまいな・・・」と感想をいう。

 

「さてっと。水着回はこの辺でいいかしらね?」

「はははっ。さては見せる気ねぇな?」

「だって、こんな子供プールで水着なんて、恥ずかしいじゃない?」

「そうだな・・・」

 

最初はハワイだった。次にフランスのニース。それからイングランドのブライトン、エーゲ海クルーズ、モルディブ・・・も行った。

 

そういうわけで、この英梨々。すでに日焼けしていて茶色い。

倫也にいたっては、もっと黒い。

夏を満喫しすぎた。

 

「お前・・・ボツ原稿増やしすぎだろ・・・」

「ボツにするから、ややこしいことになるのよ」

「でも、高校生が海外旅行なんて行かないよねぇ!?」

「そうでもないんじゃないの?親子同士でいくケースもあるでしょ」

「ない(きっぱり)」

「あえて、南半球でスキーとか?」

「ないない」

「そうやって、頭が固いからボツになるんじゃないのかしら?」

「わざとだろ・・・」

 

そして、結局自宅のプール。混雑しているところを避けるあたりは性格がよくでている。

 

「だいたいね。倫也。あたしとしては夏休みの間、倫也はずぅーと誰かさんと過ごしていて、あたしとの夏休みは秋に投稿するとか、その辺からして気に入らないのよ」

「・・・一緒に過ごせない理由はバイトだから・・・」

「往生際が悪いのよね」

「他の物語の内容を引きずってこないで・・・」

「別にいいけど」

 

英梨々が立ち上がって、プールの中に入っていく。深さは40cmぐらいある。

ぶかぶかのロングTシャツが透けて、水色のビキニを着ていることがわかる。

 

日差しは強く、英梨々の髪の毛が眩い。

庭の蝉がうるさく鳴いている。

 

英梨々がしゃがんで何かをしている。下半身が濡れてる。

立ち上がるとTシャツが張り付いて、水色の水着がお尻の形に浮かび上がった。

 

くるりと振り返って、倫也の方を見る。

 

「あっ!」倫也が叫んだ。

 

英梨々は大型の水鉄砲を構えている。

 

「覚悟しなさい。この浮気者!」

 

英梨々が水鉄砲のトリガーを引くと、空気圧に押されて勢いよく水が出て、倫也の短パンの水着と上に着ていたTシャツがずぶ濡れになった。

 

「浮気?」

濡れたまま倫也は立ち上がって首をかしげる。

 

「浮き輪って言ったのよ」

 

英梨々が水の中を重そうに進んで、いったん外にでる。ヘリをまたぐときの仕草がセクシーだった。

置いてあった浮き輪に空気をいれる。もちろん電気式ポンプですぐに浮き輪は膨らんだ。

 

「はい!」

 

英梨々は倫也に膨らんだ浮き輪を渡す。

男の子用の青系統の浮き輪で、倫也はそれを受けとて頭からいれたが、きつくってなかなか入らない。

 

「英梨々。無理だ・・・これ、小さい」

「そ、残念ね」

 

英梨々はもう一つ膨らませる。今度は大人用のでかい浮き輪。

 

英梨々が浮き輪を投げる。

今度は倫也がすっぽりとはいった。

 

「いい感じ」倫也がプールにぷかぷかと浮かぶ。

 

英梨々はさらにもう一つ、浮き輪を膨らませて、今度は自分が頭から入った。

 

ヘリに立ってから、ザバンッと入る。

水しぶきが倫也にかかる。

 

英梨々も一緒にぷかぷかと浮かんだ。

 

「まっ、どこでやっても一緒よね」

「人目がない分、気楽だな」

「そうね」

 

空が青い。分厚い白い雲がただよっている。

 

英梨々が手で漕いで、倫也の横に並ぶ。

 

「のどかね」

「そうだな。やっぱ夏休みは何もしないのがいいよな」

「だいたい、あんたはバイトしすぎなのよ」

「しょうがないだろ?ブルーレイBOX買わないといけないんだから」

「今度は何を買うのよ?」

「『ソウナンですか?』なんだけど、知ってる?」

「それ、金髪ツインテールが主人公じゃないかしら?」

「・・・そうだっけ?」

「wikiで出演作品だけ見ているから、そんなことも気がつかないのね」

「・・・一応、みたぞ」

「そう」

 

2人が漂う。

もう少し大人になったら、場所がプライベートビーチになるかもしれないが、やることは一緒だ。

のんびり過ごす。この贅沢さは他にはない。

 

「そうだ。倫也。今夜うちでご飯食べてきなさいよ?」

「ん?何かあるのか」

「うん。ホームパーティーなんだけど・・・」

「ああ、給仕の手伝いか」

「・・・うん」

 

夜のホームパーティーには親の関係者がけっこう集まる。プロの給仕もいるが、倫也も参加すると一万円くれる。時給換算で3000円ぐらいのおいしいバイトだ。

 

裏で豪華な食事も食べさせてくれるし、断るわけがない。

 

主な仕事は愛嬌をふりまいて疲れた英梨々の愚痴をきくというのがある。他の人にはできない。

英梨々としては、倫也が蝶ネクタイをしているのをからかう楽しみもある。

 

「ああ。いいよ」

 

倫也が英梨々の方を向きながら答えた。

英梨々のTシャツはすっかり濡れていて、胸に張り付いている。水色のビキニが透けてはっきと見える。

 

英梨々は倫也の方を見ながら笑顔を作る。八重歯を見せながら。

 

(了)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

詩羽の登場しない詩羽会に詩羽の英梨々への愛を感じる

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

今回は和合市での詩羽サイン会がネタです。


「倫也ぁ~。霞詩子のサイン会があるらしいわよ?」

「ああ。バイトの休みはとったよ」

「恋するメトロノーム。いいわよね」

「そうだな。英梨々も・・・サイン会いく?」

「そ・・・そうね」

 

この世界線で少し素直な英梨々は、倫也と情報を共有し同じラノベを読んでいる。

当然、今一押しの霞詩子の恋するメトロノームも読んでいる。

 

「和合市の本屋で14時からだってさ」

「じゃあ、ランチでも食べがてらでいいんじゃないかしら?」

「えっと・・・なぁ・・・英梨々?」

「何よ?」

「一緒に行くつもりなのか?」

「・・・!」

 

ぜんぜん関係ないけど、この第7話は6話から三ヶ月ぐらい期間を開けてから書いています。

英梨々ルートで投稿しちゃったし、(むしろ、投稿して自らノルマを課さないと挫折する)なんとか完結させたい。

 

「はぁ!?あんたバカじゃないの!?なんで、あたしが倫也と一緒に・・・いっしょに・・・」

 

英梨々のトーンが下がって、下を向いてふさぎ込んだ。

 

英梨々はツンデレキャラだ。ツンデレでないなら英梨々はもう英梨々でいられない。

けど・・・素直にならないと恵と出会う春休みまでに倫也との関係性を改善できない。

 

倫也がそんな英梨々に優しく声をかける。

 

「一緒にいこうな」

「・・・うん」

 

英梨々が素直にうなずく。洋服の袖で少しあふれた涙をぬぐった。

小さな子供のように少し泣き虫なのは、ボツ原稿の山を築きすぎたせいだろう。

 

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

9月中旬。夏休みボケも終わり日常が戻ってきた。

そんな、とある休日である。天気はまだまだ暑かった。

 

英梨々は緊張していた。

鏡の前で衣装合わせをする。黄色系統のシャツにオーバーオールか・・・それとも黒を基調にしたワンピースにするか・・・

倫也との交流は順調だ。GWも一緒に外に遊びにいったし、夏休みもお互いの家に行ったり来たりしている。マンガも手伝ってもらっているし、一緒にゲームもしていた。

ただ、こうして2人で遠くまで行くのは初めてだ。

 

「デート・・・なのかしらね・・・」

 

英梨々が1人でつぶやく。

デートの定義をややこしく考えて、いいわけをする。

2人で同じ場所同じ時間を過ごす。それをデートと言う。素直に認めればなんてこともない。

でも、そんなことを認めたら恥ずかしくなる。いつもように過ごせないかもしれない。

 

鏡の前で顔が赤くなる。

 

その時、玄関のチャイムがなった。

時刻は午前11時30分。倫也が迎えにくる約束の時間になっていた。

 

英梨々は慌てて黒いワンピースを着た。袖や襟の部分は少し大きめの白いレース生地になっている。

メイド服のようなゴシックではない、もう少し柔らかい印象を与える。

 

玄関まで走って扉を開ける。倫也が立っている。シャツにジーンズとすごくラフな格好をしていた。

 

「おはよう」

「・・・おはよ。・・・あの倫也。ちょっと待っててくれる?リボンだけ結ぶから」

「はいよ」

 

倫也は玄関の中に入った。外よりは少し涼しい。

英梨々が部屋に戻って、黒いリボンをしてツインテールを作る。

自分の戦闘モードだ。

 

頬に指を押し当て、堅い表情をほぐして無理やり笑顔を作る。

大丈夫。うまくやれると自分に言い聞かせた。

 

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

英梨々の緊張も倫也と会うまでで、会ってしまえばいつもの2人だった。

駅まで歩くときは放送中のアニメの話題で十分に会話が弾む。

それに電車に乗ってからは、2人でゲームのデイリークエを攻略すれば時間は消費されていく。

ただ、隣に座っている倫也は少し眠そうにしていた。

 

「あんた、また徹夜でもしたの?」

「いや、早朝の新聞配達」

「バイト休みっていってなかった?」

「ウエイターのバイトは休んだけど・・・新聞は曜日で基本決まっているからさ」

「・・・そう。少し眠ったら?和合駅に着いたら起こすわよ」

「わりぃな。タノム」

 

倫也はスマホを鞄にしまって目をそっと閉じた。

英梨々もスマホをしまう。あとはじっと静かに過ごせばいい。頭の中で考えごとをするのは得意だ。冬コミに向けて制作する同人誌のストーリーや構成を考えれば時間はすぐに過ぎていく。

 

揺れる電車の中で英梨々はゆったり過ごす。隣の倫也が寝息を立てて頭が前後に振れている。

その内にもたれかかってくるだろう。それぐらいわかる。お約束は大事だ。

 

まだかまだかと英梨々は待っている。倫也はバランスを取りながら器用に寝ている。

頭が大きく前後に揺れて・・・

 

ガゴンッ

 

と、後頭部を窓ガラスに派手にぶつけた。

 

「ぷっ」英梨々が笑ってしまう。

 

「あんたねぇ・・・電車あるあるやってどーすんのよ」

「ふぁ!?」

倫也はまだ夢心地でよくわかっていない。

 

英梨々が手を伸ばして倫也のシャツをつかみ、自分にもたれかけさせた。

倫也はそれでようやく安定して眠ることができた。

 

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

和合市の駅前でランチをどこで食べるか、ぷらぷらと歩く。

少し睡眠をとった倫也はだいぶすっきりした様子だった。

 

「ベーグルサンドのお店があるみたいなんだけど」

「ほぉ?」

 

英梨々がスマホ片手にお店を検索し、地図の案内通りに歩き始めた。

倫也はその隣を黙って歩く、歩きスマホなので英梨々の周りに注意を払う。

 

やがて店に着き、店内に入る。角のテーブルに通されて、2人は向かい合って座る。

AランチセットとBランチセットをオーダーする。

 

「それと、ベーグルサンドを二つにカットしてもらえますか?」

 

英梨々がオーダ―するときに注文をつけた。

これで2種類食べられる。

 

「さてっと・・・ここからが大事なのよ」

「ん?」

「雑談」

「・・・そうだな」

 

倫也と英梨々の会話。

冴えカノも最初は倫也と英梨々の会話から始まる。

たまには原作に寄せようか。

 

 

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

 

 

「来月の学園祭では視聴覚室でアニメ上映会をやろうとおもうんだけどさ・・・」

店内はランチタイムで賑わっている。隣のテーブルの食器の音がやたらと響く。

「で、せっかくなんでラブコメにしようかと思っただけど、五等分の花嫁とかよさそうかなって・・・」

窓の外は多くの人が忙しそうに行き来している。

「そんなわけで、構造から読み解くラブコメの進化をテーマに組み立ててみようと思ったんだよ。結論ありきの構造の方が全体としてまとまるだろ?だから、それをバレない方向でさ・・・」

