問題:異世界転生したのはいいけど、俺の「力」はなんですか? 〜最弱無能として追放された少年が、Sランクパーティーに所属するようです〜 (鴨山兄助)
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第一章
第一話:異世界転生なんて碌なもんじゃない


 異世界転生なんて、碌なものではない。

 それが、転生してから今年で十四年目を迎える少年、ノートの考えだった。

 そしてその日、ノートの考えはより深みにいく事となる。

 

「ノート。悪いけどウチのパーティーから出ていってくれ」

「……へ?」

 

 冒険者ギルドの一室。

 黒髪の少年ことノートは、金髪高身長の少年に戦力外通告を渡されていた。

 

「レオ、それどういう事だよッ!?」

「わからないかな? もうお前は用済みって事」

「なんでいきなりそうなるんだよ! 俺何かしたか!?」

「本当に心当たりが無いのか?」

 

 ノートが首を大きく縦に振ると、金髪少年ことレオはわざとらしくため息をついた。

 

「簡単な話だよ。お前のような無能者がいると、パーティーの評判に傷がつくんだ」

「ッ……」

「剣技はできない、魔法も使えない。挙句唯一持っているのは『物を弾くだけ』の雑魚スキル」

「それは……そうだけど」

「お前も知ってるだろうけど、ウチのパーティーはもうすぐBランクに上がれるかどうかの瀬戸際なんだ。Bランクともなれば名前も売れる。そうなった時、お前のような最弱無能がメンバーにいると知られたら変な目で見られるんだよ」

 

 さも当たり前の事を告げるかのように、レオは淡々と述べていく。

 ノートはそれに何も反論出来なかった。

 理由は「異世界転生なんて、碌なものではない」に通じる。

 

「今までは同じ転生者として面倒を見てきたつもりだけど、ここまで成長出来ないなら、もう俺の仲間としては必要ない」

 

 ノートは下唇を強く噛み締める。

 異世界転生は不公平だ。

 目の前にいるレオは、生まれながらにして剣技の才能を発揮し、高位の魔法も扱える。まさに主人公と言って差し支えないスペックの持ち主だ。

 だが一方のノートは真逆。

 剣と魔法の世界でありながら、剣技の才は無く、魔法も使えない。挙句、一般人なら難無く使える魔道具でさえまともに使いこなせない始末だ。

 

 だからこそ、レオのパーティーに誘われた時、ノートは歓喜した。

 こんな自分でも、日の目を浴びる事ができるのかと期待した。

 ただの雑用係だった気もするが、充実した日々を送っていたつもりだった。

 

 だが結果はこのザマだ。

 

「レオ……他の皆はこの事を知ってるのか?」

「ん、俺の仲間達の意見を聞きたいのか? なら聞かせてやるよ」

 

 レオは扉に向かって「入ってこい」と声をかける。

 すると三人の少女が部屋に入って来た。

 

「みんな……」

「ノートがウチのパーティーを去るそうだ。何か言いたい奴はいるか?」

 

 庇ってもらえるかもしれない。なんて甘い考えは一瞬で消えた。

 ノートはメンバー達の顔を見て、すぐに青ざめた。

 これは、よくない言葉が出てくる表情だ。

 

「あら、この無能者まだウチにいたの?」

「ボクはてっきり、もう追い出したのかと思ってたよ」

「もしくは無能なだけあって、物分かりが悪いかですね」

 

 味方はいない。ただそれだけで、ノートを絶望させるには充分だった。

 

「みんな……なんで」

「無能者が気安く話しかけないでくれる?」

「物を弾くしかできない雑魚に付きまとわれるのも迷惑なんだよね~」

「パーティーから消えてください。言葉はわかりますか?」

「と、いうことだノート」

 

 絶望で震えるノートの肩に、レオが手を乗せる。

 

「もっと分かりやすく言ってやるよ。お前はパーティー追放だ」

 

 もはや抵抗をしても無駄だろう。

 それを理解した瞬間、ノートは途方もない無力感に包み込まれた。

 残された道は、パーティーからの追放を受け入れるのみ。

 

 あぁ、本当に……

 

「(異世界転生なんて、碌なもんじゃない)」

 

 

 

 



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第二話:これからどうしよう?

 前の世界。即ち地球での記憶を、ノートは断片的にしか持っていない。

 その断片情報だけでも、自分の前世があまり良いものでは無かった事は理解できた。

 だからこそ、ノートは生まれてすぐに期待してしまったのだ。

 異世界転生をすれば、何かが大きく変わるのではと。

 

 しかしそれは甘すぎる幻想であると、ノートはこの十四年の生で嫌と言うほど理解してしまった。

 

 自分が生まれ落ちた世界が、剣と魔法のファンタジー世界だと知った時は、期待に胸を膨らませた。

 ここから物語が始まるのだ、自分が主人公の異世界チート無双物語が。

 そんな物語は始まる事なく、自分が主人公ではないと理解させられたのは、ノートが七歳になった時だった。

 

【魔法資質:0】

 

 魔法資質の検査で、ノートが水晶に浮かべた一文だ。

 両親の絶望の表情を、ノートは今でも覚えている。

 ならばと剣技を磨こうとしたが……入学試験で試験官に言われた言葉は……

 

『剣技の才能無し!』

 

 全てにおいて無能。

 それがノートがこの世界で背負った運命だ。

 

 そんな無能者を産んだとして、彼の両親は周りから白い眼を向けられるようになった。

 それが耐えがたく苦しかったノートは十二歳の時に、書置きを残して実家を去った。

 そして旅の道中で同じ転生者であるレオに拾われたのだが……

 

「はぁ……」

 

 そこからも追放された。

 

 パーティーを追放されたノートは、ギルドのあった街から少し離れた森にで途方に暮れていた。

 何か当てがあったわけではない。前のパーティーメンバーとすれ違いたく無い一心で、衝動的に出てきたのだ。

 

「これからどうしようか」

 

 ほとんど着の身着のままで追い出されたので、大した物は持っていない。

 所持金は銅貨三枚。これでは先程の街で宿に泊まる事もできない。

 

「せめてテントくらい貰ってくれば良かったなぁ……もう後の祭りだけど」

 

 呆然状態で街を去ってしまった事を、今になって後悔し始める。

 

「どこかで仕事しないとダメなのは分かってるんだけど……ハンデが大きすぎるんだよぉ」

 

 この世界において、ノートが背負ったハンデは想像以上に重い。

 魔法資質皆無のせいで、過半数以上の職業につけない。

 剣技の才も無いので傭兵にもなれない。

 果ては地球の知識で何かしようにも、ノートにはこの世界で活かせるような記憶が残っていなかった。

 

「なんだよぉ、もうちょっと地球の知識残ってたっていいじゃんかよぉ」

 

 森の中で弱音を吐露する。

 完全に詰みだ。

 ノートは涙目で、右手の甲を見る。

 

「この痣とスキルも、全然役に立たないし」

 

 ノートの右手には、生まれつきついている謎の痣がある。

 右手に意識を集中させると、痣が微かに光り、ノートが持つ唯一のスキルが発動するのだ。

 

「それっ」

 

 左手で握った石を、右手の平に向けて投げる。

 だがその石が手の平にぶつかる事は無く、数センチ手前に到達した瞬間に弾き飛ばされてしまった。

 

 これがノートが持つスキル。

 自分の手の平に、大抵の物質であれば磁石が反発するように弾き飛ばせる領域を展開する能力。

 名前は特に無い。

 

「これが実戦で役に立てばなぁ……無い訳ではないけど、限定的すぎるし」

 

 実用性はほぼ無いに等しい能力。

 これだけを与えられて産み落とされた事実に、ノートは神への怒りを覚えていた。

 

「あぁ……お腹空いた」

 

 自生しているキノコを食べる勇気はない。

 かといって狩りをしようにも、ナイフなどは持っていない。

 

「生きなきゃ明日は来ない。それは分かっているけど、明日が暗い」

 

 だけど死ぬつもりも毛頭無い。

 ノートは必死に頭を動かして、今日を生きる方法を模索し始める。

 

 その時だった。

 

「ッ!」

 

 落ち着いて感覚神経が研ぎ澄まされた結果か、ノートは何かの気配を感じ取った。

 距離は遠い。大きな足音と、木をなぎ倒す音。

 

「大型モンスター!? 逃げなきゃ」

 

 自分では勝ち目がないと理解しているが故の行動。

 ノートはすぐにその場を後にしようとする。

 だが次の瞬間、大型モンスターとは別に、何か小さな気配を感じ取った。

 

「えぇッ!?」

 

 耳を研ぎ澄ませる。

 大型モンスターの音とは別に、小さな足音が混じっている。

 恐らく人間が一人。それも自分と同い年くらいだ。

 声質からして恐らく女の子。

 

「……どうする」

 

 別に手を貸す義理は無い。

 そもそも自分は弱い。

 ならここは気づかなかった振りをして逃げるのが得策。

 街に戻って、誰か助けを呼べばいい。間に合わないだろうけど。

 

「逃げなきゃ、逃げなきゃ……でも」

 

 ノートの足は、恐怖心とは真逆に動こうとしていた。

 気づいてしまったのに、見捨てる。

 ノートにはそれができなかった。

 

「ッ!」

 

 歯を食いしばりながら、ノートは気配がする方へと駆け出していった。

 

 

 

 



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第三話:放っておけない!

 絡みつく草を足で千切りながら、ノートは必死に森を駆ける。

 震える歯は、意地で噛み締めた。

 走れば走る程、気配と音が大きくなっていく。

 

 そして、咆哮が響いてきた。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 咄嗟に身を隠すノート。

 木の影から、そっと様子を見る。

 

「あれは!」

 

 そこにいたのは大型の猪型モンスター。

 真っ黒な毛皮に包まれていて、悪魔の如き角が生えている。

 

「最悪だ。なんでこんな所にデビルボアがいるんだよ」

 

 ランクCの大型モンスター、デビルボア。

 この世界では悪い意味でメジャーな荒くれモンスターだ。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 デビルボアは咆哮を上げながら、何かへ突進を繰り返している。

 ノートが恐る恐るその先を見ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

「えっ!?」

 

 デビルボアと対峙しているのは、長い銀髪と赤目が特徴的な少女。

 ぱっと見はノートと同い年くらいに見える。

 そんな少女が凶暴なデビルボアと対峙している事も驚きだが、もっと驚愕すべき所がある。

 

 少女の身体から、一つの像が浮かび上がっていた。

 半透明だが、見た目はレイピアを持った白い騎士。

 少女の背中から生えるように浮かび上がっているその像が、六角形の集合体のようなバリアを張って、少女を守っているのだ。

 

「なんだ……あれ」

 

 魔法だろうか。はたまた何かのスキルだろうか。

 だが巨大な騎士の像を出現させる技など、ノートは聞いたことが無かった。

 

「高ランクの冒険者か?」

 

 なら自分は邪魔だったか。そんな考えが過ったが、それも一瞬。

 ノートの視界には、息を荒くして、今にもエネルギー切れを起こしそうな少女の姿が飛びこんで来た。

 

「違う、あれマジで危ないやつだ!」

 

 後は身体が自然に動いた。

 ノートは木の影から飛び出し、デビルボアへと声をかけた。

 

「おいデビルボア! こっちだこっち!」

「えっ!? 何してるんですか、危ないですよ!」

「危ないのは分かってる! でも放っておけない!」

 

 まんまと挑発に乗ったデビルボアは、目標をノートへと切り替える。

 無関係の物を巻き込んだ自責からか、少女は顔を青ざめさせていた。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

「ダメ! 逃げてくださいです!」

「さぁ来い、さぁ来い」

 

 猛スピードで駆け寄ってくるデビルボア。

 ノートはすかさず右手を突き出し、スキルを発動した。

 

「弾いてやる!」

 

 突進するデビルボアの牙がノートに刺さる……ことはなく。

 ノートのスキルによって、デビルボアは大きく後ろへと弾き飛ばされてしまった。

 

――怒轟ォォォン!――

 

 木々をなぎ倒しながら、デビルボアは後方に吹き飛ばされる。

 その様子を、少女は呆然と見ていた。

 

「すごい」

「君、大丈夫?」

「はい。あの、貴方は?」

「えーっと、ただの通りすがりです。じゃなくて。あのデビルボアまだ生きてる」

 

 起き上がる音と、地面を踏みしめている音。

 それだけで奴の生存は確認できた。

 ノートはこの状況を打破する方法を、超高速で考える。

 

「君、なにか攻撃手段は持ってる?」

「……ごめんなさいです」

「分かった。じゃあプランBだ」

 

 策は思い浮かんだ。しかしそれを説明する時間は無かった。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 復活したデビルボアが再び二人に攻撃を仕掛けてきた。

 ノートは咄嗟にスキルを発動して防御しようとするが、一瞬間に合わない。

 このままでは不味い。そう考えた次の瞬間だった。

 

「守って! 『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』!」

 

 少女の背中から、再び白騎士の像が出現する。

 そして白騎士がレイピアを振るうと、二人の目の前に無数のバリアが張られた。

 

――ガキン! ガキン!――

 

 バリアがデビルボアの攻撃を完全に防ぐ。

 だがやはりエネルギー切れ寸前なのだろう。少女の顔には焦りの汗が流れていた。

 攻撃手段はないと言っていた少女にとっては絶体絶命のピンチ。

 しかしノートにとっては、少しだけ好都合な状況であった。

 

「ねぇ君、そのまま少しだけデビルボアを引きつけられる?」

「えっ、はい」

「よし、じゃあよろしく!」

 

 そう言うと、ノートは左手を地面に当ててスキルを発動した。

 

「弾く能力には、こんな使い方もあるんだ!」

 

 地面を弾く力を使って、ノートは木々よりも高く飛び上がった。

 すかさずノートは右手に意識を集中させる。

 

「俺が持つ唯一の攻撃技でッ!」

 

 弾く力を最大出力で一点集中。

 右で拳を握りしめ、地上のデビルボアに狙いを定める。

 当のデビルボアは自分が狙われている事に気づかず、ひたすらに少女が張ったバリアに突進を続けている。

 おかげで狙いは定めやすかった。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

「食らいやがれ! 衝撃拳(インパクト)ォ!!!」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 たかが弾く力、されど弾く力。

 一点集中されたその力と拳は、最早物理的な壁を無に帰す一撃。

 

「ブモォォォ!?」

 

 背中に一発。

 ノートの放った衝撃拳は、デビルボアの胴体に風穴を空けた。

 まともに喰らったデビルボアは、短い断末魔を上げて、その場に倒れ込むのだった。

 

「よし!」

「……すごい」

 

 ランクCのモンスターを一撃で葬った攻撃に、少女はただ呆然とする。

 すぐに我に返った少女は白騎士の像を消し、ノートの元へと駆け寄った。

 

「ちゃんと死んでるよな? 大丈夫だよな?」

「あの! 助けてくれて、ありがとうございますです」

 

 深々とお辞儀をする少女に、ノートは少したじろぐ。

 

「い、いやあ。なんか放っておけなくて勝手にやっただけだから。そんなに気にしないで。というか、君は大丈夫なの?」

「ライカです」

「へ?」

「私の名前、ライカって言います。貴方の名前は?」

「……俺はノート」

「はい、ノート君ですね。本当にありがとうございますです」

「分かった、分かったから。そんなにお辞儀しないで!」

 

 どうにも感謝される事になれていないノート。

 深々とお辞儀をするライカを必死に止めようとする。

 

「あの、良かったら何かお礼をさせてください」

「いやお礼なんてそんな――」

 

 断ろうとした瞬間。あまりにもタイミングよく、ノートの腹の虫が鳴り響いた。

 

「えっと、じゃあ一緒にお食事でも」

「できれば一晩寝る場所も欲しいかなーって」

「あはは、すごくお困りさんのようですね」

 

 少し苦笑いするライカと、もはや恥は投げ捨てていたノート。

 少しの食事と明日を生きる為の寝床を手にできるなら、今の彼はなんでもする気概だった。

 

「じゃあ街に行きましょう。私の所属しているパーティーの本拠地がそこにあるんです!」

 

 急にライカに手を握られて、ノートは少しドキッとする。

 思春期の十四歳だ、仕方ない。

 そんな時だった。ノートはライカの右手に痣がある事に気がついた。

 

「あれ? ライカ、その右手の痣って」

「えっ!?」

「もしかしてデビルボアの攻撃で――」

「ノート君、この痣が見えるんですか!?」

「いや、普通に見えるけど」

 

 妙に驚くライカを訝し気に思いながら、ノートはライカの右手に視線を落とす。

 よくよく見れば、それは何かの模様のようにも、文字のようにも見えた。

 だがそれより気になった事は、似ていた事だ。

 

「……似てる」

 

 ノートは自分の右手の甲を見せる。

 形こそ違えど、二人の痣はよく似たものだった。

 

「ノ、ノート君。それって」

「あぁ、生まれつきある痣なんだけど――」

「もしかしてノート君もアルカナホルダーなんですか!?」

「いや、アルカナって何?」

 

 ノートの疑問が聞こえてないのか、ライカは幼子のように目を輝かせる。

 

「あの、ノート君ってどこかのパーティーに所属してるんですか?」

「えーっと、その……さっきまでは所属していたと言いますか、ぶっちゃけ今日追放されました」

 

 自分で言ってダメージを受けるノート。

 だがそれに反して、ライカは目の輝きを増すばかりだった。

 

「それじゃあ、色々なお話は本拠地でしましょうです!」

「あ、はい」

 

 グイグイ押してくるライカにたじろぎつつ、されるがままになるノート。

 だがこれで良いのかもしれない。

 とりあえずは明日を生きれそうなので、ノートは安心してライカに手を引かれていた。

 

「それじゃあ、れっつごーなのです!」

「ごー……ところで、このデビルボアの死体どうする?」

「あっ」

 

 素材を剥げば高値で売れるのだ、そのままにしておくのは勿体ない。

 二人は色々思案したが、ナイフも何も無いので泣く泣く諦めるのだった。

 

 

 

 



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第四話:戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)

 ライカに手を引かれて、ノートは森の中の獣道を進んでいく。

 行き先は先程自分が出て行った街。まさかこんなにもすぐに戻る事になるとは、ノート自身予想もしていなかった。

 森の中を一歩進むごとに、どこか気まずいものが膨らんでいく。

 そんなノートの気持ちを知らずか、ライカはニコニコとした笑顔で帰路についていた。

 

「~♪」

 

 鼻歌まで歌う始末だ。

 ライカのご機嫌な様子に水を差すのも憚られたので、とりあえずノートは黙る。

 それはそれとして、何故彼女がこれほどまでに上機嫌なのかは、謎だった。

 

 そんな事を考えている内に、獣道が終わりを迎える。

 森を出ると、街の入り口はすぐそこだった。

 

 アインスシティ。

 大きなギルドがあり、様々な冒険者が集う活気溢れる街だ。

 時間は夕方。街に入れば人々の談笑と、客を呼び込む商人達の声が聞こえてくる。

 目に入る建物はレンガと木で出来た、いかにもファンタジー世界なものばかり。

 街道には誰かが使役しているモンスターも闊歩しているので、そのファンタジー感は更に増している。

 走っている馬車を見れば、なんとなく時代も感じ取れる。

 

 そんな街の門をくぐるや、ノートは上着についていたフードを深々と被った。

 

「あれ? ノート君どうしたんですか?」

「いや、その、前のパーティーの人達がまだ街にいるから……顔見られたら気まずいというか何というか」

 

 もしも今鉢合わせたら何を言われるか分かったものではない。

 勿論それはライカに対してもだ。

 無能者と一緒にいるだけで何か言われる、そんなな後味の悪い展開だけは避けたかった。

 

「大丈夫なのです。悪い人相手だったら私が追い払っちゃうのです」

 

 手を強く握って微笑むライカ。

 女の子に守ってもらうというのは情けなさを感じる。ただ今のノートにとって、味方がいるという事実はどこか心を温めるものがあった。

 いや、やはり情けなさが勝つ。ノートは顔を赤く染めて、軽く項垂れた。

 

「あれっ!? ノート君どうしたんですか!?」

「色々と、自分の未熟さを痛感したんだ」

 

 涙だけは耐え抜いた。男の子の意地だ。

 

 そうこうしている内に、どうやら目的地に到着したようで。

 

「着きました。ここがパーティーの本拠地なのです!」

「……宿屋?」

 

 ライカに連れられて到着したのは、大きな建物。

 ぱっと見の外観は宿屋。部屋数は多そうだ。

 ノートは宿屋の一室を本拠地にしているのだろうかと思ったが、それらしい看板は無い。

 あるのはパーティーシンボルらしき旗のみ。描かれているのは鎧と、炎だ。

 

「お金持ちパーティー?」

「どうなんでしょうか? 私は他のパーティーをよく知らないので、わからないのです」

 

 ノートにはそうとしか思えなかった。

 これ程の建物を丸一つ本拠地にできるなど、金持ちパーティーか、高ランクパーティーの二択である。

 

「さぁさぁ、入ってくださいです」

 

 ライカに手を引かれるがまま、ノートは建物の中へと足を踏み入れた。

 

 中は綺麗で広々としていた。

 一回は大広間兼食堂だろうか、ライカの仲間らしき人物が三名程こちらに注目している。

 ノートは思わず辺りを見回す。

 すると、壁に掛けられている金の盾に気がついた。

 

「(ランクを示す盾だ)」

 

 ギルドから金の盾を貰っているという事は、それなりにランクが高いのだろう。

 ノートは何気なしに、盾に刻印された星の数を数えた。

 パーティーのランクは星の数を見れば分かるのだ。

 

「(星が一つ二つ三つ……えっ、七つ!?)」

 

 盾に刻印されていた星は七つ。

 それは、ギルドからパーティーに与えられる最大数の星であった。

 

「ラ、ライカ。君が所属しているパーティーって」

「はい。Sランクなのです」

「Sランク!?」

 

 とんでもないパーティーの本拠地に来てしまった。

 ノートが緊張と畏れ多さに震えていると、一人の女性が近づいてきた。

 

「あらライカ、おかえり」

「カリーナさん、ただいまです」

「そっちの男の子は?」

「あっ、ノートって言います」

 

 長い黒髪と同性が嫉妬しそうなスタイルを持つ女性、カリーナが二人を出迎える。

 滅多に見ない綺麗な大人の女性を前に、ノートはまた顔を赤くしていた。

 

「あらあらあら~。君ぃ、もしかしてライカのコレ?」

「これ?」

「いやいや違います! 俺達初対面です!」

「えっ、初対面なのに手をつけたの!? どっちが!?」

「手をつける? 握手ですか?」

「どっちも違います!」

 

 必死に否定をするノートを見て満足したのか、カリーナは笑い声を上げながら彼の肩を叩いた。

 

「ゴメンゴメン。冗談よ」

「し、心臓に悪いです」

「いやぁ、ライカが男の子を連れてくるなんて初めてだったから。珍しくてね」

「はい。初めて連れてきました! それでカリーナさん、ドミニクさんはいますか?」

「アイツなら自分の部屋で寝てるわよ」

「了解なのです! ノート君、少し待っててくださいです!」

 

 そう言うとライカは猛ダッシュで奥に消えていく……と思ったらUターンして戻って来た。

 

「忘れてました! カリーナさん、頼まれていた薬草なのです!」

「あら、お疲れ様」

「はい! では今度こそ」

 

 再びライカは猛ダッシュで奥へ消えていった。

 残されたノートは呆然と立つ事しかできなかった。

 

「で。君はライカと何繋がり?」

「えーっと、どこから話せばいいのか……」

 

 ノートは多少詰まりながらもここまでの経緯を話した。

 森の中でライカがデボルボアと戦っていたこと。

 困っていたので、自分が咄嗟に加勢したこと。

 協力してデビルボアを倒した後、ライカに誘われて此処に来たこと。

 宿も金も無いので、一晩泊めて欲しいとお願いしたこと。

 パーティーを追放された下りは、恥ずかしくて話せなかった。

 

「なるほどね。君、ライカを助けてくれたのね」

「助けるだなんてそんな……俺は自分勝手に動いただけです」

「でも結果的にあの娘が助かった。ありがとう、アタシ達の仲間を助けてくれて」

 

 カリーナに頭を撫でられる。

 人に褒められるという経験に乏しいノートは、どうにもむず痒いものを感じていた。

 

「とりあえずデビルボアの死骸は後で回収に行くとして。ノート君は行くあて無いんでしょ? だったら遠慮なくウチに泊まっていきなさい」

「いいんですか!?」

「もちろん。ご飯も食べていきなさいな」

 

 明日の命に繋がった。ノートは心の中で狂喜乱舞した。

 宿だけでなく食事にもありつける。ノートは信じてもいない神様に感謝していた。

 

「リーダーにはアタシからちゃんと言っておくから。今日はゆっくり休みなさい」

「あれ、カリーナさんがリーダーじゃないんですか?」

「アタシはボンクラリーダーのお目付け役。ここのリーダーはドミニクって奴よ」

「ドミニクさん、ですか」

「そうよ。まぁなんにせよアタシは君を歓迎するわ」

 

 そう言うとカリーナはノートに手を差し伸べた。

 

「ようこそ、冒険者パーティー『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』へ」

 

 拒絶されない優しさが、ノートの心に染みわたる。

 気がつけばノートの頬には一筋の涙が走っていた。

 

「ちょっ。泣く程嫌だった!?」

「いえ、違うんです。こう、優しくされるのが嬉しくて」

「……なんか君、苦労人っぽいね」

 

 苦労人の転生者です、とは口が裂けても言えなかった。

 ノートが涙を拭ってカリーナに向き合うと、奥から二つの人影がやって来た。

 

「ノート君、お待たせしましたです!」

「ライカ、ドミニクの奴は?」

「はい。ちゃんと起こしてきたです!」

 

 ライカの後ろから大柄な大人の男性が姿を見せる。

 ぼさぼさで灰色の髪を掻きむしりながら、気だるそうにノートを見てきた。

 

「お前が、ライカの言ってた小僧か」

「えっと、はい。ノートっていいます……ドミニクさん、で合ってますか?」

「あぁ合ってるよ。俺がドミニクさんだ」

 

 少し目つきは悪いけど、優しそうな雰囲気の人だ。

 あと何故かやる時はやる大人って感じがする。

 それがノートがドミニクに抱いた感想だった。

 

「ノート君。こちらが私達のパーティーのリーダー、ドミニクさんなのです」

「う、うん」

「そしてドミニクさん。こちらがノート君。私を助けてくれた恩人で――」

 

 今日泊まる人です。そう続くと思っていたが、ライカが発した言葉はノートの予想を大きく外した方へ飛んで行った。

 

「私達のパーティー『戦乙女の焔』の新しいお仲間さんなのです!」

 

「……へ?」

 

 ノートは思わず変な声を漏らした。

 

 

 

 

 



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第五話:入れ

 ライカの唐突が過ぎる発言に、ノートは理解が追いついていなかった。

 ポカーンと間抜け面を晒していると、カリーナに肩を叩かれる。

 

「ノート君ウチに入りたかったの?」

「えっ、そうなんですか?」

「いや、聞き返さないでよ」

「すいません……じゃなくて! えっ、なんでこうなってんの!?」

 

 ようやく状況が飲み込めて、焦るノート。

 今日は一晩の宿と温かいご飯が欲しくて来ただけなのに、何をどう間違えれば自分がSランクパーティーに入る事になるのか。

 脳みそを必死に回転させたが、やはりノートには理解できなかった。

 

「あのライカさん? 俺何か粗相でもしたかな?」

「えっ? 何もしてませんけど」

「じゃあなんで俺がパーティーに入る流れになってるの!? 俺初耳なんですけど!?」

「はい。今初めて言いました!」

「まぶしい笑顔でトンチキな事言わないでくれよぉ」

 

 胃と心臓に悪い。

 ただでさえ無能者という負い目があるのだ。Sランクの本拠地にいるだけでも緊張ものなのに、入れと言われた日には穴が開いてしまう。

 そんなノートの様子を知ってか知らずか、ライカとドミニクは勝手に話を進めていた。

 

「お部屋の用意とかどうしましょう?」

「空き部屋ならいくらでもあるから、適当な部屋に押し込めばいいだろ。案内はライカに任せる」

「りょーかいなのです!」

「はいはいそこの二人。話が見えてこないのと、ノート君が混乱してるからちゃんと説明しなさい」

 

 カリーナに叱責されて、ようやく二人は周りに気がついた。

 ノート達だけでなく、他のパーティーメンバーも何だ何だと集まる。

 ドミニクは咳ばらいを一つし、ノートに向き合った。

 

「おい小僧。ノートだったか?」

「は、はい」

「ちょっと右手見せろ」

 

 言われるがままに右手を差し出すと、ドミニクはまじまじと見つめ始めた。

 聞き取れない程小さな声で呟きながら甲を見つめる大人に、ノートはどこか不気味なものを感じる。

 そこでノートは思い出した。ライカも右手の痣を見て何か言っていた事を。

 

「……なる程な。おいカリーナ」

「なに?」

「コイツの右手、どう思う?」

「どうって。別に普通の右手でしょ」

「肌年齢は?」

「アタシよりピチピチ、ってやかましいわ!」

 

 怒るカリーナを、ドミニクは「ガハハ」と笑い飛ばす。

 

「おい、他の二人も確認してくれ。コイツの右手に何がある?」

 

 集まっていたパーティーメンバー二人がノートの右手を覗き込む。

 だが揃って同じく「何の変哲もない。普通だ」という旨の答えをした。

 

 それがノートには不思議で仕方なかった。

 改めて自分の右手を見る。そこには確かに大きな痣があった。

 

「お前、不思議に思ってるだろ? なんで誰も痣の事に降れないんだって」

「は……はい」

「視認できないんだよ。この右手の痣は、特殊なスキルを持つ人間にしか見えない」

「特殊なスキル?」

 

 するとドミニクは、自身の右手の甲をノートに見せてきた。

 微かに違う所はある。だがその右手にある痣は、ノートやライカのそれとよく似たものだった。

 

「俺もその特殊スキル。アルカナのホルダーだ」

「アルカナ?」

「そして痣を視認できたお前も、アルカナホルダーなのは間違いない。ライカの痣も見たんだろ?」

「はい。見ました」

「女の子の秘密を見たって、なんかエロくね?」

「いや何の話してるんですか」

「ガハハ、冗談だ」

 

 自分の持つ痣が何か特別な意味を持つという事は理解できたが、ノートはドミニクのノリに上手くついていけなかった。

 そして心なしか女性陣からの冷たい視線がドミニクに突き刺さっている気がした。

 

「つーわけでだ。ノート、お前ウチのパーティーに入れ」

「いやいやいや。そうはならないでしょ」

「どうせ行く当てはないんだろ? それとも説得材料が足りなかったか。女か? 女を寄越せばいいのか? このスケベめ」

「俺一言もそんな事言ってません。単なる説明不足です」

「そうか?」

「まぁ、こればっかりはノート君の言うとおりね。ドミニク、アンタもっと丁寧に説明しなさいよ」

 

 無精ひげを弄りながら首を傾げていたドミニクだが、カリーナに言われてようやく自分の説明不足を理解した。

 

「よしわかった、もっと簡潔に述べよう。お前が欲しい」

「簡潔すぎるわ!」

 

 カリーナに頭を叩かれるドミニク。

 それを切っ掛けに言い争う二人を見ながら、ノートは「何故」という言葉をリピートし続けていた。

 本当に解らなかったのだ。何故目の前の男が、自分のような無能者を欲しがるのか。

 そんなノートの心境を察したのかは分からないが、ドミニクはカリーナを黙らせて話を続けた。

 

「何故自分なんかをって顔だな」

「……当然ですよ。だって自分で言うのもなんですけど、俺は無能者ですよ」

「らしいな。さっきパーティーを追放されたばっかなんだって」

「はい。だって俺は――」

「魔法が使えない上に、魔道具も碌に動かせない。だろ?」

「っ!?」

「しかもその様子だと剣技の才能にも恵まれなかったってところか。前のパーティーでは差し詰め雑用係に甘んじていたんだろう?」

「……はい」

 

 全部見抜かれていた上に、事実だった。

 十分に理解している事とはいえ、こう面と向かって突き付けられると心が痛む。

 だがそうなると、ノートは尚更パーティーに誘われている現状が理解できなかった。

 

「安心しろ。俺とライカも同じようなもんだ」

「えっ」

「魔法資質ゼロ。俺は少し特殊だが、ライカも剣技の才は無い」

「……からかってます?」

「まさか。魔法が使えないのはアルカナホルダー全員の共通事項だ。その代償として俺達は唯一無二の強力なスキルを使える」

「強力な、スキル」

「今日デビルボアと戦った時に、ライカの身体から出て来た魔人体……あぁ、白い騎士みたいなの見ただろ」

「はい。凄かったです」

「お前もあんな感じのもんを出せるはずだ」

「俺がですか? まさか」

 

 やはりからかわれているのだろうか。

 ノートは中々ドミニクという男を信じられなかった。

 だがドミニクの目は至って真剣。とにかく意志を伝えようと必死に抗っているようにも見えた。

 

「自信のない小僧だなぁ、スキルは持ってるんだろ?」

「まぁ一応……大抵の物を弾くっていう雑魚スキルですけど」

「スキルの名前は?」

「ありません」

「なるほど、そりゃ自信出ねぇな」

 

 一人で納得し、うんうんと頷くドミニク。

 そんな彼を見てノートはどうしたものかと考えていると、ライカに袖の端を掴まれた。

 

「あの、嫌でしたか?」

「いやその、嫌というか分からないというか」

「わからないですか?」

「さっきも言ったけど、俺は無能者の雑魚だ。少なくともSランクパーティーなんかに必要とされる人間じゃない」

「そんなこと――」

「そんな事は無いぞ、小僧」

 

 ライカの言葉を、ドミニクが遮る。

 

「確かに今のお前は戦闘においては弱いかもしれない。下手すりゃ雑魚だろう」

「ぐっ……はい」

「だけどな、それだけでお前を無能と言い切るには気が早すぎる」

「……」

「ウチのパーティーはな、有能な仲間を探してるんだ。将来性も含めてな」

「将来性、ですか?」

「そうだ。お前の持つ痣はいずれ強力な武器になる。それを俺は知っている。だから今こうしてお前を誘っているんだ」

 

 自身に眠る可能性。それを示唆されて、ノートは今まで経験したことのない高揚を感じていた。

 

「だから何度でも言ってやる。お前は無能なんかじゃない。誰にも磨かれなかった原石なだけだ」

「俺は……」

「なぁに安心しろ、若人の育成は俺達大人の仕事だ。俺達がお前を立派なアルカナホルダーに育ててやる」

 

 信じていいのか、判断しかねるノート。

 ドミニクが噓を言っていないとも限らない。

 だが、もしも彼の言葉が真実だといのなら……本当に自分が成長できるのなら、差し伸ばされた手をとる事に意味はあるのではないか。

 

「改めて言うぞ。ノート、お前ウチのパーティーに入れ」

 

 これが本当にチャンスかどうかは分からない。

 だがどうせ明日が見えなかった身だ。

 これが明日の命に繋がるのであれば……

 

「……俺なんかで良ければ、よろしくお願いします」

「決まりだな。オメーら喜べぇ! 新しい仲間の誕生だァ!」

 

 まばらに拍手の音が聞こえる。

 ある程度は歓迎されているようだが、本心はどうか分からない。

 

「やったー! ノート君、これからよろしくお願いしますです!」

「あ、うん、よろしく」

 

 満面の笑みでノートの手を握ってくるライカ。

 恐らく彼女は本心から歓迎しているのだろう。

 彼女の笑顔だけは不思議と自然に信頼できた。

 

「(なんだか……怒涛の一日だなぁ)」

 

 どん底からの超スピード逆転劇とでも呼べば良いのだろうか。

 何にせよ、野垂れ死ぬよりはずっとマシである。

 この新しい職場で雑用でも何でもしてやろう。

 ノートはそう決心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第六話:アルカナって?

 夜。

 冒険者パーティー『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』の本拠地で、ノートは夕食を振る舞ってもらっていた。

 メニューはトマトとニンニクが入ったパスタ。そして何かの肉を焼いたもの。聞いたらはぐらかされたので、恐らくモンスターの肉。

 味の方はまあまあな感じ。不味くは無いが特筆して上手いという訳でもない。当然ノートは口には出していない。

 ただ歓迎されているのかどうか、分かりかねているだけだ。

 

「どうノート君? 美味しい?」

「は、はい。美味しいです」

 

 味を聞いて来たカリーナに、反射的にそう返す。

 いい人達なのだとは思う。だがまだノートには、彼らを信じ切る度量が無かった。

 かといってこのまま黙々と食べ続けるのも悪い気がする。

 何か話題は無いのだろうかと、ノートは視線を泳がせる。

 すると、ある事に気がついた。

 

「あれ、ドミニクさんは居ないんですか?」

「あぁ、アイツなら外よ。ノート君が仕留めたデビルボアを回収しに行ってるわ」

「えっ!? それ俺も手伝わなくていいんですか」

「いいのいいの。ノート君は今日の主役なんだから。のーんびりご飯食べてればいいの」

「そ、そうですか」

 

 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになるノート。

 仮にも仕留めたのは自分なのだ。本来なら自分が責任をもって解体すべき事なのに。

 

「(なんか、いきなり迷惑かけちゃったな)」

 

 自己嫌悪。

 ドミニクには「無能ではない」と言われたものの、今まで自分が甘んじていた境遇から、ノートはどうにも自己肯定感が低かった。

 

「そういえばちゃんとした自己紹介はまだだったわね。アタシはカリーナ。『戦乙女の焔』のサブリーダーみたいなことしてるわ」

「みたいな、なんですか」

「ジョブは魔法使い。軽い怪我ならアタシに言いなさい。回復魔法で治してあげるわ」

「頼もしいです」

「ノート君はホントに素直ね。で、君の隣に座っているのがライカ」

「はいです!」

 

 考え事ばかりで自分のすぐ近くに気付けていなかった。

 カリーナに言われて、ノートは初めて隣にライカが座っていた事に気がついた。

 

「改めまして、私はライカなのです。少し背は低いですが、こう見えて十四歳です!」

「あっ、同い年なんだ」

「アルカナの名前は『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』。守りに関しては私に任せてくださいです!」

「『純白たる正義』って、能力の名前だったんだ」

「カッコいいのです」

 

 どや顔で胸を張るライカ。相当気に入っているらしい。

 しかしそれはそれとして、ノートにはどうしても気になる事があった。

 

「あのぉ、さっきからずっと聞きたかったんだけど。アルカナって何?」

「あれ。ドミニクはともかく、ライカから聞いてないの?」

「全く説明されてません」

「多分説明し忘れてました」

「ウチのアルカナホルダーはどうしてこう、うっかりなのかしらね~」

 

 眉間に皺を寄せ、額に手を当てるカリーナ。

 恐らく今まで色々あったのだろうと、ノートはその心中を察する事しかできなかった。

 

「まぁ、でも丁度いいわ。タイスの紹介もできるし」

「タイスさん、ですか?」

「呼んだかしら?」

 

 声がしたのでノートが振り向くと、そこには白衣を着た、赤髪の中年女性が立っていた。

 

「ノート君、だったわね」

「はい、ノートです」

「タイスよ。よろしくね」

 

 握手する二人。

 タイスの落ち着いた雰囲気に、ノートはどこか知的なものを感じていた。

 

「ノート君はアルカナホルダーなんだってね」

「はい。そうらしいです」

「でもアルカナが何かは知らないと」

「すみません」

「いいわ、私が簡単に説明してあげる」

「タイスさんは、アルカナ専門の学者さんなのです!」

 

 想像以上にすごい人だったと、ノートは息を漏らす。

 

「さぁ、どこから説明するべきかしら……」

「あの、一番始めの簡単なところからお願いします」

「じゃあそうするわ」

 

 そしてタイスは、アルカナについて説明を始めた。

 

「ノート君、この世界にはスキルと呼ばれるものがあるのは知ってるわね?」

「はい。人が生まれつき稀に持っている、剣技や魔法とは関係ない特殊能力の事ですよね」

「そうよ。広義的に言ってしまえば、アルカナもスキルの一種なの」

「まぁ、俺もそうだとは思います」

「でもね、一般的なスキルとアルカナは大きく違う。ノート君、この世界に実用的なスキルを持つ人間はどのくらいいるか分かるかしら?」

「えっと……全く見当もつきません」

「およそ一割と言われているわ。ただでさえ希少なスキルホルダーの中でも、実戦で使えるスキルを持っているのはそれだけしか居ないのよ。故に、世間の冒険者にはスキルホルダーを軽視する風潮さえあるわ」

 

 その風潮はノート自身も嫌という程知っていた。

 特殊スキル持ちだという事を前のパーティーで打ち明けても、大して相手にされなかったのだ。

 そしてそれは出って来た人々の大半がそうでもあった。

 

「でもねアルカナだけは違う。アルカナはそんじょそこらのスキルとは次元が違うわ」

「そうなんですか?」

「そうよ。アルカナを保有する人間は、何故か同じ時代に二十一人しか存在しないけど、その誰もが魔法でさえ到達し得ない奇跡を起こすと言われているわ」

「奇跡……」

「ある学者は、アルカナは神に至る為の力だとも言っていたわね」

「神って、そんな大袈裟な」

「まぁ神は言い過ぎかもしれないけど、強力な力である事には変わりない」

 

 タイスの話を聞いて、ノートは自身の右手に視線を落とす。

 何も変わらぬ痣のついた右手。

 ここに神に至れる程の力が眠っているとは、到底思えなかった。

 

「胸を張りなさい。貴方には無限の可能性が眠っているわ」

「……だと良いんですけどね」

 

 言葉が信じられない。そんな自分に嫌気が差す。

 ともあれアルカナについては何となく理解できたノート。

 そして思い出すのはライカが出していた魔神体(白騎士の像)だ。

 ドミニクはいずれ出せられるようになると言っていたが、今のノートにそれを飲み込む自信は皆無だった。

 

 黙々とパスタを食べる。

 水でも貰おうかと思ったその時、大きな音を立てて扉が開いた。

 

「ウーッス、ただいま皆の衆」

 

 ドミニクが帰って来たのだ。

 彼は帰ってくるや、煙管を咥えながら食堂の椅子に座り込む。

 

「おーいカリーナ。麦酒持って来てくれー」

「酒くらい自分で取りにいきなさい」

「オイオイ、一働きしてきたパーティーリーダーなんだぞ~。もちっと労ってくれよぉ」

「はいはい、お疲れ様でしたー」

 

 雑にあしらうカリーナに文句を垂れながら、ドミニクは自分で酒を取りにいく。

 ノートにはそれが、このパーティーにおける力関係を表しているようにも見えた。

 

「ねぇライカ。もしかしてドミニクさんって」

「はい。カリーナさんには頭が上がってないです」

 

