羅刹の希求 (蒼林檎)
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第一章『始まりの木ノ葉』
第一話『鬼と木ノ葉』


 見上げれば満天の星空、美しい三日月が視界を彩る見事な夜。 そんな夜に似合わない、咽せ返るほど濃い血臭が立ち込める戦場に少女は立っていた。 

 

 不自然だが見事に断裂された肉塊が転がる戦場の中心で、中心部分がヘコんだ奇妙な形の石がついた首飾りを手が白くなるくらい、願うように強く握りながら、少女は絶叫のような嗚咽を上げ、頭を抱え、憎らしいほど美しい夜空と同じ見事な藍色の髪を、空いている方の手で血が出るくらいまで掻き毟る。

 

 

「………なにこれ…?……子ども??」

 

 

 人の声に少女は振り返る。

涙に濡れた少女の紫紺の瞳は動物の仮面をつけた銀髪の男を映した。 突如全身に激痛が走り、口から何かが飛び出して目の前が真っ暗になった。

 

 

「……ぁ、」

 

 

 いつのまにか失っていた意識を取り戻した時、見慣れた薄汚い天井ではなく、立派で大きな建物に匿われていた。

 

 

「あ、起きたね。はじめまして。オレは、はたけカカシ。…君の名前、教えてもらってもいい?」

 

 

 傍に置いてある椅子に腰をかけ、書物を片手に持った銀髪で片目を隠した男…はたけカカシがいた。 カカシは開いていた書物を閉じ、幼い少女が滲ませている拙い警戒心を解くため、目線を合わせる様にしゃがんだ。

 少女はその気遣いを素直に受け取り、目を泳がせながらも口を開いた。

 

 

「…わたし…、」

 

 

 すると、唐突に少女の紫紺の双眸から大粒の涙が流れ出す。 後に確認する様に、確かめるように。ラセツ、ラセツ、と何度も何度も唱えてからカカシに目線を合わせた。

 

 

「……ラセツ」

 

「ラセツ、ね。年は??」

 

「4つ…」

 

「そっか。ちゃんと答えられて偉いね。」

 

 

 カカシはラセツの藍色の髪を不器用だが優しく撫で、ラセツが今、どの様な状況に置かれているか説明しはじめた。

 まず、ここは木ノ葉隠れという忍びの里だということ。 身寄りがなく、幼いラセツは木ノ葉にて所属を許されたこと。 ラセツがこれから暮らす家が整うまではカカシの家で世話になるということ。

 4歳の子供にとっては長く難しく退屈な話だっただろう。しかし、ラセツはカカシの話を黙ってじっと聞いていた。

 

 

「…ま、このくらいかな。質問とかある?」

 

「余所者のラセツが、忍びの隠れ里…特に木ノ葉に住んでも大丈夫なの??」

 

 

 ラセツの質問にカカシは僅かに驚きを零した。 

 忍びの隠れ里は出入りがかなり厳重に管理されており、余所者が住むとなると、かなり複雑な手続きが必要となる。 特に木ノ葉のような大国は特に厳重に管理されている事は有名な話だった。しかし、ラセツのように小さな子供がする質問ではない。

 

 だが、ラセツは外部の人間であり、ラセツの暮らしていた場所にあった建物は簡易的なものであり、里に所属せず、放浪する一族だということは明白だった。 なので隠れ里の出入りなどを教え込まれていたのかもしれないとカカシは考えた。

 

 

「…大丈夫だよ。君に害が無いのは『視た』から証明されてる」

 

「……『視た』??」

 

「そう。ここは忍の里だよ。情報を抜き取るのも奪い取るのも覗くのも得意分野だ」

 

 

 カカシの言葉を聞いて理解したラセツはギョッと狼狽し、自分の頭を両手で抱えた。 その年相応な酷く拙い動作と反応にカカシは思わず笑みが溢れる。

 

 

「それに、君の一族は少し特殊だからね。木ノ葉で保護する事になった」

 

 

 不安げに紫紺の瞳を揺らすラセツを安心させるように頭を撫でた後、カカシはラセツに手を差し出した。

 

 

「……さ、立てる?」

 

「うん、大丈夫」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 ラセツは恐る恐る差し出される手を取り、寝台から地面に足を下ろして、カカシにゆっくりと引かれる方向に逆らわず足を動かした。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 見上げれば満天の星空、美しい三日月が視界を彩る見事な夜。 そんな見事な夜に似合わない、『ビンゴブック記載の男の抹殺』という暗部の血生臭い任務にカカシは溜息を洩らしたが、里を護る為には必要な仕事だ。 カカシは再度大きな溜息をつき、文句を噛み殺して任務に集中した。

 

 突如、咽せ返る様な血の匂いが鼻を掠め、身を隠しながら血の匂いが濃くなる場所を目指した。

 木の影から戦場となっている場所を確認すると、不自然だが見事に断裂された肉塊の中心で泣き叫ぶ小さく幼い少女に息を呑む。

 

 

「……なにこれ…?…子ども?」

 

 

 思わずつぶやいてしまった直後、少女が振り返り、カカシをまっすぐ見る。 その時カカシは自分が木の影から出ている事に気づくが、少女の額に存在する2本の純白に輝く角に、涙と血涙が混じった液体に濡れる紫紺の瞳。

 得体の知れない化け物を前にした様な、恐怖に心臓を撫でられる心地に、カカシの身体は強張る。 しかしそれは一瞬だった。

 

 少女は突然血を吐き出し、力なく地面に倒れたからだ。

 カカシは警戒しながらも近づくが、少女は気を失っており、その額からは純白の角は消えていた。

 

 そのことにひとまず安堵し、辺りを見回すと、元々人であっただろう肉塊が少女の周りに転がっており、その肉塊の正体にカカシは驚愕した。

 

 

「…これは、」

 

 

 転がっている男はカカシが探しているビンゴブックに載った人間の1人だった。 それもこの男は唯のビンゴブック記載者ではなく、伝説の三忍であり、木ノ葉の抜け忍である大蛇丸の手下だという情報の人間で、実力もかなりのものだった筈だ。

 

 

「………??」

 

 

 カカシはふと違和感に気づく。

 少女の近くに肢体を断裂されている男の死体と、近くに転がっている四肢の肉塊が別人のモノだったからだ。

 

 さらに視界を広げて見渡すと、少し離れた場所に、少女の周りに転がる肉塊の持ち主であろう人間が息絶えていた。

 こちらもまたビンゴブックに記載者の男で、大蛇丸の手下という情報を持つ男だった。また、先程の男と同じ様に別人の四肢の肉塊が転がっていた。恐らくこの肉塊は少女の周りに転がっていた男のものだろう。

 

 

「どういうことだ??」

 

 

 四肢と胴体の場所が入れ替わって転がっている死体に疑問が広がるが、取り敢えず此処の状況を知ろうと周囲一体を、見渡した。

 あるのは崩れた建物。しかし、組み立て式のものでかなり簡易的な物だった。

 

 

「……放浪している一族、か?」

 

 

 簡易的な建物が並んでいただろうこの空間は乱暴に破壊されており、それはおそらく大蛇丸の手下の男達が襲った跡だろう。一族は対抗しようとしたのか、戦った跡があった。 

 しかし、男達が勝ったのだろう。一族の者と思われる人間は誰もが無惨に殺されており、何人か連れ帰ろうとしたのか縛られた跡がある。 対して男達は不自然に断裂された場所以外は目立った外傷はない。

 

 だったら尚更わからなかった。一族の大人達が敵わないというのに、こんな小さな少女に殺せる訳がない。しかし、少女の周りに散らばる肉塊が少女が行った事だという事を証明していた。

 

 それに死体の本体と肉塊の場所が何故離れているのか。この少女は一体なんなのか全く想像がつかない。疑問を並べ、考え出したらキリが無い。 カカシはクシャリと銀髪を掴む。

 

 

「……ま、取り敢えず仕事するか」

 

 

 此処でいくら疑問の答えを探しても見つからない。 カカシはビンゴブックに記載されている男達を専用の袋に詰めてから少女近づき、念のため眠り薬を注射器で注入してから背負う。

 

 通常ならば身寄りのない子供であっても連れ帰る事はしないが、ビンゴブックに記載された人間の抹殺。大蛇丸が手下を放ち、狙った一族。少女の謎の能力。

 これは放って置ける案件ではないと、少女を連れて木ノ葉へ戻った。

 

 

「……ふむ、分かった。情報部へ引き渡そう」

 

 

 カカシの報告を聞き、三代目火影はカカシと共に少女を情報部へ引き渡し、少女の情報を得る為に記憶を覗く。

 

 

「何か、分かったことはあるか」

 

「名前はラセツ、歳は4。……どうやら里に所属しない一族だそうで、木ノ葉に敵意はありません。ですが…如何やらこの一族は血継限界を受け継ぐ一族の様です。」

 

「血継限界か…。成程のぅ」

 

 

 大蛇丸はあらゆる忍術に凄まじい執着を示しており、それは血継限界も例外ではない。三代目は納得したように目を伏せた。

 

 

「そしてこの少女……《鬼化》という血継限界を発現しているみたいです。」

 

「《鬼化》……まさか、鬼族か??」

 

 

 《鬼族》

 強靭な肉体に非常に高い身体能力を持ち、額に鬼の様な角が現れることから《鬼化》と呼ばれる血継限界を受け継ぐ一族だ。

 額に現れる角から周囲の自然エネルギーを取り込むことができ、ただでさえ高い身体能力と肉体強度を更に飛躍的に強化する能力を持ち、また、血継限界を発現した者は強力な固有能力を持つという戦闘に特化した一族だ。

 

 しかし、その血継限界を受け継ぎ、発現させる者は一握りであり、戦闘一族としての活躍はおろか活動もしていないという、強力な血継限界をただ受け継ぐだけの里を持たぬ放浪する一族だった。

 

 

「…いや、しかし。あの一族は既に…。」

 

 

 三代目は否定する様に頭を振った。

 10年以上前に、その強力な血継限界を恐れた何処かの隠れ里の忍が鬼族を全滅させたと聞いているからだ。

 

 

「いえ、そのまさかのようです。」

 

 

 その言葉に三代目は驚愕に目を見開くが、すぐに「そうか」と、哀しげに少女を見る。

 血継限界を持つ一族はある場所では忌み嫌われ、ある場所では戦争の道具として扱われるという不憫な扱いが目立つ。 その上、強力な力を持つが故に畏怖され、殲滅させようと狙う者も、手中におさめようと狙う者も多い。

 この少女もその被害者の1人だという事に、三代目は心が痛んだ。

 

 

「…そして、この少女の固有能力は転移系時空間忍術のようです。」

 

 

 転移系。

 そう聞いてカカシは弾かれたように顔を上げた。 男の胴部分と四肢部分が何故入れ替わっているように転がっていたのか。その疑問に納得がいったからだ。

 

 

「しかし、その詳細までは……。」

 

「良い。そこまでわかれば充分じゃ」

 

 

 木ノ葉に敵意が無いのが分かっただけで十分だった。 三代目の言葉を聞き、情報部の人間は少女の額から手を離す。

 

 

「三代目」

 

「どうした、カカシよ」

 

「この少女の転移は恐らく、空間を交換する時空間忍術です」

 

 

 カカシの言葉に三代目は少し目を見開いた後、身体と視線をカカシの方に向けた。 

 

 

「転移する有効範囲は分かりませんが、一瞬で空間を交換して瞬間移動をする能力と推測します。また、転移する際に転移する空間と転移しない空間の境界が生まれます。……オレが持ち帰った2人の死体は四肢と胴体が入れ替わった様に転がっていました。それに、傷の断面が綺麗すぎます。恐らく、その境界にて断裂されたものだと。」

 

「なるほど」

 

 

 三代目は表情を厳しくし、手を顎にあてた。

 時空間忍術は高等忍術中の高等忍術であり、かなり強力な術だ。 しかし、この少女…ラセツの時空間忍術はそれだけに留まらず、殺傷能力の高い効果がある。

 

 

「三代目様。この少女の血継限界と、その転移系の固有能力はかなり強力です。里で保護する事が適切かと」

 

 

 大蛇丸が目をつけ、狙う程強力な血継限界に強力な固有能力。 敵国に渡ってしまえば強敵となり、自国で育てれば強力な戦力になる事が期待できる。

 

 

「分かっておる。……カカシ」

 

「はい」

 

「ラセツの衣食住が整うまで面倒を見てやれ」

 

 

 三代目の言葉にカカシは少し面倒くさそうな表情を隠さない。 三代目もカカシの表情に気づいているが、ラセツの藍色の髪を優しく撫でるだけでカカシに下した命令を撤回はしなかった。

 

 

「色々教えてやりなさい」

 

「……はい」

 

 

 

 

 




はじめまして。
まだわからない事だらけなので色々とすごく拙いと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。


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第二話『鬼と九尾』

 木ノ葉にきて数日。ラセツは静かな草原の広場に転がり、憎らしいほどに美しく晴れた空を眺めながら、首から下げている中心部分がヘコんだ奇妙な形の石を強く握っていた。

 

 

「……おかあさん」

 

 

 つい数日前までそばに居た温もりを思い出す。その思い出はじわじわとラセツの視界を歪ませ、溢れるように雫が頬を流れていく。

 

 

「お前、何泣いてんだってばよ」

 

「ーーひゃぁ!?」

 

 

 唐突に、日に反射して輝く金髪に蒼穹を閉じ込めた瞳を持つ少年がラセツの視界に飛び込み、ラセツは思わず飛び起きた。

 

 

「だ、大丈夫か??」

 

「…い、いきなり、話しかけないで!!びっくりした!!」

 

「わ、悪かったってばよ…、」

 

 

 心臓は先程の驚きによってまだ痛いほど鳴っており、ラセツは服の上から心臓の位置を押さえ、そんなラセツを見て少年は申し訳なさそうに眉を下げて謝る。

 

 

「…大丈夫。ラセツも怒鳴ってごめんね」

 

「ん!いーよ!!」

 

 

 ラセツが謝るとナルトは表情を一気に明るくし、大輪の花が咲いたような満面の笑みをラセツに向けた。

 

 

「お前さ、ラセツって言うんだな!!」

 

「あれ?ラセツ、名乗ったっけ?」

 

「え?だってラセツは自分のこと名前で呼んでるだろ?」

 

「あ…」

 

 

 うっかり、と言わんばかりにラセツは自分の口を押さえ、ナルトは愉快そうに大きく笑う。 その笑顔を見てラセツも釣られたように笑った。

 2人でたっぷり笑い終わった後、ナルトはラセツに手を差し出した。

 

 

「オレはうずまきナルト!!未来の火影だってばよ!!」

 

「うん!ナルト、よろしくね」

 

 

 ラセツも手を差し出し、ナルトの手を握り返した。 直後、ナルトがラセツの顔を覗き込むようにして見る。突然の行動にラセツは驚いて声をあげそうになるが、ナルトの蒼穹を閉じ込めた瞳に心配が滲んでおり、口をつぐんでナルトの言葉を待った。

 

 

「あのさ、あのさ!ラセツ大丈夫?」

 

「えっ?何が?」

 

「何がって…さっき泣いてたから」

 

 

 ラセツが涙を流していた理由を問われ、ラセツは俯いた。

 言うか言わないかを迷うが、純粋に何処までも真っ直ぐ心配しているナルトに、ラセツの口は自然と言葉を紡いだ。

 

 

「……この前、ラセツ以外の一族の人が亡くなってしまって1人になっちゃって。それが少し、ね」

 

 

 ラセツの声はどこか震えていて、表情も暗く沈んでいた。 ナルトは蒼い瞳を大きく見開き、耐えられなくなったようにラセツから目を逸らした。 

 

 

「…なんか、悪ぃ…、」

 

「あ、ううん!気にしないで」

 

 

 そう言って笑いかけると、ナルトは「よし!」と叫んで立ち上がり、親指だけを立てた拳を自分自身に向けた。

 

 

「ラセツにはオレがいる!!」

 

「…は?」

 

「オレは、ラセツの一族じゃねーし、家族にもなれねーけど、友達にはなれる!!」

 

 

 突然、何を言い出すのだろうとラセツは呆気に取られるが、ナルトは気にせずラセツの魂に語りかけるように大きな声で叫ぶように続けた。

 

 

「ラセツは1人じゃないってばよ!!…オレが1人になんかさせねぇ」

 

 

 その時、ラセツは目の前の少年が英雄なのだと思った。

 争いによって奪われ、孤独となり、新しい土地にて良くしてもらっても孤独になった喪失感と哀しみ、そしてこれからへの不安は尋常ではなく、ラセツの中で受け入れて消化する事は出来ていなかった。

 

 ナルトは、そんなラセツの1番欲しい言葉をどこまでも真っ直ぐ誠実に言葉を紡ぎ、ラセツの暗く沈んだ心に、暖かな一筋の光を差し込ませた。

 ラセツは思わず笑いを溢す。

 

 

「ふ、ふふっ」

 

「な、なーに笑ってんだよ!そこはオレに礼をいうところじゃねーのかよ!!」

 

「それ、自分で言っちゃう?」

 

「うるせーってばよ!!」

 

「で…も、そうだね。ありがとう」

 

 

 そう、礼を言ったラセツにナルトは思わず息を呑んだ。暗く固かったラセツの表情は無く、白い頬を紅潮させ、艶やかな藍色の長髪を風に揺らして柔らかく微笑んでいた。

 

 

「ラセツを1人にしないでくれてありがとう。ナルト」

 

 

 その笑みと言葉はどこまでも真っ直ぐ純粋なもので、同時に自然とナルトからも笑顔が溢れ、溌剌と笑った。

 

 

「ヘヘっ、どーいたしまして!」

 

 

 その時、ラセツは奇妙な形をした石をずっと握っていた事に気づき、石から手を離す。するとナルトの興味はその石に注がれた。

 

 

「…すっげぇ綺麗な石だな!!形は変だけど」

 

「これはね『鬼の瞳』っていう石でね。なんでもひとつだけ願いが叶う石らしいの」

 

「え!?それ、すっげェな!!」

 

「とはいえ、叶ったことは無いけどね」

 

「なーんだガラクタじゃねぇか」

 

「でもね、お母さんからもらったとても大切な物なの」

 

「ラセツのかーちゃん?」

 

「うん」

 

 

 この『鬼の瞳』をラセツが首にかけたのは一族が襲われた時だ。 最後、元々母がかけていた首飾りをラセツにかけて、母は亡くなった。

 ナルトはラセツの表情が曇った事に気づき、立ち上がってラセツの手を引いた。

 

 

「ラセツ、木ノ葉来たばっかなんだろ??未来の火影が案内してやるってばよ!!」

 

 

 突然の行動といきなり変わった話題にラセツは驚きから数度瞬きをするが、すぐにナルトがラセツを気遣ってくれたのだと理解する。 ラセツはナルトを真似たように溌剌とした笑顔を浮かべた。

 

 

「さすが未来の火影様。お願いしちゃいます!」

 

「おう、任せろ!!」

 

 

 ラセツは案内をしてくれるナルトの半歩後ろを歩く。

里に所属せず、放浪する一族生まれのラセツに、里は珍しい食べ物や建物、その他にも多く存在した。 それでも数度1人で里を歩いているので見慣れてはきている。

 しかし、今日の里の景色はいつもと違った。

 

 

「やだ…例の子よ」

 

「穢らわしい」

 

「…近づいちゃダメ」

 

「あんな奴、居なくなればいいのに」

 

 

 嫌悪、恐怖、怨嗟、憤怒、憎悪、軽蔑。色々な負の感情が混ざって溶けて、ラセツの半歩前を歩く少年に投げつけている光景は酷く不快でラセツは眉根を寄せた。

 

 

「オレさ、用事思い出した!!悪いけどこっからは1人で…、」

 

 

 ナルトがそう振り返る。その表情は笑顔であるものの、引き攣っていて無理をして笑みを作っている事も、この言動がナルトの優しさからくるナルトなりの最善な配慮なのだと言うことは明瞭だった。 そして、里人から向けられる不快な視線に不安や困惑を抱いている事も。

 

 

「…ラセツ?」

 

 

 ラセツは全てを言い終わる前にナルトの手を掴み、親が子の手を引くように止めていた歩みを再開させる。 ナルトはラセツの行動に困惑したようにラセツの名前を呼んだが、ラセツの足は止まらなかった。

 

 

「……里を案内してくれるって言ったのはナルトでしょ??途中放棄は許さないんだから」

 

 

 この行動がナルトの優しい配慮を蹴る行動だということはわかっていた。しかし、今ナルトを1人にしたら後で絶対に後悔するとラセツは確信しており、もっともらしい理由をつけてナルトの手を離すことをしなかった。

 

 

「途中、ほーき??」

 

「役目を投げ出すのは許さないってこと。…火影の役目についた時もそうやって投げ出すの??」

 

 

 夢を此処で出され、ナルトはカッとしたようにラセツを見るが、すぐ悔しそうに俯いてしまう。

 

 

「ラセツはさ、オレが火影になれるって本当に思ってんのか?」

 

 

 隠れ里の長である『影』は信頼、能力共に里の皆から認められた者のみがなれる名誉ある存在だ。きっとナルトにとって火影とは何処までも偉大で雲の上の存在なのだろう。

 

 

「なるんでしょ?」

 

 

 しかし、それは今だけだとラセツは思う。

ラセツの恩人であり、英雄とまで思わせたナルトは言葉では言い表せない、どこか不思議な力を持つ少年だった。

 きっとラセツに見せた力はどんどんと広がっていくだろうとラセツは思った。

 

 

「火影になる男なんでしょ。…あれはただの夢なの?」

 

「違う!!」

 

「なら、自分の言葉を曲げないで有言実行するべきだと思うよ」

 

「ゆ、ゆうげんじっこー?」

 

「言ったことを実行すること。……火影に、なるんでしょう??」

 

「ーーおう!!オレは、火影になる男だ!」

 

 

 親指だけを立てた拳を自分自身の身体に向けて、ナルトは堂々とそう言った。 その様子にラセツは満足そうに喜色を浮かべる。

 

 

「期待してる」

 

「え?」

 

「ナルトは火影になる男だって期待してる」

 

「へへっ、オレが火影になったらラセツはオレの右腕な!!」

 

「……!!」

 

 

 ナルトの描いた未来にラセツが存在している事に、ラセツは少し驚くが、じわじわと嬉しさに変わっていき、莞爾と笑った。

 

 

「うん、そうなれる様にすっごく頑張っちゃうんだから」

 

 

 そう答えると、ナルトは蒼い双眸に水の膜が張り始め、ラセツは急いで人気のない場所に移動した。

 

 

「…どうしたの??」

 

「あ、あっはは、なんで涙が、すっげー嬉しいのに…」

 

 

 人気の無い場所に着いた時にはナルトの涙腺はもう崩壊しており、大粒の涙がいくつも溢れ出していた。 ナルトは手の甲や腕で涙を拭いながら、声を絞り出すように口を開いた。

 

 

「ラセツも里の皆、見ただろ??なんでかわかんねーけどオレ、嫌われ者なんだ」

 

「うん」

 

「オレ、親も友達もいねぇから、夢を否定されなかったのも、期待してくれたのも初めてで。」

 

「うん」

 

「嬉しくて……んで泣くなんて、オレ、ダッセェってば……。」

 

「大丈夫。ダサくなんてない」

 

 

 自分を肯定する言葉に、瞬きで涙を零しながらもナルトはゆっくりと顔を上げると、そこにはこの数時間で見慣れた可憐な顔があり、魅入ってしまうほど美しい紫紺の瞳が真っ直ぐナルトを映していた。

 

 

「ナルトはラセツの英雄なの」

 

「英雄…?」

 

「ラセツね?住んでる所を襲われて、奪われて、1人になって、知らない土地に来て、凄く不安だったの。……でも、ナルトが1人じゃないって言ってくれた。…すっごく救われたし、嬉しかった」

 

 

 自分の胸に手を当て、ナルトに向けてうっすらと震えるほど純粋で綺麗な微笑みを向けた。

 

 

「本当にありがとう。ラセツを1人にしないでくれて。…ラセツもナルトを1人になんてさせないから」

 

 

 その言葉にナルトの涙腺は再度決壊し、今度はしゃがみ込んでしまった。 ラセツも同じようにしゃがみ込み、薄く微笑みながら柔らかな癖っ毛の金髪を撫でる。

 

 

「泣き止んだら里の案内続けてくれる?」

 

「…すっげー、美味いラーメン屋教えてやるってばよ」

 

「らーめん??」

 

「ゲッ!!ラセツ、ラーメン食ったことねぇの!?」

 

「な、無い…」

 

 

 その瞬間、ナルトは先程まで大泣きしていたのが嘘のようにピタリと涙を止めた。今あるのはただ愕然とした顔だった。

 

 

「…こうしちゃいられねぇ!!ラセツ!!早く一楽に行くってばよ!!」

 

「ちょ、えぇっ!?」

 

 

 いきなりの急展開にラセツは呆気にとられるも、ナルトに強く手を引かれ、一楽というラーメン屋に案内されて本日おすすめのラーメンを食べた。 初めは経験した事のない濃い味に驚くも、どこか柔らかな味の虜となり、最後まで美味しく味わった。

 しかし、ラセツはお金を持っておらず、取り敢えずカカシにツケてもらう事にした。

 

 

「…た、ただいま帰りました」

 

 

 蒼かった空が段々と橙色に染まってきた黄昏時。ラセツは現在お世話になっているカカシの家の扉をそっと開けた。

 

 

「なんでそんなそっと入ってくるの。普通でいいのに」

 

 

 カカシは相変わらず『イチャイチャパラダイス』という本を読んでいた。 ラセツは靴を脱ぎ、手を洗う。 その足取りは朝見た時と間違えるくらい軽くなっており、その表情もどこか柔らかいものだった。

 

 

「……なんかご機嫌だね。いい事あった?」

 

「…友達が出来たの。その後、らーめんっていう不思議な味がする食べ物を食べて…」

 

 

 ラセツは以前とは見違えるほど朗らかな顔つきで今日の出来事を話し始める。カカシは本を閉じてラセツの少しぎこちない話にしっかりと耳を傾ける。

 全ての話を聞いた後、ラセツにひとつ説教をし、財布を掴んで一楽に向かった。

 

 

 




明日も投稿…できる様に頑張ります


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第三話『忍術』

 木ノ葉に来て約3ヶ月

 

 ラセツは既にカカシの家から出て1人暮らしを始めていた。

 毎日飽きずに里の散歩に出ており、頭の中に里の地図が出来上がってきた頃、ラセツの興味は里から忍へと変わっていた。

 

 

「カカシさんは忍…だよね??」

 

「ん?そうだね」

 

 

 本日、ラセツはカカシ宅にお邪魔していた。

 1人暮らしを始めた今でも週に1、2回の頻度でカカシの家にお邪魔するか、会うかしている。

 

 

「忍がやってる、忍術ってどうやってやっているの??」

 

 

 里を散歩している時やナルトと遊ぶ時、忍の演習場を横切る時がある。その際、ラセツは忍が忍術を使って戦う所を見て興味を持った。

 ラセツは時空間忍術である《空間転移》が使えるが、それは血継限界による固有能力であり、普通の忍術の使い方は全く知らないからだ。

 

 

「あー、それね。チャクラを練って術を発動させてんの」

 

「ちゃくら??」

 

「あー、そこからか。ま、そうだよね」

 

 

 チャクラは基本、忍者学校に入って初めて教えられる事だ。

 カカシは本を閉じてから立ち上がり、棚から巻物と筆を取り出してからラセツの前に座る。

 

 

「簡単に言えば忍術を発動させる為のエネルギーのこと」

 

 

 巻物を開くと中身は真っ白で、カカシはその真っ白な巻物に慣れた手つきで文字と絵を描いた後、説明し始めた。

 

 

「簡単に説明するとだな……チャクラとは忍が術を使う時に必要とするエネルギーの事で、人体の細胞の1つ1つからかき集めて生み出す『身体エネルギー』と、多くの修行や経験によって積み上げられる『精神エネルギー』の2つで構成されている。」

 

「それって身体の中にある、この力の事??」

 

「この力…とはわからないけど、多分あってる。…ラセツが空間転移を使う時に使う力って言った方が分かりやすいかな。」

 

「うん、わかった!」

 

「で、この『身体エネルギー』と『精神エネルギー』を体内から絞り出し、練り上げて印を結んで術が発動する……こんな感じで」

 

 

 カカシは素早く、しかしラセツが視認出来る速さで印を結び、影分身をした。 術によって2人に増えたカカシにラセツは紫紺の瞳をめいいっぱい輝かせた。

 

 

「ねぇ、カカシさん!これ、ラセツにも出来る??」

 

「多分だけど出来るよ。やってみる?」

 

「やってみたいです!師匠!!」

 

「よし。ならやってみようか。ラセツ、いつもの広場まで行くよ」

 

 

 ラセツは弾む足取りで玄関まで歩き、靴を中途半端に履いたまま外に出る。 初めて会った時とは比べ物にならない程、年相応にはしゃぐようになったラセツにカカシは思わず唇を綻ばせた。

 

 

「ししょー!!早くー!!」

 

「はいはい。…ラセツ、ちゃんと前見て歩きなさいね」

 

「わかってる!!」

 

「いやいや、わかってないでしょ」

 

 

 分かってるなどと言いながら、今まさに後ろを向いて歩くラセツにカカシは溜息を零した。

 カカシの家から歩いて約2分程の所にある広場に着くと、もう既に到着していたラセツがいた。

 

 

「師匠!!まずはなにするの?」

 

「んー…効率よくいきたいから、術の前にまず、チャクラコントロールから始めようか」

 

「えー……忍術じゃないの?」

 

「ま、そういうな。チャクラをバランス良くコントロール出来なければ術の効果が半減してしまうばかりか、発動さえしてくれなかったりするからね」

 

 

 カカシの説明にラセツは不服そうだが納得したように屈伸などの準備運動を始めた。

 

 

「じゃあ、そのチャクラコントロールってなにすればいいの??」

 

「ズバリ、木登り!」

 

 

 忍を目指す者ならば誰もが通るこの修行法を聞けば大体の者が不満を持つ。なのでカカシはラセツもその中の内の1人だろうと思っていたが、ラセツは不服そうだった顔から一変、嬉しそうに瞳を輝かせていた。

 

 

「…木登り、得意なの?」

 

「うん!毎日てっぺんまで登ってたの」

 

「そりゃすごいな。見せてくれる?」

 

「もちろん!」

 

 

 地面を軽く蹴り、1番低い幹を掴んで軽くつけた遠心力と鬼族特有の剛力で幹の上に飛び、驚異的な体幹で幹の上に立つ。 それを数度繰り返し、ラセツはあっという間にその木の1番高い幹にぶら下がった。

 

 

「こりゃ、本当にすごいな…。そこらの忍よりも身体能力あるよ」

 

「えっへん!!」

 

 

 鬼族特有の身体能力と強靭な肉体からくる剛力を駆使ししていたとはいえ、地面を蹴ってから1番上の幹に辿り着くまでにかかった時間は約10秒とかなりのスピードだった。 毎日木登りをしていた慣れは伊達ではない。

 

 

「でも、油断するなよ。落ちるぞ」

 

「大丈夫!!…ーーーあ、」

 

 

 叫んだ拍子に力が入りすぎてしまったのか、ぶら下がっている木の幹を握力で握りつぶしてしまった。

 

 

「言ったそばから何やってんの!!」

 

 

 真っ逆さまに落ちるラセツを受け止めようと走るが、ラセツはしなやかな動作で違う木の幹を掴み、平然と木から降りた。

 

 

「…なんだ、普通に降りられるのね」

 

「これくらいの高さなら全然平気!」

 

 

 木から落ちた時の対処法の慣れ様、そしてラセツが言ったこの言葉に今登っている木よりも高い木から何度か落ちている事が窺える。 目の前のおてんば娘にカカシは、初対面にて大人しい子どもだと思っていた頃のラセツが酷く懐かしく感じた。

 

 

「…じゃ、これからやる木登りの説明を始めようか。ラセツが知ってる木登りとは一味違うからね」

 

「……?」

 

「まぁ、見ててよ」

 

 

 カカシの木登りはラセツが見せた身体能力と持ち前の剛力を駆使したようなものではなく、手を使わず歩く様に、垂直に登っていた。

 

 

「す、すっごい…!」

 

「ま、簡単に言えば足だけで木に登るって事だね。足の裏にチャクラを溜めて、吸着させるイメージかな」

 

 

 カカシは木の幹に足の裏だけでぶら下がる様に逆さになる。しかし、チャクラで吸着させている為、落ちることはない。

 

 

「慣れれば無意識にできるようになるけど、最初は難しいだろうから助走つけてやっていいよ。」

 

「わかった!」

 

 

 カカシは木から降りて、少し離れた木にもたれかかって懐に忍ばせていた愛読書を開く。 少し本から視線を離してラセツを見れば、重力によって容赦なく何度も地面に叩きつけられているラセツが見える。

 

 

「クク、苦戦してるねぇ…」

 

 

 時空間忍術なんて超高等忍術を使えるから、チャクラコントロールは楽々とクリアすると思っていたのだが、どうやらそんな事はないらしい。

 

 

「それにしても…ラセツの身体能力と怪力は凄かったな……」

 

 

 カカシは先程ラセツがみせた木登りを思い出す。

 あれほどの身体能力を持っていれば、最初の難関である木と木を飛び移る訓練はそう苦労しないだろうし、太い木の幹をなんて事ない様に握りつぶした剛力も合わせれば体術なども得意だろう。 

 元の能力がかなり高いラセツはカカシをも超える忍になる片鱗をもう既に魅せていた。

 

 

「あの子がお嫁にいったら…名前通りの鬼嫁になりそうだな……」

 

 

 そう、何度も木から落ちるラセツを見る。

 白く細い手足は幼いが故に短く、身体もまだまだ小さい。しかし、微笑めば誰もが頬を緩める愛らしい顔立ちに、柔らかく流れる様な藍色の髪という将来有望なラセツの容姿は、凄い忍になる片鱗と同時に鬼嫁になる片鱗も魅せる。

 

 

「ま、まだまだ先の事だろうけど」

 

 

カカシは再度本に視線を落とした。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「…で、出来ない…!!なんで…??」

 

 

 カカシがやってみせた手を使わない木登りを始めて数十分。ラセツは苦戦を強いられており、段々と苛つきが集中を濁す。

 

 

「いやぁ、下手くそだねぇ」

 

「し、師匠…、」

 

「はいはい。師匠がちゃんと教えてあげるから」

 

 

 カカシが乱れた藍色の長髪を透くように整えながら頭を撫で、尻餅をついているラセツの腕を引っ張り、立たせる。 

 

 

「まずはイライラしないで落ち着く事ね。今のラセツだと、精神エネルギーと身体エネルギーのバランスが簡単に崩れちゃうから」

 

 

 その言葉を聞き、ラセツは目を閉じて蓄積された苛つきをどうにかして抑え込み、身体の中に流れる力に意識を集中させる。

 

 

「そう、そのまま集中して、足の裏に溜めるチャクラを適量を保って……登る!」

 

「はいっ!」

 

 

 ラセツは閉じていた瞼を開き、勢いよく木に登り始め、数歩の所で地面に落ちた。 しかしそれはラセツにとって大きな進歩であった。

 

 

「の、登れたーーっ!!師匠、見た??いまの!!」

 

「うんうん見てたよ。倍ぐらい登れるようになったね」

 

 

 自分自身の成にはしゃぎ、紫紺の瞳を興奮と嬉しさで輝かせるラセツの顔には『褒めて』と顔に書いている。 そんなラセツにカカシは唇を綻ばせ、要望通りラセツの頭を褒めるよう、大雑把に撫でた。

 

 

「口で教えられることは教えた。あとは徹底的に身体で覚えろ」

 

「すっごい脳筋な方法…でも、頑張る!」

 

「うん。頑張って」

 

 

 それから生活に必要な最低限と、毎日通っている甘味処に行く時間以外ほぼ全ての時間をチャクラコントロールの修行である、木登りに時間と労力を注いでいた。 

 

 カカシにチャクラコントロールの修行を教えてもらってから約3週間。 毎日の修行が実を結び、木登りがほぼ無意識下で出来る様になった頃、ラセツはカカシに修行の成果を見せに来ていた。

 

 

「どう??」

 

「うん、完璧だね。」

 

 

 ラセツは涼しげな表情で木の枝に足の裏だけでぶら下がる。一切の無駄なく安定してチャクラをコントロール出来ているラセツにカカシは満足げに頷いた。

 カカシの太鼓判を貰ったラセツは喜色浮かべて木から飛び降りた。

 

 

「次は忍術??」

 

「そうだね、忍術かな。まずは簡単なのからいこうか……《変化》」

 

 

 カカシは印を組み、チャクラを練る。すると次の瞬間に白煙がカカシを包み込み、白煙が晴れる頃にはカカシの姿はなく、代わりに1番見慣れた姿形がそこにあった。

 

 

「…ラセツだ…!!」

 

 

 感動する様に紫紺の瞳を大きく見開き、驚きからか数度瞬きをしてからラセツに変化したカカシを凝視する。 じっと見られることに居心地の悪さを感じたのか、カカシはすぐに変化を解いて説明を始める。

 

 

「変化する対象をしっかり想像して、その通りになる様チャクラをしっかり練る事。…印はこうね。まずはオレに変化してみようか。」

 

「はい!……《変化》!!」

 

 

 年相応に元気よく手をあげた後、先程教えで貰った印をぎこちない動作で組み、瞼を閉じて身体の中に存在する力に意識を集中させて練り上げた。

 自分の身体が変化した感覚に目を開けると、眉を寄せたカカシの顔がそこにあった。

 

 

「うん。さすが先にチャクラコントロールをやらせただけあるね。チャクラコントロールもチャクラの練り方もバッチリな筈なんだけど…なんでかな、すっごい下手くそだねぇ…」

 

 

 そう言われて自分の姿を見下ろす。全身を見ていなくとも十分に伝わるほど歪な姿をしている自分の姿が視界に映った。

 ラセツは変化を解き、再度教えてもらった印を組んだ。

 

 

「………もう一回」

 

「はい、どーぞ」

 

 

 それから何度変化を失敗したのだろうか。両手の指で数えきれなくなった所で数えるのを辞めた事は覚えている。 カカシも丁寧に教えるが、何度やっても上手く発動する事は無かった。

 

 

「……空間転移はできるのに、なんで変化が出来ないの?」

 

「なんでと言われても…あれは、なんか出来るし…。」

 

「じゃあさ、転移の時はどうやってる?」

 

「なんかね、コップにチャクラを流し込んでる感じ」

 

「コップに?」

 

「うーん…、コップにチャクラを注いで、いっぱいになったら転移できる…って感じ。」

 

「なるほどねぇ…。術の札みたいなものか。」

 

 

 札は完成されている術式に一定量のチャクラを流し込めば術が発動する。 ラセツの固有能力《空間転移》も似たような発動条件なのだろう。

 

 

「…聞いてみたかったんだけどさ。視界の外に転移する時、うっかり人を刻んじゃうとかないの?」

 

「えぇ、師匠物騒……」

 

「いや…気になるでしょーよ。うっかり境界に挟まれたら堪んないし。」

 

 

 ラセツの空間転移は空間を交換して瞬間移動をする時空間忍術。 交換する空間と交換しない空間に発生する境界は例外なく断裂される。

 

 

「むぅ…たしかに……でも、うっかり境界に挟む事はないよ」

 

「そうなの?」

 

「うん。境界の周囲はね、簡単なモノだけど感知出来るの。」

 

 

 個人が特定できるほどの精密さは無いが、何かが居るという簡単な感知をすることが可能な為、人や動物を巻き込んだ事はない。

 

 

「でも、生き物限定だから何度も歩いてちゃんと覚えなきゃ…、」

 

 

 言葉を止め、ラセツはカカシの視界から消え、代わりに見事な断面をした木が目の前に転がった。 ラセツは空間転移した木の後ろから姿を現し、空間転移によって断裂されて転がっている木を指さした。

 

 

「そんなふうになっちゃう」

 

「なーるほど。…しょっちゅう散歩に出てるのはそのせいでもあったのね」

 

「それもあるけど、里を探検して座標を記録してる目的の方が大きいかな」

 

「座標の記録??」

 

「《空間転移》はね、1度ラセツが行ったことある所にしか転移できないから」

 

「へぇ…」

 

「因みに此処から……あの木くらいまで記録できる!」

 

 

 ラセツが指さしたのは3m程先にある木だった。

 まだまだ謎が多いラセツの《空間転移》にカカシは興味深そうに耳を傾けていたが、ラセツは自慢げな顔からふと、ハッとしたような表情に変わる。

 

 

「……って、ラセツの転移の事は良いの!!変化の術のコツ教えて!」

 

「あー、はいはい」

 

 

 こうしてラセツはカカシに師事し、忍として必要になる能力を少しずつだが着実に身につけていった。 因みに忍術の才能はほぼ無く、1ヶ月で諦めさせられた。

 

 

 

 



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第四話『おそろい』

 木ノ葉に来てから約1年。

 

 週に1、2度程カカシに修行を見てもらい、その他の日はカカシに出された課題をこなすか、ナルトと里を散策するなどの毎日を過ごしていた。

 今日もその当たり障りない日常と同じく、日課となった朝練の後、甘味処に足を運んだ。

 

 

「おや…ラセツちゃん、いらっしゃい!!いつものかい?」

 

「うん!いつもの!!」

 

 

 この甘味処へ通い始めて約1年が経つ。 ラセツはメニューにある甘味を制覇し、特に気に入った栗饅頭を毎回と言っていいほど頼んでおり、店主はもうラセツの注文を覚えていた。

 

 

「ん〜〜っ!美味しい!!」

 

 

 運ばれてきた栗饅頭の甘い味わいながらちびちびと食べ、偶にお茶の苦さを楽しむのがラセツのお気に入りの食べ方だった。

 

 

「おばさん、いつもの」

 

「はーいよ」

 

 

 ラセツと同じような注文をしたのは、ゆるくひとつに纏めた漆黒の長髪に髪と同じ色をした瞳を持ち、幼さがまだ残るが十分に端正な顔立ちをした少年だ。 カカシと同じ額当てをしていることから忍だということが分かる。

 

 

(あ、今日も来たんだ)

 

 

 少年を見てそんな感想を持つほど、この甘味処で見る顔だった。しかし、それだけ。 特に話したりはした事がなく、ラセツが持つ少年の情報は木ノ葉の忍だという事と、甘味処の常連だという事と、ラセツと同じ注文が通じる程団子をいつも食べているという事くらいだ。

 きっとこの情報がこれから増える事はないだろう。そう、ラセツは視線を少年から栗饅頭に向ける。

 

 

「ここ、いいかな」

 

 

 中性的で優しげな声に、栗饅頭に向けていた視線を上げれば先程まで自分の視界に居た少年がいた。

 

 

「駄目、かな?」

 

 

 驚きで言葉が出てこず、なかなか返事をしないラセツに少年は少し困ったように眉を下げ、ラセツは慌てて立ち上がり、目の前の席を両手で指さす。

 

 

「い、いえ!どうぞどうぞ座ってください!!」

 

「あはは、そんなに慌てなくても。…失礼するよ」

 

 

 少年は僅かに端正な顔立ちに緩やかな笑みを浮かべ、テーブルを挟んだラセツの前に腰を下ろした。

 

 

「君、此処にはよく来るのか?店に入ったら大体居る」

 

「毎日通ってるから。お兄さんも良く来るよね」

 

「あぁ、甘味が好きだからな」

 

 

 少年は運ばれてきた三色団子とみたらし団子の組み合わせのうち、三色団子を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。

 

 

「…君は、忍びになりたいのか?」

 

「え?」

 

「手。かなり練習しているみたいだったから」

 

 

 ラセツの手には手裏剣術やクナイ投げをしている人間特有のタコや傷があり、忍を目指しているという考えに至るのは容易だった。

 

 

「君は、忍になって何を望む?」

 

 

 その問いかけは大人が子どもに「将来の夢はなぁに」と聞くような、そんな気軽さはどこにも無かった。

 少年の口から出た忍についての問いかけ。忍になって何を成しえ、何を望むのか。 その問いかけに対する答えをラセツは持ち合わせていなかった。

 

 

「いや、すまない。意地悪い質問だったな」

 

 

 黙り込んでしまったラセツに少年は「忘れてくれ」と申し訳なさそうに眉を下げる。しかしラセツは首を横に振った。

 

 

「ううん、そんな事ない。忍になるなら考えなきゃいけない事だと思う」

 

 

 目的とは時に、成し得るために努力する原動力や大事な事を選択するきっかけにもなる大切な精神の柱となる。忍への道はもちろん、忍になった後もその柱があるかないかで色々と結果が変わってくるだろう。

 栗饅頭を口の中に放り込んでから忍になってから何を望むのかを考え始める。 

 

 

「……ナルトの役に立てる忍になりたい、かな」

 

「ナルト…?ナルトってあのうずまきナルト君か?」

 

「うん、ナルトはラセツの英雄で恩人で…いつか火影になるすっごい人なんだから」

 

 

 ラセツは紫紺の瞳を細め、唇に弧を描き、微笑みを浮かべる。その微笑みは何処か誇らしげなものだった。

 

 

「お兄さんは?」

 

「え?」

 

「お兄さんは忍でしょ?何を望んで忍になったの?」

 

 

 今度はラセツが忍についての問いかけを返す。忍になって何を望んでいるのか。 少しの間を開けたあと、黒い瞳を少し伏せながら少年は答えた。

 

 

「……争いのない、平和な世界を作りたいから、かな」

 

 

 少年が口にした望みは、たった数年前に大きな戦争を終えた今でも、小さな争いが絶えない忍世界では決して簡単な事ではない望みだった。

 

 

「それ、とっても素敵。」

 

「……夢物語だとは思わないのか」

 

「望みはね、欲張りなくらいが丁度いいの。…それに、小さな望みなんかより、お兄さんのような欲張りな望みを叶える為に頑張る方が、大きな事を成せると思わない?」

 

 

 その望みが大きければ大きいほど、望みまでの道のりは険しく、辛いものになるだろうが、達成される業績も大きく、それを成しとげるだけの力を求め、望みの為なら耐える根性と情熱を持てるとラセツは思う。

 

 

「それにね、ラセツ、争いは嫌いなの。失うものが多すぎるから。……だからお兄さんのその望み、とっても素敵だと思う」

 

 

 両手で頬杖をつくラセツの表情はうっすらと微笑みが浮かんでおり、少年も釣られたようにうっすらと唇に弧を描いた。

 その直後、バン、と激しい音が鼓膜を震わせる。 その音の正体はラセツがテーブルを叩いた音だった。 あまりにも唐突な出来事に少年は黒い瞳を大きく見開く。が、ラセツは驚く少年を気にも留めず、可憐な顔を息がかかる距離まで近づけた。

 

 

「決めた!!ラセツ、大切な人を護って役に立てる凄い忍になって、お兄さんみたいに争いのない平和な世界を作れるように頑張る!!」

 

 

 ラセツは自分にとって大切なモノ1度全て奪い去っていった争いは大嫌いだ。だからこそ、目の前の少年が持っている望みを本心から素敵だと思い、ラセツも目指したいと思った事から生まれた素直な言葉だった。

 少年は未だに瞳を大きく見開いており、幾度も瞬きをしていたが、次第にその表情は柔らかい笑みに変わっていった。

 

 

「……ふ」

 

「な、なんで笑うの!?あ、どうせ子どもの戯言だとか思ってるんでしょ!!ラセツ、真面目に本気で言ってるんだけど!!」

 

「いや、すまない。そうじゃないんだ」

 

「じゃあ、なんで笑ったの」

 

「…同じ志を持つ人に出会えて嬉しかったんだ」

 

 

 何処か安堵したように瞳を閉じて返答をした少年に、怒り心頭していたラセツだが、驚きに紫紺の瞳を一瞬見開いたあと、頬杖をついて微笑んだ。

 

 

「ラセツ達、お揃いだね」

 

「あぁ、お揃いだな」

 

 

 少年は2本の団子を食べ終わり、ゆっくりとお茶を飲み込んだあと、少年は席から立ち上がった。

 

 

「もう帰っちゃうの??」

 

「任務があるからな。会ったらまた話そう、ラセツ」

 

「え、なんで名前…、」

 

「なんでって。ラセツの一人称は名前だろう」

 

 

 やってしまったと言わんばかりにラセツは自分の口元を両手でおさえる。 そんなラセツに少年は可笑しそうに笑った。

 

 

「オレはうちはイタチ。またな、ラセツ」

 

 

 イタチはそう、修行を長く多く積んできたと分かる少し硬くなった指先で、ラセツの小さな額を小突き、甘味処を後にした。

 ラセツは『うちは』の家紋を背負った背中を見つめながら少し熱い額に触れる。

 

 

「……次は、いつ会えるかな」

 

 

 またイタチと話せる日を楽しみに、ラセツは冷めてしまったお茶を喉に流し込み、ラセツもまた席を立つ。

 

 

「さ、ラセツも頑張らなきゃ」

 

 

 先程語った夢を夢物語にしないよう、今まで以上に頑張らなければいけない。 ラセツは頬を両手で軽く叩き、いつも修行している場所走って向かった。

 

 

 

 

 




やっとイタチ出せた…!!


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第五話『ラセツの修行』

 木ノ葉に来て約1年半。

 朝練を終え、《空間転移》にて建物などを巻き込まないよう、正確に里を記憶する為、見飽きてさえきた景色を眺めながら里を歩き回る。その際通りかかった甘味処に顔を出し、栗饅頭を食べる。 ここまでがラセツの日課だ。

 その日課に従い、今日もラセツは朝練を終えて里を歩き回っていた。

 

 

「ラセツ」

 

 

 ここ半年で聞き慣れた静かで品のある低音がラセツの鼓膜を震わす。声のした方に目を向けると予想していた人物の姿が見えた。

 

 

「イタチ、甘味処以外で会うなんて初めてだね」

 

「そういえばそうだな」

 

 

 同じ甘味処の常連客としてイタチとラセツは交流を深めていた。しかし、甘味処以外で会う事は、交流を始めて半年だが本日が初めてだった。

 

 

「あれ?もう1人」

 

 

 弾むような足取りでイタチに近づくと、イタチの隣に誰か居ることに気づく。

 背丈はラセツと同じくらいで、漆黒の短髪に黒い瞳を持つ、可愛らしい顔立ちをした少年だった。

 

 

「あぁ初対面だったな。弟のサスケだ」

 

「ラセツ。よろしくね」

 

「……うちはサスケ」

 

 

 顔立ちは可愛らしいくせして態度は全く可愛くないサスケに、ラセツの中でサスケの好感度はガタリと音を立てて落ちた。 愛想のないサスケの挨拶にイタチはラセツに対して申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「2人は…これからお出かけ?」

 

「いや、修行だよ」

 

「奇遇だね。ラセツも修行なの!」

 

「これから?」

 

「え?今。」

 

「……散歩の間違いだろう」

 

「オレもそう思った」

 

「失礼な!傍から見ればそう見えるかもだけど、ちゃんと修行なの!!」

 

 

 全く失礼な兄弟にラセツは頬を膨らませ、地団駄を踏む。 そう、全身で全身で怒りを表すラセツに「はいはい」とイタチがそよ風を受け流すような態度を取る。 しかしその態度はいただけなかった。

 

 

「むぅ…、本当なんだから!!修行の成果、今から見せてあげる!!2人ともそこから絶対動いちゃダメだからね」

 

 

 ラセツは失礼な兄弟の返答を聞く前に、《空間転移》の準備をする。交換する空間の大きさと転移先を設定する。 境界の感知に何も反応がない事を念入りに確認したあと、チャクラを練り上げて転移をすると、視界の景色は一変した。

 

 

「どう?すごいでしょ。」

 

 

 腰に手を当て、自慢げに言うが、なかなか返答が返ってこない。 おそるおそるイタチとサスケの顔を見ると、ただ、今起きた事に呆然としていた。

 

 

「…どうしたの??びっくりしすぎて声も出ない??」

 

「時空間、忍術か?」

 

「そうだけど、第一声それ??」

 

 

 感情を口にするより先に術の種類の名前が出てくるのは実に忍らしいが、褒めて欲しかったラセツはガックリと肩を落とした。

 

 

「すげー…、」

 

「ふふ、でしょ!!それを聞きたかったの!」

 

 

 イタチよりも少し遅れて言葉を発したサスケはまだ今の状況に追いついておらず、黒い瞳をめいいっぱいに広げ、あたりを見回していた。

 ラセツが期待していた反応をするサスケに、ラセツの機嫌とサスケに対する好感度は爆上がりする。

 

 

 「《空間転移》はラセツが1度来て座標を記録した場所じゃないと転移出来ないの。だから歩くことも修行なのでーー」

 

 

 上がった機嫌の勢いでペラペラと喋るラセツの視界に突然、端正な顔が息がかかってしまいそうな距離に現れ、ラセツは思わず口をつぐんでしまう。

 

 

「大丈夫か?」

 

「頭がってこと?」

 

「違う。体調だ」

 

 

 心配をするイタチの言葉にサスケは首を傾げる。 サスケから見るラセツは心配なんて必要ではないほど元気に映っているからだ。 しかし、イタチは違った。

 ラセツを見つめる真剣で静かな黒い双眸は逃げることも誤魔化すことを許さない。少しの沈黙の後、ラセツは白状した。

 

 

「…チャクラコントロールがまだ下手くそなだけ。疲れただけだから大丈夫」

 

 

 高等忍術である時空間忍術となると、木登りや水面歩行程度のチャクラコントロールではまだ無駄が多く出てしまう。 その為、1回の空間転移でもごっそりとチャクラを消費してしまう。その上、《空間転移》には莫大な集中力が必要であり、体力を消耗する。

 

 

「そうか、ならいい。……それにしても、時空間忍術が使えるなんて驚いたよ。ラセツは凄いな」

 

 

 俯いていたラセツはその一言で顔を上げ、パッと表情を明るく無邪気な笑みを向ける。イタチも自然と表情に笑みが宿り、視界を周囲に向けた。

 

 

「此処はいい場所だな。」

 

「でしょ??」

 

 

 目の前は崖という結構スリル満載な場所だが、木ノ葉の里が眺められ、時間帯さえ合えば夕日も眺めることが出来るような絶景スポットだった。

 

 

「ここはきっと誰も知らない。ラセツが木ノ葉の里を探検しまくって見つけた秘密の場所なの」

 

「オレ達に教えてよかったのか??」

 

「秘密と言ってもラセツ1人の場所じゃないし、…なにより、ラセツの修行を散歩と間違えた仕返しができるしね」

 

「え、」

 

「じゃ、頑張ってね!」

 

 

 イタチが質問する前に、ラセツはぐっと親指を立てて悪戯っぽく笑った後、姿を一瞬で消した。イタチとサスケはその光景に目を見張るも、ラセツが《空間転移》したのだとすぐに気づく。

 ラセツが居ないなら自分達でここから帰らなければならない。 この場所は何処かと把握するために周囲を見渡した際、イタチはあるものを見つけた。

 

 

「……これは」

 

 

 落ちていたのは一本の草花。あまりにも綺麗な断面に手で摘んだものでは無いことがわかる。それにこの草花は周囲には咲いておらず、不自然な場所に落ちていた。

 

 

「に、兄さん。」

 

 

 何故草花はこんな所にあるのだろうか、と考える前にサスケの不安げな声に振り返り、サスケが指差している方向を見て、イタチは思わず眉を顰めた。

 そこには茂みが生い茂っており、通路なんてない。そして2人はラセツが「じゃ、頑張ってね」と悪戯っぽく笑った顔が頭の中に浮かんだ。

 

 

「…サスケ。ラセツを見つけてデコピンをお見舞いしないとな。」

 

「うん」

 

 

 まずサスケが茂みの中に入り、その後に続くようにイタチが茂みを掻き分けるように入る。その際、その茂みに不自然だが見事な断面があるのをイタチは見逃さなかった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

《空間転移》にて疲れた身体を癒すように甘味処にて、大好物の栗饅頭を頬張っていた。

 

 

「ん〜っ!美味しい…!」

 

「それは良かったな。」

 

 

 声のした方を見ると、草や泥を盛大にくっつけたイタチとサスケの姿があり、ジトリとした黒い双眸でラセツを見る。

 

 

「わ、泥んこ。駄目じゃない、洗濯するお母さんが大変だよ?」

 

「誰のせいで泥だらけになったと思う。」

 

「え?ラセツでしょ」

 

「良く、分かってるじゃないか」

 

 

 そう、イタチはパチン、とラセツの額を指で弾き、サスケも間髪入れずに同じ場所で指を弾く。 特にサスケは容赦がなく、弾かれた額がじわじわと痛む。

 

 

「い、痛い…、」

 

「「痛くしたからな」」

 

「2人して酷い!明日、アカデミー入学式なのに!たんこぶある額で行けっていうの!?」

 

「え!?」

 

「さ、サスケ…、なに、いきなり叫んで」

 

 

 突然サスケが声をあげて驚く。黒い瞳は大きく見開かれており、眉はこれでもかと思うほど中心に寄せられている。所謂、信じられない、と言わんばかりの顔だ。

 

 

「……お前、オレと同い年なのか?」

 

「サスケも明日アカデミー入学なら、そうなるね。」

 

「こんなに精神年齢低そうなのに…?」

 

「喧嘩なら買うよ?今なら無料で」

 

「こらこら。明日から共にアカデミーに通う仲間なんだから」

 

 

 真顔で構えるサスケと満面の笑みで構えるラセツの間に入り、2人を喧嘩が勃発しない程度まで宥めた後、ラセツに視線を向けた。

 

 

「ラセツ。サスケと仲良くしてやってくれ」

 

 

 そう、ラセツの艶やかな藍色の長髪を透くように撫で、そう頼む。 そんな頼まれ方をして断れる人間はいない。 

 

 

「むぅ……わかった、わかりました。仲良くしてあげます」

 

「別にいい」

 

「なんだとこのやろう」

 

「……兄さん、早く修行に行こう」

 

「え?無視??湖に飛ばすよ?」

 

 

 再度喧嘩が勃発しそうになるラセツとサスケに、イタチは2人が同じアカデミーに通うという事実に心配から頭を押さえた。 が、妙に気が合ったらしい2人は喧嘩ではなく、好きなクナイや手裏剣の話をし始め、イタチの心配は杞憂に終わりそうな雰囲気を見せていた。

 サスケとの会話が一区切りつき、サスケとイタチは元々の目的であった修行へ行き、ラセツは新たに栗饅頭を頼もうとしたその時。

 

 

「あ、いたいた。ラセツ!!」

 

 

 幼い少年の声がラセツの鼓膜を震わせ、首が折れるのではないかと思うほど、勢いよく声の方向へ顔を向けると、煌めく金髪に蒼穹を閉じ込めた瞳を持つ少年、ナルトが大きく手を振りながら走ってくる。

 

 

「見ろよこれ!!」

 

「それ…火影様の笠じゃん!」

 

「そーそー!!これで写真撮りに行くってばよ!!」

 

「いいねぇ!行こう!!」

 

「おーぬーしーらぁ」

 

 

 さすがは火影。アカデミー入学前の子どもに気配を悟られる事なく背後に立ち、腕を組んでいた。

 

 

「「ぎゃーー!!」」

 

 

 2人はまるで化け物を見たような叫び声をあげて逃げるが、呆気なく捕まり、説教の後に連れて行かれた先は写真屋だった。

 

 

「ふふふ」

 

 

 それが夕日の橙色に染まった頃、ラセツは家に帰り、ラセツと三代目とナルトの3人で撮った写真を写真立てに入れ、部屋の中で1番目立つと思ったところに飾った。

 

 

 

 



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第六話『アカデミー』

 木ノ葉のアカデミーに入学して暫くの時間が経ち、アカデミーの環境にすっかり順応している頃。 本日の授業をする演習場にラセツのクラスは集められていた。

 

 

「本日の演習内容はクナイを用いた、いつもより実戦の装備に近い演習をする」

 

 

 ラセツの学年の担任であるイルカは、硬い砂の上に三角座りをしている生徒たちの前に堂々と立ち、何もなかった手に、魔法のように一瞬で各指の間に計4本のクナイを挟んだ。

 

 

「まず、クナイ投げの練習を15分、その後5分の休憩を挟み、ペアを組んでクナイを用いた体術の練習を15分だ。3日後にクナイを用いたテストがあるから気を引き締めてやれよ」

 

 

 テスト、と言う言葉に愚痴をこぼす生徒達に構わず、イルカは練習用のクナイを配る。

 生徒達は的がある場所まで移動し、受け取った練習用のクナイを順番に投げ、回収するという作業を繰り返す。

 この単純で忍の基本ともいえる技術だが、忍の名家と一般の出や孤児は明らかに差が出た。 しかし、その差が霞んでしまうほど異質な存在があった。

 

 

「……ーーふ」

 

 

 先程のイルカのように各指にクナイを挟み、短い息と共に4本のクナイを同時に投げる。その複雑で微細なコントロールのされたクナイは当然のように各的の中心部に刺さった。

 あまりにも桁外れな技量に誰もがクナイを投げる手を止め、息を呑み、視線を奪われた。

 

 

「ら、ラセツ!!すげーってばよ!!」

 

 

 この異様な空気に一番最初に抜け出し、声をあげたのはナルトだった。

 その声に藍色の長髪を靡かせながら、まだ幼さが残る可憐な顔立ちを喜色に染め、魅入られそうなほど綺麗な紫紺の瞳に輝きで満たす。

 

 

「えへへ、未来の火影様のお役に立てるように、日々頑張ってるから!」

 

 

 カカシに師事してからこれまで、ラセツは1度も修行をサボったことはない。 それにカカシはチャクラコントロールの次に体術、そして手裏剣術などの武器を使用する技術に厳しい。 ラセツは忍術がまるでダメであり、鬼族特有の驚異的な身体能力や強靭な肉体を生かせる戦術が体術や武器を扱う戦術だった為だ。

 

 クナイや手裏剣を百発百中どころか千発千中させなければもう千本追加などの、鬼族であるラセツなんかよりよっぽど鬼な指導をするカカシの修行を思い出してラセツは思わず乾いた笑みを洩らした。

 

 

「オレも負けてらんねぇってばよ!!」

 

 

 ナルトは乱暴にクナイを握りしめ、勢いと力任せに投げる。 しかし、クナイはただ力任せに投げて真っ直ぐ飛ぶほど簡単な技術ではない。

 

 

「あーー!!」

 

 

 案の定クナイは的の方には飛んでいかずに、見当違いな方向に向かっていく。 しかし、威力だけは一丁前のクナイはかなり遠くまで行ってしまうだろう。そうなったら拾いに行くのがかなり面倒くさい。 それを想像したのかナルトは顔を顰める。

 

 

「…ーー」

 

 

 見惚れてしまうほど精錬された姿勢から、短い息と共にラセツはクナイを投げる。 あまり力を入れていないように見えたが、投げられたクナイのスピードはナルトの投げたクナイのスピードを優に上回っていた。

 次第に距離を詰めていき、ラセツの投げたクナイはナルトのクナイを弾き、方向を変え、どちらのクナイも各的の中心部へ刺さった。

 

 

「す、すっげー!!」

 

 

 目の前で起こった出来事にナルトは感情を素直に言葉にする。 ナルトだけではない。周囲の生徒達や、イルカでさえ、ラセツの技量に感嘆の息を洩らす。

 しかし、時間が経つたびにナルトは次第に表情を暗くしていく。

 

 

「ラセツは、すげーな。…それなのにオレってば…、」

 

 

 ナルトとラセツの付き合いは長く、ナルトの中で1番多くの時間を過ごしたのもラセツだ。 そんなラセツとの差は誰の目にも明瞭であったからこそ、まるで地面に叩きつけられるような感覚に陥った。

 

 

「……大丈夫、ナルトは投げ方が少しヘンテコなだけだよ」

 

「へ、ヘンテコ…」

 

「ラセツが教えてあげるから。……まずは持ち方」

 

 

 ラセツはナルトの斜め後ろに立ち、ナルトの利き手を優しく弄る。 薬指・中指・人差し指を合わせ、それに沿うようにクナイを載せて、持ち手の細長い所を親指で覆うように持たせた。

 

 

「棒立ちじゃ難しいから足を広げて少し腰を落として姿勢を安定させて。投げる時、肘をなるべく固定して安定させてそのまま真っ直ぐ振り下ろす」

 

 

 手本を見せるようにラセツはクナイを投げ、当たり前のように命中させ、優しく、だが促すようにナルトに紫紺の瞳を向けた。

 少し戸惑いを滲ませながらも言われた通り、そして見た通りにクナイを投げてみる。すると、中心とはいかないが、的にしっかり命中していた。

 

 

「で、出来たってばよ…!!」

 

「当たり前でしょ。ナルトは天才だもん」

 

「オレってば天才ーーッ!!」

 

 

 さっきの沈んだ表情は嘘のように、ナルトは快哉を叫んだ。

 そして周りは、お世辞にもクナイ投げや手裏剣術が上手いとはいえないナルトがしっかりとクナイを投げられた事実に誰もが目を見張る。

 

 

「ラセツー!オレらにも教えろ!!」

 

 

 クナイ投げに苦戦していた1人であるキバが手を振ってラセツを呼ぶ。

 するとラセツは指の間に2本ほどクナイを挟み、先程と同じように精錬された姿勢でクナイを投げ、的の中心部に刺さったことを確認した後にキバを見た。

 

 

「だから、教えろって…」

 

「見て覚える。それも修行。」

 

「えー…ナルトの時と態度違くね??」

 

「そんなことないよ。多分。」

 

「あるよな」

 

 

 その時、丁度クナイ投げ練習が終わる音がした。 キバは「次はちゃんと教えろよ!」とラセツの前から去っていく。

 次はクナイを用いた体術の練習だったはずだ。誰と組もうか辺りを見回した時、服の裾が微かに引っ張られ、その方向を見ると、濡羽色の短髪に白銅色の瞳を持つ愛らしい顔立ちの少女、日向ヒナタがいた。

 

 

「よ、よかったら、一緒に…組まない??」

 

 

 遠慮がちでかなり控えめではあるが、ヒナタなりの精一杯でラセツを誘う。

 ヒナタはこのアカデミーに入学してから出来た友人の1人であり、中でもラセツと親しい関係を築く人間だ。 断る理由はどこにも無かった。

 

 

「勿論だよ、ヒナタ」

 

 

 そう、笑顔で答えると、不安げに揺れていた白銅色の双眸を大きく見開き、じわじわと喜色を滲ませた。

 丁度いいタイミングで5分休憩の音が鳴り、ラセツとヒナタはお互いにクナイを構える。

 

 

「ーーはぁッ!!」

 

 

 最初に地面を蹴ったのはヒナタだった。 真面目で努力家、心の芯が強いヒナタらしい、優しいがどこか力強い攻撃がラセツに向かう。 

 ラセツはヒナタの繰り出す攻撃より低い体勢で踏み込み、半円を描くようにヒナタが手に持つクナイを弾いた。

 