店内に流れるポップミュージックの音量が大きくちょっと気になる。そんな中でも倫也は自分のペースで主張を続けた。

「とはいえ、やっぱりラブコメって見て可愛いっていうのが大事じゃん。そこであまり厳密に製作者側の目線で読み解いてもつまらないよなって・・・」

倫也はいいたいことが上手くまとまっていなかった。ただ強い想いがある。それを聞いて欲しかった。

「だからさ、視点を替えてエヴァンゲリオンを解釈してみようと思うんだ。ほら、完結したし・・・」

「ねぇ・・・」

「ほら、庵野監督って表現者の天才じゃん?エヴァーって人類補完計画とかストーリーの謎が注目されていたけどさ、実はそんなことは二の次だってことを・・・」

「あのさ・・・」

「見てカッコイイ。見て可愛い。それが最初にあるんだよ。それに対して設定が後付けで足されているだけでさ、だから整合性なんかないし・・・・」

「ちょっと・・・」

「あっ、ついでにいうと一番表現したいのはおっぱいなんだよな」

「いい加減に落ち着けぇぇぇ~」

「うわ?なんだよ、英梨々。突然大声出して」

倫也はこれから主題に入ろうと思ったところで英梨々に話の腰を折られて呆然としていた。

少しムキになってしゃべりすぎたか。

「あのさ倫也。一応学校だからね?そもそもアニメ上映会が許可されるかもわからないわけでしょう?それでやっと許可されたのに、おっぱ・・・えっと・・・胸に焦点を当てて話なんてしたら、退学になるわよ?」

「そんなバカな・・・俺ら哺乳類だよ!?」

なんてことだ。おっぱいの話が世間では低俗に思われるらしい。確かにおっぱいにはエロスがある。どうしようもない魅力もある、けど・・・倫也はもっと物事を進化論的にとらえる。だからそこにエロさは関係ない。いや、エロさそのものを追及すれば、それはもう立派な学問だ。

「とにかく、ランチきたし食べましょう。アニメ上映会はあたしも協力できそうだし・・・」

「えっ?英梨々が協力するの?いやでも・・・これは男子向けにだな・・・」

「そんな初めてのアニメ上映会を倫也の考えているような話で成功したとしても、次回は許可が降りなくなるんじゃないかしら?もう少し自制心をもって、オタクであることを隠して・・・先生の顔色もうかがったほうがいいと思うわよ」

「いやいや、オタクであることを隠すことはないだろう。むしろ、その情熱とロマンなくして、なんでアニメ上映会をやるんだよ」

「っ・・・いろんな意味でやっぱり倫也は倫也ね。でも退学はなくても停学になってからは遅いのよ?」

「そうか・・・?」

ようやく英梨々がベーグルを手にとって口元に運んだ。最初から半分ずつにシェアされていた。

倫也もさっそくかじりついた。新しいパンのもちもちとした触感が心地いい。それに中の野菜もサーモンも鮮度が良かった。

英梨々は満足そうに微笑んでいる。その金色の髪がキラキラと輝き弾むように揺れていた。

「だいたいあんたね、エヴァーのアニメ上映会をやるといっても、旧劇か新劇かで話がだいぶ違うでしょ?まさか、新劇だけやって・・・」

なんだかんだ英梨々も乗り気だ。この骨の髄まで腐り切ったオタク少女は倫也の理屈に興味があった。あまたあるエヴァー論はどれも難解なものが多い。

それにしても、無駄に美少女だ。白磁のような透き通った肌もサファイヤのように輝く碧眼もそのコロコロと猫のように変わる瞳や表情も・・・オタクにしておくにはもったいなかった。

「そりゃ英梨々。やっぱりTV版から通して上映すべきだろ?でもな・・・上映時間を考えると編集しないと難しそうなんだよ」

「そうね。でもテーマがあるなら、それにそって編集するのはいいんじゃないの?それにTV版を最初から見たからって内容がわかるようなアニメでもないし」

「だよな!そこでだ。まずはロボットシーンをすべてカットしてだな・・・綾波とアスカの登場シーンだけで再構築して・・・2人の魅力を知ってもらう」

「いや、それじゃストーリーがぜんぜんわからないじゃない」

英梨々がアイスティーを一口飲む。

倫也はベーグルサンドを口いっぱいに詰め込んだ。

 

「もぐもぐ・・・わからなくていいんだよ。ほら、アニメグッズってワンシーンを切り抜いたクリアファイルがあるだろ?あれって、それだけで魅力だから売れるんだよな」

「もちろんそうだけど、それはやっぱりアニメの土台があるからでしょ?」

「じゃあ、ラノベの挿絵はどうだ?そもそも表紙や挿絵で売り上げが変わるわけだろ?タイトルも重要だが、見た目は大事だ」

「・・・で、それがエヴァンゲリオンとどう結びつくのよ?」

英梨々もベーグルを慌ただしく口に詰め込み、アイスティーで流し込む。

さっきまで騒がしかった音楽も気にならなくなってきた。

「だからさ!そこでおっぱいだよ。おっぱいの魅力にストーリーは関係ないだろ?」

「はぁ・・・!?もうどこから突っ込めばいいのよ・・・」

倫也は満足そうにプチトマトを口に放り込む。

とはいえ、英梨々も考え込む。何しろ自分が描いている同人マンガが凌辱ものなのだ。おっぱいの魅力は痛いほどわかる。おっぱいの魅力を描けずして同人マンガの成功はありえない。(偏見)

「だめかなぁ・・・」

倫也のトーンが下がった。構想はあった。自信もある。ただ後押しするものがない。英梨々が賛同してくれたら・・・

「まっ、学校でやるものじゃないわよ。それだけは確かね」

英梨々もプチトマトを放り込む。

だいたい、この倫也の構想では英梨々の出る幕がない。あんまり関わりたくないというのが正直なところだ。

それこそ秘密サークルで男子だけでやるべきことだろう。

いや、むしろ自分と倫也の2人で十分だと思った。

 

※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※

 

「そろそろ時間だな」

「そうね」

倫也が伝票をもって立ち上がってレジへと向かう。英梨々の圧倒的な存在感に周りに座っている人が目を奪われるのがわかる。さっきまで人にはわからないようなオタク話をしていたとは誰も想像しないに違いない。

「あたしが支払うわよ。カードあるし」

「ふふふっ。ヴァカか英梨々!デートのランチぐらいこのバイトをしている俺様がおごってやる」

「なんでそんな偉そうなのよ!」

とはいったものの、倫也の口からデートという言葉が出たことに英梨々は驚いてしまった。

 

だんだん顔が赤くなって俯いてしまう。

さっきまでただのオタク友達だったのに。

前作までサブヒロインだったのに。

英梨々はちょっとはにかんで照れながら、

「ごちそうさま」

と、素直に言った。

 

これ以上、物語が紡げそうにないから、今回はここまで。

 

(了)

 

 

 




うん。大丈夫。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園祭の準備と過去と向き合う英梨々の話

日曜のひととき、いかがお過ごしでしょうか?

今回のお話は、倫也が学園祭でアニメ上映会をしていたらしいので、その準備の話。
英梨々は倫也とこんな風に過ごしたかったんじゃないかな。

後半は英梨々が倫也を裏切った事を謝ろうとするお話になります。


 

10月の中間考査が終わり、周りは学園祭への準備で賑わってきている。

倫也と英梨々は早く家へと帰り、2人でアニメ上映会の企画を練り始めた。

英梨々は視聴覚室の使用を学園祭運営委員会に押さえてもらった。あとは企画を先生に通すだけだ。

 

当初のエ〇ァンゲリオン上映は英梨々によって止められ、日の目を見ることはなくなった。新劇場版だけでは理解できないし、TV版から旧劇も含めると上映時間が足らず、編集が必須になるからだ。

編集の仕方も倫也と意見が合わない。綾波とアスカを並べる倫也に対して、アスカ中心にカジをいれるのが英梨々の意見だった。喧嘩するぐらいならボツでいい。

 

英梨々が学校で通りやすい企画の雛形を考えてきた。

それは、一期完結もの(12~3話程度のもの)、学園物、テーマがしっかりあるもの。完成度の高いもの。

それらをピックアップして、ややオタク色の強い『A〇gel Beats』が本命になった。

 

「なるほどなぁ・・・確かに名作だな」

「一見アホなアニメだけど、ちゃんと笑いも涙もあってメリハリもあるし」

英梨々が自信あり気に言った。それに男女ともに楽しめる作品だ。

 

英梨々は学校帰りに直接倫也の家に来ている。すぐにコンタクト外して黒ぶちメガネに替え、リボンも解く。お嬢様仕様ではどうもオタク話に熱が入らない。

 

「これだと先生方から許可が得やすいのか?」

「たぶんね。アニメに対して偏見のある教師をどうやって説得するかが大事でしょう?だからって倫也みたいに情熱だけで押してもしょうがないし、作品テーマである「学園生活をしっかり送り満足する」というところを切り取るだけでもだいぶ違うと思うわよ」

「ふむ・・・」

倫也がつい納得してしまう。

「それに伏線もあって、最後にしっかり回収するし・・・」

「作品解釈の余地もあるのか」

「そうね。そこら辺を語るのには問題がないでしょう?」

どんなアニメでもけなさないで良い点を見つけることができる。そんな倫也のことを英梨々は信頼している。ましてやこの作品なら手放しでほめ続けることが可能だ。語りだせば、誰かが止めない限りしゃべり続けるだろう。

 

「じゃあ、これに決定でいいわね?」

「うん。英梨々もこれでいいんだな?」

「あたしは関係ないわよ。当日に手伝うわけでもないし・・・」

「そっか」

 

学校内ではオタクであることを隠している。だからもちろん倫也のアニメ上映会を表だって支援できない。

 

「あとは企画書を作って、先生に提出するだけね」

「なぁ・・・英梨々、企画書ってどうやって作るんだ?」

「・・・そうね・・・」

 

この時点での倫也はただの消費豚であり、制作側の人間ではない。才能があっても志し・・・いや、始動するための情熱がなかった。

 

※ ※ ※

 

「で、私に丸投げをするわけね?」

「ええ、そうね。あたしはお願いするしかできないのよ。霞ヶ丘詩羽」

 

昼食休みの時間、屋上のベンチに座ってメロンパンを食べている美少女がいた。

黒いロングの髪が風になびいている。

英梨々はその隣でサンドイッチを食べながら、穏やかに会話していた。

 

「・・・そう素直になられると断りにくいものね」

 

詩羽がため息を1つついた。

英梨々が素直なら運命は変わっていく。先月のサイン会の時から知り合いになり、霞詩子の作品ファンである英梨々はすぐにサインをもらい、その作品を絶賛し友達になっている。根は気が合うのだ。

 

3人で会うことで、倫也と詩羽の関係も変わる。詩羽はすでに英梨々が倫也の隣にいるので恋心は自制されて倫也との距離感はずっと遠い。その分、英梨々が最初から近い距離にいる。

 

「でも、ツンデレでない英梨々って、どんな需要があるのかしらね?」

「なりふり構っていられないのよ。あんたならわかるでしょう?」

「ええ、まぁそうね。でもあまり劇中劇にはしない方がいいわね」

 

談笑をしながら、ノートにさらさらと企画書を書いていく。何しろプロだ。学校の催しもの程度なら片手間で十分だった。

 

詩羽がメロンパンを牛乳で流し込み、「こんなんでどうかしら?」と、英梨々にみせた。

そこには、A〇gel Beatsの内容が要約され、主張したいことも書かれていた。

また、上映後のネタバレを含むところでは、高尚な作品解釈や、心臓ドナーに関する啓蒙なども補足されている。これだけ読めばNHKの教養アニメにしか見えない。

もちろん作中のお色気シーンや残虐な暴力シーンは伏せられている。余計な波風は立てない。

 