 聞こえないようにひそひそ話をする二人。

 決定だ。ここのピラミッドの頂点に君臨しているのはカリーナだ。

 逆らわないようにしようと、ノートは固く心に誓った。

 

「あれ、そういえばもう一人いましたよね?」

「マルクさんのことですか?」

「マルクの奴なら外でデビルボアを解体してるよ」

 

 麦酒の瓶を片手にドミニクが戻ってくる。

 どうやらもう一人の男の名前はマルクというらしい。

 少ししか見ていないのでぼんやりしているが、凄まじいビジュアルだった気がする。

 

「(みんな良い人そうだし、マルクって人もきっと良い人だろうな)」

 

 ノートが呑気にそんな事を考えていると、食堂の入り口から男性の声が聞こえてきた。

 

「ヒャーハー! 楽勝な解体だったゼェー!」

「……」

「おぉ流石マルクだな。素早い解体技術」

「ありがとよォ、ドミニクゥ。ってオイ! なに先に酒飲んでんだよ! 解体した肉運ぶの手伝え!」

「後でなー」

 

 改めてまじまじ見て、ノートは絶句した。

 食堂に入って来たのは、スキンヘッドの強面大男。服はノースリーブで、肩パッドまで付いている。

 

「(いや、どこの世紀末の方ですかーッ!?)」

 

 完全に一人だけ世界観が違う気がする。

 愛で空が落ちてきそうな世界で、水と食料を奪っていそうな風貌だ。

 先程まで解体で使っていたであろう、血塗れのナイフを持っているせいで、余計に怖い。

 道で出会っても視線を合わせたくないタイプ。

 

「(あっ、目が合った)」

「ん~? お前、新入りの坊ちゃんだったかァ?」

「は、はい。ノートって言います」

「ここじゃ命のやり取りが日常だァ。女に囲まれてほっとしてる甘ちゃんから先に死んでいくんだゼェ」

「おいマルク。折角の新人を驚かすな」

「事実だろォリーダーァ。俺っちはまだコイツのパーティー入りを認めたつもりはねぇゼェ」

 

 凄まじく怖い顔を近づけられて、ノートはガチガチと震え上がる。

 

「おいヒョロヒョロ坊ちゃん。ウチのパーティーに入りたいんだろォ?」

「は、はいぃ」

「なら見せるもん見せてもらわなきゃなァ? 俺っちは納得しねぇゼェ」

「あの、見せるって何をですか?」

「決まってるだろ。力だよ力。パワーだ」

 

 要は実力を示せという事なのだろう。

 だがノートにとっては不安の塊でしかなかった。

 

「おいリーダーァ! 俺っちにこの坊ちゃんをテストさせてくれよォ」

「テスト?」

「あぁ。俺っちがコイツの実力を見てやる。リーダーも見てェだろォ?」

「まぁ一理あるな」

「じゃあ決定だ」

 

 再びマルクはノートに顔を近づける。

 

「死合おうゼェ、坊ちゃんよォ。俺っちが地獄のランデブーに招待してやる」

「ひぇぇぇ」

「ノート。マルクの誘いを受けろ」

「はい……はいィ!?」

 

 脅えあがっていたノートだが、ドミニクの発言で正気に戻った。

 

「俺もお前の実力を見てみたい。明日の昼、近くの森でマルクと模擬戦しろ」

「いいのドミニク? マルクは手加減とか苦手よ」

「いいんだよ。こういうのが一番手っ取り早いんだ」

 

 心配するカリーナを一蹴し、ドミニクはノートとマルクの模擬戦を決めてしまう。

 

「俺が審判をする。まぁ入団試験みたいなもんだ。気楽にやれノート」

「ヒャハハハ! そう来なくっちゃなァ!」

 

 一言の返事をする間もなく、物事が決まってしまう。

 

「(俺……どうなるんだろ)」

 

 少なくとも気楽とは無縁。

 一筋縄ではいかないパーティー生活になりそうであった。

 

 

 

 

 

 



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第七話:それぞれの夜

 夕食を終えて自室に戻ったドミニクは、崩れ落ちるようにベッドに沈んだ。

 その部屋はSランクパーティーのリーダーのそれとしては殺風景なものだった。

 モンスター狩りやダンジョン攻略に使うような武器は一つも無く、防具も殆どない。

 あるのは数個の体力トレーニング道具と、私服を入れたクローゼット。

 後は一冊の本のみ。

 

「たしか、アイツの番号は……」

 

 ドミニクは本を開く。

 手書きされた本の中には、様々な紋様と異形の絵が描かれていた。

 その中からドミニクは、ノートの痣と同じものを探し出す。

 

「……八番か」

 

 見つけ出したページには、ノートの痣と同じ模様の絵。

 そして八番という番号が振られていた。

 ただし、他のページにあるような説明書きは無く、異形の絵も無い。

 それを確認したドミニクは、深いため息を一つつく。

 

 すると、部屋の扉をノックする音が響いてきた。

 

「入りたきゃ勝手に入れ」

 

 ドミニクがそう言うと、扉が開く。

 入って来たのはカリーナだった。

 

「読書中だった?」

「今終わったところだ」

「じゃあ暇ね」

 

 そう言うとカリーナは、ドミニクの隣に腰掛けた。

 

「ねぇ、なんでノート君を誘ったの」

「別にいいだろ、そんなこと」

「あの子がアルカナホルダーだから? その力が欲しくて誘ったの?」

「まさか。いや、それじゃあ言い訳か」

 

 ドミニクは渋々といった感じでベッドから起き上がる。

 

「似てたんだよ、アイツの目」

「似てた?」

「昔の俺に」

 

 ドミニクは自身の過去を思い返す。

 今でこそSランクパーティーのリーダーを務めているが、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。

 むしろ、彼の少年時代に良い思い出は殆ど無かったと言っていい。

 その暗黒の少年時代の自分を、ドミニクはノートに重ねてしまったのだ。

 

「アルカナのせいで何もかも諦めた目だった。誰にも顧みられず、誰も信じられなかった人間の目だ」

「だからあんなに必死に勧誘したの?」

「子供を健全に育てるのは、俺ら大人の仕事だからな」

「ふーん」

「だから俺はノートが即戦力でなくても良いと思ってる。アイツはこれから俺達で育てるんだ」

「もし育たなかったらどうするの?」

「それは無い」

「随分な自信ね」

「俺の直感だ。当たるぞ」

「素人占いの方が当たりそうね」

 

 「信用ないなぁ」と、ドミニクは眉間に皺を寄せる。

 だが彼の意志自体はカリーナに伝わったようだ、彼女はノートの加入を反対してこない。

 それがドミニクにとって有難い事この上なかった。

 

「後はマルクの奴をどう納得させるかだな」

「その為に明日模擬戦させるんでしょ。大丈夫なの?」

「心配ない。本当に危なくなったら俺が介入する」

「それはそれで安心だけど」

「それにマルクは馬鹿に見えるが、思慮深い面もある。アイツなりにノートを心配しての提案だろ」

 

 実際、Sランクパーティーである『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』の仕事場は荒事が多い。

 時には低ランクのクエストをこなす事もあるが、基本的に行き先は高ランクの危険地帯だ。生半可な覚悟ではやっていけない。

 マルクは自身が嫌われ役を買って出ることで、ノートにSランクパーティーに入る事の意味を教えるつもりなのだろう。

 

「どの道誰かがやらなきゃいけない事だ。マルクの奴には悪い事をしちまったな」

「そうね」

「まぁ俺は、ノートがこの程度で折れるとは思ってないけどな」

「あら、それも直感?」

「違うな。だってアイツ、後がないだろ? 絶対に食らいついてくるぞ」

「世知辛いこと言うわね……」

「事実だ」

 

 そう言うとドミニクは、再び手に持っていた本を開いた。

 カリーナなはそれを横から覗き込む。

 

「それ、ノート君のアルカナ?」

「あぁ。八番の痣だった」

「魔人体が描かれてないわね。説明も無し」

「あぁ。アイツが持っているのは、完全に未知の能力だ」

「ちょっと、それ大丈夫なの?」

「人格に問題がなけりゃ大丈夫だろ。それにな――」

 

 ドミニクは本を閉じて、目つきを変える。

 

「万が一暴走したら、俺が責任を持って始末する」

 

 その瞳には覚悟、そして一種の冷徹さが燃え盛っていた。

 

 

 

 

 ドミニクとカリーナが話しをしている頃。

 ノートは割り当てられた部屋のベッドで、横になっていた。

 下ろすような荷物も無い。今彼にできる事はベッドの上で物思いに耽る事くらいだ。

 

「……なんでなんだろうな」

 

 天井に向かって、そう呟く。

 「何故なのか」ノートにとって今日一日で起きた事は、それに尽きるのだ。

 

 長らく共に旅をしていたパーティーからは追放されてしまった。

 何故なのか。決まっている、自分が無能だからだ。

 だが縁があって、今はSランクパーティー『戦乙女の焔』の仲間に迎えられた。

 何故なのか。わからない、自分が無能だから本当にわからない。

 何故ここの人達は自分を歓迎してくれたのか。

 アルカナというスキルを持っているからだろうか。

 

「……アルカナ、かぁ」

 

 ノートは自分の右手を見る。

 タイスに説明されたとはいえ、未だ自分の中に力が眠っているとは思えない。

 騙されているのだろうか。

 だとすれば、ここのパーティーの人達は相当な詐欺師だ。

 逆に全てが真実だとすれば。

 

「なんか、変に期待されているみたいで……嫌だなぁ」

 

 期待が重い。その重さで潰されてしまいそうだ。

 

「人生には分岐点があると思うけど……俺、じつは選択肢間違えたんじゃないか?」

 

 恐らく分岐ポイントはライカを助けた瞬間。

 ノートは今日であった同い年の少女の事を改めて想い浮かべる。

 

「……可愛かったな」

 

 ライカは自分を恩人だと言っていたが、ノートからすれば恩人は彼女の方だ。

 一晩の食事と宿を貰っただけでなく、パーティーへも誘われた。

 

「ライカは善意百パーセントなんだろうけど……だからこそ辛いなぁ」

 

 自分はSランクパーティーに入れるような凄い人間ではない。

 今日一日では、ノートの自己肯定感は全く上がっていなかった。

 

「異世界転生なんて、碌なもんじゃない」

 

 ネガティブな考えも変わらない。

 良い事なんてほとんど無かった。ただ辛いだけ。

 才能が無い分、余計にそう思える。

 現実は小説のようにはいかないのだ。都合のいいチートなんて、何もなかった。

 それでも生きなきゃ、明日に繋がらない。それだけは理解していたし、忘れもしなかった。

 

「明日は模擬戦か」

 

 マルクやドミニクには、力を見せろと言われた。

 恐らく「物を弾くスキル」を見せろというのだろう。

 

「こんな雑魚スキルの何を見たいんだよ」

 

 魔法の方がよっぽど凄いことができる。

 攻撃を防ぐだけなら、剣士にだってできるだろう。

 それを考慮すれば、自分のスキルなんて大した物じゃない。

 

「気楽にやれとは言われたけど……入団試験かぁ」

 

 攻撃手段なんて碌に持っていない。

 唯一のまともな攻撃手段である衝撃拳《インパクト》は、一定条件下でしか本領を発揮できないのだ。

 

「なんでこの技、上から下にやらないと威力上がらないんだよ」

 

 自分のスキルの融通の利かなさに、ノートは一人愚痴を零す。

 もしもライカを助けた時に使った衝撃拳に期待されているとすれば、謝らなくてはならない。

 あれはデビルボアという的が大きかったから当てられたのだ。

 人間サイズ相手だったら簡単に避けられてしまう。

 まぁ、そもそも……

 

「人間相手とは、戦いたくないなぁ」

 

 かつては地球の日本人であったせいか、対人戦に忌避感があった。

 この世界においては甘い考えである事は理解している。

 だが頭で理解しても、心が追いついていなかったのだ。

 そしてもう一つ、ノートには恐れている事がある。

 

「力、かぁ」

 

 右手の痣を見る。

 もしも本当に、この身体に凄まじい力が宿っているのだとすれば。

 本当に小説の主人公のような力が宿っているのだとすれば。

 それはとても怖い事でもあった。

 

「……レオ」

 

 思い出すのは自分を追放した少年の顔。

 ノートはかつての仲間が辿った道を思い出し、軽い吐き気を覚えた。

 

「人間って、脆くて弱いよな」

 

 それでも、やらなくてはいけない事もある。

 今は不安を押し殺して、明日に備えよう。

 明日の事は、明日考えるのだ。

 

 ノートは瞳を閉じて、意識を闇に落とした。

 

 

 

 

 

 

 



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第八話:朝食を作ろう

 夢を見る。

 ノートが地球にいた頃の、断片的な記憶の夢だ。

 舞台はコンクリートとガラスで囲まれた部屋に、沢山の机と椅子が並んでいる。

 学校だろうか。

 

 何十人もいる生徒の中に一人、ノートと同じ姿の生徒がいる。

 

「(前世の俺なのかな?)」

 

 断言できる訳ではないが、恐らくそう。

 誰とも話さず、一人座って本を読んでいる。

 

「(陰気なもんだな……俺なんだけど)」

 

 誰も話しかけてこない。

 まるで初めから居ないような扱い。

 だがそれでよかった気がする。

 他の生徒の事を思い出そうとすると、頭が痛むのだ。

 

「(きっと碌な事がなかったんだろうな)」

 

 夢の場面が変わる。

 自宅だろうか。

 ノートは変わらず一人で過ごしている。

 

「(俺、本当に独りだったんだな……あれ?)」

 

 ふと違和感を覚える。

 本当に自分は一人ぼっちだったのだろうか。

 何かが引っかかる。

 何か重要な存在を忘れている気がする。

 

「(家族じゃない。学校関係? でも誰だ)」

 

 場面が変わる。

 再び教室へ。

 そこから先の映像は、砂嵐にまみれていた。

 見えない、思い出せない。

 否、思い出したくないのかもしれない。

 

「(怖い……怖い……怖い)」

 

 正体不明の恐怖心がノートを襲う。

 浮かんでくる言葉は「力」と「裏切り」。

 自分に何があったのか知りたい気持ちはあるが、それを恐怖心が勝ってしまう。

 

 長い長い砂嵐が終わり、再び場面が変わる。

 次の舞台はコンクリートの床と金網。そして曇天の空だ。

 どこかの屋上だろうか。

 

「結局、俺は何が怖かったんだろう」

 

 思い出そうとしても、頭が痛むばかり。

 ノートにとって、自分の前世とはこういうものだ。

 虫食いだらけで、役立たずな記憶の集まり。

 異世界転生しても、大して役に立たないものばかりだ。

 

「それより、ここ何処だ」

 

 がむしゃらに夢を進めて、辿り着いたのは人気のない屋上。

 その中央でノートはただ立つばかり。

 

 この場面を、ノートは何となく理解していた。

 前世の夢は、いつもこの屋上で終わる。

 つまりここは……終わりの場所。

 

「ここで終わって、俺は異世界転生したんだ」

 

 ならさっさと夢から覚めよう。

 そう思ってノートが一歩前に出た、その瞬間だった。

 

『力を受け入れろ』

 

 何処からか、聞きなれない声が響き渡る。

 

『力と向き合え』

 

 不安を覚えたノートは辺りを見回す。

 だが周りには誰もいない。

 屋上にはノート一人だ。

 

 声は同じ文言を何度も繰り返す。

 

「なんだよさっきから。力力って」

『力を受け入れろ。ノート!』

 

 一際大きな声が響いた瞬間、ノートの影が大きく変化し始めた。

 平面だった影が立体的になり、一つの像を創り出していく。

 像は黒く不定形。だが何故か、ノートにはそれが『岩』と『巨人』だと認識できた。

 

「な、なんだよお前!」

『力と、向き合え!』

 

 像が巨大な腕を振り上げる。

 すると屋上が崩壊し始め、ノートは立っていられなくなった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 深い闇の中へと頭から落下していくノート。

 その最中、黒い像の声が微かに聞こえた気がした。

 

『我は、お前の――』

 

 

 

 

「わぁッ!?」

 

 目覚める。

 汗にまみれた嫌な目覚めだった。

 

「夢?」

 

 前世の夢は今までも何度か見た。

 だが今回の夢は、今までとは少し違った。

 

「力と向き合えって、なんだよ」

 

 とりあえずノートは深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。

 そして周囲を見回した。

 見慣れぬ部屋。

 

「そっか、俺昨日『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』に入れて貰ったんだ」

 

 ようやく昨日の顛末を思い出す。

 

「まぁ正式に入れて貰ったわけじゃ無さそうだけどなぁ。入団試験とか言ってたし」

 

 今日の昼にはマルクとの模擬戦がある。

 それを思い出したノートは少し憂鬱な気分になった。

 

 窓の外を見る。

 朝とはいえ、まだ日が昇ってすぐだった。

 

「朝の五時くらいかな」

 

 二度寝してもいいかもしれない。

 ノートは一瞬そう考えるが、先程のような夢をもう一度見るのは心底嫌だった。

 

「……起きるか」

 

 もしかしたら下の階に誰かいるかもしれない。

 ノートは重い目をこすって、部屋を後にした。

 

 万が一誰かが寝ていても大丈夫なように、扉はそっと閉める。

 足音も立てないように、抜き足差し足。

 ゆっくりと階段を降りて、ノートは食堂へとやって来た。

 

「あっ、ノート君。おはようございますなのです」

「ライカ。おはよう」

 

 早速人に会えた。

 誰もいないよりは百倍ラッキーな状況である。

 

「早起きなんだね」

「今日は私が朝食当番なのです。だから早起きしました」

「当番制なんだ」

「はい。ノート君はどうしたんですか?」

「俺は目が冴えちゃっただけ」

「そうですよね~。今日はマルクさんと模擬戦するんですよね」

 

 他者に現実を突きつけられて、ノートは少し胃が痛くなる。

 

「じゃあ今日は。ノート君が頑張れるように頑張ってご飯作りますね!」

「あっ、俺も朝食作るの手伝うよ」

「そんな悪いですよ」

「いいからいいから。どうせ今俺暇なんだし」

 

 恐縮するライカを押して、ノートはキッチンへと案内して貰った。

 

「おぉ……すげー豪華なキッチン」

「はい。ドミニクさんが無駄にこだわったので、豪華仕様なのです」

 

 心なしか「無駄に」が強調されていた気がしたが、ノートはあえて突っ込まなかった。

 キッチンは本当に豪華なものだった。

 前のパーティーにいた時に、一度物資搬入に訪れた事があるレストランのそれを思い出す。

 

「じゃあ私はパンを焼くのです。ノート君は何を作れますか?」

「とりあえず何があるのか確認させて」

 

 ノートはキッチンに置かれている物を確認し始める。

 

「野菜は……人参に玉葱、セロリとニンニク。トマトもたっぷりある」

 

 棚を見れば瓶詰の豆がある。

 鍋などの調理器具も当然完備。

 

「お次はこれか……うぉッ!?」

 

 キッチンで一際存在感を放っていたクローゼットのような物を開けると、中から凄まじい冷気が漏れ出てきた。

 

「これ冷蔵庫じゃんか!」

「はい。カリーナさんがドミニクさんを言い包めて買ったのです」

「流石Sランクパーティー。金持ちだな」

 

 冷蔵庫とは言っても、地球のように電気で動いている訳ではない。

 役割こそ同じだが、こちらは魔力で動いている魔道具だ。それもかなりの高級品。

 ノートは冷蔵庫を買えるパーティーの財力に驚きつつ、中身を確認する。

 中には赤々とした大量の肉が詰まっていた。というか肉しかない。

 

「なぁライカ、この肉ってもしかして」

「昨日のデビルボアですね。マルクさんが解体したです」

「やっぱり」

 

 モンスター肉、それも正体を知っているだけに少し気が引けるノート。

 だがここにあるという事は毒はないのだろう。

 ノートはぐっと堪えて、冷蔵庫内を物色する。

 

「おっ、骨もあるな」

 

 僅かに肉がついたデビルボアの骨を確認したノートは、頭の中でメニューを構築する。

 

「(トマトに豆、香味野菜になる物もあった。そして朝食で出すなら……)」

 

 持てる知識を総動員してメニューを決めるノート。

 異世界チートができるような知識は持っていないが、前世の趣味か、料理の心得はそれなりにあった。

 

 早速ノートは朝食作りに取り掛かる。

 

「まずはデビルボアの骨を鍋に入る大きさに切る」

 

 クレバーナイフがあったので、それで骨を断ち切る。

 切った骨は水に漬けて、余分な脂を落とす。

 それを終えたら新しい水で、ひたすら骨を洗う。

 

「次に鍋と野菜の準備だ」

 

 大鍋に水を張る。

 そして人参、玉葱、セロリを切って準備する。

 ニンニクの皮むきも忘れずに。

 

「洗った骨を鍋に入れて、火にかける」

 

 すると灰汁が出てくるので、玉杓子を使って丁寧にそれを取り除く。

 水の量が減ったら適時つぎ足す。

 一通りの灰汁を取り除き終えたら、カットした香味野菜を投入する。

 

「更に豆を入れてじっくり煮込む。その間にトマトだ」

 

 トマトを潰して大量のペーストを作る。

 作ったペーストはボウルに移して待機。

 

 そして待つ事一時間と少々。

 鍋から美味を予感させる香りが漂い始めた。

 

「ふわぁ、いい香りなのです~」

「自分でもちょっとビックリしてる」

 

 頃合いを見て、ノートはスープの味見をする。

 

「よし。デビルボアの臭み抜き成功」

 

 鍋に沈んでいるデビルボアの骨を取り出し、次は仕上げだ。

 待機させておいたトマトペーストを鍋に投入して、塩で味を整える。

 そして味が馴染むようにゆっくりとかき混ぜる事数分。

 

「できた! デビルボアのトマトブイヨンスープだ!」

「こっちもパンが焼けたですよ~」

「パンとスープの朝食。もう最高だな」

 

 パンの甘い香りも重なって、食欲が叫び声を上げる。

 そんな素晴らしい香りに釣られてか、他のパーティーメンバーも続々と食堂に集まって来た。

 

「さぁノート君。みんなで朝ご飯なのです!」

 

 ライカと協力して、スープとパンをテーブルに並べていく。

 「気に入ってくれるだろうか」とノートは心配するが、すぐにそれが杞憂だという事が証明された。

 

――ガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!――

 

「……すっげぇ食いっぷり」

 

 思わずスープを掬う手が止まってしまう。

 皆の食いっぷりはそれ程までにすさまじかった。

 

「オイオイオイ、このスープめっちゃ美味いな」

「ヒャッハー! そっすねリーダーァ!」

「本当に美味しいわねこのスープ。ライカが作ったの?」

「いいえ。スープ全部ノート君が作ったのです」

 

 タイスにスープの製作者を教えるライカ。

 次の瞬間、カリーナの目がギラリと輝いた。

 

「ドミニク。このスープだけでもノート君を仲間にした価値はあるわよ!」

「正直俺もそう思う。模擬戦やめようかな」

「オイオイリーダーァ、そりゃダメだゼェ!」

「わーってる。冗談だ」

「安心してノート君。ドミニクとマルクが反対しても、アタシが面倒みるから」

「はぁ、どうも……あっ、パン美味しい」

 

 カリーナのあまりの勢いに、少々たじろいでしまうノート。

 どうにもむず痒いものから逃げたくて、無心にパンを齧った。

 

「でもノート君が作ったスープ、本当に美味しいです」

「ならよかった。ライカが作ったパンも美味しいよ」

「そうですか?」

「そうだよ。俺こんな柔らかいパン初めて食べたかも」

 

 異世界転生してから十四年、ノートが食べて来たのは固いパンばかりだった。

 何度も柔らかいパンを作ろうと考えた事もあったが、イースト菌が手に入らず全て断念。そんな苦い思い出もある。

 

「パンを柔らかく作る秘訣は干しブドウなのです」

「干しブドウ?」

「はい、干しブドウを漬け込んだ水をパン生地に練り込むのです」

「あっそうか。天然酵母」

「てんねんこーぼ?」

「いや気にしないで、こっちの話だから」

 

 必死に誤魔化すノート。

 異世界転生者でることはあまり明かしたくないのだ。

 

「ノート君、おかわり! おかわりある」

「あっ、俺も」

「ヒャーハー! 俺っちもだァ!」

 

 スープを入れていた皿は、あっという間に空になっていた。

 

「はい。おかわりはいっぱいありますよ」

 

 ノートは皿を受け取って、キッチンへと向かう。

 その心は、どこか晴れやかなものであった。

 

「(なんか初めて、地球の知識が役立ったかも)」

 

 小さな事でも、転生者らしい事ができた喜び。

 そして誰かを笑顔にできた喜びが、ノートの心を温めていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第九話:入団試験?

 好評を得た朝食時も終わり、昼になる。

 ノートはドミニクとマルクに連れられて、街の外にある森に来ていた。

 今日はマルクとの模擬戦。緊張がノートの胃を痛めつける。

 ちなみにライカ達女性陣はお留守番だ。

 

 ライカと出会った時もそうだが、この森はあまり人が居ないのだ。

 おかげで多少暴れても問題にはならない。

 

「マルク、これは模擬戦だからな。流石に木剣にしとけよ」

「ヒャハハハ。わかってるゼェ、リーダーァ」

「ノート。お前は何か得物は必要か?」

「えっとその、無くても大丈夫です」

 

 どうせ武器を渡されたところで使いこなせないのだ。

 徒手格闘の方がまだ勝ち目がある。

 ノートの意思を確認したドミニクは、何処からか模擬戦用の木剣を取り出した。

 

「(あれ? 今どこから剣取り出したんだ?)」

 

 そもそもドミニクは手ぶらで来ていた筈。

 そんなノートの疑問に答えが出ることなく、ドミニクはマルクに木剣を渡した。

 

「昨日も言ったが、あくまで今日はノートの力を見るだけだ。まぁ気楽にやれ」

「だが無様を晒したら、俺がテメーを追っ払ってやるからなァ」

「まぁマルクの事は置いといて。勝利条件は俺の審判、もしくはどちらかが降参するまででどうだ?」

「ヒャハハハ。いいねぇリーダーァ、単純で分かりやすい」

「ノートもそれで構わないか?」

「はい!」

 

 まともに人間とやり合うのは初めてのノート。

 自分自身どこまでやれるのか分からないので、勝負の条件に異論は生まれなかった。

 

 ドミニクは二人から離れて、ノートとマルクは距離をとって構える。

 

「二人とも準備はいいな。それじゃあ始めッ!」

 

 ドミニクの合図と同時に、マルクが仕掛けてきた。

 猛スピードで距離を縮めて、木剣でノートに斬りかかる。

 

「ヒャァァァハァァァ!」

「うわっ!?」

 

 ノートは慌ててスキルを発動した。

 弾く領域が展開された両手の平を、前方に出す。

 すると木剣はノートに掠ることすらなく、まるでバネの反発を受けたかのように弾き返されてしまった。

 

「オイオイオイ。いきなり俺っちの攻撃を防ぐたァ、生意気な坊ちゃんだなァ!」

 

 マルクは鍛えられた腕のバネを活かして、激しい連撃を繰り出す。

 ノートは必死にその動きを見極めながら、襲い掛かる木剣を弾き続けた。

 

「(くっ、すごい速度の攻撃だ。これがSランクパーティーの実力)」

 

 自分でも驚く程の集中力で、ノートは防御に徹する。

 

 森の中で、木剣が風を切る音と、それが弾き返される「パァン」という奇妙な音が鳴り響く。

 何度も何度も攻撃が弾き返されたマルクは、大きく後退しノートから距離をとった。

 

「ヒャーハァ。オイオイオイ、なんだよそのスキルは。気持ち悪いったらあちゃしねーゼェ」

「た、大抵の物なら何でも弾き返せますから」

「大抵の物ねぇ。じゃあこういうのはどうだァ!?」

 

 するとマルクの握っていた木剣に緑色の光が灯る。

 何か仕掛けてくる。

 ノートは木剣の動きを見極めながら、両手の平を前に出して構え続けた。

 

「スキル。エアロ・スラッシュゥ!」

 

 マルクはノートから距離をとったまま、その場で木剣を振り下ろした。

 一瞬、彼が何をやったのかわからなかったノート。

 だが次の瞬間、身体を走り抜けた痛みで全てを理解した。

 

「なんで離れたまま――ッ!?」

 

――スパン!――

 

 右腕を僅かに斬られた。

 走る痛みと共に、少量の血が流れだす。

 

「剣技しか使えねぇザコが、ウチのパーティーに居るわけねぇだろォ」

「魔法。いや違う。さっきスキルって言ってた」

 

 即ちマルクはスキルホルダー。

 それもこの世界では貴重な、実戦的なスキルを保有している人間だ。

 

「最悪だ……」

 

 ノートの顔が青ざめる。

 だがそれは、マルクの実力に恐れを抱いた訳ではない。

 相性が最悪だったのだ。

 

 ノートのスキルは大抵の物質であれば弾き返すことができる。

 だがその反面、物質ではない攻撃は一切弾き返すことができないのだ。

 炎、雷、そして風。

 今しがたマルクが使用したのは、恐らく真空の刃。

 ノートにとって天敵中の天敵であった。

 

「(どうする。どうする!?)」

 

 内心焦るノート。だがそんな彼の様子など気にも留めず、マルクは次なる攻撃を仕掛けてきた。

 

「ヒャハハハ! ボーっとしてるんじゃねーゼェ、坊ちゃんよォ!」

 

 ヒュンヒュンと、木剣を振る音が二回聞こえる。

 ノートは咄嗟に、横に跳ぶことで攻撃の回避を試みた。

 

「痛っ!」

 

――スパン! スパン!――

 

 飛来した真空の刃は、ノートの後方にあった木に着弾する。

 しかし僅かに回避し損ねたせいで、ノートの脛に小さな切り傷ができてしまった。

 

「まだまだマダァ!!!」

 

 マルクは木剣を激しく振るう。

 当たるのは不味い。

 ノートはとにかく駆け出して、少しでも真空の刃が当たらないようにした。

 

――スパン! スパン! スパン!――

 

 外れた真空の刃が木々に着弾する。

 だが何発かは回避しきれず、ノートの皮膚を傷つけていた。

 

「ヒャーハー! 逃げてばっかじゃ勝負になんねーゼェ!」

 

 マルクの言う通りだった。

 このまま逃げ続けても、いずれノートの体力切れで勝負がついてしまう。

 しかし相手のスキルはノートの天敵。

 状況を打破するには、攻略法を見出さなければならない。

 

「(何か、何かないのか!?)」

 

 その時ノートは不思議な感覚に囚われていた。

 追い詰められて絶体絶命だというのに、頭の中は驚く程スッキリとしている。

 思考が加速すし、視界に映るものがスローに見える。

 空間内の情報が手に取る様に分かる。

 

 そして気がついた。

 

「あれ、マルクさんの攻撃って」

 

 超加速した思考でマルクの攻撃を観測したノート。

 彼はマルクの出す真空の刃は、木剣を振るった直線上にしか飛んでいない事に気がついた。

 だがそれだけでは勝機に繋がらない。

 ノートの視線は自身が居る背景に移る。

 

「森……木……よし!」

 

 考えがまとまったノートは、一度自分の身体を木の後ろに隠した。

 

「隠れても無駄だゼェ!」

 

 再び木剣を振るうマルク。

 だがそれでいい。

 

「一瞬あれば、なんとかなる!」

 

 ノートは地面に手をあてて、スキルを発動した。

 昨日森でやった時と同じように、自分の身体を飛ばしたのだ。

 ただし今回は角度を変えてある。

 斜めに飛んだノートの身体は、高くそびえ立つ木にぶつかった。

 

「なんだとォ!?」

 

 木に手がくっつくノート。

 そのまま留まっている木に対して、スキルを発動する。

 次は別の木に移動するのだ。

 

「ほう。面白いことするな」

 

 ドミニクが関心する声を出すが、ノート達には聞こえていない。

 ノートは木から木へと、超高速で飛び移り続けて、マルクを撹乱した。

 

「ピョンピョン跳ねやがって、テメーはモモンガか何かかよォ!」

 

 ノートに当てようと、真空の刃を乱射するマルク。

 しかし真空の刃の速度よりも、ノートの移動速度の方が僅かに早かった。

 

 立体的に木々を飛び移り続けるノート。

 そしてスキルの連射を止めないマルク。

 

「(そうだ、もっと撃て)」

 

 疲労が襲ってきたのかは分からないが、マルクの手が一瞬止まる。

 それこそが、ノートが求めていたチャンスでもあった。

 

「今だ!」

 

 隙は逃さない。

 ノートはスキルを発動する角度を変えて、地上にいるマルクへと自身を弾いた。

 

「うォォォ!」

 

 猛スピードで接近するノートに対処する術がないマルク。

 ノートは右手に拳を作って、スキルを集中させた。

 

「(外すようにッ!)」

 

 マルクに拳が当たらないよう意識しつつ、ノートは地面に向かって拳を解き放った。

 

「衝撃拳《インパクト》ォ!」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 凄まじい衝撃波が森の中に発生する。

 それは、人間一人を吹き飛ばすには十分な威力であった。

 

「グェ!?」

 

 短い声を出して、吹き飛ばされるマルク。

 彼はそのまま近くに生えていた木に、勢いよくぶつかった。

 

「ハァハァ。俺、勝ったのか?」

「いや、まだだ」

 

 ノートの言葉を、ドミニクが即座に否定する。

 すると、木に激突していたマルクが木剣を杖に立ち上がってきた。

 

「オイオイオイ。流石に今のは効いたぜェ、坊ちゃんよォ」

 

 ユラリと不気味な動きをしながら、マルクは木剣を構え直す。

 

「まだまだ勝負は終わってねェゼェ!」

 

 再び木剣に緑色の光が灯る。

 恐らく同じ手は二度も通用しない。

 

「(だったらこうだ!)」

 

 ノートはその場でしゃがみ込み、両手の平を地面に当てた。

 

「なんだ? 土下座でもすんのかァ?」

 

 マルクの挑発を聞き流し、視線を逸らさないノート。

 作戦はまだあるのだ。

 その場で固まるノートを、ドミニクが見守る。

 

「まだ何か手はあるみたいだな」

 

 ドミニクがそう呟いた次の瞬間、マルクが木剣を振り下ろした。

 

「今だ!」

 

 同時にノートがスキルを発動する。

 今度は地面に対して少し斜めに弾く。

 そうする事で、ノートの身体は超スピードで横に逸れた。

 

「チッ、まだ技があったのかよ!」

 

 舌打ちをするマルクを横目に、ノートは何度もスキルを発動する。

 今度は木々を使った立体的な軌道ではなく、地上での平面的な軌道だ。

 左手で弾いて、右手でブレーキをかける。

 マルクのスキルが当たらないように、高速移動を続ける。

 

 そして、背中をとった。

 

「でりゃッ!」

 

 地面を大きく弾き、ノートはマルクの背中に体当たりをした。

 弾く際に生まれるエネルギーによって、凄まじい力をかけられたマルク。

 鍛えられた身体も虚しく、後ろから地面に押し倒されてしまった。

 

「テ、テメェ」

 

 抵抗しようとするマルク。

 だがノートは、すかさずマルクの後頭部を掴んだ。

 

「マルクさん。降参してください」

「冗談言うんじゃねーよ。俺っちはまだまだ元気だゼェ」

「この距離なら、マルクさんが抵抗するよりも早く俺のスキルを発動できます」

「ほう」

「ゼロ距離で地面に対して撃てば、人間の頭なんて簡単に粉々にできる筈です」

 

 実際の所はノート自身にもわからない。

 むしろハッタリが百パーセントだ。

 これで降参してくれれば嬉しいのだが、マルクは不敵に笑うばかりだった。

 

「甘いなァ坊ちゃん。甘々だゼェ」

「……」

「もしも俺っちが奥の手を隠していたらどうするんだァ? 坊ちゃんは今頃死んでるかもしれねーぞォ?」

「降参してください」

「それが甘いんだよ。降参して欲しけりゃ力でねじ伏せるんだなァ。さっき俺に撃とうとした技みてェによォ」

 

 衝撃拳の事だろう。

 ノートの額に冷や汗が走る。

 

「なんで外したんだ? 模擬戦だからかァ?」

「あれは……人に撃つ技じゃない」

「そういう所が甘いんだよォ」

 

 マルクは自分の背に乗るノートに声を荒らげる。

 

「俺っち達が行く仕事場はなァ! 命のやり取りが日常なのよ! そんな甘ちゃんだったら、一日も持たずに死んじまうぜェ!」

 

 何も言い返せなかった。

 ノートはこの世界における冒険者という職業の危険性は知っているつもりだった。

 だが、いざこうして直接言われると、はたして自分は本当に理解しているのか不安になる。

 

「だからヤれ。甘えるな。敵には情けをかけずに止めを刺せ」

「……嫌です」

「あぁ?」

「マルクさんは、これから仲間になってくれるかもしれない人です! だから俺は、降参してくださいって言ってるんです!」

「ヒャハハハ! 坊ちゃん何もわかってないなァ!」

「わかってるから言ってるんです!」

「なんだとォ?」

「頭では理解しています。でもこれは模擬戦です、命のやり取りじゃない。本番で俺がどれだけ戦えるかは、俺自身にもわかりません」

 

 ノートは此方を見守っているドミニクに視線を向ける。

 

「でも、敵と味方の区別くらいはつきます! 俺が間違えた時は、容赦なく切り捨ててください! だから今は俺を信じて、降参してください!」

 

 マルクの後頭部を抑える力を強めるノート。

 その叫びが届いたのかは不明だが、マルクは先程とは違う高らかな笑い声を上げた。

 

「ヒャハハハハハハ! おいリーダーァ!」

「なんだ」

「コイツは相当な甘ちゃん坊やだぜェ。アンタに育てきれるかァ?」

「できるかどうかじゃない。俺がやるんだよ」

「……その言葉、忘れるなよ」

 

 するとマルクは、右手に握っていた木剣を投げ捨てた。

 

「おい甘々坊ちゃん。ノートとか言ったなァ?」

「はい」

「ウチは甘くねェぞ。Sランクパーティーってのはな、油断した奴から死んでいく世界だ」

「……食いつきますよ。意地で」

 

 そうしないと、明日がない身だから。

 

「ならせいぜい長生きするこったなァ」

「言われなくても、生きるつもりですよ」

「その前にリーダーァに殺されちまうかもなァ!」

「おいおい、失礼な事言うんじゃねーよ」

 

 ヒャハハハと笑い声を上げるマルク。

 ふと笑い声を止めると、彼はこうい言った。

 

「降参だ」

「えっ」

「降参だっつってんだよ。さっさと退きやがれ」

「は、はい!」

 

 慌ててノートはマルクの背中から降りる。

 立ち上がったマルクは木剣を拾い上げて、ドミニクに渡した。

 

「ちゃんと責任持てよ、リーダーァ」

「言われなくてもそうするさ」

「そんじゃ、俺っちは先に帰るなァ」

 

 手を振りながら、マルクは飄々と森を後にしていった。

 残されたノートは呆然とする。

 

「えっと……俺、勝ったんですか?」

「あぁ、勝ったよ。一応な」

「一応?」

「少し離れて、よく見てろ」

 

 ドミニクに言われるがまま、ノートはその場から少し離れる。

 するとドミニクは手に持った木剣を近くの木に向かって投げた。

 先程、マルクが激突した木だ。

 

――スパァン!――

 

「えっ!?」

 

 木剣がぶつかると同時に、真空の刃が先程までノートが居た場所に放たれた。

 

「驚いたか? マルクのスキルはな、あらかじめ何かに設置しておく事もできるんだよ」

「……もしかして俺って」

「実戦だったら負けてたな」

 

 あの攻撃を自分が受けていた可能性を考えて、ノートはぞっとする。

 だがそれ以上に、手加減されていたという事実が心にダメージを与えた。

 

「アイツの言う通り、今のお前は甘ちゃんだ」

「……はい」

「こっから先の道は険しいぞ。ついてこれるか?」

「それしか……俺に道はありません」

「……まぁいいだろう。ノート、俺がお前を育ててやる」

「はい!」

 

 ある程度の覚悟は決まった。

 後の事は未来の自分に任せよう。

 ノートはそう決意した。

 

「改めて我が冒険者パーティー『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』へようこそ。歓迎するぜ」

 

 ひとまず入団試験はクリアした。

 このパーティーで一から頑張ろう。

 ノートは少しばかり期待に胸を膨らませていた。

 

「さーてと、俺らもそろそろ帰るか」

「了解です。リーダー」

「ドミニクさんでいいぞ」

「はい、ドミニクさん」

 

 ドミニクに案内されつつ、帰路につくノート。

 

 その道中、ノートはある事に疑問を抱いた。

 

「(あれ? そう言えば俺、なんで木にくっつけたんだ?)」

 

 我武者羅すぎてその時は気づかなかったが、今までにない事をやっていた。

 スキルの一部だろうか。

 自分の中に眠る未知に、ノートは軽い不安を覚える。

 

「(結局、俺の「力」って何なんだろうな?)」

 

 誰にも答えを与えられず、ノートは悶々と悩むばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第十話:お話をしましょう

 そして今日も夜がくる。

 割り当てられた自室のベッドに倒れ込んだノートは、少し苦々しい表情をしていた。

 

「回復魔法で治っているのはわかっているけど……なんか痛みがある気がする」

 

 マルクとの模擬戦が終わった後、本拠地に戻ったノートはカリーナに回復魔法をかけて貰った。

 それで治ったのは良いのだが、突然治癒した傷に脳の理解が追いついておらず、ノートは在りもしない痛みに悩まされていた。

 ちなみにカリーナに聞いたところ、回復魔法をかけられ慣れていない人が稀に発症する症状らしい。

 実際に怪我をしているわけではないので「我慢しなさい、男の子でしょ」と言われてしまった。

 

「うぅ……ヒリヒリして痒い」

 

 思わず傷があった箇所を掻いてしまう。

 別にもう怪我など無いのだが、心は少し癒えた気がした。

 

「俺、負けてたな……」

 

 今日の模擬戦を思い出す。

 一応は勝利したという形にはなったが、実際のところノートは完全に負けていた。

 仲間として認められたのは良い。だがその先の事を考えると、ノートは自分の不甲斐なさを恨んだ。

 

「無能は返上したい。けどその先なんてどうすればいいんだろう」

 

 本音。

 無能者である自分を変えたい気持ちはある。

 しかしその先で、自分は何をすれば良いのか分からない。

 

 自分は勇者になるタイプの異世界転生者ではない。

 そもそもこの世界には魔王なんて存在しない。

 人間らしい悪意とモンスターの脅威があるだけの、普通のファンタジー世界だ。

 どこか「つまらなさ」さえ感じる。

 だがこの世界に生まれてしまった以上、生きねばならない。

 それを頭では理解しているつもりだったが、ノートの心はどこか空虚なものだった。

 