 

「…ッ、」

 

 

 しかし、日向一族であるヒナタの強みはクナイでの戦闘ではない。幼少期から鍛えられてきた体幹を駆使し、低い姿勢になっているラセツを利用するように、ラセツの背中に手を当て、上から逃げて距離を取り、備えておいたクナイを引き抜き構える。

 

 

「…さすがヒナタだね」

 

「ううん、ラセツちゃんの方が凄いよ」

 

 

 ラセツの賛辞にヒナタは間髪入れずに賛辞を返す。その褒め言葉に一切嘘はない。何故なら、ラセツはまだまだ本気ではないからだ。

 

 ラセツが手を抜いている事実に気づきながらもヒナタは苛つきを持たない。 それは、ラセツが本気で相手をすれば一瞬で終わってしまい、練習の意味が発揮されない故に必要な手加減であることを理解しているからだ。

 

 

「ラセツちゃんは…、なんでそんなに強いの…??」

 

「強くないよ。まだまだ全然。」

 

「…なんで、そんなに強くなりたいの?」

 

 

 ラセツは強い。座学は下から数えた方が早いが実技に関しては頭1つどころか数個飛び抜けていた。その実力と技量はあの天才一族である『うちは』の少年でさえ霞んでしまうほど。

 

 

「争いのない世界を作りたいから。……あと、ナルトの役に立って護れる忍びになりたいから。」

 

「ナルトくんの…?」

 

「ナルトは未来の火影だから。堂々と隣に立てる様に立派な忍にならなきゃダメなの!」

 

「……あ、あの、ラセツちゃんは」

 

「ん?」

 

「ナ、ナルト君の事、好きなの?」

 

「うん!大好き!!」

 

 

 大好き、と答えた瞬間、ヒナタの身体がグラリと傾き、ラセツは慌ててその身体を支える。 その時、ヒナタがナルトを恋愛感情として好きなのを思い出し、ヒナタが勘違いしていることに気づいた。

 

 

「あ、恋愛的な意味じゃないから大丈夫だよ。安心して。」

 

 

 そう、口にすると、ヒナタは分かりやすく安堵の息を洩らす。 どこまでも素直なヒナタにラセツはうっすらと微笑みを浮かべ、ナルトとの出会いを思い出すように瞼を閉じた。

 

 

「ナルトはね。ラセツの英雄なの。」

 

「英雄…??」

 

「そう!ラセツを孤独から救い出してくれた英雄」

 

 

 あの日の出来事は今でもはっきり思い出せるほど酷く衝撃的で、ラセツの人生が変わった瞬間だった。

 その時、練習時間終了の音がした。

 

 

「あ、15分経っちゃったみたい」

 

「最初の方しかちゃんとやってなかったね…」

 

「ま、大丈夫でしょ。…集合かかってるから行こっか」

 

 

 ラセツはヒナタの手を優しく取り、妹の手を引くようにゆっくりと歩き出した。

 

 

 




次で一章完結です


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第七話『いってらっしゃい』

 放課後、週に5回、渋い顔をするサスケと甘味処へ行き、その後修行することになっていた。

 いくつもの木に囲まれている場所で、木や岩の影にクナイや手裏剣の的を置いてあり、狭いが地形の障害物を駆使しながら体術の修行が出来るという、修行にはもってこいの場所だった。

 

 

「ーーー…」

 

 

 両手の各指にクナイを挟み、計8本のクナイを投げる。

 死角となっている岩陰にある的にも当たるよう、クナイ同士を弾かせるという、アカデミーでやっている実技とは比べ物にならない程高難易度だ。

 

 

「さすがだな」

 

「師匠に厳しく教えられてるからこれくらいはね。……でも、やっぱりイタチのようにはいかないや」

 

 

 クナイは全て的に当たっていたものの、全てが中心部に当たったわけではない。 この高難易度な技術をイタチは優にこなし、クナイが当たる瞬間の時間でさえ揃える。

 

 

「兄さんは天才だからな」

 

「サスケのイタチ至上主義は何なわけ?」

 

 

 少しイタチを褒めれば、サスケが堂々と自慢げに胸を張る。 そんなサスケにひとつため息を零し、飽きたようにクナイを弄ぶ。

 

 

「…そろそろ組手にしない?」

 

「あぁ…………折るなよ」

 

「折ったことないのに普段から折ってるみたいに確認するの辞めて」

 

 

 確かにラセツの怪力は常人の域どころか人間限界を優に超えており、力を溜めて地面を殴るか蹴るかをすれば、地面は無惨に砕け散る。 人間の骨なんて鉛筆のように折ってしまえるだろう。

 しかし、力のコントロールはしっかりしているラセツにとってサスケの確認は不愉快なものであり、頬を膨らませるが、サスケは気にせず、合図もなしに組手を開始した。

 

 

「はーい、またラセツの勝ち」

 

 

 組手を始めて早1時間。組手は全てラセツの完勝であり、特に数えてはいないが順調に連勝記録を更新中である。

 

 

「チッ」

 

「あー!舌打ちした!!」

 

 

 1度たりとも勝てていない事実に腹を立てるのはわかるが、隠す気のない舌打ちにラセツが不機嫌になる。 

 サスケは自分の手を見て開いたり閉じたりした後、悔しそうに拳を強く握った。

 

 

「やはり実技はまだ勝てないな」

 

「まだって…。抜かされるつもりはないよ」

 

「いや、抜かす」

 

「ラセツを抜かせるのはナルトだけだもん」

 

「お前のナルト至上主義はなんなんだよ」

 

「サスケに言われたくない」

 

「………ほら、もう一本やるぞ」

 

「あ、誤魔化したな??ま、いいけど」

 

 

 その後もラセツの連勝記録は途絶える事無く、いつしか空は橙色を通り越して深い群青色に染まっていた。

 

 

「…すっかり、遅くなっちゃったね」

 

 

 見事な満月はかなり高い位置まで登っており、おそらく7時は超えているだろうと推測できる。

 

 

「もう少し早く切り上げてくれればよかったんだけど…」

 

「……転移があるからいいだろ」

 

「転移はしないよ」

 

「…なんで」

 

「今日、アカデミーで変化の練習しすぎてチャクラ使いすぎちゃったの」

 

 

 ラセツは固有能力である《空間転移》以外の忍術は大の苦手であり、実技で唯一補修ギリギリの成績なのである。

 自習の時間や休み時間にヒナタを引っ張り出して変化の術を使いまくってしまい、現在、ラセツの中に《空間転移》に必要なチャクラが十分にない。

 

 

「今のチャクラ量じゃ座標が不安定になるってことか」

 

「そ。サスケの手足をバラバラに転移しちゃっていいなら転移するよ」

 

「良いわけないだろ」

 

 

 サスケはひとつ溜息をついた後、忘れ物がないか十分に確認し、うちはの家紋見える背中を向けた。

 

 

「ほら、行くぞ。今日の晩飯はハンバーグだって母さんが言ってた」

 

「え!それすっごく楽しみ!」

 

 

 ラセツは軽い足取りでサスケの半歩前を走り出した。

 あと少し、あと少しでうちは一族の地区に着く時、視線を感じ、ふと上を見た。

 

 

「どうした?」

 

「ううん。なにがいた気がしたけど、気のせいだったみたい」

 

 

 紫紺の瞳には一際高い電柱と、その奥には思わず息を洩らしてしまいそうになる程に見事で綺麗な満月があるのみ。

 ラセツは視線を道に戻し、酷く暗い道をサスケと共に走った。

 

 

「……おい、ラセツ」

 

「なぁに?」

 

「…まだ、寝るような時間じゃないよな?」

 

「………うん」

 

 

 夜だといえど、道はあまりにも暗かった。 普段ならば暖かい民家の明かりが漏れている筈なのに。

 嫌な胸騒ぎと本能からくる警報音が頭の中を叩く。 痛いと思ってしまうほどの警戒音を聞きながらラセツとサスケは視野を少しずつ広げていく。

 

 

「これは…」

 

「な、にこれ……」

 

 

 ーーーーびちゃり

 

 

「ぁ、」

 

 

 音がしたのは足元。ゆっくり視線を向ければそこには水より粘着性のある赤が広がっており、思わず後ずさる。

 

 

「なんだよ、これ……父さんと母さんは…??」

 

「サスケ!1人じゃ…、」

 

「ラセツは他に生きてる人がいないか、確かめてくれ!」

 

 

 走り出すサスケに静止は効かず、ラセツは少ないチャクラを絞り出していつでも空間転移が出来る様に境界を設定する。

 不安に唇を噛み締めながら酷く静寂なうちはの地区内を歩く。 次第にビチャビチャと血の音を鳴らす足の裏に恐怖を覚え、屋根の上に登った。

 

 

「お前…うちはじゃないな。何者だ。」

 

「ーー!」

 

 

 人の声に振り返り、咄嗟にクナイを構えた。 

 そこには右目部分を中心にうずまきを描いた仮面をつけている男がいた。 目の前にいる男に気配は無く、常軌を逸する程の手練れであることが分かる。 空間転移で逃げてしまいたいところだが、生憎チャクラも僅かで座標が不安定な為、遠くに転移は危険だ。

 今、この場で助かるには目の前の男を倒すしかない事実に、汗で滲んだクナイを強く握りしめた。

 

 

「……何者か、なんてこっちが聞きたいんだけど。」

 

「まぁ、確かにそうか。」

 

 

 ラセツの絞り出したような言葉に、男はあっさりと答える。直後、絶叫の様な泣き声が静寂を震わせた。

 

 

「サスケ!?」

 

「安心しろ、弟は殺さない。」

 

「………なにが、目的なの。」

 

「お前には、関係のない話だ。」

 

 

 男は足先を僅かにラセツの方へ向ける。 その瞬間、ラセツは空間転移を発動させた。境界は男のど真ん中に設定して。

 

 

「ーーな!?」

 

「チッ」

 

 

 しかし、座標は安定せず、狙いは思い切り外れて男の外套の端と位置交換となった。が、そんな事は想定内だ。 ラセツは握りしめたクナイで銀線を描くが、動揺から落ち着きを取り戻した男は当然というように躱す。

 

 

「……その歳で時空間忍術を使うか。面白いな。」

 

「不審者におもしれー女認識されても嬉しくないんだけど。」

 

 

 なけなしのチャクラを絞り《空間転移》を発動したせいで身体には酷い倦怠感がのしかかる。 しかし、気力で踏ん張り再度クナイを構えたその時。仮面の男の横に音もなく人影が降りた。

 

 

「ーー終わったか」

 

「あぁ」

 

 

 仮面の男と話すのはイタチだった。

 見慣れた漆黒の双眸ではなく、柘榴石のような双眸を静かにラセツに向ける。

 

 

「…気をつけろ。ラセツの《空間転移》は空間を交換して転移する術だ。転移する空間と転移しないの境界に配置されると断裂される上に、境界はラセツが指定できる。」

 

「……ラセツ、《空間転移》については転移するとしか言ってないし、イタチに関しては一度しか見せてない筈なんだけど」

 

「初めて見せてもらった時、元いた場所の植物も一緒に転移し、転移した場所では茂みは刻まれていた。」

 

「…!」

 

「そこで空間を交換して転移している事と、転移する空間と転移しない空間の間に境界が存在する事を推測し、逆にお前1人が去った際はどこも刻まれていなかった事で転移する空間を指定できることが分かった」

 

「わぁ…凄いね」

 

「忍だからな。」

 

「いや、流石に一回でそこまで見破るのは凄いと思うよ」 

 

 

 いとも簡単にラセツの《空間転移》を見破るイタチに場違いといえど感心する。 仮面の男はイタチの話を聞き、ひとつ溜息を吐いた。

 

 

「……かなり厄介な能力だな。外套が持っていかれた」

 

 

 そう、ユラリとラセツの方に身体が向いた瞬間、イタチが片腕を上げ、柘榴石の様な双眸を細めて仮面の男を静止する。

 

 

「里には手出ししないという約束の筈だ。ラセツも例外じゃない」

 

「……そうだったな。………オレは行く」

 

「先に行っててくれ。木ノ葉の上層部に念を押しておく」

 

 

 仮面の男は右目を中心に吸い込まれる様に消え、ラセツとイタチの間に重い沈黙がおりる。 一歩。屋根を踏んだ音がする。その瞬間、ラセツはクナイを投げる。警告のつもりかクナイはイタチの頬の皮1枚だけを掠って過ぎる。

 

 

「それ以上近づいたらいくらイタチでも刻むよ」

 

「……大丈夫だ。近づかない」

 

 

 鋭いイタチならラセツが今チャクラ不足で十分な空間転移が出来ない事くらいお見通しだろうが、イタチは一歩踏み出した足を引いた。

 

 

「……ねぇ、イタチ」

 

 

 ラセツは尋ねる。

 

 

「あなたは、何のために戦ったの?」

 

 

 このうちは一族の惨状はイタチと先程の仮面の男が成した事は2人の短い会話から明瞭だった。 でも分からない。なんでそんな事をしたのだろうと。 だってイタチは誰よりも平和を愛し、争いを嫌う男だったから。

 

 

「……」

 

 

 ラセツの問いにイタチは何も答えない。ただ柘榴石のような紅い瞳から一筋の涙を零す。それはラセツに全ての真実を語りかけた。

 里と一族。どちらを取るかの選択を迫られたイタチの真実を。

 

 

「…そう」

 

 

 血臭のする風が2人の間を吹き抜ける。それがイタチという平和の為の犠牲と選択の重さを感じさせた。

 

 

「きっと間違ってなんていない。ただ、現実は楽じゃなかった。……それだけ」

 

「あぁ、それだけだ」

 

 

 ラセツは今まで、正しい選択をすれば平和になるのだと思っていた。しかし、今のうちは一族とイタチを見て、正しい選択だけが皆を幸せにするわけではないという現実の厳しさを知った。

 

 

「平和は、難しいね」

 

「あぁ、とても」

 

 

 これだけの犠牲を払っても平和は常に薄氷の上だ。ラセツは現実の厳しさを知ると同時に自分の夢の難しさを再確認した。

 

 

「ラセツ」

 

「なぁに?」

 

「俺が居ない間、里とサスケを頼む」

 

「サスケはともかく、里は下忍にもなってないラセツに頼む事じゃないよ」

 

「そうだな。でも、お前に頼みたかったんだ。……オレとお揃いなお前に」

 

 

 思わず顔を上げた。しかし、吹き抜ける風に揺れる黒い髪がイタチの顔を隠していて表情が見えない。 でも、ラセツには今イタチがどの様な顔をしているのか簡単に予想がついた。

 紫紺の瞳を軽く伏せ、目の前の惨状から目を逸らさずに答えた。

 

 

「……此処はいつかナルトが火影になる里だし。サスケはナルトのライバルだし」

 

「ラセツは本当にナルト君が好きだな」

 

「当たり前でしょ。ラセツの恩人で英雄だもの。それはこの先もずっと変わらない。……勿論、ラセツが平和を愛する気持ちも変わらない。イタチとお揃いのまま」

 

 

 2人以外は何もいない静寂なこの空間に酷く響くラセツの言葉をイタチは柘榴石の様な瞳を揺らしながら黙って聞く。

 

 

「だから。手の届く範囲にはなっちゃうけど、里もサスケもちゃんとラセツが任されてあげる」

 

「……ありがとう」

 

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 

「あぁ、いってくる」

 

 

 別れには短すぎる言葉を交わしたあと、イタチはもうそこには居なかった。ただ、イタチの言葉が頭の中で何度も反芻され、心を砕き、暴いていく。

 

 暴いていく途中で2度とイタチと過ごす日常も、胸が潰れてしまいそうなくらいに優しい笑みも、声も、態度も。ラセツに向ける全てが失われた事に気づく。 その喪失感は果てしないもので、紫紺の瞳から大粒の雫が零れ落ちる。

 

 

「なんで、今更」

 

 

 心を砕き、暴いた先で芽吹いているモノに気づくにはもう遅すぎた。いや、こうなる運命が決まっていたなら遅いも早いも存在しない。いっそーーー。

 

 

(ーー……気づかない方がずっと幸せだったのに。)

 

 

そう、思わずにはいられなかった。

 

 

 




あー…やっと第一章終わってホッとしてます。次回から二章入ります


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第二章『木ノ葉の羅刹』
第八話『卒業試験』


 里を大いに騒がせた『うちは事件』から数年が経ち、ラセツは12歳となっていた。 

 

 

「明日はアカデミーの卒業試験だぞ!!いいか、ナルト!!お前は前回も、前々回も卒業試験に落ちてるんだ!悪戯している場合じゃないだろバカヤロー!」

 

 

 そして今、すっかりとお馴染みとなっているイルカの説教が繰り広げられている。 火影岩に落書きをするという盛大で大胆な悪戯をしたらしいナルトだが、反省の色は全く無く、イルカの額に青筋が浮かんだ。

 

 

「今日の授業は変化の術の復習テストだ!既に合格している者も全員並べ!!先生そっくりに化けること!!」

 

 

 イルカの怒りは周りに飛び火し、生徒達は文句を口にするが、イルカがテストの発言を取り消す事は無く、生徒達は渋々と席から立ち上がる。

 

 

「えー…ラセツ、変化の術苦手……」

 

「だ、大丈夫だよ!前は合格できたんだし…」

 

 

 そう、ラセツを必死に慰めるのはヒナタだ。

 ヒナタとは親友と言っても過言ではないほどの関係を十分に築けており、アカデミーでもよく一緒に過ごしている。

 

 

「とは言ってもねぇ…」

 

 

 チャクラコントロールはカカシの指導のおかげで申し分ないレベルまで上げられたが、相変わらず忍術はからっきしなのである。 成功率8割で《変化の術》と《分身の術》がやっと出来るくらいである。

 苦手な忍術のテストが始まる事の憂鬱さにラセツは溜息をつく。そんな時。

 

 

「変化!!」

 

 

 聞き慣れた元気の良い声が教室に響く。 白煙がナルトを包み込み、白煙が晴れたじめた時、そこには変化対象であるイルカの姿ではなく、女性特有の起伏に富んだ裸体を堂々と晒す金髪の美女がそこにいた。

 イルカにとって目の前の女性はあまりにも刺激的だったらしく、鼻血を滝の様に流して倒れた。

 

 

「ギャッハハハッ!!どうだ!名付けてお色気の術!」

 

 

 思惑通りに盛大に鼻血を出すイルカを見てナルトは変化を解き、腹を抱えて大笑いをする。ラセツも愉快な光景に先程の憂鬱さはどこへ吹き飛び、口元を押さえながら肩を震わした。

 

 

「……この、大馬鹿者!!勝手にくだらん術を作るな!!」

 

「くだらなくないってばよ!!な、ラセツ!!」

 

「うん、見事イルカ先生を撃破したすっごい大技!!」

 

「ラセツ!!毎度だが、ナルトを全肯定するんじゃない!!」

 

「だってナルトはラセツの正義だもの」

 

「そんな正義を自信満々に掲げるな!次、ラセツ!!」

 

 

 完全に矛先がラセツに向いてしまい、いきなり順番を回されたラセツは盛大に顔を歪めた後、渋々とイルカの前に立ち、印を結んだ。

 

 

「いきます!!変化!!」

 

 

 一般的に考えれば時空間忍術に分類される《空間転移》とは比べ物にならないほど低難易度の忍術だが、ラセツにとっては逆だった。 《空間転移》を使用する時の数倍の集中力と念入りにチャクラを練って変化をする。

 

 

「…よし。合格」

 

「ーーっふぅ」

 

 

 イルカの言葉で一気に気が抜けた様に変化を解き、ヒナタにもたれかかり、藍色の髪を撫でるヒナタの手のひらを堪能する。

 

 

「フン、変化の術ごときで情けないな」

 

 

 その言葉にラセツは身体を苛つきでピクリと反応させた。 ヒナタの肩から顔を上げ、ジトリと細められた紫紺の瞳に端正な顔立ちをした黒髪黒目の少年、うちはサスケが映る。

 

 

「……差しでの勝負、ラセツに勝った事ないくせに」

 

 

 生意気な口を開くサスケにラセツはそうポツリと呟いた。 するとサスケは額に青筋を浮かべ、頬を怒りで震わせた。

 

 

「おいラセツ、表に出ろ。今すぐそのムカつく面を地面に擦り付けてやるよ」

 

「その言葉、そのまま返すよ」

 

「コラ!!ラセツにサスケ、喧嘩をするな!」

 

 

 騒がしいアカデミーの授業が終わり、放課後。 ラセツは雑巾を手に、火影岩がある崖の場所に来ていた。そこからは聞き馴染んだイルカとナルトの声が聞こえてきた。

 

 

「ラセツはともかく、ナルトは綺麗にするまで家には帰さんからな!」

 

「別にいいよ。家に帰ったってだーれも居ねェしよ!」

 

「ラセツも1人暮らしだから門限は無いの。最後まで付き合うよ」

 

「ラセツ!」

 

 

 雑巾を手に現れたラセツに、ナルトは蒼い瞳をめいいっぱい開き、輝かせる。 ラセツはそのままナルトの隣に飛び降り、足元に置いてあったバケツで雑巾に十分な水分を含ませて火影岩を彩っている落書きを拭っていく。

 

 

「ナルト、ラセツ」

 

 

 ふと、上から声がしてラセツとナルトは同時にイルカの方を見る。 イルカは視線を泳がせ、頬を指で掻きながら少し複雑な顔つきのまま口を開いた。

 

 

「まぁ、なんだ。それ全部綺麗にしたら、今晩ラーメン奢ってやる」

 

「よーっし!オレさ!オレさ!頑張っちゃお!!ラセツ!!速攻で終わらせるってばよ!」

 

「了解!」

 

 

 水飛沫を盛大に飛ばしながら倍速とも思わせる程のスピードで掃除を完了させ、一楽にてラーメンを奢ってもらったあと、星空と月が見事に輝く空が視界を彩るほどすっかり暗くなってしまった帰路を歩く。

 

 

「イルカ先生のケチ!!」

 

「まだ言ってるの?」

 

「だってさ、だってさ!ちょっとくらい良いじゃん!」

 

 

 ナルトは一楽にてイルカに額当てをさせてくれと頼んでいたが、笑顔で断られてしまい、その事に対して拗ねていた。

 

 

「でも、明日の楽しみが増えたでしょ?」

 

 

 明日は卒業試験だ。合格すれば念願の下忍であり、忍の証である額当てが贈られ、身につける事が許される。 ナルトは不機嫌から膨らましていた顔から一変、「たしかに!」と無邪気に笑い、釣られる様にラセツも頬を緩ます。 しかしすぐ地面に視線を落とした。

 

 

「…でも、受かるかすごく不安」

 

「大丈夫!!」

 

 

 不安から地面と睨めっこをしていたラセツの顔が弾かれる様にあがる。 そして、夜だというのにひだまりの様な笑みを向けるナルトに思わず息を呑んだ。

 

 

「ラセツならぜーったい大丈夫だってばよ!!オレが保証してやる!」

 

「…ふふ、なら安心だね。明日、お互い頑張ろう!」

 

「おう!」

 

「寝坊、しちゃダメだからね?」

 

「わかってるってばよ!!」

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 次の日。

 大丈夫だと言われても緊張してしまう。滲む手汗を強く握り締めながら試験官であるイルカの話をじっと聞いた。

 

 

「ではこれより、卒業試験を始める。呼ばれた者は隣の教室に来る様に、尚、課題は分身の術とする。」

 

 

 分身の術。そう言われてラセツは地面に叩きつけられる心地がした。 何度も言う様にラセツは忍術が大の苦手なのだ。 苦手分野を卒業試験の課題にされ、絶望しない者は居ない。

 

 

「あぁぁあ、ヒナタどうしようぅ」

 

「だ、大丈夫だよ。それに、この前成功してたでしょ??」

 

「そうだけど、たまに失敗するし…」

 

 

 隣に座るヒナタに泣きつくが、卒業試験の内容は変わってくれない。 行き場のない絶望は段々と怒りに変わっていき、試験内容に八つ当たりし始めた。

 

 

「なんで卒業試験が、こんな難しい忍術なんだろう…。空間転移とかにすればいいのに。」

 

「普通は逆だっての。なんで時空間忍術使えて基本忍術な分身の術が苦手なんだよ」 

 

 

 ラセツの八つ当たりに反応したのはすぐ後ろの席に座り、気だるそうに頬杖をつくシカマルだ。 

 

 

「わっかんない!!天はふたつを与えないってやつじゃない?」

 

「天は二物を与えずな。……でもお前には当てはまんねぇと思うぜ」

 

 

 座学が壊滅的で忍術が苦手といえど高等忍術中の高等忍術である時空間忍術の習得、忍となるべくして生まれたと言っても過言ではない天性の身体能力と強靭な肉体。

 その上、2つに結われた藍色の長髪は傷みを知らない艶めきに満ちており、紫紺の瞳は思わず魅入ってしまいそうな程のものだ。肢体は細く白いが健康的で顔立ちはまだ幼さが残るものの、可憐で美貌の片鱗を十分に訴えかけている。

 天に二物どころか数物与えられている気がするが、ラセツはそんな事微塵も気づいていない。

 

 

「そうかな?ラセツから見ればサスケとナルトとシカマルは特に天才だと思うけど」

 

「お前のナルト至上主義はホント理解できねぇな」

 

「だって本当だし」

 

「……ま、ナルトはともかくサスケとオレを並べんな。オレは平均だ」

 

「嘘つき」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

「残念。ラセツの目は騙されないよ。シカマルは天才。特に此処」

 

 

 悪戯っぽく、揶揄う様に微笑み、片目を閉じてラセツは人差し指でこめかみを突く。

 

 

「チーム演習の時、シカマルが司令塔に着いたらすっごくやりやすいんだから」

 

「別に、普通だろ」

 

「個人及び相手の能力、装備、配置は勿論、その場の環境や地形。その他の細かい情報も全て利用した作戦立案と実行能力。……誰にでもできることじゃない。」

 

「ンなことねーよ。サスケとかサクラとか。」

 

「確かにサクラは上手だけど、サスケなんてダメだよホント!!全部1人で突っ走っちゃうもの!」

 

「オレ1人で十分だからに決まってんだろ阿保」

 

「それで毎回ラセツに負けてるのは誰かなぁ??」

 

 

 対抗するためか途中で会話に横入りしてきたサスケに、クスクスと口元に手を当てて笑いながら返答をするその姿はタチの悪い小悪魔そのもの。 サスケはホルスターからクナイを取り出し、滑らかな動作で投げる。

 

 

「おっと、…危ないでしょ」

 

「お前なら大丈夫だろ」

 

 

 ラセツは身体に刺さる寸前のところで投げられたクナイの持ち手を掴んでいた。 大丈夫、と言うだけあって投げる速度はいつもと比べ物にならない程だったが、失敗したら大怪我に繋がる。 

 

 

「ラセツ…お前、嫌な信頼のされ方してんな」

 

「ラセツも今そう思った」

 

 

 ラセツはサスケのクナイを少し弄んだ後、刃の部分を持ち、サスケに持ち手部分を向けて投げてクナイを返す。 ラセツはシカマルに視線を戻すと同時に脱線した会話を元々話していた会話内容に戻した。

 

 

「……ま、頭だけじゃなくてシカマルは忍術も上手だし。結構天才の部類だと思うよ」

 

「そーかよ」

 

「あ、照れた?」

 

「そう見えたなら医療忍者に頭診てもらったがいいぞ」

 

「え、冗談だよ?冗談だからね」

 

 

 真顔でそう言い放たれたラセツは慌てて弁明する。直後「わかってるよ」と言われ、揶揄われていた事に気付いたラセツの怒りメーターは急上昇した。 ヒナタに宥められ、怒りメーターは収まったものの、ラセツの頬は膨らんだままだった。

 

 

「次、ラセツ!」

 

「…あ、呼ばれちゃった。行ってくるね」

 

 

 呼び出しの先生がラセツの名前を呼び、ラセツの感情は怒りから緊張へ一気に変わる。再度汗がにじみ始めた拳を握り席から立ち上がった。

 

 

「おー、頑張れよ」

 

「ラセツちゃん、頑張って!」

 

 

 仲の良い友人達の声援を胸に、ラセツは教室から出て、試験が行われる教室のドアにそっと触れ、最小限の音で扉を開けた。

 

 

「失礼しまーす…」

 

「あはは、いつもの元気はどうした」

 

「えへへ…」

 

「いつもそれくらいお淑やかだったらなぁ…」

 

「喧嘩なら最安で買いますけど?」

 

 

 イルカの言葉のおかげで緊張がすっかり抜けたラセツは卒業試験の課題である《分身の術》の印を組み、慎重にチャクラを練り上げた。

 

 

「《分身の術》!!」

 

 

 ラセツの隣にラセツの分身が1人現れる。 イルカとその隣に座るミズキはラセツの分身の術を見て少し顔を顰める。

 

 

「皆は3人以上に分身しているんだが……分身の術は出来てるし、まぁいいだろう。合格だ」

 

「や、やったぁ!!!」

 

「ほら、額当て。」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 イルカから差し出された額当てを受け取り、まだ真新しく銀に輝く額当てに自分を映す。

 

 

「これでラセツも下忍……!!」

 

「そうだな。でもまだスタートラインに立ったに過ぎない。これからもっと精進する様に!」

 

「はい!」

 

「…ラセツに関しては特に勉強な。」

 

「うぐっ、」

 

 

 ラセツの座学は下から数えた方が早く、赤点常連組である。ラセツは曖昧に返事をしたあと下忍になった登録のために写真を撮る。 その時にナルトが卒業試験に落ちたという情報を拾い、ナルトを探そうと足を動かすが、どう声をかけて良いか分からず帰路の道をふらふらと歩いた。

 

 

「お、ラセツじゃないの」

 

 

 唐突に名前を呼ばれて振り返ると、額当てで片目を隠し、顔の半分をマスクで覆う不審者の様な見た目の男、カカシがいた。 カカシはまずラセツが手に持つ真新しい額当てに目をやった。

 

 

「…卒業試験合格したんだ。おめでとう」

 

「師匠…」

 

「なに落ち込んでんの?まさかオレが原因?」

 

「違う…。今回は師匠の顔見て落ち込んだわけじゃない…」

 

「…突っ込みたいことあるけど今回はスルーして話聞いてあげるよ」

 

「甘味処に行きましょう」

 

「はいはい」

 

 

 ゆったりとした速度で甘味処に向かう途中で、ラセツは卒業試験にナルトが落ちたこと、ナルトに対して何を言ったら良かったか分からなかった事を素直に話し、カカシは考えるように手を顎に当てた。

 

 

「なぁるほどね。そりゃ難題だ」

 

「ラセツ、ナルトに色々してもらってるのに何も返せてない。ラセツの阿保馬鹿おたんこなす意気地なし」

 

「そんなこと、ないと思うけどなぁ…」

 

 

 カカシの言葉にラセツは勿論納得などせず、めそめそと両手で顔を覆う。 カカシは小さく笑い、ラセツの頭を少し乱暴に撫でた。

 

 

「でもま、なるようになるさ」

 

「師匠役立たず」

 

「あれ?そんなこと言っていいの?この後修行見てやろうと思ったのに」

 

「ごめんなさい」

 

「なんという見事な土下座」

 

 

 大通りのど真ん中で見事すぎる土下座をし、カカシが周囲の里人に盛大に勘違いされ、自業自得といえど鬱憤を晴らす様な鬼畜の修行が行われた翌日。

 

 

「ラセツーーー!!」

 

 

 明るく弾んだ声がラセツを呼ぶ。 声の方向を見ると満面の笑みで大きく手を振りながら向かってくるナルトの姿があった。そして額には見慣れたゴーグルではなく、少し霞んでいるがしっかりと手入れされている銀色が目に入る。

 

 

「ナルト、その額当て…」

 

「オレも忍者!」

 

「ご、合格したの??」

 

「おう!……ラセツ?」

 

 

 紫紺の瞳を見開き、唇を震わせているラセツにナルトは少し眉を顰めて心配そうに覗き込んだ、その時。

 

 

「よ、よかったぁあぁ!!おめでとうぅぅう、」

 

 

 ナルトに飛びついて強く抱きしめた。安堵と感動が混ざりに混ざった泣き声をあげるラセツの背中を、ナルトは照れ臭そうに笑いながら優しくさすった。

 

 

 

 




第二章、開始でっす!


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第九話『班分け』

 カーテンから洩れ出る煌めく光に自然と瞼が開く。欠伸を噛み殺し、ひとつ大きく伸びをして寝台から降りると途中までバツ印ついているカレンダーが目に入る。 そして今日の日付には『説明会』と予定を表す文字が書いてあり、ラセツの胸は僅かに弾んだ。

 

 一連の朝の支度をした後、鏡の前に立ち、真新しい額当てを首に巻いてラセツは満足げに微笑む。 尻目で時計を確認し、説明会の時間に遅れない様に家から出る。

 

 

「ラセツちゃん、おはよう」

 

 

 見慣れた大通りを歩いていると、鈴を転がす様な可愛らしい声に挨拶をされ、振り返るとそこにはヒナタがいた。

 

 

「ヒナタ、おはよう!……額当て、つけてるところ一緒だ」

 

「ホントだ…、一緒だね」

 

 

 女の子はお揃いがかなり好き。それはラセツとヒナタも例外ではなく、お互いに顔を緩ませた。 たわいもない話をしながら説明会会場へ向かう。

 

 

「あ、ラセツ!ヒナタも!」

 

 

 説明会が行われる部屋に入ると、もう既にナルトが席に座っており、満面の笑みで手を振ってきた。

 

 

「な、ナルトくん…お、おはよう」

 

「ナルトおはよう!額当て、すっごく似合ってる」

 

「やっぱ、やっぱ?オレってば額当て、すげー似合うよな!」

 

 

 嬉しそうに話すナルトの横の通路を通り、ラセツはヒナタの隣に腰を下ろし、いつもは白い頬が真っ赤に染まっているヒナタの顔を悪戯っぽい笑みを浮かべながら覗き込んだ。

 

 

「話しかけなくて良かったの?」

 

「…無理だよ……」

 

 

 頭から湯気が出てきてしまいそうなほど体温を上げていくヒナタに扇子で煽ぐ。 その時、悲鳴の様な声がラセツの鼓膜を突き、思わず視線を向けるとナルトとサスケがキスをしており、呆気に取られるが、すぐに喉奥から笑いが込み上げてくる。

 

 

「ぶっ、くくくっくく…」

 

 

 本当なら床に転げ回って大笑いをしたいが、サスケに怒られる未来しか見えない。 なのでラセツは出来る限り笑い声を噛み殺し、何度も机に手のひらを叩きつけたい衝動を押し殺す。

 

 

「……おい阿保ラセツ。さっさとその不愉快な笑いを止めろ」

 

 

 サスケの鋭い殺気が向ける酷くドスの利いた声を聞く限り、ラセツの努力は無駄だったらしい。 唇を腕で必死に拭いながら席を立ったサスケは猛烈な憤激を纏っており、ラセツは怒りをぶつけられる覚悟を決めた。

 しかし、サスケがラセツに到達する前にイルカが入室し、サスケは渋々と座り直し、ラセツはホッと安堵の息を吐いた。

 

 

「今日から君達はめでたく一人前の忍者になったわけだが…しかしまだまだ新米の下忍!本当に大変なのはこれからだ!!…今後君達はスリーマンセル、及びフォーマンセルを作り、上忍先生の下、里から与えられた任務をこなしていくことになる」

 

 

 その瞬間、誰が総合成績主席であり、女子から大いに好意を寄せられているサスケと組むかで話題がいっぱいになる。

 

 

「やっぱりサスケは人気だね」

 

「ま、予想は出来てたけどな」

 

 

 答えたのは通路を挟んだ隣に座り、気だるそうに頬杖をつくシカマルだ。 シカマルは目線だけをラセツにやり、頬杖をついていない方の手でラセツを指した。

 

 

「それに…お前もな」

 

「え?そうなの?」

 

 

 シカマルから見ればラセツは阿保な子だが、周りにとっては違う。 愛らしく整った容姿は微笑むだけで相手を恋に落とす魅力があり、アカデミーではサスケと並ぶ初恋泥棒だ。ラセツと同じ班を望む男子は多い。

 

 

「まぁ、オレもお前とは組みたいと思ってる」

 

「え、何それ嬉しい。…でもなんで?」

 

「だってお前強いし」

 

 

 シカマルはラセツに恋する男子とは違い、ラセツの能力、そして本質を見て組みたいと判断した。

 ラセツは頭が非常に悪く、忍術も下手くそだ。しかしそれを簡単にカバーできてしまう程に高い体術や武器を扱う実技能力と、高等忍術中の高等忍術である時空間忍術の会得。個人としての能力は申し分はない。

 

 

「…それに連携も取りやすいからな」

 

「連携?」

 

「……お前なぁ、班活動って言われりゃ普通に察しがつくだろうが」

 

「え?そうなの??」

 

「ったく、めんどくせーな…1回しか言わねぇからちゃんと聞いとけよ」

 

「うん」

 

「班活動は、仲間と連携して任務遂行率と生還率を上げることを目的としてる。…だから応用と連携が取りやすい人材が欲しいンだよ」

 

 

 その班活動の目的においてラセツという人間は非常に優秀だった。

 作戦や指示を聞く耳を持ち、高い実技能力は作戦や指示を実行する能力があった。その上、ラセツが習得している時空間忍術は応用性があって連携の幅がかなり広がる。

 班活動で任務をこなすメンバーに欲しくないわけがなかった。

 

 

「そっか、連携かぁ…それならナルト以外がいいな」

 

「「「え!?」」」

 

 

 シカマルの話を聞いてそう言葉を洩らすラセツに、周りの生徒だけでなく、前に立つイルカでさえ説明を中断してラセツを凝視する。

 

 

「ラ、ラセツちゃん??」

 

「お前…なんか変なもん食ったか?」

 

「明日はクナイが降ってくるかも!」

 

「きっと手裏剣も降ってくるわ!」

 

 

 ヒナタは眉を心配そうに寄せて口元を抑え、シカマルはいつもの気怠げな態度はどこに置いてきたのかラセツの両肩を掴んで揺さぶり、ナルトはショックから魂が抜けた様な表情をして、いつも無表情なサスケでさえ黒い瞳を見開いて驚きを露わにしている。

 その他の生徒達も明日の天気を心配したり、中には世界の心配をする者まで現れていた。

 

 

「え?なになに?ラセツ、変なこと言った?」

 

「言っただろ!あのナルト至上主義のお前がナルトと組みたくない!?」

 

 

 ラセツは自他認めるナルト至上主義だ。 そんなラセツがナルトと一緒の班編成じゃない方が良いと言うなんて、天地がひっくり返るのと同じくらいの衝撃だった。

 ラセツはらしくなく声を張るシカマルの発言に、ムッとした様に僅かに眉を寄せた。

 

 

「連携を重視しないなら当然一緒がいいに決まってるでしょ。なったらなったで超嬉しい」

 

「じゃあ、なんで」

 

「ラセツ、ナルトを転移させることはできないから」

 

 

 ラセツの発言に全員の視線がナルトに移り、言葉を失った。 いつも無駄に溌剌としているナルトの蒼い瞳はどこか遠くを見つめており、その表情は酷く渇いていたからだ。

 

 

「あー…あれは2度とごめんだってばよ……」

 

 

 イルカや三代目にどれだけ怒られても、そっぽを向いて反省をしない悪戯小僧にこんな表情をさせるとはどういう事なのか。

 そんな疑問を持ちながら視線をラセツに戻すと、ラセツは申し訳なさそうに紫紺の瞳を泳がせ、指を突き合わせていた。

 

 

「ラセツの転移はラセツよりチャクラが少ない人じゃないと転移できないの。…1度ナルトを転移させようとしたことがあったんだけど、その、ね??ナルトの方がチャクラが多かったみたいで……あの、服だけ…転移しちゃった」

 

「あー……それは…、」

 

 

 辿々しく告げられたラセツの爆弾発言に、流石にその出来事は悪戯小僧であっても受け入れ難い恥辱だっただろう、と納得してしまう。

 

 

「ラセツ、チャクラ量は自信あったんだけどなぁ。ナルト以外は全員転移出来たし」

 

「じゃあさ、じゃあさ!オレってばすげーの?」

 

「そう、凄いの!」

 

「オレってば天才!」

 

「てんさーい!!」

 

 

 先程の渇いた表情と申し訳なさそうにしていた表情はどこに置いてきたのか、はしゃぎだす2人にコホンとひとつ咳払いが横入りした。

 

 

「……ナルト、ラセツ」

 

「「は、はい…」」

 

「そろそろ続きを話すから…一旦座りなさい」

 

 

 代表として呼ばれたのはラセツとナルトだったが、他にも席から立ち上がっている卒業生は数名おり、イルカは視線だけで座るように促す。

 

 

「さっき話した結成する班だが…力のバランスが均等になる様こっちで決めた。それでは発表する!」

 

 

 ひとり、ひとりと班番号と班編成が発表されていく。 ラセツの名前はまだ呼ばれておらず、両腕で頬杖をつきながらまだかまだかと待つ。

 

 

「では次七班。この班がフォーマンセルになる!…ラセツ、うずまきナルト」

 

「やったーーー!!ナルトと一緒!!」

 

「やったってばよぉ!!!」

 

「ナルトを素っ裸にしないように気をつけるね!」

 

「それはすげェ頼むってばよ!!」

 

「2人ともうるさい!」

 

 

 まだ全員発表されてないのにも関わらず、立ち上がって騒ぎ出した2人に一喝する。 ラセツとナルトは席に着席したものの、満面の笑みを浮かべており、反省の色は全く見えない。 そんな2人にイルカは額を抑えながらため息をひとつ吐き、気を取り直して手元の資料を読み上げる。

 

 

「…そして春野サクラ、うちはサスケのフォーマンセルだ」

 

 

 第七班の残りのメンバーが呼ばれた瞬間、サクラが両手を上げて喜び、サスケは不機嫌そうに外の景色を眺め、ナルトはサスケがいる事実に頬を膨らませてイルカに何故サスケと一緒なのかと問う。

 

 

「サスケは卒業生でトップの成績で卒業。ナルトはドベ!」

 

「なっ、」

 

「サクラは座学はトップだが、実技は下から数えた方が早い。対してラセツは実技はダントツだが座学は下から数えた方が早い」

 

「全員、対になる関係って事?」

 

「そう言う事だ」

 

 

 その後も班発表が続く。 やがて全員分の名前が呼ばれて班発表を終えると、担当上忍紹介の時間まで解散となる。

 時計の短い針は丁度空を指しており、空腹感がちらついていた。 昼食を買う為に商店街に空間転移し、塩おむすびと栗饅頭を購入してから説明会が行われていた部屋に戻った。

 

 

「……」

 

 

 ふと窓の外に目をやり、白い雲が飾り付けられている蒼い空に目を奪われる。 今日の日の光は暑すぎず丁度いい。 昼食は外で食べようと決め、ラセツは部屋から出て廊下を歩く。すると、人工的な物音が鼓膜を揺らし、足を止める。

 音は丁度ラセツの目の前にある扉の向こうからする。 好奇心が騒いだラセツはそっと扉に手をかけ、部屋の中を覗き、酷く落胆した。

 

 

「……なにしてるの?ミノムシごっこ?」

 

 

 中で物音を立てていたのは縄で乱暴に縛られているサスケだった。 ラセツは買ってきた塩おむすびを頬張りながらサスケに寄る。

 

 

「この縛り方…、ナルトだね」

 

 

 教科書とは似ても似つかない乱暴さ。 適当が生む複雑さがサスケの縄抜けの術を妨害していた。

 呑気に塩おむすびを食べながら観察していたラセツに、サスケは黒い双眸を細め、鋭い眼光でラセツを貫く。

 

 

 

「わっ、怒んないでよ!わかった、わかりました!!縄を切ればいいんでしょ!!」

 

 

 塩おむすびを持っていない方の手でホルスターからクナイを取り出して、怪我をさせない様に丁寧に縄を切る。

 

 

「貸しひと…むぐっ」

 

「お前に借りを作ると面倒だからな。それでチャラだ」

 

「…むぅ、昆布好きだからいいけど」

 

 

 ラセツはクナイをホルスターにしまい、空いた手でサスケに突っ込まれた昆布のおにぎりを支える。

 

 

「おい、それ食ったら修行に付き合え」

 

「えぇ、今昼休みだよ?」

 

「オレには呑気に過ごしている暇はない。ラセツ、あの夜のことを知るお前なら分かっている筈だ」

 

 

 サスケの端正な顔立ちが酷く歪み、いつもは静かな黒い瞳は憎悪にかき混ぜられた様なドス黒さを放っており、奥歯から歯が擦れる音がしている。その姿にイタチ至上主義だった面影はもうなかった。

 

 

「……わかった」

 

 

 紫紺の瞳を僅かに伏せてそう短く答え、ラセツは沈む心を押し上げる様に、濃い味付けの昆布おにぎりを口の中に押し込んだ。

 

 指定された時間近くまで修行をし、説明会が行われていた部屋に戻るがナルトとサクラの姿が見当たらず、数分たっても姿をあらわさない2人を探すことにした。

 

 

「二手に別れる?」

 

「いや、揃ったら転移で飛ぶ。」

 

「サスケって、すっごく転移の無駄遣いしたがるよね」

 

「人聞き悪いことを言うな。有効活用と言え」

 

 

 辺りを見回しながら歩いていると、石製のベンチに腰をかけている若葉色の瞳に艶やかな桃色の長髪を風に靡かせる可愛らしい容姿に、幼さを残す細くまだ未発達な身体を赤いな任務服に身を包んでいる少女…春野サクラがそこに居た。

 サクラはサスケが視界に入った瞬間立ち上がり、物凄い勢いで話しはじめた。

 

 

「……サスケ、何かしたの?」

 

「知らん」

 

 

 ラセツはサクラの勢いに圧倒されてしまい、後は頼むと1歩後ろに下がる。 そんなラセツにサスケは僅かに眉を顰めるが、すぐにサクラに向き直った。

 

 

「おい、そろそろ集合の時間だ。ナルトのヤローはどこに…、」

 

「まーたまたぁ、話そらしちゃって!ナルトなんてほっときゃいいじゃない!サスケ君にいつもからむばっかりでさ!!やっぱりまともな育ち方してないからよ、アイツ!」

 

 

 なんてことない様に零された悪口に、ラセツは下唇を僅かに噛む。

 サクラがナルトを良く思っていないのは知っていたし、どう思うかなんて個人の自由だ。 しかし、目の前で悪口を零されて何も思わないほどナルトに薄情ではなかった。

 

 

「ホラ!アイツ両親いないじゃない!?いつも1人でワガママし放題!私なんかそんな事したら親に怒られちゃうけどさ!いーわね、ホラ!1人ってさ!ガミガミ親に言われる事ないし…、」

 

 

 ナルトが悪戯をして周りに迷惑かける理由。知らないとはいえ重ねられる非情な言葉にラセツは逃げる様にサクラに背中を向けた。

 

 

「…ラセツ、ナルト探しに行ってくる」

 

「あぁ」

 

 

 短く返事をし、ラセツの地面を蹴る音が遠くなるのを背中で感じ、小さくなるラセツの姿を見て嬉しそうに拳を握るサクラを見ていた。

 

 

「ラセツったら空気読めるわね!!なんであんないい子がナルトの近くなんかにいるのかしら!」

 

「なぁ…ラセツが、なんで自分の事を名前で呼ぶか分かるか」

 

 

 サクラを見据える黒の双眸は酷く凍てついていて、サクラの表情から笑みが抜け落ちる様にして消え、代わりに浮かんだのは戸惑いだった。

 

 

「し、知らないわ。どうしたの…急に……」

 

「親の存在を、片時も忘れない為だ」

 

「ーー!」

 

「母が残してくれた少ないものを絶対に失くしたくない、片時でも忘れたくないと。昔、そう言っていた」

 

 

 今ではもう無いが出会ったばかりの頃、ラセツの一人称はごく稀だが『わたし』になっていた。 不思議に思って問い、ラセツの一人称に隠れた暗い事実に、知らなかったとはいえ軽い気持ちで問いかけた事を後悔した事を今でも覚えている。

 

 

「ここまで言えば分かるか。……アイツもナルト同様、両親は居ない。孤独…親に叱られて悲しいなんてレベルじゃねぇぞ」

 

 

 サスケ自身も両親を殺された為、ナルトや、特にラセツとは似た様な境遇を持っており、2人が抱える暗い部分に理解は持っている。 少なくとも、親がいない事を『楽』だと勘違いするサクラよりは。

 

 

「お前、うざいよ」

 

 

 酷く静かな一言。そこには全ての激情が詰め込まれており、ぶつけられた本人であるサクラは言葉を失い、遠ざかっていくうちはの家紋を背負ったサスケの背中をただ見つめていた。

 

 

「うざいよ、かぁ…」

 

 

 何度も何度も、特にナルトに対して吐いた言葉だった。 その言葉がいざ自分に向けられた瞬間、まるで刃物の様だと感じた。 それほどサスケがサクラに向けた言葉は思い出す度に鋭く胸を抉ってくる。

 

 

「次からはもう少し…優しく出来るかな、私…」

 

 

 サクラがうざいと言葉を吐いた時、ナルトも同じ気持ちだった事を考えると、無性に居た堪れなくなり、自然と視線が地面に落ちた。

 

 

「サクラ」

 

「きゃっ!…ラセツ!?」

 

 

 何の前触れもなく現れるラセツに、サクラの心臓が跳ね上がった。 ラセツの十八番が《空間転移》なのは短くはない付き合いで知っているが、いきなり目の前に現れるのはいつまで経っても慣れない。

 心臓部分を手で押さえるサクラにラセツは困った様に微笑した。

 

 

「そんなに驚かなくても。…ナルトも集合したからあとはサクラだけだよ。早く行こう??」

 

 

 そう、優しく差し伸べられた固くて可愛くない手を、戸惑いながらも取り、サクラは気まずそうに若葉色の瞳を泳がせた。

 

 

「あの、さっきはごめんね」

 

 

 小さく囁く様な声だったが、ラセツはしっかりと受け取った。

 ラセツは紫紺の瞳を少しだけ見開いた後、先程の様に困った様な微笑ではなく、ただうっすらと柔らかい微笑を浮かべた。

 

 

「ううん。……ナルトに、優しくしてあげてね。すっごくいい子なんだから」

 

「まぁ、徐々にね」

 

 

 嫌ってた相手をすぐに好きになることは出来ない。それはラセツも十分理解しており、サクラの返答に満足した様に頷いた。

 

 



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第十話『担当上忍』

 

「……遅くない?」

 

 

 集合の時間からもう既に数時間が経過しており、待ちくたびれたラセツとナルトは廊下を確認したり、室内を忙しく歩き回ったりと暇を持て余していた。

 

 

「ナルト!ラセツ!じっとしてなさいよ!」

 

「だって遅いし暇だし!」

 

「そうだそうだ!なんでオレ達七班の先生だけこんなにおせーんだってばよ!」

 

「他の班の皆は新しい先生と行っちゃったし!」

 

「イルカ先生も帰っちまったし!!」

 

 

 あまりにも退屈な時間に、ナルトは黒板消しを扉に挟むという古くて典型的な悪戯を仕掛け始める。

 ラセツは頬杖をついてつまらなそうに外に視線をやるサスケの視界に入り込む。

 

 

「……なんだよ」

 

「特に意味は」

 

 

 会話をする気がないのか、サスケはラセツと視線を合わせず、変わらない風景をじっと見つめる。

 対して室内はナルトの悪戯にサクラが注意するものの、どこか緩んでいる表情をしており、かなり騒がしい。

 

 

「サクラ、内心楽しんでるね。…サスケは悪戯に加担しなくていいの?暇でしょ?」

 

「そんな低俗なことするかよ。それに…」

 

 

 風景から視線を外し、黒い双眸はナルトが仕掛けた黒板消しを映す。嘲笑うように鼻で嗤った。

 

 

「こんな初歩的なイタズラに上忍が引っ掛かる分けないだろ」

 

「…じゃ、ラセツは引っかかるに1票!当たったら栗饅頭奢ってね」

 

「フン、いいだろう」

 

 

 ラセツとサスケの賭けの交渉が成立したその瞬間、扉に手がかかり、黒板消しが担当上忍と思われる銀髪の男の頭に落ちる。

 

 

「ギャッハハハハハ!引っかかった引っかかった!」

 

「御免なさい先生!私、止めたんですけど…、ナルト君が勝手に」

 

「チッ。賭けはお前の勝ちだ。………ラセツ?」

 

 

 ナルトは腹を抱えて笑い、サクラは優等生の皮を被り、サスケは疑惑を込めた様な、それぞれの反応をしていた。 しかし、ラセツのみが反応を示していない。

 紫紺の瞳が大きく見開かれ、口が開きっぱなしの所謂唖然とした表情で、ゆっくりと僅かに震える指で銀髪の男を指した。

 

 

「……師匠!?」

 

「「「師匠!?」」」

 

「やぁラセツ。昨日ぶり」

 

 

 チョークの粉を払いながら軽い調子で挨拶をしたのは、ラセツを拾った人物であり、忍の師匠でもあるはたけカカシだった。

 

 

「え!?師匠、ラセツ達の担当上忍だったの!?知らなかった!」

 

「そりゃあ、言ってないからね」

 

 

 班編成と担当上忍は発表される日まで極秘として扱われる。いくらラセツがカカシの一番弟子だろうが明かすわけにはいかない。

 カカシは地面に落ちた黒板消しを拾い、静かな瞳に担当する第七班のメンバーを映す。

 

 

「お前らの第一印象だけど…ま、嫌いだ」

 

 

 清々しいほどにきっぱりと言い放たれ、室内の空気が重く沈む。 担当上忍に嫌われるスタートを切った第七班にラセツの胸中に少なからず不安が溜まった。

 その後、白い雲が蒼い空を飾る綺麗な晴れの日を楽しむかの様に、建物の屋上に移動した。

 

 

「そうだな…。まずは自己紹介でもしてもらおうかな」

 

「自己紹介って…どんなこと言えばいいの?」

 

「そりゃあ、好きなもの、嫌いなもの、将来の夢とか趣味とか…。ま、そんなのだ」

 

「あのさ、あのさ!それより先に先生、自分のこと紹介してくれよ!」

 

「そうね…見た目ちょっと怪しいし」

 

 

 カカシは顔の半分が黒のマスクで覆い隠されており、額当てで片目を隠すなどをしている。

 忍としてその格好は正解なのだろうが、大遅刻をした上に軽い言動が怪しい印象を増強していた。

 

 

「オレは、はたけカカシって名前だ」

 

「知ってる!」

 

「知ってる事を知ってる。ラセツは黙って聞いてようね」

 

「ししょ…カカシ先生の好きなものは…ふがっ、」

 

 

 カカシの言う事を聞かないどころか、得意げな笑みを浮かべて代わりに自己紹介を始めようとするラセツの口を塞いだ。

 

 

「さっき、黙って聞いてなさいって言ったよね?ラセツの頭は鶏なの?」

 

「だって…」

 

「はい黙る。……好き嫌いはお前らに教える気はない。将来の夢は…まぁ、うん。…趣味は色々だ。」

 

「ねぇ、カカシ先生。それだけだと名前しかわかんないよ?」

 

「そうだね。…じゃ、次はお前らだ。右から順に…お前から」

 

 

 ラセツの指摘をそよ風を受け流すかの如く躱し、カカシはナルトに視線を向けた。

 先程『嫌い』と言われた上にトップバッターを振られたナルトだが、持ち前の図太さでカカシに言われた自己紹介に沿って話す。

 

 

「…ラーメン情報ばっかり。ナルトらしいけど」

 

 

 好きなもの嫌いなものだけでなく趣味までラーメンに関連したものだった自己紹介に予想は出来ていたものの、苦微笑をする。

 

 

「こっからはラーメンじゃないってばよ!なんせ、将来の夢だからな!」

 

 

 片手を拳を握りしめて、もう片方の手で忍の証である額当てを掴み、何処までも真っ直ぐな蒼い双眸をカカシに向ける。

 

 

「将来の夢は火影を超す!ンでもって里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」

 

 

 初めて出会った時からずっと変わらないナルトの夢で目標。力強く語るナルトにラセツは苦笑ではなく嬉しげな微笑を浮かべた。

 カカシはナルトの発言に僅かに瞳を見開き、一瞬考える様に沈黙した後、ナルトの隣に座るサスケに視線を移し、サスケは自己紹介を始める。

 

 好きなものと嫌いもの、趣味も特に語らない簡素なものだった。しかし、将来の夢にあたる野望を語る時、サスケの纏う雰囲気が厳しいものに変わる。

 

 

「一族の復興と。ある男を必ず殺すことだ」

 

 

 ある男、と濁してはいるものの『うちは事件』を知っている者からすれば明らかな人物だった。 それはカカシとて例外ではない。僅かに瞳を伏せてからサクラに自己紹介を移した。

 

 

「私は春野サクラ。好きなものは…っていうか好きな人は…、将来の夢も言っちゃおうかな…」

 

 

 チラチラとサスケを見て、可愛らしく口元に手を当てて黄色い悲鳴をあげ、嫌いなモノはナルトだと言うサクラにラセツは頬を膨らました。 

 

 

「最後、ラセツ」

 

「あ、はい!名前はラセツ、好きなものはナルトと山菜鍋と焼き魚と栗饅頭と……」

 

「はい。そこまでね。あげたらキリがないから。嫌いなものいこうか」

 

「嫌いなものは酸っぱいもの。趣味は山菜採りとどんぐり集め!!将来の夢は、ナルトの役に立つ立派な忍びになって、争いのない平和な世界をつくること!」

 

「いつも思うが…なんとも強欲な夢だな」

 

「夢はね。欲張りなくらいが丁度いいんだよ」

 

 

 望みが大きければ大きいほど、夢までの道のりは険しく辛いものになるだろうが、達成される業績も大きく、それを成しとげるだけの力を求め、夢の為ならと耐える根性と情熱を持てる。証拠にラセツはその根性と情熱に、挫けそうになった心を何度も必死に支えてもらった。

 

 

「…自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ」

 

 

 その言葉に全員丸くなり始めていた背中を伸ばす。しかし、カカシの口から告げられたのは任務ではなく、サバイバル演習だった。

 最初は落胆した。演習なんてアカデミーで嫌と言うほどやらされたからだ。しかしカカシの不気味な笑い声に、ラセツの背中に冷たい物が走り、顔から血の気が引くのを感じた。

 

 

「ラセツは勘づいたか」

 

「カカシ先生のその顔はだいたいヤバい時だし……」

 

 

 カカシに師事して数年。今の様な笑みは嫌な事を予感するモノとなっており、ラセツは唾を飲み込んでカカシの言葉を待った。

 

 

「卒業生のうち下忍と認められる者は約3割。残りは再びアカデミーへ戻される。…この演習は脱落率約7割の超難関試験だ!」

 

 

 カカシが口にした内容にラセツは思わず頬を引き攣らせる。他の3人もドン引きした様な反応を示しており、そんな子供たちを見てカカシは予想通りという様に声をあげて笑う。

 カカシが言うに、アカデミーの卒業試験は下忍になれる可能性がある者を選抜するだけで、下忍になれるわけではないという。

 

 

「忍の入り口ってそんなに狭いんだ…」

 

「そりゃそうでしょーよ。命懸けなんだから適当には選べない」

 

 

 カカシは明日のサバイバル演習が行われる日時と持ち物、集合場所などが書き込まれたプリントを各自に渡し、今日は解散となった。

 

 

「あぁ、そうだ。朝メシは抜いてこい……吐くぞ」

 

 

 帰ろうと腰をかけていた段差から立ち上がった下忍候補者にカカシは低い声でそう忠告し、僅かに息を呑んだ後、建物の屋上から姿を消した。

 

 

「……で?ラセツは帰んないの?」

 

「ひとつだけ言いたいことがあって」

 

 

 ラセツは他の3人とは違い、建物の屋上に残り、愛らしい顔立ちを顰め、カカシが渡したプリントと睨めっこをしていた。

 

 

「ねぇ…師匠。遅れてこないでね?」

 

 

 顰めっ面のままカカシに向き、ラセツが指を指していたのは『集合時間 午前5時』と書かれた部分だ。 ラセツがカカシに修行を見てもらう際、もちろん時間を指定し集合するのだが、カカシが遅刻どころか大遅刻しなかった事は一度たりともない。

 無駄だろうと予想はしていたが、一応の釘刺しだ。

 

 

「善処はするよ」

 

「それ絶対来ないやつ」

 

 

 カカシの返答を聞くに、ラセツの釘差しは本当に無駄に終わりそうな結果が容易に予想できてしまいラセツは溜息をつく。 

 

 

「ーーー痛っ」

 

 

 突然、額に衝撃が走った。

 じんわりと痛む額を抑え、手をデコピンする構えにしているカカシを睨む。

 

 

「オレのことより自分のことを考えろ。素質がなかったらお前でも落とすからね」

 

「お手柔らかに…」

 

「しないよ」

 

「デスヨネー」

 

 

 ハハハ、と乾いた笑みが溢れる。

 ラセツはまだじんわりと痛む額を押さえながら、栗饅頭を奢る約束を忘れてしれっと帰るサスケを探しながら帰路についた。

 

 

 

 



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第十一話『サバイバル演習』

「遅い!!」

 

 

 場所はサバイバル演習が行われる演習場、時間は午前7時。 プリントに書かれている午前5時の集合時間はとっくに過ぎており、額に青筋を浮かべて痺れを切らすのはサクラだ。

 

 

「あと数時間は来ないと思うよ?」

 

 

 サクラの怒りにラセツは事前に持ってきていた小説の文字を目で追いながら答える。 ラセツはここ数年で慣れているが、彼らはそうではない。 サスケは不機嫌な表情にわかりやすく眉を顰めた。

 

 

「それ、どういう事だ」

 

「だって師匠、毎回数時間以上遅れてくるし」

 

「先に言ってよ!!早起きしたのが馬鹿みたいじゃない!!」

 

「いや、でもね?だからって集合時間に来ないわけには行かないでしょ」

 

 

 いくらカカシが遅れてくることを予想していたとはいえ、集合時間に遅れてきて良い理由にはならない。 それに万が一、いや、億が一にもカカシが集合時間に来ないとも限らない。 カカシの遅刻癖を言ってしまえば特にナルトは気が緩んでしまう。他のメンバーも緩まないとは限らない。だからラセツはカカシの遅刻癖を言わなかった。

 

 

「そうだけど……こんなに待つなら何か食べてくれば良かったわ。こんだけ待ってれば吐くものも無くなるわよ」

 

 

 そう、サクラがお腹をさする。するとナルトとサスケのお腹からも空腹を知らせる音がした。

 

 

「あ、やっぱりみんな朝ご飯食べてきてない?」

 

「だって吐くって…」

 

「でも、お腹が空いては動けはしないって言うし」

 

「腹がすいては戦は出来ぬ、よ」 

 

「……と、まぁそういうことで、持ってきました朝ご飯」

 

 

 ラセツは背負ってきた鞄から握り飯の包みを取り出す。

 数は1人2つ分持ってきてある。 昨日カカシの遅刻癖を言わないのに朝ご飯は食べてきた方がいいなんて言ったら『なんで?』と言われてしまうと口の弱いラセツには敗北しか未来は待っていない。

 だからラセツは、カカシの言うことを忠実に聞くだろう班員に朝ご飯を持ってきたのだ。

 

 

「でも…うん、そうね。いただくわ!」

 

 

 サクラはきっとカカシの言った『吐く』に躊躇したのだろうが、腹の虫は正直であり、ラセツの握り飯に手を伸ばした。

 

 

「オレもオレも!」

 

「はいはい順番順番……サスケはどうする?」

 

 

 無言で無表情なサスケに問う。 しかし、これは愚問だっただろう。

 サスケの瞳はラセツの手元にある握り飯に釘付けである。『目は口ほどに物を言う』と昔の先人はよく言ったものだ。

 ラセツは2つの握り飯をサスケに差し出し、サスケはおずおずと握り飯を受け取った。

 

 

「……助かる」

 

「どういたしまして」

 

 

 4人は握り飯を胃の中に入れた後、さらに待つこと数時間。 せっかく食べた朝ごはんが胃の中から消え始めており、4人の苛つきゲージは順調に上昇してサクラなんてもう爆発寸前だった。 その時、

 

 

「やー、諸君おはよう!」

 

「「「おっそーーい!!!」」」

 

 

 超がつくほどの大遅刻に全く悪びれないカカシの態度が第七班班員の怒りを更に爆発させるが、カカシはその怒りをそよ風を受け流す様に躱しながら目覚まし時計をいじる。

 

 

「よし!12時セット完了!!」

 

 

 切り株の上に目覚まし時計を置き、カカシはポケットから取り出した3つのスズを鳴らす。

 そのスズになんの意味があるわからず、ラセツは首を傾げた。

 

 

「ここにスズが3つある。これを昼までに奪い取ることが課題だ。……もし、昼までにオレからスズを奪えなかった奴は昼飯抜き!あの丸太に縛りつけた上に目の前でオレが弁当を食うから」

 

 

 この時、ラセツはカカシが何故朝飯を抜いてくるよう言った真意を理解した。

 軽くだが朝飯を食べたものの、軽くだった為、もう空腹は顔を出し始めている。 そんな中でサバイバル演習を昼まで行ったら当然腹が減る。空腹の中、目の前で弁当を食われる地獄はまさに拷問だろう。

 

 

「スズは1人1つでいい。3つしかないから…必然的に1人が丸太行きになる。…で、スズを取れない奴は任務失敗ってことで失格…つまり、この中で最低でも1人は学校へ戻ってもらうことになるわけだ」

 

 

 さわやかな笑顔で地獄を告げるカカシに思わず息を呑み、隣を見る。 隣はナルトで、蒼く澄んだ瞳は不安からか揺れている。 きっと自分も同じ顔をしているのだろうと予想がついた。

 不安で思考を満たし始めている4人にカカシはにこやかな笑みを崩さないままスズを鳴らす。

 

 

「手裏剣も使っていいぞ。オレを殺すつもりで来ないと取れないからな」

 

「でも!危ないわよ先生!!」

 

「そうそう!黒板消しも避けれねーくせに!」

 

「世間じゃさぁ、実力のない奴に限ってホエたがる。ま、ドベはほっといてよーいスタートの合図で…、」

 

 

 ドベと言う言葉にナルトの顔が怒りに歪み、クナイを素早く構えて感情のままカカシに正面から突っ込んだ。

 

 

「そう、慌てんなよ。まだスタートは言ってないだろ」

 

 

 凶器を向けられたと言うのにカカシの声は落ち着いていた。

 カカシは片手でナルトの後頭部を押さえ、もう片方の手でナルトがクナイを握る方の手を掴み、ナルトの後頭部に鋭い凶器を当てる。

 