「さすがね・・・」

「これくらいならお安い御用だけど・・・でも、私としては学校内でのイベントはあまり推奨したくないわね」

「どういうことかしら?」

「せっかく高校一年という、『出会う前』の時間なのに、『出会う可能性の高い学校』を舞台にすることはないじゃない?」

「・・・考えすぎよ・・・それにね、図書館にラノベを置くのと、学園祭でのアニメ上映会は倫也の業績だし、それぐらいは回収しておきたいじゃないの」

「それも、愛なのかしらね」

「やめてよ」

 

英梨々は顔を赤くして、にやついてしまった。倫也のことをずっと見てきたのだ。誰よりも。

アニメ上映会には客としてさりげなく参加できないか、何か方法を考えている。友達が誘ってくれるわけでもないし、自分から誘うわけでもないし、難しい・・・

 

「詩羽は上映会には来るのかしら?」

「あら、フルネームで呼ばないのね、英梨々」

「やっぱりおかしいかしら」

「別にいいんじゃないかしら?あなたは私を味方にしたいのでしょう?」

「ええ。まったくその通りよ。少なくともあなたといざこざする時間は惜しいわね」

 

お互いに詩羽、英梨々と呼び合うのはずっと先の話だ。けど今はその時間を短縮する。

詩羽は顔を指でかきながら少し照れてしまう。こう素直だと会話のテンポややり取りも変わってしまう。上目線でなじるのが詩羽の芸風の1つだ。優しいお姉さんキャラではないから、素直頼られすぎても困る。

 

「私は教室の後ろの方でこっそり参加しようかしら。でも、演劇部の指導もあるから状況によりけりね」

「そう」

「別に英梨々も参加したらいいじゃないの?そこは素直になれないのかしら」

「素直とかそういうのとはちょっと違うのよ・・・あたしが他の一般女子と仲良くすることは、あたしの責務なのよ」

「ずいぶんと重たい言葉を使うのね。責務?それってあなたが勝手に思っていることでしょう」

「そうよ。でもね詩羽・・・」

 

英梨々が空を眺める。秋は空が高い。言葉が浮かんでは消えていく。

上手く説明できないこともある。感情は複雑で白黒のようにはっきりとはしていない。

 

倫也のことが好き。それははっきり認める。これは大前提。

倫也と仲直りがしたい。これは・・・どうだろう。

 

「詩羽。あたしと倫也が実は喧嘩していないという・・・解釈は無理があるのかしら」

「それはどういうこと・・・」

「こじれているし、お互いに不器用なのだけど・・・」

 

英梨々は必死に言葉を探す。それは言い訳を探すことにも似ているし、自己正当化にも近い。

倫也を裏切ったのは事実だ。

・・・でも。倫也がわざとあたしを裏切りさせた・・・そんな気もする。

 

英梨々が下を向く。瞳には涙が今にもあふれそうだった。

詩羽はさりげない普通の会話をしていたつもりだったが、英梨々の様子が変わったことに戸惑っていた。

 

英梨々は何かを絞り出すように、口をパクパクとさせている。

 

 

「いじめられてたのよ・・・あたし」

 

 

英梨々の目から大粒の涙が零れ落ちていく。

倫也と喧嘩したきっかけであり、今のこじれた原因はこれにつきる。

英梨々のトラウマは二つある。大好きなマンガやアニメのオタク文化が好きなのに、それでいじめられたこと。そして、そのいじめから逃げ出すために・・・倫也を裏切ったこと。

 

その後、むせび泣く英梨々の背中を詩羽は優しくさすっている。

お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたが、2人はそのまま黙って屋上で過ごした。

 

5時間目の途中。泣きはらして腫れぼったい顔で教室に戻るわけにはいかなかった。

 

英梨々は鞄も持たずに隠れるように学校を出て、電車に乗った。

電車に揺られながら詩羽のアドバイスを反復する。

「やっぱり、倫理君にしっかり謝って、当時のことを話し合うしかないんじゃないかしら?」

というものだった。

 

それが簡単にできるなら苦労はしない・・・

けど、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。

 

英梨々ルートを完成させるなら避けては通れないのだから。

 

※ ※ ※

 

倫也の部屋。

 

「暗いよ!」

「そうかしら?」

「いじめ問題まで広げるのかよ・・・」

「でも、あたし達がこじれたのってそこからよね?だったら、やっぱりそこをはっきりしておかないといけないんじゃないかしら?」

「うーん」

 

倫也が天井を見上げる。

英梨々の言い分はもっともだけど・・・素直に謝罪するだけでもいいような気がする。

 

「で、英梨々はどういう解釈なんだ?」

「まずオタクであることをいじめられた2人がいるのよね。倫也はあたしのために1人でいじめられることを選ぶわけ」

「なんで?」

「なんでって、あんたバカなの?あたしを助けるためでしょ?」

「どうやって?」

「あたしが表面的にはオタクをやめることを倫也が提案するわけ」

「ほう?」

「でも2人共やめるわけにはいかないのよ。だって、大好きなことを否定するなんてかっこ悪いじゃない?」

「でも、お前は否定するんだろ?」

「そうよ?でも、それは倫也の提案で仕方なくするのよ」

「で、俺はなんでオタクを続けるんだ?」

「だって、ゲーム会社の社長になるんでしょう?」

「そうだな」

「だから、そこは貫きなさいよ。それに倫也がターゲットになることであたしが救われるわ」

「なんか、すっごくわがままだよねぇ!?」

「結果的にそうなんだから、大事なことはこの解釈は倫也が大正義になるってことよ」

「俺はそんなこと望んでないけどなっ」

「はぁ・・・」英梨々が1つため息をつく。そんなことわかっている。

「この解釈ならあたしは倫也の合意の元で表面的に裏切ったことにできるわ」

「だったら、2人の関係性がこじれているのはおかしいだろ?学校で英梨々がオタクをやめるのはわかった。それを支持するのも納得したとしよう。でも、2人の時は仲良く遊んでいればいいだろ?」

「・・・そうよね」

 

少々無理がある。

 

「だいたい英梨々。俺ら小3だよね?それも内向的なアニメ好きのオタクだろ?そんなのがそこまで空気読んだ行動なんてできるか?英梨々を守るために俺がいじめられっ子役をやるなんて・・・」

「『泣いた赤鬼』みたいな話でいいと思ったんだけど・・・」

「やりすぎだろ・・・それに、その話だと赤鬼と青鬼はもう会えないぞ」

「そっか・・・難しいわね」

 

英梨々が立ち上がって部屋から出ていく。頭を冷やす時間だ。

 

部屋に残された倫也は英梨々のレポートを読む。辻褄はあっている。

確かに喧嘩の解釈を変えれば2人の関係性は変わる。

裏切った英梨々がリア充を必死に演じているのを陰ながら応援してきたのも事実だ。

なぜその後こじれたのか? それをクリアできれば・・・これでいけそうだ。

「ああ、泣いた赤鬼でいいのか!」

倫也が納得する。

口元に手を当てて思考を整理する。

英梨々解釈は小3にはできない選択だろう。誰かがいじめられないために、誰かがいじめられるなんて・・・

でも・・・この童話の影響を受けていたら・・・

 

部屋のドアが開いて、英梨々が入ってきた。手にはドクペの入ったグラスを二つもっている。

 

「どう?」英梨々が1つを倫也に渡す。

「ありがと。そうだな、わかってきたよ英梨々解釈。いじめ問題は起きた。でも俺らの喧嘩はなかったことにしたいんだよな?」

「うん」

「でも、こじれていると・・・」

「そう。できそう?」

「ああ・・・たぶんな」

「えっと・・・次回は11月で学園祭?」

「いや、予定変更して・・・小3をやってみよう」

「わかった。倫也がやるなら・・・やる」

 

※ ※ ※

 

というわけで、次回は小3の倫也と英梨々。

ラノベ主人公がさしたる理由もなく、美少女に囲まれてモテる。

そんなことにいちいち解釈を与えてもしょうがないといえばしょうがない。

でも、そこは英梨々のために1つのエピソードを作ってみよう。

 

それにより、英梨々がツンデレになったり、2人がこじれたり、なによりも英梨々が倫也を好きになったことを補足できるかもしれない。

 

(了)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

泣きたい英梨々が今日も微笑む

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか
今回は小3の英梨々と倫也の話になります。


秋は夕暮れ

昔の人は紅く染まる街並みに感慨を覚えたようだが、現在のコンクリートの街も高い所から見下ろすと美しく染まっている。ただ現代人は日常に忙殺され気が付けない

 

倫也と英梨々の家の間のある小さな公園は、地域の避難所も兼ねた場所で遊具はブランコぐらいしかない。それでも近所の母親が幼児と来たり、小学生が片すみのベンチに座り携帯ゲームで遊んでいたりする。

 

5時のチャイムが鳴って、みんなが1人、また1人と帰り始める。

 

英梨々は1人ブランコに座り、足をつけたまま小さく揺れていた。

金色の髪はオレンジ色に輝き、浮かない表情の少女はどこか物哀し気なはずだったが、それよりも美しさが先だってしまい、どこか絵画のようだ。

 

いじめにあった。

どこからがいじめなのかはわからない。小さい頃から髪の色や瞳の色の事でからかわれることがあった。英梨々のことを好きな男子が何かにつけて絡んでくるし、英梨々に嫉妬する女子もいた。

それでもまずまず上手くやってきたつもりだ。

 

最初はジブリのようなメジャーアニメの話題だった。次に好きなアニメをすすめたら、友達も見るようになり共通の話題ができた。ゲームをすすめたあたりから少し怪しかったようだが英梨々は気が付かなかった。

その登場人物の大好きなセルビスが上手に描けたので、友達に見せた時・・・軽くひかれた。

 

「あたしのバカ」

 

調子に乗りすぎた。どこまでが一般人でどこからオタクなのか線引きがはっきりしているわけではない。隠れてこそこそと絵を描いていれば問題なかった。日の目を見るような趣味ではないと気が付いた時は遅かった。

 

クラスには倫也という、もっとはっきりとしたオタクがいたことが原因の一つかもしれない。どうどうとアニメの話をし、学校にフィギアやカードを持ち込む。ラノベを友達にすすめ、家でアニメ鑑賞会をする。オタクとバカにされて、いじめられているように見えるが倫也ファンが多いのも事実だ。

 

英梨々が上手に絵を描くと倫也はほめてくれる。それからこまごまと注文をつけてくる。等身や構図、線の強弱、陰影・・・どれも的確にアドバイスをくれた。倫也は英梨々よりも絵が下手だったがとても詳しかった。

2人の関係の中だけで、二次元の絵を描いていたら何も問題はなかったのだ。それは幸せな時間そのものだった。

 

そんな特別な関係をクラスの女子に求めたのがそもそもの間違えだったわけだ。

 

※ ※ ※

 

今日の学校での出来事。

 

「うわっ、えりんぎのやつオタクなのかよ」

誰かがつけたあだ名の1つとともに、男子が英梨々からセルビスの絵をとりあげる。

「返しなさいよっ!」とムキになって追いかけた方がよかっただろうか、呆然としてしまった。

他の女子が助けてくれることもなく、遠巻きに静観している。

倫也は教室の片すみで他の男子と談笑して、こちらに気が付いた様子はない。

喧噪の中、先生が入ってきて一度は教室が静まった。

 

休み時間に英梨々に話しかけてくれる女子がいなかった。

 

「オタクなの?」

「そうみたい・・・アニメとかゲーム好きだし・・・ゲームのキャラ描いてきてたし」

「なにそれ、キモい」

影口が聞こえる。日頃、英梨々の人気に嫉妬している女子が中心のようだ。

英梨々は別に相手にはしない。けど、仲の良いおとなしい友達は怖がって英梨々と距離を置く。

孤立。それはいじめの序曲。

 

英梨々が下を向いて目立たないように過ごしていると、

ガタンッという大きな音が響いて、机が倒れ、イスが散乱する音がする。

見上げると、倫也が「返せよ!」と、英梨々の絵を盗った男子ともめているようだった。

英梨々はそれを見つめている。大騒ぎしてバカみたい。

・・・あんな絵、何度だって描けるのに。

冷静に、客観的に状況を見守ろうとする。

 