「俺、何がしたいんだろう」

 

 世界を救う使命なんて無い。守るべき人も無い。目標自体何も無い。

 自分の中にある空洞を感じとって、ノートは自己嫌悪する。

 無意味なのだ、自分が生きている事自体が。

 それなのに『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』の人達は良くしてくれる。

 その事実が、ノートの自己嫌悪を加速させた。

 

「……重い」

 

 期待されているようで、重さを感じる。

 アルカナという得体の知れないスキルを期待されても、ノートにはその自覚が無い。

 仮にこのアルカナが目覚めたとして、それが期待外れだったらどうなる。

 きっとパーティーの人達は失望しても、邪険にはしないだろう。

 それくらいには優しさを感じていた。

 だから辛いのだ。

 

「俺……大層な理由もなく入っちゃったな」

 

 ただ生きやすそうだったから。

 それだけの理由で加入してしまった自分を恥に感じる。

 特にライカに顔を合わせずらい。

 パーティーに誘ってくれた事もあって、ノートは彼女に恩を感じている。

 ライカの前では強くありたい。思春期特有の思想も相まって、ノートはそう考えていた。

 

「まずは甘ちゃんを直さなきゃダメかな」

 

 模擬戦中マルクに何度も言われた言葉。

 自分でも薄々感じていた事。

 特にこの世界の価値観で言えば、相当甘い考えを持っている事実。

 実際問題、その甘い考えが原因で過去にトラブルになった事もある。

 

「……嫌なこと思い出した」

 

 脳裏に浮かんだ過去の映像から目を逸らすノート。

 

 兎にも角にも進むべき道は見えた。

 このパーティーに馴染んで、一日でも長く生き残ること。

 そして、少しでもライカに恩返しをする事だ。

 

「頑張らなきゃな」

 

 部屋の天井を見ながら、ノートが呟く。

 すると、部屋の扉を小さくノックする音が響いてきた。

 誰だろうか。ノートはベッドから起き上がり、扉を開ける。

 

「あっ、ノート君。こんばんはなのです」

「ライカ。どうしたの?」

 

 訪ねてきたのはパジャマ姿のライカであった。

 不意に視界に入った同年代のパジャマ姿に、ノートは少しドキッとする。

 

「えっと、その……今お時間ありますか?」

「俺はまだ眠気が来ないから、一応暇だけど」

「よかったです~。ノート君、お話をしましょう」

 

 そう言うとライカは、鼻歌交じりにノートの部屋へと入ってきた。

 そのまま彼女はベッドに腰掛ける。

 

「ノート君はお隣なのです」

 

 ベッドの上をポンポンと叩いて、誘導するライカ。

 ノートは乗せられるがままに、ベッドに腰掛けた。

 

「で、話って?」

「えーっとですね……何から話しましょう?」

「決めてないんだ」

「ノート君のお話を聞きたかったのが大きいですから」

「俺の話? なんで?」

「えっとですね。私、同年代のアルカナホルダーって今まで一人しか知らなかったんですよ。その中でもノート君は初めての男の子ですから」

 

 つまり好奇心が止まらないのだろう。

 自分なんかの話で満足するなら遠慮するつもりは無いが、ノートは一つだけ疑問があった。

 

「俺はそんなに面白い人生歩んでないぞ。むしろライカの方が色々経験してるんじゃないのか?」

「私がですか?」

「だってSランクパーティーに所属してる先輩なんだよ。冒険譚たくさん持ってそうじゃん」

「そんなことはないですよ。私は……弱いですから」

 

 無理した笑顔を浮かべるライカ。

 ノートはその表情の奥に、途方もない痛々しさを感じた気がした。

 

「私は守ることしかできません。他の人達のようにモンスターを狩るなんてできないのです」

「……」

「だから私、ノート君が少し羨ましいのです。ノート君はちゃんとモンスターと戦えるから――」

「俺の方が弱いよ」

 

 言葉を遮られて出てきた発言に、ライカが少し驚く。

 

「デビルボアを倒せたのは条件が揃ってたからなんだ。本来の俺はモンスターなんか狩れない。スキルも守りに使うには心もとない。何もかも中途半端な人間なんだよ」

「ノート君」

「それにさ、俺は魔人体ってのも出せないから……ライカの方がずっとスゴイんだよ」

 

 少し自虐的ながらも、事実を述べる。

 ノートはライカの事を素直に尊敬していた。

 攻撃手段が無いと言ってはいるが、きっと彼女の守りは自分より優秀だろう。

 そして何より、不完全な自分というものがノートにとっては恥ずかしかった。

 

「なんだか、お互いないものねだりをしていますね」

「そうだな」

 

 二人は向き合って小さく笑う。

 笑いが、このしんみりとした空気を和らげた気がした。

 

「ノート君。私ノート君のお話を聞きたいです」

「俺の話かぁ……どんなのがいいんだろ?」

「なんでもです。男の子ってどんなことしてるのか知りたいです」

「そうだなぁ……少し暗い話になるけど――」

 

 ノートはライカに自分の生い立ちを話始めた。

 辺境の小さな村で生まれたこと。

 両親は良い人達であったこと。

 七歳で受ける魔法資質検査で0を叩き出したこと。

 村人達に迫害されたこと。両親が必死に庇ってくれたこと。

 それに耐え切れず、一人で村を出たこと。

 

「十二歳で村を出たから、最初は本当に大変でさ」

「……やっぱり、どこも一緒なんですね」

「ライカ?」

「私もそうでした。魔法資質が無くて、両親に捨てられて……十歳の時にドミニクさんに拾って貰ったんです」

「ライカも、ドミニクさんに助けて貰ったんだ」

「はい。ドミニクさんは、アルカナホルダーの生き辛さを知っているから、私達のような人に手を差し伸べてくれてるんです」

「あの人、思った以上にスゴイ人なんだな」

「はい。ドミニクさんはスゴイ人なのです」

 

 今度話を聞いてみよう。そんなことを考えてから、ノートは話の続きをした。

 村を出た後、レオに出会ったこと。

 レオのパーティーに入れて貰ったが、色々あって追放されたこと。

 そして、ライカと出会ったこと。

 

 ここまでの道のりは一通り話し終えたノートだが、思い出したくないものははぐらかして話した。

 

「ノート君、本当にすごい人生を歩んでいるのです」

「俺は別に願ってなんかいなかったんだけどなぁ」

「でも良かったです。その道のりが無かったら、私がノート君と出会うことも無かったですから」

「まぁそうだけどさぁ……俺なんかと出会っても得なんかないだろ」

「そんなことないのです! だってノート君は、初めてできた男の子のお友達ですから!」

 

 フンスと鼻息荒く語るライカ。

 そんな彼女を見ながら、ノートはポカンとしていた。

 

「友達?」

「はいです! あれ、もしかして私の片思いでしたか!?」

「いやそうじゃなくて……いいのかなって」

 

 ノートの言葉の意図が分からず、ライカは首を傾げる。

 

「俺なんかが友達でも、いいのかなって」

「どうしてですか?」

「どうしてって、だって俺は――」

「無能なんかじゃないですよ」

「ッ……!」

「ノート君は無能なんかじゃないのです。だってノート君は色々できるじゃないですか」

「色々?」

「はい。モンスターと戦えますし、お料理も上手です」

「料理はほぼ独学の、見よう見まねだけどね」

「そうなんですか!?」

 

 変なところに興味を持たれた。

 詳しく掘り下げられたが、ノートは流石に自分が転生者であることは伏せた。

 

「やっぱりノート君はスゴイのです」

 

 捻くれているのか、ノートの心には中途半端にしか響かない。

 どんな反応をすれば良いのか悩んでいると、ライカが手を差し伸べてきた。

 

「……握手?」

「はいです。お友達になる第一歩なのです」

 

 本当に自分に対して忌避感を抱いていないのだな、とノートは内心驚く。

 だが同時に、彼女の優しさが心に染み込んでくるのを感じていた。

 ノートは恐る恐る、手を差し出す。

 

「はい。捕まえたです」

 

 手を握られた。

 それは小さくてか細い、女の子の手であった。

 

「えへへ、これでお友達なのです」

「あっ、うん……そうなの、かな?」

「そうなのです。初めての男の子のお友達なのです」

 

 そうとう嬉しいのか、ライカの後ろに激しく揺れる犬の尻尾を幻視する。

 なにより笑顔が綺麗であった。

 彼女の笑顔に、ノートはしばし釘付けになる。

 

「ノート君、どうしたですか?」

「え、いやぁ、なんでもないです」

 

 窓から入った月の光に照らされて、ライカの銀色の髪も目立つ。

 改めて彼女が美少女と呼ばれる分類であると、ノートは認識した。

 そんなライカに見つめられるのが恥ずかしくなったのか、ノートは慌てて話題を変えた。

 

「それよりさ、ライカの話も聞かせてよ」

「私のですか?」

「俺だけじゃ不公平だろ。だからライカの話も聞きたい」

「そうですねぇ……じゃあドミニクさんと出会った時から――」

 

 自身の話を始めるライカと、それを聞くノート。

 夜はどんどん更けていく。

 二人の会話ははずみ、結局眠るまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話:違うんです(乳をさわりながら)

 窓から入った光が、目に染みる。

 

「ん……朝か」

 

 ノートは重い目を擦りながら、一日の始まりを認識した。

 

「眠い」

 

 寝不足を感じるノート。

 昨晩はライカと遅くまで話をしていたので、あまり眠れていないのだ。

 

「というか、最後の方の記憶がない。何してたっけ?」

 

 最後は意識を失うように眠ったはずだった。

 故にその少し前に何を話していたかは完全に曖昧である。

 変な事を話してなければ良いのだが、そう考えながらノートはベッドから起き上がろうとする。

 

――ふにょん――

 

「ん?」

 

 半身起こしたところで、左手に何か柔らかい感触と温もり。

 いや、それ以前に覚えのない良い香りがする。

 ノートは恐る恐る自身の左側に目をやった。

 

「すぅー……すぅー……」

「なんだライカか」

 

 可愛らしい寝顔で、寝息を立てているライカ。

 左手の感触の正体は、起き上がろうとした時に当たった彼女の胸である。

 見知った顔が正体で、ノートはとりあえず一安心――

 

「いやいやいやいや。なんでさ」

 

 安心は一瞬で消し飛び、ノートは混乱する。

 慌てて部屋を見渡したが、間違いなく自分の部屋だ。

 では何故ライカが隣で寝ているのか。

 

「思い出せ思い出せ。昨日の夜」

 

 必死に頭を回転させて、記憶を辿る。

 昨日はライカと他愛のない話をして、それが遅くまで続いて。

 

「そうだ、先にライカが寝ちゃったんだ」

 

 睡魔に負けたライカが眠ってしまったので、ノートは彼女を部屋に運ぼうと考えた。

 しかし……

 

「部屋の場所しらなくて、結局俺も眠気に勝てなくて……」

 

 ノートもそのまま就寝してしまったのだ。

 その結果が、今の光景である。

 

「全部思い出した。何やってんだ俺」

 

 ほぼ事故とはいえ、まさか出会って間もない女の子と添い寝するとは。

 ノートは少し頭が痛くなるのを感じた。

 

 それはそれとして。

 

「……」

 

――ふにょふにょ――

 

 左手を少し動かしてしまう思春期男子。

 本能には逆らえないものなのだ。

 

「(意外と……ある方なのかな?)」

「ん……ん~……」

「ヤバッ」

 

 ノートは慌てて左手を離す。

 幸いにして、ライカはまだ眠っているようであった。

 バレてはいない。

 

「(バレたらそこで人生終了だっての)」

 

 ひとまずそれは置いておいて。

 今はどうやってベッドから降りるかが問題である。

 現在ノートがいるのは壁側。ライカが扉側で寝ている。

 しかも一人用ベッドなので狭い。

 

「……またぐしかない、よなぁ」

 

 大きな音を立てて起こすのも悪い気がする。

 それ以前に、この状況で起きたらライカが驚く可能性が非常に高い。

 平和的に事を解決するには、忍に徹するのが一番だ。

 

「音を立てないように……そーっと」

 

 下手に立ち上がっては音が鳴る。

 なのでノートは、四つん這いの体勢でライカを跨ぐことにした。

 ゆっくり、ゆっくり、手足を動かす。

 

「すぅー……すぅー……」

「(か、顔が近い)」

 

 不可抗力とはいえ、吐息があたる距離に女の子の顔が近づいてきた。

 流石に十四歳の男には特効である。

 ノートは思わず、ライカの寝顔を見入ってしまう。

 

「(あっ、ライカってまつ毛長いんだ……じゃなくて!)」

 

 今優先すべきはベッドからの脱出。

 特に今現在の状況を誰かに見られるのは不味い。

 非常に危険な絵面なのだ。

 

「(焦らず、急いで、早急に脱出する!)」

 

 瞬間、バァンと扉を開ける音が響き渡った。

 

「ノート君、起きてるー?」

「んひぃ!?」

 

 最悪のタイミングだ。

 扉を開けて来たのはカリーナだった。

 彼女の視界に、ノートとライカの姿が写り込む。

 その絵面は、ノートがライカを押し倒しているそれにしか見えなかった。

 

「あ~……もしかしてお邪魔だった?」

「違うんです、カリーナさん!」

「三十分くらいしたら、また来るから……ごゆっくり~」

「違うんですッ!」

 

 ノートの声は届かず、部屋の扉を閉めるカリーナ。

 だが数秒もせずに、再び扉を開けた。

 

「ノート君」

「はい?」

「避妊はちゃんとしなさいよ」

「だから誤解ですって!」

 

 バタン。

 無情にも閉じられる扉。

 ノートは涙目でそれを見つめる事しかできなかった。

 

「ん~、ふぁ……あっノート君、おはようございますです」

「うん……おはよう」

「どうしたんですか? 泣きそうな顔してますよ?」

「ちょっとね……天罰が下ったんだろうなーって」

「?」

 

 世の中はそう甘くないのだ。

 ノートはそれを身に染み込ませていた。

 

 

 

 

 数分後、ノートとライカは食堂に降りていた。

 速攻でカリーナに弄られそうになったが、ノートの必死の説明によって誤解は解けた。

 

「アハハ! ごめんごめん。アタシてっきり二人ができてるのかと思って」

「だから誤解ですって」

「分かってるわよ。でもライカもやるわね」

「なにがですか?」

「夜中に男の子の部屋に行くなんて。食べてくださいって言ってるようなものじゃない」

「ひゃあ!? 私は食べても美味しくないですよ!」

「分からないわよ~。男ってのは狼が多いから、パクっといかれちゃうかも」

「ひゃわわわ」

「カリーナさん、ライカが怖がってるんですけど」

「冗談よ冗談」

 

 笑って誤魔化すカリーナだが、内心「ライカには性教育が必要かもね」と考えていた。

 

「それでノート君」

「なんですか?」

「ライカの寝顔はどうだったの?」

 

 ノートは飲んでいた紅茶を拭き出しそうになった。

 

「ごほっごほっ。いきなりなんなんですか!?」

「やっぱり気になるじゃない。思春期男子にウチの可愛いライカがどう見えたのか」

「それは、その……」

「あら? まさか可愛くないと?」

「違います! そんなこと言ってません! だから杖を向けないでください!」

 

 眼に怒りを宿して、魔法の杖を向けてきたカリーナ。

 どうやらこのパーティーでは、ライカは相当可愛がられているらしい。

 むしろ過保護といってもいいかもしれない。

 

「で、どうなの。ノート君?」

「その……可愛かったです」

 

 ライカには聞こえないように、小声で答えたノート。

 その返答は無事、カリーナに届いたようだ。

 

「よろしい」

 

 杖をしまうカリーナ。

 命拾いしたと、ノートは胸を撫でおろす。

 

「ライカって、すごく大事にされてるんだな」

「えっ、あぁ……そうみたいですね」

 

 何故か目を逸らされてしまった。

 気のせいか、ライカの耳が赤くなっているようにも見える。

 

 そんなドタバタした朝の食堂に、我らがパーティーのリーダーがやって来た。

 

「ふぁ~、おはよう皆の衆」

「遅いわよドミニク」

「そう怒るなって。俺は朝に弱いんだ」

 

 カリーナを軽くあしらいながら、ドミニクはテーブルにつく。

 彼は紅茶を飲んで一息つくと、話を切り出した。

 

「さてと、今日の仕事だが。俺とマルクは北のダンジョンへ狩りに行くぞ」

「ヒャーハー! いいゼェ、リーダーァ!」

「ちょっとドミニク。アタシ達は?」

「あぁそれなんだけどな」

 

 ふと、ドミニクはノートの方に視線をやる。

 

「今日はノートに初めての仕事をして貰おうと思ってる」

「仕事、ですか」

「そうだ。安心しろ、仕事と言っても簡単なお使いだ」

「(よ、よかった)」

 

 流石に高ランクモンスターの討伐など不可能だ。

 ノートが胸をなでおろしている間も、ドミニクは話を続ける。

 

「お使い内容は簡単。ウチのパーティー行きつけの工房があるから、そこに行って荷物を受け取って貰いたい」

「工房で、荷物ですか」

「腕の立つ魔道具工房だ。パーティーメンバーが使う魔道具は全部そこで注文している」

 

 Sランクパーティーの行きつけ魔道具工房。

 きっとスゴイ職人がいるのだろう。と、ノートは勝手に想像を膨らませていく。

 

「カリーナとライカはノートの道案内役だ。一緒に行ってやれ」

「なるほど。そういう事なら先に言いなさいよね」

「やった。工房ならルーナちゃんに会えます」

 

 承諾するカリーナと、妙に喜ぶライカ。

 

「ノート君。野営道具を準備しておきなさい」

「はい……はい? なんでお使いに野営道具?」

 

 もしかして遠い場所にあるのだろうか。

 

「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな。工房のある場所」

 

 そう言うとドミニクは、どこからか一枚の地図を取り出した。

 危険地域を示す赤い線に囲まれた山の頂点に、バツマークがついている。

 

「あの、ドミニクさん。なんか真っ赤な山にバツがついてるんですけど」

「そうだな。そこが目的地だ」

 

 ノートは絶句するが、スルーされる。

 

「山の名前はデスマウンテン、別名は冒険者の墓場。工房はその頂上にある。まぁ死なないように頑張れ」

 

 笑いながら言ってノートの肩を叩くドミニク。

 それに反して、ノートはこの先の旅路を考えて真っ白になっていた。

 

「デスって……デスって言ってるし……」

 

 どうやら初めての仕事は、一筋縄ではいかないようだ。

 ノートは胃に痛みを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話:初めてのおつかい(レベル99)

 野営道具を背負って、街を出る。

 目的地の近くまで小一時間、馬車に乗るのだ。

 

「結構離れているんですね」

「そうね。そもそもデスマウンテンが危険地帯だから、近くに街を作るわけにはいかないのよ」

「なるほど」

 

 馬車の中でカリーナから話を聞くノート。

 目的地の危険度を聞けば聞くほど、その胃はキリキリと痛んでいた。

 

「あら、もしかして怖いの?」

「そりゃ怖いですよ。赤線引かれてた土地ですよ。危険度で言えばAランク」

「たしかにそう考えれば、初心者は怖いかもね~」

「男の子だから根性出せとか言わないですよね」

「男の子なんだから根性出せ」

 

 カリーナの無情な応援に、ノートは溜息をつく。

 その隣では、ライカがウキウキと鼻歌を歌っていた。

 

「ライカはご機嫌だな」

「はいです。久しぶりにお友達に会えるので」

「えらく危険な場所に住んでるお友達だな」

 

 道のりに慣れているのだろうか、ライカが恐怖感じている様子はない。

 たった一人の男ということもあって、ノートは自分だけ怖がっていることに情けなさを感じていた。

 

 そして馬車に揺らされること小一時間。

 目的地の近くに到着した。

 ここからは徒歩である。

 

「歩きにくい道」

「人の手入れなんてできない場所ですから。慣れるしかないですね」

 

 鬱葱とした道を歩きながら、ノートは愚痴を零す。

 重い野営道具を背負っていることもあって、小さな苛立ちを覚えてしまう。

 カリーナの後をついて行くが、道を進めば進むほど、遠方からモンスターの鳴き声が聞こえてくる。

 モンスターの住処にもなっている危険地帯が近い証拠だ。

 ノートは観念して腹をくくった。

 

「鬼が出るか蛇が出るか」

「出るのはモンスターよ」

「更にたちが悪くて笑えないです」

 

 カリーナと軽口を交わすが、ノートの胃はとにかく痛かった。

 そんなやり取りをしている内に、鬱葱とした道は終わり、ゴツゴツとした岩肌ばかりの場所に出てくる。

 モンスターの鳴き声も大きくなってきた。

 

「さぁノート君、入口に着いたわよ!」

「え、入口って……これがですか!?」

 

 目の前に存在するのは天高くそびえ立つ岩の塊。

 三~四メートルごとに、段々畑のような段差がついている岩山だ。

 とても何かの入り口には見えない。

 

「あの、カリーナさん。もしかして何処かに隠し通路があるってオチだったりしますか?」

「そんなの無いわよ。普通に登るわよ」

「やっぱり」

 

 ノートはようやく、野営道具を持たされた理由を理解した。

 たしかに、この巨大な岩山を登りきるのは一日では不可能だ。

 

「それじゃあノート君、荷物持ちご苦労様。ここからはアタシが持つわ」

「いいんですか!」

「もちろん。代わりにライカをよろしくね」

「はい! 任せてください……えっ?」

 

 呆然とするノートからテキパキと野営道具を剥がすカリーナ。

 彼女は浮遊魔法を唱えて荷物を浮かすと、二人に向けてウインクをした。

 

「エア・ジャンプ。それじゃ二人共、頑張って登ってね~」

 

 魔法で風の足場を作り出したカリーナは、ノート達を置いて先に登り始めてしまった。

 

「待ってカリーナさん! 俺達を置いてかないでー!」

「カリーナさん!?」

 

 二人の叫び虚しく、カリーナは岩山へと姿を消していった。

 

「あうぅ、どうしましょう。いつもはカリーナさんに運んでもらってたんですが」

「本当にどうしようか……登るにしても危険地帯だし……」

 

 頭を捻るノート。

 そもそもカリーナが何も考えずに自分達を放置するとは思えない。

 何か意図がある筈だ。

 

「(今の状況を整理しよう)」

 

 居るのは手持ちの荷物は特にない二人。

 お互いに確認をしたが、ナイフなどのモンスターを攻撃できる物もない。

 デスマウンテンには危険なモンスターが居るという。

 この状況で安全に岩山を登るには……

 

「なぁライカ」

「なんです?」

「ライカのアルカナってバリアを張れたよな?」

「はい。大抵のモンスターの攻撃なら簡単に防げちゃいます」

「張るのに何か条件はある?」

「特に無いです。強いて言うなら『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』が向いている方向にしかバリアは張れません」

「つまり後ろからの攻撃には弱い……いや、それだけできれば十分だ」

 

 作戦が構築できたノートは、その場でしゃがみ込む。

 

「ライカ、俺の背中に乗って」

「え?」

「俺がスキルを使ってデスマウンテンを登る。だからライカはアルカナを使って、モンスターの攻撃を防いで欲しいんだ」

「なるほど。連携するってことですね!」

「そういうこと」

 

 ノートの意図を理解したライカは、ノートの背に乗る。

 おんぶする形になった訳だが、そうすると自然に……

 

――ふにょん――

 

「……」

「ノート君、どうしたんですか?」

「な、なんでもないよ。少し雑念と戦ってただけだから」

 

 やはりライカのお山は柔らかく、そこそこありました。

 背中に幸せなお椀の温もりを感じつつ、ノートは両手の平を地面に接地した。

 

「いくぞライカ」

「はい! 出てきて『純白たる正義』!」

 

 背負われているライカの背中から、白騎士の像が出現する。

 これで何時でもモンスターの攻撃から身を守れる。

 

「デスマウンテン頂上に向けて、出発だ!」

 

 ダァン!

 ノートはスキルを使って地面を弾く。

 その力を使って、岩山を跳び登り始めた。

 

「ノート君、重くないですか?」

「大丈夫大丈夫。軽いくらいだから!」

 

 ダァン! ダァン! ダァン!

 背中にいるライカと軽くは無しをしながら、ノートは順調に岩山の段を登り続ける。

 とはいえ、何時もとは違う二人分の重さ。

 必要となる弾く力も多く、消耗が早い。

 積もる疲労をグッと堪えながら、ノートは一段一段確実に登っていく。

 

 山頂に近づくにつれて、モンスターの鳴き声が鮮明に聞こえてくる。

 三十段を越えた地点だろうか、二人はついにモンスターと遭遇した。

 

「キシャァァァ!」

「げっ、サラマンダー!」

 

 真っ赤な鱗に覆われた火蜥蜴の群れ。目算十体はいる。

 気性も荒く危険度が高いサラマンダーが、一斉にノート達に狙いを定める。

 

「キシャァァァ!!!」

 

――業ゥゥゥ!――

 

 サラマンダーが一斉に超高温の火炎を吐き出してくる。

 ノートのスキルでは、この攻撃は防げない。

 

「守って『純白たる正義』!」

 

 ノートの背中で、ライカが魔人体に指示を出す。

 すると白騎士の像がレイピアを振るい、無数のバリアを展開する。

 襲い掛かってきた炎は、そのことごとくがバリアによって防がれてしまった。

 

「ノート君、今です!」

「わかってる!」

 

 ダァン!

 地面を弾いて、即座に脱出するノート。

 数段進んだところで、背中のライカに話しかけた。

 

「ライカのアルカナってスゴイんだな。まさかサラマンダーの炎を防げるなんて」

「それだけが私の取柄ですから」

 

 どこか自虐的に答えるライカ。

 その様子が少し気になったが、質問をする暇もなく次のモンスターが襲い掛かってきた。

 

「ボムエレメントだ!」

「『純白たる正義』!」

 

 ライカが防御している隙に、ノートが先に進む。

 その後もモンスターとの遭遇は絶えることなく。

 

「魔狼だ!」

「ガルーダなのです!」

「ゴブリンの群れだ!」

「ワイバーンなのです!」

「服だけ溶かすタイプのスライムだ!」

「触手系のモンスターなのです!」

「野生のゴーレムだ!」

 

 数多の危険なモンスターをかいくぐりながら、デスマウンテンを登る二人。

 なんとかモンスターの気配がない場所に辿り着いた頃には、空が赤く染まっていた。

 

「はぁ、はぁ……少し、少し休憩させて」

「わ、私も、エネルギー切れなのですぅ……」

 

 数時間に渡り、休みなく登り続けていた二人。

 流石に揃ってエネルギー切れを起こしはじめていた。

 

「あら、思ったより上に来てたわね」

「カ、カリーナさん!?」

 

 突然上から声が聞こえて来たので、ノートは頭を上げる。

 そこには風魔法で浮遊している、カリーナがいた。

 

「そろそろ二人共エネルギー切れかなって思って、少し下りて来たのよ」

「私、もうくたくたなのですぅ~」

「俺もですよ。こんなにスキルを使い続けたの初めてですよ」

「でも、良い修行にはなったでしょ」

 

 やっぱりか。とノートは内心呟く。

 恐らくドミニクの差し金だろう。

 

「修行するんだったら、先に言ってくださいよ」

「私も同意なのです」

「アハハ、ごめんごめん。ドミニクに黙ってろって言われててね」

 

 突然放置された二人からすれば、堪ったものではない。

 戻ったらドミニクに一言言おう。ノートとライカはそう決心した。

 

「さて、この辺りはモンスターが近寄らないポイントなの」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。不思議とね」

 

 そう言うとカリーナは、野営道具を下ろした。

 

「だから今日は、ここで野営よ」

「はいです!」

「あのカリーナさん。つかぬことを聞きたいんですが、頂上まであとどのくらいなんですか?」

「そうね、今までの体感だと……あと半日くらいね」

「長いなぁ……」

 

 どうりで中々頂上が見えてこない筈だ。

 ノートは少しウンザリしてしまう。

 

「ちなみに上はもっと気性が荒いモンスターが多いわよ。覚悟しなさい」

「聞きたくなかった、そんな現実」

 

 思わず涙が出そうになったノート。

 だが結局は現実を受け入れなくてはならないのだ。

 

「ほら二人共。テント張るから手伝って」

「はーい」

「はいなのです!」

 

 空に近い岩山の一角で、野営の準備を始める三人。

 そんな中、ノートは明日の道のりに不安を覚えるのだった。

 

「(どうか明日も、生き残れますように……)」

 

 初めてのおつかいは、とんでもない難易度でした。

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話:月と職人爺さん

 朝。

 野営道具を片付けて、早々に出発する。

 岩山は更に険しくなり、出現するモンスターも凶悪になっていく。

 

「ギャオォォォン!」

「ドラゴンだ!」

「任せてくださいなのです!」

 

 ライカの出した『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』が、ドラゴンの吐き出す火炎を防ぐ。

 その隙にノートがスキルを使って、岩山を登っていった。

 

「流石に出てくるモンスターもスゴイのばっかだな……ライカは大丈夫?」

「大丈夫なのです。防御だけなら誰にも負けませんから」

 

 涼しい様子で答えるライカ。ノートは彼女の負担が大きくなっているのではと、少し不安になっていた。

 

 その後も迫りくるモンスターから身を守りつつ、岩山を登り続ける。

 そして太陽が真上に到達した頃、二人はようやくデスマウンテンの頂上に到着した。

 

「やっと着いたのです~」

「最後の方モンスターが居なかったから、結構楽だったな」

「上の方のモンスターは頂上付近に近づかないように躾けられているそうです」

「モンスターを躾けるって何さ……」

 

 ビーストテイマーでも住んでいるのだろうか。

 そんな事を考えつつ、ノートはその場に倒れ込む。

 昨日の疲れも重なって、全身がエネルギー切れなのだ。

 

「つ、疲れたぁ……」

「はいはい、お疲れ男の子」

「あ、カリーナさん」

 

 頭を起こすと、そこにはカリーナがいた。

 先に着いていたのだろうが、彼女は全く疲れている様子がない。

 

「……魔法って便利そうですね」

「登ってこれただけ、ノート君のスキルもスゴイわよ」

 

 カリーナの手を借りて、起き上がるノート。

 そこで初めてデスマウンテンの頂上を見渡した。

 

「あの建物が目的地ですか?」

「そうよ。ウチの行きつけ工房」

 

 凶暴なモンスターが住まう岩山の頂上。

 それと考えるには不釣り合いな、小さな工房が平然と建っていた。

 

「(人里離れた場所。なんて言うには物騒な場所に建ててるなぁ……)」

 

 不気味な程に平凡な建物を見ながら、ノートはそう考える。

 

「ほら二人共、行くわよ」

「はいです!」

「あっ、待ってくださいよ!」

 

 心の準備をする間もなく、工房に向けて歩みを進める事になる。

 せめて工房の職人が怖い人ではありませんように、ノートはそう願うしかできなかった。

 

 工房の扉を、カリーナがノックする。

 

「シドー。居るー?」

 

 数秒の間の後、扉の向こうからトトトと足音が近づいてきた。

 そして扉が開く。

 出てきたのは、ノートと同年代くらいの、長い金髪の少女であった。

 

「あら。カリーナさん。いらっしゃい」

「久しぶりね、ルーナ」

「ルーナちゃん、お久しぶりなのです!」

「ライカもいらっしゃい。後ろの彼は、初めてね」

「彼はノート君。ウチの新入りよ」

「そうなの。はじめまして、ルーナよ」

 

 可愛らしく微笑みながら、ルーナが挨拶する。

 突然の美少女登場に、ノートは少し緊張していた。

 

「あ、はじめまして、です」

 

 どもってしまい、顔が赤くなるノート。

 

「ねぇルーナ。シドは居る?」

「お爺様? えぇ居るわよ」

 

 ルーナは三人を工房の中へ案内した。

 

 工房の中に入る。

 そこには様々な魔道具や武器、そして整備用と思われる工具が散乱していた。

 

「スゴイなぁ」

 

 自分が使えないと解っていても、こういったファンタジーアイテムには心奪われてしまうノート。

 諦めていた筈の願望が少し蘇ってしまう。

 ノートが無意味な願望を抑え込んでいると、ルーナが話しかけてきた。

 

「ねぇ貴方、ノート君だっけ」

「えっ、そうだけど」

「同い年くらいかしら」

「俺、十四歳」

「あら、ライカと同い年なのね。私は十五よ」

「(ライカと俺って同い年だったんだ)」

「ねぇ、どうやって山を登ってきたの? 魔法?」

「いやぁ、俺魔法使えないから。スキルを使ってきた」

「ある意味もっとスゴイわね。私と同じなのかしら?」

 

 興味津々といった様子で質問してくるルーナ。

 ノートは少し緊張しながらもそれに答える。

 

「えっと、ルーナさんは」

「ルーナでいいわよ」

「じゃあルーナ。君もこの工房の職人なの?」

「私はただの助手よ。魔道具職人なのはお爺様だけ」

「助手でも十分スゴイと思うけどなぁ」

「ふふ、ありがとう」

 

 他愛ない会話をしている内に、工房の最奥に到達する。

 そこには作業台に向かう、一人の老人がいた。

 

「お爺様。カリーナさん達が来たわよ」

「シドー、魔道具受け取りに来たわよー!」

「叫ばんでも聞こえとるわい!」

 

 ゴーグルを外して振り返る老人。どうやら彼が魔道具職人のシドらしい。

 

「なんじゃ、カリーナとライカ……と誰じゃ?」

「えっと、俺はノートっていいます」

「私達の新しいお仲間さんなのです!」

「ほう……あのドミニクが拾ったのか?」

 

 見定めるように、ノートを観察するシド。

 

「貧弱な身体。魔法使いか?」

「いえ、違います」

「……なるほどな。ルーナと同じタイプか」

「(ん? どういうことだ?)」

 

 ノートがシドの発言に引っかかっていると、隣でカリーナが一枚の手紙を取り出した。

 

「はいシド。ドミニクからの伝言」

 

 受け取った手紙を開けて、確認するシド。

 

「ふむ……なる程な」

 

 手紙を読み終えたシドは、まじまじとカリーナを見つめる。

 

「な、なによ」

「カリーナ、お前さん……また胸大きくなったんじゃないか?」

「……はぁ?」

「ワシの目に狂いはない。前回から一センチは増えとる筈じゃ!」

 

 シドは両手をワキワキと動かし始める。

 

「どれどれ、ワシが確認してやろう」

「ちょ、このエロ爺! やめんか!」

 

 逃げるカリーナを追いかけまわすシド。

 突然始まった攻防に、ノートは唖然となっていた。

 

「ねぇライカ。もしかしてシドさんって」

「はい。物凄いスケベさんなのです」

「もしかしてこれ日常?」

「はいです」

 

 ご苦労様です。ノートは南無南無と手を合わせた。

 しかしいい加減シドを止めねばならない。

 意を決して、ノートが動こうとすると、先にルーナが動いていた。

 

「お爺様?」

「なんじゃルーナ」

「カリーナさんが困ってるので、その辺りでお止めになった方がよろしいかと」

「これはワシの学術的探究心じゃ! 邪魔するでない!」

「そうですか……じゃあ、お仕置きが必要ですね」

 

 ルーナがそう言い終えると、彼女の背中から黒い靄が発生し始めた。

 突然の事に、ノートは釘付けになってしまう。

 

 黒い靄は大きな人型を形成していき、徐々にその姿を現していく。

 完成した箇所から靄が消える。

 出現したのは、球体関節人形のような像だった。

 背中に三日月を背負い、十本の指すべてに注射器が融合している、不気味な像であった。

 よく見れば、ルーナの右手には例の痣がある。

 

「ナンバーⅩⅧ『怖く+蠱惑+困惑=月光(サイケデリック・ムーン)』!」

「魔人体!? じゃあルーナは」

「はい、ルーナちゃんもアルカナホルダーなのです」

 

 ルーナが出した魔人体が、シドに狙いを定める。

 

「ま、待てルーナ! それだけは!」

「ダメです。お仕置きです」

 

 魔人体は人差し指を立て。勢いよくシドに注射器を刺した。

 

「ゲフゥ!?」

 

 シドは首に刺さった注射器から、何かを注入される。

 すると瞬く間に、シドの顔は青く染まった。

 

「少しの間、苦しんでくださいな」

「ぎゃァァァ! むさい男がワシの菊を狙ってくるゥゥゥ!」

 

 注射されたシドは、意味不明な言葉を吐きながら、その場で転がり始めた。

 

「カリーナさん、大丈夫?」

「ありがとうルーナ」

「あの……シドさんどうしたんですか?」

「幻覚を見ているだけよ。少しの間ね」

「幻覚?」

 

 ルーナの言葉に、いまいちピンとこないノート。

 

「あれがルーナちゃんのアルカナ能力なのです」

「そうよ。私の『怖く+蠱惑+困惑=月光』は、注射をした相手に幻覚見せることができるのよ」

「へぇー」

「お爺様には今、筋肉質な男達に襲われる幻覚を見せているわ」

「怖ぁ……」

 

 思わず尻をしめてしまうノート。

 数分経つと幻覚が消えたのか、荒い息と汗を流しながら、シドが復活した。

 

「お、恐ろしかった。危うくお婿さんにされるところじゃった……」

「お爺様。これ以上カリーナさんに迷惑をかけるようだったら」

「しないしない! もうしない!」

「約束しますか?」

「します!」

 

 背後で魔人体を構えながら、ルーナは最後の念押しをする。

 怒らせたらヤバいタイプの女の子だ。怒らせないようにしよう、とノートは考えていた。

 

 それはそうとして、本題に戻る。

 

「で、シド。頼んでいた魔道具はできてるの?」

「あぁ九割はな」

「九割?」

「ちと厄介なことになってな。材料が手に入らんかったんじゃ」

 

 シドが言うにはこうだ。

 いつも魔道具の材料となる鉱石を採取しに、ふもとの洞窟に行くそうだ。

 しかし、その洞窟に大型のトロールが群れを作って住み着いてしまったという。

 

「ワシにはトロールを倒せるほどの力はない」

「私の『怖く+蠱惑+困惑=月光』も、群れとなるとどうにもできないわね」

「つーわけでだ。三人共、頼んだぞ」

「はぁ!? なんでそうなるのよ!」

「ほれ、これ見てみ」

 

 そう言ってシドは先程の手紙をカリーナに差し出した。

 ノートも気になって、その中身を覗き見る。

 そこには……

 

「『修行中。好きに使ってくれ』ですってぇ!?」

「ドミニクさん……」

「修行が厳しいのです」

 

 突然の修行追加に肩を落とすノートとライカ。

 カリーナはシドに抗議するが、どの道トロールを退治しなくては魔道具が作れないと返される。

 結局、ふもとの洞窟へ行くしかなくなったのだ。

 

「ノート君、ライカ。エネルギー切れ治ったら行くわよ」

「はーい」

「はいです」

 

 工房で一休みをしつつ、いきなり山を下りることになった運命を、ノートは呪うのだった。

 

 

 

 

 

 



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第十四話:洞窟と炎

 工房で紅茶を貰い、一休みしたノート達。

 無事エネルギーは回復したのだが、ノートは少しウンザリしていた。

 

「来て早々に、下りるのか……」

 

 来た方向とは逆とはいえ、またあの道のりを行かなくてはならないと考えると、ノートはどうにも足が動かなかった。

 

「安心しなさい。下りはアタシが運んであげるから」

「本当ですか!」

「その代わり野営道具は持ってね」

「はい! 喜んで!」

 

 それなら下り道はスムーズだ。

 ノートの胃から痛みが急速に引いていく。

 

「それにモンスター除けの魔道具も借りたし、楽なもんよ」

「なんですかその便利アイテム!」

 

 そんな物があるなら最初から使って欲しかった。

 自分達の苦労はなんだったのか、とノートはカリーナを恨めし気に見る。

 

「しかたないです。修業は厳しいものなのです」

「限度があると思うんだ」

 

 ライカは納得しているが、ノートはもっと段階を刻んで欲しかったと考える。

 そんな中、三人の後ろにルーナが現れた。

 

「私も一緒にいくわ」

「あら、いいの?」

「数は多いに越したことはないでしょ」

「やった。ルーナちゃんも一緒なのです!」

 

 ルーナを歓迎する二人に対して、ノートは大丈夫なのかと疑問を抱く。

 

「ふふ。魔道具職人の助手が大丈夫なのかって思ってるでしょ?」

「えっ、いやぁ、その……」

「こう見えて私、元は冒険者志望だったのよ。少しくらい腕に覚えはあるわ」

「それにルーナちゃんにはアルカナもあるのです!」

「そういうことよ。ノート君も安心しなさい」

「カリーナさんがそう言うなら」

 

 仮にもカリーナはSランクパーティーの幹部だ。

 彼女が同行を快諾するという事は、それなり以上の実力を持っているのだろう。

 しかしそうなるのと、メンバーの中で自分だけが無能という事になるので、ノートは些か傷ついていた。

 

「さぁ、ふもとの洞窟に向けて出発するわよ!」

 

 カリーナの号令で気を引き締めたノート。

 風魔法で作られた疑似足場を使って、スムーズにデスマウンテンを下り始めた。

 

 

 

 

 そして翌日。

 途中で野営をしつつも、一行は無事ふもとまで到着した。

 

「滅茶苦茶スムーズに下りれたな」

「モンスター除けの魔道具が仕事してくれたのです」

「有能過ぎてなんか腑に落ちない感じもするけどな」

 

 やっぱり最初から使って貰いたかった気持ちが湧いてくる。

 とはいえ、それでは修業にならないと返されるのは明らかなのだが。

 

「洞窟の入り口はこっちよ」

 

 ルーナに案内されて、ノート達は先を進む。

 到着したのは、三メートルはあろうかという巨大な洞窟の入り口であった。

 

「でっけぇ入り口」

「大型のトロールが出入するくらいですからねぇ」

 

 この中に危険なトロールが群れを作っているというのだ。

 どのようにするのか、ノートは少し頭を回す。

 

「カリーナさん、トロールってどんな特徴が――」

「さぁみんな。さっさと行くわよ」

「いやちょっと、カリーナさん!?」

 

 せめて計画くらいは立てさせて欲しい。

 ノートは慌ててカリーナを引き留める。

 

「なによノート君」

「なによじゃないですよ。大型トロールの群れですよ! 少しは計画とか作戦とか立てないと!」

「それなら大丈夫よ。最高の計画があるわ」

「そうなんですか?」

「もちろん。群れを見つけたら教えるわ」

「いや先に教えてくださ――あーちょっと置いてかないでください!」

 

 先々と洞窟の中に入っていくカリーナ達を、ノートは慌てて追いかけていった。

 