 カカシが見せた一連の流れは精錬された無駄を全て省いた驚異の速度で行われており、ラセツは目で追うのが精一杯だった。

 

 

「ラセツもさ、わかりきってた結果なのになんで止めなかったわけ?」

 

「…ラセツの師匠が遅刻魔な上に実力無しの評価はいただけないから」

 

 

 ラセツは木ノ葉に来てからずっとカカシに師事している。 カカシは遅刻魔だったりとダメな部分がかなり目立つが、実力は本物だ。 そんな師匠が遅刻魔で黒板消しに引っかかるドジという評価はいただけなかった。

 つまり、止めないことがカカシの実力表示に一番手っ取り早いと思ったのだ。

 

 

「やだ、可愛くない子に育っちゃって。でも、ま…確かにオレを殺るつもりでくる気になった様だな」

 

 

 結果オーライ、と言わんばかりにナルトを拘束から解放する。

 カカシの実力を知らなかった3人の表情は引き締まり、カカシの行動を見逃すまいと瞳を光らせた。

 

 

「ラセツからも言っとく。カカシ先生に師事して数年経つけど、まだ1本も取れたことないよ」

 

「!?」

 

 

 ラセツは第七班班員の中で実技能力は群を抜いている。総合成績主席のサスケでさえラセツに勝った事など数える程度でしかない。

 だが、そんなラセツも目の前に立つ目隠しをした銀髪の上忍に数年師事して1度ですら勝ったことが無い。 その事実にはたけカカシが相当な実力者である事を嫌でも理解する。

 サクラは唾を飲み込み、サスケは厳しい視線を向け、ナルトは挑戦的に笑い、ラセツは緊張した様に唇を結んだ。

 

 

「はは、いい眼になってきた。…やっとお前らを好きになれそうだ」

 

 

 ひとりひとりの反応をしっかり見た後、カカシは満足そうに笑い『始めるぞ』と普段話している高さより1段低い声に、4人はそれぞれ構える。

 

 

「よーい、スタート!!」

 

 

 かけ声と共に4人は四方に飛び散った。

 ラセツの実力では一瞬で相手の事を認識するギリギリの位置に身を隠す事などできず、近場にあった茂みに身を隠して気配を断ち、まずはカカシの動きを観察した。

 

 

「……なにやってるの…」

 

 

 カカシを観察して初めの感想はコレだった。

 第七班の班員の中で姿を隠して気配を消す行動に出たのは3人であり、残り1人であるナルトは忍の基本である気配を消して姿を隠すことさえせずに堂々とカカシの前に立っていた。

 

 

「……ま、ナルトだしね」

 

 

 ナルトは常識を思い切り踏み外し、我が道を行く性格をしている事を嫌と言うほど分かっているからこその納得だった。

 ラセツはナルトがカカシの気を引いている内になるべく音を立てない様に茂みから抜け出し、木が立ち並ぶ森林の中を《空間転移》の座標を記録しながら走る。

 

 次第に息が切れ始め、持ち前の卓越された身体能力で木の幹まで一気に飛び上がり、休憩がてらにどうやったらカカシからスズを奪えるか考える。

 

 

「うーーーん……??」

 

 

 脳みそを雑巾絞りする感覚で知恵や戦略を絞るが、一滴たりとも勝機に繋がるアイディアが出てこない。

 相手は他里から『コピー忍者のカカシ』又は『写輪眼のカカシ』と畏怖され、木ノ葉の里では里1番の技師と謳われるはたけカカシだ。 ラセツがカカシに到底及ばない事なんて、カカシに師事して数年目となるラセツが一番良くわかっている。

 

 

「ていうか、下忍どころか候補のラセツ達が上忍に勝てるわけないじゃん!受からせる気ないでしょ!!カカシ先生のいじわ………ん?」

 

 

 このサバイバル演習は下忍になれるかのテストである。 それも用意されている席が最大3席しかなく、第七班の4人はその席を取り合う敵同士だ。

 ラセツ1人では到底無理でも全員で行けばカカシに少し近づけるかもしれない。と、いえどお互いが敵同士なので頼るわけにはいかない。 ここにラセツは違和感を持った。

 

 

「この班活動、仲間と連携して任務遂行率と生還率を上げることを目的ってシカマル言ってたよね?」

 

 

 班活動の目的がシカマルの言う通りなら、普通は仲間と連携させる様な演習を組むはずだ。しかし、この演習は連携どころか仲間割れする様な演習内容だ。

 忍として相応しい人物を見極め、選ぶために人数を絞るといえど、1度は仲間になった人間を蹴落として平然とする人間と信頼関係なんて築けるはずがない。

 

 

「矛盾してる…?この演習って、スズ取り以外にもなにか意味があるの?」

 

「なぁんの意味だろうね?」

 

「ぎゃっ!」

 

 

 段々と思考に没頭していたラセツに背後から突然声がかかり、仰天して思わず身体を跳ね上がってしまい、重力に従って盛大に木から落ちた。

 

 

「ーーちょ、ししょ…カカシ先生!いきなり話しかけないでよ!」

 

「敵はいきなり現れるもんだよ。片時も気を抜くんじゃない」

 

「…ぐぅ」

 

 

 正論すぎる正論にラセツはぐうの音も出ない。

 しかしちょうど良かった。ラセツの中に生まれた疑問を解決できるほど、ラセツの頭はよく出来ておらず、1人では届かない領域だったからだ。

 ラセツは今だと言わんばかりに問いかけた。

 

 

「ねえ、カカシ先生」

 

「なんだ?」

 

「……このスズ取り試験って、ダミーでしょ」

 

「…なんでそう思った」

 

「だって、よっぽどのイレギュラーがない限り、下忍候補が上忍に勝てるわけないもの」

 

 

 上忍は経験や死線を潜り抜けた数は数多ある、忍の中の忍だ。 下忍候補が連携して勝機への確率を上げたとしても雀の涙程度のものだろう。

 つまり、カカシがわざと取らせようとしない限りこのスズ取りは成立しない。 それではかなりの不平等が生じるし、カカシはそういう事をする性格ではない。

 

 

「それに…仲間と連携して任務成功率と生還率を上げるための班活動なのに、これじゃあ味方が居ない落とし合いっこ。…いくら人数を絞るためでも、落とし合いをした人間と信頼関係は築きにくい」

 

「……それで、ラセツはどう思ったんだ?」

 

「意味わかんないと思った」

 

 

 班活動の目的に全く沿わない演習をする上に、成立しないスズ取り。 何故そんな事をするのか分からなくてラセツはカカシに聞いている。

 この質問にカカシがどの様な反応を示すか。いくつか予想をしていたが、目の前のカカシは酷く拍子抜けした様な表情をしており、直後、呆れた様にため息を吐いてその場にしゃがみ込むという、ラセツの予想とは全く違う行動をとった。

 予想もしていなかった行動にラセツはひどく困惑するが、喉から響く様に笑いながらカカシは銀髪を掻いた。

 

 

「……そこまで分かってて意味わかんないか〜…ま、ラセツは鋭いのに阿保だもんね、ホント勿体ない」

 

「めっちゃズタボロ。酷い」

 

「……で、どうする。意味わかんないってだけじゃお前はアカデミー戻りだ。1人でも向かってくるか?」

 

「いやいや無理。これが実戦なら無駄死にする様なものだし」

 

「じゃあ、どうする」

 

「……取り敢えず、皆を頼ってスズ取りする」

 

「スズ、3つしかないけど」

 

「だからってラセツ1人じゃ触ることも出来ないだろうし。連携して少しでも可能性を上げて、あとは皆で相談して早いもの勝ちにでもなんでもする」

 

 

 可能性を上げてもカカシには届かないといえど、連携した方が可能性が上がる事には違いない。 ならば、その可能性に賭けるしかないだろう。

 

 

「……まぁ、《鬼化》していいなら話は別だけど」

 

 

 ラセツはそう、眉のあたりで綺麗に切り揃えられている前髪を乱暴にかきあげ、額の左右端にある小さな楕円型の白い跡を見せびらかすように見せる。

 

 

「演習でソレは色々シャレにならないからダメ」

 

「分かってる。冗談」

 

 

 ラセツは前髪をかきあげていた手を離し、2つの白い跡を前髪で隠す。そのままカカシに背中を向けた。

 

 

「あのさぁ、逃げられると思ってる?」

 

「カカシ先生こそ、ラセツの十八番を知っててそれを言ってるの?」

 

 

 ラセツの十八番は時空間忍術《空間転移》だ。 事前に森林の中を歩き回っており、ある程度の座標は記録してある。 それにラセツの《空間転移》は空間を交換する能力であり、移動する空間と移動しない空間の間に発生する境界は何物も断裂する。

 

 

「捕まえようとしてうっかり境界に挟まれないようにね??」

 

「…ホント、厄介な子だよ」

 

「それ、褒め言葉」

 

 

 半分ほど振り返り、悪戯っぽく揶揄う様に片目を瞑って笑い、ラセツの姿は消え、代わりに不自然だが見事な断面をした木の枝が地面に落ちた。

 カカシは《空間転移》にて断裂されてしまい、転移した木の枝を手に取って笑う。

 

 

「それにしても、ホント可愛くない子に育っちゃって……育てたのは誰だろうねぇ」

 

 

  普段は壊滅的に阿保だが素直な可愛らしい性格をしている良い子だ。 しかし、普段から離れると可愛らしい性格は棘を出す。 時に相手の思惑を鋭く見抜き、先程の様に驚異で脅す事もする。その上、忍としての技量も高く、特にラセツの十八番である《空間転移》なんて気を抜けば断裂されてしまう為、油断ならない。 カカシから見れば総合成績主席でNo. 1ルーキーであるサスケの方が断然可愛げがある。

 

 普段は素直で可愛い性格のラセツを、こんなに可愛げがない子に育てた奴の顔が見たい。と、その時、カカシはラセツを拾ったその日から今日までの記憶が頭の中に走った。

 

 

「あ、オレだ」

 

 

 この数年間、忍関連のことに関しても面倒を見ていたのはカカシだ。 ラセツの育て親はカカシと言っても過言ではない。 

 性格の捻くれている自分が忍としての教育をしたのだ。そりゃ可愛くならんわとカカシは納得した。

 

 

 

 

 

 



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第十ニ話『班活動』

カカシから逃げた後、まず埋まっているサスケを見つけて敢えて放置し、サクラを探してサスケの居場所で釣り、罠にかかっているナルトに美しすぎる土下座を披露し、第七班班員はサスケの埋まっている場所に集合した。

 

 

「ーーと、言う事なんだけど」

 

 

 地面に埋められたサスケをサクラと共に救助しながら、スズ取り演習を協力してやろうと申し出ると『何故』と問われた。 このスズ取り演習は仲間同士の落とし合いなのだから当然の疑問だろう。

 ラセツは班活動の目的に沿わない上にパワーバランスがあまりにも偏ったこのスズ取り演習への疑問から話す。

 

 

「……改めて考えると確かにおかしいわね。本来新人の下忍が上忍に勝つなんて無理な話よ。個人なら尚更」

 

「でしょ!絶対無理!」

 

「…まさか、受からせる気ないんじゃねーの…??」

 

「それ思ったけど、カカシ先生はそんなことする人じゃない。目的がちゃんとあるはず」

 

 

 ラセツの説明に3人もこのスズ取り演習に疑問を持ち、首を捻り始める。 その光景にラセツは力なく苦微笑する。

 

 

「…でも、答えが出なくて…取り敢えずスズ取り演習を成功させようって思って協力を申し出たんだけど…」

 

 

 ラセツはこの疑問を持ってからずっと考えていた。このスズ取り演習の意味を。 忍は裏の裏を読むべし。修業をみてもらっている時に何度も言われたこの言葉。

 もしかしたら、否、確実にこの演習には裏がある事をラセツはほぼ確信しており、その裏を読むために必死に頭を捻らすが、ラセツの残念な頭は一滴も知恵を絞ってはくれなかった。

 しかし、それはラセツだったからであり、他がそうとは限らない。

 

 

「……協力…そうか、そう言うことか」

 

「サスケ?」

 

 

 ラセツの疑問と説明を聞いてから何か考える様にずっと黙り込んでいたサスケは閃いた様に小さく呟き、力強い黒い瞳を班員に向けた。

 

 

「協力…おそらくそれがこの演習の目的だ」

 

「どう言うことだってばよ?」

 

「いいか。ラセツが言った通り、この班システムは仲間と連携し、任務成功率及び生還率を上げる目的がある。その班活動の中で最も最重視されるのが《チームワーク》…つまり仲間同士の協力だ」

 

 

 大前提としてこれは理解していなければならないと、班活動の目的について話し、全員が班活動の目的について理解している事を確認した後、サスケは本題に入った。

 

 

「もし、こんな風に仲間割れをする状況に陥ったとしても、自分の利害に関係なく連携を優先して行えるか。それを試されているんじゃないのか」

 

「あぁ、なるほど!さすがサスケくん!!」

 

「スズ取りにした目的はダミーと言うより、個人能力を把握する為。……一石二鳥って訳か、なんとも合理的な試験だな」

 

 

 この矛盾だらけなサバイバル演習の表の皮を破り、裏の目的にたどり着く。 だというのに誰もがすぐに行動を移すことはなかった。

 

 

「…でも、これは推測に過ぎない。スズを取れなかったら落とす演習の可能性も捨てきれない」

 

 

 誰もがすぐに行動を移さなかった理由は、これはただの推測でたどり着いた結論であるかだ。 全員でいけばスズを取れる可能性が高いかもしれないが、同時にライバルである人間にチャンスを与える事にもなる。対して1人で挑めば連携よりも可能性は低くなるが、他に取られる可能性も低くなる。 これは賭けだ。

 誰もが厳しく表情を保ち、沈黙が生まれる。 そんな沈黙を破ったのは軽く手を挙げたラセツだった。

 

 

「…その場合はこの話の元を持ってきたラセツが責任持ってアカデミーに戻る。だから、安心して戦って」

 

 

 最初、その場合はスズが取れたら早い者勝ちにしようと提案するつもりだった。しかし、2択を選ばせる事になってしまったのも、班員がリスクを負うことになってしまったのもラセツが原因であり、責任を取らなければと思っての行動だった。

 しかし、ラセツの言葉に賛同する声は一向にあがらなかった。

 

 

「なーに言ってんだってばよ。ラセツを1人になんかしねぇってば!」

 

 

 上がったのはラセツの言葉に対する否定であり、ラセツは紫紺の瞳を大きく見開く。 何故ならナルトは初めて会った時から『火影になる』と夢を掲げており、その最低条件は《忍》である。 その上、この演習に受からなければ、ナルトが2度も落ちた卒業試験をまた受けなければならない事は理解できているはずなのに。

 

 

「確かに早く忍にはなりてーけど、ラセツを踏み台にしてまで受かりたくねぇってばよ」

 

 

 忍になる道も完全に絶たれたわけではない、卒業試験はもう一度受ければ良いと、いつものように溌剌とした笑顔を向けた。

 

 

「…話を持ってきたのはお前だが、お前の話から連携の答えを出したのは俺だ。なら、オレにも責任を負う義務がある」

 

 

 ナルトに続き、サスケの言葉に更に驚く。

 サスケはこの第七班班員だけでなく、アカデミーの誰よりも忍になる事を望んでいたからだ。

 

 

「その代わり、落ちたら卒業試験まで毎日修行に付き合えよ。オレには足踏みしてる余裕なんてないんだからな」

 

 

 サスケは否定を許さないようにそっぽを向く。 すると今度はサクラが力強く笑いかけ、口を開いた。

 

 

「この演習に違和感があるって賛同したのは私よ。それにこれで落ちたら、仲間割れする様な演習は班活動の目的に反するって火影様に直談判してやるわ」

 

「サクラ強い」

 

「当たり前でしょ。サスケくんと離れるつもりなんてないわ」

 

 

 1番逞しいのは恋する乙女であるサクラだった。

 サクラはラセツの手を引きながら立ち上がり、続いてナルトとサスケも立ち上がる。

 

 

「…さ、そうと決まれば第七班みんなでスズを取って受かりに行くわよ!!」

 

「よっしゃーー!やってやるってばよ!!」

 

 

 受かれば良し、落ちれば火影に直談判の死角無し万全状態でカカシを探す。 

 そして、切り株の上に座り、愛読書を読むカカシの姿を見つけ、事前に話し合った作戦通り、東にラセツ、西にナルト、北にサスケ、南にサクラ、とカカシを囲むように各自気配を消して隠れる。

 作戦を開始しようとした直前、カカシは愛読書を閉じ、辺りを見回した。

 

 

「……来たな」

 

 

 カカシの視線は隠れている4人全員を捉えており、居場所はバレていると確信する。 仕掛けてくるかと警戒するが、カカシはその場から動く気配はなかった。

 

 

「……お前らに言いたいことがある」

 

 

 読めない表情に地を這うような低い声。 怒っているのだろうか。何かまずい事をしてしまったのだろうかと不安と恐怖が思考を駆け巡り、ラセツはごくりと唾を飲み込んだ。

 しかし、カカシの態度は一変し、満足と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

 

「お前ら……合格!」

 

「え?」

 

「は?」

 

「よっしゃーーー!!オレ忍者!忍者!!」

 

 

 カカシの合格宣言に、ナルトははしゃいで茂みから姿を現すが、他の班員は急展開についていけず、唖然としていた。

 頭の整理が少し終わった後に茂みや木の裏から各自姿を現し、カカシの前に集合する。

 

 

「……合格?」

 

 

 不安げに紫紺の瞳を揺らし、恐る恐る確認するように尋ね、カカシは軽く頭を縦に振った。

 

 

「あぁ、お前らはこの演習の真の目的に気づいたからな。」

 

「……仲間との連携…チームワークだな」

 

「そうだ。確かに忍者にとって卓越した個人技能は必要だが、班活動に置いて最も重要視されるのは『チームワーク』だ。……だからこの演習は自分の利害に関係なく、チームワークを優先できる者を選抜するのが目的だった」

 

 

 サバイバル演習の真の目的とラセツ達が推測していた答えが一致し、ラセツはひとつ安堵の息を吐いた。

 

 

「……あと、お前らが集まって話してたこと、全て聞かせてもらったよ。それでお前らが下忍になる資格があると判断した」

 

「えっ!先生あそこにいたのかよ!」

 

「あぁ、いたよ最初から」

 

「全然気づかなかったわ…」

 

「お前らに気づかれる忍に上忍が務まるわけないでしょーよ」

 

「それもそっか…」

 

「忍者は裏の裏を読むべし。忍者のルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。けどな、仲間を大切にしないやつはそれ以上のクズだ。ま、お前らを見る限りそれは大丈夫そうだ。……だが!」

 

 

 カカシは4人にぐうの音も出ないほどの正論の反省点を並べ始める。 カカシの口から溢れるように途切れる事なく出てくる反省点に4人は思わず身体を縮こませた。

 

 

「…と、まぁ。合格したとはいえ、言い出したらキリがないほどお前らには課題が多い。励めよ」

 

 

 そっぽを向いているサスケ以外、肩を落とし項垂れながら弱々しく返事をする。 しかし、カカシは部下となった4人に落ち込んでいる時間を与えてはくれない。 軽く手を叩き、注目を合図する。

 

 

「じゃ、晴れて下忍になったお前らに、今から忍びの世界というものを教えようか」

 

「忍びの世界?」

 

「そう、忍びの世界。……サスケ。ちょっと来い」

 

 

 渋々という様子だが素直に従い、カカシの手が届く距離まで足を進めると、カカシは目にも追えない速度でサスケを地面に押さえ込んだ。サスケの顔からは驚愕が表に出ており、逃れようとするも抜け出せない。

 必死に抵抗するサスケを押さえ込んだカカシは他3人に厳しい視線を送る。

 

 

「サクラ!ナルトとラセツを殺せ!さもないとサスケが死ぬぞ!」

 

「!!」

 

「と…こうなる。人質を取られた挙げ句、無理な2択を迫られ殺される。任務は命懸けの仕事ばかりだ。……これを見ろ」

 

 

 カカシはサスケを解放した後、空いた手で指した先は、多くの文字が刻まれた石だった。

 

 

「この石に刻んである無数の名前。これは全て里で英雄と呼ばれている忍者達だ」

 

「それそれそれそれーッ!!それいい!!オレもそこに名を刻むってことを今決めたーッ!!英雄!英雄!犬死なんてするかってばよ!!」

 

「やめて」

 

 

 嬉しそうにはしゃぐナルトに静止をかけたのはラセツだった。 水底の様に深い影を差す紫紺の瞳に、ラセツが放った否定を問おうとしたが思わず押し黙る。

 

 

「……確かにナルトはラセツの英雄だし、いつか火影を超える英雄になることは知ってる。でも、ここに名前を刻む英雄にはならないで」

 

「ーーッなんでだってばよ!!だってこの石は英雄の名前が!!」

 

「コレは慰霊碑。殉職した英雄達の名前が刻まれている石だよ」

 

「そう。…この中にはオレの親友の名も刻まれている」

 

 

 ラセツの言葉。そして肯定と共に続くカカシの言葉にナルトの視線は慰霊碑に注がれる。 数え切れないほど刻まれている名前は、任務成功の為、もしくは可能性を上げる為に命を落とした数だと理解した瞬間、ナルトの蒼い瞳は大きく揺れ、言葉は今度こそ失われた。

 

 

「この石に名前を刻みたくなかったら仲間を大切にし、信頼し、協力し合え。そして任務を遂行して生きて帰れ」

 

 

 特に返事はなかった。しかし、各自の瞳には生気と覚悟が強く滲んでおり、カカシは満足げに笑みを浮かべた。

 

 

「これにて演習終わり。全員合格!第七班は明日より任務開始だ!!」

 

 

 こうして第七班が結成された。

 



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第十三話『任務』

 時計の針が空をさしてお腹の鳴る時間、ナルト、サクラ、サスケの3人はそれぞれ構え、ラセツを囲む様に立っていた。

 

 

「じゃ、始めるよ。準備はいい??」

 

「いつでもいけるってばよ!」

 

「オレもいいぜ」

 

「私も!」

 

「じゃあ、行くよ…3、2、1」

 

 

 0の合図でラセツの姿が消え、代わりに現れたのは赤トラの猫。その猫を目視できた瞬間、構えていた3人は赤トラの猫に飛びかかった。

 

 

「つっかまえたぁーー!」

 

 

 ナルトが猫を包み込む様に捕まえ、カカシが持つ依頼書に書かれる『迷子猫』の特徴と一致するかを確認する。

 

 

「右耳にリボン…目標の『トラ』に間違いはない?」

 

「あぁ、ターゲットに間違いない」

 

「それにしても…猫捕獲に時空間忍術を使うとか…ものすごい高等忍術の無駄遣いだな」

 

「ラセツもそう思った!!文句なら作戦を考えたサスケにどうぞ!」

 

「有効活用と言え」

 

 

 時空間忍術は高等忍術中の高等忍術。 いくら効率がいいとはいえ、時空間忍術を最低ランクの任務に使うなど前代未聞だった。

 

 

「ま、スムーズにできるし文句はないよ。…よし、迷子ペット『トラ』捕獲任務終了!帰還するぞ」

 

 

 迷子猫であるトラが脱走しない様に抱えて、猫を飼い主に引き渡し、3代目に任務完了を報告した。

 

 

「なー、これってホントに忍者の任務?」

 

 

 依頼主の姿が見えなくなった瞬間、ナルトが両腕を頭の後ろに組み、唇を尖らせて不満を洩らす。

 これまでの任務は子守りに、おつかい、ペット探し、農作業の手伝いなど幅が広く、日常的で比較的安全な任務だ。 しかし忍者らしいかと問われれば首を縦に振るには難しかった。

 

 

「当たり前だろう。これも立派な忍者の任務だ。それに、誰でも簡単な任務からだ場数を踏んで繰り上がってくんだ」

 

 

 イルカは三代目と相談し、引き出しから『D』と書かれた巻物を取り出す。 どうやら次の任務もDランクの任務が与えられるらしい。

 イルカの説明を理解したものの、ナルトが納得する訳がなく、腕を胸元あたりでクロスさせて大きなバツ印を作った。

 

 

「そーいう気遣いはノーサンキュー!!オレってばもっとこう、スゲェー任務がやりてーの!他のにして!!」

 

 

 火影室のど真ん中で嫌だ嫌だと駄々を捏ねて騒ぎ始める。が、カカシ以外誰もナルトを注意しない。

 サクラは駄々を捏ねるナルトを単に面倒臭がっているが、サスケとラセツはナルトに同感だと言わんばかりに沈黙を貫いていた。

 全く収まる気のないナルトの駄々にイルカが痺れを切らしたように一喝した。

 

 

「馬鹿野郎!経験を積んだ下忍ならともかく、お前はまだペーペーの新米だろーが!」

 

「でもさ、でもさ!それにしてもショボイ任務ばっかで忍者になった気がしねーってばよ!!」

 

 

 ラセツ達4人はアカデミーの授業で『忍とは、命懸けで里の為に任務を遂行する』と聞いており、信じて疑わなかった。

 だが、いざ忍になってみれば日常的で平和な任務しか回って来ない。自分達が思い浮かべていた忍像の差が大きすぎた。

 

 

「……ラセツ。ナルト止めて」

 

 

 ナルトの忍像が崩れない限り、ナルトの駄々は長く続く。しかし、ナルトの忍像を崩す事は困難であり、今後のモチベーションにも大きな影響及ぼしてしまう可能性が高い。 なら、カカシに残された道は1つ。

 

 ナルトの幼馴染であり、最も信頼を寄せているラセツを頼るほかない。 三代目も「頼む」と言わんばかりの視線を向ける。

 ラセツはその視線に悪戯っぽく口角を上げる。 その瞬間、カカシと三代目は選択を誤った事を察し、止めようとするがもう遅い。

 

 

「ラセツもそろそろ実践を積んだ方が良いと思います!」

 

「だよな!!」

 

 

 カカシや三代目の言葉を無視し、溌剌とした笑顔でナルトの味方をしたラセツに、カカシは拳でコツンと殴り、三代目が呆れたように重い息を吐いた。

 

 

「ナルト、それにラセツ。お前らには任務がどういうものか説明しておく必要があるな」

 

 

 里には毎日DランクからAランク任務まで多くの依頼が来る事。 忍は上・中・下忍と能力に応じて分けており、依頼は火影を筆頭にした上層部がその能力に合った忍者に任務として振り分けられている事。 任務を成功させれば依頼主から報酬金が入ってくる事を丁寧に教える。

 

 

「イルカの言う通り、お前らはまだ下忍になったばかり。Dランクがせいぜい良いとこじゃ」

 

「昨日の昼はとんこつだったから、今日はミソだな。…でも、しょうゆも捨てがたい…!」

 

「じゃあラセツはしょうゆにする。一口あげるよ」

 

「きけェェェイ!!」

 

 

 三代目のありがたい直接特別授業は当の本人達には届いていないどころか昼飯の話をしていた。

 里の長である火影に対して失礼極まりない態度を取る2人をカカシは拳骨で殴り三代目に頭を下げる。

 

 

「…そうやって」

 

 

 ナルトは拳骨を食らった頭をさすりながら、蒼い双眸を吊り上げて鋭く三代目を睨みつける。

 

 

「じいちゃんはいつも説教ばっかりだ。…けど、オレってば、いつまでもじいちゃんが思ってる様なイタズラ小僧じゃねェんだぞ!」

 

「うんうん。ナルトはもう忍だもんね」

 

「そう!オレはもう木ノ葉の立派な下忍なんだ!!だからスッゲー任務寄越せってばよ!」

 

 

 そうだそうだとノろうとした時、自分よりも大きく授業を重ねた硬い皮膚が口を塞いだ。 見上げるとそこには見慣れたカカシの顔がある。

 

 

「ラセツ…、それ以上ナルトを煽んないで。あとでどやされるのオレなんだから」

 

 

 その声は低いがどこか弾んでおり、その割には瞳はひどく静かで冷やかだ。 嗚呼ヤバいなと思ったのと同時にラセツの頭の中で警報音が鳴り始める。

 

 

「あとでクナイ投げ1000本ね。あ、的は最小のやつで当たんなかったやつはノーカウントだから」

 

「ーーー!!」

 

「ハハハ、聞こえない」

 

 

 口を塞がれたままのラセツに抗議は叶わない。助けを求めて他に視線を向けるが、サクラとサスケは自業自得だと視線を合わせず、ナルトに至ってはまだ三代目に抗議を続けており、ラセツはひとつ諦めて俯いた。

 

 

「……分かった」

 

 

 姿を見ずとも異質な貫禄が感じ取れる声にラセツは弾かれたように顔を上げる。 声を出したのは三代目で、向けた相手はナルトにだ。

 三代目は引き出しからいつもとは違う模様の巻物を取り出し、蒼い瞳を輝かせるナルトに手渡した。

 

 

「お前がそこまで言うならCランクの任務をやってもらう。……ある人物の護衛任務だ」

 

 

 初めてのCランク任務が言い渡され、橋作りの自称超名人『タズナ』という人物を国まで送り届けて橋を完成させるまでの間、護衛をすることになった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「出発ーー!!」

 

「おーー!!」

 

 まだ日も登りきっていない明朝に、やる気のこもったナルトとラセツの高らかな声が2つ重なる。 その姿はまさに遠足に行く前のアカデミー生そのものであり、タズナは不満げに眉を寄せる。

 

 

「おい!本当にこんなガキで大丈夫なのかよ」

 

「ハハ…、上忍の私がついてます。そう心配いりませんよ」

 

 

 アカデミー生のようにはしゃぐ阿保2人を尻目に少し乾き気味の笑みで返す。 その後、ナルトがタズナに突っかかって一悶着を起こすという最悪の滑り出しでCランク任務が開始された。

 

 タズナの隣を歩くように木が立ち並んだ静かな道を歩く。いまいち護衛の実感が湧かないのは護衛対象が超名人(自称)と言ってもただの橋づくり職人だからだろう。そんな人を狙うとしたら餌に飢えた獣くらいだ。

 

 

「ねぇ……カカシ先生。これから行く波の国には忍者っているの?」

 

 

 あまりに静かで平和な護衛任務にサクラの意識は散歩感覚まで下がっており、暇を持て余したのか、ふと思い浮かんだ軽い質問を投げた。

 

 

「いや、波の国に忍者は居ない…が、大抵の他の国には文化や風習こそ違うが隠れ里が存在し、忍者がいる」

 

 

 カカシは忍の隠れ里についての説明を始める。

 それはラセツが理解するには少し難しい内容であった。 取り敢えず、忍の隠れ里の中でも木ノ葉、霧、雲、砂、岩が『忍五大国』と呼ばれるほど国土も軍事力も強く、何万の忍者の頂点に君臨する忍五大国のトップが『五影』であり、凄い人達だという事を理解した。

 

 

「へー、火影様ってすごいんだぁ!」

 

 

 と、サクラは感心したように言っておきながら、笑みには隠し切れない疑いが滲んでいた。 それは他の3人も同じだった。 貫禄こそあるが、何処までも温厚で優しく平和を愛するお爺さん、というイメージが強かったからだ。 

 しかし直後、内なる気持ちをあっさりカカシに見破られ、全員が肩を震わせた。

 

 逃げるように歩幅を大きくして歩行を早めると、ラセツはふと、目の前にある水溜りに首を傾げた。

 周りの土が湿っているならともかく、周りの土は乾いており、水溜りのある場所だけ特に地面が窪んで水が溜まりやすい場所のわけでもない。にも関わらず水溜りは存在している。

 

 

「あ、気づいた?」

 

「え?やっぱりこの水溜り、意味あるの?」

 

「うん。気を引き締めてね」

 

 

 それはどう言うこと、と疑問を口にする事はなかった。 背後に気配を感じたからだ。反射的に振り返ると、硬質な音が鼓膜を震わせ、銀色の煌めきがラセツの視界に走った。

 

 

「1匹目」

 

 

 痺れる程低く殺気立った声に急いで銀色の煌めきを視線で追いかけると、目的地は隣で、そこにはカカシが雁字搦めにされており、直後。息つく暇もなく引き裂かれた。

 

 

「キャーーー!!!」

 

「カ、カカシ先生ェ!」

 

 

 サクラとナルトの悲痛な声が響き、ラセツは悪寒に痺れて固まる身体を叱咤する。 カカシの死に浸っている暇はない。 すぐに切り替えるが、ラセツが固まっていたその一瞬は大きく、すでに敵はナルトの背後に迫っていた。

 

 

「2匹目」

 

 

 カカシを引き裂いた武器を残酷なほど迷いなく振るう。 サスケがいち早く動き、手裏剣で相手の武器の軌道をずらし、そのまま木に打ち付け、クナイで固定をする。 ラセツも参戦しようとするが、一瞬サスケがラセツに視線をやり、すぐに視線をタズナにずらした。

 言葉はないがこれは指示だ。 ラセツはサクラと共にタズナを守るようにクナイを持ち、いつでも空間転移が可能なように座標を安定させる。

 

 敵が固定されていた武器を外し、自由を手に入れ、1人がタズナの方に向かってくる。 また一瞬サスケと目が合い、サスケはナルトを狙っている方へ視線を滑らす。 指示を受けたラセツは座標を合わせる。

 

 

「サクラ」

 

 

 上忍であるカカシを死に追いやった敵を前に、クナイを持つ手が震えるサクラに優しく声をかけた。

 

 

「大丈夫」

 

 

 うっすらと見せるその微笑みは何処か力強いものだった。 

 もしもの時の為に、サクラの震えがおさまってくれるのを待ちたかったが敵は待ってくれない。 サクラの確認を終える前にラセツは敵の背後に転移し、敵が驚愕に身体を固まらせた瞬間を好機とし、一片の躊躇もなく大木をも潰す威力を持つ拳を振り下ろした。

 

 

「……ーーふぅ、」

 

 

 それなりの手加減はしたとは言え、十分驚異的な破壊力を持つ拳を諸に受けた敵は意識を保つことができず、その場に崩れ落ちた。

 もう一方の敵を受け持っていたサスケの方を見るとカカシが立っていた。 慌ててカカシが引き裂かれた所を確認するとボロボロになった木がたくさん落ちており、《変わり身の術》を使っていた事を理解し、安堵の息を吐いた。

 

 

「ナルト…すぐに助けてやれなくて悪かった。怪我さしちまったな……でも、お前がここまで動けないとは思ってなかった。……取り敢えずラセツにサスケ。よくやった良い連携だったぞ」

 

 

 サスケは最速で行動に移して相手の武器を奪った上に指示を出し、ラセツはいつでもサスケのサポートできる様に準備を整えた上に、技量があってこそ成り立つ実行能力でタズナを敵から守り切った。

 この2人は初実戦だと思わせない働きをした。対してナルトはカカシの言葉を否定できない。 その事実に拳を強く握りしめる。

 

 

「よォ、ケガはねーかよ。ビビリ君」

 

「ーーーッ!!!」

 

「ナルト!」

 

 

 ナルトの劣等感をさらに掻き立てるような言葉を放つサスケに、飛びかかろうとしたがカカシが静止する。

 

 

「喧嘩はあとだ。こいつらの爪には毒が塗ってあった。ナルト、お前は早く毒抜きする必要がある。毒がまわるからあまり動くなよ。……で、タズナさん。」

 

「な、なんじゃ!」

 

「ちょっとお話があります」

 

 

 カカシの話曰く、襲ってきたのは霧隠れの中忍であり、タズナを狙っていた。

 この任務はCランク任務であり、他里の忍からな護衛は対象外である。その上、中忍以上が狙ってくるとなるとそれはすでにCランク任務の範疇を大幅に超え、Bランク、もしくはAランク任務となってしまう。

 

 

「……流石にこれは荷が重すぎるよ。……ナルトの毒抜きもしなきゃいけないし、帰ろう」

 

「そ、そうよ!!それに、ナルトの傷口を開いて毒血を抜くにも麻酔が要るわ…里に帰って医者に見せないと……!」

 

「…ま、一理あるな。ナルトの治療ついでに里へ戻るか」

 

 

 この依頼は自分たちの実力と任務の難易度が釣り合っていない。それどころか難易度が高すぎて天秤が機能すらしていない。 その上これは詐欺の依頼であり、受ける理由が見当たらない。 ラセツは自業自得だと顔を真っ青にしていくタズナを見ないふりをする。

 突如、肉が抉られる不快な音を耳は拾った。不快な音の発生源であるナルトは自分の手の甲にクナイを刺していた。

 

 

「な、ナルト!?何やってんの!?」

 

 

 浅くはない傷にサクラは慌てるが、ナルトに反応はなかった。ただ、藍色の髪に紫紺の瞳を持つ少女と黒髪黒目の少年をまるで睨みつけるように強く視線を縫い付けている。

 

 強くなっている自覚はしていた。任務をこなして術の修行も体術の修行もサボらず毎日行っていたから。 それでも2人に届かず敵わない現実に悔しさを滲ませる。

 

 しかし諦めたわけでも絶望したわけでもない。

 これは誓いだ。もう2度と助けられる様なマネはしない。怖気付いて逃げ腰になったりもしない。近いが遠い2人に置いて行かれたくはない。その思いを絶対に忘れない為に刻み込むようにクナイを更に差し込んで左手に激痛を走らせる。

 

 

「オレがこのクナイでオッサンを守る。任務続行だ!」

 

 

 カッコいい。

 しかしそれはフィクションならばだ。

 

 

「ナルト…景気良く毒血を抜くのは良いが…それ以上は出血多量で死ぬぞ」

 

 

 失血死。

 その単語の破壊力は絶大なもので、ラセツにとっては、過去に鼓膜を破壊しかけたカカシの脅威の目覚ましを遥かに上回っており、思わず足元がフラつく。

 

 

「ら、ラセツ!!しっかりして!!」

 

「だ、大丈夫……」

 

 

 本当に失血死しないよう、カカシは騒ぐナルトを言葉で押さえ込んで手当てする。 その光景を見て何を思ったのか、覚悟を決めた様に口を開いた。

 

 

「先生さんよ、ちょっと話したいことがある。依頼の内容についてじゃ…」

 

 

 タズナの話によると、どうやらタズナはガトーという世界有数の大富豪のトップに命を狙われているという。 ガトーカンパニーは表向きは海運会社として活動しているが裏では非道的で悪どい商売を生業としているらしい。

 

ガトーは1年程前に波の国に目をつけ、海上交通・運搬を牛耳り、富を独占している。そんなガトーが唯一恐れているのが建設中の『橋』だという。

 

 

「つまり、橋を作ってるオジサンが邪魔になったってわけね…」

 

 

 これで先程の忍者達はタズナを狙うガトーの手の者であるということが推測できる。

 相手は忍すら使う危険で未知な存在。これは立派なB及びAランク任務だ。 しかし、波の国は貧しい国で、高額なBランク任務を依頼することが出来ず、Cランク任務として依頼をしたらしい。

 

 これは任務外であり、天秤も機能していない詐欺の任務だ。 話を全て聞いてやはり断ろうとしたがタズナを説得しきれず、カカシは任務続行を決めた。

 

 

「意外。反対しないんだ」

 

「……反対したいに決まってるでしょ」

 

 

 一般人1人、上忍1人、新米下忍4人。その内の1人は毒をくらい、抜く為に失血死しかけた怪我人。 対して相手はどんな切り札を持っているか分からない未知の相手。 天秤の傾き方は尋常ではなく、反対しない方がおかしい。

 

 

「でも、ナルトがやるって言ってるんだもん。…だからやる」

 

「ラセツは本当にナルトが好きね」

 

「当然」

 

 

 実力と高難易度が不釣り合いな任務に、ラセツは最後になるかもしれないと、憎らしいほどに清々しく澄んでいる青空を視界いっぱいに広げた。

 

 

 

 



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第十四話『桃地再不斬』

 

 タズナの護衛続行を決めた第七班は波の国に向かっていた。

 現在波の国はガトーが海上交通を独占支配をしている為、通常の手段では入国する事は不可能だ。 なので第七班は深い霧が出る時間に合わせて小舟に乗り、霧に隠れる様に水面を渡る。

 

 とはいえ安心は出来ない。 ラセツの記念すべき初めての舟乗りは、周囲に気を配り、じっとりとした緊張感を漂わせた舟乗りであり、残念ながらいい思い出にはならなかった。 

 やがて小舟は人気の少ない場所に止まり、第七班とタズナは波の国に上陸した。 船を出してくれた舟乗りに礼を言おうとするが、逃げる様にその場を離れてしまい、あっという間に霧に紛れてしまった。

 

 

「……ラセツ?なんでそんな歩き方をしてるの?」

 

 

 波の国に上陸してからラセツは蛇行しながら歩いており、傍目から見れば遊んでいるようにしか見えないが、この行動にはしっかりと目的があった。

 

 

「んー?座標を少しでも多く記録してるの」

 

 

 ラセツの《空間転移》はラセツが1度訪れている場所でないと移動できない。 1度に記録できる座標は半径約3mほど。 敵が現れる事が分かっている今、座標を多く記録していて損はない。

 

 

「そこかーーーッ!!!」

 

 

 皆の一歩手前を歩いていたナルトが唐突にクナイを取り出して、茂みに投げる。しかし、茂みからは何も出てこない。

 

 

「フ…なんだネズミか」

 

 

 無駄にカッコをつけるナルトにサクラとタズナは怒鳴り、カカシも今回は冗談抜きで真剣に注意をする。

 

 

「そこかーーーッ!!!」

 

 

 注意をされたばかりだと言うのに、ナルトは再度クナイを投げるが今回も何か出る気配はない。アカデミー成績ドベの名は伊達ではなかった。

 学ばず言い訳をするナルトにサクラが説教をする。しかし、今回の説教にカカシは加わらず、クナイを投げた場所を確認した。

 

 

「あ、可愛い白うさぎ」

 

 

 ラセツもカカシに続いてクナイの刺さっている場所を見ると、そこには白いウサギが気絶しており、それを見たサクラがさらに激怒し、ナルトは慌ててウサギを抱き上げて謝る。

 ウサギは気絶してしまっているが、危険な任務中とは思えないほど微笑ましい光景だ。しかし、カカシの表情は緩くなるどころか厳しく引き締まっていた。

 

 

「どうしたの?そんなに深刻そうな顔して」

 

「これは、ユキウサギだ」

 

「うん??雪みたいに白いウサギだね」

 

「……はぁ、」

 

「無駄だぞ、カカシ。こいつの座学はナルトと同じでドベだからな」

 

「な、サスケ!!ウサギと座学は関係ないでしょ!!」

 

「阿保。ユキウサギは太陽の光を受ける時間によって毛の色が変わる。白色は日没が速くなる冬の色だ」

 

「…?…じゃあ季節が合わないね。飼われてたウサギとか?逃げて来たのかな?」

 

「うーん…目をつけるところは良いんだけどな…阿呆なのが本当に残念」

 

 

 ガックリと分かりやすく肩を落とすカカシに、ラセツは不服そうに目尻を釣り上げて頬を膨らませる。

 

 

「ラセツの言った通りこのユキウサギは飼われてたウサギだ。……変わり身用にな」

 

「変わり身用…?……ってことは近くに敵の忍が居るってこと?」

 

「そうなるね。……ラセツ?」

 

「なら、境界で感知する。波の国は初めて来たからあんまり期待できないけど」

 

 

 意識を集中させ、転移する空間を滑らせる。 すると記録している座標ギリギリに人の気配を察知してカカシに目配せをする。

 

 

「情報聞き出したいから間違っても殺すな。…2秒後」

 

「了解」

 

「全員、警戒!!」

 

 

 カカシが作った2秒の時間で全員に対して声をかけ、緩んでいた表情が引き締まる。 ラセツはきっちり2秒後に《空間転移》を行使し、カカシはホルスターからクナイを取り出してラセツのいた場所に飛びかかる。

 

 

「ーーな」

 

 

 ラセツの代わりに現れたのは、ラセツの背とあまり変わらない程大きな刀を背負った霧隠れの額当ての男だった。

 

 

「へぇ…こりゃ驚いた。霧隠れの抜け忍、桃地再不斬君じゃないの」

 

 

 男…再不斬は予期せず敵の懐に入ったことを理解し、驚愕に身体を固まらせる。しかしこちら側はそうではない。 

 ラセツが《空間転移》をして、カカシが間髪入れずに拘束しようと試みたが、相手は手練れである『桃地再不斬』だと分かると拘束及び情報を聞き出す事は困難だと判断し、殺傷の攻撃に切り替える。

 

 

「ーーー!」

 

 

 再不斬はあまりに唐突な出来事に動揺しながらも、最小限の動きでカカシの攻撃を捌く。 刹那の攻防の中、男は一歩下がって僅かな時間を作り、背中に備え付けている大刀を引き抜き、かなりの重量があるだろう大刀を軽々と振り回して強制的に距離をひらかせ、合流したラセツ含む下忍4名と護衛対象であるタズナの方に、まるでクナイを扱うかのように大刀を投げる。

 

 

「ーー伏せろ!!」

 

 

 カカシの指示に、全員反射的に頭を下げて大刀を間一髪で回避する。 仕留め損ねた大刀はそのまままっすぐ飛び、少し離れた場所にある木に刺さり、男はその大刀の上に立った。

 

 

「……お前ら、こいつはさっきの奴らとはケタが違う。下がってろ、邪魔だ」

 

 

 いつもの軽い調子が恋しくなるほどカカシの声音には余裕が無く、立ち姿には隙が全く無い。

 『コピー忍者のカカシ』又は『写輪眼のカカシ』と他里から畏怖される程の実力を持つカカシに、ここまで警戒を表に出させる強敵にラセツは固唾を飲み込む。

 

 再不斬は高い位置から効率的に状況を把握する。

 そして、自分の周りにあった茂みが見事に断絶されて地面に落ちているのを見つけ、我が身に起こった事と照らし合わせて素早く結論を出し、自分が居た位置部分から出てきたラセツに焦点を合わせる。

 

 

「……そのガキ…空間を交換する時空間忍術を使うか。かなり厄介だが……再度オレを転移させないということは条件があるとみえる」

 

 

 分かりやすいラセツの反応に当たりだと言う確信を持ち、ラセツ達と接触する前にラセツが『座標を記録している』と言って蛇行歩行をしていた事から条件を炙り出す。

 

 

「お前…1度行ったことのある場所じゃないと転移ができないな??」

 

 

 今度は肩がピクリと震え、これも当たりだと確信を持つ。

 しかし再不斬はまだ思考を止めない。ラセツが歩いた場所と転移できた範囲。そして転移不可能な現在位置で、ラセツが1度に記録できる座標を計算する。

 

 

「…1度に記録できるのは大体2、3mだな」

 

「……ラセツ、顔に出すぎ」

 

 

 1度体験したのみ、それも一瞬で《空間転移》の条件と仕組みを理解した再不斬にラセツは関心を通り越してドン引きだった。

 再不斬はあまりにも分かりやすいラセツに喉を震わすように笑い、今度はカカシに視線を向けた。

 

 

「お前は写輪眼のカカシと見受ける。……悪いがじじいを渡してもらおうか」

 

「それは、無理な願いだな」

 

 

 ドン引きから冷め始め、緊張に表情を硬くさせるラセツと圧倒的な緊張感に身体を震えさせる3人に、目線を再不斬から外さないまま指示を出す。

 

 

「…卍の陣だ。タズナさんの守りに徹して戦いに加わるな。それがここでのチームワークだ……。再不斬、まずはオレと戦え」

 

 カカシは片目を隠す額当てをゆっくりとずらし、柘榴石のような紅い瞳…写輪眼を晒す。

 

 

「ほぅ、噂に聞く写輪眼を早速見れるとは…光栄だね」

 

 

 そう、再不斬は好戦的に表情を歪ませた。

 

 

 

 

 



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第十五話『羅刹』

カカシと再不斬の忍術戦は大胆にみえるが、目線や呼吸、意識を意図的にずらすフェイクを入れるという異常な練度と緻密さを魅せていた。

 お互いの忍術練度と発動速度、破壊力のある攻撃に卓越した体捌き、いろいろな技術が互角に噛み合い、奇跡的な均衡を創り出していた。が、カカシの僅かな油断からその均衡は簡単に崩れた。

 

 

「…くッ」

 

 

 カカシは再不斬の《水牢の術》にて捕らえられ、自由を奪われる。 再不斬は標的をカカシからラセツ達に移し、水分身を創り出す。

 ラセツ達は各自クナイを構えて戦闘態勢を取るが、経験不足故か、あまりの拙さに再不斬は嗤う。

 

 

「偉そーに額当てまでして忍者気取りか…だがな本当の『忍者』ってのはいくつもの死線を超えた者のことを言うんだよ」

 

 

 忍者の任務の中には暗殺や国家機密などの、死と隣り合わせな危険な任務がいくつもある。 しかし、今のラセツ達は実績も経験もなく、殺気だけで足が竦んでしまうほど未熟であり、再不斬から見れば赤子同然だった。

 

 

「つまり、オレ様のビンゴブックに載る程度になって初めて忍者と呼べる…。お前らみたいなのは忍者とは呼ばねぇ」

 

 

 瞬間、再不斬が《霧隠れの術》で姿を晦ます。 再不斬の姿は何処かと辺りを見回した直後、ナルトに蹴りかかり、その拍子に額当てが外れ、硬質的な音を鳴らして地面に落ちる。

 

 

「…お前らは、ただのガキだ」

 

 

 そう、地面に落ちた額当てを勢いよく踏み躙りながら非情に言い放つ。

 

 下忍4人と再不斬の間に、あまりにも大きすぎる実力の差がある事を理解しているカカシは『逃げろ』と叫ぶが、上忍レベルの忍から下忍が逃げられる訳がなく、ラセツの十八番である《空間転移》もナルトが居る為除外せざるを得ない。

 

 全員が生き残るには再不斬と唯一渡り合えるカカシを助け出す選択しか用意されてなかった。

 しかし、その為には水分身の再不斬を倒し、本体の再不斬を動かさなければならない。

 

 サスケも飛び出すが、敵うはずがなく玩具を扱うかのように遊ばれてしまう。

 

 ラセツは僅かに震える身体を叱咤し《空間転移》の境界を、ギリギリ座標の中にいる水分身の再不斬のど真ん中に設定し、発動する。

 水分身の再不斬はなす術なく《空間転移》の境界に断裂され、水に還る。

 

 

「本当に厄介な能力だな、小娘」

 

「ーーぅあ!!」

 

 

 再不斬は1体しか水分身できないわけでは無い。

 音もなく現れたもう1体の水分身に反応が遅れ、反射的に防御はするも、ラセツの軽い身体は容易に吹っ飛ばされる。

 

 ラセツは神がかり的な体幹と身体能力を駆使して、地面に着地する。

 その後即座に座標を安定させ、再度《空間転移》を発動させる。が、予知していた様に対応される。

 

 

「ーーッ勘のいい奴…!」

 

 

 《空間転移》の指定場所は術者であるラセツにしか分からない。 しかし、再不斬は予知した様に動く上に、回を重ねる度にその勘は鋭く研ぎ澄まされている。

 

 

「違う」

 

 

 勘が鋭いと言ったラセツを再不斬は即座に否定し、今度は転移する場所を確信していた様に、ラセツが《空間転移》をした直後、容赦ない蹴りを入れた。

 

 

「ーーッ!」

 

「お前が単純なだけだ」

 

 

 蹴り飛ばされ、咳き込むラセツに再不斬は冷たい視線で射抜いた。

 

 

「覚えておけ。忍は相手の手、指、筋肉、視線、呼吸……身体のあらゆる場所の情報を読み取って相手の思考や行動を予測する」

 

 

 再不斬の言うその技術の難易度は常軌を逸している。 再不斬は実力のある忍だと理解していたつもりだったが、本当に『つもり』だった事を理解する。

 

 

「…お前ら程度の奴だったら何を考えてどう攻撃するか丸わかりだ」

 

 

 忍術や体術の技量の差は誰にでも明瞭で、経験で磨かれた観察眼はラセツ達の次の行動さえも予測され、手も足も出ない。 水分身相手にもこれかと、絶望したその、直後。

 激しい咆哮を上げながらナルトが再不斬に向かって馬鹿正直に真っ直ぐ走る。

 

 

「フン、バカが」

 

 

 そう鼻で嗤い、小さく呟く再不斬に今回ばかりは否定できなかった。

 案の定ナルトは蹴り飛ばされ、呆気なく地面に転がる。

 

 

「ほんっと学ばないわね!?いくらいきがったって下忍の私達に勝ち目なんてあるわけ……!!」

 

 

 いつもとは比べ物にならない程無謀な事をしたナルトをサクラは叱りつけたが、突如説教を止め、ナルトの手に握られている、先程まで再不斬が踏み躙っていた額当てを凝視した。

 

 

「…おい、そこのマユ無し」

 

 

 ナルトは少し汚れた額当てを自分の額に当てて紐部分を強く結び、不快そうな表情を隠さず表に出す再不斬に、激しい闘志を燃やした蒼い瞳を向ける。

 

 

「お前のビンゴブックに新しく載せとけ!いずれ木ノ葉隠れの火影になる男…木ノ葉流忍者!うずまきナルトってな!!」

 

 

 その姿は何処までも堂々としており、忍にしては目立ちすぎている。 木ノ葉が掲げる忍像からはかなり遠いだろう。

 しかし、恐ろしい敵を前に震えを止めて逃げる事なく堂々と立つ姿は酷く格好いい。

 

 

「サスケ、ラセツ!ちょっと手ェ貸せ!」

 

「……後でちゃんと返してね?」

 

「そういう意味じゃねぇよ阿保。…で、なんだ」

 

「作戦がある!」

 

 

 相手はカカシと互角の戦いをしせみせた上忍レベルの忍。

 下忍昇格試験の時に行ったサバイバル演習と同じで、下忍が協力しあったところで勝利の可能性は雀の涙ほどしか上がらない。

 しかし、何もやらないより雀の涙程だとしても賭けてみた方が絶対にいい。

 

 

「…わかった。任せて」

 

 

 サスケの無言の了承と心強いラセツの返答に、ナルトは口元に流れる血を拭いながら過去1番挑戦的に笑い、再不斬も苛ついた表情から歪んだ哄笑を浮かべる。

 カカシの指示を無視し、再不斬に挑む形をとった4人にカカシは叫んだ。

 

 

「お前ら何やってる!逃げろって言ったろ!オレが捕まった時点でもう白黒ついてる!!オレ達の任務はタズナさんを守る事だ!!それを忘れたのか!」

 

 

 そこでこの任務の目的は再不斬を倒すことではなく、タズナを守る事だと言う事を思い出し、ナルトは不安げにタズナを見上げる。

 するとタズナは力強く笑い、戦いの許可を出し、ラセツ、サスケ、ナルトは戦闘態勢を取った。

 

 気持ちが切り替わったとはいえ、ほんの数分で構えの拙さが変わるわけでは無い。

 

 

「…お前ら、ほんっとに成長しねぇな」

 

 

 再不斬から見れば赤子か幼児が向かってくる様なモノだ。

 一か八かで逃走を図ればいいものの、それをせずに無謀な事を選択するラセツ達に声をあげて嗤った。

 

 

「…いつまでも忍者ゴッコかよ。オレはなぁ、お前らくらいの歳にゃ、もうこの手を血で赤く染めてんだよ」

 

 

 再不斬の口から出た衝撃の言葉にラセツ達の身体は思わず固まる。 しかし、再不斬の口は止まらず、霧隠れに所属していた頃に起こった壮絶な『鬼人 再不斬』の過去が話される。

 

 住む世界が違う様な話と、卑しく嗤う再不斬から発せられる狂気に当てられて、ラセツ達の身体は強張る。 それは再不斬にとって隙だらけの好奇であり、見逃すはずもなく、一瞬で距離を詰め、サスケに襲いかかり、転がったサスケの腹部分を容赦無く踏み躙る。

 

 

「《影分身の術》!!」

 

 

 個で勝てないなら数で。

 天性のチャクラ量を活かし、数十人の影分身を一瞬で出し、クナイを構えて一斉に攻撃を仕掛けるが、

 

 

「…甘いな」

 

 

 等身大ほどある首切り包丁を掴み、軽々と振り回し、遠心力を贅沢に使ってナルトの影分身を一掃され、地面に転がっては消えていく。

 

 

「サスケェ!!」

 

 

 ナルトは背負っていた鞄から取り出した風魔手裏剣をサスケに投げ渡す。 

 風魔手裏剣を受け取った瞬間、サスケは少し瞳を見開き、納得したように薄く笑った後、風魔手裏剣を開く。

 

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 ここでやっとラセツはナルトの作戦を理解した。

 ラセツはこれから再不斬に向かっていくサスケをいつでもサポート出来るように《空間転移》の境界を近くに設定し、その時、境界は2人分を感知した。

 

 

(…なら、ラセツはこっちだね)

 

 

 サスケから座標を滑らし、新たに空間を設定した場所は水分身の再不斬だ。 サスケは大きく振りかぶり、風魔手裏剣を勢いよく投げる。

 

 

「ラセツ!」

 

「了解!!」

 

 

 風魔手裏剣に視線を奪われている再不斬に、ラセツが《空間転移》を設定した場所を予測する思考は無い。

 

 

「ーーーな、」

 

 

 短い驚きの後、再不斬を象った水分身は真ん中で割れ、それぞれの場所で水へ還る。 風魔手裏剣はそのまま飛び、真っ直ぐ本体の再不斬の方へ向かっていく。

 

 

「なるほど、今度は本体を狙って来たって訳か…が、甘い!」

 

 

 風魔手裏剣を素手で止めるが、手裏剣の死角に隠れていた手裏剣に気づく。 完全に不意をつけたと思ったが、再不斬は息をする様に風魔手裏剣を避ける。しかし、ナルトの作戦はこれで終わりではない。

 

 

「ーーココだぁ!!」

 

 

 再不斬が避けた風魔手裏剣はナルトが変化したものであり、驚愕に目を見開く再不斬にナルトはクナイを投げた。 本来なら水牢を作っている腕を狙ったのだろうが、さすがは手練れ。身体を捻り、肌を僅かに掠めるものの、カカシを捕らえる水牢は維持してある。

 しかし、問題はない。 ナルトの『鬼札』はまだ残っている。

 

 

「やっちまえ……ラセツ!!」

 

 

 自分の意図がバレないように珍しく気を回し、呟くように『鬼札』を切った。

 ラセツは《空間転移》するが座標が足りず、転移した場所は再不斬の少し手前だった。しかし、今回はそれでいい。

 ナルトに気を取られている再不斬は《空間転移》で音もなく現れたラセツに気づかない。 あと少し、あと少しでラセツの持つクナイが再不斬に届くと思った、その瞬間。

 

 

「ーーー」

 

 

 ナルトの気回しは牙を剥き、再不斬は一切の無駄がなく精錬された流れるような動作でナルトに向かって風魔手裏剣を投げた。

 その速度はサスケが投げた時と比べ物にならない。 このままではナルトは風魔手裏剣に引き裂かれてしまう。 それは絶対に避けなくてはいけない。過去に自分を救ってくれた英雄を絶対に殺させてはいけない。 

 

 しかし、ラセツよりもチャクラ量が多いナルトに《空間転移》は使えない。 ならどうすればいい。と、考える間も風魔手裏剣とナルトの距離は容赦なく狭まっていく。

 

 

(絶対に助けなくちゃ。どんな手を使ってでも)

 

 

 そう、思考が支配された瞬間、ラセツの額は酷く熱を持ちはじめ、周囲のエネルギーと膨大な量のチャクラを喰らい尽くす勢いで吸い上げては急速に練られ、全身に駆け巡り、異常な速度で消費される。

 常軌を逸したチャクラの巡回に、全身の筋肉と骨が悲鳴をあげるように軋み、激痛が走った。 あまりの激痛に思わず落ちてしまいそうな意識を必死で繋ぎ止める。

 

 

「ーーーぁ、」

 

 

 壊れて消えてしまいそうな意識とは裏腹に、視界は酷く鮮明で、再不斬が投げた風魔手裏剣でさえ止まって見えてしまう程だった。

 

 

「……ラセツ?」

 

 

 心臓を撫でられるような異質の緊迫感を発するラセツに誰もが視線を持っていかれ、額に出現した美しい純白に輝く2本の《鬼》の象徴に釘付けになる。

 

 踏み出していた足が一歩、少し大地を触れただけで地面は振動し、踏めば大きくひび割れた。 次の瞬間、再不斬でも認識が出来ないほど常軌を逸する速度でラセツは再不斬の懐に入り込んだ。

 

 

「ーー羅刹」

 

 

 思わずこの少女と同じ名を持つ鬼神の名を溢す。

 この美しい鬼の剛力は人間の領域を遥かに超えている。 人なんて撫でるだけで喰らうように肉を抉り、骨を砕くだろう。

 そんなラセツは破壊と滅亡を司る地獄の怪物『羅刹』に相応しい。名は体を表すとは正にこの事だろうと再不斬は思い、迫り来る敗北を予期し、受け入れた。

 

 

「ーーーは」

 

 

 しかし、震えるほど美しい横顔に埋め込まれた紫紺の瞳と一瞬視線が交わっただけで想像した衝撃と痛みは再不斬を襲わず、鬼と共に突風が横をすり抜けた事に呆けた声を洩らした。

 

 

「ーーラセツ!!」

 

 

 悲鳴のような声に再不斬は正気を取り戻し、鬼神の名が聞こえた方を見れば、そこには純白の角を持つ『羅刹』の姿はもうなかった。

 膝をついて紫紺の瞳からは血涙を流し、酷く咳き込む口から大量に吐血する弱々しいラセツの姿と、名前を必死に呼ぶナルトと心配そうに背中を摩るカカシの姿があった。

 その光景を見た時、空になった左手を見て《水牢の術》がラセツによって力技で破られたことに今更気づく。

 

 

「お前は……甘いな」

 

 

 空になった左手で動く心臓を肌の上から確認するように摩りながら、敵の撃破と仲間の命を天秤にかけるまでもなく仲間をとったラセツを再不斬は嗤う。 

 

 

「仲間、の…命に変えられるものなんて、ないもの」

 

 

 途切れ途切れに血を唇から零しながら答える。

 カカシの教えを大事にしているラセツの瞳には後悔は全くないどころか、皮肉げに口角を「……そんなことより」と言葉を続ける。

 

 

「……自分の、心配した方がいいよ??ラセツ達の役目はもう終わったんだから…」

 

「あぁ、本当によくやった。……あとは任せろ」

 

 

 カカシの言葉にラセツの身体からは全ての力が抜けた。

 《鬼化》によって膨大なチャクラを消費、循環させ、負担をかけすぎた肉体はもうとっくに限界を迎えていた。

 霞む視界にフラつく足元。力が抜けたせいで身体が支えきれず前に倒れる。 地面とぶつかると思った瞬間、側まで駆け寄ってきたサスケに受け止められた。

 

 

「…サスケ、ナイス」

 

「いいから寝てろ」

 

 

 ラセツはサスケの言葉に甘えて、返事も忘れて意識を手放した。

 

 

 



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第十六話『修行』

 

 

 霧隠れの追い忍が再不斬を殺して連れ去った後、タズナの家へお邪魔することになり、気を失っているラセツをナルトは背負った。

 その後、カカシも写輪眼の使いすぎで倒れてしまい、サスケに肩を貸してもらいながら森林の道を歩く。 

 一言も発することのない静かな沈黙を破ったのはサスケだった。

 

 

「カカシ…ラセツのあの力はなんだ」

 

「オレもそれ聞きたいってばよ」

 

 

 サスケの指す『あの力』とは、ラセツが最後にみせた《鬼化》の力のことだ。

 サスケとナルトの2人はラセツと付き合いが長いものの、純白の角が生えた姿なんて1度も見たことがなく、その上、再不斬をも圧倒的する力を見せつけられたら問わずにはいられなかった。

 

 

「…あれは《鬼化》…ラセツの血継限界だよ。…額に現れる角が自分のチャクラと周囲から自然エネルギーを吸い上げ、それによって肉体が強化、身体能力が飛躍する効果が得られる」

 

 

 鬼族の肉体は強靭な肉体に非常に高い身体能力を持っており、《鬼化》は個々の固有能力を開花させ、周囲のエネルギーと体内のエネルギーを莫大消費し、能力を更に飛躍的に上昇させる力だ。 これだけだと物凄い便利な血継限界だが、そうもいかないのが現実だ。

 

 

「…でも、チャクラの消費量と、周囲から集めるエネルギーの量が莫大すぎてラセツも扱いきれない……使えるのは良くて3秒だな。それか使う以前に気絶する」

 

「すごく、危険な力なのね」

 

「…強い力には代償があるモンだよ。」

 

 

 ラセツが《鬼化》出来るのは精々良くて3秒。されど3秒だ。 証拠に再不斬を圧倒してみせた。

 

 

「…ま、これでも年々扱えるようにはなって来たし、ラセツのことだからいずれケロッと使えるようになって、笑顔で山を割る子になるさ」

 

「それ、超怖いってばよ……」

 

 

 絶対ラセツを怒らせない様にしようとナルトは心の中で誓った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 再不斬とカカシの戦いの最中に寝てしまい、3日後に目を覚ましたラセツは、お腹に優しい食べ物を口にしながら、カカシから霧隠れの追い忍が再不斬を殺して、連れ去った一連の出来事を聞いた。

 

 

「でも、再不斬が死んだならひとまずは安心だね」

 

 

 カカシは『写輪眼のカカシ』又は『コピー忍者のカカシ』と他里から畏怖され、里内では『里1番の技師』と謳われる忍。 そんな忍と肩を並べられる忍なんて里の中でも数えるくらいしか存在しない。

 つまり、カカシと互角に戦えた再不斬が特殊なのだ。 終わったに越したことはない。しかし、カカシは困ったように銀髪を掻いた。

 

 

「イヤ…アイツらにも言ったが、再不斬おそらくは死んでいない」

 

「え!?どう言う事!?」

 

「ま、落ち着け。これから説明してやるから」

 

 

 手に持つスプーンが落ちそうになり、慌てて握り直す程わかりやすく動揺を露わにするラセツに、「理由は大きく分けて2つある」とカカシは2本の指を立てて説明を始める。

 

 

「…死体処理班ってのは殺した者の死体は、その場ですぐ処理するものなんだ」

 

 

 S級犯罪者、又は、特別指示が出されている忍以外は、基本的に持っては帰らない。殺した証拠に持ち帰るとしても首だけ持ち替えれば事足りる。

 

 

「…ここで理由その1。ラセツは気絶してたから知らないだろうけど、その追い忍は再不斬の死体をまるごと持って帰った」

 

「つまり、現れた霧隠れ暗部の行動が、通常の暗部の行動と一致しないってこと?」

 

「珍しく察しがいいじゃない。明日は雨かな?」

 

 

 確かにラセツは否定しようもないほど頭が悪いが、あまりに酷い。 ラセツは頬を膨らませて地団駄を踏む代わりに布団を乱暴に殴る。

 カカシは「冗談だよ」と軽く笑いながら謝るが、口だけである事は明瞭だった。しかし、ここで突っ込むとちっとも話が進まなくなるので、歯を食いしばり、出てきそうな言葉を我慢した。