絵が丸められて、キャッチボールされるのを倫也が追いかけている。

それから男子を捕まえたけれど、絵は別の男子の手にあって破られてしまった。

 

倫也は小柄だし、細いし、喧嘩なんてぜんぜんダメ。なのに暴力に巻き込まれている。

まだ小学3年生だからひどくはないけれど・・・

誰かが先生を連れてきて、騒ぎが収まる。

倫也と喧嘩した男子生徒が別室に連れていかれた。

 

「バッカじゃないのっ・・・」

 

あんなにムキならなければ別にどうってことはないのに。

以前みたいにおとなしくして、愛想をふりまいて、嫌いなやつにも気をつかえば・・・その内またクラスに溶け込めるのに。

 

「もう、男子もやめなよ・・・」

どこからか声が聴こえる。

「ほら、澤村さん泣いているし・・・」

 

えっ?英梨々は自分の涙をふいた。

冷静なつもりだったのに、泣いていたようだ。ちょっと騒ぎが怖かっただけだ。きっとそうだ。

自分が泣いていることに気が付くと、もう我慢できる気がしなかった。声をあげて号泣してしまうだろう。その方が可愛いかもしれないし、その方がうまく収まるかもしれない。でも、それは悔しい。

だから英梨々は逃げ出すようにして、学校から帰った。

 

 

※※※

 

 

日がだいぶ沈んできて、もうあたりは暗い。

英梨々はそろそろ帰ろうとブランコから立ち上がった。

 

ポコッ

 

英梨々の頭に何やら当たる。

足元を見ると丸められた紙が転がっていた。それを拾って広げると、セルビスが描いてあった。学校でもめ事になった絵だ。破ってある箇所がセロテープで止めてある。

あたりを見回すと、倫也が立っている。

 

「お前にしてよく描けてる」

「・・・何よ」

「アニメ絵をデッサン画風に昇華させた手法は良かったと思うぞ」

「何事もなかったかのように寸評してんのよ」

「惜しむらくは美少女じゃないことぐらいだな」

「バカじゃないの?」

「ああ、そうだよ。バカでけっこうだ。けどな英梨々。好きなことにバカ正直になれなくてどうするんだよ」

「はい?」

「絵をバカにされたり、ああやって下らないいじめにあったりしたら、ちゃんと戦えよ」

「それこそバカじゃない。喧嘩は同レベルでないとできないのよ?あんなのは無視しておけばいいの」

「悔しくないのかよ」

「・・・悔しいわよ。けど、絵はまた描ける」

「だったら、俺がとりかえすことなんてなかったな」

「そうよ・・・あんなにムキになって、バカみたい」

「悪かったな」

 

倫也は振り返って帰ろうとする。

英梨々が止めずに後ろからついていく。

 

「止めろよっ!」倫也は英梨々が表面的にだけでも英梨々が脱オタクする方法を考えてきていた。

 

「いや・・・ちょっと待ちすぎて・・・ここ寒い」もう秋だ。夜は冷える。

「あっ・・・うん」

「なんでこんな遅くなってんのよ」

「職員室で先生方に囲まれながら説教くらってた」

「そんなに?」

「ケンカした理由をしゃべらなかったからなぁ・・・」

「なんで?」

「なんで?って、お前の名前だしたらますます面倒くさくなるだろ?」

「あっ・・・」

気が付いて英梨々の耳が赤くなる。

 

2人で歩きながら分かれ道まできた。

「じゃあな」

「・・・うん」

「英梨々」

「何よ?」

「明日から・・・学校でオタクはやめとけよ」

「・・・そうね。でも、倫也はそれでいいの?」

「余計な揉め事はごめんだよ」

「そ・・・そう」

 

倫也が歩きだし後ろ向きのまま、手を上で振る。

(やばい、俺・・・今、かっこいい)

 

英梨々が倫也を見送る。

(ああいいうのがかっこいいとか思ってるんだろうなぁ・・・バカだぁな・・・)

 

「くしゅんっ!」くしゃみを1つする。

倫也は振り返って、「風邪ひくなよ」と声をかける。

「うん・・・倫也・・・ありがとっ」

 

英梨々が八重歯を見せながら笑って手をふる。

 

 

※※※

 

 

翌朝。

倫也と英梨々は仲良く通学する。

倫也が作戦は単純だった。注目を浴びている今だからこそ、倫也はあえてクラスで目立つように英梨々にオタクの話題をふっかける。そこで英梨々がばっさりと拒絶して終わり。

あとは英梨々が倫也を学校では無視をすればいい。それでいじめは終わる。

 

「そんなんでうまくいくかしら?」英梨々は不安を抱えている。

でも、このままオタク認定されたらされたでいいかなと思っている。お嬢様キャラも疲れるし、隠キャで目立たないように過ごす方が自分にはあっている気がする。

 

登校時に2人は少し距離を置いた。

騒がしいHR前。まだ昨日の微妙な空気が残っていた。

倫也は友達と会えて大きな声でアニメの話をする。それから英梨々に話かけた。

クラス中が注目したMAXのところで、英梨々が

「キモい。話しかけないで」

と冷たく言い放ったのは効果抜群だった。

以後、英梨々の学校生活は平穏だった。倫也の作戦は成功したわけだ。小学生なんてちょろい。

 

※ ※ ※

 

放課後。

いつも公園で倫也を待っていたが、倫也はこなかった。

 

その後、通学を一緒にすることもなくなった。

倫也が仲良くしているところを見られると、またオタク仲間として見られていじめを受けることを懸念したのだ。

だから学校では一切話をしない。

学校の外でも会わなくなったから話をすることがなくなった。

 

英梨々が倫也の家を見上げる。倫也の部屋はカーテンがしまったままだ。

呼び鈴を押す勇気がでない。

あんなに毎日遊んでいたのに。同じ趣味で同じ時間を楽しく過ごせたのに。

 

もっと上手にいじめを回避できなかったかな。

勇気を出して倫也とオタクになればよかったのかな。

 

仲直りのきっかけを上手く見つけられなかった。

そして、2人はこじれたまま月日が流れていく。

 

この時の英梨々は、まさか数年後に負け犬サブヒロインになるなんて、思いもしなかった。

 

 

※※※

 

 

時間戻って現在。

 

「って、ことでこんな話でどうかしら?」

「う~ん」

「あたしとしては、やっぱりあたしは被害者側の1人だと思うし、倫也を裏切ったという過去は納得できないのよ」

「なんていうか・・・内容はよくわかった。たださ・・・」

「なによ」

「こういうネット小説で説明的な描写が長いと、つまらない上に読んでもらえないぞ?」

「・・・そういう問題?」

「うん。例えばこういう過去があったとしても、説明的な描写よりも学校での会話のやりとりを切り取ったほうが面白いだろうな・・・とは思う」

「そっかぁ・・・」

「でも、まぁボツにせずにこれでいいんじゃないか?」

「そう?どうして?」

「英梨々には英梨々の良さがあるさ」

「そう。あっ、そうだ。あとね・・・これ、11月分ってことでいいかしら?」

「学園祭は?」

「ボツが多くって・・・ほら、やっぱり学校イベントって『あの子』がいるでしょ」

「うん?」

「それで、高1の『あの子』を少しだけ登場してもらおうと思ったのだけど・・・」

「ふむ・・・」

「すぐにフラグを立てたがるから・・・その・・・」

「まぁ、無理するなよ」

「・・・うん」

「・・・」

「描写がなにもないわね」

「演出の機嫌が悪いのだろう。学園祭原稿ボツにしたから」

「ふぅ・・・(ため息)」

「で、12月はどうするんだ?」

「12月はね・・・倫也はクリスマスもバイトでしょ?」

「そうだな」

「だから、あたしもバイトを手伝おうかと・・・」

「ん?ウエイトレス?」

「ううん。キッチン」

「料理できるの?」

「ううん。ほら、クリスマスコースとかするでしょ?あれのサラダとかデザートの盛り込みって凝ってるじゃない?ああいうのだけならできそうじゃない」

「さぁ・・・」

「だめ?」

「いや、俺が決めることじゃないから。ただコミケは大丈夫なの?」

「販売は親が担当だし、もちろん倫也と締め切りに追われながら制作するのでもいいんだけど」

「締め切りには追われるんだな」

「そういうもんでしょ」

「そういうもんだな」

「これも・・・追われているわよね・・・」

「だな」

「こんなんでいいかしら?」

「しゃーないな。時間だしなっ」

 

投稿っと。

 

(了)

 

 

 




英梨々と作る英梨々ルート


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマスを一緒に過ごしたい英梨々

日曜のひととき、いかがお過ごしでしょうか。

今回はクリぼっちで過ごしたくない英梨々のお話です。


 

昨今ではクリスマスをイエス様の降誕祭であることを知らない人がいる。

それでいいのかもしれない。

 

洋食店が忙しくなり、和食店はいつもより暇になる。

 

倫也のバイト先のお店は、通常メニューを減らし、その分コース料理を提供する。価格帯もいつもの三倍程度で利益も大きい。手間がかかるのでバイトを増員することになった。

そこで、常連客の英梨々に声がかかった。もちろん英梨々は了承する。

 

英梨々はさすがにぶっつけ本番というわけにもいかず、12月の週末だけ倫也のお店でバイトを始めた。

キッチン要員でオーナーシェフに可愛がってもらっているが、どちらかというと内装やクリスマス用の看板に興味があるようで、時間を見つけては意見をいって修正し、自宅でポスターを描き、メニューの挿絵を描き、手書きのコースターを作り・・・やっていることはコーディネーターだ。

奥さんはすっかり感動し、最初は倫也と英梨々の恋を応援するつもりでバイトを承諾したが、今ではこのまま働いてくれないかと本気で思っている。その頃にはシェフはもうメロメロで否定の一言もでない。

 

12月24日 クリスマスイブ。

 

「コース4、内ポアソン2です」

倫也がオーダーを通すと、英梨々がアミューズを4皿出す。ほとんど完成していて仕上げるだけだ。

伝票にチェックをいれる。

アミューズとドリンクを提供している間に、スープ、サラダと人数分用意していく。

 

次々とオーダーが入り、伝票が並ぶとプレッシャーがかかる。

 

「英梨々、サラダもう一つ。あと4番テーブルそろそろデザート準備」

「あ、うん」

「返事は、ハイ」

「ハイ。えっと、まずサラダね」

英梨々がサラダを1つ渡す。倫也が伝票をチェックする。

 

厨房からはホールの全体が見えないが、ずいぶんと混んでいるのがわかる。

英梨々がデザートを仕上げていく。こちらは冷えている皿にケーキを乗せ、カットしているフルーツを飾りソースをかける。バランスというか美的センスが大事。手際は遅いが丁寧に仕上げる。

 

「倫也、デザート」

「ハイ。そろそろ3番、メインお願いします」

「あいよー」オーナーが忙しくコンロの前で料理をしている。もう一人のバイトもサポートしながら厨房を忙しく動き回っている。

「あと、英梨々、シルバーとグラスを洗ってくれ」

「ああ、ハイハイ。ちょっとまってね」

倫也がデザートをもっていく。

 

英梨々がサラダボールを並べて、また10個ぐらい盛り付けておく。

気が付くと洗い場が皿の山になっている。

もう一人のバイトがそこに入って、洗い物を始める。

 

「あっ、シルバーとグラス・・・」

英梨々は自分のことで精いっぱいだったが、もう一人がフォローしてくれた。

 

食洗器からでたシルバーを倫也が忙しくふいている。その時はデシャップ越しに厨房の中を見る。

英梨々が集中して盛り付けをしていた。グラスをふく余裕はないようだった。

倫也は声をかけずに厨房に入り、グラス回収する。こちらもふかないといけない。

 

「レジお願い」

ホールから声がかかり、倫也は戻っていく。

お客が帰ったら、食器を片付けて、次のテーブルセッティングをする。

今日はずっと混んでいて、お客が途切れることがない。

 