 洞窟の中は広く薄暗いので、持ってきたランタンに火をつけて明かりにする。

 入ってすぐの地点では特におかしな要素はない。

 ゴツゴツとした岩肌と、吹き抜ける風の音が聞こえるくらいだ。

 

「ちょっと寒いですね」

「洞窟なんてそんなものよ」

 

 ライカとルーナが他愛ない会話をする。

 その一方でノートは、いつでも戦闘が始まってもいいように、スキルを発動する準備に入っていた。

 

「(トロール。確か以前ギルドで見た情報だと、危険度はBランクだったはず)」

 

 ノートはかつて見たトロールの情報を頭から引っ張り出す。

 トロールは元々気性の荒い性格だ。

 筋力が強ければ、皮膚も硬い。一筋縄では討伐できない厄介者。

 それの大型種が群れを作っているとなれば、ギルドのクエストだとSランク相当だろう。

 

「冷静になればなる程、ヤバさが分かってきた……」

 

 無理に説得してでも、ドミニクの協力を仰ぐように進言するべきだったか。

 ノートは引き返せなくなった時点で、そんな事を考えていた。

 

「みんな、ちょっと静かにして」

 

 カリーナの一声で、三人が黙る。

 すると静かな洞窟の中から、何かの鳴き声が微かに聞こえてきた。

 

「近いわね」

「随分奥まで来たし、間違いなくトロールの群れね」

「む、武者震いするのです」

 

 本当に引き返せなくなった。

 危険なモンスターが近い事もあって、ノートはとうとう観念する。

 

「できることをしよう。生き残るのが最優先だ」

 

 腹を括って洞窟の奥へと進むノート。

 トロールの低い鳴き声も大きくなってきた。

 ランタンの光とヒカリゴケの光によって、異形の影が映し出されていく。

 間違いない、トロールだ。

 

「で、出た」

 

 ノートは反射的に両手の平を構える。

 それを横目に、カリーナは魔法の杖を振った。

 すると空中に拳大の炎の塊が出現した。

 

「ライカ、バリア張って頂戴。アタシ達を守る様な感じで」

「了解なのです! 『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』!」

 

 ライカの背中から白騎士の像が出現し、炎とノート達の間に巨大なバリアを展開する。

 いったい何をする気なのだろうか。ノートはカリーナに尋ねる。

 

「カリーナさん、どうするんですか?」

「こうするのよ」

 

 するとカリーナは魔法の呪文を唱え始める。

 それに合わせて炎の塊に大量の魔力が集まり始めた。

 突然の魔力反応に気がついたトロールが、数体姿を現す。

 

「うわっ、出た!」

「安心しなさい、全部消し炭にするから」

「へ?」

「洞窟って狭いでしょ。なら同時に一網打尽も簡単ってこと」

 

 拳大であった炎は、気づけば数十倍に膨れ上がっている。

 そして……

 

「炸裂しなさい! ギガ・ヴォルケーノ!」

 

――業ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――

 

 凄まじい高温を内包した炎が、洞窟の中を埋め尽くす。

 トロール達は逃げる隙もなく、魔法の炎に飲み込まれてしまった。

 一方のノート達は『純白たる正義』のバリアに守られていて無傷。

 しかし、突然発動された超高位の魔法を見て、ノートは唖然としていた。

 

「カ、カリーナさん……まさか計画って、これですか?」

「そうよ。簡潔でしょ」

「……スケールがスゴ過ぎて、ついて行けてないです」

 

 一分程経過したところで、炎が治まる。

 同時に『純白たる正義』のバリアも解除されて、カリーナが作り出した惨状が露わになった。

 

「うわぁ……」

 

 いまだ残る炎の熱気もさることながら、文字通り黒焦げにされたトロールの死骸を見て、ノートは軽い不快感を覚えた。

 臭いも酷い。だがそれ以上にスゴイ。

 Bランクモンスターがこうも容易く倒されてしまったのだ。

 だがそこでノートは、ふとある事を思った。

 

「って、こんな高火力使って大丈夫なんですか!? 鉱石に影響が出たりとか」

「あぁ、それなら心配ないわ」

 

 ルーナが説明をする。

 

「ここにあるのは魔法鉱石。特殊な加工方法を使わないと溶かす事すら不可能なのよ」

「そうなんだ。なら大丈夫か……」

「多分影響は無いわ。多分ね」

 

 ルーナの含みを感じる発言に、本当に大丈夫なのだろうかと、ノートはカリーナを見る。

 当のカリーナはどこ吹く風といった様子で、先に進もうとする。

 

「さぁ三人共、残党狩りにいくわよ!」

「はいです!」

「ノート君、行くわよ」

「う、うん」

 

 まぁ残党狩りなら大丈夫だろう。

 幸いにしてカリーナの魔法もある。

 ノートが少し気を緩めた、次の瞬間であった。

 

「……どうやら、向こうから来てくれたみたいね」

 

 激しい足音が複数、こちらに向かって来る。

 四人はそれぞれ、戦闘態勢に入った。

 

「『純白たる正義』!」

「出なさい『怖く+蠱惑+困惑=月光(サイケデリック・ムーン)』!」

 

 ライカとルーナの背中から魔人体が出現する。

 カリーナは杖を構え、ノートは両手の平を構えた。

 

 足音は激しさを増していき……そして。

 

「「「ブモォォォォォォォォォォォォォォォン!」」」

 

 巨大な棍棒を手にした、大型トロールの群れが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話:変異トロールと「力」の片鱗

 大型トロール達の咆哮が、洞窟内に鳴り響く。

 トロールは四人の侵入者を視認すると、すぐさま棍棒で攻撃にかかった。

 

「ブモォォォ!」

「ライカ!」

「はいです! 守って『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』!」

 

 カリーナに振り下ろされるトロールの巨大な棍棒。

 それを『純白たる正義』のバリアが遮る。

 だが敵は一体ではない。

 バリアの有効範囲をすり抜けたトロールが、ルーナとノートを狙った。

 

「こんのッ!」

 

 スキルを発動して、棍棒を弾き返すノート。

 その横では、ルーナの魔人体がトロールに攻撃を仕掛けていた。

 

「混乱させなさい! 『怖く+蠱惑+困惑=(サイケデリック・)月光《ムーン》』!」

 

 球体関節人形の像が、迫り来るトロールの首筋に注射器を刺していく。

 強力な幻覚を込められた注射をされたトロールは、攻撃対象を変更し、自分の仲間へと襲い掛かった。

 

「仲間が敵に見えるようにしたわ。ノート君はそのままトロールをひきつけて」

「わかった!」

 

 トロールが自分の方へ向かうように振る舞うノート。

 棍棒による攻撃は全てスキルで弾き返す。

 そうして出来上がった隙に、ルーナの『怖く+蠱惑+困惑=月光』が幻覚を注射していく。

 それを繰り返していく内に、数体のトロールが仲間へと攻撃を始めた。

 

「こっちへの攻撃は薄くなったけど、この後どうするんだ?」

「決まっているわ。カリーナさん、準備はいい?」

「えぇ、いつでもいけるわ!」

 

 気づけばカリーナは魔法の発動準備が完了しており、何時でも撃てる状態になっていた。

 

「三人共、後ろに下がって!」

 

 各自スキルを解除させて、大慌てで後退する。

 カリーナの杖の先には、強大な電気エネルギーが集まっていた。

 

「三人が頑張ってくれたおかげで、一網打尽しやすくなってる」

 

 同士討ちに意識を取られているトロール達に、狙いを定める。

 

「轟きなさい! アーク・ボルテックス!」

 

――轟ォォォォォォォォォ!!!――

 

 凄まじい力を秘めた雷が、眩い光と共にトロール達に襲い掛かる。

 感電したトロールは、凄まじい雄たけびを上げながら、その場で絶命していった。

 

「カリーナさんって、結構豪快な性格なんですね」

「ノート君、それ褒めてるの?」

「尊敬はしてます」

「ならよし」

 

 そんな何気ない会話を遮るように、洞窟の奥から更なるトロールが姿を現す。

 

「「「ブモォォォォォォォォォォォォォ!!!」」」

 

 仲間を殺された恨みか、トロール達は凄まじい咆哮を上げながら襲い掛かってきた。

 

「ライカとノート君はさっきみたいに防御に回って。ルーナは隙を見て攻撃。その間にアタシが魔法の準備をするわ!」

「了解!」

「はいです!」

「わかったわ」

 

 再びバリアを展開するライカ。

 スキルを使って、攻撃を弾くノート。

 そして隙を見ては幻覚をトロールに植えこむルーナ。

 

 三人が奮闘している間に、カリーナは次の殲滅魔法を準備する。

 

「こんのッ! 数が多い!」

「確かにこれは、予想以上の数ね」

 

 ルーナを守るように、トロールの攻撃を弾き続けるノート。

 二人は想像以上のトロールの数に、少々圧倒されていた。

 だが決して苦戦している訳ではない。

 ノートは順調に敵の攻撃を防ぎ、ルーナは確実に幻覚を植え付けていく。

 

 その近くでは、ライカがバリアを展開してカリーナを守っていた。

 数分の攻防が続いた後、再びカリーナの準備が整う。

 

「みんな、二発目いくわよ!」

 

 再び後退する三人。

 それを確認したカリーナは、溜め込んでいた魔法を解放する。

 

「アーク・ボルテックス!」

 

 再び解き放たれた超高位の雷魔法。

 ルーナの幻覚によって混乱していたトロール達は、瞬く間に雷に飲み込まれた。

 

「ブモォ!?」

 

 短い断末魔を上げて、感電死していくトロール。

 それを見届けたノートは、高ランクモンスターを容易く葬るカリーナの実力に感服していた。

 

「スゴイな、カリーナさん」

「ありがとノート君。それにしても、数が多いわね」

 

 あと何体くらい残っているのだろうか。

 全員がそんなことを考えていると、カリーナは洞窟の奥から強大な魔力反応を感じ取った。

 

「ッ!? ライカ、バリアを張って!」

「はっ、はい!」

 

 カリーナの指示で大急ぎでバリアを展開するライカ。

 次の瞬間、洞窟の奥から凄まじい熱量を持った炎が襲い掛かってきた。

 

「うわっ!?」

「これは、魔法攻撃?」

 

 驚くノートと、比較的冷静なルーナ。

 予想外の魔法攻撃には、ライカも驚きの表情を隠せていない。

 

「もしかして、ま、魔法使いさんがいるですか!?」

「まさか、そんな筈は無いわ」

 

 ライカの言葉を否定するルーナ。

 だがその一方で、カリーナだけは冷静に状況を分析していた。

 

「これは……最悪かもしれないわね」

「やっぱり魔法使いですか?」

「半分正解よ」

「半分?」

 

 何故半分なのか、ノートがその理由を聞こうとした瞬間。

 ドスンドスンと、洞窟の奥から大きな足音が聞こえてきた。

 

「まだトロールが残ってた!」

「そうね。でもただのトロールと思わない方がいいわ」

 

 杖を握るカリーナの手に力が入る。

 その警戒心はノート達にも伝わり、三人に気を引き締めさせた。

 

 ドスン、ドスン。

 足音は大きくなり、その主が姿を現す。

 

「ブモォォォォォォ!!!」

 

 それは今までのトロールとは少し違った姿をしたトロールであった。

 着ている服は袖の長いものであり、棍棒の代わりに巨大な杖を持っている。

 まるで魔法使いのような出で立ちのトロールであった。

 

「なんだコイツ、なんか違う……」

 

 姿の違うトロールにノートは些か動揺する。

 だがそれ以上に、他の三人に走っていた緊張が凄まじかった。

 

「カ、カリーナさん。これってもしかしなくても」

「えぇ、変異種のトロールね」

「変異種?」

 

 変異種が分からなかったノートに、ルーナが説明をする。

 

「簡単に言えば、突然変異してスキルとかを身につけたモンスターよ」

「てことは、さっきの炎も」

「きっと変異で身につけたスキルなのです!」

 

 要するに厄介極まりないモンスターということだ。

 ノートは改めて腹を括る。

 

 そんな彼らが仲間を殺した敵だと確認した変異トロールは、手に持った杖を高く掲げた。

 杖の先に巨大な炎が作られていく。

 

「ちょっと、あの魔法Aランクくらいはあるわよ!?」

 

 変異トロールが発動した魔法の協力さに、カリーナは思わず声を上げる。

 だがそんなこと気にも留めず、変異トロールは杖を振り下ろした。

 

「『純白たる正義』!」

 

――業ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――

 

 凄まじい炎が四人に襲い掛かる。

 それをライカの『純白たる正義』が間一髪で防いだ。

 

「大丈夫ですか!」

「えぇ、ありがとうライカ」

 

 ライカにお礼をいいつつも、カリーナは変異トロールの対策を必死に考えていた。

 その間に、炎が止む。

 間髪入れずに、変異トロールは両手で杖を握って、『純白たる正義』のバリアに襲い掛かってきた。

 

「ブモォォォ!!!」

 

 ガキン! ガキン!

 変異トロールの攻撃を弾く音が鳴る。

 そしてカリーナはようやく作戦をまとめ上げた。

 

「どっちみちこの変異種を倒すのが最優先ね。ルーナ!」

「なにかしら?」

「アタシが魔法で変異トロールの動きを止めるわ。その隙にアルカナを使って、幻覚を植え込んで」

「わかったわ」

「ライカはアタシが合図したら一瞬だけバリアを解除して」

「はいです!」

「それからノート君!」

「はい!」

「ライカとルーナに攻撃がいかないよう、キチンと守りなさい!」

 

 なんか自分だけ結構な無茶を要求されている気がする。

 だが間違っても口には出さないノートであった。

 

 それはともかくとして。

 やるべきことを指示された三人は、各々の役割に徹し始めた。

 

「ブモォォォ!」

 

 一度バリアから離れた変異トロールが、二発目の火炎魔法を放ってくる。

 それを『純白たる正義』のバリアが防ぐ。

 

「耐えてください。『純白たる正義』」

 

 その間にカリーナが魔法の詠唱をする。

 ノートとルーナはいつでも自分の出番が来てもいいように、構えていた。

 

「よし、詠唱完了! ライカ!」

「はいです!」

 

 カリーナの合図で、バリアが消滅する。

 そこが攻撃の隙だった。

 

「凍りなさい! コキュートス!」

 

 カリーナの杖から、凄まじい冷気が放出される。

 それをまともに受けた変異トロールは、周囲の空間ごと氷漬けにされてしまった。

 だがすぐに氷にヒビが入り始める。

 変異トロールの力が強すぎるのだ。

 

「ルーナ!」

「わかってるわ。『怖く+蠱惑+困惑=月光』!」

 

 ルーナの魔人体が、両手の注射器を構える。

 そして氷を貫通して、中の変異トロールに針を刺した。

 その直後に砕け散る氷。

 中から出てきた変異トロールは、フラフラとしていた。

 

「幻覚で魔法の使い方を認識できなくしたわ」

「魔法が使えないなら、ただのトロールね!」

 

 杖を振っても魔法が出てこない事に、混乱する変異トロール。

 その隙にカリーナは攻撃魔法を仕掛けた。

 

「細切れになりなさい! スラッシュ・サイクロン!」

 

 無数の真空刃を内包した竜巻が、変異トロールに襲い掛かる。

 魔法による防御もできず、変異トロールは竜巻に飲み込まれてしまった。

 

「ブモォォォォォォ!?」

 

 凄まじい雄叫びを上げながら、切り裂かれていく変異トロール。

 杖を棍棒代わりに降ろうとしても、真空の刃がその腕を切断する。

 そして瞬く間に、変異トロールの身体は粉々に切り裂かれてしまった。

 

「……流石にもう死にましたよね?」」

「これで生きてたら、それはもうゾンビよ」

 

 ひとまず厄介者を駆除できたので安心する面々。

 カリーナが探知の魔法を使って、周囲を確認する。

 

「うん。もう流石にいないわね」

「はふ~、やっと終わったのです」

「お疲れ様。ごめんなさいね、お爺様の無茶に付き合わせちゃって」

「いいのよルーナ。文句は後でドミニクに言っておくわ」

 

 気が緩んで和気あいあいと会話をする三人。

 それを眺めながらノートは、自分の無力さを噛み締めていた。

 

「(みんな、本当にすごかったな……)」

 

 結局今回はほとんど役に立てなかったと、自分を責めるノート。

 彼の心の底には、少し黒いものが渦巻いていた。

 

 その時だった。

 ノートは何か大きな存在が近づいてくる気配を感じ取った。

 

「えっ?」

 

 トロールは全て倒した筈。

 ノートは慌ててその気配がする方に視線を向ける。

 それは、洞窟の天井だった。

 三人の真上に、一体のトロールが張り付いていたのだ。

 

「ブモォォォ!!!」

 

 棍棒を握りしめて、落ちてくるトロール。

 

「みんな!!!」

 

 ノートが叫び、駆け出した時には既に遅く。

 トロールは三人のすぐ真上にまで迫っていた。

 

 そこから先の映像は、ノートにはスローモーションに見えた。

 助けなきゃいけない。助けなきゃいけない。

 何としてでもあの人達を傷つけさせてはいけない。

 

 その為にはなにが必要なのか。

 簡単だ、強い「力」だ。

 あのトロールを一撃で葬れるくらいの強い「力」が必要なのだ。

 

 助けたい。助けたい。

 その為ならば……「力」に飲み込まれても構わない。

 だからこの「力」で……押し潰す。

 

「うぉぉぉ!!!」

 

 ノートは必死に手を伸ばす。

 すると突然、落下していたトロールが吹き飛び、凄まじい力で壁に叩きつけられてしまった。

 

「ブモッ!?」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 凄まじい轟音と共に、洞窟の壁に叩きつけられたトロール。

 短い断末魔を残して、その身体は粉々のミンチ肉になっていた。

 

 何が起きたのか。全員が唖然となっている。

 だがだがライカ達には見えていた。

 落ちてくるトロールを殴り飛ばす、巨大な腕の存在を。

 

「ノ、ノート君。それって……」

 

 ライカに言われて、ノートは自分の右横を見る。

 伸ばしていた右手の隣に、ゴツゴツとした岩でできた、巨大な紫色の腕が浮かび上がっていた。

 

「これって、まさか……」

 

 ノートがそれをまじまじと見ようとした瞬間、岩の腕は跡形もなく消えてしまった。

 

「消えちゃった」

「ノート君、今のきっと魔人体なのです!」

「俺の、魔人体」

 

 突然のことに、ノートもいまいち理解が追いついていない。

 その間にカリーナは、押し潰されたトロールの死骸を見ていた。

 

「こいつも変異種だったみたいね。それにしてもスゴイわ。まるで何百キロもの力で押しつぶされたみたい」

 

 改めて洞窟の壁を見ると、潰されたトロールの死骸の周りは、丸く大きなクレーターのようになっていた。

 岩山の一部を潰す程の圧倒的な力の証明である。

 そのパワーを目の当たりにして、ノートは少し動揺していた。

 

「これを……俺が?」

 

 出て来たのは圧倒的な「力」。

 その「力」を前に、ノートは内心恐れを抱いていた。

 

 そんなノートの手を取ってきたのは、ルーナであった。

 

「ありがとうね。助けてくれて」

「そんな。俺はただ、ガムシャラだっただけで」

「でも助けてくれた。お礼くらい素直に受け取りなさいな」

「そんなもんなのかな?」

「そうですよ。ノート君はもう少し素直になるべきだと思います」

 

 ライカにも言われてしまい、少し自分について考えなおすノート。

 だがやはり、自分の中に眠る得体の知れない「何か」が怖くて仕方なかった。

 

「さぁみんな。他にもトロールが残ってないか見に行くわよ!」

 

 ひとまず思考は置いて、カリーナの後について行ったノート達。

 洞窟内にはもうトロールは残っておらず、他のモンスターも特に巣は作っていない。

 

 シドに頼まれていた鉱石を幾ばくか採掘して、ノート達は洞窟を後にするのだった。

 



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第十六話:何がしたいのか?

 一日半かけて、再びデスマウンテンを登る四人。

 無事頂上に戻り、工房のシドに事の顛末を報告すると同時に、採掘した魔法鉱石を渡した。

 パーティーが注文していた魔道具を仕上げるには十分な量もあり、シドはすぐに残りの魔道具を仕上げにかかった。

 その間待つ事になったノート達だが、既に日も暮れ始めている。

 やむなくその日は工房の部屋を借りて、泊る事となった。

 

 その夜。

 一人、シドの使っている男部屋を割り当てられたノートは、ベッドの上で少し悶えていた。

 

「ぜ、全身の筋肉が痛い……」

 

 魔法鉱石を入れた籠を持たされていた事もあって、ノートの筋肉は悲鳴を上げていたのだ。

 だがそれはそれとして、ノートは洞窟内で起きた出来事を振り返る。

 

「アルカナ……俺の、力」

 

 月明りで垂らし出されている右手を眺めるノート。

 何もないと思い込んでいた痣。

 その痣が一瞬だが目覚めて、強大な「力」を示していった。

 

 ライカやカリーナはその「力」を褒めてくれた。

 別にそれは嫌ではない。

 だがそれ以上に、ノートは怖かったのだ。

 

「(自分のことなのに……俺自身が一番解ってない)」

 

 得体の知れない「力」の出現。

 それに飲み込まれるビジョンが、脳内で無限に再生される。

 「力」への恐怖、変わりゆく自分への恐怖が、ノートの心を押しつぶす。

 

「ライカとルーナは、これを乗り越えたんだな」

 

 強い女の子達だ。

 それに比べて自分はどうだ、と卑屈になるノート。

 これが転生してすぐの出来事なら、きっと舞い上がっていただろう。

 だが今はとてもそんな気分にはなれない。

 強大な「力」は人を変える。その末路の一つを、ノートはかつて見てしまったのだ。

 故に恐怖する。「力」を持つ責任に押し潰される。

 今のノートには、自分自身と向き合う勇気は微塵も残っていなかった。

 

「眠れない」

 

 恐怖心と考え事が、睡眠欲をそぎ落とす。

 既に夜も深いというのに、ノートは欠片も眠くなかった。

 

「風、吹いてるんだ」

 

 窓の外から風の音が聞こえる。

 夜風に当たるのも悪くないかもしれない。

 そう考えたノートはベッドから身を起こし、ゆっくりと外に出た。

 

 

 標高の高い山の頂。

 雲に邪魔されていない天空は、素晴らしい星空で彩られていた。

 ノートは無意識に、その星空に目を奪われる。

 

「綺麗だな」

 

 それは彼にとって、異世界で初めて美しいと感じたものでもあった。

 ノートが転生してから見て来たものは、凶暴なモンスターが蔓延る大地と、人の悪意が蠢く世間。

 物語の中とは異なり、純粋に美しいものは何も無いと思い込んでいた。

 

 ノートは適当な場所に座り込んで、星空を眺める。

 周囲には暖房用の魔道具が常に起動しているので、寒くはない。

 

「(こうしてのんびりできる時間って、初めてかもしれない)」

 

 改めて自分の半生を振り返るノート。

 無能のレッテルを含めた様々な要因により、彼に心安らぐ時など殆ど無かったのだ。

 ノートはゆっくり、自分の事について考える。

 

「……俺、どうしたいんだろうな」

 

 異世界なんて碌なものではない。

 それでも生きていれば、いつかは何とかなる。

 そう考えていたノートだが、改めて自分を振り返ると、今の自分があまりにも空虚な事に気がついた。

 

「この世界で生きて。危ない目にあってまで、何がしたかったんだ」

 

 自分に問いかけるが、答えは出てこない。

 ただ無意味に星空を眺めるばかり。

 そんなノートの後ろから、一つの人影が現れた。

 

「夜空を眺めて物思いか? 若いのぉ」

「シドさん」

 

 現れたのは、煤で顔が汚れているシドであった。

 

「魔道具の方はいいんですか?」

「工程の都合じゃ。ちょうど今暇なんじゃよ」

 

 そう言うとシドは、ノートの隣に座り込んだ。

 

「良い夜空じゃろ。ワシも若い頃はよく眺めていたもんじゃ」

「悩んだ時とかですか?」

「そうじゃな。若い時は誰もが悩むもんじゃ……お前さんもそうじゃないのか?」

「俺は……悩んでいるのかも分からないです」

「そう答えられるのは、若い印じゃ。胸を張れ」

「……半端者なだけですよ」

 

 シドから目を逸らすように、ノートは空を見上げる。

 するとシドは顔を下ろし、ノートに右手を見つめた。

 

「ルーナから聞いた。お前さんもアルカナを持っているらしいな」

「……そうらしいですね」

「なぁ、この老いぼれに一つ教えてはくれんか……お前さんから見て、この世界は汚いか?」

 

 ノートは一瞬、心臓が跳ね上がる思いがした。

 自分が転生者だとバレたのではないかと思ったが、そんな事はないはずだ。

 できる限りの平然を装って、ノートは質問に答える。

 

「……正直に言えば、汚い方だとは思います。危険なモンスターは多いし、人間はよ酷いのが多いし」

「そうか」

「あぁでも、両親は良い人だったと思います。無能者の俺をずっと庇ってくれていたから……」

 

 ノートが両親の事を離すと、シドはギョっと目を見開いた。

 

「お前さん、ちゃんと両親がいるのか?」

「はい。といっても、もうずっと連絡取ってないですけど」

「何故じゃ」

「……俺が無能だからですよ。そのせいで両親に迷惑がかかるんです」

 

 ノートは自分の両親が、自分のせいで村人から迫害されていた事を告げた。

 それを聞き終えたシドは、悲し気に目を伏せるのだった。

 

「惨いのぉ。善良な両親の元に産まれても、子供に離別の選択をさせるとは」

「俺が勝手に出て行っただけですよ。全部俺の自己責任です」

「それは違うぞ。子供というのはな、家族と共に生きて育つものじゃ」

 

 諭すように、ノートに告げるシド。

 

「子供が親と離れざるを得ない状況を生み出すなんぞ、それは世界の間違いじゃ」

「……」

「じゃが、一つだけ安心したわい。お前さんの両親のような、まともな親もおるんじゃな……」

「どういうこどですか?」

 

 シドの意図が理解できなかったノートが聞き返す。

 するとシドは、ゆっくりとある事を話し始めた。

 

「お前さんもよく知っているじゃろうが、アルカナを持って生まれた子供は、魔法資質を持てない。かといって剣技の才も開かない」

「そう、ですね」

「それ故にな、アルカナを持って生まれた子供は親に捨てられる事が多いんじゃ」

「えっ」

 

 突然の内容に、ノートは言葉を失う。

 それと同時に、以前ライカから聞いた話を思い出した。

 

「(そういえばライカも、両親に捨てられたって……)」

「お前さん、ここに来てから気にはならなかったか?」

「何をです?」

「ワシとルーナが全く似ていないことじゃ」

「……言われて、みれば」

 

 全く気にはしていなかったが、改めて言われると似ていない気がする。

 そもそも祖父と孫娘だけで、こんな危険な山に住んでいるのも妙な話だ。

 

「この世界は良くも悪くも剣と魔法の才能主義なんじゃ。スキルというものも存在するが、剣と魔法以外の力は軽視する傾向にある。だからじゃろうな……軽視を通り越して侮蔑する者も少なくない。無能を自称するお前さんなら、心当たりはあるんじゃないのか?」

「そう……ですね」

 

 ノートは生まれ故郷の村の人々を思い出す。

 確かに彼らは軽視を通り越して、侮蔑をしていた。

 

「幼い頃にする魔法資質検査が個人の階級を決める。馬鹿馬鹿しい話じゃ。資質が無いという理由で我が子を捨てるなんぞ、人のする事ではないわい」

「でも、そういう親がいたんですね」

「……残念ながらな」

 

 シドは遠い目をして、昔を思い出す。

 

「十五年前、ワシはルーナと出会った」

「(あれ、ルーナの歳ってたしか十五……)」

「ルーナは恐らく、生まれてすぐに魔法資質検査を受けたのじゃろうな。金持ちの子は教会に大金をにぎらせてよくやるんじゃ」

「……まさか」

「十五年前のある日。仕事から戻って来たワシは、このデスマウンテンのふもとに捨てられているルーナを拾ったんじゃ。まだ一歳にもならない赤子を、奴らはこんな危険な山に捨ておったんじゃ」

 

 シドの怒りが、夜の山頂に響き渡る。

 ノートはそれを、ただ黙って聞く事しかできなかった。

 

「結局両親が見つからなかったから、ワシがルーナを育てることにした。じゃがその後ドミニク達と出会って、ワシはこの世界の闇に触れてしもうたよ」

「シドさん……」

「アルカナのせいで苦しんだのはルーナだけではない。ドミニクとライカも一緒じゃ」

「ドミニクさんも?」

「ドミニクも相当辛い少年期を過ごしたらしいの。じゃがライカはもっと酷い。実の親から虐待を受けていたらしいからな」

「っ!?」

「偶然出会ったドミニクが助けた頃は、ガリガリにやせ細っていたらしいのう。惨い話じゃ」

 

 アルカナホルダー達の壮絶な過去を聞いて、ノートはただ衝撃を受ける。

 自分は彼らに比べれば、相当恵まれた環境だったのかもしれない。

 だが同時に、ドミニクが自分を必死にパーティーへと誘った理由も分かった気がした。

 

「俺って……ちっぽけだな」

「人は皆ちっぽけじゃ。それを理解して人は成長するのじゃよ」

 

 シドの言葉は届くが、どう噛み砕けばいいのかノートには分からない。

 その真意まで理解するには、ノートはまだ子供すぎた、

 

「なぁお前さん、ノートとかいったか?」

「はい」

「諦めるんじゃないぞ。誰に蔑まれようが、お前さん達は今確かに生きとるんじゃ。だから諦めんでくれよ。生きることも、夢を見ることも、明日も、絶対に諦めんでくれよ」

 

 老人からの必死の願い、ノートにそのように聞こえた。

 だからこそノートは、自分を恥じた。

 諦める以前に何も無い、空虚な自分が嫌になった。

 

「ごめんなさい」

「何故謝るんじゃ?」

「俺には、諦めるようなものが何もないから」

「どういうことじゃ」

「俺には夢がない。生きる意味もわからないし、無意味に明日を生きているだけです。だから俺は……」

「自分が嫌いなのか?」

 

 ノートは無言で頷く。

 

「いいか。明日というものは探しものをする為になるんじゃ」

「探しもの?」

「そうじゃ。自分が生きる意味も、夢も、明日で探せば良いのじゃよ。そうして足掻いた明日は、決して無駄ではない」

「……」

「夢を探し続けるのが冒険者じゃ。お前さんの入ったパーティーは、そういった人間の集まりじゃろ」

「……はい」

「ならお前さんも、焦らずに自分のペースで探し続ければいい。明日を冒険し続ければ、いつか夢に辿り着く」

 

 真っ直ぐな眼でノートに語るシド。

 その言葉が響いたのかは定かではないが、ノートの心は少し軽くなっていた。

 

「それに、お前さんは一人じゃない。悩みも、恐怖も分かち合える仲間がいるじゃろ」

「……まだ新入りですけどね」

「だからこそじゃ。ぶつかり合うことでしか、分かり合えないこともある」

 

 ノートの心が揺れる。

 『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』のメンバーを、そこまで信用して大丈夫なのかと、理性が働きかける。

 良い人達である事には間違いないが、そこまでの信用ができるのか。

 ノートは自分に自信が持てなかった。

 

「まぁなんじゃ。存分に悩め若者! お前さんには山ほどの時間がある」

 

 立ち上がって、肩を叩いてくるシド。

 かれはそう言い残すと、工房の中へと姿を消していった。

 

 残されたノートは、再び意味もなく星空を見上げる。

 

「俺が、やるべきことは……」

 

 答えは出ない。

 だがその心は、確実に前へと進もうとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第十七話:綺麗なものは……

 窓から入る日差しと、モンスターの咆哮。

 朝を告げるには騒がしい要素に、ノートは無理矢理起こされた。

 

「……風情も何もあったもんじゃないな」

 

 山の上で鳥の鳴き声を聞くのとは訳が違う。

 荒々しいモンスターの咆哮では、爽やかさの欠片も無かった。

 

 二度寝する気も無いので、ノートはベッドから降りようとする。

 すると床には、毛布に包まって眠っているシドがいた。

 

「なんか悪いことしちゃったな」

 

 彼を起こさないように、ゆっくりとベッドから降りる。

 そして音を立てないようにベッドを整えてから、ノートは部屋を後にした。

 

 扉を閉めると、どこからか良い香りが漂ってくる。

 誰かがもう起きているのだろうか。

 匂いを辿る様に、ノートはキッチンにむけて歩き出した。

 

「あらノート君。早いのね」

「あっ、ルーナ」

「朝ごはんはもう少し待っててね」

 

 キッチンで料理をしていたのは、長い金髪をポニーテールにしたルーナであった。

 匂いの正体は、彼女が作っているスープだ。

 

「俺も何か手伝うよ」

「あらいいの?」

「どうせ暇だし」

「それじゃあ、卵とベーコンを焼いてくれるかしら?」

「了解」

 

 既に台に要因されていた卵とベーコンを確認するノート。

 包丁とまな板を借りて、ベーコンをスライスし始めた。

 

「はい、フライパン」

「あっ、ありがとう」

 

 ルーナにフライパンを渡されたので、あとは焼くだけ。

 そこでノートはある事に気がついた。

 

「ルーナ、ここのキッチンって」

「火打石が必要よ」

「ならよかった」

 

 一般家庭にさえ、着火魔道具つきのキッチンが標準の世界だ。

 魔道具を使えないノートにとっては不便なことこの上ない。

 故に火を使って調理するには、原始的な方法をとるしか無いのだ。

 ノートはルーナから火打石を渡されて、火をつける。

 

「うーん。ベーコンの良い香り」

 

 香ばしく焼きあがっていくベーコンを堪能しながら、ノートは少し頭が冴えてくる。

 冷静に考えれば、魔道具職人の家に旧式キッチンがあるというのも妙な話だ。

 きっとルーナの為に、シドがわざわざ用意したのだろう。

 

「(優しさ、か……)」

 

 人の悪意ばかり見てきたノートにとって、それはある種新鮮なものであった。

 だが同時に、昨夜のやり取りが脳裏に浮かびあがる。

 

「(この世界は汚いか……)」

 

 含んでいたのは相当深いものだろう。

 だがノートにはその全てを計りきれなかった。

 

 フライパンの上で踊るベーコンを弄りながら、一瞬だけルーナの方を見る。

 

「(後で聞いてみるか?)」

 

 綺麗に焼けてきたので、卵を割り落として仕上げにかかる。

 それを察してくれたのか、ルーナが先回って皿を用意してくれた。

 卵がベストな焼き加減になったところで、フライパンを火から遠さげる。

 

「これで完成!」

 

 美味しそうなベーコンエッグが出来上がった。

 それを丁寧に皿へと移しつつ、ノートはルーナに質問をした。

 

「なぁルーナ」

「なにかしら?」

「昨日さ、俺……シドさんと話をしたんだ」

「……私のこと、聞いたの?」

 

 ノートは無言で頷く。

 重い話のはずだが、ルーナの表情は軽いものであった。

 

「気にしなくていいわよ。アルカナホルダーなんて、そんなものだから」

「だとしても、酷い話だよ。ライカもそうだ」

「そうね。少なくとも普通ではないわね」

 

 やや自虐的なルーナ。

 その様子には、どこか諦めのようなものも感じ取れた。

 

「ノート君はどうなの? 少しは普通に生きられた?」

「……シドさん曰く、両親には恵まれてたらしいよ」

「よかったじゃない」

「でもそれだけだと思う。村を飛び出してからは辛い事ばかりだった」

 

 そしてノートは、例の質問について、ルーナに聞いた。

 

「シドさんに聞かれたんだ『この世界は汚いか?』って」

「……」

「ルーナはどう思う?」

「そうね……汚い方だとは思うわよ」

 

 「でもね」とルーナは続ける。

 

「この世界にも、綺麗なものはある。それで良いじゃない」

 

 そう言われてノートは思い返す。

 昨夜見た星空を、自分に優しくしてくれた『戦乙女の焔』の人々を。

 ノートには、それらまで否定する気は起きなかった。

 

「そっか……そっか」

「そうよ」

 

 泥だらけだと思っていた世界にも、小さく輝く宝石はあるのかもしれない。

 ノートは少しだけ自分の考えを改めようかと考えていた。

 

「ねぇ、今度は私が質問してもいいかしら?」

「ん、なに?」

「ライカと添い寝した気分はどうだったの?」

 

 ノートはその場で転げそうになった。

 

「な、な、なんで!?」

「昨日ライカから直接聞いたのよ」

「ライカー!」

「それで、ノート君はライカに何かしたのかしら?」

 

 妙な圧をかけながら、ルーナが問いただしてくる。

 心なしか、どす黒いオーラすら感じ取れた。

 もしかすると今、命が危ないかもしれない。

 

「してないしてない! 変なことはしてない!」

「本当かしら? あんなに可愛い子なのに」

「本当に変なことは何もしてないから!」

 

 本当はうっかり胸を触ってしまったが、ノート必死にそれを隠した。

 それを察したのかは分からないが、ルーナは訝し気な様子でノートを見ていた。

 

「まぁいいわ。本当に変な事されてたら、あの子の方から言ってきただろうし」

「ホッ」

「ノート君も許してあげてね。あの子、誰かと一緒じゃないと眠れないのよ」

「えっ、そうなの」

「昔色々あったせいかは分からないけど、ライカは寂しがりやなのよ。一人で眠るのを怖がるくらいにね」

 

 そこでノートは思い出した。

 ライカが実の両親から酷い扱いを受けていた事を。

 きっとそれが影響しているのだろう。

 

「普段はカリーナさんと一緒に寝てるらしいけど、ノート君でも大丈夫らしいわね」

「そうなのかな?」

「そうなのよ。だからたまにはライカに付き合ってあげてね」

「いや、俺男なんだけど。色々と不味くない?」

「あの子に変な事しなければ大丈夫よ」

 

 それでいいのだろうか。ノートは些か疑問に思う。

 

「ねぇノート君。さっき『この世界は汚いか?』って聞いたわよね」

「うん」

「それ、ライカにも言ってあげてね。あの子明るく振る舞ってるけど、中身はドロドロに黒いから」

「……善処する」

「ノート君は、綺麗なものになってあげてね。どう言い繕っても、この世界はアルカナホルダーに優しくないから」

「そうだな……できる事は、やってきるよ」

 

 口先だけではない。本心からの言葉。

 ライカには強い恩を感じているノートである故に、彼女には何かをしてあげたかった。

 

「まぁ、万が一ライカを泣かせるような事があれば、私が貴方を始末するのだけどね」

 

 これ以上ない笑顔を浮かべながら、ルーナは背中から『怖く+蠱惑+困惑=月光(サイケデリック・ムーン)』を出現させる。

 友達思いと言えば聞こえは良いかもしれないが、ノートには完全に過保護のそれに見えた。

 

「あの、ルーナさん……危ないから魔人体はしまってもらえると」

「ライカに変な事はしないわよね?」

「その前に魔人体」

「しないわよね?」

「はい、しません!」

 

 凄まじい圧に屈したノート。

 流石にこれには逆らえなかった。

 

 そんなやり取りをしている内に、他の面々も起きてきた。

 スープも良い感じに仕上がっている。

 

「おはようルーナ」

「ふぁ……ルーナちゃん、おはようございますです」

 

 まだ寝ぼけているライカは、カリーナに手を引かれながら登場する。

 そんな何気ない日常を見て、ノートはこれが美しいものなのかと、考えていた。

 

「はいライカ。紅茶よ」

「ありがとうございますですぅ」

 

 ルーナに紅茶を渡されるライカ。

 それから少し遅れてシドが起きてきて、五人で朝食をとる事となった。

 

「(なんか、こういうワイワイした食卓も、悪くないな)」

 

 人と人が笑顔で囲む食卓。

 それがノートの心を優しく温めてくれた。



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第十八話:七人の咎人(デビルズ・セブン)

 注文していた魔道具を受け取ったノート達は、シドとルーナに別れを告げてデスマウンテンを下山した。

 ライカはカリーナと共に、ノートは魔道具の山を背負いながらの下山となった。

 

 道中のモンスターからも逃げ切り、三人は無事アインスシティの本拠地へと帰還した。

 

「つ、疲れた……」

 

 重い荷物を下ろして、ようやく一息つくノート。

 それを労いに、ドミニクが近づいてきた。

 

「よう新入り。ご苦労さん」

「ドミニクさん……もっと事前情報はしっかりくださいよー!」

「ハハハ。悪いな、これも修行だ」

「厳しいなぁ」

 

 だが一応、成長に繋がったことは自覚していたノート。

 それ以上文句は言わなかった。

 一方カリーナはドミニクを見つけた途端、凄まじい勢いで彼に食ってかかった。

 

「ちょっとドミニク! なんなの今回のお使いは!」

「いい修行になっただろ?」

「なーにがいい修行よ。体のいいタダ働きじゃない!」

「シドには普段から世話になってんだ。少しくらいいいだろ?」

「事前に言いなさいって言ってんの!」

 

 ガミガミと怒るカリーナを、飄々とかわすドミニク。

 やっぱりこれはパーティーの日常なのだろうと、ノートはぼんやり考えていた。

 

「そうだライカ。なんか変わったことは無かったか?」

「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど!」

「オメーの話はいちいち長いんだよ。それでライカ、どうだった」

「そうですね〜。洞窟の中で変異トロールが出てきたことと……あとはノート君の魔人体が出たことですね」

「なに?」

 

 ノートの魔人体と聞いて、ドミニクの目の色が変わる。

 

「おいノート。魔人体が出たのか」

「は、はい。一瞬だけ」

「一瞬でも出たのか……どういう状況でだ?」

 

 ノートとライカは洞窟での戦闘について話始めた。

 変異トロールとの戦闘後、別の変異トロールが出現。

 ライカ達に襲いかかってきたそれを、ノートが出した魔人体が倒してしまった事。

 二人はできる限り詳細に語った。

 

「なるほど……やっぱり戦いの中で目覚めるのか」

 

 一通りの話を聞き終えたドミニクは、一人で勝手に納得する。

 その直後、何かを思いついたようにドミニクはノートの肩を掴んだ。

 

「おい新入り」

「はい」

「帰ってきて早々なんだが、修行するぞ」

「……はい?」

 

 するとドミニクは凄まじい力で、ノートを引きずっていった。

 

「ちょ、ドミニクさん! せめて少し休ませて!」

「善は急げだ! さっさとやるぞ!」

「急ぎ過ぎです! 誰か助けて!」

「ごめんなさいノート君。こうなるとドミニクさんは止まりませんです」

「ライカに同じよ。骨は拾ってあげるわ」

 