 

 

「で、理由その2が、追い忍の少年が使った再不斬を殺した千本という武器だ」

 

 

 追い忍が使った千本という武器はツボ治療などの医療に用いられる代物であり、急所にでも当たらない限り殺傷能力のかなり低い武器だという。

 別名死体処理班と呼ばれる追い忍は人体の構造を知り尽くしており、人を仮死状態に至らしめることも容易だろう。

 

 以上のことからカカシは再不斬を連れ帰った追い忍の少年を『再不斬の仲間』と推測した。 

 

 

「……考えすぎじゃない?」

 

 

 そう口に出したのは、きっと再不斬がまだ生きており、交戦する機会があるかもしれないという現実逃避からだった。 

 

 

「…ま、それが1番だけど、可能性がある限り最悪を想定して動いた方がいい」

 

 

 再不斬の生死関係なく、ガトーが他に強力な忍を雇っていないとも限らず、危険は拭いきれていない。

 なのでカカシは、未熟も良いところな新人下忍の成長の為に課題を与えたという。

 

 

「…皆がいないのはその課題に打ち込んでいる、ってこと?」

 

 

 ラセツが目覚め、カカシと話し始めてからかなりの時間が経つが、第七班のメンバーは誰1人姿を見せない。

 ラセツの質問にカカシは小さく頷いた。

 

 

「そう言う事。動けるようになったらラセツも参加してね」

 

 

 カカシの数十倍乱暴にチャクラを使い、無理に血継限界を発動させ、かなりの負担を負った身体を労わる。 しかしラセツはおじやの入っていた器を置き、3日間寝ていた人間だとは思えないほど勢いよく立ち上がり、溌剌とした笑顔をカカシに向ける。

 

 

「心配ご無用!もう動ける!!」

 

「…さすがラセツだね」

 

 

 常人なら1週間は軽く寝込む程、ラセツの身体にかかった負担は大きかった。 しかし、鬼族の生命力の強さには尋常ではなく、その生命力の強さは今回でも発揮される。

 

 

「なら、早速始めようか」

 

 

 早く復帰できるに越したことはない。カカシは存在感が薄くなり始めた松葉杖をつきながら立ち上がった。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 カカシに連れられて修行する場所へ向かうと、そこにはナルトとサスケが懐かしいチャクラコントロールの修行である木登りをしていた。

 ラセツに気づいたナルトはクタクタに疲れていた表情から陽だまりのような笑みに一変し、「木登りするぞ!」と腕を引かれる。

 

 

「……え?木登り?」

 

 

 ラセツは困惑した。 何故ならラセツはカカシに師事して最初に教えられたのがチャクラコントロールの修行である『木登り』だったからだ。

 

 

「そーだってばよ!!聞きたいことがあればなんでも聞いていーぞ!!」

 

「いや…」

 

「あ、これ、結構難しいんだぞ!!普通の木登りとは違って…」

 

「ナ、ナルト、ちょっと待って!」

 

 

 ラセツの困惑そっちのけで自慢げに話し始めるナルトに申し訳ないと思いつつも静止をかけ、紫紺の瞳を少し細め、ジトリ、とカカシを見上げた。

 

 

「カカシ先生…まさかラセツも木登りとは言わないよね?」

 

「勿論言わないよ」

 

「え!?なんでだってばよ!ラセツだけ免除なんて…、」

 

「逆だよ逆。ラセツはもう木登りをクリアしてんの」

 

「へ?」

 

 

 バタバタと騒がしかった動きはピタリと止まり、空を閉じ込めた蒼い双眸を大きく見開き、その視線はラセツに全て注がれる。 ラセツは少し申し訳なさそうに眉を下げ、力なく苦微笑する。

 

 

「ラセツはカカシ先生に師事して数年経つもん。なのに木登りやってない方がおかしいよ」

 

 

 ここでナルトは、第七班が編成される前からラセツとカカシは知り合いであり、師弟関係だった事を思い出した。 チャクラコントロールの技術は基本中の基本であり、師弟関係数年目で教えない訳がないと流石のナルトでも理解した。

 

 ナルトの納得も得て、木登りの修行に戻った背中を少し見送った後、早速本題だとカカシは人差し指を立て、ラセツの前に突き出した。

 

 

「ラセツ。お前の《空間転移》は強力だ。でも、境界に頼りすぎて得意の体術が全く活かされていない時が多く見られる。それに…《空間転移》で決められなかった時の対応が出来てない」

 

「ぅ、」

 

「《空間転移》の座標が少しずれてしまった場合。避けられた場合…色々な条件で狙いと外れることがあるだろう」

 

「その時のための特訓ってこと?」

 

「そう言うこと。で、ラセツの修行だが……ズバリ、落ち葉集めだ」

 

「落ち葉集め?」

 

 

 なんだ簡単そう、と思ったがそう思った事をすぐに後悔することになる。

 ラセツの修行用に用意したのか、木から垂れ下がっているをロープを掴んで引っ張る。すると少し離れた木から大量の葉がゆったりと落ちていく。

 

 どうやら、ロープを引っ張ればもう一方のロープの先に仕掛けた袋がひっくり返り、葉が落ちるという仕組みになっているらしい。

 

 

「これからお前がやるのは、このロープを引っ張って葉が落ちる場所に《空間転移》し、落ちてきた葉が地面に落ちる前に、《鬼化》以外ならどんな方法でもいい。全て取れ」

 

 

 《空間転移》の精度だけでなく反射神経、洞察視力をはじめとした機能全て同時に鍛える、何とも合理的な訓練。シンプルだが鬼畜な内容にラセツは思わず頬を引き攣らせた。 

 

 

「あ、《空間転移》でチャクラが枯渇しそうになったら、走って移動からの落ち葉集めに変更だから。サボんなよ」

 

 

 病み上がりだというのに、通常通り容赦なく休憩なしコースを叩きつけたラセツはもう少し寝ておけばよかったと少し後悔した。

 

 

 ✳︎✳︎✳︎

 

 

「あーーッもー!!」

 

 

 カカシに鬼畜な修行内容を言い渡されてから数時間。 課題である『葉が地面に落ちる前に全て取る』は未だに達成出来ていない。 葉は風に乱れやすく、ひらひらと不規則に落ちていくので掴むのでさえ困難だ。

 

 

「んー、だいぶ良いね」

 

 

 もう静寂に包まれているこの森林に、その低い声はよく響き、ラセツは思わずその方向に視線を向けると、そこにはカカシが立っていた。 どうやら少し前からラセツの修行の成果を見ていたらしい。

 

 

「そろそろ戻るよ。もう遅いし」

 

「あ、ホントだ」

 

 

 何だか視界が悪いとは思っていたが、見上げればもう太陽の輝きは失せ、呼吸を忘れてしまうほど見事な星空が広がっていた。

 ラセツは簡単な後片付けをした後、カカシの顔を覗き込むように並んで歩いた。

 

 

「皆はどう?」

 

「順調だよ。……特にナルトなんて1番伸びてるし、先が楽しみだ」

 

 

 ナルトの潜在的なチャクラ量はラセツやサスケを優に超え、カカシですらも上回っていた。 チャクラコントロールが完璧になり、多彩な術を扱えるようになったらナルトは今とは比べ物にならないくらいに化けるだろう。

 

 

「ふふん」

 

「何でお前が誇らしげなの」

 

 

 自他認めるナルト至上主義なラセツは、ナルトが褒められた事実に胸を躍らせながらタズナの家に帰還した。

 まず土や草などの汚れを落とした後、サクラと共に夕飯の手伝いをし、出来上がった夕飯を並べて手を合わせた。

 

 

「…ちょっと、2人とも?そんなに急いで食べなくても…」

 

 

 ナルトとサスケは何があったのか、競うように夕飯を掻き込んでは吐き、おかわりを強請っていた。

 

 

「ラセツ、無駄よ」

 

 

 ゆっくりと横に振るサクラの顔はどこか乾いており、諦めたような表情をしていた。 周りも掻き込んでは吐くという異様な光景に全く突っ込むことない様子から、これは初めての光景ではない事を悟って視線を2人から外した。

 すると、ラセツはひとつ不自然なものを見つけた。

 

 

「ねぇ、この写真…、むぎゅ」

 

「……」

 

 

 突然口が塞がれ、視線だけ後方に向けると、サクラは酷く悲しげな表情をしており、イナリは席から立ち上がり、部屋から出て行ってしまう。

 

 

「…なんか、訳あり??」

 

「あぁ」

 

 

 カカシはそう短く答え、敗れた写真に写っていた町の英雄と呼ばれていた男、カイザとイナリについて話し出した。

 カカシの話によると、イナリと親子同然の仲であったカイザは、ガトーがこの国に来て、町の英雄カイザは国の秩序を乱した罪人として公開処刑をされてしまったという。

 

 

「…だからオレは決めたんだ」

 

「え?」

 

「このオレが…英雄を信じらんなくなっちまったアイツに、この世に英雄がいるってことを証明してやるんだ」

 

 

 蒼の双眸は強く輝き、握る拳は強く握りすぎて震えている。 どこまでも真っ直ぐ我が道を突き進むナルトにラセツはうっすらと笑みを浮かべた。

 

 

「ナルトならできるよ」

 

 

 一切の不純物が紛れ込んでいない、心からの言葉。 滲んでいるとしたらナルトに対しての信頼のみだ。

 ラセツは片目を閉じて悪戯っぽく笑い、人差し指でナルトを指差した。 

 

 

「なんせ、ナルトはラセツの英雄だからね。カッコいいところ見せてあげて」

 

「応!」

 

 

 迷いなく返事をするナルトにラセツは眩しそうに紫紺の瞳を細めた。

 

 



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第十七話『英雄の予感』

 あれから修行の数日が過ぎ、ラセツ、ナルト、サスケの3人は苦戦していたものの見事に出された課題をクリアして帰還し、再度タズナの護衛につくことを命じられた。

 

 

「……なんで、なんでそんなに必死に頑張るんだよ…!!」

 

 

 何処までも必死に真っ直ぐと努力をするナルトの姿にイナリは英雄だった父の姿を思い出し、テーブルを両手で強く叩きつけ、滂沱の涙を流している瞳は酷く怒りに蝕まれており、敵視する様に強く睨みつけてダムが決壊したようにイナリの口から言葉が溢れた。

 

 

「修行なんかしたってガトーの手下には敵いっこないんだよ!いくらカッコイイこと言って努力したって本当に強いヤツの前じゃ弱い奴はやられちゃうんだ!!」

 

「うるせーなァ、お前とは違うんだってばよ」

 

「お前を見てるとムカツクんだ!!この国のことも知らないくせにでしゃばりやがって!」

 

 

 眩しいくらい立派な英雄だった父親同然の人間をガトーに潰されている過去を持っているからこそ、英雄になろうとするナルトに対して声を荒げ、怒りをぶつけた。

 イナリは子供だ。感情のまま誰かに押し付け、ぶつけることがあるだろう。だから、誰もがイナリの叫びを黙って聞いていた。

 

 

「お前にボクの何が分かるんだ!辛いことなんか何も知らないでいつも楽しそうにヘラヘラやってるお前とは違うんだよォ!!」

 

「…あなたこそ」

 

 

 恵まれてはいない子供の叫びにラセツも沈黙を護っていたが、英雄と尊敬するナルトに対するイナリの言葉に、ずっと耐えていられるほどラセツは大人ではなかった。

 

 

「あなたこそ、ナルトの何を知ってるっていうの??……悲劇の主人公気取りもいい加減にして」

 

 

 紫紺の双眸は厳しく細められ、鋭い視線がイナリを射抜く。 独特な緊張感を放つラセツにイナリは思わず口を閉ざし、身を硬くする。

 

 

「ラセツ、言い過ぎだ」

 

 

 冷たい言葉を続けようとしたラセツを止めたのはカカシだった。

 ラセツは懸命になると周りが見えなくなる事が多々あり、ナルトの事になるとその欠点は加速し、尚更目立つ様になる。

 

 ラセツもまだ12歳。カカシから見れば成長中の子供もいいところで、その欠点も子供ならではの純粋さ故に現れるもの。

 里の中ではまだ良い。しかし、任務の時のラセツは木ノ葉に所属する1人の忍。大人の対応を覚えなければならない。

 

 

「………すみません。頭、冷やしてきます」

 

 

 ラセツは阿呆だが察しは悪い方ではない。むしろ察する能力なら鋭い方だ。故にカカシの意図を理解していた。 しかし、素直に受け入れ消化できるほど出来た器をラセツは持っていなかった。 

 飛び出しそうな感情的な言葉を押し殺し、酷く丁寧で静かな声音でその場の雰囲気を更に冷たくしてラセツは扉から出て行く。

 

 

「オレ、追いかけてくる!!」

 

「やめとけ」

 

「なんで!」

 

「今やここら一帯はラセツの庭だ。絶対に追いつけないよ」

 

 

 ラセツの十八番は《空間転移》。ここ数日で座標の記録も済んでおり、今ここにラセツと鬼ごっこをして勝てる者は居ない。

 

 

「何なんだよ…!」

 

 

 ラセツの冷気を真っ向に当てられたイナリは、怒りと混乱を混じり合わせた感情に耐えきれなくなり、部屋から飛び出した。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 頭に昇っていた熱を冷やすように夜風に当たりながら木と木を渡りながら散歩をする。

 

 

「……はぁ…」

 

 

 頭が冷えれば冷えるほど、振り返れば振り返るほどラセツがイナリに放った言葉にため息が出てくる。

 

 

「っああぁあ……ラセツ、ホッント大人気ないぃ…」

 

 

 あまりの羞恥に思わず足を止め、しゃがみ込んだ。

 ラセツは大人ではないとはいっても木ノ葉に忍として認められた1人。 だと言うのに、年下の、それも一般人の男の子に言われた言葉に突っかかってしまうなんて未熟も良いところだ。

 

 

「…イタチなら、こんな時どうするかな……」

 

 

 アカデミーを飛び級で合格し、『天才』と謳われ、何処までも真っ直ぐ我が道を生きる彼ならなんと言っただろうか。 しかし、ラセツはすぐに頭を振った。

 まずイタチはラセツの様に感情的になったりなどしない。常に最善を考えて行動し、もしかしたらイナリとの和解も済ませてしまうだろう。

 

 根本から間違えてしまったラセツとなにひとつ噛み合う事はない。なら、自分の犯してしまった間違いをどう正せばいいのか。 その答えは容易に出てくる。

 

 

「謝るしか、ないよね」

 

 

 今回はラセツにも非がある。

 ラセツは首元から下がる首飾りの先端にある『鬼の瞳』を祈る様に両手で包み込んだ。

 

 

「…仲直り、出来ますように」

 

 

 別にイナリと仲がいいわけじゃない。 だが謝れた後、友人の様になれていたらという思いも込めてそう願った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 謝るとは決めたとはいえ、心の準備は出来ていない。その為ゆったりとした歩行でタズナの家に戻り、扉を開けようとしたその時、ベランダの方から話し声が聞こえた。

 気配を消したまま家の影からそっと覗くと、そこにはイナリとカカシが座っており、何やら話していた。

 

 

「………で、どうした。ラセツ」

 

「ーーッ!?」

 

 

 唐突に名前を呼ばれ、肩が飛び跳ねた。 隠れるラセツをカカシは真っ直ぐ視ており、空耳でもない事を理解する。

 そして、同時にこのままでは盗み聞き野郎だと思われてしまう事にも気づき、反射的に背を向けて逃げ出すが、

 

 

「に"ッ」

 

「コラコラ。何逃げようとしてんの」

 

 

 まるで猫を掴むかの様に首根っこを掴まれ、捕獲されてしまう。 あぁ、これから盗み聞きの罪で断罪されるのだとラセツは両手で顔を覆った。

 

 

「無罪です」

 

「いきなり何言ってんの。…ま、《空間転移》で逃げなかっただけ良しとしようか」

 

「あ、」

 

「頭になかったのね」

 

 

 今回の逃げはほぼ本能なところがあり、究極の逃げ技である《空間転移》の存在をすっかり忘れていた。

 カカシは掴んでいる手を離し、ラセツは戸惑いがちにおずおずと向かい合う。

 

 

「で、どうしたんだ」

 

「……謝りに来たの、言い過ぎたから」

 

「なら、今言えばいいさ。邪魔者は退散するよ」

 

 

 そう、ラセツの横を通り過ぎて手を振った。 ラセツは覚悟を決めて足を踏み出し、イナリの隣まで歩み寄った。

 一言断ってからイナリの隣に腰をかけ、指を突き合わせ、目を泳がせながらも頭を下げた。

 

 

「さっきは言い過ぎた。本当に御免なさい」

 

「ボクも…ごめん」

 

 

 謝罪を交わし、お互いに眉を下げ、うっすらと笑みを浮かべた。

 イナリは少し気まずそうに唇を噛み締めた後、目の前の景色に視線を向け、口を開いた。

 

 

「さっき、あの先生からラセツの姉ちゃんの話とか、ナルトの兄ちゃんの話を聞いたんだ」

 

「そうなんだ」

 

「ラセツ姉ちゃんが頭悪い事とか、ナルトの兄ちゃん至上主義だとか」

 

「……あンの教師…」

 

 

 事実ではあるがあまりにも碌なことしか話していない担当上忍に、ラセツは後ほどブッ飛ばす事を決意し、拳を力強く握りしめた。

 

 

「…それと、ラセツの姉ちゃんがナルトの兄ちゃんを英雄だって思ってることも教えてもらった」

 

「……!」

 

「…ねぇ、ラセツの姉ちゃん」

 

 

 目の前の景色に視線を向けていたイナリの視線がゆっくりとラセツの方を向いた。

 

 

「ラセツの姉ちゃんの英雄について教えてよ」

 

「…もちろん、いくらでも教えてあげる。今夜は寝かさないよ」

 

「それは流石にヤダ」

 

「むぅ…最近の子ってノリが悪い…」

 

 

 期待していた返答と違った返しが来た事に頬を膨らませるが、根に持っていたって仕方がない。すぐに切り替えて今までの出来事を確かめる様に紫紺の瞳を少し伏せた。

 

 

「ナルトはね、いつも誰かに元気を振りまいて、誰かに認めてもらいたくて一生懸命で、夢のためだったらいつだって命懸けな人なの」

 

 

 月が1番高い所で輝く頃にはイナリは無邪気な寝顔をラセツの膝の上に乗せて眠っていた。

 

 

ーーーこの世に英雄がいるってことを証明してやるんだ

 

 

 父親同然で、自分の、町の英雄を無惨な形で殺されてしまい、英雄を信じられなくなってしまったイナリに向けてナルトはそう言った。

 

 

「ーーきっと、ナルトはあなたの英雄になってくれる」

 

 

 ナルトの言葉に説明できる様な根拠はひとつもない。しかし、有言実行するだろうと思えるほどの力がある。 きっと、英雄を信じられなくなった子供にもう1度希望を見せてくれるだろう。 そう、ラセツは確信していた。

 ラセツは眠ってしまったイナリを起こさない様に抱き上げて布団に運んだ。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 カカシから課せられた課題をクリアし、護衛任務に完全復帰した翌日。

 ラセツはすでに任務服に着替え、忍具を装備し、朝ごはんもバッチリ食べて準備万端だ。他のメンバーも同じ様に各自の準備を終わらせていた。ーーーナルト以外は。

 

 

「……お、起きない…」

 

 

 いくら揺さ振っても、サスケが乱暴に叩いてもナルトはいっそ清々しいほど気持ち良さげな寝息を立てており、一向に起きる様子がない。

 

 

「ラセツ姉ちゃん、英雄は選んだほうがいいと思うよ」

 

「ぐぅ…っ、いつもはこうじゃないんだけど…!!」

 

「イナリ君。ラセツはナルト至上主義なの。ナルトへの評価は当てにはならないわ」

 

「なんとなくボクも気づいてた」

 

「イナリくん!?」

 

 

 昨日ナルトについて語ったというのに全く味方についてくれそうにないイナリにラセツはがっくりと肩を落とした。 しかし、まだナルトを起こすという問題は解決していない。

 最後の頼りと言わんばかりに、縋る様な瞳でカカシを見た。

 

 

「カカシ先生!お得意の目覚ましを…」

 

「使わないよ」

 

「えー…」

 

「これから戦う可能性もあるのに、そんな勿体無いことするわけないでしょーが」

 

 

 あれからもう数日。もし再不斬が生きているとしたらあちらも回復している頃だろう。なのでナルトを起こす為だけに少しでも調子を落とす訳にはいかない。

 それに、ナルトは昨日限界まで身体を使った為、今日はもう動けないだろうという見解から本日は休息させるという結論に至った。

 

 

「じゃ、ナルトをよろしくお願いします。」

 

 

 カカシはナルトをツナミに頼み、タズナと共に完成間近となった橋に向かいーー突然濃い霧が辺りを覆った。 

 

 

「久しぶりだな、カカシ」

 

 

 視界の悪い霧の中から聞き覚えのある声がする。 目を凝らしてみればそこには凶悪な首切り包丁を背負った再不斬とお面を被った少年が立っていた。

 

 

「……どうやら、オレの予感は的中しちゃったみたいだね」

 

 

 再不斬を回収した暗部の少年は再不斬の仲間なんじゃないか、という当たってほしくなかった最悪の予想が見事に当たってしまい、カカシの肌から一筋の汗が流れた。

 

 

 

 



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第十八話『鬼に成れなかった人間』

 あれからサスケはお面をかぶった少年、白を。カカシは再不斬を相手にしていた。

 ラセツの《空間転移》で護衛対象であるタズナを移動させようとも思ったが、ガトーの手下はまだまだ未知数だ。新米下忍であるラセツとサクラのみに任せるのは重荷過ぎると判断し、苦渋の決断で再不斬という強敵が居るが、カカシの手が届くその場で護ることを選択した。

 

 サスケと白の戦いの序盤はサスケが優勢に進めていたが、白はなんと血継限界を有しており、感嘆の吐息が洩れるほど美しく、強力な技に圧倒されてしまう。

 

 

「うずまきナルト、ただいま見参!!」

 

 

 途中、寝坊したナルトが派手に参戦するが、なんと白の術内に自ら入ってしまい、更に状況は悪化してしまった。

 

 

「……さ、さすがナルト!!味方の意表を突いてくスタイル…新しい!」

 

「巫山戯てんじゃないわよ!!阿保ラセツ!」

 

 

 冗談を言わなければ耐えられないくらいの状況だった。

 白の術内に2人して入ってしまったという事は、白を殺さなければその術から出る事は不可能に近い。 しかし、サスケとナルトは人を殺す経験がない。人殺しは覚悟をしていても躊躇してしまう場合が多く、その躊躇は戦闘に置いて格好の隙となる。

 

 対して白は人を殺す覚悟も経験もあり、躊躇は無い。これは完全に負け戦だ。

 しかし、タズナを護るという役目を与えられている以上、この場を動くわけにもいかない。 カカシも再不斬の相手をしており、手助けにはいけない。

 

 

「……一瞬で勝負を決めさせてもらう」

 

「写輪眼か…芸のないヤツだ」

 

 

 写輪眼を駆使して戦闘を行うが、一瞬で勝負がつくほど再不斬は甘い相手ではなく、刹那の攻防を繰り返す。

 

 

「……《鬼化》をすれば」

 

 

 状況が変わるかもしれない、と、目で追うのがやっとなほど高度な戦いを繰り広げる再不斬とカカシを眺めながら、そう思う。

 《鬼化》は強力だ。もしかしたら再不斬の相手ができるかもしれない。カカシがナルト達を助けに行けるかもしれない。

 

 しかし《鬼化》は同時にリスクも大きい。

 まず《鬼化》成功するとは限らない。その上、成功したとしても3秒後には戦闘不能のお荷物だ。 もし、再不斬を倒しきれなかった場合殺されるのはラセツとサクラとタズナであり、任務失敗の本末転倒だ。

 

 

「…ら、ラセツ…霧が」

 

 

 突如、視界が真っ白に染まる。 再不斬の《霧隠れの術》だろうと予想はつくが、これでは霧が濃すぎて本当に近距離しか場所が把握できない。

 

 

「……なんのつもりだろう」

 

 

 霧が濃すぎて視界が悪い。 これでは術者である再不斬自身も視界が霧に遮られ、戦いづらいだろう。

 しかし、そんな事は術者本人であり、手練れな再不斬が分からないわけがない。この《霧隠れの術》は再不斬にとって必要であり、有効だったからやったのだ。 

 まず単純に視界に関係するもので思考してみる。すると簡単に答えは導き出せた。

 

 

「ーーー写輪眼」

 

 

 カカシが有している写輪眼は血継限界のひとつであり、驚異だ。 血継限界の持ち主と戦う際、どの様にして使わせないか、どの様にして条件を悪くするかが勝負の別れ道になるといっても過言では無い。

 

 写輪眼は文字通り『眼』だ。 いつもカカシが額当てで写輪眼を覆い隠し、無効化しているように、視界を霧で覆って仕舞えば写輪眼は無効化されたも同然だ。

 

 

「ぁ、」

 

 

 そしてラセツは再不斬の思惑にたどり着き、思わず声を洩らした。

 今現在、視界を覆われ、再不斬の得意領域に引き摺り込まれたと言っても過言ではないカカシは、全身全霊で再不斬の気配を追っているだろう。

 

 再不斬なら、自分の得意領域に引き摺り込み、写輪眼を無効化されたカカシと互角以上に戦うことが出来る。 しかし、重要なのは再不斬にとってカカシ含む第七班は、目的を達成するための障害であり、目的ではない事だ。 

 

 辺りの視界を霧で限界まで悪くし、写輪眼の能力を無効化し、カカシの注意を気配も姿も見えない再不斬に固定させて、再不斬がやる事はなんだろうか。

 

 

「……タズナさんだ」

 

「え?」

 

「再不斬の狙いはタズナさん。サクラ、気を引き締めて」

 

「えぇ、わかってる」

 

 

 再不斬の狙いはラセツの推測であり、確定ではない。しかし、可能性がある限り最悪を想定して行動していた方がいい。 サクラと共にクナイを構え、周囲を警戒する。

 とはいっても霧が濃すぎて視界は当てにならない上、五感を駆使して気配を探っても、再不斬は格上の忍であり、ラセツ達に気配を気取られるような事はしない。

 

 

「…でも、ラセツには関係ないもんね」

 

 

 五感が当てにならずとも、ラセツには《空間転移》副次的効果のひとつである感知をすることが出来る。

 

 

「2人とも。再不斬が感知出来たら転移するからもう少し寄って」

 

「わかったわ」

 

「あぁ、超頼むぞ」

 

「任せ……ッーー来た」

 

「ッ!!」

 

 

 感知のした方に目を向ける。直後、濃い霧から再不斬の姿が出現し、驚いた様に見開く黒い双眸と一瞬目があった。 再不斬が首斬り包丁を地面に刺した瞬間、ラセツは《空間転移》を発動させ、タズナとサクラも共に転移する。

 

 

「…て、転移したのね?」

 

「霧のせいでよく分からんな」

 

 

 周囲は霧で覆われており、場所も大きく移動したわけでは無いので転移した実感がない。しかし、一瞬姿を現した再不斬の姿が見えないのが何よりの証拠だった。

 

 

「…うーん」

 

「どうしたのよ、ラセツ。すごく不服そうな顔してるけど」

 

 

 ラセツの《空間転移》の感知は『居るか』『居ないか』の2択の超簡易的な感知の為、誰がそこに居るのかわからない。

 だからこそ転移する直前に再不斬の姿を目視出来た際、腕一本くらい持っていってやろうと思ったのだが、さすがは手練れ。 何かの直感からか、地面に首斬り包丁を刺し、前に行くスピードを殺して境界に挟まれるのを回避した。

 

 

「ううん、なんでもない」

 

 

 悔しがる所は何もない。再不斬からタズナを守るという行為はしっかり出来たのだから。 そう前向きに捉え、ラセツは先程の様に境界を張った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「あの小娘……」

 

 

 先程まで静寂だった場所からする、微かに震える音の方向を見て再不斬は目を細める。

 ラセツは再不斬が姿を現す場所を予知していたかの様に、ひとつの動揺もなく紫紺の双眸で再不斬を見ていた。

 100歩譲って再不斬の狙いを見抜いていたとしても、相手は下忍。 格上の忍である再不斬の気配を読むなんて不可能に近い。 しかし、ラセツは気づいていた。

 

 

「まさか…」

 

 

 再不斬は初め、ラセツに不意打ちで転移させられた事を思い出す。

 今思えばおかしい。カカシ達に気配を悟られぬ様、注意を払っていた筈だ。しかし気づかれて転移させられた。 

 それも、転移した空間は再不斬と周りにあった植物が少しだけで、あまりにも的確すぎる。 もし、カカシに居場所を教えてもらったにしても、カカシに転移する空間の場所は見えない上に自分と他人では感覚は違う為、精密なコントロールはほぼ不可能だ。

 

 

「…感知能力も持ってるのか…!!」

 

 

 新たに導き出された《空間転移》の副次的効果に、再不斬は忌々しそうに唇を噛む。 

 

《霧隠れの術》は写輪眼対策と同時にラセツの空間転移封じでもあった。

 空間を交換する際に、副次的効果として例外なく断絶してしまう境界が非常に厄介だった。 だがそれは、ラセツが此方に気付かなければ、又は、気付く前に済ませれはいいことだと考えての策だった。 感知能力があるとなればこの作戦は全く意味を成さない。 

 

 

「なんであの小僧と一緒に小娘を戦いにやんなかったか、やっと理解したぜ……カカシ」

 

 

 そう、片目に宿らせる写輪眼を輝かせながら、向かってくる男に憎らしげにそう言った。

 

 

「優秀だろう?オレの一番弟子は」

 

「あぁ、厄介を通り越して忌々しいほどに、なッ」

 

「グ…ッ!」

 

 

 凶悪な首斬り包丁を遊ぶ様に振り回すその攻撃は遠心力を贅沢に纏っており、とてつもない破壊力を秘めてカカシの胸元を掠る。 それだけでカカシの胸元に大きな赤い線を描き、カカシから呻き声が洩れる。

 

 

「クク…だが良い、面白い!!…もっと、もっと楽しませてくれ。オレは借りは楽しく返したい主義だからなァ!」

 

 

 カカシはクナイを、再不斬は首斬り包丁をぶつけ合った。

 何度も激しくぶつかる金属音を、ラセツは緊張感を持って聞いていた。 ふと隣を見ると、クナイを持つサクラの手は震えており、顔は真っ青だった。 そんなサクラの顔を覗き込み、ラセツはにへら、と笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫。サクラは守るし、ナルトとサスケのしぶとさはゴキブリもびっくりするくらいなんだから」

 

「……サスケくんをゴキブリと並べるのは頂けないけど、ありがとう」

 

 

 真っ青だった頬は少しずつ色を取り戻し、力はないがラセツに笑みを返す。 震えていた手でもう1度クナイを握りなおして構えた。

 

 

「私もラセツを守るから。……一緒に頑張りましょう!」

 

「うん!!」

 

 

 直後。 嫌悪、失望、嘆き、憎しみ、悲しみ。それらが全て混ざって溶け合って一塊になって、禍々しい獣のような強大で猛烈な存在が周囲を圧倒する。

 

 

「な、何かしら、これ…」

 

「わかんない…」

 

 

 まるで死を首元に突きつけられている様な刺々しく濃厚な気配に、身を固まらせ、得体の知れない存在に対して怖気立ち、恐怖の感情を抱き、その感情に支配され、嫌な汗は身体中に浮き上がる。

 

 

「……赤い狐?」

 

 

 霧が濃すぎて良くは見えないが、少し離れた場所で渦巻いて登る赤く輝く獣を見た気がした。 そしてその方向はナルトとサスケがいる方向のはずだ。

 不安から反射的に首に掛かる『鬼の瞳』を握りしめ、嫌な音を立てる心臓を服の上から押さえる。 ナルトとサスケなら大丈夫と信じてタズナの護衛に全身全霊を注いだ。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 視界を覆っていた霧が段々と晴れ始め、カカシと再不斬が睨み合っている姿が微かに見える。 どちらがカカシか目を凝らしたその時。突如轟音と突風が襲いかかり、その影響で辺りを埋め尽くしていた霧が一気に晴れる。

 クリアになった視界を開き、カカシと再不斬がいる方に視界を向け、目の前で起きている光景に誰もが思わず息をのんだ。

 

 

「本当に見事だ……白」

 

 

 再不斬を庇ってカカシに胸を貫かれ、死んでも尚、カカシの動きを妨げる様に手首を掴む白を再不斬は満足げ笑いながら見つめた。

 

 

「まったくオレはよくよくいい拾い物をしたもんだ!!最後の最後でこんな好機を与えてくれるとはな!!」

 

 

 そのまま首切り包丁を掴み、このままだと白ごと斬れてしまうにも関わらず、凶悪な銀線を走らせた。 躊躇いなく残酷に振り下ろされる一閃がカカシと白に届くと思ったらその時。 

 

 

「それ、聞き捨てならないんだけど」

 

「ゥ、グァッ!!」

 

 

 突如カカシと白、それに再不斬の片手首に首斬り包丁が消え、代わりに鮮やかな血液と藍色の長髪が再不斬の視界を彩った、その時。驚異的な力に引っ張られて視界が反転し、硬い地面に叩きつけられた。

 再不斬が地面に叩きつけられたと同時に、硬質な物が地面に落ちた耳障りな音がし、そちらに視線を向ければ、白を姫抱きするカカシがそこにいた。

 

 なら今自分を押さえ込んでいるのは誰だと視線を向けるとそこには紫紺の瞳に猛烈な憤怒を宿したラセツが居た。

 

 

「…この人は、」

 

 

 怒りからか、衝撃からか。 紫紺の瞳を揺らし、瞳に宿る激情に対して放たれる言葉は酷くか細く震えていた。

 

 

「……この人は貴方の為に命を張ったの。本当にそれしか思わないの?」

 

「…フン、木ノ葉の忍は本当に甘いな。…胸糞が悪い」

 

 

 非情にならない甘い人間の瞳が再度揺れ、動揺する様に力が緩んだ好機を再不斬は、逃さなかった。 肘でラセツの腹を殴り、咳き込む姿は隙だらけで、ラセツのホルスターからクナイを奪うことは容易だった。

 

 

「死ね」

 

 

 そう一言を吐き捨てる様に言い、命を刈り取る為に迫る鈍い輝きを振り下ろす。 カカシは鬼気迫る形相で走るが、間に合わない。 しかし、予想していた肉の裂ける音はいつまで経っても聞こえなかった。

 

 

「…な、なに…!」

 

「今の貴方なら、ラセツでも相手が出来るよ」

 

 

 今の再不斬は片手に愛刀だけではなく血液も大量に失っており、意識を保っているのもやっとな状態であり、動きは万全の時とは比べ物にならない。 おそらく最初に相手をした水分身の方が強いくらいだ。 

 

 ラセツは動体視力を駆使して再不斬の攻撃を避け、腕を掴み、鬼族特有の剛力でクナイを振るう腕をへし折り、再不斬から低い呻き声が洩れた。

 

 

「おーおー、ハデにやられてェ。がっかりだよ。再不斬」

 

 

 聞き覚えのない声に、ラセツは目を向けた。 そこには全ての元凶であるガトーとご丁寧に武装している大量の部下が居た。

 

 ガトーが言うに、最初から報酬を払うつもりは毛頭無かったらしい。 正規の忍を雇えばやたらと金がかかる上に、裏切れば必ずその報復が待っている。 そこで後々処理のしやすい抜け忍を雇い、他流忍者同士の討合いで弱ったところを武装した大量の部下達で双方攻め殺すという計画だったらしい

 

 

「小娘」

 

「……なに」

 

「すまないが、闘いはここまでだ」

 

「……ラセツはまだ怒ってるんだけど」

 

「ラセツ」

 

 

 まだ出来事を消化しきれていないラセツをカカシが止めた。

 ガトーと再不斬の契約は破棄され、再不斬がタズナを狙う理由がなくなった以上、ラセツ達と戦う理由はない。

 

 

「そういえば…コイツには借りがあった。…私の腕を折れるまで握ってくれたねェ」

 

 

 厭らしい笑みを浮かべ、ガトーは地面に転がる白を何度も蹴る。 その様子に耐えられなくなったのはナルトだった。

 

 

「てめー!なにやってんだってばよォ!コラァ!!」

 

 

 感情的に飛び出すナルトと、般若の様な形相をし、ゆらりとナルトの後に続くラセツをカカシは慌てて腕を引っ掴んで止めた。

 

 

「ラセツ!ナルト!相手の数を見ろ!迂闊に動くな!!」

 

「でもッ!」

 

「お前ら。良い」

 

「ーーッお前も何とか言えよ!!仲間だったんだろ!」

 

「黙れ小僧。白は死んだ」

 

 

 再不斬の役に立ちたいと願う白の夢も、願いも、生き方も、その願いが確立するまでの過去を知っているナルトは、非情な事を言う再不斬に訴えるように、涙で頬を濡らしながら言う。 その声は酷く震えていて悲痛で。 

 

 

「…小僧」

 

 

 再不斬は耐えられない、と言う様にナルトの言葉を遮った。

 

 

「それ以上、何も言うな」

 

 

 両手を失って拭う事も隠す事も出来ない鬼人の瞳からは、情から溢れる涙が流れていた。 非情な鬼人が涙を流す光景にラセツは目を見開き、思わず言葉を失う。

 

 

「何驚いた顔してんだよ。…オレは所詮、鬼に成れなかった人間だ」

 

 

 結局は人間だった。感情のない道具になんて、ましてや非情な鬼になど成れなかった。白も、再不斬も。

 

 

「特に白は優しすぎた。本当に。……最後にお前らとやれて良かった。……おい、小娘」

 

「……なに」

 

「クナイを貸せ」

 

 

 口元の布を噛みちぎる再不斬に、ラセツはクナイを投げ渡した。

 そこからはの再不斬は『鬼人』などでは収まらない、まさに『鬼神』の名を背負うに相応しい姿だった。全身に刃物を刺されても尚立ち上がり、戦場を駆け、絞り出すように咆哮を上げ、ガトーの首を跳ね上げた。

 ラセツは『鬼神 再不斬』が力なく崩れ落ちる最後まで目を離さなかった。 

 

 

「…あ、そういえば」

 

 

 姿の見えないサクラ、サスケ、タズナについて尋ねる。すると、ナルトの蒼い双眸が激しく揺れ、逸らされた。

 それだけでなんとなくだが察せてしまう自分の察しの良さをラセツは呪い、反射的に胸元の石を握った。その時。

 

 

「ナルトー!!ラセツー!!」

 

 

 はしゃいで弾む様な大きな呼びかけにナルトとラセツは弾かれる様に声の方を向く。そこには満面の笑みをしたサクラが居た。

 

 

「サスケ君は無事よ!!ちゃんと生きてるわ!!」

 

 

 叫ぶサクラの後ろには、体力の千本に刺されながらも自分の力で立ち上がり、腕を上げるサスケがそこに居た。

 ラセツは握っていた石を解放し、胸を撫で下ろした。

 

 

「オイオイオイ、お前ら安心しすぎ!!」

 

 

 そう、感動的なシーンに場違いに踏み込み、襲って来ようとしたガトーの手下達だったが、島の全町民とナルトとカカシの影分身という、数に圧倒され、哀れにも逃げ去っていった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 橋の上の戦いからあっという間に2週間が経ち、橋は完成した。 第七班は橋の戦いから日課となっている再不斬と白の墓を訪れた後、波の国の住人に見送られながら波の国を後にした。

 

完成した橋が《ナルト大橋》という名前がついた事を知るのはもう少し先の事。

 

 

 

 




波の国編終了しました。


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第十九話『侵入者』

 朝の日差しがカーテンの隙間から僅かに覗き、紫紺の瞳をゆっくりと開いた。 欠伸をしながら時計を見ると、本日の集合時間20分前を指していた。

 

 

「嘘でしょ!」

 

 

 どうやら前日に目覚ましをかけ忘れてしまったらしい。

 いつもは、暫く朝日に当たってゆっくりと意識の覚醒を促すのだが、今日は時間がそれを許してくれず、頬を乱暴に叩いて強制的に眠気を追い出した。

 

 昨日炊いた米を掻き込み、急いで顔を洗って歯を磨き、寝巻きから任務服に着替えてから髪を手櫛で整えて、なんとか2つに纏めて結う。

 早急に身支度を終わらせて時計を見ると、集合時間まであと約1分。 残念ながらいつも最後に鏡の前で行う身支度の最終確認をする時間は無い。

 

 

「でも、まだ間に合う!」

 

 

 最終確認くらいしなくても大丈夫だろうと高を括ったラセツは、座標を安定させ、空間を指定し、転移した。

 

 

「おはよう!」

 

「あ、ラセツ狡い!!」

 

 

 《空間転移》で集合場所まで移動したラセツに、サクラは頬を膨らませて怒りを示す。

 

 

「えへへ。寝坊しちゃって…」

 

「…ホントだ。前髪が荒れてる」

 

「え!?ウソ!!サクラぁ…」

 

「はいはい」

 

 

 ポケットから折りたたみ式の櫛を取り出し、藍色の髪に櫛を通す。 質のいいラセツの髪は数回櫛を通すだけで真っ直ぐに整い、一言礼を言った後、辺りを見渡した。

 

 

「そういえば、ナルトは?」

 

「…噂をすれば来たわね」

 

 

 サクラが目を向けている方を見れば、走って向かってくるナルトが見えた。

 集合場所に着いたナルトはラセツとサクラに挨拶を交わし、蒼い双眸を厳しく釣り上げてサスケにガンを飛ばす。 ナルトの荒々しい挨拶にサスケも厳しい睨みつけ、同時にそっぽを向いた。

 

 

「…何かあったの?2人とも波の国から帰ってきて以来変だよ?」

 

「私に聞かないでよ……あーッもう!!カカシ先生早く来て!!」

 

 

 男子2人の何とも言えない気まずい雰囲気から、サクラはそう願うも届くことはなく、数時間後という大遅刻に呼吸をするように嘘の言い訳をするカカシにサクラは御立腹だ。

 何とかサクラを宥めた後、今日の任務が記されているDランク用の巻物を取り出した。

 

 

「じゃ、任務を始めるぞ」

 

「ムムム…あのさ、あのさ!カカシ先生さぁ!オレら7班最近カンタンな任務ばっかじゃん!?オレがもっと活躍できる何かこう、もっと熱いのねーの!?」

 

 

 カカシの持つDランク用の巻物を指差し、ナルトは擬音まみれに言った。

 波の国以降、新米下忍の班である第七班は当然Dランク任務であり、ナルトの不満は再度溜まりつつあった。

 

 

「ま、そういうな。行くぞ」

 

 

 ラセツは不満げなナルトを宥めながら任務へ向かう。

 本日最初の任務は川の掃除だ。 川に捨てられた空き缶や空箱などを探し、各自背負っている籠にゴミを入れていく。

 

 

「ラセツ、ご機嫌ね」

 

「うん!」

 

「まぁ、最近子守りとか介護とかばかりだったものね」

 

 

 別に子守りや介護が嫌いなわけではない。 だがラセツは基本アウトドア派の人間である為、久しぶりの太陽を浴びながらの任務は心が躍り、思わず鼻歌が洩れる程楽しいモノだった。

 鼻歌を交えながらゴミ拾いをしている時、ふと、溌剌とした声が鼓膜を震わせ、ラセツはゆったりと顔を上げた。

 

 

「……ん?この声…」

 

「…ナルトね」

 

 

 サスケには負けない、やってやる、今度こそオレが、と、川の掃除には場違いな気合を込めた雄叫びを上げている。

 あまりの騒がしさにため息を溢すサクラに対して、ラセツは微笑ましげに、慌ただしくゴミ拾いをするナルトを見ていた。

 

 

「ふふ、サスケとナルトは良いライバルだね」

 

「何言ってんのよ。ナルトが一方的に突っかかってるだけじゃない。証拠に、ほら!」

 

 

 サクラは、離れた場所で1人黙々とゴミ拾いをするサスケの方を指差し、まるで自分の事のように、自慢げに薄い胸を張って指を向けた。

 

 

「サスケくんなんて気にも留めてないわよ」

 

「ナルトの成長を認めたくないんじゃないの?」

 

 

 此処にサスケ至上主義とナルト至上主義の戦いが始まろうとしていた、その時。ナルトが川の苔に滑ったのか、転倒し、川の流れに沿って流されていく。

 忍者とは思えない程のドジをやらかすナルトを見て、サクラは満足げにラセツを見る。

 

 

「あのバカの成長がなんだっていうのよ」

 

「………」

 

「ラセツ?」

 

「…ねぇ、サクラ。あの先って確か」

 

「え?確か滝がある筈……ぁ、」

 

 

 此処でサクラもナルトの置かれた状況に気づき、血色の良かった顔を真っ青に染める。

 ナルトにはラセツの《空間転移》が効かない。 ならばどうするか、とラセツは唇を噛み締めながら最速の方法を導き出し、直後、一飛びで陸地に上がって籠を置く。 自分の持つ脚力と足の裏に溜めたチャクラを、木登りをした時とは逆の効果を持たせ、瞬発的に弾かせた。瞬間、地面が小さく悲鳴を上げ、ラセツはナルトまでの距離を一気に詰める。

 

 

「ナルト!」

 

「ーーうわッ」

 

 

 川の流れによって空中に投げ出されたナルトの身体を引っ掴み、ラセツの持ち前である凄まじい腕力を存分に使い、サクラたちのいる方へ投げた。

 

 

「さ、ラセツも戻らないと」

 

 

 この滝の高さはかなりのモノで、このまま叩きつけられればいくら鬼族の強靭な肉体を持っているラセツであっても無事では済まないかもしれない。 だからといって《空間転移》は座標が物凄い速度で動いており、安定しない座標の今は非常に危険だ。 

 だが、ラセツには天性の優れた身体能力と肉体操作能力がある。 それを駆使して体制を整え、着地をしようと試みた時。

 

 

「ーーーあぐっ」

 

 

 後頭部に大きな衝撃が走り、意識と視界が大きく揺れる。

 スローモーションになる世界でふと上を見れば、出っ張る岩がそこにあり、先端には鮮やかな赤が付着していた。

 

 

「ーーー!!」

 

 

 遠くでラセツを呼ぶ声が聞こえたのを最後に、ラセツの霞んだ視界は真っ黒に閉じ、滝の水と共に自由落下をしていた全身に強い衝撃を感じた後、意識はストンと落ちた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 真っ暗な世界から目を開けると、そこには先程の真っ暗な世界とは逆の真っ白な天井があった。

 

 

「あ、目が覚めた?」

 

「かかしせんせ」

 

 

 側に座る人物の名前を拙く呼ぶ。

 カカシは医療忍者を呼び、医療忍者はラセツに簡単な問答を始めた。 その問答をカカシは真剣に聞く。 いつも巫山戯た態度だったり、軽い態度が多いから少し気が狂うが、医療忍者の問答を優先する。

 十数問の問答を終え、「問題ありません」と病室を去った後、カカシは安堵したように吐息を洩らした。

 

 

「ん、意識も記憶も大丈夫っぽいね。よかった」

 

 

 カカシから聞くに、どうやらラセツは頭を強く打った影響でほぼ意識がはっきりせず、無抵抗の受け身なしでそのまま水面に叩きつけられたらしい。

 

 

「正直ヒヤヒヤしたよ。ラセツじゃなかったら全身骨折は免れなかったよ、アレ」

 

「え…こわ」

 

 

 自分の身体に目をやり、確認をするが、目立った外傷は見られない。 ラセツは自分の身体の頑丈さに土下座をする勢いで感謝した。

 

 

「…あれからどれくらい経ったの?」

 

「んー?1時間くらい?」

 

「え、超短いね。ラセツ優秀すぎ」

 

「オレもちょっと驚いてる」

 

 

 頭を強く打った上に全身骨折レベルだったにも関わらず、昼寝と同等か、それより短い時間で目覚めるラセツの肉体の優秀さに、本人も含め舌を巻いた。

 

 しかしそれでも怪我を完全に回避することは叶わなかったらしい。もう既に医療忍術にて治療されて治ってはいるが、右足と肋骨にはヒビが入っていたらしい。

 

 

「日常生活には問題ないけど、怪我したところは弱くなってるから1週間は運動禁止。これ絶対ね」

 

「はーい…」

 

 

 ラセツが返事をすると、カカシは退院手続きの書類をラセツに渡す。 どうやらもう退院が出来るらしい。

 

 

「あ、そうだ。今、ナルト達は雑草取りしてるから、合流出来そうなら合流して」

 

「了解です」

 

 

 ラセツの目覚めが予想以上に早かったことから、次の任務に間に合う。 運動禁止とはいえDランク任務は基本激しい運動の内容ではない為、ラセツも参加可能だ。

 

 

「…Dランク任務で病院に運ばれるラセツ……泣けてくる」

 

「ま、落ち込むなって。あれは事故だし仕方がない…と言いたいけど、もっと周囲を把握して行動するべきだったね。助けるなら尚更」

 

 

 これじゃ本末転倒だ。と、カカシのダメ出しは止まらない。

 ぐうの音も出ない正論なダメ出しの数々を、穴があったら入りたい気持ちを必死で抑え込み、ギュッと身を縮こませながら聞く。 ラセツのHPをごっそりと削った後、カカシは今ナルト達が任務を行なっている場所を示した紙をラセツに渡し、白煙に包まれて消えた。 どうやら影分身だったらしい。

 

 すぐに退院の手続きを済ませ、紙が示す場所に向かうが、そこにはカカシ1人しか居なかった。どうやらついさっき終わってしまったらしく、すぐに解散となってしまった。

 

 

「……取り敢えず、甘味処行くか」

 

 

 思わぬ形で暇を手にしてしまったラセツは甘味処へ行くことを決め、足を進める。

 

 

「ーーぃーーー手をーーばよ!」

 

「…この声、ナルト?」

 

 

 微かだが、確かにナルトの声だ。

 声の荒さから察するに、トラブルに巻き込まれているのだろう。 ラセツは声のする方向へ少し速めに歩き、曲がり角を曲がる。 するとそこには人が集団になっており、見慣れた人間と見慣れない人間がそこにいた。

 

 見慣れない人間は2人おり、1人は不言色の髪を4つに結い、紺碧の切れ長の瞳を持つ凛々しげな美貌を持つ女で、もう1人は背に包帯を巻いたものを背負い、上下真っ黒な任務服に身を包んで顔に描いている模様が特徴的な男だった。

 

 

「えっと…これ、今どういう状況?」

 

 

 木の上に座るサスケと男は互いに鋭く睨み合っており、木ノ葉丸はナルトの影に隠れて明らかに怯えている。揉め事を起こしているのは誰の目にも明らかだった。

 

 

「うおっ、ラセツ!?」

 

「はい、ラセツです!」

 

「カカシ先生から聞いてたけど…本当に大丈夫そうね」

 

「うん、大丈夫!」

 

 

 かなり高い滝からほぼ無抵抗な状態で水面に叩きつけられたというのに、平然としているラセツにサクラはつま先から頭の天辺まで、まじまじと見つめる。

 

 

「チッ、ムカつくガキと煩いガキが増えた」

 

 

 ラセツに尻目を向けながら隠す気の全くない舌打ちをする男に、ラセツは不機嫌そうに頬を膨らます。 対してサスケは特に大きな反応は示さず、

 

 

「……失せろ」

 

 

 と、厳しく男を睨みつけ、警告する様に冷たく言い放った。

 毅然とした態度を崩さないサスケに、ラセツ以外の女子達は黄色い悲鳴を上げ、頬を淡く染めて瞳を輝かせる。 

 さすが、行動ひとつであらゆる女子を恋に陥落させ、初恋泥棒と謳われたうちはサスケの名は伊達ではない。

 

 

「おい、ガキ降りてこいよ!」

 

 

 しかし、男は黄色い悲鳴をあげる女子達や、言い合いを始めているナルトと木ノ葉丸に一切気を向けず、先程よりも視線を鋭くし、サスケを睨みつける。

 

 

「…オレはお前みたいに利口ぶったガキが1番嫌いなんだ」

 

 

 そう、男が背に背負った包帯を巻いたモノを地面に下ろす。 男の傍らで沈黙を守っていた女も驚いて止めの声をあげるが、男は引かなかった。

 

 

「カンクロウ、やめろ……里のツラ汚しめ」

 

 

 ここにいる誰でもない聞き慣れない声に、全員が弾かれる様に顔を上げ、声のした方を向いた。

 そこには木にチャクラで足を吸着させて逆さになってる、大きな瓢箪を背負い、額に『愛』と書かれた赤毛の少年がいた。  

 

 

「喧嘩で己を見失うとは呆れ果てる…何しに木ノ葉くんだりまで来たと思っているんだ…」

 

「き、聞いてくれ、我愛羅!こいつらが先につっかかってきたんだ…!」

 

「黙れ…殺すぞ」

 

 

 先程の態度からは考えられないほど、辿々しく言葉を繋ぐ男だが、少年は男の言葉を両断し、薄浅葱の双眸は言い訳を許さない。

 異質な存在感を放つ少年に、男と女は怯える様に肩を震わせ、少年に謝罪する。

 

 

「君達、悪かったな」

 

 

 男と女が非を認めた事を確認し、少年がそう、一言謝罪を口にした瞬間。

 

 

「ねぇ、なんで態々逆さになってるの?頭に血が登っちゃわない?」

 

 

 突如、白い肌と藍色の髪に紫紺の瞳の色合いが少年の視界を一杯に彩った。 なんの前触れも気配もなく目の前に現れたラセツに少年は薄浅葱の瞳を大きく見開いた。

 

 

「…ーーお前」

 

「ん?」

 

「…さっきまであそこに居ただろう」

 

「うん??居たね」

 

 

 少年が目線で指したのは、ナルトの横だ。

 ラセツは、十八番である《空間転移》を利用して少年の前に現れた。 しかし、少年はラセツが時空間忍術を使えることを知らない上、ラセツの様な子供が高等忍術中の高等忍術に分類される時空間忍術を使えるとも思っていない。 その為、少年が混乱に眉を寄せた。

 

 

「……お前、名は何て言う」

 

「ん?ラセツ。あなたは?」

 

「我愛羅だ」

 

「よろしくね、我愛羅」

 

「よろしくするつもりはない」

 

 

 ツン、とそっぽを向く我愛羅に、ラセツは小説で読んだ『アンタとなんかよろしくする訳ないじゃない!』と言って影で落ち込むヒロインが頭の中を駆けた。

 

 

「…ツンデレ?」

 

「違う。殺すぞ」

 

「それさっきも言ってたけど、口癖なの?」

 

「おい、やめとけ!本当に殺されるぞ!」

 

「えぇ…味方に脅えられてるとか…すっごく物騒」

 

 

 女の声は微かに震えており、顔色は真っ青だった。 ここまで脅えられている我愛羅にラセツは疑念の籠った眼差しを向けたが、我愛羅は全く反応することはなく、消えたと錯覚してしまう程の速度で地面に降りた。

 

 

「カンクロウ、テマリ。早く着きすぎたようだが…オレ達は遊びに来たわけじゃないんだからな」

 

「じゃあ何しに来たの?あなた達、他里の人間でしょ??」

 

 

 ラセツも地面に降り、自分の首に巻いてある額当てをトントンと突いた。

 我愛羅達が身につけている額当ては砂隠れの印だ。 木ノ葉と砂は同盟国であるが、両国の忍の勝手な出入りは認められていない。

 ラセツに指摘をされ、テマリと呼ばれた女は「あぁ」と、衣嚢から通行証を出した。

 

 

「…私達は砂隠れの下忍だ。中忍選抜試験を受けにこの里に来た」

 

「中忍選抜試験…?」

 

「なんだっけ、それ」

 

「喋るなドベ共が。お前らが喋るだけで木ノ葉の頭が悪いと思われる」

 

 

 溜息混じりの声音と酷く呆れた表情で、サスケが軽い地面の音を鳴らして木から飛び降りた。 馬鹿にされたナルトとラセツは地団駄を踏んだ。

 

 

「なんだとー!!サスケェ!!!」

 

「そこまで言わなくてもいいでしょ!!」

 

「言われたくないなら座学の点数を10分の1でもとってから言いやがれ」

 

「なんつー難題を出しやがるんだってばよ……!」

 

「鬼のラセツより鬼畜……!」

 

「10分の1もとってないのか…」

 

 

 無理難題でも何でもない事を、まるでSランクを超える任務を言い渡された忍の様な反応をするラセツとナルトに、テマリも呆れを隠しきれず苦微笑する。

 

 

「…で、なんなの?中忍選抜試験って」

 

「オレも!オレも知りたいってばよ!」

 

「まぁいい。私が教えてやる」

 

 

 テマリは中忍試験がどのように開催され、どのような目的で、どのような効果を期待して行われる事なのか、丁寧に説明してくれる。しかし、

 

 

「ラセツ!オレも中忍選抜試験ってのに出てみよーかなぁ!」

 

「ナルトならお茶の子さいさいだよ!」

 

「てめーら!質問しといてこのヤロー!!最後まで聞け!!」

 

「最後まで聞けてたらドベにはなんないわよ…」

 

 

 頭が残念な2人には難しすぎる内容だった様で、情報処理能力が間に合わず、途中で聞くのを放棄していた。

 一気に騒がしくなった空気の中、サスケは静かに我愛羅を見つめており、我愛羅もまたサスケを見つめていた。

 

 

「おいお前…名は何て言う?」

 

「…砂漠の我愛羅。…オレもお前に興味がある……名は?」

 

「…うちはサスケだ」

 

 

 如何やら此方の話はしっかり聞いていたらしいナルトは、我愛羅に向かって自分を指差し、名前を聞くよう促すが、我愛羅は興味ないと言ってカンクロウとテマリと共に去ってしまった。

 

 強者の雰囲気を纏う我愛羅に、一切の興味を持たれなかったナルトはシュン、と項垂れる。 ラセツはあの手この手を駆使して必死に慰め、流れでそのままサクラも共に一楽へ向かう事になり、少し遅いお昼ご飯を食べた。

 

 

 

 

 



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第二十話『知っている』

 砂隠れの下忍と一悶着あった翌日。ラセツは珍しく目覚ましが鳴る前に目を開けた。

 

 半覚醒状態の意識のまま状態を起こし、だらしなく、はしたない仕草で、カーテンから漏れ出る朝日を浴びながら体を大きく伸ばした。

 眩しい朝日の効果で少しずつ意識が覚醒し、寝台から足を下ろして立ち上がり、欠伸をしながら洗面台に向かい、冷水で一気に眠気を消し飛ばす。

 

 いつもより早い目覚めのお陰でゆったりと朝食を食べた後、寝衣を脱いで椅子に掛けた。 クローゼットに向かって任務服を取り出してひとつひとつ身に付け、ホルスターやポーチに入っている忍具を確認した。

 

 歯磨きをしながら、今日は割と機嫌良さげな藍色の長髪に櫛を通す。 歯磨きを終えた後に、慣れた手つきで髪の毛を半分に分け、短くおさげの三つ編みをしたところでヘアゴムを付けて残りの髪を流した。

 最後に鏡の前でくるりと回り、前や後ろにおかしなところがないか軽く確認をして、満足げに頷いた。

 

 

「よし、完璧!」

 

 

 ゆったりと準備をしていたが、時計を見れば、予定していた時間よりまだ早い。 だが、担当上忍の反面教師のお陰で素晴らしい精神を手に入れているラセツは、早いに越したことはないだろう、と玄関の扉を開けた。

 

 予定より出る時間が早い事をいい事に、道端にある開き掛けの花や店の準備をする人々を、ひんやりとする涼しげな風に撫でて貰いながら朝特有の景色を堪能しながら目的地に向かう。

 

 

「あ、サスケおはよう。相変わらず早いね」

 

「…普通だろ」

 

 

 サスケはあまり積極的に話す方ではない為、会話はあまり続かないが、ラセツはそんな時間があまり嫌いではなかった。 お互いを無理に干渉しない静かで心地の良い時間を楽しんで、次第に飽きて来た頃。

 サクラやナルトも集合場所に集まり、静かだった集合場所は一気に明るく騒がしくなる。 そして段々と時間が過ぎていくにつれ、ぽつぽつと怒りが溜まっていき、ついに爆発した。

 

 

「…ねェねェねェ!!こんなことが許されていいワケ!?何であの人は自分で呼び出しといて常に人を待たせるのよ!」

 

「そーだそーだ!サクラちゃんの言う通りだってばよォ!」

 

「寝坊したからってブローを諦めて来る乙女の気持ち、どうしてくれんのよ!!」

 

「そーだそーだぁ!オレなんか寝坊したから、顔も洗ってないし、歯も磨けなかったんだってばよ!!」

 

「あんた…それは汚いよ」

 

 

 サクラは若葉色の瞳をジトリと細め、えへへと笑うナルトを見て小さく溜息を吐いた。 

 そのまま時間は刻々と過ぎ、集合時間から数時間経った頃。

 

 

「やぁ、お早う諸君!今日はちょっと人生という道に迷ってな…」

 

「「「ハイ!嘘!!」」」

 

 

 通常通り、息をするように嘘をついて遅刻をするカカシは反省の色が全く見えない。 

 

 

「ま、なんだ…いきなりだが、お前達を中忍選抜試験に推薦しちゃったから」

 

 

 そう、カカシは3枚の志願書を取り出し、ナルト、サクラ、サスケの3人に手渡した。

 

 

「……ラセツは当然だけど、今回は見送りね」

 

「わかってる」

 

 

 志願書に書いてある中忍試験の日時は明日になっている。 昨日から1週間の運動禁止が出ているラセツが参加できないのは当然だった。

 ラセツは少し眉を下げながらにへら、と緩く笑った。

 

 

「中忍試験は今回だけじゃないし!皆より遅れる事になっちゃうけど、絶対追いついてみせるから!…皆は中忍試験頑張って!!」

 

「…ラセツならそう言ってくれると思ってたよ」

 

「えへへ」

 

 

 怪我とはいえ班の中で1人だけ志願書を渡さない事に、不安を持っていたらしい。 カカシは藍色の髪を不器用だが、髪型が崩れない様に撫でた。

 

 

「…ま、推薦したと言っても、受験するかしないかを決めるのはお前達の自由で強制じゃない。受けたい者だけその志願書にサインして明日の午後4時までに学校の301に来ること」

 

 

 カカシの言葉にナルトは嬉しそうに、サスケは少し気を引き締めて、サクラは不安げに。それぞれの反応で頷いた。

 3人が頷いたのを確認し、カカシはラセツに視線を向けた。

 

 

「で、ラセツはイルカ先生と座学のお勉強。それも特別にアカデミー生と一緒に出来る許可もらっといたから」

 

「……え?それは…ちょっと、迷惑なんじゃ…」

 

「大歓迎だってさ」

 

 

 救いはなかった。 もちろん班員も助けてはくれない。それどころかアカデミーを卒業したというのに、アカデミー生と再度勉強をする事実に、ナルトやサクラの大爆笑は勿論、サスケも笑いを堪えるように頬を震わせている。

 

 

「座学は嫌……いえ、えっと、傷が…そう!!傷が逆に!悪化しそう…っていうか……」

 

 

 ラセツはどうしても諦められなかった。 万が一にでも回避出来る様にと慌ただしく手を動かしながら、悲しくなるほど空しい言葉の羅列に、カカシは無慈悲にも深く笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫大丈夫、実技の授業もあるから」

 

「あれ、運動ダメなんだよね?」

 

「ラセツならアカデミー生の相手なんて呼吸してるのと一緒でしょ」

 

「いえ全く違いますが」

 

 

 ホント何言ってんだこの人。という思考でいっぱいだ。 運動禁止と言われたからラセツは走るのでさえ我慢しているというのに。

 当然ながら全く乗り気ではないラセツにカカシは考え、閃いた様にポンと手を叩いた。

 

 

「…しっかりやったらイルカ先生が栗饅頭いっぱい奢ってくれるかもよ」

 

「是非ともやらせて頂きます」

 

 

 チョロく非常に扱い易いラセツに、カカシは満足げに笑ったあと、「じゃ、解散ね」と白煙に包まれて消えた。

 

 ナルトは志願書を見ながらご機嫌に歩き、サスケも珍しく機嫌がいい。 対してサクラは浮かない顔で志願書を見つめていた。

 

 

「サクラ…どうしたの?体調悪い?」

 

「…ぁ、」

 

 

 ラセツの声にサクラは弾かれた様に志願書から顔を上げ、何処か引き攣った笑いを表面に出した。

 

 

「なんでもないの!ごめんね、心配かけて!」

 

「…サクラ」

 

「な、なに?」

 

「デートしよう!」

 

「へ?」

 

「行こう!」

 

「ら、ラセツ!?」

 

 

 有無言わせず、ラセツはサクラの腕引っ張る。 向かった場所はラセツが通う甘味処で、外の陽気が感じられる1番隅の席に腰を掛けた。

 

 

「サクラ、なに食べたい?奢るよ」

 

「あ、あんみつ」

 

「おばさん!いつものとあんみつひとつ!」

 

「はーいよ!」

 

 

 特に会話という会話はなかった。 甘味が来てもいつも通り美味しく食べるだけの日常がここにあった。 ラセツはサクラに悩みがある事に気づいている。しかし切り出さない。 サクラのペースに合わせているのだ。

 別に言わなくてもいい。言わなかったらこれはただの気分転換になる。 悩みを打ち明けても打ち明けなくてもサクラが苦しむ事も転ぶ事もない。

 そんな優しい道を築いて連れてきたラセツにサクラの心は揺れた。

 

 

「……ねぇ、ラセツ、」

 

「なぁに?」

 

 

 いつもは溌剌とした声をしているのに、今回は酷く優しかった。

 1度開いた口は閉じる事を拒み、ラセツの優しい声音が弱音と迷いを引っ張り、ボロボロと溢れていった。

 

 

「私ね、迷ってるの」

 

「うん」

 

「中忍試験、受けるかどうか」

 

「うん」

 

「私、ラセツやサスケくんみたいに強くないし、ナルトと違って全然成長してないし、役にも立てないし、お荷物なの」

 

「そんなことないよ。お荷物って言うならラセツだよ」

 

 

 ナルトは助けたものの、自分が無事ではないという本末転倒を起こす始末だ。 怪我もしており、実際今はお荷物だ。

 しかし、普段は時空間忍術を操り、体術に関してはサスケをも越し、カカシが一目置くほど。 ラセツと自分を比べると自分が惨めで仕方がなかった。

 どんどんと表情を固くし、眉を寄せるサクラに対してラセツは柔らかく微笑を浮かべた。

 

 

「ラセツね、サクラが幻術について調べ始めて色々実践してるの知ってる」

 

「…それは、先生が私は幻術タイプだって言うから」

 