「シェフ~。カットフルーツがなくなります」

「あと、いくつ必要?」

英梨々が伝票を確認する。ある分を引くと・・・

「あと5つです」

「了解」

すると、もう一人のバイトがまな板を出し、フルーツを手際よくカットしていく。

英梨々はそれを見る。自分にはできない。

「はい、これ。そろそろ終わりだから、あとは追加分だけ切っていくから」

「ハイ」

そして、ささっと包丁を洗ってしまう。

みんな素早い。英梨々は自分のところで精いっぱいだ。

 

時計を見ると、もう20時を回っている。あっという間だった。

 

「オーダー、コース2。カモと鹿です。これでラストオーダーです」

倫也が厨房に声をかける。

「ハイ」

英梨々も返事をする。洗い場までなかなか手が回らないが、盛り付けは上手だった。オーダーミスもない。

まず、アミューズを出す。

この前菜は時間をみつけては、もう一人のバイトが皿に仕込んで冷蔵庫にストックしていたが、今はオーダーごとに盛り込んでいる。

 

「やってみる?」

「ハイ」

皿に、パテやサーモンを盛り付けていく。バイトの教え方も優しく丁寧だ。

厨房にも余裕が少しでてきたようだ。

 

倫也は食器を片付けるが、もうテーブルセッティングはしない。

キャンドルライトだけはつけたままだ。

 

店内が3組ほどのお客になり、ラストのメインディッシュが提供された。

「そろそろあがっていいわよ。お疲れさま」

と、奥さんから倫也に声がかかった。

「はい」

「澤村さんも、そろそろあがっていいわよ」

「ハイ。デザートだけ仕上げていきます」

「そこそこでね」

 

倫也が先に着替えを済ませ、カウンターに座ってお茶を飲む。

ほっと一息がつけた。

今日は事前にまかない料理がないことを言われていた。もっとも腹はあまりすいていない。

 

「倫也、あたしもあがる。デザートまだあとだから、もういいって」

「うん」

英梨々はふらふら~と更衣室の方へはいっていった。

 

「よく働く子ね」

「ええ、追いつめられると動くんです・・・」追い詰められない内は動かない。

「でも、ほんと助かったわ。仕事丁寧だし、いろんなもの作ってくれたし」

「おかげさまで、楽しくすごせました」

「こちらこそ」

奥さんは上機嫌だった。

 

やがて、英梨々が着替え終わってでてきた。

「おつかれさまです」

「お疲れ様、今日はありがとうね」

「こちらこそ、遅くてすみません」

「そんなことないわよー」

奥さんと英梨々が笑顔で会話している。なかなか社交性がある。

 

「おーい。これ、持たせてやってくれ」

厨房のシェフから声がかかる。

ランチボックスを二つ作ってくれた。

 

「まかないの代わりだから。あとこっちがケーキ」

「あっ、すみません」

「こんな遅くなってしまってごめんね」

「いえいえ」

 

と、お土産をもらって、倫也と英梨々が店をでる。

外は暗いが賑わっていた。

 

 

※※※

 

 

「ふぅ・・・(ため息)」

「おつかれ。英梨々」

「倫也も。おつかれさま」

「なんか、思ったよりもずっと役立ってたな」

「ん?」

「もっとグダグダで足を引っ張るとかと思ってたんだが・・・」

「どういう意味よ」

「ほら、お約束で食器割ったり、オーダーミスであたふたしたり・・・」

「余計なことをしないように集中していただけよ」

「それが大事なんだよなぁ・・・」

「でも、あれって、あたしがいなくても店は大丈夫だったのよね?」

「たぶん」

「じゃあ、やっぱりお店に迷惑かけたのよね」

「そうでもないんじゃない?」

「だって、人件費かかるでしょ」

「その分、丁寧な仕事できているし、そしたら評判もよくなるし・・・」

「ふーん」

「それに、英梨々のデザートの盛り付けは綺麗だったよ」

「そ?」

「うん」

 

2人は少し歩いて大通りに出る。

英梨々の家の車が迎えに来て待機している。

 

「このお土産って、二人前入っているのよね?」

「だな。いいぞ、英梨々がもってかえって」

「・・・バカねぇ・・・それじゃ意味ないでしょ」

「どうした?」

「うちで食べていきなさいよ」

「そうだな」

 

2人が後部座席に乗る。英梨々の家まで揺られると倫也は眠くなる。

 

英梨々が鞄をごそごそとする。

「あのね、倫也。ちょっとタイミングがわからないのだけど」

「ん?」

「これ」

小さくラッピングされたプレゼントを渡す。中にはストラップが入っている。尚、英梨々の手作りの作品。

「おっ、どうした?」

「だってほら・・・クリスマスってプレゼント交換するでしょ?」

 

車窓からイルミネーションがよく見える。

初老の運転手は寡黙で何もいわない。

 

「ああ、そうだな。自分のイベントとしてのクリスマスなんて失念してた」

「そんなもんよね・・・」

「ごめん。英梨々。何も用意してない」

「べ・・・べつにいいわよ。期待なんてしてなかったし、それにこれはほら、試作品のあまりみたいなもんだから」

「試作品?」

「開けてみて」

倫也が袋を開ける。ディフォルメキャラのメガネ男子ストラップが入っていた。

「誰だ?」

「倫也」

「何?」

「そうじゃなくて、倫也」

「ん?」

「はぁ?あんたバカなの?倫也っていっているでしょ」

「ん?何?」

「・・・いいわよ・・・もう」

 

倫也がストラップを眺める。

 

「ああ・・・俺?」

「だから、そういってるでしょ」

「へぇ・・・器用だな」

「何よ、その感想」

「あっ、うん。ごめん。ありがとう。嬉しい」

「そ」

「英梨々」

「何よ」

「明日もクリスマスだからさ」

「そうね」

「何かプレゼント買うよ。欲しいものあるか?」

「えっとね・・・」

 

英梨々が窓の外をみる。曇っているのを手でぬぐった。

倫也の方をまともに見れない。

欲しいものがあるわけではないが・・・やってみたいことがある。

 

「えっとね・・・倫也。実は・・・」

「どうした?」

「冬休み」

「もうすぐだな」

「うん。それでね・・・ほら、夏休みみたいのを・・・」

「花火とかプール?」

「そうだけど、そうでなくって」

「なんだよ」

「あー、もうっ!」

 

英梨々が頭をぶんぶんとふる。今日はキッチンなのでツインテールでなく頭の上で髪を結っている。

 

「ほら・・・恵みたいに・・・」

「めぐみ・・・!?誰?」

「・・・ああいう夏休みみたいのを・・・」

 

一応、別の物語のテイでやっている。この時点で倫也は恵とはクラスメートだが認識はしていない。・・・はず。

 

「だから、『英梨々といちゃいちゃ過ごす冬休み』をあたしもやってみたいなぁって」

「・・・っ!?」

「・・・嫌ならいいわよ」

 

車が停まった。車窓の外も真っ暗闇になった。

 

「すみません。お嬢様。車がまったく動きません」

運転手が言った。

 

「ああっ、いいのよ。気にしないで。きっと演出が止まったんだわ」

「はぁ・・・(ため息)」倫也が深く、それはそれは深くため息をついた。

「前途多難よね」

「まったくだ」

「考えておいてよ」

「あのさ・・・英梨々」

「なーに?」

「この物語ですら・・・一週間に一度でも追われているのに、毎日やるの?」

「・・・嫌ならいいわよ」

「嫌とかそういうんじゃなくってだなぁ・・・」

「でも、ほら、そろそろ一年たつし・・・」

「この物語はだいたい完結しそうなのか?」

「あと、1,2,3月の3話よね」

「だな」

「なんとかなるんじゃないかしら?」

「まずはそこをしっかりと完成させような」

「・・・うん」

 

車の外の世界が闇の中に溶けるように消えていく。

 

「倫也。ボツにしないわよっ!」

「お前がそれでいいのなら」

 

世界が消える前に投稿しよっと。

 

 

(了)




えっ?毎日英梨々の話かくの?誰が?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

また迷走する英梨々ルート

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

PCの不調を以前お伝えしましたが、掃除してなんとか起動。
その後、再びダウン・・・

1~3月分がすべて吹っ飛ぶ。

かくしてテンションの下がった英梨々と倫也はやっつけ仕事をして小説を投稿するであった・・・


「冬休みの宿題・・・一緒にしてあげてもいいわよ」

「新年の第一声がそれかよ・・・あけおめ」

「あけおめ。倫也」

 

玄関前に英梨々が立っている。

今日は1月の5日。

 

「上がっていいかしら?」

「ああ、どうぞ。スリッパ使うなら適当にな」

「うん」

 

キョロキョロしながら英梨々はリビングに進む。

 

「誰もいないの?」

「もう平日だからな」

「・・・そう」

「何か飲む?」

「じゃあ・・・紅茶で」

 

とりあえずソファーに腰をかける。

どうも緊張するというか、やる気がおきないというか。

 

「ハワイどうだった?」

「暖かかったわよ」

「そりゃあ、そうだろうよ」

「倫也はお正月なにしてたのよ?」

「たまっていたアニメ見てた」

 

さすがに年末年始はお休みだった。

英梨々も日本に残りたかったが、GWのように1人で寂しい想いをするのが嫌でハワイについていった。

倫也が家でアニメをみているなら、そっちのほうが良かった気がする。

 

「あっ、これ・・・おみやげね。一応」

「悪いな」

 

倫也が紅茶の入ったマグカップを英梨々の前に置き、自分もソファーに座った。

受け取った袋を開けると中には青いアロハシャツが入っていた。

 

「・・・夏だな」

「あっちは常夏なんだからしょうがないでしょ」

「ありがと・・・夏着るよ」

「今、着てみなさいよ」

「今っ!?」

「せっかくだし、『似合わないわね』って、ちゃんと感想いってあげるから」

「否定前提なんだ・・・」

 

倫也が服をもって洗面所へ行き着替えた。部屋の中とはいえ半袖シャツ一枚は寒い。

 

「どう?」

「えっと・・・想像以上に似合わないわね」

「一言付け足すなよ。もういいな?」

「うん」

 

倫也がまた着替えてからリビングに戻ってくる。

 

「なんか、こう・・・盛り上がらないわね」

「そりゃあそうだろうよ。1月のイベントなら無難に初詣か何かだろ・・・」

「それ、友達にあって失敗するやつなんじゃないの?」

「・・・凧揚げとか、独楽回しとか、羽子板とか?」

「小学生じゃないんだから」

「スキーとか?」

「倫也、スキーできるの?」

「できない」

「スノボーもできないでしょ?」

「当たり前だろ」

「ああ、でも雪遊びとかカマクラつくったり、雪ダルマ作ったりは楽しそうよね。那須の別荘いく?」

「バイトがあるから・・・」

「・・・そう」

 

英梨々が紅茶を飲む。

だいたい1月イベントっていっても、投稿が11月だか12月になるのは納得がいかない。

 

「ねぇ倫也・・・冬いちゃは作るの?作らないの?」

「・・・だからさ・・・英梨々。こないだも言ったと思うけれど、まずこの作品を完成させてだな・・・それから企画を・・・」

「そんな言い訳聞きたくない。恵とは40話以上も作って、あたしとは作れないってことでしょ?」

「そうは言ってねぇよ」

「帰る」

 

英梨々が立ち上がる。

 

「やっぱりあたしはサブヒロインなんでしょ?結局、倫也はあの子を選ぶんだわ」

「それ、別な物語だし、この物語は英梨々のためのものだろ?何が不満なんだよ」

「だから、時期よ。お正月でないのにお正月の話を投稿したり、バレタインしたり・・・」

「それは小説だからしょうがないよね?読者だっていつ読むかわからないわけだし・・・、現実の時間と小説の中の時間は違うわけだし」

「そうやって言い訳ばかり!」

 

英梨々が玄関に行く。

倫也は後ろを追いかける。とはいえ困った。

 