 ライカとカリーナに見捨てられて、ノートは「殺生なぁぁぁ」と叫びながら本拠地を後にした。

 

 

 

 

 

 数分後。

 ノートとドミニクは街外れの森に来ていた。

 マルクとの模擬戦に使った場所でもある。

 

「それでドミニクさん。修行って何するんですか?」

 

 もはや逃げる事完全に諦めたノート。

 せめて修行内容くらいは聞いておきたかった。

 

「簡単な話だ。模擬戦をするんだよ」

「……それだけですか?」

「疑り深いなぁ、それだけだよ」

 

 それならマルクの時と同じように、できる限りの事をしよう。

 ノートがそう考えた瞬間、ドミニクの影が七つに増えた。

 

「ただしだノート。俺は本気でお前を殺しにいく」

「……へ?」

「アルカナってのは戦いの中で目覚めることが多いらしい」

「あの、ドミニクさん?」

「だからなノート……本気で戦うぞ」

 

 次の瞬間。

 七つに増えたドミニク影から、合計七つの棺桶が出現した。

 それと同時に、ドミニクの右手の痣も淡く光っている。

 

「ナンバーⅩⅤ『七人の咎人(デビルズ・セブン)』」

 

 棺桶は全て、ドミニクの魔人体であった。

 

「人型じゃない魔人体……ていうか七つもあるなんてズルくない!?」

「そういう能力者もいるってことだ」

 

 ドミニクが手を挙げると、棺桶の一つが開き、中から一本の剣を取り出した。

 

「さぁ、始めようか」

 

 開始の合図と共に駆け出し、距離を縮めてくるドミニク。

 ノートは咄嗟にスキルを発動して、両手の平を前方に突き出した。

 

「うわぁ!?」

 

 凄まじいスピードで振り下ろされる剣。

 それを上手く弾き返すノート。

 その後もドミニクは隙を与えない猛攻を続ける。

 

「嘘だろ、反動が手に伝わってくる」

 

 剣の衝撃が、スキルを貫通してノートの手に伝わってくる。

 今までに無かった経験。それはドミニクという男の強さも表していた。

 

「(そういえばドミニクさんが例外もあるとか言ってたけど、こういうことだったのか)」

 

 アルカナホルダーでありながら剣技の才能がある。

 それがドミニクの言っていた例外だ。

 想像以上の強敵を前に、ノートの心が焦りを見せる。

 だが次の瞬間、僅かに手の力を緩めたドミニクは、後方に剣を弾き飛ばされてしまった。

 

「隙ができた!?」

「だと思うか?」

 

 間髪入れずにドミニクの影から棺桶型の魔人体が出現する。

 棺桶の蓋が開き、ドミニクは中から槍を取り出した。

 

「武器変更だ」

「うそー!?」

 

 高速の突きを繰り出してくるドミニク。

 まさか槍術まで扱えるとは。

 ノートは必死にその動きを読んで、弾き返そうとする。

 だが攻撃の速度が早すぎて、ノートは数発掠ってしまった。

 

「痛ッ!」

 

 薄皮が破け、血が滲む。

 それを見てもドミニクは攻撃を続ける。

 

「いちいち当てにいくのが面倒なら!」

 

 ノートは両手の平に力を込めて、スキルの出力を上げる。

 すると有効範囲が広がり、ノートの前半身を覆うほどの反発領域が展開された。

 

「ほう。そう解決してきたか」

「これなら方向を間違えない限り大丈夫です!」

「ならこっちも手段を変えよう」

 

 ドミニクが槍を捨てると、再び出現する棺桶。

 開いたそれからドミニクが取り出したものは、予想外の武器であった。

 

「ブーメラン?」

「そういうことだ!」

 

 ドミニクは力一杯ブーメランを投擲する。

 が、ノートには当たらない。

 一瞬油断仕掛けるノートだが、すぐにブーメランの特性を思い出した。

 

「後ろかッ!」

 

 ターンしてきたブーメランが、背面に襲いかかる。

 ノートはすかさず身体を捻り、ブーメランを弾いた。

 だがそれすらもドミニクの計算の内。

 

「背中がお留守だぜ!」

 

 棺桶から新たに取り出した短剣を構えて、ドミニクはノートに襲いかかる。

 それに気づいたノートは、右手だけを方向転換し、ドミニクの攻撃を弾いた。

 

「あっぶねー」

「これを止めたのは上出来だな。だがこんなもんじゃ終わらないぞ」

 

 大きく跳ねて後退するドミニク。

 その隣には既に棺桶が出現していた。

 

「これならどうだ?」

 

 棺桶から取り出したのは二振りの大型ブーメラン。

 ドミニクは何の苦も無く、それらを投擲する。

 

「二つ同時でも!」

 

 距離を見計り、ノートはブーメランに対して手を突き出す。

 するとブーメランは、いとも簡単に弾かれて、後方の木へと激突した。

 

「よし!」

 

――弾ッ!――

 

 ブーメランを防いで喜ぶのもつかの間。

 一発の銃声と共に、ノート頬に痛みが走った。

 

 視界の先には、マスケット銃を構えたドミニクの姿がある。

 

「珍しいだろ。こういう武器も出せるんだ」

「銃とか嘘だろ!」

 

 驚くノートを気にも留めず、ドミニクは次のマスケット銃を棺桶から取り出す。

 すかさず彼はノートに銃口を向けた。

 

――弾ッ!――

 

「ヒィ!」

 

 情けない声を上げながら逃げるノート。

 必死に走っているおかげで、銃弾にはあたらない。

 しかし後方で銃弾が木を抉る音が聞こえてくるので、それがノートの恐怖心を駆り立てた。

 

「なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ」

 

 しかし妙案は浮かばない。

 その間にもドミニクはマスケット銃を次々に召喚しては、ノートに向けて撃ってきた。

 

「マスケット銃、マスケット銃……そうだ!」

 

 ノートは覚えている限りのマスケット銃に関する知識を引っ張り出す。

 マスケット銃は単発式で連射はできない。

 ならば広範囲への攻撃は苦手な筈だ。

 

「木の影に隠れて隙を作って」

 

 ノートは咄嗟に木の影に隠れる。

 その間もドミニクの銃撃は続いたが、関係ない。

 

「マルクさんとの模擬戦でやった技だ」

 

 ノートは地面を弾いて飛翔した後、木々を弾いて森の中を高速移動し始めた。

 

「ほう、マルクとの時に使ったやつか」

「これなら銃弾も当てにくいはずです!」

「じゃあ武器変更だ」

 

 そう言うとドミニクは手に持っていたマスケット銃を投げ捨て、棺桶型の魔人体を召喚する。

 そして彼が次に召喚した武器を見て、ノートは度肝を抜かれた。

 

「こういう武器は見たことあるか?」

 

 それは円を描くように複数の砲門が並んだ、大型の重火器。

 

「ガ、ガトリングー!?」

 

 いかにも重そうなガトリングを、ドミニクは軽々と方向転換させる。

 そしてためらう事なく、その引き金を引いた。

 

――弾弾弾弾弾弾ッッッ!!!――

 

「どわぁぁぁ!?」

 

 弾幕が形成され、跳ぶどころでは無くなったノート。

 彼は咄嗟に両手をガトリングに向けて付きだし、その身を守った。

 だが代償として、数メートルの高さから落下することとなる。

 

「ぎゃすッ! 痛ったー」

 

 尻から落ちて痛みに悶えるノート。

 だがそこが隙であった。

 ノートが我に返った時には、既に大型のブーメランが眼前に迫っていた。

 

「(あっ、終わった)」

 

 自身の死を確信しつつも、火事場の力で手を前に出す。

 その瞬間、ノートの前に巨大な岩の腕が出現した。

 

――バキン!――

 

 岩の腕によって、大型のブーメランが弾かれてしまう。

 それを見たドミニクは嬉しそうに口角を上げた。

 

「ほう、それがお前の魔人体か」

「また……出た」

 

 自分の身体から出現している岩の腕を注視するノート。

 だが今回も、数秒足らずで消えてしまった。

 

「ノート、今の感覚を忘れるな」

「今の……魔人体が出た感覚」

「そうだ。それを支配して、俺を攻撃してこい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ノートは言い知れぬ恐怖を感じた。

 変わる事の恐怖、力を使う事の恐怖、そして人間を攻撃する恐怖。

 それらが重なって、ノートに魔人体を使う意志は消し去られた。

 

「お、俺は……」

「さぁ、続けるぞ!」

 

 ドミニクは棺桶から、今度は刀を取り出した。

 刀を構えて、ノートに斬りかかる。

 

「ッ!」

 

 即座にノートは右手を前に出して、攻撃を弾く。

 当然魔人体は出てこない。

 一方のドミニクは、ノートから魔人体を引き出そうと攻撃を苛烈化させていった。

 

「どうした! 防ぐだけじゃ勝負にならないぞ!」

 

 発破をかけようとしてくるが、ノートの心に響かない。

 それはそれとして、ドミニクが繰り出す本気の攻撃を受ければ致命傷になる。

 結果的にノートは防御に徹するしかなかったのだ。

 

「(ここは一旦逃げないと)」

 

 完全に恐怖に飲み込まれたノートに、反撃の意思は無かった。

 右手は継続して防御に使う、その隙にノートは左手で地面を弾いた。

 マルクとの模擬戦でも使った、地表の高速移動である。

 

「避けたか」

 

 ひとまずドミニクから距離を取れたノート。

 このまま止まっていても、銃の的になるだけだ。

 とにかく今は錯乱させよう。

 そう考えた矢先、ノートの思惑は破られてしまった。

 

「ッ!? なんだこれ!?」

 

 突如として現れた鎖に、ノートの足が絡めとられる。

 鎖を辿って視線を動かすと、蓋の開いた棺桶から鎖が伸びていた。

 

「拘束用の武器もあるんだよ」

「……冗談じゃない」

 

 ノートは必死にもがいて鎖から逃れようとする。

 だがその隙にドミニクは、棺桶から一本の短剣を取り出した。

 

「終わらせるぞ」

 

 一気に距離を詰めにかかるドミニク。

 ノートは短剣から身を護るように手を伸ばそうとするも。

 

「ッ! 後ろ!?」

 

 風を切る音が耳に入る。

 振り返ると、大型のブーメランが近くに迫っていた。

 

「ブーメラン。いつの間に!?」

 

 距離的にブーメランが来る方が早い。

 ノートは咄嗟にブーメランを弾く。

 だがその一瞬の隙に、ドミニクに蹴り倒されてしまった。

 

「チェックメイトだ」

 

 喉元に短剣を突きつけられたノート。

 完敗である。

 ノートが完全に戦意を失うと同時に、足を縛っていた鎖も消滅した。

 

「ノート、お前なんで魔人体を出さなかった」

「……それは」

 

 上手く言葉にできなかった。

 正直に言ってしまえば、軽蔑されると思ったからだ。

 だがドミニクには全て見通されていた。

 

「何に怖がってるんだ」

「ッ!?」

「戦っている最中も顔を見ていた。お前、魔人体が一瞬出てからずっと何かに怖がっていただろ」

「……俺は」

「ノート、お前は何を怖がっているんだ?」

 

 短剣を消して、問うドミニク。

 きっと逃れられない。

 観念したノートは、ゆっくりと語り始めた。

 

「力……」

「は?」

「力を持つ事が、怖いんです」



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第十九話:怖いもの

「力を持つこと……また妙なもんを怖がってるな」

「そうですよね。変ですよね」

「何かあったのか?」

 

 それを聞かれた瞬間、ノートの頭には過去の嫌な記憶が蘇る。

 だがこれを話さなければ、先に進めない。

 ノートは溢れ出そうになる嫌悪感を抑えながら、話し始めた。

 

「力に飲まれて、変わってしまうのが怖いんです」

「ほう」

「レオ。俺が前に所属していたパーティーのリーダーがそうだったんです」

「お前を追放した奴か」

「はい」

 

 ノートはレオと出会った当初の事を思い出す。

 

「レオは、今でこそBランクパーティーのリーダーを勤めてます。剣技にも魔法にも長けている、期待の新人なんて言われてます」

「優秀なんだな」

「最初はそんなことなかったんですよ。俺がレオと出会ってすぐの頃、レオは剣も魔法もそれほど強くなかったんです」

「まぁ誰でも最初はそうだろう」

「村を出て彷徨っていた俺は、偶然レオと出会ってパーティーを組んだんです。帰る場所がない者同士、生き残るために」

「仲は良かったんだな」

「途中まではです。雑魚なりに頑張ってその日を生きていたんですけど、ある日突然レオの魔法の才能が目覚めたんです」

 

 その日の事を、ノートは鮮明に覚えている。

 格上の大型モンスターと遭遇し、絶体絶命に陥った時だ。

 レオは今まで見た事ないような、強大な魔法を繰り出したのだ。

 高位の魔法を受けたモンスターはそのまま絶命。

 レオは自身の中に眠っていた魔法の才に震えていた。

 

「それが切っ掛けだったのかは分かりません。それからすぐ後に、レオは剣の才能にも目覚めました」

 

 そこからのレオは、まるで物語の主人公のような快進撃を見せていった。

 剣と魔法の才がある冒険者として、様々なクエストをこなしていった。

 ある時は強大なモンスターを狩り、ある時は危険地帯へ薬草の採取。

 またある時は傭兵代わりに盗賊を討伐しにいった。

 

「気づいた時には仲間も増えていたんです。才能の塊であるレオを囲むように」

「まぁ新規精鋭の冒険者にゃ、よく聞く話だな」

「そのあたりからです。レオが変わっていったのは」

 

 最初は、金遣いが荒くなった。

 次は、他者への態度が尊大になった。

 自分の力過信するようにもなった。

 ノートがそれとなく咎めても、彼は聞く耳を持たなかった。

 そして、ノートを蔑むようになった。

 

「なるほどな。強大な力を手に入れて、自分の器を認識できなくなったってことか」

「そういうことです」

「だけどまだ、何かあっただろ?」

「……はい」

 

 見抜かれていた。

 ノートは素直に、最も辛い記憶を引き出す。

 

「ある日、レオが依頼を受けてきたんです。遠方の村に巣食っていた盗賊の討伐依頼」

「たまにギルドに出る傭兵系の依頼か」

「討伐とはいっても追い出せばそれで終わりの依頼だったんです……だけどレオは、それで終わらせようとしなかった」

 

 脳裏に再生されるのは、盗賊達の悲鳴と、あちこちに舞う血飛沫。

 

「レオは……盗賊を皆殺しにしようとしたんです」

「……マジか」

「確かにあの盗賊達は悪人ですよ。でも、わざと拷問染みた方法で殺さなくてもいいじゃないですか!」

「殺しを楽しんでいた……もしくは自分の正義に呑まれたか」

「後者だと思います。せめてそう信じたい……」

 

 突然の苛烈な行動に、当時のノートは絶句した。

 舞う血飛沫と悲鳴。それらに重なって聞こえたのは、レオ達パーティーの喜々。

 まるでそれは、悪を罰する事を喜んでいるようだった。

 その狂気を目の当たりにして、ノートは強い恐怖を覚えたのだ。

 

「我に返った時には、どっちが悪人かわからない惨状でした。盗賊は必死に村から逃げようとしていたんですけど、レオ達はそれを許さず、問答無用で攻撃を加えました」

「酷いな、それは」

「そのすぐ後です。盗賊の中に子供が二人いたんですよ」

「親が盗賊の子供か」

「多分そうです。その子達が、レオに見つかったんです」

 

 ドミニクの顔が険しくなる。

 この先の展開を予測してしまったのだ。

 

「子供は、どうなったんだ」

「親が殺されて、酷く怯えてました。動けなくなっていたところを、レオに見つかったんです。あいつは当然のように魔法でその子達を殺そうとしたんです」

 

 その光景が目に入った瞬間、ノートの身体は自然に動いた。

 今まさに魔法を解き放とうとしたレオの身体を、スキルで弾き飛ばしたのだ。

 

『逃げろ! 早く!』

『ノートぉ、テメー!』

 

 ノートが作ったチャンスを使って、子供達は村から逃げる事ができた。

 だが代償として、ノートはレオから報復を受ける事となった。

 

「その後は酷いもんでしたよ。死なない程度に魔法と木剣でボコボコにされました」

「ノート、お前後悔はしたか?」

「……してないです」

「そうか」

「それからですね。俺、力を持つ事が怖くなったんです」

 

 「力」が人を変えてしまう。

 「力」が人を残酷にさせる。

 ならば自分は「力」なんて必要ない。

 だがそれでもなお、「力」は自分の中で育ってしまう。

 それが怖くて仕方ないのだ。

 

「変わることが怖い。人を傷つけるころが怖い。だから力を恐れているのか」

「……はい」

「なるほどな」

 

 事情を理解したドミニクは、一度ノートから離れる。

 解放されたノートは、弱々しく身体を起こした。

 

「マルクが言っていた通り、お前は甘ちゃんだ」

「そうですね」

「だけどな。誰よりも人間らしさを持っている」

 

 意外な言葉が飛んできて、思わずノートは顔を上げた。

 

「攻撃するだけなら誰にだってできる。それこそ人じゃなくて獣やモンスターにだってな。だけどな、守るって行動をするのは思っている以上に難しいんだ」

「守ったのは、結果的にですよ」

「それでもだ。どうしても譲れないものがあったんだろ。だからお前は動いたんだ。それは、すごく人間らしい行動だと思うぞ」

 

 ずっと否定され続けた自身の行動を始めて肯定され、ノートは何とも言えない気持ちになる。

 

「ノートもライカと同じタイプだな」

「ライカと?」

「アイツもな、優しすぎるせいでアルカナを使いこなせてないんだ」

「あのバリアは相当強力だとおもうんですけど」

「違う。ライカのバリアはメインの能力じゃない」

 

 突然告げられた事実に、ノートは驚愕する。

 あの高ランクモンスターの攻撃を防ぎ切ったバリアが、メイン能力ではないとは。

 

「ライカの本来の能力は、悪を断つことにある」

「悪を断つ?」

「魔人体が持っているレイピア。あれはな、能力者であるライカ自身が「悪」であると認定した存在だけを斬ることができるんだ」

「なんですかそれ。それじゃあライカの主観で」

「そうだ。主観で「悪」と認めた瞬間にアルカナの餌食にできる。だがアイツはそれをしない……いや、できないんだ」

「できない?」

「ノート。お前から見て、ライカは自分の主観で正義を執行するような性格に見えるか?」

 

 ノートは首を横に振る。

 とても彼女がそのような性格には思えなかったのだ。

 

「そういうことだ。ライカは強力なアルカナを持っている割に優しすぎる。それこそ、攻撃手段が無くなってしまうくらいにな」

「(そういえば、初めて会った時も攻撃手段はないって)」

「お前はそれと同じだ。根が優しすぎる」

「……すみません」

「アルカナは、所有者の深層心理が大きく影響するとも言われている。きっとお前の魔人体も、お前自身が否定しているから出ないんだろ」

 

 ドミニクはしゃがみ込んで、ノートに目線を合わせる。

 

「忘れるなよノート。何かを傷つけるだけが「力」じゃない。守るのも立派な「力」だ」

「それは……わかってますよ」

「じゃあ言い方を変えよう。防御したり、回避したりするだけが守ることじゃない」

「えっ」

「攻撃は最大の防御。時には攻めることが守ることにも繋がる」

「攻めを、守りに」

「お前がライカと出会った時にもそうした筈だ。デビルボアを倒しただろ?」

 

 そう言われてノートは思い出した。

 デビルボアからライカを助ける為に、攻撃を仕掛けた事を。

 

「お前も冒険者の端くれなら、その時の状況を見極めろ。むやみやたらに「力」を使う必要はない。必要な時に、必要な分だけ使えばいいんだ」

「……俺に、できるのかな」

「できるように修業をつけるのが、俺の役目だ。安心しろ」

「ちょっと厳しすぎる気もするんですが」

「こういうのは厳しい程、成長が早くなるって相場は決まってるんだ」

 

 「それにな」とドミニクは続ける。

 

「安心しろ。万が一お前が「力」に呑まれそうになったら、俺達が全力で止めてやる」

「ドミニクさん」

「だから俺達を信じろ。もうお前は、ウチのパーティーの仲間なんだ」

 

 リーダー直々に、仲間と明言してもらう。

 それだけでノートは嬉しかった。

 本当に信頼してもらえている。

 そう実感できたのだ。

 

「そう、ですね……それなら」

 

 ノートは立ち上がり、ドミニクを見る。

 

「もしもの時は、お願いします」

「任せろ。手段を問わず止めてやる」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 額に汗を流すノート。

 彼は一瞬、ドミニクが本気で狩人の目をしていた事を見逃さなかった。

 

「それじゃあ、修業の続きするか」

「えっ!? まだやるんですか!?」

「たりめーだろ。お前が魔人体を出せるようになるまで、みっちり付き合ってやるからな」

 

 そう言うとドミニクは再び、七つの棺桶型魔人体を出現させた。

 

「安心しろ。死なない程度には手加減してやる」

「せめて怪我しない程度にしてくださーい!」

 

 そして森に鳴り響く銃声と叫び声。

 結局二人は、夕暮れまで模擬戦をするのだった。



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第二十話:信頼

 夢を見る。

 舞台は以前と同じく、どこかの学校の屋上。

 ノートはそこに一人で佇む。

 

 鉛色の空の下で一人ぼっちなのは、強い孤独感を覚える。

 だが今日はそれだけなので、まだマシだ。

 

 俯かせていた顔を上げる。

 ノートの目の前には、影から出現している巨大な像があった。

 黒い靄がかかっており、全貌は分からない。

 だがその腕だけは認識できた。

 ゴツゴツとした岩でできた腕だ。

 

「(俺の、魔人体)」

『力と向き合え』

「……どうすればいいのか、わかんない」

『己と向き合え』

「俺自身?」

『我は汝より生まれし存在。我は汝に送られたギフト』

「ギフト……贈り物?」

『我が力は人を越えし力。汝が恐れる力』

 

 人を越える「力」、それはノートが恐れるもの。

 過ぎたる「力」は人を変えてしまう。

 

「俺は、そんな力が欲しいなんて思ってない」

『汝は与えられたのだ。「■■」に近づく力を』

 

 一部の声に雑音が入って聞こえない。

 だがそれ以上に、ノートは相手が無責任なものだと思った。

 欲してもいない「力」を押し付けて、勝手に向き合えと言う。

 

「そんな力、要らない!」

『力……己から目を背けるのか』

「違う! 俺は――」

 

 瞬間、ノートの足元にひびが走り、コンクリートが砕け始めた。

 同時にノートも立っていられなくなる。

 

『恐怖を乗り越えろ。力と向き合え』

「お、俺は……」

『我を掴んで、支配してみせろ!』

 

 ひび割れた屋上に倒れ込むノート。

 その上から、立ち上がれない程凄まじい「力」がかけられる。

 

『我は力……純然たる力』

 

 潰される。潰される。

 魔人体の持つ力の一端を感じ取り、ノートは更なる恐れを抱いた。

 

『我をどう使うかは、汝次第だ』

「俺……次第?」

『我を欲するなら、名を叫べ』

 

 力はどんどん強くなる。

 それに連動するように、像も大きくなっていった。

 

『我が名は――』

 

 像が名乗ろうとした瞬間、屋上は砕け散った。

 ノートはそのまま深い闇の中へと転落。

 強制的に夢から覚める事となった。

 

 

 

 

「酷い夢だった」

 

 ベッドから起き上がったノートの気分は最悪だった。

 寝汗も酷く、筋肉痛まである。

 

「ドミニクさん、本当に手加減しないんだからさー」

 

 結局昨日は夕暮れまで修業する事となり、終わる頃にはノートはボロボロ。

 全身傷だらけで本拠地に帰って来た時は、カリーナに驚かれた。

 そして無茶な修業をさせたドミニクはカリーナに叱られた。

 

「結局、魔人体は出ず、か……」

 

 自身の右手を見ながらノートはぼやく。

 拒絶しているのは自分自身だとは理解している。

 だが今のノートには、ドミニクの期待に応えたいという思いもあった。

 

「(恐怖を乗り越えろ、か……)」

 

 夢の中でも言われた言葉を反芻する。

 必要なのは何か切っ掛けだろう。

 「力」に対する恐怖、これを乗り越える何かだ。

 

「力の使い方……まだよくわかんないな」

 

 幸い時間はある、自分のペースで考えよう。

 ノートはベッドから降り、一階の食堂へと向かった。

 

 

 朝の食堂だが、まだ誰もいない。

 どうやら今日も早く起きてしまったようだ。

 今日は食事当番では無いので、ノートはキッチンをスルー。

 玄関を開け、投げ込まれていた新聞を回収する。

 いつもドミニクやカリーナが読んでいるものだ。

 

「……俺も読んだ方がいいのかな?」

 

 仮にも冒険者の端くれなのだ。

 情報収集くらい出来なくてはならない。

 ノートは意気込んで新聞を広げる、が。

 

「そうだった。俺文字読めないんだった」

 

 生まれてすぐに会話は分かったのだが、生まれの事情もあって読み書きの教育は受けられなかったのだ。

 せめて読み書き能力くらい転生特典で欲しかった。

 ノートは少し涙目になりながら、そう考えていた。

 

「おはようございますです。あれ、ノート君新聞を読んでるですか?」

「違うよライカ。文字も読めないのに新聞を広げてしまったバカだよ」

「ノート君文字読めないですか?」

 

 純然たる疑問をぶつけられて、ノートの心に深く突き刺さる。

 そして涙目になっていると、ライカは此方に近づいてきて、新聞を覗き込んだ。

 

「ノート君、どの文字なら読めますか?」

「……全部わかりません」

「じゃあまずは文字のお勉強からですね」

 

 「少し待っててください」と言って、ライカは二回へ駆けあがっていく。

 そして数分後、数冊の本を抱えたライカが戻ってきた。

 

「まずは恥ずかしがらずに、こういうのからお勉強するのです」

「絵本?」

「はいです。私が昔カリーナさんに文字を教わった時に使った本なのです」

 

 そういうとライカは、テーブルに絵本を広げはじめた。

 

「最初はどれがいいでしょう……」

「もしかしてライカ、教えてくれるの?」

「もちろんです。あっ、もしかして嫌でしたか?」

「まさかそんな。文字を教えて貰えるなんて願ってもなかったよ」

 

 実の所、文字の読み書きはほとんど諦めていたノート。

 まさか教えて貰える事になるとは思ってもいなかった。

 ノートは静かに歓喜に打ち震える。

 

「じゃあ最初はこれですね『よいこのモンスターずかん』」

「ファンシーな絵柄に物騒な内容」

 

 可愛らしいイラストで騙されそうになるが、どう見ても危険なモンスター達が表紙になっている。

 だが文字を学べるなら何でもいい。

 ノートはライカが開いた本を覗き込んだ。

 

「あー、いー、うー、えー」

「(この世界の文字って五十音だったんだ)」

 

 本の最初についていた文字表を、指さしながら音読するライカ。

 それは日本語のひらがなに近かった。

 

「これが基本文字なのです」

「基本文字?」

「新聞を読もうとすると、これより難しい古代文字や魔法文字も覚えないとなんです」

「先が長いなぁ」

 

 だが基礎を覚えるだけでも大きな前進だ。

 ノートはライカ先生の授業に、熱心に耳を傾ける。

 長らく忘れていた、学ぶ楽しさを思い出したような感じもした。

 

「それではノート君、問題なのです。これは何と読むでしょう」

「えーっと……ど、ら。ドラゴン?」

「正解なのです」

「よしっ!」

 

 少しだけだが基本文字を覚えたノート。

 モンスターの絵も合わさって、何体かは読めるようになった。

 そんな感じでライカの読み書き講座は続いていく。

 

 ふと横を見ると、楽しそうなライカの顔があった。

 彼女は自分と違い、魔人体を使役している。

 ノートは色々と聞きたい事が湧いてきた。

 

「そしてこれが――ノート君、どうしたですか?」

「えっと、その」

「なにか質問があるですか?」

「……うん」

「なんでも聞いてくださいなのです!」

 

 胸をポンと叩いてドヤ顔を晒すライカ。

 ノートは少し悪いと思いながらも、それを聞いた。

 

「ライカはさ、魔人体を出せるだろ」

「はい。出せます」

「その、怖くなかったのかなって」

 

 ノートの質問の意図がわからず、ライカはキョトンとした顔になる。

 

「ある日突然強い力を持つ事とか、自分が変わってしまうこととか……怖くなかったのかなって思ってさ」

「……怖くないと言ったら、嘘になるです」

 

 ライカは自分の右手に視線を落とす。

 

「私の『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』は、とても強い力なのです。使い方を間違えたら、誰でも殺せてしまうくらいに」

「うん。ドミニクさんに聞いた」

「私は、人を傷つけるのがすごく怖いのです。人だけじゃなくて、モンスターの命を奪うことにも抵抗があるです。おかしいですよね、私冒険者なのに……」

「ライカ」

「自分でモンスターを殺せないんです。すごく可哀想だなって思ってしまって」

「……優しいんだな、ライカは」

「あはは、ドミニクさんやカリーナさんにも同じことを言われたです」

 

 「でも……」とライカは続ける。

 

「このままじゃダメだって、わかってはいるんです。でもあと一歩を中々踏み出せないです」

「そっか……だからドミニクさん、俺とライカは同じタイプって言ったのか」

「そうなんですか?」

「俺も、人を攻撃するのが怖いんだ」

 

 ノートはドミニクに話した内容と同じ事を、ライカに話した。

 

「そんなことがあったですか」

「情けないだろ」

「私は、間違ってないと思います。もしも私がノート君と同じ立場でも、そうしたと思います」

「……ありがとう」

 

 ノートは少しだけ肩の荷が軽くなるのを感じた。

 

「でも私、ノート君が踏み出さなきゃいけない一歩は分かった気がしますです」

「本当に?」

「はい。ノート君はもう少しだけ、私達を信頼するべきだと思うのです!」

 

 信頼する。それはノートにとってこの上なく妙なものに思えた。

 

「ドミニクさんも言っていたと思います。万が一のことがあっても、俺が止めてやるって」

「……言ってた」

「そういうことです。もしもノート君がアルカナの「力」に呑まれそうになっても、私達が止めてみせるのです! だから――」

 

 ライカはノートの両手を握る。

 

「ノート君は、思う存分に本領発揮してください。背中は私達に任せて欲しいのです」

「ライカ……」

「その代わりと言ってはなんですが。もしも私が暴走しそうになったら、ノート君が止めてくださいなのです」

 

 舌を少し出して、恥ずかしそうに告げるライカ。

 ノートはそれを見て、彼女の力にはなりたいと感じていた。

 

「わかった。俺にできることなら、絶対に止めてみせる」

「はい。約束なのです」

 

 小指を差し出すライカ。

 ノートはそれに応えて、指切りをする。

 

 そんあ事をしていると、二階から起きてきたパーティーの面々が下りて来た。

 

「あっ、みなさん起きてきたですね」

「今日の勉強はここまでか」

「続きはお昼になのです」

「やったぁ」

 

 朝食後にも勉強に付き合ってくれると聞いて、ノートは素直に喜んだ。

 

「ヒャーハー! 今日の朝飯当番は誰だァ?」

「アタシよ。少し待ってなさい」

「あらライカ。絵本を読んでたの?」

「タイスさん。これはノート君のお勉強なのです」

「そういう訳です」

「そうなの。難しい文字があったら私にも聞きなさい。仮にも私は学者よ」

 

 タイスにも読み書きを教えて貰えそうなので、ノートは更に喜ぶ。

 これで新聞を読めるようになれば、パーティーにも貢献できそうだ。

 

「ふわぁ……おはよう皆の衆」

「ドミニクさん、おはようございます」

「おはようノート。どうだ調子は?」

「筋肉痛が酷いです」

「そうか最高か」

 

 人の話を聞かないリーダーである。

 だがそんな何気ないやり取りが、ノートの心を温める。

 

「(信頼か……この人達なら、俺……)」

 

 本当に信頼できるかもしれない。

 気がつけばノートの心から、微かに恐怖心が消えている気がした。



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第二十一話:無能者じゃない

 『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』に入ってしばらく経過したノート。

 日々のパーティーメンバーとの交流もあって、流石に気持ちも馴染んできた。

 ドミニクとの修行もまだまだ続いている。

 まだ完全に恐怖は拭えていないが、ノートは以前より前向きになれていた。

 

 とはいえ、毎日修行では身が持たない。

 今日は休養も兼ねた軽い仕事である。

 

「ノート君、ありがとうございますです」

「いいよこのくらいの荷物持ち。楽ちん楽ちん」

 

 アインスシティの中を歩くノートとライカ。

 今日は二人で諸々の買い出しである。

 とは言っても、ノート荷物持ちであるが。

 

「日用品はこれで全部ですね。あとは食料品です」

「臭み消しになる香味野菜を買わなきゃな」

「デビルボアのお肉、まだ残ってますもんね〜」

「流石にそろそろ飽きてきた」

「そうですねぇ」

 

 ここ最近の食卓はデビルボアの肉によるフルコースである。

 ノートが色々工夫しているとはいえ、何日も続いては流石に飽きるというものだ。

 

「味噌が作れたらもっとバリエーション増えるんだけどなぁ」

「みそ?」

「あぁ、気にしないで」

 

 残念ながら味噌の無い世界なのだ。

 元日本人として、それだけは嘆かずにいられないノートであった。

 

「ん? あれなんだ?」

 

 買い物の途中、二人は妙な人だかり遭遇した。

 人々が集まっているのは街の冒険者ギルドである。

 

「誰か大物でも狩ってきたのか?」

「多分ダンジョンですよ」

「ダンジョン?」

「はい。昨日北の方で新しいダンジョンが出現したそうです。カリーナさんが新聞読んで大騒ぎしてました」

「そういえばそうだった」

 

 この世界のダンジョンは前兆など無く、ある日突然出現する。

 ダンジョンの中には希少なモンスターや鉱石などが山のようにあるので、冒険者達からすれば宝の山だ。

 とはいえ最深部のボスモンスターを倒せば消えてしまう事もあって、早いもの勝ちでもある。

 

「(何度聞いても、ダンジョンが生えてくる世界観には慣れないな)」

 

 ギルドに集まっているのは、我先とダンジョンに挑もうとしている冒険者達だろう。

 ここで攻略でもすれば、名も上がるというものだ。

 

「まぁ、今の私達にはあまり関係のない話ですね」

「だな……でもドミニクさんなら、修行だとかいってダンジョンに放り投げてきそう」

「……否定はできませんね」

 

 元々破天荒な気があるドミニクだ。

 本拠地に戻っ瞬間「ダンジョンに行ってこい」なんて言ってきても不思議ではない。

 その光景を容易に想像できた二人は、何とも言えない表情になった。

 

「でもカリーナさんは行くかも知れませんね。稼ぎ時だーって言って」

「あぁ……なんかわかるかも」

 

 まだ付き合いの短いノートだが、カリーナが金勘定に厳しい性格なのは何となく察していた。

 

「にしてもスゴい人の数。道ほとんど塞がってるじゃん」

「そうですね。回り道します?」

 

 その方が賢明だろう。

 ノートはライカに案内されながら、回り道に向かおうとする。

 その時であった、人混みの奥から見覚えのある人影が出てきた。

 

「(あれは……)」

 

 間違える筈がない。

 正直当分は顔を合わせたく無かった人物。

 ノートを追放した前パーティーリーダー、レオがいた。

 

「ノート君、どうしたですか?」

「なんでもない。早く行こう」

 

 顔を隠すようにフード被ろうとするノート。

 アイツに見つかると面倒だ。

 だが当のレオは簡単にノートを見つけてしまったようだ。

 ニヤついた表情で、こちらに近づいてくる。

 

「よぉノート。お前生きてたんだな」

「ノート君、知り合いですか?」

「……一応」

 

 見つかっては仕方がないと、ノートはフードを被る事をやめる。

 

「なんだお前、何処かに拾って貰ったのか? 俺はてっきりもう野垂れ死んでるかと思ったぞ」

「色々縁があったんだ」

「縁ねぇ。次の寄生先の間違いじゃないのか?」

 

 ノートは思わず歯を食いしばる。

 だが否定できなかった。

 ノートの中には、未だ自分が無能者だというレッテルが張り付いているのだ。

 

 するとレオの後ろから、一人の少女が姿を現した。

 

「ちょっとレオ、一人で行かないで……うわ、噓でしょ。コイツまだ生きてたの」

 

 レオのパーティーメンバー。魔法使いのリタであった。

 ノートが追放される時に、罵声を浴びせてきた一人である。

 

「そうらしいねリタ。生き意地が汚いと言うべきか」

「まさかまた顔を見ることになるとはね。最悪よ」

 

 道に落ちている犬の糞でも見る様な目で、リタはノートを睨みつける。

 一方のレオは、興味深そうにライカを見ていた。

 

「ねぇ君。もしかしてコイツの同僚かなにか?」

「……はい、同じパーティーを組んでます」

「パーティー!? それは止めておいた方がいいよ。コイツ黙ってるかもしれないけどさ、魔法も剣もてんでダメ、魔道具すらろくに使えない無能者なんだぞ」

「そういうことよ。悪いことは言わないから離れておきなさい」

 

 さも親切心からの言葉であるかのように、レオとリタは話す。

 だがその本心は、ただ単純にノートを傷つたいだけであった。

 それを察したノートは、酷く気持ちの悪いものを感じる。

 しかしそれ以上に、ライカに絡んでくる事が我慢ならなかった。

 

「無能者がいても迷惑なだけだ。さっさと切り捨てた方が身のため」

「嫌です」

「……なんだって?」

「ノート君は、私達の大切な仲間です」

 

 ノートが行動するよりも早く、ライカが言い返した。

 予想外の事態に、ノートは驚く。

 それはレオとリタも同じだった。

 

「剣と魔法が仕えなくても戦える。ノート君は立派な冒険者なのです」

「戦える? あの雑魚スキルの事を言ってるのかしら?」

「雑魚なんかじゃないです。ノート君の立派な武器なのです」

「攻撃を弾くくらいなら誰でもできるわ」

「そうだとしても、ノート君を否定する理由にはならないです。ノート君は自分ハンデを理解して、その上で頑張ってるです!」

「無能がいくら頑張っても無駄なのよ。無能者はそれらしく、卑しく乞食でもしていればいいのよ」

「……違います」

 

 リタの言葉を聞いて、小さく震えるライカ。

 そして、爆発した。

 

「ノート君は、無能なんかじゃないです!」

「は? 何言ってるの?」

「ノート君は、ずっと変わろうと頑張ってるのです! 弱い自分をなんとかしようと必死に頑張ってるのです!」

「それが無駄だって言ってるのよ。才能も何も無いのに馬鹿みたい」

「馬鹿なのは貴方達の方です!」

 

 その叫びに、目つきが変わるリタとレオ。

 それに怯まず、ライカは言葉を続けた。

 

「貴方達、ノート君の前のパーティーの人達ですよね?」

「忌々しいけど、そうね」

「必死頑張ってる仲間を馬鹿にして、無能者だって決めつけて、可能性も探そうとしなかった。そして最後には簡単に追放して……貴方達にとって、仲間ってなんなんですか?」

「決まってる。強さを共有できる関係だ」

「……やっぱり貴方達は馬鹿です」

「なんだと?」

 

 レオの顔つきが険しくなる。

 

「仲間って強いかどうかじゃないのです。辛いことも、悲しいことも、全部一緒に乗り越えようとするのが仲間なのです。私には貴方の言葉はすごく歪んで聞こえるです」

 

 哀れみすら抱くように、ライカは淡々と語る。

 

「私達はノート君を切り捨てようとは思いません。たとえ戦えなくても、ノート君は私達のパーティーに必要な人なのです」

「無能者わざわざ雇うなんて、酔狂なパーティーもあったもんだ」

「ノート君は無能者じゃないです。貴方達が気付けなかっただけで、すごい力を持ってるのです」

「そんなのノートが吹いたホラだろ」

「別に信じてもらわなくていいのです。ただ私が言いたいことは――」

 

 ライカはキッとレオを睨みつける。

 

「ノート君を馬鹿にしたこと、謝ってくださいです」

 

 仲間を馬鹿にされる。それはライカにとって、耐え難い苦痛でもあった。

 静かな怒りが、隣に立つノートにも伝わってくる。

 だが一方で、レオの額には青筋が浮かんでいた。

 

「馬鹿にしただと……馬鹿にしているのはどっちなんだよ……」

「貴方ですよね」

「ふざけるなよ……この(アマ)ァ!」

「ライカ!」

 

 拳を振り上げて、ライカを殴ろうとするレオ。

 ノートは咄嗟に割り込み、スキル発動した。

 

 パァン!