「ナルトがいつ一楽に誘ってくれてもいいように小銭を持ち歩いてるの、知ってる」

 

「……アイツが偶に誘うからよ」

 

「薬草採集の時、分からなくならなかったのだってサクラの知識のおかげ。複数いたペットの捕獲をする時、作戦を考えたのだってサクラ」

 

「あれはただ…教科書とか図書室で借りた本に書いてあった知識を使っただけよ」

 

「忍術苦手なラセツにサクラは幻術を教えてくれた。ラセツね、簡単なのだけど幻術解除できるようになったよ」

 

 

 ひとつひとつの事象を慈しむように語る。 ついにサクラは息を飲み込み、喉を締めて言葉を詰まらせた。

 

 

「他にもいっぱいあるよ。…此処では話しきれないくらい、サクラは第七班に存在してる」

 

「……っ」

 

「サクラは立派な第七班の一員で、誇らしい仲間だよ」

 

 

 頬杖をついて優しく微笑むラセツの言葉は、不安で固くなっていたサクラの心を解きほぐしていく。 次第に締まっていた喉が緩み、頬を桜色に染め、震えるほど可憐な笑みを浮かべた。 

 

 

「……ラセツ、ありがと」

 

「此方こそ。いつもありがとう」

 

「私、頑張ってみる」

 

「うん。応援してる」

 

「ラセツも早く怪我治しなさい。あんまりモタモタしてると置いてっちゃうわよ!」

 

「え!それは困る!」

 

 

 サクラは立ち上がり、ラセツに向けてまっすぐ指を刺し、ラセツは先程の落ち着きとは一変し、慌ただしく焦り始め、サクラは思わず吹き出して笑った。

 

 

「……また、甘味処にきましょう??…次は私が奢ってあげるわ」

 

「ほんと!?サクラ大好き!」

 

「そんなこと知ってるわよ。明日からアカデミー、頑張りなさいよ」

 

「うぐ、今言わないでほしかった」

 

 

 



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第二十一話『約束の待ち人』

 ラセツ以外の第七班班員が中忍試験を受けている間、ラセツはアカデミー生に座学を教えてもらい、実技はラセツが教えるというWin-Winな関係を築いており、あっという間に数日が過ぎた。

 運動禁止も解除され、アカデミーが終わった後、ラセツはサスケとよく修行をしている場所へ来ていた。

 

 

「皆大丈夫かな」

 

 

 中忍試験は死人も忍の道を挫折する者も少なくないと言われる辛い試験だ。 3人なら何があっても大丈夫だろうと信じてはいるが、心配はするし、不安もある。

 クナイを弄り回しながら、本日数回目となる溜息を吐いた。

 

 

「あ、いたいた!ラセツーー!!」

 

 

 明るく陽気な声が静寂な修行場所の空気を震わせた。

 手を大きく振り、満面の笑みで向かってくるのは煌めく金髪に、空を閉じ込めたような蒼い双眸を持つ少年、うずまきナルトだ。

 

 

「やっと見つけたってばよ!!オレってば中忍試験のーー、」

 

「貴方、誰」

 

 

 ナルトの言葉を遮ったのはヒリつく程冷ややかな声音だった。 目尻を吊り上げ、忌々しいと言わんばかりの紫紺の瞳だけを向け、愛らしい顔立ちは酷く顰められており、彼女の顰蹙を買ってしまっているのは明瞭だった。

 

 

「その不愉快な変化、今すぐやめて。気持ち悪いを通り越して反吐が出そうだから」

 

「……よくわかったわね。私が偽物だと」

 

「はぁ?ラセツがナルトを見間違えるわけがないでしょ」

 

「…まぁ、いいわ。この姿は貴方に近づきやすい様する為だけだしね」

 

 

 肩を落とし、首を横に緩く振りながら、ナルトに化けた人物は白煙に包まれる。 変化を解いた姿は、雪のように真っ白い肌と対照的な黒く長い髪に、櫨染色の双眸を持った何とも言えない不気味な雰囲気を纏う男だった。

 そしてその男の名前をラセツは知っていた。

 

 

「…大蛇丸……!」

 

「お馬鹿だとカブトから聞いていたけど、流石に私の顔は知っているようね」

 

「…そりゃ、鬼族を滅した原因だもの。知らないはずがないでしょ?」

 

 

 数年前。 鬼族の血継限界を狙い、ひっそりと暮らしていた鬼族に奇襲をかけ、鬼族の悲劇を引き起こした原因は大蛇丸だ。ラセツが知らないわけがない。

 

 

「それもそうね。…あぁ、一応言っておくけど逃げないでね?逃げたら此処ら一帯の人間を皆殺しにーー、ッ」

 

 

 大蛇丸が言い終わる前に、ラセツは《空間転移》を発動させる。しかし、大蛇丸は伝説の三忍と謳われる実力の持ち主。 ラセツの視線と僅かな筋肉の振動で察知し、避ける。

 

 

「ーーふ」

 

 

 しかし、再不斬よりも格上な大蛇丸に《空間転移》を避けられる事など想定内だ。 流れるような動作で短い呼吸音と共に、大木をもへし折る程の破壊力を持つ白く華奢な足を回し、腕で受け止めた大蛇丸は一瞬顔を歪めたが、すぐに歓喜に変わる。

 

 

「ーー…気持ち悪」

 

 

 喜色を滲ませる大蛇丸にラセツは底知れない狂気を感じとり、思わず呟き、足を引いて大蛇丸から距離をとった。 

 

 

「嗚呼…鬼族の肉体は勿論、母親の《言霊》に負けず劣らず、貴方の《空間転移》も本当に素晴らしい…ますます欲しくなったわ」

 

 

 狂気に満ちた強欲の限りを詰め込んで、混ぜ合わせて、ひとつにして人の形にしたような大蛇丸に、ラセツは冷や汗を浮かべて身を硬くするが、大蛇丸の狂気はなんの前触れもなく霧散した。

 

 

「私とした事が取り乱してしまったわ…ごめんなさいね。でもラセツちゃん、今日は戦いに来たんじゃないのよ。大人しく話を聞いてくれないかしら」

 

「……嫌だけど」

 

「まぁそう言わないで。聞いてくれたら今日の所は何もしないし、サスケくんについても色々教えてあげるわ」

 

 

 良く知っている名前が出たことにラセツは狼狽えるが、警戒をしつつも話を聞く最低限の姿勢を取る。

 大蛇丸は満足げに口角を上げ、中忍試験で行われた『第二の試験』にてサスケの能力と美貌を見込んで、強大な力を得られる『呪印』を付けたと、首筋を指しながら話す。

 

 

「まぁ、呪印はカカシの奴に封印されちゃったけどね。…だからといってあまり関係けど」

 

「なんで」

 

「彼は本物の復讐者よ…力を求めて私の元へ必ず来るわ」

 

 

 サスケは今、一族を滅ぼしたイタチを恨み、憎み、殺す為に生きている。しかし、イタチは『天才』と謳われた神童であり、簡単に殺せる相手ではない。 そんなサスケが喉から手が出るほど欲しがっているのが『力』だ。

 

 サスケが自ら里を出て、己の場所へ向かわせる手筈をもう既に整えている大蛇丸にラセツは唇を噛んだ。 大蛇丸はそんなラセツにねっとりとした視線を向ける。

 

 

「だからね?ラセツちゃん…貴方もサスケくんと共に私の元に来ない?」

 

「…嫌」

 

「私の元に来れば、母親を生き返らせてあげるわよ??」

 

「ーーー!」

 

「もう1度会いたくはない??貴方を愛してくれた母親に」

 

 

 そう、ラセツの首に掛かっている『鬼の瞳』を指差し、ラセツは隠すように『鬼の瞳』を強く握りしめた。

 ラセツにとって母は亡くなっても尚大切な存在だ。 だから、母がこの『鬼の瞳』を首にかけた際に、この石はなんでもひとつだけ願いが叶う石だと言った言葉を信じて、何度も何度も願った。

 

『生き返って』と。

 

 しかし『鬼の瞳』は答えてくれなかった。叶えてくれなかった。 しかし今、その願いが叶えられる希望が目の前にある。

 紫紺の瞳を大きく揺らして黙り込むラセツに、大蛇丸は満足げに笑った。

 

 

「…返事は今すぐじゃなくて構わないわ。じっくり考えなさい。…そして、サスケくんと共に自ら私の元へ来る事を楽しみに待っているわ」

 

 

 2人に首輪を付ける代わりに、サスケには『力』を。ラセツには『母』の対価を提示して、大蛇丸は去った。

 身体を締め付けるような緊張感はさり、安堵からラセツはその場にへたり込んだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 大蛇丸の対価を受け取ってしまえば、里には戻れないのは勿論、付ける首輪は2度と外すことが出来ない。 理由は単純。大蛇丸は完全に母を生き返らせたりはしないからだ。

 母を生き返らせて、もう用済みだからと裏切られたら堪らない。 なので大蛇丸はきっと、母を生かし続けたければ従えと、母を常に人質にする手段を取るだろう。 そんな事は絶対にお断りだった。

 

 

「それに…」

 

 

ーーーオレが居ない間、里とサスケを頼む

 

 

「…同志からの頼み事だからね」

 

 

 お揃いの志を持つ仲間としてラセツはイタチに里を任されている上、里を裏切るという事は自分の恩人で英雄であるナルトを裏切る行為であり、絶対に許される行為ではない。 それに、ナルトを護り、将来は隣に立つ。そして平和を築く為に尽力すると決めた過去の自分を踏み躙ることになってしまう。

 

 愛してくれた母に悪いと、申し訳ないと心が悲鳴を上げるように痛む。だが、人生を終えてしまった死者と、未来を必死に歩む生者に託された頼み事に、自分を救ってくれた英雄、共に生きた仲間。

 どちらを選択するかなんて、ラセツの中では既に決まっていた。

 

 

「…本当に御免なさい。でも、ラセツは皆と生きるって決めたから」

 

 

 母に渡された『鬼の瞳』を握りしめ、力の抜けていた足を叱咤し、自らの力で立ち上がる。 その時ふと、肝心な事を思い出す。

 

 

「あ、サスケの事、どうしよう…!」

 

 

 イタチには、里の他にサスケの事も頼まれていた。しかし、サスケは大蛇丸の呪印を付けられてしまった。 カカシによって封印されたとは聞いたが、根本である呪印が解呪されたわけではない。

 下忍になって間もないラセツにいい案など思いつくはずもなく、時間だけが刻々と過ぎていく。 ラセツは肩を落としら一旦気分転換ということで日課の散歩を始める。

 

 

(取り敢えず大蛇丸に会った事、カカシ先生には言ったほうがいいよね…)

 

 

 S級犯罪者と会い、サスケの事情を知った上に勧誘までされてしまったのだ。 大蛇丸にはつかないと決めた以上、担当上忍であり、大蛇丸の動きや事情も知っているカカシに必ず報告すべき案件だろう。

 そう考えながら木ノ葉病院前を歩いていた、その時。

 

 

「…あ!ラセツ!!」

 

 

 溌剌とした声音がラセツの鼓膜を震わせる。振り返れば、ナルトが大きく手を振り、走って向かってくる姿が見え、ラセツは満面に笑みを咲かせた。

 

 

「オレさ、オレさ!!中忍試験の本戦出場決めたってばよ!!」

 

「さっすがナルト!絶対応援しに行く!」

 

「んでさ!中忍試験にゃ、強い奴ばっかだったからさ!カカシ先生に修行頼みに来たんだってばよ!」

 

「あ、ラセツもカカシ先生に用があるの。ついてっていい?」

 

「もちろんだってばよ!」

 

 

 どうやらカカシはサスケの所にいる可能性が高いらしい。幸い、病院は目の前でナルトは受付に走ったが、サスケは面会謝絶をしており、ナルトは何度も「なんで」と噛み付いていた。ラセツはナルトを宥めるが、聞きやしない。 

 

 

「ナルト、院内では静かにしろ」

 

「あ!カカシ先生!」

 

 

 そこにナルトのお目当てであるカカシが現れ、ナルトは嬉しそうに飛び跳ねながらカカシに近寄り、修行を頼もうとするが、途中で遮られてしまう。

 どうやらサスケに修行をつけるらしく、カカシはナルトにエビスを紹介するが、非常に揉めていた。 数分後なんとか丸め込み、ナルトはエビスと共に修行へ向かった。

 

 ナルトの付き添いで来たと思ったのか、カカシはラセツに軽く挨拶だけして横を通り抜けたので、ラセツは慌ててカカシの腕を掴んだ。

 

 

「カカシ先生!今お時間頂けますか。因みに拒否権はありません!」

 

「…それさ、聞く意味ある?」

 

 

 溜息混じりの呆れた声でラセツに問う。 ラセツはその問いに答える代わりに掴んでいる腕を強く引っ張り、息のかかる距離までカカシの体勢を下げさせた。

 

 

「大蛇丸に会って、サスケの事聞いたの」

 

 

 大蛇丸はS級犯罪者である上に、中忍試験の事情を知っているカカシは、表情から緩みを消し、眉を顰ませ、瞳には緊張の色が滲み始める。

 

 

「サスケは…大丈夫なの?」

 

「……まず、場所を変えよう。此処じゃ場違いすぎる」

 

 

 ラセツの《空間転移》で全く人気のない場所まで移動し、カカシは冷静な声音で早速本題を切り出した。

 

 

「…ラセツ。大蛇丸と何があった」

 

「特には何も。話しをしただけ」

 

「内容、教えてくれるか?」

 

 

 ラセツは頷き、サスケの呪印に関して話された事、大蛇丸から『母』を対価に勧誘を受けた事を細かく報告していく。 ラセツの話が終わると、カカシは重たく長い溜息をひとつ吐いた。

 

 

「そうか……ラセツ、」

 

「話は受けないよ。受けるんだったら話してない」

 

「そうだな」

 

「…でも、ヤダって即答が出来なかった」

 

 

 母にもう1度会えると思うと心が揺らいでしまった。木ノ葉の忍ならば即答しなければならない場所で即答出来なかった事実に、ラセツは紫紺の瞳を僅かに伏せた。

 

 

「…いや、それでいい」

 

 

 手に入れたいモノが手に入らないと分かれば、強欲の権化である大蛇丸は何をするか分からない。 ある意味この選択は正解だったと言えるだろう。

 

 

「ラセツ。この話を火影様や他の上忍達にも共有する必要がある。…行こうか」

 

「待って、まだラセツの質問に答えてもらってない」

 

「…なんだ?」

 

「サスケは…大丈夫なの?」

 

「封印はしたが…あとはサスケ次第だな」

 

「呪印を消せる手段はあるの?」

 

「現時点では、無い」

 

 

 カカシの返答にラセツは肩を落とした。 イタチに里、そしてサスケの事を頼まれていたというのに。 全く何も出来ない自分が情けなくなり、穴があったら入るを通り越して埋まりたいくらいだ。

 

 そんなラセツを他所に状況は走るように変わり、頭の良くないラセツにはほぼ全く理解できないような事ばかりで、最終的に、ラセツの話は火影様や数名の上忍達に共有された、という事くらいしか分からなかった。

 

 あれから日は過ぎた。 

 本戦までの1ヶ月の準備期間中、ナルトはエビスと共に修行へ行ったきりで、サスケも病院を抜け出してカカシの修行へ出た。

 ラセツはいつも通り1人で修行をしたり、ヒナタの見舞いに行ったりする毎日を過ごしており、中忍試験本戦の準備期間終了はすぐそこまで来ていた。

 

 本日は、偶々捕まえたシカマルに修行を付き合わせている。いつもは絶対に断るシカマルだが中忍試験本戦もある為、断らず修行をしていた。

 

 

「あ!やっとつけた!!ラセツ!!」

 

 

 木陰に入り、休憩をしていたラセツとシカマルに、首丈で切り揃えられた桃色の髪を揺らして走ってくるのはサクラだった。 サクラはラセツの前まで来ると、膝に手をつき、乱れた息を整えながら嬉しそうに口を開いた。

 

 

「ナルト、帰ってきたって!」

 

 

 此処暫く音沙汰なかったナルトの帰還に、ラセツは一瞬呆気に取られた後、サクラの両肩を強く掴んで強く揺らす。

 

 

「え!?今、ナルトはどこにいるの!?」

 

「び、病院に、」

 

「え!?なんかあったの!?怪我!?」

 

「ううん、ただのチャクラ使い過ぎだって」

 

「そっか、なら良かった」

 

 

 ラセツは尻目でシカマルを見る。すると、察したシカマルは『行ってこい』とジェスチャーする。 ラセツは此処最近で1番の笑みを返し、姿は一瞬にして消えた。

 

 

「早いな…」

 

「まぁ、ラセツだから」

 

「それで納得できちまうラセツ、ヤベェな」

 

 

 自他認めるナルト至上主義の名は伊達ではなかった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「うずまきナルトはどこですか!!!」

 

 

 空間転移でいきなり現れたラセツに受付の人は驚愕しながらも、ナルトの部屋番号を教え、ラセツは許される速度で院内を走った。

 

 

「ナルト!!」

 

 

 声、勢い共に病院内の許されるギリギリを攻めて、病室を開けると、そこには『油』と書かれた額当てに、色の抜け落ちたような白い長髪の男がいた。 その隣には18禁の本が積み上げられており、異彩な存在感を放っていた。

 ラセツは目を逸らし、病室に1歩踏み出した足を引っ込める。

 

 

「…………すみません病室を間違えました」

 

「待て待てィ!!間違っとらん!!」

 

 

 病室の扉を閉めようとしたラセツを止め、ホラホラ、と寝台で眠るナルトを指さす。 ラセツは恐る恐る病室に入り、男と視線を合わせる。

 

 

「…貴方は……?」

 

「良くぞ聞いた!!」

 

 

 男は立ち上がり、自信に満ちた笑みと動作で見栄を切る。

 

 

「聞いて驚け!!このワシこそが北に南に西東!斉天敵わぬ三忍の白髪童子蝦蟇使い!泣く子も黙る色男!自来也様たぁ!ワシのことよ!!」

 

「えっと、御免なさい良くわかんない」

 

「……お前、ちゃんと歴史の勉強しとったのか?」

 

「し、失礼な!!してたもん!伝説の三忍と謳われた大蛇丸とか大蛇丸とか大蛇丸とか!」

 

「三忍を全員大蛇丸にするなってーの!!」

 

 

 正直、歴史上の人物で知っているのは伝説の三忍と謳われた大蛇丸と、三代目火影くらいしか知らない。

 男は必死に伝説の三忍について説明し、目の前の男が伝説の三忍の1人、自来也だということが判明した。

 

 

「で、……お主は」

 

「あ、申し遅れました。ラセツと言います!ナルトと同じ班のメンバーなの」

 

「ラセツ…?ほぅ、お前がか」

 

「え?なになに??ラセツがどうかしたの?」

 

「いや…、ナルトがよくお前さんの話をしとってのォ」

 

 

 そう、自来也が目を瞑って薄らと笑う。 その表情から悪い話ではない事は察せるが、ラセツは緊張した様に口を結んだ。

 

 

「『オレはラセツの英雄だからラセツよりも強くなる』と悔しそうだったが、嬉しそうに話していた」

 

 

 ラセツは紫紺の瞳を大きく見開き、その後結んでいた唇を緩ませ、弧を描く。 そんなラセツに自来也は藍色の髪の毛を乱暴に撫で、乱れた髪を手櫛で整えながら頬を膨らますラセツに豪快な笑みを向ける。

 

 

「ワシはちと取材に出る。ナルトを任せたぞ。ラセツ」

 

「はい!任されました!」

 

「心強いのォ!」

 

 

 もう1度豪快に笑った後、自来也は病室から出て行った。 ラセツは規則的な寝息を立てているナルトの頭をそっと撫でた。

 

 あれからラセツは修行前と修行後にナルトの見舞いへ足を運んでおり、今日で3日目だ。 いつも通り見舞いの品物と着替え、いのの店で買った花を持って病院へ向かい、手続きを済ませる。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

 3日前とは違い、そっと扉を開けるが、そこに人の気配は全くない。 寝台を確認すると、そこには昨日まで寝ていたナルトの姿が無かった。

 

 

「目覚めた、のかな…?」

 

 

 そっと寝台に手を乗せるとほんのりと熱があり、目覚めたのはつい先ほどだと分かる。

 取り敢えず、少し乱れた寝台を整えて着替えを置き、花を飾り直す。その後、病室から出てナルト探しに出る。

 院内を歩き回っているとき、見覚えある大きな瓢箪を背負った赤髪少年が目に留まり、軽く走って駆け寄った。

 

 

「我愛羅、久しぶり」

 

「…オレは今機嫌が悪い…殺すぞ」

 

 

 随分なご挨拶だった。

 友好的に話しかけるラセツに、我愛羅は濃密な殺気を含んだ視線でラセツを射抜いたのだ。 これは脅しではない。本気だ。

 しかし、此処で引くのはなんとなく面白くないと、ラセツの小さなプライドが邪魔をする。

 

 

「会ってそれは酷くない?」

 

 

 何人をも震え上がらせたであろう殺気を、ラセツは涼風を流す様に躱してみせた。

 そんなラセツに我愛羅は殺気も感じ取れない阿保だと判断し、甚振るやる気をごっそりと削られてしまい、僅かに肩を落として表情から力を抜いた。

 

 

「……お前…何故中忍試験に居なかった」

 

「あぁ、出たい気持ちは山々だったんだけど…怪我しちゃってて出れなかったんだ」

 

「そうか」

 

「我愛羅は明日の中忍試験本戦に出るんだよね。見に行くから頑張ってね」

 

「相手はうちはサスケだ」

 

「うん、知ってるよ。トーナメント表見たし」

 

「うちはサスケだけ応援すればいいだろう」

 

「だって、友達の応援はしたいし」

 

「お前と友達になった記憶はない」

 

「えー、いいじゃん友達。悪いものじゃないし、ラセツを我愛羅の友達にさせてよ」

 

 

 そう柔らかく微笑むラセツに我愛羅は薄浅葱の瞳を大きく見開き、何かを思い出した様に一瞬悲痛な色が走り、見開かれた瞳はすぐに伏せられる。

 

 

「オレは…化け物だ。お前と友達にはなれない」

 

 

 苦渋、哀愁、憎悪、憤怒をぐるぐると混ぜ合わせ、静かに纏めた様な声音。これは明らかに我愛羅がみせた拒絶だった。

 

 

「…なら、ラセツと友達になれると思った時、教えて」

 

「お前…」

 

「我愛羅がラセツと友達になれると思った時まで待っててあげる」

 

 

 我愛羅が何故、絶望や脅威、畏怖の対象に呼ばれる事が多い『化け物』を名乗り、拒絶する理由は知らない。 でもいつか、その拒絶が無くなる日が来るかもしれない。その時、気軽に友達になれるよう、待ち人になろうと思う。

 

 

「友達になれたその時は、友達記念日として美味しい甘味処連れて行ってあげるから」

 

 

 そう柔らかく微笑み「またね」と、我愛羅の横を通り過ぎ、ラセツはナルト探しを再開して院内を歩き回る。 すると、求めていた金色の輝きが見え、許される速度で走り、後ろから抱きついた。

 

 

「ナルトーー!!おはよう!!」

 

「ラセツ!!おはよーだってばよ!!」

 

 

 久しぶりの再会にナルトとラセツははしゃぐ。隣に居たシカマルにも挨拶をし、ひと通り騒いだ後、ナルトは少し口をもごもごとさせながらも口を開いた。

 

 

「あのさ、オレが寝てる間見舞いとか…その、ありがとな」

 

「どういたしまして!」

 

 

 明るく返答をするラセツだが、そこには温度差があり、ナルトとシカマルのテンションがいつもより低いことに気づく。

 

 

「…2人ともどうしたの??元気ないね。明日本選なのに大丈夫?」

 

 

 顔を覗き込む様にして尋ねると、ナルトは拳を握って地面と睨めっこをし、シカマルは厳しく眉を顰めた。

 

 

「さっき、ヤベーやつに会っちまってな…」

 

「そっか、それは大変だったね」

 

「対してお前はご機嫌だな」

 

「ナルトに会えたし、友達候補も出来たから」

 

「候補って…」

 

 

 友達ではなく友達候補と言うラセツに、シカマルは苦微笑した。 

 その後、気分転換として一楽へ行くことに決まるが、シカマルはパスし、ナルトとラセツのみで一楽へ向かった。

 

 

 

 



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第二十二話『忍び寄る影』

 

 

 

 中忍試験本戦当日。ラセツは朝食、髪型、服装全てを完璧に整え、準備万端で本戦会場に足を運び、いのとサクラと共に観客席に座っていた。

 

 

「サスケくん、まだ来てないわね…」

 

 

 試合会場にサスケの姿はみえず、その他にシカマルの相手であるドスの姿もなかった。不安げに瞳を揺らすいのとサクラに対し、ラセツはなんの緊張感もなさげに手に持っているうちわを弄っていた。

 

 

「大丈夫だよ。どうせ、カカシ先生の遅刻癖がうつっただけだろうし」

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

「え、なになに?どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃないわよ!!サスケくん、この1ヶ月カカシ先生と修行してるの!?」

 

「え、そうだよ?聞いてなかったの??」

 

「初耳よ!しゃんなろー!!」

 

 

 強く肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。 

 まったく報告・連絡・相談をしない担当上忍をせず、当たり前のように時間通り来ないカカシは、らしいといえばらしいが、

 

 

「さすがに今日くらい遅刻しないで来てよ……」

 

 

 中忍試験本戦当日という大事な日であっても通常運転なカカシにラセツは溜息を溢した。

 その後、ドスの棄権に伴ってトーナメントの変更が発表され、8名で試合を行うことが決定した。 まだ来ていないサスケに関しては、自分の試合までに到着すれば棄権とはみなさないという寛大な処置が取られた。

 ひと通りの変更点を確認して会場全体に顔向けをした後、ナルトとネジを残して試合をする舞台から他の出場者は去る。

 

 

「ナルトーー!!頑張れーー!!」

 

「ラセツ……気合入ってるわね…」

 

「もっちろん!ナルトの晴れ舞台だし!!」

 

 

 ナルトの名前と応援の言葉が書かれた応援うちわを両手に持って振り、大きな声援を送るラセツにいのは呆れ半分に笑う。

 

 

「……でも相手が日向ネジじゃあねぇ…勝負は見えてるわね」

 

「ううん!わかんないよ!!」

 

「ナルト至上主義のラセツに言った私が馬鹿だったわ」

 

 

 ナルトの負けを確信して試合の舞台に視線を向けるいのに、ラセツは眉を寄せ、頬を膨らます。 勝負は分からないと言ってやりたいが、今からラセツが何を言おうとこの会話が続くだけだろう。

 ラセツは言葉をグッと堪えて、審判の声と共に試合が開始されたと共に会場1番の声援を懸命に送った。

 

 ーーすぐ終わると誰もが思っていた『日向ネジVSうずまきナルト』の試合は長く長く続いた。

 そして、いつしか感じたことのある禍々しく強烈な朱いチャクラがナルトを包み込み、ナルトの諦めないド根性と予想の斜め上な戦略で昨年のNo. 1ルーキー日向ネジを下した。

 

 

「やったーー!!ナルトが勝った!!!」

 

「……本当に、勝っちゃった…」

 

「だから言ったでしょ!わかんないって!!」

 

 

 応援のうちわを握りしめ、キラキラと誇らしげに紫紺の瞳を輝かせるラセツに、いのは「そうね」と少し申し訳なさそうに薄く笑った。 

 

 

「あ、ナルトが帰ってきたわよ!」

 

「行ってくる!!!」

 

「はいはい。席は守っておいてあげるから」

 

 

 勢いよく席から立ち上がり、観覧席の階段を駆け上って、シカマルに背中を叩かれて賞賛されているナルトに勢いよく飛びついた。

 

 

「おめでとう!!ナルト!!!」

 

「ラセツ!!応援サンキューだってばよ!!スッゲー聞こえた!!」

 

 

 木ノ葉の大人達や、大名達の中でナルトを個人的に応援する者は多くなかった上に、相手は去年のNo. 1ルーキーで、日向の血継限界を継ぐ日向ネジが相手だったこともあり、ラセツの応援は異色を放っていた。

 本当ならもっと賛辞の言葉を送り、話していたかったが、席を取っていてくれているサクラ達に悪い。 ラセツは席に戻ることを伝え、観覧席の階段を降りた。

 

 

「席、ありがとう!」

 

「いいのよ。それより……2回戦、どうするのかしら…」

 

 

 2回戦はうちはサスケと我愛羅の試合。物見高い忍頭達や依頼主である大名達にとってこれ程ほど楽しみな試合はないのだが、肝心のうちはサスケが試合会場に到着しておらず、一向に始まらない試合に客は野次を飛ばし始める。

 

 

「皆様!次の試合の受験者が現在ここに到着しておりません。よって…この試合は後回しにし、次の試合を先に始めていくことにしました!」

 

「よかった〜!サスケくん失格にならないんだ!」

 

「はぁ、本当によかった…!」

 

「感謝だね!」

 

 

 サスケの失格回避にそれぞれ胸に手を当て、ホッと安堵の息をつく。 審判は次の試合の組み合わせであるカンクロウと油女シノの名前を呼ぶ。

 

 

「試験官!オレは棄権する!試合を進めてくれ!」

 

 

 そう、会場に声を響かせ、騒つかせたカンクロウの棄権により、油女シノの不戦勝が決定し、なんともつまらない展開から客が唇を尖らせる。 そんな中、ラセツは疑問符を頭の上に浮かべ、首を傾げた。

 

 

「……試合に出るつもりが無いならなんで来たんだろう??」

 

「知らないわよ、そんなの。中忍試験が観たかっただけとかなんじゃないの?」

 

「それならなんで態々このタイミングで??普通なら最初に進言するでしょ。……何か棄権しなきゃいけない理由が出来たのかな??」

 

 

 何故だろう、と顎に指を当てて考え込む。

 通常の試合進行では問題無かった。しかし、2回戦が延期されるというイレギュラーが発生した事で棄権をしなければいけない理由が出来た。 そして棄権を進言するタイミングだ。カンクロウは最初に棄権を進言しなかった事からあまり目立つ行為は避けたかったとみえる。

 カンクロウの行った不自然極まりない行動に、何か企んでいるのだろうか。という思考が働く。

 

 

「ま、深く考えても仕方ないか」

 

 

 知能が低く出来の悪い頭では全く結論は出ない。 ラセツは思考を飛ばすように頭をゆるゆると振った。それに今は考えるよりも、目の前の色々と新鮮な試合を楽しむことが優先だ。

 

 ラセツは、身の丈ほどもある巨大な扇に乗って試合の舞台に降り立つテマリと、ナルトに落っことされる形で試合の舞台に降りたシカマルをみる。

 

 ここまでだけでも十分不幸だが、シカマルの不幸はこれで終わりではない。 物見高い忍頭達や依頼主である大名達や客が楽しみにしていた試合が延期され、ノーマークの試合を観せられる事になり、多大なブーイングを浴びせられていた。

 

 

「シカマル…どんまい」 

 

 

 立て続けに不幸が起こるシカマルにラセツは同情し、合掌せずにはいられなかった。

 

 だが、ブーイングの嵐はすぐ収まることになる。

 奈良一族の秘伝忍術を習得してはいるものの、シカマルの術は決定打に欠ける。しかし、奈良シカマルは、優秀などの言葉では収まりきらない規格外の『頭脳』を持っていた。

 

 卓越された頭脳にて、周囲全ての情報を掻き集めて導き出された作戦は、相手の思考や行動すらも全て計算されており、まるでシカマル主催の舞踏会で踊らされているような試合に誰もが口をつぐみ、視線を奪われ、時間を忘れて試合観戦に没頭した。

 

 最終的にテマリを追い詰めたが、降参するシカマルにラセツは僅かに肩を落とす。 でもシカマルらしい。と、途中から合流したチョウジと笑い合った。

 

 

「アイツ、なんでギブアップなんかすんだってばよ!!バッカじゃねーの!?なんか腹立つ!!ビシッと説教してやる!!」

 

 

 シカマルらしい、で納得しないのがナルトだ。 観覧席から試合の舞台まで降りて文句を言いに行く。 直後、木の葉がフワリと浮いて激しく風に舞い狂う。その様子を見てラセツは口角を上げる。

 

 

「…ーー来た」

 

 

 ラセツの確信通り、舞台の中心に堂々と降りたのは第七班の担当上忍であるカカシと、中忍試験本選期待度No.1であるサスケだった。

 

 

「ねぇ、アレってまさか…」

 

「サスケくんですよ!」

 

 

 真偽を確かめるいのの言葉に答えたのは聞き覚えのない声で、ゆったりと振り返ると、そこには自称カカシのライバルであるガイと、ガイによく似たおかっぱ頭に太眉という、見た目に絶大なインパクトを持った松葉杖の少年がいた。

 

 

「リーさん!…あ、ラセツは初対面だったわよね?」

 

「うん!…初めまして、ラセツです!」

 

「こちらこそ初めまして。ロック・リーと申します!!ラセツさんのことはサクラさんからよくお話を聞いています」

 

「えー、なんか照れちゃう…。あ、席変わりましょうか?」

 

「いえ!お気になさらず!!これも修行の一環ですので!」

 

 

 松葉杖を使用しているリーに席を譲ろうと立ち上がりかけるが、リーの言葉にラセツは再度席に腰を掛け直す。 カカシ経由で交流のあったガイとも軽く挨拶を済ました後、カカシが合流した。

 

 カカシはサスケに関して一切連絡をしていなかったサクラに謝罪し、サクラはそれを赦す代わりにサスケの『呪印』について周りに悟られない様、気を配りながら濁して問い、返ってきた問いに喜色と安堵が滲んでいく。

 

 サクラはラセツが『呪印』について知っている事を知らない。

 襲われた相手に直接聞いたなんて言ったら、心の余裕が十分にない今のサクラに、大きな混乱を招く事は目に見えている。なので安堵に力を抜くサクラを尻目に口を開かず、そのまま視線を審判とサスケ、我愛羅以外居なくなった舞台に移した。

 

 

「…2人とも頑張れ」

 

 

 興奮で盛り上がり、熱気が会場中に立ち込めている空気の中、サスケと我愛羅はお互い舞台の中心に立ち、視線を交えて審判の試合開始合図を待つ。

 

 

「始め」

 

 

 審判が試合開始を告げた直後から、その試合は圧巻なものだった。

 

 我愛羅は砂を自在に操り、サスケは以前とは比べ物にならない精度と速度の体術で我愛羅を圧倒する。

 

 

「…凄い」

 

 

 サスケの神速を極めた体術と我愛羅の砂の術から繰り広げられ、繰り返される刹那の攻防に、感嘆の吐息を洩らす。

 

 だが、この攻防は均衡を保てているわけではなかった。

 サスケの速度が我愛羅の砂の速度を僅かに上回っており、互角の勝負を繰り広げる2人の間では、ほんの微々たる差も致命的で攻防の優勢はサスケに傾いている。

 

 しかし、我愛羅は動きを止めて全ての砂を防御にまわし、高密度で高硬度な砂の壁を360°砂で覆った死角なしの『絶対防御』を創り上げる。

 

 

「カカシ先生!!」

 

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、ナルトとシカマルが息を切らし、酷く焦りを含んだ表情で立っていた。 

 

 

「先生!今すぐこの試合を止めてくれってばよ!」

 

「え?」

 

「アイツは…他人を殺すために生きてるよーな普通じゃねぇ奴なんだってばよ!…とにかく!このままじゃサスケ、死んじまうぞ!!」

 

 

 人を殺す為に生きる。それは生きる存在価値が見当たらない時の最終手段だ。人の極地である死を身近に感じて、生きている自分を探し、実感する。それはなんて孤独で寂しい生き方なのだろうか。

 

 

(…あぁ、そっか)

 

 

 普通じゃない奴。その言葉にラセツは、我愛羅の事を怖がるテマリやカンクロウ。そして我愛羅が自分の事を『化け物』だと言った事を思い出す。 彼は自他認める『化け物』なのだ。

 

 だからラセツが友達になろうと言った言葉を拒絶した。絶望や脅威、畏怖の対象に呼ばれる事が多い『化け物』を自ら名乗る事で、頭のおかしい奴だと判断させて関係を断とうとした。

 どういう経緯でラセツとの関係を断とうとしたのかまでは分からない。ただ単に面倒だったのか。『化け物』と恐れられる彼との関わりを持つ事は不利益しか産まないと考えた彼の心奥から来る優しさ故か。

 

 

(…友達になったら聞いてやんなきゃな)

 

 

 ラセツの言葉を拒絶した理由を問いただす機会は、生きてさえいればいくらでも用意されている。 どの様な表情や返答が返ってくるのかが楽しみで、自然と口角が上がった。

 

 

(あ、やばい試合試合!)

 

 

 思考に集中しすぎて試合観戦を完全に放棄していた。 慌てて試合を目で追うと、サスケは壁に足をついており、印を組む。

 

 

「あの印…カカシ先生、まさか!!」

 

「そ、当たり」

 

 

 サスケの手から目に見えるほど膨大で、入念に練り上げられたチャクラが耳を裂くような凄まじい音を鳴らして白い輝きをはなって放電した。

 

 

「《二度寝を許さない目覚まし》!!」

 

「うん。《千鳥》に変な異名付けないで」

 

 

 カカシが突っ込んだのと同時にサスケは壁を蹴り、《千鳥》の独特な攻撃音を奏でながら猛烈な速度で駆けていく。そんなサスケを見てガイは納得した様に頷いた。

 

 

「肉体活性…そうか、だから体術ばかりを鍛え、スピードを飛躍的に高めたのか」

 

「そ!」

 

「しかし…まさか《千鳥》を教えてるとはな」

 

「ま、アイツはオレと似たタイプだったしね」

 

 

 《千鳥》は見た目は派手なものの、シンプルな突き技だ。 しかし、雷の性質変化や写輪眼、高い動体視力に見合った運動能力を持つ事を条件としており、条件が多く、使い手は限られている。

 その条件を写輪眼の使い方をカカシに学び、体術をひたすらに極め、雷の性質変化まで習得してみせた。 かなり難題なのだが、短い期間でやり遂げるとは流石天才一族様のうちはだ。

 

 

「《千鳥》かぁ…凄いわね…チャクラが目でハッキリ見えるし音も凄い…一体どうなってんの??」

 

「ただの突きだ」

 

「え?」

 

「しかし、木ノ葉1の技師…『コピー忍者カカシ』唯一のオリジナル技」

 

 

 試合から目を離さないまま、ガイは《千鳥》を知らないサクラ達にわかりやすく説明していく。そして、説明が終わった瞬間。 《千鳥》纏ったサスケの一撃は我愛羅の『絶対防御』を貫いた。

 

 

「《千鳥》…つまり《雷切》」

 

「《雷切》…?」

 

「《千鳥》の異名だよ。カカシ先生があの術で雷を斬ったっていう事実に由来して《雷切》とも呼ばれてるの」

 

「へぇ…」

 

「《千鳥》…極意は人体の限界点ともいえる突き手の速さとその腕に集約されたチャクラ…そして、その腕はまるで斬れるもののない名刀の一振りと化す」

 

 

 いのが胡散臭いと言わんばかりに眉を寄せていくのをラセツは見逃さず、「本当なんだから!見た事ないけど!」などと説得力皆無な説得を行う。 対して素直なチョウジサクラはサスケに釘付けだ。

 

 

「なんか、私には理解の範疇超えてるけど!凄い技!!」

 

「いやぁ…昔、目覚まし代わりにあの術使われた時は殺意が湧いたね」

 

「あぁ、ここで目覚ましに戻ってくるのね」

 

「というか、あんな凄い術を目覚まし代わりに使うカカシ先生ってちょっとヤバいよね」

 

「あぁ、でもあれは起きなかったラセツが悪いね」

 

「普段は遅刻してるのカカシ先生なのにラセツが寝坊したらこれだよ。酷いよね」

 

「「「それは酷い」」」

 

 

 同期3人は完璧にラセツの味方だ。

 得意げに胸を張っていると、視界の隅に蒼い瞳に闘争心と嫉妬心を滲ませるナルトが目に入り、本当に良いライバル同士だと微笑みを浮かべる。 しかし、そんな和やかな時間は我愛羅の絶叫が鼓膜を叩いた事で終わりを告げる。

 誰もが絶叫した我愛羅の方に視線を向けて、絶句した。

 

 

「……なに、あれ」

 

 

 『絶対防御』から腕を引き抜抜いたサスケの腕には、異形のナニカが巻き付いており、誰もが目を見張る。しかし、観客席からは異形のナニカの正体はわからない。ただ、酷く異質で空気が震える様な緊張感が襲ってくる。

 

 我愛羅の『絶対防御』にヒビが入り、ゆっくりと我愛羅が姿を現す。その身体にはサスケにつけられた傷がついており、その瞳はひどく血走っていた。そしてーー、

 

 

「あれ…?」

 

 

 酷く張り詰めていた空気が霧散し、代わりにフワフワと白く柔らかい羽が落ちてきて視界を彩る。

 

 

「なにこれ…」

 

「ラセツ、これは幻術よ!!…解!!」

 

 

 サクラは印を結んで素早く幻術を解き、ラセツをみる。 

 元々幻術への耐性が強いのか、半覚醒の様な状態であり、寝起きの様な呑気な顔を向けるラセツに、サクラは僅かに青筋を浮かべ、パシンと頭を叩いた。

 

 

「のぺっとしてんじゃないわよ!!ほら、早く印組んで!!教えたでしょ!!」

 

「うん。…解ぃ……んむ、あれ?」

 

「…はぁ、良かった。幻術返し出来たわね」

 

「助かった…ありがとう、サクラ」

 

 

 サクラとの修行が功を成し、柔らかな幻術から抜けたラセツは紫紺の瞳をぱっちりと開けて辺りを見回しーー、火影と風影がいる場所が激しい煙に覆われた瞬間を見た。

 

 

 

 

 



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第二十三話『木ノ葉崩し』

 火影と風影がいる場所が激しい煙に覆われた後、風影は火影の首元に腕を回して捕らえ、クナイを突きつけて煙幕から飛び出る。

 

 その後、火影と風影の周囲に薄い幕のような壁ができる。 風影に囚われた火影を救出しようと、暗部が壁の中に入ろうとしたが、壁に触れた瞬間、炎に焼かれて弾かれてしまう。

 

 

「……結界忍術か」

 

「暗部を出し抜くとは…只者じゃ無いな」

 

「ラセツ、結界内に転移は」

 

「…だめ。あそこは座標登録されてない」

 

「まぁ…だよね」

 

 

 この中忍試験試合会場は普段は開放されていない場所である上に、結界が張られている場所は上層部なのどの人間しか入ることの許されない一般立入りが禁止な範囲にある。 座標登録していたら逆に問題だ。

 

 

「ーーー!」

 

 

 火影を捕らえ、クナイを突きつける風影の行動。周囲を寄せ付けない結界を瞬時に張る行為。

 これは明らかに木ノ葉隠れの里を潰す事前計画をしっかり立てていた事は明確であり、木ノ葉と砂の同盟が破られた事を証明していた。

 

 今すぐ火影の救出へ向かおうとカカシとガイが行動しようとしたその時、その道を塞ぐ様に暗部の仮面を身につけた忍が降りた。

 

 

「なにをしている!火影様の危機だぞ!」

 

 

 しかし、暗部はガイの言葉に応える事なく印を組んでおり、敵対の意識を見せる。 その後、観戦客に紛れていた敵の忍も集まり、戦闘態勢を取った。

  

 

「参ったねぇ、どうも」

 

「暗部になりすましている敵がいるとはな…幻術を使ったのもアイツか」

 

「あぁ、間違いない」

 

 

 それに敵はかなりの数。対してこちらは上忍2人に下忍2人と多勢に無勢もいいところな上に、気絶している観戦客もいる。

 数で押されたら完全にジリ貧な戦いに頭が痛くなる。そしてこの後、その頭痛を更に痛くする事実が発覚する。

 

 

「か、カカシ先生、ガイさん!!あそこ!!」

 

 

 焦った様子でラセツが指をさす。 カカシとガイは敵を注視しながらもラセツが指をさす火影と風影を閉じ込める結界の中に視線だけを向け、目を見開いた。

 

 

「あれは…!」

 

「…大蛇丸!!」

 

 

 風影の笠を被り、衣装を身に纏う大蛇丸に、視線を奪われて敵への注視が疎かになる。 その瞬間を敵は見逃す事なく、攻撃を仕掛けた。

 その中には上忍2人ではなくサクラに向かって行く敵もいて、サクラは恐怖に身を縮こめた。しかし敵は、幻術にかからないという愚かな選択をした忍を、子供の下忍だからと見逃す慈悲を持ち合わせていない。

 サクラの命を抉り取ろうと無情にも振り下ろされるクナイがサクラに迫りーー

 

 

「サクラに…触らないで」

 

 

 冷ややかな声音と共に細く華奢な拳が、まるで砲弾だと比喩しても相応だと頷いてしまうほどの威力で敵の忍を殴り飛ばした。 砲弾と並ぶほどの威力を喰らった敵はもちろん気絶しており、あの様子だと数本骨をやられているだろう。 

 

 

「ナイスだラセツ…戦えるか?」

 

「もちろん!」

 

「無茶だけはするなよ」

 

「約束は出来ないけど、了解!」

 

 

 卓越した身体能力と動体視力をフル活用し、大人と子供の体格差を活かして死角に回り込んでは、思わず敵に同情してしまうほどの剛腕を振り回し。《空間転移》で敵の視界から強制的に自分を消して、不意を突いて強靭な蹴りが敵を吹き飛ばす。

 

 

「すっごい…」

 

 

 多勢に無勢な戦いは激甚を極めている中で、踊るように身を翻し、神出鬼没に現れては肉を撃って骨を砕き、相手の意識を奪っていく。 戦場で踊り狂うラセツに場違いと理解しながらもサクラは嘆息を洩らし、カカシは少し驚いたように口角をあげる。

 

 

「……修行をサボってはいなかったようだね」

 

「当たり前でしょ。皆に置いていかれちゃうのは絶対嫌だから」

 

「上出来。…ラセツ、サクラ!」

 

 

 カカシの呼びかけに、身を縮こめていたサクラは僅かに背筋を伸ばし、ラセツはサクラの隣に転移した。

 

 

「…心してかかれよ。波の国以来のAランク任務だ!」

 

「…!!……任務内容は?」

 

「サスケは砂の我愛羅達を追ってる。…お前達はナルトとシカマルの幻術を解いて、サスケの後を追跡しろ」

 

「でも、それだったらいのやチョウジも起こして大勢で…」

 

「おそらく既に里内には砂や音の忍がかなりの人数入り込んでいる。基本小隊である4人以上での行動は迅速さを失い、敵から身を隠すのが難しくなる……アカデミーのパトロール実習で教わっただろう?」

 

「あ、そっか…じゃあ、4人ってことは私の他にラセツとナルトとシカマルね!……まって…先生は行かないの?」

 

 

 不安に瞳を揺らすサクラを尻目に、カカシはクナイで親指を傷つけ、一滴の血を流して印を組む。

 

 

「オレはここを離れるわけにはいかない………《口寄せの術》」

 

 

 カカシの術の中心部に発生した白煙から、木の葉の額当てをした犬が姿を現し、カカシは額当てをした犬を親指で示す。

 

 

「あとはこのパックンがサスケを匂いで追跡してくれる」

 

 

 カカシの代わりが口寄せされた犬、パックンである事にサクラは戸惑いつつも、軽く挨拶を済ませ、カカシの指示通りナルトとシカマルを起こす為、行動に移る。

 しかしラセツはサクラの後に続くことはせず、じっとある一点を見つめていた。

 

 

「ラセツ、向こうに行く」

 

 

 そう、ラセツが指さしたのは火影と大蛇丸を閉じ込める結界がある場所であり、カカシは厳しく眉を寄せ、鋭く目を細める。 しかしラセツは一歩も引く事なく続けた。

 

 

「座標を記録したら、もしかしたら入れるかも」

 

「だが、お前にできることは…」

 

「向こうには暗部がいるでしょ?だからその人達と一緒に結界内に転移する」

 

 

 ラセツの《空間転移》は空間の位置を交換する術で、結界を通らない為、結界に弾かれず結界内部に侵入できる可能性が高い。 しかし、異物だと弾かれる可能性も捨てきれず、弾かれた場合は灼熱の炎で焼かれ、命はない。 もし入れたとしても、内部は伝説の三忍の1人である大蛇丸がいる。

 生きて帰れる保証は無いどころか、生死の天秤は死に大きく傾くだろう。

 

 忍にリスクが高い任務は付き物であり、それを乗り越えていくのが忍だ。 しかし、このあまりにもリスクの高すぎる賭けは、まだ新人の下忍にはあまりにも早く手に余る。だが成功したならば、と思考が走り、カカシは判断を鈍らせる。

 

 

「…ラセツと行ってこい、カカシ!!」

 

 

 中々結論が出せないでいたカカシの背中を押したのは背中を預けるガイであり、カカシは少し驚いて目を見開く。 何故なら現在、多勢に無勢で戦力がカツカツで、上忍1人抜けるのはかなりキツい事が分かっていたから。 しかしガイは笑ってみせる。

 

 もし、結界を抜けられないと事前に分かれば、ラセツの《空間転移》でガイの加勢にすぐ駆けつけることも可能だ。 その事も踏まえてカカシはやっと頷いた。

 

 

「……わかった。ガイ、任せたぞ」

 

「あぁ、そちらも任せた!」

 

「…サクラ、変更点はラセツだけだ。任せたぞ」

 

「っはい!……ラセツ、しくじるんじゃないわよ!!」

 

「そっちこそ!!」

 

 

サクラと拳を向き合わせ、ラセツはカカシと共に火影のいる場所へ向かった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「ーーっもう!!急いでるのに!!」

 

「埒があかないな…」

 

 

 もう数百と振るった手足やクナイは返り血に塗れて汚れている。しかし、敵の数で攻める猛攻は途切れることはない。

 

 

「ラセツ、なるべく転移を使いすぎるな」

 

 

  戦う為に創られた身体と言っても過言ではない鬼族の肉体を持つラセツだが、まだ下忍。 神出鬼没の《空間転移》を駆使して戦い、戦闘能力の差を埋めている戦い方は、かなりのチャクラ消費量が多く、燃費が悪い。

 火影を閉じ込めている結界には、ラセツの《空間転移》が必要不可欠であるのにガス欠で使えませんでは話にならない。

 

 

「わかって、る!!」

 

 

 体格差を活かしてどんどん立ち塞がる敵の死角に潜り込み、中々思うように前へ進めない鬱憤を晴らすように拳を振るい、踊るように蹴りを炸裂し、クナイの鈍い刃を爛々と輝かせ、走らせる。

 

 

「…ーー急いでるって言ってるでしょ!!」

 

「それを聞いてくれないのが敵だよ」

 

「ふぐぅ…!!なんて厄介な…!!」

 

「イヤ、常識でしょーよ」

 

 

 敵がこちらの話を聞いてくれる程呑気な奴らならば戦闘なんざ始まっていない。そんなことは常識中の常識だが、ラセツの苛つきは蓄積され続けーー、

 

 

「どいてよ、おたんこなす共ーー!!」

 

 

 遠慮という理性は食いちぎられた。

 今まで会場を破壊しないよう、気を配りながら戦っていたが、その加減は消え失せた。 気絶している観客に被害が及ばないようにという思考はあるみたいだが、地面に亀裂を入れ、壁を粉砕しながら敵を吹き飛ばすラセツはまさに破壊の化身だ。

 

 

「……終わったらオレ、どやされるな…」

 

 

 敵を倒す為とはいえ、ガイ以上に周囲を破壊して進むラセツを見て、後から山ほど必要書類や反省文、説教が待ち構えていることが容易に想像できる。 カカシはため息をつきながらラセツの隣を走り、目的地であった結界の場所にようやくたどり着いた。

 

 

「カカシさん!?どうして此処に」

 

「んー?勿論火影様を助けに」

 

「ですが、結界が…」

 

「わかってるよ」

 

 

 最初見た時と違い、木樹が苦しげに敷き詰められている結界を見上げ、ラセツを流し目に見る。

 

 

「ラセツ、どう?」

 

「取り敢えず座標記録して確認してくる」

 

「おい、君!!危険だ!」

 

「待って」

 

「何故ですか!?あの結界は…」

 

「あの子は空間を交換する時空間忍術が扱える。もしかしたら結界内に入れるかもしれない」

 

「あんな子どもが…そんな高等な時空間忍術を…?」

 

 

 仮面を被っていても、半信半疑の様子が窺える。 

 ラセツが扱う空間を自由に交換する時空間忍術は高等忍術中の高等忍術に分類される類であり、三代目火影であっても扱うことの出来ない程のものだ。

 それを子供が扱えるなど半信半疑も無理はない。

 

 

「あんな子供でもオレの自慢の一番弟子だ。舐めてもらっちゃ困るな」

 

 

 他里から『コピー忍者のカカシ』『写輪眼のカカシ』と恐れられ、木ノ葉1の技師であるはたけカカシにそこまで言わせるラセツに、暗部は小さく息を呑んだ。

 

 

「カカシ先生!!多分いける!!」

 

 

 朗報を持ち帰ってきたラセツだが、その表情はどこか暗く、目線を泳がせており、申し訳なさそうに指を突き合わせる。

 

 

「でも…結界のせいか座標が安定しにくくて、ちゃんと転移できる範囲が狭いの。ラセツ含めて3人が限界」

 

「いや、十分だ。……あと1人暗部からすぐ人選して」

 

「ならワタシが」

 

 

 暗部の1人が一歩前に出る。 ラセツはカカシと暗部の1人の腕を掴み、自分の方へ強く引き寄せる。

 

 

「肢体断裂されたくなかったら動いちゃダメだからね」

 

 

 一言警告入れた後、《空間転移》を発動させ、視界の景色は一気に変化する。

 無事に結界内に侵入できた3人は樹木を斬って掻き分けながら、心臓を直接撫でるような殺気と緊張感が濃い方へ進んでいく。そしてーー、

 

 腐るように染まり、力無く両腕を下げる大蛇丸と、最後の命を燃やしている三代目を見て絶句した。

 

 

「木ノ葉崩し…ここに敗れたり…!」

 

「この老いぼれが!!私の腕を返せ!!」

 

「愚かなるかな大蛇丸。共に逝けぬのは残念じゃが、我が弟子よ…いずれあの世で会おう」

 

「風前の灯火のジジイが…よくも、よくも私の術を……」

 

 

 徐々に瞼を閉じ、地面に倒れ込んだ三代目にラセツはやっと正気を取り戻し、三代目に駆け寄った。

 

 

「ーー火影様!!」

 

「…ラセツか」

 

「いや……待って…!!死なないで、死なないで死なないで死なないで」

 

 

 全てを奪われたラセツに居場所を用意し、余所者であるラセツにも例外なく家族だと言い、愛してくれた三代目の死をラセツは認めない。 ラセツは首元を飾る『鬼の瞳』を握りしめ、『死なないで』と願う。

 その時ふと、涙に濡れる頬にタコやマメだらけの乾燥した手が触れた。

 

 

「…すまんのぅ」

 

「ぁ、ほ、火影様…?」

 

「せめて、お主が一人前の忍となるまで護ってりたかったんじゃが……約束は守れんようじゃ……」

 

「……約束?」

 

 

 ラセツの疑問に三代目が答えることはなく、優しく頬に触れていた手が力無く地面に落ちた。

 

 

「ーーッ待ってお願い!!逝かないで!!ラセツ、火影様になにもお返しできてない!!!逝かないで!死なないで!!お願い!!」

 

 

 ひたすら願う。しかし、握りしめた『鬼の瞳』はラセツの願いに応えてはくれず、三代目は静かに息を引き取った。

 

 

「……ラセツちゃん…」

 

 

 大蛇丸が小さくラセツの名前を呼び、ラセツは弾かれるように顔を上げた。 大蛇丸を映す瞳は業火の炎が溢れそうなほどで、大蛇丸はゆるりと首を横に振った。

 

 

「…どうやら勧誘は無理そうね」

 

「大蛇丸…」

 

「なによ、カカシ…。鬼族は私が昔から目をつけていた一族だし、その子は血継限界を習得している上に能力も優秀……欲しくない理由がないでしょ」

 

 

 忌々しげにカカシを見つめ、落胆したように肩を落とし、息をひとつ吐いた。

 

 

「…でも、もうダメね。本当なら無理にでも手に入れたいところだけれど、その子には私の『呪印』は効かないから……本当に残念だわ」

 

 

 大蛇丸はもう1度ラセツを流し目に見た後、結界を張っていた音の忍に作戦終了を告げた。 音の忍4人は即座に結界を解き、大蛇丸を連れて逃げてしまい、暗部がその後を追うが、ラセツは目もくれず、火影の亡骸に涙を落としていた。

 

 

「火影様…ッ」

 

 

 三代目は里を愛し、平和を望み、平和の為に行動し、争いを忌み嫌う考えを持っていた。しかし、争いは消えず、平和は薄氷の上でしか成り立っていなかった。

 

 

「貴方の望んだ平和が訪れる日は、来ないかもしれません」

 

 

 人が考えを持ち、人が意思を持ち、人が存在する限り、考えや意思の齟齬が生まれ、対立は必ず起こる。 例え同じ平和を望んでいたとしても、それまでの道のりで対立が生まれ、争う事もあるだろう。

 

 

「でも…火影様の『火の意思』……しっかりとラセツの心に刻み、受け継ぎます」

 

 

 三代目火影が抱いていた里を愛し、平和を愛し、愛する者を愛し、奪う争いを嫌った『火の意思』を心に刻み込む。 溢れる涙を静かに溢し、決意を胸に抱くラセツの頭をカカシは肯定するように撫でた。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 大蛇丸と砂隠れによる『木ノ葉崩し』は木ノ葉の忍の奮闘により失敗に終わったが、三代目火影を始めとした多くの忍が命を散らした。

 遺された者は三代目火影 猿飛ヒルゼンから『火の意思』を受け継ぐ。その中の1人であるラセツは泣き止んだ蒼い空を見上げた。

 

 

 木ノ葉崩しから数日。

 

 風影及びその護衛が、中忍試験開始前に大蛇丸によって殺害されており、全ての事件の発端が首謀者・大蛇丸である事が判明した。

 この事実から砂は木ノ葉に対し全面的な降伏を宣言し、戦禍の爪痕、国力の復帰を急務と考えた為木ノ葉もまたこれを受諾した。 

 

 

「…取り敢えず壊滅は免れたものの、被害は甚大のようですね」

 

「栄華を極めたあの里が…哀れだな」

 

 

 火影を失い、何人もの優秀な忍を失い、遠目にも分かるほど『木ノ葉崩し』の痛々しい爪痕が見えて弱った木ノ葉の里を、紅い雲模様が刺繍された黒い装束を着ている2つの影が見下ろしていた。

 

 

「ガラにも無い…貴方でも故郷には矢張り未練がありますか?」

 

「いいや、まるでないな」

 

「クク……弱っているとはいえ、木ノ葉です。九尾の他に…『空』の勧誘もしなくてはいけませんからねぇ」

 

「あぁ、忙しいな」

 

 

 2つの影。そのうちの1人は、反逆を意味する傷のついた木ノ葉の額当てをしており、柘榴石の様な双眸を鈍く冷たく輝かせていた。

 

 

 

 

 



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第二十四話『犯罪者たち』

 イタチは紅い雲模様が入った黒い外套を見に纏い、S級犯罪者が集まった組織である『暁』にて、ツーマンセルを組んでいる鬼鮫と共に、懐かしい木ノ葉の里を見下ろしていた。

 

 

「それにしても、あなたが『空』の候補者探しに手を挙げるのは意外でした」

 

「……他の奴らに任せると、正直人選が不安だからな」

 

「クク…それは、否定ができませんね」

 

 

 S級犯罪者の集団だけあって、1人ひとりの性格はかなり個性的で、ろくな奴を連れてこないだろう事は容易に予想ができる。

 

 

「イタチさん、当てでもおありなんですか?」

 

「……そうだな、当てはある」

 

「おや、これは予想とは違う返答ですね。では、その方が頷いてくれる事を願いましょう」

 

「…それはおそらく問題ないだろう」

 

「ほう、それは何故か。聞いてもよろしいですか?」

 

「アイツは…オレと同類だからな」

 

「クク…なら、勧誘は楽そうだ。……そろそろ行きましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 ラセツは日課の朝修行を終えた後、いつもの甘味処へ足を運んだ。

 

 

「おばさん!いつもの!!」

 

「はーいよ!」

 

 

 どこに腰をかけようかと店内を見渡すと、三色団子を食べている紅雲模様が入った黒い外套に笠を深く被る2人組が目に入った。

 

 

「お隣、いい?」

 

「あぁ、どうぞ」

 

 

 許可を貰い、ラセツは運ばれてきた栗饅頭とお茶のセットに紫紺の瞳を輝かせ、お気に入りの栗饅頭をひとくち食べて「美味しい」と頬を手で押さえた。

 

 

「栗饅頭が好きなんだな」

 

「うん、大好き!」

 

 

 甘味で少し乾いた唇をお茶で湿らせ、ラセツは流し目に団子を頬張る男を見て、うっすらと微笑みを浮かべた。

 

 

「……イタチも相変わらず団子が好きなんだね」

 

 

 その瞬間、鬼鮫がクナイに手を伸ばそうとし、イタチはその手を掴んで止める。 それは空気が動いただけと感じるほど静かで一瞬の出来事だった。

 とんでもない超人2人に声をかけてしまったと少し後悔しつつも、ラセツは栗饅頭に手を伸ばした。

 

 

「…よく、分かったな」

 

「まぁ、数年一緒に食べてたし?なんとなくだけど食べ方は覚えてるよ」

 

「そうか」

 

 

 栗饅頭をゆっくりと楽しんで食べ終えた後、ラセツは頬杖をついてイタチに視線を向ける。

 

 

「で…なにしに来たの??ただお団子を食べに来たわけではないでしょう?」

 

 

 ラセツの質問に答える前に、イタチは甘味処の前に居るカカシ、アスマ、紅に視線を向けて、席から立ち上がった。

 

 

「……すまないがここまでのようだ」

 

「…ラセツが逃すとおもう??」

 

「悪いが、ラセツの反応よりオレ達の方が速い」

 

 

 額に少し強めの衝撃が走り、ラセツは思わず目を瞑る。 ラセツが目を開けた頃にはイタチと鬼鮫の姿はもう無かった。

 

 

「…っ逃げられた!!」

 

 

 外に上忍3名が居たことから、イタチと鬼鮫は里に侵入した事がバレていると気づいているだろう。なら、あの2人が向かう場所は何処か。 

 それは人目につかず、人気のない、里から出やすい場所に絞られるだろう。場所を里を散策するのが趣味であり、修行であるラセツに場所を特定するのは朝飯前だ。

 

 ラセツは《空間転移》を駆使して、条件に沿った場所に転移しては確認する事を繰り返し、カカシと鬼鮫の水遁の術がぶつかり合う瞬間を目の前で見た。

 

 

「ラセツ!?」

 

「あ、アスマさん。はい、ラセツです」

 

「どうして此処に!?」

 

「あの2人追っかけようとして…ハイ」

 

 

 

 最初は姿を隠せられる場所に転移していたが、中々見つからず、途中から人を巻き込まないようにだけ注意して適当に転移をしたツケがまわってきたらしい。 戦闘を繰り広げているど真ん中に転移してしまった。

 

 

「…ーーこの娘はさっきの…いったい何処から現れたんです」

 

 

 鬼鮫はかなりの実力者だ。ラセツのような下忍の気配を感知するのは呼吸をするのと同じくらい容易な事だ。 しかし、気づかなかった。

 唐突に現れたという表現が適切に思うほど突然姿を見せたラセツに鬼鮫は首を傾げる。

 

 

「ラセツは空間を交換して転移する時空間忍術を扱える」

 

「時空間忍術…成程そういう事ですか」

 

「…転移する空間と転移しないの境界に配置されると断裂される上に、境界はラセツが指定が可能だ。……厄介だが…境界は視線である程度予測できる」

 

「予測できるとはいえ、厄介には変わりありませんね」

 

 

 空間を自由に交換する時空間忍術というだけでも厄介なのに、副次的効果に『断裂』まだ着いてくると同等の忍と戦うよりずっと厄介な相手だ。

 

 

「ちょっとイタチ!!ネタバラシしないでよ!!」

 

 

 自分が使える唯一の忍術であり、十八番である《空間転移》をバラされたラセツは頬を膨らまして地団駄を踏む。

 味方に敵の術の情報を持っていたら伝えるのは当たり前だというのに、怒りを見せるラセツに、鬼鮫は気が抜けたように少し肩を落とした。

 

 

「……この娘阿保ですね」

 

「かなりな」

 

「よーしお前ら覚悟しろよ。とっ捕まえて栗饅頭いっぱい奢らせてやるんだから」

 

「……鬼鮫、ラセツと遊んでやれ」

 

「承りました」

 

 

 鬼鮫はラセツの前に移動し、息つく暇も与えずに大刀・鮫肌を容赦なく振り翳す。 カカシとアスマはターゲットにされたラセツの下に走るが、イタチが前に回り込んで2人を水面に蹴り飛ばした。

 

 

「…邪魔はさせない。ラセツと組まれたら厄介だからな」

 

 

 イタチの妨害もあり、羅刹と鬼鮫、鬼の名を持つ者同士の戦いが始まる。

 命を刈り取るべく振り下ろされる鮫肌を寸前のところで踊るように身を翻して回避し、体格差を利用して懐に入り込む。

 

 鬼鮫はこの時、下忍の子供だとラセツを完全に舐めていた。

 確かにラセツの戦闘能力は中忍上位程度だ。上忍レベルである鬼鮫には敵わない。しかし、ラセツは戦いの神に愛された少女だ。 下忍の攻撃だと舐めて受けたら胴の肉を抉る攻撃が飛んでくる。

 

 

「ーーッが」

 

 

 細く華奢な足から想像もつかないような破壊力が、鬼鮫の鍛え上げられた強靭な肉体を襲い、鮫肌を杖にして激痛を訴える部位を押さえる。 

 

 

「…ッかなりいい蹴りをするじゃないですか…!」

 

「鬼鮫。ラセツは鬼族だ。気をつけろ」

 

「成程鬼族ですか…怪力に時空間忍術……厄介を通り越して面白いです、ね!!」

 

 

 実力差が明確であるが故に、少しの気の緩みでさえもラセツは付け込む。《空間転移》にて鬼鮫の死角に潜り込み、手裏剣を上に投げ、鬼鮫の視線を手裏剣に持っていかせている間に足を払う。

 

 鬼鮫の体勢が崩れ、隙が生じたところでラセツは素早く座標を安定させて、鮫肌を持っている方の腕に境界を合わせ、《空間転移》をする。 しかし、鬼鮫はラセツの視線で思考を予想し、鮫肌で地面を押して間一髪のところで境界を回避した。