「で、具体的な内容とかあるのかよ」

「ぜんぜん」

「・・・これのあと2話は?」

「ぜんぜん」

「・・・冬休みって何日あるの?」

「さぁ・・・2週間ぐらいじゃないの?」

「行き当たりばったりだな」

「臨機応変って言って欲しいわね」

「フォーク准将かよっ」

「じゃあね」

 

玄関のドアがばたりと閉まる。

 

「・・・どうしてこうなった・・・」

 

前回までは多少強引ではあったが順調だったはずだ。英梨々ルートは紡がれていた。

正月を初詣で過ごし、バレンタインでチョコのやり取りをして、3月は英梨々の誕生日がある。

完璧な構成じゃないか。何が不満なんだ・・・

 

倫也は玄関で立ち尽くす。

 

『だから、英梨々にメインヒロインは無理なんじゃないかなぁ・・・?』

 

後ろから澄んだ少し高い声が聴こえた。

倫也は振り返らない。ここには誰もいないはずだ。

 

ケータイを手にとり、霞ヶ丘詩羽に電話をかける。

 

「もしもし・・・詩羽先輩」

「あら、倫理君。あいかわらずの流れね」

「どうして・・・どうしてこうなったんですか?」

「さぁ・・・?ゴールが見えてきて緊張しているんじゃないの?」

「でも、次回作の話なんて突然されて・・・」

「いつもならボツよね。だから、あまり劇中劇はしないように、さわむ・・・英梨々には伝えたのだけど」

「俺・・・どうしたら?」

「私からは何も言えないわよ。ただね・・・英梨々が冬休みの物語を望むなら・・・それを叶える以外に方法はないんじゃないかしら」

「作者が年末年始忙しいですよ?」

「そんなの作中人物には関係ないじゃない。要はね・・・これは試されているのよ」

「試される?」

「そう。つまるところ、倫也君が『あの子』を選ぶのか、英梨々を選ぶのかを・・・それってつまり、作者が英梨々のために書けるのかどうかってことでしょ?」

「言っている意味が・・・」

「そうね・・・そうよね。『加藤恵』の物語を毎日ぶっ続けで書くようなことをしたのに、英梨々にできないなら、それってその時点でやっぱり英梨々は負けているのよ。そうでしょう?」

「・・・俺にはどうすることも・・・」

「そうともいえるし・・・そうじゃないともいえるわよ。あなたの気持ちはどうなの?安芸倫也のイデアは今なにを考えてどうしたいの?」

「それは・・・」

 

ツーッ ツーッ ツーッ

 

電話が切れた。

首筋に冷たい金属の感触がある。

倫也は振り返らない。

 

いつもこの辺でボツ原稿の山になる。

楽しいはずの英梨々ルートが頓挫する。

 

『さよなら』

 

倫也は耳元で声を聴いた。

物悲しい声だ。

けど・・・暗い物語では終わらせない。英梨々だって成長している。

 

 

※※※

 

 

「バレンタインよりも、節分とかのほうがいいかしら?」

 

英梨々は倫也の家から自宅へ帰る途中だ。勢い駄々をこねて『冬いちゃ』を提案してみたものの、難易度が高い。

学園祭イベントをやめて過去偏にすることで、『あの子』の登場を回避したものの、やはりじっとしていられる性格でもないらしく、すでに亡霊のように登場してしまった。

 

(ボツにすれば回避できるのだけど・・・時間がないのよね)

 

自由にできる話はあと2話だ。それでまとめてしまいたい。

 

英梨々は英梨々なりに考えている。

そして、ぐるぐると似たようなところを周って、結論がでる。いつも一緒の答えだ。

 

「つまるところ・・・もうあたしが倫也に抱かれてしまえばいいのよね」

 

R18を書ける作者の元に産まれたのかどうかはわからない。原作者はそれのプロのようだが。

それなら1話ですむ。『冬いちゃ』のように多大な時間をかけなくても済みそうだ。

 

次回、倫也にそれを選んでもらおうと決めて、英梨々はこれをボツにせずに投稿をする。

ふふふっと一人で笑いながら。

本質的な問題を棚上げにして。

 

(了)




普通にラブコメを書けとお叱りを受けた。

いや、大丈夫。ちゃんと英梨々が着地するから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恋人未満サブヒロイン以上

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか
これ、誤投稿してしまいました。一瞬で消しましたが・・・

さて、ラス前。
相変わらずの英梨々としびれを切らした倫也の話。

この話の最後の倫也のセリフは、なんていうか魂を感じました。


「はい。チョコ」

「ども」

「今年もあたしからしかチョコもらえないんでしょ?」

「英梨々、『も』っていうけど、去年までお前からチョコなんてもらってねぇーぞ?」

「去年まで毎年、机にチロルチョコ入っていたでしょ?」

「んっ・・・まぁな」

「誰からだと思ってたのよ」

「悪戯だと思ってたんだが?」

「はぁ・・・そういうネガティブ思考がオタクの根幹にあるのよね。学校一の美少女からチョコをもらっているとか思わないわけ?」

「思わないよね。普通」

「まっ、なんにせよ感謝しなさいよ。1つでももらえたらバレタインを呪うような非モテ男子にならずにすむんだから」

「ふっふっふっ」

「何気持ち悪い笑いしているのよ」

「今年もはいっていたんだよ」

「何が?」

「チロルチョコ」

「はい?なんで。誰から?」

「えっ?学校一の美少女からじゃないの?」

「・・・」

「・・・」

 

暖房の効いた倫也の部屋にコタツ。籠の中にみかん。

2人はこたつに入ってヌクヌクとしている。

TVには録画してあった、「白い砂のアクアトープ」が流れている。

 

英梨々は少し考える。・・・ここは、これ以上掘り下げない。

「スルーでいいわよね?」

「ああ、かまわん」

何かと気をつかう。誰にとはあえていわない。

 

英梨々が抹茶を飲む。

「それでね倫也。前回、話をしたけれど『冬いちゃ』がダメなら『R18小説』はどうかしら?」

「おまえ、頭大丈夫か?」

「あたしはいたって冷静なつもりなんだけど・・・」顔は赤い。

「それ、無事に話が進むと思う?ホラー映画の中にある男女のシーンぐらい死亡フラグたってない?」

「・・・そうよね。でもね、倫也はどうなのよ?そんな『誰かさん』の邪魔は別問題じゃないかしら?倫也があたしとR18小説を作る気があるかどうかが大事だと思うけど」

「・・・ふむ」

 

話が直接的すぎて実感はわかないが・・・英梨々の言い分も一理ある。とは言え、そこにいたるプロセスが大事なのであって結論が大事なわけではない。

イベント導入を簡略化するのはともかく、内容すべてを放り投げてのR18では意味不明だ。

 

「どんなのを考えているんだ?」

「えっとね・・・ほら、那須の別荘に駆け付けてきた時、あの後看病してもらって元気になって・・・少し2人で過ごしたでしょ」

「英梨々」

「何かしら?」

「そんな弱った女の子を襲うような行為は主人公といえないだろ?」

「合意だったらいいんじゃないかしら」

「そういう問題じゃないだろ?」

「そういう問題でしょ?」

「いいか、女の子と2人で夜を過ごす機会は幾度となくあったが、一切手を出さないのが俺だ」

「倫理君って言われる理由よね」

「うん。そもそも健全な高校生ラブコメだからな」

「お堅いのよね・・・倫也は」

「当然の感覚だと思うけど」

「臆病なだけでしょ?」

「・・・」

 

そこは否定できないな。

 

「じゃあ、話を変えましょ」

「・・・ふむ」

倫也が透明カップにはいったホットはちみつレモンを飲む。

 

「あの別荘イベントってさ・・・なんだったのかしらね」

「あれは・・・英梨々ルートフラグを立てたのだろうな」

「じゃあ、なんで負けるのよ」

「そこだよ。英梨々。原作者だって考えられなかったんだよ。何しろあれは英梨々ルートだからな、次の話がバレンタインまで飛ぶわけだろ。そこで重ねるように視聴覚室での恵ルートだ」

「あたし・・・何してたのかしら?」

「・・・いや、お前に問題はないよ。問題なのは昨今のラブコメ事情と行き当たりばったりのシナリオ構成なんだろう。ヒロインレースだからしょうがないのだろうけど」

「どういうこと?」

「いいか、もう再三繰り返していることだがな・・・」

 

英梨々ルート。考えすぎて頭が痛い。

 

「突然、絵を描けなくなるという設定。さらに高校生同人作家がメジャーゲームのメインイラストレーターに抜擢される無茶ぶり、絵が上手くなるために倫也をまた裏切って移籍を決意する英梨々・・・これだけの無理筋を押し通して退場させているからな」

「・・・」

「これこそが、結論ありきの物語のサブヒロインの悲劇性だよ」

「うん」

「そして、英梨々ファンの亡霊を産んだ理由であり、納得されない理由でもある」

「じゃあ、あたしは悪くない?」

「もちろん。悪くはない・・・ただな」

「何?」

「いいのか言って?」

「だって、そこが大事なのよね?」

「ああっ、そうだな」

 

倫也がはちみつレモンを飲む。甘い。

 

「・・・安芸倫也は加藤恵に一目惚れをして・・・彼女が好きなんだよ」

「・・・っ!」

 

ガタン。英梨々が立ち上がる。

それから、わなわなっと震えている。わかってはいる。

 

「落ち着けよ。英梨々。大丈夫だから」

「・・・ちょっと、トイレ」

 

英梨々が部屋から出ていく。

 

倫也は頭をポリポリとかく。そして深々とため息をつく。

相思相愛なのは原作の話だ。この同人はまた別。

倫也と英梨々は相思相愛であり、そこには問題がない。

問題は孤立する加藤恵だ。加藤恵をフェードアウトして英梨々と結ばれる物語は違う。

倫也が目指すのは英梨々も恵を幸せにする物語だ。

ずっとぐるぐるしている。

しばらく考え事をして、英梨々の戻ってくるのが遅いことに気が付く。

 

急いで下に降りて玄関に向かうが、英梨々の靴はなかった。

言葉が直接的すぎた。その後の展開を説明する前に英梨々が傷ついてしまった。当たり前だが・・・R18のような直接的な話もでたのでついつい分析的になってしまった。

 

倫也は靴を履き玄関を開ける。

走って追いかければ追いつくだろう。

 

・・・そして、世界がない。いつものことだ。ボツ原稿になる展開。

 

誰もいないはずの後ろから、少しトーンの高い澄んだ声が聴こえる。

「ほら、また投げた。だいたい読者が一桁まで落ちる英梨々に英梨々ルート作成は無理なんじゃないかな」

「あーあー!聞こえない聞こえない」倫也は耳をふさいで、玄関から何もない外へと走り出した。

 

※※※

 

「どこよここ?」

「どこでない場所で、どこでもない時間。英梨々。君と話がしたい」

「こんなのってずるくない?」

「英梨々、よく聞けよ。いいか、原作は原作だ。俺らは俺らだよ」

「でも、あんたがさっき言ったように加藤恵のことが好きなんでしょう?」

「ああそうだな。恵のことも、詩羽先輩のことも、出海ちゃんや美智留のことだって好きだ」

「なによそれ。ここにきてハーレム主人公っぽいことなんていわないでよ」

「でも俺は・・・俺はさ・・・英梨々が好きなんだよ」

「・・・何よそれ。5人みんな好きっていいたいわけ?」

「違う。英梨々が一番好きだし、英梨々を選びたい」

「・・・そんなこと、突然今いわないでよ?そういうのはしかるべき場所でしかるべきタイミングでいうべきでしょう?」

「英梨々は乙女だな・・・」

「なっなによ・・・」

「俺は、どんな場所でも、どんな時でも、お前が好きだよ」

「・・・からかわないで」

「だから、ここでいい。このどこでもない場所で俺はお前を選ぶよ。お前が強くなれるなら・・・恵を振ってでもお前をちゃんと選ぶよ」

「やめてよ・・・恵は泣かせないで」

「なぁ英梨々、俺らは高校一年生を演じてきた。そこに問題はなかっただろう?なぜ劇中劇にした?普通に過ごせばよかったんじゃないか?」

「そんなの・・・知らないわよ。それにあたしは嫌だったの」

「何が?」

「この原作にない架空の時間がよ。恵のいない冴えカノなんて・・・」

「そっか。じゃあ、もうひと踏ん張りするしかないな」

「逃げたい」

「そうもいかないだろ?いつまでも逃げてはいられないし・・・いつか物語は終わるんだよ」

「だいたい、あんたはあたしでいいの?」

「お前がいいんだよ。いい加減わかれよ」

「じゃあ、なんで夏休みにあたしと過ごさないで恵と過ごしたのよ」

「お前は何もわかってねぇーな」

「なによそれ」

「あの物語は恵の物語じゃねーよ」

「はぁ?何言ってんのよ?誰がどーみても恵の物語でしょ?」

「いや、あれは英梨々の物語だよ」

「意味わかんないっ!」

「意味わかんないやつは、ここまでたどり着けてねぇんだよ!」

「何キレ気味になってんのよ」

「だから、お前は自覚をもてよ」

「なんの?」

 