 

 拳はライカに届く事なく、レオは身体ごと大きく弾き返されてしまった。

 

「ノート、テメー!」

「レオ! ライカには手を出すな」

「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって」

 

 レオは腰に携えていた剣に手をかける。

 このままでは街中で戦闘になってしまう。

 ノートがライカを庇うように手を構えようとすると、後方から覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

「おーい。ノートとライカじゃないか。なにやってんだ?」

 

 飄々とした様子で現れたのは、酒瓶を片手に持ったドミニクであった。

 

「ドミニクさん」

「おっ、なんだなんだ喧嘩か?」

「えっと、これはその」

 

 軽いノリでノートに絡んでくるドミニク。

 街中で喧嘩をしそうになっているとは、ノートは口が裂けても言えなかった。

 一方、水を差されたレオはドミニクを睨みつける。

 

「なんだよお前、怪我したく無かったら失せろ」

「おぉ怖い怖い。血気盛んな若者だなぁ、おじさん眩しくてやられちゃいそうだ」

「ふざけてるのか?」

「まさか。ウチのパーティーメンバーが絡まれてるみたいだからな、様子を見にきただけだよ」

 

 ノートライカを引き寄せて、ドミニクはレオ達に視線を向ける。

 

「それよりいいのか? こんな街中で剣なんか抜いたら、ギルドが黙っちゃいないぞ」

「っ!」

「ウチのパーティーメンバーに絡むのはいいが、それなりの覚悟はしてきてるんだろうな?」

「……行くぞ、リタ」

 

 ギャラリーもできて分が悪いと判断したのか、レオは剣を収める。

 そしてリタの手を引き、その場を後にした。

 

 残されたノートは未だ心音が大きくなっていた。

 ひとまず落とした荷物を拾い上げる。

 

「ドミニクさん、ありがとうございますです」

「いいんだよ。ああいう輩は軽くあしらうに限る」

「すみません、俺のせいで」

「気にすんな。これから見返してやればいいんだよ」

 

 ワシワシとノートの頭を撫でながら、ドミニクは語る。

 

「それよりライカ、よく言い返せたな」

「あぅ。少し怖かったので」

「恐怖を乗り越えて仲間を守ったんだ、胸を張れ。ノートよくやった」

「俺ですか?」

「そうだ。よくライカを守ってくれたな」

「……無我夢中だっただけですよ」

「それでもだ。さっきのお前、守るために力を使えたじゃないか。少しは恐怖を克服できたらしいな」

「だといいんですけどね……てかドミニクさんどこから見てたんですか!?」

「ノートがフード被って逃げようとしたところから」

 

 ほぼ最初からである。

 それなら早く助けて欲しかったと、ノートは心の中で零した。

 

「ノート、お前まだ自分が無能者だと思ってるか?」

「……はい」

「なら改めて俺が言ってやろう。お前は無能なんかじゃない」

 

 堂々と断言するドミニク。

 以前とは異なり、その言葉はノートの心に響いていた。

 

「間違いなくお前成長しているんだ。汚名なんかすぐに返上してやりゃあいい」

「俺に、できるのかな」

「安心しろ。お前にその気がなくても、俺が立派に育ててやる」

 

 ドミニクはノートの肩に手を乗せる。

 

「お前はもうウチの仲間なんだ。胸を張れ」

「……はい」

 

 そうだ、今の自分はSランクパーティーの一員なのだ。

 実力はまだまだだが、その肩書きに恥じない人間になりたい。

 ノートは無意識的にそう考えていた。

 

「ところで、ドミニクさんは何をしていたですか?」

「俺か? 俺は休日の昼酒」

「またカリーナさんに怒られますよー」

「……二人とも、このことはカリーナに黙っててくれないか?」

 

 一転して弱々しく頼み込んでくるドミニク。

 恐らく酒臭く帰ってくるので、すぐにカリーナにバレそうだが、二人はその場しのぎ的に頷いた。

 

「じゃあ俺は酒場のハシゴを続けるわ〜。お前らもちゃんと仕事しろよ〜」

「はいです!」

「お酒はほどほどにしてくださいねー!」

「わーってるよ」

 

 人混みを超えて、姿を消すドミニク。

 ノート達はその背中を見届けた。

 

「さぁノート君。私達もお使いを続けましょう」

「……なぁライカ」

「なんですか?」

「俺、このパーティー入って良かったかも」

 

 それは、心の底から出た本音だった。

 こんな自分を受け入れて、仲間として認めてくれる。

 そんな彼らが、気づけばノート中でかけがえのない存在になっていた。

 

 ノートの言葉を聞いたライカは、満面の笑み浮かべた。

 

「えへへ、良かったのです」

「ありがとうなライカ。誘ってくれて」

「はいです!」

 

 そして二人は街の中へと進んでいく。

 先程までの傷はどこへやら、ノートの心はまっすぐとしたものであった。



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第二十二話:愚か者の末路

 レオという少年は、恵まれた人間であると言えるだろう。

 両親は金持ちの商人なので、旅立ちの際には多額の援助も受ける事ができた。

 レオ自身最初は本気で武者修行のつもりでもあった。

 だがある日開花した自身の才能が、レオの中に眠っていた強欲を肥大化させた。

 

 力は冒険者のステータス。

 この力を持ってすれば、なんだって手に入る。

 力は正義。

 剣と魔法の才能が、全てを持ってきてくれる。

 金と名誉、そして女。

 

 レオは全てを手に入れたと思い込んだ。

 そして自分を選ばれた者だと思い込んだ。

 

 自分こそが主人公なのだ。

 異世界転生者であり、強者でもある自分こそが、この世界の主人公なのだ。

 ならば、自身を取り巻く人間は己に選ぶ権利がある。

 何故なら自分は主人公だから。

 

 だからレオは、躊躇いなくノートを切り捨てた。

 自分の物語に弱者は必要ない。

 主人公である自分を華やかに魅せる者だけが残ればいい。

 だから女だけを残した。

 これで物語が華やかになる。

 

 自分だから許される。強者だから許される。

 絶対強者の主人公、これがレオの物語なのだ。

 

 だからレオは……自分を鍛えなかった。

 

 

 

 

 ノート達と一悶着あった翌日。

 レオはパーティーメンバーを連れて、北のダンジョンに来ていた。

 見つかって間もないダンジョンだ、希少な素材など山のように残っている。

 なによりボスモンスターを倒せば、パーティーのランクアップは約束されたようなもの。

 レオ達は最深部を目指してダンジョンを進んでいた。

 

「火炎剣!」

 

 迫り来るダンジョンモンスターを、レオが焼き斬る。

 彼は少し苛立った感じで、ダンジョンモンスターを倒していった。

 

「あれ~、レオなんか機嫌悪くない?」

「昨日のストレスが響いているのですか?」

 

 格闘家の少女メイと、僧侶兼ヒーラーの少女シーラがレオを心配する。

 

「少しだけな。なぁに、あんな無能者いちいち相手にしてたらキリが無い」

 

 仲間の前では強がるレオ。

 だが内心は、醜い苛立ちに支配されていた。

 

「それにしても流石にBランクダンジョンは手強いわね。出てくるモンスターも厄介だわ」

「なぁに大丈夫さリタ。俺達ならボス攻略だってできる」

 

 自信満々にそう言うレオ。彼の中に、自分が失敗するビジョンは存在しなかった。

 それは他の三人も同じ。

 足を引っ張る存在がいなくなった事で、自分達が負ける要因は無くなった。

 もはやパーティーがBランクに昇格するのも時間の問題だろう。

 誰もがその事に疑いを持っていなかった。

 

 そして一行はダンジョンを進む。

 出てくるモンスターは容赦なく倒し、希少な鉱石を見つければ遠慮なく乱獲した。

 それはまるでボーナスステージ。

 宝と名誉が自動的に湧いてくる楽園であった。

 

 小一時間後、レオ達はダンジョンの深層にまで到達していた。

 

「あれー、思ったより浅いダンジョンなんだね」

「そうですね。先行した冒険者の話でも、十五層程度しかなかったそうです」

「それでボスも倒さずに出て来たのー!? もったいないなー」

 

 シーラの話を聞いて、メイはボス攻略にまで行かなかった冒険者を小馬鹿にする。

 層の浅いダンジョンに棲むボスだ、大したことはないだろう。

 この場にいる全員が同じ事を考えていた。

 

「あら、モンスターの気配が無くなってきたわね」

 

 リタの探知魔法からモンスターの反応が消える。

 ボスモンスターが近い証拠だ。

 全員いつでも戦闘に入れるように準備をし、先に進む。

 不気味なほど静かな道中が終わり、一行は大きく広がった場所に到達した。

 

「周りの石は……オリハルコンね」

「ここが最深部でしょうか?」

 

 リタは周囲に生えている魔法鉱石に興味を示し、シーラは周囲を軽く見回す。

 レオとメイも似たようなものであった。

 ここで採れた獲物がどれだけの値になるかばかり考えていた。

 

 故に、自分達に近づく巨大なモンスターの気配に、一瞬気付かなかった。

 

「ッ! きたわよ!」

 

 リタが最初に気付き、仲間に伝える。

 そして、最深部に棲むボスモンスターが姿を現した。

 

「えっ、ちょ、マジで!?」

「何故このような場所にドラゴンが」

 

 それは、巨大な翼と長い尾、そして凶暴な牙を携えるドラゴンであった。

 それもただのドラゴンではない。

 全身がゴツゴツとした岩で覆われた、変異種ドラゴンであった。

 

「レオ、少し不味いかもしれないわ」

「相手が変異種ドラゴンだからか? 大丈夫だろ。俺達ならやれる」

 

 そうだ、今までもそうして成功してきたのだ。

 レオは一寸の迷いもなく、変異ドラゴンに剣を向ける。

 

「こいつを倒して、Bランクパーティーに昇格だ!」

「そうね」

「頑張るよー!」

「はい」

 

 全員が輝かしい未来に向けて意気込んだ、次の瞬間。

 

「ギャオォォォォォォン!」

 

 変異ドラゴンの咆哮がダンジョン内に響き渡る。

 その口には、強大な魔力が集まり始めていた。

 

「させないわよ。ファイア・ボール!」

 

 Bランク相当の火炎魔法を、リタが放つ。

 ここに至る道中にも、モンスターを焼き殺してきた魔法だ。

 しかし……その魔法が変異ドラゴンに効く事はなかった。

 ポスン、と情けない音だけを立てて、火の玉が打ち消される。

 

「うそ、なんで!?」

「おいリタ! もっと本気で撃て!」

「わかってるわよ! ファイア・ボール!」

 

 最大出力で火炎魔法をを撃つリタ。

 しかしそれでさえも、変異ドラゴンの岩肌が打ち消してしまった。

 己の全てを否定され、愕然とするリタ。

 それと時同じくして、変異ドラゴンの口に魔力が集まりきった。

 

「ギャオォォォ!!!」

 

 魔力は巨大な岩の砲弾となり、解き放たれる。

 猛スピードでせ迫るそれを、誰も視認する事ができなかった。

 

 だからこそ、誰もそれを止める事ができなかったのだ。

 

 ゴシャ!

 

「えっ……?」

 

 レオは聞きなれない音を耳にして、初めてそれに気がついた。

 隣で魔法を撃っていた筈のリタから、顎から上が消し飛んでいたのだ。

 変異ドラゴンの攻撃で吹き飛ばされたと認識するまでに、二秒ほどを要する。

 そして現実を認識した瞬間、レオは凄まじい恐怖を感じた。

 

「う、うわァァァァァァァァァ!?」

 

 舞い散る血を浴びながら、レオが悲鳴を上げる。

 それとは別に、仲間を殺された恨みに駆られたメイは、変異ドラゴンに攻撃を仕掛けた。

 

「よくもリタをォ!」

 

 魔力を込めtた拳で、メイは変異ドラゴンに殴り掛かる。

 並大抵のモンスターなら容易く爆散する攻撃。

 だがそれを受けても、変異ドラゴンの身体には傷一つつかなかった。

 

「ギャァァァオォォォ」

 

 自分の周りを飛ぶ羽虫を追い払うかのごとく、変異ドラゴンは大きく足を踏み込んだ。

 すると、地面に埋まっていた岩が次々に隆起していき、メイに襲い掛かった。

 

「よっ! ほっ! このくらい!」

 

 軽々と避けていくメイ。

 だがこの程度では攻撃は終わらない。

 変異ドラゴンは再び足を踏み込み、回り込むようにして岩を隆起させた。

 

「えっ、これじゃ避けれ――」

 

 避けれない、そう言い終わるよりも早く、隆起した岩がメイの下半身を潰した。

 

「――ッッッ!!!」

 

 声にならない悲鳴を上げるメイ。

 岩のすき間からは、無残な血が流れ落ちていた。

 錯乱しながらも、必死に脱出しようと試みるメイ。

 だが既に逃げる為の足は、その身体から切り離されている。

 それを確認した変異ドラゴンは、悠々と口に魔力を溜め始めた。

 

「や……やだ」

 

 顔を青ざめさせるメイ。

 だが変異ドラゴンは容赦しなかった。

 

「ギャォォォ!!!」

 

 放たれる岩の砲弾。

 メイは必死に逃げようとするが、全て無駄であった。

 

 グシャ!

 

 肉が潰れる無情な音が鳴り響く。

 岩に潰された際の衝撃で吹き飛んだ腕が、レオとシーラのすぐ近くに転がり落ちる。

 それが完全に引き金と化した。

 レオとシーラの恐怖は最高潮に達した。

 

「無理だ、こんな、勝てるわけがない」

 

 我先にとレオが出口に向かって駆け出そうとする。

 腰が抜けて動けなくなっていたシーラは、その足にしがみついた。

 

「レオ、待ってください! 置いてかないで!」

「うるさい! 自分で走れ!」

 

 ガムシャラに足を動かして、シーラを離すレオ。

 彼はそのまま出口へと逃げて行ってしまった。

 

「待ってください、レオ! レオー!」

 

 後方からシーラの悲痛な叫びが聞こえてきたが、レオには届いていなかった。

 ただ逃げる事に精一杯だったのだ。

 

 逃げ遅れ、放置されたシーラは絶望の表情を浮かべる。

 そんな彼女を仕留めようと、変異ドラゴンが近づいてきた。

 

「あ……あぁ……」

 

 シーラの息の根があると確認するや、変異ドラゴンはその足を大きく踏みしめた。

 後はただ、隆起してくる岩に襲われるばかり。

 シーラの凄惨な叫び声が、ダンジョン最深部の大広間に響き渡った。

 

 

 

 逃げる、逃げる、逃げる。

 歯を鳴らし、涙を零しながらレオは逃げる。

 自分がした事など、未だ理解できていない。

 

「なんで。なんでッ!」

 

 同じ言葉を繰り返す。

 なぜ自分がこんな目に遭っているのだ。

 なぜ主人公である自分が負けているのだ。

 レオには一つも理解できなかった。

 

 それは何故か。簡単な話だ。

 これは、己の器を見計れなかった、愚か者の物語だからだ。

 

 レオがシーラを置いて逃げてしまったと自覚したのは、ダンジョンを出てからの事であった。



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第二十三話:俺がしたいこと

 早朝、街外れの森の中。

 早起きしたノートは、一人で自主訓練をしていた。

 

「……」

 

 両手に意識を集中させて、力を籠める。

 右手の痣が淡く光り、スキルが発動する。

 だが魔人体は出てこない。

 いつも通りの弾くスキルが発動するだけだ。

 

「……ダメだなぁ」

 

 昨日本拠地に帰ってから、何度も魔人体を出そうと挑戦したノート。

 ドミニクにも修業をつけてもらったが、依然として魔人体は目覚めない。

 まだ自分の中に恐怖が残っているのだろうか。

 それとも何か別の要因か。

 ノートは一人悩んでいた。

 

「「力」は必要だと今は思う……だけど、何が足りないんだろう」

 

 分からない。

 何かが自分の中で引っかかっている気がする。

 眼を閉じて、ノートは思い返す。

 夢の中で言われた言葉。

『「力」と向き合え』

 向き合うとは何なのか、ノートには分からなかった。

 

「俺、どう向き合えばいいんだろうな」

 

 「力」を持つ理由でも作ればいいのだろうか。

 そこでノートはふと思う。

 

「俺って、結局何がしたいんだろう?」

 

 異世界転生して十四年が経った。

 その中でノートはずっと、生きる事だけを考えていた。

 それは無能者故の、生きる為の足掻き。

 だが今は違う。

 『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』に受け入れられて、信頼できる人達もできた。

 それでも自分の中で、やりたい事が浮かんでこない。

 ノートは頭を捻らせるばかりであった。

 

「異世界転生したんだから、何かしたいってだけでもあるけど」

 

 それでいいのだろうか。

 この世界には倒すべき魔王は存在せず、ノートには特別な使命など無い。

 ただ冒険者として生きるのみ。

 その冒険者としての生き方も、それした選択肢がないからやっているだけだ。

 ならば自分が今やりたい事は何だろうか。

 心に少し余裕ができたからこそ、ノートは悩んでいた。

 

「……とりあえず、自主練続けるか」

 

 恐らく時間はまだある。

 今はとにかくドミニクの期待に応えたい。

 そのためにも魔人体を出せるようになろう。

 ノートはそのまま自主訓練を続けるのだった。

 

 

 

 

 それから小一時間後。

 ノートは項垂れながら本拠地に戻っていた。

 

「結局ダメだった」

 

 扉を開けると、朝食の良い香りが漂ってくる。

 

「あっ、ノート君。おはようございますです」

「おはようライカ」

「おはようノート君。朝からどこ行ってたの?」

「カリーナさん。ちょっとした自主練です」

「あんまり無茶しちゃダメよ。どうせこの後ドミニクの奴に連れ出されるんだろうし」

「あはは、一日でも早く成果を出したくて」

「本当にいい子ねぇ。ドミニクに見せてやりたいわ」

 

 なおそのドミニクは昨日、泥酔した状態で帰って来たので、カリーナに容赦のないお仕置きを受けていた。

 その事もあってか、カリーナは心底見習って欲しいと思ったのだろう。

 ノートはただただ心中を察するしか出来なかった。

 

 ノートは本拠地内にあるシャワー室で汗を流し、食卓につく。

 皆で朝食を食べていると、遅れてドミニクが起きてきた。

 

「ふぁ~、おはよう皆の衆」

「ドミニク、アンタはもう少し早く起きなさい」

「うるせーな。お前は母ちゃんか」

「似たようなもんでしょ。ほら、さっさと仕度する」

「へいへい」

 

 もはや何度も見てしまった『戦乙女の焔』での日常。

 それすらもノートにとっては、心地いいものであった。

 

「ノート君は今日も修業ですか?」

「多分。ライカは?」

「今のところ予定なしです。きっとギルドに仕事探しですね~」

「え、Sランククエスト?」

「流石に私一人では無理ですよ。簡単な低ランククエストで小銭稼ぎです」

「いいなぁ。俺もそっちがいい」

「ドミニクさんに相談ですね」

 

 何気ないライカとの会話。

 それもノートにとっては心地良いものであった。

 

「おうノート。ギルドでクエストでも受けたいのか?」

「ド、ドミニクさん! いや、それはその」

「まぁ修業続きでも気が滅入るよなぁ……たまには別のことするか」

「えっ、いいんですか?」

「ライカと一緒なのがいいんだろ?」

 

 突然小声で囁いてくるドミニク。

 ノートの顔には急激に熱が昇っていった。

 

「ド、ドミニクさん!?」

「案ずるな思春期男子。おじさんが上手く取り計らってやる」

「色々と誤解している上に、信用できません!」

「辛辣だな新入り」

「上司の圧力には屈しませんよ」

 

 ワイワイと言い合うノートとドミニク。

 そんな二人を見て、カリーナは小さく微笑んだ。

 

「カリーナさん、笑ってるですか?」

「そうね。なんかさ、こういう光景って平和だな-って思って」

「……そうですね」

 

 ライカも二人を微笑ましく見守る。

 結局二人の口論は終わりそうになかったので、カリーナが拳をもって終了させた。

 

「はい、二人ともお終い」

「はい」

「カリーナ、もう少し手段を選べよ」

 

 頭にたんこぶを作りながら、ドミニクは文句を言う。

 だがカリーナに一睨みされて、すぐに黙った。

 

「それでドミニク。今日は何するの?」

「あぁ、今日は皆でギルドに行くぞ」

「みんなでですか?」

「ダンジョン関係の仕事探しだ」

「この前出たっていう、北のダンジョンですか?」

 

 肯定するドミニク。

 やはり出現してすぐのダンジョンには儲け話があるのだろう。

 

「まぁ序盤は人も多いだろうけどな。深層の方は狙いどころだろう」

「それに俺の修業にもなる。なんて」

「よく分かったなノート」

「もうパターン見えましたよ」

 

 がっくりと肩を落とすノート。

 きっとダンジョンで無茶ぶりされるのだろうと、今から気分が落ち込んでいた。

 

 

 

 

 朝食を終えて数十分。

 ノート達は揃ってギルド本部へと足を運んでいた。

 

「流石に人が多いのです」

「ダンジョンの出始めなんて、どこもそんなもんだ」

 

 人が箱詰め状態のギルド本部に、ライカが驚く。

 だがこれも冒険者にとっては季節の一ページだ。

 

「ヒャーハー! リーダーァ、さっさとクエスト探そうぜェ!」

「急かすなマルク。掲示板に人が多いんだよ」

 

 ダンジョン情報と仕事を求めた冒険者が、大きな掲示板の前に集まっている。

 ノートとライカも掲示板を見ようとするが、人が多くて見えない。

 二人揃ってピョンピョンと跳ねるが、体格の大きな冒険者達が視界を遮る。

 

「見えないのです」

「いっそ下から潜り込むか?」

 

 そんな事をすれば踏まれて終わるだろう。

 どうしたものかとノートが考えていると、ギルド本部内が妙に騒がしくなってきた。

 掲示板の前に集まっていた冒険者達も、騒ぎの方へ視線が移る。

 

「なんでしょうか?」

 

 ライカとノートも、騒ぎの方へ歩み寄る。

 そこには大声で何かを訴える若い冒険者が一人、冒険者達に囲まれていた。

 

「頼む! 仲間が中に取り残されているんだ! 助けてくれ!」

 

 叫んでいる言葉からして、ダンジョンで何かがあったのだろう。

 

「ドラゴンだ! ダンジョンの中に、変異ドラゴンがいた!」

 

 変異ドラゴンと聞いた冒険者達が、一斉にざわつき始める。

 ノートも気になったので、人混みの隙間から覗き込む。

 そこにいたのは、彼のよく知る冒険者であった。

 

「あれは……レオ!?」



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第二十四話:後味が悪い

 ノートは驚いたまま固まっていた。

 まさかあのレオが、泣き叫びながら助けを乞う場面があるとは思わなかったのだ。

 

「レオさん。パーティーメンバーは何人取り残されましたか?」

「一人だ。他の二人は殺された。頼むよ、早く助けに行ってくれ!」

「では救助クエストという形で発注しますか?」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ!」

 

 錯乱しているレオに、ギルドの受付嬢が淡々と事務的に対応する。

 駆け出しパーティーがダンジョンに挑んだ場合、こういう事はたまにあるのだと、ノートも噂には聞いていた。

 だが、いざそれを目の当たりにすると、ノートは言い知れぬ不快感を覚えてしまった。

 

「なんだぁ? なんの騒ぎだ」

「なんかドラゴンがどうとか聞こえたけど」

「ドミニクさん、カリーナさん」

 

 後ろから現れたドミニクとカリーナに、ノートは簡単な説明をする。

 

「なるほどな。自分の周りを女で固めて、情ばかり移した馬鹿の末路か」

「ドミニクさん!」

「ノート君、悪いけど今回はドミニクが正解よ」

「それは……わかってますけど」

 

 人の命が軽く扱われている。だが分かってはいるのだ。

 冒険者とはそういうものである。

 情を移したければ、相応の力を身につけておく必要がある。

 そこには何人も例外はない。

 

 だから周りの冒険者はレオに冷たかった。

 自分達のバランスを考慮せず、無計画にボスモンスターに挑んで、死人を出した愚か者。

 それが共通認識だった。

 

「頼むよ! 誰か助けてくれ!」

 

 泣き叫ぶレオの周りから冒険者が一人、また一人と去っていく。それが答えだった。

 かつてパーティーに所属していたノートには分かった。

 今のレオには大した所持金はない。

 それこそ、ギルドに救助クエストを発注する金などある筈がない。

 冒険者はヒーローではない。金にならない人助けをする者など、ここにはいなかった。

 

 消えゆく人々の背中を見て、レオの顔が絶望に歪んでいく。

 

 そして消えた人混みの先に、ノートが姿を表した。

 

「……なんだよ、笑いにきたのかよ」

「レオ。何があったんだ」

「無能者が俺を見下すなァ!」

「落ち着け! 俺は話を聞きたいだけだ!」

「黙れェ! どうせ気味が良いとか思ってるんだろ!」

 

 錯乱するレオを前に、どうしたものかとノートは悩む。

 すると後ろから、ドミニクがレオの額にマスケット銃を突きつけた。

 

「落ち着け三下。騒ぐと周りに迷惑だ」

 

 転生者故か、銃の恐ろしさを理解する頭は残っていたレオは、一瞬にして大人しくなる。

 

「これでいいのか?」

「ちょっと荒っぽいですけど、ありがとうございます」

 

 ノートはしゃがみ込んで、レオに目線を合わせる。

 

「レオ。ダンジョンで何があった」

 

 真剣な目で問いかけるノート。

 それでもなお反抗しようとしたレオだが、未だ自分に向けられている銃口を見て観念した。

 

「……ダンジョンの最深部。そこでボスモンスターが出てきた」

 

 レオは語った。

 ボスモンスターが岩を操る変異ドラゴンであった事。

 Bランクダンジョンに似つかわしくない、強大な力を持っていた事。

 その変異ドラゴンの攻撃でリタとメイが殺された事。

 自分は恐怖のあまり、生き残っていたシーラを置いてダンジョンから逃走してしまった事。

 

 一通りの話を聞いたノートは、黙って顔を青ざめさせた。

 

「ノート君、大丈夫ですか」

「大丈夫……と言いたいけど、少しキツいかも」

 

 ライカに心配されて強がろうとするが、ノートは失敗した。

 見知った人間の死を告げられる。

 それは十四歳の少年には重すぎる事であった。

 

 一方でドミニクは、レオの話を聞いて呆れかえっていた。

 

「おいお前……なぁノート、コイツの名前ってなんだ?」

「レオです」

「サンキュ。というわけでだレオ。お前、ダンジョンに入る前にどれだけ情報を集めた?」

「……情報?」

「情報収集は冒険者の基本だ。特に出現して間もないダンジョンに挑む時なんかはな」

「俺……Bランクのダンジョンなら、そんなに難しくないと思って……」

「そのランクは暫定だろ。道中が弱くても、ボスモンスターだけ異様に強いなんてよくある話だ。お前も冒険者パーティーのリーダーなら一度くらい聞いたことあるだろ」

 

 レオは首を横に振る。

 それを見てドミニクは深いため息をついた。

 

「お前、本当にパーティーのリーダーやってたのか?」

「……」

「情報収集だけじゃねー。お前自分のパーティーのバランスとか考えてたのか?」

「バランス?」

「その様子じゃ、碌に考えてなかったみたいだな」

 

 話が進むにつれて、ドミニクだけでなくカリーナも渋い顔になっていた。

 ふと、ドミニクはノートの方に視線向ける。

 

「ノート、お前追放されて正解だったかもな。このアホがリーダーやってるパーティーにいたら確実に死んでたぞ」

「そうね。本当にノート君を引き取って良かったかも」

「なんだよテメーら! 揃いも揃って俺を馬鹿にしやがって!」

「実際馬鹿なんだよ、お前は」

 

 断言するドミニクを前に、レオは言葉を失う。

 

「いいか、パーティーリーダーの使命はただ一つ。誰も死なせない事だ。リーダーはそのために誰よりも情報を仕入れて、誰よりも的確な判断下す必要がある」

「そ、そんなこと俺だって」

「できてないだろ。何一つ。そうじゃなきゃ死人なんて出てない」

 

 事実故に言い返せないレオ。

 そこにドミニクは畳み掛ける。

 

「お前、ノートのことを無能者呼ばわりして追放したらしいじゃないか」

「それがなんだよ」

「俺に言わせりゃあなぁ。仲間を死なせた上、一人だけ綺麗な身体で逃げてきたお前の方が圧倒的に無能だ」

 

 強い語気で無能と言われ、レオは顔を真っ赤に染め上げる。

 だがそれより、ノートはある点が気になった。

 綺麗な身体で、その言葉を聞いてノートは改めてレオを見る。

 その装備品にはほとんど傷がついておらず、レオ自身も大した傷を負っているようには見えなかった。

 

「……レオ、お前、ボスモンスターに抵抗はしたのか?」

「なんでお前なんかに」

「答えろッ!」

 

 声を荒らげるノートと、マスケット銃片手に脅すドミニク。

 レオは渋々口を開いた。

 

「ドラゴンが怖くて……一目散に逃げたよ」

「抵抗は?」

「できるわけないだろッ! あんな化物に!」

 

 そこまで叫ばせたところで、ノートはレオの胸ぐらを掴んだ。

 

「テメー何す」

「お前はリーダーだろッ! 何やってんだよ!」

「無能者に何がわかる!」

「仲間を守らなきゃいけないことくらい、無能でもわかる! お前は自分が何したのかわかってんのか!」

 

 怒りが爆発した。

 『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』で仲間の温かさに触れたノートだからこそ、純然たる怒りを覚えたのだ。

 

「離せ! 鬱陶しい!」

「離さない! お前には才能があっただろ! 剣も魔法も使えただろ! なのに何やってたんだ!」

「お前に何がわかる!」

「わかんないから聞いてるんだろッ!」

 

 怒りに任せて問いただすノート。

 レオは無能者と切り捨てた相手に責められて、逆ギレしていた。

 まともに会話にならない。

 

「こんのッ!」

「ノート君!?」

 

 ノートを突き飛ばすレオ。

 心配したライカが急いで駆け寄る。

 

「無能者なんかが俺の時間を奪うな! 俺には時間が無いんだ!」

「救助クエストを受けてくれるような冒険者もいないのに、よく言うぜ」

「うるさい! だいたいさっきからアンタはなんだ! コイツの仲間なら大した実力もない雑魚だろ! 俺の邪魔をするな!」

 

 レオの叫びを聞いて「ほう……」とドミニクは呟く。

 そしてその叫びを聞いた周囲の冒険者は、唖然とした表情でレオに視線を集めた。

 妙な空気が漂い、レオは混乱する。

 

「な、なんなんだよ」

「おいカリーナ。俺達は実力もない雑魚らしいぞ」

「そうなの? 世間は広いわね」

 

 次第にギルド本部内に笑い声が響き始める。

 物知らずのレオを嘲笑する声だ。

 

「おい聞いたかお前」

「聞いた聞いた。ドミニクさんが雑魚だってよ」

「世間知らずの田舎者は怖いもの知らずだな」

 

 広がる笑い声。

 その内容を耳にして、レオは初めて自分に疑いを持った。

 

「お、お前……何者なんだよ」

「あぁ? 俺はただの冒険者だ」

「質問に答えろッ!」

 

 苛立つレオを見て、ドミニクはため息を一つつく。

 そして倒れ込んでいるノートに視線を落とすと、すぐにレオの方へと向いた。

 

「そんなに聞きたきゃ名乗ってやる。俺の名はドミニク。Sランク冒険者パーティー『戦乙女の焔』のリーダーだ」

 

 Sランクパーティーのリーダー。

 周りの誰もがそれを否定しない。

 レオはドミニクの言葉を理解するのに数秒を要した。

 

「Sランク……パーティー?」

「そうだぞ。そんでお前が喧嘩売ったノートはウチの新入りだ」

「な、なんでそんな無能者を」

「わざわざお前に教える必要があるか?」

 

 ドミニクはレオを一睨みして黙らせる。

 

「おいノート、いつまで座ってんだ」

「すみません。尻痛くて」

「我慢しろ。男の子だろ」

 

 立ち上がったノートを未だ心配するライカ。

 ノートが「大丈夫だから」と言っていると、ドミニクとカリーナはギルド本部の出口に向かおうとした。

 

「ドミニクさん。どこ行くですか?」

「興が削げたってやつだ。今日はダンジョン行き取りやめ。適当な場所で修行でもするぞ」

「アタシも今回はドミニクに賛成ね」

 

 ノートとライカの意思を聞くことなく、二人はさっさとギルド本部から去ろうとする。

 そんな二人をレオが呼び止めた。

 

「待ってくれ!」

「……なんだ?」

「お願いだ、ダンジョンに取り残された仲間助けてくれ!」

「なんでだ?」

「なんでって、貴方はSランクの冒険者なんでしょ!? だったらBランクのダンジョンなんか」

「なんで俺がお前の尻拭いをしなきゃなんねーんだ」

「そ、それは」

「それにお前、金は持ってるのか? 救助クエストもタダじゃねーんだぞ」

 

 ドミニクの言葉に何も言い返せないレオ。

 彼は黙って唇噛み締めた。

 

「まぁそういうことだ。他を当たるんだな」

「ノート君とライカも行くわよ」

 

 ギルド本部を去ろうとするドミニク達について行こうとするライカ。

 

 だがノートは、その場に立ちすくんだままであった。

 

「……どうしたノート」

「ドミニクさん……救助クエスト、どうしても受けられませんか?」

「ダメだ」

「だったら! 俺が一人で行っちゃダメですか!?」

 

 ドミニクに向かい合って、ノートが主張する。

 

「ノート、お前自分が何言ってるかわかってんのか?」

「俺が一人で行けば全部自己責任で済みます。それならドミニクさん達に迷惑もかからない」

「お前、なんでそんなにこだわる」

 

 ドミニクの疑問も尤もであった。

 救助対象はノートにとって、自分を追放した憎い相手。

 何故それを助けに行こうとするのか、ドミニクには分からなかった。

 

「すごく、簡単な話なんですよ」

「ほう」

「知ってる顔が今死にそうになってる。それが誰であっても、見捨てたら後味が悪いんです」

 

 それはノートにとって譲れないものであった。

 たとえ相手が誰であっても、後味の悪い結末は受け付けなかった。

 

 数秒の沈黙走る。

 ドミニクは首の裏を掻いて、やれやれと呟いた。

 

「言っとくが、俺は手を貸さないぞ」

「わかってます。これは俺のワガママなんで」

「……おいカリーナ」

「はいはい。面倒見に行けっていうんでしょ」

「いいんですか?」

「ドミニクが行けって言ったのよ。アタシはただリーダーの指示に従っただけ」

「私も行きますです! 守りなら任せてください!」

「ライカ、ありがとう」

 

 二人の頼もしい援軍がついて、ノートは素直に歓喜した。

 

「つーわけだ。これも修行の一環だ」

「はい」

「ただし一つだけ命令をする。死ぬなよ、死にそうになったら絶対に逃げろ。それだけだ」

「はい!」

 

 ドミニクの許可が出た。

 時間は残されていない。ノート達は一度本拠地に戻って準備をするため、すぐさまギルド本部を後にした。

 

 残されたレオは呆然とその背中を見届ける。

 そんな彼にドミニクは語りかけた。

 

「心配か?」

「いや、その」

「アイツは無能者なんかじゃない。ウチの立派なメンバーだ。だから信じろ」

「……貴方は?」

「俺は当然信じてる」

 

 それがパーティーリーダーの義務だから。

 ドミニク堂とそう答えた。

 

「ヒャーハー! おいリーダーァ! なんか人数少なくねーかァ?」

「マルク、お前どこ行ってたんだ?」

「ヒャハハ! トイレだよォ! ところでコイツは誰だァ?」

「……色々と間の悪い奴だな」

 

 レオ突っつきながら状況を聞くマルク。

 ドミニクは彼の間の悪さに、軽い頭痛覚えていた。



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第二十五話:ダンジョン突入!

 必要なものを揃えて、ノート達三人は北のダンジョンへと急行した。

 ダンジョンの入り口には、これから挑もうとしている冒険者がちらほらといる。

 ノートはいざダンジョンを前にして、少し緊張していた。

 

「ノート君、ダンジョンは初めて?」

「い、いえ。二回目です」

「じゃあまだまだ初心者ね。安心しなさい、お姉さんが難易度下げてあげるから」

「本当にありがとうございます」

 

 カリーナの言葉を聞いて、緊張がいくらか解れたノート。

 一見すると狭い洞窟の入り口にも見える、ダンジョンの入り口。

 ノート達は急ぎ足でそこに入って行った。

 

「うわっ!?」

 

 入り口に入った瞬間、凄まじい揺れを感じる。

 空間が捩れ、何処かへと転送されていく。

 それが数秒続くと、周囲の光景が一変。

 狭い入り口からは想像もつかない程、広々とした空間に放り出された。

 

「げふッ」

 

 情けない声を出して転けるノート。

 ダンジョンは魔法鉱石によって空間が捩れている事をすっかり忘れていたのだ。

 

「ノート君、大丈夫ですか」

「大丈夫。ダンジョンの入り方をすっかり忘れてただけだから」

「早く慣れなさいね。これからはパーティーで色んなダンジョンに行くんだから」

「はい」

 

 鼻を摩りながら立ち上がるノート。

 視界に広がるダンジョンは薄暗く、先が見えない洞窟にようであった。

 先に入った冒険者も数人見える。

 彼らは慎重に周りを確認しながら、ゆっくりとダンジョンの中を歩いていた。

 

「やっぱり皆慎重なんだな」

「そうですね。ダンジョンの中にはトラップが沢山ありますから」

「でも急いで最深部に行かないといけない……どうしよう」

 

 トラップを無視して突き進むわけにもいかない。

 かといって、慎重過ぎても手遅れになる。

 ノートとライカは頭を捻った。

 だがカリーナは違った。

 

「何してるの二人共、急ぐわよ」

「カリーナさん! トラップのこと考えないと!」

「大丈夫よ。アタシを誰だと思ってるの」

 

 一人悠々と進んでいくカリーナを止めようとするノート。

 だがカリーナはそれを無視して、杖を取り出した。

 

「広域型。ディテクト」

 

 薄い霧のような魔力が周囲に散布される。

 散布された魔力がダンジョンの中を解析し、カリーナに情報として伝えた。

 

「……オーケー、大体わかったわ」

「わかったって、何が?」

「当然トラップの位置よ。ほら、さっさと行くわよ。ついてきなさい」

「あっ、カリーナさん待ってくださいです!」

 

 先々行ってしまうカリーナライカが慌てて追いかける。

 ノートも一瞬遅れて二人の後を追った。

 

 驚く程安全にダンジョンの中を進む三人。

 要所要所でカリーナが魔法を使い、トラップの位置を調べてくれるおかげである。

 

「ねぇライカ。カリーナさんって本当にスゴいんだね」

「はい。カリーナさんはスゴいのです」

「褒めても何も出ないわよ」

 

 トラップを避けてダンジョンを進んでいく。

 カリーナの魔法が的確に位置を見つけてくれる。

 これならすぐに最深部に行けそうだ。

 ノートがそう思った瞬間、カリーナが突然足を止めた。

 

「カリーナさん?」

「どうしたですか?」

「……面倒なトラップね」

 

 目の前に広がっているのは、何の変哲もない道。

 だがカリーナが立ち止まったという事は、何らかのトラップが仕掛けられているという事だ。

 

「カリーナさん、どこにトラップがあるんですか」

「道全部」

「……へ?」

「この道全部トラップよ」

 

 想像以上に厄介なトラップを前に、ノートは唖然とする。

 そしてライカは声を上げて驚いた。

 

「えぇぇぇ! それじゃあ通れないじゃないですか」

「攻略法自体はあるわ。道を踏まなければいいのよ」

「あっ。風の魔法で浮いて移動するとか」

「ノート君正解。ただ厄介なのは天井にもトラップが仕掛けられているみたいなの」

「(まるでイライラ棒だな)」

「というわけなので、選ぶべき選択肢はこれね」

 

 そう言うとカリーナは、前方に杖を向けた。

 

「ライカー、バリア貼ってくれる。出力最大で」

「すごく嫌な予感がしますけど、はいです!」

 

 少し顔をしかめながらも、ライカは『純白たる正義』を出現させる。

 ライカの魔人体がレイピアを振るうと、分厚いバリアが広範囲に展開された。

 ノートはその構図を見て、デスマウンテンに行った時の事を思い出した。

 

「(あっ、このパターン見たことある)」

「ぶっ飛ばすわよ。エクスプロージョン!」

 

 バリアの向こう側に用意されて小さな火種が、急激に膨らむ。

 そして、凄まじい爆音を鳴らしながら、大爆発を起こした。

 

 爆炎が視界を遮って数秒。

 炎が消え、目の前には大きく抉られてしまった道が姿を現した。

 

「……カリーナさん、道が抉れたんですけど」

「トラップごと抉り飛ばした方が楽だったのよ。浮遊魔法って結構疲れるのよね〜」

「えぇ……」

 

 ノートは反応に困った。

 

 抉れた道をこけないように気をつけながら進む。

 深層部に近づくにつれて、トラップの数も多くなってきた。

 それをカリーナは魔法で発見する度に……

 

「エクスプロージョン!」

 

 正規ルートでは攻略せず、爆破していった。

 おかげで三人が通った後の道は穴ぼこだらけである。

 

「なんだか、これはこれで他の冒険者さんのご迷惑な気が……」

「というかちゃんと攻略して貰えないダンジョンが可哀想に思えてきた」

「しかたないでしょー、急ぎなんだから」

 

 進み進んで、気がつけばもう第七層。

 ここから急にトラップが無くなった。

 ノートは少し不気味に思う。

 

「なんか……急にトラップが無くなった気が」

「そうですねぇ。でもこの後の展開は想像できるのです」

「ノート君も覚えておきなさい。トラップが無くなった後は、モンスターの妨害が来るわよ」

「あぁ、そういう」

 

 ダンジョンの定石を理解して、ノートは小さな溜息をついた。

 不気味な程静かな道を進みながらも、カリーナは索敵魔法を散布し続ける。

 すると、索敵魔法がモンスターの存在を感知した。

 

「二人共、モンスターが来たわよ」

 

 カリーナの合図でノートはスキルを構え、ライカは『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』を発動する。

 カリーナの魔法と壁のヒカリゴケで照らし出された影が視認できる。

 影だけでも複数体のモンスターが蠢いている。

 

「数は十五体。ライカは戦闘に立って防御。ノート君はアタシと一緒にその後ろで援護するわよ」

「えっ、俺も防御役になりますよ!」

「大丈夫なのです。ノート君はちゃんと私が守るのです!」

 

 堂々と胸を張るライカだが、ノートは内心少し心配であった。

 そして、影の向こうからモンスターの群れが姿を現す。

 

 それは手足を持たない虫型生物。

 ブヨブヨとした肉だけに覆われた、緑色の醜い身体。

 二メートルほどの大きさを持つ、巨大芋虫の群れであった。

 

「うげっ、キャタピラーだ」

「ライカ、遠慮なく」

 

 遠慮なくやりなさい。カリーナがそう言い切るよりも早く、ライカは行動していた。

 

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 耳をつんざく悲鳴がダンジョンに響き渡る。

 

「『純白たる正義』!」

 

 そして出される命令。

 ライカの魔人体はレイピアを素早く振るい、迫り来るキャタピラーの群れを次々に細切れにしていった。

 

――斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!――

 

 凄まじい勢いでミンチ肉と化すキャタピラー達。

 ノートはその光景にただ圧倒されていた。

 

 そしてものの一分足らずで、十五体いたキャタピラーは残らず殲滅されてしまった。

 

「ライカ……攻撃手段はないって」

「……です」

「へ?」

「虫は! 悪なのですッ!」

「は、はい」

 

 涙目で叫ぶライカに、ノートはそう答えるしか出来なかった。

 そして以前ドミニクから聞いた話を思い出す。

 ライカのアルカナ『純白たる正義』は、能力者であるライカが悪だと認めた相手だけを斬る事ができると。

 つまりそういう事なのだろう。

 

「カリーナさん。まさかキャタピラーだって知っててライカを」

「だってその方が早いんだもん」

「カリーナさん! 虫なら先に言ってくださいです!」

 

 ライカは頬を膨らませて、可愛らしくカリーナをポカポカ殴る。

 完全にいつもの調子に戻っているのだが、ノートはそんな彼女を見て「絶対に怒らせないようにしよう」と硬く誓うのだった。

 

 その後なんとか二人がかりでライカを宥めて、先に進む。

 トラップが無くなったが、カリーナの言う通りモンスターが次々に襲い掛かってきた。

 

「変異スライムだ!」

「なんでも溶かしてくるのです!」

「巨大ゴーレムだ!」

「アタシの魔法で粉々にしてあげる」

「トロールの群れだ!」

「カリーナさん。バリアは張りました」

「オーケー。ギガ・ヴォルケーノ!」

「あっ、またキャタピラー」

「虫は悪なのです! 『純白たる正義』!」

 