 

 

「もう!!避けないでよ!」

 

「刻まれるのに、避けないわけないでしょう」

 

 

 間髪入れずに叩き込まれる鋼の拳撃を横へ流し、鮫肌でラセツを抉りにかかるが、神がかり的な体幹で最小限に身を回して避け、勢いを乗せた足と鮫肌が激突する。

 大木をも砕くラセツの蹴りだが鮫肌を折ることは叶わない。又、忍刀七人衆が持つ特異な力を持った大刀・鮫肌でもラセツの強靭な足を削ることは叶わない。

 

 その時、バシャンと水の音がラセツの鼓膜を震わし、視線だけその方向へ向けると、カカシが膝をついているのが見えた。

 

 

「余所見はいけませんね」

 

 

 戦闘で鬼鮫は一瞬の停滞を見逃さない。

 余所見を罪とし、命で罰を受けさせようと、ここぞとばかりに踏み込んで力を込める。

 

 

「…ーー誰が余所見だって??」

 

 

 視界の中心をカカシに移しただけで、鬼鮫から注意を逸らしたわけでは決してない。 ラセツは込められる力に対して力を抜き、前のめりになった鬼鮫のガラ空きな下顎に拳をぶち込み、高々と吹っ飛ばされるーー筈だった。

 

 

「これはこれは、失礼しました」

 

「ーーぐ、」

 

 

 鮫肌を盾にしてラセツの拳を受け止め、逆立つ鮫肌の刃がラセツの拳に突き刺さる。 激痛を訴える拳に苦痛の声を洩らす。

 しかし現時点での攻撃はラセツで、防御は鬼鮫だ。 この攻防がひっくり返らないうちに間髪入れずにもう片方の手にも拳を作る。

 

 

「ーーーおりゃ!!」

 

 

 気が抜ける掛け声だが、起きた出来事は欠片も腑抜けてなどいない。

 声と同時に、ラセツは足で地面を砕き、鬼鮫の足場を不安定にさせてから、作った拳で鮫肌で傷つくのも躊躇わず、鬼鮫を殴り飛ばした。

 

 

「カカシ先生!!」

 

 

 ラセツは鬼鮫との戦いに背を向け、膝をつき、苦しげに荒い息を繰り返すカカシの側に《空間転移》をする。 

 

 

「ラセツ、イタチの目を見るな…!」

 

 

 カカシの背後に立つ2人も目を閉じており、写輪眼の攻撃を遮断しているのだと予想がつき、背を向けたまま身を固めた。

 鬼鮫は少し息を荒げるイタチのそばに移動し、警告する余裕のあるカカシを見て口角を上げる。

 

 

「あの術を喰らって精神崩壊を起こさないとは…しかし、その『眼』を使うのは貴方にとっても危険…」

 

「わかっている。それよりラセツはどうだった」

 

「面白いを通り越して、恐ろしいと感じるほどの能力に素質でしたよ」

 

 

 そう、口にする鬼鮫の呼吸音は乱れておらず、静かなものだった。その事から、イタチの指示通り『遊んでいた』ことが垣間見え、鬼鮫の底知れない強さにラセツはうげぇっ、と顔を顰めた。

 

 

「…そこで、イタチさん」

 

「なんだ」

 

「アテが居ると言った貴方には悪いですが…私は彼女を『空』の候補者に推薦させていただきます」

 

 

 彼女、とはラセツを指しているのは明確で、思わず振り向いてしまった際、バチリ、と鬼鮫と視線が合った。 しかし、ラセツの視界はカカシの背によって覆われ、守るように隠された。

 

 

「…いや、異論はない」

 

「まさかイタチさんが言っていた、当て、とはこの娘だったりします?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「それはすごい偶然だ」

 

「……そうだな」

 

 

 鬼鮫とイタチの姿が見えずとも、2人の意識がラセツに向いた事がわかり、ラセツの背筋に冷たいものが走る。

 

 

「そんな必死になって隠さなくても、無理に連れ去ったりはしませんよ。……仲間となる人にそれは逆効果ですからねェ」

 

「ラセツは…渡さないよ」

 

「クク…それはどうでしょうねェ」

 

「あぁ、どうだろうな」

 

「いいや、お前ら『暁』にラセツは絶対にやらない」

 

 

 『暁』

 

 その単語にアスマと紅は首を傾げるが、イタチと鬼鮫はわかりやすく反応を見せる。 

 

 

「…鬼鮫、カカシさんは連れて行く。ラセツ以外には消えてもらおう」

 

 

 直後、鬼鮫は鮫肌を構えて水面を蹴る。 写輪眼を遮断するために視界を閉じているアスマと紅は隙だらけで格好の餌食だ。

 後一歩で人体を容易く削る鮫肌の刃が届く、その瞬間。 派手に水飛沫を上げて、凄まじい破壊力を持った1撃を鬼鮫に喰らわせたのはマイト・ガイだった。

 

 

「木ノ葉の気高き碧い猛獣…マイト・ガイが来たからにはもう大丈夫だ!!」

 

「…何て格好だ…珍獣の間違いでは?」

 

 

 かなり的確で否定出来ない表現をする鬼鮫に、思わず吹き出しそうになったその時。ラセツの視界を覆っていた背中が視界から消えた。

 

 

「ーーカカシ先生!!」

 

 

 意識を保つ事もままならなくなったカカシが倒れ、水に沈んでいく。 ラセツは慌ててカカシを引っ張り上げ、持ち前の怪力でカカシを軽々と抱き上げた。

 

 

「ガイ!!イタチと目を合わせるな!術にかけられるぞ!!」

 

「そんなものは分かっている。…2人とも、目を開けろ!!写輪眼と闘う場合は目と目を合わせなければ問題ない!!常に相手の足だけを見て動きを洞察し、対処するんだ!」

 

「たしかに…言われてみればそうかもしれないけど…」

 

「そんな事が出来んのは…お前だけだぞ」

 

「まぁな……足だけで相手の動きを全て把握するにはコツがいる。だが…この急場にそう言うことも言ってられん。とにかく今すぐ慣れろ!!」

 

 

 アスマと紅は瞼を上げ、写輪眼を視界に入れないよう、足元だけを視界に入れる。ガイはイタチと鬼鮫から視線を外さないまま、里の中枢部を親指で指さした。

 

 

「ラセツはカカシを医療班のところへ。アスマと紅はオレの援護だ。…直にオレが手配した暗部の増援部隊が来る……それまでお前らの相手をしてやる」

 

「面白い。いい度胸ですね」

 

「鬼鮫、やめだ」

 

 

 瞳を爛々と輝かせ、好戦的に鮫肌を構える鬼鮫をイタチは静止した。 鬼鮫の顔が不機嫌に染まるのを流し目で見ながら続けた。

 

 

「オレ達は戦争しに来たんじゃない。残念だがこれ以上はナンセンスだ……帰るぞ」

 

「折角、疼いて来たのに仕方ないですねェ。……ではまた、ラセツさん」

 

 

 鬼鮫は大人しく鮫肌を仕舞い、イタチと共に一切の音なくその場を去った。 現れた強敵に手も足も出なかった悔しさに唇を噛んだ後、カカシを軽々と横抱きにして不安を表情に滲ませるラセツに視線をやる。

 

 

「…これからラセツに暗部をつけた方が良さそうだな」

 

「そうね……」

 

 

 紅はアスマの案に賛成をし、ラセツと視線を合わせるように腰を折り、両肩に手を置いた。

 

 

「ラセツ。もしまたアイツらが来たとしても決して耳を傾けちゃダメよ」

 

「うん」

 

「いい?絶対よ??」

 

「は、はい!」

 

 

 

 その後、カカシを木ノ葉病院へ連れて行き、待ち時間の間、別室にて紅とアスマとガイにこれでもかと言うほど『イタチと鬼鮫には絶対に関わってはいけない』と言う話を正座で聞かされた。 上忍3人から解放された時には、ラセツに暗部が手配されたらしいが、さすがは暗部。全く気配が探れない。

 

 そのままいつもの里内散策にて、人気が少なく日当たりの良い場所に座っていると、鬼鮫との戦闘での疲れが出たのか、気づいたら昼の陽気に包まれて眠ってしまい、目を覚ました時は夕方だった。 少し肌寒くなった風から逃げるように足をはやめて家に帰り、玄関のドアを開けた。

 

 

「たっだいまぁ…」

 

「おかえり」

 

 

 ラセツは1人暮らしだ。ただいまの返答が返ってくることはない。

 なんだ誰だと部屋に目を走らせると、紅い雲模様が入った黒い外套を見に纏ったうちはイタチがそこに居た。

 

 

「ごめん、おうち間違えちゃったみたい」

 

 

 上忍3人から叩き込まれた『イタチと鬼鮫には絶対に関わってはいけない』が頭の中を反芻し、扉を閉めようとするが、その手を優しく包まれ、止められる。

 

 

「待て、間違えていない」

 

 

 日が高い時に会った時の何処か冷たい低音とは違い、優しく心地の良い低音に扉を閉じることをやめてしまう。

 それだけだったらまだ良かったものの、淡く夕陽の色を写し込む黒曜石の瞳に、もう燻ってしまった筈の花は、止まることなく息を吹き返し始める。

 

 

(ーーほんっとやめてほしい)

 

 

 花の更生を自覚してしまえば、止まることはない。じわじわと色が鮮やかになる花は本当に厄介で恨めしい。 上忍3人にあれだけ叩き込まれた言葉も意味を成さなくなり、ラセツの口からは絞り出すように問いが出た。

 

 

「………暗部の人は…?」

 

「今、幻術を見てもらっている」

 

「うわぁ…」

 

「取り敢えず、中に入れ」

 

「あれ?ここラセツのおうちだよね?」

 

 

 イタチの異様な馴染みように、身を硬くしていた緊張感は霧散し、全身が脱力した。 ラセツは盛大な溜息をつきながらストンと座布団の上に腰を下ろした。

 

 

「…で、なんのよう?」

 

「ラセツ。お前に話があって来た」

 

 

 

 



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第二十五話『厄介払い』

「ラセツ。お前に話があって来た」

 

「だろうね。……なぁに?」

 

「あっさりと話を聞くんだな」

 

「……気分」

 

「そうか。ならラセツの気分が変わらないうちに本題に入ろう」

 

 

 ラセツは興味深げに紫紺の瞳を細め、頬杖をつく。対してイタチはラセツに向かい合うように腰を下ろし、背筋をを伸ばした。

 

 

「単刀直入に言わせてもらう。お前にはオレの所属する組織『暁』に入って欲しい」

 

「はい説明」

 

 

 うちはイタチはSランクに分類される大罪人だ。そんな犯罪者が所属する組織にいきなり加入しろだなんて説明なしにはとても頷けない。 もちろん、イタチもそのことを理解しており、頷いて口を開いた。

 

 『暁』とは高い戦闘能力を誇るS級犯罪者が集まった組織であり、禁術や各国の尾獣を収集し、尾獣を使って『暁』は戦争を請け負う組織として各国の戦争に介入して、世界の軍事バランスを握ることにより、世界征服をする。

 そして全ての尾獣を集めて、里を一瞬で滅ぼせるほど驚異的な尾獣兵器を作り、圧倒的な恐怖による支配の下、世界に安定と平和をもたらすという目的を持っていた。

 

 続けてイタチは、うちは一族についての話を始める。

 

 十六年前に起きた九尾の妖孤襲来の際、九尾を操る瞳力を待つうちは一族は疑いをかけられ、里はうちは一族を、里の片隅へ追いやり、暗部による厳重な監視をつけた。 一族の里への不満は一向に溜まり、遂にうちは一族はクーデターを計画した。

 

高い戦力を持つうちは一族が里に対してクーデターを起こし、内戦を始めれば木ノ葉隠れの里は大きく揺らぎ、弱る。そこを他国は見逃したりはしない。 そしていつしか戦争が始まり、第四次忍界対戦の引き金にもなりかねない事態となってしまう可能性がある。

 

 そこで上層部はうちはの瞳術に対抗する為、同じうちはであるイタチにうちは一族の抹殺という極秘任務を与えた。

 

 

「……そして、あの夜に繋がる」

 

 

 木ノ葉の平和の為、世界の平和の為に、うちはイタチは苦渋の選択の末に一族の歴史に幕を下ろし、うちは一族を抹殺した犯罪者としての汚名を背負って抜け忍となり、危険な組織である『暁』を監視するために潜入し、今に至るという。

 そしてこの事実は極秘扱いとなっており、これを知るのは木ノ葉上層部の三代目火影、ダンゾウ、御意見番のホムラとコハルの4人だけだという。

 

 

「…ーー待って、」

 

 

 話に区切りがついたところでラセツは待ったをかけ、ラセツはイタチから目を逸らすようにテーブルに頭を突っ伏した。

 

 うちは一族抹殺の夜。ラセツは現場にいて、イタチとも言葉を交わした。

 その夜、イタチがラセツに真実を口にしたわけではない。 しかしラセツはイタチが誰よりも平和を愛し、争いを嫌う男だという事を知っていた。

 故にうちは一族抹殺は、木ノ葉の平和の為に心を痛めて下した選択だった事は、後日三代目火影に呼び出され、うちは一族抹殺事件について、ラセツに有無言わせず口外を禁じられたことから確信を持って気付いていた。 

 

 気付いていたからこそ、うちはの話がイタチの口から出た時に覚悟をした。しかしうちはの真実は想像を絶する内容であり、ラセツは思わず身体を震わせ、唇を噛み締められる。

 イタチはテーブルに突っ伏すラセツの頭を子供をあやすように優しく撫でる。 暖かな温もりにつられるように、頭は次第に冷静を取り戻し、強張った身体と噛み締められた唇から力が抜ける。

 

 

「…ごめん、もう平気」

 

「そうか」

 

 

 ゆっくりと顔を上げたラセツは顎に手を当て、冷静になった頭でイタチに話された膨大な量の情報を整理し、ひとつ大きな息を吐いた。

 

 

「……イタチの立場も、『暁』が歪んだ平和を掲げる危険な組織だって事もわかった。……でも、世界征服の絶対条件にある尾獣って、なに?」

 

 

 『暁』についての説明を受けた際に何度かキーワードとして出てきた『尾獣』という知らない単語に、ラセツは首を傾げる。

 

 

「尾獣は数列順に増える尾と莫大なチャクラを持つ、全九体の魔獣だ」

 

 

 それぞれが莫大なチャクラの塊であり、あまりにも驚異的な存在だ。 故に、過去の大戦終了後に開かれた五影会談において、各国の力の均衡と平定を保つという理念のため、尾獣が各国に分配された出来事があるほど、尾獣とは国の力を左右する存在だという。

 

 

「『暁』が尾獣を狙っている事は、さっき言ったな」

 

「うん」

 

「……お前の英雄…うずまきナルトは尾獣・九尾の人柱力だ」

 

「ん?…ジンチューリキ??」

 

 

 またもやキーワードらしいが、聞いたことのない単語に首を捻る。

 

 

「知らなくても無理はない。人柱力に関しての情報についてこの里は極秘扱いだからな」

 

 

 そう言って、説明を始めるイタチにラセツは耳を傾けた。

 

 『人柱力』とは封印術によって、尾獣を体内に封じられた人間を指しており、体内の尾獣と共鳴することによって強力な力を引き出すことが出来るが、かなりの可能性で暴走の危険性をも孕んでいるという。

 つまり、尾獣・九尾の人柱力であるナルトは『暁』のターゲットだ。

 

 

「『暁』は強力な組織だ。ナルト君が『暁』に捕らえられてしまう可能性は十分にある。その時1番に動き、対処し、助けられるのは何処だ」

 

「……『暁』内部…」

 

「そうだ」

 

 

 『暁』潜入の必要性を理解し、ふむふむと何度も頷く。

 ラセツは腕を組み、黙り込んで今までの話を反芻させ、頭の中に刻みこんで、ふと、気づく。

 

 

「ねぇ、もし…」

 

 

 膨大な情報量を纏めるために、僅かに伏せらせていた顔をゆっくりと上げられ、窺うような紫紺の瞳と目があった。

 

 

「もし、『暁』潜入を拒否したら、どうなるの?」

 

 

 『暁』に入って欲しい、と頼み事をするように話を切り込んだものの、イタチの話した内容には里の最高機密も含まれており、全てラセツが『暁』に潜入する前提で話されている。

 

 

「ラセツに、選択肢なんて用意されてるの?」

 

 

 忍の世界で最も重要視されるのは情報。里の最高機密を知ってしまったラセツを里が放っておくはずがない。

 イタチは僅かに目を伏せ、唇を震わせた。 それだけでラセツは、続くと思っていた今までの日常が未来から消えた事を理解してしまい、息を呑んだ。

 

 

「……あるにはあるが、ラセツが望むような選択肢は存在しない」

 

 

 どうやらラセツの予想は大体当たってしまったらしい。 

 

 ラセツは元々この里の者ではない上に、強力な血継限界を有しており、木ノ葉隠れの暗部養成部門『根』の創設者でありリーダーでもあるタンゾウの目に留まり、『根』に引き入れようと考えるには十分すぎる要素を持っていた。 

 無垢で幼い子供を血生臭い裏の道に進めること疎んだ三代目がなんとか阻止したものの、ラセツはうちは一族抹殺の現場に居合わせてしまい、うちはの真実に勘づいているのも上層部は勿論把握していた。

 イタチの説明に拳を握りしめ、唇を噛み、細い声を絞り出す。

 

 

「…つまりラセツは上層部にとって厄介な存在だってことだね」

 

 

 イタチは何も答えない。 それは無言の肯定を示していた。

 生まれに血継限界そして、偶然にもうちはの真実に辿り着いてしまったラセツに、今度こそタンゾウは動いた。

 

 

「…だかオレは、オレと同じ夢を語ったお前に、名と感情を捨てた忍や、タンゾウの作る血継限界部隊を築くための礎にはなってほしくなかった」

 

 

 ダンゾウの行動を否定するイタチの言葉通り、うちは一族抹殺事件から数年が経過しているが、ラセツは『根』に配属されてはいないし、ダンゾウとの接触もない。それは何故か。

 その疑問の答えは、すぐ目の前の男が持っていた。

 

 

「だからオレはダンゾウを上層部を脅し、三代目にサスケとお前が一人前となって、ダンゾウに取り込まれないようになるまで護るよう嘆願し、三代目は受託してくれた」

 

「……ぁ、」

 

 

 ラセツは三代目火影が死ぬ間際言っていた約束を思い出す。

 約束の正体とはダンゾウが行動に移す前に、行動を予測して事前に手を打って日常を守ってくれた事なのだと理解した。 しかし、イタチはすぐに「だが…」と続ける。

 

 

「三代目が亡くなった今、お前を守るものは何もない」

 

 

 ぎゅ、と息が詰まり呼吸が止まった。

 今までラセツが平和に生きられたのは、イタチと三代目の間に交わされた約束のおかげだった。 しかし、三代目火影の死によってその約束は破棄され、ダンゾウがラセツに伸ばす手を止められる者はない。

 

 ここでラセツは気づく。

 もう、里の最高機密を知っている知っていない関係なく、ラセツの『今まで』は崩れて消える事が決まっていたのだ。

 

 

「ラセツ。お前に残されている選択肢は4つある」

 

 

 イタチは指を4本立て、ラセツに残された選択肢を示した。

 1つ目は自分の運命を呪って死ぬ事。2つ目はダンゾウによって回収され、血継限界を繁殖させる母胎となる事。 3つ目は今までの関係、名前、感情を全て捨てて『根』の忍として里の道具となる事。4つ目はイタチと共に『暁』へ侵入して情報を集め、木ノ葉に流し、ナルトが捕らえられた時の対策になる事。

 イタチが示した選択肢の中に、火影となったナルトの隣に立ち、平和の為に尽力するという選択肢は存在しなかった。

 

 

「お前がオレに語った夢が叶うことは、もうない」

 

「ーー…そっか」

 

 

 希望であり、生きる糧となっていた夢はもう潰えてしまった事を断言され、僅かに息を呑んでから泣きそうな声で自分の運命を受け入れ、縋るような瞳で強く握る拳を見つめた。

 

 

「……でも、ナルトを守れる選択肢、ひとつあるね」

 

「あぁ」

 

「……そして、最後にナルトを英雄にする道も」

 

 

 木ノ葉を裏切り、『暁』に身を置いて、世界に喧嘩を売り、大罪を犯し、大罪人の犯罪者に身を染めるラセツに出来ること。 それは世界を脅威に陥れる犯罪者としてナルトに殺され、自分の英雄から世界の英雄にすること。

 

 

「お前は、本当に」

 

 

 イタチの息を呑む音が聞こえて言葉が詰まって途切れて、ラセツは弾かれるように顔を上げて唖然とした。

 うちは一族抹殺事件の時や再会の時でさえ、感情を殺して無表情を突き通していたというのに、今のイタチは感情を押し殺そうと無表情を保とうと唇が震えていて、普段は静かな黒曜石の瞳に感情の波が走る。

 そして数秒後、胸が潰れてしまいそうなくらい。涙が溢れてしまいそうなくらい、儚く微笑みを零した。

 

 

「……本当に、オレとお揃いだな」

 

「あぁ、やっぱり一緒なんだ」

 

「残念なことにな」

 

 

 初めて言葉を交わした日からイタチとラセツを繋ぐ特別な関係。それは今回も重なり、イタチは少し眉を下げた。

 思わず口が開いてしまうほど柔らかく表情が変化するイタチだが、柔らかな時間はそう長くは続かず、すぐに普段を取り戻した。

 

 

「……ラセツの今後に対する返答だが…もちろん、今すぐにとは言わない」

 

 

 イタチは懐を探り、ラセツが普段使っているものとは違い、華美な装飾が施されている巻物を差し出した。 許可を取ってから中身をそっと覗くと、そこには逆口寄せの術式が刻まれていた。

 

 

「…これは……?」

 

「その巻物は来月の今日、深夜0時に上層部の方々が居る部屋に繋がる。そこでお前の答えを出せ」

 

「わかった」

 

「…ラセツ」

 

「なぁに?」

 

「…もし、お前がオレと共に行く選択を取るのなら。裏では木ノ葉の忍でも、表向きは里抜けをし、犯罪組織『暁』メンバーとなる…。そうなれば生死を問わず追われ続け、人々に蔑視されて生きてく事になる」

 

「うん」

 

「それだけじゃない。殺し合いが日常になる。場合によっては木ノ葉の忍に手を掛けることもある」

 

 

 他の選択肢と決定的に違うのは、場合によっては同胞に手を掛けることもあり得るという点だ。 

 

 

「わかってる。…守りたい存在を見失う事はしない。ラセツの新しい夢も諦めるつもりはない」

 

「そうか」

 

 

 どうせ自分は少し特別な力を持って産まれただけの凡人で小物で利己主義者だ。 そんな自分でもナルトを脅威から守れるというなら。ナルトを世界の英雄にする事ができるというなら。 ラセツはそれを願い、その為に戦い、その為に生きようと、白地のキャンパスに未来予想図を描いた。

 

 

「…オレと来る選択をしたならば上層部の方々に話した後、正門前に来い。迎えに行く。……オレからの話は以上だ」

 

「はい、質問あります!」

 

「なんだ」

 

「最初はさ、ラセツを『暁』潜入に選んだの、鬼鮫って人に推薦されたからだと思ってたんだけど…今の話を聞くに、イタチは最初からラセツを選ぶ気だったよね??」

 

「そうだな」

 

「そこでなんだけど…鬼鮫って人、木ノ葉側のイタチと協力関係あったりするの?」

 

「いいや、鬼鮫は正真正銘『暁』のメンバーだ」

 

「でもラセツ、あの人から勧誘されたよ??……あれは偶然?」

 

「いや…鬼鮫がラセツと戦えば、鬼鮫は必ずラセツを気にいると思っていた」

 

「思ってたって…まさか、全部仕込んでたりする?」

 

「あぁ、そのまさかだな」

 

 

 木ノ葉に訪れ、ラセツの出現率が高い甘味処にて以前と変わらない食べ方で団子を食し、思惑通りラセツと接触した。 その後ラセツの能力を鬼鮫に示す為に場所を移してワザと足止めされ、戦闘しなければならない状況を作り出してラセツを待った。

 またまた思惑通りに動いてくれたラセツの能力や《鬼族》と言う事をバラし、鬼鮫に少なからず興味を持たせた後に戦わせ、その戦いを邪魔されないようカカシ達を妨害した。

 

 

「うげぇ…」

 

 

 イタチの頭脳はとても優秀なことは、まだイタチが里に居た時から知っていた。 だが、人形遊びをする様に掌の上で色々な人間を意のままに踊らせるイタチに、ラセツは頬を引き攣らせて引いた。

 

 

「…そんなに回りくどいする必要あったの??」

 

「オレからの推薦だと疑われるかもしれないからな」

 

「……同じ木ノ葉出身者」

 

「そうだ。おそらく心配はないだろうが…念には念を入れて鬼鮫に推薦させた方がいいと思った」

 

 

 だからって人形遊びをする様に思考と行動を計算し、自分の思う通りに人を動かせるイタチに、ラセツは尊敬を通り越して再度引いた後、気を取り直すように咳払いをする。

 

 

「あと、最後に。…サスケについて話があるの」

 

 

 ピリ、と周囲の空気が軽く張り詰めるのを感じる。 ラセツは目を瞑り、ゆっくりと呼吸をして、脳に酸素と過去の記憶が巡るのを感じながら、サスケが大蛇丸につけられた呪印について話した。

 ラセツの話を一切遮ることなく聞き終えたイタチは、ゆっくりと息を吐き出して頭を抑えた。

 

 

「そうか…あのアザは大蛇丸の呪印だったか」

 

「…!!…サスケと会ったの?」

 

「まぁ、あの後少しな」

 

「そっか……ほんっとにごめんね…任されてたのに」

 

「いや、これは相手が悪すぎる。ラセツが居ても居なくても結果は変わらなかった」

 

「ぐぅ…すっごく複雑…悔しい…」

 

「仮にも伝説の三忍だからな。真っ向勝負をすればオレだって厳しい」

 

「真っ向勝負じゃなかったら?」

 

「不意打ちはオレの得意分野だから、オレが勝つな」

 

「イタチ強すぎ」

 

「そんなことないさ」

 

「知ってる?謙遜もやりすぎると暴言なんだよ?」

 

「それは悪かった」

 

 

 悪かった、と謝罪を口にしながらも全く詫びる様子のないイタチにラセツは笑いを零し、イタチも微笑を浮かべた。

 

 

「話戻すね。…サスケは、どうするの?」

 

「……仮にも伝説の三忍だ。大蛇丸はサスケの成長に利用できる。…もしもの時はオレがなんとかしよう」

 

「…大丈夫?」

 

「あぁ」

 

「そっか。…はい、これでラセツの話ももう終わり」

 

「なら、オレはもう行く」

 

「うん、またね」

 

「あぁ、またな」

 

 

 遠くない再会を約束してイタチはラセツの前から姿を消した。

 

 



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第二十六話『ーーぃー』

 

 鼓膜を直接叩くような音が鳴り、ラセツの意識は眠りから浮上した。

 目覚めてはだらしない仕草で伸びをし、まだ半覚醒な状態で見慣れた室内を見回して、ある一点に視線を奪われる。

 

 ラセツの視線の先にあるのは、なんの変哲もない、何処にでも売っている質素なカレンダーで、今日からあと片手の指で数えられるほど先の日付にひとつ小さく星の印がある。

 

 

「あれからもう、4週間か…」

 

 

 イタチの帰郷。そして『暁』への極秘潜入任務の話をされてからもう、約4週間が過ぎていた。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 この4週間、ラセツはサクラと共にサスケとカカシの見舞いに行ったり、『暁』に遭遇しても多少の対処は出来るよう、ガイや紅、アスマを中心とした上忍との修行の毎日を過ごしていた。

 そして今日、ナルトの帰還を聞いたラセツは、午前の分の修行を午後に回してもらい、ナルトを出迎えに行く。 里の正門から続く大通りを歩いていると、前方にナルトと自来也の姿が見え、駆け出した。

 

 

「ナルトおっかえりぃーー!!!自来也様も!」

 

「ただいまだってばよーー!!ラセツ!」

 

 

 助走をつけて勢いよくナルトに抱きつき、隣にいた自来也に髪をもみくちゃに撫でられた。

 

 

「ちょっと、自来也様!!」

 

「すまんのォ、つい!!」

 

 

 今日は日課である朝修行以外やっていないので、折角髪型が崩れていなかったというのに崩されてしまい、ラセツは頬を膨らませて地団駄を踏み、癇癪を起こした。 すると、乱れた藍色の髪に誰かが優しく触れた。

 

 

「あぁもう自来也。女の髪になんてことをしてるんだ」

 

「ぁ、…え?」

 

「直してやるから動くんじゃないよ」

 

 

 振り返ると、淡黄蘗の長髪を2つに結い、胸元の開いた女性らしい起伏に富んだ肢体がはっきりとわかる衣服を身につけた美しい女性がそこにいた。 女はぐしゃぐしゃになっているラセツの髪紐を解いて手櫛で整え、三つ編みを丁寧に編んでいく。

 

 

「…お前がラセツか」

 

「は、はい、ラセツです!はじめまして!」

 

「私は5代目火影に就任する綱手だ」

 

「私は綱手様の付き人、シズネです」

 

「ご、五代目火影様…!?」

 

「あぁ、これからよろしく頼むよ。……ほら、出来た」

 

「わぁ!ありがとうござます!!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

 手で確認すると、乱れがひとつない髪型に仕上がっていることが分かり、ラセツはご満悦だ。 するとナルトがヒョッコリと視界に入ってきた。

 

 

「あのさ、あのさ!綱手のばーちゃんってばスッゲーの!!これでサスケもカカシ先生もゲジマユも、みーんな大丈夫だってばよ!!」

 

 

 蒼穹を閉じ込めたような双眸がキラキラと輝き、自慢げに胸を張るナルトに、大輪の花を咲かせるような笑みを満面に浮かべ、ナルトにつられるように紫紺の瞳を輝かせた。

 

 

「綱手様すごい!連れて来てくれたナルトもすごい!」

 

「スッゲー事と言えば!!オレってばスッゲー術を会得したんだってばよ!」

 

「え、すごい!!どんなのどんなの!?」

 

「見せてやる!演習場行くってばよ!!」

 

「うん!!自来也様、綱手様、シズネさん!失礼します!!」

 

 

 ラセツはひとつ頭を下げた後、小走りでナルトの後を追いかける。

 

 

「全く…今帰って来たばかりだというのに元気だのォ…」

 

 

 綱手を里に連れ戻す為に、いつもとは比べ物にならないほどの困難をいくつも掻い潜った大人達はクタクタで、離れていく背中をゆったりと見送る。

 

 

「……聞いてた通りの子だね。ラセツは」

 

 

 ナルトが頻繁に話題に上げるので、ラセツの人間性はなんとなく知ってはいた。 そして直接会ってみてナルトが話していたラセツと実際のラセツは齟齬が無く、ナルトと同じでどこか惹かれる魅力を持った少女だと綱手は感じた。

 

 

「だろう。…きっとあの子はナルトと一緒で大物になる」

 

「奇遇だね、自来也。私もそう思う…木ノ葉の未来は安泰だ」

 

 

 綱手は未来の木ノ葉隠れの里を思い浮かべる。そこには英雄となり、皆に愛され望まれて火影となったナルトと、ナルトの右腕として隣に立つラセツの姿があった。

 綱手は視線を上げ、木ノ葉隠れの里の中枢である建物を見遣り、拳を堅く握った。

 

 

「だからこそ……自来也」

 

「わかっておる」

 

 

 自来也は『暁』がナルトに接触を図り、惜しくも逃してしまった後、木ノ葉から暗号化された文書で『暁』がラセツの能力を買い、勧誘をしたと知った。

 ナルトに態々分からないよう、丁寧に暗号化された文書で送ってきたのは『暁』がラセツを狙っていると知れば、ナルトは後先考えずに行動を起こすと判断したからだろう。 それほどナルトにとってラセツという存在は大きい。

 その後、五代目火影となる綱手とその付き人シズネにだけ情報を共有し、現在に至る。

 

 

「ナルトはもちろん、ラセツも『暁』なんかには絶対やらん」

 

 

 未来の火影と、その隣に立つ若葉を失わせたりなんかしない。 木ノ葉を導く忍達はそう心に誓った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「すごい…!」

 

 

 掌の上でチャクラが超高速で乱回転しつつも綺麗な球状に圧縮されており、絶大な威力が秘められているだろう《螺旋丸》に、ラセツは詠嘆を零した。

 

 

「へへっ!そうだろ!!」

 

「うん…!本当にすごい!!」

 

 

 普段扱う忍術と違って印を結ぶ必要がなく、勉強嫌いで印などを覚えるのが苦手なナルトには持ってこいの技なのだろうが、ここまでチャクラの形態変化を極限まで極めた技の習得難易度は相当なものだっただろう。

 

 自慢げに踏ん反り返るナルトに「でも」と、人差し指だけを立てた右手を突き出し、片目を閉じて悪戯っぽく微笑む。

 

 

「成長してるのはナルトだけじゃないよ」

 

「え?」

 

「見てて」

 

 

 目を閉じて額に意識を集中させ、次第に額は熱を持ち始め、まるで別の身体になったような感覚にゆっくりと瞼を開くと、蒼い瞳をまんまると見開き、指を指すナルトの姿が見えた。

 

 

「!!…それって」

 

「そう《鬼化》」

 

 

 《鬼化》は、扱う周囲のエネルギーと体内のエネルギーが莫大過ぎて、使える時間は良くて3秒な上に使用後に必ず戦闘不能になるという、今のラセツには手に余る能力だった筈だ。 しかし、今のラセツは《鬼化》しても平然としている。

 

 

「…ん?あれェ?……」

 

 

 ナルトは《鬼化》しているラセツに違和感を覚え、首を傾げる。 ナルトがラセツの《鬼化》を見たのは波の国で再不斬と戦った時の1度だけであり、一瞬だ。

 しかし、あの時の光景は今でもナルトの瞼に焼き付いており、ラセツの右額から突き出している純白に輝く1本の角に違和感を覚えた。

 

 

「あーー!!角が1本減ってる!」

 

「そう、正解!」

 

 

 見事正解したナルトに賞賛の言葉と拍手を送る。

 角1本の場合はもちろん角2本の時より肉体や身体能力の強化は半減するものの、能力が飛躍して上がっているのは間違いなく、何より、ラセツがしっかり扱えている。

 

 

「色んな人に修行に付き合ってもらってすっごく頑張ったんだから!!」

 

「スッゲー!!さすがラセツ!!」

 

「えへへ〜!」

 

 

 褒められて照れ臭げに頭の後ろに手をやり、頬を染め、眉尻を下げてふにゃりと笑う。

 その後、ナルトは4週間の旅を擬音だらけで説明し、ラセツは有名な英雄譚を聞くように瞳を輝かせて、最後まで耳を傾けた。

 ナルトは満足げに話し終えると、思い出したようにポンと手を叩いた。

 

 

「あ!!そうだ!!忘れてたってばよ!!」

 

「え?」

 

「綱手のばーちゃんにサスケとカカシ先生を診てもらわねーと!!」

 

「あ、なら…」

 

 

 ラセツの方が多分速いよ、というより早く、ナルトは手を振りながら、ラセツにサスケの様子を一足先に見といてくれと頼み、綱手がいるだろう里の中枢である建物に向かって走っていってしまった。

 

 残されたラセツは、まぁいっか、と段々小さくなっていく背中を見送り、病院へ向かった。 面会の許可を取ってサスケの病室に訪れると、白一色の病室を彩る桜色の短髪が目に入った。

 

 

「あ、サクラ。来てたんだ」

 

「…うん。……サスケ君、まだ目覚めないの」

 

 

 俯き、両膝の上で拳を握るサクラの肩に手を乗せる。するとサクラは顔を上げ、薄く頬を染めて微笑んでいるラセツに若葉色の瞳を見開いた。

 

 

「ナルトがすっごい人連れて来てくれたの」

 

「ガイ先生が言ってた…あの人?」

 

「そうそう、だから大丈夫。サスケは目覚めるよ」

 

「…うん!」

 

 

 サクラは安堵と歓喜から瞳の端に溜まる涙を堪えながら笑い、ラセツも微笑みを返した。

 

 

「入るよ」

 

 

 時計の針が動く音だけが響く静寂な病室に、扉を開ける音を混ぜながら、思わず見惚れてしまうほど、見るものの背筋を自然と正させるような凛然とした雰囲気を持つ美しい女性が入室する。

 

 

「綱手様!」

 

「おぉ、ラセツ。さっきぶりだね」

 

 

 パッと紫紺の瞳を輝かせて喜色を露わにするラセツに、綱手は軽く手をあげて返事をする。その後ろからひょっこりと金髪が覗き、ナルトがニットした笑みとピースサインをラセツに向ける。

 ラセツもピースサインを返し、ナルトは満足げに頷いた後「サクラちゃん、サクラちゃん!!」と、飛び跳ねるようにサクラに駆け寄った。

 

 

「もう大丈夫だってばよ!すげー人連れてきたからよ!!」

 

「ナルト…うん…!」

 

 

 そう、胸を張るナルトにサクラは綻ぶように笑い、腰を掛けていた椅子から立ち上がって、綱手に深々と頭を下げる。

 

 

「…ガイ先生からお話は聞いてます。サスケ君を助けてあげてください」

 

「お願いします」

 

 

 願うように、縋るように頭を下げるサクラに並び、ラセツも一緒に頭を下げる。 そんな2人に綱手は髪型が崩れないように配慮しながらもくしゃりと撫でた。

 

 

「あぁ!任せときな!」

 

 

 成功を疑わせないような力を持つ綱手の言葉に、2人は顔を上げた。  

 綱手はサスケを見て、集中していると肌で感じるほどの集中力を身体に宿し、淡い色のチャクラを纏った手をサスケの額に当てる。

 

 

「……っ、」

 

 

 今まで死んだように眠っていたサスケの瞼が動き、懐かしい漆黒の瞳が覗いた。

 

 

「サスケくん…!」

 

 

 大切な第七班のメンバーであるサスケの目覚めに3人が歓喜の声を上げる。綱手とシズネは安堵したように肩の力を抜き、ナルトとラセツは嬉しそうハイタッチをし、サクラは涙を流してサスケに抱きついた。

 

 和やかな光景を目の前に、ふと気づく。 自分はこの班に亀裂を入れる存在であり、ここにいる全員の敵となる存在だという事を。 それを今更自覚して自分の中に落とし込み、とても居た堪れない気持ちになる。

 

 

「よっしゃ、ばーちゃん!次!」

 

「ナルト!!分かってるから、慌てるな」

 

「ラセツ!行くぞ!!」

 

 

 ああ、どうしよう。と頭の中が支配される。

 今はどうしてもナルトのそばに居たくなかった。こんな感覚は初めてでラセツは酷く混乱する。 逃げるように視線を巡らすと、昼を越えそうな時計が目に入り、今日はナルトを出迎える為に午前の修行を午後に回してもらった事を思い出す。

 ラセツは唇が震えそうになるのを懸命に堪えながら、初めて嫌な嘘をついた。

 

 

「…同行したいんだけど、ラセツこれから修行なの」

 

「そっか…なら、あとはオレに任せるってばよ!!ちゃーんとばーちゃんを案内するからさ!!」

 

「うん!お願いします!」

 

「おう!」

 

「綱手様、カカシ先生とリーさんの事、お願いします!」

 

「あぁ、任せな」

 

 

 ひとつ礼をした後、ラセツはその場から早足で逃げ出した。 午後の修行は思考が出来なくなるほど没頭した。

 

 

「…今日はここまでだ」

 

 

 思考を掻き消すような荒々しさは当然ながら悪目立ちし、今日これ以上修行をやっても意味はないと言い渡されてしまい、修行は終わってしまった。 予期せず暇な時間が出来てしまったラセツは、特に目的も無く里の中を歩き回る。

 木ノ葉崩しの被害以外は見慣れた風景で、唯一違ったと言えば、病院の屋上に設置されてある給水タンクが内側から破られるように破壊されていたことくらいだろうか。 しかし、ラセツは気に留めなかった。それほど頭の中を空っぽにして歩いていたーーーそんな時。

 

 

「どうした。浮かない顔だのォ」

 

 

 ふと、声を掛けられ、声のした方向に視線を向ければ、色の抜け落ちたような白い長髪を適当にひとつで纏められており、額には『油』と書かれた額当てを付けて、背には大きな巻物を背負う大柄の男が壁に寄りかかり、片目を瞑ってラセツを見つめていた。

 

 

「……自来也様…」

 

「お前さんが何に悩んでるかは知らん。だが、『暁』には絶対行くなよ」

 

「……知ってたんだね」

 

「ワシの情報網を甘く見るなよ。…ラセツ、1つ言っておくことがある」

 

「なぁに?」

 

「もし、お前さんが『暁』に行けば……ワシはお前を殺すからな」

 

 

 自来也がラセツを見下ろす瞳は熱くて鋭い。しかし、竦み上がることはなかった。 

 確かにラセツは『暁』となる事を選択したが、心まで染まる事はない。木ノ葉の為、ナルトの為、そして何より自分の新たな目標の為に『暁』へ加入する。

 だから『裏切り』を前提として話す自来也に、ラセツは静かに紫紺の瞳を向ける。

 

 

「…自来也様。ラセツは、どんな時でもナルトを裏切らないよ。危なっかしいナルトが安心して生きれるように、ラセツがいるんだから」

 

 

 生きる意味を告げるラセツの紫紺の瞳は何処までも静かで、偽りがないことは自来也ほどの忍となれば明瞭であり、表情を緩めて藍色の髪の毛を撫でた。

 

 

「……ま、ナルト至上主義と名高いラセツのことだ。あまり心配はしてなかったが…悪かったのォ」

 

 

 ラセツは軽く首を横に振った後、悪戯っぽく片目を閉じて、人差し指だけを立てた右手を突き出した。

 

 

「あとねラセツ、殺して欲しい人は決まってるから。自来也様は…却下ね?」

 

「贅沢言うのォ!!」

 

 

 殺してもらう人を選ぶなんて強欲なことを言うラセツに、自来也はカラカラと笑い飛ばし、ラセツは自来也に別れを告げて帰路につく。 

 道すがらにリーの足が危険な手術でしか治らない事と、綱手がその手術の成功確率を1%でもあげようと医療書を1文字1文字舐めるように読んでいる事を知った。

 

 三代目の『火の意思』が継がれている木ノ葉はとても眩しく美しい。ラセツは眩しさから目を逸らして暗くなり始めた方の空に視線を移して、イタチに指定された日が着々と近づいていることを実感していると、ふと、視線が奪われた。

 

 

「………」

 

 

 奪われた視線の先にあったのは真っ赤な輝きを放つ、柘榴石の耳飾りだ。 暫く柘榴石を見つめた後、ラセツは財布の中身を確認し、その柘榴石の耳飾りを手に持って会計に向かっていた。

 

 家に帰って、姿見の前に立ち、冷やしもせずに針で耳たぶを突き刺す。滴る鮮血と同じ色を輝かせる宝石を身につけて、そんな自分に鏡越しに手のひらを当てる。

 

 

「………本当に馬鹿だな」

 

 

 自嘲する様に嗤い、パキン、という硬質音が鳴って姿見は砕け散って、誰の姿も映さない、ただの銀色の欠片となる。 

 

 

「ーーぃー欲しい、なんて」

 

 

 何処までもチグハグで矛盾だらけの自分は、本当に醜くて酷く滑稽だった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 気分転換として風に当たろうと外に出る。 もうすっかり日の暮れた木ノ葉の里で静かな場所を探していると、自然と正門の前にある通りに来ていた。 この時間は里を出入りする者も居ない為、髪が風に揺れる音すらも大きく感じる。

 風に前髪をくすぐられながら木の幹に登り、隙間から見える満月を楽しんでいるとサスケとサクラの声が聞こえて気配を殺しながら近づく。

 ラセツが着いた頃にはもう2人の会話は終わっており、気絶しているサクラをベンチにそっと寝かせて、サスケは迷わず里外へ出たところでラセツは満月を見やった。

 

 

「良い月夜に兄弟揃って里抜けかぁ……」

 

 

 数年前を思い出す。暫く思い出に耽り、ラセツは里からゆっくり満月を眺めるのは最後になるであろう見事な夜を静かに楽しんだ。

 

 次第に夜は溶けるように明けて太陽が覗く。

 見上げると、愛する蒼く広い蒼穹が世界を侵食していくように広がっていっており、時折浮かぶ白い雲が光を反射して空を彩っていた。

 

 

「クッソーーーッ!ラセツの奴、どこに居るんだってばよ!!」 

 

「おい、お前の鼻でラセツとやらを見つけられんのか」

 

「チッ!!普段散歩しまくってるからか、あちこちにあって見つけずれェんだよ…!!」

 

「家にも広場にも甘味処の開店待ちぶせにも居ねぇ……アイツ本当、どこ行きやがった…」

 

「ラセツのことだから散歩してた途中で寝てるとかありえるよね」

 

 

 聞き慣れた声の会話に視線を落とすと、そこにはナルト、キバ、シカマル、チョウジの同期組と一期上の日向ネジがいた。

 

 

「シカマル…中忍になったんだ…」

 

 

 1人だけ中忍のベストを着用しているシカマルを筆頭とした下忍編成のメンバーだ。聞こえてくる話によれば、里抜けしたサスケを連れ戻す任務のようだ。 

 

 

「クソ…アイツが居ると居ないじゃ難易度の桁が違う…なんとかして見つけてぇが…」

 

 

 ラセツの《空間転移》はラセツよりチャクラ量が少なければ誰でも転移ができる。 サスケを見つけてラセツが《空間転移》をするだけでこの任務は完了となるのだ。 その上、交戦になったとしてもラセツは戦闘員としても優秀であり、サスケ奪還作戦にラセツほど適材な忍はこの里には存在しない。

 

 それを全て理解しておきながらラセツは木の幹から降りることはなく、見守るのみだった。 それは、イタチがサスケの成長の為に大蛇丸を利用すると言っていた為だ。

 正直里抜けまでするとは思っていなかったが、1番の成長方法は大蛇丸のところへ行く事だろう。それに、サスケの事はイタチが引き受けた。変に動かない方がいいだろうと判断した。

 

 仲間探しの制限時間が来て、5人はラセツを見つける事なく里から出た。

 暫くして木の幹から降りて帰路に着こうと歩き出すと、里の正門の方からサクラが駆け寄ってきた。

 

 

「サクラ、おはよう」

 

「ちょっと、おはようじゃないわよ!!何処行ってたの!?みんな探してたわよ!?」

 

「ごめん、ちょっと散歩してて」

 

「今、散歩どころじゃないのよ!!サスケくんが…!!」

 

 

 ラセツの両肩を掴み、項垂れてボロボロと大粒の涙を溢しながらサスケが里を抜けた事と、ナルト達がサスケを連れ戻しに出た事を話す。

 知ってる、なんて言えるはずもなく、ただ静かにサクラの話を聞くことしかできなかった。 次第にサクラの涙は止まり、顔を上げるとある1点に若葉色の瞳が釘付けになる。

 

 

「あら?ラセツ、こんな耳飾りつけてたっけ?」

 

「ううん。昨日買ったの」

 

「へぇ……綺麗ね、なんていう石なの?」

 

 

 まだ痛む耳たぶに手を当て、太陽の光を反射させるように弄り、サクラに紫紺の瞳を向けた。

 

 

「柘榴石って言うの」

 

 

 

 



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第二十七話『鬼は外』

 サスケ奪還作戦は結論から言うと失敗に終わった。 サスケ奪還にも赴いた忍は生死を彷徨う重傷者が多く、ナルトは命に別状はないものの、決して軽症とは言えない傷を全身に負って帰ってきた。

 ラセツはまだ目を覚さないナルトの傍に座り、ナルトの生を確かめるように手を握っていた。 

 

 

「……ぅ、」

 

「……!!…おはよう。ナルト」

 

「ラセツ…?」

 

「……看護師さん呼ぶね」

 

 

 意識や記憶に齟齬がないか簡単な確認をしてもらい、問題ないと判断されたが、ナルトは唇を噛み締めて俯き、布団を強く握っていた。 やがて噛み締められた唇から出てきたのは、絞るように弱々しく掠れた声だった。

 

 

「なぁ、ラセツ…」

 

「うん」

 

「サスケ、行っちまったんだ…連れ戻せなかったってばよ」

 

「うん」

 

「オレってば、サクラちゃんとの約束、守れなかった…」

 

 

 サスケ奪還メンバーとサクラが出発時に言葉を交わしていたのは知っていた。 おそらくその時に「サスケは必ず連れ戻す」などの約束を交わしたのだろう。

 

 

「サスケ…ッ」

 

 

 木ノ葉の印に傷のついた額当てはサスケのものだ。ナルトは悲痛に顔を歪め、サスケの額当てを強く握りしめた。

 

 

「なんだ。起きてたのかよ」

 

「シカマル!」

 

「…ラセツも来てたんだな。てか、情報速すぎだろ。オレより早いって…」

 

「ラセツだからね」

 

「それで納得出来るオレも末期だな…」

 

 

 額を抑えながらもシカマルは気を取り直し、サスケ奪還に向かったメンバーは重傷者は居るものの、全員無事峠を越え、後遺症も残らない事を伝えた。

 

 

「そっか、みんな無事だったんだな…よかった」

 

「ナルト…サスケは」

 

「すまねぇ、止めらんなかった」

 

「そうか」

 

 

 シカマルは腕を組んだままナルトから視線を地面に移し、静かに事実を受け止めた。 その時、病室の扉が開く音がして、高いヒール音と聞き慣れたサンダル音が入室した。

 

 

「…なんだ、ラセツ。もう居たのか」

 

「流石ね、ラセツ」

 

「綱手様!サクラ!」

 

 

 入室したサクラの姿を見た瞬間、ナルトの蒼い双眸が大きく揺れ、唇をかみしめて俯いた。 綱手が傷の様子を確認する為に質問するが、ナルトは綱手の質問には答えずにサクラに向かって絞り出すように声を発した。

 

 

「ごめん…サクラちゃん」

 

「なんで、アンタが謝るのよ。アンタのことだからまた無茶したんでしょ。全く…ミイラ男みたいじゃない」

 

 

 落ち込むナルトを元気付けるようにサクラは笑うが、その笑顔に力は無く、無理矢理貼り付けているものだという事は誰の目にも明白だった。 

 

 

「ごめん…オレってば」

 

「ほら。そんなことより、今日はいい天気なんだから…外の景色でも眺めてなさい」

 

 

 ゆったりとした足取りで窓際まで歩き、カーテンを開いてのしかかる様な空気に包まれる病室にあまりにも場違いな、明るく美しい太陽の光を取り入れる。

 

 

「サクラちゃん!オレ…、約束は絶対守るってばよ!一生の約束だって言ったからな!オレってば!」

 

「いいのよナルト…もう、」

 

「いつも、言ってたからな、オレ…真っ直ぐ自分の言葉は曲げねぇ!それがオレの忍道だからよ!」

 

 

 誰もがサスケの事は諦めていた。しかしナルトは何ひとつ諦めてはいなかった。ナルトは強い覚悟が滲んでいる笑みを向ける。

 ナルトの覚悟はこの場にいる全員の感情を揺らし、諦めたものを再度掴もうという覚悟をみせた。 そんな皆を見てラセツは強く思う。

 

ーーーこの英雄を最後まで守らなければ。と。

 

 ラセツは今まで1度もナルトが英雄であるという事を疑ったことはない。そしてナルトがこれから木ノ葉の壁を超えて世界の英雄になる事も疑ってはいない。

 だが、まだナルトの持つ英雄の火は小さく乏しい。少し強い風が吹けばすぐに消えてしまう程に弱い。ならばどうするか。答えは簡単だ。護ればいい。

 蝋燭のような英雄の火が脅威に吹き消されそうになれば、その脅威から護ればいい。英雄の火が嵐にも負けない轟々と燃える炎になるまで。

 

 

「それなら…ラセツは、ナルトが安心して無茶出来るように頑張ろうかな」

 

 

 例えそれがナルトや仲間と敵対することになったとしても、大罪を犯し犯罪者として軽蔑されても、この命が燃え尽きたとしても。

 これからナルトの脅威になるであろう『暁』に加入することは選択していたことだが、何処かで覚悟ができていなかった。しかし、今やっと覚悟が決まった。

 

 

「……それ、すげぇ大変だぞ」

 

「うん、超大変!頑張らなくっちゃね」

 

「なら…ラセツ。お前には明日からバリバリ働いてもらうよ!甘味処へ行く時間もないと思いな!」

 

「そりゃないですよ綱手様ぁ…」

 

 

 ラセツは眉を下げて肩を落とした、その時。ナルトが今日1番声を張ってラセツの名前を呼び、ニカリと笑みを向けた。

 

 

「……ありがとな!」

 

「うん!」

 

 

 じわりと暖かいものが胸に広がる感覚がした。 笑い合う2人の光景を見てサクラは扉の前まで歩き、足を止めて半分だけ振り返る。

 

 

「……私も置いていかれないからね」

 

「サクラ?」

 

「少し待たせることになっちゃうけど、今度は私も!」

 

 

 サクラの声には力強さが宿っており、先程までサスケの事を諦めていたサクラとはまるで別人だった。

 

 病院を出た後、ラセツは木ノ葉の忍として最後の半日を楽しんだ後、家に戻ってイタチが渡した巻物を開き、巻物が上層部がいる部屋に繋がるまで待つ。

 ゆったりと時間は過ぎ、時計の短い針と長い針が空を指した瞬間、巻物に刻まれている術式が僅かに輝く。ラセツは術式の中心部分にチャクラを流し、術式を発動させた。

 

 

「来たな」

 

 

 景色は一変し、見慣れた部屋はもう何処にもなく、代わりに3人の老人が目の前に座っていた。

 

 

「返答を聞こう」

 

 

 無駄話をする気はないようで、頭と片目を隠すように包帯を巻いている老人は早速本題へ入る。 ラセツとしても無駄話をしないのは好都合だ。正しく膝を折り、頭を垂れ、口を開いた。

 

 

「『暁』に潜入し、監視及び『暁』が九尾捕獲をした際の対策として務めたいと思います」

 

「……では、これより木ノ葉はお前を抜け忍とし、追跡及び捜索をする。『暁』加入を確認した後、S級犯罪者としてビンゴブックを更新し、生死を問わず捜索する」

 

 

 いきなりS級に登録されるという発言にラセツは顔を上げた。確かに『暁』はS級犯罪者ばかりが所属する組織であり、危険と認知するべきだが、所属するだけでS級なのか。 そう思考がぐるぐると回るが上層部は肯定以外許しはせず、ラセツに向ける眼光が更に鋭くなる。

 

 

「分かったか」

 

「は、はい!」

 

「行け」

 

「失礼します」

 

 

 結局『暁』に所属すれば汚れ仕事が増え、罪を積み重ねていく。ラセツがS級犯罪者となるのも時間の問題であり、S級犯罪者となるのが早いか遅いかの2択だ。

 ならば問題はないだろうと、特に質問をすることなく上層部の部屋から退出する。

 

 

「ーー?」

 

 

 突如、脳内を走る偏頭痛のような痛みに疑念を持つ。しかし、この程度の頭痛を特に気にする事はせず、そのまま正門へ向かい、里の外へ足を踏み出した。

 

 

「おや、来ましたね」

 

「えっと…鬼鮫さん、だっけ?」

 

「えぇ、合っていますよ」

 

「久しぶりだな。ラセツ」

 

「うん、久しぶり」

 

 

 落ち着いた様子で短く挨拶を交わし、里に背を向けて歩き始めるイタチと鬼鮫にラセツはひとつ言葉を投げた。

 

 

「鬼鮫もイタチも…里を出る動機を聞かないんだね」

 

「里に未練がない。それで十分です。それ以上は聞く意味も必要もありませんから」

 

「鬼鮫のそういう所結構好きかも」

 

「暁のメンバーで動機を気にする人はいませんよ」

 

「そっか、なら『暁』結構好きになれそう」

 

「それは良かった。……そろそろきましたね」

 

 

 鬼鮫が鮫肌を掴み、飛んできたクナイを弾く。 クナイが飛んできた方に目を向ければ、動物の顔を象った仮面をした忍が複数目視できた。

 

 

「……暗部??」

 

「お前はずっと暗部をつけられていたからな。鬼鮫が堂々と勧誘したせいで」

 

「いいじゃないですか。仕上げにもなります」

 

 

 皮肉を隠そうとせずに視線を向けるイタチに鬼鮫はクツクツと喉で笑い、『仕上げ』の意味が理解出来ておらず、首を傾げるラセツに視線を向ける。

 

 

「私達は貴方に里を抜けて『暁』に加入する理由は聞かない。ですが、里との繋がりは完全に切っていただきます」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 鬼鮫やイタチが所属している『暁』は額当ての傷通り、叛逆の組織だ。里を否定し、味方としての繋がりを完全に断つ。 今回その為の『仕上げ』に選ばれたのがこの暗部達だということだ。

 

 そして、上層部達が何故いきなりS級に跳ね上げた理由も分かってしまった。

 鬼鮫が堂々と勧誘した事もあり、ラセツには多くの暗部が付いている。事情があるとはいえ、ここでラセツから暗部を外せば鬼鮫に疑われてしまう。故にできてしまったのは今の状況だ。

 暗部達は里抜け及び敵対を許さない。ラセツは選択を戻すわけにはいかない。主張を通すには相手を倒して主張を殺さなければならない。その上、ラセツは世界的に危険な組織『暁』に所属し、ラセツ自身強力な血継限界を有する。危険視されないわけがなかった。

 鬼鮫の言葉と、上層部の意図を理解したラセツは、僅かに頬を引き攣らせる。

 

 

「えげつないねぇ…」

 

「怖気つきましたか?」

 

「…まぁ、少し。人殺しとかした事ないし」

 

「おや、意外ですね」

 

「なんでよ」

 

「貴方ほど戦闘と殺戮に特化したした能力は知りませんから」

 

「……やなこと言うなぁ」

 

「何言ってるんですか。褒めてるんですよ。この上なく」

 

 

 『暁』は危険な任務を多く背負う。だから、危険な任務をこなせる優秀な忍を集めている。 

 ラセツはまだ戦闘能力が高いとは言えない。しかし、ラセツの能力は死と闘いの神から寵愛を受けたと言っても過言ではない程のものだ。 磨けば誰にも到達出来ない領域に立つことだろう。

 

 

「ラセツ」

 

 

 イタチが短く名前を呼び、ラセツは振り返る。 イタチの双眸は柘榴石のような紅い輝きを宿し、流れるような動作で音ひとつ立てることなくクナイを投げた。

 直後、鈍い肉の音が鳴り、重々しく何かが地面に落ちる。 目を凝らしてみれば、首筋にクナイを刺されて絶命している肉塊がそこにあった。

 

 

「…これからはこれが日常になる。早く慣れておけ」

 

 

 里を出た。選択をした。護ると決めた。道を決めた。

 もう後戻りは許されない。これがラセツの決めた道だ。

 

 

「うん」

 

 

 短い返事に迷いはなかった。

 紫紺の瞳を僅かに細め、隙を窺って息を潜める暗部達にホルスターからクナイを引き抜いて構えるラセツに鬼鮫は満足そうに喉を鳴らす。

 

 

「ーー…先に謝っとく。ごめんね」

 

 

 空気に溶けるような小さな呟きの後、『暁』の2人以外はラセツの姿が消えたと錯覚した。

 暗部達は慌てて羅刹の姿を探し、肉が裂かれて骨が砕ける音、遅れて血液が飛び出す音が静寂な空間を支配した。素早く視線を向けて、絶句した。

 

 ラセツの額には純白に輝く一本の角が生えており、これが《鬼化》であると暗部達は理解する。これだけならまだ一瞬であれど思考を放棄することはなかった。

 ラセツが掴んでいたものは、腕だけとなった同胞であり、その足元には股から脳天まで真っ二つに裂かれている肉塊が地面に落ちていた。

 

 

「ーーー」

 

 

 一瞬で起こった情報量の多さに刹那であれど思考が停止した暗部達にラセツは慈悲を与えない。

 《鬼化》に慣れたおかげか、五感冴え渡っており、ひとりひとりの場所が自然と把握出来る。 故にラセツは迷いなく足を進め、刹那の時間だが戦闘中に思考を止めた暗部達を愚かだと罰するように、《空間転移》の境界に挟み、無数の斬撃を踊らせ、惜しみなく剛力を振るって命を奪う。

 せめて確実に相手が死を認識しないうちに命を殺せるようにと心がけながら。

 

 額から純白に輝く一本の角を生やし、舞うように戦場を駆けて命脈を確実に断ち、返り血に塗れながら死を量産させる少女にある者がつぶやいた。

 

 

「…鬼だ」

 

 

 

 凶器で首筋を抉り、腹部を掻っ捌き、内臓を引き摺り出して、頭を砕いて、四肢や首を胴体から捥いで引き裂いて引きちぎって。愛らしい顔を血に染め、狂ったように殺戮を繰り返し、人の死を生み出す姿はまさに『殺人鬼』だ。

 

 

「ーーーぁ」

 

 

 命を奪え、骨を断て、肉を裂け、血を浴びろと、鬼の本能がラセツの心をくすぐるように侵食し、理性を叩き始める。 頭角を現し始めた鬼の本能に『羅刹』は逆らわず、破壊と殺戮を繰り返す。

 紫紺の瞳は爛々と戦意と殺意に輝いているはずなのに、ドス黒い影が落ちる瞳に、いつの間にやら最後の1人となった暗部の男は恐怖を覚えーー、

 

 

「ーーぁ、あああぁぁああぁぁぁああぁぁあ!!」

 

 

 泣き叫ぶように発狂した。

 咽せ返るような血臭が包み込む空間にみっともなく背を向け、男は里に向かって一目散に逃げ出す。

 男は優秀な忍だった。暗部になって長く、敵味方の死には慣れているはずだった。里の為ならば自分の命を惜しいと思った事も無かった。それでも目の前の『殺人鬼』は恐怖だった。それほど『羅刹』は異質な存在だった。

 

 

「…追う?」

 

「いえ、結構ですよ」

 

 

 男を追うと折角出た木ノ葉に戻ることになってしまう。その面倒を避けるためにも鬼鮫は首を振り、「そんなことより」と言葉を続け、手を叩いた。

 

 

「本当にお見事でした。ようこそこちら側へ」

 

「歓迎しよう。ラセツ」

 

「…ありがと」

 

「もう少し嬉しそうにしたらどうですか?」

 

「……気持ち悪いの。感覚が消えない」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 肉を裂き、骨を断ち、血を浴びて命を奪うと言う行為は、ラセツの中で最大の不快感を感じさせた。その不快感は何度も何度も身体の感覚を反芻し、何度も何度も覚えさせられるように塗り込まれていく。

 まるで、人間から別の存在へ生まれ変わらせるように。

 

 

「大丈夫ですよ。人の命を断つことに慣れて、蟻を潰すように思える日が嫌でもきます」

 

「嫌な慣れだねぇ」

 

「そうですね。なんとも不快な慣れです」

 

 

 ✳︎✳︎✳︎

 

 

「来たな…お前がラセツか」

 

 

 鬼鮫とイタチの後を歩き、たどり着いた場所は『暁』のアジトであり、待っていたのはペインという『暁』のリーダーと、小南と言う女性だった。

 

 

「『暁』の目指すものは忍の世の真の平和だ。忍五大国に代わり、暁が世界を支配する。そのために里も経歴も問わず、優秀な忍を集めている。お前は鬼鮫とイタチが推薦した優秀な忍だ。……木ノ葉のラセツ。お前を『暁』は歓迎する。…今より木ノ葉を否定しろ」

 

 

 ペインの言葉に従い、額当てを外して地面に置く。

 木の葉の印にクナイを突き立て、横に流していき、イルカに手渡してもらった額当てには反逆の印が刻まれた。

 ラセツが木ノ葉に反逆を意味する傷を入れたのを見届けると、ペインはラセツに指輪を手渡した。

 

 

「これよりお前は『暁』のラセツだ」

 

「……指輪?」

 

「『暁』の正式メンバーの証だ…とはいえ、本物の指輪はまだ大蛇丸が持っている」

 

 

 この指輪は『暁の』収集や連絡などが出来るらしい。だが、尾獣を封印する為の封印術には対応していないという。

 

 

「その指輪は仮として作ったにすぎない。お前の実力が伴ったら指輪を取りに行け」

 

「えー…ラセツがいくの??」

 

「実力テストのようなものだ。文句を言うな」

 

「はーい…」

 

 

 伝説の三忍と謳われる大蛇丸のアジトへ潜り込み、『空』の指輪を探し出して無事に戻ってくる事が出来るくらい実力は最低限つけなければならないと言う事だ。 わかってはいたし覚悟もできてはいたが、なんという化け物集団に来てしまったんだと思わず肩を落とした。

 

 

「イタチ、鬼鮫」

 

「はい」

 

「なんでしょう?」

 

「ラセツの能力が優秀とはいえ、まだ実力は成長途中なんだろう。……推薦したお前達が面倒を見て、尾獣狩りまでには十分な実力をつけさせておけ」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「それではラセツ。『暁』のメンバーとして顔合わせを済ませる」

 

 

 指輪に集中すると、2つの術式が認識できる。片方が通信で片方が集合用だ。

 頭の悪いラセツでも理解できるようにイタチが優秀な頭を使って説明をし、補助してもらいながら術を発動した。

 『暁』のメンバーと顔合わせを無事済ませ、ラセツは『暁』に加入を認めてもらった。

 

 

 

 誰もが否定してきた『うずまきナルト』を英雄として世界に認めさせてやるのだ。自らの死を代償として。

 そんな自分勝手で美しい覚悟を胸に『暁』も『木ノ葉』も欺くラセツの姿はあまりにもチグハグで滑稽。

 何処までも中途半端な道化師のラセツを嘲笑うかのように、柘榴石の耳飾りが輝いていた。

 

 

 



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第二章幕間『叫びと誓い』

 ナルトはS級犯罪者の集団であり、尾獣を狙う『暁』に対抗する為、そして、里を抜け、大蛇丸のところへ足を運んだサスケを連れ戻す力をつける為、傷が完治し退院でき次第、自来也と旅にでることを決め、眠りについた。

 

 

「ナルト、ナルト!!!」

 

 

 聞き慣れた鈴を転がすような声音が焦ったように呼ぶ声が聞こえ、ナルトは飛び起きる。 病室に入ってきたのは息を切らし、若葉色の瞳からボロボロと涙をこぼすサクラだった。

 酷く焦っているのは声でもわかったが、サクラの様子でただ事ではないことは頭の悪いナルトであっても察することができた。

 

 

「ど、どうしたんだってばよ…そんな焦って…」

 

「ラセツが…ッ」

 

 