「メインヒロインのだよ!」

 

 

(了)




次でラストになります。

余談ですが、PCが不調なんで修理センターにもっていったんです。
電源が立ち上がらないので原因を特定しようとしたら、電源がはいりやがる・・・
まったく問題なし。

モニターに映る壁紙は素数をアレンジしたものなのでオシャレだ。

問題は、デスクトップのフォルダやワードのタイトルが「英梨々」であふれていたことだ。

相手はスルーする。俺もスルーする。それが大人ってもんだ。

調子が悪くなった段階で、英梨々の壁紙を替えて置いてよかった・・・

危うく、あとがきで『英梨々の笑顔が画面いっぱいに映った。』とかいうリアルオチになるところだったよ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英梨々の誕生日の過ごし方

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

ラストになります。
ちゃんと英梨々は着地できているでしょうか?

ほんとがんばってくれたよ・・・


誕生日ソングを歌う携帯の合成音で英梨々の目が覚めた。

 

何か夢を見ていたような気がする。ぼんやりとした頭で考えるがもう思い出せない。甘い夢だった気もするし、悪夢だった気もする。けれど、夢の内容は関係ない。もう少し踏み込むなら夢も現実も関係ないことを英梨々は知っている。すべては幻想の中に漂う想いに過ぎない。

 

英梨々はフリルのついたピンクのネグリジェにカーディガンを一枚羽織ってベッドから起き上がった。

小さなアクビを1つする。

 

午前4時 人が何かするには早すぎるし、起きているには遅すぎる。外はまだ暗くてとても静かだ。

キッチンでお湯を沸かし、ペットボトルのはちみつレモンを湯煎にかけて置く。その間に顔を洗い、歯を磨いた。髪は結わず、薄化粧もコンタクトもしない。

 

英梨々はロングコートを着て、ポケットにペットボトルをいれる。簡易カイロの代わりぐらいにはなる。

それから玄関から外にでて、門の前で佇む。

空を見上げる。まだ暗いが東京の街の光で薄っすらとした雲がたなびいているのが見える。吐く息がまだ白い。

 

3月20日。16歳になった。同級生の誰よりも遅く誕生日を迎え、また少し大人になった。

 

「高校2年生か・・・いやよね・・・」

自分の望む、望まないに関わらずヒロインレースがスタートする。

 

この高1の一年間を通して倫也との関係は改善され、過去の問題も一応の結論を得た。

恋人にはなれていないが、それはけじめの問題であって、関係性は恋人に近いことを自覚している。

そのけじめが大事なのも分っているが・・・

 

自転車がだんだんと近づいてきて、英梨々の前で止まった。

 

「はやいな」

「まぁね。役だししょうがないでしょ」

「そうだな。おめでとう。英梨々」

「あっ、そっか。うん。ありがとう」おめでとうを言ってもらえた。一年間頑張って良かった。

「俺、まだ仕事だから」倫也は新聞配達を始めてから、もう一年がたつ。

「じゃ、また・・・あとでね」英梨々が手で新聞を受け取る。

「英梨々、これ・・・」

倫也が小さなプレゼントボックスを渡す。今年は郵便受けに入れずに手で受け取ることができた。

 

英梨々は返事もせずに、照れて顔をふせたまま、コクンッと小さくうなずいた。

 

倫也が自転車に乗って離れていく。

英梨々は受け取ったプレゼントボックスを持って、急いで家へと戻った。

コートを脱いだ時に、ペットボトルを渡し忘れたことに気が付いた。

「あっ・・・」

ポンコツヒロイン。一生懸命なんだけど何かぬけている。

 

でも、今日は大丈夫。

きっと、素敵な一日が待っている。

 

 

※※※

 

 

2人が並んで電車に揺られている。

「はい」英梨々が飴ちゃんを1つ渡す。

倫也は受け取って、口にハッカを1つ放り込む。それから英梨々は包み紙を回収してバックしまう。

 

英梨々は黄色を基調とした服と黒いサロペットを着ている。

ずいぶんと迷ったが画材用具は持ってきていない。バックには必要最低限のものしか入れてこなかった。

「まだ眠い?」英梨々が倫也にきくと、「いや、大丈夫」と静かに答えた。

新聞配達を終えたあと仮眠をして、ブランチを取っている。

 

午後2時。少し遅めのデートがスタートした。

 

「で、どこに行くんだ?」

「迷ったんだけど・・・」

英梨々はクシャクシャになったメモ用紙を倫也に渡した。

「・・・ふむ。続きか」

「別の物語なんだけど。未練っていえば、未練なのよね」

 

英梨々の物語は一度完結している。

 

「いんじゃないか?お前がやりたいなら」

「そういう言い方しないでよ。だいたい、あたしの誕生日なんだから、あんたがエスコートすべきなんじゃないの?」

「・・・ふむ。じゃ、アキバ行くか?」

「捨てがたいけど、あえていうわよ?はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんで誕生日デートにオタクの街にいかなきゃならないのよ?」

「そりゃあ、2人ともオタクだからだろ?」

「・・・あたしは違うから・・・」

認めるといじめにあう。

「どっちでもいいけどな。その内いけたらいいな」

「そうね」

 

電車が揺れている。目的地は横浜。

あの時はぎこちなかった。今はどうだろう?

前よりもうまくやれるかしら?ううん違う。もっと自然にできるかしら?

 

英梨々が倫也を見ると、倫也も英梨々を見ている。

英梨々はニヤニヤと笑うと、八重歯が少しこぼれて見えた。

 

「なんか・・・娘みたいだな」

「はぁ!?何よ、それ」

「いや・・・よくわかんねぇーけど」

「なんで、あたしがあんたの娘にならないといけないのよ?それって何、小娘って意味?」

「そうじゃなくて、手がかかるというか、ほっとけないというか、成長を見守るというか・・・」

「倫也も苦労したのね・・・なんか白髪が見つかりそう」英梨々がクスクスと笑う。

一応まだ16歳。原作では二次元大好きな男の子。

こっちではループしすぎて精神だけ成長している。

 

 

※※※

 

 

「五目そばにしようかしら・・・倫也は?」

「海鮮カタ焼きそばか、チャーハンか・・・」

「もう少し冒険した方がいいわよ?酸辣湯麺とか」

「いやぁ・・・刀削麺とかも苦手だよ」

「そ。じゃあ無難にしましょ。すみませーん」

 

ここは中華街の路地にある小さなお店。未だにコークスで調理している小汚いが有名な店だ。

 

「えっとぉ。牛バラそばと豚バラそば。あと食後に杏仁豆腐」

「アイ。牛バラ、豚バラ、ドッチモソバネ」

「お願いしまーす」

従業員も中国人が多い。

 

「英梨々・・・人の話きいてた?」

「何が?」

「注文」

「聞いてたわよ。だってここ、牛バラと豚バラがメインで他はそれほどではないのよ」

「・・・へぇ・・・」だったら、最初の前ふりはなんだったんだ?

「おいしいから。心配いらないわよ」

 

並ぶし、けっこう待たされる。

「みんな同じの頼んでるな」

「そうね。あとエビの揚げたのもおいしいわよ」

やがて料理が運ばれてくる

 

「倫也どっちがいい?」

「よくわかんねーんだけど」

「ちょっとスープ飲んでみなさいよ。上の肉は交換すればいいわ」

「そだな」

レンゲを使いスープを飲む。豚バラは甘辛く煮てある。牛バラは八角がきいている。

「ああ、俺、この牛バラはダメだ。上手いけど・・・刀削麺とか同じだよな」

「スターアニスが苦手な人っているわよね。なれるとおいしいのだけど」

「スター・・・?」

「八角よ。この牛バラの香辛料」

「じゃ、俺、豚バラね」

それから小さな小鉢に2人で分けて食べる。

 

「やっぱり、中華は大勢で来たいわね」

「円卓回して?」

「うん。いろんなメニュー頼めるし、食べ放題なんかでも楽しいじゃない」

「食べ放題か。いいな」美智留と出海ちゃんは喜びそうだ。

「けっこうあちこちでやってるわよ」

英梨々が中華ソバをずるずると食べる。

 

「なんていうか・・・英梨々」

「なにかしら?」

「ミスマッチだよな。金髪碧眼と中華そば」

「そう?あ~倫也。夏いちゃでもそんな話していたけど・・・そういうステレオタイプはやめたほうがいいわよ?」

「なんか、それも聞いたような気がする・・・」

倫也は肉をつまんで口にいれる。すぐに溶ける。

「・・・なんだこれ?うますぎね?」

「でしょ!」

 

英梨々が満足そうに笑っている。

 

 

※※※

 

 

外にでると日が暮れ始めていた。

「ふぅ、ごちそうさん」倫也が満足していた。

「少し足らなかったかしら?」

「いや、これくらいでいいよ。また何か食べるかもしれないし」

「クレープ?」

「今は無理だからな?」

「うん。いつもゴマ団子で迷うのよね」

「露店でも売ってるし、買ったら?」

「そうなんだけど、お腹いっぱいなのよ」

「目が欲しいってやつだな」

「そうね」

下らないことをしゃべりながら中華街を歩いていく。途中でしつこい甘栗売りがいたが無視をする。試食をもらわないことが大事だ。ときどき本気でしつこいのがいる。

 

中華雑貨の店、調理器具の店、食品店がある。

さらに綺麗な字を書く店、占いなどの店もある。

適当にぐるぐるしているだけでも楽しい。豚足や豚耳などを扱っているお店などを見ると、異国にいる気分になる。北京ダックをぐるぐると焼いている店をしばし眺める。

最後に関帝廟も参拝すると気分がでる。

 

「倫也。三国志のうんちくは?」

「廖化がとっても長生き。100歳は大げさだけど70歳半ばぐらいまで生きてた」

「誰?」

「そこに祭られている関羽の雑務をしていた人物だな」

「隣にいる人?」

「あれは、息子と架空の人物」

「架空?」

「そそ。まぁ三国志も人気のジャンルで奥が深いから・・・このへんで」

「そうね」

「そうだ、武器屋があるぞ?」

「アキバにあるみたいな?」

「そそ」

 

地下鉄の出口から中華街の入り口あたりに武器屋がある。

ここでは、武器の取り扱いについて教えてくれる。使用方法でなく・・・危険物だけど美術品として許可がでているとのこと。もちろん刃はついていない。

試しに家で研いでみたら、ボロボロになり刃がつかなかった。そういう金属らしい。

 

「ん~っと、次いきましょ」

英梨々が店を出る。横浜観光案内みたいになっているが、どうも楽しさが伝わりそうもない。

「倫也、山下公園ってどっち?」

「あっち」

スマホで検索しなくても道がわかるようになった。

 

「ああ、この道ね・・・」英梨々も思い出す。

「ガンダムは撤去するんだってな」

「もったいない」

「維持するのも大変なんだろうな」

「解体するのかしら?お台場みたいにどこかにかざらないのかしらね」

「まぁ・・・ガンダムはガンダムで・・・奥が深いから・・・」

「・・・そうね」

そそ、余計なこというとからまれる。

 