 戦闘は最小限に。

 それでも避けられないモンスターだけ協力して倒していく。

 気がつけば第十五層、三人はダンジョンの最深部に到達していた。

 

「思ったよりは、早く着いた気がする」

「採取無視してモンスターとも戦わなかったら、Bランクダンジョンの浅いダンジョンなんてそんなものよ」

「そうなんですか」

 

 それはそれとして、最深部に到達した途端、モンスターの気配すらなくなった。

 カリーナが念入りに索敵魔法を散布するが、何も反応しない。

 

「二人共、十分に気を付けてね。ボスモンスターが近いかもしれない」

「ボス……変異ドラゴン」

 

 レオのパーティーを壊滅させた元凶。

 いくらカリーナがついているとはいえ、ノートはそれと戦闘する気はなかった。

 

 暗く静かな道を黙々と進む。

 最深部の果てだろうか、三人は広々とした空間に辿り着いた。

 光り輝く魔法鉱石、オリハルコンのおかげで空間内は比較的明るい。

 だがそのおかげで、ボコボコに変形した地面も露わになっていた。

 

「なにこれ。ドラゴンが大暴れでもしたの? それにしては妙に地面が隆起しているというか……」

「変異ドラゴンは岩を操るって言ってたです。それのせいじゃないですか?」

「そうね……とりあえずここが目的の場所だから、早いとこ要救助者を拾うわよ」

 

 カリーナは手っ取り早く魔法で探す為に杖を構える。

 その時、ふと棒立ちになっているノートが目に入った。

 

「ノート君、なにしてるの」

「……」

「ノート君?」

 

 ライカが心配気に声をかけてくる。

 そしてノートの視線の先に落ちていたソレを見てしまった。

 

「ッ!?」

「……メイ。前のパーティーメンバーの腕だ」

 

 地面に転がっているのは、千切れた腕。

 そして黒く変色した血と肉の欠片。

 格闘家の少女、メイの遺体であると、ノートはすぐに理解してしまった。

 

「本当に死んでたんだ」

 

 知っている顔の死を実感して、ノートは顔を青くする。

 流石に目の前にある凄惨な死体を受け入れられる程、ノートの精神は成熟していなかった。

 

 微かに震えるノートの手を、ライカが優しく握る。

 

「ライカ……」

「遺品、持って帰りましょう」

 

 優しく声をかけてくれた彼女に、小さく頷く。

 落ちている腕から、ノートはグローブを取り外した。

 

 そんな二人をカリーナは静かに見守る。

 

「ん? うわぁ……こっちの仏さんも酷いわね」

 

 カリーナが視線をずらすと、そこには顎から上が消失した魔法使いの死体があった。

 すぐにノートを呼んで確認させる。

 

「間違いありません……リタです」

「そう」

「ノート君、この人の遺品も」

 

 ライカに言われて、ノートは遺体からマントを外す。

 その時であった。

 カリーナの索敵魔法に何かが引っかかった。

 

「大きさからして人間。動いているという事は、まだ生きてるわね」

 

 カリーナは反応があった場所に駆け寄る。

 ノートとライカはすぐにその後についていった。

 

 無数に生えている巨大なオリハルコンの数々。

 生存者は、その向こう側に姿を隠していた。

 

「いたわ!」

「シーラ!?」

 

 オリハルコンの向こう側で倒れていたのは、僧侶の少女シーラ。

 その服は血塗れで、ある筈の右足が無かった。

 おそらく変異ドラゴンにやられたのだろう。

 

「カリーナさん!」

「わかってる。すぐに処置するわ」

 

 カリーナは荷物から魔法薬を取り出し、シーラの傷口にかける。

 そして杖を振り、治癒魔法をかけ始めた。

 

「酷い傷口ね。普通ならもう死んでるわよ」

「多分自分で治療したんだと思います。シーラはヒーラーなので」

「なるほど。この子運がいいわね」

 

 意識が朦朧としながらも、助けが来たことは理解できたのだろう。

 シーラの目から一筋の涙が零れおちた。

 

「よし。これでもう出血は止まったわ」

「よかったのです」

「さぁ二人共、さっさと出ていくわよ」

 

 カリーナがシーラを抱える。

 三人がダンジョンを後にしようとした次の瞬間。

 上手く立てない程の揺れが、広間を襲った。

 

「じ、地震ですか!?」

「ダンジョンって地震も起きるの!?」

「そんなまさか……嫌な予感がするわね」

 

 カリーナは大急ぎで索敵魔法を散布する。

 すると、強大なモンスターの反応が引っかかった。

 

「……二人共、大急ぎで逃げる準備をしなさい」

「カリーナさん、まさか」

「そのまさかよ」

 

 広間の奥。地面が砕け、底から巨大な何かが姿を現した。

 

 巨大な翼に、長い尻尾。

 凶暴な牙を携えた頭部に、ゴツゴツとした岩肌に覆われた身体。

 その特徴全てが、聞いていた話と一致していた。

 

「変異……ドラゴン」

 

 ドラゴンの咆哮が広間に鳴り響く。

 ボスモンスターの登場に、ノート達は肝を冷やした。



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第二十六話:黒岩竜

「ギャオォォォォォォォォ!」

 

 地中より目覚めた変異ドラゴンは、即座に侵入者を捕捉する。

 完全に目をつけられた。

 ノート達は急いで広間から脱出しようとする。

 

「急ぐわよ!」

「はいです!」

「はい――って、うわぁ!?」

 

 突如揺れる地面。

 変異ドラゴンが足踏みをしたのだ。

 そのスキルによって、地面から巨大な岩が次々に隆起し始める。

 

「ッ! 二人共、逃げなさい!」

 

 カリーナの呼びかけで、ノートとライカは横に跳んだ。

 次の瞬間、先程までノート達がいた場所から巨大な岩が隆起した。

 喰らえば一たまりもない岩の大槍。

 岩の隆起はノート達を通り過ぎて、広間の出入り口にまで到達した。

 

「しまった!」

 

 カリーナが声を上げる。

 変異ドラゴンのスキルによって出現した岩が、出入り口を完全に塞いでしまったのだ。

 

「不味いわね、これは」

「カリーナさん、魔法で岩を壊せないんですか!?」

「そうしたいのは山々なんだけど」

 

 ノートの叫びに、カリーナは冷や汗で答える。

 変異ドラゴンは既に、口の中に魔力を溜めて、こちらへの攻撃準備を完了していた。

 

「あちらのドラゴン、壊す暇は与えてくれないみたい」

 

 そして変異ドラゴンは狙いを定める。

 口に溜まった魔力が巨大な岩の砲弾と化し、ノート達に向けて発射された。

 

「守って! 『純白たる正義(ホワイト・ジャスティス)』!」

 

 すぐさまライカが『純白たる正義』を発動し、バリアを展開する。

 しかしバリアの制度を上げるには時間がなさすぎた。

 超スピードで放たれた岩の砲弾をバリアが受け止める。

 その威力を完全には殺し切れず、ライカは一メートルほど後ろへ押し出されてしまった。

 

「ライカ!」

「私は大丈夫なのです」

 

 止められた岩の砲弾が落下する音が響く。

 ノートが心配してライカに駆け寄るが、彼女は大丈そうであった。

 だがその一方で、カリーナは険しい表情を浮かべていた。

 

「これは……もう戦うしかないわね」

 

 背負っていたシーラを下ろし、カリーナは杖を構える。

 

「ノート君はこの子を見てて。ライカはバリアを展開して防御。アタシは魔法でこのドラゴンを攻撃するわ」

「はい!」

「りょーかいなのです!」

 

 もはや戦闘は避けられない。三人はその場で腹を括った。

 ノートはシーラを比較的安全そうな場所まで運ぶ。

 その間に、ライカは魔人体に力を込めて、カリーナは魔法の詠唱を始めた。

 

「ギャオォォォォォォォォン!!!」

 

 変異ドラゴンが咆哮する。

 再び口の中に魔力を溜め込み始めるが、カリーナは二発目を撃たせるつもりは毛頭無かった。

 

「ギガ・ヴォルケーノ!」

 

 超高位の火炎魔法。内包している熱量は岩をも溶かす。

 カリーナはこの魔法で変異ドラゴンの外皮を溶かそうと考えたのだ。

 巨大な火炎球が変異ドラゴンに放たれる。

 しかし……その魔法が通用する事は無かった。

 

 パシュン。

 

 小さく、炎を打ち消す音が鳴る。

 変異ドラゴンを覆う岩には、傷一つついていなかった。

 

「うそ、炎魔法への耐性でもあるの!?」

 

 魔法を無効化されて、驚愕するカリーナ。

 その隙に変異ドラゴンは、溜め込んだ魔力を岩の砲弾に変えて発射した。

 

「『純白たる正義』!」

 

 ライカの魔人体がレイピアを振るい、バリアを展開する。

 今度は事前に力を込めていたので、完璧に防ぐ事ができた。

 

「カリーナさん!」

「ごめんライカ。ちょっと動揺してた」

 

 まさか自分の魔法を打ち消すモンスターが出てくるとは思わなかったカリーナ。

 そして冷静に考える。

 この変異ドラゴン、明らかにBランクダンジョンのボスではない。

 もっと上のランクが相応しい厄介さを持ち合わせている。

 

「良くてAランク。最悪Sランクはあるわね」

 

 だがまだ確定したわけではない。

 カリーナは落ち着いて次の策を練る。

 

「炎が駄目なら他の属性を試すまでよ!」

 

 風の刃、水の刃。

 強大な雷、巨大な鉄の砲弾。

 様々な属性の魔法を撃ち込むが、その全てが変異ドラゴンには通用しなかった。

 

「ちょっと、なんで魔法が効かないのよ!」

 

 八つ当たりするようにカリーナが叫ぶ。

 その間にも変異ドラゴンの攻撃は続き、放たれた岩の砲弾をライカ。がバリアで防御する。

 ライカのおかげでカリーナには敵を観察する時間ができた。

 変異ドラゴンの身体をよく見る。

 やはり戦闘による傷はついていない。不気味な程綺麗だ。

 だがその黒光りする岩を見て、カリーナは一つの可能性に行き着いた。

 

「まさかアイツの身体、ブラックオリハルコンで出来てるの!?」

 

 ブラックオリハルコン。

 数ある魔法鉱石の中でも特殊な存在として知られている。

 その特徴はずばり、触れた魔力を打ち消す効力だ。

 その効力を使った魔法使い殺しの武器も流通しているが、今重要なのはそこではない。

 あらゆる高位魔法を打ち消してきたドラゴンの身体。

 それがブラックオリハルコンで出来ているならば、全て説明がつく。

 

「最悪だわ。存在そのものが魔法使い殺しじゃないの!」

 

 これは間違いなくSランク相当のモンスターだ。

 カリーナは一瞬頭を抱えそうになる。

 だが今はそんな暇はない。

 正攻法でやっても勝ち目はないのだ。何か別の策、もしくは逃げる為の一手を考えなくては。

 

 カリーナが思考に入ると、変異ドラゴンはその足を大きく踏み込んだ。

 再び地面が大きく揺れ始める。

 

「きゃっ、これって」

「気をつけなさい。また下から攻撃がくるわよ!}

 

 その後は予想通りであった。

 地面から岩の大槍が次々に生えて、カリーナ達に襲い掛かる。

 カリーナとライカはタイミングを見計らって上手く躱したが、それすら変異ドラゴンの想定内であった。

 岩の大槍が向かった先、そこにはノートと動けないシーラがいた。

 

「ノート君!」

 

 ライカの悲鳴染みた声が響く。

 だがノートはシーラを背負いながら、冷静に地面に手を当ててスキルを発動した。

 地面を弾いた際の反動を使った高速移動。

 それでノートは隆起する岩から逃れた。

 

「俺は大丈夫です!」

「よ、よかったのです」

「ノート君ナイス!」

 

 攻撃を躱された事が癪に障ったのか、変異ドラゴンは再び足を踏み込んだ。

 次々に生えてくる岩の大槍。

 カリーナは風の魔法を使ってライカと共に回避。

 ノートは先程と同じ様に、スキルを使って回避し続けた。

 

「一直線の攻撃なら、俺でも避けられる!」

 

 その挑発に乗るかのように、変異ドラゴンは更に足を踏み込む。

 またもや生えてくる岩の大槍。

 だが今度は動きが違った。

 

「軌道を変えた!? ノート君!」

 

 蛇行するような軌道で岩が隆起していく。

 動きが読めない。だが確実にそれはノートを狙っていた。

 右に避けるか、左に避けるか、ノートは迷う。

 だがきっと、どちらに避けでも無駄だろう。

 

「それなら!」

 

 ノートはシーラを背負いながら、手を地面に押し当てた。

 

「上に逃げる!」

 

 最大出力で弾く力を解き放つ。

 ドラゴンが操る岩の大槍よりも高い位置に、ノートは跳躍した。

 しかしそのせいで、空中のノートは無防備である。

 変異ドラゴンはその隙を逃さんと、口の中に魔力を溜めた。

 

「カリーナさん!」

「わかってる! レビテーション!}

 

 カリーナは咄嗟に浮遊魔法を発動して、ライカを落下しているノートの前まで運んだ。

 それとほぼ同時に、変異ドラゴンは口から岩の弾丸を解き放った。

 

「ギャオォォォ!」

「『純白たる正義』!」

 

 即行で展開されるバリア。

 変異ドラゴンの放った攻撃を防ぎきるが、僅かにひびが入ってしまった。

 そのままライカはノートに掴まり、浮遊魔法の効果で安全に地上へと降りた。

 

「ありがとう、ライカ」

「はい。無事でよかったです」

 

 喜ぶのもつかの間。

 変異ドラゴンは次なる攻撃の為に、口の中に魔力を溜め始めた。

 

「またくるわよ!}

 

 カリーナの叫びで、ライカは全員を守るようにバリアを展開する。

 そしてドラゴンが攻撃を仕掛けるのだが、その攻撃は今までと違った。

 

――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾!!!――

 

 先程までの岩の砲弾とは違う、小さな岩の数々。

 それらをマシンガンのように乱射してきたのだ。

 その攻撃を『純白たる正義』のバリアが受け止める。

 

「このくらいの攻撃ならよゆーなのです」

 

 軽々と防ぎきるバリア。

 数十秒ほど乱射を続けると、変異ドラゴンは再び魔力を溜め始めた。

 それと同時に、足を大きく踏み込む。

 

 地面から生えてくる岩の大槍。

 それが三人に回避行動を強制した。

 

「レビテーション!」

 

 カリーナはバリアを展開しているライカと自分を浮遊させる。

 ノートはスキルを使って上に逃げた。

 しかし、咄嗟の行動だった故、三人はバラバラに分かれてしまった。

 ドラゴンの狙いは最初からこれだったと、カリーナが気づいた時にはもう遅かった。

 

「不味い。全員防御体勢に入って!」

 

 ノートの着地と同時にカリーナの叫び。

 そして始まる、岩の弾丸の乱射。

 変異ドラゴンはあえて攻撃を制御せず、前方の人間たちに向けて攻撃を開始した。

 

「アイアン・ウォール!」

「『純白たる正義』!」

「ッ!」

 

 魔法で鉄の防壁を出現させるカリーナ。

 アルカナ能力でバリアを展開するライカ。

 そしてノートはスキルを全力で展開し、両手の平を前方に向けた。

 

「ッ! この攻撃、強い!」

 

 襲い掛かる岩の弾丸を弾くノート。

 だが攻撃の威力が強すぎて、軌道を逸らすのが精一杯であった。

 殺し切れなかった反動が腕に響く。

 そして後方に飛んでいった岩の弾丸が壁に着弾。壁が崩れる音が聞こえる。

 

 苦戦しているのは他の二人も同じであった。

 カリーナは出した鉄の防壁が割れ始めている。

 ライカも防戦一方だ。

 

「ギャァァァオォォォ」

 

 乱射が終わり、再び魔力を溜め始める変異ドラゴン。

 その隙にノートはシーラを背負って、カリーナの元へと合流した。

 

「カリーナさん。アイツ強すぎますよ」

「わかってるわ! でも対処方法が見つからないのよ!」

「そんな」

 

 ではどうすれば良いのか。

 力を持たないノートには見当もつかなかった。

 ライカもこちらに合流しようとする。

 だがそれを妨害するように、変異ドラゴンは攻撃を再開した。

 

――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾!!!――

 

「『純白たる正義』!」

 

 バリアを展開して身を守るライカ。

 ノートとカリーナも身を守る体勢に入る。

 だが今度の攻撃は、どこか様子がおかしかった。

 乱射をしてこない。

 その攻撃は一直線で、ライカの展開したバリアに向けてきた。

 

「あれ、こっちに攻撃してこない?」

 

 妙なものを感じたノートは、ライカの方を見る。

 ライカはいつも通りといった様子で、攻撃を防いでいた。

 それでもなお、変異ドラゴンはバリアに弾丸を撃ち込む。

 

「(なんだろう……なんか嫌な予感がする)」

 

 ここまでの行動からして、あの変異ドラゴンには高い知能がある。

 だからこそノートは嫌な物を感じた。

 あんな一見すると無意味そうな行動を、ドラゴンが取るとは思えなかっったのだ。

 

 それは、変異ドラゴンの攻撃が始まって数十秒が経とうとした時だった。

 ピシリと嫌な音が聞こえてきた。

 

「えっ」

 

 ライカが驚愕の表情を浮かべる。

 よく見ればバリアには、変異ドラゴンの攻撃を受け続けている箇所に、ひびが走り始めていたのだ。

 何故だ。何故バリアにひびが入ったのか、ライカは一瞬分からなかった。

 だがひびが入った箇所を見て、ライカは気がついた。

 

「もしかして、バリアとバリアの繋ぎ目に攻撃を!?」

 

 それはライカの展開するバリアの構造上、必ず生まれる繋ぎ目であった。

 先程の空中での攻防で、変異ドラゴンはそこが弱いと見抜いてしまったのだ。

 ライカは慌ててバリアを少しずらそうとするが、ドラゴンの攻撃は追ってきた。

 

 ひびは徐々に大きくなり、全体に広がり始める。

 明らかに危ない。

 それを見た瞬間、ノートの身体は自然と動いた。

 

「ライカ!」

 

 シーラをカリーナに預けて、駆け出すノート。

 次の瞬間、限界を迎えたバリアが粉々に砕け散った。

 

「ッ!」

 

 岩の弾丸が、バリアの破片と共にライカへ襲い掛かろうとする。

 ノートは咄嗟に、ライカを抱きかかえるように飛び込んだ。

 無数の破片と、岩の弾丸が二人の身体を掠める。

 それどころか、弾丸の一発がノートの左肩に当たった。

 

「ぐっ!?」

 

 地面を転がりながら、ノートは痛みを我慢する。

 ひとまず二人共致命傷は免れた。

 

「ライカ! 大丈夫か!?」

「う……うぅ」

 

 攻撃の一部が頭を掠めたらしいライカ。

 額から流血しており、意識も朦朧としていた。

 魔人体も完全に消失している。

 

「ライカ、ライカ!」

 

 ノートは必死に声をかけるが返事はこない。

 とにかく治療をしなければ。

 ノートは急いでカリーナを呼ぼうとするが、それが大きな隙となった。

 

「ノート君、後ろ!」

 

 カリーナが叫ぶ。

 振り向くと、口の中に魔力を溜め込んだ変異ドラゴンが、こちらに狙いを定めていた。

 

「ギャァァァオォォォォォォォォォ!!!」

 

 放たれる岩の砲弾。

 カリーナがそれを見てなにかを叫んでいるが、ノートには聞こえなかった。

 

 全てがスローモーションに見える。

 意識が数千倍に引き伸ばされる。

 ノートは呆然と迫り来る岩の砲弾を見ていた。

 

「(えっ、ここで終わり? 異世界転生したのに、人生たった十四年で終わり?)」

 

 ゆっくりに見える岩の砲弾。

 最早逃げる余地もない。

 

 ノートは許せなかった。

 自分が死ぬ事では無い。この攻撃に巻き込まれてライカが死ぬ事が許せなかった。

 せめてライカは助けたい。

 

「(でも俺……必要な「力」を持ってない……)」

 

 それも助けたい。

 自分を救ってくれたこの少女だけは守りたい。

 目の前のドラゴンを倒し、仲間の元に帰りたい。

 

「(……欲しい)」

 

 その時、ノートは初めて欲した。

 

「(「力」が、欲しい!)」

 

 ドクン。

 鼓動が一回、強く鳴り響く。

 身体の内から、待っていましたとばかりに、何かが目を覚まそうとする。

 

 瞬間、ノートの視界が暗転。

 迫り来る岩の砲弾が停止し、音が完全に遮断されたように感じる。

 そして、ノートの意識は無限に引き伸ばされた。



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第二十七話:「力」と向き合う

 世界は怖いものだらけだ。

 それは地球の頃も、そして今の異世界も変わらない。

 だからこそ「力」は必要なのだろう。

 世界を生きる過程が、少し楽になるから。

 

 暗転した視界が復活する。

 ノートの意識は夢の中と同じ場所、どこかの学校の屋上に飛ばされていた。

 

「ここは……」

 

 いつもと変わらない曇天の空が染め上げている屋上。

 間違える筈がない。ここはノート自身の魔人体と話をした場所だ。

 

 ノートの影が伸びて大きくなる。

 影から黒い靄に塗れた像が出現する。

 岩の腕を持つノートの魔人体だ。

 

『「力」と向き合え』

「聞かせてくれ。「力」ってなんだ?」

『「力」は、変化するもの』

「変化?」

『「力」は、それを行使する担い手によって姿を変える。創造にも破壊にも、牙にも盾にもなる』

「俺は……ずっと「力」が怖いものだと思っていた」

 

 「力」を得た事でレオが変わった。

 「力」に呑まれた事で、彼は暴君と化した。

 故にノートは恐怖する。人間を悪しく変化させてしまう「力」そのものを。

 

 だが今は違う。

 

「「力」は、守る為にも使える。傷つけるだけじゃなくて、大切な人を生かす為に使える」

『だが「力」は汝を吞み込もうとするぞ。耐えられるのか?』

「わからない。でも、吞まれること自体に恐怖はない」

『ほう』

「信じられる仲間がいる。俺の背中を託せる大切な人たちがいる。パーティーの皆が俺を信じてくれている。だから俺は、自分の中の恐怖に向き合える」

 

 心を覆っていた黒い物は晴れていた。

 恐怖は確かに残ってはいる。だがその恐怖を受け入れ、先に進む心も生まれていた。

 ドミニクとライカの言葉がノートの中で反芻される。

 背中を任せる。だから自分も、皆の背中を守ろう。

 

 ノートは真っ直ぐな眼で、魔人体と向き合う。

 

「「力」を持つことは今でも怖い。だけど、それよりも怖いものができたんだ」

『何を恐れる?』

「ライカを、仲間を失うこと」

『つまり汝は、守る為に「力」を欲するのか?』

「……欲しい。守るための「力」、生きるための「力」が欲しい」

 

 黒い靄のかかった像が、ノートに近づく。

 死かづけば近づく程、その本質がノートに伝わってきた。

 

 この魔人体、アルカナは強い。

 凄まじい存在感を持っていて、全てをねじ伏せる圧倒的な「力」を持っている。

 いや、むしをこれは純然たる「力」そのものなのかもしれない。

 

 きっと以前のノートなら背を向けて逃げただろう。

 だが今は違う。

 守りたい人がいる。進みたい未来がある。

 弧の世界で探したい、夢がある。

 その思いたちが、ノートを恐怖に打ち勝たせたのだ。

 

『問おう。汝は「力」と向き合い続けるか?』

「向き合う。絶対に間違った使い方はしたくない。俺はこの世界で、前を向いて生きるために「力」を使いたい」

 

 だから……

 

「今すぐ寄越せ、アルカナの「力」!」

 

 手を差し出し、ノートは叫ぶ。

 きっと現実の世界では今にも自分達は死にそうになっているだろう。

 それを打破したい。

 その為にも「力」が必要なのだ。

 

 全てを押し潰す「力」が。

 

 顔は見えない。だが黒い靄のかかった魔人体は、一瞬笑ったような気がした。

 

『欲望は「力」の切っ掛けになる。欲に染まった時が、汝が「力」に呑まれる時だ』

「それでも俺は抗ってやる。仲間達のためにも、お前を使いこなしてやる!」

『……せいぜい、吞まれないようにするのだな』

 

 そう言うと魔人体は黒い粒子と化して、ノートの身体に入っていく。

 瞬間、ノートの中に魔人体に関する情報が流れ込んできた。

 一瞬にして自分が持つアルカナを理解するノート。

 

「そうか……そういう「力」だったんだな」

 

 自分に与えられたギフトを理解して、ノートは微笑む。

 きっとここから物語が始まるのだろう。そう考えると幼子のように、ノートはワクワクした。

 だがここで、ふとある事が気になる。

 

「そういえば、どうやって魔人体を出すんだ?」

『我の名前を呼べばよい』

「名前?」

『汝は既に知っている筈だ』

 

 すると突然、舞台となっていた屋上が粒子状に消失し始める。

 現実世界に戻る時が来たのだ。

 

 戦おう。恐怖を乗り越えて、この「力」で大切なものを守ろう。

 

『我が名を叫べ。我が名は――』

 

 そして、ノートの意識は現実へと戻された。



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第二十八話:解答『岩山のように、重く強い』

「ライカ、ノート君!」

 

 変異ドラゴンが岩の砲弾を放つと同時に、二人の名を叫ぶカリーナ。

 もはや魔法による援護も間に合わない。

 絶対に助けられないとカリーナが思ったその時、ノートの背中から黒い靄のかかった像が出現した。

 

 バァン!

 

 瞬間、轟音が広間に鳴り響く。

 ノートの背中から出た像。その岩の腕が、変異ドラゴンの攻撃を弾いたのだ。

 突然の妨害に、変異ドラゴンですら驚いて動きを止める。

 

「よかった、無事で」

 

 だがそれ以上に、カリーナは二人の無事を喜んだ。

 

 ノートの背中から出た像は、一向に消える気配がない。

 そして、ノート自身の意識も完全に現実へと戻っていた。

 ゆらりと立ち上がり、目の前のドラゴンと対峙する。

 

「カリーナさん。ライカをお願いします」

「お願いしますって、ノート君は!?」

「俺は大丈夫です。信じてください」

 

 堂々と言ってみせるノートに、カリーナは小さく頷いた。

 彼女は倒れているライカの元に駆け寄って、治癒魔法をかけ始める。

 その間もノートは、恐れることなく変異ドラゴンと向き合っていた。

 

 それが、ドラゴンの怒りを買った。

 小さき存在が己を愚弄するなど、許せなかったのだ。

 

「ギャァァァァァァオォォォォォォ!!!」

 

 今までにない、凄まじい咆哮が鳴り響く。

 だがノートは怯まない。

 目の前のドラゴンに敗北するビジョンは、既に持ち合わせていなかったのだ。

 

「カリーナさん、危ないかもしれないんで離れててください」

 

 そう言い残すと、ノートは変異ドラゴンの元へとゆっくり歩み出した。

 ドラゴンは更に怒りを覚える。

 咆哮と共に、口の中に急速に魔力を溜め込み始めた。

 

「ノート君!」

「大丈夫です」

 

 完全にノートを狙っている。

 それを理解してなお、ノートは大丈夫だと言った。

 

 そして、変異ドラゴンの攻撃が始まる。

 口の中に溜め込んだ魔力が岩と化し、砲弾の如くノートに襲い掛かってきた。

 この至近距離なら絶対に外れない。誰もがそう思った。

 

「無駄」

 

 ただしノートを除いて。

 ノートの小さな呟きに反応するように、背中から生えている像が、変異ドラゴンの攻撃を殴って軌道を逸らした。

 斜め後方に着弾した岩の砲弾が、広間の壁を崩す。

 

 ノートは完全に、魔人体を従えていた。

 あの無限に引き延ばされた意識の中で、その性質の一端も理解した。

 

「(やっぱりコイツは……強くて、重い)」

 

 故にこの「力」は、確実に目の前のドラゴンを倒すことができる。

 そう確信させる程の、圧倒的な「力」そのものであった。

 

 そんなノートの思考を知らず、変異ドラゴンは怒りに任せて次の攻撃準備に入る。

 口の中に溜まり始める魔力。

 だがノートに、その攻撃で誰かを傷つけさせるつもりは毛頭無かった。

 

 思い返す。魔人体の言葉を。

『我が名を呼べ』

 それが発動の合図になる。

 

「お前の……名前は」

 

 チャージを終えたドラゴンがノートに狙いを定める。

 それでもノートは怯まない。

 

 「力」を得たのだ。ならばあとは使い方次第。

 望むことは、守るための「力」。生きるための「力」。

 大切な人と未来に行くために……この「力」を使おう。

 

 変異ドラゴンが岩の砲弾を放つ。

 それと同時に、ノートはアルカナの名前を叫んだ。

 

「ナンバーⅧ『岩山のように、重く強い(ロック・ストロング)』!」

 

 ノートの魔人体から、黒い靄が消えていく。

 シルエットはマッシブな人型。

 その身体はゴツゴツとした岩で構成されており。

 獅子の頭部をしていた。

 

『ガオォォォ!!!』

 

 ノートの魔人体が咆哮する。

 それと同時に、右手の平を前に突き出した。

 

「弾き返せ!」

 

 迫り来る岩の砲弾はノートに当たる事無く、一瞬にしてドラゴンの真後ろへと弾き返されてしまった。

 ノート自身に反動は来ていない。

 それだけで、彼はこのアルカナの強さを実感した気がした。

 

「これが、ノート君の魔人体」

 

 カリーナはその姿を見て、圧倒的な存在感を感じていた。

 それだけではない、彼女の本能が『岩山のように、重く強い』の持つ圧倒的な「力」を感じとっていた。

 

 一方の変異ドラゴンは怒りを覚えた。

 小さな存在が「力」を持って自分に歯向かう事が許せなかったのだ。

 再び口の中に魔力を溜め始める。

 それと同時に、変異ドラゴンは足を大きく踏み込んだ。

 

 地面が揺れ、岩の大槍が生えてくる。

 ノートを下から攻撃するつもりなのだ。

 

 だがノートは動じない。冷静に地面にタッチし、バックステップする。

 

「地面ごと潰れろ!」

 

 ノートの下から岩の大槍が生えようとする。

 だがそれが叶う事は無く、ノートのいた場所から生えようとした岩は粉々に砕けてしまう。

 それだけではない、生えようとした地面そのものが大きく陥没してしまった。

 

 それを見ていたカリーナ、そして変異ドラゴンは何が起きたか分からなかった。

 何故岩が突然砕かれたのか。いや、何故岩が押し潰されてしまったのか。

 動揺しつつも、変異ドラゴンは口に溜め込んだ魔力を解放する。

 

 魔力は岩の弾丸と化し、ノートに襲い掛かった。

 

「潰せ! 『岩山のように、重く強い』!」

『ガオォォォォォォ!!!』

 

 獅子の咆哮が鳴り響く。

 ノートの魔人体が勢いよく腕を振り下ろすと、迫り来る岩の弾丸が次々に落下していった。

 凄まじい力に押さえつけられて、岩は地面にめり込む。

 

 これがノートのアルカナ『岩山のように、重く強い』の能力。

 純粋かつ強力な「力」。重力操作能力である。

 

 この世界に重力を操る存在がいるとは、想像もつかない変異ドラゴン。

 動揺し、その動きを止めてしまう。

 

 その隙を逃さんと、ノートは変異ドラゴンの懐目掛けて駆け出した。

 

「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

「うぉぉぉ!!!」

 

 慌てて口に魔力を溜め込もうとするドラゴン。

 だがチャージが終わるよりも早く、ノートが腹の前に来ていた。

 

「ぶっ飛べェェェ!!!」

『ガオォォォン!!!』

 

 獅子の咆哮と共に、魔人体の拳が変異ドラゴンの腹に叩きこまれる。

 元々の尋常ならざる威力に加えて、重力の向きまで変えて放たれた一撃。

 その一撃を受けた変異ドラゴンは、軽々と吹き飛ばされて、広間の奥の壁に叩きつけられてしまった。

 壁が砕け、岩の雪崩に埋もれるドラゴン。

 それを見届けた後、ノートはカリーナの元へと駆け寄った。

 

「カリーナさん、ライカは大丈夫ですか」

「大丈夫よ、もう治癒魔法もかけた。それよりノート君は?」

「方が痛いですけど、俺も大丈夫です」

「怪我してるのを大丈夫とは言わないのよ」

 

 そう言ってカリーナはノートに治癒魔法をかけ始める。

 カリーナの治療で腕の傷が癒えてきた頃、気絶していたライカが目を覚ました。

 

「ん……あれ、私」

「ライカ!」

「目を覚ましたのね」

「……はっ、そうです! ドラゴンが!」

「それなら大丈夫よ。ノート君が倒したわ」

「ノート君がですか?」

 

 頭に疑問符を浮かべるライカに、カリーナはノートの後ろを指さす。

 そこで初めて、ライカはノートの背中から魔人体が出ている事に気がついた。

 

「ノート君。それ、魔人体ですか?」

「うん。ライカのおかげで出せるようになったんだ。ライカがいたから、俺は自分の「力」と向き合えた。本当にありがとう」

「そんな、私たいしたことしてないですよ」

「俺がお礼を言いたいだけだよ。帰ったらドミニクさんにもお礼言わなきゃな」

 

 実際、ライカとドミニクのおかげであった。

 彼女達が背中を預けさせてくれたおかげで、ノートは「力」と向き合えたのだ。

 そして今、目覚めた。

 ノートは自分の魔人体を見る。

 

「……絶対に呑まれたりしない。ライカのためにも、抗ってやる」

 

 そんなノートの決心を見定めるかのように、獅子の顔は此方を見下ろしていた。

 

 その直後であった、後方の岩の山がガラガラと音を立てて崩れ始めたのだ。

 岩山から変異ドラゴンが姿を出し始める。

 

「ちょっと、あれでも死んでなかったの!?」

「カリーナさん、どうしましょう!?」

「ノート君、悪いけどもう一発殴ってくれる? その間にアタシが脱出口を」

「大丈夫。もう手は打ってあります」

 

 眼を見開くカリーナとライカ。

 ノートは淡々と岩山がら這い出る変異ドラゴンを見ていた。

 

「ノート君、どうするですか?」

「あのドラゴンを倒す。それからダンジョンを出る」

「倒すって、あのドラゴンすっごく強いですよ」

「大丈夫。俺のアルカナなら、きっとできる」

 

 心配するライカの頭を軽く撫でると、ノートはそう言い残して変異ドラゴンへと歩み寄った。

 

 憎い相手が向こうから寄って来た。

 変異ドラゴンは翼を羽ばたかせ、岩を払い落とす。

 その眼には凄まじい怒りが燃えており、変異ドラゴンは間髪入れずノートに向かって駆け出した。

 

「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」

「潰せ! 『岩山のように、重く強い』!」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 凄まじい轟音が広間に鳴り響く。

 ノートに向かって駆け出していた筈の変異ドラゴンは、その動きを完全に止めている。

 何が起こったのか、ノート以外の誰もが一瞬理解できなかった。

 

「ギャ、ギャオ」

 

 変異ドラゴンの身体は、完全に地面にめり込んでいた。

 どれだけ力を入れても、身体が動かない。

 凄まじい重量を押し付けられて、身動きを封じられているかのようであった。

 

「口と足を封じ込めば、お前はもう攻撃できない筈だ」

 

 ノートが変異ドラゴンに語り掛ける。

 実際、変異ドラゴンは完全に封じ込められていた。

 口が開かない。足が動かない。

 攻撃が出来ない。

 どれだけ怒りを燃やそうとも、上からかかる強大な重さに抗えない。

 

「抵抗しても無駄だ。俺の『岩山のように、重く強い』は、お前の周りの重力を操っている。この世界のルールで生きている以上、お前も重力には逆らえない」

 

 だがもはや、怒り狂った変異ドラゴンには届いていない。

 変異ドラゴンは必死に動こうとするが、重力がそれを阻む。

 早く終わらせよう。

 ノートは自分の魔人体に指示を出した。

 

「止めを刺せ! 『岩山のように、重く強い』!」

『ガオォォォン!』

 

 ノートの指示を受けた魔人体が、押し潰されている変異ドラゴンの首と胴体を掴む。

 

「ギャァァァオ!」

 

 悲鳴を上げようとする変異ドラゴン。

 だがそんな事はお構いなしだ。

 魔人体は力任せに、身動きが取れない変異ドラゴンの首を引っ張る。

 

『ガァァァァァァオォォォォォォン!!!』

 

 凄まじい咆哮。

 それと同時に、ブチィィィンと肉が千切れる音がする。

 ノートの魔人体が持つ、圧倒的な腕力によって、変異ドラゴンの首は完全に引き千切られた。

 

 魔人体が絶命した変異ドラゴンを手放す。

 重量のある首と胴体が、何も言わずに地面に落ちた。

 

「はぁ、はぁ……倒しました」

 

 肩で息をしながら、ノートは振り向く。

 そこには唖然とした表情のカリーナとライカがいた。

 

「すっご」

「すごいのです」

 

 褒められ慣れていないノートは、顔を赤くして頬をかくばかりだった。

 

「と、とりあえずボスモンスターを倒したことだし、皆で帰ろう」

「そうですね。ノート君もお疲れ様なのです」

「俺はライカの方が心配だけどなぁ、怪我してたし」

「へっちゃらです」

 

 もう邪魔する存在はいない。

 岩出塞がれた出入り口は、カリーナが魔法でこじ開けた。

 

「二人共、早く帰るわよー!」

「「はーい」」

 

 これで任務完了だ。仲間達の元に帰ろう。

 魔人体に変異ドラゴンの死体を運ばせながら、ノートはダンジョンを後にするのだった。



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第二十九話:俺は……

 ノート達がダンジョンを出ると、そこにはギルドの職員が待機していた。

 職員はノートが運んできた変異ドラゴンを見ると、大層驚いていたが、今優先すべきはそれではない。

 カリーナは背負っていたシーラを職員に引き渡し、彼女を病院へ連れて行くよう言った。

 ノートも変異ドラゴンの死体をギルド職員に押しつけて、後日買取金を渡してもらう事となった。

 

 街に戻ると、今度はドミニクが迎えてくれた。

 彼はノートの顔を見るや、何かを察したように「一皮剥けてきたな」と言った。

 ノートは少し赤面しながらも、右手の甲を彼に見せる。

 それだけで何があったのか、ドミニクには伝わった。

 

 それはそれとして。

 ノートとライカの傷がまだ残っているので、二人も病院で治療を受ける事となった。

 

「いてて」

 

 左腕の傷を病院のヒーラーに癒やして貰ったのだが、やはりそこは治癒に慣れていないノート。

 元々傷が深めだった事もあって、妙な痛みを感じていた。

 

「ハハハ。いやーしかし、今回はよくやったなノート」

「叩かないでくださいよ。まだ痛いんですから」

「治ってるんだから、気にすんな」

 

 肩を叩きながら笑い声を上げるドミニク。

 ノートは口では嫌がっても、本気で拒絶はしなかった。

 すると、病院の待合室に一人の少女がやってくる。

 

「あっ、ノート君も治療終わりましたですか?」

「ライカ、もう大丈夫なの?」

「はい。あれくらい擦り傷なのです」

 

 傷があった額を見せながら、ライカは笑顔で答える。

 そこにあった筈の傷は、治癒魔法のおかげで跡形もなく消えていた。

 ノートは一人胸を撫で下ろす。

 流石に女の子の顔に傷が残るのは、後味が悪かった。

 

「それにしてもノート。よくあんなデカぶつドラゴン仕留められたな」

「あっ、それは」

「ノート君のアルカナのおかげなのです」

「そういうことです」

「ほう……八番のアルカナか、どんな能力だ?」

 

 興味津々といった様子で聞いてくるドミニク。

 ノートはなるべく分かりやすさを心がけながら、能力の説明をした。

 

「重さを操る。なんだそりゃ?」

「なんだか難しいお話なのです」

「えーっと、図解したら分かりやすいかもしれないんで、帰ったらもう一回説明しますね」

 

 流石に剣と魔法のファンタジー世界で重力を説明するのはハードルが高かった。

 

「そういえばカリーナさんはどこなのです?」

「アイツならギルドの方で色々手続き中。ノートが持って帰ってきたドラゴンの買取関係だ」

「なんか、お手数おかけします」

「そんなこと言うな。あのレベルの獲物だ、ボーナススゴいぞー」

 

 ノートの頭をわしゃわしゃとしながら、ドミニクが言う。

 その対応が、ノートにとってはどこか心地よかった。

 

「そんじゃ、二人共治ったことだし、帰るとすっか」

「はいです」

 

 ノート達が病院を後にしようとした、その時であった。

 三人の元に一人の少年が駆け寄ってきた。

 

「待ってくれ!」

「……なんだ。救助依頼ならもう終わったぞ」

 

 慌てて来たのは今回の救助の依頼主、レオだ。

 レオはドミニクの姿を確認すると、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございました。シーラを、仲間を助けてくれて」

「おいおい、何勘違いしてるんだ?」

「勘違い?」

「頭を下げる相手を間違えてるってんだよ」

 

 ドミニク黙ってノートを指さす。

 それを見た瞬間、レオの顔が強張った。

 

「今回お前の仲間を助けようって言い出したのは他でもねー、ノートだ」

「そ、それはわかって」

「それだけじゃねー。お前んとこのパーティーを全滅させた変異ドラゴンを始末したのも、ノートだ」

「……はい」

 

 一応ノートとドミニクは病院に来ると同時に、シーラの病室を訪れていた。

 無論、そこにいるレオにも会っている。

 そこでドミニクは、カリーナから聞いた今回の顛末をレオに教えていたのだ。

 ノートが変異ドラゴンを倒した事も含めてだ。

 

「お前がノートに頭を下げたくないってのは分かるが、少しは現実を見たらどうなんだ?」

「……」

 

 押し黙ってしまうレオ。

 だがそれも数秒。

 レオはノートを一瞥すると、軽く頭を下げた。

 

「……ありがとう」

「言えたじゃねーか。どうするノート」

「えっ、俺に振るんですか!?」

「当然だろ」

 

 ノートは初めて遭遇する状況に少し戸惑う。

 だが一度深呼吸をして落ち着くと、ノートは冷静に対処できた。

 

「いいさ。俺が勝手にやったことだから」

 

 きっと対応次第ではレオに恩を売る事もできただろう。

 だがノートはそれを良しとしなかった。

 あくまで自己責任。それてかつ、パーティーの品格を保つ事に終始した。

 その選択は正しかったのか、ドミニクは何も言わずノートの頭を撫でた。

 