 サクラの口から出た名前にナルトはピクリと反応を示す。

 何かを言おうとして、サクラは地面に崩れ落ちた。嗚咽を漏らし、滂沱の涙を流してただ泣いていた。 

 言葉を紡ぐことが出来ないサクラに代わり、開けっ放しだった病室の扉にいつの間にか寄りかかっていたシカマルが、視線を逸らしながら簡潔に言葉を述べた。

 

 

「ラセツが…里抜けした」

 

「は…?ラセツが、里抜け…!?」

 

「落ち着け」

 

「どう言うことだってばよ…シカマル……その冗談は笑えねぇってばよ!!」

 

「…冗談?」

 

 

 感情のままに吼えるナルトに、シカマルは地を這うような低音と、鋭い眼光をナルトに叩きつけた。

 

 

「オレがこんな冗談言うと、本気で思ってんのか」

 

「……ッ」

 

 

 シカマルは仲間が傷つく嘘は決してつかない。それは仲間であるナルトがよく分かっている事であり、唇を噛み締めて地面に視線を落とした。

 

 

「はぁ、…とにかく詳しい話は火影室にて行われる。行ってこい」

 

 

 まだ歩ける状態ではないナルトを車椅子に乗せ、病院から出る。

 病院から出た途端、里の噂話は里抜けをしたサスケとラセツの話で持ちきりであり、2人を酷く貶して蔑む言葉言葉がいくつも転がっていた。

 

 

「来たね」

 

 

 火影室に着けば、綱手とシズネの他に、カカシ、ガイ、紅、アスマと見慣れた担当上忍のメンバーが居た。

 ナルトは綱手を見た瞬間、押さえていた感情が溢れ出し、心のままに叫んだ。

 

 

「ばーちゃん……ラセツが…ラセツが里抜けってどういう事だってばよ!!!」

 

「落ち着けナルト。順を追って…」

 

「落ち着いてられるかってばよ!!今すぐラセツを追いかけ……、」

 

「聞けと言っているだろう!!」

 

 

 空間を震わし、萎縮させるような綱手の叫びにナルトは黙る。唇を噛み締め、拳を握り、空を映す双眸は激情に揺れていた。しかし聞く耳は持っている。

 綱手はひとつ息を吐き、1枚の書類に目を通しながら話し始めた。

 

 

「…まず、ラセツはひと月前に『暁』によって勧誘を受けていた。…だから暗部を数名監視に置いてたんだが…『暁』のイタチは幻術のエキスパート。もしかしたら何処かで接触していたのかもしれないな」

 

「『暁』から、勧誘…?」

 

「あぁ、ラセツの能力を買ってな。……そして昨日、ラセツは『暁』のうちはイタチと干柿鬼鮫と行動を共にし…里周りの監視及びラセツの監視につけていた暗部達を殺して里を出た」

 

 

 この事実に動揺が広がる。

 暗部は里の中でも優秀と判断された忍が所属している。対してラセツは下忍だ。勝利を手にしたのはラセツである。

 そして、逃げてきたという暗部の男が言ったという言葉に更に驚かされた。

 

 

『あれは鬼だ。名前通り、破壊と滅亡を司る地獄の怪物、羅刹の鬼だ』

 

 

 酷く脅え、取り乱して帰ってきたという。

 その男は暗部に所属し、長く優秀な男だったという。そんな男であっても恐怖に駆られ、逃げ出し、脅えて取り乱すほど『羅刹』は恐ろしかったという。

 

 

「……ナルト、もうお前の知るラセツは居ない」

 

「んなッ!」

 

「アイツは、もう鬼になった」

 

 

 綱手は目を閉じて暗部が殺された現場を思い出す。上忍達もその現場を思い出し、苦しげに顔を歪める。

 

 現場は、悲惨だった。

 ある者は絶命を約束されている急所を力任せに刃で抉られ、ある者は腹部からは腸が引き摺り出されており、ある者は頭を潰されており、ある者は四肢がもぎ取られており、ある者は上半身と下半身がバラバラに落ちており、ある者は股から脳天まで真っ二つに裂かれていた。

 これらの死体は明らかに幻術に嵌め、静かに殺すイタチや鮫肌で削り殺す鬼鮫の殺し方とは当てはまらない。これらは剛力と《空間転移》を合わせ持つラセツがやったと言われれば、納得のいく殺し方だった。

 

 綱手はゆっくりと目を開け、俯くナルトにラセツの立場をはっきりと口にした。

 

 

「ラセツは大罪を犯した犯罪者であり、最も警戒するべき組織にいる」

 

「なんで…!なんでだってばよ!!!」

 

「そんなの私が知るか!!」

 

 

 嘘だと、幼い子供のように現実を受け入れないナルトの駄々に、綱手は耐えきれないと机を叩いて立ち上がり、すぐに正気を取り戻して力が抜けたように腰を下ろし、頭を抱えた。

 

 

「そんなの…私が聞きたいくらいだ……」

 

 

 綱手はラセツとの付き合いは長くは無い。しかし、浅くはない関わりを持っており、真っ直ぐなラセツに綱手は大きな期待を抱いていた。

 

 

「なんで……ラセツまで…こんなになっちゃったの……」

 

 

 立て続けに仲間を失ったサクラが泣き崩れた。火影を前にしていることも忘れて嗚咽を隠さずに涙を流す。

 

 

「アイツ…」

 

「……ナルト?」

 

「アイツは…きのう、オレが無茶しないような頑張るって言ったんだ……なのに、なんで……」

 

「ナルト……」

 

「オレがッ…火影になった時、右腕になるって、約束したのに…!!」

 

 

 初めてナルトを認めてくれた相手。夢を応援してくれた相手。自分を英雄にしてくれた相手。ナルトに向けられていたラセツの笑顔がナルトの中でどんどんと滲んでいく。かつて描いた夢がどんどん焼けるように消えていく。

 空を映す双眸に涙が溜まり、血が滲むほど握りしめた拳に次々と涙が零れ落ちる。 悲しんでいる、と言葉では表せないほどの感情を掻き混ぜている第七班の班員を前に、綱手は爪が食い込むほど両手を硬く握りながら言葉を紡いだ。

 

 

「これよりラセツはS級犯罪者としてビンゴブックに載せ、生死を問わず捜索する」

 

「ばーちゃん!!」

 

「ラセツは里抜けしただけではない!!サスケとは訳が違うんだ!!」

 

「…ッ!」

 

「里を抜け、暗部を殺し、罪を背負って『暁』に加入した!!ラセツはこれからお前の命だって狩りに来るんだ!!」

 

「ーーッラセツは、無意味にこんな事をする奴じゃねー!!絶対…絶対なんか事情が……、」

 

「ナルト!!」

 

 

 抗議を辞めないナルトを止めたのは、里抜けしたサスケとラセツ、仲間を失い、心を痛めているナルトとサクラの担当上忍であるカカシだった。

 カカシは顔を歪め、黒い瞳を下げ、額を抑え、絞り出すようにナルトを諭した。

 

 

「事情があったとしても……罪を犯した事は変わらない。仕方ないんだ」

 

「何が仕方ないだ!!ラセツも、サスケと一緒で絶対木ノ葉に連れ戻してやる!」

 

「ナルト!我儘は、」

 

 

 カカシの言葉は続かなかった。ナルトが車椅子から転げ落ちたからだ。

 サクラとカカシは慌ててナルトを起こそうと近寄り、向いた蒼い瞳に込められた激情に息を呑んだ。

 

 

「オレは!!アイツの英雄なんだ!!諦めてたまるかってばよォ!!」

 

「ナルト!」

 

「オレは!!絶対諦めねェ!!!」

 

 

 ナルトの全力の駄々は物凄いもので、傷が再度開き、衣服に血が滲んでも暴れて、悲痛な鳴き声が火影室を支配していた。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 ナルトの大暴れから数日。

 

 傷が完治し、退院したナルトは自来也と旅に出る前に部屋を掃除していた。

 

 散らばっていたカップ麺のゴミや空の弁当、割り箸をゴミ袋へ入れ、ずっと捨てていなかったゴミ袋を1箇所に纏めて、ゴミ捨て場に出しに行く。

 床がスッキリしたところで天井と壁を拭き、棚の埃を落として、水を含んだ雑巾で床を磨く。もちろん乾拭きも忘れない。

 寝台のシーツを整え布団を畳み終わった後、旅の持ち物を最終チェックし、しばらく離れる事になる、住み慣れた部屋を見渡した。

 

 

「……」

 

 

 その時ふと、2枚の写真が目に入った。

 1枚は第七班全員で撮った写真。2枚目が火影の笠を被ったナルトと、満面の笑みでピースサインするラセツ、そして2人を抱き込むように優しく笑っている三代目と撮った写真だ。2枚の写真を暫く見つめて瞼に焼き付けた後、ナルトは靴を履いて家を出る。

 ナルトはイルカと待ち合わせていた場所に向かい、イルカと共に一楽へ入った。

 

 

「…そうか、自来也様と…長旅になりそうだな」

 

「あぁ!」

 

「いいか?サボらないでちゃんと修行するんだぞ」

 

「おう!任せとけって!絶対強くなって…ラセツとサスケを連れ戻すんだ」

 

 

 ラセツとサスケ。その名前が出た瞬間、イルカは僅かに視線を落とした。 2人ともアカデミーにてイルカの担当していた大事な生徒だ。 サスケは里抜けし、大蛇丸の元へ。ラセツは大罪を犯し、S級犯罪者へ。 今の2人が持つ肩書きにイルカの心は傷んだ。

 そして、誰もが蔑視している2人を信じ、諦めないナルトにイルカは笑顔を向けた。

 

 

「ナルト。ラセツとサスケを頼んだぞ」

 

「任せろってばよ!!」

 

 

 グッと頼もしく親指を立てた拳をイルカに向け、元気にラーメンを啜る。 その時、自来也が暖簾から顔を出した。

 

 

「そろそろ行くぞ、ナルト」

 

「おう!」

 

 

 元気よく返事をした後、ナルトはラーメンの麺と具、汁までしっかり飲み干し、胃の中に納めた。

 

 

「じゃ、行ってくるってばよ!!ラーメン代は…出世払いね?」

 

「〜〜ったく!」

 

「いや、」

 

「テウチのおっちゃん?」

 

「いつかまた来るラセツにツケとく。…だからまた、ラセツとラーメン食いに来い」

 

「ーーおう!」

 

 

 ナルトは自来也と共に木ノ葉の里を歩き、強くなることを誓って里を出た。

 

 

 




これにて第一部及び二章完結です。
二部及び三章は12月から開始します。少しお待ちください。

以下紹介

名前:ラセツ
忍者登録番号:012603
誕生日:2月3日
年齢:13
身長:152.2cm
体重:48kg
血液型:AB型
特技:力仕事、鬼ごっこ
好きな食べ物:栗饅頭(山菜鍋、焼き魚)
嫌いな食べ物:酸っぱいもの
性格:阿保、懸命になると周りが見えなくなる。
戦ってみたい相手:自来也
趣味:散歩、どんぐり集め、山菜取り、ナルトの観察
術:空間転移、鬼化



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第三章『道化の羅刹』
第二十八話『攫イ者』


 空は雲ひとつない快晴と、心地よい輝きを放つ太陽が世界を彩る美しい日だと言うのに、太陽の光が届かない路地裏に3つの影があった。

 1人は色の抜け落ちたような白い長髪を適当にひとつで纏め、額には『油』と書かれた額当てを付け、背に大きな巻物を背負った大柄の男。 残りの2人は同じ外套を身に纏っており、片方は黒い髪に青い瞳の女性で、もう片方は焦茶色に栗色の瞳の男性だ。2人とも中性的な顔立ちをしていて、特に、と言う特徴はない普通の人間だ。

 

 普通では無い、と言ったら2人の諜報員という役職だ。

 どちらも凄腕の諜報員であり、伝説の三忍と謳われる自来也であっても『暁』の情報仕入れは難しい、S級犯罪者が集う犯罪組織『暁』に近づき、情報を仕入れている。『暁』の情報はこの2人にほぼ任せきりなほどだ。

 

 

「……本日の情報はここまです!自来也様」

 

「本日もいい情報だのォ!柘榴!」

 

 

 情報の詰まった手帳をパタンと閉じ、自来也もメモする筆を置き、情報提供をしてくれた女性…柘榴を褒めるが、柘榴は眉を下げて苦笑いをする。 理由は簡単。お世辞にも有益とは言えない情報だからだ。

 

 

「そう気を落とすな。あの『暁』から情報を取れるだけ上出来だ。……良い弟子を育てたのォ、雛菊」

 

「自来也様にそう言って頂けるなんて光栄ですね」

 

 

 自来也に褒められて笑みを零したのは男性の方の諜報員…雛菊だ。 雛菊は自来也の諜報員を務めて数年であり、柘榴は2年半ほど前に雛菊に弟子入りした諜報員だ。

 情報を渡し終えた諜報員と自来也は路地裏を抜ける為に歩き出す。

 

 

「そういえば、今日、ナルトは連れていないの?姿が見えない」

 

 

 諜報員と自来也のやり取りは不定期ではあるもののそれなりに行われており、自来也の旅にナルトが同行している時も何度か顔を合わせており、いくつか言葉を交わしている。

 

 

「アイツと旅して2年半。だいぶ育ったからのォ…ついさっき里に戻してきた。…なんだ柘榴、寂しいのか」

 

「まぁ…馬鹿丸出しのナルトが今日はどんな馬鹿を晒すのか…少し、少しだけ期待してた」

 

「辛辣だのォ!」

 

「褒めてるんですよ。ナルトとの旅は楽しそう」

 

「確かにのォ…ナルトとの旅は退屈せんかった」

 

「おや、柘榴。私と任務の旅はつまらないと?」

 

「い、いえ、まさかそんな事…」

 

 

 雛菊の言葉に柘榴が慌てて両手を慌ただしく振り、必死に弁明していく。そんな柘榴に雛菊は「冗談ですよ」と笑い、自来也は豪快に笑った。

 次第に建物の隙間から差し込んでくる太陽の光が強くなったところで雛菊と柘榴は足を止めて軽く腰を折った。

 

 

「では、我々はこの辺りで」

 

「これからも頼むのォ、雛菊、柘榴」

 

「はい、勿論です」

 

「またね。自来也様!」

 

 

 雛菊は礼儀正しく腰を再度折り、柘榴は愛想の良い笑みで見送るように手を振った。 自来也の後ろ姿は段々と小さくなり、雛菊と柘榴は元来た道に戻り、そのまま街を出て森に入る。

 誰もいない事を確認した後2人は《変化》を解き、白煙の中から赤い雲模様の入った外套を身に纏った人物が姿を表す。

 

 

「んっ〜!!疲れたぁ…」

 

「お疲れ、ラセツ」

 

 

 《変化》をして姿を変えていた2人の人物。柘榴の方がラセツで、雛菊の方がイタチ。どちらも元木ノ葉隠れの忍『暁』所属のS級犯罪者だ。

 

 

「……だいぶ変化が上手くなったな。最初は補助なしじゃ難しかったのに」

 

「まぁ、流石に2年もひたすら練習すればね」

 

 

 ラセツが『暁』に所属して2年半が経ち、裏では木ノ葉と繋がっているラセツとイタチは《変化》にて別人に化け、諜報員として自来也に暁の情報を流している。

 忍術が大の苦手なラセツだが《変化の術》だけは、伝説の三忍自来也であったとしても見抜けないほどに上達していた。

 

 

「ホント、今でも信じらんないくらいびっくりだよ。自来也様が持ってた情報の発信源がまさかイタチだったなんて」

 

「まぁ…オレは表向き、『暁』のメンバーでS級犯罪者だからな」

 

「なら、ラセツも一緒だね。お揃い」

 

「あぁ、お揃いだな」

 

「自来也様、正体知ったらびっくりするかな?」

 

「驚きすぎて口から心臓が出るかもな」

 

「何それ面白すぎる」

 

 

 自来也の口からハート型のキュートな心臓が口から出るのを想像して、ラセツは思わず吹き出してたっぷりと3分間笑い転げた後、突如静かになる。

 

 

「……それにしても、難しいよね…この情報報告」

 

「…まぁ、確かにな」

 

 

 ラセツとイタチは表向きだけだが『暁』の人間。 それなりに『暁』の秘密も知っているが、詳しい情報を渡しすぎたら『暁』で内通者がいると疑われてしまう。だからといって内容が薄すぎてもダメだ。その微妙なバランスを取るのは至難の業だった。

 イタチは深く考えそうになるラセツの額を突き、手を差し出した。

 

 

「さ、早く戻ろう」

 

「うん!」 

 

 

 ラセツはイタチの手を取って立ち上がり、座標を安定させて空間を指定し、《空間転移》を行った。

 視界の景色は一変し、目の前には長身で青白い肌にギザ歯という人間離れした風貌をした大柄な男、『暁』メンバーの1人、鬼鮫が居た。

 

 

「おや、随分と早いお帰りでしたね」

 

「簡単な任務だったからね」

 

「なら、疲れてはいませんね。始めるとしましょう」

 

「うん」

 

「…確か今日の組み合わせは…鬼鮫とラセツだな」

 

 

 ラセツと鬼鮫は向き合って立ち、ラセツは軽い準備運動。鬼鮫は首を鳴らし、イタチは地面に落ちている石を拾う。 双方の準備が出来たと判断したイタチは石を投げ、その石が地面に落ちた瞬間、轟音が周囲の空気を震わせた。

 木々と森特有の複雑な地形をお互いに駆使しながら刹那の攻防が繰り返される。最初はラセツが優勢に見えたが、戦闘の最中に鬼鮫が仕掛けたトラップに引っかかり、優劣は一気に逆転する。

 

 

「ぁ」

 

 

 瞬き程の一瞬だけ隙が出来たラセツに、鬼鮫は踏み込み、顔面に拳を叩きつける直前で拳を止めた。

 

 

「……私の、勝ちですね」

 

「あー……負けたぁ、今日の食事当番はラセツか……」

 

 

 これはラセツの修行と食事当番決めが同時に行える一石二鳥な修行だ。 ラセツが『暁』にきた時、鬼鮫が作った修行法。毎日交互にイタチか鬼鮫がラセツの相手をする。

 

 

「随分と…強くなりましたね。ラセツ」

 

「まぁ、この2年半…2人に嫌と言うほど扱かれたからね…」

 

 

 当たり前だが、食事当番決めの修行以外にも修行は行われており、色々扱かれ、時には半殺しにされた。思い出すだけで乾いた笑いが洩れる。

 

 

「強くなっただろう」

 

「なったけれども!!」

 

「少し強くしすぎた感じはありますね。食事当番を押し付けるのが難しくなってきました」

 

「確かにな」

 

「はーい、弱い者いじめ反対!!」

 

 

 片手をピンと伸ばして抗議をするが、2人は涼しい顔で受け流し、取り合わない。 ラセツはひとつ溜息を吐き、ふと気付いたように顔を上げて鬼鮫を見た。

 

 

「そいえばさ、鬼鮫って最初の頃『ラセツさん』だったのに呼び捨てに変えたよね??なんで?」

 

「阿保な貴方に敬称を付けるのが馬鹿らしくなったからですよ」

 

「よーし、今日のご飯は焼き魚に決定ね。イタチ、豪火球」

 

「落ち着け」

 

「ラセツが阿呆なのは事実でしょう」

 

「鬼鮫も黙れ」

 

 

 鬼鮫は大規模な術を扱い、ラセツは地形さえも歪めてしまう怪力を持つ。そんな2人が全力で喧嘩などしたら洒落にならない。イタチは事前に防ごうとするが、鬼鮫は忌々しそうに歯を噛み締めた。

 

 

「忘れたとは言わせませんよ。一度目は知らなかったとはいえ、二度ならず三度までも私を転移で素っ裸にしたこと。…あれはいつ思い出しても殺意が湧きますねぇ」

 

「その節は誠に申し訳ございませんでした」

 

 

 ラセツの阿保さがわかるエピソードが爆弾として落とされ、被弾したラセツは土下座せざる得なかった。 

 

 

「………イタチさん、何を笑っているんです。」

 

「いや…、」

 

 

 その場には勿論、鬼鮫のツーマンセルであるイタチも居た。

 転移した際に鬼鮫の服だけがパサリと落ちたあの瞬間と、慌てて鬼鮫の元へ転移した際に問答無用で素っ裸にされてしまった鬼鮫の姿は生涯忘れられない思い出だ。

 背を向けて笑いを堪えるように口元を抑えるイタチに、鬼鮫は諦めたように溜息を吐き、憎らしいほど美しい青空を見上げた。

 

 

「そういえば…そろそろですかねぇ、一尾の捕獲」

 

 

 本日、一尾の人柱力である砂漠の我愛羅捕獲にデイダラとサソリが向かっており、近いうちに尾獣封印の収集があるだろうと、先日ペインから報告が入った。

 

 

「デイダラのことだ。飛び出して遊んでいるだろう」

 

「サソリ、遅い。早くしろって怒ってそう……」

 

「クク…確かに」

 

 

 一瞬の美しさを求めるデイダラと、永遠の美しさを求めるサソリ。『暁』芸術コンビの戦闘力は申し分ないが、相性がいいかと言われれば頷き難い。否、一周回って仲が良いのかもしれないが。

 

 

《ラセツ》

 

「あ、リーダー」

 

 

 頭の中に直接響くような声。

 最初は気持ち悪さを覚えたが、今ではすっかり慣れ、平然と返答を返す。

 

 

《そちらの任務は終わったか》

 

「うん、終わったよ」

 

《なら、サソリとデイダラの所へ向かえ》

 

「噂をすれば」

 

《噂をしてたのか》

 

「少しね」

 

《そうか。……ラセツ、任務の際はくれぐれも…》

 

「ん、わかってる。ラセツは緊急脱出要員だもんね」

 

 

 ラセツの戦闘能力は非常に高く、実力者が揃う『暁』内でも上位を誇るが、ラセツよりチャクラ量の多い鬼鮫とのツーマンセル、もしくは単独の任務以外、基本的に戦闘員としては任務に参加しない。 理由はラセツの《空間転移》の能力だ。

 『暁』の任務は厳しく過酷なものが基本で、戦闘になれば激しくなることが多い。その際、敗北又は失敗が決定しているにも関わらず脱出困難な状況に陥ってしまった場合の為の『緊急脱出要員』だ。 それがこの2年半で定着したラセツの役割だった。

 

 その為、ラセツは固定のツーマンセルがおらず、基本的にペインの指示で大きな任務を担ったツーマンセルに緊急脱出要員として参加する。 緊急脱出要員は死んでは意味を為さない。なので戦闘は最小限に抑える、非戦闘員のスタイルをとっている。

 

 今回、ラセツが参加するツーマンセル先はデイダラとサソリ。鬼鮫という名の例外には当てはまらない為、通常の役割である緊急脱出要員だ。

 

 

《わかってるならいい。では、報告を待つ》

 

「了解」

 

 

 短く返事をして、イタチと鬼鮫に振り返る。 ペインの連絡は2人に聞こえていないはずだが、ラセツの返答でなんとなく察したらしく、鬼鮫はゆるりと首を横に振った。

 

 

「…どうやら食事当番は決め直しのようですね」

 

「うん、ごめんね。次はラセツがやるからさ」

 

 

 ラセツは『芸術コンビ』と書いてある札を取り出して、指に挟み、目を閉じて集中する。

 この2年半で、ラセツは自分の持つ札と対になっている札の場所を『目印』として、《空間転移》が発動出来るよう、飛雷神の術を参考にして、小南に協力して貰いながら完成させた。

 制作がかなり高難易度な札であり、ツーマンセルに1枚しかないので、デイダラが塵にしていないか、サソリが八つ当たりに破っていないか心配になりつつも札の気配を探る。

 

 

「……見つけた」

 

 

 無事『芸術コンビ』の札の目印を見つけた。心配していた事が杞憂に終わった事にラセツは胸を撫で下ろした。

 

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「デイダラの芸術にならないようにな」

 

「うっかり毒を刺されないように気をつけてくださいね」

 

「物騒なのヤメテ」

 

 

 物騒な見送りに肩を落とし、ラセツは『目印』に転移した。

 視界は一変し、目の前にいたイタチと鬼鮫の代わりにサソリが視界に入る。

 

 

「来たな」

 

「はーい、ラセツ参上しました!」

 

 

 直後、爆風と爆音が全身を襲い、発生源である上空を見上げれば、『風影』砂漠の我愛羅とデイダラが戦っていた。

 

 

「ディー君は相変わらず派手だねぇ…」

 

「チッ、遅ェ」

 

「まぁまぁそう言わずにさ、気長に待とう?」

 

「オレは人を待つのも待たすのも嫌いだ」

 

「なんか、サソリって年寄りなのに年寄りっぽくない」

 

 

 暇な時間を楽しむ年寄りどころか、サソリは『暁』のメンバー内で1番時間にせっかちだ。 唇を尖らせるラセツをサソリは厳しく睨みつける。

 

 

「うるせェ傀儡にするぞ」

 

「軽率に殺そうとするの辞めて」

 

 

 本日で何度目かの溜息をついた瞬間、大きな影がかかり、視線を向けると、鳥を模した起爆粘土に乗るデイダラと、起爆粘土の尾に巻かれた我愛羅の姿があった。

 

 

「ディー君おかえりぃ」

 

「遅せーぞ。待たせんなっつったろ」

 

「こいつ、結構強かったんだ。うん」

 

 

 我愛羅は人柱力な上に、砂隠れの頂点である風影の称号を持つ実力者だ。強くないわけがない。「だからもっとちゃんと準備しとけって言ったんだ」と叱るサソリにデイダラは不機嫌そうに唇をへの字に歪め、ラセツを見た。

 

 

「ンなことより疲れた。ラセツの転移で帰ろうぜ、うん!」

 

「無理だよ。我愛羅の服だけ転移しちゃう」

 

 

 人柱力は膨大なチャクラの塊である尾獣が封印されている。もしラセツが《空間転移》を行えば、服だけが転移して、砂漠の上に素っ裸の我愛羅が転がる事態になってしまう。

 

 

「チッ、肝心な時に役立たねぇな」

 

「今回ばかりは旦那に賛成だな、うん」

 

「あれ?そんなこと言っていいの?」

 

 

 文句を言う芸術コンビの顔を、ラセツは大きく見開いた紫紺の瞳で見つめる。その眼光は狂気すら感じるもので、デイダラの額から一筋の汗が流れる。

 

 

「ラセツ、何回サソリとディー君の事助けたっけ??え?」

 

 

 『暁』の中でも、考えなしに先陣切って飛び出す事が多いデイダラと、その相棒であるサソリは緊急脱出要員であるラセツを頼った回数が1番多い。 なのに、肝心な時に役に立たない能力と言われれば流石に怒りが込み上げる。

 

 デイダラは視線を背けて口をへの字に曲げ、サソリはバツが悪そうに舌打ちをする。 ラセツは肩を落とし、2人なりの精一杯な謝罪を受け入れた。

 

 

「さ、帰ろ。あの子みたいに追ってこないうちにさ」

 

「あの子?……あぁ、アイツか」

 

 

 余裕のない足取りで追ってくる気配に振り返ると、全身真っ黒な任務服に、奇抜な化粧を施した青年、カンクロウが居た。

 

 

「……我愛羅は、返してもらうぜ」

 

 

 我愛羅は『暁』の目的だ。はい、どうぞ。と渡すわけにはいかない。 自分の目的を達成したいのならばカンクロウを倒すしかない。

 そして又、カンクロウも自分の目的を果たしたいならば、『暁』を倒さなくてはならない。 カンクロウは背負っている巻物を取り出して広げ、傀儡を口寄せした。

 

 

「ラセツが行こうか?」

 

「お前は非戦闘員だろうが」

 

「えへへ」

 

「はぁ…コイツの相手はオレがする。お前は人柱力に着いて、ついでにデイダラのお守りをしてろ」

 

「はーい。ほらディー君、行きまちゅよ〜」

 

「ラセツに旦那!!後で覚えてろよ!!うん!」

 

「ディー君、乗せて」

 

「聞けよ!!うん!」

 

 

 文句をギャンギャンと叫ぶデイダラを無視して、ラセツは鳥を模した起爆粘土に乗る。

 

 

「サソリも早めにきてね。遊んじゃダメだよ」

 

「安心しろ。オレは人を待つのも待たすのも好きじゃねーからな。すぐ終わらせる」

 

 

 

 



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第二十九話『敵トシテ』

 

 

 砂漠を抜け、森を抜け、辿り着いた先は五封結界が張られている大きな岩の前。 封印術が張られた大きな岩の扉は『暁』の3人を待っていたかのように開き、その下を潜って中に入る。

 洞窟の中には《幻灯陰の術》にて幻身を創り出しているペインが待っており、輪廻眼を嵌め込んだふたつの瞳をラセツ達に向けていた。

 

 

『遅かったな……すぐ準備しろ』

 

「思いのほか強くてな、人柱力ってのは…うん」

 

 

 疲れからか、いつもより気力なさげに話し、乱暴に我愛羅を地面に転がす。ペインは人柱力である我愛羅を確認した後、印を組んだあと、地面に手をついた。

 すると地鳴りと共に、9つの瞳を閉じて、口には巻物を噛んでいる形で固定されており、両手には枷が嵌められている異形の像、『外道魔像』を口寄せした。

 

 

「じゃあ、頑張ってね。ラセツはそこらへんで見てるから」

 

 

 尾獣を封印する《封印術・幻龍九封尽》には『指輪』が必要だ。 今ラセツが嵌めている指輪は仮に過ぎず、この封印術に参加はできない。

 ひらひらと手を振るラセツにでデイダラは拳を暴れさせ、地団駄を踏む。

 

 

「くっそぉ、ずるいぞラセツ!うん!」

 

「だって指輪持ってないしぃ」

 

「ラセツ。実力は十分ついただろ。さっさと大蛇丸のとこ行って指輪取ってこい」

 

 

 現在、『空』の指輪は『暁』を抜けた裏切り者、大蛇丸のところにある。 元々、十分な実力がついたら取りに行けと言われており、現在、その条件は達成されていると言ってもいいだろう。

 忍術はほぼ扱えないと言っても過言ではないが、鬼族特有の強靭な肉体に卓越した身体能力や動体視力。それらの能力を更に底上げできる血継限界《鬼化》。 それだけでも脅威であるのに、空間を交換する時空間忍術《空間転移》まで持ち合わせている。

 闘いと殺戮にひたすら特化した天賦の才能。破壊と滅亡を司る地獄の怪物『羅刹』に愛されし女、それがラセツだ。

 

 

『サソリに一理あるな』

 

「げ、」

 

 

 経験や知恵は、他のメンバーと比較すれば圧倒的に足りないものの、圧倒的な天賦の才を持つラセツの戦闘能力は『暁』内でも上位に位置し、申し分はない。

 ペインは嫌そうに顔を歪めるラセツを無視し、命令を下した。

 

 

『ラセツ。今度大蛇丸のアジトへ行き、『空』の指輪を取ってこい』

 

「えー…相手、伝説の三忍だよ?」

 

『お前なら問題ないだろう』

 

 

 伝説の三忍の1人と謳われる大蛇丸は忍としての能力は超一流だ。

 戦神の寵愛を受けるラセツは単純な戦闘能力では大蛇丸を上回るだろうが、経験と戦略を練る知性が足りない。 勝利の天秤は僅かだが大蛇丸に傾く。ーーーしかし、それは大蛇丸が万全ならばの話だ。

 

 現在の大蛇丸は三代目火影の奮闘により、かなり弱体化している。

 更に、ラセツには最強の逃げの一手である《空間転移》を持っており、大蛇丸がたとえ万全だったとしても、ラセツが窮地に追い込まれる事はそう無い。 それになにより、今回の任務は大蛇丸と戦闘し、その命を刈り取ることでは無い。ただ『空』の指輪を取ってくる、所謂おつかいだ。

 そして、幻身でもくっきりと浮かび上がる輪廻眼は『ただのおつかい』を断る事を許さない。デイダラもサソリも味方してはくれない。ラセツに逃げ場はなかった。

 

 

「わかった、わかりました。今度指輪取ってくる」

 

 

 ラセツの返答に1番反応したのはデイダラだった。 飛び跳ね、喜びを感情のままに叫び、まるで宝の山を見つけた子供のように、満面の笑みでラセツを指さした。

 

 

「よし、言ったな!!聞いたからな!!絶対行けよ!!うん!」

 

「分かってる!」

 

 

 デイダラは満足げに頷き、サソリはいつも通り不機嫌そうに鼻を鳴らし、各自担当の指に乗る。 ペインも背を向け、顔の半分だけラセツに向ける。

 

 

『次の尾獣を封印するまでには取ってこい』

 

「なんつー無理難題用意するの、リーダー。大蛇丸のアジトいくつあると思ってんの」

 

『む……早めに取ってこい』

 

「はーい」

 

 

 ペインは一瞬姿を消し、担当の指に乗る。 デイダラとサソリはラセツとペインの会話を聞いてなんとも言えないような表情になる。理由は簡単。

 

 

「…リーダー、ラセツに弱いな、うん」

 

 

 デイダラの言葉が全てだ。 ペインはかなり冷徹な性格をしており、容赦がない。 しかし、相手がラセツになれば緩くなる。 任務内容について素直に譲歩するのはラセツくらいだ。

 

 

「まぁ、阿保だが…かなり素直なガキだしな」

 

 

 『暁』の中でラセツは最年少であり、年相応の文句をつけたりしつつもしっかりと任務をこなす。 一癖も二癖もある『暁』のメンバー内でダントツの素直と従順を併せ持つ貴重な存在だ。 

 素直が故に角都と飛段のコンビとは気が合わないらしいが、ペインや小南とは気が合うらしく、それなりに可愛がられている。この譲歩もその内のひとつ。

 

 

『集合しろ』

 

 

 ペインは印を組み、声を『暁』の各メンバーに通信する。 直後『暁』各メンバーが担当の指に幻身を現し、ペインの幻身も担当の指の上に乗った。

 

 

『これから3日3晩はかかる。皆、本体の方にも気を配っておけよ。…それからゼツ、本体で一応外の見張りをしろ。一番範囲のデカいヤツでだぞ』

 

『ワカッテル』

 

 

 人柱力に封印されている尾獣のチャクラは膨大だ。『暁』の目的の為に必要な事とはいえ、時間とチャクラと精神を一気に削りに来る尾獣の封印に鬼鮫は「3日ですか」と溜息をこぼし、ラセツを責めるように視線を向けた。

 

 

『ラセツさん、そろそろ指輪を取りに行ってもいいんじゃないですか』

 

 

 加入当初は荒削りだった強さが磨かれたのは勿論の事、任務遂行の実力も桁違いに跳ね上がっている。

 資金集めの為の賞金首狩りや、緊急脱出要員としての任務は当然として、ラセツは既に五尾の人柱力を捕らえており、『暁』の至上命令は達成している。

 大蛇丸のところへ『おつかい』くらいもう行けるだろうと言う鬼鮫の訴えにラセツは不機嫌そうにそっぽを向いた。

    

 

「それ、さっきサソリにもデイダラにもリーダーにも言われた。もう耳タコ。言わないで」

 

『なら早く行ってください。これ、かなり面倒なので』

 

「分かったってば!!もう!」

 

『逆ギレをしないでください』

 

『無駄口はここまでだ。始めるぞ』

 

 

 ペインの声に両者は口をつぐみ、ラセツは岩壁に体重を預けて座り、鬼鮫含む他のメンバーは印を組んで集中する。

 ペインは《封印術・幻龍九封尽》を発動し、『外道魔像』の口から巻物が外れて龍のような形をしたエネルギーが放出され、我愛羅を喰らうように包み込んで封印されている一尾を抜き出し、『外道魔像』に封印していく。

 

 

「……」

 

 

 人柱力は尾獣のチャクラが経絡系に癒着しており、尾獣を抜かれてしまえば人柱力の経絡系は全て機能しなくなって命を維持できなくなってしまう。

 現在、目の前で人柱力の命を奪う儀式が行われている。 それも、かつての友人候補の。

 その光景に何を思ったのか、ラセツは自然な動作で目線を逸らし、つまらない地面と睨めっこを開始した。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 つまらない地面と睨めっこを開始して、どのくらい経ったのだろうか。数時間か。それとももっとか。 

 

 

「飽きた」

 

 

 ラセツの口から出てきたのは、なんの飾りもない素直な言葉であり、当然の事だった。

 人柱力の封印には3日3晩かかる。その間、ラセツはなんの仕事もない。 強いて言うならば、現在無防備である封印を行なっているメンバーの護衛くらいだ。 しかし、何事も起きないのならば、ラセツは暇でしかない。

 

 

『ソンナラセツニ良イ知ラセガアル』

 

「ホント?なになに?」

 

『コノアジトノ近クニ敵ガ近ヅイテイルゾ」

 

 

 ラセツの暇を紛らわせてくれるものはなんだと聞けば、敵の排除、または足止めだった。 

 そんな、暇潰しとして敵と戦いたい戦闘狂に見える?と問いたかったが、敵が木ノ葉隠れの忍マイト・ガイとその一行だと聞き、問いを呑み込んで立ち上がった。

 

 

「んじゃ、行ってくるね」

 

『イヤ、私が行きましょう。その人には個人的な因縁がありまして。リーダー、あの術をお願いできますか?』

 

『あの術か…確かにチャクラ量の多い鬼鮫向きだ。いいだろう』

 

 

 師匠である鬼鮫が乗り気な上に、ペインが許可してしまってはラセツに口は挟めない。ラセツは不機嫌そうに眉を顰め、再び腰を下ろした。ーーーそして再び、その時は訪れる。

 

 

『マタ来タゾ。コノハノ忍ダ』

 

『さて、今度は誰が行く』

 

「今度こそラセツが行く。暇」

 

『イヤ、オレが行く』

 

「ホントなんなの動物コンビ」

 

「ぶっは!動物コンビって上手いな、ラセツ!うん!」

 

 

 デイダラが集中を見出して笑い始める。 イタチはジトリと紫紺の瞳を細めて視線を送ってくるラセツにひとつ溜息を吐き、子供を宥めるように言葉を発した。

 

 

『ラセツ、今は一応非戦闘員だろう。己の役割を忘れるな』

 

「ぐぬぬ…!」

 

『決まりだな』

 

 

 ラセツの今の役割は緊急脱出要員であり、一応がつくが非戦闘員だ。 引き際を見誤って戦ってしまい、重要な時に使えなくなっては困る。

 ペインは鬼鮫の時と同じ術を発動させ、ラセツは拗ねたのか、不貞腐れて地面に絵を殴り描き始めた。

 そして、地面の約三分の一がラセツの絵で埋まった頃、鬼鮫、暫く遅れてイタチが戻り、ペインの術が解けたことを示していた。

 

 

「いいなぁ、楽しかった?」

 

『普通だな』

 

『私はそれなりに楽しめましたよ』

 

 

 動物コンビの感想にサソリ隠す気もなく舌打ちする。

 現在行った《象転の術》は生きている人間の身体を生贄として、対象の同一体を生み出し操る忍術だ。絶命するかチャクラ切れにならない限り術が解けないので、2人が戻ってきた時点で生贄は死んでいる。

 そして、今回生贄となった2人はサソリの部下だった。不機嫌になるのは当然だ。しかし、そんな事は誰も気に留めない。

 

 

『そろそろだな』

 

 

 段々と吸い出すチャクラが弱くなっていく我愛羅を見て、ペインから笑いが洩れる。 そして、あぁ、そうだ。と思い出したようにゼツに視線を送った。

 

 

『ゼツ、《象転の術》に使った2人を処理しておけ』

 

『ワカッタ』

 

『イタチ、奴らの人数と特徴を教えろ』

 

『木ノ葉のはたけカカシ、春野サクラ、九尾の人柱力うずまきナルト。それに砂の相談役チヨのフォーマンセルだ』

 

「……!」

 

 

 4人中3人が知っている名前。というより、ラセツが木ノ葉に所属していた頃に編成されていた第七班の班員だ。

 ガリガリと絵を描いていた手を止めて、手に持っていた石をほっぽり出して、立ち上がる。

 

 

『ラセツノ知リ合イカ?』

 

「うん、元カカシ先生は担当上忍で、サクラとナルトは同じ班の班員だったんだ。久しぶりだからすっごく楽しみ」

 

『楽しみなのはいいが、あまり出しゃばるなよ』

 

「分かってるよ、多分」

 

『はぁ……』

 

 

 全くの無自覚だが、ラセツも十分な戦闘狂だ。 緊急脱出要員なので一歩は控えるものの、気づいたら戦闘に加わっている事なんてしばしばある。

 今回もちゃっかりと戦闘に加わる事だろう。 ペインは引き際を間違えないようにと釘を刺した後、『外道魔像』に視線を移して3つ目の瞳が浮かび上がってくるのを見た。

 

 

『終わったな』

 

 

 『外道魔像』の口から出ていたエネルギーは消え、我愛羅は力無く地面に落ちた。その直後結界が震え、岩壁を挟んでいくつかの気配がする方へ視線に移す。

 

 

『外の奴らは始末しておけ。ただし人柱力は生捕にしろ。では解散だ……連絡を待つ』

 

 

 ペイン含む『暁』のメンバーの幻身は消え、『外道魔像』の口寄せも解除された。 デイダラとサソリは地面に着地し、暇そうに伸びをしているラセツに問いかけた。

 

 

「ラセツ、九尾の人柱力はどんなヤローだ?」

 

「1番最初にラセツの名前を叫ぶ奴がナルトだよ」

 

「…もっと具体的に説明出来ねーのか?うん」

 

「出来るけど《変化の術》使ってくる場合もあるし…」

 

「フン、どうせ素人に毛が生えたような《変化の術》だろ。そのくらい見分けられる。だからさっさと具体的な特徴を出せ」

 

「はいはい」

 

 

 ラセツは先程ほっぽり出した石を拾い、ガリガリと地面にナルトの絵を描き、特徴を説明する。

 ふと、五封結界が揺れるのを感じとり、ラセツは立ち上がって軽く準備運動を始めた。

 

 

「…ラセツ、お前は非戦闘員だろ」

 

「だって久しぶりの再会で楽しみなんだもん。はしゃぎたい。…それに、サソリも楽しみでしょ?」

 

「否定はしねェ」

 

 

 砂の相談役チヨの名を聞いた時、サソリの身体は僅かに揺れた。 サソリとなんらかの関係があるのは明白だった。

 

 

「そろそろ来るぞ」

 

 

 突如、岩の扉に亀裂が入り、ガラガラと無惨に崩れていく。 光明に浴びながら『暁』のアジトに踏み込んだのは、知らないお婆さん1人と、懐かしい記憶に存在する3人。

 

 

「久しぶりだね、会えて嬉しいよ。みんな」

 

 

 まだ幼さが残る可憐な顔立ちにうっすらと笑みを浮かべ、懐かしげに紫紺の瞳を細める『暁』のラセツ。

 サクラは思わず後退り、悲痛な表情で口元に両手を当て。カカシは顔の半分以上が隠されていて尚分かるほど顔を顰め。ナルトは肩が、腕が、手が震えるほど力を込め、唇を震わせてーーーー、

 

 

「ーーーラセツ!!!」

 

 

 かつて、自分を認めて、『英雄』だと讃え、夢に向かう勇気をくれた少女の名前を思い切り叫んだ。

 

 

 



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第三十話『知ラナイ』

 ラセツの名前を叫ぶナルトの声が、洞窟を何回も反芻し、激しく鼓膜を叩くように揺らした。

 

 

「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるよ」

 

「随分とうるせェ人柱力だな」

 

「それがナルトのいいところだよ。…で、なぁに?どうしたの?」

 

 

 そんな事聞かずとも分かっている。 砂隠れの里長である風影を攫ったのだ。『暁』を追ってきたの理由はそれだけで十分。ただ、ラセツがその場にいることが主に木ノ葉の忍にとって予想外だっただけだ。

 ラセツはまるで自分の好きなモノを見たかのように頬を染め、微笑を浮かべて、立ち位置をずらす。

 

 

「お目当ては…我愛羅?」

 

 

 ラセツが立っていたことによって隠されていた我愛羅の遺骸が露わになり、息を呑む音が僅かに響く。

 空を閉じ込めたような蒼い瞳は柘榴色に染まって瞳孔は縦に大きく開き、感情の昂りに比例して頬の3本髭は太く濃くなった。

 

 

「…ッ我愛羅!!そんなとこで何呑気に寝てんだってばよ!!立てよ!」

 

「ちょ、ナルトうるさい」

 

 

 現実を受け入れられずに否定するナルトに、ラセツは咎めるように冷たい声を発する。 その冷たさは異常であり、感情が昂るナルトでさえも肩を揺らし、意識をラセツに向ける程だ。

 ラセツは片目を閉じて唇に人差し指をあて、まるで悪戯を隠す子供のように笑った。

 

 

「気づいてないわけじゃないでしょ。せめて安らかに、ね?」

 

「ーーーッ!!」

 

 

 空気が震える。じわじわと『九尾』という化け物に侵食されていく。憤怒、驚嘆、困惑、苦渋ーーーあらゆる激情がナルトの中で混ざり合って渦を巻き、ナルトを飲み込んで逆上させる。

 

 

「うん、それでいいよ。ナルト」

 

 

 ナルトは優しい。だからこそ全てを救おうと努力し、手を伸ばす。 きっと堕ちる所まで堕ちたラセツにさえも慈悲をかけ、手を伸ばすだろう。だが、ラセツはそれを望まない。 

 だからこそ今、自身に向けられている激情にラセツは恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

「ラセツ…変わったな」

 

 

 我愛羅を返せと逆上し、飛びかかるナルトを抑えたカカシは、溢すように言葉を発して2年半前までの日常を思い出す。

 自他認める究極のナルト至上主義で頭が壊滅的に悪いが、戦闘センスは抜群で明るく愛らしい少女、それがラセツの評価だった。 何故、ナルトの憤激に笑みを浮かべるような少女になってしまったのか。

 そう思考するカカシに、ラセツは首を横に振った。

 

 

「何言ってるの?ラセツは変わらないよ。ずっとずーっとね」

 

 

 カカシの言葉を否定したにも関わらず、ラセツに浮かぶ妖艶な笑みは真意を丸ごと隠し、ナルト達に不信感だけを募らせる。 その姿は正に『道化』。

 何処までも滑稽な自分をラセツは嘲笑った。その嗤いはナルト達に更なる猜疑心を煽り、何処までも救いようのないくらい堕ちた愚かな鬼に成る、と決めた自分には好都合なモノだった。

 

 

「なんで…」

 

 

 手放しかけていた理性を取り戻したナルトは、ただの肉塊となった我愛羅と『暁』となったラセツを交互に見つめる。その瞳には縋るような涙が浮かんでいる。

 

 

「なんで…ラセツ、何があったんだってばよ」

 

 

 この2年半、ずっとナルトはラセツが何らかの事情を抱え、『暁』に加入しなければならなかったのだと信じて疑っていなかった。

 だが、実際に会ってみれば、今までの認識が徐々に塗りつぶされていくことを感じてしまう。

 

 

「オレと…火影になったオレの右腕になって、世界を平和にする。それが…それが!!ラセツの夢だろ!!」

 

 

 塗りつぶされていく認識を堰き止めたいが為に叫ぶ。それがラセツの心に届き、肯定の言葉を返されることを信じて。

 

 道化の皮を剥いでしまえば『自他認めるナルト至上主義』のラセツだ。他人には理解出来ないほどナルトの言葉は響いており、ナルトが望んでいる返答も理解している。しかし、自分は『道化』である。

 ナルトの望みを叶えられないどころか叩き壊しにいかなくてはならない。酷い罪悪感に転げ回りたいくらい衝動を堪え、密かに深呼吸をする。

 

 

「……」

 

 

 ラセツは鬼鮫とイタチの推薦で『暁』に加入した。 基本的に『暁』は加入動機を問わないが、罪を犯す前に勧誘され、加入を希望したラセツに、ペインは動機を問うた事がある。 その際、勧誘にてイタチが語った『暁』の目的に物凄い共感を受けた。と、事前に用意していた動機を返答にしたラセツは、ペインに一晩中『平和とは』について語られたことがある。

 洗脳するように語られた記憶をほじくりかえして、必死に纏めてその内容を全て自分が被る『道化』のアイテムに利用し、ラセツは話し始めた。

 

 

「今の平和を、平和と思わなくなったからだよ」

 

 

 常に力バランスを取らねば第四次忍界大戦の火種になりかねない睨み合いを続ける『忍び五大国』。 忍界大戦まではいかなくとも大国同士の戦争に巻き込まれて戦地にされ、困窮による疲弊が進行し衰退していく小国。 大国が平和な時の仕事は信頼も厚い大国に回り、信頼の薄い小国には依頼が回らず、困窮は加速し続ける。

 今の忍界システムでは強者である大国のみが潤い安定を手にし、弱者である小国は強者の顔色を常に伺い、理不尽に踏み躙られる。

 そして、踏み躙られて奪われた者は、復讐に駆り立てられ、その復讐は更なる復讐を生み出し、いつしか憎しみの連鎖が始める。

 

 

「そんな平和、ラセツは認めない」

 

「……」

 

「…どうせ人は理解し合う事なんて出来ない。だから今ある忍界のシステム全てを壊して、圧倒的な『脅威』で全ての人々を恐怖に煽り、制御する。…それで、世界を安定と平和に導くの」

 

「だからってそんな平和…」

 

「嘘っぱちだって言いたいんでしょ?でもいいの。人間はそんなに賢い生き物じゃないから」

 

 

 人間は忘れていく生き物だ。何十年も時が経てば『脅威』で刻まれた傷も癒えてまた戦争を起こし、『脅威』を扱って、大きな傷を負った世界にまた一時の平和が訪れる。

 

 

「ずーっとずっとその繰り返し」

 

 

 憎しみだけが世界を支配し、戦いだけが連鎖する不安定な世界を、恐怖により世界を支配し、戦争と平和が交互に連鎖するよう世界を制御する。

 

 

「ラセツが目指す新たな平和は、この世界システムを崩した先にある」

 

 

 『暁』が目指す平和に必要な圧倒的『脅威』に尾獣は大変都合がいい。『暁』が全て尾獣を保有してしまえば、戦力の天秤は音を立てて『暁』に傾く。最早バランスなんてありやしない。

 

 

「……わかってる。受け入れられないよね」

 

 

 『暁』が掲げる平和は今の平和のあり方や忍界システムを否定し、全て崩壊させた先にある。 同じ平和を掲げていても、中身や方向性がまるっきり違う。 『暁』は世界にとって、アカデミーで国語をやってるのに、算数をやりたいと騒ぎ、癇癪を起こす迷惑野郎共と同じだ。 そんな事『暁』は理解している。

 

 

「でも、引く気はないよ。だからね戦おう。昔も今も、正義を決めるのは勝ち残った方だから」

 

 

 いつの時代だって勝者が時代を作り、人々を導いてきた。勝者が描き、掲げる世界こそが正義。それは今でも変わらない。

 今は犯罪者であっても『暁』が勝ってしまえば、今までの常識は『暁』に塗り潰され、新しく掲げられる正義こそが世界の中核となる。 それ程までに人の世界とは勝者に便宜なものなのだ。

 

 

「ラセツは勝者となって平和を得る。その為にナルト、貴方を殺す」

 

 

 人差し指を真っ直ぐナルトに向ける。否、九尾が封印されている封印式があるナルトの腹部を指さした。

 強烈な狂気を纏う話を全て言い終えたラセツは、自分の『道化』ぶりに思わず自画自賛し、対してナルト達からは言葉が失われた。

 

 

「なんかラセツ、リーダーみたいなこと言うな、うん」

 

「そりゃ、考えが同じだからに決まってんでしょ。違ったら『暁』入ってないよ」

 

「ふーん?」

 

「まぁ…ディー君には分かんないか」

 

 

 『暁』にはS級に指定される犯罪者ばかりが集まっている。その全員がラセツのように『暁』と目的を共にして協力しているわけではない。否、そちらの方が少ないだろう。『暁』のメンバーは個々に目的を持っており、その目的を達成する為の都合の良い場所として所属している者も居る。デイダラもそのうちの1人だ。

 

 

「分かんないか…じゃねぇよ。組織の目的全部話しちまいやがって。怒られるぞ」

 

「ラセツは『暁』の目的としてじゃなくて、ラセツ個人の目的を話しただけなのでセーフ!」

 

「目的が一緒じゃ意味ねぇんだよ。アウトだ」

 

「まぁ、旦那。別にバレてもなんも変わんねーだろ。だから旦那も止めなかったんだろ?うん?」

 

「フン」

 

 

 『暁』が禁術や尾獣を集めているのは周知の事実。その最終的な目標がザックリと明かされただけであり、ラセツが話しても話さなくても状況は大きく変化しない。

 

 

「そうだ。この際だからオイラも教えてやるよ!!オイラの最終目的はーー、」

 

 

 デイダラの言葉を切り裂くように、鋼がぶつかる硬質的な音が洞窟中を全員の鼓膜を震わせた。

 

 

「!!?」

 

「相変わらずせっかちだね、ナルト」

 

 

 呑気に喋ろうとするデイダラに向かって、ナルトが投げた大型の手裏剣を、ラセツは尻目で確認しただけで的確にクナイを当て、2つの武器を自分の手元に見事に収めた。

 カカシの指導もあり、アカデミー時代から中忍顔負けの武器の扱いを見せていたが、今の技巧は当時の比ではない。

 相手の投げた手裏剣の大きさ、形、速度、向き、威力を一瞬で把握し、相手の武器と、これから投げる自分の武器。どちらも手元に収まるように計算してから武器を投げる。最早人間技と呼べるものではなかった。

 

 そんな神業を目の前にしたというのに『暁』2人は特に驚くことはない。それどころかサソリは「65点だな」と辛口な評価を付けており、デイダラはラセツの技術に目を向ける事無く、地団駄を踏んでナルトを睨んでいた。

 

 

「オイ、九尾の人柱力!!後で覚えてろよ!!うん!」

 

 

 話を遮られ、強制的に終了させられる事はあまり気分のいい事じゃない。 それにデイダラは気が長い方ではない。 少し揶揄っただけですぐに沸点に達し、命懸けの喧嘩をする事もしばしばある。

 そして今回、デイダラは沸点に達した。 瞳孔の開き切った瞳でナルトを見やり、デイダラの中に渦巻く怒りを爆発させたいと拳を震わせる。

 

 

「つーことで旦那。九尾はオイラがやる。…こいつはオイラが連れてくぜ」

 

「理由を省くな。それに、ノルマは1人1匹だろうが。オレがやる」

 

「悪いが異論を認める気はねーよ、うん」

 

「…図に乗るなよ、デイダラ」

 

 

 激毒が塗ってある傀儡を振り回し、デイダラに牙を剥く。 しかし、デイダラはなんて事ないように地面を蹴って攻撃を避け、鳥を模した起爆粘土に我愛羅を咥えさせ、起爆粘土の上に乗る。

 そのまま飛び去っていくデイダラと、一瞬ラセツを見た後にデイダラを追っていくナルトを見てサソリは響くほど大きい舌打ちをした。

 

 

「チィ…ラセツ。デイダラのお守りをしろ」

 

「了解」

 

 

 サソリとデイダラの戦闘能力はほぼ互角だ。しかし、経験の質と量がサソリとは雲泥の差だ。 それにナルトを追ってカカシもデイダラの方へ向かった。

 デイダラは土遁を得意とし、カカシは雷遁を得意とする。それに人柱力もいるとなればサソリよりもデイダラの方が勝利の天秤は厳しいものになるだろう。

 

 

「うっかり死なないようにね」

 

「お前もな」

 

 

 トン、と軽くサソリの傀儡に手を置いてからラセツは軽めに走る。 そのままサクラの横を抜け、洞窟から出る瞬間。

 

 

「ラセツ、待って!」

 

 

 色々な感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような震えた声を大きく叫ばれ、ラセツは振り返る。そこには顔を涙で濡らしたサクラが弱々しく立っていた。

 

 

「ねぇ…私が中忍試験を受ける前日、甘味処へ行って交わした約束、覚えてる?」

 

 

 勿論覚えている。

 授業や他人の話、環境や多くの書物から吸収して知識を溜め込でいたサクラは第七班班員の中で1番頭が良かった。しかし、実技はあまり褒められる出来ではなかった。

 だが実力主義な忍の世界だ。実力ではなく頭脳で勝負する事は、ただでさえ厳しい忍の道よりも過酷なものになる。 それはサクラもよく分かっていた。だからこそ自信を失っていた。

 

 サスケ至上主義なサクラは普段、可愛らしい女の子だが、ふとした時に誰よりも男前になる。それほど芯の強い女が弱々しく肩を落としている光景は、ラセツにはとても衝撃的なものだった。

 このままでは崩れてしまうと思ったラセツはサクラの腕をひいて甘味処へ行き、話を聞き、また、ラセツも心のままに話した。

 全てを曝け出した後、思わず魅入ってしまうほど美しく強く微笑み、ラセツに栗饅頭を奢る約束をしたサクラは、弱々しかった姿を塗りつぶしてしまうほど印象的だった。 

 

 『覚えてる?』だと?