てくてく歩いて、山下公園。

 

「で、ここで船に乗るのよね?あれかしら?」

「あれは、ここにずっと停泊していて観光できる船。俺らが乗るのはあっち」

倫也が売り場でチケットを買う。

「よし、お前にプレゼントしてやろう」

「ありがと」

「素直だな」

「他にどんな反応を期待しているのよ」

「ツンデレっぽく」

「どんな?」

「さぁ・・・」

「べ・・べつに倫也がどーしても船に乗りたいっていうなら・・・」

「あっ、もう乗車時間ギリギリだった、急ごう」

「って、人がやってるのにぃ!」

倫也が英梨々の手を取って、小型クルーズ船に乗り込む。

 

そのまま甲板の上にでる。空いていて座ってもいいし、立って海を眺めてもいい。

「・・・あの・・・倫也?」

「ん?」

英梨々が手を握られたままだ。

「手」

「おう・・・」倫也が手を離す。ちょっと顔が赤くなる。

 

英梨々が横目でチラッと見る。

「今の・・・自然な感じだったかしらね?」

「おまえが、そのセリフを言わなかったらなっ!」

「・・・そっか」

 

海風で英梨々のツインテールが揺れている。夕日に染まりはじめ色はオレンジがかっている。

「あら、けっこうなんていうか、綺麗ね」

船が動き出すと気持ちいい風が顔にあたる。

湾内が一望でき、赤レンガ倉庫やその先の観覧車の電飾が点灯しているのが見える。

 

「いい感じだな!」

倫也もけっこう満足する。なるほど未練か・・・

「英梨々って、こういう夕日みて感動する?」

「感動?」

「雄大な景色で心うたれる・・・みたいな」

「ないわね・・・絵の題材って感じね。夕日を受けたビルとか、波の光とか・・・」

「若いからかな」

「どういうこと?」

「今年さ・・・親族の人が1人亡くなってさ」

「あら・・・ご愁傷様」

「うん。でな。何年か前なんだけど上京してきた時にさ、『海がみたい』っていうんだよ。東京湾みせてもなぁって感じだけど、手ごろなんで横浜を案内したんだ。というか、この周遊コースがまんまそうだったんだけどな」

「そう」

「その人、まだ小さな孫を連れて来てたんだけど、けっこうがんばって歩いてさ、まだまだ元気だったんだよ。でな。この船に乗って、夕日からだんだんと暗くなる景色みてさ・・・少し泣いてたな」

「感動して?」

「そうなんだろうな。内陸の人だから、海なんか普段はみることないし、リクエストするぐらいだしな」

「良かったじゃない」

「そうだな。めっちゃお礼を言われたよ」

 

英梨々は海風でたなびくツインテールを手で抑えている。

英梨々にはまだわからない。けれど、こうやって倫也と過ごす時間が、エピソードの1つ1つが、自分を形作っていくのはわかる。とても大事なことだと思う。

 

もしかして年を重ねて、いつか孫がいるような年齢になった時に、今日のような海で燃えるような真っ赤な夕日をみたら感動するのかもしれない。

日常に忙殺されて、倫也とこうやって過ごしたデートのことなんかすっかり忘れていて、夕日をみてもうまく思い出せなくて・・・

それでも今日のような気分の高揚を覚えていて、それが奥底から湧き上がって感情を揺さぶるのかもしれない。

 

覚えておこう。覚えておくんだ。

 

英梨々は欄干につかまりながら、船が作る波を眺めていた。

もうすぐ目的地だ。

 

「この物語も終わるのね」

「そうだな。物語は終わる。今回はちゃんと終わるといいけどな」

「そうね」

「笑ってごまかすなよ」

「う~ん。それはちょっとわからないわよ?何も考えてないし・・・それに、本来は観覧車でキスをして終わるのよね?」

「ふむ」

「付き合ってもないのに?」

「ふむ。キスはしなくてもいいんじゃないか?」

「観覧車にのって、ぐるっと周って終わるの?」

「そういうもんだろ・・・」

「ふーん」

 

英梨々と作る英梨々ルート。

彼女の選ぶ結末に、やっぱり不安を覚える。

 

 

※ ※ ※

 

 

英梨々がベンチに座って観覧車を見上げている。でかい。そして、意外と早く回っている。

あたりに人は少なくて閑散としていた。日が沈み暗くなっている。

チケットを買いにいった倫也が戻ってくる。

 

「いこうか」倫也が優しく声をかける。

「ちょっとまってくれるかしら?できれば隣に座ってくれる?」

倫也が英梨々の左側に座った。

 

「なんだか緊張する・・・」

英梨々の声が少し震えている。

「やっとたどり着いたな」倫也がふぅーとため息つく。けっこう歩いた。

横浜を周遊したから疲れたのではない、一年近く七転八倒してここに到っている。

なんどバッドエンドを迎えたか数える気もしない。

 

「何か見落としあるかしら?この話の構成でいいのよね?王道よね?」

「別におかしなことはないけど・・・」

「なによ?言いたいことは言ってよね」

「物語っていうのはさ、こう・・・いろんなことがあるわけど、最初と最後ぐらいは決めておくと綺麗にまとまるんだよ」

「それで?」

「第一話、第二話で立てた伏線が回収されてねぇーなぁって」

「伏線?」

「カピバラ」

「あっ、カピバラ鑑賞会?」

「そう、それ。最後にそれをもってくるのかと思ってたよ」

「2人でカピバラを眺めるの?」

「うん。ほのぼのしてるし、英梨々っぽいんじゃん?」

「いわれてみればそうね・・・動物園デートよね?」

「そそ。上野なら美術館もあるし」

「なら、最初にそういってくれればいいじゃない?」

「いや、別に文句を言ってるわけじゃねーよ。なんかそういうのって、気になるだろ?」

「・・・そうね」

「まっ、いいんだけどな」

 

少し沈黙が流れる。

近くだと観覧車の軋む音が聴こえる。ちょっと不気味だ。

 

「本当に、あたしでいいのよね?観覧車乗るの」

「英梨々がいいんだ」

「・・・そう」

 

英梨々が左手で倫也の右手をぎゅっと握る。右手はペンダコがあって手をつなぎたくない。

細い華奢な指が倫也に絡まる。

 

「倫也・・・解説もかねて小話をお願い・・・」

「俺もいっぱいいっぱいで・・・」

「そう」

 

 

※ ※ ※

 

 

たいした話ではない。

とある男の話だ。ある時、男は女にデートに誘われた。

公園に観覧車があったらから、男は女に「観覧車に乗る?」と声をかけた。

女は答える。

 

「どっちでもいい」

 

その女とはそれっきり。それ以上発展のしようもない。

 

月日がたった。

男は別な女性と初デートをすることになった。

男は女に聞いた。「どこか行ってみたいところある?」

女は答えた。

 

「観覧車に乗ってみたい」

 

この女性が男の妻になる。

 

 

※ ※ ※

 

 

「小話終わった?」

「そうみたいだな」

 

英梨々が大きく息を吸ってから立ち上がった。覚悟が決まる。

 

「いくのか?」

「いきましょう、倫也」

 

ラスボスのいるダンジョンにいくわけでもないに、2人は緊張している。

観覧車に乗った相手と結婚するのは、世間一般的な話ではない。

ただ、そういう価値観の人から生まれたイデアだから、その重要さを意識しているにすぎない。

 

倫也がスタッフにチケットを2枚渡した。

右手からきた観覧車の扉をスタッフがあける。まず倫也が乗り込み、次に英梨々が乗り込んだ。

向かい合わせに座る。英梨々が進行方向に座っている。

 

「ふぅ・・・乗ってしまったわね」英梨々の緊張がほぐれる。あとは上手くやるだけだ。

倫也は黙って外の景色に目線を落としている。素直に喜べない自分がまだいる。

英梨々がそんな倫也の様子に気が付いたが、ここは気が付かないふりする。

 

自分の物語だ。明るく終わらせたい。邪魔の入るボツ原稿はもういらない。

キスもしない。それでもちゃんと終わらせる。

 

「倫也」

英梨々が呼び掛けると、倫也はガラスに映った自分に気が付いた。浮かない顔をしている。こんな失礼なことをしてはいけない。少し笑顔を作る。

「英梨々」と名前を呼ぶ。

英梨々は肩をすこしすくめた。

 

「今日、回収していない伏線があるわよね」

「そうだっけ?」

「・・・プレゼントよプレゼント。開けてないじゃない」

「いや、俺にはわかんねぇよ・・・まだ開けてないの?」

「うん」

「英梨々、今思うとあんなに早朝に渡さなくてもよかったよな。今、渡した方がよかったかもしれない」

「なんだかそれだとプロポーズみたいじゃない」

英梨々の声が少し上ずった。顔が赤い。

「・・・それだと、告白も兼ねないといけないのか・・・難しいな」

「そんなに分析しないでよ。別に朝でいいの。朝に受け取りたかったのよ。それだけ」

「まぁ、俺はバイトのついでなんでいいんだけどな。で、プレゼントがどうしたんだ?」

「今年もガラス細工よね?」

「うん。開けてみろよ」

 

観覧車はゆっくり回っているようでぐんぐんと上がっていて、だんだん地面から離れていくのがわかる。

 

「うん」

英梨々がバックから小さなプレゼントボックスを取り出す。

「・・・あれ?」

英梨々がじっとプレゼントBOXを眺める。

「どうした・・・?英梨々」

「えっと・・・」

倫也が英梨々のもっている箱を見る。今日贈ったのと違う気がする。

 

「倫也ぁ・・・間違えたかもぉ」

「ここにきて間違えたのかよ?」

「これ、去年のよ・・・」

「箱とってあったんだな」

「・・・わるい?」箱もプレゼントの内だ。全部の箱とリボンをとっておいてある。

「いや、悪くねぇよ。で、どうすんだ?」

「そりゃあ、笑ってごまかすわよ」

 

英梨々が作り笑いをする。八重歯が見える。

作り笑いでもカワイイ。これでもいいかもしれない。

ポンコツカワイイ。

 

「いいや、ダメだ。ちゃんとやれ」

倫也が笑ってごまかすことを許さない。

 

「って、冗談よ倫也。さすがに箱にしまってリボンまでしたのに気が付かないわけないでしょ」

「ん?どういうことだ?」

 

英梨々がプレゼントのリボンをほどき、箱をそっと開けた。

中には去年もらった、温泉に浸かっているカピバラのガラス細工がはいっていた。

 

「それ、去年のだろ」

「これ、なんだかわかる?」

「カピバラだろ・・・」

 

英梨々が満足そうに笑っている。観覧車がだいぶ上まできて海がみえる。

 

「これがあたしのしたかったことなのよ」

「ん・・・」

 

「倫也と観覧車に乗って・・・2人きりのカピバラ鑑賞会」

 

ボォーとした表情のカピバラが輝いている。倫也はそれを見て英梨々の言わんとすることがわかった。

 

「・・・これでいいかしらね?この物語のオチは」

「いいんじゃね?」

倫也は意表を突かれて驚いていた。英梨々は成長している。

 

英梨々が役目を終えて、ほっとして、息をふぅーと吐く。

自分なりに重責を感じていた。あとはこの時間を自分なりに楽しむだけだ。

 

 

「おしまい。倫也、目をつぶって?」

「えっ?なんで?」

「はぁ、そんなの言わなくってもわかるでしょ!あんたバカなの?」

 

これ以上、読者にのぞかれないように、誰にも邪魔をされないように、キスをして終わらないように、英梨々は物語をここで終わらせた。

 

あとは2人の時間。

 

 

(おしまい)




一年間お付き合いいただきありがとうございました。
恵が登場するとややこしくなるので、その前に決着をつけるという作戦はいかがでしたでしょうか?

では、最後に英梨々に一言もらいましょう。

「はぁ、何言ってのー?冬いちゃ作るって言ったでしょ!」
「ちょっ、まて英梨々。勝ち逃げしておけ」
「今なら・・・今なら恵に勝てる気がするわ」
倫也が胃薬を飲む。

いやいやいや・・・
終わりましょ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。