「要件は終わりか? じゃあ俺達はこれで」

「待ってくれ! もう一つあるんだ!」

 

 病院を去ろうとして、再び呼び止められる。

 ドミニクは面倒臭そうに頭をかきながら、振り返った。

 

「なんだよ、まだ用事あんのか?」

「ノートに、用事が」

「えっ、俺?」

 

 今更何の用だろうか。

 何か嫌味でも言うのだろうか。いや、ドミニクがいる場所で言うとは思えない。

 では何だろうか。ノートには見当もつかない。

 

 だがレオが次に発した言葉は、ノートの予想を大きく外してきた。

 

「ノート、パーティーに戻ってきてくれないか?」

「……へ?」

 

 ノートは変な声を漏らし、ドミニクはこめかみをピクリと動かす。

 

「もちろん、今までの事は謝る。ウチにはお前が必要なんだ。だから頼む、戻ってきてくれ」

「それは……」

「おいおい坊主よ、黙って聞いてたら好き勝手言ってくれるじゃねーか」

 

 何かを言おうとしたノートを遮って、ドミニクが話し始める。

 

「お前は自分の意志でノートを追放したんだろ? なのにコイツの本当の実力を知って惜しくなったのかは知らねぇが、いきなり戻ってこいなんて都合が良すぎると思わないのか?」

「た、確かに都合が良いとは思うさ。だけど、元はと言えばノートはウチのパーティーメンバーだ! 迎え入れて何が悪い!」

「自分がしたことを思い返せよ三下。ノートを侮辱してパーティーから追い出して、一度は餓死の危機に陥れたんだぞ」

「(俺、別に餓死はしかけてないんだけど)」

 

 だがノートは口には出さなかった。

 

「それに加えて今回の件だ。お前は自分の判断ミスで仲間を死なせたことを分かってんのか?」

「ッ!」

「生き残ったもう一人も、あの傷じゃあ冒険者を続けられないだろう。仲間を死なせると分かりきってるリーダーの元に、誰が好き好んでついて行こうと思うんだ?」

「そ、それは」

「もう一度言ってやる。パーティーリーダーの使命は、仲間を死なせないことだ。二人も死なせた時点で、リーダーの器じゃないってことを証明したようなもんだよ」

 

 レオは何一つ反論できない。

 それでもなお、ドミニクは続ける。

 

「それでも無理にノートを連れて行こうってんなら……」

 

 ドミニクとライカは、ほぼ同時に魔人体を出した。

 

「俺達が全力で止めさせてもらうぞ」

「ノート君は、私達の大切なお仲間さんなのです!」

 

 棺桶型の魔人体からマスケット銃を取り出し、その銃口をレオに向けるドミニク。

 レオは顔を青ざめさせながらも、ノートに視線を向けた。

 

「ノ、ノート。お前は分かってくれるよな?」

「レオ……」

「俺にはもう、お前しかいないんだよ! だから頼む、戻ってきてくれ!」

 

 情けなく涙目になりながら、懇願するレオ。

 だがノートは何も言わない。

 無言のノートを、ライカは不安そうに見る。

 

「ノート君?」

「……大丈夫だよ、ライカ」

 

 ノートの心は決まっていた。

 ならば後は言葉にするのみ。

 

「レオ。俺は……ノートだ」

「……なにを」

「俺は……『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』の冒険者、ノートだ!」

 

 堂々と言ってのけるノート。

 その言葉には、不動の意志が宿っていた。

 

「ノート、なに言ってんだ……俺達仲間だっただろ?」

「前はそうだったかもしれない。でも今はこの人たちが、俺の大切な仲間なんだ」

 

 ライカとドミニクを見る。

 本当に大切な事を教えてくれた、かけがえのない存在。

 今のノートにとって、彼らは最高の仲間であった。

 

「俺はもう、お前のところには戻れない。これからはお互い別々の道を」

「そんなにSランクの肩書が恋しいのか! 薄情者!」

「レオ、俺の話を聞いてくれ」

「やっぱりお前なんかを信用するんじゃなかった! お前なんか最初から拾わなければ――」

「おーっと、その辺にしておけよ。クソガキ」

 

 マスケット銃の銃口を、レオの額に押し当てるドミニク。

 淡々とした様子であったが、その瞳には強い怒りが燃え盛っていた。

 

「別にな、お前がどうなろうが俺は知ったこっちゃあないんだ……だけどなぁ、俺の仲間を侮辱するんだったら話は別だ」

「ヒ、ヒィ」

「喧嘩なんて生易しいことは言わねえ。ワンサイドゲームだ。ここで人生終わらせるか?」

 

 レオはへなへなと、その場で崩れ落ちる。

 ノートはそんな彼の元にしゃがみ込んだ。

 

「レオ。色々あったけど、ここからはお互い別々の道をあるこう」

「……ノート」

「俺は、お前がすごい冒険者になるのを祈ってるから」

 

 そう言い残すと、ノートは立ち上がり、ドミニク達の元へ戻った。

 

「いいのか、それで?」

「いいんです。これで綺麗に終わりました」

 

 レオの方へは振り向かず、ノートは仲間と共に病院を後にする。

 これで、一つのしこりが終わったのだ。

 これからは、前を向いて生きよう。

 

「ノート君」

 

 ふと、ライカが手を握ってきた。

 

「ライカ、どうしたの?」

「ノート君は、どこかに行ったりしないですよね?」

「しないって、安心して」

「じゃあ、約束してください」

 

 ライカは一度手を離してから、小指を差し出した。

 どうやらこの世界にも、指切りはあるようだ。

 

「うん。約束する」

「ゆーびきーり、げーんまーんです!」

 

 ノートは迷わずライカの小指に、自身の小指を絡める。

 

 後悔はない。この人たちを選んだ事に、間違いなどある筈がないのだ。

 ノートは晴れ晴れとした気持ちで、仲間達が待つ本拠地へと帰るのであった。

 



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第三十話:異世界転生も悪くない

第一章エピローグ。


 魔人体が覚醒した翌日。

 ノートは本拠地の庭で、観察されていた。

 

「タイスさん、いつまで座ってればいいんですか?」

「魔人体のスケッチが終わるまでよ」

「早くしてくださーい」

「ノート君、頑張ってくださいです」

 

 魔人体を出しながらぼやくノート。

 長らく空白であった八番のアルカナという事を聞いて、タイスの学者魂に火がついたのだ。

 ノートは椅子に座ったまま魔人体を出して、タイスのスケッチに付き合わされている。

 ちなみにライカはただの見学だ。

 

「なるほど、顔以外はおおよそ岩で出来ているのね……岩を剥がせないのかしら?」

「やめてください! なんか不安になります!」

「タイスさん、無茶はダメですよ!」

「二人共、冗談よ」

「本当ですか?」

「(絶対半分本気だった)」

 

 そんなやり取りをしつつ、十分程でスケッチは終わった。

 ノートはやっと動けると肩を動かす。

 

「ノート君、お疲れさまなのです」

「じゃあノート君、今度は能力の説明をして頂戴」

「えぇ、またですか!?」

「メモしてなかったのよ。ほら説明して」

 

 ノートは渋々地面に図解を書いて、重力について説明をした。

 

「重力。なるほど、万物は上から下にいくというのは面白い概念ね」

「私には難しくて、よくわからないのです」

「まぁ実際難しいと思うよ。で、俺はその上から下にかかる力を操ることができるんです」

「それは、強力ね……ところでノート君、一つ質問いいかしら?」

「なんですか?」

「ノート君は初めに使っていた弾く能力。この重力を操る力と関連性がないように見えるのだけど」

「言われてみれば……そうなのですか?」

「あぁ、そのことですか」

 

 ノートは再び図解して説明をした。

 

「結局の所、俺の能力の本質って重力を操ることなんですよ」

「それはさっき聞いたわ」

「人間が上に飛び跳ねても空へは行かず、地面に落とされますよね」

「そうですね」

「弾く能力は、本当は弾いていたんじゃないと思うんです」

「どういうこと?」

 

 ノートは更に地面に図を書く。

 

「あの能力は要するに重力の向きを変えてたんですよ。上から下に落ちる力を横に向ける。そうすることで疑似的に弾いているように見えたんだと思います」

 

 つまり横に向かう強い重力が、攻撃を跳ね返す。

 それが弾いているように見えていたのだ。

 マルクとの模擬戦で木にくっついたのもこれの応用だ。

 手に向かうように重力の向きを変えていただけなのだ。

 

 ノートの説明で理解したタイスは「なるほど」と納得する。

 ライカは頭から煙を噴いていた。

 

「三人ともー! 何やってんのー?」

 

 声がした方へと振り向くと、カリーナがいた。

 

「あらカリーナ。ちょっとね」

「タイスさんがノート君の魔人体をスケッチしてたです」

「あぁ、恒例の」

「恒例なんですか?」

「ライカとドミニクもやられたわよ」

 

 どうりでライカが助けてくれない筈だ。

 ノートは少し恨めしそうにライカを見る。

 

「ラーイーカー?」

「あうぅ、ごめんなさいなのです」

 

 舌を少し出して謝るライカ。

 ノートは不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

「ところでカリーナは? 洗濯?」

「えぇ。今日はいい天気だから、よく乾くわよ」

 

 カリーナに言われてノートは気がついた。

 なるほど、爽やかな青空が広がっている。

 

「二人共タイスの用事が終わったら、こっちも手伝ってよ」

「じゃあ私は今すぐに!」

「あぁ、俺も俺も!」

 

 タイスから逃げるように、洗濯の手伝いに行くノート。

 流石に少し疲れていたのだ。

 そんなドタバタをしていると、庭に二人の男がやって来た。

 

「なんだ、全員ここにいたのか」

「ヒャーハー! 俺らを仲間外れにするたーいい度胸じゃねーか!」

 

 眠そうなドミニクと、不機嫌そうなマルクであった。

 カリーナはドミニクを見るや、彼を睨みつける。

 

「ドミニク、アンタ今何時だと思ってるの?」

「ご機嫌な昼下がりだな」

「もう昼下がりだっつってんの! アンタも少しは家事を手伝いなさい!」

「えぇ、俺リーダーだぞ」

「リーダーなら率先してやれ!」

 

 洗濯物を置いて、ドミニクを追いかけ始めるカリーナ。

 ドミニクは飄々とした様子で逃げ始めた。

 そんな彼らの日常を見て、ノートは少し笑みが零れる。

 

「もう、ドミニクさんは」

「……ノート君、少し変わりました?」

 

 突然ライカにそんな事を言われて、ノートは心臓が一瞬高鳴る。

 

「えっ、なんで?」

「少し顔つきが変わった気がするです」

「そんなにだらしない顔だった?」

「違います」

 

 するとライカは、満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

「ノート君、今すっごく綺麗な笑顔してます」

 

 そう言われて初めて、ノートは気がついた。

 自分が自然と笑顔になっている事に。

 

「そっか……そっか」

 

 ノートは自分の変化を、容易に受け入れることができた。

 変わる事は恐怖する事ではない。

 もしも道を間違えてしまっても、仲間が叱ってくれる。

 その幸せに気がついたノートの心は、生き生きとしたものであった。

 

「おーいノート! カリーナを止めてくれー!」

「だめです! 自分でなんとかしてくださーい!」

 

 ニシシと笑うノート。

 彼は隣にいるライカを見て、ある事を告げた。

 

「ライカって夢はある?」

「夢ですか?」

「そう。俺は特に無いんだ。今までずっと、夢なんか持とうって思えなかったから」

 

 それは、生きることに必死だったから。

 だけど今は違う。

 

「俺、夢を探したいんだ。このパーティーで、この仲間達の中で、自分の夢を探したい」

「ノート君」

「だからさ、すごく勝手なお願いなんだけど……ライカにも頼んでいいかな?」

「何をです?」

「俺の夢を探すの、そのお手伝いってやつ」

 

 はにかみながら、ノートは手を差し出す。

 ライカは迷う事なく、その手をとった。

 

「はい、喜んでです」

 

 握手をする。ライカの手は温かく、優しさに溢れている気がした。

 

「あっ、カリーナさんが魔法使い始めた」

「ひゃあ! 流石に止めないとマズいのです!」

 

 ライカは大急ぎでカリーナを止めに行く。

 ノートはそんな彼女の背中を見ながら、今ある幸せを噛み締めていた。

 

 自分を受け入れてくれる仲間がいる。

 自分を信じてくれる人たちがいる。

 何気ない日常を享受できる。

 

 それは、十四年拗らせてきた考えを変えるのに、十分な要素であった。

 

 あぁ、本当に……

 

「(異世界転生も、悪くない)」

 

 未来を生きよう。

 夢を探そう。

 この世界で、仲間達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

【第二章に続く】




第一章はここまでとなります。
お気に入りや評価ありがとうございます。
まだの方もよければお気に入り登録等お願いいたします。

第二章は書き溜め等をするために、しばらくお時間いただきます。
どうかお待ちくださいませ。


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第二章
第三十一話:ステゴロ令嬢現る!


 昼下がりの街を、顔も隠さずに歩く。

 そんな些細な事に、もう恐怖するノートではない。

 

「ノート君、荷物重くないですか?」

「ヘーキヘーキ。全部『岩山のように、(ロック・)重く強い(ストロング)』に持ってもらってるから、軽いもんだよ」

 

 アインスシティの街道を、ノートとライカが歩いている。

 今日はドミニクに日用品の買い出しを頼まれたのだが、その量が尋常ではなかった。

 

「多分ドミニクさんもこうなる前提で俺達に頼んだんだと思うし」

「そうですね……ちょっと目立ってる気はしますけど」

 

 とても十四歳二人には持てないであろう、調理器具や武器の整備用品等の数々。

 ノートはそれらを巨大な布に包んでもらって、自身の魔人体に持たせていた。

 当然ながら荷物は楽々運べているのだが……背中から獅子の顔を持った岩の巨人を出しているノートが、目立っていない筈が無かった。

 

「……やっぱりちょっと視線が痛いかな」

「今は人の多い時間帯ですからね~。人が減るまで少し休憩しますか?」

「そうする」

 

 無能者として冷たい視線を浴びるのは嫌だが、珍獣を見る様な目で見られるのも嫌だった。

 ノートとライカは街の中央にある大きな噴水に腰掛けて、一休みする事にした。

 もちろんノートは、魔人体を消している。

 

「それにしても、スゴイ量の荷物」

「そうですねぇ。でも仕方ないですよ」

「そうなんだよなぁ……ドミニクさんとマルクさんが大喧嘩して色々ぶっ壊したから」

 

 ちなみに喧嘩の原因は、最後の一切れの肉をどちらが食べるかについて。

 ノートやライカの制止虚しく、破壊されていく物品たち。

 最後にはキレたカリーナによって、二人は制裁された。

 彼らは今も本拠地で反省中である。

 

「でもこれも、ウチの日常なんだよね?」

「はいです。ノート君も少し慣れてきましたね」

「そりゃあ慣れるよ。色々あったから」

 

 ふとノートは空を見上げて、回想をする。

 全てのきっかけは、前のパーティーから追放されたノートがライカと出会った事。

 彼女の紹介で出会ったドミニクにその素質を評価されて、Sランク冒険者パーティー『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』に所属するようになってから、もう二ヶ月半が過ぎようとしていた。

 

「みんな個性が強いけど、良い人ばかりだし。俺はこのパーティーに入れて本当に良かったと思ってるよ」

「ふふ。良かったのです」

「だから、その……ありがとう、ライカ」

「なにがですか?」

「いやその、パーティーに入る切っ掛けを作ってくれた事について」

「そのことですか」

「そのことです」

 

 ライカはニパっをと可愛らしい笑顔を、ノートに向ける。

 

「お礼を言うのは私の方なのです。ノートが来てくれたから、あの時助かったんですよ」

「どう考えてもつり合い取れてないと思うんだけどなぁ」

「つり合いなんて考えちゃメッですよ」

「それ言われるのが一番困るんだけど」

 

 ノートは無意識に首の裏を掻きむしる。

 ライカだけではなく『戦乙女の焔』のメンバー全員に、ノートは多大な恩を感じていた。

 なんとかして恩返しをしたいのだが、どうにも上手くいかない。

 

「ノート君は借りを返したいんですか?」

「いや、借りと言うか恩と言いますか」

「恩返しです?」

「そう、恩返し」

「うーん……どうしましょう?」

 

 腕を組んで考え込むライカ。

 それを見たノートは、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 

「あっ、そうです! ノート君はゆっくり考えれば良いんですよ」

「どういうこと?」

「私達はこの先ずっと同じパーティーなのです。だから時間はいっぱいあるんですよ」

「えっとつまり、いいタイミングが来るまで気長に待てってこと?」

「そうなのです」

 

 なんだか上手くはぐらかされた気がするノート。

 だがきっと、他のパーティーメンバーに聞いても同じ答えが返ってくる気がしていた。

 

「……ゆっくり考えるか」

「焦っちゃダメなのです」

 

 ノートは空を見上げて、ぼうっとする。

 この世界に転生して随分経つが、こうしてのんびりと思考を休めるのは何時ぶりだろうか。

 

「なんか、たまにボーっとするのも、気持ちいいんだな」

「そうですね。今はゆっくりくつろぐです」

 

 ライカの言う通りにしよう。

 ノートが目を閉じて思考を止めると、周りの雑音がクリアに聞こえてくる。

 行き交う人々の足音に、噴水の音。

 そして男の怒鳴り声と、取り囲む喧騒……

 

「……え?」

「なんだかギルドの方が騒がしいですね」

「また誰かが何かやってるのかな?」

 

 そもそも冒険者は荒くれ者が多い。それ故ギルドはいつでもトラブルの嵐だ。

 喧嘩もあれば、レオのように救難クエスト騒ぎを起こす者もいる。

 一番胸糞悪いのは、クエスト中に死者が出たパーティーの喧嘩。

 関わった所で精神に良くない、と教えたのはドミニクだ。

 ノートは言いつけ通りに知らんぷりしようとしたが……今は少し機嫌が悪かった。

 

「ったく、誰だよ。人が静かに休息を取ってたのに」

「あはは、でもこの街ではよくある事ですから」

「……ライカ、荷物見てて」

「いいですけど、どこに行くですか?」

「ちょっと騒いでる奴の顔見てくる」

 

 何処のどいつが騒いでいるのか、ノートはその面を拝みたくなったのだ。

 そしてあわよくば文句の一つでも言ってやろうと思った。

 ライカの制止も聞かず、ズンズンと野次馬の中に身体を押し込むノート。

 一歩前に進む度に、騒ぎの中心が見えてきた。

 

「おいおい嬢ちゃん。ぶつかっておいてゴメンの一言もねーのか?」

「こりゃもっと誠意ある詫びが必要だなぁ」

 

 目に入ったのはいかにも柄が悪そうな男二人。

 そしてそいつ等に絡まれている、哀れな少女二人だ。

 

「ぶつかった? 勝手に因縁をつけてきたのはそっちでしょう?」

「いきましょうお嬢様。こんな虫けらは相手にする価値もありません」

 

 冒険者ギルドには似つかわしくない綺麗な服を着た、栗色の髪の少女。

 もう一人は、剣を携えている黒髪の少女。

 二人は揃って呆れ顔で、男達に対応していた。

 

「おい嬢ちゃん達。あんま生意気なこと言ってると痛い目見るぜ」

「こう見えても俺達はBランクの実力者よ」

「へー、そうですの」

「全く興味ないな」

 

 Bランクといえば、それなりの実力者。

 普通ならもう少し驚いたリアクションでも取る所だが、二人の少女は白けたものであった。

 

「なんだぁお前ら? もしかして田舎から上がってきたばかりの初心者かぁ?」

「なら丁度いい。俺達が冒険者のマナーってやつを教えてやるぜ」

「近くに安宿もあるしなぁ、ギャハハハハハハハ!」

「それによく見れば二人とも楽しめそうな身体してるじゃねーか」

 

 男の一人が栗色の髪の少女に手を伸ばそうとする。

 しかし黒髪の少女がその腕を掴んで阻止した。

 

「おい貴様。気安くパンジーお嬢様に触れるな」

「なんだなんだ? お前から相手してくれるのか?」

「俺達はべつにどっちからでも良いけどよ」

「……ふぅ、やはり害虫は駆除するに限るな」

「黒髪のお嬢ちゃん、そんな事言わずに先輩の言うことを聞いた方がいいぜぇ」

 

 もう一人の男が、今度は黒髪の少女に手を伸ばそうとする。

 それとほぼ同時に、黒髪の少女は腰に携えていた剣に手をかけようとするが……

 

「あら、わたくしの可愛い従者に手を出そうというの?」

 

 瞬間、栗色の髪の少女の雰囲気が変わった。

 先程までとは明らかに違う。完全に戦う者の目をしている。

 

「アイビー、剣を納めなさい」

「ですがお嬢様」

「わたくしのいう事が聞けないのかしら? 剣を納めなさい」

「……かしこまりました」

 

 命令を聞き入れて、黒髪の少女は剣から手を離す。

 

「で、貴方達。そんなにわたくし達に相手をして欲しいのかしら?」

「お、やる気になったのか?」

「いいねぇ積極的で。そういう女は嫌いじゃないぜぇ」

「……嫌という程、お相手して差し上げますわ」

 

 栗色の髪の少女がそう言った次の瞬間。

 少女の服装が、瞬く間に真っ赤なカクテルドレスへと変化した。

 何かの魔法だろうか。しかし服だけを変化させる魔法など誰も聞いた事が無い。

 野次馬が少々騒がしくなる。

 

「おっ、その真っ赤なおべべで俺達の相手をしてくれるのか?」

「えぇそうですわ……ただし、喧嘩のお相手ですが」

 

 栗色の髪の少女は何処からか一枚の金貨を取り出した。

 

「ワンコイン、ベット」

 

 チャリン。

 手にした金貨を自分の身体に投げ込む少女。

 その金貨は何の抵抗も無く、少女の身体に入ってしまった。

 

「さぁて。わたくしの可愛い従者に不埒を働こうとした糞野郎二匹を始末しましょうか」

「テメェ、俺らに喧嘩売ってんのか?」

「最初からそう言ってますわ」

 

 男達の顔がみるみる赤くなっていく。

 小娘に馬鹿にされたのが相当気に入らなかったらしい。

 

「では迅速かつ優雅に終わらせましょう」

「この女《アマ》ァ!」

 

 男の一人が剣を抜き取り、栗色の髪の少女に振り下ろそうとする。

 野次馬から悲鳴が幾つが上がるが、当事者である少女達の顔は涼しいものであった。

 

「破ァァァ!」

 

 それは刹那の出来事であった。

 栗色の髪の少女が声を上げると、男が振り下ろす剣より早く、少女の拳が猛スピードで男の腹部にめり込んだ。

 

「ゴフッ!?」

 

 小さな声を漏らす男。

 彼は衝撃で剣を落としたどころか、少女の拳を食らった勢いで、そのままギルドの天井に突き刺さってしまった。

 呆然となる野次馬と男達。当然ノートも呆然状態だ。

 

「え? な、なんで?」

「ナンバーⅢ『贅を尽くす女帝の栄光(レッド・エンプレス)』。わたくしをか弱い令嬢とでも思ったのですか?」

「テ、テメェよくも俺の仲間を!」

 

 もう一人の男が、栗色の髪の少女に襲い掛かる。

 だが少女はそれすらも冷めた目で見ていた。

 

「この野郎!」

「破ッ!」

 

 残像を伴う拳が一発、鈍い音と共に男に叩きこまれた。

 

「ゴフッ!?」

 

 そのまま崩れ落ちる男。

 栗色の髪の少女はその男の髪を掴み、頭を持ち上げた。

 

「さて、謝罪していただきましょうか」

「しゃ、しゃざい?」

「わたくしの従者に不埒を働こうとした件についてですわ」

「誰がテメェなんかに頭を下げるか!」

「そうですか。では身体で謝罪して頂きましょう」

 

 そう言うと栗色の髪の少女は、男の頭を勢いよく床にめり込ませた。

 

「まったく。丸腰の軽装だからといって、お嬢様が弱いとでも思ったのか?」

「残念ですけど、こう見えてわたくしステゴロ上等ですの。夜露死苦《よろしく》ですわ」

 

 床と天井にめり込んだ男達に中指を立てる栗色の髪の少女。

 と、それを咎める黒髪の少女。

 

「しかし、件のパーティーは何処に居るのでしょうか?」

「さぁ? その内見つかるでしょう」

 

 二人は呆然とする野次馬をかき分けながら、ギルドを後にしようとしていた。

 ノートも呆然としながら、二人に視線をやる。

 

「何者なんだ、あの二人」

 

 見たことない強さの持ち主だった。

 栗色の髪の少女の服が、カクテルドレスから元に戻る。

 その瞬間、ノートは彼女の右手に目が行った。

 

「あっ、あれって!?」

 

 それはノートやライカの手にもあるものと酷似した痣。

 間違いない、彼女は……

 

「アルカナホルダーだ」

 

 これがノートと、ステゴロ令嬢ことパンジーの初邂逅であった。



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第三十二話:二人の来訪者

 急いで本拠地に戻ってきたノートとライカ。

 二人は食堂で呑気しているドミニクに、ギルドでの出来事を伝えていた。

 

「という事があったのですよ」

「ドミニクさん、聞いてます?」

「あぁ、聞いてる聞いてる」

 

 椅子に座ってくつろぎながら、煙草をふかすドミニク。

 前髪に覆われた目には、強い興味が光っていた。

 

「三番のアルカナを持つ女か……気になるな」

「ドミニクさん、探してパーティーに誘うですか?」

「場合によってはな。本人の意志と人間性次第だ」

「じゃあ探しに行きますか? 多分まだこの街にいると思いますし」

 

 ノートがそう言うと、ドミニクは困ったように首の裏を掻いた。

 

「そうしたいのは山々なんだけどよー。俺この後面倒くさい予定があるんだ」

「アンタに言わせりゃ、どんな用事も面倒くさいになるでしょーが」

 

 食堂にカリーナの声が響き渡る。

 彼女は鞄を持って出かける準備をしていた。

 

「あれ、カリーナさん。今からお出かけですか?」

「聞いてよライカ。さっきギルド長の使いの人が来て、いきなりアタシとドミニクを呼び出したのよ」

「ギルド長が? Sランクパーティーの腕を見込んでの特殊クエストの依頼とか?」

「そんな都合のいい展開だったらアタシ達は苦労しないわよ。内容次第だけど、今までの経験則から絶対厄ネタに決まってるわ」

「そういう訳だ。あーメンドくせー」

 

 そう愚痴りながら、ドミニクは口から煙を吐き出す。

 こうあからさまに嫌がる辺り、今まで苦労したのだろうと、ノートは察する事しか出来なかった。

 

「あらあら。二人共随分虫の居所が悪いわね」

「あっ、タイスさん」

 

 ノートが面倒くさがる二人を見ていると、食堂にタイスがやって来た。

 

「あぁタイス。見ての通りドミニク共々心底面倒くさがってるわ」

「以下同文だ」

「そうなの。じゃあ私は追加で面倒事を押し付けなきゃいけないわね」

 

 げんなりした表情で、ドミニクとカリーナはタイスに視線を向ける。

 

「お客さんよ。可愛らしいお嬢さんが二人」

「客だぁ? 依頼ならギルドを通せって言え」

「残念ながら依頼じゃないみたいよ」

「となると、何の用でしょうか?」

「パーティー加入の希望者ですって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ドミニクとカリーナの目の色が変わった。

 

「へぇ。わざわざウチに入りたいって言うなんて……随分度胸のあるお客さんじゃない」

「久々だな。そういう希望者が来るのは」

「どうするドミニク。顔くらい拝んでみる?」

「そうだな……タイス、その客をここに連れて来てくれ」

「わかったわ」

 

 ドミニクの指示を受け、タイスは一度食堂を後にする。

 

「パーティー加入希望の人。どんな人なのでしょう?」

「さぁ? でもウチに入りたいって言うくらいだから、スゴい人なんじゃないかな?」

 

 ライカとノートは、これから来る客に様々なイメージを描いていた。

 そして数分後。タイスに連れられて二人の少女が食堂にやって来た。

 一人は小綺麗な服を着た、どこか気品のある、栗色の髪の少女。

 もう一人は剣を携えた、黒髪でつり目の少女。

 二人の姿を見たノートは口を大きく開けてしまった。

 

「お前らがウチに入りたいっていう命知らずか」

「はい、そうですわ」

「お嬢様に同じく」

「ぱっと見は、剣士の娘は強そうだけど……手ぶらの娘はどうなのかしら?」

「あの……ノート君、さっきからどうしたですか?」

「こ、この二人! ドミニクさん、この娘達ですよ。昼間にギルドで暴れてたの」

「なに? すると例の三番の女か?」

「あら、見られてましたの。これは少しお恥ずかしいですわ」

 

 わざとらしく恥じらう栗色の髪の少女。

 それはそれとして、例の話に出て来た少女がいると知ったドミニクは、一気に眼の色を変えた。

 

「では僭越ながら自己紹介をさせて頂きますわ。わたくしの名はパンジー・ド・リンクウッド。年は十八の駆け出し冒険者でございますわ」

「私の名はアイビー。パンジーお嬢様に使える従者だ」

「彼女もわたくしと同い年の駆け出し冒険者ですわ」

 

 二人の簡単な自己紹介を聞いたカリーナは、ため息を一つついた。

 

「リンクウッドって、貴女の実家って」

「はい。貴族ですわ」

「なんでまた冒険者なんかになろうとしたのよ。しかも一番荒っぽいウチに」

「それは」

「悪いけど、金持ちお嬢様のお戯れなら他所でやってくんない? ウチもそこまで暇じゃないのよ」

「まぁ待てカリーナ。その前に確認したい事がある」

 

 そう言うとドミニクは椅子から下りて、パンジー達の前に出た。

 

「お前ら……手の甲を見せろ」

「は? 何故手の甲を」

「入団面接の最初の質問ってヤツだ。ほら、さっさと見せろ」

 

 アイビーは渋々、パンジーは恐る恐るといった様子で手の甲を差し出す。

 同時にドミニクは、ノートとライカにも見るように言った。

 

「やっぱり……見間違いじゃなかったんだ」

 

 ノートはそう零す。

 アイビーの手には何もないが、パンジーの手の甲にはアルカナホルダー共通の痣があった。

 

「この痣が、見えるのですか?」

「うん。俺達も君と同じなんだ」

 

 ノート達は自分の手の甲をパンジーに見せる。

 その痣は、確かにパンジーに視認された。

 

「やはり……噂は本当だったのですね」

「噂、ですか?」

「Sランクパーティー『戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)』には、わたくしと同じ異能力を持つ者が集まっていると聞いたのですわ」

「私とお嬢様は、その噂を頼りにこの街にやって来たのだ」

「目的はもちろん、冒険者パーティー『戦乙女の焔』に入る為ですわ」

 

 これで彼女達の目的は分かった。

 しかしノートには一つ解せない事があった。

 先程カリーナが言っていたように、パンジーは貴族の生まれらしい。

 ならば何故、こんな危険な冒険者パーティーに入ろうとするのか。

 

「あの、パンジーさん」

「パンジーで構いませんわ」

「そ、それじゃあパンジー。どうして貴族なのに冒険者になろうとしてるの?」

「おい貴様、その事に触れる――」

「おやめなさいアイビー。わたくしの口から話しますわ」

 

 パンジーは軽く深呼吸をしてから、語り始めた。

 

「端的に言えばわたくし、実家を追放されたのですわ」

「追放!? なんで」

「簡単な話です。魔法の資質が無かった、それだけですわ」

「あっ……」

 

 そこまで聞いて、ノートは以前シドから聞いた話を思い出した。

 この世界は良くも悪くも才能主義。

 剣の才も魔法の才も無い者は、迫害されるばかりだ。

 

「その……ごめんなさい」

「謝る必要はありませんわ。きっと、貴方がたも同じなのではなくて?」

「まぁ……そんなところ」

「なのです」

 

 お互いの傷口に痛みが走ったところで、この話題は強制終了。

 アイビーが咳払いを一つして、彼女達の本題に入った。

 

「そういう訳で、わたくし達はこのパーティーに入りたいのですが……よろしいですか?」

「お嬢様には異能の力が、私は剣技と下級の付与魔法が使える」

「あら、魔法剣士なんて珍しいわね」

「そうなの、ライカ?」

「はい。魔法剣士は数が少ないのです」

 

 アイビーも中々の逸材らしい。

 問題はリーダーであるドミニクがどう答えるかだ。

 

「で、ドミニクはどうするつもりなの?」

「そうだな……方や俺らと同じアルカナホルダー。方や貴重な魔法剣士ちゃん。素材としては申し分ない奴らだ」

 

 腕を組み考え込むドミニク。

 パンジーとアイビーはその様子を緊張の面持ちで見つめていた。

 

「そうだな、修行にもなりそうだな」

「あの、答えは?」

「入団テストをする。お前達の実力と人間性を直接見させてもらうぞ」

「はい! アイビーもそれでよろしいですか?」

「私はお嬢様の言葉に従います」

 

 ひとまずの方向性が決まった事に加えて、追い払われずに済んだことに、パンジーとアイビーは安堵していた。

 

「よし、じゃあ早速テストをしてもらうか」

「あれ? ドミニクさん、ギルド長に呼ばれてるんじゃ」

「そうだな」

「まさか、カリーナさんに押し付けるんですか?」

「バーカ、んなわけねーだろ。ちゃんとギルド長のとこに行くよ」

「じゃあ入団テストは誰がやるんですか? もしかしてカリーナさん?」

「いや違う。お前らだよ」

 

 ドミニクはさも当たり前のように、ノートとライカを指さす。

 

「この二人がウチのパーティーに相応しいかどうか、お前らで見極めてくれ」

「なんだそういう事ですか。それなそうと……はぁ?」

「あ、あのドミニクさん? 私達が試験官をするのですか!?」

「最初からそう言ってるだろ。じゃ、任せたぞ」

「いやいやいやいや! 任せないでくださいよ!」

「そうなのです! 責任重大すぎなのです!」

 

 突然の事に、ノートとライカは必死にドミニクを引き留める。

 

「こういうのは普通パーティーリーダーがやる事でしょ!?」

「なのです!」

「んな事言っても仕方ないだろ。俺らギルド長に呼び出されてるし」

「ならもっとこう臨機応変にするとか」

「期待の新人(仮)を待たせちゃ悪いだろ。というわけで任せた」

 

 そう言い残すとドミニクは二人を振り解き、さっさと食堂を去ってしまった。

 

「ごめんね二人とも。アイツには後でキツく言っておくから」

「カリーナさん」

「でも試験官はしっかりしてね」

「カリーナさん!?」

 

 最後の希望、カリーナもそう言い残して本拠地を後にしてしまった。

 残されたノートとライカ。

 二人は呆然と途方に暮れていた。

 

「これは、本当に私達がやらなくてはなのです」

「お二人共、よろしくお願いいたしますわ!」

「異が……胃が痛い」

 

 入団テストの試験官。

 突然の無茶ぶりに、ノートとライカは目が死んでいた。



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第三十三話:怪事件

 パンジー達の事を押し付けたドミニクとカリーナ。

 彼らは煙草を咥えながら、冒険者ギルドを訪れていた。

 

「あっ、ドミニクさん」

「ようクラウド。仕事には慣れたか?」

 

 受付に座っている金髪の青年に、気安く話しかけるドミニク。

 こうして受付係に良い印象を与えておくのも、冒険者のテクニックなのだ。

 

「あはは、なんとかって所です。ドミニクさんは今日は依頼受付ですか?」

「ちげーよ。ババアからの呼び出しだ」

「ドミニク。一応目上なんだからギルド長って言いなさい」

「へいへい。ギルド長からの呼び出しですよーだ」

 

 ドミニクは不貞腐れながら訂正する。

 彼がギルド長に呼び出されるのは、これが初めてではない。故に、周りも特に湧き上がってがたりはしていなかった。

 むしろ面倒事を引き受けるであろう男達に、同情の視線を送っていた。

 

「ギルド長なら今執務室にいる筈です」

「そうか。そうでなきゃ困るんだけどな」

「じゃ、さっさと会いに行きますか」

「クラウドもたまには息抜きしろよ〜。制服とか手袋とか着けっぱなしじゃ肩凝るだろ」

「あはは、善処はします」

 

 軽口を叩きながら、ドミニクはカリーナを連れてギルドの二階へと登っていった。

 

 ギルド二階にある一際金のかかってそうな扉。

 今日の目的地であるギルド長の執務室だ。

 ドミニクはやや乱雑に扉をノックし、執務室に入る。

 

「おーいババア、来たぞー」

「あぁ、やっと来たかい。紅茶が冷めるかと思ったよ」

「悪ぃな。野暮用があったんだ」

「アンタ達はいつもそうだね」

 

 執務室の来客用テーブルとソファ。

 そこに座って、紅茶を用意しているのは老齢の女性。

 彼女が冒険者ギルドのギルド長である。

 

「まぁ座りな。紅茶でも飲みながらゆっくり話そうじゃないか」

「じゃあお言葉に甘えさせていただきますね」

「……おいババア、これハーブティーだろ」

「私の趣味さ」

「俺苦手なんだけどな」

「子供かアンタは」

 

 唇を突き出して紅茶を拒否するドミニクに、カリーナが背中を叩く。

 ひとまず二人はソファに座り、ギルド長の話を聞く事にした。

 

「で? 急に呼び出して今回はどんな要件だ」

 

 軽く睨みつけるドミニクに怯む事なく、ギルド長は紅茶を楽しむ。

 

「そう睨みつけなさんな。まずは紅茶でも飲んでリラックスしな」

「だからハーブティーは苦手だっつってんだろ」

「ギルド長、コイツの事はとりあえず放っておいていいと思います」

「あらそうかい? じゃあ、本題に入らせてもらおうかい」

 

 ギルド長がティーカップをテーブルに置くと、一気に部屋の空気が変わった。

 

「アンタ達、最近この街で起きてる連続変死事件を知ってるかい?」

「連続変死事件だぁ?」

「さぁ、存じ上げないです」

「まぁ、そうなるだろうね。自警団には情報統制をしてるからね」

 

 そう言うとギルド長は、何枚かの紙束をテーブルに出した。

 

「二カ月くらい前からだ。女の冒険者ばかりが突然奇妙な死に方をして発見される事件が相次いでいるんだよ」

「おいおい、殺人事件なら自警団の仕事だろ。俺らに聞かせてどうするんだ」

「妙な死に方って言ったろ。明らかに只事じゃない死に方をしてるんだよ」

 

 ドミニクはテーブルに出された紙を一枚手に取り、軽く中身に目を通す。

 

「発見は三日前。死んだのは二十一歳の女冒険者。かーっ勿体ねー。死ぬ前にお近づきになりたかったぜ」

「ドミニク! アホな事を言うな」

「へいへい」

 

 カリーナに注意されて、黙読に移るドミニク。

 紙は事件の詳細なレポートであったが、ある項目を見た瞬間ドミニクの顔つきが険しくなった。

 

「死因は凍死? こんな街中でか」

「それも胴体だけが凍った状態で見つかったんだよ」

「へーそうかい。どこかの魔法使いが犯人ってオチじゃないのか?」

「そう思うなら、次のレポートを読んでみるといいさ」

 

 ギルド長に言われて、ドミニクは次のレポートを手に取る。

 

「なんだこれ? 死因が焼死?」

「しかも頭部だけって書いてるわね」

「カリーナ、そっちのレポートはどうだ」

「こっちのは……岩で串刺し!?」

「こっちにゃ、腹部を食われたような跡があったって」

 

 あまりにもバラバラ過ぎる死因達。

 確かにこれは只事ではないと、ドミニク達も認識し始めた。

 

「おいババア、これは高ランクの――」

「高ランクの魔法使いの仕業……最初はアタシ達もそう思ったさね」

「と、言うと?」

「魔力残滓が欠片も検出されなかった。これを言えばアンタ達ならわかるだろ?」

 

 顔が強張るドミニクに、青ざめるカリーナ。

 通常、魔法を使った場合、どれだけ高名な魔法使いであっても魔力の残滓が出てしまう。

 魔力残滓は個人を特定する材料にもなりうる故、それを消す魔法薬も存在する。

 しかしそれなら魔法薬の存在をギルド長が言う筈だ。

 ここまで言及が無いということは、そういう事なのだろう。

 

「魔法使いの可能性が低いって事か」

「そういう事さ。自警団の連中は認めようとしてないけどね」

「でも魔法使いじゃないとすれば、一体誰が犯人なの?」

 

 カリーナはそこまで言った瞬間、ある可能性に気がついた。

 

「もしかして、アルカナホルダー?」

「その可能性があるってだけさ」

「成る程な、それで俺達を呼び出したわけか」

「そういう事さね」

 

 これで色々腑に落ちたドミニク。

 その瞬間を逃さんと、ギルド長はある紙を一枚取り出した。

 

「というわけで、アンタ達に緊急依頼だ。このアインスシティで起きてる怪事件。その解決を頼みたい」

「……あのさぁババア。俺ら自警団とか探偵じゃなくて、冒険者パーティーよ?」

「そんな事は百も承知さね。だけどこういう怪奇現象はアンタら得意だろ?」

「いや、確かにアルカナに関しては少しは得意かもしれないけどよ」

「ならアンタ達が適任じゃないか。報酬はちゃんと出すよ」

 

 ギルド長は依頼書に報酬を書き込む。

 提示された金額は二百万ゴールド。Sランククエストでも中々見ない金額である。

 

「もちろんアンタ達が動く事は自警団に伝えるさ」

「ドミニク……どうするの?」

「……仕方ねぇな」

 

 しばし考えた後、ドミニクは依頼書を受け取った。

 

「多少荒っぽくなっても文句言うなよ」

「そんな展開想定の内さね」

「はぁ、これは忙しくなるわね」

 

 ギルド長の依頼を受けたドミニクとカリーナは詳細を聞いた後、執務室を後にした。

 

「面倒な仕事受けちゃったわね」

「そうだな」

「どうすんの? 犠牲者が増えないように、短期で片付けてくれって言われたけど」

「さっさと犯人見つければ良いだけだろ」

「探偵でも無いくせによく言うわ」

「まぁ、なんとかなるだろ」

 

 煙草をふかしながら、ドミニクはギルド長から受け取ったレポートの紙束に目を落とす。

 

「焼死に凍死に串刺し……てんでバラバラの死因か」

 

 何の繋がりも無さそうな死因から、ドミニクは犯人の能力を推理しようとする。

 しかし全く答えが浮かばない。

 

「アルカナホルダー……それは間違い無さそうなんだけどな」

 

 アルカナホルダーでもなければ不可能な犯行の数々。

 ドミニクはまだ見ぬ敵に、覚悟を決めるのだった。



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