 覚えている。覚えているとも。大切な友達との約束なのだから。でも、

 

 

「そんな約束、知らない」

 

 

 ラセツに『覚えているよ』なんて、希望のような言葉を言う選択肢など存在しない。何故ならこれからもっと、救いようのないくらいまで堕ちなければならないのだから。

 紫紺の瞳を細め、冷えきった視線でサクラを厳しく睨みつけた後、ラセツは静かに走り去っていった。

 

 サソリは何かの劇場のようなモノを繰り広げた2人にくつくつと満足げに低い笑い声を洩らし、いくつもの武器が仕込んである傀儡を展開した。

 

 

「さぁ、始めるか。……!!」

 

 

 ガシャン、という硬質的な音が洞窟に響き渡る。 なんだと音の発生した方を見れば傀儡の仕掛けがいくつか地面に落ちていた。 上機嫌だったサソリの表情が不機嫌に染まっていく。

 

 

「……チッ、メンテ不足か」

 

 

 最近は戦闘任務続きだった為、普段のメンテナンスでは足りなかったのかもしれない。確かにそろそろこの傀儡は繋ぎ部分や、仕掛け武器を買い替えなければと思っていた所。

 こんな時に限って壊れるなんてタイミングが悪いんだとサソリは舌打ちをする。だがまぁ、サソリにとってはあまり問題ではない。手札が多少減った程度。

 

 目の前に祖母であるチヨと桃色髪の女。女は知らないが、チヨは強敵と認識していい存在だ。サソリは目の前の強敵に意識を重点的に向ける。だからこそ確認を怠った。

 

 落ちている傀儡の仕掛け武器が数本足りない事に。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 外に出れば、空にはデイダラ、洞窟の前に立つ鳥居にはナルトとカカシが立っていた。 ナルトとカカシの意識は完全にデイダラに持っていかれている。 ほんの少しの悪戯心で、ラセツは背後から慎重に近づきーー、

 

 

「ーーーッナルト、下がれ!」

 

 

 常に冷静さと周囲への警戒を忘れないカカシが、ラセツに気づき、ナルトを背後に引っ張り、守るように構える。 気づかれてしまったラセツは僅かに肩を落とし、高い跳躍で起爆粘土の上に着地した。

 

 

「ディー君、ラセツも混ぜて」

 

「仕方ねーな。邪魔だけはすんなよ、うん」

 

「分かった。多分」

 

 

 ラセツの曖昧な返事に、デイダラは殺傷能力が低めの小さな起爆粘土をいくつかラセツに向けて投げる。 しかし、それはラセツの各指に挟まれた無数の武器によって撃ち落とされ、空中で爆発した。

 その時、デイダラから『戦闘の邪魔をされないように』という思考は隅に置かれ、ラセツの武器に目を向けていた。

 

 

「ラセツ、そんな武器持ってたか?うん?」

 

「貰ったんだ。色々ね」

 

 

 自慢げに小さく特殊な形をした武器を挟んだ手をヒラヒラと振る。

 これは先程サソリの傀儡からこっそりと引き抜いた仕掛け武器だ。これまでサソリと任務を共にする機会は何回かあり、傀儡について教えてもらったことがある。

 勿論、羅刹は覚えが悪い為、あまり詳しくはないが、構造の知識だけは死ぬ気で詰め込んだ。

 

 

(これだけじゃ気持ち程度だけど…頑張ってね、サクラ)

 

 

 サソリは経験が豊富が故に、戦闘の引き出しがかなり多い。 仕掛けを数個破壊した程度ではサソリの弱体化はあまり望めないだろうが、しないよりはいいだろう。 これがラセツにできるサクラへの精一杯の応援だった。

 

 

「……我愛羅を返しやがれ!!」

 

 

 呑気な『暁』の会話に待ってやる義理はない。ナルトは起爆粘土が咥える我愛羅に向けて手を伸ばす。が、起爆粘土の高度が上がり、ナルトの手は虚しくもからぶった。

 

 

「……さぁ、仲間割れはここまでにしよ?善処はするからさ」

 

 

 邪魔される可能性は消えていないことにデイダラは不満げに唇を尖らすが、これ以上は無駄だと判断し、渋々了承する。

 

 

「で?ナルトの相手はディー君がしたいんだっけ?」

 

「ナルト??あぁ、人柱力な」

 

「なら、カカシ先生の相手はラセツがするね」

 

「…さっき善処するって言ったばっかだろーが……てか、お前今日、戦闘員じゃねーだろ。うん」

 

「でも、ディー君はカカシ先生と相性最悪だし」

 

「相性?……あー、」

 

「これはディー君にとってもいいお話じゃない?」

 

 

 土遁が得意のデイダラと雷遁が得意のカカシでは相性が悪い。 それに、人柱力であるナルトと邪魔者であるカカシを引き離すにも良い。

 

 

「じゃあ、任せた。……帰れるようにはしとけよ?うん」

 

「了解」

 

 

 瞬間、ラセツの紫紺の瞳が静かに、ナルトとカカシに向けられた。 今までとは何かが違う違和感にカカシは写輪眼を細め、ラセツのチャクラが急速に練られていくのを視た。

 

 

「ーーまさか!!」

 

 

 カカシはラセツの行動を察し、鳥居から飛び降りる。 ラセツの《空間転移》の副次的効果である《境界》を警戒したが故だ。 カカシの察し通り、ラセツは先程座標登録した鳥居の上、それもカカシがいた場所に《空間転移》していた。

 だが、カカシの行いは愚行だったという事を直後思い知った。

 

 

「ナルトはあっちね」

 

「ラセ……ぐぁッ!」

 

 

 ナルトが状況を判断するより早く、ラセツはナルトを蹴り飛ばし、カカシとの距離を離した。

 

 

「やられたな…」

 

 

 ナルトの方へ飛ぶデイダラと微笑を浮かべるラセツを見て、悔しげにカカシは呟いた。

 ナルトは強くなったが、相手は風影を攫った『暁』だ。ナルト1人では厳しい部分が多い。だからこそ連携をしなくてはならないのに、ラセツが立ち塞がる。

 

 

「ナルトの心配なんて、する暇あるの?」

 

「ーー!!」

 

 

 藍色の髪を踊らせ、悪戯っぽく口角を上げた愛らしい顔を息がかかる距離まで迫り、その下で握られた凶悪な拳が振われる。 咄嗟に流して防御はしたものの、あまりの威力に腕が痺れる。

 

 

「強くなったな……ラセツ」

 

「えへへ、でしょ?」

 

 

 拳の重さが2年半前のラセツとは雲泥の差だ。 今のラセツは通常時で2年半前の角1本状態とほぼ同じくらいの実力を持つだけではなく、技量や戦いの立ち回りも以前とは全然違う。

 

 

「一番弟子の成長を、こんな形で知りたくはなかった、ね!」

 

 

 目線と呼吸、手の動きを意図的にずらし、混乱を誘ってからの一撃。 ラセツはカカシの狙い通り混乱し、行動が遅れ、防御はしたものの正面から攻撃を受ける。

 長年錬磨された体術の威力はサクラや綱手には劣るものの、少女の骨を折り、再起不能にするには十分すぎる威力を持っている。しかしーー、

 

 

「…それはごめんね?」

 

「……!」

 

「あと、この程度じゃ効かないよ。ラセツ頑丈に成長したから」

 

 

 鬼族の身体は頑強だ。その上『暁』に鍛え上げられ、そのタフさでは『不死身コンビ』と呼んでいる2人に次ぐ。

 

 ラセツはカカシの拳を押し返し、素早くクナイを取り出し、直線的だが最短距離で刃を走らせる。 それを写輪眼の眼力は見切る。 間一髪のタイミングで横に重心移動し、首の横をラセツの攻撃が走る。

 懐に入り込んだカカシは既に練っていたチャクラを片手に集め、独特な音を響かせる《千鳥》を発動した。

 

 

「…わ、危ない」

 

 

 真っ直ぐとラセツの腹を目掛けて放たれた一撃は、呑気な一言と共にカカシの両肩を掴み、上へ身体を逃したラセツに当たる事はなかった。

 

 

「…ーー問題ない」

 

 

 ラセツほどの反射神経を持ってすれば《千鳥》が避けられる事など予測していた。 カカシは素早く巻物を取り出し、起爆札がついたクナイを口寄せし、ラセツの体勢が整う前に投げる。

 カカシの《千鳥》が避けられるほどだ。この程度のクナイは当然避けられる。 しかし、起爆札の煙によって視界が一気に悪くなってしまい、ラセツはカカシの気配を追った。

 

 

「でも…なんで起爆札……」

 

 

 ラセツに制限がないこの場所で起爆札が効かない事はカカシも理解していた筈だ。それなのに何故起爆札を使い、視界も悪くして自ら写輪眼の効果を消したのだろうか。

 

 

「…理由はどうであれ、邪魔だな」

 

 

 煙は邪魔だ。ラセツは大きく腕を振るって煙を霧散させ、視界をクリアにする。 そして背後。クナイを握ったカカシがすぐそこまで迫っていた。

 

 

(あぁ、なるほどね)

 

 

 カカシの姿を見た瞬間、カカシの作戦を理解した。

 鈍く遅いカカシの攻撃を、握っていたクナイで弾き、カカシに一撃喰らわせる。そこに手応えは勿論なかった。

 

 

(…影分身)

 

 

 カカシにとって今1番重要な事は、ナルトを『暁』に渡さない事。 ラセツを倒すことではない。

 

 

「まさか、再不斬と同じ事をするなんてね」

 

 

 波の国、橋の上での戦いを思い出す。 

 再不斬が行った作戦を応用し、目的に走ったカカシに思わず笑みが溢れた。

 

 

「ディー君に怒られるなぁ…」

 

 

 ナルトも強くなったとはいえ、相手は風影を相手にしていたデイダラ。デイダラと相性抜群であるカカシを早めに逃して、ナルトの元へ向かわせなければと考えていた。 

 足止め、と言えるほど時間を稼げなかったラセツにデイダラは怒るだろうが、それくらいは良いだろう。

 

 

「んー…!」

 

 

 『暁』の目的の情報提供を満足に行い、意図せずデイダラとサソリの連携が消え、カカシを逃すことも成功した。 あとラセツに残る仕事は疑われないようにデイダラを補佐し、『暁』の役割を務めながらナルトを捕獲させないように立ち回れば良いだけ。

 満足げに伸びをした後、ラセツはデイダラの方へ走った。

 

 

 



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第三十一話『異常ナ心酔』

「中々しぶとい人柱力だな…うん」

 

 

 ラセツと役割を分担して、九尾の人柱力ことナルトと戦闘になって約数分。 伝説の三忍である自来也に2年半みっちり鍛えられただけあり、確実な一手がどうも決まらない。

 風影であった一尾の人柱力、砂漠の我愛羅との戦闘、尾獣の封印にて使ったチャクラは少なくない。 このまま戦闘が長引けば勝利の天秤はナルトに傾く。 ならどうするか。ナルトを仕留められ、デイダラ自身も納得できる芸術的な勝ち方。

 

 

「ナルト!無事か!!」

 

「カカシ先生!!ラセツは!?」

 

「いま、影分身の相手をしてもらってる。でもすぐ見破られた。そろそろ来るぞ」

 

 

 九尾の人柱力だけでも厄介だというのに、更に厄介な人物がナルトの加勢に駆け付けた。 

 

 

「ラセツの奴…影分身なんかに引っかかってんじゃねーよ…うん」

 

 

 てへぺろ、と舌を出して悪戯っぽく笑うラセツの姿がデイダラの脳内を横切り、イラつきを叩きつけるように舌打ちをした。

 

 

「よし…まずはコイツを片付けるぞ。『暁』2人は流石に部が悪い」

 

「おう!」

 

 

 デイダラにとってとてつもなく腹立たしい柘榴色に輝く片目が向く。 

 写輪眼をなるべく視界に入れないよう配慮しながら、もう残り少ない起爆粘土をチャクラを練り合わせながら芸術を作り上げる。

 

 

「芸術は…爆発だ!!」

 

 

 無数の起爆粘土は小さいが、人の頭など簡単に吹っ飛ばせるほどの威力がある。 カカシは身を丸めて防御体制を取ったが、ナルトは『攻撃は最大の防御』ということなのだろうか。《螺旋丸》で防御しつつ、デイダラに突っ込んでいく。

 

 

「ッチィ!!……喝!!」

 

 

 先程よりワンランク上の起爆粘土と《螺旋丸》が激突し、凄まじい爆発が起こり、大気を揺らす。その振動は小さくはなく、デイダラの乗る起爆粘土にも影響した。

 

 

「あ、」

 

 

 起爆粘土の顎が飛び、我愛羅が落ちる。ナルトが「我愛羅!!」と叫びながら我愛羅の亡骸に手を伸ばすが、宙を掴んだ。

 

 

「こら、ちゃんと持ってないとダメでしょ?」

 

 

 重力を感じさせない程、身軽に身体を操ってラセツが我愛羅を掻っ攫い、起爆粘土の嘴を模している部分に放り込んだ。

 呑気にドヤ顔を向けてデイダラの後ろに着地したラセツに、デイダラは地団駄を踏み、唾を飛ばしながら文句を吐く。

 

 

「ラセツ…お前!!自分で言ったんだからしっかりカカシの相手しろよ!!うん!」

 

「あっははは…えへへ?」

 

「えへへじゃねぇよ!うん!」

 

 

 満足に足止めも出来ずに作戦負けしたラセツは眉を下げながら笑い、デイダラの怒りを上手く流しつつ、会話の転換を必死に探す。

 

 

「…ラセツへの説教よりさ、九尾とカカシ先生はどうする?」

 

「もうお前は信用ならねぇ!オレがやるから後ろで見とけ!」

 

「ディー君、余力あるの?」

 

「うるせェ!!やばい時は転移しろ!うん!」

 

 

 緊急脱出要員は安心して無茶する為の役割ではないのだが、もう数度ラセツに助けられているデイダラにとって緊急脱出要員とは、自分が無茶出来る役割と、すり替わっていた。

 しかし、作戦負けし、カカシの足止めが出来なかったラセツはデイダラの言葉を拒否しづらい。 渋々と「わかった」と答え、いつでも転移ができるようにチャクラを練った。

 

 

「ラセツ!!」

 

 

 突如、下から大きく名前を呼ばれて覗きこむと、眉を寄せ、歯を食いしばり、拳が震えるほど握りしめているナルトの姿があった。

 正直胸が痛む。 仕方がないとはいえ、ナルトにこんな表情をさせている自分に嫌気が刺す。 しかしコレで良い。合っているのだ。だからラセツはゆったりとした笑みを返した。

 

 

「ん?どうしたの?ナルト」

 

「帰ってこい!!!」

 

「…は、」

 

 

 蒼穹を閉じ込めた瞳が羅刹を射抜き、真っ直ぐ伸ばされる掌に思わず絶句した。

 歪んだ平和を語り、崇信している堕ちた『道化』を目の前で見たというのに。目指す場所は同じでも、中身や方向性が全く違うと決別したはずなのに。

 

 

「ラセツがなんでそうなっちまったか、オレは知らねぇってばよ。でも、オレがラセツの全部を受け止めてやる!!オレが全部どうにかしてやる!!だってオレは!!」

 

 

 ナルトの必死な叫びは、2年半前と変わらずラセツの鼓膜によく震わせ、脳内を反芻する。

 だからこそ理解できた。 ナルトはまだ、ラセツを諦めていない。 何処までも堕ち続ける『道化』のラセツを見てもその美しく強い心は折れない。

 

 

「オレはラセツの英雄だから!!」

 

「…ッ」

 

 

 久々に触れた、ラセツが真に憧れ、崇拝する英雄の心。

 潤みそうな瞳を必死に堪え、冷たい無表情を保とうと頬を固くし、縋りつきに走り出してしまいそうな手足を叱咤して、泣きついて真実を曝け出して、守ってと、救ってと言葉を吐き出してしまいそうな唇を引き結んだ。

 

 

「オレが、なんとかしてやるから…そっちに、行かないでくれってばよ!」

 

(ラセツだって、好きでここにいるわけじゃない)

 

 

 嫌だ。本当はとても。 今すぐ木ノ葉に帰って飾ってある写真をじっくり眺めながら、少し古い木の匂いがする家で、愛着がある安物の布団に包まれて眠りたい。

 友達や仲間に『おはよう』と気兼ねなく挨拶をしたり、世間話をしたり、任務の話をしたい。

 

 

「……馬鹿だな」

 

 

 広がり続ける妄想に、ラセツの両耳を飾る柘榴石に触れながら、自嘲するように嗤い、言い捨てた。 紫紺の瞳は細められ、厳しい視線となってナルトを射抜く。

 

 敵対する現実に、敵となった仲間も救おうとするナルトの精神は邪魔すぎた。この邪魔を取っ払うにはもっと堕ちるしかない。そう思考したラセツは起爆粘土の頭を強く蹴り、我愛羅を空中に放り出す。

 

 

「あ!ラセツ!何しやがんだ、うん!」

 

 

 ナルトを引き寄せる為の我愛羅が逃がされ、怒声をあげるデイダラだったが、ラセツの返答は一切無く、代わりに、圧力さえ感じさせていた紫紺の瞳を柔らかくし、嘲るような笑みをうっすら浮かべた。

 

 

「…サスケも我愛羅も。何も救えない貴方に、いったい何が出来るっていうの?」

 

 

 真実ではあるものの、ナルトの思いと努力を踏み躙って笑うラセツに、ナルトは一気に表情を固まらせる。 

 

 

「……」

 

 

 昔だったらきっと、ナルトを奮い立たせる言葉をひとつやふたつ口にしたのだろう。 しかし、それはもう過去の事であり、叶わないIFの世界。

 現実のラセツはナルトと敵対し、両手どころか骨の髄まで血に汚れ、罪に染まっている。 優しい言葉は吐かない。

 

 

「帰ろう、ディー君。コイツら胸糞悪い」

 

「何勝手に決めてんだよ、うん。…でもまァ、いいか。もうチャクラも粘土も満足にねーし。旦那連れて帰るぞ、うん」

 

 

 一尾の人柱力であり風影でもある我愛羅は間違いなく実力者だ。それに加えて伝説の三忍である自来也に2年半みっちり修行をしたナルトも実力は申し分ない。 影レベルの実力を持つデイダラであっても連戦するにはかなり厳しい相手だった。

 それに九尾の人柱力はデイダラのノルマではない上、デイダラはもうノルマを達成している。無理する必要はなかった。

 

 

「逃がさないよ」

 

 

直後、先程から沈黙を守っていたカカシの声が大気を震わせ、柘榴色に輝く瞳が露わになり、その紋様が三つ巴ではない事に気づく。

 

 

(万華鏡写輪眼…)

 

 

 カカシはうちはの家系ではない。しかし、カカシが宿している瞳はイタチが宿しているのと同じ、間違いなく万華鏡写輪眼だ。

 驚きからラセツは万華鏡写輪眼を凝視してしまう。本来なら強力な催眠術を扱うことができる万華鏡写輪眼を見つめてはならない。しかし、今回は写輪眼と目を離さなかった事が功を成した。

 

 

「!!……ディー君!!」

 

「うお、」

 

 

 カカシの万華鏡写輪眼から放たれる、空間に干渉するエネルギーを察知し、自分の身体ごとデイダラの身体を押し、起爆粘土から落ちる。

 

 

「…ってぇ…何すんだ、ラセツ!!」

 

「……危なかった…」

 

 

 怒るデイダラに目もくれず、厳しい表情で上空を見上げている。 普段からヘラヘラしているラセツがこんなに顔を顰めるなんて何事かと、デイダラも上空へ目線を向け、目を見開いた。

 

 

「何が……、なんだ、あれ」

 

 

 バランスを取れなくなった起爆粘土は墜落し、ナルトが起爆粘土からが我愛羅を救出するまでしっかり見届けた。

 そう、『墜落』したのだ。ぐるぐると空間を歪ませ、巻き込むように鳥を模した起爆粘土の右羽が引きちぎれたのだ。

 

 

「…時空間忍術……」

 

「ラセツの術みたいだな」

 

「うーん。ラセツの唯一の取り柄を取らないでほしいな…でもまぁ、まだコントロールは不安定みたいだし…めっちゃ脅威!って訳じゃないね」

 

 

 カカシの万華鏡写輪眼はデイダラを見つめていた。しかし、発動した時空間忍術で被害を受けたのは起爆粘土の右羽。 コントロールがかなり不安定なのだろう。

 

 

「とは言っても、極められたら最悪だし、座標登録してない場所でも出来てるからかなり厄介な事には変わりないね…うわ、めんどくさ」

 

「お前な……、」

 

 

 うげぇ、と顔を顰めるラセツに、デイダラは本気でドン引きした。

 双方、空間を干渉する時空間忍術だが、脅威と厄介さならば断然ラセツに軍配が上がる。 座標を登録した場所や、目印となる札がなければ転移できないラセツだが、副次的効果である『境界』は指定が自由であり、逃げは勘任せとなる。それに、コントロールだってよっぽど座標が不安定でなければかなりのものであり、時空間忍術ナシでも羅刹はかなり強い。 模擬戦でデイダラが苦戦する程に。

 

 だから正直『お前の相手する奴もお前のことアホみたいにクソ面倒くさいと思ってる』と言ってやりたかった。 

 だが、デイダラの口からその言葉が出ることはなかった。 後方から攻めてきた木ノ葉の忍が原因だ。

 

 

「わ、びっくりした」

 

「チッ」

 

 

 黒髪の長髪を一つで束ね、日向一族の血継限界を宿す少年ーーネジは、自分の渾身の一撃があっさりと避けられてしまった事に不機嫌を露わにする。

 デイダラを抱えながら踊る様に、軽くステップを踏みながら木々の障害物を味方につけて足場とし、ネジの攻撃をゆるりゆるりと余裕を持って交わしていく。

 しかし、その余裕も長くは続かなかった。それは、ガイをはじめとし、リー、テンテンも合流し、加勢に来たからだ。

 

 

「おい、ラセツ!!早く《空間転移》しろ!うん!」

 

「座標安定しないと、ディー君の四肢吹っ飛ぶかもよ?」

 

「役立たずだな!うん!」

 

「チャクラ切れ寸前で、粘土も切れて戦力にならないディー君に言われたくない」

 

「……ぐぅ」

 

 

 別に瀕死という訳では無いので戦えるが、このメンバーを相手にするのであったら、今のデイダラは足手まとい同然だ。

 

 

「しゃーんなろぉぉおおぉぉ!!」

 

「わ、サクラ?」

 

 

 更に加勢にきたのは、凄まじい怪力を込めた拳を奮ってくる桃髪の少女、サクラだった。 サクラとチヨはサソリの相手をしていたはずだ。 サソリに限って敵を見逃したり取り逃したりするなんてあり得ない。 となると答えはひとつだった。

 

 

「…まさか、サソリが負けるとはね」

 

 

 デイダラも全く同じ意見な様で、口を小さく開けたまま、ポカンとしていた。 しかし、驚いている余裕なんて木ノ葉の忍達は許さない。

 此処で仕留めるのだと、そう言わんばかりに猛攻を続ける。どうやって逃げようか、そう思考し、転機が訪れた。

 

 

「すまん、遅れた!」

 

「カカシ先生、ナルト…!」

 

 小脇に我愛羅の亡骸と、ぐったりとしたナルトを抱えてカカシは登場した。 戦闘に集中してて気づかなかったが、如何やら此処にくるまでに何かあったらしい。 

 しかしそんな事はどうでもいい。 弱っているナルトにラセツが目線を向ければ木ノ葉の忍はナルトを守ろうと背に庇い、ラセツへの攻撃が止んだ。

 

 

「よし。ディー君、逃げるよ」

 

「おー、やっとか、うん」

 

「逃がすと、思うか??」

 

「うん」

 

 写輪眼の模様を万華鏡写輪眼に変えて、カカシは切り札で脅しをかけるが、ラセツはなんとも無い様に嗤った。当然だ。時空間忍術の扱いはラセツの方が数段上なのだから。 コントロールも覚束ず、発動までに時間がかかる術なんて脅威には遠い。

 

 

「だって、カカシ先生が発動できる頃にはラセツが数人刻む方が早いし」

 

「…ホント、可愛くないな」

 

「そりゃ、カカシ先生の弟子だったし。可愛くならないのは当然じゃない?」

 

「そうだな。納得だ」

 

「じゃ、またね」

 

 

 境界を設定して空間転移を発動しようとし、一瞬だけうっすらと開いた蒼の双眸と視線が絡む。

 ナルトは優しい。だから、こんなラセツをなんとかして救おうと手を伸ばしてくれるけれど、ラセツはそれを望まない。

 今までよりもっと、どうしようもないほど罪を重ねて、救えない程闇に堕ちて、落ちて、オチテ、おちて。

 

 ナルトがラセツを殺して、それが『英雄』の功績として讃えられるようになるまで。ラセツは『暁』としてこの装束を着て、自ら破滅へ進む。

 

 

「ーーーちょ、!?」

 

 

 瞬間、手が伸びてきて、ラセツの口から驚きが洩れる。 

 ラセツの境界は何をも断裂する。それはラセツよりもチャクラ量が多い人であっても例外では無い。 転移は出来ないが、断裂されてしまう。

 そんな恐怖の境界に躊躇いなく侵入してきたのはナルトだった。

 

 

「いつか絶対」

 

 

 ナルトが伸ばしたその手は、ラセツを掴むことなく、虚しくもから振る。 そう、から振ったのだ。 ナルトの腕には傷ひとつない。

 

 

「お前を救ってみせる」

 

 

 そのままから振った掌をぐっと握りしめ、拳を作る。

 ラセツが闇に変わってしまったのなら。そこから闇を払って手を繋ぎ、救ってみせる。そして、大きな声で笑い合いながら隣を歩いてやる。かつてのように。

 

 ラセツの事を知らないくせに救い、共に歩こうなどとは、なんとも傲慢で強欲も甚だしい。しかし、英雄にはこれくらいが丁度いい。 老人の使用期限切れの化石を砕くには持ってこいの傲慢さと強欲さだった。

 

 

 

✳︎

 

 

「ーーーッはぁぁああ、」

 

「あっぶなかったなぁ、うん」

 

「同感」

 

 

 おそらく、デイダラが言う『危ない』とラセツが言う『危ない』の方向は違う。

 ラセツはナルトの腕が飛ばない様に境界を操作が成功した事に。デイダラはナルトに攻撃され、《空間転移》が失敗しなかった事に。

 相手がペインだったり、サソリだったりしたならばなんとなく気づかれたかもしれない。デイダラでラッキーだった。

 

 ラセツはもう一度大きく息を吐き、胸に手を当てて、自身の心臓の鼓動を落ち着かせる。その時。

 

 

『…いつか絶対』

 

「ーーー!」

 

 

 ナルトの声が脳内に響く。真剣で必死な表情に埋め込まれた、強い意志を感じる蒼い双眸と、伸ばされる逞しい腕。 

 

 

(いつか絶対、お前を殺してやる…だったらいいなぁ)

 

 

 ラセツの目的はナルトに殺され、ナルトを英雄にする事。 ナルトが自分に殺意を持ってデメリットなんてひとつもない。

 

 しかし、ラセツは見誤った。舐めていた。軽んじていた。過小評価していた。己が10年近く称賛し続けた英雄を。

 

 異常なまでに英雄を心酔するツクリモノの『道化』と、少しずつではあるが本物に成りつつある『英雄』では勝負は目に見えている。

 『英雄』には『道化』の力なんていらない事を『道化』は存在価値を確かめる様に気づかないふりをする。 そんな可哀想な『道化』を両耳を飾る柘榴石はこの上なく嘲笑った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 チヨが我愛羅の命と引き換えにして亡くなり、風影奪還に赴いた、ナルトを始めとした木ノ葉の忍と別れてから数刻。

 我愛羅はナルトの言っていた言葉を思い出していた。

 

 

『あいつ、きっと事情がある。だって最後、オレの腕を…』

 

 

 ラセツはナルトの腕を断裂しなかった。 今回は退却という手を取った『暁』だが、成長していくナルトは厄介だろう。 次回捕縛する際、少しでも楽に捕縛できる様にしておきたい。 それに腕は忍者の商売道具だ。失くしてしまうとデメリットが大きく、『暁』に腕を奪わないという選択肢は無かったはずだ。

 しかし、ラセツはナルトの腕を奪わなかった。 出来たはずなのにしなかった。

 

 

(とは言っても…ラセツの罪を無い物にすることはできない。例えどんな事情があろうとも)

 

 

 ラセツは罪人だ。それもS級に分類される中でも特に危険人物として登録されている。 

 

 

「ラセツ…」

 

 

 友達になれると思ったら言えと。友達記念日として美味しい甘味処連れて行ってあげると、そう言ってくれたラセツを思い出す。

 

 

「オレはお前と友人になりたかった。甘味処へ行きたかった」

 

 

 S級犯罪者のラセツと、風影という我愛羅。

 ラセツと友人になり、その記念として美味しい甘味処へ共に行く約束はラセツによって破棄され、叶わないものとなった。

 

 悲しい事実と現実に、我愛羅は静かに一筋の涙を流した。

 

 

 



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第三十二話 『踏ミ潰シ』

おそくなりました。


 

まだ鳴り止まないものの、次第に収まってきた心臓の鼓動を軽く聞きながら、ゆったりとした息をひとつ吐く。

 

 

「ぁ…リーダーに報告しなきゃ」

 

 

 指輪にチャクラを僅かに注ぎ込み、ペイント通信を繋げる。 一本の糸が繋がる感覚を確かめ、ラセツはペインに呼びかけた。

 

 

「リーダー」

 

《…どうした》

 

「ごめん、九尾は捕獲できなかった。あと、サソリがやられた」

 

《サソリが…?そうか。デイダラはどうだ》

 

「心配ねーよ。うん」

 

「分が悪くて引いたの。いい報告が出来なくてごめんね」

 

《そうか、わかった。…ラセツ、次の任務だ》

 

 

 『暁』古参メンバーが殺されたというのに、ペインの反応はひどくあっさりしていた。

 所属して2年半ほど。それもラセツは『暁』の裏切り者。 そんな立場に立つラセツであっても、サソリの死に対して何も思わなかったわけではない。 それなりの情が湧いていた。

 

 温度のない組織関係に居心地の悪さを覚えながらも、『暁』のラセツを精一杯表に出した。

 

 

「えっ、早くない?」

 

《問題ない。ただのおつかいだ…大蛇丸のアジトへ行き、指輪を奪還しろ》

 

「それ、問題ない訳ないし、ただのおつかいじゃないよね」

 

《報告を待っている》

 

「あ、聞く耳なしね。知ってた」

 

 

 一方的に通話は切られ、頭の中に居座るような変な違和感は一気に消えた。 ラセツは大きく息を吸い、肩を落としながら息を吐いた後、ぐったりと座るデイダラにひらひらと手を振った。

 

 

「…じゃあ、ラセツ行くね」

 

「おー、死なないようにな、うん」

 

「ディー君こそ気をつけてね。今隙だらけなんだから」

 

「うるせー!早くいけ、うん!!」

 

 

 元気だったら、きっと起爆粘土を大量に投げそうなほどご機嫌ナナメなデイダラから逃げるように背を向けると、キョロキョロと挙動不審に動き回っている渦巻きの仮面を身につけた男を見つける。

 

 

「ん?ありゃ…トビだな」

 

 

 挙動不審な仮面の男。 ラセツはこの男を『暁』加入前から知っている。 この男はうちは抹殺事件にてイタチに協力していた協力者だ。

 

 

『お前…うちはじゃないな。何者だ』

 

「あーー!デイダラ先輩にラセツ先輩みーっけ!!」

 

 

 本当に同一人物かと疑ってしまうほどの喋り方。 その上、当時感じた威圧感はまるで無く、逃げ出す能と場を和ます能力に長けているだけの無害な男だ。

 ラセツは、あの威圧感を全く見せない『無害な男』として認識させるトビが、恐ろしかった。

 問いたいことも確かめたい事も色々ある。しかし、

 

 

『トビ、という男には知らないふりをしろ』

 

 

 加入してすぐ、イタチに言われた忠告に従い、ラセツは何も知らないふりをする。

 

「こんなところにいたんだ〜」

 

「探シタゾ」 

 

「ゼツもいたんだ」

 

「デイダラ先輩とラセツ先輩、あんまりにも見つかんないから死んじゃったのかと思いましたよー!!よかったー!」

 

「勝手に殺すんじゃないの!」

 

「あいたたタタタタ!!ラセツ先輩、痛い!!あ、そうだ!」

 

 

 首をギリギリと締めていくラセツの腕を右手で軽く叩きながら、左手はポケットに突っ込み、何かを探すようにガサゴソと忙しく動かし、やがて1枚の紙を取り出した。

 

 

「ラセツ先輩!これ、回収しときましたよ!」

 

 

 これはサソリに渡していた転移用の札だ。 作り方が非常に難しく、失敗も多いため、物凄く貴重な札だ。 正直助かった。

 

 

「あー、ありがとう」

 

「いえいえ〜どういたしまして!」

 

「これ、ディー君持ってて。間違っても爆破しないように!」

 

「約束は出来ねーな、うん」

 

 

 この札を作る為の苦労を知らないわけではないだろうに、そんなことを言うデイダラの怪我を足でグリグリと痛めつけていると、ゼツが辺りを見回しながら問いかけた。

 

 

「人柱力ハドウシタ」

 

「オイラのノルマは終わってんだろ」

 

「ラセツも。ノルマは終わってるし」

 

「あー!逃がしたんですねー??ダメじゃないですかー」

 

「黙れトビ!!」

 

 

 今度はデイダラに首を絞められていくトビ。

 少し苦しげに。しかし軽さは忘れずに。誰の危機警報にも引っかからない『無害』を、表に出すトビに背筋が凍るような恐怖を抱くが、全てを押し殺しながら柔らかい笑顔を向けた。

 

 

「じゃあ、トビ、ゼツ。ディー君のことお願いね。ラセツ、『空』の指輪探してくる」

 

「わかりましたー!デイダラ先輩が爆死しないように見張ってますね!」

 

「お前は窒息死だ!うん!」

 

「気をつけてね〜」

 

「死ヌナヨ。荷物運ビガイナイト色々面倒臭イ」

 

「ラセツを雑用扱いとは死にたいの?黒ゼツ」

 

「冗談ダ」

 

「ならいいけど。……じゃ、またね」

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「あっーーーもう!!見つかんない!!」

 

 

 

大蛇丸のアジトを探して10日目。大蛇丸のアジトは一向に見当たらない。否、見当たらないと言うのは語弊がある。 見当たらないのではなくて、指輪の無い元アジトならばいくつも見つけたからだ。

 

 

「近くにあったら反応してくれるみたいだけど…ホントかな……」

 

 

 そう、疑心暗鬼な色を滲ませる視線が向けられるのは左手の小指に嵌まる指輪。 嵌めている本人しか分からないほど弱いリンクではあるが、反応するようになってるらしい。

 しかし、この指輪に反対なんて来たことがない。

 

 

「このアジトに無かったら暫く休憩しよう…」

 

 

 まず、S級犯罪者 大蛇丸のアジトを探せ。と、お使い感覚で言うのがおかしいのだ。 指輪がないハズレのアジトだったとしても、何年も木ノ葉の追跡から逃れている大蛇丸の、綺麗に隠れたアジトを見つける方が難しい。

 なので少しくらい休憩という名のサボりをしても怒られないだろう。そう思って入ったのに。

 

 

(い、いたーー!サスケみっけーー!!)

 

 

 偶々、空間転移の境界に反応があり、好奇心から覗いた部屋にはまさかの人物が横たわっており、声に出さず、心の中で叫んだ自分をもみくちゃに称賛したい。

 気配を悟られるのはマズいと、最大限気配を消すことに集中しながら、その場をそっと離れーーーピリ、とした弱い電流のような反応が左手の小指に走った。

 

 

「指輪……」

 

 

 まぁ、そうだよね。とラセツは思う。

 今まで覗いていた大蛇丸のアジトは当然、証拠を最小限にする為、もぬけの殻だ。 持ち歩いているという事は予想がついていた。

 そして、ここにサスケがいるといる事は大蛇丸もいるという事。 危険人物が多すぎるアジトの中で、いつでも転移できるようにチャクラを練り、共鳴が始まった方向へ進んでいく。

 

 

「……ここでもない」

 

 

 弱々しい反応がに変化は無く、遠ざかっているという事はないだろうが、近づいているのかも分からない。

 早く見つけたい。と、大蛇丸のアジトから出たら甘味処で栗饅頭を食べようと心に決め、必死に探していく。

 

 

「…お邪魔しまーす」

 

 

 誰もいないのは境界の反応から分かってはいるが、相手が、S級犯罪者の大先輩である大蛇丸の為、なんとなく挨拶をし、そっと部屋に忍び込む。

 大量の資料や珍しいもの、奇妙なもの、広げられる実験データからここは大蛇丸の部屋だろうなと分かり、ここは重点的に探そうと部屋を見渡すと、特に異質な存在を放っている枯れ木のような手が目に入る。

 

 

「あ、『空』」

 

 

 枯れ木のような手に嵌っている指輪は目当てである『空』の指輪であった。 罠がないか慎重に確認した後、そっと指輪を取る。

 

 

「はぁ、任務完了…」

 

 

 あまりにも呆気なかったが、安堵から緊張していた肩を落とす。 しかしまだ油断はできない。なんせ、大蛇丸のアジトだ。何が起こるか分からないし、個人的に触るのも無理なので迅速に部屋から出たい。

 本当ならすぐにでも転移をしたかったが、物が多いこの部屋で転移すれば絶対に何か断裂してしまうと、ラセツは廊下に出て、転移をしようとした、その時。

 

 

「う、わっ、」

 

 

 突然の地鳴り。 ビシビシと壁に亀裂が入り、亀裂が生まれた方向を見れば、アジトの壁や天井が盛大に崩れていた。

 

 

(あの方向、確かサスケが…)

 

 

 あのサスケの事だ。 絶対に無事だろう。しかし、何故アジトがいきなり崩れたのか気になる。 大蛇丸のアジトはどれもかなり頑丈なもので、ちょっとやそっとでは崩れない。

 すぐに帰りたいという気持ちは、少しの興味に上書きされ、危なかったら転移すればいいや、という贅沢な逃げの選択肢から、ラセツは好奇心に従った。

 

 気配を最大限に消しつつ駆け足で移動し、ある程度近づいた辺りで、かろうじて残った壁に身体をくっつけて様子を伺いーーー茫然とした。

 

 

「うそ……」

 

 

 天井が崩れたせいで、眼前に広がる美しい蒼穹の下に、まずは存在を確認していたサスケが居た。 そして驚くのはここからだ。

 サスケが漆黒の瞳を忌々しげに細めながら見下ろしていたのは、知らない男2人と、まさかのナルトとサクラ。 カカシは確認出来ないが、第七班班員がここに大集合している。

 

 直後始まった戦闘を、少しヒヤヒヤしながら観戦しーーー我に返った。 目的も果たしたし、激しい戦闘の影響で隠れている壁が壊れて見つかってしまう前に逃げようと思ったその瞬間。

 

 

「…その術はやめておきなさい。サスケ君。そしていらっしゃい…お客さん」

 

「うげ、」

 

「居るのは分かってるわよ。さっさと顔を見せなさい」

 

 

 大蛇丸に隠れていることを看破され、驚愕に一瞬身を固まらせた。 その一瞬で大蛇丸はラセツが隠れていた壁を破壊した。

 

 

「うわ、怖」

 

「あら…ラセツちゃんじゃない…噂通り『暁』に加入したのね」

 

「え、はい」

 

 

 ラセツが見に纏う『暁』の装束に、大蛇丸は懐かしさからか笑みを深める。そんな大蛇丸に鳥肌を立てていると、別方向から声が飛んできた。

 

 

「ラセツ!」

 

 

 思わず肩を跳ねさせ、何度か瞬きをしながらその方向を見ると、眉を寄せ、唇をへの字に曲げ、拳を握りしめるナルトと、両手を口元に当て、涙を浮かべるサクラの姿があった。

 痛々しげな2人の姿に、締め付けられるように、叩きつけられるように胸が痛い。 そんな心を踏み潰し、軽く手を振り、ヘラリとした笑みをラセツは浮かべた。

 

 

「あ、えっとナルトとサクラは10日ぶり。サスケは久しぶり。第七班で大集合だね。びっくりしたよ」

 

「ンなのどうでも良い!!サスケと一緒に木ノ葉に帰るぞ!」

 

「残念、却ーーー」

 

 

 却下、と言おうとした瞬間、銀線が走り、ラセツは反射的にしゃがみ込み、ガラ空きな腹に一撃入れた。

 いきなり攻撃を仕掛けてきた知らない男…青年の方はナルト達が立っているところまで吹っ飛ばされる。 ラセツは吐血し、白い肌を汚す口元を拭っている青年に、瞳を細め、比例するように刺すような視線になる紫紺の瞳を向ける。

 

 

「……いきなり攻撃なんて何。てか貴方、誰」

 

「サイと申します。…貴方がラセツさんですね」

 

 

「そうだけど」

 

「どうか、木ノ葉に戻っていただけませんか?」

 

「…それ、攻撃した後に言う事?」

 

「気絶させるつもりでした。きっと、あなたは聞かないから」

 

「なぁんだ、分かってるじゃん」

 

「でも、失敗した。だから説得します。木ノ葉に戻ってきてください」

 

「説得に失敗するから気絶させようとしたんでしょ。意味ないことしないで。……まぁ、一応却下しとく」

 

「考え直しては、くれませんか」

 

「頭悪いね、却下」

 

「何度でも、説得します。貴方の心が動くまで」

 

 

 言葉が詰まった。何度も頭を下げて『お願いします』と説得するサイ。どこまでも純粋な涙を流し、叫ぶように懇願するサクラ。真っ直ぐ手を差し伸べて言葉を主張するナルト。

 

 やめて欲しかった。羅刹はこんな事をされていい人間じゃない。何より、何もかも捨て、縋ってしまいそうだったから。

 込み上がってきた感情を、何千回、何万回、何億回目か。踏み潰して躙る。そうやって何度も何度も『自分』さえも偽ってきた。

 

 

「…みんな揃って甘ちゃんなんだから。…ホンットに反吐が出る」

 

「それはオレも共感だな」

 

 

 邪魔な『暁』を、労力なく排除してくれるからか。沈黙を守っていた大蛇丸側からふと声がする。視線を向けて確認せずとも声の主はわかった。

 

 

「あれ、珍しく気が合うじゃん、サスケ」

 

「あぁ、そうだな、ラセツ」

 

「正直返答は、どっちだっていいんだよ」

 

「ーーー!!」

 

 

 強引に会話に割り込み、脅威の天秤が傾いた方…ラセツに、術を展開させたのはもう1人の認識のない男だった。

 

 

「力尽くで連れ帰るから」

 

「木遁秘術…!?」

 

「そう、当たり。ボクはヤマト。よろしくね」

 

 

 ギリギリと身体に巻きつく木遁を締め上げながら、ヤマトはにこやかに挨拶する。 その笑みに返すように、ラセツも笑みを作り、向けた。

 

 

「貴方が死んだ後ならいくらでも宜しくしてあげるんだけど」

 

「それはお断りしたいかな」

 

 

 木遁は緩む事なく、今でもギリギリと締め上げていく。 当たり前だがかなり頑丈であり、何本もグルグルと巻き付けられると鬼族の怪力を持ってしても、通常時では勿論、角1本でも抜け出せるか分からない。

 

 

「…痛ぁ、ホントに力づくだね」

 

「余裕そうな君にびっくりだよ。普通なら気絶なのに」

 

「ラセツ、普通じゃないから。……そろそろ帰るね」

 

「…ーーーっ!?」

 

 

 《鬼化》せずとも、この木遁から抜け出せる便利な術をラセツは持っている。

 

 

「もう、用は済んでるから」

 

 

 木遁の術中ではなく、別の方向から声が聞こえ、弾かれるようにヤマトはその方を向く。

 バラバラになった木遁の術で生み出された樹木を地面に落としながら、余裕そうに笑うラセツに、ヤマトは畏怖の念を抱く。

 

 

「あら、『暁』が此処になんの用事だったのかしら?」

 

「指輪だよ。貴方が持ってたから回収しに来たの」

 

「あぁ、それ」

 

「返してもらうよ。これ『暁』のだし」

 

「良いわよ。もう要らない物だから」

 

「じゃあ、早急に返して欲しかったな」

 

「そんな機会、あるわけないでしょ」

 

 

 『暁』から抜けた者は裏切り者として処分される。 大蛇丸と互角。それ以上のメンバーがいる『暁』に指輪を返すだけでわざわざ危険を犯すわけがない。

 それがわかっているから、ラセツは力無く笑うだけだった。

 

 

「それじゃあね」

 

「えぇ、せいぜい殺されない事ね」

 

「意外。殺しに来ると思ってた」

 

「気分よ、気分。私の気が変わらないうちに去りなさい」

 

「はーい」

 

 

 引き留めるために叫び、手を伸ばすナルト達に、ヒラヒラと呑気に手を振ってから《空間転移》でその場を去った。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「少しくらいサボっても文句は言われないよね」

 

 

 大蛇丸のアジトから去って、安堵感から草原に横たわり

草の匂いを堪能しながらサボりを満喫する。 任務が終わったら絶対食べると心に決めていた栗饅頭を買い、味わった後、いつも通り通信に繋いだ。

 

 

「リーダー」

 

《…どうした》

 

「指輪、回収したよ」

 

《ご苦労。これからこのアジトへ向かえ。『空』の指輪を調整する》

 

「了解」

 

 

 お持ち帰りとして紙袋に入れてもらった栗饅頭をひとつだけ頬張り、はしたなく伸びをした。

 

 

「じゃ、向かいますか…休みを頼むの忘れないようにしなきゃな」

 

 

 眩しいくらいの光を放つ昼の空。ラセツはナルトの瞳と同じ蒼穹に『空』の指輪は嵌っている左手で影を作った。

 

 

 



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第三十三話『執心ハ英雄ニ』

 

 

 あれからペインの元へ向かい、『空』の指輪を調節してもらったラセツは次回の封印から参加することが告げられ、重い足取りでアジトを出た。

 封印参加と同時に暫くの自由行動を許可されたラセツは、木ノ葉の諜報員『柘榴』として自来也と接触していた。

 

 

「……今日はここまでです…自来也様…むにゃ」

 

「随分と眠そうだのォ…」

 

「『暁』追ってるとぐっすり寝れる日なんてないですよ…この前なんて10日間移動しっぱなしで…自来也様を見つけるのも一苦労だし……」

 

「難儀だのォ……そうだ、柘榴」

 

 

 自来也は懐に手を突っ込み、小さな紙袋を取り出す。 その紙袋は木ノ葉でラセツが通っていた甘味処のモノで、見覚えがあった。

 

 

「ほら、土産だ。いつも世話になっとるからのォ」

 

「きゃあ自来也様大好き愛してる!」

 

 

 中に入っていたのは桜餅や牡丹餅、栗饅頭などのお菓子。 今食べていいか断りを入れ、許可をもらった後、先に好物である栗饅頭を頬張る。

 甘い口溶けに思わず緩む頬を押さえる。その時、じっと自来也に見られている事に気づく。

 

 

「…どうしたの?自来也様」

 

「いや…ある少女のことを思い出してな」

 

「ある、少女?」

 

「……『暁』の、ラセツだ」

 

 

 自分の名前が出てきた事に、ラセツは僅かに肩を震わせる。 もしかしたら柘榴の正体に気づいているのかもしれないという考えがよぎるが、自来也ほどの忍がラセツにバレたと悟らせる事をするだろうか。

 答えは否だ。ラセツは動揺を見せないように無表情を保ち、冷静さを欠かないよう、心がけながら言葉を発した。

 

 

「あぁ、彼女も木ノ葉の忍だったね」

 

「…あの子は栗饅頭とナルトが好きな女子でのォ。…『暁』に入るような子ではなかった」

 

 

 思い出すように、自来也はゆっくりと目を閉じた。

 頭に浮かぶ、明るく元気な木ノ葉のラセツと、S級では生温いほどの重い罪を犯している『暁』のラセツ。

 目の前にいるのがラセツ本人とも知らずに、瞼を開けた。

 

 

「すまんのォ、諜報員のお前さんに話すことではなかった。ましてや重ねるなど……」

 

 

 眉を下げながら謝る自来也。 この返答にラセツは困る。何故なら『柘榴』は今、S級犯罪者と重ねられたのだから。

 

 

「いえ、」

 

 

 結局思いつくことはなく、最終的に出てきたのは、短く曖昧な答えだった。 曖昧な返事で会話は終了したところで柘榴は頭を下げた。

 

 

「また、情報が集まったら連絡するね」

 

「あぁ、また頼むぞ」

 

「はい、またね。自来也様」

 

 

 自来也と別れ、人気のない森に足を踏み入れ、変化を解く。

 

 

「はぁ…」

 

 

 肉体と精神を縛っていた緊張から解放されて、ひとつ大きな息を吐き出した、その時。

 

 

《ラセツ》

 

「んぎゃ!!」

 

 

 脳に直接声が響き、あまりの唐突さに羅刹は飛び上がった。

 

 

《…どうした》

 

「いきなり話しかけられたからびっくりしたの!」

 

 

 任務を終え、自由行動をもらってからまだそれほど期間は経っていない。にも関わらず連絡が来るとは思わなかったのだ。

 

 

《それは悪かった》

 

 

「で、どうしたの?任務?」

 

《そうだ。デイダラとトビが三尾の回収に苦戦しているらしい。行け》

 

「ん、了解」

 

《報告を待つ》

 

 

 要件を言い終えると、連絡はすぐに途絶えた。

 羅刹は疲労からくる欠伸を呑気にポケットから1枚の札を取り出す。

 

 

「んじゃ、行きますか」

 

 

 デイダラに爆破されていない事を祈りながら『目印』を探す。 するとピン、と糸を張り合うような感覚に陥り、その糸の先を辿りーーー、

 

 

「見つけた」

 

 

 狙いを定めるように、紫紺の瞳を細め、チャクラを練り上げては『忍術』に注ぎ込む。 『忍術』の器にチャクラが溜まったことを感じ、溜まったチャクラを一気に消費する。

 すると、視界が森の中から一変し、開けた景色に変わった。

 

 

「ラセツ参上!」

 

「ぐえっ!」

 

「…って終わってるじゃん…ラセツの来た意味」

 

 

 苦戦していると聞いたから来たのに、三尾の討伐はもう既に終わっていた。 ブツブツと脳内でペインに文句を投げつけていると、踏まれて下敷きになっているデイダラが、退く気配の無いラセツに当然ながら痺れを切らし、怒りの声を上げた。

 

 

 

「…百歩譲ってオイラの上に転移する事は目を瞑ってやる。でもなすぐ退け!!!うん!」

 

「ごめんごめん」

 

「あっはははは!ラセツ先輩最高!」

 

 

 デイダラの上から退き、鳥を模した起爆粘土から身を乗り出して下を見ると、気絶している三尾の上で腹を抱えて笑い転げる、『暁』の装束に身を包んだトビの姿があった。

 

 

「見てくださいよ!これ、ボクが倒したんです!すっごいでしょ!?」

 

「ちげぇ!!こいつ逃げてただけだぜ、うん!!オイラの芸術がアートしたんだ、うん!」

 

「ごめんね。正直どっちでも良い」 

 

「なんだとーー!!!」

 

 

 結局、任務を遂行できたなら過程なんてどうでもいい。 怒るデイダラをなんとか宥め、少しばかり冷静になったデイダラは、目の前にいるラセツに首を傾げた。

 

 

「で、なんでラセツが来たんだ?うん」

 

「え?三尾の回収に苦戦してるって聞いたから来たんだけど?リーダーに助け求めたの、ディー君でしょ?」

 

「はぁ?ンなことしてねぇよ、うん」

 

「え?」

 

 

 今度はラセツが首を傾げる番だった。 すると、トビが飛び跳ねて己の存在を主張し始めた。

 

 

「あ、ボクですよ!ボク!!デイダラ先輩運ぶの遅いし!」

 

「ンだと!トビてめェ!!」

 

「…はぁ、取り敢えず運ぶよ。ラセツの方が早いのには変わらないし」

 

 

 すぐに煽るトビと、沸点が低いデイダラでは話が全く進まないので全て無視し、ラセツは起爆粘土から降りて水面に着地する。

 持ち前の怪力で軽々と三尾を引き上げ、片腕に乗せた。

 

 

「…?ディー君、トビ。どうしたの?」

 

 

 突然静かになった2人にラセツは声をかけるが、返事は返ってこなかった。 代わりにデイダラは少し怯えるように頬を引き攣らせ、トビは煩い口をつぐむ。

 

 

「……トビ…ラセツだけは怒らせんじゃねーぞ、うん」

 

「あはは…ラセツ先輩、怒ったら大陸真っ二つに割りそうですもんね。気をつけます」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 移動を続けて数分。さすがチャクラの塊というだけある。ラセツの怪力を持ってしてでも限界が見えてきた。

 

 

「ふー、さすがにちょっと肩が痛いかも」

 

「何処まで化け物なんだよ、うん」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「栗饅頭!!栗饅頭奢ってやる!!うん!」

 

「仕方ないなぁ」

 

「ラセツ先輩ってホントに栗饅頭好きですよねー。他に好きな物あるんですか?」

 

「ほかに、かぁ……山菜鍋と焼き魚とかかな」

 

「へー!サバイバルにも役立つ良い好物ですね!!ボクら向き!!」

 

「でもよ、山菜鍋と焼き魚食う時、あんま美味そうに食ってるとこ見たことねぇぜ?うん」

 

 

 デイダラとはよくチームを組んだ。 その為、食事なども何度か共にしている。 その中で野宿の回数は半分を超えており、その時よく作られるのが山菜鍋と焼き魚だ。

 デイダラはラセツが栗饅頭を食べる時のように、美味しそうに山菜鍋や焼き魚を食べる姿に覚えはなかった。 デイダラの指摘にラセツは困ったように眉を下げて笑う。

 

 

「…うーん、今は、如何なんだろう。分かんなくなってきちゃった」

 

「あー、味覚変わるのってありますよね!嫌いなものが好きになったとか!」

 

「んー、それとは少し違うかも」

 

「どういう事だよ、うん」

 

「…ラセツが、いつまでも親離れが出来てない子供だって事」

 

 

 薄く微笑む唇。地面を向いている紫紺の瞳には複雑な想いが絡まって深淵に深く染まっていた。 直接的でない返答に掘り下げようと思ったが、その前にラセツが移動速度を上げたので叶わなかった。

 

 

「ほら、そんな事より早く行こう。遅いって怒られちゃう」

 

 

 悪戯っぽく、空いている方の手で唇に手を当てる。その手に『空』の指輪がはまってる事に気づき、デイダラは花を咲かせるような笑みを浮かべた

 

 

「お!!『空』じゃねーか!!うん!」

 

「ふっふーん!頑張ったんだから!」

 

 

 それはもう聞いてほしい。と、大蛇丸のアジトであった事をベラベラ話していく。しかし、デイダラが人の長話をしっかり聞くわけがない。

 

 

「じゃ、今回から参加だな!うん!!」

 

「……そうだね」

 

 

 デイダラにとっては『封印に参加する』ことで『自分の負担が減る』ことが重要なのであってその経緯はどうでもいいのだ。 知ってはいたが、神経を逆撫でるするのには変わりない。

 掻きむしりたくなるようなイラつきを押さえつけながらアジトへ足を踏み入れ、その中心部にはペインの幻身がいた。

 

 

『来たな。ご苦労』

 

 

 いつも通り《外道魔像》を口寄せし、ラセツ、デイダラ、トビは担当の指に乗る。 ペインも担当の指に乗り、印を組んで収拾をかけた。

 

 

『集合しろ』

 

 

 有無を言わせない一言を発すると、数秒後には《外道魔像》の指の上に何人かの幻身が現れた。

 

 

『チィ…!良いところで呼び出しやがって』

 

「酷く機嫌悪いねぇ、どうしたの飛段」

 

『どうしたもこうしたもねぇよ!!あと少しで木ノ葉の奴らをジャシン様の儀式に使えたっていうのによォ!!戒律に引っかかったじゃねぇか!!もう少し遅く回収しろよ!!テメェを儀式に使うぞ!!』

 

「理不尽の極みなんだけど」

 

『…今回ばかりは飛段に同意だな。あと少しで3500万両が手に入った』

 

「何処までもお金だなぁ、角都は」

 

『当たり前だ。この世で唯一信じられるのは金だからな』

 

『はぁ!?信仰するならジャシン様に決まってんだろ!』

 

『信じられるものは己のみ』

 

『ダナ』

 

「オイラはやっぱ芸術だな、うん!」

 

「ボクは…うーん、なんでしょう??ラセツ先輩は?」

 

「ん?ラセツ?」

 

 

 トビに話を振られたラセツはうーん、と唸り、考える。

 信じられるもの。と言われた時、真っ先に思い浮かぶのはやはり金髪碧眼の青年だった。

 

 

「……英雄かな」

 

 

 ポツリ、と溢すように答えられたラセツの解答に、飛段は満足げに口角を上げた。

 

 

『おー、ラセツ、なかなか素質あるじゃねぇか。ジャシン教にーー、」

 

「却下。……なんでそんな可哀想な人を見る目で見られないといけないわけ?納得いかない」

 

 

 とてつもなく可哀想な人を見るような哀れみの目を向ける飛段の幻身に、栗饅頭のゴミを投げつけた。

 

 

『遅くなりました』

 

『オイ、動物コンビ!!おっセーぞ!!オレも折角の儀式を切り上げてきたのによォ!』

 

『飛段、喧嘩は後だ』

 

『チィィ…!!!!』

 

 

 幻身であっても分かるほどの青筋を浮かべ、アジトに響く盛大な舌打ちをしつつも、飛段はペインに従って印を組む。

 

 

『…では始めるぞ。集中しろ』

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 『暁』が人柱力及び尾獣を封印している同時刻。 いの、チョウジを含む班がアスマ、シカマルを含む班に合流し、『暁』所属の飛段、角都との交戦の末、軽症ではないアスマにいのは駆け寄った。

 

 

「アスマ先生!!」

 

「いの…大丈夫だ、致命傷ではない」

 

 

 正直、かなり危なかったけどな、と『暁』と交戦した4人は思う。

 

 飛段の不死身の肉体を活用した、自分の肉体の損傷を相手に反映させる忍術にかかったアスマが生き残ることができたのは本当に奇跡だった。

 

 テレパシー系の術か。この場には居ない誰かと話し始めた飛段と角都。飛段の方は『もう少し待ってくれ』と『誰か』に説得していたが、角都の判断。そして、忍術の要となる自分の血で描いた陣から出ていた事もあり、飛段は腹立たしげに舌打ちをした後、アスマの命を奪う前に去った。

 

 

「アイツらが引いた理由はよく分かんねーけど……助かった」

 

「あぁ、本当だな」

 

「でも、嫌な予感しかしないよ」

 

 

 ほぼ勝利確定だった『暁』。 あと数秒もあればアスマを殺害することも出来たにも関わらず、『暁』は『誰か』の指示に従い、その場を去った。 それほど『暁』にとって優先順位が高い事があるという事だ。

 

 

「……その、嫌な予感っつーやつは当たるだろうな…。でもまず、『暁』相手に誰も死なずに情報を得られた事を喜ぼう」

 

「えぇ、そうね。まずは木ノ葉に帰ってアスマ先生を病院に運ばなくちゃ」

 

 

 



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第三十四話『酷い人』

 

 此処はラセツが用意した畳の部屋。 

 部屋の真ん中には茶と菓子が置いてあるテーブルと、少し潰れた座布団が2枚敷いてあるだけの質素な部屋だった。

 

 『暁』に『裏』の依頼をした依頼主の前まで、ラセツは茶を軽く飲んだ後、テーブルに沢山の文字が書かれている書類を滑らせた。

 

 

「では、依頼の前金を」

 

「……これだ」

 

「はい、確かに」

 

 

 札束が隙間もないほど詰められているケースの中身を軽く確認し、しっかりと鍵を閉じた後、ケースを持って部屋から出ようとだ立ち上がった。

 

 

「あ…最後に1つだけ」

 

「なんだ」

 

「…出されたお茶はひと口は飲むのがマナーです」

 

 

 愛らしい顔に弧を描く唇に人差し指を軽く当て、余裕を示しながら注意をする。

 なんだ、この餓鬼は。と思った時にはもう遅かった。頭蓋骨を叩き、脳を直接揺らすような酷い頭痛が依頼主を襲った。

 

 

「ぁ、が…!!!」

 

「お薬の効果、出てきたね」

 

 

 依頼主はべしゃりと畳に倒れ込む。

 息を乱し、絶え間なく全身に嫌な汗を吹き出させながら、焦点の合わない瞳を精一杯持ち上げ、ラセツのいる方向に、なんとか忌々しげな視線を向けた。

 

 

「な、何故…」

 

「だって、貴方この依頼でラセツを嵌めようとしてたでしょ」

 

「……!」

 

「はい、図星。忍の情報収集能力、あまり舐めない方が良いですよ」

 

 

 忍は戦闘だけでなく、情報戦のプロでもある。 

 依頼主の交流や、言動、売買物を調べ上げる事は、裏社会では基本中の基本であり、人物の思想を割り出すことも基本中の基本。つまり常識だ。 それが忍となれば情報収集の質がぶっ飛ぶほど上がる。

 

 依頼主が自分を害すると分かっていながら何もしないわけがない。 ただすぐ殺すのも勿体無い。 何故なら、高難易度で高額な依頼ばかり請け負っている『暁』に依頼し、『暁』側も依頼料金を支払えると認めた依頼者だ。少しでも搾り取っておきたい。

 

 なので、今のタイミング。

 金が払われる、このタイミングに合わせてラセツは罠を仕掛けた。

 

 しかし、どこで罠に引っかかったのだろうか、と朦朧とし始めた意識で思う。何故なら依頼主は、この部屋で何も口にはしていないし、毒針などのダメージもない。 

 何故だ、どこで間違えたと罠を必死に探っていると、ふとある言葉を思い出す。

 

 

『…出されたお茶はひと口は飲むのがマナーです』

 

 

 このひと言で、この場所に来る事自体がもう罠だったのだと悟った。

 ラセツの用意したこの部屋には毒を充満しており、ラセツの言葉から察するに、解毒剤を混ぜた茶を用意していたのだろう。 席は依頼主が先に座るのでおそらく、解毒剤入りの茶を2つ。

 S級犯罪者の集まりで、危険な組織である『暁』に出された茶など、相当図太く無いと飲めるわけがない。『暁』を罠に嵌めようとしていた依頼主なら尚更飲めない。 この時点で勝敗はもう決まっていた。

 

 

「……地獄に、堕ちろ……」

 

「心配せずとも堕ちるよ」

 

 

 瞳から生気が消え、身体から力が抜けた瞬間を見届ける。 金の詰まったケースを軽く持ち直し、依頼者の裏切りの処分をした後にリーダーから告げられた『飛段、角都の救援』に向かう為、札を取り出した。

 

 

「ーーー…あれ、転移が…」

 

 

 何度も何度もチャクラを流し込むが、術は発動しない。 まさか壊したのか、と殺意を宿らせた、その瞬間。

 

 

「飛段と角都なら死んだよ」

 

「ぎゃっ!!!…ちょっとゼツ!!脅かさな……って、え??ちょっと待って、嘘でしょ。不死身の不死身コンビが死んだの?」

 

「ソウダト言ッテルダロ」

 

「あの2人、死ぬんだ…」

 

「そうそう、ラセツが来るの遅いから〜」

 

「ちょっと、責任転移は頂けないんだけど。ラセツは別で仕事を済ませてたの。ラセツが来るまで持ち堪えられなかった2人が悪い。文句言わないで」

 

「確カニ一理アルナ」

 

 

 毎度毎度完璧な尻拭いを期待されては困る。 それ以前に、S級犯罪者なのだから基本、尻拭いには頼らないでほしいのが本音だ。

 

 

「で、あの2人が死んだって事は、不死身コンビの転移はしなくて良いのね」

 

「アァ、ソウナル」

 

「分かった。じゃあラセツは自由行動させて貰うよ。必要だったら言って」

 

「了解〜」

 

 

 座標登録をしている中で、人気がなく、お気に入りの場所は何処だったか。脳内で検索していると、ゼツが思い出したようにポンと手を叩いた。

 

 

「あ、そうそう。…不死身コンビを倒したのは木ノ葉だよ」

 

 

 飛段と角都を下した忍の名前を次々に呼んでいく。ゼツに呼ばれる名前は全員がラセツの知る名前であり、馴染み深かった名前ばかりだった。

 

 

「…まっさか、あの2人を倒すくらいになるまで成長するとはね……」

 

 

 懐かしさと愛しさが込み上げるが、表情に出るより前に、全て噛み殺し、ボロボロに砕いていく。

 道化の仮面を崩さないまま、ラセツはゼツに別れを告げた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 飛段と角都の訃報から、暫く。

 大蛇丸、トビ、デイダラ、サスケの訃報がラセツの耳に届き、世界の状況は目まぐるしく動いていた。 そんな中、ラセツは大得意となった変化の術を使って姿を変え、呑気に甘味処を訪れていた。

 

 

「あれ、」

 

 

 店に入ると、馴染み深いチャクラの気配を察知し、首を傾げる。 

 ラセツの視線の先には三色団子を頬張る男。 姿は違えど、その手つきは写輪眼を持つ青年、否、手練れの団子野郎のものと同じだった。

 

 

「…偶然だな」

 

「嘘。偶然じゃ無いでしょ。…此処、いい?」

 

「どうぞ」

 

 

 店員に栗饅頭とオススメのお茶を頼み、イタチの向かい側に座る。 ふと、イタチの最愛の弟であるサスケの死が頭に強くよぎり、開きかけた口をつぐむ。

 その行動でラセツの思考を全て読み取ったのか、軽く舌を湿らせた後、イタチは微笑んだ。

 

 

「…安心しろ。サスケは、まだ死んでいない」

 

「え、」

 

 

 あまりの驚愕に、身体が固まり、紫紺の瞳を大きく見開き、あんぐりと口を開く。 驚きすぎて大きなリアクションさえ出来ていないラセツにイタチは軽く声を出して笑った。

 

 

「…それを含めて、お前に話したい事がある」

 

「……ッう、ん、分かった」

 

 

 運ばれてきた3つの栗饅頭とお茶のうち、ひとつ栗饅頭を引っ掴み、口に放り投げ、一気に咀嚼して腹に流し込むように茶を飲んだ後、準備は万端だと言わんばかりの体勢を取る。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

 しかし、一向に開かれないイタチの口に、ラセツは困惑したようにイタチに視線を向けると、イタチもまた、困ったように眉を下げて苦笑いを浮かべていた。

 

 

「あ……えっと、」

 

「いや、悪い。此処じゃ話しづらい。場所を変えよう」

 

「わ、わかった!」

 

「コラ、そう詰め込むな。喉に引っかかるぞ」

 

 

 残り2つを口に放り込み、茶を飲み干した後、速攻で勘定を済まし、イタチの手を引っ張りながら一般人の常識の範囲内で走り、人気の全く無い場所に移動した。

 

 

「…で、話って?」

 

「……自来也様に、『暁』のリーダー、ペインが雨隠れにいる事を話した」

 

「最初っからすっごくクライマックスだね」

 

 

 またもや驚愕。同時に、自来也が少しでも『暁』の謎を引っ張り出すために雨隠れに行くことが予想できた。

 しかし、雨隠れには侵入者を察知する雨が降っている。なので、雨隠れへの立ち入りだけならば簡単だが、生きて帰るのは至難の業だ。

 つまり。情報収集だけだと言って潜入しても、必ずペインに見つかってしまう為、『潜入だけ』だということは絶対にあり得ないのだ。

 

 ラセツの目的は、悪行を積んで、最終的にナルトに殺され、ナルトを英雄にする事。

 その目的があるならば。自来也の情報は最高だ。 ナルトの恩師をペインと共に殺せるチャンスなのだから。

 

 しかし、そのような意味でこの情報を流した訳ではないという事を察せないほど、ラセツは鈍くなかった。

 

 

「お揃いじゃ、なかったの?」

 

「……」

 

「今更、全ての覚悟をひっくり返せって、そう言いたいの?」

 

 

 イタチがラセツに情報を流した意味は、ラセツの目的とは全て逆に向いていた。 鋭く睨みつけるラセツの瞳に怯む事なく、イタチは「そうだ」と、肯定した。 

 

 つまり、イタチはこの情報を活かし、ペインを倒せと言っているのだ。

 たしかにペインは必ず倒さなければならない強敵だ。 ラセツ、又は自来也1人ではおそらく勝機はない。 しかし、自来也と共にならばーーーー。

 

 しかし、それではラセツの計画に大いに支障が出る。 

 

 

「ーーー巫山戯ないで」

 

「巫山戯てなどいない」

 

 

 地を這うようなドス黒い雰囲気を纏った声音に、平然とした声で間髪入れずにイタチは答えた。 だからこそラセツは一瞬怯む。 その怯みをチャンスだとイタチは口を開いた。

 

 

「お前だって気づいているんだろう」

 

「なにを、」

 

「ナルト君に、お前は必要ない」

 

「ーーーー」

 

「ラセツの目的にお前はもう、用済みだ」

 

 

 ガツンと頭を殴られたような感覚。 しかし、頭の隅でイタチの言う事実に納得しているのか、握りしめた拳が。固めていた身体の力が抜ける。

 

 

 ラセツは今まで1度もナルトが自分の英雄であるという事を。そしてナルトがこれから木ノ葉の壁を超えて世界の英雄になる事を。今も昔も一瞬たりとも疑ったことはない。

 

 だが、まだナルトの持つ英雄の火は小さく乏しい。少し強い風が吹けばすぐに消えてしまう程に弱い。ならばどうするか。答えは簡単だ。護ればいい。 ナルトや仲間達と敵対することになっても。大罪を犯した大罪人として軽蔑されても。 脅威から護り、最後はその罪を利用してナルトを英雄にして仕舞えばいい。 ーーーそう、思っていた。

 

 脅威に吹き消されそうになる蝋燭の弱く小さな火だったナルトは、いつのまにか、その脅威を消し飛ばす力を持った、轟々と燃える英雄の炎の片鱗を見せていた。

 その炎の勢いは増すばかりで、誰にも止めることはできない。それは、ナルトはラセツの手助けがなくても『英雄』になると言うこと。ーーーつまり、ラセツの目的にラセツ自身はもう用済みだと言うことだ。

 

 

「用済みのお前が、これからすべき事……それはお前が1番わかっている筈だ」

 

 

 ナルトが英雄になれるように。安心して暮らせるように。幸せになれるように。そう、世界をナルトで回してきたラセツにこの返答は簡単だった。

 

 輪廻眼を有し、物凄い脅威である『暁』のリーダー『ペイン』とペインの側を唯一許されている『小南』。そして、『伝説の三忍』でありナルトの恩師でもある自来也は、近い未来でぶつかり、おそらく自来也は敗れるだろう。

 

 しかし、それはペイン&小南VS自来也ならばの話だ。 

 

 2対1の戦いにラセツが加わり、2対2になれば、かなり結果も違ってくるかもしれない。きっと戦いは成立し、勝敗も五分五分だろう。 しかし、『死』はない。少なくとも自来也は。

 ラセツは逃げのスペシャリストだ。戦況が苦しくなれば転移で自来也を逃し、自来也を、追いかけられないように。 ペインと小南の次なる行動を遅くする為に時間稼ぎくらいは出来る。

 

 つまり。ナルトを脅威から守り、自来也を護ることでナルトの幸せは護られる。 最初と目的の方向は違うが、ラセツの通過点は確かに果たされる。

 

 

「あの時…選択肢を与えておきながら。お揃いだと誓っておきながら、すまないと思っている」

 

「ホント、自分勝手……自分は目的を果たすのに」

 

「………!」

 

 

 イタチがラセツに情報を流した理由。

 ラセツが『暁』を裏切り、自来也の手助けに行っている間、イタチが行う行動。 それは、生きているというサスケとの戦いだと、予想は容易だった。

 

 

「イタチは、ラセツとお揃いになる気なんか、ないんでしょ。………ううん。させる気なかったんだ。最初っから」

 

「………」

 

「……ラセツが『ラセツ』のままでいられるように」

 

 

 あのまま木ノ葉に居れば、ラセツは名前を失い、忍として生きる事さえ恐らく許されない人生だった。 ラセツが『ラセツ』として、自分の目的の為に動けているのは、今この状況を選択したから、否、『させられた』からである。

 

 

「……ナルトが、『英雄』の器じゃなかったら、どうしたの」

 

 

 今の状況を作り上げるには、絶対的なナルトの素質と実績が必要になってくる。 実際、ナルトは『英雄』としての片鱗を強く輝かせ、イタチの期待以上に成長してくれたが、そうでなければイタチの作戦は成立しなかった。

 

 

「そんな筈はない」

 

 

 ラセツがラセツのままで居られるように。 ラセツが自分の憧れた『英雄』に殺されるのではなく、生きて生きて生きて、最後まで『英雄』を裏から護り、朽ちていけるように。

 その自己満足を満たす為だけに、木ノ葉を動かし、『暁』でさえも糸をつけた人形とし、世界を舞台に変えて掌で踊らせた。

 

 

「お前が『英雄』になる。と信じて疑わなかった男だ」

 

 

 ラセツの言葉を信じて土台とし、世界の流れに合わせて調整を入れつつ、全てが整った今、一瞬であれど、イタチが作り上げた世界が完成した。

 

 

「……ホント、酷い人」

 

 

 今のラセツの立場は世界の敵『暁』のメンバーだ。 平和に生きることなど出来ない。世界中に敵がいる息苦しい世界。それでも、どうにか生きて欲しいと、この戦いの行く末を見届けてほしいと言わんばかりのイタチに苦笑を漏らした。

 

 

「ねぇ、イタチ」

 

「なんだ」

 

「愛してる」

 

 

 お互い告げなかった、否、告げることのなかった愛情の言葉に、イタチは珍しく漆黒の瞳を見開いた。

 驚愕からか、返事のないイタチに、ラセツは薄らと水の膜が張られた紫紺の瞳を隠すように閉じた。

 

 

「…………分かってる。こんな事じゃ、イタチは止まらないって。知ってる」

 

 

 仕返しのつもりだった。

 ラセツの覚悟を踏み躙り、無理矢理方向転換させたイタチへの仕返し。イタチが止まらないのは重々承知している。なので少しでも『死』に後悔が残るように、呪いのような仕返しをした。

 

 

「ーーー、」

 

 

 ささやか、だと思っていた仕返しは、どうやらささやかではなかったらしい。 イタチの心の中にラセツはそれなりを占めていたらしい。

 いつもとは違う、力強い抱擁に、ラセツは唇を噛み締めた。 対してイタチは僅かに震える唇をゆっくりと開く。 らしくもなく、弱々しく。

 

 

「……来世があるなら」

 

「うん」

 

「逢おう。平和な木ノ葉の里で。また」

 

「…うん、」

 

「そしていつか。こんな任務の誘いではなく、お前を俺のモノにする為に、お前に苗字を与える為に。ラセツ、お前を迎えに行こう」

 

 

 固く抱かれていた腕が、温かい温もりが離れていく。 ラセツはゆっくりと顔を上げ、唇を真一文字に結んでいるイタチを見て、笑った。

 

 

「ホント勝手で、はっずかしい奴」

 

 

 来世なんて確証もないのに。来世を信じて真剣に語ったイタチにひとつ、緩めにデコピンをし、ラセツはイタチに背を向けた。

 

 

「早く逝きなさい。……来世の約束、忘れたら承知しないからね」

 

「ああ、肝に銘じておく」

 

 

 今生の別れにしてはあまりにも短い言葉のやりとり。 しかし2人にはそれで十分だった。

 

 

ーーーーまた、『  』で。

 

 

 夢物語な希望を胸に、今生の別れを済ます。

 1人になった寂しげな場所に似合わない笑みをラセツは浮かべながら、両耳についている柘榴石の耳飾りに触れる。

 

 

「もう、必要ないね」

 

 

 真実、変わらない愛情や変わらない友情、忠実さなどの、自分の心をそのまま閉じ込めたような意味を持つ、柘榴石。

 これからラセツは『暁』を裏切り、なんとか自来也と共闘し、ペイン、出来れば小南を倒す。 今からは全て行き当たりばったりのノープランとなるが、不安はない。やることは決まっている。そこに向かってただ走ればいい。

 

 写輪眼のような深い赫を両耳から外し、その場に放り投げる。 まるで道化の皮をそのまま捨てるかのように。

 

 

 

 



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